追放された勇者、身長100メートルの巨大女神に変身する。 (やまだしんじ)
しおりを挟む

第1話-1 人間と女神

「人間、私と契約して勇者になってみない?」

 

 そう僕に問いかけてきたのは、白色の短髪と美しい褐色の肌を持ち、顔にやや幼さを残した少女。

 ただ、一つだけ問題があった。

 大きすぎる。

 視界に入るのは、自分の背丈と同じくらいはある少女の顔 と胸辺りまでで、足先なんて到底見ない。

 どうしてこうなったんだ。

 

*      *      *

 

 時は半日近くさかのぼる。

 目の前には血まみれで怯える少女、その側には車くらいある巨大な花が横たわっていた。しかし、その花にはあるはずのない四肢があり、閉じた花弁の奥には獣のような口を備え、鋭い牙をこちらに覗かせている。頭であろう部分はずんぐりとした茎からちぎれ落ち、黄色い液体を垂れ流している。それを前にして、少女は震えながら頭を地につけていた。

 

「殺さないでください……お願いします……殺さないでください……」

 

 そう繰り返し呟く女性に対し、隣にいる戦闘服の男が持っていた拳銃を向ける。

 引き金に指をかけるのを見た僕は咄嗟に、前に割って入った。

 

「何をしている?布令(ふれい)

 

「攻撃する意思のない人に対して銃を向けるのはいかがなものかと、出炉(でろ)副長」

 

 出炉と呼ばれた男は、僕の言葉に舌打ちをしながら被っていたヘルメットを荒っぽく脱いだ。若干焼けた肌と目鼻立ちの整ったその顔は少し汗ばんでいる。

 

「下級隊員風情が出過ぎた真似を」

 

 そんな小言を無視しながら、僕は少女に対し、「安心してください、殺しはしません。でも貴方を捕らえるのが僕の仕事です」と捕縛用のロープを手にしながら言った。

 安心したのだろうか、幼さの残る顔には涙が伝っている。濡れた瞳の奥に、自分の姿がうっすらと映った。

 なぜこんな子どもまで……。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少女はそう言うと、大人しく縛られたまま僕に身体を預けてくる。その様子を見て、出炉は一通り周囲を見渡すと口を開いた。

 

「チッ、全く嫌な時代だ」

 

 舌打ちは聞き逃したふりをしたが、出炉の言葉には僕も俯いた。

 日が傾き足元に影が落ちる。 周囲には現代に似合わない、石造りの建造物が広がり、遠くからは獣の唸り声がかすかに聞こえていた。

 

*      *      *

 

 今から22年前、西暦2000年10月20日午前3時16分。現代社会は突如崩壊した。

 

 世界中に出現したのは、神話を思わせるような石造りの巨大建造物群 。これらは地中から現れ、元々存在していた人類文明を悉く破壊した。

 これによる人的被害も多大なものであったが、それよりも問題となったのは、ありえない変化を遂げた動植物であった。体液を緑色に変え、羽を持たないはずの生物が羽を持ち、草食動物までも巨大な犬歯を生やし、植物にいたっては意思を持ち始めた。奴らは人間を襲い、甚大な被害を生み出した。もはや野生動物としての枠を打ち破り、怪物となったほぼすべての動植物は害獣扱いとされ、討伐もしくは捕獲対象となっている。

 

 これらの変化を人々は、現実離れした現象として「ダンジョン化現象」と呼んでいる。

 

 日本政府はダンジョン化現象によって崩壊しかけたが、解決策としてあるシステムを打ち出した。

 それがギルドシステム である。

 まず、元来存在していた一部上場企業に対し、中小企業の買収を指示。そして買収した中小企業に対し、委託業務としてパーティと呼ばれる小隊単位のチームで怪物の討伐や出現した建造物の解体を行うシステムを導入させる。そして、その報酬を国家から支払う。それをビジネスとして機能させることで社会を存続させていた。

 

*      *      *

 

 仕事を終えた僕たちはホールに集合していた。周囲には出炉をはじめ同じような戦闘服姿の隊員たち、奥には自分たちが身に着けているものとは異なる特注品を着ている隊員もいる。そして普段は見るはずのない企業上層部や政治家までが出席している。

 

「お疲れ様、未来建設小隊の諸君。今回の調査で、行方不明になっていた日野(ひの)CEOの情報を得ることが出来た。発見に繋がる大きな進展となるだろう」

 

 壇上にいる女性が盃を掲げながら挨拶を始めた。

 未来建設小隊はこの街、「掘須地区」の代表的なパーティの一つである。街では他にも、いくつかのパーティが無数に存在する怪物の討伐や建造物群の解体を行っているが、未来建設小隊は日本ハウスホールディングスの子会社、未来建設のパーティであり、その業績はトップクラスと言われている。所属メンバーは僅か10人と少人数ながら、他を圧倒する実力で生き残ってきた。街の中にはファンクラブまで存在していて、僕も町で声をかけられることがあった。

 壇上にいる女性の名前は明日羅(あすら)。未来建設小隊の隊長を務めており、知力体力共にトップクラスのエリートである。

 彼女のハキハキとした挨拶に拍手が起きた。その中で黒い髪を長く伸ばした背の低い少女が僕に小声で話しかけてくる。彼女の名前はレイア、海外からの移住者だという。胸元には「未来」と書かれた僕と同じデザインのピンバッチがつけられている。

 

「布令さん。CEOって結局見つかっていないんですか?」

 

「うん、そうなんだ。数日前の足取りまでは掴めたんだけどね」

 

 ギルドシステムには弊害も存在していた。

 

 その一つが革命派と呼ばれるテロ組織の出現である。

 

 構成員の多くはダンジョン化現象によって職場や大切な者を失った人々。国は彼らに対して最低限の補償を出すことしかできず、例え働き口は増やせても以前の日常を取り戻すのは不可能であった。また、パーティに対する報酬は多額の税金で賄われているため、依然として生活苦にあえぐ国民の間では不満が生まれ、ギルドとなった一部上場企業だけが大きく発展し、社会の格差は拡大し続けていた。

 その結果、現在の国の在り方を変えようと結成されたのが革命派である。革命派は国と密接に関わっている人物の暗殺や誘拐はもちろんのこと、一般には禁じられている動植物の研究を行い、自らの生物兵器を作り出しテロまで起こしている。

 現在捜索中の日野晃(ひのあきら)氏は日本ハウスホールディングスの代表取締役社長であり、経団連の代表としてこのギルドシステムを提案したといわれている人物。その点、革命派の怒りを買うのは当然であった。

 そんな彼が行方不明となってから、数か月が経過していた。

 

「だとすると何でしょうね、こんなに集められて。CEOは見つかっていないのに」

 

「それは確かに。何か重要な報告があるとは聞いたけど……」

 

 現在の僕たちの任務は日野CEOの行方を調査すること。その過程で革命派との交戦に入ることもあった 。幸い、未来建設小隊は怪物の討伐から戦闘員としてもノウハウがあり、彼らに十分対抗することができていた。ただ、それに僕が貢献しているのかと言えば、足りない気もしていた。

 僕が思いにふけっていると、挨拶をしていた明日羅隊長は区切りをつけるように咳払いをした。騒がしかったホールに静寂が訪れる。

 

 「えー私、明日羅は来月から日本ハウスホールディングスへ異動となる」

 

 予想だにしなかったその言葉。

 

「「ええええええええええ!?」」

 

 酒の勢いもあってか、隊員たちの驚いた声が響き渡った。僕も「え?」と困惑の声を抑えられなかったし、隣のレイアも呆けた顔をしている。

 動揺する僕たちを尻目に、お偉いさんは拍手しながら壇上に上がりニコニコと握手を交わした。普段の慰労会にしてはやけに豪勢だと思っていたが、これは祝賀会だったらしい。

 続けて彼女は壇上を降りると、誰かを連れてきた。それは見たことのある人影。いや、今日の任務も共にした出炉副長であった。彼を讃えるように明日羅は宣言する。

 

「これからは彼、出炉が未来建設小隊の隊長だ」

 

 彼女の声に歓声と拍手が上がった。ただし、僕を除いては。

 

*      *      *

 

 発表と宴が終わり、僕は出炉隊長に呼び出された。

 

「お前をこのパーティから追放する」

 

「……解雇事由は?」

 

 パーティ長はパーティに所属する社員を自由に追放することが可能である。なんとなく、この出来事が起こることは予想していた。しかし、簡単には受け入れられるわけがない。

 僕の言葉に対し、出炉は椅子の背もたれに寄りかかりながらため息をつく。

 

「今までの隊長と俺は違う。ずっとだ。小さいころから感じていたんだ。お前はとにかく優しすぎるんだよ」

 

「それの何が……」

 

「攻撃する意思のない革命派を殺さない、とか言っていたよなお前。あんなことしてもし何かあったら 、未来建設小隊全体への信用に影響する。しかも上司である俺の意思に反しての行動だ、小隊内の規律にも問題が生じる。それが何を意味するか解るな?」

 

 否定することはできないが、疑問 は残る。可能性があるからといって殺すのが正しいとは思えない。声を出さないよう必死にこらえる僕に、彼は続ける。

 

「それに、お前には特筆すべき点がどこにもない。誰かさんと比べると秀でた部分がないんだよ。そんなどこまでも平凡な能力しか持っていないお前を、前述の問題行動に目を瞑ってまで雇用する理由なんてない」

 

 平凡、その言葉に僕はただ同意しかできない。

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「とりあえず、お前は追放だ」

 

「とりあえずって……。隊長になった瞬間僕のことを追放するなんて」

 

 僕の苦し紛れの文句に対し、彼は「じゃあ、俺を選んだ明日羅さんにでも文句を言いなよ」と笑いながら答えた。

 

*      *      *

 

 こうして、僕は無職になった。

 

 少し都合が良かったことと言えば、出炉が変なところを気遣ったのか、他の隊員に僕の追放を伝えなかったことだ。おかげさまで僕は別に恥に思うことなく、元居た場所からフェードアウトできると言う訳だ。

 よくよく考えれば出炉にとっての都合の良い人員整理のためかもしれない。いや、何が都合の良い、だ。 僕に良いことなんて何もないじゃないか。

 

 ダンジョン化現象を免れ、変化の起きていないイチョウの木の列に挟まれたベンチに座り空を見上げた。早朝4時。日は昇りつつあるが、まだ薄暗い。

 なんとなく眺めていた僕は違和感に気付く。不自然に黒い点が浮いている。じっと見ていると、どんどんと広がり大きな穴となった。僕は驚いてベンチから滑り落ちる。

 

 空しか映っていない僕の視界に「大丈夫?」という声と共に手が入ってくる。どことなく聞き覚えのある声の主は眼鏡をかけた少女であった。

 

「どうしたの? こんな朝早くから」

 

「い、いや空に」

 

 僕は空を指さす。……だがそこにはすでに何もない。確かにさっきまで浮かんでいた、あの黒い大きな穴がない。どこに消えたんだ。

 

「何もないけど。なんかあったの?見たことない動物?」

 

 急に目をキラキラさせ始めた彼女を見て気まずくなり、僕は話題を変えた。

 

瀬里奈(せりな)さんこそ、なにしているの?ずっと引きこもっているイメージだったよ」

 

 彼女、瀬里奈はそれに対し頬を膨らませる。

 

「違うし。仕事中だよ」

 

「え、こんな時間に?」

 

「そう。というかスーツのパーティの証はどうしたの?」

 

 彼女は胸のあたりを指し示す。僕は言い淀みながらも、先ほど起きたことを伝えた。

 

「実はさ……」

 

*      *      *

 

「なるほどなぁ」

 

 カフェにて。

 男は僕のエピソードに対して、コーヒーを飲みつつ相づちを返した。ピアスをいくつも開け、指輪やネックレスをジャラジャラと身に着けた、金髪に白いスーツ姿の彼は眩しいほど輝いている。

 

「……というか。なんで零士(れいじ)がいるのさ」

 

「そりゃあ、親友が困っていたら来るしかないだろ」

 

 目の前には彼、零士と瀬里奈が座っている。瀬里奈によって連れてこられていた彼は、今は夜の仕事に勤めていて、人気も高いのだとか。それはこの見た目であれば納得である。薄暗い僕に比べてキラキラとしていた。

 零士に続いて、瀬里奈も口を開いた。

 

「そうよそうよ、3人とも幼馴染なんだから。困ったときは相談し合う関係じゃないと」

 

「……ありがとう。2人とも」

 

 僕の絞りだすような声に、彼らは優しく微笑んでくれる。彼らは心から僕のことを支えてくれている。しかし、自分は未だに本心をさらけ出せていない。そこにどうしても申し訳なさはあった。

 

「よう。無職」

 

 和やかな雰囲気を、聞き慣れた声が壊す。

 声の主は出炉であった。出炉はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、隣の空席に腰を下ろした。彼の周囲にたむろする他の隊員もニヤニヤと僕を見ている。だがその中には、陰に潜み俯いたままのレイアの姿もあった。よくよく考えれば、彼らも僕に対して恨みを抱いていたのだろう。それはそうだ、優しいだけで実力のない僕は必要ない存在だったのだろう。

 レイアは申し訳なさそうにしていたが、反論することはできない。隊から一度脱退すれば、隊長の気まぐれでもなければ2度と戻ることはできない。それだけ、未来建設小隊に所属しているというネームバリューと責任は大きいものだ。

 

「いきなりそれはどうかと思うんだけど、出炉?」

 

 出炉に対し、不満げな声をあらわにしたのは瀬里奈であった。僕、零士、出炉、瀬里奈は幼馴染、というか腐れ縁であった。さらに瀬里奈の姉は元隊長の明日羅。余計に瀬里奈と出炉の距離は近かった。

 

「おいおい、落ちこぼれの動植物オタクが。俺のことは出炉様と言えよ」

 

 その言葉に対し、今度は零士から声が上がる。

 

「うるせぇなぁいちいち……肩書が偉くなった途端にそんな態度になるのか?一方的に布令をクビにしたり、女に声を荒げたりよ」

 

 キレ気味の声に、流石の出炉も多少腰が引けたようで距離を取る。

 

「た、たかだかホストが、変に口答えするんじゃねぇよ!」

 

 その言葉に零士は立ち上がる。零士の腕っぷしは昔から強かったが、周囲には他の隊員がいる。ざわめいていたカフェが静まり、緊張が走る。

 

 一触即発。

 

 その時だった。

 

 不意に周囲が影に包まれる。近くの窓から外を覗くと、巨大な何かがカフェの上空にあった。いや、居たというのが正しいかもしれない。

 それはカフェを飛び越え、近くの地面に着地する。

 周囲の建造物を遥かに上回る巨体は、車、建造物を踏みつぶす。獅子の頭、背中には巨大な白い翼を備え、尾には無数の蛇。

 

 その姿を見て、瀬里奈はつぶやいた。

 

「何……この化け物?」

 

 研究者である瀬里奈でさえ見たことがないようだった。それも当然だ、あまりに大きすぎる。これまで何度も怪物を駆除してきたが、こんなにも禍々しく巨大な個体は見たことが無い。

 怪物はゆっくりと顔を上げこちらを見つめてくると、そのまま飛び掛かってきた。窓際席に座っていた客が一瞬で吹き飛ばされる。その様子を見て、隊員たちは手慣れた様子で即座に隊列を組み、一斉に銃を構えた。対怪物用に設計されたこの銃は、急所を狙えば一発で熊や猪も屠ることができる代物である。にもかかわらず、怪物の皮膚には傷一つつかない。

 

「な……なんだこいつは……」

 

 出炉が珍しく狼狽えている。だが近くにいた客に「未来建設小隊なんだろ!?助けろよ!」と言われると、舌打ちしながらも果敢に 怪物に突撃する。

 だが怪物は、向かってきた彼を前腕で簡単に払いのける。彼はそのまま数十メートル吹き飛ばされ、ぐったりと地に伏した。仮にも未来建設小隊の隊長、いつも大口をたたいていたが、実力は十分に備わっているはず。

 なす術もなく蹂躙される未来建設小隊。それが何を意味するのか理解した客は、叫び声をあげて逃げ出していく。騒ぎを聞きつけ近所の住民も集まっていたせいで、現場は瞬く間にパニック状態となった。

 怪物は周囲をグルグルと見回しながら次の標的を探す。そしてそのギラギラとした眼光が瀬里奈を捉えた。放心してその場から動けない彼女の前にゆっくりと歩いていくと、巨大な口を広げた。ダラリとよだれが垂れる。

 僕は駆け出すと、彼女の身体を突き飛ばした。

 

*      *      *

 

 瞬間、全身の感覚が無くなった。痛みすら感じなかった。すぐに死んだのだろう。

 完全なる暗闇と静寂

 辺りを見渡しても、触ろうとしても、何もない。いや、目の前には見慣れた景色がある。

 テーブルを囲むように四つ並んだ椅子、そこに女性が料理を運んでくる。そんな様子が見えた 。

 これが走馬灯なんだろうか。

 そして一瞬で、再び闇に覆われてゆく。

 

「ここが死後の世界……?」

 

 僕がそう呟くと、何もないはずの目の前から声が返ってきた。

 

「いや、ここは死後の世界なんかじゃない」

 

「え?」

 

 その声の主は、暗闇の奥からぬぅっと現れた。

 最初は頭だけだったが、あまりに大きすぎる。

 さっきの怪物以上の大きさかもしれない。肉体は薄い服の上からでもわかる筋肉質。だが男ではない、どことなく身体のラインは女のものと感じる。透き通るように白い短髪とは対照的に、肌は暗い褐色。瞳は緑色に輝いている。

 

「あ、あなたは?」

 

「あ、ごめん、名乗っていなかったね。私はアトラス。そうだな、人間の立場からすれば私は女神になる。そして、ここは人間。君の精神世界だ」

 

 彼女は何かを脳裏に思い浮かべているのか、首を傾げている。その言動の意味不明さが気になり、僕は困惑の声を漏らしていた。

 

「女神とか精神世界とか、ちょっと何言ってるかわかんないんですけど」

 

「ここは魂のたまり場。君の肉体は死んでしまった、確かにね。キメラに食われて。でもちょっとうまい話があって。人間、君は蘇ることができる」

 

 あの怪物をキメラと呼んでいるようで、その口ぶりは何か事情を知っているように聞こえる。

 僕の前にいる女神と名乗る少女は手を差し出してきた。

 

「人間、私と契約して、勇者になってみない?」

 

「何を……言ってるんですか?」

 

「ごめん。もう時間がないの」

 

 女神が手を伸ばしてくる。握りつぶされそうな圧迫感を前に、身構え後退するが、まるで意味をなさなかった。そのまま僕は、その手に飲み込まれていった。

 その瞬間、右の手首に何かが結びつく感覚があった。僕の身体が妙な感覚に包まれていくことに気付く。全身が熱を帯び、四肢に何かが纏わりついてくる。全身の感覚が溢れかえっていく。

 気づくと、僕は暗闇から飛び出していた。いや、実際に飛び出してきたのは、キメラの口からであった。キメラはフラフラとしており、そのまま後ずさりしながら逃げ出そうとしている。

 待て待て。何が起きてる?

 

「……なにこれ。いつもより小さいんだけど」

 

 僕は言った。

 いや言っていない。この声の主は、先ほどの女神であった。

 しかし、身体の感覚は間違いなく……確かめようと下を向くと、明らかに視界がおかしい。頭がカフェの屋根を越している。周囲の景色が少しだけ小さく感じる。

 不意に、胸のあたりに重みを感じた。見ると明らかに男性ではありえない肉の付き方をしている。そして全身は筋肉に覆われ、胸部と秘部に白い布が巻かれている。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

 僕がどんなに叫ぼうとも彼女の耳には何も届いていないようだ。僕はそのままキメラに突撃していく。僕の身体は僕じゃない、謎の力で勝手に動かされている。

 そのままぶち当たると、今度は無意識に拳を振り下ろした。よろけていたキメラはそれを躱すと同時に、巨大な前肢を振りかざしてくる。薙ぎ払われた僕の身体は上空へと吹き飛ばされた。

 

「痛い痛い痛い!!!」

 

 僕の叫びはやっぱり彼女には届いてない。逆にその叫びに呼応するかのように、キメラが咆哮しながらこちらに飛び掛かってくる。重力に従いそのまま落ちていく僕の身体に齧り付こうとしている。やっとキメラの全容がまともに確認できたが、今の僕でさえもキメラと比べれば10分の1以下だろう。

 

「こんなの……」

 

 僕はあきらめたようにつぶやいたが、身体はまた勝手に動き出す。

 突き出した拳はキメラの顔面を捉えた。打ち抜かれた巨体はジェット機のような勢いで落下していった。

 

「え……えぇ……」

 

 キメラはどうにかしたものの、僕の身体も当然落ちていく。これで間違いなく、僕は死んだ。

 次の瞬間、僕は綺麗に地面に着地していた。周囲にモクモクと土煙が上がる。僕はまだ生きているようだ。全身に痺れが回るも、それもすぐに引いていく。内臓に間違いなくダメージを受けたと思われた先ほどの攻撃も、身体を見ると特に何とも無いようだった。

 

「なんなんだよ。この身体」

 

 僕は自分の手をまじまじと見つめる。そこにあるのは褐色で毛の一本もない綺麗な手。ただ、筋肉質で僕の物でないことは明らかだった。

 また僕の口が勝手に開く。

 

「時間か」

 

 瞬間、僕の身体からは力が失われていき、視界が戻っていく。その急激な変化に酔いそうになる。身体も服も何事もなかったかのように元の状態に戻っていた。夢だったのか?いやこの感覚は夢ではない。

 

「何が……起きているんだ?」

 

「クソ、逃げられたか」

 

 その声は明らかに先ほどの女神のもの。周囲を見渡すがその姿はない。

 いや、よくよく思い返してみれば僕の身体がさっきまで「女神のもの」となっていた。何が起きているんだ。

 僕は今までの感覚を思い返し、最初に違和感があった右手首を見つめた。

 腕輪がはめられている。真っ黒で歪みも艶もなく、美しい彫刻だけが目に付く。その彫刻には四体の人型が描かれている。雷を持った筋骨隆々の男、鉾を持った普通体型の男、やせ型で兜をかぶっている男。そして彼らの横にはやたらと筋肉質の女神が片膝をついている。他にも周囲には複数の怪物の模様が描かれていた。

この女神が話すたびに、女の瞳の部分が緑色に発光しているのが分かった。もしかしてこれは彼女を指し示しているのだろうか。

 

「な、なんだよ。これ……」

 

「それは、私に変身するための腕輪。さっきは強制的な変身だったからうまくいかなかったんだろうね」

 

「ちょっと待って。何を言っているのか分からないんですけど」

 

 僕がそう言うと、女神は返した。

 

「あー、そういうこと……。君にはこの世界に来た怪物を退治してもらいたい」

 

()()()()()()()怪物ってなんですか?今までの動物たちの変異体とは違うみたいですけど……」

 

「私の故郷でもある世界、こっちの世界から見れば神話の世界というべきかな。二つの世界を繋げている門が開いてしまってね。こちらの世界にあちらの怪物が流れ込んできてしまったの。それがさっきの巨大な怪物」

 

 僕にはなんとなく心当たりがあった。空に開いた穴である。あそこを通ってやって来たんだろうか。明らかに異質なものであると感じていたが、そんなことが本当に起きるのか……?

 

「そこで、君に頼みたいわけ。私みたいな神様はね、現実世界には本来いてはいけない存在。その制限もあって、現実世界で本当の姿になるには人間にとり憑かなきゃいけなくて」

 

「それで僕を選んだんですか?」

 

 言葉をつづける彼女に僕は割り込むように問いかけた。

 

「そう。あの人間の女を助ける勇気を持った君がいいと思ったんだよ」

 

「そうですか……」

 

 彼女の言葉にただ、ため息のように返すしかなかった。

 

「多分、さっきのキメラはどこかに潜伏したのかな。そこでさ……勇者になって、怪物を倒してくれない?ちょうどいいと思うんだよね、君みたいに正義感がある人はさ。協力してくれるよね」

 

 その言葉に僕は間髪入れずに返した。

 

「僕は勇者になりません」

 

「勇者になれば君は生き返ることが出来て、さらには強大な力を……え?」

 

「なりません」

 

 瓦礫の山に一筋の風が吹く。周囲は人々の騒ぎ声と助けを呼ぶ声で満ちていた。




はじめまして。
やまだしんじと申します。他サイトでも書き始めたのですが、評価や意見をいただきたいと思い、ハーメルンさんのほうにも書き始めました。
私はウルトラマン、仮面ライダーが大好きです。それら二つにインスピレーションを受けながら書いたため、あれ?この話……?と思うところもあるかもしれません。ぜひ、にやにやしながら見ていってください。
感想、レビュー、評価などお待ちしております。よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。