皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている (マタタビネガー)
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第一章  
一話 ダンまちのキャラって曇らせ適性高すぎない? 









 

 

 

 

 

地面を踏み荒らす無数の脚は蹄を持ち、身体を覆う体毛も皮膚も人のそれではない。頭髪のない頭部からは一対二本の角が伸び、口元から覗く牙もまた同様に鋭い。その数は優に百を超え、真っ赤な眼球がギロギロと周囲を睥睨している。

 

ダンジョンの深層49階層、その荒野には牛と羊のキメラのような人型の異形が運河の如き群れを成していた。モンスターは鈍器を持つ太い腕を頭上高く振りかぶり、そのさまに身をすくませる前衛に即座に盾を構える指令が送られる。

 

「「「─────ッ!!」」」

 

 直後、一際大きな轟音と共に大地が大きく揺れた。前衛がその一撃を大盾が受け止める衝撃で土煙が立ち昇り、辺り一帯に蔓延る砂塵が視界を覆う。

 

しかしそれも束の間の出来事だった。すぐに晴れていく視界の中、後衛を務める魔法使いの少女───レフィーヤ・ウィリディスが詠唱を終えると、巨大な火球が宙に浮かび上がったのだ。

 

「───【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 それは瞬く間に大きさを増していき、炸裂する。火球は数多の火矢となり、凄まじい熱量を持ってモンスター達を焼き払った。 

 

悲鳴を上げる間もなく灰になる者、辛うじて耐えるも炭化する者など様々だが、いずれにせよその場にいたモンスター達はその膨大な魔力によって引き起こされた業火によって等しくその生を終える。

 

しかし、『千の妖精』の二つ名を持つ彼女の砲撃魔法といえどもその悪夢のごとき量の大群を一掃するには至らない。その証拠に未だ数百を超える軍勢は健在であり、それらは先程と同じようにまたぞろ進軍を開始しようとする。

 

「支援!!ティオナ、ティオネ、 左翼へ急げっ!!!!」

 

 小人族の首領の指示を受けた双子のアマゾネスがそれぞれの獲物を翻してモンスターを次々に両断してゆく。それでも尚、状況は劣勢だ。第一級冒険者達が戦線を支え続ける間にも、途切れることのない怪物達の侵攻は止まない。

 

金属で編まれたかのようなその巨体でもって、大人の身長ほどもある黒鉄の鈍器を大気を引き裂きながら振り切り、盾を構える前衛達をおいつめる。そしてその怪力を以て武器を振るう度に、大地を大きく揺るがし破壊を巻き起こすのだ。

 

そんな中でも、やはり最も目を引く存在がいる。はちきれんばかりのその肉体は群れの中でも最も大きく、筋骨隆々という言葉ですら足りないほどの強靭さを誇っている。

 

全身を覆う鋼色の剛毛と、それよりも更に目を引く爛爛と輝く血走った双眸、それらはこのモンスターの持つ戦闘への飽くなき欲求を表しているかのようであり、正面に立つ前衛の腰が引けてしまうほどの鬼気を発していた。

 

そう、今まさにモンスター────『フォモール』が豪快な一撃を振り下ろさんとしているところである。

 

尋常ならざる力の込められたそれを、前衛の壁役が構えるタワーシールドに巨大な棍棒が打ち付けられるや否や、盾を構えた前衛が耐え切れず吹き飛ばされた。周囲を巻き込んで吹き飛ばされたことによって前衛の一角が崩壊する。

 

そこに更なる追撃を加えんと前衛の壁に守られていたはずの後衛のもとへモンスターが流れ込む。そこに更なる追撃を加えんとするモンスターの前に、素早く一人の青年が立ち塞がる。

 

マフラーを靡かせて颯爽と現れたその白い影を見て、モンスター達が歓喜の声を上げた。それはまるで更なる殺戮を待ち望んでいたかのように。モンスター達の視線を一身に集めながらも、しかしその者は臆することなくモンスター達に相対する。

 

その身体に纏っているものは鎧ではなく軽装の戦闘服であり、防具と呼べるものは何も小手以外装備していない。しかし、そんなことは些細なことだ。

 

『フォモール』の悪魔のような風貌とその合金のような精強たる肉体は見かけだけではなくその一撃はマトモに喰らえばオラリオ最強派閥たるロキファミリアの主力、第一級冒険者ですらひとたまりもない。

 

その怪物は本来、Lv5の実力者ですら決して油断できぬ強敵ではあるが今回においては相手が悪かった。その男は今や都市最強の男、世界最速の男、大仰な二つ名まで持つ最強の冒険者だ。その名声は都市外にも轟いている。

 

「─────【サンダーボルト】」

 

 ロキファミリア、美神フレイヤが率いるフレイヤファミリアと対をなす最強派閥、その最高戦力たる───『剣聖』アル・クラネル。彼が無造作に、たった一言で発動させている魔法の名は【サンダーボルト】、手や武器から炎のような輝きの電撃を発する攻撃魔法。

 

雷速の速度で放たれたそれは狙い違わずモンスターの頭部を打ち抜いた。感電したモンスターは悲鳴を上げて動きを止める。それを皮切りにして次々と雷撃がモンスター達を貫いてゆく。

 

それだけで有ればありふれた唯の攻撃魔法だがその魔法がオラリオ最強魔導士であるリヴェリア・リヨス・アールヴをして規格外と評される理由は二つ、一つは詠唱を不要とする速攻魔法であること。

 

魔法というものには共通する弱点がある、それが詠唱時間である。攻撃魔法、回復魔法、防護魔法、付与魔法、呪詛、いずれの系統であったとしても発動するには詠唱が必須であり、強い魔法であればあるほどそれは長くなりものによっては超長文詠唱と言われる発動までに数分かかるものまで存在する。

 

無論、並列詠唱や超短文詠唱などその弱点をある程度カバーできる技術や魔法はあるが詠唱自体はなくならない、アルのそれはその大前提を覆す稀少魔法であり、たった一言で発動するがゆえに連発すら容易く行える。

 

そして二つ目の理由としてはその威力の高さがある。

前述したように魔法の威力は詠唱の長さに比例するように高くなり、リヴェリアや一部の上級魔導士の砲撃とも評される魔法は当然ながら長文詠唱か超長文詠唱である。しかし、アルの【サンダーボルト】はそんな常識からも逸脱する。

 

雷故に速く回避は不可、それに加え耐えたとしても麻痺による行動阻害のおまけ付き、そしてその威力は第一級冒険者の長文、超長文詠唱による砲撃に匹敵し、ダンジョン深層モンスターを一撃で仕留めうる。

 

場合によっては鍛え上げられた耐久アビリティに加え耐魔法の装備に身を包んだ第一線級冒険者ですら直撃すれば一撃でノックアウトしかねないほどである。

 

そして魔法に遅れぬ速度で雷鳴のごとく、空中に何重にも銀の軌跡を築く。間髪入れず、幾体ものフォモールの身体が血しぶきを噴出させ、その五体をバラけさせる。その光景を見て、誰もが言葉を失う。

 

それは、あまりにも圧倒的だった。モンスターの巨体がまるで紙細工のように宙に舞う、それも一体や二体ではない。数十、数百のモンスターが為す術もなく屠られていく。それは最早、虐殺と言っていいものだった。

 

感傷も感慨もなく無感情なまま振るわれる銀閃は瞬く間に幾十の死を築き上げる。何者よりも美しく残酷な死の芸術。雷鳴とともに周囲の兇悪たるモンスター全てを絶命させる死の舞踏。

 

それに戦っているのはアルだけではない。前衛に群がっているモンスター達がアルによって殲滅される。そして、アルに競うかのように剣撃の雨を降らせる『剣姫』の他六名の第一級冒険者達。

 

アルに負けじとばかりに、その猛威を振るうのが彼等だ。魔導士たちも負けじと魔法を発動させる。詠唱を終えた魔法使い達が一斉に火球を放つ。魔道士達が放つ風の刃が、氷柱が、岩塊が、毒液が、火炎放射器のように吹き出す火線が、モンスター達に襲い掛かる。

 

「【──────間もなく、火は放たれる。怒れ、紅蓮の炎。無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。悉くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!」

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 ロキファミリア幹部たる総勢八人の第一級冒険者と全員が上級冒険者で構成された精鋭達。その中でもアルやアイズ・ヴァレンシュタイン、ベート・ローガなどの前衛はリヴェリアの詠唱が終わるまでの時間を稼いでいたのだ。

 

その役目を終えた今、前衛たちの戦いは終わりを告げる。それと共に放たれるのは都市最強魔導士の攻撃魔法。第二位階攻撃魔法【レア・ラーヴァテイン】。翠色に輝く魔法円が展開される、全戦域が効果範囲内たる火の殲滅魔法。

 

炎熱によって形作られた幾本もの紅蓮の大槍が戦場を蹂躙する。炎弾は次々に着弾すると爆発を起こしモンスターを吹き飛ばす。爆炎と爆風にモンスター達はなす術もなく巻き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドから一定ランク以上の【ファミリア】にかせられるミッションによる『遠征』の真っ最中である【ロキ・ファミリア】。

 

彼らはダンジョンの深層50階層、他には【フレイヤ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】などのごく一部の有力ファミリアしか足を踏み入れたことのない深層の深部までもぐり、いまだ現代の冒険者の誰もがたどり着けていない未到達階層へ向けて進んでいる。

 

そんな今は、ベースキャンプを作成し、大がかりな休息を挟もうとしていた。それは、この遠征に参加している団員たちにとっても久しぶりの休息であり、同時に次の遠征への英気を養うための大切な時間だった。

 

「よし、じゃあ野営の準備をするっすよ」

 

 二軍の指揮を任されているラウルの言葉に団員達がテキパキと動き出す。テントの設営、食料の確保、魔石を利用した照明の設置などだ。こうした野外活動に慣れているのか、その手際は非常にいい。複数のテント、そして食事のための竈や調理器具もすでに準備されている。

 

何人かのメンバーは、周囲の警戒にあたっていた。とはいえ、この階層はダンジョンでも珍しいモンスターが新たに出現しない『安全地帯』であり、危険は限りなく少ない。

 

大きな戦いを終えた後というのもあり、だからといって気を抜いているわけでもないが団員たちの間には程よく緩んだ空気があった。

 

それは主力たる第一級冒険者達も例外ではない。

 

「今日は多かったねー」

 

「ええ、さすがにちょっとこたえるわ」

 

 そう言いながら他の団員の数倍の量の荷物を運ぶ少女達は、先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていたアマゾネスの姉妹、ティオネとティオナだ。

 

本来、幹部である彼女らは下位団員の行うような雑事などする必要はないのだが、ティオナは自分から団員たちの仕事を手伝い、ティオネもそれに付き合っている。

 

ちなみに、彼女達は褐色の肢体を晒す露出の多い踊り子のような服装をしているが、これはアマゾネス特有の服装であり、戦闘用の衣服としてはかなり刺激的なものだが戦闘中も肌の見える薄着で戦っている。

 

ティオナは巨大な大双刃を振るうにしては小柄な体躯だが、それでも並の冒険者よりはるかに力持ちだ。彼女は山のように積まれた食糧の入った木箱を持ち上げて運び、ティオネも妹に負けず劣らずの筋力とタフネスで壮絶な戦いの後だというのに涼しい顔で荷物を担いでいる。

 

「なんだー、まだまだ元気あるじゃん!!」

 

「うっさいわね」

 

「あ、あんまり無理しないでくださいね、お二人とも前線で戦っていらっしゃったんですから」

 

 ティオナは体力があり余っているのか、笑顔を浮かべて作業を続けている。そんな妹を見て姉の方も悪態をつきながら薄く微笑んでいた。そこに山吹色の頭髪をしたエルフの少女、レフィーヤが現れて心配そうな声をかける。

 

「大丈夫、大丈夫!! あたしもティオネもケガしてないし、それよりあんなに魔法つかったんだし、レフィーヤのが疲れたでしょ」

 

「い、いえ、わたしなんて全然················」

 

 レフィーヤもまた、疲労の色を見せていた。魔法による援護射撃を行っていたとはいえ、あの激戦の中で前衛の戦いについていくのは楽なことではなかっただろう。しかし、それをおくびにも出さず、健気に先輩達に話しかけるあたり、なかなか根性のある少女であった。

 

そんな彼女に、ティオナが悪戯っぽい笑みを向ける。実際、レベルの上ではレフィーヤはティオナ達には遠く及ばないが、主神に「バカ魔力」と揶揄られるほどの魔力から放たれる砲撃魔法は先の戦いのような対多数においては抜群の制圧力を持ち、場合によってはティオナ達よりも活躍しえる。

 

【ロキ・ファミリア】の中でも、中堅どころのレベル3でありながら大規模魔法の行使においては師であるリヴェリアに次ぐ実力の持ち主なのだ。もっとも本人はそのことをあまり意識していないようだが。

 

彼女達の会話を聞いてか、ベートが近づいてくる。アマゾネス姉妹は彼に気づいた瞬間に顔をしかめたが、ベートは気にせず話しかけた。彼らは仲が悪いわけではない。ただ単に相性の問題だった。

 

ベートの粗暴な性格が二人の神経を逆なでしてしまうのだ。とはいえ、ベートとしても、アマゾネス姉妹は快い相手ではなく、そんな相手とわざわざ話したいと思うはずもない。なので、彼はレフィーヤにだけ話し掛けた。

 

「おい、アイズとアルはどこだ?」

 

 問われたレフィーヤは一瞬きょとんとした表情を見せる。たしかにあの二人の姿がみえない、そう思っていると横からティオネが答えた。

 

「二人ならあっちのテントで団長に絞られてるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

派閥のエンブレムの滑稽な道化師が刻まれた最も大きいテントのその中には首脳陣の他に二人の少年少女がいた。テントの中には大きなベッドがあり、その傍には幾束の資料の乗ったテーブルがちょこんと置いてある。このテントこそが今回の遠征における本拠地であった。

 

【ロキファミリア】団長、フィン・ディムナ。柔い黄金色の髪に青い瞳は知的な印象を抱かせる少年のような外見の美男子だ。

 

「さて、アイズ。なぜ、前線維持の命令に従わなかったんだい?」

 

 レベル6の冒険者でもある団長の言葉に、目を伏せた流れるような金髪に粗野な冒険者とは思えない女神が如き美しさを持ったその少女こそロキファミリア幹部が一人、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインである。

 

彼女は俯いて押し黙るだけで何も答えない。そんな彼女にフィンは呆れたように溜息をつく。

 

「アイズ、君は確かに強いよ。けど、だからこそ良くも悪くも、幹部である君の言動は下の者に影響を与えるんだ。それを覚えて貰わないと困る」

 

「························」

 

「窮屈かい? 今の立場は」

 

「······················ううん、ごめんなさい」

 

 そう言ってようやく謝罪を口にした彼女はその肩書きに見合った実力を持っているにも関わらず、まだ発展途上の少女であり、精神的にも未熟だった。

 

「別に謝らなくていいさ。ただ、気を付けてくれればいいよ」

 

 優しく微笑みかけるフィンにアイズは小さく頭を下げた。そして彼女は思う。自分は何故こんなにも弱いのかと。

 

『剣姫』と呼ばれる彼女の剣技は都市でも有数の実力者である筈なのに、自分の前に立ち塞がる壁を越える事が出来ない。

 

それは、まるで自分が迷宮でモンスターを倒す事しか頭になかった頃と同じようで、彼女は焦りを感じていた。あの時のように強さを追い求めればまた、自分に新たな出会いがあるかもしれない。しかし、今の自分に必要なものは果たして何なのか。

「関係ないような顔してるけど君もだ、アル。君が僕達の中で最も強いのはわかってる。けどね、先走りすぎだよ。あれじゃみんなが育たないし何より君がダメになる」

 

 もうひとりは処女雪を思わせる白髪に血のような双眸、ギリシャ彫刻のような男性的美しさに満ちた少年、アル・クラネル。アイズと同じ歳であり、アイズ同様リヴェリアの頭を悩ませる問題児である。

 

「·····················自重しよう」

 

 仏頂面のまま、言うアルに「わかってねぇなあ」という苦笑を浮かべるフィンだが、実際アルの強さはこの遠征に参加している団員の中でも抜きん出ている。単純な戦闘技術だけならば間違いなく最強だろう。

 

けれど、そんな彼をしてもアルはまだ成長過程にあるのだ。その才能は既に開花しかけているのだが、如何せん彼は力を求めすぎて無茶をする傾向にある。だからこうして度々、注意しているのだが改善の兆しはない。

 

「(まぁ、そこら辺も含めてどうにかしないとね)」

 

「まぁそう言ってやるな、フィン。二人とも前衛である儂らを諌めるつもりであえてフォモールの群れに突っ込んだのだろう。危うく陣形を崩す所だったからのう」

 

「それを言うなら、詠唱に手間取った私の落ち度もあるか」

 

 二人をそう援護するのはロキファミリア最古参であり、Lv6の実力者であるドワーフのガレス・ランドロックとハイエルフであるリヴェリア・リヨス・アールヴ。その二人の親友の助け舟に「二人は甘いなぁ」と再び苦笑いを浮かべるフィンはアイズとアルに顔を向けた。

 

「今回は大目に見るけど次からは気を付けるんだよ?」

 

「··············はい」

 

「··············了解した」

 

 恐縮そうに返事をしたアイズに対し、相変わらずぶっきらぼうなアル。そんな対照的な二人を見て、フィンは肩を落としてやれやれと首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くなるのはいいことだよ。二人にとっても【ロキ・ファミリア】にとっても」

 

 二人が去ったあとフィンは呟く。

 

「だが、あの子達はひたむきすぎる。何よりアルのは度が過ぎている」

  

 フィンとリヴェリアの脳裏に浮かぶのはいつも白髪を赤く染めた満身創痍でダンジョンから帰ってきてロキがステイタスの封印をチラつかせても一歩も譲らずたった三年半でLv7、冒険者の最高位に達してしまった少年のことである。

 

「Lv7になってから半年、また焦り始めておるな」

 

 半年前、【ロキファミリア】の遠征の帰りにインターバルの最中であるにもかかわらず発生した異常個体の階層主バロールを相手に満身創痍だった団員達を逃がすために一人で殿となり戦い、激戦の末に討ち取ったことでランクアップしてから半年。

 

─────そう、アル・クラネルは焦っている、停滞を恐れている。恩恵を受けてから一年程で第一級冒険者となったあの少年はLv7という最強の頂に至ったのにも関わらず満足していない、まだ先を見ている。

 

フィンにもアルの気持ちはわかる。しかし、今のままでは駄目だとも思う。

 

「あやつは自身の命を粗末にしすぎる、儂らを守るために一人で戦ったのもアレが初めてではない」

 

 

「ああ、アイツが皆を思っているのはわかっている。しかし、あれでは強さを求めるあまりアイズたちですらついていけない場所に独りで行ってしまいかねない」

 

「························彼の憧憬とは一体何なのだろうね」

 

 アルの異常とも言える成長速度の理由の一つであるスキル【憧憬追想(メモリアフレーゼ)】。想いの丈に比例して早熟するというロキですら初めて見たレアスキルであり、その存在はロキの他には首脳陣の三人しか知らない。

 

アルがオラリオに来たばかりの頃、ロキが聞いた話ではアルには親と呼べる存在はいなかった。アイズとは違い、弟という肉親こそいたがそれでもアル自身、家族というものに縁がなく、故になのか【ファミリア】の皆とも未だに少し壁がある。

 

そんな彼が何故ここまで強くなろうとしているのか、フィンにはわからない。しかし、彼は確かにその目標に向かって進み続けている。

 

「いつかは知るときが来るさ」

 

「そうだといいがの。あいつはあのスキルを度外視しても才能に溢れすぎている。まるでかつての『静寂』を見ているかのようじゃ」

 

 そう、あまりに似ているのだ。かつての最強派閥【ヘラファミリア】の中ですら異端だった、神時代以降最も才能に愛された眷属と言われた『静寂』のアルフィアに。

 

「存外、血縁だったりするのかもなぁ、名前や見た目も似ておるし。····なまじ才能に溢れすぎておるから誰もあやつを止められん」

 

 

「「はあ、どうしたものかなぁ·············」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらモンスターの出現しない『安全地帯』といえども誰もが警戒を忘れない中、それでもほんの少々羽目を外して【ロキ・ファミリア】の団員たちは戦いで疲労し尽くした身体を休ませる。

 

野営地の中心には芳しい匂いを放つ大型鍋が置かれており、団員たちはそれを囲んで思い思いに談笑している。

 

鍋の中身は派閥内最高戦力でありながらオラリオ最恐ドワーフに叩きこまれた腕ゆえにロキのおつまみを作る担当であったりするアルを主導に迷宮産の木の実や肉果実などで作られたスープであり、疲れ切った身体を温めるには最適な料理だ。

 

「あの、本当に食べなくていいんですか?」

 

「うん、大丈夫·······················」

 

「なーんて強がって、実はぐうぐうお腹鳴らしてるんじゃんかー」

 

 遠慮がちに声をかけてきたレフィーヤに対し、アイズは素っ気なく答えたがその言葉とは裏腹に腹から音が鳴ったことでティオナ達に聞かれてしまい顔を真っ赤にする。

 

しかし無理もないことだ。必要以上の食事は戦闘に悪影響をもたらすと思っているアイズは最低限の食事として棒状の携行食を齧ることしかしておらず、まともな食事を摂っていないのだ。

 

そんな状態で目の前に美味しそうな香りを放つ鍋があれば空腹に耐えられるはずがない。鍋から沸き立つ香りに食欲を刺激され続ければ当然のことだろう。恥ずかしそうに身を縮こませているアイズを見てティオナは笑いながら言う。

 

加えて。

 

「食っとけ、いざという時倒れては目も当てられないだろ」

 

「うっ········」

 

 作った張本人であり、アイズ的には兄のような相手でもあるアルに言われては食べないわけにはいかないと口をつけた。そして一口食べた瞬間、アイズの瞳が驚愕に見開かれる。

 

そのまま無言で二口三口と口に運ぶと、次々具材を口に放り込み始めた。あっという間に一杯目を平らげてしまったためおかわりを要求すると、配膳をしているアキが器によそってくれた。

 

「(……温かい)」

 

 それは食事に対してか、それとも仲間達に対してか。自分でもわからないが、とにかくそう思った。しかし、同時に思う自分は今、ここにいていいのか? この場にいることは間違っていないだろうか? と。

 

こんなにも暖かくて優しい場所に自分がいる資格はあるのか? と。自分の居場所があるということに対する疑問。自分がいるべき場所ではないのではないかという不安感。それがどうしても拭えない。

 

「(私は……)」

 

 自分なんかがこの輪の中に入ってもいいのだろうか? 自分は皆と一緒にいてもいいのだろうか? と、自問する。だが、アイズが何かを言う前に隣に座っていたティオナが笑顔で寄りかかってくるいつも通りの明るさで当たり前のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、アル・クラネルは転生者だ。のどかながら異国の地の赤ちゃんに生まれ変わった俺はハイハイが終わって少しして弟が産まれ、名前を聞いたとき愕然とした。

 

「この世界、ダンまちやんけ」、と。弟が生まれて暫くしていなくなった両親の代わりに俺らを育てたやけに筋骨隆々とした爺にベル・クラネルという名前の弟。これはもう確定だろう。ここは間違いなくあのダンジョンでモンスターを狩るファンタジー世界のダンまちだ、と。

 

それからという物、俺は前世の記憶がある事を隠して普通の子供を演じてきた。掠れ始めた前世の記憶をたどるにダンまちとは主人公ベル・クラネルが冒険者の町、オラリオで出会ったヒロインたちを救い、仲間との絆を育みながら英雄へと成長する物語である。そしてのこの作品には悲しい過去を持った曇らせがいのあるキャラがたくさんいる。

 

そんなダンまちの世界に転生したとわかった時、真っ先に思ったのは「あーアイツらの傷になって盛大に死にてぇ」だった。

 

生前の俺は曇らせ展開が大好きな畜生だった。そんな俺は一回死んだせいか死に対する恐怖や忌避感がなくなり性癖を満たすのを待ちかねていた。ある程度身体が育ち、戦えるようになった俺は性癖を満たすためオラリオへ向かった。

 

当然、入るべきは主要人物の多いロキファミリア。最大派閥だけあって入るのは難しいかと思ったが無駄に高いスペックに加え当時12歳のショタ姿が面食い神のロキに刺さったようであっさりとロキファミリアに入れた。

 

それから俺は無口ながらも仲間思いな暗い過去を持つ美少年エミュに徹し、アイズやベート達と仲良くなっていき、みんなを守るため犠牲になる····················つもりだったんだが。

 

この身体、強すぎだわ。Lv1で強化種のインファントドラゴン倒せるわ、一人で階層主倒せるわで全然死ねない。最初の頃は死ぬまでいかない曇らせで満足できてたけど物足りなくなってきたし、最後にドカンと派手に逝きたいんだがなあ。

 

超強い強敵に殺されかけてもなんか身体が勝手に反応しちゃって漫画の主人公よろしく死に際のパワーアップして普通に勝っちゃう。

 

そんなことを繰り返してたらとうとうLv7になってしまった。もう俺が負けるような相手ほとんどいなくない? 

 

オッタルとは戦う理由がないし·······················。

 

はあ、どうしたもんかなぁ······················。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

アルフィア(Lv7)の超短文詠唱≒リヴェリア(当時Lv5)の砲撃なのでまあ

 

アル君の年齢は16歳です、本当はもう少し上にしたがったんですがそれだとアルフィア(15年前で16歳で母親の姉)の年齢的に父親が畜生になっちゃうんでやめました。

 

 

「アル・クラネル」

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

 

《スキル》

【憧憬追想(メモリアフレーゼ)】

・早熟する

・目的を達成(曇らせ)するまで効果持続

・想いの丈に比例して効果向上

 

細かいステイタスは後々書きます

 

 

 










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二話  いやあ、芋虫相手に死ぬのは絵面悪いし遠慮するわ

 

 

 

一体、いつからだろうか、彼を父と重ねるようになったのは。

 

私が彼、アル・クラネルと初めて会ったのは彼がいつも以上にはしゃいでるロキに連れられてきてファミリアの一員となったときだ。

 

真っ白な髪の毛に当時まだ幼かったのに鍛えられていた身体に一切の無駄を排したかのような立ち振る舞い。

 

何より目を引いたのは血のように赤く暗く輝いていた瞳。そしてその眼が私を見つめたとき、私は直感的に理解してしまったのだ。その瞳から発せられる執念に彼は私と同じだと感じた。

 

事実、彼はロキから恩恵を受けるやいなやダンジョンに潜り始め数年前の自分と同じように、あるいは自分以上の苛烈さでもって日中夜、戦いに身を置き続けた。

 

最初こそそんな彼の行動に対して周りからは様々な意見が出たけれど、いつしかそれは自然となくなりリヴェリア以外は誰も何も言わなくなった。

 

強さを求めるものとして根拠のない強い親近感があったが当時すでにLv4だった私は同じ歳とはいえ彼と直接関わることはなく、満身創痍で毎日帰ってきてリヴェリアに叱られる彼を遠くから見ているだけだった。

 

より、彼を見るようになったのは彼がファミリアに入って三週間程経ったあと─────彼がLv2になってからだ。それまでの最速記録、私の一年を遥かに上回る速度でのレベルアップに私はロキに何があったのか問い詰めた。

 

曰く、上層で強化種の小竜(インファント・ドラゴン)が発生し、パーティーを逃がすために、負傷し動けないパーティーメンバーを守るために一人で小竜(インファント・ドラゴン)と戦い、勝ってしまったのだと言う。

 

そのパーティーとは独断専行がすぎるアルにリヴェリアがむりやり入れさせたロキファミリアに入って三年以内の者たちで構成されたものだ、初心者とはいえロキファミリアの一員であるだけはあり中にはLv2に至っている者もいた。

 

そんな彼らが逃げるような強化種を恩恵を授かって三週間で倒す? 無理だ、そんなのは私でも絶対にできない。

 

でも、成し遂げた、故にこそ偉業として認められてレベルアップできるようになった。けど、レベルアップには偉業の他にアビリティのいずれかがDに至っていないと不可能というものもある。

 

いくら初めは上がりやすいとはいえ三週間では才能があってもGかFがせいぜいなのに小竜(インファント・ドラゴン)との戦いがあったとはいえ既にDランクに至っていた。

 

ティオナはその時ぐらいからアルとよく関わるようになってきたけど私はまだ遠くから見ているだけだった。

 

驚きと共にどこか納得していた。あの時の目を見た時から感じていた何かしらの強い感情。それが彼の原動力なのだと思ったからだ。ただ、それだけならただの戦闘狂で終わるだろうけど彼はそこで終わらなかった。

 

それからも何度もモンスターを倒し続け、遂には単独で中層にまで到達するに至る。当時の私には想像すらできないことだけど、その頃になると彼が異常だというのはもはや誰の目から見ても明らかになっていた。

 

そして、一ヶ月後のある日のこと。いつも以上にボロボロになって帰ってきた彼はそのまま倒れ込み、リヴェリアの治療を受けた後にステイタスの更新をした。

 

────Lv3。

 

私が、アルと本格的に関わるようになったのはアルがその時、Lv3になったときからだ。ありえない、たった二ヶ月で自分と同じ第二級冒険者になったアルに私が抱いたのは強い嫉妬の念だった。

 

ティオナやエルフィは彼を褒め称えていたけれど、私はどうしても素直になれず関わることがあっても当たり障りのない返事しかできなかった。

 

小さい頃から何年もかけて上がってきた階段をまたたく間に駆け上がってきたアルを私はずるいと思った。それからロキの計らいでよく組んでダンジョンに潜るようになってからも私はアルにきつく当たり続けながらアルの命を捨てるような戦い方と異常なまでの成長速度に恐怖した。

 

それが変わったのはアルがLv4に私がLv5になったきっかけである黒いゴライアスがリヴィラの街を襲った事件だ。

 

インターバルの最中であるのに関わらず発生し、リヴィラの街を壊滅させた黒いゴライアスは通常よりも強く、当時Lv4の私じゃ歯が立たなかった。

 

リヴィラの街にいる冒険者は精々がLv3、Lv5相当の強さを持つ黒いゴライアスには太刀打ちできず絶望し、そのまま全滅するかと思われた、みんなが逃げる中たった一人で黒いゴライアスに立ち向かうアルの姿を見るまでは。

 

そして、アルの戦いを見て私は気づいてしまったのだ。彼は命をどうでもいいと思っているから顧みないで戦っているわけじゃない。むしろ、逆だ。

 

アルは自分以外の命を助けるために戦っているのだと。だから、彼は自分以外の為に、他の誰かの為に、強くなる。

 

いくらアルが才能に溢れていたとはいえLv3のステイタスではLv5相当の階層主にはどうやっても勝てない、そんなの誰でもわかるのに一切の恐怖を持たず突き進む彼の背中が父のそれと重なって見えた。

 

その姿は心が折れかけていたリヴィラの街の住人を立ち上がらせ、再び武器をとらせた。私は何故かそれが誇らしく思えた。

 

今までずっと父に守られてばかりだった私が初めて守りたいと思った人ができた瞬間だった。そして激戦の末、ゴライアスは倒され、私もアルもレベルアップした。

 

それから数年、私はLv5のままでアルはLv7、冒険者の最高位に至ってしまった。

 

Lv5から先へ行けないのは私だけになってしまった。悔しかった、悲しかった、怖かった、でもそれ以上にアルの隣に立ちたかった

 

彼は私を見ていない、先を見ている。このままだと決して追いつけないところまで行ってしまう。アルにおいていかれたらまた私は一人になってしまう。アルが見ているものを一緒に見たい。アルが見ている世界を知りたい。アルと同じ場所に行きたい。

 

だから、だから、お願いだからおいていかないで、アル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】から依頼された51階層にある『カドモスの泉』より要求量の泉水を採取する依頼を達成するために泉へ向かったアイズたちはカドモスの死体とカドモスを殺した犯人であろう腐食液を蓄えた巨大な芋虫に遭遇した。

 

異常なまでに強力な腐食液は希少金属を鍛え上げたものであるロキファミリアの武器を尽く溶かし、不壊属性(デュランダル)の武器を持つアイズやアルでなければ戦うのも難しい脅威だった。しかし、このモンスターを傷無く倒せるのはこの場ではアイズとアルの二人だけだ。

 

腐食液に溶かされる前に斬り伏せる繰り返し。ギリギリながらフィンたちのグループと合流し、本陣で芋虫型の新種をかろうじて殲滅したが、そんな彼らの前に現れたのは芋虫より遥かに巨大で大量の腐食液を蓄えているであろう女性型の怪物だった。フィンが冷静に相手の戦力を分析する。

 

おそらくあの巨体による突破力は凄まじいものだろう。だが、それ以上に厄介なのは吐き出す溶解液だ。あれを浴びれば一瞬にして戦闘不能に陥ることは必至である。

 

階層主にも匹敵するそのサイズはおよそ六メートルから七メートルか。先ほどの芋虫型と比べてもその大きさには大きな隔たりがある。

 

先程まで戦っていた芋虫型の大型個体より、更に大きいその不気味な身体は毒々しいほどに鮮やかな黄緑色をしており、芋虫型の女王ともいうべきその異様は見る者を恐怖させる威圧感を放っていた。

 

肥大化した芋虫のような悍ましさは変わらない。ただし、芋虫型は人間大の青虫のような近いシルエットをしていたのに対し、こちらは人間の女性のシルエットをしている。

 

胸元は大きめな乳房で盛り上がり、腰はくびれていて臀部は丸みを帯びて膨らんでいる。下半身は盛り上がった肉がスカートのようになっている。

 

真っ当な知的生命体ならば見ただけで恐怖にも近い生理的嫌悪を引き出すそのおぞましさにさえ目をつぶれば天女のような有機的な美を湛えており、その醜悪な姿とは裏腹に、この怪物からは異様なまでの神聖さが感じられた。それは、今までに出会ったどんなモンスターとも違う感覚であった。

 

神性。

 

そう表現するのがもっともしっくりくる存在だった。フィンたちがこれまでにない感覚に戦慄していると四枚の扁平状の腕を芋虫の女王は、ふわり、と愛しい者を抱擁するかのように、すべてを受け入れる聖母であるかのように、広げた。

 

その瞬間、腕から虹色の粒子群が花の花粉であるかのように風に乗るような軽やかさでフィン達のもとに煌めく光粒となって舞い落ちる。

 

──────視界を埋め尽くすような強烈な発光現象が起きた。閃光に目が眩む。咄嵯の判断でアイズは『風』を纏い、仲間たちを守った。そして、間を置かずに光が炸裂し、大気を揺るがす衝撃とともに地面を爆散させる。

 

「ぐっ─────ッ!!」

 

「きゃぁああああああああ──ッ?!」

 

 凄まじい熱気を伴った爆風によって吹き飛ばされたフィン達は体勢を崩されながら、即座に立ちなおり状況を確認する。

 

爆発が起こった場所には直径数メートルに及ぶ巨大なクレーターができており、周囲には衝撃波によって木々がなぎ倒され、大地がえぐれている。

 

蝶の鱗粉のように無造作にばらまかれるあの光粒の一つ一つが、すべてをふきとばす魔弾であり、その威力は直撃を許せば第一級冒険者であっても致命傷になりかねないほどのものであった。

 

そして、その中心には女王の姿がある。その姿はもはや芋虫ではない。腕は二対四枚もの翅のように広がり、頭頂部からは天に向かって伸びるように長大な角が二本生えている。この変異こそが女王の真なる姿なのだということを直感的に理解した。

 

もはや芋虫という殻を脱ぎ捨てた芋虫の女王は、その身を変貌させながらも不敵な笑みを浮かべる。

 

階層主に匹敵する膨れ上がった巨体故、魔石の場所の特定が儘ならないものの、恐らくリヴェリアの魔法であれば倒せるはずだが後先を考えずに倒せば流れ出る莫大な量の腐食液の津波に呑まれ、甚大な被害が出るだろう、それを誰よりも早く理解したフィンは撤退を指示する。

 

「速やかにキャンプを破棄、最低限の物資を持ってこの場から離脱する。リヴェリア達にも伝えろ」

 

「待てよ、フィン。それじゃああいつはどうすんだよ!?」

 

「あんなの放って置いたらとんでもない事になるかもしれないんだよ!?」

 

 フィンの指示にベートとティオナが噛みつくがそれは間違っていない、ロキファミリアですら苦戦するような怪物の親玉を放置すればどんな被害が出るかわかったものではない。

 

それにこのまま戦えば被害は免れないだろう、しかしそんなことよりもっと恐ろしい事が起きる可能性がある。そう考えたフィンはあえて非情な判断を下すことにした。

 

「でもあのモンスターを必要最低限の被害で始末するにはこれしかない。僕も大いに不本意だ·············。月並みの言葉で悪いけどね」

 

 階層主もかくやというあのサイズからして溢れ出した腐食液を躱すのは困難であり、それができるのはそもそも風の付与魔法で腐食液が当たらないアイズと腐食液を焼き切れるであろう火の付与魔法を使え、そうでなくとも『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』を上回る敏捷を誇る都市最速のアルだけである。

 

今現在ここにはフィン達の他にも多くの仲間がいる。もしも腐食液が飛び散ればそれだけで大勢に影響が出てしまう。そのため二人以外のメンバーではあれを倒すことはできない。

 

故にこそ、フィン達は二人に託して撤退する他ないのだ。

 

「アイズ、アル。あのモンスターを討て」

 

 その言葉に二人は静かに首肯するとそれぞれの武器を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(·········硬い!!)」

 

 女体型の身体を斬った瞬間、アイズにはそんな感覚が伝わっていた。それはまるで鋼鉄の塊でも叩いたような感覚で、しかもそれでいて手応えが全くないのだ。

 

そしてその通りであり、斬られた箇所から濁った樹液のようなものが出現して傷口を覆うと、すぐに何事もなかったかのように元通りに再生してしまった。

 

これには流石にアイズは驚きを隠せず、思わず目を丸くしてしまう。するとそんな彼女に対して、今度は女体型の方が攻撃を仕掛けてきた。

 

太い腕を伸ばしてくると同時に、腕をムチのように撓らせ襲い掛かってきたのだ。咄嵯に剣を構えてそれを防ぐも、そのまま押し切られてしまい吹き飛ばされてしまう。

 

だが彼女は地面に着地するなり再び体勢を整えると、今度は剣を思いっきり振り上げてから横薙ぎに斬り払った。しかしやはりそれも大した効果はなく、与えた傷は癒えてしまう。

 

少しずつ削っても意味がないと悟ったアイズは剣により一層の『風』をかき集め、対階層主用の『大技』の準備をしようとするが、眼前で行われる文字通りレベルの違う攻防に愕然とする。

 

それはまさに神速とも言える速さの戦いであった。アイズですら遠目からでやっと視認できる超常的なまでの速力は激しい衝撃波を巻き起こして周囲の樹木や地面を破壊する。更にそこに荒れ狂う雷撃のような攻撃が加わるため、もはや近付くことさえ出来ない状況だった。

 

アルの持つ主武装、特殊武装(スペリオルド)【ミスティルテイン】。超硬金属(アダマンタイト)を上回る硬度を誇る最硬精製金属(オリハルコン)と階層主バロールのドロップアイテムを鍛え上げて作られたその剣の持つ特性は不壊属性(デュランダル)

 

アイズの【デスペレート】と同様の力を持つその剣は如何なる手段を用いても決して折れず曲がらず砕けないという代物であり、アイズ以上の力のアビリティと技量を持つアルに振るわれることで女性型の鋼のような肉体を易々と斬り裂いていく。

 

「(また、強くなってる)」

 

 さっきまでとは違い、ふたりきりで戦うことでより強く実感する。伸び悩んでいる自分とは違ってアルの成長はまだ止まっていない。

 

このままではいけない、もっと頑張らなくては――そう思いながらも、目の前で行われている戦闘を前にただ見ていることしかできない自分が歯痒かった。

 

その肥大化した巨体に見合わぬ敏捷さと機動力をもつ女体型は、360度の全方向の攻防に対応できる可動域の四本の触腕を機敏に振り回し、背後に回ったとしても、イソギンチャクのように蠢動する無数の足を蠢かせ、方向転換をしてくる。ゴライアスのような階層主にままある小回りの未熟さも見えない。

 

しかし、アルの前では案山子同然だ。背後から襲いかかってきた腕を難なく斬り飛ばし、そのまま胴体に強烈な一閃を叩き込む。

 

鈍重な見た目に反して俊敏性も高く、さらに魔法にも耐性があるようで物理攻撃に対する抵抗力は相当なものだろう。それでもアルにとってこの程度の相手ならば問題はなかった。

 

そして彼の猛攻によって追い詰められた女体型だったが、突然動きを止めると口から大量の液体を吐き出し始めた。それは粘性の高い紫色をしたスライム状の物体で、それが瞬く間に地面に広がっていく。すると広がった紫液に触れた木々が次々と腐り落ちていったのだ。

 

腐食毒かと警戒を強めるアイズは自身に許された唯一の魔法、【エアリエル】を行使して嵐と錯覚するほどの激風を自身に付与し、女体型の吐き出してくる紫液を吹き飛ばしていく。

 

マジックユーザーであるエルフでないのにも関わらずアイズの【エアリエル】による風の加護は、細剣で女体型の触腕による薙ぎ払いとの鍔迫り合いすら可能とする。

 

だが、アイズからすれば奥の手である魔法と不壊剣を使って漸く拮抗できるのだ、アルのように純粋な身体能力と剣技だけで戦えないことに焦りにも似た歯がゆさを感じざる負えない。だが、アイズがそんなことを気にしている間にも状況は変化していく。

 

アルはアイズとは一線を画する加速から女体型の左脇を抜きさり、同時に左下から逆袈裟に斬撃を放つ。それを察した女体型は即座に残った右腕を盾にして防ごうとしたが、遅きに失した。イソギンチャクのように蠢く多脚を神速でもって、まとめて断ち斬ったのだ。

 

いくら強靭で柔軟な身体とはいえ、流石に下半身を失ってしまえばもう動くことはできない。これで勝負あったかに思えたが、しかし女体型はなおも諦めることなく、その巨体を転がすように動かして強引にアルへと突進してきた。

 

バランスを失った女体型のその勢いと質量の乗った体当たりは確かに驚異的な突破力を秘めていたが、破れかぶれの特攻が当たるはずもなく余裕をもって躱したのち、女体型の巨体を反応すら許さない速度で駆け登る。

 

すれ違いざまに全身を斬り刻んでいき、残る腕を根元から斬り飛ばす。その瞬間、女体型の動きが止まると同時に今まで見たこともない量の腐食液が吹き出したのだが、アルはそれを魔法も用いぬ斬撃の結界によって打ち払う。

 

決定的なまでに開いてしまった実力差。極めれば極めるだけ神に近づくともされる『恩恵』はその仕組み上、レベルが一つ違えばもはや種族が違う、二つものレベル差は数値以上の壁としてアイズの前に立ちはだかっていた。

 

「───っ」

 

 悔しくはない、ただ悲しいのだ。このまま行けば彼我の差はより広がり自分ではアルの隣で戦えなくなってしまう。いやだ、と自分の中の小さなアイズ・ヴァレンシュタインが叫ぶ。

 

おいていかれたくない、ずっと隣に居たい、前みたいに共に背中を合わせて戦いたい。そんなアイズの葛藤をよそに、その場に聞くものの魂を震わせるかのような鐘の音が響く。そして、どこからともなく現れる黒い光の粒子。

 

その正体はアルのスキル、【英雄覇道(アルケイデス)】。魔法などの能動的行動にチャージ権を得るスキルであり、そのスキルによって強化されたアルの魔法は攻撃手段を失った女体型へ向けられる。

 

「───【サンダーボルト】」

 

 チャージによって威力を爆発的に引き上げられた雷霆はリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】を上回る威力を持った光柱となり女性型の肉体を焼き尽くした。

 

視界が灼熱に包まれ、全ての光景が赤く染まる。爆心地には炎の海が広がりその勢いは止まらない。灰色の森へと燃え移り、あちこちから火の手が上がっていった。顔を緋の色に焼かれながら、アイズは視線の先の光景をじっと見つめる。

 

「(ああ、何もできなかった)」

 

 割れる炎の海から無傷で歩み出てくる人影。まさに、英雄の貫禄。自分がいなくても容易く女性型を倒したであろう傷一つないアルの姿に歯噛みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な石質の岩石によって造られた無機質な通路を征く一団、【ロキ・ファミリア】はダンジョン中層に張りめぐらされた天然の迷路といってもいいその中を迷いなく進みながら、より上層───地上を目指して進んでいた。

 

階層が浅くなっていくにつれモンスターも弱くなってくるため、進むペースははやく、着実に歩を進めていた。薄暗いダンジョンを照らす燐光は一層強くなっていっている。

 

もうすぐでこの地下迷宮から出ることができるだろう。今、彼らがいるのは先ほどまでいた深層よりも遥かに浅く、地上にもほど近い中層の17階層。

 

ここまでの道程で、アイズ達はいくつかの戦闘をこなしていた。しかしそれは大した数ではなく、せいぜい三回か四回程度だ。それもすべて敵の強さはさほどのものでなく、Lv.2の冒険者であれば問題なく倒せるレベルであった。

 

アダマンタイトすら溶解せしめる腐食液を蓄えた芋虫型のモンスターに、階層主並みの存在であった女体型のモンスター、【ロキ・ファミリア】ですら苦戦した二種の新種というイレギュラーもあって今回での未到達階層の進出は諦め、地上への帰還を行っていた。

 

「(……あのモンスターは何だったんだろう?)」

 

 アイズは隣を歩くティオネやレフィーヤと談笑しながら、ふっと先ほどの戦闘のことを思い返していた。巨大な芋虫型のモンスターは、体表を変色させて襲いかかってきた。その攻撃方法は単純明快なもので、口器と思われる先端にある穴から噴出する酸を飛ばしてくるというもの。

 

防具のない箇所ならば一瞬にして溶かされてしまいそうな威力を持つ。女体型は階層主並みのサイズとそれに見合ったポテンシャルをもった強敵であった。

 

特に女体型にはなにか『良くないもの』を感じていたがその正体はわからない。ただ一つ言えることは、どちらも厄介極まりない相手であったこと。 

 

『ヴ、ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ───ッ!!』

 

 アイズがそんなことを考えているうちに、進行先の通路から大気を震わせる咆哮とともに獣臭と血錆の香りが漂ってくる。姿を現したのは他のモンスターと比べても頭ひとつ抜きん出た巨躯を誇っている牛頭人型のモンスター、ミノタウロスだ。

 

赤銅色の肌に牛頭、そして二本の角。手には武器こそ持っていないが、発達した筋肉がそれを補って余りある戦闘力を有していることを雄弁に物語っていた。

 

そして何より特徴的なのはその頭部だ。本来であれば人の顔があるべきそこには、まるで猛獣のように鋭い牙が並ぶ暴力にゆがんだ牛の頭があり、鼻腔からは蒸気のような息吹が出ている。

 

ミノタウロスの群れはアイズ達を見て、立ち塞がるように低く腰を落とすと地面を踏み砕かんばかりに強く踏み出した。瞬間、爆発的な加速をもってしてミノタウロス達が肉迫してくる。

 

血走った眼をぎらつかせながら突進してきたミノタウロス達はアイズ達に襲い掛かった。だが、それを見たティオナが嬉々として飛び出していく。

 

彼女は溶かされたウルガの代わりに渡された大剣を横薙ぐように振るうと、先頭にいた一体を吹き飛ばした。後続を巻き込んで吹き飛ばされたモンスターの体は壁に激突し、絶命しているのか動かないまま壁の一部となる。

 

さらにティオナは勢いのままに大剣を振り回すと、近寄ろうとしたモンスターを次々と切り伏せていった。瞬く間に五体を両断されたミノタウロス達は力を失い、地面に倒れ伏す。

 

中層最強とされるモンスターに対し、ティオナの攻撃はひどく一方的であった。それも当然であり、深層を探索する【ロキ・ファミリア】にとって中層に出現するモンスターなどものの数ではない。

 

アイズやベートもそれに加わり、圧倒的なステイタスを有する前衛の活躍によって次々と蹴散らされてゆく、本来ならば下位団員に経験を積ませるため、幹部である彼女たちは手を出さないこととしているが、今回は例の新種についての情報をいち早く地上に伝えるため、急いでいた。

 

だが、今回は数が異常だった。

 

幹部の活躍により、半数以上が瞬く間に灰に還るがその彼我の戦力差に恐怖を覚えたのか、我先にとのこる数十体のミノタウロスがアイズに背を向けて逃走していった。

 

「ええええっ?!」

 

「はあ?! なに、逃げてやがる、てめえら、モンスターだろうがっ!!」

 

 ミノタウロスの撤退。通常ではありえない光景だ。基本的にモンスターは本能で行動しているが、中には知能の高いモンスターも存在する。しかし、今回のような事態は初めてだった。

 

ティオナも、ベートも呆気に取られていたがすぐに気を取り直すと後を追うべく走り出す。この階層まで来れば上層のモンスターはほとんど木っ端だ。そのため、地上を目指すにあたって障害になるようなものはなかった。

 

ダンジョンには当然ながらアイズたち以外にも冒険者がいる。そんな彼らからすれば恐慌状態で迫ってくるミノタウロスの大群など悪夢以外の何物でもない。自分たちが取り逃がしたせいで冒険者たちが襲われるかもしれない。

 

そう考えたティオナとベートは全力疾走で逃げるミノタウロスを追いかけ始めた。ティオナは大剣を振るいながらも追いすがり、ベートもまた悪態をつきながらそれに続く。

 

さらに上層、16階層へ続く階段をミノタウロスが駆け上がっていき、恐怖に支配された群れはあっという間に見えなくなった。

 

ティオネがチッと舌打ちをして、ティオナとベートの後を追い、アイズもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、芋虫相手に死ぬのは絵面悪いし遠慮するわ。いくら俺でも殺される相手の選り好みくらいはしたい。それにアレは本来、アイズ一人でも倒せる相手だし俺が普通にやって負けるはずもない。

 

てか、アイズどうしたんだろ。戦い終わってからなんか暗かったけど。

 

まあいいや、それよりそろそろ我が弟、ベル・クラネルが運命の出会いするころかな。俺達から逃げ出したミノタウロスをアイズが先頭になるよう『加減しながら』走って追いかける。

 

ぶっちゃけまだ魔力あるし【サンダーボルト】連発すれば走るまでもなく全滅させられるんだけど残しとかないと原作始まらねぇからな。

 

あ、いたわベル。

 

「だぁあああああああああああああああああ!?」

 

 そして逃げる、ミノタウロスからではなくアイズから。うーん、速いな。最初からその速さでミノタウロスから逃げれば良かったのに。

 

それにしてもやっと原作の始まりか。内容は正直あやふやになりかけてるけど曇らせチャンスポイントは忘れてない。

 

ああ、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

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《スキル》

【英雄覇道(アルケイデス)】

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。



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三話 つよーくなーれーる、理由しぃったー、ぼくをーこえてーすすめー





『世界の中心』、そう評されることもある英雄の都、『迷宮都市オラリオ』。

 

太古に大地に穿たれた『大穴』を塞ぐ蓋の役割を担っている都市は、都市外のものからの襲撃への迎撃を無視したその設計は外敵への対処のためでなく、万が一ダンジョンを封じている創設神ウラノスの祈祷が破られたときに内部から溢れて出るであろうモンスターが外へ進出することを防ぐためにダンジョン産の希少金属も組成に組み込まれた巨大かつ頑強な白い市壁に円状に囲われている。

 

そんな都市の外壁には東西南北にそれぞれ四つの入り口があり、外界と隔てる壁の内側の大部分は冒険者のための区画となっている。

 

その区画には様々な商店や施設が立ち並び、冒険者が利用する道具屋や武具店などの専門店はもちろんのこと、食堂や宿屋なども存在する。

 

都市に住む冒険者は皆、基本的にはオラリオから出ることを許されず自分の所属する派閥の本拠地を中心とした都市内で完結する生活を行っている。

 

ゆえにこそ飲食、娯楽、医療、色事、その他あらゆるものを提供する歓楽街や賭博場などの娯楽施設は全てオラリオ内に存在する。

 

怪物たちの楽土である地中へ開く大穴、ダンジョンを塞ぐ『蓋』として神才の名工によって建設された天を衝く白き摩天楼───バベル。

 

このバベルを中心としてオラリオは構成されており、ダンジョンへと潜る冒険者たちによって日々賑わっている。

 

黄昏時のオラリオは迷宮での冒険から生還した冒険者達と彼等の生還を祝うために訪れた神々でごった返している。

 

地上では夜でも煌々と輝く灯りが街全体を照らし、行き交う人々の中には獣人やエルフといった亜人種の姿も多く見られる。世界の縮図とも言われる迷宮都市オラリオの日常がそこにはあった。

 

『黄昏の館』。

 

都市北部、メインストリート沿いから外れたところにあるいくつもの塔が重なってできているような長大な建物。

 

オラリオ有数の大手ファミリアであり、オラリオの中でも【フレイヤ・ファミリア】に並ぶ屈指の実力者集団として知られる【ロキファミリア】本拠地。

 

道化師の旗が中央に立ち、燃える焔のような赤銅色の本拠を構える建物は当然のように一流の造りとなっており、外観だけでも十分に価値があるものだった。

 

【ファミリア】の主神であるロキの自室はそんな豪奢な館の最上階にある。部屋に置かれた家具の数々もまた一級品揃いだが、それ以上に雑多な印象を与える物品が散乱している。

 

机周りには乱雑に投げ出された書類と高級品であろう羽ペン、床にも山積みになった本や紙束などが散らばっていて鮮やかに虹色の光を反射する白結晶や古ぼけた時代物の帽子などベッドの上ですらなにかしらの物品で埋め尽くされている。

 

もっとも多いのは部屋のいたるところに置いてある様々な種類の酒類だ。専用の小型保存庫まで部屋に備え付けており、いつでも好きなときに酒盛りができる環境になっている。

 

そんなロキの部屋の中には部屋の主人であるロキとロキの眷属であるアルがいた。

 

「さあさあ、恥ずかしがらず服脱ぎぃ。ステイタス更新のお時間やで」

 

 ロキが子ども達が遠征から帰ってきて最初にするのは子ども達を労うことで次にするのはステイタスの更新だ。ステイタスは日々の努力や積み上げられた戦いが経験値として反映され少しずつ上がる。

 

山程のモンスターを倒し、心身をともに追い詰めることとなるダンジョンへの遠征は経験値を獲得する格好の機会であり、遠征の帰りにレベルアップを果たした者は数多くいる。

 

ステイタスの更新はそれなりに手間がかかり自己申告で希望者のみ行っているが、唯一例外としてアルのみは遠征などの帰りには必ず更新することを義務付けている。

 

理由としてステイタスの上がり具合からどれだけの無茶をしたのか判るのと、そうやって日々更新しなくてはアルの行っている無茶に体が追いつかず死んでしまうのではないかと思うからに他ならない。

 

ロキにとってアルとは信頼する眷属であると同時に愛すべき家族でもある。だからこそ、ロキは普段あまり表には出さないが心の底から心配していたのだ。

 

最初のうちはステイタスの封印をちらつかせ無茶な行動を諌めようとしたが封印された状態でもダンジョンに潜るというアルの言葉に一切の嘘がなかったことから中途半端に縛って足を引っ張るよりもアフターケアに力を入れたほうが良いと考えてLv3に上がったあたりからダンジョンに一人で潜るのを止めていない。

 

それが間違っていたのか良かったのか今ではアルはオラリオに二人しかいないLv7にまでなってしまった。

 

そこまで登りつめたのにも関わらずまだアルの目には燃えたぎるような執念が見え隠れしている。

 

「······いや、恥ずかしがってはいないが」

 

 そう言いシャツを脱いだアルの身体には大小様々な傷の跡が刻まれている。本来、回復魔法やポーションであとも残らず消えるはずの傷跡が残っているのはアルが傷を負っても躊躇わず回復を後回しにして戦い続けてきたためであり、ロキにとっては余り見たくない悲痛なものだ。

 

しかし、その無数の傷痕の下には鍛え上げられた肉体が存在している。引き締まった筋肉は無駄な贅肉は一切なく、それでいて必要以上のものをつけすぎない絶妙なバランスを保っている。

 

アルは着痩せをするタイプなのか服を着ていたときは細身に見えるが、実際はしっかりとした厚みのある体つきをしている。

 

ロキとしてはアルにもう少し自分を大事にして欲しいところなのだが、こればかりは本人が納得しないかぎりどうしようもないことだ。

 

親である自分はその悲痛な思いを表に出さず努めて明るく振る舞うべきだ、せめて自分たちの家に居るときは戦いを忘れられるように。

 

「うんじゃ、はじめるでぇ」

 

 そう言ってロキはいつも通り、ステイタス更新のための器具一式、その中から針を一本取り出し自らの指に突き刺した。

 

アルの背中、首の根もとの辺りにその人差し指で触れ、神血で血文字の様な紋様をサインでも描く様な慣れた手つきで指をアルの背中に走らせる。

 

血の軌跡がアルの背中を一周した頃、何も描かれていなかった筈のアルの背中にすっと、ヒエログリフを彷彿させる文字列のような奇妙な模様が浮かび上がった。

 

ロキはそこに先程自らがつけた血液の跡をなぞり、新たな模様を描き加えていく。ロキの指が動く度に、描かれた血の文字は意味を成していき、やがてそれは一つの文章となる。神聖な紋様にも見えるそれこそが『神の恩恵』の証たる【ステイタス】だ。

 

そんな更新されたステイタスを見てロキは目を見開く。

 

 

アル・クラネル

『Lv7』 

 力:S971→S993

 耐久:A883→A884

 器用:S996→SS1044

 敏捷:SS1038→SS1060

 魔力∶S976→S989

 

幸運︰D

直感︰F

耐異常︰E

疾走︰E

精癒︰G

剣聖︰I

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

【レァ・ポイニクス】

・付与魔法

・火属性

・損傷回復

・呪詛焼却

【リーヴ・ユグドラシル】

・広域攻撃魔法

・雷、火属性

・竜種及び漆黒のモンスターへ特攻

・対特定事態時、特攻対象を■へ変化

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、発展アビリティ『剣士』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

加護精霊(スピリット・エウロギア)

・対精霊で特殊な補正。

・精霊への特攻及び特防の獲得。

・各属性攻撃及び呪詛に対する耐性。

英雄覇道(アルケイデス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

闘争本能(スレイヤー)

・自動迎撃

・疲労に対する高耐性

・体力と精神力の急速回復

・逆境時、全アビリティ能力高域補正

 

「(相変わらず半端ないなあ)」

 

 基礎となる五項目の基本アビリティのみに0から999の熟練度があり、アビリティはSとIからAの十段階で表される。Ⅰが0から99、Hが100から199とランクと熟練度は連動している。

 

これに【狩人】や【耐異常】などのランクアップに際して発現が任意可能な発展アビリティ、個人によって全く内容の異なる魔法、スキルを加えたものが神の眷属の【ステイタス】である。

 

本来、冒険者の【ステイタス】のランクは良くてBでランクアップ直前であっても大抵がCかDに落ち着く。Aランクですら並々ならぬ鍛錬と戦いの日々の末漸く、たどり着ける領域だ。

 

アビリティの最高評価Sに上り詰める者は全くと言っていいほどおらず、派閥の頭であり、七年もの間、Lv6としての器を磨き続けたフィンであってもSランクの【ステイタス】は特化している【器用】だけだ。

 

そんな前提を覆すかのようにアルのほとんどのステイタスはもとよりSランク終盤であり、更新した現状に至っては【敏捷】と【器用】のステイタスは限界値を超えたSSランクへと至っている。

 

この数値は他に例のない異常なもので、アルの場合、成長限界がないのか、あるいは神界の法則に縛られていないのか、ステータスの成長限界を突破している規格外っぷりであった。

 

器の更新───ランクアップから半年程度しか経っていないとは思えないステイタスの向上率、SSという他に類がないランクのアビリティも驚きだが何よりも凄まじいのはそのスキル。

 

全部で五つ、そのほとんどがロキもアルを眷属にして初めて見た特殊技能(レアスキル)である。

 

そして速攻魔法である【サンダーボルト】に反則とも言える下界最優の付与魔法【レァ・ポイニクス】、奥の手の【リーヴ・ユグドラシル】。

 

そのどれもがリヴェリアをして埒外と言わせる魔法であり、戦闘に特化したステイタス構成と言える。

 

「ほい、終わったで」

 

 スキル欄から【憧憬追想】を抜いたものを紙に写し、渡す。このスキルはその例を見ない稀少さと何かはわからないがその憧憬を自覚することでアルが更に無茶しないためにも自分とフィンたちしか知らない。

 

「····················上がってないな」

 

「んなわけあるかトータル100オーバーやで、これまでが異常なんや」

 

 他の第一線冒険者達の向上ステイタスがアルより低いLv5やLv6であるのにも関わらず20にも満たないことを考えれば異常すぎる上昇量だ。それだけ無茶をしたということやその『憧憬』への思いがそれだけ強いことの証明である。

 

「レベルの話だ、もう半年だ」

 

「アホ言うなや、そないぽんぽん上がるもんか」

 

 レベルの向上はそんな生易しいものではない、『経験値』をこれ以上無いほどに効率的に獲得することができるオラリオの冒険者であってもその大部分は一度もランクアップを経験せずに一生をLv1で終わらせる者も少なくない。

 

故にこそ一度でもランクアップを果たしたものはオラリオ外であれば数十の兵にも勝るであろうし、オラリオにおいても上級冒険者と尊ばれる。

 

長らくランクアップの世界最速記録を持っていたアイズ・ヴァレンシュタインや【ヘラファミリア】の才禍たる女傑であってなお、ランクアップ所要期間が一年を切ることはなかった。

 

才能に溢れたものが多いロキファミリアの面々ですらレベルアップには年単位の時間を有し、それにふさわしいステイタスと偉業と言える難行を成すことが必要である。

 

アルが最後にレベルアップしたのは半年前、遠征帰りに精神疲弊状態でありながら深層の階層主バロールをたった一人で討伐したことが偉業としてレベルアップした。その時にはほぼ全てのアビリティがSSSランクに至っていた。

 

皮肉にもLv7へ至ってしまったアルにとって倒すことで偉業といわれる脅威は限られ、ステイタスだけが上がる日々を過ごしている。

 

偉業を達成するにはそれこそ【フレイヤファミリア】に一人で攻め入るかダンジョンのより深い下層へ行くほかない。

 

「····················なあ、なんでそんな強くなりたいん? オラリオでアル以上に強いのなんてフレイヤんとこの『猛者』くらいやろ?」

 

 その猛者も実際に戦えばどちらが勝つかわからずアルとオッタルは実質的なオラリオの二大最強といえる。そこまでの力をつけたのにも関わらずアルは未だ上を、かつての最強派閥である【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の団長しか到達しなかったLv8、Lv9を目指している。

 

「······················別に、強くなりたいわけではない」

 

 極めつけがこれだ、強くなりたいわけではない? そんなわけがあるか強くなりたくないやつがあんな無茶をするわけがない。仮にそれ以外の理由があるとすれば【憧憬追想(メモリアフレーゼ)】の効果持続の条件である『目的』、それしかあるまい。

 

「(どうせ聞いても答えんのやろうなあ)まあ、ええわ。次はアイズたんやからさっさと退きい、ウチとアイズたんの睦み合いの邪魔はさせへ、ってまだ話してる最中やなのに」

 

 話の途中で仏頂面のまま部屋を出た問題児その②を見送り、そろそろ来るであろう問題児その①を待つ。

 

「やれやれ、手のかかる子ほどかわいいゆうけどかかり過ぎなのも考えもんやな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、ほんとに強くなりたいわけではないんだけどな? ただ強いほうが死んだときの絶望感が強くなるかなぁ?ってだけで最強とか全然目指してなかったし。これまで何度かあったチャンスを逃したせいでなりたくなくても強くなっちゃったというか·············。

 

「····あ、アル」

 

 前世の現代日本であれば痴女認定待ったなしの露出過多な服装した金髪美少女がそこにはいた。まあ、アイズなんだけど。なんでこの世界の女性陣は露出多いんだろうか、風邪ひかないのかな················?

 

「ん、なんだ?」

 

「え、いや、な、なんでも··············あ、ステイタスどうだった?」

 

「まあ、別に100ちょっと上がったくらいだ、発展アビリティとかは変わらん。それがどうかしたか?」

 

「え、100? ················うぅん、なんでもない。私も更新してくるね」

 

 え、なんだよ、なんでそんなに落ち込んでるの?曇らせるのは大好きだけど理由わからないと何も嬉しくないわ。何より曇らせるためには一回、明るくさせないと(サイコパス)。

 

「なんだ? さっきもそうだったが何かあるのか?」

 

「···············なんで、なんでアルはそんなに強くなれるの?」

 

 原作主人公への質問じゃねぇか。んなもん才能だよ、多分この身体めっちゃスペック高いもん。大丈夫、大丈夫、アイズも原作的にあと少しでランクアップすっから。まあ、でもそんなこと言えんしなあ。

 

「さあ、な。強いて言うならどうしてもやりたいことがあるからかもな」

 

「どうしても?」

 

「ああ、何かは言えんがな。ただ、それが俺を冒険者にした理由なのは間違いない」

 

 お前たちの前で盛大に死んで曇らせることだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

『Lv5』

 力:D549→555

 耐久:D540→547

 器用:A823→825

 敏捷:A821→822

 魔力:A899

狩人:G

耐異常:G

剣士:I

 

《魔法》

【エアリアル】

・付与魔法

・風属性

 

「(···············低すぎる、全然上がってない)」

 

 ダンジョンに潜って約二週間、「遠征」を通して深層域に棲息する強敵をあれだけ屠ったにもかかわらず、アビリティの熟練度が全くといっていいほど上がっていない。増加量、たった16。アルより低いレベルのはずなのにアルの半分にも到底及ばない。

 

更新された代わり映えのしない【ステイタス】を見て、アイズは揺れ動く感情を無理矢理に押し殺しながら黙考する。

 

このままでは、何度、『遠征』に行って何千何万のモンスターを斬り伏せたとしても、たかが値の一つや二つ程度しか熟練度には反映されないだろう。アルに追いつくどころの話ではない、どんどん差は広がっていくだろう。

 

熟練度の限界値は999。アビリティランクSに迫るにつれ値の成長幅も極端に狭まっていくが今回の更新結果は恐らくそれ以外にも原因がある。今のアイズにはもう伸びしろがないのだ。今の【ステイタス】がアイズの能力限界であり、もはや発展の余地がない。

 

Lv5に到達して既に三年。

 

成長上限と言う名の見えない壁がアイズの前に立ちはだかっている。これ以上の成長はもう見込めない。

 

現段階の自分に見切りを付け、次の階位────Lv6への移行を検討し始める。より高次な器への昇華。偉業を為し遂げることで壁を乗り越え、限界を超克する。より強く。もっと強く。貪欲なまでに強く。

 

更なる力を得るために。 遥か先の高みへと至るために、人形のように表情を消し、アイズは強烈な意志を心の奥に秘める。

 

 

『ああ、何かは言えんがな。ただ、それが俺を冒険者にした理由だ』

 

『お前には何か強くなってしたいことはあるのか?』

 

 

 そんな、そんなものは決まってる。私が強くなりたい理由はアルの隣で戦い続けたいから、今度は私がアルを助けたいから、それしかない。三年前のあのとき、確かに私の憧憬となった英雄。

 

そんな彼の隣で、あのときと同じように背中を合わせて戦いたい。けど、そんな想いも誰しもが当たり前にぶつかるありふれた、それでいて何よりも絶対的な才能という壁が阻む。

 

ロキに二言三言、礼を言ってから部屋を後にして螺旋階段を下りる。各階の窓から光と談笑の声が漏れる中、私は薄闇に包まれる回廊を一人進んだ。寄り道せず真っ直ぐ自室へと向かい、ドアを開ける。

 

寂しい部屋だった。机にベッド、カーテン。調度品は少なく、ロキの私室と比べれば飾り気の欠片もない。窓から差し込む月の光が明かりのない室内を深い藍色に染めている。

 

部屋を突っ切ってベッドに倒れ込んだ。体が白いシーツに沈み込む中、横になった視界に、窓辺へ立てかけてあった一振りの剣が映る。

 

鞘に収められた剣は、月明かりを反射し、美しくもまるで孤高に冷たい光を放っている。私は無言のまま、ゆっくりと瞼を閉じる。遠のく意識に全身を委ね、深い闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た、お父さんが私のもとを去っていったあのときの夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

前衛寄りのアルフィア。

 

盛大に死ぬために無茶しまくったせいでむしろ強くなってます。



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★四話 そこは豊穣の女主人

 

 

 

 

 

 

 

オラリオの中心にダンジョンの大穴を塞ぐために建設された白き摩天楼バベルの塔の最上階にあるその部屋は、天を衝くほどの高さにありながら開けていて、まるで外にいるかのような開放感があった。部屋の中には絶対者の風格を持った一人の女神がいた。

 

それは美である。地上に存在する全ての美しさという概念の具現化である。

 

猥雑な全ての者たちをただその有り様の美しさで支配する地上においてもっとも尊き擬人化した美という概念の結晶、この世界にあるどんな言葉を用いても、彼女の美しさを表すことなどできないあらゆる『価値観』を染め上げる暴力的なまでの美しさ。

 

その女神の名をフレイヤ。【ロキ・ファミリア】と対を成す【フレイヤ・ファミリア】の主神である。

 

「本当に、いつ見ても美しいわね、彼の魂は」

 

 その女神が浮かべている笑みは普段浮かべている下界の者を翫ぶ嘲笑じみた微笑みではない。下界の者が見れば心を壊す程に甘く、それでいて花のように明るい笑み、恋する乙女のようでもあり、友人に対する親愛の笑みのようでもある。

 

仮にその笑みが一人の人間に向けられたものだと知ったら超越存在(デウスデア)である男神であっても嫉妬に狂い死ぬことだろう、それほどまでに煮詰まった美の視線を受けているのはフレイヤにとっては商売敵とも言える【ロキファミリア】の一員であるアル・クラネルだ。

 

そんな彼を見てフレイヤは嬉しそうに呟く。彼がオラリオに来た時も思ったことだが、やはり彼の魂は美しいと。初めて会った時からずっと思っていた。だからついついちょっかいを出してしまうのだが、その尽くを踏破してしまった。

 

物理的にも、精神的にも、フレイヤが唯一、揺るがせることのできない人間だった。

 

「弟の輝きが穢れなき純白なら、彼のは磨き抜かれた漆黒の闇。本当に興味深い兄弟ね、なんでロキなんかのところへ行ってしまったのかしら―――貴方も同じファミリアが良かったでしょう、オッタル?」

 

 美神に従者が如く付き従っているその男を一言で表すとするならば巌。鍛え上げた金属が如き肉体を持つその目には静謐な、それでいて猛るような力強さが込められている。

 

そして何よりこの男が纏う雰囲気は常人には耐え難いものであろう。美神の従者としている今は抑えているが、例えレベル5の冒険者であろうとも相対すればその存在感に耐え切れず武器を手放してしまいそうな程の威圧感を秘めている。

 

「·······恐れながら、私としては『剣聖』とは同じ【ファミリア】ではなく【ロキファミリア】に居続けていて欲しいものです」

 

 しかし、そんな気配など微塵も感じさせぬような落ち着いた声で男は答える。この世界において間違いなく最強の一角であり、レベル7という高みにいる戦士としての自覚からくる落ち着きなのか。それとも目の前の神に絶対の忠誠を誓った証なのか。

 

どちらにせよオッタルと呼ばれた男の返答を聞いたフレイヤはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「あら? どうしてかしら、貴方も彼のことは気に入っているでしょう?」

 

「は、しかしできればやつとは同胞ではなく敵としてありたいのです」

 

 静かに闘気を沸き立たせるその威容は最強の冒険者にふさわしく、都市に名を馳せる第一級冒険者ですらオッタルには容易く屠られることだろう。

 

しかしそんなオッタルに臆することなくフレイヤはその美しい顔に悪戯な笑みを浮かべて尋ねる。オッタルは表情を変えず、淡々と言葉を紡ぐ。

 

それは彼の本心であった。オラリオに来てすぐに頭角を現した『才禍』、かつての最強たる男神と最恐の女神の残り火であるあの青年は真に『最強』に至れる器の持ち主である。オッタルはそんな、次代の英雄の『壁』として立つことを決めている。

 

その言葉を聞いてフレイヤはさらに笑みを深める。

 

「ふふ、貴方らしい答え。アレンが聞いたら怒りそうだけれど」

 

「でも、そうね·····。それなら完成されつつある彼よりも未完の器、弟の方をぜひ手に入れたいわ」

 

 フレイヤはそう言って笑みを深めた。その笑みを見てオッタルは無言で頭を下げる。この女神が言うのであればそれが全てなのだ。そんなオッタルの様子にフレイヤは満足げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキファミリア、二軍勢がもっとも苦手とするのは誰か。自分たちを雑魚とよんで憚らない暴力的なベート・ローガ? それとも団長との関わりを邪魔されると烈火の如く怒り狂うティオネ・ヒリュテ? 否、そのどちらでもない。

 

二軍勢がもっとも苦手とするのはロキファミリア最高戦力『剣聖』アル・クラネルである。

 

二軍勢の殆どはアルよりも年上でアルよりも長くロキファミリアに所属しており、先輩とも言えるが、その戦いぶりと異次元の成長速度を前に呼び捨てできるものはいない。

 

冷徹な瞳に女神ですら魅了する男性的な美しさはファミリア内外を問わずファンが多く、団長であるフィンに匹敵する人気の高さであるが二軍勢達からしたら自分たちとは違う本物の英雄の姿を見ているような気分にさせ萎縮させる。

 

そんなアル・クラネルの弟を二番目に苦手とするベート・ローガが罵倒したと知った二軍勢リーダーであるラウルはいっそ気絶してしまいたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この都市で生まれ育った者も、外からやってきた者も、等しく訪れることを許される《豊穣の女主人》。

 

少々割高な値段設定だが、それ以上に料理の質は高いことで定評のある店だ。今、店内は満席であり、客のほとんどが冒険者だった。彼らは皆一様に、テーブルに置かれた肉や野菜が山のように積まれた大皿をつつきながら、エール酒の入ったジョッキを傾けている。

 

そんな店内の喧騒の中、彼らの視線が一点に集中しているのは───ドシン! と音をたてて置かれた大皿には、山盛りの野菜炒めがあった。

 

肉厚のベーコンをふんだんに使ったその料理の他にも香草に包まれてこんがりと焼かれ、所々から脂が滴り落ちている大皿の中央に鎮座する小山のような巨大な肉の塊など次々と運ばれてくる料理の数々はどれもが豪快な大皿料理であり、それらもまた美味しそうであった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!! ガレェスッ!! 飲み比べでウチと勝負やぁ!!」

 

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにして額にミノと書いてやるわい!!」

 

「ちなみに勝った方がぁ─────────リヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやあああァッ!」

 

「「「「「な、なにいいいいいいいいい―――ッ!?」」」」」

 

「じっ、自分もやるっす」

「俺もやるぜ!」 

「私もっ!」

「ヒック、あ、じゃあ僕も」

「ぇ、団長ォー!」

「リ、リヴェリア様·····ッ?」

「はぁ、言わせておけ」

 

 そんな大皿料理が運ばれて行く先は店の中央を占拠する一団。今日の【豊穣の女主人】はロキファミリアの遠征帰還祝いの場として賑やかになっていた。そして、大皿料理を運ぶ給仕の少女達も忙しい忙しいと口にしながらテキパキと動いている。

 

そんな中、遠征を無事に終えたことの立役者であるはずの青年は喧騒に参加せず、いつもと同じように端にある一人用の席で無言で事前に取り分けられた料理を食べていた。

 

 

 

 

 

 

「皆さんの中に入らなくて良いのですか?」

 

「ん? ああ、リューか。いや、いいんだよ。ああいう賑やかなのは俺には合わない」

 

 そう言ってどこか淋しげに呟く彼が誰よりも勇気があり、誰よりもひたむきなのを私は知っている。

 

四年前、漸く私が店員業務に慣れてきた頃、シルの強引な客引きに連れてこられた彼の目に私は復讐に燃えて闇派閥を殺し回っていた頃の自分の姿を幻視し、自分より一回り若い12歳の少年に恐怖した。

 

彼は日頃のシルのしつこさもあってか頻繁に豊穣の女主人に来るようになったがその度にシルに救われる前のかつての自分のように磨り減っていく彼の姿を見ていられなくなり、少しでも彼を強くして死なないようにするため「シルが可愛がっているから」なんて理由をつけてLv4であることを明かし、鍛錬をつけることを申し出た。

 

最大派閥であるロキファミリアの一員である故に断られることも予想していたが思いのほかあっさりと受け入れられ、始まった鍛錬の中で今度は彼の才能に恐怖した。

 

一時間前にできなかったことがその一時間後にはできるようになり、日々感じるアビリティの向上はもはや成長ではなく進化といえた。その容貌とその才はかつてあの大抗争の中、18階層で戦い圧倒された『静寂』のアルフィアを想起させた。

 

接するにつれ才能に溺れずひたむきに努力を重ねる彼が私とは違う心優しいただ周りの者を守りたいだけの英雄の卵なのだとわかり、怖くはなくなった。

 

そしていつしか私は彼を強くしたいと思う反面、彼に戦ってほしくないと願うようになっていた。だが彼は強くなるほどに、強くなるにつれどんどんと過酷な死線に身を投じた。

 

今でこそ私と気軽に話してくれているが最初の頃は私の態度のせいでかなり気まずかったと思う。迷宮攻略では前衛として背中を任せられるほどに強くなり、たった一年足らずで私と同じLv4に至った頃には······失礼かもしれないが私は彼を弟のように思うようになり、私のようにはならぬよう願うようになる。

 

地上、オラリオの都市街でできない並列詠唱の練習等はダンジョンの中で行うようになり、それから更に半年が経った頃、私が『疾風』だと気がついた闇派閥の残党ジュラの罠に嵌められてリヴィラの街で起きた殺人事件の犯人として私は指名手配を受けた。

 

味方であるはずの冒険者達に追いかけられながらも、それでも私を信じてくれる彼とともにその裏にいる闇派閥の生き残りを追い詰めたが【ルドラ・ファミリア】が五年前の悪夢を繰り返すかのように発生させたあの忌まわしき『ジャガーノート』に襲われた。

 

【アストレア・ファミリア】総員でかかっても相手にもならなかったジャガーノート相手にLv4二人ではどうやっても勝つことができないと思い彼だけは逃がそうとしたが彼は逃げず、既に致命傷を負っているにも拘らず戦意を失わない彼の姿はその火の付与魔法もあって私ではなくアリーゼを思わせた。

 

死闘であった、共に死力を尽くした戦いだった。私を庇い、瀕死になりながらもジャガーノートを倒した彼はLv5となり鍛錬もそれを機に終わった。それから数年、『静寂』と同じLv7に至った彼は今でも努力を重ねている。

 

ああ、本当に───

 

「貴方は尊敬に値するヒューマンだ」

 

「は?」

 

 ······つい、口に出てしまった。恥ずかしい。ほら、彼も「いきなり何を言ってんだ、このエルフ」という顔をしている。私は馬鹿か。

 

「い、いえ何でもありません。ああ、そ、そういえばアルには弟さんが―――」

 

 

 ガタンッ

 

 

「ベルさん!?」

 

すごい勢いで立ち上がり、走り出す白髪の少年をシルが呼び止めるが聞かずにドアから出ていってしまった。そうだ、彼がアルの弟であるかを聞こうとしたのだ。

 

しかし、どうしたのだろうか? 何やら様子が変だったが?そんなことを考えていると。

 

「·····今、出ていったのが俺の弟、だな」

 

 私が聞くまでもなくそう呟いたアルは弟の分と言って私に金銭を渡し、彼を追いかけようとする『剣姫』を呼び止め、大テーブルの方へ向かった。

 

「やはり、兄弟でしたか。······それにしても何があったのでしょう」

 

 『凶狼』が縄で締め上げられ天井に吊るされたテーブルの方にいたアーニャから話を聞くに『凶狼』の言葉に耐えかねたかのように飛び出したそうだが真相はよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、走る、走る。怒りにも似た激情に突き動かされ、憐光で仄かに照らされる薄暗いダンジョンの中を走る。

 

僕、ベル・クラネルにとって兄であるアル・クラネルは紛れもない英雄だった。物心ついたときから兄さんは近くのガキ大将から、獣から、ありとあらゆる恐怖から自分を守ってくれた。

 

ただ強いだけではなく優しく、聡く、村の大人たちはこぞって兄さんを褒め称え、自分はそれが誇らしかった。

 

そんな兄さん、お祖父ちゃん、自分、この三人でいつまでも暮らしていくのだと思っていた。しかし、その夢は四年前、兄さんが突然村を去って行ったことで破綻する。

 

お祖父ちゃんが言うには、兄さんはオラリオ────冒険者の街へ行ったのだという。たしかに、と納得した。兄さん以上に冒険者が似合う人物を自分は知らない。寂しくはあったが兄さんが一流の冒険者になることを応援することとした。

 

そして兄さんが村を離れて四年後、お祖父ちゃんはこの世を去った。それがきっかけとなり、僕も遅れて兄さんを追うようにオラリオヘ向かった。

 

最初は自分の力だけで生活しようと思ったが、すぐに無理だと気付く。というのも自分がいかに無知で無力なるかを思い知らされたからだ。

 

それでも神様と出会い、兄さんと同じ冒険者になることができた。冒険者という仕事は大変だったがやりがいがあり、優しい神様やエイナさんと知り合え、何よりも『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインさんに救われ、初恋というものを知れた。

 

けれど─────────

 

『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ』

 

 ああ、まったくもってそのとおりなのだ。雑魚じゃ『剣姫』の隣には立てない。彼女の隣に立てるのはそれこそ兄のような英雄だけだろう。

 

そして聞くにたったの四年で冒険者として大成し、兄は『剣聖』という二つ名で『剣姫』と同じファミリアの主力として活躍しているという。

 

「強く、なりたい。兄さんのように、兄さん以上に!!」

 

 兄であるアル・クラネルと初恋であるアイズ・ヴァレンシュタインへの憧憬。それが僕が強くなりたい理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちまった、リューと話してたらあのシーンを見逃してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アルの戦いの師匠枠はリューさんでルドラファミリア関連は解決してます(対ジャガノートで曇らせ失敗してます、勝っちまった)

 

 

 

《武装》

【ミスティルテイン】

第一等級特殊武装。不壊属性の片手剣。異常発生した階層主バロールのドロップアイテムと最硬精製金属を鍛え上げた仄かに光る翠の刃を持つ。





挿絵的なの

【挿絵表示】


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五話 アル✕アイ見守ろうの会 特攻隊長ベート氏


再投稿です

オッタルがアルの血縁を知っているのは顔面傷だらけの男のせいです。





 

 

 

 

俺、ベート・ローガにとってアイツは、アル・クラネルは過去の自分を見ているようだった。

 

四年前、ロキに担ぎ込まれてきたアイツの目は何よりも大事なものを守れず自分だけが生き残ってしまい荒れ果てていた自分を思い出させた。

 

奴は俺と同じように、あるいはそれ以上に、苛烈なまでに強さを求めた。ババアやロキの言葉も聞かず実力に見合わないダンジョンの階層へ潜っていき、我が身を省みることのない戦い方をし続けた。

 

飢えた獣のような渇望の秘めた瞳で全てを睨みつけ、自分の限界を超えるまで鍛錬を続けた。日々、命を削っているようだった。

 

ダンジョンから無傷で帰ってきたことはなく、その度に死にかけていた。

 

何度、死の淵を彷徨ったか分からない。何度、血反吐を撒き散らし鮮血を流したか分からない。それでも、あいつは止まらなかった。

 

【ロキ・ファミリア】に恨みを持つLv2の冒険者崩れ複数に絡まれた際もアイツは音を上げず最後まで食い下がり、ボロボロになりながらも雑魚どもを根負かせて見せた。

 

その無様な風体を俺が罵倒するとやつは言った「勝者は常に敗者の中にある、俺はそれを証明して見せる」と。

 

その気迫に俺は何も言えなかった。そして実際にアイツはその言葉通り、偉業を成し遂げ、それを証明してみせた。

 

Lv.1でありながら上級冒険者ですら勝てない強化種からファミリアの仲間を守りきり、瀕死になりながらも勝ちやがった。

 

雑魚どもはアイツがオラリオ史上最速でレベルアップしたのは才能のためであると宣っているがそれはあの戦いを見てない奴らの戯言だ。

 

逃げ帰ってきたアイツのパーティーメンバーからの報告を受け、当時Lv.4だった俺やアマゾネス姉妹の妹の方、フィン、ガレスと共に救援──────生きているとは思っていなかったがそれでも向かった先で見た光景を決して忘れることはない。

 

そこで見たのは、インファント・ドラゴンの強化種を一人で相手取り、仲間を守ったアイツの姿だった。

 

その戦いは英雄の戦いなんて立派なものからは程遠い泥臭く見苦しいものだった。

 

レベルの差を覆したわけじゃない、自分の倍以上のドラゴンを相手に逃げ出した奴らの武器を使い捨てながらちまちまと鱗を削っていき、最後のトドメは雷の魔法をデコイに使った自らも感電する自傷覚悟な不意打ちの一撃だった。

 

圧倒的格上相手に無様もいいところな情けねえ戦い方だったがそれでも諦めず、己のすべてを費やして食い下がることで自身の実力以上の相手を打ち破り、自身が敗者の中にある勝者であると証明して見せたのだ。

 

アイツとアイズがよく関わるようになったのは二人がそれぞれLv.4、Lv.5となって二つ名が『剣鬼(ヘル・スパーダ)』から『剣聖』になってからだ。

 

······向こう見ずで天然なアイズとそれを無茶しながら助けるアイツらの姿は昔の、平原の王に集落が滅ぼされる前の自分と幼馴染を見ているかのようで眩しく見えた。

 

一つ違うところがあるとすればアイツは俺とは違い、血反吐を吐きながらアイズを守り通した。

 

俺は取りこぼし続けてきた、妹を、幼馴染を、恋人を、寄り添ってきたすべてを失った。

 

半年前、遠征の帰りにインターバルの最中であるにもかかわらず異常事態で発生した亜種の階層主バロールから俺達を逃がすためにたった一人で戦いを挑み、倒しやがった。そうだ、アイツからしたら「俺」も守る対象なのだ。

 

··············巫山戯るな、巫山戯るんじゃねぇ!! テメェなんぞに守られるほど俺はヤワじゃねぇ!! テメェが守るべきは俺やフィンたちではなくアイズだろうが!!

 

他は切り捨てろ、どれだけ力が強かろうといざというときその場にいなけりゃ救えるもんも救えねぇ、だからテメェはアイズから離れるな。

 

テメェは、お前は雑魚じゃねえが全てを救える英雄じゃあない。力をつけただけのただのガキだ。だから、だからこそ。

 

 

 

 

 

お前は、アイズだけの英雄になるんだ、なってみせろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇らせが足りない。

 

最後に誰かを曇らせたのいつだ·········? 半年前?

 

このままだと餓死するぞ。クソ、どっかに丁度いいエルフでもいねぇかな。

 

次にあるのは··········ああ、フィリア祭か、モンスターが逃げ出したり食人花が出てくるんだっけ? 

 

俺あんま覚えてないんだけどたしかベルが逃げ出したモンスターのシルバーバックと戦うからソイツは殺さないようにしなきゃな。あ、いやどのみちその日はダンジョン潜るか、異端児に用もあるし。

 

「·····おい、テメェ。あのトマト頭が弟ってのは本当か?」

 

「トマト頭······ベルのことか、そうだがそれがどうかしたか」

 

 ベートじゃん、昨日は随分と酔ってたみたいだな。どうやら原作同様ベルを散々けなしたみたいだが俺に対してはそんなにキツイこと言ってこないんだよな、ベート。

 

もっと言ってもいいんだよ、ツンデレが素直になれないまま死なれて曇るというのもなかなかに美味しい。

 

「·············チッ、なんでもねぇ」

 

 ポッケに手突っ込んだままどっか行っちゃった····何がしたかったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガキ、止まれ。テメェだ、そこの白髪頭」

 

「えっ、貴方はロキファミリアの·····」

 

 ダンジョン第六階層、二日酔いを醒ますためにダンジョンに潜ったベートは昨日嘲笑った白髪頭の少年、ベル・クラネルと遭遇した。

 

ボロボロながらも明確な傷は負っておらず『ウォーシャドウ』のようなニュービーでは対処が難しいモンスターも出現する第六階層に一人で潜っていたと考えれば大したものと言える。

 

「(コイツ、ミノタウロスから逃げてたときとは動きが別もんだ····、どう考えても数日でできるレベルの成長じゃねぇぞ)」

 

 一瞬、見えたナイフ捌きは相応のアビリティがなければできないものだ。ベート自身、センスがあった故に最初からできていただけで眼前の少年には自分のような武器を扱う才覚はない。

 

凡人が天才と同じことをするには基礎能力、アビリティを上げる他ない。それもたった数日で到達できる領域ではないはずだ。

 

その動きを見て湧き上がる既視感。毎日、ボロボロになりながらも膝をつかず加速度的に強くなっていった『剣聖』になる前の『剣鬼(ヘル・スパーダ)』の姿が重なって見える。

 

「テメェ、あんときアイズから逃げたトマト頭だな。ミノタウロスからも逃げた情けねえ冒険者の風上にも置けないカスがなんの真似だ? ニュービーが一人で潜る階層じゃあねぇだろ」

 

 他人にバカにされたことで頭に血がのぼって実力に見合わない階層へ潜り、野垂れ死ぬ雑魚をベートは何人も見てきた。コイツもそんな救えねぇ雑魚共と同じなのか、それとも。

 

「酒場で聞いてたんだろ? 俺が言ったのをよ。もう一度言ってやろうか? テメェ程度が多少無理した程度であの『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインに並べるわけねぇだろうが」

 

「·····わかってます。アイズさん達と僕では積み上げてきたものが違う。努力も経験も、覚悟も何もかもが足りない。でも、それでも何もしないわけにはいかないっ!!」

 

「·········強く、なりたいんです。このまま弱いままじゃ僕は許せない――――何もしなくても、何かを期待していた、僕自身を!!」

 

 ······吠えやがった。その姿があの時と、四年前のアイツと再び重なる。普通、無理なはずだ、第一級冒険者であるベート・ローガを前にしたただのニュービーがここまでの啖呵を切るのは。

 

「随分、講釈たれてくれたけどよ。口先だけの雑魚を俺は何人も見てきたぜ、テメェもどうせそうなんだろ?」

 

「、ガッ」

 

 少年の腹をベートが蹴り上げる、加減したとはいえLv5の蹴りだ。反応すらできずマトモに食らった以上、腹の内臓が掻き回され、立つことすらできない苦しみに襲われているだろう。

 

本来、ベートは手を出すつもりはなかった。いくらアイツの弟とはいえ同じファミリアでもないガキがどこで野垂れ死のうと知ったことではない。

 

しかし、コイツは吠えた、あのときのアイツと同じ瞳で。そして今も、痛みに身を捩り、地に付しながらも瞳の中の光は消えちゃいない。

 

「うぐ、あ」

 

 それどころか立ち上がった。Lv1序盤の耐久では決して耐えることのできないはずの痛みを耐え抜き、震える手でナイフをベートヘ向ける。

 

「あ、ああああああ!!」

 

「―――ハ、いいぜ ()()をアイツの弟と認めてやるよ」

 

 相手が人間であることも忘れたのか力の限りナイフを振り抜くが二人の影は交差しなかった。今度は痛みを与えぬようより加減された、それでいてLv5に相応しい冴えの蹴りが顎を蹴りぬいて糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 

「お前が、もし本気で強くなりてぇならもう一度立ち上がれ、俺がお前を冒険者にしてやる。―――ベル・クラネル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

このように今作のベルの師匠役はアイズじゃなくてベート・ローガになりました。まあ戦闘方式似てるし、むしろアイズより教えるのうまそうなんでいいかなって

 

今作のベートはアイズに対して男女の情はないです

 

アルが死んだらめっちゃ曇ります

 

 

 



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六話 怪物の祭りと宴

 

 

 

 

二つ名持ちの上級鍛治師が何人も所属している鍛冶系最大手のファミリア【ヘファイストスファミリア】、鍛冶神ヘファイストスを主神とするファミリアで【ゴブニュファミリア】と並ぶオラリオ最高の鍛冶ファミリアであり、第一級冒険者の装備はほぼ全てそのどちらかが作ったものだ。

 

そんな【ヘファイストスファミリア】の団長であり、Lv5の実力者でもある椿・コルブランドは半年前程から始めたとある傑作の完成に差し迫っていた。

 

最硬精製金属ですら融解する炉を使い、全身を火傷に苛まれながらの狂ったように行っている作業は主神であるヘファイストスから何度も止められかけたが、これが完成すれば神の域に到達できるという気持ちから制止を振り切り母体となったアイテムにくわえて様々な稀少金属や深層のドロップアイテムをふんだんに使った至高の剣の作成に没頭した。

 

その剣の核となる材料、それは───────『隻眼の黒竜の逆鱗』である。

 

太古の昔、大地に穿たれた『大穴』から現れた三つの厄災、数千年もの間、世界に痛みを振りまき続けた『三大クエスト』の一つであり、かつて最強を誇った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が敗北を喫した災厄の竜。

 

その荒れ狂う力を秘めた鱗を材料に剣を作れば一体、どれだけの品に至るのか。気になるのは鍛冶師の性だろう。

 

そんな剣を、かつての二大派閥との戦いで欠けた鱗をどこからか入手してきた依頼者─────アル・クラネルという当代最強の使い手が振るえば一体どんな領域に到れるのか。それがやっとわかる。

 

「──────完成だ」

 

 そして、ついに完成した。光を呑むような漆黒の刀身を持ち、柄には魔力の伝達においてはいかなる金属よりも秀でた真銀(ミスリル)の装飾を埋め込んだ『杖』としての性質も併せ持つ下界至高たる一本の大剣。

 

今、主神が作っている神血のナイフが『究極の邪道』とするならば、この剣は『究極の正道』。神の力も奇跡も介在しない純粋な技術のみで極限まで鍛え上げられた一点物にして至宝の一振り。

 

この世に一つしか存在しない、己が魂を込めて作った最高傑作を眺めていると自然と笑みが浮かぶ。この剣を振るってモンスター達と戦う青年の姿を想像すると、胸の奥底から沸き上がる興奮を抑えることができなかった。

 

漆黒の刃を持ったその両手剣から発せられる鬼気は並の使い手が握れば死んでしまうのではないのかと錯覚させるほどでこのオラリオに存在する武器にこれ以上のものはないとうった本人が断言できる。

 

「名は、そうだな―――バルムンク、それでいこう」

 

 かつての神時代以前、最強の龍殺しとして讃えられたという英雄が持っていたとされる剣に肖ったその名はこの剣の持ち手が『隻眼の黒竜』を討つことを期待してつけたものだ。

 

「さて、まずは主神様に見せるかな」

 

 今、主神が神友に頼まれて作っているナイフよりも上だという自信のもと、椿・コルブランドは火傷だらけな身体を引きずって歩きだした。

 

···············当然ながら剣への批評をされる前に【ディアンケヒト・ファミリア】に担ぎ込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭(モンスター・フィリア)、【ガネーシャファミリア】が毎年取り仕切っているオラリオ最大級の祭りであり、【ガネーシャファミリア】の者がテイムしてきたものであるがモンスターを普段見ることない一般人が見られる唯一の機会である。

 

それ故、祭り当日の今日は街中が人でごった返しており、軽快な音楽が流れる中、普段のオラリオでは食べられないような様々な珍しい食べ物が売られた売店や小さな子どもが楽しめる屋台がいくつもある。

 

祭りなどでよく起こる犯罪行為も警備が【ガネーシャファミリア】、それも第二級冒険者以上精鋭たちであるがため起こらない。そんな祭りの雰囲気の中、一際賑やかな大通りを一人暗い表情でトボトボと歩く少女がいた。

 

いつものように剣姫と謳われる美貌ですれ違う人々の視線を集めてはいたが、そのことに気づかず、俯いて歩いているだけだった彼女こそが。

 

「ロキとはぐれちゃった····」

 

 祭中だけの売店で売られてる珍しい珍味ではなくいつも通りあずきクリーム味のじゃが丸くんをもしょもしょと食べるアイズ・ヴァレンシュタインである。

 

本来、こういった催しには興味を示さない少女であるがロキが女神フレイヤと会う際の護衛として抜擢されたこともあり、先程までロキと共に散策していたが人混みに押されロキとはぐれてしまっていた。

 

別に一人で回れと言われれば構わないし、特に問題はない。しかし、この賑わいの中でロキ一人を探すとなると大変だ。

 

(どうしよう···)

 

 辺りを見渡してもロキらしき人物は見当たらない。もし、ロキと合流できたとしても一緒に回る意味がないし、そもそも一応は護衛任務中なので勝手に帰るわけにもいかない。

 

何より、こんなにたくさんの人が溢れている中でどうやって探せばいいのかわからない。そう考えたアイズはとりあえず街をぶらつくことにした。

 

「(それにしても、アルどこいるんだろう)」

 

 今朝、怪物祭(モンスター・フィリア)を一緒に回ろうと誘うために勇気を出してアルの部屋へ突撃したアイズだったが既にアルの姿はなく、手持ち無沙汰になってしまっためロキに付き合ったのだ。

 

元々、アルはホームにいることは少なく、大抵の場合、ダンジョンに潜っているか、知人の【ファミリア】を訪ねているはずだ。

 

もしかしてティオナや他のファミリアの子といるのだろうか、だとしたら少しモヤッとするなあ、と思いながらも追加のじゃが丸くんを袋で買う。

 

「アルと一緒に、回りたかったな」 

 

 モンスターが脱走し、食人花が暴れ出すまであと15分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン下層、未発見領域。ダンジョン自体に守られているかのように作られた、普通にダンジョンを攻略していたら絶対に見つけられない作りになっているどこか人工的な洞窟には上層、中層、下層、深層、様々な階層で生まれる本来、一堂に会することはありえないあらゆる種類のモンスターがいた。通常のモンスターと違うところは二つ、冒険者がつけるような防具を着ている者がいるのと何よりもその知性のない獣とは思えない叡智を感じさせる目をしている。

 

 

彼らの名は『異端児(ゼノス)』。地下世界たるダンジョンに生を受けたのにも関わらず地上に憧憬をもってしまったがために知性を獲得した異端のモンスターである。彼らは人間のように集団で行動し、組織だった動きをする。そんな彼らが今現在集まっている場所は『隠れ家』と彼らが呼んでいる広大な部屋だ。

 

大きな篝火を中心に輪になるモンスターたちは今、肉果実(ミルーツ)や酒精が感じられるドリンク、水晶飴(クリスタルドロップ)などの食べ物を持ち寄り騒いでいる。冒険者が見ればそのさまを怪物の宴と称するだろう。そして、その異形たちの中に唯一、モンスターではない人間がいた。

 

 

「悪いなリド、酒ぐらいしか持ってこなかったのにこんな歓迎してもらって」

 

「ハッハッハ、アルっちが来るんだ。オレっちが言うまでもなくみんな歓迎の準備始めたのさ、あのグロスだって張り切ってたんだぜ?」

 

 その唯一の人間であるアルと話しているのは真っ赤な鱗を持った蜥蜴人(リザードマン)のリド、冒険者でいうところの第一級に匹敵する実力を持った異端児(ゼノス)最強の者であり、異端児(ゼノス)の実質的なリーダーを務めている。リドの言葉を聞いたアルは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

 

「でも良かったのかよ、アルっち。フェルズっちが言ってたけど今、地上ではフィリア祭?ってのをやってんだろ」

 

「アイツめ、余計なことを·····················気にすんなよ、元々ああいう催しは俺に合わん。もとより【ガネーシャファミリア】のテイムしてきたモンスターを見る祭りだしな」

 

 アルと異端児(ゼノス)達が出会ったのは一年ほど前、第37階層の白宮殿(ホワイトパレス)で階層主であるウダイオスに追われていた()()()()()()たちをアルが助けたのが始まりだった。

 

それからというものアルは定期的に顔を出すようになり、冒険者はもちろん同族であるモンスターからも排斥される異端児(ゼノス)に対しても無愛想ながら分け隔てなく接するアルはまたたく間に異端児(ゼノス)達に好かれた。

 

そんな彼らにアルは少しだけ困ったように笑うと、持ってきた酒瓶を差し出す。

途端にリドを含めた異端児(ゼノス)達は大喜びし、我先にと奪い合うようにして酒を飲み始める。

 

「アルさんこちらへ」「アソぼ、アソぼ」「前モッテキテクレタコノチェスッテノヤロウ」「キー、キー」「もぐ、もぐもぐもぐ」「甘い」「剣振るうとこ見てくれよ、ちょっとは上手くなったんだぜ」「モットタベナヨ」「ウダイオスの黒剣、リドが使ってるのズルいなあ」

 

 生まれ持ってある地上への憧憬の気持ちだけでなく良い意味で本能に忠実であり、人間よりも遥かにピュアな彼らは友好的で自分達を助けてくれた初めての人間の友人に対する感謝の念をストレートに伝えているのだ。

 

「そういうのは後でな、今日来たのはウラノスからの依頼の件でだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツラ、ピュアピュアで助かるわ。そこらの人間よりよっぽど純粋で善良だからな、下手なエルフより曇らせやすいわ。人間との融和、地上への進出、生きている限りは全力で手伝ってやるから、俺が死んだら盛大に曇ってくれよ?

 

とはいえ、俺の死に場所はどこだろうか。これまで黒のゴライアスで死にかけてアイズを、ジャガーノートから庇ってリューを曇らせてきた。何も死ななくても彼女達を曇らせることはできる。

 

しかし、もうそれじゃあ満足できないのだ、最高の環境で最高の演出をして盛大に死んで皆の心に一生涯残る傷を刻みたいのだ。わざと負けて死ねば満足感が損なわれる、全力で戦い、全力でみんなを守ってその上で死にたい─────そう考えて理想を追求するあまり、階層主が相手でも話にならないLv7にまでなってしまった。

 

いや、それは言い訳だ。俺はただ単にこの世界で死ぬためにここまで強くなっただけなのだ。俺の望みは最初から一つだけだ。

あの時、迷宮で出会った時から変わらない。英雄になりたいなんて思わないし、成りたいとも思わない。

 

 

───ただ、皆を盛大に曇らせたいんだ。

 

そんなことを考えているといつの間にか地上についていたようだ。

 

「やぁ、アルくん、考え事かい?」

 

 黙れよ、ヘルメス。髪の毛引っこ抜いて、身ぐるみ剥がしてダイダロス通りに縛って放置してやろうか?

 

「····で、なんのようだ」

 

「はは、大した用じゃないさ。····君の弟のベルくんのことでね」

 

「君と彼、どっちがゼウスが、エレボスが、アルフィアが言っていた『最後の英雄』なんだい?」

 

 ああ、やっぱりそういう話か。予想通りだが面倒くさい。正直言って『救世』とかまったくもって興味ないんだわ。

 

隻眼の黒竜?下界の滅亡?ダンジョン最下層?いやいや、俺の死んだあとのこと話されても困るわ。俺はみんなを曇らせて死ねればそれでいいんだよ。あと、多分最後の英雄ってそういう意味じゃないぞ。

 

「さあ、な。俺はそんなものに興味はない。····話がそれだけなら失礼する」

 

 本当に興味ないです。俺の弟がどうだとか、世界がどうなるのかなど知らん。興味がない。まあ、原作主人公のベルにそういうのは任せるよ。

 

俺はアイズたちを曇らせることしか考えていないから。そしてそれ以上にお前に構っている暇はない、お前みたいにヘラヘラしてる神は曇らせ適正低いし嫌いなんだよ。

 

「つくづくつれないなあ、ゼウスから渡された『鱗』を君に届けたのは俺だぜ?··········そういや、フレイヤ様が彼に目をつけたようだけどいいのかい? 何なら俺の方で抑えておこうか?」

 

 それもどうでもいいわ、あのスーパービッチも序盤はベルのプラスになることばかりしてたし。それにお前じゃフレイヤはどうしようもできないだろうが。

 

アイツもアイツで曇らせがいもないし、つまらんわ。むしろ、原作でベルにやったみたいに魅了を使ってアイズたちから俺の記憶を奪うくらいしろよ、死ぬ寸前に解除して曇らせるから。

 

まあ、あのスーパービッチのことはどうでもいい。

 

「不要だ、あいつは俺の弟だぞ、フレイヤ如きに魅了されるたまじゃない」

 

「·········!!」

 

「わかったら、関わってくんな」

 

「··············やっぱり、君はあくまで『神工の英雄(ヘラクレス)』になるつもりはないというわけか」

 

 

 

 

 

 

 

「勘違いするな、もとより俺に英雄願望なんてものはない」

 

 まあ、曇ってくれんなら黒竜倒すよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

異端児って人間よりよっぽどピュアで良心的だから自分達の英雄が自分達をかばって死んだら下手な人間以上に苦しみそうだよね

 

アルは死んだときに曇るやつを増やすために好感度稼ぎに余念がありません







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七話 曇らせの天敵聖女

 

 

 

 

 

「代金、さ、三億五千万ヴァリスだと··········」

 

「うむ、分割払いで構わんぞ」

 

 いやいやいやいや、高すぎるわ。リヴェリアの杖より高いじゃねぇか、一等地に家立つわ。材料も殆ど俺が持ち込んだもんだってのに流石にそれは高すぎるだろ。

 

「この剣を鍛え上げるのに半年、それまでに手前がどれだけ火傷を負ったかわかるか? むしろ仕上がりの割には安いと思うぞ?」

 

 火傷を気にする手合じゃないだろ、アンタ。たしかにこの剣は凄まじい、間違いなくこれまで見てきた武器の中で最強の一振りだ。ウダイオスぐらいなら一撃でおしゃかにできそうな逸品ではある。うーん、蓄えはバカみたいにあるし払えなくはないからなあ····値切りできる額でもないし、しゃーないか。

 

「あーわかったわかった、払うよちゃんと全額。で、この剣の名前は?」

 

特殊武装(スペリオルズ)【バルムンク】、手前の手でこれほどのものを作り上げるのは後にも先にもこれだけとなるだろう」

 

 

 

 

 

 

【ロキファミリア】本拠地、黄昏の館。朝食時を少し過ぎた館の中ではロキファミリア幹部の面々が揃っていた。アイズ、レフィーヤ、ティオナ、そして遅ればせながら朝食をとったアル達の内、二人は金策に悩んでいた。

 

「祭りで壊しちゃった代剣、4000万ヴァリスだって。一週間はダンジョンにこもってお金稼がなきゃいけない····」

 

「俺は新しい剣が三億五千万、蓄えは当然あるが殆ど吹っ飛ぶ額だから····。オッタル宜しく深層に一人で遠征するかな」

 

 【ロキファミリア】が誇る二大剣士兼二大問題児のアイズ・ヴァレンシュタインとアル・クラネルである。アイズはフィリア祭で出現した食人花を倒す際、剣に過負荷をかけて【ゴブニュファミリア】から借りていた代剣を壊してしまってその弁償をしなくてはならないのだ。

 

一方のアルは椿に作成を頼んでいた大剣の支払いで吹っ飛んだ貯蓄を補填するための金策である。

 

「三億五千万?! うわー、たっかいねー。でもでもカッコいい剣じゃん、すごい強そう!! あたしもダンジョン付き合うよ、大双刃のお金用意しないといけないしね!!」

 

「あ、私もお邪魔じゃなければご一緒させてくださいっ」

 

 気軽に言っているがティオナの負債は貯蓄が吹っ飛んだだけのアルや代剣一本ぶんのアイズ以上であり、アダマンタイトの塊とも言える大双刃の新調の支払いを後で払うと先延ばしにしている。

 

【ゴブニュ・ファミリア】ブラックリスト一歩手前の借金額である故、今すぐ深層に籠もったほうがいい。この中で一番金銭的余裕があるのは悲しいことに最もレベルが低いはずのレフィーヤなのである。

 

「······うん じゃあ、お願いするね」

 

「次の遠征はだいぶ先だし、ティオネやフィンたちも誘っていこうよ!」

 

「俺は構わない。············ああ、【ディアンケヒト・ファミリア】にポーションの補充をしてくるが、何か入用はあるか? 立て替えておこう」

 

 あたし高等回復薬いっぱーい。私は高等回復薬五本と精神回復薬。あっ、私は大丈夫です。そんな感じでアル以外の全員が自分の欲しいものを伝え、各々の希望を聞いたアルは席を立ち本拠地の出口へ向かう。

 

「あたしたち、先にダンジョンの入口で待ってるからねー!!」

 

 こうして三人は支度を整え、朝食を終えた後にフィンたちの同行を取り付けてホームを出る。

 

「今日は何階層まで行こうか?」

 

「ん、30階層くらい?」

 

「それなら、リヴィラの町で一泊する感じですか」

 

 アイズたち、第一級冒険者が日帰りできる階層は20階層前後までだ。30階層までもぐるとなれば何処かで日をまたぐ必要がある。当然、日帰りできる階層でモンスターを狩ったほうが楽なのだが、上層から中層では彼女たちの負債をなくすほどの金額は中々稼げない。

 

そうでなくとも第一級冒険者であるアイズたちが比較的浅い階層でモンスターを狩りつくすのは他の冒険者の食い扶持を奪うこととなるため、御法度とされているのだ、故に深層とまでは言わなくとも下層の深部まで潜る必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】、都市最高の治癒術士(ヒーラー)である『戦場の聖女(デア・セイント)』を筆頭に優れた治癒術士を複数擁しているほか、深層まで潜る第一級冒険者には欠かせない最高品質のポーションの販売を行っている医療系最大手の【ファミリア】であり、【ロキ・ファミリア】も日頃から世話になっている。

 

そんな派閥に所属する都市最高の治癒術士(ヒーラー)ともなれば日頃から下手をせずともそこらの第一級冒険者よりもよっぽど多忙を極め、ましてや派閥を率いる身となれば更に輪をかけて忙しいはずなのだが……。

 

「いらっしゃいませ」

 

 販売スペースとなっている入口から入ったアルを出迎えたのは銀髪の美少女。

 

彼女の名はアミッド・テアサナーレ、オラリオ最高の治癒術士(ヒーラー)と呼ばれている彼女は受付などはせずに奥にある工房にこもりっきりで薬作りに没頭していることが多いのだが、今日に限っては店頭に出ていた。

 

高等回復薬(ハイ・ポーション)を二十、精神力回復薬(マジックポーション)も五つくれ」

 

「かしこまりました。·····また、ダンジョンですか?」

 

「ああ、ちょっと入用でな」

 

 アルの返答にアミッドの鉄仮面が如き無表情が崩れる。というのも入団してすぐから無茶をしまくって何度も死にかけてきたアルはそのたびに【ディアンケヒト・ファミリア】に担ぎ込まれ、アミッドの治療を受けているのだ。前に担ぎ込まれたのは半年前、アルがLv7になった遠征の帰りである。

 

「また、無茶を続けているんですか? ·····毎度、瀕死の貴方を治療する私どもの気持ちも理解していただきたいですね。貴方が英雄と言われるようになるまでに何度半死人の状態から治療したことか」

 

 本来、治療術士(ヒーラー)としてこのような愚痴にも似た文句は客に対して間違っても言わないアミッドではあるが酷いときには週二のペースで運び込まれてきたアルはもはや、【ディアンケヒト・ファミリア】の者たちとは【ロキ・ファミリア】の面々の次くらいには親密であり、毎回手を煩わされていたアミッドの忠告もだんだんと遠慮がなくなってきた。

 

ため息をつくアミッドに苦笑しながら代金を払うアルだが、アミッドの言葉には嘘はない。この都市でもトップクラスの実力を持つアルだが、その戦い方は酷く危ういもので、一歩間違えれば死ぬような綱渡りのようなものだ。

 

そのため、定期的に瀕死の重傷を負っては運び込まれるアルを治療するのは骨が折れた。それでもアルは懲りずにダンジョンに潜り続ける。その原動力は何なのか、アミッドはそれを知ろうとは思わないし、どうでもいいが少なくとも落ち着いて、常識の範囲内で行動してほしいと常に思っている。

 

しかし、アルがそれを聞くわけもなく、最近では諦めの境地に達しつつある。半年前、アルがいつものように傷だらけになって帰還した時のこと。その時のアルの状態は酷いものだった。

 

魔法による最低限の措置はされているものの、全身打撲、骨折多数、内臓損傷。普通に考えれば誰が見ても助かる見込みがないほどの、なぜ死んでいないのかわからないほどの重症だった。

 

これには流石のアミッドも驚いた。なんせ普通なら即死級の怪我である。それをまるでなんでもないことかのように振る舞う少年にアミッドは驚きを通り越して呆れたものだ。結局は神がかりてきなアミッドの治癒の腕と、モンスターよりも凄まじいアルの生命力で事なきをえたのだが。

 

アミッドは自分より3つも年下でありながら死地に自らを置き続けるアルをほおっておけなくなっていた。もはや、アルの挑戦を止めることはできないかもしれないが、少しでも彼の負担を減らしてやれないだろうか。そう思ってアミッドはこうして今までよりも多く店頭に出るようにしていた。

 

「貴方を張り倒してポーション風呂に叩き込んだこともありましたっけ」

 

「あー、うん。そんなこともあったっけかな····」

 

 そんなアミッドはアルにとって数少ない、頭の上がらない人物の一人であり、その姿は髪の毛の色などから一時期、神々の中でも『弟剣鬼✕お姉ちゃん聖女キターー!!』などと話題になった二人は血のつながった姉弟のようであり、周囲の団員からは密かに微笑ましい目で見られていることをアミッドは知らない。

 

そんな二人のやり取りは周囲から見れば仲の良い姉弟のような光景で、店内にいた他の冒険者や店員たちも和やかな顔で二人を見つめていた。

 

ちなみに、その噂を聞きつけたアイズは嫉妬からか、しばらく不機嫌になっていたらしいが、アイズ自身、アミッドには何度も助けられてることもあって、なんだかんだ言って納得している。

 

「あ、ダンジョンで採ってきてほしいものあるか? 深層の上くらいまでは行くぞ」

 

「話そらしましたね。····では、白樹の葉(ホワイト・リーフ)を数枚採取していただけますか?」

 

「了解」

 

 そんなこんなで、気安い会話をしながらアルは支払いを済ませた。「またのお越しを心よりお待ちしてます、ただそれはそれとして重症者としてきたら張り倒しますね」、と無表情で告げるアミッドの目はマジだった、とは同僚の治癒術士(ヒーラー)の言。

 

 

 

 

 

 

アイズ、ヒリュテ姉妹、レフィーヤ、フィン、リヴェリア、アル、下手なファミリアであれば一夜で殲滅できる驚異的な戦力を秘めた一団は上層から中層のモンスターを瞬殺しながらダンジョンのより下層へ向かっていた。

 

彼らが今、ついたのはダンジョンが18階層『リヴィラの街』、ダンジョンにいくつか存在するモンスターの発生しない安全階層(セーフティポイント)の一つであり、他の安全階層(セーフティポイント)に比べれば比較的上層に位置するためならず者たちが居城を構えることとなった。

 

その比較的安全な地形や光景の美しさから『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれ、宿屋を始めとした商売の場となっている。

 

そんな街の入口には冒険者らしき屈強な男達が立ち並び、警備をしている。そして街の中では多くの者達が忙しなく走り回っていた。地上に戻るまでの、あるいはより下層に潜るための保存食や宿を求めて、多くの冒険者が街へと消えていく。

 

アイズ達は、そんな人波に逆らうように歩き続ける。ならず者の集まる場所であるため、普段から決して平和とは言えない街ではあるが、今の街の様子はそれを差し引いてもおかしかった。いつも以上に慌ただしく、どこか殺気立っているように見える。

 

「何だか街の様子がおかしいけど、何かあったのかい?」

 

「ん? ああ、アンタら今街に来た所かい? 何でも、ヴィリーの宿で殺しがあったらしいよ。それで街の連中もそわそわしてるわけ」

 

 フィンは、冒険者の言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべる。確かにこの街は、荒くれものぞろいの冒険者の溜まり場であり、冒険者同士の諍いは後を絶たない。しかし、殺人事件ともなれば話は別だ。逃げ場のない地下であるリヴィラの街で起きるのは突発的なものでなければおかしく、計画的なものではないと考えられる。

 

ならば犯人の目星もつきやすいはずなのだが、未だ犯人が捕まっていないことを考えると後のことを考えない突発的な事件でもなさそうだ。

 

「団長、どうしますか?」

 

「此処で宿を取る以上、無関係でもいられないだろう。僕らも向かおう」

 

 

 

 

 

人混みをかき分けて件の事件が起きた宿屋ヘ着いた時、そこは血の海だった。床一面に広がる赤黒い液体と肉片、むせ返るような鉄錆に似た匂い。それはまるで、地獄のような有様であった。そして部屋の隅では宿の主人と思われる獣人の男と片目を眼帯で覆う分厚い身体の大男がいた。

 

「やあ、ボールス失礼するよ」

 

「チッ、『勇者(ブレイバー)』かよ。テメェら第一級冒険者って連中は遠慮を知らねぇな」

 

 フィンに声をかけられた大男は、不機嫌そうに舌打ちをする。彼こそがこのリヴィラの町の顔役でありLv3の第二級冒険者ボールス・エルダーだった。その傍らにいる宿の主人は、真っ青な顔色をしている。

 

「まぁまぁ、いいじゃないか僕達もこの街を利用させてもらうからね、こういったことはすぐに解決してほしいんだ。助け合いだと思って協力させてくれ」

 

 フィンは悪びれずに笑顔で言う。だがその瞳は一切笑っていない。彼の言う通り、この街を利用する以上揉め事はなるべく避けたいのだ。ここで問題が起きれば、実際フィンたちにも無関係ではないのだ。

 

それにしてもフィンの対応は流石というべきだろうか。この惨状を見ても一切動じていない。それどころか、まるで当然のように振る舞っている。一方の宿の主人は、顔を蒼白にして震えている。無理もない話だ。こんな凄惨な現場に立ち会うことなど普通はない。

 

「ハッ、よく言うぜ、テメェらといい【フレイヤファミリア】といい強え奴等はそれだけでいば―――って『剣姫』に『剣聖』の旦那じゃねぇか!! あんたらなら構わねぇ、好きに見てってくれ!!」

 

「はあ? なんで団長がだめでアイズ達が――ああ、『黒のゴライアス事件』ね」

 

 突如、声高に叫んだかと思うと今度は急に媚びへつらうような態度になる。そんな様子にフィンも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

先ほどまで威勢良く怒鳴り散らしていた人物とは思えない変わり身の早さだ。そんなボールスの豹変ぶりにフィンをだれよりも敬愛するティオネが黙っているはずもなく声を上げるがすぐに納得を見せる。

 

『黒のゴライアス事件』、三年ほど前にインターバルの最中であるにも関わらず発生し、リヴィラの街に階層主ゴライアスが攻め込んできた事件を指す。

 

通常のゴライアスとは違い体色が黒く、その力は本来の適正レベルを上回るLv5相当で最大でLv3しかいないリヴィラの町の冒険者は全滅するかと思われたが当時、Lv4とLv3であったアイズとアルの二人が中心となり討ち取ったのだ。

 

その時の偉業によって、アイズはLv5に、アルはLv4となった。その事件以降、二人を英雄視する中堅冒険者は多く、ボールスも例外ではない。

 

ボールスと主人の許しを得たアイズ達は部屋の中に入り調査を開始する。フィンとレフィーヤが部屋の状態を調べ、リヴェリアは残留魔力を調べ、アイズは、部屋の惨状を見渡して、死体に目を止める。

 

その死体は頭が無かった·········否、潰れている。モンスターに踏みつぶされたかのような頭は見る影もないほどに原形を失っていた。

 

「─────ん?」

 

「ああ、アイツには死体のステイタスを暴くための開錠薬(ステイタス・シーフ)を取ってくるよう言ったんだ」

 

 検分中のフィンがこちらへ駆け寄ってくる男に目を向ける。彼が持っている結晶の入った赤い溶液は開錠薬(ステイタス・シーフ)。眷属の恩恵を暴く道具であり、正確な手順を踏めば神々の錠を解除してステイタスを見ることができる。

 

恩恵は神々の文字である神聖文字で刻まれており、本来ならば神にしか読み解けないのだが、王族(ハイエルフ)として解読できるリヴェリアが背に浮かんだそれを読み上げる。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属ファミリアは――なに、【ガネーシャ・ファミリア】だと」

 

「お、おい今ハシャーナっつったか!? 冗談じゃねぇぞ!!『剛拳闘士(ハシャーナ)』といえば……」

 

 

 

 

「Lv.4じゃねえか!?」

 







アミッドには綱手みたいに血液恐怖症になって欲しい


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八話 火曜サスペンス劇場 リヴィラ殺人事件①



流石に改訂だけじゃあれなんで区切りいいところで新しい話差し込もうかしら


 

 

 

 

レフィーヤ・ウィリディスは目の前で繰り広げられている戦いのレベルの違いに目を見開く。知ってはいた、聞いてはいた、【ロキファミリア】最強たる現代の英雄の実力は師であるリヴェリア・リヨス・アールヴをも凌ぐのだと。

 

それでも、信じられなかった。自分はおろか第一級冒険者であるアイズですら敗北した赤髪の女がこうもたやすく圧倒されていることが。

 

その女の両腕がたった今、切断されたことが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

被害者の正体が十名以上の第一級冒険者を抱えるオラリオにおいて指折りの大派閥【ガネーシャ・ファミリア】に所属するLv4の第二級冒険者。ハシャーナ・ドルリアであると判明し、それを受けてフィンはアイズ達をハシャーナから離れた部屋の一角に寄せ、ハシャーナの亡骸に手を伸ばした。

 

「死因は頭部の破壊············いや、どうやら最初に首の骨が折られているな」

 

「首を折って殺害した後に頭を潰したということか?」

 

「恐らくはね」

  

 仰向けに倒れるハシャーナの頭は原型がないほどひしゃげており、その死に様は凄惨なものとなっていた。リヴェリアはその遺体を見て、先程まで生きていたとは到底思えないほど無残な有様に眉根を寄せた。

 

そんなリヴェリアの問いにフィンは頷く。周囲や布をかけられた遺体には戦闘による切り傷や激しく争った形跡はないように見える。つまり、これは犯人によって殺害された後で遺体を損壊されたことになる。

 

Lv4の冒険者の実力者を抵抗すらゆるさずに殺し、さらに頭をふみつぶすなど並大抵の実力と精神ではない。怨恨によるものならばまだ良いが、場合よっては第一級冒険者並の実力を持った精神破綻者が今もこの街にいる可能性がある。そう考えるだけで冒険者たちに緊張が走った。

 

「何か目的があったのか·······それとも」

 

 そう言うとフィンは 死体から目をそらし、室内の隅に置いてある強引に引き裂かれたようなリュックサックに目を向ける。 他にも残された荷物も軽く確かめる。中には保存食等の食料以外に、衣服、ポーションなどの薬類などが入っており、どれもこれも使いかけで物色された跡のあるリュックサックは派手に荒らされていた。

 

「そのローブの女は、特定の荷物を狙ってハシャーナに近付いたのかもしれないね」

 

「おー、わかりやすくていいなぁ。それでまんまと色仕掛けに乗って、ハシャーナの野郎は殺されちまったってわけだ」

 

 フィンの言葉にボールスは納得したように相槌を打つ。しかしフィンは別の考えを持っていた。

 

「(この女の目的は金品やアイテムだった? ···········だが、少なくとも金品ではない、か?)」

 

 怨恨ではなく、利害による殺人。だが、普通に考えて到底釣り合わないリスクを負うこととなる。ましてや相手が大派閥【ガネーシャ・ファミリア】所属の第二級冒険者となればなおさらのこと。誰であれ目先の欲のためだけにここまでの蛮行をするとは考えづらい。なら一体何のために、と考えたところでフィンは思考を打ち切った。

 

今考えても仕方のないことだ。今は他に優先すべきことがある。フィンは立ち上がり、ハシャーナのリュックサックから一枚の血塗れの羊皮紙を引っ張り出した。血にぬれていることを除けばそれはフィンたちにも馴染みのある形式の文書であった。

 

「冒険者依頼の依頼書ですか?」

 

 見守っていたアイズの横から、レフィーヤが顔を出す。ギルドの文字は血によって汚れたうえに掠れており、まともに読むことはかなわなかった。しかし、辛うじて読める部分はいくつかあり、その文字を読み上げる。

 

「内密で、探索、30階層に··············?」

 

「犯人に狙われる『何か』をハシャーナは依頼を受けて30階層に取りに行っていたってこと·················?」

 

 部屋に静寂が訪れ、ティオネの呟きに険しい表情を浮かべたフィンは羊皮紙を見るのを止めて立ちあがり、 側にいるボールスの顔を見上げて尋ねる。

 

「ハシャーナが身に付けていた装備品に、覚えはあるかい?」

 

「ん? ん〜〜、ちょっと待てよ。あいつの名は有名だが、街の中じゃあんま見かけたことがないしなぁ、少なくともこんなフルプレートは身に付けてなかった、これは間違いねえよ」

 

 最低でも第一級相当だと思われる使い手が冒険者の殺害を手段の一つとしてでも付け狙うようなものを探す依頼だ、要求される隠匿度も相当に高かったはずであり、ハシャーナは引き受けたその依頼のために素性を─────都市有数派閥【ガネーシャ・ファミリア】の所属であるということを隠していたということだ。

 

今回のためだけに用意されたであろうフルプレートメイルには【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムも刻まれていない。

 

リヴィラの中でこれほど騒ぎになっているにもかかわらず、【ガネーシャ・ファミリア】の者が何も行動を起こしていないところを見るに、やはりハシャーナは一人で個人的に依頼人から依頼を受けたのだろう。

 

つまり、ハシャーナを殺めたものはそこまでして隠された依頼について嗅ぎつけ、彼を殺すつもりで近づいて殺したのだろう。

 

フィンは最後に遺体に向かって手を合わせると、部屋の出口へと歩き出す。

 

「·················ボールス、一度、街を封鎖してくれ。リヴィラに残っている冒険者達を出さないでほしい」

 

「ハシャーナほどの人物が極秘に当たる依頼·····犯人が探していたものは、よほどの代物だった筈だ。殺人まで犯してる。もしまだ確保できていないとしたら、手ぶらでは帰れないだろう」

 

「まだいるよ、犯人はこの町に」

 

 圧倒的な冴えで完璧に近い形で状況を看破したフィンだったが、ハシャーナの亡骸と犯人に注目するあまり見落としていた───────漸くか、と口元に弧を描くアルの姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヴィラの街の中央地、水晶広場。街中でも最も広い空間は見通しが良く、開けている。白水晶と青水晶の柱が双子のように広場中央に寄り添うように屹立している。その広場には破かれたハシャーナのリュックサックや血塗れのフルプレートメイルなどの遺品も運び込まれている。

 

「随分と集まるのが早かったね」

 

「呼びかけに応じねえ奴は、街の要注意人物一覧に載せるとも脅したからな。そうなりゃどこの店でも叩き出しだ。この要所を今後も利用してえ奴等は、嫌嫌でも従うってもんよ」

 

「それに、一人でいるのは恐ろしいか」

 

「ああ、そういうこったな」

 

 フィンの呟きにボールスは頷く。彼等の視線の先に集まっている冒険者たちは程度の違いはあれその顔に不安と恐怖を抱えており、互いを警戒するように距離をとっている。

 

既にフィン達の口から大派閥【ガネーシャ・ファミリア】に所属する第二級冒険者が殺害されたことは伝えられている。【ガネーシャ・ファミリア】を敵に回すことも恐れない第一級冒険者に相当するであろう殺人鬼を恐れない者は血気盛んな冒険者といえどいない。

 

故に、集まった冒険者達は【ファミリア】の冒険者の傍を離れようとしない。

 

「ステイタスを見せてもらうのが一番手っ取り早いが、流石にそれは情報隠匿の規則に違反する、か」

 

 他派閥の者達に我が物顔でそのような強引な手に出ればいかに都市内でトップクラスの力を持つ【ロキファミリア】といえど反感を買い、作らなくていい敵を増やすこととなってしまう。

 

フィンの指示で冒険者達は犯人とされるローブの女を探すために男性と女性に分けられていく。元々いた五百人ほどの冒険者達は二百名ほどになり、女性の冒険者は一箇所に集められ、多くの男達に取り囲まれる。

 

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」

 

「うひひっ、そういうことなら··············」

 

 フィンの言葉に厳つい顔を歪ませて嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。

 

「ようし、女どもッ!体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!」

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」

 

 女性冒険者から非難と顰蹙の声が飛ぶ。不満を隠さない女性たちと対照的に男性冒険者から歓声が上がる。

 

女性陣の非難は当然だが、その反応は予想していたものだ。これで少しでも怯える素振りがあれば、すぐにでも行動に移ることが出来るのだが、と考えるフィンは女性陣たちを注意深く観察する。

 

「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査をするぞ」

 

 興奮のまま、高らかに雄叫びを上げる男冒険者に蔑みの視線を向けたリヴェリアが女性陣の検査を受け持つため、アイズたちを連れて歩み出る。アイズ、レフィーヤ、ティオナ、ティオネは横一列に並び、それぞれの女性冒険者に対応しようとする。

 

「それじゃあ、こちらに並んで・・・・・」

 

 自分の前に列を作るよう指示しようとしたレフィーヤの声があまりにあんまりな光景に途切れる。アイズやレフィーヤ達の前に並ぶ女性冒険者はぽつん、ぽつんと数えるほどで残りの女性冒険者達はレフィーヤ達を見向きもせず群がるように長蛇の列を作っていた。その列の先にいるのは【ロキファミリア】の男性冒険者――フィンとアルである。

 

【勇者】 フィン・ディムナ、【剣聖】アル・クラネル。オラリオにおける女性冒険者人気のツートップの第一級冒険者だ。フィンには少年趣味の者たちが、アルのもとには強い男を好く種族であるアマゾネスが濁流のように迫る。そのあまりの迫力に気圧されたレフィーヤ達は呆然と立ち尽くしてしまう。

 

「あ・の・アバズレども!!」

 

「ちょっとぉ、ティオネー!!」

 

「離しなさい!! 団長が変態どもに狙われているのよ!! アルはどうでもいいけど、団長!!」

 

 フィンに殺到する女性陣を見てブチ切れるティオネ。暴走しようとする【ロキ・ファミリア】の誰よりもフィンを敬愛、もとい好いている姉を必死に羽交い締めするティオナは「鏡見てから言いなよ!!」と叫び散らす。

 

「わかってないのよ、あのにわか共はッ!!」

 

 ティオネは中年ショタの良さをわかってないにわかに愛しのフィンが言い寄られるのが我慢できず怒り狂う。とうとう、妹の拘束を振り解き、暴れまわるティオネに街の広場は大混乱に陥った。フィンはそんな騒ぎなど我関せずに女性冒険者達の対応を行っていた。

 

フィンの前に並んだ女性冒険者は皆、緊張した面持ちでフィンの言葉を待つ。フィンは女性冒険者の顔を眺めながら一人一人の情報を頭の中で整理していく。

 

そんな中、声を上げる間もなくアマゾネスの濁流に飲み込まれたアルを助けるべきか困ったように視線をさまよわせていたアイズの瞳が、人込みの中から騒がしい人立ちの中で一人浮いている人物を捉える。

 

病気かと見紛うほど顔を青白く染めている犬人の少女だ。何かに怯えるようなその表情が、アイズは気になった。アイズがじっとその少女を見つめると、視線に気付いたのか、びくりと肩を震わせた。

 

────この子、なにか知ってる。

 

そう直感してじっと彼女を見るアイズの視線にレフィーヤも気付き人垣を掻き分けて進むアイズに続く。突然現れたアイズに驚き、集団の混乱を利用するように、素早く広場から逃げ出した。

 

「───行こう」

 

「は、はい!」

 

 アイズとレフィーヤは道を開けてくれた人々の隙間を通り抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

犬人の少女を追ってアイズたちが水晶広場を離れてしばらくたったあと。リヴィラの街をモンスターから守るために建設された高い街壁を乗り越えてきて街の至るところから吠声を上げる食人花のモンスター達に広場は騒然となっていた。冒険者達が集まるこの水晶広場を目指し、周囲からモンスターの群れが殺到してくる。

 

その巨大な花弁の奥には無数の牙を持った強烈な刺激臭を放つ口があり、その黄緑色の蛇のような身体は耐久に秀で、対打撃においては第一級冒険者の一撃ですら堪えない。

 

そんな凶悪なモンスターが数え切れないほどに集まり、水晶広場へ押し寄せる光景を見て、その脅威を知るがゆえに第一級冒険者も冷や汗を流していた。

 

そんな中、一際大きな巨体を持つ食人花が水晶広場の中心に現れて、その大顎を大きく開けると、周囲のモンスター達も一斉に冒険者ヘ襲いかかる。

 

だが───。

 

その大顎が冒険者へ向けて閉じられる前に、既にそこにいたモンスター達が両断されていた。そして次の瞬間、雷霆が水晶広場に奔り、一瞬にして辺り一面を焼き払う。

 

「ティオナ、ティオネ。彼等を守れ!」

 

「─────【サンダーボルト】」

 

 ティオナとティオネがそれぞれ大双刃と湾短刀を手にフィンの指示とともに走り出し、食人花に斬りかかって敵の頭部、触手を切断する。アルによって展開された魔法円からは雷の砲撃が雨のように降り注ぎ食人花をまとめて焼き殺す。

 

彼女達の攻撃が有効打を与える一方で、周囲の冒険者達はモンスターの群れに蹴散らされていく。物理耐性を除いてもLv2〜Lv3上位程度の強さを持つ食人花の群れを相手にするにはリヴィラの街の住人では力不足だ。ティオナは大双刃を振り回し、ティオネは湾短刀を振るい、次々と食人花を切り刻んでいく。

 

しかし、それでも数の差は覆らない。敵わぬ敵と悟り、ばらばらに逃走する冒険者達。しかし、その背に向けて食人花は容赦なく襲い掛かる。

 

「(不味い、恐怖が伝播して統率がとれてないな)アル、スキルを使え!!」

 

「七分以内には諌めろよ、フィン」

 

 スキル【英雄覇道《アルケイデス》】。魔法などの能動的行動へのチャージ権を得るスキルであり、チャージ中は聞いた者の恐怖を取り払い戦意を向上させる鐘の音が鳴り響く。

 

「狼狽えるな!! 五人一組をつくり対応に当たれ!! 時間稼ぎだけでいい、時間さえ稼げれば僕達が討伐する!!」

 

 多少、冒険者達の恐怖が薄れたところにフィンが指示を出す。スキル【指揮戦声《コマンド・ハウル》】の効果で拡張された声は冒険者たちに冷静さを取り戻させ、再び剣を取らせる。

 

『英雄《アル》』が鼓舞し『勇者《フィン》』が指揮する。【ロキファミリア】の最高戦力二人が揃うことで真価を発揮される指揮能力は逃げ回る烏合の衆を覚悟を決めた戦士の軍勢へと変えた。

 

食人花の攻撃から生き延びた者は即座に体勢を整え、連携をとりながら一体ずつ確実に駆逐していく。

 

多少、状況はマシになったもののフィンの親指の疼きは消えず、歴代の冒険者たちによって築き上げられてきたダンジョン内の要塞でもあるこの街へ、フィン達に接近の予兆さえ感じさせず現れた大群に違和感を覚える。

 

作為的なまでにこの水晶広場へ押し寄せる食人花。 明らかに何者かの意図を感じさせるこの状況に、まさかと思い水辺のある崖下を見下ろしたフィンの碧眼が、その姿を捉える。

 

200メートル以上の高さの絶壁の下、底の見えない昏い湖の中から、水面を突き破ぶり夥しい数の食人花のモンスターが断崖を次々とよじのぼっている。

 

その数は、優に百を超えているだろう。水晶広場を包囲するモンスターの大群は、水晶広場を囲むように包囲陣形を組み上げる。その中央でフィン達は息を呑み、その光景を目に焼き付けた。

 

湖の中に群れをなして潜伏、そして一斉の包囲。モンスターの知恵がなければありえない行動にフィンは確信を得る。

 

食人花のモンスターによる戦略的行動。そして、未だわからぬハシャーナの殺害の犯人、それらの材料から導き出された答えを口にした。

 

「──────テイマー、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食人花のモンスターがフィンの指揮のもと殲滅されつつある中、アイズはハシャーナ殺しの犯人であり、食人花を使役する調教師だと思われる赤髪の女と相対していた。

 

「ほお、便利な風だな」

 

 アイズに許された唯一無二の魔法。膂力、剣の切れ味、防御、そして速度を飛躍的に上昇させる万能の応用性を持つ風の付与魔法【エアリエル】を用いた連続斬撃すらも赤髪の女の圧倒的なまでのステイタスには通じず、逆に彼女の階層主じみた強撃をかろうじて弾き返すのがせいぜいだ。

 

「(強い···········)」

 

 純粋なステイタスでは【エアリエル】による後押しを受けたアイズ以上。だが、引くわけにはいかなかった。

 

「『アリア』――その名前をどこで!!」

 

 その名がアイズの母親のものであると知っているのはフィン、リヴェリア、ガレスの三人のみであり、風の付与魔法を見ただけでアイズをアリアと呼んだ赤髪の女に対してめったに見せない気迫で詰め寄る。しかし女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすだけだ。

 

なぜ母の名を知っているのか? なぜ、ハシャーナを殺したのか? 答え次第によっては容赦しない。宝玉が食人花の死体に寄生することで発生した巨大な女性型はティオナたちの手によって討伐された。

 

残るはこの女だけである。そんなアイズの決意を知ってか知らずか、赤髪の女は不敵に笑う。まるで、お前など倒すのは容易いと言わんばかりに。

 

そしてその通りであった。

 

アイズは眉を逆立て風をよりかき集めて神速をもって赤髪の女へ斬りかかり、目にも止まらない速さで幾重もの銀刃を放つ。十をも超える銀閃の攻防が瞬きする間に両者の間で乱舞し、剣身と剣身があまりの衝撃に軋む。

 

アイズが繰り出すのは嵐の斬撃。周囲の空気を圧縮し、薙ぎ払うそれは普通ならば対処不可。それどころか並の冒険者なら防ぐことすらできない必殺の攻撃である。それを赤髪の女は平然と受け止めていた。

 

赤髪の女はその圧倒的なステイタスを駆使し、恐らくは「深層」のモンスターのドロップアイテムをそのまま武器にした大剣で力づくに風の猛撃を打ち破る。柄と剣身のみの野太刀のような大剣は薄闇に鈍い残光を何度も描きながら、アイズの愛剣と互角以上に打ち合う。

 

本来、人に対して使うことのない【エアリエル】を遠慮を思慮の果てに捨てて駆使しても、純粋な白兵戦でもってアイズの風を喰い破っては痛烈な反撃を与えてくる。

 

死にものぐるいで風の付与された愛剣を振るい、敵の破滅的な一撃を何度も何度も叩き落としたが、そのたびに纏った気流の鎧を超えて幾多もアイズの体をぐらつかせて体の奥に鈍い痛みを蓄えてゆく。

 

一進一退の攻防が続く中、アイズは歯を食い縛りながらも心の中で焦りを募らせていった。この女は明らかに異常だ。まるで人型の階層主のような恐ろしさが女にはある。

 

「─────人形のような顔をしていると思ったが」

 

 踏み込みで大地が爆発した。箍が外れた嵐のような猛りによって致命的なスキを作ったアイズに振るわれるのは致死の一撃。呵責なく斬り下ろされた大剣は【デスペレート】の防御と風の気流を突き抜け、アイズの身を強かに打つ。

 

咄嵯に身をよじり直撃こそ避けたものの、アイズの腕から鮮血が飛び散る。赤髪の女はそんな隙だらけになったアイズを見据えると、容赦なく追撃を加えた。横なぎに大剣を振う。風を切り裂く轟音とともに放たれたのは強烈な斬撃。

 

かろうじて愛剣で受けながらも衝撃を殺せなかったアイズの身体は後方の瓦礫に決河の勢いで叩きつけられた。

 

 

「うっっ!」

 

 錐揉みして激突した背中が瓦礫を盛大に砕く。肺から空気を引きずり出されたためか、神経が断線したかのようにアイズの体は言うことを聞かなくなる。意識が明滅し、視界がぼやけた。

 

それでもなお立ち上がろうとするが、全身に走る激痛のせいで膝が震えて力が入らない。

 

「やっと終わりだ」

 

 持ち主の怪力に耐えられずに剣身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女は地面に膝をつくアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。

 

そしてアイズを刈り取ろうと、渾身の右ストレートを放った。

 

────対応できない、死ぬ。

 

「─────っ」

 

 いざという時、助けを求めた時にどれだけ泣き叫ぼうと実際に助けが来るわけではない。母に読み聞かせてもらった英雄譚とは違い、現実は、世界はアイズ・ヴァレンシュタインに優しくない。

 

そうでなければ母は、父は、アイズのもとからいなくなることはなかっただろう。それ故にアイズは自らの手で剣を持ち、戦った。

 

しかし、それと同様にアイズは知っている──────

 

「何っ?!」

 

 その場に女の岩をも砕くであろう鉄拳を防ぐ、激しい金属音が響き渡った。無骨ながら究極の機能美とも言える妖しさを持った漆黒の刃がアイズに止めを刺さんとする敵の鉄拳を寸前で止めていた。

 

「────アル!!」

 

 ──────どれだけ傷つこうと、どれだけの怪物が相手でも、血反吐を吐きながら、敗北の泥にまみれながら、歯を食いしばって立ち上がり最後には勝つ、そんな男がいることを。

 

 

そこにはアル・クラネル───アイズ・ヴァレンシュタインの英雄がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

英雄()の視点は次です

 

 

 

 

わざわざメッセージで0評価つける予告はしないでもらえると精神的に助かります。

 

作品に対するコメント、評価、メッセージは随時ありがたく確認させて貰っていますが、批評でも意見でもない悪口はちょっとつらいです。

 

一応、早く元に戻せるようクオリティを下げずに改訂するつもりなので駄目な点があったら優しく批評してもらえるとこれから励みになります。

 

どうかよろしくおねがいします。







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九話 火曜サスペンス劇場 リヴィラ殺人事件②


コメント、評価ありがとうございます、モチベーションに繋がります。


 

 

 

 

 

 

 

レヴィスちゃん、やっと逢えたね(クソデカボイス)

 

俺の目の前にいるこの女こそ赤髪の怪人レヴィス、現状の俺を殺せるかもしれない数少ない逸材だ。

 

繰り返すようだが俺は自殺したいわけではない、全力を出し切り、仲間を守りきり、その上で死に果てたいのだ。これまで様々な事件で肥えてしまった俺はそこまでしなければカタルシスを得られない身体になってしまった。

 

そのためには強い敵が必須だ、その中でも明確な敵対関係にあり、アイズを付け狙うレヴィスちゃんはアイズをかばって目の前で死ぬためには理想とも言える相手なのである。

 

当然、今のレヴィスちゃんはクソ雑魚だ、剣を交えてみてわかったが百回やって百回勝てる。なんなら目つぶってても刺し身にできるレベルの実力差が今の俺たちにはある。

 

そこはしゃーない、調子乗って経験値稼ぎすぎた俺が悪い。しかし、レヴィスちゃんにはそれを覆す大きなアドバンテージがある。それは人間ではなく『強化種』としての力を持つ怪人であるということ。

 

他にないレヴィスちゃんの強みは成長力、怪人は魔石を喰らうことで冒険者とは比べ物にならない速度で強くなる特性を持っていて物語開始時点ではLv5のアイズとどっこいどっこい程度だがまたたく間に強くなり、クノッソス編ではフィンを倒せるほどになる。

 

つまり今の段階からまだまだまだ伸び代があり、このままうまく行けばいずれ俺とタメ張れるレベルまで成長する可能性を持っているということだ。

 

これは非常においしい。そんな美味しい獲物を前にしてみすみす見逃すわけがない。ここでレヴィスちゃんにヘイト売っておけば俺は晴れて死ねるし、彼女も俺を殺して喜べる。お互いwin-winの関係になれるのだ。

 

そのためにもここで俺という明確な障害を教えてレヴィスちゃんのヘイトを買いまくれば、俺を強く意識してより強くなってくれるだろう。そのためにはまずレヴィスちゃんに俺の強さを認めさせなければならない。

 

─────さぁ始めようか、ここからが本当の戦いだ!!

 

レヴィスちゃん、サッカーしようぜ!! お前、ボールな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身を圧倒した赤髪の女と対峙したアルの背中を見てアイズは勝ちを確信した。たしかに赤髪の女は強い、Lv5最上級の実力を誇るアイズを倒して見せた以上、その実力はLv6にも匹敵するだろう。

 

それでも、眼前の英雄には、15歳という若さでLv7に至った本物の英雄には及ばない。かつてアイズ以上に力を求めボロボロになりながらもあらゆる最速記録を打ち破った当時12歳の少年に神々がつけた二つ名は『剣鬼(ヘル・スパーダ)』、今でこそ表面上は当時の苛烈な強さへの渇望は見せないが同類であるアイズには今もアル・クラネルが『剣聖』ではなく剣の鬼であるのだとわかっている。

 

アルは決して無敗の英雄というわけではない、小竜に、黒いゴライアスに、『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』に、『猛者(おうじゃ)』に、ありとあらゆる強敵に打ちのめされ、そのたびに敗北の砂を噛み続けた。だが、折れずに立ち上がり最後には勝っていた─────今でも決着がついていないのは『猛者』くらいか。

 

幾多の敗北を糧として頂天へ上り詰めた、その男の力をアイズは誰よりも知っている。その敗北の過去を最も近くで見てきた者としてアル・クラネルの強さへの執念が赤髪の女に遅れを取るほど生易しいものではないとわかっている。

 

その安心感ゆえの余裕は次の瞬間、驚愕へ変わる。赤髪の女は神速の踏み込みで歪な刀身の大剣をアルへ叩きつけた。驚きは二つ、一つはその速さ。明らかにさっきまでよりも数段速い。 

 

「(私と戦っているときは本気じゃなかった―――!! いや、それよりもあの剣は【天然武器(ネイチャーウェポン)】?)」

 

 踏み込む前に地面から引き抜くように赤髪の女が持ち出したのだ。アイズが驚くのも無理はない。【天然武器(ネイチャーウェポン)】は本来、ミノタウロスやリザードマンなどのモンスターのためにダンジョンが生み出した武器であり、落ちているものを使うならともかく人間であるはずの女が新しく作り出させるなど不可能なのだ。

 

―――だが、驚愕に身を震わせたのは赤髪の女も同様であった。

 

「────ッ!!」

 

 赤髪の女は自らの竜すら屠る一撃が受ける剣の角度を変えただけで簡単に防がれた事実に目を見開く。アイズからしてもそれは目を剥く神業だ。

 

アルの武器は新調したという漆黒の大剣、赤髪の女が振るうのは今しがた地面から引き抜いた【天然武器】(ネイチャーウェポン)と思われる不気味な大剣。

 

先の戦いの焼き増しのように数十の剣戟が交わされるが剣戟が続くにつれて赤髪の女の表情は険しくなっていき、少しずつ後退していく。

 

大きな得物と型にとらわれない自由な動き、とよく似た戦闘タイプの二人であるがその差は同タイプであるが故に浮き上がる。

 

力が、耐久が、敏捷が、経験が、何よりも技量が違う。

 

一手一手ごとに赤髪の女の間合いが死んでゆく。けして赤髪の女より早く動いているわけでもないアルの剣が少しづつ相手を掠める。そしてついにアルの攻撃が赤髪の女の身体を捉え始める。

 

一撃一撃に命を込めるかのような気迫の赤髪の女とは違いアルの所作は極めて静か且つ冷淡で少しずつ確実に命を削る剣鬼のそれだ。アルは赤髪の女の攻撃をいなしつつ少しずつ間合いを詰めていく。

 

一方、赤髪の女は攻撃に徹しつつも時折放たれるカウンターを警戒するあまり攻めあぐねていた。

 

ステイタスは【エアリエル】を纏ったアイズ以上であることからおそらくはLv6相当、いくらアルがLv7とはいえここまで一方的になるのおかしい。事実、Lv5のアイズも【エアリエル】ありきとはいえLv6相当の赤髪の女とある程度戦えていた。

 

その一方的展開の原因の一つはスキル【天授才禍(サタナス・エフティーア)】、有する効果は戦闘中、発展アビリティである【剣士】と【魔導】を獲得するという強力極まるものだがこのスキルの真価はそこにはない。

 

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

 

あらゆる技能の習熟とは当然、剣技や戦闘術も含まれ、それらはアビリティの成長と同じ速度で早熟している。

 

これまでその異常なまでの成長速度と重ねてきた無茶により各レベルアップ時の各アビリティランクはほとんどの場合、SSSランクという意味のわからないものであり、それら積み立てられたアビリティは数値に表れずとも確かに強さの基盤となっている。

 

このスキルはその積み立てられたアビリティを一切の無駄なく振るえるようになるものであり、身体能力任せの鈍獣にはならない。いかに高いステイタスでもただ怪力を振り回すだけではモンスターと変わらない、研ぎ澄まされた技量で振るわれるからこそ恐ろしいのだ。

 

赤髪の女からすれば自分以上の身体能力を持つ者が自分以上の技量を持ち合わせているのだ、絶望的だろう。その証拠に決して速くない速度で放たれるアルの斬撃を受け止めた赤髪の女の顔には畏怖の色がありありと浮かんでいる。

 

そして赤髪の女が攻めあぐねている理由はもう一つ。

 

「(殺気も魔力の蠢動もない、全てが静かで動きが全く読めん────ッ)」

 

 敵として目の前にいるはずの男が少し目を離したら消えてしまうのではないか、そう赤髪の女に思わせるほどの所作の静けさ。

この動きの静かさの理由は───────ない。

 

本当にないのだ、スキルでも発展アビリティでもない。ただの才能の結晶である。効率化された機械に駆動音がないのと同じように極限まで無駄を排されたゆえにその動きにも魔力にも、一切のゆらぎはない。

 

かつて『静寂』の二つ名を持つ女がその生涯で唯一、自分以上の天才と認め、大神ゼウスに()()最強に届き得ると認められた才能の化身──────それが、『Lv7』アル・クラネルである。

 

その実力は、都市最強の一角とされるアイズですら届かない領域にある。

 

アルが赤髪の女の懐に潜り込む。赤髪の女が迎撃せんと大剣を振るうが、それを掻い潜ってアルは女の胸元に掌打を叩き込んだ。

 

回転が込められた一撃のあまりの衝撃に身体が宙に浮き、くるり、と空中で上下が反転する。ひっくり返った天地に藻掻くかのように手足で宙をかいたレヴィスの頭に容赦のない蹴りが打ち込まれ、レヴィスの身体は赤い残像だけを残して岩壁へ突っ込んでいった。

 

()()()()、今のお前では俺を殺すには不足らしい」

 

 全身に浅くない傷を負い、息も絶え絶えな赤髪の女と、戦闘開始時と何一つ変わらないアル。勝負は決まった、そう言うが如きアルに赤髪の女は激昂する。

 

「─────ッ!! 舐めるなぁ!!」

 

 赤髪の女の身体が震える。それは怒りか、はたまた畏怖か、次の瞬間、赤髪の女は地面を蹴る。そしてその勢いのままアルに斬りかかった。

 

怒りにより、限界を越えたその動きは傷だらけでありながら今日見せた中で最も鋭くなり、赤髪の女は勝負に出る。今までの攻防の中で最大の斬撃を繰り出すために重心を落とした構えを取り、渾身の力で階層主を一撃で葬りされるほどの破壊の一撃として振り下ろす。しかし、その一撃は虚空を切り──────。

 

「そりゃ、悪手だろうよ」

 

 猛る赤髪の女の両腕に─────人界至高の刃が翻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰の目から見てもそれは王手だった。両腕を失った剣士などカカシですらない。だが、赤髪の女―――レヴィスは人間でも剣士でもない。

 

巨大花(ヴィスクム)―――!! 暴れろぉおおおおお!!」

 

 両腕を()()()()()()()レヴィスがアルから逃げ出しながら叫ぶ。その瞬間、食人花を肥大化させたような階層主サイズの巨大なワーム状の花がレヴィスの足元の地面を割って出てくる。

 

その花は花弁の一つ一つに牙のようなものが備わっており、獲物に飛びかかる蛇のように一斉に襲いかかってきた。

 

「待っていろ!! この私が、必ず!! 全存在をかけてでも貴様を殺す!!」

 

 レヴィスは立ち昇る砂煙に紛れながらも聞くものの精神を押しつぶすほどの激情に満ちた怒号を残して去っていく。

 

「【英雄覇道(アルケイデス)】─────10秒チャージ解放【サンダーボルト(アルゴ・ディアーナ)】」

 

 時間稼ぎか目くらましのためか暴れまわる巨大花(ヴィスクム)を先程、士気を戻してから待機状態にあったチャージを解放させた魔法の一撃で打ち砕いたアルの顔にはこれまで誰も見たことがない晴れ晴れとした笑みが浮かんでいる。

 

「―――ああ、本当に待ち遠しいよ」

 

 その笑みを、アイズ・ヴァレンシュタインだけが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

これとかベート話とかみたいな、視点増やすでもしないとあんま加筆できないのどうしよう。

 

 

公式チートから唯一の弱点を奪い、原作主人公の成長チートを付与したのがこの変態です



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第一章最終話




改定前より湿度高いかもしれない




 

 

 

 

闘技場と呼ばれる一定数を上限にモンスターが無限のごとく湧き出る大型空間が37階層には存在する。

 

壁面と果てしない広さの円形の階層全体が白濁色に染まり、まるで巨大な乳白色のドームの中にいるかのような不思議な感覚を覚える地下城塞だ。

 

仄かに輝く燐光が薄暗い迷宮内をぼんやりと照らしている。ダンジョンの恐ろしくも神秘的な光景である。

 

この巨大さは、縦にも横にもオラリオに並ぶ都市一つ分はあるだろう。出現するモンスターはリザードマンの上位種の『リザードマン・エリート』や骸骨の二足羊とも評せる『スカル・シープ』、骸骨の前衛戦士『スパルトイ』などどれもが白兵戦に秀でたモンスター揃いであり、その数は他に例のないほどである。

 

アイズが以前、単身で乗り込もうとした際にはリヴェリア達が流石に止めた。なお、アルが一人での遠征を強行し、一週間ほど闘技場の真ん中で寝泊まりをしてウダイオスを含めた出現モンスター達をリスポーン狩りするという、オッタルですらドン引きする金策を行ったことがあるのを知っているのはステイタスの上がり具合に詰め寄ったロキだけだ。

 

第一級冒険者でも単騎での探索は自殺行為である深層らしく、一体一体が第二級冒険者にも匹敵するLv3からLv4のモンスターが矢継ぎ早に現れてはいつにもまして荒々しいアイズの斬撃によって斬り刻まれてゆく。

 

荒々しいと言っても先走って仲間達を危険に晒すような真似はせず、積極的にモンスターと戦闘をこなすものの今日のアイズはいささか様子が変であり、ティオネ達は若干、狼狽えながらそれを治そうとしていた。

 

「結構お金も溜まったんじゃないかな? 相当モンスター達を倒してるし、ダンジョンに五日くらいもぐって探索してるしさぁ」

 

「そう、かな···········」

 

 ティオネの言葉にも上の空でしか答えないアイズが先日の赤髪の調教師への敗北を引きずっていたのは誰の目にも明らかだったが、一度の敗北で打ちのめされるほどヤワではないということを戦友であるティオナたちは知っているため、その分困惑していた。

 

「地上で普通に換金すれば、三千万くらいはいったんじゃない? 証文はどのくらいの金額?」

 

「ま、待ってください、えーと············リヴィラの街で買い取ってもらったものだけだと、一千万ヴァリスには届かないくらいです」

 

  もとよりダンジョンにはそれぞれの金策のために向かったのだ。しかし、当初の目的を思い出したところでアイズの表情は戻らない。

 

「(アル、私は本当に強くなってるの?)」

 

 自分とは比べ物にならない速度と精確さで機械的にモンスターを殲滅するアルの背中を見て戦いに戻る―――悩みを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヴィラの街で起こった殺人事件と犯人であり、Lv6相当の実力者である赤髪の調教師の発覚。それらの事情聴取と各員の治療が終わって数日。

 

ハシャーナの所属していた有力派閥【ガネーシャ・ファミリア】の強い要望もあって殺害犯である調教師はオラリオ中に指名手配されることとなった。

 

「なんだ、なんだと言うんだ、あのヒューマンは!!」 

 

 その犯人であり、両腕を切り飛ばされて一矢すら報いれないで逃げ出し、安全といえる領域までやっと帰ることができた赤髪の調教師──────レヴィスは感情をむき出しにして誰もない暗闇の中で叫ぶ。そして、思い出したかのように震えだす体を抱きかかえた。

 

「あれは何だ!? 何なのだ!!」

 

 己の、竜すら屠る一撃を指揮棒を振るうかのように弾き、全てにおいて自分の上を行っていた白髪のヒューマン。

 

今まで感じたことがない圧倒的な強者の気配に、レヴィスの精神は限界を迎えていた。あの男は一体何者なのか。そもそも本当に人間だったのか? 疑問は尽きず、戦慄も消えなかった。

 

そして、ただの小娘のように逃げ惑うしかできなかった自分が情けなくて仕方がなかった。

 

あの場から逃げられたのはあの男に自分を殺す気がなかったからだ。直接戦ったレヴィスには、それが痛いほどにわかってしまう。あの男の目は壊れやすい玩具に気遣ってできるだけ長く遊ぼうと努力する子供のそれだ。

 

Lv7、現状のレヴィスでは絶対に勝てない相手が二人いることはエニュオから聞いていた。あの男はその片割れである『剣聖』アル・クラネルなのだろう。

 

「殺してやる、殺してやるぞ!! アル・クラネル!!」

 

 穢れた精霊を使う。失敗作も含めて同時に使えばいかに強いとはいえ殺せぬはずもない。そう息巻き、気を吐くレヴィスはふと、自身の足が小刻みに震えていたのに気づく、これはニンゲンへの怒りでも殺すと決めたがゆえの武者震いによるものではない。

 

気づけば足だけでなく全身がまたガタガタと震えだし、レヴィスは頭を振った。鉛が体の芯にまで染み込んだように感じる。

 

もう二度と戦いたくはない。そうとすら思ってしまう、レヴィスは唇を強く噛み締めた。

 

「────ハ、ハハハハハハハッ」

 

 その震えの正体に気づいた、気づいてしまったがゆえに嘲笑が────自身への溢れんばかりの嘲りがこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ああ、私は怯えているのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも続くと思っていた優しい揺りかごの世界。

 

だけど。

 

すまないと■■は謝った。そして踵を返し、■■とともに光の先へ消えていった。

 

 

 

 

 

夢を見た、大事なものがなくなる夢を見た。気づくと覚えのある褐色の手によって肩が小さく揺らされていた。朝の冷たいひやりとした空気が流れ、少しずつ意識が夢から覚めていき現実へと引き戻される。

 

ぼんやりと瞼を開けるとそこには褐色の肌をした人懐っこい女性────ティオナがいた。まだ完全に起きていない頭でも彼女がその瞳でどこか心配そうにこちらを見つめているのはすぐに分かった。

 

「平気、アイズ?」

 

「うん」

 

 心配そうなティオナの声に、まだ少し寝ぼけたまま返事をする。アイズは上半身を起こすと辺りを見渡した。ここは昨日泊まった37階層のルームだ。

 

魔石灯による光は明るく、太陽の代わりに身体へもう朝になっていることを知らせている。どうやらぐっすり眠っていたらしい。

 

「休息の時間、終わるらしいよ。もうそろそろ出発するって」

 

「ん」

 

 ティオナはそう言うと立ち上がりルームを出て行った。アイズが身支度を整えて外に出ると既に他の面々も集まっていた。皆それぞれ準備を終えているようだ。

 

ティオナはアイズに気づくと手を振ってきた。アイズも小さく振り返す。フィンとリヴェリアは互いに向き合って何かを話し合っているようだった。アイズの視線に気づいたのかフィンが話しかけてくる。

 

いまだ、夢の世界に半分入っているアイズはそれに生返事を返した。そんな彼女の様子に苦笑しつつフィンは話を続ける。

 

アイズの脳裏には先ほどまで見ていた夢の光景がまだ残っていた。

 

「(また················)」

 

 最近よく見るあの夢。一体何を意味しているのか。それが分からず不安になる。

 

大切なものが消えていく夢·········しかしそれがなんなのかは覚えていない。それでも何故かアイズにとってはとても重要なもののような気がしてならなかった。

 

アルの横顔が見える、いつも通りの仏頂面で目だけは渇望の火に爛々と照らされている。

 

··············あのとき、一瞬だけ浮かべていたアイズですら見たことのない笑みが脳裏をよぎり、胸が強く締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「····ティオナ、ごめん。少し、歩いてくるね」

 

「アイズ、大丈夫?」

 

 うん、と力なく答えて歩き出す。少し離れたところについてからは全力で走り出す。

 

そうでなければみんなの前で泣いてしまいそうになるから。息が切れるまで走り続け、みんなから離れた岩場で一人、膝をついて蹲る。

 

どうしてこんなにも苦しいんだろう?分からない。ただひたすら苦しくて涙が出てくる。

 

心の奥底にあるなにかに突き動かされるように嗚咽が漏れた。この感情が何なのかわからない。けれどアイズは、きっと自分は寂しいのだと思った。

 

「うあ、うううううう」

 

 思い出すのはあの笑顔、アルがファミリアに入ってからの四年間、最も近くにいたアイズですら見たことのない満面の笑み。それはまるで宝物を見つけた子供のように無邪気で嬉しそうな笑顔だった。そのことが何故だかアイズは悔しかった。

 

そして悲しかった。アルにとって自分が特別な存在でないことに、自分のことを見てくれないことに。だからせめて隣にいる間だけでも自分を見てほしいと思って頑張ってきたのに。

 

いつの間にか隣にいたはずの彼は遠くに行ってしまった。それがたまらなく嫌だった。もう隣に立てないかもしれないと思うだけで泣き出しそうになった。そんな思いを振り払うように頭を振る。

 

どうしてここまでアルのことを気にしているのかは自分でもよくわからなかった。でも確かに言えることはある。今、彼がいないとアイズはダメになってしまうということ。

 

アイズの中でアルはもうすでにかけがえのない存在になっていた。そんなアルの浮かべた、一度もアイズに向けられることのなかった、父が母へ向けていたもののような笑み。

 

それを向けられたのはアイズよりも強く、『アリア』を知っていた赤髪の調教師。アイズとアルの関係とは正反対な二人。アイズは嫉妬していた。自分だってあんな風に笑って欲しい、見て欲しい、構って欲しいと思っている。

 

だからこそアイズは思うのだ。もし自分にもっと力があれば、彼に自分を見てもらえていただろうかと。そこまで考えてアイズは自嘲気味に笑う。

 

どれだけ願っても今のアイズでは無理だ。もはや、アルとの間には二つものレベル差がある。それにアルは遠からず新たな領域へ──────自分を置いて行ってしまうだろう。

 

────その時が来たら、果たして自分は耐えられるだろうか?

 

ふと、アイズの頭に過った考えは最悪のものだった。もしもその日が訪れた時、アイズがアルの隣にいられないとしたら。

 

その時、アイズの中に残るものは一体なんなのだろか? 答えは簡単だ。何も残らない。ただ虚しさと孤独だけが消えずに残る。それだけだ。それを考えると怖くなった。あの夢の意味も分かる気がする。

 

失う前に、大切なものを失ってしまう前に手をのばさなければ···········。

 

そう考えていると、そんな嫉妬とも取れない喪失感が足元から這い上がってくるようだった。アイズは思わず口元を押さえて、嘔吐きそうになる衝動を堪える。

 

怖い、恐ろしい、悲しい。この感情の正体が分からぬまま、アイズの心の中は様々な負の感情に支配されていった。

 

「いや、ひとりはいや、いっしょにいてよ、ある」

 

 アイズはその日、初めて涙を流した。もう、アイズにはアル・クラネルしかいない。無論、ティオナやレフィーヤのような友人はいる、でもあの二人ではアイズの家族にはなれない。

 

唯一、アル以外でその孤独を埋められるものがいるとすればそれはリヴェリアくらいのものだろう。だが、アイズの英雄にはなれない。

 

「おいてかないで、わたしをたすけてよ」

 

 そう言っても誰も助けてはくれない。ただ、助けを求めるだけのものに手が差し伸べられることなどありえない。それが分かっていてもアイズは言わずにはいられなかった。アルがいない世界など考えられない。それほどまでにアイズは依存してしまっていた。

 

『また、助けてもらうの?』

 

 そこには小さな私が───アイズ・ヴァレンシュタインがいた。その言葉を聞いた瞬間、アイズは目を見開く。その少女は、かつてのアイズそのものの姿だった。その姿を見た途端、アイズの中にある感情が湧き上がる。

 

恐怖。その感情がアイズを支配する。あの少女がアイズなら、この感情がアイズ自身のものだというのならば、あの感情がアイズを蝕むものだとすれば、あの夢がアイズを苛んでいるというのならば···。

 

『また守られるの? これからもまた貴女は、あの憧憬の英雄に守られるの?』

 

 なぜおとうさんとおかあさんは私のもとからいなくなったの? モンスターのせい?―――黙れ

 

なぜアルは私をおいて先に行ってしまうの? アルの溢れんばかりの才能のせい?―――黙れ

 

そんなものは簡単じゃないかと小さなアイズ・ヴァレンシュタインが嘲笑う―――黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!

 

私は、アルの隣に立ちたいんだ! だから過去の貴女になにがわかる!? 今の私の何が分かるっていうのッ!!! そうだ、私は強くなりたかった。強くなってアルを守るんだ。そのために頑張ってきたんだ。だから、だから、だから···っ。

 

『なら、どうして私はこんなにも弱いの?』

 

 違う、弱くなんかない。強くなったんだ。強くなったから、だから、だから。『なら、なんでお父さんはお母さんは私の前から消えたの?』 違う、黙って。『私が英雄じゃないから?』――うるさいっ!! 『私は、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

 

『どうして、認めないの?』

 

『全部―――アイズ・ヴァレンシュタイン()が弱いせいに決まってるのに』

 

「―――あ、」

 

 わかっていた、わかっていたのだ、そんな当たり前のことは。私が強ければモンスターを倒せ、両親と離れ離れになるなんてことはなかった。

 

私が強ければ今もアルの隣で戦え、置いていかれるなんてことはなかった。私が弱かったから、両親が死んでしまった。アルは私によくしてくれている。だけど本当はどう思っているのかはわからない。

 

アルは優しいから今の気持ちを吐き出せば、きっと同情してそばにいてくれる。『でも、本当にそれでいいのかな、今の貴女は──』。

 

ただ、都合の悪い真実から目を逸しているだけ―――それすらも私の弱さ。

 

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 自己嫌悪で心が押し潰されそうになる。死にたい、狂いたい·····本当に死ねれば、本当に狂えればどんなに楽か。ああ、もう嫌だ。いっそ何もかも忘れて、無くしてしまいたい。

 

もう、耐えられない。こんなにも苦しいのなら、もう壊れてしまいたい。もう、やめて。お願い、もうやめさせて。もう、苦しませないで。そう願っても、それすらも、そんな最後の弱さを、逃げを頭の中の小さな私は赦さない。

 

もう自分のことさえ分からなくなっていた。ただ、もうこれ以上自分が傷つくことが恐ろしかった。だからこそ、アイズは無意識のうちにその言葉を紡いでいた。

その一言は、今までアイズが必死になって隠し続けていた心の奥底にあった本当の想い。

 

誰か、助けて。

 

それはアイズの悲痛な叫びだった。けれど、ここで逃げたら、二度とアルには追いつけないと小さな私が耳元で囁く。

 

《雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ》

 

 何時ぞや、ベートさんが言っていた言葉だがそれは正しくない、私が、アイズ・ヴァレンシュタインこそがアル・クラネルには釣り合わないのだ。アルは、あまりにも眩しすぎる。その輝きを隣で見続けることは、もはや私のような凡人では出来ない。けど、それでいいの?

 

諦めるの? 私はもっとアルと一緒に居たいのに、それでももう限界なの? 無理だよ。もう、私は疲れたよ。もう、やめたよ。だから、だから·········。

 

《勝者は常に敗者の中にある。これは証明だ、俺が勝者であることの》

 

 何時ぞや、アルが言っていた言葉が蘇る。なら、負けることからも逃げた今の自分はなんだ? どんな顔してこの有様でアルの隣に立ちたいなどと言えたのか。アイズは思い出す。

 

あの日、あの時に誓ったことを。あの憧景を思い出せ。あの時の自分を思い出すんだ。そうすればまだ立て直せる。

 

 

そう思っても、アイズは動けなかった。足が震えていた。怖い、恐ろしい。

 

そんな感情がアイズを支配する。弱さを赦すな、知っているだろう冒険者にとってのもっとも忌むべき大罪は強欲でも傲慢でもなく、脆弱であることを。知っているだろう俯いているだけでは何も変わらないことを。

 

私は知っているだろう、彼は、私の英雄は一度だって膝をつかなかったことを。

 

なら、私は、どうする? 私は何をすべきなのか。答えは出ているはずだ。私は弱い。ならば強くなるしかないんだ。そうでなければ───。

 

『貴女は強くならなくてはいけない、でなければ貴女は───()()()()()()()()()

 

 いつの間にか、小さな私は今の自分よりも成長した、誰かの───愛しい誰かの、血で赤く染めた金髪を乱れさせながら嘆き叫ぶ未来の私へと変わっていた。

 

「ぃや、いやいや、やだよ」

 

 アルが死ぬ? 私が、殺す? ────そんなの、赦せるわけがない。

 

 赦せない。そんなの絶対に許さない。そうだ、私は弱いからアルに守られる。それが私の弱さだ。そうだ、このままでいいはずがない。

 

私は弱くなんかない。私は決して、弱いわけじゃないんだ。私は弱い。弱いからこそ、強い人間に憧れた。弱い私を助けてくれた英雄のように、私も彼を助けるのだ。そう決めたじゃないか。

 

アルの隣に並び立つために、今できることは何だ。決まっている。

 

立ち上がれ、前を見据えろ、そして叫べ。

 

私は弱い。

 

なら、強くなればいい。

 

「このままじゃ私は許せない───何もしなくても、誰かが助けてくれると期待していた、私自身を」

 

ああ、本当に馬鹿だなぁ。なんでこんな簡単なことに気付かなかったのかな? 最初からこうすれば良かったんだ。

 

さあ、剣を持て。

 

さあ、戦え。

 

私は弱かったから、こうして戦う力を求めた。

 

ただ、初心に帰るだけ。

 

「私、強くなる、ならなくちゃ。―――なり方は貴方が教えてくれたから」

 

 涙で腫れた目を拭い、立ち上がる。

 

覚悟を決める。

 

もう、逃げない。

 

もう、挫けない。

 

もう、諦めない。

 

私はアル・クラネルに釣り合うような、そんな存在になる。

 

だから私は、私は…………。

 

この四年間で薄れていった心の中にある黒い風を巻き起こさせて呟く。

 

詠うように。

 

誓うように。

 

宣言するように。

 

この心を闇色で塗り潰していく。《アイズ・ヴァレンシュタイン》という少女の仮面を脱ぎ捨てて、《復讐姫》という名の怪物が目覚めていく。

 

ああ、そうか。

 

これが、これこそが、私が求めていたものなんだ。

 

私が本当に望んだ強さ。

 

私が心の底から求めた本当の願い。

 

黒き情念がアイズの脳裏を埋め尽くす。

 

『「【──────暴れ吼えろ(ニゼル)】」』

 

 

 

 

 

 

 ―――この日、オラリオに新たなLv.6がうまれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アイズを追い詰めすぎたかもしれない。

 

アイズ「吐きそう、泣きそう、泣いた」

 

仮面「出番が怖い」

 

アル『金が無い·········せや、無限リポップの闘技場でリスポーン狩りしよ!!』

 

 

 

 

 

今作のアイズたんは別にアルが死ななくても定期的に曇ります。

 

別に憧憬スキルとかには目覚めてないです。あれはクラネル兄弟の特権です。

 

ちなみにベルきゅんの膝枕イベントは起きません、今作のベルきゅんにはちゃんとした師匠がいるので魔法や精神疲弊についても知識として知っててそんな無茶はせずに自力で帰りました  









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第二章
十一話 お前いつもニヤけてるから嫌い、曇れよ



総評価数1000突破ありがとうございます。めっちゃモチベーション上がりました。これからも、コメント、評価、よろしくおねがいします。



 

 

 

アル・クラネルの朝は早い。

 

日が昇ってくる頃には剣を持ってダンジョンへ潜り、単騎での突貫をして最近では一時間程度で下層、25階層まで潜っている。熟練冒険者の中で新世界と呼ばれ、【天然武器】で武装したモンスターやLv3相当の水棲モンスターが相手に地の利がある状況で襲いかかってくる大瀑布『巨蒼の滝』で水浴びをしてからこれまた高速で駆け上がり、皆が起きてくる頃には自室の掃除に手を付けている。

 

そしてアイズやティオナ達、若手の幹部陣と朝食を摂ってからはダンジョンに行く日なら深層まで一人で潜って発展アビリティ【幸運】の効果でドロップ率の上がったドロップアイテム狩りをしてフリーの日なら訓練室で鍛えている二軍、三軍の者達にやさしく訓練をつけてあげる。  

 

最強の男の胸を借りられる幸運を逃すまいとアルが訓練に参加する日は多くの参加者がアルへ挑んでは返り討ちにあっており、たまにアイズやティオナなどの若手幹部が徒党を組んでかかってくることもある(なお、Lv4上位の二軍中核メンバーは大抵アルにビビっているので参加しない)。

 

無論、訓練をつけたりすることにアルへの見返りはないが常日頃から周りの者の好感度をこまめに上げておくことで曇らせ時のカタルシスを増やそうとしているのだ。

 

昼食を摂った後、フリーの日であれば【ヘファイストスファミリア】や【ディアンケヒトファミリア】に赴いたり、昼食自体を【豊穣の女主人】で摂ったりもする。

 

今はその昼食のあと。

 

昼時をやや過ぎ、人通りの少なくなった街角にアルを待ち伏せていたかのようにその女神はいた。美という概念が擬人化ならぬ擬神化したかのような銀糸の女、女神フレイヤである。

 

「こんにちは、奇遇ね」

 

「────。」

 

 だが、アルの目を引くのはその至高の美を持った女ではなく、女神の後ろに忠実な従者の如く側めている巌の男────至高の武を誇る『猛者』オッタルをおいてほかはない。

 

どちらもLv7、どちらもオラリオ最大派閥が誇る最強の漢である二人が顔をあわせることは少ない。他でもない二神、ロキとフレイヤの配慮によるものだ。

 

かつて挑む者と挑まれる者であったアルとオッタルは四年前、アルがLv2だったときにフレイヤの企みのもと、真剣による死闘を行っている。その勝者は言うまでもなくオッタルであったがその戦いの中でアルは確かに何かをつかみとり、世界最速記録を更新するレベルアップを果たした。

 

それ以来、アルはオッタルを敵視するようになりオッタルも【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】が消えてから唯一、全力を出して戦える自らと同じ頂天へ登りつめたアルを特別視している。

 

だが、この二人が戦うということは一介の冒険者同士の諍いとは次元が違う個人間での戦争とも言うべきものだ。万が一、都市内で両者が刃を交えれば一体、どれほど多くの被害が出るのかは神ですらもわからない。

 

そして何よりもその戦いでどちらかが──あるいは両者ともに死んでしまった場合、それは各ファミリアの損害には収まらずオラリオ全体、ひいては世界の損失と同義である。最悪の場合、15年前の暗黒期の始まりのような有様になってしまうかもしれない。

 

故に、異例も異例ではあるが近隣諸国の首脳陣との連名でギルドから両者の私闘を禁ずる命が出ている。それを当然わかっているフレイヤがアルに会いにいく際にわざわざオッタルを連れてきた理由は何なのか。

 

「あら、私ではなくオッタルばかり見て、妬けてしまうわね。安心なさい、オッタルを連れてきたのはただの気まぐれよ、他意はないわ」

 

「御託はいい、なんの用だ」 

 

「ただ貴方の顔が見たくなっただけ、それではいけないかしら」

 

 男に限らず心を持つ知的生命体であれば尽くを魅了し尽くすフレイヤがまるでそこらにいる恋する町娘であるかのように頬を赤く染めて笑う。

 

 

 

 

 

瞬間──世界が止まった。今の今まで盛況だった街から一切の音が消え、一切の動きが停止した。

 

犬も、鳥も、虫も、人も、神も、その動きを止めてただ一点、蕩けるような笑みを浮かべたフレイヤを凝視し、身体の全機能を美を認識するためだけに特化させた信者と成り果てた。そして、そんな世界を作り出したフレイヤは、艶然と微笑む。

 

そう、時間など止まってはいない。言うまでもなく全知零能たる下界の神にそのような力は振るえない。この現象の正体は魅了。あらゆる生物の精神を一瞬で虜にする究極の『美』だ。そんな、文字通りの意味で神の領域にある美貌を持つフレイヤは、己の持つ魅力を最大限に発揮する極上の笑顔を浮かべたまま、そっと口を開いた。

 

──ねぇ、あなた。私のものになりなさいな。

 

フレイヤの声は、音として世界に響いたわけではなかった。しかしそれでも、その声を聴いた者は例外なく彼女の命令に従い、フレイヤの所有物となった。フレイヤの言葉を聞いた信者たちは、まるで夢遊病者のようにフラフラとした足取りでフレイヤの前に並び立ち、そのまま一斉に膝をつく。

 

──それは美の神が行う全身全霊の魅了。

 

ありとあらゆる存在の意識を自分だけに向けさせ、虜とする魂への絶対支配だ。この世に存在する全ての生あるものにとって、フレイヤとはまさしく神の如き美しさを持っているのだ。

 

相手の全てを美で塗り潰し、全ての生命活動を美の認識に捧げさせてしまうほどの、魂を捻じ曲げる女神の情愛。

 

それはオッタルですら意識しなければ呼吸を忘れてしまうほどの強制力を持って世界全てをたった数秒で塗り替えてしまった。

 

今のフレイヤに逆らうことは世界への反逆にも等しい。

 

世界をまるごと敵に回す覚悟がなければ美という概念に押し流され、矮小な人間の人格など千回染め上げて余りあるだろう。

 

だが──────。

 

フレイヤは自分の万物を自身の絶対的な傀儡とする神をも侵す魅了にも靡かない男を見て微笑む。それは下界の者を翫ぶ嘲笑じみた微笑みではない。自分の魅力が全く効いていないという喜びからの笑みだ。

 

「(やっぱりこの子·············!!)」

 

 自分の魅了に全く動じないどころか逆にこちらが魅了されそうになるほどの眼力を放つ青年を前にして、フレイヤは歓喜に打ち震えた。

 

これほどまでに美しい人間を見たことがない。否、これこそが美だと言わんばかりの輝きを放っている。

 

フレイヤは今まで出会った人間の中でアルが一番気に入っていた。誰よりも才能があるから、とかそういう理由ではない。もっと根本的なところで気に入ったのだ。アルにはどこか神々しさすら感じるような雰囲気がある。それに何よりアルは美しい。自分が見てきたなによりもアルは綺麗だった。外見の話だけではない、なにものにも、フレイヤにだって揺るがせない漆黒の魂。

 

だからこそフレイヤはアルのことを気に入っている。しかし、だからといってアルをどうこうするつもりはなかった。

 

フレイヤにとってアルはあくまで観賞用なのだ。眺めるためだけの観賞物。触れようと思えば触れられるが、決して手を出すつもりのない芸術品のような存在。それがアルに対する評価だった。

 

いや、かつてはそうではなく、なんとしてでも手に入れるための努力をした時期もある。しかし、フレイヤがどんなに手を尽くしてもアルの魂を揺らがせることはできなかった。

 

故に、フレイヤは諦めた。自分に靡くことのないアルを諦めた。しかし、同時に納得した。なぜ自分はここまであの子に惹かれていたのかと疑問だったが、今なら分かる。

 

フレイヤは『手に入らないからこそ美しいものもある』ことを学んだ。

 

そして、それを理解した上でフレイヤはアルを見守ることを決めたのだ。

 

フレイヤはアルを『神工の英雄』や『伴侶』にしたいわけではない。ただ、アルが起こす風を感じられれば良いと思っている。

 

だからこそ、フレイヤはアルに対して何もしない。ただ、見守っているだけだ。フレイヤは、アルが望むままに行動して欲しい。それを止める権利は誰にも無いはずだから。

 

そんなアルが自分をじっと見つめてくる。その瞳は何かを訴えるように真っ直ぐな視線で、少しばかり熱っぽいものを感じる。それこそ、自分に惚れてくれているのではないかと勘違いしてしまいそうなほどに。

 

けれど、そんなことはないことをフレイヤは知っている。何故ならアルは『名無し』と『女神』の違いを見抜くことできる眼力がありながら自分に興味がない。

 

アルは美神たる自分に価値を見出していない。都市最強派閥の主神として幾多の心と魂に触れてきたからわかる、自分への無関心。

 

だがそれすらも『愛される』存在であったフレイヤからすれば心地よい未知。

 

フレイヤは嬉しかった。初めて興味を持った青年が自分の虜にならないことが、とても嬉しい。  

 

『美』が介在せぬ唯一無二の相手。

 

そして、そんなアルだからこそフレイヤは期待しているのだ。いつか必ず訪れるその時に、この子が一体何をしてくれるのかが楽しみで仕方がなかった。

 

フレイヤはそんな風に思いながら、目の前にいる『美』の化身に向けて言葉を投げかけた。

 

 

「ああ、やっぱり、貴方は私のことを美しいとは思っていないのね」

 

「お前の笑みよりも美しいと言えるものを知っているのでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは当然、みんなの曇り顔です(クソデカ感情)

 

いや、だってよおコイツ、いっつも笑ってて嫌なんだもん。美の神だかなんだか知らんが少しは曇れよ、無敵か?

 

フレイヤからは度々、改宗の誘いをされているが断固お断りである。だってさ、【ロキファミリア】の面々とは違って【フレイヤファミリア】の連中、俺が死のうが何しようが絶対に曇らないじゃん。

 

フレイヤ至上主義のオッタルが団長だしクソつまらんわ、お話にもならん。

 

あ、でもアレンは好きだよ。直接、俺に対してではないから少しあれだけど妹への屈折した感情とかね、あれを引き出すために俺は【豊穣の女主人】にいつも行ってアーニャと仲良くなってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

『Lv5』

 力:D555→D564

 耐久:D547→D563

 器用:A825→A827

 敏捷:A822→A824

 魔力:A899→S900

狩人:G

耐異常:G

剣士:I→H

 

《魔法》

【エアリアル】

・付与魔法

・風属性

 

「これがLv5の最後の【ステイタス】なー!」

 

 37階層の階層主、ウダイオスを単独で倒すという『偉業』を成し遂げ、軒並み上昇した基本能力値に加えてランクアップを控えるまでに上がった能力にアイズは静かに驚いていた。

 

中でも日頃から【エアリエル】を使っているからか、魔力のアビリティは抜きん出ており、最高評価のSにまで至ることができていた。

 

冒険者のアビリティランクは大抵の場合はCかD、良くてBランク止まりとなる、ランクアップ前とはいえ最高評価Sのアビリティランクに上り詰める事は珍しいことであり、十分な成果だ。

 

············毎度、Sランクを超越したSSやSSSランクに至る化け物が身近にいるが例外としておく。

 

ぼんやりとアイズは羊皮紙に書き記されている数値を眺める。

 

「【発展アビリティ】も発現可能や! 良かったなぁアイズたんっ、 Lv5ん時はなーんも手に入んなかったし!」

 

「·····どんなアビリティですか?」

 

「【精癒】や!!  うちだとリヴェリアとアルだけが持っとるやつ! 選べるの一つだけやし、これを発現させてもええやろ!」

 

「アルと、同じ·····? 発現させます、発現させてください」

 

 食い気味で答えたアイズを見てロキは笑う。自分の眷属達は本当に可愛くて仕方ないのだ。そんな愛しい子達の成長は嬉しくもあり寂しくもある。

 

だからついつい構ってしまうのだが、それがまた可愛い反応を見せてくれるのだから余計に止め時がなくなる。

 

けれども、今のアイズにいささかの危なっかしさを感じたロキだが、それよりもまず素直にランクアップを喜ぼう。

 

発展アビリティ【精癒】の効果は魔法発動のための燃料である精神力の急速回復であり、魔法を行使した側から精神力回復薬を使わずとも深い休息を取ったかのようにみるみると回復してゆく稀少アビリティだ。

 

アイズの表情を見る限りはもう既に決めているようでロキもそれを察して口を開く。

 

瞬きを繰り返した後、興奮気味に確認してくるロキにぶんぶんと頷く。アイズの背中は、Lv6へのランクアップが可能であることを告げるよう神聖文字がほのかに光り、

浮かび上がっていた。

 

ロキはそれを確認するとなれた手付きで指を走らせた。そして、しばらくして一新されたステイタスを羊皮紙へと書き込んでいく。そして、それが終わると羊皮紙を丸めてアイズに差し出した。そこには先程とは少し違う内容が記載されていた。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

『Lv6』

 力:I0

 耐久︰I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

狩人:G

耐異常:G

剣士:H

精癒︰I

 

《魔法》

【エアリアル】

・付与魔法

・風属性

 

 

 

 

 

【ロキファミリア】 ホームはアイズのLv6へのレベルアップの話題で持ちきりだった。

 

都市最強の派閥であるにも関わらず、今朝からずっと団員達はお祭り騒ぎだ。しかしそれも仕方がない。

 

レベル5の壁を破れば、それは英雄の証。レベル6ともなれば、まさに最強の一角だ。

 

この都市の冒険者にとって、それは選ばれたものだけが足をかけられる領域である。

 

アイズ・ヴァレンシュタインはもとより第一級冒険者の中でも群を抜いた実力者だ。

 

彼女がLv5だったときでも【エアリエル】という魔法もあってLv6の歴々に並んで都市最強剣士候補に上がっていたほどだ。

 

そして今回ウダイオス討伐で彼女はLv6に至った。つまりは真に都市最強候補筆頭となったのだ。

 

強く美しいアイズをアイドル視する団員たちにとってはそんな彼女の偉業が誇らしくて仕方がなかった。

 

─────なお、二年前、当時14歳の頭のおかしい兎カラーがLv6に至った際には「ああ、また頭のおかしい成長してるよ···」と祝われるどころかドン引きされていたのは内緒である。

 

ティオネやティオナもアイズがレベル6になったことには大層喜んでいた。そしてその偉業を成し遂げた少女も、今ホームにいた。

 

そんなこんなでもみくちゃにされたアイズはスキを見て食堂から逃げ出し、誰もいない時間帯の中庭へ退避した。

 

ただ、そこには今しがた女神フレイヤを振ってきた男がきれいに整えられた芝生の上に寝転んでいた。

 

「あっ、アル。···ぁ···ぅ······」

 

 目をきらめかせ、恥ずかしながら隣に寝転ぶアイズにアルは少し驚き、顔を傾けてアイズに話しかける。

 

「ん、あいつらから逃げてきたのか」

 

「うん」

 

「───Lv6か、頑張ったな」

 

「うん、───うんっ」

 

 つかの間の穏やかな時間、アイズは幼い頃の両親との思い出に重ねながら笑い。アルはそのアイズの背後から自分に極冷の視線を向けるレフィーヤ・ウィリディスの鬼気に身を凍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

つぎにアイズがいい思いするのいつだっけ··········

 

 

 

フレイヤ「おら、魅了!!」

 

アル「セルフ『炉神の聖火殿』」

 

フレイヤ「おもしれー奴····」

 

フレイヤのアルに対するスタンスは割と無敵です。伝わらないと思いますが他作品で例えるとセイバールート終盤のセイバーに対するギルガメッシュと終盤のサスケに対する大蛇丸をかけ合わせた感じに近い。

 

一昔前のモテモテ王子様キャラが唯一、自分に靡かない女主人公をおもしれーやつ扱いする逆。

 








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十二話 ラビット・ウルフ



加筆は視点は増やさず心象描写をメインに補強していくつもりです。

書き直してわかるプロット、書きためのないライブ感だけで書いた話の恐ろしさ。改定前、この時点ではまだ三章の内容まっさらという・・・・・

加筆もこの話や一章最終話みたいに書きやすいのと、無理なのもあるからなあ・・・・・・



 

 

 

 

ベル・クラネルがベート・ローガに師事してから半月ほどたった。零細ファミリアのニュービーでしかないベルに多忙極まる都市最強派閥の【ロキファミリア】が幹部、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガがわざわざ訓練をつける。

 

これほど不自然な師弟関係はないだろう。そんなことをすれば他の団員からの反感は必至だ。それにリヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスのような才能を見込んで後継として鍛えるのならばともかく別ファミリアのベルがどれだけ強くなったところでベートにメリットはなにもない。

 

いや、それ以前に極一部の強者を除いたほぼ全てを見下し、雑魚と言って憚らない、神が相手でも躊躇わずに牙を剥く【凶狼(ヴァナルガンド)】が弟子を取る?

 

ありえない。【ロキファミリア】の者が知ればたちの悪い冗談だと一笑に付すだろう。それほどまでにあり得ないことなのだ。だがそのあり得ないことが現在進行形で起こっている。

 

しかし、そのような前提とは裏腹にベート・ローガとベル・クラネルの師弟は良好な関係を築いていた。ベートは口こそ悪いものの、決して理不尽ではなかった。むしろ指導熱心ですらあった。ただ、少しばかり言葉足らずだったり、物言いがきつかったりするだけで。

 

はじめこそベートに怯えるベルであったが師事を初めて三日目にはその持ち前の善性からベートの態度が厳しいのは周りの者の為である──所謂、ツンデレなのだと見抜いていた。

 

また、両者の戦闘スタイルは酷似しており、スピードタイプの双剣使いとして圧倒的な経験値を持つベートに師事することで極めて効率よくベルの技量は上がっている。

 

ダンジョン深層の最前線で戦い続けたがゆえの経験から執拗なまでに実践的な訓練であり、組み手から始まったそれは最終的には真剣による殺し合いのような様相となるほどまでに強くなることを追求したひどく効率的なものだった。

 

だが、その教え方は厳しいを通り越して虐待気味ですらあり、罵倒暴言と共にひたすら実践的な拳打を叩き込まれ一日の鍛錬が終わる頃にはベルの身体はポーションなしでは立ち上がれないほどに追い込まれ、青あざだらけの凄惨たる有様だった。

 

その酷さはステイタスの更新を行おうとしたベルの主神、女神ヘスティアが卒倒しかけ、ベルが必死にしがみついて止めなければロキのもとへ殴り込みに行くほどであった。

 

それでもベルにはこの特訓が必要だった。何故なら彼は、自分が弱いことを知っていたからだ。己が無力であることを理解していたのだ。だからこそどんなに厳しくとも、きつくとも、辛かろうともベートの訓練を受けることを決意した。

 

そして、その厳しすぎる教え方とは裏腹に、内心ではベートはどれだけ痛めつけようとも弱音を吐かず加速度的に強くなっていくベルのことをかなり気にいるようになり、修行中以外でのベルへの言動はベートを知らぬ者ならともかく【ロキファミリア】の者が見れば驚愕に目を剥く程にわかりにくい思いやりに満ちていた。  

 

そうして、繰り返される血反吐を撒き散らしながら行われる訓練の中でベルは少しずつではあるが確実に成長していった。

 

「──終いだ、さっさと立て。当分は相手できねえが次、やるときまでに鈍ってたら殺す」

 

 そう言って倒れ伏すベルに水で薄めたポーションをかけたベートは泥のように倒れるベルを一瞥することもなく去っていった。その背中をぼんやりと眺めながらベルは思う。

 

「(本当に……どうしてこんなにも良くしてくれるんだろう?)」

 

 ベルはこの数日、ずっと疑問に思っていた。いくら考えても答えは出なかった。確かに厳しい、だがそれはあくまでもベルを効率的に強くさせるためであり、決して後に残る傷は与えないようにという配慮があった。

 

ベートは決して『無意味』に罵声を浴びせたり、暴力を振るうような人間ではないことは短いながらも濃密な時間を共に過ごしてきたベルはよくわかっていた。そもそもベートは口が悪いだけで別に悪辣な性格をしている訳でもない。

 

それに、ベートはスパルタではあったが決して無理な要求を突きつけたりしなかった。その証拠に初日を除けば限界まで追い詰められるものの気絶などはしていない。

 

それはつまり、ベートはベルの限界を見極めた上で訓練を行なっているということに他ならない。

 

だが、ベートがなぜ自分なんかにここまで親身になってくれるのか、それがわからない。

 

ベルにとってベートは兄とは違った意味で強さの象徴となっていた。強者特有の傲慢さや尊大さを嫌味なく、当然のように纏うベートはまさしく強者であった。

 

だが、ベルにはそんなベートがなぜ自分の様な取るに足らない雑魚に構ってくれるのかがわからなかった。ベートの強さに憧れるものはいても、ベートが誰かに何かを教えるということはまずないらしい。それどころかベートとまともに話せる者も少ないとかなんとか……。

 

ベートは誰に対しても冷たく、容赦がない。だがそれは相手が弱者だからではなく強者であろうと関係ない。ベートが気に入らないと思ったらベートは容赦なく牙を向ける。例外がいるとすれば二人、ベルの憧憬であり、新たな領域に達した『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン、そして─────。

 

「兄さん···········」

 

 『剣聖』アル・クラネル。ベルにとって唯一の肉親であり、始まりの憧憬そのものだ。

 

ベルはアルとは会っていない。そもそもが同じ都市に住んでいるのだ、いくら最大派閥の幹部といえど弟のベルなら直接会いに行けるだろうし、何ならベートを頼ってもいい。それなのにアルに会いに行かないのは··········怖いからだ。

 

アルが、ではなく、今の自分を見て失望されることが怖い。

 

四年間、アルは最大派閥のダンジョン攻略の最前線に立ち、第一級冒険者として名を馳せ、ベルには想像もつかないような努力を重ね、最強の一角にまで登り詰めた。

 

それに引き換え、自分は四年間も何をしていた? ここ最近、過酷な鍛錬を積んでいるからこそわかる、無意味な日々。

 

祖父に甘えて、守られてばかりで仮に祖父が死ななければ今もベルはあの村で怠惰な生活を送っていたことだろう。

 

いや、それは言い過ぎかもしれないが、少なくとも今のような研鑽を積むことはなかったはずだ。

 

それを思うと怖くてたまらない。今の自分がどれだけ弱いかは自分が一番知っている。この現状をみたらアルはどう思うだろうか? ベルだって自分が弱いことは自覚している。だが、それでもアルには、アルにだけは失望されたくない。

 

ベルは弱い。ベートとの修行を経てもなお、弱い。それは変えようのない事実だ。

 

だからこそ、ベルはアルにもう一度会うのが怖い。もし、アルに会った時に弱いままの自分でいたくはない。だからこそ、ベルは強くなるためにベートに師事していた。

 

まだ、足りない。まだ、胸を張って会いにはいけない。ベルは強くなりたい。大切なものを護れるくらいに、大切な人を笑顔にしてあげられるほどに、兄に認めてもらえるよう、強くなる。

 

家族だから、だけではない。ベルにとっての『英雄』そのものだからこそ、ベルは未だに顔を合わせることができていなかった。

 

「う、あ、──ぎっぐぐっ、」

 

 全身を駆け巡る激痛と毒のような疲労感に苛まれながらもゆっくりと一分以上かけて漸く立ち上がる。

 

痛くないところなどないがそのどれもが動くには支障がない、痛みを噛み殺せればなんの問題もなく動ける程度に調節されており、その粗暴さに見合わないベートの精密な動きにベルは毎度ながら驚かされる。

 

そして更に三十分ほどかけて準備を整えたベルは漸く引いてきた痛みに安堵しつつ()()()()()()()()()()()バベルの塔の下の中央路へ向かう。

 

ベートはあれでも多忙の身、いつも付きっきりで指導してくれる訳ではない。そのため、ここ最近はベートがいない間に学んできたことをモンスターに試し、モンスターとの戦闘経験を積むことにしていた。

 

時刻は昼を少し過ぎた頃、この時間帯に中央通りを歩く人はまばらである。

 

確かにまだ日は高く今からダンジョンへ潜る冒険者もそれなりにいるだろうが容赦のない圧倒的格上相手に精根尽き果てるまで挑みかかり、今も強い疲労感に全身を苛まれている状態で潜るのは無謀を通り越して自殺願望者と言わざるを得ない。

 

しかし、ベルは知っている、ベートに、アイズに、兄に追いつくためにはここまでしなければお話にもならないと。

 

ベートの傲慢さは類稀な天稟と気が遠くなる程の努力によって培われた確かな強さを由来とするものであるのはこの半月で痛いほどわかっている。

 

ベルはベートに、憧れの存在に近づきたくて仕方がなかった。

 

そして、あのとき、自分へ襲いかかってくるミノタウロスを一撃で葬った銀閃、あの何気ない斬撃がどれほどの屍を積み上げればたどり着ける極地なのか多少マシになった今のベルでもわからない。

 

だが、いつか必ず追いついてみせる。それがベルが抱いている決意だった。

 

そしてその二人の更に先を征く兄。

 

ベルは兄に尊敬以上の感情を抱いている。その高みを知るからこそはるか先を征く憧憬の背中に辿り着けるよう努力は怠れない、何より怠けるのは多忙な身でありながら修行をつけてくれたベートに申し訳が立たない。

 

ベルの憧景はベルが強くなるごとに強くなっていく。兄が、兄こそがベルにとっての最強であり憧憬であり至上の目標なのだから。

 

死んでしまったらなんの意味もないと敬愛する神は言った、冒険者は冒険してはならないと親切なアドバイザーは言ってくれた。

 

だが、死ぬ覚悟を持たなければ真に強くなどはなれない、と村にいた頃の兄の鬼気迫る鍛錬を思い出せば理解してしまった。そしてベルが目指す場所へと到達するにはそれすらも超えなければならないことも。

 

だからベルは何がなんでも、どんな手段を使っても、絶対に、何が何でも生き延びて強くなって見せる。そう誓ったのだ。

 

ベルは己の意志を強く固め、中央通りを抜けてダンジョンへと向かう。

 

遥か高みを目指すベルからすれば酷く緩慢な、一般的な冒険者の常識からすればありえない速度で成長を遂げる狼の如き強さへの飢えに満ちた兎。

 

その兎は今日───

 

「そこの冒険者様、サポーターをお探しではありませんか?」

 

 ───運命に出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキファミリア】ホーム、黄昏の館。複数の尖塔が固まってできたそのホームには、現在多くの団員達が出入りしていた。その団員達をまとめる団長であるフィンの執務室は、その真北の塔に位置している。落ち着いた雰囲気の部屋で整理された巨大な本棚などがある。

 

フィンは己の執務机につき、一枚の羊皮紙に目を落としていた。そこにはつい先日の事件についての事後調査の報告書だった。

 

「じゃ、そろそろ始めようか、極彩色の「魔石」にまつわる話。最近どたばたしとったし、詳しい情報を交換しとこ」

 

 執務室にはフィンの他、行儀悪く机の上に乗るロキと【ロキ・ファミリア】首脳陣の二人がいた。多忙を極めるフィン達が集まったのはリヴィラの町やフィリア祭を襲った食人花のモンスターを始めとしたもはや、放置のできない事件の情報整理をするためだ。

 

「極彩色の魔石···········50階層の新種と、フィリア祭に出てきたと言っとった、食人花じゃな」

 

「この二種類のモンスターの関係は今は置いておくとして地下水路の方はどうだったんだい、ロキ? ベートと一緒に向かったんだろう?」

 

 フィンに促され、机の上であぐらを組むような姿勢のまま報告を始めるロキ。何者かに使用された形跡がある旧地下水路、そこに出現した食人花、そして現れた男神ディオニュソスとその眷属。

 

ロキの報告を聞いた幹部達は一様に押し黙り、考え込むように沈黙した。オラリオ最強の派閥の一角を担う一団を率いる彼らの思考を止めるほどの何かが、あの『極彩色のモンスター』にはあったのだ。

 

ロキからもたらされた情報、食人花の出現場所から察するに、恐らくモンスターが出現する前から地下水路にいたと思われる。

 

ならばどうやって食人花はダンジョンから進出できたのか、そしてなぜ、ディオニュソスがそれを知っていたのか。それらしい理由は言われたが本当だとは限らないし、そもそも、あの男神は本当に敵なのか味方なのか。疑問は多い。

 

ロキは、最後にダンジョンを『祈祷』で封じているウラノスと接触したことを語った。そこで得られた情報も合わせてフィン達に共有していく。

 

「それで、神ウラノス──────ギルドは白と見ていいのか?」

 

 何者かによって、地上に運び込まれている食人花のモンスター。 『祈祷』でもってモンスターの地上進出を押さえているウラノス、ひいてはギルドこそが裏で手を引いている可能性はないのかとリヴェリアが尋ねる。

 

「なんかは隠してそうやけど、今回の騒動には直接関係してないような気はするなぁ···········」

 

 ロキはリヴェリアを見やり、答えを返す。少なくともウラノス自身はこの件に無関係であると宣言し、それが嘘とは思えなかったと。そんな神の直感に一同は納得した様子を見せる。

 

「んじゃ、フィン達の方は?」

 

 フィンは次に、リヴィラでの一件、ハシャーナ殺人事件の犯人である赤髪の調教師の女のことに触れた。彼女が何者なのかという謎に対して、リヴィラを食人花のモンスターを襲わせたのも彼女の仕業である。

 

その目的であった不気味な胎児の『宝玉』。フィンはこの事件の裏にもやはり、何らかの存在がいると考えていた。

 

「うちはその調教師の女っちゅうやつが気になるなぁ。レベルアップ前とはいえ、アイズたんが負けてアルが出張るほどなんやろ? どんくらいの見立てなん、フィン?」

 

「直接戦ったアルが言うにはLv6前半の前衛戦士、といったところらしい。現状、僕やガレスであれば勝てる程度ではあると思うけど·····」

 

 アイズにはない長年の経験と磨き上げられたLv6の器を考えれば、それは正当な評価だと言えるだろう。しかし、食人花の件も含めると油断はできない相手だった。

ロキの質問に対し、フィンは少しばかり考える素振りを見せたあと、そう答える。確かに強いが、自分達の手に負えないほどではない、と。だが。

 

「切り飛ばした腕が生えた、か」

 

「回復魔法を唱えてはいなかったらしい、【天然武器】を使ったことも考えれば───人間じゃないのかもしれないね」

 

 彼女の切断された両腕はまるで最初から何もなかったかのように元通りとなっていたそうだ。とはいえ、人型のモンスターというには人間らしすぎるのも事実であり、その正体は不明と言わざるを得ない。

 

「それと食人花だけど僕が実際に戦ってみた感じでは強さにばらつきがあってLv2〜Lv3中盤といったところかな。最後に現れた巨大花とか言うのはアルが一撃で消し飛ばしたから細かいところはわからないけどサイズも加味してLv5相当ぐらいだと思う」

 

 本人の高い戦闘能力も厄介極まるが並の冒険者を優に上回る強さのモンスターを多数使役できる調教師としての能力の方が戦略的には厄介と言える。

 

個人として強いだけであれば同格の第一級冒険者を数名派遣すれば済む話だが質の高い兵を率いる将が相手だった場合、こちらにいる個の強者では全てを守り切ることはできない。また、50階層に出現した爆粉と腐食液を撒き散らす女体型と酷似した姿へ複数の食人花に寄生した「宝玉」は変貌した。

 

「モンスターを変異させる、とは······にわかには信じられんのう。あの50階層の女体型も、その宝玉とやらで生まれ変わったということか?」

 

「恐らくはな。 アイズとレフィーヤしか目撃した者はいないが·······」

 

「戦力が今よりも必要になる以上、アイズがLv6になったのはいいタイミングと言えるけど····」

 

「『アリア』の件もあって最近のアイズたんはちょっと危ういからなぁ」

 

 アイズの精神的な不安定さが露呈したのは、ロキ達も知っている。あの日以来、アイズは自分を追い込むように訓練に明け暮れている。

 

元々、己を高めることに貪欲な少女ではあったが、ここ最近は度を越していると言ってもいい。フィン達は、このままだとアイズの心が壊れてしまうのではないかと危惧していた。

 

「なまじ、アイズはアルの背中が見えてしまうからな」

 

 アルという理不尽の化身を前にすると忘れてしまいそうになるがアイズ・ヴァレンシュタインという少女はアルが現れるまで破られることのなかった世界最速記録を持つ天才であり、その才能はオラリオでも五本の指にはいるだろう。

 

【ロキ・ファミリア】のLv4以下の二軍勢にアルに嫉妬やライバル視をしている者はない、そもそもが比較対象ではないのだ。水泳の授業が得意だというだけでイルカに泳ぎの勝負を申し込むか? ジャンプ力があるからと言って空を征く鳥を追いかけようとするか? 

 

いるとすればそれはただの狂人か、その者も人外の英雄なのだ。アイズは人外の領域に足を踏み込める部類の人間だ。それは冒険者としては誰しもが羨む才能なのだが、今回はそれが裏目に出た。

 

アルの実力を誰より理解し、その強さを身近で見ているが故に、アイズは自分の限界を見失っている。あれだけの速度で成長し、強くなっていく存在に自分は追いつけるのか、もっと頑張らないと置いて行かれるのではないか、そんな焦燥感が今のアイズを蝕んでいる。

 

フィンは嘆息し、ロキは頬杖をつく。ガレスは無言のまま腕を組み、リヴェリアは唇を引き結んだまま目を瞑った。アイズの事情を知っている者ならば誰もが抱える問題だった。

 

フィンやリヴェリア、ガレスのようにアイズが幼い頃から共に過ごしてきた家族同然の存在ならまだ救いがあるが、アルの場合は違う。

 

同じ派閥ではあるが、その関係は歪だ。その関係が崩れた時、どんな結果を招くのか、想像すらできない。だからこそ、今は静観するしかない。

 

「レフィーヤ達も気遣ってくれてはいるがな、我々が気にかけるしかあるまい」

 

「そうだね」

 

 少し暗くなってしまった空気に努めて明るい声を出すフィン。

 

「そういえばベートが弟子を取ったていう噂って本当なのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

強くなりたい理由、目標、方法を明確にした成長チート兎

 

フレイヤ「その分、試練難度あげるね(∩´∀`)∩」

 

 

《おまけ》

各ファミリアとの相性

 

【ロキファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰S ・団員目線︰A~S

本編。登場キャラが多いのと暗い過去持ちがいるのが高得点。

 

【フレイヤファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰E~C

フレイヤからの好感度は最上。アルからすればフレイヤ至上主義のフレイヤファミリア団員は曇らせようがないのでつまらん。オッタルからの好感度は高い。ほかからは死ぬほど低い。ヘルンは逃げろ。

 

【ヘファイストスファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰C ・団員目線︰B

可もなく不可もなし。鍛冶に特化すれば、クロッゾ以上の魔剣や神器級作成可能。

 

【ガネーシャファミリア】

・主神目線︰A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

曇らせがいがないのをのぞけば割と良好。アストレアレコードならアーディ庇って死のうとする。

 

【アポロンファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰C

アポロンからの好感度は最上。アルからはフレイヤよりはマシ、程度。

 

【ソーマファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰E ・団員目線︰E→A

論外。唯一、ソーマからは好感度高い。

 

【ヘスティアファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

まあ、うん、よくあるベル(憑依主人公)もの。年下とベルヒロインにクソ甘いのでベルいる前提ならほんわか(都市最強)したファミリアになる。

 

【イシュタルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰D ・団員目線︰SS

強いのはいいが魅了効かないのでちょっと険悪。アルからすればフレイヤと同類。強さ至上のアマゾネスからはむちゃくそモテる。

 

【カーリーファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰B ・団員目線︰SS

最強の種馬!! 強さ至上のアマゾネスからはむちゃくそモテる。

 

【タケミカヅチファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰C ・団員目線︰B

可もなく不可もなし。

 

【ミアハファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰B ・団員目線︰B

可もなく不可もなし。

 

【ディアンケヒトファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰A ・団員目線︰A

割と理想形。アルが蘇生魔法覚えて二つ名が『死神殺し』になる。

 

【ヘルメスファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰B

世界は英雄を求めている!! フレイヤとどっこいどっこい。

 

【デメテルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰B ・団員目線︰B

なにもおきない、エニュオは死ぬ。

 

【ディオニュソスファミリア】

・主神目線:S→E− ・アル目線︰S ・団員目線︰D→S

ノーコメント。

 

 

 

【エレボスファミリア?】

・主神目線︰S ・アル目線︰S ・団員目線︰E−

開き直ったヴィトーLv99みたいなのがアルなので。

 

【アストレアファミリア】

・主神目線:S ・アル目線︰SS ・団員目線︰C→S

それはもう凄まじくテンション上がる。アストレアレコードならアルフィアと戦う。輝夜あたりからは最初は嫌われる。ジャガーノートとかで誰一人として死なない。

 

 

 

 







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十三話 イシュタルとよろしくやってろよ



四期どこまで行くんやろ


 

 

 

伝令神。それがこの神の天界での役職であった。その名のとおり、方々で手に入れた情報を必要に応じた嘘を交ぜつつ男神へ、女神へ、美神へ、戦神へ、炉神へ、大神へ、老神へ伝令する。   

 

下界に降りてからもそのあり方は変わらない。自らの足で赴き、自らの目で見る。

 

人の営みを、神の遊戯を、モンスターの暴虐を、怒りを、嘆きを、喜びを、見てきた─見て、見て、見て、見て、見て、見て、見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て────見続けた。

 

千年もの間続いた神時代、その時代のうねりをひたすらに見てきた。故にその神は理解していた。この世界には嘆きが、悲劇が多すぎる。年端もいかぬ少女がモンスターの手で両親を失い、強きを求めた狼は求めた理由の全てを失った。そんなものはありふれた世界の日常だ。  

 

その積み重なった悲劇の精算、その第一歩目こそが『三大冒険者依頼』の遂行。すなわち、『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン───そして、『隻眼の黒竜』ジズの討伐。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

だが、それを今こそ討伐しようと立ち上がった者たちがいた。それこそが千年の成果にして神時代の象徴、【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】。

 

神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv8とLv9の団長達によってそれぞれが率いられ、更にその軍下にはLv7の英雄が幾人もいた。

 

まさに最強、まさに無敵、下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団、神々の全てが英雄たちの勝利を疑っていなかった。そして、成し遂げた。『静寂アルフィア』の鐘の音が海の覇王リヴァイアサンを打ち砕き、『暴喰ザルド』の牙が陸の王者ベヒーモスを平らげた。

 

下界の住民は歓喜した、俺達の、私達の、千年は無駄ではなかった。自分達の英雄は世界を救えるのだと──!!

 

神々も確信した、下界の可能性、その結晶とも言える最強達であれば真に『救世』を成し遂げられる、と。

 

残るはただ一つ、絶望の化身たる黒き巨竜。突如として現れて全てを蹂躙したモンスターの王。あと少し、あと少しで人類は再び救われるのだ! あの者達ならばきっとやってくれるはずだ、必ず成し遂げてくれるはずだ。そう、誰もが信じていた。

 

─────だが。

 

だが、しかし、しかしだ。黒竜は討たれなかった。大穴より現れた怪物の王は打ち倒されなかった。何故ならそれは、彼等が敗北を喫したからだ。

 

人々の願いを、神々の予想を裏切って最強の集団はたった一匹の竜に敗北した。

 

間違いなく史上最強を誇った英雄達が敗れるなどありえないはずだった。なのに、なのにどうして? 答えは単純明快、ただ単純にして最大の問題。

 

竜は、強すぎたのだ。

 

あまりにも強く、あまりに異質だった。最強の称号をほしいままにした英傑は、最強の軍団はその力を踏み躙られ壊滅し、残った男神の団長も瀕死の重傷を負ってその力の大部分を失った。

 

幾多の試練を乗り越え、数多の偉業を成し遂げた彼ら彼女らならばきっとやってくれると、誰もがそう信じていた。··············だからこそ、これは予想外だった。

 

あの日、何が起きたのか。それを知る者は数少ない。だが、それでもなお分かることが一つだけある。

 

それは、あの日から世界は変わってしまったということだけだ。

 

 

その敗北によって力を失った男神と女神の地位を奪おうとした【ロキファミリア】と【フレイヤファミリア】の計略により、生き残った眷属たちは都市から追放され、今代の英雄達は消えた。

 

かくして世界は変わった。かつてのように平和な時代ではない。かつての栄光を取り戻すための希望もない。

 

始まったのはまさに『暗黒期』、あらゆる悪が、邪悪が、巨悪が世界を覆った。更に積み上がった悲劇はその頁を増やすことしかなく、そして新たに台頭し始めた新たな勢力。それらによって世界は更なる混沌に包まれて行き、正義の眷属を始めとした新たな英雄たちによって悪が砕かれるまでそれは続いた。

 

今あるのは仮初の平和、いつか崩れる砂上の楼閣。

 

かの竜は大昔に実在した英雄譚を元とした『迷宮神聖譚』においては黒き終末、生ける厄災と言われている。それは正しい。

 

そう遠くない未来、竜は黒き終末を世界へ届けるだろう。

 

もはや誰も彼もが己のことだけで精一杯で、誰かを救う余裕なんてない。いや、そもそもそんな考えを持つことすらおこがましいだろう。世界には悲劇が満ちている。この世に生きる全ての者が悲劇に塗れ、悲劇と共に生きている。そんな世界で一体誰が他人のために何かをすると言うのか。

 

だが、その神は誰しもがそんな暗闇のなかでも燦然と輝く光を求めていることを知っている。

 

故にその神は、伝令神ヘルメスは断言する。

 

────────世界は英雄を欲している。

 

ゆえに伝令神は動く。たとえそれがどんな犠牲を払おうとも。

 

絶望と嘆きの時代を終わらせるため、世界を終わらせないために、ヘルメスは暗躍し続ける。

 

 

 

「おや、アル君にリューちゃんじゃないか。二人でもしかして逢瀬だったりしたのかい?」

 

「邪魔するのは俺も本意じゃないんだけどどうしてもアルくんに頼みたいことがあってね、少し時間をくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

はー、えんがちょだわ。

 

なんで折角のフリーの日にヘルメスの野郎と鉢合うんだよ。こういう愉快犯系の神嫌いなんだよなあ、曇んねーから。イシュタルとよろしくやってろよ。

 

え、なに? 依頼だって? やだよ、折角の休みなのに。リューにも偶然あって買い物付き合ってるだけで終わったらホームで寝るんだよ。

 

しつこいわ、モンスターの大量発生だかなんだか知らんが俺個人に依頼出すんじゃねえ、ファミリアに出せや。 24階層ってそんな浅いとこでなにがあろうが知ったこっちゃないわ。

 

··········ん? 24階層だって·········? あっ、··········きたぜ、ぬるりと······!!

 

 

 

 

 

 

 

淀んだ水気に満ちた空気と悍ましくもある生臭い獣臭。そして、耳を澄ませば聞こえてくる――まるで何かが暴れ回っているような轟音や悲鳴のような声に、誰かの泣き叫ぶような声。脈打つかのように蠢動し、腐臭を漂わせる緑肉の肉絨毯に覆われた空間、その中央に聳え立つ異形の物――――。死臭とも腐臭ともとれる悪臭に満ちた生理的嫌悪感を覚える異境の光景、まるで意志を持っているかのように胎動する肉塊。

 

冒険者達の知るダンジョンとはあまりにもかけ離れた異常な光景の中、一人の女がいた。

 

すらりと伸びた肢体と豊かな双丘、艶やかな赤髪は短く切りそろえられ、身に纏っている戦闘衣も赤を基調とした露出の多い煽情的なものだ。その容姿はとても美しく整っていて、男ならば誰もが振り返るような美貌を持つ妖艶な美女だ。

 

黄緑の瞳を持つその女は先日、リヴィラの街で【ガネーシャ・ファミリア】に所属する第二級冒険者であるハシャーナ・ドルリアを殺し、宝玉の胎児をめぐってアイズ、アルと戦った赤髪の調教師であった。彼女は今、目の前に広がる光景を見ながらダンジョン産だと思われる奇妙な配色の果実を齧っていた。

 

その女の名はレヴィス。

 

レヴィスはその美しい相貌を不快そうに歪めていた。

 

彼女の視線の先には、この階層では絶対に見るはずのないモンスターが存在していた。それは本来であれば59階層以降に生息するモンスターであり、このような中層に現れることは決してありえない存在だった。

だが、それも当然だろう。何故なら、今彼女の目の前にいるのは新たに生育されたものなのだ。

 

「──おいっ、モンスターがダンジョンに溢れて冒険者の間で騒ぎになっている、大丈夫なのか!?」

 

 彼女の不機嫌さに気が付いていないのか、黒いローブで全身を覆った闇派閥の信徒と思われる痩せぎすの男が声を荒げながら食ってかかり、レヴィスは飽きれたような表情を浮かべる。現在進行形でモンスターが氾濫している状況に、闇派閥に属する者達は動揺していた。

 

「放っておいていいのか? このままでは三十階層や十八階層の二の舞いにもなり得るぞ、レヴィス?!」

 

 同じように声を上げたのはドロップアイテムだと思われる白骨の兜で顔を覆った長身の男でその言葉には余裕がなく何かを焦っているかのようだった。だが、レヴィスはそんな彼らを見て、苛立たしげに溜息をつく。

 

「冒険者にいくら勘づかれようが知ったことではない」

 

 その様子に闇派閥に属する二人の男は眉根を寄せた。そんな彼らの反応を見て、レヴィスが口を開く。その口調はどこか冷たいものだった。

 

 

「~~~~~~~ッ、『分身』の作成を焦りすぎたせいだ、その分手が回っていない!! これでは『彼女』は──」

 

 男はそこで言葉を切った。それは立ち上がり、男に詰め寄ったレヴィスが手刀を男に、『白髪鬼』オリヴァス・アクトの胸に突き刺したからだった。オリヴァスは何をされたのか分からないかのようにぽかんとした顔を浮かべていたが、数秒後には口から血を流しながら絶望の形相を浮かべる。その様子を見て、闇派閥の男は目を剥く。

 

「どちらにせよ、お前はもう、いらないな」

 

 レヴィスは腕をさらに押し込み、それに合わせるようにオリヴァスの胸元から黒く濁った血液が流れだし、弱弱しくなけなしの力で抵抗するように両手でレヴィスの腕を抑えるが溢れ出していく血液の量は変わらない。

 

「レ、レヴィス、何を?」

 

「より力が必要になった。モンスターどもではいくら食べても大した血肉にならん」

 

 レヴィスの言葉を聞き、目まぐるしくオリヴァスの顔色が変わる。彼女が一体何を言いたいのか理解してしまったからだ。

 

「どうあれお前では『剣聖』はおろか、『アリア』にも勝てん。そんなお前をこれ以上生かしておく利点もないのでな」

 

「まさか、よせ!! 私はお前と同じ、『彼女』に選ばれた人間······」

 

「選ばれた······? お前はアレが女神にでも見えているのか? アレが、崇高なものである筈ないだろう」

 

 レヴィスの瞳はどこまでも冷たかった。まるで汚物を見るかのような視線を受け、オリヴァスは体を震わせる。その震えは痛みによるものだけではなかった。彼女が言うアレとは、オリヴァスに第二の生を与えた彼女のことだろう。

 

「た、たった一人の同胞を殺す気か? 私がいなければ、『彼女』を守ることは──!!」

 

「アレは私が守ってきた、これまでもこれからもな」

 

 オリヴァスは自分が使徒たる力を与えられた時、自分が選ばれた存在だと錯覚してしまっていたのだ。しかし、今にして思えば、彼女は自分など比べ物にならないほど超越的な存在であり、ただの気紛れに過ぎなかったのだろうと今更ながらに悟ってしまった。

 

オリヴァスは恐怖で身を震わせ、レヴィスの手を止めようとするも全く意味がない。やがて、力の入らなくなった両手がレヴィスの腕から離れていく。

 

「────せめて私の血肉となって役立て」

 

 レヴィスはそう言うとオリヴァスを突き飛ばすようにして引き抜く。それに合わせて大量の鮮血が噴出し、オリヴァスは糸の切れた人形のように崩れ落ち、魔石を抉られたモンスターと同じく、白い灰に還った。

その様子に闇派閥に属する男の方は思わず後退る。

 

「──ひぃっ」

 

 ローブの男は味方であるはずのオリヴァスが同じく仲間であるはずのレヴィスになんの感嘆もなく殺されたことに怯える。レヴィスはそんな男にはなんの興味も示さず、えぐり出した『魔石』を飴玉のように口に入れ、嚥下する。

 

ゴクリという音と共に喉仏が上下に動き、そして、レヴィスはかすかに笑みを浮かべた。その様子にローブの男は更に後ずさる。それは正真正銘の怪物の姿だった。レヴィスは己の力を確認するように手を握ったり開いたりする。その表情には喜びとも驚きともいえる感情が浮かんでいた。

 

「まだ、足りないがいずれ殺すぞ『剣聖』」

 

 

 

 

 

 

 

『古代』 から千年もの間、連綿とモンスターとの戦いの歴史を紡ぎあげてきた迷宮都市オラリオ。ダンジョンを封じている創設神ウラノスの祈祷が破られたときに内部から溢れて出るであろうモンスターが外へ進出することを防ぐための防波堤を念頭に置いて巨大かつ頑強な白い市壁に円状に囲われている。

 

この都に住む全ての人々にとって、モンスターは脅威であると共に恩恵を与えてくれる資源でもあるのだ。

故にこそ冒険者という存在が生まれ、彼等は今日も己の力を高め、富や名声を求めて地下深くへと潜っていく。そんな冒険者たちが持ち帰ってくる地上では決して得られない資財の数々こそが都市の財政を支えていた。

 

だからだろうか。この都市には冒険者以外の者にも様々な人種がいる。ヒューマンはもちろんのこと、エルフ、ドワーフ、アマゾネス、獣人、小人族等々。魔石製品を求めてきた様々な種族の商人によって世界中の産物が運び込まれてくるオラリオはいかなる国よりも栄えていると言っていいだろう。

 

街の活気溢れる大通りを周囲の視線を集めながら歩く金髪の少女がいた。少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。腰まで伸びた長い髪と大きな胸を揺らしながら歩いていく。

 

アイズは女神をも凌駕する美貌をもっているが、視線を集める理由はそれだけではない。彼女はつい最近、オラリオにおいて冒険者最高位の階梯──────二人の『頂天』は除く──────であるLv6へ到達した冒険者であるからだ。その実力はオラリオでも十指に入ると言われており、オラリオに彼女の名を知らぬ者はいない。

 

派閥の名前は【ロキ・ファミリア】。世界最高峰の戦力を誇る大所帯であり、所属している団員のレベルはいずれも高い。しかしその中でもアイズの実力は飛び抜けており、オラリオ最強候補の呼び声も高いほどだ。

 

そんな彼女は依頼を受けてダンジョンへ向かっていた。

 

もっとも、ギルドを介さない個人的な申し入れであり、依頼主はリヴェリアの旧知であるギルド職員のハーフエルフ、エイナ・チュールだ。リヴェリア経由で知り合った彼女に頼まれた依頼内容は、「ベル・クラネル」という少年を助けてほしいというものだった。

 

アイズはそれを聞き入れた。他ならぬリヴェリアの旧知であるし、アイズも前途ある冒険者が消えるのは避けたい。何よりの理由としてその少年の、名字──クラネルがアイズの関心を強く引いた。聞けば少年は以前、ミノタウロスから助けたアルの弟だという。

 

あのときは怖がられたのか逃げられてしまった。次こそは話せるかもしれない。何より、今、少年の兄であるアルがいない以上は彼に代わってアイズが少年を助けてあげるべきだと気合を入れてダンジョンの入口へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

・ベル魂

内側に純白の光を湛えたダイヤモンドの原石。

・アル魂

薄汚ねえコールタールが濃すぎて逆にキレイにみえるベンダブラックカラー。

 

 







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十四話 泥棒狼と書いてベート・ローガと読む byアイズ・ヴァレンシュタイン







 

 

 

 

 

───これは未来、そう遠くない未来の話。

 

「お前になど、出会わなければよかったよ────アル・クラネル」

 

 別れ身の魔法を解除し、喰らった数多の『魔石』、()()()()()『宝玉』の力も相まってもとよりLv7上位に至っていた肉体は既にそれ以上、Lv9相当······あるいはそれすらも踏破した領域にまで昇華され、アル・クラネルを圧倒した。

 

かつては『白巫女(マイナデス)』と謳われた美貌は緑の蠢動する肉と悲痛な嘆きから悍ましく歪み、漆黒に染まった魔力の渦をドレスのように身に纏っている。

 

これが、この姿こそが彼女の本来の姿であり、本来の力である。そして、今や彼女が手にした力は三大クエストの漆黒のモンスターにすら比肩し得るものとなっていた。

 

その身に余って暴走する魔力の渦に身体を傷つけられながら傷ではなく嘆きから血の涙を流す彼女の姿には、最早かつての面影はない。

 

彼女は今や『怪物』だ。

 

だが、それでも─── あの日、自分を救ってくれた少年の光が、今も心に焼き付いている。そんな彼女にとっての『英雄』を前に嘆く、その感情だけは変わらずにあった。

 

故に彼女は願う。彼が、アルが自分を殺してくれることを。彼になら殺されてもいい、そう思う自分がいるのだ。そして、自身の死が彼の心にひびを入れることを願って。

 

階層無視の攻防が都合十層もの階層を貫き砕く。迷宮の壁は砕け散り、天井もまた粉々になって消え去り、現れたのは地上の空だった。

 

星降る夜空の下、二人は対峙する。

 

そして同時に駆け出し、激突した。

 

互いに振るわれる剣と剣。ぶつかり合う度に衝撃で大地が震える中、『怪物』となった妖精は声を上げた。それは今まで聞いたことがないほど切実な想いの込められた叫びだった。まるで懇願するように涙を流しながら必死の形相を浮かべている。

 

しかし、そんな彼女をアルはただ静かに見据えた。

 

己の意志を貫くための覚悟を込めた瞳。

 

『怪物』となってなおも美しく気高い少女の姿を見据えながら、彼は告げる。

 

決して譲れない願いのために戦うと決めたからこそ、かつての相棒に向かって───笑いかけてみせた。

 

「──────『僕』はお前に出会えて良かったと思ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズはアルの弟であるベル・クラネルを白髪に深紅の瞳という特徴を頼りに探しているものの、その捜索は難航していた。

 

セントラルパーク──────バベルに続く道をゆく冒険者に聞いても芳しい返答は受けられず、時間の浪費をしてしまう。手っ取り早く先にダンジョンに潜ったほうが効率が良いと悟ったアイズは地下への階段を駆け下りていった。

 

捜索するのは当然、『上層』。『中層』以降とはちがい、器を昇華させていない下級冒険者が主に潜る浅めの階層には数多くの下級冒険者がおり、アイズは聞き込みをしつつ、モンスターを倒しながら進んでいく。

 

「白い髪のヒューマン·······そういえば、見たような気がする」

 

「本当ですか?」

 

「確か、サポーターと一緒に8階層の方に·······」

 

 アイズはその情報を聞き、礼を言うなり再び走り出す。階層をどんどんと下っていき、やがてたどり着いたのは8階層。そこでもあった目撃情報にまた下るがおや?と首をかしげる。アイズが探しているのは冒険者になったばかりの初心者である。身体能力、動きの練度、装備、そのどれもが20日前にミノタウロスから助けたときの少年は特に見るべきものもない、冒険者として底辺に位置する存在だったはずだ。

 

これからアイズが潜ろうとしているのは『上層』深部である10階層だ。才能にあふれるアイズであってもそこまで一人でもぐれるようになったのは『恩恵』を受けてから半年ほどたってからだ。

 

素人同然だった少年が、たった20日で10階層まで進出するなどあり得ない。ならば考えられることは一つ。この短期間のうちに急成長を遂げたのだ。

 

「(でも、そんなことあり得るの?)」

 

 そんな短期間で成長できるとは到底思えない。しかし、実際にこうして目撃情報が上がっている以上、真実なのだろう。考えていても仕方がない。今はただひたすらに、その少年を探すだけだ。

 

それに、アイズはそんな冒険者を一人だけ知っている。

 

「アルの、弟──────」

 

 アイズは少年を、ベルをミノタウロスから助けたあとの【豊穣の女主人】で行われた遠征帰りの宴までアルに弟がいることを知らなかった。

 

もとより、自分のことを話すタイプではないしアイズ自身も自分の過去から他人へ踏み入った話を聞くのは躊躇っていた。

 

唯一、アルの家族のことで知るのは両親が──アイズと同じように──既になくなっていることだけであり、そこからある種の親近感を持っている。

 

自分と同じ天涯孤独だと思っていたアルに家族がいた────嫉妬や裏切られたという昏い怒りがなかったといえば嘘になる。

 

だが、それ以上に喜びの方が強かった。そして、嬉しかった。昏い感情と共に感じたのは安心と憐憫。

 

安心は自分とは違ってアルにはまだ家族がいることに対して、憐憫は四年前にアルに置いてかれたベルに対して。

 

二度と会えない死別であるアイズとは重みが違うものの唯一の家族に───親代わりの祖父がいたらしいが───置いてかれた幼子の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。

 

実際、アイズもアルに実力的にではあるが置いてかれつつある。いつか、自分もそんな風に取り残されるのかと思うと胸が締め付けられるような感覚を覚える。

 

一方的で、失礼なことかもしれないがアイズはたった二度しか会ったことのないベル・クラネルに対して強く親近感を覚えていた。だからこそ、心配なのだ。もし、ベルが10階層へ向かっているなら、それはつまり死に急いでいるということと同義だからだ。

 

かつての自分やアルのように無鉄砲に突き進むよりも基礎を積み上げてからのほうが安全である。

 

そうして、ようやくスタートラインに立つことができる。それがわからないということはよっぽど追い込まれている状況なのか、あるいはそれとも何も考えてないかのどちらかしかない。

 

前者であればまだ良いが後者であった場合、非常に危険────リヴェリアが今のアイズの内心を知れば「お前が言うな」というだろうが────である。

 

ダンジョン内で死ねば遺体すら残らないことも多い。そうなれば探す術などないに等しい。だからこそ、急ぐ必要がある今のアイズの装備は剣一本のみ、それでもモンスターと遭遇してもこの階層域のモンスターならば問題なく殲滅させるだけの実力はある。

 

そして、少年を助け、場合によっては────。

 

「·············訓練、つけて、あげちゃったりして···········」

 

 などと呟きながら、モンスターを蹴散らしていく。モンスターの返り血すら躱して、アイズは疾走する。

 

アイズは密かにレフィーヤへ魔法技術や知識を授けるリヴェリアやラウルに後継として期待をかけるフィンの姿に憧れていた。

 

とはいえ、アイズには弟子や育てるべき後輩はいない。ファミリア外のものは論外としてレフィーヤはアイズとは違って後衛であるし、ファミリアの新人は女神のような美しさと最強の一角としての苛烈さを併せ持つアイズに萎縮し、教えを請おうとはしない。

 

その点、アルの弟であれば才能や根性もあるだろうし、他派閥のファミリアでも教えることに文句は言われないだろう。

 

そんな考えもあって、アイズはベルのことが気になって仕方なかった。

 

アイズは少年を見つけ次第、保護しようと心に決めて駆け抜けた。

 

まあ、その強さから忘れがちだがアイズも16歳の女の子、ちょっと中身が幼いのも含めてお姉さんぶりたいお年頃なのである。

 

それに場合によってはアルと二人で一緒に教えることもあるかもしれない。

 

「·····共同、作業····」

 

 ロキ曰く、仲の良い男女は共に同じことをすることでその絆を確かめ、より深めるという。「最近はケーキ入刀やらんとこもあるらしいけどウチなら絶対やるわ」やら「アイズたんの新郎はもちろん、ウチや」など理解できない言葉もあったがそれらは無視した。

 

そんなことを思いながら、アイズは10階層へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羊の乳のように白く、濃い、視界を覆う濃霧。『恩恵』によって視覚を強化された冒険者であっても先を見通すのは難しいこの霧は10階層における迷宮の陥穽だ。

 

相当に【ステイタス】を強化して五感を鋭敏化させ、かすれる視界に慣れなければモンスターの接近に気付けずに奇襲を許すことになる。

 

しかし、この迷宮で戦うには慣れが必要不可欠だが、慣れたからといって油断はできない。なにせ、この濃霧の中、壁や天井から無数に飛び掛かってくるモンスターがいるからだ。

 

───通称、『バッドバット』

 

視界によらぬ周囲の把握を行えるコウモリ型のモンスターであり、上層では珍しい高い飛行能力を持ったモンスターである。

 

戦闘能力はそこまで突出しているわけではなく、小賢しい分、普通に戦えば『インプ』のほうが厄介だろう。

 

だが、この視界が効かない濃霧の中では話が別だ。彼らは視界など頼らずとも周囲を把握し、霧と同化して獲物を襲う。そして、一度襲われればその鋭い牙から逃れる術はないのだ。

 

何よりも悪辣なのは範囲内の者の聴覚を潰す怪音波を放ってくることだろう。この怪音が聞こえてしまうと平衡感覚を失い、方向感覚も狂わされてまともに動けなくなってしまう。そうなってしまえば後は餌食になるだけだ。

 

ダンジョンでの戦いになれてきた冒険者でもあっさりと全滅する危険な場所。それがここ、10階層なのだ。

 

そして今、そんな危険な階域を一陣の風となって疾走する黄金の影があった。

 

他でもないアイズであり、彼女は現在進行形で濃霧の中で縦横無尽に駆け回っている。視界を覆う濃霧も厄介な飛行モンスターも第一級冒険者である彼女からすれば

障害になりえない。

 

「戦ってる?」

 

 疾走する中、【ステイタス】によって強化された聴覚が聞き取ったのは戦闘音。音と気配の感じからしてモンスターの数は二十以上、階層の深さも相まってLv1の新人では勝負にもならずに圧殺されるだろう。

 

しかし、聞こえる戦闘音からは数の暴力に圧倒されつつも確かに戦い続けていることが伝わってくる。

 

アイズは速度を上げ、音の方向へと急ぐ。濃霧に包まれているせいで視認こそできないものの、戦闘音の発生源へと近づいていくにつれて徐々に輪郭が見えてきた。

 

そこには十を超えるモンスター相手に孤軍奮闘する一人の少年の姿があった。年の頃は十三、四歳といったところだろうか。アルと同じ白髪赤目の幼さを残した顔立ちをしており、その顔には焦りがあった。

 

しかし、助けようとは思わなかった。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 威力は遠く及ばないもののアルの他に例のない速攻魔法。分厚いオークの皮膚を易易と斬り裂けるナイフに【力】のアビリティ、小柄なインプの攻撃ではゆるがない【耐久】のアビリティ、あらゆる攻撃を紙一重で捌き切る【器用】のアビリティ、そのどれもが20日前の少年とは一線を画しており、相当の修羅場をくぐらなければああなるまい。

 

おそらくあの少年はこの濃霧の中でも問題なく戦えるほどに戦い続けてきたのだろう。中でも敏捷は頭二つ抜けており、そういうスキルを持つのかLv1でありながらLv2下位に相当する速力でもって鈍重なオーク達を翻弄し、一体一体を確実に仕留める姿に強い既視感を覚える。

 

既視感、似ている。アルに───ではない。

そう、アイズと同じく【ロキファミリア】幹部であるベート・ローガにだ。

 

「(······なんで? ベートさん?)」

 

 真っ先に浮かんだのは疑問であった。

 

これが多少似ている程度であれば気にもしなかったが、『双剣』、『スピードタイプ』、『銀の足あて』、時折使われる『蹴り技』、そのどれもが【凶狼】を連想でき、実際似ていた。

 

まるでベートの生き写しのような戦い方の少年。だが、その理由がわからない。偶然の一致というには出来すぎているし、仮に少年がベートに憧れていて真似したとしても『堂』に入りすぎている。

 

猿真似ではない、確かな薫陶の賜物がそこにはあった。

 

そこで思い出したのはベートが弟子をとったという噂だ。【ロキファミリア】ではリアリティのない嘘だと一笑にふされ、すぐに消えたアイズも信じなかった噂だったがそれが真実だとしたら──?

 

「(なにそれズルい)」

 

 酒場であんなに罵っておきながら? アイズのが先に知り合ったのに? ぐるぐるとそんな疑問と嫉妬の炎がアイズの心を駆け巡る。

 

「·····泥棒狼」

  

 ボソッと今食堂にいるベートが聞けば水を噴き出し咽るであろう言葉をつぶやいた後、思考を少年の戦いに戻す。戦況はかなり芳しくない。いくらLv1とはいえ、少年の敏捷は並みの冒険者を凌駕している。

 

少年は何を焦っているのか、本来冷静に戦えれば危なげなく勝てるモンスター相手に少なくないダメージを負ってきている。

 

おそらく、何かしらの事情があるのだろう。それでも最終的に勝つのは少年だろうがその、少年が焦っている理由には差し支えるかもしれない。

 

「ふっ────」

 

 上層のモンスターでは知覚すらできぬ、神速の踏み込み。美しい金髪をたなびかせ、

アイズは戦場に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起こったかわからなかった。ベルは突如として現れた乱入者に呆気にとられ、一瞬動きを止めてしまう。

 

そんな隙だらけの彼に、モンスター達は容赦なく襲い掛かる。だが、その攻撃が届くことはなかった。

 

何故なら、 その全てを、金色の閃光が両断していたのだから。突然のことに混乱するベルに、背後から声がかけられた。どこかで聞いたような、凛とした涼やかな少女の声だ。振り向くと、そこに立っていたのは見目麗しい絶世の美少女だった。

 

鮮やかに輝く金髪、切れ長の瞳にスラッとした鼻筋、薄紅色の唇に透き通るような白い肌。その整った容姿はまさに完成された美の結晶。こんな状況だというのに、思わず息を呑んでしまうほどの美貌の少女。

 

「─────」

 

 その可憐な口元が動く。しかし、バクバクと音を上げる心臓の音があまりにも煩くてその言葉は聞こえてこず、ただパクパクと開閉するだけに見えた。

 

彼女こそ、ベルの憧憬たる金色の女剣士。そして、彼と同じく冒険者を志すものならば知らぬ者はいない、第一級冒険者の剣姫。その名はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

そんな彼女は、まるでベルを庇うようにモンスターの前に立ちふさがった。

 

襲いかかってくる十数体ものモンスター。すると、次の瞬間、信じられないことが起きた。

 

アイズがレイピアを翻し、舞うようにして全てのモンスターを斬り伏せてしまったのだ。あまりの光景に、ベルは唖然としてしまう。それは、自分が苦戦したモンスターを苦も無く屠ってしまったからだ。一体、どれ程の実力があればあんなことができるのか。

 

いや、今はそれよりもリリのもとへいかなくては!! アイズに落ち着いてお礼を言いたい気持ちはあったが、それどころではない。

 

失礼ではあるが、一言告げてから走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃった……」

 

 アイズは、ぽつりと呟く。実際、アイズの、この半日は割と無駄だった。

 

上層での効率の悪い聞き取りから始まり、救助対象の少年は既に十階層を制覇できる実力の持ち主で、あわよくばと考えていた師匠枠は【泥棒狼(ヴァナルガンド)】に掻っ攫われていた。

 

「··········帰ろう」

 

 少年の負担を減らせたからそれでヨシにしようとごまかし、これ以上潜る気にもなれなかったのでアイズは上層への道行を行こうとし───

 

「(見られてる?)」

 

 何者かの視線を感じた。モンスターではない理知を持った人間特有のそれはなにもないはずの霧中から感じられた。

 

「───誰?」

 

 鞘に収めた剣を再び抜剣し、構える。そしてその気配が動く。アイズがそちらを見ると、光を通さない黒いローブに全身を包んだ人間がいた。

 

「············気付かれてしまうか。お見逸れする」

 

「私に何か用ですか?」

 

「ああ、その通りだ。だが用を言う前に、その剣を下ろしてほしい。私は君に危害を加えるつもりはない」

 

 確かに、敵意を感じられない。それでもアイズは警戒を解くことなく、しかし剣を下げて問う。

 

「···········貴方は、誰?」

 

「名乗るほどでもないただの魔術師だよ。以前、ルルネ・ルーイに接触した人物、と言えばわかってもらえるだろうか」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン・・・・・・君に冒険者依頼を託したい」

 

 唐突に告げられる言葉。その内容に思わずアイズは息を呑む。

 

「24階層と3()2()()()で起きた怪物の大量発生、異常事態が起こっている。君には24階層の方を調査、あるいは鎮圧してほしい」

 

「ことの原因の目星はついている。 恐らく、階層の最奥······食料庫」

 

 フードの奥に隠れているのか、顔はよく見えないが声音からは真剣さが伝わる。黙って聞く一方で、思考を走らせ、質問をしようとするが、それよりも早く魔術師がくちをひらく。

 

「実は、以前にも30階層──ハシャーナを向かわせた場所で、今回と酷似した現象が起こっていた」

 

「─────!!」

 

 

 

 

「「リヴィラの街」を襲撃した人物・・・・・例の『宝玉』と関係している可能性が高い」

 

 

 

「──ちなみに、32階層の方には君もよく知る『剣聖』が向かっている」

 

 

 






最初のアレを書くまでエタれないな



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十五話 恐怖に限らず感情には鮮度がありますbyクソイカレ白髪

 


 

 

 

 

 

 

私、フィルヴィス・シャリアが、アル・クラネルに初めて出会ったのは三年ほど前、アルが『黒のゴライアス事件』を解決したばかりの頃───私に『死妖精(バンシー)』の二つ名が定着してしまった頃だった。

 

「──なんだと? もう一度言ってみろ、ヒューマン」

 

「お前のこれまでのパーティが死んだのはそいつらの実力不足だったんじゃあないのか?」

 

 第一印象は最悪だった。かつての仲間や戦友を愚弄するかのような言葉を聞いた私は一回りは年下の少年に対して激昂した。彼らはもっとも若輩であった私を逃がそうと命を捨てたのだ。それを実力不足などと·············!

 

【ロキファミリア】の若き英雄、アル・クラネルの名は私も知っていた。恩恵を刻まれてから一年余りの少年、その認定レベルは────オラリオでも間違いなく実力者のLv4。

 

都合、三度の世界最速記録の更新をした、このオラリオでもっとも才能に溢れた眷属と謳われる不世出の天才児。その天才が私とあのような口論になったのはギルドで無関係の冒険者が『死妖精(バンシー)』の名を出して私を罵倒したのが始まりで、その罵倒に先のような言葉をかぶせたのだ。

 

以前から彼の存在は知っていたし、その活躍には感心していたのだが、まさかこれほどまでに不愉快な男だとは思わなかった。

 

冒険者は死と隣り合わせだ。ダンジョンで死ぬ者もいれば地上で死ぬ者もいる。それは仕方のないことだ。しかしだからといって死者への侮辱を許すわけにはいかない。許せなかった。目の前の少年の言葉はあまりにも軽率であり無礼だった。

 

仲間を侮辱された怒りのままに剣に手をかけた私だったが、他の冒険者に止められ、売り言葉に買い言葉で共にダンジョンヘ、中層のとあるアイテムの採取依頼を行うこととなり、二人の臨時パーティを組んだ。

 

正直、死んでしまえ、と、お前も最後には怨嗟を吐いて苦しみながら死ぬのだろうとすら考えていた。

 

だが、そうはならなかった。クラネルは死ななかったのだ、もっとも才能に溢れた眷属という噂は本当であり、キャリアの浅さゆえの知識の偏りこそあったが私の超短文詠唱を上回る速攻魔法の雷、中層のモンスターでは相手にもならない剣技、当然のように行われる並行詠唱、そのどれをとっても私以上───上位互換と言っても差し支えない天才だった。

 

仮に27階層の悲劇にいたのが私ではなくアルだったならば皆は死ななかったのでないか、そんな考えを浮かべていると怒りは薄れ、どうしょうもない無力感だけが残った。私は弱い。こんなにも弱くて何も守れない自分が嫌になる。どうして私はあんなにも弱いのだろう? どうして私は仲間を守ることができなかったんだろう? 答えは簡単だ。私が弱かったからだ。

 

「──()()()()、俺は生き残ってしまったな」

 

 依頼を終えた後、アルが言った言葉になんと返したかはわからないが次の言葉への返答は覚えている。

 

「よし──俺とパーティ組むか」

 

「気でも狂ったか、ヒューマン」

 

 聞くに、これで自分が死なないのは立証された。どうせ、お前はパーティ組む相手なんかいないんだろう? なら俺が組んでやる、との考えだったらしい。そんなバカな、とたった一回だけならともかくずっとパーティを組めばクラネルにも良からぬ噂が立つであろうし、下位互換でしかない自分と組むのはアルにメリットがない。

 

なにより『死妖精(バンシー)』と言われる自分が、忌まわしくはないのか───そんな理論だった疑問はアルの「うるせぇ、やるぞ」の一言でかき消された。それから何度か、アルがこれまた世界最速でLv5になるまでパーティを組み、ダンジョンに潜っては互いに生き延びた。

 

─────楽しかった。最初は面倒であったし、苛立たしかった。だが、唯一自分といても死なないアル・クラネルは一緒にいて安心できた。

 

付き合いが長くなっていくにつれて最初に吐かれた悪態も冒険者に寄ってたかって罵倒されていた自分を助けるための回りまわった不器用な優しさだと気づき、才能以上に無茶をする男であることも理解した。

 

いつの間にか私にとって、自分の過去を知りながら普通の、対等の相手として接してくれるクラネルは物語の英雄のような希望の象徴となっていた。

 

瞼を閉じる、この残酷な現実から目を背けるように。

 

甘く、儚い幸福な夢。瞳を閉じればいつだって瞼の裏に浮かぶ昔日の冒険。まだ第一級冒険者となる前のクラネルと共に何度もダンジョンへ潜った。

 

『大樹の迷宮』では強化種のグリーンドラゴンと、『水の迷都』では他派閥の者達と共にアンフィス・バエナと戦った。命がいくつあっても足りない危険極まる冒険の日々だったが、ひたむきに前に進むクラネルの隣にいるときだけは自分が、『■■』であることを忘れられた。

 

························楽しかった、つらい現実を忘れられるほどに楽しかったんだ。

 

だが、冒険の日々はそう長くは続かなかった。

 

クラネルは本物の英雄の器の持ち主だった。一年と数週間、それがクラネルが恩恵を受けてから第一級冒険者───Lv5へと至るのにかかった期間。才ある冒険者が長年かけてようやく辿り着けるかどうかという、一つの頂。異例も異例の早さで【ロキファミリア】幹部まで上りつめた史上最高の神才。

 

第一級ともなれば都市最大派閥【ロキファミリア】の主力としてそれ相応の立場と責任がついてまわる。中小派閥の第二級冒険者とのパーティーなど組み続けられる道理はなかった。············もっとも、Lv3の魔法剣士ではもとより足手まといにしかならないのは目に見えていたのだが。

 

こんなことなら最初から出会わなければ良かったのに、そうすれば──────こんな痛々しい夢など見なくてすんだのに。

 

この世界がかの『迷宮神聖譚』や『アルゴノゥト』のような物語の世界であれば『英雄』によって『姫』に()()()()()()()()は解かれ、『姫』は救われるのだろう。

 

だが、この世界の残酷さは私自身が一番良くわかっている。何より────『私こそが英雄に殺されるべき怪物じゃないか』   

 

─────そうだ。だから、そんな都合の良い夢からは覚めろ。

 

「──夢、か」

 

 フィルヴィスが目を醒ますとそこは年頃の娘が住んでいるにしては飾り気がなくもの寂しい部屋で、今日は確か、主神であるディオニュソスが神ロキと会談をする日──。

 

これまで死んでいった仲間の夢で魘されることはあってもあのような明るい過去を見る夢は見たことがなかった。

 

もっと早く、誰よりも早くお前に出会えていたら、と思わない日はない───だが、そうはならなかった。出会ったときには全てが終わったあとだった。 

 

いっそ、こんな夢を見るくらいなら。

 

「お前になど、出会わなければよかったよ──アル・クラネル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが敵意であれ、好意であれ、相手の感情を掻き立てるのに必要なのは落差だ。感情は一辺倒になればなるほど、静的になればなるほど褪せていく、敵意から好意へ、好意から敵意ヘ。あるいは········幸福、希望から不幸、絶望ヘ感情を流動させることが必要なんだ。

 

だからまあ、こないだアイズ褒めたりしたんだが············。

 

で、俺の目的上、相手の好感度を上げるのは前提中の前提なんだが、そのためにも効果的に相手に好意を持たれるために必要なのはまず嫌われる········というよりは負の感情を抱かれることだ。

 

アイズなら嫉妬心煽ったり、リューならトラウマ刺激したりとかな。

 

映画版ジャイアン理論というか、先に負の印象与えた上でそれを覆す印象の落差が必要なんだ。ゲインロス効果とか言うんだっけか。まあ、誰にでも使える手じゃない、相手によっちゃ第一印象で固定されるやつとかも居るから一概に最善手とは言えないけどな。

 

大切なのは見極めだな。

 

神なら話題性、アマゾネスなら強さ、とか種族とか個々人の好みによって琴線は違う。

 

············ただ、エルフ相手ならこれが一番、手っ取り早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「リヴィラの街」を襲撃した人物・・・・・例の『宝玉』と関係している可能性が高い」

「──ちなみに、32階層の方には君もよく知る『剣聖』が向かっている」

 

 かつてない違和感を覚えさせられた不気味な『宝玉の胎児』。私を母の名で、『アリア』と呼んできた赤髪の調教師。私の過去を知っているかのような口振りをした赤髪の調教師を言葉を思い出し、私は思わず唇を噛み締めた。

 

疑問は尽きないけれど、今はそんなことを考えている暇はない。私は気を取り直して目の前の魔術師を見据える。

 

「事態は深刻だ。『剣姫』、どうか君の力を貸してほしい」

 

 脳裏に蘇るリヴィラでの戦い、嘆願する魔術師を前に頭を悩ませたあと、頷いた。

 

「わかりました········」

 

 この魔術師に自分を罠にはめるつもりはなさそうであり、そもそもこの魔術師からは悪意や害意を感じられない。それに私自身、今回の一連の事件について無関係ではいられない。だから私は魔術師の依頼を受けることに決めた。

 

「できれば今すぐにでも向かってほしい。いいだろうか?」

 

 魔術師の要請に少し悩む。【ファミリア】のみんなにつげずに突き進んでも大丈夫かと不安になったからだ。うーん、と悩んで、目の前の不審極まる魔術師に、ダメもとで頼んでみる。

 

 

「あの伝言をしてもらってもいいですか? 私のファミリアに······」

 

「ん、ああ、なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」

 

 すると意外にも魔術師はあっさりと承諾してくれた。小鞄から常に持っている血筆の魔導具と羊皮紙を取り出し、【ファミリア】宛てに今回の依頼についての報告を自分であることの証に神聖文字を書かせてもらう。これでひとまず安心だろう。

 

 

「まず、『リヴィラの街』に寄ってくれ。『協力者』が既にいる」

 

「わかりました」

  

 その『協力者』が待っている酒場に特定の『合言葉』を告げればそれで伝わるらしい。『協力者』とは何者なんだろうと疑問を抱きつつ、私は中層、リヴィラの街へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

中層の『安全地帯』、仄かな燐光を放つ水晶が寄り集まった天蓋の灯りと地上を思わせる水辺と木々が特徴的な『迷宮の楽園』、そして上層のように無秩序に広がるわけではなく、まるで一つの巨大な街のような景観を見せるリヴィラの街。

 

魔術師に指定された洞窟に作られた酒場へ木製の階段を降って、リヴィラの街に数多くある酒場の一つ、『黄金の穴蔵亭』に辿り着くと、そこには見覚えのある冒険者の姿が在った。

 

「んん? あれっ、『剣姫』じゃないか!? こんなところで、奇遇だな!!」

 

「·············ルルネ、さん?」

 

 様々な格好の冒険者達がたむろする酒場のカウンター席に座っている身軽さを重視した盗賊らしい装備を身につけた褐色肌の少女、【ヘルメス・ファミリア】に所属する犬人族の盗賊ルルネさんだ。

 

彼女は私が入ってきたことに気づくと目を丸くしたあと、ニカッとした笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。彼女はアイズと同じ魔術師から件の『宝玉』を運び出す依頼を受けて赤髪の調教師に狙われたことがある。

 

このリヴィラの街にいるということは彼女もこの一件に関わっているということなのかな? そんな風に思いながら彼女の隣にである魔術師の指定した椅子に座ると、店主が話しかけてきた。

 

「注文は?」

 

「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」

 

 それが魔術師から教えられた『合言葉』だったがそれを告げた瞬間、隣りに座っていたルルネさんがガタガタッ、ガッシャーン!! と盛大に音をたてながら椅子から転げ落ちた。

 

突然の出来事に驚いていると、ルルネさんは私以上に驚いた顔で、あんぐりと口を開けていた。

 

えっと········どうしたんだろう、一体。いつの間にかヨロヨロと隣の席に座り直していたルルネさんが恐る恐るといった様子で私に尋ねてくる

 

「·····あ、あんたが、援軍?」

 

 ルルネさんの問いに私はまさか、と思っていると周りの席で賭博をしていたヒューマンや武具の手入れをしていた小人族が一斉に席を立ち上がり、こちらに顔を向ける。

 

陽気に騒いでいた彼らの変わりようにようやく、悟る。魔術師の言っていた『協力者』とはここにいる『全員』なのだと。

 

「彼女で本当に間違いないんですか、ルルネ」

 

「ア、アスフィ········」

  

 立ち上がった冒険者たちの中からコツコツ、と足音を立てて歩み寄ってきたのは、一房だけを白く染めたスカイブルー色の髪の女冒険者。

 

翼を思わせる意匠の施された金色の靴に、短剣やポーションのかかったベルト、白いマントなどを装備し、魔導具と思われる銀縁のメガネをかけた知的な美女こそがルルネの所属する【ヘルメス・ファミリア】の団長でありながら都市有数の魔導具作成者。

 

「(『万能者』アスフィ・アル・アンドロメダ·······)」

 

 

 Lv4というこのオラリオでも限られた確かな実力者でオラリオに5人といない【神秘】の発展アビリティを持つ稀代の魔道具作成者(アイテムクリエイター)アスフィ・アル・アンドロメダ。しかし彼女は自分の名が知られていることを承知しているのか、特に驚くこともなく、ただ真っ直ぐに深い知性と強い意志を感じさせる瞳で私の目を見つめる。

 

だが、最も目を引いたのは彼女ではなく、私が協力者であると知っても動かず、店の壁に隠れるかのように寄りかかっている全体的に緑の配色の服装をした覆面のエルフだった。

 

華奢で線の細い身体は無駄を排したかのような洗練されたものであり、しなやかな美しさと強かさを秘めているよう。その佇まいからして、おそらく剣士だろう。加えて、身体から沸き立つ魔力は魔導士としても一級だと雄弁に語っている。

 

覆面からその顔や浮かべている表情は伺いしれないが垣間見えるその瞳は抜身の刀のように鋭く、修羅場をいくつも潜った戦士のそれだった。

 

 

「(──間違いなく強い、ラウル達よりは確実に上。もしかしたら第一級(Lv.5)?)───あの人も【ヘルメスファミリア】?」

 

 だとしたらあれ程の実力者を隠し通し続けていた神ヘルメスは私が思っていた以上の神物なのかもしれない。強さというものは良くも悪くも人の目を集める、それをそらすというのはそれだけの頭脳が必要だ。

 

「いえ、彼女は【ヘルメスファミリア】ではありません。彼女も貴女と同じ助っ人ですよ」

 

 

「───『剣姫』、私のことは気にしないでほしい」

 

 何らかの魔導具によるものか、依頼者である黒衣の魔術師と同じような声色───かろうじて若い女性だとわかる───で話す覆面のエルフにアイズはどこかであったかのような気がした。そして、それはすぐに思い当たる。

 

敵として戦ったわけではないだが、どこか既視感があった。自分が関わって印象に残る相手といえば───

 

アイズが思考の海に浸っていると、隣りに座っていたルルネがゴホンッ! と咳払いをして注目を集めてから口を開く。

 

「あー、これで全員揃ったろ、アスフィ」

 

「ええ、では今回の依頼について改めて説明します─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

感情を喰らう悪魔みたいな生態してんな

 

外道白髪「アッハッハッ」

 

世界「確かに落差は必要だよね」







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十六話 「──────、──────」



ちょっと今日は数検だったので二話が限界でした、すみません


 

 

32階層。29階層以前とは出現するモンスターの強さは一線を画し、『ブラッド・サウルス』などの第二級冒険者でも簡単にはいかない強力なポテンシャルを誇るモンスターが中層や下層前半以上の冷却時間でリポップする深層前の壁たる下層後半に位置する階層域。

 

常ではありえない屈強なモンスターの大群、24階層のそれを超える質と量のそれは食糧庫への道を数日にわたって24階層よりも長くふさがれた結果であり、百や二百ではおさまりきらないモンスターたちが飢餓感を抑えきれずに共食い。

 

············何体もの『強化種』が同時に誕生するという未曾有の事態。仮に24階層で冒険者たちが押し止めを受けていなければ第二級冒険者に多くの死亡者が出ていたであろう異常事態。

 

裏で手を引く邪神のシナリオにもなかった、焦燥にかられたレヴィスが独断で行った『宝玉』の複数生成による長期の食糧庫封鎖。

 

それがまわりまわって今の32階層は階層一つを使った『蟲毒』と化しており、千体近いモンスターによる共食いに次ぐ共食いの結果、推定にしてレベル5にも届きうる『強化種』が三十体近く生まれた深層以上の地獄であった。

 

都市有数の派閥が連合を組んで対処すべきこの緊急事態。

 

そんな32階層では蹂躙が行われていた。

 

50階層以降にも勝る質のモンスターの軍勢が、第一級冒険者のパーティが壊滅させられる死の軍団が、たった一人の人間が振るう大剣に消し飛ばされてゆく。

 

見えない壁にぶつけられる赤いペンキのように、モンスターの大群が血飛沫を上げながらこぶし大の肉塊と灰となって弾け飛んでゆく。

 

それは、悪夢のような光景だった。たった一人で戦場を蹂躙する黒い人影は、その動きを止めることなく次の獲物へと襲い掛かる。そのたびに響く轟音と振動が迷宮全体を揺らしているような錯覚さえ覚える。

 

怪物たちが、魔法でもないただの剣の一撃で吹き飛ばされているのだ。黒い暴風と化した人影の攻撃によって、迷宮の壁が削られて破片となり宙を舞う。それはまさに一方的な殺戮であった。

 

『ライト・クオーツ』、『トロール』、『スプリガン』、『エルダーフラワー』、『リザードマン・エリート』の『強化種』さえもがその圧倒的な暴力の前になすすべもなく屠られていく。

 

モンスターたちは時として数という武器を使って人間を殺す。だがその武器は今やただの血煙へと変わっていた。まるで紙吹雪のように舞い散るモンスターたちの残骸の中を、その黒い暴風は突き進む。

 

そして、ついに黒い嵐はその中心点──この場において最も強大な力を持つ『強化種』の前に到達した。そこに立っていたのは、深紅の恐竜。

 

その体長は6M以上で通常種よりも鮮やかな深紅の鱗は全身鎧のようですらあり、両爪には今も同族の血が滴っている。瞬膜に守られた双眸は赤々と輝き、爬虫類特有の縦長の瞳孔を持つ眼光が眼前に立つ敵を睨みつける。

 

『ブラック・ライノス』。下層最強格のモンスターであり、『強化種』()()の共食いに打ち勝ってきた強者だ。しかし、そんな歴戦の猛者であるはずの深紅の恐竜は、目の前に現れた黒い存在を前にして動けずにいた。

 

本能が理解したのだ。目の前にいる敵は自分の手に負える相手ではないということを。黒い人影は無言のまま大剣を背に担ぐと、腰に佩いた朱剣を抜き放つ。

 

一瞬の間。次の瞬間、まるで隕石でも落下してきたかのような衝撃とともに地面が大きく陥没した。大地を震わせるほどの踏み込みから放たれた斬撃は、しかし狙い過たず深紅の恐竜の頭部を直撃していた。

 

ぐらりとその巨体が傾く。そのまま倒れ伏すかと思われたその時、恐竜の首筋に鋭い傷跡が生まれた。そこから勢いよく鮮血が噴き出し、首を押さえながら苦しげな鳴き声を上げる。

 

「……まだ息があんのか」

 

 手ごたえはあったが仕留め損ねたか。そう呟いて黒い人影は小さく舌打ちをした。同時に、背中の大剣を抜刀する。大剣と片手剣の二刀流の構え。それを合図にしたかのように、恐竜は最後の力を振り絞って飛び掛かった。

 

迫りくる牙を、身を捻ることで回避すると同時に横薙ぎの一閃、唐竹の一閃を叩き込む。一拍遅れて胴体が上下左右、四つに分かれ、地面に崩れ落ちた。そして、それがこの異常事態における最強最後のモンスターの最期となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、これ、『宝玉』回収されたあとだな。

 

モンスター蹴散らして食糧庫入ったはいいけど迎撃に来るのが未成熟の食人花しかいないってことは引き払い済み、レヴィスちゃんに会えると思ったんだが············。

 

24階層よって帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤは神ディオニュソスと自分たちの主神ロキの会談の結果、一足先に24階層へ向かったアイズの救援(32階層に行ったアルは殺しても死にそうにないので放置)にベート・ローガと【デュオニュソスファミリア】のフィルヴィス・シャリアとの三人で向かうこととなった。

 

「お前等、『死妖精(バンシー)』とパーティを組んでいるのか?」

 

「えっ?」

 

 18階層のリヴィラでアイズの行方を探っていたレフィーヤに、リヴィラのまとめ役である第二級冒険者ボールスが顔をしかめるが、その問い掛けの意味が分からず首を傾げるレフィーヤに知らねぇのかと頭を掻く。

 

「『死妖精(バンシー)』って······フィルヴィスさんの二つ名ですか?」

 

「あー、いや······冒険者達が勝手に呼んでるだけだ。あのエルフに勝手に名付けた、もう一つの渾名だよ」

 

「フィルヴィスさんに、何かあったんですか·····?」

 

 嫌な予感を感じて尋ねたレフィーヤに、ボールスは難しい顔をしながらフィルヴィスのいる方へ目を向けた後、重々しく口を開く。

 

「あのエルフとパーティを組んだ連中は自派閥だろうが他派閥の者だろうが関係ねぇなく················あいつだけを残して全員死んでやがるんだ」

 

 レフィーヤ達も薄々、彼女は周囲から孤立していることは感じていたことだったが、想像を絶する話にレフィーヤは言葉を失う。近くで装備を確かめていたベートも会話にこそ参加しないが、眉根を寄せて考え込むような表情を浮かべた。

 

そんな彼女の反応を見てボールスはこの都市では珍しくないことだがな、前置きをおいた上で説明を続けた。

「『千の妖精』、六年前に起きた『27階層の悪夢』は知ってるか?」

 

「は、話くらいなら········大勢の冒険者が、亡くなったって」

 

「あぁ、そうだ。あん時はまだ残っていた闇派閥の連中が、有力派閥のパーティを階層でまとめて嵌め殺した」

 

 当時を思い出したのか苦々しい表情を浮かべながら語るボールスの言葉に、レフィーヤは息を飲む。

 

このオラリオにおいて、『闇派閥』という存在は決して忘れられない名前だ。レフィーヤやアルがオラリオに来た頃にはすでに壊滅していたがその爪痕は今も確かにこの都市の根底に深く残っている。

 

発端は15年前、三大クエスト最後にして最悪の怪物、『隻眼の黒竜』に千年もの間、迷宮都市オラリオに君臨し続けた【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の二大派閥が敗北したことにあった。

 

この二大派閥の敗北、そして零落により、当時のオラリオは強大な抑止力を失った。まだ未熟であった【ロキ・ファミリア】と以前の眷属をヘラによって失った【フレイヤ・ファミリア】では新たな抑止力とはなれず迷宮都市の治安は悪化し、今まで隠れていた悪の台頭を招いた。

 

それこそが邪神に率いられし闇の集団────通称『闇派閥』と呼ばれる組織だった。

 

彼等が臨んでいたのは更なる破壊と混沌。時には都市そのものを破壊しようとしたり、多くの人間を巻き添えにした無差別テロ行為を行い、世界の危機さえ招いた。

 

『27階層の悪夢』はそんな『闇派閥』が起こしてきた事件の中でも凄惨極まりないものとして知られている。偽の情報を流して集めさせた有力【ファミリア】の冒険者達を階層主アンフィス・バエナすら巻き込んだ捨て身の怪物進呈を強行したのだ。

 

敵味方問わぬ犠牲を出し、階層一つを血の海に変じたこの事件の犠牲者の数は百以上とされている。この事件の隙を突いて【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】などの有力派閥の強襲によって数多くの邪神が送還されたことを皮切りに闇派閥は衰退の一途を辿ることとなる。

 

そんな『27階層の悪夢』についての話は聞いたことがあったが、まさかフィルヴィスがその当事者だとは思わなかった。

 

しかし同時に納得もできた。彼女が他者と関わらないことへの疑問と違和感。それはきっと彼女以外の全員が殺されてしまったからなのだと。

 

彼女は、たった一人で生き残った。自分一人だけが生き残ってしまったことに絶望し、だからこそ、彼女は他の冒険者を拒絶している。誰とも関わらず、孤独であり続けようとしている。

 

そこまで考えてレフィーヤは自分の考えを振り払うように頭を振る。自分が何を考えているのか。自分の勝手な想像で彼女を憐れむなんて失礼にも程がある。ましてや、自分は彼女とほとんど面識がないのだ。

レフィーヤは気を取り直すとボールスの話の続きを聞く。

 

「フィルヴィス・シャリアは、あの事件の数少ない生き残りだ。命からがら逃げ出したらしくてな、この街に帰ってきたんだが············死人みてえな顔をしていてよ」

 

 そこでボールスは言葉を切って、遠くの広場で佇むフィルヴィスを見つめる。そこには誰も近寄れないような、どこか寂しげな雰囲気があった。

 

「連れを失ったやつ、体の一部がなくなったやつ·····色んな冒険者がいたが、あんな酷え顔をしたやつは初めて見た」

 

 いるはずもない死んだ仲間を探すかのように視線を彷徨わせながら血に染め上げられたボロボロの身体を引き摺って歩く彼女の姿はまるで呪われてでもいるかのような悲壮感に包まれていたとボールスは当時を振り返る。

 

「落ちる時はとことん落ちる、ってのは冒険者なら誰しも十分承知しているんだが、その日からまるで呪われたかのように、あいつが関わったパーティは遅かれ早かれくたばっちまうようになったんだ。··················縁起でもねえからよ、噂が広まるのも早かった。 あのエルフとパーティを組むと死ぬぞ、ってな」

 

 だから皆、フィルヴィスを避けた。だから皆、彼女に寄り付かなくなった。そうしていつしか、彼女は孤立した。彼女の境遇に同情する者はいただろう。けれど、それ以上に恐れた。

自分達が巻き込まれて死んでしまわないように。繰り上がる形で団長となった【ディオニュソス・ファミリア】の団員たちですら、煙たがって。

 

「唯一の例外は、当時Lv4だった『剣聖』の旦那だ」

 

 そんなフィルヴィスを哀れんでか、あるいはただの興味本位なのか、アルは、ボールスが知る限り、この都市で唯一、フィルヴィスをパーティに引き入れた男だった。突然の身内の登場に目を丸くするレフィーヤとベートにボールスは続ける。

 

「何を思ったのか一時期、『死妖精(バンシー)』とパーティを組んでたんだよ、あんたらのとこの最強は」

 

「え」

 

 『剣聖』がそれこそ『闇派閥』の残党の【ルドラファミリア】の起こした事件でLv.5になるまでの数ヶ月だが、今でもパーティこそ組まないが交流は続いてるいるらしい。その話を聞いたレフィーヤは思わず声を上げた。

 

そして、ボールズの話を裏付けるように、ベートは表情を変えないまま、ぼそりと「そういや、聞いたな。そんな話」と呟く。

 

「まあ、旦那は言うまでもなく生きてるけどな」

 

「ハッ、当然だな、結局、死んだ奴らが弱かっただけだったってこったろ」

 

「べ、ベートさん、そんな言い方は······でも、なんでわざわざフィルヴィスさんと?」

 

「さあな、そこまでは知らねぇよ。ただ、旦那や『凶狼(ヴァナルガンド)』と違ってお前はまともな類いだからな······まあ、気ぃつけろよ」

 

 ボールズの話が終わり、広場で待っていたフィルヴィスと合流したものの過去を知れば知るほどどう接すればいいのか分からなくなる。

 

レフィーヤは困惑しながら、それでも何か言わなければと口を開いた。しかし、それより先にベートがレフィーヤの前に身を乗り出し、口端を吊り上げて笑う。

 

「詳しい話は知らねえが、要は組んだパーティの相手が尽く雑魚だったせいで変な渾名までつけられてんのか、気の毒だなぁ、ええ?」

 

 ベートの言葉にフィルヴィスは眉一つ動かさない。代わりにレフィーヤが慌てるが、気にせずにベートは言葉を続ける。レフィーヤには分かった。

 

これは挑発だ。ベートはわざとフィルヴィスの逆鱗に触れるようなことを言っている。レフィーヤは必死になって考える。このままではまずいと、何とかしなければと。しかし焦りばかりが募っていく。

 

もし、自分がフィルヴィスの立場ならどうするか、そんなことは決まっている。恐る恐るベートを見るが、ベートはレフィーヤの心配などどこ吹く風で不敵な笑みを浮かべていた。レフィーヤはベートの意図を理解する、つまりはこう言いたいのだ。

 

「何でまだ冒険者なんてやってんだよ、てめえ。そのまま雑魚どもと一緒にくたばっちまえば良かったじゃねぇのか?」

 

 それは、あまりにも無遠慮で残酷な一言だった。レフィーヤの顔から血の気が引いていく。そんなレフィーヤとは対照的に、フィルヴィスは一切の感情を見せない。

 

「ベートさんっ!」

 

 レフィーヤは叫ぶように名を呼ぶ。だが、ベートの暴言は止めなければならない。フィルヴィスの過去の傷口を容赦なく切り開くような真似をして良いはずがない。

 

だが、当のフィルヴィスは、怒るどころか薄っすらと静かに笑みを浮かべる。

 

「お前も、クラネルと同じことを言うんだな」

 

「初めて会った時、似たようなことを言われて喧嘩になったよ」

 

 レフィーヤだけでなくベートすらも目を見開いて静かに驚愕する。レフィーヤにとってアル・クラネルという人物は良くも悪くも中立的な男だ。

 

人からの干渉を嫌う代わりに自分も人に踏み込んでいかない───例外は『戦場の聖女(デア・セイント)』の二つ名と同時に『剣鬼の姉』の渾名を持つアミッドぐらいだろうか。

 

レフィーヤの知るアルとはぶっきらぼうだが自分やアイズ、若手たちを気遣ってくれる兄貴分だ。

 

そんなアルがフィルヴィスに対して、ベートのように面と向かってそんなことを言うとは思えなかった。悪意をぶつけるなど想像できなかった。

 

だが、フィルヴィスはそのアルに同じようなことを言われたという。レフィーヤは動揺した様子でベートに視線を向ける。ベートもまたレフィーヤと同じように驚いているようだった。

 

フィルヴィスはそんな二人の反応を見て苦笑いする。

 

そうして、彼女はぽつりと呟いた。

 

まるで、独り言でも語るかのように。

 

懐かしむように。

 

愛おしむように。

 

そして、ほんの少しだけ寂しそうに。

 

かつて自分を受け入れてくれたたった一人の少年との過去を。

 

その声は、とても小さく掠れていて。

 

それでも、騒がしいはずのリヴィラで、不思議とよく響いた。

 

ベートもレフィーヤも思わず聞き入ってしまうほどに、どこか透明感のある声音。

 

だからだろう。

 

ベートは、その言葉をしっかりと聞いた。

 

そして、彼は顔をしかめる。

 

フィルヴィスは言った。

 

かつての自分を。

 

仲間達を失った頃の、弱い自分を。

 

そして、二人の知らないアルを語るように。

 

ベートに向かって、はっきりと口にした。

 

フィルヴィスはベートに向けて、はっきりと告げた。

 

「──────、──────」

 

 ベートは一瞬呆気に取られたような表情をした後、口端を歪めて笑う。

それは自嘲するような笑みだった。フィルヴィスの言葉を聞いたベートは、僅かに躊躇いながらも口を開く。

 

「············ああ、俺もそう思う」

 

 ベートが口にした返答は、彼の性格を考えれば信じられないほどに真っ直ぐなもので。

 

だからこそ、それが答えだった。

 

ベートは、吐き捨てるように自覚する。

 

目の前にいるのは、かつての自分によく似た『弱者』だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

最後のフィルヴィスの言葉は覚えてたら130話くらい後に明かします(多分、忘れてる)。

 

【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】をファミリアごと派遣させなければ解決できないような事態でもアルに任せれば日帰りで平定してくるのでウラノスから莫大な依頼料(遺産行き)と引き換えに秘密裏なミッションを数多く受けてます。

 

 

【ベル・クラネル】

レベル︰1

白兵戦・短剣 練度︰2

白兵戦・格闘 練度︰1

 

精神強度 練度︰7

特殊耐性 練度︰1

魔力総量 練度︰1

魔力回復 練度︰1

 

逆境時、精神強度+1~

 

【アル・クラネル】

レベル︰7

白兵戦・剣 練度︰10

白兵戦・槍 練度︰14(剣より才能あるけど封印中)

白兵戦・格闘 練度︰9

 

精神強度 練度︰Not measurable

特殊耐性 練度︰8

魔力総量 練度︰10

魔力回復 練度︰89

 

逆境時、全練度+1

対精霊時、全練度+1

 

 

【アイズ・ヴァレンシュタイン】

レベル︰5→6

白兵戦・剣 練度︰7

白兵戦・風 練度︰+1

白兵戦・格闘 練度︰5

 

精神強度 練度︰4

特殊耐性 練度︰5

魔力総量 練度︰7

魔力回復 練度︰6→7

 

対怪物時、全練度+2(精神強度を除く)

対竜種時、全練度+3(精神強度を除く)

 

 

【レヴィス】

白兵戦・剣 練度︰7

白兵戦・怪 練度︰+1

白兵戦・格闘 練度︰6

 

精神強度 練度︰6

特殊耐性 練度︰5

魔力総量 練度︰5

魔力回復 練度︰5

 

 

【■■■】

レベル︰ー

白兵戦・剣 練度︰5

白兵戦・怪 練度︰+1

白兵戦・格闘 練度︰4

 

精神強度 練度︰4

特殊耐性 練度︰4

魔力総量 練度︰6

魔力回復 練度︰5

 

第三魔法解除時、全練度二倍(精神強度を除く)

対■■時、全練度+5

 

とあるゲーム風のステータス、むっちゃ適当です、これだと復讐姫状態のアイズがアルと剣で互角になっちゃう

 

 



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十七話 アヴェンジャー




 


 

 

 

 

 

 

24階層。食糧庫へ続く通路を塞ぐ緑肉の壁をアスフィの指示を受けた小人族の魔導士が炎魔法で突き破り、その先に続く蠢動する緑肉によって舗装された道をパーティが進み始めてしばらくした頃。──ピタリと、先頭のルルネが足を止めた。次いで、後続のメンバーも足を止める。

 

「また分かれ道か·······」

 

 そう呟くとルルネは列に居るアスフィへと振り返る。それにつられて全員が視線を向け、指示を仰ぐ。迷宮において、分岐点や行き止まりというものは非常に多い。そして、今回のような地図のない領域ではそれら全てを把握して進むことなど不可能に近い。故に、こういった場所では大抵の場合で右左どちらかの道を選ぶことになるのだ。しかし、アスフィが指示を出す前に左右の道から破鐘の如き声が上がった。

 

蛇のような風体をした巨大な蔓、毒々しいまでに鮮やかな花弁を持つ花の化け物、そして体表をびっしりと覆う黄緑色の表皮はまるで鱗のように逆立ち、鋭い牙が並ぶ口元からはだらだらと唾液を流している極彩色の魔石を持ったモンスタ—、食人花。

 

「両方からかよ·····」

 

「うーん、惜しい。後ろからもだ」

 

「げっ」

 

 推定レベル3の食人花による左右後方、三方向からの挟み撃ち。天井と地面を這って出現する多くの花、前方は勿論のこと、後方にも退路はない。つまり、この場で選択の余地があるとすれば前に進むことだけだ。

 

「·····『剣姫』、片方の通路を受け持ってくれますか?」

 

「わかりました」

 

 アスフィの言葉にアイズが即答すると、彼女は腰に差した剣を引き抜いた。それを見て、ルルネ達もそれぞれの武器を手に取る。まず、先行したのはアイズだった。アイズは地を蹴ると一瞬にして食人花との距離を詰める。そして、アイズの接近に気付いた食人花は慌てて迎撃態勢を取るべく行動を開始した。だが、遅い。食人花が反応する前に、既にアイズは食人花の攻撃範囲内にまで踏み込んでいた。

 

そして、食人花の牙に対し、アイズは体をひねることで簡単に回避してみせて代わりにアイズの持つレイピアがその口内の魔石を貫いた。食人花は苦悶の声を上げ灰となる。アイズとて、Lv6の冒険者。Lv3相当である食人花など敵ではない。しかし、アイズが攻撃に移る前に、通路から次々に食人花が飛び出してきた。その数は五十を超える。

 

その光景を見た冒険者達の顔色が一斉に変わる。それはそうだ。こんな狭い場所でこれだけの数を相手にするなんて無謀にも程がある。だが、そんな状況下においてもアイズは冷静だった。襲い来る食人花に対して、アイズは一体ずつ確実に倒していく。襲いかかってくる蔓を払い落とし、噛み付こうとしてくる口に刃を突き刺す。時には柄頭を使って殴打したり、蹴り飛ばしたり、あるいは拳打を打ち込んで吹き飛ばすなどして対処する。

 

アイズの活躍によって食人花達は次々と撃破されていき、残るはあと僅かとなった。

 

しかし、その時、突如として天井から緑の柱が数本降り注ぐ。即応したアイズは地面を蹴りその場から離れることで回避するが、なおも途切れずにドドドドドドドドドッ、と地面に激突した緑色の柱は爆発を引き起こし、周囲に土煙を巻き上げた。

 

やがて、視界が晴れていく中、気づけば左方の道が柱の壁によって塞がれていた。【ヘルメス・ファミリア】との分断に成功したと判断したのか、残った食人花達が一斉にアイズへと向かっていく。

 

努めて平静を保ちながらレイピアを構え直すアイズだったが、危険なのはあくまで自分ではなく【ヘルメス・ファミリア】だと判断し、即座に意識を切り替える。

 

「(これじゃ、ルルネさん達が危ない!)」

 

 そう判断したアイズは柱を突き破ってでもルルネ達の元へ向かおうとするが、それを阻むように食人花達が押し寄せてくる。アイズは気持ちを抑え込み、冷静に一体ずつ食人花を斬り伏せていった。

 

そんな時、身の毛がよだつような悍ましい、それでいて圧倒的な戦気を感じたアイズは思わず視線をそちらへ向ける。看過できない強大な覚えのある『怪物』の気配、その正体はすぐにわかった。

 

そして─────、 バキィ! という破砕音と共に壁の一部が破壊され、そこから一人の人物が姿を見せた。すらりと伸びた肢体と豊かな双丘、艶やかな赤髪は短く切りそろえられ、身に纏っている戦闘衣も赤を基調とした露出の多い煽情的なもの。とても美しく整った、男ならば誰もが振り返るような美貌を持つ妖艶な美女。

 

暗闇を切り裂いて歩み出て来たのは、紛れもなくアイズが知る人物だった。黄緑の瞳に殺気を宿らせ、右手には禍々しい輝きを湛える大剣を携えている 赤髪の調教師の女───レヴィスだった。そして、彼女の背後からぞろぞろと現れるのは、食人花だ。

 

「·················貴方は、ここで何をやっているの?」

 

「さぁな」

 

「これは、このダンジョンは何? 貴方が作ったもの?」

 

「知る必要はない」

 

 アイズの問い掛けに対し、冷淡な態度で答えるレヴィスは食人花達に合図を出すと、アイズへ向かわせた。同時に、レヴィスも アイズへ向かって走り出す。アイズは迫りくる食人花を捌きながらも、こちらに向かって駆け寄って来るレヴィスを見据えた。

 

先ほど感じた強烈な戦気が、より一層強まっている。あの時の比ではないと察したアイズは警戒を強め、食人花を薙ぎ払うと同時に地を蹴った。互いに疾走し、瞬く間に距離が縮まる。アイズが間合いに入る直前、剣の間合いに入った瞬間、レヴィスが動いた。

 

振るわれる大剣、しかし、アイズの反射神経はそれを見切る。身を捻ることで紙一重で回避すると、そのまま懐に入り込むべく踏み込んだ。だが、アイズの予想に反して、レヴィスはまるで攻撃を回避されることを想定していたかのように動じることなく蹴り

を放つ。

 

予想外の攻撃、それでもアイズは咄嵯に反応してガードするも、衝撃を殺しきれずに大きく後方へ弾き飛ばされる。なんとか空中で体勢を整え着地したアイズに対し、レヴィスは追撃をかけるべく再び動き出した。

 

アイズが防御態勢を取る中、凄まじい勢いで振り下ろされる大剣、かち合う斬撃と斬撃。互いの武器がぶつかり合ったことで生じた衝撃波により、両者の周囲にある瓦礫などが吹き飛ぶ。激しい金属音が響き渡る中で両者は。

打ち合っていた刃を滑らせるようにして相手の刃を弾くと、即座に次の攻撃へと移る。

 

アイズはレヴィスの大剣による連撃をレイピアを用いて捌いていくが、反撃する隙がない。それはレヴィスとて同じことであり、攻めあぐねている様子だった。

 

「(この人──)」

 

「(コイツ──)」

 

「「(───あの時(リヴィラでの戦い)より格段に強い!!)」」

 

 

 アイズは階層主を単騎で倒すことでLv6へのランクアップを果たし、レヴィスはオリヴァス・アクトの魔石を喰らうことでそれぞれ以前とは一線を画す力を手に入れていた。拮抗する実力、それが今まさに目の前の相手との戦いを通して理解させられる。

 

とはいえ、このまま戦いが長引けば不利になるのはアイズの方だ。何せ、ここは敵のテリトリー内。追加戦力として、どこからともなく食人花が現れても不思議はない。そう考えたアイズは再び仕掛ける。

 

渾身の一撃、それをレヴィスの脳天目掛けて放つ。しかし、それを見たレヴィスもまた同じように攻撃を繰り出してきた。二人の刃が交差し、火花を散らしながら鍔迫り合いとなる。

 

新たに得た力ならばレヴィス(『アリア』)を容易く倒せるという確信は、互いが更なる高みへ至っていたことで霧散する。

 

それでもアイズは負けるわけにはいかないと力を込め、押し切ろうとする。だが、レヴィスの方が上手だった。彼女はアイズの力が籠められた刀身を受け流すと、そのままガラ空きとなった胴体に回し蹴りを叩きこむ。その威力は凄まじく、アイズは口から血を吐き出しながらも大きく後方に吹き飛んだ。

 

アイズは地面を転がるも、すぐさま立ち上がると構えを取り直す。そんなアイズを眺めながらレヴィスは、大剣を肩に乗せると鼻を鳴らした。

 

そして、ゆっくりとした足取りで歩き出し、アイズとの距離を詰めてくる。

 

「お前は黙って付いてくればいい。 会いたがっている奴がいる。来てもらうぞ、『アリア』」

 

 レヴィスが告げたのは、アイズの母の名前だった。その名を聞いたアイズの表情が微かに歪む。

 

「私は、『アリア』じゃない」

 

「『アリア』は私のお母さん」

 

 母の名を口にされたことで動揺してしまった自分を律するように、アイズは努めて冷静に言葉を返した。なぜ、レヴィスが母の名を知っているのかわからない。だが、今はそんなことはどうでもよかった。今は敵を──『葬る』ことだけを考える。

 

「世迷い言を抜かすな、『アリア』に子がいる筈がない。仮に··············お前が 『アリア』 本人でなくとも、関係のないことだ」

 

 レヴィスは冷淡な態度のままアイズの言葉を一蹴すると、剣を振り上げた。アイズは素早くバックステップを踏み、レヴィスの攻撃を回避すると同時にレイピアを構えると反撃に転じるべく、突きを放った。

 

狙いは急所である首元。しかし、レヴィスが振るう大剣によって防がれてしまう。アイズは瞠目しつつも、すぐに次の行動に移った。

 

レヴィスはアイズの刺突を防いだ直後、そのまま刃を振るい彼女の身体を吹き飛ばす。空中で体勢を整え着地したアイズは即座にレヴィスへと肉薄し、連続攻撃を仕掛ける。

 

放たれるのは神速の斬撃、その全てをレヴィスは大剣で受け止めた。だが、それでも完全には受け切れず、僅かに鮮血を飛び散らせる。

 

Lv6となり、大幅な能力上昇を果たしたアイズは、今の今まで苦戦を強いられていたレヴィスを相手に互角に渡り合っていた。

 

両者の攻防は激しさを増していき、周囲に激しい金属音が響き渡る。アイズが繰り出す連撃に対して、レヴィスは大剣で捌き続ける。アイズが攻めればレヴィスはそれを防ぎ、逆にレヴィスが攻勢に出ようとすればアイズはそれを凌ぎ切る。

 

「────チッ、『剣聖』は、あの忌々しいヒューマンは来ない。アイツは既に『回収』を終えた32階層に向かった」

 

 レヴィスは舌打ちをすると共にアイズの猛攻を捌きながら言葉を発する。アイズはその話を聞きながらも攻撃の手を止めず、攻め続けた。

 

「なんとしてでも、あのヒューマンに嗅ぎつけられる前にお前を連れていく」

 

 レヴィスの足元が爆発した。それほどまでに重い踏み込みにより地面が大きく陥没し、凄まじい衝撃を生み出す。それにより、アイズは体勢を大きく崩してしまう。

 

そこを狙いすましたかのように振るわれる横薙ぎの一閃。それをアイズは辛うじて防御するも、衝撃を殺しきれずに大きく吹き飛ばされる。地面を転がりつつも何とか立ち上がったアイズだったが、そこにレヴィスが迫ってきていた。

 

「───【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 レヴィスの更に上がった膂力と速力から『(エアリアル)』を纏わない斬撃では決定打にはなりえないと判断したアイズはLv6になって初めて己の魔法を発動させた。アイズの詠唱に応えるように、その手に持つレイピアが緑色の輝きを放つ。

 

そして、アイズを中心に暴風が巻き上がる。それはまるで荒れ狂う嵐のように周囲に存在する瓦礫や木々を呑み込みながらレヴィスに襲いかかった。

レヴィスは風の渦に巻き込まれるも、それを突き破るようにしてアイズに迫る。アイズは迫るレヴィスに向けてレイピアを突き出す。レヴィスもまた、それに呼応するように大剣による刺突を放った。二人の武器がぶつかり合う。

 

風の後押しを受けたアイズの剣筋は徐々に疾く、鋭くなっていき、リヴィラの戦いの時のレヴィスであれば完封できるであろう領域まで高められた斬撃の雨はレヴィスの大薙の一撃で容易く弾かれる。

 

「ランクアップを果たしたか、面倒な───だが、問題ではないな」

 

  レヴィスの所感は間違ってはいなかった。いかにランクアップによってステイタスが上がっていたとしてもレヴィス自身も魔石により肉体性能を激上させている以上は先の戦いの焼き増しにしかならない。

 

それをアイズも強く理解した。このままではまた、同じ相手に敗北することを、現状のアイズ、現状の『(エアリアル)』では目前の怪人に勝てないことをアイズは冷静に受け入れた。だから、アイズは決断する。己の限界を超えることを、誰もが見たことのない力を引き出す。

 

迷いはない。

 

不安はない。

 

恐怖もない。

 

ただ、あるのは勝利への渇望、そして冷徹な殺意。

 

アイズはレヴィスの攻撃を避けながら、心の中で静かに呟く。

 

───今、この瞬間だけは、私以外の全てが止まって見える。

 

その思考を最後に、世界がモノクロに変わっていく。

 

そして、アイズの瞳の色彩は深い闇へと沈んでいく。

 

レヴィスは、目の前の少女の雰囲気が変わったことに気が付き、警戒を強める。だが、そんなものは無意味だった。

 

アイズの放った一閃がレヴィスを襲う。

 

それは、ただの一閃だった。

 

だが、それだけで十分だった。

 

たったの一閃でレヴィスの身体は引き裂かれ、付け根から先を失った右腕から鮮血を撒き散らす。

 

アイズの黒風を纏った踏み込みで足元の緑肉が消し飛び、そのあまりの速度に反応できないレヴィスは剣を持っていた右肩の先を周囲の緑肉ごとすべてを削り喰らう黒風によって砕かれていた。

 

 

 

すなわち───

 

「【起動(エアリアル)】────【復讐姫(アベンジャー)】」

 

「───ッ、?!」

 

 レヴィスは理解を置き去りにするほどの超強化に反応すらできずにそのまま先の戦いでのアイズのように壁へ叩きつけられる。

 

レヴィスは混乱していた。何故なら、レヴィスは今の今まで、目の前にいる少女は自分と同等の実力を持っていると判断を下していた。それでも終始、自分が有利であり、このまま戦えばまず勝てると。だが、今は違う。

 

今のレヴィスが目にしているアイズは紛れもなく、今のレヴィスを上回っていた。

 

「(なんだ······何が起きた?!)」

 

 レヴィスは壁にめり込んだ身体を引き剥がすと、すぐさまアイズの姿を探す。だが、アイズは既にレヴィスの視界の外にいた。

 

レヴィスはアイズの姿を探そうと周囲を見渡そうとしたが、それよりも先にアイズがレヴィスの前に現れる。レヴィスは咄嵯に大剣を振るい迎撃しようとするも、既に遅かった。

 

アイズが振るったレイピアの刃はレヴィスの左胸を貫いていた。レヴィスの口から鮮血が溢れ出す。

 

信じられない、といった表情を浮かべるレヴィスだったが、アイズは冷酷に告げていた。

 

───貴女にはここで死んでもらう。

 

アイズはレイピアを引き抜き、再びレヴィスの心臓───魔石を穿とうと突き込む。かろうじて間に合ったレヴィスの左腕が僅かに刺突をそらし、致命傷を回避させる。

 

アイズは再び、レイピアを振りかぶると今度は確実にレヴィスの命を奪うために突きを放つ。

 

レヴィスは大剣を盾にしてそれを防ぐも、レイピアは大剣を容易に切り裂き、レヴィスの胸部に深々と突き刺さった。

 

だが、アイズの剣はそこで止まらなかった。レヴィスの胸に突き立ったままの剣をそのまま強引に振り抜き、レヴィスの上半身を大きく斬り裂く。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

 即死には至らずとも普通ならば死を待つのみな身体からどす黒い血を撒き散らすレヴィスは、この身体でなければ三度は死んでいたと吐き捨てるように内心で呟く。

 

レヴィスの視線の先で、アイズはまるで人形のように感情の抜け落ちた顔のまま、無言で剣を構えていた。アイズの纏う空気が変質していく。それは、まさしく殺戮者の纏う気配だった。

 

レヴィスは直感的に理解した。目の前の少女は最早、自分の知っている少女ではない。今や彼女は魔石の力を得た自分と同じ、あるいはそれ以上の化物だと。

 

「ああ、やっぱり──人間じゃなかったんだ(怪物だったんだ)

 

「───なら、躊躇なく戦える(殺せる)







加筆分、戦闘シーン3000文字もってかれた・・・・・・・




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十八話 オルギア



ここ数日忙しいのでちょっと投稿ペース下がります。日に二話は出せるよう頑張ります。


 

 

その『神』が白髪の少年──アル・クラネルと初めてあったとき、心に去来したのは何を代価にしてでも欲しい──真の意味で眷属に迎え入れたいという欲望だった。

 

少年の処女雪のような透き通った白髪に、『神』が作る神酒(葡萄酒)よりも紅く魔性的なまでに純化された情念を宿す双眸は人間として大切なものが欠落した異端者だと同じく異端の神である自身には容易く理解させた。

 

そんな少年を前に『神』の脳裏に浮かんだのは言葉では言い表わせないような感情だった。嫉妬ではない。羨望でもない。ましてや憤怒などとは程遠い。それはまるで長年探し求めていたものを見つけたかのような歓喜にも似た何かで、今すぐにでも少年を自分のものにしたいという衝動を抑えるだけで精一杯だった。

 

この者なら自分と同じように、あるいはそれ以上に極上な『狂乱(オルギア)』を地上に齎してくれるだろう。そんな予感があった。

 

この少年こそ我が半身であり運命。

 

ここで逃せばもう二度と巡り合うことはないかもしれない。そう考えた瞬間、眷族に加えるべく、その手を伸ばしたとき、少年から放たれた名は『神』の胸中に激しい衝撃を与えた。

 

──────大神(ゼウス)が育てている英雄候補だと?!

 

『神』と故郷を同じくする──というより『神』の父親のようなものである大神(ゼウス)が次代の英雄候補にして史上最高の才を持った神才───『救世(マキア)』を成し遂げる最後の英雄の卵を育てていることは同郷ならばその『神』を含めて知る者も多い。

 

 

──────あの大神(ゼウス)が!! 育てた!! 英雄候補が!! このような異端者だったとは!!

 

だがしかし、それ故に面白い。あの好々爺を気取った大神(ゼウス)に愛を注がれて英雄の卵として育てられたはずの子供がこのような人界にいてはならない異端者であることに恐悦を隠しきれず、衆目に晒されながら笑いだした『神』に不審者を見る目を向けて離れた少年を追って眷属に勧誘しようとは思わなかった。少年の行く末を見届けるためにも、少年がこれから歩むであろう修羅の道のりを傍観者として見守ろうと思ったからだ。

 

───アレは自分のもとに置いておくよりもロキやフレイヤのような最大派閥か、デメテルやヘスティアなどの()()()()神のもとに置いておいたほうがより良質な『狂乱(オルギア)』を引き起こしてくれるはずだ。

 

それに……どうせなら最後まで見届けたい。少年の成長を見守るという選択肢をとった自身の判断に間違いはないと信じながらも、それでもなお少年の行く末に思いを馳せる『神』はその端正な顔立ちに似つかわしくないほど歪んだ笑みを浮かべた。

 

大神(ゼウス)に育てられながらもあのような異常に至ったものであれば、と確信を持った『神』は少年を最大派閥の片割れである【ロキファミリア】の主神、ロキに紹介した。

 

そして案の定、面食いのロキはその瞳の悍ましさを気にせずに、『神』の思惑通りに眷属へ迎え入れた。それから『神』は陰ながらかつて大神(ゼウス)が『神工の英雄(ヘラクレス)』に課したように少年に『試練』を与えた。

 

時に、上層へ魔石を食わせた小竜を解き放った。

時に、邪神タナトスにダンジョン内で神威を解放させ、漆黒の階層主を生み出させた。

 

時に、悪名を轟かせる大罪人を少年の下へと送り込み、己の手でその命を奪わせた、時に、『疾風』を罠に嵌め、破壊者を遣わせた。

 

全ては少年を鍛え上げるため。少年をより高みに導くための処置。少年の魂をより深く染め上げ、少年を真の異端者に昇華させるための手段だった。

 

少年は『神』の期待にこれ以上ない形で応えた。『神』の想定を遥かに上回る速度で成長し、多くのモンスターを殺してきた。

 

少年には才能がある。いずれは『神』にとって目の上のたん瘤であり続けた【ヘラ・ファミリア】の『女帝』にすら比肩する時代最強を担う存在になるだろうと思った。

 

偉業を成し遂げ名声を集め始めた少年を、未だ悍ましく輝く瞳を、『神』は陰から見て、見て、見て、見て、見続けた。

 

その美しさは『神』に神前に捧げられた極上の葡萄酒を飲んだかのような幸福感を抱かせ、自らの愚かにも愛おしい『巫女』が少年とパーティーを組み───それどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

少年の魂がより深い狂気に染まっていく。

 

少年の輝きが増していく。

 

その度に、少年への執着が強くなっていく。

 

その輝きに魅せられ、少年に魅了された神々が動き出す。少年と繋がりを持つために。少年に近付くために。少年と交わり、少年を取り巻く環境は大きく変わっていく。

 

大神の庇護を受けながら、英雄候補から、異端者へと変わった少年は今まさに新たな時代の幕開けを迎えようとしていた。

 

そんな少年を見て、『神』はまた笑う。少年がこれから起こすであろう波乱に満ちた『英雄譚』を想像し、世界の行く末を想い、愉快そうに笑った。

 

少年が少年だけの物語を紡ぐとき、それはきっと素晴らしいものになると確信を抱きながら。

 

しかし、時間が経つにつれてその幸福にケチが付き始めた。

 

───まだなのか?

 

あの瞳に宿った狂気は死滅願望。他者を利用し尽くして悦楽を求め、自身の欲望を満たせばどう果てても構わない───いや、果てることこそが目的なのだと考えていた『神』は首を傾げる。

 

少年を見初めてからはや数年、もはやオラリオの英雄となった少年はいまだ『事』を起こさない。

 

起こそうとしたらば全力を以って協力するつもりだったがいつまでたっても何もしない──既にすべてをひっくり返せるだけの力と人望を手に入れているはずだ。

 

あの凶猛の瞳は今も変わらない、あの狂気は今も風化してはいない。

 

ならば、なぜ、あれ程の狂気を宿しながら、『神』のように神酒(葡萄酒)で自分を酔わせているわけでもないのに今も常人の中で暮らしていけている?少年を見守り続けてきた『神』だからこそ疑問に思う。

 

少年は異常だ。『神』でさえ思わず見惚れてしまうほどに美しく、それでいてどこまでも醜く、『神』さえ畏怖してしまうほどの狂気に囚われた神才の異端児。

 

その疑問は少しずつ恐怖へと変わっていった。少年は何を待っているのか。少年は一体何を求めているのか。少年はどうして動こうとしないのか。

 

少年の望みはなんだ。少年の目的はなんだ。少年の願いはなんなのだ。少年の行動は読めない。少年の目的もわからない。少年のすべてが理解できない。

 

少年が求めるものを測れない。少年が求め、待ち続けているものが何かわからなくなる。それが『神』を不安にさせる。少年は狂っている。

 

『神』さえも恐れる異常性を抱えている。下界のすべてを嘲笑う『神』ですら、少年の心だけは覗けない。

 

その狂気の深さを知るがゆえに神ならざる身でありながら狂気を押し殺し、民衆の『英雄』として過ごしている少年の精神性を理解できなくなってきた。

 

「─────お前は、何を考えているんだ」

 

 『神』───都市の破壊者(エニュオ)は恐れる。

 

今や、自らの野望を台無しにできるほどの力をつけた少年を。

 

今や、自らの喉元に近寄りつつあるその狂気が自らに向くのを。

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、お前等がどこの【ファミリア】か、聞かせてもらおうか?」

 

 アイズと分断されながらも目的地である食料庫へたどり着いた一団は闇派閥と思わしき白いローブを着た男達に襲われていた。

 

しかし、その練度は低く、『恩恵』こそ受けているものの一般人に毛が生えた程度の集まりでは上級冒険者しかいない【ヘルメス・ファミリア】の相手にもならない。瞬く間に制圧されていき、そのうちエルフのセインに無力化され、拘束される。

 

「······ッ!」

 

「ま、黙っていても無駄なんだけどな」

 

 当然、相手も口を閉ざすが、へへへと笑いながらルルネは懐を。神血から非合法に作られる【神秘】の液薬。ルルネが懐から取り出した結晶が浮かぶ真紅の液体は神の眷属の背中に刻まれた神の恩恵をロックする『錠』を解除することができる。

 

つまり、この薬を使えば恩恵に刻まれた情報を閲覧することが可能となるのだ。『開錠薬』を見せつけられ、目を見開いたローブの男は何かを覚悟したように唇を引き結び、そして口を開く。

 

「神よ、盟約に沿って、捧げます·····」

 

 くぐもった声を零した男は、自らのローブを切り裂き、その中に隠した真っ赤な岩のような紅玉を晒す。爆炎を封じ込めたかのようなそれは数珠のように連なって男の上半身に巻き付けてあった。

 

『火炎石』と呼ばれる深層の『ドロップアイテム』であり、これを砕けば無加工でありながら爆発的に燃焼する炎を生み出すことができる発火性と爆発性を兼ね備えたモンスターの肉体の一部だ。

 

深層種『フレイムロック』の『ドロップアイテム』を用いた自爆兵、ローブで身を包んだ集団の正体はこれだった。彼らは自らが所属する組織のために、神のために命を捧げる異質な信者。

 

故に、彼に躊躇いはない。自爆兵が一斉に己の命を燃やし尽くさんと、凍り付くセインとルルネを睨み付けながら外付けされた撃鉄装置を躊躇いなく起動させ───ることはできなかった。

 

高速で飛来した小太刀に両腕を縫い留められたからだ。驚愕に見開かれた瞳には、覆面のエルフの姿があった。彼等は歯に毒の類を仕込んでいない.

 

毒物で自ら命を絶ったとしても、己の体皮を燃やす『火炎石』による自爆でなければ『開錠薬』によってステイタスを暴かれ、己が所属する派閥と主神を暴露してしまうことになるからだ。そのため自爆以外の自決はできない。

 

男に自決の手段はもうなかったのだが、彼は最後の悪足掻きとして腕に突き刺さった小太刀を抜こうともがくが、まるで動かない。

 

「その自決用の装備·········私はそれを見たことがある」

 

 忌々しげに、友の命を奪った装備だ、と言うのは小太刀を投擲した人物でもある覆面のエルフ────『疾風(リオン)』リュー・リオンだった。

 

アルがヘルメスによって食料庫の調査と極彩色のモンスターの殲滅を依頼されるところに出くわした彼女は、事が『闇派閥』関連であるかもしれないことと戦友であるアスフィも赴くということからアルの向かわない24階層の調査の協力を申し出て同行していたのだ。

 

そして、彼女の目の前にいるのはあの時戦った者達と同じ格好をした者達ばかり。つまり、この者たちは自分たちが打倒した『闇派閥』の残党。

 

そんな存在がなにを企んでいるかは定かではないが、ろくでもないことを考えていることだけは確かだろう。だが、今はそれどころではない。

 

「『万能者(アンドロメダ)』!! この者たちは7年前の大抗争と同じ──死兵だ!!」  

 

 平静をかなぐり捨て、『疾風(リオン)』はあらん限りに叫んだ。 使命のために全てをなげうった者達。最も性質の悪い、死をも覚悟した一団。己の命さえ爆弾に変えて襲いかかってくる相手が続々と向かってくる。

 

かつてを知る、『疾風(リオン)』と『万能者(アンドロメダ)』の二人はベテランの立ち回りで死兵を無力化していくが、いかんせん数が多い。

 

加えて、食人花の対処や自爆兵の爆発に巻き込まれないように随時退避する必要もあるため、なかなか減らない。

 

大抗争を経験していない者たちもいる【ヘルメスファミリア】はその死をも恐れない異様さに気圧され、直撃こそ喰らわぬものの負傷者がではじめる。

 

このままでは押し切られると、二人が焦燥に駆られていると、 ドォンッ!!!! と、轟音が響き渡った。自爆兵達の自爆でもなければ、食人花の自爆攻撃によるものでもない。

 

それは、何かが爆発したような音だった。

 

「【────雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 見れば、巨大な火球が炸裂し、幾束もの『火矢』となって地をゆるがす爆音とともに吹き荒れていた。その威力たるや凄まじく、『火矢』に巻き込まれた食人花は跡形もなく消し飛び、爆風で数十人の自爆兵がまとめて吹っ飛ばされるほどだった。

 

敵味方問わず呆気に取られていると、再び詠唱の声が上がる。

 

「【一掃せよ、破邪の──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

『少年の魂がより深い狂気に染まっていく。』→曇らせ失敗でウガーーーってなってる

 

 

エニュオ

『最高やな!!』→『何アイツ、こわ·······』

フレイヤ

『最高やな!!』→『手に入らぬからこそ美しいものもある』

アポロン

『最高やな!!』→『最高やな!!』

 

 

 

 

 







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十九話 

 

 

 

 

 

今の俺を殺せる相手はレヴィスちゃんとオッタル、隻眼の黒竜などを除けば非常に少ない。

 

まあ、アステリオスとかもポテンシャルは高いけどあの牛は弟のヒロイン()なんで手を出すつもりはない。

 

現状、その中で殺されておいしい展開になりそうなのはレヴィスちゃんだが、実はレヴィスちゃん以上の逸材がいる。

 

それがフィルヴィスだ。

 

コイツはLv3だが、以前に27階層の悪夢で穢れた精霊の魔石を埋め込まれたせいで怪人化しているのだ。

 

にしては弱すぎない? って思うかもしれないがいつものフィルヴィスは分身魔法によってステイタスを半分に割っているせいだ。分身魔法を解除した際の強さは原作でLv7上位相当であり、終盤のレヴィスちゃんよりも強い。

 

·······もう一度言おう、原作でLv7上位相当で終盤のレヴィスちゃんより強いのだ

 

なんだかんだ言って俺と一年間ダンジョンに潜って階層主やら強化種と凄まじい過密スケジュールで戦い続けてたし、怪人がランクアップするかは知らんがそのステイタスはLv4にほど近い、分身魔法を解除すればLv8級にも届きうるかもしれない

 

しかも、レヴィスちゃんとは違って精神は人間寄りであり、俺がどうこうする以前から自分の変わり果てた身体や死んでいった仲間のことを思って曇っている。

 

俺を殺せるだけでなく仲良くなれば曇ってもくれるのだ。

 

···········おいおい、女神かな?

 

俺は考えた。フィルヴィスとこれでもかと仲良くなってから殺してもらおうと。そして彼女自身には生き延びてもらう。

 

本当ならレフィーヤたちの前で殺してほしいがフィルヴィス自身の曇らせ適性がダンまちキャラトップクラスに高いのでフィルヴィスだけの曇り顔でも満足できるだろう。

 

一人では無理だったとしてもレヴィスちゃんと二人がかりで来てくれれば確実に殺してくれるはずだ。

 

待ち遠しいぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズと【ヘルメスファミリア】が分断される少し前。レフィーヤとフィルヴィス、ベートの三人は目標階層である24階層に辿り着いていた。

 

道中、何度かモンスターとの戦闘があったのだが、そこはベート達、危なげなく撃破し、ここまで来ていたのだ。

 

レフィーヤ達は改めて気を引き締めると、警戒しながら先へと進む。そして、24階層についてみれば無数のドロップアイテムがモンスターの大量発生が報告されていた北の正規ルートから外れて少し進んだ先に散乱していた。恐らく先行した冒険者達のものだろう。

 

その数はこの階層を普段、探索しているLv2、Lv3の上級冒険者の手に負える数ではないはずだ。それこそ、統率の取れた何十名もの上級冒険者で編成されたパーティでなければ容易く圧殺されてしまう程の数の暴力だ。

 

しかし、この辺りにはそのような壮絶な戦闘の痕跡らしきものは見当たらない。極めて鋭い切断面をもった死骸や砕けた武器の破片などが散らばっているだけだ。

 

まるで何か強大な存在によって一瞬にして片付けられてしまったかのように。そう考えると、レフィーヤ達の脳裏には一つの考えしか浮かばなかった。アイズが先行し、これを行ったのではないかという考えだ。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】」

 

 花状の盾を持った『リザードマン』を細剣で切り払い、【耐異常】のアビリティを持たない上級冒険者であれば即死する恐れもある猛毒の胞子を浴びても平然としながらフィルヴィスが短杖を構える。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 なおも毒胞子を拡散させる『ダーク・ファンガス』に狙いを定め、超短文詠唱からなる雷魔法を放つ。放たれた稲光は瞬く間に広がり、視界を白く染め上げながら五体以上のモンスター達を貫いていく。

 

その一撃だけで数十体はいたであろうモンスターの半数近くを吹き飛ばし、残ったモンスター達に動揺が広がる中、フィルヴィスは一気に駆け出す。

 

ベテランの立ち振る舞いで振るわれるフィルヴィスの細剣は的確にモンスターの命を奪っていく。

 

高速戦闘下における『魔法』と『剣』の的確な切り替えによる戦い方はフィルヴィスが長年かけて身に付けたものだ。

 

 

それは第一級冒険者のように圧倒的な力をもって敵をねじ伏せるのではなく、敵の弱点を見極め、そこを突くことで敵を倒す技術であり、フィルヴィスはその道において卓越した腕前を持っている。

 

「凄い········」

 

「へえ」

 

 そんなフィルヴィスの戦いぶりにレフィーヤは思わず見惚れてしまいそうになり、ベートですら感心したように呟きを漏らす。レフィーヤのような純後衛の魔導士とはまた違ったタイプの魔導士である『魔法剣士』。

 

『砲台』である純後衛の魔導士のように強大な破壊力を持った砲撃を繰り出すわけではなく、相手の攻撃を前衛の間合いで回避しながら短文、超短文詠唱からなる射撃を繰り返し、相手を確実に仕留めるというスタイルであり、接近戦では相手に密着するほどに接近して前衛職のように斬り合いを演じるというまさに理想の中衛戦士と言える。

 

魔法を使える剣士と違うのは魔法円を展開できる【魔導】の発展アビリティを有しているかどうかで、オラリオでもっとも有名な魔法剣士は【フレイヤファミリア】の『黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)』ヘグニ・ラグナールと『白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)』ヘディン・セルランドだろう。

 

一般に最強の魔法剣士と呼ばれ、オラリオ最強であるアルも一応、スキルによって【魔導】を一時的に獲得して魔法円を展開できるため定義上は魔法剣士と言えるが、前衛にして魔導士、『魔法剣士』とも異なる完全なる『個』であって魔法を使う剣士として扱われている。

 

そんな魔法剣士の中でもフィルヴィスは卓越した技量を持つ実力者だった。超短文詠唱による魔法の連射速度に優れ、その一撃一撃の威力も高い。

 

加えて、相手によっては近距離戦にも長けている。端麗な容姿も相まって彼女はまさしく戦場の花形に相応しい実力を持っていた。

 

前線で戦うことができる速度重視の上級中衛職、どんなパーティでも活躍できる万能性を持つモテモテひっぱりだこな役職──────しかも、美人!!(ここ重要)

 

レフィーヤは内心でフィルヴィスの強さに舌を巻きつつ、自身も負けじと魔法を発動させる。レフィーヤの放った魔法の威力はリヴェリア程ではないが、それでも並の魔導士が放つものより遥かに強力だった。

 

自分よりも年下のエルフの少女から放たれる強力な攻撃に驚きながらも、フィルヴィスはレフィーヤと背中合わせになるように位置取りを変えながら次々とモンスターを撃破していく。

 

戦いが終わってから暫くしてもフィルヴィスの戦いぶりにレフィーヤは感動していた。

 

リヴェリアやアリシアほどではないとはいえ、レフィーヤもまた、優秀な魔導士だ。単純な火力だけならレフィーヤの方が上だ。

 

しかし、戦いの立ち回り方に関してはまだまだ未熟で、何よりフィルヴィスのように的確な状況判断や中衛はできない。フィルヴィスの戦い方はレフィーヤにとって非常に参考になるものだった。

 

フィルヴィスの華麗な戦闘に見惚れると同時に、劣等感を刺激され、思わずレフィーヤは唇を噛む。

 

「てめーもアレくらいできるようになればな」

 

 そんなレフィーヤに追い打ちをかけるような言葉を放つベート。並行詠唱を習得しておらず、前衛の守りがなければ満足に戦えない純後衛の魔導士であるレフィーヤと近中遠に隙なく対応してみせるフィルヴィスではどちらが優れているかなど一目瞭然だ。

 

だが、レフィーヤはそんなベートの言葉に言い返せなかった。悔しかったが、それは事実なのだから。フィルヴィスがアルの元パーティーであることは聞いていたが、ここまで強いとは思わなかった。

 

レベルこそレフィーヤと同じLv3だがその立ち回りの巧さは第一級冒険者にも匹敵する。レフィーヤはフィルヴィスに尊敬の眼差しを向けると共に、自分の非力さを噛み締めていた。フィルヴィスはレフィーヤとベートの会話を聞いており、擁護してくる。

 

「火力特化の魔導士にそこまで求めるのは酷だ。真の局面で必要とされるのは、ウィリディスの力だろう」

 

 確かにレフィーヤのような火力特化の純後衛の魔導士でベートが要求する技術、並行詠唱を行えるものはそうはいない。火力に特化し過ぎた弊害とも言え、そんな凄腕の魔導士はレフィーヤはリヴェリアの他には『妖精部隊(フェアリーフォース)』の数名しか知らない。

 

ベートへ語気を荒らげて反論するフィルヴィスをベートは鼻で笑い飛ばす。フィルヴィスはベートの態度にムッとするが、ベートの言うことは正しいためレフィーヤは何も言えない。

 

「随分仲良くなってんな、エルフども」

 

 ボールスからフィルヴィスにつけられた『死妖精』の渾名について聞いた後、18階層で少し仲良くなったのを皮肉そうに笑ったベートは、そこからレフィーヤに視線を飛ばした。

 

「お前はそれでいいのか。自分の身も自分で守れねえで」

 

 いつものように侮蔑交じれの嘲笑を浮かべるベートに対し、レフィーヤは肩を震わせて俯く。

 

 

「馬鹿アマゾネスどもは甘やかしているみてえだがな、俺はそんなことしねえ。魔法だけが取柄だとか抜かしている内は、てめーは一生お荷物だ」

 

「お前は甘い」

 

 彼は多くの者が抱える傷口を抉るようにして言葉を紡ぐ。レフィーヤはベートの言葉に何も言い返すことができず、拳を強く握って下唇を噛んだ。優しさの欠片もないベートの言動だがそこにはなんの間違いもない。

 

ベートの言った通り並行詠唱を会得していないレフィーヤは魔法の威力は高いものの、詠唱中にモンスターに襲われれば回避も防御もできずに無防備な姿を晒してしまうことになる。

 

レフィーヤの持つ魔法は高火力で広範囲に影響を及ぼすため、複数のモンスターへの決定打になりうるが、逆に言えばレフィーヤ自身が対処しなければならない状況では使えないということだ。

 

そのため、レフィーヤは後方からの魔法支援に徹することにしていたのだ。だが、それではいつまで経っても成長しない。そのことを指摘され、レフィーヤは押し黙ってしまう。

 

火力は当然、リヴェリアには及ばない。

 

接近戦も苦手。

 

並行詠唱もできない。

 

それが今のレフィーヤ。

 

憧憬の少女達の足手まといから脱することができない現実を突きつけられる。彼女達の隣に立つ資格がないと言われているようでレフィーヤはただ唇を噛んで耐えることしかできなかった。

 

もう一度高みを目指さなくてはならない。自分が憧れるリヴェリアやアイズのような存在になるために、自分はもっと強くならなくてはならない。ベートへの悔しさも焦燥も全て飲み込んで、レフィーヤはその瞳に強い光を宿した。

 

フィルヴィスのこちらを気遣うような視線を感じながらうつむいていたレフィーヤはふと、顔を上げる。

 

チラチラとこちらを気にしながら前に進むフィルヴィスと言いたいことをさんざん言って先に行ってしまったベート。二人の後ろ姿を見ながら、周囲に違和感を感じたレフィーヤは立ち止まり、意識を集中させる。

 

「(魔力········?)」

 

 何か、モンスターでも自分たちでもない魔力を感じ取ったレフィーヤは自分達がやって来た道の後方を見つめたが、何もおらず前進を再開した。

 

だが、レフィーヤが見つめていた通路、その横穴の曲がり角には紫の外套、そして不気味な仮面を被った影が彼女達を追跡するように音もなく忍び寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散乱するモンスターの死骸を頼りに食料庫への道を進んでいたレフィーヤ達は通路を埋め尽くすように密集した緑肉の壁を突破し、食糧庫へ続くであろう変質した緑の迷宮に侵入していた。

 

迷宮そのものを侵す蠢動する緑肉によって舗装された道はレフィーヤ達に事態の深刻さを伝えてくる。それはこの先で待ち受けているだろう激戦を予感させるものだった。

 

道しるべのように等間隔で撒かれていた水晶の欠片の道を慎重に歩みを進めていた一行は通路に溢れた緑肉と水晶の欠片が描く一本の道を踏み越えて食糧庫へと足を踏み入れる。

 

そこはまるでダンジョンの中とは思えない光景だった。視界一杯に広がる広大な空間は緑肉が埋め尽くし、その中央で食糧庫の核である大水晶に寄生するように巨大なモンスターが巻き付いていた。

 

戦力は三つ。自陣と思われる冒険者達十数名、最近になって度々見る食人花の群れ、尋常ならざる雰囲気を漂わせた白ローブの人間たち。

 

後者二つを敵と判断したレフィーヤは一掃するための詠唱を始めた。

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢─】」

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!!」

 

 山吹色の魔力をたなびかせながら輝く魔法円。レフィーヤの頭上に巨大な火球が浮かび上がる。

 

「み、みんな、逃げてっ?!」

 

 竜を思わせる猛る魔力の規模に小人族の魔導士メリルが慌てふためき、叫ぶ。同じ上級魔導士に恐怖されるほどの魔力を内包した火球をレフィーヤは解放した。

 

瞬時に膨れ上がった火球は数多の火矢となり、凄まじい轟音と共に着弾した火矢が爆発を引き起こす。衝撃の余波で緑肉が崩れ落ち、膨大な熱量を含んだ爆風が吹き荒れる。

 

豪雨と評せる火の雨が降りそそぐ。それは戦場を一掃する広域攻撃魔法であり、またたくまに戦場を揺るがした。ローブの集団は爆風の余波で吹き飛ばされながら逃げ惑い、食人花達は無惨に燃え尽きる。

 

加えて、魔法の発射を待たずして疾走し始めた第一級冒険者、ベート・ローガの存在は大きく、突出した個のいない死兵とモンスターの集まりでは神速を誇る狼を止められるわけもなく、手が空いて追従し始めた『疾風(リオン)』やレフィーヤの守りから離れた超短文詠唱の使い手であるフィルヴィスの力もあり、勝敗は容易く───あまりに容易く決した。

 

「ハッ、こんなもんかよ。んで、アイズはどこ、に─────」

 

 この場唯一の第一級冒険者であるベートは誰よりも早く、『それ』に気がついた。

 

『蕾』。

 

それは食人花の死骸が転がる広場の中央に存在した。花弁のような無数の触手を備えた不気味な蕾が緑肉に覆われた地面に根を張っていた。一瞬にしてベートの顔から血の気が引く。獣人としての天性の勘が告げていた。あれはまずいと。

 

刹那の間も置かずベートは駆け出し、蕾に向けて拳を振り下ろす。その動きはまさに電光石火、反応すら許さない速度で振り下ろされた拳はしかし、蕾には届かなかった。

 

地面ごと砕きかねない威力を秘めた一撃だったが蕾に触れる寸前、金属で編まれたかのような肉厚の葉が突如として現れて防いだのだ。

 

葉っぱ一枚で止められたことにベートが舌打ちすると同時、蕾の表面を覆っていた緑肉の一部が盛り上がり、まるで生き物のようにベートへ襲いかかった。

 

蕾は攻撃の対象をベートに変え、周囲の緑肉を巻き込みながら膨張を始める。蕾を中心に発生した衝撃波がベートを吹き飛ばし、更に膨張を続けていく蕾はやがて直径二メートルを超えるほどの大きさになると一気に爆発した。

 

膨れ上がっていく蕾を前にベートは即座に立ち上がり、足裏で地面を踏み抜いた。瞬間、周囲に巻き起こる爆風にも似た衝撃の波が迫る緑肉の塊を押し戻し、吹き飛ばす。だが再び再生を始めており、ベートは忌々しげに歯噛みする。

 

その間にも蕾の速度は上がり続け、ついにその大きさは十メートルほどにまで巨大化していた。その巨大さは最早、花というよりも大樹といった方がしっくりくるだろう。

 

ベートの一撃を防いだ葉の強度は深層のモンスター並であるが、あのような姿の植物系モンスターなど見たことも聞いたこともない。膨れ上がっていくその姿を睨み付けながらもベートは思考を回転させる。

 

「(なんだあの馬鹿げたデカブツ……いや··············)」

 

 以前、51階層で遭遇した女体型モンスターを思い出す。あれと同種類のものなのか?そんなことを考えている間も蕾の成長は止まらない。

 

「あのときの『宝玉』のモンスター·······?」

 

 深層で一度、リヴィラの街で一度『宝玉』に寄生されたモンスターを見たことのあるレフィーヤはそう、判断した。

 

ベート、レフィーヤの判断は正しい。眼前の巨大な植物の体を持つモンスターは以前の二体と源を同じくするものだ。

 

唯一、違うのは────『質』。

 

ベートの攻撃を防いだ葉と同じ材質で構成された、蕾の表面に浮き上がった血管が脈動するように収縮を繰り返す。同時に蕾の根元から新たな緑肉が伸び始め、それが絡み合うように結合していく。そして瞬く間に蕾は一つの形へと変化した。

 

そして、()()した。

 

『───ァ』

 

 蝶が蛹から羽化するように蕾が開く。その中から現れたのは、人型だった。醜怪な蕾の姿からは想像できないような美しい女性の上半身。

 

その全身は蕾と同じく光沢のある緑色の鱗に覆われ、胸元には赤い宝石のようなものが埋め込まれていた。

 

緑色の肌に腰まで伸びた黒髪、頭部からは二本の長い触覚が生え、背中には翅がある。瞳孔のない真っ赤な双眼、首の上だけに美女の姿を残し、無い腕の代わりに薄い緑の葉を纏っている。

 

下半身は完全に異形であり、無数の細い触手に覆われている大木そのもの。蕾があったときと同じく、無数の赤い触手が生えた巨大な花が存在している。

 

蕾から現れた女性型のモンスター。明らかに人とかけ離れた姿をしているその上半身は、どこか神秘的な美しさを漂わせていた。

 

『ァアア、アアアアアアアアアアア───っ!!』

 

 蕾から生まれた女性のあげる産声は歓喜であり、喜びであった。ようやく外に出られたという解放感が滲む絶叫をあげる。蕾は産まれたばかりの我が子を抱く母の如く、愛おし気に自分の体にまとわりつく緑肉に触れた。

 

瞬間、蕾が触れた緑肉が沸騰でも起こしたかのようにボコボコと泡立ち始めた。そして蕾を中心に凄まじい勢いで増殖を始め、食人花の死体を飲み込んでいく。

 

緑肉の海は瞬く間に蕾を中心とした大きな湖となり、そこに浮いていた食人花の死骸を全て飲み込んだ。直後、湖の水全てが蕾へと吸収されていく。

 

まるで水面に吸い込まれるようにして消えていく緑肉を呆然と見つめることしか出来ない冒険者達。

 

その姿を目にしたベートの顔色が変わる。その表情は驚愕に染まり、顔中に汗を浮かべる。

 

「ウダイオスより上、か··············?」 

 

蕾のモンスターが発する圧は魔眼の階層主を除けば今までベートが戦ったどのモンスターよりも強力で、明らかに格上の存在だとわかる。

 

そして──────。

 

『ァ──。ア、ソビマショ?』

 

 蕾のモンスターが口を開く。そこから漏れたのは紛れもない人の言葉だった。含まれるのは楽しげな響きと微かな殺意。

 

そしてその言の葉は──

 

『【闇ヨ、満タセ───】』

 

 奇跡(魔法)を紡ぐための歌として冒険者たちへ向けられた。





まーた、文字消えた。自然保存も使えんし、重いしでやっぱり、メモアプリに書いたのを移したほうがいいな。


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二十話 とりあえず、今回はフィルヴィスにちょっかい出すだけで我慢するか。


改定で一番の鬼門が二章だったりします


 

 

『【闇ヨ、満タセ───】』

 

「モンスターが──詠唱だと?!」

 

 巨大な魔樹の下半身のもとに展開される漆黒の魔法円。禍々しい紋様を刻み込まれたそれは、同じく漆黒の魔力光を立ち昇らせている。

 

人類にのみ許される魔法、破壊衝動と本能のまま生きるモンスターにはありえない挙動だ。モンスターが魔法の詠唱を行うなど絶対にありえない。

 

理性と叡智を持った人類の領分なのだから。しかし目の前で起こっている現実はどうだ。間違いなくこの怪物は詠唱を行っている。

 

ならば、この怪物もまた人間だったということなのだろうか。それとも別の何かか。

どちらにせよ、悠長に考えている時間はない。

 

「まさか──精霊だとでも言うのですか?!」

 

 精霊に親しいエルフ、その中でも大森林の守り人の一族の生まれであるリューはその正体に目星をつけながら自身も焦りとともに魔法の詠唱を開始する。

 

「(私の魔法では相殺しきれないっ!!)【今は遠き森の空。無窮の──】」

 

広域展開された漆黒の魔法円。そして吹き上がった魔力の出力はLv4最上位のリューのそれを明らかに上回っている。

 

『【来タレ来タレ来タレ遮光ノ檻ヨ暗澹タル霊妙ノ力ヲ受ケテ空ヲ覆エ星ヲ隠シ月ヲ染メ天河ヲ裂クハ全テヲ黒ヘト変エ───】』

 

「(疾い!! それに超長文詠唱?!)【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を─】」

 

それでも少しでも威力を減退させるため、詠唱を続けるほかない。

 

 

 

 

 

「ババアの防護魔法張れ!!」

 

「は、はいっ──【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ──】」

 

 ベートの一喝によりようやく動揺から解放されたレフィーヤも詠唱を開始し、ベートは精霊の詠唱を中断させるため魔剣によって魔法を充填させた【フロスヴィルト】を輝かせながら精霊のもとへ駆け出す。

 

「──っ、【凶狼(ヴァナルガンド)】に続きなさい!! 魔剣掃射!!」  

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖】────【ディオ・テュルソス】!!」

 

リューが魔法を相殺するための砲撃の詠唱をし、ベートとフィルヴィスが魔法の妨害のために動き、レフィーヤが防護魔法を唱え、アスフィが指揮をする。誰もがその一瞬、己の役割を理解していた。

 

【ヘルメスファミリア】の団員も含めて初見のイレギュラーに対して満点とも言える動きをした冒険者たちだったが、精霊の力はその全てを嘲笑うかのように凌駕する。魔剣による同時射撃と破邪の雷閃光、第一級冒険者であるベートの一撃を受けてなお、その詠唱は止まらず完成に至る。そして──────

 

『【黒ヨ黒ヨ黒ヨ黒ヨ黒ヨ光ヲ呑ム陰タル黒ヨ星空ノ彼方カラ覆エ災禍ノ怒リ救済ノ涙我ノ愛スル英雄ガ為ノ鉄槌ニシテ地ヲ砕ク凶星】』

 

「【何物よりも疾く走れ】」

 

精霊とリューの同時詠唱。都市最強の魔導士と名高いリヴェリア・リヨス・アールヴを凌駕する並行詠唱の使い手であるリューの詠唱に信じられないほどの超長文詠唱でありながら喰らいつき──否、凌駕する程の詠唱速度で莫大な魔力を束ねてゆく。

 

 

『【──代行者タル我ガ名ハ闇精霊、闇の化身、闇ノ女王】』

 

「【──星屑の光を宿し敵を討て】」

 

「【──集え、大地の息吹──我が名はアールヴ】」

 

「【──盾となれ、破邪の聖杖】」

 

 短文詠唱の第二位階防護魔法を詠唱し終えたレフィーヤと超短文詠唱の盾の魔法を詠唱を行ったフィルヴィスも含めた四者の魔法種族(マジックユーザー)による四重の魔法発動。

 

『【ダーク・ヴェーブ】』

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

「【ヴェール・ブレス】!!」

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 漆黒の魔法円が一際強く輝くと同時に、 大地を引き裂いて現れたのは直径十Mにも及ぶ暗黒球。まるで夜のように暗い、底なし沼のような闇の波動。

 

膨大な量の黒い魔力光が周囲を夜の森を塗りつぶすように照らし出し、それは漆黒の輝きを放ちながらゆっくりと宙に浮かび上がり、やがて音もなく弾けた。

 

闇色の波濤となって広がる破壊の魔力。それが全てを飲み込み、全てを消し去るために荒れ狂う。天高く聳える大樹のような黒き闇の柱は周囲の水晶を根こそぎ薙ぎ倒し、その衝撃だけで一帯を吹き飛ばした。

 

それはまさに暴虐の破壊だ。轟音を立てて大地を焼き尽くす闇の濁流と緑風を纏った無数の光玉がぶつかり合い、拮抗するかに見えたその瞬間、圧倒的な魔力の差がそれを打ち破る。

 

リューが唱えた広域魔法、星屑の光で形成された光の槍が漆黒の奔流に押し負け、純白の魔法盾をも破って津波のように迫る闇が防護魔法で護られた冒険者達を容易く蹂躙した。

 

 

 

「───っ、生きてるかテメェら!!」

 

「──どうにか、『凶狼(ヴァナルガンド)』」

 

 闇の津波が引いた後、全身を闇に侵されながらも真っ先に立ち上がったのはベート、それに引き続いてLv4の二人、最後に【ヘルメスファミリア】の者たちがかろうじて立ち上がった。

 

「闇属性の魔法でしたから私の魔法で減退できましたが、そう何回も使える手ではありませんね」

 

 闇と相克する光属性を含める【ルミノス・ウィンド】であればそれなりに威力を減退させられる。だがそれでもレフィーヤとフィルヴィスの防護魔法がなければ【ヘルメスファミリア】の幾人かは落ちていただろう。

 

『【火ヨ、来タレ─】』

 

「連発─?!」

 

 花弁が輝き、魔素が吸い込まれ再度魔法の詠唱が、まだ動くことのできない冒険者たちを見据え、精霊は容赦なく再び詠唱を始める。

 

 

 

 

 

「────っ」

 

 何処からか聞こえる叫びにゾワリ、とアイズの背を言い表せられない不快感が駆け巡った。以前、リヴィラの街で『宝玉』に触れた時以上のそれは、まるで脳をかき回されるような不快感だ。

 

息苦しさに荒い呼吸を吐きだしながら、アイズは周囲を見渡す。そんなアイズの動きは当然のように止められていた。

 

「気づいたか、『アリア』。アレはお前の同類の起きた声だろうよ」

 

「同類?」

 

「質の悪い『宝玉』を使った失敗作だがな。だが、いくら失敗作でもあの程度の連中であれば始末するには十分だ」

 

 そしてその隙を見逃すほど、レヴィスも甘くはなかった。刀身の砕けた大剣を投げ捨て次の瞬間には新しい大剣を容易く壁に弾かれる。駆け引きも工夫も介在しないほどの力の差が両者の間にはあった。

 

アイズのスキル【復讐姫(アベンジャー)】。その効果は怪物種全般に対する攻撃の高域強化。ロキ曰く、下界の歴史の中でも最強出力を誇るスキルであり、その威力は憎悪の丈によって更に向上する。 

 

アイズが抱える憎悪は両親を奪ったモンスターに対するものと自分自身の弱さに対するもの。その丈は九年前の、恩恵を刻まれたその時に抱いていたものを凌駕する。故に今のアイズ・ヴァレンシュタインの力は他の追随を許さない領域にある。

 

長年、使用を禁じていたそれを初めて解き放ったのはウダイオスを単騎で倒すとき、その際には逆杭すら容易く砕き一方的ともいえる勝利を手にしていた。

 

階層主クラスの敵ですら瞬殺できる力を今、アイズは持っている。目の前にいるレヴィスは強い。それは間違いがない事実だ。だが、それでもこの場においてはアイズの方が圧倒的に上であった。

 

今のアイズは人外を相手にする場合に限ればLv6最上位であるフィンやガレスを確実に上回って───Lv7の領域に片足を踏み入れることができる。

 

「ク、ソがッ──化け物め!!」

 

 深層の階層主ですらひとたまりもないレヴィスの剛撃を容易く逸らし、アイズの猛り狂う風渦を付与した剣身がレヴィスの身体を蹂躙する。そのたびに鮮血の花びらが宙を舞い、レヴィスが苦悶の声を上げる。

 

先の戦いとは次元の違う能力の激上ぶりに繕うこともできずに叫ぶレヴィスの目にはアイズが以前、一切の反撃を許さず自らを一方的にねじ伏せた白髪のヒューマン──アルと重なって見えていた。

 

振るわれる大剣、しかし、アイズの速度はそれ以上だ。もはや目で追うこともできない斬撃が幾度も繰り出され、瞬く間にレヴィスの全身を切り刻む。

 

アイズの一撃がレヴィスの大剣を持つ左腕を捉え、そのまま肩口から切断する。レヴィスは反射的に後ろに下がるが、そんな動きで距離が稼げるはずもなかった。

 

一歩踏み込み、横薙ぎの一閃。それがレヴィスの腹部から胸部にかけて深々と斬り裂いた。傷口からは噴水のように鮮血が溢れだし、床一面に紅い水溜りを作る。だが、アイズの攻撃はまだ終わらない。

 

二歩三歩と下がったレヴィスに追いすがるようにして間合いを詰めると、勢いよく振り上げた刃を振り下ろす。咄嵯に大剣を掲げ防御の姿勢を取るレヴィスだったが、凄まじい勢いで振り下ろされるアイズの剣、互いの武器がぶつかり合ったことで生じた衝撃が周囲の壁を吹き飛ばしていく。一瞬の拮抗の後、レヴィスが大きく吹き飛んだ。

 

それでも尚、アイズの追撃は止まらない。大上段からの唐竹割り、返す刃で袈裟切り、更には刺突まで繰り出して、その度にレヴィスの肉体からは鮮血が撒き散らされていく。

 

まるで暴風のような苛烈な連撃を受け続けたレヴィスは全身に深い傷を負っている。

 

「──怪物は、貴女の、方」

 

 今も耳に残る悍ましく心を掻き立てた叫びのことは思考から一旦外して、レヴィスを倒すためにより多くの黒風を纏いだすアイズは内心、焦っていた。

 

恐るべきは怪人の生命力、これまでに何度か大剣の防御を貫いて人間であれば継戦不可能な損傷を与えたがそれもまたたく間に癒えてその強さにいまだ揺るぎはない。

 

地の利はあちらにある。単純な戦闘能力では圧倒しているとはいえ、このまま戦い続けていればいずれは自分が不利になるだろうという予感があった。

 

その出力の高さ故に【復讐姫(アベンジャー)】のスキルは発動中、常にアイズ自身の身体に莫大な負荷をかけ続ける。それも、Lv6になったばかりのアイズをLv7の領域まで押し上げる位階昇華にも等しい強化であれば身にかかる負荷は計り知れない。

 

少しずつではあるが身体中に見えない傷が刻まれ、肉が撓み、骨が軋むような痛みがアイズの全身を覆いつつある。長くは持たない。そう判断したアイズは更なる攻勢に出る。

 

「────リル・ラファーガ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤ達支援組と【ヘルメスファミリア】による対精霊の戦いは優勢でこそないものの彼我の力量差を覆すように順調に進んでいた。

 

いかに失敗作といえど階層主に匹敵するサイズと触腕の威力、何よりも上級魔道士の砲撃を上回る威力の魔法。その推定レベルはどう甘く見積もってもLv6の階層主相当。

 

そんな怪物相手に個々の実力で遥かに劣る面々が未だに死者を出さずに戦えていたのには、やはり、この場唯一の第一級冒険者であるベート・ローガの存在が大きかった。

 

この場の誰よりも疾い彼は魔法を篭めた特殊武装【フロスヴィルト】による蹴撃で精霊の詠唱を中断させる。それにより生まれた一瞬の隙に各員が魔法や魔剣を叩き込む。

 

また、リューの存在も大きい。単純な能力面では劣るものの戦闘経験においては並のLv5を上回る、リューは一線を退いて久しいもののその積み重なった経験と卓越した戦闘技術の高さにより巧く精霊の触腕による攻撃を躱し、触腕にふっとばされた各員に即座に駆け寄り短文詠唱からなる回復魔法で迅速な回復をする並行詠唱を行える治癒魔導士としても一級品であった。

 

この二人の存在は心強かった。

 

そして主砲としてフィルヴィスに守られながら攻撃魔法を魔力の限り叩き込むレフィーヤは最大のダメージソースとしてなくてはならない存在だった。

 

【ヘルメスファミリア】の面々もレベルこそ低いが『万能者(アンドロメダ)』の指揮のもと、個々の強みを活かす連携により【ロキファミリア】の中堅グループ以上の戦力として戦場を支えていた。

 

一部は互いの名前も知らない状態での即興の連携はこれ以上ない完璧と言えるものだった。

 

だが───

 

『【閉ジヨ、閉ザセ、光ヲ堕トセ】』

 

「(──超短文詠唱?!)」

 

『【ティア・ノアール】』

 

 ミスはなかった。しかし、いくら超短文詠唱といえど避けられない攻撃でもなかった。あえて言うなら五年にも渡るブランクによる咄嗟の判断違い、魔法による空中機動をしていたリューは闇走の礫に撃ち落とされた。それが致命傷になったわけではない。

 

そこからの戦線の崩壊は早かった。

 

次に落ちたのはベート。もっともよく動き、もっとも消耗していた狼人はたった一人で精霊と対峙することとなり、リューが請け負っていた分の負担を抱えきれずの触腕の餌食となった。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の──ぁ」

 

 崩壊した前線に動揺したレフィーヤが最後に選んだ魔法は師であり、都市最強の魔導士であるリヴェリア・リヨス・アールヴの絶冷魔法。まともに食らわせられれば精霊といえど行動不能に陥るだろう。

 

しかし、詠唱の途中でレフィーヤは崩れ落ちた。いくら多大な魔力と精神力を持つとはいえLv3、様々な防護魔法や砲撃魔法の連続行使はレフィーヤ自身が自覚している以上にレフィーヤを削っていた。精神疲弊、レフィーヤの視界は歪んで崩れ、地に倒れ伏した。

 

「フィル、ヴィスさん····」

 

「ウィリディス?! ──くっ」

 

「───ッ」

 

 戦力の中核であった三者が倒れる様を目にしたアスフィは負けを悟った。この圧倒的格上相手に戦えていたのはベートという優れた前衛とベテランの動きで中衛とヒーラーを兼ねていたリュー、そしてLv3に見合わぬ魔力と選択肢を持ったレフィーヤの三人を戦場を俯瞰するアスフィが指揮していたからだ。

 

『オワリ? ナラ、ナラナラ、グチャグチャニシテアゲル』

 

リューは墜ち、ベートは斃れ、レフィーヤは限界を迎えた。いかに連携が巧みでもアスフィを除けばLv.3以下の集まりでしかない【ヘルメス・ファミリア】では主砲と柱を失っては目前の絶望────『穢れた精霊』には絶対に勝てない。

 

次の瞬間、訪れるであろう死の予感にせめて一矢は報いようと虎の子の魔道具を握りしめるアスフィは見た。

 

 

 

大空洞の壁面一角が、爆発する。轟然たる破砕音に大空洞にいる全ての者、敵味方の区別なく目を向けた。砂煙を切り裂き飛び出してきたのは赤い髪の女。

 

吹き飛ばされたのか全身血塗れで壁を破壊してきた彼女はガガガガガガッと地面を削っていく。矢のごとく進む彼女は体中を傷まみれにしながら急制動をかけ止まる。女はゆっくりと、全身から血を流し片膝をつきながら立ち上がる。

 

「はっ、はぁッ········! ─ぐっ、がはっ」

 

 呻き声を上げ、少なくない量の血を吐き出すその姿は体表で竜巻が起きたのかのように渦の形をした傷に苛まれていた。女が粉砕した壁面から次に姿を現したのは、金髪金眼の少女───アイズだ。彼女は盛大に肩で息をしているものの防具の破損等を除けば無傷に近い。

 

金髪をなびかせる美しい少女。誰もが彼女の登場に言葉を失い、目を離せなかった。その静寂の中、アイズは剣を構えて前を見据える。その瞳に宿るのは闘志。

 

「アイズさん!!」

 

 半日ぶりに再会したアイズに対してフィルヴィスに支えられたレフィーヤは涙ながらに声を出す

 

「──なに、あれ」

 

 だが、アイズにレフィーヤを気にかける余裕はなかった。

 

アリア!! 貴方モ、一緒ニナリマショウ? ──貴方ヲ食ベサセテ?

 

 自分に対して嬌声をあげる精霊を目にしてしまったからだ。精霊は巨塔を思わせるほど巨大な姿へと変貌しており、今なおその体積を増やしている。巨大な鞭のような触手の群れがうねりをあげ、その先端は槍のように尖っている。

 

──────ァアアッ!!!

 

 絶叫とともに、精霊はアイズの視界を埋め尽くすほどの触腕を一斉に伸ばした。

 

──速い。

 

精霊が放つ無数の触腕が空気を切り裂いて殺到する。今まで見てきたモンスターの中でも上位に位置する速度、しかもただの速さではない。 

攻撃範囲の広さと圧倒的な手数、触れたもの全てを塵芥に変える暴威を振るわんとする精霊を前にして、しかし、アイズは動じなかった。

 

視界一面を埋める触腕の群れ、それに対するアイズが取った行動は単純明快。ただ、剣を一閃させるのみ。アイズの一太刀によって触腕は細切れになり宙に舞う。

 

「(なんて、硬さ)」

 

 切断した触腕の断面を見てアイズは顔をしかめた。もし並の武器だったなら今の一撃だけで折れるか刃こぼれするかしていただろう。

 

それだけあの触腕の強度は異常だ。そのスキに最低限、傷を癒やしたレヴィスはアイズから離れ、食料庫の中央にある紅い巨大なクオーツの前へ移動していた。

 

「『アリア』、どうやら、今のお前には勝てぬらしい······そのなり損ないの失敗作の相手でもしていろ」

 

 今のアイズには、穢れた精霊がいるとはいえ勝てないと考えたのか。折れた紅い大剣を投げ捨て逃走しようとする。

 

「待って、貴女はモンスターなの?」

 

「──ただの触手にすぎん、あの女の魔石を埋め込まれただけの元人間のな」

 

 人とモンスターの『異種混成(ハイブリッド)』。人が持つ知性とステイタス。魔石によって獲得したモンスターの怪力と回復力を併せ持った怪人。

 

「アリア、59階層へ行け」

 

 話は終わりだと緑肉の中へ消えていくレヴィス。満身創痍の皆の中で無傷に近く、消耗はあるとはいえ動けるアイズだったが追おうとはしなかった。

 

アイズはモンスターと人間の融合した存在へのショックもあったがそれ以上に、今は目の前の怪物に集中したかったのだ。

 

アイズと対峙するのは巨大な触手の塊。まるで黒い絨毯の上に赤子の拳大の眼球が無数に散らばったような光景にアイズは思わず息を飲む。

 

だが、先のアイズ達が現れたように肩に担ぐ漆黒の大剣とは真逆の純白の頭髪が特徴的な男──アル・クラネルが緑肉の壁を吹き飛ばして現れ、触手の束を斬り飛ばした。アルが振るう大剣は刀身に纏わりつく炎を激しく燃え上がらせていた。

 

「あー、アイツ、逃げた後か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、今戦っても仕方ないしな。精霊は········うーん、相性的に話にならんな。

 

とりあえず、今回はフィルヴィスにちょっかい出すだけで我慢するか。

 



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第三章
二十一話 アレ? 私の恋敵、ロリ神様でも剣姫でもなくこの狼なのでは····? と、リリルカ・アーデは訝しんだ







 

 

 

 

 

 

 

私は気づいたらそこにいた。

 

私が生まれたのは十五年前。下界の民ならば子供でも知っている下界の悲願『三大冒険者依頼』の最後の一つ、『隻眼の黒竜』に当時最強であった男神と女神が率いる【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】が破れた年───『暗黒期』が始まったときだった。

 

当時のことは今でも鮮明に覚えている。世界中を覆った混乱、恐怖、絶望。街は混沌に支配されていた。今でこそ治安が良くなったと言われているけど、当時は誰もが不安や焦燥感を抱えていて、犯罪が横行していた。

 

生まれた場所は都市オラリオ。モンスターを吐き出す穴たるダンジョンを封じる蓋であり、モンスターを倒すことで生計をたてる者たち──冒険者の住まう、英雄の都と呼ばれる場所だった。

 

だが、私は知っていた。英雄なんてものは───少なくともこんな都市にはいないのだと。

 

両親は【ソーマ・ファミリア】に所属しており、私も貴族の子が貴族、農民の子が農民であるように物心ついた頃には私も神の恩恵を神ソーマによって刻まれていた。

 

だが、両親は物心ついてすぐに実力に見合わない階層に潜って私だけを残して呆気なく死んだ······なんのために? 決まっている、お金のためだ。  

 

【ソーマファミリア】の団員の信仰は神には捧げられてはいない。団員たちの信仰対象は神酒(ソーマ)、主神と同じ名を持つ酒であり、酒造の神であるソーマが自らの手で権能も使わず下界のものだけで造った酒である。

 

だが、その味は絶品という言葉すら及ばない魔的ですらあるもので、一般的に市場に高値で出回っている失敗作ならばともかく、真作とも言える完成品は神ならざる下界の民が飲めばその酔いが醒めるまで、またその酒を飲むためだけに生きる畜生に成り下がる。

 

私自身、一度飲んだときには酔いが醒めるまでもう一度飲むことだけを考えていた。それほどまでに神酒(ソーマ)は人の魂すら酔わせる下界の民には過ぎたものなのだ。

 

そしてその依存性を利用して団員に一度だけ神酒(ソーマ)を飲ませ、また飲みたければ莫大な金を支払わなくてはならない決まりを団長や一部の幹部がファミリアに作って私腹を肥やし、団員たちはその思惑のとおりに手段を問わず金を集めてまた酒を飲むためだけに冒険者として生きている。

 

そんな団員たちと団長の企みに主神であるソーマは何も言わない。

 

神ソーマは悪い神でないのだろう、私達下界の民に敵意や悪意を持っているわけではない。持っているのは諦観と無関心、神は私が産まれるよりずっと前から下界の民を見放している。

 

当然、そんな神が私を助けてくれるはずもない。いや、あるいは私という眷属がいることすら知らなかったのかもしれない。

 

両親の顔も声も今となっては欠片も覚えてはいないけど別に悲しいとは今もその当時も思っていない。

 

両親が死んだあと、まだ幼い私への遺産などあるはずもなく、私は天涯孤独の身となった。それからの日々は地獄と言っていいものだった。

 

誰も助けてくれない。頼れる人がいない。当時の暗黒期は身寄りのない小人族(パルゥム)の子供が生きていけるほど平和ではなかった。

 

【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】という抑止力を失ったオラリオは反秩序の勢力、【闇派閥(イヴィルス)】の暴虐に日々、苦しめられていた。

 

一般人、冒険者を問わず人がゴミクズのように死んでいく環境の中で私が死ななかったのは、比較的要領が良かったのもあるが、一番は運だろう。

 

 

 

·····················運。そうだ、私は悪運だけには恵まれていた。

 

生きるため、生きるためにはなんだってした。プライドなんてものはハナから捨てて私を劣等種のガキだと詰る冒険者崩れにもすり寄って、頭を伏せて、泥水を啜って生き延びた。

 

けれど、町中で親と手を繋いで幸せそうに笑いながら歩く同じくらいの歳の子供を見たとき、死にたくなった。どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのか、どうして自分がこんな惨めな思いをしなければならないのか。

 

私はなんのために生きているのだろう、なんで私は一人なんだろう。蹲りながら一日中泣いた。

 

どうして、そんなになってもお腹は鳴り、生きたいのだと願う浅ましさにまた悲しくなった。もう嫌だ、生きていたくないと何度思ったかわからない。

 

ある程度身体が育ってきたので、両親の真似事ではないがダンジョンに潜るようになった。やはり、物乞いや雑用よりも冒険者のほうが遥かに効率的に稼ぐことができる。

 

幸い、ダンジョンに潜るために必須である恩恵は既に刻まれている。·········けれど、そこでも私は現実の無慈悲さに打ちのめされた。

 

単純な話、私には冒険者としての才能がなかったのである。もとよりヒューマンの下位互換の劣等種とすら蔑まれる小人族(パルゥム)であり、特別な才能も持たない私は上層の上層ですら探索はできなかった。

 

そうなっては私が金を稼ぐ方法は一つしかない。サポーター、冒険者たちに蔑まれる雑用係。それでも、ならないで餓死する選択肢はなかった。

 

『稼ぎが減るだろ。さっさとしろ! 早くたて!』

 

小人族(パルゥム)のガキなんかに渡す分前なんざねぇよ、さっさと消えろ』

 

心のない罵詈雑言に日々晒され、報酬を払われないことや八つ当たりから暴行を受けることも何度もあった。それでも逆らわずに、死にたくないから媚びて媚び続けた。そんな毎日の中、私はいつしか笑えなくなっていた。感情が麻痺していた。

 

··········そうしていると魂が腐るような気がしたけれど気にしていられなかった。

 

こんな環境は嫌だと逃げても逃げても見つけ出され、ようやく作った居場所を奪われる。

 

段々と私は荒んでいき、発現した変身魔法【シンダー・エラ】を駆使して恨めしい冒険者から盗みを働くようになった。そして少しずつ稼いだ金をファミリア脱退のために貯めて貯め続けた。

 

ファミリアを出る、そうしなければ私の人生は始まらない。

 

·············なんて、世界は私に厳しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなとき、彼に、ベル様に出会った。

 

最初はわかりやすい鴨だと思った。だが、その印象はダンジョンでその戦いぶりを見たときに覆った。年嵩の冒険者数名が苦戦するようなモンスターを相手にダンジョンを駆け回り、一人で苦もなく倒してしまった。

 

日を重ね、彼を知るに連れて私は彼に嫉妬するようになった、恨んですらいた。冒険者になって一ヶ月未満とは思えない体捌きに、見ていてわかるステイタスの高さ。

 

本人は師匠の教えがいいからと謙遜していたが、これまでに見てきた冒険者の中でもっとも才能に溢れていると断言できるだけの素養に────私が持って生まれなかった才能なんていう不平等かつ理不尽なものに満ちていた。

 

そしてLv1の初心者が持つものとは思えない拵えと切れ味のナイフ。聞けば彼の主神である神に貰ったのだという────私は救われなかったのに。

 

ボロボロになってもその瞳から光が消えることはなく、がむしゃらに努力を重ねた。何故そこまでやるのかと聞けば、先に挙げた師匠や命を救われた女剣士、何よりもずっと守られてきた兄に追いつきたいのだという。

 

なんて贅沢なのだろう。才能があり、愛され、煌びやかな人生の目標なんてものすらある。

 

私は思った。この純白の心を穢してやりたいと。

 

だから、私は私を脅す【ソーマファミリア】の団員の命令に従って彼を裏切り、殺そうとした。そして私も私の蓄えを狙ったその団員に殺されそうになった。

 

『·····ああ、なにもなせない、なにもなかった人生だったな』

 

そう、全てに絶望し、ただ死を待つだけだった私のもとにベル様は現れ、私を助けた。

 

わかっていた筈だ、ナイフを盗んだのは私だと。恨んでいいはずだ、貴方を騙して殺そうとした私を。───なんで、そんな私を助けたんだ、英雄でもないくせに。

 

そう、恥知らずにも叫んだ私にベル様は笑いながら言った。

 

『確かに僕は英雄じゃないよ、なろうとしてもなれないだろうね。けど、僕の、憧れの英雄なら君を見捨てなかった』

 

その憧憬に嘘はつけないと英雄に憧れる道化のように笑って私の手を握ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル様、貴方は英雄にはなれないと言いますが、少なくとも貴方は私の英雄ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私、リリルカ・アーデは正式にベル様のサポーターになった。ベル様の主神、ヘスティア様はとてもいい神様だった······敵だけど。

 

そんなある日、契約初日にベル様はとんでもない爆弾を投げてきた。

 

ベル様の話に時々出てくる兄もここ、オラリオで冒険者をやっているらしい。·····うん、それはいい。兄弟で違うファミリアに入ることはそれなりにあることだし、オラリオに来た時期が違えばそういうことも多々あるだろう。 

 

問題はその兄が都市最大派閥【ロキファミリア】の幹部にして最高戦力『剣聖』アル・クラネルだということだ。

 

オラリオに『剣聖』のことを知らぬものはいない。

 

オラリオの──否、下界のあらゆる最速記録をたった数年で塗り替えた正真正銘の今代の英雄筆頭であり、現オラリオ最強の片割れ。オラリオで唯一のLv7であった【フレイヤファミリア】の首領、『猛者』オッタルに三年と少しで追いついた埒外の才禍の持ち主。

 

確かに『剣聖』とベル様はともに白髪赤目であるし、何よりも名字が同じだ。けれど気づけるはずもない。冒険者界隈で最底辺であった私にとって雲の上の存在過ぎて考えにも入らなかった。

 

そしてまだ爆弾はあったらしく、度々話に出る師匠とはあの『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガなのだという。  

 

···························································なにそれ怖い。

 

『剣聖』の弟で『凶狼(ヴァナルガンド)』の弟子? そりゃ強くなりますよ、ならなきゃおかしいですよ。

 

凶狼(ヴァナルガンド)』の勇名と畏怖はオラリオの冒険者全体に広がっている

 

『剣聖』と同じ【ロキファミリア】の幹部であり、オラリオでもっとも恐れられる第一級冒険者筆頭。

 

他者を雑魚と言ってはばからない【ロキファミリア】の問題児。その暴虐さから恨みを持った第二級冒険者十数名に襲撃を受けた際には、その全員を【ディアンケヒトファミリア】送りにしたという。

 

更には理由は定かではないが格上のLv6であるはずの『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』とやり合い、互いに深手を負った事件もある。

 

弱者であろうと強者であろうと歯向かうものには一切の躊躇なく噛みつき、神にすら喰らいつくと言われるオラリオ最凶の狼人(ウェアウルフ)、それが我々の『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガの印象だ。

 

ただの噂であるのかとも思ったが弟子であるベル様曰く、だいたいあっているらしく、今でも修行中に死ぬかと思うことが日常的にあるらしい。

 

そんな怪物に弟子入りできたのは兄である『剣聖』の紹介によるものだと思ったがそれも違うらしく、ダンジョンで偶然出会って煽られた挙げ句、いきなり腹をLv5の脚力で蹴られたが、その痛みに耐えて立ち上がれたのでスカウトされたらしい。

 

··············何いってんだ、このベル様。

 

あと、なんでそんなことを誇らしげに満面の笑みで言ってるの? リリ怖い······。

 

ベル様、ボロボロの疲労困憊の状態でダンジョン潜ったりする頭おかしいところあるし········もしや、リリは救われる英雄を間違えたんでしょうか。

 

 

··········えっ、今から『凶狼(ヴァナルガンド)』に修行つけてもらいに行く?! 私も挨拶に?!

 

い、いやー、リリは遠慮しときます·············そんな捨てられた小兎みたいな顔しないでください。行きます、行きますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初対面の『凶狼(ヴァナルガンド)』は噂に違わぬ厳つさと荒々しさで、私は壊れたマジックアイテムのように首を縦に振るうことしかできなかった。

 

そうして始まった修行は凄惨の一言に尽きた。容赦なく圧倒的身体能力から放たれる攻撃を喰らい、あっという間にボロ雑巾のようになったベル様に罵詈雑言を浴びせ、ベル様が倒れ伏すとその腹を横から蹴り上げた。

 

見ていて心臓がいくつあっても足りない鍛錬に流石に止めようとしたが『凶狼(ヴァナルガンド)』······ベート様の射抜くような視線とともに投げられた『弱えままでこれ以上強くなろうともしてない雑魚以下が邪魔すんじゃねぇ』の一言で抵抗の意志は根こそぎ奪われた。

 

第一級冒険者マジこえぇ······。

 

そんなイジメのような仕打ちにもベル様は一切へこたれず、目をキラキラさせながらベート様に挑みかかっている。

 

ベート様もそんなベル様を気に入っているのか、言動の荒々しさとは対照的に鍛錬外では、日々人の顔を伺っていた私だからギリギリわかるほどにわかりにくいものだが、ベル様に対する思いやりが感じられた。

 

凄まじく怖い方だが、ベル様が尊敬するだけあって同じくらい優しい方でもあるのだろう。ベル様もそんなベート様をとても慕っていて仲睦まじい兄弟のよう··························と、私を蚊帳の外に置いて話す二人を見てそう思った。

 

 

 

アレ? 私の恋敵、ロリ神様でも剣姫でもなくこの狼なのでは?

 

 

 

 

 

 






ヒロインレース筆頭狼


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二十二話 接近禁止命令は守れ





アルがオラリオに来たのは12歳の誕生日翌日です。当時のアルの見た目は目つきのちょっと悪いショタベル



 

 

 

『剣聖』アル・クラネル。

 

様々な偉業を成し遂げ、名声をほしいままにする冒険者の最高位に立つ今代の英雄たるその男は今────────土下座をしていた。

場所はオラリオのとある酒場。そこでウェイトレス達の視線を一身に浴びながら、床に頭を擦りつけている。幸い、開店前だったので客はおらず、店にいるのはこの場にいるアルと店の人間だけだったが…………それでもLv7の英雄が取るような行動ではない。

 

「アンタ、ウチの娘を傷ものにするたぁどういう了見だい?」

 

 不可能を可能にする男と言われ、深層の階層主を一人で片付けるアルにも頭が上がらない人物はいる。一人は神々から『剣聖』の姉とも評されるアミッド・テアサナーレ。もうひとりがここ、【豊穣の女主人】の店主であるミア・グランド。英雄級の実力者でありながら酒場を切り盛りし、女将としてこの店を支配する彼女こそがアルが頭を下げている相手だ。

 

【フレイヤファミリア】の元団長のLv6の女傑であり、唯一フレイヤに忠誠を誓わなかった眷属でありながら女神至上主義の一癖も二癖もある団員たちを拳で纏め上げた猛者でもある彼女は怒らせてはならない人物の一人だった。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が壊滅する以前から【フレイヤ・ファミリア】に君臨し、半脱退状態であるいまも実力は健在で【ロキ・ファミリア】の幹部と同等以上のオラリオ最強候補の一角に名を連ねている。

 

アルもかつて、酒場で最速記録を妬んで別派閥の者に絡まれて喧嘩になった際、相手ともども容赦ない一撃で意識を刈り取られて以来トラウマにも近い感情を持つようになり、彼女に頭が上がらなくなった経緯があった。それはLv7になった今も変わらない。

 

「あ、あの、ミア母さん。私が無理を言ってついて行ったんです。それに怪我と言っても【ディアンケヒト・ファミリア】で治してもらいましたし·····」

 

「なら、今日から働けるのかい? なわけ無いさね。アンタのことだ、無理に働けば客に粗相するのがオチだろう?」

 

「えっ、あ、いや·············」

 

 傷ものになった娘───ポンコツエルフ、リュー・リオンのことだ。24階層の戦いで穢れた精霊の魔法を受け負傷したリューは、当分はウェイトレスとして働けない········正確にはウェイトレスとして動けるくらいには治っているが、そんな状態で働けばポンコツさを発揮して客に料理をぶち撒けかねない、というのがミアの見立てであり、それは正しい。

 

「で、アンタもなんか言ったらどうだい。アンタのことはそれなりに信頼してたんだが、買いかぶり過ぎてたかね」

 

「いや、ホント·····俺の責任です。なんでもします、許してください」

 

 なんて情けないのだろうか、英雄の姿か? これが。

 

「·······なんでも、するか。なら、働けないバカの代わりに治るまでウチで働いてもらおうか」

 

「はい、わかり──え?」

 

 

 

 

   

 

 

 

カサンドラ・イリオンは『予知夢』を見る。

 

十七節の詩と映像からなる神々ですら見れぬ『未来』を垣間見るスキルでも魔法でもない『異能』。唯一無二の、生まれ持った奇跡にも近い力ではあるが神ならざる身には過ぎた力の代償であるのか、見た予知夢の内容を誰にも信じてもらえないという呪縛がついてまわっていた。

 

それ故、周りからは突拍子もなく意味不明なことばかり言うおかしな娘だと思われ、『悲観者』なんて二つ名までつけられたりする始末だった。

 

見たくもないものを見せられ、それを他人と共有することもできない生まれ持っての『呪い』、自分の力をそう考えることもあった。

 

そんな予知夢の中でももっとも凄惨なものだったのは数年前、主神であるアポロンが世界最速記録を更新したアルヘ目をつけたときだろう。

 

『最も輝く銀星が黄昏を連れてやってくる』

 

その一節から始まった詩と見せつけられた光景はまごうことなき殺戮であった。

 

最も輝く銀星─────女神フレイヤによる極小の神々の黄昏。

 

その光景を見た瞬間に夢から覚め、全身の血流が逆流し、心臓を鷲掴みされたような痛みとともに吐き気を覚えた。

 

猪人の大剣で叩き潰され、肉の花を咲かせるエルフの魔導士。白黒のエルフに切り刻まれていくドワーフの大槌使い。小人族の騎士たちに蹂躙されていく獣人の剣士。

 

そして、赤銅色の髪の少女が血溜まりの中で倒れ伏している。その少女の傍らには銀色に輝く髪を持つ美しい女性が立っていた。

 

胸元が大きく開いた黒衣に身を包む妖艶な美女はこちらを見つめながら微笑んでいた。だが、その笑みは慈愛に満ちたものではなく、自らのものに手を出されたことに憤怒する悪魔の嘲笑のようなものであった。

 

その視線が物語っている。お前達は私のものに手を出したのだ、と。

 

自らに迫りくる猫人の槍を最後に終わった夢、自分の主神は決して踏んではいけない虎の尾を踏みつけてしまったのだと理解した。それから主神ヘ、そして他の眷属ヘ、赤銅色の髪の少女ヘ、夢のことを話し、手を引くよう説得したが誰一人聞き入れてはくれなかった。

 

主神の執着は凄まじく、相手が最大派閥の眷属であることすら気にせずにちょっかいをかけていた。その結果があの悪夢であるのだろう。

 

だが、それでも彼女は諦めなかった。あの悪夢の光景を変えるために、この予知夢の先にある悲劇を回避するべく行動を起こし

続けた。

 

そして、彼女は出会うこととなる、このオラリオで、この世界で唯一、自分と同じ未来を識る者を。

 

 

 

 

悪夢の実現は免れた。あの光景が脳裏から離れず、寝不足気味になっていた頃に出会った少年。悪夢の原因でもあった白髪赤目の少年は冷静さを失い、突拍子もなく意味不明なことを言い出す彼女の言葉にも否定から入らずに接してくれた。

 

そして、「自分も似た力がある」 

 

と打ち明けてくれた。彼もまた、彼女が見る予知夢と似たようなものを視ていたのだという。

 

それは彼女の神の理からも外れてた完全なる予知とは違い、第六感を極限まで強化する発展アビリティと彼女が知る由もない知識によるもの。

 

それでも彼女にとって自分以外の者と未来を共有できるというのは、今まで感じたことの無い希望であり、喜びであった。

 

そして、悪夢の未来は、変わった。女神フレイヤが激昂する前に【ロキ・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯で話をすり替えることができた。

 

都市最大派閥に【アポロン・ファミリア】が勝てるはずもないが、特別ルールで少年一人で百人以上の団員を抱える【アポロン・ファミリア】との攻城戦という

前代未聞の勝負に発展した。

 

いくらなんでもLv3になりたての少年が上級冒険者を数十人揃えた大規模派閥相手に勝利することなど不可能に近い。

 

しかし、その常識を覆し、スキルで強化した魔法で焼き討ち、攻城兵器のような雷槍、分断して各個撃破、などそれはそれは苛烈な戦術で勝利を掴んだ。

 

結局、【アポロン・ファミリア】に夢のような死傷者はでず、眷属に手を出されて怒り心頭な神ロキによって重い罰を受けて少年に近づいてはならない接近禁止命令が出されたことで事なきを得た。

 

それからというもの彼女は少し明るくなった。恐ろしい夢を見ても、一人で抱え込むのではなく素直に相談できる相手がいるということが何よりも嬉しかった。

 

彼にとっては救った数多くの中の一人でしかないだろうけど、それでも彼女に取っては紛れもなく運命の出会いであった。

 

 

 

 

 

「─────────ッ、う、あ」

 

 夢を見た、恐ろしい未来の悪夢を見てしまった、これまでの何よりも鮮明でおどろおどろしい死の夢。

 

息苦しさに目が覚める。ベッドの上で上体を起こして、呼吸を整えようと深呼吸をする。嫌な汗が流れて気持ち悪かったがそれどころではない。

 

「うっ、あぁ」

 

 あれは予知夢だ。これまで見てきたどんなものより鮮明で、恐ろしく、救いのない夢だった。頭痛が酷い、吐き気がする。胃酸が食道を通って喉の奥まで上がってくる感覚に口を押さえる。

 

寒い、体が震えている。布団を被っているにも関わらず寒くて仕方がない。

 

『妄執に囚われし王の代行者』『牙を折った天狼』『翼を奪われた風精霊』『誇りを失った勇者』

·············『滅びをその身に受ける英雄』。

 

そんな単語の含まれた詩とともに脳裏に焼きつけられた、『英雄』が、白髪の少年が────で────される姿。そして、そんな光景の最後に見た女性の姿。

 

『妄執に囚われし王の代行者』────美しい赤髪に翡翠のように輝く瞳を持つ妖艶な美女。その笑みは悦楽に満ちており、しかしその視線は侮蔑と嘲笑と憤怒が入り混じったもの。女神フレイヤとはまた違った、背筋が凍るような美しさを纏っていた。

 

あの女性はいったい誰なのか? 予知夢の中では顔すら見えなかった。ただ漠然としたイメージだけが浮かび上がり、それが誰のものかも分からない。だが、なぜか、その女性から視線を逸らすことができない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、動けない。

 

怖い、あの女性が、あの女性があの少年を───す姿が怖くて堪らない。予知夢の中で見たあの女性があの少年を傷付けるのだろうか。あの女性が少年を殺すのだろうか。あの女性が少年を犯すのだろうか。

 

自分の知らない何かが、これから起きるかもしれない。そして、自分が何も出来ないまま、終わってしまうのでは、ないか。

 

それは、とても、恐ろしい。

 

ついに耐えきれずにせり上がった吐瀉物を吐き出してしまう。ビチャリと床にぶちまけられた汚物、ツンとした臭いが鼻を刺すが気にもならない。

 

これまで、悪夢の光景を変えるために行動を起こし続けた。だが、その全てが上手くいくわけではない。むしろ逆効果になることの方が多い。

 

あの少年を助けるためにはどうすればいいのか、考えなければいけない。そう思いながらも、考えることはあの女性のことだ。

 

あの赤髪の女性は何者で、何をしようとしているのか。

 

そして、あの少年とあの赤髪の女性の関係はなんなのか。答えの出ない疑問ばかりがぐるぐると頭を回る。いつの間にか日は高く昇り、夜から朝へと変わっていた。窓から差し込む光は眩く、明るいはずなのに、部屋の中に漂う空気は重苦しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、カサンドラじゃん。いつにもまして顔色悪いな、またなんか見たのか?

 

 

·······えっ、マジで?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24階層の事件の翌日、起きてしばらくぼやぼやしていたアイズはやけにテンションの高いロキに【豊穣の女主人】に行ったら面白いものが見られると言われて行ってみたが、そこで見たのはウェイター姿で接客をするアルだった。

 

普段から盛況な店だったが今日はいつもにも増して客が多い。

 

客層は普段通りの冒険者三割、神二割、エルフ一割、アマゾネス四割といったところか。どこからか噂を聞きつけた愉快犯の神々やアマゾネスがごった返しているのだ。

 

また中には接近禁止命令違反ということで猫人の店員に連行される太陽神やローブで顔を隠したお忍びの美神の姿もあった。

 

冒険者らしきアマゾネス達は皆、アルを見て舌なめずりをせんばかりであり、それはまるで獲物を狙う肉食獣のような眼光、あるいは捕食者を前に怯えながらも期待してしまう被食者の目つきである。

 

「(……ちょっと怖いかも)」 

 

 アイズがそう思うほどだ。だがそんな視線に晒されてもアルは全く動じていない。いつも通りの仏頂面のまま注文を取り、料理を持っていき、空いた皿を下げ、テーブルを拭き、食器を下げるとまた新たな注文を取っていく。その動きにはよどみがなく、熟練のプロを思わせるものがあった。

 

下手をせずとも勤務歴五年を超える栗毛の猫人以上の働きをしている。そして何より凄いのはその人気ぶりだろう。女性のみならず男性からも大人気であった。

 

今も給仕をしていたアルに声をかけた冒険者が、一緒に食事でもどうだと誘っているがそれをやんわりと断られている。しかしそれでも諦めきれないのかその後も何度も声をかけるも全て失敗に終わっているようだ。

 

それどころか神の中にはアルきゅんと呼んでナンパ紛いのことまでしようとする輩までいる始末である。太陽神は二度目の連行で呆れた顔の赤銅色の髪のヒューマンに引き摺られて行った。

 

ちなみにその時、引き摺られていた太陽神はアルにウインクを送っていたのだが、アルはそれを完全に無視していた。

 

他に比べれば少ないとはいえいつもより明らかに多いエルフ達は能動的に話しかけようとはしていない。むしろ遠巻きにしてチラチラと見ているだけという有様だ。

 

アルの多才さは知っていたがまさか接客業までこなせるとは思っていなかったアイズは内心驚いた。

 

この分なら冒険者としてだけではなく他の仕事に就いていても大成するのではないかとすら思ったほどだ。

 

 

 

 

 

 

店の営業が終わって解放されたアルに事情を聞けば、24階層で【ヘルメスファミリア】に同行していた覆面のエルフがここの店員であり、その穴埋めのために働かされているとのことらしい。Lv7を働かせる酒場って…………。

 

日もとっくに落ちた肌寒い街のベンチに腰を下ろす二人。暫しの沈黙の後、アイズは口を開く。

 

「なんで、アルは剣をとったの?」

 

 いきなりの意図の読めないアイズの言葉に眉をひそめて首を傾げるアルに、アイズは返答も待たず続ける。

 

「私が、剣をとったのは────モンスターに奪われたおとうさんとおかあさんを取り返したかったから」

 

 強くなりたいなんて思いはその理由に付随したものでしかない。それを自分の他に知るのはリヴェリアやフィン達だけだろう。アイズの両親はモンスターによって奪われてしまった。

 

だからこそ、アイズは強くならなければならない。いつか必ず両親の仇を討つために、いつか必ず両親を取り返すために。なら、アルは、アイズ以上に強さを求めてきたであろうアルは一体なぜ? それが知りたかった。

 

そんなアイズの考えなど露知らず、突然始まったアイズの独白に戸惑いながらもアルはその問いに答える。

 

「理由、か。どうしても見たいものがあった。それを見るためには強くならなくてはいけなかった、ただそれだけだ」

 

 いつもと変わらない無表情でつまらなそうに言う姿は、アイズにはどこか寂しげに見えた。それを見ていられなくなって思わず肩を寄せる。

 

「······その、見たいものが見えたあとでいいから」

 

 アイズの脳裏に浮かぶのは父と母の姿。何年も秘めてきた思いを告げる。

 

「アルは、私の英雄になってくれる?」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインにとって英雄とは、物語の中にしかいない存在だ。現実には助けてくれる英雄なんているわけがない。 

 

それをわかっていたからこそ、アイズは自分の手で剣を取ることを決めたのだ。だが、今は違う。目の前にいる少年は、確かに自分を助けてくれた。そして今もなお、こうして隣り合って座っている。

 

『いつか、お前だけの英雄に巡り会えるといいな』

 

 父が言ったそんな言葉を思い出した。それはきっとこの事だったんだと思う。今、私はやっと、本当の意味で英雄に出会えた気がする。アイズの言葉を聞いたアルは驚いたように目を丸くすると、少し考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

「親代わりの爺は俺に英雄になれと常日頃言っていたが、俺は多くのために戦う英雄なんてものにはなれないし、なりたくもない。─────ただ、そうだな。お前一人くらいの英雄なら考えてやる」

 

 と無表情をほんの少し崩してアイズに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

アポ「アルきゅんがウェイターしてるだってえええええ?!?!?!!?!?!??!?! 行かねば!!!!!!!!!!」

 

ダフネ「はぁっ?! ちょ、ちょっと待っ、」

 

アポロン回にしようと思ってたけどアポロンムズいわ

 

 

 

 

カサンドラの件が後にも先にも原作知識が良い使われ方をされた唯一の事例かもしれない、あとは悪用しかされてない。

 

カサンドラに原作知識及び前世については言ってないです、全部【直感】さんのせいにしてます。一応、【直感】は擬似的な未来予知できるので嘘ではないです。

 

原作知識(+幸運)で予知夢の信憑性を信じ、【直感】で共感。

 

 

【直感】

第六感、及び危機感知能力の強化。初見の攻撃に対する対応に補正。幸運アビリティで稀に精度が上がり、その際は擬似的な未来予知に近い反応が可能となる。

 

《予知夢》との違いはある程度意識的に発動できるどうかという点にある。自由度は此方の方が高いが、具体性に関しては予知夢に軍配が上がる。

 

なお、戦闘中の予知はスキル【闘争本能】でアルの意識に関わらずオートで最適な迎撃行動を行わせられる、

 

 

 

 

 

【各員から学んだこと】

リュー:並行詠唱

クロエ:隠密

ルノア:格闘

ミア:料理

シル:耐異常

アーニャ:「槍は別に・・・・いや、アーニャの技術でアレンの相手するのはおいしいな」







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二十三話 ベル・クラネルの冒険①


ここら辺から素で一万文字弱あるからキツイな・・・まるまる一万文字書き直すのは中々時間かかるな





 

 

 

 

 

 

「ハァ──ハァ───、」

 

 僕は全身を傷だらけにしながら震える足で何とか立ち上がった。目前には牛頭人型の筋肉の塊────ミノタウロスがいた。その巨体と威圧感はまるで要塞だ。

 

【ファイアボルト】が被弾してもなお、その片角のミノタウロスは五体満足、目立った外傷は見当たらなかった。僕の魔法は厚い体皮に火傷を負わせただけで大したダメージを与えられなかったのだ。

 

先ほどからずっと全力疾走しているかのように心臓が激しく脈打っている。肺も酸素を求めて悲鳴を上げている。しかしそれでも僕はナイフを構えて戦意を示すしかなかった。そうしなければ死ぬからだ。

 

あまりの彼我の差に戦意を喪失しかける僕を見据え、片角を失ったミノタウロスは天を仰いで喉を震わせる。

 

「ブオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ビリビリと空気を振動させるような雄叫びだった。それは鼓膜を破りかねないほどの勢いで発せられていた。

 

そしてそれが戦闘開始の合図となった。片角を失ったミノタウロスはその手に持った巨大な大剣を振り上げると、地面を踏み砕きながら突進してきた。僕はそれを紙一重でかわす。

 

凄まじい風切り音と共に振り下ろされた大剣が地面に激突すると、衝撃波が発生して周囲の木々や岩を吹き飛ばす。

 

これが、冒険。冒険者ベル・クラネルが冒す、初めての冒険。

 

「(勝てない·····)」

 

 ベートさんに鍛えられてあの時より僕は遥かに強くなった、それは胸を張って言えることだ。

 

でも無理だ、僕の【力】のアビリティじゃいくらナイフを振り抜いてもこの鋼のような肉体の前にはかすり傷がせいぜいだ。奥の手の魔法もあっさりと払われた。今の僕ではこの怪物を倒すことはできない。

 

殺戮に猛る狂牛が僕には絶望に見えた。

 

「······兄さん、お祖父ちゃん」

 

 二人に会いたい。会って安心したい。

 

大丈夫だと背中を押してほしい。そんな弱音が心を満たしていく。いつも笑っていてみんなに慕われていて、いつも優しく頭を撫でてくれたお祖父ちゃんの笑顔を思い出して泣きそうになる。

 

英雄譚が好きで自分はああはできないと言っていたけれど、誰よりも勇敢な人だった。僕がゴブリンに殺されかけた時は鍬を手にして助けに来てくれたし、あの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 

ずっと昔から寡黙で弟の僕も笑っているところを見たことがない、それでも誰より勇敢で家族思いだった兄さん。

 

お祖父ちゃんにいくら言われても英雄になんてなりたくもないしなれもしないって言っていたが、それは嘘だ。口ではそう言っても小さい頃から血の滲む努力を重ねていたのを見ていたし、あらゆる恐怖から僕を守ってくれていた。

 

僕にとって、憧れの英雄は物語の主人公ではなく、二人の家族だった。

 

けど、会いにはいけなかった。兄さんのことは大好きだ、でも怖かった。オラリオについて少し調べただけで兄さんの事は簡単にわかった。オラリオ最大派閥【ロキファミリア】の幹部であり、オラリオのあらゆる最速記録を塗り替えた都市に二人しかいないLv7の一人だという。

 

それに引き換え、僕は兄さんがいなくなってからの四年間、何をしてた?

 

··········これと言って身体を鍛えることすらせず、何もしていなかった。それを実際に会って『英雄』になった兄さんと何一つとして変わらない自分の違いを突きつけられるのが怖かった。だから僕は逃げたんだ。兄さんに憧れることさえ放棄した。

 

それはベートさんに鍛えられてからも変わらなかった。

 

なんのかんのと理由をつけて兄さんと会うのを避けていた·······憧憬から逃げていた。

 

ああ、でも、会っておけばよかったな────

 

咆哮のまま、ロから唾を吐き散らしながら大剣を振りかぶるミノタウロスを前に、走馬灯のように思考する中、体を恐怖に支配されながらもどこか冷静な自分がいた。

金属で編み上げられたかのような筋肉の鎧に覆われたミノタウロスの姿は、まるで鋼鉄の要塞。その鉄壁の防御を打ち崩す術を僕は持っていない。【ファイアボルト】もその分厚い身体の表皮を焼くだけで致命傷になりえない。僕の攻撃は通じず、向こうの攻撃は一撃必殺。

 

「フゥゥー」

 

 こちらに向けられる大剣の切っ先を見据えながら、僕の意識は急速に冷めていく。諦めに支配された僕の意識とは別に、死にたくないという本能が叫ぶ。死への恐怖が脱力感を一斉に吹き飛ばし、脳髄を熱く沸騰させる。このまま突っ立ってるだけじゃ僕だけじゃなくリリまで殺られる。それだけはダメだ。

 

いきりたって迫りくるミノタウロスを背に、僕は無様に地を蹴った。背後から迫る死の気配に、全身が総毛立つ。足が震えて力が入らない。

 

それでも必死になって駆ける。少しでも遠くへ、少しでも速くとリリのいる方向とは逆方向へと走る。しかし、ミノタウロスの突進は速い。広間へ走る僕へあっと言う間にその巨体が急カーブを描きながら肉薄してくる。

 

「(このミノタウロス、やっぱりこのあいだのとは違う)」

 

 モンスタ—らしからぬ知恵なくしてはできない獣に見合わない獲物の追い詰め方。そして、拙いながらも力任せの鈍器としてではなく刃物として大剣を振るう戦士としての技量。

 

このミノタウロスは明らかに他のモンスターとは一線を画している。何よりも単純なパワーやスピードがこないだ追いかけられたミノタウロスとは数段違う。

 

「(·········まさか、強化種?)」

 

 エイナさんやベートさんから聞いたことがある。ダンジョンのモンスターには極稀に同族の魔石を食べることで飛躍的に強くなった強化種と呼ばれるものがいるのだと。目の前に迫るミノタウロスはまさにそれだった。もとよりLv1では絶対に勝てない相手だが、それが強化されたなら尚更勝ち目はない。

それでも、リリだけでも逃がさないと!!

 

「ヴムゥンッ!!」

 

「───ぐっっ!!」

 

 ダンジョンの床を蹴り砕き、土煙とともにミノタウロスが跳躍した。空中で回転し、遠心力をたっぷり乗せた大剣を豪快に振り下ろす。空気を切りさく音が聞こえてくるほどの剛撃。

 

直撃すれば確実に挽肉になるであろう斬撃を僕は紙一重でかわしていく。掠めただけで皮膚どころか骨ごと両断されるだろう一撃をギリギリで避け、時には転がって回避する。   

 

ミノタウロスの猛攻は止まらない。地面に着地すると今度は横薙ぎの一閃を放とうとする。大上段から叩きつけるような一撃と違い、横に振れば攻撃範囲も広がる。かわせる可能性は低い。それでも僕は、なんとか攻撃をかわす。

 

ミノタウロスの一撃一撃が重い。レベル差によるステータスの差は歴然だった。攻撃がかすめるだけで僕なんか簡単に吹っ飛ばされる。

 

だから、避けるしかない。

 

しかし、いつまでも避けられるわけがない。徐々に動きが悪くなっていく僕にミノタウロスはニヤリと笑みを浮かべると、大剣を肩に担ぎ直して僕へと迫ってくる。

 

大剣の重量によって繰り出される一撃は先ほどまでの比ではない。速度と重さを兼ね備えた一撃は風の悲鳴を上げながら僕の頭上をかすめていく。

 

濁流のような猛攻に晒される中、視界の端でリリの姿を見つけた。早く、速く、疾く、逃げてくれ!! そうすれば、僕も全力で逃げることができる。

 

だから、早くリリも逃げろ! そう叫びたいのに、喉の奥からは情けない呼吸音だけが漏れていく。恐怖が邪魔をして声が出ない。そんな僕にミノタウロスはニタリと笑うと、再び地面を蹴った。来る。狙いはリリのいる場所だ。

 

「行けよ······行けえええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 地を蹴ってくるミノタウロスの前に割り込みながら、僕はリリに向かって叫けんだ。僕の言葉が届いたのか、こちらを振り向いたリリは一瞬驚いた表情の後、くしゃっと顔を歪めて走り出す。視界の端からリリの姿が消えていく、そのことに安堵しながら、僕は迫りくるミノタウロスを睨む。

 

僕もこれで逃げられる──────わけが、なかった。

 

怖くて足が震える。逃げ出したい気持ちで一杯だ。だけど、ここで僕が逃げたら誰がリリを守るんだ? 僕が守らないと、僕が戦わないと、僕が助けないと。 

 

恐怖に負けそうになる自分を鼓舞するように叫ぶ。お祖父ちゃんが、兄さんが、憧れの英雄が僕だったらどうした!! 後ろに守る相手がいるのに逃げたか?!

 

迫りくるミノタウロスの大剣を前にして、僕は腰に差した【バゼラード】を抜き放った。

 

「ぐうううっ!!」

 

 ほとんど機能しないボロボロの防具のまま死地へ飛び込むという自殺行為に等しい行動をとったせいで、身体中に激痛が走る。

 

ミノタウロスの大剣が砕く度、石飛礫が散弾のように襲い掛かる度に意識が飛びかける。それでも必死になって耐えて大剣の連撃を受け流す。

 

いくらやっても中々、捉えられない僕に業を煮やしたミノタウロスの呼吸は荒い。そして、僕の呼吸はそれ以上に乱れていた。汗まみれになりながらも、必死に足を動かす。少しでも遠くへ、少しでも長く生き延びるために。

 

もうどのくらいの時間戦い続けているのか分からない。ダンジョンの中に入ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。

 

そもそもダンジョンに入ってまだそれほど時間は経っていないのかもしれない。時間感覚が麻痺するほどの戦いの中で、それでもはっきりと分かるがあった。

 

「··········は、はは」

 

 つい、笑みが溢れた。

 

恐怖で頭がおかしくなったわけではない、ただ、気がついてしまった。

 

────ベートさんのほうが遥かに怖い。

 

いくらこのミノタウロスが強化種でどれだけ強かったとしても僕がいつも痛めつけられてきたベートさんに比べればただの、モンスターだ。現に、まだ僕は死んでいない。相手が怒り狂ったベートさんだったら僕はとっくに殺されていただろう。

 

そしてもう一つ、全てにおいて劣っているけれど唯一、素早さは、【敏捷】は負けていないと。それに気がついた瞬間、僕の心はスッと軽くなった。今なら、少しだけまともに動けそうだ。

 

僕の変化に気が付いたのか、ミノタウロスは大剣を構え直した。振りかぶった大剣を僕に向かって振り下ろそうとしている。

 

今までよりずっと速い一撃。避けられないし、受けても殺されるだけだ。だから僕は、それをかわさなかった。鋭い切っ先が迫る直前、僅かに体勢を変えて軌道から外れると、そのまま地面を転がる。

 

勢いよく転がったせいで全身を打ち付けるが、おかげでミノタウロスの攻撃は空を切ることになった。

 

だが、立ち上がった僕へ重ねて繰り出された頭突きに意表を突かれ、吹き飛ばされてしまう。壁まで吹っ飛んだ僕は背中から激突すると同時に肺の中の空気を全て吐き出してしまう。

 

そして、がっしりとしたミノタウロスの手が凄まじい握力で投げ出された僕の足を掴み、僕を持ち上げる。宙吊りになった僕はなんとか抜け出そうとするが、掴まれた足首を万力のような力で締め上げられて身動きが取れなくなる。

 

「────ッ?!」

 

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 ヌンチャクを回すような動作で僕を振り回し始めたミノタウロス。視界が激しく揺れ動く中で、僕は抵抗することも出来ずされるがままになっていた。

 

身体をシェイクされながら、体中の関節が悲鳴を上げる。骨が軋む音が聞こえる中、僕は何とか逃れようと暴れるが、ミノタウロスはビクともしない。いくら体をねじろうと圧倒的なパワーに揺らされて視界が定まらない。

 

そして、ミノタウロスはそのまま僕を投げ飛ばした。浮遊感と共に訪れる落下。地面が割れる程の衝撃と痛みに意識が飛びかけたが、ギリギリで踏み止まる。

 

しかし、衝撃で絞りつくされた肺から無理やり息を押し出されてしまい咳き込んでしまう。骨が軋む痛みの波に呑まれ、体中へ絶叫が駆け巡る。

 

かろうじてとった受け身もすぐに崩れ落ち、うつ伏せの状態で倒れ伏す。このままじゃ、本当に死ぬ。痛む体に鞭を打って立ち上がろうとするが、膝が笑って上手く立ち上がることが出来ない。

 

そんな僕へ向かってミノタウロスが一歩を踏み出した。動かなければ、と思っても体が言うことを聞かない。震えながら顔を上げた先にあったのは、巨大な影。

 

見上げた先にいたのは、大剣を構えたミノタウロス。その表情には確かな殺意が浮かんでいて、そして、ミノタウロスの口元が歪んだように見えた。

 

「──ぁ、ぇ(身体、動け、動け、動けよぉ!!)」

 

 地響きとともに近づいてくる巨大な蹄。ミノタウロスの巨躯が迫ってきても僕の体は動かない。ミノタウロスの視線は確実に僕を捉えている。今にも殺そうとしてくる。ここまでか、と思ったとき、地響きが不自然に止まった。

 

怪訝に思い、痛みに身をよじりながら顔を持ち上げるとそこには──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、ダンジョンの大穴を塞ぐバベル前のセントラルパーク。都市をはしるメインストリートが集結する、日光が降り注ぐ都市中央の広場。そこには派閥を問わずに大勢の冒険者が集まっていた。

 

その中央いるのが細剣を佩いたヒューマンの少女、メタルブーツを身に着けた狼人、極大の魔法石を取り付けられた杖を持ったハイエルフ、重厚な鎧のような肉体をしたドワーフ、超重量の武器を装備するアマゾネスの姉妹、輝く金槍を肩に担ぐ小人族、そして、なかでも軽装な白髪のヒューマン。

 

多くの種族の人間が、この日この時この場所に集まっていた。未到達領域への遠征に挑む【ロキ・ファミリア】と遠征隊の精鋭達だ。

 

彼らへの激励のため、あるいは物資の提供のために、オラリオに住む【ロキ・ファミリア】と友好のあるあらゆる派閥の冒険者がここに集っていた。

 

遠征へ向けた物資の積み込まれたカーゴを何台も従えた【ロキ・ファミリア】は、都市のメインストリートを通り抜けていく。バベルの北門正面には、ギルドから派遣された職員達がずらりと並んでいた。

 

都市でもっとも高名な道化師のエンブレムの団旗、周囲からの期待と羨望の眼差しを受けながら、北門前へと進んでいく。今は団長からの出発の号令を固唾を呑んで待っていた。

 

「いいな、ベート・ローガ。無理強いして滅茶苦茶な予定で銀靴を手前に作らせたのだ、また壊したら承知せんぞ」

 

「ほいほい壊すかよ、わかってるっての。それより、おいっ、近付くんじゃねえ!!」

 

 ドワーフの血が入っているとは思えないすらりと伸びた体躯に、極東の人間を思わせる顔立ち、ヘファイストスと同じ漆黒の眼帯、褐色の肌。肌を極東の和装と大陸の洋装を混ぜ合わせた和洋折衷の迷宮用の武装で隠したハーフドワーフの女性。ベートへ声を掛け、過剰なほどに距離を詰めて隣に立ってニヤニヤと笑う。

 

遠征に同行する、【ヘファイストス・ファミリア】の団長椿・コルブランドにベートは暑苦しいと声を荒らげる。 うんざりしたように額を押し返そうとするが、椿は嫌がられるとより一層顔を近づけてベートの反応を楽しむ。

 

『単眼の巨師』という仰々しい二つ名を持ち、鍛冶師でありながら第一級冒険者級の力を誇る彼女の膂力を遺憾なく発揮したハグはベートとて容易くは振りほどけない。

 

ベートの特殊武装【フロスヴィルト】は椿の手によるものだ。そのせいか、いつも以上にベタベタとくっついてくる椿に対して、ベートは心底嫌そうな顔を浮かべていた。

 

リヴェリア達はそんな二人のやりとりを見て、苦笑しながら見つめている。

 

同行しない【ヘファイストス・ファミリア】の者たち以外でも【ロキ・ファミリア】の面々と個人的に親交がある冒険者達が声をかけ、笑顔と一緒に激励を送っていく。アイズやティオネなど、若手の人気の高い少女達に激励を送る男神達の姿もちらほらとあった。

 

「アルさん、赤い髪の女の人には気を付けてくださいね·······」

 

「ああ」

 

 アイズは何度か依頼を共にした【ヘルメスファミリア】の犬人族ルルネに、アルは【アポロン・ファミリア】のカサンドラや【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド達にそれぞれ挨拶とダンジョン内で使うアイテムなどを渡される。

 

 

 

 

「総員、 これより遠征を開始する!!」

 

 部隊の中央、フィンが声を張り上げ、全員が姿勢を整えた。これから都市の外へと向かう団員達の士気は高い。未到達領域へと足を踏み入れる興奮を誰もが感じていた。【ゼウス・ファミリア】以来、久しくなかった未知の階層への遠征。

 

「階層を進むに当たって、今回も部隊を二つに分ける! 最初に出る一班は僕とリヴェリアが、 二班はガレスが指揮を執る! 18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動! 僕等の目標は他でもない、未到達領域だ!!」

 

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ! 大いなる未知に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

 

 フィンの言葉に歓声が上がる。冒険者だけでなく、都市中の民衆も期待を寄せ、激励の声を上げていた。この場にいない多くの神々もまた、この偉業に胸を躍らせている。自分達の未知への挑戦。それは何物にも代え難い刺激を彼等に与えてくれる。

 

フィンは集まった冒険者の集団を見渡してから言葉を続ける。

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない!! 全員、この地上の光に誓ってもらう、必ず生きて帰ると!!」

 

「遠征隊、出発だ!!」

 

  湧き上がる鬨声を背にして、【ロキ・ファミリア】は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

深層を目指すうえでの物資や芋虫型への予備武装を運ぶ、遠征の心臓部ともいえる後続部隊をダンジョンではいつ起きてもおかしくない異常事態から守るため、最精鋭の第一級冒険者で構成した先遣隊が出発する。

 

真っ先に戦闘でダンジョンへ潜ったのは先遣隊。第一級冒険者七名という錚々たるメンバーで構成された部隊。その先頭には派閥最強のLv7であるアルの他に、フィンとリヴェリア、それに続いてアイズ、ティオネ、ティオナ、ベート、彼らの他にはサポーターとしてラウル達、二軍メンバーの第二級冒険者が随伴している。

 

続く第二部隊はガレスが指揮を取り、レベル3以上の中堅を中心に構成され、レフィーヤをはじめとした魔導士達もいる。第一部隊より多い人員が護衛に就いている。

 

「ねえねえ、ティオネ。どうして他のファミリアの人達がパーティに交ざってるの? あの人達、雇ったサポーターっていうわけじゃないんでしょ?」

 

 二分された部隊が狭い上層の通路を進んでいる中、ティオナが隣を歩くティオネに尋ねる。様々な道具を手に簡素な通路をついてくる【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達が視界に入り、ティオナは今更ながら不思議そうに尋ねた。

 

「馬鹿ティオナ。前の遠征の撤退理由、もう忘れたの?」

 

「彼等は鍛冶師だ、ティオナ」

 

「ああ!!」

 

 考えなしの妹に呆れるティオネと律儀に説明するリヴェリア。鍛冶師の役割は主に武具の手入れ。彼等は基本的には戦闘に参加しないが、しかしそれでも命の危険はある。そこで下手な上級冒険者よりもツワモノ揃いな【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師に助っ人を頼んでいたのだ。

 

特に今回は遠征で得た深層のドロップアイテムを渡す契約もある。先遣隊と後続隊に人員を分けるに当たって鍛冶師達も二つに振り分けられていた。第一級冒険者相当の椿はガレスと共に、後続隊に同行している。

 

「ほー、【ヘファイストスファミリア】の連中なら、間違っても足手纏いにはならねえな。安心したぜ」

 

「はい出たー。ベートの高慢ちき」

 

 

 ベートは下手な【ロキ・ファミリア】の中堅団員より強い【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師を見て鼻を鳴らす。そんな彼にティオナが半目になって突っ込む。

 

 

「ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの? 他の冒険者を見下して気持ちいいの? あたし、そういうの嫌い」

 

「勘違いするなっての。雑魚なんぞを見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似はしねぇ。事実を言ってるだけだ」

 

 むっと眉根を寄せるティオナにベートは平然と答える。弱者を見下すこと自体に意味を見出している、彼は言い切る。ベートの発言はいつものことなので誰も気にしないが、一方でティオナは不満げな表情を隠さない。

 

「俺は弱ぇ奴が大っ嫌いなだけだ。 何もできないくせにヘラヘラしやがって、吐き気が止まらねえ」

 

「強者の位置に立った者の驕りにしか、私には聞こえんな」

 

「そうだよ、ベートだって弱っちい時があったくせにぃ」

 

「身の程を知れって言ってんだよ、俺は」

 

 リヴェリアとティオナが苦言を呈する。だが、ベートは意に介さず、むしろ苛立たしげに吐き捨てる。

 

話を聞いていたアイズは透明の疑問から小さくつぶやく。

 

「········なら、なんでベートさんはアルの弟を弟子にしたの?」

 

 ────瞬間、空気が凍った。誰もが硬直し、ベートの顔色が変わる。その質問をしたアイズ自身も皆の変わりように驚く。

 

「·····ぇ、何言ってるのアイズ? ベートが、弟子? アルの弟を? アイズがミノタウロスから助けた? いやいやいやいや、ベートが弟子なんか取るわけ無いじゃん」

 

 凍った空気からいち早く正気を取り戻したティオナが動揺しながらアイズに恐る恐る尋ねるが、アイズはキョトンとした表情で首を傾げてあっさりという。

 

アイズとしては純粋な疑問だった。凍った空気からいち早く正気を取り戻したティオナが動揺しながらアイズに恐る恐る尋ねるが、アイズはキョトンとした表情で首を傾げてあっさりという。

 

「? でも、前に見たときの動き、すごくベートさんに似てたし······」

 

 その言葉にティオナ達だけでなくラウル達、第二級冒険者達も口々に「そういえば半月くらい前にベートさんが弟子を取ったって噂が······」「いや、でもベートよ?」「てか、アルさんの弟ってどんななの?」などと口に出すが当のベートを気にしてすぐに口を閉じる。ベートは沈黙したままアイズの顔を凝視していたが、キョトンとしたアイズの様子に舌打ちをして視線を外す。

 

「······ただの噂だと思っていたが、本当なのか?」

 

 半信半疑といった風なリヴェリアがベートに問うが、ベートは気まずそうに口をつぐむ。その様子が逆にアイズの言葉に信憑性をもたせるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「········四人かな」

 

 ベートの弟子の話がなあなあになってしばらくした後、アイズが突如として顔をあげる。周りの者たちも彼女と一様に足を止め、通路の先を見つめる。

 

ちょうどアイズ達が通過しようとしている通路の奥、そこから走ってくる冒険者の激しい足音が響いていた。

 

第一級冒険者の集まりである【ロキ・ファミリア】に出くわした冒険者たちは、息を切らせながら足を止める。

 

「げぇっ?!【ロキ・ファミリア】!! え、遠征か!?」

 

 アイズ達の素性を察した冒険者達は途端に尻込みし始める。そんな彼らにベートが何をやっているのだと問う。

 

一度はベートの侮蔑交じりの言葉に対し、文句を言おうとした冒険者だったが、しかし彼よりも先に別の者が声を上げた。

 

「ミノタウロスが、いたんだ」

 

「·········あぁ?」

 

「だからっ、ミノタウロスだよ!! この上層であの牛の化物が、うろついてやがったんだ!!」

 

 中層出身のモンスター、それも中層最強格のミノタウロスが浅い上層に出現したことにベート達は驚きを隠せない。異常事態、ベートやリヴェリアを筆頭に、全員が瞬時に臨戦態勢に入る。

 

 

「·········申し訳ない。 貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 

「あ、ああ·······」

 

 

 

 

 

フィンの頼みに、まだ呼吸の整わない冒険者は戸惑いながらも説明を始める。その内容に、アイズは──────そしてベートは冒険者達に詰め寄った。

 

「そのミノタウロスを見たのはどこだッ!」

 

 ベートの鬼気迫る声に、全ての者が動きを止める。ティオナ達も、眼前の冒険者達も、進行が止まった遠征部隊も、アイズすらも誰もが時を止めた。

 

それは普段の彼とは全く違う姿。余裕のない、焦燥に満ちた彼の姿に誰もが驚いたのだ。

 

 

 

「そのガキが襲われている階層は、どこだって聞いてんだ!!」

 

「きゅ、9階層······動いていなければ········」

 

 聞くや否やベートは先の通路へ駆け出し、その後をアイズが続く。

 

「チッ、クソがぁ──!!」

 

「! 私も行く!!」

 

 周りが制止するよりも早く、二人は ダンジョン内を全力で疾走していく。度々、遭遇するモンスターを粉砕し、9階層への正規ルートを突っ走る。

 

モンスターの姿もなく、静まり返った通路に二人の足音だけが響く。そして、はるか先から猛牛の咆哮が轟く。

 

 

「チッ──咆哮(ハウル)か」

 

 聞いたものの戦意を砕くミノタウロスの咆哮、それに僅かに混じった人の悲鳴にベートは更に速度を上げる。

 

いくら成長したとはいえ、Lv1の下級冒険者がミノタウロスに襲撃されれば一溜まりもない。ベルの実力をベル以上に知っているベートは最悪の結果を脳裏に浮かべる。

 

二人が音だけを頼りに迷宮内を進み続けると、やがて前方に人影を見つける。ベートはそれを視界に捉えて、思わず立ち止まる。小さな体を血に塗れさせた小人族の少女。

 

「冒険者さまっ·······ッ、ベート様!! どうかっ、どうかお助けください!!」

  

 栗色の髪を赤く染め、今も頭から流れる鮮血を拭うこともせず、彼女は泣き叫ぶ。

その光景を見てベートは全身の血が沸騰するような錯覚を覚えた。

 

「あの人を、ベル様を助けてください·······!!」

 

「場所はどこだ!!」

 

「正規ルート、E-16の、広間······」

 

 彼女の血の点が延々と続いた通路の先を震える指で示し、そのまま力尽きたように倒れ込む。それを受け止めると、ベートは奥歯を噛み締める。時間が惜しいとばかりに、抱え上げたまま走り出す。

 

アイズの表情にも焦りの色が見え隠れしている。ベートは彼女を無視し、アイズもそれ以上何も言わず無言のまま並走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

────目標の地帯直前の最後の広間に突入したところで。

 

「止まれ」

 

 静かな声が投じられた。モンスターも冒険者も存在しない広間に、二つの足音が反響した。視線の先に佇むその姿を見て、ベートの額に青筋が浮かぶ。背には身の丈ほどの大剣を背負い、二人を冷徹な瞳で見据えていた。

 

二メートルを超える巨躯の猪人。武人という言葉を体現するような巌のような男だった。鋼のように鍛え上げられた肉体、錆色の瞳には感情が窺えない。

 

「········『猛者』!!」

 

 【フレイヤファミリア】首領、オッタル。オラリオ最強の片割れがそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの·····アルさんは行かなくてもいいのですか?」

 

「あー、まあ、相手はミノタウロスだしな」

 

「?」

 

 

 






飼ってるハムスターが元気なくて心配、もう歳だからなあ

学校の期末と車の学科試験、面接があるのもあって中々厳しいわ


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二十四話 猛者オッタル

 

 

 

「········『猛者』!!」

 

 【フレイヤファミリア】が首魁、『猛者』オッタル。フィン、リヴェリア、ガレス、【ロキ・ファミリア】が誇る三頭領を凌駕するLv7の冒険者であり、オラリオ最強の冒険者。

 

 男神(ゼウス)女神(ヘラ)の壁を、千年の最強を塗り替えた正真正銘の英雄であり、アルという才禍が唯一まだ超えていない人界最強の存在だ。

 

 そんな怪物が二人に立ちふさがるように広間に姿を現した。それを見て、アイズは剣の柄を強く握りしめる。その隣でベートも苛立しそうに舌打ちした。

 

 事態の飲み込めない二人はなぜ、最強の男が自分たちの行く手を阻むのか理解できない。しかし、無視して先に進むことはできない。

 

 ベートが横抱きにする小人族の少女の苦しげな声が、アイズの耳に届く。

 

 厳然と巌のように広間の奥に屹立する武人の放つ覇気は、それだけで肌が焼けそうなほど熱く重いものだった。

 

 ミノタウロスがいるであろう地帯への通路を塞ぐように立つ男は、まるでそこにいるだけで迷宮全体を威圧しているかのようだ。急所のみを覆う軽装に全身鎧のような筋肉、背中に背負う背嚢。

 

 二人の睨みつけんばかりな視線を受け止めながら背負った背嚢から無数の、大剣を始めとした武器を無造作に取り出した。ザクザクと音を立てて床に突き刺さり、瞬く間に広間の一角を埋め尽くす。

 

 そのうちの一本、分厚い大銀塊で作られたかのような巨大な両刃の大剣を手に取り、肩に乗せると腰を落として構えた。

 

「『剣姫』『凶狼(ヴァナルガンド)』·········手合わせ願おう」

 

 ───来るッ!? アイズはその姿を見て直感的に悟った。同時に、隣のベートも気づいたようで口元を引き締める。瞬間、空気が変わった。ビリビリと肌を打つような緊張感が、戦闘前の高揚感に似た何かが場を満たす。

 

「どうしてっ!!」

 

「ダンジョンで敵対する積年の派閥と相見えた············殺し合う理由には足りんか?」

 

 ベートは咄嵯に、アイズは無意識のうちに己の獲物に手をかける。こんな時にどうして、と困惑して焦りで思考が空回りするアイズとは対照的にベートは冷静だった、ただただ冷静に────怒り狂っていた。

 

 今にも飛びかかりそうになる衝動を抑え込むかのように歯噛みする。そして、絞り出すようにして言葉を放つ。今まで溜め込んできた激情が決壊したダムのように溢れ出る濁流のような、純然たる殺意。

 

「───殺す」

 

「娘を置け」

 

 膨れ上がる戦意と殺意、両者の闘気がぶつかり合い、空間が歪んだように見えた。もはや、他のことを考える余裕はない。

 

 二人の前に立ちふさがるのは英雄の都、オラリオに君臨するたった二つの『頂天』、その片割れである男。

 

 冒険者の頂点に立つ男───猛る者、巌のオッタル。

オッタル。

 

「こい」

 

 

 『剣姫』と『凶狼』。単騎で竜にも優る二人の第一級冒険者がたった一人の男へ殺意にも近い気迫をもって相対する。

 

 それは、この階層にいるモンスターならば本能的に身を震わせ逃げ出すほどの威圧を放ち、互いの一挙手一投足を見逃さないとばかりに見つめていた。

 

 そして、充満する殺気に呼応するようにアイズが剣を抜き放ち、ベートもまた疾走を開始する。先んじるはLv5でありながらオラリオトップクラスの速力を持つベート。それに追従するようにアイズが地を蹴って疾駆した。

 

 疾風となって駆け抜ける二人に対し、オッタルは動かない。アイズとベートが左右から挟みこむように斬りかかる。

 

二人の攻撃が届く寸前、オッタルもまた大剣を翻す。凄まじい衝撃が生まれた。金属音が鳴り響き、火花が散る。鍔迫り合いによって押し込まれる力を軽く抑え込むオッタルに、ベートが食らいつく。

 

 そのまま、互いの得物をぶつけあいながら高速で移動していく。ベートの拳打が繰り出されれば、オッタルはそれをいなし、あるいは大剣で受け流す。

 

 一撃必殺を狙うのではなく、互いに相手を削るような攻防が続く中、アイズも神速の袈裟斬りを放つ。

 

 大気すら断ち切るような速度で振り抜かれた斬撃は、常人では視認することも叶わないだろう。だが、相手が悪い。超重武器であるはずの大剣を片手で軽々と振るう怪物は、その程度では止まらない。

 

 オッタルは左手の籠手でアイズの攻撃を受け止めると、右手の大剣を斜めに滑らせる。アイズは体勢が崩れたところを突かれぬよう、すぐさま後退して距離を取った。

 追撃は来ない。

 

 そのことにベートは苛立ちを覚えたのか、再び突撃する。上段からの渾身の力を込めた打撃を繰り出すと、それを受け止めたオッタルの身体に振動が生じた。

 

 だが、それも一瞬のこと。まるで、効いてないと言わんばかりに涼しい顔で受け止めると、オッタルは蹴りを繰り出してベートを吹き飛ばす。空中で器用に姿勢制御を行うと、着地と同時にまたもや突っ込んでいく。アイズもまた、そんなベートに続くように飛び出していく。

 

 だが─────

 

「温い」

 

 オッタルは向かってくるベートに、大剣による薙ぎ払いを放った。横から襲いかかる刃に、ベートは反射的に回避行動を取る。しかし、そんな動きを見透かしていたかのように、大剣の軌道が変化する。

 

 横から縦へと変化した軌道を、ベートはそのまま前進することでやり過ごした。紙一重の差で避けきったベートだったが、オッタルの大剣はなおも止まらず、ベートを追う。

 

 ベートがとっさにバックステップで後ろに下がると、目の前で轟音とともに地面が砕けた。

 

 直後、オッタルの背後に回り込んだアイズが再び攻撃を仕掛ける。ベートとアイズ、二人がかりでの連閃は並みのモンスターであれば即座に肉塊に変えるほどの破壊力を持つ。

 

 至上の域に近い剣撃と仮借のない死の蹴撃による連続攻撃。雨のように降り注ぐ攻撃の一つ一つが必殺だ。

 

 しかし、それでもオッタルには届かない。まるで煙でも切っているかのように手応えがないのだ。アイズ達の攻撃はオッタルを捉えているはずなのに、掠り傷一つ与えられていない。それどころか、反撃に転じる余裕さえある。

 

 アイズの攻撃に合わせるように、オッタルが大剣を振り下ろし、アイズは身を沈めることで避ける。そのまま、アイズが下段から斬り上げると、オッタルはそれを受け流し、弾くことで対処する。

 

「『剣姫』、新たな高みに至ったか」

 

 階層主すら圧倒するアイズの速度と技の冴えを見て、オッタルが呟いた。

 

 歴戦の第一級冒険者二者の連携による逃げ場のない死の渦に対すれば、流石のオッタルといえど無傷では済まないはずだった。

 だが、オッタルはアイズ達を歯牙にもかけず、全て捌いている。

 

 アルの神がかった勘の良さと無二の才からなる『絶対応対』とは全く別の武の極み。歴戦の経験と不断の努力によって培われた技量による『絶対防御』。

 

 至上の域に近い剣撃と仮借のない死の蹴撃による連続攻撃、雨のような死の一撃をオッタルは全て受け流す。

 

 アイズは己の剣技を破られたことに驚愕し、僅かに動揺する。

 そして、その隙をオッタルが見逃すことはなかった。アイズの剣のレイピアを弾き飛ばし、切り返しでアイズの体を吹き飛ばす。

 

「〜〜〜~っっ?!」

 

「アイ──ッ!」

 

「お前も壁を越える手前に立つか、『凶狼』」

 

 決河の勢いで地面に叩きつけられ、クレーターを作るほどに陥没させる。咄嵯に防具でガードしたとはいえ、その威力は計り知れない。ベートもアイズを気にしたのが仇となり、剣の一振りでふき飛ばされる。

 

 超重量の大剣であるにもかかわらずアイズのレイピア以上の速さで繰り出される剣撃は、まさに英雄の領域。アイズ以上の剣の技量に及びもつかない身体能力を兼ね備えた怪物。

 

 まさしく、巌の如き強さだった。

 

 一瞬ごとに死を刻む連続攻撃を前にしても、オッタルは一歩たりとも動じない。巨岩の如く不動にして、嵐を斬り裂く大剣のように苛烈。その二つ名に相応しい威容を身に纏い、二人の猛攻を易々と凌いでいく。

 

「(これが·······)」

 

「(········Lv7!!)」

 

 身近にいるもう一つの頂天とは訓練ならばともかく立場もあって殺気を孕んだ真剣での果たし合いなどする機会はなかった。これから追いつき、並ぶべき頂の高みに愕然とする。

 

 歴戦の英雄、頂天に達した怪物。幾多の敗北を糧に積み上げてきた武が、二人に迫る。それは単純に経験の差であり、積み重ねた時間の長さによる差でもある。

 

「チッ─────風を寄越せッ!!」

 

「【目覚めよ】!!」

 

 このままでは二対一でも負ける────そう理解したベートは叫び、考えを同じにするアイズも対人戦では封印していた付与魔法を解禁する。アイズの全身から吹き荒れる暴風がベートの銀靴に宿り、風の魔力を帯びる。

 

 風の付与魔法により爆発的に加速されたベートの蹴りは、音を置き去りにした。音速を超えた神速の蹴撃がオッタルの胴体へと迫る。

 

「ガアッッッ!!」

 

 精霊の嵐を纏った蹴撃、この戦いで間違いなく最速最強の一撃にオッタルの錆色の瞳が鋭く光る。大剣が嵐の銀靴とぶつかり、大気を震わせる衝撃音が轟いた。

 

 しかし、オッタルは大剣を盾として構えて完璧に防ぎきっていた。ベートは止まらないまま、大剣の側面を蹴って跳躍。そのままオッタルの頭上へ到達すると、更なる風を喰らい取って鉄を粉砕する蹴りを嵐のように放つ。

 

 二人の眼前で信じられない光景が繰り広げられる。

 

 嵐によって加速に加速を重ねたベートの猛撃をオッタルはいまだ巌のように防ぎきっている。まるで大剣そのものが意志を持つように、オッタルの大剣は縦横無尽に動き回り、迫りくるベートの足や拳を全て打ち落としていた。

 

 疾風の猛威にオッタルの大剣が呼応するように動く様は、さながら嵐と一体化しているようだった。決して後退しないオッタルの前進とベートの疾走が衝突し、嵐と化す。間断ない完全防御。

 

 ベートは攻撃の手を緩めない。一度でも攻撃の手を止めれば、オッタルの刃が自分を貫くと本能で察して、攻撃を続ける。しかし、攻撃すればするほど、オッタルの防御は堅固になる。

 

 最強たる男の『技と駆け引き』によって、二人の攻撃は全て封殺されていく。そのさまは奇しくも以前、リヴィラの街で怪人レヴィスを完封したアルの戦いぶりに酷似していた。

 

 純粋な場数と戦闘経験の差。戦いの中でそれを痛感させられる。数の利と魔法を用いてもなお、その差は埋めがたいものだった。

 

 ベートの体が徐々に傷ついていき、アイズの体にも無数の切り傷が増えていく。彼我を隔てるのは、底が見えないほどの実力差。果てのない不断の鍛錬に裏付けられた人外の戦闘力。

 

 魔物と交わった穢れた精霊や怪物と人間の異種混成であるレヴィスでさえ、眼前の猪人には及ばないだろう。

 

 どれほどの鍛錬を積み上げ、どれほどの苦難を乗り越え、どれほどの偉業をなせばこれほどの高みに到れるのか。

 

 ─────傑物。そんな言葉さえ生温い。

 

 目の前にある存在はまさしく、頂点に立つ怪物だった。

 

 不断の努力の果てに辿り着いた頂きの怪物を、前にして二人は戦慄する。

 

「ぬんッ!」

 

「っっ!!」

 

 戦慄に支配された隙を突かれ、オッタルの大剣がアイズの風鎧を砕く。鎧越しとはいえ、巨体の突進に等しい威力を誇る斬撃を受け、アイズの身に衝撃を響かせる。それでもなんとか耐えきり、アイズは暴風の恩恵を受けたレイピアを突き出す。風の魔力を帯びたレイピアの切先はオッタルの胴体に届く寸前、彼の巨体に似合わない俊敏な動作で逸らされる。

 

突きをいなされ体勢が崩れたところを狙われるが、瞬時に対応して追撃を防ぐ。オッタルの攻撃を防いだことで僅かに生まれた隙にベートが飛び込む。二人がかりでオッタルを攻め立てる。

 

嵐の銀靴がオッタルの防御を崩そうと躍起になり、アイズが隙あらば風属性の付与魔法を纏わせたレイピアで貫こうとする。だが、オッタルは巌のように揺るがない。巌のような堅牢さに阻まれて、二人の攻撃は届かない。

 

()()()ッ!!」

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの奥義たる超大型、あるいは階層主専用の神風がオッタルへと放たれた。剣閃に乗って吹き荒れる嵐の奔流に()()()ベート・ローガが銀閃光となって一直線に突き進む。

 

 階層主ウダイオスですら一撃で仕留めかねない第一級冒険者同士の即興の合わせ技に対して、オッタルは目を見開き大剣の柄を握り締める。嵐を纏ったベートの銀靴が振り下ろされたオッタルの大剣と激突し─────

 

 凄まじい力と力の衝突によって、爆発的な衝撃波が巻き起こり、迷宮全体が震え上がった。砕けた地面が風によって巻き上げられ、瓦礫の破片が宙を舞う。

 

「················化け物が」

 

 衝撃の反動で広場の中央まで飛ばされたベートは呆然とする。

 

「ベート、さん?」

 

「あの野郎·····相殺しやがった」

 

 ベートの渾身の一撃を受けてなお、オッタルの闘志に揺らぎはない。あの大剣の防御を突破することはできない。ベートとアイズの全力攻撃をもってしても、オッタルに決定的なダメージを与えることはできなかった。

 

 ただの、純粋な力で第一級冒険者の奥義を破りさった男はベート同様後方へ下がりながらも防具や戦闘衣が破損しただけでその鋼の肉体にはさしたる傷もなく、未だ巌のように壁として立ち塞がる。アイズは息を呑む。ベートも動揺はしなかったが、舌打ちは止められなかった。

 

「大したものだ、【ロキファミリア】」

 

「些か、興が乗った。次は少しばかりこちらから攻め──」

 

 大樹が根を張るように立つオッタルが初めて回避行動をとった。瞬間、オッタルが立っていたダンジョンの床が飛来した紫電を纏った銀光によって穿たれ、深く亀裂が入る。

 

「あれを躱すか、脳筋のくせに素早いな」

 

「───『剣聖』」

 

 その銀光の一撃の正体は雷撃を伴った剣の投擲。その威力の程は、見れば鍔までダンジョンの地面に食い込んでいる。オッタルは咄嵯に身を翻して避けたが、一瞬でも反応が遅れていたならば確実に貫かれていたことだろう。

 

 オッタルは乱入者に眉をひそめる。そこにいたのは白髪の青年だ。美しい髪とは対象的に不吉な赤の瞳を持つ青年は、腰に三本の片手剣、背に身の丈ほどもある大剣を携えている。

 

「アイズ、ベート。行きたいなら行け、脳筋の相手は俺がしてやる」

 

「·····いいの? アルの弟なんでしょ?」

 

「いい、結果はわかりきってる」

 

 青年──────アルは死地にいるであろう弟に対して一切の憂いも見せずに肩と腰にそれぞれ佩いた黒と赤の凶剣───共に第一等級特殊武装たる【バルムンク】と【枝の破滅】を抜き放つ。

 

 怪人レヴィスや穢れた精霊を相手取ったときですら行おうとはしなかったアル・クラネルの真骨頂たる大剣と片手剣の二刀流。

 

 二振りの魔の剣を構えたアルを見て、オッタルが目を細めた。その口端からは笑みが浮かぶ。それはまるで強敵との戦いを喜ぶかのような表情だった。

 

「行かせるとでも」

 

「行かせられないとでも」

 

 その威容に対するようにオッタルは大風撃を受けてひしゃげた大剣を投げ捨てて、一際存在感を放つ緋色の大剣を手に取る。

 

 両者の視線が交錯し、戦意が、頂天と頂天が至高の武を以てぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 オッタルをアルに任せた二人は迫りくる広間の光ヘ飛び込む。そこには怪物がいた。

 巨体を誇るミノタウロスよりも更に巨大な牛頭人身。その手には刃こぼれした大剣を持ち、頭部の片角は歪に捻じれ曲がっている。だが、何より異様なのはその肉体。

 

 鍛え抜かれたかのような筋肉は隆起し、全身を包む筋肉は金属鎧のようであり、腕足はまさに鉄塊。

 

 そして、ミノタウロスの前に仰向けになって倒れる白髪の少年────ベル・クラネル。

 

 空気を求めるような枯れた呼吸音に、まだ少年が生きていることに二人が安堵するのもつかの間、元凶たる冒険者の大剣を装備した異質なミノタウロスに敵意を向ける。

 

 背で庇うように立ちふさがるベート。アイズは細剣を構える。背中から伝わる、息を呑む気配。

「蹴り殺してやるよ」

 

「今、助けるから」

 

 ベートは()()()間に合ったことに対する安堵を殺意に変えて、アイズは掛け値なしの賞賛と労いの意を胸に秘めて第一級冒険者の殺気に怯む猛牛のもとへ向かおうと足を踏み出そうとした。

 

 その瞬間、二人の視界の端に映ったのは───── 二人は目を見開いた。

 

「········には、いかないっ」

 

 ボロボロの身体にムチをうちながら、立ち上がるベルの姿があった。驚愕に目を見開く二人など気にも止めず、ベルは武器を構える。その手に握られているのは、ナイフと、一本の短剣。

 

血濡れの短剣を握る、右腕の袖は千切れ落ち、その下には白い肌が見える。赤い目は真っ直ぐとミノタウロスを睨んでいる。

 

「もう誰かに助けられるわけにはいかない」

 

「ここで逃げたら、もう僕は何者にもなれなくなるッ!!」

 

 その姿はあまりにも痛々しく、しかし、それでも尚立ち向かう意志の強さは、折れない心はまさしく──のそれであった。

 

そんなベルにミノタウロスも好敵手を前にしたかのように歓喜の声を上げる。轟く雷鳴のような叫び声に大気が震える。

 

「·······吠えやがった。下がるぞ、アイズ」

 

「えっ?」

 

()()の横取りは冒険者にとって御法度だ。────────俺らにアイツの冒険を邪魔する権利はねぇよ」

 

 いつぞやの宣言を聞いたときと同じ感覚。ただの少年が、決して器ではなかった筈のガキが、決意をもって立ち上がって殻を破ろうとしている。そう察したベートは先のアルと同じ一切の憂いを孕まない表情で下がっていく。

 

 アイズも悟る。少年は──少し前の私なのだと。弱きを捨て去り、憧憬に並ぶため魂をかける。その邪魔をすることなどできない、していいはずがない。

 

 ならば見届けよう。

 

 たった一人の少年の英雄願望(アルゴノゥト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

【ミスティルテイン】

アルに雑に投げられた不壊属性の剣。

 

【枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)】

第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。

 

【アルの技】

口には出さないけど脳内でそれっぽい技名をつけてる。アルは無闇矢鱈に技名言うよりも奥義的なのを使うときに、ボソッといったほうがカッコいいと思うタイプなのでキャラ崩さないためにも曇らせのため以外には黙って戦ってる。

 

【サンダーボルト】

何気に無言発動

 

 

 

 

【Q&Aコーナー】

Q.『剣聖』を殺したいです。どうすればいいですか?『匿名希望の邪神』

 

A.相手が冒険者『剣聖』なら、ザルドおじさんにウチデノコヅチ使った上でレヴィアタン食わせれば割とイケるかも。

 

能力的には魔石埋め込んだり、オッタルと一緒に袋にしたほうがいいんですが、それはそれでアルスイッチ入っちゃいます。

 

匿名希望の邪神『あの、どっちもいないんですけど』

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア、アルへの好感度】

オッタル>アレン>ヘディン>壁>ヘグニ>ガリバー>壁>ヘルン

 

【アル、フレイヤ・ファミリアへの好感度】

アレン>ヘルン>壁>ヘディン≫≫壁≫≫その他

 







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二十五話 英雄願望(アルゴノゥト)



最近、早寝早起きが極まって二十時に寝て五時に起きてる。今日は二十三時に目覚めた、一時にもう一回寝よう。



エニュオを筆頭にアルに対して好感度低い奴のがアルの正体に近いです(怖·······ってなるだけで本質とはずれてる)

例外は二人、if込みで四人





 

 

 

 

 

 

荒れ狂う精霊の風でもとより荒れ果てていたダンジョンの地面はその風を遥かに上回る炎雷と剛撃の応酬によって英雄ならざる余人が立ち入れば余波で簡単にその命を砕かれる絶死の領域と化していた。

 

階層主をも上回る個のぶつかり合い。

 

「「───ッ!!」」

 

 その中心に立っているのは錆色の頭髪と瞳を持つ巨躯の猪人と白髪の頭髪と血色の瞳のヒューマン。紛れもない英雄の威風を纏う両者の剣戟は先の戦いが児戯であったかのような大地をも揺るがす神域の攻防となっており、そのさまは頂上決戦と評するほかはない。

 

緋色の大剣による連閃をアルは最小限の動きで回避する。攻撃に込められた殺気や敵意を感じ取り、その軌道を読み切った上で、反撃を繰り出す余裕すらある。

 

対するオッタルもアルの斬撃を紙一重で避けるものの、隙あらば大剣を振るって一撃を叩き込もうとしている。

 

オッタルの振るった大剣をアルは左のバルムンクの刃先で受け流すと右の呪剣の切っ先がオッタルの腹を掠めていく。一瞬の膠着状態が生まれた瞬間、両者は同時に動いた。渾身の力を籠めた斬撃を放ったオッタルに対して、アルもまた必殺の威力を込めた刺突を放つ。

 

互いの一挙手一投足が大気の壁を突き破り、衝撃波を生み出す。両者の間で空間そのものが悲鳴を上げているかのように軋みを上げる中、互いの武器の先端が衝突した。次の刹那には互いに後方へと飛び退き、距離を取る。

 

戦気を滾らせぶつかる両者の認定レベルは共に世界最高たるLv7。

 

恐るべきは『猛者』オッタル。才能の権化であり、あらゆる術理と奥義を修めた新世代の若き英雄筆頭の一撃一撃が即死につながる連撃を尋常ならざる不屈の肉体と不撓の精神をもって紙一重で凌ぎきっている。対してアルは天性の才能と類まれなる戦闘技術を以てしてこの怪物に食らいついている。

 

今のオッタルのステイタスは魔力を除けば全てが上限たるSランクの999にまで至っており、スキルによる後押しを受けたその剛力は全盛期の『暴食』を確実に上回っている。

 

 

オッタルの表情に浮かぶのは歓喜の色だった。それはまるで強敵との闘争を楽しむかの如く、笑みを浮かべる姿はまさしく戦士の姿だ。

 

「どこまで登り詰める、『剣聖』」

 

 心の底から湧き上がる感嘆と歓喜。七年前、【ゼウス・ファミリア】最後の眷属と戦って以来、自分とここまで打ち合える者などいなかった。

 

アレンのようにあるいは自分以上の才を持つ後進もいるが、それでもかつての最強を知る身としては自分程度を目標にされても困るのだ。

 

だが、目の前の英雄は違う。間違いなく、自分の知る『真の最強』の領域に到達できる器を持っている。己が身を襲う衝撃と激痛も忘れてオッタルは全身全霊の力を込めて大剣を振り下ろす。

 

オッタルの言葉を受けてなお、アルの表情に揺らぎはない。ただ静かに眼前の敵を屠るべく意識を研ぎ澄ましていく。

 

【力】と【耐久】ではオッタルが、【敏捷】と【器用】ではアルが優る果たし合いはさらなる苛烈をもって────

 

「やけに親指がうずいていると思ったら·······これも含まれていた、ということかな?」

 

 その人界最高の戦いに水を差す声はオッタル達がいる通路口前とは真逆の位置にある通路の奥から聞こえてきた。黄金の長槍を携え、同じ黄金の輝きを秘めた髪をなびかせる小人族の美丈夫。

 

「やあ、 オッタル」

 

「·······フィンか」

 

 親しげに、それでいてどこか冷徹さを感じさせる声で呼びかけてくるフィンに対し、オッタルは微かに顔をしかめる。しかしそんな反応を意にも介さずフィンは言葉を続けた。

 

彼の視線はアルにも向けられており、その瞳はどこか楽しそうな色を含んでいる。それはオッタルにも同様であり、その瞳には興味深げなものが含まれていた。

 

ついで、リヴェリア、ティオナ、ティオネ達も姿を現し、全員が二人の傍まで歩み寄ってくる。全員、それぞれの得物を握りしめており、臨戦態勢を整えていた。先ほどまでの激戦が嘘のように静まり返った戦場で、全員がオッタルに向き直り武器を構えてみせる。

 

アルに加え、第一級冒険者四名は流石に手に余ると臨戦態勢を解除すると、オッタルは小さく息をつく。敵意が消えた相手にアルも興が削がれたのかなんの未練もなく戦意をかき消して翻る。

 

敵への興味を失い、リヴェリアとともに血まみれの小人族の少女の治療に向かうアルの姿を見送りながらフィンはオッタルに問いかける。

 

「状況は把握できていないんだが··········何故この場所で、この時に僕達と矛を交えたのか、理由を聞いてもいいかな、オッタル?」

 

「敵を討つことに、時と場所を選ぶ道理はない」

 

「もっともだ。では、それは派閥の総意、ひいては君の主の神意と受け取っていいのかな? 女神フレイヤは、僕達と全面戦争をすると?」

 

「あの色情魔の命令だろう? 振り回されるお前やアレンには同情するよ」

 

「·······いや、俺の独断だ」

 

 アルの言葉に、フィンは苦笑いする。確かにオッタルの言う通り、今回の件は【フレイヤ・ファミリア】団長としてではなく、単独で動いていることだ。だが、その裏には主神であるフレイヤの意志があるのもまた事実だろう。

 

「お前達が徒党を組む以上、俺に勝ち目はない」

 

「そう言ってもらえて助かるよ。僕達も、君とはことを構えたくない」

 

 ティオネ達の鋭い視線に晒されながらもフィンたちの入ってきた8階層への通路へ向かおうとするオッタルは、ふと足を止める。

 

「とどめられなかったこの不覚、呪うぞ」

 

 雷による火傷と出血で全身を赤く染め上げながらもなお威風堂々とした立ち振る舞いを見せるオッタルの眼光は振り返らずに背中越しに向けられたにも関わらずフィン達の更に先を射貫く。

 

「自分の無力を棚に上げ、言おう」

 

 通路の先から響き渡るミノタウロスの咆哮を背にオッタルは言い放つ。

オッタルの声音には確かな怒りが、自身の無力を呪うかのような怒り込められていた。フィン達ですら感じ取れるほどの明確な意志を纏いながらオッタルはその言葉を紡ぐ。

 

「殻を破れ、他者の手などはねのけろ、『冒険』に臨め。お前の見るべきものは前だけだ」

 

「─────あの方の寵愛に応えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

チェンジで。

 

なーにが寵愛に応えろ、だ。

 

女神至上主義マジつまらんし、むさくるしいわ。

 

今度、アーニャが作った弁当デリバリーしてあげるからアレン連れてこい。 

 

あるいは見てて愉快だから魔法使用中のヘルン連れてこい、他は女神ともどもいらん。

 

 

 

 

 

 

 

 

絶えずに襲い来る痛みに意識を失いかける中、僕の意識は目の前に立ちふさがった人影に吸い寄せられていく。ベートさんとアイズさんが、憧憬が、僕を庇うように立っていた。

 

状況に思考が追いつかない。どうしてここに二人がいるのか、なんで僕を助けようとしているのか、なんで、なんで────。

 

二人は武器を構えることすらせずに、ただ立っているだけだった。ミノタウロスの殺気に当てられても、微塵たりとも怯んでいない。むしろ、ミノタウロスのほうこそ二人の放つ威圧感に気圧されているように見える。

 

僕は呆然としながら、二人が立つ姿を眺めていた。

 

二人の姿はまさに憧れた英雄の背中で────

 

「蹴り殺してやるよ」

 

「今、助けるから」

 

 その言葉に身体に走る痛みが消え去った。それはまるで魔法のように、あるいは奇跡のように。激情が身体を支配するのを感じた。憧れの背中が、すぐそこにある。手が届きそうなほど近い場所にいる。

 

これじゃ、あの時と同じだ。燃え盛る気炎が、恐怖を焼き尽くしていく。虚勢、強がり、勇気、それら全てを燃料にして、熱く、熱い感情が身体を支配していく。

 

立たなくては、立って戦わなくてはならない。

 

また、助けられるのか?

 

また、守られるのか?

 

また、何も出来ないのか?

 

何のために強くなろうと決めたんだ!!

 

動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け!!!!

 

竦む体に喝を入れろ! 怯えて縮こまった心に活を入れる。弱音を吐こうとする自分を叱咤し、奮い立たせる。

 

闘志に、火を灯せ。

 

覚悟を決めろ。

 

決意を固めろ。

 

ここで意地を張らないで、いつ張るんだ。

 

ここで立ち上がらないと、僕は一生後悔する。

 

瞬間、僕の視界がクリアになった。

 

歯を食いしばって、震える膝を殴り、体の芯から冷え切った指先の末端に至るまでの感覚を取り戻す。そして、僕は足の裏を地面につけてしっかりと立った。

 

「········には、いかないっ」

 

「もう誰かに助けられるわけにはいかない」

 

「ここで逃げたら、もう僕は何者にもなれなくなるッ!!」

 

 立ち上がった僕にニヤリとミノタウロスは笑みを浮かべると、大剣を担ぎながら歩み寄ってくる。僕はそれに相対するように前へと出た。怖い。怖くて仕方がない。それでも、僕は逃げない。逃げたくない。立ち向かう。その想いを胸に抱きながら、僕はミノタウロスを見据える。

 

「勝負だッ······!!」

 

 これこそが僕の、ベル・クラネルにとっての初めての冒険。

 

 

 

 

 

ミノタウロスとベルが相対するルームにリヴェリア達もやってくる。

 

視線が集まる先にあるのは彼らにとっては遥か低次なはずの戦い、しかし誰もがその戦いから目を離すことが出来ないでいた。魂の燃やすようなベルの叫びが、ミノタウロスの咆哮とともにルーム中に響き渡る。

 

傷だらけの身体に活を入れ、ミノタウロスに立ち向かっていく。大剣とナイフが火花を散らす。互いの攻撃が掠め合い、血の粒が飛ぶ。

 

一撃でもまともに喰らえば死ぬかもしれない状況だというのに、ベルの心には恐怖心というものはなかった。ただ目の前にいる強敵を倒すという闘争本能のみが身体を突き動かしていた。

 

甲高い金属音が鳴り響く中、腕を振るうだけで暴風を巻き起こす怪力に圧されながらも、ベルはなんとか躱して致命打を避け続ける。

 

「(図体に、騙されるな!)」

 

 恐怖を砕き、勇気を振り絞って何度も立ち向かう。恐怖の呪縛から解き放たれた今のベルに後退という文字はない。ただひたすらに前進あるのみだ。

 

ベルはミノタウロスの攻撃を避けると同時に懐に入り込み、ナイフによる斬撃を繰り出す。ミノタウロスの怪力はベルを一撃で潰すことなど造作もないだろう、掠っただけでも致命傷となるだろう。

 

だが、それだけだ。

 

はなから当たるつもりはない。ベルはミノタウロスの大振りの攻撃を見切り、バックステップを踏むことで間一髪で回避し、そのままミノタウロスの背後に回り込む。そして、再び斬撃を放つ。

 

ミノタウロスの首筋に刃が迫るが、腰の入ってないその斬撃では分厚い肉鎧にはかすり傷しか負わせることはできない。だが、少しずつではあるが確実にベルはミノタウロスを削っていく。

 

速攻魔法の火雷が轟く。一発一発の威力に乏しい代わりに精神力が尽きない限り連射の効く無詠唱魔法。直撃を受けた箇所は焦げて煙を上げているものの、ミノタウロスの頑丈すぎる肉体はその程度の損傷ではびくともしない。

 

それでいい、ミノタウロスの視界を遮ることさえできれば十分だ。恐怖を拭い去り、冷静に見据えれば見切れない速度ではない。

 

「(コイツより速い相手と、何度も戦ってきたんだろう!!)」

 

 師である狼人はミノタウロスより遥かに素早く、力強い。ベートに比べればミノタウロスの一直線な動きなんて簡単に予測できる。

 

ミノタウロスの攻撃は苛烈を極めるが、ベルはギリギリのところで全てを回避する。嵐のような剛撃を潜り抜け、避けきれないものはナイフで受け流す。ナイフを持つ手に痺れを感じても決して手放さない。

 

「ナイフであの攻撃を逸らしてる·····?」

 

「いや、何よりも注目すべきはあの足捌き······ベート、お前が教えたのか」

 

「········」

 

 リヴェリアの言葉に答える余裕のないベートはただじっと戦況を観察し続けている。その表情からは何を考えているか読み取ることは出来ない。そうこうしているうちにミノタウロスの動きに変化が訪れる。

 

ベルに対する警戒心を抱いたのか、今までのように力任せに剣を振り回すのではなく、拙いながらも剣技。それも突きを主体としたものへと変化させていく。

 

ミノタウロスの持つ大剣は両手持ち用の巨大なものだ。そのため、リーチが長い反面、小回りがきかない。それはつまり、一度でも懐に入られれば一気に劣勢に立たされるということだ。それを理解したのか、ミノタウロスはベルに対して果敢に攻め立てる。

 

それでもベルは怯まない。一撃でも当たれば即死するような攻撃を前にしても冷静に対処する。時には相手の力を利用すらして、ベルは着実にダメージを与えていった。だがそれでも基礎能力の差は歴然であり、次第にベルの体力が削られていく。

 

徐々に的確になっていき、退路を塞ぐように繰り出される剣戟を必死になって避ける。頬を掠める刃に冷や汗を流しながら、ミノタウロスの隙を窺う。少しの狂いが死を招く紙一重の攻防。

 

「本当によく凌いでる。でも········」

 

「攻めきれないっ」

 

 両者の間に隔たる致命的な差、それは攻撃力にほかならない。ベルのナイフや短剣での一撃では分厚いミノタウロスの肉鎧を貫くことが出来ない。

 

対してミノタウロスの攻撃は一撃一撃が即死の必殺、掠めただけでも致命傷になりえる。当たらずともこのままでは、いずれ押し負けてしまうだろう。

 

ミノタウロスによってルームの地面は隆起し、亀裂が生じ、砕けた瓦礫が散弾のようにベルの身体を襲う。

 

「ヴァムゥウウウウウンッ!!」

 

「づっ!!」

 

 ベルの身体に無数の裂創が生まれ、鮮血を散らす。苦痛に顔を歪めながらもベルはナイフを握り締め、ミノタウロスの猛攻を掻い潜る。ミノタウロスにある怪物としての基礎能力というアドバンテージを覆さない限り勝利はない。

 

「あのミノタウロス、やはり変だな」

 

 二人の攻防を観戦していたリヴェリアが片角のミノタウロスの他との差異に気づく。天然武器でない一廉の冒険者が持つような大剣を鈍器ではなく刃物として使い熟しているのも目を引くが、何よりも目を向けるべきはその純粋な身体能力の高さ。

 

ダンジョンから産まれる同種のモンスターにも多少の個体差はあるが、片角のミノタウロスのポテンシャルはもはや別種と言えるほどに高い。

 

「······強化種か」

 

「うそ·····」

 

 以前逃したミノタウロスが生き残り上層のモンスターを狩ったのだろうか? いや、格下の魔石を喰った程度の強化率ではない、同等の階位の中層域の魔石を複数喰らわなければああはならない。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 右手を突き出し、速攻魔法を連射する。炎雷の嵐にさしものミノタウロスも後退を余儀なくされ、攻撃の手を止める。

 

「········詠唱してる? あの魔法?」

 

「いや、アルの【サンダーボルト】と同じ速攻魔法だな」

 

 連射可能な魔法の火矢。絶体絶命の状況においてもこの魔法によってかろうじて九死に一生を得ている。この魔法がなければ勝負はすでに決していただろう。

 

だが、これでもうベルは後がない。体力はとうに限界を超えている。一撃でも貰えばそこで終わりだ。頼みの魔法も精神力に底が見えてきた。

 

なにより、ベルの魔法では。

 

「決定打には届かない」

 

 無詠唱ゆえの欠陥。本来、奥の手として扱われる魔法を詠唱なしで発動、挙句の果てには連射すら可能とする速攻魔法は確かに強力ではあるが欠点も存在する。威力が通常の魔法よりも遥かに劣る。ミノタウロスの体はダメージこそ負っているが深手には程遠い。

 

「アルの、同じ無詠唱の【サンダーボルト】の威力が反則なだけといえばそうなんだろうけどね」

 

「手詰まりか」

 

「決めつけるにはまだ早い······と言いたいところだけど」

 

 刻一刻とベルの限界が近づきつつある。このまま戦い続ければ遠からずベルの敗北が決定する。防御にすら全身全霊を注がなければならない状況で有効打につながる反撃に転ずることは不可能に等しい。

 

急所である魔石を狙おうにもナイフのリーチでは分厚い胸筋に隠されたミノタウロスの魔石には到底届かない。

 

酸欠か、精神力の消耗か、少しずつベルの視界が狭まっていく。このままではミノタウロスの攻撃で潰される前に意識を失うかもしれない。

 

大気に悲鳴をあげさせながら振り下ろされるミノタウロスの剣をどうにか防ぐものの、体勢を崩したベルに対して容赦なく放たれた追撃が【バゼラード】の刃をたたき折る。

 

甲高い音とともに宙に舞った刀身に目を剥くベルに対し、ミノタウロスは容赦ない攻撃を叩き込む。回避は不可能、防御すらままならない。

 

ベルの華奢な体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。口から鮮血が零れ落ち、激痛に悶える暇もなくミノタウロスの巨躯が迫ってくる。

 

「彼には、武器がない」

 

 フィンの言葉の通り、魔法でもナイフでもベルではミノタウロスには決定打を与えられない。刀身を半分以上失った短剣を持ったボロボロの左腕を庇いながら立ち上がるベルの姿は満身創痍そのもの。もはや勝機はどこにもない。

 

絶望的な光景に誰もが息を呑む中、ミノタウロスの振り上げた大剣がベルにむかって一直線に落下する。

轟音が鳴り響き、大地が揺れ動く。砕けた地面の破片と砂煙が立ち込める。

 

煙の中、薙ぎ払うかのように放たれた致命の一撃を、鍛冶神が鍛え上げたナイフで防いだ時─────

 

バキィンッ、と。

 

噛み合った衝撃に、小柄なれど遥かに質の高い漆黒の刃にミノタウロスの持つ大銀塊が砕け散り、ベルの漆黒のナイフが遥か後方に吹き飛ぶ。瞬間、二人は互いに無手となった。

 

ベルは唯一の攻撃手段を失った、ベルの使っていた短剣はすでにその刀身を半分以上失っていてミノタウロスの筋肉の鎧には通らない。

 

そして、決定打を失ったのはミノタウロスとて同じだった。無論、ベルとは違ってその鋼の肉体は無手でも人間一人を殺してあまりある凶悪さを秘めている。

 

しかし、ミノタウロスはベルの逃げ足の巧みさを知っている。相手も武器を失って攻めてくることがない以上、リーチが短い無手ではベルを捉えられないと理解していた。

 

「───ブムゥ」

 

「········はぁ、はぁ」

 

 激戦が僅かながら膠着状態に至り、互いに攻めあぐねる。だが、それを覆すように静かな言葉と共に二人の元へ二つの武器が飛来する。

 

「──使え」

 

 それはアルが投げ渡した大剣と片手剣。どちらも握ったものを呪うような鬼気をまとう魔の剣。歴戦の勇士でも持つことを躊躇うような剣を両者は迷うことなく掴み取った。

 

ベルは左手で、ミノタウロスは右手に。同時に走り出す。ベルは左に、ミノタウロスは右に。ベルは呪剣をミノタウロスの首筋へ、ミノタウロスは竜剣をベルの胴へと。互いが借り受けた獲物を振り抜く。互いの得物が交錯し、激しい金属音を奏でる。

 

片や、隻眼の黒竜の鱗から作られた下界至高の竜殺しの大剣。

 

片や、自らを焼く事を対価に凄絶なる一撃を放てる呪詛武器。

 

下界において至高の域にある、竜剣と呪剣。

 

初めて握った二人に特殊武装たる異能は発揮できない。だが、どちらも異能を抜きにしても第一級冒険者の頂天が持つ名剣を越えた名剣、此処から先の攻防に防御は不可能。

 

英雄の武器を手にした両雄が戦意を滾らせる。

 

最後の攻防が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

全然関係ないけどクロエ(当時17歳)とアル(当時12歳)は互いにとって危険っすね、性癖と性癖とバトルや。

 

ミア以外に豊穣の女主人で一番真っ当に接してるのはルノア

 

アル「チェンジ」←オッタルをその他大勢扱いしてる変態

オッタル「どこまで登り詰める······!!」

 

アル「アーニャが作った弁当デリバリー」←アレン曇らせのために数年前アーニャに貰った今の能力的には弱いアミュレットつけてる変態

アレン「死ね、殺す」

 

アル「見てて愉快」←素でフレイヤかどうか判別する変態

ヘルン「弟が逆に怖い」

 

 

【Q&Aコーナー】

Q.アル・クラネルが私を見て「あ、今日はお前か」とか言ってきます、最初は殺意だったんですがだんだん怖くなってきました。なんでわかるんですか?『匿名希望の従者』

 

A.嗅覚です。アル☆ノーズ。

 

匿名希望の従者『聞かなきゃよかった』

 

回答者『アル☆アイでも看破可能』

 

匿名希望の従者『目と鼻、いや、いっそ五感全部潰せばいいですか?』

 

回答者『アル☆ハート』

 

回答者『ちなみにアルは攻めに弱い、というより被害者の立場だと生意気にもまっとうな価値観になるのでアポロンやアマゾネスレベルまで突き抜ければ無害です』

 

 







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二十六話 英雄願望(アルゴノゥト)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄の武器を手にしたベルとミノタウロスは一切の躊躇なく駆け出した。その速度は今までとは比べ物にならない程速く、一瞬にして両者の間合いはゼロになる。

 

それはまるで鏡写しのように同じタイミングであり、全く同じ攻撃であった。戦士として付け焼刃の技術しか持たないミノタウロスと同じようにベルの剣捌きは拙いものであった。

 

片手剣といえど当時既にLv6だったアルが振るうことを前提に作られた朱色の呪剣はベルの手に余り、技術不足を補おうと力任せに振った結果、その軌道は酷く歪なものとなる。

 

「下っ手くそだなあ········」

 

「でも、押してるわ」

 

 しかし、それでもベルの動きはミノタウロスと同等かそれ以上の速度を誇っていた。その勢いは同じく新たな武器を得たはずのミノタウロスを圧倒する。

 

「────っ!!」

 

 ベル・クラネルの背中が、『神聖文字(ヒエログリフ)』を刻まれた背中がほのかに燐光を灯す。四年ぶりに。

 

そう、四年ぶりに会った兄からの短い言葉と餞別。それがベルの中で長い間燻っていたものを一気に燃え上がらせたのだ。  

 

それはベル自身にも自覚できていなかったもの。だが、確かに存在する心の炎。それを燃料としてベルの力はさらに増していく。

 

多くを語らない、それでも自分を常に守ってくれていた兄は自分に渡すだけでなくミノタウロスにも武器を投げて寄越した。

 

それはつまり、自分をただ守る対象でなくミノタウロスとの対等の戦いを行う戦士として認めたのだ。ならばそれに応えなければならない。兄の期待に応えたい。

 

始まりの憧憬に認められ、背中を押された。

 

─────その事実がどれほどまでにベル・クラネルの心を燃やしたか、ミノタウロスにはわかるまい。

 

ベルという赤い竜巻が巻き起こし、渦中にいるミノタウロスは裂傷だらけになりながらも必死で抵抗を試みるも、その全てを圧倒的な速度で斬り伏せられる。

 

縦横無尽に振り回される朱色の軌跡が、瞬く間にミノタウロスの血に染まる。逆転した戦況にミノタウロスに動揺の色が見え始める。ベルはその隙を逃すことなく攻勢に転じ、防御を取らせず一方的に斬撃を叩き込む。

 

憧れの「英雄」の武器を手にして、英雄願望の少年が強くならないわけがない。

 

尽きない進撃に、徐々に後退を余儀なくされるミノタウロス。確実に傷が増えていき、血飛沫が上がる度に動きが悪くなっていく。

 

そして遂に、ベルの猛攻に耐え切れなくなったミノタウロスが膝をつく。そこに容赦のない追撃を加えようとするベルだったが、その時、突如として視界の端から巨大な拳が迫ってくる光景が映り込んだ。咄嵯に身を捻って回避するも体勢が崩れてしまい、致命的な隙が生まれてしまう。

 

そこに生まれた僅かな硬直時間を狙いすまして、雄叫びを上げながら突進してきたミノタウロスが渾身の一撃を振り下ろす。

 

ベルの変わりように怯んでいたミノタウロスが、吠えた。だが、ベルは慌てることなくその攻撃を避け、反撃に移った。

 

振り下ろした直後で無防備な腹に向かって剣を突き刺そうとするが、直前で気付いたミノタウロスが素早く身をよじり、辛うじて致命傷を避ける。

 

それでも完全に避け切ることはできず、腹部からは大量の血液が流れ出た。苦悶の声を上げるミノタウロスに対し、ベルは容赦なく追い打ちをかける。

 

横薙ぎの一閃を放とうとするが、最強のモンスターの肉体から作られた漆黒の大剣を持つ姿は神話の怪物のような偉容をもって咆哮する。

 

「ブ、モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 互いの雄たけびが重なり合い、両者の視線が激しくぶつかり合う。先に仕掛けたのはミノタウロスの方だった。大剣を上段に構え、一気に振り下ろそうとしてくる。それに対してベルは敢えて前へと踏み込み、自ら攻撃を仕掛ける。

 

その判断に驚愕しつつも、ミノタウロスはベルの攻撃を迎え撃つべく全力を込めて振り下ろす。交じり合い、交差し合う斬撃。

 

衝突した瞬間、轟音が鳴り響く。その反動を利用して距離を取ろうとするが、ベルの方が一歩早く相手の懐に入り込んでおり、再び刃を交える。

 

しかし先ほどとは違い、今度は技巧の応酬が繰り広げられていた。互いが互いに相手を倒さんと力を尽くしている。

 

一合、二合と打ち合うごとに二人の表情が歪んでいく。それは体力の消耗によるものか、それとも痛みによる苦痛なのかはわからない。

 

一進一退の攻防が繰り広げられる。止まらない加速を続ける戦いの中で、ベルが少しずつではあるが押し始めていた。それは単純な力比べではなく、技量の差が表れた結果だった。

 

漆黒と緋朱の交わりは数十を超える剣戟として快音を響かせる。ベルが振るった刀身が、ミノタウロスの分厚い皮膚を切り裂く。ミノタウロスの振るう大剣が風を切りながら、ベルの肌に赤い線を刻む。お互いが傷つきながらも、その闘争心は全く衰えていない。

 

止まらない激動の中、ついに均衡は崩れる。ベルの放った鋭い突きがミノタウロスの肩を貫き、そこから鮮血が噴き出す。

 

今までとは違う手ごたえを感じ取ったベルはここぞとばかりに攻め立て、ミノタウロスの身体を滅多切りにする。怒涛の連撃に、ミノタウロスの巨体が揺さぶられる。

 

両雄の咆哮がダンジョン内に響きわたる。

 

ベートが、ティオナが、ティオネが、フィンが、小人族の少女を抱くリヴェリアが─────アルが。誰もが言葉を発さず、その闘いを最も近い場所から見つめていた。

 

決して止まらない戦意のぶつかり合い。躊躇も妥協もない少年とモンスターの本気の戦いに、言葉など不要だとばかりにかわされるのは言葉にならぬ咆哮。誰もがその戦いに目を離せない

 

「········『アルゴノゥト』」

 

 それは太古の英雄譚。英雄を目指す愚かな道化が紡ぐ物語。

 

少年が憧れた物語の、始まりの物語。

 

ベル・クラネルという少年が憧憬を抱いた物語。

 

悪意と運命に翻弄されながらも、己の意志を貫くために立ち向かい続ける一人の少年の魂の物語。

 

冒険の果てに雷鳴の猛牛を打ち倒し、数多の英雄達の船となった始まりの英雄。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ······」

 

 繰り広げられる戦いを見据えながら、ぽつりと呟くティオナの目には英雄譚とベルの戦いが重なって見えた。

 

新たなる英雄譚の一頁。それが今、目の前で繰り広げられている。そう思えてならなかったのだ。ベルもミノタウロスも限界は近い。

 

既に両者共に満身創痍。それでも闘志だけは消えておらず、ただひたすらに勝利を求めるために動き続けている。

 

其れこそが神々が古代からいつまでも見守り続けてきたどこにでもある英雄譚の一節。

 

命を削り合う死闘。死力を尽くす攻防の交差。朱色の呪剣と漆黒の大剣が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。ベルの緋色の剣閃が奔り、ミノタウロスの大剣が薙ぎ払う。

 

両者は一歩たりとも譲らず、互いの武器を振るい続けた。両者の勢いは止まらない。そして遂に決着の時が訪れる。ベルの渾身の一撃がミノタウロスの腹部を穿ち、肉の鎧を貫いた。

 

「フゥーッ、フゥーッ··········ンヴゥウウウウウウオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 止まらない出血に限界を感じ取ったのかうめき声とも憤怒の声ともとれる雄たけびを上げ、全身の力を込めて剣を握らない左腕をダンジョンの床に叩きつける。

 

その衝撃によりぐしゃぐしゃにひしゃげて原型のなくなった左腕で地面を踏み締めるかのように強く踏ん張り、四足の獣のように姿勢を低くする。

 

ベート達、歴戦の冒険者が何度も見てきた、窮地におかれたミノタウロスが見せる最後の攻撃。それを戦士としての理知と比類ない英雄の武器を手にした片角のミノタウロスが「奥義」として昇華させた。

 

血走った双眼と殺意の籠った視線が交錯し、ベルもまた同じように構えを取る。ベルは、ミノタウロスが何をしようとしているかを理解していた。ミノタウロスは、ベルがこの後にどう動くかを理解していた。故に、両者は同時に動いた。

 

その身体すべての推進力を剣に込めた漆黒の一撃にベルは呪剣を袈裟に構えて振り下ろすことで迎え撃つ。ベルの瞳には、自分の身体を両断せんとするミノタウロスの斬撃と口端を吊り上げて笑みを浮かべる怪物の姿が映っていた。

 

その破城槌が如き一撃はベルの【力】では決して止められない。だが、そのままベルを轢き潰そうとしたミノタウロスの肩に朱色の刃が食い込み、突進の速度が僅かに緩む。

 

「ファイアボルト!!」

 

 ベルはその隙を見逃さない。渾身の力で振るわれた緋色の一刀は、遂にミノタウロスの左肩に深く食い込んでいる、剣を伝ってミノタウロスの『体内』に炸裂する炎雷の魔力を注ぎ込んだ。分厚い筋肉が内部からの爆炎に耐え兼ねて膨れあがり、内圧に押されるようにして弾け飛ぶ。

 

「ファイアボルトオッ!!」

 

 炸裂した爆炎が傷口から吹き出し、ミノタウロスが絶叫を上げる。体内で荒れ狂った緋色の火炎が鼻と口から溢れだし、ミノタウロスの巨躯が大きく仰け反る。

 

「ハッ、ゲッハッ、グッ·········オオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 だが、それでも致死には届かない。臓腑を焼かれながらもミノタウロスは咆哮し、金属が編み込まれたかのような剛腕をもってベルを打ち潰そうとし────

 

その衝撃の前にベルの身体が焼け焦げる──!!

 

魔法によるものではない、その原因は手にする呪詛武器(カースウェポン)。本来、特殊武装の能力を発揮するのには相当量の鍛錬と慣れを必要とするが、その前提を憧憬が覆す。

 

その剣の銘は【枝の破滅(ラーヴァーナ)】、【バルムンク】と比肩する最凶の呪剣。使用者に超絶的な攻撃力を与える代わりに、代償を与える呪いを帯びた呪剣。

 

その呪われし異能は────自らの肉体を焼き焦がす事を対価とした攻撃力の激上。

 

全力を込めた一撃が、ミノタウロスを叩き割らんとその威容を誇る肉体ごと肩から腹までを斬り裂く。そして、ミノタウロスの骨肉を粉砕しながら、緋色の呪剣はそのまま振り切られた。

 

「ファイアボルトォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「─────、───────────!!」

 

 鋼の体に叩き込まれた朱色の刃は、その勢いのままに肉を突き抜け、その先にある魔石に突き刺さり止まる。

 

炎雷の炸裂によってはじけ飛ぶミノタウロスの身体の一部を浴びながら、ベルは叫ぶ。猛牛の戦士は跡形もなく消え、そこには仮初めの主を失った漆黒の大剣だけが、まるで墓碑のように残る。

 

その瞬間、ベルは膝をつく。限界を超えて酷使された手足は、既に使い物にならなくなっていた。そして、今や全身が重度の火傷によって、皮膚が爛れて酷い有様となっている。

 

「·······勝ち、やがった」

 

「········精神枯渇」

 

「た、立ったまま気絶しちゃってる········」

 

 剣を振り抜いたまま動かない火傷だらけの少年に、ティオネとティオナも戦慄する。

 

なんの悲願も、なんの責務も負わないただの怪物とただの人間の果たし合いは英雄になりたいと願う人間の勝利で終わった。

 

勝鬨の咆哮はない。だが、確かに少年は英雄の階段を登った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成し遂げた「偉業」に誰もが声を発さず、ただただ驚嘆していた。そうして訪れた沈黙の中、アイズの目は立ったまま気絶しているベルの背中へと向けられた。全身全霊を尽くし、全ての力を出し切った背中は小さい。

 

己の限界を超え、格上であるはずの怪物を倒してみせた。全身を火傷に苛まれ、ぼろぼろの肌着が垂れ下がる、血に濡れた背中に刻まれた神の恩恵。

 

鍵のかけられていないそれは神聖文字を読み解けるアイズの目にオールS以上の全能力値として映る。

 

 

ベル・クラネル

『Lv1』 

 力:SS1002

 耐久:S999

 器用:SS1011

 敏捷:SS1093

 魔力∶S988

 

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

・火属性

 

《スキル》

【憧──

 

 

限界を超克したステイタス。他に例のないステイタスの限界突破。溢れんばかりの称賛と限界突破したステイタスに驚愕したアイズは少年のもとへ歩みだそうとして踏みとどまる。

 

自分よりも、誰よりも先に少年に駆け寄る資格を持つ存在を思い出して、考えを同じくしたベートとともに漆黒の大剣を拾い上げた後、少年のもとへゆっくりと向かった青年の横顔を見やる。

 

「·····ったく、四年ぶりだってのに変わらんな。どうしたらお前は曇るのかね」

 

 その顔にはアイズやファミリアの者たちには向けない不器用な、かつてアイズが父に向けられたもののような慈しみに満ちた薄い微笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

ベルとその仲間の小人族の少女を摩天楼施設の治療室へ搬送するためにアイズはベートとともに地上へ一旦戻った。

 

当然アルにも、いや、アルにこそ任せるべきことだったが。

 

「コイツの物語(みち)に、俺はもう必要ない。·····少なくとも、今は」というアルの言葉に込められた想いに押されたアイズが代わりに請け負った。

 

アイズは、あの戦いから途切れることのない自問自答を繰り返す。

 

自身と同じ憧憬に追いつこうとし、壁を越えた少年に惜しみない称賛と羨望を、そしてステイタスの限界突破───示された高みへの可能性。

 

様々な光景とともに湧き上がる己の感情に、アイズは胸の内をかき回された。

 

「私も、もっと──────!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

《いろいろな設定》

【片角のミノタウロス】

推定認定レベル2最上位クラス。下層のモンスターに匹敵する能力値と僅かながら戦士としての理知を持つモンスターの戦士。オッタルの薫陶と魔石による強化により、通常のミノタウロスを遥かに上回る強化種としてレベル3相当と言ってもいい剛腕を誇る。ドロップアイテムは漆黒の片角。 

 

【ベル・クラネル】

戦闘タイプの近い師匠と憧憬×3(一途とは何だったのかとは言ってはいけない)でパワーアップ。ベートを師匠にしたのは「双剣」「スピードタイプ」「白髪」「火の魔法」「アイズが好き」でいろいろ被っているのとアルゴノゥトとユーリの関係が好きで相性いいだろうなと思ったから。

 

【枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)】

ベルが使ってた方。第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。

 

【バルムンク】

ミノタウロスが使った方。第一等級特殊武装。漆黒の刃を持った両手剣(アルは片手で振るう)。Lv6へ至ったアルへゼウスからヘルメスを介してアルへ渡された隻眼の黒竜の鱗から作られており竜種及び黒のモンスターに対して特効を持つ。

 

 

 

【Q&Aコーナー】

Q.何度言っても知り合いの冒険者がバカをやめません、どうすればいいですか?『匿名希望の大聖女』

 

A.──────(回答者逃走)

 

 

 



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二十七話 でもコイツ、ラスボスみたいな笑い方するよ?



カサンドラとか、ティオナとか改定前に空気だったキャラを活躍させたいけど本筋は変えられないからなあ

書かないけど過去編書いたら相棒ティオナ、師匠リュー、賑やかしクロエ、ヒロインオッタルになるかな。

フィルヴィスとアイズは本編で書く、かな?


 

 

 

 

ベルつっよ·······

 

あのミノタウロスももはやLv3近くあんじゃない?

 

元からあんなもんなの? てか、なんでベートに弟子入りしてるんだ?

 

アイズやリューならともかくベートととか関わる接点もないし、相性も悪いだろ。

 

結果的にベルが勝ったからいいが······カッコつけず最初からベルにだけ武器渡せば良かったかな。いやまぁ、でもそれはそれでなんか違う気がするし、結果オーライってことで良いだろう。

 

アイツ、ゼウスのジジイの教育のせいか曇っても立ち上がってくる主人公タイプだから曇らせようがなくて苦手なんだよな·········。

 

······アイズやベートに任せればあんま関わることもないだろうし、まあいいや。

 

そろそろ59階層だし、穢れた精霊戦かな。この間戦ったのは失敗作?だったらしいから本物はどれほどなのかね。

 

レヴィスちゃんと一緒に来てくれれば俺を殺してくれるかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

淀んだ水気に満ちた空気と悍ましくもある生臭い獣臭の二つが混ざり合い、濃密な気配となって漂っているのが感じられる。

 

耳を澄ませば聞こえてくる濁った水音と獣たちの息遣いは、まるで獲物を前にした魔物たちが舌なめずりをしているようにも思える。

 

目につくのは、巨大な蛇のようにうねる細長い黄緑色の体。鱗に覆われた太い胴体から伸びる長い首は、裂けて毒々しいほどに鮮やかな花を咲かせる口元へと続いている。這いまわる芋虫型モンスターの数は、その十倍ではきかないだろう。

 

脈打つかのように蠢動し、腐臭を漂わせる緑肉の肉絨毯に覆われた空間、死臭とも腐臭ともとれる悪臭に満ちた生理的嫌悪感を覚える異境。

 

黄緑の肉壁の中で咲く赤紫の花弁からは、粘性のある蜜のような液体が流れ落ちている。それはまるで花の香りに誘われた昆虫たちを捕食する食虫植物を彷彿とさせる姿だった。

 

意志を持っているかのように胎動する無数の触手の先端には、吸盤にも似たイボ状の器官がついている。粘液で濡れ光るそれらは、獲物を求めるようにゆらゆらと揺れている。

 

肉を引き裂く水っぽい生々しい音が響くたびに、粘液まみれの触手が激しく波打ち、花びらが妖しく明滅する。そして再び聞こえる、何かを引き摺るような湿った音。

 

冒険者達の知るダンジョンとはあまりにもかけ離れた異常な光景、まさに悪夢と呼ぶに相応しい情景だ。その異境の中央にはすらりと伸びた肢体と豊かな双丘を持つ美しい女性の姿がある。

 

短く切りそろえられた艶やかな赤髪、不快気に歪めた整った顔立ち、鬱蒼とした森を思わせる深い緑色の瞳、背は高く、胸や腰回りは引き締まりつつも女らしい曲線を描いている。

 

身に纏っているのは、肌に張り付くような薄い生地で作られた露出度の高い戦闘衣。革製の防具は一切身につけておらず、動きやすさを重視した軽装であることがわかる。

 

しかし、彼女の鍛え上げられた肉体美を隠すことはできず、むしろその身体を覆う薄布が淫靡さを醸し出しているようにさえ思えた。そんな彼女は苛立たしげに眉根を寄せていた。

 

モンスターの断末魔と思われる声が響き渡る中、積もった灰の中に混じった紫紺の欠片をレヴィスの白魚のような細い指が摘み上げて口に含む。

 

それと同時に、周囲にいた無数の芋虫型モンスター達が一斉に動き出す。奇怪な鳴き声を上げながら、まるで津波のようにどこかへ消えていく。やがて、芋虫型モンスター達の群れが完全に見えなくなると、彼女の視界の端に黒い人影が現れる。

 

『何ヲシテイル』

 

「エインか─────見ればわかるだろう。食事だ」

 

 全身を覆う闇色のローブに身を包んだ小柄な人物。複数の声が重なったような不気味な声で問いかけるその人物は、フードの奥にある二つの赤い光点を不気味に揺らめかせている。

 

性別すら判別できないその声にレヴィスは不愉快そうに顔をしかめると、小さく鼻を鳴らしてから答えた。

 

そんな彼女らの足場を埋めつくすのは灰の山。そして、その中には紫色に輝く石の破片があった。殺戮したモンスターの核である魔石を拾い集めているのは、レヴィスが食事をするために他ならない。

 

『【ロキ・ファミリア】ハ既ニ深層へ向カッタ』

 

 美味くなさそうに、ただ黙々と作業を続けるレヴィスに対し、エインと呼ばれたローブの人物は不満そうな口調で言葉を返す。先程よりも語調を強めたその声色からは、明確な怒りが込められていることが窺える。

 

「流石に早いな·······。まあ、死神(タナトス)の眷属から『剣聖』用の呪詛武器(カースウェポン)と呪具は受け取った、長引かせる必要もないか」

 

 怪人としてモンスターの魔石を喰らうことで際限なく成長する怪物、強化種の性質をもつレヴィスは戦いに向けての準備を整えているに過ぎない。エインの声に含まれる憤怒など気にも留めず、淡々と言い放つ。

 

『アレ程ノ数ノ『分身』ヲ一度ニ使イ捨テルツモリカ?!』

 

「そうでなければ育成に躍起になった意味がないからな。六体分の宝玉は残しておいてある、問題はなかろう」

 

「貴様も、『剣聖』とは戦えないなどとはのたまうなよ、アレこそが最大の障害だ。貴様らの切り札たる魔竜も殺しかねん」

 

『────ッ、ワカッテイルッ!!』

 

 吐き捨てるように言い放ったレヴィスの言葉に、エインは忌々し気に声を荒らげる。そんなエインに背を向けてレヴィスは広間の奥へと歩きだす。

 

今も次々と食人花のモンスターが吐き出され続ける緑壁から離されるように、徐々に移動していく。やがて、肉壁にぽっかりと開いた空洞の前に立つ。

 

そこは、迷宮区の階層主の間とよく似た造りの空間だった。部屋の中には、無数の巨大な肉塊と大量の魔石が置かれている。そして、部屋の中央には、赤紫色をした肉の柱に支えられた祭壇のようなものがあった。

 

まるで心臓のように脈打つ赤紫の肉柱の中心には、一本の大剣が突き刺さっている。禍々しいほどの力を感じさせる漆黒に染まった刀身が見て取れるねじくれた大剣。

 

滴るのは、血ではない――粘着質を帯びた黒い雫。まるで意思を持った生命体であるかのように、その雫は絶えず流れ落ちる。そんな異様な様相の大剣を、レヴィスは冷めた目で引き抜く。

 

瞬間、周囲の肉壁が波打ち、地面の肉が盛り上がり、そこから無数の触手が伸びる。蠢く緑肉がレヴィスに殺到する。

 

抵抗せずに受け入れるレヴィスの四肢に触手が絡みつく。しかし、触手の締め付けによる痛みはない。段々と硬化していき、ついには鎧のように全身を覆う。

 

穢れた精霊の祝福を受けた緑肉の鎧。それを纏ったレヴィスの姿は、まるで深淵の化け物のようだ。異形の肉体を得たレヴィスを拘束していた無数の触手が離れると同時に、肉の壁の一部が裂け、そこに新たな通路が開かれる。レヴィスはその先に歩を進める。

 

「『剣聖』は59階層で殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン深層域50階層、ベースキャンプの仮設テントからはずれた崖。巨大な一枚岩の端に立つベートは無言で大穴をにらみつけていた。

 

「なんのようだ、アイズ」

 

 琥珀色の瞳が遥か眼下に広がる広大な空洞に向けられている。その視線の先では数多のモンスターがひしめき合っているのだろう。壁面に開いた穴に一体どれ程のモンスターが潜んでいるのかもわからない。

 

後ろから近付いてきたアイズがベートの隣に並ぶ。そして──ベートは横目で隣を見た。

 

美しい少女だ。流れるような金髪は光を受けて輝き、肌は透き通るように白い。身に纏うのは白を基調とした軽装鎧とスカートにも似たズボン。腰には二振りの剣を差しており、そのどれもが一級品であることがわかる。

 

アルの隣に立てる剣士。それがベートのアイズへの偽らざる評価だった。たしかにフィンやガレスのように今のアイズより強い者もいる。だが、その強さへの執念は彼らやベートよりもアルに近しい。

 

「何を見ているの?」

 

「見りゃあわかんだろ。明日もぐり込む、薄汚ねぇモンスターどもの巣穴だ」

 

「ベートさんはなんで、アルの弟を弟子にしたの?」

 

 数日前、ミノタウロスとベルの戦いの前に聞いて答えをもらえずに有耶無耶になった質問。アイズの瞳に今も焼き付いているのは、冒険を超えた少年の背中だ。

 

「······大した理由はねぇ、素質はないが伸びるとは思った。そんだけだ」

 

「素質がない?」

 

 そんな訳はない、圧倒的格上であるミノタウロスとの一戦に勝利したことやあの限界突破したステイタスは兄であるアルのような才能がなければたどり着けまい。

 

「性格やら技術の問題だ、恩恵との相性は良いんだろうがな。アイツはお前や俺とは違う、戦う者じゃない·······そのはず、だったんだがな」

 

「アイツは俺の予想を超えて、殻を破りやがった」

 

 その琥珀色の瞳には弟子に負けていられないという強い意志が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を斬る音とともに振るわれる銀の大剣。凄まじい勢いでブンブンと振られ、地面の砂が舞う。褐色の肢体を晒す露出の多い踊り子のような戦闘衣を着た少女が身の丈ほどの大きな大剣を振るっているのだ。

 

剣士としての技量よりも有り余るパワーに頼った振り方だ。だが、その一撃は重く速く、受け止めた相手の武器ごと砕きそうなほどだ。

 

「ん〜、大双刃じゃないとやっぱり調子くるうな〜」 

 

 アダマンタイトすら溶かす溶解液を蓄えた芋虫型のモンスターに対する新武器である不壊属性の【ブレード・ローラン】を振り回すティオナの顔には隠せない興奮があった。

 

残像を残すような速度で縦横無尽に大剣を振るうティオナは、自分の身長以上の長さの大剣をまるで苦にもしていないようだ。褐色の肢体が火照り、全身から湯気が立っているように見える。

 

「······そろそろ寝ろ、明日にはアタックだぞ」

 

「あっ、アル」

 

 息を切らしたティオナに近付いた長身の青年が呆れたように言う。純白の短髪と切れ長の目をした精緻な顔立ちの美男子であり、彼はねむたげに目を細めている。

 

ティオナはそんな彼を見てニパッと笑い、アルに駆け寄る。ティオナはアルより年上なのだが、まるで兄に甘える妹のようである。

 

「でもさー、じっとしていられないんだ。こう、体が昂っちゃって」

 

 誰にでも人懐っこい性格をしているティオナだが、アルに対しては特に踏み入ろうとする。

 

他のアマゾネスとは違い、身の危険を感じないため、アルも邪険には扱わない。アルは小さく嘆息すると、自分の背中に張り付いている少女に声を返す。

 

「··········ベル、か」

 

「うんっ!!」

 

 ティオナは嬉しそうに笑みを浮かべて大きく首を縦に振る。

 

「昔、相手が自分より強いってわかってるのに、アルがインファント・ドラゴンと戦ったときみたいだったね!」

 

 なんとも言えない苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアルを他所に頬を染めてニコニコしているティオナは天蓋を見上げながら言った。

 

「·······ねぇ、今でもアルは英雄にはなりたくないの?」

  

 そこでふと、いつもの底抜けの明るさが一転し、ファミリアの皆は見たことがない静謐な表情を見せる。それはどこか哀愁漂うもので、彼女の心の奥底にある悲しみを感じさせるものだった。

 

「ああ、俺には英雄願望なんてものはないし、『アルゴノゥト』のような道化にもなれそうにない」

 

「········そっかぁ」

 

 しかし、それも一瞬のこと。すぐに彼女は普段通りの笑顔を見せてくる。それを見たアルは何も言わず、ただ無言で視線を前に向ける。そして、ティオナはまた満面の笑みになり、彼の横に並ぶ。

 

「·········いつか、いつか必ず」

 

「あたしが英雄譚にしてもらったように。アルを笑わせて見せるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

アルのキャッチコピーはアルゴノゥトオルタです。  

喜劇を演出する英雄になれない道化→アルゴノゥト

悲劇を演出できず英雄にしかなれない道化→アル

 

 

【Q&Aコーナー】

Q.友達を笑わせたいです、どうすればいいですか?『匿名希望のアマゾネス』

 

A.前世みたいなムーヴすれば内心、アポロンみたいな顔で大笑いしてくれるよ。

 

 

 

 

【Q&Aコーナー②】

Q.クラ·········んんッ、『剣聖』が【ロキ・ファミリア】でもっとも親しいのは誰なんだ? やはり、剣姫か?『匿名希望の仮面怪人』

 

A.違います。

 

回答者『幹部陣だとティオネ、ベートの上くらいでワースト3位です。まぁ、フィン、リヴェリア、ティオナの順かな』

 

回答者『上位二人が飛び抜けてて、アマゾネス補正(マイナス評価)込で三位なティオナは曇らせなしでも時間割くのを惜しまないくらいにはよく思われてる』  

 

回答者『相手の背景込みで曇らせ楽しむタイプだから過去がよくわからんリヴェリアは火傷しにくい良ポジ』







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二十八話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三カ月に一度開かれる神々による会合─────『神会(デナトゥス)

 

Lv2以上の眷属がいる【ファミリア】の主神であることが参加条件の集会であり、至極どうでもいい話題からオラリオの運営に関わる重要案件についても語られる神の集会。

 

【ソーマてファミリア】、【ラキア王国】に関してとロキから挙げられた『極彩色のモンスター』に関する連絡が終わった後、新しくランクアップした眷属への二つ名の『命名式』が行われた。

 

 

 

 

「じゃあ、命ちゃんの二つ名は『絶†影』で」

 

「「「「「異議なし!!」」」」」

 

「巫山戯んなあああああああああああああああああああああああ?!」

 

 未だ未発達な下界の民の感性からすれば名誉そのものと言える素晴らしい二つ名も全知零能の神々からすれば小っ恥ずかしい厨二センスの塊として爆笑モノも多い。

 

愉快犯の多い神々の悪乗りによって今日も下界に降りてから日の浅い中小ファミリアの眷属には『美尾爛手(ビオランテ)』や『暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)』などの聞くものが聞けば身体が痒くなりそうな二つ名がつけられている。

 

「話もとに戻すでー。今度の冒険者は·········大本命!! うちのアイズたん!!」

 

「『剣姫』キタァー!!」

 

「相変わらず姫は美しいな」

 

「はぁー、ていうかもうLv6かよ·······」

 

「まーたイかれた真似しでかしたなぁ、この小娘」

 

「階層主一人でぶっ倒したとか········やべえよ、頭おかしすぎるわ!!」

 

「それ、一人で遠征するオッタルさんとアルきゅんの前でも言える?」

 

「アイズちゃんは別に変えなくてもいいんじゃないか?」

 

「まぁ、最終候補は間違いなく『神々(俺達)の嫁』だな」

 

「「「「「「「だな!!」」」」」」」

 

「殺すぞ」

 

「「「「「「「すみませんでしたッ!!」」」」」」」

 

「ったく、喧嘩うる相手は選べっちゅうねん────で、次が最後か」

 

 最後の資料には開催ギリギリでランクアップした白髪のヒューマンが書かれていた。

 

 

 

 

 

『ベル・クラネル』

所属ファミリア︰【ヘスティアファミリア】

種族︰ヒューマン

到達階層:第10階層

主要武器:ナイフ、短剣

 

所要期間:約一ヶ月

モンスター撃破記録:5899体

 

【ランクアップ理由】

上層で突如発生した強化種と思われるミノタウロス(以後、片角のミノタウロス)と10階層で戦闘。全身に重度の火傷及び骨折、裂傷を負いながらもこれを単騎で討伐。また、ランクアップ以前から単独探索でキラーアン───────────

 

 

 

 

 

「「「「また、クラネルかよ」」」」

 

 神々の中で「下界の可能性の煮こごり」と称される『剣聖』アル・クラネルの弟という血統とその兄に追従する記録を叩き出したヒューマンに神々は叫ぶ。

 

「え、なに? そういう一族なん?」

 

「あら、でも『剣鬼(ヘル・スパーダ)』と違って、随分かわいらしいじゃない」

 

「元『剣鬼(ヘル・スパーダ)』な、あと『剣聖』も顔はいいぞ」

 

「『首刈り兎』!!」

 

「『都市最カワ』!!」

 

「『化け物の弟』!!」

 

 頭のおかしいランクアップ速度にこれ以上ない理由がある以上、虚偽などの疑いは生まれず神々は好き勝手に二つ名を出し始める。

 

「そういえばロキ、貴方のところの『凶狼(ヴァナルガンド)』が弟子を取ったって噂が一時期あったけど·······この子、噂の子と特徴似てない?」

 

 騒がしい神々の中から発言したのは胸部が特徴的な栗毛の髪を伸ばした穏やかな美女神、オラリオの食料生産の大部分を担う生産系ファミリア【デメテルファミリア】の主神、デメテルである。

 

「たしか、兎のようなヒューマンの少年だっけ? 確かに似てるな」

 

「戦い方も同じようだしねぇ」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは吟遊詩人のような格好をした軟派な男神、ヘルメスとこれまた軟派な貴公子のような格好の神デュオニュソスの二人だった。

 

「はあ? いくらアルの弟って言ってもベートが弟子なんかとる·····わけ······が·····」

 

 ロキの脳裏に浮かんだのは自分たちのレベルでは使わないような低級のポーションを大量に買い、休日には良く外出するようになったベートの姿だった。

 

「········マジか」

 

 ありうる、と策謀の神と知られるロキの頭脳が結論を出す。

 

「どうなんや、ドチビ? ウチのベートはあんま自分の私生活曝け出さんからな」

 

「······うん、ベルくんは君のところの狼人に鍛えられてるよ」

 

「マジかよ?! ツンデレウルフが弟子とるとか面白すぎだろ?!」

 

 少年の主神であるヘスティアの言葉に神々にツンデレと称されるベート・ローガに弟子ができたと神々が沸き立つ。

 

 

 

 

 

「いやー、マジで二つ名どうするよ?」

 

 騒ぎが一段落してから二つ名の話に戻るが『剣聖』の弟で『凶狼(ヴァナルガンド)』の弟子という濃すぎる背景に決めかねるが、デメテルの言葉で決まった。

 

「『兎狼(ラビット・ウルフ)』で、どうかしら」

 

 

「「「「「「それだぁッ!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

59階層、前世代の最強たる【ゼウスファミリア】のみが到達した現状のオラリオにとっては未開拓領域を目標とした遠征が再開される。パーティは下手な階層主よりも厄介な『階層無視の砲撃』を行う『砲竜(ヴォルガングドラゴン)』すらも容易く倒し、『竜の壺』を踏破した。

 

58階層からの階段を下りた【ロキファミリア】は、未到達領域59階層へ進出した。

 

【ゼウス・ファミリア】の残した情報によれば59階層から先は絶死絶凍の『氷河の領域』であり、その極寒の氷獄ではあらゆる生命は瞬く間に凍結し、第一級冒険者でも凍てつくという。

 

しかし、現在のオラリオにおける最高戦力である第一級冒険者達ですら未だ到達していない未知の領域に足を踏み入れた彼等の前に待っていたのは──凍土とは程遠い密林だった。

 

氷山や凍河などは見当たらず、代わりに鬱蒼と生い茂る樹木の数々。そして、まるで森の奥深くまで誘い込むかのように入り組んだ樹海は進むにつれて複雑怪奇に入り組み、迷宮の如く道を変えていく。

 

毒々しい色をした茸類やダンジョンでも見たこともない極彩色の花々が咲き乱れ、濃霧が立ち込めて視界悪くなり、いつの間にかモンスターの姿までも消え失せていた。

 

「密林·············?」

 

「【ゼウス・ファミリア】の残した記録では59階層から先は『氷河の領域』とのことだったが·············」

 

「ああ、至るところに氷河湖の水流が流れ、進みづらく、極寒の冷気が体の動きを鈍らせる第一級冒険者ですら凍てつく絶死絶凍の世界、だったか」

 

 ティオナが呟いた言葉にフィンが答え、リヴェリアが続く。他の団員達も困惑したように顔を見合わせている。

 

背の高い樹々、不気味なほどに鮮やかな色彩を放つ植物群。濃厚な緑と青臭さが鼻腔を刺激し、肌に纏わり付くような空気が喉を刺激する。

 

今までとは違う環境に誰もが戸惑いを隠しきれない。地面にびっしりと生えた苔、そして所狭しと並ぶ草木の間からは腐った果実のような甘い腐臭が漂ってくる。

 

緑に覆われた天蓋からは無数の蕾が垂れ下がり、今にも花開こうとしている。それはあたかも何かが生まれ出ようとしているかのような光景だった。

 

「これって、24階層の··············?」

 

 レフィーヤは見覚えのある景色を見て呟く。まるで巨大な生き物の体内にいるのではないかと錯覚してしまうほどの圧迫感を覚えさせる広大な空間。

 

大空洞の内部には奇妙な形をした大樹が乱立しており、地面を這うように根付いた苔は淡く発光している。天井を覆う葉脈のように張り巡らされた蔦は壁際に沿って伸びており、その先端には毒々しい色の花を咲かせていた。

 

この階層に来てからというもの、自分達以外の生物の存在を感じない。まるで自分達だけが世界に取り残されたかのように静寂に包まれた密林。

 

24階層の苗花と酷似した光景を前にして、一同は得体の知れぬ不安を覚える。その時、きょろきょろと周りを見ていたラウルは声を上げた。

 

「音が················」

 

 密林の奥から聞こえてくるのは悲鳴とも咀嚼音ともとれる奇怪な音。甲高い鳴き声のようなものが反響しながら徐々に大きくなっていく。

 

「前進」

 

 集まる団員たちの視線にフィンはただ一言そう告げた。団長の命令に従い、全員が一斉に歩き出す。生命の気配が感じられない鬱蒼とした森の中を進んでいく。

 

変容した階層の中を何が出てきても対応できるように警戒しつつ進むことしばらく。密林の先に広がっていたのは、これまでとは違った異様な光景だった。

 

 

巨大な木々が絡み合うようにして生えていた森とは異なり、ここはまるで大きな生物の体内に侵入したかのようだった。太い幹を持つ大木がいくつも折り重なるようにして連なり、それが幾重にも重なって巨大な塔を形成している。

 

それらの巨木の間には大量の蔓が絡まり合い、その先端は様々な方向へ伸びている。それらは互いに複雑に絡み合って一本の通路を形成しており、まるで迷路のようになっていた。

 

その巨大樹の回廊はどこまで続いているのか分からないほど長い。奇怪な音響に誘われるように奥へ進んで行く一団の視界に映り込んだのは、薄暗い闇の中で輝く淡い光だった。

 

「·········なに、あれ」

 

 密林の中にぽっかりと空いた広場にひろがる光景にティオナが呆然と呟く。灰色の荒野に広がるのは、おびただしい数の極彩色のモンスター。死したモンスターの死骸である灰の海の中に屹立しているのはそれぞれがいずれも巨大な。

 

巨大植物の下半身を持つ────

 

邪悪に歪んだ巨大蛾の身体を持つ────

 

蟷螂と蟻をかけ合わせたかのような下半身を持つ────

 

肉塊の塔としか評しようがない醜悪な肉体を持つ────

 

四体の女体型だった。

 

「『宝玉』の女体型か」

 

「寄生したのは········『タイタン・アルム』『タイラント・モス』『ヴァーミンイーター』『フレッシュワーム』·······か」

 

 額を寄せるガレスの横で、リヴェリアがモンスターの名を次々に口にする。そのどれもが深層に棲息する凶悪なモンスターである。

 

その全身は周囲の密林と同じく光沢のある緑色の葉脈に彩られ、頭部には花弁に似た器官がある。そして、頭部の花は毒々しい紫色をしており、そこから伸びる触手の先端では牙状の突起が不気味に揺れている。

 

自らの魔石を捧げるように周囲に群がる夥しい数の極彩色のモンスターは次々とその口元へと運ばれていく。

 

「まさか、あれほどのモンスターを喰らってたというのか?」  

 

「ざけんな、アレが四体だと?!」

 

 24階層の食料庫で『穢れた精霊』と戦った経験のあるベートが吐き捨てる。赤髪の怪人が『失敗作』と称したものですら深層の階層主に匹敵する怪物だった。

 

それと同等の存在があと三体もいるという現実を前にして、レフィーヤの顔色が曇る。もし、仮にこの四体が『成功作』だとしたら·······?

 

『穢れた精霊』を知るアイズやベート、レフィーヤがそう考えた次の瞬間、変化は起こった。

 

蕾の表面に浮き上がった血管が脈動するように収縮を繰返し、やがてその中から現れたのは巨大な翅だった。昆虫のそれに酷似した翅を震わせながら、巨大な花から伸びた無数の蔓はうねり、捻れ、捩じれて巨大な繭を形成する。そして、蝶が蛹から羽化するように繭が開く。

 

 

その中から現れたのは、人型だった。醜怪な蕾の姿からは想像できないような美麗な女性の姿をした上半身は裸身。

 

その肌もまた緑と紫の葉脈に覆われておりその腰から下は、まるで植物のように葉脈によって構成されたものだった。花から伸びて蔓が絡み合い、一つの生命体として存在しているかのようなそれは、まさに奇怪そのもの。

 

四つの花弁の中心にあるのは、妖艶に微笑む美女の貌だ。緑色の肌に腰まで伸びた黒髪を靡かせる女性は長い舌をちろりと覗かせて、濡れた唇を舐める。無い掌の代わりに薄い緑の葉を纏ったその両腕は、誘うように宙空を撫ぜた。

 

「アアアアアアッ!」

 

 おぞましい外見をした美しい異形の存在に誰もが言葉を失う中、蕾から生まれた四つ子のあげる産声は歓喜であり、快楽に酔っているかのような甘い響きを持っていた。生まれ落ちたばかりのその身体を絡みつく蔓が締め上げ、ドレスのように醜悪な花を咲かせていく。

 

ドクンッ!

 

脈打つ鼓動が大気を揺るがす。喜びに打ち震える美しい異形の存在は己の誕生を祝うかのように両手を広げ、天を見上げると甲高い絶叫を上げた。

 

それは誕生の雄叫びであると同時に、生誕の祝詞でもあった。巨大樹の森中に反響する産声と共に、世界が胎動を始める。

 

世界を揺らし大音響で鳴り響く轟音は、もはや歌というよりも音楽だった。聴く者の心を掻き乱し狂わせるその調べは、魂までも震わす異境の音色。

 

「ア【アリ、ア】リ『ァアリア、アリア』アアリ「アリア、」ア!!」

 

 

「『精霊』·········!!」

 

「『精霊』········?! あんな薄気味悪いのが?」

 

 アイズの言葉を聞き、24階層に行かなかったティオナが視線の先の存在に向かって叫ぶ。

 

毒々しくも美しすぎるその姿は、まるで悪夢の世界から抜け出してきた魔性のようだった。怪物の下半身を持つ女体型など比較にならないほど禍々しい姿をした存在を前にして、ラウルは吐き気を堪えるように口元を押さえる。

 

『精霊』の腰から下は蔓によって形成されており、その背中には一対の翅がある。その翅は巨大で、昆虫の翅というよりはむしろ植物の葉脈に近い形状をしていた。

 

神聖と魔性が入り交じる、その容貌は見る者に生理的な嫌悪感を与える。

 

「アリア、アリア!!」

 

 「彼女達」は一人の少女に向かって笑みを浮かべて呼びかけ続ける。

 

「会イタカッタ、 マタ、会エタワネ!!」

 

「··········っ!!」

 

「貴方モ、一緒ニ成リマショウ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「貴方ヲ、食ベサセテ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

【Q&Aコーナー】

Q.兄さんのようになりたいです。どうすればなれますか?『匿名希望の白兎』

 

A.なるな、頼むからなるな。

 



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二十九話 精霊の分身

 

 

 

 

 

『精霊』、神にもっとも近い種族。神に最も愛された子供。

 

『古代』、神々が降臨する以前から地上に降りていた人類の導き手。下界に遣わされた精霊は人類、ひいては英雄を手助けするよう創造主たる神々によって定められた存在であり、その奇跡の力を以て英雄を導く。

 

英雄の剣であり、盾であり、友である。

 

その存在は英雄譚や神話において常に重要な位置を占めている。

 

『古代』における精霊の加護は現代における神の恩恵と同義のものであり、それこそ英雄譚の時代においては英雄達の戦いを間近で見届けた精霊は彼らと共に戦い、共に生き、そして死んでいった。

 

旧オラリオの大地に空いた大穴。無尽のモンスタ—を産み出し続け、今なお数多の命を飲み込み続ける奈落の間隙を塞ぐために戦った数多の英雄達も、そうした精霊達の力を借りていた。

 

今も受け継がれる『迷宮神聖譚』。それはただの英雄譚ではない。当時の真実と、そこで起きたことを描いた物語だ。精霊達は、英雄たちとともにダンジョンが生み出したモンスター達と戦いながら大穴を封じる方法を模索し続けた。

 

だが、ダンジョンでモンスターに捕食され、その在り方を反転させた精霊は今や、黒い欲望に支配された怪物へと成り果て今代の英雄たちの前に立ちふさがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方ヲ、食ベサセテ?」

 

 三日月の笑みを浮かべアイズに歩み寄る怪物。その瞳に宿る狂気に、レフィーヤが悲鳴を上げる。精霊の意思をうけて芋虫型と食人花が照準をアイズたちへ変え、津波のように押し寄せてくる。

 

同時に、階層からの出口が緑肉の壁によって塞がれる。退路を失ったアイズ達は、やむなく戦闘態勢を取る。

 

「精霊の護符準備!! リヴェリアとレフィーヤは結界を張れ!!」

 

 フィンの号令が何よりも早く飛び、動揺することも許さぬ速度で隊列を組み直させる。鋭い首領の声に即座に応じたベート達が前衛を務め、その後方にレフィーヤとリヴェリアを配置し、精霊の攻撃に備えるため、詠唱を開始する。

 

24階層での戦いの報告を聞いたフィンは尋常ならざる直感と熟達した冒険者としての経験から『穢れた精霊』への対処法を編み出していた。

 

復数の属性の砲撃級魔法を連発してくる『穢れた精霊』、その砲撃への対処法はこちらも精霊の力を使うこと。オラリオには先に上げた火精霊の護衣のように精霊の力を由来とした護符が存在する。

 

対精霊を想定していたフィンはどのような属性で来られても対応できるよう各属性の護符をサポーターを含めた全員分をすでに準備していた。数多の冒険に挑み続けてきた経験値は単純な強弱を凌駕する。

 

『未知』を探求する『冒険者』として『勇者』フィン・ディムナを超える傑物はたとえ冒険者の都市であるオラリオにも居はしない。それは『猛者』や『剣聖』とて例外ではない。

 

そう、フィンに不備はなかった。

 

事実、今の【ロキファミリア】であればアル抜きでも『穢れた精霊』()()の討伐は深層の階層主の討伐と変わらない程度の難度だったであろう。それはフィンが知りえなかったたった一つの要素。

 

百を優に超える数の芋虫型と食人花が襲いかかってくる中、冒険者たちは押し寄せるモンスターの津波に不壊属性の武器を握り締める。

 

「どうせいつもとやることは変わらねえ、ブッ殺すッ!!」

 

 押しよせてくる極彩色のモンスターを斬撃の渦で吹き飛ばしながら、ベートが吠え、ティオナ達がそれに応えるように続く。

 

動揺を振り払ったアイズも細剣を振るい、迫る食人花を一閃の下に両断していく。

 

断末魔をあげることもなく、ただの一撃のもとに絶命する食人花の残骸を踏み越え、アイズは迫りくる芋虫型の溶解液をかわしざまに一刀で斬り伏せる。

 

「ラウル達は魔剣でアイズ達を援護!!」

 

「わ、わかりました!!」

 

 フィンの指示に従い、魔剣による無詠唱の砲撃によって芋虫型を薙ぎ払うラウル達の援護を受けながら、アイズとティオナは押し寄せる食人花を次々と葬っていく。

 

雑兵達が倒されていく中で、巨大樹の根がうねり、まるで蛇のように動き出す。

 

芋虫型を蹴散らし、食人花を粉砕しながら突き進むアイズたちへ、巨大樹の根が伸びていく。

 

鞭のようにしなる巨大樹の根を回避したアイズが跳躍すると、巨大樹の根は先端から分裂するように枝分かれして伸びていき、ガレスに襲い掛かる。だが、ガレスはそれを大斧の一振りで切断する。

 

四体の女体型の下半身の触手がアイズ達に殺到するが、それをティオナとティオネが迎撃する。

 

「「重いっ!!!!」」

 

 深層の階層主の一撃すらも凌駕しうる速度と破壊力を秘めた触手の連撃がつけられる。

 

ウダイオスの逆杭以上の衝撃に顔を歪めながらも、二人はこれを弾き返す。触手の雨が100メートル以上離れた地面に降り注ぎ、土煙を巻き上げる。

 

「アル、君は待て」

 

「フィン」

 

 右の親指に奔る激痛に顔を歪めながら、フィンはティオナ達に続こうとするアルへ指示を出す。『勇者』の仮面を今にも剥がれそうなほど、焦燥の色を浮かべる。

 

「親指の疼きが止まらない·······あり得るのか·····そんな力·····」

 

「【火ヨ、来タレ───】」

 

 魔樹の下半身のもとに展開される深紅の魔法円が光を放ち始める。吹き上がった魔力の出力は今まで見たことのないほどの規模であり、湧き上がる魔力光を前にフィンは、全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。

 

「「【────ヴィア・シルヘイム】!!」」

 

 それと同時にリヴェリアと召喚魔法による詠唱を終えたレフィーヤの二人がオラリオ最強の魔導士たる『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴが誇る最硬防御魔法の二重展開───二重に展開された翡翠の魔法円がドーム状の障壁を展開する。 物理・魔法攻撃を遮断する翡翠の絶対防壁。

 

精霊の護符を加味すれば超長文詠唱による砲撃でも完全に防ぎきれる万全の守り。

 

繰り返すがフィンに不備はない。

 

恐るべきは絶殺を誓い、すべてを賭けた赤髪の怪人の執念。

 

【炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力】【黒鉄ノ宝閃ヨ星ノ撤退ヨ開闢ノ契約ヲモッテ】【凍土ノ如ク氷結セヨ数多ノ刃】【白夜ノ天ヨ天魔ノ王ヨ天ト共ニ在ルモノ】【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊雷の化身雷ノ女王】【ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命】【陽射シヲ奪ウ月ノ引力ヨ星星ノ力】【終ワラヌ夜ヨ来タレ永久ノ闇】【反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト】【ヲ以テ黎明ノ階幾億ノ歎キヲココニ雹嵐ヲヨ】【光ノ螺旋トナル星々ヨ輝キヨ】【深紅ノ原野ヨ怒レ怒レ怒レ怒レ】【雷鳴ノ命運ヨ汝ノ御名ヲ今コノ場ニ轟カセ森羅万象ソノ一切合切ヲ滅却スベシ灰塵トナセ】【海ヨ陸ヨ大気ヨ全テノ生命ヨ満チ】【燃ユル地平線凍土の極冠溶ケル太陽ヨ大海ニ沈ム夕日ヨ】【流浪ノ旅路ヨ永遠ニ巡リ煌々トシテ流星群ヨ落チロ天蓋ノ穴カラ】【吹雪ク白銀ヨ静寂ノ氷雪ヨ荒ブリ踊レ荒ブレ切リ裂キシ魂ヨ英霊ト為ッテ手向ケヨウ】【捻レ捻レ捻レ捻レ捻レ捻レ荒野ノ枯木ヨ英雄ヘノ賛歌ヨ今此処ニ雄大ナル大地ノ力】【天衝ク閃光トナレ日輪ノ力】【昏キ闇ヲ砕キ世界ニ燃ユル光輝ヲ】【全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ】【為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災】【天地ヲ閉ザシ悲嘆ノ時ヨ止マレ調べデ貴方ヲ凍テツカセル】【幽旭ノ仮面トナッテ響キ渡ル恋歌ヨ】【緋色ノ翼ハ黄昏ノ羽撃キハ夜空ヲ駆ケテ蒼イ海ヨ波打ツ銀輝ノ剣】【見果テヌ夢ハ永遠ノ夜ニ包マレル愛スル英霊ト共ニ戦ウ夢】【ノ扉ヲ開ケロ新タナ希望ヲ生ミ出シ終焉ノ鐘ヲ鳴ラセコノ場ニ残サズ私タチノ敵ヲ討テ】【楽園ヨ彼方ヨ安寧ノ地ヨ帰ル場所ヨ還ルコトヲ許サヌ者ヲ】【黒雲ヨ雨ヤ涙ヨ怒涛ヨ雷ノ鎚ヨ大海ノ雫ヨ】【夜ノ帳ヨ暗幕ヨ暁ハ来ナイ闇ヲ喰ライ尽クセ深淵ヨ混沌ヨ虚無ヨ冥府ヨ常世ヨ我ガ友ト成ルモノヨ】【焔ヨ炎ヨ紅蓮ヨ劫火ヨ灼熱ノ牙ヨ憤怒ノ刃ヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト繋ゲ】【陽射シノ抱擁ヨ星々ノ鼓動ヨ深紅ノ瞳ヨ黄金ノ髪ヨ星霜ヲ経テ永劫ニ眠ル英雄達ヨ】【我ガ名ハ雷精霊雷の化身雷ノ女王】【ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命】【激震ノ槌ヨ雷電ノ弓ヨ巻キ起コセ雷ノ鉄槌ニ呑メ残光ヨ照ラス星ヨ光ノ矢ヨ嵐ヨ雷雲ヨ】【月夜ニ舞エ星屑ヨ宵闇ヨ紅ヨ黄金ヨ純白ヨ廻レ巡レ星辰ヨ始マリノ刻ヨ悠久ノ時ヨ輪廻ノ円環ヨ】

 

四重奏を終えてなお続く精霊の歌。多口の異形から紡がれる歌の連鎖。

 

炎の津波が、巌の凶星が、氷の地割が、光の咆哮が、闇の雷が、太陽の剣が、暗黒の爆音が、万雷の波動が、光輝の衝撃が、大爆発が、世界を焼き尽くさんばかりの劫火と極寒の大波濤。それら全てがまるで一つの巨大な生き物のようにうねりながら暴れ狂い、絶えずに降り注ぐ。

 

それはまさに天変地異。

 

かつて見たことのない規模の魔法が、奇跡の具現が、至上の神秘がたった十数人の人間へ向けて放たれ、【ロキ・ファミリア】は成すすべなく壊滅─────することはなかった。

 

フィン・ディムナに不備はない。『穢れた精霊』という凶悪無比な怪物にとって唯一と言っていい天敵がこちらにいることを見抜いていた。

 

その天敵は────

 

 

 

 

 

 

「【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ────────【レァ・ポイニクス】」

 

 

 

 



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三十話 英雄殺し


熱39度あんだけど、コロナか・・・・・?

頭まわんないのでqaコーナーはお休みします


 

─────それは少し昔の物語。それは最も新しい、偉大な伝説。

 

─────古の時代、地の底よりも現れし獣がこの地を滅ぼした。

 

─────その体躯、夜のごとく。その叫び、嵐のごとく。

 

─────大地はひび割れ、海は哭き、空は壊れゆく。

 

─────漆黒の風を引き連れし、絶望よ。

 

─────なんと恐ろしい、禍々しき巨獣(けもの)よ。

 

─────訪るはとこしえの闇。救いを求める声も、星無き夜に溺れてきえる。

 

─────そして、約束の地より、二つの柱が立ち上がる。

 

─────光輝の腕輪をはめし雄々しき男神、白き衣をまといし美しき女神。

 

─────雷霆(ひかり)(とき)が満ち、女王(おう)の歌が響く。

 

─────立ち向かうは、導かれし神の軍勢。見るがいい。光輝の腕輪()が闇を弾き、白き衣が夜を洗う。

 

─────眷属の(つるぎ)が突き立った時、黒き巨獣(けもの)は灰へと朽ちた。漆黒は払われ、世界は光を取り戻す。

 

─────嗚呼、オラリオ。

 

─────約束の地よ。

 

─────星を育みし英雄の(みやこ)よ。我らの(つるぎ)が悲願の一つを打ち砕いた。

 

─────嗚呼、神々よ。忘れまい、永久に刻もう。その二柱(ふたはしら)の名を、

 

─────其の名はゼウス。其の名はヘラ。

 

─────称えよ、我等が勝ち取りし世界を。

 

─────受け継ぐがいい、彼等が遺した希望をそれは最も新しい神話であり、英雄譚。

 

 

 

 

 

オラリオのとある酒場、主に脛に傷持つ者や闇に生きる者たちが密会や『偶然』会うことのある暗黒期以前からある曰く付きの店であり、非合法の賞金稼ぎや暗殺者の斡旋場としても使われている。

 

そんな店にそぐわない冷涼な美貌をもった青髪の美女と物語の吟遊詩人のような格好をした金髪の男神、そして黒いフードに全身を包んだ魔術師と思わしき者がいた。

 

「で、どうだったアスフィ?」

 

「·····確かにここ半年、闇派閥の残党と思わしき信者たちがあの砂漠付近の街で確認されています」

 

 酒場の奥の部屋を貸し切って話しているのは【ヘルメスファミリア】団長の『万能者』アスフィ・アル・アンドロメダとその主神であるヘルメス。そして、ギルドの創設神ウラノスの腹心の魔術師、フェルズの三人だった。

 

「黒き砂漠デダインか·····」

 

 フェルズとてその土地の「意味」は理解しているが、今更闇派閥が手を出す意味がわからない。

 

「なんでまた、あの不毛の地に·····七年前の大抗争のときのような理由があるとは思えませんし」

 

海の覇王(リヴァイアサン)亡骸(ドロップアイテム)海竜の封印(リヴァイアサン・シール)としてロログ湖の蓋として今も機能している」

 

 悩む二人を他所にいきなり、まったく関係のない話を始めるヘルメスを訝しむ二人の『神秘』持ちには次の言葉は無視できなかった。

 

「··········なら、陸の王者(ベヒーモス)

 

「あの巨獣(けもの)の亡骸はどこにあると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊の四重奏によって展開された暴虐の嵐をたった一人のヒューマンの魔法が、不死鳥が如き炎の衣が押し留めていた。その光景はまるで神話の一ページを切り取ったかのようだった。

 

単一の魔法でありながら攻撃、治癒、防御を極めて高いレベルで振るうが故に最優と称される魔法であり、単純な出力こそ劣るもののその応用性は大精霊を由来とするアイズの【エアリアル】にも優る。

 

無論、いかに強力とはいってもその魔法だけでオラリオ最強の魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴの結界魔法ですら防ぎきれない砲撃魔法の四重奏を防ぐことはできない。

 

スキル【加護精霊(スピリット・エウロギア)】。英雄を手助けするよう創造主たる神々によって定められた存在である精霊、世界中に揺蕩う彼女らは比類なき英雄の器であるアルに無条件で加護を与えている。

 

とはいっても歴史や英雄譚に名を残すような力ある精霊や力を有さずとも神に近い精霊は勿論のこと、精霊の護符などを作成する際に協力するものよりもさらに低位、方向性なき微かな力として世界中に漂う人格も知性も持たない自然そのものとも言える最下級の精霊からの加護。

 

しかし、いかに低位と言っても低俗なわけではなく、その神秘性は本物だ。一体一体は意思も持たない微弱な精霊だが無数に重なった加護により対精霊においてアルは無類の強さを誇る。

 

スキル【加護精霊】は世界に揺蕩う精霊たちからの惜しみない加護と祝福の現れ。火のクロッゾの魔剣を水精霊の護布が防ぎ、穢れた精霊の魔法を反対属性の護符で防げるように精霊の力は相克する。ゆえにこそ凡そあらゆる精霊の加護を受けるアルには精霊由来の攻撃はほとんど効かないのだ。

 

『穢れた精霊』にとっての唯一無二の天敵がアルなのだ。

 

そもそもの話、都市最速たるアルは詠唱を潰し慣れている。流石に対魔導士と違って巨大なモンスターの肉体を持った精霊四体では詠唱を妨害しきれないがそれでも半分以上の詠唱を中断させている。

 

第一級冒険者の超長文詠唱以上の砲撃魔法からときおり交ぜられる超短文詠唱の高速詠唱にまで対応してみせるアルはたった一人で穢れた精霊を完封していた。

 

とはいえ、いかにアルといえどたった一人で四体の穢れた精霊を相手に倒しきれるわけではない。付与魔法とて永続ではないのだ、いずれ限界が来る。

 

だが、問題はない。

 

【ロキファミリア】はただ守られるのを良しとする弱輩の集まりではないのだ。

 

「総員、対魔法はアルに任せて一体ずつ確実に仕留めろ!!」

 

 予測を全て的中させた小人族の勇者の指揮のもと、アイズが、ベートが、ティオナが、ティオネが、リヴェリアが、ガレスが、ラウル達が対精霊戦に突入した。

 

 

一体一体が深層の階層主を遥かに凌駕する絶望的な戦闘力を有する穢れた精霊が四体、本来単独のファミリアでは全戦力を注いでも抵抗すらできない絶望に対して【ロキファミリア】は未だ優勢に戦えていた。

 

それは指揮を取るフィン・ディムナという男の能力の高さ故であった。彼は優れた戦術眼を有し、敵の弱点を見抜き、仲間達に指示を出すことができる。だからこそアイズ達はフィンの指示に従って行動することができるのだ。

 

そして何より彼の存在そのものが士気の維持に貢献している。フィンの号令を聞いた瞬間、ベート達は迷わず駆け出した。加えて戦場を縦横無尽に走り回り、戦線をたった一人で維持し続けるアルの働きの他に、アイズ・ヴァレンシュタインの風の力が大きかった。

 

いかにアルが魔法に対処するとは言え、取りこぼしは当然ながらある。それをアイズのLvを超えた出力の風が抑え込んでいた。

 

アイズの怪物種に対して自能力を高域強化する下界最高の出力を持つスキル【復讐姫(アベンジャー)】とアルの()()()において特殊な補正を齎す【加護精霊(スピリット・エウロギア)】による二重強化を受けたアイズの風は戦場を支配していた。

 

魔法を抜きにしても階層主以上の膂力を持つ触腕の一撃は、マトモに喰らえば第一級冒険者でもノックアウトしかねない威力を秘めているがその全てが一ヒューマンに許された力の領域を超えた白い風()によって抑えられていた。

 

「────【白き風よ(ニゼル)】」

 

 心に渦巻く黒い恩讐の火と母から授けられた暖かな風、この二つを完全にものにしたアイズの振るう力は精霊のそれに限りなく近い。そして精霊とは古代より自らが見初めた当代の英雄に力を貸し、ともに戦ってきた。故に────今のアイズ・ヴァレンシュタインはアル・クラネル(彼女の英雄)の隣が最も強い。

 

「アイズさん、凄い·····」

 

「レフィーヤ!! 詠唱を絶やすな──【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 そして────

 

 

 

 

 

「ぜりゃあああああああああああッ!!」

 

「やった! ガレスが一体倒した!!」

 

 アイズの風で拘束された巨君毒蛾(タイラント・モス)に寄生した精霊の魔石が魔法の被弾覚悟で特攻したドワーフの大戦士の一撃によって砕かれ、その巨体は灰となり霧散した。

 

勝てる、その光景を見て誰しもが確信した。  

 

無論、油断はない、スキもない。喜びながらも歴戦の冒険者達の意識は残る三体に油断なく向けられている。

 

だが、その三体以外への警戒が一瞬、緩まった。

 

 

 

──その女は機を待っていた。女は二度の敗走により病的なまでに恐れていた。『剣聖』を、『アリア』を。故に確信があった。第一級冒険者複数人を圧倒する力を持つ『精霊の分身』であっても、『剣聖』が相手では何体いようと狩られるだけだと。

 

故に待った。誰もが意識を完全に逸すのを。

 

まずは『アリア』を殺す。死んでしまえばあの女にくれてやるときに面倒極まるが、最悪肉体さえ残っていれば問題はない。あの黒い風を向けられる前に確実に殺す。『アリア』さえ確保できれば『剣聖』は後回しでもいい。

 

そして機は来た、冒険者達が勝利を確信した瞬間、女は身を潜めていた食人花の口内から全速力で駆け出した。

 

二度の敗走後、膨大な量の魔石を取り込み、『緑肉の鎧』を纏った彼女のステイタスによる肉体の自壊前提の吶喊は、歴戦の勇士であるフィンやガレスですら反応できない

 

そのすべてから解放された肉体の躍動に────アルだけが気がついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

24階層のときと同じように私を『アリア』と呼び、私を食べようとする禍々しく、毒々しく、在り方が反転した『精霊』。

 

この歪みきった精霊は強い、私一人では一体も倒せない。けど、今の私は一人じゃない。何より、今の私はアルの隣で戦える!!

 

「──!! アイズッ!!」

 

 

 

「アル? なに、を───」

 

 アイズが見たのは、すでに息絶えた食人花の口から出てきた赤髪の怪人───レヴィスの剣から自分を庇って胸を貫かれるアルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

決して倒れぬ最強の象徴だった。倒れてはいけない最強だった。いかなる怪物が相手でも、いかなる強者が相手でも、いかなる苦境でも決して折れずに、最後には必ず勝ってきた正真正銘【ロキファミリア】最強の英雄だった。

 

故に、そのさまに、膝から崩れ落ちたアルの姿に、【ロキファミリア】の面々は───その光景に、フィンですらも意識のすべてを奪われた。

 

「······ッ、ぁ·········」

 

 刺された傷からはもちろん、口、双眸、鼻、耳とあらゆる顔面の器官から腐ったような配色に澱んだドス黒い血を垂れ流し、その顔を苦痛に歪めたアルの姿に。

 

「あ、ああああああああ──【吹き荒れろ(ニゼル)】!!」

 

 英雄からの加護を失い、黒に戻った風がアルに止めを刺そうとするレヴィスを吹き飛ばす。

 

「リヴェリア!!」

 

「今、詠唱し終えた!! ──【ヴァン・アルヘイム】」

 

 刺された瞬間から即座に詠唱を開始し、膝をつくアルに駆け寄って発動させた第三位階回復魔法【ヴァン・アルヘイム】、半死人ですら再起させる都市最強の魔道士の回復魔法。だが───

 

「───ッ、治らん!!」

 

 それどころか加速度的に死に近づいているとわかるほどにドス黒い血の流出が止まらない。ただ発動させているだけで自身の損傷をも癒やすアルの付与魔法の火も、まるで魔法が封じられたかのようにかき消えた。

 

「あの武器に、少したりとも斬られるな!! 呪詛(カース)だ!!」

 

 アルの尋常ならざる様子とそのアルを刺した剣の禍々しさを見てフィンが指示を出す。その呪いはおそらく治癒不全と魔法封印。ただ、その様子は劇毒を受けたかのようでもある。Lv7のステイタスを侵す毒などそうあるものではない。

 

「どういうこと?! アルに呪詛(カース)が効くはずないじゃん?!」

 

 

 

 

「───は、ひとまず『アリア』を殺すつもりだったが······愚かだな、『アリア』を庇わなければ私程度(・・・)の攻撃を防げぬわけないだろうに」

 

 アイズに吹き飛ばされ、少し離れたところで立ち上がる全身を蠢動する肉の鎧に身を包んだレヴィス。その顔には侮辱と昏い歓びが垣間見え、彼女が現れたのと同時に精霊達の動きが止まる。

 

「エニュオから『剣聖』に通常の呪詛は効かないと聞いていた。確かにこれで即死しないところを見るに呪いだけでは、あるいは毒だけでも効かぬのだろうな。だが、この剣は英雄殺しだ」  

 

 紫の得体の知れない液体の滴る黒い鱗のような刀身の大剣を翻させながら、勝利を確信したように語りだす。まるで聞く者たちに生きて帰る者がないかのように。 

 

「ダンジョンに住まう私には縁のない話だが、これは十数年前に『デダイン』なる地で討たれたという巨獣。その巨獣のドロップアイテムを闇派閥の呪術師(ヘクサー)が加工した、私でなければ握ることもできない呪毒の剣だ」

 

「『デダイン』、だと······まさか·······!!」

 

 その地の「意味」を知るフィンが真っ先に反応し、その毒ならばアルにも効くだろうと納得すると同時に勇者としての仮面を剥がしかねない恐怖に襲われる。

 

「確かその巨獣の名は────陸の王者(ベヒーモス)、と言ったか」

 







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三十一話 英雄


総UA300万突破ありがとうございます!!





僕、フィン・ディムナは自覚する。

 

自分は全てを救う英雄なんてものにはなれないと、自分は人工の英雄でしかないのだと。

 

見せかけの勇気に、演出した栄光、造られた偉業、鋪装された冒険、ツギハギされた人工の英雄、それがディムナ()なのだ。

 

冒険者に、フィン・ディムナになる前の僕はこの世界に反抗する小賢しい子供だった。僕が生まれたのは様々な種族が混在する山間部の村落、そんな小さな世界でも小人族は差別され、見下されていた。

 

かつて小人族によって結成され、多くの魔物達を倒し人々を救った『フィアナ騎士団』を擬神化した『女神フィアナ』を信仰していた。

 

小人族の英雄にして聖女である彼女の意思は当時の騎士が一人として最後の戦いから生還しなかったことによって残らず消えた。それでも、小人族の心の中に彼女の存在は信仰として残り続けた。だが、そんな信仰も実在する「神々」の降臨によって否定され、架空の女神に成り下がった。そして、拠り所を失った小人族は零落した。

 

『誇り』も『勇気』も失った小人族は身体が小さく、力も弱いため、他の種族に見下され、劣等種として扱われていた。

 

僕の生まれた村でも小人族は弱者だった。両親も小人族というだけで馬鹿にされて言い返すこともできず、ときに搾取される。小人族というだけ全てを諦めたかのように笑い、自身を卑下する両親を僕は嫌悪した。

 

──なぜ、知恵を絞らない?

 

──なぜ、大きいだけで相手に屈する?

 

──『架空の女神(フィアナ)』のように立ち向かわない?

 

──僕たちを下に見る他種族のものよりも俯くだけの同族が僕を苛立たせた。

 

肉体で及ばなくてもその分、知恵をつければいい。僕は村長の書斎に潜り込み、何百冊、何千冊もの本を読み漁った。知識を得るのは楽しい。何より自分が知らないことを知ることができるのは快感だった。

 

得た知識を活かして小人族の中で僕だけは謙りはせず、トンチを利かせて村人たちに一泡吹かせたこともあった。その返答が拳や蹴りだったとしても自分はあんな惨めな両親とは違うのだと。

 

10歳の頃、真夜中に山に潜むモンスター達が村を襲った。

 

両親の手を振り払って僕は恐怖と戦いながら走っていく。村の広場に着くとそこにはもうすでに血を流して倒れている人が何人もいた。

 

悲鳴を上げることしかできない大人たちが殺されていく中で僕は自分より小さい女子供を、いつもイジメてくる悪童を逃がして火の手を消して回った。『架空の女神(フィアナ)』のように、太古の英雄のように。

 

だが、それは『勇気』と呼べるものではなかった。根拠のない自信にただの慢心、矮小な矜持に踊らされるだけの身の程知らず。

 

猛り狂うモンスターを前に千の知識は無力だった。僕は、モンスターを前にして足が動かなくなった。その時、僕を突き動かしていたのは『勇気』とは程遠いただの傲慢だったと気がついた。

 

決定的なモンスターとの実力差に震える僕はモンスターの爪から──────見下してすらしていた両親に身を挺して庇われた。

 

『······ディムナ』

 

『良かった······』

 

 両親は死んだ、呆気なく僕だけを残して僕を守るように抱きしめたまま息絶えていった。それからの記憶はあまりない。

 

駆け付けた他種族の大人達にモンスターが討たれたあと、僕は呆然としながら山の奥へ奥へと逃げ込んだ。森の闇の中に消え去りたかった。こんな醜い自分を誰にも見せたくなかった。だから、獣道を駆け抜ける。

 

やがて、視界に広がる満天の星空。

 

月明かりに照らされた夜の崖際まで追い詰められた時、自分の愚かさを悔いるように泣いた。嗚咽を上げながら泣き喚き、僕は叫んでいた、生まれてからずっと溜め込んできた感情が爆発した。

 

両親が死んだときも、モンスターに襲われたときも涙は出てこなかった。けれど、今になって堰を切ったかのように流れ出す涙を止めることはできなかった。

 

悔しかった。辛くて苦しくて痛くて怖くて恐ろしくて。どうして僕だけが生き残ってしまったのか。

 

僕は泣いた、泣き続けた。絶望に、失望に、我先に逃げる同胞の姿に、勇気を知らなかった自分自身の姿に。

 

そんな僕を嘲笑うかのように夜風が吹き荒れた。寒気に身体を震わせ、目を瞑った。閉じた瞼の裏には己より大きな怪物に立ち向かった父と母の姿があった。

 

二人の姿に『勇気』を、小人族の『希望』を、見出した気がした。

 

だからこそ、僕はあの日に誓った、小人族の誇りを取り戻す為に、『英雄』になるのだと。

 

故郷と姓を捨て、親から貰った『ディムナ』と小人族の言葉で『光』を意味する『フィン』を名乗ろうと決めた。あの日見た『希望』を、俯く同胞に見せてやりたくて、一族の再興を果たす為に。

 

それが僕───『フィン・ディムナ』の冒険の始まり。

 

僕こそが『架空の女神(フィアナ)』に代わる一族の希望になるために、冒険を重ね、力をつけ、名声をかき集めた。ロキに掛け合って拝命してもらった『勇者(ブレイバー)』の二つ名を名実共に認めてもらえるように努力を積み上げてきた。

 

必要なのは見せかけの『勇気』ではなく、確たる実績。一族の全てを背負えるだけの名声をひたすらに求めた。その中で僕に冒険を教えてくれた冒険者の先達やともに戦ってきた戦友を見殺しにもした、それがより多くを救うと確信したから。

 

人工の英雄、造られた偽物、ツギハギだらけの虚構。僕は歩みを止めなかった。止まるわけにはいかなかった。小人族がかつて持っていた誇りを取り戻すために、僕は歩み続けた。

 

だが、ある時気がついてしまった。英雄とは作り出すものではなく求められるものなのではないのか、と。

 

そんな時、彼に───アル・クラネルに出会った。

 

ロキに抱えられた彼はかつての僕と同じくらいの年頃でありながらこの世すべての怒りを煮詰めたかのような紅い瞳をしていた。

 

かつてのアイズ以上の苛烈さにアイズ以上の才能。まるで、死地の中を生き抜いてきたような少年の瞳は僕の知るどの人間よりも鋭かった。

 

連日実力に見合わない階層に潜るアルをガレスは生き急ぎすぎだと諌め、リヴェリアは目を離したら死ぬと自ら教育係を申し出て、ロキはその瞳の奥底で渦巻いている何かに畏怖していた。

 

だが、僕だけはアルの計算高さに気がついていた。アルはいつもボロボロになって帰ってきたが一度たりとも深手を負ってきたことはなかった。

 

かつてのアイズとは違う、自身の実力を冷徹なまでに測りきってギリギリ死なない程度の試練を己に強いて、限界ギリギリのところで生還しているのだ。

 

そんなアルが初めて死にかけたのは冒険者となって三週間目、リヴェリアの言いつけで無理やり組まされたパーティの者達を突如上層へ現れたインファント・ドラゴンの強化種から逃がすために戦ったときのこと。

 

逃げ帰ってきたパーティリーダーであるLv2の男性団員にアル一人が殿となってダンジョンに残ったと聞いたとき、僕が感じたのはかすかな失望の念。

 

アルをかつての傲慢と『勇気』を履き違えていた自分自身と重ねていたからかもしれない。すでに死んでしまったであろうアルへの失望を隠しつつガレス達とともにダンジョンへ向かった。

 

僕はもちろん、ガレスでさえも死んでいるものと思っていた。だが、当の階層にたどり着いた時に僕たちが見たのは一山いくらかの雑多な武器を使い捨て、少しずつ身を削られながらも決して諦めず敵へ立ち向かうアルの姿だった。

 

その姿に、僕は目を疑った。目の前で戦う少年が信じられなかった。それはまさに僕が思い描いていた理想そのものだからだ。

 

自分の命を燃やしてでも仲間を守らんとするその姿に、僕の中の何かが震えた。第一級冒険者からすれば遥かに低次元なはずの戦いから目を逸らすことができず、僕はただただ魅せられていた。

 

その目に恐怖はなかった。あるのはただただ強い戦意のみ。Lv2の上級冒険者ですら逃げ帰る相手に冒険者となって一ヶ月も経っていないのに勝てるわけがない、それほどの実力差を身で感じながらもその足は止まっていなかった。

 

ガレスも、ベートも、ティオナも、誰もが呆然とする中、圧倒的格上に対し、賢しく、懸命に立ち向かい、傷を負って倒れた仲間を背に庇いながら戦うアルの姿に僕は『勇気』を見た。

 

────僕にできただろうか、あの小賢しいだけの子供だったころにあのような『勇気』を示すことが。

 

もし村をモンスターが襲わずにいたら、僕は生意気な少年としてあの村で生涯を終えていた。そんな僕とは違い、アルは自分の意志で住んでいた村を飛び出し、オラリオへやってきた。

 

そして、決して諦めずについには圧倒的な実力差を持つ敵を打ち倒す偉業を成し遂げた。

 

 

一年、二年、三年、四年、気がつけばアルは僕たちに並び、そして追い越した。

 

アルがファミリアに入団してからの四年間、ファミリアでは誰一人として死者が出ていない。アルが守ってきたからだ。

 

アルがいなければきっと誰かしら死んでいただろう。僕たちだって何度も危うい場面があった。それでも、アルがいたから皆無事でいられた。

 

僕が欲するのは小人族の新たな光となるための英雄譚。『大衆の英雄』であり、『奸雄』であり、『人工の英雄』だ。全てを利用し、全てを切り捨てる。輝かしい名声とは正反対に穢れきった薄汚れた道

 

だが、それこそが『英雄』へと至るための最短の道なのだ。

 

だからこそ、僕はアルが眩しかった。損得を顧みず、ただひたすらに前を見続けるアルが羨ましくて眩しくて仕方がなかった。

 

アルは僕とは違う、アルには英雄願望はない。

 

アルの横に立つと自分がひどく薄っぺらに感じてしまう。

 

 

 

そして、今もアルは英雄そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がっていた。リヴェリアの魔法でもエリクサーでも決して塞がらない傷を、英雄に自死を選ばせる英雄殺しの毒を受けながらも。

 

全身から腐臭と焦げた肉の臭いを漂わせながら幽鬼のように立ち上がったアルの姿にレヴィスは自分でも気が付かずに足を竦ませる。

 

「(なぜ立てる?! いや、それ以前になぜ血が止まって─────)」

 

 アルは貫かれた胸の穴を焼くことで無理矢理に塞いでいた。アルが持つ朱剣は永き時の中で呪いを帯びて穢れ果てた忌物。

 

その呪いの悍ましさはベヒーモスの呪毒にも匹敵する。その呪いは自らの肉体を焼き焦がす事を代価に攻撃を劇的に向上させる傷つけることしかできない自滅諸刃の力。傷を癒やすことはできないが、その濃さゆえに呪いを()()()することはできる。

 

それも、血の流出を無理矢理に食い止めただけで。もはや、アルに残された時間は残り少ない。アルの身体はとうに限界を超えていた。

 

心臓を穿たれ、血を失い、魂を削るような呪いと毒によって血から骨に至るまで全身が腐りつつあり、歴戦の勇士ですら自死を選ぶほどの言葉では表現できない苦痛に苛まれている。

 

遅かれ早かれ確実に死ぬ。だが、アルの瞳はまだ死んでいなかった。それがどれほどの苦痛を伴うか、理解しながらもアルは立ち上がった。

 

死すら救いだと思わせるほどの激痛が、脳髄を焼き切るような熱さが、肺を締め付けるような苦しさが、全身を駆け巡るのを感じながらもアルの心は折れていなかった。

 

白目は黄色く濁り、瞳は視界が潰れているのか焦点があっていない。肌は水分を失って褐れた朽木のような質感で顔中の粘膜という粘膜からタールのようにドス黒い血が滴っている。

 

「何なのだ·······貴様は、一体······なんだっていうんだ··········!!」

 

 まさに満身創痍の死に体。剣を杖代わりにしなければ立ち上がることすらもできない。だが、レヴィスはその有り様にこれまでにない恐怖を味わっていた。圧倒的優位にあるはずなのに無意識に後ずさりし、歯がガタガタと震える。

 

焼いても塞がりきらない胸の大穴から真新しい鮮血が流れている。だというのにアルは倒れていない。まるで、不死身の怪物を相手にしているかのような錯覚をレヴィスは覚えていた。

 

己の命を省みることなく、他者を守るために命を燃やし尽くして戦うその姿にレヴィスは畏怖した。アルが放つ覇気は先程までの比ではない。その目に宿るのは怒りでも殺意でもない。

 

「─────ッ、」

 

 その光を喪った瞳でアルはフィンを「見た」。その視線の意味にフィンは、『勇者(ブレイバー)』は気がついてしまった。尊敬する友の最期の願いをフィンだけが理解してしまった。

 

『総員、アルを守れ』

 

 そう、命令できればどれだけ楽か、このまま全滅できればどれだけ楽か。できない、してはならない、そのような『逃げ』は自身の過去が許さない。

 

フィンはその神々をも凌駕する理知によって気がついてしまっていた。単一の属性を司る精霊であるにも関わらず複数の属性魔法を使う穢れた精霊、新種のモンスターの()()()の魔石、そして迷宮神聖譚の風の大精霊アリア。

 

多数の属性魔法のうち、風属性だけは使えない穢れた精霊と怪人に『アリア』と呼ばれて付け狙われる、ヒューマンとしてはありえない出力の風魔法を使う『アリア』と言う名の母を持つアイズ。

 

その全てが一つの答えへと収束していく。

 

死に体のアルよりも優先し、死守するべきはアイズ。仮にアイズを奪われれば穢れた精霊は『完成』しかねない。

 

何よりアイズを奪われてはアイズを自らの身を呈して庇ったアルの想いが無駄になる。

 

怪人にとって自分たちはおまけに過ぎない。怪人の目的はアイズとアルだけ、おそらくそれ以外の【ロキ・ファミリア】の面々は敵としてすら認識されていないだろう。

 

それは正しい。階層主以上の力を持つ精霊四体を相手に戦えていたのはアルとアイズがいたからだ。そしてそのアルは死に体な上に魔法を封じられ、アイズももはやさっきまでのようには戦えまい。

 

そして、あの赤髪の怪人。いくら精霊たちへの前衛を一人で熟し、無防備なアイズを庇ったとはいえ、()()()()()()のだ。あの緑肉の鎧のせいか、それともモンスターとしての特性で強化種のような力をつけているのかあの動きは確実にLv6の範疇にない。

 

自分があの怪人と戦うには凶猛の魔槍を使わなければならない。だが、それは指揮の放棄を意味する。現状、このパーティで指揮をできるのは自分を除けばリヴェリアとアルのみ、ラウルではまだ足りない。

 

ならばリヴェリアに後を任せ、自分が殿となるか?

 

······不可能だ。怪人を押し留めている間に精霊の魔法で焼き殺されるのが精々だ。

 

今、この場において殿を務められるのは唯一人。

 

 

 

「赦しは請わない」

 

 だからこれはフィンが言うべきこと。フィンにしか言えぬこと。

 

「─────アル、僕達のために死んでくれ」

 

 

 

「フィン!! 何言ってんの!?」

 

「総員撤退だ!! あの怪人と残りのモンスターはアルに任せる!! 反抗は許さない──!!」

 

 常に冷静沈着な頭目の歯を砕きかねないほどに噛み締められた口とその気迫に反論できる者はいなかった。

 

「怒りも、侮蔑も、地上に戻ったあとならばその全て受け入れる。だから、今は従え──!!」

 

「···········気に病むな。今日が俺の番だった。ただ、それだけの、こと、だろう········」

 

 誰よりも早くその指示に従ったアルと言葉もなくアルから手紙のようなものを預かるフィンの姿はまさに以心伝心。『勇者(ブレイバー)』と『剣聖』、最大派閥の頭と右腕。他のどの団員よりも二人は噛み合っていた。

 

その二人の決定に誰も口を挟めなかった。

 

一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

アルとはいつも一緒に戦ってきた。

 

私の魔法や、アルの剣技で敵を屠り、二人で協力し、時には競い合い、そうしてお互いを高め合ってきた。どんな強敵が相手でも、どんな苦難でもアルと一緒なら乗り越えられた。

 

けれど、アルは私を見ていない、先を見てる。アルは私を置いてどんどん先に進んでしまう。このままだときっと置いて行かれてしまう。それは嫌だ。アルがいないと私は駄目だ。

 

アルと同じ光景を見ていたい、アルと同じものを食べていたい、アルと一緒に寝起きをしていたい、アルともっと色んな話をしたい、アルの隣にいたい。アルのいない生活なんて考えられない。

 

アルがいなくなったら、私は生きていけない。

 

アルはいつだって、私を助けてくれた。私が迷っていれば、手を引いてくれる。

私が悩んでいれば、背中を押してくれる。

 

必死に追いつこうとした。

 

焦燥感に駆られながら、毎日のようにダンジョンに潜り続けた。私は強くなった、アルの隣で戦えるぐらいに強くなった……! なのにどうして!?

 

フィンが何を言っているかがワカラナイ。アルを見捨てる?

 

「だめ、そんなの、ゆるさない」

 

 そうならないために、私は強くなった。アルに守られているだけではいけないから強くなりたいと思った。アルに追いついて今度は私がアルを守るために。私はもう、アルの隣で───

  

「【猛け息吹(テンペス)───」 

 

 魔法は成立せず視界が崩れ、身体が崩れ落ち、チカチカと点滅する意識。

 

「(精神疲弊(マインド・ダウン)──!! もう、身体が)」

 

 限界を超えた魔法行使の連続に、ようやく身体がかけられていた負荷に「気がつき」、何もできなくなる。剣は握れず、立ち上がることすらできない。それでも這うようにして前に進む。アルのもとへ、アルのもとへ行きたかった。その想いだけが、私を突き動かす。

 

そして、その想いすらも、崩れ落ちる。

 

『貴女は強くならなくてはいけない、でなければ貴女は───()()()()()()()()()

 

 いつか見た、幻の自分の言葉が脳裏をよぎる。ずっと否定してきた最悪の未来が目の前にある。アルが死ぬ? アルが死んでしまう? アルがいなくなる? そんなの、絶対にダメだ。

 

「あ、うそ·····いや、いやいや、やだ!! やだ!!」

 

 力が入らない。指先が動かない。腕に力を込めてもまるで動かない。動けない。動かせない。動いてくれない。どうしようもない現実に涙が溢れる。アルに死んでほしくない。アルがいなくなったら、どうすればいい? わからない。なにもわからない。

 

アルがいなかったら、私はどうやって生きればいいのかわからない。あの日、あの時から私とアルは一緒にいたはずなのに、今はもうこんなにも遠い。藻掻く指の先にアルの背中が見える。

 

どうやっても思うようには動かない身体を引きずってイモムシのようにもがきながら幼子のように泣き叫ぶ。そうすれば全てが解決するような、誰かが『助けて』くれるような気がして。

 

「聞き分けろ!! アイズ・ヴァレンシュタイン!!」

 

 文字通りに血を吐くような声でアルが叫ぶ。初めて聞くような裂帛の声。だが、私を見るその『瞳』は私をおいてモンスターのもとへ行ってしまったおとうさんが最期に向けてきた太陽のように暖かい目。その目に宿るのは諦めではなく、覚悟だった。

 

「·······すまない」

 

「俺は、お前の英雄にはなれないようだ」

 

『私は、お前の英雄になることは出来ないよ』

 

 その言葉は、その背中はかつてのおとうさんと重なった。やめて、それ以上は言わないで、置いていかないで、アルが死ぬなら私も死ぬから、一人にしないで。

 

そんな私の願いは届かずにアルの背中は少しずつ遠くなっていく。私にはどうしようも出来ない、いくら歯を食いしばっても身体が言うことを聞かない。ダンジョンの床を這うことしかできない。

 

嫌だ、やだ、やだやだやだやだ!!!! いっちゃだめ、いっちゃだめだよアル。

 

いかなきゃ、行って止めないと。アルが死んじゃう。アルが殺されちゃう。いやだ、いやだいやだ!! なんで、どうして、私はまだ戦える。まだ、戦えるから。だから私を連れて行って。お願いだから。

 

アルが死ぬくらいなら、私が死んだほうがマシだ。

 

アルを連れて行かないで、私からアルを奪わないで。

 

どんなに願おうとも、どれだけ叫ぼうとも、私の身体は微塵も動くことはない。ただ、遠ざかっていく背中を見ることしか出来ない。

 

声にならない叫びは誰にも届かない。アルは振り返らない。

 

最後に、もう一度立ち止まってこちらを背中越しに見るアルの顔には苦痛なんて一切感じていないかのような笑みが浮かんでいた。

 

それは自分に初めて向けられた、いつか向けてほしいと思っていた満面の笑み。その笑みはかつて、おとうさんに向けられたのと同じ───

 

 

 

 

『「─────いつか、お前だけの英雄に出会えるといいな」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

ロキファミリア、アルと仲良いランキング(曇らせPT抜き)

 

一位 フィン

ニ位 リヴェリア

三位 ティオナ

四位 アリシア

五位 ガレス

六位 ベート(後方兄貴ツラ)

七位 アイズ(天然コミュ症)

八位 レフィーヤ(そもそもそんな関わんない)

九位 ティオネ(フィンガチ勢)

 

 

 

 

 







▼((嬉´∀`嬉))ノ

あんまフィンを掘り下げるssってないよね。

アルは視界が潰れてても曇り顔は見れます(??)


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三十二話 もはや、孤狼ではなく

熱38度から40度を行ったり来たりしててつらい




 

 

 

【アルと相性いい主神ランキング】

一位 アストレア(説明不要)

二位 アルテミス(一万年後じゃなくなる)

三位 エレボス(悪友系)

〜壁〜

四位 ガネーシャ(普通に良い神)

五位・六位 ロキ、フレイヤ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィンも、アイズも、誰しもが心を砕いた。アルを犠牲にしなければ全滅する自分達の現実に、怪人に追おうともされない自分達の惰弱さに。

 

たった一人、駆け出す狼人ウェアウルフを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 やったぜ(満面の笑み)

 

そう、これだよ、これ!!

 

俺の目に狂いはなかった、レヴィスちゃんよくやってくれた!!

 

いやー、これまで長かったなあ。インファントドラゴンから始まって黒いゴライアスにジャガーノート、古代の神獣、異常個体の階層主、尽く死に損なってきたがようやくこのときが来たかッ!!

 

ベヒーモスの毒とか割とマジで死ねるやつじゃん!! 早くとどめくれ、早くしないと耐性ついちゃうから。

 

『赦しは請わない』

 

 おん? なんだ、フィン?

 

『─────アル、僕達のために死んでくれ』

  

 いいよッ(食い気味)!! 

フィンはそういうこと言ってくれるから大好き!! よしよし、みんな逃げな逃げな。文字通り刺し違えてでも逃してやるからさ。

 

『あ、うそ·····いや、いやいや、やだ!! やだ!!』

 

 お黙り!! 黙って見てな!! 華々しく死なせろ!!

 

「·······すまない」

 

「俺は、お前の英雄にはなれないようだ」

 

 これ言うためだけに馬鹿みたいに前準備重ねて来たんだぞ?よし、言うぞ言うぞ。一世一代のラストワードだぞ、耳かっぽじって聞けよ?

 

 

 

「─────いつか、お前だけの英雄に出会えるといいな」

 

 ─────ああ、それだよ、その顔だよ。その顔が見たかった。

 

もう、思い残すことはねぇな········よし、じゃあ残りの力使い切ってレヴィスちゃん達倒すからお前らは逃げな。

 

【────を破却する。仰ぎ見る月女神の矢、約定の槍を携える我が身は偽りの英雄】】

 

黄昏(おわり)葬歌(うた)、我が身を焼く渇望(ゆめ)の焔、鳴り響く鐘楼の音。葬歌の楽譜、雷鳴の旋律、奏でるは夜明け(始まり)讃歌(うた)

 

 魔法封印の呪詛なんざ気合で突破できんだよ!! 俺の最強魔法くらわせてや─────は?

 

え、いやいや、ちょっと待てや、何やってんだ?! お前!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のこれまでは、大切なものを取りこぼし続けた人生だった。

 

俺の故郷は大陸北方の大地。国や都市とは無縁の放浪の獣人部族『平原の獣民』。神もいない、恩恵もない。それでも下級の眷族ごときには負けない程に強い。

 

モンスターを一蹴し、悪さをしてくる奴らは護衛ごと叩き潰してきた。族長だった親父は誰より強く、俺の誇りだった。

 

豪快なお袋と妹のルーナ、狼人の兄貴分達。そして、俺と同じ日に生まれた幼馴染のレーネ。部族には似合わない程に弱く、けれど誰よりも美しかった。

 

部族の教えである「弱肉強食」は欲しけりゃ奪い取れ。日ごとに綺麗に成長していくアイツを巡って男児達は争い合った。俺は自分の牙を磨き続け、子供の中では誰よりも強くなっていた。

 

『お前は弱っちくてもいいんだぜ! お前の力がみんなの半分なら俺が二倍も三倍も力を出してやる。俺がお前の分も強くなる!!』

 

 そんなことをレーネに言ったこの頃の俺は、自分さえ強くなればいいと思っていた。

 

 

 

 

 

それは12歳の誕生日を迎えた年だった。その「怪物」は世界三大秘境の一つ、北の果ての『竜の谷』から降りてきた。部族が培った技も知恵も月夜の獣化すらも何一つ通じることなく虐殺された。

 

金色の月の夜、部族は死に絶えた。俺一人を残して。弱肉強食、強いものは何をしたって許される。弱いものは何をされても抗えない。父親から教わった世界の理を俺はようやく理解した。

 

───親父は弱かった、だから八つ裂きにされた。

 

───お袋は弱かった、だから真っ二つにされた。

 

───妹は弱かった、だから踏み潰された。

 

俺は弱かった、だから大事なもの(レ―ネ)を奪われた。

 

俺は故郷を捨てた。弱者だった部族を再興しても、また奪われるだけ。「強さ」を求めた。『草原の主』となったあの「怪物」を倒すために、二度と折れることのない牙を。

 

自分の弱さの戒めとして忘れることのないように傷跡はあえて残し、その上から刺青を彫った。

 

長い旅路の末、迷宮都市オラリオに辿り着いた俺が最初にしたことは『恩恵』をもたらす神を探すこと。主神選びには細心の注意を払うつもりだったが、早い段階で契約を結んでいいと思える神と出会えた。

 

男神、ヴィーザル。

 

静謐な眼差しと俗物離れした無口な神物。稀に溢れ出す言葉は神託めいていた。

 

『その牙ごと、顎を引き裂かれないようにな』

 

 【ヴィーザル・ファミリア】、探索系の派閥。男神を慕う純粋な冒険者達は皆若く獣人が多い。胸をよぎる鈍い痛みが俺を此処に入団することを決めさせた。

 

入団後、団員との喧嘩は日常茶飯事。頭一つ抜けた実力を持ち、リーダー的なポジションにいたヒューマンの女、セレニアは強く、美しい女傑だった。

 

俺は無我夢中で戦い続けた。数ヶ月経つ頃には団員たちは背中を預けられる戦友となり、いつしか俺の強さは認められていた。

 

ステイタスでセレニアを追い越した頃に俺は【ヴィーザル・ファミリア】の団長として憧れた親父のように群れを率いる狼になっていた。

 

弱小だった【ヴィーザル・ファミリア】は俺を始めとして他の団員たちも昇格を次々果たし、中堅派閥の一つに数えられるまでになっていた。

 

『灰狼』、それが俺が得た最初の二つ名だった。

 

弱者をいたぶる雑魚にはならない、強者の傲慢も許さない。

 

ただひたすらに「牙」を磨く俺の背中を追うように団員達も強さを貪欲に求めた。いつしか、俺の在り方が 【ヴィーザル・ファミリア】の在り方になっていた。

 

強くなるだけでなく在り方を示す、俺より弱い団員達も『牙』を得た弱肉強食の摂理にも逆らう戦士になる。居心地が良かった。失った「家族」がそこには確かにあった。

 

失った「愛」も。

 

コイツ(セレニア)なら俺の傷も癒やしてくれる、そんな甘い想いがよぎる。だが、オラリオに入って四年、俺はLv3へ至っていた。これ以上待つことは出来ない。

 

『平原の主』を必ず俺の手で討つ為にしばしオラリオを離れた。

 

『·······ヴィーザル』

 

『ベート······いつかお前の『牙』の意味を知れ』

 

 あの夜と同じ蒼い月の夜、俺は故郷に帰ってきた。再び、アイツと対峙した。死闘は一晩中続いた。武器という武器を使い尽くし、全身から血を流し、骨を砕かれながら親父とお袋を引き裂いた爪を砕き、妹を潰した足を折り、レーネを喰い殺した口を引き裂いた。

 

『草原の主』以上の獣と化して『牙』を振りかざした。

 

巨獣の骸の前で俺は雄叫びを上げた。歓喜と怒り、悲しみと虚しさ。俺は強くなった。もう何も奪われることはない。だというのに『牙』の痛みが引くことはなかった。

 

あの日も空から雨が降っていた。『平原の主』を討ち、迷宮都市に帰ってきた俺を待っていたのはセレニアの骸だった。

 

いつものダンジョン探索だった。何てことのない、何十回とこなしてきた日常。何故だ、強者()が守らなければ何もできないのか。

 

俺は強くなったはずだ。なのに、どうしてまた奪われる?

 

しばらくして【ヴィーザル・ファミリア】はオラリオを出ることを決めた。

 

アイツらを自ら嫌われるように言葉で傷つけ、半ば追い出すように迷宮都市から遠ざけた。ギルドも第二級冒険者の俺が残るならばとヴィーザル達の移住を認めた。別れの言葉は無かった。

 

それから喧嘩をしない日はなかった。だが、どんな『強者』も俺を打ちのめすことはできなかった。

 

俺を打ちのめしたのは他でもない『弱者』だった。弱肉強食の世界に逆らえない弱き者達。どんなにベート()が強くなろうが救えない、脆弱な存在。

 

 

 

 

 

 

その出会いは必然だったのだろう。派閥に所属せず、 喧嘩に明け暮れる日々。俺がいる酒場に現れたのは普段見慣れない顔ぶれだった。

 

【ロキ・ファミリア】。美神の派閥(フレイヤ・ファミリア)と同樣に俺が迷宮都市に足を踏み入れたときから今まで先頭を走り続ける都市最大派閥。

 

初めて同じ冒険者に叩きのめされた。鍛え上げた俺の強さは、第一級冒険者のドワーフの大戦士には何一つとして通用しなかった。つい、おかしくなって笑ってしまった。

 

『何だ、いるじゃねぇか。話にならねぇ程強い奴らがよ』

 

 ロキに勧誘され、ファミリアに入ってからすぐに俺はLv4ヘランクアップした。

 

入団して驚いた。決して才能に恵まれていない奴らがこうも戦えるということに。群れを率いる頭への信頼の高さに。頭が違えば群れがこうも変わるということに。

 

勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ。劣等種とすら蔑まれる小人族でありながら事実上、オラリオの頂点に立つLv6にまで到った傑物。

 

強さも聡さも覚悟も俺がこれまでに出会ったどんな男も及ばない、一族の全てを背負う覚悟を持った紛れもない『英雄』の器。

 

そしてアイズ・ヴァレンシュタイン。年若いヒューマンの娘。生きていたら妹と同じくらいの年頃でありながら魔法を使えば俺以上に強い女。

 

俺以上に強さを求め、着実に強くなっていくアイズを見るのがいつしか一つの楽しみになっていた。

 

それから二年後、アル・クラネルが入団した。誰よりも苛烈で誰よりも才能に溢れ、誰よりも上を見据えるアイツは眩しかった。

 

俺とは違い、なにも取りこぼさずにアイズを、皆を助けていたアイツはまたたく間に強くなっていき、気づけば俺を超えて更に先の領域まで足を踏み入れていた。

 

【ロキ・ファミリア】に入団してから六年。認めよう、悪くなかった。傑出した頭領に雑魚だが愚図では決してない団員たち。切磋琢磨できる対等以上の実力者。

 

その頃には気がついていた。俺にとって『牙』とは『傷』なのだと。傷だらけの狼、それが俺の正体。

 

牙を磨けば、俺が強くなれば全てを守れる。そう思っていた頃もあった。導けば誰もが強くなれる。そう信じた時期もあった。

 

戦場に立っていいのは強者の嘲笑に吠え返せる者だけ、それほどの気概がなければ、変わらなければ、『雑魚』は無為にその屍を積み上げる。

 

だから、蔑み、嘲り、笑い続けた。戦場に立とうとする『雑魚』どもを。どいつもこいつも吠える事も出来ず変わる事もねぇ·······。

 

 

 

 

─────だが、アイツ(ベル)は吠えたな。

 

 

 

 

 

 

 

「【戒められし悪狼(フロス)の王、一傷拘束(ゲルギア)ニ傷痛叫(ギオル)三傷打杭(セピテ)】」

 

 『傷』の象徴とも言える詠唱を、二度と使わないと自分自身に課した戒めを解く。子供じみた意地でもあった。死んでも守ると決めたわがままだった。

 

「【飢えなる涎が唯一の希望、川を築き血潮と交ざり涙を洗え、癒せぬ傷よ忘れるな】」

 

 だが、アイツ(ベル)は殻を破った。なら、俺が此処で破らなくてどうする────!!

 

「【この怒りとこの憎悪、汝の惰弱と汝の烈火、世界(すべて)を憎み摂理(すべて)を認め涙を枯らせ、傷を牙に慟哭(こえ)をたけびに】」

 

 家族も幼馴染も恋人も、何一つとして守れなかった。とりこぼし続けた人生だった。

 

「【───喪いし血肉(ともがら)を力に、解き放たれる縛鎖、轟く天叫、怒りの系譜よ、この身に代わり月を喰らえ、数多を飲み干せ】

 

 もう失わないために、これ以上奪われないために。今度こそ───守るぞ、俺はッ!!

 

「【その炎牙(きば)をもって平らげろ】」

 

「【─────ハティ】!!」

 

 穢れた精霊が散々吐き出した魔法の残り滓を平らげて、リヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】にも匹敵する緋焔の巨狼が顎を晒して猛り吼える。炎に照らされ緋色に輝く瞳。だが、レヴィスも精霊もアルすらも呑み込む火の津波は─────レヴィスの大剣によって容易く払われる。

 

「Lv5如きが目障りだ」

 

 いかに、封印を解いて魔法を使ったとしてもLv5のベートではLv7に肉薄する程のステイタスを持つ怪人レヴィスには到底届かない。それはベート自身が一番、わかっていた。ベートの狙いはレヴィスを倒すことではない。

 

【ハティ】の特性は『魔力吸収(マジックドレイン)』。巨狼の牙は劣化武装の【フロスヴィルト】とは違う、完全な形で解き放たれた炎牙はそれが魔力由来のものであれば攻撃であろうと、結界であろうと──────()()()()()()()()()()()

 

「立ちやがれぇええええええええ─────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·······ああ、参ったな。今回こそはと思ったんだが」

 

 

「ここまでお膳立てされて死ぬわけにはいかない、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

『いろいろな設定』

【ベヒーモスの大剣】

デダインの黒い砂漠から発掘されたベビーモスのドロップアイテムを『神秘』の発展アビリティを持つバルカ・ペルディクスが呪具へ加工した大剣。ベビーモスの死毒+バルカの呪詛とかいうクソ武器。呪詛防御のスキルと高ランクの『耐異常』、Lv7のステイタスのアルだからあんなもんで済んでいるが、ラウルやレフィーヤなら即死。アイズでも胸刺されたら数秒で死ぬ。

 

【レァ・ポイニクス】

簡単に言えば『エアリエル以下の出力』『ハティ以下の火力』『フェルズ以下の自動治癒』『アミッド以下の自動解毒・解呪』『アルフィア以下の耐魔法』。燃費が馬鹿みたいにいい。

 

【リーヴ・ユグドラシル】

使おうとした第三魔法。クソ技過ぎるのと他の二つが出し得技過ぎて使い所がない。 

 

【加護精霊】

味方に精霊がいれば自身とその精霊に特殊バフ。敵に精霊がいれば自身に特攻バフ。常時、属性攻撃耐性&呪詛耐性付与。

『恩恵』を受けている状態では真価を発揮できない。

 

【Q&Aコーナー】

Q、アルと相性のいい奴はわかった、逆に悪い()は誰や?『匿名希望の絶壁』

 

A、ワースト一位はエニュオ。アルからすればいいが、エニュオが音楽性の違いで病んじゃう。二位はヘルメス(送還)

 

 

そろそろ三章終わりです。



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三十三話 ロキファミリアの冒険





 

 

「は、はは」

 

「はははははははははッ───」

 

 笑っていた。壊れたかのように顔を手で覆って嗤い出す頭領の小人族に団員たちは目を丸くする。その笑いは嘲笑でも自棄の笑いでもない、まるでなにかから吹っ切れた清々しいもののようだった。やがて一頻り笑うと、頭領の小人族は顔を上げた。そこにはもう先ほどの昏い表情はない。

 

「ああ、まさか。ベートに教えられるとはね·····」

 

 その頭領の視線の先には死に体であるはずにも関わらず怪人をたった一人で抑え込むアルと、絶望的な状況であったのにも関わらず決して諦めなかったベートの姿があった。その姿にフィンはかつての自分を、始まりの憧憬を思い出して小さく微笑む。

 

誰もが、フィンですらも絶望を感じていた。『勇気』を失っていた。だが、フィンよりも弱いはずのベートは戒めを、『殻』を破って誇り高く吠えた。

 

「あの怪人を討つ」

 

 砂煙で汚れた顔を拭いながら、フィンはそう宣言した。黄金色の髪を揺さぶるように頭を振った彼は、決意に満ちた瞳で前を見据える。

 

黄金の長槍と白銀の不壊槍を構え直して彼は一団の先頭に立つ。フィンの顔には既に『勇者(ブレイバー)』の仮面が被られていた。

 

「君達に、そして何よりも僕自身に『勇気』を問おう」

 

 高らかに煽動者のように、『道化』のように、『英雄』のように声を張り上げてこの場にいる全ての者に語りかけるように、自分自身に語りかけるようにフィンは言葉を紡ぐ。

 

それは宣誓だ。皆を奮い立たせるための言葉であり、同時に自らを鼓舞するためのものでもある。フィンは静かに息を整え、その手に握られた槍に力を込める。その姿に、目を澱ませ下を向いていた【ロキ・ファミリア】の者たちの顔が上がる。

 

「認めよう。僕は諦めた、僕は『絶望』した」

 

 確かにフィン・ディムナはアル・クラネルのような生来の英傑ではないのかもしれない。だが、フィン・ディムナは知らなかった。英雄になるのに資格など要らないということを、自身が胸に持つ想いは目的のための冷めた覇道などではない紛れもない『英雄願望』だったということを。

 

「だが、君達の目には何が見えている?」

 

 そして、リヴェリア・リヨス・アールヴは、ガレス・ランドロックは知っていた。自分達の戦友がどうしようもない『夢想家』であり、そしてそれこそが彼の本質なのだということを。

 

「恐怖か?」

 

「絶望か?」

 

「破滅か?」

 

「───僕の目には倒すべき敵、そして二人の『英雄』しか見えていない」

 

 【ロキ・ファミリア】の目に火が灯る。諦めたはずなのに、心の奥底ではまだ立ち向かう気概があった。いや、立ち向かわなければならないという使命感すらあった。その目には毒に侵されながらも今も戦うアルと圧倒的格上を相手に全力で足掻くベートの姿が映っていた。

 

「君達は負けたままで終われるのか? 君達が立つというのなら、僕がこの槍をもって道を切り開く。女神の名に誓って君達に勝利を約束しよう───ついて来い」

 

 視線の先のその姿に、ラウル達が拳を作り、レフィーヤ達の心が奮えた。フィンは高らかに告げる。己の魂に刻み込むように。そして己が胸に抱いていたものを今一度確かめるように。

 

いかなる場所、いかなる時でも万軍を鼓舞、高揚を促すのが『英雄』の条件というのなら。『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナは、誰よりも『英雄』であった。

 

「それとも───君達にベル・クラネルの真似事は難しいか?」

 

 皆の脳裏によぎるのはアルの弟でベートの弟子であった少年───ベル・クラネルの成した最新の英雄譚にしてここにいる誰しもが忘れてしまった、始まりの冒険。

 

「彼はすべてを出し切って戦った。君は全力を出したのか、ティオネ?」

 

「彼は『冒険』をした。生と死の境に身を投じたよ、ティオナ」

 

 ハイエルフの魔導士とドワーフの大戦士に続いてアマゾネスの二人が戦意をもって武器を握り、鋭い光沢を放つ魔剣を持ったサポーターたちも顔を上げた。

 

気を吐きながら立ち上がった者達を見てフィンは口角を上げる。燃え盛る気炎を纏った集団を前にしてフィンは満足げに笑う。そして笑みを消し、鋭い視線を前方へと向ける。

 

自らの指を額に当て、魔法の詠唱を行う。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て───ヘル・フィネガス】」

 

 唱えるは戦意高揚の魔法詠唱。戦闘意欲が引き出され全能力が超高強化し、Lv6をこえた領域にまで自らのステイタスを劇的に向上させる。

 

湖を思わせる蒼い瞳に宿る光が紅く染まり、血の如き赤光を放ち出す。強大な力の代価にまともな判断能力を失った狂戦士と化してしまう諸刃の魔法なのだが───

 

「ラウルたちは後方に残って支援しろ!! 僕達は精霊に突撃する!!」

 

「え、なんで指揮できて······?」

 

 戦意高揚の魔法の発動は理性を失うがゆえに指揮を放棄したと同義であるのだが。双眸が碧眼から紅眼ヘ変わったもののそれ以外は変わらず、普段通りに理知的なフィンのままだ。

 

「七年前の大抗争以来かな、限界以上に怒り狂うと逆に冷静さを保ったまま発動できるとは知っていたがどうやら、怒り以外の感情でもいいらしい」

 

 フィンはそれほどまでに高まった戦意が込められた声で指示を出す。素早く、的確に。先程までのどこか悲壮感漂っていた雰囲気は消え去り、そこにはただひたすらに英雄然とした佇まいがあるのみだった。

 

突撃の準備を慌ただしく整える団員達の背後に、二振りの槍を構えたフィンは、未だ倒れ伏しているヒューマンの娘のもとに近付く。

 

「アイズ、ここで終わりか? ならそこで膝を抱えていろ、僕達は先へ行く」

 

 彼は死体のように動かない少女に目を向けない。その瞳は敵を見据えている。前だけを見つめている。答えを待たずに先へと進む。アイズを残し、フィンは戦場へ駆け出した。

 

そしてびくり、と。

 

倒れ伏すヒューマンの右手が揺れた。がりっと細い指が地面を掻いてゆっくりと、まるで何かを求めるように握り締まる。

 

「······私、私は···········私、だって───ッ!!」

 

 銀の長剣を握りしめ、精根尽き果てた肉体に活を入れる。幽鬼の如く立ち上がる。髪も衣服もボロ雑巾のようになり、美しい貌には無数の傷跡が刻まれていた。

 

装備を整えたリヴェリア達に静かな号令を下すフィンは猛る冒険者達に背を向ける。敵のみを見つめる。

 

「───皆、冒険をしよう」

 

 

 

攻撃魔法であろうと、結界魔法であろうと、呪いであろうと喰い破る巨狼の炎牙はアルに纏わり付く不治と魔封の呪いすら噛み砕いた。

 

緋炎を纏った狼人が精霊の怪物に肉薄し、渾身の拳を叩き込む。拳撃によって生まれた衝撃が熱波となって広がり、大地に亀裂を走らせた。

 

そして、アル。呪いから解き放たれた都市最速の魔法は幾束もの炎雷となって激昂するレヴィスの肢体を嘗め尽くす。剣魔一体の絶技で以ってレヴィスは己の身を焼き焦がされ、絶叫を上げる。

 

「────ッ、ふ、ざけ─「【サンダーボルト】」─~~~~~~~~ッ?!」

 

 雷撃の雨を浴びながらもなお、前進を止めなかったレヴィスが稲妻に打たれ、動きを強制的に封じられた。全身が痙攣し、麻痺状態に陥る。

 

焼身による激痛が神経を襲う中、それでも無理やり動こうとした瞬間、今度は横殴りの一撃が炸裂した。加工金属を切断しうる脚刀が直撃し、凄まじい轟音と共にレヴィスは吹き飛ばされる。

 

「【蠢動しろ、陸の─】」

 

「遅い」

 

 緑肉の鎧によってLv7相当にまで高められたレヴィスのステイタスから放たれる大剣の斬撃も、呪詛も、その全てがアル・クラネルには届かない。

  

絶死の大剣の刃をアルは最小限の動きで避け、脇腹を蹴り飛ばす。内臓を破裂させる勢いで蹴り抜かれ、レヴィスは苦悶の表情を浮かべる。が、それで終わるはずもない

 

間髪入れずに交わされる攻防。余人が踏み入ることのできない高みにある剣戟と呪詛、魔法の応酬が繰り広げられる。18階層での戦いの焼き増しのように、否、それ以上の差を以って一方的な蹂躙劇が繰り広げられる。

 

───この男は、化け物だ。

 

レヴィスの中でそんな言葉が浮かぶ。レヴィスの振るう死毒の斬撃は子供のままごとのように容易く受け流され、逆に剣鬼の刃がレヴィスの頬を、服を、髪を、肌を、指を、耳を、目を掠める。

 

「バ、カなぁあああああああああああああッ!!」

 

 怒りを、恐怖を、感情をすべてを殺意に変えたレヴィスの猛撃に対してアルの動きは酷く静かで一切の機微をレヴィスに感じ取らせない。まるで、感情が欠如した人形のような男だ。

 

レヴィスの顔が歪む。レヴィスの瞳にはアルが人の姿をした化物にしか見えていない。

 

そして、その化物にレヴィスは追い込まれていく。人の領域を逸脱してまで得た力を持ってしても目の前の男に勝てるビジョンが全く見えないのだ。

 

魔石、精霊の加護、地の利、それらすべてを費やしてなお、死に体のアルとの剣速は互角。しかし、技量においてレヴィスは完全に上回られていた。戦士としての格が違い過ぎる。

 

「なぜ、なぜ動ける?! 呪いだけだ!! 解かれたのは呪いだけ、ベヒーモスの死毒は今もお前を蝕んでいる!!」

 

 【ハティ】はあくまでも魔法を、呪詛を喰い破るだけのもの。剣の素材由来の毒の解毒はどうしようも出来ない。かつて、大神の眷属をも蝕み尽くした病毒は今もアルの血を、肉を、骨を腐らせている。

 

【レァ・ポイニクス】によって進行は抑えられているが、戦闘と傷自体の治癒に精神力が割かれている以上、解毒には至らない。 

 

今のアルはあくまでも物理的な傷を塞いだだけで、いくら魔法を使えたとしてもその戦闘能力は下がるどころか苦痛により戦うことすらできないはずだ。なのに、 何故、どうして、レヴィスの思考が疑問符に支配される。

 

常軌を逸している。異常だ。狂っている。剣を振れば激痛が走る。剣を握る手の爪の間からは血が流れ落ちる。痛みは全身に広がり続けている。肉体の限界はとうに超えて、意識を保っていることさえ奇跡に近い。

 

だが、圧倒。

 

単純なステイタスであればフィンやガレスをも上回り、即死の刃を振るうレヴィスを相手に勝負にすらなっていない。

 

格が、戦士として立っている地平が違う。蜥蜴と竜、それほどまでの差が二人の間にはあった。レヴィスの大剣はアルの身体に触れず、アルの剣はレヴィスの身体を捉え続ける。

 

「ああ、キツいな。だが───それが、どうした?」

 

「今、こんな状況で死ねるわけないだろうが──!!」

 

 ステイタスを、スキルをも超越した純然たる闘志がアルの身体を突き動かしていた。今、この場で倒れられるわけがない。こんな終わりは認められない。

 

「クッ·······『分身』、コイツを殺せぇええええええええええええッ──!!」

 

 その時、残る三体の精霊が()()()()()()()()()。巨大なモンスターの下半身を持つ精霊の悍ましい共喰いにさしものアルも驚嘆に目を見開く。

 

強化種。

 

他のモンスターの魔石を喰らうことで飛躍的に強くなったモンスターであり、レヴィスもその性質を持つ。仮に、Lv6以上の力を持つ穢れた精霊の三つの魔石を一つにしたらどうなるか。

 

『ア、アアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア─────ッ!!』

 

 共喰いに勝利し、残った最後の一体は『死体の王花』に寄生した個体。見た目に変わりはなかった。怪物の下半身に、天女と見紛う上半身を持つ緑色の怪物は先までに倍する魔力をもって歓喜の悦声を上げた。

 

 

 

レヴィスの檄により、共食いを行い新生した穢れた精霊。いかにアルがレヴィスを圧倒できるとはいえ、病毒の進行を抑えるのに精神力のほとんどを使って魔法の減退を先程までの様な出力でできない現状でレヴィスという前衛のついた穢れた精霊を相手取るのは流石に難しい。

 

「·····フィン?」

 

 そこに金銀の槍を備えた小人族の男が心の淀みを濯ぎ出したかのような表情で現れる。

 

「先の命令は撤回する。──撤退はなしだ、総員で打って出る」

 

「アル、君には精霊の相手を頼みたい。代わりに──彼女の相手は僕がしよう」

 

「······構わんが、やれんのか?」

 

 レヴィスのステイタスはLv7下位相当。凶猛の魔槍を使ったフィンならば拮抗できるが、その武器は最凶の呪詛武器。かすり傷が致命傷となる最悪の相手。いくらフィンといえどもまともにやっては勝てないはずだ。だが───

 

「なに、君の弟くんに比べれば優しい相手さ」

 

「──そうか、なら任せた」

 

 覚悟を決めた戦友に対してアルは迷わず背を向け、アイズたちが対峙し始めた精霊のもとへ向かう。

 

「───小人族、貴様程度の相手をしている暇はない」

 

「あいにく、僕は君にアルたちの方へ行ってほしくはないんでね」

 

「精々、足掻かせてもらうよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Q&Aコーナー】

Q、誰と一緒に戦うとき、アルは一番力を出せるの?『匿名希望のアマゾネス』

 

A、ソロ。

 

 

 



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第三章最終話 

対峙するは呪毒の大剣を持つ赤髪の怪人と金銀の双槍を携えた黄金髪の小人族。

 

怪人の肢体から放たれるは竜の肉体を裂き、英傑の心を殺す絶死の呪毒を帯びた剛撃。

 

Lv7相当のステイタスから放たれるその一撃はオラリオ随一の耐久を誇るガレスとて防ぎきれぬ破壊力が秘められていた。

 

だが、フィン・ディムナには届かない。

 

フィンの視界に映る怪物の姿がぶれたかと思った瞬間、既に彼は視界を捨てていた。極限まで研ぎ澄まされた五感で知覚した空気の流れと歴戦の経験で培った神がかり的な勘によって斬撃の軌道を見切り、必殺の間合いから逃れている。

 

防御は不可能だと判断したフィンは回避に徹することにした。怪物の振るう大剣が風を切る音を頼りに槍を振り回して攻撃をいなし、紙一重で避け続ける。岩盤を砕くほどの破壊力を秘めた攻撃も当たらなければ意味がない。

 

平時のフィンであれば押し通されてしまっただろうが、今のフィンは戦意高揚の魔法によってそのステイタスを限界以上に激上させていた。そして、ステイタスで拮抗する以上は技量で勝るフィンに分がある。

 

そして何よりも精神面。

 

殺したと思ったアルが遥か格下だと思っていたベートによって再起し、死に体であるはずのアルに打ちのめされたことで表には出さないものの、レヴィスの心は酷く追い詰められていた。

 

対してフィンは仲間の立ち上がる姿を胸にこれまでのいつよりも猛っていた。同格の相手同士の戦いではその精神面が勝敗に直結する。ゆえにフィンは未だ優勢であった。

 

しかし、フィン自身焦ってもいた。その理由はレヴィスの持つ剣、呪詛に耐性をもつアルをあそこまで追い詰めた黒獣の剣はかすり傷すら許されない。

 

おそらくその凶悪さのほどはラウルやレフィーヤであれば、即死。Lv6である自分ですら死にかけるであろう。

 

そのかすかな恐れによってフィンの流れるような所作にほんの少しだが歪みが生まれ、それを見逃すレヴィスでもなかった。

 

「死ね、小人族」

 

 ───振り下ろされる大剣はフィンの身体に届く前に止まった。

 

「なん───」

 

「【───リスト・イオリム】」

 

「私の団長になにすんだ、テメェ!!」

 

 後方から光の鞭がレヴィスの身体を拘束したのだ。その魔法の使用者はフィンを誰よりも愛するアマゾネスの少女。

 

そして、そのスキにフィン・ディムナの奥義が装填される。光粒が集い、魔槍に収束していく。それはまるで光の橋のように美しく煌めきながら穂先へと集まっていく。

 

紅い瞳に湖水の如き静かな闘志を燃やしながら、フィンは静かに告げる。

 

【─────此処は遥か夢の楽園(ティル・ナ・ノーグ)

 

 日に一度しか使えぬ代わりにLv及び潜在値を含む全アビリティ数値を魔法能力に加算して放つ絶大なる威力を秘めた投槍魔法。

 

その奥義が一足一刀の至近距離で金槍でもって放たれる。フィンの愛槍が音速を超え、轟音を響かせて光の奔流となって怪物を貫く。

 

レヴィスは咄嵯に大剣を掲げて防御しようとするも、光の洪水に押し流された。凄まじい熱量と衝撃によって周囲の大地ごと吹き飛ばされていく。

 

「こんな奴らに─────!!」  

 

 魔石こそ避けたものの、アルでもなく、アイズでもない。敵として認識すらしていなかった二人によって怪人レヴィスの肉体の大部分が消し飛ばされた。レヴィスが最後に見たのは金色の髪を靡かせる小人族の英雄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「【──────間もなく、焔は放たれる。怒れ、紅蓮の炎。無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。悉くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!」

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 都市最強魔導士の攻撃魔法。第二位階攻撃魔法【レア・ラーヴァテイン】。展開された翠色に輝く魔法円から炎の柱が噴き出す。炎熱によって形作られた幾本もの紅蓮の大槍が、分厚い鉄板にも勝る花弁を貫き、灰へと変える。

 

「リヴェリア······!!」

 

 迸る炎の中、溢れ出る火の魔力に包まれたエルフの女王の姿を見上げながらアイズは無我夢中で走った。火照った身体と荒い呼吸で胸元を大きく上下させながも、その瞳には強い意思が宿っている。

 

ベートとガレス、ティオナと共に疾駆するアイズに、燃え盛る花びらの向こう側にいる少女は微笑む。

 

花弁の守りを貫かれたことで、少女の顔から余裕が消える。残る彼我の距離30メートルを一気に詰めるべく、アイズは走る。紅蓮の世界の中で、アイズの金髪が揺れて煌めいた。

 

轟ッ!! と、空気を裂いて飛来した巨大な物体が、アイズの行く手を阻む。黄緑に輝く蔓、鞭のようにしなるそれがアイズを襲う。長い緑髪を揺らす精霊の少女がアイズに向かって叫ぶ。それに応えるように夥しい緑槍が、精霊の前に壁を作る。

  

幾束もの植物が織り成す防壁がより下層から階層を貫いて伸び上がり、精霊とアイズ達の間にそそり立つ。触手の束が円形の壁となってアイズたちの前に出現し、アイズは急ブレーキをかける。

 

一瞬前までアイズが立っていた場所には、深々と植物の大槍が突き刺さっていた。直ちにベートとガレス、ティオナが加速してアイズを追い抜いて双剣と大斧、両双刃を振るう。

 

「「~~~っ!!」」

 

 だが、突き破らんとしたそれは突き刺さるだけに終わる。破壊も貫通もできない。弾力性のある硬い感触だけが手に伝わる。まるでゴムのようなそれに、冒険者は顔を歪める。突進の勢いそのままに突っ込んだ第一級冒険者三名の渾身でもってしても打ち破れない。

 

疾走の速度が緩んでしまう。その隙を逃すほど、精霊は甘くない。再びアイズと視線を合わせる精霊は笑みを浮かべると、両手を広げる。

 

彼女の背後から現れた無数の蔦や枝葉が、精霊の周囲を取り囲み始めた。身を守る緑のドレスを纏う精霊が歌うように言葉を紡ぐ。

 

こちらに傾きかけた戦況が覆される。時が止まったような感覚に陥るガレス達の背後より、紫電を纏った黒刃が音を置き去りにして雷光のごとく駆け抜けた。

 

何者よりも速く、そして誰よりも重い一撃だった。緑の防壁へ深く食い込んだ漆黒の大剣に、ガレス達は目を見張る。

 

黒い影がガレス達を追い抜かしていく。緑壁にめり込む大剣を握る少年は、一切速度を落とさず更に踏み込み、力任せに大剣を振り抜く。

 

「────【サンダーボルト】」

 

 食い込んだ【バルムンク】を引き抜き、もう一度魔法の雷を籠めた破砕の一撃を精霊に向けて振り下ろす。大気を引き裂く落雷の音。ガレス達では破壊できなかった緑色の防壁が、粉々に打ち砕かれる。

 

雷撃を帯びた斬撃は、それだけで終わらない。鳴り響く雷鳴の中、空中で身を捻ったアルの朱剣が緋炎を帯びる。

 

聖焔の英斬(ディア・アルバート)

 

焔雷が収束し、緋色の斬閃となる。大炎衝を纏った朱剣が、今度こそ緑の防壁を打ち破った。防御を失い驚愕に硬直していた精霊に、紅蓮の業火が迫る。

 

精霊が凶声を上げて緑の触手を伸ばして迎撃する。アルの足もとから樹木の槍が生え、彼を串刺しにせんと襲い掛かる。

 

触手の槍に全身を串刺されながらも、しかし少年は止まらない。むしろ加速して、炎を纏った剣を薙ぎ払う。炎の斬閃は緑の触手を切り裂く。

 

鮮血が散った。蜂の巣のように穴だらけになり、全身から噴血するアルは、身体を蝕む病毒と噴き出す血潮など意にも介さずに、燃え盛る炎を纏う刀身を縦一線に振るった。

 

「どりゃあああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 その間隙に裂帛の声を上げてティオナとガレスが飛び込む。二人はアルの剣戟によって出来た隙間に、それぞれ大双刃と銀斧を叩きつけた。

 

ズドンッ!! という轟音が炸裂し、人が通れる穴が開く。ベートがアルを追い越して、アイズの隣に並ぶ。最後の障壁を越え、アイズ達はついに少女へと肉薄する。

 

アイズの視界が開ける。目の前には、あの精霊がいた。燃える花畑の中心に立つ少女は、息を呑むほど美しかった。

 

共食いにより再誕を遂げた精霊の分身。透けるような白い肌。翡翠の長い髪と濡れ羽色の瞳。瞳孔はなく、瞳は白濁している華奢な身体を覆う純白の衣。

 

その美しい相貌に刻まれた紋様が、一層輝きを増す。精霊の魔力が跳ね上がる。膨大な魔力の奔流に、アイズは気圧される。精霊が両手を掲げる。

 

「─────ッ!!」

 

 残り10メートル。精霊の眼前に迫るアイズ達に、幾束もの触手と植物の蔓が殺到する。

 

「邪魔だァ!!」

 

 四肢に焔を纏ったベートが吠える。炎牙を炸裂させた獣人の青年は、爆発的な推進力で迫りくるそれらを迎え撃つ。両脚の緋炎、両手の双剣が赤い軌跡を描く。触手蔓が一瞬にして灰になる。

 

「ガア、アアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」

 

 【ハティ】による炎牙を纏った連撃。ベートは縦横無尽に飛び回る。その動きについていけない植物たちは、ただ無惨に切り刻まれていく。四つの斬撃痕が宙に刻み込まれ、植物たちが千切れ飛ぶ。

 

全身を掠められながらもベートは全てを切り伏せた。その時にはもう、アイズの姿は精霊の前にあった。アイズは空を蹴り、疾走する。

 

「行け!!」

 

 精霊の濁った瞳とアイズの視線が交差する。アイズは愛剣を手に、精霊へ斬りかかる。精霊の手が動いた。無数の蔦や枝葉がアイズと精霊の間に割り込み、壁を作る。

 

それらを紙でも破るように貫いて、アイズは精霊へ迫る。モンスターの下半身に生えている女体の上半身に【デスペレート】を見舞う。暴風を纏う一閃が、女の胴体を袈裟懸けにしようとする。

 

だが────精霊は笑った。

 

刹那、アイズは目を見張る。精霊の口が僅かに開き、そこから漏れ出したのは蒼い魔力だった。口内に隠された極小の魔法円。

 

【氷血ヨ、舞イ踊レ──シュラウド・グラキエイ】

 

「(───氷の付与魔法?!)」

 

 アイズの【エアリエル】と同様の超短文詠唱による付与魔法。蒼色の魔法光が精霊の身体を覆う氷刃の鎧へと変わる。

 

精神力が尽き果て、次の瞬間に精神枯渇状態になり、風を維持できなくなりかねない今のアイズではこの蒼氷の壁は突破できない。

 

だが──

 

「【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ」

 

「【起動鍵(スペルキー)───緋翼(レギオ)】」

 

 大破した緑壁の前で精根尽き果てたティオナと共に後方で仰向けに倒れたアルは最後の詠唱を口ずさんだ。全身を緑槍で貫かれ、病毒に身を焼かれながら、力を失いながら。腕をはるか先にいるアイズに向けて伸ばす。

 

それはアルの付与魔法のスペルキー、本来は一撃の威力を引き上げるものだが、多大に消費される精神力によってその効果は他者への【レァ・ポイニクス】の付与へと変わる。

 

「正真正銘、最後の詠唱だ。───行って来い」

 

 その言葉を最後に流石に限界、どうせ死なないんだろうが、とつぶやいてから眠るように気絶した。

 

 

「アル───ッ!!」

 

 消えかけていた闘志に、掠れていた風に火が入る。火と風が交わり、アイズの背に不死鳥の翼が現れる。その暖かさに先程までの悲嘆は、嘆きは何だったのかと我ながら単純だと笑ってしまうほどに力が湧いてくる。

 

ベル・クラネルが、ベート・ローガがそうであったように、アイズ・ヴァレンシュタインも今、『殻』を破る。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】──!!」

 

 最後の最大出力。全開まで引き出された風の暴威が、緋色の炎翼がアイズの背中を押し出す。後のことは考えない。ここで倒さなければ全てが終わる。

 

だから────アイズは行く。

 

精霊の眼前まで迫っていたアイズは、己の全てを賭けて剣を振るう。限界を超越して、精霊の障壁を打ち砕かんと振りかぶった剣に全ての力を込める。

 

闘志が 【エアリエル】 に装填される。身体を駆け巡る魔力が、アイズの意思に呼応して爆発的に増加する。先程までの全ての風を超える緋色の大気流が咆哮を上げた。

 

空中で装填されたアイズの必殺に、精霊は即座に反応する。

 

無数の蔦がアイズの視界を埋め尽くす。その全てが、アイズの振るう剣を阻まんとする。

 

【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切り裂ケ代行者タル我が名ハ光精霊光ノ化身光ノ女王】

 

 精霊が手を掲げ、魔法を発動させる。精霊の口元が動くと同時に、白い魔法陣が展開する。視線が交錯する。精霊が何かを呟いた。

 

アイズの剣が精霊の障壁に激突する。轟音と衝撃。精霊の表情が初めて歪む。アイズは止まらない。押し込む。

 

「────私は『アリア』じゃない」

 

 精霊の唇が動いた。アイズは聞こえなかった。だが、その声は確かに届いていた。アイズは知らない。精霊が何を言ったか。だが、意思を以って『彼女』の言葉を否定をする。

 

「────でも、貴方はいちゃいけない」

 

「────リル・ラファーガ」

 

【ライト・バースト】

 

 白き絶命の閃光が、紅き激風の咆哮が、衝突し、弾け飛ぶ。拮抗は一瞬、風が光を食い破る。光の奔流の中をアイズが突き進む。

 

蒼氷の鎧を溶かしきって緋色の神風が精霊に肉薄する。緋色の一閃が肉を断ち、精霊の上半身が宙に舞う。ひた走る火風の螺旋が精霊の頭部に食らいつく。燃え上がり、精霊の絶叫が響き渡る。

 

緋色の神風が精霊の魔石に到達する。胸の魔石を貫かれた精霊は力なく崩れ落ちていった。

 

 

 

 

勝敗は決した。アイズたちによって精霊は討たれ、怪人ももはや死に体である。そう結論付けたフィンは話を聞き出すよりも敵の始末を優先し、銀の穂先を倒れ伏すレヴィスに向けようとしたが。

 

「───ッ!!」

 

 瞬間、奔った親指のこれまでにない激痛にティオネを引き寄せてその場から退く。魔法によってLv6を超えたステイタスは、それまでにいた地面が漆黒の雷によって消し飛ばされる前に避けることに成功した。遅れて爆風が押し寄せてくる。

 

穢れた精霊の砲撃に匹敵、否凌駕するほどの破壊力を持った黒雷の砲撃を放った人物は、紫の外套に奇っ怪な仮面を嵌めた男とも女ともわからない不気味な人物だった。

 

ただ一つ、フィンがわかるのは───

 

「(赤髪よりも格段に強い──ッ!!)」

 

 動きが洗練されているわけではない。見ただけでわかる有りえぬほどのステイタスに穢れた精霊すらも上回る可視化できてしまうほどまでに悍ましい漆黒の魔力。少なくとも魔力においてはアルすらも上回る怪物。

 

Lv7すらも超えた絶望の化身がそこにはいた。

 

「········エ、イン·····か·····」

 

『無様ダナ、レヴィス。ダガ、マダオマエニハ死ンデモラッテハ困ル』

 

 何らかの魔道具によるものか、不鮮明な声色で喋り、死に体のレヴィスを抱える仮面の怪人に対してティオネはおろか、フィンですら動けない。動けば殺される、そんな確信があった。

 

『······アア、『勇者』。オマエ達ノ処分ハ私ノ仕事デハナイ。追ワヌトイウナラ、殺シハシナイ』

 

『··········クラネル、マサカレヴィス程度ニ追イ詰メラレルトハ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

【アルの強さ】

実のところ、アルの素のステイタスはそこまでじゃないです。積み立てがあるのでアイズの四周り上くらいはあるんですがソロで慢心ゼロガチ装備レヴィスをベヒーモスの毒+心臓に穴で手玉に取れるほど突出してはないです。

 

アルのヤバさは技量、というか『恩恵』では数値化できない所にあるのでオッタルやアイズとはそもそもスキルツリーの仕組み自体違います(神の眷属がレベルアップで10ポイント、ならアルは偉業でAポイント、みたいな)。

 

エピメテウスやフィアナに恩恵与えてLv1になっても絶対ラウルより強いやん、ていう感じ(ベルと真逆で中身に器が追いついてない)。

 

アルから『恩恵』剥いだ場合、『精霊式恩恵』に切り替わってレベル自体が無くなるので単純なスペックは下がる。代わりに最適化されてない分、やれることが増える。

 

結論、アルは古代が一番輝く。

 

古代編(やるとしたら14章)のヒロインはエピメテウスと古代フィン、ラスボスはバロールでも黒竜でもなくアルゴノゥト。

 

 

 

【今回の戦いでのアルへのダメージ】

・ベヒーモスの大剣で心臓(肺とかも)貫通

・ベヒーモスの蝕毒

・治癒不全の呪い、魔封じの呪い

・全身穿かれて蜂の巣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第四章
三十五話 超過剰戦力なベル・クラネル救助隊




コロナやった、きっついわ。




そこはダンジョン深層。【ロキファミリア】はおろか、【ゼウスファミリア】ですら到達していない未到達領域である。

 

脈打つ緑肉の通路。壁は脈動し、天井からは滴が落ちる。漂う獣臭と腐臭、そして血臭。そして雪のように積もったモンスターの成れの果てである白灰の山。緑肉に生きたまま飲み込まれ、今もうめき声をあげる人間の果樹園。歴戦の冒険者ですら顔を顰めるような地獄絵図がそこにはあった。

 

その地獄の中心にいるのは二人の怪人。

 

どちらも地上の最高戦力たる第一級冒険者すら及びもつかない正真正銘の怪物であり、その白灰の山はその片割れによって築かれた殺戮の跡地だ。

 

『完成サレタ『宝玉』ヲ四ツト最凶ノ英雄ゴロシマデ持チ出シテ、一人モ殺セナカッタトハナ』

 

「········黙れ、貴様が戦っていれば結果は変わっていただろうが」

 

 だが、その力の差は歴然であった。片や、黒衣を纏い、仮面で素顔を隠した怪人。片や、赤髪に翡翠眼の怪人。その体には無数の傷があり、既に満身創痍の状態だ。数多の魔石を喰らい、精霊の歪んだ加護が形となった緑肉の鎧を着てようやく、Lv7の最下層に指をかけられる程度のレヴィスと違って、レヴィスを罵る仮面の怪人エインは一切、魔石を喰らっていないのに関わらずLv7の最上位······あるいはそれ以上の階位に足を踏み入れていた。

 

『············オマエタチト轡ヲナラベテ戦エト?』

 

 エインから噴き出すは歴戦の冒険者であっても死への恐怖で膝をつく程の凶悪な殺気。都市最強すらも上回る魔力を伴ったそれはただそれだけで地上の者たちを殺しかねない。

 

『オリヴァス・アクトガ怪人トシテ生キ残ッテイタノヲ私ニ隠シテイタナ』  

 

「····他ならぬエニュオの指示だ、私がとやかく言われる筋合いはない」

 

 さしものレヴィスもその殺意にも繋がりかねない格上の激情にその冷涼な面貌を微かな畏怖に歪める。

 

「······まぁ、どちらにせよ。あの英雄は死ぬ、アリアを庇ったせいでな」

 

 呪いが解呪できたとしても下界最凶最悪の死毒は今もアルの肉体を蝕み続けている。いかに気合でその苦しみをはねのけ、戦えたと言ってもそれは火事場のバカ力に過ぎない。いかなる魔法、いかなる妙薬を用いたとしても緩やかに、苦しみながら死んでいくだろう。

 

そんなレヴィスの皮肉の混じった確信めいた言葉にエインは。

 

『二度モ、クラネルト戦ッテオイテマダ理解シテイナイトハ呆レルナ』

 

 仮面越し、変音の魔道具越しでもわかる嘲笑を浮かべて未だ傷の癒えきっていないレヴィスを見下す。その嘲りの言葉の意味がわからず、訝しげに見上げるレヴィスに対してエインは語る。

 

『クラネルガ、アノ男ガ毒ゴトキで死ヌモノカ』

 

 お前はアル・クラネルをわかっていないと言外に告げたエインはレヴィスのもとから去り、自らの第三魔法を唱えてその身を二つに分ける。

 

仮面をつけたままの、怪人としての人格であるエインはそのまま迷宮の奥へ歩きだし、人としての人格は上の階層に、18階層へ向かうために準備を始める。

 

 

 

 

「········『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインか」

 

 ()()()英雄が、アル・クラネルがレヴィス程度に傷をつけられた原因でもある少女の名をつぶやく。人外に堕ち、穢れきった自分とは違い、胸を張って英雄の隣に立てる『姫』の名を。

 

英雄が命を賭して庇った『姫』の名を。

 

 

「嫉妬なぞ、する資格もないだろうに········!!」

 

 仮面をつけてないその姿は黒壇の髪と白磁の肌を持った女神にも等しい美貌を溢れ出る感情で歪める一人のエルフの少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館。朝っぱらから度数の高い酒瓶を空にしていたロキは、酔いが醒めてきたのか顔色を悪くして震えていた。居残り組の団員達も、いつも以上にだらけている主神に目を向けることもなく黙々と作業をしている。

 

「アイズたん達、早く帰ってこんかな〜」

 

 アイズ達が遠征に出発して既に一週間が経過していた。ぼんやりと呟くロキの声に、寂しさはあれど憂いはない。みなが無事に戻って来ることを疑っていないからだ。そんな風にロキがだらしなく過ごしている中。

 

「ロキ、ベートさんが帰ってきました!!」

 

「おっ?」

 

 通路から前触りもなくかけられた報告に、ロキは勢いよく立ち上がる。そして大股で部屋を出て行くと階段を下りて呼びに来た団員について玄関ホールへと向かった。そこには見慣れた青年の姿があった。ベートは相変わらず不機嫌そうな雰囲気だったが、その腕には白い包帯が巻かれていて、表情にもどこか痛々しげな色が浮かんでいる。

 

「おーっ、ベートー よく帰ったな!!」

 

「うるせえ、まだやることがあんだよ」

 

 勢いよくハグしてきたロキに対し鬱陶しげに躱したベートは、激闘の後らしくその戦闘着は所々焼け焦げており、顔にも小さな傷を作っていた。ロキと話をしている間も視線は周囲を忙しなく動き回って出迎えた団員達に指示を出している。男女の団員達がベートの剣幕に押されながらも言われた通りに走り回る。

 

ロキは気になったことを尋ねることにした。

 

「なぁベート、アル達は?」

 

「まだダンジョンだ」

 

 ロキの問いにベートは再び出発の準備をしながら端的に答える。それを聞いてロキは目を丸くする。遠征の帰り、大量発生したポイズン・ウェルミスの劇毒のせいで、遠征本隊の帰還が困難になったらしく速さではフィンたち以上のベートが先に地上に戻り解毒薬を持ち帰ることになったそうだ。

 

そして、アルがポイズン・ウェルミスとは格が違う死毒に侵され、危険極まる状態であること。

 

「ベヒーモスのドロップアイテムを使った呪詛武器かぁ、アルは大丈夫なん?」

 

「呪いは消えたが、なにより毒がやべえ、ババアの魔法じゃどうにもならねぇな。アイツの付与魔法で進行を抑えちゃいるがそれも時間制限ありだ」

 

 ベヒーモスの病毒はアル自身の魔法である【レァ・ポイニクス】の解毒作用でのみ対抗でき、それでも快復はせずに現状維持が精々だ。いくら燃費が良くても魔法を永遠に使い続けることはできない。

 

「俺は 【ディアンケヒトファミリア】 に行く。あの聖女くらいだろ治せそうなやつはよ、ロックスにはポイズン・ウェルミスの解毒剤を回らせろ」

 

「オッケーや!! こりゃ二、三日かかるかもな〜」

 

 ポイズン・ウェルミス自体稀少モンスタ—であり、その体液を材料とする解毒薬は滅多に出回らない。都市中を回らせるとなるとかなりの時間がかかるだろう。人海戦術をしたところで在庫はすぐに底をつくはずだ。新しく【ディアンケヒト・ファミリア】に作ってもらう必要がある。

 

出費以上にオラリオ最高の治癒術師であるアミッドに借りを作ることになるが背に腹は代えられないし、本人はアルのためなら秘密裏の協力も惜しまないだろう。ロキが頭の中で算盤を弾いていると、ベートは玄関口へと向かいながら装備の確認をしている。

 

「それよりベート、休まないで平気か? ダンジョンから帰ってきたばっかでヘロヘロちゃんやろ?」

 

「要らねえよ。あと止めろ」

 

 ニタニタ笑いながら言う背後からの茶化しに嫌そうに顔をしかめるベート。下位団員からリュックサックを受け取り背負うと、そのまま出て行こうとしてロキに肩を掴まれる。振り向くベートにロキは真剣な眼差しを向けた。

 

「せやったらステイタスの更新だけでもしとこか」

 

「あ゛ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物進呈。ダンジョン内で冒険者が自分達に襲い掛かって来たモンスター達を他の冒険者達に押し付けていく行為であり、自身が生き残ることを最優先とする冒険者の間では時折行われる行為である。

 

悪意をもって行われた悪質なものでない限りは緊急避難的措置の一つとしてギルド側から咎められることもない。

 

しかし、受けた側が命の危機に瀕するのも事実であり───サポーターのリリルカ・アーデと新たにパーティを組んだ【ヘファイストスファミリア】のヴェルフ・クロッゾの三人で中層へ挑んだベルだったが、そのさなかに怪物進呈を受け、危機的状況に陥っていた。

 

中層から上層に戻るどころか迷宮の陥落によってより一層深みへと落ちていき、もはや地上に出ることもままならない状態だ。リリルカの提案によって安全地帯である18階層へ向けて進んでいた。

 

しかし、放火魔とも称される危険モンスターヘルハウンドの群れやベルにとっては因縁の相手であるミノタウロスに立て続けに襲われる。ヘルハウンドの火炎の息吹へ対魔力魔法を何度も発動したヴェルフは精神力を大量に消費したことで体が限界に到達した精神疲弊状態となり、気絶してしまっている。

 

リリルカも気絶していた。『上層』とは勝手が違う 『中層』の重圧感は、Lv2となったベルとは違い、Lv1でも下位の実力しか持たないリリルカの心身をとことんまで疲弊させていた。

 

まともな補給も行えず、むしろ道具をベル達へ優先的に回して。パーティの中でも最も【ステイタス】が乏しいリリルカの体力はとっくに尽きていた。

 

精神力回復薬も二属性回復薬も既に手もとにはない。二人を回復させる方法は、今のベルにはなかった。

 

 

 

 

自分の呼吸音以外何も聞こえない静寂の中、ベルは自分の不甲斐なさに唇を強く噛み締める。周囲が暗くなっているため表情までは見えないだろう。だが、その顔色は青白く、血色を失っていた。

 

気を失ったリリの小さな手を握り、ヴェルフの肩を支えて歩くベルは、今にも倒れそうな状態で必死に意識を保ち続けていた。

 

心を押し潰すような不安と恐怖、そして後悔が胸の内を渦巻く。 怯む心を奮い立たせるように拳を握る。少しでも身軽になるため最低限の武装だけを残して荷物を全て捨てて、小柄なリリを背負っているために動きは遅い。

 

「ぐっ、うっ·········」

 

 気絶した二人の身体を支えることで精一杯だった。もう何度目になるかもわからない襲撃を受けては撃退する。疲労困ぱいの状態で戦っているせいで、傷だらけになっていた。

 

ランクアップしていなければすでに力尽きていたことだろう。二人分の重さを背負いながらでは、そう長くは持つまい。次、モンスターに出くわせば終わりだと悟ったベルは歯を食い縛る。

 

全身の筋肉が悲鳴を上げている。足が重い。頭が痛い。視界が霞んでいく。汗を流しすぎたのか、喉の奥が渇きひりつくように痛みを発する。

 

弱音を吐いて泣き言を言いそうになる自分を叱咤し、ベルは前に進む。後先のことなど考えず、ただひたすらに歩き続ける。

 

時間感覚はとっくに失われていた。それでも、止まれば死ぬという確信があった。どれだけ歩いたか分からない、どれだけ時間が経過したかも分からない。丸一日以上は経過しているかもしれないし、あるいはほんの半日程度なのかもしれない。太陽の光も届かないこのダンジョンの中では正確な時間は分からない。

 

一層、暗さが増した気がする。17階層への階段を降り終えるとまるで夜が訪れたかのように、暗闇が支配する空間へと変わっていた。

 

モンスターと遭遇しても即座に戦闘に入れるよう注意しながら歩みを進めるベルだったが、モンスターは一向に現れない。

 

息が詰まるような緊張感だけが辺りを支配しており、心臓の鼓動がいやに大きく聞こえる。無意識のうちに早鐘のように脈打つ鼓動、耳鳴りのような音が頭の中に響く。

 

苦行にも似た移動を続ける中、心が折れかける、先も見えない深い闇の中を進むことに心細さを感じてしまう。あるのかもわからない出口に一人取り残され

 

投げ出してしまいたい、逃げてしまいたいという感情に支配されていく。

 

────ギリィッ

 

歯を砕かんばかりに強く食い縛り、その気持ちを振り払う。僕が倒れれば、誰が二人を守るんだ? 誰が二人を助けるんだ?僕が割れれば、二人も死んでしまう。

 

 

────そんなこと、絶対にさせない! 自分に言い聞かせ、震える足を無理やり動かして歩かせる。憧憬で塗り固めた英雄願望に突き動かされるまま、前に踏み出す。17階層最奥へ続く通路をモンスターの気配に怯えながら進み続ける。

 

「·······なんで」

 

 静かに過ぎる沈黙の中で、ふと声を漏らす。それは誰かに向けて呟かれたものではなく、思わず漏れてしまった独り言だ。

 

反響するように木霊した自分の言葉に驚きながらも、ベルはその言葉をもう一度口に出した。静まり返った暗い洞窟内にモンスターの気配はある。だが、なぜか襲ってくる様子はない。

 

先程から気配は感じるものの、こちらを伺うだけで襲いかかってこない。その事に違和感を覚えると同時に、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。不自然なまでに静かすぎる。

 

それがかえってベルの不安感を刺激していく。リリルカを背負い直してから、ベルは歩く速度を上げた。18階層を目指して歩を進める。しかし、いくら進んでもモンスターの影すら見当たらない。おかしい。こんなことは今までなかった。

 

背筋が凍るような感覚。まるで罠にはまったかのような錯覚に陥る。悪寒を覚えたベルは走るようにして駆け出し、二人を背負いながら走り続けた。全身の筋肉が軋みを上げる。

 

肺が焼けるように熱い。心臓が破裂しそうだ。それでもベルは立ち止まるわけにいかなかった。後ろを振り返る余裕など無い。少しでも早く前へ進まなければならない。

 

壁も天井も広い空間も全て闇に覆われている。視界の端々に映るのは岩石ばかりで、道標となるものは何もない。ただでさえ足場の悪い場所なのに、気絶した人間を背負っているため、より一層行動に制限がかかる。

 

やがて左側の壁のみ磨きあげれたような光沢のある岩肌が露出した箇所を見つけた。凹凸の一つなく滑らかに加工されたような壁面を見て、ベルは何かに導かれるようにそちらへ向かう。継ぎ目のない一枚岩の壁は視界を覆うように広間の端まで続いている。

 

「·····嘆きの壁!!」

 

 17階層最後の障壁、たった一体のモンスタ—を産み出す階層の終着点。

 

バキリ、と。

 

鏡のような壁面に亀裂が走った。波紋が広がるように、壁面全体にヒビが広がっていく。背筋を氷柱で撫ぜられたような悪寒に襲われて、ベルは二人の体を強く掴んで走りだす。

 

懸命に脚を動かすベルの耳に、背後の岩壁が崩れ落ちる音が届いた。振り返らずとも分かる。あの巨大な怪物が動き始めたのだ。

 

轟く地響き、崩れる岩の音。そして振動。徐々に近づいてくるそれから逃れるために、ベルは必死になって前へと進んだ。

 

バキッ、バキッ、と。破砕音が次第に大きくなっていく。重々しい足音が近付いて来る度に恐怖心が増していく。もうすぐそこに迫っている。もう数秒もしないうちに追いつかれるだろう。

 

増していく恐怖心に焦燥感を煽られ、更に加速する。より大きく亀裂が入った壁に、もはや一刻の猶予もない。

 

鳴動する大地、迫り来る脅威。ついに恐れていた瞬間が訪れた。巨大な破砕音と共に、モンスターが姿を現した。

 

土煙を巻き上げながら現れた巨躯は、一見すると人間のように見える。

 

違うのはその大きさ。ゆうに5メートルは超えるであろう身長に、灰褐色の配色。巨人としか形容しようがないほどの大きさの人型。血の通っていないような灰褐色の皮膚が、生気を感じさせない不気味な印象を与える。

 

これまで見てきたいかなる怪物よりも巨体を誇るそのモンスターからは師である狼人にも感じた根源的な畏怖を抱かずにはいられない。

 

隔絶した力の差、格の違いを思い知らされ、ベルの膝は笑っていた。そんなベルを嘲笑うかのように、巨人の口元が弧を描く。

 

『迷宮の孤王』ゴライアスが、遂にベルの前にその全貌を現した。

 

アドバイザーであるエイナや師であるベートにその存在は聞いていた。

 

─────これが、階層主。

 

中層では間違いなく最強の存在であり、その認定レベルは4。それもその巨体からわかるように高い耐久と体力を誇り、レベル4以上のパーティでの討伐が前提とされるほどの難敵。

 

強者の威圧を撒き散らすそれはまさにモンスターの王に相応しい風格を備えていた。階層主の存在を確認した途端、ベルの思考は真っ白に染まり、理性と本能が一致する。

 

わき目も振らずに、一目散に逃げ出した。背を向けて脱兎の如く逃走を開始したベルの背中を、無慈悲にもその豪腕が薙ぎ払う。

 

衝撃。凄まじい勢いで吹き飛ばされ、ベルの体は宙を舞う。地面を転がり、ようやく止まった頃には全身に激痛が走っていた。意識が飛びそうになるのを堪えて、すぐさま立ち上がる。

 

「オ、オオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 雄叫びを背に、自らを鼓舞して再び走り出す。だが、既に限界を迎えている肉体は言うことを聞かない。思うように動かない体を叱咤し、ただひたすらに逃げることだけを考える。

 

二人を担ぎなおし、ベルは再び疾走を始めた。しかし、大気を切る音と共に飛来したのは無数の岩石。礫が雨のように降り注ぎ、ベルの行く手を阻む。

 

必死に避けようと身を捻るが、それでもいくつかが体に突き刺さった。痛みに耐えながら、ベルは歯を食いしばって前へ進む。それでもまだ逃げ切ることは出来ない。

 

背後から振り下ろされた拳によって砕かれた岩盤。舞い上がった粉塵に視界を奪われ、次の瞬間には眼前に巨大な掌が迫ってきていた。

 

「ぎっ、づっつ、か!?」

 

 凄まじい衝撃にボールのように何度も跳ね転がされる。地面に叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が全て吐き出され、声にならない悲鳴を上げる。

 

あらゆる角度で打ち付けられ、洞窟の奥へ飛んで転がってを繰り返し、やがて壁に激突することでようやく止まることが出来た。全身がバラバラになりそうな程の苦痛。呼吸をするだけで吐き気がこみ上げる。指先一つ動かすこともままならない。

 

薄れゆく視界の中で、18階層へと続く出口を這いずって進む。

 

光の差す穴を目指して、少しでも遠くへ。

 

そうしなければ、死んでしまう。

 

死への恐怖がベルの脳裏を埋め尽くす。

 

ようやく辿り着いた先には、迷宮内とは思えない草原が広がっていた。

 

緑豊かな草木が生い茂り、清涼な風が吹き抜ける。

 

もうぴくりとも動かなかった。

 

全身を襲う激痛に、ベルは動くことすら出来ない。

 

遠のこうとする意識の中、二人をゆっくりと横たえる。

 

せめて二人だけは助けなければ。

 

そんな思いで必死に手を伸ばすが、届くはずもない。

 

だが、意識を失う寸前、かさっ、かさっ、と人が歩み寄ってくる音が聞こえてきた。

 

渾身の力をふり絞り、視線を向ける。ぼやけた視界に血色の悪い足首をガシッ、と掴

んだ。

 

それが誰なのかは分からない。

 

だけど、どこか懐かしい温もりを感じた。

 

微かに震える唇を動かして、懸命に言葉を紡ぐ。

 

「助けて·····兄、さん」 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

ソロアル≫壁≫ソロアル(人の目あり)>ロキ連中とのアル≫壁≫対アミッドアル

 

 

【Q&A】

Q,アルが戦闘力てきな意味でもう戦いたくないと思ってる相手はいますか?『匿名希望の妖精』

 

A、極論、それが曇らせにつながるならたとえ相手が黒竜でもタイマンしますよ、やつは

 

 

 

 

 

 







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三十六話 超過剰戦力なベル・クラネル救助隊②


……………………めっちゃ間隔空いてすみませんでした。

以前にお伝えした重篤化したコロナ後遺症が悪化し、死の淵を彷徨ってました。今も真っ当な日常生活は送れてないです。 

峠は超えたはずなので前のような毎日投稿はまだキツイですが少しずつ頭を慣らしていくつもりです。



ステイタスの更新を受けてから数日。少し前に24階層で共闘した【ヘルメスファミリア】の団員に解毒薬調達の協力を強制させ、【ディアンケヒトファミリア】団長のアミッドの18階層への同行も取り付けたベートは【ディアンケヒトファミリア】にあるポイズンウェルミスの解毒剤をかき集めているアミッドが来るのを一足先に向かったダンジョンヘの入り口であるセントラルパークで待っていた。

 

第一級冒険者のベートとレベルこそ低いがその魔法ゆえに死ぬことがまずないアミッドの二人であれば18階層程度までならば半日もかからずに踏破できる。

 

本来、中層へのアタックは最低でも3,4人のパーティを組むことが前提とされているが、今回の場合は緊急を要するために主力が遠征に行っていてLv3以下しかいない【ロキファミリア】の者達は足手まといになるとベートとアミッドの二人で潜ることに決めていた。

 

「·····チッ、遅えな」

 

 或いは第一級冒険者以上に多忙を極める【ディアンケヒトファミリア】の柱とも言えるアミッドが急な同行依頼を請け負ってくれたのはベートからしても有り難いことであったが、それよりもベートの胸中を支配するのは焦りの感情だ。

 

ポイズンウェルミスに侵された団員たちはリヴェリアの魔法による遅滞があれば死にはしないだろう。問題は英雄殺しの病毒を受けたアルだ。いかに自身の付与魔法で抑えているとはいえ、ベートが18階層を出た時点で既に全身は腐って五感もろくに働いていない有様だった。

 

ポーションありきでも数日間も魔法を使い続けることはアルであっても困難だろう。ゆえに一刻でも早くアミッドを18階層へ連れて行きたかった。

 

「────あっ!! ロキんとこの狼人(ウェアウルフ)くん!! 丁度いいところに!!」

 

「あ?」

 

 苛立たしげに頭を掻いたベートに空気を読まずに声をかけたのはツインテールの黒髪をした少女神───ベートの弟子であるベルの主神のヘスティアであった。

 

「いやー、君がいるとはタイミングがいい!! 力を貸してくれ!!」

 

「いきなりなにおめでてぇこと言ってやがる。俺は忙しい、かまってる暇は───「ベル君が中層から帰ってこないんだ!!」────はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートと会う少し前、ヘスティアは【ミアハファミリア】のホーム、『青の薬舗』にいた。

 

ヘスティアと神ミアハ、【ミアハファミリア】唯一の眷属であるナァーザ以外にこの場にいるのは、都市最大鍛冶派閥である【ヘファイストスファミリア】の主神ヘファイストス。そして頭髪を結った男神タケミカヅチと、その団員、【タケミカヅチファミリア】だった。

 

曰く、中層で仲間の一人が深手を負って危機に瀕した 【タケミカヅチ・ファミリア】 がベル達に怪物進呈を仕掛けたらしい。それを自らの眷属から聞いたタケミカヅチの謝罪に、ヘスティアは腕を組んで目を瞑り考え込む。

 

かわいい眷属を危険にさらしたことは到底許せるものではない。だが……。

 

ふぅ、と息を吐いて目を開くヘスティア。

 

そこにあるのはいつもの慈愛に満ちた女神の顔だ。蒼い瞳には怒りの色はなく、慈悲深い神の笑みがあった。

 

「ベル君達が戻ってこなかったら、君達のことを死ぬほど恨む、けれど憎みはしない。約束する」

 

 寛容な女神の答えに、毅然とした態度の女神の眼差し。ヘスティアは 【タケミカヅチ・ファミリア】 を許した上で嘆願する。

 

「今は、どうかボクに力を貸してくれないかい?」 「仰せのままに」

 

 ヘスティアからの申し出に団長である桜花も、他の団員も皆一様に頭を下げた。団員達の姿に満足げに微笑んだヘスティアは突然開いたホームの扉へと視線を向ける。物語に出てくる吟遊詩人のような恰好をした金髪の優男の登場にヘスティアは驚きの声を上げた。

 

「ヘルメス!!何しに来たんだ?!」

 

「ご挨拶だなぁ、タケミカヅチ。神友のピンチに駆け付けたに決まってるじゃないか」

 

 悪戯っぽく笑いかけてくる男神にヘスティアは頬を引きつらせる。帽子をくい、っと上げて挨拶をするヘルメスは軽薄そうな印象を与える美形。しかし、その瞳の奥には何かを隠しているような得体の知れない不気味さがある。爽やかに笑いかける姿とは裏腹にどこか胡散臭い雰囲気の男神であった。団長のアスフィは後ろから付き添うように静かに付いてきた。

 

「やぁ、ヘスティア。久しぶり」

 

「ヘルメス········?」

 

 そう言って近づいてくるヘルメスを見て、ヘスティアは怪訝な表情を浮かべた。ヘルメスは懐から取り出した一枚の紙をぴらぴらさせる。ヘスティアがギルドに出した冒険者依頼の依頼書だった。

 

「困っているんだろう?」

 

 ひらひらと、ヘスティアの眼前に突き出された羊皮紙の用紙。ヘスティアは言葉を詰まらせた。

 

「ヘスティアに協力したいというのは本当さ。オレも、ベル君を助けたいんだよ」

 

 胡散臭い笑みを張り付けながらも先ほどまでの騒がしい雰囲気とは打って変わって真剣な態度を見せるヘルメス。一転して真面目な顔つきになる彼に、ヘスティアも居住まいを正して向き直った。

 

「なんでベル君をヘルメス、君が?」

 

「俺の目で見定めたいのさ。当代最強の弟を、当代の新たな英雄候補を」

 

 その橙黄色の瞳は普段の安っぽい言動とはかけ離れた超越存在らしい非人間的な輝きに満ちていた。世界で二番目の速度でランクアップした新たな上級冒険者『兎狼』ベル・クラネルが『剣聖』の弟だという話は知る人ぞ知る話だ。

 

当代最強の弟であり、その片鱗を見せるベルはその血縁が知られれば確実に狙われる、零細ファミリアである【ヘスティアファミリア】がベルを守りきれぬと判断したギルドと·······【ロキファミリア】の主神ロキの指示でベルについての情報は不自然でない程度に隠されている。

 

しかし、当然ながら『神会』に参加していたヘルメスはそのことを知っている。彼の目には、ただの興味ではない別の感情が見え隠れしていた。ヘルメスの言葉の裏に隠された意図を探りながら、ヘスティアは口を開いた。

 

「どうかな、ヘスティア?」

 

「わかった·······お願いするよ、ヘルメス。ただし、ベル君に手は出させないよ」

 

「ああ、任されたよ」

 

 にやりと笑みを深めたヘルメスが了承すると、再び優男の雰囲気に戻っていた。アスフィは黙ってその様子を見守っていたが、やがて小さく嘆息する。

 

「ヘルメス様········先程、ベル・クラネルを見定めるとおっしゃっていましたが、まさか········」

 

「ああ、オレも同行する」

 

「えぇ……」

 

 アスフィの問いかけに対してあっさりと答えるヘルメスに、彼女はまたかと言わんばかりに額を押さえた。自身の主神の思いつきは大抵ろくでもない事だと身をもって知っていたからだ。そんな彼女を気にすることなく、ヘルメスは思案するように顎に指を当てて考え込む。

 

「神がダンジョンにもぐるのは、禁止事項ではないのですかっ」

 

「迂闊な真似をするのが不味い、っていうだけさ。なぁに、ギルドに気付かれない内に行って、さっさと帰ってくればいい。言っただろう? オレもベル君を助けたい、って」

 

「ヘルメス様、 まさか最初からそのつもりで私を·······!!」

 

「ははは、オレの護衛を頼んだぞ、アスフィ?」

 

 声を荒げるアスフィにヘルメスは悪びれもなく笑う。頬を引きつらせるアスフィに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてヘルメスは肩を組んできた。鬱陶しそうに振り払う彼女に構わず、ヘルメスは楽しそうに続けると耳聡くその密談を聞いていたヘスティアはヘルメスの首に勢いよくつかまる。

 

「ぐおっ!」

 

「ボクも連れてけ、ヘルメス!!」

 

 首を掴まれ苦しむヘルメスを無視して、ヘスティアは叫んだ。ぎょっとするアスフィ達だが、ヘスティアはお構いなしに有無を言わせない迫力で言葉を続ける。

 

「ボクもベル君を助けに行く。自分は何もしないまま、あの子のことを誰かに任せるなんてできない」

 

「ま、待ってくれ、ヘスティア!! 落ち着け!」

 

「そうです、神ヘスティア!!ダンジョンは危険です。「力」が使えない神達なんてモンスターに襲われれば一溜まりもありません!!」

 

 ヘルメスとアスフィが必死に説得するも、ヘスティアは頑として譲らない。説得するように語気を強める二人だったが、ヘスティアの決意は固かった。

 

「それでもヘルメスが行くなら、あと神の一柱や二柱増えたって問題ないだろう?」

 

「うッ········」

 

「ボクも付いていくぞ。いいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【豊穣の女主人】。店内ではせわしく店員達が動き回り、注文が飛び交っている。丸テーブルと椅子のセットが幾つも置かれており、冒険者らしき客達は思い思いに腰掛けて料理を楽しんでいる。見目麗しいエルフや獣人のウェイトレスが忙しく給仕する。厨房は激戦地のような有様だ。

 

ダンジョンから戻ってきた冒険者で賑わっている店内の中にアスフィを引き連れたヘルメスが現れた。顔に笑みを貼付けながら歩くヘルメスの後ろを、アスフィは無表情で歩いている。

 

「すまない、邪魔するよ」

 

 誰かを探すように店内を眺めていたヘルメスだったが、目的の人物を見つけたらしく歩み寄る。その人物は長い耳を持つエルフの女性、リュー・リオンだった。彼女は忙しそうに料理を運ぶ最中であり、突然歩み寄ってきたヘルメスを見て怪しげな視線を向けた。

 

「·······私に何か?」

 

「ああ、君に頼みがあるんだ、リューちゃん」

 

「引き受けてもらいたい冒険者依頼がある───『疾風』のリオンの力を貸してほしい」

 

 店の端で客達の耳に入らないよう小声で話すヘルメス。瞬間、一気に空気が張り詰める。店内にいるウェイトレス達の目がヘルメスに向けられ、リューの瞳には警戒の色が強く宿った。ルノアが、クロエが、店の全ての従業員達が殺気立つ。()()()()()()()()の使い手の殺気混じりの視線に、アスフィですら冷や汗を流さずにはいられないがヘルメスは涼しい顔をしている。

 

冒険者でない一般市民やレベル1の下級冒険者は店内にほとばしる殺気に気づかないのか、平然と食事を続けているが逆に実力者であるレベル2以上の上級冒険者は顔を蒼くして中には金を置いて逃げるように出て行く者もいるほどだ。そんな中、リューだけは冷静に口を開いた。

 

「········もはや、賞金首ではないとはいえど私はもう、表舞台に出るつもりはありません。先日はアルの補助として戦いに参加しましたが······」

 

 以前、ヘルメスつながりで24階層での戦いに参加したのは事実だが、便利屋扱いは困るとリュー自身、眉を吊り上げる。睨みつけるようなリューの視線に、ヘルメスは苦笑いを浮かべた。

 

「ベル君··········アル君の弟と、そのパーティの救助が目的なんだ」

 

「どういうことですか?」

 

 リューの顔色が変わり、声がより低くなる。ヘルメスはベル達の現状を簡潔に説明した。捜索隊にリューも加わってほしいという旨を伝えると、リューは思案するように目を細める。

 

「···········何故、私なのですか?」

 

「ダンジョンに入った経験なんてあるわけもない足手まとい二神を庇える実力者で、かつファミリアの縛りがない野良の冒険者の心当たりは、探しても君しかいなかった·········後は」

 

 空色の瞳を鋭く光らせるリューを前にして、ヘルメスはリューの背後、不安そうにこちらを見ている薄鈍色髪の少女を一べつすると言葉を紡いだ。

 

「君がアル君の戦友で·········シルちゃんの友達だから、かな?」

 

 リューはその言葉を聞き終えて沈黙する。彼女の後ろではシルが心配そうな表情でリューのことを見つめていた。しばらく考え込むように黙り込んでいたリューだったが、やがて小さくため息をつく。

 

ヘルメスは内心、「勝った」と薄く勝ち誇ったかのような意地の悪い笑みを浮かべたが、次の瞬間、店の奥から放たれた威圧感に思わず後ずさる。

 

「いいかげんにしな、アンタの持ってきた面倒事のせいでウチの娘が何日使いもんになんなかったと思ってんだい」

 

 奥からズシン、ズシンと歩み出てきたのは要塞のような重厚感すら感じられるドワーフの女傑、【豊穣の女主人】のオーナー、ミア・グランドだ。

 

元【フレイヤファミリア】団長である彼女の放つ苛立ちの念は直接向けられていないアスフィが膝を屈してしまいそうになるほどの重圧に満ちており、ヘルメスですら冷や汗を垂らしている。

 

引退して久しいがレベル6としてのステイタスは健在だ。そんな彼女が腕を組みながらヘルメスを睨んでいるのだ。そこらの冒険者ならばこの場で膝から崩れ落ちるだろう。

 

「ははは、いやいや、そんなつもりはないよ。··········出発は今夜の八時。よかったら来てくれ、待っているよ」

 

 ミアから逃げるように店から出る去り際、リューの耳もとにヘルメスは囁いた。

 

「············ねぇ、リュー」

 

「シル······」

 

 アスフィを連れて店を出たヘルメスの背中を迷いを帯びた鋭い目で追っていたリューのもとに、顔を蒼くしたシルが申し訳なさそうに目を合わせてきた。

 

「ごめん、リュー。ベルさんを助けて」

 

「シルには恩がある、貴方の頼みを断れるわけがありません。それに私も、アルの弟には死んでほしくない」

 

 シルの薄鈍色の瞳の奥には深い不安の色があり、それが何を意味しているのか分からないリューではない。

 

リューの言葉にシルはホッとした様子で胸を撫で下ろし、しかしすぐに真剣な眼差しでリューにごめんね、と呟いて頭を下げた。

 

そんな二人のやり取りを見守るように眺めていたクロエ達はふぅっと息を吐きつつ、笑みを浮かべて二人のもとへ集う。

 

「はぁ·······あのヘルメス様の思う壷っていうのが癪だけど·······ま、しょうがないか」

 

「ニュフフフフフ、リューよ、少年にたっぷり貸しを作っていってたっぷりと恩賞をせしめてくるのニャ」

 

 呆れ気味な笑みを浮かべるルノア、ぐふぐふと下品な笑い声をあげるクロエ、そして他のウェイトレス達も応援するかのように声をかける。

 

「──ったく、行くつもりかい」

 

「·········すみません、ミア母さん」

 

「次、怪我して帰ってきたら承知しないからね、バカ娘」

 

「·········はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リューがダンジョンに潜る支度をするために早めに上がり、店自体もいつもより早く閉めた【豊穣の女主人】の裏口から薄鈍色の髪をした少女が出てきて隣り合う家屋の屋根の上へ向かって話しかける。

 

「ねぇ、いるんでしょう。·······アレンさん」

 

「─────何でしょうか、シル様」

 

 なにもないはずの暗闇に話しかける少女の声に音もなく屋根から降り立ったのは黒と灰色の頭髪をした160cm程の小柄な猫人。全身を闇に溶け込むような黒い衣服で包んでおり、その所作には一切の無駄がない。一見、華奢にも見える細身だが鍛え抜かれた鋼のような肉体を持つ冒険者だ。

 

「あ、やっぱりいると思ってたんですよ。さっきのお話は聞いてましたよね?」

 

「アレンさんもベルさんを助けに──」

 

「お断りします」

 

 ひどく整った猫人の顔に苛立たしげな表情が浮かび、少女の言葉を断ち切る。 

 

「俺の役目はあくまでもシル様、貴女の護衛兼見張りです」

 

「なぜ、俺が兎如きの尻拭いに向かわなければならないんですか」

 

 上位者への口調こそ崩さないものの、オラリオの第一級冒険者の中でも指折りの実力者であるアレンはシルを睨むように告げる。しかしシルは全く怯むことなく、それどころか嬉しそうに微笑む。

 

「·····第一、兎が怪物進呈を受けたのは中層でしょう。なら、俺が出るまでもねぇ。『疾風』(あの女)一人で事足りる」

 

 アレンの言っていることに間違いはない。本来、中層の適正レベルは2、Lv4のリューはもちろんのこと、お荷物ありの救援とはいえLv6であるアレンは過剰戦力にもほどがある。

 

 

「えー、じゃあしょうがないですねー。それじゃオッタルさんに頼みましょうかねー」

 

「チッ、くだらねぇ········なぜ、貴女があの兎に執着するのかは知りませんし知りたくもないですが、最近の貴女の行動は少しばかり目に余ります」

 

 アレンにとって忌々しい『壁』であるオッタルの名前が出て、舌打ちすらして口調が平時のそれに戻りつつあるアレン。

 

だが────

 

「なぜ、俺かオッタルが向かう必要が?」

 

 純粋な疑問。

 

本当に過剰戦力がすぎるのだ、ベルの近くに手の者をおいておくならば目立つ第一級冒険者のアレンである必要はなく【フレイヤファミリア】に幾人もいる第二級冒険者たちでも中層ならば踏破は容易い。

 

()()()()()()······そんな気がするの」

 

「それは····予言か何かで?」

 

「ううん。女の勘、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





出席日数がやベェ………


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三十七話 やっぱりフィルヴィスは······最高やな!! それに比べてベートは······はぁ、つっかえ。やめたら冒険者。


長らく書いてなかったから衰えた感がある……地道にリハビリするっきゃないなぁ





 

 

ダンジョン中層域、安全階層18階層。淡い輝きを湛えた水晶と緑が美しい森林はここが怪物の巣窟であるダンジョン内だとは信じられないほど静謐で穏やかだった。

 

「迷宮の楽園」とまで呼ばれる地下世界に広がる蒼と緑の色彩はまるで地上の光景をそのまま写し取ったかのようであり、ここに暮らすモンスターたちは他の階層から移ってきたものであり、この階層で産まれたモンスターはいない。

 

安全地帯―――ダンジョンの壁や天井を構成する石材から突き出た水晶が淡く発光しており、その光のお陰で暗闇に支配されることもない。

 

そんなダンジョンの中とは思えない壮観な景色の中に深層での戦いから生還した【ロキ・ファミリア】の一行がいた。59階層での怪人と精霊との死闘による消耗。そして帰り際、下層で大量発生したポイズン・ウェルミスの大群に襲われての連戦に心身ともに疲弊しきった彼らは休息を取るためにこの階層でしばし休養を取ることとなったのだ。

 

通常の解毒魔法では癒せないポイズン・ウェルミスの劇毒への特効薬こそ早急に買い占め、【耐異常】の発展アビリティを発現させていない者や比較的レベルが低い危険な状態にあった者の毒の治療は済ませているが、それでもまだ全員分の特効薬の確保には至っておらず、未だ大多数の団員が床に伏している。

 

深層での激戦によりポーションの類いも底を尽きかけている。最低限の食糧をリヴィラの街で仕入れることはできたものの、地上より遥かに物価が高く法外な値段だ。

 

芋虫型の溶解液対策の不壊属性の武器に大量の魔剣、それにポイズン・ウェルミスの劇毒への特効薬。今回の遠征は完全に赤字である。

 

「アル大丈夫かな·····」

 

 そんな中、蒼く輝く湖の浅瀬にスラリとした人影が佇んでいた。

 

猛るようなエネルギーが瑞々しい四肢から溢れ、凹凸にこそ乏しいものの健康的に焼けた肌と均衡のとれた身体つきをしたアマゾネスの少女であった。

 

いつもの底抜けの明るさを曇らせてうつむくアマゾネスの少女、ティオナ。アルがベヒーモスの毒を受けてから既に一週間近く経っており、リヴェリアの魔法すら効かない以上は精神力回復薬でだましだましにアル自身の魔法でどうにか進行を抑える他ない。とはいえそれもいつまで続くかわからない。

 

いくら精神力が尽きずとも不眠不休で魔法を使い続けることなど不可能であり、三日目辺りから寝たまま魔法を維持できるようになったものの少しずつ死に近づいているのは間違いない。

 

自分達の最強が床に伏している状況は【ロキ・ファミリア】の面々を不安定にさせており、中でもその原因となったアイズはティオナが知る限りほとんど寝てさえいない。

 

「アミッド、早く来ないかな·····」

 

 武器を振るうことしかできない自分には唯一、アルが侵されている毒を治癒できるかもしれない友人を待つことぐらいしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!! フィルヴィスさん!!」

 

 森の中で採取してきた果物類など様々な食材が入った袋を抱えたレフィーヤが野営地に戻ると、純白の戦闘衣で身を包んだ黒髪のエルフが一つのテントの前で挙動不審な動きで右往左往していた。友人の姿に笑みを浮かべたレフィーヤが駆け寄ると彼女もレフィーヤの存在に気付いたらしく、ハッとした様子で振り返った。そして、どこかバツの悪い顔をして視線を逸らす。

 

探索系中堅ファミリアである【ディオニュソス・ファミリア】 の団長を務める第二級冒険者、フィルヴィス・シャリア。魔法剣士として優れた技量を持つ彼女とは少し前にあった24階層での事件で知り合い、遠征に向かう前には並行詠唱を教わった友人だ。その悲惨な過去からか常に陰気な雰囲気をまとっている彼女であるが今のフィルヴィスはいつもに増して暗く、レフィーヤと目を合わせようとしない。

 

「本当に、無事だったか·····久しぶりだな」

 

「フィル、ヴィスさん?」

 

 ふと、気づく。フィルヴィスが右往左往しているテントはフィルヴィスの旧知であるらしいアルが寝ているものだと。本来ならば病人に外部の者が会うのは許されないが、即死級の毒に侵されながらもアルは他の伏している者達よりもよっぽど意識がハッキリしている。

 

他派閥とはいえ、元パーティであるフィルヴィスならば問題はないだろう。そうだからこそ【ロキファミリア】の面々に止められずにここまで来れたのだろう。

 

「会っていかれないんですか? フィルヴィスさんなら··········」

 

「い、いや·······私にそんな資格は」

 

「··············」

 

「··············」

 

 何とも言えない沈黙が二人の間を流れ、いつぞやのような気まずい空気が流れる。こんな時にティオナが来てくれればと考えるレフィーヤだったが、いきなりテントの入口が開いて中から血色の悪い美男子······アルが姿を現した。

 

「クラネルッ?!」

 

「なっ、なんで立ち上がってるんですか?! 寝てなきゃ駄目ですよ」

 

 気だるげなそのさまはいつものような気迫が感じられず、顔色は相変わらず悪い。だが、その瞳にはいつも以上に紅い輝きを放っているように見えた。全身を精霊の触腕で貫かれた上にベヒーモスの呪毒で骨まで腐らされたにも関わらず、当の本人はまるで死にかけたことなど忘れてしまったかのように平然と立っている。

 

「·····フィルヴィスか、久しぶりだな」

 

「クラ、ネル。私は······」

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるな!! ふざけるなっ!! 馬鹿野郎!!! うわぁ─────!!!!

あんなにいい演出して決め台詞も言ったのになんで生きてんだよ?!あれはもう死ぬ流れだっただろ?!?!

 

あのツンデレ狼、本当にふざけるなよ!!俺があの演出のために何年かけて準備してきたと思ってんだ!!!!

 

てか、この身体も身体だよ。なんで胸貫かれて即死毒流し込まれてんのに死なないんだよ。

 

今、毒で死ねればそれはそれでベートには間に合わずに目の届かないところで死んで曇らせられるし、みんなも自分たちのせいで、って曇らせられるけどスキルのせいで自動的に魔法発動してゆっくりだけど毒治りつつあるもん。くそっ……マジでなんなんだよこのポテンシャルはよ……。

 

【精癒】とスキルのせいでどの道精神力も尽きねーし、寝ながらも自動発動している以上は限界来る前にアミッド(絶対生かすウーマン)が来ちまうじゃねーか。即死できれば一番良かったんだけどなあ……。

 

レヴィスちゃんさー、なんで初撃で首飛ばさないかな……。心臓抉っただけで俺が死ねるわけないだろうが……。せめて腰あたりまで斬りはらってくれれば出血死できたかもしれないのに……。いや、それだとアイズ達を逃せないからどのみち駄目か。

 

……チッ、俺の【直感】がビリビリ警鐘ならしてやがる。

 

ああ、ちくしょう……。これ絶対アミッド(白い悪魔)が来るじゃん……。

 

どうしよう……。

 

俺の魔法で遅滞できてる以上、アミッドの魔法(滅びの呪文)で治せないわけないからな··········。

 

ああ、クソッ。ここまで来て終わりなのかよ……。

 

これもひとえにベートの野郎がなんか覚醒じみたことしやがったせいだぞ畜生め……。

 

もうなんか、どうでもいいや·········。

 

見張りいないし散歩でも行くかな。

 

お、フィルヴィスじゃん、おっはー。

 

·············その顔だよ。フィルヴィスさんは普通に接してるだけで曇ってくれるからいいわあ。その上、正体は俺を殺せる強さの敵キャラって········女神様かな?

 

やっぱりフィルヴィスは······最高やな!! それに比べてベートは······はぁ、つっかえ。やめたら冒険者。

 

 

あ、逃げた。

 

まぁ、いいや、もうちょい歩いたら帰るかな。

 

あれ、なんか倒れてる人いるな、生きてるっぽいけど新人冒険者か?

 

『助けて·····兄、さん』

 

 ベルやんけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野獣や害蟲をより大きく、より凶悪に歪めたかのような暴力的な凶相。機能的なまでに鍛え上げられた天然の肉体機構は、ただそれだけで見る者の恐怖心を煽る。そんな怪物────ダンジョンに巣くう人類の大敵たるモンスターの空気を震わせる雄たけびが次々と途絶えていき、代わりに無様な断末魔と肉を切り裂く音が連続して響き渡る。

 

高速。そんな言葉では表現できないほどに速く動く二つの影が、モンスターはおろか同行する【タケミカヅチ・ファミリア】の団員の動体視力すらも置き去りにして動き回る。遅れて奔る幾束にも分かれて乱反射する銀光だけが辛うじて二人の姿を映し出す。

 

ダンジョンで時折起きる異常事態────怪物の宴。【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が怪物進呈をベルたちにする原因にもなったこの現象によってダンジョンの岩壁から次々とモンスターが産みだされては『胎内』に入り込んだ敵へと襲いかかっていく。10や20ではきかない数のモンスターたちが入り込んできた者達を排除しようと群がり、普段この階層域を攻略しているレベル3未満の上級冒険者パーティならばそのまま全滅していただろう光景が広がる。

 

だが、今ここにいる者達はその程度の相手など歯牙にかける必要すらない存在だった。100にも容易く届きうるモンスターの大軍ですら、彼らにとっては物の数ではない。二つの神速の影の一挙手一投足でモンスターが斬り刻まれ、粉砕され、蹂躙されていく。

 

疾走。ただ走るという行為そのものがアルミラージの全身を砕き、ヘルバウンドの火焔を散らす、神速の走りに巻き込まれたモンスターが爆散していく。機動力に長けたヘルバウンドなどのモンスターが涎猛な瞳に殺意の色を浮かべて襲い掛かるが、到底二人の速度に追いつくことはできない。瞬く間に距離を引き離されたモンスターたちの群れが次々に屠られていく。

 

まるで暴風、まるで雷鳴、まるで嵐そのもののように荒れ狂う二つの暴威を前にしてモンスターたちは為す術もなく切り刻まれ、殺し尽くされる。

 

鎧袖一触。そんな言葉すらも生ぬるい蹂躙を超えた瞬殺、たった二人の男によってまたたく間に百を超えるモンスターの屍山血河が築かれていく。やがて最後のモンスターであるヘルハウンドの首が切り飛ばされて絶命すると、周囲に静寂が訪れる。

 

「なにがなにやら·······」

 

「あれほどの数が一瞬で、か」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】だけでは全滅していたであろうモンスターの大軍をゴミのように蹴散らす次元の違う戦いを前にして命が呆然と呟いた一言を皮切りに、ようやく周囲の時間が動き出したかのようにどよめきが生まれる。先程まで自分達を苦しめていたモンスターたちを文字通り塵芥の如く蹴散らした実力を目の当たりにしては無理もない反応であった。

 

「あ、あうう·······」

 

 ダンジョン13階層。捜索隊は瞬く間に上層を踏破し、中層域へと突入していた。想定を遥かに超えた速度での快進撃。他の者が出る幕などあるはずもなく、もはや同行している意味はあるのかと思うほどのハイペースでの攻略。そのあまりの格の違いに、【タケミカヅチ・ファミリア】は完全に気圧されていた。

 

命達【タケミカヅチ・ファミリア】はおろか、レベル4の第二級冒険者として傑出したベテランであるリューやアスフィですら遠く及ばない高みに立つ二人。彼らの戦いぶりを目にして、【タケミカヅチ・ファミリア】は自分達の常識が崩れ去る音を聞いた気がした。

 

『女神の戦車』アレン・フローメルに『凶狼』ベート・ローガ。ともに二大派閥の幹部であり、パワーや魔法よりも疾さに重きをおいた二人の獣人の動きは全知零能の神二人はもちろんのことLv2止まりの【タケミカヅチファミリア】の目には残像すらも視認できず、モンスターの死体という結果のみがその実力の程を理解させる。

 

第二級冒険者としては間違いなく最高位の実力と並の第一級以上の立ち回りを誇る『疾風』の異名を持つリューでさえ、二人に比べれば霞んでしまう。『剣聖』を除けばオラリオの全冒険者の中で一位と二位を独占するであろう圧倒的な速度。彼等と同行する立場にあることが恥ずかしく思えてくるような圧倒的な存在感。まぎれもない英雄の風格を見せつけられて、誰もが圧倒される。

 

「この調子でしたら今日中に18階層まで辿り着けますね」

 

 ヘルメスですら目を剥く蹂躙に唯一、驚いていないのは『戦場の聖女』の二つ名を持つ白銀の乙女。純後衛、といった装備と身体つきの彼女の名はアミッド・テアサナーレ、命達と同じLv2でありながらオラリオ最高の治癒術師の名をほしいままにする死神泣かせの聖女である。

 

「私達いらなかったんじゃ·······」

 

 なぜ、この三人がヘスティア一行に同行しているかは遡ること数時間前。

 

 

「遅いよ、ヘルメス!!」

 

 ダンジョンヘの入り口であるセントラルパーク。日が完全に落ち切った夜空の下で今しがたやってきたヘルメスに、ヘスティアが開口一番そう言った。痺れを切らし、苛立った様子のヘスティアを見て、遅れて到着したヘルメスは申し訳なさそうに苦笑する。

 

「いやぁ、色々あってね。········まさか、君がいるとはね。『遠征』ではなかったのかい?」

 

 遅れて悪かった、と頭を下げたヘルメスの視線の先には苛立たしげな狼人がいた。 【タケミカヅチ・ファミリア】の面々はベートになにか言われたのか萎縮している。

 

「·····チッ、ただの成り行きだ。さっさと行くぞ」

 

 ベートとアミッド。遠征の帰りに劇毒を受けた【ロキ・ファミリア】を解毒するために一足先に地上に戻ってアミッドを連れてくるようフィンの指示を受けたベートはダンジョンに潜ろうとした際に弟子であるベルが中層から帰ってこないことをヘスティアから聞いて18階層まで救助隊に参加したのだ。

 

その説明をアミッドから聞いたヘルメスがニヤニヤしていたその時、夜の暗闇よりすらりとした人影がこちらに歩いてきた。シンプルな冒険者の戦闘衣から艶やかな脚線美が覗き、月明かりに照らされた姿はとても美しい。神秘的な雰囲気を纏う華奢で線の細い身体は無駄を排したかのような洗練されたものであり、深くかぶったフードの奥から垣間見える瞳には戦士の鋭さが宿っている。

 

ショートパンツにロングブーツ、そして長い木刀と二刀の小太刀を携えた彼女はヘスティア達の前に立つと、軽く会釈をした。

 

「ああ、彼女は助っ人だよ、超強い。心配しなくても大丈夫」

 

 対応に窮するヘスティア達に紹介するようにヘルメスが言うが、ただ一人、ベートだけはヘルメスでもリューでもなく、その後ろの暗闇から音もなく歩み出てくる猫人の男を見ていた。

 

「······チッ、なんでテメェがいやがる三下」

 

「あ゛ぁ!? コッチのセリフだ、糞猫」

 

 一触即発。にらみ合う二人の獣人はまさに犬猿ならぬ狼猫の仲。アルならば似た者同士の同族嫌悪と笑えるが、この場にいるのは二人に遥かに劣る者達。階層主以上の怪物同士の殺気に身を竦ませる。

 

「(シルは『仲良くなったとってもお強い常連さんに頼んでみたら快諾してもらえたの』などと言ってましたが全然、そんな感じはしませんね·····)」

 

「彼も助っ人だよ、凄まじく強い。心配しなくても·········まぁ、平気なんじゃない?」

 

 





健康と時間が欲しい


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三十八話 Lv6二人vsゴライアス君 レディーファイッ!!

朦朧とした意識を底のない泥沼に溺れているかのような倦怠感だけが支配していた。まどろみの中で果てしないだるさと、身体中が悲鳴を上げるほどの激痛とが入り交じり、まるで悪夢の中にでもいるような気分だった。

 

深い闇の中に沈んでいた意識が少しずつ浮かび上がり、視界がぼんやりと形を取り始める。薄暗い天井の照明が目に映り、同時に全身を貫く痛みも徐々に強まっていった。

 

テントの中で横になっているらしいことを理解するのに数秒を要す。しかし、なぜ自分がこんなところにいるのか理解できず、まだ覚醒しきっていない頭は混乱したままだった。記憶が混濁している。

 

ここに至るまでの経緯を思い出そうとするが、脳裏に浮かぶ光景は断片的なものばかりであり、思考がまとまらない。まどろみと覚醒を繰り返すうちに、ようやく少しずつ視界が鮮明になる。

 

仰向けに寝転んだままの姿勢で、首だけを動かし周囲を見回す。天井からぶら下がった魔石が淡い光を放ち、テント全体を照らし出している。布地の天井をぼぅっとした頭のまま見上げていると、だんだんと思考が鮮明になり始めた。

 

たしか────

 

「────リリ、ヴェルフ!!」

 

 『怪物進呈』を受けてからのことが鮮明に蘇ってくる。大量のモンスターからの逃亡劇、そして目の前に現れた巨大な階層主『ゴライアス』。圧倒的な威容を誇るその存在を前にして死すら覚悟したあの瞬間のことまで全て思い起こされた。二人の仲間がどうなったのか気が気でなく、慌てて起き上がろうとするが、途端に身体中に鋭い痛みが走る。

 

「〜〜〜〜〜ッツ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げながら再び倒れ込む。逃走劇の中で酷使に酷使を積み重ねた肉体はもはや限界を迎えていたらしく、たったそれだけの動きでも全身を襲う苦痛は筆舌し難いものがあった。酷使の代償として肉離れを起こした足や腕、そして折れてこそいないもののヒビが入っているであろう肋骨からは耐えようのない激痛が断続的に襲い掛かっている。

 

呼吸をするだけでも胸の奥に焼けるような熱さを感じ、まるで全身の血流が全て心臓に流れ込んでいるかのように錯覚するほどの高鳴りを覚えた。ポーションか回復魔法かで傷自体は治っているようだが、軋むような痛みだけは誤魔化しようがない。

 

「ん、起きたか」

 

 すぐ横から聞こえてきた懐かしい声音に、まさか幻聴ではないかと思いつつ声のほうへ顔を向ける。そこには、布地の壁を背景にいつも通りの仏頂面でこちらを見下ろす記憶よりもより逞しくなった兄がいた。

 

「え、はっ、ええっ········?!」

 

「久しぶりだな」

 

 思ってもない再会に奇声じみた驚きの声を上げる僕に、相変わらず無愛想な態度の兄さんは素っ気なく返す。あまりにも唐突な出来事に頭の中は真っ白になり、しばらく呆然としていたが、兄さんは「いや、9階層でチラッと会ったか」と頬を掻きながら声を漏らす。

 

幻聴でも幻覚でもないらしいその事実を飲み込めず、ただひたすら困惑するしかない僕の表情を見て、兄さんは困ったようにため息をつく。なぜここにいるのかとか、ヴェルフ達がどうなったのかとか、聞きたいことは山ほどあるはずなのに言葉が全く出てこない。

 

混乱を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、どうにか気持ちを静めて改めて兄さんになぜここにいるのか聞く。

 

「ど、どうしてここに······?!」

 

「今は遠征の帰りで、この階層にとどまってんだ」

 

 兄さんの所属する都市最大派閥【ロキ・ファミリア】は深層の未到達領域への遠征の帰参途中らしい。モンスターの出現しない安全階層である18階層に留まり、休息を取っている最中なのだという。

 

そこでふと思い出す。そういえば、リリが二週間ほどど前に【ロキ・ファミリア】が遠征に行くと言っていたことを。たしかに時期は一致している。

 

「·······兄さん、具合悪いの?」

 

「少し毒を受けてな。まぁ、慣れた」

 

 久しぶり故、ハッキリとは言えないが少し前にミノタウロスと戦ったときにチラッと見たときと比べて明らかに血色が悪く、力強さがない。よく見れば目の下に隈ができており、かなり疲労しているように見える。深層のモンスターの毒を受けたのであればそうなってもおかしくはない、と納得する。具合は悪そうだが、兄さんは苦しんでるようには見えないし、本人がそう言うなら大丈夫なのだろう。

 

「っ!! 僕の仲間は──?!」

 

 しばらくポツポツとオラリオに来てからのことを話していたが、はっとヴェルフ達のことを思い出して二人は無事なのか、と慌てて問おうとする。だが、起き上がろうと上半身に力を入れた途端、ガクッと力が抜けて再び倒れ込んでしまった。重い衝撃と共に鈍い痛みが全身を駆け巡る。あまりの激痛に悶絶していると、兄さんが慌てる様子もなく仕方なさそうに倒れこむ僕の体を支えてくれた。

 

しかし、そんなこと気にしたふうでもなく兄さんは支えた手とは逆の手でテントの入り口を開く。今度は自分の力で立ち上がってしっかりとした足取りでテントの外に出る。ズキズキとした身体中の痛みを堪えながら、兄さんを追って出口をくぐった。

 

 

 

 

 

一面に広がる明かりが眩しい。思わず目を細めてしまうほどの明るさに、ここがダンジョンの中であることを忘れてしまいそうになる。大規模な野営に、いくつもの天幕、そして簡易的な炊事場では食事の準備をしている冒険者達の姿が見える。ダンジョンの天蓋から降り注ぐ淡い光の下、地上に見間違う木々や草花が生える景色は幻想的ですらあった。

 

森の香りを運ぶ風を感じながら、兄さんに促されるまま天幕が設置してある場所まで移動した。森の中央にぽっかりと空いた円形の空間を囲むように大きな天幕がいくつも張られており、そこに多くの団員達が出入りしていた。

 

ヒューマンだけでなくドワーフにエルフ、獣人など多種多様の種族が入り混じっており、その誰もがどこか強者の雰囲気を漂わせている。歴戦を思わせる武具のどれもが今の自分では手の届かない一級品であり、それを身につけている彼らの実力の高さを窺わせた。

 

此処にいる全員が僕より強いのが一目見ただけでわかる。そんな百戦錬磨を思わせる雰囲気を放つ冒険者達は例外なくすれ違う兄さんにうやうやしく会釈をしていく。中には憧れにも似た視線を向ける者もいることから、兄さんの実力は全員が僕よりも遥かに強いであろうこの人たちの中でも突出しているのだと理解できた。

 

「こっ、こっ、この度は助けて頂いて、ほほほほ本当にありがとうございましたっ!!」

 

 しばらくして案内されたのは一際大きなテント。中にいたのは四人の第一級······Lv6の冒険者。【ロキファミリア】の団長でもある『勇者』フィン・ディムナ。エルフの王族の出であり都市最高の魔導士と謳われる『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴ。都市随一の頑強さを誇るドワーフの大戦士『重傑』ガレス・ランドロック。そして·······『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

たった二人のLv7を除けばオラリオで事実上の頂点に位置する実力者達を前に、緊張で舌を噛みながらもなんとか感謝の言葉を述べる。

 

Lv2になったばかりの僕と当代の英雄とも言うべき彼ら相手に────いや、兄さんこそその最たるものだけど────比べれば月とすっぽんの差があるのだから当然だ。

 

「君達を助けたのはアルだよ。そう、畏まらないでどうか楽にしてくれ」

 

 都市最大派閥【ロキ・ファミリア】団長という肩書きとは裏腹な気さくな態度でそう言うフィンさん。言動の一つ一つに余裕があり、カリスマ性が滲み出ている。

 

「それに、アルの弟でベートの弟子と知っておきながら見殺しになんかしたら、僕はベートに蹴り殺されてしまうからね。夜を安心して過ごせるように、君は何としてでも助けておかないと」

 

 そんな冗談を口にしながら爽やかな笑みを浮かべるフィンさんは、僕の横に立つ兄さんへと顔を向けた。兄さんはいつも通り無表情のまま、フィンさんを見返す。どうやらあの時、意識を失う前に助けを求めた相手は兄さんだったらしい。つまらなそうに鼻を鳴らした兄さんを見て、少しだけ心が軽くなった。

 

「君達の事情は理解しているつもりだけど、一応説明してもらえるかい?」

 

「あ、はい」

 

 きっと大派閥の首領故の手腕なのだろう、自然に話を振ってきたフィンさんに、僕はここに来るまでのことを説明しようとする。

 

「その前に······アル」

 

「ん?」

 

 僕が口を開こうとしたとき、緑髪の女神のような美貌のエルフ────リヴェリアさんが頭痛を抑えるようにこめかみを押さえながら、深いため息をついた。

 

そして、僕の隣で座っている兄さんへ視線を向ける。兄さんを叱るような口調に思わず身構えてしまうが、そんな僕とは正反対に兄さんは平然とした態度で首を傾げていた。そんな兄さんに、リヴェリアさんはもう一度深く嘆息すると、疲れたような声で言った

 

「·······なぜ、普通に歩いている? 毒はどうした?」

 

「慣れた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「········なにも見えないなあ」

 

 13階層、モンスターの襲撃を掻い潜りながら進んだ先には暗闇が広がっていた。天井が高くなっているが、光源の確保された上層と違い微かな明かりしかないのだから当然だ。『恩恵』により視覚などの五感が強化された冒険者ならいざしらず、下界に降りて常人以下の全知零能となった神の目には闇しか映らない。

 

だが、ヘスティアの言う見えないとは冒険者の目から見ても残像すら捉えられない二人の動きのことだ。

 

『剣聖』がLv7に至るまで都市最速の称号をほしいままにしていた猫人最強の男、アレン・フローメルと深層での死闘を乗り越えて冒険者の実質的な最高位たるLv6へランクアップしたベート・ローガの戦いはそれほどまでに()()()()

 

風を切る音だけが響き渡り、気が付けばモンスターの首が落ちているのだ。僅かな燐を反射した銀光の軌跡だけを残してヘスティアやヘルメスはもちろんのこと、Lv2止まりの【タケミカヅチ・ファミリア】の面々では視認することさえできない。自分自身も速さに秀でた前衛であるリューですら漸く視界の端に捉えることしかできないほどだ。

 

ヘスティアの目と耳には灰色の岸壁にかかった血とモンスターの断末魔が飛び込んでくるだけだ。先の見えぬ暗闇に鼻をつく血錆びの臭いと肉片の悪臭、響き渡る陰惨な断末魔にベル達はいつもこんなところを毎日駆けずり回っているのかと尊敬の念を抱く。

 

「ぎゃあっ?!」

 

「おっと」

 

 暗闇の中でなにかにつんのめったヘスティアが転びかける。すでに息絶えた血まみれのヘルハウンドの死骸を踏みつけたようだ。ヘルメスが咄嵯に手を伸ばすことで事なきを得たがヘスティアよりもダンジョンに順応しているヘルメスに恨めしい視線を向ける。

 

魔石を取られずに死体をのこしたヘルハウンドの腐臭に僅かに顔を歪めるヘルメス。魔石を取る余裕などなかったのか。

 

ベルの安否への不安に気を揉むヘスティアの足が止まる。

 

「······チッ、雑魚どもちんたらしてんじゃねえッ!!」

 

「狼もうるせえが、テメェらはそれ以前だな。黙ってついてくることすらできねぇなら今からでも地上に帰るか?」

 

 ヘスティアとヘルメス、そして【タケミカヅチファミリア】の面々に向けられるオラリオでも随一の実力と刺々しさを持つ第一級冒険者二人の視線はひどく冷たい。ベートはともかく、アレンに至ってはヘスティア達がついてきているかすら確認していないだろう。そんな冷徹さが二人にはある。

 

ぶっちゃけ部外者であるアレンに対してもその隔絶した実力差と言動の刺々しさからかなり萎縮していたが、それ以上に【タケミカヅチファミリア】は出発前にベルの師であるベートに土下座して謝罪した際に散々、詰られている。

 

『自分達の実力すら理解出来ずに不相応な階層潜った上に怪物進呈して逃げ帰った? 冒険者なんざやめちまえ、向いてねーよ、雑魚ども』

 

 ランクアップしたベルが中層で死ぬとは考えていないからこそその程度で済んでいたが、それでもキレた第一級冒険者の叱咤は相当キツいものがあった。しかし、それでもこうして付いてきたのは彼等なりの意地があるからだ。

 

「·······なら、どこを探すんだ。でたらめに探し回ってもベル・クラネル達は見つかりっこないぞ」

 

 第一級冒険者の視線に身を震わせる千草を庇うように前に出た桜花が低い声音で言う。筋骨隆々の体躯と鋭い眼光、190センチを超える身長の桜花はそれだけで相当な威圧感を醸し出すが件の二人は歯牙にもかけない。

 

「日帰りの装備で中層へ赴いたベル・クラネル達に、迷宮内で滞在をする選択肢はありません。·······なにかしらの事故に遭い、この層域を脱出できない状況下にあると考えるのが妥当でしょう」

 

「事故ですか?」

 

「はい。全滅を免れ、かつ一日以上も中層にとどまっているという彼等の動きはあまりにも不可解です。恐らく、縦穴に落ちたのではないでしょうか」

 

 答えない二人の代わりにアスフィが口を開く。

 

「自力で帰ってこれないほど、深い階層に落ちた彼等が取るべき行動は何か。モンスターの脅威に晒されながら、広大な迷宮を無闇にさまよっている可能性は低い。そんな愚かな選択をするパーティなら、一日を待たずして全滅している·········と、私は考えます」 

 

「地上に帰還する選択肢を捨て、あえて安全階層である18階層を目指している。一考する価値があるのではないでしょうか」

 

「·······本当に実行するのか、そんなこと? まともな神経じゃない」

 

 アスフィの言葉に信じられないといった風な反応を示す桜花達だったが、アスフィは

淡々と事実を述べる。アレンは至極くだらなそうに鼻で笑うだけだった。確かに、普通ならまず思いつかない手段である。そもそも、中層に出現するモンスターの群れに突っ込んでいくなど正気の沙汰とは思えない。

 

怪物進呈によるモンスターの波に呑まれて、生き残っていること自体が奇跡に近いのだ。より深い階層に潜っていくような真似は自殺行為に等しい。

 

ダンジョンの恐ろしさを知る彼等だからこそ、信じられなかった。

 

だが────

 

「俺なら、そうするな」

 

 苛立たしげにベートが呟き、その言葉にアレンが僅かに目を見開く。

 

「あのバカも、振り返らず前へ進むだろうよ」

 

 自分の弟子はそういう奴だ、と。ベートはその言葉を呑み込み、吐き捨てるように言う。ベートはベルが生きていると信じている。例え、どれだけの可能性が低くても、諦めることだけは絶対にしない、とも。

 

「うん、ボクも······ベル君は下にいる·······ような気がする·········」

 

 与えた『恩恵』により、眷属の居場所がなんとなくつかめるヘスティアは自信なさげに言った。根拠など無い。ただ、神としての勘のようなものだが、ヘスティアには確信があった。

 

ベート、アスフィ、二名のベテランの考えに反論する者はいない。

 

「決まりですね。18階層に向かう、これを現状の方針でいきます」

 

 アミッドと神二人を守る隊列を組み直して先に進む一同。モンスターは出現しても前衛二人が即座に蹴散らすため、戦闘と言える戦闘は起きない。暗闇の中で爆散するモンスターの悲鳴だけが響く。

 

正規ルートを最高速度で駆け抜けていく。ベートは時折立ち止まっては周囲の匂いや音を嗅ぎ分け、ヘスティアは眷属達の気配を探るが成果はない。岩壁に挟まれた通路の先には無数の枝分かれした道。それを迷わず進んでいく。

 

 

 

 

二人の第一級冒険者を前衛として、走り続けることおよそ三時間。ついに彼等の視界に灰色の大壁が映り込んだ。迷宮の天井まで届く傷のない壁面。それはまるで巨大な一枚の板だった。

 

たったの一種の『孤王』を除いてモンスターの出現しない17階層。ようやく彼等の足が止まる。痛いほどの静寂の中、荒い息遣いが聞こえる。

 

しばらくして辿り着いた一行を迎えたのはまっさらな大壁の前に門番のように立ちふさがる地上の家屋ほどのサイズの灰色の巨人だった。その巨体と見るからに盛り上がった筋肉の鎧に覆われた肉体は見るものに畏怖を与える異様である。

 

中層最強のモンスター、ゴライアス。

 

「ガア、アアアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!!!」

 

「───ッ、ゴライアスか?!」

 

 初めて見る階層主の迫力にヘスティアや千草はおろか、豪胆な桜花ですらたじろぐ··············が。

 

 

 

 

 

「るせーな、どけや」

 

「吠えんな、轢き潰すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベルへの信頼度はベートが一番高いかもしれない


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三十九話 「ゴライアスがやられたようだな…」 「ククク…奴は階層主四天王の中でも最弱…」 「冒険者ごときに負けるとは階層主の面汚しよ…」

 

 

 

 

 

 

 

18階層。【ロキファミリア】の野営地に聖歌が響き渡る。光の粒子が旋律に合わせてホタルのように舞い、ダンジョンの中とは思えない幻想的な光景を演出していた。純白の光の粒が歌い手を中心に渦を巻き、周囲を照らしている様はまるで御伽噺の光景だ。

 

穢れを一切孕まない純白の魔法円、それが幾重にも折り重なり、この場の空間に光を満たしていく。その中心に立つ歌い手から溢れる白き魔力の奔流と歌声は、聞く者の心を優しく洗い流すようだった。神々しさと優しさを併せ持つ、まさに聖女の名に相応しい聖歌。

 

【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの暦は万物を救う】

 

 その歌い手の名はアミッド・テアサナーレ。『戦場の聖女』の二つ名を持つオラリオ最高の治癒術師。治療能力に関しては都市最高の魔導士とされるリヴェリア・リヨス・アールヴでさえ太刀打ちできないとされている彼女の魔法は傷の治療、体力回復、状態異常及び呪詛の解除と比喩ではなく、文字通り全てを癒すとまで言われる最上位の全癒魔法なのである。

 

【そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂。呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想の名をもって───私が癒す】

 

 一言一句をかみしめる様に紡がれていく詠唱。それは魔法の行使と同時に、歌として周囲に拡散されていく。失ったはずの手足さえも再生する全癒魔法、それは致死毒に冒され、死を待つばかりだった者をも救う奇跡の御業であった。魔法円から純白の魔力光が立ち上り、その光の中で横たわっている男へ光の粒が殺到し、エリクサーをも上回る最強の治癒魔法が発動する。

 

【ディア・フラーテル】

 

 

 

 

「───これで、身体に残っている毒素は全て消し去りました」  

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 その無表情さゆえに人形のようなとも言われているその端正な顔は今や、怒りによって恐ろしく歪められている。その原因となった青年はいつもの豪胆さはどこかに行ってしまったのか、毒が消えたのにも関わらず顔を青くしている。

 

二人は同じ白髪ということもあって姉弟のようにも見える。しかし、その身に纏う雰囲気は全く違うものだ。アミッドは怒っていた。それこそ、普段の彼女を知る者なら信じられないくらいに。普段は感情を見せず、真面目で落ち着いた淑女然たる態度をとる彼女がここまで感情をあらわにするのはアルを相手にしたときだけであろう。

 

アルも普段の英雄然たる姿はなく、叱られた子供のように体を小さくして委縮している。アミッドは怒っていても治療の手は抜かない。アルの体に残る傷跡を一つ一つ治していく。非常に整った容姿をしている二人の光景は非常に絵になるものであったが、その空気はとても重いものであった。

 

そして、ようやく全ての怪我の治療を終えたアミッドが静かに口を開く。小さな声だったがアミッドの声はよく響く。

 

「私はこれからポイズン・ウェルミスの毒に侵された方々の治療に向かいますが、今度歩き回ったら縄で縛って拘束しますので」

 

「·······はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮で聞くことなどありえない、それでいて聞き覚えのある声。どこからか暖かくも優しい声の聞こえてきた方角へ慌てて走り出す。その先には既に【ロキ・ファミリア】の見張り役が集まって何かを話していた。木々の群れが途絶えた岩壁に口を開けた洞窟は17階層からの連絡路であり、僕がゴライアスに吹き飛ばれて転げ出たのもこの洞窟からなのだろう。

 

しかし今はそんなことどうでもよかった。微かに焦燥した気持ちが僕の足を急かす。【ロキ・ファミリア】の見張り役の人たちをかき分け、彼等の肩の間から見えたのは────

 

「おおおおお·······?! あ、あんな巨大なモンスターがいるなんて聞いてないぞ!!」

 

「あっはははははッ!! 死ぬかと思った!!」

 

 濡れたように黒い髪をツインテールにした一見すれば年若く見える美少女────僕の主神であるヘスティア様だった。体中を土やら何やらで汚して四つん這いになってゼェーーハァーーと息を整えていてその隣には大笑いしながらも汗だくになった金髪の男神様と神様ほどではないにしてもその顔に深い疲労を浮かべて息を荒げる複数の冒険者の姿があった。

 

一瞬、小柄な猫人とよく見知った狼人の姿が見えた気もしたがすぐにかすれたので見間違いかなにかだったのだろう。

 

「──ベル君!!」

 

「おふう!!」

 

 僕に気が付いた神様が勢いよく走りだし飛びついてくる。僕はそれをとっさに抱き留めながら一緒に地面に倒れ込む。尻もちをつく形で倒れ込んだ僕に神様が覆いかぶさった。

 

「ベル君、ベル君っ! 本物かい!」

 

「か、かみひゃま·······!!」

 

 確かめるように僕の身体をまさぐる神様にされるがままになりながらもどうにか言葉を絞りだす。べたべたと触りまくっていた神様が動きを止めてまじまじと見つめてくる。「どうしてここに」と、そう言いたかったけど口を開く前に神様の瞳が潤み出した。そして、ぎゅっと抱きしめられる。神様の豊満な胸が潰れるほどに強く。そして耳元で神様が小さく囁いた。

 

──無事で良かった、と。

 

ぎゅうぎゅうと締め付けるような抱擁に痛いですとも言えず、申し訳ないような嬉しいような感情を覚えながら僕に抱きながら泣いている神様の背に手を伸ばしておそるおそる撫でると神様はさらに力を入れてきた。少し苦しい。けれどそれ以上に安心感があって心が落ち着く。

 

ようやく僕は生き返ることができたんだという実感が湧き上がってきてそれ以上にどうしようもなく神様に会いたいと思っていたことに気付かされた。それが今こうして会えたことが嬉しくて仕方がない。神様も同じ気持ちなのかと思うと無性に泣きたくなってきた。どうしてここに、なんて聞くまでもない。ぐすり、と鼻をすする音が聞こえてきて僕は神様を優しく引き剥がし、改めてお互いの顔を見合わせる。涙目の神様は頬を赤くしながら微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪人」や「精霊の分身」に狙われるアイズの秘密。精霊に関わるのではないかと当たりをつけた【ロキファミリア】女性陣は精霊の血を継ぐヴェルフ・クロッゾや英雄譚に詳しい『剣聖』の弟、ベル・クラネルから精霊について話を聞いていた。

 

「参考にはなったけどやっぱりアイズについて核心に迫れるものはないわね」

 

 ベルを解放したあと、天幕に戻ったティオネ達は嘆息する。輪になって座っている彼女らはうーん、と頭を悩ませる。あの風魔法の出力は才能だけでは説明できそうもない、それこそ精霊の血を引いているとか……いやでもアイズはヒューマンだしなぁ、という感じだ。

 

「あまり詮索してやるな、お前達」

 

 レフィーヤ達の天幕に顔を出したリヴェリアが苦笑しながら言った。

 

「リ、リヴェリア様!!」

 

「ど、どうしてここに?」

 

 突然現れた緑髪の麗人にレフィーヤ達が慌てて立ち上がり、ティオナ達も驚いたように目を見開いく。リヴェリアは気にせず、嘆息混じりに口を開く。ティオナ達の談合がやかましすぎたため、本営から注意に来たのだ。

 

「あれだけ騒いでいれば誰でも気付く」

 

 王族の視線に委縮するレフィーヤ達エルフといささかも態度を変えないティオナ達に、リヴェリアは再度嘆息した。

 

「ねぇ、リヴェリア。 アイズの秘密って、あたし達には教えられないことなの? あたし達、家族じゃないの?」

 

 ティオナの言葉にレフィーヤ達は表情を暗くした。リヴェリアはこの場にいる者達の中では一番長くアイズと行動を共にしている。だから知っていることも多いはずだ。ティオナらしい直截な言葉だが、その発言の裏にある気持ちを感じ取ったリヴェリアは困ったような沈痛な面持ちを浮かべた。

 

眉を下げて問いかけるティオナに対して、リヴェリアは静かに諭す。

 

「確かに私達は絆で結ばれたファミリアだ。 しかし、今も打ち明けていない身の上の一つや二つ、お前達にもある筈だ」

 

「無理強いされ、お前は抱えているものを話すことができるか?」

 

  リヴェリアの言葉に動揺が広がる。それはそうだ。そんなこと言われたら何も言えない。

中でも自分たち自身も思うところが過去にあるティオナとティオネは俯き押し黙ってしまう。

 

「·······だが、お前達の気持ちもわかる」

 

「こうなった今でも何も話すことができないのはアイズの弱さだ。そして気を遣うあまり、それを許してしまっている私の責任でもあるので一部始終を見たお前達に、何も話さないでいるのは·······不誠実なのだろう」

 

 ティオナ達の顔を見渡して、少し間を置いてから続けた。

 

「本人がいないところで全てを語ることはできないが······」

 

「確かに、アイズには『精霊の血』が流れている」

 

 

 

 

 

 

 

「────私のおかあさんが風の精霊アリアだから狙われたんだと思う」

 

 アル一人に与えられたテント。その中では魔石灯の明かりが蝋燭のように灯っている。その光に照らされてアイズの表情はより一層暗かった。アミッドによって治療後、縄でぐるぐる巻きにされたアルにアイズは罪の告白をするかのように自らの出生を語っていた。

 

自分以外ではフィンやリヴェリアたちしか知らない秘密ではあったが自分のために死にかけたアルに隠しているのは不誠実だと感じたアイズは知られてどんな目で見られるか怖かったが口を閉じなかった。

 

そして全てを話したアイズに対してアルは────。

 

 

 

 

 

 

知 っ て た

 

 

 

 

 

 

 

凄い治癒術師だというアミッドさんに治療をしてもらってから暫くして神様やリューさん、【タケミカヅチ・ファミリア】の人達と一緒に僕たちの救援に来てくれた金髪の神様、ヘルメス様が口を開いた。

 

ヘルメス様は見た目からして美形ぞろいの神様らしく背も高くてとてもかっこいい、だけどなんとなくだけど、この人はおじいちゃんに似通った雰囲気があるような気がする。

 

「········頃合だな」

 

「えっ?」

 

「ベル君、オレに付き合ってくれないか?」

 

 アミッドさんの魔法で完全に治ったものの特にすることもなく野営地のテントでボーっと

 していると突然、ヘルメス様がテントに入ってきながらそう言った。声を潜めて人の目を気にしているかのように周りを見渡しながら僕に手招きをする。

 

「オレはこの時を待っていたんだ。いや、この時のために迷宮まで来たと言っても過言じゃない。君と二人きりになれた、この時をね」

 

 真剣な眼差しで言うヘルメス様に僕は首を傾げた。いつものおちゃらけている感じとは打って変わって、何か強い意志を感じさせる瞳をしている。そしてその表情は、やっぱりどこか僕のお爺ちゃんに似ているように思えた。僕に大事な話があるのだとヘルメス様は言う。

 

ヴェルフ達はこちらに気が付いていなさそうだし、今は神様達も近くにはいないようだ。僕だけなら構わないけど、他の人には聞かれたくない話なのだろうか。ヘルメス様の表情は真面目そのものでふざける様子はない。

 

緊張した面持ちで僕に向き直り、一度深呼吸をしたヘルメス様は再び真剣な顔つきになって僕を見た。付いてきてくれ、とヘルメス様は言って歩き出す。

 

人目を避けて静かに移動しながら、僕はヘルメス様についていく。ひっそりと野営地を出てしばらく歩くと森へと出た。みんなに見つからずに、さらに森の中を突き進んでいく。

 

「あの、ヘルメス様、どこまで?」

 

 森の奥深くまで入り込んでしまったせいで、もう野営地の方角すら分からないほど奥地にまで来てしまった。密談にはもう十分過ぎるくらいだろう。人の気配なんて微塵もない。

 

「よし、これがいいな」

 

 ひときわ大きな木の前で立ち止まったヘルメス様は確かめるように太い幹に手をかけて慣れた手つきでよじ登っていく。器用に枝の上へ立つと、突然のことにポカンとしている僕にも登るように促してきた。

 

慌てて後を追うように木の上によじ登る。二人して情けない絵面になっていないことを祈りたいところだ。

 

「あ、あの、ヘルメス様?」

 

「思った通りだ。見ろベル君、これなら十分に枝を伝って進める」

 

 枝の上に立ってみるとそこには人が通れるほどの道があった。てっきり木の上で話でもするのかと思っていたんだけど違ったみたいだ。ヘルメス様が指差す方を見ると確かに太い枝による空中回廊のようなものがずっと先まで続いている。なにがなんだかよくわからない僕を置いて、ヘルメス様はどんどん先に進んでしまう。

 

「へ、ヘルメス様、あの話があるんじゃなかったんですか?」

 

「話? やだなぁベル君、オレはそんなこと一言も言ってないぜ?」

 

 枝葉の空中回廊を進みながら振り返ったヘルメス様は悪戯っぽく笑いかけてきた。やっぱりこの神様はおじいちゃんに似ていて少し苦手かもしれない。葉っぱが擦れ合う音が響き渡る中、僕たちはそのまま先に進む。

 

鬱蒼とした木々の間を通り抜けて身軽なヘルメス様になんとか追いつくと、向かう先から水の叩きつけられるような音と話し声のような物が聞こえてくる。滝のドドドドドド、という青く澄み切った水の流れ落ちる景色が見えてくる。

 

「ここまで来たら、わかるだろう? 覗きだよ」

 

 ニヤリ、とやっぱりおじいちゃんみたいな笑みを浮かべながらヘルメス様はそう言った。僕はその言葉を聞いて唖然としてしまう。今の状況を理解しようとして頭が混乱する。

 

「女の子達が水浴びをしているんだぜ? そりゃ覗くに決まっているだろう?」

 

「決まってませんよ!」

 

「今更恥ずかしがるなよベル君。 どうせいつもヘスティアと背中を流しっこしてるんだろ?」

 

「してませんよっ!」

 

 赤面しながら叫ぶとヘルメス様は人の悪い笑顔のまま肩をすくめる。本当にお爺ちゃんそっくりな仕草だった。どうしてこんなに似通っているんだろうか。そうこうしている内に、とうとう僕たちは目的地に到着したらしい。目の前に広がる光景を見て、僕は思わず息を呑んでしまった。

 

「駄目ですっ、止めましょうヘルメス様!! こんなことしたらいけませんよ······」

 

「ベル君、ここで騒いだら、第一級冒険者達には簡単にバレてしまう」

 

 瀑布のように降り注ぐ大粒の水飛沫が霧のように顔にぶつかる。僕はヘルメス様の腕を掴んで必死に引き留めたけど、ヘルメス様は逆に僕の腕を掴んできた。そして僕にだけ聞こえるように耳元で囁いてくる。

 

「ヘルメス様、ヘルメス様っ、駄目ですっ、殺されちゃいます!!」

 

「情けないなぁ、ベル君。 覗きは男の浪漫だぜ? 君とは美味い酒が飲めると思っていたのに···········君の育ての親は一体何を教えてきたんだ」

 

 おじいちゃんは··········いや、まぁ教えてくれたことはあるけど、こういうのは良くないと思う。僕だって男だし、興味がないわけじゃないけど、これは流石にまずいんじゃないだろうか。あの祖父は幼い僕に猥談を語ってきたものだ。その時は理解できなかったし、子供相手に何を言っているんだろうか。そのたびに兄さんに止められていた気がする。

 

「か、帰りましょう。 ヘル───グェっ」

 

 ヘルメス様の手を掴んで引き返そうとした瞬間、僕もヘルメス様も首根っこを縄のようなもので引っ張られて、そのまま木の上から地面に引きずり下ろされた。いきなりの出来事で驚いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ベル、これからもオラリオで過ごしていくなら覚えておけ、ヘラヘラ笑う男神と美の女神の言うことは信じるな」

 

 兄さん········。ヘルメス様の首が縄で締まって息してないです。

 

あ、兄さんの髪を白髪の女の人が引っ張ってどっか行っちゃった···········。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでは虐殺が行われていた。白いフードを被った数十人の下級眷属と使役されるLv3相当の黄緑のモンスター群。第三級冒険者では死あるのみの死神の軍勢はたった一人の男によって屍の山と化していた。銀風の疾走、疾風怒濤の勢いで駆け抜けながら、襲い来る敵を次々と切り刻んでいく。

 

「テメェら、闇派閥か?」

 

 手足を砕き、火炎石を取り外した捕虜に槍を突きつけているのは『女神の戦車』の二つ名を持つ神速の冒険者。闇派閥の残党ではモンスターありきでも戦いにすらならない。Lv6に至った彼の相手になる者はそういない。第一級冒険者の中でもその速さについていける者は限られるだろう。

 

彼が動く度に血が舞う。剣を振るう度に命が散っていく。槍の一突き毎に命が刈り取られていく。戦場を駆け抜ける銀の閃光は、まさしく嵐のように全てを蹂躙していく。唯一、トラップ型のモンスターはその耐久性からアレンに「二度」槍を振るわせたがそれ以外のものは例外なく全て一撃で沈められている。

 

「あの方が俺かあの猪野郎を派遣する事態ってことはこの程度なわきゃねぇが·······」

 

 実際、認めるのは癪だが非常事態における対応力は戦いしか能のない自分は幹部の中では高いほうだとは言えない、なんだかんだ世話焼きなあのエルフの軍師とかのほうが兎の救援という意味なら適切な人選だろう。そうではなく、単純に戦闘能力に特化した自分か猪を指名したということはそれだけ強大な障害があることを意味している。

 

それこそ都市最恐派閥二番手の自分が出張ってくるような何かが。今まさに自分を貫かんとする剣を素手で掴み止めてへし折り、そのまま敵の首を跳ね飛ばす。そして、また一人、敵を殺す。殺す。殺す。殺して殺して殺し尽くす。

 

この闇派閥の雑兵がそうだとはかけらも思えないアレンだったが「芽は摘んでおくべきだな」と開錠薬でステイタスを暴いた後、虐殺を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【アル苦手ランキング】

一位:アミッド

二位:ミア母さん

三位:ゼ…おじいちゃん

 

 

 



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四十話 雷鳴の産声





ゼウスはアルの曇らせ欲求こそ気が付いていませんが性格的に曇らせられないので苦手としています

【豊穣の女主人仲いいランキング】
一位、リュー
二位、ミア
三位、アーニャ
四位、クロエ
五位、ルノア
六位、その他



そこは古代の神殿であるかのような荘厳さに満ちていた。石造りの壁はさまざまな石材がモザイク模様を描いて組み合わされている。

 

松明の炎に照らされて、壁や柱には美しい浮き彫りが施されており、まるで壁画のようにも見える。

 

ぱちぱちと松明の燃える音だけが響く中をしばらく進むと、その先に開けた空間がある。

 

ギルド本部の地下にある大広間。松明に囲まれた祭壇の中央には、神座が設けられている。そして、そこに腰掛けているのは、オラリオの創設神にしてギルドの主神である老神ウラノスだ。

 

二メートルほどの巨体の上に載っている顔は、目鼻立ちがくっきりとしていて彫りが深い。空色の双眸からは知的な光を放っている老神は悩ましげに目を閉じた。

 

「────どうした、ウラノス?」

 

 ウラノスに対して側近であるフェルズの声がかかる。すると、ウラノスはゆっくりと瞼を開いて視線を向けた。

 

「私の神意がダンジョンに届かなくなった」

 

 その言葉に黒衣の魔術師は驚愕の声を上げた。地上に穿たれたモンスターを無尽蔵に産み出す大穴を封じるウラノスの『祈祷』。それが破られたというのだ。

 

「まさか、『祈祷』が途切れたというのか?」

 

「そうだ·······ダンジョンが、暴走している。恐らく、神がダンジョンに侵入したのだろう。ダンジョンはそれに気が付いてしまった。が、 これは··········」

 

 自身を封じた神々を憎むダンジョンにとって大敵である侵入者が放つ神威を見逃すことなど有り得ない。

 

「·······ウラノス、これは」

 

「ああ·······」

 

 不動の老神は地下深くから伝わる膨大なエネルギーを感じ取るように額に手を当てて呟いた。

 

「ゼウス達がいなくなった後に、変転を迎える、か·····」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートが地上でかき集めたポイズン・ウェルミスの解毒剤とアミッドの魔法によりポイズン・ウェルミスの毒に侵された団員たちが復帰し、部隊の再進行が可能となったため【ロキ・ファミリア】は今日、18階層から地上へ帰還する運びとなった。

 

野営地では出立の準備が進められており、ベル達のいるテントにもその慌ただしい空気が流れてくる。撤収準備をしている者達の中には見知った顔もあり、挨拶に行こうとベルはテントから外へと出た。

 

慌ただしく歴戦の面持ちをした冒険者らが荷物を担ぎ上げている中、主力の第一級冒険者と一部の第二級冒険者が野営地の端に集まっていた。【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンや幹部のリヴェリア達、サポーターのラウル達だ。フィン達が集まって何事かを話し合っている様子だったので、ベルもそちらへと足を向ける。

 

「兄さん!!」

 

 ベルは集まりの最後尾に昨日、あの治癒術師の女の人──アミッドに随分絞られたらしく、心なしか目を煤けさせながら肩を落として歩いている兄を見つけ、咄嗟に声をかける。足を止めた兄の姿は黒い戦闘衣、幾本の刀剣を佩いた完全装備の状態だった。ベルの声に反応したのか、アルもこちらを振り向く。数日前まで毒と傷で死にかけていたとは思えない程の回復ぶりであり、その姿はまさしく英雄然としていた。

 

「もう、行くの?」

 

「ああ、先に出るパーティに組み込まれたからな」

 

 17階層以上の階層では道幅の関係で大人数での行軍は不可能となる。そのため、部隊を分けて小回りが利いて比較的少数で行動できる精鋭部隊が先行して進み、安全を確保しつつ後続の冒険者を連れて行く形になる。アルやアイズ達、第一級冒険者は先発のパーティに組み込まれていた。

 

まだ体力が完全に回復しきっていない筈だが、エアリエルを発動したアイズ以上の突破力とベート以上の速力、リヴェリア以上の魔力を有するアルが戦闘能力に欠ける低レベルのサポーターを含む後発隊の露払い役を担うのは必然だ。

 

「あ、あの······気を付けて」

 

「ああ」

 

 ベル達はベートが率いる後発隊に同行させて貰うことになっているため、後数時間もすれば出発することになるだろう。兄やアイズが確保してくれた道を進むのにやるせなさを感じつつも、兄の身を案じる気持ちを込めて言葉をかける。

 

そんな弟の心情を知ってか知らずか、アルは平然と返事をするのみで仲間たちと17階層へ続く洞窟のへと向かっていく。

 

「ベル様! リリ達も帰る支度をしましょー?」

 

「あ、うん!!」

 

 リリルカの呼び掛けに応じて、ベルは自分のテントへと戻った。かがり火は既に消されており、水晶の明かりだけが照らす薄暗いテントの中、ベルは急いで帰り支度を始める。武器の整備を終え、荷物の確認を終えた頃には残りの団員たちも続々と野営地を出ていった。

 

ヘスティアが人気のなくなった野営地で借り受けたテントを畳もうとベル達を呼ぼうとする。

 

「········? 誰かいるのかい?」

 

 背後からがさりという物音が聞こえたため、ヘスティアは不思議そうに首を傾げた。テントの中に誰か潜んでいるような気配を感じたからだ。まさかモンスターだろうかと思い、見回してみるが特に変わったところはない。

 

気のせいだったかなと首を捻るが、妙な違和感を覚えて再び視線を巡らせる。念のため警戒しながら恐る恐る茂る草地を覗き込むがそこには誰もいなかった。

 

「むぐうっ?!」

 

 葉擦れの音だったのかと納得しかけた時、口を塞がれる。ヘスティアは悲鳴を上げようとしたが、口を押さえられていて声が出せなかった。抵抗しようと腕を動かすが、全く振り解けない。だが、ヘスティアの周りには人影などなかった。

 

透明の腕に押さえつけられているような感覚に彼女は混乱する。はたから見ればヘスティアがひとりでにジタバタと暴れてるようにしか見えない。地面から浮いている足を見て、彼女がようやく自分が何者かに持ち上げられつつあることを理解した時には、既に彼女の体は宙に浮かんでいた。

 

「(と、透明人間?)」

 

 掴み上げられている手から伝わる感触は人間のものだ。バタバタと足を動かしても空中では何もできず、なすすべなく運ばれていく。ヘスティアは必死になって自分を持ち上げているであろう人物を見ようと頭を上げるが、やはり姿を確認することはできなかった。

 

野営地の出口に差し掛かった辺りでヘスティアを拘束している人物は速度を上げたようで、視界に映る景色が急速に後ろに流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『リヴィラの街』。荒くれものの冒険者たちが集う街であり、同時により下層に挑む者にとっての補給地点だ。多くの商店や露店が立ち並び、常に活気に満ち溢れている。そんな街の数少ない酒場のひとつに野卑な怒号が響き渡った。

 

洞穴の中に作られた酒場は、壁も床も天井も岩でできており、その広さも相まって中はかなり薄暗い。安っぽい酒の匂いと、それに混じる獣臭が鼻を突く。粗末な木製のテーブルの上には、空になったジョッキがいくつも転がり、そして今またひとつ追加されるところだった。

 

「クソがッ!!」

 

 怒号の主である大柄な男は、既に相当量の酒を飲んでいるようで、顔どころか首まで真っ赤になっている。彼は手にしたジョッキの中身を一気に飲み干すと、そのまま机に叩きつけた。ガンッという大きな音とともに、木の破片が飛び散る。

 

皮鎧や腰に佩いた剣は使い込まれており、上級冒険者に相応しい装備ではあるが薄汚れている。人相の悪い顔つきに分厚い胸板、そして丸太のような太い腕。焼けた肌に無精髭といった風貌からして、どう見ても堅気には見えない。

 

「荒れてんなぁ、モルド」

 

「うるせぇ! あのガキッ、どんな手品使ってここまで来やがった········調子乗りやがって!」

 

 彼の名はモルド・ラトロー。『噛犬』の二つ名を持つLv2の第三級冒険者だ。上級冒険者ではあるものの中堅には届かない彼は世界最速記録に限りなく迫る速度でランクアップを果たしたベルに対して八つ当たりにも似た嫉妬心を抱いていた。

 

偉業をなし遂げてランクアップを果たした上級冒険者でなければ到達できないリヴィラの街の酒場は長らく同じ顔ぶれであり、酒場の常連客の顔などすぐに覚えてしまうものだ。気が置けない間柄であるモルドの言葉を聞きながら、他の常連たちは苦笑いを浮かべる。

 

「てめえ等も他人事じゃねえぞ!! 生意気な新人が、昇格してから大して経ってもねえのに 中層中間区へやってきたんだ!! ン年も前からいる俺等はさぞかしいい笑い者だろうなぁ!!」

 

 酒臭い息を撒き散らしながら、モルドは店内にいる冒険者たちに吠えかかる。だがそれに対して反応するものはいなかった。皆一様に押し黙り、そして視線を合わせようとしない。的を射た指摘であったからだ。数少ない上級冒険者としての自負がある彼らも、ベルのことは面白く思っていないのだ。

 

「一丁前に火精霊の護布なんて揃えやがって······焼きを入れねえと腹の虫が治まらねぇ」

 

 ぐびぐびと杯を傾けて苛立たしそうに吐き捨てると、モルドは再びジョッキを叩きつけるように置く。

 

「けどモルド、叩きのめすって言ってもどうすんだ。あのガキ、噂じゃああの『剣聖』の弟って話だろ····?」

 

「これは嘘だろうが、あの『凶狼(ヴァナルガンド)』の弟子って噂もあるな」

 

 モルドの仲間の冒険者が口を開く。数年前にもベルと同じように他の冒険者の成長を嘲笑うかのような速度でランクアップを重ね、あっという間に冒険者の最高位に到達してしまった男がいた······それが『剣聖』アル・クラネルだ。彼もまたベルと同様に短期間でランクアップを果たしており、今なお記録を更新し続けているという怪物中の怪物だ。

 

いまや、最大派閥の最高戦力。モルドたちでは足元にも及ばない高みにいるその男の弟ならばその成長速度も納得がいく。

 

「······ランクアップに何年もかかって今の今までずっと足踏みしてる俺らとは生まれからして違う、ってこったろ」

 

「どうせ、数年後には第一級冒険者様だ。······チッ、やってらんねーよ」

 

 酒場の冒険者達は顔をしかめつつも、その瞳に浮かんでいるのは昏い諦念であった。おそらくはもうランクアップすることなどないであろう、Lv2止まりであろう自分たちとは違ってまたたく間に上へ行ってしまう若き芽への嫉妬と諦め。相手が只のニュービーであるならばともかく、都市最強の身内に手を出すなど命がいくつあっても足りない。

 

「あいつ一人を誘き出しさえすりゃあ·······」

 

 【ロキファミリア】の目の届かないところでベル一人を狙えばと考えるモルドだが、周りの目は冷たい。つまらない憂さ晴らしのために最大派閥に目をつけられるなどごめんなのだろう。しかしそんな彼らの心情など露知らず、モルドは苛立ちをぶつけるようにジョッキの中身をあおる。

 

「────おー、わかりやすいくらい盛り上がってるなぁ」

 

 そんな時だった。一人の男が酒場へと入ってきた。場違いなほどに明るい声音で、陽気な表情を浮かべている彼はこの場の空気にそぐわない人物に見える。その男はにこやかな笑みを張り付けたままゆっくりとモルドたちの方へ向かって歩いてくる。

 

モルド達の視線を一身に浴びながらも、男─────ヘルメスは気にした様子もなく歩み寄る。

 

「······何の用ですかねぇ、神の旦那。酒を飲みに来たなら、とっとと地上へ帰っちまった方がいいですぜ」

 

「はは、悪巧みの話が聞こえてきてね。 ついつい足を運んでしまったのさ」

 

「だとしたら、どうするんで? そのお供一人で俺達の悪巧みを止めさせますか?」

 

「お、おいっ、モルド?!」

 

 まるで酒場の者たち全員がベルを闇討ちしようと考えているかのようなモルドの口ぶりに冒険者達は勝手に自殺行為に俺たちを巻き込むなと慌てる。

 

「なに言ってるんだ、好きにすればいい。オレに気にせずその物騒な話を続けてくれ。オレは君達みたいな無法者も大好きだぜ? この下界は優等生ばかりじゃつまらない」

 

 そう言ってにやりとした笑いを浮かべるヘルメスの瞳は『神』の本性を表すかのように底冷えするような冷たさを宿していた。清濁や善悪を超越した存在の視線を受け、モルド達は思わず背筋を震わせる。

 

モンスターよりも恐ろしい、その存在感。目の前の青年は、確かに人の皮を被った何かなのだと本能的に理解させられる。

 

 

「ベル君を襲いたいんだろう? 何だったら、今後のオレ達の予定を教えておこうか?」

 

「でもよぅ、あのガキは『剣聖』の──」

  

「なら、いいのかい? 彼はあっという間に君達の手の届かないところにまで行ってしまうよ?」

 

 プライドだけは高い無法者を口八丁で扇動し、操ることなど神たるヘルメスからすれば朝飯前である。ヘルメスの嘲るような口調は酒場の冒険者たちにまるで自分たちが直接話してもいないベルに馬鹿にされていると錯覚させた。

 

「·······信用していいんですか、神の旦那?」

 

「おいおい、オレはヘルメスだぜ? 子供に嘘はつかないよ」

 

「オレは間違っても協力できないけど·······そうだな、化物も倒す勇気のお守りだったら、君達に貸してあげてもいい」

 

 そう言ってアスフィから何かを受け取り、モルドたちに見せびらかすように差し出す。それは帽子のようにも見える小型の兜であった。漆黒に染まったそのヘルムが纏う雰囲気はこれが普通の品ではないことを表している。

 

「これは······」

 

「『万能者(ペルセウス)』が作った魔道具さ。効果は·······透明化」

 

 稀代の魔道具作製者であるアスフィが作り出した魔道具。その効果を聞いた瞬間、モルドたちはごくりと喉を鳴らした。透明になるということは、姿を隠すということだ。姿を消すということは、奇襲においてこれ以上ない武器となる。つまり、ベルを襲う際にその透明化のヘルムを身に付ければ、誰にも気付かれずにベルを襲えるということだ。

 

「本当に、これを······」

 

 信じられないという表情を浮かべるモルドだが、ヘルメスはその言葉を信じさせるかのように微笑む。現実的な手段を手に入れたことに気がついた冒険者たちの瞳に剣呑な光が宿る。ヘルメスの言葉を信じるならば、これがあれば『目撃者』を作らずに闇討ちを行える。ならば、それを使わずにいる理由はない。

そんな彼らの欲望を見透かしたのか、ヘルメスは笑みを貼り付けたまま言う。

 

「ただし、条件がある」

 

「オレを楽しませてくれる、面白い見世物にしてくれ」

 

 

 

 

「───などと囃し立ててはみたものの」

 

 ()()()()()()を繰り広げるベルとモルドに、二人を囲む無法者の輪。荒くれ者共の興奮した声援が飛び交う中、そんな見世物を輪の外から見守る男神とその眷属。

 

「相手にもなってないな、モルド君」

 

 最初は見えない相手に戸惑っていたようだが、自ら目を瞑り、視界以外を頼りにモルドの場所を特定したベルの戦いのキレはモルドを容易く圧倒していた。ベルの速度が、度胸が、立ち回りがまがいなりにも長年、上級冒険者として活動してきたモルドのそれを遥かに凌駕しているのだ。

 

まあ、よくよく考えてみるとベルはいつも経験している対人戦の相手はあの『凶狼(ヴァナルガンド)』なのだ。第三級で燻ってるならず者など話にならないだろう。とはいえ、不可視の敵を相手にして無傷とは流石だ。

 

「流石はアルの弟ですね。ランクアップしたばかりだと聞いてましたがLv2中堅では私の兜ありきでも相手になりませんか···········」

 

 アルがまだ第一級冒険者となる前にほかならぬヘルメスの命でアルを調べ、今でもそれなりに関わりのあるアスフィは下で戦っている少年の兄がどれだけの怪物なのかよく知っている。

 

Lv2のアルにけしかけられたのが『猛者』と『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』だったことを考えるとやはり、手ぬるいと言わざるをえない。それでも、ベルの成長速度は驚異的だった。今はまだ第三級、第二級の壁を破れずとも近いうちに第一級まで駆け上がるだろうと予想できるほどの才気を感じる。

 

「ベル・クラネルの力を自分の目で確かめたい······そうおっしゃっていましたが、こんなものを見るためにわざわざダンジョンへ?」

 

「きついなぁ、アスフィ」

 

 冒険者の輪から少し離れた木の上に立つヘルメスが苦笑する。枝葉に隠れて地上からは見えないが、その表情はどこか満足げだ。「あっ、ヘルム取られましたね」とつぶやいたアスフィの隣でヘルメスはくすりと笑う。

 

「本当は階層主あたりと戦うところを期待していたんだが、流石にそう上手くはいかない」

 

 気味の悪いほど穏やかな声音で、兜を失ったモルドに王手を掛けるベルを見つめながらヘルメスは語る。

 

「階層主の方が馬鹿げていますよ」

 

「わざわざ私の兜まで預け、あんな冒険者達をけしかけて······私はヘルメス様が彼に恨みでもあるのかと思いました」

 

 アスフィの侮蔑交じりの言葉にまっさかぁ、とヘルメスは肩をすくめる。

 

「んー、むしろオレなりの愛かな?」

 

「こんな愛、堪ったものじゃありません。また、アルから貴方を庇うのは嫌ですよ?」

 

「そう言うなって、遅かれ早かれ、冒険者の洗礼はベル君に訪れたんだ。アスフィも言っていただろう? ベル君は人間の汚いところを知らなさ過ぎる、将来はもっと酷い場面に遭うかもしれない。悪趣味でもなんでも知るべきさ」

 

 清濁併せ呑むというわけにはではないが、善意だけでは世の中を渡っていけないことを彼は知る必要がある。それが彼のためになるかどうかは別として、ヘルメスは今回の件を計画した。ヘルメスなりにベルを想ってのことなのだが、アスフィからすれば迷惑以外の何物でもない。

 

「それは……間違ってはいませんが…………」

 

 勝手な神の試練に振り回されたアスフィは不機嫌そうな顔のまま呟く。

 

「·····だからさ、許してくれないかな?」

 

「───ベート君」

 

 ヘルメスの言葉にバッ、と後ろを向いたアスフィの視線の先には太い木の幹によりかかる一人の狼人がいた。

 

「【ロキファミリア】は地上に戻ってしまったけど。君だけは弟子を送るために残るのを許可されたのかい?」 

 

 第二級冒険者の自分がかけらも気配を気取れなかった事実におののき、顔を青くするアスフィとは対照的に明るく話しかけるヘルメスに対してベートはチッ、と舌打ちを漏らした。

 

「テメェの言うとおり、あのバカは良くも悪くも綺麗なとこばかり見やがる。いずれ、そういう経験はしておくべきだろうからな」

 

「なにより、あの程度の雑魚に後れを取るほど生ぬるい鍛え方はしてねぇ」

 

 ベートの視線の先では振り抜いたベルの拳にモルドが膝をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

「···········くだらねぇ」

 

 その戦いをヘルメスたちと同じように遠目から見ていたのは猫人の男。ヘスティアがモルドにさらわれるとこから見ていたアレンの目は実に冷めていた。

 

魔道具があったとはいえ、この程度の相手にいいようにやられて守るべき自身の女神を拐われるとは何たる脆弱、何たる惰弱。もし、アレンが同じ立場だったならモルド達を皆殺しにした後、自らの至らなさを懺悔して自害するだろう。

 

あの程度の相手と戦うなど試練どころか『洗礼』にもなりえない。

 

しまいには────。

 

『やめるんだ』

 

 女神のその静かな一言が、周囲の音を呑み込み、空間を打った。金縛りに遭ったように、ベルに一斉にかかろうとした冒険者の体が一斉に停止する。愕然とし、そして青ざめた顔を再度ヘスティアのもとに向けた彼等は喉を震わせた。

 

下界の者を平伏させる神の威光。頭を垂れざるをえない超越存在としての一端。自分のためではなく、争い合い傷つけ合おうとする子供達を止めるために、ヘスティアは神威を解放した。

 

『剣を引きなさい』

 

 守るべき女神に神威を解放させて、逆に守られるなど惨めにも程がある。

 

「────ッ」

 

 ため息をついたアレンはその時、ダンジョンの鳴き声を聞いた。

 

天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶の中で何かが蠢いていた。

 

まるで万華鏡を覗いているかのように影が水晶内を反射し黒い模様を彩る。あの水晶の奥にいる何かが階層を照らす光を犯し、周囲へ影を落としているのだ。

 

そこへ一際大きな震動が起こる。階層全体を震わす威力に、アレンは目を見開く。そしてバキリッ、と未だ巨大な何かが蠢く白水晶に、深く歪な線が走った。

 

安全地帯でのモンスターの誕生。

 

その原因は間違いなく、ヘスティアの神威だろう。最大派閥の幹部であり、七年前の大抗争の最前線に立っていたアレンはダンジョンで神が神威を解放するその意味を理解していた。

 

だが、この階層は中層中央部。漆黒のモンスターが出たとしても精々がゴライアスの変異種、認定レベルは5を超えないだろう。むしろ、ベル・クラネルへの『洗礼』にはちょうどいいかもしれないがアレンからすれば脅威にはなりえない。

 

だが─────

 

「(あの方が俺かあの猪野郎を指名したのは────)」

 

『────ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 18階層に『雷鳴』が如き咆哮を上げる漆黒の狂牛が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

【豊穣の女主人アルからの好感度ランキング】

一位、リュー

二位、従者の方

三位、アーニャ

四位、クロエ

~~~~~~

五位、ミア

六位、ルノア

七位、その他

八位、女神の方

 

 



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四十一話 雷鳴と疾風



あと数話でアルの方に視点戻ります


 

 

 

母たるダンジョンは察知した。自分を縛り付け、自らの仔を封じ込めた大敵たる神の忌々しき神威を。

 

故に産み出そうとした、自らの眷属を、七年前と同じように漆黒の神殺獣を。本来、中層からではいくら強化したところでLv5相当が精々ではあったが、母たるダンジョンは丁度いい『素材』を手にしていた。

 

モンスターの輪廻転生。なにかの間違いで地上や人間に強い憧憬を持ったモンスターの魂はダンジョンの中で、廻り文字通りの転生を行う。 

 

その魂、自らの表面で死した強き魂を持ったモンスターをダンジョン自らの手で神殺の獣へと転生させた。七年前の『大最悪』以上の力を持って生まれたそれは母の命を受けて間違いなく、神を殺すだろう。

 

いくら強大な力を有していても母の命には逆らうことなど出来はしない。

 

だが───

 

 

 

 

 

 

 

地上へ出発の際にアルにベルの面倒を見るのを頼まれたリューはもとよりそのつもりであったが、ベル達を地上まで送り届けるためにリリルカたちと行動をともにしていた。

 

「アルの口ぶりからなにかあるかとは思いましたが、流石にこれは··········」

 

 ならず者たちが起こした諍いもヘスティアによって諌められ、地上に帰ろうとしたとき、リューは見た。七年前の大抗争で、この18階層で相対した漆黒のモンスターと気配を同じくする怪物の誕生を。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタガタと断続的な揺れが足元から伝わってくる。その振動は、次第に激しさを増していた。何か巨大なものがダンジョンの大地からせり上がってくるような……そんな感覚だった。

 

「ヘルメス様、今度は何をやらかしたんですか!!」

 

「はは…………流石にオレが小細工を弄しても、あんなことはできないな」

 

 アスフィの主への信頼の感じられない叫びに、ヘルメスが乾いた笑いを浮かべる。ビリビリと震える空気の中、一同はただ事ではない状況であることを察していた。ダンジョンの天蓋部分に黒い影が現れ、それはどんどん大きくなっていく。

 

「ああ、ウラノス·······祈祷はどうした。こんな話は聞いていないぞ」

 

 ダンジョンそのものが敵として襲いかかってくるなど、誰が想像できようか。ヘルメスが呟くように言った言葉には、隠しきれない焦燥感があった。

 

「一人納得していないで、状況を説明してください!! 今何が起こっているんですか!!」

 

「暴走かな。しかも今までにないほど神経質になって、オレ達に感付いた」

 

 加速度的に大きくなっていく揺れに動揺するアスフィに、ヘルメスが端的に応える。暴走とは一体どういうことなのか、そう問おうとした時だった。―――ドォンッ!!!! 一際大きな衝撃音と共に、天蓋の水晶が崩れ落ちた。

 

そして彼らは見た。崩落した天蓋部分から、ゆっくりと這い出てくる存在を。己より遥かに強大な怪物の気配に誰もが息を飲む中、冒険者だけでなく階層内にいるモンスター達も、一斉に動きを止める。

 

「アスフィ、千草ちゃん達にリヴィラの街へ行って応援を呼んでくるよう言ってこい」

 

「応援? まさか、戦うんですか、この階層から避難するのではなくっ?!」

 

「いや、多分········」

 

 ガラガラと崩れ落ちる水晶の音が響く中、ヘルメスがぽつりと言う。彼の視線は17階層への洞穴に注がれており、それを追うようにしてアスフィもまたそちらを見やった。アスフィの眼鏡の奥にある瞳が大きく見開かれる。

 

「塞がったかな、洞窟が······やっぱり逃がすつもりはなさそうだ」

 

「〜〜〜〜っ! ええいっ、もうっ! 生きて帰れなかったら恨みますからね、ヘルメス様!」

 

 ヤケになって叫びながら木霊のように反響する水晶の破砕音とモンスターの遠吠えに向けてアスフィがその場を離れる。ヘルメスは申し訳なそうにそれを見送ってから、視線を罅の入った天蓋部分へと向けた。

 

「さて·······」

 

 亀裂音を立てている天井部分から降ってくる水晶の破片。止まらない地響きの中で、ヘルメスは静かに目を細めた。水晶の天蓋が裂け、漆黒の影が姿を現す。瞬間、世界が軋んだかのような錯覚に陥った。その光景を前にヘルメスは引き攣った笑みを浮かべる。

 

「あぁ、やっぱり漆黒のモンスターか」

 

 七年前の大抗争で女神アストレアの中で護衛として貸し出した眷属の言っていた漆黒のモンスター。水晶の天蓋を突き破り出てきたその存在は、頭部から生えた一対二本の角を輝かせていた。

 

18階層の天蓋から現れた漆黒の巨人を見て、ヘルメスは苦笑いを浮かべる。水晶の胎盤から首が生えるかのように出現したそれは、眼球をぎょろりと動かしてから周囲を睨むように見渡した。漆黒の腕がビキビキと水晶を破壊しながら伸びていき、ズズンッという轟音を響かせながらその巨躯に相応しい巨大な逞しい上半身が露わになる。

 

ダンジョンそのものを震わせるような産声を上げながら、漆黒の雄牛の頭を持つ巨人の怪物がこちらを見下ろす。安全階層であるはずの18階層に突如として現れた異質な存在に、冒険者達は思わず後ずさった。

 

雄牛は水晶の天蓋を破壊した際に飛び散った破片を踏み潰し、砕きながらゆっくりと腰まで地上に現す。ひび割れた水晶の胎盤は時折内部で脈打つように光り輝き、やがて完全に姿を現した漆黒のミノタウロスは、まるで怒り狂う獣のような荒々しい呼吸を繰り返す。大気を揺らしながら放たれるのは途方もない威圧感。

 

重力に従って隕石の如く落下してきたモンスターに、迷宮全体が悲鳴を上げる。振動が、空気が、世界が震え上がる。水晶の大地が砕け、砂塵を巻き上げる中、冒険者のみならずモンスターまでもが目の前に現れた規格外の怪物に悲鳴じみた鳴き声を上げた。

 

中層の階層主など比較にならない圧倒的な存在感を放つモンスターの出現に、もはや誰も動けない。否、動こうとしても身体が言うことを聞かないのだ。そんな彼らを見下ろしながら、漆黒のミノタウロスは直下の中央樹に轟音をあげて着地する。

 

ドォンッ!! という凄まじい衝撃音と共に、中央樹の幹が弾けた。たった一撃で中央樹が根元から折れ曲がり、地面に倒れる。一瞬遅れて結晶の雨が降り注ぎ、大地にヒビを走らせていく。緑豊かな美しい風景は粉々に破壊され、幻想的な空間は瞬く間に廃墟と化した。

 

水晶による淡い光が消え失せ、暗くなった階層に大樹の断末魔が木霊する。枝葉を散らして倒れ伏した大樹の骸の上に、漆黒の怪物が悠然と佇んでいた。水晶は怪物が歩く度に踏み躙られ、粉砕されていく。蒼然とした雰囲気に包まれていた水晶の階層は、今や見る影もなかった。

 

水晶の胎盤から解き放たれた雄牛の怪物は、天を仰ぐようにして大きく息を吸う。

 

ソレは岩石のように握り固められた拳を有していた。

ソレは鋼のごとき剛体を誇っていた。

ソレは、巨大な黒き大剣を持っていた。

恐るべき黒き怪物は、戦慄する全てのモノを睥睨する。

黒き怪物は─────咆哮した。

 

『────ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森から出たベル達は、ダンジョンそのものを震わせるようなモンスターの産声を聞きながら目をむく。ミノタウロスは水晶の胎盤を突き破って姿を現し、そのまま中央樹へと着地すると、周囲を一望するように見渡す。水晶の胎盤から現れた漆黒のモンスターは水晶の天井を突き破った際に飛び散った破片を踏み潰し、砕きながらゆっくりと歩みだす。

 

ひび割れた水晶の天蓋から覗かせる明度の落ちた光を受け、水晶の欠片が舞う中で漆黒のミノタウロスは眼球をぎょろりと動かしてから冒険者やモンスター達を一通り眺め、天を仰いで大音声を放った。

 

『────ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

それはまさしく雷鳴の如き轟音だった。大地を揺るがす振動と大気を震わせる振動。ビリビリと肌を震わせる威圧感を孕んだ声は、聞く者の心臓を鷲掴みにする。

 

 

漆黒の体表、天を衝くかのような長大な体躯、鋭利かつ堅牢なる無数の刃を思わせる威圧

「何だ、あれは······!!」

 

「黒いミノタウロス?」

 

 ベル達が知るミノタウロスとは明らかに格が違った。漆黒の体毛に覆われたその巨躯は、まるで山のように巨大で、そして禍々しい。漆黒の威容は、対峙する者全てを呑み込むような錯覚を覚えさせた。

 

離れているにも関わらず空間が軋んでいるかのような重圧を纏う漆黒のミノタウロス。その威風堂々とした姿に誰もが言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

「あのモンスター、多分ボクを······いや神達を抹殺するため送られてきた刺客だ」

 

 ダンジョンがヘスティア達、神を殺すためだけに生み出した存在。それが目の前にいるモンスターの正体だとヘスティアは確信する。大敵たる神の存在を感知して産み出された神殺しの怪物。

 

「·······は、早く助けないと!!」

 

 リリルカ達と同様に重圧に呑まれていたベルがミノタウロスの至近距離で戦意喪失した冒険者────モルド達の姿にハッと我に返る。

 

「待ってくださいッ!!」

 

「っ!」

 

 慌てて駆け出そうとするが、リリルカが腕を伸ばして引き留めた。なぜ止めるのか、そう言わんばかりに振り返ってきた少年にリリルカは真剣な表情で言う。

 

「本当に、彼等を助けにいくつもりですか? このパーティで?!」

 

 これは自分達が招いた事態であり、だからこそ自分が彼等を助けなければならない。ここで自分だけが逃げるなんて真似は出来ない。そんな考えが透けて見えるベルの瞳に、しかしリリルカは首を横に振った。彼女は、いやここにいる全員が分かっていた。あのモンスターが、レベル2の冒険者がどうにか出来るような相手ではないと。

 

確かにベルは前途有望な冒険者だ。だが、あの怪物は規格外過ぎた。数名のレベル2とレベル1からなる臨時パーティでは、どう足掻いても勝ち目はない。

 

レベル2のベルと階層主以上の脅威であろうミノタウロスとの間に存在する実力差は絶望的なまでに隔絶しているのだ。仮に勝てる可能性があるとすれば、それは奇跡か英雄譚のような物語だけだ。

 

直接戦わない後方支援にしても魔道士のいないベル達にできることは少ない。砲撃の攻撃魔法を使える仲間がいれば話は別かもしれないが、前衛としても対階層主では半端な能力しかないベル達には荷が重いだろう。

 

つまり、今の彼等にできることは一つだけ、今すぐこの場所から逃げ出すことのみ。それを理解していたからこそ、リリルカは止めに入った。

 

そもそもの話、モルド達に助ける価値などあるのだろうか。たしかにヘスティアは神威を解放させてモンスターを呼び出した張本人ではあるが、そもそもの原因はモルド達がヘスティアを人質にしてベルに危害を及ぼそうとしたからだ。

 

…………もっとも、元凶はヘルメスなのだがそれをリリルカ達が知る由もない。

 

今も心のなかでは冒険者を嫌っているリリルカはベルを危険な目に遭わせてまでモルド達を助けたいとは思えなかった。

 

「······ごめん、リリ」

 

 しかしそれでもベルの意思は変わらなかった。申し訳なさそうな顔で謝って決断したベルに、リリルカは眩しいものを見るかのように目を細める。仮に自分達が逃げてもベルは一人であの戦いに参加するであろう、そんな確信がリリルカにはあった。

 

「·······はあ、仕方ありませんね。けど、直接は戦いませんからね? 私達には瀕死の冒険者の回収が精一杯ですよ。そもそも私達じゃ後方支援すら厳しいんですから」

 

 リリルカの呆れたかのような微笑みにベルは再度、申し訳なさそうな顔をしたが、今度は嬉しそうに感謝した。振り返ればリリルカだけでなくヴェルフ達も仕方なさそうに笑みを浮かべており、彼等もまたベルと共に戦う覚悟を決めたようだった。

 

「ありがとう、みんな······!!」

 

 全員の意志を確認してベルは感謝を告げると、改めて漆黒のミノタウロスを見据える。その視線の先には、今まさに戦闘を開始しようとしているエルフの戦士の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不運だったのは漆黒の雄牛が産まれ落ちたすぐ近くにいた冒険者たちだろう。深層種の『咆哮』にも匹敵する産声を間近で浴びた彼らは狂乱状態に陥り、無謀にも剣や魔剣を雄牛に向けてしまった。

 

その様を不可視となった状態で見ていたアスフィは戦慄に背筋を震わせる。

 

水しぶきのように吹き飛んでいくつもの影。それは水などではなく雄牛によって薙ぎ払われた冒険者達だ。粉砕される武具と防具の音と共に宙を舞って虫の息となって倒れ伏す冒険者達。そして、血飛沫の中、悠然と歩みを進める雄牛。

 

二十を超える上級冒険者達が、たった一体の 『怪物』によって瞬く間に一掃された光景を見て、アスフィたちは絶句した。漆黒の皮膚にはLv2程度の攻撃では刃が通らず、魔剣の射出は大剣で打ち払ったのか傷一つ付いていない。

 

「黒い、ミノタウロス········」

 

 フゥー、フゥーという荒い呼吸音。戦慄に支配させる一同の中でアスフィだけが冷静に思考を巡らせる。アスフィをして未知、知らない、知るわけがない。

 

アスフィの知識にあるミノタウロスとはあらゆる全てが違う。大気を振るわす産声も、常識外れな肉体強度も、何もかもが異常過ぎる。これが、迷宮の悪意だとでも言うのだろうか? そう思わざるを得ないほど、目の前の存在は異質過ぎた。

 

間違いなく、24階層で相対した『精霊の分身』以上の脅威。こんな化け物が生まれるなら主神をぶん殴ってでも巫山戯た見世物をやめさせるべきだったと深く後悔し、激しい動悸を抑えながらアスフィは漆黒の雄牛を見据える。震えそうになる手足を押さえつけ、アスフィは唇を強く噛み締めた。

 

武器を交えずともわかるあまりにも隔絶した力量差に鳴りそうになる歯を食い縛り、全神経を集中させて意識を研ぎ澄ませる。雄牛のもっとも目につく特徴、それは手にする人間大の刀身をもった漆黒の大剣だろう。

 

刀身の濡れたような黒い輝きは『天然の武器』とは思えないほどの美しさを感じさせる。第一級冒険者の持つ第一等級武装であるかの如き存在感を放つそれを見つめて、アスフィは思考を続ける。

 

都市最強(アル)の持つ黒竜剣(バルムンク)に極めて似ており、かの剣の素材として主神であるヘルメスがさる神から受け取った『隻眼の黒竜』の逆鱗と同質の気配を感じられる。

 

まるで黒竜剣(バルムンク)を参考にして作られたかのような一品であり、その推測は間違いとは言い切れない。仮にあの大剣が及ばずまでも黒竜剣(バルムンク)に近い性能を持っているならば、第三級冒険者など防具ごと両断されて終わりだ。

 

しかし、ミノタウロスの足元に横たわっている彼らにはまだ息があった。それどころか、この場にいるどの冒険者もまだ死んではいない。おそらく、漆黒の雄牛にとって彼らは敵としてすら認識されていないどころか、玩具を壊してしまうことを躊躇うように手加減しているのだ。彼らは継戦能力を失った時点で放置されており、命を奪われていない。すぐに処置を行えば死ぬことはないだろう。

 

逃げ道が塞がれてる以上、見捨てて逃げる選択肢すらない。それをアスフィよりも理解したエルフの戦士───リュー・リオンは静かに自身の持つ木刀と小太刀を構えた。

 

視界が澄んでいく。耳の奥で血管がドクンドクンと脈打つ音が聞こえる。全身の血流を感じ取り、指先まで熱を帯びていく感覚。身体が軽い。五感全てが冴え渡っていく。

 

ミノタウロスがリューを認識するよりも疾くリューは駆け出した。一歩踏み出すごとに加速していく。地面を踏み砕かんばかりの疾走で瞬く間に間合いを詰めると、ミノタウロスはその巨体からは想像できない速度で反応を見せた。

 

大剣を振りかぶったまま振り下ろす動作に入りかけた体勢で即座にリューの方へと向き直り、迎撃態勢を取る。その二者にやや遅れてアスフィはベルトから抜き出した飛針と爆炸薬を投擲した。風切り音を響かせて飛来する二つの物体にミノタウロスの反応は早かった。振り下ろしかけていた大剣を片手で持ち上げ、そのまま水平に薙ぎ払う。

 

漆黒の刃に触れ、飛針は粉々になり、爆炸薬の爆発によって生じた火の煙幕を隠れ蓑にして、既にリューはミノタウロスの背後に回っていた。『疾風』の名に恥じぬ高速挙動にミノタウロスは驚くべき反応を見せ、振り返らずに肘鉄を繰り出した。だが、その攻撃は虚しく空を切る。リューは既に攻撃の軌道から外れており、回避と同時にミノタウロスの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 

『────!!』

 

「ッ!!」

 

 蹴りを放ったリューの方が逆に痛みを感じるほどの強度。まるで分厚い金属板を蹴ったかのような反動に表情を歪める。ろくなダメージなど期待していない牽制の攻撃だったが、ミノタウロスは僅かにうなり声を上げただけで大剣を構えて反撃に転じようとする。下層どころか、深層の怪物をも軽く凌駕する肉体の頑強さにリューの怜悧な美貌に戦慄が浮かぶ。

 

一方、今のやり取りで初めて己に対抗しうる『敵』の出現を認識した漆黒の雄牛は吠え猛りながら大剣を振り上げた。リューは咄嵯に身を屈め、雄牛の足元を潜り抜けて背後へ回る。

 

しかし、ミノタウロスの剛脚は凄まじい速さで旋回し、リューを捉えようと薙ぎ払われる。地面を蹴り砕いてくるりと反転したリューの鼻先ギリギリを大剣が通り過ぎる。ほんの一瞬でも判断が遅れていたら真っ二つにされていただろう。

 

透明化に加え、飛行の魔道具を用いて戦いを俯瞰するアスフィが援護する隙間すら見いだせないほどの高速戦闘。第二級冒険者としては間違いなく最上位に位置する速力とスキルを交えた高速戦闘技術、そしてなによりも下手な第一級冒険者を上回る戦いの経験値に裏付けされた『疾風』の立ち回りはまさに卓越していた。

 

しかし、それでもミノタウロスの攻勢を凌ぐので精一杯だ。大剣の一撃は速く、重く、鋭い。少しでも気を抜いてしまえば次の瞬間には死んでいるだろう。リューは死の予感に背筋に冷たい汗を流しながらも必死に喰らいつく。そんなリューの肩に狙いを定めて漆黒の刃が叩きつけられる。振りかぶられる大剣に、リューは倒れた冒険者の武器であろう大太刀を拾い上げて防御を試みた。

 

───ギィン!! 硬質な音と共に火花を散らし、漆黒の大剣を受け止めた大太刀が半ばから折れる。衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされたリューの身体が宙を舞い、受け流し損ねた衝撃に意識が飛びかける。

 

空中で身を翻して着地したリューだったが、足に力が入らず膝をつく。たった一度の攻防で受けたダメージは深刻だった。全身に激痛が走り、視界の端に血が流れていく。

 

「~~~~~~~ッ!!」

 

 唇を噛み締め、歯を食い縛って立ち上がる。ミノタウロスの動きは速いが、立ち回り次第で埋められる差ではある。その動きにさえ慣れれば、攻撃を捌くことは可能だ。しかし、それでは根本的な解決にはならない。このまま続けていてもジリ貧だ。どうにかしなければ死ぬだけだ。ミノタウロスの鋼が如き肉体はただの打撃や斬撃では損傷を与えることなどできない。

 

唯一、リューが繰り出せる決定打は至近距離での砲撃魔法のみ。だが、リューの技量をもってしても圧倒的格上を相手とした高速戦闘のさなかに並行詠唱を行いつつ、正確に目標を撃ち抜くことなど不可能に近い。

 

そう考えている間にも豪砲のような拳の連打が降り注ぐ。紙一重でかわすも、掠めただけで骨まで軋む威力に表情を歪めるリュー。

 

風圧そのものが脅威と化した暴風のように振るわれる拳は、一発でも受ければその時点で終わりだ。直撃すれば即死は免れない。アスフィは何とか隙を見つけて狙撃を試みるが、その度にミノタウロスの反応速度がそれを阻んでくる。

 

戦慄とわずかばかりの恐怖心を振り切らんばかりにリューは果敢に立ち向かう。対して、ミノタウロスは戦いの愉悦に浸るように笑みを浮かべながらその大剣を引き絞った。

 

降り下ろされる一撃に対し、リューもまた腰を落とし、木刀を正眼に構える。直後、轟音を響かせて漆黒の刃が大地に突き刺さり、生えている水晶ともども無数の弾丸を弾き飛ばす。

 

「くっ!!」

 

 

「────ぐあッ?!」

 

 散弾の如く襲い来る水晶の破片に思わず顔を庇うリュー。砕けた破片の一つが左目の近くをかすめ、鮮血が舞う。神速の踏み込みから放たれた木刀の一閃によって残る弾丸を振り払う。だが、彼女の背後で水晶の破砕音と苦悶の声が上がった。

 

一撃一撃を凌ぐのに命をかけなければならない自分よりも未知数の魔道具を活用するアスフィを脅威と考えたのだとリューは理解する。致命傷は避けたのか、ぎこちない動きでホルスターからポーションを取り出して口にしているが血は止まらない。

 

だが、アスフィに構う余裕はリューにはない。ミノタウロスは次はお前だと言わんばかりにリューを見据えている。いまだ無傷に近いミノタウロスを相手に、リューは絶望的な気持ちを抱きながらも、それでも前へと進む。半身になり、腰を落とす。

 

ミノタウロスは大剣を振り上げ、再び突進してくる。そのタイミングに合わせてリューは素早くバックステップを踏む。ミノタウロスの攻撃を回避し、懐に飛び込むべく加速したリューの頬を大剣が通り過ぎていく。

 

たった一人でリューはミノタウロスに立ち向かう。

 

額からは玉のような汗を流し、息も荒い。一挙手一投足に全身全霊の力を込めて疾走する。相手の攻撃の瞬間だけ回避に徹し、それ以外の時間は攻撃に転じる。言ってみればそれだけの単純な行動だ。しかし、それがどれほど難しいことか。

 

常に死と隣り合わせの戦闘において、自分の全てをかけて敵の出方を読み、敵の行動に対する最善の選択を取る。一瞬でも判断が遅れれば次の瞬間には死んでいるだろう。

 

一撃でもまともに喰らえば即座に戦闘不能に陥る。そんな怪物相手にリューは互角の戦いを繰り広げていた。だが、それでもまだ足りない。このままではいずれ押し切られる。

 

逃げるわけにはいかない。アスフィが倒れた以上、Lv3がせいぜいであるリヴィラの街にこの雄牛に相対できる者はいない。自分の敏捷であれば自分一人は逃げ切れるだろうが、階層からの逃げ道がない以上は限度がある。なによりも、深層の怪物にも匹敵する雄牛が解き放たれたら虐殺が起きるだろう。その中にはアルの弟であり、シルの想い人であるあの少年も含まれるはずだ。

 

『静寂』と相対したときに匹敵する実力差。死を覚悟して、誰かのために己の限界を超えようと挑むその姿はまさしく『英雄』のそれだ。

 

死臭漂うダンジョンで幾度となく潜り抜けてきた死線。その中で培われた全てを絞り出し、研ぎ澄ませ、極限まで集中力を引き上げる。

 

その、次の瞬間。

 

─────閃光が疾走った。

 

『──ッ?! ヌッゥ』

 

 雄牛の肌から飛び散る鮮血。自らを殺し得る『敵』の出現に雄牛の眼が変わる。リューはおろか、雄牛ですら一切反応できなかった銀槍を伴った戦車の激進は雄牛にこの戦い初めての明確な傷を与えた。

 

「チッ、硬えな。『深層種(ブラック・ライノス)』の亜種か?」

 

「おい、雑魚どもに魔剣を揃えさせろ」

 

「『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』、『凶狼(ヴァナルガンド)』───ッ!!」

 

 冒険者の最高位。英雄の都市、オラリオが誇る第一級冒険者がそこにはいた。






【一方その頃、地上への帰宅中】

アル「(あー、いつ抜け出してやろうかな…)」

アミッド「(#^^#)」ビキビキ

アル「クゥーン」


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四十二話 漆黒の雄牛


アルは個人的に好きじゃない(フレイヤとか)のとベルヒロイン(リリや春姫)を除いたほとんどのネームドキャラに粉かけてます。

曇らせ対象には女性キャラが多いですが、むさいおっさんでもチャンスがあったら好感度稼いでおきます(例、ボールズ)

他にもベルの成長に必要な敵キャラとかは曇らせ対象から除外されます。



 

 

 

 

 

 

 

「···········?」

 

 上層、第8階層。数時間前に18階層を出立した【ロキ・ファミリア】は中層を抜けて地上へ向かっていた。

 

後続隊の露払いのために先行するフィンを筆頭とした第一級冒険者達とレフィーヤ達、第二級冒険者で構成された先遣隊。その中で先頭を走っていたアイズは足に伝わる震動にダンジョンの床を見下ろした。

 

「なんでしょうか…………?」

 

「ダンジョンが、揺れてる?」

 

 レフィーヤやティオナ達も気付き、首を傾げながら下を見下ろす。高レベルの上級冒険者として常人と比にもならぬほど感覚が鋭い彼女達は、その小さな振動を敏感に感じ取っていた。

 

都市最大派閥の精鋭である彼らはこのような身に覚えのないことはおおかたダンジョンにおける最たる死因である異常事態につながる前触れだと知っている。そのためすぐに上層に入ったことで弛緩していた空気を張り詰めさせる。

 

「団長……………」

 

「…………地上への帰還を優先する、部隊はこのまま進める。ん………そうだね、クルス、ナルディと一緒にリヴェリア達後続隊の様子を見てきてくれ」

 

「はいっ!」

 

 下部の階層からと思われる振動に嫌な予感を覚えつつも、フィンは指示を出す。先行隊には他にもレベル4の冒険者が数人含まれていた。そのうちの二人を指名して後続隊へと向かわせる。

 

モンスターまでもその揺れに驚いているのか、あるいは何かを察してか、モンスター達が姿を現さない。次第に収まりつつある揺れに戸惑いつつも進行を再開させる。

 

一行はなにがあっても即応できるよう、気を張り巡らせていたものの何事もなく地上への出口が見えてきた。

 

しかし、ただ一人、誰よりも秀でた五感と直感を持つ男だけが下より響く『雷鳴』が如き、雄牛の嘶きに気がついていた。

 

「(ゴライアスにしては········牛?)いや、まさかな·····」

 

「どうしたの?」

 

 男のつぶやきにアイズが不思議そうな顔で反応する。よくよく見ればアイズ以外の者達も最強を誇る男の怪訝な態度に先の死闘もあってか不安そうな表情を浮かべている。

 

「…………や、なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

剣を振るうまでもない、ただただ純然たる身体能力を無作為に振り回すだけの攻撃。殴る、蹴る、投げる……ただそれだけで紙屑のように相手は吹き飛んでいく。悲鳴も上げずに血飛沫を上げて地面に倒れていく冒険者たち。それを何の感慨もなく見つめながら、雄牛は淡々と作業的に冒険者たちを無力化していく。

 

「う、うわぁああああああああああ!!」

 

 自分に到底勝てぬと悟った冒険者たちは武器すら投げ捨てて我先にとわき目もゆらずに逃げ出す。もはや、追う意味もありはしないが逃げ惑う冒険者を追い越すように駆け出し、すれ違いざまに腕を振って殴りつけ無力化していく。

 

戦いはおろか、狩りとすらいえない一方的極まる虚しい蹂躙。

 

だが────。

 

「────」

 

 

 風のような捷さで迫ってくるエルフの戦士。強い、いや巧い。腕力も耐久も自らとは比較にならない華奢な身でありながらその膨大な実戦経験で培われてきた技量によって果敢に攻め立ててくる。

 

風のような捷さと嵐のような苛烈さでもって襲い来る無数の斬撃。それらを掻い潜りつつ反撃の機会を窺うが、こちらの攻撃の間隙を縫うようにして繰り出されるエルフの戦士の鋭い剣戟をかわしきれずに頬や胴を浅く裂かれてしまう。

 

なによりも驚嘆すべきはその技巧だ。こちらが動きをまるで読めないのに対してあちらはこちらの一挙手一投足を見据えた上でどう動くかを予測した上での最適な間合いを保ち続けている。

 

突出する速さですら自分の方が勝っているにもかかわらずその自分にはない技量でもって追いすがり、時にはこちらを上回る加速をもって先回りして仕掛けてくる。

 

『前』の自分であれば到底勝てぬであろう、達人。だが、この身は今や母たるダンジョンの加護を一身に受け以前とは比較にもならぬ高みへと至っている。

 

いっそ、虚しくなるほどの強さ。今の自分を殺せるのはかつて恐怖を抱いた『武人』か自らと好敵手の戦いを見届けた『英雄』くらいのものだろうか。

 

そう考えた我が身を銀の閃光が引き裂き、血潮を溢れさせる。

 

···········認めよう、驕っていた。自らの身体を滴る血潮の熱さに酔いが覚める。先程までの自分は与えられた力に酔っていた。世界は広い、よもやこれほどの使い手にさっそく巡り会えるとは何たる僥倖。

 

眼前の二者は再誕した自分を殺し得る強敵だ。

 

 

 

 

 

 

リヴィラの街を拠点とする幾多の上級冒険者達は雄牛から離れた丘に即席の拠点を作り上げ、街からかき集めてきた大量の武具やポーションなどの消耗品を惜しまずに分配していく。その光景はまさに戦場のそれであり、彼らの表情には一片の緩みもない。

 

緊張や恐怖以上に戦意が勝っているその様は彼らがオラリオでもごく少ないランクアップを果たした強者だからこそであろう。貴重品である魔剣すら惜しまずに分配されたその編成はリヴィラの街の総戦力であり、派閥は違えど軍隊がごとき数の上級冒険者が並び立つさまは壮観ですらあった。

 

「おい、てめぇら! 第一級の連中ばかりにデケえ顔させてんじゃねぇ! ここは俺らの街だ!!」  

 

 その中で中央に立つ男が皆を鼓舞するかのように、あるいは自らを奮い立たせるかのように声を上げる。一団を指揮する彼はリヴィラの街の顔役である眼帯をしている大柄のヒューマン、ボールズ・エルダーだった。その一団にはオラリオでも限られるLv3の第二級冒険者すらいる。

 

「前衛は美神と道化師の奴等に任せて俺らは露払いと後衛だ! 魔剣持ちと魔導師はいつでも撃てるようにしとけぇ!!」

 

 同じパーティでもファミリアでもない彼らは端から連携など期待していない。互いに邪魔だけはしないようにある程度離れつつも陣形を組み上げていく。先んじてベートの指示で集められた魔剣使いはアスフィに指揮されて随所随所での支援を行っている。

 

雄牛のステイタスはどう見積もっても第一級以上、最大で第二級冒険者しかいない彼らたちは雄牛を相手に前衛は務められない。それは雄牛が産まれてすぐに蹴散らされた冒険者たちが証明している。

 

故に前衛職のものは第一級冒険者の戦いに横槍を入れられないように階層中から集まりつつあるモンスターの各個撃破にし、魔導師と魔剣使いは遠距離からの魔法攻撃によって支援を行うことになった。

 

『魔導』の発展アビリティを発現させたレベル2以上の上級魔導士達がそれぞれの杖を構えて詠唱を開始する。生まれながらのマジックユーザーであるエルフの魔導士を筆頭に砲撃魔法のための長文詠唱が開始される。各々が使える最強の魔法を放つべく魔力を練り上げて色も形もサイズも違う魔法円が次々と構築されていき、強力な攻撃魔法の発射装置として完成されていく。

 

「バケモンを相手すんのは初めてじゃねぇだろ!! あん時とは違って戦力は揃ってる、勝てるぞ!!」

 

 三年前、インターバルの最中であるにも関わらず発生し、リヴィラの街に階層主ゴライアスが攻め込んできた事件があった。そのゴライアスは通常のゴライアスとは違い体色が黒く、その力は本来の適正レベルを上回るLv5相当で最大でLv3しかいないリヴィラの町の冒険者は全滅するかと思われた。しかし当時、Lv4とLv3であったアイズとアルの二人が中心となり討ち取ったのだ

 

過去の死闘を生き残ったベテラン達の士気は極めて高い。

 

その戦いでリヴィラの街にいた最高戦力はいまだLv4であった『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインとLv3の『剣鬼』アル・クラネル、たった一人のLv4とLv4相当の戦餓鬼を除けばその時居た第二級冒険者は十人にも満たなかった。

 

あのときに比べれば今は第一級の二人に加えて『万能者』を始めとしたLv4、皮肉にもあの戦いでランクアップしてLv3へ至った幾人もの冒険者達、そして────。

 

「何より俺達にはあの『剣聖』の弟でLv1でありながらミノタウロスをブチ殺した『兎狼』ベル・クラネルがついてるッッ!!」

 

『『『うおおおおおおおおおおおお──ッ!!』』』

 

「えぇ··········」

 

 過去の死闘以来、アイズとアルを英雄視する中堅冒険者達は多い。当人はいなくともアルの弟であり、Lv1でのミノタウロスの討伐という上級冒険者の彼らをして目を剥くような偉業をなしたベル。

 

相手がミノタウロスのような見てくれであることも含めてベルの存在は、冒険者達の士気を限界以上に高めていた。当人のベルは自分よりも遥かに屈強なベテラン冒険者達に囲まれて状況を飲み込めていないのか、ただ困惑していた。

 

もっとも、声を上げるボールズ自身、本当にベルが活躍するとは考えていない。いくらあの『剣鬼』の弟とはいってもLv2、砲撃魔法を使えない以上は戦力にはならない。あくまでも冒険者達の士気をより上げるための出汁にしたにすぎない。

 

十分に士気が高まったことを肌で感じたボールズは再度、号令をかけようと息を吸い込み────。

 

───その時、ダンジョンに「津波」が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレンの銀槍とベートの銀靴によって傷を負わされ、その動きを止めていたはずの雄牛の身体から湯気、あるいは光の粒子のようなものが上がっていく。赤い光の粒子が傷を負った体皮の表面を覆うように集まってみるみるうちに塞いでいった。やがて光が消える頃にはそこにはもう傷一つない雄牛の姿があった。

 

「チッ………」

 

 時を巻き戻したかのように元通りになった雄牛が再び突進する体勢をとる。それを見たアレンは思わず舌打ちをする。

 

「魔力を燃焼させて、治癒能力を·········」

 

 天蓋の照明水晶を失って薄暗くなった中、雄牛の身体に微かに残る赤い粒子の燐光が照らす周囲にアスフィの畏怖に満ちた呟き声が響く。湯気のように立ち昇る光の粒子の正体は燃えた魔力だった。

 

並みのモンスターではありえない深層の階層主にすら匹敵しうる莫大な魔力を燃焼させ、自らの傷を癒すという常軌を逸した力技を目の当たりにして、アスフィも流石に戦慄を隠せない。しかし、そんなアスフィとは対照的に、ベートは冷静さを保っていた。

 

「めんどくせぇ、あの怪物女と同じかよ」

 

 ベートの脳内によぎるのは59階層で死闘を行った赤髪の怪人レヴィス。それに切り飛ばされた腕すらまたたく間に再生する怪人とは違って雄牛のそれはあくまでも自己治癒力の範疇。欠損を癒せるほどではない。

 

「なら、再生する暇もねぇ速度で轢き潰すだけだ───」

 

 瞬間、アレンは再び閃光と化す。アレン・フローメルの強みは敵対者に反応すら許さない神がかった速さ。ただ敏捷のみに特化したステイタスはスキルの後押しもあって【エアリエル】の風を纏ったアイズ以上の速度をアレンにもたらし、そんなアレンの姿を捉えることはたとえ第一級冒険者であってももはや不可能に近い。

 

そして同じように速さに秀でたステイタスを誇るベートも半歩遅れながら雄牛へと肉薄し、その極厚の肉体に銀靴の一撃を叩き込まんとする。銀槍と銀靴の交差、絶望的なまでに相性の悪い二人ではあるが酷似した戦い方の二人は即興でありながら完璧に近い連携を見せる。アレンの雷光のような速さをベートが補うことで互いの長所を最大限に活かす、神速の立ち回り。

 

深層の怪物を優に超える雄牛の圧倒的な怪力でもって大剣を振り下ろされるよりも速く、ベートの銀靴がその巨躯を激しく打ち付けていく。しかし、それでもなお、雄牛の動きを止めるには至らない。漆黒の大刃が振り下ろされ、その衝撃の余波だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばし、地面を深く陥没させる。

 

直撃すれば第一級冒険者であっても間違いなく致命傷を負うであろう斬撃を前にしてもベートは表情を変えずに次の攻撃へと移っていた。雄牛の攻撃を紙一重で避けつつ懐に飛び込んだベートは雄牛の腕の上を駆け上がり、頭部まで一気に跳躍すると渾身の蹴りを放つ。

 

首筋を捉えたベートの蹴りに対して雄牛は大地を砕く踏み込みと同時に、握られた大剣の柄頭がそのままアレンとベートをまとめて吹き飛ばさんとする大砲のように突き出された。

 

だが──当たらない。

 

「遅え」

 

 槍の石突を脚の代わりにしたアレンは軽やかに宙返りをしながら着地し、ベートは雄牛の拳を避けた後、即座に後方へ飛び退く。破城鎚が如き破壊力を秘めた拳砲は空を切って逆に銀槍の煌めきが雄牛の肉体を痛めつけんと閃く。

 

回避に回避を重ねながらも確実にダメージを与え続けるアレン達に対して雄牛の攻撃はアレンにも、ベートにも一切当たっていないもののその度に迷宮の床を破壊し、あたりの青水晶を粉砕していく。数えきれない死線と修羅場を潜り抜けてきた二人は既にこの程度のことで動じることはない。

 

雄牛のステイタスはどう見積もっても自分達以上、唯一敏速のみが勝っている現状で無理に攻めるのは自殺行為。数の利と捷さを活かした戦い方で少しずつ追い詰めていくしかない。そんな二人の思惑とは裏腹に、雄牛の体力を削っていくのに比例して雄牛の放つ殺気もより苛烈なものになってくる。まるで獲物を逃がさぬよう包囲しているかのような圧迫感が二人を襲う。

 

圧倒しているはずの二人は戦慄とともに既視感を覚えていた。

 

再生すら追いつかぬ速度で攻撃を重ねているにも関わらず、要塞がごとき重厚さをみせる肉体は血に濡れながらも揺るがない。それどころかより濃い闘気を漂わせるその姿にベートはアルを、アレンはオッタルを想起する。

 

英雄ならざる者には決して踏み込むことのできない神速の攻防が繰り広げられる中、間隙を縫って【フロスヴィルト】に火の魔剣を装填したベートが爆炎を宿したメタルブーツを横薙ぎに振るう。凄まじい熱量を孕んだ紅蓮の火焔が雄牛の巨体を包み込んでいく。ベートは更に加速し、火炎の波濤を雄牛の巨体に叩きつける。

 

漆黒の肌を焼き焦がし、肉を炭化させていくも雄牛はその程度で止まるような存在ではなかった。灼熱の業火に包まれながら、雄牛の身体から粒子が立ち昇り、傷口が再生されていく。それでもとまらずに再生が追いつかない速度でもって炎撃が雄牛を襲い続ける。

 

────勝てる、確信があった。いかにこのモンスターがアルに、オッタルに匹敵するステイタスを持っていたとしてもあくまでもモンスター。戦士ではないモンスターにそのステイタスを十全に発揮できる技量も理知もない。

 

仮にこのモンスターに赤髪の怪人──レヴィス程の技量があればLv6二人では抑えられなかったであろう。しかし、このモンスターのようにどれだけ優れたステイタスを持っていても力尽くで振り回しているだけでは熟練の二人には到底届かない。

 

そして後衛を務めるアスフィやリヴィラの冒険者の働きも大きかった。雄牛の足元へアスフィが粘着性の薬品などを投げつけ、冒険者達は攻防の合間合間に遠目から速射可能な魔剣の砲撃を浴びせる。

 

どちらもさしたる効果があるわけではない、特に後者はLv7相当の耐久とそれに見合った魔法耐性を持つ雄牛からすればかすり傷になるかも怪しい、ほんの一瞬動きが鈍る程度。だが、その一瞬を技量で、捷さで勝る二人が見逃すわけもない。

 

その不利を悟ったのか雄牛の動きが変わる。アレン達に対し───いや後方にいるアスフィ達も含め、その巨大な大剣を唐竹に頭上高く振り上げた。防御の全てを捨てた構えに魔剣の砲撃がぶつけられるが小動もしない。

 

そして雄牛は握り締められた大剣を、足もとへと振り下ろす。

 

 

 

────草原が、迷宮の大地が割けた。

 

大地を砕く轟音と共に地面が隆起し、大剣の刃は大地の裂け目をなぞるように走る。衝撃波と振動波によって冒険者、モンスター問わずあらゆる者たちが吹き飛ばされ、アレン達は咄嵯に跳躍することで辛うじて避けたものの足場を失い、体勢が崩れてしまう。

 

とどまることを知らない破壊の津波は離れた冒険者たちの本陣を直撃し、吞み込んでいく。

 

砂煙が晴れた先に見えたのは、崩壊した壁面、破砕した青水晶、瓦礫に埋まった負傷者。かろうじて立ちあがろうとしている者たちは数える程しかいない。

 

たったの一撃で死屍累々の惨状を作り出した雄牛は、ゆっくりと歩を進める。






シルとアミッド次第ではここにオッタルとアルもいたという事実


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四十三話 ほら、レヴィスちゃんと一緒に殺しに来いよ、もうお前だけが頼りなんだよ…………!!




書籍アストレア・レコードで闇派閥の精神破綻エルフ(7年前の時点でLv5)とかいう好き好き要素てんこ盛りなキャラが出てきてビビった。




 

 

 

 

 

地上への螺旋階段を上がってゆく。【ロキ・ファミリア】の面々がひさしぶりの地上に出ると紅い夕焼け空が広がっていた。半月ぶりの地上に感慨を覚え、風を浴びるアイズ達。

 

「夕焼け········」

 

「遠征の帰りは、いつ見ても眩しいわね」

 

 死線を乗り越えて生還した冒険者の目にひさしぶりの太陽はとてもまぶしく映った。ティオネも目を細めて黄昏れ、真っ赤な西日に染まる都市を見てレフィーヤは感動に浸って涙ぐんでいた。

 

いつも見ていたはずの景色なのにどこか違って見え、斜陽に照らされるオラリオの街並みに心を奪われる彼女達。バベルの下の中央広場まで歩くと後続隊のガレスたちが来るまで少し待つことになった。おおよそ三十分後に到着した彼らと合流した【ロキ・ファミリア】の一行は周囲からの視線を一斉に浴びることになった。

 

オラリオの外にまでその勇名を轟かせる都市最大派閥であり、主神であるロキの趣向もあって美男美女ばかりで構成された【ロキ・ファミリア】の団員達は男女問わず人目を引く存在だ。英雄譚に登場する勇者のような容姿をした団長フィンを筆頭に、エルフの王族として女神にも勝る美貌を持つリヴェリアなど都市中の憧れを一身に集める存在である彼らが帰還するとなれば注目が集まるのも当然のことだった。

 

────都市最高の戦力と美形ぞろいの眷属を揃えた都市()()派閥である【フレイヤ・ファミリア】の場合はそこに怖いもの見たさも含まれてしまうのだが…………。

 

それはともかく、都市最強の冒険者集団は周囲の視線には慣れているのか気にせず中央広場の噴水前に移動した。そして全員が揃ったところでフィンが口を開く。

 

「ベートはまだ、18階層に?」

 

「ああ、何でも『野暮用』ができたそうだ」

 

 フィンの問いにリヴェリアが答える。ベートが弟子であるベル達と18階層にとどまっており、後続隊と彼等が一緒に帰還してこなかったことを少し心配に思いつつもベートであれば問題ないだろうと納得する。

 

メインストリートから伸びるいくつにも分かれた道を進む。大通りでは多くの商店や屋台が立ち並び、夕食時ということもあり様々な料理の良い香りが鼻腔をくすぐる。道行く人々はそんな賑やかな光景の中を行き交い、爛漫とした声が絶えない。

 

少なくない戦利品を積んだカーゴ車を引きながら大通りを凱旋するアイズ達に一般市民の誰もが目を奪われていた。夕暮れ時の大通りを歩く見目麗しい冒険者たちは多くの人々の心を惹きつけて止まず、彼女たちの美しさに思わず見惚れてしまう者もいれば、大きな歓声を上げる者もいた。

 

市民たちの反応に対してティオネは興味無さそうにしつつも嬉しそうな表情を浮かべており、ティオナは楽しげに手を振り返す。ガレスやリヴェリアも手を振ったりしてファンサービスに努める程度だったがレフィーヤなどは顔を赤くしてややうつむき加減で歩いていた。注目されることに未だ慣れていない彼女は気恥ずかしさに頬を染めて、時折ちらりと周囲を窺うように顔を上げてはまたすぐに俯くという動作を繰り返している。

 

そんな一行の中でも一際、視線を集めているのはアイズとアルであった。長い金色の髪に透けるような白い肌、整った顔立ちに華奢な肢体、まさに精霊のように可憐な少女と雪のように白い髪に血のように紅い瞳の青年の姿は多くの人々の注目を集めずにはいられない。二人を見かけた人々は男女を問わず足を止めてその美しい姿に見入ってしまう。

 

だが、当人達はまったく意に介していないのか周囲の様子を気にせずに歩き続ける。特にアルはいつも通りの涼し気な態度であり、アイズも普段通りだった。やがて大通りを抜け、北の区画へ抜ける路地へと入る。そこから更に進むと尖塔がいくつも重なって見える邸宅が見えてきた。

 

「やっと帰ってきた········」

 

 他でもない【ロキ・ファミリア】の拠点である屋敷を前にティオナが安堵の声を漏らす。ようやく帰って来たのだという実感を得て、ティオネたちもほっと息をつく。周りの建物に比べてもひと回り以上大きい館、『黄昏の館』の前でティオネたちは足を止める。

 

「今、帰った。門を開けてくれ」

 

 居残り組の門番である男女二人に話しかけると彼らは破顔しながら敬礼をして正門の扉を開ける。

 

「────お帰りぃいいいいぃいいいいぃいいっ!!」

 

 門が開いた瞬間、その向こう側から飛び出してくる人影があった。その人物は勢いよく飛びつくようにして男性陣には目をくれずに女性陣を抱き締めようとまっしぐらに突っ込んでくる。

 

「みんな大丈夫やったかーっ!! 感動の再会やぁッ!! うおおおおおおおおお!!」

 

 朱色の髪の女神、ロキはその勢いのまま跳んで抱きつこうとしたが、アイズ、ティオナ、ティオネ、リヴェリアはそれをひらりとかわし、レフィーヤは驚きながらもなんとか受け止めてそのまま流れるように投げ飛ばす。

 

「はぁ·······つ、強くなったなぁ、レフィーヤぁ。 見違えたでぇ········」

 

 そのまま地面に激突したロキはのたうち回るように転がり、涙目になりながら起き上がる。【ロキ・ファミリア】の主神である彼女はエロ親父のような性格をしており、眷属達──おもに女性陣──とのスキンシップを何より大切にしているのだ。だからこうしてたまに暴走してしまう。

 

そんな彼女に対してアイズ達は慣れた様子で軽くあしらう。これが【ロキ・ファミリア】の日常風景でもあった。

 

「ロキ、今回も犠牲者はなしだ。 収穫もあった。積もる話は色々あるけれど·······そのまま聞くかい?」

 

 フィンが苦笑しつつ問いかける。

 

「んんぅー、そうやなぁ······。じゃあ、まずは!!」

 

「溜まっとる問題は山ほどあるんやけど、取りあえず、今は········」

 

 そこで言葉を区切った彼女はニカッと笑い、両手を広げる。フィン、リヴェリア、ガレス、アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ラウル達の顔を見回す。

 

「おかえりぃ、みんな」

 

 居残り組の面々も諸手を上げる。そんな彼女らに、アイズたちもまた笑顔で返した。

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

「────ところで、アルはどこいるん?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「······良かったのか? 館へ帰らずに?」

 

「あのまま帰ったら【ディアンケヒトファミリア】行きは確実だからな」

 

 館へ帰る一団から無駄に高い隱密技術を用いて誰にも気づかれずに離れたアルと【ロキファミリア】と同じくして地上へ戻ったフィルヴィスの二人は夕暮れに染まる路地裏を歩いていた。紅い空が藍色に変わりつつある中、ひさしぶりに見る地上の光景を見回しながら歩くアルにフィルヴィスが問いかけたのだ。その問いに苦笑するアルにフィルヴィスは少しだけ意外そうな表情を浮かべるも、すぐにいつもの不機嫌そうな無表情に戻る。

 

壁に寄りかかって「後でリヴェリアに大目玉を食らうだろうが、俺はアミッドの方が怖い」とつぶやくアルはアルの視界から逃れようとするフィルヴィスの退路を塞ぐように立ち止まる。

 

「何か、俺に話があったんだろう? テントでは結局、話さずに逃げたが」

 

「いや、逃げたわけじゃ·········」

 

 レフィーヤと共に見舞い?に来た際は挨拶して早々逃げ出し、遠征から帰る一団に同行していたフィルヴィスはアル以外ですら気づくほどに帰宅中、アルばかりをチラチラと見ていて落ち着きがなかった。ダンジョン内でそれを問い詰めるわけにもいかず、地上に戻ってすぐにフィルヴィスを連行したのだ。

 

「なんか聞きたげだったが、何が聞きたいんだ?」

 

「········お前は死ぬのが怖くないのか?」

 

 そして今に至るのだが、どうも歯切れの悪いフィルヴィスにアルは溜息をつく。そんなアルを見てビクリと震えるフィルヴィスだが、意を決したように口を開いた。

 

俯いていた顔を上げ、アルと同じ色の瞳を持ったエルフの顔はアルに対する引け目のようなものに覆われている。何を急に、と目を丸くするアルに胸ぐらをつかみそうなほどの剣幕でフィルヴィスは迫る。

 

「前から、前からそうだお前はッ!! 『死妖精』と言われる私と軽々しくパーティを組んだかと思えばなんなんだ?! あの戦い方はッ!!」

 

「パーティを組んだばかりの私を平気で庇う、負傷したパーティを逃がすために階層主に一人で突貫する、両手がグシャグシャになっても眉をひそめるだけッ!!」

 

「お前、頭おかしいんじゃないのかッ??!!」

 

 フィルヴィスだけでなく、【ロキファミリア】の幹部陣大多数が抱いている気持ち。たしかに、死を恐れずに戦える冒険者はいる。むしろ、死を前に恐怖を切り離すのは優れた冒険者の資質とさえ言えるかもしれない。

 

アイズやヒリュテ姉妹などがその代表例だろう。だが、アルのそれは常軌を逸している。時として冒険者は自らの命を天秤に乗せることはあるが、それにしても限度があるはずなのだ。しかし、目の前の男はそれを全く気にしていない。まるでそれが当然であるかのように命を賭けて戦う。

 

眷属の中で最も才能に愛され、数多の屍の山を築き上げてきた様から当時十二歳という幼さでありながら神々より『剣鬼』という二つ名を与えられたアルが潜り抜けてきた死線は他の冒険者の比ではないはずだ。

 

強化種、闇派閥、都市最強、階層主、古代の神獣。いかなる危機を前にしても一切揺るがない戦意と、それを支える異常なまでの胆力。自罰的とすら言える戦いに身を置く姿は死に急いでいるとしか言えない。

 

フィルヴィスにはアルの考えていることが分からなかった。なぜそこまで出来るのか、恐れを感じていないのか、それどころか自ら進んで死地へと飛び込んでいくような戦い方が出来るのか。

 

理解出来なかった。

 

一年ほどパーティを組み、あるいはアイズ達以上にアルの戦いを見てきたフィルヴィスであるからこそ余計に分からないのだ。

 

「今回もッ!!·········ああ、今回もそうだ、胸に大穴を開けられてリヴェリア様の魔法ですらどうしようもできない猛毒を流し込まれたんだろう。いくら助かったとはいえ、なぜそこまで平然としていられる?! なぜ、戦い続けるんだ?!」

 

 悲痛に顔を歪めながら叫ぶその目には涙すら浮かんでいた。まるで糾弾と自らの罪の告白を同時に行っているかのような様だ。アルは何も言わず、ただ黙って聞いていた。普段の態度からは想像出来ないほどに感情的なフィルヴィスの姿はどこか危うげで脆く見える。

 

 「どうして、戦うのをやめてくれないんだ······」

 

 嘆願しているようにも見える彼女は「そうすれば、私は······」と呟いてからハッとしたように乱暴に顔を拭って、静止するアルを振り切って走り去る。

 

 

 

 

「······『剣姫』、なのか? お前が戦う理由は?」

 

 追おうと思えばそのステイタスの差から確実に追いつけるアルだったが、去り際のそんな言葉に驚いたかのようにそこから動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒャッッハアアァァ──!! がまんできねェ!! 曇らせだァァッ!!

 

いつでもどこでもこんな簡単に曇ってくれるとか…………マジ最高っすわ! !

 

59階層での失敗で負った心の傷が癒えていくぅ…………。

 

あー、にしてもあの剣幕のまま『私の正体は怪人なんだッ!!』とか言い出すんじゃないかってヒヤヒヤしたぜェ!!

 

そら、いつかはネタバラシしてもらうけど、今じゃないよな。今、戦っても分身状態じゃあ殺す、殺される以前の問題だしな。

 

で、死ぬのが怖くないのか、だって?

 

いや······そのために強くなったというか、俺の行動原理の全てはそこに集約すると言いますか·······。

 

毒食らったって言ってもその場で死ななかった時点で『ああ、どうせ死なないんでしょ。アミッドさんマジ困る』って察してたし······。

 

お前が派手に殺してくれたら戦うの止めるよ? ほら、レヴィスちゃんと一緒に殺しに来いよ、もうお前だけが頼りなんだよ············!!

 

 

 

 

 

·········え? アイズ?

 

なわけ無いじゃん、何言ってんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







フィルヴィス「······『剣姫』、なのか? 」

アル「(*´Д`)ハァハァ………え?なんて?」



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四十四話 「再戦を」




はやくアストレアレコードの続き読みたい………


 

 

 

 

 

遥か先にいる冒険者たちの陣営を瓦解させるほどの大衝撃を至近距離で受けたアレンとベートは、弾丸のように飛び散った瓦礫と無理な回避行動による自壊によって全身を血で濡らしている。

 

どちらも敏速に特化したステイタス故に同レベルの前衛に比べて耐久が低い。無論、Lv6である以上積み立てられたステイタスは第二級以下とは比較にもならないが、相手は怪人レヴィス以上の剛力を誇る生粋のモンスターだ。

 

一撃が掠っただけで致命傷になりかねないだけの肉体の差がある。

 

「ふざけんじゃねぇッッ!!」

 

 傷も痛みも置き去りにした憤怒に身を任せたアレンが爆発的な加速を以て、再び突貫する。獣の本能に突き動かされたようなその動きは銀槍の穂先が描く軌跡さえ見えないほど速い。 

怒りを力に換えたアレンはそれこそ怪物じみた速度で肉薄し、振り下ろされた拳を紙一重で回避するとすれ違いざまに渾身の一撃を放つ。

 

瞬間移動と見紛うばかりの速度から放たれる、風を切る音すら置き去りにする怒濤の神速の連撃。神がかった技術が織り混ぜられた銀槍と銀靴の猛攻による銀光の雨。まるで鋼の塊でも殴っているかのような手応えを感じながらも怯まずに追撃を加えていく。

 

硬い表皮や筋肉に覆われている雄牛の巨体とはいえ、流石にこの連続攻撃には耐え切れないのか苦悶の声を上げて後退していく。

 

『ヴゥヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 黒き猛牛も怯むことな反撃に転じてくる。真っ向から振るわれる連撃に対してカウンター気味に打ち出される巨大な右拳。砲弾じみた威力を持つそれを前にして、一向に止まらない二人は逆に踏み込んでいく。

 

それを証明するように銀光の軌跡を描く銀の長槍が、赤銀の残像を残す銀靴が今までよりも更に速く激しく回転を始める。

 

それはまさしく嵐のような荒々しさであり、雷のような迅さだった。研ぎ澄まされていく意識の中で世界の流れが遅くなっていく。

 

「ガアッ!!」

 

 雄牛の一撃を紙一重で回避したベートはその勢いのまま身体を回転させて銀靴を雄牛の顔面に叩き込む。凄まじい衝撃と共に炸裂した銀靴に込められている魔力が烈火となって荒れ狂い、大地に亀裂を走らせる。

 

必殺の一撃を見舞ったはずのベートは吊り上がった瞳を見開き、信じられないモノを見たかのように表情を引き攣らせる。

 

階層主はおろか、かの赤髪の怪人であろうとも確実に粉砕できるだけの威力を込めた一撃であったはずだった。だが、それでも雄牛は倒れない。全身から鮮血を流しながらも戦意は全く衰えず、むしろ一層燃え上がっているように見える。

 

冒険者ではどうやっても手に入れることのできないモンスター特有の強靭過ぎる耐久力と生命力を前にして、ベートは唇の端を戦慄に歪める。

 

蹴りを打ち込んだベートの足の方を苛立たしげに見つめると、雄牛は丸太のような太い腕を振り下ろす。

 

轟ッ!! という豪風を巻き起こしながら迫る鉄槌を前にベートは舌打ちしつつも咄嵯に身を捻って回避行動に移る。

 

咄嗟に雄牛から離れたベートの代わりに閃光が走る。銀光が煌めいたかと思った次の瞬間、迷宮の地面が大きく陥没し、地響きが起こる。アレンが渾身の力を込めて放った一撃は、巨人の鉄槌に匹敵する破壊力を発揮していた。

 

しかし、そんな規格外の破壊力を持った一撃を受けてなお、雄牛は健在だった。ベートの攻撃によって負わされた傷は既に塞がりつつあり、雄牛は二人を見下ろすと、再び両腕を大きく広げながら突進してくる。

 

同時に第一級冒険者二人を相手にしても全く引けを取らない怪物相手に、アレンもベートも畏怖を隠せない。大気を震わせる『怪物』の叫び声に気圧されそうになりながらも二人は体勢を立て直すために距離を取る。

 

びりびりと肌を突き刺す威圧感と殺気、そして圧倒的な存在感を放つ怪物。不屈の意志と闘争心を併せ持つモンスターの姿に舌打ちしながらもアレンとベートは、再び武器を構え直す。

 

いくら二人がLv6の冒険者といえども体力や精神力は有限だ。階層主を相手取っているかのような濃密な死線を潜り抜け続ければ消耗するのは必然である。

 

なによりも驚くべきは少しずつではあるが両者の動きに適応しつつあるということ。まるで知性があるかのような『駆け引き』と『技量』、どちらもベテランたる二人には及ばないもののこのステイタスでもって振るわれればそれは大きな武器となるだろう。

 

恐るべき成長に二人は確信する、ここで倒さねば手に負えなくなると。

 

だが、そんな二人の危惧すらも怪物の成長性が凌駕する。

 

『ゥ、ヴオオオオオオ──ッ!!』

 

 漆黒の大振り。希少金属の柱すら分断するであろう破壊力を秘めた一撃だが、そのような大振りがベートに当たるはずもなく────余裕を持って躱せるはずだった一撃は、ベートの眼前でピタリと止まる。

 

「(何を───まさか、フェイント?)」

 

 ベートの身体に漆黒の剛撃が直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊の津波から間一髪逃れたアスフィはその一分にも満たぬ攻防を見ていた。

 

ダンジョンそのものを破砕させるほどの一撃によってベートという戦力を失った戦いは長くは続かなかった。リューではベートの代わりは務められない。そしてアレン一人で相手できるほど易しい相手でもない。

 

いくら速くとも一人では捕捉されてしまう。敏速に秀でた二人だからこそ翻弄できていたのだ。ベートに引き続き、アレンも漆黒の剛撃を受けてしまった。

 

無論、ただでやられる二人ではない。雄牛は全身に浅くない手傷を負っており、中でも最後の攻防でそれぞれを沈める際にカウンター気味に受けた二つの攻撃は、雄牛の肉体をこれ以上ないほどに苛んでいる。

 

守りを捨て、捨て身になったからこその勝利だったがその代償は大きく、魔力の燃焼による自己再生すらも覚束ない重体。だが、その状態であっても雄牛から戦意は失われてない。

 

彼の目には彼の一撃によって作られた瓦礫の中から立ち上がる白髪の少年の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ·····」

 

 突如襲ってきた破壊の津波は上級冒険者たちの陣形を容易く崩し、中には立ち上がれぬものもいる。冒険者たちに囲まれていたベルは比較的、破壊の影響を受けずに立ち上がることができた。しかしそれでも足が震えて動けない。

 

震える足になけなしの気合を送り込んで無理やり動かして立ち上がったベルの目に映るのは絶望だった。そこには自分とは比較にもならないベテランだというエルフの戦士、シルの常連で最大派閥の幹部だという猫人、そして何よりも師である狼人の姿があった。

 

だが、恐怖に震えている暇はない。

 

こちらにズンズンと近づいてくる黒い影はもうすぐそこまで来ている。それは破壊であり、死だ。

 

上級冒険者たちを意にも介さず、その巨体は一直線にベルの元へ駆けてくる。漆黒の雄牛は冒険者たちをまるで障害とも思っていないかのように突き飛ばしながら迫り来る。自らへのあらゆる攻撃を撃砕する黒き猛獣を前にして、上級冒険者さえも恐れ戦き後ずさった。

 

アスフィの指揮の元、なんとか陣形を組み直した上級冒険者たちの矢など全く効いていないようで、お構いなしに迫るその姿には狂気すら感じられた。

 

────ベルだけを目掛けて。

 

「────ッッ?!」

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオ───ッ!!』

 

 威容を誇る漆黒の猛牛の走力は凄まじく、あっという間に間合いを詰められてしまった。振り上げられた前脚は大地を揺るがすほどの衝撃と共に叩きつけられる。大地が割れ、吹き飛び、粉塵が巻き起こる。巻き上げられた砂礫や石片が容赦なくベルを襲う中、漆黒の破壊者はベルを探すように首を巡らせ、再度突進しようとする。

 

風を切って振り下ろされる雄牛の大剣は、地面ごとベルを叩き潰さんとする勢いだ。極死の一撃を喰らえばひとたまりもないだろう。後方へ一撃を避けるために飛ぼうとしたところで、漆黒の暴君は更に踏み込んできた。

 

一瞬にして眼前に現れた漆黒の巨体に対し、ベルは咄嵯に横へと回避行動をとる。地面を破砕しながら迫る大剣の横薙ぎを回避できたのはほとんど偶然だった。もし少しでも反応が遅れていれば、この瞬間をもってベル・クラネルの人生は終わっていただろう。

 

ダンジョンの床に叩きつけられた大剣から発せられる衝撃波によって、またたく間に全身が傷だらけになる。至近距離からの轟音に鼓膜が破れかけながら吹き飛ばされたベルは決河の勢いでダンジョンの床を削りながら転げ回っていく。

 

ようやく止まった時には、全身が擦り切れ、血塗れになっていた。激痛に耐えながらもなんとか顔を上げると、再び漆黒の破壊者がこちらへ向かってきていた。

 

その速度は先ほどよりも遥かに速い。まるで暴走機関車のように一直線に向かってくる漆黒の破壊者。

 

「ベル様!!」

 

「がっ、ぐう·······」

 

 砕かれたダンジョンの床の瓦礫の中から身体中の骨が軋みを上げているような感覚を覚えながら、必死に立ち上がろうとする。そんなベルの耳に届くのは自分の名前を呼ぶ声。

 

少なくなった天井の水晶から月の光のようにか細い明かりが差し込むダンジョン内を見渡せば、そこには見知った少女の顔。リリルカの姿があった。

 

なけなしの気力を振り絞り、立ち上がって漆黒の破壊者に向き合う。

 

地を揺るがすような震動とともに着地した漆黒の破壊者の瞳には、戦意の色がありありと浮かんでいた。筋骨隆々の肉体を持つモンスターでありながらも、その目はどこか理性的な輝きを放っているように見える。圧倒的な暴力の化身のような存在なのに、何故か目の前にいる漆黒の破壊者は恐ろしくはなかった。

 

どこか見覚えのあるような漆黒の大剣を装備する姿はまるで騎士のようであり、青水晶を踏み砕きながらこちらを見据える視線からは確かな知性を感じる。

 

しかし、何故だろうか。

 

このモンスターとは、初めて会う気がしない。

 

ベルの中で何かがそう囁いていた。

 

絶望的な戦力差を前に汗を流しながらナイフを構えるベルに対して、漆黒の破壊者は何も発しない。ただ静かに佇むのみ。

 

「······?」

 

 あれほど凄烈な殺気を放っていたというのに、今はすっかり鳴りを潜めている。まるでこちらを品定めしているかのような様子でじっと見つめてくるだけだ。静けさすら感じる雰囲気に思わず困惑してしまう。

 

こちらを凝視してくる双紅の瞳は、まるでベルのことを懐かしんでいるように感じられた。水晶の光を浴びて煌めく深紅の角はまるで雄々しくそそり立つ王冠のようだ。僅かな間合いを保ちながら対峙する2人は身じろぎ一つせずにお互いの出方を窺う。

 

他の冒険者たちもその異様な様を見て動きを止めている。誰もが息をすることすら忘れてしまいそうな緊張状態が続く中、静謐な空間を打ち破るようにして雄牛は口を開いた。

 

「名前を」

 

 漆黒のモンスターは確かに人の言葉を発した。ベルは自身の耳を疑った。人類の大敵であり理知を持たない物言わぬ怪物であるはずのモンスターが人の言葉を解すなど────有り得ない。

 

「名前を聞かせてほしい」

 

 聞き間違えではない人間の言葉。自分と近くにいるリューぐらいにしか聞こえぬ静かな、外見に似合わぬ落ち着いた声色。静かな『武人』を思わせる口調だった。低い声音は威圧感を感じさせながらも、不思議と心地良い響きを持っている。

 

「夢を」

 

「えっ?」

 

「───夢を見ている」

 

「たった一人の人間と戦う、夢」

 

「血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意志を交わした、最強の好敵手」

  

 ベルはまさか、と目を見開いた。雄牛が持つ漆黒の大剣、そして己の「夢」を語る雄牛自体の姿が、そう遠くない過去の記憶を呼び覚ます。

 

生涯においてはじめての『冒険』にして『偉業』、ミノタウロスとの戦いの記憶。命を賭した死闘。死力を尽くした戦いの中、全てを出し切った果てを垣間見た瞬間。

 

「再戦を、自分をこうも駆り立てる存在がいる」

 

 ベルが驚嘆の中で一つの答えに辿り着く中、漆黒の怪物は言葉を続ける。それは、ベル・クラネルにとって決して忘れられない情景。

 

ベル・クラネルという少年の人生を根底から変えてしまうほどの宿敵との邂逅。ベルの脳裏に、あの時の光景が鮮明に浮かび上がった。

 

鮮血に彩られる視界。

 

大地を震わせる衝撃。

 

荒れ狂う暴虐の嵐。

 

「あの夢の住人と会うために、今、自分はここに立っている」

 

 なおも言葉を紡ぐ漆黒の怪物。ベルの身体が震えた。それは恐怖でも畏怖でもない。怪物の強烈な『憧憬』にあてられて武者震いをしているのだ。

 

「自分の名はアステリオス────────名前を聞かせてほしい」

 

「·······べル、ベル・クラネル」

 

 その名前を怪物は刻むように受けとり、嬉しそうに微笑んだように見えた。そして漆黒の大剣をゆっくりとベルへ差し向ける。その動作の意味を察せないほどベルは愚かではなかった。目の前に立つこの漆黒の破壊者は、自分に勝負を申し込んでいる。

 

「ベル、どうか」

 

 滾るような熱い闘志を込めた眼差しで、怪物は懇願した。

 

「再戦を」

 

 水晶の光に照らされる中、二人の男が向かい合う。焦がれるほどに待ち望んできた再会を果たした雄牛のモンスターは全身から血を流しながらも戦意を失わず、目の前にいる少年は全身の骨と筋肉が悲鳴を上げているにもかかわらず武器を構えたまま動かない。

 

少年は、ベルは無理だと、勝てるわけがないと頭のなかで泣き叫ぶ、あの師ですら勝てない怪物に自分程度がどう戦えるのか、と。しかしベルの心は、逃げ出すことを拒んだ。

 

雄牛の足元を見る。全身から流れだす血溜まりは刻一刻と広がっている。滴り続ける血潮は床を赤く染め、漆黒の大剣を握る腕からも流血していた。

 

既に満身創痍なのは明らかだ。刻まれた傷跡は深く、モンスターとしての生命力がなければとうに絶命しているだろう。

 

それでも、そのモンスターは立ち続けている。その瞳には確かな熱情があり、ベルを真っ直ぐに見据えていた。ベルの身体を駆け巡る血が沸き立ち、心臓が激しく鼓動する。

 

再生すら覚束ない魔力の欠乏、瀕死の状態にも関わらずこの場に居続けることを決断した雄牛の姿に、ベルの魂が奮えた。

 

ベートを、アレンを、英雄の都が誇る神速の男たちを退けてやってきた宿敵の挑戦状。

 

ベルは、ベル・クラネルは、この場で逃げてはいけないと思った。ベルは腰を落とし、重心を低く保つ。右手に持つナイフを逆手に握り締め、左手を前に突き出す。あの時、『冒険』に臨んだように。

 

ベルは逃げ出したかった。その上で、全力を出して戦うことを望んでいた。怪物は静かに佇んでいる。静寂に包まれた空間はまるで静止画のように静かだった。神の刃を逆手に持ち替えたベルと、大剣を構える怪物。両者の視線が交錯する中、闘争への渇望だけが高まっていく。

 

静けさを打ち破るようにして、ベルは疾駆する。

 

漆黒の大剣と白銀の短刀が交差した瞬間、ニイッ、と雄牛の────アステリオスの口角が上がった気がした。自分達を見下ろす母たるダンジョンの天蓋を仰ぎ、全てを震わせる雄たけびを上げる。

 

────────戦いの号砲が轟いた。

 

 

 

 

 






アル「いい………」

シル「か──っ、卑しか雄牛ばい」



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四十五話 クロッゾの魔剣




BLEACHといいチェンソーマンといい今季アニメやばい

アストレアレコードもアニメ化してどうぞ


 

 

 

 

 

 

『フゥウウウウウウウウウ!!』

 

「っっ!」

 

 漆黒の大剣が風を切りながら振るわれる。死の塊である斬撃をベルは身を捻りながら跳躍することで紙一重で回避したベルだったが、頬に鋭い痛みを感じた。ほんの少し掠っただけで、ベルの顔の一部が裂かれる。着地と同時に再び地を蹴って距離を詰める。ナイフを振り上げようとした瞬間、ベルは咄嵯に身を屈めた。直後、頭上を暴風のような一撃が通過した。漆黒の巨体からは想像もつかないような速さ。体勢を整えた時には既に、漆黒の大剣は振り下ろされていた。

 

横薙ぎに払われた大剣による一撃。その攻撃をベルは地面に転がり込むようにして避けた。転がった勢いのまま、ベルは漆黒の怪物に向かって疾走する。疾走から跳躍へ動きを変え、アステリオスの顔面目掛けて飛び掛かる。立体的に飛び掛かってきたベルに対してアステリオスは漆黒の大剣を突き出した。突き立てられた切っ先がベルの腹部を貫かんとする。

 

ベルは空中で身体を回転させると、アステリオスの頭部を踏み台にして更に跳んだ。アステリオスの背後に回ってナイフを首筋に突き立てようとする。だがアステリオスの首元にナイフが届く寸前、アステリオスは振り返ることなく背後に向けて大剣を振るう。その攻撃にベルは反射的に反応し、バックステップをして距離を取る。一瞬の間も置かずにアステリオスは再び大剣を構え直した。対するベルは──

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 息もつかせぬ速攻魔法による近距離からの砲撃。ランクアップを果たしたことにより、威力も速度も上昇した魔法。しかし、至近距離で直撃を受けたとはいえ階層主以上の耐久を持つであろうモンスターには効果は薄いはずだ。それは雷のような速度で放たれた炎弾はアステリオスの視界を埋め尽くし、爆音と共に着弾した。

 

怪物の周囲で爆発が巻き起こり、激しい煙幕が辺りに立ち込める。機を逃さずベルは駆け出し、アステリオスとの距離をさらに縮める。アステリオスとベルの実力差は歴然だ。ベルが今まで戦ってきたどのモンスターよりも速く、そして重い。怪物の攻撃を回避する度にベルの身体に刻まれた傷は増えていき、今や満身創痍の状態だ。

 

それでもベルは止まらない。アステリオスもまたベルを迎え撃つべく前進し。両者は激突する。ベルのナイフが、アステリオスの漆黒の大剣が互いを斬り刻まんとぶつかり合い、火花を散らす。死力を尽くす攻防が続く中、一撃一撃に骨が軋むほどの重さが込められた連撃。

 

正面から受けるような真似はしない。ベルは相手の攻撃を受け流すようにしながら隙を伺い、反撃を試みる。疾風の如く繰り出される猛撃を掻い潜り、ベルは渾身の斬撃を繰り出す。疾風の如き素早さと迅雷の如き鋭さを兼ね備えた神速の三閃。

 

「う、ぉぉおおおおおおおおおおおおおお────ッ!!」

 

『ァ、アアアアアアアアアアアアアア───ッ!!』

 

 重なる咆哮。連撃と剛撃が交差し続ける。悲鳴をあげる大気の中、ベルは雄叫びを上げながら刃を振るった。白銀の軌跡が幾度も宙に描かれ、鮮血の花を咲かす。だが、浅かった。ベルの短刀では致命傷を与えるまでに至らず、逆に漆黒の大剣によって弾き飛ばされてしまう。

 

『ヴォオオオオ──!!』

 

 原始的恐怖を引きずり出すような雄たけびが迷宮内を木霊する。アステリオスが振り下ろした大剣が地面を砕く。間一髪で避けたものの、衝撃の余波で吹き飛んだベルは青水晶に叩きつけられる。肺の中の空気が全て押し出され、苦悶の声が漏れ出た。

 

激痛が走り、意識が遠のいていく。あの日のミノタウロスにはなかった『技と駆け引き』がそこにはあった。

 

──────────勝てない。

 

「(強、すぎる───!!)」

 

 本能的に悟ってしまう。このまま戦い続ければ間違いなく自分は負ける。圧倒的な力の差。格が違うとはまさにこのことだ。ベルの技の冴えは凄まじいものだったが、それでも怪物には届かない。そも、Lv2のベルがLv6以上の怪物であるアステリオスと戦える道理などない。

 

紛いなりにも瞬殺されていないのはアステリオスが二人の第一級冒険者によって既に限界に近い損傷を負っているのとこれまでベルが格上とばかり戦ってきたからだ。

 

自身より遥かに力強く、遥かに硬く、遥かに素早い相手との鍛錬を繰り広げてきたからこそ、アステリオスの速さに目がかろうじて追いつき、その動きを捉えることができていた。そうでなければ今頃ベルは容易く切り刻まれて絶命していただろう。

 

「っ?!」

 

 巨大な剣を軽々と振るうアステリオス。暴風のように荒れ狂いながら迫りくる攻撃に対し、無様ながらも必死に回避を続ける。だが、それも長くは続かない。先程までと比べ、明らかに精彩を欠いた動き。轟音と共に床に亀裂が入る。ベルの身体は吹き飛び、壁に激突する。瓦礫が崩れ落ちる音が響く。

 

間髪入れずにアステリオスは追撃を行う。ベルは咄嵯に身を捻ることでなんとか直撃を避けるものの、肩口を僅かに切り裂かれる。何本もの頭髪が宙を舞い、鮮血が舞う。アステリオスの攻撃は苛烈だった。大剣を振り回すだけでなく、その巨体を活かした体当たりを仕掛けてくる。その一撃は掠っただけでも致命的な威力を誇る。まともに喰らえば即死は免れないだろう。

 

ベルの全身が悲鳴を上げる。絶えず走る激痛に耐えながら、辛うじて攻撃を捌き続ける。罅の入った天蓋の破片が降り注ぐ中、ベルは反撃の糸口を探る。炎雷を放つ余裕もない。アステリオスの猛攻は止まらない。漆黒の怪物は大剣を振るい、ベルの身体を掠めていく。

 

漆黒の刃先によってベルの身体は刻一刻と削られていき、出血量も増えていく。アステリオスの攻撃は苛烈を極める一方だ。

 

「······ッ!!」

 

 ベルの全身が紅く染まっていく。ベル自身の血、ではない。再生も覚束ないアステリオスの血だ。アステリオスの身体は傷だらけだ。動くたびに血飛沫が上がり、ベルの身体を赤く染め上げていく。もとより瀕死だったのだ。既に限界は超えており、いつ倒れてもおかしくはない状態。

 

それでも怪物は止まらない。止まるはずがない。

 

いつ斃れるか分からない状態で、しかし己を鼓舞するように叫び、猛り、暴れ回る。

 

仮にアステリオスが瀕死の状態でなかったら既にベルは─────

 

「あ、ああああああああっ!!」

 

 限界をとうに越えているのを自覚しながらも、視界の先で待ち構える漆黒の大剣を前にしてベルはナイフを構え、震えた声で叫ぶ。限界の先を駆け抜けろ。もっと速く、もっと鋭く、もっと速く、もっと速く─────ッ! アステリオスの猛撃を掻い潜りながら、極限の集中力で敵の攻撃を見極めながら、ベルは自らの肉体を更なる高みへと押し上げていく。

 

アステリオスもまたベルを迎え撃つべく漆黒の大剣を構える。霞むような速度で繰り出される連撃。アステリオスが放つ怒涛の攻めにベルは歯を食いしばり、必死になって食らいつく。限界を食い千切らんとするベルの姿にアステリオスが僅かにたじろいだ。

 

『ッツ、ヴォオォ!!』

 

 炎雷を纏ったナイフが降りぬかれ、アステリオスの身体を貫く。爆炎を宿した短刀が円を描くように振るわれ、漆黒の巨体に炎の斬撃を残す。ベルの渾身の一撃がついに怪物の堅牢な皮膚を突き破り、臓腑にまで届いた。

 

────一撃を与え、僅かに緩んだベルの隙にアステリオスが強引に踏み込む。

 

アステリオスの巨体が弾丸の如く、至近距離から放たれ、ベルを押し潰さんと迫る。咄嵯の判断で後方に跳躍するが間に合わない。ベルの防御をすり抜けるようにして振るわれる紅い角の生えた頭部による薙ぎ払い。致命傷には至らぬまでも、それでも無視できない深手を負ったアステリオスは激情に任せてベルに突撃する。

 

「ぐぅううううっ、うあああああああっ!!」

 

 つんざかんばかりの絶叫。ベルはアステリオスの突進を真正面から受け止め、そのまま壁際まで押し込まれてしまう。凄まじい衝撃がベルの身体を襲う。内臓が全て口から出てしまいそうな感覚。

 

錐揉み回転しながら吹き飛ばされ、ベルは地面に叩きつけられる。何度も転がり、やがて停止したベルは苦しげに咳き込み、血反吐を吐き出す。そんなベルへ息もつかせぬままアステリオスは猛然と蹴りかかる。

 

「─────!!」

 

 咄嵯に反応してガードするも蹴りの勢いを殺すことは叶わず、冒険者達の陣営まで吹き飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘファイストス様、俺は·········ッ」

 

 ヴェルフが手に持つのは主神である女神から授かった魔剣。ヴェルフ自身が打ち、放棄した剣だ。派閥入団直後、ヘファイストスに命じられて打った剣だった。

 

『魔剣鍛冶師』にはならない、なりたくない。その気持ちは今も変わらない。ヴェルフは魔剣が嫌いだし、忌み嫌っている。打つだけで強者を倒しうる安易な力。使い手に安易な勝利を与えてしまう魔法の武器。

 

武器としての本懐すら果たせずに使い手を残して砕け散る。それがたまらなく許せないのだ。

 

だが、この瞬間だけは─────。

 

白布を振り払い、燃えるような赤光を宿す刀身を晒す。それはまるでヴェルフに応えるかのようにはめ込まれた紅の宝珠を輝かせた。

 

「·······ッ」

 

 もう一度、言おうヴェルフ・クロッゾは魔剣が大っ嫌いだ。

 

だが、見るがいい、漆黒の雄牛と白髪の少年の死闘を。互いに全てを曝け出した「冒険」を。

 

あの戦いを前にして、この期に及んで、こだわりを捨てられないのならベル・クラネルの専属鍛冶師なんて相応しくない。

 

たった今、雄牛のブチかましによってこちらへ吹き飛ばされてきた少年の姿を見る。全身を血で染め上げて、ガタガタな、今にも崩れ落ちそうな五体に活を入れて再び立ち上がる仲間の姿を。

 

手に持つ忌々しき魔の武器を、己が打てる最強最悪の武器を、「冒険」の最中にいる少年へ投げ渡す。

 

「───使え、ベル!!」

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がった好敵手が仲間であろう赤髪の男から異様な力を漂わせた剣を受け取ったのを見る。おそらくは『前』の記憶にある、魔法を放つ剣だろう。それも『前』に受けた脆弱なモノとは比べ物にならぬ、あるいは己をここまで傷つけた狼人と猫人の一撃にすら匹敵しうるものであろうことは容易に想像がついた。

 

たしかに厄介ではあるが、あの武器には使用限界がある。自分を倒そうとするほどの火力を出すならばそれこそ一撃が精々なはず。そしてその一撃は必ず来る。その確信と共に、アステリオスは構える。

 

───耐えてみせよう。

 

二人の強敵に、そして好敵手に与えられた傷はアステリオスをこれ以上ないほどに苛んでいる。死に体とも言える有り様だが、なけなしの魔力を鎧のように全身へ纏わせ決死の防御態勢を執った。

 

憧憬の戦いの記憶をもとに母であるダンジョンから与えられたアステリオスの大剣はかつての戦いで貸し与えられた『漆黒の大剣』には遠く及ばぬものの、冒険者で言うところの第一等級武装にも匹敵

するもの。この剣と自分の肉体があれば如何なる刃も防げると確信する。

 

その大剣を盾のようにかざして迫りくる灼炎の刃に備え、要塞がごとき重厚さで受けきる。そう覚悟を決めたアステリオスであったがふと、気がついた。

 

───あの狼人と猫人はどこだ?

 

己をギリギリのところまで追い詰めて地に伏したはずの二人の姿が消えているのを。

 

『───!!』

 

 猛牛───アステリオスの目が見開かれる。確実に打倒したはずの、全身を砕かれたはずの二人が些かも戦意を失わずに立ち上がっていた。

 

アステリオスのような回復能力は無いのもかかわらず、死に体のまま立ち上がる二人の身体からは今もなおとめどなく血が流れ続けている。それでも二人は怯まず、臆さず、ただ真っ直ぐにこちらを睨んで立ち塞がっている。

 

「【───ハティ】!!」

 

「ガキが漢見せたんだ、俺等が寝ていられるわけねぇだろうがッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「【───ノアヒール】」

 

 ベルと同じく、あるいはベル以上にボロボロなエルフの戦士の残った精神力全てを費やした回復魔法によってベルの全身を襲う激痛がほんの少しだけ和らぎ、意識が覚醒する。力を使い果たし今度こそ気絶したエルフの戦士をリリルカたちに預けると、ベルはアステリオスへ再び向かうベート達の背に心を奮わせる。

 

そしてヴェルフから託された朱色の魔剣を握りしめる。

 

手に持った魔剣はたしかに強力だろう。だが、魔剣の一撃で倒れるほど生半可な相手でないのはベルが一番強く実感している。ベルにはもう余力は残されていない。体力も精神力も殆ど残っていない。

 

だが────【英雄願望】。

 

ベルの持つ起死回生の一手。御しきれないほどの想いに身を委ね、そのスキルの使用に踏み出す。この窮地を乗り切るためにベルは全てを賭ける。限界を超えてなお、ベルの心は折れず、燃え盛っている。 体力と精神力を凄まじく消耗する【英雄願望】は切り札であり、諸刃の剣でもある。

 

二度はない、一度きりの奥の手。この一撃を最後にベルは倒れるだろう。

 

迷いを拭い去り、アステリオスの巨体。その全てを目に焼き付けるよう見据える。心の底から魂を燃やし尽くすように、憧れの英雄達のように、自らを信じて勝利を掴み取る為にベルは持ちうるすべての力を白い粒子へと代えて収束させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────ヴ、オオオッ』

 

 今度こそ、二人と決着をつけたアステリオスはこちらに鋭い眼光を向けるベルと鳴り響く大鐘楼の音に向って歩き出した。鳴り響く大鐘楼の音はこの戦いの終わりを告げんとしていた。アステリオスは全身の力を込めて剣を握らない左腕を床に叩きつける。その左腕で地面を踏み締めるかのように強く踏ん張り、四足の獣のように姿勢を低める。

 

窮地におかれたミノタウロスが見せる、己の角を用いた最後にして最大最強の一撃に酷似していた。

 

その身体すべての推進力を剣に込めた漆黒の突進。その勢いのまま放たれるであろう斬撃。『前』において最後の最後に見出した奥義。血走った双眼と戦意の籠った視線が交錯し、ベルもまた同じように構えを執る。限界まで力を込めた魔剣を両手で握りしめ、ベルは覚悟を決める。

 

大鐘楼の音が響き渡り、白の粒子が光となって収束していく。

 

────それは『英雄の一撃』。

 

「ッッッ!!」

 

 思い浮かべる憧憬の存在は────言うまでもない。 その想いが、願いが、祈りが、想いが、夢が、憧景が、ベル・クラネルという少年の全てを支えてきた。

 

『「────」』

 

 奇しくも『前』の最後と同じ光景。漆黒の大剣を構える猛牛に朱色の剣を構える白髪の少年。二人の間に流れる空気が張り詰めていく。互いに持てる全ての力と想いを乗せた一撃がぶつかり合う。

 

凝縮される時間、交差する互いの視線。意思が、心が、魂が、二人の全てが重なり合い、混じり合った瞬間──── ────────────ッ!! 大鐘楼の音が終わりを告げると同時に、世界は時の流れを取り戻す。

 

 

 

────────かつてクロッゾという名の一人の鍛冶師がいた。

 

神が降臨する以前、モンスターが地上を支配していた古代においてモンスターに襲われていた精霊を身体を張って助けて瀕死の重傷を負うが、その精霊から血を与えられ傷が癒え特殊な力を得た。

 

その精霊の名はウルス、古代の力ある精霊の一柱である。

 

もとより鍛冶師として卓逸した技量を持つ男が精霊の血から得た力は、魔剣作成能力。

 

現代における神の恩恵を受けた上級鍛冶師が創るものすら比較にならぬ破壊力を秘めたその魔剣を男の子孫がのちに神の恩恵を受けて再現できるようになった。一族が打った魔剣を持った軍隊は精霊の怒りを買うまでの間、無双を誇ったとされる。

 

海を焼き払ったとすら言われる最強の魔の武器。

 

その魔剣の名は────クロッゾの魔剣。

 

 

 

 

凄まじい火焔の奔流を一筋の斬撃として放つ一撃は大鐘楼の音を纏い、アステリオスの剛腕によって振り下ろされた漆黒の刃と衝突した。

 

────ッッ!!!

 

耳をつんざくような轟音と共に、視界を埋め尽くすほど巨大な爆発が生じる。白い光焔と黒い光がせめぎあい、周囲を呑み込んでいく。

 

瞬間。

 

少年は己の究極の一撃が、敵の漆黒の一撃と相打つのを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その、異変にもっとも早く気がついたのは戦闘に参加していない一人の冒険者だった。

 

「なんだ、ありゃあ·····」

 

 既に砕かれた天蓋の水晶の奥が黒く、脈打っている。まるで新たな命を産もうかとしているかのように。

 

大きな、猛牛よりも遥かに巨大なその黒い影は歪んだ人型をしていた。

 

「────黒いゴライアス?」

 

 

 







これ終わったら終盤までシリアスな戦いないかもしれない

シリアルな戦いならあるけど


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四十六話 えっ、ゴライアス、今くる? 空気読めよ·······。



シリアスベル編最終回です。


 

大鐘楼によって増強された魔剣の刃から焔が噴き出した。その凄まじいまでの熱量に冒険者たちが瞠目し、悲鳴にも近い声をあげる。

 

そして吹き荒れる炎嵐の一閃が漆黒の閃光と衝突する。大鐘楼の音による強化によって、さらに威力を増した一撃がアステリオスの攻撃を押し返す。 

 

魔剣を覆う白布が焼け落ち、炎を凝縮したかのような紅蓮の輝きが溢れ出す。飾り気のない無骨な刀身に煌々とした白光の粒子が再び収束していく。

 

「あ、あああああぁ────!!」

 

 ベル・クラネルは叫ぶ。己の力を振り絞りながら限界を超えて意識が飛びそうになる中、ベルは渾身の力を込めて押しこむ。

 

灼熱を帯びた衝撃が大地を砕いた。

 

大気が震え、空間そのものが軋みをあげる。ベルとアステリオスの間に途方もない力がぶつかり合う。

 

しかし、それでもなお拮抗していた力はやがて傾き始める。徐々に押し返され始めたベルは奥歯を噛み締めて全力で抗うものの、ベルでなく全ての火焔を吐き出し尽くした魔剣が限界を迎えてしまう。

 

限界を超えた魔剣の刀身にバキバキッ、と亀裂が入る。

 

そして──── ────パキンッ……! 澄んだ音色とともに砕け散り、破片となって宙を舞った。

 

たった、一度の行使に全てを費やし、完全に自壊した魔剣による一撃が猛牛の奥義によって喰い破られる。

 

「───ぐっ、あぁッ!」

  

 衝撃の余波に耐えきれず、ベルは吹き飛ばされ宙を舞う。全身を襲う激痛と呼吸ができないほどの衝撃を受けて意識が薄れかける中、口から血を吐きながら天高く舞い上がる。

 

浮遊感を感じつつ落下していき、砕け散った魔剣の紅い破片とともに地面に叩きつけられる。

 

「があッ!?」

 

 大地に叩きつけらた衝撃により肺の中の空気が全て抜けて咳き込むことすらできない。背骨が折れたのではないかと思うほどの痛みが電撃のように走り抜ける。

 

血液の塊が器官に入り込み息苦しさに悶えるも、身体を動かすことさえままならない。

 

ダンジョンの床へ激突したことで粉塵を巻き上げているその場所には血溜まりができており、その中に沈むように倒れ伏す。

 

霞む視界の中で、ベルは必死になって手を伸ばす。ランクアップを果たしていなければ間違いなく即死していだろうが、何とか意識だけは保ち続ける。

 

仰向くベルの瞳に映るのは、亀裂の入った天蓋の水晶から差す月明かりのような淡い光。霞む視界の中、ゆっくりと歩み寄ってくる巨影が見えた。

 

アステリオスは大剣の刃先を身体を支えるための杖のように床へつけていた。その身体は或いは、ベル以上に満身創痍と言えるものであり、全身は魔剣の一撃によって焼け焦げ、剣を握っていない方の腕は炭化すらしている。全身を唐竹に深く抉った傷から滴る血すらも燃え尽きた有様。

 

だが、立っていた。

 

勝敗は決した、少年は倒れ、怪物が立つ。その事実に冒険者達が顔を歪めた。

 

「ベル········」

 

 人の言葉で呟かれた言葉は怪物の咆哮ではなく、確かにベルの耳に届いていた。勝者のように雄叫びを上げることもなく、敗者を見下ろすわけでもない。その眼差しは、ただ静謐だった。

 

静かにたたずむアステリオスの足下に倒れるベルは、その姿を見上げる。

 

「これで、一勝一敗·······」

 

「次だ」

 

 片腕がボロ炭と化し、全身に深い火傷を刻みながらも、アステリオスの言葉に一切の揺るぎはなかった。

 

猛牛の戦士としての在り方、その信念を体現するかのような宣言。

 

「次こそ決着を」

 

「·······うん、きっと」

 

 ベルはその言葉に僅かな賞賛と安堵、何よりも悔しさを噛み締めながら頷き、それを最後に気絶する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おいッ、ありゃなんだ?!」

 

 少年と怪物の戦いを見届けた冒険者は頭上を見上げ、驚愕の声をあげた。階層の天蓋に無数の亀裂が走っていたのだ。それは瞬く間に広がっていき、やがてバラバラと崩れ落ちていく。

 

降り注ぐ巨大な瓦礫の雨。既にアステリオスによって砕かれた青水晶の奥から覗かせるのは、産道を通る赤子のように脈動する闇色の胎動。

 

バキリ、と硬い何かが割れるような音が響く。ダンジョンの天蓋を突き破り、漆黒の輝きを放つなにかが亀裂の中から這い出ようとしていた。

 

先のアステリオスのように落下したその人型は極めて巨大であった。

 

巨人、と評するのがもっともわかりやすいその威容は『本来』の灰褐色の外皮をアステリオスと同じ漆黒のものへと変え、その体躯も二周りは大きくなっている。

 

漆黒の巨人は立ち上がると、その全貌を露わにする。歪な人型をした漆黒の外皮、その表面には血管に似た黒い線が浮かんで脈打っている。

 

殺意に濡れた紅い双眸がギョロリと見開かれ、その視線が矮小な冒険者達に向けられる。

 

「黒い、ゴライアス········?」

 

 階層主────迷宮の孤王ゴライアス。『本来』の認定レベルは中層では間違いなく最強のレベル4。下層のモンスターをも軽く凌駕する剛力と耐久、なによりもその巨体故のタフネスは上級魔道士の砲撃ですら耐え抜くほど。

 

「おい、おいおいおいおい───ッ!! 巫山戯んじゃねぇぞ?! ゴライアス、ゴライアスだとぉッ!!」

 

 リヴィラの冒険者総出でやっと倒せる階層主の誕生に冒険者たちの顔が青褪める。もとよりアステリオスとの戦いで主戦力であった第一級、第二級の者達は全てを使い果たしており、唯一戦闘能力をかろうじて残しているのはアスフィくらいだ。

 

あるいはこれが通常のゴライアスであれば残る戦力でもどうにか撃退ぐらいはできたかもしれない。

 

だが、危機感知に秀でる冒険者達は感じ取っていた。咆哮をあげる黒き階層主が放つ威圧は通常のそれとは比較にならない。

 

「···········ウダイオス、よりかはマシだろうがよ」

 

 深層の階層主に準ずるだけのポテンシャルを見抜いたベートは血を吐きながら悪態をつく。

 

このゴライアスこそが力を使い果たした強き冒険者達も、忌々しき神々も、自らの支配から脱却した猛牛も、一緒くたに粉砕するためにダンジョンがよこした神殺のモンスター。

 

その認定レベルは5·····以上。陸地でのアンフィスバエナを凌駕するそのポテンシャルは第一級以上であり、現状の戦力ではどうやっても打ち倒せるものではない。 

 

本来であればベート、アレン、アステリオスの三人のいずれか一人で打倒し得るが、その三人はいずれも死に体。意識を失っていないのが可笑しいほどの深手を負った三人に戦闘能力はもはやない。

 

絶望的な状況に冒険者達が顔を歪めていると、ゴライアスの視線がベル達へ向けられる。先の戦いを見て、ベル達に戦う力が残っていないことを見抜いているのか、その紅い瞳には嘲笑の色が映っているようにも見える。

 

「ク、ソが───」

 

 まさに漁夫の利。ダンジョンの狡猾さが全てを費やし、倒れ伏す戦士たちを死に追いやる。

 

『────ッ』

 

 ベートも、アレンも、アステリオスも限界は既に超えた、今にも崩れ落ちてもおかしくない身体を奮い立たせて武器を振るおうにも心に身体がついていかない。

 

ここまで来て、敵も味方も全滅する。

 

それを理解したリヴィラの冒険者達は誰が言うわけでもなく動き出す────アレン達を逃がすために。

 

「········おい、テメェら、何やってやがる」

 

 第一級冒険者の限界を超えた勇姿、自分たちよりも遥かに若輩であるはずの少年が見せた「冒険」。結局、何もできずに見ていただけの自分達が逃げるわけにはいかないと。

 

英雄が、少年が、怪物がやってみせたように今度は自分達が「冒険」をするのだと決起する。無論、勝てるわけがない。それは皆が理解していた、リソースを使い果たした彼等にできるのはアレン達を逃がすまでの時間稼ぎが精々。

 

いや、瓦礫で道が塞がれている以上はそれすらも無理かもしれない。だが、皆で逃げ出したとしても結果は同じ。僅かでも可能性があるのなら、自分たちとは違う本物の冒険者達を生かすために戦ってみせる。

 

「へっ、牛野郎よりはマシだろうよ」

 

 一人、また一人と立ち上がって一人は剣を構え、一人は詠唱を始める。ベルを、アレンを、ベートを、リューを限界を越えて戦った、自分達を助けた冒険者を今度は自分達が助けるために。

 

『ガア、アアアアアアォアアアアア───ッ!!』

 

 そんな冒険者達の決起を嘲笑うかのように破鐘の咆哮を上げたゴライアスは────────背後から飛来した漆黒の斬撃によって両断された

 

両断。ちょっとした地上の建造物よりも巨大な体躯と上級冒険者の全身鎧にも匹敵する漆黒の外皮が冗談のように黒き光の粒子を帯びた斬撃によって分割される。

 

『────、』

 

 あまりの光景に目を瞑った冒険者達がおそるおそる目を開けると、そこには、右腕と、上半身を失った巨人の体が立っていた。地面に落ちた左腕と下半身が、彫像のようにその場で静止している。

 

上半身ごと魔石を失った体は、溶けるように姿を消した。 さあ、と死骸の一部が宙を舞う中、大量の灰の上にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』が残される。

 

悲鳴すら上げずに灰と化した巨人の姿に先程まで猛っていた冒険者達が目を丸くし、アスフィやアレンですら目を疑う光景に唯一人、ベートが溜息を吐く。

 

「·······なんで戻ってきてんだ」

 

 ベルの純白の光と相反するかのような漆黒の光を帯びた斬撃に、微かに聞こえた『鐘』の音色。何度もその『スキル』を見てきたベートにはその一撃が誰によるものなのかすぐにわかった。

 

「お前、死にかけてただろうが───アル」

 

 ベートの視界の先には大剣を担ぐアル・クラネルの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィルヴィスに逃げられたアルは今度は自分がアミッドから逃れるためにダンジョンにもぐっていた。

 

今の今までダンジョンにいて、更には死にかけたにもかかわらずダンジョンへ逃げるとは考えないだろうと、端正な顔に青筋を立てた聖女からステイタスに物言わせて逃げてき……振りきってきたのだ。

 

『───助かるが、いいのか?』

 

「ああ、もう完治してるしな」

 

 そんなアルが通信魔道具を通して会話しているのはギルドの創設神であるウラノスの腹心、フェルズ。ダンジョン中に、監視の目をおいているフェルズは18階層で起きたイレギュラーとそれを見越したかのように再度ダンジョンに潜ったアルの存在を発見し、その調査を頼んだ。

 

『病み上がりの君に頼むのは心苦しいがあの猛牛········ダンジョンの意思を跳ね除けた異端児はどう見積もってもLv6以上だ。君でないと任せられない』

 

 冒険者達を容易く蹴散らすアステリオスを見て、アルでないと対処できないと判断したフェルズはアルに頼らざるをえなかった。

 

「構わない、ベルの邪魔をするつもりはないけどな·····」

 

『?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

·········アステリオスじゃん。

 

なんでアステリオスいんの? なんでゴライアスじゃないの? 生まれるタイミング今だったの?

 

·····いや、まあベートとアレンがいる以上はゴライアスじゃあ瞬殺だろうけど。

 

それにアステリオスの持ってる剣、俺の【バルムンク】にそっくりだし、いろいろおかしいよなぁ······。

 

·········てか、ベルってLv2だよね?

 

ヤバくなったら横槍入れるつもりだったけど、既にボロボロとはいえなんでアステリオスと戦えてるんだよ······。

 

········いいなあ、ベルは簡単に格上と戦えて、羨ましいわ。

 

まあ、真ヒロインとの逢瀬を邪魔するつもりはないし、気配消して見てるか。

 

 

 

 

えっ、ゴライアス、今くる? 空気読めよ·······。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────完成された『英雄の一撃』によって階層主「ゴライアス」が撃破されてから他ならぬアルによって治療を受けたベル達は地上へと無事に帰還することができた。

 

階層主以上のイレギュラーとして誕生した推定レベル7の雄牛形モンスターはアルがゴライアスが撃破された後に現れた怪獣の骨のようなモンスターの対処をしている間に逃走し、ギルドによって弩級の賞金首として認定されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アステリオス】

早生まれの真ヒロイン。漆黒のモンスター✕異端児とかいうイレギュラー。原作よりスペックは高い。

・漆黒のモンスター補正(再生能力)

・第一等級相当の大剣

・ベート&アレン+αにより瀕死手前

 

【ベル】

・ベートにより技量アップ

・クロッゾの魔剣✕大鐘楼

・レベルが1低い

 

【アレン】

・やや強化

・顔見せ章

 

【漆黒のゴライアス】

・馬に蹴られた

 

【ジャガーノート】

・画面外で馬に蹴られた

 

【馬】

「レベル2で6以上の相手と戦えるなんていいなぁ」

 

 



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四十七話 都市最強聖女アミッド



短いよ


 

 

 

 

 

 

 

18階層での戦いの後、誰よりも死にかけていたくせにもはや誰よりも活力にあふれているアルを先頭に治療を終えたベル・クラネル救助隊は地上ヘ戻っていた。

 

本来ならば数日は身体を休ませてから戻るべきだが、神であるヘスティアとヘルメスがいる以上、いつ追加の漆黒のモンスターが産み出されるかわからないのとアルという最強戦力がいたがゆえにその日のうちに地上ヘ戻ることとしていた。

 

アルを蛇蝎のごとく嫌っているアレンは、傷が癒えると忽然と姿を消したがそれ以外の一行は行きのベート達以上の速度で出現するモンスターを粉砕するアルの存在もあって驚くべき捷さで階層を駆け上がって途中、偶然発見した未開拓領域の温泉で休んですぐに地上ヘたどり着いた。

 

地上ヘの生還を喜ぶベル達に、死者が出なかったことに安堵するリュー、連戦に次ぐ連戦で休む暇もなく流石に疲れが見えるベート。そして、ダンジョンの出入口で出待ちしていた人形のようだとも評される端正な顔に青筋を立てた白髪の少女を視界に入れて青ざめるアル。

 

「アル」

 

「はい············」

 

 ただ、名前を呼んだだけのアミッドに【ガネーシャファミリア】に連行される犯罪者かのように手を引かれるアルにベル達はなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「『戦場の聖女』すげぇ········」

 

 ゴライアスを、凶悪な骨のモンスターを一撃で葬り、地上に戻るまでに見せた凄絶なる戦闘能力を知るがゆえにそのアルを完全に屈服させているアミッドに目をむくリリルカだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁーて、色々やることはあるんやけど··········まずはステイタス更新やな!!」

 

 ダンジョンへの遠征に出向き、59階層での死線を乗り越えたアイズ達はなんとか無事に自分たちのホームである『黄昏の館』へと帰還を果たしたのだった。心身ともに疲弊しきったアイズ達はそのまま自らのベッドに倒れこみ、泥のように眠ってしまった。

 

怪物に警戒する必要のないひさしぶりの安眠はこれまでの緊張を一気にほぐすようにアイズ達にダンジョンから地上に帰ってきたのだと実感させてくれた。続出する寝坊した者を除いた、日の出の光とともに目を覚ました者たちは久方振りの地上での朝食を楽しむ。食卓に運ばれるふかふかのパンや温かなスープ、新鮮な野菜と果物、卵と肉の炒め物などなど、ダンジョンでは味わえない地上の恵みに舌鼓を打つ。

 

皆が休息や食事も一通り済ませたところでロキの宣言のもと、ステイタスの更新が行われる。

 

これまでにない『冒険』をしたのだ。ステイタスの更新は義務ではないとはいえ、遠征組は神室の前に長蛇の列を作る。居残り組の団員は遠征で得た戦利品や消耗した物資の整理に追われていた。遠征組も流石に疲れており、昨夜の内に更新を済ませている者は殆どいない。

 

事前に更新していたベートの他に更新できるだけの余力を残していたのは誰よりも深手を負ってから休む暇もなくダンジョンに潜って深夜に帰ってきたくせに誰よりも堪えていないアルくらいだ。

 

まあ、そのアルも更新する前にダンジョンの出入口で出待ちしていたアミッドに拘束され、今は【ディアンケヒトファミリア】の治療院に監禁されているのだが。

 

「アイズに追い付いた──!!」

 

「しゃあッ!!」

 

 ティオナ達アマゾネス姉妹の歓喜の声が響く。59階層での死闘を乗り越えたことによってアイズやベート同様、上位の経験値を得られたようだ。Lv5からLv6へ上がったことでさらに強くなったことを自覚しているのか興奮冷めやらぬ様子だ。

 

更新内容を写した用紙をロキから受け取ってはしゃぐティオナに、ティオネも続く。

 

「まぁね。アキとナルヴィ、あんた達は?」

 

「あー、私達はまだまだ道のりが険しそーです··········」

 

 二軍主力の第二級冒険者達はみなLv4のままだ。今回の遠征でもレベルが上がったものは一人もいなかったらしい。項垂れるラウルの横でナルヴィ達も肩を竦めた。

 

 

 

 

「やれやれ。またLv7はお預けか」

 

 団員たちの更新があらかた終わってから最後に更新をしたフィン達首脳陣もまたステイタスを更新して各々の反応を示す。ぼやくように呟いたガレスの言葉にフィンが苦笑する。

 

「世界最高位のLv.7は未だ二人のまま、か······」

 

 七年前の大抗争からランクアップを果たしていない首脳陣は今回もまたLv6を維持だ。自分達ならいずれLv7にも到達できると信じて研鑽を重ねている首脳陣の三人だが、それでもやはり歯がゆさを覚えることもある。そんなフィン達を眺めながらロキもどこか口惜し気に言う。

 

現在探索している50階層前後の階層域はLv6であるフィン達にとって得られる経験値は多いとは言い難い。フィン達がより効率よく経験値を稼げるのはそれより下の階層であり、それこそ未到達階層を新たに開拓できれば話は別なのだが現状それは難しいだろう。今回の怪人と精霊との戦いで得た経験値は多大であろうがそれも分散されてしまえばこの程度のものなのかと落胆してしまう。

 

これは常軌を逸した無茶をするアルは例外にしてもアイズやティオネ達も遠からずぶつかる壁だ。

 

唯一、怪人レヴィスをほぼサシで打倒したフィンはランクアップの可能性も高かったが、あのときのレヴィスは既に『折れていた』。ステイタスこそ上がったものの偉業としてはイマイチだったのだろう。

 

「悔しいけど、Lv8やらLv9のバケモンがいたゼウスとヘラのところとはまだまだ年季が違うっちゅうことやな」

 

 新たに三名のLv6を得た【ロキ・ファミリア】ですらかつての二大最強派閥にはいまだ届かない。千年に渡る神時代において最強と謳われた両派閥にはそれぞれLv7以上の冒険者が複数人いた。また、彼らだけでなく敵対する闇派閥にも今以上の強豪が犇めいていた時代に比べれば───

 

かつての二大最強派閥が三大冒険者依頼の失敗、『黒竜』に敗北をする前、その両派閥と抗争を繰り広げていた一世代前の闇派閥筆頭。今の【ロキ・ファミリア】と同等以上の戦力────Lv7に到達した団長(メルティ・ザーラ)と複数人の第一級冒険者級の戦力(レベル6)────を秘匿していた【オシリス・ファミリア】といった強豪が健在だった時代に比すればどうしても見劣りするのは仕方がない。

 

今のオラリオで彼らと並べるのはアルとオッタルだけだ。

 

「アルはどうなんだろうね」

 

 あの戦いで最も経験値を稼いだのは間違いなくアルだろう。四体もの精霊の分身を抑え、怪人レヴィスを圧倒した。何よりもゼウスの眷属すらも侵したベヒーモスの毒から生還したのはまさに偉業だ。ランクアップしてもおかしくはない。そうでなくともステイタスの向上量は計り知れないだろう。

 

 

「·········全ステイタス、SSSとかでも驚かんで」

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、アミッドー!!」

 

「ちょっと、静かにしなさいよ。店の中よ」

 

「こんにちは、アミッド」

 

 腕利きの上級冒険者たちで溢れている【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。光玉と薬草のエンブレムが掲げられた扉を開けて中に入ると、そこには見知った顔があった。艶やかな白銀の髪に染み一つない白い肌をしたヒューマンの少女、アミッドである。彼女はアイズ達を見つけるなり、小さく会釈をして出迎えてくれる。

 

「18階層では助かったわ、アミッドのおかげで、首の皮一枚のところで繋がったわ。勿論、特効薬の方もね」

 

「私も精神力回復薬のおかげで助かりました!ありがとうございます!」

 

「私達の治療薬が皆さんのお役に立てたというのなら、これほど喜ばしいことはありません」

 

 精巧な人形のような心優しき治療師の少女は、口元に手を当てながら微笑む。

 

アミッドとて少し前まで18階層で数十人の【ロキファミリア】の団員相手に魔法を使いまくっていたというのに店頭に立っているあたり、だいぶタフなものである。

 

「皆さんは、やはり今日一日ご多忙なのですか?」

 

「うん、この後【ゴブニュファミリア】のところに行って、 大双刃の整備頼まないといけないんだ。ティオネも行くでしょう?」

 

「そうね、短刀の予備はもうないし·······投刃の補充も注文しとかなきゃ」

 

「アイズさんも、ですよね?」

 

「うん、私もデスペレートを見てもらわないと···········」

 

 遠征後にやることはたくさんある。ここには下層や深層でかき集めてきた治療薬の原料となるダンジョン産のドロップアイテムなどの取引とポーションの補充のために来たのだ。それが終われば魔石やドロップアイテムの換金などもある。

 

「──俺も武器はともかく防具がめちゃくちゃだからな、」

 

「アル!! 毒は大丈夫なの?」

 

 山積みの仕事に頭を悩ませるアイズたちのもとへ治療院の奥から折り畳んだ病衣を手に持ったアルが何食わぬ顔で歩み出てきてティオナの問に「いや、18階層の時点で完治してた」と応えながら手に持った病衣をついてきた治癒術師に手渡した。

 

そんなアルに対してアミッドは頭痛を堪えているかのように頭を押さえながら叱るような口調でアルへ詰め寄る。

 

「··········なぜ、普通に出歩いているんですか?最硬精製金属の鎖で縛り付けてたはずです」

 

「ちぎった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アル・クラネル』

身長︰ロキファミリア幹部陣では一番高い

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物、曇り顔

好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト

 

 

 

 

 



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第4.5章 アストレア・レコード 邪悪胎動・前
一章〜三章完結記念間話 偽善蠢動・前


(再投稿、11日分の更新は午後にします)




アストレアレコードが書籍化したので一話をその情報込みで改訂させてもらいました。

また、加筆が一万超えちゃったので二話に分けました。

次話投稿したら目次での一話〜四話の順番揃えます。


 

 

 

 

 

 

 

「お前の正義は自己犠牲ならぬ自己満足、自らの死すら愉楽のために掃き捨てる究極の破滅願望」

 

「だが、お前の悲願が叶うことはありえない」

 

「原初の幽冥にして地下世界の神、『英雄』に斃されるべき『絶対悪』たるこの俺が宣告しよう」

 

「────強き者よ、汝の末路は『英雄』なり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下界の悲願『三大冒険者依頼』の最後の一つ、『隻眼の黒竜』に当時最強であった男神と女神が率いる【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】が破れた───それが『暗黒期』が始まったときだった。

 

大地に穿たれた大穴。それより産まれたモンスターによって積み重なった三千年に渡る悲劇の精算、その第一歩目こそが『三大冒険者依頼』の遂行。すなわち、『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン───そして、『隻眼の黒竜』ジズの討伐。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

だが、それを今こそ討伐しようと立ち上がった者たちがいた。それこそが千年の成果にして神時代の象徴、【ゼウスファミリア】と【ヘラファミリア】。

 

神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv8とLv9の団長達によってそれぞれが率いられ、更にその軍下にはLv7の英雄が幾人もいた。

 

まさに最強、まさに無敵、下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団、神々の全てが英雄たちの勝利を疑っていなかった。そして、成し遂げた。『静寂』の鐘の音が海の覇王リヴァイアサンを打ち砕き、『暴喰』の牙が陸の王者ベヒーモスを平らげた。

 

下界の住民は歓喜した、俺達の、私達の、千年は無駄ではなかった。自分達の英雄は世界を救えるのだと──!!

 

神々も確信した、下界の可能性、その結晶とも言える最強達であれば真に『救世』を成し遂げられる、と。

 

残るはただ一つ、絶望の化身たる黒き巨竜。突如として現れて全てを蹂躙したモンスターの王。あと少し、あと少しで人類は再び救われるのだ! あの者達ならばきっとやってくれるはずだ、必ず成し遂げてくれるはずだ。そう、誰もが信じていた。

 

────だが、敗れた。

 

人々の願いを、神々の予想を裏切って最強の集団はたった一匹の竜に敗北した。

 

間違いなく史上最強を誇った英雄達が敗れるなどありえないはずだった。なのに、なのにどうして? 答えは単純明快、ただ単純にして最大の問題。

 

竜は、強すぎたのだ。

 

あまりにも強く、あまりに異質だった。最強の称号をほしいままにした英傑は、最強の軍団はその力を踏み躙られ壊滅し、残った男神の団長も瀕死の重傷を負ってその力の大部分を失った。

 

幾多の試練を乗り越え、数多の偉業を成し遂げた彼ら彼女らならばきっとやってくれると、誰もがそう信じていた。··············だからこそ、これは予想外だった。

 

その敗北によって力を失った男神と女神の地位を奪おうとした【ロキファミリア】と【フレイヤファミリア】の計略により、生き残った眷属たちは都市から追放され、今代の英雄達は消えた。

 

都市オラリオ。モンスターを吐き出す穴たるダンジョンを封じる蓋であり、モンスターを倒すことで生計をたてる者たち──冒険者の住まう、英雄の都も最強を失い、零落した。

 

二つの最強、究極の抑止力を失った世界。それより始まったのはまさに『暗黒期』、あらゆる悪が、邪悪が、巨悪が世界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオ北の区画、メインストリートに面したリュー達のホーム『星屑の庭』。大派閥の立派な館の大きさとは比べ物にならないながらもその白い外観は清潔感と品格を感じさせる。

 

「─────ふふっ、貴方達の愉快なやり取りはいつ見ても見ていて飽きないけれど······。さて、始めましょうか。今回はどうだったの、アリーゼ?」

 

「はいっ、アストレア様!! 」

 

 戦いから無事に帰ってきた眷属たちを迎えたのは艷やかな胡桃色の髪に白磁のような肌を持つ美しい一柱の女神だった。

 

その蒼玉が如き瞳には深い慈愛と人ならざる超越存在がゆえの叡智が秘められている。

 

貞淑にして聡明。そして慈悲深い正義の神、アストレア、新参でありながら第一級冒険者を有する新星ファミリアである【アストレア・ファミリア】の主神である。

 

「工場は燃えてしまいましたけど、一般人の被害はゼロ!! 勿論、私達冒険者も!!」

 

 いっぺんの曇りもない生命力に満ち溢れた瞳を輝かせ、揺らめく炎のような鮮やかな赤髪をたなびかさせながら元気よく答えたのは太陽のように明朗で活発な少女。

 

「相変わらず敵は有象無象ばかり。けれど、けして烏合の衆でもございません」

 

 そして濡れたように美しく伸ばされた射干玉の長い黒髪を持ち、その端正な顔立ちと美しい所作からは高貴さと気品を感じさせる。

 

彼女たちこそが【アストレア・ファミリア】の団長と副団長、アリーゼ・ローヴェルとゴジョウノ・輝夜。

 

オラリオでも限られた第二級の実力を持つ二人だ。そんな二人が敬愛する主神の言葉に応えるように口を開く。

 

『闇派閥』と呼ばれる組織が生み出した混沌が渦巻く迷宮街において秩序を守る側に立つのが彼女達、【アストレア・ファミリア】。その参謀役を担う桃色の髪にショートカットをした小人族の少女が忌々しげに言う。

 

「そう·······でも、侮っては駄目よ。闇派閥はかつての二大勢力がいた頃より都市に潜伏していたのだから」

 

「【ゼウス・ファミリア】に【ヘラ・ファミリア】······。『神時代の象徴』、そして『神の眷属の到達点』·······二大勢力は千年もの間、オラリオに君臨し、安全神話を崩さなかった」

 

 アストレアは過去を思い出すかのように目を瞑りかつての最強を想起する。地上に降臨し、様々な恩恵を与えた神々の時代の象徴。その頂点に立っていたのは紛れもなく最強を誇る二柱の神が率いたファミリアだった。

 

だが、その時代は終わった。かつて最強を誇った二柱の眷属は敗れ、男神は姿を消し、女神も都市を去った。そして、今やその最強の座に君臨するのは道化師と美神の眷属。しかし、その眷属達は未だ英雄たりえない。第一級────Lv5に到達した者は数少なく、現オラリオ最強のオッタルでさえLv6止まり。

 

「闇派閥の連中がビビって活動自粛してたって·········どんだけ強かったんだよ、連中」

 

「『古代』から続く人類史の中でも()()、そう言っても過言ではない。それほどゼウスとヘラは圧倒的だった」

 

 千年もの間、続いた神時代の中であっても間違いなく最強であった彼等彼女等だったからこそ究極の抑止力足り得たのだろう。なにせ、今のオラリオの最高レベルは6、それに対して二大勢力の団長のレベルは8と9。かつてと今の最強には比較にもならぬ差が開いているのだ。

 

それが意味することは即ち、英雄の不在。

 

「······ところでアルはどこにいるの?」

 

 眷属の中で唯一、この場にいない黒一点の眷属。アストレアがその名を出した瞬間、若干名の顔が不快げに歪む───若干名というか輝夜だけだが。

 

「あのクソガキなら今も休む暇も惜しんでいつもの場所で鍛錬でもしているのでは?」

 

「まったくあの子は······迎えに行ってくるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アル・クラネル

『Lv5』 

 力:C621→B786

 耐久:D565→D569

 器用:C682→A865

 敏捷:S925→SS1011

 魔力∶B776→A852

悪運︰E

直感︰G

耐異常︰G

奇蹟︰I

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

【レァ・アステール】

・付与魔法

・光属性

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。··················································································································································───────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

ホームの一室。そこには目つきの悪い白髪赤目の少年と、その背中に指から血を垂らす女神の姿があった。

 

年の割に大きな、それでもどこか幼さを垣間見せる丸みを帯びた背中に灯っていた光が消え、傷だらけの様相を見せる。アルの身体には大小様々な傷の跡が刻まれている。本来、回復魔法やポーションであとも残らず消えるはずの傷跡が残っているのはアルが傷を負っても躊躇わず回復を後回しにして戦い続けてきたからためであり、アストレアにとっては余り見たくない悲痛なものだ。

 

アストレアの神血によって更新されたステイタスはアストレアのどの眷属と比べても高く、その上昇量も常軌を逸している。

 

それはすなわち、それだけの無茶を重ねてきたということ。いくら才能にあふれているとは言っても第一級冒険者のステイタスがたった一度の更新で500も上昇するなどありえない。

 

スキル欄からその非常識さの理由であろうスキル、【憧憬追想】を抜いたものを紙に写し、渡す。このスキルはその例を見ない稀少さと、何かはわからないがその憧憬を自覚することでアルが更に無茶しないためにも、主神であるアストレアしか存在を知らない。

 

「(ねぇ、アル。貴方がリュー達や都市の皆のために戦ってくれているのはわかるわ。けれど、このままじゃ貴方が······)」

 

 

 

 

 

 

 

 

最年少の第一級冒険者として同業者から嫉妬と畏怖を集めるアルだが、そのあどけなさを残した容姿からか。本人は嫌がっているが、同年代より少し上の女冒険者にはよく弟扱いをされ、可愛がられている。

 

「アルくーん!! 飴食べる?」

 

 【ガネーシャファミリア】所属の第二級冒険者、アーディ・ヴァルマもその一人である。美しい青髪を煌めかせ、満面の笑みを浮かべながらアルヘ駆け寄る彼女の手には棒付きキャンディが握られていた。

 

「飴ってお前······。お前の中で俺は何歳なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き上がる鮮血と悲鳴が辺りを彩る。ダンジョン中層域、安全階層18階層。淡い輝きを湛えた水晶と緑が美しい森林はここが怪物の巣窟であるダンジョン内だとは信じられないほど静謐で穏やかである。 

 

「迷宮の楽園」とまで呼ばれる地下世界に広がる蒼と緑の色彩はまるで地上の光景をそのまま写し取ったかのようであり、ここに暮らすモンスターたちは他の階層から移ってきたものであり、この階層で産まれたモンスターはいない。 

 

安全地帯―――ダンジョンの壁や天井を構成する石材から突き出た水晶が淡く発光しており、その光のお陰で暗闇に支配されることもない。

 

「いっ、闇派閥だああああぁ!!」

 

「まさか、冒険者狩りか?! 巫山戯んじゃねぇ、おちおち迷宮も探索させてくれねえのか、あいつ等は?!」

 

 そんなダンジョンの中とは思えない壮観な『青空』を広げる地下世界の楽園が鮮血に染まっていく。剣戟の音と怒号と絶叫が響き渡る。

 

冒険者、それも紛いなりにもランクアップを果たした上級冒険者がその身体を斑に赤く染めながら逃げ惑う。

 

「おや、おやおや、まさか、逃げるのですか? お仲間の亡骸を置いて?それでよろしいので?」

 

「そこは戦うべきでしょう!!『英雄』とまでは言わなくとも!! せめて冒険者の名に恥じぬように!!」

 

 それを狩ろうと嗤うのは幽鬼のようにゆらりと立つ白いローブ姿の男達だった。その中で穏やかに、しかし嗜虐的に笑う一人の男はフードの奥に見える口元に笑みを浮かべて楽しげに逃げまどう男達に語りかける。

 

フードを脱ぎ捨て、くすんだ血色の髪を見せるその顔には醜悪な悪意に満ちた表情がありありと浮かぶ。

 

白いローブを着た雑兵たちを引き連れ、劇の舞台に立つ道化師のような気障ったらしい動きで両手を広げている。それはまるで眼の前に広がる凄惨な光景を楽しむかのように。

 

「それすらできないと言うのであれば········貴方方に失望する私を、どうか鮮やかな血の宴で楽しませてもらいたい!!」

 

「う、うわぁああああああああ!!」

 

「──────させるか、阿呆」

 

 冒険者に追いつき、手に持つ血に濡れた短剣を突き立てようとする男の頭上に影がかかる。

 

そして次の瞬間、鋭い剣閃が吸い込むように男の持つ短剣を弾き飛ばす。金属音が鳴り響くと共に宙を舞って地面に突き刺さるのは折れた刃の部分だけとなった短剣であった。

 

「─────おや、おやおやおやおや、これはこれは麗しい方々がいらっしゃいましたねぇ」

 

 逃げ出す冒険者には目も向けず、男は目の前に新たに現れた三人の少女に笑いかける。

 

「かーっ!!また当たったぜ、フィンの読み!! どうなってんだアイツの頭は!! マジで結婚してやってもいいぜ、一族の勇者様ぁ!!」

 

「ゲスな笑みを浮かべる狡い小人族など、超絶無理に決まっています。────あとうるさいから少し黙れ」

  

 艶やかな戦用着物に身を包む輝夜は手に持った刀を振って襲いかかる白装束を斬り伏せながら毒を吐きながらも油断なく『不吉』な男を見据える。

 

先行した輝夜に遅れてライラとアリーゼが合流してライラの投擲する爆薬やブーメランで敵の手数を削りつつ、接近戦では輝夜とアリーゼによる剣技が冴え渡り、瞬く間に敵の数を減らしていく。

 

「········貴方、どうして冒険者狩りなんてするの?お金や魔石が目的?」

 

「なぜ、と問われましても··········困りますねェ」

 

 次々に斃れていく仲間であるはずの白ローブ────闇派閥の信者達を愉快そうに眺めている男に冒険者達を逃し終えたアリーゼが問いかけると、男は心底可笑しいという風に笑う。

 

その笑顔を見て、アリーゼ達はゾクリとした寒気を覚える。何と言えばいいのか分からないが、この男が放つ雰囲気は明らかに異質であり異端だ。

 

「質問に質問で返すようですが········貴女たちは美しいモノを観るのに、理由を必要としますか?」

 

「あぁ?」

 

 睨みつけるライラに視線を向けることもなく、男は芝居じみた動きで大袈裟に両腕を広げて天を仰ぐ。

 

まるで神に祈るかのような仕草だが、その姿から感じられる感情は歓喜でもなければ信仰でもない。

 

もっと別の何かだ。

 

この男からは、得体の知れない狂喜のようなものを感じてしまう。

 

「澄みわたる青空を仰ぎたい」

 

「色とりどりに咲く花々を愛でたい」

 

「────私の欲望は、それと同じ。 ここの不完全な世界で·······最も鮮やかな血というものが見たいだけ」

 

 怒りよりも嫌悪感が勝る不気味な笑みを張り付けたまま、男は告げる。それは、あまりにも理解不能で常軌を逸している思考回路。

 

「·········破綻者だな」

 

「く、くくっ、『破綻者』 ······鳴呼、実に歪で、心を打つ響きです。ええ、えぇ、きっと永劫私に付き纏う愛しき称号なのでしょう!!」

 

「そして、貴女達のことも存じていますよ。麗しくも愚かしい正義の眷属─────ところで本日は、『彼』はいらっしゃらないので?」

 

「あのクソガキのことか、いないが問題でも」

 

「おや、そうですか·······それは()()()()()()()

 

「······なんだアイツがいなければ私達など恐ろしくないと?」

 

 男の言葉に、輝夜の目が細められる。その声音には静かな怒りが含まれていた。しかし男は全く気にせず、むしろ楽しげに笑いながら答える。

 

「まさか!! ただ、『彼』がいないと知り残念なだけです。私は英雄たる者達を尊敬し、崇拝しています」

 

「『彼』は、その中でも特別でして········ふふっ、本当に惜しい。ああ、ああ······是非とも一度、お会いしたいものですね」

 

「わりぃが、ウチのやんちゃな弟分をテメェみたいなキチガイに会わせるつもりはねぇよ」

 

 男の狂気を孕んだ言葉に、ライラは吐き捨てるように言う。男はくつくつと喉の奥を鳴らしながら、心外だと言わんばかりに手を広げる。

 

「おやおや、随分と嫌われたものです。────ただ、まあ、『彼』がいないと困るというのは本当でして」

 

「あ?」

  

 僅かに人間味のある困惑したような表情を浮かべる男に、ライラは眉をひそめる。

 

「いえ、『彼』がいらっしゃるかもしれないというのでご足労いただいた『彼女達』にどう申し開きすればいいか、と。······下手をすれば()()()()()()()()()()()()()()()

 

「······殺される? 貴方が?」

 

 アリーゼの見立てが正しければこの男はアリーゼや輝夜よりも強い。認めたくはないが一対一では間違いなく負けるだろう。そんな彼が殺されるとはどういうことだろうか。

 

「おっと、少しお喋りが過ぎましたね。········では、行きますよ?」

 

 疑問を浮かべる三人に、男は愉悦に満ちた笑みを見せる。狐のように細い瞳孔を持つ血色の瞳を向けられたアリーゼ達はぞっとした寒気を覚え、反射的に腰を落とす。

 

「────!!」

 

 夜叉のように新たに抜き放った短剣を構えて襲いかかってきた男に対して、アリーゼ達は素早く反応する。ライラはブーメランを投げ、輝夜が刀を振るう。

 

男と三人の間で繰り広げられる刃の応酬。銀閃が舞い、火花が散る中、男の凶刃がアリーゼの頬を掠め、輝夜の刀が男の腕を浅く裂いた。

 

だが、それでもなお男は止まらず、そのまま二人に肉薄すると二振りの短剣を振り下ろす。その攻撃に前衛の二人は咄嵯に反応して回避するも、男はさらに追撃するように蹴りを放つ。

 

二人の身体を吹き飛ばす程の威力を誇る回し蹴りに瞬時に防御姿勢を取り、なんとか直撃を免れるも勢いよく吹き飛ばされてしまう。

 

「······なるほど、お強い」

 

 ジクジクと血が滲む腕を押さえつつ、男は呟く。そして血に染まった手を掲げると、そこからポタポタと血が滴り落ちる。

 

「けほっ、よく、言う·····」

 

「······もしかして闇派閥の幹部?」

 

 数合とはいえ、アリーゼ達三人をたった一人で相手にしてなお拮抗以上に渡り合う卓越した『技と駆け引き』は下っ端のそれではあり得ない。

 

おそらく幹部クラスの実力者だと判断したアリーゼの言葉に、男は小さく笑みを浮かべる。

 

「さて、どうでしょう·······おや?」

 

「·····チッ、増援か」

 

 「ヴィトー様!!」と声を上げながら現れたのは先程まで戦っていた闇派閥の兵。彼らは手に武器を持ち、こちらに向かって走ってくる。

 

その数は10や20では利かない。その光景を見た瞬間、アリーゼ達の脳裏に浮かんだのは撤退の二文字だった。

 

「フフフ······!! 賑わってきましたねぇ、【アストレア・ファミリア】のお嬢様方?」

 

 いくらなんでもこの男に加えて人数を相手にするのは無謀過ぎる。だが、逃げられるのか? そんな思考を読んだかのように、男がアリーゼ達を逃さないように兵を差し向ける。

 

そして、男もゆっくりとアリーゼ達に歩み寄っていく。

 

────────まずい

 

多勢に無勢。加えて相手は自分達より格上の敵。アリーゼ達が今いる場所は狭い路地。逃げるにしても大群を突っ切ることは不可能に近い。しかし目の前には、狂気の孕んだ笑みで迫る敵。

 

「チッ、やるしかないな」

 

 吐き捨てるように舌打ちしながら輝夜が構える。ライラとアリーゼもそれに倣い、いつでも動けるように身構えた。

 

「ふふふ、素晴らしい!! やはり冒険者はこうでなければ!! さぁ、私を楽しませてくださ─────なに?」

 

 男の視線の先ではこちらにやってくる雑兵達のほぼ半数が『吹き飛んだ』。

 

───────【ルミノス・ウィンド】

 

───────【サンダーボルト】

 

30を越える兵達が風と雷によって薙ぎ払われ、あるいは切り裂かれる。

 

突然の出来事に呆気にとられていたアリーゼ達だったが、すぐに誰がやったか察しがついた。

 

「アリーゼ!!ライラ、輝夜!!」

 

「間に合ったか」

 

 振り向けばリューとアルが駆けつけてきた。援軍の登場にアリーゼ達は安堵するが、男は表情を変えず、ただ静かに笑う。

 

「·············お仲間ですか。 貴方達に加え、別の上級冒険者も相手取るとなると流石に分が悪い」

 

「──────ですが、『彼』も来てくださったとは幸いでした」

 

「これで私が『彼女達』に殺される心配はさなそうだ」

 

 一騎当千の勢いで雑兵を蹴散らす少年の姿を見つめながら、男は愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

「あ? 何言ってやがる、アイツは生意気だがウチのファミリアの中でも──────」

 

 ゾクリ、と何かを感じ取ったようにライラの言葉が止まる。───『彼女達』とはいったい、誰のことを指しているのか。

 

そしてその答えはすぐに出た。突如として巻き起こる爆炎。それは瞬く間にアリーゼ達の視界を奪い、周囲の水晶を破壊する。

 

「この魔法────出待ちでもしてたのか?」

 

「まさかっ······!!」

 

 自分達を襲う爆炎の波を槍で引き裂いたアルが呟き、そのアルの言葉と自身のそれを遥かに凌駕する規模の攻撃魔法に込められた『同族』の魔力を感じ取って思い至ったのか、リューが戦慄を隠しきれない声をあげる。

 

都市の守護者として若いながらも数多の死線と試練を乗り越え、都市有数の女傑揃いの【アストレア・ファミリア】。

 

だが、そんな彼女達でも太刀打ちできぬ悪がこの都市の闇には潜んでいる。その筆頭となるのが闇派閥の中であってなお、過激派と畏怖される二大派閥の団長。

 

闇派閥屈指の実力者を有する不正を司る闇派閥の蹂躙専門派閥、【アパテー・ファミリア】の事実上の団長である醜悪な老獣人、バスラム。

 

そして、最低最悪の妖魔を抱える不止を司る闇派閥の超武闘派、【アレクト・ファミリア】の団長と副団長である──────

 

「·······俺の行く先々にいやがるな、ストーカーかよ」

 

 やがて、煙幕が晴れていく。そして、そこに立っていた人物を見てアルは至極呆れたように嘆息する。

 

「まぁ酷いわ!!私達はこんなにも貴方を想っているのに!!」

 

「冷たくて冷徹で冷淡!!冷酷な英雄様は私達がどれだけ愛を囁いても耳を傾けてはくれないのね!!」

 

「でも、そんなところが」「ええ、そんなところも」

 

「「───────ぐちゃぐちゃに殺したい(愛したい)ほど大好き(大嫌い)よ、アル!!」」

 

 晴れた煙の中から現れたのは踊り子のような服装をした少女二人。二人はアルの姿を捉えるなり、嬉々とした表情で甲高い声で叫ぶ。

 

歌声のような美しい声音で紡がれる言葉は、まさしく愛の告白。しかし、その言葉に孕むのは紛れもない狂気。

 

物語の中の美姫のようでもある二人の容姿は艷やかに『尖った両耳』を除けば14、5歳のヒューマンの少女にしか見えない。

 

しかし、その爛々と輝く正気など微塵も感じられない瞳とリューやアリーゼが本能で勝てないと理解してしまえるほどに圧倒的な魔力の波動が、彼女達が尋常ならざる存在であることを如実に証明していた。

 

「その子もあの子も、みーんなディナお姉様と私が殺してあげなきゃ!!」

 

「ええ!!そうでなきゃ神に給うた命が勿体ないものね!!」

 

 アリーゼや輝夜、ライラ。そして、リューを指さしてクスクスと笑い合う二人。まるで人形のように整った顔に浮かぶ狂喜に彩られた笑顔は見る者の背筋を凍らせるには充分過ぎるほどの異質さを醸し出している。

 

美しき妖精でありながら、人の理から外れた怪物。そんな彼女たちの吐く言葉の意味を『同胞』であるはずのリューは知らない。いや、知れるはずもない。

 

「「そうしたら、その子達の血の中で私達と蕩け合う(交ざり合う)まで艶々と(永遠に)睦みあいましょう!!」」

 

 なぜなら、彼女達は『妖精』であるリューとは決して相容れない『妖魔』なのだから。

 









過去最高にモテてるアルくん(12〜13歳)とサイコパス妖精姉妹でした。

次話は『異常者VS異常者、巻き込まれるアストレアF』でお送りします

『アル』
内心、常に本編の三章終盤並のテンションのイカれやろう。本編より口調が荒いが、中身はテンション高い以外は本編と同じ。クラネルだけどベルとは義兄弟。本編と同じ血縁関係で年齢を10以上にするといろいろ噛み合わないが、それ以下だと餓鬼すぎて·····って感じなので血の繋がってない13歳ぐらい?。ゼウス、ヘラに拾われてメーテリアが引き取って養子にしたという脳内設定。実親は……。

基本的に成長スピードは本編×1.3ぐらい。スキルも一部、強化されてる。原作開始時のアイズならストレート勝ちできる。憧憬ブーストされまくってて原作開始時にはLv9行ってる。


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一章〜三章完結記念間話 偽善蠢動・後

(再投稿、やっぱりこれ以上は内容が歪むわ)


 

 

 

 

「───【空を渡り荒野を駆け、何物より疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!!」

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 緑風を纏ういくつもの大光玉。前衛でありながら魔導士顔負けの広域攻撃魔法が光の濁流となって闇派閥の雑兵達を飲み込む。

 

だが、その猛攻をもってしてもリュー達の置かれている窮地を打開するには到底及ばない。

 

「クッ───!!」

 

「〜〜〜〜〜ッ、どんだけいやがんだ、コイツら!?」

 

 部下にヴィトーと呼ばれていた不気味な男の率いる雑兵の多くはレベル1、それも一般人に毛が生えた程度の練度でしかなく、本来ならばリューたちにとっては決して苦戦するような相手ではない。

 

『量より質』の神時代において熟達した一人の上級冒険者は十人の常人に勝る一騎当千の力を発揮するという。

 

だが、今回ばかりはそれにしても数が多く、いくら倒そうとも後から湧いて出てくるように現れてくるのではキリがない。

 

「素晴らしい·····!! ここまでの多勢に無勢であっても諦めずに戦い続けるとは流石は正義の眷属と言ったところでしょうか?」

 

「───余裕のつもりか、破綻者」

 

 輝夜が苛立たしげに刀を振るう。

だが、ヴィトーはその斬撃を事もなげに短剣の腹で受け止めて甲高い音を立てながら弾き、輝夜に肉薄する。

 

その動きはまるで舞を踊るような美しさすら感じるほど洗練されたものであり、この男もまた只者では無いと知らしめる。そして、そんな男が振るう二振りの短剣はまさしく凶器そのもの。

 

その凶刃が煌めく度に掠めた輝夜の身体から鮮血が散っていく。だが、それでもなお、輝夜の瞳に恐怖の色は浮かんでいない。むしろ好戦的な笑みを浮かべて、輝夜は果敢に攻め立てる。

 

だが、ヴィトーはその全てを受け流すように回避してみせる。

 

「(チッ、アイツさえいなけりゃどうとでもなるんだがな·····)」

 

 俯瞰した視点で戦場を見るライラは内心毒づく。Lv.3でも上位に位置するステイタスとファミリア内でもアルに次ぐ白兵戦能力を持つ輝夜を相手にしてなお、互角以上に渡り合う技と立ち回り。

 

おそらくはLv.4だろう。そして厄介なことにヴィトーは突破力のある輝夜とアリーゼ、近中遠で広域攻撃魔法を使うリューの三人を同時に相手取り、かつ的確な指示を出して連携を取らせないように立ち回っている。

 

しかも、その指揮は見事なもので、決して無理攻めをせず、こちらの戦力を見極めた上で適切な人数を配分している。それはつまり、こちらの情報をある程度把握していることの証左だ。

 

ヴィトーの実力は間違いなく、闇派閥の中でも幹部クラス。それに従う凄まじい数の雑兵たち、このままではすり潰されるのは時間の問題だった。

 

だが、真に危ういのはリュー達ではない。

 

 

 

 

より追い詰められているのは二対一で同格の妖精姉妹の相手をしているアルである。

 

階層主すらまるごと呑み込もうかという業火の柱がアルを、そしてその背後からアルに斬りかかろうとした闇派閥の雑兵達をダンジョンの床や壁ごと吹き飛ばす。

 

だが、爆炎の中心にいたはずの少年の姿は既にない。そして次の瞬間、轟音が響き渡ると同時に爆炎を引き裂いて白い稲妻が何条にも枝分かれして意思を持っているかのように暴れ回る。

 

─────【サンダーボルト】

 

攻撃魔法と攻撃魔法の応酬。雷光が煌めき、爆炎が渦巻き、水晶が砕かれ、岩石が舞い踊る。余人を寄せ付けぬ次元の戦いを繰り広げる三人の周囲にはもはや原形を留めていないモンスター達の残骸が散乱している。

 

「あはっ、愉しい!!樂しいわ!!」

 

「ふふ、もっと踊って!!アル!!もっと私達を楽しませて!!」

 

「────ッ!!」

 

 【アレクト・ファミリア】の団長副団長であるディース姉妹とアル。共にそのステイタスはLv.5に到達している。

 

二振りの騎士を救う安楽剣(スティレット)を振るう白妖精の姉、ディナに魔法や魔剣を自在に扱う黒妖精の妹、ヴィナ。

 

きゃいきゃいと可愛らしい声で叫びながらまるで無垢な子供が玩具で遊ぶように、醜悪な悪女が恋人との逢瀬を楽しむような表情を浮かべて真骨頂たる殺戮の連携をアルに向けて繰り出す二人。

 

この場で誰よりも速く動けるのは間違いなくアルだ。だが、そんなアルですらも二人の動きを捉えることはできていない。それどころか、二人の攻撃を避けるので精一杯という有様だった。

 

「ああ!!仲間を心配しているのね!!でも大丈夫!!私達は貴方のことしか見ていないわ!!」

 

「私達は貴方だけを見ているわ!!だから貴方も私達だけを見ていて!!」

 

 高速戦闘を繰り広げる三人と少し離れた後方ではアリーゼ達が懸命に奮戦しているが、それでも戦況は明らかに不利であった。

 

そんな彼女達にヴィナの魔法が向けられでもしたら、抵抗すらできずに一瞬にして消し炭となっても可笑しくはない。

 

しかし、ヴィナはリューやライラには目もくれず、ただひたすらにアルを見つめて、その唇からは熱に浮かされたかのような甘い声音で魔法の砲撃と共に愛の言葉を投げかける。

 

そしてそれは、姉のディナも同様。二人はアルへの想いを口にしながら、同時に魔法を放ち、時には武器を振り回す。

 

姉のディナは穢れを知らない滑らかで白い肌を興奮で赤く染め上げ、妹のヴィナはその瞳が蕩けてしまいそうなほどに潤ませていた。

 

二人の少女の視線を一身に受けながらも、アルは顔色一つ変えずに反撃の手を止めようとしない。

 

白妖精のディナと黒妖精のヴィナの姉妹はどちらも容姿端麗。幼い印象を受ける青い果実のように瑞々しい肢体をエルフとは思えぬ露出の多い踊り子のような衣装で包んでいる。

 

女神を嫉妬させてしまうほどの美貌を持つ少女達だが、その美は獲物を引き寄せる食人花のような妖しさを孕んでいた。

 

「すごい!!すごいわアル!!こんなに私の剣が避けられるなんて初めてよ!?

 

「余所見なんかできないくらい激しくしてあげる!!」

 

 ディナの振るった刃がアルの頬に傷をつけ、ヴィナの持つ魔剣の風がアルを苛む。

 

遠中近に隙のない二人のコンビネーションに、流石のアルも攻めあぐねる。

 

「─────ッ!」

 

 アルがオラリオにやってきて数年、何度この姉妹に殺されかけたかわからない。

 

その度にアルは常人にはありえぬ速度で成長を重ね、今や姉妹と同じLv.5まで至った。だが、そんなアルと戦い続けることによって姉妹も更なる高みへと上り詰めていた。

 

姉妹ともにLv.6に限りなく肉薄した領域に足を踏み入れており、その実力はもはや都市最強派閥の主力を凌駕できるだけの力を有している。

 

その速度はまさに怪物の域。アルの攻撃を掻い潜り、あるいは避け、時にカウンターを叩き込む。

 

そして、その攻撃はどれもまともに受ければ必殺。一撃喰らえば終わりの極限状態の中で、アルと姉妹の戦いはさらに激しさを増していく。

 

ここまで来てなお、アルが二対一の状態で拮抗できている理由は間隙なく速射することのできる速攻魔法と多対一に秀でた立ち回り、そして──────慣れ。

 

「俺がこれまでに何回お前らと戦ってきてると思ってる?」

 

「「きゃあっ!!」」

 

 雷の速攻魔法、都合二十四連射。錯綜し、不規則な軌道を描きながらアルの放った雷撃がディース姉妹を襲う。回避は不可能。防御も間に合わない。直撃すれば間違いなく絶命とまではいかないが戦闘不能に陥るであろう威力を秘めた攻撃は──────────しかし、姉妹を捉える寸前で食い止められる。

 

「【開け、第五の園。響け、第九の歌】」

 

 ヴィナの歌うような詠唱に呼応するように姉妹の前に巨大な魔法陣が展開され、都合六つの砲門が姿を現す。

 

「【ディアルヴ・ディース】!!」

 

 あらかじめ待機状態にしていた広域攻撃魔法をスキルによる姉からの魔力供給によって更に強化した上で放つヴィナ。

 

それはまるで灼熱の柱。雷撃の暴風雨を食い破り、アルの視界を埋め尽くす。六柱の灼熱の業火がアルを飲み込もうと迫りくる。

 

だが、それを前にしてもアルは動じない。冷静な表情のままヴィナと同じように待機状態にしていた『大鐘楼』の音色を解放した。

 

「【英雄正道(アルバート)】、起動。─────【サンダーボルト】」

 

 収束する白と黒の粒子。アルの周囲に展開された魔法陣から放たれたのは、先程までとは比較にならないほどに巨大かつ凶悪な破壊力を宿す、落雷の嵐。

 

轟音。

 

大気を震わせる衝撃と共に、互いの魔法が衝突。互いに一歩も譲らぬ激しいせめぎ合いを繰り広げて一瞬の拮抗の後、灼熱の奔流は雷によって喰い破られ跡形もなく消え去る。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

「あぁっ!!」

 

 余波で走った紫電がディナを襲い、彼女の身体を焼く。しかし、ディナは苦痛の声ではなく矯声を上げながら艷やかな肢体を捩らせ、ヴィナもまた顔を淫媚に歪める。

 

白妖精特有の透き通るような白い肌はところどころ黒く焦げ付き、露出度の高い衣装は所々破れて扇情的な姿になっていた。

 

「貴方のプレゼント、素敵だったわ!!」

 

「今すぐ抱きしめたいくらいよ!!でも、残念!今日はこれまでにしなきゃ!!」

 

 きゃいきゃいとはしゃぐように笑い合う姉妹。その瞳には狂おしいほどの愛情と劣情に彩られていた。

そんな二人を冷めた目つきで見据えるアルは、小さく嘆息する.

 

「偉大なる邪神の王に言われているの!! 本番まで愉しみはとっておけって!!」

 

「次は必ず殺すわ、アル!! 楽しみに待っていて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

····················うーん、いや、なんというか、悪くはないんだがな

 

エルフで実力者なのは非常に美味しいと言える姉妹だが

リューに比べればどこか初々しさに欠ける感が否めないし、何より人を殺しすぎている。

 

なんか悲しい過去、というか出生になんかトラウマ的なのあるっぽいしそれを利用すればイケるか········?

 

ここまで精神が破綻してると曇らせられなそうなんだよな。

 

マジで異常者の考えることはわからんからなーーー。

 

·········あっ、そうだリューを姉妹から庇って死ねばいいんじゃね?

 

リューは言うまでもなく、守られることのなかった『妖魔』であった姉妹から光に生きる『妖精』であるリューを固執している俺が庇えば曇らせられるかもしれないな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁン·······? 【アストレア・ファミリア】の雌共か!! てめー等はお呼びじゃねぇんだよ、乳臭えガキども!!」

 

「黙れッ!! 皆が笑う筈だったこの場所で、よくも······!」

 

「絶対に許さないわ!! 絶対に、これ以上誰も奪わせない!!」

 

 炊き出しを行っていた平和な広場が一人の女の登場によって地獄へと変わり果てる。禍々しくねじ曲がった大剣を担ぎ、殺戮を謳歌するその女の名はヴァレッタ・グレーテ。闇派閥の幹部であり、数多くの冒険者を屠ってきた猛者だ。そんな彼女の登場に怒り心頭の二人は武器を構え、臨戦態勢に入る。

 

「バ〜カッ!! Lv3のてめー等がLv5の私に敵うと思ってんのかぁ〜?!」

 

 『殺帝』の二つ名を持つ闇派閥の幹部を務めるヒューマンであり、その認定レベルはオラリオの最高戦力たる第一級冒険者並のLv5。頭角を現してきたルーキーとはいえ、Lv3であるリューとアリーゼの手に負える相手ではない。二人とは格段に違う、ステイタスから放たれた剛撃にたまらず吹き飛ばされる二人だったが、白き残像だけを残して飛来した神速の一撃によってヴァレッタも吹き飛ばされ、状況が変わる。

 

「───奇遇だな、俺もLv5だ」

 

「アル·······!!」

 

「お姉ちゃん達を助けに来てくれたのね!!」

 

「そろそろ弟扱いをやめろ、アリーゼ。──で、無事か、ポンコツエルフ」

 

「ってーなっ、クソガキがあッ!! 来やがったな!!」

 

 【アストレアファミリア】の黒一点且つ最年少でありながら最強。オラリオが誇る最高戦力たる歴代最年少の第一級冒険者、アル・クラネルがそこにいた。

 

アルの持つ銀槍が霞むほどの連突きを繰り出すが、ヴァレッタはその悉くを防ぎ切り、反撃として振り下ろした大剣がアルを襲う。だが、アルはそれを回避し、ヴァレッタの懐へ潜り込むと同時に、渾身の力を込めた蹴りを叩き込んだ。地面に亀裂を走らせながら後退するヴァレッタに対し、速攻魔法の雷閃を放つ。それを大剣で防いだ瞬間を狙い、高速移動からの刺突を見舞う。

 

しかし、ヴァレッタはそれさえも見切っており、身体を反らして避けてしまう。だが、ヴァレッタではアルの速さに追いつけず、追撃の石突を避けきれず直撃してしまう。衝撃を殺し切れず地面を削るように転がり、即座に立ち上がるも、既にアルの姿はない。背後に現れた気配に反応して振り返ると、眼前に迫る銀槍の先端を視認するも、咄嵯に大剣を振り下ろすことで防御に成功する。

 

「チィッ······! どおなってやがる、てめぇ、クソガキィ!! たった数日でどれだけステイタスを上げてやがる!!」

 

「あとは老いるだけのお前と違って俺は成長期だからな」

 

「ほざくんじゃあねぇッ!!」

 

 第一級同士の戦いはまさに嵐のように激しく、巻き上がる土煙の中、攻防が繰り広げられていた。その光景を目の当たりにした二人の少女達はただ唖然としていた。自分達では歯が立たなかった相手をいとも容易くあしらう弟分を見て、彼女達が感じたのは嫉妬よりも先に、歯がゆさだった。自分たちよりも年若い弟分に守られているという現実。それは二人にとって耐え難い苦痛であった。

 

槍と大剣が激しくぶつかり合い、互いに弾き合う。そして間髪入れずに繰り出されるアルの連続攻撃に防戦一方となるヴァレッタは苛立ちを募らせていく。

 

「(ちぃっ!! このクソガキがァ!!)」

 

 言動こそ荒々しいがヴァレッタは闇派閥の頭脳であり参謀役でもある。故に彼女は冷静に戦況を把握していた。自分が押し込まれていることを理解した上で、この場に【ロキ・ファミリア】の援軍が迫ってきていることも悟っていた。だからこそ、この状況を打破するにはどうすればいいのか、思考を巡らせていた。

 

そうしている間にも、アルの攻撃の手は緩まない。むしろ加速していく。このままでは敗北すると判断するが、打開策は見つからない。ならばと、大剣に込められた力を更に強め、その反動を利用して後方へと飛び退く。突然の行動に意表を衝かれたアルは一瞬の隙を生み出してしまい、その隙を逃さず、ヴァレッタはニヤリと口角を上げて大剣をアリーゼ達に向けて投げつけた。

 

アリーゼは慌ててリューを抱き締め、そのまま地面に伏せる。舌打ちしたアルは同じく銀槍を振り絞って投擲。回転しながら迫る大剣を打ち砕くも、その時には既にヴァレッタは逃げきっていた。

 

「クソガキが!! てめーのせいで計画が台無しだ!! 絶ッ対にてめーは殺すからなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·······神エレン、ありがとうございます。手を貸してくださって───」

 

「いやいや、気にしないでいいよ、リオンちゃん。俺はただ、君達に謝りに来ただけだからさ」

 

「えっ·····?」

 

「俺もさ、君たちの真似をして、さっきの子以外も助けてみたんだ。それで、俺もようやくわかったよ。────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 充足するよ、嬉しいね、これは病みつきになってしまう!」

 

 ヴァレッタ率いる闇派閥の者たちによって巻き起こされた惨劇。巻き込まれた市民の数は多く、分担してその救援を行っていた【アストレア・ファミリア】だったが、その中でリューは足を怪我した子供の治療を行っていたエレンと名乗る糸目の神と相対していた。

 

「何、を······」

 

「ごめんよ、君達の行いを『見返りのない奉仕』だなんて言って。確かにこれは無償なんかじゃなかった!!」

 

「ちゃんと『代価』はある! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()()()()!!」

 

 狂気じみた笑みを浮かべながら、両手を広げて語るエレンにリューは得体の知れない恐怖を感じた。まるで狂人のような発言内容だが、それを本気で言っているようにしか思えないのだ。

 

「それはこんなにも気持ちいい! いやあ、早く教えてくれれば良かったのに〜。君達の献身は全然不健全じゃない。やっぱり、全知だからといって『知ったか』はダメだね。行動も伴って初めて『実感』できる。神ながら学ばせてもらったよ」

 

「·······ください」

 

「ん?」

 

「─────取り消してくださいッ!!」

 

 人ならざる神たる視点で自分達の志を嘲るエレンに対し、敵意すらこもった目を向けるリューはついに激昂する。アストレアが、アリーゼが、皆が掲げる『正義』とはそのような俗らしいものではない。

 

「───なにを」

 

 その言葉とともにスッ、と 神の目が一瞬、開かれたが激昂するリューはその観察するような神の目に気が付かない。

 

「たった今、貴方が吐いた侮辱を!! 私達は自尊心のために『正義』を利用しているのではない!!」

 

「ええぇ? 本当に〜? じゃあ、君達はなんのために戦っているの?」

 

「くどい!! 都市の平和のため、秩序をもたらすためだ。たった今、私達の周囲に広がるこの光景を撲滅せんが故だ!!」

 

「それが『自己満足』なんじゃないの?」

 

「なっ───」

 

「富と名誉だけでなく、一時の感謝すら求めていないというのなら。君達の言う『正義』とは真実、ただの『孤独』じゃないか」

 

「黙れ!!」

 

「怒らないでくれよ、エルフの子供。ただの神の酔狂さ。だから、心して自分に問うて、答えてくれよ。────君達の『正義』とは一体何なんだ?」

 

「もし、答えられないというのなら、君の言う『正義』とは悪以上に歪で悍ましいものだ」

 

「───貴方はぁああああああああああああッ!!」

 

「簡単に乗せられすぎだ、だからお前はポンコツなんだよ」

 

 周囲の救護を終えたアルがエレンへ掴みかかろうとしたリューの首根っこを後ろからつかんで止めた。いきなり素肌を触られたことに頬を染めるリューだったがポンコツ扱いに怒る。そんなリューの事を忘れたのかのように視界から外した神エレンは先程までのおちゃらけた態度を一変させ、信者へ信託をくだすかのような神らしい荘厳さをもってアルヘ語りかける。

 

「やあ、アル君。ちょうどいい、最新の『英雄』たる君にこそ聞いてみたかったんだ。君の『正義』って何かな? どうして君は人を助けるんだい?」

 

「アホか。そんな面倒なこと、俺がいちいち考えてるわけねぇだろ。······あえて言うなら、───からだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイフを捨てて!! 戦っちゃダメだ!! 君みたいな子に武器をもたせる大人の言うことなんか、聞いちゃいけない!!」

 

「私は君を傷つけたりしないよ? さあ、こっちへ───」

 

 アーディは闇派閥との戦いの中、信者特有の白いローブを着た少女を保護しようとする。いくら闇派閥に属しているとはいえ、こんな年端もいかない小さな子供を、利用されているだけであろう子供を敵として扱うことはできない。

 

そう思い少女へ駆け寄るアーディだったが、戦場の端から凄まじい速さで飛んできた白い影によって突き飛ばされる。そして────。

 

 

 

 カチッ─────

 

 

 

「───ア、ルくん?」

 

「え、あ、うそ。私、を庇って·····?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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四章完結記念五十話 槍天哄笑・前


(再投稿)


 

 

 

 

爆炎が激音とともに立ち昇る。上級冒険者すらも殺しきる灼熱の奔流が石畳を嘗め、周囲の者たちの肌を焼いていく。深層のドロップアイテムから作られたその爆弾は小規模ながら人一人を焼き殺すには十分過ぎる威力を持っていた。

 

爆炎を孕んだ閃光と熱風の中、爆熱と衝撃に空気が揺れ、石畳の破片が飛び散り、黒煙が周囲に満ちていく。

 

「え、あ、うそ。私、を庇って···········?」 

 

 突き飛ばされたアーディの視線の先、先程まで自分が立っていた場所には、灼熱の奔流の中心には自身を突き飛ばしたまま、灼熱に焼かれる少年の姿が────。

 

 

「──────ヒャハ、ァ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハァッ!!」

 

 

「見てるかァ、タナトスのクソ野郎!! てめーがたぶらかしたガキが、第一級冒険者を道連れにしたぞォ!!あひゃ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははぁ───!!!!」

 

 それを見ていたヴァレッタがたまらず剣を肩にのせながら哄笑を響かせる。

 

毒々しい薄紅の頭髪を掻きむしるようにしながら高らかに笑う彼女は、まるで勝ち誇ったかのように歓喜の声を上げていた。

 

その笑い声は戦場中に響き渡り、またたく間に冒険者たちに混乱を撒き散らす。

 

「···········うそだ」

 

「────ッッ!! アリーゼ、輝夜ァ!! 倒れてる連中から離れろぉ!!」

  

 自分たちの最強が、【アストレア・ファミリア】の仲間が、自分よりも年下の少年が焼かれる様に近くで戦っていたリューは我を失い、アルヘ駆け寄ろうとする。

 

焦げた鮮血の臭いが立ち込める中、爆発の中心部は漂う黒煙りでよく見えないがその竜の顎で齧り取られたかのように抉り取られた床や壁からまともに『残骸』が残っているかも怪しい。

 

そんな光景を前にしてリューの思考が真っ白に染まる。

 

誰よりも早く、自身を弱者だと自覚しているがゆえにもっとも早く正気に戻った小人族のライラは駆け寄ろうとするリューの腕をライラが掴み止めながら仲間に叫ぶ。

 

【量より質】の神時代においてなお、雑兵、中には恩恵を受けてすらいない者が混じっていたりもしたのは自決装置を身に着けた死兵とするため。

 

─────『冒険者を道連れに死んだ暁には死んだ家族や愛する者と再会させてあげよう』

 

そんな邪神の言葉に魅入られた信者達。

 

「「───────ッ?!」」

 

「主よ············この命、どうか愛しき者のもとへ────!!」

 

 始まりの一発としたのかアリーゼたちのもとに限らず、戦場のあらゆるところで()()が弾け、巻き込まれた冒険者たちの悲鳴が広がり始める。

 

『殺帝』の呵々大笑が響く中、戦場全体が混沌へと突き落とされる。

 

闇派閥の雑兵たちは質はともかく、単純な数では冒険者たちを遥かに上回っている。まさに火がついたかのように各地で爆音が多重に響き渡り始まればもはや戦況などあってないようなもの。

 

それは弟分の少年が死んでしまったという事実の前に呆然としていた【アストレア・ファミリア】にも容赦なく襲いかかってくる。

 

自爆兵による殺意の花火と炸裂する爆流により次々と巻き起こされる爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

茫然自失とするアーディを庇う【ガネーシャ・ファミリア】も例外ではなく、衝撃と爆熱の炸裂に四方八方から襲い来る破片が彼らを打ち据える。

 

誘爆に重なる誘爆によって倉庫の壁が次々と砕かれていき、降り注ぐ瓦礫とともに土煙が舞い上がる。

 

「(全敵兵一斉起爆────施設が持たない────建物ごと、私達を押し潰して────!!)シャクティ、ライラ、脱出!!」

 

「わかってる!! けどっ·············リオン、アーディ、よせ!! やめろ!!」

 

 火がついた爆竹のように連続して鳴り響き、未だ途絶えない爆炎の嵐に敵の目的が読めた幾人かは建物からの脱出を試み始める。

 

爆弾は連鎖的に爆発を起こし続け、建物が崩壊を始める。既に出口はヴァレッタによって塞がれている。このままでは生き埋めにされてしまう。

 

未だ仲間を失ったことに呆然としている【アストレア・ファミリア】の中で最も早くそれに気がついたアリーゼとライラは未だ、アルのもとへ行こうとするリューと、シャクティによってその場から無理やり引き剥がされたアーディへ叫ぶ。

 

アリーゼも、ライラも、そして唯一のLv4であるシャクティですら最高戦力であったアルを失ってしまった今、もはや自分達にできることは被害を最小限に逃走することだけだと理解出来ていた。

 

「───アルッ!!」

 

「うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそッッッ?!なんで私を庇ったの?!?!」

 

「あのクソガキを()()()()()()()? それは───」

 

 普段は冷徹な輝夜が珍しく感情を露わに葛藤に瞳を揺らす。

 

「〜~~ッ わぁってるよ!! けど、行くな、行けるかよっ!! アタシ等まで生き埋めになるぞ!!」

 

 鳴り響く爆炎のコンサートに紛れて響く悲痛なる叫び声。

 

崩れ落ちる建物の中、頭をかきむしりながら血を吐いて非情な指示を下す参謀役の姿にアリーゼが、輝夜が歯を食いしばりながら動き出し、リューを、アーディを連れて建物から脱出する。

 

─────────倒れ伏すアルをその場に置き去りにして。

 

「いやぁああああああああああああああああッ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────い〜い合唱じゃあねぇか!! 最高だァ!! ずぅっとこれがやりたかったんだァ!!」

 

「さぁ、宴の始まりだ!! いい声で哭け!! そして死ね!! ハハハハハハハハハハッ!!」

 

「一人たりとも逃がすかよ。民衆も、冒険者も、神々さえも、全員皆殺しだ!! なんてったって、これは悪と正義の『大抗争』だからなあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────フィルヴィス!!お前はもう、休んでろ!! さっき精神疲弊を起こしかけただろう!!」

 

「っ·············いいえっ!! 私も戦います!! 戦ってみせます!!」

 

 戦場の一角、闇派閥を相手に塹壕戦でもあるかのように煤にまみれながら戦う中規模の一団があった。

 

彼等は【デュオニュソス・ファミリア】。主神であるデュオニュソスを敬愛し、彼のためなら命をも投げ出すという覚悟を持った団員達の集まり。

 

その士気は極めて高く、オラリオを守るため、ここで負けるわけにはいかないと誰もが全力を尽くして奮闘していた。

 

そんなファミリアの団長に首を横に振ったのは幼いとすら言える若さのエルフの少女だった。

 

フィルヴィスと呼ばれた少女は、この場にいる誰よりも若い。

 

『穢れ』とは無縁な美しい濡羽色の髪をたなびかせ、妖精を思わせる美貌を煤に汚しながらも、その赤緋色の瞳は爛々と燃え盛っている。

 

成長すれば高潔で怜麗な妖精となるであろう容姿。年若いながらにファミリアの戦力を担う彼女は魔導士としての実力を遺憾なく発揮してみせる。

 

「このオラリオを闇派閥から護る戦いに、私だけ休んでいるわけにはいかない!! あの方も!!ディオニュソス様もこの凄惨な戦いに胸を痛められているに違いありません!! 支援でも、防御でも、攻撃でも、何でもやってみせます!!」

 

 彼女の名はフィルヴィス・シャリア。白い巫女服を思わせる戦闘衣に身を包み、大聖樹のワンドを構えると、迫り来る闇派閥の雑兵たちを見据えて詠唱を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「都市の北部には【フレイヤ・ファミリア】の予備隊、第一級冒険者達が布陣している!! ギルド及び工業区の防衛はすべて任せる!! 援軍は送らない!! もしものときは『白妖の魔杖』の指示を仰げ!! 北の指揮の全権を彼に委ねる!!」

 

 都市の最終防衛ラインであり、本拠地とも言えるバベルの直前のセントラルパーク。そこでは数少ない第一級冒険者であり、この戦いの最高指揮官である【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナが戦場の状況伝令に来るあらゆる派閥者たちに指令を下していた。

 

「都市南方の攻勢が激しい!! 【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦、【ヘファイストス・ファミリア】の椿たちも向かわせろ!! 南から南西にかけて戦力を集中させる!!」

 

「(こちらの被害はすでに甚大。が、()()()()()。第一級冒険者を中心に展開すれば、彼我の戦力差ならば覆せる。ここは迷宮都市オラリオだ。都市全体を巻き込もうと総力戦になれば敵う勢力は存在しない。闇派閥もそれはわかっているはず)」

 

 撃鉄装置と火炎石による雑兵の自決自爆。上級冒険者をも殺し得るその威力は相手が一切躊躇わずに使ってくることも考えれば極めて脅威だ。すでに多くの被害者が出ている。

 

しかし、ここは未知を敵とする冒険者たちの都。爆発の威力こそ高いがそれを身に着けているのは一般人に毛が生えた程度の雑兵。

 

自決装置をつけた死兵への対策法はすぐに確立され、方々では魔剣や魔法、弓矢などの遠距離攻撃で死兵を刈っている。自爆の恐怖と脅威が通用するのは最初だけ、このまま戦いが続けばそれなりの被害こそ出るだろうが、この戦いはフィンたちの勝利で終わる。

 

結局のところ神時代の戦いは『量より質』。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の二大派閥が抱える第一級冒険者や【ガネーシャ・ファミリア】や【イシュタル・ファミリア】などの有力派閥のLv4の第二級冒険者を突き崩す戦力があちらになければ、いくらでも対処できる。

 

だからこそ、今この場で最も重要なことは敵の主力である第一級冒険者級の信徒の動きを把握して封じること。そして都市全体の防衛線を維持することなのだ。

 

都市全体で防衛戦を行うならともかく、一点突破で都市攻略を狙う敵を各個撃破するのは容易い。故に、まずは都市の南方から攻め入る敵を抑え込む必要がある。そうすれば、北方と東方にも十分な余裕ができるはずだからだ。

 

注視すべきは第一級冒険者級の戦力。

 

闇派閥の頭脳であり、殺戮を何より愛する凶女、ヴァレッタ。

 

そして闇派閥の中であってなお、過激派と畏怖される二大派閥の団長。

 

闇派閥屈指の実力者を有する不正を司る闇派閥の蹂躙専門派閥、【アパテー・ファミリア】の事実上の団長である醜悪な老獣人、バスラム。

 

最低最悪の妖魔を抱える不止を司る闇派閥の超武闘派、【アレクト・ファミリア】の団長と副団長、ディース姉妹。

 

どちらもヴァレッタと並んで罪なき人々を殺めている狂人たちであり、ここで潰しておくべき相手だ。

 

「(指の疼きは強くなる一方········ここから一体何を仕掛けてくる?)」

 

 それが故にそれをフィンと同じように理解しているはずの敵の指揮官である闇派閥幹部、ヴァレッタの考えが読めない。そして、フィンの勘はまだ、『これから』だと囁いている。

 

「だ、団長ぉ!! 南西で持ちこたえたファミリアが壊滅!! 上級冒険者が············全員、やられたっすッ!!」

 

「······!! ヴァレッタか?」

 

「·······違うっす!!」

 

 そのフィンの勘が的中したのか泡をくいながら駆け寄ってきたラウルの報告に目をむく。少なくない数の上級冒険者の壊滅、それは間違いなく自決装置によるものではなく、強大な個。

 

恐らくは敵の第一級冒険者相当の幹部たちの仕業だと当たりをつけたフィンだったが、今回ばかりはその神がかった予見も外れる。

 

「大剣を持った戦士と············女の魔導士に············一瞬でたった二人に、やられたっす···········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには惨状が広がっていた。闇派閥の自爆兵達は、冒険者達を道連れにすべく、自らが持つ武器の導火線に着火し、次々に爆散していく。

 

それは戦場に咲いた血華の如く、美しくも残酷な光景だった。その死の火は冒険者だけでなく、街を、民衆を、焼き尽くさんと広がっていく。

 

都市は燃え上がり、建物は崩れ落ちていく。火の手は瞬く間に広がり、人々は逃げ惑う。

 

その様はまるで地獄絵図。ある者は自らの命を燃やして、家族の元へ逝こうとし、またある者は自らの命を犠牲に、愛する者を守ろうとする。

 

闇派閥の雑兵はただひたすらに、死を恐れず、死ぬことこそが救いだと言わんばかりに、その身を賭して死んでいく。

 

そんな彼らの最期を見届けるかのように爆音が轟き、人々の恐怖を掻き立てて無辜の命を摘む。

 

だが、そんな混乱の最中でも、冒険者たちは懸命に戦っていた。

 

爆音、爆煙、血煙が舞い踊る中、彼らは果敢に戦い続ける。自爆兵が放つ閃光と、爆発。そして悲鳴と怒号が飛び交う中で、彼らは決死の覚悟で戦い続けた。

 

しかし、実力差を覆すほどの数の差が、冒険者と自爆兵の間にはあった。

 

やがて限界を迎えて力尽きて倒れる冒険者、それを好機と見た闇派閥の雑兵が無慈悲に刃を突き立て、その命を奪う。

 

阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

「················」

 

 そんな中でただ一人、まるで無関係だと言わんばかりの静寂を保ちながら佇んでいた。

 

ローブの隙間から覗く瞳には感情の色はなく、目の前に広がる戦場の光景になんら興味を示すこともなく、ただ立ち尽くすのみ。

 

耳を澄ませれば、あちこちで爆音が聞こえる。遠くからは悲鳴や、剣戟の音、魔法による戦闘の気配。それでも彼女は微動だにしない。

 

惨状の只中にあって『静寂』を体現するかのように、ただ静かにそこにいるだけ。

 

「何を、している」

 

 その『静寂』を破るように響く冷涼な声。それが自分に向けられていることを察した女は、ようやく反応を見せる。

 

ゆっくりと振り返った彼女の視線の先には翡翠の髪を持つ【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者。女神が嫉妬するほどの美貌を誇るハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴの姿があった。

 

彼女の背後には同じく【ロキ・ファミリア】の主力であるドワーフの戦士、ガレス・ランドロックが戦斧を手に険しい表情を浮かべている。

 

二人共、この戦場の中で唯一、この女だけが異質であることに気づいていた。そして、この戦場において何よりも優先すべきことがあることも。

 

「忌むべき雑音、だが、二度と聞くことのない旋律。それに耳を傾けている。私なりの拝聴にして黙祷だ」

 

 リヴェリアの纏う暴風のような魔力にも、ガレスの殺気にも、女の態度は変わらない。

 

感情の乗らない平坦で無機質な声で、淡々と言葉を紡ぐ。それは二人の問いに対する答えとしてはあまりにも要領を得ないもの。

 

「いくら煩わしくとも、いざ失われるとなれば惜しむ。それが人だろう───?」

 

 凪いだ湖面のように静かな声が、周囲の喧騒の中で奇妙なほどに響いて聞こえた。その言葉は、どこか自分自身に対して言い聞かせるような響きを含んでいる。

 

「───貴様の所業は、人のそれではない。貴様の足元に広がっているもの、それは何だ?」

 

 怒気を孕んだ声が、女の胸を刺す。しかし、女は動揺すら見せない。リヴェリアの怒りなど意に介さず、彼女は淡々と語る。

 

「────沢山の死骸(ガラクタ)

 

 女の足元には竜の顎に咀嚼でもされたかのように『ぐしゃぐしゃ』となった男女の死体。

 

さらに、その周囲には手足を吹き飛ばされ、胴体に大穴を空けられ、内臓を撒き散らしながら絶命している冒険者の姿がある。

 

そのいずれもが、つい先程まで生きていた者達。それをまるで路傍の石ころを見るような冷たい眼差しで見下ろし、 女は無感情に、まるで当たり前のことを口にするように。

 

「────もういい、己の命をもってその非道を償え!! 【吹雪け、三度の厳冬────我が名はアールヴ】!! 【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 怒りをそのまま詠唱に乗せ、翡翠色の魔法円を展開するリヴェリア。その手に持つ杖の先端に宿る氷結の魔力は瞬時に発動し、女に向けて絶対零度の凍気が放たれる。

 

吹き荒れる豪雪と凍てつく猛風。絶対零度の嵐が女を呑み込もうと襲いかかるが、 女は手を掲げると、静かに一言、呟いた。

 

────────────【魂の平静(アタラクシア)

 

瞬間、女に迫りくる極寒の嵐を全てが静止した。いや、正確には違う。

リヴェリアの放った魔法が、冷気が消失したのだ。

 

不可視の壁にでもぶつかったかのように掻き消えるリヴェリアの魔法。

 

「相殺ッ?! ────いや、無効化?!」

 

 リヴェリアの翡翠の瞳が驚愕に染まり、限界まで開かれる。ありえない。ありえるはずがない。あの威力の魔法が、超短文詠唱としても短すぎる一言で打ち消されるなど。

 

そう、これは単純な魔法攻撃の相克による消滅ではなく、純粋なる『無効化』。

 

だが、そんな魔法効果そのものを打ち消すというあり得ない現象にリヴェリアは『既視感』を覚える。遥か昔に、似たような光景を見たことがあると。

 

そんなリヴェリアの思考を遮るように女は手をかざす。凄まじい速さで収束する魔力。

 

「お、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!!」

 

 その魔力の励起を察知したガレスが雄叫びを上げながら戦斧を振りかぶり突進する。

 

しかし、動じることなく女は腕を振るう。その動作に合わせてこれまた、たったの一言で完成した魔力が振るわれる。

 

────────────【福音(ゴスペル)

 

「ぐああああああああああああああ?!」

 

「ガレス?!」

 

 次の瞬間、世界から音が消えた。否、音が炸裂した。音という概念そのものが破裂して消滅した。

 

音の衝撃波による轟雷が戦場を駆け抜けていく。それはドワーフの大戦士を容易く弾き飛ばし、決河の勢いで砲弾のように壁へ叩きつける。

 

耐久にステイタスを割り振った前衛特化の第一級冒険者ですら一撃でのしてしまう圧倒的な破壊力。

 

かろうじて斧を杖代わりに倒れず堪えたガレスだったが、その体は小刻みに震えている。そして、その衝撃波は余波でありながらもリヴェリアの全身を襲う。

 

「相変わらず、喧しい連中だ。8()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 破滅の喇叭をかき鳴らしたとは思えぬ静謐な声。戦慄するリヴェリア達を前に、女は淡々と言葉を紡ぐ。

 

魔法の『無効化』に破滅の喇叭、そのどちらもが恐るべきことにたったの一言で完成されていた。

 

「この魔法の破壊力·····まさか·······!!」

 

「この唯一無二の異能········貴様は!!」

 

 ローブに端から除く灰色の頭髪に、奥に光るヘテロクロミア。それはかつてオラリオに君臨していた最強の魔導士と同じ特徴。

 

「「────『静寂』のアルフィア!!」」

 

 二人の戦慄と畏怖に満ちた声が重なる。『絶望』の象徴たる女の名を叫ぶ。

 

返されるのは無言の肯定。その絶望に、リヴェリアとガレスは表情を大きく歪める。

 

「神時代以降、眷族の中で最も 『才能』 に愛された女。才能の権化にして、『才禍』の怪物!!」

 

 当時、弱冠十六歳で今のオラリオにはいない英雄の階梯、Lv.7に到達した元都市最強の魔導士。史高、にすら届き得たかもしれぬ天上の神才。

 

「生きていたのか、最強の女神の眷属(ヘラ・ファミリア)··········!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーーーーーーーーーーーッ(深呼吸)

 

────さいっこう!!

 

うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!

 

ああその顔だ、その声が、欲しかったんだ!!

 

ああ、最高────────ッ!!

 

たまらねぇなぁ、あのアーディたちの顔はよぉ!!

 

ニヤケが止まらねぇ······。油断したら大笑いしちまいそうだ······。

 

このまま生き埋めになって死ぬのもいいんだけどォ。

 

『妖魔』でも、『精霊兵』でも、『暴食』でも───『静寂』でも。今のオラリオには()()はいくらでもある。

 

せっかくならもっと『盛大』に死んでやる!!

 

 





加筆が一万超えてちょっと長くなったので50話記念も兼ねて二話に分けました、次話もアストレアレコードです。ザルドおじさんは後編。




【シリアスとシリアル】
アーディ・リュー「いやああああああ──ッ」
フィルヴィス(12歳)「都市の安寧ために!!」
フィン「何が起きてるんだ?!」
リヴェ・ガレス「お、お前はッ?!」


アル「スーーーーーーーーッ(深呼吸)」



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四章完結記念話 槍天哄笑・後

 

 

 

 

 

 

 

「─────脆いな。酷く柔すぎる。一体、いつから冒険者は腐った果実と化した? ()()()()()()()? どこまで俺を失望させる、オラリオ」

 

 炎に播かれる都市を漆黒の『覇者』が闊歩していた。都市は燃え上がらんばかりの業火に包まれ、冒険者以外の一般市民も巻き込み、次々と命を刈り取られていく。

 

漆黒の全身鎧に黒い外套を纏い、頭には口元以外を隠したバイザー付きの兜を被った男。身の丈ほどの黒い大剣を手にしながら、その歩みには一切の迷いがない。

 

見るからに只者ではないその男はまるで散歩でもするかの如く、歩を進める。その歩みには何の迷いもなく、ただ目的を果たすために淡々と歩き続ける。

 

一歩踏み出すごとに地が揺らぎ、命が絶たれていく、死の凱旋。冒険者の放つ魔法が、刀剣が、弓矢が、槍が、斧が、鎚が、魔剣が、男の身体を掠めることすらなく弾かれ、逆に冒険者たちは一人、また一人と倒れ伏せる。

 

優に二メートルを越す巨躯の男の歩みは止まらない。戦場にいる誰もが、彼の足を止めるには至れない。

都市の大通りは、既に彼の手によって蹂躙されていた。

 

その身に宿した膨大な膂力と、力任せに振るわれる剛剣によって勇猛な冒険者たちが紙くずのように命を散らせてく。

 

中には第二級の実力者すらもいたが、彼には傷一つつけられずに一撃のもとに絶命する。

 

戦場を歩くその姿はさながら死神。そんな男が通り過ぎるだけで命が刈り取られ、地獄絵図が生まれていく。

 

漆黒の『覇者』が一太刀、また一太刀と振り下ろすたびに死を振りまく。目を疑うようなこれまた黒い大剣を指揮棒代わりに、漆黒の騎士は命の音色を奏で続ける。

 

人の形をした暴虐の化身。まさにそれこそがこの男だった。火の弾ける音と冒険者たちの断末魔だけが響き渡る。 

 

彼に言葉を返す者はいない。

 

あったのは死角を突いた銀槍の一撃のみ。一条の雷のように放たれたソレをこともなげに受け止めたのは彼のガントレット。

 

虫を払うかのように無造作に払われた手甲。金属同士がぶつかり合う硬質な音が響く。完全に不意をついた筈の奇襲を流れるように対処した漆黒の戦士。

 

銀槍を放ったのは猫人の青年、アレン。アレンの顔に浮かぶのは驚愕、動揺、そして畏怖の念。

 

「ああ、お前はいいぞ、猫人。風のように速い。────が、そよ風のごとく軽すぎる」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ?!」

 

 『覇者』の腕が霞んだ瞬間、アレンの身体が吹き飛んだ。吹き飛ばされた勢いのままに地面に叩きつけられたアレンの口から苦悶の声が漏れる。

 

咄嵯に受け身をとったが、衝撃を殺しきれず肺の中の空気が強制的に吐き出される。石畳を滑り、止まる。

 

慌てて顔を上げると、そこには既に目の前に佇む漆黒の影。アレンの視界が捉えたのは漆黒の全身鎧に包まれた、鎧の上からでもわかるほど鍛え抜かれた肉体。

 

「ふざけるんじゃねぇ、何をしやがった───?!」

 

「だから、撫でただけだ。いちいち驚くな」

 

 その右手で大剣を持ち、空いている左手が握り拳を作っている。直感的に危機を感じ取り、転がるようにその場を離れると、一瞬前までアレンが立っていた場所にクレーターが出来る。

 

まるで巨人が殴ったかのような破壊の跡にゾワリと背筋が凍りつき、心臓が早鐘を打ち、額から汗が流れる。

 

予備動作を見抜けなかった。紙芝居の絵が抜けているかのように突然の出来事に反応できなっかった。

 

───強い。

 

アレンの中で警笛が鳴る。それは本能的な恐怖からくる警告。今までに感じたことのない威圧感と圧力に呼吸が荒くなる。

 

勝てるイメージが浮かばない。他の闇派閥の幹部とは格が違う。Lv5の中でも上位に位置する実力を有しているアレンをしてそう思わせるほどの存在感。

 

「冒険者ならば、 さっさと 『未知』を『既知』に変えろ。でなければ、その首はねて───俺が喰らい尽くすぞ?」

 

 ゾクリ、と本能が警笛を鳴らす。今まで感じたことの無い程の濃密な殺気、それがアレンに向けられる。

 

アレンは歯を食い縛り、腰を落として構えを取る。戦慄する心を無理矢理に抑えつけて意識を集中させる。

 

「お前は·······」

 

 そこに野太い第三者の声が割って入った。声の主は急所のみを覆う軽装に全身鎧のような筋肉、二メートルを超える身の丈ほどの大剣を血に濡らした猪人、オッタルだった。

 

オッタルはこの惨状には目もくれず、漆黒の戦士だけを驚愕の眼差しで見つめていた。

 

この場でオッタルだけが知っていた。この男の正体を、その力を、その強さを。だからこそ、オッタルは驚愕せずにはいられなかった。

 

かつて己が追い縋った存在。最強に至るための壁にして憧憬の存在。他人の空似ではない、あの男だと確信できた。

 

しかし、同時に疑問が浮かび上がる。なぜ、こんなところにいるのか。あの戦いからもう何年もの歳月が流れた。それなのに、どうして今更姿を現したのか。

 

幾度となくオッタルに敗北の泥を塗ってきた男、その男が今になって現れた理由がわからない。

 

オッタルの脳裏で様々な思考が入り乱れるが結局答えは出ないまま、男は口を開く。

 

「ああ、猪小僧。ようやく、()()()()()()()()()()。となると、その猫はお前の後進か」

  

 その威容に相応しい重厚な声色、そして聞き覚えのある口調。間違いない、目の前に立つこの男がかつて の『最強』であると確信した。

 

確信と共に溢れ出る汗、震える手、高鳴る鼓動。

 

その震えは武者震いではなく、畏怖によるもの。

 

「········アレン、下がれ。あの方を、フレイヤ様をお守りしろ」 

 

「ああ? 何をほざいてやがる、オッタル!! あの野郎は俺が轢き潰す。テメェは手を────「聞け!!」──ッ!!」

 

 憤激するアレンの怒号を遮り、オッタルは言い放つ。ともすればアレン以上の戦慄を孕んだ声で。

 

憎たらしいほどに頑硬で小動もしない巌の如き表情を苦渋に歪めて。それは、オッタルが初めて見せた焦燥の感情。

 

普段のオッタルを知るアレンは、その言葉に驚き、そして気圧された。オッタルの視線は漆黒の戦士を捉えたまま、動かない、動かせない。

 

「俺をわずかでも団長と認めているなら、行ってくれ。俺のためでなく、女神のために·······泥を飲んでくれ」

  

 初めて聞く、オッタルの懇願にも似た苦渋の声色。それはアレンの怒りを鎮火させるには十分すぎるものだった。

 

アレンはチラリとオッタルを一瞥すると、無言のままに駆け出した。アレンの姿が見えなくなった頃合い、オッタルは改めて漆黒の戦士に向き直る。

 

漆黒の兜に漆黒の鎧、漆黒の大剣。黒一色で統一された装備の中で、唯一輝きを放つ鮮血の跡。

 

「変わらんな、その女神至上主義。まだ乳離れができていないのか、クソガキ」

 

 畏怖を隠せないオッタルを嘲笑うかのような声音。だが、オッタルはそれに怒りを覚えなかった。

 

そんな感情に割く余裕などありはしない。息が詰まるほどの重圧、心胆を寒からしめる覇気、全てがオッタルを上回っている。

 

この感覚は知っている。否、忘れようもない。

 

「馬鹿な········なぜ、お前がここにいる!!」

 

 オッタルが挑みつづけ、なお届かなかった壁。その頂が眼前に佇んでいた。

 

「ザルド!!」

 

 

 

 

 

「───なぜ、俺がここにいるかだと?」 

 

 オッタルの焦燥と畏怖を侮蔑するように、ザルドと呼ばれた漆黒の男は静かに口を開く。

 

そして、兜に手をかけてその相貌を露にする。臙脂色の髪、切れ長の目、彫りの深い顔立ち、そして顔を覆うような傷痕。竜や獅子のような猛々しい雰囲気を纏う男だった。

 

その容姿に記憶と相違するものは見受けられない。オッタルの記憶の中の面影と一致していた。

 

紛れもない『英雄』の威容がそこにあった。

 

「ゼウスが消えた、ならば相応の戦場を求めるまで。········それでは納得できんか?」

 

「ベヒーモスの戦いから一線を退き、死んだとすら噂されていたお前が今更、なぜ───!!」

 

 動揺を露にしたオッタルの問いに対し、ザルドは平然と答える。その答えはオッタルの理解の範疇を超越していた。

 

この男は、目前の漆黒の戦士は本物の『英雄』だ。

 

かつての大偉業。三大冒険者依頼の一つ、漆黒の巨獣ベヒーモスの討伐。太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

千年にも渡る下界の悲願であったそれを成し遂げた最強の集団─────【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 

神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv8とLv9の団長達によってそれぞれが率いられ、更にその軍下には今のオッタルですら及ばぬ本物の英雄達がいた。

 

彼らはまさに一騎当千、万夫不当の豪傑たち。その力は今のオラリオにいる冒険者達とは決して比べられるものではない。

 

まさに最強、まさに無敵、下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団、神々の全てが英雄たちの勝利を疑っていなかった。

 

そして、成し遂げた。『静寂』の鐘の音が海の覇王リヴァイアサンを打ち砕き、そして──────『暴喰』の牙が陸の王者ベヒーモスを平らげた。

 

当時、弱輩であったオッタルにはその偉業を成し遂げた武人の背中を見ることしかできなかった。だが、それでもその背は、その勇姿は目に焼き付いている。

 

「俺には学がない、だがそれを差し引いてもわからん。かつては都市の守護者として隆盛を我がものとした貴様がなぜ、オラリオに牙を剥く?! その矛盾は········一体何だ!!」

 

 そんな英雄がいまや、守っていたはずのオラリオを脅かす敵となるなどあり得るはずはない。

 

「俺はもう剣を構えているぞ。にもかかわらず、敵の動機を知らなければ戦えないか?」

 

 そんなオッタルの疑念と困惑に呆れたように嘆息するザルド。そして、その手に握られた漆黒の大剣を肩に担ぐ。

 

重圧にも似た威圧感が、ザルドを中心に渦巻いていく。それは、かつてオッタルが幾度となく相対してきた強者の証。

 

「何たる惰弱、何たる脆弱」

 

 真理を突くかのような言葉にオッタルの動悸が跳ね上がる。

 

「派閥は違えど、お前の泥臭さを俺は評価していたが·········見込み違いだったか」 

 

「────ッ」

 

 幻滅を隠しもしないザルドの声音。オッタルはその声に、心が軋む音を聞いた気がした。

 

「────まぁいい。ついでに語ってやろう」

 

「俺の矛盾とは、今のお前に抱いたように全て『失望』の延長だ」

 

 

 

 

 

 

 

「都市を襲う理由が『失望』だと········?」

 

 絶句するリヴェリアに酷くつまらなそうに目をつむるアルフィアの足元に転がる死体の数は既に百を超えている。

 

そのどれもが女が蹂躙してきた者達。静寂の魔女がかき鳴らす破壊の喇叭は強者も弱者も分け隔てなく物言わぬ骸に変えていく。

 

「その通りだ。失望こそが我々を再び英雄の都へと誘い、争乱を呼んだ」

 

 灰色の頭髪から僅かに覗かせる二つの瞳には何の色もない。あるのはただ、純粋なまでの失望のみ。

 

リヴェリアとガレス、二人の第一級冒険者の顔に動揺が広がる。現状の第一級冒険者の中でも突出した実力を誇る二人でさえ、目の前の怪物には敵わないことを本能的に悟っている。それ程までにアルフィアの纏う雰囲気が常軌を逸していた。

 

「────ッ、なにを言っている!! 何に失望したというのだ、貴様は!!」

  

 ガレスが怒号を響かせながら斧を構え、突撃する。大戦士に相応しい巨体で地を砕きながら突進し、豪快に戦斧を振り下ろす。轟音とともに放たれる渾身の一撃。しかし、その攻撃は虚しく空を切る。

 

まるで初めからそこにいなかったかのように消え失せるアルフィアの姿。

 

魔導士とは思えぬ身のこなしに瞠目する暇もなく、背後から聞こえてくる冷徹な声。

 

「────全てに対して、その中にはこのオラリオも含まれるというだけのこと」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴとガレス・ランドロック。殺気立つ都市屈指の実力者二人を前にしても、アルフィアは眉一つ動かさない。

 

「ふざけるな·······きさまがいかに強大であろうと、落胆一つで都市を破壊する道理などあるものか!!」

 

「囀るなよ、エルフ。この世界には雑音が多すぎる。ならば、間引くしかあるまいよ」

 

 

「忌まわしき神々の増長を許し、この現し世に甘い夢を見せた。ならば、眷属たる俺たちにも一端の責任はあるだろう。だから、潰す」

 

 

「神時代はもう終わる。私達が終わらせてやる」

 

 

「「故に果てろ、冒険者」」

 

 

「「「────────ッ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──誰かぁ、誰かぁ』

 

『──助けてくれぇ!!』

 

『──うああああっ!!??』

 

 死と爆炎の騒乱。一般人も冒険者も区別なく襲う死の灼熱は各地であらゆる命を燃やし、あっという間にオラリオを地獄絵図へと変えた。

 

ある者は火だるまになりながら逃げ惑い、またある者はまだ生きている家族を助けようと駆け寄り、そしてその隙を突かれて燃え盛る業火の餌食となる。

 

誰もが絶望の中、それでも生にしがみつくために必死で足掻く。だがしかし、そんな光景をあざ笑うかのように邪神の信徒たちは次々と民衆の命を摘んでいく。

 

この都市そのものが巨大な贄であるかのように、彼らは無慈悲に命を奪っていった。

 

リュー達が守ってきた平穏な日常が一夜にして消し去られていく様を目の当たりにして、リューはその美しい顔立ちを歪める。

 

「ああぁ、ああ──────」

 

「突っ立っているな、間抜けぇ!!」

 

 身体を返り血と煤で汚している輝夜はその地獄絵図に戦いすら忘れて呆然と立ち尽くすリューの胸ぐらをつかんで叫ぶ。

 

「·······っ!! か、輝夜·········」

 

 

「さっさと剣をとれ!! 何を木偶と化している!! 今、私達が愚図でいることは許されない!!」

 

 

「し、しかし、でもっ········だって·····こんなこと、あっていいはずがない!! アルが私達の────ぐっ」

 

 柳眉を逆立てリューの頬を張った輝夜は彼女を睨み付け、声を張り上げた。

 

「現実から目を逸らすな、たわけぇ!! 絶望の虜となるな、青二才!! 考えるな!! 動け!! 戦え!! 一人でも多くの命を救え!! アーディもだ、あのクソガキの犠牲を無駄にするな!!」

  

 血を吐くような叫びをあげる輝夜に気圧されながらもリューは歯を食い縛る。

 

悲しみに暮れ、涙に濡れたリューの頬を必要以上の力で叩いた輝夜の言葉は何一つとして間違ってはない。間違ってはいないのだ。

 

未だ涙の枯れぬリューはそれを理解するがゆえに歯を食いしばりながら、泣きながら走り出し、それを目にした輝夜は口をつぐんで刀を振るうのを再開する。

 

 

 

「·······わりーな、輝夜、損な役回り任せちまって。お前だって───いや、お前が一番辛いってのによ」

 

 根を同じくするライラだけは口をつぐんで突き進む輝夜の肩の震えに気がついていた。

 

 

 

 

 

 

「─────────ああ、正義の眷属か」

 

「お、ま、えは········ッ」

 

 そこには灰色の女がいた。あまりにも静かに、あまりにも自然に地獄絵図の中に立つがゆえに紛いなりにも第二級の実力を持つ輝夜たちはその女が自ら言葉を発するまでその存在にすら気がつけなかった。

 

あるいはその大きすぎる魔力が故に逆に気がつけなかったのかもしれない。今の輝夜たちを襲うのは純然たる恐怖、違いすぎるのだ。

 

上級冒険者として並の使い手とは一線を画す実力を持ち、格上の敵とも幾度となく剣を交えてきた【アストレア・ファミリア】だからこそわかる、わかってしまう絶望的なまでの彼我の差。

 

灰色の頭髪に固く結ばれた双眸、喪服を思わせる黒いドレスに身を包んだ、一見すれば華奢ですらあるその美女。

 

戦場に似つかわしくない、凪いだ湖面のようでありながら、同時に嵐のように荒れ狂っているかのような矛盾を感じさせるヘテロクロミアの瞳が輝夜たちを映す。

 

その女を中心に沸き立つ悪魔的な魔力の波動、ただ相対しているだけで死を覚悟させるその様はまさに人の皮を被った怪物。

 

「悪いが、お前たち雑音に名乗るべき名など持たない。正義の眷属よ、我が死の喇叭にて醜い肉塊となって果てろ───【福音(ゴスペル)】───」

 

 輝夜達の反応も退避も許さぬ死の宣告。抗いようのない死の一撃が少女達に見舞われようとし─────────。

 

【───────サンダーボルト】

 

彼方から飛来した大雷霆によって打ち消される。大神の裁きを思わせる雷霆の一撃はどれだけの力が込められていたのか、姿なき不可視の死音を掻き消したどころか勢いを失わずに灰色の女へ襲いかかる。

 

「────【魂の平静(アタラクシア)】────。嗚呼、来てしまったか。我が罪の愛し子よ」

 

 純白と灰銀、二人の才禍が相対した。

 

 






人間性が薄汚れている白髪vs公式チート


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第五章
五十二話 俺はこれを高嶺の花と書いて生き遅れ直行と読む現象と心の中で呼んでいる





いつもコメントありがとうございます。


 

 

 

この世に生を受けた時から、自分は───ティオナ・ヒリュテはその国にいた。

 

────ゼ・ウィーガ!!

 

────ゼ・ウィーガ!!

 

────ゼ・ウィーガ!!

 

常に今も、耳に残る勝者を讃え、敗者を嘲る女戦士の雄叫びが響き渡る陸の孤島、テルスキュラ。

 

血錆の臭いと戦場の香りが混ざり合うその土地で、ティオナは生まれ落ちた。その孤島では女神が降臨する神時代以前、古代から儀式という名の殺し合いが行われてきた。

 

降臨した女神はその殺し合いを歓迎し、常人を超人に、超人を英雄へと変える『恩恵』を与えた。

 

それ以降、テルスキュラでは生まれてすぐに女神から『恩恵』を与えられ、眷属の末席に加えられる。

 

テルスキュラのアマゾネスは言葉を発するよりも先に戦い方を教わり、物心がつく前にモンスターの殺し方を覚える。

 

母親が誰なのかは知らない、握っていたのは母親の手ではなく身体に見合わぬ大きさのナイフだった。自分について知っていたのは名前だけ、それ以外は何も知らなかった。

 

ただ一つ、自分達がテルスキュラの『真の戦士』を作り出すという目的のために戦うことだけは教えられた。

 

テルスキュラでは強さこそが正義

であり、弱き者は強者に従うしかない。強者は弱者を従え、弱者はそれを甘んじて受け入れるしかないのだ。

 

アマゾネスの本能がそのまま形となった国、それがテルスキュラだ。神時代に移り変わってテルスキュラに降臨した女神も闘争を愛しており、彼女から齎された『恩恵』はその闘争をより激しく、より苛烈なものに変えた。

 

そんな戦いの日々を、辛い、と思うことはなかった。戦いの日々はあたしにとって当たり前のことであり、疑問を抱くことはなかった。

 

勝てば生きることができ、負ければ死ぬだけだ。そこに辛さなどはなく、ただ自分が生き続けるには勝ち続けなければならないということだけが理解できた。

 

石の闘技場にて行われる戦いは命を賭けたものであり、その戦いの中で死ねば自分もまた石のように砕け散ってしまうだろう。

 

血に濡れない日はなかった。肉を引き裂かない日はなかった。骨を砕かない日はなかった。内臓を引き摺り出さない日もなかった。

 

冷たい石の闘技場で血の温かさを感じながら、変わらない日々の中で変わらず刃を振るう。

 

そうして幾年か経つと殺し合う相手がモンスターから同じアマゾネスに変わった。相手を殺すことに躊躇いはない。だが不思議とその時ばかりは自分の手が鈍く感じられた。

 

理由は分からない。しかしそれは初めての感覚であった。殺し方は変わらない、ナイフを突きたて切り裂けばいいだけの話だ。

 

なのに何故こんなにも胸の奥底がざわつくのか? 答えが出ることはなく、結局自分はいつも通りに相手を殺した。

 

同胞の血を浴びる度に自分の中の何かが冷めていく気がしたが、それを気にすることはなかった。

 

まだ幼く、人を殺す、ということの重みをよくわかっていなかったあたしは『あぁ、また殺してしまった』程度の感情しか抱くことができなかった。 

けど、ティオネは違った。日に日にティオネの目が濁っていくことをあたしは気づいていたが、その理由までは分からなかった。

 

戦うこと自体は嫌いじゃない、むしろ好きと言ってもいいくらいだ。けれど同じアマゾネスを殺す度に胸の中にモヤがかかるような気持ち悪さが募っていった。

 

最後に家族のようだった同室のアマゾネスを殺してランクアップを果たした後、あたしたちには指導者をつけられることが決まった。

 

指導役となったアマゾネスはちょうど十歳上のバーチェとアルガナという名前の戦士で、二人は姉妹らしいが性格は似ても似つかないほど違っていた。

 

あたしの担当となったバーチェは寡黙で冷徹な戦士だった。次期団長候補筆頭と言われるほどの実力者であり、その鍛錬は熾烈を究めた。

 

血を吐いて倒れるまで武器を振り続けたこともあった。骨を折られて動けなくなったことも何度もあった。

 

『·······はやく、立て』

 

 倒れ伏す自分を感情のない冷たい目で見下ろし、淡々と告げてくる声音に産まれて初めて恐怖を覚えた。日に日に苛烈さを増していく訓練は、まるで拷問のようで、その痛みは想像を絶していた。

 

得られる快感は勝利のみ、敗北すれば死が待っている。そんな毎日を過ごしている内にいつしか自分の中から戦いに対する迷いや戸惑いといったものが消えていった。

 

そんな迷いすら抱く余裕のない日々に転機が訪れたのは一年経ったある日のことだった。

 

その日、訓練の合間に歩いていた寂れた通路の端に捨てられていたソレに出会ったのだ。

 

────『英雄譚(アルゴノゥト)』に。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは持論だが───冒険者は有名になればなるほど、実力をつければつけるほどモテなくなる───と思う。

 

『いやいや、アイズとかはモテてるだろう』、と思ったかもしれないがそれはアイドルとして、『剣姫』としての『人気』でしかなく、モテているとは言えない。

 

それと、前置きしておくがモテるモテない、はなにも異性間に限った話ではなく同性との友人関係にも言えることだ。

 

身内でわかりやすい例をあげるとするならば我らがフィン・ディムナだろう。

 

フィンは都市に知らないものがいない超有名人であり、小人族の再興を目指す一族の勇者だ。

 

だが、アイツに小人族の『友人』はいない。

 

まぁ、俺が知らないだけかもしれない。

 

だが少なくとも俺はこの四年間、アイツが敵と金持ち以外の小人族から敬語以外で喋られるところを見たことがないし、聞いたこともない。

 

理由は簡単だ。

 

─────釣り合わないから。

 

無論、例外はあるが、友情というのは互いにある程度拮抗した力関係がなければ成立しない。

 

財力、魅力、学力、権力、知力·········そして、最も単純でわかりやすい武力。

 

自分のことを小指で殺せる化け物と対等に口喧嘩はできるか?

 

都市中から敬称で呼ばれる相手の肩を気安く叩けるか?  

 

難しいだろうな、表面上は繕えたとしてもゴブリンにも勝てない一般人とドラゴンにも勝てる一流の冒険者が対等に接するのは。

 

そしてそれは冒険者同士であったとしても例外じゃない。

 

例えばだが、同じ村出身で一緒に冒険者となった二人がいたとして三年後、片方がLv.3に、もう片方がランクアップできずにLv.1のままとなればどうだろうか?

 

片方はたった三年で第二級冒険者になったことで周囲からも一目置かれるようになり、もう片方はそんな彼に格下に見られている、と実際は違くてもそう思ってしまうようになるだろう。

 

そしてそんな相手と対等に話すことは難しくなり、いつの間にか疎遠になってしまう。

 

スタートは同じでも時間が経つに連れて実力が、立場が離れていくことによって生じる感情の差が二人の関係を歪ませることになるのだ。

 

残酷な話だがLv.3以上の冒険者は例外なく選ばれた才人であり、冒険者は才能と運の世界だ。

 

その二つの要素が合わさり、初めて彼らは大成する。どちらも持ち合わせない凡夫にはどんな努力をしてもこれを覆すことはできない。

 

いくら性格や趣向が似ていても英雄と凡夫では対等の友人たり得ないのだ。

 

友人関係ならともかく男女としては、と考えてもやはり難しい。

 

わかりやすい例としては我らがリヴェリア・リヨス・アールヴだろう。

 

【ロキ・ファミリア】は男女問わず美形揃いで一部(俺を含む)の幹部に至ってはファミリア内外にファンクラブすらあるが、実際に求婚やらをされることはまずない。

 

俺はこれを高嶺の花と書いて生き遅れ直行と読む現象と心の中で呼んでいる。

 

オラリオで最も人気のある女冒険者は誰かと街中の冒険者に聞けばその五割───エルフなら八割───がリヴェリア・リヨス・アールヴだ、と断言するだろう。

 

オラリオに数えるほどしかいない事実上の最高位たるLv.6にして都市最高の魔導士。

 

正真正銘のハイエルフの王女であり、女神すら霞むほどの美貌と器量。

 

性格もむしろ、エルフらしい潔癖さが薄い分取っつきやすくすらある。

 

さて、これらを踏まえた上でリヴェリアに求婚する男はいるだろうか。

 

──────いるわけがない。

 

理由は単純、釣り合わないから。

 

リヴェリア自身がどう思っていてもリヴェリアより弱い男なぞ世のエルフが許さないし、いくら強くても品性に欠ける男ならロキも許さない。

 

リヴェリアより─────都市最強の魔導士より強い男がこのオラリオに一体何人いるだろうか。

 

同格を含めても【ロキ・ファミリア】にフィンとガレス、ベートの三人、【フレイヤ・ファミリア】に四人だ。

 

都市二大派閥を合わせても一桁、オラリオ中を探してもようやく二桁に届くかどうかだろう。

 

そしてその中からリヴェリアと結ばれるに足る性格や品性の持ち主がいるだろうか?

 

オッタル&アレン────女神至上主義の戦狂い。

 

ヘディン&ヘグニ────敬意の対象だが恋慕の対象にはなり得ない女神至上主義。

 

ガレス&フィン────そういう目で見れるならもうなってる。

 

ベート────論外。

 

まあ、周りが認めるのはフィンくらいだろうが、それも種族の違いから結局は無理だろう。まだ、ハーフなれど子供が作れるヒューマンなら良かったかもしれないが今のオラリオにリヴェリアより強くて崇拝対象にもしないエルフやヒューマンはいない。

 

冒険者は実力をつければつけるほど自動的に名声も得てしまい、ある種のアイドルになってしまう。

 

リヴェリア自身がよく思ってる相手でも周りが許さなければ祝福はされないし、立場がある以上は駆け落ちも難しいだろう。

 

これはアイズとかも同じだな。

 

また、相手も気後れするだろうし、いくら美形でもランクアップを果たした冒険者は飾らない言い方をすれば人の形をしたモンスターだ、力いっぱい抱きしめられでもしたらそれだけで折れてしまう。

 

故にリヴェリアはいくら美人で人気でも異性として意識されることはない。

 

男冒険者の場合も同じだが男なら更に問題がある。

 

例えば、ある男が第二級の冒険者になったとしよう。そしてその男には将来を誓った恋人がいたとする。

 

第二級ともなればその恋人を養っていけるほどに稼げるだろう。しかし男は第二級の実力を手に入れたことで慢心し、ある日ダンジョンで命を落とした。

 

まあ、有り得なくもないありふれた話ではある。

 

ではその場合、相手の女性はどうなる?

 

ダンジョンでの死亡なら遺体も残らないし、遺品の武具も残るかどうか。

 

冒険には装備にアイテムにと金がかかる上に刹那的に生きる冒険者に貯金なんてしてる奴は中々いないだろうし、あったとしても大抵は所属しているファミリアに流れるだろうから恋人は一夜にして将来を誓った男を失い、手元には僅かな金しか帰ってこないことになる。

 

恋人を失った悲しみに嘆きながら女一人でどうやって生活していくのだろうか。

 

下手すりゃ借金を遺して逝く可能性すらありうる。

 

男女に関わらず次の冒険で死ぬかもしれない相手と恋人以上の関係になりたいと思うのは少数派だろう。

 

いつ死ぬかも分からなくて、対等に接するには力の差がありすぎる。

 

いくら金があったとしても実情を知れば知るほど冒険者と結婚したがる女性は少なくなるだろう。

 

なら、冒険者同士でと考えた場合、次はファミリアの違いが問題となる。

 

例えばアイズが【フレイヤ・ファミリア】の団員と結婚する、と言い出したらどうなるだろうか。

 

戦争不可避だろう。

 

流石にこれは極端な例だがよほど所属ファミリア同士が仲良くないと違うファミリアの相手と結ばれるのは難しい。

 

零細ファミリアの下級冒険者ならともかく、実力をつけた冒険者であればあるほどファミリア内での立場は高まり選択肢は狭まる。

 

現実的なのは同じファミリア内での恋愛だが、これにも問題はある。

 

男女混ざったグループの崩壊理由第一位は痴情のもつれだ。特に同じパーティーメンバーで惚れた腫れたの場合は面倒臭い。

 

仮に告白したとして断られでもしたらどうなるだろうか。

 

違うファミリアなら大丈夫だが、同じファミリアの場合、改宗しない限りは嫌でも振った相手、振られた相手と顔を合わせつづけなくてはならない。

 

仲間内でわだかまりができたり、嫉妬した女から嫌がらせを受けたり、最悪刃傷沙汰にまで発展する可能性もある。

 

これも実力をつけ、ファミリア内での立場が上がれば上がるほど大きな問題となる。

 

今のLv.6以上に既婚者はいないところからもわかるだろう、仮にリヴェリアとフィンが恋仲になったとして痴情のもつれを起こしでもしたら【ロキ・ファミリア】は崩壊する。

 

話を少し戻して友人関係もそうだ。一般人や格下が駄目なら、対等の実力者と友達になればいいと考えるかもしれないがそれも難しい。

 

実力が上がれば上がるほどその数は極端に減っていくし、実力のある冒険者はプライドが高い上に頭のネジが数本外れた変わり者が多い。

 

いくら気があっても違うファミリアだとこれまた、問題となる。

 

アレンと俺がオラリオで最も仲睦まじいオラリオベストフレンドだったとしてもプライベートで一緒に遊びに行くことは互いの立場もあってなかなかに難しい。

 

────そういう意味ではフィン、ガレス、リヴェリアの三人は恵まれている─────

 

立場、しがらみ、嫉妬、敵意、それらが邪魔をして恋心を抱いても結ばれず、友情を持っても親友たり得ない。

 

───────と、まあこれらが上位冒険者がモテないと俺が思う理由だ。

 

他にも様々な理由は存在するが大雑把に言えばこんなところだろう。

 

そして、これらを踏まえた上で俺はこのジレンマを利用する。

 

このオラリオで最も強い上に容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、文武両道、眉目秀麗、才色兼備、その全てが揃った完全無欠の英雄である俺

ならばどんな奴が相手でも対等以上に付き合える。

 

上位になればなるほどめんどくなるかわりに常人とは比べ物にならない精神的熱量を持つのが冒険者だ。  

 

攻略難易度が高いかわりに一度でも攻略できればそこから先は簡単になる。

 

そんな奴の唯一無二の存在となった上で死んだらどうだろうか?

 

間違いなく、めちゃくちゃ曇ってくれるだろう。

 

あっちが俺に劣等感を抱いても心配はない、Lv.6以上の奴らは例外なく英雄の器を持っている。

 

関係が友情であれなんであれ置いていかれたままなんて許さず、落ち込むより先に鍛錬に打ち込んで強くなろうとするだろう。

 

まあ、絶対に追いつかせないし、追いつかれる前に死ぬんだがな。

 

59階層のようにはもういかない、絶対に助けられてやるもんか。

 

故に俺は死ぬことを躊躇わない。

 

むしろ積極的に死ににいく。

 

そうすることであいつらの心に俺という存在を深く刻みつけることができるだろうから。

 

だから、これは自殺願望ではなく、計算高い戦術なのだ。

 

相手からは唯一、遠慮なく接してもらえる存在となり、俺からは対等ではないと思わせることで死んだときの無力感とかを跳ね上げさせる。

 

想像しただけでもゾクゾクするだろう?

 

だが、これらの前提を覆す存在がいる。

 

それが─────────────アマゾネス、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛?」

 

「ん?」

 

「い、いえその········なんでもないです········」

 

 【ファミリア】のエンブレムとも似た、真っ赤な蜂の看板を飾る酒場「火蜂亭」。繁華街の裏道にたたずんでいる店で行われた18階層からの生還祝いに水を差すかのようにベル達を侮辱するような声を上げた小人族の冒険者はベル達の隣の机に陣取る────ベート・ローガとアル・クラネル、二人の第一級冒険者の視線に萎縮する。

 

小人族の仲間か、六人組の冒険者達も顔を伏せる。Lv1かLv2か、どちらにせよ、都市最強派閥の最高戦力を前にしてその弟と弟子を侮辱できる度胸はないようだった。

 

「ふん······がさつな。やはり 【ロキ・ファミリア】 は粗雑と見える。 飼い犬の首に鎖もつけら、───」

 

 そんな中で蒼い瞳を持った黒髪の美青年だけは、鼻を鳴らしてみせ、立ち上がるが言葉を言い切る前に膝から崩れ落ちた。どうやら、気絶しているようだ。

 

『ヒュアキントスだ·····』

 

『·······え、今の見えたか? なんで倒れたんだ?』

 

『そりゃ、第一級冒険者様だろ。Lv7の動きなんざ俺らに見えるわけねぇよ』

 

『いくら第二級って言っても、再起不能者を量産してきた『剣鬼』に喧嘩売るとか·····』

 

 今しがた崩れ落ちた美青年がリューやアスフィと同じ第二級冒険者だということにヒソヒソと聞こえてくる冒険者達の言葉から理解したヴェルフは頬を引き攣らさせる。

 

「呑みすぎてしまったようだな、介抱してやれ」

 

 何食わぬ顔で残りの五人に言った兄と気にせず酒を飲んでいる師匠に『慣れ』を感じたベルは第一級冒険者ともなればそういう諍いも慣れっこなのだろうと感心するが、リリルカ達は都市最強の手が出る速さに───世界で一番強い男が喧嘩っ早いって怖すぎ───と戦々恐々としていた。

 

「あの紋章、【アポロンファミリア】ですね·······」

 

 

 

 

 

 

 

つい、いつもの癖で沈めちゃったけど、ベルの成長イベント潰しちゃったか·····?

 

にしても、あの変態神も懲りないなー。Lv2なったばっかの俺を狙ってロキにハチャメチャ重いしっぺ返し食らったのにまだ懲りてないのかよ。

 

いやまあ、まともならそもそも【ロキ・ファミリア】の団員に手だそうとしないだろうけど。

  

【豊穣の女主人】でお祝いやってればリューあたりにつまみ出されて平和的に解決できたんだがなあ······。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アミッド製最硬精製金属の鎖』

【神秘】のアビリティを用いて作った拘束縄からすら抜け出してくるアルに対する奥の手。上層や中層で発掘されたものでなく、深層から掘り出されたものを精製したオリハルコンを使った鎖。

 

一度、拘束さえできれば強竜でも抜け出すのは不可能。

 

 

 

 





ちょっと調子悪いな·····

ちなみにアルの計算には致命的な見落としがあります


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五十三話 俺が死ぬって予知夢見るの三回目だろ、その度にぬか喜びさせやがって



長らくやってなかったコメント返信再開します。


 

 

 

キラキラと光を反射する蒼い水面に白渇の砂浜、ダンジョンでも中々見ないような変わった形の木々。さざめく波の音色は聞くものの心を穏やかにさせ、その絶景は見る者の心を癒やす。

 

青く澄み渡る空に浮かぶ太陽も、優しく肌を撫でる潮風も、全てが心地良い。

 

こここそが迷宮都市オラリオの玄関口であり、かつては海洋神の大派閥が拠点を構えていたメレン港。そして海ではないが海の如き広大さと生命の豊かさを誇る汽水湖、ロログ湖である。

 

「海や!!」

 

「湖だけどね、にしても久しぶりだわ。『外』の水辺なんて」

 

 そこにはアマゾネスのような肌色を晒す衣服───神々が創造した三種の神器の一つである水着に身を包んだ様々な種族の美女達がいた。

 

胸や臀部などを除いた身体の大部分を太陽のもとにさらけ出した女性達は、一様に目を伏せて恥らっている。

 

この光景を見て、心が踊らない男がいるだろうか? 否、いるはずがない! そう断言できるほどの美しさがここにあった。

 

ヒューマン、エルフ、小人族、獣人などなど。主神たる神の趣向によって例外なく美形である彼女達の姿はここには一人としていない男からすれば垂涎の、男子禁制の花園の様相を呈している。

 

特に目を引くのはやはりアイズ・ヴァレンシュタインだろうか。普段の勇ましい雰囲気とは打って変わって可憐な印象を与えるワンピースタイプの水着を身につけた彼女は同性ですら息を飲むほど美しい。

 

まず目がいくのは歳の割に豊満な胸部。きらきらと輝く金色の頭髪と相まって非常に艶めかしく見えるそれは大きく揺れ動き、視線を引きつけて止まない。

 

そしてその美しい肢体は惜しげもなく陽光の輝きを浴びており、まるで絵画のように幻想的な光景を生み出していた。

 

「こ、これが水着···········。神々が発明した、三種の神器の一つですか·········」

 

「あ、ある意味、裸よりも恥ずかしいんですけど」

 

 主神でありロキが用意した様々な水着を身に着けた【ロキ・ファミリア】の女性陣は頬を赤く染め、羞恥心を押し殺しながらアマゾネスの面々が着るような肌面積のピチピチの服を着た自身の身体を見つめている。

 

中でもエルフであり、『純潔の園』という二つ名をつけられるアリシアなどはぷるぷると小刻みに震えている始末だ。

 

·········同じく純正のエルフであるはずのレフィーヤはアイズの水着姿に夢中でそれどころではないようだが。

 

「18階層での水浴びとはまた違った気恥ずかしさがありますね······」

 

「リヴェリア様はどちらに?」

 

「あっちで水着持ったまま石になってたわよ」

 

「おいたわしい·····」

 

 彼女達はメレンへ遊びに来たわけではない。最近の極彩色のモンスターと怪人に対する同盟関係にあるデュオニュソスから齎されたメレンでの極彩色のモンスターの目撃情報を確かめに来たのだ。

 

そうでなければオラリオ最大派閥である【ロキ・ファミリア】の主力の都市外への出立など神経質なまでに戦力の流出を恐れるギルドが許さない。まあ、主力と言っても最大戦力であるアル及び団長であるフィンなどの男性陣はまるまるオラリオに残っているためそういった憂いはない。

 

「ティオナさんたちは恥ずかしく·····ないですよね」

 

「というか、いつもより元気?」

 

「へへー」

 

 姉妹揃って蒼いプリマ───水着風のウィンディーネ・クロスに身を包んだティオナはいつも以上にニカニカしている。ティオネも妹程ではないにしろ新しく手にした力に舞い上がっているようだ。

 

「Lvも上がったからさ〜、身体を動かしたくてウズウズしてるんだよね〜」

 

「肉体と感覚のズレも修正したいし、久しぶりに水中戦でもする?」

 

 【潜水】のアビリティを持つティオナがウィンディーネ・クロス─────精霊の護符を身につければ一時間は水に潜れるだろう。

 

水精霊の魔力が編み込まれた布地は護符として水に関する護りや熱波を遮断する効果があり、水の抵抗や水圧の影響なども緩和される。

 

少し前の59階層での死闘でも精霊の護符は大いに力となった。むしろ、なくてはリヴェリア以上の砲撃魔法を連発する精霊の分身には勝てなかったかもしれない。

 

そして、この水精霊の護符が真価を発揮するのは水中戦だ。

 

陸上と比べてどうしても鈍る速度やパワーを水中でも変わらず発揮できるようになるため、水中のモンスター退治などには必須アイテムとも言える。

 

値は張るし、性能にも限度はあるが、それでもこの護符があれば水中での戦いはかなり楽になる。

 

「しかも、ティオナ達は発展アビリティ【潜水】持ち。もともと水中でも魚顔負けに泳げる。水精霊の護布を装備した暁には鬼に金棒、いや女戦士に斧槍や!!」

 

「何よその例え」

 

 ロキから二振りの対水中戦装備を受け取ったティオナとティオネは何度か確かめるように素振りした後、水面に向かって走り出す。

 

水のモンスターが辿る経路、水辺に繋がる出口が、ダンジョン下層から通ずる穴がロログ湖にはある。その湖底の穴は十五年前、男神と女神の派閥が【ポセイドン・ファミリア】の協力のもと、完璧に塞いでいる。

 

ダンジョンのモンスターが現れることは、これで絶対にありえなくなったはずだったが、神出鬼没に現れる食人花の存在とレヴィス達怪人や闇派閥によって正規のバベル以外のダンジョンの出入り口の存在が今になって明らかになった。

 

もしかすると塞がれたはずの湖底の穴が再び開いている可能性だって否定できない。

 

それを調査するために水中の動きに秀でたティオネ達は精霊の護符を特別に身に着けているのだ。

 

僅かに助走をつけてティオナ達は水に飛び込む。そのまま勢いよく潜行していき、数秒後にはその姿が見えなくなった。

 

「········あの、今更なんですけど、ティオナさん達だけでいいなら、私達が水着になる必要はなかったんじゃあ········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────『予知夢』。

 

十七節の詩と映像からなる神々ですら見れぬ『未来』を垣間見るスキルでも魔法でもないカサンドラ・イリオンのみが持つ唯一無二の『異能』。

 

恩恵に依らぬその異能は確かに人間に許された力の領域を逸脱するものであり、あやふやな映像に付随する予言めいた詩は恩恵に依らぬ故にこそ神にも届きうるものかもしれない。

 

占いの如く脳裏に焼き付けられる予知夢の不確かな、それでいて鮮烈に過ぎるイメージ。

 

恩恵を受けるより以前、子供の頃からカサンドラの人生について回った呪いじみた宿痾。それこそが彼女の持つ異能の正体であった。

 

――そして今、この瞬間も彼女はそれを見ている。

 

――視界が暗転し、意識が遠退く。

 

――闇の中で無数の光が瞬き、その一つ一つが映像として浮かび上がる。

 

――それは烈火であり、雷霆であり、疾風だった。

 

――あるいはそれら全てであり、またあるいはそれらは何一つでもなかった。

 

――光は人の形を取り、その白い人型は兎のように跳ねる。

 

──雪のように白い髪の少年が駆けていた。

 

──少年は月を飛び越え、太陽を地に叩き落すように跳躍する。

 

──そうして彼は何かを掴むのだ。

 

──手を伸ばして、掴み取るのだ。

 

──それが何であるかなど解らない。

 

──ただ、それは……。

 

 

 

 

 

 

「──────っ」

 

 嗅ぎ慣れた安眠効果のハーブの香りで、カサンドラは目を覚ました。寝起き特有の倦怠感が残る身体を起こしながら辺りを見回せば、そこはホームの自室である。

 

窓から差し込む朝の日射しはまだ弱いもので、早朝であることを窺わせた。寝汗のせいで衣服が肌に張り付いており、酷く気持ち悪い。

 

耳朶を打つのは自らの動悸と呼吸音のみで、他の皆はまだ寝てるようだった。

 

目眩を覚えつつもベッドから這い出て、洗面台へと向かう。鏡には寝不足気味の顔色の悪い少女の姿があった。

 

顔を洗い歯を磨き、髪を櫛で整える。普段通りの一連の動作を終えて、ようやく落ち着いてきた頭で最初に考えたことは先程の夢のことだった。

 

「あれは·········?」

 

 烈火と雷霆を纏った兎のような少年が疾風となって地を駆け、月を飛び越すような跳躍をして最後に強く輝く太陽を地に落とす光景。

 

悪夢、とは言えないかもしれないが太陽を自分たちのファミリアに置き換えて考えるならば、それはまるで···········。

 

そこまで考えてカサンドラは首を振るう。そんなことは考えていてもしょうがない。

 

身支度を整えたカサンドラは部屋を出て、廊下を歩きながら【ロキ・ファミリア】の未開拓領域への遠征の前日に見た悪夢、これまで見てきたどんなものより鮮明で、恐ろしく、救いのない夢の内容を思い出すだけで背筋が凍るような心地になる。

 

けれど同時に奇妙な既視感もあった。それはきっと、あの少年の容姿に起因するものだろう。今日の夢に出た白髪の少年と悪夢に出たアルの姿は何処か似ている気がした。

 

どちらにせよ、自分一人が悩んでいてもどうにもできないことはとうの昔に理解している。

 

──────カサンドラ・イリオンの『予知夢』には神ならざる身には過ぎた力の代償であるのか、見た予知夢の内容を誰にも信じてもらえないという呪いにも似た欠陥が存在する。

 

それ故にカサンドラは周りからは突拍子もなく意味不明なことばかり言うおかしな娘だと思われ、奇異の目で見られることも度々あった。

 

『悲観者』という不名誉な二つ名までつけられた。見たくないものを押し付けられて、その苦難を他人と分かち合うことすら許されない自分の力を呪いだとさえ思う時もある。

 

故にこそ歓喜した。

 

この世でおおよそ唯一であろう、自分と同じ未来を垣間見ることのできる人間と出会えたことに。

 

これまでカサンドラだけが抱えていた、抱え込まざるをえなかった苦しみを理解してくれたことに。

 

初めて会った時、悪夢が脳裏から離れず、寝不足気味になっていた頃に出会った少年。

 

その悪夢の原因でもあった白髪赤目の少年は冷静さを失い、突拍子もなく意味不明なことを言い出す彼女の言葉にも否定から入らずに接してくれ、予知夢の内容に対してこう返した。

 

『········そうか、それで俺はどうなった?』

 

 ─────その言葉がどれだけカサンドラを救ったか、それは当のアルにすらわかるまい。

 

これまでの人生で母を除く全ての人からくだらない妄想だと鼻で笑われ続けてきた自分の予知夢。

 

その内容を話すカサンドラに対して、()()()()()()()()相手は産まれて初めてだった。

 

そして、『自分も似た力がある』 

 

と打ち明けてくれた。彼もまた、彼女が見る予知夢と似たようなものを視ていたのだという。

 

それは彼女の神の理からも外れてた完全なる予知とは違い、第六感を極限まで強化する発展アビリティ【直感】と彼女が知る由もない知識によるもの。

 

だが、原理や精度は違えど同じ視点で物事を見られる存在がいるという事実はカサンドラにとって希望だった。

 

これまでの苦難が報われた気すらした。悪夢の事件が解決して以来も彼とは頻繁に連絡を取り合い、時には直接会い、共に互いの持つ情報を交換し合ったりもしていた。

 

彼の持つ知識はカサンドラの予知夢で見ていないものも多く、実際にそれに救われたことも何度もある。

 

何より彼は自分に『頼って』くれた。

 

誰もが─────神や親友であっても根拠のないくだらない妄想だと一蹴するカサンドラの予知夢を重要な情報源だと認めて、必要な時には役立ててくれる。

 

呪いのように感じていた自分の力が誰かの役に立つ、それがカサンドラにとってどれだけ嬉しかったか。

 

だからこそそんな彼が窮地に陥っているのならば、助けになりたいと思った。

 

一方的にすぎるが、彼に恩返しをしたかった。

 

そして、【ロキ・ファミリア】の未開拓領域への遠征の前日にカサンドラは見た、見てしまった。

 

 

 

『妄執に囚われし王の代行者』

『牙を折った天狼』

『翼を奪われた風精霊』

『誇りを失った勇者』

 

·············『滅びをその身に受ける英雄』。

 

 

そんな単語の含まれた詩とともに脳裏に焼きつけられた、『英雄』が、白髪の少年が黒き呪いを帯びた大剣で胸を貫かれて殺される姿。そして、そんな光景の最後に見た女性の姿。

 

『妄執に囚われし王の代行者』────美しい赤髪に翡翠のように輝く瞳を持つ妖艶な美女。その笑みは悦楽に満ちており、しかしその視線は侮蔑と嘲笑と憤怒が入り混じったもの。美の女神とはまた違った、背筋が凍るような美しさを纏っていた。

 

あの女性はいったい誰なのか? 予知夢の中では顔すら見えなかった。ただ漠然としたイメージだけが浮かび上がり、それが誰のものかも分からない。だが、なぜか、その女性から視線を逸らすことができない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、動けなかった。

 

少年が、アルが死んでしまうと分かっていても、カサンドラはその場から動くことができなかった。

 

夢はそこで終わり、カサンドラは飛び起きた。心臓が早鐘を打ち、冷や汗が流れ落ちる。呼吸が荒く、視界が定まらなかった。

 

そしてすぐに、遠征に行く直前であったアルに予知夢の内容を事細かに伝えた。アルは最後まで真剣に聞いてくれ、その上で必ず戻ってくると約束してくれた。

 

アルが遠征から帰ってくるまでの半月間は生きた心地がしなかった。

 

そして、帰ってきたアルの姿を見た時、カサンドラは涙を堪えきれずにはいられなかった。  

 

もっとも都市最大派閥の幹部であるアルとカサンドラでは立場に差がありすぎる上に命に別条はなくても深い傷を負ったためにすぐに治療院へ行ったため、直接話すことは叶わなかったのだが。

 

けれど、それでもよかった。アルが生きて帰ってきてくれた。それだけでカサンドラにとっては十分だった。

 

 

─────そんなことを考えながら朝の散歩をしているうちに、いつの間にかカサンドラはある場所へと辿り着いていた。

 

そこは都市の片隅にある小さな、寂れた教会。ボロボロで、今にも崩れそうなほど古い建物。

 

地震でも起きれば一発で倒壊してしまいそうだが、薄っすらながら人の気配を感じる。

 

よくよく見てみれば竈の火のようなエンブレムが扉にかけられているのが分かった。

 

「·······帰ろう」

 

 なぜこんな場所に足を踏み入れたのか、カサンドラ自身にもよくわからなかった。

 

ただなんとなく、気づけばここまで来てしまっていたのだ。もうここには用はない。そう思って踵を返そうとした時だった。 

 

「·····カサンドラ、か? こんな寂れた教会になにか用か」

 

 後から声をかけられて振り返ると、そこには白い髪の青年がいた。

 

 

 

 

約半月ぶりに会ったアルはいつも通り無愛想ながらも、どこか優しげな雰囲気を醸し出していた。

 

少しだけ安心して思わず泣きそうになったが、それをなんとか我慢する。

 

聞けば、治療院で拘束される日々が続いていたがつい先日、ようやく退院できたのだという。

 

話を聞く限りやはり重傷だったようで、後遺症などが残らないか心配だったが、それも問題ないらしい。

 

だが、カサンドラの目にはなにも問題はない、と言うアルの姿がいつもより何処か儚げで、怒りにも似た焦燥感を感じさせた。

 

『何か、悩んでいることがあるんですか』

 

 そんなふうに聞くことはできなくて、結局そのことについては触れられないまま、話題はカサンドラの夢の話になった。

 

夢の中で見た光景、そこにいた人物について話すと、アルの顔つきが変わった。

 

これまでとは違う、どこか愉快な表情でこの教会に来たのは無駄ではなかったな、と口元を歪ませて言った。

 

最後になぜ、こんな寂れた教会にいるのかとカサンドラの方からアルに質問すると。

 

『曲がりなりにも母が愛した場所、らしいからな見納めのようなもんだ』

 

 酷く曖昧な言い方ではあったが、それ以上は踏み込むまいとカサンドラに思わせる雰囲気がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カサンドラァ·············!!

 

よくもまあ、この間はぬか喜びさせてくれやがったな!!

 

クソッ、予知夢があったってことはかなり高い確率の未来だったってことだろ?

 

ソレをベートの野郎が台無しにしやがってよぉ············。

 

カサンドラ、お前もお前で俺が死ぬって予知夢見るの三回目だろ、その度にぬか喜びさせやがって。

 

そろそろ【直感】と原作知識ありでも俺の中で予知夢の信憑性下がってきたぞこのやろう。

 

あ? ここに来た理由だと?そら、お前らがぶち壊すから壊れる前はどんなもんなのか見ておこうかと思っただけだわ。

 

 







アルの未来視は精度の高い勘でしかないので具体性に欠ける上、(アルにとっては)役に立ちません。

どちらかといえば戦闘系アビリティ


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五十四話 下界の可能性の煮凝り



コロナ後遺症のBスポット治療が辛い


 

 

 

 

 

ロログ湖の最深部付近。深い青の世界の中、ティオナとティオネはまるで水を蹴るように底を目指して泳ぎ続ける。

 

その速度は地上を歩くのと何ら変わりはなく、まるで水中を散歩するようにすいすい進んでいく。

 

青白い燐光に照らされた水草が揺れる中、二人はぐんぐんと深くまで潜り続け、やがて広大な汽水湖の岸辺へと辿り着いた。

 

見上げれば水面は遥か遠く。視界はどこまでも澄み渡っている。見れば汽水湖故にか様々な魚が優雅に泳ぐ光景が目に映った。

 

やがて、水底に息を呑むほどに大きな白い『蓋』のようなものが見える。それは15年前まであったはずの巨大な穴を塞ぐように鎮座していた。

 

間違いなくあの白亜の巨壁こそが件の湖底の大空洞の蓋。白聖石か、あるいはアダマンタイトのような鉱石で造られた超硬度の蓋に違いなかった。

 

今でこそ塞がれているものの遥か古代、この大穴からダンジョンの水棲モンスターが放たれた。

 

二人は威容を誇る蓋の前に立つと、互いに視線を交わし、それから水中を漂うようにして移動して蓋に触れてみる。

 

白色の鉱石壁に混ぜられた階層主すら上回る規格外のサイズであろう竜種の漆黒の骨。圧倒的な存在感を放つ巨大な竜骸はとぐろを巻き、二人を見下ろしていた。

 

あたかも化石のように時の流れを忘れてしまったかのような竜種の姿は、しかしどこか神秘的で荘厳な印象を見る者に与える。

 

ろくな知識を持たない二人はこの化石が何であるのか、本能的に理解した。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

「(『海の覇王』···············)」

 

 数千年にも渡る人類の超えるべき悲願である『三大冒険者依頼』の目標の一つ、大海を支配する最強のモンスターの一角たる存在の成れの果てが目の前にある。

 

千年の成果にして神時代の象徴、神々に認められし最強の集団たる【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 

前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』、Lv8とLv9の団長達に率いられた下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団によって打ち倒された大海蛇。

 

「(『黒竜の鱗』は、モンスターを寄せ付けないって聞いたことはあったけど·····)」

 

 同じく『三大冒険者依頼』の目標の一つであり、大空の覇者として君臨し、約千年前にオラリオから飛び去ったという『隻眼の黒竜』が各地に落としていった『鱗』は常に放っているその桁外れの力の波動により、いかなるモンスターも寄り付かない。

 

他でもないアルの主武器である【バルムンク】はその鱗から作られた武器であり、その威迫は歴戦の冒険者でも握るのを躊躇うだろう。

 

赤髪の怪人、レヴィスの持っていた英雄殺しの呪剣も同じ三大冒険者依頼の目標の一つ、『陸の王者』のドロップアイテムから作られ、どちらも古代の強力極まるモンスターの力を受け継ぐ第一等級武装を超えた魔の剣だ。

 

同格の『海の覇王』の骨もそれらと似たような性質を持っているらしい。

 

この覇者の竜骸を前にはいかなるモンスターであっても逃げ出すことであろう。ましてモンスターに破壊なぞできるわけがない。

 

最後には【ヘラ・ファミリア】の才禍の一撃によって討伐された『海の覇王』の遺骸は蓋の一部として封印を完璧なものとしている。

 

リヴァイアサン・シール。それがこの巨大過ぎる蓋の名前だった。白と黒の入り混じった色合いの湖底の封印。

 

「(········蓋に(ほころ)びがないか、調べないと)」

 

 モンスターが通れるような穴や欠落がないか手分けして探すティオナとティオネ。水底を探索すること数十分、隅々まで確認したがどこもかしこも完璧に塞がれており、何一つ異変はなかった。

 

「(ないなー)」

 

「(ま、そりゃないわよね。ん?········あれは、食人花!!)」

  

 調査を終えた二人の視線の先では黄緑色の触手、食人花が水をかき分けながら突き進み、ロログ湖に入って来たばかりのガレオン船に絡みつき────黒い影によって瞬殺された。

 

「リーガル・ジータ·······ディ・ヒリュテ」

 

 共通語ではない、アマゾネスの言語で言葉に反応したティオナ達は、そのまま水面へと浮上する。水面に顔を出したティオナ達が見るとガレオン船の上に一人の女戦士がいた。

 

肩まで伸びた砂色の髪を揺らしながら、彼女は食人花の残骸を片手で持ち上げている。露出の多いアマゾネス特有の衣装、艷やかな褐色の肌にはモンスターの返り血が付着している。

 

口もとを黒い布で覆っているため表情は分からないが、切れ長の瞳は冷たく輝いていた。その面貌を見てティオナは唇を開く。

 

「バーチェ········」

 

 信じられなそうに見つめるティオナ達を無視してバーチェはガレオン船の甲板に降り立つ。そして無言のまま食人花の死骸を投げ捨てると踵を返した。

 

驚愕に喘ぐティオナ達に追い討つようにガレオン船から違う声が聞こえた。それは聞き覚えのある女の声。

 

「久しい顔がおる」

 

 幼さと老熟さを同居させた声音に今度こそティオナ達は絶句した。まさかと思いつつ振り仰げば、そこには予想通りの人物がいる。

 

数多くの女戦士に囲まれた幼女の神だった。鮮血のように赤い髪、に紅玉のように輝く双眼、眷属たちと同じ艷やかな褐色の肌、骨の首飾りと面頬、胸元が大胆に開いた衣服はまるで踊り子の衣装のよう。

 

そんな神物の登場にいち早く反応したのはやはりティオナ達だ。喘ぐようにその名を口にする。

 

「カーリー·······!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン深層、51階層。強竜と呼ばれる、力だけならば37階層に出現する階層主のウダイオスすらも上回る認定レベル5以上の宝財の番人の他、デフォルメス・スパイダーなどの凶悪極まるモンスターの跋扈する階層。

 

目立ったトラップなどはない代わりに純粋にモンスターのレベルが50階層以前とは比べ物にならないほど高い。

 

そんな、オラリオ最高峰の第一級冒険者複数名によって構成された精鋭中の精鋭によるパーティでなければたどり着くことすらままならぬ黒鉛色の領域に一人の男がいた。

 

錆色の頭髪に強い意志が感じられる錆色の瞳、巌と評するのが相応しいぶ厚い筋肉の鎧に覆われた五体。その身体には傷も返り血もなく、息も切れていない。しかし男の周りに散乱する数十ものモンスターの死体と赤く染まった大剣が男が行ったであろう凄絶なる戦いを証明している。

 

男の名はオッタル。

 

都市最大派閥の片割れ、【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、オラリオに二人しかいないLv7の一人であるその男は単騎での『遠征』という前代未聞の行為に身を置いている。

 

この階層に到達するまでに既に三桁に上る数の戦闘をこなしてきたにも関わらず一切の疲労を感じさせない動きでオッタルは歩き続ける。

 

遠征を終え、18階層から地上へ戻った【ロキファミリア】とすれ違うかのようにダンジョンヘ潜った理由は極めて単純、より強くなるための修行である。

 

レベル7であるオッタルは生半可なことでは経験値を稼ぐことはできず、今以上に強くなるためには深層ヘ一人で潜るくらいのことをしなければ足しにもならない。

 

都市最強、すなわち世界最強の階位に既に達しているオッタルが今以上に強くなる必要などない、とそこらの冒険者ならば考えるだろうがとうのオッタルは知っている。

 

かつての最強派閥には今の自分でも及ばないLv8やLv9の英雄がいた事を、今でこそ最強の称号であるLv.7などあの時代には幾人もいたことを、そしてアルという自分を今にも超えようとしている才禍がいる事を。

 

そう遠くないうちにあの才能の化身は新たな高みに、Lv8へと至るだろう。あれほどまでに才に溢れた眷属はかつての全盛期を知り、自分自身も英雄たる器を持つオッタルをして知らない。

 

【ヘラ・ファミリア】においてなお、異端とされた『静寂』の二つ名を持つ女の再来とすら言われるあの『剣聖』の成長力はそれほどまでに脅威だ。

 

 

『剣聖』アル・クラネルは神時代始まって以来の、千年来の英雄になり得る器を持っている。あるいは、前人未到の階梯───Lv10にすらたどり着けるかもしれないその器は『一世代』の最強にとどまる器しか持たぬオッタルを確実に上回っている。

 

だから、だからこそ、『英傑(マキシム)』が、『暴喰(ザルド)』が、『静寂(アルフィア)』が自分達にそうしたように今度は自分達が『次世代』の英雄の『壁』にならなくてはならない。

 

────いつか、ゼウスとヘラ(俺達)のガキが、オラリオに、この英雄の都に英雄となりにやって来るだろう。

 

生涯最強の敵にして、目標としていた『暴喰(英雄)』が最後にこぼした言葉を想起する。

 

相手は千年来の才禍、Lv7で足踏みしているようでは壁どころか障害にすらなれぬであろう。女神のためでなく、自分のためでもない、次の世代ヘ最強を継ぐための鍛錬。

 

敬愛する女神の赦しはすでに得ている、女神の護衛は白妖精の軍師達に任せている。

 

「────行くか」

 

 眼下にあるのは更に下層、『竜の壺』と言われる新たな領域。かつての最大派閥の他には【ロキファミリア】と【フレイヤファミリア】しか到達していない深層の中の深層。

 

【ロキファミリア】が第一級冒険者八名とサポーター、鍛冶大派閥の最上位鍛冶師という精鋭部隊で向かった死の領域にたった一人で踏み込む。オッタルとて死ぬかもしれないが、そうでなくては『偉業』たり得ない。

 

なんの躊躇もなく、オッタルは『竜の壺』ヘ足を踏み入れた。

 

 

 

 

────オラリオに、新たなLv8誕生の報が伝わったのはそれから一週間ほど後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

光量を絞られた魔石灯の光で微かに照らされる室内は臙脂色の調度品やソファなど家具が揃えられており、全体的に落ち着きのある空間を演出している。

 

天鵞絨の帷帳に仕切られ、窓のない部屋にはどこか淫靡な空気が漂っていた。薄暗い室内には甘い香が焚かれており、ややもすれば娼館ではないかと錯覚しそうになるほどだ。

 

地下という立地条件もあり、どこか息苦しさすら覚える。室内には露出の多い戦闘衣を身に着けた大勢のアマゾネスたちがいた。

 

いずれも【カーリー・ファミリア】の構成員たちである。アルガナを始めとしたアマゾネスの眷族達だ。彼女たちは室内にある大きな長椅子と机を取り囲むようにして立っている。

 

カーリーは長椅子に寝転がって退屈そうに欠伸をしていた。不意に無言で扉付近に立つバーチェが扉に視線を向ける。扉の向こう側に気配を感じたのだ。

 

「集まっているようだな」

 

 やがて扉が開かれると、そこから現れたのは褐色肌の女神だった。金や宝石に彩られた華美な装飾品に身を包んだその女神の名は――イシュタル。

 

金銀の腕輪と足輪を身に付けている彼女の胸元は大きく開かれており、豊満な乳房が完全に露わになっている。下半身も布地の少ない下着のような格好であり、男であれば誰もが目を奪われることだろう。

 

そんな彼女が纏う雰囲気はどこか艶めかしく、妖しい色気を放っている。瑞々しい肢体から漂う芳香と相まって、同性であっても思わず見惚れてしまいそうな美貌の持ち主であった。

 

『美』の化身とも言えるような存在の登場に、戦いに全てを捧げているテルスキュラのアマゾネスたちも頬を染めて熱っぽい視線を送っている。同性であるにも関わらず彼女に魅了されているのは、イシュタルの持つ美貌故であろう。

 

抜け殻となった人形のように虚ろな表情を浮かべる眷属たちを一通り眺めると、カーリーは小さく鼻を鳴らす。アルガナは興味深そうにイシュタルを見つめ、バーチェは不快気に顔を歪める。

 

神々すら魅了する絶世の美女を前にしても平然としている二人を見て、イシュタルは愉快げに唇の端を持ち上げた。そして、ゆっくりとした足取りで部屋の中に入ると、カーリーのもと歩み寄る。

 

「やっと来おったか········待たされたぞ」

 

 カーリーは面倒臭そうに長椅子から身体を起こすと、傍らに立ったイシュタルへ不敵な笑みを向けた。イシュタルが部屋に入るとその後ろから彼女の眷属達が続く。

 

先頭の人型のモンスターと見間違うような巨大な醜い女が歩く姿は酷くアンバランスなものに見えるが、後ろに続くのは美しく整った顔立ちをしたアマゾネスたちだ。

 

彼女たちは皆、露出の多い戦闘衣を着用しており、美しい容姿も相まってまるで戦士というよりも踊り子のようにも見える。

 

ただ、その隙のない身のこなしは並大抵のものではないことが伺えた。

 

イシュタルの後ろに続くアマゾネスたちは、彼女の眷族の中でもレベルの高い精鋭たちだ。

 

イシュタルはカーリーの正面の椅子に腰かけると、後ろに控えていた眷族たちも主神の背後に移動する。

 

「今更だが確認しておこう。 そなたがイシュタルで間違いないか?」

 

「いかにも」

 

 女神イシュタルの派閥、【イシュタル・ファミリア】は歓楽街を支配するオラリオ随一の大派閥だ。莫大な資金力を誇り、また独自の情報網によって都市内外の情報に精通している。

 

そのためオラリオ内でも屈指の影響力を持つ派閥ではあるが、同時にそれは闇社会にも精通していることでもある。都市の治安を守るギルドですら把握していない闇の部分を知り尽くしているのだ。

 

加えて戦闘員のアマゾネスたちの戦闘能力は極めて高く、戦闘娼婦と呼ばれている。

 

「辺境の地にいる妾達にわざわざ依頼を出すとは、お主も酔狂よのう」

 

「それは文を何度も送って説明しただろうが。私は使えるものは何でも使う」

 

「全てはあの女神フレイヤを倒すためだ」

 

 アメジストのような瞳を暗い光で輝かせながら、イシュタルは口を開く。

 

イシュタルは自身と同じ美の女神であり、都市二大派閥の片割れの【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤを憎んでいた。

 

彼女に取って自らを差し置いて最も美しき者とされるフレイヤの存在は許し難いものだったのだ。

 

故に彼女はフレイヤを貶めようと様々な策謀を仕掛けてきた。しかし、その悉くが失敗に終わった。

 

しかし、いくらイシュタルがフレイヤに嫉妬していたとしても、直接戦いを挑むことはしなかった。

 

都市最強派閥を率いるフレイヤと敵対すれば、間違いなくイシュタルの敗北は必至だ。

 

───実のところ、古き神であり、天神の系譜である彼女は美の神としてだけでなく戦神や天空神、豊穣神としての権能を有する極めて高い神格の持ち主である。

 

その神性の古さ、権能の多彩さから考えれば、フレイヤの上位互換の神格とすら言える大女神なのだ。だが、そんな事実は下界での勢力関係とはなんら関わりがない。

 

イシュタルからすれば新参の、格下であるはずの小娘に人気でも勢力でも完全に劣っているという現状に腸が煮えくり返るほどの怒りに支配されているのだろう。

 

 

 

「最初に密書が送られてきた時は何かと思ったぞ」

 

 【フレイヤ・ファミリア】 の有する戦力は紛れもなく都市最強。団員のレベルは二軍であっても多くがLv.4に達しており、八名もの第一級冒険者を抱えている。

 

特に団長のオッタルはオラリオに二人しか存在しないLv.7に到達しており、都市双璧の片割れを担う猛者である。その圧倒的な実力は他の追随を許さないものだ。

 

対してイシュタルの保有する眷族は数こそ多いものの、全員がLv.2以下の未熟な非戦闘員ばかり。

 

上級冒険者にも勝る戦闘娼婦であってもLv.3を超えるものはほとんどおらず、第一級冒険者はLv.5のフリュネのみ。

 

自派閥だけでは到底勝てないのはイシュタルにも理解出来ていた。そこで第一級冒険者に相当する戦力を有する【カーリー・ファミリア】に協力を要請したのだった。

 

「ふん、その割にはあっさり食いついてきただろうに」

 

「またとない機会だからの、彼の【フレイヤ・ファミリア】との戦など。お主も見込みがあると踏んでこちらを選んだのだろう? お主は妾達のことをよくわかっておる」 

 

 【カーリー・ファミリア】 がわざわざ国を出てまでイシュタルの要請に応じた理由はただ一つ。

 

カーリーとテルスキュラのアマゾネスが求めるのは強者との戦いだ。世界最強のオラリオに君臨する【フレイヤ・ファミリア】との戦争は彼女たちにとって心躍るものに違いない。

 

カーリーは口元を歪めて笑う。背後で控えているアルガナも好戦的な笑みを浮かべた。

 

「先に開戦の手筈だけ伝えておく。好き放題暴れ回られたら堪ったものではないからな」

 

「なんじゃ、信用がないのぅ」

 

「抜け抜けと何を言っている、獣どもめ」

 

「しかし、極上の馳走を目の前にしておきながら、しばしおあずけとはな·······早くしてほしいものじゃ。のう、アルガナ?」

 

「ああ、カーリー」

 

 蛇を思わせる笑みを口元に浮かべ、舌なめずりをするアルガナの姿にイシュタルは眉根を寄せるが、すぐに気を取り直して話を戻す。

 

「特に、彼の【猛者】とは是が非でも戦わせてみたい」

 

「あの猪は子供達の中でも頭一つ抜けている。早まって勝手な真似をするなよ」

 

「わかったわかった、待ってやろう」

 

 見た目だけなら幼気な幼女のようなカーリーが、まるで悪戯を企む子供のように無邪気に微笑んだ。それに釘を刺すようにイシュタルは告げるが、当の本人はどこ吹く風といった様子で聞き流した。

 

「ところで、イシュタルよ。お主の子はここにいる者で全てか?」

 

「バカを言え。私の【ファミリア】は国家系と同じで大所帯だ。 大部分は都市に置いてきた」

 

 イシュタルの返答にカーリーは首を傾げる。イシュタルは都市でも有数の大派閥を率いる主神であり、その眷族数は確かに多い。

 

「挟撃すると言ったが、お主達だけで迎え撃てるのか? 件の【猛者】はLv7、能力だけ見ればこのアルガナとバーチェをも上回る。抗争が始まった途端、根城ごと蹂躙されるようにしか見えん」

  

 いくら戦闘娼婦の戦闘能力が高いといっても限度はある。都市最強の一角である【フレイヤ・ファミリア】の主力を相手にすれば勝ち目はない。

 

Lv6がいる【カーリー・ファミリア】と比べても最高でLv.5の【イシュタル・ファミリア】は弱いわけではないが、Lv.7の怪物相手では勝負にならない。

 

カーリーの言葉は的を射ていた。しかし、イシュタルは余裕のある表情で笑ってみせる。

 

「心配するだけ無用だ。「切り札」がある」

 

 そう言って後ろに控えるアマゾネスたちの中で唯一、種族の違う眷属を見やる。純白の羽衣にも似た純白布を纏うその少女はどこか神秘的で、見るものを魅了するほど美しい。

 

獣人特有の尾と耳があることはわかるが、純白布に包まれた顔立ちははっきりとしない。

 

「「切り札」とやらが気になるが·······まぁ、いいじゃろう。あらかた話は把握した。取りあえず始まるまで時間はあるということじゃな」

 

 興味深そうに獣人の少女を見ていたカーリーはイシュタルに視線を戻して尋ねる。その問いにイシュタルは肯定を示した。

 

「ああ」

 

「ならイシュタルよ、先に報酬の件について済ませておきたいのだが」

 

「報酬の財宝ならいくらでもくれてやる。好きなだけの額を───」

 

「金は要らん。要らなくなった。別の報酬をもらいたい」

 

「?」

 

「付け加えると、その報酬は先にもらい受けたい」

   

 不穏に微笑むカーリーの瞳に宿る剣呑な光にイシュタルは僅かに目を細める。

 

「今、【ロキ・ファミリア】がこの街におる。おっと勘違いするな、妾達がここにいることとは関係ない。何でも、食人花だとかのモンスターを追っているらしい」

 

「それで?まさか、貴様」

 

「ご明察の通りじゃ。あの者達と戦いたい」

 

 そのための露払いを頼みたいというカーリーに、イシュタルはたちまち眉根を吊り上げた。

 

「ふざけるなっ。フレイヤの眷族どもも馬鹿げているが、あそこの中も大概だ。 フレイヤと一戦やる前に大事になるに決まっている!!」

 

 必ずこちらに多大な被害が出ることは目に見えている。そんなことのために貴重な戦力を割くわけにはいかない。

 

そもそも、カーリーは何故よりによってその冒険者たちを標的にしたのか。理解に苦しむ。しかし、イシュタルの考えとは裏腹にカーリーは首を横に振った。

 

「すまん、すまん。あのファミリアというには語弊がある。狙いはとある姉妹じゃ·······まあ、本命は『剣聖』だったんじゃが、いないならしょうがない。『剣聖』に関しては機を改めよう」

 

 そして、獣のような笑みを浮かばせた。他に用はないという女神の仮面の奥で見開かれた双眸が妖しい輝きを放つ。

 

獲物を見つけた肉食動物のような眼差しを受けてイシュタルの眷属達の間に緊張が走る。血と殺戮を司る戦神の威圧を受け、アマゾネスたちは一様に身を強張らせた。

 

目的が戦いという単純なものがあるからこそ御しやすいとイシュタルは判断していたが、量り違えていたようだ。

 

イシュタルは悩ましげに長嘆していたが、チラリ、と獣人の娘を一瞥しておもむろに笑みを作った。

 

「いいだろう、私もロキ達は気に食わない。何より、あの『剣聖』はこの私をコケにした。意趣返しとしては丁度いい機会だ」

 

 彼女は当時、第一級冒険者になったばかりのアルをその見目麗しさから『欲しい』と思い、希臘の太陽神よろしくちょっかいをかけていたのだが。

 

手に入れるどころか、美の神である自らの『魅了』を容易くはねのけて鼻で笑ったアルに対して未だにイシュタルは並々ならぬ激情を向けているのだ。

 

「───春姫」

 

 怒りと悦楽に満ちた凄絶なる激情に美貌を歪めながら獣人の少女に声をかけ、目配せをする。

 

「仮に、『剣聖』が現れたらこの娘の『魔法』をその姉妹のどちらかに使うといい」

 

 切り札の一つがLv7に通用するか、試すいい機会になるとイシュタルは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、【豊穣の女主人】はアルのランクアップ祝いの宴で賑わっていた。

 

 

 







『アル・クラネル』
二つ名︰『剣鬼』→『剣聖』
非公式二つ名、異名︰『下界の可能性の煮凝り』『頭のおかしい白髪ショタ』『死剣』『劍✟皇』『聖女の弟』『脳筋じゃない方の最強』『頭がおかしい方の最強』
特技︰死ぬ以外は大概できる
倒す方法:搦手は基本効かないのでレベルを上げて物理で殴る(魔法もあんまきかない)


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五十五話 エルフを見習えよ、エルフを




右手が腱鞘炎なっちゃった


 

「やあ、聞いたよ、アルくん。Lv8になったんだって? いやー、めでたいねぇ。これで君のお祖父さん(ゼウス)の団長に並んだわけだ」

 

「黙れ、送還させるぞ」

 

「·····なんか、君。俺に対してだけ当たりきつくない?」

 

      

 

 

 

 

·············なにもめでたくねーよ。

 

このおちゃらけ伝令神(ヘルメス)が。階段で転んで頭打って送還されればいいのに·······。レベル8········いや、もう無理じゃん·······。

 

レヴィスちゃんはおろか、エインでも精々がLv7上位止まりだし·········。この際、レヴィスちゃんと悪魔合体とかしてLv9くらいになってくんねーかなぁ。

 

······まあ、いい、いつか、こうなることはわかってた。エニュオとかも俺への対策は講じているはずだしな·····あのベヒーモスの剣みたいな切り札もまだ······あるよね?

 

 

これからメレンか·······。正直、気乗りしないな、強い敵いないし、アマゾネスだし。アマゾネスって苦手なんだなあ。アイツら、生き死にの概念おかしいし、戦闘狂タイプじゃない奴らは頭ゆるい代わりに底抜けに明るいからなかなか曇らねぇ······。

 

エルフを見習えよ、エルフを。アイツら潔癖だけど仲良くなったらリューといい、フィルヴィスといい、わかりやすく曇ってくれるぞ?

 

敵は弱いし、アマゾネスだし·····やる気でないなあ·······。あーでも、確かベルのヒロインがいるんだっけか、リリルカ・アーデとは顔合わせたけどいい機会だからサンジョウノ・春姫も見とこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘、やれ」

 

 豊かな胸と臀部、そして細い腰回り。艷やかな褐色の肢体を晒すアマゾネス特有の戦闘衣に身を包んだ毒蛾が如き魔性の美しさを湛えたアマゾネスの黒布で隠された口元から漏れる共通語での命令。

 

闇夜に包まれたメレンの町並みに一瞬だけ灯りが点った。それは魔石灯などによる明かりではなく神秘的な魔力の発露による光だ。

 

地面に魔法円のような紋様が現れて発光する。そして、その輝きは金色の粒子となって立ち昇っていく。

 

「【────大きくなれ】」 

 

 メレンに鳴り響くモンスターの

咆哮と戦士たちの雄叫びの中で紡がれた祝詞のような静かな詠唱。

 

詠うのは獣人特有の尾と耳を白い巫女服で隠した少女。その声音は幼くも美しい響きを持って大気を振るわせる。金色の光が集い、凝縮していく。

 

「【其の力に其の器。数多の財に数多の願い】」  

 

 金糸の髪の少女が祈るように両手を組んで目を瞑って言葉を紡ぐたびに魔力が高まっていく。渦巻く金色の魔力が密度を増していき、少女の髪をたなびかせている。

 

「【鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

 か細い玉音の声音と共に眩いばかりの黄金の光が放たれて周囲を照らし出した。その光景はまるで昼間のように明るくなる。

 

霧状の魔力が光雲となって神秘的な光のドームを作り出す。

 

「【神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの金光】」

 

「【槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

「【────大きくなぁれ】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものようにバーチェとの訓練でボロ雑巾のようになったあたしは、捨てられていた古ぼけた紙の束のことを思い出して部屋の隅へと這っていって紙切れを手に取った。

 

「バーチェ········読んで?」

 

 それを両手で持ってバーチェに渡すと、彼女は表情を変えることなくそれを受け取った。

 

その紙の束は共通語で綴られており、アマゾネスの言語すら読み書きのできない幼子には当然読むことなどできなかった。

 

バーチェは手渡されたそれを無言で受け取ると、一枚ずつ捲り始めた。パラリ、と乾いた音が静かな部屋に響き渡る中、あたしは何も言わずに彼女の反応を待った。

 

その時のバーチェの顔を、あたしは決して忘れないだろう。常に無表情で冷徹な彼女が見せた、初めて見る顔だったからだ。

 

明らかに狼狽えており、額に薄らと汗を浮かべて目を泳がせる。盛大に動揺しているのがよく分かり、「ま、待て」と言い残してどこかへ行ってしまった。

 

後日、その日の鍛錬が終わったあとに紙の束を持って戻ってきたバーチェはその内容をどこかたどたどしい口調ながらも教えてくれた。

 

テルスキュラから出たことのないバーチェはその時のあたしと同じで共通語は読めないでいたのだが、十も年下のあたしと同じく文字が読めずに読み聞かせられないのは矜持が許さなかったらしく「何が書いてあるか教えてほしい」とカーリーに頼んだそうだ。

 

「『青年は、だまされているとも知らず、王に言った。わかりました かならずや、囚われの王女を、迷宮から救い出してまいりましょう』」

 

「それで? どうなっちゃうのっ?」

  

 冷たい石畳の上に座り込んで物語を聞くあたしの心臓は興奮で高鳴っていた。松明の火が照らす暗闇の中、バーチェの声だけが静かに響く。

 

慣れていないバーチェの言葉はところどころつっかえて聞き取りづらかったが、それでもあたしはその話を夢中で聞き入った。その日のあとも訓練が終わったあとに続きを読んでくれるようになった。

 

当然ながら物語には終わりがあり、紙の束でしかないそれはあっという間に最後のページを迎えた。

 

その数日間の読み聞かせでこれまで怖く思っていたバーチェへの恐怖心は薄れていった。

 

「敵の攻撃を誘導しろ。ぎりぎりまで引き寄せたところで、弾け」

 

「どうやって弾くの?」

 

「·········弾け」

 

 痛みと辛さしかなかった鍛錬もいつの間にか少しずつ楽しみになっていた。それに戦う以外の願望がなかったあたしに物語の続きを知りたいという新たな願望が生まれた。

 

そして、ある日、気まぐれを起こしたカーリーになにか欲しい物はあるのか、と聞かれたあたしは躊躇いもなく答えた。

 

カーリーはあたしの物語を読みたいという願いを聞き届けてくれて、すぐに綺麗な新品の本を買ってきてくれた。

 

カーリーに教えられて共通語はすぐ読めるようになった。読み聞かせの必要がなくなってなぜか、バーチェはどこか寂しそうな顔をしていたのが印象的だった。

 

戦いとは全く別の高揚感を味わえる娯楽を知ったあたしは、それから毎日のように読み続けた。

 

『儀式』で勝った褒美として度々、新しく買ってきてもらった本を貪るように読んだ。蝋燭の下で寝る間も惜しんで夜通し読み耽ったこともあった。

 

日に日に増えていき、石部屋を埋めていく本の山にブチギレたティオネに取り上げられたこともあった。

 

『英雄譚』と出会ってあたしは変わった。自分でもよく笑うようになったと自覚している。そんな日々を過ごしているうちに、バーチェとの会話も増えてきたように思う。

 

相変わらず表情の変化は少ないけれど、たまに微笑むことがあるのを知っている。皆はあたしが頭がおかしくなった狂戦士だと噂していたが、気にはならなかった。

 

 

 

それから数年後───国を出たあたしは英雄の都で真正の『英雄譚』が綴られた戦いを、その目で見ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「あのクソチビィ·······うちに喧嘩を売りおったなァ」

 

 普段の飄々とした態度からは想像も出来ないほどの殺気を放ちながらロキは静かに呟いた。

 

メレンに同行していた、【ロキ・ファミリア】の中では低レベル─────それでも上級冒険者に変わりはないが─────の者たちが【カーリーファミリア】の者たちによって襲撃され、重傷を負ったのだ。

 

幸い、リヴェリアの魔法による治療によって傷は塞がったが、餌のつもりか、レフィーヤがLv6のバーチェによって拐われた。

 

付き合いの長いアキやアリシアなどの古参眷属ですら恐れを抱かずにはいられない神威がびりびりと伝わる中、しかしロキの内心は怒り狂いながらも酷く冷めきっていた。

 

リヴェリアに手当てを受ける少女達を見ながら、その視線に鋭さを増していく。朱色の瞳を細め、その内心では煮えたぎるような激情を抑え込んでいるのだろう。

 

「ん···········?」

 

 ふと、失神している眷属達の服からファミリアのエンブレムが無くなってることに気づく。剥ぎ取られたのかと思い、念の為に確認してみたがやはり無かった。

 

「(エンブレムを奪う宣戦布告のつもりかぁ? いや、ちゃうな、レフィーヤを連れ去った時点でそんなもん······ああ、そういうことか)」

 

 なるほど、頷きながらロキは忌々しげに舌打ちする。カーリーの思惑に思い至ったからだ。

 

「ティオナとティオネ、呼び止めるんや。どこにも行かせたらあかん」

 

 周りに集まってくる団員たちに向けて既に後手に回っていることを悟りながらも指示を出す。

 

十中八九、己の眷属にティオネ、ティオナとテルスキュラの殺し合いの儀式をさせるつもりだ。

 

「なぁアイズたん連中と戦ったのは自分しかおらんのやけど、あのボインボイン姉妹抜いたら、敵の強さってどんくらいやと思う?」

 

「·······私が戦ったアマゾネスは、Lv3から、4かな」

 

 

 町中で暴れたアマゾネスの相手をし、女棟梁とも相対した一戦を思い出して答えれば、ロキは難しい顔で腕を組む。Lv.6であるアイズからすれば───同じくLv.6である団長姉妹は除く───難敵とは言えないもののその特有の格闘技術は侮れないものがある。

 

何より自らの命すら顧みない捨て身で間合いに飛び込んでくる執念と思い切りの良さは厄介だ。命の奪い合いを日常とする戦いの中で磨かれたものであろう狂戦士の術理とも言える。

 

アイズが言う通り、アマゾネス達が全員Lv.3以上だとすると相当に厄介な相手になる。人間同士の殺生に慣れていない若手の団員達にとっては特に。

 

対怪物の専門家である冒険者達にとって人との戦闘経験は少ない。ましてや命の奪い合いを前提とした対人戦闘など皆無に近い。

 

無論、必要とあらば躊躇いはしないがそれでも怪物を相手にするのと比べれば少しばかり太刀筋が鈍る。

 

アイズとてそうなのだ、第二級以下の団員達では咄嗟に躊躇ってしまうかもしれない。今の【ロキ・ファミリア】で容易く迷いを捨てられるのは『暗黒期』の始まりから常に最前線にいたフィン達首脳陣の他には神殺しすら躊躇わないアルぐらいのものだろう。

 

「幹部はともかく、敵の中堅はこっちより手強そうね」

 

「ええ、悔しいですが········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テルスキュラのアマゾネスに拐われたレフィーヤを奪還するために、ティオナはあらかじめ指定されていた場所に向かった。潮水で湿った岩場を駆け上がり、鉄錆臭い匂いがする洞窟の中へと飛び込む。

 

汽水湖から塩水が流れてて岩壁を浸蝕している。そのせいか、洞窟内は湿り気を帯びていた。肌に張り付くような不快感と圧迫感を感じながら奥へ進んでいくと、広い空間に出た。

 

そこは、天井から垂れた水滴がぽつんぽつんと音を鳴らすだけの静寂に包まれている。

 

「海蝕洞·······?」

 

 人が何人も通れそうな巨大な入り口は波で削れたのか、人の手が加わったように綺麗な円形を描いている。中は薄暗く、ティオナは目を凝らして辺りを見渡した。

 

膝下程度の高さがある潮水に浸かった岩壁には苔や海藻が生えており、地面も濡れていて滑りやすい。そして、何よりこの湿気だ。空気が重く感じるほど、洞窟内の湿度が高い。

 

「なんかダンジョンみたい」

 

 蟻の巣のように入り組んだ道をしばらく歩くと、ぽつんぽつんと魔石灯が設置されている岩壁に行き着いた。

 

魔石灯は淡く発光しており、暗闇の中に道しるべを残している。ティオナは足を止めることなく先に進む。

 

やがて開けた場所に辿り着いた。そこだけそれなりに明るく照らされており、天井には大きな穴が空いている。そこから月明かりが入り込んでいるのだ。

 

そこには、下はティオナよりも若く、上は団長姉妹くらいの年齢のアマゾネス達が居た。彼女達は露出の多い扇情的にも見えるアマゾネス特有の踊り子のような服装をしている。

 

「よぅ来たのぉ、ティオナ」

 

 円形に位置どるアマゾネス達に囲まれるように自ら天然の闘技場に足を踏み込んだティオナに、中央にいた幼女神が歓迎の言葉を口にした。

 

彼女は腰まで伸びた長い臙脂色の髪を揺らしながら、幼さと老熟さを兼ね備えた妖艶な笑みを浮かべている。

 

アマゾネスとカーリーの他に唯一、見慣れない白い巫女服を着たアマゾネスではない少女がいるが、今のティオナには気にする余裕はなかった。

 

なぜなら、ティオナの正面に静謐とした雰囲気を纏った女がいたからだ。砂色の髪は肩まであり、高い背丈に女性らしい起伏に富んだ肢体に仄かな光の粒を纏うそのさまは堕落した天女のようでもある。

 

「バーチェ········」

 

 砂色の髪の女を見て、ティオナは小さく呟いた。バーチェは鋭い眼光でティオナを見据えたまま口を開かない。

 

「········カーリー、レフィーヤは?」

 

「こことはまた別の空洞に捕えておる。心配せずとも解放してやる」

 

 相対する師弟を見て目を細めるカーリーは、どこか愉快そうだった。しみじみと口を開く。「よもやこんな日が来るとは思わなんだ·········師弟同士、ここまで互いが成長した姿で争いを迎える時など」と独り言ちると、ティオナの控え目な胸もとを一瞥して哀れみを込めた視線を送る。

 

「まぁ、片方の胸はあまり成長しておらんが·······」

 

 気の毒そうに言うカーリーの一言に、ティオナの顔色が変わった。ティオナは自分の胸に手を当ててみる。確かに小さいかもしれないけど、これから大きくなる予定なのだ。

 

 

今は発展途上だから仕方がないじゃないか!それに、この大きさだからこそ出来る動きもあるし! などとティオナは反論するも残念ながら成長期はもうじき終わりを告げることを本人は知らない。

 

ちなみにアルガナもティオネと同じ程の胸囲であり、バーチェに至ってはその二人すらも上回る豊かさを誇っているのだが、それは今関係ない話である。

 

「────構えろ、ティオナ」  

 

 むきー、と憤慨していたティオナだったが、不意にかけられた声に我に返って前を見る。そこには既に構えたバーチェの姿があった。

 

口元を黒布で隠すその立ち姿はまさに戦士。彼女の身体から滲み出る覇気が、ティオナにも伝わってくる。

その威圧感に思わずゴクリと喉が鳴る。

 

「死合うぞ」

 

 そう、冷たく言い放つと弟子であり、妹のように接していたはずのティオナに向けて油断なく拳を構えた。

 

瞬時に張り詰めた空気の重さに否応なしにティオナは十年前に別れた時のバーチェと今のバーチェは別人であることを実感させられる。寒気を催させるほどの闘志がひりつくほどに肌を刺激していた。

 

テルスキュラではLv.2の戦士を選別するためにLv.1の幼子同士を殺し合わせる。

 

Lv.3の戦士を見出すためにLv.2の戦士同士を戦わせ、Lv.4の戦士を作り出すためにLv.3の戦士達を戦わせる。

 

Lv.5を生み出すためにはLv.4の戦士達を、Lv.6を生むためならばLv.5の戦士達をぶつけ合い、殺し合わせ、より強い戦士を作る。それこそがテルスキュラのアマゾネスという種族だ。

 

おそらく、ティオナの知らない年月の中でバーチェは『近づいた』のだろう。テルスキュラが理想として掲げる『真の戦士』に。

 

同胞同士の蠱毒、戦士同士の喰らい合いにより純化された肉体と精神。そして、アマゾネスの長い歴史の中で生まれた技術と戦術の数々。それらを身に着けた今の彼女は、紛れもなくテルスキュラの怪物。

 

姉のアルガナを毒蛇の怪物とするならばバーチェは───!!

 

「【───食い殺せ】」

 

「【ヴェルグス】」

  

 構えを崩さぬまま唱えられる超短文詠唱。それはアイズと同じ詠唱量で発動するバーチェにのみ許された付与魔法。

 

ティオナに向けられた拳が魔法の発動と共に蠕動を繰り返す黒紫の光膜に包まれていく。

 

見るからに毒々しい、悍ましさすら覚えるほど禍々しくも美しい魔力光がバーチェの右腕を覆い尽くしていく様を見て、ティオナもまた構えを堅くする。

 

派手で華やかな魔法のイメージを掻き立てるアルの炎やアイズの風などとは違う禍々しい付与魔法。

 

その属性は『猛毒』。触れた者全てを侵す防御不可の付与魔法。攻防一体にして徒手同士において最凶の攻撃手段。

 

必毒であり必殺でもあるその魔法こそ、彼女が持つ最強の矛にして盾。それを前にしてティオナは初めて恐怖を覚えた。

 

抵抗しなければ瞬く間も無く殺される。かつての師弟関係だった頃の記憶は今のバーチェには通用しない。

 

「──征くぞ」

 

 ────紫の残光だけを残して、ティオナの視界からバーチェが消え去った。

 

「───?!、───ぐ、あっ?!」

 

 次の瞬間、ティオナのすぐ前の空間が爆ぜる。ヒュンッ、と掠めるように通り過ぎた拳が生み出した衝撃波が髪を揺らした。

 

遅れて襲い来る影に対してかろうじて体勢を整えたティオナの防御を喰い破り、破城槌が如き一撃がティオナの臓腑を痛烈に穿つ。

 

衝撃が内臓を揺るがし肺の中の空気を全て吐き出させる。咄嵯に後方へ飛び退いたことで威力を殺すことは出来たものの、その凄まじさに吹き飛ばされ地面を転がった。

 

ティオナの眼前にはいつの間にか距離を詰めていたバーチェの姿がある。既に次なる攻撃のモーションに入っているバーチェの姿を認めたティオナは即座に身を起こし、迎撃せんと拳を振るう。

 

しかし、バーチェの拳は既にティオナへと迫っていた。慌てて軌道を変えようとするも間に合わない。

 

振り抜かれた右ストレートをティオナの左腕が受け止めるも、あまりの勢いにそのまま弾き飛ばされた。辛うじて空中で姿勢を制御し着地するも、ティオナの顔は苦痛に歪んでいる。

 

そんなティオナに向けて、バーチェは追撃をかけるべく疾駆していた。ティオナの頭上から放たれた左拳が、彼女の頭部を打ち砕かんと迫る。

 

それを察知したティオナはすぐに横っ跳びに回避行動を取った。直後、先程までティオナがいた場所に突き刺さるように降り注いだのは毒々しい輝きを放つ拳であった。

 

自分どころかフィンたちをも上回る速度にティオナがどうにか反撃しようにもこちらの攻撃は容易くいなさられ、あちらからの攻撃をティオナは全て避けねばならない状況。

 

毒の触腕による突きを腕を振り上げ直撃こそ防ぐものの受け止めた左腕が劇毒によって凄まじい悲鳴を上げている。

 

加えて、バーチェの拳は毒を抜きにしてもただの一発でティオナの腕を痺れさせていた。

 

ポイズン・ウェルミスの劇毒すらも遠く及ばないその毒はいくらLv6とはいえ、超短文詠唱によって引き出せるものではない。そして、何よりも。

 

「(ランクアップしたはずなのに力でも速さでも圧倒的に負けてる?! ─────まさか、Lv7?)」

 

 船で出会ったときはそれほどの威圧は感じなかった。Lv6になったばかりの自分よりは強くとも、アルや『猛者』に並ぶほどとは到底思えなかった。

 

「悪いの、ティオナ。妾とて本意ではないのじゃ。本来、対等のもの同士での戦いこそ至高なのだが········。『剣聖』がいない以上、「Lv7」の実力を見るにはこうしなくてはならなかったのじゃよ」

 

 カーリーはバーチェの圧倒的なポテンシャルに目を輝かせながら「アルガナは自分だけの力でティオネを殺したがったしのう」と、今のバーチェとの実力差の正体を明かす。

 

「にしても、紛い物でもこれ程とは······。純正の『剣聖』や『猛者』はいかほどなのか······」

 

 激痛の中で「場合によっては『剣聖』を種馬にしたいのう」などと呟くカーリーの言葉にバーチェの強さには何かしらのからくりがあるのだと、そしてカーリーの本命は自分たちではなくアルなのだと、理解したティオナだったが、一撃一撃を凌ぐのに命をかけなくてはならない今のティオナにはどうしようもできない。

 

「────さらばだ、ティオナ」

 

 紫を超えて漆黒の槍と化したバーチェの手刀が防御を崩されたティオナの胸へ迫り─────。

 

 

 

 

その瞬間、一迅の雷鳴が昏き洞穴を照らし、戦いを観戦していた数十ものアマゾネスが神速の斬撃によってまとめて吹き飛ばされた。

 

「──アル?」

 

 そして、返す刀でLv7相当のステイタスに強化されたバーチェも紫の残光だけを残して岩壁へ叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






アルすけ『突撃!!お前が晩御飯!!』



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五十六話 素晴らしい提案をしよう お前らも怪人にならないか?


ちょっと短いよ


 

 

 

戦いに幕を下ろす舞台装置であるかのように、血錆が香る洞穴ヘ現れた白髪の青年。一迅の雷鳴となって洞穴内のアマゾネスの約半数をも一撃で吹き飛ばし、返す刀でバーチェをも岩壁へ叩きつけた男の登場に空気が凍りついた。

 

「一撃か··········まぁ、たいして期待はしてなかったけどな」

 

「アル·········?」

 

 ただそこに居るというだけでティオナも、テルスキュラの狂戦士達も、カーリーすらも戦慄する。その存在感に誰もが息を飲む中、ティオナだけが呆然と彼の名を呼ぶ。

 

普段の彼からは想像も出来ない、冷たく重い威圧感。それはまるで竜が発するような圧力であり、ティオナもカーリーも先程までの激闘を忘れて息を呑んだ。

 

渦巻く力の奔流を例えるのであれば雷、或いは炎、或いは嵐。災害を人型に押し込めたかのような男は岩壁に叩きつけられたまま動かないバーチェを一瞥すると、視線をティオナへと移す。

 

「ティオナ、帰るぞ。レフィーヤの方にはガレスが行ってるから問題ない」

 

「あ、うん」

 

 殺気立つアマゾネス達など視界にも入れず、そう言い放ったアルにティオナは困惑しながらも立ち上がり、素直にこくりと首を縦に振った。

 

─────もしかしなくてもアル、すごく怒ってる?

 

声を荒らげているわけでも、怒鳴っているわけでもない。ただ、普段からは考えられないほど静かな感情を表すアルにティオナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

しかし、そんなティオナの手をアルは掴むと、そのまま踵を返し歩き出す。

 

「俺も人のことは言えないからそういうのはリヴェリアに投げるけど、帰ったら多分説教だと思うぞ」

 

「·······うん、ごめん」

 

 既に詠唱を終えていたのか即座にアルが発動させた不死鳥の付与魔法により、ティオナを先程まで侵していた激毒や身体中に奔る鈍痛が癒えていく。

 

ティオナはその心地良さに身を委ねながらも、昔のことを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

あたし、ティオナ・ヒリュテにとってアル・クラネルは物語から出てきたかのような男の子だった。

 

闘国をティオネといっしょに飛び出して【ロキ・ファミリア】に入って暫くたった四年前、猫でも拾ってきたかのように扱うロキに抱えられたアルは昔のティオネのようだった。

 

小さい時から散々見てきた血のような瞳に、燃え尽きた灰のような髪。けして笑わず、アイズよりも苛烈に強さを求めてダンジョンに潜り続ける姿は命を削ってでも強くなろうとしている様は昔の血に満ちた日々を思い出させる鏡みたいで苦手としていた。

 

ティオネはあたし以上に苦手としていて、あるいは嫌ってすらいたのかもしれない。ティオネの師匠だったアルガナを思い出しては話してすらいないアルを避けるようになっていた。 

 

その印象が変わったのはアルがファミリアに入って三週間目のある日、上層で小竜の強化種が発生したという報告が上がり、フィンやガレス、ベート達と殿として残った団員──当時Lv1だったアルの救援へ向かったときだ。

 

誰も声には出さなかったが、既に死んでいる、そんな確信があった。当然だ、他のモンスターの魔石を喰らうことで自己強化を果たした強化種、その恐ろしさは最大派閥の【ロキ・ファミリア】の面々は深く理解していた。

 

上級冒険者に50名以上の被害を出した血濡れのトロールのように魔石の味を覚えた強化種というものは元となったモンスターとは全く別種の、元の認定レベルでは測れない上位亜種ともいうべきものなのだ。

 

元が上層の実質的な階層主とも言われる小竜であればその認定レベルは2を確実に超えるだろう。パーティのリーダーであったレベル2の団員が逃げ帰ってきたことからもそれは明らかだった。

 

いかに、才能に溢れていたとしても冒険者になったばかりのアルが勝てる相手ではないのだ。

 

だが、あたし達は目撃した。───『本物の英雄譚』を。

 

既に手元に愛用の武器はなく、逃げた者達の武器をふんだんに使い捨てながら遥か格上であるはずのドラゴンへ果敢に攻める血だらけになりながらも諦めないアルの姿がそこにはあった。

 

その目に恐怖はなかった。あるのはただただ強い戦意のみ。Lv2の上級冒険者ですら逃げ帰る相手に冒険者となって一ヶ月も経っていないのに勝てるわけがない、それほどの実力差を身で感じながらもその足は止まっていなかった。

 

あのとき、読み聞かせられた『英雄譚』のような弱者の、勇気を振り絞った戦い。その戦いからというもの、あたしはアルについて回るようになった。

 

鬱陶しそうに邪険にされたが、あたしはアルに、かつてあたしが『英雄譚』にそうしてもらったように笑ってほしかったのだ。

 

けれど、未だあたしはアルの笑っているところを見たことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、女どもには任せておけねえ」

 

 闇夜に包まれたメレンの町並みに鳴り響くモンスターの咆哮と戦士達の剣戟の音。

 

その音を聞きつけたかのように迷宮都市オラリオが誇る冒険者の頂点たる都市最大派閥、【ロキ・ファミリア】の男性陣がメレンのメインストリートに集う。

 

「てめえら、いつまでも女どもにいい顔させてんじゃねえ、やるぞ」

  

 先頭に立つベートが眉根を吊り上げながら声を上げ、団員たちもそれに応ずるようにそれぞれの得物を構えて一斉に雄叫びを上げる。

 

メレンの貿易港区で花火のように連続して弾ける光はアマゾネス達と戦端を開いたアイズ達の戦闘によるものだ。

 

「はははっ、ベートもいい発破をかけるようになったじゃないか」

 

「アキ、あそこにいるのはあの【カーリー・ファミリア】 で間違いないんだね?」

 

「は、はい! きっと、ティオネ達もいます」

 

 ベートに加えてフィン、ガレス、アルの四人の第一級冒険者とラウル達二軍率いる第二級以下の団員達。合計数十人からなる大所帯の冒険者達が港から大通りへと突入していく。

 

「全員揃ったか?」

 

「はい。 集まっています!」

 

 道化の団旗を掲げた一団は市壁上部に設けられた通路に集まり、眼下の戦いを見下ろしていた。

 

アキがロキの使いで伝えてきたことは三つ。ティオネ達とテルスキュラのアマゾネスに関する現状と経緯。【ヘファイストス・ファミリア】での整備を終えたアイズ達の装備一式を揃えること。

 

そして、今回の騒動の原因であるテルスキュラのアマゾネス達に対しての戦力として団員の集結───ひいては新たな領域へと至ったアルも連れて、メレンに殴り込めというものだった。

 

「アイズの剣は俺が持ってく」 

 

「えっ、じ、自分がティオネさんとティオナさんの得物運ぶんすか?」

 

 整備を終えたアイズやリヴェリア達の武器を渡すためにそれぞれが持つ武器を持ったラウル達は道化の団の団員達が見守る中、通路へと出る。

 

「さて、みんな。これからお騒がせな姉妹を迎えにいく。たったそれだけだけど、これほど厄介な冒険はない」

 

 準備を終えた団員たちを前にして、フィンは言う。今現在、港では激しい戦いが繰り広げられているだろう。だが、そんなことは関係ない。

 

フィンの声に冗談交じりに笑う彼らの顔には笑みに反して仲間に手を出された怒気が宿っている。

 

ティオネ達とアマゾネスの姉妹との因縁などフィン達にはわからないしこちらから詮索して知る必要もない。ただ、自分達の仲間に手を出したことだけは許せない。

 

「────行くぞ!!」

 

 闇夜に沈むメレン。フィンの号令と同時に躊躇なくベート達が動き出す。強過ぎる援軍がメレンの町へ降り立った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はーーーーーーーーーーっ(クソデカため息)

 

くっそ、帰りたいわ···········。

 

いやさ、俺いる必要ある? 【カーリー・ファミリア】程度、フィン達で片せるだろ?

 

自分より弱いアマゾネスとか本当に相手したくないんだけど·······。アイツら、曇らないし、エルフならいいんだけどなあ········。ティオナも前世みたいな感じならまだ良かったんだが······。

 

今更、いくら数いてもレベル3程度の奴らが相手じゃ話にならんわ。もう、お前ら全員、怪人になってこいよ。全員が第一級冒険者相当にまで強化されれば俺でも流石に殺されるだろ。

 

······はぁ。

 

あ、アイシャやん。どうしたん?

 

【カーリーファミリア】の団長姉妹に『階位昇華』の魔法が使われる、だって?

 

································ほう?

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、なにを呆けておる!! 止めよ!!」

 

 あまりに自然にティオナを連れ帰ろうとするアルの姿に我に返ったカーリーが非現実的な光景に混乱し、呆けていた残る約半数のアマゾネス達に対して指示を出す。

 

混乱と困惑を闘志で捻じ伏せ、主神の命を受けたアマゾネス達が裂帛の咆哮を上げて決闘を穢した男を排除しようと各々の得物を手に殺到する。

 

彼女達は姉妹頭領にこそ劣るものの、カーリーが同行を許した闘いの国テルスキュラの精鋭。全員がレベル3以上、第二級冒険者に相当する実力をも備えた歴戦の勇士なのだ。

 

────しかし、相手が悪かった。

 

「寝てろ」

 

 再び、洞穴内に一迅の雷鳴が奔る。雷鳴、そうとしか表現できぬ知覚も反応も許さない、ただただ雷鳴のような破裂音と残光だけを残す神速でもって数十ものアマゾネスの意識を刈り取った。

 

何よりも恐るべきはスピードでもパワーでもなく、そのコントローラビリティ。ティオナとは比べ物にならぬほど速く、鋭く、そして正確にアマゾネス達の急所を撃ち抜いていくアルの絶技は、Lv6のティオナから見ても次元が違うと分かるほどだった。

 

それほどの一撃でありながら、無力化されたアマゾネス達は誰一人として重傷を負っていない。意識を失っている者のほうが少ないにもかかわらず、誰一人として動くことができない。英雄ならざるものには決して、届かない圧倒的なまでの戦いの技量の差がそこにはあった。 

 

「な、なんじゃと·······」

 

 ありえない。赤目の白髪の青年、噂に聞いた特徴と合致したその整った面貌に青年が都市最強の片割れ、『剣聖』であるのだとカーリーは理解した。強いとは聞いていたが、これほどとは思ってはいなかった。

 

カーリーが誇る精鋭のアマゾネス達数十人を煤でも払うかのように無力化し、【イシュタル・ファミリア】の狐人の『魔法』によって一時的にとはいえLv7相当にまで強化されたバーチェを一蹴するなど、いくらLv7といえどあり得るわけがない。

 

それとも、純正のLv7とはここまでの怪物なのだろうか。極めて少ないながらも世界全体を見渡せばそれなりの数がいるLv6までとは違い、かつての最強派閥が消えた今、Lv7の域に達しているのはたった三人のみ。

 

それならばあの美神の企みなど『猛者』を有する【フレイヤ・ファミリア】に通じるはずがない。

 

英雄の気迫。青年から横溢するオーラはまさにそれだった。モンスターをして震え上がるほどの威圧感を放つ怪物を前に、カーリーの頬に冷や汗が流れる。

 

その力は強大であり、オラリオ最強の第一級冒険者全員を相手に戦える、そういった英雄としての覇気が、超越存在であるはずのカーリーをも膝を突かせかねない嵐として吹き荒ぶ。

 

歴戦の者たちが一蹴されたことに気圧され、立ち向かえなかったがゆえに無傷の若輩のアマゾネス達が鳥肌を立てたのも仕方がないだろう。

 

戦士としてではなく、一生物として立っている地平が違う。オラリオにおいても上級冒険者と讃えられるであろう彼女達と英雄の間には鼠と竜ほどの違いがあった。

 

ガラッ、と岩壁に打ち付けられたバーチェが立ち上がる。もとよりLv6であり、いまやLv7の領域に足を踏み入れているバーチェは他のアマゾネスとは違い、いまだ戦意を失っていない。

 

「········何だ、まだやるのか?」

 

 身体中に奔る鈍い痛みを闘志で押さえ込み、瞳に怒りを燃やしながら立ち上がったバーチェに、アルが振り返らずに声をかける。

 

その声には戦意も殺意も感じられぬほどに静かで、しかし同時に言葉に出来ぬ圧迫感を感じさせた。

 

先程のハエでも払うかのような何気ない一撃にこめられた凄絶なる威力。バーチェも聞くまでもなく理解していた、相手が噂に聞く最強の男『剣聖』アル・クラネルなのだと。

 

確かに格上かもしれぬが未だ身体が動く以上、負けは認めない。アマゾネスとしての本能がバーチェを突き動かす。

 

しかし────バーチェは見てしまった、アルの瞳を。

 

「ヒッ──」

 

 眼前に立つ白髪の男の血のような瞳。それは自分を見てはいない、対等の敵に向けるものとはかけ離れた地を這う羽虫を見ているかのような退屈そうな目。

 

姉相手にも上げたことのない悲鳴が漏れる。戦いを、殺戮を愉しむ姉とは正反対の冷めた目。その不気味さに恐怖を覚えた。

 

何よりも、バーチェにはわかってしまった、自分を前にして構えようともしないアルとの隔絶した実力を。憐れにもこれまでにアルに蹂躙されたLv3からLv4のアマゾネスたちでは、実力が違いすぎてその高みを感じ取れなかったのだろう。

 

優れた戦士は拳を交えずとも見ただけで相手の強さを見抜くことができる。まして一撃を受け、改めてその立ち姿を見たとき、バーチェは悟ってしまった。

 

もとより対人戦に特化し、Lv6のステイタスを持ち、『魔法』によって一時的にとはいえ、Lv7の階位へと至ったが故に眼前の男が条理を逸した『怪物』であると理解してしまった。

 

「お前らが目的とするのは『真の戦士』、だったか?」

 

「なら、来い」

 

「歓べ、アマゾネス」

 

「今、地上で最もその高みに近づいているのはこの俺だ」

 

 

 




ハーメルンのコメント欄だと感想書けないからTwitterアカ作ってとのリクエストがありましたので作りました。

主に更新予定時間や進捗状況を報告させていただきます。
https://twitter.com/Lw4p9DnC48lkr6A/

Twitter初心者もいいとこなのでやらかす前にいろいろ教えてくれると助かります。




『アル・やる気0モード』
怒り✖ イライラ○

多分無理だろうけど盛り上げてやるから覚醒でもしやがれ、くらいにしか思ってない。

笑わない男。笑いかけられたのはアミッド、リュー、ベルを除けば三章終盤のアイズくらいかな。なお、アストレアレコードだと隠しきれず度々大笑いしている模様。



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五十七話 ベートあげるから国に帰ってくれない?




すでに消したけど寝ている間に遥か先の話が投稿されててビビった。何かで予定入れちゃってたのかな。


「お前らが目的とするのは『真の戦士』、だったか?」

 

「なら、来い」

 

「歓べ、アマゾネス」

 

「今、地上で最もその高みに近づいているのはこの俺だ」 

 

 その威圧感に気圧される。これまで自分が相手にしてきた有象無象とは格が違う。目の前にいるのは怪物の中の怪物、まさしく本物の怪物だと。

 

──────否、怪物などではない。紛れもない英雄だ。かつて他でもないティオナに読み聞かせた英雄譚に登場する、英雄という存在そのもの。それがこの白髪の青年の正体だと理解する。

 

先程までの虫を払うかのような動きとは異なり、ゆっくりとこちらへ向き直るアルの姿がバーチェには巨大な壁のように思えた。

 

向けられる先程とは違う確かな戦意。それを感じた瞬間、バーチェの四肢は思考を置き去りにして動いていた。

 

「【食い殺せ】!!」

 

 消えかけていた猛毒の付与魔法を再度かけ直し、己が武器である拳を構える。

 

恐怖ではなく、闘争心を焚くことで身体を動かし、戦意を奮い立たせる。 

 

だが、それでも足りない。先程の攻防とも言えぬ一蹴でバーチェは痛感させられたのだ。

 

戦士としての『技と駆け引き』はもちろんのこと、単純な力比べすらも自分の遥か上を行く英雄を相手にするには力不足であることを悟った。

 

「あ、ああああああ───ッ!!」

 

 おおよそ『最強』という言葉を体現している英雄を前にもはや考える余裕などなく、バーチェが初めての咆哮をあげる。

 

常に平静を保った寡黙な戦士としての仮面を投げ捨てなりふり構わずに突撃した。

 

全身全霊、全力をもって英雄に挑む。眷属としてではなく、女としてではなく、戦士としてただひたすらに拳を振り上げる。

 

恐怖をアマゾネスとしての本能が塗り潰す。その闘志を燃やすことでバーチェは恐怖を乗り越える。

 

肢体の隅々にまで趨る充足感、これまでにない力の脈動は狐人の階位昇華によるものだけではないだろう。

先程までとはまるで別人。そう言わんばかりにバーチェの肉体は限界を超えていく。

 

殻を破らんとする雛鳥の如く、英雄へと飛びかかる。しかし、アルもまたそれを待っていたかのように迎え撃つ。

 

先程の一蹴が嘘であったかのような踏み込み。一瞬で懐に飛び込んできたバーチェに対し、アルはまだ動かない。

 

黒紫の魔力を全身に鎧のように覆い、死毒の化身となって吼りを上げる拳。

 

バーチェの付与魔法、【ヴェルグス】は攻守に作用する。あらゆる物理攻撃はバーチェが食らおうが防ごうが弾こうが、相手へ確かな損傷となって蓄積されるのだ。

 

元のLv.6の時点でも岩を溶かし、『恩恵』を受けた者の肉体をも溶かすほどの猛毒を宿していたバーチェの拳は一度侵されればいくら【耐異常】という恩恵があったとしても治療しなければ命は五分と持たない。

 

それほどまでにこの毒は凶悪であり、白兵戦においてはまさに必殺にして必毒の一撃となる。

 

更に、狐人の魔法によってLv7の階位にまで強化されたことにより、その毒性はより凶悪なものへと変貌を遂げていた。

 

生物、非生物を問わず触れたものを腐食させ、溶解させる猛毒の波濤。

 

無意識下に嵌めていた箍がアルという英雄を前に外れ、『魔法』の色は紫を超えた漆黒に近い色ヘと変色していく。

 

一時的にとはいえ、英雄の領域へと足を踏み入れたそのステイタスと魔法はまさしくLv.6の範疇を超越したものとなっていた。

 

その毒腕は敵はおろか、自分自身すらも侵す諸刃の剣と化していたが、バーチェはその危険性を理解した上でその拳を突き出す。

 

皮膚を、肉を、骨を自らの毒で焼きながらバーチェは渾身の一撃を放つ。

 

第一級冒険者であろうと絶命せしめる毒腕は、同じく箍の外れた肉体の躍動を見せるバーチェとともに、たった一人のヒューマンを殺すためだけに限界を超えた速度で迫る。

 

ティオナの視界から消えるほどの速度。肉体の自壊を前提とした赤髪の怪人すらも凌ぐほどの決死の一撃。だが────。

 

─────パシッ。

 

「悪い、俺に毒は効かないんだ」

 

 己の全てを賭けた一撃を豆でもつまむかのように止めた白髪の青年と眼前に迫る延長された時間感覚の中であっても神速を誇る手刀。それがバーチェが気絶する前に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────海蝕洞窟での戦いとフィンがけりをつけた船上の戦い、ヒュリテ姉妹の二つの戦いは他でもない仲間の救援により幕を閉じた。

 

姉妹は笑った。今の自分たちには仲間がいることに、そして、その仲間たちが駆けつけてくれたことに感謝した。

 

翌日、メレンに来ていたウラノスの側近であるフェルズの秘密裏の手回しもあり、【ロキ・ファミリア】と【カーリー・ファミリア】の抗争という事件は一応の決着を見せた。

 

アルガナとバーチェの姉妹団長に加え、Lv.3からLv.4のアマゾネス達が全て負けたことにより不承不承ながらもカーリーは敗北を認めたのだ。

 

ギルドは抗争の中で起きた家屋の破壊などの原因は全て【カーリー・ファミリア】にあると発表することとした。

 

辺境の地からやってきた野蛮で無知なアマゾネス達が都市で暴れ回ったことによる結果だと、そう発表することで事を収めようとしたのだ。あくまでも田舎者の起こした不幸な事故だと片付けることで責任を押しつけたのである。

 

食人花のモンスターはたまたま湖から陸に上がってきただけに過ぎず、今回の事件とは無関係だと主張。結果として、都市の市民たちはアマゾネス達による蛮行だと信じて疑わなかった。

 

ギルド上層部としても、これ以上事を荒立てるわけにもいかず、また、善神ニョルズと市長、ギルド職員による密入などという醜聞を表沙汰にするわけにもいかないためにこの決定を下したのであった。

 

食人花のモンスターのこともあり、支部とはいえギルド幹部が闇派閥がらみの密輪に関わっていたという何よりも致命的な汚点を隠す必要があったのも大きい。

 

そんな背景があり、この事件は一応の解決を見た。

 

もっとも、これで全てが終わるわけではない。事件の後始末や怪我人の治療、破壊された家屋の修理とやることは山積みだ。

 

特に一番の問題はこの件、裏で糸を引いていたと思われる女神イシュタルの思惑と行方が未だにわかっていないことだ。

 

いや、事件を紐解いていけばわかるはずなのだがそうしては芋づる形式でギルドの弱味まで晒されてしまう。

 

裏で画策しているであろう黒幕の意図を汲んであえて泳がせるほかなかったのだ。しかし、いつまでも黙っているほどにギルドも甘くはない。

 

ギルドはこの一件で得た情報を元に、都市に潜んでいるかもしれない闇派閥の残党を炙り出しにかかるだろう。

 

港の運営はしばらく麻痺するだろうが、それでも今回の事件で死んだ者は一人もいない。

 

食人花の被害も予想以上に少なく、人的被害も最小限に抑えられた。後はこの騒動の後始末さえ済めば、メレンは再び平穏を取り戻すことになるはずだ。

 

「で、クソチビ。今度は自分の番や。洗いざらい吐いてもらうで」

 

 メレンのとある喫茶店。一通りの事後処理を終えたロキはアルと共にその店のテラス席に座っていた。ロキの眼の前では他でもないカーリーがテーブルの上に突っ伏し、項垂れている。

 

紐でぐるぐる巻きにされ椅子に縛り付けられた彼女の姿は、とてもではないが国家ファミリアの主神には見えない。

 

童女の女神は今、尋問を受けていた。それも当然のこと、ロキとしてはこの一連の出来事の裏で暗躍していたイシュタルの企みについて聞き出さなくてはならないからだ。

 

イシュタルは食人花のモンスターを使役していた。それはつまり、闇派閥の生き残りを利用していたということである。

 

いくら【カーリー・ファミリア】が他の闇派閥とは違い、オラリオ外の勢力であるとはいえ、明らかに闇派閥と関わっている以上、放置しておくわけにはいかない。

 

このままではギルドの信用問題に関わるだけでなく、今後の都市運営に大きく関わってくる。だからこそ、ここで徹底的に問い詰める必要がある。

 

「·······ふんっ、じゃ」

 

 ロキの鋭い視線に晒され、ぷいっと顔を背けるカーリーは相変わらず不機嫌そうだ。彼女はバーチェがアルに敗北した後、あっさりと負けを認めて引き下がった。

 

その潔さにロキ達も手荒な真似はせず、とりあえずは拘束して話を聞こうとしたのだが、彼女は何も喋らない。

 

バーチェを倒した後、ティオナを治療したアルによって未だ街中で戦っていたのも含めた残りのアマゾネスは簡単に無力化された。

 

敗者の扱いを受け入れ、抵抗の意思を見せない彼女たちを情けで治療して彼女たちの船に投げ込んだ後、カーリーだけはこうしてロキの前に座らされている。

 

「とりあえず、ティオネ達にもう関わらんことを約束しろ。特にあのアルガナっちゅう戦闘中毒者にはよく聞かせておけや」

 

 アルガナ・カリフ。バーチェと共に【カーリー・ファミリア】の団長を務める女傑であり、怪物。

 

そのステイタスはフィンたちと同じLv.6であり、その凶暴性は戦闘特化の呪詛を発現していることからもわかるように常軌を逸している。

 

彼女に限った話ではない。今回の抗争に参加した【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達は皆、狂戦士とでも呼ぶべき危険な精神性を持ち合わせていた。

 

中でもアルガナの凶暴性は類を見ないほどに突出しており、そのあり方はカーリーが理想とするテルスキュラの狂戦士そのもの。

 

毒蛇の如き狡猾さと残忍さを兼ね備えた彼女は他でもないティオネと因縁がある。

 

ロキとしてもかわいい眷属に手を出されるようなことは避けたいため、これは譲れない条件だ。

 

しかし、カーリーの返答は意外なものだった。顔を上げずとも、彼女が嘲笑うかのように鼻を鳴らしたことにロキは気付いた。

 

「······もうアルガナは使い物にならん」

 

「あん?」

 

 机に突っ伏したままのカーリーの言葉にロキは眉根を寄せた。使い物にならないとはどういう意味なのか。アルガナがフィンに負けたのは確かだが再起不能になるほどの傷は負わせていないはず。

 

「アルガナだけでなく他の者達も········バーチェも貴様の男共にやられたもんは全員そうじゃ」

 

 むくり、と体を起こし、ロキを睨み付けるカーリー。唇を尖らせ、不満げな態度を隠そうとしない。まるで拗ねている子供のようだ。

 

「あやつも女であったか」とか「恋する乙女とかもう······」とか「お先真っ暗じゃ」などと死んだ魚のような目でぶつぶつと呟くカーリーにロキはますます困惑する。

 

カーリーが何を言っているのか理解できない。そもそもロキが聞き出したいのはイシュタルの動向だ。なのに何故そんな話題を持ち出すのか。

ロキが困惑する中、カーリーは言葉を続ける。

 

「国はもう終わりかもしれん·······あぁ、妾の楽園。·······主のせいじゃぞ、『剣聖』。妾の眷属たちを尽くダメにしおって·······」

 

 万が一、伏兵がいた際に備えてロキの護衛を務めているアルへ目を向けるカーリーだったが、アルはつまらなそうに目を瞑っている。

 

「······はぁ、妾が来た理由は【フレイヤ・ファミリア】じゃよ。嫉妬深い女神の依頼での。妾は噂の『猛者』をアルガナ達と戦わせてみたかったんじゃが·······」

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くカーリーめ········予想通りロキ達にやり返されたか」

 

 既にメレンから離れたイシュタルはオラリオにて苦々しい表情を浮かべながら報告を聞いた。

 

イシュタルの助力があったのにもかかわらず【カーリー・ファミリア】が敗北し、アマゾネス達が捕縛されたことは既に知っている。

 

 

メレンにいる密偵と魅了した信者に並行して情報を集めさせていたのだが、結果は散々なもので、イシュタルとしては苛立ちが募るばかりである。

 

【ロキ・ファミリア】自体は気に食わないだけで直接、イシュタルの計画に関わっているわけではないが、カーリー達の敗北は計画の遅延を強いるもの。

 

とはいえ、それはまだ許容できる範囲内だ。元々、カーリーの勢力では【フレイヤ・ファミリア】を止めることなど不可能に近い。

 

本命の切り札を上手く使うための捨て駒にしただけに過ぎないのだ。

 

不機嫌さを露わにするイシュタルは薄暗い石畳の通路を派閥の副団長である青年男娼を付き従わさせながら歩く。

 

幸い、この件で【イシュタル・ファミリア】の戦力に目立った被害はない。むしろ、アンチ・ステイタスと魔法阻害の呪詛の試しが済んだことで満足しているくらいだ。

 

紫煙を燻らせながら、イシュタルはカーリーが集めたという情報を吟味していた。今回の件で得た情報は呪詛の効果を測るものと同時に、あの忌まわしき白髪の英雄の実力を探るためのものでもあった。

 

 

密偵の報告によるとあの男は春姫の魔法によって一時的にとはいえ、Lv.7相当の力を手に入れた【カーリー・ファミリア】の女団長を一蹴したという。

 

信じられない話ではあるが【ロキ・ファミリア】は遠征を終えてすぐであり、相当にそのステイタスを上げていると考えればレベルブーストの感覚に慣れていないバーチェを容易く倒したのも納得がいく。

 

「やはり当てにならん·····いざとなったら 「コレ」を使わせてもらうか」

 

 コツコツと石畳を踏み鳴らしながら、イシュタルは懐からオーブのような金属の珠を取り出す。それは魔導具の一種であり、この人工路の『鍵』である。

 

イシュタルがその魔導具に念じると眼の前のオリハルコンの大扉がズズズッ、と音を立てて開いた。

 

視界に広がるのは特殊な石材で設計された大空間。とある一族の妄執が生み出した異質な場所だった。

 

中では白いローブに身を包んだ不気味な者達が慌ただしく動き回っている。ある者は床に置かれた巨大な装置を操作し、また別の者は水晶玉を覗き込んでいる。

 

そして、部屋の中央には禍々しい祭壇があり、そこにイシュタルは歩み寄る。

 

バルコニーのような造りになっているその場所から覗き込むように下を見下ろすイシュタルは愉悦に満ちた笑みを浮かべた。

 

そこは広間の中心であり、ギチギチギチと耳障りな音が響く。視線を下に向けると、そこには巨大な怪物がいくつもの野太い鎖に繋がれていた。

 

全身を覆うのは青黒い肌と金属のような光沢を帯びた毛。巨大な牛の下半身に人間のような上半身が不自然にくっつけらえたような姿だ。

 

怪物の顔は醜悪そのもので、口の端からは泡を吹き出している。目は焦点があっておらず、時折ビクン、と身体を痙攣させている様は正気を失っているようだ。

 

この怪物こそがイシュタルの真なる切り札にして隠し玉。

 

「············差し詰め天の雄牛といったところか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やけに素直に言うやないか」

 

「いや、じゃって··········無理じゃろ」

 

 レベル7だか8だか知らんが、アルと同格の『猛者』を有する【フレイヤ・ファミリア】が相手ではいくら「切り札」や「隠し玉」を持っていたとしても【イシュタル・ファミリア】程度では戦いにもならぬと下手な口笛を吹いて嘲笑う。

 

 

 

 

 

「あ、妾たち。オラリオに移住するからの」

 

「「は?」」

 

「そっちのが惚けたあやつらは強くなりそうじゃからの~」

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アルすけ』

タイトル通り。Lv.8になったよ。

 

『イシュタルファミリアの皆様』

イシュタルがアルにちょっかい出したとき、アイシャなどはぶっ飛ばされてます。アルがアマゾネス嫌いになった理由。春姫とはあったことない。

 

『カーリーファミリアの皆様』

アルガナ、バーチェ以下、精鋭たちがオラリオ入り。国家系ファミリアなので極一部だが全員が上級冒険者並み。やったねウラノス、戦力が増えるよ!!

 

 

 



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五十八話 ▼痛恨の曇らせチャンススルー


これから進路関係で忙しくなるのでちょっと投稿ペースが下がるかもしれません。できるだけ毎日投稿はするつもりですができなかった日はすみません。




 

 

「嘘でしょ···········」

 

 オラリオの街中、見るからに気の強そうな赤錆色の頭髪の少女が頭を抱えてうずくまっていた。

 

彼女の名はダフネ・ラウロス。『月桂の遁走者』の二つ名を持つLv.2の上級冒険者であり、探索系派閥【アポロン・ファミリア】に所属している。

 

主神への忠誠心は高くないもののその実力と指揮能力は非凡であり、【アポロン・ファミリア】においても部隊の指揮官を任されるほどの実力者だ。

 

そんな彼女が今、頭を悩ませていた。今、ダフネの目の前には倒壊した古い教会があるのだが、これはとあるファミリアのホームだったらしい。

 

そのとあるファミリアとは他でもない好色神アポロンが目をつけたベル・クラネルの所属する【ヘスティア・ファミリア】である。

 

そして現在、そのホームは見るも無残な姿に変わり果ててしまっていた。屋根は崩れ落ち、柱は折れ曲がり、壁は吹き飛ばされている。中を覗くことは叶わないが、恐らくもう原型すら留めていないだろう。

 

誰が壊したのか?

 

それも言うまでもなく【アポロン・ファミリア】の眷属の仕業である。

 

アポロンは同郷であり、慈悲深いこと知られるヘスティアにすら『守備範囲の広過ぎる変神』と呼ばれる変神だが、それでも悪神ではない。

 

いや、むしろ善神と言っていいほどに下界の人間への愛の深い男神なのだ。

 

だが、()()()()

 

彼は気にいった人間には男女問わず────どっちかといえば男のが好み────執着する傾向にあった。

 

その結果、気に入った人間は相手に拒まれようとも自分のものにしようとするのだ。

 

それがたとえ相手にとって望まぬ結果になったとしても地の果てまでも追い求めて手に入れる。

 

現に彼の派閥である【アポロン・ファミリア】の団員の多くは他派閥から強引に引き抜いた者ばかりだ。

 

度々、問題を起こしてギルドからペナルティを受けることもあったものの腐っても善神であることとその都度の根回しにより今日まで存続してきていた。

 

しかし、今回の件に関しては話が別だ。

 

今回、アポロンの標的となったのは先日ランクアップをしたばかりの少年冒険者ベル・クラネルであった。

 

ダフネは止めた、必死になって止めた。ベルがただの有望な冒険者ならば顔を顰めながらもダフネは従っただろう。

 

しかし、ベルはあの『凶狼』の弟子であり、『剣聖』の弟なのだ。

 

都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の身内を傷付ければどのような報復を受けてしまうか分からない。

 

それ以前にアポロンは一度、ベルの兄の『剣聖』───アルに手を出して痛い目を見たはずだ。

 

四年前、都市に来たばかりの──既にランクアップはしていた──アルに目をつけて相手が都市最大派閥に所属しているのにも関わらず無理やり自分の眷属に引き入れようとしたことがあったのだ。

 

その際には一悶着の末、アル一人と【アポロン・ファミリア】全体が戦争遊戯をすることになり、その結果は惨劇と言うに相応しいものだった。

 

詠唱不要の雷魔法と馬鹿みたいな白兵戦能力で蹂躙されたあげく、主戦力であるはずのヒュアキントスを含めた精鋭達はほぼ壊滅状態にされ、辛うじて逃れた者達も間近で蹂躙される仲間の姿を目に焼き付けられトラウマを植え付けられた。

 

それだけならまだしも、その後、アポロンとその派閥はロキによって多大な負債を負うことになったのだ。

 

故に今回は必死で説得を試みたのだが、結果はこの有り様である。幸いなことにベル本人やヘスティアに怪我はないようだが、ホームを壊すのは一線を越している。

 

ダフネや他の団員が止める間もなくアポロンに忠誠を誓う一部の過激派達が暴走した結果がこれだった。

 

ダフネ達は嘆息しながら崩壊した教会を見つめる。ダフネが街での騒ぎを聞きつけた時にはもう遅すぎたようだ。

 

「········一般人には被害が出てないみたいね」

 

 ダフネはそう呟くと破壊された教会を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、拳を握りしめる。

 

········実のところオラリオの法的には街中での戦闘自体は違反行為だが、一般人に被害がない限りはそこまでのペナルティはない。

 

荒くれ者の多い冒険者同士の諍いであればある程度は互いの自己責任という形でギルドも見て見ぬ振りをする。

 

しかし、今回に関しては相手が悪い。

 

ベル自体は有望なだけで怖くはないがそのバックには【ロキ・ファミリア】がいる。

 

無論、ベルの所属は【ヘスティア・ファミリア】であり、他派閥間の諍いに横から手を出すのはたとえ都市最大派閥だとしてもご法度だ。

 

だが、現実問題としてベルの兄である『剣聖』が【アポロン・ファミリア】に報復をしようとした際、一体()()()()()()()()()()()()()

 

怒れる都市最強の冒険者を止められるのは同じ都市最強派閥だけだ。だが、アポロンは一度【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売っている。これは二度目、場合によっては【ロキ・ファミリア】への挑戦ととられてもおかしくなく、止めるはずもない。

 

度が過ぎれば都市の衛兵である【ガネーシャ・ファミリア】が止めに入るだろうが、それもアルならば力ずくで振り切れてしまう。

 

都市で最も多くの第一級冒険者を抱えているとはいえその最高レベルは団長のシャクティであっても5止まり。止められるはずがないし、そもそもその気になれば都市そのものを滅ぼすことも可能なのがあの英雄なのだ。

 

(【フレイヤ・ファミリア】は論外)

 

ともかく、このオラリオにはその気になったアルを止められる戦力は存在しないのである。

 

いくらギルドが止めようともペナルティを無視して強行してしまえば、流石にそこまではしないだろうが極論【アポロン・ファミリア】の眷属をアルが皆殺しにしようとしていても誰もそれを止めることなぞできはしない。

 

仮にアルによって【アポロン・ファミリア】が壊滅させられた場合、アルはギルドからそれなりのペナルティは受けるはずだがそれもアルがその気になれば跳ね除けられてしまう。

 

表面上は違くとも実際には人にも価値の差というものが存在する。

 

 

【アポロン・ファミリア】に目をつけられた零細ファミリアが泣き寝入りをせざるをえないようにアルに目をつけられた時点で【アポロン・ファミリア】に勝ち目など存在しないのだ。

 

仮にギルドがアルにペナルティをつけると言ってアルが『じゃあ、都市から出る』なんて言い出せばそれで終わりだ。

 

都市最強の冒険者が都市から去るということが何を意味するのか分からない者はいない。

 

力ずくで止められないのは当然として実際に出られては都市の運営に支障が出てしまい、最悪の場合は都市存亡の危機にまで発展する可能性がある。

 

アル・クラネルが先日、七度目のランクアップをしたというニュースをオラリオに住んでいて知らないものはいない。

 

Lv.8へのランクアップ。

 

それは十五年前に都市を去った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】以来の快挙であり、恩恵を受けてからの所要期間がたったの四年間というのはオラリオ千年の歴史の中で最速の記録であった。

 

Lv.1とLv.2、Lv.6とLv.7に大きな差があるようにLv.7とLv.8にはそれ以上の差が存在する。 

 

Lv.7までならばオラリオの歴史の中でもそれなりにいたのだが、Lv.8以上に至った者は片手で数えるほどしかいない。

 

神時代の象徴にして眷属の到達点とさえ言われていたゼウスとヘラの派閥であってもLv.8以上に達していたのはたったの一人ずつであり、その領域に未だ全盛期には達していないであろう前途ある16歳の少年が達してしまったのだ。

 

そんな偉業を成し遂げた存在が都市を出ると言い出したらどうなるか?

 

オラリオの冒険者の至上課題は二つ。

 

一つはダンジョン最下層の踏破。

 

もう一つはゼウスとヘラですら破れた世界を滅ぼしうる黒き厄災の討滅─────『隻眼の黒竜』の討伐である。

 

前者については言わずもがな、後者においてもアルの存在はゼウスとヘラの穴を埋められるかもしれない地上の切り札になりつつある。

 

そんな人物を都市の外には出せないし、出してはいけない。

 

ギルドは勿論のこと、普段【ロキ・ファミリア】をよく思っていない派閥ですらアルが消えたことによる次なる闇派閥台頭の危険性を考えれば都市にいて欲しいと思うだろう。

 

地位や実力による特別扱いを嫌う考えの者は立場に関わらず多くいるが特別扱いしなかった場合に失うものを考えればギルドは『剣聖』を、都市最高の冒険者をあらゆる面で優遇せざるを得ないし、それを非難できる者は少なくともオラリオには存在しない。

 

対して【アポロン・ファミリア】にアルと天秤にかけるほどの価値があるかといえば、ないと断言するしかない。

 

確かにそれなりの数の上級冒険者を抱えているが中堅ファミリアの域を出ない程度の勢力だ。

 

それに今回の件ではアポロン側に非があったのは明らかであり、もしアルが本気で報復すればギルドは止めようとすらしないだろう。

 

もとより【アポロン・ファミリア】のやり口は前々から問題視されているため法はともかく心象的には市民もアルと【ヘスティア・ファミリア】を支持するに決まっている。

 

都市に住む住民達や零細ファミリアもアポロンの派閥に対して不満はあるもののアポロンの派閥がそれなりに力を持った中堅ファミリアだったからこそ表立って文句を言うことはせず、遠巻きに見ているだけに留めていたのだ。

 

それが今回、アポロン達についてはベル・クラネルという英雄の卵に手を出してしまった。

 

なによりもアポロンは一度【ロキ・ファミリア】の逆鱗に触れている。それを考えるとアポロン側につく理由が見つからない。

 

「(───────無理だわ)」

 

 ダフネがいくら頭を回転させても今の【アポロン・ファミリア】は詰んでいる。

 

こうなることがわかっていたからこそダフネや一般団員はアポロンを必死に諌めて何とか穏便に収めようとしたのに、過度な忠誠心と怒りのせいでそれらを無視した一部の団員が強硬手段に出たせいで事態は悪化の一途を辿っている。

 

だが、それでもアポロンに同情はできない。何よりもまず先にベルに目をつけたのはアポロンなのだから。

 

今更ながら、どうしてこんなことになってしまったのかと後悔が押し寄せる。

 

もっと早くに自分がアポロンを殴ってでも止めていれば、あるいは何かできたのではないか? そんなことを思っても後の祭りである。

 

まだ、個人間での諍いならば放任主義っぽいアルが出てくることもないかもしれないが、弟のファミリアのホームを襲撃されたとあっては流石の彼も黙ってはいないはずだ。

 

アルの人柄はダフネもカサンドラ繫がりでそれなりに知っている。  

 

悪人でもなければ実力者によくある傲慢さや横暴さもない、異常なまでに自分の身の危険を顧みないことを除けば良識ある青年というのがダフネの偽らざる評価だ。

 

割りと大雑把で身内──この場合は【ロキ・ファミリア】の団員──にもあまり頓着を見せないアルではあるが、弟を傷つけられて怒らないわけがない。

 

流石に殺しまではしないにしてもアルが実力に物を言わせ、誰にも止めさせずに【アポロン・ファミリア】を壊滅させることは十分に考えられる。

 

ダフネとしてはそれは避けたい。

 

個人的にはアポロンは嫌いだし、恨んですらいるが、だからといって【アポロン・ファミリア】が自分の居場所であるのは変わらないし、親しい友人もいる。

 

アルの怒りを買って、その結果としてファミリアが解散するだけなら良し。

 

最悪の可能性は二つある。

 

一つはアルによって死傷者が出ること。

 

だがこれはない、とダフネは考えている。先程まで散々アルによる報復を恐れていたくせに矛盾しているが、彼はその手加減ができないほど短慮ではない。

 

もし仮にアルが怒りに任せて暴れたとしても犠牲者が出ないように動くだろうし、そもそもいくら民意や力関係でゴリ押せたとしても都市の規範となるべき【ロキ・ファミリア】の幹部がこちらに非があるとはいえそこまで過激に行動するのはあまり考えられない。

   

精々が実行犯達をボコった上でギルドへの圧力をちらつかせ、オラリオからの追放や多額の罰金と【ヘスティア・ファミリア】への賠償金を支払わせるといった罰則を科す程度で終わるのが落とし所ではないか、というのがダフネの考えだった。

 

そしてもう一つの可能性、それは【アポロン・ファミリア】がオラリオから()()()()ことだ。

 

これは追放されるよりも遥かに恐ろしい上にそうなる可能性はかなり高い。

 

アル自身にそんなつもりがなくとも少しでも【アポロン・ファミリア】に敵意を向けた時点でアルや【ロキ・ファミリア】がなにかするまでもなくオラリオ中が敵になる。

 

忖度、或いは民意の圧力とでも言えばいいだろうか。

 

更にわかりやすく言えば社会的に死ぬ。

 

第一級冒険者とはオラリオにとって欠かせない戦力であると同時に市民のアイドルであり、冒険者達の憧れでもある。

 

アルや【ロキ・ファミリア】が大人の対応をして不干渉、あるいは穏便に終わらせたとしても【アポロン・ファミリア】が二度にも渡ってアルや【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ったという事実は変わらないし、アル達が大人の対応をすればするほどアポロン達へのヘイトが高まる。 

 

当のベルだって有望な若手として人気があり、先日の18階層での事件以来、ベルを応援する中堅冒険者は派閥を問わなく多くいる。

 

【アポロン・ファミリア】にとって最悪の結果となりうるのはベルを()()()()()()()()()場合とこの件がなあなあで終わった場合だ。

 

まだアルによって『制裁』されればいいが、されなかった場合、納得いかないオラリオの民意が【アポロン・ファミリア】を罪悪感なく押し潰しにかかるだろう。

 

なにせ、先に難癖をつけて【ヘスティア・ファミリア】のホームを壊したのは【アポロン・ファミリア】なのだ。

 

ギルドや派閥関係なく、都市中の人間がアポロン達を責め立てることは想像に容易い。そうしてしまえばもうアポロン達はお終いだ。

 

まず考えられるのは魔石やドロップアイテムの換金や必要物資の調達が著しくやりにくくなること。

 

流石に中立の立場であるギルドは冷たい目で見つつも換金などをしてくれるだろうが、生産系ファミリアや商人達には完全に取引を拒否されることも有り得る。

 

彼ら自身がなんとも思ってなかったとしてもオラリオ全体から敵意を向けられた【アポロン・ファミリア】と取引をしては今度は彼らが非難されるかもしれないからだ。

 

それに加えて派閥への冒険者依頼も無くなるだろうし、他派閥との共同遠征なども不可能になるだろう。

 

最悪の場合、一部の過激派派閥にダンジョン内で闇討ちされる事さえあるかもしれない。

 

ダフネ達が助けを求めても『これまでお前たちがやってきたことだろ』と誰もが当然のように言い放つだろうし、それはそのとおりだ。

 

オラリオ外への逃亡も上級冒険者を数多く抱える【アポロン・ファミリア】は追放でもされないかぎりは難しい。

 

オラリオ全体から敵意を向けられた状態ならば出れるかもしれないがギルド職員といえど感情ある人間だ、あえて苦しめるためにオラリオから出ることを許さないかもしれない。

 

「(やっぱり、どう考えても詰んでるわ)」

 

 ここから【アポロン・ファミリア】の団員が無事で済むにはアルに良い意味で仲裁してもらって民衆にとっての落とし所として納得できるだけのペナルティを受けるか、以前のように戦争遊戯などでベル自身にわかりやすい形で【アポロン・ファミリア】を倒してもらうかの二つしか思いつかない。

 

前者はともかく後者に関してはベル本人が周りに泣きつけばそれで終わりだし、どちらにせよ派閥の解体は避けられない。

 

正直、アポロンがどうなろうと知ったことではないがダフネ自身も危ないところにまで事態が発展してしまった以上、できれば穏便に済ませて欲しいとは思っている。

 

「──────土下座してでも許してもらうしかない、か」

 

 過激派の団員達を即効抑えてベルへの謝罪をすることは前提として今すぐアルのもとに行き、土下座してでもこの一件の落とし所を作ってもらうよう頼み込むべきだ。

 

幸いと言っていいか、ダフネもアルとはそれなりに交流がある。あの男なら自分が頭を下げれば多少なりと譲歩はしてくれるはずだ。

 

「カサンドラ、今す────」

 

 自分以上に親しいカサンドラを連れて今すぐにでもアルのもとに向かうべきと判断したダフネはカサンドラに声をかけようとして絶句する。

 

先程まで頭がまわるが故にこれまでないほどに動揺していた自分以上に顔色の悪い少女の姿があったから。

 

青ざめた表情で、小刻みに震えている姿を見た瞬間、嫌な予感と共に思考が急速に冷めていくのを感じた。

 

「·······わ、たし、わかってたのに、知ってたのに止められ、なかった」

 

「それを言うなら私も───」

 

「違うの!!」

 

「?!」

 

 いつもオドオドした態度で自信なさげにしている普段の彼女からは考えられないほどの大声だった。そして、その瞳から零れ落ちる涙を見てダフネは更に困惑してしまう。

 

アポロンやヒュアキントスがベルを標的にしていたのはカサンドラだけでなくダフネや他の団員も知っていた。

 

止められなかったのは皆の責任であり、ダフネのような参謀役でもないカサンドラがそこまで気に病む必要はないのだ。

 

しかし、カサンドラはそうは考えていないのか、涙を流しながら言葉を続ける。

 

「違うの、ダフネちゃん」

 

「アポロン様の考えとか、予知夢とか、そんなんじゃ、なくて」

 

「私は、知ってたの、この教会が」

 

「あの人にとって、とても大切な場所だってことをっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルの弟くんが襲われてるって!!」

 

 なにかが爆発する音と建物が崩れるような音が都市全体に響く。音のした方角から煙が上がり、一般人の悲鳴や魔法の炸裂音が聞こえてくる。

 

その喧騒の音は都市北部に位置する【ロキ・ファミリア】のホーム、『黄昏の館』にいても聞き取ることができた。

 

本拠であるこの館の中で待機していた団員達は何事だと立ち上がる。いち早く街に出て状況を把握してきたティオナが応接室に飛び込んできてフィン達に大声を上げる。

 

「ティオナ、本当?」

 

「うん、【アポロン・ファミリア】が総出であの子を追いかけ回しているらしいよ!!」

 

 慌ただしく部屋に駆け込んできたアマゾネスの少女にアイズも立ち上がって問うた。ティオナは息を切らしながら答える。

 

アポロンが美少年好きの変態神であるというのは有名だ。今回はベルに目をつけてアポロンの命を受けた眷属が襲いに来たということだろう。

 

かの神の執念深さはアイズ達も知っている。恐らく、都市中を探し回ってでも見つけ出して連れ帰るつもりなのだ。

 

厄介なのはアポロンの派閥はアイズ達には遠く及ばぬまでも確かな実力を持つ上級冒険者を多数抱えており、ベル一人では逃げ切ることは不可能に近いことだ。

 

「ここまで表立って抗争が行われるのも久々じゃな」

 

 応接室のソファーに座っていたガレスが髭を撫でながら呟く。喧騒の音はまだ収まらない。まだ戦闘が続いているのだ。

 

「【アポロン・ファミリア】はギルドからのペナルティも覚悟の上だろう」

 

 悩ましげに眉をひそめるリヴェリアも同意するように言う。しかし今回の騒動は明らかにそれに抵触する行動であり、どうあれアポロンはギルドから罰則を受けることとなる。

 

それでも構わないほどにベルに対する執着があるというのか。

 

いや、そんなことはどうでもいい。

 

問題なのは──────

 

「二度目、か」

 

「······黙ってる、わけにはいかないわよね」

 

 一度目は四年前、都市に来たばかりのアルに目をつけて相手が都市最大派閥に所属しているのにも関わらず無理やり自分の眷属に引き入れようとしたことがあった。

 

その際はロキがギルドを通して重いしっぺ返しを食らわせてやったが、派閥間のしがらみもあってファミリア自体を解体するようなことには至らなかった。

 

だが今回ばかりはそうはいかない。確かにベル・クラネルは所属ファミリアこそ【ヘスティア・ファミリア】ではあるが、彼がアルの弟でベートの弟子であるということは冒険者で知らない者のほうが少ないだろう。

 

つまり、彼らはベルが【ロキ・ファミリア】の身内であると知っておきながら襲ったことになる。

 

しかも二度目。

 

一度は許しても二度も許してはメンツに関わる。

 

【フレイヤ・ファミリア】ほど過激なつもりはないが【ロキ・ファミリア】にも都市最大派閥として保つべきメンツというものがある。

 

これが知り合いの冒険者程度ならば他派閥同士の諍いとして傍観したが個人的な心情を抜きにしてもこの状況で何もしなければ【ロキ・ファミリア】自体が舐められる。

 

「しかも、【アポロン・ファミリア】の奴ら【ヘスティア・ファミリア】のホームを壊したらしいよ!!」

 

 冒険者、というよりも戦いを生業とするものにとって『舐められる』とは時として死活問題に発展する。

 

たとえそれが都市最大派閥と呼ばれる自分達であっても例外ではない。特にここ最近のオラリオでは様々な事件が起こり過ぎている。その混乱に乗じて他の勢力が暗躍していないとも限らない以上、気を抜いている暇などない。

 

むしろ、それは都市の要たる最大派閥だからこそ自分達が軽んじられればそれこそ闇派閥のような考えのものが出てくるかもしれないし、自分達の頂点に立つ者達が煮えきらない態度をとったとなれば荒くれ者揃いの冒険者達も当然いい顔はしないだろう。

 

一個人が舐められるのと組織が舐められるのは違う。

 

前者はその一人の名誉が傷つき、不利益を被るのもその一人だけだが、後者は組織全体の信用にも関わる。

 

一度でも舐められればあらゆる局面で軽んじられ、周囲は不当な扱いをフィン達にしてくるようになる。

 

『とりあえずふっかけてみよう』

 

『次からはロキよりもガネーシャに頼もう』

 

『強請ってもどうせやり返してこない』

 

『なんならフレイヤでも構わん(これはないか)』

 

こんな考え方をする者が出てしまえば終わりである。

 

これは今いる団員だけの問題ではない。

 

かつて無名の新興派閥だった時から何年もかけて築き上げてきた信頼と実績。そして、それらを支えてきた今は亡き戦友の誇りさえも穢す行為だ。

 

それだけは死んでも避けなければならない。  

 

それだけ冒険者にとって立場が大きくなればなるほど『舐められる』ということの重みは大きくなっていく。

 

場合によっては個人が死ぬよりも遥かに大きな損害を受ける可能性だってあるのだ。

 

「······ベートがダンジョンに潜っていてよかった、というべきかな」

 

 ベートやティオネのように舐められるぐらいなら死んでやる、という考えを持つ団員が多くいるのも事実であり、ここで動かなくては団員からの反感によってメンツ以前に派閥自体が危うくなりかねない。

 

無論、フィンやリヴェリア自体も内心かなり苛立っている。

 

「問題は介入のタイミングとその内容、か」

 

 もはや、他派閥間の諍いなどとは言っていられない。ベルがアルの身内だというのはオラリオ全体が知っていることなのだから。

 

その落とし前はつけなければ、今後、他の派閥との関係も悪化する。そうなれば今後の活動に支障をきたすことは間違いないし、都市の治安にも関わってくる。

 

そして、なによりも··········

 

「アル、君はどうしたい?」

 

「ん?」

 

 ベルの兄であるアルがこの場にいる。フィンは真っ直ぐな瞳で問いかけた。

 

答えは分かっている。それでもあえて問うた。

 

最悪、事態が発覚してすぐにアルがホームを飛び出してアポロン派に報復する可能性すらあったし、仮にそうしたらフィン達では止められないし止めなかっただろう。

 

それをしなかった時点でアルは組織人として十二分に分を弁えていると言える。

 

そうである以上は【アポロン・ファミリア】への落とし前の付け方はアルに一任する、言葉をかわさずともそれがこの場にいる全幹部の総意であった。

 

仮に【アポロン・ファミリア】を壊滅させると言ったとしてもフィンもロキも、リヴェリアでさえ止めることはない。

 

しかし、そんなフィンの考えとは裏腹にアルは不思議そうに少しだけ考えた後、口を開いた。

 

「·············いや、ほっとけば?」

 

「「「「「はあ?」」」」」

 

 『いや、だって俺、関係ないし』、と言わんばかりの表情で放たれたのは予想外の言葉。

 

フィン達は思わず声を上げた。確かに今回の件は直接的にはアルには何の関係もないことだ。

 

だが、それでもベルの身内である以上は完全に無関係ではないはずだ。それに他でもないアルは以前、アポロンに同じようなことをされている。

 

これを弟相手に繰り返されるなど黙って見過ごせるはずがない。まして、今回は零細とはいえ、その弟のファミリアのホームを襲撃された上で壊されたのだ。

 

同じ立場ならフィンであっても許さない。

 

それなのに─────

 

「別にホーム壊されただけでベルが死んだってわけじゃねぇだろ?」

 

「まあ、メンツの話はわかるがアポロン程度なら当分はベル達自身にやらせて無理だったら俺らが入ればいいさ」

 

 ────間違ってはいない。

 

この件での最善は【ロキ・ファミリア】が介入する前にベル達が自力で【アポロン・ファミリア】を退けることだ。

 

だが、できるできないは置いておいたとしても心情的にアルが手を出さない理由がわからない。

 

動機、大義名分、必要性の三つが揃っている以上はそれが最善でなくともアル自身の借りを返す意味でも動かなくてはおかしいし、アルという人物は自分よりも身内を優先することは誰もが知っている。

 

まして、弟ともなれば尚更のはずだ。

 

「お前の弟のことは置いておいたとしても【ヘスティア・ファミリア】のホーム────あの教会が壊されたことは許せるのか?」

 

 これまで沈黙を保っていたリヴェリアが問う。その問いの意味がわかるのはファミリアの幹部のみ─────以前、あの古教会がアルの母親の形見のようなものだと呟いたのを聞いた者たちだけだ。

 

元々、滅多に自分の身の上を語らない───弟がいるというのすらベルがオラリオに来て知った───アルが吐露した家族の話。  

 

リヴェリアはアルの弟のホームがあの教会だと知った時、そんな運命にも似た偶然に密かに感動していたほどだ。

 

買い上げたり補修したりはしていなかったし、自然のまま壊れるならそれはそれでいいとは語っていたが、壊れたのではなく壊されたのだ。 

 

それも弟であるベルを狙う目的で。

 

正直、アルが感情のまま実行犯を手に掛けたとしても心情的には責められないし、リヴェリア達もアルを庇っただろう。それほどのことを彼らは仕出かしている。

 

むしろ、フィン達の怒りは教会のことを知るがゆえのものだ。しかし、アルの答えは変わらない。

 

そこにはいつもの気怠げな雰囲気はなく、ただひたすらにつまらなそうな色だけが浮かんでいた。

 

そして、不思議そうに。

 

「·······いや、あそこって確かヘファイストスの所有物件だったよな?」

 

 『じゃあ、俺が怒る理由ないじゃん』、と言わんばかりに言ったのだった。

 






地の文書きすぎて完全新規で一万超えちゃった

・アル
痛恨の曇らせチャンススルー
アルとして本当に思い入れもなにもなかったので軽くすませだけどやりようによってはかなりおいしい思いできた。

・アポロン
今回に関しては命じてないし、そんなに悪くない。作者は割りと好きな神だから後々活躍させたい。

・ダフネ
原作キャラなのでアルに一応は目をつけられてる。苦労人。

・カサンドラ
アルは曇ってる姿見逃したほうがショックだと思う

・リヴェリア達
アル以上、というか多分ベルやヘスティアよりキレてた人達。

1.身内同然のベルに手を出した
2.二度目→なめてる
3.仲間の母親の形見壊した 
でトリプル役満

(別にアルに肉親の情がない訳では無いです。原作知識あるアルにとっては壊される前提だったのでむしろ壊されないほうが困惑する)








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五十九話 ▼会心の曇らせチャンス空回り



ダンまちのキャラデザで一番好きなのはダフネです


 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン深層、未開拓領域。そこには本来、ダンジョンには入れぬはずの神とその()()·······仮面の怪人がいた。

 

その怪人は、全身を真っ黒なローブで包み込み、顔には不気味さ漂う黒い仮面を着けている。そして、その隣にいる神もまた、不気味さを漂わせる漆黒のローブに身を包んでいた。

 

『なぜ、魔石を喰らわない? 今更何を厭う』

 

 神威を完全に遮断する外套と仮面を被った神は悪魔のように囁く。仮面の下で不吉に口角を上げるその表情が、神威から漏れる邪気によって黒く塗り潰されていた。

 

全身を脈打つ緑肉に覆われ、その緑肉を通して強制的に魔石を取り込ませられている怪人は神の問いに答えず、ただ俯いていた。

 

腐敗した血の臭気が鼻腔を刺激する。まるで地獄だ。この光景を見て、そう思わない者などいないだろう。

 

胎盤のような肉塊に飲み込まれていく怪人。その様子を、神は愉悦に浸った笑みを浮かべながら見つめていた。

 

神にとって、人の死や苦痛は娯楽に過ぎない。望むのは狂乱という名の楽土のみ。

 

その神が求めるものは人の絶望と恐怖による愛しき狂乱の宴。それが神の目的だった。

 

秩序とはまるで無縁の無理解で冒涜的な狂気の世界こそ、神にとっては楽園であり理想郷なのだ。

 

故に神はその『世界のため』に行動し、邪魔をする者は誰であろうと排除する。神にとってそれは必然であり当然のこと。

 

神としての力は使えない。『神の力』を使ってオラリオを滅ぼしたとしても他の神によって全てなかったことにされてしまうからだ。だからと言って、全ての神を殺すことなどできるはずもない。

 

だからこそ神はこの迷宮都市を利用し、この下界の要素のみで世界を改変しようとしていたのだ。

 

だが、そんな神の思惑も一人の男の登場により打ち砕かれつつあった。それは───────

 

『あぁ、『剣聖』か』

 

 最強にして最恐の存在。万夫不当、一騎当千、不撓不屈、無双の英雄。人類最高峰であるLv.7に到達し、数々の偉業を成し遂げた最強の剣士。

 

彼の偉業は数知れないほど存在し、誰もがその名を知っている。そしてその存在に憧れを抱く者もまた多い。

 

『英雄譚』の主人公として相応しい存在、それが彼だ。下界の可能性を煮詰めたかのような存在でもある。

 

しかし、そんな存在がよりにもよってまさかこんなタイミングで現れるとは神にとっても予想外であった。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】という千年にも渡って目の上のたんこぶであった二大勢力が消され、その後釜となった道化師と美神の派閥は力不足。

 

神の計画は着実に進行していた。あと少し、もう少しで神の願いは叶うはずだった。なのに、それだというのにあの男は現れた。

 

最初はその瞳に宿る狂気こそ気に入ってはいたが、彼はただの子供に過ぎなかった。

 

その成長速度、その才能は紛れもなく天才の域を超えていた。いずれ神の領域に到達するであろう素質を持っていた。

 

それでも所詮は子供。その精神はまだ未熟で脆いものだと思っていた。だが違った。あの少年の魂には途方もない闇があった。

 

あれだけの負の感情を持ちながら何故、ああも真っ直ぐに生きられるのか。それは神の興味を引いた。だからこそ試練じみたことをして彼を試した。

 

彼はそのいずれもを容易く乗り越えた。あの時、アル・クラネルは確かに神の期待に応えてくれたのだ。それならばもっと面白いものを見せてくれるのではないか? そう思った結果が有様だ。

 

『(本当に忌々しい……)』

 

 神は舌打ちをしたくなる衝動を抑え込む。

 

たったの一年。

 

恩恵を受けたばかり12歳の子供はたったの一年で神をして警戒せざるをえない戦力、第一級冒険者の仲間入りを果たした。

 

そこで、Lv.5で止まるのであればまだよかったものをその翌年にはさらに悪いことに、そのLv.6の中でも上位に位置する怪物が生まれた。

 

真の意味での神殺しを成し、『三大冒険者依頼』にも並ぶ漆黒のモンスターを屠りし者。

 

そして極めつけに、その事件の解決によって、このオラリオに生きる全ての民に希望を与える結果となってしまった。

 

神ですら予測不可能な未知なる進化を遂げた新星。神でさえ予想できない未来を切り開く可能性。

 

そんな怪物がLv.6で止まるはずもなくそのまた翌年には英雄の領域たるLv.7に到達した。

 

これで終わりではない。オラリオに新たな風を呼び込んだだけに留まらず、更にその先へと進むかもしれない。

 

もはやこの都市は、ただのダンジョンの蓋ではなく、新たな時代を創るための舞台へと変貌しつつある。

 

彼はその台風の目になりうる存在だと、神は直感的に感じ取っていた。

 

『心配せずとも、お前は既に身も心も穢れきっている。何度、私の命で仲間を殺している? 今更取り繕ったところで『剣聖』の、お前の『憧憬』の隣になど立てるものか』

 

 そして、その危機感を上回る愉悦が神を包んでいた。神の巫女を利用して作り出す、この世に顕現してからずっと求め続けた狂宴。

 

その狂宴を彩るのは、愛の狂乱。巫女と英雄による愛憎の宴だ。その仮面の奥から滲み出る殺気と邪気は、既に狂気そのもの。神はその狂気を心地よく思いながらも、同時に英雄に対する恐怖を感じていた。その恐怖を振り払うように、神は声高らかに叫ぶ。

 

『『剣姫』が、【ロキ・ファミリア】が妬ましいか? 我が()()よ』

    

 『剣姫』、真っ当な闇の住民ならその名前を聞いただけで恐れおののくだろう。しかし、今の彼女は違う。彼女の心はとうに壊れており、その瞳には神への信仰と英雄への執着しか映っていない。

 

英雄の隣に立てる『剣姫』達への嫉妬と憎悪、それを糧として少女は精霊の力を受け入れ続けているのだ。それはまさに、悪循環の輪廻。

 

もうすでに、少女の心は限界を迎えていた。だがそれでも、彼女は壊れきらない。だって、彼女の手は彼女が求めるものにはもう届かない。

 

その事実こそが彼女にとっての唯一の救いであり、全てなのだ。だから、 だから、 だから、 だからこそ、 ──────

 

『目障りならば『剣姫』を、『勇者』を、『九魔姫』を、『豪傑』を、『凶狼』を、『大切断』を、『怒蛇』を───『千の妖精』を、他ならぬお前の手で殺すがいい』

 

 『諦めるな』、と神が毒を吐く。少女はもう笑うことさえ忘れてしまったかのように、表情を動かさない。

 

「·······そんな、私は、ただ」

 

『お前が望むのならば、あの男もお前と同じ『有様』にしてやろう』

 

 その言葉にピクリ、と仮面のように茨に覆われた怪人の相貌が歪む、それは嫌悪からか、それとも歓喜からなのかはわからない。

 

だが、その反応を見て神は満足げに嗤う。そして、少女は己の心に芽生えた小さな感情を自覚する。それはきっと、ほんの少しの、本当に些細なもの。

 

それでも、確かに少女の中でそれは生まれたのだ。少女は願ってしまった。

 

あの少年の心を自分の手で壊したい、その心に自分という存在を刻み込んで終わりたい。

 

あるいは、あの英雄に自分と同じような存在になって欲しい。そんな醜い願望を抱いてしまったのだ。

 

ああ、なんて浅ましく愚かしい願い。自分はこんなにも醜い人間だったのか、そう思ってしまうほどに少女は自分の心が汚く、黒く染まっていくのを感じた。

 

神はそんな彼女を嘲笑いながら、最後にこう言い残す。

 

『地が出たな。それでいい、繕うな』

 

『お前の『ソレ』は愛でも、恋でもない。ただの、呪いだ』

 

『────『剣聖』と共に果てろ。それであの者の魂は永遠にお前のものだ』

 

 

 

 

 

 

 

「─────あ、は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アル・クラネル

『Lv8』 

 力:I0→H103

 耐久:I0→I46

 器用:I0→G246

 敏捷:I0→H127

 魔力∶I0→I0

 

幸運︰D

直感︰F

耐異常︰D

疾走︰E

精癒︰F

剣聖︰I

神秘︰I

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

【レァ・ポイニクス】

・付与魔法

・火属性

・損傷回復

・毒、呪詛焼却

【リーヴ・ユグドラシル】

・広域攻撃魔法

・雷、火属性

・竜種及び漆黒のモンスターへ特攻

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、発展アビリティ『剣士』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

加護精霊(スピリット・エウロギア)

・対精霊で特殊な補正。

・精霊への特攻及び特防の獲得。

・各属性攻撃及び呪詛に対する耐性。

英雄覇道(アルケイデス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

闘争本能(スレイヤー)

・自動迎撃

・疲労に対する高耐性

・体力と精神力の急速回復

・逆境時、全アビリティ能力高域補正

 

 

 

「格下相手じゃこんなもんか」

 

「(めっちゃ上がっとる·······)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズは知っていた。

 

ベルがオラリオに来るずっと前からアルがそれとなくあの古教会に足を運んでいた事を。

 

最初にそれを目にした時、まだアイズはその教会がアルの母親の形見のようなものであるとは知らなかった。けれど、その背中を見た時に、何故かアイズの胸の奥はざわついていたのだ。

 

この教会になにかあるのか、とアイズが聞いても、アルは言葉を濁して答えなかった。だからきっと、それは何か特別なものなのだろうと、アイズはそう思っていた。

 

母親の形見だと知ったのはいつだったか、フィン達しかいない場で業を煮やしたティオナがアルに尋ねたのだ。

 

その時アルは、呟くようにオラリオにくる少し前に死んだ母親の形見のようなものだと教えてくれた。どうしてなのかはわからないけど、とても大切そうな顔をしていたのを覚えている

 

「(……私は)」

 

 自分の周りにはティオナやレフィーヤのように自分と違って明るくて元気な子達がいて、自分の周りはとても賑やかだ。でも、自分自身はどうだろうか?

 

確かにアイズは強い。剣技においてはオラリオの中でも五指に入るだろう。だが、それだけだ。ティオナのような明るさやフィンのようなカリスマのように人を惹き付ける力はない。

 

言いしれぬ孤独感、自分だけが周りから取り残されたような気がしてならなかった。

 

「(私だって……お母さんに……)」

 

 自分とアルは似ている、そう考えていた。境遇が似ていて、強さを追い求める姿勢も同じ、そしてお互い一人ぼっちだと思っていたからこそ、アルに自分を重ねて見ていたところもあったと思う。

 

あの教会が形見だと聞いてアイズは少しだけ複雑な気持ちになった。両親がいないのは自分もアルも同じだが、形見も何もない自分とちがってアルには形見がある。その事がどうしても羨ましいと思ってしまっていた。

 

今以上に幼かったアイズにはそれがなんでそんな感情になるのか理解できなかったし、その気持ちの正体はよくわかっていなかった。

 

だからそれを確かめるようにアイズはその教会を訪れてみた。それを何度か繰り返すうちにアイズはほんの少しだけその教会自体に複雑な想いを抱くようになった。

 

アイズは自分の心に昏い炎が灯るのを感じていた。その教会はどこか寂しくて、物悲しい雰囲気があってアイズが知らない誰かをアルが悼む場所を、自分ではない誰かのために存在するその場所を見て、ほんの少しだけ嫉妬してしまったのだ。

 

だからだろうか、【アポロン・ファミリア】によってあの教会が壊されたと聞いた時。

 

アイズは静かに昏い歓びを感じてしまった。仲間の大事なものを踏み躙った者達への憤りよりも先に、心の奥底では喜びの声を上げてしまっていたのだ。

 

その事に気づいた瞬間、アイズは自分に対して愕然とした。

 

自分はアルの事が大切だったはずなのに、こんな事を考えるなんておかしいと思った。

 

だけど、一度芽生えた黒い気持ちを抑える事はできなくて。

 

「········私」

 

 自分が醜くて嫌になってしまう。アルの事を大切に思っているはずなのに、それとは別のところで黒い感情を抱いてしまう自分が許せない。

 

そんな自分に嫌悪を抱きながら、それでもアイズはアルと一緒にいたいと願ってしまう。

 

アルといる時間は心地よくて楽しくて、もっと一緒に居たいと思える時間だ。それは他の仲間達も同じで、かけがえのない大切なものだ。

 

でも、それ以上にアイズはアルの隣にいたいと望んでしまった。

 

自分と同じ境遇にあるはずの彼が、自分と同じように家族を失って一人で苦しんでいる筈の彼の隣に、少しでも長く寄り添っていたいと感じてしまった。

 

けれど、その願いは叶わないかもしれない。そう考えるだけでアイズの胸の奥に痛みが生じる。

 

「(私は、どうすればいいんだろ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アポロン・ファミリア】が【ヘスティア・ファミリア】にベル・クラネルを奪うために抗争を仕掛けたというニュースは瞬く間にオラリオ中に広まった。

 

アポロンの悪癖は誰しも知るところであるし、ベル自体あらゆる神が目をつけている。そのためか今回の件を聞いても驚いた神は少ない。むしろ納得する神々が多かったくらいだ。

 

アポロンの派閥は曲がりなりにも上級冒険者を複数抱えた中堅ファミリアであり、派閥としての規模も大きい。

 

それに対し【ヘスティア・ファミリア】は零細ファミリアで構成員もベルのみだ。普通に考えれば、どちらが勝つかなど火を見るより明らかだろう。

 

弱肉強食。強者に狙われては弱者は泣き寝入りするしかない。

 

通常、今回のように街中で抗争が起きた時点で野次馬根性逞しい神々は我先にと喜び勇んで観戦に向かうのだが、今回は少し事情が異なる。

 

本来ならば娯楽好きの神々は。

 

『アポロンがやらかしたァ!!』

 

『すっっげーイジメ!!』

 

『逆に見てみたい』

 

 などと好き勝手に囃し立てるはずなのだが、今回の一件ではそんな声はあまり聞かれなかった。

 

理由は簡単で、今回の件の中核たるベルの兄であるあの怪物の逆鱗に触れることを恐れた神がそれなりにいたためである。

 

ベル自体は確かに善良で無垢で、真っ直ぐな無害そのものといった少年だが、兄のほうは違う。

 

彼につけられた非公式二つ名は多い。

 

曰く───

 

『頭のおかしい白髪チーター』

 

『帰ってくる鉄砲玉EX』

 

『一人ワルプルギス』

 

『アフロさんが見たらハゲそうな方』

 

『屍山血河スターターキット』

 

などなど。

 

そのどれもが意味不明かつ物騒なものばかりであるが、一部には主神であるロキですら納得できるものもあったりする。

 

必要とあらば神殺しも辞さないと公言している───或いは邪神以上に───頭のネジが外れたような狂人だ。加えて、彼はアポロンに恨みがある。

 

一度目は派閥のしがらみもあって穏便に済ませたが、二度目ともなれば話は別だろう。

 

今回は相手が相手だけに何が起こるかわからない。下手をすればオラリオごと吹き飛ぶ可能性すらある。

それ故に、今回に限っては誰も彼もが遠巻きに様子見を決め込んでいた。

 

中には好奇心から見物に行く者もいないわけではないが、大半の者は我が身が可愛いため見送るのだった。

 

娯楽に飢えてはいても、流石に相手が相手なだけに迂闊な行動はできない。下手に介入すれば巻き添えで眷属もろとも消し炭になるかもしれないからだ。

 

しかし、それはあくまでも外野の話。当事者達は違った。まず、当事者の一人であるヘスティアは今頃になって怒りが湧き上がってきたのか顔を真っ赤にして震えていた。

 

ホームを壊されて黙っていることなどできないし、当然ながらかわいい眷属であるベルをアポロンなんぞに奪われるなど論外。

 

加えてヘスティアはアルのヤバさや今回のアポロン派閥の地雷原タップダンスのヤバさを理解できていない。

 

ここで誰から言い出すまでもなくデメテルやミアハなどを筆頭とした善なる神々の方針は決定した。

 

一つ、アポロンにベル・クラネルは渡さない。

 

二つ、静かにぶち切れてるロキとフレイヤはガネーシャを生贄にしてでも鎮める。

 

三つ、アルのことは極力刺激しない。

 

四つ、もしアルが暴れた場合はアポロン派閥だけでどうにか巻き添えを出さないようにしてもらう。

 

というわけで、その日のうちに緊急で神会が開廷された。場所はいつもの如くバベルの第三十階で議題はもちろんベルのこと。

 

「(どうしたらベルきゅんを守れますかね?)」

 

「(もういっそうちの子にしちゃえば?)」

 

「お前ら、一旦黙れや」

 

 コソコソと囁く神々に睨みを利かせつつ、ロキは言う。ちなみにヘスティアは最初から臨戦態勢であり、フーフーと息を荒げながら会議が始まるのを待っていた。

 

対してアポロンはというと、もうなるようになれといった感じに開き直っており、今回の件について全く気にしていない様子だ。

 

不幸にも司会役を押し付けられたヘルメスはきりきり痛む胃を押さえながらも会議を進める。

 

いかにしてロキとフレイヤを抑えつつ、綺麗に後腐れなくこの一件を終わらせるか。

 

それが今の彼の命題であった。

 

「(頼むからアルくんは冷静でいてくれよ······!!)」

 

 でも彼、ヘラの系譜なんだよなあ、と遠い目になりつつもヘルメスは思考を続ける。

 

ロキがキレているということは、アルもまたキレているということ。そして、今回の件で前科のあるアポロンに恨みを持つ彼が暴走しない保証はないのだ。

 

しかもアポロン派閥が壊した【ヘスティア・ファミリア】のホームは他でもないヘラ最弱の眷属であったアルとベルの母親、メーテリアが愛した古教会だ。

 

彼が既にブチギレていたとしても何らおかしくはない。

 

彼がその気になって暴れればそれを止められる者はいない。最悪の場合、同調したロキの眷属やフレイヤに命じられたエインヘリヤルが動くことも十分にあり得る。

 

そうなった場合は、間違いなく【アポロン・ファミリア】自体が消滅する。それだけで済めばいいが確実に巻き添えを食らって都市そのものにダメージがいく。

 

時に建前や立場よりもメンツを優先することのある冒険者は一度本気で怒らせると洒落にならないことを彼は知っていた。

 

最悪、本当に最悪だが、アルのご機嫌取りに誰かが犠牲になることも覚悟しなければならない。

 

それを防ぐにはヘルメス達外野の神々が上手く立ち回る必要があるのだが、そう簡単にはいかないのが世の常である。

 

しかし、だからといって喧嘩両成敗というのも如何なものか。そもそも、今回の一件では【アポロン・ファミリア】が全面的に悪い。

 

ここは大人らしく、穏便に、かつ完璧に、何事もなかったかのように収めるのが最善手。

 

ぶっちゃけ後々アポロン達が干されようとも知ったことではないし、自業自得だとすら思う。

 

ヘルメスがそんなふうに考え込んでいる間にも会議は進み、結論が出た。

 

それは──────。

 

 

 

 

 

おっ、ダフネにカサンドラじゃん。

 

ん?謝罪?

 

あーいや、別に俺がやられたわけじゃないし、ベル自体が大怪我したわけでもないんなら俺からとやかく言うことはないよ。

 

·······え?教会?

 

いや、別にどうでもいいかな········。母親への情がないわけじゃないけど別れはちゃんと済ませてるから未練はないしな。

 

まあ、思うところが完全にないわけじゃないけど、あの教会ははなから壊れる前提だったから気にしてないよ。

 

········落とし所?

 

戦争遊戯でもやれば?

 

 

 

 

 

 

──────【アポロン・ファミリア】VS【ヘスティア・ファミリア】の戦争遊戯まであと一週間。

 

 

 

 




地の文が暴走して2万文字近く行ってしまったので削りました。
 
・アル
なお、教会行ってたのは聖地巡礼な模様

これまでにないほどにあらゆる方面から気を使われているくせにそれに気づかないアホ

はぁーーーっ、辞めたらその仕事(曇らせ)?

・アイズ
1.アルだけ形見あってずるい!!
2.アルが私の知らないモノに入れ込んでるのヤダな
3.壊れた!!やったぁ~
4.·····なんてことを思ってしまったんだ、私は

・ヘスティア&ベル
一番健全

・ロキ
勘違い。立場を優先して気持ちを押し殺してると思ってキレてる。

・リヴェリア
16歳の子供が親の形見を弟を狙う相手に壊されたのに立場を優先して我慢してる、だと?!

スーーーーーーーーー(深呼吸)、キレそう(キレてる)

・ヘルメス
ヘラの系譜だしな·······やべーよやべーよ 

・クサレ葡萄酒神
2つの意味で笑いが止まらない








・アポロン
  *'``・* 。
  |     `*。
 ,。∩      *    もうどうにでもな~れ
+ (´・ω・`) *。+゚
`*。 ヽ、  つ *゚*
 `・+。*・' ゚⊃ +゚
 ☆   ∪~ 。*゚
  `・+。*・ ゚



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六十話 それっぽいこと言って哀しげな雰囲気作っとこ


一旦、非公開にするか迷ってます。詳しくは活動報告を


 

 

 

 

 

 

『──────そうか、壊れたか』  

 

『なに、カサンドラのせいじゃない、気にするな』

 

 なぜ、貴方はそこまで優しくあれるのか。どうして、そんなに簡単に私を許せるのか。

 

『いや、いい。どちらにせよ、形見と知っていて放置していた俺になにかを想う資格はない』

 

 なら、なんでそんなに儚げな表情をするの? 繕ったかのような笑みを浮かべてまるで、己の罪を受け入れているかのように。

 

『········それに(メーテリア)も今更、俺に子供のように振る舞われても悍ましいだけだろうよ』

  

 私は【ロキ・ファミリア】のホームに行って貴方に謝るのが怖かった。

 

貴方に嫌われたくなかった。この世で唯一の理解者を失いたくはなかった。拒絶されるのが嫌だった。

 

けれど、今は違う。

 

今は初めて見る儚げな貴方に図々しいとわかっていても寄り添ってあげたいと、心の底から思う。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

よくわからないけどとりあえずそれっぽいこと言って哀しげな雰囲気作っとこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅーわけで、ウチからは戦争遊戯を提案するわ」

 

 『戦争遊戯』。

 

何かしらの諍いの抱えたファミリアとファミリアが互いに公平なルールの元、ファミリアの眷属同士による決闘を行う事である。

 

神会で事前に取り決めを行い、勝負方法を決定する。勝負方法は様々なものがあり、例えば攻城戦であれば、相手側の城に攻め入り、相手のボスを討ち取れば勝ちとなる。

 

戦争遊戯に敗北したファミリアは勝ったファミリアの要求を絶対に呑まなければならない。

 

今回の【アポロン・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の騒動も例にもれず、この戦争遊戯によって決着をつける事をロキは提案した。

 

ロキはいつもの飄々とした笑みを浮かべているものの、その眼光は鋭く、有無を言わさぬ迫力がある。

 

「ロキ、それは───」

 

「じゃあ、どうする云うんや?まさか、このまま抗争を続けろっちゅうんか?」

 

 ヘルメスの言葉を遮り、ロキが言い放つ。確かに、抗争を続けさせることはありえない。

 

だが、この提案には問題がある。ロキの提案する戦争遊戯では【ヘスティア・ファミリア】が負けかねず、ベルをアポロンに奪われる可能性が高いのだ。

 

それをまさかロキの方から提示してくるとは思わなかったヘルメス達は驚嘆していた。

 

「ちょ、ちょっとなんのつもりだい!!これはボクとベル君の問題でロキには関係ないだろう!!」

 

「悪いようにはせいへんから黙っとけ、()()()()()

 

「───ッ」

 

 天界きってのトリックスター、万物の終焉たる『黄昏』を運び込む悪神ロキが珍しく真剣な表情を見せる。

 

ロキはいつもふざけているが、決して根からの道化ではない。時には真剣に物事に取り組み、時にはかつてのような凶行に及ぶ事もある。

 

ロキの吹きすさぶ嵐のような神々しさと禍々しさが同居する神威にゼウスやヘラにも一目置かれている大神格であるヘスティアですら思わず息を飲み、同郷のフレイヤもそんなロキの姿に目を丸くしている。

 

「ええか、ドチビ。この件はお前だけの問題やない。ウチらにとっても他人事ちゃうねん」

 

「どういうことだい!?」

 

「新参のお前は知らんくてもしゃーないが、前にこのクソボケがウチのアルに手ぇ出そうとしよった時があったんや」

  

 ロキが視線を向けた先にはもうどうにでもなれといった感じで投げやりになっている月桂樹の冠が特徴的な金髪の男神がいた。

 

男の名はアポロン。【アポロン・ファミリア】の主神である彼はバツが悪そうに、しかしどこか開き直っているような顔つきだ。

 

アポロンは以前、今回のベルのようにアルに目をつけて自分の派閥に取り込もうと画策した事がある。

 

最初、素直に勧誘した際は当然のように断られたのだが、それでも諦めの悪いアポロンは何度も手を変え品を変えてアプローチを掛けてきた。

 

そして、ついに強硬手段に出たアポロンは強引な勧誘でロキ達の怒りを買ったがロキ側も最大派閥としてのしがらみも有ったため、最終的にはアポロン側に多額の賠償金を支払わせるだけに留まった。

 

その時の事を思い出して不機嫌になったのか、ロキは不愉快そうな顔をして鼻を鳴らす。   

 

 

一回目ならば許そう。だが、二度目はしがらみなんて知ったことか。そんなロキの気持ちを汲んだのか、ロキの隣にいるフレイヤが珍しく苦笑いを浮かべていた。

 

だが、ロキがキレているのは身内に二度も手を出されたメンツの問題ではなく、アポロンの眷属が【ヘスティア・ファミリア】のホームを壊したことが原因である。

 

【ヘスティア・ファミリア】の壊されたホームがアルの母の形見のようなものであることはロキの他には不本意ながらもヘラとの関わりがあったフレイヤとゼウスと繋がっているヘルメスくらいしか知らない事実であり、他の者達にとってはロキがここまで怒る理由がよくわからなかった。

 

とはいえ、その怒りようは相当なものであり、もしここでアポロンが下手なことを言った場合、今度は確実に道理などすっ飛ばして実力に物を言わせた報復に出るだろう事は容易に想像できる。

 

「アポロン、今回のことがお前の命令か、アホが勝手にやったことかは知らんし、どっちゃでもええ。重要なんはお前がウチらに喧嘩売ったちゅうことや」

 

 ぴりぴりとした緊張感の中、ロキはアポロンを睨みつける。アポロンとしては命令した覚えはないのだが、今更何を言っても無駄なのは理解しているようで、観念したように肩をすくめる。

 

それがロキの言う通り、アポロンの意思なのかはわからないが、少なくとも今回の一件に関して眷属の独断専行だったとしてもそれは眷属の手綱を握れなかったアポロンの責任だ。

 

「子供のやったことは親の責任、そんくらい言わんでもわかるやろ」

 

「……ああ、それはそうだね。確かにその通りだ」

 

 アポロンほど眷属への愛が深い神であれば、眷属が起こした不祥事は自分の責任だと言われずとも自覚しているしどうあれアポロンは自分のために動いた眷属達を咎めようとは思っていない。

 

今回は完全に自分に落ち度がある。だから、こうして大人しくロキの提案に異議を申し立てずに受け入れようとしているのだ。

 

しかし、それはそれで解せない。

 

なぜ、戦争遊戯なのだろうか。

 

それではアポロン側に()()()()()

 

そもそもの話、今回のように完全にアポロン側に非がある以上はアポロン側に手を引かせた上で相応の賠償金をヘスティアへ支払わせれば済む話なのだ。

 

なのに、どうしてわざわざ戦争遊戯などを行わせてアポロン側が勝てる条件を提示してくるのだろうか。

 

ヘルメスがロキの狙いを考えていると、ロキは先程までとは打って変わって悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

まるでいつものヘルメスのような笑みだ。

 

「ウチも可笑しいとは思うわ。··········けど、他でもないアルの提案やからなぁ。」

 

「「「…………!!」」」

 

 神々がこの件で慎重になっている原因であるナチュラルボーンバーサーカーにしてベルの兄のアルの名が挙がったことにヘスティア達は驚愕する。

 

「まぁ、それこそアルは『俺の決めることじゃない』って前置きしてたけどな────ドチビ」

 

「?」

 

「当然、今回みたいな場合は戦争遊戯なんざしないでアポロンに頭下げさせるのが普通や。ウチはアルに免じてこれ以上は口を挟まん」

 

「結局、決めるのはお前や、ここまで好き勝手言っとったが当事者はウチやなくお前達やからな」

  

 けどな、とロキは続ける。そう、ここからが本題だとでも言いたいかのように。ロキの口元が裂けるように吊り上がる。

 

ヘルメスやヘスティアですら見たことのないような悪辣な表情だ。そんな表情のまま、ロキはこう続けた。

 

「抗争を止めに入ろうとしたリヴェリアへ言ったアルの言葉をそのまま伝えるで、これを眷属に言うかはお前の好きにせえ」

 

「『ベルが【アポロン・ファミリア】程度にやられる玉なわけあるか。アイツらなんざベルの経験値にしかならないんだからベルの成長の邪魔すんなよ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヴェリア・リヨス・アールヴにとってアル・クラネルは手のかかりそうでかからない困った子供だった。

 

初めて会ったのは四年前、アルが12歳だった時のことだ。

 

まるで拾ってきた猫であるかのようにロキに抱えられてホームにやってきた少年を、リヴェリアは困惑しながら迎えたものだ。

 

アルへの第一印象は『危うい』だった。

 

色素の薄い肌に雪のような頭髪、そして何より目を引いたのはまるで世界全てを拒絶しているかのような、全てを憎んでいるかのような輝きを湛えた紅い瞳。

 

精巧な人形のような美しさと儚さを持ったその容姿から滲み出る雰囲気は、触れれば壊れてしまいそうなほど脆く感じられた。

 

リヴェリアがかつてのアイズを想起してしまったのも無理はないと言えるだろう。だが、そんな第一印象に反して、アルという少年には異常なまでの芯の強さがあった。

 

それは折れることを知らない不屈の精神であり、それを支える強固な意志でもあった。

 

所作の一つ一つに感じられる言語を絶する才覚は間違いなく天才と呼ぶに相応しいものであり、同時に、何か大きなものを抱え込んでしまっているように思えてならなかったのだ。

 

アイズと同じように、或いはアイズ以上に強さを求道し続けるその姿は、どこか痛々しくもあった。

 

ダンジョンに潜らない日はなく、寝る間も惜しんで剣を振り続ける姿を見た時は流石に見過ごせず、半ば無理やり休ませたこともある。

 

いくらリヴェリアやロキが制止しても構わず、一歩間違えば死ぬような目に遭っても些かも揺らぐことのない強さへの渇望はアイズが霞むほどだった。

 

折れてしまいそうな細い身体を狂気にも迫る強い想いで支えて、ただひたすらに突き進む。

 

決して弱音を吐かず、涙を見せず、ただひたすらに上だけを見据えて進み続けた少年の姿は、尊敬を通り越してある種の畏怖すら覚えた程だ。

 

そんなアルを見て、リヴェリアはこの子供がいつか壊れてしまうのではないかと思ったものだ。だからといって放っておくわけにもいかない。

 

ファミリアは家族なのだ。ならば助け合うのが当然である。そんな思いもあって、いつしかリヴェリアはフィン達に言われるまでもなく自らアルの教育係を買って出ていた。

 

········上手くはいかなかった。

 

リヴェリアはかつてのアイズ以上に厳しく接したつもりだったのだが、アルにとってはそれでもまだ甘かったらしい。

 

そしてアルは異様なまでに物覚えが良く、一度教えたことは二度と忘れなかった。

 

その異常な学習能力の高さは、ある意味でモンスターじみた才能と言ってもいいかもしれない。

 

狂気さと勤勉さが同居しているかの如き異常性は、最早恐怖を覚えるレベルであった。しかし一方で、アルの感情表現は非常に乏しかった。

 

表情の変化が乏しく、言葉数も少ないため何を考えているのか分かりにくい上に、喜怒哀楽の表現も乏しい。

 

アイズのように自己表現が苦手なわけではなく、そもそもの感情表現の仕方が分からないようだった。そのせいだろうか、時折見せる悲しげな表情が余計に痛々しいものに見えたのは。

 

誰にも寄らず、誰にも頼ろうとしない孤独な少年。それが当時のアルに対する評価だった。

 

だからこそ、あの時はとても驚いたものだった。

 

アルがファミリアに入って三週間ほどたったある日。あまりに過ぎる単独行動に業を煮やしたリヴェリアがむりやり組ませたパーティーが上層に現れた強化種のインファント・ドラゴンに襲われた。

 

その時リヴェリア達は不在だったため詳細は知らないが、なんでもアルはその戦いで殿となってパーティーの仲間を逃そうとしたらしい。

 

逃げ出した仲間の武器を使い捨てながら圧倒的格上であるはずのインファント・ドラゴンを相手に奮戦し、最後には相打ちに近い形でインファント・ドラゴンを討伐したという。

 

その話を聞いた時には耳を疑ったものだ。恩恵を受けたばかりの少年がLv2の上級冒険者ですら逃げ帰るドラゴンを相手取って勝利できるなど到底信じられない話だったからだ。

 

無論、勝利の代償にアルは瀕死の重傷を負って血に塗れたボロ雑巾のような姿で地上へと戻ってきた。

 

即座に【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に担ぎ込まれたため、大事には至っていなかったものの、下手をすれば死んでいた可能性だってあっただろう。

 

その後、アルはロキによって強制的に休まされ、治療を終えた後は暫くの間療養することになった。

 

自分の身よりも仲間の命を優先し、結果として命を落とすことになったとしても厭わない。

 

それは正に英雄の生き様と呼ぶに相応しいものではあるが、同時にとても危うい生き方でもあるとリヴェリアは知っている。

 

光と闇、どちらに転んでもおかしくない危うさと紛れもない英雄の器を兼ね備えた少年。この子にはきっと何かがある。何か大きなものを秘めている。そう確信していた。

 

史上最年少でランクアップを果たしたアルはそれから数年、瞬く間にいくつもの偉業を成し遂げ、ついにはオラリオ最強の片割れにまで上り詰めた。

 

どこかあどけなさを残しながらも凛とした雰囲気を纏い、英雄の風格さえ漂わせるようになったアルに誰もが羨望と憧憬を向ける。

 

だが、リヴェリアはフィンやアイズのようにアルを英雄視することはできなかった。

 

リヴェリアは知っている。

 

アルが孤独な子供だったことを。

 

アルの痛ましいまでに強さを求める姿を。

 

·······アルがまだ、16歳の子供だということを。

 

 

 

 

 

 

「私はお前が弱音を吐いたところを見たことがないな」

 

 命を削るかのような戦いの日々、アルがその五体を血に染めぬ日はなかった。私の頭をアイズですらここまで苛烈ではなかったと悩ませる剣の申し子。

 

かつてのアイズと違うところがあるとすれば学習意欲の高さと暴力的なまでの才能。

 

戦いばかりを求めて机へ向かうことに強い忌避感を持っていたアイズとは違い、私が言えば特に抵抗もせずに筆をもった。そして、その学習速度はあらかじめ知っていたかのように早かった。

 

そして、才能。『恩恵』を刻まれた瞬間から魔法とスキルを複数発現させ、そのステイタスの伸びは成長ではなく跳躍の域だ。世界最速記録を持つアイズを遥かに上回る成長速度と急進するステイタスに振り回されない戦いの技巧。

 

何よりも違うのはその、『理由』の無さ。

 

モンスターを何より恨み、それだけの過去と理由を持つアイズとは違い、アルにはそれらしい強くなるための理由がない。無論、かつてのアイズ以上の苛烈さに理由がないなど、ありえない。

 

それだけの熱意がありながらそれを表に悟らせない理性。いずれをとっても幾百、幾千の冒険者を見てきた私ですら測れない『異端』。

 

しかし、それでも、それでも、アルはまだ16歳なのだ。その年齢で背負わなくていい重荷を背負っている。そんなアルの姿を見る度に胸が締め付けられるような思いになる。

 

どうして、自分を犠牲にしてでも強くなろうとするのか。その答えはアルにしか分からない。

 

「··············私はお前からすれば頼りない、のだろうな」

  

 年長者として、家族として、もっと頼って欲しいと思うのは我がままだろうか? いや、きっとそうなのだろう。

 

心のなかではどう思っていたとしても先日の59階層での戦いのように守られているのはこちらの方であり、アルにはいつも助けてもらってばかりで、頼りっぱなしなのはこちら側なのだ。

 

英雄譚に登場する英傑とは、常に孤高の存在だった。しかし、それは必ずしも孤独と同義なわけではない。

 

········アルにもいつか、誰かを頼れる時が来るのだろうか。

 

だが、そうだとしてもその相手は─────

 

「私ではないだろう」

 

 現に自分は母親の形見を壊されたことよりも『英雄』としての立場を優先している『子供』に何もしてやれていないのだから。

 





・白髪のバカ
習慣の勝利(気づいてない)
ベートショックのせいで無気力になって曇らせセンサーの精度が落ちてる。

・ロキ
白髪のバカ、そこまで考えてないと思うよ

・ベル
画面外で憧憬ブーストエンジンにガゾリン

・リヴェリア
ママ

・カサンドラ
ママみ

・ダフネ
巻き添え。ターゲティングされたかもしれない。








・アポロン


 *     +    巛 ヽ
            〒 !   +    。     +    。     *     。
      +    。  |  |
   *     +    / /   アルぎゅんサイコォォォォオオオオオオオオオ!!!
        ∧_∧ / /
      (´∀` / / +    。     +    。   *     。
      ,-     f
      / ュヘ    | *     +    。     +   。 +
     〈_} )   |
        /    ! +    。     +    +     *
       ./  ,ヘ  |
 ガタン ||| j  / |  | |||
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六十一話 あー、毒使いのアマゾネスなら紹介できるぞ


眠い


 

「【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯の助っ人かぁ」

 

「·····うん、そうなんだ。君なら都市外の実力者にも覚えがあるんじゃないかと思ってね」

 

 【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯。

 

ベルを手に入れたいアポロンの意志を汲んだ眷属の独断専行によっておきた両派閥間の抗争。

 

神会でのロキの提案によって抗争の落とし前として戦争遊戯による明確な決着がつけられることになったのだが、その勝負方法はクジによって相手側の城に攻め入り、相手のボスを討ち取れば勝ちとなる『攻城戦』に決まった。

 

そこで問題になったのが互いの戦力差である。確かにベルは強い、ついこの前にランクアップしたばかりではあるもののベートという第一級冒険者の師匠による薫陶や死地から生還してみせた経験によって冒険者としての経歴の短さに反して確かな実力が備わっている。

 

対人・対怪物問わない万能の対応力を誇る詠唱不要の速攻魔法に加えて、スキルによるステイタスの急成長と度重なるモンスターとの死闘で培われた実戦経験も合わさって既にLv.2の中でも最上位に位置するほどだ。

 

一対一ならば【アポロン・ファミリア】に所属するLv.2の上級冒険者が相手でもまず間違いなく勝てるだろうし、複数人で来られても対処できるだけの『技と駆け引き』もある。

 

たとえ、団長であり【アポロン・ファミリア】唯一のLv.3であるヒュアキントスであっても格上殺しを成し遂げてしまうのではないか、そんな期待さえ抱かせるほどの成長を見せている。

 

一対一の決闘方式であれば誰が相手だとしてもアルやロキの想定通り十二分に勝利できる可能性はある。

 

だが、今回の勝負方法は相手側の城に攻め入り、相手のボスを討ち取れば勝ちとなる攻城戦。攻めにも守りにも人数が必要になってくる。いくらなんでもたった一人ではどうしようもない。

 

ヴェルフやリリルカ達が改宗したとしても片手に収まる程度の数しかいない【ヘスティア・ファミリア】に対して【アポロン・ファミリア】には冒険者が総勢百十人ほど所属しており、Lv.2の上級冒険者もそれなりの数がいるのだ。

 

とてもではないが戦力に差がありすぎる。その不利を打ち消せるものではないが一人まで【ヘスティア・ファミリア】は助っ人を戦争遊戯に参加させることができる。

 

しかし、助っ人を提供する派閥は、都市外のファミリアに制限されている。参加させられれば確実に勝てる【ロキ・ファミリア】の団員などは都市の外に本拠を構えるファミリアしか助っ人として参戦することができない決まりとなっているため、必然的に候補から外すことになる。

 

都市外で助っ人の募集をかけても集まるかどうか不明だし、何より戦争遊戯開催日時に間に合うかもわからない。 

 

なにより、オラリオ内のファミリアに比べて外のファミリアの眷属の水準は低い。ダンジョンでの効率的な経験値稼ぎができるオラリオとは違い、オラリオの外ではオラリオの冒険者ほどレベルを上げることができない。

 

ダンジョンという魔境に挑戦し、日々モンスターと死闘を繰り広げて鍛え上げられた冒険者と魔石を劣化させたモンスターや人間同士の戦いしか経験していない都市外の使い手では実力に大きな隔たりが生まれるのは必然だった。

 

だからこそ、都市の外から助っ人として呼べるファミリアは必然的にレベル2以下の中堅以下に限られるというわけだ。

 

オラリオ内外では戦う相手と成し遂げられる偉業のレベルが違う。当然、得られる経験値も桁違いになるだろう。

 

良くてレベル2の都市外の実力者を呼んだところで戦況を覆すことなど不可能に近い。

 

中には【アルテミス・ファミリア】のようにLv.3の眷属を抱えた機動力に長けるファミリアもあることにはあるものの、それほどの戦力を抱えたファミリアを探しだして戦争遊戯までにそんな有力派閥に協力を仰ぐためのコネなんて【ヘスティア・ファミリア】にはない。

 

つまり、事実上、この戦争遊戯での勝利は不可能なのだ。そして、この勝負に勝たなければベルは手元から離れてしまう。

 

だが、ベルの兄であり、都市内に留まらない名声を持つアルであれば? 本人の協力が得られずとも或いは、という考えでヘスティアはアルヘ頼ったのだ。

 

「【ヴェーラ・ファミリア】·······は間に合わないか」

  

 とあるモンスターの存在によって猛毒の沼と生者を冒す瘴気に覆われた過酷極まりない環境へと姿を変えてしまった泉と霧の郷、ベルデーンに根ざすファミリアの名前を口にするも、アルは首を横に振る。

 

あの盲目の剣豪であれば【アポロン・ファミリア】程度、容易く一蹴できるだろうが、流石に遠すぎる。

 

彼の地の眷属は軒並み高レベルの精鋭揃いではあるが、その強さは環境の過酷さの裏返し。

 

モンスター以外は草も空気も、人すらも腐らせる死の大地と化したベルデーンは歪な形での進化を遂げたモンスターの存在もあって図らずもダンジョンの中のような様相を呈している。

 

原因である『泥の王』と呼ばれるモンスターに生贄として特殊な魔法を発現させた巫女を捧げることで辛うじて滅びを回避してきた地。

 

アルがお使いのついでに歩くお手軽版・炉神の聖火殿(レァ・ポイニクス)で瘴気もモンスターも焼き払ったため、今は正常化しつつあるものの、それでも近付くだけでも命の危険があるほどに過酷な土地だ。

 

流石に今回の戦争遊戯には呼べない。

 

だが、それを除けば滅多にオラリオの外へ出ることのできないアルはヘスティアが思っているほど都市外のファミリアに顔が利くわけではない。

 

「都市外の派閥で実力者···········あっ、あー、いるわ」 

 

「本当かい?!それで、紹介してくれるかいっ!?」

 

 アルの呟きを聞いたヘスティアの顔がぱぁっと明るくなる。

 

確かにいる。それもついこの間に知り合ったばかりでこれからオラリオに移住する予定だが、今はまだ都市外に所属していることとなっており、Lv.2どころか、Lv.3やLv.4の実力者がオラリオに来ている内の大部分を占めてさえいる。

 

しかし─────

 

「できるだけマシなやつ··········。あー、毒使いのアマゾネスなら紹介できるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いとは恐怖と向き合う事。

 

強さとは恐怖から逃れる為の手段。 

 

私、バーチェ・カリフにとって人との戦いに恐怖を感じない日はなかった。

 

テルスキュラのアマゾネスは産まれてすぐにカーリーから『恩恵』を受けてファミリアの末席に迎えられる。

 

そして、幼い頃から戦闘訓練を積み重ねる。言葉を覚えるよりも先に武器の握り方を覚え、言葉を覚えた頃にはモンスターと戦う日々だ。

 

私はその日々に疑問を持ったことはない。それが当たり前であり、疑問を持つ必要がなかったからだ。

 

手に残る肉を潰した感触も骨が砕ける音も何もかもが日常だった。だけど、そんな日常はある日に突然終わりを告げる。

 

その日、殺し合った相手はモンスターではなく同胞のアマゾネスだった。  

 

知性も理性もないモンスターとは違う、拙いながらもテルスキュラのアマゾネスとしての『技と駆け引き』を身に着けた敵。相手を殺すことに躊躇はなく、殺し方も変わらない。自分と同じ形をした生物をただ殺すだけ。

 

理由はわからない。きっと、相手の瞳を見てしまったからだろう。そこには怯えと恐怖があり、彼女は私に助けを求めていた。

 

そんな彼女の表情を見た瞬間、全身に鳥肌が立ち、思わず手に力が入った。今までにない感覚。心臓を鷲掴みされたように呼吸が乱れ、頭の中が真っ白になった。

 

周囲の囃し立てる声も聞こえず、ただ目の前にいる同胞の姿だけが目に映った。

 

その顔に浮かぶのは絶望、助けて欲しいという懇願、何故、どうしてという疑問。

 

いつもと違って手が震える。相手と同じように私も怖かったのだ。今まで一度も感じたことが無い感情。恐怖というモノを理解していなかった私が始めて知った感情。

 

怖い。殺されることが恐ろしくて堪らない。

 

必死になってナイフを突き立てんとする相手に、私は初めて恐怖を抱いた。そして、気が付いた時には相手を殺し終えており、血塗れになった私の前には物言わぬ死体となった同胞の姿があった。

 

冷たい石の闘技場は勝者を讃えて敗者を貶める。歓声を上げる同族の声を聞きながら、私はその場に立ち尽くしていた。

 

身体を濡らす同胞の血の温かさを肌で感じながら、胸の中にはモヤがかかったような違和感が残った。

 

戦いと死の中で少しづつ理解する。戦うことは恐ろしい。傷つくことも痛むことも死ぬことも全て恐怖に繋がる。

 

殺されないためには、喰われないためには、強くなるしか無い。

 

なによりも恐ろしかったのは姉のアルガナだ。才能も能力も五分、だが血を分けたはずのアレを姉だと思ったことは一度として無かった。

 

アルガナは、いつだってあたしを殺そうとしていた。血と戦いの申し子、カーリーの生き写しのような怪物。テルスキュラの化身そのもの。それがアルガナに対する偽らざる私の本心だった。

 

血と命を啜る生来の捕食者にして、強者を求める戦闘狂。その性質ゆえにテルスキュラの中でさえも畏怖され孤立していたアルガナは、それでも平然と笑みを浮かべて戦場に立っていた。

 

殺戮を繰り返す姉は私にとっての死神だ。ずっと私は姉の影に追われている。

 

現に儀式の中で殺されかけ、カーリーの制止がなければ確実に死んでいたはずだ。 

 

怖い、怖い、怖い! 何よりも姉に喰われることが怖い!!

 

死の恐怖と生の恐怖。二つの相反する恐怖が私を襲う。今にも発狂しそうな程の激情の中、私は一つの結論に至る。

 

恐怖から逃れる方法など一つしかない。何ものにも奪われることのない強さを手に入れればいい。

 

そうすればきっと、この恐怖からも逃れることができるはずなのだから。

 

戦いの果てに同胞も、姉も殺してテルスキュラの掲げる理想にして命題たる『真なる戦士』へと至る、至ってみせる。

 

その為ならどんな犠牲だって払ってみせる。例え弟子を殺めたとしても。

 

その一心で私は強さを求めて戦い続けてきた。

 

──────しかし、私はあの港町で『本物』に出会ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「········ッ」

  

 それは驚愕であり、恐怖にも似た嫉妬であった。紙を持つアイズの手は震える。その震えを止めようと必死に握り締めるが止まらない。

 

止めどない感情が溢れ出る中、言葉にならぬまま歯を噛み締めた。昏い炎が胸の内で燃え盛っていることを自覚する。

 

「へぇ、あの野郎······!」

 

「ちょっとベート!! 早く見せてよ!!」

 

 そんなアイズの内心など知る由もなく、情報紙をベートから奪うように見たティオナ。そしてその記事を読み進めていく内に、二人とも興奮した様子で騒ぎ出す。

 

幹部に限らず、他の団員も集まってきて、口々に騒ぎ立てながら情報紙を読む。その内容に第一級冒険者までもが驚嘆の声を上げた。

 

アイズは悔しそうに拳を震わせながらも、冷静さを取り戻してあらためて他の者達と同様に記事に目を通す。

 

そこには先日起こった抗争の結末が綴られていた。

 

【アポロン・ファミリア】が【ヘスティア・ファミリア】にベル・クラネルを奪うために仕掛けたとされる抗争の落とし前としてロキが提案した戦争遊戯。

 

アポロンの派閥は曲がりなりにも上級冒険者を複数抱えた中堅ファミリアであり、派閥としての規模も大きい。

 

それに対し【ヘスティア・ファミリア】は零細ファミリアで構成員もベルのみだ。普通に考えれば、どちらが勝つかなど火を見るより明らかだった。

 

圧倒的な戦力差と数の差を面白がった神々が囃し立てる中、冒険者の誰もがアポロン側の勝利を信じて疑わなかっただろう。

 

しかし結果は、なんと【ヘスティア・ファミリア】の勝利で終わったのだ。

 

神アポロンは潔く敗北を認め、莫大な賠償金の支払いと派閥の解散を受諾したという。

 

いくら助っ人として第一級冒険者相当の使い手がいたとはいえ、ベルは格上であるはずのヒュアキントスに対して一対一でありながら冒険者にとっては絶対であるレベル差を覆して勝利した。

 

そして─────ベル・クラネル、Lv.3へのランクアップ。

 

たった一ヶ月の所要期間でのレベルアップという偉業にオラリオ中が沸き立った。記事を読んだ団員が驚きと称賛を隠せずざわつく中、アイズだけは昏い瞳で黙り込んでいた。

 

兄であるアルがLv8というかつての最強派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】しか到達していない領域へ達したこともあり、兄弟揃ってオラリオの注目が集まっている。

 

兄の無茶苦茶な成長速度をよく知る【ロキ・ファミリア】の団員も、弟の急激な成長には流石に驚かざるを得ない。

 

面々もベルのランクアップは都市中の冒険者と同じように仰天するのも無理からぬことであった。

 

「ほら見て見てアイズ!! 弟君Lv3だってすごいねー!!」

 

「うん·······すごく、すごいね」

 

 アイズはアルの弟が更なる高みへと至ったことに嬉しく思う反面、それ以上に焦燥感を覚えずにはいられなくなる。

 

「いや、いくらアルの弟でも······。どう考えたって一ヵ月で昇格っておかしいでしょ全アビリティオールS······あれも何か関係あるのかしら? どう思いますか、団長」

 

 ティオネの言葉にフィンは少し考える素振りを見せる。確かに一ヶ月という短期間でのランクアップは異常だ。だが、その要因について考えてみるといくつか浮かぶものがある。

 

例えば、未発見の発展アビリティやレアスキルの存在とかだ。

 

「(······アルと同系統のスキルなのかな)まぁ、なにか特別な能力は持っていても不思議ではないけど、それに胡坐をかいているだけじゃあすぐに限界が来る。彼が偉業を成し遂げたのは彼自身の努力と気力によるものだろう」

 

 強いスキルや魔法に胡座をかいているような使い手にはいつか必ず限界が訪れる。

 

ベルは違う、とフィンは確信していた。確かにアルのように強力なスキルを持っているかもしれない。けれど、それは彼の不断の努力を否定する理由にはならない。

 

何かしらの諍いの抱えたファミリアとファミリアが互いに公平なルールの元、行われるファミリアの眷属同士による戦争遊戯の記事。

 

アイズの手がくしゃり、と音を立てて紙にシワを作る。震える手を抑えようと必死に握るも、それを止めることは出来なかった。

 

そこに描かれているベルの似顔絵を見て、胸の奥に鋭い痛みが走る。嫉妬と羨望が入り混じった複雑な感情。

 

行きどころのないこの気持ちをぶつけるように焦りが募っていくのを感じながら、アイズは記事を強く握り締めた。

 

美しい金の瞳に曇りがかかり、昏い炎が燃え上がる。

 

アイズがLv3となったのは、冒険者となって二年以上経ってからだ。

 

それなのに、ベル・クラネルは、アルの弟は容易くその階梯を上り詰めていく。アイズはかつてアルヘ抱いた、否それ以上の嫉妬の炎が燃え上がっているのを自覚する。

 

 

冒険者として最上に限りなく近いはずの才能を持つアイズ。しかしそれでも、彼女は己が停滞して足踏みをしているかのような錯覚に陥る。

 

アルが新たな階梯であるLv8へと至って縮まったはずの差が再び広がったからだろうか、アイズの心を蝕むように暗く冷たい闇が広がっていく。

 

自分とアルの間にある差が、さらに開いてしまったような気がした。

 

アルも半年足らずで今のアイズの階梯であるLv6からLv8へと至ったのだ。自分が、アルが次にランクアップするのはいつだろうか。

 

「······強く、ならないと」

 

 アルにおいていかれたくない。このままだと決して追いつけないほどの差が生まれてしまう。そんな不安と恐怖がアイズの中で渦巻いていた。

 

アルにおいていかれたらまた一人になってしまうのではないか。かつての両親に置いていかれた時のような孤独を味わうことになるのではないか。

 

アイズにはそれが恐ろしくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【リーヴ・ユグドラシル】や多分あるであろう憧憬スキルとかいらねぇから代わりに使ったら死ぬ系の魔法か、アルフィアのマネできる仮病スキルが欲しい。

 

俺の魔法やスキルは雑に強いのばっかでダンジョン探索とかだと便利なんだが、死ぬことを前提に考えると邪魔でしょうがないんだよなあ········。

 

なんかもう、手っ取り早くフィルヴィスあたりに2レベルくらいあげたいなぁ·······

 

 





戦争遊戯はバーチェ以外は原作ままなのでカットです

・アル
仮病スキルか命削る系魔法がほしい今日この頃

・ベル
ランクアップ。ステイタスはともかく、『技と駆け引き』は原作以上。








・アポロン
   _
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六十二話 もしかしなくても、教会が壊されたのって曇らせチャンスだったりしたのか?



とてつもない難産でした。


 

 

──────ああ······妹よ(メーテリア)。ようやく、そっちへ行くよ───────

 

 七年前の大抗争。オラリオを滅ぼし、世に混沌と破壊を撒かんとする闇派閥とオラリオに住まう冒険者達の七日に渡る死闘は『暴喰』と『静寂』の敗北により終結した。

 

神時代以降、オラリオで最も多くの死者を産み出した戦いであり、今もなお都市に色褪せぬ傷跡を残す悲劇であった。

 

『絶対悪』を自称する地下世界の神エレボスが主導して起こした大抗争。その決着の片割れ、ダンジョン18階層で私は、【アストレア・ファミリア】は『静寂』と相まみえた。

 

焼け残った灰を思わせる灰色の長い頭髪に、固く結ばれた双眸、喪服を思わせる黒いドレスに身を包んだ女だった。

 

二つ名である『静寂』を体現するかの如き佇まいの女に私は、私達は戦慄した。

 

上級冒険者として確かな実力を持ち、格上の敵とも幾度となく剣を交えてきたからこそ分かる格の違い。

 

この上なく静かでありながら瀑布を思わせる魔力の奔流。かき鳴らされる破滅の喇叭は余波だけで身体の芯まで震えさせる。

 

対峙するだけで死を覚悟させられる怪物を前に、私は初めて心の底からの恐怖を覚えた。  

 

灼熱に包まれた18階層を血を吐きながらも悠然と闊歩する彼女はその場にいる誰よりも『英雄』であった。

 

『悪』に堕ちてなお誇りを失わず、最後まで己を貫くその姿はまさしく『英雄』そのもの。全てを薙ぎ払う福音の調べはまるで天より降り注ぐ裁きのように感じられた。

 

何より強く、何よりも美しいその姿は血に濡れて尚も輝いていた。

 

私達が、冒険者が黒き厄災に打ち勝てる最後の英雄となる為の『壁』とならんと、正義であることを捨てて悪へと堕ちた彼女は最後に自ら火に身を投げ入れた。

 

炎に焼かれながら、それでも彼女は笑っていた。それは歓喜でもなければ満足でもない。ただただ穏やかな微笑み。燃え盛る業火の中、彼女の唇が小さく動く。

 

全ては聞こえない。だが確かに紡がれた言葉。そして私の目にははっきりと見えた。

 

燃え盛る火口へと落ちていく彼女は確かに誰か、愛する者への言葉を口にしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『まぁ、メーテリア······ああ、いや、家族の形見のようなもんだ』

 

 数年前、まだアルが第一級冒険者となる前の事。ふとした時にアルが訪れる寂れた古教会について尋ねた際、彼はそう答えた。

 

その表情はいつもの仏頂面ではなく、どこか懐かしむような、どこか儚げなものだった。

 

記憶の片隅を撫でるような、そんな表情でそっと息をつくアル。

彼は自分のことを滅多に語らない。だが、きっと、この教会は彼にとって大切な思い出がある場所なのだと察し、それ以来この話題を出すことを避けてきた。

 

だからこそ【アポロン・ファミリア】の件で教会が壊された時、私は──────

 

 

 

 

「メーテリア、とはどなたですか?」

 

「は?」

 

 私の急な言葉に目を丸くするアル。そんな彼に私は続けた。

 

「不躾な問いだとは自覚しています。ですが、どうしても─────」

 

「いや、別にそれはどうでもいいけど······」

 

  少し言葉を濁すアルから視線を外して窓の外を見やる。するとそこには大通りを走っていく白髪の兎のような少年の姿があった。

 

弟の姿に何を思ったのか、アルは小さく笑みを浮かべる。そしてポツリと呟いた。

 

「·······母親だよ」

 

「────!!」

 

「生来、身体が弱かったらしくてな。父親もそうだがベルが産まれてすぐに俺が子供らしい孝行の一つする前に亡くなっちまった」

 

 それが、それが本当ならば·····あの『英雄』は、アルフィアはアルにとって弟以外で唯一残された肉親ということになる。

 

避けてきた、頭の片隅でその可能性に気が付きながら無視してきた事実。それを今更になって突き付けられて私は胸が締め付けられる思いだった。

 

アルは皆が思っているほど無骨な人物ではない。人並みに笑いもすれば、人並みに悲しみもするどこにでもいる普通の少年だ。

 

だが、必要以上に人に入れ込むようなことはしないし、人に踏み込ませたりもしない。

 

孤高にして孤独、その身一つで全てを背負う。それが彼の在り方であり生き方であると私は知っていた。

 

例外があるとすればあの『聖女』くらいのものだろう。それ故に彼の過去を知る者はいない。

 

アルがオラリオに来てすぐに知り合い、冒険者としての技術や知識を教えていた私でさえ彼が幼いときに家族を失ったことを知っている程度だった。

 

常人離れした孤高の天才、それが私達の知るアルという冒険者なのだ。

 

だからこそ驚いた。まさかアルに弟がいたなんて。それも、ぶっきらぼうながらに所々で普段のアルからは考えられないほどの愛情を感じさせる態度を見せるとは。

 

私の知るアルは守られる側でなく、誰かを守る側の人間だ。そしてそこに間違いはない。生まれながらの英雄、そんな言葉さえ似合うほどに彼は心身ともに強い。

 

けれど、そもそもの話、親を早くに失ったアルはそうならざる、強くならざるをえなかったのではないか?

 

アルは、この16歳の少年は紛れもない『英雄』だ。

 

········『英雄』にしかなれず、『英雄』にならざるをえなかった。

 

だから、彼はいつだって前を向かざるを得なかった。後ろを振り向いて嘆く暇などなかった。

 

そんなことをしていては前に進めないと理解していたから。それは、あまりにも悲しく、残酷なことのように思える。

 

アルは英雄として生きることを望まれ、また望んでいるように振る舞ってきた。

 

それは、英雄以外の道を選べなかったからこその行動だったのかもしれない。

 

私は改めてアルの顔を見る。そこには普段見せる冷徹さはなく、ただただ穏やかな顔つきの少年がいるだけだった。

 

だからこそ負い目を感じてしまう。あの大抗争での戦いには一分の後悔もなけれど、もしアルフィアがあそこで死なずに生きていれば、あるいは彼女がアルの親のようになっていたかもしれない。

 

無論、目的はどれだけ高尚なものだったとしても彼女はオラリオを脅かす悪の一味であることに変わりはない。だから、これは本当にただの感傷。それでも、それでも私は考えてしまったのだ。

 

そんなありえたかもしれないIFを想像してしまったせいか、気付けば私の口は勝手に動いていた。

 

──────アルの家族のことを教えてくれませんか、と。

 

 その問がアルの傷をえぐるものだとはわかっていた。彼は自分の過去を語りたがらない。それはきっと私達を信頼していないからではなく、彼自身が幼いときに負った心の傷を他者に見せまいとしているからだ。

 

それを私は薄々と察していた。だからこそ、今までそのことに触れられないようにしていた。触れてしまえば、彼をもっと苦しめてしまうから。

 

だが、私は知らねばならないと思った。いや、誰かが聞くべきだと。

 

大切なかけがえのない者を喪う痛みは私も知っている。その苦しみは私が一番よくわかる。

 

だからこそ、彼の心の奥底にあるであろう悲しみは放置してはならない。かつての私が復讐にしか生きれなかったように今のアルは強くあることでしか生きていけていない。

 

痛ましいほど強い少年。そんな少年に寄り添うために、私は彼の過去に踏み込まなければならない。

 

例えそれがアルの逆鱗に触れることだとしても、私は聞かなければならない。

 

その覚悟を胸に秘めた私の問いにアルはしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え、なに急に。

 

お前といい、リヴェリアといいなんだって俺の家族の話したがるんだよ。てか、ロキとかも最近、妙に優しくてキモいわ。

 

まぁ、アルフィア関連で曇らせの布石置けそうだからこの機を利用しない手もないんで別にいいんだけどよ。

 

俺がオラリオに来たのは寂しさを紛らわせるためとかじゃなく、単純にゼウスのジジイが嫌だっただけなんだけどね。

 

口を開く度『お前が最後の英雄になれ』だからな、あの似非好々爺。

 

いや、ベルだよ? 最後の英雄はみんな大好きベルだよ? 

 

俺は英雄になって世界を救うよりも曇らせたい派なんですけど?

 

にしてもメーテリアって名前どこで聞いたんだよ。

 

あーああ、あの教会か。

 

そういや、リヴェリアやカサンドラも教会がどうとか言ってたな。

 

··········ん?

 

·······················んん?

 

································あれ?

 

確か俺、あの教会って母親の形見、みたいなもんだってあいつらに言ってたよな。 

 

だからあいつら、あんなに俺を気遣うみたいなこと言ってきてたのか。

 

あれ、これもしかしてだけど俺、やっちまったか?

 

────────もしかしなくても、教会が壊されたのって曇らせチャンスだったりしたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所要期間七年─────『猛者』オッタル、Lv.8へランクアップ。

 

アルのランクアップに続くようなそのニュースは瞬く間にオラリオ中に広がり、オラリオの民衆と冒険者達に多大なる衝撃を与えた。

 

ゼウスとヘラの派閥がオラリオを去って以降、十数年にも渡ってオラリオ最強の冒険者として君臨しているオッタルの強さは誰もが知るところであった。

 

『神時代の象徴』、そして『神の眷属の到達点』とすら呼ばれていたゼウスとヘラを、オラリオ千年の壁を崩して遂に破った存在。

 

都市最大派閥の片割れである【フレイヤ・ファミリア】の団長にして最強のエインヘリアル。

 

新進気鋭のアルと対をなすオラリオ最強の双璧として、オッタルの名はオラリオの冒険者の憧れとなっていたのだ。

 

そんな最強の片割れが単騎で深層への遠征を為すことで新たな階梯へと至ったという情報に多くの者が驚愕し、そして同時に歓喜した。

 

それはまさに偉業であり、英雄と呼ばれる持つ者でも至れるか分からない真の英雄の領域。

 

かつての最強を知る巌の古強者と五年にも満たぬ冒険者歴でそれに並んだ超新星。

 

ほぼ同時にランクアップを果たした『猛者』と『剣聖』の偉業に人々は熱狂する。

 

【フレイヤ・ファミリア】の『猛者』と【ロキ・ファミリア】の『剣聖』、そのどちらが真の最強かは意見の分かれるところだが、それでもどちらかが倒されるとしたらその相手は間違いなくこの片割れだと誰もが思った。

 

もとよりフレイヤとロキの派閥は険悪な関係であり、個人主義を突き詰めて個々の練度ではロキを上回る【フレイヤ・ファミリア】と『勇者』を頭に置きチームワークを重視して組織力ではフレイヤを上回る【ロキ・ファミリア】。

 

これまでは互いに牽制しつつも、良いか悪いかお互いの拮抗した戦力故に問題が起きなかったのだが……ここにきての第一級冒険者達のランクアップによってその均衡が崩れようとしていた。

 

ここ最近にランクアップを果たしたのはなにもその二人だけではない。

 

【ロキ・ファミリア】の主力にして幹部たる四名の第一級冒険者が深層階層主の単独撃破と未開拓領域での死闘によってLv.5から都市最強候補たるLv.6へと一気に飛躍したのだ。

 

以前は都市唯一のLv.7であったオッタルを抱えていたのもあり、個々の練度からも【フレイヤ・ファミリア】の方がやや上だと思われていたが、ここ二、三年のアルの追い上げによって並び、今回のアイズたちの躍進によってついに【ロキ・ファミリア】側に均衡が傾いたのだ。

 

ロキの三枚看板たるフィン、リヴェリア、ガレスに加えて新たに四名のLv.6を得た【ロキ・ファミリア】こそが迷宮都市の最前線だと謳う声も大きくなっている。

 

同格扱いならまだしも女神至上主義を掲げ、誰しもが最強を志す【フレイヤ・ファミリア】が格下扱いを許容するはずもない。

 

だが、ロキ最強の眷属であるアルにオッタルが勝てばその評判は覆るだろう。

 

遅かれ早かれいずれ、オッタルとアルはオラリオ最強の称号を賭けて雌雄を決することになるだろうと多くの者は予想していた。

 

しかし、当の本人たちには特にそういった話はないらしい。そもそもアルもオッタルもそんなことは望んでいない。

 

お互いに己が目的のためにただひたすら己を高めていくのみなのだ。

 

もとより冒険者の命題は己の派閥の利益ではなく、モンスターの討伐とダンジョンの開拓にほかならない。

 

オラリオ千年の歴史の中でも数えるほどしかいないLv.8に到達した強者は、オラリオに住む全ての者に希望を与える存在である。

 

ゼウスとヘラの敗北によってもはや不可能だとすら思われていた『隻眼の黒竜』の討伐。

 

未だ、神時代の頂天にして最凶の眷属たる『女帝』の域には及ばぬものの、遠くない未来に至るであろうアルと旧時代を知るオッタルのランクアップは、かつての最盛期の再来を感じさせるものであった。

 

そんな希望を胸に抱く者は数知れず。今回ばかりは一癖も二癖もある冒険者達も偉大なる先達にして自分達の頂天に立つ漢の階位昇華に派閥の区別なく惜しみない称賛を送った。

 

称賛、歓喜、畏怖、憧憬、羨望、尊敬·········様々な感情が入り混じる中に嫉妬、憎悪、怨恨などの負の感情も含まれるのは当然のこと。

 

アルやオッタルがランクアップを果たしたことに対して、冒険者の中にはその偉業に複雑な感情を覚える者も少なからず存在した。

 

それは同派閥である【フレイヤ・ファミリア】の団員であっても例外ではない。

 

むしろ、自分こそが最強へと至ると誓う彼らにとって、アルはもちろんのこと団長であるオッタルさえも目障りな壁として認識している者が大半だった。

 

その中でも更に負の感情が顕著だったのは───────

 

 

 

 

「巫山戯んじゃねぇッ!!」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の本拠、戦いの野。その訓練場に怒号が響き渡った。アルとオッタルのランクアップに苛立つ【フレイヤ・ファミリア】の面々の中にあって、特に怒り心頭の眷属が一人。

 

猫人の青年アレン・フローメル。彼もまたオラリオに名を轟かせる第一級冒険者の一人であり、【フレイヤ・ファミリア】の副団長を務めている。

 

アレンはその手に握っていた長槍の石突で地面を叩きつけると、その矛先に鋭い視線を向ける。

 

ギリッ、と歯を食いしばる音と共に顔を歪めた彼は、憎き敵でも見るかのように磨き上げられた銀槍の穂先に映る自分を見つめた。

 

黒と銀の頭髪を持つその風貌は屈辱と怨嗟に濡れて歪み、瞳の奥に宿る光は暗く淀んでいる。そして、その奥底では煮えくり返るような激情が渦巻いていた。

 

「あのクソ野郎を斃すのは俺だ────!!」

 

 アルと雌雄を決するのはオッタルだというのが皆の見解だ。だが、それを良しとしない者達がいる。

 

 

 

 

 

 

アレンは『妹』と共に生きてきた。

 

物心ついた時には既に『全て』が滅んでいた。かつて、一夜で滅んだ大陸でも最大の大国。その面影を残す街は瓦礫の山となり、そこに住まう人々は殺され、冒され、喰われた。

 

『廃棄世界』と化した故郷の中で幼かった少年と少女は何も出来ず、ただただ死を待つだけなはずだった。

 

そんな中、奇跡的に生き残った二人は身を寄せ合って生き延びた。

 

足手まといだった『妹』を庇い、その身に傷を負いながらアレンは延々と瓦礫の骸の上を歩き続けた。

 

子猫は愚図な『妹』のために食料を探し、必死になって粗末な武器を振るってモンスターを狩り続け、時に襲いくる暴虐から『妹』を守らんと廃墟の街を宛もなく彷徨い歩いた。

 

弱虫で、愚図で、泣き虫で、いつも兄の後ろに隠れているような臆病者。

 

それでも、自分の背中に隠れながらも決して離れようとせず、涙を流しつつも付いてくるそんな彼女をアレンは何度も捨てようと思った。

 

自分が生きるために何度見殺しにしても構わないとさえ思った。

 

しかし、それでもアレンは泣きじゃくる『妹』を捨てることは出来なかった。

 

そんな日々を過ごしていたある日、アレンは『女神』に出会った。

 

─────それは美しかった。

 

あらゆる美を集約したかのようなその美貌は、幼いアレンの心を奪うに余りあるほどに鮮烈な衝撃を与えた。

 

心が、脳が、魂が、全てが目の前の女性に奪われた。

 

凍えるほどの絶望の中にあった二人に訪れた銀の『女神』。運命だとすら感じた出会いは、アレンの心に消えない熱をもたらした。

 

愚図で臆病な『妹』はその美しさに恐縮していたが、気にもならなかった。

 

女神は言った。

 

────私の眷属になりなさい、と。

 

銀の瞳に見つめられ、囁かれた言葉はまるで毒のように身体を蝕んでいった。抗うことなど出来ない。否、する意味がない。

 

アレンは差し出された手を迷わず掴み取り、その身を捧げた。

 

それからは戦いの日々が続いた。

 

命を賭して怪物どもと戦う毎日。死線を乗り越え、強敵を打ち破り、死闘の末に勝利を掴み取る。

 

血反吐に塗れ、泥水をすすり、苦痛に耐え、痛みに苛まれ、苦しみに悶え、恐怖に押し潰されそうになっても、アレンが折れることはなかった。

 

そして戦いの場はなにもダンジョンだけではない。【フレイヤ・ファミリア】のホームである『戦いの野』。

 

女神のために最強を目指す眷属達が日夜、殺し合いにすら発展するような激しい鍛錬を行っているその場所において、当時のアレンは負け続けた。

 

自分よりも年上の団員に完膚なきまでに叩きのめされた。

 

自分より格上の団員達に追い回され、痛めつけられた。時には、血反吐を吐き散らしてボロ雑巾になるまで殴られた。

 

屈辱だった。

 

惨めだった。

 

悔しくて、苦しかった。

 

だが、同時に心地よかった。敗北の屈辱を糧に強くなる度に心が満たされていく。打ちのめされるたびに、強くなっていく実感がある。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】という二つの最強派閥が存在する当時のオラリオで【フレイヤ・ファミリア】はその両派閥の後塵を拝していた。

 

何を費やしてでも越えるべき『壁』を前に団員同士の『洗礼』は苛烈を極めた。

 

恩恵を得たとはいえ、所詮は子供に過ぎない当時のアレンにとって、その試練は決して楽なものではなかった。

 

その辛苦に喘ぎ、血を流し、幾度となく膝を折ろうとも、それでもアレンは立ち上がる。そして、そんな彼を嘲笑うかのように当時のアレンでは話にもならないツワモノに踏み躙られた。

 

そこに容赦はなく、慈悲もない。彼らにとって、アレンはただの弱者であり、踏み台でしかなかったのだ。だが、それでもアレンは諦めなかった。

 

自分を踏みつけにした者達を打倒し、必ずや最強の座へと至らんと猛進し続けた。

 

そして、アレンは紛れもない天才であった。あるいはもっとも力ある先達であるオッタル以上に。

 

血を吐く努力を続けた結果、その力は凄まじい勢いで成長を続けて一年、二年、三年と経つうちにみるみると成長を遂げていった。

 

いつまでもついてくる愚鈍な『妹』を切り捨て、戦いに戦いを重ね、若年でありながら都市最強候補であるLv6にまでのぼりつめ、『都市最速』の名をほしいままにした。

 

アレンにとっては『猛者』も『勇者』も越えるべき『壁』であり、また二人を凌駕できるだけの才能が、信念がアレンにはあった。

 

そんなアレンがLv.6になって三年後、敬愛する女神からとある少年に試練を与えるために戦えと命じられた。

 

よくある─────よくある女神の退屈しのぎだと思っていた。

 

その子供がアレンがとうの昔に切り捨てた『妹』と懇意にしていることなど、気にもならなかった。

 

─────だが、アレンは理不尽なまでの『才』を目にした。

 

それは処女雪を思わせる純白の頭髪に血のように紅い瞳を持つ■しい少年だった。

 

一目見ただけで理解した。その少年が他の何物でもない、己の敵であることを。

 

その瞬間、アレンの心の奥底にあるナニカが疼いた。この手で殺せ、と本能が強く訴えかける。

 

本能に従い、その子供を殺す前にアレンは見てしまった。自身より遥かに劣るはずの白髪の子供、その子供が振るう剣技に目を奪われた。

 

それは、まさに■しかった。

 

思わず息を呑み、魅入ってしまうほどに■しい剣術。神速を以て繰り出される斬撃は音すら置き去りにし、光の軌跡を描く。

 

まるで完成された一つの芸術品のような剣閃は、見るもの全てを虜にするだろう。

 

これ以上ないほどに洗練された剣鬼の剣技。アレンの全身を駆け巡ったのは歓喜か、それとも憎悪か。戦いの道に生き、全てを捧げたアレンはそれを見て心の底から思ってしまった───。

 

─────なんて、美しいんだろう、と

 

片や、Lv2の子供、片やLv6の戦士。戦えば確実に殺せる力量差がありながらアレンはその『死剣』に魅入ってしまった。

 

気付けば、戦いが終わった後もその子供の姿を脳裏に浮かべていた。

 

そして、再びその子供と相見えた時、その想いは確信に変わった。間違いなくアレは俺が殺すべき敵だと。

 

俺以外に負けることなぞ許さない。

 

俺以外の者がアレを殺すことなぞ許してなるものか。

 

オッタルにも、『剣姫』にも·········『女神』にもくれてやるものか。

 

アレは俺の獲物だと、何に代えてでも狩るとアレンは強く誓った。半生をかけて磨き上げてきた狂猫の牙は漸く突き立てるべき相手を見つけたのだ。

 

だからこそアレンは自分を差し置いてアレの好敵手を気取っているオッタルを、アレに付き纏う『剣姫』を、アレと馴れ合う『妹』を─────────そして何より他ならぬ女神以外の者を美しいなどと感じてしまった自分を、未だ最強には程遠い我が身の惰弱さが赦せないのだ。





・日常的に笑みを見せる
ベル、アミッド
・あまり笑わないけど偶に笑みを浮かべる
リュー、クロエ
・見たことがある
アーニャ、アイズ(二回)
・見たことがない
ティオナやリヴェリアを始めとしたロキFの皆様

アストレアレコードだと途中までは割と笑いますがだんだんと「あれ、これ死ねないんじゃ····」ってなって笑わなくなります。それを見て、弟扱いしてた周りが曇ります。·····やっぱ、こいつ生まれる時期間違えたよなぁ。




なお、フレイヤ・ファミリアでアルから一番矢印向けられてるのはアレンな模様。




ヘディン→→→→→←←アル
オッタル→→→→→→→→←アル
フレイヤ→→→→→→→→→→→→アル


アレン→→→→→→→→→→→→→→→⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅⬅アル



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六十三話  ··········なぁんか、もう全てがどうでも良くなってきたな



間違えて投稿しちゃった異端児竜のは本編とは内容がずれるやつなんで
https://syosetu.org/novel/292926/
で読めます

本編と統合する場合は加筆して九章の最初にでも出します


 

 

けして高価ではないものの味のある瀟洒な家具、何らかの香水だろう香りがほのかに漂っている落ち着いた雰囲気の部屋。

 

綺麗に整頓された本棚には歴史や地理などの書籍の他、料理の本が並んでいる。そしてそれらの本に隠されるように一冊の古ぼけた本とも言えぬ紙の束が置かれていた。

 

タイトルは共通語とも神聖文字とも違う────あえて言うのなら極東のそれに近い─────この世界のいかなる言語でも表せない奇妙な文字で記されていた。

 

その隣にはこれまた古びた本がある。こちらは簡素な表紙だけでタイトルには神聖文字で『迷宮神聖譚』と書かれていた。

 

そしてその部屋の中央に座しているのは、部屋の瀟洒な雰囲気に相応しい椅子。そこに腰を下ろしているのは一人の青年だった。

 

「もう、もう······だめぽ、おしまいだぁ」

 

 彼こそ【ロキ・ファミリア】幹部であり、オラリオ最強の冒険者、屍山血河スターターキットこと、『剣聖』アル・クラネル。

 

英雄の都たるオラリオにおいてなお、最強の双璧として君臨する存在。そんな彼は今まさに絶望にあえいでいた。

 

「ああぁぁぁぁぁっ!?」 

 

 机の上に並べられているものを目にした瞬間、アルはその整った顔をくしゃくしゃにして絶叫をあげた。

 

普段であれば。否、59階層での失敗の後ですら口にも態度にも出さずに脳内のみで発狂していたであろう感情の嵐。

 

しかし今の彼にはそれを耐えるだけの気力も余裕もなかった。欠片ほど残った理性で防音の魔導具を発動させた自分を褒めつつ、アルは頭を抱えてうずくまった。

 

「くそぉ……ありえねーよ……何だよそれ……そんなもんどうやって悟れってんだよぉ……」

 

 一生の不覚、と言わんばかりに呟きながらアルは頭を抱える。失敗なら、まだいい、次に活かせばいいのだ。

 

だが、今回のは自分で自分が許せない。

 

成功、していたのだ。それもこれ以上ないほど完璧に。それは間違いなく彼の努力の成果であったし、それを実感できるほどの手応えがあった。

 

だからこそ、その事実がアルの精神を打ち砕いていた。

 

「なんで、気付かなかったんだろう……。いや、おかしいとは思ったけどさぁ……。俺からすればどうでもいいし……でも、だってまさか……ッ!」

 

 ぶつぶつと独り言を繰り返すアルの姿は非常に不気味であったが、それに突っ込む者はいない。ここはアルの自室である。

 

ファミリアの幹部であることと本人が強く望んだこともあって相部屋ではなく個室が与えられているのだ。

 

「···········なぁんか、もう全てがどうでも良くなってきたな」

 

 『聖女』以外のものが見れば普段とのギャップに腰を抜かしてしまうような虚ろな目をしながらアルは呟いた。

 

自暴自棄になっているわけではない。ただ、あまりにもショックすぎて現実逃避をしているだけだ。

 

「─────ッ」

 

 がばっ、と顔を上げるとアルは扉の方へ向き直り、勢いよく立ち上がった。そのまま防音の魔導具を解除し、常と変わらない平静を装う。

 

冒険者としての卓越した知覚力がこの部屋に向かう人の気配を捉えていたからだ。

 

そしてその予想通り、少ししてコンコンというノック音が部屋に響いた。 

 

『おーい、ウチやー!ちょっと開けてくれへん?』

 

 普段はノックなんてしないくせに、例のことで気を使っているであろうことに若干の苛立ちを感じながらも、アルは鍵を開ける。

 

「邪魔するでぇ~」  

 

「邪魔すんなら出てってくんねぇかな」

 

「あいよ。──────って、誰が出るかいボケェ!?」 

 

「うるさい」

 

 ノリツッコミをしつつ入ってきたのはこのファミリアの主神にして似非関西弁神ことロキだった。

 

「アルにちょっとしたプレゼント持ってきたんや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───三年前

 

メキメキとダンジョンの大空洞に石となにか水気を含んだものが擦れて割れるような音が響き渡る。

 

そして、その音はどんどん大きくなっていき、大空洞の中心に皮膚が裂けるように亀裂が入り始めた。やがて、亀裂からちょろちょろと紅い水が染み出してきて、やがてそれは滝となり、大空洞の中心から間欠泉のように噴き出した。

 

噴き出す血の滝からは湯気が立ち昇り、むわっとした熱気が辺りを包み込む。赤紫の蒸気は視界を埋め尽くし、ダンジョンの天井へと登っていく。赤紫の体液はとめどなく溢れ続け、やがて地面がひび割れて地の底へ落ちていく。そして、巨大な湖のような溜まり場を作りあげた。

 

亀裂の中から真っ赤に染まった巨大な眼球が現れる。次の瞬間、その瞳がギョロリと動き、周囲の様子を窺うように周囲を見渡した。すると、眼球の虹彩部分にある縦長の黒い瞳孔がぐわりと広がる。まるで獲物を見つけたかのように。その瞳は血の色をしたルビーのように輝いていた。

 

その瞳の輝きに呼応するかのように亀裂が広がり始め、そこからずるりと何かが現れた。石英の胎盤を自ら砕いて産み落とされたそれは骨だ。

 

肋骨や背骨などの骨が、一本、また一本と姿を現す。灰白色の肋骨は岩盤を突き破り、やがて頭部も姿を表した。

 

どの獣の骨格にも当て嵌まらない歪で異質な骨だけの頭。しかし、それが人間のそれとは程遠い形をしていることは見て取れる。

 

鹿、馬、山羊、牛、鳥、犬……そんなあらゆる動物の頭蓋骨を掛け合わせたような凶悪な形状。

 

ぽっかりと空いた眼窩にあたる部分には赤い水晶のような輝きが埋め込まれていた。

 

ギョロギョロと周囲を見渡すそれは、やがて自分の身体を確認するかのように視線を動かす。そして、自身の身体を構成する骨を一つ一つ確認していく。

 

そして、最後に現れた脊椎骨の先から尾てい骨にかけてゆらゆらと揺れそして、全身の骨格が揃った時、それは天に向かって吠えた。

 

それは巨大な骸骨だった。体長はおよそ25メートルから30メートルはあるだろう。

 

肉はなく剥き出しになった骨だけの全身には牙のような鋭い突起物が生えている。関節部分の隙間からは赤紫色の血が滲み出していた。

 

ぎち、ぎちぎぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち·············

 

骨だけの関節同士が擦れ合う不快な音が鳴り響く。細長い二腕二足腕の先に生えた指に当たる部分がバラバラに動き始める。

 

紫紺の『殻』に覆われた全身の節々では血管のように無数の青白い筋が脈動している。

 

化石の恐竜を彷彿とさせるその巨体は硬質そうな『殻』に覆われているものの、その可動域は広く、見た目よりも機敏に動くことができるだろう。

 

紫紺の外装は心臓のようにドクンドクンと鼓動を打つように明滅を繰り返しており、時折、その光が強くなると、紫紺の光に包まれる。

 

ダンジョンに出現するあらゆるモンスターにも属さない『異質』の存在。

 

巨大骸骨は、己の生まれた場所を確かめるように周囲を見渡した後、再び、ぎちぎちぎちぎちと音を鳴らしながら、ゆっくりと歩き始めた。

 

その動きは緩慢ではあるが、一歩ずつ確実に歩みを進めている。

 

その正体はダンジョンという巨大な『生き物』の白血球のような存在であり、ダンジョンにとって細菌のようなものである冒険者などの侵入者を排除するための免疫細胞でもある。

 

通常、ダンジョンは内部の組成を破壊された際はモンスターを新たに産み出すよりも破壊された組成の再生を優先する。

 

その際、新たなモンスターは生み出されない。冒険者達はその仕組みを利用して休憩する際は周囲の壁などを適度に破壊して簡易的な寝床を作ったりする。

 

しかし、その再生が間に合わぬほどの損壊を受けてしまった場合、ダンジョンは組成の再生よりもその破壊を行った原因の排除を優先する。

 

それは一種の自己防疫機能とも言えるものであり、ダンジョンは自らを護るための抗体を生み出して敵を排除しようとするのだ。

その役目を果たすためだけに生み出された巨大な骸骨。その存在はあまりにも不気味で、あまりにも禍々しいものだった。

 

紫紺の輝きを放つ『殻』と肉のない骨だけの身体は、この世のものではないと思わせるほどにおぞましい。

 

ダンジョンの自己防疫本能から生まれたその生命体は、あらゆるモンスターの骨格や内臓器官、さらには魔石までも取り込み、その身に取り込んだものを自らの血肉へと変え、成長する。

 

その特徴は大きく四つ。

 

一つは不気味なほどに細長い骨肢に生えている深い紫紺の鋭い『爪』。六本の指全てに生え揃うその鋭利さは腕利きの鍛冶師が鍛えた加工金属の装備をそれを着る冒険者の『中身』ごと切り裂くことができる。絶対防御不能の切断能力。

 

一つは全身を覆う紫紺の『殻』。鎧のように硬いその表皮は非常に頑丈で、生半可な攻撃は全て弾かれる。並大抵の攻撃では傷ひとつ付けることすらできない。さらに、その堅牢な鎧は物理的な衝撃を軽減するだけでなくその真価は上級魔導士の砲撃魔法すらも完全に無効化して跳ね返すことのできる魔法反射能力。

 

一つは階層一つを網羅する『知覚力』。ダンジョンにとっての病原菌である冒険者の存在をいち早く察知して排除するために発達したその感知能力は、通常のモンスターとは比べ物にならない程に広く深く、正確無比に全方位360度全ての空間を階層一つまるごと覆うほどの範囲で把握できる。  

 

そして最後の一つは、その異常なまでの『敏捷』と『力』。骨しかないにもかかわらず、まるで肉体があるかのように自在に動かすことができ、しかもその速度は下層最速の閃燕を遥かに上回る速さを誇る。そして階層主すらも軽く凌駕するほどの力。

 

ダンジョンの免疫機構として、生まれ落ちたその時から、その怪物は戦い続けるためにだけ存在する。

 

故に、そこに意思はなく感情もない。ただ敵を屠り喰らい尽くすだけの殺戮兵器。

 

まさにイレギュラー中のイレギュラー。

 

魔石すら持たない異質。最凶最悪の厄災。

 

その怪物の名は─────『ジャガーノート』。

 

ダンジョンの破壊者を殺す破壊者。そんな怪物を、かつての仲間達、【アストレア・ファミリア】を全滅させた災厄を前にして、全身を『破爪』に斬り刻まれて死に体になりながらも膝をつかぬ少年。

 

彼の身体には既に限界が訪れようとしていた。身体の節々からは鮮血が滴っており、満身創痍の状態であることは一目瞭然だ。

 

連戦に次ぐ連戦により、体力と精神力は尽きかけている。アイテムもほとんど底を突きかけており、もはや、その命は長くはないかもしれない。

 

それでも、その瞳から戦意が消えることはない。少年は剣を構え直すと、全身の力を絞り出すように構える。

 

そして笑って、赫灼の焔を身に纏う『英雄』の姿をリュー・リオンは覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時【アストレア・ファミリア】がいてくれたら··········」

 

 女性のそんな呟きにリューはその内心を表に出さぬよう、表情を固くする。

 

曰く、彼女の娘、アンナは冒険者崩れ達によって脅された賭博癖のある夫によって賭けの質に入れられ、売られたらしい。

 

闇派閥の衰退以降、少しずつ良くなってきているオラリオの治安だが、それでも未だに悪徳を働く者はいる。

 

今回の件では一般人であるアンナの父を武力で勝る冒険者が脅したのだから質が悪い。いくらチンピラまがいとはいえ、『神の恩恵』を受けた冒険者はたとえLv.1の下級冒険者だとしても一般人が抗えるような存在ではないのだ。

 

その冒険者くずれ達の所属ファミリアがバラバラだというのがミソだった。ファミリアが違うというのを口実に裏で手を組んでいることを隠し、実は四面楚歌な状況を悟らせずに賭けに誘ったのだろう。

 

最初の内は適当に勝たせておいて後半ではグルの冒険者同士でゲームの流れをコントロールすることでアンナの父一人を連敗させ、負債漬けにしたようだ。

 

途中で勝負を降りようとしたら態度を一変させて脅し、更に借金を重ねさせたのだという。

 

最終的には家まで押しかけるなどの脅され方をしたそうだ。そしてその担保として娘を差し出させられたとのことらしい。

 

「おいやめろよ、もう無くなったファミリアを出すのは·······」

 

 そのことを都市の衛兵である【ガネーシャ・ファミリア】に言ったところで似たような事件は毎日のように起きている。

 

重大な犯罪に優先して居る分、大派閥といえど手が回らないことが多いのだ。

 

冒険者くずれ達の所属ファミリアがバラバラなのも悪い方向に作用している。単一のファミリアならばまだしも、複数のファミリアが関わっている以上、その分検挙にも時間がかかるし、何より証拠隠滅される可能性が高い。

 

「でもっ、アストレア様がいてくれたら、きっとこんな私達にも手を差し伸べてくれた筈さ!! どうして優しいファミリアばっかりいなくなっちゃうんだい·········!!」

 

 頭を抱えて嘆く女性はかつてオラリオで治安を守っていた女神の名を口にする。泣かんばかりの声音で発せられた言葉に夫はバツが悪そうに言葉を詰まらせた。

 

【アストレア・ファミリア】。正義の女神アストレアを主神とする探索系ファミリアであり、オラリオの治安を守る為に日々活動していたファミリアの一つだ。

 

ゼウスとヘラの二大派閥が失墜し、オラリオに闇派閥が台頭しだした暗黒時代に発足された勧善懲悪を掲げた正義のファミリアであった。

 

他でもないリューが所属していたファミリアでもある。しかし、数年前に起こったとある事件でリューを除いた団員全員が死亡してしまい解散してしまったのだ。

 

それを機にリューは冒険者から足

を洗い、復讐者となった。その後、紆余曲折あって今の酒場で働けるようになった。

 

そんなリューの事情など知る由もない夫婦は泣き崩すように項垂れてしまう。

 

リューは悲嘆に暮れる二人を見て、何も言えなかった。リューの過去を知るシル達は黙り込むリューに対して何か声を掛けるべきか迷う。

 

「(今の私に『正義』を語る資格はない···)」

 

 かつて己の手で成した所業を思い出しながら、それでもリューはその心中を表には出さない。ただ、静かに唇を噛み締めていた。

 

見返りのない奉仕に意味は無い。そんなものはただの偽善だ。そんなものはとうに辞めた。あの時、全てを失った時に。

 

一度、復讐に身を落とした自分に正義を語る資格なんてない。あの道を選んだ時点で自分は正義とは正反対の道を歩いているのだ。

 

自分が今更正義を語ったところで、それは欺瞞にしかならない。

 

かつての自分の誓いを思い返し、自責の念に囚われるリューだったが、ふとその脳裏にある人物の顔が浮かぶ。

 

─────リューの脳裏に浮かぶのは太陽のような笑顔を浮かべる少女の姿だった。

 

炎のように鮮やかな赤髪に意志の強さを感じさせる翡翠色の瞳を持つ美しい少女。

 

彼女はリューにとって恩人であり、最も親しい友人であり、仲間だった。

 

彼女がいたからこそ、自分はこうして今も生きている。誰よりも優しさを持ち、それでいて強い信念を持った人間だった。その輝きに憧れたからこそ、リューは彼女を尊敬していた。

 

夫婦の話を彼女が聞けばどうするだろうか?

 

彼女ならきっと迷わずに手を差し伸べるに違いない。

 

例えそれがどんなに困難な状況であろうと、困っている人を見捨てることが出来ないのが彼女の美点なのだ。

 

だからこそリューは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、アルは────。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

「れ、連続······?!」

 

「兄さん、すごい·····」

 

 売られた娘、アンナ・クレーズを買った。冒険者崩れの裏で手を引いていた大賭博場の主であるドワーフ、テリー・セルバンティスを相手に大勝ちしていた。

 

ウェイターの運んでくる高い酒には手を出さず、ポーカーやブラックジャックなどのカードゲームを延々と続け、その全てに全勝している。

 

「あと·····十二人か、次はポーカー以外にしとくか?」

 

 テリーの脅しによって囲われた、囲われていた美姫が嬉色を浮かべてまた一人アルのもとへ駆け寄ってくる。

 

テリーは新たに貴賓室入りした新顔に対して、噂されているように洗礼を行っている。

 

テリーは自分に従わないものは徹底的に潰しにかかる性格の持ち主である。テリーは相手が貴族だろうと商人だろうと関係無く、反抗的な態度をとるものには容赦しない。

 

大賭博場の主としての財力と権力を利用して、相手の弱みを握って脅す。脅しに屈さぬものにはこれまた金で雇った後ろ暗い仕事を生業としている荒くれ者達をけしかけて相手を追い詰める。

 

逆にテリーに素直に頭を垂れるものに対しては、他の者達に見せ付けるように優遇してみせる。 

 

従順な者には好きなだけ甘い蜜を吸わせ、反発する者はどんな手を使ってでも潰しにかかる。

 

財力と権力にものを言わせた飴と鞭を使い分ける男であった。そんなテリー・セルバンティスが次に目を付けたのは花屋の看板娘であり、神々に求婚される程に美しいアンナ・クレーズという娘だった。

 

冒険者くずれに金を握らせ、脅して父親を負債漬けにした挙げ句に身売りさせたのだ。

 

そんなテリーは目の前にいるアルの連勝ぶりに震え上がっていた。先ほどまで威勢の良かったグルである周りのVIP客も今は冷や汗を流し、顔を青ざめさせている。

 

テリーの脅しに屈さない者はこれまでに幾人もいた。そういった者たちには暴力をちらつかせ、それでも屈さない者はテリーが極めて高額で雇っている凄腕の護衛に始末させてきた。

 

だが────

 

アルの椅子の周りには獲物を抜いた猫人とヒューマンの男が気絶して倒れている。他にも幾人か凶器を持ったまま倒れているが、アルは気にしている様子もない。

 

中には第二級冒険者相当の実力者もいるのだが、それら全てが例外なく意識を刈り取られていた。

 

その護衛達の実力を知るVIP客や冒険者崩れの男達は皆一様に怯えきって、中には失禁してしまう者も出るほどだった。

 

外の【ガネーシャ・ファミリア】を呼ぼうとした者はアルに付き従う口元に布を覆ったアマゾネスによって全て昏倒させられた。

 

「(早く終わらせて帰ろ········)そら、次だ、次」

 

 

 






ベルの幸運アビリティランクはIでアルのはD。

ロイヤルストレートフラッシュ連続って宝くじ一等より確率低いらしいですね。

まあ、ぶっちゃけアルからすれば呪いみたいなんですけどね。九死に一生を得すぎる。


完結したあとのダンまち次回作候補(最低でも一年以上後)
・黒竜ヒロイン
・アルテミスFのガチレズ
・アルが可愛く見えるキチエルフ


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六十四話 ヘルメスの表に出たら困る悪事をネタにアスフィを脅······お願いして以下略



帰宅途中、逆方向の電車乗っちゃって戻らなきゃと思いながらまた逆方向の乗ってしまった。····疲れてるのかなあ。

投稿途切れてしまってすみません、ちょっとしたスランプ入ってました。

⚠今回、試験的にAI挿絵を入れましたが脳内イメージを壊したくない、という方はノータッチでお願いします(人物ではなく背景です)





「助けて、くださいっ」

 

「私、悪い人たちに売られて、このままじゃ·····」

 

「おねがいします、何でもしますから」

 

「たすけて·······」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カジノにはスリリングな賭け事が好きな上級冒険者や商人が集まって来る。有力派閥の神々やオラリオ内外から金に糸目をつけない連中が集うのだ。

 

そんな都市外から来る富豪達になにかあってしまえばそれはカジノに留まらずオラリオそのものの権威に関わることになるだろう。

 

それを恐れる外聞と己の地位に固執するギルド長の働きかけもあってカジノには警備として高レベルの冒険者が常時滞在している。

 

中でも都市の憲兵と呼ばれる【ガネーシャ・ファミリア】は都市内で起こったトラブルを解決するオラリオでも選りすぐりの精鋭ファミリアだ。

 

都市で最も多く第一級冒険者を有する大派閥でもある。中でもオラリオでも指折りの実力を誇る団長のシャクティ・ヴァルマと戦闘になればアルとて素手では無力化するのに数秒かかるかもしれない。

 

そんな精鋭を配備している以上、ギルド上層部がこのカジノにどれだけの苦心を払っているのかわかるというものだ。

 

太陽が落ち、夜の帳に包まれたオラリオの街に灯された無数の明かりによって夜景が煌めく。

 

中央区画にも色とりどりの魔石灯が並び、街路樹のように等間隔で並べられている。その下では着飾った男女や冒険明けの冒険者達が楽しげに行き交っていた。

 

酒場からは酔っ払い達の歌声が響き、歓楽街の娼館から漏れ出る妖艶な香りが鼻腔をくすぐる。

 

何よりも賑やかなのはダンジョンでの冒険から帰ってきた冒険者達が集まる飯屋の軒先だった。そこに併設されている酒屋から漂うエールの匂いにつられて、今日の稼ぎを手にして上機嫌になった冒険者達が次々と吸い込まれていく。

 

戦いの興奮と恐怖を酒で洗い流し、明日への活力に変えようとする声が至る所で飛び交っている。

 

互いを讃え合い、労い合う光景はまさに冒険者の宴だ。吟遊詩人達が奏でる陽気な歌に釣られた観客達も集まり出し、一層賑わいを増していた。

 

神々や眷族達は思い思いに食事をとりながら談笑し、今日一日の出来事を語り合っている。

 

一日の労働を終えた職人や労働者達の姿もある。彼らもまた仕事終わりの一杯を求めて足早に飲み屋に向かっていく。

 

そしてところ変わってオラリオ南部の歓楽街。その一角に位置取るカジノ区域のエルドラド・リゾート。オラリオ外の複数の国が出店している様々なカジノの中でも五本の指に入るほどの大規模店であり、大富豪達も多く訪れる場所だ。

 

そこで働く従業員は全員最高クラスの教育を施されており、客に対して失礼の無いよう徹底されている。

 

南国のサバンナを模した外装には熱帯特有の植物や異国情緒に溢れた鮮やかな花々が植えられている。

 

カジノ区域の入り口である門には石像が鎮座しており、そこから続く大通りの左右には色とりどりの花が咲き乱れている。

 

道行く人々は皆一様に豪奢な衣服に身を包み、中には獣人などの亜人種もいる。そのいずれもが財界や冒険者界隈で一廉の人物として知られている金持ちだ。

 

不夜城のように輝く街には夜会服姿の男神や女神が行き交い、その誰もが豪華な衣装に負けぬほどに美しい容姿をしている。

 

警備を担当する冒険者が油断なく視線を配らせているが、その警戒も必要無い程に治安が良いのはこのカジノの特色でもあった。

 

こんな場で暴れれば即刻逮捕されることはなくとも、途端にその後の都市内外での立場が危うくなる。

 

世界中の大富豪達が集まるがゆえにならず者の盗賊が侵入を試みたこともあったが【ガネーシャ・ファミリア】の第一級冒険者を筆頭とした凄腕の警備たちを抜けられるはずも無かった。

 

それでも万が一に備えてなのか、魔石製品によるアラームや警報装置などがいくつも設置されている。

 

迷宮都市オラリオでしか生産できない質の高い魔石製品を喧伝するかのようにあちこちに設置されているのだ。上質な魔石製品は値段も高いが、それだけの価値がある品物ばかりである。

 

そんなカジノ区域の更に奥。厳重な警備が施されたカジノの奥にある建物こそがエルドラド・リゾート最大の目玉施設にしてオラリオ随一の賭博場であった。

 

夜の闇を塗りつぶす程にきらびやかな様々な色の魔石灯が照らす中、カジノ内の最奥に位置する巨大なドーム状の建造物。

 

オラリオとは別世界のようなきらびやかな雰囲気に包まれたその場所で、今宵もまた多くの富を得たもの、失ったものが最後の勝負に挑むべく集まっていた。

 

その付近の門、巨大市壁の南門が開け放たれている。市壁の外からは絢爛豪華に装飾された馬車が列をなして入ってきていた。オラリオ外の大富豪や名士、貴族などの有力者達が南のメインストリートを通ってこのリゾートにやってきたのだ。

 

馬車から降りてくる老若男女のヒューマンや亜人たちはいずれもが目を見張るほどに上質な衣服を身に着け、贅の限りを尽くした宝石や貴金属を身に付けている。

 

異国の名士や果ては一国を代表する王族の末席に名を連ねる者までいる。経済効果や都市の喧伝を推し進めようとするギルド長の意向もあって彼らはオラリオ外でも屈指の富豪達だ。

 

続々と南門ヘ馬車が入り込んでくる。門衛のエルフが検問を行い、問題なければそのまま通される。

 

そんな中、都市外から続く馬車の列に一台の馬車が近づいてきた。それは白と金の見事な意匠が刻まれた大型の二頭立ての箱馬車だ。

 

自然に富豪達の列に加わって進み始めたその馬車が歓楽街へと入っていく。門を潜ってからも速度を落とすことなく進み続け、カジノ区域に到着するとゆっくりと停車して扉が開かれた。

 

その中から最初に現れたのは切れ長の目で周囲を見回しながら馬車の外に降り立つアマゾネスの美女だった。黒を基調とした露出の多いドレスを纏った褐色の肌。

 

豊かな胸元が大胆に開かれており、妖艶な雰囲気を醸し出している。腰から下はスカートではなくスリットが深く入っているため太腿の半ばから下が見え隠れしていた。

 

肩までの長い砂色の髪は結い上げられ、その顔立ちは口元をフェイスベールで隠されていてもわかるほどに端麗だ。

 

次いで出てきたのは()()の髪の青年だ。黒いタキシードと白いシャツを着用した端麗な容姿の美男子だ。気品のある所作で地面に降り立った彼は周囲を見回すと感心したように息をつく。

 

周囲の貴婦人達がしばし時を忘れて魅入ってしまう程の美貌を持った青年────アスフィに急造させた魔道具を用いて変装しているアルとこちらは変装せずに服だけ上質なものに変えたベルだった。

 

最後に姿を現したのはおどおどした様子の美女だ。ドレスの上からでも分かる豊満な身体つきをした彼女は、緊張に顔を青ざめさせている。

 

長髪の垂れ目の女性は怯えたような表情を浮かべながら周囲をキョロキョロと見渡しており、時折不安そうにアルに声をかけている。

 

ここに来る途中、アルがちょうど会ったので連れてきた元【アポロン・ファミリア】のカサンドラ・イリオンである。

 

演技できそうにないベルはオラリオに来てから知り合った冒険者、バーチェは護衛、上級冒険者だが顔の売れていないカサンドラはパートナーという設定でここに来ていた。

 

「す、すごいところですね·····!!」

 

「前にアポロン様に連れられて来たことありましたけど、いつ来ても·····」

 

 ベルは初めて目にする煌びやかな世界に目を輝かせ、カサンドラは気後れしているのかその横で呆

然と呟く。

 

色とりどりの魔石灯によって照らされた煌びやかな風景。普段、オラリオでは目にすることのない豪華な光景に二人は圧倒されていた。

 

「───!!、─────?!」

 

 特に戦いしか娯楽のない石と血の孤島テルスキュラからロクに出たことのないバーチェは初めて見る彩り鮮やかな街並み、そしてそこに集う人々の多さに目を奪われていた。

 

普段は無愛想な彼女も流石に驚きを隠せないようで、キョロキョロと周囲を見渡しながら言葉にならない声を上げて初めて見る未知の世界に見惚れていた。

 

「それで·····その、アンナさんって人はどこに?」

 

「『エルドラド・リゾート』······あの建物だな」

 

 小さな声音で尋ねるベルに、アルはカジノ区画の最奥にある巨大な建造物を指し示す。

 

区画の中でも一際目立つ巨大な建物。建物の周囲はぐるりと円形に塀が囲っており、建物内部へ通じる門は開け放たれていた。

 

精巧な装飾が施された門の向こうには、夜闇を塗り潰すほどの魔石灯の光を受けて輝く絢爛な宮殿のような建物が鎮座していた。

 

金色の外壁。無数の魔石灯が備え付けられた塔のような建物の周囲には噴水が設置され、中央に鎮座する建物はまるで神殿のようにも見える。

その外観だけでも、この施設の大きさが窺えた。

 

その建物に金糸や銀糸をふんだんに使ったドレスやタキシードに身を包んだ人々が吸い込まれるようにして入っていく。そんな彼らを出迎えるのはこれまた高級そうな燕尾服を着た従業員達だ。

 

アル達もそれに続くように門の中へと足を踏み入れる。

 

「(早く終わらせて帰ろ···········)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────グランカジノ

 

オラリオ南部の歓楽街の一角に位置する巨大娯楽施設。その最大施設であるカジノの名前である。

 

オラリオの名産および外貨収入源といえばダンジョンから無尽蔵に得れる魔石によって作られた魔石製品だが、それとは別にもう一つの大きな産業が存在する。

 

それがカジノ事業だ。かつて、ダンジョンの大穴を塞ぐ蓋として作られ、ダンジョンに挑む冒険者とその主神が集うオラリオには、莫大な富と膨大な金が動く。

 

鍛冶、飲食、医療、商業など様々な分野がどんな大国よりも栄えるこの大都市オラリオにおいてもけして欠かせない要素の一つが『娯楽』なのだ。

 

日々の糧を得る為に命懸けでモンスターと相対する冒険者にとって、退屈を嫌う娯楽好きな神々にとって、そのどちらもが欠かすことのできないもの。

 

当時のギルドは賭博、演劇、色事、芸術、遊戯、音楽など彼らの要望に応えるためにありとあらゆるものを内包した娯楽区画をオラリオに作り出すことを決定した。

 

娯楽都市サントリオ・ベガなどが招致に名乗りを上げたものの、当時オラリオが抱えていた問題はあまりに多すぎた。

 

オラリオの周辺には数多くの国々があり、それぞれが異なる文化を持つ国同士。それぞれの国からやってくる娯楽の種も豊富だ。

 

それら全てをあくまでも冒険者の都であるオラリオ全体に網羅するのは現実的ではないと判断した当時のギルドによってある種の外付け区画として作られたのがグランカジノというわけである。

 

他にも大劇場などの娯楽施設が作られているが、このグランカジノは他の追随を許さない規模を誇っている。

 

産み出す利益は魔石産業にすら匹敵し、現在進行形で増え続けている。もはや、ギルドすら無視できない存在にまで成長している。

 

そんな巨大な利権と力を手にしたカジノの運営を牛耳る支配人こそがテリーと呼ばれる悪徳商人だった。

 

彼の運営するカジノは合法的な賭けごと以外にも非合法な取引で得た裏資金で運営されている。表向きは合法的に運営しているように見えるが、その実、その実態は完全に真っ黒だ。

 

その莫大な富と権力により、治外法権の領域まで踏み込んだグランカジノの闇を知る者はごく一部の人間だけだ。

 

「その、グラン・カジノの招聘券、か」

 

「せやせや、ウチが貰ったんやけど賭け事はリヴェリアママに止められとってなあ。捨てるのもアレやし、アルにあげるわ」

 

 昼間からホームの一室でアルが作った肴で酒を呑む駄女神の手には華美な意匠の施された招聘券が握られていた。それを無造作に放り投げてよこすロキにアルは眉根を寄せた。

 

大賭博場の最奥、各国の限られた大富豪しか入れぬVIP室。確かに都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】はオラリオにおいて他国の王族よりも強い影響力を持っているが、それでもそう簡単に招待状が貰えるような代物でもない。

 

そんなカジノの入場チケットが目の前に転がっている。ギャンブラーでなくとも思わず手に取りたくなってしまうだろう。

 

「いや、俺も賭け事は、な。他の奴らにやれよ」

 

「そないいってもみーんなダンジョンに潜っとるからなぁ。リヴェリアママやフィンは残っとるけど『例の入口』探しに頭使っとるし、幹部でフリーなんはアルだけや」

 

 かと言って幹部ではない一団員にあげるのは角が立つ。その点、アルであれば不満は出ないだろう。

 

「最近、戦いっぱなしやったろ? Lv8記念も兼ねてパーッと羽伸ばしい」

 

 

 

 

 

 

 

いや、いらないです。

 

賭け事とか、絶対勝てるから面白くないんだよな。アイツらについてってダンジョンいきゃ良かったかな。

 

まあ、いいやせっかくだし行ってくるか······。

 

 

『助けて、くださいっ』

 

『私、悪い人たちに売られて、このままじゃ·····』

 

『おねがいします、何でもしますから』

 

『たすけて·······』

 

 ······何でも? え、じゃあ俺死んだら絶対曇れよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルは招聘券を受け取ったのか」

 

「たまには羽伸ばさんとな、リヴェリア。············最近ピリピリしとるからな、アル」

 

「········やはり、59階層と教会の件か」

 

 気づいていない者のほうが多いが、リヴェリアとロキはここ最近のアルが昔のような目をしていることに気がついていた。

 

「59階層でのことはむしろ話聞く限り、これ以上ない活躍やったようやけどなあ·······」

 

 教会に関しては言わずもがなであり、アルに非はない。59階層のことはレヴィスによって死にかけ、全滅しかねなかったことを気にしているのだろうと二人は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘルメスを強請って新しく入場券ゲットしたけど·····何人か誘えるのか、ならカモフラージュにベルでも誘うかな。

 

あ、カサンドラじゃん。どうした?枕がない?あー、多分、【ヘスティア・ファミリア】のホームにでもあんじゃないか。丁度いい、ベルとカジノ行くつもりなんだけどお前も来る?

 

 

 

「あ、兄さん!! ヴェルフと一緒にバーチェさんに鍛えてもらってたんです」

 

「······アル」

 

「なんでいるんだ········まあいい。バーチェ、お前も来い」

 

 

 

 

 

 

 

「すごいなぁ······」

 

 扉を潜り抜けたベルが感嘆の声を上げる。広大な空間。煌びやかなシャンデリアの光が室内を照らし、内装は豪奢かつ繊細に仕上げられており、各テーブルごとに置かれた調度品の数々はどれも一級品の芸術品ばかりだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

大理石で作られた床の上に敷かれた赤い絨毯は毛並みが良く、ふかふかとした感触を靴越しに伝えてくる。ベルの背後で同じく中に入ったカサンドラが緊張した面持ちで周囲を見回している。

 

バーチェに至っては未知の世界を前にキャパオーバーしたのか、一周まわって戦士の顔になっている。

 

シャンデリアの光に照らされる場内はまるで異世界に来たかのような錯覚さえ覚える。

 

アル達が入ったカジノの入場ゲートの正面には巨大なルーレット台が設置され、周囲にはディーラー達がそれぞれの席に着いてチップを受け取っていた。

 

その他にもポーカー、ブラックジャック、バカラなどの卓ゲームが並び、どこを見ても人だらけだった。

 

客層も老若男女問わずで、中にはエルフやドワーフなどの亜人の姿まで見受けられる。オラリオではまず見ない光景にベルは感動すら覚えてしまう。

 

一枚一枚が一般市民の月収に匹敵するような高額な賭札が無造作に山積みされていることからこの場にいる者達がどれ程の資産を持っているかが窺える。

 

湯水の如く消えていく金銭の嵐。それを目の当たりにしてベルはごくりと喉を鳴らす。

 

亜人の富豪達や冒険者らしき姿もちらほらと見える。皆、思い思いの場所で遊戯に興じているようだ。

 

「兄さんはこういうの、慣れているの?」

 

「ロキの付き添いで何度か、好きじゃあないけどな」

 

 ·······実のところ、アルは前日にもここへ足を運んでいた。

 

適当に冷やかして帰るつもりだったがVIP室の近くで静かに泣いている娘────アンナと偶然会い、助けを求められたのだ。

 

当然、アルであればその場で救出することは容易かったが、力任せにやれば【ロキ・ファミリア】に迷惑がかかるだろうと考え、変装した上で『正攻法』で救出することにしたのだ。

 

「それで。どうやってその、アンナさんを助けるんですか?」

 

 煌びやかな空気が合わないのかベル以上に気後れしているカサンドラだが、【アポロン・ファミリア】時代になれているのかどうにか体面を崩さないでいる。

 

「まずは人の目を集めるとこからだな」

 

 ロキから渡された招聘券であれば面倒なことをしなくてもアンナがいるであろうVIP室まで入れるがその招聘券は【ロキ・ファミリア】に対して渡されたものなのだ。変装している今、それは使えない。

 

今、リゾートに入るために使ったのはアルが新しくヘルメスを強請って用意させたものだ。

 

VIP室に正攻法で入るにはカジノ側が自らの懐に招いてくれるまで気前の良い客として振る舞わなければならない。

 

「えーと、つまり······お金を沢山使うってことですか?」

 

「まあな、当然、こんなとこに無駄に金を落としたくない。簡単なのは、賭博に勝ち続けることだ」

  

 金回りが良い客には目が集まる、それが新顔ならば尚更。アル達はカジノ側にとって上玉のカモとなる必要がある。

 

高額なサービスなどを率先して受けていけば自然とVIPルームに通される。そこでアンナを助け出す算段である。

 

「か、簡単ってむしろ難しいんじゃあ······」

  

 賭け事というものは基本、店側が最終的には勝つようにできている。そうでなくては損をするばかりだからだ。無論、客がつくように適度に勝たせはするだろうがそんな過剰に勝てるわけがない。

 

───────それは、プレイヤーがアルでなければ、だが。

 

「心配するな、俺は賭け事で負けたことがない」

 

 

 

 

 

『先程から勝ち続けているあの方はどなたでしょう?』

 

『はて、存じ上げませんな』

 

『どうやら、かの海国の王族に連なる方だとか····』

 

 流石に全戦全勝では悪い意味で目立ってしまうので抑えたが、それでも短時間で莫大な金額を稼いでいるアルに周囲から視線が集まってくる。

 

さりげなくカサンドラの手を引いて注目を集めながら、ベル達を連れてルーレット台へ向かって赤の18に全額。

 

ボールが転がった結果、狙い通りの数字で止まる。一瞬、周囲の喧騒が増したかと思うとすぐに静寂に包まれる。

 

ディーラーが手慣れた様子でボールを戻すとまたもや狙っていた数字に止まった。それからも、アルは順調に賭札を増やしていく。

 

それを見ていた周りの客達からは感嘆の声が上がり、ディーラー達の表情にも余裕が失われ始める。

 

『剣聖』の名は良くも悪くもオラリオ中に知れ渡っている。なにせ、【ゼウス・ファミリア】の域へ達した最強の冒険者なのだ、知らないもののほうが少ない。

 

変装の魔道具に加えて、ヘルメスの表に出たら困る悪事をネタにアスフィを脅······お願いして偽装させた身分は彼女の故郷である海国の貴人ということになっている。

 

アルの思惑通り周囲の視線は彼に釘付けとなり、徐々に注目が集まり始めた。

 

そして、カジノ側の注目も集めたのかしばらくしてアル達はVIPルームへと案内されることとなった。

 




誰か、改定前のをpdfにしてた人いないかな

『バーチェ・カリフ』
自己主張控えめなアマゾネスということでアルからの心象は割といい。

『カサンドラ・イリオン』
元【アポロンファミリア】団員。前に【アポロンファミリア】が滅ぼされなかったのは主にカサンドラのおかげ。同系統の力(直感)&原作知識ありのアルとの相性は良かった(予言ではキレたフレイヤがオッタル達に命じてアポロンファミリアを血祭りに上げていた)。初めて原作知識が役に立ったな·······。

『アル・クラネル』
常時強制俺tueeee状態。一人でも曇らせ候補増やそうとチャンスがあれば人助けして好感度上げている。

『アル・クラネル簡易年表』
あくまでも本編で言及したやつに限ります。

(四年前)
・ロキファミリア入団
・vs強化種インファントドラゴンでLv2
・アミッドの世話になる
・リューに弟子入り、付与魔法発現
・vsオッタルでLv3
・アミッドの世話になる
・アポロンに絡まれる、ロキ&フレイヤブチギレ
・カサンドラと知り合う
・vs黒いゴライアスでLv4
・アミッドの世話になる

(三年前)
・フィルヴィスとパーティ
・闇派閥関連でLv5
・アミッドの世話になる(二回ぐらい)

(二年前)
・イシュタルに絡まれ、鼻で笑う
・いろいろあって第三魔法発現、Lv6
・アミッドの世話になる(最低三回)

(一年前)
・異端児と知り合う
・遠征後に異常個体のバロール(Lv.8未満)でLv7
・アミッドの世話になる
・フェルズの世話になる

(今)
・曇らせ失敗
・アミッドの世話になる(今年二回目)
・Lv8
・絶賛やさぐれ中


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六十五話 やられてなくてもやり返す。 ───────八つ当たりだ!!

オッタル

『Lv.8』 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力∶I0

 

狩人︰D

耐異常︰E

魔防︰F

破砕︰F

剛身︰G

剛心︰I

《魔法》

【ヒルディスヴィーニ】

 

《スキル》

戦猪招来(ヴァナ・アルガンチュール)

・任意発動。

・獣化、全アビリティ能力超高補正。

・発動毎に体力及び精神力大幅減少。

 

我戦我在(ストルトス・オッタル)

・戦闘続行時、発展アビリティ『治力』の一時発現。

・戦闘続行時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。

・戦闘続行時、修得発展アビリティの全強化。

・戦闘続行条件は能力に───────。

 

 

 

 

「─────積み上げられた偉業はここに刻まれた。新たな境地への到達、おめでとうオッタル」

 

「ハッ、ありがとうございます。御身の護衛を長く離れてしまい申し訳ございません」

 

 都市随一の高さを誇る、千年もの前に神域の天才によってオラリオの中心へ建てられた塔、バベル。

 

その最上階には美という概念が擬人化ならぬ擬神化したかのような銀糸の女神───オラリオ二大勢力の片割れ【フレイヤ・ファミリア】の主神である美の神フレイヤと団長の猪人オッタルがいた。

 

神血によって更新されたオッタルのステイタスは新たな階位、Lv.8へと至っていた。

 

かつての二大派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が都市を去って以降、十数年といなかったLv.8へのランクアップという偉業。

 

「ふふ、いいのよ。そういえば、知っているかしらアルも貴方と同じくランクアップしたのよ」

 

「なんと············」

 

 【ロキ・ファミリア】が未到達階層への遠征を行ったことは当然、オッタルも知っている。

 

だが、まさかランクアップするとは、これまでからアルの成長速度の異常さは知っていたがLv.7に至ってから半年も経たずランクアップするとは思わなかった。

 

しかし、これで両者ともにかつての最大派閥【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の英雄、『暴食』と『静寂』を真に超えたことになる。

 

未だ、神時代の頂天にして最凶の眷属たる『女帝』の域には及ばぬものの近いうちに到達できるだろうアル。あれほどまでに才に溢れた眷属はかつての全盛期を知り、自分自身も英雄たる器を持つオッタルをして知らない。

 

かつての最恐派閥【ヘラ・ファミリア】においてなお、異端とされた『静寂』の二つ名を持つ女の再来とすら思える少年。

 

神時代始まって以来の、千年来の英雄になり得る器を持っていよう。あるいは、前人未到の階梯───Lv10にすらたどり着けるかもしれないほどの才だ。

 

「どれだけ追い詰められようとあの子の魂は曇らない。磨き上げられた黒曜石、いえ、幽谷の孔のように他の一切の輝きの影響を受けないまさに漆黒の魂」

 

 ならば自分もまだまだ成長しなければならないと改めて決意を固めるオッタル。そして、そんなオッタルを他所にフレイヤは言葉を続ける。それはどこか、恋する乙女のような表情だった。

 

それでいて、子を見る母のように優しい笑みでもあった。まるで、愛しいものを眺めるような眼差し。

 

そこにあるのは愛情か慈しみか、それとも別の何かなのか? どちらにせよ、フレイヤがアルに対して並々ならぬ想いを抱いていることは確かであった。

 

それはある種、親心に近いものなのかもしれない。

 

「本当なら手に入れたかったけど、あの子の魂は既に完成されている。私でもロキでもあの黒さを薄めることも深めることも出来はしない」

  

 漆黒にして純潔。無垢にして不純。穢れを知らないようでありながら穢れそのものが凝縮されたかのような矛盾した魂。

 

絶対不可侵、孤高にして孤独の魂。その全てが合わさり、相まって完成した一つの芸術品。

 

それがアルに対するフレイヤの印象であり評価であった。この世のあらゆる悪徳に染まったようでありながら決して染まり切らぬ黒曜の如き魂。

 

「·······存外、アストレアやアルテミスなら変えられそうな気もするけれど」

 

 片や都市を去り、片や········。久しく顔を合わせていない女神のことを思い浮かべながら、フレイヤは呟く。

 

「私としてはあの子よりも弟の、未完の輝きを手に入れたい。·····協力してくれる?」

 

 とはいえ、すでに完成されているアルよりも未完であり、発展途上のベルのほうが興味がある。

 

フレイヤにとってアルはあくまで観賞用なのだ。眺めるためだけの観賞物。触れようと思えば触れられるが、決して手を出すつもりのない芸術品のような存在。

 

かつてはそうではなく、なんとしてでも手に入れるための努力をした時期もあったものの、フレイヤがどんなに手を尽くしてもアルの魂を揺らがせることはできなかった。

 

故に、今では諦めている。今となっては、ただ眺めるだけでも十分満足しているのだ。

 

そんなアルよりも未完ゆえの美しさと可能性を持つベルこそがフレイヤにとっては欲しい存在である。

 

「ご随意に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘレイオス殿、お聞きしたところ本日は相当ついているご様子········そこでご提案なのですが、あちらの貴賓室に来られませんか?」

 

 勝ち続けるヘレイオス(アルの偽名)のもとに恰幅の良い一人のドワーフが現れた。見るからに質の良い服に身を包んだ彼こそこのカジノのオーナーであり、アンナを買った元凶でもあるテリー・セルバンテスだ。

 

商人らしい抜け目のなさと狡猾さを滲ませながらも、愛想の良さそうな笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「貴賓室、ですか·······」

 

「───あぁ、どうかそう構えずに。要はより高額の賭博を楽しもうという話です。あの部屋でしかできない賭博は勿論のこと、最高級のサービスを提供させて頂きますよ?」

 

 そう言ってテリーが一瞥する先にはホール奥の扉。その扉の奥にある部屋こそが、極々一部の上客のみが立ち入りを許されているVIPルームへの入り口だ。

 

「ヘレイオス殿のような金満家の方々が揃われています。同じ境遇の者にしかわからない話もあるかと」

 

 しかし、その言葉とは裏腹にテリーの目には怪しい光が宿っており、まるで品定めするような視線をアルに向けていた。それに気づかない振りをして頷くと、テリーはにこりと笑って踵を返す。

 

テリーの後に続き、アルはVIP室へと向かう。両開きの扉が開け放たれるとそこは、絢爛豪華な装飾品が並んだ広々とした空間が広がっていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

落ち着いた魔石灯の光に照らされた室内には豪奢なテーブルと椅子が置かれ、そこには外にいる富豪のそれに比べてもなお、質の良い身なりをした者達がいる。

 

そこは賭博場特有の熱気に溢れた雰囲気は感じられない。ある意味、社交場のようでも在る。給仕が洗練された動作で飲み物や軽食を用意して回る中会話を楽しむ者たちの姿が見受けられた。

 

重厚な作りの円卓テーブルの上にはトランプのカードが並べられており、白い賭札が山のように積まれている。

 

見目麗しい美女や美男達がディーラーを務める傍らで、カードを手に取り真剣な眼差しで勝負に挑んでいる。

 

「そう言えばこちらは例の戦闘遊戯で活躍された······」

 

 一行を案内するテリーの目がベルに向く。【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯で格上であるはずのヒュアキントス率いる上級冒険者複数人を相手に大立ち回りをやり遂げ、世界最速記録に迫る速度でのランクアップを果たしたベルの名は冒険者でなくとも知るものが多い。

 

まして、オラリオの重要産業であるカジノ経営に携わっている程の大商人ならば知っていて当然だろう。

 

急に向いた視線に慌てるベルがボロを出す前に口を挟む。

 

「ええ、彼とは先日、オラリオに来た際に知り合いましてね。前途有望な冒険者とは早いうちから親しくなっておくべきでしょう?」

 

「はは、それは確かに」

 

 二人の会話が途切れると先に貴賓室にいた富裕者が席を立った。そして、こちらに向かって歩み寄ってテリーに親しげに話しかける。

 

「今夜も楽しませてもらっていますぞ、経営者」

 

「ところで、そちらの方は?」

  

「紹介します。 今初めて我々どもの店に来られた。アレク・ヘレイオス殿です。お隣におられるのはそのご夫人のセリュー殿」

 

「経営者のご厚意でこちらへ来させて頂きました。 よろしくお願いいたします」

 

「お初にお目にかかります。 皆さん」

 

 新顔を歓待するムードの中、アルは内心では辟易していたが顔ではにこやかな笑顔を浮かべて挨拶をする。

 

アルと······夫人扱いにまごまごするカサンドラ(セリューが偽名)、次いで護衛のように付き従うバーチェとベルが会釈すると、美麗な亜人の美女が酒の入ったグラスを差し出してきた。

 

カサンドラの手を取って受け取りながら、アルはそっとベルとバーチェの様子を窺う。二人はきらびやかな貴賓室の様子に混乱した様子だが、どうやら一周まわって平静を取り戻したようだ。

 

「そういえば、先程から見かけるこの麗しい方々は····」

 

 美麗なドレスに身を包むエルフやヒューマンの美女達を見つめるテリーに、アルはさり気なく探るような言葉を掛ける。

 

「彼女達は、まぁ聞こえが悪いかもしれませんが、私の愛人でして······」

 

「ほう······」

 

「自分で言うのもなんですが、私めの求愛に、真に応えてくれました」

 

 自慢気に語るテリーの言葉を聞き流しながら、アルはテリーの背後に控えていた美麗な美女達に目を向ける。

 

確かに美女揃いだがその目は虚ろであり、表情にも覇気が感じられない。まるで人形のように無感情だ。

 

アンナと同じようにテリーが財力によって無理矢理に手籠めにした収集品なのだろうと推測できる。

 

テリーは背後の美女達を一通り眺めてから、再び視線をアルに戻した。表面上は隠しているものの、その目に宿るのは、優越感と下卑た色。

 

人形のような美しい女達の首にはテリーの所有物だと示す首輪が巻かれている。彼女達の意思など完全に無視した所有物の証。

 

オラリオの法に縛られない治外法権の空間だからこそ許される暴挙だ。

 

アルは一瞬だけ目を細めると、すぐに笑みを貼り付けてテリーに向き直った。

 

他の招待客もまた、テリーの同類なのだろう。テリーに従うことで甘い蜜にありつける連中。

 

経緯を知っているベルとカサンドラは僅かに顔を歪めている。

 

そしてその美女たちの中に亜麻色の髪のヒューマンの少女が混ざっていることにアルは気づく。可憐な純白のドレスに着飾られている少女は、一見すればどこかの貴族令嬢にしか見えない。

 

他の美女と同じように首輪を着けられてはいる。神々に求婚されるほどの美貌は暗く沈んでおり、見る影もない。

 

花屋の看板娘としての麗らかで明るい雰囲気は完全に鳴りを潜めて、代わりに陰鬱とした雰囲気を纏っていた。

 

目を伏せて俯く姿はそれでも男を魅了するほどに美しくはあるのだが、アルの目には、その姿はあまり好ましいものと映らなかった。

 

アルにとって女性の好みは曇るか、曇らないかなので外見は割とどうでもよかったりする。

 

しかし、それでも目の前の光景を見ていい気分になるほど腐ってはいない。アルの瞳の奥底で冷徹な光が灯る。

 

そんなアルの心中を知って知らずか、アンナに集まる好奇の視線に気付いたテリーは誇るように語り出した。

 

テリーの自慢話に適当な相槌を打ちながら、アルは内心では思考を続ける。

 

ふと、顔を上げたアンナと目が合った。不思議そうに見つめ返してハッ、と目を見開く。どうやら、アルの正体に感づいたようだ。

 

あれからまだ一日しか経っていないのだ。昨日あったばかりの相手を騙せるほど変装の魔道具とて万能ではない

 

そしてその様子にテリーが気付く。

 

「ヘレイオス殿、彼女の顔に何か付いていますかな?」

 

「いえただ、彼女と似ている者を知っておりまして」

 

「知人の話なのですが、彼女はたちの悪い冒険者くずれに持ちかけられた賭け事に負けた父に売られてしまったのです」

 

 アルの言葉に、テリーの顔が強張る。アンナの素性について知っている者はテリー以外にいない。

 

「詳しく調べてみると、どうやらその一件は何者かの差し金で仕組まれたものだったらしく·········」

 

 言外にお前のやってきたことは既に知ってると匂わせると、テリーは露骨に顔を歪めた。

 

「その者は彼女を手にする為に、冒険者くずれを雇い、彼女の父を脅して半ば無理やりに彼女を奪って囲っているそうです」

 

 アンナについての事を全て知っていると理解したテリーは先程までの人の良い笑みを完全に消して、額に青筋を浮かべて怒りの形相を浮べる。

 

剣呑なテリーの怒りを感じ取った美女達は怯えたように震え、招待客達の中でも聡い者は状況を理解して冷や汗を流しだす。

 

「·········ヘレイオス殿。ちなみに、今更ではありますが、貴殿はかの海国の王族に連なると聞いておりますが······」

 

「いえいえ、傍流も傍流。かろうじて一族の末席にいるだけのものですよ」

 

 曲がりなりにも一国の王族を敵に回したとなればグランカジノで絶対的な権力を持つテリーといえど、無事で済むはずがない。

 

実際はアスフィに偽造させた身分なのだが、テリーにそれを知るすべはない。

 

「どこのどなたと勘違いされているのかは存じませんが·········どうやらヘレイオス殿は奥様を差し置いて、 このアンナに相当ご執心の様子」

 

「ならば、賭博をしませんか?」

 

「賭博?」

 

「そうです。賭けに勝った者は敗者に願いを聞き入れてもらえる権利を得ることが出来る。更に、賭博に用いるのは全て最高額の賭札」

 

 給仕に目配せすると、荷車に大量の賭札が運ばれてくる。白金のチップが山のように積まれ、その総額は先程までアルが賭博で稼いだ額を遥かに超えていた。

 

「お貸ししましょう。 これでなければ我々の求む賭博は成り立たない」

  

 拒否権はないとばかりに屈強な男達がテーブルを囲う。カタギではなそうな用心棒達に、招待客達は息を飲む。

 

雇い主のテリーの目配せに剣呑な雰囲気を漂わせてアル達を威圧するが、いずれもアルどころかベルにも劣り、残念ながらアルとバーチェの『擬態』を見抜けるほどの使い手はいないようだった。

 

「いいでしょう。その賭博を受けます」

 

 躊躇わずに承諾するアルにテリーは内心ほくそ笑み、余裕を取り戻そうと努める。

 

「皆様もどうですかな!!勝者の願いは私が叶えるとしましょう!!」

 

 調子を取り戻したテリーの言葉を皮切りに、余裕を戻した招待客が参加を表明する。

 

「賭博に何かご希望はありますかな? なければポーカーを行おうと思いますが」

 

「おまかせします」

 

「では勝敗は賭札の有無・元手の賭札が全て無くなった時点で、その者は敗者です」

 

 配られる白金の賭札。アル達の前にはディーラーとしてテリーの部下である男が立つ。

 

「では、手始めに私は賭札二十枚から賭けるとしましょうか」

 

 テリーはまず二十枚を賭ける、それに対してアルは────。

 

 

「オールイン······手持ち全てを賭けましょう」

 

「──────は?」

 

 アルは、手元にある今しがた渡された掛札を全て差し出した。意味がわからないとテリー達の目が丸くなり、カサンドラ達も呆気にとらわれている。

 

できた役によって上乗せするのならばともかく、まだカードが配られてすらいないのにオールインするのは控えめに言っても狂気の沙汰だ。

 

テリーの思考が一瞬止まるが、直ぐに持ち直して笑みを浮かべて口を開く。

 

「わかりました、では始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はな、誰が成功しようと誰がいい思いをしようと、それがどんな悪人だろうと知ったこっちゃない。

 

俺の言えたことじゃないからな。

 

ただ俺は俺の目の届く範囲で俺より悪巧みが巧くいってる奴らは須く敵として認識してるんだ。

 

·········だから潰す。

 

やられてなくてもやり返す。

 

───────八つ当たりだ!!






スランプつらい

アル「他人の曇りは蜜の味。俺よりいい思いしてるやつは全員地獄に落ちればいいと思ってるよ」

アミッド「………」

アル「…………………………」

アミッド「正座」

アル「いや、その、あのそういうことじゃ……」

アミッド「正座」

アル「(;・∀・)」

アル「(・∀・;)」

アル「(´・ω・`)」


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六十六話 イカサマでこの俺に勝てるわけがねぇだろうがッ!!(なお、イカサマは面倒なのでしない模様)





カジノ編は皆さんにアルが死ぬ、ということのハードルの高さをわかってもらうためのものでもあります。






 

 

 

 

 

俺がオラリオに来てからの四年間、もっとも心血を注いで精進してきたことは何だと思う?

 

レベル上げ·········違う

 

人からの好感度稼ぎ··········違う 

 

ダンジョン探索·········そんなわけがない。

 

俺がもっとも力を入れてきたことそれは─────

 

人を上手く騙すことだ。

 

人に上手く嘘をつくこと、とは少しばかり違う。前提として俺の目的である曇らせにおいて俺の思惑を知られる、というのはあってはならない。

 

だが、そもそもの話、神に嘘をつくことはできない。あいつらは下界の人間の嘘を見抜くことができるからだ。

 

まぁとはいえ、嘘をつかずに真実だけでも事実を誤認させる方法なんていくらでもあるから実のところ神の嘘看破能力自体はそこまで脅威じゃない。

 

むしろ、その力を信ずる分、嘘さえつかなければ簡単に騙されてくれるだろう。

 

どうしても嘘をつかなくてはいけないときは間に第三者を挟み間接的に伝えることで誤魔化すこともできる。

 

だが、そんな初歩的な手段が通じるのは一部の神だけだ。ロキのように頭の回るやつやヘスティアのような妙に勘の良いやつには通用しない。

 

神って連中は表面上はちゃらんぽらんとしていてもなんだかんだ元は全知全能の超越存在だけあって人間とは違う視座を持っている。

 

もとより云万年と生きてきてるわけだし、元々の経験値が桁違いだからな。

 

だが、俺の目的を成就させるためにはそんな神どもすら騙しきらなくてはならない。

 

ゼウスを始めとした神々を相手にしてきて俺が学んだことは相手を騙すのに言葉はいらない、ということだ。

 

相手をよく観察すること。相手の目線に立つこと。相手が何を考えているのかを推察する洞察力と推理力、そしてそれらに基づいた行動を取る決断力が重要となる。

 

つまり、相手にこちらの意図を悟られないように常に一定の距離感を保つことが肝要なのだ。

 

人間も神も不思議なもんでな、なにも明言せずとも『なんかそれっぽい空気』を作れば大概のことを察してくれるものだ。

 

それらしい雰囲気に、思考を誘導させる所作、表情、言動、仕草。そういったものを駆使して俺は神すら騙すに至れるだけの実力をつけた。

 

俺が今まで培ってきた才能と経験、知識を全て注ぎ込んだ詐術は正真正銘この世で俺だけが使える最強の技であり必殺技だ。

 

俺にとっては【リーヴ・ユグドラシル】なんざよりよっぽど大事な最大にして最強の武器なのだ。

 

で、何が言いたいかと言うと────────

 

イカサマでこの俺に勝てるわけがねぇだろうがッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意味がわからないながらもディーラーによって配られたカードを眺める。グルであるテリーと招待客達は互いに目配せをして誰の手札が最も強いかを探る。

 

「あぁ君、セスラワインの十五年ものを頼む」

 

 間をおいてテリーは給仕を呼んで酒を注文を持ってくるように言うが、それはもちろん暗号。

 

セスラワイン、十五年ものが意味する手役は同マーク五枚のフラッシュ。

 

事前にその暗号の意味を取り決めて知っていた招待客達は表面上は駆け引きを続けつつも、アル以外の全員が互いの手の内を共有していた。

 

身の程知らずの若造に目に物を見せてやる、と。だが、そんな彼らとは裏腹に、アルは一人落ち着いた様子で配られたカードを見て、そしてテリーを見た。

 

「(あの自信の有り様········恐らくは、イカサマをしているはず)」

 

 テリーはアルが配られたカードを見ずにオールインを宣言した時点で彼がまず間違いなくイカサマを仕掛けてくるだろうと予想していた。

 

アルはテリーがこちらをじっと見つめていることに気がつき、笑みを浮かべて見せる。

 

「(愚かな若造が······!!)」

 

 当然ながらここグランカジノでイカサマなぞ成功するはずもない。超一流のディーラーの目利きを潜り抜けてイカサマを成功させることなど不可能に近い。

 

それに今は周囲を囲むようにいる用心棒の視線に晒され、一切の死角が存在しないのだ。

 

アルがいかに卓越した技術を持っているとしても、その腕を振るうことさえ出来ない状況。

 

それこそイカサマをするにはテリーのように他の客やディーラーとグルでなければ成功しない。

 

当然ながら新顔のアルにそのような相手がいるわけもなく、ディーラーや用心棒が目を光らせる中で単独イカサマをするなど無謀もいいところだ。

 

「どうやら私と一騎打ちのようですが······どうなさいますかな」

 

「問題ありません」

 

「ふふふっ、随分強気でいらっしゃる。ならば私も上乗せとさせて頂きましょう」

  

 そうテリーが考えている間に茶番のブラフを済ませた招待客達が勝負を降りていく。

 

そこでテリーもアルに圧を掛ける。ここで負ければアルは終わりだし、イカサマをすれば絶対にバレる。

 

自ら進んで詰みの状況へと追い込まれたアルを内心、嘲りながらテリーは追加のチップを賭札に重ねて宣言する。

 

今なら下りてもいいぞ、と暗に告げるがアルは平静を保ったままだ。まさか、本気で勝てるつもりかと動揺が浮かぶが、すぐにただのハッタリだと決めつけて余裕を取り戻す。

 

そして馬鹿なのか間抜けなのかわからぬ若者へ嘲笑を浮かばせる。

 

「そういえば、まだ私が勝った時の願いを言っていませんでしたな」

 

「私が勝った暁には、貴方の伴侶······隣にいる奥様と護衛の方をしばらく貸して頂きましょうか」

  

 ビクついているカサンドラと静かに青筋を浮かべるバーチェへ欲に淀んだ視線を向けるテリー。

 

欲に塗れたテリーの要求に対して、アルは表情一つ変えない。それを虚勢と判断してテリーはほくそ笑む。

 

「お美しいお二人に囲まれて羨ましい限り。私もぜひ、そのおこぼれに与らせていただきたいものでして。なぁに、晩酌に付き合ってくださるだけで構いませんよ」

 

 好色そうな目でカサンドラとバーチェを舐め回すように見るテリー。それに対してバーチェの『擬態』が解かれそうになるがそれにも気が付かずにテリーは下卑た笑みを深める。

 

「生意気な者や欲に目が眩んだ者、あとは貴方のような正義感に突き動かされる者·······私は全て、食い物にしてやりましたよ」

 

 テリーは愚かで短慮な若者への勝利宣言でもするように嘲る。だが、それでもなお、アルは笑みを浮かべたままテリーを見据えていた。

 

同時に互いの手札が開かれる。当然、テリーの手札は同マーク五枚のフラッシュ。

 

対してアルの手札は──────。

 

10、11、12、13、A。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ、だな」

 

「─────は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも続く、その神がかった引きに後ろで見ていたベルとカサンドラの顔が引き攣り、ルールをよく知らないバーチェですら戸惑う中、アルは淡々とゲームを続ける。

 

テリー達の驚きはその比ではなかった。どう注視していてもアルにイカサマをしている素振りは見られなければ、当然ながら符号を知るわけもないのでテリー達の手の内を事前に把握することは不可能。

 

 

それなのに自分達のカードが尽く『ブタ』なのだ。良かったのは初回だけでそれ以降はツーペアすら中々、作れないという始末。

 

テリー達にも見抜けぬ程に巧いイカサマだとしても常軌を逸している。テリー達はアルがイカサマをしていると確信していたが、それはあくまでも可能性の話であり、実際にイカサマをしているかどうかはわからない。

 

カードを配るディーラーがなにか仕込んでいるのではないかとも考えたがディーラー自身、ありえない現状に狼狽えている様子だった。

 

引きの可笑しさ以外にもアルの駆け引きは卓越しており、勝負に引いても乗っても真綿に首を絞められるかのようにじり貧で追い詰められていき、低ランクの役で勝負を仕掛けなければならなくなってくる。

 

テリーは知らない、目前の男がアル・クラネルであるということを。

 

テリーは知らない、アルは賭けにおいて相手がフレイヤ(常勝の女神)ヘルメス(賭博の神)自らの主神ロキ(詐術の神)であっても負けたことがないことを。

 

────テリーは知らない、アル・クラネルは世界に愛されているということを。

 

ロイヤルストレートフラッシュの確率は0.00015%、六十五万回に一回の確率だ。それを連続で当てるなどテリーは想像したことすらなかっただろう。

 

普通に考えてそれが実際の賭博で起きるなどまず、あり得ることではないし、仮に起きてもそれは天文学的な数字。

 

─────アルが賭け事において『無敵』であるのにはいくつか理由がある。

 

一つ目は発展アビリティ『幸運』。その名のとおり運気を上げるアビリティでダンジョンにおいてはドロップアイテムの確率をあげ、戦いにおいても有利に運ぶことが出来る。

 

賭け事では常に『当たり』を引き寄せ、確率の勝負で負けることはまずない。そしてそのランクは『D』···········なお、【ロキ・ファミリア】首領であるフィンの持つ発展アビリティの中で最高ランクは『E』である。

 

二つ目は同じく発展アビリティ『直感』。その効果は危機感知能力の強化、そして未来視にも等しい第六感。その効果は、カサンドラの予知夢に近しいものがある。

 

カサンドラのものほど深くは『見れない』が常時発動しており、汎用性は遥かに高い。テリー達のブラフやポーカーフェイスの一切は意味を成さない。

 

三つ目はスキル【天授才禍(サタナス・エフティーア)】の効果。あらゆる技能の習熟が早まり、潜在能力を最大まで引き出させるそのスキルの効果には賭博の技能も含まれる。

 

加えてこの場にはアル同様、『幸運』の発展アビリティを持つベルがいる。

 

実のところ、アルはイカサマなぞしてはいなく、ただ単に引きの良さだけで勝ち続けているのだが、テリー達にそんなことが理解できるはずもなく、ネタの見えないイカサマにただただ畏怖していた。

 

無論、しようと思えば『都市最速』たる神速で誰にも知覚されることなくイカサマを行うことも可能ではあるが、アルはそこまでするつもりはない。

 

『確率』が介在する勝負、という時点でアルに敗北の可能性は皆無に等しいからだ。

 

────そう、勝負を仕掛けた時点でテリーは負けていたのだ。

 

 

 

 

「はい、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 今ゲーム、()()()のロイヤルストレートフラッシュによって勝者は決まった。

 

 

───────···············

 

 

痛いほどの静寂が貴賓室を支配する。テリー達は目の前で起きた現実に理解が追いついていないのか、呆然としたまま動かない。

 

慄然し、慄くテリー達に対して涼しげな表情を浮かべるアルの目の前には白金の賭札が山のように積まれていた。

 

円卓テーブルの上に積み上がった白硬貨の数は優に千枚を超えている。アルの圧倒的勝利にベルもカサンドラもバーチェすらも言葉を失っていた。

 

「───────ッ」

 

 ギリッ、という歯軋りの音を洩らさぬように必死に堪えているのはテリーだった。

 

拳を机の下で握り締めて怒りを露わにするテリーだが、それでもまだ理性が残っているからか、テリーはアルに食って掛かるような真似はしない。

 

負けた者が勝った者の望みを叶えるという事前の取り決めがある以上、ここでそれを反故にしては恥の上塗りだ。しかし、テリーの胸中には煮えたぎるような憤怒が渦巻いている。

 

女を手放さなくてはならないなぞテリーにとって屈辱以外の何物でもない。先程までその本来は明るいはずの美貌を暗い絶望に染めていたアンナは状況が読めないながらも歓色を微かに浮かべている。

 

その様がまた、テリーの怒りを煽った。屈辱と嫉妬と憎悪と殺意が入り混じった感情を抑え込みながらテリーは返答をする。

 

「よろしい······彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば、異国から来たばかりで疲れているでしょうからなぁ」

 

 アルの方に駆け寄っていくアンナの姿に表面上は平静を装いながらも内心では舌打ちをしながらテリーは言う。

 

テリーの言葉にアルの口角がニタァ、と上がる。テリーの考えなどお見通しだと言わんばかりのアルの態度はテリーにとっては不愉快極まりないものだったが、テリーは努めて冷静に対応する。

 

手に入れたばかりでまだ味わっていないというのに手放さなくてはならなくなったのは惜しいが、仕方がない。

 

「これでよろしいですか、ヘレイオス殿」

 

 アンナがアルの元に行くのを見て内心でこのままでは済まさないと怨嗟の声を上げつつ、テリーはアルに尋ねる。

 

「いや、まだだ」

 

 憮然と言い放つアルにビキリ、とテリーの額に青筋が浮かぶ。テリーは沸々と湧き上がってくる激情をなんとか抑えつけ、続きを促す。

 

「··········何ですかな。このアンナだけでは、ご満足して頂けないと?」 

 

 確かに事前の取り決めの段階ではアンナのみとは決めてこそいなかったが、流石にこれ以上の要求は許容できない。

 

「いやはや、強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者達を手放せばいいのでしょう?」

 

「ああいや、そうじゃない。······次だよ、次」

 

 手元に積まれた賭札の山を崩しながらの言葉にテリーはまたもや呆気にとられる。テリーは一瞬、アルがなにを言っているのか理解できなかった。

 

「だから、第二回戦だよ。······そうだな、次は彼女を渡してもらおうかな」

 

 アルの視線の先ではエルフの美女が虚ろな目を丸くしている。

 

「······このっ」

 

 この男はどこまで自分を侮辱すれば気が済むのだ、という怒りにテリーは震えさせて顔をカッ、と紅潮させる。

 

憤激に駆られたテリーは席を立ち、本性を剥き出しにして眦を切った。

 

「調子に乗るなよ、若造·······」

 

 テリーはもはや取り繕うことなく隠しきれない怒気が含まれたドスの利いた声で言う。形相も鬼のような形相へと変貌していた。

 

そんなテリーに対してアルはまるで動じた様子もなく、むしろその反応を楽しんでいるかのように憮然にふぅ、と息をつく。

 

「何を勘違いしている? 何様のつもりだ? たかが賭博に一度勝ったくらいで!!」

 

「この俺を敵に回して生きていけるとでも思っているのか?! ギルドが守ってくれるなんて考「御託はいい、次だと言っている」──ぐ」  

 

「···········よほど、痛い目にあいたいようだな」

 

 殺意すら感じられる眼光を放つテリーだが、アルは一切臆した様子を見せない。それどころか、アルはテリーを見下すような目つきをして、鼻を鳴らす。

 

テリーはもはや、生かしておけぬとばかりに用心棒達に目配せをする。テリーの指示を受けた男達は即座に行動を開始した。

 

瞬時に殺気立つ空間にディーラーと招待客達の間に緊張が走り、慌ててアルから離れようとする。

 

「────っ!!」

 

 アル達を包囲すべく動き出す殺気立った用心棒達を前に丸腰なれど上級冒険者として十分以上に熟達した動きで構えるベルとカサンドラ。

 

用心棒達は大金で雇われているだけあって個々ではベルとカサンドラに及ばぬものの中にはランクアップを果たしているであろう使い手もいることから油断はできない。

 

無論、【アポロン・ファミリア】の上級冒険者を相手に大立ち回りを演じたベルからすれば物の数ではないのだが─────

 

「『兎狼』、お前は手を出すなよ? お前の零細ファミリア程度、俺の力があれば簡単に潰せるんだか、ら────」

 

 構えを取ったベルを脅そうとしたテリーは次の瞬間、膝から崩れ落ちた用心棒達の姿に呆然とする。

 

「え?」

 

「お前がテリー・セルバンティスでないのは知っている。これまでの悪事と揃えてギルドに突き出してもいいが、俺はそんな面倒なことはしたくなくてな。何より、ここはカジノだ、賭博こそが『正道』だ。······さて、次を」

 

 テリー、否テッドはその言葉に顔色を変える。まさか、俺の正体を知っているのか、と。そう考えたテッドの動きは早く、なり振り構わず、最強の切り札をつぎ込んだ。

 

「ファウスト!! ロロ!! ソイツを殺せえ!!」

 

 今の今までテリーの後ろで不動を保っていた二人組の男が動いた。一人は引き締まった痩躯の猫人であり、もう一人は筋骨隆々とした巨漢のヒューマンであった。

 

雇い主の名を受け、それぞれ得物を手にしてアルへと襲い掛かるその動きから第二級冒険者相当の実力者であることがうかがえる。

 

二対一ではベルでも遅れを取ってしまうかもしれない強者であるがまたもや、アルの近くへ向かうと膝から崩れ落ちて気絶してしまった。

 

「ひっ····なんなんだ、お前はッ!!」  

 

「·······さぁ、次を」

 




なお、幸運=死ににくさ、な模様


アルがいる世界線で最も平和?なのは女の子アルちゃんがディアンケヒトF入りすることです。

アル♀「うふふ、オートリジェネからのインファイトですわ」

アミッド「もういいですよ、それで(諦観)」



アルの武器紹介コーナー➀
枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)
第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。お手軽自傷武器。


【挿絵表示】




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六十七話 あ、そういうのは求めてないです


ダンメモ再開したけどファミリア所属しないとなあ、ランク100行ってないけどいいとこないかな


 

 

 

「よし、これで最後か?」

 

「ぐっ、ぐうっ······!!」

 

 一人、また一人と()()で自分のもとを離れていき、しまいには全員アルの方へ向かった美姫達に歯噛みするテッドだったが今のテッドにこの状況を打開するすべはない。

 

そうこうしている間にも、最後の一人の美女がアルのもとへ行き、テッドの周りには気を失った用心棒と青い顔で震える給仕の男のみとなっていた。

 

もはや、勝負にすらなっていない賭け事の結果と倒れ伏す用心棒の姿に、テッドは怒りを通り越して恐怖を抱いていた。

 

倒れ伏す用心棒の中にはランクアップを果たした猛者もいる。それがひとりでに気を失うが如く倒れるなど、普通では考えられない。

 

かの『黒猫』と『黒拳』という奥の手もわけがわからないまま無力化されてしまったし、そもそもこの男は一体なにをしたのだ?

 

業腹だが、ここは頷くほかはない。

これで美姫は全ていなくなり、賭博もやっと終わりだ。

 

アル達の周りで嬉色を浮かべる美女達を忌々しく睨みつける。アルにも女達にも必ず報いを受けさせてやる、と屈辱と憤怒に顔を歪ませながら心に誓う。

 

しかし、そんなテッドは次のアルの言葉に絶望に叩き落とされる。

 

「じゃあ、()は──」

 

 「次だと?!」と、テッドは口角泡を飛ばして叫ぶ。これ以上何をするつもりなのだと、アルを問い詰めるがアルは気にした様子もなく、眼前に積もった賭札の山を崩す。

 

「女共は全てくれてやったろうがッ!! 他に何を奪うと言うんだ?!」

 

 テッドが長年かけて集めた『収集品』である美女達全てを差し出したにもかかわらず、まだ奪おうとしているアルにとうとう我慢の限界を超えたテッドは声を荒らげる。

 

だが、そんなテッドをアルは冷めた目つきで見つめる。

 

「女を奪ったんだ、あとは金、地位、権力だな」

 

 テッドの築き上げてきたもの全てを奪おうとするアルについにテッドの中で最後の一線がちぎれ飛んだ。

 

「ふ、ざけるなああああああああああ────ッ!!」

 

 激昂したテッドは貴賓室に備えつけられていた魔石製品の赤水晶を叩き割るとカジノ全体につんざくような警報音が鳴り響いた。

 

魔石製品による警報装置が作動したことにより、慌ただしくなる貴賓室の外の従業員たち。

 

各国の要人や大富豪が集うこの場所でなにかあったとなれば、国際問題になりかねない。そのため有事の際、迅速に部屋外の精鋭たちが駆けつけられるように、貴賓室には緊急用の通信設備が備え付けられていたのだ。

 

事が終わったあとならば金とコネを使って揉み消せばいいが大事にしてギルドからの不要な疑心を招くことはテッドとしても避けたい。 

 

ただの護衛などであれば金を握らせて黙らせるが、相手はギルドからの信も厚く高潔な上級冒険者だ。下手なことをすれば自分の破滅に繋がる。

 

しかし、今この場においては【ガネーシャ・ファミリア】を呼び出してアル達を下手人として捕えさせることでとりあえずは難を逃れることができる。

 

新参の若造よりも娯楽都市の重鎮、ということになっているテッドの言葉のほうが信憑性は高いだろう。

 

この場にいる他のVIP客はすべてテッド側の人間だ、口裏を合わせてしまえば問題はない。

 

そうでなくともこの場さえなあなあにしてしまえればいいのだ。

 

「ふ、ふははははッ!! もう知ったことかッ!!【ガネーシャ・ファミリア】が来るぞ!! オラリオの第一級冒険者がなぁ!!」

 

 第一級冒険者は人界の怪物であり、単騎にして万軍にも等しい力を持つと言われている。

 

いくら目前の若造が『黒拳』と『黒猫』以上の強者であったとしても、第一級冒険者の力には到底敵うまい。

 

勝ち誇った笑みを浮かべたテッドはアル達のほうへ向き直り、狂気に満ちた瞳でアルを睨みつける。

 

鳴り響くサイレンの音を聞きながら、アルは肩をすくめる。そして、アルは目の前で笑い続けるテッドを見据える。

 

その平静な態度にテッドは言いしれない恐怖を感じ、後ずさる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ、来い!!」

 

「きゃあっ!!」

 

 客たちの混乱とけたたましく鳴り響くアラーム、向かってくる【ガネーシャ・ファミリア】に騒然となる中、テッドは近くに居たアンナの腕を掴み、強引に引き寄せる。

 

突然の出来事に悲鳴を上げるアンナに構わず、ドワーフという種族特有の怪力で腕を引き寄せるとそのまま引きずるように貴賓室の奥の通路へと逃げ出す。

 

「······追うか?」

 

「いいや、俺が行く。バーチェ、お前は【ガネーシャ・ファミリア】の足止めしとけ、怪我させんなよ」

 

 慌てるカサンドラとベルに反するようにLv6の強者は欠片も動揺することなく、従者のようにアルの指示に従う。

 

アルは、床に転がる用心棒と給仕の男を一べつすると、いまだに騒ぎ立てる客たちを尻目に貴賓室を後にする。崩れ落ちた用心棒の持っていた剣の一つを拾い上げたアルはテッド達を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このサイレンの音は······」

 

「どうやらなにかトラブルがあったようです、ね」

 

 アンナの母から冒険者崩れ達によって脅された賭博癖のある夫によって賭けの質に入れられて売られたアンナの話を聞いたリューはシルと共に賭博場へと来ていた。

 

シルが【フレイヤ・ファミリア】の伝手で得た招待券を使い、賭博場に入場した二人。

 

男装したリューとその妻に扮したシルは響き渡るアラーム音に眉をひそめていた。

 

これからアンナを助けに行こうとしている矢先に聞こえてきた警報は、事態の悪化を予感させるものだった。

 

しかし、そんな二人の不安を打ち消すかのように、遠くの廊下の向こう側で貴賓室に向かって駆けてくる集団が見えた。

 

ディーラーのような格好をした短髪の麗人を先頭にした一団は、遠目から見てもただならぬ雰囲気を放っていた。

 

つんざくようなアラームの音に慌てふためく客達を団員に任せて現れた彼女は、鋭い視線で周囲を見渡すとすぐに状況を察したのか、残りの団員を率いて貴賓室がある方向へと走り出した。

 

「あれは·····シャクティ?」

 

 都市の憲兵たる大派閥【ガネーシャ・ファミリア】最強の女、『象神の杖』シャクティ・ヴァルマの姿にリューが驚きの声を上げる。

 

「シル、どうやら私達よりも先に事を起こした者がいるみたいですがこれは········」

   

 第二級冒険者としての、エルフとしての鋭い魔力感知能力で貴賓室の方から強大な力を感じ取ったリューは隣に立つシルに声をかける。

 

しかし、その声に対する答えは返ってこない。それどころか、銀髪を揺らす友人の顔には呆然とした表情が張り付いていた。

 

何かあったのだろうか、とリューは心配そうにシルを見つめるが、次の瞬間、 ザンッ!! と硬い何かが裂かれるような音が響いた。

 

「───ッ?!な、なんですか今のは!?」

 

 爆発音とも魔法の炸裂音とも違う、まるで雷が落ちるかのような轟音を耳にしてリューは思わず声を上げる。

 

「········あー、もしかしなくても無駄足だったかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どたどたと腹に溜まった贅肉を揺らしながら質のいい赤い絨毯の上を走るテッドははあはあと息を切らしていた。

 

大粒の汗を額に浮かべ、必死の形相で走るその姿は見る者に哀れを誘うほどに滑稽だった。アンナの腕を掴んで力任せに引きずる姿は恐怖から逃げ惑う豚そのものにしか見えない。

 

「何が『黒拳』だ、何が『黒猫』だ!! 役立たず共め!!」 

 

 そんな醜態を晒すテッドはもはや、グランカジノの支配人としての化けの皮を完全に脱ぎ捨てて行き場のない激情を罵倒として吐き出し続ける。

 

あの若造が現れなければ全て上手くいったものを、とテッドは忌々しげに呪言を吐き散らかす。

 

テッドにとって、このカジノはまさに楽園であった。金も女も酒も思うがまま、そんな夢のような生活の毎日。

 

 

だが、それもあの若造が現れたせいで全てが狂った。自分が築き上げてきたものがすべて奪われようとしていることに、テッドは激しい怒りを覚える。

 

「う、ううっ······」

 

 激情にかられるテッドの怪力に引っ張られ、苦痛に顔を歪ませるアンナ。無理矢理走らされている彼女の顔色は悪く、呼吸も荒くなっていた。

 

ドワーフの怪力によって無理やり動かされている彼女にとっては体力的にも精神的にも限界が近かった。

 

すると恐ろしいなにかが背後より急速に迫ってくる予感がテッドを襲った。それは生物としての本能が告げる警鐘だ。

 

─────追いつかれれば死ぬ。

 

そんな根拠もない、それでいて絶対的な予感。それがテッドの足をさらに加速させる。アンナを引きずってでも前へ、もっと先へ。

 

『黒猫』達を無力化した『なにか』が追ってきている。そう直感したテッドは焦燥感に駆られる。

 

「クソッ! なんなんだ、一体!?」

 

 死の鎌が首に掛かってるような錯覚を覚えたテッドは脂汗を流しながら、ただひたすらに走る。

 

後ろを振り向かずともわかる。今、自分に迫ってきているのは、人の領域を超えた怪物だと理解してしまう。

 

「どうしたのですか?」

 

「今からやって来る奴を足止めしろッ!!」

 

 状況を飲み込めていない道中の給仕や用心棒に怒鳴りつけ、走り続ける。恐怖がテッドの思考を埋め尽くす。

 

テッドは、アンナの腕を掴む手に力を入れ、最後の力を込めて駆け抜ける。地下金庫へ向けて。そして、ついに辿り着いた。

 

そうしてようやく目的の場所、地下金庫の扉までやって来たテッドは、最後の力を振り絞るように扉を開く。

 

そして、中に飛び込むと同時に扉を閉めて鍵をかける。ガチャリと音を立てて施錠された部屋の中で、テッドはぜえはあと肩で息をしながら安堵する。

 

「はぁ、はぁ、ここまで来れば········」

 

 顔を真っ赤にして、汗まみれになりながらテッドは、地下金庫の床に倒れこむ。もはや立ち上がる気力すら湧かない。

 

大量の金貨が積み上げられた金山や宝石類が詰まった箱。黄金郷を思わせる光景の中、テッドは床に寝転んだまま、大きく深呼吸をする。

 

そして、ふぅーっと長く息を吐いた後、テッドは口角を吊り上げて笑う。

 

その笑みには、隠しきれない歓喜が滲み出ていた。

 

ぎりぎりだったが逃げきったぞ、とテッドはほくそ笑む。そして息を整えるとへたり込むアンナに向けて言い放つ。

 

「この扉を自由に開けられるのはオレだけだ。そして、この金庫はアダマンタイトで作られている!!」

 

 ダンジョンで発掘される特殊な金属類。その中でも最高の硬度を誇るアダマンタイトで作られたこの部屋の扉を破壊できる者など存在するはずがない。

 

たとえ、あの青年がどれだけ強くても、だ。テッドは勝利を確信し、再び笑い出す。

 

地下城塞とすら言えるほどに広く、堅牢な造りの地下金庫。ここならどんな敵が襲いこようとも大丈夫だろうと

 

「ここに降りさえすれば、誰であろうと手出しはできない。あとは【ガネーシャファミリア】が『下手人』を捕まえるのを待つだけだ。·····あのガキが破滅するのはお前のせいだぞ、アンナァ!」

 

「それまで、お前には憂さ晴らしに付き合ってもらうとしよう」

  

 顔を赤黒させ、興奮気味に語るテッドは、アンナの腕を掴んで引き寄せると、乱暴に抱き寄せる。

 

「コケにされた分まで可愛がってやる·······奴にお前の泣き叫ぶ声を聞かせてやれないのが残念だがなぁ」

 

「い、いや······こ、来ないで········!!」

  

 恐怖に震え、涙を流すアンナの姿を見たテッドは嗜虐的な表情を浮かべた。それはまるで獲物を前に舌なめずりする獣のような顔だった。

 

「たすけ───」

 

 テッドは、怯えた様子を見せるアンナの服に手を掛けようとした瞬間、 ゾクリッ、 と背筋に氷柱を突き刺すような悪寒にテッドは思わず動きを止める。

 

ザンッッ────。

 

何者にも破壊できぬはずのアダマンタイト製の扉が、縦に両断され、崩れ落ちる。

 

そして、ゆっくりと開かれる扉の向こう側から現れたのは、一人の青年。

 

魔導具によって色を変えた水色の髪と瞳を持つ、まだあどけなさが残る顔立ちをした青年。

 

「クソっ、クソおおおお───!! 何だ、何なんだ、お前は?!」

 

「········こういうもんだ」

 

 手に持つのは用心棒の一人が持っていた片手剣であり、只のありふれた量産品の筈だ。

 

そのなまくらは彼が持つことによっていかなる名剣よりも鋭く、いかなる聖剣よりも荘厳な輝きを放っていた。 

 

刃が通るはずもない超硬金属の分厚い扉がその量産品によって両断されたのだ。

 

恐怖も忘れ、食いかかるテッドにアルは、変装の魔道具を外した。水色の髪は白く、空色の瞳は紅く染まり、顔が少しずつ元に戻っていっていく。

 

その顔を見て、テッドは今日何度目かもわからぬ驚嘆の声を上げて驚愕する。

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】?!」

 

 ここにきて漸くテッドは悟った、はなから自分は詰んでいたのだと。

 

 

─────·······

 

泡吹いて気絶したテッドを縄でぐるぐる巻きにした後、テッドに力ずくで引っ張られた際についたアンナの手足の傷を治療し終えたアルはアンナを背負って来た道を戻る。

 

先程に比べて騒がしさは落ち着いている。どうやら【ガネーシャ・ファミリア】がうまく騒ぎを終息させたようだ。

 

「あの········、ありがとうございます。見ず知らずの私を、皆さんを助けてくださって、本当にありがとうございます」

 

「いや、無事で良かったよ」

 

 震えながら瞳を潤わしてお礼を言うアンナに、気にすることはないと首を振る。

 

「兄さん!!」

 

「······アル?」

 

「『剣聖』か······」

 

 アンナに肩を貸して貴賓室まで戻ると貴賓室にはベル達に加えて男装をしたリュー、騒ぎを聞きつけてきたのであろう【ガネーシャ・ファミリア】団長のシャクティ・ヴァルマがいた。

 

「その女性は·······まさか、アンナ・クレーズ?」

 

「あらら、やっぱり出遅れちゃったみたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーー、つまんなかった。勝ちを確信した上での賭け事とか時間の無駄だわな。それもこれも曇らせ候補増やすためだけど、これ本来はリューがやることだったよなぁ·······。

 

『いや、無事で良かったよ』

 

 ほんとにな、ここまでやってダメだったら無駄足がすぎるわ。まあ、コレで好感度上げられたろ。リュー達には悪いことしたな。あとの処理はガネーシャのとこに任せて俺らは帰るか······。

 

『あのっ!! 貴方に奥様がいるのは解っています!!』

 

『これから言うことは、貴方を困らせてしまうことも······でも、それでも私は貴方のことが!!』

 

『私は、貴方に恋を───』

 

 あ、そういうのは求めてないです。

 

 

 

 

 

『·······ところでアル、『悲観者(ミラビリス)』が貴方の妻とはどういうことでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────んじゃあ、やっぱり怪しいところはダイダロス通りってことやな」  

  

 オラリオ北部の片隅にある高級酒場。密談にはもってこいのその店の奥まった個室で幾人の神が酒を酌み交わしながら情報交換をしていた。

 

そして今話題に上がっているのはここ最近、都市を騒がせている闇派閥残党が利用しているであろうダンジョンの入口の存在だ。

 

「というより、あとはもうあそこ以外、残っていないというのが正しい」

 

「アスフィやディオニュソスの子に都市中のきな臭そうなところを片っ端から探らせたけど、全部ハズレ。目ぼしいものは見つからなかったよ」

 

 遮音性に優れた個室では、酒杯を傾けながら会話を続ける神々の声がよく響いた。

 

ヘルメスとディオニュソスが言うように、既にオラリオに存在する全てのめぼしい場所を捜索済みだった。しかし結局、件の闇派閥が潜んでいるであろう場所は見つからなかったのだ。

 

「木を隠すなら森の中、ダンジョンの入り口を隠すのも迷宮の中ってことか。まぁ、最初から目星は付けとったけどなぁ。 ちゅうか、今日まであそこを手え付けてなかったんか?」

 

「いや、一応は調べてはいたんだよ。ただ成果が上がらなかった。広いオラリオの中でも、ダイダロス通りはちょっと特殊に過ぎる」

 

 ダイダロス通りとはオラリオでも一二を争うほどの複雑怪奇さを誇る裏路地の名前である。大通りのように区画整理されているわけではないので、迷子になる者も少なくない。

 

また道が入り組んでいて隠れる場所も多いため、探索するだけでもかなり骨が折れるのだ。

 

地上の迷宮とすら言われるダイダロス通りはかつてバベルの建築を為した『名工』ダイダロスが手掛けたものである。

 

他の路地と比べて異常なほど入り組み、道が複雑化している。その複雑さたるや日夜ダンジョンに潜っている冒険者ですら迷いかねないほどである。

 

さらに複雑な迷路のような道の先々には、無許可の違法建築物が立ち並び、時には行き止まりになっているところもある。

 

ダンジョン第二の出入り口があるとすれば、このダイダロス通りのどこかだろう。消去法ではあるが、ヘルメス達はそう予想していた。

 

「決まりやな。 次の目標はダイダロス通りに決定や。明日にでもうちらがあの辺りを調べるわ」

 

「いいのかい、ロキ?」

 

「なに抜け抜けと言っとるんや。いつも通り、全部押し付けんねんやろ? ま、今回ばかりはしゃーないわ」

 

 ディオニュソスの確認するような問い掛けに対し、ロキは呆れたように返した。

 

HAHAHAと笑い声を上げる二人に溜息を吐くロキだったが、今回の件に関しては文句を言うつもりはなかった。

 

「ま、なんだかんだ日が経ってフィン達も体を休めることができたしな。ちょうど良い頃合いなんちゃうか?」

 

 ロキの言葉に、二人は同意するように軽く頷く。焦っても意味はないが、時間はかけていられない。既に都市内のあらゆる場所での捜索を終わらせている以上、消去法として怪しい場所など限られている。

 

「迷宮都市をどうこうなんてアホな目論見を企む奴らはぶっ潰して落とし前をつけさせたらええ」

 

 細い目つきをさらに細めて、ニヤリとした笑みを浮かべる。そんな凄絶な表情を見せるロキの姿に、二人の神はゴクリと喉を鳴らした。

 

「─────あ、そういや、デュオニュソスんとこのエルフっ子、ランクアップしたんやって? おめっとさん」

 

「·······ああ、フィルヴィスも随分、舞い上がっているよ」

 

 

 



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五章完結記念六十八話 才禍交叉・前



アストレアレコード五話目です。


 

 

 

 

 

 

この戦いの最高指揮官である【ロキファミリア】団長、フィン・ディムナのもとへ次々と戦場の状況伝令をしに、各派閥の者たちがやってくる。

 

目まぐるしく移り変わる戦場を俯瞰するかのように戦況を眺めているフィンの表情は酷く険しかった。

 

「報告!!都市南西方面の味方がっ、冒険者が全滅しました!!」

  

 突如、敵として現れた【ゼウス・ファミリア】が誇るLv7の英雄、『暴食』のザルドによってこちら側の最強である『猛者』が打倒されてからは闇派閥が勢いづき、柱を失った冒険者側はいいように攻められて既に多くの冒険者が命を落としていた。

 

「───!! 全滅!? すべての冒険者が?!」

 

「は、はい!! 撤退した者もいるようですが····················今、南西区画に立っている冒険者はいません!!」

 

 全滅。数多く配置された上級冒険者の全滅の報に驚愕を隠せないフィンは【ロキ・ファミリア】団員によってついで齎された情報によってロキ同様目を見開く。

 

ザルドとて分身できるわけではあるまいし、多方面で同時多発的に冒険者が全滅するなどありえない。

 

「ロ、ロキ!! 団長!! リ、リヴェリアさんとガレスさんが·············敗北したと、報せが·············!!」

 

「なんやと?! 二人は無事なんか?」

 

「『万能者』がお二人を回収したそうですが··········重傷で、すぐに再起は不可能だと···············!!」

 

「そんな········リヴェリアさんとガレスさんが負け、た?」

 

 フィンの戦友であり、現状のオラリオにおいても『猛者』、『小巨人(レベル6)』に次ぐ最高戦力二人の陥落はそのまま戦線の崩壊を意味し、自分達の三大看板の内二つを割られた【ロキ・ファミリア】の士気はどん底まで落とされる。

 

その報告を聞いた団員達も顔色を悪くし、中には絶望的な顔をする者さえいた。

 

「·················敵の情報は?」

 

 Lv5最上級の二人と戦えるものなど、【アパテー・ファミリア(不正派閥)】や【アレクト・ファミリア(不止派閥)】などの第一級冒険者相当の実力者が複数所属している闇派閥の武闘派派閥陣にすらそういるはずがない。

 

それにその両派閥は他でもない【フレイヤ・ファミリア】が相手取っている。つまりはそれ以外の勢力ということだ。

 

その両者を倒せる者がいるとすれば、それは─────。

 

「は、灰の髪の魔導師、妙齢の女!! 超短文詠唱を駆使し、桁違いな攻撃はおろか、魔法による砲撃も効かないそうです!!」

 

「(灰髪の魔導士、更に魔法の『無効化』、アルフィアか!! 【ゼウス・ファミリア】のザルドだけでなく、 【ヘラ・ファミリア】まで!! 八年前から能力に変動がなかったとしても、どちらもLv7!! 現状の第一級冒険者でも敵わない相手!!)」

 

 最恐派閥【ヘラ・ファミリア】において尚、異端とされた才能の権化たる存在、Lv.7の怪物。八年前の時点で現都市最強の魔導士であるリヴェリアを明確に凌駕していた魔女。

 

「戦況を掌握された··············!! これが『切り札』か、ヴァレッタッ!!」

 

かつての最強が二人、そしてこちらの最強は既に堕ちた。現状、都市に残る第一級冒険者級の戦力はフィンを除けば【フレイヤ・ファミリア】の『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』、ほかは【ガネーシャ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】に極僅かに残る程度。 

 

だが、誰もが戦いに次ぐ戦いで疲弊しきっている。【フレイヤ・ファミリア】の『白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)』や『黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)』は【アパテーファミリア(不正派閥)】と【アレクトファミリア(不止派閥)】を相手にしているため動かせず、また、他の派閥も同様だ。

 

──────詰み。

 

そんな言葉がフィンの脳裏に浮かぶ。このまま攻め込まれてはフィンと最低限の戦力しか詰めていないこの最終防衛ラインは容易く破られるだろう。

 

せめて、どちらかを止められれば残るもう一方に『象神の杖(アンクーシャ)』や『単眼の巨師(キュクロプス)』などの精鋭による防衛ラインを敷かせることもできるのだが、それもできない。

 

オラリオにいる全ての兵力を集中させたとしてもあの二人を打倒をすることは不可能に近い。

 

都市最強の『猛者』を欠いた現状、最悪の敵となった最強の『英雄』を止める手立てはない。最低でも第一級冒険者でなければ足止めすら務められない。

 

「(どうする?! セントラルパークから援軍を出すという選択肢はない。あくまでもこの戦いの敗北条件はセントラルパーク、ひいては『バベル』の陥落、そこを違えてはいけないッ!!)」

 

 あと一手、あと一駒あれば話は変わる。あと一人、自由に動ける第一級冒険者がいれば───。  

 

「で、伝令!! 都市南区にて『灰色の女』と【アストレアファミリア】が会敵!! ················し、死んだはずの『剣鬼(ヘル・スパーダ)』が敵を食い止めています!!」

 

「───!!」

 

 

 

 

 

 

 

「────【魂の平静(アタラクシア)】────。嗚呼、来てしまったか。我が罪の愛し子よ」

 

 灰色の女の嘆きが緋色に染まった戦場にけたたましく響く雑音によって掻き消される。その女を中心にして静かに、それでいて目に見えるほどに激しく、灰白色の魔力光が渦を巻くように舞い踊る。

 

女は既に、覚悟は決めていた。自らの、『悪』の前に立つというのならばその()()を朱に染める覚悟を抱いて戦場に身を投じたのだ。

 

 

だが──────。

 

「ア、ル? なんで·······?」

 

「あんなもんで死ねるかよ、俺が」

 

 リュー達の目前にはアーディを自決装置の爆発から庇い、最後には崩れ落ちる瓦礫によって完全に死んだはずの男、『剣鬼』アル・クラネルがいた。

 

戦闘衣は焼焦げ、肌も焼け爛れている。一見すれば死に体にしか見えない彼の身体からは今もなお、大量の血液が流れ続けている。

 

だが、その五体からは可視化できるほどに濃密な白色の魔力光が立ち昇っていた。それはまるで、今まさに消え去ろうとしている命の炎を燃料にして燃え盛る炎のようにも見えた。

 

しかし、それでも。アルの命はまだ尽きていない。彼は生きている。それを証明するかのように、アルは右手に持つ銀槍と左手に持つ黒い短剣を構えてみせた。

 

「────こ、んのッ、クソガキがァ······!! 生きてんなら、チャチャっと出てこい!!」

 

 その姿を見て、上辺だけの口調を捨て去り、口汚く罵倒する輝夜ですらその目には僅かに涙が浮かんでいる。『怪物』を相手に戦意が完全に戻ったというわけでないが、最強の帰還によって【アストレアファミリア】の瞳に再び、火が灯り始める。

 

「────って、よく見れば貴方、身体中火傷だらけじゃないっ?! は、早く治さ──「『団長』ッ!!」──ッ!!」

 

「こんなもんは火傷のうちにも入らん。それよりもお前らはさっさと主神様んとこに行け、ここは俺がとめる」

 

 この場で唯一、目前の灰色の女からではない源のわからぬ漠然とした危機感を感じていたアリーゼは努めて普段通りの明るさで振る舞おうとするが、アルによって止められる。

 

普段、最年少の癖に誰に対しても敬称をつけないアルの初めての『団長』呼びにアルが生きていたことで復活したはずのアリーゼの笑顔が凍りつく。

 

「なっ────お前一人をおいていけるわけがないだろう!!」

 

「黙ってろ、ポンコツエルフ。お前は、()()()()()()()? 『団長』。──────こんままだとあの女神様、死ぬぞ」

 

 ────────灰色の女は自身を犠牲にして仲間を救おうとする少年の姿に『英雄』を見てしまった。

 

 

 

 

 

「待っててくれたのか? ···············存外、親切なんだな」

 

 そんな言葉を口にしながら、アルは背後を振り返ることなくゆっくりと灰色の女に向かって歩を進める。一歩進む度に傷口から血飛沫が上がるが、気にした様子もなく歩み続ける。

 

「··········私とて別離の感情は解す、末期の別れを邪魔するほど無粋でもない」

 

 そんなアルの言葉に対して灰色の女は表情を変えず淡々と告げる。しかしその声音にはどこか悲哀の色が含まれているように感じられた。

 

だが、双方の五体から沸き立つ魔力の渦は留まることを知らず激しさを増していくばかりだ。その証拠として周囲の瓦礫や地面が吹き飛び、砕け散っていく。

 

ただ漫然と纏っているだけで物理的な破壊力を伴わせる魔力の奔流。それが、今まさにぶつかり合おうとしている。

 

「アンタ、どっかで会ったことあるか?」

 

()()()。お前のような子供を、私は知らない」

 

 大気が撓み、空間そのものが震え上がるような錯覚を覚えるほどの魔力の高まり。その高まりはやがて臨界点に達し、二人の周囲を渦巻いていた魔力光が輝きを増す。

 

そして、遂に二人は激突する。

 

「【英雄正道解放(アルバート・リリース)───────サンダーボルト】」

「【魂の平静(アタラクシア)──────────────福音(ゴスペル)】」 

 

 天を穿ち、地を震わせる鐘楼の音と神罰であるかのように猛り狂う雷霆が二人の才禍による戦いの火ぶたを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『猛者』達の敗北を受け、各ファミリアの士気が下がっています!! 南方を中心に、敵の蹂躙を押し返せません!!」

 

「だ、団長!! せめて援軍を!!」

 

 次々と寄せられてくる報告を聞きながらフィンが思考を巡らせる中、団員の一人が叫ぶように言う。

 

確かにその通りだった。このまま上級冒険者達が全滅すれば都市の全てが終わるのだ。

 

「駄目だ!! 僕達は中央広場を、『バベル』を死守する!! この戦いの中で、 敵の狙いは間違いなくここだ···········!!」

 

 フィンは食いしばるかのような声で指示を下す。それは半ば自分に言い聞かせるようにも聞こえた。

 

フィンとて同胞たる冒険者達を死なせたくはない。可能であれば自分が救援に向かいたいほどに。

 

しかし、『勇者』としての自分がそのような『逃げ』を許さない。残酷なまでに徹底された優先順位が、フィンを縛っていた。

 

何より優先すべきはオラリオを守ること。そのために、フィンは自らの誇りと信念を貫くと決めている。

 

たとえその先に待ち受けるものが戦友の死であったとしても。

 

「防衛線より以南は放棄!! 残存勢力は都市中央に集結するよう、号令を出せ!! 北の【フレイヤ・ファミリア】達とも連携を取る!!」

 

 フィンの指示が飛び、団員達が慌ただしい動きで各所へと伝達に向かう。それを見ながらフィンは唇を噛み締めていた。

 

「(最悪に違いない状況でなお親指は疼き続けている。これですらまだ 『前座』に過ぎない? ···········何がある? ··········何が来る?··················一体、()()()()()()()─────)

 

──────神にも迫る理知を以って勇者は悟る。

 

 

 

 

 

「────()()() このシナリオを描いた神は?」

 

「闇派閥謹製の都市破壊計画? 馬鹿を言うな、上手く行き過ぎている。···················時機、塩梅、潮、あらゆるものが人智の範疇に収まらない。 必ず裏で、全てを画策した神がいる」

 

 ヘルメスは断言する。燃え盛る街をアストレアと共に自らの眷属に護られながら走りつつ、その眼光は鋭く周囲を見渡していた。

 

今も死んでいく冒険者達、崩れていく建物の数々、逃げ惑う人々とそれを阻む闇派閥の信者達、それらを横目に彼は言う。

 

余りにも上手く行き過ぎている、と。そうしてヘルメスが見つめるのは空だ。そこにいるのは一柱の神ではない。

 

確実にいるはずの、別の神の影。

 

「ええ、その神は我々をあざ笑っている。·········悍ましい、邪悪の蠢動、その奥に何かがいる!!」

 

──────全知零能たる神々はその裏に潜む同類の気配を知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「【───宿れ、光の権能、無窮の聖火、小夜曲(セレナーデ)の響きよ。星屑の煌きを束ね、いと疾く穿て───レァ・アステール】」

 

 奔る白き残影。同じく白い雷霆を撒き散らしながら駆けるアルは一迅の光と化して灰色の女へと肉薄する。光の付与魔法によって加速に加速を重ね、放たれるのは銀槍の刺突。

 

音すら置き去りにする超速の一撃に、灰色の女は防御の姿勢をとることもなくただ腕を掲げるのみ。紙一重でその刺突を灰色の女は半身になる形で回避し、反撃の拳を振るった。

 

己の土俵である魔法ではなく、魔法戦士であるアルに分があるはずの近接戦闘で応えたことに面を喰らいながらもアルは即座に後方へ跳び、間合いをあける。

 

「──────」

 

 しかし、女はその程度で逃がさないとばかりに跳躍したアルの着地地点を狙い、大股の踏み込みと共に右ストレートを放つ。

 

それを、空中で身体を捻ることでギリギリ回避したアルは銀槍の石突き部分を地面に打ち付け、それを軸に身体を回転させて遠心力を乗せた銀槍の横薙ぎを放った。

 

だが、その一撃も灰色の女は左手に持つ鈍らで難なく受け流し、同時に右手の手刀がアルの心臓を狙う。

 

咄嵯の判断により、アルは身体を仰け反らせながらバク転することで手刀を回避。そのままバックステップで再び距離をとる。

 

息つく暇もない攻防の連続に肩を上下させ荒い呼吸を繰り返す。

 

「··········っ」

 

 見るからに後衛であるはずの女の卓越した身のこなしに、アルは内心舌を巻く。

 

その白い細腕からは想像できないほど鋭く重い立ち回り。まるで獣のように、あるいは機械人形のように精密に洗練された動作にアルをして戦慄を禁じ得ない。

 

女のキツく閉ざされた瞼の奥の眼差しは無機質で、それでいてアルを射殺さんと言わんばかりの鋭い視線が向けられる。

 

もとより魔法戦で専門職であるはずの女に勝てるとは思っていない。

 

確かにアルの詠唱不要の速攻魔法は対人戦においては無類の強さを誇るだろうが、今回ばかりはその優位は通じない。何故なら相手もまた一工程での魔法攻撃が可能なのだから。

 

しかも、その精度はアルを遥かに上回っているため、下手な小細工など通用しない。

 

そんなアルの思慮を他所に灰色の女は不動のまま、構えを取ることもなく佇んでいる。一見、隙だらけにも見えるが、それは間違いだ。

 

盤石の要塞を前にしているかのような感覚を覚えつつ、アルは再び銀槍を構え直して地を蹴る。先程の倍近い速度で肉薄すると、今度は女も迎撃態勢を取った。

 

しかし、それも想定済みだと言わんばかりにアルはそのまま速度を落とすことなく前傾姿勢を取る。

 

──────【英雄正道(アルバート)

 

──────【獅子心叫(オーバード・ネメア)

 

使用を躊躇っていた二つのスキルを解禁する。女を前に悠長にチャージ時間なぞ取れるわけもないが瞬時の脚力強化ならば瞬き程のチャージで事足りる。

 

そして疑似獣化。本来、獣人しか使えぬはずの獣化であるが『精霊の加護』と『神の恩恵』の混じり合いと奇跡にも等しい確率で生まれた種族の垣根を超えた超抜のスキル。

 

階位昇華にも匹敵するほどの強化率を誇り、【凶猛の魔槍】を使ったフィンとほぼ互角に渡り合えるほどの性能を発揮する。

 

加えて、獣化したことで身体能力の向上に加え、五感の上昇や動体視力の鋭敏化などの副次効果を得ることが出来る。

 

無論、種族として許された力の域を逸脱するその力は使用者に途轍も無い負担を強いる諸刃の力ではあるが、今のアルにとっては好都合だった。

 

ミシミシ、と筋肉と骨が軋む音が響く中、それでも構わず更に加速を重ねる。地を這うような低い姿勢のまま、矢の如く一直線に疾駆したアルは瞬く間に女との距離を埋めた。

 

一挙に女の視界の外まで距離を詰めると、女が反応する前に懐に飛び込んだアルは女の首筋目掛けて銀槍を一閃させた。

 

狙い違わず、銀槍の刃が女の首元を捉らえる。

 

限界を超えたステイタスの積み立てとスキル効果、魔法効果によってLv5の範疇に収まらぬ神速の斬撃、防げる筈がない。

 

────叩いて横に弾かれる。

 

「は?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。それほどまでに女の行動とその結果は衝撃的であった。女が首を捻りながら腕を上げ、たったそれだけの動作で銀槍の軌道をずらす。

 

カウンターのように繰り出された女の拳がアルの鳩尾に突き刺さった。あまりの威力に肺の中の空気が全て吐き出され、意識すら刈り取られそうになるも歯を食いしばって堪える。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 決河の勢いで殴り飛ばされるも、アルは空中で体勢を整えて何とか着地。しかし、そこに女が肉薄していた。

 

振り下ろされる手刀をアルは銀槍で受け止めるが、女の腕は止まらない。

 

二人の腕を貫く衝撃。拮抗は一瞬で、アルは銀槍ごと地面に叩きつけられた。地面に亀裂を走らせながらアルは地面を滑り、やがて停止する。

 

膂力の差、ではない。単純に技術の問題だ。女はアルの一撃をいなすと同時に手首を返し、肘打ちを叩き込むことで相手の得物を絡め取ったのだ。

 

そればかりか、その一撃には殺気も何も込められていない。ただ、腕を振り下ろし、その軌道上にたまたまアルの武器があっただけ。

 

静寂にすぎる女の動作は、まるで舞でも踊っているかのように滑らかで無駄がなく、それでいて洗練されたものだった。

 

そして───。

 

「【サンダーボ【福音(ゴスペル)】──ッ?!】」

 

 極限まで研ぎ澄まされた超短文詠唱による速攻魔法の先取り。詠唱を不要とする速攻魔法より()()超短文詠唱によって搔き鳴らされた死の旋律がアルの魔法防御を貫通してその内部を破壊する。

 

不可視の音の砲撃は呵責なく肉を爆ぜさせる

 

血管が破裂し、骨が裂け、血飛沫と共に宙を舞う。全身を駆け巡る痛みと痺れ。

 

身体に奔る痛痒を吐き捨てて魔法による自動回復に身を委ねながら離脱、そのまま疾走を続けて距離を取る。

 

霞む視界の先では女が地面に落ちている冒険者の遺品であろう片手剣を手に取る姿が見えた。

 

──────巧い。

 

──────強い。

 

──────速い。

 

──────巧過ぎる。

 

そんな言葉ばかりが頭に浮かんでくる。加速に次ぐ加速で更に速度を上げて攻撃を加えていくアルだったが、女はそれらを全て捌き切る。

 

反撃に転じる隙を一切与えない怒涛の連続攻撃だが、それでも女は一切の焦燥を見せない。

 

無表情な顔つきのまま、淡々と攻撃を往なして受け流し、時にいなして回避する。そうして、ほんの僅かに生まれた隙を突いてカウンターを打ち込んでくる。

 

この世に生を受けて以来、無敗を誇っていたアルの人生の中でこれ程までに不落を体現した相手はいなかった。

 

如何なる歩法も、技も、かけ引きも、全てが通用しない。文字通りの意味で歯が立たない『高み』。

 

アルが、才能の権化であるアルが、その生涯において初めて感じる絶望的なまでの実力差。

 

全力を出してなお、勝負にもならない隔絶とした力の差に、次第に動きに精彩が欠け始める。

 

女が─────アルフィアが持つのはどこぞの冒険者の遺品としてそこらに転がっていたなまくら。しかし、そのなまくらは彼女が持つことによっていかなる名剣よりも鋭く、いかなる聖剣よりも荘厳な輝きを放っていた。

 

後衛職であるはずなのにアルを簡単に凌駕する剣戟の冴えと体術。魔法を使う暇など一切与えることなく、その武技だけでアルを圧倒していく。

 

「─────この程度か、それまでならば一挙に潰すぞ?」

 

 かたく結ばれたアルフィアの双眸が静かに開かれる。ヘテロクロミアの瞳がアルを貫く。

 

【挿絵表示】

 

前衛とも、後衛とも、魔法剣士とも違う、唯一無二の完全なる『個』。神時代以降、もっとも才能に愛された女は、かつて16歳という若さで「三大冒険者依頼」の怪物を下した女は間違いなく今代の『才禍』を凌駕していた。

 

両者を分けるのはその『才』ではない。幾千の戦場を潜り抜け、幾万の死を築き上げてきた昔日の英雄としての『経験値』。

 

それはまさに、英雄の強さ。

 

一朝一夕で成れるものではない。積み重ねた年月が、研鑽が、彼女の才を支えている。

 

才能だけでは埋められぬ差が二人の『才禍』の間にはあった。

 

 




本編通しても初のアルが単純な力量の差で押される話でした。

才能は五分、レベル差もアルのスキルバフとアルフィアの自己デバフで実質的には1未満。

ただ、ダンまち世界ではレベル並に重要視される技と駆け引きでかなり差をつけられています。

13のガキと妙齢の英雄なんでまあ、当然かな


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第六章
六十九話 来世は儚げで病弱な美少女に生まれたいなぁ!!




アミッド√消えてしまいました
ハーメルンのページから落ちて一万文字くらい消えました

自動保存でも冒頭の千文字くらいしかサルベージできませんでした‥‥‥‥

ちょっと流石にここから書き直す気力はないんでアミッド√は6章か7章まで待ってもらえると助かります。

すみません。


 

「えぇ〜ここ、出払わないと行けないのぉ?」

 

 オラリオの貧民街であり、オラリオでも一二を争うほどの複雑怪奇さを誇る裏路地として知られるダイダロス通り。

 

区画整理なぞ知ったことかと言わんばかりに好き勝手な増築を繰り返した結果、迷路のような構造となったこの地区は、一度迷えば二度と出られないなどと噂される魔境である。

 

事実、地上の迷宮とさえ呼ばれるその複雑怪奇さは冒険者でさえ迷うほどだ。無許可の違法建築物が立ち並

んでいる無秩序な空間に地図なんてものがあるわけもなく、後ろ暗いものを隠すにはもってこいだ。

 

そんな複雑怪奇な地上の迷宮の奥に隠されるように存在する細い通りを進んでいくと、そこにはぶ厚い最硬精製金属製の扉がある。

 

その扉の先には、オラリオの地下に存在する遠大な建築物、『名工』ダイダロスとその末裔が今もなお建造拡張を続ける人造迷宮が存在する。

 

『名工』と呼ばれながらもダンジョンという混沌の美に魅了された神才ダイダロスがダンジョンを越える人造のダンジョンを造り上げたのだ。

 

そして今現在、その人造迷宮の下層にある石室。穢れた精霊のテリトリーであることを示すように緑肉が壁や床にこびりつき脈打っている石室で慌ただしげに走り回る闇派閥の雑兵である白いローブに身を包んだ死神の使徒とそのまとめ役である黒いローブの男。

 

そんな黒いローブの男から上位者として扱われる白衣を着てメガネをつけた薄桃色の髪の研究者然とした男がいた。

 

「は、はい、ミュラー様。万が一に備えて奥へ一時的に設備を移動すべきかと思いまして」

 

 石畳を脈打つ緑肉が覆う生物的な空気感とは打って変わってその内部には金属管が張り巡らされており、なかに電極らしきものを刺されたモンスターが溶液に入った巨大な水槽などが並べてあるどこか科学的な雰囲気を漂わせた異相の部屋。

 

【挿絵表示】

 

 

「その万が一を起こさないのが君らの役目でしょ············はぁ~。まぁいいや、相手が【ロキ・ファミリア】なら仕方ないかぁ〜」

 

 ミュラーと呼ばれた研究者風の男は眼鏡の奥で非人間的な昏い瞳を細めながらため息をつく。

 

黒ローブの男の報告によれば現在、闇派閥の残党と敵対している【ロキ・ファミリア】がダイダロス通りを探索して回っているらしい。

 

その情報を耳にした時、ミュラーは面倒くさそうに頭を掻いた後、指示を出した。

 

ミュラーの背後に控えていた白いローブの男たち。彼らはミュラーの指示に従い、部屋の一角にあった機材を部屋の隅へと運んでいく。

 

その様子を眺めるミュラーの隣では黒いローブの男が報告を続けていた。

 

「『扉』が見つかるのも時間の問題だろうとヴァレッタ様が仰っていました」

 

「そうだね~、いくら奥まって分かりづらいって言ってもあっちには鼻の効く高レベルの獣人がいるわけだしぃ? 」

 

 食人花を始めとしたモンスターの地上への開放や密輸など、バベル以外のダンジョンの出入り口がなければ不可能であろうこれまでの事案にオラリオのどこかに必ずダンジョンへの隠された第二の入り口があると踏んだ【ロキ・ファミリア】は協力派閥と共にしらみつぶしに探していた。

 

その過程でダイダロス通り以外のほぼ全ての場所を捜索しきったと知っているミュラーとしては、もはや隠し通すことは不可能だと理解していたが、それでも不満はある。

 

「研究もい〜ぃ所なのにさぁ。なんでこんなタイミングで········というか、あの『扉』あるんだから別に気にしなくてもいいんじゃなぁい?」

 

「────そォはいかねぇよ」

 

 最高純度の最硬精製金属を加工することで造られた大型金庫の蓋のような重厚な金属製の扉。

 

第一級冒険者の使う不壊属性の武器にも使われる特殊金属の硬度はミュラーもよく知るところであり、よほど特殊な手段を用いない限り傷一つつけることもできない代物だ。

 

さらに、この扉にはとある仕掛けが施されている。それは、この扉を開閉する鍵となるアイテムの存在だ。

このアイテムこそがこの扉の鍵であり、そのアイテムは個数自体も限られているが現状、外部にはイシュタルの持っているものしかないはずなのだ。

 

つまり、仮にこの場所が見つかっても『扉』を突破して内部に攻め入ることは不可能なはず。

 

だからこそ、わざわざこの場を放棄してまで移動する必要性を感じないミュラーだったが、それを否定する第三者の女の声が石室内に響いた。

 

「ヴァ、ヴァレッタ様····!!」

 

「ん〜、雇い主様の指示なら従うけどさぁなんで『扉』あるのに引っ込まなきゃならないの?まさか、破られると?」

 

「そういうわけじゃァねえが、万が一ってこともあるだろォが」

 

 声の主───荒々しい様相のファーコートを着た女性が石室へと入ってきた。ダンジョン産の天然武器と思われる不気味な大剣を担ぐその姿は肌がよく見えるその衣服もあって良いか悪いか凶暴な生命力に満ち溢れている。

 

ミュラーはその女を見て、思わず顔をしかめた。その女の全身からは強い血臭が漂っており、ギラついた狂気がありありと見て取れる。

 

そして、何よりミュラーにとって不快なのは、そんな彼女が自分の雇い主である闇派閥の幹部の一人であるということだった。

 

その女の名はヴァレッタ・グレーテ。闇派閥の幹部であり、数多くの冒険者を屠ってきた猛者である。

 

『殺帝』の二つ名を持つ彼女がその気になれば闇派閥専属の研究者である自分すら躊躇わずに殺すだろう。

 

ミュラーは内心で毒づきながらも表情だけは笑顔を取り繕い、彼女に問いかけた。

 

「まぁ、確かにあの『扉』はフィンの『槍』やクソエルフの砲撃でもぶち壊せねぇはずだけどよお」

 

 ミュラーの言葉にヴァレッタはニヤリと笑みを浮かべるが、その目はまるで獲物を狙う肉食獣のように鋭い光を放っている。

 

「それによ、あっちには『剣聖』のガキがいやがる、『扉』も絶対ってぇ訳じゃねェ」

 

 最硬精製金属製の扉は第一級冒険者であっても破壊は困難を極める。しかし、相手はあの少年、都市最強の双璧と名高いあの男ならばあるいは可能かもしれない。

 

仮に一度でも破られれば闇派閥の地の利は失われ、一気に瓦解することになる。

 

そんな懸念を滲ませる言葉を聞いて、ミュラーは小さく嘆息した。この女は、いや、闇派閥の人間はとにかく不安要素を潰したいらしい。

 

「それなら閉じて亀のように閉じこもるんじゃなくてあえて開いて蜘蛛の巣を張るようにした方が良いだろぉ?」

 

 開いているものをわざわざ壊すとは考えにくい。ならばこちらから招いて罠にかけてしまえばいいのだ。

 

ヴァレッタとしては【ロキ・ファミリア】で警戒に値するのは『剣聖』と『勇者』を筆頭としたごく僅かの第一級冒険者だけで他の団員の脅威はそれほどでもないと考えている。

 

だが、それはあくまでも第一級冒険者が異常すぎるだけであって、それ以外の構成員も決して侮れるものではない。

 

ヴァレッタに嘲りはあれど侮りはない。来たる決戦の日までに【ロキ・ファミリア】の戦力はできるだけ削いでおきたいというのが彼女の狙いであった。

 

一度、クノッソスに招いてしまえば無尽蔵にいる極彩色のモンスターとクノッソスのギミックによっていかようにも料理できる。

 

主力たる第一級冒険者は一人二人削れれば御の字。狙いは補給と援護を担う二軍の第二級冒険者とそれを失ったことによる第一級冒険者の士気の低下だ。

 

「現状のクノッソスの罠で『剣聖』を殺せるかはわからねぇが近いうちにある『決戦』の時にあのクソガキを確実に殺すための手札をできるだけ多く用意しておきてぇからな、てめぇとこの設備は万一にも失うわけにはいかねえんだよ」

 

 闇派閥残党のオラリオ壊滅の切り札であった深層の階層主以上の脅威である精霊の分身が『剣聖』に通用しなかったのは誤算であった。

 

『分身』に変わる地上破壊及び『剣聖』殺害のための手札は有ればあるほどよい。『魔竜』と『巫女』だけではまだ万全とは程遠い。

 

その手札増やしの一環がミュラーの行っている研究であり、その成果がこの施設だ。

 

「まぁ、まだ、被検体との定着が不安定だけどねぇ〜」

 

 ミュラーが今取り組んでいるのは七年前の大抗争でその大半が壊滅した闇派閥、その一派閥が残した負の遺産を応用した研究だ。

 

未だ不完全ながら完成すれば『剣聖』を殺すに足るものになり得る。それを失うわけにはいかないため、人造迷宮の奥に設備と研究人員を退避させるのだ。

 

「そォいうわけだ、わかったらちゃっちゃっと準備しろ、【ロキ・ファミリア】の連中が来ちまったら面倒だからなぁ」

 

「了〜解」

 

 そう言って踵を返すヴァレッタ。彼女はもうじき入り口を見つけるであろう【ロキ・ファミリア】を出迎えるつもりらしい。

 

彼女を見送った後、ミュラーは再度、研究中の装置へと視線を向ける。そこには緑色の水溶液だけを残して空となった六つのフラスコと不気味に蠢動する異形の胎児のような怪物が詰められた巨大フラスコが『十二個』あった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼウスとヘラの二大派閥がオラリオを去って以降、闇派閥の台頭によって急激に治安が悪くなっていた後に『暗黒期』と呼ばれることとなる時期に結成された秩序の派閥、【アストレア・ファミリア】。

 

そして、アストレア様を慕い、正義の剣と翼のもとに集った正義の眷属。

 

輝夜、ライラ、ノイン、アスタ、ネーゼ、リャーナ、セルティ、マリュー、イスカ········アリーゼ。

 

炎のように鮮やかな赤い髪を持つ少女は太陽のように明るく、誰からも好かれる性格だった。

 

彼女の周りにはいつも人が集まり、その笑顔は多くの人を魅了した。彼女は、私の親友であり、憧れでもあった。

 

【アストレア・ファミリア】の団員は全員が女性でその誰もが男勝りな気風を持っていたものの、皆に優しく思いやりのある心根の持ち主ばかりだった。

 

少数精鋭ということもあってか団員同士仲が良く、常に笑い声が絶えなかった。私はそんな彼女たちとの日々が好きだったし、誇りにも思っていた。

 

·········思えば私は、ずいぶん長く平穏な生活を送ってきた。アリーゼ達が、【アストレア・ファミリア】の皆が闇派閥の生き残りであった【ルドラ・ファミリア】の奸計によってダンジョン下層に現れた『破壊者』との戦いで亡くなってからもう、五年。

 

ただ一人生き残った私は復讐の炎に身を焦がし、手段を問わずに闇派閥を狩り続けた。その過程で罪に問われ、賞金首にすらなったが足を止めることはなかった。

 

だが、その全てを殺し尽くし、燃え尽いた果てに残ったものは虚無感だけだった。

 

それから様々なことがあった、シルに救われ、新たな居場所を得た。誰よりも才能に愛され、誰よりも自分を蔑ろにする英雄の卵を鍛え、新たな使命を得た。

 

アルとともにあの『破壊者』を打ち倒し、闇派閥との、過去との精算はとうに終えた。

 

知人に無理を言って用意してもらった馬車に乗り込む。これから向かう先は、私が今一番会いたい人のいる場所だ。

 

あの黒きミノタウロスとの戦いで今の自分の限界を知った。戦いの一線から身を引いて五年、もう冒険者として戦うことはないと半ば決めてはいたけれど、この胸の奥底で燻る熱はまだ消えていない。

 

今の私のままではダメだ。

 

「────私も、そろそろ前に進まなければ」

 

 そうして辿り着いたのは、小さな村だった。そこかしこで子供たちの声が響き渡り、大人たちもそれを微笑ましく見守っている。

 

この村は私の故郷ではない。しかし、とても懐かしく感じた。きっとそれはこの場所の雰囲気によるものだろう。

 

まるであの頃に戻ったかのような錯覚に陥りながら歩いていると、一軒の家に辿り着く。

 

私を出迎えたのは年若いヒューマンの少女であり、どこか昔の自分を彷彿とさせる雰囲気があった。

 

少女は私に不満げな視線を向けながらも中に案内してくれる。

 

彼女が奥の扉を開くとそこには─────

 

「お久しぶりです·········アストレア様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーーーーーーーーっ、女になりたい。

 

いや、冗談ではなく女であるほうが曇らせにおいては有利だと思う。

 

まず、単純に男よりも女であるほうが簡単に人からの好感度を稼げる。男の場合、いたずらに顔や実力が高いと上手くヘイト管理できなきゃ同性からは嫉妬心、異性からは警戒心を抱かれる。

 

でも女の場合は割と好意的に見られることが多い。無論、嫉妬やらなんやらはどうしてもあるだろうが曇らせと嫉妬は親和性が高いから問題ない。

 

あと俺は例外にしても基本的に男は女に対して庇護欲を抱くものだからその点でも有利な気がする。

 

何より儚げな雰囲気とかを演出しやすいだろう。

 

アルフィアよろしく病弱系美女になれば完璧だ。

 

その上でアレンとかアレンとかアレンとかアレンとかアレンとかアレンとかアレンとかアレンとかをコテンパンに倒した上で病死、或いは病が原因でアレンでも簡単に倒せるくらいまで弱くなる。

 

めっっっちゃ曇るだろうなあ············。

 

死ぬなら俺に殺されて死ねとか言ってくれそう。

 

うわぁ、絶対いいわぁそれ。

 

想像しただけでレベル上がりそう。

 

三つ魔法が発現しきってるのが悔やまれるな。

 

仮にスロット空いてたら女体化の魔法覚えるのに·······。

 

いや、それだと意味が違ってくるか。

 

次があるかはしらんけど、となると来世か。

 

あーーーーーーーーーっ、来世は儚げで病弱な美少女に生まれたいなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

アルは自らの性別に頓着がないので曇らせられるなら躊躇なく男やめます。多分、アルは女に生まれても、というかモンスターに生まれても何一つ内面は変わらなそう。











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七十話 ぶん殴られて仕方のない罵倒

かなり投稿に間空いてしまってすみませんでした

悪くなって初めて健康の有り難みがわかるってのは、よく聞く話だけど本当だね

死にかけてせっかくの休みを毎週、病院通いに費やすことになる前にみなさんも健康に気をつけてください

あーーーー、百分の一でいいからアルの生命力がほしい


 

 

四年前。

 

日が高くなってきた昼下がり。今日もオラリオは快晴であり、都市内外の商人達はこぞってダンジョンに潜りに来る冒険者達を目当てに商売に精を出している。

 

商店から聞こえてくる、その店の大小を問わずに張り上げられた声が活気に満ちた街の雰囲気を作り出していた。

 

商人だけでなく、要塞のような重装備を身に着けたドワーフ、静凛とした魔法衣を纏うエルフ、軽装ながらも金属鎧で身を固めたヒューマン等々……様々な種族の冒険者達が街中を闊歩している。

 

活気溢れるメインストリートには昼時ということもあってか人通りが多く、特に飲食店や屋台が軒を連ねるエリアでは人がごった返していた。

 

そんな中で一際大きな喧騒を生み出している店があった。店の外まで薫ってくる香ばしい匂いと店内から漏れ出てくる熱気が食欲を刺激して止まない。

 

酒場を兼ねた食堂であるその店────【豊穣の女主人】は今日も盛況であった。

 

─────·······

 

店内は更に賑やかさを増しており、客層も様々だ。昼間から酒を浴びるように飲んでいる者、テーブルの上で豪勢な食事を楽しんでいる者……そんな光景が店内ではいつものように展開されていた。

 

様々な種族の可憐なウェイトレス達が「あぁ゛〜忙しいニャ」「猫の手も借りた·····ミャーが猫だったにゃぁ」「くうぅぅ···シルのやつ、帰ってきたらとっちめてやる!!」などと悲鳴を上げながら注文された料理を次々と運んでいく。

 

厨房の方ではガタイの良い女性店主ミア・グランドが図体に見合わぬ機敏な動きで次々と調理をこなしていく。

 

おっそろしいドワーフの女主人のもと、凄まじい回転率で料理を作る少女達の姿も見受けられる。ミアと彼女達が作る料理を求めてこの店を訪れる冒険者は後を絶たないのだ。

 

客層は様々で老若男女は勿論のこと、様々な種族の者たちが性別や種族の垣根なく食事を楽しむ姿が見られた。その中には神の姿もちらほらと見受けられ、他の客同様に美味しそうに舌鼓を打っていた。

 

中には子供連れの家族もいる。だがどの客も笑顔を浮かべていることからもこの店が居心地が良いことが窺えるだろう。

 

キィ、と賑やかな店内に木製の扉が開く音が響いた。店内にいた客達の視線がふと入り口に向けられる。そこに立っていたのはこの店の従業員の一人である薄鈍色の少女、そして一人の少年であった。

 

「今度は逃げられませんからねっ!!観念して食べていってください!」

 

 薄鈍色の少女───シルはにこにことした笑みを顔に浮かべて店内を見回しながら後ろについてくる少年に言う。

 

よくよく見ればシルの右手は少年の手首をがっしりと掴んでおり、どう見ても逃さないといった様子だ。

 

「はぁ···」

 

 少年は溜め息を吐くと抵抗する気力すら失ったのか項垂れたままずるずるとシルに引き摺られるように少年は諦めたようにして店内へと入っていく。

 

「随分、繁盛してるんだな」

 

 ギィ、と開いた扉が閉まる。それにより差し込んできていた逆光が消え、少年の姿が露になった。

 

その場の全ての視線がどうしてか一瞬にして少年に集中する。しん、とさきほどまでとは打って変わって静まり返った店内。

 

 

少年が何をしたわけでもない。少年の荷姿が派手なわけでもなければ、服装だって冒険者としては普通だ。

 

しかしなぜか誰もが少年を視界に入れた途端に硬直してしまったのだ。そんな店内の様子を見て、シルは不思議そうな表情をして首を傾げる。

 

まず何よりも目を引くのは美しい銀色に輝く頭髪だ。まるで月光をそのまま紡いだかのような輝きを放つそれは、触れれば壊れてしまうのではないかと思ってしまう程に繊細で神秘的だ。

 

また瞳も吸い込まれてしまいそうになる程の紅玉のようで、見るものを虜にする魅力を放っている。中性的な容姿も相まって性別を超えた美しさを感じさせる不思議な雰囲気を持つ少年だった。

 

服装は冒険者としては一般的なものだが、腰に佩いている剣には目を奪われるような鬼気迫る存在感がある。

 

剣の質自体はけして高いものではない。おそらくは【ヘファイストス・ファミリア】の下級鍛治師の作品だろう。

 

だがそれでも、鞘に収められたその刀身からはただならぬものを感じさせられた。

 

その要因は異常なまでに擦り減った握りだろうか。使い古されていることは一目瞭然で、しかし手入れだけは欠かしていないらしく一切汚れはない。

 

「アルさんの席は······ここですね!」

 

 静まった店内でシルのみが平常運転だった。シルは空いていたテーブルの一つに少年を連れていくとそのまま椅子を引いて座らせる。

 

アルと呼ばれた少年はされるがままにストン、と椅子に座ってしまったがどこか納得いかない様子であった。

 

少しずつ賑やかさが店内に戻っていくがそれでも皆チラチラと少年のことを気にしているようだ。

 

アル・クラネルがいる、それだけで店内の空気が自動的に律される。なにか特別なことをしたわけではない。

 

ただそこにいるだけなのに自然と目を向けさせられてしまうほどの何かが彼にはある。

 

それは神々ですら例外ではなく、魅了されたように女神達はその視線を釘付けにしている。男神達も少年に興味深げな視線を送っていた。

 

カリスマ、とも違う。どちらかといえば魔性の類いに近いだろう。

 

冒険者、一般人、神々、そのいずれをも区別なく惹きつける少年の存在感は異常だった。

 

─────背筋が凍るような感覚に囚われ、呼吸をすることすら忘却してしまいそうな強烈な畏怖。

 

それがクロエ・ロロがこの少年、アル・クラネルに対して抱いた最初の印象であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭やメレンで現れた食人花を闇派閥の残党がダンジョンから地上へ運び出すための搬入口として闇派閥の残党が利用しているであろうダンジョンへの第二の入り口。

 

ロキは過去二度の事例からオラリオの何処かに必ずあると確信をもっていた。既にオラリオ市壁内の『ダイダロス通り』以外の区画は【ヘルメス・ファミリア】と【ディオニュソス・ファミリア】が探索し尽している。

 

そして都市外部近郊のメレンになかったことから消去法的に『ダイダロス通り』に存在する可能性が限りなく高いと判断し、今回の捜索対象としたのだ。

 

オラリオの貧民街であり、複雑怪奇にすぎる広域住宅街『ダイダロス通り』には無許可の違法建築物が立ち並んでおり、迷路のような構造になっている。

 

千年も昔、次々とオラリオの地に降臨した神々。その始まりであったギルドの創設神ウラノスの眷属にして神才の持ち主『名工』ダイダロス。

 

今もなお、白亜の様相を保つ摩天楼バベルを建造した工匠。彼の死後も好き勝手な増築を繰り返し、迷宮めいた街並みを形成するに至らしめている。

 

「相変わらず、すっごいなぁ、ここ〜」

 

 ティオナは目の前に広がる光景に感嘆の声を上げる。ティオナ達第一級冒険者を始めとした【ロキ・ファミリア】の団員達は今、ダイダロス通りに足を踏み入れていた。

 

賑やかなメインストリートから外界と隔絶されたかのように薄暗い路地裏に入り込むと、そこには道幅が狭く入り組んだ細道が続く。

 

メインストリートでは行き交う人々の喧騒が絶えなかったが、この狭い道に入れば途端に人の気配を感じなくなる。入っただけで辺りの雰囲気は一変し、薄暗い路地が続く。石造りの家屋が立ち並ぶ様はどこか退廃的だ。

 

それでいて庶民的な生活感が滲み出ており、そこかしこに住民達の生活する姿が見受けられる。

 

「ホームで話した通り、ここにうちらが探しとるダンジョンの第二の出入り口があるはずや」

 

 古代の遺跡めいた街並みの中、信憑性の低い地図を広げながら進む一行。あるかもわからないものを探すというのは非常に骨が折れるが、それが見つからないことには何も始まらない。

 

消去法ではあるが『ダイダロス通り』に存在する可能性が高い以上、探さないわけにもいかないだろう。

 

「調べるっていっても、どうすんのよ。手がかりなんか何も無いじゃない」

 

 ティオネがぼやくもそも『ダイダロス通り』自体が地上の迷宮と評される程の複雑怪奇さを誇っている。大通りであれば目印になるような建物も多いのだが、一本脇に入ると途端に目印となるものがなくなってしまう。

 

代わり映えのない灰色の壁と雑多な違法建築が並ぶ景色は、方向感覚を狂わせる。

 

「地道な聞き込みと、あとはしらみ潰しやな」

 

 確かに後ろ暗いものを隠すのに『ダイダロス通り』は最適と言えるかもしれない。そしてそれは同時に、闇雲に探したところで見つかるものでもないということでもある。

 

ロキの呟きにえー、と不満げな声をあげるティオナ達。とはいえ他に方法などないのだ。まずは手近なところから探してみるしかない。

 

オラリオの下民層である『ダイダロス通り』の住民には冒険者くずれのチンピラも多くいるもののそれこそ【ロキ・ファミリア】を始めとした有力派閥の抑止力もあってか、治安は悪くない。

 

しかし、だからといって安心はできない。ここは怪物蔓延るダンジョンではないが、それでも悪党と呼ばれる人種が潜りやすい環境であることに変わりはないからだ。

 

遠目からこちらを興味深げに見てくる住民達に害意は感じられないが、念のため警戒しておくに越したことは無い。

 

「んじゃ、行動に移るで!! 二手に分かれて隅まで探せ! 怪しいもん見つけたらすぐ連絡!!」

 

 細かく分かれると迷子になりかねないため、二班に分かれ行動する。それに予想どおり闇派閥残党の根城が『ダイダロス通り』というのならば探っている途中に強襲にあう可能性も高い。

 

流石に怪人が地上に出てくるとは考えにくいが、用心することに越したことはない。

 

戦力分散は避けるべきであり、多少効率が悪くとも戦力を集中させるべきだろう。ロキの指示に従い、第一級冒険者を筆頭に別れた団員達は手分けをしてダイダロス通りの捜索を始めた。

 

 

──────···········

 

 

探索を始めてから一体何時間たったのだろうか。真上にあった日は下がり、地平線に沈みかけようとしている。

 

紅に染まった陽の光が複雑怪奇な地上迷宮を照らす中、『ダイダロス通り』は迷宮のように入り組んでおり、既に通った道を戻っていてもわからないほどだ。

 

そんな中でもティオナは持ち前の勘の良さを発揮して、怪しげな箇所を見つけていく。

 

その度に他の者は白紙の紙に地図を描き写していく作業を繰り返していた。度々、住民に聞きこみを行い、怪しい人影を見かけなかったかを尋ねたりもした。

 

しかし────

 

「全然見つかんなーい!!」  

 

 捜索開始から数時間が経過したが、結局成果は得られずじまいだった。途中、怪しげな場所こそあったもののその全てが結局はただの家であったり、違法建築の廃屋であったりと徒労に終わる。

 

「うっさいっての······」

 

 ティオナの叫びにうんざりした様子でティオネが応える。既に太陽は沈んでしまったのか、先程までの夕焼け空は既に夜闇へと変わりつつあった。

 

同じ通路をぐるぐる回ってしまったり、袋小路に迷い込んだりと無駄に気力と体力を消耗させられる。

 

ヒリュテ姉妹とアイズ───三名のLv6の第一級冒険者を除いた他の団員の疲れはその比ではないだろう。誰しもが表情に疲労の色を浮かべている。

 

「ううぅ、こんなことならアルについてきて貰えばよかったぁ〜!」

 

「アイツはアイツで団長達と探してるんだから仕方ないでしょ」

 

「でもぉ〜」

 

 異様なまでに勘の良いアルならば複雑怪奇なこの『ダイダロス通り』の中からでも簡単に、隠された第二の出入り口を見つけることができるのではないかと、ティオナがぼやく。

 

無数の分かれ道が存在する中でそのどれもが数えきれないほどの分岐点があるこの『ダイダロス通り』において異常とも言える精度を誇るアルの直感は確かに頼りになるだろう。

 

実際に何度かモンスターや闇派閥の襲撃を事前に察知したこともある。そんな彼の力を借りられればすぐに見つかるのではないか、そう思ったティオナだったが、姉の言う通り、アルはアルで別の班と共に行動しているため、頼ることはできない。

 

「やっぱり、『ダイダロス通り』は骨が折れますね······。地上の迷宮と呼ばれるだけのことはありますね」

 

 簡素な地図を書き写しながらレフィーヤは嘆息する。だまし絵のような構造をしているダイダロス通りは、地図を描いても描いても、空白が増えていくだけだ。

 

そもそも、本当にあるのかどうかすら疑わしいのだ。いくら探しても見つからないのではないかという不安感が募っていく。

 

それでも、皆が黙々と作業を続けてるのはひとえにロキとフィンの判断を信じているが故だろう。

 

とはいえ、螺旋階段のように複雑な構造をした『ダイダロス通り』で半日を過ごし、既に方角感覚は麻痺しつつある。

 

その惑乱さはまるで、自分達が本当に迷っているかのような錯覚さえ覚えてしまうほどだった。このまま闇雲に探していては時間ばかりが過ぎていき、以降の探索に差し支える恐れがある。

 

ダンジョンの遠征とはまた違った疲労感。流石にこれ以上は能率が悪い。

 

「えっと········どうする? 一度、広場まで戻る?」

 

  アイズの言葉に一同は顔を見合わせる。確かにこのままグダグダと探し続けてもあまり意味はない。

 

げんなりとした面持ちで地図に目を落とすサポーターの団員や、地図を書く手を止めて肩を落としたエルフの少女達を見て、ティオナは頬を掻いた。

 

「駄目よ!! 団長の期待に応えるためにも、せめて手がかりの一つくらい見つけなきゃ!!」

 

 そんな中、想い人ににいいところを見せようと張り切るティオネは拳を握って声を荒げた。

 

しかし、意気込む姉を尻目にティオナは大きく溜息をつく。流石に今回ばかりは賛同しかねるとティオナだけでなく、団員達は揃って首を横に振った。

 

今回の任務は闇派閥残党の利用しているであろうダンジョン第二の出入口の発見だ。

 

都市の破壊を目的とする闇派閥残党との戦いは時間との勝負だ。一刻も早く発見しなければ、被害は拡大の一途を辿ることになる。

 

闇派閥残党の切り札であると思われる『精霊の分身』の育成が終わりきるまでにかたをつけなければならない以上、悠長に構えてはいられない。

 

もっともティオネにはそんな事情など関係ない。想い人からの期待に応えたいが故に必死なのだ。しかし、彼女の気持ちもわかるが、やはり無謀だとティオナや他の団員達は思う。

 

「でも、どこにあるかもわからないのに一日二日で見つけられるわけないじゃん······」

 

 意見が割れる中、ぽつりと呟かれたティオナの一言は最早、総意に近いものだった。うーん、と進退窮まる一行は再び大きなため息をついた。

 

「レフィーヤ!!」

 

「フィルヴィスさん!!」

  

 頭を悩ませていた時だった。不意に聞き慣れた声に呼ばれたレフィーヤは同時に振り返り、驚愕に目を丸くした。

 

一人のエルフが建物の屋根から飛び降りてくる。射干玉の髪に紅玉の瞳を輝かせながら、その少女は軽やかな足取りで地面に降り立つと、レフィーヤ達のもとへと歩み寄ってくる。

 

「どうしてここに?」

 

「ディオニュソス様の指示だ。お前達【ロキ・ファミリア】の『ダイダロス通り』の探索に同行して協力するように言われてな」

 

 同行しても構わないだろうか、と尋ねてきた戦闘衣の美女にレフィーヤは思わず笑みを浮かべる。

 

「ランクアップしたんですよね? おめでとうございます!!」

 

「い、いやクラネルに比べれば······」

 

 レフィーヤと親しげに話すエルフにティオナ達は興味深げな視線を送る。その中でアイズは彼女に覚えがあったのか、驚いたように小さく目を見開いていた。

 

ダンジョン24階層、食料庫で起きた怪人絡みの事件において期せずして共闘することになった酒神の眷属、フィルヴィス・シャリア。

 

彼女はヒュリテ姉妹の言い合いを聞きつけてやってきたらしく、レフィーヤ達の会話に加わることはなかったが、それでもその美貌に見惚れるような視線を向けてくるティオナ達に、彼女は少しだけ居心地悪そうに身を捩った。

 

「えっと、ティオネさん、フィルヴィスさんが加わっても······」

 

「人手は多いに越したことないでしょ? 構わないんじゃない?」  

 

「うんうん、いいと思うよ!! にぎやかになってさ!!」

 

 ティオナとティオネが賛成の意を示すと他の者達も異論はないようだ。

 

「あたし、ティオナ!!よろしくね!!」

 

真っ先に自己紹介を始めたティオナに、フィルヴィスは一瞬戸惑ったような表情を見せた後、こくりと小さく頭を下げた。次はフィルヴィスが名乗る番だったが────。

 

「フィルヴィス・シャリアだ」

 

 フィルヴィスの自己紹介、これで終わり。あまりの素っ気なさにえぇ····と戸惑いの声が上がる。

 

潔癖で取っつきにくいきらいがある典型的なエルフらしい態度にレフィーヤも苦笑いを零す。

 

そこで、ふとフィルヴィスの視線がポカン、としているアイズの方へ向く。

 

「········『剣姫』、か」

 

「? うん······」

 

 怒りではない、恨みではない、だがどこか昏い感情を仄かに感じさせるフィルヴィスの視線に戸惑ったのか、アイズが僅かに身じろぐ。

 

少なくとも食糧庫での戦いのあとにはこのような刺々しさはなかったはずなのに、とアイズの脳裏に疑問符が生まれた。

 

いや、それよりも醸し出す雰囲気にこそ疑問が浮かぶ、どうやらティオナ達も感じているようで怪訝な表情を浮かばせていた。

 

「(Lv4なりたて? それにしては·······少なくともラウルやアキ達よりよっぽど·····)」

 

 純後衛のレフィーヤはわかっていないようだが、アイズやティオナ達、Lv6の目から見ればフィルヴィスの実力はレベルと見合っていないように感じられる。

 

それはレベルに実力が、ではなく実力にレベルが追いついていない、そんな印象を受けた。

 

さり気ない一挙手一動に一切の無駄がなく、洗練されている。そんな彼女の佇まいは確かに達人のそれであった。

 

確かな戦闘経験の積み重ねによるものだろうがその技量は純戦士だとしても並の第一級冒険者よりは確実に上、或いはアイズやベートたちにも迫る技量を持つかもしれない。

 

ステイタスはLv4最上位からLv5下位相当。総合的に考えて24階層の食糧庫ヘ【ヘルメス・ファミリア】と共に同行した覆面のエルフと同等かやや勝るくらいだろうか。

 

以前の食糧庫でも当時、Lv3だということに驚愕したが、これはどう考えてもランクアップしたてとは思えない。

 

加えて言うならば、彼女からは何か、それ以外の違和感のようなものも感じられた。

 

その正体まではわからない。一体何なのか、とアイズは思考を走らせるが答えは出なかった。

 

だが、この実力のチグハグさ、歪さにアイズは覚えがある──フィルヴィスの動きにも既視感がある。

 

「(······アルみたい)」

 

 

 






(······アルみたい)←ぶん殴られて仕方のない罵倒

消えたアミッド√のアルちゃんのステイタスやイラストどうしよ


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七十一話 やっぱ、フィルヴィスしか勝たん

 

 

 

 

────拳が奔る。

 

オラリオ北部の空き地で向き合うのは何一つ武具を身に着けていない代わりに口元を黒い布を隠している妙齢のアマゾネスとナイフを逆手に持っている白髪赤目の少年だった。

 

褐色肌の彼女は拳を構え、少年は左手に持ったナイフを順手に持ち替えて構えた。そして二人は同時に駆け出し、交差すると同時に互いの急所に向けて一撃を放つ。

 

その躊躇のなさは一見、殺し合いのようですらある。しかし、ここに腕の立つ第三者がいれば見抜いただろだろう。これは殺し合いなどではなく、アマゾネスが少年に教導しているだけなのだと。

 

彼女の名はバーチェ・カリフ。都市外有数の派閥である【カーリー・ファミリア】の団長であるLv.6の女戦士だ。

 

少年の名はベル・クラネル。つい最近、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯によってランクアップしたばかりの第二級冒険者である。

 

アルを通して知り合った二人だが、ベルはこうして週に何度かバーチェに訓練をつけてもらっているのだ。

 

バーチェにはバーチェなりの打算があることも事実であるのだが、訓練には関しては真摯に、そして苛烈なまでに厳しく指導する彼女にベルは感謝していた。

 

ベルにとって戦いとはモンスターとの戦いであり、対人戦はそれこそ【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯ぐらいしか経験がない。

 

だからこそ、対人戦のイロハを教えてくれるバーチェの存在はありがたかった。

 

冒険者としての心構えとモンスターとの戦い方を叩き込んでくれた師、ベートとはまた違った意味で頼りになっていた。

 

或いはベート以上に苛烈で容赦のない教え方ではあるがベル自身、強くなるためなら痛みも苦しみも耐えられる。

 

互いの力量差は傍から見ても歴然だ。ただひたすら相手の隙を狙って最短距離で攻撃を仕掛けていくバーチェにベルは食い下がることすらできていない。

 

疾風怒濤の如く攻め立てるバーチェに対して、ベルはその悉くを全身全霊をもって回避していく。

 

バーチェの褐色の拳が、蹴り足がベルの身体を掠める。まるで踊っているかのような攻防の中、ベルは必死に攻撃を避け続ける。

 

何度目かの攻撃を避ける中、少しずつ動きが良くなっていくベル。それを察したのか、バーチェの動きから加減がなくなっていき、その速度を上げていく。

 

もはや目で追うことすら難しくなってきた頃、ようやくベルにも反撃の機会が訪れた。繰り出された左の回し蹴りを回避し、右の掌底が放たれようとした瞬間、ベルは左手に持つナイフを突き出す。

 

だが、それはフェイント。本命は腰から引き抜き、右手に握られた短剣による刺突だった。

 

「·······ッ!!」

 

 前傾姿勢からバネのように地面を踏みしめ、一気に加速して肉薄すると同時、心臓に向かって突き出された刃はしかし空を切る。

 

「甘い」

 

 声と共に背後からの怖気。背中に悪寒を感じながら振り返ると、そこには既にこちらへ拳を振り下ろさんとしているバーチェの姿があった。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ」

 

 咄嗟に両手を交差させて防御体勢を取る。直後、凄まじい衝撃によって吹き飛ばされたベルはそのまま決河の勢いで地を転がる。

 

「っ、ぎぃ!?」

 

「立て、まだ終わってはいない」

 

 追撃を仕掛けるべく駆け出したバーチェが再び拳を構える。

 

「(───この人ホントに強い!)」

 

 ベートと比較しても遜色ないどころか対人戦に限って言えばそれ以上かもしれないと思わせるほどの実力を前にして、ベルは思わず冷や汗を流していた。

 

圧倒的な膂力と速力で押し切るベートとは異なり、バーチェの戦い方は己の力のみを頼りに相手を打倒するのではなく、技や駆け引きを用いて敵を翻弄し、最後には力を以てねじ伏せる。

 

テルスキュラの格闘術は普段、モンスターとばかり戦っているベルには新鮮であると同時に非常に厄介だった。

 

しかし、だからこそ良い鍛錬になる。ベルはナイフを握る手に力を込め、立ち上がる。バーチェは強い。けれどそれ故に学ぶべきことが多い。

 

自分は幸運だ、とベルは思う。兄という明確な目標、剣姫という憧憬、ベートという師、そして目の前にいる彼女。

 

だからこそもっと強くなりたいと思う。自分のために、そして大切な家族のために。

 

強くなるために必要なものはすべて揃っている。ならば後はひたすらに上を目指すだけだ。

 

兄のような、剣姫のような、師のような英雄となるためにベルは更なる高みを目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダイダロス通り』を女性陣達が探索している一方、こちらは男性陣。

 

団長であるフィンを筆頭にベート、ガレス、アルの第一級冒険者とラウルたち第二級冒険者たちは地下水路でダンジョンへの第二の入り口を探していた。

 

じめじめとした空気の中、フィンの指示のもと、アルを先頭に地下水道を進む一行。道幅広く、大人十人が横並びで歩けるほどの広さの通路は、幅広な用水路のような造りになっている。

 

水の流れはなだらか、時折聞こえる水の音に耳を傾けながら、しかし周囲を警戒しながら歩く一同。

 

携行用の魔石灯の光が照らす先では浅い水が流れており、得体のしれない藻が水面に浮かんでいる。

 

【挿絵表示】

 

「確かにこの地下水路で神ニョルズが例の怪しい男と出会ったとは聞いているが······」

 

 手がかりが残っているとは思えない、とガレスが口を開く。ニョルズがその怪しい男と取り引きをしたのは五年ほど前、痕跡など残っているはずもない。

 

「まぁね、ここはベートとロキが一度調べてるし、僕も24階層での事件の後にティオネを連れて来たことがあるけど何も残ってはいなかったよ」

 

「わかってんならどうして来たんだ。 フィン」

 

「いや、ちょっと気になることがあってね。それに人と怪物を探す場合じゃあ、やり口が違ってくるからね。今回は『ダイダロス通り』と地下水路を重点的に当たっていこう」

 

 何かしらの跡が残されている可能性は低いが、それでも念のため調査するべきだろうとフィンは告げる。

小人族の首領の言葉に納得を示した一行は武装を確認。万が一に備え、いつでも戦える準備を整えておく。

 

集中力を高め、周囲に意識を向けつつ、ゆっくりと歩き続ける。油断なく広大な地下水路を進み、そして数分が経過した頃だった。

 

「───アル、どうした?」

 

 ふと先頭のアルが足を止める。その視線は横にある岐路に向けられていた。ちょうど地上の『ダイダロス通り』の地下にあたる場所であり、そこには分岐が存在していた。

 

「────こっちだな」

 

「なぜ?」

 

「勘」

 

 言ったのがヒラ団員であれば一笑にふされるような理由だが、それを言ったのが第一級冒険者のアルというだけで説得力が桁違いになる。

 

彼の直感は、これまで幾度もファミリアを救った実績があるからだ。無論、それが全て当たるわけではないのだろうが、必当と思わせるほどの実績が彼にはある。

 

その言葉にフィンは一瞬だけ目を見開くが、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、 他の面々も特に異論はないのか黙して肯定を示す。

 

そうして、アルは迷いのない足取りで岐路を進んでいく。水が流れる音が響く中、彼らは慎重に歩を進めていく。

 

やがて、アルの先導により辿り着いたのは一本の旧式の水路。錆とカビの臭いが鼻をつく。そこは、かつて廃棄された旧水路のようであった。

 

ところどころに苔や藻が生え、蔦が伸びきっている。おそらくは、どこかの古い水路から枝分かれした細い支流の一つだろう。

 

「前は影も形も見当たらなかったってのに··········あっさり見つかったな」

 

 そう呟くベートの視線の先にはより塗装を剥がされた床に地下へ続く階段があった。まるで迷宮のように入り組んだ下水道。その中で自然なほどに違和感なく存在しているその階段に、フィンたちは緊張を高める。

 

床に口を開かせたそこからは、生臭さが漂っていた。それは紛れもなく下水の悪臭とは異なる異臭だった。

 

それは、冒険者ならば嗅ぎ慣れているはずの、戦いと死を感じさせる血の匂い。それは、モンスターの血肉の放つ死の香り。

 

隠す気のないその気配は明らかな誘いである。きな臭さを感じつつも、ここで引く選択肢は彼らにはなかった。全員の視線がフィンに集中する。彼が代表するようにこくりと首肯すると、再びアルを先頭にして彼らは地下へと降りていった。

 

薄暗い通路を進むアルたちの視界を照らすのは、魔石灯の小さな光のみ。明らかに地下水路とは様相の異なる通路は水路とは異なる硬質な石材で造られており、別の構造物であるかのように感じられる。

 

周囲に警戒しつつ、一歩ずつ歩を進める一同がそのまま移動を続けると、やがて前方に鈍い光を湛えた大鉄塊が見えてきた。

 

「金属の·······扉?」

 

「この輝き、まさか最硬精製金属か?」

 そこにあったのは、巨大な金属製の大扉。金属で造られた重厚な門は二メートルを優に超える高さを誇り、その巨大さに一同は思わず息を飲む。

 

しかし、何よりも一同の目を惹いたのはその硬質な光沢を放つ材質だった。目利きが正しければ、それは間違いなく最硬精製金属。

 

加工が極めて難しく、この世界で最も硬い金属と言われる超希少加工金属だった。

 

──────··········

 

 

発見から翌日、女性陣を含めた【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達と第二級冒険者達は扉の前に集結していた。

 

それぞれが未到達領域への遠征もかくやという万全の武装を身に纏い、それぞれの得物を手にしている。

 

「うわー、これが言ってた最硬精製金属の門? でっか!!」

 

 ティオナが感嘆の声を上げる。彼女の言う通り、目の前にあるのはまさしく金属でできた巨大な門扉。

 

それはまさに堅牢な城壁を思わせる威容であり、人力による破壊は不可能であるように感じられる。

 

「こんなけったいな玄関を準備しとるんや、ここが連中の住処で間違いないやろな」

 

「だろうね。問題はどうやって侵入するかだけど······」

 

 ロキの言葉にフィンが答える。確かにこれだけ厳重に守られている以上、ここに敵の本拠地があると考えるのが妥当だ。

 

「私の【デスペレート】やアルの【ミスティルテイン】と同じ最硬精製金属·····」

 

 最硬精製金属、オリハルコン。ダンジョンで発掘されるアダマンタイトを優に上回る強度を誇る最高硬度の合金。

 

アイズの主武装である【デスペレート】やアルの【ミスティルテイン】のような不壊属性の武具を作る際に用いられる素材だ。

 

遥か昔、神々が降臨する以前の古代にて人々の叡智と執念が生み出したとされる究極の合金。

 

そのことからも分かる通り、この金属は非常に貴重なものだ。オラリオでも一握りの鍛冶師しか扱うことのできない代物である。

 

その硬度は、第一級冒険者の一撃をもってしても傷をつけるのがやっとであり、ましてや砕くなど夢のまた夢。

 

そんなものでここまで厳重に守るということは、それだけ重要な場所だということだろう。だが、そうなると余計にどうやって中に入るのかが問題になる。

 

「地図上で照らし合わせてみても、間違いなくこの隠し通路はダイダロス通りとも繋がっとるはずや」

 

「それにしても·········団長やアルはともかく、男共に先を越されたのって何かっていうか、不甲斐ないわね·······」

 

 『ダイダロス通り』での探索で結果を出せなかったティオネが唇を尖らせた。

 

 

──────··········

 

 

「────で、アル。この扉、君なら壊せるかい?」

 

 眼前のそれは数日前、アルが両断した粗悪品のアダマンタイトの扉とはわけが違う。神域へ足を踏み入れた奇人の執念と技術の粋を尽くされたその扉は硬さに物をいわせただけの只の金属の塊ではない。

 

おそらくは、この世界で最も硬く、最も頑丈な物質だろう。神域の名工によって扉に加工されたそれは、もはや芸術品といってもいいほどの美しさを誇っている。

 

高い魔法耐性を持った深層モンスターのドロップアイテムが混ぜ込まれている周囲の壁といい、この人造迷宮の構造は頑強極まり、リヴェリアの砲撃魔法やフィンの『槍』ですらこの扉を突破するには至らない。

そもそも不壊属性武具の素材ともなる金属による厚さ数十センチの扉など人の力で破壊できるものではないのだ。

 

そんなものを前にして、フィンはアルに尋ねた。アルは黙って扉を見つめ、そして、 アルはおもむろに大剣を抜き放つと、無造作な動作でそれを振り下ろした。

 

瞬間、ドガンッ!! という轟音と共に凄まじい衝撃波が大気を震わせる。アルの斬撃をまともに受けた大扉はそれでも壊れずに、僅かに表面に傷を走らせるに留まった。

 

しかし────

 

「まあ、壊せるな」

 

 

 

 

 

「だが、【リーヴ・ユグドラシル(第三魔法)】を使わないと難しいな。あの魔法は大味過ぎるからな···········下手すりゃダイダロス通りが崩壊する」

 

 【英雄覇道】で他の攻撃を強化しても同じだと続ける。

 

「······わかった、最後の手段というわけだね」

 

 

──────·········

 

 

暫く団員達が周囲を警戒していると、不意に扉の向こう側から高い足音が響いてきた。警戒心を高める一同の前で、ゆっくりと巨大な金属製の門が開き始める。

 

ギィイイッ、という軋むような音をたてながら門が開いていく。暗闇に包まれた扉の奥に揺らめく魔石灯の青白い光に照らされる人影

 

「────!! 仮面の人物········間違いない。扉を開けてくれたのは、あの怪人のようだ」

 

 そこには、59階層での死闘の際に見た不気味な風貌をした人物が立っていた。全身を覆う黒いローブに顔を隠す白仮面。

 

まるで、闇から這い出てきたかのようなその人物にフィン達は武器を構えようとするが、 それよりも早く、その人物は闇の中に消えるようにしてその場から姿を消してしまった。

 

門が再び閉じられる。後に残ったのは静寂のみ。緊張に強ばっていた表情を緩め、各々が息を吐いた。

 

どうやら向こうは少なくとも今は何かをするつもりはないらしい。それどころか、こちらを招待するかのように扉を開けた。

 

ならば、これは罠の可能性も考慮しつつ進むしかないだろう。

 

「フィン、雑魚は置いていこうぜ」

  

 暗闇の奥から漂う饐えた血臭に顔をしかめたベートは、双剣を手にそう言った。この先にいるであろう怪人達との戦闘は避けられないだろう。

 

その際に第二級以下の冒険者達では戦力にならないと判断しての言葉だった。

 

「気に食わねえ臭いがしやがる········足手纏いがいくらいても邪魔なだけだろ」

 

 

 刺々しさを増した声色でベートが言う。その言葉に団員達がムッとした様子を見せ、ヒュリテ姉妹がベートに詰め寄る。

 

「あたし達、仲間なんだからそういう言い方やめなよ!!」

 

「支援もなしに突っ込んで、あんたや私達がどれくらい力を発揮できるって言うのよ」

 

 姉妹の非難にチッ、と舌打ちするベートだったが、それ以上は何も言わなかった。そんなやり取りを見て苦笑しながら、フィンは皆を見回す。

 

言い方はともかくとしてベートの言い分にも一理ある。この先はおそらく深層以上の危険地帯だ。主力ではない彼らを守りながら戦う余裕はないかもしれない。

 

冷静に部隊の編成を考えていく。前衛は自分を含めレベル6以上、後衛には回復要員と補給要員。

 

そして─────

 

「────しばらく待機。ラウル、急いで【カーリー・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】へ行って、()()()()()。揃い次第、前衛と後衛そして治療要員は僕とアルが率いて進行する。リヴェリアとガレスは万が一のためにここでこの隠し通路の情報を収集しつつ、ロキや他の者と一緒に待っていてくれ」

 

 フィンの指示に即座に反応したラウルはすぐさま走り出す。各員の役割が決まったところでフィン達は準備に取り掛かった。

 

装備を整え、魔法で扉を凍らせ、消耗品の準備を整える。最精鋭として先頭に立つアルはいつでも良いように装備を整えている。

 

「クラネル······」

 

「ん、フィルヴィスか。なんだ?」

 

  射干玉の髪を靡かせ、アルの前に立ったフィルヴィス。昨日に引き続き、【ロキ・ファミリア】と同行している彼女は真剣な眼差しでアルを見据えた。

 

「あの狼人と意見が重なるのだが·········私も、嫌な予感がする。 ここは、何かが········」

 

「──だから、行くなと?」

 

「·······ああ、そうだ。お前が行かなければ、私が───」

 

「私が?」

 

「───ッ!! い、いや、なんでもない。·······なんでもないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

スゥーーーーーー!!(深呼吸)

 

曇らせできずに渇ききった心にフィルヴィスがスゥーと効いて·········。やっぱ、フィルヴィスしか勝たんわ。

 

うまく行けば火の付与魔法使う(アリーゼエミュ)だけで曇ってたかつてのリューの最大瞬間風速(三年前)に並ぶかもしれん·····。

 

アイズやフィンもいるし·······最高かな?

 

これでリューとかも来てくれたらなあ·······。

 

 

 

 

 

 

『『戦場の聖女(デア・セイント)』と【カーリー・ファミリア】、連れてきました!!』

 

 お前らは呼んでない、帰ってくれ。

 

つーか今なんて言った? デ、ア、セ、イ、ン、ト!?

 

あの歩く治癒魔法が来ただとぉおおおおッ!? ふざけんじゃねえぞッ! あいつはダメだろっ! 絶対にダメだろッ!

 

聖女様の前で曇らせとかそんなおっそろしいこと出来るわけないだろうッ!!

 

いやまて落ち着け俺。ここで取り乱したら全てが台無しになる。ここは冷静沈着に行こうぜ。クールになれよ。

 

さぁまずは深呼吸をして心を落ち着かせよう。ひっひっふぅー。

 

·········よし落ち着いた。

 

ま、まぁいいや、アイズとフィルぴっぴも居るしなんとかなるだろう(震え声)

 

とりあえず俺はいつも通り平常運転でいこうと思う。うんそうしよう。

 

『─────アル、貴方なにか良からぬことを考えていませんか?』

 

 だめぽ。

 

 

 

 

 





アルの武具紹介➁
【ミスティルテイン】
第一等級特殊武装。不壊属性の片手剣。異常事態で発生した亜種の階層主バロールのドロップアイテムと最硬精製金属を鍛え上げた仄かに光る翠の刃を持つ。

【挿絵表示】



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七十二話 特に身に覚えのない殺意がアイズを襲う!!






 

 

 

 

今日もオラリオは快晴であり、雲一つない青空が広がっていた。活気に満ちた街の雰囲気。

 

昼時もすぎ、太陽は西の空に傾きかけていく午後。この時間帯になると、さすがに人通りも少なくなってくる。

 

それでも飲食店や屋台が軒を連ねるエリアでは、仕事が一段落ついた労働者達や冒険者などがにぎやかに酒盛りをしている姿が見られる。

 

そんな中で一際大きな喧騒を生み出している店があった。

 

芳しい香りと食欲をそそられる音。そして、客達の笑い声。食堂を兼ねた酒場だ。

 

「アーニャちゃんっ、至急ミアを呼んでくれ」

 

「にゃあ、またヘルメス様ニャ?!」

 

 そんな酒場の一角。とあるテーブル席からそんなやり取りが聞こえてきた。こそこそと酒場に入ってきて早々、おっそろしいドワーフの女主人を呼びつける男神の姿があった。

 

「頼むミアッ、フレイヤ様に伝言を送ってくれぇ?!」

 

「はぁ、またアンタかい。前に言ってやっただろう。自分の足で行きな」

 

 這いつくばるように頼み込むヘルメスに強面のドワーフ女将ミア・グランドが不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「本当に今度という今度はオレの死活問題なんだッ?!」

 

 神としての面目すら投げ打って、泣きつくように懇願するヘルメス。だが、ミアはそんな彼のことを汚物でも見るような目つきで見下ろすだけだ。

 

「どうしたっていうんだい。 またアンタ、何かやったのか」

 

「違うんだぁ··············不可抗力だったんだ············オレは悪くないんだぁ·············!!」

 

 きょろきょろと周囲を見回しながらヘルメスが言う。その言葉を聞きながらミアはため息をつく。

 

目の前の男神は神の中でも相当高位の神格を持つ存在なのだが、それを全く感じさせない情けない姿を晒している。

 

普段の軽薄な態度からは想像できないほど、今は必死の形相をしていた。おそらくそれだけ切羽詰まっているということなのだろう。

 

とはいえ、だからといって同情してやる義理はないのだが。それにしても、一体何があったというのだ。ミアは面倒くさそうな表情を浮かべつつも、話だけは聞いてみることにした。

 

「実はだな············ベル君が、ベル君がっ」

 

「早く言いな」

 

 要領を得ずしどろもどろになっているヘルメスを一蹴するようにミアが先を促す。すると彼は観念したかのように口を開いた。

 

「実はベル君が、あのイシュタルに目を付けられてしまって·········色々な意味で危機なんだ!!」

 

 イシュタルは自身と同じ美の女神であり、都市二大派閥の片割れの【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤを憎んでいる。

 

彼女はフレイヤを貶めようと様々な策謀を仕掛けてきた。しかし、その悉くが失敗に終わっている。

 

そのため、フレイヤの弱点を探ろうとしていたのだが、そこで目をつけたのがベル・クラネルという少年の存在だった。ベルに並ならぬ執着を見せるフレイヤ。  

 

情報通で知られるヘルメスを美の女神としての力を使い、脅すような形でベルについて聞き出したのだ。

 

「頼むミアッ、オレの代わりに伝言を!! こんなことをフレイヤ様に直接言ったら殺されるッ!?」

 

 イシュタルの魅了の力が一切通じず、既に第一級冒険者として『男殺し』フリュネ・ジャミールや『麗傑』アイシャ・ベルガを容易く退けられる数年前のアルとは違うのだ。

 

いくら有望とはいえ、Lv.3になったばかりのベルでは【イシュタル・ファミリア】に狙われてはひとたまりもない。

 

精々が第二級の【アポロン・ファミリア】と違い、第一級冒険者を抱える大派閥【イシュタル・ファミリア】には太刀打ちできるはずがない。

 

だからこそヘルメスはミアに伝言役を頼もうとしていた。だが、そんなヘルメスの背にゾクリッと悪寒が走る。

 

「どういうことですか、ヘルメス様。······ベルさんが危ないですって?」

 

 恐る恐る背後を振り返ると、そこには怖気立つような美しい笑みを浮かべるシルの姿があった。

 

ヘルメスは一瞬にして顔面蒼白になり、冷や汗を流し始める。ヘルメスに視線を向けたシルがニッコリと微笑む。

 

それはとても美しい笑顔だったが、ヘルメスにとっては恐怖でしかない。ヘルメスは思わず助けを求めるようにミアを見るが、彼女はそんなヘルメスを見て鼻を鳴らす。

 

「ひょっとしてベルさんから香水の香りがしたのもヘルメス様の仕業なんでしょうか? もしそうだとしたら······」

 

「シ、シルちゃん、誤解だよ。あれは、そのぉ······」

 

 ニコニコと笑いながらも額に青筋を立てている少女にヘルメスは怯える。笑顔のまま怒る彼女の迫力に気圧され、ヘルメスの声は徐々に小さくなっていく。

 

そこに。

 

「只今、戻りました」

 

 裏口に旅姿のエルフが────かつての主神に会いに行っていたリュー・リオンが戻ってきた。帰ってきたリューに思い思いに声をかける店員たちの中で唯一、第一級冒険者の実力を持つミアはリューが新たな領域に辿り着いたことに気がついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュー・リオン

『Lv4』 

 力 :E488→S989

 耐久:F352→S976

 器用:A888→S999

 敏捷:A889→S999

 魔力∶B717→S999

 

狩人︰G→F

耐異常︰G→F

魔防︰I→H

 

《魔法》

【ルミノス・ウィンド】

・広域攻撃魔法

・光、風属性

 

【ノア・ヒール】

・回復魔法

・地形補正

 

《スキル》

妖精星唱(フェアリー・セレナード)

・魔法の効果を増幅する。

・夜間は強化補正が増幅。

 

精神装填(マインド・ロード)

・攻撃時に精神力を消費することで、力のアビリティを強化。

・精神力の消費量を含め、任意で発動できる。

 

疾風奮迅(エアロ・マナ)

・走行時に速度が上昇すればするほど攻撃力により強い補正。

 

 

これがリューのレベル4最後のステイタス。アストレアによって書き写されたそれは五年ぶりの更新ということもあり、極めて高数値を示していた。

 

軒並み上昇した基本能力値の中でも器用、敏捷、魔力はカンストまで到達している。いずれも最高評価であるSに上り詰め、五年間の成果として十分に誇れるものだ。

 

まあ、尤も当然とも言える。

 

五年前、復讐心に駆られてなりふり構わず身を投じた闇派閥殲滅のための戦いの日々。

 

三年前にはジャガーノートやアンフィス・バエナを相手に当時同じくLv4であったアルと共に戦った。

 

ここ最近では24階層の食糧庫での『精霊の分身』、18階層での『理知ある』漆黒のミノタウロスとの戦い。

 

そのどれもがランクアップに相応しい偉業であり、積み重なった経験値は並の冒険者の比ではあるまい。

 

そして、当然ながら背中に刻まれたステイタスは独特な光の明滅────ランクアップ可能であることを示していた。

 

「リュー」

 

「また、いつか会いに来てね。今度は例の『彼』を連れて」

 

「─────ええ、いつか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下空間。『ダイダロス通り』とつながる地下水路に隠された『扉』の奥。

 

不気味な石畳の床、壁には松明が燃えているだけの薄暗い空間。地下ゆえのカビ臭さとどこからか香る隠しきれない腐臭じみた血生臭い匂い。

 

見るからに怪しげな空間。そこにはおびただしい程に密集した人影があった。いずれもが闇派閥の雑兵特有の白いローブを纏った者ばかりで数は軽く見ても百人以上。

 

白い頭巾に隠された双眸には狂気にも似た並ならぬ熱意が宿っている。狂信者の集まりという言葉が相応しい異様な熱気に満ちた空間だ。

 

しかしそれだけの数がいてもなお、この場所には異様なまでの静寂が満ちていた。

 

不気味なまでに押し黙り、誰もが微動だにしない。まるで何かを待つかのようにただひたすら沈黙を続けている。そんな異常で異質な空気の中にあって激情を宿す者がいた。

 

 

「バカなッ!! なぜ、彼奴等を招き入れたッ!?」

 

 すらりと伸びた肢体に起伏に富んだ体つきの女性だった。血のように艶やかな赤髪、爬虫類のそれを思わせる黄緑色の瞳。妖艶さの中に鋭利な刃のような凄みを感じさせる美女だ。

 

身に着けた戦闘衣は身体の凹凸を強調しており、見る者に女としての魅力を強く意識させるものではあったが、今は彼女が放つ怒気によってその色香も畏怖へと変わっている。

 

常人が相対すれば失神してしまいかねないほどの、殺気にも近しい激情を発している怪人、レヴィス。

 

彼女は自らの前にいる存在を睨むように見つめて怒りの声を上げた。

 

彼女の視線の先にいるのはこの場において唯一の例外──異端の存在だ。

 

他の者達と同様に頭巾を被っているものの、その色は黒く染まっている。そして何より第一級冒険者の水準を優に超える怪物から向けられる感情を意に介さず平然と佇んでいることが異常なのだ。

 

Lv6の域を踏破し、純粋なステイタスでいえばLv7をも超えた怪人の激情を受けるのは同じく怪人である紫の外套に身をつつんだ仮面の怪人、エイン。

 

自らの魔法によりLv5下位相当にまで弱体化した身でありながらレヴィスの気迫に一切気圧されていない。

 

『···········クラネルハハナカラ狙イデハナイ。アクマデモクラネル以外ノ【ロキ・ファミリア】ノ削リニスギン』

 

 何かしらの魔導具による変声器を通したような、老成とも若輩ともつかない奇妙な声。男女の判別すらつかない不可思議な響きが地下に木霊する。

 

それを耳にして、レヴィスは奥歯を噛み締めながら眼前の相手を睨みつける。

 

「───ッ、それがバカげている!! こちらの狙いなど関係なしに食い破られるぞ?! 闇派閥の連中などいくら使い捨てたところで話にもなるまい!!」

 

 レヴィス、ひいては穢れた精霊の目的はアイズの獲得であり、そのための最大の障害がアルなのだ。それはエインの主であるエニュオの計画にとっても同じ。都市の、地上の破壊など英雄たるあの男が許さないだろう。

 

だが、物事には順序がある。59階層ではあそこまで準備を重ねたのにも関わらず殺せなかったのだ。

 

いかにクノッソスに招き入れたとしても今もレヴィスたちにアルを殺せるほどの準備はない。まして、ランクアップを果たした今、より一層難儀となった。

 

 

可能性があるとするならば完全な状態のエインとレヴィスで同時に襲うぐらいだろうか。

 

それすらも時期尚早だとレヴィスは判断している。アルのレベルは現在8、この短期間にレベルを上げること自体が不可能に近く。たとえアルであってもその成長速度には限界がある。

 

だが、怪人たるレヴィスとエインは違う。魔石さえ取り込めば制限なくステイタスを伸ばすことが可能だ。

 

来たる決戦の日まで、レヴィス達は加速度に強くなり続けることができる。

 

だからこそ、このタイミングでの接触は避けたかったのだが、エインはヴァレッタ達、闇派閥の幹部と協合してあろうことかクノッソスに【ロキ・ファミリア】を招き入れてしまった。

 

確かに、都市最強派閥の一角を崩す機会ではあるが、下手を打てば逆にこちらが壊滅してしまう。

 

そうでなくとも、闇派閥が本格的に動き出した以上、決戦の日までに戦力が削れるのは好ましくない。

 

最悪、レヴィスかエインのどちらかが命を落とすことすら有り得る。そうなれば来たる日の『剣聖』への勝機は著しく落ちてしまう。

 

「────駄目だよぉ、喧嘩しちゃ。········エインちゃん、それってエニュオの命令だったりするの?」

 

 言い合う二人を諌めるかのように一柱の邪神が口を挟む。闇派閥に残る唯一の邪神にして、最古参の神タナトス。

 

見た目は男神ながら美女のような艷やかな長い髪、濃紫色の瞳、白い肌。華奢な体躯も相まって一見すると麗人のような出で立ちだ。

 

しかし、彼の瞳の奥に宿るものはひどく不気味で歪なものだった。退廃的かつ享楽的で無責任な言動とは裏腹に、底知れぬ深淵を覗き込んだかのような恐怖を覚える有り様。

 

『······アア、エニュオノ命ダ。『剣姫』ヲココデ殺ス』

 

 死を司る神としての本質を垣間見せるタナトスに対し、エインは淡々と答える。変声器を通したような奇妙な声音にも臆すことなくタナトスはふぅん、と興味なさげに呟いた。

 

 

 

『オリヲ見テ、私モ『元』ニ戻ル。雑魚ノ間引キハ闇派閥ニ任セル』

 

 外套を翻し、その場から立ち去るエインと不承不承ながらそれに続くレヴィス、【ロキ・ファミリア】のもとへ死兵として向かう自らの信者たちを見送ったタナトスは誰もいなくなった暗闇でその唇の端を上げて嘲笑った。

 

自覚はないのかあるのか、いや、神たるタナトスが感じ取った以上は自覚はあるのだろうが、その考えから目を逸らしているのだろう。まるで()()()()であるかのような下界の仔らしい矛盾を嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·······嘘はイケないなぁ、エインちゃん」

 

「『剣姫』は君が殺したいだけだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 







一日が30時間くらいあればいいのに


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七十三話 私が癒す


進路関係と体調不良で投稿が途切れてしまいました、すみません。




 

 

 

カビ臭い部屋に所狭しと積まれた分厚い本。その山は、さながら巨大な壁のようだ。

 

書物の山に覆われた書庫にただ一人いる僕はゆっくりと顔を上げる。そして、手にしていた本をパタンと閉じると目線だけで部屋の中を見渡す。

 

目についたのはとある英雄譚。古い黄ばんだ紙の上に、掠れたインクで記された物語だ。何度も読まれたせいか、すっかりボロボロになっている。

 

開いていたページにはかすれた挿絵が描かれていた。

 

『淫売のバビロンめ!!』

 

 そう言って、主人公である英雄が剣を女に向けている絵だ。少年は怒りに満ちた表情を浮かべているが、一方の女は媚びるような諂いの笑みを浮かべて英雄へと手を伸ばしていた。

 

『貴様が犯した悪行の数を! 一体何人の男を誘惑し、陥れ、悲惨な末路へと導いた!! 恥を知るがいい、妖婦め!!』

 

 娼婦の背後には倒れ伏した幾人にも及ぶ男達の姿があった。娼婦に拐かされ、破滅していった哀れな犠牲者たちなのだろう。

 

英雄の糾弾は正しいものだ。けれど……。

 

『英雄にとって娼婦は破滅の象徴です』

 

 先日、【イシュタル・ファミリア】に追われて逃げた先の娼館で出会った狐人の娼婦、春姫さんの言葉を思い出す。確かに、英雄の物語において娼婦は悲劇や災厄をもたらす存在として描かれていることが多い。

 

あらゆる英雄譚の中に登場する娼婦達は、男性の英雄たちを破滅させていく。それはまるで呪いのように。

 

破滅を呼び込む忌むべき存在。だからこそ、英雄譚の中に描かれる娼婦達は総じて醜く描かれているのだ。

 

けして救えない者。決して救われてはいけない者。そんな者として。

 

英雄の隣に娼婦は立つことを許されていない。それが英雄譚の決まり事だった。

 

破滅を呼ぶ娼婦と英雄は決して相容れない。

 

「でも······」

 

 ポツリと呟き、僕は手元にある英雄譚に再び目を落とす。娼婦を糾弾する英雄の絵を見て、僕の脳裏に浮かんでくるのは一人の女性の顔。

 

あんな悲しそうな顔を浮かべる人が、本当に救いようのない人間だろうか? あれだけ綺麗な笑顔を浮かべられる女性が、どうして娼婦なんてしているのか。

 

······いや、そんなことはどうだっていいんだ。

 

湧き上がる無力感を振り払うように頭を振るう。こんな気持ちになるくらいなら出会わなければよかったのだろうか。

 

【イシュタル・ファミリア】はオラリオでも有数の大派閥。僕と同じ第二級冒険者を多く抱える実力者揃いの派閥。そしてその中にはベートさんや兄さんと同じ第一級冒険者すら所属している。

 

所属している冒険者の強さだけではなく、オラリオの歓楽街を管理している権力や影響力は【アポロン・ファミリア】とは比較にもならないほど巨大だ。

 

目をつけられてしまえば新興派閥である【ヘスティア・ファミリア】など簡単に潰されてしまうだろう。

 

兄さん達【ロキ・ファミリア】にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

第一級冒険者すら所属する大派閥を相手に僕なんかでは太刀打ちできるはずもない。だから諦めろと心の中でもう一人の自分が囁いている。

 

見なかったことに、出会わなかったことにするのは酷く簡単だ。このまま部屋に戻って布団を被って寝てしまえばいい。

 

だけど、脳裏に浮かぶ優しい微笑み。その笑みを思い出した瞬間、ズキリと胸が痛む。

 

こんなことなら出会わなければよかった。あの時、彼女に関わらなければ、こんな想いをしなくて済んだはずだ。

 

「いや、そうじゃないだろ───ッ!!」

 

 違う。そんなはずはない、出会わなければよかったなんて思っていない。出会いは何よりも大切なものなのだから。

 

こんな時、兄ならば、僕にとって始まりの憧憬である英雄ならばどんな選択をするだろうか。

 

ふらりと立ち上がり、僕は本棚へと向かう。そこには様々な種類の本が並べられている。様々な英雄譚も置かれている。

 

「··········こんな時、兄さんなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カーリー・ファミリア】

 

世界の中心と言われるオラリオからはるか東に離れた絶海の孤島テルスキュラ。世界から切り離されたように外交を持たない女戦士、アマゾネスの国。

 

巨大な世界勢力の一つであり、戦の女神カーリーを主神とした国家系ファミリア。アマゾネスの聖地とも呼ばれるその国は支配体制が敷かれており、力こそ正義という実力主義社会だ。

 

それゆえに弱者には容赦がなく、弱き者は虐げられ搾取されるだけの存在でしかない。テルスキュラに生まれついたアマゾネスは物心つく前にカーリーによって恩恵を授けられ、ファミリアの末席として眷属に迎えられる。

 

喋り方よりも先に武器の持ち方を、文字の読み書きよりも先に命の奪い方を学ぶ。弱いままでは生きていけない。強い者こそが正義であり、強ければ何をしても許される。

 

蠱毒とすら称される幼子とモンスターとの、そしてアマゾネスの同胞同士の殺し合い。

 

儀式という名の際限のない命の奪い合いによってダンジョンがないにも関わらずオラリオの有力派閥と比べても高レベルな眷属が多数存在する。

 

そんな戦力に目をつけたイシュタルによってメレンに招かれ、フレイヤとの戦いの前にかつての眷属であるティオネとティオナとカリフ姉妹を殺し合わせることで最強の戦士を作ろうとし、あわよくば最新の英雄であるアルとの闘争を望んでいた。

 

レフィーヤをはじめとした【ロキ・ファミリア】の団員を人質にとることでティオネとティオナをカリフ姉妹と戦わせることには成功したものの船で戦っていたアルガナはフィンによって打ち倒され、『階位昇華』を受けてLv.7相当まで強化されたバーチェはLv.8になっていたアルに倒されることで儀式は失敗。

 

更に他のアマゾネス達もLv8のバケモノに打ちのめされたことで、殆どが恋する乙女状態になってしまい、腑抜けになってしまった。

 

戦いを何よりも尊ぶカーリーとしては情けない話だが、腑抜けてしまった彼女達はもはや使い物にならないと見切りをつけ、無理に戦わせるよりは『次代』に賭けたほうが良いとアルやフィンに目をつけたカーリーの赦しの下、団長姉妹を筆頭に少なくない数のアマゾネスがオラリオに移住することとなった。

 

腑抜けたとはいえ、団長姉妹はオラリオにも数名しかいないLv6の第一級冒険者相当、その他のカーリーに逗留を許された精鋭たちはいずれもがLv3以上の第二級冒険者級の実力者なのだ。

 

そのような実力者達の流入をギルドが拒むわけもなく、ある程度の条件はついたが彼女達の移住は認められた。

 

国家系ファミリアという規模の大きさから全員が全員、来れるわけもなく、オラリオにいるのは百にも満たない精鋭達。

 

カーリー自体唯一の主神として長らく国を離れられないがゆえにオラリオに移住したアマゾネス達の監視は【ロキ・ファミリア】ひいては主神ロキにギルド直々に委ねられ、実質的な傘下ファミリアとなっていた。

 

此度の人造迷宮探索においては下手に連携が取れない別勢力を大量に投入するよりは精鋭のほうが良いと考えたフィンの元、カリフ姉妹のみがフィン達に同行し、その他の第二級相当のアマゾネス達はリヴェリア達、待機組の護衛兼予備戦力として待機している。

 

闇派閥残党の拠点と思われる人工迷宮、その中に侵入するのは第一級冒険者を筆頭とした【ロキ・ファミリア】の主力とカリフ姉妹、そして外部協力者であるフィルヴィスとアミッドだった。

 

致死性の罠が貼ってあってもまあ大丈夫そうなアルが先陣を切って突入する。ヒーラーであるアミッドを守るような布陣で進みながら、彼らは迷宮内を探索し始める。

 

オリハルコンの扉を抜けた先は代わり映えのない石畳と地下故に窓のない石の壁が続く道程だったがしばらくすると一本道が幾重にも別れ、それこそ迷路のような構造に変化する。

 

侵入者を迷わせる意図的な造りは普段ダンジョンを探索している冒険者の感覚をもってしても面倒なものだった。

 

幾重にも分かれた道の先は大半が行き止まりとなっており、無為に時間だけが過ぎていく。

 

密閉した空間故のカビ臭さと隠しきれない腐臭の混じった血の匂いがうっすらと漂う中、冒険者達は地道にマッピングをしながら進むことを余儀なくされる。

 

「········進路が限定されてる?」

 

 そんな中、少しずつ進路が限定されていっていることに気づいたアイズが声を上げる。

 

これまた人為的に誘導されていってるような気がする構造。罠がある可能性も高い。

 

「いざとなったら壁を壊せばいいし、大丈夫だって!!」

 

 警戒を浮かべる団員たちにアマゾネスらしい大雑把な考えを口にしたのはティオナだ。

 

「いや、それも難しいだろうよ」

 

 しかしそれに水を差すように言ったのはアルであった。彼はその長い腕を伸ばして近くの壁に指揮棒を振るかのような軽さで拳をスナップさせる。

 

それだけの動作だというのに、バキリという音と共に彼の拳を中心に放射状に亀裂が入った。

 

破砕音にびくりと体を震わせたレフィーヤ達はまるで巨大な鉄槌でも振り下ろしたかのように陥没した壁を見て目を丸くする。

 

「これ、もしかして········アダマンタイトですか?」

 

 ボロボロと崩れる石壁の奥で鈍い輝光を放つ金属の正体を見抜いたレフィーヤの言葉にアルはこくりと首肯してみせた。

 

表面こそ石で覆われているもののその中身はダンジョンで発掘される天然の金属としては最も硬いとされる鉱石であるアダマンタイトで構成されていたのだ。

 

上層や中層で発掘されたものならまだしもその輝きは深層のものに近い。物理的破壊はもちろんのこと魔法攻撃による破壊も困難を極める代物だ。

 

そんな金属で経路全体を構築されているとなると例え第一級冒険者の力をもってしてもティオナの言ったように壁に穴を開けて移動することは至難と言えるだろう。

 

「オリハルコンの扉に加えてアダマンタイトの通路か,こんなものとてもじゃないが数年足らずで築けるものではないね」

 

 どちらも武器に使用する少量でも莫大な価値を持った金属であり、【ロキ・ファミリア】の全資金を費やしてもこれまで見た扉の半分も作れないはずだ。

 

そんな莫大な金額をギルドに露見させずに動かし、ダンジョンと見間違うほどの大規模な工事をしていたとなるとそれにかかる時間は数年では済まないはず。

 

もしこれが闇派閥残党の仕業だとしたら相当前から準備されていたことになる。

 

10年や20年では到底作れるものではなく、50年、100年、200年あるいはそれ以上の歳月をかけて計画されてきたものだとしても不思議ではない。そう考えると自然と一同の顔には緊張の色が浮かぶ。

 

いつから建築されていたのかは不明だが、今ここにいる全員が闇派閥の底知れなさの一端を垣間見た気がした。

 

自分たちの普段生活する地面の下にこんなものを造っていたなんて思いもしなかった。しかもこれだけの規模のものが何年も気付かれずに隠匿され続けていたことに寒気すら覚えてしまう。

 

「───この先に階段があります。 下へと続いているようです」

 

 戻ってきた斥侯の冒険者の報告を受けた一行の目の前には二つに分かれた Tの字をした道が現れた。どちらの道も同じくらいの道幅であり、一見して違いがあるようには見えない。

 

「分かれ道、か」

 

「············二手に分かれよう、どちらか片方を進んで行き止まりでも困るし大所帯では小回りが利かないからね」

 

 左へはフィン自身にベート、カリフ姉妹、レフィーヤとフィルヴィス、アミッド。右にはアルとアイズ、ヒリュテ姉妹を振り分ける。

 

一塊になって少しずつ進むよりはそれぞれで別行動をとった方が効率的だろうとの判断だった。均等に戦力を分配できるという利点もある。

 

もとより過剰戦力ぎみであり、第一級冒険者が複数いるのなら襲われても迎撃できるはずだ。

 

「後は頼んだ、アル」

 

「ああ」

 

 

─────·········

 

 

左へ進んだフィン達は石畳の通路を歩いていく。人の気配のない不気味な静寂に満ちた場所だ。

 

「(ダンジョンの上層に少し構造が似ている気がするな)」

 

 おそらく地上から深さも同程度だろう。迷宮と違ってここはモンスターの影すらない。それが不気味さを増していた。

 

通路の幅や天井の高さからダンジョンの一階層から二階層に相当する空間であることがわかる。

 

マッピングをさせながら慎重に進んでいくと曲がり角の向こう側に広間のような部屋を発見した。

 

より強まる腐臭に顔をしかめつつ中の様子を伺う。そこは今までとは違った雰囲気の部屋だった。

 

オリハルコンの扉が左右の出口を完全に塞いでいるのだ。そしてその前には────

 

「フィ~~~ン~~~~ッ!! 会いたかったぜぇ、クソすかした勇者様ぁ!!」

 

 凶声。くすんだ血の色にも見える桃色の髪の女がそこにいた。彼女は禍々しく捻じくれた大剣を担ぎ、手を広げて叫ぶ。

 

「あぁ、やっぱり生きていたか·········ヴァレッタ」

 

 それはまるで恋人との再会を果たしたかのような熱烈ぶりだったが、フィンはそんな仇敵との再会すら取るに足らない親指の疼きが感じられた。

 

「察してるみてぇだから言っとくがテメェの相手は私じゃねェ······怪物同士、存分に殺し合いなァ!」

 

 女の声とともに部屋の奥からオリハルコンの扉が開く重厚な音が鳴る。第一級冒険者として長年培ってきたフィンの危機感知能力と勘が告げている。

 

アレは駄目だ。絶対に勝てるはずがない。そう判断するのに時間はいらなかった。ゆっくりと開かれた扉の先から人型の何かが出てくる。

 

赤色。血液を思わせる赤い頭髪に肢体に起伏に富んだ体つきをしている。こちらをとらえる瞳は爬虫類のそれを思わせる黄緑色の輝きを放っていた。

 

美しい女性の姿をしているが、そこから放たれる圧力は竜種ですら裸足で逃げ出すほどの凄まじさだ。

 

即座にフィン達の脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

だが、もう遅い。

 

扉が完全に開ききり、現れた女性は一歩を踏み出した瞬間に既に動き出していた。

 

「っっ?!」

 

「また会ったな。 小人族」

 

 一瞬にして距離を詰められ、振るわれた禍々しい漆黒の剣を間一髪で

避けたフィンは冷や汗を流しながらも反撃するべく槍を突き出す。しかしそれも紙一重で避けられてしまう。

 

速い。それも圧倒的に。レベル6の冒険者であるフィンよりも上の領域にいる。以前戦った時よりもはるかに鋭く、重い斬撃。

 

振るわれるベヒーモスの黒剣を凌ぐこと三回。たったの三合でフィンは相手の力量を理解してしまった。

 

崩れる体勢、揺れる視界、乱れる呼吸。

 

「先日の借りを返しておくぞ」

 

 強化種。どれほどの量の魔石を喰らってきたのか、ありえないほどの戦闘力の向上を遂げた怪物がそこには立っていた。

 

魔法を、凶猛の魔槍を使わなくては殺される。しかし、あの魔法は正気を失う代わりに絶大な戦闘能力を獲得する諸刃の刃。今この場で指揮能力を失うことは統率を失うことを意味する。

 

一瞬の気の迷い。一秒にも満たない思考の空白。

 

「死ね」

 

 致命的な隙を見せたフィンに、赤髪の怪人が剣を振り下ろす。防御は不可能。回避も間に合わない。

 

黒い軌跡を描いて漆黒の呪剣が振り下ろされる。

 

矮小な身に刻まれた深過ぎる傷とともにながし込まれた英雄殺し。その一撃は、フィンの命を容易く刈り取っ───

 

三百と六十と五の調べ(癒しの滴、光の涙)癒しの暦は万物を救う(永久の聖域。薬奏をここに)

 

呪いは彼方に(そして至れ)光の枢機へ(破邪となれ)聖想の名をもって(傷の埋葬、病の操斂)

 

─────ディア・フラーテル(私が癒す)

 





アル「よかった、アミッドと違うルートで良かった」


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七十四話 絶対活かすウーマン



いつも誤字報告、感想コメントありがとうございます。

事前報告なく一か月ほど投稿を休んですみませんでした。

休み理由は進路関係で半ネット断ちしてたのと私生活がなかなかに忙しくて執筆の時間が取れなかったからです。
 
皆さんは共通テストどうだったのかな·····。

まだ全ての事が終わったわけじゃないのであれですが進路関係が片付いたらこれまでのように毎日投稿に戻していくつもりですのでこれからもよろしくお願いします。


 

 

 

千年前、神々がオラリオ後に降臨した神時代の始まりに今もなおその威容をオラリオの中心で保つ白き摩天楼バベルを建造した神域の天才ダイダロス。

 

ダンジョンという混沌の美に魅了され、人の手でもってその混沌の美を探求せんとした天才にして狂気の探究者。

 

そして──そんなダイダロスが己の生涯を費やして作りあげた未完の作品。

 

それがこの地下深くに広がる人造迷宮クノッソスである。

 

始祖たるダイダロスの妄念。1000年もの間一族に受け継がれてきた悲願であり、呪縛。

 

混沌の美の完成の先にあるものを求めて、完成を見ることなく散ったダイダロスの遺志を継ぐ者一族の末裔によって造られ続けてきた地下迷宮。

 

そんな一族の当代───バルカ・ペルディクスはこれまでの例に漏れず迷宮の完成のためだけに生を受けた

男だった。

 

彼はこれまでの一族と同じようにただひたすらに迷宮の完成を目指す。そこに何があるのかなど興味もない。

 

ただ、一族の悲願を達成することこそが彼の存在理由であったから。祖から継がれる血の呪縛から逃れられなかったから。

 

だから、彼がこれまで歩んできた道程には感傷も感激もなかった。なぜならば、それは彼にとって単なる作業に過ぎなかったから。

 

クノッソスを完成させるためだけの機構としてのみ生きる彼に喜びはなかったし、悲しみや怒りを感じる心すら存在しなかった。

 

生まれついて以来、他者と関わることもなく外界に触れることもなくただひたすらに千年の妄執に従うだけの人生。

 

彼を動かしているのは自我ではなく呪縛。物心つかぬままに魂に刻み込まれた呪いにも似た使命だけが判断基準であり指針である無機質な機械のような人生。

 

そんな彼にとって感情というものはひどく知識としては知っていても自らが体験することのない未知のものであり、理解できないものであった。

 

分かるのは自分には不要なものであり、クノッソスを完成させるための機構には不必要なものということだけだ。

 

だが、そんな持ち得ないはずの感情が言いしれぬ『恐怖』としてバルカの身を震わせていた。

 

「········なんと、これほどか。【ロキ・ファミリア】」

 

 迷宮内のありとあらゆる所に配置された『目』。侵入者を監視する監視装置を通して通路の様子を観察していたバルカはその光景を見て戦慄していた。

 

岐路を前に二手に分かれた第一級冒険者達。『勇者』が率いる集団は赤髪の怪人レヴィスが相手をしておりそちらには一分の注意も向けてはいない。

 

戦慄の視線を向けるのはもう一方の最強の男に率いられた一団だ。

 

モンスターも、罠も、先頭を走るその男には通じない。バルカとて神の恩恵を得て、幾度かのランクアップに至っているがゆえに常人離れした強さを持つ。だが、だからこそその男の規格外さに自身の目を疑ってしまう。

 

たった一人で第二級相当の怪物の群れを相手にしながら全く遅れを取らずに先頭を走り続けるその男はまさしく英雄と呼ぶに相応しい存在だろう。

 

だが、そんな男が放つ存在感とは裏腹にその男からはまるで熱を感じなかった。まるで氷のように冷たく、それでいて刃のような鋭さを持った男。

 

「·······話には、聞いて、いたが。······『剣聖』」

 

 外界に興味を持たないバルカといえどその名は何度も耳にしている。現在協力関係にある闇派閥の目的にあたって最大の障壁となり得るであろうオラリオ最強戦力の一人。

 

画面越しであるというのに感じる圧力にバルカは無意識のうちに冷や汗を流していた。

 

そこにコツン、コツンと規則正しい足音が聞こえてくる。

 

暗闇から鳴る足音に恩恵によって強化されたバルカの聴覚が反応する。いかに【ロキ・ファミリア】の進行が早いとはいえ、最奥に位置するこの場に敵が来ることはない。

 

おそらくはタナトスか、闇派閥の者。それがわかっているにも関わらず、言いしれぬ感情から身構えてしまう。

 

「───おいおい、今日はやけにクノッソスが騒がしいなぁ。問題でも発生したのかよ、兄弟」

 

「止めろ、ディックス。同じ女の腹から生まれた、それだけのことだ。間違っても私を兄などと呼ぶな」

 

 暗闇から現れたのはタナトスでも、闇派閥のものでもなかった。

 

ディックスと呼ばれた男。痩せぎすのバルカとは違い、最前線で戦う戦士のような体つきと獣のような軽やかさを感じさせる男だ。

 

冒険者風の装備に身を包んでいることからも、彼が冒険者であることは間違いないだろう。しかし、彼の纏う雰囲気はどこか歪なものを感じる。まるで闇の中でこそ真価を発揮するような、そんな気配。

 

バルカと同じく一族の末裔でありながらクノッソスを嫌った密猟者。

 

【イケロス・ファミリア】の団長を務める第一級冒険者──ディックス・ペルディクスは口の端を吊り上げながら笑う。

 

「あぁ、冗談だよ。俺だってテメエみたいな気味の悪い呪縛の操り人形と一緒にされたくねぇわ」

 

 「ならば黙っていろ」とバルカは素っ気なく返す。そんなバルカの反応にディックスは侮蔑にも似た視線を向けた後、興味を失ったように鼻を鳴らす。

 

「で、何を騒いでやがるんだ? おちおち『仕事』もできねえじゃねーか」

 

「我々を嗅ぎ回っていた【ロキ・ファミリア】をクノッソスへ入れた。·······だが、ちょうどいい。ディックス、貴様の仕掛けを使う」

 

「あ? 俺の仕掛けって······マジかよッ!!」

 

「────」

 

 千年の妄執。生まれて間もなくしてその呪縛を脳髄に刻まれたバルカとは違い、自我を得てから呪縛に縛られたディックス。

 

自我を侵す抗えぬ呪いを嫌悪し、一族の全てを唾棄しながらもその呪縛から逃れることはできなかった。

 

その呪縛の根幹であるクノッソスを憎みながらも、バルカと同様に悲願成就のために生まれてきた彼はクノッソスにとある仕掛けを施していた。

 

迷宮を自壊させる機構。ディックス自身、つまらない意趣返しのようなものであり、バルカもその存在は許したが使うことなど考えたこともなかった。

 

だが、今の状況はそれを利用できる。特定の支柱を破壊することで階層そのものを崩落させる。そして、階層が破壊されれば当然そこにいる【ロキ・ファミリア】も無事では済まない。

 

「────ク、クク。クッハッハッハッ!! おいおい、マジか、クノッソスを壊すのかよ?! 他ならぬ、テメェの手で?!」

 

「────黙れ、ディックス」

 

バルカとて一部といえど自らの手でクノッソスを壊したくはない。一部であっても階層を破壊してしまえばその修繕には多大な時間と労力を要する。

 

もとより無理だとはわかっていたことではあるがバルカの代でのクノッソスの完成は絶望的になるだろう。

 

バルカの微かな自我が抱える唯一の心残り。

 

だが、このまま放置しては『剣聖』によってすべてが食い破られる。オリハルコンの扉を閉めようにも下がり切る前に大剣を噛まされ、力づくで開かれてしまう。

 

「ディックス、手を貸せ。一角を崩壊させただけで全滅はしまい、お前は『散った』者たちを殺して回れ。·······ああ、『剣聖』は放っておけ、『何をどうやっても勝てない』との神のお達しだ」

 

 野卑に笑うディックスへとバルカは指示を出す。殺意すら帯びた不快気な視線を向けるバルカだったが、ディックスは気にした様子もなく肩をすくめる。

 

「·······まぁ、しょうがねぇな【ロキ・ファミリア】なんざ、関わりたくない筆頭だが······地の利ならこっちにある。ああ、新しい槍、貰うぜ」

 

 呪槍を受け取りながらディックスは舌なめずりをする。獣じみた笑みを浮かべるディックスをよそにバルカはクノッソスの通路を映し出す監視装置の前に立つと二つの領域。

 

『勇者』と『剣聖』の一行のいる領域に目を向け、「崩壊」と念じながら機構を操作した。

 

「────【ロキ・ファミリア】狩りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅い鮮血がフィンの小さな身体に刻まれた傷から噴き出し、びしゃりと音を立てて地面を濡らした。瞬く間に紅く染まっていくその小さな背中を見つめながら、団員達は呆然と立ち尽くす。

 

赤髪の怪人レヴィスの奇襲。倒れ伏していくフィンの身体。

 

「··········団長ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 石畳に叩きつけるように倒れたフィンは動かない、動けない。その光景を目の当たりにしたラウルは絶叫する。

 

【ロキ・ファミリア】をいかなる時も鼓舞してきた『勇者』が倒れる様を見て、団員達の士気は完全に崩れ去る。あるいは59階層でアルが膝を突いたとき以上の絶望。

 

武力的にも精神的にもファミリアのが支柱であったフィンの代わりとなる者はいない。リヴェリアやガレス、アイズであっても彼の代わりとなることは出来ない。

 

唯一、取って代われるカリスマを持つ『剣聖』はこの場にはいない。

 

『勇者』の倒れる姿にベートですら思考を停止せざるを得ない。外野であるカリフ姉妹もフィンによって打倒されたアルガナは男の朱に染まる様にかたまり、バーチェもそんな姉の姿に硬直する。

 

斬撃を受けたフィン自身、自らの体に打ち込まれた呪毒とまびろでていく臓物の感覚に誰よりも早く致命的な現状を悟りながらも霞んでいく意識の中で自らに迫る死の気配を把握する。

 

全身から力が抜けて、指一本すら動かせなくなる。視界が徐々に暗くなる。呼吸をする度に喉の奥から血がせり上がってくる。

 

死。それが今まさにフィンに迫っている。

 

そして、剣を振り下ろし追撃しようとする赤髪の怪人の殺意よりも早くフィンは自身を見捨てさせる決断を下し──。

 

 

 

──────そして、その全てよりも疾く、聖女の歌声が響き渡った。

 

三百と六十と五の調べ(癒しの滴、光の涙)癒しの暦は万物を救う(永久の聖域。薬奏をここに)

 

呪いは彼方に(そして至れ)光の枢機へ(破邪となれ)聖想の名をもって(傷の埋葬、病の操斂)

 

─────ディア・フラーテル(私が癒す)

 

都市最高の治癒術師、アミッド・テアサナーレの判断は歴戦の第一級冒険者たちよりも早く、その動きは怪人レヴィスよりも早く、その表情に一切の動揺はなかった。

 

そして、その詠唱速度は常軌を逸していた。

 

同時に別の詠唱を重ねているかと錯覚してしまうほどの速度で紡がれる聖歌。

 

都市最強の魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴや精霊の分身をも────或いはかつての最強術師『静寂』や最強の魔法戦士たる『剣聖』すらも凌駕する詠唱速度は追撃に走るレヴィスすらも置き去りにする。

 

光の粒子が旋律に合わせてホタルのように舞い、幻想的な光景を演出する。純白の光の粒が歌い手を中心に渦を巻き、傷ついたフィンを包み込む。

 

穢れを一切孕まない純白の魔法円、それが幾重にも折り重なって展開され、フィンの身体を優しく抱き締めるように包み込み、淡い光を放つ。

この世に存在するあらゆる毒を浄化し、あらゆる傷を癒す回復魔法の極北。

 

フィンが負った塞がらないはずの傷が、癒えぬはずの毒がまたたく間に時が逆巻くかのように全て癒えていく。その奇跡のような光景に団員達はおろか、レヴィスですらも目を奪われる。

 

傷の治療、体力回復、状態異常及び呪詛の解除と比喩ではなく、文字通り全てを癒す『全癒』魔法。

 

発展アビリティを発現させていないのにも関わらず展開される純白の魔法円。才禍の再来の第三魔法やとある賢者の禁術と同じ、神の恩恵の規則(天の法典)からの逸脱。

 

アル・クラネルですら届かなかった全癒魔法の効果はLv2の身でありながら、魔法大国の不死を実現させた賢者のそれを上回る。

 

「─────ッ?!」

 

 純白の光粒によって時が逆巻いたかのように今しがた負わせた傷が癒えるフィンの姿に目を見開き、はなから視野にいれていなかった()()が己にとっての天敵だったのだと気がついたレヴィスだったが、アミッドのもとへは向かえない。

「るがぁああああああああああああああッ!!」  

 

 いち早く正気を取り戻したベートの爪牙が立ちふさがるモンスターを瞬く間に灰にし、レヴィスに肉薄する。それに追従するように我に返ったカリフ姉妹も続く。 

 

「───ッ、Lv6、か」

 

 果敢に攻め立ててくる三名のLv6の猛撃に堪らず下がるレヴィスだったがその手には未だ蠢動する英雄殺しの古の死毒が渦巻いている。

 

しかし、この場には───。

 

『最強』を生かし続けた、アル・クラネルを唯一『諦めさせた』聖女がいる。

 

「ご安心を、私がいる限り誰一人死なせません」

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、崩壊した地下回廊から間一髪で脱出したアイズは息を整えていた。団員達と逸れ、散り散りにされた状況の中、冷静さを取り戻した彼女は仲間と合流するために走り出す。

 

石畳の地面を踏みしめ、先ほどまでいた場所を振り返る。そこには崩れ落ちた壁や天井があった。

 

「(みんなは大丈夫かな······)」

 

 咄嗟に発動させた風の付与魔法のおかげでアイズ自身は脱出できたものの、他の団員の安否は確認できていない。アルの近くにいた団員達は無事な筈だがそれがどこまでなのかわからない以上、心配でならない。

 

しかし、だからといって立ち止まっている暇もない。今もこうしてる間に闇派閥が動き出しているかもしれないのだ。

 

「(アル達は心配だけど·········今しなきゃいけないのは、敵との接触!!)」

 

 ダンジョンにも匹敵する広大さと危険性を孕んだ人工迷宮。方向感覚を狂わせる構造とモンスターの襲撃。このまま後手に回っていてはいずれ追い込まれ、逃げ場を失う。ならばこそ、今は敵の懐に飛び込むしかない。

 

入口や迷宮内に設置されたオリハルコンの『扉』を開閉する術を持つであろう闇派閥の中心人物を何としてでも見つけ出し、確保しなければならない。

 

「………………階段!」

 

 皆とはぐれてから十数分、四つ目の下り階段を発見したアイズが駆け降りる。独特な臭気と暗闇が支配する空間。第一級冒険者としての鋭い感覚が、この先にいる何かを感じ取る。

 

階段を駆け下りていくごとにだんだんと強くなっていく臭気。それに比例するかのように、心臓が高鳴っていく。まるで迷宮全体が生きているかのような錯覚を覚える中、ついにその部屋を見つけた。

 

魔石灯すらなく完全な暗闇に包まれているその部屋の奥に、ぼんやりとした光が見える。

 

「(なに、この感覚·········?)」

 

 その光から目を離すことが出来ない。ゾクリ、と背筋を走る悪寒。心臓が早鐘のように鳴り響き、本能が警笛を鳴らしている。

 

身体に巡る精霊の血が何かを訴えかけている。それでも、足は前に進んでいく。ゆっくりと、音を立てないように歩を進める。近づくにつれて強くなる異質な気配。

 

恩恵により強化された冒険者としての視覚は灯りのない暗闇でも問題ない。

 

上層で時折遭遇していたモンスターの姿はなく、その代わりに暗闇の通路だけが続いている。そして、とうとうその部屋に辿り着く。

 

そこは広い空洞だった。

 

円形の部屋の中心に、淡い燐光の輝きを放つ水晶のようなフラスコがある。

 

壁や床には金属管が張り巡らされており、なかに電極らしきものを刺されたモンスターが溶液に入った巨大な水槽などが並べてあるどこか科学的な雰囲気を漂わせた異相の部屋。

 

部屋の中央にあるフラスコが放つ不思議な光が、アイズの視界を照らす。

 

工房、あるいは実験室という言葉が相応しいそこには緑色の水溶液だけを残して空となった十八個のフラスコが置かれていた。

 

「これ、は·······」

 

 人一人が入れるほどの大きさをした容器。その中にあったものは既に無い。

 

だが、アイズの『血』が騒ぎ出す。

 

─────精霊の気配。

 

フラスコに残った緑色の水溶液から感じられる24階層や59階層で遭遇した穢れた精霊と同じ魔力の残滓にアイズはこの中にあの宝玉の胎児がいたことを確信した。

 

「(ここはやっぱり·······)」

 

 壊れたフラスコの個数はそのまま胎児の数なはず。59階層での死闘では【ロキ・ファミリア】の最精鋭を相手に猛威を振るったあの精霊の分身が十八体も製造されていたことになる。

 

24階層で一体、59階層で四体、合計五体の分身が産み落とされた時点で残りはあと十三体。あるいはリヴィラの街で発見したものも含むのかもしれないがどちらにせよ軽く見積もってもあと十体以上は製造されているはずだ。

 

あまりの戦力に息を呑む。だが同時に納得している自分もいた。あれほどの力を持ったモンスターが複数いるのであればオラリオを滅ぼせるというのも無理はない。

 

そんな怪物達を製造するための拠点がここなのだとすれば、ここで全てを終わらせるべきだ。

 

そう思い、周囲を見渡した瞬間、 ぞわり、と全身を悪寒が駆け巡る。

 

『──嗚呼、やはり来たか『剣姫』』

 

 不意に響く男女の判別もつかない声。背に投げかけられたそれに、アイズははっと振り返った。

 

「貴方は········?!」

 

『気配に引き寄せられて自らやってくるとは愚かな』

 

 紫のローブに不気味な仮面。アイズの脳裏にフィンがレヴィス以上の脅威と判断し、先程クノッソスの入り口を開けた怪人がそこにはいた。怪人エインの登場に、アイズの緊張がはね上がる。

 

体の輪郭が見えないほどに濃密な黒い魔力が溢れ出し、その濃度に思わず息を詰まらせる。そして、何よりもその存在感。

 

魔力だけではない。ただそこに立っているだけで放たれている圧倒的な殺気に気圧されそうになる。

 

『───これは、ただの八つ当たりだ』

 

 エインは何らかの魔道具によるものか、若者なのか、老人なのか、男か女すら判別できない声で自嘲するかのように呟く。その様にアイズはこれまでにない言いしれぬ不気味さを覚えた。

 

『構えろ、できれば無様に死んでくれ』

 

 

 






アル『はー、つまんな』

バルカ『あ、だめだこりゃ、自爆スイッチオン!!』

レヴィス『まだ、戦ってるんですけど?!』

原作からしてアミッドがLv2って可笑しいよね

《原作と比べて追加戦力》
【ロキファミリア側】
・レベル8のキチガイ
・カリフ姉妹(Lv6、二人)
・後詰めでLv3〜Lv4のアマゾネス数十 
・アミッド
・アイズ、ベート覚醒済み

【クノッソス側】
・レヴィス強化
・ヘビーモスの剣
・エイン強化


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七十五話 ダイナミックエントリー








 

 

 

 

 

 

『────構えろ、できれば無様に死んでくれ』

 

 仮面の怪人がゆらりと手をかざす。慈悲なき宣告と共に抑えきれない漆黒の魔力が解き放たれる。赤髪の怪人レヴィスや精霊の分身を前にしたときですら感じなかった絶対的な死の予感。

 

目の前の相手から発せられる濃厚な殺意にアイズの身体が硬直してしまう。不安を掻き立てんばかりの悪寒に心臓が締め付けられ、嫌な汗が頬を伝う。

 

すぅ、と大きく深呼吸。震える手足に力を込め、アイズが精神を集中させる。

 

「──いくよ」

 

 瞳に覚悟を宿らせ、腰を落とす。不安も恐怖も、その他一切の雑念を切り捨てたアイズの視野が急速に狭まり、意識が研ぎ澄まされていく。

 

フィンに仮面の怪人よりも弱いと評されたレヴィスであっても魔石による強化を重ねたその戦闘能力は、今やアルを除いた【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者を上回っている。

 

眼前の怪人はそれ以上の『怪物』。

 

ガチり、とアイズの中で何かが撃鉄を起こす。身に纏う清らかな精霊の風が漆黒の嵐へと変わる。荒れ狂い吹き荒ぶ暴風が部屋の中に吹き荒れる。だがそれは単なる突風ではなく、鋭い刃を秘めた鋭利なる烈風。

 

世界がモノクロに変わっていく中、アイズは静かに口を開く。

 

「【起動(エアリアル)】────【復讐姫(アベンジャー)】」

 

 アイズの瞳の色彩が深い闇へと沈んでいく。精霊の復讐姫は黒い烈風を翻し、敵に向かって駆け出す。静寂に包まれていた部屋に、アイズの足音が鳴り響く。

 

靴底から伝わる硬い感触を踏みしめながら、アイズは怪人との間合いを詰めていく。アイズの周囲で渦巻いていた魔力が爆発的に膨れ上がる。

 

視界を埋め尽くすほどに増殖した魔力がアイズの姿を覆い隠していく。

 

これまでに二度。赤髪の怪人レヴィスに、精霊の分身に対して使った漆黒の魔力を身に纏ったままの突進。

 

そして、その威力はステイタスの向上と慣れによってより高次に高められている。

 

人型の災害と化したアイズの突撃に、エインはその場を動かず悠然と佇んでいる。

 

漆黒の嵐を纏った今のアイズはただの踏み込みが特殊鉱石の石畳を粉砕する。その衝撃波だけで周囲の壁は砕け散っていく。だが、それでもなおエインに動きはない。

 

間合いを詰めたアイズは剣を上段に構える。嵐を纏った破断がエインの目掛けて振り下ろされる。

 

未だ動かぬエインに思考を固定したアイズは疑問も躊躇もなく剣を振り下ろす。

 

そして──────。

 

 

 

 

 

漆黒の嵐を帯びたアイズの破断の一撃。最凶のスキルと精霊の魔法の複合によりLv.6の範疇を大きく逸脱した必殺の斬撃をエインは片手で受け止めた。

 

「────ッ?!」

 

 手首を摑み、アイズの剣を止めたエインの表情は窺えない。アイズの瞳が畏怖に見開かれる。あり得ざる光景にアイズは絶句する。

 

『──────ああ、()()()

 

 エインの蔑みすらない無機質な声に反してその手に込められた力は凄まじく、アイズの腕が悲鳴を上げる。

 

その膂力はスキルによってこれまでにないほどに強化されたはずのアイズのそれを遥かに上回る。

 

いやそれどころか少し前、剣を交えた『猛者』よりも───!!

 

いくら力を入れても微動だにしない腕にアイズは焦燥を募らせる。ギチギチと万力のような力で掴まれた手首からは血が流れ出し、激痛に襲われる。

 

その痛みに耐えかねてアイズが強引に引き抜こうとしてもピクリとも動かない。

 

『こんなものとはな、『剣姫』』

 

 パキリ、と骨の軋む音。エインの手の力が更に増していく。ミシミシと音を鳴らす手首から鮮血が滴り落ちる。そしてその『力』が解放される。

 

腕力に任せてアイズを投げ飛ばす。術理の介在しない純然たる怪力による投擲。だが、あまりの膂力に抵抗すらできずに地面すら崩壊させながらアイズは吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされたアイズは部屋の端の壁へと激突し、嵐の鎧が霧散すると同時に意識を手放しそうになるほどの衝撃が全身を襲う。

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッッ?!」

 

 壁に亀裂を走らせ、ずるりと崩れ落ちかけたアイズに怪人が迫る。咄嵯にアイズは再び漆黒を身に纏うが、怪人はそれを意に介さず無造作にアイズの腹部に蹴りを叩き込む。

 

腹筋に力を込める暇すら与えられずに突き刺さる蹴りにアイズの身体がくの字に折れ曲がる。

 

口から胃液が逆流する。息つく間もなく今度は反対の脚で側頭部を蹴られる。意識が刈り取られそうになるがそれには咄嗟に剣を防護に挟み込むことで耐える。

 

夜叉の如く襲い掛かる怪人の攻撃にアイズの意識が覚醒する。第一級冒険者の動体視力でも捉えることが困難な超速の連続攻撃。剣と風による防御も間に合わない瞬発的な殴打は一撃一撃が即死級の威力を有している。

 

アイズがなんとか直撃を避けているものの、それは辛うじてといった状況。反撃に転じようにもその隙がない。

 

幾重の衝撃にアイズの動きが鈍り始める。怪人の攻撃は止まらず、アイズは防戦一方を強いられる。

 

「くっ·····!!」

 

 アイズは必死に剣を振るい、エインの攻撃を逸らし続ける。しかし、それでも捌ききれない。エインの攻撃がアイズの肩を掠め、頬を裂く。鋭い爪先が切り裂いた皮膚から血液が滲み出る。

 

髪が散り、衣服は裂け、アイズの肌が露出し始める。

 

そして、エインの放った回し蹴りがアイズの剣を弾き、嵐の鎧を無造作に砕き散らす。ガラ空きになったアイズの脇腹にエインのつま先が深く突き刺さる。

 

「────あぐッ!?」

 

 肺の中の空気が無理矢理に押し出され、防具を砕かれた生身の部分に強烈な打撃を受け、アイズの身体が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり迷宮が崩壊しやがった······。いや、流石にビビったわ。なんでだ? 自爆にしては早くない?

 

一応、俺の隊の奴らは自力でなんとかなりそうなLv6の連中以外は全員助けたけど、はぐれちまったな。ある程度固まってりゃいいけど各個撃破でもされたらたまったもんじゃないからな、まずは合流するか。

 

········アッチからアミッドの魔力がするな。

 

逆行こ、アミッドいるなら問題ねーだろ。後回し後回し。にしてもそろそろ会敵してもいい頃·······ん?

 

アイツは·········ヘヘっ。

 

 

 

 

 

 

 

クノッソスのとある一角。

 

魔石灯によってほのかに照らされた石畳の上を歩くのは先程までフィンたちと戦っていた赤髪の怪人のレヴィス。

 

その身体からは少なくない量の血が滴っており、すでにふさがったとはいえ相応の負傷をしていたことがわかる。

 

四人のLv6とそれを援護する第二級冒険者達、そして何よりもレヴィスの鬼札たるベヒーモスの黒剣の呪毒を容易く無効化するアミッドの存在が大きく、Lv7を超えたステイタスを持つレヴィスといえど不利な戦いであった。

 

そして、突如始まったクノッソスの崩壊。

 

地下空間の天井が崩れ落ち、崩落してきた巨大な瓦礫。

 

「───ッ、タナトスの眷族め」

   

 【ロキ・ファミリア】の仕業ではない。おそらくは自分たちの戦いか、それか『剣聖』の激進を目にして圧倒的な不利を悟ったタナトスの眷属によるものだろう。

 

レヴィスはそう判断すると崩れ落ちた壁の向こう側へ飛び込む。幸い、崩落は一部に限定されており、その先には通路がある。

 

怪人であり、Lv7を超えたステイタスを持つレヴィスはその崩壊から脱することができたが、曲がりなりにも仲間であるはずの闇派閥の行動にレヴィスは青筋を浮かべていた。

 

上辺だけの同盟だというのはわかっていたことだが自分がまだ戦っているにも関わらず生き埋めにしようとするとはどういうことだと怒りに震える。

 

そもそも今回の襲撃は闇派閥の連中がレヴィスの忠告も聞かずに【ロキ・ファミリア】をクノッソスに誘い込んだのが発端だ。

 

あの者たちは『剣聖』と対峙していないからその恐ろしさを知らないのだ。いや、知っていたとしても、その脅威の程を理解できていなかったのかもしれない。

 

「·······とりあえずは散った者たちを各個撃破し、一通り回ったらアリアのもとへ行かなくては」

 

 不幸中の幸いにもあの崩落によって【ロキ・ファミリア】の一団は散り散りとなってバラけた。

 

レヴィスが先程まで押されていたのは相手に数の利があったからにほかならない、一対一、そうでなくとも先程の半分ほどの数であれば勝つことは難しくない。

 

そこに。

 

コツン、コツン、とクノッソスの石畳を打つ靴の音が鳴りわたる。こちらに向かってくる足音にレヴィスは立ち止まり、構えを取る。

 

さきほど散った【ロキファミリア】の者たちだろうかと考えるレヴィスだったが段々と歩みよってくるそのものの姿が少しずつ明らかになってゆき、言葉を失う。

 

「·········ああ、こうして相対するのは三度目かな」

 

 何よりも白い汚れを知らぬ白髪、何よりも鮮やかな赤眼。静かに歩んでくる美丈夫の、旧知にあったかのような気軽さを見せる英雄の身に纏う気迫からレヴィスは今の彼我の力量差を悟る。

 

全てを灼き尽くす白い焔が立ち昇っている光景を幻視させる、純白の覇気。英雄たる人物の姿にレヴィスは気圧されるように一歩後退する。そんな怪物を見て、英雄は薄く笑みを溢す。

 

「まぁ、顔を合わせてしまった以上、戦わないわけにもいかないだろうな」

 

 『剣聖』アル・クラネル。その男はまるで散歩でもするような気安さと自然体のままレヴィスへと歩を進め、雷鳴が如く抜き放たれた火雷がレヴィスを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズとエイン、両者の戦いはあまりにも一方的であった。エインの放つ暴力の前にアイズは成す術なく蹂躙されていた。

 

剣を盾にしようとも、魔法を使おうとも、エインには通用しない。剣を杖のようにして立ち上がろうとするアイズだったが、その足取りはおぼつかない。

 

砕け散り大破している防具はもはや何の意味も為していない。戦闘衣も一部斬り裂かれ、柔肌を晒したアイズは苦悶に表情を歪める。

 

美しい金髪も血に塗れ、顔にも傷が刻まれている。重苦に軋む体に鞭を打ちながら、アイズはエインを睨みつける。

 

臓腑が裏返ったかのような吐き気を堪えながらもアイズはその瞳に宿る闘志は衰えていない。

 

そんなアイズをエインは感情のない目で見つめ返す。アイズの瞳の奥底に渦巻いている戦意に目を背けるようにゴキリ、と首の関節を鳴らしてゆるりと構えを取る。

 

アイズにとってエインは今までに対峙してきたどの敵よりも恐ろしく、そして強い。

 

これまで戦った相手とは隔絶した実力差。漆黒の風の恩恵を受けたアイズですらまるで歯が立たない。

 

「(······でも)」

 

 掠れつつある意識に活を入れてアイズは疾走する。

 

漆黒の風を纏い直し、剣を振り上げる。アイズの纏う嵐の鎧はただの暴風ではなく、刃を備えた鋭利な烈風。叫音をあげる烈風を纏いながら怪人へ肉薄する。

 

『よく立つな、『剣姫』·······()の私の前で』

 

 無造作にアイズの剣撃を片手でいなし、もう片方の手でアイズの顎を掌打で撃ち抜く。

 

脳を揺さぶられ、視界が揺らめき、アイズの意識が遠のく。あしらっていると言っても、その威力は並のモンスターならば一撃で葬り去るほど。

 

「(立たなきゃ······立って、戦わなくちゃ······!!)」

 

 倒れそうになる体を懸命に支え、痛みを堪えてアイズは剣を構える。戦意を失っていないアイズをエインは仮面の奥から冷めた視線を向ける。

 

柳眉を逆立て不屈の闘志を燃やすアイズ。エインの圧倒的な強さを前にしてもなお、アイズの心は折れない。

 

だが、それでもエインとの差は隔絶している。精神力だけでどうにかなるものではない。

 

『·······お前のその、死に体でも立ち上がる姿を見るとあの男の姿がチラつくな。───────いい加減、倒れろ』

 

 怒気を含んだ声と共にエインが動く。先程までとは比べ物にならないほどの速度。疾駆するエインは瞬く間にアイズの眼前に迫り、拳を突き出す。

 

アイズが剣で防ごうとするが、エインの拳はアイズの剣撃をさばきつつ、アイズの防御をすり抜けて腹部に突き刺さる。

 

内臓が押し潰されそうな衝撃にアイズは吐血し、呼吸すらままならない。骨が砕けたのか、アイズは激痛に喘ぐ。

 

苦痛に顔を歪めるアイズに抵抗すら許さずに立て続けの拳がアイズを襲う。

 

濡れた音を立ててアイズの身体に拳がめり込む。楽器のように水音をたてるアイズの口から鮮血が飛び散る。

 

血飛沫をあげながらアイズは地面を転がる。アイズはすぐに立ち上がり、剣を構えようとするが膝が崩れる。剣を持つ手が震え、上手く握れない。

 

度重なるダメージにより、アイズの身体は既に限界を超えていた。

 

仮面の怪人、エインの強さは圧倒的であった。

 

エインの繰り出す攻撃はアイズをして全てを見切ることが不可能だった。それに加えてエインの攻撃は魔法やスキルによる特殊なものではなく、あくまで人間離れした身体能力による純粋な近接格闘術。

 

()()の戦場で6年もの間戦い続け、一年もの間才禍のもっとも近くで戦ってきた彼女の経験値と実力は怪人としての特性を抜きにしても他の追随を許さない。

 

純粋な技量は同等。あるいはアイズの方が紙一重で勝るかもしれないが、それを補って余りある基礎能力の差があった。

 

かの『最強』を思わせるような超人的な動きに翻弄され、アイズは為す術なく追い詰められていく。

 

エインの攻撃はアイズの動きを捉え、的確に急所を狙ってくる。回避することもできず、アイズは一方的に攻撃を受け続ける。

 

辛うじて致命傷を避けてはいるが、それも時間の問題。エインの放つ打撃によって既にアイズの身体は満身創痍。

 

「······ッ!!」

 

 エインの掌底がアイズの腹に叩き込まれる。アイズは咄嵯に剣を挟み込み、直撃を防ぐがその威力までは殺せない。

 

アイズの華奢な身体がくの字に折れ曲がり、苦悶の声が漏れる。息が詰まり、肺の中の空気が全て吐き出される。そのまま決河の勢いでアイズの身体が吹き飛ぶ。

 

地面をバウンドしながらアイズの身体が転がり、ようやく止まる頃には彼女はボロ雑巾のような有様となっていた。

 

全身の至るところから出血し、防具も完全に破壊されている。かろうじて意識はあるが、もはや立っていることすら難しい状況だ。

 

「あ、ああッ!! ───リル・ラファーガ!!」

 

 倒れ伏しそうな身体を風で支え、アイズは剣を構えて己の『必殺』を装填する。本来であれば深層の階層主のような巨大かつ頑強なモンスターを屠るための一撃だが、今の彼女にはこれしか手段がない。

 

【復讐姫】の後押しを受けてより一層勢いを増した漆黒の風がアイズの剣に収束し、一筋の神風となって解き放たれる。

 

魔法に耐性を持ったドロップアイテムを混ぜて作られた石畳や床を余波だけで粉々に粉砕する。

 

()()の刃を纏ったアイズの一撃が一直線にエインへと迫る。しかし、そんなアイズの渾身の一撃をエインはつまらなさそうに無造作に手で受け止める。

 

「なっ?!」

 

 驚愕に染まるアイズを尻目にエインは今度は弾くのではなくわずかに角度をつけてそらしてみせる。

 

それだけでアイズの放った一撃は明後日の方向へと飛んでいき、アダマンタイトの壁を貫通し、人工迷宮の壁に大穴を空ける。

 

エインは踏み砕いた石畳の瓦礫を蹴り飛ばし散弾のようにアイズへ飛ばす。アイズは即座に風を展開して防ぐが、防ぎきれずに僅かに被弾してしまう。

 

「(強、すぎる·····!!)」

 

 間違いなくアイズの生涯における最強の敵。レヴィスも、精霊の分身も、オッタルも、あるいは七年前に恐怖した灰色の女も目前の怪物には及ばない。

 

漆黒の嵐を纏い、Lv.6を超えた身体能力を発揮する今のアイズを圧倒しているそのステイタスはLv.7やLv.8では収まらず、あるいはそれ以上にも匹敵するかもしれない。

 

──────そして。

 

『【一掃せよ、破邪の聖杖】』

 

 エインの仮面の奥で詠唱が紡がれた。やはり、何らかの魔道具によるものか、その内容こそ聞き取れないが種別は超短文詠唱。

 

漆黒の魔力がエインの手に集束し、魔法陣を展開する。全てを黒に染めるかのような闇の波動が広間に荒れ狂う。

 

これまでにアイズが対峙したいかなるモンスターよりも強大な威圧感を放つそれは、まるで闇そのものが具現化したようだった。

 

アイズの心胆を寒からしめるような圧倒的な存在感と圧力に、思わずアイズは後ずさる。

 

これまでアイズが相対してきたどんな相手とも格が違う。これが、本当の化け物。

 

「【ディオ・テュルソス】」

 

 そして魔法が完成した。アイズの奮闘虚しく、その瞬間は訪れてしまう。エインの手の中で禍々しい輝きを放ちながら脈動する漆黒の魔法円が一際大きく輝いた直後、黒耀の破雷が放たれる。

 

黒雷が直線上にあったすべてを消し飛ばさんばかりに駆け抜け、壁を、アダマンタイトを穿つ。

 

その威力の程は超短文詠唱であるのが信じられないほど。24階層や59階層で遭遇した精霊の分身の砲撃と同じ·····否、凌駕している。【英雄覇道】によってその威力を引き上げられたアルの【サンダーボルト】をも上回る大雷霆。

 

もしアイズ以外の冒険者がこの場にいたならば、この一撃で全滅は免れなかっただろう大規模大威力。

 

「······そんな········」

 

 偶然。アイズが今の一撃から回避できたのはたまたま運が良かったに過ぎない。仮に回避ではなく防御を選んでいれば········。

 

漆黒の風を纏った自分でも相手にならない攻防力と他に類を見ない魔法の威力、アイズにとって『最強』であるアル以上の強さ。

 

─────『最強の怪物』。

 

そんな言葉が脳裏に浮かび、アイズの思考が停止する。目の前の怪人が放つ異質な雰囲気と圧倒的な強さにアイズは絶望しかける。

 

『·········こんなことをしても、私がすげ変われるわけではないのにな。だが───』

 

 死ね、と自嘲の中に黒い殺意を込めた呟きと共にエインは()()の攻防を始めようとし──────。

 

「─────ぎっ、がッ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 超硬金属製の壁が音を立てて爆散し、その空いた穴からは全身を焼け焦げさせた美女──────赤髪の怪人レヴィスが悲鳴に似た声をあげながらこちらへ決河の勢いで吹き飛ばされてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

『レヴィスちゃんの状況』

VS前衛系Lv6四人、第二級冒険者複数人、アミッド

 ↓

迷宮崩壊

 ↓

手負状態で万全の頭のおかしい白髪と会敵

 

ほら、ご所望の一対一だよ

 

 

【神々の漆黒の魂なアル評】

フレイヤ『何者にも染まらぬ、漆黒の魂·······!!』

エレボス『宣告しよう、お前の末路は、英雄だ』

エニュオ『何なのだ、何だというのだ、貴様は───!!』

 

【アミッド】

『漆黒の魂だかなんだか知りませんが、黒に何混ぜても黒というだけで上から白ペンキ濡ればいいだけでしょう』

 

 








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七十六話 レヴィスちゃんデリバリーサービス

 
最新巻良かった···オッタルは強いし、アレンはアレンで最高っす

リュー強化が予想外な報告で場合によってはランクアップあたりの内容ちょっと変えるかもです。




 

「────そいつ、ニーズホッグって言うんだってさ」

 

 突如として崩落した領域から命からがら逃れた【ロキ・ファミリア】二軍のレフィーヤ達は地図を作製しながらクノッソス最奥へと進んでいた。

 

とある壁画の前で足を止めた一行。色あせた岩壁に刻まれている壁画はその形式からおそらくはオラリオの創設以前、古代に描かれたものだと思われる。

 

劣化が激しかったが辛うじて読み取れるのは様々なモンスターに人々が襲われている凄惨な光景だ。そしてその中央には巨大な漆黒の竜の絵。

 

その隣には六人の少女が目を閉じて手を組み、祈っているような姿が描かれている。

 

露悪的でありながらどこか惹きつけられるような不気味かつ幻想的な絵を前にふと目を奪われる一行の背後に暗い声が響いた。レフィーヤ達は振り向いて明かりの落ちた広間を見渡すと支柱の影に隠れる人影を見つける。

 

漆黒の衣に身を包み、黒いフードを目深に被った姿は暗闇に溶け込んでいるが隠しきれない神気がその人物の正体を示していた。

 

「その竜は三大冒険者依頼の目標······『陸の王者』、『海の覇者』、そして『隻眼の黒竜』。かの黒竜達が出てくるまで地上を恐怖のドン底に陥れていた化物だよ」

 

「貴方は·········!!」

 

 陰鬱で冷たい声音。中性的ではあるが男性の声。神であると一目見て分かるその人物はレフィーヤ達に向けて静かに語りかけた。

 

ローブから長い灰色の髪が零れると、フードを払い除けて顔を出す。端正で整った容貌は超越存在である神の中でも美形に分類されるだろう。

 

しかしそんな美しさを不吉と思えるほどに、彼の表情は昏く歪んでいた。見惚れるより先に恐怖を抱かせるような邪悪な笑み。

 

「君たちとははじめまして、かな?俺の名前はタナトス。闇派閥の残り滓の主神、邪神なんてギルドに呼ばれてた神々の残党だよ」

 

「それじゃあ、貴方が闇派閥の遺志を引き継いで、こんな組織を·······!!」

 

 緊張感のないその自己紹介にレフィーヤ達は目の前にいる男神に警戒と敵意を向ける。タナトスと名乗った男神は肩をすくめてみせ、おどけたように首を振った。

 

レフィーヤ達が今まで戦ってきた闇の眷属とは比べるまでもない神故の圧倒的な存在感。

 

無意識のうちに杖を握る手に力が入るレフィーヤ。フィンやアイズ、ティオネのよう第一級冒険者たちにはまだまだ及ばないのはわかっているが、レフィーヤもファミリアを支える第二級冒険者としての誇りがある。

 

オラリオの大敵である闇派閥の首魁と相対して怯むわけにはいかない。

 

そう思っていても、レフィーヤは足が震えそうになるのを止められなかった。

 

悍ましさすら覚えるほどの暗い瞳はそのまま深淵に繋がっているのではないかと錯覚させる。

 

「貴方が、闇派閥の長なんですか·······?」

 

「俺が? はははっ、違う違う。俺たちの頭は───エニュオさ」

 

「······エニュオ?」

  

 何年も前から闇派閥関連の事件でその背後に姿がちらついていたタナトスこそが闇派閥の首魁であるとレフィーヤは思っていた。

 

思わず聞き返してしまうレフィーヤ達の視線を浴びながらタナトスは口元に弧を描く。戸惑うレフィーヤ達に気をよくしたのか、タナトスは上機嫌に言葉を続けた。

 

「そうとも、エニュオ。その姿はおろか、声ですら誰も聞いたことがない、本当に実在するのかもわからない。······俺と同じ神なのかすら知らない」

 

「し、知らない?そんな······姿も、声も?」

 

 間派閥の残党を率いる首魁のことをおそらくは古参の邪神であろうタナトスが知らないなんてことがあり得るのだろうか。

 

レフィーヤ自体、エニュオという神の名は寡聞にして知らないが、それでもタナトスが知らないのはわけが違う。困惑するレフィーヤにタナトスは肩を揺らす。

 

「レヴィスちゃんやエインちゃんの話じゃあ、今やろうとしている悪巧みは、全てエニュオの考えらしいけどね」

 

「悪巧み······?」

 

「·········ああ、その壁画も、エニュオがどっかの遺跡から持ってこさせたらしいよ」

 

 邪悪に歪んだドラゴンと祈りを捧げる六人の乙女。レフィーヤは改めて壁画に目を移す。

 

「ニーズホッグは『闇と絶望』の象徴·········都市の破壊者はあの魔竜にでもなりたいのかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───どうしたぁ『凶狼』? 本当に見殺しにするつもりかァ!!」

 

 突如として崩落したクノッソス。その崩落から団員達を引き連れて逃れたベートのもとに奇襲をかけたディックスの哄笑が響き渡る。

 

錯乱の呪詛によりベート以外の団員は見境なく互いを襲い合い、叫喚をあげて殺し合っている。そんな中でただ一人呪詛を躱したベートは苛立ちながらも冷静さを保ち、状況を見極めようと目を凝らす。

 

狂気に囚われた団員達による同士討ち。傷つけあう団員の傷は深い、猶予はない。仲間の剣で貫かれようとも正気を取り戻さずに狂ったままだ。

 

チッ、と舌打ちをしてベートは襲撃者――ディックスを睨みつける。

 

闇派閥の使徒特有のフードを深くかぶった男は口角を歪めながら愉悦に満ちた声をあげる。

 

「───く、くくっ、すげぇ殺気だなぁ、オイ(さては俺の【フォベートール・ダイダロス】が術者の俺をブチのめせば解除されるたぐいの呪詛だと勘づいてやがるな?)」

 

 ベートから発せられる剣呑にすぎる殺気を浴びながらディックスは軽薄そうな口調で呟く。この場にいる団員達はもう長くない。

 

放っておいても遠からず死ぬ。だが、肝心の狼人はそうはいかないだろうと嘲りを警戒心に変えて油断なくベートを睨む。

 

「(もし仲間を見殺しにして俺を狙ってくるようなら、扉を下ろしてトンズラさせて貰う。仲間を助け出そうとするなら、今度こそあの狼人に呪詛を喰らわせちまえばいい。俺の呪いはたとえLv.6だろうとブチ殺す)」

 

 Lv.6であるベートに対してディックスのレベルは5。純粋な戦闘能力で言えば確実に劣るだろう。

 

しかしディックスの撹乱の呪詛、【フォベートール・ダイダロス】ならば相手が格上の冒険者であろうと決まりさえすれば確殺できる自信がある。

 

敏捷などのステイタスは当然ながら劣っているだろうが互いの距離と呪詛の射程を考えればベートの攻撃が届くよりも早くディックスの呪詛は届くはずだ。

 

すでに狂気に囚われた団員達と言う足枷と近接戦闘に持ち込まれさえしなければ一方的に必殺を叩き込めるという優位。

 

「出てこねえのか? Lv6が笑わせるぜ!!」

 

 呪詛をかけるタイミングを窺いながら視線だけで人を殺しかねないほど鋭い眼光を放つ狼人に向けて挑発の言葉を投げかける。

 

団員達が全滅するまで残り数分もない。その数分間、この場で膠着状態を維持していればそれはそれでディックスの勝ちとも言えるがやはりここは【ロキ・ファミリア】の主力の一人であるベートを狩っておきたいところ。

 

そんなディックスの思惑通りに舌打ちとともにディックスに向かって駆け出す銀色の影。

 

「───もらったな」

 

 呪詛の代償によってステータスを低下させた今のディックスには視認することすら難しいほどの速度だがそれでもディックスの呪詛の方が早い。

 

人差し指をベートへ突きつけ、その指先から不可視必中の呪詛が放たれようとした瞬間、通路にベートでも【ロキ・ファミリア】の団員のものでもない声が響き渡った。

 

【呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想の名をもって───私が癒す】

 

「──────ッ?!(俺の呪いが掻き消されただと?!)」

 

 その声の主はベートの背後から歩み寄ってくる白銀の聖女。その聖女の聖歌によってディックスは呪詛によって繋がっていた被術者との繋がりが強制的に絶たれたことを知覚し、驚愕に目を見開く。

 

「らァ──!!」

 

 団員の呪縛からの解放と同時にベートは疾走を再開し、瞬く間にディックスへと肉薄すると手に持つ双剣を翻して斬りかかる。

 

唐突に呪いを解かれたことによるディックスの驚愕によるわずかな隙を見逃さず、ベートは猛攻を仕掛ける。

 

ベートの振るう二対の銀靴、それが描く銀閃がディックスに迫る。

 

「───っ?!」

 

 ディックスの反応速度をゆうに超えるベートの連続攻撃。その絶大な効果の代償にステータスの低下を自身に強制する呪詛を発動していたら瞬殺されていたであろう怒り狂った獣人の攻撃。

 

あくまで見境なく暴れるように錯乱させるだけである呪詛ではこの至近距離で発動させたところで何の意味もなく今以上の狂戦士と化したベートにただただ殺されるだけだ。

 

戦慄しつつも冷静に判断したディックスはバックステップでベートの攻撃を回避しようとするが回避どころか全身全霊かけて防御するので精一杯だった。

 

「随分と舐めた真似してくれやがったな」

 

「ぐあっ!!」

 

 ベートの激情に照らされたメタルブーツが翻る。銀閃がディックスの脇腹を捉え、その体をくの字に曲げさせる。

 

痛みに顔を歪めながらも即座に体勢を立て直そうとするがベートの追撃のほうが早い。

 

神速の連撃にディックスは防戦一方になる。一撃一撃が致命傷になりかねない威力にディックスは久しく感じていなかった死の気配を感じ取る。

 

「(────やばい、やばい、やばいっ!!)」

 

 体中の骨という骨が軋みをあげ、体が悲鳴を上げる。一手間違えれば一瞬で死に至る極限の戦闘。焦燥と恐怖がディックスの心を塗りつぶしていく。

 

ベートの攻撃は苛烈を極め、ディックスが反撃に転じることを許さない。力が、速度が、技と駆け引きが、何もかもがディックスを上回っている。

 

死を予感すると共に、自身の体を最後の力で既に開閉された扉の奥へと押し飛ばす。扉の向こう側へ転がり込み、石畳に背中を打ち付ける。

 

「く、くそったれがァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 一族に引き継がれる真紅の瞳を輝かせ、最硬金属の扉を断頭台の刃の如く降り下ろす。ディックスに止めを刺そうとしたベートの片腕が超重量の最硬金属の扉に阻まれて撃墜される。

 

「はぁっ、はぁっ······くそっ、いてぇなちくしょうが······」

 

 命からがら逃れられたことに対する安堵とともにふき出してくる脂汗と痛痒にディックスの顔が歪む。一方的に攻め立てられたディックスは満身創痍だ。

 

しかし、超重量の扉に押しつぶされ、今頃ベートの腕は押し潰されて原型も残らずに粉砕されているだろうとディックスはほくそ笑む。

 

「だが、これで·······」

 

 ズズッ、と超重量の金属扉が床から浮く音が安堵に浸っていたディックスの耳朶を震わす。何十トンもある金属塊が上がっていく音。その音源の方角を睨んだディックスは息を呑んで絶句した。

 

「(おい、巫山戯んなよっ、どれだけの重量があると思って·······)」

 

 その右腕は潰れることなく、その腕力のみで金属扉を持ち上げていたのだ。潰れていないと言ってもぐしゃぐしゃにひしゃげているはずだ。

 

だというのに、ベートはそんなことなど意にも介さず今も血を滴らせている腕一本だけでオリハルコンの扉を持ち上げる。

 

ベートが纏う闘気は、その瞳は、まるで猛る炎のように猛り続けている。

 

「〜〜〜〜〜っっ!!」

 

 戦慄。ベートの瞳が告げる絶狩の意思にディックスは言葉にならない畏怖の音をもらし、ベートから逃がれるように迷宮の奥へ駆け出した。

 

「───ちっ、逃げやがったか······」

 

 追いかけようとしたベートだったが通路で倒れ伏す団員達の姿に舌打ちをして立ち止まる。

 

「おい、この先へ行くぞ!! 正気に戻ったなら、急げ!!」

 

「ベートさんの治療をしますから皆さん、お早めに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん。これ、レヴィスちゃん相手じゃ俺死ねなくね?

 

いや、レヴィスちゃんも強いよ? 【ロキファミリア】の幹部陣じゃサシで勝てるやつはいないんだろうし、魔石食らったのか前よりもだいぶ強くなってるよ。

 

でも、こっちもランクアップした以上、ステイタスはまぁコッチのが上だし、戦闘技術もそこまで突出してるわけじゃないしな······。

 

そりゃ、腕生やせるレベルの再生能力は大したもんだけど防御力と再生速度が釣り合ってないからちょっとした延命にしかなってないというか。

 

ベヒーモスの剣もぶっちゃけ普通に戦ってたらわざと受けない限り斬られないからあんま意味ないんだよね。

 

接触しなくても呪えるっぽいけどその発動より俺の電撃のが早いしな。

 

魔石食うことでの超成長もそこらの冒険者よりは格段に早いってだけで何なら俺のが成長速度早いまであるし、まだ閾値でないだろうけどLv9相当まで強くなるかって考えたら難しそうだな。

 

まあ、まだ殺しはしないけど。とりあえず今どうするかな、無力化して放っておくかな。

 

···········さっきからアミッドの魔力の波動が少しずつこっち来てんだよな、早くしなきゃ。

 

ん? 何だあの風と雷、もしかして·········あーなるほどね。丁度いいや、せっかくだから顔拝んでやろう。

 

でも、ギリギリのとこで助けんのこないだもやったな、ちょっとワンパターンが過ぎるかな、別パターンも用意しなきゃなぁ。

 

────オラッ、レヴィスちゃんデリバリーサービスだよッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「──────ッ?!」』

 

 アダマンタイトの壁を砂の壁であるかのように粉砕しながら決河の如き勢いでキリモミしながら吹き飛んできた人影にエインもアイズも驚愕する。

 

驚愕するのも無理もない、その吹き飛ばされてボロ雑巾のような様相を呈しているのが赤髪の怪人レヴィスなのだから。

 

異種混成により『強化種』の性質を持ち、魔石を喰らうことで今やLv7を超える力を手に入れ、黒風を纏わなくては今のアイズでは太刀打ちできないほどの実力者。

 

そんなレヴィスは地面に叩きつけられると同時にゴロゴロと転がり、やがて勢いを失って止まる。アイズとエインが呆然と見つめる中、レヴィスはよろめきながらも立ち上がる。

 

その強さはアイズもエインも理解している。地上における最高戦力たる第一級冒険者をも凌駕する実力を持つ女がそのような様を晒しているなど信じられる光景ではない。

 

しかし、その原因であろう男が壊れた壁を越えてやってきたとき、その驚愕は納得へ変わった。

 

「グッ·······」 

 

「こっちは随分と広いな·······。そろそろ、限界か?」

 

 何よりも驚くべきはその男の、アル・クラネルの装備。アルは()()だ。

 

第一等級を超えた領域に達している武具の数々は抜かれずに鞘へ仕舞われたまま。その事実だけでも異常だというのに、更にアルは無傷。

 

あのレヴィスを相手にして、無傷。

 

ありえない。レヴィスの身体にはいくつもの裂傷があり、そこからは血が流れている。間違いなく重傷、普通なら立っていられないほどの深手のはずだ。

 

レヴィスの負っている火傷から魔法自体は使っていたのだろうが、アルの悠然な姿からは圧倒的なまでの余裕がうかがえる。

 

「·········エインか、アリアを始末して手を貸せ。私一人ではもはや戦えん」

 

 息も絶え絶えなレヴィスではあるが、出た先が良かったと言わんばかりに僅かに口角を上げる。

 

自軍における最高戦力。自分以上の強さを持つエインと死に体のアイズ。もはや、戦力にはなりえないであろうアイズを除けばこの状況は二対一。

 

Lv7相当のレヴィスとLv8以上のエインが二人がかりで戦えば相手がアル・クラネルといえど勝算は十分にある。しかし──────。

 

『───クラネル』

 

「ん? お前、どっかで会ったことあるか?」

 

 エインの目に映る、アイズを背後に庇いながら抜き放った大剣を自身に向けるアルの姿がこれ以上ない悪夢としてエインを襲っていた。

 

『姫』を守る『英雄』の図、ならば自分は─────────。

 

「来いよ、『怪物(怪人)』。二人まとめて相手してやる」

 

『──────あ、ぁあ、あああああああッ!!』

 

 

 

 

 




曇らせ話、なのかな······

ちなみに曇らせを抜いたヒロイン?とアルの親密度はアミッド(凄女)とリュー(前作ヒロインみたいなもん)のツートップです。
 
アイズとフィルヴィスはリヴェリアのちょい下くらいかな

ベル、アミッド>リュー>ミア>フィン>クロエ、アーニャ>リヴェリア>ティオナ、フィルヴィス>ベート、ヘディン>アイズ





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七十七話 二度目の庇い傷



やべぇ、指がかじかんでうまく打てない




 

 

 

 

 

「来いよ、『怪物(怪人)』。二人まとめて相手してやる」

 

『──────あ、ぁあ、あああああああッ!!』

 

 慟哭を上げながらアルのもとへ走り出すエイン。神速の冒険者たる『女神の戦車』アレン・フローメルをも上回る【敏捷】ステイタスによる激進はアイズの動体視力をもってしても捉えきれるものではない。

 

自分と戦っていたときとはものが違うエインの動きからアイズはエインにとって自分はつまらない憂さ晴らしの相手であり、敵としてすら見られていなかったことを悟る。

 

予備動作なしで放たれた拳撃は大気を震わせ、その余波だけで地面を砕く壊音と共に襲いかかる。

 

怪人の慟哭とともに繰り出された必殺の攻撃、それはアダマンタイトすらも容易く粉砕せしめる程の破壊力を秘めている。

 

しかし。

 

「【起動鍵(スペルキー)───緋翼(レギオ)】」

 

 突如、目前で炸裂する赫灼の爆炎、エインからすればダメージにも値しないものではあるが、その爆炎によって視界が塞がれ、その一撃は何者にも当たることもなく空振る。

 

そして、エインは知っている。その詠唱の意味を。

 

開かれたエインの視界にはアルに寄り添われ、赫灼の火焔をローブのように身に纏うアイズの姿があった。付与魔法【レァ・ポイニクス】の他者への付与。その真髄は対象の白兵戦能力の向上ではなく、治癒。

 

度重なるランクアップによって『戦場の聖女』の【ディア・フラーテル】と同じ全癒魔法の領域に片足を踏み込んだその治癒効果は他者へ付与することで並の回復魔法を上回る癒やしをもたらす。

 

無論純粋な回復魔法ではないため即効性や出力は【ディア・フラーテル】には当然のように劣るが付与魔法という性質上、その持続性だけは劣らない。

 

『女神の黄金』の【アース・グルヴェイグ】と同じ自動治癒は一度発動させてしまえば注ぎ込まれた精神力が尽きるまでの一定時間持続してダメージを回復し続ける。

 

『回復速度』ではアミッドに劣り、『効果範囲』ではヘイズに届くべくもないアルの【レァ・ポイニクス】だがその火衣は治癒の権能だけでなく纏わせたものに防護と強化を施す機能もある。

 

『聖女の雷賛』の簡易版ともいえる不死鳥の起動鍵。

 

アイズの戦線復帰を可能にするものほどではないが攻撃面での補助に向かない、治癒と防護に重きをおいたその付与魔法は弱りきったアイズがこれから始まるであろう戦いの巻き添えになることを防ぐ。

 

「そら、ポーションも飲んどけ」

 

 先程の好戦的な態度は完全なるブラフ、アルにとっての再優先事項はあくまでもアイズの救護。

 

暖かな────『エイン』も()()()()赫灼のローブに込められた対魔法の力はアイズを守るかのようにエインの魔法によって生じた漆黒の魔力を溶かしてゆく。

 

『──っっッ!! 死ねっ、死んでしまえっ!!』

 

『────【一掃せよ、破邪の聖杖】』

 

 その姿に何を思ったのか、エインの纏う魔力がより一層暗いものとなり、呪いの言葉であるかのようにおどろおどろしい詠唱とともに大量の黒い紫電を一斉に解き放つ。

 

吹き荒れる黒い魔力。それはアルの展開した火の聖域をも飲み込むほどの圧で以って大気を黒く染め上げていく。

 

激情のまま突き出された右腕に黒い雷が収束していく。集った魔力に空間が歪み、大気が撓哭を上げる。漆黒の魔法円が紫電を纏い、エインの右腕に宿る。

 

仮面の奥でエインが眉をつり上げ、紫紺の瞳を血走らせる。瞬時に紡がれたその『砲門』から放たれるであろう一撃はアルといえど受けきることは叶わないだろう。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 脳裏を焦がすほどの激情に支配されながらもその魔法発動に一切の遅延は起きない。

 

エインの右手から放たれたのは雷光を凝縮した黒閃。膨大なまでの雷を圧縮して放たれるそれは一点集中型の『砲撃』。

 

その一撃はあらゆる防御を貫き、貫いたものを破壊し尽くす。

 

いくらアイズの救護に意識を割いていたとはいえ都市最速の冒険者であるアルが後手に回ってしまったその魔法の種別は超短文詠唱。

 

速攻故に弱小であるはずのその威力はエインの他に類を見ない膨大にすぎる魔力によって底上げされている。

 

都市最高魔導士であるリヴェリアの広範囲殲滅魔法、【レア・ラーヴァテイン】をゆうに凌駕する魔法の威力。

 

その凄絶なる威力にアイズを抱えて射線上から外れ回避しようとするアルだったが、エインの砲撃はそれを許さない。

 

エインは『砲門』を()()()

 

一直線に突き進む雷光の単射魔法を維持したまま横に振り抜かれた右腕。それはまさに雷の鞭の如く振るわれ、アルの身体を絡め取るために襲いかかる。

 

魔力が生み出す莫大なエネルギーをそのまま破壊力に変換し、放出された漆黒の雷撃は扇状に地を削りながら二人に迫る。

 

戦場そのものを殲滅範囲とするその一撃はアルの魔法防護など容易く打ち砕き、アイズの神風すらも容易く焼き払う。そして、その雷光に呑み込まれれば如何にアル・クラネルといえども無事では済まない。

 

出鱈目にすぎる魔法行使。精霊の分身すらも容易く凌駕する絶対の破壊。

 

防御などできるはずもない雷の黒光に照らされる白銀の頭髪、紅珠の瞳。

 

【レァ・ポイニクス】の対魔法も意味をなさない絶死の砲雷に『全力』の緊急回避をアイズを抱えた状態であり、普段よりも遥かに遅いアルに強制する。

 

ありとあらゆるものを消し飛ばす雷の鞭は瞬く間に迫り、その先端が触れようとした刹那。

 

ぐんっ、とアルの四肢が加速する。

 

『都市最速』の脚力が限界を超えた駆動を可能とし、その速度はエインの放った必殺の雷鞭を紙一重で避け切る。

 

紡がれた雷条の束が射線上のすべてを喰らい尽くし、一瞬にして塵芥へと変えていく。耐魔法の石材は融解し、超硬金属が弾け飛ぶ。

 

余波だけで周囲の緑肉は吹き飛び、大地は爆ぜ割れる。雷鳴轟く黒雷の渦の中を駆け抜ける銀影。雷の檻を潜り抜けて雷の鞭を掻い潜ったアルだが、無傷とはいかない。

 

余波としては過ぎる破壊力を秘めた黒き紫電がアルの肌を嘗め回し、アイズの身まで焼かんと襲い掛かる。

 

雷衝を身に浴び、皮膚が裂け、血飛沫を散らしながらもアイズを庇い、駆ける。不死鳥の羽衣に護られてアイズの治りつつある身体が叫喚を上げる。

 

視界も聴覚も奪われかねない爆雷の嵐。余波だけで五感を潰すような苛烈極まる大雷光がようやく散る。広間に金属の焼けた臭いが立ち込める中、アルは視線を上げて砲撃を放ったばかりのエインを見る。

 

「────マジか」

 

 雷光の余韻が未だほとばしる電流の鞭として残る中、二人は確かに耳にした。

 

『【一掃せよ、破邪の聖杖───────』

 

「───うそ、でしょ?」

 

『───────【ディオ・テュルソス】』

 

 超短文詠唱であるがゆえに許される魔法の、否『砲撃』の連射。かつての最強、【ヘラ・ファミリア】の女傑を思わせる不条理に満ちた魔法行使。

 

アイズを抱えての回避をしたために体勢を崩したアルのもとへ黒雷が奔る。超高密度の魔力を凝縮させた雷光の槍が収束し、容赦なくアルへ迫る。

 

その威力は先程の一撃と同等以上。

 

幾束もの雷条が放たれ、そのすべてがアルに牙を剥く。回避は不可能、防御は望むべくもない。エインが放とうとしているのは雷条の一つ一つが精霊の分身の殲滅魔法に匹敵する威力を誇る砲撃の雨。

 

容赦も呵責もなく放たれる死の雷がアルを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人工迷宮クノッソス、中層。灯りがなく、恩恵によって強化された冒険者としての視力がなければ数歩先も見通せないほど暗い通路。

 

崩壊した領域からアルによって救助され、崩落の際に負った傷を回復し終えた団員達とともにティオネとティオナが足を踏み入れたその階層にはモンスターの姿もなく、静寂に包まれていた。

 

「ねぇ、ちょっとやばくない!?いつも潜ってるダンジョンと違って初めて来たから、どこがどこだか全然わかんないし!」

 

「落ち着きなさいよ!!慌てたって相手の思うつぼでしょ!!」

 

 なんとしてでも自分たちを殺そうという意思が感じられる罠の数々、ダンジョンと遜色ない複雑怪奇な構造、低く見積もっても第三級から第二級相当はある極彩色のモンスター。

 

そのどれもが未知であり、今後も用意周到に待ち構えているであろう罠の存在に今更ながらに不安を覚えるティオナに対してティオネは呆れたような声で叱咤する。だが、その表情にも余裕はない。

 

ここは『狩場』だ。

 

闇派閥の残党達が自分たちを確実に殺すための罠が張り巡らされた狩場。ダンジョンの深層にも勝る危険性を孕んだ死地なのだ。

 

自分たちのパーティメンバーはアルによって救助された。だが、もう一方のフィン達のパーティは無事なのだろうか?

 

きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながらも不安を隠し切れないティオネはそれでも前へ進もうと一歩踏み出した瞬間だった。

 

ドンッ、と重厚な音を立てて最硬精製金属の分厚い扉が二人を分断するように落とされる。

 

「────なっ?!」

 

 ティオネは絶句し、次いで慌てて周囲を見渡すが既に遅く、妹と数人の団員と分断されてしまったことを悟る。

 

「ティオナ、ティオナ!!────ちくしょう!!」

 

 完全に狙い済まされた人為的なタイミングでの分断。焦燥感に駆られ、必死になって呼びかけるが、返事はない。

 

ティオネといるのは二人の二軍団員のみ。まずい、と思うと同時に焦燥が心を染め上げる。

 

「───!!」

 

 そのような状況においでも第一級冒険者としての直感がこちらを付け狙う敵の存在を告げてくる。

 

咄嵯に身を翻して懐から投げナイフを抜き、呆然としている男性団員の背後に投じる。

 

「へっ?」

 

「─────ぐぎゃ、っ」

 

 ヒュン、という風切り音が鳴り響き、団員の背中へと吸い込まれていくように飛んでいく。そしてその背後には人影へ突き刺さり、苦悶の声が上がった。

 

「ティ、ティオネさん!!」

 

「通路を照らしなさい!!」

 

 ティオネの指示を受けたクルスが慌てて魔石灯を掲げると、そこには無数の黒尽くめの姿があった。

 

見るからに暗殺者といった風貌の集団は、手に短剣や暗器を構えてじりじりと距離を詰めてきている。

 

闇派閥専属の殺し屋か、あるいは外部の雇われかは知らないがとりあえずブチ殺すと湾短刀を翻すティオネ。

 

身軽でありよく訓練されているが一人一人の強さは高く見積もってもLv.2からLv.3。多勢に無勢とはいえLv.6であるティオネが遅れをとる相手ではない。

 

しかし。

 

不愉快な音と不気味な配色の魔力光が今しがた切り伏せた暗殺者ごとティオネに浴びせられた。

 

「(身体が、重い・・・・・)」

 

 ぐわん、と視界が揺れ、手が痺れる。急激に倦怠感を覚え、全身に鉛をくくりつけられたかのような錯覚すら覚える。

 

「呪詛と異常魔法、か・・・・・!!」

 

 カースとアンチステイタス。相手の動きを鈍化させることに特化した弱体化の呪詛と異常魔法。

 

それも一発で終わらず全員が呪詛の使い手なのか、味方ごと幾重にも重ね掛けされているせいで加速度的に動きが鈍ってゆく。

 

ティオネの動きが鈍ったのを確認したのか、敵の攻勢が激しくなる。狭い通路での乱戦に持ち込もうとするかのように次々と襲いかかってくる刺客達。

 

ティオネがそう認識した時には既に暗殺者の群れが目前まで迫っていた。振り下ろされる刃を身を捩って避けながらティオネは内心で舌打ちする。

 

いくらLv.6といえど何重にも仕掛けられた弱体化の呪いのせいで動きに精彩がない。加えて複数人で連携されるとどうしても隙が生じてしまう。

 

そして。

 

「しまっ──」

 

 力が緩んだ手から湾短刀が弾き飛ばされる。くるくると回転しながら宙を舞っていく湾短刀を視線で追いながらティオネは顔色を変えた。

 

毒が塗布されているであろうナイフが自らの死を前提とした特攻を仕掛けてくる暗殺者によって突き立てられる。

 

たまらず膝をついたティオネの頭に影がかかる。肉を潰すためのメイスが容赦なく降り注ごうとしていた。

 

「ティオネさん!!」

 

 ─────肉をぐちゃり、と叩きつけるような音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ティオネ、ティオネ!!」

 

 最硬精製金属の分厚い扉によって隔てられてしまった姉の名を必死になって叫び続けるが返事はない。まずいと焦燥感に駆られるティオナは唇を噛み締める。

 

ティオネの実力はよく知っている。だが、この迷宮には自分たちを殺すために用意周到な罠が張り巡らされている。

 

まずは自分達が生き抜くことを優先しなければ。そう、ティオナが判断を下した瞬間だった。

 

「ぐあああああっ!!」

 

「えっ、アークス!!」

 

 振り返れば第二級冒険者の男性団員が蹲りながら苦痛に顔を歪めている。その傍らでは不気味な紫色をした子犬ほどの大きさをしたウジ虫のようなモンスターが這いずり回っていた。

 

「─────ポイズン・ウェルミス!!」

 

 耐異常の発展アビリティを貫通する劇毒を持つ虫型モンスター、ポイズン・ウェルミス。

 

ダンジョンでは下層で稀に発生する希少モンスターであり、その凶悪な毒性から下層を主に探索する第二級冒険者から恐れられている存在だ。

 

「毒妖蛆がなんでこんな所に・・・・・··」

 

「駄目です、特効薬がないと治せません!!」

 

 ポイズン・ウェルミス自体稀少モンスターであり、その体液を材料とする解毒薬は滅多に出回らない。

 

そしてその解毒薬がなければ治せず、通常の解毒魔法やポーションの効果が薄い。

 

アミッドかアルでなければ解毒でき

ない毒にすぐさま合流しなければとティオナが駆け出そうとした時、新たな異変が生じた。

 

ぽとり、ぽとぽと、と通路の先の方で何かが落ちてくる音が聞こえてくる。それはやがて数を増やしていき、雨音のように通路を覆い尽くしていく。

 

「嘘でしょ·····?」

 

 落ちてきたものを見てティオナは絶句した。紫の斑模様の巨大な蛆虫。それが通路の天井や床をびっしりと埋め尽くしていたのだ。

 

しかも一匹や二匹ではない。数え切れないほどの大量の大群がまるで意志を持っているかのように一斉にこちらへと向かってきていた。

 

「は、走って!!」

 

 アークスを担いだティオナが慌てて団員達に指示を出す。生理的嫌悪を催す光景に団員達は表情を引き攣らせながらも懸命に走り出した。

 

しかし、その背後からは数百数千の巨大で醜悪な大群の足音が迫ってきている。

 

劇毒を持つ巨大な蛆虫の大群は凄まじい物量で迫ってきており、とてもではないが逃げ切れるものではない。

 

そして、蛆虫の口腔部が一斉に開く。

 

ごばっ、と劇毒の津波が団員達の背中へ迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大気を焼き払い、空間を穿った漆黒の破壊。深層の階層主をも葬りさるであろう一撃は咄嗟に放たれたアルの同属性魔法によって僅かに逸らされ、射線上の壁を焦げ付かせながら破壊していく。

 

「───チッ、掠ったか」

 

 とはいえ、アイズを抱えた状態でなおかつ威力で劣る速攻魔法による迎撃、逸れたとはいっても完全には流しきれず、迸った雷条がアルの脇腹を抉り、炭化させながら後方へと抜けていった。

 

痛みに顔を歪めるアルの傷口はすぐさま塞がっていくが、戦闘に支障が出ることは避けられない。

 

「アルッ!!」

 

「動けるまで治ったなら壁の穴から逃げろ、俺の火は多少離れても持続する」

 

 アイズの声に無愛想に答えたアルはいまだにアイズを狙っているエインに意識を向ける。エインの纏う魔力はさらに濃密となり、その魔力が黒い雷となって溢れている。

 

「そんな·······だ、ダメッ!! 私も、戦う·····!!」

 

 自分を抱えていたがゆえに深手を負ったアルに堪らず風を支えに再起したアイズだったが、アルはこの場から逃げるよう言い放つ。

 

以前の、59階層のときのように自らが犠牲となって殿となろうとするアルヘ縋るが───。

 

「言っちゃ悪いが、()()()()()()。先に地上帰ってろ」

 

「〜〜〜〜ッ!! わかっ、た······」

 

 アルの言葉に歯を食いしばりながら赤熱化した大穴から出てゆくアイズ、このままあの場にいてもアルの足手まとい、邪魔にしかならない。

 

それを先の醜態から理解し、あまつさえアルにそう言わせた自身の無力を呪いながら震える身体にムチを打って悔しさに涙を滲ませながら────その場から、アルから逃げるかのように走り出した。

 

「────さて、今度こそ二対一だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────

 

《後書き》

 

白髪『アイズをいじめないとは言っていない』

 

アルは年上女性に若干弱い傾向にあります(神は例外)。ミア(母属性)とかアミッド(姉属性)がいい例。他はリヴェリアやアルフィアとか。

 

と思ったけどティオナやフィルヴィスも一応年上なのに全然だな! あっはっはっはっは

 

 

《魔法説明》

【レァ・ポイニクス】

・付加魔法

・火属性

・傷、呪い、毒回復

・対魔力(物理も多少は軽減)

全身に火炎が翼か鎧のように纏われる。収束させた炎を炸裂させることでジェット噴射のように手や足から爆炎を放出して瞬間的な超加速を可能とし、白兵戦での戦闘能力が飛躍的に向上する。

 

武器などに纏わせれば「攻撃力と攻撃範囲の拡大」、身体に纏わせれば物理のみならず魔力も通さない「炎の鎧」となる。しかし、この魔法の真価は攻撃ではなく、自らを含めた指定した相手にはなんの熱さも感じさせないどころか発動させているだけで傷が自然に癒える治癒能力にある。

 

その治癒能力は他の回復魔法のような即効性はなく自分自身のように火に触れ続けていなければ完治までに時間がかかるがその代わりに通常の回復魔法では治癒不可能な劇毒や呪詛の治癒を行える。単一の魔法でありながら攻撃、防御、治癒を高いレベルで行える万能性を持ったぶっ壊れ魔法。

 

弱点をしいて挙げるとするならば使用者のレベルと釣り合わない単純火力の低さ、Lv8で魔力ステイタスを積み上げまくったアルが使ってようやくLv6なりたて且つ魔力ステイタス最底辺のベートの【ハティ】と互角以下。

 

起動鍵で他者への付与可能。

 

 

《ボツスキル》

【剣聖】

・刀剣及び棒状の武器を持っているときのみ発揮

・魔力以外のアビリティに高補正

・武器に不壊属性を付与

・任意で斬撃に回復効果に対する拒絶性を付与。

・任意で知覚した魔法を切断

アルの設定が固まるにつれていらなくね?ってなったのでボツ。剣聖アビリティはこれの安価版。

 

 

 


















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七十八話 最強の怪物①










 

 

 

 

 

 

 

『────』

 

「よこせ、精霊共」

 

 パキリ、とレヴィスの上半身を魔力が練り固まって物質化したような肉色の植物が覆う。それはまるで鎧のようで、その植物の隙間からはギチギチと何かが擦れ合う音が聞こえてくる。

 

そして、その変化と同時に膨れ上がる魔力。禍々しい植物の根を鎧の隙間や至る所から生やすその姿はもはや人ではない。いや、もはや人の姿すら保っていない。

 

穢れた精霊の魔力そのものである緑肉の鎧を身に纏い、肥大化した魔力を垂れ流す怪物と成り果てたレヴィス。

 

葉脈がまるで血管の如く張り巡らされた植物が全身を覆う姿は、最早人のそれではなかった。緑から紅に染まった肉の怪物、それが今のレヴィスだった。

 

その肢体には今までのような妖艶さはなく、ただひたすらにおぞましい。硬質化した植毛の所々は鋭利な刃物と化し、触れれば簡単に切り裂かれるだろう。

 

それでもなお、その魔性の美しさは損なわれていない。より、一層増した淫靡さと背徳感に彩られた魅惑的な肉体美。

 

「っ、く」

 

 度重なる魔石の摂食によってLv.7上位相当にまで強化されたレヴィスの器にも余る膨大な魔力が暴れ狂い、身体中を駆け巡り、神経を蝕んでいく。

 

肌を巡る血管がぱん、と弾け飛び熱を帯びていく感覚とともに煮え滾った鮮血が噴き出す。

 

『「─────いくぞ」』

 

「来な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────何か御用かい?イシュタル」

 

「タナトス、私がもらい受ける予定の『天の雄牛』。フレイヤのガキと一戦やる前に、アレがどれほどのものか確かめておきたい」

 

「えーっと、あんなラスボス引っ張って来なくても間に合っているっていうか、レヴィスちゃん達に『剣聖』相手には使うなって言われてるし···········」

 

「知ったことかよ。私が五年前から一体いくらの投資を落としたと思っているんだ?」

 

「────わかった。やるよ、やるさ。出資者様のお願いを叶えよう」

 

「それでいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオナさん!!」

 

 劇毒の津波が一挙押し寄せようとした刹那────。

 

「【ヴェルグス】────!!」

 

 アマゾネス特有の、主張が激しい戦闘衣に身を包んだ妙齢のアマゾネスが黒紫に染まった魔力の宿った拳で躊躇なくポイズン・ウェルミスを叩き潰し、ティオナたちのもとへ迫っていた毒液の濁流を吹き飛ばす。

 

「バーチェ!!」

 

 姉貴分の登場に喜色を浮かべたティオナは即座に踵を返してアークスを背に逆方向からも迫るポイズン・ウェルミスの大群へと向き直る。

 

毒をもって毒を制す、毒の付与魔法を、ポイズン・ウェルミス以上の劇毒をまとうバーチェならばいくらポイズン・ウェルミスの劇毒といえど無効化すらできるのだろう。

 

「みんな、詠唱お願い!!」

 

 大双刀を器用に振り回してポイズン・ウェルミスの群れを蹴散らしながらティオナが叫ぶ。

 

ティオナとバーチェが無尽蔵に湧き出るポイズン・ウェルミスの群れを抑さえている間に団員達が魔法を詠唱する。

 

練り上げられる魔力。そして紡がれていく詠唱。先程まで毒によって苦悶の声を上げていた団員も苦しみながら、それでもなお魔力を高めて魔法を構築してゆく。

 

そして。

 

「ティオナさん!!」

 

「撃って!!」

 

 ティオナの合図と同時に放たれた膨大な熱量。三種の火炎魔法がポイズン・ウェルミスの群れを焼き尽くす。烈火の勢いで燃え盛る炎が一瞬にしてポイズン・ウェルミスの群れを灰に変えた。

 

「───ッ!! ティオナさん、その腕········」

 

 だが、安堵したのも束の間。団員達はティオナの腕が毒液によって焼かれていることに気付き、顔を青ざめさせる。ぐずぐずと腐り爛れ、肉の焦げる匂いが鼻をつく。

 

「全然大丈夫!! バーチェの猛毒のがよっぽどキツいから!!」

 

 だが、ティオナは気丈にも笑みを浮かべて見せて隣で微妙な表情を浮かべる姉貴分や心配そうにする団員達を鼓舞するように声を上げる。

 

「みんな。あたしじゃあ、アルみたいにみんなを助けられない」

 

 ティオナは痛みに顔を歪めながらも再び大双刀を構え直す。いつも通りの明るい笑顔を浮かべながら、その瞳の奥には強い決意の色を滲ませていた。

 

戦士でしかない自分では傷ついた仲間を助けることはできない。自分ではフィンのように仲間を率いることはできない。自分ではアルのようには戦えない。

 

救えない、助けられない。

 

ティオナは自らの限界を素直に認めた。

 

ゆえにこそ─────

 

「だから、みんな···········あたしを助けてくれない?」

 

 太陽のような笑顔でティオナは言った。その言葉を聞いた団員達は互いに顔を見合わせ、やがて小さく微笑んで見せた。

 

「「「はい!!」」」

 

 そこに先程までの悲壮感はない。ティオナの言葉に励まされた団員達は自らの胸の内に秘めた闘志を再燃させてティオナと共に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「········え?」

 

「ぐぎゃあああぁあっ?!」

 

 ティオネに振り降ろされんとするメイス。だがそれは彼女の頭を打ち砕くことなく、代わりに悲鳴が上がる。

 

ニメートル近い巨漢が崩れ落ちる。顔に叩き込まれた褐色の鉄拳によって昏倒したのだ。

 

そして連続して周囲の暗殺者達に叩き込まれる拳撃の嵐。瞬く間に十数人が倒れ伏し、最後の一人が逃げようとするが、その顔面に強烈な回し蹴りが突き刺さる。

 

「なんだコイツラは!! ひどく脆いな!!」

 

「アルガナ·········!!」

 

 闘国の狂戦士アルガナ。血塗れになりながらも興奮気味に叫ぶその姿に、ティオネは信じられないものを見る目を向けた。

 

毒蛇の如き拳打の連打はティオネに襲いかからんとした暗殺者を確実に仕留め、鮮血の華を咲かせている。

 

事実上、【ロキ・ファミリア】の傘下となったアルガナ達だがティオネとは別のグループでクノッソスには突入していた。まさか······自分を助けに?

 

師でありながら憎しみの対象であった姉貴分の姿にティオネは困惑と僅かな喜色を────

 

「フィンは? フィンはどこだ、ティオネ!! いきなり此処が崩落して逸れてしまった!!」

 

「·············あ゛ぁん?」

 

 赤気を立ち上らせて修羅から雌の顔へと変わったアルガナ。その言葉にティオネの表情から怒り以外の一切の感情が抜け落ちた。

 

アマゾネスはその特性上、自らを倒した男に惚れることがままある。そしてこの女戦士もまた、自らを下したフィンに恋慕の情を抱いていた。

 

一瞬でティオネの瞳に殺意が宿る。

 

ブチブチブチィッ!!

 

それはティオネに絡まる呪いの縄が千切れる音か、それともティオネの血管が千切れる音か。

 

憤怒の炎を撒き散らしながらティオネは立ち上がる。そして、まるで猛獣のような凶貌を浮かべて叫んだ。

 

「────団長は私のもんだァアアッ!!テメェなんぞに渡すもんかよォオッ!!」

 

 ────【憤化招乱】。

 

怒りを力に変換させるレアスキル。煮え滾るような激情に身を任せたティオネの身体から紅い蒸気が噴き上がる。

 

ティオネの全身を覆っていた呪いの拘束が弾け飛び、熱気が渦巻いてティオネの身体に活力を与える。

 

「違うな、違うぞティオネ。フィンは私の雄だ!!」

 

「ふざけんなクソ野郎ォオッ!! 団長は私にベタぼれなんだよ!!」

 

「「えぇ······」」

 

 状況も忘れて激情のまま言い合う女戦士の姿に男性団員二人はドン引きする。しかもティオネに至ってはごく自然に嘘をついているのだが、それを指摘できる者は誰もいない。

 

眼前で繰り広げられる稚拙な言い合いに暗殺者たちは今がチャンスだと暗器を振るうが────。

 

「────っていうかよォ!! さっきから、ごちゃごちゃごちゃごちゃと·········」

 

「うざってえんだよ、てめえ等ァ!!」

 

 拳と湾短刀が同時に振るわれ、聞くに堪えない肉と骨が潰れる音が響く。たった二人の女戦士によって繰り広げられる蹂躙劇に暗殺者の群れは為す術もなく駆逐されていく。

 

「どうなってる?! 弱体化の呪詛が効かないのか?!」

 

「そ、そんなはずはない!! 奴のステータスは軒並み低下しているは───ギャア!?」

 

「うるせえんだよっ!!」

 

 混乱する暗殺者にティオネの湾短刀が突き立てられ、アルガナの拳が叩きつけられる。悲鳴を上げる間もなく絶命していく暗殺者達。

 

蹂躙に次ぐ蹂躙、まさに地獄絵図。弱体化のカースやアンチステイタスの効果など関係ないとばかりにティオネは暴れ回る。

 

「オラ死ねゴラァッ!!」

 

「ハッハァーッ!!いいぞティオネッ!!コイツラ全員を先に倒した方がフィンの雌という事でどうだ!!」

 

「上等だゴラァ!!テメェごと全員ぶっ殺してやる!!」

 

 二人の色ボケアマゾネス(Lv.6)による蹂躙劇。その凄惨極まりない光景を眺めながら男性団員達は震えていた。あの二人を敵に回すのだけは絶対に止めよう、そう心に刻み込む。

 

拳と刃の暴風に曝された暗殺者の末路は悲惨なものだった。全身のあらゆる箇所に致命傷を負い、血の海に沈んでいく。

 

「おいっ、鍵は? ブッ殺されたくなかったらさっさとよこせ!!」

 

「ひぃっ?! 持っていないい·········と、扉を閉めたのは俺じゃな────「使えねぇ!!」

───んだぁああっ?!」

 

 ティオネの放った蹴りによって暗殺者が壁に激突し、そのまま動かなくなる。返り血で全身を赤く染め上げるティオネの姿は味方から見ても悪鬼のそれだった。

 

アルガナの方もティオネに負けじと奮戦し、次々と敵を屠っているが、こちらもこちらで修羅の表情で暴れ回っていた。

 

「クソッ、なんなんだお前等は······!! こいつらは一体何なんだぁあああぁあぁあぁあぁあぁあッ!!」

 

「知るかボケェエエッ!! テメェらがうちを狙うからだろうがぁあぁあぁあ!!」

 

 ベキッ、グチャァアッ!! アルガナの拳が暗殺者の顔面を打ち砕き、その勢いのまま壁へとめり込ませた。

 

「オイてめえ等!! 勝手にくたばった奴はあたしがブチ殺す!! いいかァ!!」

 

「「はいぃぃ」」

 

 妹とは似ても似つかない方法で団員達の士気を高めるティオネに団員達は震え上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

神速の踏み込み、ただそれだけで石畳が砕け、張り巡らされた緑肉の蔓が爆ぜる。人知を超えた魔性である二人の怪人が一挙にアル一人に対して攻め立てる。

 

そのどちらもがLv.7を超える正真正銘の怪物であり、神時代においてなお比類ない『個』としての強さを誇る存在。

 

地上の最高戦力である第一級冒険者であっても死ぬしか道がない絶望の権化たる二人。  

 

───しかし、相対するは神時代始まって以来の、千年来の才禍。

 

全知たる神々のあらゆる予想を嘲笑い、打ち破ってきた天災。

 

穢れた精霊の加護によって形作られた最強の防具が容易く引き剥がされる攻防。アルによって無造作に繰り出される一撃一撃がレヴィスの鎧を容易く削り取ってゆく。

 

その度に石畳に張り巡らされた緑肉が補填し、修復していくが、それもすぐに追いつかなくなる。再生する端から切り刻まれ、削ぎ落とされ、燃やされ、溶かされ、穿たれ、穿ち返される。

 

純粋なステイタスではアルとレヴィスにさしたる開きはない。だが、圧倒的な経験と技術、そしてスキルと魔法でもってレヴィスを凌駕してくる。

 

精霊の加護によって更に強化された身体能力でもって絶対死の黒剣を振るうものの、アルの動きに対応できていない。

 

『【一掃せよ、破邪の聖杖───ディオ・テュルソス】』

 

 アルが脅威とするのは自分以上のステイタスでもって自分以上の砲撃を連射する仮面の怪人、エイン。

 

漆黒の魔力が凝縮し、雷光の槍となってアルへ殺到する。先程の追撃よりもさらに苛烈な破壊の雷霆がアルを容赦なく襲い掛かる。

 

「────【サンダーボルト】」

 

 対するアルの溢れかえるほどの精神力が装填された幾束もの白雷は神速で以って放たれた。

 

収束された魔力の奔流は雷光の雨となって迫り来る極太の破壊の黒雷とぶつかるが、僅かに黒雷の勢いを減退させただけで相殺しきれない。

 

だが、そんなことは想定通りだとアルの周囲に浮き上がった純白の魔法円に白雷が即座に装填されていく。

 

単射魔法であるはずの【サンダーボルト】の瞬間多連砲。それはもはや魔法の条理から外れた異能の領域。

 

一射同士で敵わぬのはなら二本、十本、百本、千本と束ねて撃ち続けるのみと言わんばかりに次々と発射される白雷の矢。

 

そのすべてが収束されて一つとなり、さらに強力な雷光へと変わっていく。

 

「ヘディンの真似事だがな」

 

 即席ながら魔()剣士ヘディン・セルランドの雷の砲撃群にも勝る雷の陣形、まさに殲滅の白雷(ケラウノス)。その一射一射の威力はエインの黒雷には遠く及ばないが、数と質を両立させれば話は別だ。

 

凄絶極まる漆黒の大雷霆と白雷の応酬は拮抗を産み出し、互いに互いを消し飛ばしていく。そして、その隙に距離を詰めてきたレヴィスの攻撃を紙一重で避けながら反撃の一矢を見舞う。

 

超短文詠唱以上に連射の利く速攻魔法による砲撃の雨。ランクアップによってより高められたそれは深層の怪物を一撃でボロ炭にしてしまえるほどの火力を秘している。

 

しかし、それをレヴィスは瞬時に復元してみせる。怪物との異種混成、人間でありながら不死身の怪物を思わせる怪人の肉体。

 

レヴィス、エイン、アルの攻撃が衝突する度に空間そのものが悲鳴を上げるように軋む。その衝撃の余波だけでも、地上ならば都市が丸ごと滅ぶほどの災害を巻き起こすだろう。

 

防いだとして感電現象を引き起こす白雷の弾丸の嵐による損傷をレヴィスの、エインの肉体は一瞬で復元する。それでもアルは攻撃の手を止めない。

 

雷速の砲撃、爆撃。迅烈たる魔弾の嵐が、レヴィスとエインの肉を削ぎ落とし、焼き尽くし、蹂躙していく。

 

迅速の斬撃、神速の刺突が二人を同時に捉えるが両者一歩も引かず、アルの猛撃を受けきる。そして、アルの戦技とレヴィスの魔性の美技、そしてエインの魔導の技巧が千を超える交わりとなってぶつかり合う。

 

二対一。拮抗なぞするはずもない戦い。

 

なのに、なぜ。

 

「(────なぜ、こうまで手こずる?!)」

 

 レヴィスの脳裏に過るのはそんな疑問だった。今、自分が対峙しているこの英雄は紛れもなく強者。今まで出会したどの怪物よりも遥かに強く、そして恐ろしい。

 

だが、()()()()()()()()

 

力も耐久も魔力も、最強の怪物たるエインは全てにおいてアル・クラネルという英雄を凌駕している。

 

しかし、アルの背後を取るレヴィスの神速にも、エインの破壊にも神がかった勘の冴えで視界外の攻撃にも対応してくる。

 

その全てがエインよりも遅く、その全てに反応できるほどアルの反応速度は速い。

 

レヴィスの顔が驚愕に染まる。自分を圧倒するのは良い、自分は肉の鎧を加味してもLv.7上位止まり、アルはLv.8、そこに不思議はない。

 

しかし、エインは違う、精霊の寵愛を一身に受けたエインの力はLv.8すらも凌駕している。

 

それも自分との二対一であるにもかからず何故戦えている────?!

 

怪物種との混成という怪人のアドバンテージ、ステイタスの差を覆すほどの技の冴え、そして何よりもアル自身が持つ底知れぬポテンシャルが怪物たるレヴィスをして理解できないほどに高い。

 

レヴィスの身体を覆う緑肉が削られ、引き裂かれ、焼かれてもなお再生するが、その度にレヴィスの思考にノイズが走る。

 

こちらの攻撃は掠りはするが肝心なところで『芯』を逸らされている。

 

『絶対防御』とも違えば、魔法でもない巧妙なる体術。まるで自分の動きが全て見透かされ、先読みされて動いているような感覚。

 

『技と駆け引き』。

 

冒険者としてあるいはレベルの高さ以上に重要とされる力。それを極めたアルの実力が、怪物としてのレヴィスを凌駕していた。

 

『─────』

 

 畏怖に支配されるレヴィスとは対照的にエインは至極平静であった。エインは知っている、目前の男が正真正銘の英雄、生きた伝説であることを。

 

あまりにも強くなりすぎたがゆえにレヴィスは誤解しているが、『英雄』とは挑まれる者ではなく、挑む者。苦境は常であり、逆境にこそ真価を発揮する。

 

アル・クラネルの真骨頂は『格上殺し』なのだ。

 

そして──────。

 

ゴォン······ゴォン·····。

 

鐘の音が鳴る。聖厳にして荘厳な音色。耳朶を打つのではなく、魂を直接揺さぶるような音波が広間全体に響き渡る。

 

音とともにアルを包み始める黒い光の粒子。弟のそれとは似て非なるもの。

 

「【──────妖精の葬歌(うた)】」

 

 光の粒子とともに紡がれる唄。【英雄覇道(スキル)】と【サンダーボルト(魔法)】を使いながらの『並行詠唱』。

 

本来であればありえないはずの魔法の同時行使。それを実現させるアルの超絶技巧にレヴィスとエインが戦慄を覚える中、黒光はアルを包んでいく。

 

その埒外の魔法行使にさしものエインも仮面の奥で瞳を見開く。先程、アイズにくれてやった火の付与魔法の再展開。

 

詠唱に並行してアルの周囲に展開される幾つもの白雷の砲台。牽制用の速射魔法がエインへ、そしてレヴィスへと殺到する。容易く打ち落とすエインだが、同時にアルの詠唱は進む。

 

レヴィスの呪いの大剣、エインの雷霆、第一級冒険者を容易く仕留めうる殺意の雨を掻い潜りながらもアルの高速詠唱は止まらない。

 

疾走に次ぐ疾走。砲弾の如き速度で駆け抜けるアルの背を護るように白雷の矢が追随する。雷矢の結界に守られ、アルは更に加速する。

 

エインが舌を巻き、レヴィスが戦慄を覚えざるを得ないほどにアルの速度は疾駆を超えていた。

 

攻撃、疾走、回避、詠唱の四種行動に加えて防御。そして、スキルと速攻魔法を含めればその並行行動は『七つ』、それはもはや人間の限界を超えた神業。

 

魔法剣士として一つの極みに至ったアルだからこそ出来る芸当。驚くべきは詠唱中でありながらその立ち回りや戦闘能力に一切の衰えを見せないこと。

 

「【遺灰(しかばね)の残り火よ】」

 

 並行詠唱ならぬ並列詠唱。雷の魔法円がエインとレヴィスを阻むように雷壁を造り上げる。

 

「【宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)】」

 

 『白妖の魔杖』の二つ名を持ち、最凶の魔()剣士と呼ばれているヘディン・セルランドであっても不可能であろう砲撃の嵐。

 

『詠唱を行わなければ発動できない』という全ての魔法に共通する前提、神の恩恵のルールとも言うべき概念を根底から覆す前代未聞の魔法行使。

 

技術の域を超えた、埒外の魔導。

 

エイン自身、二つ以上の魔法を持つ並行詠唱の使い手だからこそわかる規格外。

 

前衛とも、後衛とも、魔法剣士とも違う完全なる『個』。

 

「【我が身を燃ゆる(はね)と成せ────────】」

 

 『静寂』の魔女ですら成し得ない魔法の同時発動。才でも技でもない下界のルール違反とも言える奇跡。

 

その奇跡を一切の詠唱を不要と断じる速攻魔法が可能とする。条理から外れたイレギュラーであり、下界の可能性の一つ。

 

その異次元の戦闘技術の根本はおそらくはかつて受けた『疾風』からの薫陶。その師を超えた魔法行使技術は魔力暴発など犯すはずもなく魔法を完成させる。

 

「【────レァ・ポイニクス】」

  

 同時に解放された鐘の音とともに『聖火の一撃』がレヴィスを斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

『アルを倒す方法』

レベルを上げて物理で殴る。魔法でもいいが物理のが効く。数で押すのは逆効果。毒・呪い・奇襲・病などは意味ない。レベルを上げると言っても格上だとそれはそれでジャイアントキリングスイッチが入るのである程度劣る程度のやつがアルの周りやつを狙って庇わせるのが効果的(3章のレヴィスは割と最適解選んでた)

 

『アミッドとかが死んだらどうなるか?』

根は善性、というか曇らせ除けば割と真っ当なのでブチギレる。遊び抜き、容赦なしでノータイム首刈りモードになる、相手は死ぬ。

 

 



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七十九話 最強の怪物②



『フレイヤ→アル、ベル』
ベルに対して原作と大差なし。アルへは最初の一年くらいはベルみたいな感じで欲しがっていたが自分の手に負えないし、コイツに恋はねーな、と気がついた

愛でも恋情でもない、ミアとはまた違った友情を抱いた唯一の相手

『アル→フレイヤ』
女版アポロン




 

 

 

 

 

············ここで殺されてもいい。

 

お前に剣を向けられた時、そう思った。嘘じゃない、もとより自害すらできない穢れた身。それを他でもないお前に終わらせてもらえるのなら、どれだけ恵まれた最期だろう。

 

『怪物』として死ぬとしても、最期に見る顔が『英雄(お前)』ならば悔いはない。

 

········そして、お前が死んだ私を暴いたとき、私の顔を見たお前の心に罅が入ればどれだけ幸せなのだろう。

 

ああ、けれど────。

 

 

 

 

 

 

 

 

穢れた精霊の鎧が聖炎の轟声によって砕け散る。朱緑肉の輝きを聖火の輝きが焼き焦がし、浄化していく。破砕の火炎がレヴィスの肉を炭化させ、肉が焼ける嫌な臭いが鼻腔を刺激する。

 

それでも致命傷ではないとレヴィスの身体を覆う緑肉が即座に再生し、レヴィスの命を繋ごうとするが炭化した傷が癒えることを拒絶する。

 

収束した聖火の一斬はレヴィスの肉鎧を構成する精霊の細胞一つ一つを焼き払い、死滅させる。

 

魔を討ち、闇を斬り払う聖なる炎。

 

その一撃の名は【聖焔の英斬(ディア・アルバート)】。

 

かつて、怪物の王たる黒竜を退けたという英雄王の名を冠した聖火の一閃。

 

一度は大剣によって穿たれた青年。今度は、レヴィスが穿たれる番であった。

 

鋼鉄の融点を超える灼熱の刃は大気をも切り裂き、空間すらも両断しながら突き進む。

 

アルの背後で爆ぜる雷光の爆発。雷の障壁が解除され、聖火の煌めきが一瞬だけアルの姿を照らし出す。

 

一瞬後、レヴィスの肩が爆ぜ、血飛沫が舞う。浅くではあるが肩を袈裟懸けに切断され、亀裂のように走った切創から血が噴き出す。

 

肩ごと右腕が斬り飛ばされ、レヴィスは片膝を着いて崩れ落ちる。ぐらりと揺れ、傾くレヴィスは遅れて胸部に一筋の線が入る感覚を覚えた。

 

それが自分の胸元に刻まれた縦の切れ目だと気づいた時、レヴィスの視界が紅蓮に染まった。

 

ピシリ、と胸の奥に埋め込まれた紫紺の結晶に罅が入る。

 

「くっ······ぁッ!!」

 

 レヴィスの全身を駆け巡る激痛、今まで感じたことの無い痛み。即死ではない。しかし、もはや趨勢は決した。

 

怪人であるレヴィスはモンスターと同じように魔石を破壊されれば死ぬ。そんな魔石に罅を入れられたレヴィスに大した継戦能力は残されていない。

 

倒れ伏すレヴィスを他所にアルの目が、剣が残るエインへ向けられる。

 

「────さぁ、次はお前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『怪物』と『英雄』の戦いから逃されたアイズ。英雄から足手まといと断ぜられた彼女はしかし、その瞳に決意を宿して走る。

 

自分が情けない、不甲斐ない、弱い。その事実がどうしようもなく胸を締め付け、息が詰まりそうになる。

 

「(だけど、それでも、私は─────!!)」

 

 それでも膝はつかない。たとえどれだけ惨めでも自分にできることをやろうという意思が、折れそうな心を支える。アルにできず、自分にできる何かがあるはずだと。

 

「【目覚めよ】!!」

 

 アイズの、【ロキ・ファミリア】の敵はこの人工迷宮そのもの。ならばこの場でアイズにできることは風を呼ぶこと。

 

迷宮そのものを打倒するべく、アイズは風を行使する。不死鳥の火衣によって癒えたとはいえ、少し前まで致命傷だったアイズの身体は今も万全とは言い難い。

 

精神力も底を尽きかけ、身体は休息を求めている。酷使に次ぐ酷使に身体が悲鳴を上げていた。

 

「【目覚めよ】!!!!」

 

 塞がった傷から血が流れ出し、アイズの身体はまるで泥人形のように重たい。だが、構うものかとアイズは魔法を行使し続ける。

 

魔法を行使しすぎて頭痛が鳴り止まず眩む視界の中でアイズは精神力を絞って魔法を、大いなる風を操らんとする。

 

「【吹き荒れよ】!!!!」

 

 都合三度の詠唱により、アイズが呼び起こしたのは暴風。それもただの暴風ではない。広間一つにおさまらない、耐魔法の石壁すらも巻き込むほどの竜巻がアイズの意志に従い、渦を巻く。

 

アイズの周囲で渦巻き、暴れ狂う暴威の嵐。広間の全てを呑み込まんばかりに荒れ狂う風がアイズを中心に螺旋を描き、その威力を増していく。

 

それは破壊のためでなく、『道』を繋ぐための風の奔流。アイズの意思に従って荒ぶる風に無駄はなく、ただ己が使命を果たすために荒れ狂う。

 

アイズを中心として逆巻く風は、やがてアイズを中心とした一つの通路となる。周囲の通路口へ烈風を送り込み、迷宮に打ち勝たんと風を束ねて進む。

 

軋む身体に鞭を打ち、限界を超えて魔法を行使するアイズ。その額には玉のような汗が浮かび、今にも倒れてしまいそうだ。

 

それでも耐えて、耐えて、耐え抜いて、そして─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオナさん、アークスがもう·······」

 

「········やっばいね、これ」 

 

 悪と死の錯綜する人造迷宮、度重なる連戦と悪意に満ちた罠の数々によってティオナ達は疲弊しきっていた。

 

特に治癒不可であるポイズン・ウェルミスの劇毒を受けた男性団員のアークスは脂汗を流しながら苦しみ悶えている。

 

治療をしたいが、解毒薬がなく、ましてや劇毒を治癒できる回復魔法を使えるヒーラーはいない。

 

ティオナにバーチェという第一級冒険者、それもLv.6の二人がいる以上戦力的には問題はない。だがこの人工迷宮では戦闘に関係のないトラップが無数にある。

 

さらには無尽蔵に湧いて出てくる極彩色のモンスターとの終わりの見えない戦闘に、既に体力が尽きかけている者もいるほどだ。ティオナはそんな仲間達を鼓舞しながら、しかし自身もまた疲労を隠しきれない。

 

アークス以上の量の毒液を浴びたティオナはその耐異常のアビリティからなんとか持ちこたえているが、それでも毒の影響がないわけではない。

 

ティオナの顔色は悪く、呼吸は乱れ始めている。前衛として常に最前線に立ち続けんとしているからこそ、気力で押しとどめてはいるが、それでも少しずつ確実に蓄積している。

 

蓄積したダメージは決して無視できないものとなっており、その顔色は優れない。

 

誰も彼もが満身創痍、いつ全滅してもおかしくない状況。行き場のない人造迷宮の悪辣なる構造、閉塞感による精神的負荷も相まって心身ともに限界を迎えようとしていた。

 

休息も補給もままならない極限の状況に、ティオナ達は追い詰められつつある。孤立無援、救助は期待できず、希望は潰える寸前。

 

誰もが絶望に屈しそうになる中、ティオナの第一級冒険者としての感覚が『なにか』を捉える。

 

「なにか、くる······?」

 

 それは少しずつ近づき、大きくなっていく。どこか暖かなその気配にティオナは戸惑う。その戸惑いは他の者達も同じようで、ティオナの言葉に全員がその方向に目を向ける。

 

風が、空気の流れが変わった。そう思ったときにはすでにその流れは既に止まらない。荒れ狂う暴風が、まるで意思を持っているかのように広間を蹂躙し、耳をつんざく轟音とともに駆け抜けていく。

 

「な、なにっ!?」

 

「わ、わからない! でも、これは、この風は······!!」

 

 荒れ狂い、逆巻いていた風は次第に落ち着きを見せ、次第に穏やかに変わっていく。

 

暖かく、優しい風が吹き、傷ついた者を癒すように撫でる。

 

「──────アイズだ!! アイズが呼んでる!!」

 

 

 

 

 

「そうよ·······!! アイズが私達を呼んでるのよ!!」

 

 一方、アルガナと合流して暗殺者達と戦っていたティオネもアイズの風を感じ取り、歓喜の声を上げた。

 

アイズはまだ生きている。まだ戦っている。自分達を呼ぶ声が風を通して聞こえてくる。

 

ならば応えねばならない。アイズの呼びかけに応えずして、何が仲間か。人造迷宮そのものを巡る精霊の風。

 

自分の位置を、そして仲間達の集結場所を伝えんとするアイズの風。複雑怪奇な迷宮の機構を覆す、それはまさに起死回生の一手。

 

風が吹き、アイズの意思を伝える。アイズの風に導かれるように、彼女達の瞳に再び闘志の炎を灯らせる。

 

「行くわよ!!」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

「ベートさん、この風は·······」

 

「······ああ、これはアイズの風だ」

 

 姉妹以外の面々の耳にもアイズからの風が届いた。風に乗って届いたアイズの声は、微かに震えていた。だが、確かにそこにはアイズの意思があった。

 

自分達を呼んでいる。アイズは今、たった一人で戦おうとしている。自分達の助けが来るまで耐えようとしている。

 

『暴蛮者』を退けたベートとアミッド、呪詛から解放された団員達も風の便りにアイズの意図を読み取った。

 

「行くぞ、テメェら!!アイズの元に!!」

 

 ベートは吠え、仲間達に激を入れる。ベートもまたアイズの意志を感じたのだ。そして、その意志に応えるべく、ベート達は疾走を開始する。

 

風の導くままに、彼らは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「信じられん······ッ!!」

 

 人造迷宮クノッソス、最奥。迷宮中のいたる所に設置された『目』を介して罠や扉の操作を行う制御室にて、迷宮の主たるバルカは呆然と呟いた。

 

迷宮の主たる彼は人造迷宮の全ての機能を掌握する権限を持つ。それ故に、彼の眼前で起きている光景が理解できなかった。

 

監視の水鏡に写る【ロキ・ファミリア】の団員達が、次々と通路を抜けて広間に飛び出している。

 

たった一人の少女の魔法が、吹きすさぶ精霊の風が迷宮を塗り替えていく。

 

「我が血族の千年の執念にたった一人の小娘の魔法が打ち勝つだと? 」

 

 いくら最硬精製金属の扉といえど横溢する風そのものを堰き止めることは出来ず、風が起こす圧力は容易く通路の淀んだ空気を吹き飛ばす。

 

迷宮内を巡る風が『道』を作り、それを辿ってティオナ達が進む。

 

「『風』が······全てを導いているのか?」

 

 吹き荒び、暴れ回る風が徐々に収まっていく。まるで意思があるかのように、風は進むべき道を探り当て、仲間達を導く。

 

人造迷宮は複雑怪奇且つ難解な迷宮である。その全てを把握し、操作し、把握しているのは迷宮の主たるバルカだけである。

 

しかし、混沌の芸術たるクノッソスにも『秩序』が存在する。 

 

唯一の正規ルート。

 

それすなわち、『アリアドネ』。

 

精霊の風が真実の経路を照らしだし、仲間達を導き続ける。人造迷宮の深淵に潜む怪物を打倒するため、その身を削りながら風を呼び続けている少女の元へ。

 

しかし、それでもなお、人造迷宮には無数のトラップが仕掛けられている。例え真実の道筋を知ろうとも、そこを通るのを拒む悪辣なる罠の数々が。

 

しかし、戦意を取り戻した冒険者達はその悉くを打ち破る。

 

ティオナの振るう大双刃が、ティオネのナイフが、ベートの銀靴が、襲いかかってくるモンスターを次々と屠る。ベートが蹴り砕き、ティオナが両断し、ティオネが切り裂く。

 

「『剣姫』·······いや、『剣聖』のもとに集うというのか、【ロキ・ファミリア】······ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────さぁ、次はお前だ」

 

 剣を構えるアルの背後の通路からいくつもの足音。仮面の奥でエインは目を吊らせる。アルのもとへ集うように近づいてくる足音。

 

アルに視線を向けたまま、エインは後ろから近づいてくる複数の気配にギリ、と歯軋りをする。

 

闇に包まれた通路から真っ先に現れたのは銀の輝き。

 

「─────よぉ」

 

 精霊の風に導かれた狼人。アイズの治療をするアミッドを背にベートが激憤を隠さずに歩を進める。

 

「死ねッ!!」

 

『·········狼人』

  

 アイズの【エアリエル】をそのメタルブーツに纏って一筋の大いなる烈風となったベートの突進。

 

常の比ではない速度と威力、エインの想定を上回る速度で迫るベートは、そのままエインへ一直線に向かう。そして、ベートが放った拳撃を、エインはその腕につけたガントレットで受け止める。

 

金属音が鳴り響き、エインとベートの衝突の余波が衝撃波となって広間に吹き荒れる。

 

僅かに体勢を崩し、隙を作ったエインの頭上に影が差す。エインの頭に振り下ろされるのは断頭台の刃が如き脚。

 

「随分、うちのアイズを苛めてくれたみたいね」

 

 ベートの攻撃と入れ替わるようにして飛び込んできたティオネの足撃。高速の連蹴を繰り出し、蹴りの雨を降らすティオナは更に攻撃を続ける。 

 

ベートの一撃とティオネの連撃。二つによる同時攻撃を両腕のガントレットと精霊の鎧で防ぐエインだが、第一級冒険者二人の猛攻を捌ききれずに後退させられる。

 

ティオネが放つ強烈な回し蹴りを受け止めたエインは、その衝撃で後方へと押し出される。そして、そのエインの懐に飛び込む影。

 

「容赦、しないからね」

 

 いつの間にかエインの背後に回っていたティオナは大双刃を両手で握り締め、渾身の一撃を放つ。巨竜を容易く斬り倒す一撃がエインに迫る。

 

「おりゃああああっ!」

 

『チィぃ───』

 

 咄嗟に鎧のように硬質化させた『枝』で大双刃の一撃を防ぐエインだったが、ティオナの一撃は重く、その勢いのまま弾き飛ばされる。

 

壁に激突する寸前に壁を足場にして方向転換し、着地したエインは忌々しげに舌打ちをした。

 

鈍い痛痒を腕に覚えながら、構えるエインへの奇襲は止まらない。地を這う蛇の如く、床を滑るように疾走する褐色の女戦士。

 

間髪入れずに今度は双連の拳打が見舞われる。闘国の頭領姉妹の拳が強かにエインの胴体を打ち付ける。

 

『次から次へと煩わしい······』 

 

 第一級冒険者達の奇襲を受けてなお、最強の怪物であるエインに損傷はない。あるのは純然たる苛立ちのみ。

 

レヴィスと同じ精霊の鎧を身に纏ったエインの身体には傷一つない。

 

油断なくエインを睨めつけながら合流した冒険者達は互いに背中合わせになり、武器を構える。

 

「全員、速やかに状況を報告しろ!!」

 

 傷から再起したフィンを中心にティオナは大双刃を、レフィーヤは杖を構えて臨戦態勢を取り、ベートとティオナもそれぞれの得物を構える。

 

アルもまた剣を構えたまま、一歩も動かない。全員が戦闘準備を整えたことを確認したフィンは、鋭い眼差しをエインに向けたまま口を開く。

 

「フィン!! アークス達が毒妖蛆の劇毒にやられた!!」

 

「私が治します、ティオナさんもこちらに!!」

 

 互いの情報交換は迅速に行われた。チームプレイこそ冒険者の真髄だと言わんばかりに即座に連携を取り、エインを取り囲むように陣形を組み上げる。

 

そんな彼等をエインは仮面の下から鬱陶しい羽虫でも見るような目つきで見据えていた。

 

「·········タナトスの眷族どもは何をやっている」

 

 そこに冷迫な殺気を滲ませた声音。五体を血に染めたレヴィスが立ち上がろうとしていた。レヴィスは失った片腕を再生させつつ、肉の鎧を新たに換装して立ち上がる。

 

アルによって深い傷を負った怪人は全身を傷付けながらも、その戦意を衰えさせてはいない。

 

「まぁ、いい。邪魔な羽虫どもを、ここで全て片付けてやるだけだ。やるぞ、エイン················エイン?」

 

「ちょっと、この数とやろうっての?」

 

 底知れぬ圧力を漂わせる怪傑の魔人を前にティオネは不敵な笑みを浮かべるが、その額から冷や汗が流れる。

 

二人の怪人から放たれる圧倒的な存在感と威圧感に呑まれまいとはナイフを握る手に力を込める。

 

「囀るな、手負いのお前等など物の数では無い」

 

 ここに集う冒険者のいずれもが人造迷宮の悪辣なる罠に囚われ、消耗している。

 

【ロキ・ファミリア】で『万全』なのは付与魔法によって完全に傷を塞いだアルのみ。

 

しかし、それでも勝機がないかと問われれば否と答ずるだろう。

 

「予備の槍を」

 

「は、はいっ」

 

 フィンの指示を受けたラウルが駆け出し、予備の武装として用意していた槍を投げ渡す。それを受け取ったフィンは一瞬だけ視線を仲間達に向ける。

 

強敵であることには疑いはないが勝てる、と冒険者として長年培ってきた戦力分析を基とした冷静な判断を下す。

 

だが、それ以上に嫌な予感が拭えない。それは第六感としか言いようがない感覚。

 

まるで自分達が絶体絶命の状況に追い込まれているかのような、そんな不安が脳裏を過る。

 

「(親指が痛む······)」

 

 その痛みは胸の奥にまで浸透し、警鐘を鳴らしているような錯覚すら覚える。だが、今は迷う暇すらない。

 

────勝つ。

 

己が信念を胸に秘め、フィンは前を見据える。

 

その時。

 

背後よりレヴィスの胸が紫の手刀によって貫かれた。

 

 

 

エインの目には『英雄』と『姫』のもとへ集う『仲間』の姿が、そしてアルの剣の刀身に反射する『怪物』の姿が映っていた。

 

その光景を目にした次の瞬間。手刀をもうひとりの『怪物』に、レヴィスの胸に突き刺した。

 

とめどなく溢れ出る鮮血。レヴィスの身体がびくびくと身体が痙攣する。レヴィスは痛みより先に驚愕に目を剥き、美しい顔を歪めた。

 

「な、なんのつもりだ。エイン───ッ!!」

 

 体から力が抜けていくのを感じながらエインを睨みつける。まずい、と思った時には既に遅い。

 

エインの指先から伸びた黒い爪がレヴィスの魔石を掴み、引き抜かれる。

 

『お前も、オリヴァス・アクトの魔石を喰らったのだろう? 私も同じことをするだけだ。····················································私はお前のことは嫌いではなかったよ、レヴィス』

 

 いくらか前、レヴィスがオリヴァス・アクトに行ったように。エインもまた、レヴィスの魔石を奪った。

 

その行為の意味するところを理解したレヴィスの顔から感情という表情が失われ、虚ろな瞳を天井へ向けた。

 

エインの腕の中で力を失った怪人は崩れ落ち、床の上に横たわる。

 

「─────────────────そう、か」

 

 怪人はモンスターと同じく魔石を失えば死ぬ。胸をかくように腕を当てた怪人は、自分の死期を悟ったのか掠れた声で呟いた。

 

エインはその言葉に答えることなく、ただ黙って怪人を見下ろす。灰化していく怪人は、最後に口元を緩めて微笑んだ。

 

その死に顔はどこか満足げだった。

やがて、怪人の肉体は完全に消え去り、後には灰と罅割れた魔石だけが残る。

 

エインはその魔石を摘み、仮面の隙間から嚥下した。

 

『もう、取り繕うのはやめだ』

 

 ──────本当の意味での、『最強の怪物』が殻を破った。

 

 

 

 







本編前半の最高功績者のレヴィスちゃんに敬礼

ある意味での三章メインヒロインでした


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八十話 最強の怪物➂


コメントお待ちしてます




 

 

 

 

『──────────もう、取り繕うのはやめだ』

 

 レヴィスの遺灰の中から主を失った【ベヒーモスの黒剣】を拾い上げ、その柄を握る。その瞬間、レフィーヤやアイズはエインの荒れ狂う漆黒の魔力が剣へ注がれるのを知覚した。

 

膨大な魔力が注がれるに連れてエインの身の丈ほどもある漆黒の大剣が()()()()()。まるで無駄を排し、研磨しているかのようにより小さく、より鋭利な形へと変じていく。

 

それはエインが手に馴染ませるように数度、軽く振ると数秒足らずでレイピア程の細身の長剣へと変貌を遂げた。

 

見た目こそ華奢となったがその力はより研ぎ澄まされ、凄まじい力を内包していることが窺える。

 

その刀身からは黒い粒子が絶えず零れ落ち、闇色の輝きを放っている。

 

この場に集う冒険者達でさえ、見たことのない武器。だが、その異質さは一目で理解出来た。

 

この世に存在するどんな名剣、呪剣よりも恐ろしい、そんな予感が脳裏を過る。エインが腰を落として構えると、全身に纏わりつくような殺気が周囲に放たれた。

 

その威圧感は、もはや冒険者の領域を遥かに超えていた。

 

対峙する者の本能に訴えかける圧倒的な殺意は、彼等を戦慄させるには充分過ぎる。

 

『三大冒険者依頼』の黒き巨獣、ベヒーモス。

 

太古より世界を苛み、人を、英雄を殺してきたかつての『最強の怪物』、そんなベヒーモスの亡骸から作られた呪われし黒剣。

 

それを握るのは唯一残った同胞を喰らい、真に最凶となった今代における『最強の怪物』。

 

──────【ロキ・ファミリア】の者達は動けなかった。

 

予感があったのだ。都市の迷宮探索の最前線を征く歴戦の冒険者としての勘が叫んでいた。()()()()()()()()

 

Lv.6、埒外の英雄を除けば事実上の最高位に至った世界有数の第一級冒険者達が同じ空間にいるだけで死を覚悟するほどの濃密に過ぎる瘴気。

 

空気が硬く、重くなる。

 

エインから発せられる闘気に気圧されたように、フィン達の額から汗が流れ落ちる。

 

深層の階層主も、漆黒のモンスターも、精霊の分身でさえ足元にも及ばない、そんな絶対的な死の気配が部屋を包み込む。

 

第一級冒険者であっても怖じ気づきそうになるほどの圧倒的強者の覇気が、その場を支配する。

 

ラウルやアキなどの第二級冒険者たちの顔色はフィン達に輪をかけて悪くなっていた。青を通り越して土色になっている。

 

レヴィスの魔石を食らったエインの変貌は著しかった。身から溢れかえる漆黒の魔力は黒いドレスのようにエインの肢体を覆う。

 

ただそこにいるだけで肌がひりつき、息苦しくなり、心臓が締め付けられる。

 

動悸が激しさを増し、嫌な汗が止まらない。呼吸が浅くなり、膝が震える。

 

「(·······恐ろしい)」

 

 フィンは、『勇者』はそれを素直に認めざるを得なかった。しかし、同時にその感情の根底にあるのは紛れもない恐怖だ。

 

かつてないほどに目の前の存在に対して畏怖を感じている。

 

15年も昔、垣間見た『三大冒険者依頼』の黒き巨獣と黒き竜蛇の脅威は記憶に残っている。

 

当時、弱輩であったフィンは直接相対することはなかったが、それでもその恐ろしさは十分に伝わった。

 

あのときは【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の共同戦線によって討伐に成功したもののあのとき戦った両派閥の幹部、 偉大なる先達達にはその命を散らしたものも少なくはない。

 

その中には今のフィンよりも高み

に上り詰めていた者もいた。

 

────その脅威を、今、自分は感じている。

 

自分を含め、この場にいる全員が束になっても勝てるかわからない。それほどまでに隔絶した実力差を感じる。

 

そう、これは絶望だ。

 

フィンはこの場において誰よりも聡く、そして冷静だった。だからこそわかる。

 

濃密な『死の気配』はそのまま力量の差である。今こうして対峙しているだけでも、押し潰されそうな程の力の奔流を感じる。

 

だが、戦わなくては生き残れない。

 

誰が謂うまでもなく幹部達は各々の得物を構え、臨戦態勢を取る。

 

絶対的な死線を前に歴戦の【ロキ・ファミリア】の精鋭達が臆さず立ち向かう姿はいっそ美しいと言えるだろう。

 

槍を構えるフィンを筆頭にアイズは風を纏い、ベートを銀靴に魔剣を装填し、ティオナが拳を構え、ティオネはナイフを逆手に構える。

 

各々が万全の体勢を整え、いつでも飛び出せるように重心を落とす。

 

『──────』

 

 しかし、その行動に対して彼等の心胆を寒からしめる程の存在感を放つエインはただ、『撫でた』。

 

たった、それだけ、それだけで【ロキ・ファミリア】は壊滅した。

 

 

────·······

 

 

「───────え?」

 

 レフィーヤ達、第二級の者達は見ていた。アイズが、フィンが、ベートが、ティオナが、ティオネが一陣の黒風によって吹き飛ばされる光景を。

 

フィンやアイズ、ベートは壁に叩きつけられ、ヒュリテ姉妹は床に転がり、闘国の頭領姉妹は壁際まで吹き飛ばされた。

 

「──────なに、が」

 

 レフィーヤは呆然と呟く。何が起こったのか、理解が追いつかない。視認すら出来ない速度で。あまりに速く、速すぎる一撃。

 

辛うじて防御を挟み込んだものの、Lv.6の冒険者をもってしても回避することすら出来ずに全員が軽々と吹き飛ばされた。

 

怪物。

 

そんな言葉で表現することすらも烏滸がましい究極の暴力。圧倒的な強さを誇る冒険者の頂点に立つ第一級冒険者でさえ、赤子のようにあしらわれる存在。

 

怪物を超えた怪物。

 

横薙ぎの、漆黒の魔力を帯びた黒剣による一撃、世界を穢すような悍ましさに満ちたその一撃は先程までの『砲撃』を優に超える破壊力で以て歴戦の勇士達を()()()

 

【ベヒーモスの黒剣】。ベヒーモスのドロップアイテムを元に稀代の呪術士が創り上げた最凶の英雄殺し。

 

その力は斬りつけた相手に死毒をもたらすだけでなく、装備者の精神力を代価にかつて、太古において振るわれたベヒーモスの病風を放つことができる特殊武装。

 

純戦士であるレヴィスでは十全に扱えなかった力だったが『魔法戦士』であるエインならば扱えない道理はない。

 

荒れ狂う漆黒の魔力を注がれたそれは物理的破壊力すら帯びた飛ぶ斬撃と化していた。

 

もはや、先程までとは比較にならない速度。

 

そして、威力。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ───ッ!!」

 

「【食い荒らせ───ヴェルグス】!!」

 

 咄嗟に【フロスヴィルト】によって一撃を軽減したベートと毒に対する耐性を持つバーチェが裂帛の叫びとともに疾走。

 

『Lv.6が二枚、か·······言うに及ばんな』

 

 ベートの蹴りが、バーチェの拳撃がそれぞれエインに迫る。それを見据えるエインは無表情のまま、静かに黒剣を振り下ろす。

 

瞬間、衝撃が走った。

 

轟音。

 

ベートの渾身の蹴りも、バーチェの全力の拳も、エインには届かなかった。振り下ろされた黒剣の剣圧だけで二人を吹き飛ばしたのだ。

 

まるで小虫でも払うかのようなその動作だけで、ベートとバーチェは為す術もなく弾かれる。

 

「「───ッッッ!!」」

 

 そして、添えるようなエインの蹴りだけで二人は壁に叩きつけられた。臓腑を揺るがすほどの強烈な衝撃に血反吐を撒き散らして悶絶する。

 

さらに追撃と言わんばかりに放たれる黒い風の刃。ベートとバーチェに殺到するそれを、アイズが阻む。

 

『くだらん』

 

「──────っ!?」 

 

 アイズの放つ銀光の一撃。アダマンタイトさえも切り裂く風剣の一閃を漆黒の病風が食い破る。無慈悲なまでに容赦なくアイズを斬り刻もうとする病風はアイズを弾き飛ばし、壁に激突させた。

 

「アイズさんッ?!」

 

 レフィーヤの悲鳴は続かなかった。『夜叉』が翻った。レフィーヤが反応することも出来ない程の刹那の瞬殺劇。手を横に薙ぐ、ただそれだけでオモチャのように壁に叩きつけられる。

 

レフィーヤだけでないオラリオでも上位の、確かな実力を備えた第二級冒険者達がゴミを掃くかのような容易さで一掃されていく。

 

あまりにも一方的な蹂躙に防具が砕け、武器が折れ、鮮血が舞う。文字通りの『一蹴』。悍ましいまでのどす黒い強さの暴力がそこにあった。

 

ラウル、アキ、ナルヴィ、クルス、スターク、シャロン、オルバ、ロイド、クレア、アンジュ、リザ、カロス、レミリア·············オラリオにおいても有数の第二級冒険者がすべてたった一人の怪人に傷一つ付けることすら叶わずに全滅した。

 

『三大冒険者依頼』の怪物の再来を思わせるような絶望の光景。

 

あれだけの猛威を奮っていた赤髪の怪人の力が霞んでしまうほどに目の前の存在から感じるプレッシャーは凄まじい。

 

あの怪人が可愛く見えてしまうような途方もない力の奔流。

 

もとより限界に近い身体に病風の一撃を受け、倒れ臥すアイズはエインの動きから『躊躇』がなくなっているのに気がついていた。

 

おそらく、彼女は今、『羽化』しようとしている。心まで真に怪物へと成り果てようとしている。

 

レヴィスの魔石を喰らい、新生したこの怪人は間違いなく【ロキ・ファミリア】始まって以来の最強の怪物。

 

では、それほどの怪物の一撃を受けてなぜ、()()()()()()()()()()()()()()

 

それは────。

 

「【ディア・フラーテル】」

 

「【レァ・ポイニクス】」

 

 

 

 

 

 

 

 

不死鳥の火衣(レァ・ポイニクス)

 

赫焔が広間を埋め尽くす。炎熱が燃え広がり、空間を灼熱の園へと変貌させる。エインの魔力によって漆黒に染まりつつあった大気が聖火によって浄化され、元の清廉な空気を取り戻す。

 

冒険者を仕留めんとするエインの病風が焼き尽くされる。聖浄の詩を謳う不死鳥の羽衣によってエインの黒風が掻き消されたのだ。

 

「おいおい、お前の相手は俺だろう?」

 

『クラ、ネル────ッ』

 

 フィン達を護るように立ち塞がる白髪の青年、アル・クラネル。その姿を見てエインは苛立たしげに声を漏らす。

 

英雄の気迫。青年から横溢するオーラはまさにそれだった。

 

その力は強大であり、オラリオ最強の第一級冒険者全員を相手に戦える、そういった英雄としての覇気が煉獄を形作っている。

 

『(··········空気が硬い)』

 

 英雄の本気。ヒューマンとしてはそれなりに長身ではあるが大柄な者が多い冒険者としてはそこまででもないはずのアルがまるで巨人のような存在感を放っている。

 

最強の怪物となったエインをして、思わず息を呑む。そして、そんな怪物を前にしてなお、不敵に笑みを浮かべる白髪の青年。

 

仲間達を背に赫焔の翼を纏った不死鳥の英雄は二剣を構えた。

 

最凶の呪剣たる緋剣と最強の名剣たる黒剣の二刀流。ともに優に第一等級武装を上回る伝説級の武具。

 

片手剣と大剣の二刀流、対『猛者』以来のアルの、『全力時』の戦闘スタイル。

 

もとよりLv.8以上のポテンシャルを持ち、レヴィスの魔石を食らったことでより強大な力を秘めたエインをして圧倒されるほどの覇気をアルは放つ。

 

そして、その覇気に呼応するように赫焔が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

エインの病風と、アルの赫焔が激突する。赫焔が爆ぜ、黒風の刃を呑み込み、その奥に潜む怪物を炙り出す。

 

怪物と化したエインの瞳が、燃えるように煌めく緋色の双眼と交錯する。

 

思考の余地はない。互いに全力を以てぶつかるのみ。互いの刃が、剣が、風を裂き、炎を散らし、激突する。激突の衝撃で空間が震え、壁が崩れ、床が砕ける。

 

凄まじいまでの力と力の応酬。剣戟の極地。両者の攻撃がぶつかり合うたびに大地が揺れ、世界が軋む。

 

「────」

 

『········ッ』

 

 もはや、言葉など不要。互いが繰り出す技には無駄がない。フェイントや駆け引きも何もなく、ただひたすらに研ぎ澄まされた武だけが二人の間で交わされている。

 

『英雄』と『怪物』の刃の輪舞。凄まじいまでの斬撃の嵐が吹き荒ぶ中、両者が交差する。

 

要然たる殺意を宿すエインの視線が、アルのそれと重なる。

 

漆黒と純白たる雷霆の音色が途方もない轟音を奏で、赫焔の波動が空間を満たす。

 

それはもはや英雄譚の戦いだった。

 

片や人知を超えた死風を吹かせ、醜悪な肉の鎧に身を固める瘴気の王。片や緋色の焔と蒼銀の雷を輝かせる白黒の英雄。

 

共に超常の領域に立つ、正真正銘の怪物同士の戦い。怪物達の死闘に魅入られたかのように誰もが身動き一つ取れない。

 

漆黒の雷条と赫焔の聖火が舞い踊る。エインの黒刃がありとあらゆるものを蹂躙する。

 

もとより上回っていた力、耐久、魔力はもとより今や敏捷すらもエインはアルを圧倒している。

 

一撃でも喰らえば即死は免れない死の暴風。それを掻い潜り、アルはエインの懐へと飛び込む。

 

『クラネルッ!!』

 

 それすらも弾き、エインの病刃がアルを穿かんと『猛者』以上の力と『女神の戦車』以上の敏捷で迫る。

 

反応すら赦さぬ夜叉の閃撃。

 

─────が、『頂天』。

 

無傷。神業としか思えないほどの『技』と『駆け引き』をもってエインの攻撃を完璧なタイミングで横から叩いて逸らす。

 

エインの攻撃は空を切り、体勢を崩したエインへ、アルは反撃を叩きこむ。エインの顔面目掛けて放たれた蹴撃がエインを仰け反らせる。

 

くんっ、とアルの身体が沈み込んだかと思うと次の瞬間、アルはエインの頭上に出現していた。

 

音を置き去りにした踏み込み。エインが反応する間もなく、アルはエインの脳天に踵を落とす。

 

ゴウッッッッ!!!!! と、まるで隕石のように降り注いだ衝撃にエインは地面を陥没させながら吹き飛ぶ。

 

『────ッ!!』

 

 エインの絶叫は声にならない。だが、それでも、エインは止まらない。即座に立ち上がり、再び疾駆。

 

アルの背後を取り、漆黒の死風が吹き荒れる。しかし、アルは振り返ることなく、その身に纏う赫焔によってエインの刃を迎撃。

 

そのまま反転し、アルはエインの剣撃を受け流し、カウンターの要領でエインを蹴り飛ばし、エインは吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直す。

 

エインは着地と同時に黒風を纏うが【レァ・ポイニクス】を纏ったアルの緋焔に黒風が呑み込まれる。

 

『(·······今の私が、圧倒されている?)』

 

 力も、耐久も、魔力も、敏捷も、最低でも一レベル分はエインがアルを凌駕している。にもかかわらず、アルはエインを押している。

 

アルはエインの猛攻を凌ぐのではなく、いなして受け流しているのだ。アルの表情は変わらず涼しげであり、エインの仮面の下の顔には焦燥が浮かぶ。 

 

そして、アルがエインに接近する。エインが病刃を振り下ろす。アルの黒刃とエインの病刃が激突する。

 

「温い」

 

『ぐぅッ!?』

 

 アルにできてエインにできない速攻魔法。鍔迫りあった状態で零距離からの白雷が炸裂する。至近距離で砲撃に巻き込まれたエインが吹き飛ぶ。

 

エインはすぐさま体勢を立て直し、病風で爆炎を吹き散らすが、すでにアルの姿はない。

 

『(全てにおいて今の私はクラネルを上回っている、なのになぜ─────)』 

 

「何年ぶりかな、俺が『手加減』されるなんて」

 

『────────は?』

 

 ナニヲイッテイルカワカラナイ。

 

そんなはずはない。だって、私は全力を出して────

 

エインの思考が停止する。直後、エインの視界が大きく歪む。ドクンッ、と胸に埋め込まれた魔石が脈打つ。

 

呪いの浸食が加速している。

 

同時にエインの脳裏にとある光景が過る。それは一年前、アルと初めて出会った時のこと。

 

アルがエインを救ってくれたあの時、エインの心の中に芽生えた感情。

 

憧 れ 。

 

そう、エインにとってそれは初めての感覚だった。エインがあの事件以来抱いていた感情は全て哀しみと怒りだけ。だから、それは本当に特別なもの。

 

それは、怪物と成り果てたエインが決して失ってしまった、心の奥底に眠る人間としての気持ちだった。

 

憧憬の鎖に縛られた怪物は、ようやくそれに気付いた。

 

憧れ。怪物が忘れてしまった、一つの感情。

 

怪物はアルに惹かれた。自分を助けてくれた英雄に憧れた。怪物は、英雄の隣に立ちたかった。

 

 

怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は、怪物は─────── 

 

─────エインは、アルの背中に追いつきたいと思った。 

 

その瞬間、世界が変貌した。

 

エインの身体から噴き上がる闇。病刃から吹き荒れる病風。それらが混ざり合い、エインの肉体を変異させる。

 

肉が裂け、血が弾け飛び、骨が砕ける。器に収まりきらぬ魔力が溢れ出し、漆黒の風となって吹き荒れる。

もはやエインの身体は原型を留めていない。

 

その姿はまるで、神話に登場する黒い竜そのもの。エインの身体から噴き出した魔力がエインの身体を包み込み、人型の竜体へと変えていく。

 

エインは吠える。エインが放つ魔力はアルのそれすらも容易く凌駕する。

 

そして、エインは理解する。今なら、クラネルを、アルを殺せる。

 

『····························もう誰も逃がせない!! 誰も生かせないっ!! クラネル、私とともに死んでくれぇえええええ────ッ!!』

 

 

 

 





白髪「やったぜ」

聖女「······」

剣姫「······」


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八十一話 人間関係の玉突き事故



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『····························もう誰も逃がせない!! 誰も生かせないっ!! クラネル、私とともに死んでくれぇえええええ────ッ!!』

 

 全てを黒く染め上げる漆黒の雷光。横溢する、止まらない、止められない殺意。その力はまさに絶大。

 

人型の竜体と化したエインの全身から漆黒の瘴気が立ち昇る。アルはエインの姿を見て、目を細める。

 

─────これは、全力だしても()()()()

 

最強の英雄であるアルですら、今のエインに勝つことは叶わない。だが、それでもアルに焦燥はない。アルの口許に笑みが浮かぶ。

 

立ち昇る聖火の柱。アルは纏う赫焔を更に燃やし、神殿を思わせる火の聖域を作り出す。神域の熱量を誇る灼焔の領域。

 

そこに佇むアルは、エインを真っ直ぐに見据える。そして、エインとアルの視線が交差する。

 

『覇者』の風格を以てアルが告げる。さあ来いよ、と。

 

アルの言葉が届いたのか定かではない。しかし、エインが動いた。刹那、エインの姿が消失する。否、超加速でエインが疾駆する。

 

音速を超えたエインの動きに反応したのは奇跡に近い。漆黒の死線。それがアルを襲う。アルは黒刃でそれを弾き返す。

 

黒刃に阻まれたエインの病刃を伝って黒風が吹き荒れるが、アルは臆することなく踏み込む。

 

衝撃と轟音が響き渡る。一閃、二閃、三閃、四閃。アルとエインの剣戟が繰り広げられる。両者一歩も譲らず、苛烈にぶつかり合う。エインの猛攻にアルが喰らいつく。

 

黒刃が、黒風が広間を埋め尽くし、超硬金属の石畳や石壁が撓み、亀裂を走らせる。両者の激突によって、二人の足場が崩壊し始める。石畳が割れ、石柱が折れ、瓦礫が崩れ落ちる。

 

千年の妄執により広間自体の崩壊は免れているが、それも時間の問題だろう。

 

たった二人の超越者の戦い。死と生の混雑する凄絶なる調べ。詩吟のように、それは奏でられる。

 

竜体となったエインの攻撃はより一層激しくなっている。一撃でも当たれば即死。掠っただけでも致命傷となる。

 

しかし、そんな状況にもかかわらず、アルは笑ってみせる。雷が奏でる交響曲が鳴り響く。剣戟が織りなす協奏曲。火花と衝撃波が舞い踊る調べ。

 

『クラ、ネルッッッッッ!!』

 

 激情のままにエインが叫ぶ。魂の絶叫と共に振り下ろされたエインの病刃。対するアルは渾身の力を込めてエインの病刃を押し返し、反撃の一太刀を浴びせる。

 

閃撃に次ぐ閃撃。アルはエインの攻撃をいなし、弾き、受け流し、回避する。しかし、避けきれずにその度にアルの身体に刻まれる裂創。鮮血が舞う。

 

人型の竜体と化したエインの撒き散らす魔力そのものにそなわった物理的破壊力。

 

魔法ですらない魔力放出だけで、アルは防戦一方に追い込まれていた。帯電する漆黒の魔力が大気を震わせ、広間を揺らし続ける。

 

魔力炉が臨界寸前まで稼働しているエインの病刃から放たれ続ける病風。

 

エインの病刃から噴き出す病風に触れた途端、病刃の魔力が伝播して病刃が触れている場所から壊死していく。

 

「俺の耐性を貫くか······」

 

 アルは病刃から噴き出した病風を黒炎で焼き尽くすが、完治には至らない。病刃の魔力に侵されて、アルの身体が少しずつ蝕まれていく。

 

『アァアアアッッ!!!!』

 

 ベヒーモスの毒。【ゼウス・ファミリア】の英雄を冒し、59階層での死闘においてはアルを死の一歩手前にまで追い込んだ大魔獣の呪い。

 

獲得したはずの耐性を、不死鳥の加護を、貫くエインの病刃。レヴィスが振るっていたときとは比べものにならないほど強化されている。

 

エインの身体を覆う精霊の呪いで形作られた黒い鱗、黒い翼膜、黒い爪牙、黒い尾。そして、黒い雷光を放つ漆黒の双角。その姿はまさに『黒い竜』そのもの。

 

対して赫焔と天雷を纏い聖火の聖域を展開するアルはまるで御伽話の『英雄』そのもの。

 

かつて、英雄神聖譚の再演を望む神々が望んだ光景。英雄と怪物による神話の再現。

 

大神(ゼウス)の願望から、邪神(エニュオ)の策謀からも離れた下界の可能性。混沌たる下界が生み出した二つの特異点。

 

その衝突は、もはや人の手では止められない交わりとなってこの世界に刻み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、は────」

 

 アレは、あの怪物はなんだ?

 

黒い、黒い化け物。黒一色の怪物。

 

激しい感情の発露によってアイズの視界が明滅する。意識が飛びそうになるのを必死に堪える。

 

脳髄が悲鳴を上げる。心が軋む。

 

重なる、重なってしまう。赫焔を纏い、自分達を護るために戦うアルの姿と『あの時』、黒き終焉を退けるために自分の元を去った父の姿が。

 

重なる、重なってしまう。黒き竜の姿になったエインの姿と、全てを終わらせる終焉の黒き災厄が。

 

アレはなんだ。なんなのだ。いったい、何が起こっているのだ。わからない。何も理解できない。

 

アイズにわかるのはアレが『竜』であるということだけ。

 

体力は底を突き、精神力は涸れ果てたというのに殺意という薪がくべられ、燃え上がる憎悪の炎がアイズを奮い立たせる。

 

憎い、にくい、ニクイ、ニクイ、殺す、コロス、コロスコロス。

 

全て殺す。

 

アイズの中で何かが撃鉄を起こす。鼓動が脈打ち、血流が加速する。瞳孔が開き、呼吸が乱れる。

 

奪われる。

 

奪われてしまう。

 

父と母がそうだったようにこのままではあの『黒き竜』に全てを奪われてしまう。

 

許さない、絶対に。

 

そんなことだけは、それだけは絶対に許容出来ない。

 

だから、殺す。

 

その想いに呼応して、アイズは最後の力を振り絞って立ち上がる。限界を超えて練り上げられる魔力に全身から血が流れ落ちる。

 

器を超えた魔力は暴走し、身体を内側から破壊していく。それでも構わない。アルを救えるなら、アルを護れるならば、それでいい。

 

身体の内側から破裂しそうな痛みを無視して、アイズが詠唱を開始する。

 

誰にも邪魔はさせない。これ以上、アルを傷つけさせるわけにはいかない。

 

アイズを中心に空間が歪曲する。世界の法則が書き換えられる。

 

「【─────黒き風よ】」

 

 『奪われた者』の至域の咆哮が全てを塗り潰す。世界を侵食する暗黒の風が今ここに解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『─────?!』」

 

アルもエインにも一様に『そちら』に目を向けた。轟音、衝撃、そして圧、全てが同時に押し寄せる。直後、凄まじい衝撃波がエインを襲う。

 

黒き風の嘶きがエインの肉体を激しく揺さぶる。それは、この場にいる全ての者の視線を引き寄せる。

 

そこにいたのは一人の少女。しかし、その身に纏う気配は常軌を逸していた。少女の身体から噴き出す可視化するほど高密度で圧縮された魔力が暴風となり荒れ狂う。

 

『·········『剣姫』、か?』

 

 怪訝な顔を浮かべながらエインは呟く。返答は言葉ではなく、代わりに黒き風が応えるように吹き荒ぶ。

 

アイズの身体から溢れる魔力は止まらない。制御を失った魔力はアイズの身体を破壊していく。

 

しかし、今のアイズにとってそれすらも些細なことだった。今はただ、目の前の『竜』を殺す。

 

アイズの身体が撓む。黒き風が、黒き嵐が、アイズの身体を喰らい尽くしていく。漆黒の風がアイズの姿を覆い隠した瞬間、風が割れる。

 

「──────もう、なにも奪わせない」

 

 だから殺す、とアイズは宣言する。

 

そして、アイズは駆け出した。黒き風を纏ったままエインに向かって一直線に突き進む。

 

天害の災禍の如き黒き風を従え、アイズはエインに迫る。その動きはもはや人のものではない。

 

『消え────ッッッッ!!』

 

 エインは咄嵯に病刃を振るうが、アイズはその一撃を掻い潜りエインの懐に飛び込む。

 

そして、その勢いのまま神風が零距離で炸裂する。黒き風が周囲の石畳を削り取りながらエインを吹き飛ばす。

 

エインは空中で体勢を整え、地面に着地するが、その表情は険しい。アイズの動きはあまりにも異常だった。

 

『(·······なんだ、今のは)』

 

 深手ではない。いかに神風といえども最強へと至ったエインの肉体を破壊することは出来ない。

 

アルですら打ち勝てぬ最強の怪物にLv.6止まりの少女が抗うことなど不可能だ。

 

だが、今のアイズは間違いなく何らかの方法でエインにダメージを与えた。それも、下手をすれば致命打になり得るほどのものを。

 

ほんの少し手前まで死に体だったはずのアイズの身体からは想像もつかないほど濃密な魔力が溢れている。先程まではまるで感じられなかった脅威が今でははっきりと感じられる。

 

なぜ、立てる。

 

なんだ、その力は。

 

気合か、覚悟か、それとも信念か、そんなもので覆せるような生易しい傷ではなかったはずだ。

 

いや、それは良い。窮地においての冒険者の底力はエインとて良く知っている。

 

『立てた』のはいい。いかなる理由であろうとそれは大した問題ではない。問題は、アイズが纏っている魔力の質、そして目に見えて激上した身体能力。

 

あれはいったいなんだ?

 

アイズに纏わりつくように渦巻いているあの黒い風は何だ?

 

先ほどまで纏っていたものとはモノが違う。あれもレベルの差を覆しかねない恐るべき力を持っていた。

 

だが、比べ物にならない。

 

風を纏ってなお、レヴィスの魔石を喰らう前のエインに手も足も出ない程度の実力しかなかったはずなのに今は明らかに違う。

 

魔石を喰らい、さらなる魔の高みに至ったエインにくらいつけるだけの力を持っている。

 

いったい何があった? どうしてそこまでの力を手に入れた? 疑問は尽きないが、それを悠長に考えている時間はない。

 

─────エインは知る由もないことだがその黒き風こそ『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの根幹。

 

『黒き竜』に奪われた両親への愛情が生み出した復讐の風。愛ゆえに憎悪に堕ちた少女が解き放った黒き風。

 

確かにLv.6止まりのアイズでは今のエインに及ぶべくもない。

 

だが、スキル【復讐姫】(アヴェンジャー)

 

その効力は怪物に対する攻撃の高域強化、加えて竜種に対する超域強化。 

 

そして、その効力はアイズの黒き竜への憎悪の丈によって上昇する。愛する者を奪われた少女の憎しみが、悲しみが、絶望が、殺意となってアイズの力と変わる。

 

七年前、正邪の大抗争において原初の幽冥たる地下世界の邪神によって生み出された大最悪の名を持った漆黒のモンスター。

 

第一級冒険者複数の手にも余る圧倒的な破壊の化身を相手にして当時、Lv.3の身でありながら拮抗するほどの力をアイズは得た。

 

それを今の、『準英雄級』(Lv.6)のアイズが振るうのだ。

 

その力は今やアルにも───。

 

 

 

 

 

『─────届くわけがないだろうがぁぁあああ!!』

 

 怒りに満ちた叫び声と共にエインは地面を踏み砕く。先程よりも速く、鋭い斬撃がエインに襲いかかる。

 

だが。

 

『────舐めるな!!』

 

「──────ッッ!!」

 

 黒き風を纏い、神速の連撃を放つアイズだが初見でなければエインに防げぬ攻撃ではない。

 

理屈は不明、理由も不可解。急激なパワーアップを果たしたアイズに戸惑いこそあれど今のエインならば対処出来る。

 

漆黒の雷霆が漆黒の風を喰い破る。

 

エインの黒き爪牙がアイズを切り裂かんと迫る。

 

竜を殺すための風が竜体に阻まれる。

 

「くっ、うぅ─────」

 

『もう一度、言う』

 

 ─それは()()()()()()()()()()

 

暴虐の力ではなく、冒険者の特権であるはずの技術がアイズを苦しめる。風をエインの技が逸し、透かし、捌く。  

 

対怪物に特化したアイズには真似出来ない高度な対人戦闘術がアイズに反撃の機会を与えない。アイズは必死に黒き風を操るが、エインはその全てを見切って見せる。

 

『舐めるな!! 貴様程度が私に────クラネルに届くと思うなッッ!!!!』

 

 激情に任せてエインは叫ぶ。今のアイズは器に見合わぬ歪な力で無理矢理に立っているに過ぎない。そんなものは、所詮はただの火事場の馬鹿力だ。

 

そんなものでアル・クラネルに、本物の英雄に届くはずもない。

 

そんなものを認めてたまるものか。

 

認めてしまえば、今までの自分の全てが否定されてしまう。

 

こんな小娘如きに、クラネルの隣を───────

 

「【─────聖雷の英断(アルゴ・ディアーナ)】」

 

 風の鎧を砕き、アイズの首を斬り飛ばさんとするエインを聖雷が斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

·········うーん、ちょっとびっくりしたけど。

 

このままじゃどのみちアイズ死ぬな。

 

ちょうどいいからもうちょっと盛り上げるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クラネルゥゥウウッッ!!!!』

 

 エインがアイズの相手をしていたのは僅か数秒。しかし、既に『全快』したアルの姿がそこにはあった。

 

凄まじき攻防の間隙を縫って唱えられた『聖女』の奇跡がアルの身体を冒していた病毒を消し去ったのだ。

 

アイズは図らずもこれ以上無いほどにアルの戦いに貢献したことになる。

 

凄まじきは損傷も、呪詛も、死毒も、体力すらもその尽くをたった一度の魔法行使で全快させる聖女の御業。

 

「────悪いが、誰を隣に立たせるかは俺の決めることだ」

 

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 

その言葉だけがエインの耳に届いていた。脳髄が理解を拒み、心に罅が入ったような感覚を覚える。

 

─────何を言っている?

 

誰が、なんの話をしている? 『剣姫』のことなど知らない。自分と『英雄』に比べれば『剣姫』など取るに足らない存在だ。

 

アル・クラネルが認めるはずがない。

 

そんな矮小な存在を『隣に立つ相棒』などと認めるはずがないだろう。

 

だから、これは違う。

 

これは、幻聴だ。

 

そうだ、そうに違いない。

 

エインは混乱する思考の中でそれだけは確信を持って言える。

 

だが、その考えを否定するようにアルはアイズの傍に立ち、エインに対峙している。

 

そして、アイズもまた、そんなアルの背に守られるように立っていた。

 

なぜ、その背中に守られている。

 

なぜ、その剣をその男に預けている。

 

先ほどまでの暴走が嘘だったように落ち着いたアイズの顔つきはまるで別人のようだ。

 

先ほどまでの、憎悪に染まった『同類』の表情はどこにもない。

 

その顔は、その目は、その『場所』は──────

 

「─────お前じゃない」

 

 ピシリ、となにかに亀裂が入る音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎悪に染まって淀んでいた視界が晴れていく。身体の奥底から力が湧いてくる。心は不思議なくらい落ち着いている。

 

暖かい、あんなに冷たくなっていたさっきまでの自分の心が嘘のように溶かされ、解されていく。

 

たった一言、アルのたった一言が私の心を溶かしてくれた。これまでと同じように当たり前のこととして、私を守ってくれた。

 

違うのは今の私。

 

今の私ならただ守られるだけでなくアルの隣で戦える。

 

目の前の黒い竜は恐ろしく強大だ。

 

だけど、不思議と負ける気はしない。アルがいる。アルが私を信じてくれてる。それが嬉しかった。

 

たったそれだけのことがどうしてこんなにも嬉しいんだろう? わからない。

 

けど、今はそれでいい。

 

私はアルの隣に立って戦う。ただそれだけだ。

 

もう、間違わない。

 

恐れない。

 

怯えたりなんかしない。

 

私が今すべきことを見誤ったりはしない。

 

アルの隣なら私はどんな怪物にも立ち向かえるとそう信じられる。

 

「あー、こりゃしくじったな、まさか俺としたことが相手の力量を見誤るとは」

 

「······アイズ」

 

「?」

 

「死なないことだけに全力を注─────」

 

 ──────え?

 

 アルが何かをいい終わる前に『何か』が宙を舞った。それを認識した瞬間、私の視界が真っ赤に染め上げられる。

 

なにが起こったのか全く分からない。

 

赤い雫をまき散らしながら後方に飛んでいく『何か』の姿が目に映る。

 

赤い剣を握った『何か』は円を描いて地面に転がっていく。私には、何が起きたのかわからなかった。

 

アルの身体にいくつもの切り傷がある。アルの服に血が滲んでいる。

 

アルの『左』腕が変な方向に曲がっている。アルの額が割れて血が出ている。

 

アルが、私を突き飛ばして、代わりに、斬られて、吹き飛ばされて、怪我をして──────── 頭が理解を拒む。

 

理解出来ない。

 

意味が分からない。

 

一瞬遅れて理解が追いつく。

 

数秒遅れて意味がわかってしまう。

 

私を庇ってアルが、アルの右腕が─────

 

───────肩から引きちぎれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

this is 自業自得

 

【誰でもできるアル・クラネル殺害チャート】

一応の確認ですが、貴方はLv9以上の実力者ですよね?

 

①まず、周囲にアミッド・テアサナーレがいないか、確認してください、いるなら先にアミッドを殺害しなければアルの殺害は不可能です。とはいえ、アルの守りを通り抜けてアミッドを殺害するのは隻狼を目隠ししながらノーデスクリアするようなもんなので無理&仮に殺せたら殺せたでガチのアルにこちらが殺されるのでアミッドがいたら再走です。

 

②周囲にアミッド以外のアル陣営の者はいますか? いなければ再走です。【誰もいないところで死ぬとか馬鹿なの?】モードのアルは基本、不死身なので最低でもアイズあたりがいないと話になりません。

 

③アルの恩恵をなくしましょう

恩恵ありのアルと戦うとかバカのやることです。なんとかしてロキとの繋がりを断ちましょう、送還はこちらが殺されるのでやめましょう。古代モードは考慮しません。

 

④神器級の武器を用意しましょう

そこらの武器でアルと戦うとかマゾのやることです。なんとかして神器級、ヘビーモスの大剣やアンタレスの窮弓などの武器を用意しましょう。

 

⑤エルフになりましょう 

ボーナス入ります。

 

⑥アルの仲間に即死攻撃を向けましょう

勝手に庇ってくれます。なお、貴方がLv8以下ですと普通に防がれます。

 

⑦運要素をなくしましょう  

基本、あちらが勝つように世界ができているので運要素が入った時点で負けます。

 







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八十二話 アミッド········お前ほんまアミッドやな!!(精一杯の罵倒)


シリアスアルIF書きたいけど話が成立しなさそう····




 

 

 

 

 

 

アルの腕が飛んだ。そのことにアミッドが気づいたのはアイズよりも遅かった。

 

アルから離れた位置にいたことと高レベルの前衛戦士に比べれば動体視力が劣ることその二つが災いした形となる。

 

アミッドは確かに並ぶ者のいない最優のヒーラーだがそのステイタスはあくまでもLv.2。当然ながら推定Lv.9相当以上であるエインの動きなぞ見えるはずもない。

 

アミッドが非凡なのはその常軌を逸した回復能力と判断力の鋭さにある。そのどちらかが欠けていれば都市最高のヒーラーなどとは呼ばれていなかっただろう。

 

アミッドがアルの腕が千切れたという現状を把握したのはこの場でもっとも遅かった。

 

しかし、驚愕も、悲嘆も、絶望も、激情も、その全てを置き去りにして少女の身体が動く。

 

アミッドはこの周りにいる誰よりも冷静にアルの腕が千切れたという事実を受け止め、誰よりも速かった。

 

それはまるで最初からそうなることが分かっていたかのような迷いのない動きで魔力を解き放つ。

 

すでに詠唱を終え、待機状態にしていた全癒魔法を解き放とうとし──────初めてその表情を曇らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

溢れる、溢れる、溢れる。

 

黒き魔力が溢れ出る。穢れた精霊の力が流れ込んでくる。

 

怒り、憎しみ、殺意、怨念、絶望、恐怖、痛み、悲しみ、虚無、空虚、悲嘆、喪失、失望、落胆、悔恨、後悔、憤怒、嫉妬、羨望、渇望、諦観、憎悪、殺意───ありとあらゆる悪感情がエインの中を満たしていく。

 

圧倒的なまでの負の感情の奔流がエインを染め上げ、侵食していく。暗い、昏い、闇がエインを飲み込む。

 

穢れた自分に相応しい、醜い姿へとエインを堕とす黒く暗い闇の底なし沼がエインの心を塗り潰していく。

 

まだ心の片隅に残っていた未練とも言うべき想いも飲み込まれ、消えていく。残ったのはどす黒い狂気と殺戮への欲望だけ。

 

もう戻れない。

 

戻る資格はない。

 

穢れていく、壊れていく。エインという人格が変質し、別のナニカへと変貌を遂げようとしている。

 

『──────あァ』

 

 エインは衝動に従った。夜叉のような狂笑を浮かべて漆黒の雷光となってアイズへ襲いかかり─────アイズを庇ったアルの腕を斬り飛ばした。

 

血飛沫と共に宙を舞う腕を見て、エインは驚愕の表情のまま凍りついたように動きを止める。

 

流石というべきか、とうのアルの動きは腕を奪われたとは思えぬほどに迅速だ。瞬時にアイズを抱き寄せ、アイズに後方へ跳んで距離を取る。

 

その判断は正しく、精確であり、欠損すらもアルの鋼の精神を揺るがすには至らない。アルは冷静に傷口を押さえながら状況を確認する。

 

「(······切断されたか)」

 

 エインの爪牙によって斬られたのだろう。肘から先の右腕が綺麗に消失していた。

 

痛みは噛み殺せる、出血は既に止めた、戦意に支障はない。だが、そんなことよりも問題なのはエインの様子だ。

 

目に見えて錯乱している。何が起きたのかはわからないが、それはそれで好都合だ。いくら力が強かろうが力任せであればいかようにもやりようはある。

 

だが、アルがそう思った瞬間、エインの姿が消えた。

 

「ッ!?」

 

 否、消えたのではない。今のエインの速度は確かにアルを凌駕するほどに速いが、それでも今のアルならば反応出来ないほどでもない。

 

アルは咄嵯にアイズを抱え、その場を飛び退く。直後、アルのいた場所に雷鳴が轟き、地面が爆ぜる。

 

そして、再び姿を現したエインの手には漆黒に染まったエインの長剣があった。

 

「────ああ、なるほどね」

 

 アルが腕を千切られてから優に『10秒』は経過している。それだけの時間がありながら、腕が治らない、アミッドから回復魔法が飛んでこない。

 

アミッドならばそれだけの時間があれば詠唱から発動までの一セットなぞ容易く行えるはずだ。

 

なのに、加えて一秒経過、二秒経過、三秒経過しても一向に魔法が放たれることは無い。アミッドの方を伺う余裕はないが死んでいないのは確かだ。

 

つまり、そういうことだ。

 

あの黒剣から放たれている病風には魔法を封じる効果が付与されている。

 

もとよりあの剣に備わっていた魔法封じの呪詛がエインの魔力と同調することでその範囲と効力を増しているのだろう。

 

直接斬られたわけでもないのに呪詛の影響を受けているということは恐らく斬撃にはより濃くその効果は乗っているはずだ。

 

一度、受けて耐性を得たアルには影響は出ていないがアル以外がまともに喰らえば間違いなく死ぬ。

 

さしものアミッドといえども呪詛を解呪する魔法自体が封じられてはどうしようもない。

 

「(アミッドを死なせるわけには───)」

 

 先ほどまでアルは団員達はともかくアミッドに注意をはらってはいなかった。

 

凡百のヒーラーとは違い、全冒険者最上のヒーラーであるアミッドにとって致命傷は致命傷ではない。魔法効果が続いている限り、魔法による『砲撃』や急所への一撃であっても死にはしない。

 

故に守る対象として考慮していなかったし、現に第一級冒険者達ですらダウンしたエインの魔力放出を受けてもなお立ち続けている。

 

しかし、アミッドをアルすら諦めさせた聖女たり得させていた究極の全癒魔法が封じられた今、アミッドはただのLv.2でしかない。

 

そんな状態でエインの攻撃に耐えられるはずがない。加えて、エインの身体からは呪詛を帯びた穢れた魔力が溢れ出ている。

 

エインの魔力が混ざった穢れた魔力はただでさえ強い毒性を持つ。耐性のあるアルは兎も角、他の団員にはとても耐えられない。

 

このままではアミッドだけでなく、他の団員達にも被害が出る。そうなれば流石のアルでも隻腕では庇いきれる自信はない。

 

「(······仕方ない)」

 

 本懐を遂げるよりも仲間の命の方が大切だと割り切る。最悪、アミッドが無事ならあとはどうにでもなる。

 

『クラ、ネ······ル?』

 

「格上相手に片腕且つ背水か、まぁ悪くはない」

 

 問題は後衛からの支援が期待できない状況でアミッドが自力で呪詛をこじ開けるまでの時間稼ぎをしなければならないということだが、隻腕でどこまで粘れるか。

 

アルの【レァ・ポイニクス】ならば解呪も可能だがさすがにそんな余裕はない。

 

焦るあまり順序を見誤ったとアルは自嘲するように小さく笑いながら思考を切り替えるとエインを見据えた。

 

アイズはもはや戦えまい、しかし一対一でどうにか出来る相手ではない。アルはエインを無力化することを早々に断念するとエインを足止めすることだけに専念する。

 

アルの本懐を考えるのであれば無力化した上で自分の死亡という形に持っていくのが理想ではあるが前準備のないこの場ではさすがに博打が過ぎる。

 

『あ、あァ、アアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!!』

 

 エインは獣のように叫び声を上げると凄まじい速度で駆け出し、その手に持つ漆黒の長剣を振るう。英雄の領域を優に超えたその剣閃はエインの技量と相まって、神速の域に達していた。

 

夜叉のような狂笑を浮かべ、狂気に満ちた瞳に理性の色はなく、もはやそこにいるのはエインであってエインではなかった。

 

アルは冷静にエインの攻撃を捌き、いなしていく。攻撃手段が爪牙と長剣のみとはいえ、その威力はアルがかつて戦ったどのモンスターよりも遥かに強力だ。

 

一撃、また一撃とエインの攻撃を受ける度にアルの肉体に傷が増えていく。

 

それは単純な力量差によるもの。エインはアルの防御を強引に突破し、着実にダメージを与えている。

 

アルの【レァ・ポイニクス】は多芸かつ万能ではあるがそれ故、癒やすことに特化した聖女の奇跡には届かない。

 

アミッドやヘイズほどの即効性はなく、骨折や裂傷程度ならともかく欠損を瞬く間に治せる程ではない。アミッドが万全の状態ならば一秒で治せたとしても今は無理だ。

 

肝心なのはあとどれだけすればアミッドが再起するかだ。

 

エインの魔力とベヒーモスのドロップアイテムによって増幅された呪詛、アミッドのアビリティを考えれば解呪自体はできそうだがあと一体何十分かかるだろうか───

 

「アル、あと五分·····いえ、三分稼いでください。それだけあればこの呪いは()()()()()()()

 

 そんなアルの心境を見透かすように後方からアミッドのそんな言葉が聞こえてくる。アルは思わず目を丸くするがすぐに気を取り直すと口許を歪めて笑う。

 

「────了解した」

 

 

 

 

 

 

 

えっ、三分でいいの?

 

一応俺、その呪いで一回死にかけたんだけど?

 

ベートの外部からの解呪がなければ普通に死んでたんだが?

 

直接ダメージないとはいえ魔法使えないのにどうやって自力で解呪するんです?

 

そりゃ俺だって時間と設備があれば神秘のアビリティで既存の解呪薬とか改良して魔法なしでも解呪できるけど今この状況じゃ絶対不可能だからね?

 

それをお前、三分て·········。

 

いや、もう、お前が一番怖ぇよ。

 

アミッド········お前ほんまアミッドやな!!(精一杯の罵倒)

 

ヘイズを見習え、ヘイズを!!

 

········はぁ。

 

·········本当は今ここで死にたいけど、俺が死んだらそのままアイズとか殺しそうだし、アミッドに火事場の馬鹿力出されて今以上の化け物になられても困るから今回は曇らせは諦めるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い残像だけを残して夜叉のようにエインがアルへと襲い掛かる。その速度は最早、目視すら難しい。

 

だが、アルは落ち着いていた。何故なら、アミッドの言葉は確信めいていたから。そして、アルはその言葉を信じる。

 

誰よりも厚い信頼と畏怖を寄せるアミッドの言の葉を信じない理由などない。アルは迫るエインの斬撃を受け流し、逸し、往なし、透かす。

 

ひたすら防御に次ぐ防御、全能力を集中して回避行動すらも捨てる。

 

『(なぜ、押し崩せない。片腕で今の私の攻撃を防ぎきるなぞ─────いや、それよりもなんだこの『技』は)』

 

 そのありえぬ光景にエインに冷静さが戻ってくる。エインの斬撃は当たっていないわけではない、ただアルがそれを全て受け流しているだけだ。

 

アルの身体に傷は増え続けている。このままではいずれ致命的な一撃が入るだろう。だというのに一向にその致命に至らない。

 

既に深手ではある。だが肝心なところで決めきれない。

 

一方的な展開なはずなのに、エインは追い詰められているような錯覚に陥っていた。

 

アルは攻めない、エインの攻撃を全て防ぎ続ける。エインの攻撃は苛烈を極めているがアルはそれらを的確に捌いている。

 

隻腕でありながら大剣を盾のように使い、刃ではなく峰を使ってエインの攻撃を流し、時に柄頭や石突を用いて弾き飛ばす。

 

無論、エインが白兵戦をやめて魔法に切り替えればその限りではないだろうが、今のエインにはまだそれほどの冷静さはない。

 

一合、ニ合、三合、四合。

 

白髪が散り、頬が裂け、耳が削げ、骨が折れてもアルは防ぎ続ける。

 

『なんだ、その『技』はッッ?!』

 

 『そんなもの知らない』、と一年もの間、無二の仲間であったはずのアルにエインはそう断じる。

 

普段のアルが振るうそれとは全くもって異なる完成された防御の型。そんな技をアルが使うところなど見たことがない。

 

まるで別の戦士の技を見ているような。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、は────」

 

 病風の一撃からレフィーヤ達、第二級冒険者を庇ったがために未だ戦線復帰できていないフィンは、アルの戦いを見て驚愕に目を見開く。

 

あのアルが防御に徹し、エインに攻勢を許さぬほどの技を見せていることにフィンが驚くのは当然だ。

 

しかし、フィンの驚きはそれだけに留まらない。  

 

完成された防御の型。怪物の剣戟をいなし続けるその絶技に、その身のこなしに、その気配に覚えがあったからだ。

 

それはまさしく、かの戦士の姿そのもの。

 

フィンにとっては古くからの戦友であり、好敵手。

 

かつての最強を識る『当代の最強』。

 

「あれは─────オッタルの剣だ」

 

 

 

 

 

 

 

「一度見た動きは模倣できるタチでな」

 

 ─────『絶対防御』。

 

『剣聖』の技では、今のアルではエインの猛攻は凌げない。ならば、より『完成された技』を模倣することでエインの猛攻を凌がんとする。

 

いかな才禍といえど膂力やスキルまでは再現できないが太刀筋と立ち回りならば真似出来る。

 

いくら真似ようと、本物には到底及ばないのは自明の理。だが、オッタルの技ならば話は別だ。

 

「酷く癪だが」

 

 認めたくはないがオッタルこそアルにとって無二の『壁』。その技も駆け引きも全て見て、そして『味わっている』。

 

他の戦士の技ならばいざしらず、オッタルの技ならば誰よりも深く理解している。

 

寸分の狂いも許さないミリ単位での剣の操作と剣速、無駄のない力の配分と角度、重心移動。剣を振ればわかる、どれだけの努力と研鑽を積み重ねればこんな芸当が出来るのか。

 

まだ『届かない』。

 

『猛者』は未だ『剣聖』の先を行っている。

 

アルだけが識る、未だ『都市最強』の称号はオッタルにのみ許されたものだと。

 

生まれ持った才は論ずるまでもなく、積み立てられたステイタスもアルの方が上かもしれない。

 

技と駆け引きとて劣っているとは思わない。しかし、それでもまだ届かない。

 

経験が、時間が、努力が、全てが足りない。

 

千年の『壁』を、ゼウスとヘラの歴史を乗り越えた当代の英雄の器。アルは知っている。この技を振るう『覇者』の強さを知っている。

 

だが、それはそれだ。今は、今だけはこの技で時間を稼いでみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ア、ァアアアァァァァァァ!!』

 

「─────ォオオォオ!!」

 

 エインとアルの叫びが広間に木霊する。いついかなる時も冷淡なアルすらその『技』の使い手のように吠声を上げる。

 

苦戦は当然、むしろ押されているといっていい状況だ。だが、それで構わない。

 

決戦の調べは鳴り止むことを知らず、雷鳴と雷轟が響き渡る。エインが繰り出す嵐のような連撃は止まらない。

 

瞬きすら惜しいと言わんばかりにアルはその全てを捌いていく。一撃一撃が必殺の威力を誇るエインの斬撃をアルは全て防ぎきっていた。

 

アルは己の肉体に限界を超越した負荷を掛け続けている。既に身体の節々は悲鳴を上げ、内臓も損傷し、血反吐を撒き散らしながら、アルはエインの攻撃を凌ぐ。

 

膂力で劣り、深手のアルではエインの攻撃を正面から受け止めることは叶わない。故に、受け流すことで衝撃を殺しダメージを軽減する。

 

それでもなお、アルの身体に傷が増え続けていく。

 

失意と殺意に彩られたエインの斬撃に迷いはなく、その一撃一撃がアルを殺すに足るもの。エインの攻撃は激しさを増し、苛烈さを極める。だが、アルはそれら全てを受け流していく。

 

難敵を前にした『成長』。

 

才あるがゆえに『停滞』していたアルにオッタルが、ミアが更なる高みへ至れと言外に告げていたように。

 

アルは最強の称号なぞに欠片も興味がない。

 

だが、カチリ、と歯車が噛み合ったような音がアルの脳内に響く。

 

揺籃の時を終え、『羽化』にいたろうとしているのは何もエインだけではない。

 

ここにきて編み出された奥義、猛者の『絶対防御』をアルなりに改良し『絶対応対』へと昇華させた。

 

一秒ごとに傷を増やしながら、アルは死地にてその境地に辿りついていた。アミッドの解呪完了までの時間稼ぎの為だけに編み出される絶対応の極致。

 

両者の戦いはもはや視認することさえも難しい速度に達し、その応酬は留まることを知らない。

 

雷光と黒光が縦横無尽に飛び交い、広間には破壊音のみが響き渡っていく。互いの剣が振るわれる度に石畳が砕け、鋼が裂け、災害と錯覚するほどの光景が繰り広げられる。

 

狂気と憤怒、拒絶と絶望。相反する感情がうねり、もはやそこに言葉はない。

 

エインの振るう細剣がアルの大剣を打ち据え、火花が散り、金属同士が擦れる音が耳障りなほどに響き渡る。

 

怪物と英雄の剣戟は際限なく加速し続け、音速を超え、雷速に至る。

 

英雄神話の再演。二人の攻防はまさに人智を超越したものとなり果てた。

 

アルの全身は切り刻まれ、既に死に体といっても過言でない。技も駆け引きも関係ない、ただ力任せに押し切るだけの攻撃。

 

『クラネルゥゥウウッッ!! 』

 

 慟哭にも似たエインの叫びがアルの鼓膜を震わせる。もう、エインにはアルしか見えていない。

 

魂があげる悲痛な絶叫を聞きながらもアルはただ静かに大剣を構える。交わり合う両者の視線が交錯し、血風が吹き荒れる。

 

『私を見ろォォオオオオッ!!!』

 

「ッッッ!?」

 

 エインの裂帛の気合いと共に放たれた渾身の一閃。今までの攻防が児戯に見えるほどの圧倒的な威圧感。その一刀はアルの知覚を一瞬とはいえ完全に奪い去るほどのもの。

 

絶対の防御が破られる。

 

キィィン! と、甲高い金属音を上げて、アルの手に握られていた大剣が宙を舞う。

 

アルの瞳に初めて驚愕と焦燥が浮かび上がり、そして─────。

 

「【聖想の名をもって———私が癒す】」

 

 後方から響く聖女の唄。清浄なる祈りと浄化の光。刹那の詠唱、神速の魔法。尊くも美しい歌声が戦場を駆け抜ける。

 

純白の光粒が溢れ出し、アルの身体に降り注ぐ。石畳に広がる純白の魔法円。

 

【─────ディア・フラーテル】

 

 アルを包み込む淡い輝き。みるみると傷が塞がり、失われた血液が補充されていく。失った腕までもが再生され、万全の状態へと回帰する。

 

『戦場の聖女』アミッド・テアサナーレによる奇跡の行使。魔法封じの呪詛から解き放たれた聖女の奇跡がアルを死の淵より救い出す。

 

「·······三分どころかまだ二分も経っていないぞ」

 

 苦笑を浮かべて振り返るアルに、アミッドは小さく微笑んで返す。

 

「はい、ですが、もう『慣れました』」

 

 聖女と謳われる少女の確かな『偉業』。アルは畏怖を交えながら口角を僅かに吊り上げ、アミッドもまたそれに答えるように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────────────────────────────────

 

この四年間定期的に即死半歩前で運ばれてくるイカれ頭による気苦労と治療で心身ともに強固になった聖女様

 

原作やダンメモからして魔法抜きにしてもアミッドの血に解呪効果とかあるっぽいんだよなぁ···スキルかな?

 

レフィーヤ達二軍→ノックアウト

アマゾネス四人→疲労状態でクソデバフ受けて半気絶

ベート→追撃でノックアウト

フィン→再起したてで二軍を庇って一番深手

 

アルよりオッタルのが明確に強いというわけではないですがアルがそもそもあんまり強くなりたくないと思っているのと冒険者歴の格段の違い故の経験の差でオッタルのが上······とアルは思っています。

 

実際は得意分野とできることが全然違うのでどっちが上とか下とかない同格です。

 

アルは一度認めてしまうと割りと盲目的(アミッドへの過剰な畏怖や後々わかるフィンへの信頼など)。

 

オッタルの活躍の場は大分後ですがちゃんと用意しています。



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第六章最終話




総UA400万突破ありがとうございます!!

途中に挿絵がありますが脳内イメージを崩したくない方は飛ばして下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒の閃光と白銀の流星。目で追うことも困難な速度で激突を繰り返す二つの影。大気の嘶き、空間を切り裂く音、剣戟の音だけが響き渡る。

 

力と力。エインの剣撃にアルが追いつき始めている。無論、全快したとはいえ力も、耐久も、魔力も、敏捷すらもエインに届いてはおらず、戦況は依然劣勢のままだ。

 

一合ごとに血を流し、骨を軋ませ、筋肉は悲鳴を上げる。エインが振るう剣の一振り、その一つが必殺の威力を秘めている。直撃すれば即死、掠っただけでも重傷は免れない。

 

────聖女の奇跡がなければ。

 

頬が裂かれる───『全快』(ディア・フラーテル)

 

指が折れる────『全快』(ディア・フラーテル)

 

耳が千切れる───『全快』(ディア・フラーテル)

 

眼球が潰れる───『全快』(ディア・フラーテル)

 

臓腑が破裂する──『全快』(ディア・フラーテル)

 

治る、癒やされる、復元する、修復する、完治する、完全となる、元に戻る。

 

アミッドの唄が響く度に、アルの傷は癒えていく。欠損さえも即座に復元し、何度でも立ち上がる。故に、アルは限界を超えて戦い続けることができる。

 

先ほどまでの徹底的なまでの防御形態から防御を顧みない攻めへ。血反吐を撒き散らしながら、アルはエインの攻撃を捌き続け、エインへと反撃の機会を窺う。

 

無力化とまでは言わずとも団員達がクノッソスから撤退するための、再起するまでの時間を稼ぐためにアルは攻勢に出る。

 

一撃ごとに血肉を撒き散らしながらもアルは攻撃の手を止めない。エインの攻撃に怯むことなく、一歩を踏み出す。

 

死闘の調べは鳴り止むことを知らず、雷鳴と雷轟が木霊し続ける。雷光の如き斬撃をアルが繰り出し、それを黒刃が迎え撃つ。火花が散り、鋼が擦れ合い、鋼が裂ける音が響く。

 

「────ッッ!!」

 

『······ッッ』

 

 戦風が吹き荒れ、剣風が吹き荒れる。アルの身体が、エインの身体が宙を舞い、互いの視線が交錯する。

 

限界は掻き消え、極限を超え、更にその先の領域へと至る。死線を幾度となく超えてきた二人だからこそ分かる、互いの底。既に肉体の限界などとうの昔に超越している。

 

戦風が血風に、血風が嵐風へと姿を変える。エインの細剣がアルの喉笛を切り裂こうと放たれ、アルの大剣がエインの剣を砕こうと放たれる。

 

一閃、二閃、三閃。四閃、五閃。

 

迅速、爆速、超絶。

 

言葉に表すことさえおこがましい剣戟の応酬。人界最速の英雄と、怪物殺しの怪物が繰り広げる、文字通りの頂上決戦。もはや常人に視認することも叶わない速度域での攻防。

 

英雄の頂と最強の怪物。

 

至上の域に近い剣撃と仮借のない死線が飛び交い、互いに譲らない攻防が続く。

 

両者共に体力、魔力、気力、集中力はとうに限界を超えている。それでもなお剣を振るい続けているのは偏に精神の昂り故。

 

無限に続くかと思われた剣戟の果たし合いは()()()()()()()によって中断される。

 

『ァ、アァアアアアアアッッ!! 』

 

『死んでくれっ、私とともに死んでくれ、アル・クラネルゥウウウゥゥゥゥ!!』

 

 広間に罅割れたかのような《鐘の音色》が鳴り響く────アルから、ではない。発動するのは『()()の一撃』。

 

心胆を寒からしめる絶叫と共に放たれた漆黒の波動が大空洞を揺るがす。絶音と衝撃破が波濤のように押し寄せる。

 

エインにとっても発現して以来、初めて行使した【スキル】。そのトリガーはエインにとっての『憧憬』の英雄。誰よりも強く、誰よりも焦がれた真なる英雄。

 

たった一年、たったの一年間だったが、その英雄の隣に立つことでエインは自身が怪物であることを忘れられた昔日の、幸せの日々。その魂を割るほどの情念を炉に焚べて力へと変える。

 

『大鐘楼』とは似ても似つかない破滅の旋律。しかし、それは確かにエインの願望を具現化したものだ。アルが妨害する暇もなく、破壊の権能が収斂を始める。

 

『【一掃せよ、破邪の聖杖】』

 

  そして、『二重蓄力』開始。

 

奇しくもそれは先ほどアルがやって見せたスキルと並行詠唱の同時展開。

 

黒き魔力が臨界を迎え、禍々しい渦となって収束していく。理性なき獣のような荒々しさで周囲の空間を喰らい尽くす。

 

アルが放った雷霆が瞬く間に飲み込まれていく。エインが生んだ闇色の魔力が聖女の光輝を飲み込んでいく。

 

臨界を迎えた魔力が人造迷宮全体を押し潰さんと猛威を振るう。大地が揺れ、大気が震え、空間そのものが軋む。

 

これより放たれるは『魔法』でも『斬撃』でもない、防御も迎撃も許さずにありとあらゆるものを無に還す『滅界の一撃』。

 

──────これは全員死ぬ

 

アルの【直感】が叫びを上げる、二年ぶりの予感。神殺しの死蠍の弓を空に仰いだ時と同じ感覚がアルを襲う。

 

回避は不可能、防御不能、広範囲。

 

この場にいる全員が助からない。

 

瞬間、アルの()()が切り替わる。

 

「─────【未踏の世界よ、禁忌の空よ。今日この日、我が身は天の法典を破却する。仰ぎ見る月女神の矢、約定の槍を携える我が身は偽りの英雄】

 

 それは英雄の『第三の詠唱』。速攻魔法でも付与魔法でもない、超長文詠唱。アルの身体から魔力が溢れ出し、周囲を呑み込むように吹き荒れる。

 

天の法典に背く、下界の存在には許されぬ真なる意味での()()()を為せる()()()()の使用に踏み切る。

 

そうでなくてはエインの放つ階層崩壊級の一撃を防ぐには至れない。

 

「【黄昏(おわり)葬歌(うた)、我が身を焼く渇望(ゆめ)の焔、鳴り響く鐘楼の音。葬歌の楽譜、雷鳴の旋律、奏でるは夜明け(始まり)讃歌(うた)】」

 

 魔力の高まりに呼応し、世界が震動する。アルの周囲に紫電が走り、雷光が集束する。同時にエインの《鐘の音色》が臨界を迎える。

 

滅音を奏でろ、世界を穿ち貫けと言わんばかりに闇と光が全てを塗りつぶす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「【ここに、願いは崩れ去った】」

 

 詠唱は終わらない、アルの周囲に浮かび上がる九の魔法陣。魔法円はそれぞれが黄金に輝き、異なる音色を響かせる。

 

エインとアル。異種混成と才禍、真逆の方向に下界の可能性を突き詰めた両者による交叉は超硬金属の壁の爆発によって妨げられた。

 

 

 

 

 

前触れもなく突如として超硬金属の石壁が『爆散』し、白灰の瓦礫が宙に舞う。一瞬遅れて、爆風が大空洞内に暴風の如く吹き抜けた。

 

舞い上がった石片が降り注ぎ、未だ病風の呪いから復帰できぬ団員達の悲痛な声が響く中、なにか巨大なモノの『足音』が響く。

 

超硬金属の壁を突き破って現れたのはダンジョンの階層主にも匹敵しうる巨体を誇る異形の怪物だった。

 

全身は剛毛で覆われ、腰からは山羊の角のような捻じくれた『枝』が生え、手脚は丸太のように太く、邪悪に歪んだ牛のような偉容を誇る。

 

四肢を備えた四足歩行の怪物の下半身に明らかに人とかけ離れた姿をしながらも美しい女の上半身が生えている。

 

どこか神秘的な美しさを漂わせた微笑みを浮かべる女の顔は妖艶であり、また清楚でもある。

 

怪物の上半身は裸体の美女だが、下半身はまるで地獄の獄卒を思わせるような獣の姿。

 

「········精霊の分身」

 

 【ロキ・ファミリア】のいずれかが戦慄とともに呟く。天女の姿を象ったかのような緑色に輝く肉体を持つモンスター。

 

24階層や59階層で度々【ロキ・ファミリア】と相対し、死闘を繰り広げた存在。その力は間違いなく深層の階層主と同等かそれ以上の怪物。

 

『アリア···········アリア!!』

 

 歓喜の矯声を上げながら精霊の分身が駆け出す。向かい合っていたアルとエインをよそに精霊の血を継ぐアイズへとその双眼を向ける。

 

エイン達を無視して突進してくる怪物を見て、アルが舌打ちする。エインの放とうとしている()()を相殺するのに精一杯で、とてもではないが対処できない。

 

アイズの魔力は先ほどの攻防で枯渇寸前、他の団員達は未だベヒーモスの毒で動けず、アルも全力の魔法を行使している最中だ。

 

しかし、そんなことは関係なしに精霊の分身は巨体を揺らしながら爆進する。

 

そして、精霊の分身の進路上にいるのはアイズ。アイズは魔力切れで反応が間に合わない。

 

このままではアイズが踏み潰される、誰もがそう思った瞬間─────これまでの攻防で散々破壊された広間の天井が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

『忌々しい······』

 

 崩落した瓦礫によって塞がれ、分断された通路の奥でエインは苛立たしげに呟いた。

 

眼前では超硬金属と特殊石材の瓦礫の山が積み上がり、魔法の残滓である雷光がまだバチバチと火花を散らしている。

 

無論、この程度の障害、『砲撃』を一発打てば拓ける。しかし、今放てば『精霊の分身』にも死雷の一撃が当たるだろう。

 

穢れた精霊によって呪われきった身体は未だ、エインの反目を許さず、この身に宿る魔石は今もエインを蝕んでいる。

 

エインの胸中で怒りと憎しみが燃え上がる。あの汚らわしい精霊さえ現れなければ、こんなことにはならなかった。エインはあのままアルと共に死ぬことが出来たのだ。

 

だが、そんな激情よりも()()に襲われる。アルと戦わなくてもいい理由が降って湧いて出たからだ。

 

未だ『怪物』になりきれていないエインはその救いに飛びついてしまった。

 

『················【───────。───────。────────。─────エインセル】』

 

 二つに分かれた妖精と仮面、仮面は名残惜しげにアルがいるであろう瓦礫の方を向いてからそこから立ち去り、妖精も顔を伏せながら歩き始めた。

 

「·········次は、殺してくれ」

 

 願わくば『英雄』に最期を看取ってほしい、そう思いながらエインは瓦礫に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜。敵の本拠地がわかっとるのに攻め込めんとはなぁ·······」

 

 燃える焔のような赤銅色の本拠を構える建物、【ロキ・ファミリア】本拠地である『黄昏の館』。

 

最上階にあるファミリアの主神であるロキの自室ではロキが寝転びながらため息を吐いていた。

 

雑多な部屋の中には所狭しと酒瓶やらつまみやらが散らかっている。乱雑に積まれた書類の中から真新しい

羊皮紙を取り出して眺めると、再びため息を吐いた。

 

【ロキ・ファミリア】は無事、人造迷宮から()()()()()()()()()()生還した。

 

だが、かの迷宮で得た情報はそのいずれもが致命的なまでに大きなものだった。

 

複雑怪奇且つ悪辣な人造迷宮の存在、アイズの発見した精霊の分身が入っていたであろういくつもの巨大フラスコ、そして仮面の怪人エイン。

 

「まずいなぁ······」

 

 特に仮面の怪人エイン。たった一人で【ロキ・ファミリア】の幹部を圧倒してみせたその実力は計り知れない。

 

Lv.5やLv.6の範疇には到底収まらない圧倒的な力、その強さはLv.8かLv.9、あるいは······。

 

「まずは人造迷宮の鍵を手に入れんと話にならへん······イシュタルのとこを抗争覚悟で探るしかあらへんか」

 

 このオラリオにおいて有数の戦力と財力を持つ大派閥の一つ【イシュタル・ファミリア】。

 

第一級冒険者を擁し、オラリオの娯楽を司っている歓楽街を支配する派閥ゆえ莫大な財力と影響力を持っている。

 

彼女らと戦うことは避けたいところではあるが、こちらも譲れないものがある以上は致し方がない。

 

イシュタルには前々から闇派閥との繋がりが疑われていた。それが事実ならばイシュタルから鍵を奪うために戦争を起こすことも辞さないつもりだ。

 

そうなれば最悪、オラリオ中を巻き込んだ大戦となるだろう。しかし、それでもあの忌々しい迷宮を攻略するためには必要なことなのだ。

 

そう結論付けたロキは気怠げに立ち上がって、窓辺へと足を進めた。黄昏色に染まった街並みを見下ろしながらロキは呟く。

 

「せめてあのエインっちゅう奴の情報だけでも欲しいところやな」

 

 疑う余地のない最強であるアルすらも凌駕しうる謎の怪人。対策もなしに戦うには危険すぎる相手だ。

 

最悪、その怪人一人の存在が闇派閥との戦線を、オラリオを崩壊させかねないほどに危険な存在。だからこそ、その情報が喉から手が出るほど欲しい。

 

「·········なんや?」

 

 そう考えながら窓の外を覗くとなにやら騒ぎ声のようなものが聞こえてきた。

 

目を凝らすとどうやらそれは都市の南東にある歓楽街の方角からだった。何事かと思い窓から身を乗り出して見てみると日の落日で薄暗い歓楽街に赤々とした輝きが灯っていた。

 

「まさか、歓楽街が燃やされとんのか!?」

 

 事故ではない。明らかに故意的に行われている放火。物々しい雰囲気を察したロキはそれが歓楽街を拠点としているイシュタルを何者かが攻めている『抗争』だと悟った。

 

【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦は探索系ファミリアでも上位の実力者揃いだ。

 

歓楽街に詰める団員の多さは実質的な傘下ファミリアの団員も含めれば相当な数になるはず。

 

そんな派閥の本拠地に攻め入るなんて【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】のような最上位ファミリアか、先のことを考えないイカレた馬鹿くらいのものだろう。

 

その両方に当てはまるのは───

 

「フレイヤの奴が動いたんか·····!!」

 

 

 

 

 

 

イシュタルは酷く混乱していた。突如として火に包まれる歓楽街。そして、その混乱に乗じて襲撃を仕掛けてくる者達。

 

戦闘娼婦の悲鳴と怒号が飛び交い、それに応じるように火の勢いが増していく。もはや完全に取り返しのつかない事態となってしまったことにイシュタルは唇を噛んだ。

 

【イシュタル・ファミリア】はオラリオの中でも屈指の規模を誇る大派閥。その構成員の数も多く、オラリオの治安維持を担っている衛兵達にも顔が利くのが今回ばかりは逆効果となっている。

 

闇派閥との繋がりを隠すためにも今の歓楽街には【イシュタル・ファミリア】とその息のかかった冒険者以外の防衛戦力はいない。

 

都市中心部などであれば【ガネーシャ・ファミリア】の実力者がすぐに飛んでくるだろうがとうのイシュタルが他勢力からの干渉を拒んでいた歓楽街ではやってくるまでに時間がかかる。

 

そして、この『敵』はそんな時間を待ってくれるような甘い相手ではない。

 

「フレイヤぁあああああ──っ!!」

  

 都市最強派閥【フレイヤ・ファミリア】。かねてからイシュタルが打倒せんと策謀を巡らせていた美神の派閥。

 

予告もなしに歓楽街を襲ってきたその目的は考えるまでもなく自分の首だろう。

 

無理だ、勝てない、勝てるはずもない。

 

短気で酷く嫉妬深いイシュタルがそれでも雌伏し、緻密な計画を立てていたのは正面からではどうやってもフレイヤの眷属には勝てないということがわかっていたからだ。

 

「街にまだいるカーリー達に援軍を·········!! 駄目だっ、あそこはもうロキの配下だ!!」

 

「なら、今からクノッソスに······あ、ああっ、ああああああああああああっ?! 今からなど間に合わうわけないだろうがぁッ!!!」

 

 前提が覆る。強さでも影響力でも劣っているとわかっていたからこそ策を練った上での奇襲作戦。だが、それは自分が責め入れられる代わりなっては何の意味も持たない。

 

イシュタルの頭の中でぐるぐると同じ言葉が回る。

 

詰み、敗北、破滅。

 

フレイヤは間違いなく自分を殺しに来る。この歓楽街を焼き払ってイシュタルが築き上げたもの全てを灰にして、その上でイシュタルの全てを奪う。

 

都市最強戦力による電撃作戦、そんなものを止める手段も防ぐ手段もあるはずがなく、イシュタルはただ迫り来る終わりの恐怖に怯えることしか出来ない。

 

「クソがぁぁぁああッ!!!!」

 

 

 

 

 

悠然と銀の女神は微笑む。並みならぬ怒りを瞳に宿しながらもそれをおくびにも出さずにフレイヤは微笑み、イシュタルの城へと足を進める。

 

火の手に包まれた悲鳴と雄叫びの惨状の中にあっても震えるほどに美しいその笑みは見る者を魅了し、虜にする。その美貌はまさに女神の威厳そのもの。

 

イシュタルの自分への嫉妬なぞ知ったことか、闇派閥との繋がりや策謀なぞ知ったことか、その他一切も全てどうでもいい。

 

だが─────

 

「イシュタル、貴女は私のモノに手を出した」

 

 これまでのことは笑って済ませてあげたけれど今度ばかりは絶対に許さない、と。その冷たく鋭い眼差しが物語っている。

 

都市最強の派閥であるフレイヤの眷属達は無言のままに主神の指示に従い、歓楽街を蹂躙していく。

 

戦闘娼婦達の抵抗は一切無意味。数多の強者がひしめいているはずの歓楽街は既に壊滅状態に陥る。

 

フレイヤの眷属達の先頭に立つのは八人の傑物。冒険者の都、オラリオの頂天に立つ第一級冒険者。

 

神速を誇る銀槍の闘猫、『女神の戦車』アレン・フローメル。

 

怜悧たる軍師にして魔砲剣士、『白妖の魔杖』ヘディン・セルランド。

 

奇怪にして凶業なる呪剣使い、『黒妖の魔剣』ヘグニ・ラグナール。

 

都市最優の連携を誇る四兄弟、『炎金の四戦士』ガリバー兄弟。

 

────そして、都市最強の冒険者、『猛者』オッタル。

 

「邪魔する子は全て散らしなさい」

  

 女神の言葉を受け、フレイヤの眷属達が動き出す。抗争でも、殲滅でもない蹂躙が始まろうとしていた。

 

絶対の神意のもと、フレイヤの眷属達はその力を存分に振るう。

 

そして、イシュタルは知る。

 

自らが踏まなくていい虎の尾を踏み抜いてしまったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない神イシュタル、そしてその眷属達」

 

 燃え上がる歓楽街、闇夜を照らす赤々とした輝きを見つめながら呟く男神が一人。

 

歓楽街の騒動は当然のことながら都市の衛兵達(ガネーシャ・ファミリア)も把握しており、もうじき鎮圧のために部隊が動くだろう。

 

だが、間に合わない。神イシュタルとその眷属達を助けられる者は誰もいない。

 

しかし、燃え上がる歓楽街の様子を俯瞰する男神はまるで動じた様子もなく、ただ申し訳なさそうに謝罪の言葉を漏らすだけ。

 

普段の芝居がかった軽薄さはなく、真摯な態度で頭を下げる姿はどこか人間味を帯びているようにも見えた。

 

「······ヘルメス様、今回の件いったい何処までが貴方の筋書き通りだったんですか?」

 

 男神、ヘルメスの側に立つ青髪の麗人が静かに問いかける。訝しげな眷属の問にヘルメスは頭を掻きつつ、困ったように苦笑いを浮かべる。

 

ヘルメスはイシュタルの派閥とは対立していない。むしろ友好的と言っても過言ではない関係を築いていた。

 

中立を、調停者を気取るヘルメスがイシュタルの派閥と事を構える理由はない·····ないはずだった。

 

「はは、人聞きの悪いことを言うなよアスフィ。俺だって予想外だよこんな事態は。まさかフレイヤ様がここまで怒るとは思わなかったからね」

 

「·········」

 

「本当だぜ? 俺はただフレイヤ様がベル君に目を掛けているとイシュタルにこぼしただけさ」

 

イシュタルに尋問され、追い詰められたヘルメスが不本意にも口走ってしまった情報。

 

それが今回の事件の発端であり、元凶。ヘルメスからすればほんの小話。確かにイシュタルの嫉妬深さは相当なものと考えていたがまさかここまでするとはへルメスも思ってはいなかった。

 

「それに、まさかフレイヤ様がここまでベル君に執着しているとも思っていなかったしね」

 

 だが、女神の嫉妬も、美神の執着もあの少年が見せた輝きに比べれば塵芥のようなもの。

 

「何よりオレが思っていた以上に、ずっとベル君はお人好しで真っ直ぐだった」

 

 たった一人の娼婦を助けるために全てを投げ出しながらも失わない確固たる覚悟で大派閥に立ち向かった愚かにも真っ直ぐな英雄の卵。

 

神の策謀も、女神も奸計も、その全てを打ち砕いてみせた小さな兎の雄々しき跳躍。

 

あれを見てしまえば誰だって惹かれてしまう、惚れ込んでしまう。それは神々も例外ではなく、ヘルメスでさえ心奪われてしまった。

 

「神も、人も、全てのものが遥か昔から求め続けてきた輝き······」

 

「──────世界は『英雄』を欲している」

 

 神時代が始まる遥か昔にこの地に穿たれた全ての悲劇の元凶である『大穴』の攻略。

 

そして、いずれ来たる黒い終末────『隻眼の黒竜』の討伐。

 

ゼウスとヘラの眷属ですら成し得なかった下界の悲願。終わりの時は刻一刻と迫っている

 

だからこそ、人々は焦燥する。

 

故に、神達は渇望する。

 

『救世』を成し遂げる真の英雄の誕生を。三千年もの間、積み重なった悲劇の精算を。世界が、人々が待ち望むのは英雄の降臨。

 

この世界には嘆きが、悲劇が多すぎる。

 

今あるのは仮初の平和、いつか崩れる砂上の楼閣に過ぎない。

 

「世界の明日のため、悲願の達成のためにオレはあの兄弟を選ぶ」

   

 大神の系譜であり、現代最強の頂に至った、史上最強にも届きうる才禍の再来と自らが英雄の器であると証明したその弟。

 

大神が遺した『英雄候補』。

 

彼らだけではない、約束の地たる今のオラリオには『猛者』、『勇者』、『剣姫』、『九魔姫』·····オラリオ1000年の歴史を見ても稀有な英雄の器達が集い始めている。

 

それこそ、この地に『船頭』が現れ、『蹄跡』を刻んだ古の時代にさえ匹敵するほどの。

 

そんな彼らならば、あるいは─────── ヘルメスは遠くを見据える。

 

「ゼウス、貴方とヘラが成し遂げられなかった『救世』。それはこの地が成し遂げる」

 

「必ずやオレ達が、彼等を『最後の英雄』へと導こう」

 

「··········ゼウス、オレはあの兄弟に全てを賭けるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アイズ『··········えっ、私は?』

 

春姫『画面外で救われてました』

 

【ヘビーモスの黒剣/黒獣の呪剣→黒の細剣】

下界において十とない■■■■■■=エインの全力に耐えうる剣。レヴィスからエインに遺された最凶の武器。純前衛のレヴィスにはあまり使えていなかったが呪いの放射能力があり、第二級以下ならそれで即死可能。エインは、魔力にものを言わせて物理的破壊力を持った飛ぶ斬撃とした。

 

【英雄■■】

・能動的行動にチャージ権を得る

・■■■■■発動時は使用不可

・■■■■は■■・■■■■。

 

【リーヴ・ユグドラシル/■■■■■・■■■】

・広域攻撃魔法/滅神魔法

・竜種及び漆黒のモンスターへの特攻。

・天授物に依らぬ神殺しが可能。

 

Lv.5最後の更新で発現。

 

 

 

古代編書きてぇ……

 

 

 

 

 



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六章完結記念八十四話 才禍交叉・後



ソード・オラトリア13巻試し読みました
ベート、お前、ほんま·······


 

 

 

 

 

 

 

────興味はなかった。

 

ゼウスとヘラがどこぞの聖域から拾ってきたガキを妹が、■■■■■が養子として引き取り、息子としたという話は我々があの黒竜に敗北してすぐに伝わってきた。

 

だが、だからといってそれが何だと言うのか?

 

たしかに、私は妹は、妹だけは愛している。しかし、私はザルドとは違う。その血を継いでいるわけでもない子供に感傷を抱けるほど、私は真っ当な人間ではない。

 

──────その、はずだったんだ。

 

私が『悪』となる契約をしたその日、僅かに心にへばりついた心残りともいうべき感情に突き動かされ、その顔を見に行ってしまおうと思ってしまった。

 

ああ、つまらない気の迷いだ。なんの価値もない、抱くはずもない感傷だったはずだ。

 

けれど、妹の血を継いでいるであろう幼児を抱える妹とは血の繋がっていないはずの()()の子供の顔が私の目にはかつての妹と重なって見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アル・クラネルは戦士よりも魔導士に強い生粋の『後衛殺し』だ。

 

自らの付与魔法による魔法への絶対的な耐性と詠唱を不要とし、いかなる魔法にも先んじることができる速攻魔法の特権。

 

そして、オラリオの全冒険者の中でも一、二を争う敏捷がゆえの詠唱潰し。

 

相手が仮に第一級冒険者相当の魔導士だったとしても封殺できる手段と技量を誇るアルにとって、対魔導士戦において後れを取ることは決してあり得ない。

 

─────そう、思っていた。

 

「『福音』」

 

 耳朶を震わせる荘厳なる鐘の音色。鳴り響く壊滅の旋律はまさしく天災。ワンワードで発動する音の『砲撃』。

 

その一撃だけで深層の怪物を跡形もなく消し去るであろう音撃。火や氷といった華やかな攻撃魔法とは違う、圧倒的なまでの破壊力を持って相手を物言わぬ肉塊に変貌させるだけの魔法。

 

「ガッ、────、」

 

 速攻魔法による詠唱の妨害などできるはずもないワンワード詠唱。余波だけでも全身の血管が破裂しそうなほどの威力。

 

超短文詠唱でありながら都市最強魔導士の『砲撃』にも匹敵、あるいは凌駕する一撃がアルの小さな身体を蹂躙する。

 

たった一発の魔法でアルの動きが鈍くなる。全身が麻痺し、脳が揺らされ、意識が飛びそうになる。

 

凄絶の一言では到底言い表せない静寂の魔。

 

アルの全身から鮮血が噴き出し、肉が爆ぜ、骨が砕ける。第一級冒険者のステイタスをもってしても耐え難い激衝に悲鳴すら上げることもできず、ただ身体を痙攣させることしかできない。

 

だが、『慣れてきた』。

 

先ほどまで反応すらできなかった音撃に今は不完全ながらも反射で対応できている。

 

致命傷を深手に変える程度の効果しかないが、それでもこの場においては十二分の成果だ。アルフィアが追撃のために一歩前に踏み出すと同時にアルは付与魔法で己が肉体を治癒させる。 

 

【レァ・アステール】は便利ではあるが万能ではない。失った血液は戻らず、欠損した部位は治らない。また、体力と精神力が尽きれば回復もできなくなる。

 

延命処置に過ぎないが、それでも()()()()()()

 

アルフィアの攻撃に耐えられる時間は限られてくるが、今のアルにはそれで十分だ。アルは地面を強く蹴って跳躍。空中で身を翻して銀槍を投擲。

 

高速回転する穂先がアルフィアの首筋を狙うが、彼女は首を僅かに傾けてそれをかわすがその隙に着地して、今度は拳打を繰り出す。

 

狙いは顔面。アルフィアの左目を狙った一撃だったが、それもあっさりと受け止められる。

 

「な、───ガッ」

 

 それどころか、その腕を掴まれて地面に投げ飛ばされてしまう。

 

衝撃。背中が叩きつけられ、肺の中の空気が全て吐き出される。だが、そこで終わらない。アルフィアの靴がギロチンのように振り下ろされてアルの頭上に落ちる。

 

咄嵯に頭を横にずらして直撃こそ免れたが、それでも強烈な衝撃波がアルの頭部を襲う。脳が揺さぶられて視界が激しく揺れ、平衡感覚がおかしくなる。

 

『これだ』、と内心でアルは毒づく。

 

超短文詠唱による長・中距離戦闘と前衛顔負けな白兵戦能力での近接戦闘の両立と『切り替え』。

 

その『切り替え』こそがアルフィアの真髄。

 

魔法が効かない相手だろうと、近距離戦が得手な相手だろうと関係なく、自分の土俵に引き込んでしまう。

 

剣も魔法も半端な『魔法剣士』ではなく、あらゆる状況に対応できる完全なる個として完成している。

嫌になるほどに『上位互換』。

 

アルフィアという静寂の魔女はアルという才禍を全てにおいて凌駕する。

 

ステイタス、技、駆け引き、経験、全てにおいて遥か高みにいる。

 

瞬殺を免れている、この魔女を前にしてのそれがどれほどの偉業か。

 

「思いの外やるものだ。·······しかし、そろそろ終わりにするぞ」

 

「ッ、」

 

 自分より強い相手なら幾人も見てきた。『猛者』や『勇者』はその筆頭であり、闇派閥にも『妖魔』や『殺帝』といった怪物がいた。

 

だが、そのいずれもがアルという才禍ならば越えられる、あるいは既に越えた者も中にはいる。

 

だが、この魔女は違う。彼女だけは、この女だけは決して今のアルが超えられない『壁』の先を行く存在だった。

 

才能だけではどうしようもない隔絶とした実力差。そんなものはこれまで腐るほど相手にしてきた。だが、ここまでの絶望的なまでの力量差を感じたことは今までなかった。

 

アルは自分が才能に恵まれた人間であることを自覚していた。その才能を存分に振るい、勝利を重ねて、栄光を掴み取ってきた。

 

不敗という訳ではない、敗北の泥の味は知っている、それでも次に繋げられる敗北だった。

 

次は勝てる。次なら越えられる。そのようにアルは幾度もの敗北を糧に今の強さを得た。

 

でも、これは違う。次などない。今ここで、アルはこの静寂の魔女に殺される。

 

「────なぜ、笑う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストレア様ッ──!!」

 

「────!! アリーゼ?」

 

 炎を突き払ってこちらに走って来る眷属の姿にアストレアが驚く中、アリーゼもアストレアの姿を視認し、声を上げながら駆け寄って来る。

 

他の団員達もまた珠の汗を流しながらも、懸命に走り、彼女達の元に集結する。

 

「ご無事ですか!?」

 

「えぇ······私は大丈夫よ」

 

「良かった、何だかすごくゾクゾクして······アストレア様のところに行かなきゃって」

 

 今にも泣きそうな表情を浮かべて叫ぶアリーゼに、アストレアはその手を伸ばし───

 

『───────我が身を顧みず、 挺身し続けた正義の女神。故に見つけるのに時間がかかってしまった』

   

 都市中に響く何者かの声。拡声の魔導具でも使ったのか、その言葉は街中の人々へと向く。

 

闇の底から響くような不気味な響きと、そしてそれとは別に感じる圧倒的なまでの威圧感。

 

まるで心臓を鷲掴みされているような感覚に陥らせるその気配に民衆は戦慄し、神々は警戒を強め、眷属達は本能的に畏怖を感じ取り震え上がる。

 

邪悪に満ちた神の声色は、何かを乱すかのような狂喜で満ちていた。

 

『正義を司る君だけは真っ先に葬り、この地を混沌に染めたかったんだが、見事素敵最高(コングラチュレーション)、 アストレア』

 

 称賛と嘲笑、喝采と罵倒が入り混じったその言葉は他でもないアストレアへ向けて放たれたもの。

 

だが、それは同時にこの場にいる全ての人々に向けられたものだと言うことも理解した。

 

『君自身の勇断とそして眷族に感謝するといい。そして、これより始まる『邪悪』をその眼に焼き付けろ』

 

「貴方は────」

 

 拡声の魔導具によるどこか聞き覚えのあるような男神の声。その声の主は一体誰なのか、誰もが困惑する中で天が『鳴いた』。

 

光。激音。響動。

 

都市そのものを揺るがすかと錯覚させるほどの鳴響と共に現れたのは巨大な『光の柱』だった。

 

雲を突き抜け、夜空に浮かぶ月のように燦然と輝くそれに人々は絶句し、そして見上げる。

 

人知を超えた力の奔流。下界にはあり得ない『神の力』の顕現に誰も彼もが息を飲む。

 

「あれは、まさか、そんな······」

 

 その光景を見た只人の少女は目を見開き、驚愕と絶望に言葉を詰まらせる。

 

「嘘······どうして······?」

 

 また、ある妖精は驚愕に打ちひしがれていた。

 

下界に降りる際、『神の力』を封じて下界の人間と同じ全知零能となった神々だが例外的にその『神の力』が強制的に解放される時がある。

 

それは神々がその肉体を殺された時。

 

「あの光の柱は·····神の送還か!!」

 

 誰もが息を飲み、固まる中で最も早く我を取り戻したフィンが叫ぶ。

 

そう、今まさに都市へ降臨した光の巨柱こそ、神々の肉体が殺された際にその肉体を死なせない為、強制的に『神の力』が発動された証。

 

下界から天界へと強制送還する為に生じる現象であり、そしてこの光景こそがその意味を示していた。

 

つまり、あの巨柱の下で神が───

 

「────連続送還、だと!?」

 

 輝夜が目を剥いて叫び、それとほぼ同時に都市の上空に複数の光の柱が立ち昇る。

 

一本ではない、二本、三本と次々と立ち上るそれはまるで天に届く虹のようだった。

 

轟音と震動を伴いながら昇る光の柱に悲鳴を上げる民衆。逃げ惑う民衆の波に飲み込まれながらも、誰もがその光景に釘付けになる。

 

「何だこれはッ!? こんなこと有り得ない!! 有り得るはずがない! 」

 

 四本、五本、六本と次々に上がる光の柱。まるで天に届かんとするその光の柱に、ギルド本部で太りかえったエルフが焦燥に染まって喚き散らす。

 

激震に次ぐ激震。地面が激しく揺れ動き、既に燃えて黒くなった建物が倒壊していく。

 

光と炎が合わさる地獄絵図に人々が恐怖と混乱の渦に巻き込まれていく。

 

「あ、ああぁあっ、いやだっ、死にたくないぃいっ!」

 

「な、何なんだこれ·····? なんだよ、なんなんだよぉおおお!!」

 

 神の絶叫に混じりだす『恩恵を失った』冒険者達の悲痛な叫び声。

 

「ヒャハ、ハハハハハハハハ────ッ!! いいぜ、いいな、最高じゃあねぇか、神様よォッ!!!」

 

 恩恵を失った冒険者達を悦びの声を上げて殺戮するヴァレッタ。もとより第一級冒険者相当の強さを誇る殺人鬼に恩恵を失った冒険者が勝てる道理はない。

 

阿鼻叫喚の惨劇の中、狂喜の笑いを浮かべる彼女が剣を振るうたびに血飛沫が舞い散り、命が失われていく。

 

「あんなに面倒でやかましかった冒険者共が撫でるだけで死んでいくじゃねぇかァアアッ!! ヒハッ、アハハ、アハハハハハハハハハハハハ────ッ!!!」

 

 それはまさに『邪悪』そのものだった。虐殺を愉しみ、殺すことに快楽を得るその姿はまさしく悪そのもの。

 

「殺さないでくれ、頼むから殺さないで────ぎゃああああッ!?」

 

 断切された腕が、脚が、胴体が宙を舞う。血が噴き出し、内臓が零れ落ち、肉片が飛び交う中で彼女は笑う。

 

血の匂いを嗅ぐと興奮してしまう、殺してしまうともっと殺したくなる。だから殺す。それこそが彼女にとっての最高の快感。

 

「いやっ、いやよ、嫌ぁああっ、助けてぇえっ、誰か助け───」

 

「最っ高のショータイムだ、アハハ、ハハハハハハ、ッ!!」

 

 抵抗しようと恩恵を失って緩慢に過ぎる動きで武器を振り回す女冒険者を斬り裂くと、彼女の胸元から鮮血が吹き出す。

 

痛みに泣き叫ぶ彼女を眺めながら、その手に握られたままの短刀を奪い取ると、それで女の腹を突き刺した。

 

更にそこから引き抜くと今度は別の男の冒険者の喉を突き刺し、そのまま持ち上げると他の男達に向けて放り投げる。

 

『殺帝』の二つ名に相応しき、悪辣極まりない血の宴が繰り広げられる。

 

七本、八本、九本と次々と上がっていく光の柱。そして、その下で悲鳴を上げる人々の姿はまさしく地獄の光景そのもの。

 

その惨劇の音色を聞きながらフィンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「これが狙いだったのか·········ッ」

 

 これまでの意図の読めなかった闇派閥の行動。だが、ようやくその目的を察し、歯を食い縛る。

 

これまでの事件は全て布石。ギルド側の主神の居場所を探り当てるためだけの陽動に過ぎなかった。

 

加速度的に増えていく死人。そして、それを嘲笑いながら楽しむ邪神とその光景をただ見守るしかない善なる神々。

 

「助けてくれぇえっ、死にたくな────」

 

「なんて、鮮やかな血の宴·······いいですねぇ、実にいい!! 」

 

 血の珠に目を輝かせ、歓喜に打ち震えるヴィトー。幽鬼のようにふらつきながらもその瞳に宿るのは狂気の光。

 

凶刃を翻し、区別なく冒険者や市民を切り刻んでいくその姿はもはや人間とは呼べず、人でありながら人に非ざるものと化していた。

 

「いや、いや、イヤァアアッ!! おかあさ───」

 

「あぁ、素晴らしい。その悲鳴、その恐怖、その絶望! あぁ、血飛沫のなんと美しいことか、クフ、クハハハッ!!」

 

 泣き叫び、助けを求める少女の首を跳ね飛ばしながら狂笑する彼は冒険者も市民も関係ない。

 

そこにいるのは殺戮に酔い痴れる狂人だけ。ただ、蹂躙され尽くされた無残な光景だけ。

 

その光景にギルド本部の職員達が絶望に青ざめ、膝をつく。

 

血と嘆きと悲鳴が入り混じる地獄絵図。平穏に終わりを告げるこの光景に誰もが戦意を喪失する。

 

『正義』が涸れ、『悪』が蔓延る世界。その終わりの幕開けに誰もが打ちひしがれていた。

 

【挿絵表示】

 

 

────────聞け、オラリオ。

 

邪神の声が都市中に響き渡る。闇夜に輝く柱の下で響くそれはまさしく天啓の如きもの。

 

邪悪の宣告。それを聞いた人々は恐怖に怯え、身動き一つ取れない。

 

『我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!!』

 

 高らかに宣言するエレボスの言葉に都市の民衆全てが絶句する。都市を震わせる声に誰も彼もがその言葉に耳を傾け、息を飲む。

 

莫大な神威が降り注ぎ、地上にいる者達の意識を根こそぎ奪っていく。

 

その圧倒的な圧力に抗う術もなく、恐怖に身を震わせながらただ聞くしかできない。

 

『────脆き者よ、汝が名は『正義』なり』

 

 それは嘲りであり、侮蔑。英雄への賞賛であり、傲慢な嘲笑。悪の権化たる邪神の宣言が下る。

 

『滅べ、オラリオ。──────我等こそが『絶対悪』!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【福音(ゴスペル)────サタナス・ヴェーリオン】」

 

「今はまだ、殺しはしない。これより『悪』の蹂躙が始まる」

 

「···········精々、噛みしめろ、『英雄』という末路を」

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

祝・初敗北☆

 

アル「え? とどめは?」

 

·······ここに本編のアルぶっこんだらそれだけで話終わっちゃうって考えたら、やっぱアイツどうしようもないな。80話書いて初めての敗北がifだし、救いようがないわ。

 

13歳、Lv5のアルじゃ一人で虐殺止めて都市救うのは普通に無理ですね。まあ、本編のはなんだかんだいけそうですがアストレアレコードのアルは本編より才能?ある代わりに主人公補正が悲劇の英雄よりなんでしょうがないね。

 

アスアルはベルとあんまり絡んでない上に暗黒期スタートなのもあって本編アルとはそれなりに性格が違います。あとアミッドが年下なのも大きい。







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第七章
八十五話 ················は?できるが?




アニメ4期が凄い良い


 

 

 

 

ダンジョン37階層。

 

真の死線と呼ばれる深層域。最低でもLv.4の中盤までステイタスを伸ばしておかなければ、到達することすら不可能とされている領域。

 

白濁色に染まった壁面、灰色がかった天井と床はどこまでも続き、その果てを視認することはできない。

 

恩恵を持たぬ者や低レベルの冒険者からすれば暗闇としか表現できないが第二級冒険者相当にまでステイタスを伸ばしたものには仄かに輝く燐光を放つ水晶群が見える。

 

そこは神秘的とも言える空間だった。しかし、そこには神秘とは程遠い光景が広がっていた。

 

無数の死体だ。それも冒険者のものではない。モンスターの死体である。

 

階層の中央部にある乳白色の巨大なドーム状の物体を中心にして円形に広がった場所。そこかしこに転がるモンスターの死体はどれもこれも原形を止めていないほどに破壊されつくされている。

 

オラリオにも匹敵する広大な土地を埋め尽くすモンスターの死骸。

 

リザードマンの上位種であり巧みに武具を扱う『リザードマン・エリート』。

 

骸骨の前衛戦士であり、剣や盾を装備した『スパルトイ』。

 

低躯な人型狼型の魔物で群れを成し襲い掛かってくる『ルー・ガルー』。

 

驚異的な隠密能力を持ち、戦闘においては骨のパイルを操る骸骨の二足羊『スカル・シープ』。

 

第二級の上級冒険者であっても適切な対策を施さなければ死を免れない劇毒の針を持つ蛇蜥蜴『ペルーダ』。

 

そのいずれもが最低でも第二級冒険者でなければ太刀打ちすら難しいとされる強力なモンスター達。

 

そんなモンスター達がまるで虫けらのように殺されていた。魔石を破壊されずに殺されたモンスターの血肉が地面に染み込み赤黒い水溜りを作り、血生臭い異臭を放っている。

 

一方的な殺戮の様相を呈するその場所の中心には一人の青年がいた。

 

白髪のヒューマン。端正な顔立ちをした少女とも見紛うような容姿の青年。血のように紅い瞳と周囲に散乱する怪物の死骸さえ無ければ美麗と称することもできるだろう。

 

第一級冒険者であっても踏み入ることはしない『闘技場』。

 

無尽蔵に湧き出るモンスター同士が延々と殺し合いをすることで()()()()()()()()()という特性を持ったこの空間で返り血すら浴びずにいられるのは彼の他には美神の派閥の猪人くらいなものだろう。

 

もっとも、彼にとっては第一級冒険者になってから定期的に行っている流れ作業のようなもので安定して質の高い魔石やドロップアイテムを収集できる狩場である。

 

無尽蔵に湧いて出るモンスターをリスポーンキルし続けるだけ。本来この階層を探索する推奨レベル帯を考えればステイタスの成長には到底繋がらない行為だが彼の目的は修行や偉業の達成ではないので問題はない。

 

彼の周囲には大小様々な形状のドロップアイテムや魔石が転がっている。

それらは彼が倒したモンスター達の残した戦利品だ。

 

上層や中層でとれるものとは一線を画する力を秘めた魔石に鍛冶師の腕によっては第一等級武装の素材にもなり得る良質なドロップアイテムの数々。

 

そのうちのどれか一つを売るだけでそこらの第二級冒険者ならば遊んで暮らせるほどの金額になるだろう。

 

無論、この場にあるものを地上に持ち帰り売りさばくなんてことは彼も考えてはいない。

 

モンスターの無限湧きという性質上、大派閥の遠征帰りにも匹敵する量と質を誇る戦利品はその全てを売れば莫大な財産となるだろうがそんなことをすれば魔石はまだ良くともドロップアイテムの市場価格が崩壊してしまう。

 

そうなれば中堅・大派閥に属する冒険者の収入源は著しく損なわれることになる。

 

と言うかそもそも彼一人でこれほどの量の戦利品を地上まで持ち帰ることなど不可能だ。

 

それを踏まえた上で彼がモンスターを大量に狩り続けている理由は魔石と装備の素材の横流しのためである。

 

無論、横流しと言っても闇派閥や非合法の取引業者などに流しているわけではない。

 

異端児と呼ばれる知性あるモンスター達を強化するためだ。

 

彼一人で戦利品を運び出すことは不可能だが時期、異端児達があちらから受け取りに来るだろう。

 

数時間もの間モンスターを吐き出し続け、今は小休憩のため彼が傷つけた闘技場を修復するために停滞して死骸と戦利品しかないこの場所にもう一つ、生きた存在があった。

 

『────、────ォ』

 

 筋骨隆々なんて言葉では表しきれない黒曜石を思わせる筋肉で覆われた巨体。

 

額から生えた二本の捻じくれた角、鋭い牙が並ぶ顎門に兇猛な眼光。下手な剣では逆に砕かれるであろう漆黒の体皮。

 

牛頭人体の怪物、ミノタウロス。

 

暴力というものが形をとったような威容を備えたそのモンスターは冒険者の装備を身に纏っている。

 

異物でありながら一角の戦士のような風格すら感じられるその巨体は今は傷に覆われている。

 

頭部に刻まれた裂創、左半身を覆う火傷痕、右脚に穿たれた貫通跡、そして背中に負った痛々しい斬撃の跡。

 

巨大な黒い大剣を杖替わりにして辛うじて立っている有様のそれは満身創痍であった。

 

そんな状態でもなお戦意を失っていないのか、爛々とした瞳で青年を真っ直ぐに見据える。

 

『はるか先を征く強き人よ、貴方の名を聞きたい』

 

「────アル・クラネル。どっかの『兎』の兄だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの悪辣な罠に満ちた人造迷宮に加え、魔法でも破壊できないオリハルコンの扉、治癒不可の呪詛···········そして、仮面の怪人エイン、か」

  

 人造クノッソスでの戦いから数日。誰もが浅くない傷とそれ以上に深い精神的疲労を抱えた団員達もようやく復帰した頃【ロキ・ファミリア】拠点、黄昏の館。

 

ロキの私室に集まっていたのはロキの他にファミリアの最高幹部であるフィン、リヴェリア、ガレスの三人だった。

 

既に報告を受けた段階でロキが頭を悩ませているように、今回の戦いで得た情報は有益ではあるが危険極まりないものでもあった。

 

フィンやアイズであっても到底破壊不可能なオリハルコンの扉、アミッドかアルでなければ治療できない不治の呪い。

 

その二つだけでも十分に厄介だが仮面の怪人エインの危険性は更に別格だった。

 

「·········あの禍々しい魔力の波導は地上にいた私のもとにまで届いていた。その怪人の実力、どの()()だと仮定している?」

 

 たった一人で【ロキ・ファミリア】を壊滅させた『最強の怪物』。

 

直接相対していないリヴェリアでさえ本能的な恐怖を覚えるほどの圧倒的な力を持った存在を想像し、尋ねる。

 

「─────かつての最強派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の両団長。『英傑』と『女帝』以上、そう見ている」

 

 昔日の英雄達の実力を、常に挑む側であったフィン達は痛いほどわかっている。未だ、自分たちがその域に指をかけてすらいないということも。

 

であるがゆえにフィンのその言葉は昔を知る二人の心を揺さぶるには十分すぎるものだった。

 

「それほど、か······」

 

「·······アルが正面から戦って押されていたというのなら確かにそうだな」

 

 彼ら三人にとって有望極まる後進であったアルは、『剣聖』アル・クラネルはもはや世界の最前線を征く今代の最強だ。その実力はかつての最強にも劣るものではない。

 

そのアルを押し、なおかつあの『魔法』の使用にまで踏み切らせた仮面の怪人の強さは英雄ならざるものの目安で測れるものでは断じてない。

 

七年前、当時Lv.3でありながらLv.6、あるいはLv.7相当の漆黒の竜種を相手にリヴェリア達以上に奮戦したアイズの漆黒の風が通用せず、万全な状態ではなかったとはいえアル以外の第一級冒険者を一蹴したのだ。

 

どう甘く見積もってもLv.8以上、以下はあり得まい。

 

「········怪人の存在はもとより、人造迷宮に引き籠もる限り、奴等には圧倒的な地の利がある。決して迷宮の外で勝負を仕掛けることだけは避けるだろうね」

 

「うむ······」

 

「…………」

 

 フィンの言葉にガレスもリヴェリアも無言の同意を示す。24階層や59階層、そして先日のクノッソスで【ロキ・ファミリア】と相対し、猛威を振るった精霊の分身。

 

深層の階層主をも上回る強さと制圧力を誇り、闇派閥の残党の企んでいるオラリオの壊滅。

 

全ての精霊の分身が成長しきって地上に放たれた時。それはオラリオの壊滅を意味するだけでなく世界の終わりを告げる始まりとなるかもしれない。

 

いかにアルが対精霊において無敵に近いといえども複数体もの精霊が同時に地上に現れてはその被害は想像を絶するものになるだろう。

 

「······まぁ、今ここで頭を悩ましていてもしょうがない。当面の問題は仮面の怪人とオリハルコンの扉、そしてあの呪道具の武具だ。その対策について考えよう」

 

「まずは呪道具に関してだが·····リヴェリア」

 

 フィンは話題を変えるようにリヴェリアへと視線を向ける。

 

「ああ、その件で午後に【ディアンケヒト・ファミリア】に向かう予定だ」

 

 

 

 

 

 

北西メインストリートに建つ【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠地であり、オラリオ随一の治療院。

 

白を基調にした清潔感のある建物で中には受付と待合用の椅子やテーブルが並んでいる。

 

「すまないな、アミッド。例の呪道具についてなにか進展はあったか?」

 

 商談部屋に通されたリヴェリアはソファーに座って開口一番そう言った。対面しているのは女神に見紛う稀有な美貌を持った銀髪の美少女、『戦場の聖女(デア・セイント)』アミッド・テアサナーレである。

 

「検証は済んでいます」

 

 端的に告げた少女はあの戦いで団員達が人造迷宮から回収した黒短剣を机の上に置いた。それは黒い光沢を持つ不気味なナイフだった。

 

闇派閥の信徒や雇われたのであろう暗殺者が振っていた代物であり、見るからに呪いを帯びていることがわかる。

 

「異常な程に禍々しく凄まじい呪詛です。あの日、何度か治療をしましたが、一般の回復魔法や市販の薬品では止血すらままならないでしょう」

 

 私かアルの魔法でようやくといったところです、とアミッドは付け加えた。リヴェリア自体はその脅威に晒されたわけではないが団員の中にはその時によって深い傷を負ったものもいた。

 

アルとアミッドの二人がいなければ【ロキ・ファミリア】にとって何年ぶりかの死者が出ていただろう。

 

「防御手段はなく、解呪も『戦場の聖女』かあの馬鹿者にしかできない強力な『呪詛』、か················」

 

 それが単一の武器であればまだマシだったがおそらくは量産、そうでなくてもそれに近い生産能力が今の闇派閥にはあると思われる。

 

「この呪道具を作成した呪術師はおよそ私達の想像が及ばないほどの能力、あるいは妄執の持ち主。·········おそらく、赤髪の怪人がアルやフィン団長を斬りつけた()()()もその者の作品でしょう」

 

 『三大冒険者依頼』の黒き巨獣の亡き骸より作られ、一度はアルを死の寸前にまで追い詰めた最強の英雄殺しの黒剣のことを思い出す。

 

仮にクノッソスにアミッドが同行していなければフィンは死んでいただろう。

 

現状、あの剣による死毒と呪詛から自力で恢復できるのはアルのみ。かつて世界を脅かしたベヒーモスの死毒を帯びた刀身は第一級冒険者ですらたったの一太刀で抗えぬ死の病に侵される。

 

そんな最強最悪の武器が今、『最強の怪物』の手に渡っているのだ。

 

「とはいえ、私もまだ本格的に試したわけではありませんがランクアップしたことで魔力、精神力ともに先日よりもかなり向上しました」

 

「直接斬られたとしても次は『即応』できます」

 

 と告げるアミッドにリヴェリアは頼もしいなと微笑んだ。あの戦いで偉業を成したアミッドはLv.2からLv.3へと至り、もとより都市最高と言われていた回復魔法の腕と合わさってさらに強力なヒーラーとなった。

 

遠からずあるだろう闇派閥との決戦ではアルにも勝る冒険者たちの命綱となるに違いない。

 

「専用の解呪薬に関しても数日中に製造方法を確立させます。·········問題があるとすれば量産方法の確立ですね」

 

 解呪薬自体は既に呪詛の解析を終えている以上、あとは安定した製法さえ確立すれば問題ない。

 

極めて難度は高いがアミッドならば本人の言う通り数日中に可能にするかもしれない。

 

しかし───

 

「現在製造中の解呪薬は私の血を既存のポーションに混ぜることで製作していますが、これでは限界があります」

 

 アミッドの血には魔法同様癒しの力があり、マーメイドの血に似た効能を持つ。

 

製造した解呪薬に彼女の魔法効果を付与することで治癒効果を上昇させることができているのだが、どうしても素材として消費する血液の量が多い。

 

増血剤や魔法を併用すればなんとかなるが、それでも限度はある。アミッドがいくら優れたヒーラーであろうと無尽蔵に失った血を補充できるわけではない。

 

いかに彼女が優秀であっても万能の神ならぬ限り限界というものは必ず存在する。

 

「当然私の血の代用品となるダンジョン由来の素材は模索中ですが、これも難航を極めています」

 

 そう言ってアミッドは手元の書類をリヴェリアに手渡した。そこには様々な材料名が書かれていた。

 

「なにか代用できそうなものはないか?」

 

「今のところはありません。アルに下層域から深層域のレアドロップを含めたダンジョン産の材料を探ってもらっていましたが、やはり芳しくないようです」

 

 マーメイドの生き血やユニコーンの角、カドモスの皮膜など一部有用のものもあったがいずれも極めて希少性の高いものばかりだ。

 

アルが時間をかけさえすれば相当量手に入れることは出来るだろうが、それはそれでまた別の問題が浮上してくる。

 

「確証はありませんがおそらくこの呪道具を造った者は私と同じ【神秘】のアビリティを発現させています」

 

 そして、アミッドは黒短剣に視線を落とした。その瞳の奥底に静かな激情と畏怖が見え隠れしている。

 

例の呪道具の製作者はかなり狂った思想の持ち主であり、呪術師と呼ばれる者達の中でも一線を越えた異端者であることが窺えてくる。

 

そして、そのアミッドの推測は的中していた。

 

「【神秘】のアビリティを以って作られた呪詛を祓う特効薬を作るには同じ【神秘】のアビリティが必須となります。·····ですが、知っての通り」

 

「ああ、【神秘】アビリティ発現者は稀少だ」

 

 神々の特権である奇跡を人の身で発現させて魔法の域にある超常の力を宿す魔道具を作成するのに必須とされるレアアビリティ【神秘】の発現者はオラリオ全域に五名といない。

 

アミッドの他に有名なのは『万能者』の二つ名を持つアスフィだが彼女はアミッドのような薬品開発には従事してはいない。

 

何より彼女には闇派閥との決戦に備えて他の仕事がある。

 

「他の団員達では解呪薬の製法が確立したとしても製造するのは難しいでしょう」

 

 材料と人手。その二つが解呪薬の量産を阻む。アミッド一人でも【ロキ・ファミリア】全員に行き渡る程度の量は生産可能だろうが、他の派閥との共闘やその交渉を円滑に進めるためにも数は多い方がいい。

 

深い疲労が蓄積されたアミッドの顔色を見てリヴェリアは苦慮の表情を浮かべた。

 

女神のように美しい容姿をした少女は心労が祟っているのか目の下に隈ができていた。

 

おそらくはあの戦いから今の今まで寝る間も惜しんで解呪薬の製作に取り組んでいるのだろう。

 

アミッドとアミッドが作る解呪薬はこれからの戦いに必要不可欠。しかし、これ以上アミッドを酷使するのは憚られる。

 

そうして、考え込むリヴェリアだったが、ふとあることを思い付いた。

それはとても簡単なこと。

 

「·······いくら血を抜いても問題ない【神秘】のアビリティ持ち、か」

 

「? どうかなさいましたか?」

 

 リヴェリアの言葉にアミッドは小首を傾げた。すると、リヴェリアはニヤリと口元にエルフらしからぬ笑みを浮かべてアミッドに告げた。

 

灯台下暗しとはこのことだ、と。

 

 

 

 

 

「─────と、言うわけなのでアル、貴方も解呪薬の製造に協力してください」

 

「いや、調剤とかやったことないし、そんな暇もないし·······」

 

 リヴェリアとの会話から半日後、アミッドはセントラルパークでアルを待ち伏せして解呪薬の量産について説明した。

 

アルがダンジョンに潜っていると聞いてそろそろ戻ってくるであろう時間帯を予測したのだ。

 

アルがダンジョンから帰宅するまでの時間で解呪薬の製法の確立に成功したアミッドとしては一刻も早く解呪薬を作ってしまおうと思っていたのだが、アルは露骨に嫌そうな顔を見せた。

 

「私一人では限界があります。それにあの呪いへの対策は【ロキ・ファミリア】にとっても急務ではないのですか?」

 

 ───アミッド・テアサナーレは正論しか言わない。

 

アルがアミッドを苦手としている理由は何もそのバカみたいに高い回復能力だけではない。

 

彼女の生真面目さ、良い意味での融通の利かなさがどうにもアルの舌先三寸を鈍らせる。

 

潔癖がゆえに生真面目なエルフとはまた違う、剛胆さを持ちながら冷静に状況を見極め、事実に即した判断を下す。

 

アミッドはアルが出会った中でもトップクラスに、アマゾネス以上に厄介な人種だった。

 

ここで断ったところでアミッドは諦めない。むしろ断れば断るほど強硬手段に出るだろう。

 

普段は聖女然とした瀟洒な振る舞いを見せる彼女だが、一度決めたことはどんなことがあろうとやり通す頑固な一面を持っている。

 

それが治療に関わることならばなおのこと。

 

「いや、でも、俺にもやることあるし······」

 

「例えば?」

 

「えっ、えーっと、それは、ほら、ダンジョンに行ったり、モンスターと戦ったり······」

 

「つまり、やることがないのでしょう?なら、手伝ってください」 

 

 取り付く島もない。アミッドの切り返しにぐうの音も出なかった。

 

普段ならばもっと気の利いた舌先三寸で煙に巻くこともできるが、弟が姉に敵わないのと同じようにアミッドには逆らえない。

 

それにアミッドの言っていることは何一つとして間違ってはいない。

 

Lv.8へとランクアップして新たに発現させたアビリティである【神秘】、そしてそのレベルゆえにアミッドとは比にならない精神力量を誇るアルはアミッド以上に解呪薬の作成に適している。

 

素材となる血液も第一級冒険者であり、それで相応しいバイタリティーを持つアルからならば大量確保が可能だ。

 

唯一、懸念点があるとすれば────

 

「悪いけど俺、調剤に関しては完全に素人だから、役に立てないと思うぞ?」

 

 探索系ファミリアの主力であるアルの役目は迷宮攻略。ポーションなどの薬品作成は専門外であり、経験もあるはずがない。

 

【神秘】のアビリティが発現したのも手慰みに余った魔石でちょっとした魔石製品を作っていたのと第三魔法の影響だ。

 

「貴方のスキルならすぐに覚えられるのでは?」

 

「········あ」

 

 スキル【天授才禍(サタナス・エフティーア)】。その効果はあらゆる技能の習熟を早まらせ、潜在能力を最大まで引き出させるというもの。

 

さすがに本業であるアミッドに及ぶべくもないが、それでもアルの学習能力を考えれば十分過ぎるほどに習得は早いだろう。

 

「(······まぁ、じゃあ、仕方ないか)」

 

 アル自身、死者を出さないためにも解呪薬は大量に欲しいところだし、アミッドが無理をしているのも知っている。

 

断る理由は正直、あまり無い。

 

あえて言うならこの間の件でランクアップしたアミッドに対する恐怖心があるぐらいか。

 

それも来たる戦いで少しでも死者が出る可能性を減らせるという利点と天秤に掛ければ些細なことだ。

 

実際本気で嫌がっていたわけではなくアミッドに対するちょっとした意趣返しのようなものだったのだ。

 

「仕方──」

 

「········そうですよね。すみません、私としたことがいくらアルとはいえ無理が過ぎました」

 

「え?」

 

「アルはLv.8になったとはいえ、まだまだ発展途上ですし、【ロキ・ファミリア】幹部としての仕事もありますよね」

 

「ん?」

 

「私も少し焦り過ぎていたようですね。申し訳ありません」

 

「ちょっ·······」

 

「解呪薬の量産については他の団員達と検討してみます」

 

「あの········」

 

 勝手に自己完結して立ち去ろうとするアミッド。そんな彼女を呼び止めようとするが、アミッドは振り返らずに言った。

 

それはいつものように感情を感じさせない平坦な声音で。

 

「通常のポーションの錬成ならいざ知らず解呪薬、それもあれほどの呪いに対する専用のものとなればその製造難度は極めて高いです。」

 

「········すみません、できない事を強要するのは私の本意ではありません。どうか忘れてください」

 

「······························································································································································································································································は?できるが?」

 

 他の誰に侮られようと構わないがアミッドにだけは、とそんならしくないプライドが無意識に言葉を遮って口を突いて出た。

 

その言葉を聞いたアミッドの顔がいたずらに成功した童女のようにパァッと明るくなる。

 

「それではお願いします、私は新しく事前に呪いを弾くための耐性薬の製造に取り掛かりますね」

 

 では、と今度こそアミッドは足早に立ち去った。後には呆然とした表情を浮かべたアルが一人残された。

 

アミッドに対するつまらないの意趣返しなどどこへやら。

 

逆に意趣返しされて遊ばれた上に結局は彼女の思惑通りに動かされてしまった、とアルは悔しげに頭を掻いた。

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

対アミッド時は年齢相応に思考デバフがかかります。

 

アミッドも対アル時は割りといじわるします、それこそこれまで散々苦労かけられた意趣返しですね。



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八十六話 助けろアミッド、助けてフィルヴィス


アルを上手く使えるのはアミッドとミアくらいだよ


 

 

 

 

「あー、つまりウチのフィンがお前のサポーターへの縁談を申し出た、と」

 

「うん········。リリにとってはいい話なのかもしれないけど、どうすればいいかわからなくて··········」

 

「まぁ、とりあえず、ティオネとアルガナにチクっとくわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味な石畳の床、壁には魔石灯の灯りが淡く揺れている。腐臭にも似た血と臓物の臭い、閉鎖空間ゆえのカビ臭さも混じったそれは、吐き気を催すような生々しさだった。

 

不自然なほどに静まり返っている人造迷宮クノッソス。【ロキ・ファミリア】と闇派閥残党の戦いの舞台となってから数日が経過していたが、未だかつてないほどの沈黙が続いていた。

 

クノッソスの最奥の監視の間でクノッソスの主であるバルカ・ペルディクスは苦悩していた。

 

一つはクノッソスへの被害。

 

心胆を寒からしめた『剣聖』の快進撃を食い止めるために自ら崩落させた領域。イシュタルの要請によってタナトスが楔から解き放った『精霊の分身』によって破壊された通路や壁。

 

そして、『最強の怪物』と『最強の英雄』の戦いによって刻まれた凄絶なる戦痕。

 

魔法に対する高い耐性を持ち、上級魔導士の砲撃に対して無効化にも等しい効果を発揮するはずのオブディシアンソルジャーのドロップアイテムで作った強固な石壁はいとも容易く破壊されたどころか両者の魔法によってところどころ()()させられていた。

 

第一級冒険者でも破壊は困難であろうその頑強なアダマンタイトの壁ですら砂糖菓子のように砕かれたのだ。

 

一族千年の妄執によって生み出されたクノッソスそのものと言ってもいい罠の数々は跡形もなく破壊され、目を覆いたくなるほどの損害を出していた。

 

バルカ自身には傷らしい傷はないが、バルカの一生で創り上げた分よりも多い損害。

 

これを取り戻すにはいったい何年もの歳月が必要になるのか……考えただけで目眩を覚えるほどだった。

 

その事実は人造迷宮完成のために生きるバルカ・ペルディクスとしては死ぬよりも重い。

 

そして、二つ目は『聖女』だ。

 

「よもや、『剣聖』以外があの剣から生還するとは···········」

 

 【神秘】の発展アビリティを使用して作成した不治の呪詛を帯びた呪道具。一般の回復魔法や市販の薬品では治療不可能であり、精霊の奇跡でもなければ癒せない傷を与える呪いの武器。

 

その中でも『三大冒険者依頼』の黒き巨獣の亡き骸より作った【ベヒーモスの黒剣】は別格の品だ。

 

この世に二つと存在しない魔の剣であり、生粋の英雄殺しとして第一級冒険者であろうと間違いなく殺す、命あるものを害することに特化した至上の一振り。

 

量産した雑兵用の短剣ならばいざ知らず、あの剣は間違いなく最強の一つである太古の怪物から創り出したもの、その出来栄えは人造迷宮の完成にしか興味を持てないバルカですら感慨深いものがあった。

 

いや、そもそもの話、【神秘】の発展アビリティによる不治の呪詛を当然のように解呪して治癒するどころか全快させるなどあり得ない話なのだ。

 

そう、あり得ないこと。あり得てはならないことだ。しかし、現にこうして現実に起こっている以上認めるしかない。

 

「·······『剣聖』といい、『聖女』といい·······なんなのだ、奴らは」

 

 一族の者たちが千年をかけて作り上げたクノッソスの機構をことごとく打ち破る『剣聖』。

 

絶死の域へと至った最強の呪いをただのヒューマンでありながら魔法一つで快復させる『聖女』。

 

想起するだけで怖気立つほどの不理解。情動を理解できぬバルカは己に巡る感情が恐怖だということにはついぞ気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、少しお時間いいでしょうか? ·······お聞きしたいことがあって···········」

 

「ん? ああ、リーネか。珍しいな、俺にわかることなら構わないぞ」

 

「ベ、ベートさんの好きな女性のタイプってど、どのような方だかわかりますかっ?!」

 

 団員たちが出払い、人気の少ない【ロキ・ファミリア】のホームでアルへ恐る恐る話しかけてきたのはおさげに眼鏡をかけた冒険者とは思えぬ優しげな風貌をしたヒューマン。

 

先日のクノッソス進攻では闇派閥によって深手を負わされてようやく【ディアンケヒト・ファミリア】から帰ってきた、ファミリアにおいてはヒーラー兼サポーターを務めるLv2の少女。リーネ・アルシェだった。

 

その質問の内容が意外すぎて思わず目を丸くするアルに顔をほんのりと赤く染めるリーネ。

 

「じ、実はさっきアマゾネスの女の子と腕を組んで歩くベートさんを見ちゃって···········まぁ、そのすぐ後に女の子は蹴り飛ばされてましたけど、ちょっと不安になってしまって。ベートさんと親しいアルさんなら好きな女性のタイプもご存知じゃないかと思って·······」

 

 彼女はたまに見る、何故か正反対のヤンキーと付き合ってるおとなしい文学少女よろしく、【ロキ・ファミリア】随一の問題児、ベート・ローガを好いている恋する乙女なのである。

 

「まぁ、強い奴、なんじゃないか?」

 

「強い、それは············」

 

「───まぁ、そうだな。短期間で強くなるのは現実的じゃあないからな」  

 

「·········死にかけて悔いが残らないようにしたいと思った、とか言ってティオネ(アマゾネス)よろしくガンガン行っちゃえば?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオの西南西部。中央大通りから外れた隘路にひっそりと佇む一軒の酒場。

 

『小人の隠れ家亭』という看板が掲げられた店の中はその名の通り小人族の体格に即した家具で統一されており、店内にいる客も全てが小人族である。

 

瀟洒な造りをした木製のテーブルや椅子を縫うように歩くウェイトレスの姿もまた小さく、まるで妖精のように美しい女性や可愛らしい男性ばかりだ。

 

「「─────────だんちょう(フィン)?」」

 

「「「「「ひぃッ」」」」」

 

 そんな和やかで賑やかな雰囲気漂う店内に、突如として響き渡った女達の静かな怒声。

 

殺気にも似た気配にその場にいた者達は首筋に刃物を突きつけられたような錯覚を覚えて身を強張らせ、思わず悲鳴を上げて身構える。

 

フィン達が振り返るとそこには二人のアマゾネスが黒い瘴気のようなオーラを背負いながら立っていた。

 

「···········ティオネ、とアルガナ?!い、いつからそこにっ」

 

 驚きの声を上げるフィンだったが、ティオネ達はそれを無視してズンズンと歩み寄ってくる。

 

「いまのことば、どーいうことですか? けっこんする? およめさん?」 

 

「ふぃん、ふぃん、フィイイイイイインッ!!」

 

 怒り心頭といった様子の二人、ティオネに至っては既に瞳孔を開いてしまっている。二人が滾らせる激情によって空気がユラユラと揺れているようだ。

 

そしてその矛先は当然フィンとリリルカに向けられており、二人は今にも飛びかかってきそうなほど前のめりになっている。

 

一歩ごとに床板を踏み砕かんばかりの勢いで近づいてくる二人に気圧されて、フィンは咄嵯にカウンターの向こうに避難して助けを求めようとするが、しかしそこは酒盛り真っ最中の小人族達、誰もが我関せずと視線を逸らしている。

 

怒れる第一級冒険者の覇気は凄まじく、他の客達に逃げ出す隙すら与えない。そうこうしているうちに二人の距離は瞬く間に詰められていき、最早あと数歩の距離にまで迫っていた。

 

「どうしてここにいるとわかったんだい········?」

 

「あるにききました」

 

「(なんてことを?! 裏切ったなッ、アルッ!!)」

 

 リリルカへの愛の言葉を冗談半分だったとはいえ聞かれてしまったことも相応に恥ずかしいが何より一番聞かれてはならない相手へ告げ口されてしまったことにフィンは内心で絶叫する。

 

一途と言えば聞こえは良いがその本質は雄を捕食する雌蟷螂であり、一度狙った獲物は決して逃さないアマゾネスの習性をよく知るフィンだからこそこの窮地をどう脱するか必死になって思考を巡らせた。

 

だが、そんな考えも次の瞬間には全て吹き飛んだ。

 

ダンッ!!! 激しい音と共に眼前に迫ったティオネの拳がカウンターを叩き割らんばかりに打ち付けられたのだ。

 

それだけで第一級冒険者として並々ならぬ胆力を持つはずのフィンの顔から滝のような汗が流れ落ちる。

 

「団長ッオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「フィンッンンンンンンンンンンッッ!!」

 

「落ち着け!!」

 

 クラウチングスタートもかくやという勢いで駆け出そうとしたティオネとアルガナの勢いは凄まじかった。

 

小さな酒場の中で閃光のようにフィンに向かって突進した二人に敏捷で勝るフィンが転げ回るように店から飛び出した。

 

───────リスト・イオルム!!

 

───────よくやった、ティオネ!!

 

───────ま、待ってくれ。話し合おう!!

 

───────ええ、じっくり話し合いましょう。

 

───────ああ、存分に話し合おうじゃないか。

 

───────身体でなぁッ(身体でなぁッ)!!

 

───────グ、グワァアアアアアアアアアアアッ!!

 

「「「「(リ、リンチよりヒデェ)」」」」

 

「············帰ろっか、リリ」

 

「え、あっ、ハイ」

 

 数分後、騒ぎを聞きつけた善良なるアマゾネス二人───本人達曰く、決して、色ボケ共の妹ではないとのことなのであしからず───によって救出されたフィンは一線は守り通したものの、あと一歩のところまで服を剥ぎ取られた半裸状態で譫言のように呟いたという。

 

───────アル、覚えておけよ············。

 

普段の、常に冷静沈着な頼れる団長らしからぬ言葉に善良なるアマゾネスの片割れは涙を堪えられなかったという。まんまんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラキア王国軍、出兵の報はまたたく間にオラリオへ伝わった。

 

オラリオから見て西に位置する大国、ラキア王国。典型的な君主制国家であり、国王と主神が絶対的な権力を持っている軍事国家だ。

 

土地と戦そのものを求めて領土を広げてきた歴史があり、他国への侵略も辞さない姿勢から近隣諸国からは恐れられている国である。

 

戦好きな軍神アレスを主神に頂くラキア王国の軍兵は大陸でも屈指の精強な軍隊として知られており、神の恩恵を受けた兵士の数はなんと60万人にも上ると言われている。

 

そんな彼らは度々、冒険者の都であるオラリオに侵略行為を仕掛けてくることがあった。

 

そのたびにオラリオの冒険者が迎え撃ち、撃退してきたのだが······懲りずに何度も攻め込んでくるため、オラリオの冒険者たちにとっては迷惑極まりない話だった。

 

此度の兵数は約3万。

 

その九割九分がLv.1前半の烏合とはいえ、それでも一都市を攻め落とすには十分すぎる戦力と言えるだろう。

 

 

 

─────········

 

 

 

何物も視界を阻む物のない見渡す限り緑の大草原。澄み切った碧い空に浮かぶ雲はまるで綿菓子のように白く、穏やかな陽光が降り注ぐのどかで平和な風景が広がっている。

 

そして、その平原に布陣するラキア王国の軍勢。

 

重々しい甲冑に身を包んだ屈強な兵士たちが、規則正しく隊列を組んで並び立っている。

 

整然とした隊列を組み、静かに佇むその姿は非常に威圧感があり、明るい日差しをその銀の鎧が反射し煌めいていた。

 

雲河の如き兵数に一糸乱れぬ規律は実際に矛を交えずとも相対するものの心を折らんばかりの迫力と圧力がある。

 

精強な騎馬隊に重厚な歩兵隊が織り成す陣形はまさに鉄壁と呼ぶに相応しいだろう。

 

だがしかし、彼らの表情は決して明るくはなかった。むしろ緊張や恐怖といった感情が見て取れるほどだ。

 

それも当然のことだろう。彼らがこれから相手にするのは世界有数の大都市にして、英雄の都たる迷宮都市。

 

常日頃からダンジョンのモンスターとしのぎを削る冒険者を相手にするには3万といえどあまりに心許無い兵力だ。

 

彼らの前に立ちふさがるのはたった一人のヒューマンのみだというのに身体に走る怖気を抑えられない。

 

それは彼らを指揮する将軍も同じことらしく、彼は青ざめた顔で隣に立つ一人の青年を見やる。

 

処女雪を思わせる白髪に血のように鮮やかな紅眼を持つ美丈夫。

 

鍛え上げられた一本の剣のような肉体に纏うのは黒を基調とした軽装とも言える戦闘服。

 

一見すると細身に見える体躯でありながらも内包された力は凄まじく、ただそこに立つだけで歴戦の猛者であるはずの兵士たちですら息を飲むほどの存在感を放っている。

 

そんな彼が手にしているのは漆黒の鞘に収められた一振りの大太刀。

 

「「「「「ウ、ウォォオオオオオッッ!!!」」

 

 軍馬に跨り、先頭に立って進軍していた将が声高々に叫ぶ。それに呼応するように兵士の一人一人も雄叫びを上げながら武器を振り上げ、行軍を始めた。

 

その動きは洗練されているとは言い難いものの力強さを感じさせるものであり、それが虚勢であったとしても十分な士気の高さを感じさせた。

 

2km、1500m、1000m、900m·······間合いが800mを切ろうとした瞬間、今まで動かなかった青年が突如として動いた。

 

「はい、サンダーボルト」

 

「「「「「ぐ、ぐぎゃあああぁぁあっっ!?」」

 

 天高く掲げた右手に雷球が出現し、次の瞬間には轟音と共に稲妻が地を這った。

 

一瞬にして数百の兵士を巻き込み感電させるその威力は絶大であり、巻き添えを食らわなかった兵士すらも恐怖に顔を歪めながら次の瞬間には雷の弾幕に呑み込まれていく。

 

「サンダーボルト、サンダーボルト、サンダーボルト、サンダーボルトサンダーボルトサンダーボルトサンダーボルト」

 

 詠唱を必要としない速攻魔法ゆえの無理無体。一抱えはある雷の大砲が大気中に次々と装填されては発射され、瞬く間にラキア王国軍は壊滅状態に追い込まれる。

 

最早戦いですらない一方的な蹂躙。

 

迅雷の狂奏とでも呼ぶべき魔法の嵐を前にしてラキア王国の兵士たちは為す術無く倒れ伏していく。

 

それでも果敢にも、あるいは運良く雷から逃れて立ち向かってくる兵士も中にはいたのだが、そんな勇気ある者たちは例外なく青年の振るう大太刀の一閃によって無力化されていった。

 

盾となる前衛も反撃しようとする後衛も区別なく雷光は斬り裂き、戦場は悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。

 

魔法の精密射撃により敵を薙ぎ払い、一騎当千の活躍を見せる青年はしかし、その端正な容貌に一切の笑みを浮かべていない。

 

ただひたすらに冷徹に、淡々と、機械の如く敵兵を無力化し続ける彼の姿からは面倒くさいという感情がありありと滲み出ていた。

 

殺気はなく、あくまでも無力化に努めているがそれはラキア王国軍にはわからぬこと。

 

「ヘディンほど器用でもないんでやっぱりこの数相手だと弾数でゴリ押しするしかないなあ」

 

 アル・クラネルは典型的な前衛であり、攻撃魔法はオマケ程度の認識だ。だが、このような数だけは多い烏合の衆を相手にする場合はそれでも十分すぎるくらいに火力過多である。

 

何せ、放たれる魔法は一撃必殺の威力を秘めているのだ。並のモンスターなら消し炭どころか塵一つ残さず消滅させられるほどの威力。

 

そんなアルの戦闘面での唯一の弱点を挙げるとするならばそれは有効射程の短さだろう。

 

当然ながら攻撃魔法を一切持たない生粋の前衛戦士に比べれば遥かにマシなのだが、それでもリヴェリアやヘディンなどの第一級冒険者クラスの後衛に間合いを取られては一方的に射撃されるのがオチである。

 

────アルは第三魔法として大規模殲滅を可能とする広域制圧型の魔法を習得しているが普段使いするような魔法ではないためこういう時にはやはり不便に感じてしまう。

 

付与魔法は謂うまでもなく、【サンダーボルト】の射程は込める魔力にも左右されるが単射魔法の中でも短い方である。

 

威力を減退させずにダメージを与えるには100m以内。それ以上は格段に威力が落ちる上、命中率も著しく低下するためあまり現実的ではない。

 

ヘディンの【カウルス・ヒルド】の有効射程が500mを優に超えることを考えればいかに遠距離攻撃手段が心許ないかがよくわかる。

 

まあ、アルの場合はそもそも近接戦闘特化の戦士なので遠距離攻撃を主体としないのだから仕方ないといえばそれまでだが。

 

故に今回のように多数の雑魚を相手にする場合にはどうしても手数が足りなくなる。

 

「『これ』は効率悪いんだがな」

 

 ─────当然、対策は講じている。

 

四年間もの間、自らのスキルと魔法に向き合い続けた才禍の反則技。

 

【英雄覇道】の0.1秒にも満たぬ時間での超短チャージ。

 

それを威力にも破壊力にも変換せずにただただ持続力に変換することで実現した超射程の単射魔法。

 

【サンダーボルト】が詠唱を不要とする速攻魔法だからこそできた反則。

 

魔力を込めて魔法を発動させるまでの二工程の間にスキルをほんの一瞬だけ発動させることで完成された視界内全てを間合いに含む極大範囲魔法。

 

当然ながら一瞬のチャージでは威力も火力もお粗末なものしか出ないが、それでもその効果は絶大。

 

「サンダーボルト」

 

 放たれるのは天より降り注いだかのような雷光。それはまるで夜空を照らす流星群の如き輝きを放ちながら戦場を駆け巡っていく。

 

その光景はまさに圧巻。

 

雷の奔流が荒れ狂うその様は正に雷神の怒りそのもの。無数の雷光が戦場を埋め尽くし、その雷光に触れた者は等しく感電して倒れ伏していく。

 

もはや戦争ではなく蹂躙と呼ぶに相応しい惨状の中、アルは一人戦場に立ちながら小さく嘆息する。

 

「全く、フィンのやつめ·················」

 

 弟のサポーター(15歳)に縁談を申し込んだ頭目の小人族(40代)の引き攣った笑みを思い出しながら鉄棒を肩に担ぐ。色ボケアマゾネス(Lv6×二人)にリリルカであることは伏せて縁談の件をチクった腹いせかこんな仕事を押し付けられたのだった。

 

「まあ、これで埋め合わせも済んだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、『剣聖』アル・クラネルは逃げていた。

 

先程、万の軍勢を単騎で押し返した英傑とは思えぬ見事な逃げっぷりは弟のそれよりも遥かに洗練されており、その走りには一切の無駄がない。

 

都市最速の名に偽りなく、神速の速度で逃走する彼の背後には既に数多の追っ手が迫っているが彼は振り向くことすらしない。

 

【疾走】の発展アビリティをも全開にしたアルを捕まえることはアミッドですら困難だ。

 

しかし··········。

 

「「「「「いたぞッ!! 早い者順だぁ!!」」」」」

 

 追跡者は目の色を変えた褐色の美女達の軍勢。百を超える女性たちの中にはヒューマンやエルフ、獣人などもいたが一番多いのはやはりアマゾネスである。

 

「(イヤーーーーーーーッ!!)」

 

 彼女達は皆一様に目を血走らせており、中には舌なめずりする者もいる始末だった。そんな女性達に追いかけられて平静を保つことなどできるはずもなく、アルは内心で乙女の悲鳴を上げる。

 

彼女らの大半は都市に残留した【カーリー・ファミリア】と他派閥へ改宗を済ませた元【イシュタル・ファミリア】の女戦士たちだ。

 

第二級冒険者にすら届く実力者が混雑するどころか、中には【ロキ・ファミリア】でも精鋭扱いであるLv.4にまで至った猛者がおり、その目はいずれもマジだった。

 

もとよりアマゾネスは自分より強い雄に惚ける性質を持つ種族であり、強ければ良いという訳では無いがそれでも実力主義の傾向が強い。

 

年若い身でありながら都市最強の双璧を担うアルの存在はまさに格好の獲物であったのだ。オラリオどころか世界に2人しかいないLv.8に到達している上に美形とくればアマゾネスとして狙わない方がおかしい。

 

【カーリー・ファミリア】の団員に関してはメレンでの戦いで一蹴されたことでその強さを肌で感じてしまったのがきっかけである。

 

その色情の丈は恐ろしく、何度追い払っても諦めずに迫り来るため、流石のアルも逃亡を選択した。

 

いかに『数より質』の神時代の英雄といえどもラキア王国の軍とは比較にもならない練度と士気を持って追いかけてくるアマゾネス達には恐怖を抱かずにはいられない。

 

捕まったら最後、間違いなく尊厳の危機に陥ること請け合いだ。そう確信できるほどにアマゾネス達の瞳の奥にある欲望の色濃さは凄まじかった。

 

まあ、とはいってもLv.8のステイタスを持つアルがいくらアベレージが高いと言っても最大で第二級冒険者相当しかいない相手に追い付かれるはずもない。

 

面白がって指揮官として参加したカーリー(戦いの女神)の指揮下で統制された女戦士の軍勢にバーチェとティオナが参加していないのがせめてもの救いだろうか。

 

あの二人がいればもっと厄介なことになっていただろう。アマゾネス軍隊に加えてLv.6二人を相手にしては流石に骨が折れるどころではない。

 

どれだけ引き離されても決してあきらめないアマゾネス達の気迫はアルをビビらせるに足る恐ろしさに満ちていた。

 

「·········というか、アイシャよぉ。さっき、『勇者』が言ってた『『剣聖』が彼女募集中』って話、本当なのか?」

 

「·········さぁ、知らないねぇ。さて、あたしも行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けろアミッド、助けてフィルヴィス。

 

アマゾネス共、せめてエルフになってから来いや。

 

にげようにも諦めないし、下手に反撃したらレベル差的に死にかねないし、アマゾネス相手だと逆効果な気もするし··········。

 

フィンの野郎、病院(ディアンケヒト・ファミリア)送りにしてやる·······!!

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

日に二度、恋する乙女を無責任に焚き付けた男

 

・素の単発火力(Lv.8サンダーボルト)

アルフィア>アル

速度はやや勝る

 

・素の火力(レァ・ポイニクス)

Lv.8アル≧ベート>Lv.7アル

損傷吸収ありならまだ負ける

 

・素の射程

ヘディン≫アル 

魔法方面においてはだいぶヘディンを参考にしてる

 

・素の速さ

アル>アレン≧Lv.6アル

同レベルならアレンのがやや速い、魔法込みなら一レベル差程度ならかなり迫る

 

・傷の回復性能

アミッド≫アル

言わずもがな

 

・傷の回復性能

ヘイズ>アル

普通に負ける、ヒーラーとしては都市第三位。

 

・持続力(体力と精神力)

アル≫≫その他

バイタリティの怪物



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八十七話 休息?何それ美味しいの?byアミッド&アル

 

「良かった、フィルヴィスさん!!」

 

「········レフィーヤ、か。無事だったのだな」

 

「? どうしたんですか?そんな──「すまない」──えっ?」

 

「もう、私に関わらないでくれ。······私はもうお前に合わせる顔がないんだ」

 

「·····え? ど、どういうことですか!?」

 

「······」

 

「待ってください!!一体何があったんですか!?」

 

「······」

 

「フィルヴィスさん!!」

 

「······すまない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大穴を塞ぐ『蓋』として建造された迷宮都市オラリオ。

 

何らかの拍子にダンジョンを封じている創設神ウラノスの祈祷が破られた際に内部から溢れて出るであろうモンスターが外へ進出することを防ぐために都市を囲むように建設された市壁。

 

その厚さと高さによって市壁は外部へ被害を出さないための防衛装置であると同時に都市の出入り口としての機能も果たしていた。

 

その組成にダンジョン由来の特殊金属を含んでおり、大型モンスターの突進にも耐えうる堅牢な造りとなっている。

 

その市壁の上部。

 

都市を一望できる場所で師弟二人は普段通りの鍛錬を行っていた。

 

「来い」

 

 無造作にメタルブーツで石畳の床を叩くベートだがその構えとも言えない構えに一分も隙のないことはベルが一番良く知っている。

 

ベートが自分の遥か上位互換であることも。

 

故にこそベルは最初から全開だ。そうでなければ一撃すら掠らせてもらえないのだから。 

 

「─────ッ!!」

 

 二度のランクアップによって激上した敏捷()を活かして一直線に突っ込む。

 

逆手に持たれた短剣に一切の躊躇はない。殺意は当然ない、だが、それでも殺す気で突きかかる。

 

彼我の間合いを一瞬で潰す兎の速攻。

 

激速、そして鋭利さを増した刺突は歴戦の第二級冒険者であっても視認は難しいだろう。

 

ベートから叩き込まれた『技』の極意。

 

バーチェに教え込まれた対人に特化した『駆け引き』の妙。

 

そして何より実践の中で培った経験による『成長』。

 

この三つが組み合わさることで今のベルの攻撃速度はLv.3でありながらLv.4中堅のそれに迫るほどになっていた。

 

容赦も呵責もない。

 

如何なるときも相手を殺すつもりで攻撃する。それがベートから学んだことであり、ベル自身が己に課していることだ。

 

戦いを、命のやり取りをする以上は綺麗事など言ってられない。

 

ゆえにその突きは必殺。

 

たとえ相手が誰であろうと回避は不可能だと確信させるほどの速度と威力だった。

 

相手が二流(Lv.3)なら決定打になるだろう。

 

一流(Lv.4)でも手傷は免れないだろう。

 

超一流(Lv.5)であってもかすり傷ぐらいにはなるかもしれない。

 

三流(格下)ならばこの時点で勝負ありだ。 

 

───だが、規格外(Lv.6)だったら?

 

「甘ぇよ」

 

「っ·····!!」

 

 ベルの渾身の一撃が空を切る。突き出された刃はベートの身体に触れることなく、ただ空気だけを切り裂いた。

 

瞬間的に体勢を低くし、左脚を軸に半回転することでベルの懐へと潜り込んだベートは右の掌底を突き上げる。

 

それはベート本来の力からすればほんの僅かな衝撃に過ぎない。加減をしているわけではない、ただ次の動きにつなげるための簡単なフェイントにすぎない。

 

しかし、それで十分過ぎる。

 

「ガッ、ぁ」

 

 その衝撃はベルの小さな体を軽々と吹き飛ばしてしまう。小柄な体躯を活かした小回りの良さこそがベルの最大の武器ではあるが、ベートはそれを容易く凌駕してしまう。

 

圧倒的なまでの身体能力の差。

 

これが二流(Lv.3)規格外(Lv.6)の壁なのだ。

 

『技』と『駆け引き』以前の問題。

 

冒険者として積み上げてきた年月と乗り越えてきた死線の数の裏打ちされたステイタスの暴力。

 

遥か格下であるベルからすればベートとの戦いは深層の階層主(ウダイオス)を相手にしているようなもの。

 

「(やっぱり、この人は、本当に────強い)」

 

 そう心の中で呟きながら吹き飛ばされた勢いを利用して空中で身を捻る。そのまま着地と同時に地を蹴り、間合いを離す。

 

Lv.3にランクアップして初めての訓練だったがそれでもベートの差は全然埋まっていないと痛感させられる。

 

むしろ差は広がる一方なんじゃないかと錯覚してしまうほどに。いや、実際はランクアップもあって狭まってきているのだがそれでもまだまだ遠い。

 

「休んでんじゃねぇ!次だ!」

 

「ッ、はい!!」

 

 そんなことを考えている暇はない。今はひたすらに喰らいつくしかないのだ。

 

少しでも早く強くなるために。

 

少しでも多く学ぶために。

 

少しでも憧憬に近づくために。

 

「おおおぉッ!!」

 

 猛る。燃える。焦がれる。心の内を荒れ狂う炎はまだまだ燃え盛っている。

 

もっと、もっと強くなって憧れに追いつきたい。

 

今はまだ遠くてもいつかは追いついてみせる。

 

そのために猛進する。

 

「ファイアボルトォッ!!」

 

 周りに可燃性のものがないことは事前に確認済み。故に遠慮なく魔法を放つ。

 

モンスターでも敵でもない相手に魔法を放つなんてことは普通はありえない。だがベートとの訓練でそんなことを言っていたら何もできずに瞬殺されると理解している。

 

だから躊躇いも迷いもなく撃ち込む。

 

そして放たれた火球をベートは避けない。Lv.6のステイタスでも魔法の直撃を受ければ火傷程度は避けられないが、それでもベートに動揺はない。

 

────この訓練はベートがベルをベート基準で『マシ』になるまで鍛えるためだけにあるのではない。

 

もちろんそれも理由の一つではある。

 

だが、ただの『施し』をし続けるほどベートは優しくない。

 

ベルがベートとの鍛錬で対人の髄を、駆け引きを学ぼうとするのと同じようにベートもまた貪欲にベルとの鍛錬の中で得られえるものを全て吸収しようとしていた。

 

銀靴(フロスヴィルト)の魔法吸収の最適なタイミングや使用頻度、効果閾値。

 

そして、ベルの速攻魔法というアル以外では類を見ない攻撃魔法の使い手を相手にするからこそできる対魔導士戦闘方法の模索。

 

本来必要なはずの詠唱がない【ファイアボルト】はその分、一発ごとの威力はお粗末なものだが前衛の動きをしながら至近距離で撃てばそれだけで牽制になる。

 

威力、駆け引きともに第一級の水準には遠く及ばないものの詠唱しないということは疑似的にではあるが魔力暴発を起こす失敗をしない完成された魔法剣士に近い戦い方ができるということ。

 

つまり、それはベートにとっても他に中々類を見ない、それでいて簡単ではない相手と戦うことができるということでもある。

 

闇派閥との決戦を控えた今、呪詛や悪辣な魔法を使ってくる相手を想定した対人戦の練習は必須。

 

それがベートにとってのこの訓練の副次的な目的だった。

 

そしてそれをベルも察しているからこそ本気でぶつかることができる。

 

互いに互いを高め合う。

 

或いはそれは師弟として理想的な関係なのかもしれない。

 

「ぬりぃぞ!!その程度で俺の相手が務まると思ってんのかァ!!」

 

「っ、ファイアボルト!!」

 

「ぬるいって言ってんだろ!!」

 

「くっ!?」

 

 馬鹿の一つ覚えかと容赦のない罵倒とそれ以上に苛烈な攻撃が襲いかかってくる。

 

拳と蹴りの連打。

 

当たれば確実に骨を砕く威力を持つそれらをベルは必死に回避していく。

 

息をつく暇もない攻防。だがベルは確かに感じ取っていた。ベートの一撃一撃が徐々に、しかし着実と速くなってきていることに。

 

もとより手加減などしていなかっただろうがベルがランクアップしたことによって殺さない『一歩手前』のハードルが下がったことによりその一撃一撃の鋭さが増していた。

 

「(くそ、このままじゃ、本当になにも出来ずに終わる············なら、)ファイアボルト!!」

 

「!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。捨て身どころか自爆に等しいその行動にベートが僅かに目を開く。

 

当然、その動きに反応できないはずはなくベートは咄嵯に魔法吸収の銀靴をベルとの間に挟みこもうとするが、それでも事前に動きを作っていたベルの魔法の方がほんの数瞬だけ早い。

 

「···ッ!!」

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

「ッ、ちィッ!」

 

 炎雷はベートに届くことなく銀靴に吸収されるが、それこそが狙い。

 

この近距離ならば魔法吸収は必須、そして吸収するにしても一瞬の間を要するため『次撃』へ即座に対応はできない。

 

ベルが狙ったのはそれだ。

 

ベートが魔法を吸収しきる前に次の一手を撃つ。

 

【英雄願望】の発動──寸秒のチャージが左足に敢行され、即座に解き放たれた。

 

瞬時の加速。

 

自らの魔法の余波に焼かれるのも厭わず、最速最短で放たれた蹴りはベートの鳩尾を正確に捉える。

 

確かな感触。

 

クリーンヒットした───

 

「────今のは悪くなかったぜ」

 

「がはッッ!?」

 

 ───はずだった。

 

ベルの放った渾身の蹴撃はベートの掌底によって阻まれていた。

 

「げほっ、ごほッ!」

 

「ハッ!甘ぇんだよ!狙いがバレバレだっての!!」

 

 蹴撃を放った反動で体勢が崩れたところに容赦なく追撃が入る。無防備に受けたベルの体が吹き飛ばされる。

 

勢いよく地面を転がっていくもなんとか受け身を取れたおかげでダメージはそこまで大きくはない。

 

だがそれで攻撃が止まるはずもない。すぐさまベートは地を駆け、距離を詰める。

 

「それになんだァ?随分と雑な間合いの詰め方をしやがって!!テメェは魔法を過信しすぎなんだよ!!だから簡単に懐に潜り込まれてカウンター喰らう羽目になんだろうがッ!!」

 

「ッ、ぐぅう!!」

 

 追撃、追撃、さらに追撃。容赦のない猛攻が転がったままのベルに襲い掛かる。

 

一発一発が重い。

 

ランクアップして頑丈になったはずのベルの体でも耐えられるか分からないほどの威力。

 

そして何よりも容赦がない。

 

ベルが立ち上がるまで待つようなことはせず、ただただひたすらに蹴り続ける。

 

そうすることでベルの意識を刈り取ることをベートは何のためらいもなく選択する。

 

気絶するまで痛めつけ、限界の先まで追い詰めて、その上で叩き起こす。

 

「立てねぇなら死ねッ!!!」

 

「が、はっ!?」

 

 まるでサッカーボールのように蹴り上げられ、ベルの体は宙を舞う。そのまま重力に従い地面に落下する。

 

肺から空気が全て吐き出される。

 

呼吸ができない。

 

視界が霞む。

 

思考が定まらない。

 

だが、それでもベルは立ち上がらなければならない。なぜならまだ自分は戦えるからだ。勝てなくてもいい。負けなければそれでいい。

 

「あ、あァァアア────ッ!!」

 

「────そうだ、吠えてみせろ」

 

 吠声を上げてベルは何度でも立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】本拠地、黄昏の館。昼時を迎え、『鍵』の捜索に出ていた団員達も食堂で昼食を摂っている中、アマゾネス軍隊をフィンになすりつけたアルも本拠地に戻っていた。

 

アミッドと【ディアンケヒト・ファミリア】で行っていた闇派閥の残党の使う呪詛への対抗手段の模索。

 

解呪薬と呪い避けの装飾。

 

治すことに特化した聖女と万事万技に通ずる才禍による超高速のイノベーション。

 

構想、実行、精査、改良、量産化。

 

他を通さずに必要な材料を必要なだけ調達できるとはいえ、この短期間で成果を出した二人の手腕は流石だった。

 

三人寄れば文殊の知恵とは言うが、聖女アミッドと才禍アルによる共同作業はその言葉以上に迅速かつ効率的であった。

 

短時間のうちに行われる技術革新に次ぐ技術革新。

 

トライアンドエラーを超高速で行うことで劇的な速度での進歩を実現してみせたのだ。

 

執念の才女と絶世の才禍。

 

二人ともが前提として凄まじい才能の持ち主であるのは間違いないのだが、それ以上に凄まじいのはやはり積み重ねた試行錯誤の量であろう。

 

一切の無駄を排した効率的な試行回数によって生まれた成果は他の者達では到底真似できないものであった。

 

聖女の長年の勘と経験則で割り出した改良点を圧倒的なセンスと学習能力を持つ才禍が見事に実現し、失敗と改良のサイクルを超高速で繰り返すことで加速度的に進む革新。

 

休息?何それ美味しいの?と言わんばかりに働き続ける二人に当初は手伝おうとしていた【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達はドン引きし、ディアンケヒトですら止めに入るほどだった。

 

結果、二人は食事休憩すらまともに取らず、徹夜続きで作業を続けた結果、三日という短期間でありながらも完成した新薬と装飾品。

 

呪道具による不治の呪いを破る解呪薬に装備することで呪いを防ぐことができる装飾品だ。

 

解呪薬は既に血液以外からの安定した製作法を見つけて量産体制に入っており、闇派閥との決戦までには【ロキ・ファミリア】どころかその他大派閥のほとんどの団員に行き渡らせることが可能になるだろう。

 

装飾品の方は素材に深層、それもアルでも気軽には潜れない60階層直前域のモンスターのレアドロップが必要なため量産は難しいものの、これも時間をかければ幹部分には行き渡る数を確保できるはずだ。

 

どちらも十分な効果を発揮することが期待できる品であり、今後のことを考えても非常に有益なものであると言える。

 

これで、先日のクノッソスでの戦いのようなことが再び起こったとしても被害を最小限に抑えることができるようになった。

 

そんなこんなで本拠地に戻ったアルは皆と同じように食堂で昼食を摂っていたのだが────

 

「あの、アルさん」

 

「·····ん?」

 

 むしゃむしゃと二日ぶりのマトモな食事───製作中はアミッド共々調理や移動の時間を惜しんで保存食や携行食料を口にしていた───にありついていると横から声をかけられた。

 

見ればそこにいたのはエルフの少女魔導士レフィーヤだった。どこかおどおどとした様子だがどこか決意を感じさせる表情を浮かべている。

 

どうしたのかと思いながらも、もぐもぐと口を動かしながら話を促すと彼女は意を決したように顔を上げた。

 

「私に戦い方を教えて下さいっ!」

 

「········えぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日の人造迷宮での戦いからもう一週間が経っていた。

 

複雑怪奇で悪辣な罠が張り巡らされた迷路、オリハルコンの扉、無尽蔵に湧き出てくる極彩色のモンスター、闇派閥の自爆兵、回復不可能の呪詛、そして怪人。

 

その脅威のいずれもが明確な悪意のもとに私達の命を狙ってきた。

 

深層でもあれほど死を身近に感じたことはなかった。事実、何か一つでもボタンの掛け違いがあったら死者が出ていてもおかしくはなかったはずだ。

 

─────なにもできなかった。

 

良いように罠にはめられて、何もできずに翻弄されていただけだった。

 

威力が上がった魔法も、せっかく覚えた並行詠唱もろくに発揮することはできなかった。それどころか、あの時私は足を引っ張るだけの存在だっただろう。

 

私が死ななかったのは単純に運が良かったのと団長やアイズさん達に守られていたからだ。

 

「(·········情けない)」

 

 自分の不甲斐なさに打ちひしがれそうになる。フィルヴィスさんとの特訓で、59階層での戦いで少しは強くなったと思っていた。

 

私に出来たのはモンスター複数体の討伐が精々だ。恐怖で足がすくみ、混乱に頭が回らず、結局団長達に助けてもらった。

 

そして、仮面の怪人との戦い。

 

もとより団長をして圧倒的格上と言わしめるような相手に戦えるとは思ってはいなかった。

 

矢面に立って戦ったのはアルさんとアイズさん。私はその援護をするどころか怪人の一撃の余波だけで吹き飛ばされてしまった。

 

それすらも団長に庇われなければ致命傷になっていたかもしれない。

 

私の力ではアイズさん達の力になるにはまだまだ足りない。それは分かっている。けれど、足踏みなんてしていられない。

 

早く追いつかないと、置いて行かれるだけだ。

 

────それに、私はあの時『見てしまった』。

 

赤髪の怪人の魔石を取り込んでより強くなった仮面の怪人と相対するアルさんの戦い方。

 

その戦い方は今まで見たどんな冒険者よりも鮮烈だった。

 

一振りごとに洗練され研ぎ澄まされていく剣技、まるで未来が見えているかのように敵の攻撃を見切り回避する動き、そして何より─────

 

そこには魔導士の『理想形』があった。

 

いつ暴発してもおかしくない膨大な魔力を抱えながら高速かつ緻密に行われる並行詠唱と詠唱中であるにも関わらずいささかも衰えない体捌き。

 

そしてそれら全てを完璧にこなすだけの立ち回りの巧さ。

 

そこには並行詠唱を扱う魔導士に求められるすべてが詰まっていた。

 

あんな戦い方を私は知らない。

 

致命傷一歩手前の傷を抱えながら一瞬の魔力の狂いが即自爆に繋がるような極限の状況で完璧な並行詠唱を行い、なお且つ圧倒的な強敵を前に一歩も引かない胆力と技術。

 

そんなことができる魔導士がいるなど聞いたこともない。

 

アリシアさんでも、フィルヴィスさんでも────リヴェリア様でさえきっと無理だろう。

 

それほどまでに完成された並行詠唱。

 

もしいるとするならそれは間違いなく英雄の領域にいる人物だろう。

 

あれはきっと才能とかそんな言葉では言い表せないような途轍もない努力の結果手に入れたものだ。

 

あの人が天才であることは疑いの余地はないがそれ以上にくぐり抜けてきた修羅場の数が違う。

 

練習の数ではない、一手の違いが死につながる死線の中で誰にも守られずに魔法を使い続けた果てにある境地。

 

私はそれを垣間見たのだ。

 

私はまだ、スタートラインにすら立てていない。

 

同期とは───厳密には私の方が少し遅く加入したが学区での経験を加味すれば変わらない───思えないほどの差が出来てしまっている。

 

才能の差はあるだろう。

 

だが、同じファミリアの所属なのだから周りの環境に差はなかったはずだ。

 

だとしたら後は覚悟の問題だ。

 

無駄を切り詰めて少しでも効率よく動く。

 

団長のような資質も、リヴェリア様のような慧智も、アイズさんのように卓越した戦闘センスも持ち合わせてはいない私に残された唯一の武器は魔法しかない。

 

せめてこれだけは負けないようにしないと私は私でなくなってしまう。

 

私はもっと強くなる。

 

アイズさんに近づけるように。

 

団長達の足手まといにならぬように。

 

そして、フィルヴィスさんを────ように。

 

だから─────

 

 

 

 

 

 

 

「私に戦い方を教えて下さいっ!」

 

「········えぇ?」

 

 決意を帯びた瞳と言葉を向けられたアルは思わず困惑の声を上げて掴んでいたパンを落としてしまった。

 

食堂で食事を取っている他の団員たちも目を丸くしてこちらを見ている。

 

しかし当の本人は気にした風もなく、むしろ周りなど見えていないかのように真剣な眼差しを真っ直ぐにアルへ向けてくる。

 

「······なんで俺なんだ?」

 

 戸惑いながらも理由を尋ねるアル。レフィーヤが自分に師事を仰ぐ理由は思い当たらない。

 

典型的な純魔導士であるレフィーヤと魔法も使うには使うがあくまでも前衛として戦うアルのスタイルはあまり噛み合わない。

 

既に師事を受けているリヴェリアやフィルヴィスならばともかく自分に教えを乞う理由が分からない。

 

「今のままじゃ駄目なんです······このままじゃ私は皆さんに届かない······」

 

 当然、リヴェリアが駄目という訳ではない。

 

純後衛としてみればアルと比べてもリヴェリアの方が長年の経験もあって遥かに優れているだろう。

 

レフィーヤの完成形が『九魔姫』リヴェリアだと言うのであれば彼女はその道を辿ればいいだけなのだ。

 

だが、それでは意味がない。

 

それではレフィーヤはリヴェリアの下位互換にしかならない。

 

それではいけないのだ。

 

リヴェリアに追いつく、ではない。

 

リヴェリアを、都市最強の魔導士を越える意気込みでなければいつまで経っても彼女達の背中すら見えないままだ。

 

リヴェリアにない武器を、アイズに足りないものを、レフィーヤは身に付けなければならない。

 

それこそが自分の、ひいては自分の大切な人達の力になるのだから。

 

そうしてレフィーヤが選んだ師こそ、この男だった。

 

自分の同期でありながら迷宮攻略の最前線に立ち続ける、オラリオ最強の双璧。

 

スタートは同じ。いや、学区での分を含めればリードしていたはずなのに遥か先へ行ってしまったファミリア最強の男。

 

神の眷属の中でもっとも才能と()()に愛された英雄の器、アル・クラネル。

 

「お願いします、私は変わらなくちゃいけない! もう守られるだけは嫌なんです!!」

 

「断る理由もないから構わんけど·······お前が変わりたい理由はフィルヴィスか?」

 

「っ、それは───────はい、その通りです」

 

 クノッソスでの戦い以来、影を落としたように沈んでしまった友人の姿。

 

レフィーヤにはそれが心配で仕方がなかった。以前にも増して人と距離を置くようになったフィルヴィス。

 

彼女に何があったかは知らないが、それでもレフィーヤは力になりたいと思っていた。

 

いざという時に頼ってもらえるようになりたい、それがレフィーヤの意識改革の理由の一つでもあった。

 

「─────まぁ、ならいい。俺に教えられることはそんなに多くないと思うがそれでも良ければ教えよう」

 

「はいッ、よろしくお願いします!」

 

 アルの武勇や冒険者として異例の経歴は知れ渡っているがそれに反してアルに師事を受けようとする者は極端に少ない。

 

一見すると無愛想で取っ付きにくい印象がある、というのもあるがその異常なまでの成長速度に追いつけないと感じる者が多いからだ。

 

しかし、そんなことは関係ないとばかりに頭を下げるレフィーヤ。

 

その姿を食堂の入口から見ていたアイズは──────。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで前々から思ってたけどなんで俺に対して敬語でさん付けなの?」

 

「えっ?」

 

「歳もほぼ変わらんし同期だろ」   

 

「そ、それはぁ······」

 

 アルにタメ口なんてきいたらブチギレて殺されるかもしれない、とファミリアに入ったばかりの頃は思っていて、その止め時が分からないままズルズル引きずっていたからとは言えないレフィーヤだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────────

 

17.8巻を見る限り、ベルって案外思考がBANZOKUだよね·····。多分、優しく教えてくれるアイズとかより死ぬほど厳しいやつの方がベルの師匠に向いてる気がする。

 

・年齢

レフィーヤ15歳

アル16歳成りたて

 

ロキF歴はアルのがちょっと長いけど誤差

 

同じ年と言えば同じ年だけどアイズのが年長







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六章までの人物紹介

 

 

 

 

アル・クラネル

所属︰ロキファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰大剣、片手剣、刀、短槍、鎖

所持金︰980000000ヴァリス

身長︰ロキファミリア幹部陣では一番高い

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物、曇り顔

好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト

 

主人公補正持ったラスボスみたいなポテンシャルの死にたがり。キャラクターコンセプトはアルゴノゥト・オルタ、英雄に成れない喜劇を演出する道化に対して英雄にしか成れず悲劇を演出できない道化。定期的に曇らせを補給できないと無気力になる。

 

アル・クラネル

『Lv8』 

 力:H103→G298

 耐久:l46→D592

 器用:G246→D589

 敏捷:H127→G271

 魔力∶l0→G290

 

幸運︰D

ベル・クラネルのそれと同様。モンスターを殺した際のドロップアイテムのドロップ確率などが上がるほか、運要素のある事象にランクに応じた補正。運に助けられ、九死に一生を得ることもあるがアルからすれば不運。

 

直感︰F

第六感、及び危機感知能力の強化。初見の攻撃に対する対応に補正。カサンドラ・イリオンの予知夢に近しいものがあり、幸運アビリティで稀に精度が上がる。

 

耐異常︰D

モンスターの毒や薬品などによる状態異常を軽減及び無効化する。このランクであれば毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒ですら無効化に近いレベルで軽減できる。

 

疾走︰E

走行時に補正がかかる他、任意で時間感覚の延長。全開時のアルは都市最速であり、『女神の戦車』を上回る速力を誇る。

 

精癒︰F

精神力の自動回復。【闘争本能(スレイヤー)】のスキル効果と合わされば【妖精王印】を発動させたリヴェリアに匹敵する速度で精神力が回復する。

 

剣聖︰I

刀剣及び棒状の武器を持っているときのみ反映。各アビリティに補正がかかるほか、対象の耐久や魔法的防護をある程度貫通して損傷を与えられる。

 

神秘:l

アミッドやアスフィのものと同様。魔道具や特殊なポーションなどを製作可能。

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

速攻魔法。雷版【ファイヤーボルト】であり、その威力は叔母の【サタナス・ヴェーリオン】に準ずる。連射可能&雷故回避困難&当たったらスタンというクソ技。使い勝手が良すぎて一章ではこれしか使わなかった。

 

【レァ・ポイニクス】

・付与魔法

・火属性

・損傷回復

・毒、呪詛焼却

・詠唱式【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ】

 

全身に紅い火炎を翼か鎧のように纏う火の付与魔法。手足に収束させた火炎を瞬時に炸裂・噴射することで瞬時の加速と跳躍を可能にし、立体的な機動を可能にする。

 

武器や拳に纏わせることで瞬発的な攻撃力と攻撃範囲を増大させ、白兵戦能力を飛躍的に向上させる。また火炎を全身から放出して広範囲を焼き払うこともできる。

 

身体に纏わせれば物理のみならず魔法も通さない『炎の鎧』となり、敵の攻撃を弾き返す盾となる。物理攻撃よりも魔法攻撃に対して無類の強さを発揮する。

 

しかし、この魔法の真価は攻撃ではなく、自らを含めた指定した相手にはなんの熱さも感じさせないどころか発動させているだけで傷が自然に癒える治癒能力にこそある。

 

その治癒能力は他の回復魔法のような即効性はなく自分自身か火に触れ続けていなければ完治までに時間がかかるがその代わりに通常の回復魔法では治癒不可能な劇毒や呪詛の治癒を行える。単一の魔法でありながら攻撃、防御、治癒を高いレベルで行える万能性を持ったぶっ壊れ魔法。

 

弱点をしいて挙げるとするならば使用者のレベルと釣り合わない単純火力の低さ、Lv7魔力ステイタスを積み上げまくったアルが使ってようやくLv5且つ魔力ステイタス最底辺のベートの【ハティ】と互角。

 

起動鍵で他者への付与可能。

 

【リーヴ・ユグドラシル/■■■■■・■■■】

・広域攻撃魔法

・雷、火属性

・竜種及び漆黒のモンスターへ特攻

・対特定事態時、特攻対象を■へ変化

・詠唱式:【未踏の世界よ、禁忌の空よ。今日この日、我が身は天の法典を破却する。仰ぎ見る月女神の矢、約定の槍を携える我が身は偽りの英雄。黄昏(おわり)葬歌(うた)、我が身を焼く渇望(ゆめ)の焔、鳴り響く鐘楼の音。葬歌の楽譜、雷鳴の旋律、奏でるは夜明け(始まり)讃歌(うた)。────ここに、願いは崩れ去った。········以下不明】

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

最大最高の形で曇らせを成功させ、盛大に死ぬまで効果持続。なお、このスキル自体に魅了無効化効果などはない。

 

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、発展アビリティ『剣士』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

身体能力を無駄なく十全に扱える。なんでもすぐに達人。ただし、上達が早いのは確かだがその分野に特化した傑物(鍛冶の椿など)を上回ることは才能だけでは不可能。

 

加護精霊(スピリット・エウロギア)

・対精霊で特殊な補正。

・精霊への特攻及び特防の獲得。

・各属性攻撃及び呪詛に対する耐性。

大体文字通り。対精霊は味方にも作用し、アイズとかにバフが入る。クロッゾの魔剣や精霊の護符などを装備している相手に強い(普通の魔剣のが効き、精霊由来の耐性はある程度貫通可能)。

 

英雄覇道(アルケイデス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

ベルのとチャージ限界時間以外は同じ。

 

闘争本能(スレイヤー)

・自動迎撃

・疲労に対する高耐性

・体力と精神力の急速回復

・逆境時、全アビリティ能力高域補正

自動迎撃がアルを曇らせる。

 

 

《装備》

【ミスティルテイン】

第一等級特殊武装。不壊属性の片手剣。異常事態で発生した亜種の階層主バロールのドロップアイテムと最硬精製金属を鍛え上げた仄かに光る翠の刃を持つ。

 

【バルムンク】

第一等級特殊武装。アルの主武装その弐。無骨な漆黒の刃を持った大剣。ゼウスからヘルメスを介してアルへ渡された隻眼の黒竜の鱗から作られており竜種及び黒のモンスターに対して特効を持つ。

 

枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)

第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。

 

 

 

《年表》

【四年前(12歳)】

・入団

・三週間で強化種のインファントドラゴンと戦いランクアップ(Lv2)

・リューに弟子入り、火の付与魔法発現

・アポロンに絡まれるが、撃退

・更に一ヶ月後、オッタルと戦ってボロ負けしたが一矢報いてランクアップ(Lv3)

・半年後、黒い階層主ゴライオスを討伐(Lv4)

当時の二つ名は『剣姫』に擬えた『剣鬼(ヘル・スパーダ)

 

【三年前(13歳)】

・二つ名『剣聖』へ。

・ジャガノート、黒いアンフィスバエナと戦いランクアップ(Lv5)

 

【二年前(14歳)】

・イシュタルに絡まれるが、鼻で笑う

・いろいろあってランクアップ(Lv6)

・第三魔法発現。

 

【一年前(15歳)】

・異端児と知り合う

・遠征の帰りに異常事態で発生した階層主バロールの亜種と戦ってランクアップ(Lv7)

 

【今】

・曇らせ失敗

 

《各ファミリアとアルの相性》

 

【ロキファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰S ・団員目線︰S

本編。登場キャラが多いのと暗い過去持ちがいるのが高得点。

 

【フレイヤファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰C

フレイヤからの好感度は最上。アルからすればフレイヤ至上主義のフレイヤファミリア団員は曇らせようがないのでつまらん。オッタルからの好感度は高い。ほかからは低い。

 

【ヘファイストスファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰C ・団員目線︰B

可もなく不可もなし。鍛冶に特化すれば神器級創れる。

 

【ガネーシャファミリア】

・主神目線︰A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

曇らせがいがないのをのぞけば割と良好。アストレアレコードならアーディ庇って死ぬんだけどなあ〜。

 

【アポロンファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰C

アポロンからの好感度は最上。アルからはフレイヤよりはマシ、程度。

 

【ソーマファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰E 団員目線︰E

論外。唯一、ソーマからは好感度高い。

 

【ヘスティアファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

まあ、うん最初から強いベルきゅんかな。

 

【イシュタルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰D ・団員目線︰SS

強いのはいいが魅了効かないのでちょっと険悪。アルからすればフレイヤと同類。強さ至上のアマゾネスからはむちゃくそモテる。

 

【カーリーファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰B ・団員目線︰SS

最強の種馬!! 悲しき殺人マシーンムーブになる。同上。

 

【タケミカヅチファミリア】

・主神目線:B アル目線︰C 団員目線︰B

可もなく不可もなし。

 

【ミアハファミリア】

・主神目線:A アル目線︰B 団員目線︰B.

可もなく不可もなし。

 

【ディアンケヒトファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰A ・団員目線︰A

割と理想形。アルが全癒魔法覚えて二つ名が『死神殺し』になる。

 

【ヘルメスファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰B

世界は英雄を求めている!! フレイヤとどっこいどっこい。

 

【デメテルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰B ・団員目線︰B

なにもおきない、エニュオは死ぬ。

 

【ディオニュソスファミリア】

・主神目線:S→E− アル目線︰A 団員目線︰A

音楽性の違いでディオニュソスが病む。

 

【エレボスファミリア?】

・主神目線︰S アル目線︰S 団員目線︰E−

開き直ったヴィトーLv99みたいなのがアルなので。唯一、性根を見抜かれる。

 

【アストレアファミリア】

・主神目線:S ・アル目線︰SS 団員目線︰C→S

それはもう凄まじくテンション上がる。アストレアレコードならアルフィアの相手をにっこにこでする。輝夜あたりからは最初は嫌われる。ジャガーノートとかで誰一人として死なない。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

所属︰ロキファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰片手剣

 

三章までのメインヒロイン。··········メインヒロインなはず。

 

《原作との相違点》

【復讐姫】使用を躊躇わない。アルがいる戦場なら【加護精霊】の影響で風の出力向上。

 

 

ベート・ローガ

所属︰ロキファミリア

種族︰狼人

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器:双剣、銀靴

 

三章の真ヒロイン。アイズからベルの師匠役を掠め取った泥棒狼。二刀流、スピードタイプ、火の魔法、などと共通点の多さからも師としては優秀。

 

《原作との相違点》

【ハティ】使用を躊躇わない。アイズ✕アルの後方兄貴面してる。

 

 

ティオナ・ヒリュテ

所属︰ロキファミリア

種族︰アマゾネス

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰大双刀

 

五章前半のメインヒロインの予定。··········メインヒロインなはず。アルを笑わせたいと思っているが、真っ当な方法で笑うやつじゃないから········。

 

《原作との相違点》

あんまないかな·····。

 

 

 

フィルヴィス・シャリア

所属︰デュオニュソスファミリア

種族︰エルフ

職業︰冒険者

武器︰短剣、杖

 

アルの元パーティメンバー。

 

 

 

カサンドラ・イリオン

所属︰元アポロンファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

武器︰杖

 

【アポロンファミリア】団員。前に【アポロンファミリア】が滅ぼされなかったのは主にカサンドラのおかげ。当時、レベル2のアルにアポロンがちょっかい出した時に『ブチギレたフレイヤの命令でアポロンファミリアがオッタル達に血祭りに挙げられる』という予知夢を見て、原作知識あり&同系統の力(まだ未発現だが)をもつアルに縋ったのが始まり。

 

 

 

アミッド・テアサナーレ

所属︰ディアンケヒトファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者?

武器︰杖

 

アルの姉なるもの。曇らせの大敵というか、ヒーラーという名のラスボス。アルを諦めさせた凄女。

 

 

 

 

リュー・リオン

所属︰アストレアファミリア?

種族︰エルフ

職業︰ウェイトレス

武器︰木刀

 

アルの元師匠。過去編を書くなら間違いなくメインヒロインだが、だいたいの曇らせイベントを終えているので本編では空気。瞬間最大風速の記録の持ち主。

 

 

 

 

オッタル

所属︰フレイヤファミリア

種族︰猪人

職業︰冒険者

武器︰大剣

 

なにげに超強化される脳筋。フレイヤファミリアの幹部が尽くアルを嫌っているのがオッタルはそうでもない(都市最速、最優の雷魔法、最強の魔法剣士、など四人兄弟以外のお株が取られてる)。

 

 

 

 

ベル・クラネル

所属︰ヘスティアファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰18階層

武器︰ナイフ

 

原作主人公。これ以上ないほどに真っ当に英雄として成長している。外見完璧英雄な兄とツンデレ師匠なベートに憧憬持ってかれてて初恋(アイズ)と全然絡まない。原作より二回りは強い。

 

 

 

 

アステリオス

種族︰異端児

武器︰大剣

 

早生まれの真ヒロイン(ダンジョンに嫌われてる白髪のせい)。漆黒のモンスター✕異端児とかいうイレギュラー。原作よりスペックは高い。

 

前世である片角のミノタウロスは推定認定レベル2最上位クラス。下層のモンスターに匹敵する能力値。オッタルの薫陶と魔石による強化により、通常のミノタウロスを遥かに上回る強化種としてレベル3相当と言ってもいい剛腕を誇る。ドロップアイテムは漆黒の片角。 

 

    

 

 

 

 

エイン

種族︰怪人

武器︰片手剣

 

六章後半のメインヒロイン。もとよりLv9相当のステイタスにLv7上位相当のレヴィスの魔石を喰らうことでパワーアップ。

 

《スキル》

【英雄■■】

・能動的行動にチャージ権を得る

・■■■■■発動時は使用不可

・■■■■は■■・■■■■。

 

【ベヒーモスの黒剣】

デダインの黒い砂漠から発掘されたベビーモスのドロップアイテムを『神秘』の発展アビリティを持つバルカ・ペルディクスが呪具へ加工した元大剣。ベビーモスの死毒+バルカの呪詛とかいうクソ武器。呪詛防御のスキルと高ランクの『耐異常』、当時Lv7のステイタスのアルだからあんもんで済んでいるが、ラウルやレフィーヤなら即死。アイズでも胸刺されたら死ぬ。

 

下界において十とない■■■■■■=エインの全力に耐えうる剣。レヴィスからエインに遺された最凶の武器。純前衛のレヴィスにはあまり使えていなかったが呪いの放射能力があり、第二級以下ならそれで即死可能。エインの手に渡り、新生。ベヒーモスの病風を莫大な魔力によって物理的破壊力を伴った飛ぶ斬撃へと昇華させた、耐異常に加えて特有の毒耐性がなければ第一級冒険者でも昏倒しかねない。

 

 

 

 

 

『アストレアレコード』

 

アル・クラネル

所属︰アストレアファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

武器︰槍

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物、曇り顔

好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト

 

『Lv5』 

 力:B786

 耐久:D569

 器用:A865

 敏捷:SS1011

 魔力∶A852

悪運︰E

直感︰G

耐異常︰G

奇蹟︰I

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

【レァ・アステール】

・付与魔法

・光属性

詳細不明。

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、任意の発展アビリティの一時的発現。

英雄正道(アルバート)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

獅子心叫(オーバード・ネメア)

・疑似獣化

・階位昇華

・精神力超大幅減少

 

《装備》

第二等級武装の槍。

 

 



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八十八話 逃げるが勝ちbyフィン&アル



ちょいスランプで遅れました


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラキア王国の侵攻、ですか」

 

「まあ、所詮は雑魚の寄せ集め。精々、Lv.2がいいとこだ、俺等からすりゃ話になんねぇよ」

 

 市壁上部での鍛錬を終えたベートとベルの二人は商店街を歩きながら話をしていた。

 

片や、VS【イシュタル・ファミリア】、片やクノッソス侵攻で久しぶりの鍛錬はベートが【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者としてラキア王国の進行の撃退を終えてから行われた。

 

いくら第二級冒険者となったベルがいるとは言え、新興派閥である【ヘスティア・ファミリア】にはあまり関係のないことではあるのだが。

 

「このあと、ダンジョンに潜んのか?」

 

「はい、今日は18階層までいけたらいいなっ──」

 

「あーッ!! ベート・ローガだぁ!!」

 

「あん?」

 

 二人の後ろから明るい麗らかな声が響く。その言葉に反応してベートが振り返るとそこにはアマゾネスの少女がいた。

 

髪の色は黒茶色で瞳の色も淡い茶褐色、胸は控えめだが引き締まった肉体をしており、幼い印象を与える顔立ちをしている。

 

アマゾネスらしい際どい衣服を着ており、露出度は高い。歓楽街の娼婦のような格好であった。

 

ベートに親しげな声を上げた彼女はそのまま駆け寄ってくると彼の腕を取って抱きつく。

 

「なっ、誰だテメェ!?」

 

「えーっ、私はもうずっと会いたかったのにベート・ローガは私のこと忘れちゃったの? ひどい!」

  

 犬ように人懐っこくじゃれついてくる少女にベートは困惑する。こんな女など記憶にない。とっさに蹴らなかっただけ褒めて欲しいくらいだった。

 

「テメェなんざ知るか! さっさと離れろ、気安く触んじゃねぇぞクソアマゾネス!!」

 

「ひどぉい! でもそんなところも好きぃ!」

 

 ベタベタとくっついてくるアマゾネスの少女を引き剥がすが少女は堪えずにまた近づこうとする。

 

明るいというよりもやかましいアマゾネスの少女にベートは顔をしかめる。ベートの記憶にはない人物ではあるが、よく見ればどこか覚えのあるような気がする。     

 

「あっ······【イシュタル・ファミリア】の······」

 

「んん? あっ、兎くんじゃん!! やっほー!!」

 

 ベルの声を聞いてようやくその存在に気がついたのかアマゾネスの少女はベートから離れ、ベルに挨拶をした。

 

ベルと知り合い·······いや、それよりも【イシュタル・ファミリア】だと、と、そこでベートの脳裏に少し前に起きた事件が浮かび上がる。

 

「てめえ、まさかメレンで一戦やった 【イシュタル・ファミリア】の········?」

 

「うんっ、そうだよ!! 改めて自己紹介するね。私の名前はレナ・タリー、よろしく!!」   

 

 今度は忘れないでねベート・ローガ、と付け加えて彼女は元気いっぱいに声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

ぴょんぴょんと跳ねる度に揺れ動く髪を見ながらベートは呆れた様子で溜息を漏らす。

 

犬のようなアマゾネス、レナと名乗った少女はベートにべったりとくっつこうとしてその度に振り払わられていた。

 

お世辞にも人当たりが良いとは言えず、その刺々しい言動から各方面に敵を作りやすいベートは人からの敵意には慣れていても好意に慣れていない。

 

好意を向けてくる例外はそれこそ、弟子のベルくらいだろう。

 

だが、レナは違っていた。ベートのことを好きだと言って憚らず、ベタベタとくっついてきては尻尾を振る子犬のようにじゃれつく。

 

「ねぇねぇベート・ローガぁ、どこ行くの? ダンジョン?」

 

 というか距離感がバグっている。何が悲しくてほぼ初対面の男相手にここまでくっつけるのか理解不能だった。

 

むっちゃ近い、とても近い。普通の男なら惚れてしまうであろう距離感である。とはいえベートにとっては鬱陶しいことこの上ない。

 

「おいっ、離れろっつってんだろうが!」

 

「もぅ、ベート・ローガったら照れ屋さんなんだからぁ」

 

 ベートからすればほぼ初対面で先ほど名前を知ったばかりの相手だ。そんな相手がここまで馴れ馴れしく接してくることに不快感しか感じない。

 

ベルに至っては降って湧いてきた急展開に目を丸くさせて驚いている。

 

色情に濡れた視線で見つめられるのとは違った意味でベートにとって居心地が悪い。

 

「でも、そんなつれないところも素敵ぃ!」

 

「なんなんだ、テメェは······」

 

 意味不明。理解不能。ベートの頭の中で警鐘が鳴り響く。このままではいけない。このアマゾネスの少女は危険だ。そう本能が告げていた。

 

色情に染まった瞳を輝かせてベートを見上げるアマゾネスの少女にベートは一歩後ずさる。

 

ベートの頭の中に浮かんでいるのは自らの所属するファミリアの団長に常日頃からストーカー一歩手前な行為をしているアマゾネスの女性の姿。

 

恋の凶戦士。ベートの中の嫌な予感は膨れ上がっていく。

 

ティオネの言動に胃を痛めながら引きつった苦笑いを浮かべるフィンの姿と遥か格下相手から全力で逃げるアルの姿が脳裏に浮かぶ。

 

─────コイツはやべぇ。

 

ベートの脳内で警報がけたたましく鳴る。レナはそんなベートの内心など露知らず、相変わらず犬のようにじゃれつく。

 

「メレンでベート・ローガに蹴られてじゅわって体が熱くなって、ああ、これが恋なんだなって思ったんだよ!」

 

 メレンにいたアマゾネスは【イシュタル・ファミリア】と【カーリー・ファミリア】を問わず、その八割をランクアップしたばかりのアルに轢かれふっ飛ばされたが残りの二割はベート達が撃退した。

 

レナはその二割側のアマゾネスであり、ベートに蹴り倒されたことで彼女に芽生えた淡い恋慕の感情が燃え上がり、それが彼女を突き動かす原動力となったのだ。

 

「ベート・ローガ、好き!! 子供作ろ!!」

 

「ふざけんじゃねぇぞクソアマ!?」

 

 ベートに抱きつこうとするレナの腹にとっさに腕を振りぬいたベートの鉄拳が突き刺さり、レナの体は宙を舞う。

 

「げふぅ!?」

 

「べ、ベートさんっ?!」

 

「あ、やべ······」

 

 全力ではないとは言え第一級冒険者の一撃。上層のモンスターであれば爆発四散する威力のそれはいくら上級冒険者と言えど、レベル2程度のアマゾネスに堪えきれるものではない。

 

ベートの放った正真正銘の本気の拳に吹き飛んだレナの体はそのまま壁に激突し、ずるりと崩れ落ちる。

 

「お、おいっ、生きてるか······?」

 

やっちまった、とベートが思う頃には既に手遅れであった。慌てて駆け寄るベルと流石に心配して壁際で倒れ伏すレナに恐る恐ると近づき、安否を確認しようとするベート。

 

ぴくりとも動かないレナにベートは冷や汗を流した。もしかしたら殺してしまったかもしれない。

 

気持ちが悪くてつい殴ってしまったが流石にやりすぎた。ベルも慌てふためき、回復薬を飲ませようと腰のポーチを漁る。

 

そんな二人を他所にレナはむっくりと起き上がった。

 

「ふへっ、ふへへ、ふへへへへっ、ベート・ローガに殴られちゃったぁ······」

 

 レナは頬を紅潮させ、口から唾液を垂れ流し、目はぐるんっと上を向いていて、明らかにヤバい状態になっていた。

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

 ベルが慌てて声をかけるがレナには届いていない。ハァハァと息を荒げる彼女は自分の体を抱きしめるように両腕を回し、身悶える。

 

その姿はまるで変態だ。

 

「二回目も殴られちゃったぁ······これぇ、絶対に妊娠したぁ······」

 

「ひっ?!」

 

 あまりにも危険な発言にベルは思わず悲鳴を上げてしまう。そして、ベートもまた顔を引きつらせた。

 

悦に浸る表情で呟くアマゾネスの少女はびくんびくんと痙攣を繰り返している。その様子は明らかにおかしい。

 

色情狂の娼婦ですらここまで壊れてはいないだろう。

 

「(コイツ···························)」

 

「(この人···························)」

 

 二人はフィンとアル、【ロキ・ファミリア】が誇る実力ツートップの二人と同じ結論に至る。

 

すなわち。

 

─────恋するアマゾネス、怖すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮都市オラリオ。世界の中心に存在するダンジョンを中心に栄える大都市である。

 

そこから産出される資源とモンスターの素材を求めて、多くの商人や職人が集まり、そして彼らが生み出す富によって都市の経済が回っているのだ。

そして、オラリオの管理をするギルド。

 

創設神ウラノスによって千年前にその雛形が作られた都市運営を始めとした様々な分野で冒険者や迷宮の管理を行うための機関である。

 

その窓口受付にはいつも喧騒が満ちている。迷宮から帰ってきたばかりなのか、武装した集団が大挙して押し寄せては列をなしている。

 

ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人など様々な種族が入り混じった光景。ロビーでは依頼達成の報告をする者、魔石やドロップアイテムを換金する者など、大勢の人でごった返していた。

 

「それではこちらが報酬になります」

 

 窓口に並ぶ受付嬢達はいずれもが才女と呼ぶに相応しい器量の持ち主達だ。冒険者と同じように様々な種族が混在しており、皆一様に美女揃いで男性冒険者から羨望の目を集めていた。

 

能力や人当たりが優れているのは前提として冒険者のギルドへの好感度に直結する窓口受付という仕事であるがゆえに容姿に恵まれた女性が多いのだ。

 

そんな彼女らは今日も忙しそうに立ち働いている。ベル・クラネルを始めとした新鋭ルーキーや【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の二大派閥幹部のランクアップに伴って冒険者達が良くも悪くもやる気になっているからだ。

 

「ミィシャ、()()()()氏がお呼びですよ」

 

「ん、わかったぁ」

 

 ようやく繁忙期を過ぎてきて人が掃けてきた中、眼鏡の奥から覗く怜悧な緑玉色の瞳と妖精の血の混流を表す尖った耳が特徴的なハーフエルフのエイナが同僚であるミィシャに声をかける。

 

ピンク色の髪が特徴的で愛嬌のある顔立ちをしているミィシャを緊急とばかりに呼ぶ。

 

「そんなに焦らなくてもいいのに。というか、クラネル氏なんて他人行儀じゃなくてエイナも名前で呼べばいいじゃん〜」

 

 「割と気易いし、エイナの担当の弟くんのお兄ちゃんなんだしさぁ」と緩い言葉とは裏腹にテキパキと無駄のない動きで換金の準備を整える彼女こそ、都市最強を誇る冒険者、『剣聖』アル・クラネルの専属アドバイザーなのだ。

 

 

 

 

「聞いたよー、アマゾネスの人達にモテモテだったんだって?」

 

「まぁ、な···········」

 

 ちょっとばかり、騒ぎが大きくなりすぎたことから止めに入ったフィン達【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の介入によって治められた騒動。

 

先日、百を超える女性冒険者が制御の利かぬ半ば暴徒とかして暴れまわった話はギルドにも当然、届いている、その目的も。

 

幸い、フィン達の働きからか巻き込まれた市民や壊されたものもなく、ギルドとしては全体に軽い注意をする程度で済んだ。

 

「まあ、俺の思考を読んで先々に先回りするアミッドより振り切るのは楽だったな」

 

「いい加減、アミッドちゃんを困らせるの止めなよ〜。·······それで、ドロップアイテムの査定だっけ」

 

「ああ」

 

 その一室にはアルが今日、持ち込んできた異様なまでに状態の良いドロップアイテムがところ狭しと並べられている。

 

レフィーヤとの訓練を兼ねた短期遠征の際に手に入れたものであり、疲労困憊で参ってるレフィーヤの代わりに換金に来たのだが、さすがに数が多い。

 

本来、魔石はともかくドロップアイテムはそれぞれそれを必要とするファミリアへ個別に売りつけたほうが稼げるのだが、個人でそれをするのは多大な時間がかかるため、アルはソロや少数で潜った際はギルドへそのまままとめて売ることにしている。

 

ミィシャは「うひゃあ、多いなあ」などと言いながら査定を開始していく。この辺りは経験だろう。手慣れた様子で次々と仕分けていく。

 

「えーっと、【オブディシアンソルジャーの黒曜石】、【スカル・シープの皮衣】、【ペルーダの毒腺】、【グリーンドラゴンの鱗】、【ラヴァ・タートルの甲羅】───【カドモスの皮膜】?!」

 

 下層や深層のドロップアイテムばかりであることには慣れているものの最後の【カドモスの皮膜】に目を丸くして驚くミィシャ。

 

「え、『千の妖精』さんと潜ったんだよね? どこまで潜ったの?」

 

「51階層。まあ、少数のが速く潜れるからな」

 

 ミィシャが「えぇ·······」と可愛らしい顔を引き攣らせるのも無理はない。いくら身軽な第一級冒険者といえど、日帰りできる階層はいいとこ中層の二十階層前後、二日程潜るにしても三十階層程度が限界だ。

 

それをギルドが定めた『真の死線』、その深層をさらに十階層以上超えて潜ったなど正気の沙汰ではない。

 

しかし、アルは物理アタッカー、短文系魔法アタッカー、砲撃系魔法アタッカー、ヒーラー、シーフ、マッパーなどのダンジョンにおける各役割を一人でそこらの熟練パーティよりもよっぽど高次元で無駄なく行える。

 

そしてアルは都市最速、つまりは世界最速の男。その速力はモンスターと一度も遭遇せずに上層から下層を踏破することも可能。

 

加えてレフィーヤも後衛としてアルにできない広範囲攻撃の行使が可能であり、二人でパーティーとしては完結している。

 

下手をすれば小回りが利く分、ファミリア全体での遠征よりも少数のほうがより深く進めるのかもしれない。

 

だから、別にそこまでおかしなことじゃない。そう思いながらもミィシャは苦笑を浮かべるしかない。

 

「······無理させてないよね?」

 

 ミィシャはレフィーヤのことをよく知らないが外部から見た印象だと【ロキ・ファミリア】の幹部陣ほどイカれてはいない普通よりの常識人というイメージである。

 

アルという前衛がいるとはいえ二人というごく少数かつ超スピードで本来第一級冒険者のパーティーで潜るような階層まで連れてかれるなぞLv.3の魔導士からしたら地獄の体験だろう。

 

「·······いや、俺も37階層あたりで止まるつもりだったんだけど思った以上に気合入ってたみたいでなぁ。まあ、大丈夫だろ」

 

「そっかぁ、ならいいけど。あんまり無茶させちゃダメだよ」

 

 アル自身、37階層の闘技場でレフィーヤの訓練に付き合うつもりだったがレフィーヤが思った以上にヤル気満々だったので深めに潜ってしまった。

 

アルとしてもレフィーヤのやる気を削ぐのは本意ではなく、本人が望むのであれば可能な限り深い階層で訓練をしたかったのだ。

 

「それにしてもドロップアイテム多くない?」

 

「まあ、俺は運がいいからな」

 

 「これでも質が低かったり、嵩張るやつは捨ててきたんだ」というアルが持ってきたドロップアイテムはいずれも貴重極まる深層域のもの。

 

各生産系ファミリアが喉から手が出るほどほしいそれらは本来、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】などの大派閥の遠征でしかまとまった量は得られない。

 

しかし、アルの場合は気軽に深層まで潜る上に道に落ちてたんじゃないかというレベルで大量にドロップアイテムを取ってくる。

 

実際、深層はモンスターのリポップ速度も早いため、確率の上では有り得ない話でもない。

 

「数多いし、助っ人呼んでくるねぇ〜」

 

 ミィシャがこのイカレ白髪のアドバイザーとなったのは四年前、ミィシャにとってはアドバイザー業も二年目に入って仕事に慣れ始めた頃だった。都市最大派閥の新人ということもあり、緊張していたミィシャだったが、その緊張はすぐに別の感情へと塗り替えられた。

 

最初は自分より一回り年下の美少年ということもあり、弟のように可愛がっていたミィシャだったが···········『恩恵』を受けて三週間でランクアップ、またもその一ヶ月後にはLv.3、そのさらに数カ月後にはLv.4。

 

半年にも満たぬ期間で行われた三度のランクアップ。そんな才禍のアドバイザーなど当時、15歳のミィシャに務まるものではなかったのだが、面倒を押し付けるかのように上司から申し付けられたのはアドバイザーとしての専属。

 

それからの数年間、ミィシャは何度、アルに驚かされたのだろうか。そして、これからあと何度驚けばいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤどうしたんだアイツ。

 

一人じゃ手の回らないとこもあるからありがたいけどやる気ありすぎて怖いわ。

 

ほんとは金策も訓練ももっと50階層付近で粘ったほうが効率いいんだけど、あんまやりすぎると市場価値落ちるし、レフィーヤも危険だからなあ。

 

まあ、遺産のために稼げるときに稼いどかないとかなきゃだし半分レフィーヤに分けて後は貯金だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、僕そろそろダンジョンなので········」

 

 騒動を起こす天才である兄と神話級問題児である祖父という二人の身内の影響か、こういう事例においてはベートよりも遥かに判断が早いベルは当然のように師匠を見捨てて走り去る。

 

「はぁ?! オイコラ、ちょっと待てやッ!!」

 

 Lv3へとランクアップし、敏捷に特化したステイタスを持つベルは兄を思わせる洗練された逃げ足を見せ、瞬く間にベートの視界から消えていった。

 

当然、ベル以上の速度で追おうとしたベートだったが、蛸のように足に絡みついてくるレナによってそれは阻まれる。

 

阻止される。その悍ましさに今回ばかりは弟子の方が状況判断が早かったことを悟るベートだった。

 

マトモに相手していたら切りがないと判断したベートはレナの腕を振りほどき、背を向ける。

 

··········ベルが見たら「いや、走って逃げましょうよ」と言うだろうが、ベートはアルを兄に持つベルほど熟達しておらず、格下から走って逃げるのを躊躇うプライドがあった。

 

無論、その道のプロフェッショナルであるアルが遥か格下のアマゾネスからガチ逃げをしていたことからもベートの中途半端な逃げは愚行なのは明らかだ。

 

しかし、それでもベートはベルのような潔さはなく、ベートの足は逃走を拒む。

 

「あっ、待ってよぉー!? ベート・ローガぁ~っ!!」

 

「来んじゃねぇ!!」

 

 ついてくるアマゾネスの少女に青筋を浮かべながらベートは叫ぶ。レナはそんなベートの態度にもめげずに笑顔のまま追いかけてくる。

 

結えられた黒髪を振り乱し、ベートを追いかけるその姿はモンスターに追われるよりも恐ろしい光景であった。

 

「ねぇねぇどこに行くのぉ? 」

 

「宿だよ!! いい加減離れやがれ!!」

 

「宿? ファミリアのホームじゃ

なくて? どうして? 」

 

「········チッ」

  

 口を滑らせてしまったことにベートが舌打ちする。レナはその言葉を聞き逃さず、にまにました笑みでベートにすり寄ってくる。

 

実はベートは先日、自分を好いているリーネを手酷く払い除けてしまったことでファミリアの女性陣から顰蹙を買ってしまい、今のホームにベートの居場所はない。

 

「も・し・か・し・て、仲間と喧嘩しちゃったのかなぁ?それで今帰る場所がなくなっちゃったんだよねぇ?」

 

「うるせぇぞクソアマゾネス!?」

 

 図星を突かれたベートはレナを怒鳴りつけるが、レナは怯まない。むしろ、嬉しそうにベートの前に回り込む。

 

「じゃあ私のとこにおいでよ! ベッドもちゃんとあ·る·し」

 

「誰が行くかッ!?」

 

「ベート・ローガがウチに来てくれないならぁ、私【ロキ・ファミリア】の館に行って暴力振るわれたって言いふらしちゃおうかなぁ」

 

「テメェ······」

 

 それはまずい、と苦虫を噛み潰したような顔になるベート。いつもならばそんな脅しなど鼻で笑って一蹴できるが、今はまずい。

 

リーネを振った挙げ句、他ファミリアの年若い少女に暴行を加えたとなれば派閥内でのベートの尊厳は地に落ちる。

 

オラリオ最強の一角であるLv.6の冒険者が性犯罪者扱いされるなど笑い話にもなりはしないし、ラウル達にゴミムシを見る目で見られること間違いなしだ。

 

人の目を気にしないベートだが、流石にそれはキツい。

 

というか今こうして人目のある場所で騒いでいる時点で既に危ないのだ。

 

仮にファミリアの連中と鉢合わせでもしたら─────

 

「·········ベート、さん?」

 

 投げかけられた優しげな声にベートの顔は引きつり、心臓が跳ね上がった。

 

恐る恐る振り返るとそこには案の定、ベートを睨むファミリアの仲間の姿と黒髪おさげに眼鏡を掛けた優しげな少女、リーネがいた。

 

リーネに付き添っていたティオネやアキはリーネを手酷く振ったくせに女遊びをしているなんて、と極冷の視線を向けていた。

 

··········やはり、初手逃走のアルとフィンが正しかったことを遅ればせながら悟るベートだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

普段からアマゾネスと戦い、その恐ろしさを熟知するアル、フィンとベートの場数の違いでした。

 

なお、真っ先にベルくんが逃げたのはアルの姿を見てきて逃走が最善手だと悟っていたのとなんだかんだ師匠への信頼があったからです(ヴェルフや桜花なら自分が殿になってた)

 

フィルヴィス関連でやる気マシマシなレフィーヤとちょっとビビってるアル。

 

 







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八十九話 

 

 

 

 

 

 

 

────あの戦いで【ロキ・ファミリア】に死者は出なかった。

 

それを知った時、私は浅ましくも安堵してしまった。

 

他でもない私が殺意すらもって襲った彼らが生きていることに、私は心の底から安堵したのだ。

 

嗚呼、なんて愚かなのだろう。

 

あのときは全て殺す気でいたくせに、いざ殺さなかった事実を前にしてほっと息を吐いてしまった。

 

レヴィスの魔石を喰らい、完全に怪物となり果てたにも関わらず、まだ妖精としての自分を失いたくないとでもいうのだろうか?

 

自分のことなのに分からない。何もかもが理解できない。

 

·······それでも一つだけ確かなことがある。

 

もう、私にクラネルやレフィーヤと同じ場所にいることはできない、許されない。

 

本当に怪物になってしまった以上、これから先も誰かを傷つけ続けることになるだろう。

 

穢れきったこの身では、彼らの隣にいる資格など無い。

 

既にわかりきっていたことだ。

 

だから、これは当然の末路なのだ。

 

最後に残った未練だけでも断ち切ろう。

 

だが、それでも、もう一度········。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルド本部。そのロビーでは依頼達成の報告をする冒険者やドロップアイテムなどの収得物の換金をしに来ている冒険者で賑わっている。

 

職員達が忙しく働いている他、多くの冒険者が掲示板の前で依頼を吟味している。

 

冒険者の人混みにはなぜか、普段よりもエルフの者が多く見られた。

 

その様に山吹色の髪をしたエルフの少女、レフィーヤは僅かに怪訝な表情を浮かべる。

 

「(同胞の人ばかり······?)」

 

 アルとの深層遠征鍛錬から数日、再度ダンジョンに潜る前に手頃な冒険者依頼でもないかとギルドに足を運んだのだが、何故か今日に限って同胞の姿が多い気がする。

 

「エルフばっかだな」

 

 アルも同意見だったのかそう呟く。二人がなんだろうかと顔を見合わせていると背後で何かが落ちる音が聞こえた。

 

振り返るとそこには呆然として手からポーチを落としたエルフの少女がいた。

 

濡れたような黒髪に紅玉のような瞳、そして神に仕える巫女を思わせる白い意匠が施された瀟洒な戦闘衣に身を包んだ妙齢のエルフの女性───フィルヴィス・シャリアである。

 

彼女の視線の先にはアルとレフィーヤがいる。

 

「レフィーヤ·········クラネル·········」

 

 硝子細工のような美麗な容貌を驚愕の色に染めて二人の名を呟いた後、フィルヴィスはその整った柳眉を寄せて顔を伏せる。

 

「フィルヴィスさん········?」

 

 暗鬱とした雰囲気を放つフィルヴィスの様子にレフィーヤは戸惑うように声を上げる。

 

「······っ、すまない」

 

「待ってくださいっ!!」

 

 逃げるように踵を返すフィルヴィスにレフィーヤは咄嵯に手を伸ばし、その手首を掴む。

 

一瞬だけ身を強張らせたフィルヴィスだったがすぐに力を抜いて立ち止まった。しかし俯き加減のまま振り向こうとはしない。

 

そんなフィルヴィスの態度にレフィーヤは困惑しながらも離してはいけないと本能的に感じてぎゅっと力を込める。

 

この手を離したら二度と話せないような予感があったからだ。だがどうすればいいのか分からず口籠ってしまう。

 

「············」

 

 アルにレフィーヤは助け舟を求めるような視線を向ける。

 

いくら親しくなったとはいえフィルヴィスと知り合ったばかりの自分よりは数年来の付き合いであるアルの方が会話しやすいだろうと判断したのだ。

 

したのだが────

 

「あー、俺帰るから二人で話しな」

 

「へ?」

 

「は?」

 

 そのまま出口に向かって歩き出すアルにレフィーヤどころか意気消沈していたフィルヴィスですら間の抜けた声を出してしまう。

 

今日は訓練休みなー、と気の抜けた声で言い残してそそくさと去って行くアル。ぽつん、と取り残された二人はお互いに気まずい沈黙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来なら曇ってるフィルヴィスを放置するとか言うもったいないことはしたくないんだけどレフィーヤがフィルヴィスに突き放されて想像以上にショック受けてるっぽいんだよな。

 

そのケアは俺にはできん。決戦前に参られても困るし、ここは二人きりにして二人に話してもらおう。

 

拗れたらフォロー入れるけど光属性極まってるレフィーヤならフィルヴィスのこともなんとかできるだろ。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、この髪飾りどうかな?似合う?」

 

「似合わねぇ」

 

 人混みにあふれた露天街。頬を膨らませて怒っている風な態度を取るレナにベートは辟易していた。

 

結局、ベートはあの後すぐにレナを振り払えずに連れ回されていた。下手に騒がれても困るので仕方なくレナの要求に応えることにしたのだ。

 

ベートにしつこく纏わりつくレナは終始ご機嫌であり、ベートが無視を決め込んでも全く意に介していない。それどころか、ベートに話しかける口実ができたとばかりに楽しげに話し掛けてくる。

 

このアマゾネス、メンタルが強すぎる。

 

「···············はぁ」

 

 ベートはレナを横目に見てため息をつく。レナはベートに好意を寄せているらしいが、ベートにはそれが理解できない。

 

きゃいきゃいと騒ぎ立てるアマゾネスの少女はベートが今まで出会ったことのない人種だ。

 

他人の意見に左右されず、己の意思を貫き通す。ある意味、ベートが他の者たちに求めていることを体現している。だからこそ、ベートは彼女を苦手としていた。

 

「もー、そんなにつんけんしてたら女の子にモテないよ?」

 

「·········うるせぇ」

 

 もう怒鳴る気力さえ失せたベートは投げやりに返す。ぴょんぴょんとベートの後ろを飛び回りながらついてくるレナはころころと表情を変えながら話す。

 

明朗快活、天真爛漫。

 

まるで子供のようなアマゾネスの少女はベートにとっては未知の存在。いくら罵倒しても一向に堪える気配がない。

 

その未知に対する恐怖心からベートはレナを避けようとするのだが、レナはそれを許さない。底なしの明るさでベートを強引に引っ張り回す。

 

「───チッ、『鍵』の心当たりってのをいい加減教えろ」

 

「そうしたら私とのデート切り上げちゃうでしょ? 」

 

「当たり前だろうが」

 

 きっぱりと否定するベート。レナはつまらなさそうに唇を尖らせる。

 

──────『心当たり』。

 

数日前、【ロキ・ファミリア】と闇派閥残党の戦いの場となった人造迷宮クノッソス。迷宮内のいたるところに設置されたオリハルコンの扉を開くのに必須である『鍵』。

 

闇派閥と密通しており、『鍵』を持っていたと思われる美神イシュタルの元眷属であるレナはその『鍵』に心当たりがあるというのだ。

 

そうでなければベートもレナに付き合ってデートまがいの買い物などするはずもない。

 

綺羅びやかなアクセサリーや魔石製品を扱う店々が立ち並ぶ露天街。男勝りな部分が多いアマゾネスではあるが、年頃の少女であることには変わらぬようでレナは目についたものを手に取り、嬉しそうな顔をしてベートに似合うかを聞いてきたりする。

 

正直、ベートとしては面倒なことこの上ない。

 

「ベート・ローガって本当に連れないよね~。少しくらい私に付き合ってくれてもいいじゃんか」

 

「テメェと話してる暇なんざねぇんだよ。さっさと『鍵』の在処を教えろ」

 

 頬を膨らましながら文句を言うレナに対し、ベートは苛立ち混じりに吐き捨てるが、レナは気にした様子もなくベートにじゃれついてくる。

 

「あ、お花屋さんだ! 」

 

 レナはベートの言葉を無視して露天街の一角にある色とりどりの花が咲き誇る花屋に目を輝かせてベートの腕を引っ張る。

 

「ねぇねぇ、寄ろうよ! ベート・ローガも何か買おう!」

 

 もはや抵抗すら諦めたベートはため息をつき、腕を引かれるままにレナの後に続く。

 

様々な種類、大きさの鉢植えが並ぶ露店の中、レナは青と空色の鮮やかな花弁を持つ鉢植えの前で足を止めた。鉢の中には小さく可憐な淡青色の花の群生が咲いており、それをじっと見つめていたレナはベートに向き直った。

 

「ねぇねぇ、ベート・ローガ。私の好きな花がなにか聞きたい?聞きたいよねぇ?」

 

「どうでもいい」

 

「なら、教えてあげるね!!私ね、ミオソティスの花が大好きで貰えたらすごく嬉しいなぁ。もう一度惚れ直しちゃうなあ!!」

 

 ちらっちらっ、と見上げてくるレナに嫌気が差したベートは何度目かもわからないため息をついた。このアマゾネスはいちいち行動がウザい。

 

そんなベートの内心を他所に、レナは満面の笑みを浮かべて期待した眼差を向けてくる。

 

「何やってんだ? ベート」

 

 そんなやり取りをしていると不意に背後から声を掛けられた。

 

ティオナやアキなどの女性陣よりも、或いはアイズ以上にこのザマを見られたくない相手とまったく同じ声に油のささっていない歯車のようにぎこちなく振り返る。

 

振り返るとそこには配達から帰ってきたのか、神に見初められてもおかしくないほどの美しい花屋の制服を着た『アンナ』という名札をつけたヒューマンの少女と無駄にセンスのいい衣服に身を包んだ美丈夫がいた。 

 

「ア、ル·········」

 

「そっちは········彼女か?」

 

「はいッ!! ベート・ローガの彼女のレナちゃんでーすッ!!」

 

「へぇ、ベートに相手がいるとは初耳だな」

 

 ────何だ、これ、地獄か?

 

ベートは冷や汗を流しながら、何とかこの状況を打破する方法を考えるが、何も思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「··········」

 

「··········」

 

 普段は快活なレフィーヤまで黙りこくってしまっているため、二人の間に流れる空気は重く、張り詰めていた。

 

お互いが無言で見つめ合うこと数分。悪目立ちこそしていないがそれでも見目麗しいエルフ二人が暗い顔で向き合っている様子は他の冒険者達の注目を集めている。

 

気まずさに耐えかねたレフィーヤが意を決して口を開こうとしたが、それより早くフィルヴィスが重々しく口を開いた。

 

「そろそろ、放してくれないか·········?」

 

「え?あっ!?ごめんなさい!」

 

 言われてようやく自分がずっとフィルヴィスの手を握っていたことを思い出したレフィーヤは慌てて謝る。

 

そしておずおずと掴んでいた手を離すとフィルヴィスは少し躊躇った後、ゆっくりとレフィーヤを見た。

 

レフィーヤはびくりと肩を震わせる。以前にもまして暗鬱とした表情を浮かべているフィルヴィスの双眼には強い負の色がありありと浮かんでいるように見えたからだ。

 

思わず息を飲むレフィーヤに対し、フィルヴィスは小さく唇を噛み締めた後、悲痛な面持ちで告げた。

 

「すまないが理由は話せない。だが、もう、私と関わらないでくれ」

 

 拒絶と取れる言葉と態度。そのことにレフィーヤは心臓を引き裂かれたかのような錯覚に陥る。

 

友人と思っていた相手に突き放されれば誰だってショックを受けるのは当然だ。レフィーヤの目尻には涙すら滲む。

 

「なんで、ですか·········どうして急にそんなことを·········」

 

 掠れた声音で問い掛けるレフィーヤ。クノッソスでの戦いが終わって以来、避けるような素振りは見せていたがここまではっきりと拒絶されるとは思っていなかった。

 

やはり、あの人造迷宮でなにかあったのだろうか。

 

「なにかあったのなら相談に乗ります!だから、そんな悲しいこと言うなんてやめてください·········っ」

 

「·········」

 

 レフィーヤの言葉にフィルヴィスは一瞬だけ瞳を揺らしたがすぐに視線を落とす。

 

「私の「私はっ、フィルヴィスさんともっと一緒にいたいんです······!!」」

 

 フィルヴィスの声を遮って叫ぶように言ったレフィーヤの顔はくしゃりと歪んでいて今にも泣き出しそうだった。

 

しかし、それは悲しみではない。むしろ逆だ。その証拠にレフィーヤの頬は紅潮し、胸元では小さな拳が強く握られている。

 

これは怒りによるものだ。

 

ムキになっていると言い換えても差し支えないだろう。レフィーヤはフィルヴィスに対して怒っていた。

 

レフィーヤは未だにフィルヴィスのことをよく知らない。彼女がどのような過去を背負っているのかもその表面しか分からない。

 

だがそれでも分かることがある。

 

フィルヴィスは何かに苦しんでいる。それもとても辛く苦しいものに囚われて動けなくなっている。そしてその苦しみを誰にも打ち明けられずに抱え込んでいる。

 

それがレフィーヤには許せなかった。

 

レフィーヤにとってフィルヴィスは頼れる先達であると同時に対等な同胞の友人なのだ。

 

その友が助けを求めることすらせず一人で悩み続けていることがレフィーヤは悔しかった。

 

「何があったのか話したくないなら無理に聞きません·········でも、もし、本当に困っていることがあったら力になりたいです·········!!」

 

 レフィーヤの強い意志が込められた真っ直ぐな眼差しを受け、フィルヴィスは僅かに顔を伏せる。

 

後ろめたさと罪悪感、そして己に対する嫌悪が入り混じった複雑な感情が心の中で渦巻いて赤緋の瞳は迷うように揺蕩う。

 

狼狽するフィルヴィスを見てレフィーヤは柔らかく微笑んだ。

 

どうすればいいか分からず途方に暮れているフィルヴィスにレフィーヤは手を差し伸べる。

 

大丈夫だと安心させるような優しい笑みと共に。

 

「フィルヴィスさんが何を抱えているか分かりません。けど、わたしもアルさんもいますから大丈夫です!」

 

 根拠も保証もないただの気休めの言葉、理屈もない感情論。しかし、不思議とレフィーヤの口から発せられると説得力があるような気がしてフィルヴィスは目を見開く。

 

レフィーヤの紺碧色の瞳とフィルヴィスの赤緋の瞳が交差する。

 

若い妖精の強い意志を込めた視線を受けて、年長であるはずのフィルヴィスは気圧されたかのように一歩後退ってしまう。

 

自らを孤独に置こうとしているフィルヴィスにレフィーヤは言う。

 

自分を信じて、と。

 

フィルヴィスが抱える事情は確かに重いものなのかもしれない。

 

だけど、レフィーヤは知っている。

 

フィルヴィスが本当に優しい人であるということを。自分のことよりも他人のことを優先してしまうほど優しくて、とても、不器用だということを。

 

「(違う、違うんだ、レフィーヤ、私は·········)」

 

 フィルヴィスは唇を噛み締めて俯いてしまう。レフィーヤの言葉は嬉しい。けれど、それに応えることはできない。

 

···············嗚呼、でも。

 

「なんて、頑なで·········なんて、困った奴なんだ、お前は·········」

 

 絞り出すような声音で呟かれた言葉。それは目の前にいる少女に向けた言葉なのか。あるいは自分に言い聞かせるようなものだったのだろうか。

 

しかし、どちらにせよフィルヴィスの表情には苦悩の色はあれど先ほどまでの暗さはなく、どこか吹っ切れたような清々しさを感じさせる。

 

そしてフィルヴィスはレフィーヤの手を握り返すと静かに口を開いた。

 

「·········すまなかったな、レフィーヤ」

 

「! いえ、気にしないでください!」

 

 レフィーヤは満面の笑顔で応える。その顔を見たフィルヴィスは少しだけ口元を緩めて苦笑いを浮かべた。

 

「·········ありがとう、レフィーヤ」

 

「えへへ·········」

 

 フィルヴィスが礼を言うとレフィーヤは照れくさそうに笑って頬を掻いた。

 

「(レフィーヤ、お前だけは·········)」

 

 穢れ切った自分はいつまでも一緒にはいられない、それでもレフィーヤだけは死なせない、とフィルヴィスは心の中で誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂埃の饐えた臭いと鉄錆のような血臭が充満している薄闇の中で啜り泣いているかのような耳障りな音が響いている。

 

貧民街にほど近い地下通路を大型級モンスターに匹敵する巨体が這いずっていた。二足歩行ではなく四つんばいで這うようにして進むそれは赤黒い体毛を血で染めた巨大なモンスターであった。

 

捻じくれた硬そうな角を持つ牛に似た頭部、長い牙は上顎から飛び出して口から覗くその牙は下手なナイフよりも鋭利そうに見える。

 

分厚い筋肉で覆われている胴体には所々毛皮がなく剥き出しになっている。四肢は太く短いながらも強靭さを感じさせる筋肉に包まれており、地面を掴む爪は鋭く尖っている。

 

何よりも特徴的なのはその二メートルを超える体高。人間など容易く踏み潰してしまうような巨体に、人間の子供程度なら丸呑みにしてしまえるような大きな口。

 

ダンジョンの深層域に出現する前衛系モンスター、バーバリアン。第二級冒険者ですら打ち勝てるかわからぬほどの強力なモンスターだ。

 

それが今、血まみれになりながら死に物狂いでなにかから逃げていた。

 

黄玉の瞳を人間のように歪めたその面頰には怪物らしからぬ()()が浮かんでいた。

 

孤独、恐怖、絶望―――それらの負の感情によって生まれた表情。

 

『ドコだ······ココはどこダ······?』

 

 悲嘆に暮れる獣の声に応えるものはいない。モンスターであるにも関わらず人語を操る異端の怪物。

 

『仲間タチはどこにイル·······?』

 

 仲間とはぐれてしまった哀れな怪物はこの暗闇の中でも見える目を使い周囲を見回すも、周囲に動くものは────。

 

「ん? お前、異端児か?」

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

クノッソスで思うようにいかなかったこともあってここ数日のアルは結構、悪質です(アマゾネス焚き付けなどを主に)。

 

あらゆる世界線で一番ましなアルはアミッド√のTSアルで一番悪質なのはフレイヤF√のTSアル。

 

 

アル苦手ランキング

一位、正論アミッド

二位、ミア

三位、ゼウス

四位、アポロン

五位、アリシア

六位、レフィーヤ NEW

 



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九十話 過去編は短くすませろってじっちゃん(ゼウス)が言ってた


IF最強のアルはフレイヤFのTSアルとアルフィア生存√のアルのツートップ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ややあって落ち着いたレフィーヤとフィルヴィスはいつもにまして多くいる同胞の冒険者の人数の多さに違和感を覚える。

 

男女、所属派閥、役職問わずにあらゆるエルフの冒険者がギルドに集まっており、ざわざわとした喧騒が絶えない。

 

「なにか特別な冒険者依頼でもあるんでしょうか?」

 

「エルフ限定の依頼、か?」

 

 エルフ達は冒険者への依頼を張り出しているボードの前に人だかりを作って『·····やはり、これか』『私は申込むぞ』『おぉ、これが噂の·····!!』『他の同胞達より早く申請しなくては』などと声を潜めながら会話をしている。

 

確かにフィルヴィスの言う通り、エルフの冒険者だけを対象とした冒険者依頼というのはままある。

 

魔力に優れ、理知的なエルフはその見目麗しさからも貴族や豪商からの需要が高い。護衛や探索などの様々な分野で需要があるため、そういう依頼は頻繁に発生する。

 

もっとも気格の高いものが多いエルフがそういった依頼を引き受けることは滅多にないが。

 

受けるとすればそれは同じエルフからの依頼だろう。

 

古いエルフに多い同胞以外を見下し、悪く言えば排他的で驕傲な者がどうしても冒険者依頼を出さなくてはならない場合などぐらいだ。

 

だが、それでもこれほどの数のエルフが自ら集まるとは考えにくい。なにより、この様子だとただの同胞からの依頼というわけでもないようだ。

 

「······まぁ、まずはその依頼を見てみるか」

 

 フィルヴィスは顎に手を当てて思案する素振りを見せてから呟く。するとレフィーヤも同意するように小さく首肯した。

 

二人は混雑している人混みの中を抜けて掲示板へと近づく。そこには多くの依頼書が張り出されており、フィルヴィスはその中から一つを手に取って内容を確認する。

 

他の依頼書とは紙の質が違い、古いエルフに重用されて使われている特殊な羊皮紙の用紙にわずかに目を見開いた。

 

「·········これは、エルフの言語? 共通語ではなく我々の言語を、それもなぜわざわざ古代のエルフ文字で依頼を綴っているんだ?」

 

 フィルヴィスは困惑気味に眉を寄せ、レフィーヤは興味深そうに食い入るように見つめる。

 

通常に使われているエルフ文字ならともかく古代のエルフ言語なぞエルフでも読めないものがほとんどのはずだ。

 

聡明なフィルヴィスやリヴェリアの薫陶を受けているレフィーヤならば読解できるが、それ以外の種族では古代語に精通していない限り不可能に近い。

 

「···········やはり、エルフ宛ての依頼か。しかし、これは······」

 

「なんでしょうね、これ?」

 

 レフィーヤが首を傾げるのも無理はない。そこに記されていたのはエルフ語で記された文面だったのだが、その内容は奇妙なものだった。

 

「······依頼内容は『聖樹の逸話を語らんとする者、 求む』 ?」

 

「依頼を出した人の名前も記載されていなきゃ、報酬額も書かれてませんね」

 

「ああ、妙な依頼だな······」

 

 依頼主の名がないどころか報酬すら明記されていない。こんなものは聞いたことがない。

 

代わりとしてあるのは。

 

「報酬として得られるものは『エルフとしての矜持のみ』········何だ、 これは」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィン、今の盤面をどう読んでいる?」

 

「·······んー、そうだね。確証はないがおそらく闇派閥の手から離れた『鍵』が最低でも一つはあると思う」

 

「······神イシュタル、か」

 

 『鍵』の捜索の指揮をしていた【ロキ・ファミリア】首脳陣達が休憩の合間に話し合う。

 

人造迷宮の内部各地に設置された破壊不可のオリハルコンの扉を開閉するための『鍵』。人造迷宮の攻略に必須のそれを闇派閥との決戦までにどうにか手に入れようと奔走していたのだが、未だに発見には至っていない。

 

そもそも闇派閥は本拠である人造迷宮に攻め込まれた時にだけ使う予定だったのか、万が一奪われては地の利が半減してしまう『鍵』の流出を恐れて持ち出してはいない。

 

それこそ『鍵』を手に入れるには再度人造迷宮にアタックを仕掛けなければならなかったのだが·····。

 

「闇派閥と密通していた神イシュタル。闇派閥と神イシュタルの間にどのような密約があったか知らないが資金提供の見返りに『鍵』の一つや二つは用意していただろう」

 

 メレンでも示唆されていた歓楽街を支配する【イシュタル・ファミリア】と闇派閥の繋がり。

 

歓楽街を取り仕切る彼女から資金提供を受けたであろう闇派閥残党。プライドが高く自分勝手な美神のことだ、『鍵』の一つや二つは確実にもぎ取っているだろうとフィン達は睨んでいた。

 

「そして、【フレイヤ・ファミリア】にイシュタルが討たれた、か」

 

 数日前、歓楽街を強襲した【フレイヤ・ファミリア】によってイシュタルが討滅された。

 

その理由は定かではなく噂ではイシュタルがフレイヤの男に手を出したのが原因などという根も葉もない話も出回っている。

 

しかし理由は何であれフレイヤによってイシュタルが討たれたことでその持っていたはずの『鍵』の所在も不明となった。

 

「【イシュタル・ファミリア】の全滅は、闇派閥の残党にとっても間違いなく誤算だったろう」

 

 だからこそ今の局面は自分たちと闇派閥による所在のわからない『鍵』の捜索戦なのだとフィンは言った。

 

 

 

 

 

「あ、そういえば、リヴェリア。里から手紙が来たんだって?」

 

「············ああ、三十年に一度、神秘の森の最奥にある精霊郷で行われる儀式。時期が時期だ、いくらアイナの件があるとは言ってもラキア王国と鍵の件がどうにかなるまでは都市を出るつもりはなかったのだがな」

 

「·······冒険者となってもハイエルフとしての宿痾からは逃れられないとは度し難い」

 

「ロイマンからも結構言われてるし、今、君を都市に縛り付けておいたらそれはそれで面倒事になりそうだからね」

 

「ま、そない長居するわけやないんやろ? 直ぐに状況変わるってわけでもないんや、行ってくればええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────四年前。

 

様々な石質の岩石によって造られた無機質な地下回廊。等間隔に設置された魔石灯がぼんやりとした光で辺りを照らしている。

 

オラリオの地に穿たれた大穴、ダンジョンの1階層。

 

そこには空気に赤く色がついていると錯覚するほどに濃密な血臭が立ち込めていた。モンスターの血肉がこびりつき、あるいは砕け散った骨片や内臓の一部などが散乱していた。

 

通路の壁にはところどころ血の跡があり、ここで凄惨な戦闘が行われたことを如実に物語っている。

 

そして焼けた肉の臭気が鼻をつく。

 

戦いの経験の無いものが近づいたら嘔気を催すほどの臭いだ。しかしそんな悪臭も気にならない凄惨さがあった。

 

緑色の体色した矮躯な人型であるゴブリンや犬を醜く人型に歪めたかのような見た目のコボルト。

 

本来であれば1階層には出現せず、2階層以下に生息するはずのカエル型モンスター、フロッグ・シューターや成人男性ほどの体長のヤモリ型のモンスター、ダンジョン・リザード。

 

そのどれもが神の恩恵を受けたばかりの駆け出し冒険者が相手をする低級モンスターたち。

 

異常なのはその数。広間を埋め尽くすかと思うほどに大量に存在していたのだ。軽く百体は超えるだろう。

 

そして何より異常だったのは、この場にいる全てのモンスターが死体となっていたことだろう。

 

あるモンスターは頭部を吹き飛ばされて絶命し、またあるモンスターは胴体に大穴を開けられて絶命している。

 

炭化したり、真っ二つに引き裂かれたような死体もあることから、何者かに殺されたことは間違いない。

 

屍の山が築かれている。、そう表現するのが相応しい光景が広がっていた。

 

しかし、そんな中で動いている影がある。

 

それはモンスターの死体を踏み潰しながら歩く少年の姿だった。

 

処女雪のように白い髪に血のような紅い瞳を持つ幼い顔立ちをした少年。

 

華奢に見える体躯をしているものの、身に纏う黒衣の下から覗かせる肌からは、鍛え抜かれた筋肉の存在が見て取れる。

 

幽鬼のように足音もなく進むその姿はまるで死人のようでもあり、恐ろしい程に整った容貌も相まって酷薄な雰囲気を漂わせていた。

 

『ヴゥ──!!』

 

 生き残り、全身を同胞の血漿と臓腑で汚した一体のゴブリン。恐怖など感じる理知を持たないはずのモンスターが、本能的な畏怖を感じ取り後ずさる。

 

そして怯えるように粗末な天然武器の棍棒を持ち上げると、仲間を殺したであろう存在へと襲い掛かった。

 

「────」

 

 振り下ろされた一撃を最小限の動きだけで回避すると、懐に飛び込んだ少年は一度腰に差した剣を引き抜くと同時に斬り上げる。

 

一閃。

 

それだけでゴブリンの首は胴から離れ宙に舞う。首を失った体が倒れるよりも早く、少年は次の標的へ狙いを定める。

 

無言のまま次々と襲いかかってくるモンスター達を切り伏せていく。

 

剣が振られるたびに血霧が上がり、斬られたモンスター達は絶命していく。その様は作業と呼ぶに相応しいものだった。

 

感情のない殺戮人形のように淡々とゴブリンやコボルト、フロッグ・シューターといった下級モンスターを次々と屠っていく。

 

「【───サンダーボルト】」

 

 雷鳴が轟いた。少年を中心にして紫電が弾け、雷火が舞い踊る。突如として発生した落雷が周囲のモンスター達に直撃する。

 

都市最高の魔導師と謳われ、『暗黒期』以前から【ロキ・ファミリア】に所属している私ですら初めて見る詠唱を一切必要としない速攻魔法。

 

そして、その威力は【魔導】の発展アビリティを発現させた上級魔導師のそれに匹敵していた。

 

『恩恵』を刻んだばかりの、一度もステイタス更新を行っていないLv1が持つにはあまりにも大きな力。

 

そんな魔法よりも、何よりも、目を引いたのはその戦闘技巧。

 

ヒューマン用の武器では体格に見合わぬためにギルド配給の小人族用の片手剣を使い、それをまるで手足の延長の如く扱っている。

 

ゴブリンやコボルトの攻撃を回避し、時には受け流し、反撃まで行っている。その動きには一切の無駄がなく、洗練された剣術そのものと言ってもいいだろう。

 

とはいえその技量は【ロキ・ファミリア】に長年所属する前衛冒険者のそれに比べれば拙いものではあるのだがそれでもLv.1の駆け出し冒険者が振るえるものではない。

 

『技術』でも『経験』でもない純然たる、生まれ持った『才能』による殺戮技巧。

 

まるで戦うために生まれたかのようなその立ち振る舞いはまだ子どもと言っていいその少年の正体が『剣の鬼』であると示しているようだった。

 

未知の結晶である迷宮ではよくある、そして多くの冒険者の命を奪ってきた異常事態。第一階層で起きた怪物の宴。それを勝手にダンジョンへ入ったことを聞きつけた私が駆けつけるまでに一人で鏖殺を以て平定した剣の鬼。

 

キルスコア──141体。

 

向上ステイタス──トータル200以上。

 

ランクアップまで────あと、19日。

 

それが私が───リヴェリア・リヨス・アールヴが見た『()()』アル・クラネルの冒険者としての初めての戦いだった。

 

 

 

 

 

 

アルの背中、首の根もとの辺りにその人差し指で触れ、神血で血文字の様な紋様をサインでも描く様な慣れた手つきで指先に描き出す。

 

ヒエログリフを彷彿させる文字列のような奇妙な模様、緋色の神聖文字がアルの肌の上で仄かに光り輝く。

 

ロキの指が動く度に、描かれた血の文字は意味を成していく。

 

「─────ようこそ、【ロキ・ファミリア】へ」

 

 光が収まった時には神聖な紋様にも見える『神の恩恵』が刻まれていた。

 

 

アル・クラネル

『Lv1』 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力∶I0

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

 

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、発展アビリティ『剣士』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

 

 

 

 

そこからは早かった。

 

命を削るかのような終わりの見えない戦いの日々、その五体を血に染めぬ日はなかった。

 

我が身を省みることなくひたすらに剣を振るい続け、鍛錬に次ぐ鍛錬、己を苛め抜き、限界を超えるような過酷な訓練。

 

貪欲なまでの知識の吸収。モンスターの弱点部位からドロップアイテム、階層ごとの出現モンスターの特徴。

 

あらゆる情報の習得に費やした時間は膨大だ。時間を切り詰める為に睡眠すら削って知識の研鑽に励んだ。

 

常軌を逸した努力の果てに辿り着いた頂。まるでこの世の摂理から外れているかの如き成長速度。

 

敗北の泥を啜り、全てを凌駕せんとする意思。私は剣の鬼がいずれ到達するであろう領域を想像しながら、アルはいったいどこに向かうのかと戦慄を覚えた。

 

世界最速記録を持つアイズのランクアップをも上回る速度でレベルを上げ続ける才禍。

 

そして、何より────この少年の瞳の奥に宿っている飢えた獣のような渇望。

 

燃え滾るような熱情ではない。しかし、その瞳に映るものへの強烈なまでの執着心。

 

瞳の奥底で静かに燃ゆる暗い炎。

 

まるで何かに取り憑かれているかのような凄惨な姿。儚猛にして凶暴、残忍で冷酷。それは狂気にも似た、純粋なまでに一途すぎる熱情。

 

決して弱音を吐かず、涙を見せず、諦めず、どこまでも強さを求め続ける。 

 

わからない。

 

なぜ、そうまでして強くなろうとする?

 

なぜ、そうまでして強く在り続けようとする? お前は何を求めているんだ··········?

 

それは、まるで。

 

まるで、いつかの────。

 

 

 

 

 

 

 

 

原作開始まであと四年か·······原作開始までにLv.4、欲を言えばLv.5·········第一級冒険者になりたいんだが、いけるかな?

 

【ロキ・ファミリア】に入団できたのはいいんだが、原作開始までに一軍、そうでなくともレフィーヤみたいな一軍とよく関わる次期一軍みたいなポジションには付きたいんだよなあ。

 

いくら【ロキ・ファミリア】に入団できた言っても末端じゃあ曇らせとかそれ以前の問題だからな、メインキャラの一軍達と絡むには最低限の力がないと話にならないと思うしな、最低でもレフィーヤと同じLv.3にはなっとかないと遠征にも同行できないだろうからな。

 

原作主人公のベルも憧憬抜きだとそこまで才能ある感じじゃなかったし、憧憬ブーストない俺じゃあ四年でランクアップできるかすらもわかんないけどさ。

 

最高レベルに才能あるアイズが一年かかってそれ以降はLv.5になるまでに六年かかったらしいし、元一般人の俺じゃなあ。

 

モンスター倒すのは村にいた頃にゼウスと一緒にやったことあるから抵抗はあんまないけど、血なまぐさいのとかは中々なれないしさ。

 

まあ、リヴェリアには世話焼かれてるからそういう意味じゃ一軍との関わりがないわけでもないけどさ。勉強も数学とかじゃなくモンスターやら魔法についてやらで苦痛ないし、充実してる。

 

俺の最終目標は仲良くなったメイン級のキャラを庇ったりして死んで曇らせることだからアイズとかと最低限、同じ戦場で戦えるくらいになんないといけないな···········。

 

原作開始までに、Lv.3かLv.4になってレフィーヤポジションになるのが理想形かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

三週間。それがアルがランクアップするのにかかった期間だった。一年というアイズの打ち立てた世界最速記録を遥かに凌駕する速度で作られた記録。

 

上層の実質的な階層主と目される『インファントドラゴン』、その強化種の討伐。Lv.2の上級冒険者ですら逃げ帰るしかなかった怪物と私が組ませたパーティメンバーを逃がすために殿となって倒れた団員を背に庇いながら戦った末の勝利。

 

英雄的だと神々は囃し立て、末恐ろしいと冒険者達は顔を顰めた。

 

だが私は·································。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルフのみに宛てられた奇妙な冒険者依頼。

 

『聖樹の逸話』というのはエルフの幼子に人気な童話のような物語であり、子供でも知っているような有名な話だ。  

 

その依頼書にあった童話の内容になぞらえた謎を解き明かしたレフィーヤとフィルヴィスはギルド長であるロイマンに真の依頼者が待っているという酒場を教えられた。

 

「ギルド長が言っていたのってこの酒場·············ですよね?」

 

「あぁ。ロイマンが言うにはこの酒場に本当の依頼者とやらが居るらしいが·······妙だな、人の気配がしない」

 

 二人がやってきたのはメインストリートから外れた瀟洒な酒場。看板には店名が記されており、見るからに高級そうな店構えをしている。

 

しかし、店の外から見る限り店内は静まり返っており、客はおろか店員の気配もない。

 

人払いでもされているのだろうかと疑問に思う二人だったが、とりあえず中に入ることにした。

 

よほど重要な機密性の高いクエストならともかく通常のクエストで酒場一つを貸し切るなんてことはまずありえないがそれほど特殊な依頼ということだろう。

 

「········入るぞ」

 

 扉を開けるとカランカランと小気味良い音が鳴り響き、二人の来店を知らせてくれる。

 

薄暗い室内に煌々と輝くランプに照らされた店内は落ち着いた雰囲気を醸し出し、どこか幻想的だ。

 

そして、そんな店内には二人のエルフがいた、片方は熟練の雰囲気を醸し出す覆面のエルフ。そして、もうひとりは····················。

 

「··········まったく、困ったものだ。また『被害者』が出たか」

 

 長く伸ばされたエメラルドを思わせる緑色の髪。エルフ特有の長い耳は怜悧に尖り、透き通るような肌に華奢な体躯はまるで文字通りの妖精のよう。

 

美しいという言葉をそのまま具現化したかのような美貌にその叡智の丈を表すかのように思慮深い翠碧眼。

 

その何気ない所作の一挙手一投足に至るまでが美しく、思わず見惚れてしまうほどの絶世の美女。

 

しかし、その美しさよりもなお際立つのは彼女の纏う空気だろう。

 

────全エルフが敬服し、神以上の信仰対象とすらいえるハイエルフ。それもこの英雄の都、オラリオで最強と謳われる魔導師でもある女傑、リヴェリア・リヨス・アールヴがいた。

 

「ま、待ってくださいっ!! どうしてリヴェリア様が?! ·············って、フィルヴィスさんも待ってください!! 何逃げようとしてるんです?!」

 

「離せっ、離せぇー!! この穢れた身体をリヴェリア様の前に晒すわけにはー!!」

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

四年前アル「できれば第一級なりたいけど。原作開始までにLv3かLv4になってレフィーヤポジションが理想かな?」

 

 



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九十一話 過去最高瞬間風速エルフと今、一番熱いエルフ



IF最強のアルはフレイヤFのTSアルとアルフィア生存√のアルのツートップ


 

『なに? 異端児を保護しただって?』

 

「ああ、スラムの近くでな。怪我をしていたから治療してやった」

 

 人の目がない貧民街の片隅にある廃屋の中で眼晶という通信型魔道具を使って何者かと会話しているアルの姿があった。

 

周囲には誰もおらず、廃屋の窓からは貧民街特有の悪臭漂う風が吹き込んでくる。

 

その廃屋内は椅子やテーブルなどの家具が全て撤去されていて殺風景なのだが部屋の中央だけは違っていた。

 

茣蓙が敷かれその上には大型級モンスターが横たわっている。少し前まで傷だらけだった巨体は今はすっかり回復しており、先程までは苦痛に喘ぐように荒かった呼吸も落ち着いていた。

 

『どうやってダンジョンから出たのか·······』

 

 通信型魔道具の向こうから響く中性的で歳も性別もわからない声の主は少し考え込むように沈黙する。

 

「で、どうする? 二メートル近い図体だ。隠してダンジョンに連れて行くのは難しいぞ」

 

 現在アルがいる場所は貧民街の廃屋であり、人の目がないためにこの場で異端児を保護することができたのだが、それもいつまでも続けられない。

 

アルの言う通りこの異端児の身体の大きさではダンジョンに連れていくことは不可能だし、連れていったとしても人目について騒ぎになるだろうことは容易に想像できる。

 

『バベルの入り口を使うには人の目が邪魔だな······』

 

『そうだな······よし。暫くしたらギルドにダンジョンへの入場規制を出させる。そうしたら目立たないように、既に潜っている冒険者に気をつけて彼を護送してくれ』

 

「あぁ、わかった」

 

 常日頃からウラノスの腹心としてアルに通信型魔道具を通してウラノスからの特別な冒険者依頼を秘密裏に伝えている声の主───フェルズはその任務を無事に遂行するであろうアルに労いの言葉をかけ、通信を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いてください。まず、リヴェリア様からご説明があります」

 

 もうひとりは全体的に緑の配色の服装をした覆面のエルフだった。なぜかリヴェリアから逃げようとするフィルヴィスとフィルヴィスを引っ張り戻してきたレフィーヤに話しかける彼女はその佇まいからして、おそらく剣士だろう。

 

一見して華奢な線の細い身体は無駄を排した機能美を感じさせるものであり、しなやかな動きは隙のない洗練された戦士の動きだ。

 

顔全体を覆うように布を巻いているため、表情は窺えないがその声音からは落ち着きがあり、冷静沈着な性格であることが伺えた。

 

身体から何気なく沸き立つ魔力は魔導士としても超一級品であることを示し、レフィーヤはゴクリと息を呑む。

 

「あなたは···········24階層や18階層でお会いした覆面の?」

 

 おかしい、と内心でレフィーヤは呟く。もとより実力者であることは疑っていないが覆面のエルフの実力は【ロキ・ファミリア】の幹部陣と比べれば見劣りする第二級冒険者相当だったはずだ。

 

だが、今目の前にいるエルフの放つオーラは明らかにそれとは違う。それは純後衛であるレフィーヤですら肌で感じることが出来るほどに濃厚で研ぎ澄まされ、洗練されたもの。

 

間違いなくLv.5以上。以下はあり得ない。

 

いや、あるいは───。

 

「(アイズさんと同じ───)」

 

「彼女はお前たちと同じく、冒険者依頼を成功させてしまったエルフだ」

 

「させて、しまった············?」

 

 レフィーヤたちにとっては一度、共闘した仲でもある彼女はそこまで言うとリヴェリアの方を伺うように向いた。

 

「·············私から本題に入ろう。とはいっても、わざわざ来てもらって悪い話ではあるが·········」

 

 頭痛を堪えるようなリヴェリアの様子にレフィーヤは首を傾けるが、リヴェリアは小さく嘆息すると口を開く。

 

「まずここに私がいたことも、冒険者依頼のことも全て忘れてほしいが······そうもいかないか。あの依頼は私が『精霊郷』に行くと知ってロイマンが勝手に出したものでな」

 

「··········『精霊郷』? 御伽噺の舞台となった、あの?! あれは創作の筈では·······?」

 

 またも逃げだそうとしたフィルヴィスがレフィーヤに引きずり戻されながら疑問を口にする。

 

聖樹の逸話の舞台はエルフが精霊たちと住まう精霊郷とされてはいるものの、実際にその場所が実在するなど聞いたことがない。

 

創作の類だと思っていたのだが、しかしリヴェリアは首を横に振る。

 

「いや、『精霊郷』は実在している。私はそこに私用があって行くんだが············。あの男が、第一級冒険者一人でオラリオの外に出るのに難色を示してきてな。それで勝手に冒険者依頼を出したというわけだ」

 

「···········あ、つまり、お付きのエルフを雇うということですか?」

 

「それもある。が、一番はロイマンが外聞を気にしすぎていてな。この時期の精霊郷は地位の高い部族のエルフが多く訪れる」

 

「·······なるほど、ハイエルフを一人で旅に出したとすれば都市は礼節を疑われ、従者を雇う金もないと軽んじられてしまう、ということですね」

 

「そういうことだ」

 

 エルフという種族は良くも悪くも気品高い、それ故に必要以上に高いプライドや排他的な面を持つ者も多ければ、他種族に対して見下すような言動を取る者もいる。

 

自分たちにとって神よりも尊いハイエルフが雑に扱われるなど、実際にはそうでなかったとしても凄まじく気分を害すだろう。下手をすればオラリオを敵視する程に。

 

「あの男はいかにオラリオが優れているか喧伝するのに余念がないからな、一番は迷宮都市の権威云々を気にしてのことだとは思うが···。今回の冒険者依頼も『精霊郷』に集まった同胞たちの目に適う教養者を選ぶテストに過ぎん」

 

 呆れたように肩をすくめるリヴェリアはため息をついて続ける。

 

「冒険者依頼は認めてやった。が、これで義理は果たしただろう、これ以上ロイマンに振り回される必要もない。一応の礼儀として、依頼を成功させたものには私から直接事情を説明し、報酬を支払うのが筋だとは思ったが···········精霊郷の存在も、私が赴くことも内密に頼む。巻き込んで悪かったな」

 

「待ってください、お一人でいかれるんですか?!」

 

「危険です。道中に何があるかわかりません」

  

 そう言って軽く頭を下げるリヴェリアに恐れ多いと慌てながらも一人で行こうとするリヴェリアに二人は物申す。

 

フィルヴィスはリヴェリアの視界に入らぬよう、酒場の外まで退避してはいたが。

 

「いや、問題ない。魔導士ではあるが、私はLv.6。都市の外のモンスターが相手であれば万一にも遅れは取らない」

 

「───わ、私も行きたいです!! 冒険者依頼を通して資格が証明されたのなら、連れて行ってください!!」

 

「お許しいただけるなら、私も力及ぶ限り、お守りいたします」

 

「フィルヴィスさんも行かれますよね!! ハイエルフの御方を一人旅させるなんてエルフの名折れです!!」

 

 従者のごとく、静かに頭を下げる覆面のエルフといつの間にか割と強引なレフィーヤの手から逃れ、店の外にいるフィルヴィスにも同意を求めるレフィーヤ。

 

「くっ··········!! わ、わかった!! リヴェリア様をお一人で行かせるわけにはいかない!!」

 

「声が店の外から······? というか、いつの間に外に··········?」

 

「穢れた身ではありますが、私ごときでできることなら、何なりとお申し付けくださーぃ!!」

 

 店の外からも聞こえにくいが同行の意を示すフィルヴィスの声が届き呆れたような、あるいは感心したかのような声を漏らす覆面のエルフ。

 

「·········はぁ、まあいいだろう」

 

「やった!!」

 

「お聞き入れくださり、ありがとうございます」

 

「ありがたき幸せー!!」

 

「·········同行するというのなら、汚れているかなんだか知らんが、あの困ったエルフにも、私に慣れてもらわなくてはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドチビが攫われた、やって?!」

 

 ラキア王国の進軍を退け、クロッゾの魔剣を求める奸計も退けてから数日。もとより彼我の戦力差からラキア王国に一分の勝機もないことは分かっていた。

 

しかし、だからこそラキア王国軍にヘスティアが拉致されたという報告は予想外だった。

 

ギルドから緊急招集を受けたロキは頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら声を張り上げる。

 

「あのおっぱいドチビめ、こんなときに要らん面倒事を持ち込んできよってぇ··········」

 

 オラリオを覆う市壁の北門では冒険者とオラリオを出入りする商人たちが慌ただしく動き回っている。有力派閥の主神や冒険者にはヘスティアがさらわれたことはすでに通達され、救出のための準備を整えている。

 

ただでさえクノッソスの攻略と闇派閥残党の始末に苦慮している今のタイミングで、とロキは苛立ちを募らせる。

 

「神ヘスティアを攫った王国の狙いはクロッゾの魔剣だろうね。彼女を人質ならぬ神質にすることで交渉を有利に進めようという算段かな?」

 

「おそらくな」

 

 ──────『クロッゾの魔剣』。

 

太古の時代にとある精霊をモンスターから助けた鍛冶師が打ったという精霊の力を宿した魔剣。

 

その鍛冶師の血を継ぐクロッゾの一族が神の恩恵を宿すことで隔世遺伝し、再び打てるようになった伝説の魔剣である。

 

通常、魔剣は詠唱を不要とする代わりにオリジナルの魔法を劣化させたものを撃つことができるのだが、このクロッゾの魔剣には精霊の力が込められているため本物の魔法と同等、あるいは以上の威力を発揮する。

 

その性能は通常の魔剣とは比べ物にならないほど高い。

 

かつて一族の者がその魔剣をラキア王国に売り込み、ラキア王国軍は圧倒的な火力と制圧力でありとあらゆる戦争に勝利して常勝神話を築き上げた。

 

しかし、その中で森や山を焼き払い、川の流れを変え、大地を干上がらせるなど自然環境を破壊してしまったせいで精霊の怒りを買い、国中の魔剣を破壊され、一族の者も魔剣を打つことができなくなった。

 

クロッゾの魔剣を失ったラキア王国の常勝神話が崩れ去った。

 

だが────

 

「ヴェルフ・クロッゾ、やったっけか?確か、元はファイたんのとこの」

 

 何故か、魔剣を打てなくなったはずの一族でありながら精霊の怒りを買う前のものと同じ魔剣を再び打つことができた少年がいた。

 

それが攫われたヘスティアの眷属であるヴェルフ・クロッゾ。

 

彼は望まずに一族の悲願であった魔剣の復活を果たし、その力を狙ったラキア王国は人質とするためにヘスティアを攫っていったのだ。

 

「早急に神ヘスティアを奪還しないと不味いな」

 

 ギルドがその要求に応えるにしても応えないにしてもヘスティアを人質に取られている以上、交渉の手綱はあちらにある。

 

応じなかった場合、ヘスティアと仲の良い神の派閥───鍛冶系大派閥【ヘファイストス・ファミリア】を含む───から反感を買ってしまう可能性がある。そうなれば最悪の場合、仲間割れにまで発展する可能性もある。

 

「···········ロキ、フィン」

 

「門を開けた神ガネーシャも悪気はなかったんだろうがな······」

 

「おおアイズ、アル。来たか、ティオナ達は?」

 

「俺等しか来てない」

 

 クノッソスの『鍵』の捜索のために奔走している幹部陣の中で最寄りにいたアルとアイズが駆けつけた頃には既に門の前には多くの冒険者が集まっていた。

 

「あ、あの、神様が攫われたって本当ですか?!」

 

「········せや、アレスのバカに攫われてもうたわ」

 

「そんな······」

 

 その中にはヘスティアの眷属であるベルの姿もあり、ロキの言葉を聞いて顔を青ざめさせて愕然とする。

 

「神様は今どこにいるんですか!?」

 

「分からん。ラキアの連中は東西南北の四方八方に逃げてるらしい。まあ、追跡を撒くために分散してるのは間違いないやろうな」

 

「そ、それじゃあ、このままだと········」

 

 ラキア王国軍はヘスティアのいる本隊への追跡を撒くために部隊を四つに分けて四方に散り散りに逃げている。

 

延べ六度に渡る敗走によりオラリオから本国への逃走ルートを熟知している彼らはその地形を利用した巧妙な逃げ方をしているため、そう簡単には見つけられない。

 

むしろ、オラリオの市壁内に閉じこもっている冒険者たちよりも外に逃げたラキア軍のほうがオラリオ周囲の地理に詳しいまであり、捜索範囲を広げても徒労に終わる可能性が高い。

 

「·······とりあえず、俺行ってくるわ。アイズ、お前はどうする?」

 

「私も行く」 

 

 混乱しているベルを落ち着かせるように肩を叩いてからアルが前に進み出てアイズはそれに続く。

 

「まあ、俺が行くのが一番早いからな。アビリティで見落としもないし」

 

 機動力においてアルの右に出るものはいない。特に今回は相手側に地の利がある分、広範囲の索敵ができる直感のアビリティの存在は大きい。

 

「ぼ、僕も行かせてください!!神様を追います!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、風貌。まさか··········『疾風』か?」

 

「··········そういう貴女は『白巫女』。確か、アルとパーティを組んでいたとか」

 

「··········ああ、私もお前の話はクラネルから聞いたことがある」 

 

「「···························」」

 

「(────────空気が、重いっ!!)」

 

 『疾風』リュー・リオンと『白巫女』フィルヴィス・シャリア。片や第一級冒険者、片や第二級冒険者とどちらも冒険者として極めてすぐれた実力を持ち、エルフらしい美貌に恵まれた女傑である。

 

だが、そんな二人の間に流れる空気は非常に重苦しいものだった。

 

二人とも種族として潔癖なきらいのあるエルフ故なのかどちらも対人関係においてポンコ··········些かコミュニケーション能力に乏しかった。

 

ギクシャクとした様子の二人の会話はどこかぎこちなく、そして非常に気まずい。

 

そのどちらもが、『闇派閥』によって仲間を失い、自分だけが生き延びてしまったという過去を持つエルフだからだろうか。

 

二人の間はある種の同族嫌悪のようなものか、それとも共通の知り合いであるアルによるものか、険悪とまでは言えぬものの、あまり良くない空気が漂っていた。

 

「(助けて·······ティオナさん·········)」

 

 その向かい合う二人の空気に直面したレフィーヤはいつぞやと同じように心のなかで嘆きながらどんなに気難しい相手でも、胸襟をこじ開けるコミュ力おばけのティオナの助けを強く求めるのだった。

 

「何を遊んでいる。行くぞ、お前たち」

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

アルがフェルズとかと繋がるようになったのは第一級冒険者になってから

 

リューは現時点でLv.6です

 



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九十二話 暴走妖精三人娘


  
ナイト・オブ・ナイトが真っ当にイケメンだった


 

 

 

「フ、フハハハハハ────ァッ! !どうだ見たか!!憎っくきオラリオに吠え面かかせてやったぞ!!!」

 

 冷風が吹き荒ぶ山脈地帯、その中を歩く一団がいた。三十名ほどの集団で全員が騎士鎧に身を包み、その内の一人は豪華な装飾の施された赤い全身鎧とマントを着用している。

 

赤い全身鎧とマントを身につけた男神────ラキア王国の主神であるアレスが高笑いを上げていた。

 

荒涼とした山道には緑がほとんど無く灰一色の世界が広がっており、雪は無くとも気温は非常に低くて装備している金属板越しでも肌寒さを感じるほど。

 

しかしそんな環境の中にあってもアレスの機嫌はすこぶる良く、まるで新しい玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせながら周囲を見渡していた。

 

「むぎゃああぁっ!!離せアレス、離せぇーーっ!!」

 

「黙っていろ!!能なしドチビ神!!」

 

 そんなアレスに米俵のように担がれたヘスティアがジタバタと暴れるが、アレスはそれを気にも留めずにズンズンと進んでいく。

 

「誰がチビ神だぁあああああああああああああ─────っ!?」

 

 じたばたするヘスティアを無視してアレス達は山の抜け道を通ってオラリオから逃げるように移動を続ける。

 

モンスターと遭遇しても上級冒険者相当のステイタスを持った騎士達によって簡単に駆逐されていく。

 

「ボクにこんなことをしてただで済むと思っているのかぁっ!?」

 

「ハハハハッ!!貴様のようなちんちくりんなドチビ神に何が出来るというのだ? それにここはもう、ベオル山地なのだぞ? オラリオの冒険者といえど追いつけるものか!!」

 

「くぅう~~~······っ!!」

 

 ヘスティアは悔しそうに歯軋りするがそれ以上はアレスの肘鉄をみぞおちに喰らったせいで「うぐぅ·····」と、何も言えなくなる。

 

ここはオラリオから離れて地の利はこちらにある山岳地帯であり、ここなら見つかる心配は無いとアレスは確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヴェリア、レフィーヤ、フィルヴィス、リューのエルフ四人は三十年に一度、儀式が行われる御御噺の秘境、『精霊郷』へ向かっていた。

 

早馬で飛ばしてもかなりかかる距離ではあるが、そこは自然と生きるエルフ。馬を適度に休ませながらヒューマンでは考えられない速度で見通しの良い草原を駆けていく。

 

道中、度々現れるモンスターが襲いかかってくることもあったが、第一級冒険者のリヴェリアやリューはもちろんのことオラリオでも上位の実力者である第二級冒険者フィルヴィスとレフィーヤが地上の魔石を劣化させたモンスターに遅れを取るはずもなく、危なげなく討伐していく。

 

「·······そういえばリヴェリア様。お尋ねする機会がなかっ···いえ、お伺いできずにいましたが、リヴェリア様はなぜその儀式に赴かれるのです?」

 

「あっ、私も気になってました!」

 

 馬を走らせる途中、ふと思いついたようにリューがリヴェリアに尋ねる。レフィーヤもリヴェリアに視線を向ける。

 

むしろ、リヴェリアをよく知るレフィーヤだからこそ、今回の件は疑問であった。

 

その『精霊郷』には各地の地位の高い部族のエルフが集うという話だ。ハイエルフであるリヴェリアは当然ながら厚く遇されて歓迎されるだろう。

 

そんなハイエルフとしての特別扱いを嫌うリヴェリアがわざわざ出向くのには相当の理由があるはずだとレフィーヤは考えたのだ。

 

「精霊達との友愛の証として儀式の後の宴で幻の霊薬実が実るらしくてな」

 

「幻の霊薬実············確か聖樹の物語の中で悪しき者達に狙われた秘中の霊薬でしたね」

 

 エルフの子どもたちに寝物語として人気な童話『欲張り少女と大聖樹』。ロイマンが依頼書の謎に使ったその伝承にはこれから向かう『精霊郷』と『霊薬実』が登場していた。

 

「··············大聖樹········幻の霊薬実············それって、恋が成就するっていう赤い実のことですか?!」

 

「あぁ、そういう逸話もあったな」

 

 年頃の娘らしくレフィーヤも恋愛話に興味津々なのか、目を輝かせて身を乗り出す。リヴェリアはそんな純真無垢な瞳を向けてくるレフィーヤに苦笑しながら答えた。

 

「確か、お伽噺の最後は燃えてしまった大聖樹を精霊と同胞達が協力し、復活させるんですよね」

 

「ああ、それで改心した少女と幼馴染の少年は、大聖樹に成った赤い実を二人で食べて結ばれる、だったか」

 

 霊薬実はその御伽話の内容から恋が成就する奇跡を宿した果実としてエルフの間では有名なものである。

 

「郷が実在するのなら、その効力も本物なのですか?」

 

「一応、ではあるがな。妙薬として尊ばれている霊薬実だが、そういった逸話があるのも確かだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋭い岩壁を風が吹きぬけ、その岩肌のあちこちに亀裂や裂け目が走っている。その悪路は馬車が通れるような道ではない。

 

─────『ベオル山地』。

 

オラリオから北方にある山脈であり、緑のほとんど存在しない荒涼とした大地が広がっている。灰白色の山々が連なり、所々に小さな木々があるものの、基本的には人の住めない場所だ。

 

人の手もろくに入っておらず、モンスターも多く生息しているため、ここを訪れる者はほとんどいない。たまに遠回りを厭うた商人や旅人がオラリオに向かう途中にここに入り込んでしまって帰ってこなくなるという話もあるくらいである。

 

そんな吹き荒ぶ冷気と強風の中を三人の冒険者が駆っていた。

 

白髪と金髪が風になびく中、古代からの系譜であるモンスターが次々襲い掛かってくるが先頭に立つ白髪の英雄がそれをものともせずに蹴散らしていく。

 

ハーピィやバクベアーなど比較的厄介な部類に入るモンスターだが地上に進出し、魔石を劣化させることで繁殖していった彼らはダンジョンのオリジナルに比すれば大した強さではなく、英雄にとって障害にもならない。

 

最短で山脈を突き進む彼等は早馬以上の速度で駆け抜けていた。

 

「ハァ、────ハァッ!」

 

 そんな中、白い髪を乱しながら後を走る少年──ベル・クラネルは息を切らしていた。

 

Lv.3のステイタスをもってしても追いすがるだけで精一杯な進行速度にベルの体力は既に限界を迎えようとしていた。

 

息が上がり、視界が霞む。それでも必死についていく。動悸が激しくなる。まるで心臓を直接握られているかのように胸の奥が痛くなる。

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 鉛のように重くなった足を引き摺るようにして前に進む。汗が流れて目に入る。歯を食い縛ってひたすらに走る。

 

こんなところで遅れをとるわけにはいかないのだ。自分が足を引っ張っていることは分かっている。だからこそ、せめてこの身一つだけでもついていかなければと懸命に食らいついていく。

 

先を走っている二人の姿に引き離されないように。少しでも差を埋めようと足を動かす。

 

Lv.3であるベルに対して先行する二人のステイタスはLv.6とLv.8。基礎的な身体能力の段階で大きく差がある。かけ離れすぎていて同じ土俵に立つことすらできない。

 

速力も、体力も遠く及ばない。第一級冒険者との格差を思い知らされる。

 

「(でも········!)」

 

 だからといって諦めることなんてできるはずがない。ここで止まってしまったら自分はいつまでもあの憧憬に追いつくことはできない。

 

敬愛する主神を救い出すためにも命に火を灯すように足を動かし続ける。懸命に、必死に、死に物狂いで走り続ける。

 

『剣姫』と『剣聖』、ベルの目標であり、揺るぎない憧憬。

 

─────遠い。

 

実際の距離以上に見せつけられる彼我の実力の差。遥か高みにいる彼等の姿を前にすると自分の無力さが嫌になるほどに突き付けられる。

 

けれど、同時に心が熱くなる。

 

それは不純かもしれない。あるいは愚考なのかも。どちらにせよ、この気持ちだけは確かなものだ。

 

憧れた背中を追い越したい。

 

その隣に立ちたい。

 

そしていつかは─────超えたいと願う。

 

熱に浮かされたような想いを抱きながら、ベルは懸命に二人の背を追いかける。

 

息も絶え絶えな自分を慮って二人が全力を出さずにいることをベルは知っている。

 

自分の様子を窺いながらもペースを合わせてくれる彼等の心遣いが嬉しくもあり、悔しくもあった。

 

つまらない意地、愚かな見栄、くだらないプライド。

 

そんなものを心に焚べて無理矢理に体を動かした。

 

 

 

「·····アルの弟って本当にLv.3?」

 

「·········さぁ?」

 

 第二級冒険者とは思えぬ加速で追従してくるベルを見てアイズは目を丸くし、アルは首を傾げた。

 

モンスターを倒し、時には無視し、最短ルートを突き進み続け、ようやく目的地へと辿り着いた頃には既に太陽は沈みかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し、急ごうと歩を進めたリヴェリアに聞こえないように声を潜めて二人にすり寄るレフィーヤ。

 

「·············あ、あの、みなさん?」

 

「なんだ、改まって?」

 

「何でしょうか?」

 

 真剣な表情で二人の耳元へ口を寄せるレフィーヤの様子に、二人は何か重要なことを伝えるのかと顔を寄せた。

 

「ひょっとしたら、なんですけどぉ···········リヴェリア様、実は意中の方がいらっしゃるんじゃないんでしょうか·········」

 

「···············!? 何を言っているのですか、突然ッ!!」

 

 ハイエルフをなによりも敬愛しているエルフの少女達は何を言っているのだとレフィーヤに迫るが、頬を染めたレフィーヤはそれにまさる気迫で突き返す。

 

それは、この三人の中で唯一、リヴェリアと親しいレフィーヤだからこそ思い至った可能性でもあったからだ。

 

「リヴェリア様はハイエルフとして扱われることがお嫌いなんです!!各地の地位の高い部族のエルフが集まる場にわざわざ出向いてまで儀式に参加されるなんてやっぱり余程の理由が·······もしかしなくても、リヴェリア様にはすでに心に決めた方が·······!!」

 

「そ、そんな馬鹿なことがあってたまるかっ!リヴェリア様に限ってそのようなことは断じてないっ!!」

 

 ハイエルフにある種の処女性を求めてしまうエルフにとってレフィーヤの言葉はまさに青天の霹靂であって到底受け入れられるものでは無く、フィルヴィスはレフィーヤの言葉を即座に否定するが、レフィーヤはそれすらも振り払う。

 

「リヴェリア様だって恋をしてもなにも可笑しくないじゃないですかっ!!もしそうだったら私、応援したいです!!」

 

 レフィーヤは興奮したように顔を紅潮させて熱弁を振るう。レフィーヤはリヴェリアのことを心の底から尊敬している。

 

入団当初からハイエルフであるに関わらず、先達としてのリヴェリアに憧れ、リヴェリアのようにありたいと願ってきた。

 

年頃であるレフィーヤはそれらを差し引いても恋に憧れる乙女である。ましてやそれが、自分の尊敬する人の初恋であるなら尚更。

 

「『千の妖精』、流石にそれは考えすぎなのではないですか?」

 

 儀式に参加するというだけで色恋につなげるなどあまりにも荒唐無稽だという目上のエルフ二人を前にしても半ば、暴走気味なレフィーヤは止まらない。

 

以前、リヴェリアはいつもとは違い、ファミリアのものではなくギルドの職員に人目を憚るかのように書簡を渡していたという。

 

通常であればファミリアの人員に渡せばいいものをわざわざ隠すかのように出した手紙の正体は誰かへの恋文なのだと、レフィーヤは言う。

 

これがそこらのエルフの言葉だったなら聞くにも値しない戯言だが、それをいったのがリヴェリアの後継者としては常日頃からその薫陶を受け、他の誰よりもリヴェリアの近くにいるレフィーヤならばその言葉にも無視できない信憑性があるように感じられる。

 

「───っ?! その相手に心当たりは??」

 

「いえ、それが全く見当が·············」

 

「馬鹿な、リヴェリア様に相応しい男など!! 居るはずがないだろう!!!」

 

 リヴェリアがハイエルフであることを差し引いても、オラリオでも一二を争うほどの美貌の持ち主であり、都市最強魔導士『九魔姫』の名は伊達ではない。

 

その類まれなる才覚と女神すら霞む美貌もさることながら、なによりもその人柄と器の大きさが皆に慕われている。

 

そんなリヴェリアに相応しい相手など想像もつかない。

 

「··············それは暴論でしょう、世界は広い。捜せばリヴェリア様にふさわしい方もいるかもしれません」

 

 崇拝対象であるハイエルフにはかつての聖女セルディアのように穢れずに清い身体のままでいてほしいというのは直接口に出さずともエルフならば誰しもが思っていることだ。

 

そんなエルフにとってリヴェリアに恋人が出来るということは不敬であるがあまり望まぬことである。

 

しかしだからといってレフィーヤの考えを頭ごなしに否定するわけにもいかない。

 

「リヴェリア様に相応しい方·····頭脳明晰で容姿端麗で人格者で品性と度量を持ち合わせた高潔な精神。家事や料理などの生活能力に優れ、神よりも博識で記念日を大切にし、伴侶を大事にしていざとなれば伴侶のために命を投げ出す覚悟のある心優しき殿方········えぇ、確かにそのような方がいれば、リヴェリア様も·····」

 

 リューはまるで世間知らずのお嬢様がお茶会で理想の男性像を思い浮かべるかのように指折り数えていってから、どこか遠くを見つめるような表情を浮かべた。

 

「·······なんだその完璧超人。それこそ物語に出てくる王子じゃないか。そんな男は幻想か空想上の存在だろう!!」

 

 善神にもそんな完璧な存在はいない。いや、むしろいたらおかしい。いたら怖さが先にたつ。

 

「······なによりその方がリヴェリア様よりお強くなければなりません。そうでなければ世界中のエルフが許さない」

 

 都市『最強』の魔導師、つまりは世界最強の魔導師であるリヴェリアのレベルは事実上の最高位である6。

 

それ以上のレベルとなると今はなきかつての最強派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】に幾人。現状は学区の『ナイト・オブ・ナイト』とオラリオ現最強の二人だけだろう。

 

同格のLv.6にしても男では最強派閥の【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に三人ずつのみ。都市外に目を向けたとしても戦いバカのテルスキュラじゃあるまいし、オラリオ外にそのような男が早々いるはずがない。

 

リヴェリアより強い男とはそれほどまでに希少なのだ。

 

加えてリューの挙げた条件に当てはまるような男がいたとしたら、そいつはきっとただの怪物だ。フィルヴィスもレフィーヤもそう思った。

 

「·············なんにせよリヴェリア様がお心を寄せられている方がいらっしゃるならお強くなかったとしても祝福すべきです」

 

 

「それは······そうですね、例えそれが禁忌の恋路であったとしてもリヴェリア様を真に思えば応援すべきです」

 

 フィルヴィスも先程までの暴走が嘘のように落ち着きを取り戻して賛同した。

 

「しかし、いったい誰だと言うのだリヴェリア様が気にかけている男というのは··············?」

 

「····················あっ」

 

「ん? なにか、心当たりでもあるのか、レフィーヤ?」

 

 何かに気がついた、気がついてしまったかのように声を漏らしたレフィーヤへ視線が集まる。

 

「··············もしかして、アル、さんなんじゃ?」

 

「··············はい?」

 

「··············なん、だと─ッ?!」

 

 理解不能という目を向けるリューに、世界の終わりであるかのような絶望の表情を浮かべるフィルヴィス。

 

レフィーヤの言ったことは二人にとってあまりにも衝撃的だった。戦慄に染まった先達の同胞二人の様子には気がついていないのか自分の考えを滔々と語るレフィーヤ。

 

「団長やガレスさんはまずないでしょうし、【フレイヤ・ファミリア】の方々とは敵対されています。他に候補と言ったらアルさんくらいしか···········。よく、お二人で話しているところを見かけますし·······」

 

 ベートが問題外なのは当然として男女の仲とはまったくもって思えない首脳陣二人。実力的にはともかく、【フレイヤ・ファミリア】の幹部は話にもならないだろう。

 

エルフ故に『白妖の魔杖』と『黒妖の魔剣』はリヴェリアに敬慕を示すが、それはあくまでも種族的なもの、【フレイヤ・ファミリア】の男性団員が女神フレイヤ以外に恋慕するなどありえない。

 

それに引き換え、アルは············?

 

─────強さ、誇張でもなんでもなく世界最強格。

 

─────頭脳と容姿、時折奇行に走ることに目をつぶれば完璧。 

 

─────品位、たまに血生臭くなることに目をつぶれば貴公子。

 

─────度量、常識が通用しないところに目をつむれば英雄。

 

─────家事、アイズとティオナを足してティオネをかけても足元にも及ばない女子力。

 

─────記念日、好感度稼ぎチャンスはなにをどうしても見逃さない。

 

─────────あらやだ、お似合いですっ!(アリシア、レフィーヤ脳内イメージ)

 

「そ、それはあってはならないっ!! 絶対に絶対に!! ハイエルフともあろうお方が、異種族との婚姻

など··············!!!」

 

「えぇ、えぇ、そのとおりです、エルフの純潔は絶対不可侵のもの······まして、ハイエルフともなればなおさらっ!!」

 

「い、いや、別にアルさんだと決まったわけでは··········」

 

 想像以上に取り乱す二人にぎょっとしつつ二人を諌めようとするレフィーヤだったが一度、スイッチが入ったエルフは恋煩い中のアマゾネス並みに人の話を聞かない。

 

リューもフィルヴィスも完全に妄想の世界に入ってしまってレフィーヤの言葉は一切届いていなかった。

 

「そもそも、万が一、億が一!! そうだったとしたら、書簡など出す必要がないだろうがッ!!」

 

「ええ、まったくもってッ!! そのとおりだッ!!」

 

 もはや、恫喝の域にすら達したフィルヴィスとリューの気迫に「仲良くなりましたね·······」と涙目になる最年少エルフ、レフィーヤだった。

 

 

 

 

 

「そろそろ、『精霊郷』だ。··········何を騒いでいる?」

 

「「「はッ···········!! 申し訳ありません(すみません)、何でもありません!!」」」

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

直感さん『おっ、なんか修羅場るみたいだぞ?』

 

幸運さん『気まずいとこにはいたくないだろうなあ』

 

精霊さん『ったく、仕方ない』

 

闘争さん『ふー、やれやれ』

 

疾走さん『はよ離れんとな!!』

 

イカレ白髪「」

 



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九十三話 ツッコミ不在の恐怖





 

 

 

 

 

「そろそろ、『精霊郷』だ。··········何を騒いでいる?」

 

「「「はッ···········!! 申し訳ありません(すみません)、何でもありません!!」」」

 

 精霊の住まう『精霊郷』まで間近となり、護衛そっちのけで騒いでいる三人へリヴェリアから注意が飛んできた。

 

「あまり騒々しいと、精霊の気分を害しかねない。森に入るまでに気分を落ち着けておけ」

 

「「ハッ!!」」

 

「は、はいっ。気をつけます!!」

 

 軍隊のように揃って返事をするフィルヴィスとリュー、慌てて声を張るレフィーヤ。

 

わかってねえなあ、という嘆息を漏らしながら進むのを再開したリヴェリアの背後で多少、頭の冷えたエルフ達の談合が再開する。

 

リヴェリアに聞こえないように声を潜めるエルフ達。茹だった頭も少しは冷静さを取り戻したようだ。しかし、やはりというべきか、話題の中心は先程のレフィーヤの発言についてだ。

 

から先程のリヴェリアの忠告がすっかり抜けてしまう。

 

「(それで、レフィーヤ。本当にリヴェリア様の想い人は···········ク、クラネルなのか?!)」

 

「(い、いや。只の私の予想ですから············)」

 

 だが、実際、異種族であることにさえ目を瞑ればアルとリヴェリアはお似合いといえなくもない。

 

中年ショタや髭ドワーフとは違い、背が高く容姿端麗で変なスイッチが入らない限りは英雄然、騎士然としたアルと一族の誇りたる美姫であるリヴェリアの組み合わせはとても絵になるといえよう。

 

常日頃の言動もその並外れた力故か、多少常人とはズレているものの、それは許容範囲。むしろ、そこが良いというファンもいるらしい。

 

ハイエルフの伴侶に求められる品性も普段のアルならば十分過ぎる程に備えている。

 

あれで割と家庭的だし、料理もできる。掃除も、洗濯も、裁縫も、ちょっと気持ち悪いくらいできる。

 

最強の魔導師であるリヴェリアと最強の前衛であるアルは戦闘においても相性が良い、理想の関係だ。

 

なによりアルは真に救世の英雄であり、数年前に()()()()()()()()()()()。異種族であるという問題点もそんなアルの伝説の前では霞んでしまう。

 

比喩でない、救世の大偉業を成し遂げたアルだからこそリヴェリアと並び立っても違和感がない。

 

神を撃ち落とす、その偉業は世俗に疎い閉鎖的なエルフの耳にも届いているほどだ。

 

かの聖女セルディアも史上最強とも目される大英雄、傭兵王ヴァルトシュテインと恋仲であったという逸話もある···············敬虔なエルフからすれば憤慨も甚だしいが。

 

排他的で他種族のものを見下すきらいがあるエルフの者とて相手が押しも押されもせぬ大英雄であればヒューマンといえど、そこまでの反発はできないだろう。

 

「(ですが、他に候補となる方もいないのでしょう? ···········しかし、仮にそうだとしても、どうすれば真相を確かめることができるのか········)」

 

「(·········それは)」

 

「(·········やはり、『霊薬実』を何処の誰にお渡しになるのか直接お聞きするしか·······)」

 

 そして、結局そこに行き着く。いくら論じようともその相手がアルかはわからない。それなら、本人に聞いてしまった方が手っ取り早い。

 

「なっ!? それは不敬では!? 貴人の恋路を暴くなど赦されることではない!!·······いや、だがしかし、そうでもしなければ確かめられない·········」

 

 フィルヴィスの言葉にリューも考え込む。確かに、それも一理ある。ハイエルフであるリヴェリアの恋路を詮索するなど許されることではないが、その予想される相手はあのアルだ。

 

その実力は疑うべくもなく、人格や人間性も問題ない。少なくともリヴェリアの恋慕を無下にすることはないはずだ。

 

しかし、アルが世間一般の倫理では測れない問題人物でもあるのもまた事実。

 

下衆の勘繰りと謗られるかもしれないが、万が一、億が一の可能性を考えるのであれば、その真偽は確かめるべきだ。

 

エルフの誇りであるハイエルフがまさかあのイカれた白髪頭を相手に恋心を抱くはずはないと理性では思うのだが、感情を無視することはできない。

 

「不敬だということは重々承知の上だッ!! だが、知らずにいられんのだッ!! もし、万が一···億が一、リヴェリア様の想い人がクラネルだとしたらッ!!」

 

「ッ···!! そ、そうです、我々には知る義務があるッ!!」

 

「ありませんよッ?!」

 

 レフィーヤのツッコミも届かず、フィルヴィスとリューの暴走は止まらない。

 

一度、激情に駆られたエルフはもう誰にも止められない。

 

二人の脳裏に浮かぶのは、アルとリヴェリアが並んで歩く姿。手を繋ぎ、腕を組み、寄り添うように歩む二人はとても絵になり、祝福するエルフ達の姿まで想像できてしまう。

 

そんな光景を思い浮かべてしまっては、フィルヴィスもリューも居ても立ってもいられなかった。

 

口の中が血の味がするほど歯を食い縛り、拳を握る二人。

 

頭の茹ったエルフ二人には制止するレフィーヤの言葉も届いていない。

 

「リヴェリア様の想い人を突き止···いや、確認するべきです」

 

「いや、だから······」

 

 冷静沈着な妖精剣士のリューまでもが普段とはかけ離れた剣幕で詰め寄る。

 

レフィーヤは困り果てた。

 

レフィーヤからすればリヴェリアとアルが恋人同士になろうがなるまいが知ったこっちゃない。

 

師であるリヴェリアはもとより、アルも同期として尊敬している。

 

レフィーヤはリヴェリアとアルのどちらとも大切だと思っているし、二人が幸せになってくれるのであれば、それが一番良い。

 

さっきは年頃の乙女らしく親しい相手の恋沙汰に興味があっただけで別に本気でアルとリヴェリアが付き合っているなんて思っていない。

 

確かに要素だけを挙げていけばアルとリヴェリアの相性は割りと良さそうな気もするが、あくまでそれは、そういう可能性もあるという話でしかない。

 

「レフィーヤ、わかってくれ。我々はリヴェリア様のお幸せを何よりも願っている。それがクラネルでもそうでなくとも構わない」

 

「だが、それとこれでは話は別なのだ。たとえ、この身が砕け散ろうとも、真実を突き止めねばならない」

 

「えっと······」

 

 特に必要のない覚悟を瞳に宿すエルフ達に、レフィーヤは言葉を失う。冷静さの欠片も感じさせない様子は最早、狂気の域に達している。

 

一体、どうしてこんなことになったのか、とレフィーヤは頭を抱えたくなる。だが、ここで止めなければ本当に実行に移しかねない勢いだ。

 

どうしたものかと考えあぐねていると。 

 

「お前たち、いい加減にしろ」

 

「「·············はい」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊郷での儀式を聞きつけたテイマーの強盗達によって精霊郷が襲撃されるハプニングこそあったが闇派閥でもないオラリオ外の野盗が第一級冒険者二人と第二級冒険者二人の相手になるわけもなく撃退でき、大聖樹に火がつくという大事件も精霊と心を通わせたリヴェリアの活躍によって解決したのだった。

 

「そ、そのリヴェリア様···············『霊薬実』は、どなたに渡すんですか?」

 

「なに?」

 

「いっ、言いづらいことなのはわかっています。もちろん、私もフィルヴィスさんたちも絶対に口外はしません。ですから··············。こっそり、その············、リヴェリア様の想い人を·············」 

 

 長老たちから大聖樹に実った『霊薬実』を受け取った帰り、四人は【ロキ・ファミリア】ホーム一室にいた。レフィーヤについてきた二人はブンブンと頭を縦に振り、レフィーヤ自身もアル関係なしに師匠の恋沙汰に興味あるようだった。

 

「·······なるほど、そういうことか(確かに『霊薬実』は、恋が成就するとされる秘薬でもあったな)」

 

 たしかに、リヴェリアが『精霊郷』に赴き、受けたくもないハイエルフ扱いまで受けた理由は『霊薬実』だ。だが、あくまでも『恋が成就する』なんて効力は『霊薬実』について回る逸話でしかなく、その本来の価値は霊薬としての高い効能だ。

 

それこそ、伝説にうたわれるほどであり、事実『大聖樹』の実たるその果実は万能薬といってもいい力を秘めている。リヴェリアがそれを求めたのは古くから自分を知る旧友のためであり、ある意味では『想い人』と、言えなくもない。

 

「············いいだろう、口外しないと誓えるのであればお前達だけには明かそう(散々、騒いでいたのはそれか·······少し、からかってやるかな)」

 

 その『想い人』の名はアイナ・チュール。自分の知らない世界を自身の目で見たい、という思いから王族の身でありながら里を飛び出してしまったおてんば姫を見放さずについてきてくれた元従者であり、唯一無二の親友である。

 

今はヒューマンの男性と婚姻し、娘をもうけている。だが、里の外の環境とは水が合わなかったのか、年月が経つにつれ不調が目立つようになっていた。

 

その不調をわずかでも和らげるためにリヴェリアは万能薬としての力を持つ『霊薬実』を求めたのだ。

 

「ほ、本当ですか、やったあ!!」

 

「「あ、有難き幸せっ!!」」

 

「············その想い人は私のすべてを知っている」

 

 まあ、そんなことでリヴェリアからすれば恋の成就などという不確かな逸話などかけらも気にしてはいなかったのだが、自分がハイエルフだということを度外視しても面白いぐらいに食いついてくるレフィーヤ達に些かイタズラ心がわいたリヴェリアは、どこか嘆願するような二人の視線の意味に気がつかずに意味深な言い方をする。

 

「す、全て··········」  

 

 レフィーヤもフィルヴィスもリューも、リヴェリアの言葉を聞いてゴクリと生唾を飲み込まずにはいられなかった。

 

そして、リヴェリアは静かに語り出す。その想い人のことを。

 

「笑った顔も、怒った顔も、泣いている顔も·············寝顔まで、な」

 

「寝顔っ?!」

 

「ああ。寝所を共にすることもあったからな··········。というか、私が頼んだ、人肌恋しくてな」

 

「えっ、ええぇ········っ」

 

「「─────きゅう(失神)」」

 

 立ちながら静かに気絶した二人に昔を懐かしむリヴェリアも尊敬する師匠の恋沙汰に興味津々なレフィーヤも気がつかないのか、すでに満身創痍の二人を後目に爆弾が次々、投下されていく。

 

「当然、抱擁をかわしたことも··········」

 

「ほ、ほ、ほっ、抱擁········?!」

 

「あぁ。湯浴みをともにすることもあったか··········」

 

「「─────ウッ(脳破壊)」」

 

 当然、アイナ・チュールは女性なのでなんの問題もないのだが、かろうじて意識を取り戻した絶賛誤解中のフィルヴィス達からすれば脳が破壊されるような衝撃だった。

 

それはもう、二人のエルフにとってまさに天変地異に等しく、この場にハイエルフ過激派の敬虔なエルフがいれば憤死していたかもしれない。

 

「お、おふっ········お風呂·······。ウソ·········そんなあ··········· 」

 

「お互いの背に湯をかけ、髪を洗いあった。ふふふ、懐かしい」

 

 レフィーヤはリヴェリアとアルの関係が師弟関係だというのは知っているが、まさかそこまで進んでいたとは思っていなかった、と愕然とする。

 

「··············じょじょじょ冗談ですよね? リヴェリア様が·····そんな破廉恥な···········殿方とそんな·········私達のリヴェリア様··········」

 

「「─────ブクブク(白目剥いて泡吹いてる)」」

 

 自分達のアイドルであるリヴェリアが男性、それも同期と混浴していたということに半分、涙目のレフィーヤともはや理解を拒み、夢の世界へ旅立ったフィルヴィス達。

 

まさか、そのような誤解をされているとは知る由もないリヴェリアはそんな妖精達の様子に気がつくことなくからかうのを続ける。

 

「あとはそうだな·············いや、これは流石に言わないほうがいいか」

 

「なっ、なんですか?! ナニをしたんですか?!」

 

 まるで、初恋を語る乙女のようにかつての思い出に浸り、頬を赤らめるリヴェリアの姿にレフィーヤはあわあわと慌てる。

 

「いいのか? 聞いたら最後、あとには戻れなくなるぞ?」

 

「なんですか、それっ?!」

 

「それだけの覚悟が必要ということだ。お前たちの意思が硬いのなら、私もそれに応えよう」

 

「ま、まままままっ、待ってください!! まだ、心の準備が·······」

 

 同衾、抱擁、混浴に加えてそれ以上───?! それは、初心な乙女エルフであるレフィーヤからすれば想像もできないとんでもなくピンクなことなのでないか、と熱暴走気味のレフィーヤの頭が沸騰寸前でパンクしそうになる。

 

リューはもはや息をしていなし、フィルヴィスは顔を真っ青にしてガタガタ震えていた。

 

 

「いや·········こういうことは勢いで言わせてくれ。でなければ、私も臆してしまう」

 

 茹だりきったレフィーヤ達の目からは恥じらうリヴェリアの姿が恋する乙女であるかのように見え─────。

 

「い、───」

 

「その相手は─────ア」

 

「いやああああああああああああああああああああ───ッ」

 

「「─────(爆走するレフィーヤに失神しながら引きずられてる)」」

 

 その先を聞く勇気を持てなかったレフィーヤはLv.3の上級冒険者としてのステイタスをフルに発揮し、抜け殻となっている二人を引っ張りながら逃げるようにリヴェリアのもとから去っていた。

 

「─────────イナという昔馴染みなのだが················。はぁ、行ったか、これに懲りたらハイエルフへの野次馬根性を控えてほしいが···········まあ、誤解を解くのは少し経ってからにするか」

 

 この場をアルが見ていたら内心でこう言っていただろう。

 

──────エルフ、ってポンコツ種族なのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

「同衾··········抱擁···········混浴···········それ以上··········ウッ」

 

「ああっ、フィルヴィスさんがまた卒倒してしまいましたっ!!」

 

「気をたしかに!! 気持ちはわかりますが、まずは現実を受け止めなくてはいけない。そう、リヴェリア様がアルと同、ウッ」

 

「ああっ、リオンさんがまた失神しましたぁっ!」

 

「─────お二人共しっかりしてくださぁいっ!!」

 

◆◆◆◆◆

 

しばらくして正気に戻った三人は近くのカフェに入り、リヴェリアからの爆弾投下の嵐について談合していた。

 

リヴェリアの口から語られたのはどれもこれも衝撃的なことばかりで特に異性とのお風呂など経験のないレフィーヤにとっては刺激が強すぎた。

 

「リ、リヴェリア様はアルさんが入団してしばらく、教育係をなさっていたと聞きます。その延長では··········?」

 

「バカなッ、どこの世界に教え子と混浴する教育係がいるんだ!!」 

 

「それは·······そう、ですが」

 

 種族として潔癖な傾向にあるエルフにとって混浴はあり得ないことだった。ましてや、ハイエルフであるリヴェリアが異性と混浴したなどという話は信じられない。

 

敬虔なエルフ達がもしそれを聞けばリヴェリアが穢されたと思い込み憤死することは間違いないだろう。

 

だが、しかし、あのリヴェリアがそのようなことをするだろうか?

 

弟子として常日頃からリヴェリアを間近で見ているレフィーヤにはどうにもそれが真実だと思えなかった。

 

いや、だが、当の本人から直接聞いたのだから事実なのだろうが。

 

「教育係といってもクラネルが【ロキ・ファミリア】に入ったのは四年前、その時はまだ11か12歳だぞ?! 当然、ハイエルフであられるリヴェリア様は既に成人だ!! 異種族間の年の差は致し方がないが、流石に············」

 

 流石に三桁に届いてはいなかったであろうが、ヒューマンの尺度で言えば老婆といっていい年嵩であるリヴェリアと、当時まだ12歳だったアルができていたなど信じられる話ではない。

 

しかも、当時はアルも成長期に入る前でかなり小さかった。女性にしては長身なリヴェリアとの体格差もかなりあったはず。

 

レフィーヤからしてもその絵図は犯罪臭しか感じられなかった。

 

もっと小さければ混浴していても話は別だが、12歳となると妙にリアルすぎて直視できない。

 

本当にそうだったとしたら自身の三分の一の年齢の少女に縁談を申し込んだ某、中年ショタよりも罪深い。

 

最高幹部の三分の二がそういう趣味だとしたら残るガレスが気の毒すぎる。

 

そんなレフィーヤの心境を察してかフィルヴィスが言葉を引き継ぐ。

 

レフィーヤよりは長く生きている分、フィルヴィスの方が幾分理知的であった。

 

ちなみに、フィルヴィスは先程までショックのあまり泡を吹いていたが、今はなんとか持ち直しつつあった。

 

「────はッ!!」

 

「ど、どうしたッ?! 『疾風』?!」

 

 半分、夢の世界に出張していたリューは唐突に何かを思い出したかのように目を見開き、椅子から立ち上がる。

 

「輝夜········昔の仲間から聞いたことがあります。極東の地には自分が慕う年下の人物を自分にとって理想的な大人に育てようとする計画を題材の一つとした昔話があるとかッ!!」

 

 ここにフィンやガレス、ロキなどがいれば「いや、そんなわけ無いだろ」と言うだろうが、ざんねんにもここには頭の茹だった三人のエルフしかいない。

 

「あっ!! それ私もロキから聞いたことがありますっ!! 本来は男性が年下の女性にするものらしいですけど、その逆もあるって··········!! そ、そういった際は··············『逆光源氏計画』、そう呼ぶらしいです」

 

 リヴェリアに助走つけてブン殴られても仕方ない侮辱であったが、残念なことにこの場にいるのはポンコツエルフ達だけである。

 

つまり、この場において三人の盛大な勘違いを修正する者は誰一人いなかった。

 

「「ぎゃ、『逆光源氏計画』·············!!」」

 

 当のアル本人がオラリオを不在としていたこともあり、その誤解が解かれることはなく。他言しないという約束は守ったもののあまりに挙動不審が目立つレフィーヤをロキが、リューにはシルが誘導尋問をしたため、リヴェリアとアルができているという噂はあっという間にオラリオ中に広がったのだった。

 

そして、当のアルがベルとアイズとともにオラリオに帰るとオラリオ中のエルフがアルを殺意半分好意半分の瞳で見てきたという。

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

珍しく何一つとして悪くないアル



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九十四話 オラリオでもっともモテるエルフとヒューマンの熱愛報道


投稿間隔空いてしまってすみませんでした


 

 

 

 

 

 

天然の要害とも言えるベオル山脈を越えることはオラリオの冒険者であっても容易ではない。

 

「雨、か·······」

 

 ましてや今の天気は雨、険しい山越えでは体力を奪われてしまう。オラリオの冒険者といえど散り散りに別れた部隊の中から本隊を探し出すのは至難の業だろう。

 

こちらは身を隠す場所が多くあるため捜索隊に見つからなければ逃げ切れるはずだ。

 

ラキア王国軍本隊の副官であるマリウスは雲に覆われた空を見て呟いた。

 

彼の部下である騎士団員たちも疲れの色が見え始めており、この天候の中での移動は厳しいものの今のうちに進まねばならない。

 

ラキア王国の精鋭である彼らにとって悪天候などさほどの障害とはならないが、それでも進軍速度は落ちざるを得ない。

 

「マリウス様、移動を止めてアレス様が雨を凌げる場所で休息を取った方がよろしいかと·······」

 

「·······いや、万一にもオラリオの冒険者に追いつかれぬように北の国境までは進んでおきたい」

 

 「それにあの馬鹿神は風邪引かないから問題ない」と付け足したマリウスの言葉を聞いた騎士たちは苦笑を浮かべるしかない。

 

全知零能であるアレスはともかく、Lv.1の一般騎士であろうと神の恩恵を受けた神の眷属の防病能力は雨に晒された程度ではびくともしない。

 

できるだけ早く帰国するためにも今は進むべき時だと判断したマリウスの判断は正しかった。

 

だが───。

 

「·········あれは、鳥か?」

  

 マリウスの視界の端に白い何かが映った。雨の中にあって微かに見えた明らかに意志をもって飛行している物体を捉えた彼は怪しく思いながらも目を凝らす。

 

Lv.3のステイタスを持つマリウスの視力でなければ捉えられないでいただろうそれは、確かに空を飛ぶように飛んでいた。

 

旋回を繰り返す白い翼を広げて飛ぶ姿に怪訝な表情を浮かべるマリウスだったが、その疑問はすぐに解消されることになる。

 

次の瞬間。

 

「けっ、『剣聖』だぁあああああああああああああああああ────ッ?!」

 

 後方から悲鳴にも似たつんざくような声が上がった。マリウスが慌てて振り向くとそこには直角に近い岩壁を駆け上ってくる白髪の男の姿があった。

 

雨が彼を避けているかのように水滴が散って揺蕩っている。目にしただけで彼我の生物としての格の差を思い知らされる圧倒的な存在感。

 

大気が揺らいでいるかのような錯覚さえ覚える程の覇気。

 

「敵襲!!総員抜刀!迎え撃てぇーっ!!」

 

 マリウスが咄嵯に叫ぶと、待機していた騎士団員たちが即座に武器を構えて迎撃態勢に入る。

 

しかし既に遅い。

 

直後、白い軌跡を残して白髪の剣士が飛び込んでくる。振るわれた斬撃に反応できた者は皆無だった。

 

神速の一閃によって先頭にいた十数名が瞬く間に斬り伏せられ、返す刃で紙屑のように薙ぎ払われる。

 

「け、『剣姫』もいるぞぉおおお────っ!!」

 

「?!」

 

 視界の端で金色の軌跡を見たマリウスは冗談だろ、と内心で吐き捨て

る。白髪の剣士に続いて岩肌を疾走してくる金髪の少女。

 

金色の瞳に苛烈なまでの戦意を乗せて迫り来る彼女を止める術は騎士達には無い。

 

オラリオが誇る第一級冒険者が二人。どちらか片方だけならば勝つことは不可能でも騎士たちに時間稼ぎをさせてアレスだけでも逃がせたかも知れなかったが二人同時に相手をするとなると絶望的だ。

 

銀と金の斬撃の渦が荒れ狂い、大地を穿ちながら吹き荒ぶ。神速の太刀筋に対処できる者は誰一人として存在しない。

 

オラリオ最強のファミリアに所属する二人の猛攻に騎士団の精鋭達は為す術も無く蹂躙されていく。

 

「ベル君···········!!」

 

 二人の第一級冒険者が切り開いたくれた道を通ってナイフを逆手に持った少年が自らの女神の元へ火雷のように突っ込んだ。

 

並外れた敏捷で騎士達を素通りしてヘスティアの目の前まで迫った少年を遮ろうとした騎士にヘスティアが押されて崖から転落する。

 

「······あ」

 

「神様ッ?!」

 

 ヘスティアはベルに手を伸ばしながら渓谷の底へ落ちて行ってしまった。一瞬の静寂の後、ベルの絶叫が響き渡る。

 

激流のような滝壺に落ちていったヘスティアを助けるためにベルは跳んだ。

 

空中で身を捻り、体を反転させ、岸壁の縁へと着地するとそのまま躊躇無く断崖絶壁を下っていく。

 

凄まじい速度で落下していくヘスティアの体を捕まえると抱えるように抱き締め、ベルは背中から激流に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この包みをアイナへ頼む。いつもすまないな」

 

 『精霊郷』から帰ってきて数日、都市を不在としていた間の業務はロキに投げられたアルが白目を剥きながらほとんど片付けていたため、急務に追われることもなかったリヴェリアはアイナ宛の手紙と『霊薬実』を持ってギルドへ赴くことにした。

 

ここ最近は多忙を極めており、エイナになかなか会いに行くことができなかったため、久しぶりに顔を見たかったというのもある。

 

「こちらこそ、ありがとうございます。母も喜びます」

 

 渡す相手はエイナ・チュール。リヴェリアの親友であるアイナの娘であり、ギルドの受付嬢をしているハーフエルフの少女だ。

 

都市外に出ていた第一級冒険者として『精霊郷』での出来事を報告するついでにアイナへの贈り物を渡そうと訪れたのだ。

 

「万病の薬となる霊薬··········これがアイナの病を癒やしてくれるとよいのだが」

 

 エルフと精霊達と友愛の証として霊樹に実った果実。万能の霊薬とされるそれをリヴェリアはアイナのために持ってきたのだ。

 

「きっと癒えますよ。リヴェリア様の献身が、母にとって何よりの良薬でしょう」

 

 メレンや『精霊郷』などの例外を除けば、第一級冒険者であるリヴェリアがオラリオの外に、アイナに会いに行くことは難しい。それ故に娘であるエイナに託したのだ。

 

「そうか············。今度はアイナとともに『精霊郷』へ行きたいものだ」

 

「私もご一緒させていただいても?」

 

「無論だ。お前も共に来るといい、妖精と精霊の絆がつながる場所········魂の故郷へ」

 

 自分とアイナとエイナ、その三人で見る大聖樹はきっとなにものより美しいだろう、とリヴェリアは微笑んだ。

 

 

 

 

「あ、あの、リヴェリア様·······ちょっと、お聞きしたいことが········」

 

 荷物を渡してしばらくとりとめのない雑談をしているとエイナは恥ずかし気に問いかけてきた。

 

「ん? 何だ、言ってみろ」

 

「し、しかし、こんなことリヴェリア様に聞いていいのか······」

 

 しどろもどろになりながら恥じるようにこちらを見るエイナ。普段は凛としているエイナが珍しく頬を赤らめてモジモジしている姿にリヴェリアは首を傾げる。

 

腫れ物に触るようでも、どこかショックを受けているかのようでもある視線。

 

────いや、そうだ。

 

このエイナの視線には覚えがある。ここ数日、アリシアたちから向けられていたこちらを伺うようなものと同じだ。

 

そして、よくよく見てみれば、何人ものエルフの受付嬢達がさり気なくエイナの問に耳を傾げている。

 

どうやら、リヴェリアと個人的つながりがあるエイナがエルフ達に頼まれた質問のようだが········。

 

心当たりは·············ない。

 

ハイエルフ故に同朋の視線を集めるのは常のことだが、このようなことはこれまでになかった。アリシア達を問い詰めても気まずそうな顔ではぐらかされるだけ。

···········いや、ロキやガレスの視線のがキツかった。

 

そう、あれはまるで、親子以上の年の差のある遥か年下の少女に縁談を申し込んだことが露見したフィンを見るような──────。

 

「た、大変不躾な質問だとは思いますが············その·············」

 

 凛とした表情を崩さないエイナの顔は今や真っ赤に染まっていた。普段の彼女を知る者が見れば驚くであろうその様子は、リヴェリアが知る限り初めてのもので、彼女がそれだけ勇気を振り絞っているのがわかる。

 

一体、何を聞かれるのだろうか。

もしかしたら、自分のあずかり知らぬところで何かしら問題が発生してしまったのかもしれない。

 

「構わん、さっさと言え」

 

「は、はいっ···········リヴェリア様がクラネル氏·······アル・クラネル氏と、その···············こ、こっ、こっ、こっ」

 

「(こっこっこっ?·········ニワトリのマネか?)」

 

 母の知性を遺憾なく引き継ぎ、年齢の割に落ち着いているエイナにあるまじき動揺。それほどのことなのか、とリヴェリアもゴクリとつばを

飲む。

 

「クッ、クラネル氏と恋仲というのは、ほ、ほんとうなのでしょうか?」

 

「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

 

 エイナの言葉にリヴェリアの時が止まった。

 

 

「······························································································································································································································································································································································································································は?」

 

 数秒して再起動したが、依然としてリヴェリアの脳内は大混乱の真っ最中だ。────エイナガナニヲイッテイルノカワカラナイ。

 

「すっ、すみません!! や、やっぱりこういったことを聞いちゃいけませんよねッ!!」

 

 頭を下げながら走り去るという器用な真似をしながら遠ざかるエイナの姿を見ながらリヴェリアは混乱の極地でショートした脳をどうにか動かして思考する。エイナの言ったことが理解できない。

 

いや、理解できるのだが納得ができない。ギルドに来るまでもエルフ達の熱視線は絶えなかった。ギルドやファミリアではない者たちも、知っているのだろう。

 

アリシア達がこの噂?を自分に言わなかったのはハイエルフである自分の情事に口を挟むのを躊躇ったのと事実を確認するのを恐れたからだろう。

 

だが、それはリヴェリアにとっては最悪と言ってもいい。

 

·············まさか、既にオラリオ中に広まっているのでは?

 

当事者であるアルはタイミング悪くオラリオ外に出ており、自分はハイエルフゆえの周囲の配慮により今の今まで知らなかった。

 

·············それはつまり、ここ数日。誰一人として噂を否定できるものがいなかったということだ。しかも、当人であるリヴェリアはつい先ほどまでそのことを知らずにいた。

 

これはマズイ。

 

非常に、マズイ。

 

ロキやガレスの向けてきた視線からあの二人ですら半信半疑······否、恋仲だったのだと信じているのだろう。

 

·······だが、なぜあの二人は信じた?根も葉もない噂を信じる二人ではないし、たちの悪い嘘だと思えば自分に確認に来るはずだ。

 

それをしなかったということはその噂の発生源はあの二人をして信頼できる相手ということとなる。フィン········いや、違う、フィンには噂を流すメリットがないし、フィン自身、自分に生暖かい目を向けてきた。

 

他に私と近い人物、アリシアや他の団員たちもわざわざそんな嘘を流すわけがないし、あるとするならその団員自体が自分とアルの関係を勘違いしているということになる。

 

だが、誰だ?

 

自分の情事について何か、勘違いをしており、ガレス達並に私と親しい相手、そんな者···················。

 

──────そ、そのリヴェリア様···············『霊薬実』は、どなたに渡すんですか?

 

──────いっ、言いづらいことなのはわかっています。もちろん、私もフィルヴィスさんたちも絶対に口外はしません。ですから··············。こっそり、その············、リヴェリア様の想い人を·············。

 

──────ほ、ほ、ほっ、抱擁········?!

 

──────お、おふっ········お風呂·······。ウソ·········そんなあ···········。

 

──────··············じょじょじょ冗談ですよね? リヴェリア様が·····そんな破廉恥な···········。殿方とそんな·········私達のリヴェリア様··········。

 

──────いやああああああああああああああああああああ───ッ。

 

「························································································································································································································································································································································あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様っ、神様ぁ·······!!」

 

 神様を担ぎながら渓谷の川沿いを必死になって走るが、背負っている身体が冷たくなっていくのを感じる。

 

冷水に晒されて体温を奪われているのだ。川に落ちた時に頭を打ったのか意識は無い。いくら問いかけても返ってくるのは弱々しい呼吸音だけだ。

 

自分の鼓動が嫌になるほどうるさく聞こえる。こんな時に限って僕は無力だ。神様を助けられない自分が情けない。

 

「早くどこか安全な場所を見つけないと······」

 

 ベオル山地を抜ければオラリオに帰れる。そうすれば治療だって受けられるはずだ。まずはどこか休める場所を探さないと······。

 

幸いにもモンスターの姿は見えない。もしかしたらこの雨のせいで普段よりも大人しいのかも知れない。

 

雨粒が容赦なく僕達の身体を打ち付ける中、それでも走り続けて雨風を凌ぐことができる場所を探す。

 

「··········アルの魔法(レァ・ポイ二クス)で治せないの?」

 

「昔はできたんだが·······今はもう、『神』に対しては無理だ、俺の魔法は()()()に接しかねない。·········まして『不滅の火』をつかさどる神相手じゃな」

 

 並走するアイズさんと兄さんの会話が耳に入る。つまり兄さんの魔法では神様の体調を癒やすことは叶わない。

 

まずは暖を取らなければならない。魔法で着火はできても濡れていない薪がなければ意味が無い。辺りを見渡してみるものの、手頃な大きさの木片や枯れ枝など落ちていなかった。

 

この雨と崖からの落下で現在地が分からない。だいぶ流されてしまっているようだ。とにかく急がないと神様の命が危ない。

 

焦燥感と不安が胸中で渦巻く。

 

度々襲ってくるモンスターはアイズさんと兄さんが蹴散らしてくれているが、一向に雨脚が衰える気配はない。

 

このままだといずれ神様に体力の限界が来る。せめて雨宿りができる場所さえ見つかれば······。

 

「·············あれは」

 

 チカッ、と視線の先で何かが光ったような気がした。深い雨霧の中、微かに見えたそれは魔石灯の明かりだった。

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

実際、ロキファミリアでアルを一番御せるのはリヴェリアです(リヴェリアでもないと手綱を握れない、ベート達はいいようにやられる)

 

『ロキファミリアモテモテランキング』

一位 リヴェリア(同性含む同族全ての憧れ)

二位 フィン(あっち系のケがある人らに人気)

三位 アル(アマゾネスから圧倒的シェア)

 

アレス軍相手にこれ以上ないほどに手を抜いたアル。まあビビりまくってるLv.1〜Lv.2の軍とかこの間の色ボケ軍団(士気激高でLv.4複数)のが厄介だし········。

 

 



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九十五話 当事者不在のスキャンダル





 

 

 

 

「たとえハイエルフであっても·····いえ、ハイエルフであるリヴェリア様だからこそ何にも縛られることなく過ごされるべきです!!」

 

「いや、だから違───」

 

「皆までおっしゃらないでください!!リヴェリア様の恋路を邪魔する同朋達は私達が諌めます!!」

 

「その前に私の話を聞───」

 

「お二人の関係を同じファミリアでありながら察することのできなかった私達が今更何を言うのかと思われるかもしれませんが、ここはどうか、私達におまかせください!!」

 

「いやだから私の話を··········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性と見間違う金色の長髪と、澄んだ紅い瞳。白磁の肌は透き通るように白く、まるで陶器で作られた人形のように美しい。

 

しかし、その美しさとは裏腹に彼の纏う雰囲気は氷のように冷たく、そして酷く重いものだった。

 

「し、失礼します」

 

「入っていい」

 

 怜悧な美貌に宿る表情には怒りと苛立ちが浮かび、鋭い視線が執務室に入ってきた団員を射抜くように向けられる。

 

背筋を凍るような冷たい殺気に当てられ、冷や汗を流しながら部屋に足を踏み入れる団員もオラリオにおいては実力者として名が通っている第二級冒険者だ。

 

それでもなお目の前にいる人物から放たれている威圧感に気圧されていた。

 

この殺気にも似た緊張感が張り詰める部屋で普段通りの態度を取れるのは、ファミリアの中でも限られた幹部だけだろう。

 

「【モージ・ファミリア】を中心に各ファミリアの神共が騒ぎを大きくしているという報告は既に受けている。それで?」

 

「は、はい。その件で『勇者』から言伝が·········」

 

「······················」

 

 『勇者』、そのワードにファミリアにおいて唯一と言ってもいい頭脳役を担う白エルフの額に青筋が浮かぶ。

 

今すぐにでも怒声を上げそうなほど顔をしかめるが、ギリギリのところで堪えて深呼吸する。

 

「············こ、『これはもう僕とロキでは抑えきれない。出来る範囲で頑張るから、後は任せたよ』とのことです」

 

「············そうか、分かった」

 

 怒りを抑えた声でそれだけ言い放つと、彼は椅子に深く座り込む。そのまま無言になった彼を前にして、報告に来た団員はどうすれば良いのか分からず狼惑する。

 

「────自派閥でその種を作っておきながらこちらに面倒ごとを押し付ける厚顔無恥の小人族がッ!!」

 

 そんな彼の耳に遅れて聞こえてきたのは怨念に満ちた呪言だった。感情を爆発させたことで荒くなった口調と共に、普段は冷静沈着な彼が見せる激しい憎悪と憤激が爆発する。

 

あ、これはやべぇ、と自分に飛び火することを恐れてそそくさと退散していく団員を見てもいない。

 

「··············」

 

 スーーーーッ、ハーーーーッ、と再びらしくない深呼吸を繰り返して精神を落ち着かせる。エルフ特有の長い耳が僅かに揺れ動いていた。

 

しばらくそうした後、先程までの剣呑な雰囲気が色を失い、代わりに疲鬱とした空気が流れ始める。

 

重苦しいため息と共に脱力した身体を背もたれに預けると、ギィッと軋む音が響いた。

 

「············どこまで私を手間取らせるつもりだあの愚物は」

 

 静寂が支配する空間の中、彼はポツリと呟く。

 

それは、誰にも聞かれることなく虚空へと消えていく。

 

彼の名はヘディン・セルランド。

 

オラリオにおいて最大勢力を誇る【フレイヤ・ファミリア】の幹部にして現状、例の『騒動』にこの都市においてとあるハイエルフの次に頭を悩まされているエルフである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖光色に照らされ、落ち着いた雰囲気を醸し出している木造の内装。暖炉には火が焚べられており、室内はほんのりと暖かい。

 

火花の弾ける音と薪の燃える音が聞こえるだけの静かな部屋で寝ている神様の寝顔を眺めながら僕はベッドの横に置いてある椅子に腰掛けていた。

 

規則正しい呼吸音をたてる神様の顔色はかなり良くなってきている。そのことに安堵しながらそっと指を伸ばして手を握ろうとするとノックの後に扉が開かれた。

 

「女神様のご容態はどうですか?」

 

 入ってきたのは腰の曲がった高齢のヒューマン。優しげな笑みを浮かべて部屋に入ってくる老人に僕は立ち上がって礼をした。

 

「カームさん················大丈夫みたいです、今は寝ていますけど顔色は良くなっていると思います」

 

 神様と崖から渓谷に落ちた後、そこに偶然通りかかったこの村の人に村まで案内してもらい、僕らはこの家の一室を貸してもらえることになったのだ。

 

ベオル山脈の山々に囲まれて隠れるようにある『エダスの村』。山間部に隠れ里のように存在する小さな集落だ。衰弱した神様を休ませるために村長であるカームさんの家に厄介になっている。

 

カームさんは穏やかそうな微笑を湛えたまま神様の眠るベッドの傍らまで来ると優しく目を細めた。

 

「カームさん、本当にありがとうございます」

 

「いえ、気にしないでください。困っている人がいたなら助けるのは当然のことで、ごほっ、こほ」

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

「はい、いつものことなのでお構いなく」

 

 身体が弱いのか話している途中に苦しそうに咳き込むカームさんをカームさんの娘さんらしい女性が慌てて介抱する。

 

緩慢とした動作で彼女に肩を借りながらドア近くに移動すると眠っている神様の顔をじっと覗き込んでなにか思いつめるように表情に影を落とす。

 

そしてそのままお大事にと言ってから部屋を出ていった。

 

「··········あの人、病気なのかな」

 

 見ず知らずの僕たちに親身になっていろいろと取り計らってくれたカームさんだが顔色が悪くどこか身体が重そうだ。

 

なんにせよ神様の容態が戻るまで村にいさせてもらうのだからその分、力になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラキア王国の軍勢にさらわれた神ヘスティアを救出するためにオラリオを出発してから数日。

 

渓谷に落ちて衰弱してしまった神様を介抱してくれた『エダスの村』という集落の豊穣祭の手伝いをしていた途中、私は『ソレ』を目にして呆然と立ち尽くした。

 

ゾクリ、と背筋が凍りつくような感覚。

 

「──────これ、は」

 

 一抱えはある黒曜石のような輝きを湛えた鱗。

 

まるで生きているかのように禍々しい気配を放つその物体から放たれている強烈な存在感は私の知るどの生物とも似ても似つかない異質なものだった。

 

ここはいい村だ。村の人達も皆優しくて親切ですぐに打ち解けることができたし、とても居心地の良いとこだと思う。

 

ここがいい村だと思ってすぐに祭壇のような小さな小屋に祀られていたこの鱗を見つけた。

 

不規則な動悸とともに全身から冷や汗が流れ出す。骨が撓むような怖気を感じながらも視線を外すことができない。

 

不吉な黒曜の輝きを放つそれは見ているだけで胸の奥底にある何かを呼び覚まされるような得体の知れない恐怖があった。

 

私は無意識のうちに腰に差している剣の柄へと手を伸ばしていた。かたかたと小刻みに震える手で鞘を握り締める。

 

怪人レヴィスの持っていた呪いの大剣やアルのバルムンクからも感じた寒気にも似た威圧感と本能的な畏怖を呼び起こすような感覚。

 

「どうかなさいましたか冒険者様···········?」

 

「·············この、鱗は?」

 

 石の小屋の前で直立する私の姿に気がついた村人が不思議そうに声をかけてくる。

 

「············それは黒竜様の鱗です」

 

 私が動揺を隠しきれない掠れた声で問いかけると村人は静かに答えてくれた。

 

「黒竜()············?」

 

 黒竜、隻眼の黒竜。約束の地たるオラリオに住まう冒険者ならば誰しもが知っている怪物の王。

 

下界全土の悲願である『三大冒険者依頼』。

 

『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサンに並ぶ全世界にとっての討伐対象であり、太古の昔に大穴から出でた大災厄の最後。

 

オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定。

 

神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』─────Lv8とLv9の団長達によって率いられた【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって『陸の王者』と『海の覇王』は討たれた。

 

しかし、神々の予想と人々の希望を裏切って最強の集団はたった一匹の竜に敗北を喫した。

 

今は世界の果てで深い眠りについていていずれ世界を滅ぼすと言われている黒き厄災。

 

その鱗を前にして私の心臓は大きく跳ね上がった。呼吸が荒くなり、瞳孔が大きく開く。身体中の血液が沸騰したように熱を帯びていく感覚。

 

なんでこの鱗は祀らわれているのだろうか?

 

「この鱗を恐れてモンスターは村に近付こうとしません」

 

 私の疑問を見透かしたかのように村人は言葉を続けた。

 

確かになぜこんなところに村があるのか疑問ではあった。太古の昔にダンジョンから進出し、繁殖したモンスターの系譜がこの村の周囲の山脈には根付いている。

 

魔石を劣化させてオリジナルの個体に大きく劣っているとはいえ、それでも恩恵を受けていないただの村人では勝ち目のない怪物であることに変わりはない。

 

山に囲まれたこんな場所に集落があること自体がおかしかったのだ。

 

普通ならば立ちゆくはずがないが、この鱗が放つ怪物の王たる竜の気配に怯えて近づくものがいないらしい。

 

だからこうして祭壇のような小さな小屋に安置されているのだという。

 

「黒竜様の鱗のおかげで私達は無事に生活を送れています。··········『三大冒険者依頼』のことは存じておりますが、それでもこの鱗は私達にとって守り神なのです」

 

 だからこそ奉らずにはいられないのだと村人は語った。

 

「─────」

 

 太古の昔から人類に悲劇を齎し続けてきた怪物。揺るぎない人類の敵。そんな化け物の頂点に立つ怪物の鱗。

 

それが人間を守る?

 

冒険者でも神でもない怪物が?

 

私は込み上げてきた吐き気を堪えながら拳を強く握り締める。悍ましく、残酷で、どうしようもなく不快な現実に目の前が真っ暗になる。

 

人類に数え切れない涙と犠牲を生みだしてきた怪物に同胞が守られているという矛盾と冒涜。

 

その事実に気が狂ってしまいそうになる。私は一体何のために戦ってきたのだろうと私の中にあった絶対の価値観が音を立てて崩れ落ちていく。

 

怪物を殺す、ただそれだけのために剣を振ってきた。それなのに私達が倒さなければいけない怪物が人の命を守っていたなんて。

 

「············怪物は、倒さなくちゃいけない。怪物は、『竜』は殺さないと、だって、そうしないと········また誰かが泣くことになる·····はず、なのに」

 

 ぐしゃぐしゃになった感情のまま私は無意識のうちに呟いていた。心の裡でなにかが軋む音を聞きながらも止められない。

 

人と怪物の共存なんて認められない、認めてはいけない。それを認めてしまったら私が剣を振るう理由がなくなってしまう。

 

私が戦う理由はただ一つ。

 

怪物を倒すこと、その一点だけ。それ以外には何もない。それが私の存在理由であり、私が私であるための証明だった。

 

全ての元凶であるはずの黒竜が村を守っているという事実に途方もない怒りが沸き上がってくる。

 

こんなもの知らなければ良かった。

 

知るべきじゃなかったと心の底から思う。

 

怪物は殺す。それが私の使命。この手で必ず成し遂げると決めた誓い。

 

それを否定されたようで堪らない。

今すぐにでもこの鱗を叩き斬ってやりたい衝動に駆られるが、なんとか踏みとどまる。

 

怨嗟の火種を振り払うように大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 

ふぅ、ふぅ、と肩で息をしながら黒竜の鱗から視線を外す。

 

「ぼっ、冒険者様···········?」

 

「·············大丈夫です。少し歩い、てきます·············」

 

 心配そうに声をかけてくる村人にそう告げて私はその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「············」

 

 村の外れにある丘から村を見下ろす。眼下に拡がるのは穏やかな風景。遠くに見える村人達の営みに耳を傾ける。

 

聞こえてくるのは楽しそうな笑い声。子供達が無邪気に駆け回り、それを優しく見守りながら祭りの準備に精を出す大人の姿が見える。

 

それはどこにでもあるありふれた平和な光景。

 

私が、剣を振るうことで守ろうとしてきた光景そのもの。

 

「·············なんで」

 

 村と森の境界にはモンスターの侵入を拒むかのように黒竜の鱗が並べられていた。

 

宛もなく、村の周りを歩きながら私は力無く呟く。村の外縁に等間隔に置かれた鱗を眺める。モンスターの侵攻を防ぐ結界のようにも見えるその鱗の祭壇に胸の奥がざわつく。

 

黒い怨嗟の火種が燃え盛るように胸の中で燻り続けている。壊したい、斬りたい、砕きたい。そんな破壊的な衝動が鎌首を持ち上げようとしている。

 

だが、この村のためにはそんなことをしてはいけないこともわかっている。

 

この鱗はモンスターから村を守るためのもの。もし、この鱗を壊してしまえばすぐにでもこの村はモンスターによって滅ぶだろう。

 

石の祭壇のさまざまな装飾や捧げものはこの村の人達のモンスターへの恐怖と竜への崇拝を表している。

 

ぎちり、と剣の柄を掴む手に力が籠る。

 

矛盾に苛まれながら村を順繰りに歩き続ける。やがて、村の中心に位置する広場まで来たところで私は足を止めた。

 

やはりここにも竜の鱗があった。

 

先程の場所や村の外周に等間隔で置かれたものと同じ鱗の祭壇。小さな祠のような祭壇の前で私は立ち尽くす。

 

黒き災厄の欠片。いつか世界を滅ぼす怪物の鱗。全てを奪い去った存在の一部。

 

渦巻くように私の心を掻き乱す激情。

 

うつむいたまま柄を強く握り締めたその時だった。

 

「アイズさん?」

 

 アルの弟────ベルの声。フラフラと村を歩き回っていた私を追いかけてきたのか、不思議そうにこちらを見つめているのが気配でわかった。

 

振り向けない。

 

きっと、今の私はひどい顔をしていると思うから。

 

鱗を睨んだまま私は動かない。そんな私を見て何かを察したのか、ベルが隣に並んで同じように鱗を眺める。

 

「············神様みたいですね」

 

 ぽつり、とそんな言葉が耳に届いてきた。

 

「············違う」

 

 ぎり、と歯を食い縛って私は言葉を絞り出す。この鱗は神じゃない。神とは程遠い醜悪な怪物だ。

 

だって、この鱗の、竜のせいで私は、私達は·········。

 

怨嗟の火種が燃え上がる。抑えろ、と自分に言い聞かせるが上手くいかない。

 

「あれは神なんかじゃ、ない···········!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

··············しばらくして、ベルが去っていくのを感じた。それでも私は動けなかった。動く気になれなかった。

 

このまま消えてしまいたいとすら思った。怪物に守られている人間がいるなんて知りたくなかった。私が倒すべき怪物に人が守られているなんて認めたくなかった。

 

ぐるぐると思考が巡る。どうすればいいかわからなくなる。

 

わからない。もう何もかもがぐちゃぐちゃでぐちゃぐちゃで、自分が何を考えていて何を思っているかさえもわからなくなってくる。

 

ただ一つわかることは、こんな感情は知らないということだけ。

 

憎悪とは違う。怒りとも違う。哀しみでもない。これは、なんだ? わからない。

 

けれど、とても苦しい。胸が痛い。張り裂けそうだ。まるで心臓を直接掴まれて握られてるような痛み。

 

「··············」

 

 しばらく呆然としていた私だったが知る気配を背に感じた。

 

「『隻眼の黒竜』の欠片か」

 

 「だから俺の【バルムンク】がカタカタ震えてるわけね」、と今も鱗から目を離せない私の後ろで話すのはアルだった。

 

「随分、思い詰めてんな。『怪物』が人を守っているのがそんなに気に食わないか?」

 

「────っ」

  

 私の中で渦巻く黒い炎を見抜こうとするかのような直截な言葉に私は息を飲む。

 

「『怪物』は敵、でしょ?」

 

 そのはずだ。アルも冒険者としてそれは分かってるはずだと確かめるように訊ねる。

 

モンスターを無尽蔵に産み出すダンジョンに蓋がされて幾星霜。モンスターの脅威と残酷さを最も間近で知っているのは冒険者だ。

 

「仮に··········」

 

「?」

 

 ふいに、アルが口を開く。思っていたとは違う声音に思わず振り返るとそこにあったのはいつになく真剣な表情をしたアルの顔。

 

そして、その口から放たれたのは予想外の言葉だった。

 

―――例えば、の話だが·······『怪物』に人間と同じ情動と生きる理由があるとしたら、お前はそれを殺せるのか?

 

そう問われて私は一瞬、意味がわからず呆ける。何を言っているか理解出来なかった。

 

意味が分からない。モンスターにそんなものがあるはずがない。

 

要領を得ない話に困惑するが他でもないアルの質問だということに何故か答えなければならない気がして必死に頭を働かせる。

 

だが、考えれば考えるほど頭の中が混乱していく。

 

モンスターに情動?生きていく理由?一体なんのことだろう?

 

モンスターは殺すものだ。それ以外にありえない。

 

········仮に、あるとしても。

 

情動があったとして、生きる理由があったとして。そんな『怪物』を前にしたとして私がすることなんて決まっている。

 

斬る。ただ、それだけだ。

 

迷いはない。躊躇もない。

 

それこそが、私の存在意義なのだから。

 

「私はそれがどれだけ人間に近い怪物であろうと、怪物のせいで泣く人がいる限り───────私は『怪物』を殺す」

 

 迷いのない、私の意思。揺るぎない決意。それをはっきりと告げた。

アルは私の言葉を黙って聞いていた。

 

そして、やがて納得したように踵を返して去っていった。

 

一人残された私は再び鱗へと視線を戻す。

 

やはり、この鱗を見るたびに心がざわつく。

 

胸の奥が疼いて、叫び出したくなる。

 

「··········アルは違うの?」

 

 アルが去った後に、私は誰に言うでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、オラリオのエルフは大きく三つの派閥に割れている。

 

一つは、ヒューマンの分際でリヴェリア様を誑かした『剣聖』を亡き者にしてやると意気込む───過激派。 

 

一つは、ヒューマンといえどリヴェリア様がお決めになった相手なら&瑕疵のない英雄が相手だし外野の我々は介入せずにただ祝福しようとする───歓迎(幸せならOKです)派。

 

最後は、アルの熱烈なファンであり、その相手が自分達の王族であるリヴェリアであることに情緒が破壊された───虚無派。

 

比率は六、四、一以下であり、過激派が優勢ではあるが祝福すべきだという歓迎派も首脳陣がリヴェリアのお付きとも言える【ロキ・ファミリア】所属のエルフたちであるというのもあって負けていない。

 

所属ファミリアや業種に関わらず三分割されたエルフ達の諍いは悪乗りした神々の干渉もあってギルドですら抑えきれぬ大騒動となりつつあった。

 

そんな状態であるがゆえにアレスを逃がすための殿としてオラリオの周囲に残る数万ものラキア王国軍は「テメェらの相手なんざしてる場合じゃねぇ!!」と、派閥を問わず結託したエルフの上級冒険者達によって、抵抗すら許されずに殲滅。

 

そのエルフ軍を指揮したのは【過激派】のトップであり、事実上の最高位の階梯であるLv.6の魔()剣士、『白妖の魔杖』ヘディン・セルランド。

 

泣く子も黙る【フレイヤ・ファミリア】の最高幹部である彼は『黒妖の魔剣』ヘグニ・ラグナールとともに白黒の騎士と呼ばれ、アルが台頭するまでは()()()()()()()として知られていた最強のエルフの一人だ。

 

まあ、もっとも頭の茹だった同族たちとは違い、かつてはハイエルフではないのにも関わらず賢王として白妖精達に掲げられていた彼がこのようなことに介入し、【過激派】のトップとして騒動の手綱を握ったのは統率の取れてないエルフ達が無秩序に暴走することを防ぐためである。

 

他でもない同族達によって巻き起こされるどこに飛び火するかも、至高たる女神に及ぶかもしれない混乱の渦を放置するほど、ヘディンは怠惰ではない。そして、今回はいつもなら鶴の一声ですべてを片付けられるハイエルフのリヴェリアが騒動の発端なのだ。

 

それを『収める』のはいかにヘディンといえど、不可能だ。ゆえのはけ口としての『生贄』、アルが不在なために行き場のない熱情を自らが旗印となることで『生贄』たるラキア王国へ向けさせてアルが帰還するまでの時間稼ぎに努めていた。

 

一度火が付けばアマゾネス以上に感情的になるエルフ。それもハイエルフ関連ともなればその炎は燃え上がる一方だが、それでもなお、ヘディンは同胞が引き起こすであろう問題をどうにか最小限に抑えることに専念していた。

 

無論、【ロキ・ファミリア】と敵対する【フレイヤ・ファミリア】に所属するヘディンとてアルがハイエルフであるリヴェリアと結ばれるというのには苛立ちを持たざるをえない。

 

ヘディン自身、後続の身でありながら自分と同じ雷魔法の使い手であり、最凶の魔法剣士のお株すらあっさりと掻っ攫っていったアルのことは機会があれば殺してやりたいぐらいには嫌っている。

 

しかし、『根拠のない噂』を信じるほどヘディンは純真ではないし、仮に信じたとしてもこの騒ぎに便乗することはない。

 

もとよりリヴェリアとアルの熱愛報道は七対三で嘘偽りだと考えてはいる。

 

とはいえ、逆に言ってしまえばヘディンをして三割は『ありうる』と考えてしまうぐらいには『九魔姫(ナイン・ヘル)』と『剣聖』─────否、『剣鬼(ヘル・スパーダ)』の組み合わせの衝撃は強烈すぎた。

 

エルフではないフィンや何を言っても照れ隠しとしか受け取られないリヴェリアが何もできない以上、今のオラリオの行く末はヘディンに掛かっていると言っても過言ではなかった。

 

幸い、ちょうどよくいてくれた『生贄』ことラキア王国軍の尊い犠牲によって【過激派】達も若干のクールダウンはなされており、これならばアルが帰還するまで持つだろう。

 

問題があるとするなら、一つ。

 

「あの愚物はいつまで外で遊んでいるつもりだ────ッ」

 

 噂というものは人から人へ伝わるごとに個人の解釈によって少しずつ歪められていくもの、ましてイタズラ心を発揮した神々の介入が入ったこの噂は段々と元の『リヴェリアの想い人はアル』というものから形を変えていった。

 

当事者であるアル・クラネルがオラリオに帰還するまであと三日。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

フィン『やれることやったけどエルフじゃない僕じゃ抑えるの無理だね、これは』

 

ガレス・ロキ『(レフィーヤの誤解で良かった·······)』

 

ロイマン『』イツウキリキリ

 

レフィーヤ『』ソンナツモリジャ...

 

ヘディン『』ナゼワタシガ...

 

 

 

 

ディアンケヒトFエルフ『─────って話、本当なんでしょうか?!』

 

アミッド『·······なんで私に聞くんですか?知りませんよ、そんなの』



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九十六話 終わったら俺寝るからあとよろしく





 

 

 

 

 

神様が快復してから数日、神様を介抱してくれた村の人たちに恩返しするために集落の豊穣祭の手伝いをしていた。

 

村の中央広場で行われる収穫を祝うお祭りだ。今年取れた作物や来年の豊作を願って祭りを行うらしい。

 

冒険者としての身体能力で力仕事も苦にならないので村中の飾り付けを手伝ったり、料理の準備をしたりしていた。

 

その準備が一段落して休憩に入ったところで神様の様子を見に行く。借りた家の中に入ると神様の寝ている寝台の横にカームさんの姿があった。

 

「·······カーム、さん?」

 

 静かに穏やかな視線を眠る神様に向けるカームさんの背中に声をかけると彼はハッとしてこちらを振り向いた。

 

僕を見て一瞬だけ驚いたような顔をしたがすぐに先程までの優しげな微笑を浮かべて頭を下げる。杖を突く音が静かな室内に響く。

 

「女神様には何もしていません、ご安心を」

 

「は、はい。········どうかしたん、ですか?」

 

 どこか生気のない立ち姿に疑問を覚えて訊ねるとカームさんは身体をこちらに向き直って再び口を開く。

 

「ベルさん、貴方と話したかった。少しばかりこの老いぼれに時間を頂けますか?」

 

 神妙な面持ちで言うカームさんに戸惑いながらも了承するとカームさんの自室へと招かれた。

 

質素な木製のテーブルと椅子があるだけの殺風景な部屋に入り、勧められるがままに席に着く。僕の対面に座ってしばらく無言だったカームさんだったがやがてゆっくりと話し出した。

 

「これは·········ファミリアのエンブレムですか?」

 

「ええ、何十年も昔の話ですが私はとある女神様の眷属でした」

 

 時間による劣化によってくすんだ、かつては鮮やかであったであろう緋色のエンブレムを見せながら懐かしむように語るカームさんの横顔には哀愁のようなものを感じた。

 

エンブレムに描かれているのは燃えさかる炎のようなシルエット。年季こそ入っているものの大事に仕舞われていたのか状態は悪くない。

 

カームさんは遠い昔を思い出すかのように語り始めた。

 

「私はあの方をお慕いしておりました。あの方も私を愛してくださった········」

 

「えっ········!?」

 

 女神と眷属という立場でありながら愛を誓い合ったという話に驚きを禁じ得ない。カームさんはどこか悲しげな笑みを浮かべて続ける。

 

「··········ですが、私はあの方を守ると決めたのにあの方はモンスターの爪から他でもない私を庇って送還されてしまったのです」

 

 五十年以上も昔の話だとカームさんは言う。ごほごほと咳き込みながらカームさんは懺悔するように両手を組んで項垂れる。

 

カームさんしか眷属のいなかった女神様はモンスターの群れに襲われ、カームさんを逃がすために自らを犠牲にしたのだという。

 

下界に降りたことで神の力を失い、常人以下の全知零能となった神は死ぬことはなくとも下界での生命活動が停止した時点で天界に強制送還されてしまう。

 

それはつまり、愛する人が自分を守るために目の前で死んでしまったということだ。仮にヘスティア様とそんな状況になったら僕は耐えられるだろうか。

 

愛する人に、護るべき人に守られてしまったカームさんはどんな気持ちでその時を迎えたのだろう。

 

何もできなかったカームさんはきっと自分を責めたに違いない。そして今もなお、後悔しているのだ。大切な人を死なせてしまったことを。

 

その気持ちは痛いほど理解できる。僕だって何度も自分の弱さに嘆いて悔しい思いをしてきたのだから。

 

そのいずれよりも辛い思いに苛まれたであろうカームさんにかける言葉が見つからない。

 

その辛さが分かるからこそ安易な慰めの言葉をかけることは躊躇われた。

 

「あの方を失って生きる気力を失った私は失意のまま自死するためにこのベオル山脈に赴きました」

 

 生きる希望も目的もなく、ただ死に場所を求めて山を越えようとしたカームさんは図らずもこの村に辿り着き、似たような過去を持つ村人達に迎えられたのだという。

 

そして今に至るらしい。カームさんは僅かに自嘲するような笑みを浮かべて窓の外を見やる。窓から見える空は茜色に染まっており、夕方になっていた。

 

「あの方に救われた命を私はついぞ捨てることができませんでした」

 

 黄昏の光が差し込む部屋の中でカームさんはそっと目を閉じ、過去を悔いるような声音で呟く。

 

しばらくして目を開けたカームさんは視線を僕に戻す。その瞳には若い僕には測れない意志が宿っていた。

 

「ベルさん、どうかあなたはあの神様をお護りください」

 

 私のようにはならないでください、と咳き込みながらも僕を真っ直ぐに見据えて告げたカームさん。

 

若かりし頃の自身と僕を重ね合わせて自分と同じ道を歩んでほしくないと願うカームさんの願いは切実なもので、だからこそ真摯に受け止めなければならないと感じた。

 

僕の返事を待つことなくカームさんは部屋を出ていき、僕だけが取り残される。

 

カームさんの悲壮さを秘めた願いに僕は強く拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルが去ってから数時間後、私は村外れの丘に一人で佇んでいた。祭りの準備をしている村人達を眺めながら私は物思いに耽っていた。

 

心の中にあったのはさっきのアルの言葉。

 

仮に、人間と同じ情動や生きる理由が怪物にあったとしたら。なんでそんなことを言ったのかはわからない。

 

「··········」

 

 掻き乱された心を落ち着かせようと村を眺める。竜の鱗に護られた営みは平和そのもの。

 

········けれど。

 

「この村がお嫌いですか?」

 

「······い、いえ」

 

 不意に背後から聞こえてきた声に振り向かず答える。そこに立っていたのはこの村の村長であるカームさんだった。

 

病を患っているのか顔色が悪く痩せ細った身体は弱々しい。どうにか否定しようと慌てて首を横に振るが言葉が詰まってしまう。

 

「お知りになられたようにこの村はモンスターによって守られています」

 

「日々モンスターと戦っていらっしゃる冒険者やモンスターによって大切なものを失った方からすれば思うところはあるでしょう」

 

 私の心を見透かしたかのような言葉にどきりとする。柔らかな笑みを浮かべたカームさんの瞳には僅かに哀しげな光が宿っているように見えた。

 

「私も最初、この村を嫌っていました」

 

「えっ·······?」

 

 意外な告白に驚いて振り返ると彼は遠くを見つめていた。その先には祭りの準備をする村人達がおり、その中にベルやアルの姿もあった。

 

「········私はかつてとある女神様の眷属でした」

 

 そこから語られたのは彼の半生。

 

他ならぬモンスターによって最愛の女神を奪われて生きる希望も目的も失ったこと。

 

失意に沈んだままこの村に辿り着き、似たような境遇の村人達に受け入れられたこと。

 

「まだ癒えないあなたの心の傷を埋めてくれる誰かに出会えることを祈っております」

 

 そう言って一礼するとカームさんは立ち去っていった。彼の背中を見送りながら私は自分の手を見下ろす。

 

茜色に染まった空の下で私は暫くの間、動くことが出来なかった。

 

私の傷を塞いでくれる存在なんていないはずだ。

 

私を救ってくれる英雄なんて──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん? あれは村の踊りかい? 何だか若い子達が多いね?」

 

「あれは············」

 

 祭りの準備を終えて村の中央に焚かれた篝火の周りで男女二組になって踊っている。その動きに規則性は無く、ただ自由に踊っているようにしか見えない。

 

陽気な歌声や楽器の音色の中、様々な種族の人達が楽しそうに笑みを浮かべて踊る様を見ていると不思議とこちらまで楽しくなってくる。

 

首を傾げて踊りを見る神様の問いに年嵩の男性が答えた。

 

その人によるとこの踊りは村に古くから伝わる伝統的なもので特定の相手のいない男性が女性を誘って踊るものらしい。

 

ようは告白の場であり、意中の相手に踊りに誘うことで愛を告げるのだそうだ。

 

その答えに神様はほうほうと興味深そうに呟きながら目を輝かせている。

 

すすすと僕にすり寄って僕の腕を掴んだ神様。

 

「あー、ベル君? その·····なんだ、君さえよければ君さえよければ··········」

 

 頬を赤く染めて上目遣いで見上げてくる神様。その姿はとても可愛らしくて、思わずドキッとして一瞬思考停止してしまったけどすぐに我に返った僕は苦笑いしながら言った。

 

「えっと·············わかりました、僕と踊ってくれます、か?」

 

 照れくさいけれど神様から誘われたので断るわけにはいかない。神様の手を取り、ぎこちなく誘いの言葉を口にすると神様はパァッと顔を明るくして何度も嬉しそうにうん!と返事をした。

 

そんな僕らを村人達が微笑ましそうに見ていて少し恥ずかしい気持ちになったものの、逃げ場の無いこの状況ではもう開き直るしかない。

 

神様の小さな手を引いて一緒に踊りに加わる。

 

「むむぅ、中々に難しいね·········」

 

「あはは····················」

 

 ステップを踏む度にふわりと揺れる射干玉の髪。普段とは違う民族衣装に身を包んだ神様はいつもとは違った魅力を放っている。

 

「ベル君、しっかり先導してくれたまえ!」

 

「は、はい」

 

 ぎこちなさが否めない動きだけどそれでも何とかリードしようと必死になる。無邪気な笑顔を見せる神様の姿を見つめていると、不意に視線があった神様は少しだけ頬を赤らめてニコリと笑う。

 

胸の奥が熱くなるような感覚を覚えつつ僕も笑みを浮かべて返す。すると神様はさらに頬を紅潮させて幸せそうな表情を見せた。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

篝火の周りで踊っていた者達は次第に疲れてきたのか次第に数を減らしていき、やがて踊りの中心にいるのは僕と神様だけになっていく。

 

最後の締めなのか音楽が一際大きく鳴り響き、周囲を囲む人達から歓声が上がる。

 

「そういえば、兄さんたちは··············あっ」

 

 村の片隅から上がる歓声に目を向けると片や研ぎ澄まされた剣のような美丈夫、片や精霊のような美しい少女。

 

篝火に照らされる白髪と風に靡く金髪が美しく、まるで絵画から抜け出してきたかのように映える二人の姿に周囲の人達は感嘆のため息を漏らしている。

 

互いが都市最高位の第一級冒険者にふさわしい身体能力を発揮することで見る者を魅了する見事な踊りを披露している。

 

まるで、物語の一節であるかのような光景に思わず見惚れてしまう。いつにない優しげな空気を放つ兄さんと可憐な雰囲気のアイズさんが踊る姿はまさしく幻想的と言えるだろう。

 

照れくさそうに手を伸ばすアイズさんも周囲の明るい様子につられてか、楽しそうに笑みを浮かべて踊る。

 

その様はさながら精霊のようにすら思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと·············わかりました、僕と踊ってくれます、か?」

 

「ああっ!!」

 

 ベルと神ヘスティアが篝火に照らされた村の中央で踊る。明るい曲に合わせて二人は拙くも楽しげにステップを踏みながら、手を取り合って踊り続ける。

 

その様子を見て他の村人達は拍手を送り、郷土の民謡を口ずさむ。明るくて楽しげな空気にズキリ、と心が痛んだ気がした。

 

黒い炎が揺らめくような感覚に思わず胸に手を当てる。ざわつく心に歯噛みしながら私は二人から目を逸らす。

 

何故だろう? どうして、こんなにも苦しいのだろう? 二人が笑い合っている姿を見るだけで、どうしようもなく仄暗さが募っていく。

 

この感情は何?わからない。

 

けれど、とても嫌なものだということだけはわかる。

 

「··········そっか」

 

 寂しいんだ。

 

私は今、孤独感を感じている。賑やかなお祭りの光景に疎外感を覚えて仕方がない。だから、苦しくて悲しくて辛い。

 

戦いしか知らない私はきっと異物だ。

 

「(···········場違いだな、私)」

 

 いちゃいけない、と二人の邪魔にならないよう私は静かにその場を離れる。

 

明るい広場に背を向ける。笑い声が遠ざかるにつれて気分が沈んでいく。村人たちの団欒を邪魔しないように人気のない場所を探す。

 

気配を殺しながら歩いて隠れるように木陰に入る。そのまま膝を抱えて座る。誰もいない静かな夜の森は私の心を落ち着かせてくれた。

 

静かだ。風が葉を撫でる音だけが耳に届く。喧騒から離れてようやく落ち着きを取り戻した私は深く息をつく。

 

隠れるのは昔から得意だ。なにせ誰にも、英雄にも見つけてもらえなかった。

 

そんならしくない自虐的な思考に苦笑する。

 

ふと、視線を感じて顔を向ければそこには。

 

「······アル?」

 

 どきん、と心臓が跳ねる。村の人に貸してもらった祭りの服を着崩したアルがそこにいた。

 

「·········一人でなにやってんの、お前?」

 

 何かとても哀れなものを見ているかのような目を私に向けるアルがいた。

 

村は祭りで盛り上がってるというのに夜の木陰の下で膝を抱えて一人で座っている私は確かに変かもしれないけどそんな目で見られる謂われはないと思う。

 

さっきまでの陰鬱な気持ちも忘れてむっ、と睨み返す。

 

「別に、何してても私の勝手、でしょ?」

 

「いやまぁ、そりゃそうだが········」

 

 気まずそうに頬を掻いて言い淀むアルを見て私は首を傾げる。普段なら「あぁそうだな、それじゃ」とでも言ってどっかに行くはずなのに。

 

「············みんな、楽しそうだね」

 

「あー、まぁ、そうだな。たまにはこういうのもいいんじゃねぇの?」

 

「うん、そうだね」

 

 そう言ってまた沈黙が流れる。なんだろう、この感じ。妙に落ち着かないというか居心地が悪い。

 

昔、リヴェリアが私に向けていたような扱いに困るものを観る目にそっくりだった。

 

アルが何を考えているのかよく分からずに私が何も言わないで見つめ続けていると、やがてため息をついてからアルが口を開いた。

 

「はぁ··········」

 

「?」

 

 疲れたように項垂れるアルに私は再び首を傾げた。すると、おもむろにアルがこちらに手を差し伸べる。

 

「··········俺と踊ってもらえるか?」

 

「え、あ───う、うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、いやいや、いやいやいや、曇れ曇れとは思ってるけど、早すぎるわ。まだ、異端児編始まってねぇぞ。みんなの輪に入れない子供かよ。

 

まあ、一回、踊れば周りの奴らもアイズを誘うだろ。

 

そら、踊るぞ。俺も一切、経験ないけど身体能力でゴリ押せばなんとかなるだろ。

 

終わったら俺寝るからあとよろしく。

 

 

 

 

 






まずは更新を休んですみませんでした。

誹謗中傷とかは気にしても仕方ねぇってことで好きなアニメをエンドレスで見て受けたダメージを回復させて復帰しました。

コメントや評価などをしてくれると励みになりますのでこれからもどうかよろしくお願いいたします。




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九十七話 ちょうどいいや、ヘディンに全部丸投げして俺は逃げよ



ソードオラトリアのアニメの続きやんないかな


 

 

 

 

 

 

 

絶対的な死の予感。凍てつく神気が大気を震わせている。月下、横溢する圧倒的な魔力の渦。英雄たる人物であろうと抗う術なき力の奔流。

 

かつて下界最強の集団によって討たれた『陸の王者』ベヒーモスや『海の覇者』リヴァイアサンといった三大冒険者依頼の災厄に匹敵しかねないほどの怪物。

 

神を殺す大穴の刺客にして、世界を滅ぼしうる漆黒の魔獣。太古の時代より地上を荒らす災厄。

 

「─────俺はお前の英雄(オリオン)じゃない」

 

 月明かりだけが差す遺跡の奥。岩の天蓋に空いた穴から覗く夜空を仰ぎ、少年は静かに呟いた。

 

その瞳に宿るのは嫉妬にも似た感情。おおよそ彼が抱くにはふさわしくない羨望と憧恨。今後いかなる相手に対しても抱くことはないはずの感情。

 

少年の仰ぐ夜空には神の光が収束し、弓の形を成している。それは世界を穿つ滅世の輝きであり、虚構の月を砲台として顕現した天界最強の矢。

 

その一射はオラリオごと大穴の『蓋』を貫き、世界を再びモンスターの横溢する魔界へと回帰させるだろう。

 

「··········本当なら俺は関わるべきじゃなかったのかもしれないけどな。置いてくならともかく置いていかれる側になるのはイヤだったんで少しだけズルをした」

 

 次の瞬間には世界が滅んでもおかしくない状況だというのに少年の声音に焦りはない。

 

この期に及んでただただ穏やかで、凪いだ水面のように静謐なままだ。そしてその瞳には悲壮でも決意でもない感情が宿っている。

 

ただただここにいるべきでない自らへの苦慮。それが少年の表情を曇らせていた。

 

本来ならば『英雄』が立つべき場所にいるべきではない自分が何故立っているのか。そんな考えが脳裏から離れないのだ。

 

偽物の自分にできることは時間稼ぎにも似た『繋ぎ』しかない。

 

月光を背負いながら夜空を見上げる少年の周囲に黒い燐光が立ち上り、光の粒子となって収束していく。

 

それはまるで夜の闇を凝縮させたような漆黒。触れたもの全てを腐食させていくかのような禍々しい気配を帯びた何か。

 

しかし不思議と不快感はなく、むしろ安心感すら覚える優しい闇色。

 

────英雄覇道(アルケイデス)最大蓄力(フルチャージ)黒鐘桜(ブラックベル)ヘ。

 

リンリンと鳴っていた鈴の音が大鐘の音に変わる。ゴォンという重低音とともに遺跡全体が揺れ動き、大気が震える。

 

対峙するは神喰らいの黒き怪物が喰らった神の力を費やして装填した純潔の女神の権能そのものが矢を形どったモノ。

 

約定の時を待たずして地獄の蓋を解き放つ滅びの一矢。それはもはや下界の個では到底防げず、かといって神の力を解放した神であっても相殺しきれる前に送還されるであろう究極の一撃。

 

だが、少年はその脅威を前にしても微塵も怯むことなく佇んでいる。その胸中に渦巻いているのは恐怖ではなく後悔。あるいは未練と言ってもいいものだろうか。

 

永く待ち望んだはずの『死』の予感。あの矢が放たれれば間違いなく少年も死ぬだろう。

 

だが、世界の中心と呼ばれ、ダンジョンの大穴を塞ぐ『蓋』であるオラリオがそこに住まう有力ファミリアの主神たちとともに消滅することは世界の破滅と同義。

 

あれが解き放たれれば何もかも終わりだ。

 

だから、天秤にかけるまでもないのだ。

 

片や、世界すべて、片や、『既に』死した女神一柱。答えなど最初から決まっている。

 

この槍で、この神創武器で大穴の使徒────アンタレスに取り込まれた女神をアンタレスごと『殺す』、たったそれだけで世界は救える。

 

自分ならば、本来の『彼女の英雄(オリオン)』よりも遥か上の力を持つ自分ならばできる。

 

だが───────。   

 

「ああ、気に食わんな」

 

 そうだ、気に食わない。今の少年に駆け巡る感情はまさにそれだ。諦観でも、嘆きでも、悲しみでもなく気に食わないという怒気と憤激のみ。

 

魔獣に対してでも、世界に対してでもない、女神と自分自身への怒り。

 

勝手に英雄なんてものに仕立て上げられたことも腹立たしいが何よりもそれを一度は良しとした自分自身に一番苛立っている。

 

「俺以外が世界のために死ぬ?───冗談じゃねえぞ」

 

 英雄なんかではない、自分はただの人間だ。英雄になりたいと思ったことは一度もない。

 

弟のような未完の英雄にも、物語の英雄にだってなれない。なる資格もなる理由もない。

 

それでも、少年は英雄として、世界を救う者としてこの場にいる。それがどうしようもなく、許せない。

 

今ここにいるのは偽物で、贋作で、本物じゃない。

 

彼を突き動かすのはどこまでも自分勝手なエゴイズム。歪み淀み切った願望の発露。

 

世界を救う偉業だとか、女神を殺す大罪だとか、そんなものはどうだっていい。

 

そんなものは知らない。

 

世界が滅ぶかどうかすら知ったこっちゃない。外道と言われようが邪悪と罵られようが構わない。

 

「そんなこと、俺以外にやらせるわけねぇだろうが!!」

 

 苦慮も、葛藤も、あらゆるものを呑み込む激情。ズルい、それは俺の役目だ、お前は引っ込んでろ。そんな思いが胸中を埋め尽くしていく。

 

世界?

 

女神?

 

偉業?

 

大罪?

 

「そんなもん、知るか」

 

 ────死ぬなら俺に関係ないところで勝手に死ね。

 

自分でも御しきれないほどの感情の奔流。それが少年を衝き動かしている。自分が納得できないから邪魔をする。

 

それはまさしく醜悪そのものの我欲。

 

だが、だからこそ少年は止まらない。たとえ相手が世界を滅ぼす破滅であろうとも、たとえそれが己自身であったとしても。

 

「俺の前で死ぬなんざ、誰にも許すわけにはいかねぇ。───この俺が見送る側になんてなってやるものかよ!!」

 

 怒りを炉に火を入れる燃料にして、魂を熱く燃やす動力源にして、身体中に血潮を巡らせていく。

 

どうしようもないエゴイスト、それが彼の本性。この世で一番美しいと思うものの為なら、彼は躊躇いなく世界を敵に回す。

 

神殺しの大罪すら考慮に値しない。

 

もとより、この身は『彼女の英雄(オリオン)』ではないのだ。

 

なら好きにやらせてもらう。

 

世界を救う気なんて毛頭ない、死んだ女神の眷属だってどうだっていい、女神自体にすら興味がない。

 

ただ、自分の目の前で誰かがなにかの犠牲になるのが我慢ならないだけ。

 

だから、少年はこの場だけ英雄となることを決めた。それはまさしく偽善そのものの在り方。

 

けれど、それで構わない。

 

誰かを救うための英雄ではなく、ただ自分のエゴを貫くための外道。

 

女神は殺さずに、それでいて世界も滅ぼさない。

 

それは不可能に近い。

 

少年は知っている。世界はそこまで甘くないことを。

 

女神を殺すという大罪を背負うこと自体は酷くどうでもいいが、その犠牲の結果として世界が救われるのは許容できなかった。

 

だから、少年は決意する。

 

「────そう遠くない先、約束の地(オラリオ)にお前の本当の英雄(オリオン)がやって来る」

 

 まあ、俺の弟なんだが、と心の中で付け加えながら笑みを浮かべて。

 

これから行うのはただの時間稼ぎ、世界を救うなんて偉業とは程遠い行為。

 

怒りを鎮め、唄うように、笑うように詠唱を紡いていく。少年の手に握られるは神殺しの槍。

 

それは使わない、不要だと言わんばかりに投げ捨てる。

 

そして、代わりに構えるのは一振りの大剣。長大かつ無骨な両刃の大剣を両手で握り締める。

 

「───だから、今は寝てろ」

 

 時間稼ぎ、逃げにも等しい蛮行。それでも弟ならば真に世界を救った上で女神を救えると信じて少年は笑う。

 

その為の『魔法』だと穏やかな笑みのまま、少年は静かに告げる。

 

黒い光輪が収束し、雷光と聖火を纏いながら少年の背に九つの魔法円が顕現していく。

 

この世の理から外れた力を行使する為の代償を燃焼させ、魔力へと変換しながら。

 

器に余る力の奔流に身体が軋む音が聞こえる。限界以上の力を行使している証左。だが、少年はそんなもの歯牙にもかけず、高らかに謳いあげる。

 

詠唱を終え、火雷の束が魔法円を通り抜け、少年の身に宿っていく。魔法円に装填された光槍が夜の海に浮かぶ星々のように浮かび上がる。

 

九条の光が夜空に瞬き、黒鐘桜に負けぬほどに禍々しく美しく輝く。

 

魔力の高まりに呼応し、世界が震動する。少年の背後に展開された巨大な九つの魔法円が互いに干渉し合い、共鳴しながら回転する。

 

──────限界突破(リミットオーバー)蓄力装填(フルカウント)

 

恩恵が刻まれた背中が熱を帯びる。

 

神が力を使っても防ぐことのできないはずの大権能をあろうことが人の身で相殺するための奥義。

 

『神』の力そのものを、そのものだけを殺すために作り上げられた、ただただこの一瞬のためだけに発現した少年の第三魔法、神殺しの九環。

 

それは天の法典に背く下界の可能性。

 

それは神という概念そのものを撃ち落とす下界のイレギュラー。

 

少年は長剣を両手で握りしめ、静かに腰を落とす。

 

そして、その時は訪れる。

 

弓弦を引き絞るように、長剣を背後へ引き絞る。

 

世界を穿つ滅世の輝きが放たれる寸前、少年は────。

 

【────最後の英雄神話(リーヴ・ユグドラシル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭りの後、カームさんは眠るように亡くなった。女神様への五十年来の想いを胸に抱きながら静かに息を引き取った。

 

娘さん達に囲まれた安らかな最期だった。カームさんの亡骸を埋葬した月夜。兄さんは僕の隣に座るとどこか物憂げな表情を浮かべて星々が瞬く空を見上げていた。

 

「兄さん········カームさんは、女神様に会えるのかな?」

 

 死した下界の魂は天界に昇って神様たちにその魂を管理されるという話を聞いたことがある。

 

なら、カームさんもいつかは女神様と再会できるかもしれない。いや、そうであってほしいと願わずにはいられない。

 

「·············難しいだろうな。神じゃない俺には詳しくはわからんが死した魂の管理は死の神の管轄だ」

 

 美神や大神などの特別な神格ならばいざしらず望んだ魂を自らの管理におけると限らない、と兄さんは付け加える。

 

神様は人間とは違う。不死の存在である神様はいかなる別れも忘れることはできない。それはとても残酷なことのように思えた。

 

一緒に歳を重ねることもできず、必ず先に人間が死に、神様だけが残される。人間の一生は永久を生きる神様にとってはほんの一瞬に過ぎない。

 

─────『神々の愛は一瞬なのだ』

 

いつだったか、ミアハ様が言っていた言葉が脳裏に過ぎる。それはあまりにも残酷で悲しい現実だった。

 

一瞬の愛の代償に永久の喪失感を抱える。それが永遠に近い時を過ごす神様との定めだというのだろうか? だとしたら、なんて酷くて哀しいなんだろう。

 

「まあ、そうだな。神は人間とは同じ時を生きていけない」

 

 兄さんは僕の頭を優しく撫でながら言った。それはどこか自分に言い聞かせているようにも聞こえて、僕は首を傾げる。

 

「だが、まあ、神·······特に女神は執着深い。曰く、一万年くらいなら待てるらしい。それに比べりゃ、人間が転生するのなんざ、僅かな時間だ」

 

「それ、は·······どんな神様が言ったの?」 

 

「···········お前ならいずれ会えるさ」

 

 必ずな、と月の光を浴びて微笑む兄さんは優しげで、それでいてどこか寂しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝。カームさんの埋葬を終えた後、村人達に見送られながらアイズ達は村を後にしてオラリオへの帰路につく。

 

度々モンスターが出現するものの第一級冒険者二人に一蹴され、あっという間に駆逐されていく。

 

「いい村だったなぁ············」

 

「また、遊びに行きたいですね」

 

 一団に流れる和やかな空気にアイズも僅かに頬を緩める。確かにいい村だったと素直に思う。

 

横に並んだアルの顔はいつもとは変わらず仏頂面だがどこか穏やかに見える。

 

そして、昨晩のことを思い出す。あの時、差し出された手を取った瞬間に胸の中に渦巻いていた仄暗い感情は霧散していた。

 

暖かな手の温もり。それはまるで陽だまりのようで、優しく包み込むような優しさがあった。

 

胸に蟠っていた仄暗さが消えて代わりにどこか満たされるような明るい感情が芽生えていた。

 

「·········ありがとう、アル」

 

「は?」

 

 突拍子もない言葉に不思議そうな顔でこちらを向くアルに誤魔化すような笑顔を向けてアイズは再び前を向き、歩き出す。

 

「(みんなの待つオラリオに帰ろう)」

 

 未だ、モンスターへの黒い炎は消えない。心の奥底で燃え盛っている復讐の炎は決して消えることはないだろう。

 

けれど、今はその炎が少しだけ小さくなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「アル・クラネル────ッ!!」」」」」」

 

 そんなこんなあって帰ってきたアイズたちを、出迎えたのは血走った目を向けてくるエルフの大軍であった。

 

あまりの数と迫力、その多くがランクアップを果たした上級冒険者であり一人一人が生粋のマジックユーザーであるエルフであることも考えればダンジョンの階層主すら殲滅しかねない────というかアンフィスバエナくらいなら普通に倒せる────戦力。

 

他でもないラキア王国の軍団を殲滅したエルフの派閥連合。一部、エルフ以外の種族の冒険者も疎らいるが、その誰もがアルへの殺意で瞳を燃やしている。

 

そんなエルフの大軍が一斉に声を上げ、武器を構えながら突進してくる様は下手なモンスターの大軍よりも恐怖を覚える光景だ。

 

「うおっ、いきなり何だ?!」

 

 驚いたアルに当然のように一蹴され、吹き飛ばされたエルフたちだったが、へこたれずに立ち上がるその様相はまともではなく、エルフというよりはキレたアマゾネスのようで恐ろしい。

 

百戦錬磨のアイズが自らに向けられた殺気ではないというのに思わず身構えてしまうほど、その様子は異様だった。

 

「ようやく戻ってきたか、愚物め」

 

 ゾンビが如く襲いかかってくるエルフ達の相手をするアルに手は出さないものの、その背中を睨み付けるようにして呟く白妖精の美丈夫。

 

女性と見間違う金色の長髪に澄んだ紅い瞳を不愉快げに細めるヘディン。

 

「『剣姫』、リヴェリア様とあの愚物の二人と親密なお前ならば知っているか」

 

「貴方は【フレイヤ・ファミリア】の··············。あ、あの、知っているって何がですか?」

 

 あまりにあんまりな光景にぽかんとしていたアイズのもとへ、怜悧な顔を些か疲労に染めた彼が歩み寄ってきた。

 

同胞達の狂乱ぶりに苛立たしげに舌打ちを漏らすヘディンはアイズの問いには答えず、代わりにアルのほうを向いてため息をつく。

 

アルは今まさに襲いくるエルフ達を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返しており、その姿はまさしく修羅のよう。

 

その光景に呆れ果てたヘディンは、再び大きな溜め息をついて、 そして、言った。

 

「高貴の御方──────リヴェリア様とあの、アル・クラネルが秘密裏に婚姻しているというのは本当か?」

 

「··········································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································は?」

 

「嗚呼、いや、分かった。·······································分かったから何も言うなこれ以上面倒事を増やしたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだこいつら、いきなり襲いかかってきやがって。まあ、一人一人はいくら上級冒険者って言っても第二級止まりだしどうということはないんだが面倒だな。

 

こちとら出かけ先から帰って来たばかりで早く寝たいんだよ。

 

─────ん?あれ?

 

そこに突っ立ってるのってヘディンか?

 

ちょうどいいや、ヘディンに全部丸投げして俺は逃げよ。

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

「個人的に死ぬなら本当にどうでもいいんだけど俺の関係ないとこで死んでほしい」→「それに今、殺しちゃうとベルと出会えないよな·····」→「でもこのままじゃ世界滅んじゃうな」→「なにより俺以外が世界のために死ぬとかいうそんなおいしい真似するなんて許せねえ!!」→第三魔法発現!!

 

第三魔法「神の力だけぶっ殺して残った器は来たる日まで放置しておこう」

 

冒頭のは憧憬追想加熱+英雄覇道最大チャージ+精霊の加護限界突破+全ステイタス限界突破+逆境補正最大+付与魔法+漆黒特攻+神の力特攻を乗せた超長文詠唱の広域攻撃魔法(本来は九つの砲弾を打ち出すものを一つに集約)を一発の剣撃にのせたこれまでのアルの人生においての最大火力。

 

様々な補正が加算されているためエインに撃とうとしたものよりもかなり強力。できないけど仮に自分に対して放った場合、今のアルでも消し飛ぶ威力。

 

 

 

 

 

 







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九十八話 こういう時は逃げるに限る



今後、アルテミス関連をやるとしたら本編完結後のベル編かな········



 

 

 

 

 

 

リヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスの心中を一言で表すとすれば『そんなつもりじゃなかった』、だろう。

 

リヴェリアが、そしてレフィーヤが気がついたときには全てが遅く、もはや【ロキ・ファミリア】の力を持ってしても収集をつけることは不可能だった。

 

「「どうすれば·············」」

 

「─────リヴェリア?」

 

「ッ!! アイズ、戻ってきたのか!!」

 

「アイズさん!!」

 

 参りきった二人の元へ幽鬼の如く現れたのは二人もよく知る金髪の美少女、アイズ・ヴァレンシュタインだったが、その様子はいつもとは違かった。

 

「なんで············なんで、教えてくれなかったの? リヴェリア?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、なるほどなるほど把握把握」

 

 ゾンビのごとく襲いかかってくるエルフ達を適当にあしらいながら、ヘディンの話を聞いてアルは納得したようにうんうんと首を縦に振る。

 

ヘディンとしてはリヴェリアとアルが本当に恋仲であるのか、そうでないのかという疑問は酷くどうでもいい。

 

騒動の発端である【ロキ・ファミリア】の首脳陣が匙を投げた以上、他でもない自分が女神フレイヤに余計な危害が及ぶ前に事態を抑制しなければならない、とヘディンは手を尽していた。

 

だが、流石のヘディンといえどハイエルフ関連のことで暴走するエルフたちを抑えるのもいい加減限界にきていた。

 

いくらその勇名をオラリオ中に轟かせている第一級冒険者であろうとハイエルフでない以上、騒動の根本的な鎮圧は不可能。

 

「まさか俺とリヴェリアが付き合ってるなんて噂が流れるとはなぁ」

 

 エルフ達をあらかた気絶させ終えたところで、ヘディンの隣に腰を下ろしたアルはそうぼやく。

 

くだらねぇ、と言わんばかりの態度だが、巻き込まれて事態の抑制に奔走させられたヘディンからすればたまったものではない。

 

この男のせいで···········いや、珍しくこの男に非はないが個人的悪感情は抑えきれない。

 

公言こそしていないがヘディンはアル・クラネルを冒険者としては認めている代わりに一個人としては反吐が出るほど嫌いだ。

 

そんな男が外で遊んでいたがために自分がこれほどまでに苦労したという事実そのものが腸が煮えくり返るほど苛立たしい。

 

「では、そのような事実はない、ということだな」

 

「あたりまえだろ」

 

 そんなヘディンの内心などつゆ知らずといった様子でアルはあっさりと答える。ヘディンはその言葉に内心で安堵のため息をついた。

 

これで、ひとまずは騒動を落ち着ける材料は揃った。

 

エルフではないフィンや何を言っても照れ隠しとしか受け取られないリヴェリアでは何もできなかったが、もう一人の張本人であるアルも揃ってそれを否定すれば多少なりともエルフたちの熱も冷めるだろう。

 

しかし、そんなヘディンの考えとは裏腹にアルはあっけらかんとした様子で──────

 

「じゃあ俺はほとぼりが冷めるまで逃げるからあとよろしく」

 

「は?」

 

「じゃあな」

 

 そんなことを言い残してアルはそのまま立ち去ってしまった。残像すら残さないその速度はやはり異常の一言に尽きるが、今はそれどころではない。

 

あまりにあんまりな逃げっぷりにその怜悧な美貌を唖然に染めたヘディンは、数秒後、我に返り慌ててその後を追いかけ出す。

 

しかし、すでにアルの姿は遥か遠くにある。曲がりなりにも都市最速を誇る男の速度に追い縋れるのはそれこそ魔法を使用したアレンくらいのものだ。

 

都市最強の片割れでありながら他の第一級冒険者にありがちなプライドというモノが一切ないアルの厚顔無恥な逃げぶりにヘディンは忌々しげに舌打ちを漏らし、 そして、呟いた。

 

先程までの疲れ切った顔からは想像できないほどの鬼の形相を浮かべながら。

 

「·············貴様という男はどこまで私の··············俺の手を煩わせれば気が済むというのだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン中層域。

 

出現するモンスターの強さは一気に跳ね上がり、その数も質も上層までとは比べ物にならないほどに上昇する。

 

その19階層から24階層に渡って緑の森林が広がるエリア、『大樹の迷宮』。

 

床や壁そのものが硬質な木皮に覆われており、枝葉が生い茂って陽光の代わりに発光する青緑色の苔が辺りを照らす。

 

地上にはありえない奇っ怪な様相をしたシダ植物が至る所に生え揃い、様々な輝きを湛えた花弁を持つ花々が幻想的な空間を作り出していた。

 

ランクアップを果たしたLv.2の上級冒険者パーティーでなければとてもではないが踏破できないような危険地帯だ。

 

そんな樹海の中を駆け抜ける小さな影が一つ。

 

はぁはぁと息を切らし、時折後ろを振り向いては追手の姿がないか確認しながら、その人物は必死になって逃げ回っていた。

 

少女のようにも見える華奢で小柄な体躯だがその瑞瑞しい肢体は不気味なほどに蒼白であり、まるで幽鬼のような雰囲気さえ醸し出している。

 

腰元まである長く美しい長髪に隠れるように全身にまばらに生えた爬虫類らしい鱗と背中に生える翼膜の張った大きな羽。

 

額には美しい紅石が埋め込まれており、彼女が人間ではないことを如実に物語っている。

 

人から外れた怪物らしい異形でありながらもその美貌は人間の幼子のようなあどけなさを残しており、見る者にある種の背徳感すら感じさせる。

 

そんな彼女の身体はいずれも浅くない裂傷がいくつも刻まされており、そこから絶え間なく血が流れ出していた。

 

琥珀のような瞳からは涙が零れ落ち、口から漏れ出る荒い吐息にも苦痛の色が強く滲んでいる。

 

「はぁはぁ···········!くぅッ!」

 

 痛みに耐えながら彼女は走る。血塗れた地面を踏みしめ、傷ついた身体を引き摺りながらも懸命にひたすら前へ前へと足を踏み出し続ける。

 

やがて体力の限界を迎えたのか彼女は足をもつれさせ、そのまま勢いよく転倒してしまった。

 

「あぅ!?」

 

 転んだ拍子に背中を強く打ちつけてしまい、一瞬呼吸が出来なくなるほどの激痛に襲われる。

 

なんでこんなことに、と涙で歪む視界の中で彼女は思う。

 

「なんで?」

 

 誰に対してでもない呟きは虚しく宙に消えていく。人間のような感情など持ち合わせていないはずの怪物でありながら涙を流す。

 

無垢な幼児のように泣きじゃくる彼女の瞳には哀しみとも、戸惑いとも取れる色が浮かんでいた。か細い声を上げ、子供のようにただただ泣き喚く彼女はとても怪物のようとは思えない弱々しい存在だった。

 

琥珀の瞳から流れ落ちる大粒の涙は地面に落ちて弾ける度に滴を放って消える。

 

肩を震わせてすすり泣く彼女は今まさに自分の身に何が起きたのか理解出来ていなかった。

 

「なんでっ、どうしてっ··············」

 

 彼女はこの広大な迷宮で一人ぼっちだった。他のモンスターと同じように迷宮の壁面から産み落ちたはずの彼女は産まれながらに排斥されていた。

 

理由は分からない。

 

知らない光景の記憶がある。それは自分が見たことのない景色なのに不思議と見覚えのどこかの場所の風景。

 

その記憶の代償であるかのように同胞であるはずのモンスターたちから仲間外れにされ、孤独という恐怖を味わい続けた彼女にとって世界は自分の敵しかいないように思えてしまう。

 

産まれて初めて出会った自分以外の生き物である熊型のモンスター─────バクベアーに襲われた時もそうだ。

 

最初は何をされているのか分からなかった。気が付いた時には肩に大きな爪痕が刻まれていて大量の血液が噴き出した。

 

最初は自らと同じ存在だと安堵して「ここはどこ」と問いかけた彼女に返ってきたのは無慈悲な一撃。

 

振り下ろされた剛腕に容赦はなく、命からがら逃げ出してからも幾度も多種多様なモンスターたちに襲われ続けた。

 

遭遇の度に浅くない傷とともに自らが孤独であるという絶望を刻み込まれてきた。

 

疲労と出血により意識が薄れゆく中、彼女はいかなるモンスターとも違う生き物の姿を目にした。

 

尖った耳が特徴的な二足歩行の雌雄。どちらもモンスターとは違い、装備を身に付けている。

 

互いを守るように寄り添いあう姿に言いしれぬ羨望と憧憬を覚え、彼らなら受け入れてくれると「助けて」と手を伸ばした。

 

しかし。

 

返ってきたのは彼女以上の恐怖と剣の一閃。知性あるが故に鮮烈な敵意と恐怖を向けられて拒絶された。

 

切られた傷を押さえながら必死に逃げ惑う彼女の瞳からは止めどなく涙が溢れ出る。

 

怖い。寂しい。誰か傍にいて。

 

そんな悲痛な願いを抱き、それでも彼女は死にたくない一心で進み続ける。

 

なぜこんなことになったのか。何故自分はここにいるのか。そもそも、自分とは一体なんなのか。何もかもが不明瞭なまま、それでも生きたいという本能だけで走り続ける。

 

その後も何度かモンスターと遭遇して傷を増やされながらも自問自答を繰り返す。

 

一度、彼女の美しい容姿に敵意でも嫌悪でもなく醜い劣情を瞳に浮かべた人間の集団に遭遇した時は死よりも恐ろしい思いを味わった。

 

欲望のままに伸ばされる手に身も凍るような恐怖を感じ、必死になって逃げ回った。

 

敵しかいない迷宮を彷徨いながら、彼女は次第に考えることをやめていった。考えれば考えるほどに怖くなるから。辛くて苦しくなるから。

 

そしてついに限界を迎え、行き倒れる。はぁはぁと浅い呼吸を繰り返しながら倒れたまま動こうとしない身体。

 

遠くから響いてくるモンスターの雄叫びに怯えながらも限界に近づきつつある身体は動いてくれない。

 

コツンコツンと明らかにこちらに近づいてくる足音に思わず身体がビクッと震える。近づいてくる気配は人間のそれ。

 

へたりこんで動けない彼女はガクガクと膝を震わせる。

 

涙で霞む視界の中、現れたのは──────

 

「····················ヴィーヴル?」

 

 ─────異端の少女は今日、運命に出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン下層域、25階層。

 

冒険者達に『水の迷都』と名付られた水辺の階層。瀑布や激流があちこちを流れており、そのせいか湿度も高く苔むした岩肌は滑りやすい。

 

階層を複数貫通する数百メートルもの蒼玉の滝が轟音と共に流れ落ちて膨大な量の水飛沫が霧のように浮かび上がって冒険者にとって致命的な視界不良を生みだしていた。

 

迷宮内とは到底思えない凄まじい水量、深い濃霧で見通しが悪く、滝の音で聴覚も頼りにならない。

 

そんな蒼い水面の奥に長い巨影が沈んでいた。

 

まるで海のように波打つ湖面が爆発的な速度で盛り上がり、その中から巨大な蛇のような魔物が飛び出してくる。

 

その全長は優に二十メートル以上、鱗の色は青く、全身には太い脈が浮かんで脈動しているかのように明滅を繰り返している。

 

蛇のような頭部は二股に裂けて二頭に分かれており、大きく開いた口の中には鋭い牙が生え揃っていた。

 

──────二頭竜の階層主、アンフィスバエナ。

 

湖底から姿を現した二頭竜はその双頭の瞳で周囲を睨みつけるように見渡しながらゆっくりと浮上する。

 

移動型の階層主であり、大型級モンスターですら比較にもならない巨体。ある種の荘厳さすら感じさせる白灰色の鱗、最強の怪物種である竜種としての威容。

 

大盾を思わせる巨大な鱗で全身を覆っているがための堅牢たる防御力とその巨体故の生命力、水上を滑るように移動する機動力。

 

そのどれをとっても怪物の王に相応しいポテンシャルであるが、この竜の最大の武器はそれらではない。

 

ドラゴンブレス。古今東西、あらゆる伝説において最強の怪物とされる竜種のもっとも有名な攻撃手段にして最大最強の一撃である。

 

それは強靭な顎門より放たれし灼熱の業火。陸上のみならずその極端な拒水性から水上でも変わらず燃え上がる蒼炎は一度燃え上がれば全てを焼き尽くすまで決して消えない。

 

魔法を拡散するミストも合わせれば攻守ともに隙がなく、強力な魔法耐性を有する鱗に加えて圧倒的な火力を誇る蒼炎のブレスを持つ正真正銘の怪物の中の怪物。

 

第一級冒険者を含む大規模なパーティでなければ到底打ち勝てず、普段から下層を探索する第二級冒険者のパーティであっても少数で相対すれば全滅必至であろう下層域最強の竜。

 

その強さは泳ぐことの出来ない陸上であってもLv.5最上位に位置し、ギルドの指定した推定レベルは得意な水上戦に限って言えば深層の階層主ウダイオスと同等のLv.6。

 

『──────ォォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 破鐘の如く響き渡る声なき雄叫びが階層全体に反響してビリビリと空気を震わせる。殺戮の予感に興奮したのかその口元からは青い炎がちろちろと漏れている。

 

凄まじい圧力を伴った殺意が辺り一帯に降り注ぎ、濃密な死の気配が充満していく。

 

だが、この竜には『運』がなかった。

 

よりにもよって··························。

 

「うるせえ」

 

 これ以上ないほどに相性が悪く、なおかつ取り繕う必要のある相手が周囲にいない『剣の鬼』と遭遇してしまったのだから。

 

銀光一閃。竜体両断。

 

階層主のリスポーンキル。

 

インターバルが開けて新しい階層主が生まれるたびにドロップアイテム目当てで周回するなど本来ならば非常に困難かつ非現実的なことではあるが、この男にとってはそれほど難しいことでもなかった。

 

雷鳴の如く鳴り響いた斬撃音が階層中に木霊し、その竜体ごと核である魔石を両断されたアンフィスバエナは呆気なく絶命した。

 

ブレスの燃料を貯めていた龍胆も炸裂し、蒼炎が一瞬だけ激しく燃え上がりすぐに鎮火した。

 

 

 

 

 

 

 

暴れまわるモンスターがあらかた片付いた水面の岸。どこからか響く歌声。ダンジョンにそぐわない美声はどこか物悲しく、それでいて明るい響きを帯びている。

 

その歌声を頼りに水音を立てて進むアル。やがて視界に入ったのは蒼い水晶に腰掛ける人魚だった。白い肌を露出させた踊り子のような格好で、肩口までの翠髪と碧眼。

 

「アル!!」

 

「よ、マリィ」

 

 怪物らしからぬ透き通るような美貌をぱぁっと輝かせて人魚の少女――マリィは両手を広げながら勢いよく抱きつく。

 

子供のようにじゃれついてくる彼女を受け止めつつアルは苦笑いを浮かべてマリィにいった。

 

「ちょっと、匿ってくんない?」 

 

「匿ウ?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】に行こうとしたけど怪我人でもないのに来るな、って追い出されちまったからな··············」

 

「追イ出サレ?」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アルのリーヴ・ユグドラシルはオッタルの獣化やフィンの凶猛の魔槍に相当する奥の手だが瞬間的な爆発力で勝る代わりに継続性が皆無なため奥の手にはなりえても切り札にはなり得ない場面が多い。

 

加えてむちゃくちゃ威力が高い代わりに超長文詠唱で尚且つ今のアルでようやく御せるほどの出力なため下手に並行詠唱で使うと魔力暴発で自滅するレベル、アルが自己の戦力分析をする際には勘定に入れていない程度には使い勝手が悪い。

 

─────っていう、建前でアルは人前での第三魔法使用をできるだけ避けてる。

 

理由は主に詠唱式の後半(対エインでは全ては唱えきれずに途中で中断された)。

 

建前も間違ってはいないが前衛戦士の二人の切り札が極まった自己強化なのに対してアルはアルフィアのような一発限りの大技って感じなんでそもそもの想定が違く、刺さる場面ではとても刺さる切り札。

 

それでも使い勝手があんまり良くないのは事実なので使う機会そのものが少なく、これまでに人前で使ったのは三回。

 

内、二回は使った後に大聖女の世話になってる。

 

 

 

 

 

ちなみにアルの最適な運用方法は速度にものを言わせて敵陣に吶喊させて相手のリソースを散々食い破った挙句に敵陣の中央で第三魔法自爆させること(帰ってくる鉄砲玉)

 

 

 

 

 

 

 

 












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九十九話 下半神「うわっ、マジかよ、すげぇ··········。ンンッ────流石は儂の孫!!」




今回は色々あって短いです


 

 

 

アイズにとってリヴェリア・リヨス・アールヴは第二の『母』と言ってもいい人物だ。

 

九年前、恩恵を受けて【ロキ・ファミリア】の一員となってから無茶がすぎるアイズの教育係を任せられたリヴェリアは根気よくアイズと接し、両親を失い『孤独感』に満ちていた幼き日のアイズを慈しみ育ててくれた。

 

アイズにとってアル・クラネルは『理想』であった。

 

誰よりも才に溢れ、どのような困難に直面してもそれを踏破するその姿は物語の英雄のようでもあり、アイズが己に求めた力そのものでもあった。

 

最初は嫉妬からか嫌っていたが、その暖かさを、優しさを知り、前に進むのみだった自分を護ってくれるアルをアイズは『父』と重ねた。或いは、自分に兄がいればアルのようだったのかもしれないと思っていた。

 

アイズはその、特殊な出生がために男女の機微を解さない。『参考』にできるのはかつての父と母の穏やかな日々。故にアイズはアルへの自らの感情がなんなのかを、父や母、リヴェリアに向けるそれとの違いを理解できていない。

 

リヴェリアとも、アルとも、ただ、一緒に居れればいい。未だ、心は幼いままのアイズはそう考えていた。

 

『高貴の御方──────リヴェリア・リヨス・アールヴ殿とあの、アル・クラネルが秘密裏に婚姻しているというのは本当か?』

 

『··········································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································································は?』

 

その言葉を聞いたとき、アイズが浮かべたのは怒りでも嫉妬でもなく。

 

────なにそれ、聞いてない、という悲しみにも似た驚愕だけだった。

 

両親を除けばもっとも親しく、信用し、家族のように思っていた二人がそのような仲だったとは一切、知らなかった。

 

確かに二人は仲がいい、ファミリアの副団長と事実上のナンバーツーである二人は公私問わず一緒にいることが多く、もしかしなくてもアイズよりも一緒にいる時間は多いかもしれない。

 

それならばアイズが知らぬ間にそういった仲になっていっても不思議ではないし、アイズの目から見てもリヴェリアとアルはこれ以上ないほどにお似合いと言える。

 

己の『感情』を家族愛と混同しているアイズは仮に、二人にそういった仲なのだと明かされれば素直に祝福しただろう。

 

けれど、『聞いてない』、もっとも親しいはずの二人の仲についてアイズは、全く知らず、一度も相談されたことはなかった。

 

────なんで、教えてくれなかったの?

 

アイズを襲ったのは忘れたはずの『孤独感』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────どこかの聖域。

 

かつては英雄の都たるオラリオで隆盛を極めた最強派閥。

 

現行の二大派閥である【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】を纏めてもなお届くかどうかという最強の集団を率いていた男神は神時代以前に自らが撒いてしまった神々の負債、災厄の種の精算のために行動していた。

 

「·····················はぁ、完全に汚染されきっとるの」  

 

 大神たる彼の目には聖域などと呼ばれている島の真の姿が映っている。そこにはかつての栄光など微塵もなく、禍々しい邪気が蔓延し、邪悪な呪詛が渦巻いている。

 

智慧神の加護によりかろうじて抑え込んでいるものの、このままではいずれ限界が訪れるだろう。

 

もはや、呪いそのものとなった天上の神焔を、解き放たれれば一挙に下界を滅ぼすであろう聖火を堰き止めておけるのもあと僅か。

 

澱み、穢れ、腐り果てたこの都市にはもはや一片たりとも聖なるものは残っていない。

 

その穢れきった天界の呪詛こそが『神々の失敗例』であり、全能を振るう神が下界に干渉する過ちを犯した結果だった。

 

全知全能たる神の力でもダンジョンより産み出される神殺しの刺客────漆黒のモンスターを討つことはできない。

 

雑多なモンスターは討てたとしても漆黒のモンスターは別だ。神の火はいたずらに下界の理を乱しただけで終わった。

 

下界は神の手では救えない。

 

この世界を救えるのは下界に生きる人類のみ。

 

本来ならば、十五年前、男神と女神の眷属達によって『救世』、すなわち『三大冒険者依頼』の完遂がなされるはずだった。

 

古代、大地に穿たれた大穴。それより産まれたモンスターによって積み重なった三千年に渡る悲劇の精算、その第一歩目こそが『三大冒険者依頼』の遂行。

 

すなわち、『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン───そして、『隻眼の黒竜』ジズの討伐。

 

太古の時代よりこの地上を荒らしてきた世界を蝕む怪物達の打倒をもって、初めて人類は真に平和を得る。

 

男神達はこの歪みきった『聖火』も『隻眼の黒竜』を打ち倒した後に対処するつもりであり、そうであればなんの問題もなく災厄の篝火は絶たれるはずだった。

 

──────だが、敗れた。

 

男神の、そして最恐たる女神の眷属達はたった一匹の竜に敗北した。契約は果たされなかった。世界は救われなかった。

 

もはや、この聖なる厄災をどうにかするには男神程の大神が全てを捨て去る覚悟でアルカナムを行使するか、穢れた焔を御せるであろう『不滅の火』を司る神格の献身が必要だろう。

 

「限界が近いな·····················」

 

 嘆息した男神は懐から一通の便箋を取り出し、読み始める。それは、昨日、男神がオラリオを離れてからも秘密裏につながっている伝令神から定期的に送られてくるオラリオの状況連絡だった。

 

様々な事件、様々な事柄が簡潔に綴られているが、その中でも彼の目を引いたのは二つ。一つは、彼の幼い方の孫が他でもないヘスティアの眷属となったこと。

 

「ほお····················」

 

 もう一つは兄の方が、己の眷属の中で最強を誇った『英傑』と同じ階梯───Lv.8へと至ったというものだ。

 

三千年前よりありとあらゆる英雄を見てきた男神をして比肩するものを探すことすら窮する『英雄の器』。

 

叔母や母のような病にも侵されず遺憾なく発揮される下界至上の才、全てを『より良い』方向へ捻じ曲げてしまう魂の熱量。

 

『英傑』と『女帝』を始めとした神時代が誇る英雄達。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】を筆頭とした群雄割拠の覇者たち。

 

長年にわたって『陸の王者』を諌めた【トール・ファミリア】。

 

二大派閥とともに『海の覇者』を打ち倒した【ポセイドン・ファミリア】。

 

地上に混沌をもたらさんと二大派閥に挑戦を続けた【オシリス・ファミリア】。

 

上記の派閥たちも無視できなかった大有力派閥連合であった【イシリス・ファミリア】や【セト・ファミリア】。

 

『三大冒険者依頼』の戦いや派閥同士の果たし合いによって姿を消した前世代の勇者達。

 

そのいずれにも勝るとも劣らない今代の英雄候補。神の時代の終わりを告げる、新たな時代の幕開けを感じさせる傑児。

 

男神をして『史上』最強に届きうると、『救世』を成し遂げうると、確信できる、次世代を背負う英雄の器。

 

孫を救世の道具とすることに思うところがないわけでもないが最終的には全てを大団円で片付けてしまえるであろうという信頼もあった。

 

だからこそLv.8という千年にわたる神時代の中でも数えるほどしか存在しない領域に16という若さで踏み込んだことに対しても称賛はあれど驚愕はなかった。

 

─────だが、この手紙には看過できない内容が記されていた。

 

「ん? もう一枚あるのか················」

 

 あらかた読み終わった後、便箋の中に追加で差し込まれたであろう手紙があった。

 

その内容は─────。

 

「うわっ、マジかよ、すげぇ···············。ンンッ────流石は儂の孫!!」

 

 儂のエルフスキーが感染ったんじゃろーな、と呟いた下半神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

アエデスウェスタ編は本編終了後にやるかもです(今のところ時系列的な折り合いがうまくまとまってない)。

 

 

 

 

 

 






『ここ数日の事情について』

ハーメルン内で作品のコピペをされてるって教えてもらって対象の人にメッセージで聞いてみたら無視&0評価貰いました。

流石にそれはないですよね·······。  

当該作品を確認してみたら話の展開やセリフ、地の文もコピペで二つ名の『剣聖』すらそのままだったし他の作者さんの作品からもコピペしてたみたいです。

アストレア・レコード編にいたっては七割くらい私の文章をそのまま使ってました。

私も以前、原作のセリフとかをそのまま使ってる部分があってそれが良くないことだと気付いた以上は運営さんから指摘とかがあったわけじゃないとは言え、後ろめたくならないようにと一から書き直した経験がありました。

だからこそこの人もアカウントをロックされたら気の毒だし、やり直す機会があった方が良いと穏便に済ませるために通報しないでメッセージで内々で改善をお願いしたら証拠の作品を非公開にした上で報復だけされました。

規約をよくわかってなくてやっちゃった可能性もあるからってこっちが下手に出たのにそれを報復で返すのは流石に酷いよ。  

せっかく皆さんが付けてくれた評価もその分下がっちゃったし·······。

それを理由に更新をやめたりはしないけどやる気なくなりますね·······。

本来なら黙殺するか活動報告で呟くような内容ですが万が一相手が今後こちらが悪いと運営さんとかに言ったりした時に少しでもこの事態を知っている証人が多い方が良いと思ってここで吐き出させてもらいました。

その方を晒し上げたりはしたくないのでユーザー名や作品名は伏せますが、万が一の時のためにこういう経緯があったことを覚えておいてほしいです。

(今後の事態によってはこのあとがきは消去するかもしれません)


最後にいつも拙作を読んでくださっている皆さんへ。

今回で設定を含めた話数的には100話、という節目の話の後にこんな長文を書いて御不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。

今後もコメントや評価をして頂けると更新の励みになりますのでよろしくお願いします。



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100話記念話 なんてことのない静穏の幻

 

──────これは、なんてことのない静穏の幻。

 

 

【 福 音 】(ゴ ス ペ ル)

 

「「「ぐっ、ぐあーーーーーッ!!」」」

 

 三つの影が決河の勢いで吹き飛ばされ、周囲の草木を巻き込みながら地面を転がる。

 

グキリゴキリ、と明らかに人体から鳴ってはいけない音が響いた後、三人はピクリとも動かなくなる。

 

人類とモンスターの戦いの最前線、冒険者の都市たるオラリオであってもまず見ない凄惨な光景だが驚くべきはこれがクラネル家にとって日常であるということだ。

 

そして、その惨状の中心に立つ美女、アルフィアも当然のようにいつも通りである。

 

いや、家族でなければ気づけないレベルの差異だがいつもより少しだけ不機嫌そうに唇を尖らせているかもしれない。

 

クラネル家には決して破ってはいけない不文律があった。それは何があってもアルフィアの機嫌を悪くさせてはいけないというものだ。

 

何故って?

 

それは呵責容赦のないゴスペルで吹っ飛ばされるからに他ならない。

 

クラネル家は男四人、女一人という男世帯でありながら一家の舵は絶対的『女王』であるアルフィアによって握られている。

 

絶対不変の法であり理。何よりも静寂をこよなく愛する彼女は驚くほど手が出るのが早く、だからアルフィアの機嫌を損ねた瞬間にクラネル家の男は問答無用で吹き飛ばされる。

 

何があってもアルフィアだけは怒らせてはならない。それがクラネル家の不文律であった。

 

一人が怒られただけで他の二人も連帯責任として殴られるのだ。

 

彼女の前では世界中にその勇名を轟かせていた最強派閥を率いていた大神も、その眷属であり『陸の王者』討伐の立役者である英雄も、世界で唯一アルフィアに並ぶ才を持つ才禍も女王様に媚びへつらう小間使いと化す。

 

調子にのってアルフィアの前で騒いだ日には翌日一日中はベッドの上で過ごす羽目になる。

 

中でも神話級問題児であるゼウスは度々、死も恐れずにセクハラまがいの行為に及んだりもするのだが、結果は言わずともお察しの通りである。

 

そして今日も村の女性の中で誰が1番可愛いか、なんて馬鹿な話題で盛り上がってしまったばかりに福音鉄拳ゴスペル・ナックルを喰らった男達が宙を舞っていた。

 

ゼウス、ザルド、アルの三人を等しく畑の肥やしとした女王様は唯一、制裁から逃れてオロオロしているベルを抱き上げ、『ベルの教育に悪影響しか与えない愚図共め·······』と吐き捨てて家に戻ってしまった。

 

なんてひどい!! ザルドはともかくアルは恩恵も受けてないただのクソガキだというのに!!

 

「───あぁ、食事を終えたら『鍛錬』の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本、クラネル家において日々の食事を作るのはザルドとそれを手伝うアルだ。

 

アルフィアもまあ、作れるには作れるが誰よりも食にこだわるザルドと事あるごとに雑事をアルフィアに押し付けられているアルが担当になったわけだ。

 

全身ボロボロになりながら取る食事は美味であるはずなのに全く味を感じなかった。

 

そして、昼餉の後に始まった日課の鍛錬だが────

 

「ごっ、あぐぅ────!?」

 

 またもや人体が曲がってはいけない角度に曲がってしまったアルの身体が地面をバウンドしながら転がっていく。

 

常人ならば間違いなく後遺症が残るだろう。しかし、そこは腐ってもアルフィアに並ぶ才を持つ者。

 

即座に立ち上がると痛みを無視して戦闘態勢をとる。

 

「隙しかない構えはするだけ無駄だ、間抜け」

 

 返ってくるのはそんな冷たい罵倒の声とそこらの恩恵持ちの首程度なら容易く落とせるであろう手刀だった。

 

すぱこーん、と良い音を立ててアルの後頭部を叩いた一撃で意識を失ったアルは地面に倒れ伏した。

 

またすぐに意識を取り戻して立ち上がるがその度に吹き飛ばされる。何度も、何度でも、気絶しては叩き起こされ、殴られ、蹴られ、踏まれ、殴られる。

 

「ガッ、ゴッ、うっ、ぐっ、ぐはッ!!」

 

 こんな鍛錬をしている者はオラリオの冒険者にもいないだろう。アルフィアの一挙手一投足でアルはズタボロにされていく。

 

いくら才能があろうと恩恵も受けていない12歳の少年と現状、比喩抜きで『世界最強』であるアルフィアとではそれほどまでに生物としての格が隔絶している。

 

そうでなくとも、これまでに修行という修行をしたことがなく、至高の才を持つがゆえにできぬ者の気持ちがわからぬアルフィアによるアルへの鍛錬は常軌を逸する厳しさがあった。

 

生と死の境界を見極め、その上で限界を超えなくては真に強くなることなど不可能だというアルフィアの持論。

 

冒険者という生き方の過酷さと責務の重さを誰より知るアルフィアだからこそ、アルに妥協を許しはしない。

 

それがわかっているからこそ、アルも必死に抗い続ける。

 

時には手を縛られた状態でモンスターの巣に放り込まれたこともあった。

 

獅子よろしく崖から突き落とされたことも、激流の中に沈められたこともある。

 

天然の迷宮で迷子になって何週間も彷徨った時もあった。それはまさに地獄のような日々であったが、アルは諦めることだけはしなかった。

 

どれだけ無様に這いつくばろうと、血反吐を撒き散らそうと、泥水をすすり雑草を食んでも期待に応えようと心折れることはなかった。

 

生死の境をさまよったことも一度や二度では済まない。それでも、アルは己の限界を超えるべく、この怪物に追いつくためだけに全てを捧げた。

 

そうして、今日もまたアルはボロ雑巾のようにされたのであった。

 

「身体能力に頼るな、武器により掛かるな、技を磨け」

 

 手っ取り早く強くなりたいのであればそれこそゼウスあたりに神の恩恵を刻ませればよいのだ。

 

アルが神に近づく恩恵の力を受ければ即座に並ならぬ強さを手に入れることができるだろうが、アルフィアはそういった手段は好まなかった。

 

神の眷属として究極に至った英雄たちの強さを誰よりも知り、その上で神時代1000年の歴史の結晶である最強の英雄たちがたった一匹の竜になすすべなく蹂躙される様を目の当たりにした彼女がアルに求めるのは神意なんてものが介在する余地がなかった古代の英雄達が如き強さだ。

 

最終的に神の恩恵を授かること自体は否定しないが自身と同等以上の速度でランクアップを重ねるであろうアルがその激上するステイタスにより掛かってしまわないように『技と駆け引き』を叩き込まねばならない。

 

器に振り回されることのない心身を育むことがアルの課題なのだ。

 

それがアルフィアの出した結論であり、故にアルはこうして毎日、地獄の特訓を受けているのである。

 

どちらかといえば常識人よりであるザルドは何度も止めようとしたがその都度、邪魔をするなと言うがごとく福音鉄拳ゴスペル・ナックルによって殴り倒されていた。

 

よりタチが悪いのは普通の子供であればすぐにでも音を上げてしまうだろうが、アルフィアも顔負けな才覚を持つアルは恩恵もうけていない身でありながら虐待のような鍛錬に適応しつつあるということか。

 

「この程度か?」

 

「················」

 

 まあ、しかし、それでもアルフィアに対抗できるだけの力があるわけでもなし、一方的に叩き潰されているのは変わらないのだが。

 

「あの······明日、オラリオ行く日なんで今日はこのくらいに······」

 

「·········ああ、そうだったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────本当はな。私は、お前達と会う気なんて更々なかったんだよ

 

─────お前達の前に姿を現すことだけはすまいと、そう思っていたんだ

 

今ある仮初めの平和を崩し、ありとあらゆる善なる者を絶望の淵へと叩き込む絶対悪。

 

秩序を乱す者。

 

平穏を穢す者。

 

世界の敵。

 

全てを灰燼に帰した後、残った者に綺羅星が如き『正義』の在り方を問い、『英雄』たる存在へと昇華させる。

 

『次代の英雄』のために、世界を救う『最後の英雄』を生み出すために、悪を持って踏み台となる。

 

停滞を打ち破り、その他多くのものを殺すことでその屍の中から英雄たる人物を見出し、導く。

 

そんな、そんなことを、そんな未来を、そんな使命を、そんな運命を、そんな役割を、そんな罪科を、そんな業を、そんな呪いを背負う覚悟を、私は既にしていたはずなのに。

 

たった一つの『正義』を生み出すための『悪』になり果てていたはずだったのに。

 

だが。

 

─────だが、私はお前達の白い髪を見てしまった

 

汚れを孕まない純白の髪を見てしまった。

 

忌々しい赤目を除けば白い髪も、顔も、笑みも、全て母親譲りな、·············メーテリアによく似たベル。

 

そして、私をして戦慄を抑えられない神才、私とは違い病という枷もない、兄としてベルを守ることのできる·············昔日の私の理想そのものとも言える、アル。

 

涙は流さなかった、けれど、無理だと思わされてしまった。

 

こみ上げてくる激情に、自らの心に嘘をつくことはできなかった。

 

愚かしくも私は世界の行く末よりも妹の忘れ形見であるお前たちを選んでしまった。

 

そして同時に思ってしまった。

 

─────幼いお前達を残して死ぬのは嫌だ、と。

 

 かつての、私が聞けば唾棄するような醜い欲。ああ、認めよう。

 

 

私は自らに課した『原罪』を取り払ってでもお前達の『母』でありたいと願ったのだ。

 

黒き竜への怒りは私の中で消えない炎となり今も燻っている。

 

けれど、それ以上に私はお前たちとともに生きていたい、そう思ってしまった。

 

神の眷属の【スキル】は眷属の心を表すもの。11年ぶりのステイタスの更新、長年、私を蝕んできた【スキル】は何事もなかったのように消えていた。

 

─────妹への贖罪よりも、お前たちへの欲が勝ってしまったのだろうか

 

不思議と、罪悪感は湧かなかった。

 

だが、私達が『正義』を生みだす『悪』を選ばなかったせいで『英雄』は芽吹かないかもしれない。

 

だから、身勝手な思いだと理解しているが───。

 

明日、お前はあの英雄の都へ旅立つ。そこでは数多の困難があり、幾多の挫折を経験するだろう。

 

そして、数多の英雄達がお前の前に立ちふさがるだろう。

 

だが、どうか諦めてくれるな。

 

抗ってくれ、足掻いて、藻掻き続けて、それでもなお届かぬ高みがそこにあるならば這いつくばっても前に進んでくれ。

 

その果てに───

 

「─────アル、お前が『最後の英雄』になってくれ」

 

 

 

 

 

『··········まあ、ベルにやらせるよりはマシか』

 

別れを告げる黄昏の刻。空に浮かぶ太陽に照らされる雪のような白い髪を揺らしながら、アルは一人呟いた。

 

オラリオ、冒険者の街。

 

かつて、世界の中心に座する英雄が住まう地。

 

世界を救うという責務をかせられた英雄達が生まれ続ける場所。

 

その約束の地に行く少年は静かに笑う。『母』から託された願いは少年が思う以上に重く、そして険しいものかもしれない。

 

いつの日か少年は英雄という責務を嫌うかもしれない。いつかは己の無力さに嘆く時が来るのかもしれない。

 

けれど、それでも、きっと────────

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

アル・クラネル

所属︰フレイヤ・ファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

武器︰大剣

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アルフィア、アミッド、ミア

 

『Lv3』 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力∶I0

幸運︰F

直感︰H

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

 

【シレンティウム・カナン】

・付与魔法

・損傷回復

・精霊加護

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・隻眼の黒竜を討伐するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

 

地喰到天(ティフォン・アルカディア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・魔石を喰らうことで経験値獲得

・魔石を喰らうことで全アビリティ強化

 

英雄王道(アルバート)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・対竜種時、特別な補正。

 

リューとか除けばほぼ独学の本編やアストレアレコードとは違い、前衛系Lv7なザルドと後衛系Lv········7か? 英雄二人の薫陶をこれでもかと受けた上でのオラリオ入りなのでまあなんというか、かなりヤバいです

 

情操教育(ゴスペル)によって性根を矯正されており、曇らせ性癖が些かマシになっており、割と真っ当な英雄になります(度々、まえがきとかで言ってた曇らせ抜きの対人関係に近い)

 

スキルとかもいろいろ変わりますが、やってることは本編とあんま変わってないのはアレですね。

 

本編でのことは原作知識振り回して最速でエニュオを狩りに行くのでだいぶ変わってくるんじゃないかな。万一の場合はマザーパワーアルフィアが出張ってくる(ついでにパッパザルド)という無体、エニュオは泣いていい。

 

【キャラ】

アイズ→うん、まあ、本編よりはいいよ

フィルヴィス→真っ当に救われるかもしれない

アミッド→どの世界線でも何一つとして変わらない

 

フレイヤ→目が潰れる

ヘルメス→腰抜かす

エニュオ→「まだ何もしてないのに······」







みなさんの日々の応援のおかげで100話まで行けました、本当にありがとうございます。

また、昨日は多くの温かいコメントと本当にすごい量の評価を頂いて感謝の気持ちでいっぱいです。

もらったコメントや評価してくださった方は一人一人目を通させていただいています、今後も更新の励みになりますのでコメントと評価をいただけると幸いです。

そして、ようやく作品も折り返し地点を過ぎたところなのでこれからもどうかよろしくお願いいたします。


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101話 激おこエルエルぷんぷん丸



たくさんの評価とコメントありがとうございます、おかげで累計ランキング上位50に入ることができました。

これからもどうかよろしくお願いします。






 

 

 

──────先日、【ディアンケヒト・ファミリア】医療院。

 

「この騒ぎで心中おだやかではないはずのリヴェリア様を放って他の女性(わたし)の元に来るなんて········」

 

「んん?」

 

「あなたがいない間、御一人で心を痛めていたリヴェリア様のお気持ちも考えてください」

 

「はい?」

 

「·········信じられません、荒っぽい面はあれど貴方は自らの行いにはちゃんと責任を持てる人だと、思っていたのに」

 

「いや、あの·····」

 

「───────最っ低です!!」

 

「ぐふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────『アルヴの王森』。

 

その聖域を知らぬエルフはこの世にいないだろう。広大かつ神秘的な森林地帯であり、『アルヴ山脈』に並ぶエルフの聖地として一族の者に崇められている聖林。

 

偉大なる始祖の系譜を受け継いだハイエルフの王が住まう神聖なる地だ。

 

ヒューマンやドワーフの都市とは違い、その全てが木材で造られているエルフの秘里。

 

そんな王森の最奥。屈強なる神の眷属であっても幾十にも張り巡らされた警備と自然を用いた巧妙な罠の数々を越えなければ辿り着けない楽園。

 

聖王樹の根元に築かれた白聖石の王城。外装はもちろんのこと内装も白く輝く鉱石で作られた優美な王宮の一室。

 

比喩でなく正真正銘全一族の頂点に立つ存在にして、全てのエルフ族から尊崇されるハイエルフの王、ラーファル王の自室。

 

瀟洒な調度品に囲まれた室内の中央に置かれた大きな机に肘をついてぷるぷると震えているのはまさにそのラーファル王である。

 

線の細いエルフではあるがけして華奢というわけではなく、長く伸ばした翡翠の髪に気品に満ちた顔立ちは超越存在である神にも負けていない。

 

だが今はその美貌には深い苦悩の色がありありと浮かんでいる。机の上には一通の手紙が置かれていた。

 

便箋から取り出したそれに書かれた文面を読み進めるうちに彼の端正な眉間にはさらに深いしわが刻まれていく。

 

手紙の差出人はオラリオ近郊に住まうエルフの一族の者であった。

 

秘密裏に連絡を取り合っている彼らからの定期報告である。その報告の内容はオラリオに移住したラーファル王の娘であるリヴェリアの近況についてである。

 

今より30年以上前に『アルヴの王森』で出奔した彼女のことは今でもずっと気にかけている。

 

「···········リヴェリア」

 

 通常のエルフにも増して子宝に恵まれにくいハイエルフのラーファル王にとって唯一の愛娘の存在は掛け替えのないものだ。

 

だが、それゆえに散々手を焼かされてきたのもまた事実である。幼い頃からおてんばというか、好奇心旺盛というか、とにかく困った性分であった。

 

古代文書の精読や研究よりも弓矢の技や種族由来の魔法を積極的に学んだかと思えば身につけたそれらを使い、自らの立場も忘れて狩りやモンスターの討伐に出掛けることも度々あった。

 

隠れて時折森に来る一族お抱えの商人から森の外の話を聞いたり、森の外の物品を密かに買い取ったりとハイエルフの王女としてはいささか問題行動も多かった。

 

その度に一族の象徴としての自覚を持てだの、自らに課せられた責務を忘れるな、などと言ってきたのだがまるで聞く耳を持たなかった。

 

無論、ハイエルフとしての使命を抜きにでも父娘の愛情はあるつもりだ。

 

それでも一族の長として厳しく接する必要があり、一族の象徴であったフィアナ信仰を失ったことで零落した小人族の二の轍を踏まぬためにもハイエルフは一族の揺るぎない象徴でなければならないのだ。

 

しかし、そんなラーファル王の苦労を知ってか知らずか彼女は古くからある一族にある強すぎる同族意識や埃をかぶった古臭い慣習を嫌い、神時代になってなお変わらない一族の有り様を化石とまで言う始末。

 

ハイエルフとしての責務自体は自覚しているようなのだが、閉鎖的な一族の有り様そのものに対しては不満を持っているようだった。

 

その結果が出奔だ。

 

当時、従者であったアイナ・リンドールを連れて王森から飛び出していったリヴェリアにラーファル王は当然激怒した。

 

騎士達に捜索を命じ、自らも馬を走らせて追ったがその時の森には間の悪いことにとある神とその眷属──────道化神ロキと後の『勇者』たるフィン・ディムナがいた。

 

そして彼らと出会ったリヴェリアは騎士達に捕まることを恐れてあろうことか神血を刻まれ、神の眷属となってしまった。

 

それからすったもんだの末に紆余曲折を経てリヴェリアはオラリオの冒険者となり、ラーファル王は娘の周囲のことをオラリオの近郊に住まう一族の者に定期的に伝えるよう秘密裏に頼んでいたのだ。

 

そしてまた、今期分の定期報告がラーファル王のもとに届いたのである。

 

その内容は─────

 

「─────リヴェリアがヒューマンの男と婚姻を結んだだと·······!?」

 

 いつにもましてかしこまった言葉で綴られた文章をわなわなと震えながら読み終えたラーファル王は思わず叫び声を上げた。

 

ラーファル王が手に持った手紙の内容とはリヴェリアが同じファミリアの冒険者であるヒューマンの男と婚姻を結んだという驚愕の報告であった。

 

最初はそのあまりにあんまりな内容を理解することはできずなんども読み替えしてみたが内容は変わらなかった。

 

「馬鹿な·······あのリヴェリアが男と?しかもよりにもよってヒューマンが相手だと!?」

 

 ラーファル王の知る限りリヴェリアはそういう浮ついた話にとんと縁がないタイプの女性である。 

 

ハイエルフは生まれつき容姿に優れており、その美しさは他人種に比肩するものではない。中でもリヴェリアは比喩でなく女神にも勝る美姫であり、その生まれの尊さもあって昔から縁談の話は後を絶たなかったが、彼女が興味を示したことはない。

 

ラーファル王としてはエルフとしても適齢期を越えつつある娘には相手を持ってほしいという思いもあったのだが当の本人はそんなことなどどこ吹く風といった感じで冒険者としての日々を送っていた。

 

それなのにまさか婚姻を、それも他種族の男と結ぶなどということはラーファル王にとっては寝耳に水の出来事である。

 

いや、相手を持つこと自体は悪い事ではない。むしろ親としては喜ばしいことだ。ハイエルフの血を継ぐ唯一の直系である彼女には子宝に恵まれてほしいと願っている。

 

だがしかし、それが他種族のヒューマンと結ばれてしまうというのはラーファル王にとってあまりにも衝撃的すぎた。

 

エルフであっても由緒正しく、相応しい家柄の者でなければハイエルフとの婚姻など許されるはずもない。

 

それが、いくらなんでもハイエルフが他種族と婚姻するなぞ前代未聞である。

 

一族にとって唯一無二の貴種であるハイエルフに他種族の血が混ざるなどあってはならないことである。

 

ラーファル王自身も受け入れられないが何よりそんなことを敬虔なエルフ達が知ってしまえば凄まじい反撥が起こるだろう。

 

エルフ達にとっては下種な神々とは比にならぬ信仰対象であるハイエルフが他種族の男に穢され、万一子を成したなどと知れればエルフ達の反発は免れない。

 

下手をすれば世界中のエルフが所属する国家やファミリアにかからず結託してオラリオに戦争を仕掛けかねない。

 

ハイエルフの威光が廃れてしまえばエルフ達はその拠り所を失ってしまう。そうなれば小人族の二の舞だ。

 

だからこそ、ラーファル王は今回の件をまだ誰にも知らせていない。だが、オラリオ近郊では既に噂になってるようで王森まで情報が伝わってくるのも時間の問題だろう。

 

そして、なにより。

 

「·······ふ、ふざけるな」

 

 わなわなと全身を震わせながら絞り出すように呟く。リヴェリアが他種族と婚姻を結ぶなどラーファル王にはとても許容できるものではなかい。

 

それに、父親である自分に何も事前に話してないことがラーファル王は気に食わなかった。

 

そもそもなぜ挨拶に来ないのか。普通、婚姻を結ぶならば相手の親族に報告に来るのが筋というものであろう。

 

それをすっ飛ばし、勝手に婚姻を結ぶなぞハイエルフとしての立場以前の問題だ。

 

来たところで決して許しはしないが最低限度の礼儀すら弁えぬ輩に大事な娘を任せるわけにはいかない。ましてや、相手がヒューマンでは尚更のこと。

 

エルフは他種族に対して排他的ではあるが、他種族を対等に扱う者も当然ながらいる。ラーファル王も隔意はあってもいたずらに差別するようなことはしていない。

 

けれど、それでもエルフと他種族の間に横たわる溝は深い。その上、婚儀の挨拶すらない他種族の男と婚姻するなど、エルフの王族としてひいてはリヴェリアの父として絶対に認めることはできない。

 

婚儀前に相手の親に所信表明をするのはヒューマンもエルフも変わらぬ常識である。

 

本来、ハイエルフの婚儀ともなれば一族が総出で祝うべきことなのだ。

 

だというのに肝心のリヴェリアは他種族の男と駆け落ち同然に結婚し、しかも一族の長たるラーファル王への説明を怠った。

 

一族の有り様に縛られることを嫌っているリヴェリアらしいといえばそれまでだが、ラーファル王としては娘の婚姻は到底容認できない。

 

相手の親への挨拶すらできない男にリヴェリアを渡すことなどできようはずもない。

 

びきりびきり、と青筋を立てて怒り狂うラーファル王の脳裏に浮かんだのはリヴェリアに恩恵を刻んだ忌々しい道化神の顔だ。

 

下界に娯楽を求めて降りてきた下種な神に一族が毒されるなぞ許せることではない。

 

リヴェリアが他種族と婚姻を結べばハイエルフの権威は薄れ、エルフ達の結束は乱れることだろう。

 

そんな立場の上での苦慮よりも一人娘の親としての怒りが勝った。どこの馬の骨ともわからぬ男にリヴェリアを渡してなるものか。

 

ラーファル王は手紙を握り潰すとオラリオへの陳書を書き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エダスの村から帰ってきてから数日後、ダンジョンの探索を再開したベルはいつものように上層域のモンスターたちを倒しながら進んでいた。

 

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯を経てLv.3となったベルにとって上層域のモンスターは脅威ではない。

 

ナイフを振るって襲い掛かってくるゴブリンを一刀のもとに斬り伏せ、背後から奇襲を仕掛けようと飛びかかってきたコボルトに蹴を叩き込む。

 

そんな風に危なげなくモンスターたちを蹴散らしながら進むベルだったが18階層をこえて中層域後半に差し掛かった辺りで異変を感じた。

 

肌に感じるピリピリとした空気。鼻を刺す鮮血の臭い。大樹の迷宮に漂う静謐な雰囲気に混じる殺伐とした雰囲気。

 

血の臭いに眉を寄せつつ、警戒を強めて先に進む。すると、そこには─────

 

「──────ヴィーヴル?」

 

 少女を思わせる華奢な身体に血塗れの翼膜。長い髪に隠れて顔は見えないが怪物らしい異形の輝き。

 

血を流して倒れ伏すモンスターのそばに佇むのは明らかに瀕死の重傷を負って虫の息となっている怪物の少女だった。

 

その姿はまさに満身創痍であり、このまま放置すれば間違いなく死ぬであろうことは誰の目にも明らかだった。

 

殺すべきモンスター。だが、あまりにも弱り切った、人間のような姿に戦慄を覚える。

 

ヴィーヴルというモンスターは本来であれば上半身は人間のようで下半身は蛇のような姿をしているはず。

 

だが、目の前にいるのは紛れもない人型。血の気が感じられない青白い肌や全身を覆う硬質な鱗にさえ目を瞑れば普通の人間にしか見えなかった。

 

苦痛に喘ぐような声を上げ、怯えたように身体を震わせているヴィーヴルに戸惑っていると、ふと視線を逸らしたヴィーヴルと目が合った。

 

虚ろな、恐怖に染まった琥珀色の瞳。涙を流すその表情には確かな感情が浮かんでいるように見えた。

 

人間の娘のようでありながらも何処か怪物的な美しさを持つヴィーヴルの姿に動揺を隠せない。

 

そのガタガタと小刻みに震わせている姿に常日頃、モンスターに感じているような忌避感は湧かなかった。

 

人間のような容姿。まるで助けを求めるように伸ばされた手。その全てがベルの心に波紋を広げる。

 

今すぐにでも倒すべきだと本能が叫ぶ。しかし、理性がそれを拒む。

 

「(亜種のヴィーヴル·········?)」

 

 手に持っているナイフを恐怖の目で見つめるヴィーヴル。本来ならばあり得ないはずの光景に困惑する。

 

傷だらけのヴィーヴルの身体はベルから逃げようとしても立ち上がることすら出来ないほどに衰弱しきっていた。

 

ベルが身じろぎするたびに怯えたように身体を震わせる姿に、思わず躊躇ってしまう。

 

だが、モンスターに手を差し伸べるなぞ下界に生きる人類としてあってはならない。

 

この地にダンジョンが現れてから数千年間にも渡って人類に悲劇をもたらし続けてきたモンスターたち。

 

そんな人類の天敵である彼らに情けをかけるなど、全てに背く大罪に他ならない。

 

まして助けるなぞ以ての外だ。

 

だがその怯えた顔を見て殺せるほど、ベルは冷徹になりきれなかった。

 

「·········っ」

 

 長い葛藤の末、見なかったことにしようとその場を離れようと踵を返して歩き出す。放置こそが最も正しい選択なのだと。

 

感情を持っていたとしても構わず怪物を殺す冒険者にも怪物を助ける以前の英雄にもなれない。

 

後ろ髪引かれるような思いで立ち去ろうとした時、風切り音が耳を掠めた。

 

何事かと思い振り返ると壁に寄りかかってよたよたと歩いているヴィーヴルに向かって飛びかかる大きな影が見えた。

 

凄まじい火力を誇る炎のブレスを吐くことで有名な鳥型モンスター、ファイアーバードが鋭い爪でヴィーヴルを切り裂こうとしているところだった。

 

それを目にして、ベルは─────

 

「─────ッ!」

 

 考えるより先に身体が動いていた。素早くナイフを抜き放ちながらヴィーヴルとファイアーバードの間に割って入る。

 

そのままナイフを振り抜いて一閃。真紅の羽を切り落とすと地面に落ちたファイアバードの魔石にナイフを突き立てる。

  

核である魔石を砕かれたことで断末魔の悲鳴を上げる暇もなく灰となって消滅する。

 

「··········はぁ」

 

 助けられたことに目を丸くしているヴィーヴルを見て、ついやってしまった、とため息をつく。

 

モンスターを助けてしまった。だが、後悔はない。たとえどんな理由があるにせよ、ここでヴィーヴルを見捨てることはベルには出来なかった。

 

ダンジョンの恐ろしさを知っているベルはモンスターに同情するような甘い考えを持ってはいない。

 

だが、それでもこの少女の姿をした怪物を殺すことだけは、どうしてもできなかった。

 

もうどうにでもなれと自棄気味に開き直ったベルはヴィーヴルに歩み寄る。

 

少女はビクッと震えて後退るが、ベルは気にせずに少女の前にしゃがみこむ。

 

「─────怖がらなくても大丈夫、僕は君を傷つけはしないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルド長、ロイマン・マルディールは震えていた。

 

英雄の都たるオラリオのギルド長を務めるロイマンでも中々手にすることがない程の質の紙による手紙。

 

「ヒィ────」

 

 肥え太りギルドの豚とすら呼ばれて蔑如される彼もれっきとしたエルフであるが、清貧というイメージの強いエルフにあるまじき醜さからオラリオにいる全てのエルフから忌み嫌わている。

 

彼自身、傲岸不遜で他人に好かれようとは思っていない。そんな、彼がなぜ、何年もの間、ギルドの最高権力者であるギルド長を務めていられたのか。

 

それは、単純にロイマンがギルド長として代用が利かぬほどに有能であるからに他ならない。

 

彼の能力は極めて高い。オラリオに存在する有力ファミリアの構成員を全て完璧に把握しており、平時においてはあまり発揮されないものの、真に差し迫った脅威の前でこそロイマンの非凡さは発揮される。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が黒竜に敗れて零落する以前からギルド長を勤め上げており、世界の行く末を憂う賢人の一人であることに疑いはないだろう。

 

そんな、エルフの中でも飛び抜けた智慧を持つ彼は、しかし、この場においてはただの臆病な小心者であった。

 

普段は傲慢に振る舞う彼が、こんなにも怯えているのは、ある人物からの書文が原因であった。

 

ギルド宛に送られてきた手紙には敬虔なエルフならば見ただけで平伏するであろう紋章が刻まれている。

 

その紋章こそがアルヴの森の王族の証、すなわちこの手紙を送ってきたのは正真正銘世界中のエルフを従えるハイエルフの王─────ラーファル・リヨス・アールヴなのだ。

 

エルフらしく、迂遠で嫋やかな文面ではあるが綴られた言葉の端端からは憤怒や憎悪といった感情がありありと感じ取れる。

 

その文面をヒューマン流に要約すると。

 

『ウチの娘がどこの馬の骨ともしれねぇ、下等種族の男と姦通したってのは本当か? 本当ならその男つれてこい、相手の親への挨拶もできねぇ奴はブチ殺してやる』

 

ラーファル王が激怒していることは明白であり、もし、ラーファル王が一言声明を出せは世界中のエルフ達が一斉に蜂起してオラリオに攻め込んでくるだろう。

 

そうなれば、いくら英雄の都であるオラリオとはいえ甚大な損害は免れない。

 

「─────フロットォォオオッ!! 今すぐ、【ロキ・ファミリア】へ行き、今回の件が根も葉もない嘘偽りであると言質を取ってこい!! それをギルドの正式発表として無理矢理にでも事態を終息させるぞ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 ロイマンの判断は早かった。ウラノスにすら遠慮なく事態の終息のための協力を取り付けた。

 

いかにエルフ達といえど都市最大派閥、ギルドの創設神、ハイエルフの王の後ろ盾を得たギルド、なによりアイズの反応になりふり構わずいられなくなったリヴェリアには逆らえない。

 

張本人たるアルがダンジョンで異端児達とキャッキャウフフしている間に事態は終息へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アル「話の通じる異端児より話の通じないアマゾネスの方が100倍怖えわ」

 

 

 

【熱愛報道を受けてのオラリオストレスランキング】

一位、ヘディン

二位、ロイマン

三位、リヴェリア

四位、レフィーヤ

五位、アル以外のロキファミリア幹部とロキ

 

【ショックランキング】

一位、リヴェリア本人

二位、アイズ

三位、ラーファル王

四位、フィルヴィス達

五位、アル以外のロキファミリア幹部とロキ

 

【アル】

「面白いけど藪蛇になりかねんし騒ぎが落ち着くまで【ディアンケヒト・ファミリア】にでも逃げとこ」

 ↓

「─────最っ低です!!」

 ↓

▼アルに99,999ダメージ、アルは吐血した!!

 

 

アミッドは噂については半信半疑でしたが真偽はどうあれ大変な思いをしているであろうリヴェリアを放置して自分だけ他の異性(自分)の元に逃げてきたことにブチ切れました。

 

アルは不倫した男のような心持ちのまま吐血しながらダンジョンに潜ってアンフィスバエナ君に八つ当たりしました。

 

 

 



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七章完結・異端児編前特別話




あくまでも本編にはそこまで関係のない過去編としてお楽しみください


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────数年前。

 

一匹の『竜』がいた。

 

本来の美しい琥珀色とは程遠い血錆のような赤褐色の鱗に覆われた身体はぶ厚く刺々しく、何より大き過ぎる。

 

その巨体は翼を閉じていても一般的な家屋に匹敵し、伸ばされた尾を含めればはその倍以上だ。

 

竜種。

 

それはこの世界における最強の生物種であり、同時に災厄の象徴でもある。その類系であるこの竜も例外ではない。

 

『竜』と言ってもその体型は東洋に伝えられる竜というよりも英雄譚に語られる四足を持った竜種たるドラゴンから翼を奪ったかのような異形だ。

 

だが、その眼光と威圧感がただの亜竜ではないことを証明している。歴戦、そんな言葉すら生温い戦場を渡り歩いてきた者だけが持ち得る凄みがその双瞳には宿っていた。

 

『竜』の種族名は『インファント・ドラゴン』、四メートルを超す体長に150センチにも迫る背丈を誇る上層において唯一の竜種にして最大最強のモンスター。

 

11階層と12階層に稀に出現し、度々下級冒険者のパーティーを壊滅させていることを無視すれば遭遇することが幸運とさえ言われる稀少モンスター。

 

だが、その『竜』は他の個体とは全てが違う。

 

ただでさえ、上層では最大級のサイズが更に膨れ上がり、体高はニメートルを超え、全長は六メートルにも至っている。

 

鍛え上げた金属板を並べたかのような鱗はそんな外見以上の硬度を持ち、歴戦を物語る大小様々な傷痕が刻まれている。くすんだ色合いの赤銅色の皮膚は古傷による無数の裂創や火傷で彩られていた。

 

そんな生来の鎧に守られた肉体は身の詰まった風船のように肥大化しており、その頭部は竜というより蛇に近い形状をしていた。

 

巨大な口腔からは鋭い牙が何本も生え揃い、そこから滴るのは濃厚な鉄錆臭を帯びた血液の混じった唾液だ。

 

そして、金属で編まれたかのような極太の尾によるテールアタックは相手が上級冒険者だとしてもその肉体を四散させうるほどの脅威となるだろう。

 

もはや、完全なる別種─────否、単独固有種とでもいうべき進化を果たした『竜』は一般には『強化種』、そう呼ばれる個体であった。

 

「·············ふぅ、ふぅ」

 

 そして、その『竜』を前にして、肩で息をしながらも辛うじて剣を構えているのは一人の少年だった。

 

幼さを残した顔立ちと未成熟な身体から年の頃はおそらくは12程度に見えるだろう。

 

しかし、その表情にはあどけなさなど微塵もなく、全身を汗に濡らしながら、それでもなお瞳の奥には強い意志を灯らせていた。

 

駆け出しの冒険者が着る格安のプレートメイルを纏い、手には無骨な片手剣を握っている。

 

それらの装備も今やボロボロとなっており、他ならぬ少年の血に染まっている。

 

腰元にはポーチを着けているが中身の大半は空になっており、近くになげうたれたバックパックも同様だ。

 

少年の足元に散らばるのは半ばから刀身の砕けた剣やひしゃげた盾。それは逃げた冒険者たちが恐慌のまま捨てていったものであり、少年が拾い上げふんだんに使い捨ててきたものの成れの果てであった。

 

唯一残った剣を頼りに立つ少年の全身の傷からは未だに出血が続き、立っているだけでやっとという有様であることは明らかだ。

 

本来ならば既に意識を失い倒れ伏していてもおかしくない状態。それでも、少年は折れることなく、その瞳に強い意志を込めて目の前の脅威を見据えている。

 

『─────、──────』

 

 対する『竜』もまた、瀕死の獲物に対して油断なく身構えている。歴戦である『竜』は手負いの獣が如何に危険であるかを知っているからだ。

 

故に慎重に、それでいて隙無く相手の出方を伺うように睨み合いが続く。その視線はまるで値踏みするかの如く少年に向けられており、その顎門の奥からは粘ついた唾液が滴り落ちている。

 

少年のレベルは1。個体によっては素でLv.2相当のポテンシャルを誇る『インファント・ドラゴン』、その『強化種』であり、ともすれば一部の能力はLv.3にすら迫りかねない『竜』を相手に勝てる道理はない。

 

圧倒的格上たる『竜』を前に少年が逃げないのには理由があった。

 

それは少年の背後、倒れ伏し口から少なくない量の血を吐いたであろう痕跡のあるヒューマンの少女。

 

瀕死に近い浅い呼吸を繰り返しながらも未だ命ある彼女。少年と同じ【ファミリア】の所属であり、Lv2の上級冒険者だった彼女は少年のパーティーの中では一、二を争う実力者であり、少年にとって冒険者として先輩といえた。

 

そして、他ならぬ『竜』によってうちのめされ、その凶爪の下に倒れたのだ。

 

『竜』の攻撃を受けて死んでいないのはひとえに彼女の【ステイタス】が高かったから──────ではなく運が良かったからに他ならない。

 

もはや、戦闘能力はなく、かろうじて意識を保つのが精一杯であり、少年が他の冒険者と同じように逃げれば彼女は『竜』によって当然のように殺されることだろう。

 

だから、少年は逃げなかった。たとえ勝ち目のない戦いであっても逃げるわけにはいかないと覚悟を決めていた。

 

『──────ッ!』

 

 そして、遂に我慢の限界に達したのか、『竜』はその巨体を震わせて地を蹴った。

 

猛然と迫る超重量の突進。少年の華奢な身体など容易く吹き飛ばすほどの質量がその速度を以て突き進む。

その一撃は並の冒険者ではとても受けきれないだろう。

 

轟音と共に地面を陥没させながら迫り来る脅威。移動そのものが攻撃と化したかのような圧倒的な迫力。

 

「ぐっ!!」

 

『竜』の突進を受け止めることなどできない。故に、少年は咄嵯の判断で横へ飛ぶことで回避を試みる。

 

直後、先程まで立っていた場所を『竜』の尾が通過。凄まじい衝撃が大地を揺らす。

 

少年は転がりつつも即座に体勢を整え、起き上がりざまに剣を構える。だが、その表情に余裕はない。

 

もし、あの一撃を喰らえば今の少年など容易に絶命していたはずだ。そんな攻撃を間髪入れずに次々と繰り出してくる。それも、その全てが必殺の威力を持つ連撃。

 

少しでも気を抜けば、一瞬で押し潰される。そんな予感をヒシヒシと感じさせるほどにその動きは洗練されていた。

 

幸いなのは『竜』にとってはもはや、倒れ伏す少女の姿など気にも留めていないことだろう。

 

魔導師である少女が今、『竜』の攻撃を受ければ確実に死に至る。

 

そのことを理解しているからこそ、既に少女への興味を失くしたかのように『竜』は今も自分へ剣を向ける少年だけを見つめている。

 

そして、再び振るわれる剛体。少年は紙一重でそれをかわすが、それさえも織り込み済みとばかりに襲いくる尾による追撃。

 

技にも等しいその連続攻撃は少年に反撃の機会を与えない。必死に剣を振るう少年だが、その刃は空を切るばかりで一向に致命打を与えられず、ただ体力を消耗していく。

 

今度は前足で少年を踏み潰さんとばかりに振り下ろされた足。

 

『竜』の体重は見た目からしてトンを超すだろう。そんな質量の塊が頭上から降って来ればいかに『恩恵』があるとはいえ、受け止めることはできるはずもない。

 

「──────ッ、ちぃ!」

 

 少年は、しかし落ち着いていた。まるで、自分のやるべきことを最初からわかっているかのようだった。

 

迫る『竜』の足を掻いくぐり、最小限の動きで避けると同時に『竜』の横腹へ剣を突き立てる。

 

骨までは至らずとも皮膚を裂き、肉を断つ感触が手に伝わり、確かなダメージを与えたことがわかった。

 

『竜』が痛みで僅かに怯んだ隙に、その脇を駆け抜け背後を取ると、少年は『竜』の首筋へ狙いを定め、渾身の力を込めて剣を振り抜く。

 

『──────────!?』

 

 甲高い絶叫を上げ、血飛沫を上げて『竜』は前のめりになる。致命傷ではないにせよ、決して軽くない傷を受けた。

 

この瞬間だけは確かに『竜』は少年を見失っていた。

 

少年は『竜』の死角から飛びかかるように斬りかかり、その首を切り裂かんと剣を振るう。『竜』の硬い鱗を切り裂き、肉を断つ手応が伝わる。

 

だが、その程度の傷では決定打にならないことは明白であり、少年はすぐにその場を離脱する。

 

そして。

 

「─────【サンダーボルト】」

 

 少年に許された唯一の『奇跡』。速攻魔法という他に類のないその魔法は白き稲妻を呼び寄せ、荒れ狂う雷鳴が空気を揺るがす。

 

Lv.1とは思えぬ魔力の発露。自然界における落雷を思わせる雷光の奔流が降り注ぎ、その一撃が容赦なく竜の肉体を蹂躙する。

 

直撃の瞬間、凄まじい光が炸裂し、轟音が大気を震わせた。『竜』の肉体を焼く電撃の熱波が周囲に撒き散らされ、大気が焦げ付く。

 

当然ながら、それですら致命傷には至らない。だが、それでもほんの僅かの間、動きを止めるには十分だ。

 

ここに来て少年は『竜』と拮抗した。

 

『竜』は知るまい、『竜』が真正の『怪物』だとするならば少年は真正の『英雄』の器の持ち主。少年の真価は格上相手にこそ発揮される。

 

「悪いが、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんでな」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

マジでこんなところで死んでたまるか。

 

いや、もうさ········馬鹿なの?

 

俺、Lv1だよ? お前明らかに上層に出ていい強さじゃねぇだろ?

 

なんで俺、Lv2が一撃でやられるようなやつ相手に一人で戦ってんの?

 

確かにみんなを庇ったりして死にたいとは思ってたけど早すぎるわ、まだアイズ達と知り合ってすらいないっての。一応、後ろに倒れてるエルフィはネームドキャラだけど、割に合わんわ。

 

あー、早く強くなりたいわ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『竜』ははじめから強かったわけではない。無論、稀少モンスターとしての最低限度の力は有していたが今のような種を超越するような力は持っていなかった。

 

その力の源は同胞の『魔石』。

 

『竜』は誕生してすぐに仮面を被った人型の『怪物』に捕らえられた、その『怪物』の正体について『竜』は知る由もなく、ただただ自らよりも圧倒的なまでに強いということしかわからなかった。

 

 

そして、檻の外から投げ込まれた紫紺の結晶。その輝きに抗えぬ『食欲』を感じた『竜』は禁忌の本能に従うがままその『魔石』を噛み砕いた。

 

その瞬間、全身に奔るえもいえぬ全能感ともとれる快感。それは今まで感じたことのないほどの圧倒的な情動。

 

同時に感じる飢餓感。それは今まで感じたこともないような飢えにも似た衝動。乾きにも似た渇望。

 

目の前の全てを喰らい尽くしたい。

 

そんな獣じみた欲求が湧き上がる。

 

もっと欲しい、もっとこの力を味わいたい。そんな衝動に駆られた『竜』はその日から定期的に投げ込まれる紫紺の魔石を狂ったかのように喰らい続ける。

 

その度に強くなる己の力。その力が、さらなる強さを求める。その繰り返し。

 

しかし、いくら喰らっても満たされることなどない。それどころか更に餓えるばかり。

 

────────足りない。

 

尽きることのない飢餓感と膨れ上がる力。足りない足りないと、それだけしか考えられない。理性さえもが薄れていく飢餓感。

 

そんなある日、突然として『竜』は檻から解き放たれた。自身を捕らえた『怪物』に報復をする気はなかった。

 

まだ勝てぬことはわかりきっていたし、今はそんなことよりもただ飢餓を満たせるものを求めていた。

 

それから『竜』は同胞たるモンスターを殺し、その『魔石』を喰らってまわった。

 

渇く心を癒すため、ただひたすらに喰らう。魔石を失ったモンスターの成れの果てによる灰の海が拡がる。

 

だが、それでも満ち足りることはなかった。どれだけ殺しても、喰らっても、喰らえば喰らうほど更なる空腹感に襲われる。

 

殺しても殺しても満足できない。食べても食べても満たされない。血を吸って、肉を裂いて、骨を折って、臓物を引きずり出して、魔石を嚥下する。

 

同胞を殺し、その肉を貪り、骨をしゃぶり、魔石を喰らう。やがて、殺した同胞の数が千を超えたある日のこと、同胞とはまったく違う様相の集団────人間の冒険者パーティーと出会った。

 

 

最初はいつものように殺して食おうと思ったのだが、不思議なことに全く美味そうには思えなかった。むしろ、ひどく不味そうだ。

 

これはおかしいと思いつつも、やはり殺しても食べようとは思えない。だが、『嫌悪』を感じると同時に不思議と惹かれるものを感じる。

 

飢えとも違う、なんとも言えない奇妙な感覚。なにかがザワつく。まるで身体の内側で得体の知れないナニカが暴れているかのようだ。

 

産まれてすぐに捕らわれた『竜』は知る由もないがそれこそがモンスターの性、その荒れ狂う本能に逆らう理由もなく『竜』は人間たちに向けて走り出した。

 

容易く蹴散らせる同胞たちとは違い、その人間達はなかなかに手強かった。

 

前衛と後衛の連携、そして個々の力量は劣るが数の差で押し切らんとするその戦い方はどこか懐かしさを覚えるものだった。

 

後衛がなにか長々と詠唱したかと思えば真紅の火球が鱗を焦がす。間髪入れず弓を持った人間が矢を射れば、槍を構えた人間は雄叫びを上げながら突撃してくる。

 

しかし、それも長くは続かない。ついに限界を迎えたのか一人の人間が倒れる。それを見た他の仲間であろう人間たちが怒りの形相で襲い掛かってくる。

 

その表情を見て何故かまたあの嫌悪感を抱かずにはいられなかった。だが、それがどうしたと言わんばかりに爪を振るい、牙を突き立て、尾を振り回す。

 

どうにも気持ち悪くて、苛立ちに任せて暴れているうちに人間達は自身には敵わぬと悟ったのか倒れた仲間を肩に寄せ、逃げようとする。

 

 

それを見た瞬間、またあの得体の知れない感覚に襲われ思わず吐きそうになった。

 

──────────不快だ。

 

そして、武器すら捨てて逃げようとする人間のうちの一人をその強靭な尾で打ち払い、壁へ叩きつけた。他の人間達は立ち止まれば全滅しかないと悟っているのか止まらずに走り去る。

 

追うのは難しくない、だが、不愉快にも壁へ叩きつけた人間はまだ生きている。

 

これにとどめを刺してからでも追うのは遅くないだろう、と考えたとき。

 

─────グサリ、と。

 

産まれて初めて、焼けるような痛みを感じた。見れば腹部に深々と突き立てられた短剣があった。

 

そしてそれをした人物を見る。数いた人間の一人、その中でも小さい個体。だが、その目はまるで自らを捕らえた『怪物』を思わせる血のような輝赤だった。

 

その輝きを見たとき、『竜』は初めて恐怖というものを感じた。寒気立つような畏怖が全身を支配する。ぞくぞくとした震えが背筋を走る。

 

────怖い?

 

あり得ない感情に戸惑いながらも、とにかくこの小さな人間は危険だと直感が告げていた。

 

このまま放置すれば何をされるかわからない。ならばここで殺すべきか。

 

いや、そもそも何故自分はこんな小さな存在を恐れる必要があるのか。

 

確かに初めて傷をおったのは確かだ、だが、それは不意を打たれたからにほかならず、その傷も『竜』の巨体からすればかすり傷程度でしかならない。

 

つまり恐れるべき要素などないはずなのだ。なのにどうしてか、目の前の小さな人間が恐ろしいと感じずにはいられない。

 

それは紛れもない事実であり、そのせいなのか、それとも別の要因があるのか。だが、逃げるわけにはいかない。

 

理由はわからない、だが、目の前の存在が何よりも恐ろしく、今すぐ殺してしまいたいと心の底から思ってしまう。

 

矜持でも、本能でもなく、自身ですらわからぬ『なにか』に突き動かされたのように吠え、少年へその爪を振りかざした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

─────一体、どれほどの時が経ったのだろうか。

 

もはや、互いに全身を血に染め上げていた。既に双方ともに立っていることすら難しい状態。

 

血を流しすぎたためか、それともこの激しい戦闘の疲労によるものか、ふらつきそうになる足に力を込めて必死に堪える。

 

視界が霞み、思考が定まらない。それでも眼前の敵だけは見失わないようにと意識を集中させる。

 

疲弊し切った両者の戦いはもはや、どちらが先に倒れるかという一点のみに集中した泥仕合となっていた。

 

余力はなく、気力でなんとか持ちこたえているだけに過ぎない。いつ倒れてもおかしくはない極限の状態。

 

混ざり合う互いの意識と殺意。溶け合うような錯覚。灼けつくような熱さに、凍えるほどの冷徹さ。

 

力と技の応酬は続く。何度も交差し、ぶつかり合い、火花を上げる。

 

互いに決め手に欠けるまま、ただひたすらに相手を殺すことだけに全霊を傾ける。

 

異端の神童と異端の怪物。互いを喰らいあう獣同士の闘争は決着がつくことなく続いていた。どちらも、止まることを知らぬかのよう。

 

やがて、そんな拮抗が崩れたのは果たしてどちらか。きっかけはほんの些細な出来事。しかし、それがきっかけとなり状況は一気に傾くこととなる。

 

そして、遂に終わりが訪れる。

 

『─────【サンダーボルト】』

 

 甲高い音とともに、雷光が走る。それは一瞬の出来事。放たれた魔法は狙い違わず、その巨体を貫いた。

 

鱗を剥がされ、肉をえぐられた今の『竜』には防ぐ術はなかった。身体中を駆け巡った電撃に、ぐらりと体勢を崩す。

 

たが、それすらも囮。

 

雷の衝撃に硬直し、魔法を放った少年を探そうと視線を動かしたその刹那、影が差す。再度、放たれた白雷と共に白刃が振り下ろされた。

 

自身の感電も厭わない、捨て身の一撃。その威力は凄まじいもので、その刃はいくらか残った鱗を貫き、骨まで断つ。

 

『竜』が最後に見たのは迸る白き雷霆とそれを纏った少年の姿。

 

その稲妻の一斬は呵責なく自身の『魔石』を貫き、砕いていた。

 

だが、不思議と身に滾っていた嫌悪は消えていた。

 

─────なんて、美しい。

 

灰となる肉体の痛みすら気にならなくなるほど、その光景は美しく、神秘的だった。

 

崩れ去る『竜』の肉体。その刹那、視線が交わる。その瞳は、先程までの激しい戦いからは想像できないほど穏やかで優しいものだった。

 

──────もう一度、見たい

 

『竜』が残したのはそんな憧憬とも言えぬ願望と吹けば飛ぶ一山の灰、赤褐色の鱗だけ。

 

そして、それを最後に『竜』はこの世から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────」

 

 『竜』はゆっくりと目を開く。どうやら意識を失っていたようだ。起き上がろうとすると酷い倦怠感に襲われた。

 

泥の中にいるかのように体が重い。まるで全身に鉛でも埋め込まれたかのようで指一本動かすのすら億劫だ。

 

──────ここは············どこだ。

 

辺りを見回す。そこは薄暗い洞窟の中。だが、自身が寝そべっている地面は土ではなく苔のようなもので覆われている。

 

なにか巨大な生き物の肚のなかにいるかのような圧迫感を感じる。どうやら自分が今まで眠っていたのはこの場所らしい。

 

──────■は、何をしていたんだっけ。

 

思い出そうとするが記憶に霞がかかったようにハッキリしない。蕩けるような甘い夢を見ていたような気もする。

 

──────まぁいい、それよりもまずは腹ごしらえだ。

 

考えるのをやめ、とりあえず食料を探すことにする。

 

『竜』はまだ、自らの変調にきづかない。四足ではなく、二足で歩く自らの肉体に未だ疑問を持たない。

 

怪物ではなく、人間に近しい姿になったことにも、まだ気づいていない。

 

怪物の異形と人間の醜美が混じり合った歪な姿をした存在に成り果てたことに、『竜』は未だに気づけずにいる。

 

ただ、今は。

 

「あの光をもう一度、見たい」

 

 憧憬にも似た渇望だけがその胸に宿っていた。

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

『竜』

前々から考えてた没オリキャラ。名前はまだない。アル以外のオリキャラは出すとしたら本編完結後。

 

『怪物』

まだ、目を焼かれてない。

 

『ヒューマンの少女』

誰とでも仲良くなれるエルフィちゃん

 

 





ここ数日、0評価とそれとは別なメッセージがいくつも来てびびった·····。

厳しいご意見もありましたが私では気がつけない読者視点での非常に為になるご意見をいただきました。

メッセージでの批評・ご意見は真摯に受け止め、原作最新刊とかともできるだけ矛盾のないように頑張るので良かったらこれからも読んでもらえると嬉しいです。

それでまた、アドバイスをいただけたら本当に助かります。

それ以外の方々もモチベーションに繋がりますのでこれからも評価、コメント、批評のほどよろしくお願いいたします。

アストレアレコードを挟んで八章から異端児編です。毎日投稿は厳しくても最低、毎週三回以上更新はしていくつもりです。


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七章完結記念103話 正義敗残



溜め回です



 

 

 

 

 

 

私は、あのガキを、アル・クラネルを嫌っている。

 

リオンのあとに、【アストレア・ファミリア】に入団した一番の若輩でありながら至上たる才でもって幾千の屍の山を築き上げた子供。

 

私達が積み立ててきた階梯をまたたく間に踏破してみせ、今やオラリオの最強の一角となった『剣餓鬼』。

 

あの小生意気な顔を思い出すだけで腹が立つ。何もかもが気に食わなかった。

 

私やアリーゼ、リオンはおろか、都市最強の『猛者』や『勇者』すら及ばない、··········認めざるを得ない空前の鬼才。戦慄すら覚えるその才能は、私達の遥か先を行っている。

 

普通ならば剣など握ったこともないような年でありながらその剣域は私の知るいかなる剣客のそれを凌駕する。

 

ゴジョウノ家一族の最高傑作とまで言われた妹でさえ、霞んで見えるほどの才覚。

 

私とて一端の剣士だ、『そこ』は否定できない。だが、感情は別だ。

 

才能に胡座をかくわけでもなく、さりとて果てなき理想を抱いているわけでもない。

 

アリーゼやリオンとは全くもって違う感情のない人助けに、不可能などないと言わんが如く積み上がってゆく偉業の数々。

 

そんな態度全てが私を苛立たせた。リオンのように青臭い綺麗事を吐くわけでも、アリーゼのように理想を語るのでもない、ライラや私のように『諦めた』わけでもない気味の悪さがあった。

 

いっそ、死んでしまえば清々するかとすら考えていた。

 

だが────。

 

私達を『庇った』結果、派閥最強であるはずのコイツは未だ、意識を取り戻していない。いや、そもそもあれだけの重症を負っていたのだ。意識を取り戻したところで、まともに動けるか怪しいものだ。

 

こんな傷を負ったのを見たのは初めてだった。たった一人で階層主に挑むような埒外のガキがこんなふうに倒れ伏すなど私は考えてもいなかった。

 

その有様を見て、私は──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都市中を覆った慟哭と悲鳴、流された血と涙。それはまさしく地獄の光景だった。逃げ惑い、助けを求める声に応えてくれる者は誰一人いない。

 

燃え盛る炎の中、助けを求めて伸ばした手が炭となって崩れ落ちる。絶望と怨念に満ちた絶叫が木霊し、血塗れの死体や焼け焦げた死体が転がっている。

 

都市を照らす月明かりの下、黒煙が立ち上り、火の手が上がる。都市に刻まれた傷跡は深く大きい。

 

後に『死の七日間』と語り継がれることになる正と悪の抗争。数多の魂を飲み込み、憎悪を振り撒く暗黒の戦いの始まりであった。

 

後に、『暗黒期』を象徴することとなる大抗争の始まり、敵にまわったかつての最強たる【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって刻まれた傷は戦いが終わってからも冒険者たちを苦しめた。

 

「くそっ、ヒーラーはどこだ!?」

 

「魔法で水を出して消火しろ!!」

 

「ポーションはまだなのか!」

 

「おい! こっちにも手を貸せ!! 人が足りないんだ!」

 

「負傷者の手当てをしてください! 急いで!」

 

「重傷者を先に運べ! 急げ!」

 

 激戦の後、都市には甚大な被害が出ていた。闇派閥の交戦により多くの冒険者や市民が死んだ。その被害はあまりにも大きく、都市の復興作業は遅々として進まない。

 

瓦礫の下に埋まっているかもしれない仲間を助けようと、あるいは死んだ恋人や家族を弔おうと多くの人が作業を手伝っているがそれでも人手が全く足りていない状況である。

 

そして何より問題なのは負傷者の数だ。戦闘に参加した全ての者の治療を終えるまでどれだけかかるのか見当もつかない。

 

都市の主力である第一級、第二級冒険者もその大半が負傷。

 

ポーションなどの救援物資はあるがそれもすぐに底をつくだろう。治療院は常に患者で溢れかえっており、今もなお増え続けている。

 

都市全体の空気は重苦しい。誰もが疲れ切っていた。

 

「ッ!! 何をどうしたらこんな傷に···········」

 

 そんな中、【アストレア・ファミリア】所属の回復役の少女は横になって寝かされているアルを見て絶句した。

 

血溜まりに斃れるアルの有様に既に精神力の尽きたヒーラーの顔が歪む。まるで肉を轢き潰されたかのような惨状、一目見て分かる致命傷。

 

生きていることが不思議なほどの重傷、第一級冒険者としてのステイタスと付与魔法の効果によってかろうじて一命を取り留めていたが、あと数分でも処置が遅れていれば確実に死んでいたであろうことは明白だった。

 

全身を覆う火傷に皮膚が爛れた顔、腕は千切れかけており、内臓は潰れ、骨は砕けている。誰が見ても即死していておかしくない状態、仮にこの傷を受けたのが他の【アストレア・ファミリア】の団員だったなら、確実に死んでいただろう。

 

自分たちを逃がすために『覇者』とただ一人で相対し、瀕死の傷を負った弟分の姿に自分達も満身創痍な【アストレア・ファミリア】の面々の顔が歪む。

 

そして、その周囲には既に『手遅れ』となった住人や冒険者達が倒れ臥している。

 

辛うじて息をしている者もいるがその呼吸は細く、いつ止まっても不思議ではない。

 

都市中に充満する血の匂いが吐き気を催させる。その凄惨さは見るに堪えないもの。

 

「··············何人死んだ、何人、助からなかった?!」

 

 若い妖精の慟哭に誰も答えられない。それはここだけではなく、至る所で起こっていることなのだ。

 

助けを求める声に誰も応えられず、救いを求める声に応えることができない。その無念と悲しみの感情が伝播するかのように都市全体が嘆きに包まれる。

 

「····························リュー」

 

「アストレア様、正義とはなんですか?!こんなにも簡単に悪に屈して········私達は一体、なんのために······」

 

 アルとアリーゼの機転によって送還を逃れたアストレアへ打ちひしがれたリューが問う。戦いのさなか、『絶対悪』を自称する神によって問われながらも答えられなかった『正義』の正体。 

 

今まさに都市を襲った悲劇を前に、その問いの答えをリューは見つけられていなかった。

 

都市を守るために戦った、守るために戦ってきた。なのにその結果がこれだ。目の前で消えていく命を眺めながら、自分の無力を嘆く。

 

アストレアはその問いに鎮痛な表情を浮かべる。

 

「────ッ、誰も守れない。守られただけだったッ!!」

 

 この一日で一体どれほどの命がリューの前で失われたのだろうか。そして、アルが命をはって自分達を逃さなければリューも死んでいただろう。

 

戦火の引いた残骸の山に妖精の嘆きが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

スーーーーーーッ!!(深呼吸)

 

 

 

 

 

戦火の引いたセントラルパーク。間一髪で破壊を逃れたバベルだったがその周辺には深手を負った冒険者達と冒険者だったものが散乱していた。

 

瓦礫に押しつぶされ、焼け焦げた死体。身体の一部を失いながらも息絶えることなく助けを求める声を上げる冒険者。

 

息のあるものはなけなしのポーションやヒーラーによって治療を受けているが、それはあくまでも応急処置に過ぎない。

 

「リヴェリア、まだ寝ていろ。ガレスほどではないにしろ君も重傷だ」

 

 その一角、そこには第一級冒険者で唯一無傷なフィンと『静寂』と相対し、ガレスともども敗北したリヴェリアが横になっていた。

 

激戦の末、リヴェリアとガレスは辛うじて生きていたが、それでも決して軽い傷ではない。

 

特にガレスなどは全身を包帯で巻かれ、痛々しい姿だ。意識もなく、血を流し過ぎたせいか顔色が悪い。

 

「私のことなどどうでもいい!!それよりもまだ早いッ、アイズはまだ·········!!」

 

 翡翠色の長髪を煤と血で汚したエルフの美女、都市最強の魔導士であるリヴェリアは蒼白い顔で叫ぶ。その声には隠しきれない苦慮と悲壮感があった。

 

「すまないが、リヴェリア。手札を温存できる時勢は既に終わった。気持ちは分かるが君も今だけは母親であることをやめろ」

 

 冷徹なまでのフィンの言葉に、リヴェリアは唇を噛む。都市最強魔道士たる彼女も今は負傷しており、万全の状態には程遠い。

 

「今後、敵の継続的な攻勢が予想される以上、戦力はいくらあっても足りない。子供であろうとも使えるものは全て使う」

 

「······ッ」

 

「恨んでくれて構わない。準備は良いか─────アイズ」

 

 二人の視線の先には若い、というよりも幼い金髪の少女が佇んでいる。少女はフィンの呼びかけにこくりと小さく首肯すると、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、速すぎる·······ッ!?」

 

「何なんだコイツ、はッ────?!」

 

 風のように走る金色の残像によって闇派閥の雑兵たちが次々と斬り伏せられる。

 

その剣閃は速く、鋭く、正確無比。まるで熟練した剣士のような太刀筋であり、それでいて一切の容赦がない。

 

第二級冒険者のステイタスにより圧倒的な速度で戦場を駆け抜ける彼女はまさしく疾風の如き速さで敵を切り刻む。

 

そのあまりの速度、あまりの迅雷に闇派閥の兵たちは彼女の姿を捉えることもできず、血飛沫を上げて倒れ伏す。

 

「ど、同志達が一瞬で······ッ?!」

 

「ば、馬鹿な!こんなことが······ッ、ぎゃあぁああッ!!」

 

 十歳にも満たぬであろう外見とは裏腹に、その剣技は一切の躊躇いがなく、苛烈。その小さな身体に秘めた才能に、闇の眷属達は完全に翻弄される。

 

「フィン達から話聞いた、自爆なんてさせない」

 

 闇派閥の雑兵たちが全身にくくりつけた爆弾に触れずに手足だけを斬る。

 

命を取らずに、相手の両手足だけを切ることで自爆兵にもさせない活人剣。ただ殺すよりも遥かに困難なそれを少女は容易くやってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで救助はしまいか?」

 

「ああ、もう生きた人の気配はない」

 

 深手を負ったアルを除く【アストレア・ファミリア】の面々はあの戦いから寝ずに救援救護に努めていた。

 

都市中を走り回り、負傷者を見つけ出しては回復魔法で治療を施し、水と食料を分け与える。

 

火の手が上がり、破壊された家屋の下敷きになった者たちを助け出し、その家族の元へ届ける。

 

その作業を繰り返し、既に日は昇っていた。疲労はピークに達しており、誰もが限界を迎えている。

 

「随分と酷い顔だぞ」

 

「ハッ、鏡を見せてやろうか? お前だって似たようなもんだ」

 

 軽口を叩き合う輝夜とライラだが、その顔色は悪い。二人とも既に満身創痍だ。無理もない。あれだけの死闘を繰り広げたのだ。肉体は疲弊し、精神力もすり減っている。

 

そして何より、この数時間の間に多くの命が失われた。その事実が彼女らの心に大きな負担をかけており、精神的にも肉体的にも追い詰められている。

 

「疫病の対策は?」

 

「各区画に【ディアンケヒト・ファミリア】が防病剤を配布している。あと、腕っこきの『聖女』がいるから大丈夫だってさ·······」

 

 

「『聖女』··············ああ、あのアルと仲のいいお人形みたいな女の子ね」

 

 アルのもとにも今頃、『聖女』が行って治してるはずと獣人の少女が補足する。

 

「シャワー浴びてぇな······」

 

「·······私は眠りたいわ」

 

 夜通し戦い、全身を煤と血で汚した彼女らはまさに心身共に満身創痍、本来救援などできる体力など残されていない。

 

「残念ながらどちらも無理だ。救助が終わったら今度は巡回だ」

 

 輝夜の言葉にライラは項垂れる。都市中の救援を終えた彼女たちはこれから都市を練り歩いて、民を害そうとする闇派閥の信者がいないかを探さなければならない。

 

「いくら超人じみた冒険者だからって休まなきゃ死んじまうぜ······」

 

 いくら上級冒険者として常人とは乖離した【ステイタス】を持つ彼女たちといえどその身体も心も無敵というわけではないのだ。

 

前衛であり、第二級冒険者の輝夜でさえ限りなく限界に近いのだ、体力に乏しいスカウトのライラが動けているのは気力によるものだろう。

 

この地獄のような状況に誰も彼もが参ってしまっている。しかし、それでもやるべきことをやるしかない。そうしなければこの絶望的な状況はさらに悪化していく。

 

「···················」

 

「··················リオン、下を向いちゃダメよ。まだ終わってないわ」

 

「······ええ」

 

 仮設キャンプには少なくない数の民衆が詰めていた。そのいずれもが昏い目をしていたが、【アストレア・ファミリア】の姿を目にするとその眼に良くない輝きを宿す。

 

「何だよ········お前········」

 

 当てつけ。行き場のない、家族を、友人を、愛するものを失った行き場のない彼らの怒りは彼らを命がけで守ったはずの冒険者たちへ向く。

 

「【アストレア・ファミリア】は、正義の派閥じゃなかったのかよ·····!!」

 

「夫を、あの人を返して!!」

 

 怒号、怨恨、悲嘆、憎悪、あらゆる負の感情を向けられる。投げつけられる石礫と、何よりも嘆きの雨を向けられた妖精は自らの心が折れた音を聞いた。

 

 

 

 

 

 





投票者数1500人突破ありがとうございます!!
これからもコメントや評価のほどよろしくお願いいたします。


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第八章
104話 実は一番雑な扱いをされてる男





ここ最近、時間ある時に書かないで毎日10時すぎくらいになってから焦って書きだしてる気がする




 

 

 

 

 

 

「へーいっ、ベート・ローガ、お茶しよぉ!!」

 

「うるせぇッ!!!」

 

 今日もまたベートの下へレナが訪れ、ベートは怒鳴り散らす。ベートはここ最近ずっとレナに追い回されており、そのせいで毎日寝不足だった。

 

『凶狼』の二つ名で畏怖されるベートがあろうことか心労で体調を崩すなぞ笑い話にもならない。しかし、レナのしつこさはもはや執念の域であり、ベートももう慣れ始めていた。

 

二日に一度のペースで訪れるレナは今日もベートをデートに誘いに来る。その度にベートは追い返そうとするのだが、そのたびにベートが気に入っている酒場や食堂に先回りされて逃げ道を塞がれてしまう。

 

恐るべきはアマゾネスのバイタリティ。レナはどこから情報を仕入れているのか、ベートの行動を把握しており、行く先々に現れてはベートにべったりと張り付く。

 

もはや、ストーカーの類である。最初は鬱陶しく感じていたベートだったが、最近ではもうどうでも良くなっている。

 

一体どうやってベートの行動を把握しているのかは謎だが、もう好きにしてくれといった心境である。

 

「ねぇねぇ、ベート・ローガって本当に連れないよね~。少しくらい私に付き合ってくれてもいいじゃんか」

 

「テメェと話してる暇なんざねぇんだよ。さっさと『鍵』の心当たりを教えろ」

 

 タコのように纏わりついてくるレナにうんざりとした表情を見せるベート。もはやベートにとってレナは苦手というより天敵になりつつあった。

 

レナはベートのそんな態度にむっと頬を膨らませながらうーん、と考るように小首を傾げてみせる。

 

既に【イシュタル・ファミリア】の元ホームである『女主の神娼殿』の探索は終わっており、『鍵』は見つかっていない。

 

イシュタルが持っていたことは間違いないため、どこかにあるはずなのだが·······。

 

「うーん、あるとしたら【フレイヤ・ファミリア】にめちゃくちゃにされてできた瓦礫の山の中とかかなぁ」

 

 数日前、【フレイヤ・ファミリア】の強襲によって廃墟と化した歓楽街。眷属のいずれかが持ち出そうとした結果、瓦礫の山の中に埋もれてしまった可能性は十分に考えられる。

 

レナの言葉にベートは眉をひそめた。室内ならまだしも土地勘のあまりない屋外で探すとなるとかなり骨だ。

 

獣人としての鋭い嗅覚を使おうにもあれからすでにかなりの時間が経ち何度か雨も降っている。匂いはすっかり流れてしまっているだろう。

 

土地勘もなく、獣人としての強みも活かせない瓦礫の山での探索にはそこをよく知る者の助力が必須となる。

 

「···········チッ」

 

 ガイドにぴったりな元【イシュタル・ファミリア】の団員であるレナを横目で見やり、ベートは舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘディンは激怒した。

 

必ず、かの厚顔無恥の英雄もどきを除かなければならぬと決意した。

 

ヘディンには政治がわかる。

 

産まれながらに聡明であり、その賢さ故に賢王として担ぎ上られてその才覚を以てして数々の功績を挙げてきた。

 

彼が生まれついたのは彼を賢王として担ぎ上げる白妖精と戦王を擁した黒妖精が終わりの見えない不毛な戦いを繰り広げる妖精の孤島『ヒャズニング』。

 

数年間戦い続け、数年間戦力を整えてはまた数年戦って消耗し、それを延々と繰り返す不毛な戦い。

 

長い時を生きるエルフ同士の戦いがゆえに終わらない戦争。ヘディンはその戦乱の中で産まれた。

 

ハイエルフの生まれでないのにも関わらず白妖精の王として祭り上げられてた彼はそれがごっこ遊びだと理解しつつも自らが王としての責務を放棄すれば愚鈍な民たちはたちまち滅びるだろうと確信していた。

 

くだらない戦い、くだらないごっこ遊びを続ける愚鈍な民を愚かだと嘲笑しながらも他より優れた自らがその責務を放棄して見捨ることなど許されないという自尊心から彼は戦い続けた。

 

古代の時代、モンスターの侵攻によって脅かされた霊峰から逃れた白妖精と民を見捨てられず霊峰に残った黒妖精の末裔同士の溝は凝り固まり、もう誰にも解くことなどできないほどに硬くなっていた。

 

幾度となく繰り返される戦いで民たちの数は減り続ける。ヘディンはそんな状況に嫌気が差していた。

 

それでも彼以外に白妖精の王に成り代われる者はいない。個々の力で勝る黒妖精の戦士達に対してヘディンの研ぎ澄まされた智略と戦略に率いられた白妖精の軍勢は対等以上に戦えた。

 

ヘディン自身も恩恵に依らぬ先天性の魔法を使って前線に立ち、指揮を取り、幾度にも渡る侵攻を退けた。

 

そんな不毛に過ぎる戦いの中でヘディンは己のように多種多彩な才能を持っているわけではなくただただ導出した戦いの才能のみで自身と渡り合う黒妖精の戦王にいつからか対抗心を覚えるようになり彼だけは自らの手で打ち倒そうと考えるようになった。

 

『魔女』の姦言も、愚かな白妖精の民達も、全てがどうでもよかった。

 

ただ、あの男だけは、と滅びゆく妖精の孤島の中でたった一人、ヘディンは強く願った。

 

戦いに次ぐ戦い、敵も味方もどんどんとその数を減じていく中で、いつしかヘディンにとってそれは生きがいとなっていた。

 

奴を殺すとすれば自分だし、自分を殺すとすれば奴しかいない。

 

お互いに言葉は交わさずともそんな確信があった。

 

だが、その決着は訪れなかった。

 

『魔女』。ヘディンと戦王を酷使する民たちのあり方を厭うたフレイヤの誘導により民達は死に絶え、国は滅んだ。

 

それからややあって戦王────ヘグニとともにヘディンはフレイヤの眷属となって忠誠を誓った。

 

だからこそ、ヘディンは種族の王としての責務の重さや本物の王族であるハイエルフの尊さを理解できていた。

 

ゆえにアルヴの王森に住まうハイエルフの王から此度の件に対する書状が来たと聞いた時、ブチ切れた。

 

その騒動の当事者であるアルがあろう事かダンジョンへ逃げ出し、その後始末を自分に押しつけてきたのだ。

 

無能であることから脱却しようとしない愚者をなにより嫌うヘディンだがそれ以上にやればできるのに何もせずに怠慢をよしとする輩が大嫌いだった。

 

あろうことかハイエルフの王にまで累を寄越す騒動の当事者でありながら面倒だと逃げだしたその態度には殺意すら覚えた。

 

なにより苦悩する自分を若干かわいそうなものを見る目で憐れんでくるオッタルとアレンの視線が気に入らなかった。

 

近くにいたヘグニがちょっと涙目になるほどの怒りを見せるヘディンだったが、結局のところ彼の役割は決まっていた。

 

「···········いつか必ず殺す」

 

 どうあれこの騒動を治めないことには話は始まらないと事態の収拾のために再度奔走することになったヘディンは、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都市を揺るがした『ハイエルフ禁断の恋』の事件は、一旦の収束を果たした。

 

【ロキ・ファミリア】とギルドの公式発表によって、今回流れた噂の一切は事実無根の嘘偽りであるということになっている。

 

未だ、禍根は残るものの、とうとうキレ散らかした『白妖の魔杖』の剣幕もあってありとあらゆる方向に迷惑と心労を振りまいたエルフ達の暴走は一旦の終わりを告げた。

 

『剣姫』やその他超過激派エルフなどの火種は燻っており、爆発までの導火線が長くなっただけのような気もしなくはないが暫くの間は爆発しないだろう。

 

そしてそれから数日、【ロキ・ファミリア】ホームである『黄昏の館』。

 

「『鍵』は未だ見つからず、か」

  

 夕時が近づき、団員達が食堂に集まりだしている中、フィン達首脳陣は会議室で今後の方針について話し合っていた。

 

人造迷宮の内部各地に設置された破壊不可のオリハルコンの扉を開閉するための『鍵』。

 

人造迷宮の攻略に必須のそれを闇派閥との決戦までにどうにか手に入れようと奔走していたのだが、未だに発見には至っていなかった。

 

「駄目だなヴァレッタがベートに討たれた以上、機が熟すまで打って出ることはないだろう」

 

 ハイエルフ事件の少し前、ヴァレッタ達闇派閥と雇われた【セクメト・ファミリア】の暗殺者によって複数のアマゾネスが襲撃される事件があった。

 

『鍵』を持っていたと思われるイシュタルの眷属を狙った暗殺。闇派閥と繋がっていたイシュタルから眷属に漏れた情報や『鍵』の所在などについての口封じのために仕組まれたものだった。

 

幸い、その時はまだアルがオラリオにいたために街灯に集まるかのようにアマゾネス達が固まっており、その中には【カーリー・ファミリア】のLv.4の使い手が交ざっていたこともあって返り討ちに合うことのほうが多かった。

 

【セクメト・ファミリア】の暗殺者達も凄腕ではあるがそのレベルは高くても2か3、第二級でも上位に位置する使い手が多く交ざったアマゾネスの戦士を殺せるはずもない。

 

単独行動をしていた低レベルのアマゾネスも、アルの行動範囲下で暗殺などできるはずもなく、結果的にストー········もとい熱烈なファンが増えたことによるアルの心労を除けば被害は皆無だった。

 

───────そして、ヴァレッタ達は踏まなくてもいい『狼の尾』を踏んだ。

 

歓楽街跡地でレナ・タリーを襲った凶刃。機に乗じて『狼』を狩ろうとしたヴァレッタと暗殺者達だったが、狩られたのはヴァレッタ達の方であった。

 

歓楽街跡地の全てを焼き尽くした緋色の炎。それが『狼』の仕業であることは誰の目にも明らかであり、ヴァレッタ達闇派閥も暗殺者達も灰すら残さず全ては焼失した。

 

だが、それは『鍵』の所在の手がかりも消え去ったことを意味している。

 

『鍵』がなければクノッソスの攻略は進まない。オラリオにさしせまっている精霊の分身と怪人という脅威を考えるなら一刻を争う事態なのだが、現状では打つ手がない状況が続いていた。

 

オラリオを滅ぼさんとする闇派閥の計画はなんとしてでも阻止しなければならない。時間をかければかけるほど都市に住まう全ての人々が危険に晒される。

 

深層の階層主を凌駕するポテンシャルを持った精霊の分身と神の眷属の極点すら超えているかもしれない怪人。

 

それらが地上に解き放たれてしまえば、都市は間違いなく滅びを迎えることになる。

 

「···········ゆうてあの色ボケ女神が持ってそうなんやけどなぁ?」

 

「否定はできないね」

 

 歓楽街を襲撃し、『鍵』を持っていたと思われるイシュタルを送還したのは他でもない【フレイヤ・ファミリア】である。

 

歓楽街をいくら探しても『鍵』が見つからないことを考えれば『鍵』はフレイヤの手にあると考えるのが妥当だ。

 

だが、いくらロキが問い詰めてもしらばっくれられてしまったらしい。

 

下手に地雷を踏んで最大派閥同士の抗争に発展させないようにするためにも、下手に追及するのは得策ではない。

 

·················しかし。

 

「もう、時間がない」

 

 こうしてる今も刻一刻と精霊の分身はクノッソスのどこかで成長を続けている。地上であのような怪物に複数暴れられては都市の存続そのものが危ぶまれる。

 

この状況下で、これ以上時間を浪費すればどのような影響が出るかもわからない。

 

「神フレイヤが『鍵』を持っているというのなら·········ことを構えるのも辞さないつもりだ」

 

 湖面のようなフィンの瞳に微かに剣呑な光が宿る。最大派閥同士の諍いは避けたいところではあるが、もはや手段を選んでいる場合ではない。

 

取引に応じるのであればよし、応じないのならば力ずくで奪い取ることも辞さない。

 

今の二大派閥はゼウスとヘラのようにはなれない。派閥同士に確執がある以上、どちらかが折れなければ衝突は免れないだろう。

 

フィンやロキとしても自派閥と同等以上の戦力を持つ【フレイヤ・ファミリア】と事を構えたくないのだが、そんなことを言っていられる状況ではない。

 

「·········あるいは神フレイヤにアルを────」

 

 必要以上に緊迫した空気を和らげようと冗談半分にアルをフレイヤへの生贄、もとい友好大使として交渉を持ちかけさせようかと口にしかけた時、会議室の扉が開かれた。

 

「────団長!! 入ります!!」

 

 泡をくったような声音と共に駆け込んできたのはラウル。その顔には焦燥が浮かび上がっており、何かただならぬことがあったことが伺える。

 

フィン達が視線を向けるとラウルは

息を整えながら口を開く。

 

「す、すみません、闇派閥とは関係ないとは思うんすけど都市西方でモンスターが─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなことになって、みんな、ごめん·········」

 

 ────『【ヘスティア・ファミリア】全団員、及び竜の娘とともに、ダンジョン20階層へ向かえ』。

 

オラリオ西方に走るストリートでウィーネが迷子になってしまった事件の翌日、【ヘスティア・ファミリア】にギルドから強制依頼が出された。

 

内容は、【ヘスティア・ファミリア】にとってはまだ未到達の階層である20階層へウィーネとともに向かうこと。

 

ギルドが知性のあるモンスターであるウィーネの事をどう判断したかは分からないがこのミッションの原因は僕にある。

 

ファミリアの団長であるにも関わらずファミリアそのものを窮地に追いやったのだ。

 

ウィーネを助けたことに後悔はない、それでも僕のせいで皆に迷惑をかけたことは確かだ。

 

申し訳ない思いで俯く僕にみんなはいつものように優しく微笑みながら言う。

 

「ベル様、どうかウィーネ様を助けられたことを後悔なさらないでください」

 

「私達なら大丈夫です、ベル殿」

 

「もっと俺等に迷惑をかけろ、こういうもんだろ?ファミリアってのはよ」

 

「そうですよベル様!リリはベル様のサポーターとしてどこまでもお付き合いしますよ!」

 

 

「·······うん、ありがとう」

 

 四人の言葉と笑顔に僕は泣きそうになる気持ちを抑えて感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────、─────、───」

 

 ダンジョンに似つかわしくない美しい歌声が響く。水辺の水面は波紋一つなく穏やかで、水面を照らす水晶灯だけが静かに揺れている。

 

青白く輝く水晶灯の光の中心で歌う、『水精霊の護符』を加工したであろう特殊な形のドレスを着た人魚は周囲の光景もあって神秘的だ。

 

水面から上半身だけを出しているその人魚の表情はどこか憂いを帯びており、その姿を見た者の多くは彼女に対して庇護欲を覚えるだろう。

 

聴くものに安らぎを与える声と歌。その歌に合わせるように踊るのは怪物でありながら女神のような美しさを持つハーピィやラミアの少女達だ。

 

サントリオ・ベガ(娯楽都市)でも見れない怪物の舞踊を前にリズムを取る精巧な武具を身に付けたリザードマンやゴブリンなどのモンスター達が楽しそうにしている。

 

本来一堂に会することのない上層、中層、下層、深層、様々な階層で生まれたあらゆる種類のモンスターが一つの場所で宴を楽しむ光景は異様だが同時に神秘的だ。

 

彼等の身に付けている装備はいずれも一級品。元々、自分の体に合う冒険者の遺品などを身に付けていた異端児達であったが、今の彼らが装備しているのは彼ら用に鍛えられた特別製の武器防具である。

 

万能の才と神秘のアビリティを持つアルが個人的親交があり、『事情』を知る【ゴブニュ・ファミリア】の上級鍛冶師と協力して作り上げた逸品。

 

精霊由来のものを除けば何れもが下層のレアドロップか深層域のドロップアイテムから作られている第二等級相当のものばかりだ。

 

中でもリドが持つ漆黒の長剣は37階層の階層主、ウダイオスを一対一に近い方法で倒さなければドロップしない黒の大剣を加工したものであり、まだ都市最強ではなかった頃のアルが獲得したそれは第一等級武装の中でも上位の性能を持つ名品だ。

 

唯一の例外を除けば、全てがモンスターで構成される宴。穏やかさとは無縁の筈のダンジョンの只中に存在するとは思えない光景が広がる。

 

「地上ニ、帰ルのか?」

 

 その片隅、この場で唯一の人間であるアルは先日、助けた『バーバリアン』の異端児と話をしていた。

 

地上で隠れていた彼を見つけたアルはフェルズに働きかけ、バベルの入り口に冒険者のいない『時間』を作って正面からダンジョンに戻れるように手配をしたのだ。

 

宴に参加している異端児達は皆、アルの言葉を聞いて残念そうな顔をするが無理に引き留めようとはしなかった。

 

「お前ノ、弟ガ同胞ヲつれて我ラのところへ来ルというのは本当カ?」

 

「フェルズ曰く、な」

 

 このバーバリアンは非友好側。人間を嫌っていたタイプの異端児だ。

 

地上や人間に対して『憧憬』を抱いてダンジョンの肚から産まれた異端児ではあるが、モンスターである以上、人間から絶対的な敵意を持たれることには変わりはない。

 

冒険者によって殺されかけたり、あるいは眼の前で同胞を殺されたことのある者も少なくない。

 

人間とモンスターの違いとかそれ以前の大怪物であるアルは別にしても同胞を傷つける人間を敵視しているものも多い。

 

人間に脅かされた者にとって人間は恐怖の対象であり、敵以外の何物でもない。

 

バーバリアンの異端児自身、『密猟者』によって一度は捕らえられたのだ、冒険者への恨みは深い。

 

いかにアルの弟といえど、冒険者を無条件で信じるわけにはいかないというのが彼等の思いであった。

 

仮にその者が同胞に不当な扱いをしていると言うなら誰の身内だろうが容赦はしない。バーバリアンの瞳はそう言っていた。

 

「見定めんのはお前らで好きにやりゃあいい。··········まぁ、その前に」 

 

 

 

 

 

 

やっぱ、異端児達は単純でわかりやすいから頭使わずに接せられて楽だわ。コイツら、ウダイオスの件とかで俺に大半は懐いてるしな。

 

まだ少し時間あるし、【ロキ・ファミリア】の前に、ベルたちにちょっとしたイタズラしてやるかな··········.。

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

ベートとヴァレッタの戦いとかは原作通りにしかならないのでカットです

 

アレン、オッタル「··········(憐れみの視線)」

 

ヘディン「いつか殺す·········(十割本気)」

 

フィン「女神フレイヤにアルを一ヶ月くらい貸し出すかわりにレンタル代として鍵くれないかな········(九割冗談)」

 

異端児達の一部(人間に友好的な奴等)はアル式ブートキャンプを受けた上でダンジョン深層に潜るたびに【幸運】のせいで有り余るドロップアイテム(全部売ると相場が破壊されて大手探索系ファミリアが困窮する)で作られた装備つけてます。

 

『事情』を知る鍛冶師は画面外のキャラなので気にしないでください。基本、この作品本編では原作キャラを曇らせたいという主人公の目的からアル以外のオリキャラはこないだの竜を含めて出すつもりはないので(それ以前に私の技量的に作品が破綻しそう)。

 

鍛冶師以外に明確に設定あるオリキャラは5人くらい、頭にあって、まとめたら二章分くらいはかけそうなんで外伝か別作品で出すかもしれない。種族は猫人、アマゾネス、エルフ、小人、ヒューマン。

 



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105話 久しぶり且つ次がいつになるかわからない英雄ムーブ



お試しで文章の書き方とかをほんのちょっとだけ変えてみました




 

 

 

 

ダンジョン19階層、大樹の迷宮。

 

自然の迷路を構成する床や壁そのものが下手な石材よりも硬質な木皮で出来ている緑の迷路。

 

樹木の甘い香と血の匂いが混ざり合ってむせ返る様な香りが鼻をつく腐臭にも近しい匂いが嗅覚を責め立てる。

 

陽光の代わりに青緑色の苔が照らす視界は薄暗く、恩恵を受けた冒険者でなければ足元もおぼつかない。

 

その上、様々な配色の枝葉に阻まれて視界の確保すら難儀する程だ。森林での戦闘に慣れたエルフであっても油断すれば簡単に道を見失いかねない自然の迷路。

 

この層域特有の奇っ怪な植物群と、そこに巣くうモンスターが侵入者たる冒険者に容赦なく襲い掛かる。

 

「─────ッ!!」

 

 木々の間から群れを成して飛来したトンボ型のモンスター、ガン・リベルラが甲高い羽音と共に鋭い牙を備えた顎を開きながら次々と空中を舞う。

 

機動力に秀でた飛行モンスターに遅れてメタルラビットやバクベアーといった地上を走るモンスター達が続々と姿を現す。

 

どれもこれもが厄介な敵だが何より問題なのはその数であり、数も質も上層までとは比べ物にならないほどに上回っている事だった。

 

「ぉ、おおおおおおおおッ!!」

 

 そんなモンスターの群れを前にしたヴェルフは先陣を切って飛び出してきたガン・リベルラを大刀の一撃で両断し、返す刃で周囲の敵を斬り払う。

 

どのモンスターもランクアップを果たした上級冒険者でなければまともに相手取れない程のポテンシャルを持つ。

 

だが、春姫の【ウチデノコヅチ】によって疑似Lv.3状態になっている今のヴェルフにとってはそこまでの脅威ではない。

 

一振りごとに複数のガン・リベルラを巻き込んで切り裂く圧倒的な剣閃の前にモンスター達は瞬く間に数を減らされていく。 

 

「──────シッ!!」

 

 そして、アタッカーとディフェンダーの役割を一人でこなす上級鍛冶師を凌ぐ速度で戦場を駆け回りながら速攻魔法の炎雷と共に魔石を穿つ白い影があった。

 

紅蓮の短刀を逆手に構えたベルはその速度に特化したステイタスを駆使してモンスター達の間を縦横無尽に飛び回る。高速機動による撹乱に加えて速攻魔法による絨毯攻撃を繰り返すことで的確に敵の戦力を削いでいく。

 

その速度はLv.4にも引けを取らない程であり、中層域のモンスターですら手玉に取りつつあった。

 

「魔剣はあと二振りですか············リリ殿、20階層まであとどれほどですか?」

 

「19階層の半分以上は進んでいます!もう少しです!」

 

 後衛であるリリルカと春姫、そしてウィーネを守る中衛として位置取りをした命は時折間近の壁から現れるモンスターの迎撃をしながら進んでいく。

 

前衛を担うベル達の背後を守りつつ、後方より襲いかかるモンスターを牽制する役割を担う命。刀を手に、まるで舞でも踊るかのように軽やかな動きで迫りくるモンスターを次々と屠っていく。

 

しかし、いくらなんでも多勢に無勢、立ち止まることなく先へ先へと進んで行くパーティー。

 

唯一のLv.1であり、この層域のモンスターとは直接戦闘できないリリルカも戦闘中のベルに代わってパーティー全体の状況を把握しつつ、戦況に応じて適切な指示を出す司令塔としての役割を全うしていた。

 

20階層への正規ルートを進んでいるとはいえ、いつどこから襲撃があるかも分からない樹海の中を進み続ける緊張感が絶え間なく続く。

 

アイテムの消耗は激しいが、目立った外傷や武器の破損もなく順調に攻略を進めていく一行。

 

「ドロップアイテムは最悪放置しても良いですが、魔石だけは必ず回収してください!」

 

「わたしも手伝う!!」

 

 道中で倒したモンスターから得た戦利品は全てリリルカの指示の下、回収作業が行われる。中層のモンスターのドロップアイテムだけあってしかるべき場所で売ればかなりの値段になる。

 

ただでさえ懐事情が乏しいのだ、少しでも収入を得るためには可能な限り拾っておく必要があるのだが、如何せん数が多いためにどうしても手が回らない時が出てくる。

 

かさばるドロップアイテムなどは最悪、置いておいても構わないが、魔石だけは絶対に拾い集めるようにと念押しする。

 

モンスターが食べでもして強化種になったりしたら目も当てられない。

 

「それにしても、この辺りは本当にモンスターが多いな」

 

「時間帯が悪いのかも知れませんね。他の冒険者も見当たりませんし、その分モンスターが分散せず私達に集中している可能性もあります」

 

 ヴェルフの言葉にリリルカが答えながら周囲を警戒するように視線を動かす。今は僅かにまだ余裕があるが、下層に近づくにつれてこれ以上の質と量を持ったモンスターが群れを成して襲ってくることになるだろう。

 

そうなった場合、いかにベル達が強いといっても苦戦を強いられるかもしれない。

 

「··········」

 

「? どうかしたのウィーネ?」

 

 ヴィーヴルの異端児の少女、ウィーネ。

 

最強の系譜である竜種ゆえにこの階層のモンスターにも負けないほどのポテンシャルを持ってはいるがその内面は人間の幼児とさして変わらず殺気立つモンスターを前に萎縮している。

 

青白い肌を隠すようにゴライアスのローブを纏い、フードを被って顔を隠している少女はモンスターに怯えるように肩を抱きながら歩く速度を落としていた。

 

その様子に気付いたベルが心配そうに声をかけるとウィーネは小さく首を振って何でもないと答える。

 

ウィーネ自体、『それ』が何かは分かっていない。

 

懐郷と恐怖の入り混じったいびつな感情。それは意識の奥底に根付く本能的な恐怖と故郷を思い出させる懐かしさ。

 

「こわいけどなんだか·······なつかしい、きもち······?」

 

 自分でも理解しきれない複雑な気持ちに戸惑っているウィーネを安心させようと、ベルは優しく微笑んで彼女の頭を撫でた。

 

ウィーネも最初は驚いたものの、すぐに嬉しそうな表情を浮かべて受け入れる。

 

そんなやり取りを見て、リリルカは少し羨ましそうな顔をしたが、直ぐに我に返って進行方向を見据えた。

 

今はとにかく進むしかない。

 

こうして、一行は20階層を目指して樹海の迷宮を進んでいく。

 

命たちにとっては初見の階層域であり、湿度の高い空気はじっとりと重く、体力を奪っていく。加えて、視界の悪さも相まって精神的な疲労も蓄積されていく。

 

森林の特色をそのまま冒険者を殺すために反映したような広大な階層域には多種多様な植物群や樹木で構成された森が広がっている。

 

虹色の蜜を垂らす巨木や、毒々しい色合いの花々、奇妙な形をしたキノコ、岩に擬態した巨大なアリ塚、銀白色に輝く鱗粉を撒き散らす蝶、どれもこれもが地上では見たことのない奇っ怪なものばかりだ。

 

本来であれば手探りに未知の層域を進まねばならないところだが、事前に用意していたマップのおかげで迷わずに進むことが出来ているのは幸いだった。

 

この世にあらざる美しすぎる自然を横目に見ながらひたすら前進していく。

 

樹洞に潜む巨大ムカデや、鋭い牙を持つ大顎をもつ甲虫型のモンスターが襲いかかってきたが、その全てを蹴散らしながら先へと進んで行く。

 

「··············っ」

 

 なにかに見られている、と肌を刺す嫌な気配を感じ取ったベルは怪訝そうに眉を寄せた。

 

モンスター達はこちらに対して殺意を抱いて向かってくるが、今感じ取っている視線は明らかに違う。

 

まるで値踏みされているかのような感覚を覚えたベルは周囲に神経を張り巡らせる。

 

「(········一体、どこから?)」

 

 姿は見えない。しかし確かに感じる何者かの視線。大小様々な植物が生えるこの層域には隠れる場所などいくらでも存在する。

 

19階層に入ったあたりから違和感を感じていたが、この20階層に近づいてからというもの、より一層強くなっている気がする。

 

正体不明の視線に晒されながらも、足を止めずに進んでいくベル達。度々、襲い掛かってくるモンスターを屠り、あるいは避けながら先へ進んでいく。

 

やがて、開けた場所に辿り着いた。

 

「ここは········」

 

 そこは天井や壁が発光する水晶のようなもので覆われており、薄暗い樹海の中でもその場所だけは別世界のように輝いていた。

 

まるでそこだけ空間を切り取って別の世界に持ってきたようだ。

 

今まで通ってきた通路も中々の広さだと思っていたが、この場所はその比ではないほどの広さを有している。

 

ちょっとした村くらいならそのまま収まりそうな広さがある。

 

指定された20階層への降下路。その直前である大広間に到着したベル達。上層も度々、広間のような構造をしているが、こちらはかなり広い。

 

木皮や草花に覆われている地面も他に比べて綺麗に均されており、歩きやすい。

 

「あれが20階層への降下路で────」

 

『グォオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「っ!?」

 

 20階層へと続く道を指し示そうとしたリリルカの言葉は突如として響いた轟音によって掻き消された。

 

「今のは、いったい·······!?」

 

 森林を揺るがす『咆哮(ハウル)』。誰もがその方向を向き、警戒する。そして、視線の先に映ったものを見て息を呑んだ。

 

それは、あまりにも規格外の存在。体高7メートルはあるであろう巨躯、尾を含めれば15メートルは優に超えるだろう。

 

全身を覆うのは鎧のような鱗、太い四肢と尻尾の先端には鋭利な爪と針状の棘が生えている。木皮を思わせる表皮は緑色に染まっており、頭部は蛇のような爬虫類特有の縦長の瞳孔が宿っていた。

 

ダンジョンの構造そのものである森林を突き破って現れたそれは、竜種と分類されるモンスターの一種。

 

「なっ、あれは木竜(グリーンドラゴン)?!」

 

「中層最強の········なんで19階層に?!」

 

 本来であれば24階層に極少数点在する宝石樹を守る宝財の番人であり、階層主であるゴライアスを除けば間違いなく中層最強のモンスターである木竜(グリーンドラゴン)

 

それが何故こんなところにいるのかと、驚愕に目を見開く一同。だが、そんな疑問も次の瞬間には吹き飛ばされた。

 

ドッ、と空気を震わせるほどの勢いで直進した木竜(グリーンドラゴン)。削岩機の如く突進してくる竜種を前に、ヴェルフたちは咄嵯に散開して回避行動を取る。   

 

「「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」」」」

 

 直後、先程まで立っていた場所を通り過ぎた木竜(グリーンドラゴン)は勢いに従って木々を薙ぎ倒しながら停止すると、ぐるりと首を回してベル達の方を見る。

 

階層主にも劣らない威圧感を放つモンスターを前にリリルカは悲鳴を上げることすら出来ずに硬直してしまう。ウィーネに至っては怯えきった表情を浮かべてベルの背後へと隠れた。

 

本来、24階層に出現する木竜(グリーンドラゴン)が19階層に出現したこと自体がすでに異常事態だがこの個体は明らかに─────

 

「────まさか、強化種?」

 

 ぽつり、と呟かれたリリルカの一言。それに呼応するように、緑色の巨体は身じろいだ。

 

ベルが初めて冒険をした相手である片角のミノタウロスがそうであったようにダンジョンには時折、同胞であるはずのモンスターの魔石を喰らう個体が現れることがある。

 

俗に言う、強化種と呼ばれる存在だ。

 

禁忌の共食いによって際限なく力を増幅させるダンジョンにおける最悪の敵の一つ、それがこの強化種である。

 

目の前の木竜(グリーンドラゴン)がそうだとは断言できないが情報にあるサイズよりも明らかに大きい。

 

何より、この威容。

 

巨躯から放たれる存在感。サイズ以上に強大さを感じさせるその佇まい。18階層で相対した黒いミノタウロスほどではないにしろ、それに通ずる脅威を感じる。

 

深層で言うところの強竜に相当する宝財の番人として通常の個体であっても第二級冒険者複数人でなければ倒せない木竜(グリーンドラゴン)

 

レベルで換算すれば3の上位、あるいは4に届く。この個体が木竜(グリーンドラゴン)の強化種ならば第一級冒険者であっても勝てるかどうか────。

 

しかし、ベルはこの状況下にあっても冷静だった。

 

冒険者としての経歴の短さに反してくぐってきた死線の数は並ではない。

 

冒険者として新人の部類でありながら既に2度のランクアップを果たしたその強かさは確かなもの。この程度の窮地など幾度となく経験してきた。

 

「一旦、逃げ───」

 

 誰よりも早く決断を下したのはやはりというべきか、ベルだった。彼は素早く撤退を提案しようとしたのだが────。

 

ダンジョンの悪意はその程度の賢しさで見逃してくれるほど甘くはない。

 

逃げようと踵を返した後方から響く羽音。幾重にも重なって雨音のように降り注いでくるその音の正体は─────無数の蜂型モンスターの群れだ。

 

「······デッドリー・ホーネット?」

 

 大型犬ほどの大きさを持つ凶悪な外見の蜂型のモンスター。ガチガチと顎を鳴らしながらこちらに向かって飛んでくる。

 

中層最悪の劇毒、金属板すら貫く鋭利な針から注入される致死性の猛毒。ランクアップを果たした上級冒険者であっても一滴でも注入されれば命を落としかねないその攻撃手段は間違いなく中堅殺しの一角に数えられるモンスターに相応しい。

 

【耐異常】のアビリティで即死を免れたとしても、その毒性により戦闘不能に陥ることは避けられない。仮に生き延びたところでその後に待っているのは大量のモンスターによる袋叩きだ。

 

掠り傷一つでも致命的となる上級冒険者殺しの毒蜂。めったに遭遇することのない木竜(グリーンドラゴン)よりもよほど脅威として名高いその怪物。

 

10、20、30·······数えきれないほどの数で迫る死の軍団を前に、リリルカ達は絶望に顔を青ざめる。

 

「嘘っ······!?」

 

「くそっ、挟まれたか!?」

 

 ──────『怪物の宴(モンスター・パーティ)』。

 

ダンジョンの悪意そのものとも言えるモンスターの異常発生現象。冒険者を殺すための罠。

 

前門の竜、後門の蜂。

 

先ほどまでいた入り組んだ樹海であればまだ逃げる余地はあったかもしれないが、ここは20階層までの一本道。 

 

退路は完全に塞がれている。絶体絶命の状況に誰もが息を呑み、戦慄する。 

 

片角のミノタウロスとの戦いは一騎打ちだった。

 

アステリオスとの戦いにはベートをはじめとした心強い仲間がいた。

 

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯は試練としての戦いだった。

 

だが、今回は違う。

 

たった6人しかいないパーティーに襲い掛かるのは中層最強のモンスターの強化種と無数の中層最悪のモンスター。

 

絶対絶命の窮地にベルですら冷や汗を流し、動揺を隠せない。迫り来るモンスターの大軍を前にして、ベルは思考を巡らせる。

 

しかし、答えは出ない。

 

勝てるはずがないと頭で考えるよりも先に本能が悟る。

 

これは、もう駄目だと。

 

ベル達の表情から生気が消えかけたその時、 ───ドォオオオオンッ!! と轟音と共に雷光が轟いてモンスターの大群を雷鳴が包み込む。

 

それは一瞬の出来事であり、視界を埋め尽くしていたデッドリー・ホーネットの群れは瞬く間に灰塵と化した。

 

超越者たる英雄ならざる彼らでは知覚すら許されぬ迅雷の輝撃。ランクアップを果たしているベル達でさえ、辛うじて視認できたのは眩く光ったその残滓のみ。

 

そして再び、煌めく雷瞬。

 

都市最速、すなわち世界最速たる疾さで以て振るわれた一撃は光として後続のモンスター達を嘗めた後、遅れて魔石どころか全身を文字通りの粉微塵に粉砕した。

 

閃光が通り過ぎた後の光景を見て、一同は呆然と立ち尽くす。

 

その雷の主は全身を漆黒の武具で覆う一人の少年。その頭髪の色もあってどこか無機質な印象を与える端正な顔つき。細身でありながらも引き締まった肉体。

 

そして、右手に持つは身の丈にも及ぶ巨大な剣。

 

一目見ただけでわかる。その男こそが、都市最強の片割れにして最優の冒険者。冒険者の到達点に座す存在。

 

瞬間、場の雰囲気が一変する。

 

気配が違う。英雄たる人物の醸し出す戦慄のオーラ。蜥蜴と竜ほどの存在感の差がある。そんな存在を前に、リリルカ達は言葉を失う。

 

決して殺気立っているわけではない。しかし、その男は常人では決して勝てないと思わせる何かを放っている。

 

「に、兄さん·········?」

 

 全身を焼かれながらも戦意を失っていない木竜(グリーンドラゴン)を背にしながら、黒衣の少年は声をかけた弟に対して振り返る。

 

「危なかったな、ベル」

 

 ベルの兄、アル・クラネルがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

─────少し前

 

アル「だっっる、ベルたちが来るまで寝てよ········ぐぅ」

 

リド「いや、来てる来てる!! もう19階層!!」

 

アル「───はぁ?!」

 

 寝起きかつ超スピードで駆け抜けてきた白髪頭でした。なお、こっから先しばらくはゲスなこととクズなこととアホなことしかしない模様。

 

 

 



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106話 人の好感度稼ぐには落差が最適だからね





昔にうごメモに投稿してた二次創作を久しぶりに読んで見たくなっちゃった。

使ってた3DSはもう壊れたし、サービス終了する前に他の3DSにコピーしとくんだったなぁ。





 

 

 

 

 

 

全てを灰に還す撃滅の雷。その輝きが100を超える雷撃の束となってデッドリー・ホーネットの群れに降り注ぐ。

 

七度目のランクアップに加えてクノッソスでの仮面の怪人との死闘の結果、激上したステイタスによって放たれた速攻にして絶殺の魔法。

 

たとえ、上級冒険者殺しと恐れられるデッドリー・ホーネットであろうと中層域のモンスターがこの一撃を受けて生き残れるわけがない。

 

魔石すら残さずに消滅したモンスターの灰。後続のモンスター達が怯むように後ずさるが階層全体すら覆える極大の光芒、呵責なく放たれる雷光の豪雨の前にはそれも無駄に終わる。

 

圧倒的な破壊力を誇る殲滅の雨は、階層全体に散らばるモンスターのことごとくを駆逐していく。その凄まじいまでの威力を前に、誰もが目を疑う。

 

それは、アルの肉親であるベルであっても例外ではない。

 

殲滅に次ぐ殲滅、雷光の一閃ごとに数多のモンスターの命が散っていく。いつもは深層域のモンスターを相手にしているアルからすれば中層域のモンスターなぞ物の数にも入らない。

 

最後にひときわ大きな雷鳴が轟き、モンスターの群れが後続を含めて全て消し飛ぶ様を見届けたアルはゆっくりと視線を戻す。

 

眼前に佇む木竜とその背後に広がる森。それら全てを視界に収めた彼は無言のまま左手を軽く握り込む。

 

意図して広域化させた魔法の絨毯攻撃によってダンジョンそのものの構造にも深い損傷を刻み込んだことでダンジョンはその修復に力を使い、新たにモンスターを生み出すことが叶わない。

 

残るは魔法の余波で手負いとなった木竜のみ。

 

先ほどまでの覇気は鳴りを潜め、木竜は怯えるように後ずさっている。だが、手負いの獣は得てして凶暴性を増すものだ。

 

歴戦を思わせる眼光でこちらを睨みつける木竜は、次の瞬間には翼を広げて飛翔する。

 

巨躯に見合わぬ速度で空中に飛び上がった木竜は、勢いそのままに牙を剥いて飛びかかってきた。

 

翼や尾を含めれば家屋ほどの体高を持つ怪物の突撃は、直撃を受けたならばただでは済まない。その突進の衝撃は下手をすると階層すら陥没させるだろう。

 

飛び上がった風圧だけでリリルカ達を吹き飛ばしながら迫ってくる緑の怪物。だが、アルにとってそれは脅威でも何でもない。

 

『────ㇽ、ルヴォオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「···········こい」

 

 咆哮とともに向かってくる巨体を静かに見据える彼の瞳には恐怖の感情は一切無い。

 

まるで散歩をするかのように自然体で歩み寄ったアルは急降下してくる木竜に向けて左腕を振るう。

 

───ゴッ!! と、空間そのものが歪んだような錯覚に陥るほどの轟音。

 

ベルたちには視認することもかなわなかったがそれは徒手による打突の音。渾身の突撃を片腕のみで止められた木竜は、驚愕に目を見開く間もなく吹き飛ばされる。

 

下手な精錬金属よりも硬い鱗に覆われた木竜の肉体。磨き抜かれた剣による一撃を弾き、膨大な魔力のもと放たれた魔法の砲撃を受け止めても傷一つ付かない竜鱗。

 

「··········試してみたがやはり俺ではオッタルのようにはならんな」

 

 それが、何の変哲もない拳の一撃で砕け散った。木々を薙ぎ倒し、地面を砕き、岩壁に激突してようやく止まる。

 

全身をかき回されたかのような凄惨なダメージに悶え苦しむ木竜。その光景に、ベル達は唖然としていた。あれだけ圧倒的だった竜が、たった一撃で。

 

その光景は、アステリオスと対峙した時の絶望を彷彿とさせる。何よりこの青年はあのアステリオスよりも高みに立っている。

 

ベル自身、兄が強いことは知ってはいたがこうして実際にその戦いぶりを目にするのは初めてだ。

 

だからこそ、理解する。自分がこれから並ぼうと、越えようとしている壁の高さに。

 

致命の一撃を受けた木竜はその衝撃で魔石を砕かれたのか灰へと還り、その光景を見たベル達は改めて息を呑んだ。

 

「助けてくれてありがとう、兄さん·········」

 

「ん、ああ」

 

 ベルの兄、アル・クラネル。すでに面識のあるヴェルフとリリルカ、一方的ながら見たことのある春姫とは違い、ベルとの関係こそ知ってはいるものの、Lv.8の英雄と初めて相対した命は比べるまでもない彼我の実力差に戦慄する。

 

「(この方が、ベル殿の兄君···············)」

 

 ただそこにいるだけで場の空気を変える存在感。ベルの話を聞いていたためある程度は覚悟していたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 

今まさに見せられた強さ以上に鮮烈な印象を与える存在感を前に、命の身体に震えが走る。

 

神の眷属のランクアップは個としての進化、より神に近しい存在への昇華を意味する。

 

一度しかランクアップを経験していない自分に対してこの英雄は冒険者の都である この オラリオにおいても他に一名しかいない七度ものランクアップを果たした冒険者。

 

肌を針のように刺す鬼気を放つその姿からは、禍々しさすら感じられる。同じ兄弟でありながら、何故こうも違うのか。

 

純粋、純朴、そんな言葉がよく似合うベルとは異なり、アルの雰囲気はどこか冷たい。

 

ベルが太陽だとすればアルは月。静謐さと冷徹さを併せ持つアルの姿は、その表情も相まってベルのそれとは対照的である。

 

見目を形作る一つ一つの要素が似ているからこそ二人の違いが際立つ。

 

【ヘスティア・ファミリア】で最も冒険者としての才覚に満ちた命だからこそわかる頂の高みの存在。それを目の当たりにして、しかし、彼女は高揚感を覚える。

 

高みを知ってなお、いずれその領域に必ず辿り着いてみせると決意を新たにして。

 

命と同じ歳とは全くもって思えないほど老成しているアルは、ベルを安心させるように微笑む。

 

先程までの凄絶さなど欠片も感じさせない優しい笑み。ベルは兄の笑みにほっと安堵の吐息を漏らす。

 

「に、兄さんはなんでこの階層に?」

 

「あー、あれだ、お前も耳に挟んでるだろ?俺とリヴェリアがどうこうっていう噂、あれが落ち着くまでダンジョンにこもってたんだ」

 

 アルと【ロキ・ファミリア】最高幹部である『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴの熱愛報道。

 

オラリオ全体を揺るがせたそのスキャンダルは当事者の片割れがオラリオの全エルフから尊敬と信仰を集める始祖の血統であるリヴェリアであること。

 

そしてもうひとりがアルということもあってか連日の話題となっている。

 

曰く、ファミリアの仲間にすら隠して数年前から密通していたとか。

 

曰く、リヴェリアは既にアルの子供を身籠っているとか。

 

曰く、アルがリヴェリアを無理矢理手篭めにしたとか。

 

曰く、アルはリヴェリアに飽き足らず、他の女性にも手を出そうと画策してるとか。

 

他にも様々な根も葉もない憶測やら推測やらが飛び交っており、ロキやリヴェリアが否定しても誰も信じない始末。

 

中にはただ単にアルへの誹謗中傷と化したモノも含まれているのだが、そこはアル。普段の行いが災いしてか、嫉妬や羨望などの負の感情が多分に込められた悪意ある流言飛語が飛び交っていた。

 

そのため、噂の真偽はともかく当人たちにとっては鬱陶しく面倒な状況となっており、事態の収束を時間とヘディンに丸投げしてアルはダンジョンに引きこもっていたのだ。

 

「ああ、あれね···············」

 

 当然、その噂はベルの耳にも入った。それどころか唯一の肉親として過激派エルフ達に噂の真偽について問い詰められまくった。

 

当然ながらオラリオに来たばかりのベルにそんなこと知る由もなく、しばらくして本当に何も知らないと悟った連中に解放された。

 

ベルはリヴェリアについては本当に噂程度にしか知っておらず、兄やベートと同じ【ロキ・ファミリア】の一員ということくらいしかわからない。

 

だが、それでもその冒険者としての地位の高さとハイエルフという生まれの尊さは知っている。

 

真偽はどうあれそんな凄い人と兄が付き合っていたという噂にベルは驚いていた。

 

「まぁ、そういうわけだ。そろそろ収まる頃だろうから地上に戻るけどな」

 

 偶然とはいえ助けてくれた兄ともう少し話をしたいベルだったが、これ以上時間をかけるのも悪いと思い、残念に思いながらも引き下がる。

 

先程までの絶望的な状況が嘘のように逆転し、安堵する一同。ダンジョンの損傷具合から暫くは新しいモンスターは生まれないだろう。

 

これで20階層までは安全に進むことができる。そう思って全員が微かに気を抜いた瞬間だった。

 

「─────それにしても驚いたな」

 

 ぽつり、と呟かれた言葉。誰に向けたものでもないはずなのにその声音には強い圧があった。

 

それはまるで、不用意に近づいた獲物に警告するような響き。ぞくり、と背筋に冷たいものが走り抜ける。

 

なにか不味い、なにか致命的ミスを犯したのではないか。そんな予感がベル達の胸中に生まれる。

 

嫌な汗が背中を流れ、心臓が早鐘を打つ。無意識のうちに視線はアルへと向けられていた。

 

気付けば、誰もが動けなくなっていた。呼吸すら忘れ、金縛りにあったかのように硬直している。

 

ベル達を見つめるアルの瞳はどこまでも冷たく、無機質なもの。その眼差しは、ベル達が知る兄のものとはかけ離れていた。

 

「まさかもう20階層まで来れるとはな。でもよ、なんで─────」

 

 そこで、言葉が途切れる。寒気を覚えるほど冷徹な雰囲気、凍えそうなほどの威圧感。

 

「─────『モンスター』を守りながら潜ってんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「··············つまり、みんなが言ってたのはただの噂だったってこと?」

 

「ああ、私が不用意に───」

 

「違うんです、アイズさんッ!! リヴェリア様は悪くありません。全ては早とちりした上にロキに漏らしてしまった私が悪いんです!!」

 

「あ、ウン」

 

 【ロキ・ファミリア】ホーム、極東における最大限の謝罪の所作である土下座しながら謝り倒すレフィーヤの気迫に、これまでの混乱と絶望すら忘れて気圧されるアイズ。

 

奥ゆかしいエルフにあるまじき剣幕で、レフィーヤは必死になって言い募る。横にいるリヴェリアも呆気に取られているのか、制止する素振りを見せない。

 

気圧されて何も言えないでいるアイズは、しばらくして。

 

「········ところで、アルは今どこにいるの?」

 

「さぁな、行動範囲が広すぎてわからん」

 

 騒ぎの収束を事件と全くの無関係であるヘディンに丸投げしてどこぞに消えてしまった少年の行方を思い浮かべながら、リヴェリアは質問に答える。

 

アルは束縛される事を嫌い、遠征や幹部会議などのファミリア全体での行動でもなければ一人でどこかにふらっと行ってしまう。

 

その行動範囲も行動方針も読めず、副団長としてファミリア幹部の行動を把握できていないというのは問題ではあるが、別にそこに関しては心配しているわけでもない。

 

あの少年の強さはよく知っているし、そもそもがファミリア最強だ。冒険者としての経験こそ浅いものの、実力だけは申し分無い。

 

故に、いつものようにどこかで面倒事に首を突っ込んでいるか、それとも気ままに街を散策しているかのどちらかだろう。

 

「········まあ、大方、アミッドのところか【豊穣の女主人】、或いはダンジョンだろう········それがどうした? 何か用でもあったのか?」

 

「う、うぅん··········ただ、アルってすごい人気だけど、ロキみたいに遊ばないし、でもホームにいること少ないし········」

 

 ファミリアでアルと最も近しいリヴェリアですら普段の彼の行動を完璧には掴めていない。それは同性であるフィンやベートであっても同じだろう。

 

ここ最近、行動を共にすることが多くなったレフィーヤも訓練が終わればすっとどこかに消えていくアルがどこでなにをやっているのかは知らない。

 

アイズもそんなアルのことをよく知りたいと思っているのだが、なかなか機会に恵まれない。

 

普段、一体なにをやって過ごしているのだろうかという疑問が湧くのは当然のこと。

 

今回の騒動はリヴェリアとレフィーヤを主な原因としたものだったが、次に爆弾を落としたのはアイズだった。

 

「········もしかしたらだけど、リヴェリアじゃなくても相手がいるんじゃないかなって········」

 

「「────ッ?!」」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────『モンスター』を守りながら潜ってんだ?」

 

 瞬間、ベルたちを襲ったのは凍てつく吹雪のような英雄のオーラ。

 

英雄の気迫。青年から横溢するオーラはまさにそれだった。青年を誰よりも信頼するベルですら恐怖を抱かずにはいられない。

 

その力は強大であり、オラリオ最強の第一級冒険者全員を相手に戦える、そういった英雄としての覇気。生物としての位階が違う存在が放つ圧倒的な存在感。

 

「そ、れは─────」

 

 モンスター、怪物は人類にとって交わることのない不倶戴天の敵である。それはこの世界において絶対不変の真理。この世界の人間であれば誰でも理解している常識だ。

 

モンスターに手を差し伸べるなぞ下界に生きる人類としてあってはならない。この地にダンジョンが現れてから数千年間にも渡って人類に悲劇をもたらし続けてきた怪物に情けをかける理由などない。

 

都市の英雄としてモンスターとの戦いの最前線にたつ兄は、自分達以上にその『意味』を理解しているだろう。

 

だからこそ、アルが発したその一言はベルたちの心を深く穿つ。

 

モンスターを匿っていることが露見したら【ヘスティア・ファミリア】は終わり。そんな、リリルカの言葉が今更ながらベルの脳裏に浮かんでは消えていく。

 

兄は好き好んで自分たちを破滅させようとはしないだろう。しかし、モンスター────ウィーネに対してはどうだ?

 

最悪、兄は彼女を殺すかもしれない。いや、それがオラリオに生きる冒険者としては正しい判断だろう。

 

誰であっても─────ウィーネに出会う前の自分であってもそうしたはずだ。

 

ダンジョンの中でモンスターに慈悲をかけるなぞ自殺行為どころか、不特定多数の仲間の命を危険に晒す愚行でしかない。

 

それに、これまでモンスターと戦って死んでいった先達の人々に対する冒涜に等しいだろう。

 

それをわかっていながらベルは最悪の光景を想像してしまい、無駄であるとわかっていながらもウィーネを庇うように動いてしまった。

 

「·········モンスターに情でも湧いたか。庇うのはいいが、本気で俺と戦えるつもりか?」

 

 剣を抜いた。

 

誰が? 決まっている、モンスターに絆された『愚者』を前にした『英雄』だ。その瞳には一切の容赦はなく、ただただ冷徹な感情だけが浮かんでいる。

 

既に大剣はしまわれている。大剣のかわりに新たに抜き放たれた剣の輝きは蒼。

 

携帯用の短剣に過ぎぬが、他でもないアルの手に握られることによっていかなる名剣よりも鋭く、いかなる聖剣よりも荘厳な輝きを秘めているかのようにベルたちの目にはうつった。

 

「──────っ」

 

 息が詰まる。兄は本気だ。間違いなく、兄はウィーネを庇う自分に牙を向ける。肌が粟立ち、血が沸騰するほどに熱い。

 

先程までの英雄然とした雰囲気は霧散し、今はただ目の前にいる敵を斬り伏せようとするだけの剣士が立っている。

 

アルが剣を手にして露わになった殺傷能力。なにげない一挙手一投足が即、死に至る予感がベル達を襲う。

 

Lv.8の英雄とLv.3に上がったばかりの冒険者の実力差はあまりに大きく隔絶している。

 

Lv.1であるリリルカや春姫は直接、殺気を受けていないも関わらず震えが止まらない。

 

先程までとはまったく違う。まるで迫力が違う。英雄たる人物の前に敵として立つということがどういうことなのか、身をもって思い知らされる。

 

そのプレッシャーだけで、抱いたはずの決死の覚悟が揺さぶられる。

 

ベルの知る兄は無愛想ではあるが優しい人だ。だが、その実、その心の奥底に冷徹なまでに冷静な思考と英雄としての資質を兼ね備えていることもベルはよく知っている。

 

祖父がよく聞かせてくれた御伽話に登場する綺羅星が如き英雄達とは違う。

 

どこまでも現実的で、冷徹なまでに合理的に、目的の為なら己の命すら犠牲にする英雄という名の怪物殺し。

 

無辜の民や仲間を救うためならばその手を汚すことに躊躇いなく、敵を倒すためならどんな非道な手段も厭わない。

 

ベルが知る兄の英雄性はそういうものだった。

 

守る対象を見捨てることは決してしないが、一度でも敵と定めた相手には容赦なくその刃を振るう。

 

そんな兄の在り方がベルは嫌いではなかった。むしろ、尊敬すらしている。

 

冒険者として兄が戦うところを見たのは先ほどの木竜との戦闘が初めてだったが、それ以前。

 

村にいた頃には既にその在り方の片鱗をベルは感じ取っていた。

 

だからこそ、そんな兄の前に敵として立つことがなによりも恐ろしい。アルの威圧感に気圧され、体が震える。喉がカラカラになり、心臓は早鐘を打ち続けている。

 

だが、ここで引くわけにはいかない。

 

自分はもう知ってしまっている。ウィーネが『怪物』なんてものとは程遠い心優しい少女だということを。

 

一度、手を差し伸べた以上は何があろうと最後まで守らなければならない。

 

そうでなければ、自分がここにいる意味がない。たとえ相手が兄であろうともこの想いだけは譲れない。

 

アルの威圧感に晒されながら、ベルはそれでも視線を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返す。

 

ベルにとって兄とは憧れであり、目標であり、誇りでもある。英雄譚に憧れる少年のように、いつか自分もそうなりたいと願ってきた。

 

冒険者として兄に追いつきたい。兄を越えたい。

 

その気持ちにも嘘はない。けれど、それだけではないのだ。自分のことを顧みずに誰かを救おうとするその姿が眩しかった。何よりも、その生き様が輝いて見えた。

 

だから、ベルは────────

 

「ウィーネは、僕が守る!!」

 

 そしてその姿を見たヴェルフ達もウィーネを守るかのようにそれぞれの得物を抜き放ち、震える身体に活を入れてアルと相対する。

 

ベル以上の恐怖を感じているだろうに、春姫はウィーネを庇うように抱きしめ、命はそんな春姫を庇うように前に立つ。リリルカもそんな三人に負けじと毅然とした態度で弩を構える。

 

「みんな·······!」

 

「今更死なれちゃ寝覚めが悪いからな」

 

 遥か格上の英雄を相手にして虚勢を張りながら『モンスター』を守ろうとする『異端の冒険者達』。そんな彼らを見て『英雄』は────

 

「────良いパーティだ」

 

 ────笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルフは特にそうだが、エルフじゃなくても人の好感度稼ぐには落差が最適だからね。

 

まぁ、久しぶりに訓練つけてやるよ、ベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

早速、クズでゲスでアホなことをする白髪バカ。

 

アイズ、ティオナ「弟相手とはいえ、簡単に笑い過ぎでは?」

 

・異端児達

ベルがウィーネを見捨てないか、アルの演技にハラハラしながら監視中

 

・強化種木竜(Lv.5相当、黒ゴライアスよりは弱い)

ちなみにアルは過去に似たような個体をフィルヴィスと一緒に倒してます。デッドリー・ホーネットの群れがいないで魔剣などの装備面も万全だったらベルたちでもギリ勝ちの目はあるくらい。

 

・アル

一人でいる時に頻繁に大規模破壊をするのでダンジョンに嫌われている。そろそろアルにメタをはったジャガーノートの一個上的存在が生まれそう。実は【直感】で見つけた未到達領域とかに異端児達とは別に生活スペースを作ってる。

 

・ベル

兄運がない。

 



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107話 倫理観でモンスターに負ける男




そろそろ極東の掘り下げが欲しいところ

春姫クロニクルで来るかな



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、『英雄』の作法を教えてやる」

 

 自分たちとそう変わらない体躯から濁流のように放たれる覇気。その圧倒的な存在感を前に、ベル達は一瞬たりとも目を離すことができない。

 

瞬きをすることすら惜しいと感じるほどに目の前の英雄の一挙手一投足に集中する。少しでも気を抜いてしまえば即座に倒される。

 

アルは短剣を構えたまま微動だにせず、ベル達が動くのを待っている。

 

戦端を切ったのはベルだった。Lv.3の第二級冒険者としてのステイタスを遺憾なく発揮し、突貫した。

 

疾速でもって【ヘスティアナイフ】を翻弄しながら懐に飛び込む。逆手に持たれたナイフに一切の躊躇いはなく、その瞳に迷いは欠片もない。

 

ウィーネを庇いながらの戦闘というハンデを抱えながらも、ベルは全力で立ち向かう。

 

彼我の間合いを一瞬で潰し、その勢いのままにアルの胸元へ突きを放つ。

 

しかし、ベルの攻撃に対してアルは一歩もその場を動かず、最小限の動きでベルの攻撃を捌く。

 

その動きには一切の無駄がなく、完璧なまでに洗練された技術が垣間見える。

 

スキル【英雄願望】を発動させながらの高速戦闘。魔法戦士の並行詠唱にも相当する難儀極まる戦闘技術をアルという最強を前にしてベルは完全にモノにしていた。

 

だが左手に白い光粒を収束させながら放った幾重もの斬撃の全てはアルの持つ蒼玉の短剣───【リジル】によって簡単に防がれてしまう。

 

レベル差を覆すほどの速力を以てしても、その技量と身体能力の差はいかんともし難い。

 

無論、ベルとて正面からの突貫が通用するなどとは考えてはいない。防がれることを前提とした動きで追撃から逃れ、己に許された唯一の魔法を発動させる。

 

「【───ファイアボルト】!!」

 

 速攻魔法の八連発動。火の魔力が弾け、炎雷が奔る。本来、人間相手に使うことのない魔法の行使に躊躇いなく踏み切る。

 

ベルは彼我の比べることすらもおこがましいほどに隔絶した実力差を理解していた。今の自分とアルの間にはどれだけ頑張ったところで埋められない壁がある。

 

ならばせめてベルは持てる全ての手段をもってアルと相対しなければならない。ベルが戦ったことのある相手でもっとも強いのは冒険者ならばベート、モンスターならばアステリオスだろう。

 

どちらも、今のベルでは到底届かない高み。そして兄は、目前の英雄はその両者ですら比較の天秤に乗れぬ正真正銘の『最強』。

 

戦うにしろ、逃げるにしろ今のベル程度が気遣って良い相手ではない。

 

ならば出し惜しむことなどできるはずがない。たとえ勝機が万に一つしかないとしても、ベルはここで全てを懸ける覚悟でアルに挑まなければならない。

 

紅い軌跡を残して稲妻もかくやという捷さで空を駆ける八条の火雷。数十秒にも渡る【英雄願望】によるチャージを受けたそれは中層はおろか、下層のモンスターですら一撃で屠る威力を秘めている。

 

先の木竜にも通じるであろう火雷の猛襲。一足一刀の至近距離から放たれたそれらは回避することはもちろん、防御すら許さない。

 

第一級冒険者ですら完全に防ぐことは困難であろう炎熱の蹂躙、しかし───。

 

「【サンダーボルト】」

 

 緋色の軌跡を描く火炎を迎えるように雷撃が瞬く。轟音と共に稲光が空気を引き裂き、空間を焼き焦がす。

 

炎熱の八条はアルの放った雷霆によって簡単に、完璧に()()された。

  

ベルのそれと種別を同じくする雷の『速攻魔法』。共に詠唱を不要とする即発動の魔法ではあるが、その発動速度は天と地ほどの差があった。

 

雷と炎は互いを喰らい合うかのように絡み合い、そのまま消失する。ベルは目の前で起こったことが信じられずにほんの一瞬だけ硬直してしまう。

 

「(──ッ?! 後から発動させて先に潰したッ?! いや、それよりも────)」

 

 アルに直撃する寸前で弾けたかのように消えた火雷に目をむく。魔法というものは同じ種別であろうと使用者の技量によっていかようにもその姿を変えうる。

 

そして、何よりも恐ろしいのは【英雄願望】によってブーストされた八連射の炎弾を完璧に相殺して見せたということである。

 

Lv.8の魔法とLv.3の魔法。いかにスキルによるブーストがあったとはいえ、Lv.8のそれが勝つ、そこに不思議はない。

 

計り知れないのは炎弾を迎え撃った雷霆に一切過剰な魔力が込められていなかったということだ。

 

それすなわち、自らに迫るスキルによって威力をブーストされた八つの魔法に込められた威力を一瞬の間に見抜き、一分の違いも無いほどに同等な威力に抑えて魔法を発動させたのだろう。

 

けれど、それを実現させるには圧倒的なまでの技量が必要となる。魔法を発現させ、制御し、狙い、放つ。その一連の動作があまりにも滑らかすぎた。

 

────それは一体、どれほどの修練が必要なのだろうか。

 

「うぉ、おおおおおお────ッ!!」

 

「ふっ───」

 

 戦える鍛冶師を自称し、春姫の【ウチデノコヅチ】によって一時的に疑似Lv.3となったヴェルフが中層のモンスターならばたやすく一撃で両断できる大剣を風圧を纏わせて振り下ろす。

 

それに重ねるように命の軽やかな刀による剣戟が重なる。ベルが速度を活かし撹乱するなら、二人は力と技の緩急で攻め立てる。

 

個人戦力としてはベルに劣る二人だが、共に死線を越えた仲だからこそできる上級冒険者同士のコンビネーションは下層域でも十分に通ずる。

 

しかし、相手は深層を一人で踏破する男なのだ。

 

「(当たらねぇッ?! 全て、最小限の動きで躱される!!)」

 

「(二人、いえ三人がかりでも歩法だけで───!!)」

 

 ヴェルフの大剣と命の刀が織りなす嵐のような連撃を、アルは最小限の動きで避け続ける。剣閃の隙間を縫って迫る拳打がベルの疾撃を的確に弾き返す。

 

三者三様の連携を以てしてもアルを捉えることができない。ベルも加わった上級冒険者三人による斬撃の雨をアルは涼しい顔のまま捌き続けている。

 

手加減をしているのか、防御でも反撃でもなく回避行動、しかし、それですらベルたちでは話にもならない練度に達している。

 

ヴェルフの斬撃が短剣の腹で受け流され、その隙を狙って繰り出された命の刺突がアルの篭手で止められる。

 

ベルが背後からナイフで斬りかかれば、アルは後ろを見ずに体を捻ることでその攻撃を回避し、カウンターとして回し蹴りを放つ。

 

その動きには一切の無駄がなく、ベルは咄嵯にバックステップをすることでどうにか距離を取ることしかできない。

 

ヴェルフと命もまたアルの体術に翻弄され、攻勢に出ることができない。たった数合打ち合っただけにも関わらず、息が上がってしまう。

 

『ランクアップを果たした上級冒険者にはステイタスに振り回されるやつが多い』

 

 ベルの脳裏に師の言葉が浮かぶ。身近な例で言えばヴェルフが圧倒した元【ソーマ・ファミリア】団長のザニス。彼のように恩恵の力によりかかり、ステイタスの力で敵を倒そうとするものは多い。

 

レベルが一つ違えばそれはもう生き物としての格が違う。実際、上級冒険者ともなれば力任せに暴れるだけで相手を殺すことなど容易い。

 

だが、真逆。    

 

このオラリオで誰よりもランクアップを重ね、誰よりも高いステイタスを持つはずのアルの最大の武器はそのステイタスではなく、純然たる技量。

 

連綿と積み重ねてきた鍛錬と実戦の結晶。凄まじい密度で練り上げられた武の極致。ステイタスの差を覆すほどの速度で振るわれる剣筋を、時に受け流し、時に回避しながら、ベルたちの攻撃を完璧に防ぎきっている。

 

そのアルの技量を前に最も戦慄を感じているのは最大戦力であり、弟であるベルでも戦いを俯瞰するLv1のサポーターであるリリルカでもなく、元【タケミカヅチ・ファミリア】の命だった。

 

鍛冶神であるヘファイストスが『神の力』を使わなくとも【鍛冶】の発展アビリティを持つ上級鍛冶師ですら足元にも及ばない神域の武具を、酒の神であるソーマが魂すら酔わせる神酒を作れる様に。

 

武神、武芸の神であるタケミカヅチは下界のルールによって常人以下の身体能力に貶められているのにも拘らず、短時間であれば技量のみで上級冒険者を翻弄することができる。

 

全力を出すことが前提だが第二級冒険者クラスなら最大で二十人、第一級冒険者が相手であっても一人ならば捨て身覚悟で()()()ことができる。

 

無論、断続的に攻め立てれば体力の差で命達が勝つであろうが、小細工を弄さない正面戦闘においては大人と子供以上の身体能力の差を技量で覆して『恩恵』を受けた者たちに打ち勝てるのだ。

 

まさに神域の武。そんなタケミカヅチに師事する【タケミカヅチ・ファミリア】の者達は対モンスターよりもむしろ対人戦にこそ真価を発揮する。

 

武神の元眷属であり、その薫陶を長年に渡って受け続けた命だからこそその戦慄を抑えられない。

 

「(────タケミカヅチ様と同じか、それ以上?)」

 

 

 あらゆる天才を過去とした神域の天才。下界の民でありながら神の域に到達した神時代の到達点。その才は一つのことに特化すれば、その分野を司る『神を超えうる』。

 

アルが手加減をしているのは火を見るより明らかだ。Lv.8であるアルがベル達の土俵で戦ってやる必要もなし、一度攻勢に出ればそれだけで終わる。

 

回避に関しても先程垣間見た神速ではなくステイタスに依らぬ技量によるものだった。迎撃も最低限度で済ませ、防御に徹している。

 

おそらく、アルはベル達を相手に本気を出して戦うつもりなど端から無いのだろう。その意図は読めないがその余裕と油断に乗じるしかベル達に勝ち目はない。

 

手に持った蒼いナイフも形状からして主たる用途はリリルカの使う解体用のナイフなどと同系統の道具なのだろう。

 

それでも深層域のモンスターを解体するために必要な切れ味を備えているため下手な剣より、というよりは現状のヴェルフが打てるものよりも等級は高そうだ。

 

しかし、あくまでも戦いに特化したものではなく、その性能は主武器である第一等級特殊武装には遠く及ばないだろう。

 

身につけた防具も都市最強の第一級冒険者が身につけるには心許ない簡素なものだ。

 

どちらもアル本来の武装からはかけ離れたもので、今のアルはまるでベル達の実力を測るために態々手加減しているかのように感じられる。

 

手加減に手加減を重ねられて、それでもなお、拮抗すら許されない『高み』。  

 

ベル達とてはなから勝てるとは思ってはいなかった、最悪ヴェルフの魔剣を使い、ダメージを与えたところを逃げ出そうと考えていた。

 

だが、そんな考えすらも生温いとしか言えない実力差。────これでは、あまりにも。

 

全てが違う。何もかもが、違いすぎる。ベルが憧れ、目指し、追いつきたいと願う背中はこんなにも遠い。

今更ながらに思い知らされる。

 

今更になって悟る、今、ベル達の前に立ち塞がるのはオラリオに幾千といる冒険者、そして世界中に散らばる『神の眷属』の頂天たる逸脱者だと。

 

「ヴェルフ!! 魔剣!!」

 

「はぁっ?! 何言ってやがる?!」

 

 何よりも攻撃力が足りない。それを補えうるのはヴェルフの魔剣だけだ。階層主にすら通ずる魔剣の砲撃は第一級冒険者の魔法にすら匹敵する威力を誇る。

 

その直撃を受けて無傷でいられるものなど存在しない。

 

「構わん、使えるもんは全て使え」

 

 ベルの叫びに己の魔剣の破壊力を熟知するヴェルフは戦いの最中であるにも拘らず驚愕するが、その糾弾よりも早くアルの快諾が入り、不承不承ながら覚悟を決める。

 

上段に構えられた炎の魔剣。以前、ベルがアステリオスに向けたものよりも遥かに研ぎ澄まされたそれは階層主すら沈める一撃。

 

決して人間に向けて良いものでは断じてない。だが、この男を前に出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 

ベルの言葉に従い、ヴェルフは躊躇なくその大剣を振り下ろす。瞬間、海を焼き払ったとすら言われる破壊の火焔がアルへ殺到し──────。

 

 

()()()()

 

「─────は?」

 

 海割りの聖者の奇跡かのように真紅の津波は剣を持たぬ方の腕で放たれた手刀により霧散した。

 

ベル達の視界の中で、全てが停止した。アルの手刀が振り抜かれ、魔剣が真っ二つに割れ、砕け散り、宙を舞う光景が目に焼き付く。

 

火花を散らすことすら許されず、圧倒的な熱量を誇るはずの業火の塊は一瞬で消滅した。

 

第一級冒険者の魔導士が反対属性の魔法を使ってようやく相殺できるかどうかという超火力を手刀の一撃で消滅させたのだ。

 

唖然とするヴェルフたちは知る由もないが、アルのスキル【加護精霊】は精霊に対する特防をもたらす。

 

クロッゾの魔剣は精霊の魔剣、アルにとっては威力に劣る通常の魔剣の方が効く。

 

ただでさえ属性攻撃に対する耐性を有する上に、これまでの戦いの中で既に魔剣に宿る魔力の大半を使い切った状態ならば尚更だ。

 

散った魔力は大気中に溶け込みきる前に真紅の光粒となってアルに吸い込まれていく。

 

やっていることとしては都市最強の魔導師だけが持つ『始祖の加護』、自身の魔法円を中心に魔法の残滓である魔素を吸収する【妖精王印】と同じ効果。

 

魔法円内にいる同胞全てを再吸収対象とする【妖精王印】とは違い、精神力の回復をできるのは自分だけではあるが、その吸収速度は桁外れであり、その閾値も比較にならないほど多い。

 

Lv.7だった時はその効果は微々たるものであったがランクアップし、Lv.8に至ったことで新たに発現した力。

 

仮面の怪人のように魔力そのものに攻撃性と拒絶性があるものは吸収できないが、それ以外のものであればほとんどの場合吸収できる。

 

大気に飽和した魔力の蓄積。【ロキ・ファミリア】が度々敵対してきた精霊の分身も行なった反則技。

 

ランクアップし、より強まった精霊の加護を存分に発揮することで可能とした暴挙。

 

「────さて、そろそろこちらから行くぞ?」

 

 真紅の魔素を火煙と共に取り込んだアルは初めて、()()()()()

 

「「「────ッ」」」

 

 空気が張り詰め、肌がひりついく。

 

ずん、と音を立てて空気が重くなる。五十センチにも満たない刀身が自分たちの首に添えられた鎌のようにすら錯覚する圧倒的な戦気。

 

非戦闘員として相手にされていないリリルカや春姫ですら膝を屈してしまいそうな色のついたのような覇気に今更ながらベルたちの身体が震え出す。

 

「まぁ、軽く一撃───」

 

 

 

「───やりすぎでスッ!!」

 

 短剣を振ろうとしたアルの頭上から叫び声とともに、金色の羽を持った少女が降ってきた。

 

美しい容姿の『セイレーン』が慌てた様子でそのままくるりと回転して着地し、ベル達の盾になるように両手を広げて立つ。

 

「はぁ·········おい、レイ。ネタバレが早すぎるぞ」

 

「ネタバ···? い、いエッ、それよりモ試すにしてモ、やりすぎでス!!」

 

 ぷんぷんと怒ったように頬を膨らませて怒る姿はモンスターのそれではなく人間の少女にしか見えない。

 

いきなり現れた彼女はぽかんと口を開けるベル達の視線に気がついて気まずげに咳払いをしたあと、ニコリと微笑んで会釈をした。

 

その姿はまるでお伽噺に出てくるような天使のようで、ベル達は思わず息を飲む。先程までの緊張感はどこへやら、すっかり毒気を抜かれてしまう。

 

「·····アッ、コホン。────はじめましテ、地上の方々」

 

 間違いなくモンスターであるはずにも関わらず人の言葉を話す彼女にベル達どころか、ウィーネまでもが目を丸くする。

 

天女の如く神々しさすら感じる彼女の登場に誰もが呆然となる中、アルは嘆息しながら頭を掻く。

 

金色に輝く髪がさらさらと揺れ、透き通るような白い肌が明かりに照らされる。

 

美の女神かと見紛うばかりの美しさを誇る彼女だが、その背には巨大な翼が生えており、やはりその正体はモンスターなのだと改めて思い知らされる。

 

本来、セイレーンというモンスターは醜悪な顔をしており、上級冒険者であっても直撃を受ければ卒倒する怪音波を放つ半人半鳥の怪物だ。

 

だが、目の前にいるのはそんな怪物とは似ても似つかない美女。顔立ちは端正で、切れ長の瞳は見る者を魅了し、その唇は艶めかしさを醸し出している。

 

手の代わりにある大きな両翼は黄金で彩られ、所々にある怪物らしい器官がまた妖しくも美しい。

 

エルフにも近しい美貌を持つ彼女がモンスターであることは間違いないが、それでもその容姿はただひたすらに美しく、神秘的であった。

 

「········?」

 

「えっ、え、ど、どういうことですか?!」

 

 停止したベル達の中でいち早く正気に戻ったリリルカは未だ、ビビリながらアルへ質問するが、その答えは決まったようなものである。

 

彼女の正体はウィーネと同じ─────

 

「詳しい話ハ、リド·······私達ヲ纏めていル同胞から聞いてくだサイ」

 

 そういったセイレーン·······レイは先導するように歩き出し、アルはその後ろに続く。

 

「ああ、そうだ、いろいろ治しとくな。【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ────レァ・ポイニクス】」

 

 無造作に、ヴェルフ達の反応すら許さない超高速詠唱によって発動された魔法、そしてベルたちを包み込むかのように燃え上がる橙の烈火。

 

「熱っ───くない?」

 

 いや、それどころか────全快。

 

ベル達の傷も、体力も、微かに残るモンスターの毒素もそのいずれもが完全に癒えた。

 

────なにこれ、怖い。

 

未だ混乱中の【ヘスティア・ファミリア】が都市最高の冒険者の魔法を受け、浮かべたのはそんな感想だった。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

強さ以上に死ににくいアルをぶっ倒せるのはオッタルのような超パワーやエインのような超火力の持ち主です。

 

・アル

ランクアップで半分くらい精霊みたいな生態になった。魔素の再吸収は出力が高い代わりに精霊の分身やリヴェリアのものよりもいくつか制限があります。

 

・ヴェルフ

それはそれとして同レベル帯が前提だが暴発魔法は付与魔法や第三魔法に刺さるのでかなり有効。サンダーボルトを耐えられるようになったら対アルレイド必須級になるかもしれない。

 

・命

というかタケミカヅチ。18巻のタケミカヅチが思ったよりも化け物だったのでいくらか修正。タケミカヅチが司っているありとあらゆる武芸の一つを凌駕しているだけで例えば忍術とかはタケミカヅチのが言うまでもなく圧倒的に上。

 

・リリルカ

義兄運がない。



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108話 倫理観でモンスターに負ける男➁




12000超えちゃうので分割した前話の続きで短い溜め話です




 

 

 

 

───────黒。

 

赤黒く、青黒い。光を通さないヘドロのような粘性をもった何かが、そこにあった。

 

地上から何百メートルも降った地下深くにある人造迷宮の最奥。幾重にも防護を施された特殊な衣服を身につけた闇派閥の者たちが見守る中、それは静かに鎮座している。

 

人造迷宮の中に点在する広間の中でも一際巨大な空間の中央に鎮座する黒は、まるで心臓のように鼓動を繰り返していた。

 

そしてその鼓動に合わせるように、脈打つように、うねりながら形を変えていく。様々な精錬金属によって補強された水槽の中でソレはゆっくりとした速度で変貌を遂げていた。

 

溶液に浸かったその体表はまるで岩のようにも見紛うゴツゴツとした硬質さに満ちている。どくりと脈打つ血管が時折浮かび上がり、液体の流れに揺らめいた。

 

あらゆる地上生物を掛け合わせたかのような器官の数々。繭のような形状をした胴体からは無数の管が伸びており、周囲の機器に接続されている。

 

揺籃の中に浮かぶ胎児のようにも見える怪物。しかしそんなものを見て、何を思うよりも先に視線を引きつけられるのはその瞳だ。

 

人の目とは異なる複眼や単眼。獣の目とも違う瞳孔のない水晶体の如き目が無数に体皮に浮かんでいる。

 

モンスターのそれとも異なる不気味な瞳。繭に包まれた胎児の姿をしながらもその瞳だけが奇怪で異形だった。

 

蠢動するように水槽の中で脈打ち続ける巨体。一部が欠落した体を塞ぐように埋め込まれた宝玉が脈打つ度に少しずつ埋まっていく。

 

幾重にも覆われた水槽の中にあってもその毒素は漏れ出し続けている。徹底された空気清浄装置をもってしても漂い続けるほどの濃度を持つ濃密な劇毒。

 

精霊の護符を含めた耐毒の装備を身につけた昇華した神の眷属でなければこの空間に踏み入ることすら叶わないだろう。

 

死に至る猛毒を孕んだ魔窟の深部、そこにて生まれたばかりの新たなる魔の新生を見守りながら、 エニュオとその一派は静かにその時を待っていた。

 

都市の破滅を目論む闇派閥の残党が用意した魔竜と怪人に並ぶ第三の英雄殺し。

 

『剣聖』と『猛者』を殺すための切り札が産声を上げるまであと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルとの戦いから数分。20階層へレイに先導されながら移動するベル達。拭えぬ疲労感の中、ポーションを飲み干して消耗した精神力を回復させる。

 

大樹の樹洞の中のような洞窟を通り抜けていくとじっとりと湿り気を帯びた空気が霧のように漂っていた。

 

密林のように連なる木々の隙間からはモンスターの影が見え隠れし、警戒を解くことはできそうもない。

 

だが、度々出現するモンスターはアルやベル達が手を出すまでもなく先導するレイによって一蹴されていく。

 

【耐異常】のアビリティを発現させた上級冒険者でも完全には無毒化できない劇毒の胞子を振りまくキノコ型モンスター、ダークファンガスやミノタウロスに匹敵するほどの巨体と上回る敏捷を誇る熊型モンスター、バクベアーなど数々のモンスターを一撃で葬っていく。

 

冒険者で言うところの第二級を優に超えて

いるであろうレイの戦いっぷりは通常のセイレーンの戦闘能力を考えれば異質と言えた。

 

「(··········バーチェさんと同じくらい?)」

 

 兄経由で知り合ったLv.6のアマゾネスに迫るだけのポテンシャルを垣間見せるレイに戦慄しつつ、鬱蒼とした森の中を進む。

 

陽光の代わりに差し込む蒼白い苔の光が視界を照らし、時折聞こえる水滴の音は森の不気味さを引き立てる。

 

樹洞の連絡路を降り、ようやくミッションの目的地である20階層にベル達は辿り着いた。

 

緑が生い茂る空間。そこには様々な種類の花が咲き乱れ、地面を覆う草花は絨毯のように広がっている。

 

見たこともない色鮮やかな花や花弁を蓄える木、それに群がる蜜蜂や蝶などの虫型の小型モンスターたち。

 

この光景だけ見ればダンジョンの中層にいることを忘れてしまいそうになるほど幻想的な世界が広がっていた。

 

食料庫が近くにあるためか屹立する翡翠色の水晶柱は淡く輝き、その淡い燐光は辺りの景色をより一層際立たせる。

 

恐ろしくも美しい自然の光景に言葉を失うベル達。色彩鮮やかで、美しい自然風景。床や壁を破って生える草花の楽園は迷宮の中に存在するとは思えないほど美しかった。

 

そんな絶景の中、何度かモンスターと遭遇するも、レイとアルの前には為す術なく、一瞬にして屠られていった。中層に足を踏み入れたばかりのベル達とは格が違う戦いを見せつけられ、自分達との実力差を思い知る。

 

そして、ベル達は遂に目的の場所へとたどり着いた。

 

そこにあったのは石英の領域。翡翠色に輝く透明な結晶体が地面に埋め込まれたように露出している。石英自体が発光しているため、周囲は薄ぼんやりと明るい。

 

まるで大樹の枝と絡みつくように樹木そのものと癒着した水晶塊がそこら中に生えており、それらが天然の鍾乳洞を作り上げていた。

 

「ここが·········指定された目的地?」

 

 石英の領域は美しくはあるが行き止まりであり、周囲に特別なものや人の姿は見当たらない。

 

行き止まりの壁には何処かへ繋がる道などなに一つ無く、広間の中心には石英の柱が乱立するばかり。リリルカが困惑するなか、ウィーネの尖った耳がぴくっと動く。

 

「なにか、聞こえる··········」

 

 きょろきょろと首を動かし、ウィーネが呟く。よくよく耳を澄ませてみると微かに何かの音が聞こえてくる。誰かの声のような音が反響するように聞こえてくる。

 

どころか心地よい音色。旋律が聞こえてくる。鈴の音のような、透き通るような綺麗な音。

 

「これは··········歌?まさか、誰かが歌っている?」

 

 確かに聞こえてくるのは美しい少女の歌だった。透き通るような声は聞く者全ての心を癒やすようで、思わず聞き惚れてしまうような歌声。

 

どこかに隠し通路でもあるのか、或いはこの美しい景色そのものがなんらかのモンスターの罠なのか、石英の生えた壁や天井を注意深く観察するが特に怪しいものはない。

 

あるのは澄んだ水の溜まった池のみ。

 

魔石灯で周囲を照らしても石英が明かりを反射して輝いているだけだ。だが、間違いなくこの石英畑の奥から歌声は響いており、ベルは不思議そうに目を瞬かせる。

 

「道は······ないけど、ここの先から聞こえてるよね?」

 

「ええ、でも······」

 

 確かに歌声はここの先から発せられている。だが、抜け道や怪しい亀裂などは一切見当たらず、そもそもこの奥に本当に人が居るのかどうかすら分からない。

 

しかし、アルが魔石灯で池を照らすとその底に横穴のようなものがあることがわかる。覗き込んでみると、その先は暗闇に包まれて先が見えないがどうやらどこかに水の流れが繋がっているようだ。

 

「とはいえ、濡れるのは嫌だな」

 

 そう呟いたアルは、指で壁を軽く撫でる。

 

──────岩壁が切れた。

 

ドン引きするリリルカ達をよそに壁に穴をあけて岩盤の通路を開通させるアル。その様子にレイとアル以外の全員が唖然とした表情を浮かべる。

 

岩壁に塞がれてたかのように続く連絡路は暗く、それでいて一本道。その先に何が待っているかも分からず、躊躇うベル達を他所にレイとアルは当然のようにその道を進んでいく。

 

「·········まさか、未開拓領域ですか?」

 

 地図にない連絡路。それを見てリリルカは慄然とする。古代の時代よりダンジョンに挑んできた先人たちが残した記録。

 

現代の冒険者たちは人類の未到達階層である72階層以降ならいざ知らず、それ以前の階層の探索には先達たちが書き遺した地図や情報による事前知識を持った上で挑むことができている。

 

だが、広大にして遠大にすぎるダンジョンの構造のすべてを把握しているわけではなく、未だ誰も踏み入ったことのない場所も数多い。

 

古代の時代より今の今まで誰一人として見つけることのできなかった未到達の領域も存在しており、冒険者達の間ではそういった未知の場所のことを『未開拓領域』と言うのだ。

 

「行くぞ」

 

 人類にとって前人未到の未開拓領域。そこに足を踏み入れるという恐怖感を抱きながらもベル達は意を決して後を追う。

   

魔石灯の明かりがなければ真っ暗な闇に覆われるであろう暗い洞窟。どこからか響く歌声以外にはなにも聞こえない静寂の中、ベル達はひたすらに歩き続ける。

 

動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。緊張と不安が入り混じる中、ベル達はいつ終わるとも知れぬ長いトンネルを潜り抜けていく。

 

未知への恐れ、これから待ち受けるなにかに対する警戒心、そして期待。狭苦しい通路の中、ベル達はただ無言のままに歩いていく。

 

光もなく、時間感覚さえも狂いそうな闇に覆われた空間の中を歩くこと数分。やがて、ベル達の視界に光が差し込んだ。

 

「··············えっ?」

 

 ようやく出口に辿り着いたベル達が目にしたのは広大な広間だった。

石英の柱が立ち並ぶ神秘的な光景は変わりないが、明らかに違う点がひとつだけあった。

 

そこには大小様々な種類のモンスターたちがひしめき合い、異様とも言える光景が広がっていた。

 

巨大な狼のようなモンスター、紅い鱗を持ったリザードマン、全身が鉱石で出来たゴーレム、影が人型を成したようなウォーシャドウ、翡翠色の体皮を持つドラゴン。

 

他にも本来一堂に会することのない上層、中層、下層、深層、様々な階層で生まれたあらゆる種類のモンスターたちが集まっている。

 

モンスターでありながら冒険者のような装備を身に着けている者もいれば、中には人間に近い姿のモンスターまでいる。

 

自分たちに向けられる大小様々な多くの眼光にリリルカは思わずたじろぐ。

 

「どれだけの数がいるんです·······か········」

 

 その数はもはや数え切れないほど。10、20、30······50では足りないだろう。

 

広いはずの部屋が狭く感じるほどの数のモンスターがそこら中に蔓延っている。

 

まるでモンスターの見本市のようであり、あまりの非現実的な光景に絶句する。

 

そんな中、アルは平然と部屋の中央へと歩を進めるとベルたちの方に振り返り、言った。

 

「紹介しよう。こいつらは『知性』あるモンスター──────異端児(ゼノス)だ」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

【アル式ブートキャンプ】

月謝:曇顔(後払いでまとめてでも可)

実績:一年間、パーティを組んでいたエルフは今や············。

 

・レイ

頭のおかしい白髪の近くに1年間いたせいで装備面を含めてかなり強くなった。総合的にはLv.6の下位、モンスターとしての能力をフルに使えばバーチェあたりには勝てるかもしれない。定期的に頭のおかしい白髪が深層から魔石を持って来る。

 

・闇派閥残党

超頑張ってる。

 

 







3DSのストアが使えなくなりましたけど皆さんはもうこれだけはっていうソフトは確保し終わりましたか?

私はメインの3DSが壊れてもいいように収穫の十二月っていうノベルゲーシリーズを中古の3DSに入れました


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109話 やーい、お前 ドクズ変態白髪野郎(アル・クラネル)の弟!!



やっとここまで来た········



 

 

 

 

 

「紹介しよう。こいつらは『知性』あるモンスター──────異端児(ゼノス)だ」

 

 大量のモンスターたちを背にアルはベル達に静かに告げる。こちらに向く大量の眼光を前にして、リリルカたちは戦々恐々としながらもアルの後方を見やる。

 

上層、中層、下層、深層、とそれぞれ様々な階層で出現が確認されている様々な種類のモンスター達。

 

下半身は蛇で上半身は美しい女性の姿をしているラミアや全身が硬質な石で出来た石竜、人間の上半身に蜘蛛の脚を持たしたような姿をしたアラクネ、影が人型を成したようなウォーシャドウなど·········。

 

そんな多種多様なモンスター達。しかもそのほとんどが武装している。

 

そのだれもが強力な力を秘めているのは一目瞭然でこんな狭い場所に集まっていること自体が異常だと言わざるを得ない。

 

しかし、それ以上に気になることがあった。それは、この場にいるモンスター達から敵意を感じないこと。

 

否、正確には友好的と言っても良い雰囲気が感じられる。まるでこちらを観察するかのような好奇、そして親しみさえ感じさせる視線を向けてくる。

 

その中でもひときわ特徴的な赤い鱗を持ったリザードマンらしきモンスターが歩み出てくる。筋骨隆々なその巨躯と手に持った大剣。

 

下手な精錬金属よりもよほど硬いであろう鱗に鋭い爪、爬虫類特有の瞳孔が縦長になった目。

 

剣を交えずともわかる凄まじい強さの気配にベル達は息を飲む。敵意はなくとも無意識に身構えて警戒してしまう。

 

「─────クッ、クギャギャ、アはははははははははははははははははは!!!!!」

 

 だが、その警戒心はリザードマンの高笑いによって霧散する。目を丸くするベル達を他所にリザードマンは愉快そうに笑う。

 

怪物の咆哮ではなく人語の哄笑。そのことにベル達は驚く。迫力のある外見とは裏腹にどこか軽薄さを感じさせるリザードマン。

 

のしのしと近付いてくるリザードマンがベル達の前で立ち止まる。見上げるほどに大きい体躯に圧倒されるベル達。

 

「ク、はははははは────ッ、面白れぇ!!アルっち以外にこんな冒険者がいるなんてな!!」

 

 何事かと困惑するベル達を他所にリザードマンは声を上げて再び大声で笑う。突然の事態に理解が追い付かず唖然とするベル達を他所にリザードマンはさらに言葉を続ける。

 

「アルっちと戦うなんて命がいくらあっても足りないってのに怪物を庇うなんてな!!」

 

 演技とはいえあんなにおっかないアルと戦えるなんてすごいなと感心するリザードマン。

 

「まずは謝らせてくれ、オレっち達の同胞を保護したあんたらがどういう人間なのか試してた」

 

「試す·······ですか?」

 

「ああ、そうだ。本当に信用できるのかどうかをな」

 

 いざという時にウィーネを見捨てて逃げたりしないかどうかを試していたと語るリザードマン。

 

「まあ、アルっちの弟って話だったから信用できるとは思ってたけどな。で、オレっち達が相手しても良かったんだが、互いにやりすぎて万が一があっちゃいけないから、アルっちにやってもらったんだ」

 

 「だからアルっちを悪く思わないでくれ」という言葉にベル達は納得する。

 

ただ、彼らがやるよりもアルがやった方が緊張感があり、尚且つ危険度が増していたような気がするが敢えて口には出さなかった。

 

「詳しいことは後で話すけど······アルっちが沢山怖がらせちまった。すまなかった」

 

「オイ」

 

「冗談だよ。────同胞を今まで守ってくれて、ありがとう」

 

 人間のように頭を深々と下げるリザードマン。その姿にベル達は驚愕する。知性あるモンスター。人間と変わらない感情を持ち、人間と同じ考えを持っている。

 

鱗、体躯、爪、牙、そのどれもが人間とはかけ離れた怪物らしい異形ではあるが、目の前の彼は人間と同じように頭を下げ、礼を言う。

 

姿以上にその内面が人間に近いことを実感させられる。怪物特有の残虐性といったものが全くない。

 

ウィーネと同じよう人語を理解し、人語を話すことができるモンスター。

 

あるいはあの、漆黒の─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古代の神殿であるかのような荘厳さに満ちた石造りの地下空間。モザイク模様の意匠が凝らされた床には無数の石柱が立ち並んでいる。

 

魔石灯ではなく松明の炎に照らされて壁画のようなレリーフが浮かび上がっているさまは御伽噺の中に入り込んだような感覚を抱かせる。

 

等間隔で灯された松明の炎だけが唯一の光源だ。ぱちぱちと薪が爆ぜる音だけが響く地下神殿。ギルド本部の地下にある大広間、神座が中央に設けられている祭壇。

 

「────異端児?」

 

 そこに腰掛けているオラリオの創設神にしてギルドの主神である老神ウラノスに相対するように童女の神、ヘスティアが立っていた。

 

ヘスティアの言葉にウラノスは静かに頷く。ギルドから【ヘスティア・ファミリア】に下されたミッション。

 

そのきっかけとなったウィーネという理知を持ったモンスター少女し、彼女のような存在について何を知っているか。それを訊きに来たのだ。

 

「我々は彼等のような理知を宿したモンスター達をそう呼んでいる」

 

「達……? じゃあウィーネ君みたいな子達が他にもいるってことかい!?」

 

 人類に対して敵意しか持たない怪物とは違う。人間と同じ感情と知性を持つモンスター、人類と遜色ない心を持った異端の怪物。それが異端児という者達だとウラノスは語る。

 

そんなモンスターの存在は聞いたことも見たこともなかった。そもそもモンスターとは太古の昔より悲劇と災厄を人類にもたらし続けた人類の不倶戴天の敵だ。

 

人とモンスターは決して相容れない。知性などあるはずもなければ心があるわけもない。しかし、この数日一緒に過ごしてきたウィーヴルの少女ウィーネの姿を思い出す。

 

彼女は人と同じように笑い、泣き、怒り、悲しんで見せた。確かにあの子は人間じゃない。だけど、それでもただのモンスターでもない。

 

本来のモンスターの有り様から外れた異端の存在。そんな存在が他にもいる。そのウラノスの言葉はヘスティアにとっても衝撃だった。

 

「一体いつから異端児という存在が現れたかはわからぬが彼らと接触する中で我々は彼らの保護をしている」

 

「保護!? ギルドがモンスターをかい!?」

 

「ああ」

 

 正気か、とでも言いたげな表情を浮かべるヘスティアに対し、ウラノスは特に気にする様子もなく肯定してみせた。

 

いくらそのモンスター達に人間と似たような理性や感情があっても結局はモンスターであることに変わりはない。

 

モンスター達は人類にとって常に脅威であり続けなければならない。

 

その個体たちは安全だったとしても仮にその存在が世間に露見してしまえばモンスターと戦う者たちの手が鈍る可能性がある。

 

そうなれば感情を持っているかもしれないものを殺す手が鈍るが鈍ってしまうことで犠牲になる人々が増えてしまう可能性だってある。

 

それをあろうことがモンスターを殺す者たちである冒険者達を纏めるギルドが保護している。それはあまりにも信じ難い話であった。

 

感情以上にリスクの方が大きい。ウラノスは決して悪神でもなければ愉悦神でもない。

 

千年前にオラリオの地に降臨した最初の神々の一柱であるウラノスは下界に娯楽を求めて降りてきたちゃらんぽらんな神々とは違う。

 

下界の置かれていた現状をいち早く把握し、人類と世界を守るべく行動を起こした神格者なのだ。

 

今もなおこのギルドの地下でただ一人、祈祷を捧げてダンジョンの大穴が溢れぬよう『蓋』をし続け、世界の秩序を守っている。

 

そんな彼だからこそモンスターと人類の確執の深さとモンスターの恐ろしさを誰よりも知っているはずだ。

 

ヘスティアの知るウラノスは善神ではあるが目先の感情に流されるような性質ではない。

 

むしろ、自分のような神がそうならぬよう諌める側だ。ならば、彼はいったい何を考えているのか。困惑の色を見せるヘスティアにウラノスは下したミッションの真意を語り始める。

 

「ベル・クラネルに下したミッションはあの竜の異端児を仲間のもとに······異端児のコミュニティに合流させるためのものだ」

 

 竜の異端児、ウィーネ。生まれたばかりの彼女を唯一の同胞である異端児たちの元に合流させるため。

 

ウィーネが街で騒ぎを起こしてしまったことで身構えていたヘスティアだったが、まさかそのような穏当な理由だとは思わず目を丸くさせた。

 

だが、だからこそ腑に落ちない点もある。

 

「··········わからないな」

 

「なにがだ、ヘスティア」

 

「なんでわざわざミッションなんて形にした上で 僕にこんな説明までしたんだい?」

 

 ギルドの権力と力があればいかようにもウィーネを攫うこともできたはず。それなのになぜこのような回りくどいことをしたのか。

 

彼らを保護する理由はともかくとして彼らの存在が露見するのはギルドとしてもまずいことだろう。

 

それを口封じをするどころかわざわざ説明までしてヘスティアに理解を求めるなど、何か別の目的があるのではないかと勘ぐってしまう。

 

「ふむ········ベル・クラネル達がモンスターが理知を持った存在を知ってしまったということもあるが一番の理由は·············試すためだ」

 

 叡智の丈を映す深い湖面のような瞳を細めながらウラノスは言う。ヘスティアはウラノスが何を言いたいのかわからず、首を傾げた。

 

「ほんの僅かの瞬きほどの可能性だったとしても『英雄』が見出した一筋の希望と夢、それを支える力になりえるかもしれないと考えたからだ」

 

「希望と夢?」

 

 ああ、とウラノスは深く首肯する。ウラノスの口から語られたのは、オラリオの主神たる老神の抱いた僅かな期待と願望。

 

「人類と怪物、有り得ざる共存の道の架け橋になれるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、これからベルっちって呼んでいいか?」

 

「えっ、あっはい···」

 

 友好的に接してくるリザードマン────リドにベルは戸惑いながらも答える。他の異端児たちも興味津々と言った様子でベルの方を覗き込むように見ている。

 

あくまでも少女のような見た目をしているウィーネと違って怪物らしい姿形をしているため少し怖い。

 

リドはそんなベルの心情を見抜いたのか苦笑すると爬虫類独特の瞳孔をした目を細める。

 

「ベルっち」

 

「は、はい?」

 

「握手をしよう」

 

 すっ、と差し出された手にギョッとしてしまう。

 

だって、怪物の手だ。

 

人間の手と全く違う。

 

白い竜鱗の篭手と紅い鱗に覆われている怪物の手。差し出されたそれは恐ろしくも思える。差し出されているその意味に思わず固まる。

 

「ベ、ベル様」「ベル殿」「ベル」「ベル様っ」

 

 卒倒しそうな自分に仲間が声をかけてくれる。だが、リドはそんなベルを見ても何も言わずにただじっとこちらを見るだけ。まるでこちらの反応を窺っているようだ。

 

兄であるアルは··········。

 

「(兄さんどこ·······?)」

 

 油汗を流して苦悩している弟を他所にアルはいつの間にかいなくなってしまっている。どうすれば良いのかわからず困り果てるベル。

 

怪物との握手。敵意はないことが分かっていてもやはり身構えてしまう。

だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 

正直な話、かなり恐い。人類とかけ離れた怪物、それも友好的に接してくるからこそ余計に違和感が湧き上がってくる。

 

ぶっちゃけ、逃げてしまいたい。

 

だが、ウィーネと初めて出会った時のことを思い出す。

 

リドはベルが動くのを待っている。握手するのか、それとも拒むのか。黄色い瞳孔は真っ直ぐにベルを捉えて離さない。 

 

「···········!」

 

 感情の読みにくいその瞳の中に揺れ動くものがあるのに気付いた。期待と不安、そして─────。

 

意を決したベルは震えそうになる腕を必死に堪えながらリドの手に自分の手を伸ばす。

 

リドの掌に触れる。リドの手は見た目よりも温かかった。血が通っている証拠であり、生きていることを証明する体温。

 

ぎゅっと握り返される。優しく包み込むような握力に驚きつつもベルも握り返す。

 

すると、リドは嬉しそうに笑う。

 

その笑顔に釣られてベルも笑う。

 

「よ、よろしく」

 

「おう!よろしくなベルっち!!」

 

 わぁ、と広間中から歓声が沸く。ベル達の周りをぐるりと囲うモンスター達、二人の様子を固唾を飲んで見守っていた彼らも喜びの声を上げる。

 

ベルはそんな彼らの反応に困惑しながらも、リドの手を離して一息吐いた。大小様々な手がベルに伸ばされる。

 

ワァワァ、ギャアギャア、と騒ぐ一同は魔石灯を付して宴会の準備を始める。暗闇に包まれていた大広間が灯りによって照らされて一気に明るくなる。

 

石英の柱が乱立する空間、鍾乳洞のような光景が顕になる。天井からは水晶の塊がいくつも垂れ下がり、水滴が落ちて弾ける音が鳴り響く。

 

わずかに生活感のあるテーブルや椅子などはリドが持ち込んだものだろうか。

 

暗闇にいたモンスターたちの姿もはっきりと見える。レッドキャップのゴブリン、人懐っこい笑みを浮かべるハーピィの少女、巨大な蛇の下半身を持ったラミア。

 

多種多様な種族のモンスター達、その誰もがベル達に好奇の視線を送ってくる。

 

「────グ、木竜!?」

 

 ヴェルフが声を上げ、命達もギョッとした表情で緑色の鱗に覆われたドラゴンを凝視する。石英の壇の上に佇んでいるのは紛れもなく、緑の鱗を持つ竜種。

 

ほんの数刻前に死を覚悟した木竜の強化種を想起する巨体。木皮を思わせる体色の竜が静かにこちらを見ていた。

 

あれとどちらが強いかわからないが老成した雰囲気を放つ竜を前にベル達は緊張してしまう。

 

「アルト、似テル!!」

 

「お話ししましょう!!」

 

『ゥウウ·········』

 

 だが、次々にベル達の方へと駆け寄ってくるモンスター達は皆一様に友好的な態度で接してくる。

 

流暢に喋れるものから片言のものまでいる。それでも友好的に接するモンスター達にベル達は戸惑いを隠せない。

 

わぁわぁ、きゃいきゃい、とベル達は取り囲み、握手を求めてきたり、質問を投げ掛けてくる。

 

ベルは戸惑いながらもアルに助けを求めるように兄の姿を探すが、彼は忽然と姿を消してしまっている。

 

親し気に話しかけてくるモンスターの中にはウィーネやレイのように人間の女性のような美しい容姿をした者がおり、距離感の近い者もいれば、明らかに水着にしか見えない服装の者もいる。

 

そんな彼ら彼女らに圧倒されながらも、ベルは何とか会話を続けていく。そんな彼らを眺めながらリドは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「···········モンスターが暴れた?」

 

 リヴェリアやレフィーヤとすったもんだ色々な話をしてからようやくホームに戻ったアイズは少々慌ただしげな雰囲気に眉をひそめる。

 

ティオネ達から話を聞くとどうやら昨日、街中に突如としてモンスターが現れたらしい。

 

「ええ、西区画の方で出たみたいよ」

 

 アルがどこぞに消えてからすでに数日が経過しているが未だに戻らないことに不安を覚えていたアイズ達はティオネの話を聞いて思わず顔を伏せる。

 

普通に考えて祈祷によって塞がれているダンジョンからモンスターが一人でに出てくるということはまずありえない。

 

あるとすればフィリア祭のように誰かがモンスターを捕えて地上に連れてきたという可能性が高い。

 

「食人花とかじゃなくて············?」

  

 真っ先に想起するのは 闇派閥の使役する極彩色のモンスターだ。地上に現れたという前例もあり、良からぬことを考えていてもおかしくはない。

 

さすがにアルが帰ってこないことと関連付けてしまうのは早計だが、こちらに関しては闇派閥絡みの可能性は十分に考えられる。

 

「違うみたい、確か人型のモンスターだったって」

 

「人型? コボルトとか?」

 

 いや、ハーピィみたいな有翼種らしいわよ、とティオネが横から口を挟む。しかし有翼種の人型のモンスターとは妙な話である。

 

人型のモンスター というだけでも珍しいが有翼の、ハーピィやセイレーンと行ったモンスターは最低でも中層以降に出現するはずだ。

 

そんなものがなぜ地上に出現したのか、そしてどうして西区画など人の集まる場所にわざわざ現れたのか。疑問点は多い。

 

「今回のは闇派閥とは関係ないって団長は予想してるみたいよ」

 

 闇派閥の立場から考えてみれば何一つとしてメリットがない。地上に被害を出したいというのであれば自在に操作できて尚且つそこらの上級冒険者よりもよほど強い食人花を使う方が手っ取り早いだろう。

 

ハーピィにしろセイレーンにしろ個体での強さはそこまででもなく恩恵を受けてない 一般人ならいざ知らず、上級冒険者を相手取るには少々頼りない。

 

広範囲攻撃や毒でも持っていれば話は別だがそういった類のモンスターでもない以上はわざわざ地上まで出てくる必要性を感じられないのだ。

 

仮に闇派閥が関係していたとしてもこんな回りくどいことをせずに最初から食人花の群れなりなんなりを投入してきたほうが効率が良いし簡単でもある。

 

陽動的行動にしてももっと他にやり方はあるはずだ。実際、誰一人として亡くなったり、怪我人が出ていない時点でその可能性は極めて低いといえる。

 

そもそも、闇派閥の残党が地上にモンスターを連れてくる上で経由しなくてはならないクノッソスとダイダロス通りはすでに【ロキ・ファミリア】や情報共有された【ガネーシャ・ファミリア】の団員達によって封鎖されている。

 

闇派閥側も馬鹿ではない、仮にバレていない出口があったとしてもこんなつまらないことに使ってバレるリスクを負うような真似をするはずもない。

 

つまり、この一件は少なくとも闇派閥とは無関係だと考えられる。

 

「(·········なら、アルとも無関係?)」

 

 アルに関してはただ単にどっかで時間を潰しているだけかもしれないが、それでも心配なことに変わりはない。

 

その強さをよく知っている身としては流石に危険な目にあっているとは思わないが、それでもやはりどこか落ち着かない気持ちになる。

 

フィンやガレスはいつものことだろうと気にしていないようだったがアイズだけはどうしても気になってしまう。

 

なにか、何か致命的なことを見逃してしまっている気がするのだ。それが分からなければ後々後悔することになるのではないかと焦燥感に似た不安に駆られる。

 

自分の知らないところで何か大変なことが起きているのではないかという漠然とした予感があるのだ。

 

まるで自分だけが取り残されてしまったかのような感覚に苛まれ、胸の奥底を掻きむしるようなもどかしさが募っていく。

 

予感にも似た嫌な感覚。胸の奥底に燻ぶるような言い知れぬ感情が渦巻き、それを紛らわすように首を振った。今の自分には何も分からない。  

 

結局のところ今は待つことしかできないということなのだと理解したアイズは小さく息を吐いて思考を切り上げる。

 

さすがに帰ってこないということはないだろうし今は街に現れたというモンスターについて考えるべきだ。

 

「ギルドとかでも結構、騒ぎになってるみたいよ」

 

 ダンジョンから連れて来られたわけではない場合、市壁の外。古代の時代にダンジョンの外に出て魔石を削ることで繁殖したモンスターが何らかの方法で市壁を越えてきて都市内部に入り込んだ可能性が高い。

 

普通に考えればそれもありえないがダンジョンからモンスターが出てくるよりはまだ現実的だ。

 

一応、ギルドから依頼されたファミリアたちが警邏と調査をしているみたいだが、今のところこれといった成果は上がっていないらしい。

 

「·············」

 

 当時の状況は分からないが一般人たちは今もモンスターがどこから現れるのかと戦々恐々としていることだろう。

 

怯えた市民たちの顔を思い浮かべて思わず暗い気持ちになってしまう。早く見つけて安心させてあげたい。

 

「フィンはなんて言ってるの?」

 

 とはいえ 今は時期が時期だファミリアの幹部としては、団長ひいてはファミリア全体の意向を確認する必要がある。

 

「他ファミリアに不自然と思われない程度に軽く調べてほしいってさ」

 

 【ロキ・ファミリア】が闇派閥残党との決戦を近々に控えているということは一部の同盟ファミリアを除いて他のファミリアや市民たちは知らない。

 

下手にその情報が流布されて混乱が起きても困るため、基本的には秘密にしてある。

 

だが、いくら可能性が低いとはいえ完全に闇派閥と関連がないとも言えない以上、最低限気にするくらいはしておくべきだ。

 

「もし、モンスターを見つけたらどうしろって?」

 

「できれば生け捕りにして欲しいってさ」

 

 中層程度までの強さのモンスターならば捕獲はそこまで難しくもないだろう。

 

「でも、もし一般人に被害が出るようなら処分して構わないって」

 

「────────分かった」

 

 その言葉に何の苦慮もなくアイズは了承の意を示した。アルが不在な以上、自分がしっかりしなくてはと気を引き締める。

 

アルが帰ってきたときに少しでも負担が軽くなるように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

一年前アル「アマゾネスのが怖いわ」←ノータイム握手

 

・リド

強さはだいたいLv.6中堅くらい。深層魔石デリバリーサービスと階層主のドロップアイテムから作られた装備のおかげでかなり強い。フィンやガレスたちにはまず相手にならないけど【ロキ・ファミリア】の若手幹部が相手なら割と善戦した上で負ける。

 

・グロス

Lv.6下位〜中堅くらい。アルのことは人間というよりもなんかそういう区分を超えた大怪物だと思ってる。

 

・アル

ウダイオスやアンフィス・バエナを定期的にリスポーン狩りしてドロップアイテムをいくつか貯めてる。

 

〈社会人として〉

平常時はちょっと病的なレベルに報連相を徹底するが一度でも逃げを選択した時は数日単位で連絡が取れなくなる組織人、社会人としては落第のアホ。  

 

どこまで遠くに逃げていても重要な事態が起きると前触れなくスっと現れる習性があるためフィンたちはあまり気にしていない。

 

琴線に触れない限りは割と真っ当な思想と社会規範の上で行動する常識人よりの振る舞いをするが一定ラインを超えると『真面目に考えるのめんどくせえ』ってなって急に責任感がどっか行っちゃう。

 

基本的には人間のクズ。

 

〈制御方法〉

実は行動を縛る方法が一つだけあって逃げるって考えが生まれる前にどんなにくだらないことでもいいので時間指定した予定を入れておくとギリギリ責任感が勝つ。

 

〈精神年齢〉

生前が未成年なのは確定してるので幼児の時期などを差し引けばだいたい10代後半〜20代前半(物事によって変わる)で肉体年齢とそんなに差はない。

 

〈色恋について〉

色恋にはかけらほどの興味もないがあえて曇り抜きの異性の好みなどをあげるとしたら見た目はヘディン(を女性に)、性格はおっとりとしているタイプ(だと思っているが我が強いのに惹かれる)。

 

〈好きな食べ物〉

甘いものを筆頭とした体に悪いもの。あと曇り顔。

 

〈曇り抜きの趣味〉

貯金とDIY。貯金通帳を見ることに使う以上の喜びを見出すタイプ。神秘のアビリティのせいでDIYの凝り具合に拍車がかかりつつある。

 

 

・アイズ

運がない

 

 

 

 










加筆の関係で内容自体はまだだいぶ差がありますがようやく改定前の話数に並べました。

ここまで戻すことができたのは皆さんがいつも読んでくれて日々の感想や評価をくださったおかげです。

本当にありがとうございます!!

これからも更新を頑張っていくのでお気に入り登録や感想、評価のほど動画よろしくお願いいたします。






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110話 雷光の異端児



次のダンメモも周年イベントって何だろう


 

 

 

 

『剣聖』アル・クラネルは弟子を取らない。

 

都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の幹部であり、都市最強の冒険者である『剣聖』は冒険者として未だ若輩の身でありながらその教えを受けたいと願う者は数多くいる。

 

たった4年の間に築き上げられた名声と偉業の数々、綺羅星が如き数々の逸話に憧れる者。

 

神の眷属の中でもっとも才能と()()に愛された英雄の器を持つ青年に師事することができれば自分もいずれあの領域へと至れるかもしれない、と夢想する者は多くいた。

 

そうでなくとも『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴや『凶狼』ベート・ローガがそうであるように熟練の冒険者は自らの後釜となる後進や目をつけた素質のある者を鍛えることはままある。

 

では、なぜ『剣聖』は弟子を取らないのか。

 

理由は一つ。

 

──────『神の恩恵』に依る成長ではアル・クラネルにはついていけぬのだ。

 

人から神へ近づくともされる『神の恩恵』の力だが、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインや『猛者』オッタルといった類稀なる才能の持ち主であってもその『器』を昇華させるのには莫大な『経験値』を得るための年単位の時間が必要となる。

 

アイズ・ヴァレンシュタインがLv.5からLv.6にランクアップするのにかかった期間は三年以上、オッタルがLv.7からLv.8にランクアップするのにかかった期間は七年。

 

遅い、とは言えない。

 

むしろそのレベルの高さを考えれば驚異的な早さであると言えるだろう。

 

魔石を劣化させたモンスターや人間同士の戦いしか経験していない都市外の使い手と異なり、ダンジョンという魔境に日夜挑み続ける迷宮都市の冒険者たちはこれ以上ないほど効率的に経験値を稼ぎ続けていると言っていい。

 

闘国や学区などと言った例外はあるが、オラリオの冒険者ほど効率よくレベルアップできるのはいない。

 

それを踏まえた上で『神の恩恵』を受けた眷属は『経験値』をこれ以上無いほどに効率的に獲得することができるオラリオの冒険者であってもその大部分は一度もランクアップを経験せずにLv.1のまま生涯を終える。

 

故にこそ一度でもランクアップを果たしたものはオラリオ外であれば数十の兵にも勝るであろうし、オラリオにおいても上級冒険者と尊ばれる。

 

長らくランクアップの世界最速記録を持っていたアイズ・ヴァレンシュタインや【ヘラ・ファミリア】の才禍たる女傑であってなお、ランクアップ所要期間が一年を切ることはなかった。

 

だが、『剣聖』は一年で第一級冒険者たるLv.5へ········つまるところ四度のランクアップを果たしている。

 

なかなか『偉業』に恵まれずにいたLv.5からLv.6のものを除けば全てのランクアップは半年以内に果たされており、今でこそ都市最強のLv.8である『剣聖』も半年前までは都市最強『候補』(Lv.6)でしかなかったのだ。 

 

今や前人未到の階梯に指を掛けつつある当代の英雄。そんな『剣聖』に一体、誰がついていけるというのだろうか。

 

その魔法の特異さからランクアップとはまた違った方向に強くなることのできるレフィーヤという例外こそあるがそれはあくまで特例だ。

 

純後衛であるレフィーヤと前衛である『剣聖』ではそもそも戦い方が根本的に異なる。師弟と言うにはあまりに噛み合わない。

 

まっとうな師弟として同じの道を歩むならばまず間違いなく才能の限界が訪れる。

 

それは師の側からしても弟子の側からしても不幸以外の何物でもない。

 

仮に、ついていける者がいるとすればそれは人の域にない『怪物』、同族食いによって冒険者の緩やかな成長を嘲笑うかのような速度で自らの位階を際限なく高める『強化種』の如き化け物だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────人類と怪物の共存、だって·······?」

 

 ウラノスの口から告げられた言葉にヘスティアは驚愕する。有り得ない。モンスターと人類が共に歩んでいけるなど、そんな未来はあり得ない。

 

モンスターは人類の敵だ。怪物は人類の天敵だ。それが当たり前の摂理で常識だ。モンスターと人類が手を取り合って生きるなど、そんなことは起こりえない。

 

「本気で言っているのか、ウラノス!? そんなこと、できるわけが···········」

 

 そんなことは不可能だ、下界に降りたばかりでその情勢を詳しく知らないヘスティアでさえわかることだ。

 

積み重なった悲劇と怨嗟の連鎖はそう簡単に断ち切られるものではない。家族を奪われた者、愛する者を喪った者、故郷を滅ぼされた者、大切なものを奪われ壊された者はモンスターへの憎悪を心に刻みつけている。

 

モンスターと人類の溝は深く、そして永劫に続く。どちらかが滅びるまで決して埋まることはない。それが世界の摂理であり不変の事実。

 

「ああ、本気だ」

 

 しかし、ウラノスの表情に冗談の色は見えない。その双眼には真摯な光が宿っている。

 

ヘスティアの言葉に肯定してみせた彼は本気でモンスター······異端児が人と共に生きていける道を探している。

 

「彼らは本能ではなく理性によって行動することができる。人間に歩み寄り、その心に触れてみたいと願っている」

 

「·······それは」

 

 ヘスティアが想起するのは竜の異端児、ウィーネの無邪気な笑顔。彼女の見せたあの笑みに嘘偽りはなかった。

 

そこらの人間以上に人間らしい感情を持ち、子供のように純粋な少女。ヘスティアには彼女を『怪物』として見ることはもうできない。

 

「それに、彼らの居場所はダンジョンにもない」

 

「? どういうことだい?」

 

「人類と変わらぬ理知と感情を持つ異端児は同胞であるはずのモンスターからも迫害され、排斥されている」

 

 同じダンジョンから産まれた同胞であるはずのモンスターたちからも疎まれ、忌諱される。それはつまり、この世界のどこにも彼らの居場所はないということに他ならない。

 

そんな境遇にある彼らを放っておけるかと言われれば、答えは否。ウラノスはそう言い切った。

 

「彼らをモンスターだから、と葬ることは簡単だ。だが、彼らは爪と牙ではなく対話を選び、雄叫びではなく言葉を交わしたいと望んでいる」

 

 産まれながらに迫害と排斥を受けて生きてきた彼らの慟哭と訴求は痛いほどに理解できる。それを無視して葬り去ることは容易い。

 

だが、それではあまりにも救いがない。『祈祷』を捧げ、千年間にも渡ってダンジョンに蓋をし続け、この世界の秩序を守り続けているウラノスだからこそそんなことはできない。

 

ヘスティアもウィーネ達異端児の話を聞かされて思うところはある。

 

たとえウィーネ達がどんなに自分達と近しい存在であろうと、結局はモンスターであることに変わりない。モンスターと人は相容れない。いつか必ず争いが起きる。

 

ベルたちの事を、その立場を考えるのであれば切り捨てるべきだろう。

 

だが、だからと言ってその時になって彼女たちを切り捨てることが自分にできるだろうか。異端児達の悲哀を、絶望を、希望を、願いを叶えずに見捨てることができるのだろうか。

 

「ウラノス、君は本気で子供達と異端児の融和を考えているのか········?」

 

「無理難題なのは承知の上だ。私も立場がある以上、独断で動くわけにはいかない。持て余してるというのが実情だ」

 

「彼らが怪物への忌避感を打ち消すほどの存在理由を証明しなくては実現は不可能だろう」

 

 どれだけ善良であろうと怪物と言うだけで彼らは悪とされてしまう。ならば、彼らは怪物である以上の存在意義を示さなくてはならない。

 

それができなければモンスターと人類の溝を、その壁を乗り越えることは絶対に不可能だ。

 

流されてきた血の量、刻まれた傷の深さ、積み上げられた屍の山、その全てがモンスターと人類の共存を阻む。

 

殺戮を是とするモンスターとそれを非とする人類の溝はあまりに深い。

 

それを覆せるほどの何かがなければ到底不可能な夢物語。そう断じられても仕方のないことだ。

 

融和の道のりは果てしない。それをウラノスは理解している。それでも彼は諦めようとはしていない。

 

へスティアもできることなら彼女らに希望を見せてあげたい。でも、それは難しいことだと理解している。

 

何度も繰り返したようにモンスターは人類にとって天敵であり、その脅威を取り除くために冒険者は日々戦っているのだ。

 

仮にウィーネ達が人類の脅威にならない存在だしても異端児たちがモンスターだという事実は変わらない。

 

モンスターの、『怪物』に味方したことが露見すればベル達は破滅する。最悪、オラリオに居られなくなるかもしれない。

 

異端児達と同じように同族から排斥され、怪物と関わりを持った者として後ろ指を差されることになる。ヘスティアは眷属のそんな末路は許容できない。

 

神として、彼等の主神として、そんな未来は許せない。見ず知らずのモンスターたちと愛する眷属を天秤にかけることなどできるはずもない。

 

手を差し伸べることはできる。

 

しかし、それによって失うものはあまりに大きい。ヘスティアは俯き、沈黙してしまう。

 

あまりに残酷な選択だ。その決断は、彼女が愛する少年の未来を閉ざすことになるかもしれない。

 

「───だが、一年前。私ですらできなかった、誰にも知られぬ、それでいて何よりも尊い─────ただの人として手を差し伸べるという偉業をたった一人の『英雄』が成し遂げた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、夢か?·········」

 

 眼前に広がる光景にヴェルフは唖然として呟く。モンスター達と仲良く談笑している姿はまるで怪物の宴そのもの。

 

大きな篝火を中心に輪になって座り込み、酒を酌み交わす怪物たちの姿は人間のよう。

 

怪物たちが笑い合い、楽しげに話をしている。そこに恐怖はなく、ただ穏やかな時間が流れる。ベルはそんな彼らに交ざって汗をだらだら流しながら杯を傾けている。

 

命と春姫、リリルカもハーピィ達に捕まって色々と聞かれているようだ。ヴェルフ自身はというと、リザードマンやラミアに囲まれて木のジョッキに酒を注がれている。

 

山積みに積まれた肉果実(ミルーツ)や酒の肴を口に運びつつ、ヴェルフは怪物たちの顔を見回す。怪物たちは友好的だ。それは間違いない。

 

それでも緊張してしまう。この場にいる全員が怪物なのだ。あの時、自分達を何度も殺しかけたモンスターと同じ存在。それが友好的に振る舞うのだから戸惑ってしまう。

 

酒精が感じられるドリンクが入った古びた酒樽の数々や木製の皿に盛られた肉や果物、様々な種類の飲み物が並べられている。

 

それらが惜しげも無く振舞われ、怪物たちとベル達の間にぎこちないながらも穏やかな空気が流れ出す。

 

ヴェルフも緊張しながら怪物たちに勧められるがままグラスに口を付ける。強い酒精が喉を焼くが、その味は悪くはない。

 

「遠慮せずにどんどん食えよ!! ほら!!」

 

「こ、これは?」

 

 肉果実(ミルーツ)水晶飴(クリスタルドロップ)などのダンジョン産の素材そのものの食べ物だけでなくちゃんと調理された料理が運ばれてくる。

 

ただ焼いただけの簡単なものから地上の美食もかくやという完成度を誇るものまである。

 

魚介のスープの入った大鍋や香草と野菜が肉と一緒に煮込まれたシチュー、色鮮かなサラダなどもある。

 

コース料理のように次々と出てくる料理にベルは目を白黒させる。モンスターが作ったとは到底思えない出来栄えのそれら。

 

ベルは勧められるままに料理に手を伸ばし、一口食べてみる。

 

「··············美味しい」

 

 見た目以上に繊細で丁寧な味付けのそれらは絶品だった。        

 

そしてまた別の怪物が大皿に載った巨大な骨付き肉を運んでくる。こんがりと焼き上がった表面の匂いが食欲をそそり、じゅわりと溢れ出る脂の香りがベル達を誘惑する。

 

肉汁がたっぷりと染み込んだそれを切り分け、ベル達は口に運ぶ。柔らかな食感の後に襲い来る強烈な旨味の奔流にベル達は目を大きく見開く。

  

口の中一杯に広がる濃厚な肉の味わいに思わず舌鼓を打つ。地上でもこれほどの食事にありつけるところはあまりないだろう。

 

あまりない、逆に言えば似たような味を提供する店はあり、ベルはそれに覚えが合った。

 

それらの味は【豊穣の女主人】で出されるのものに非常に似通っている。似ているがそれとは違う、どこか懐かしいその味にベルはハッと気付く。

 

「これ、もしかして兄さんが······」

 

「アルっちは何でも出来んだよなっ」

 

「めちゃくちゃ恐っっっっっろしいドワーフに叩き込まれたからな」

 

 四年ぶりの、村にいた頃より洗練された兄の料理にちょっと感動するベルは兄がいなくなってからの『焼く!! 焦げる!! 塩味!!』な祖父の料理との格差に少し涙が出そうになった。

 

話していくにつれてだんだんとリドたち怪物の表情や機微がわかるようになり、緊張も解けていく。

 

騒がしい宴は続き、ベル達はリド達と親睦を深めていく。見た目からは想像つかないほど人懐っこいリド達に面食らうベルだが慣れればその距離感にも心地良さを感じるようになる。

 

「··········そういえばこの酒樽や装備って、その、冒険者達から·········?」

 

 中身を空にして山積みになった古びた酒樽や彼らが身につけている装備品を指差しながらベルは問う。

 

食糧とは違って流石にダンジョンで採れるとは思えない。地上由来であろう酒や装備をダンジョンから出られない彼らが得られるわけがない。

 

「あ〜、いや、酒なんかはもらいもんだけど、この剣とかは───」

 

「それだ」

 

 リドの言葉に割り込んだのは先程までとは違う意味でどこか緊張しているかのようなヴェルフだった。

 

「さっきから気になっちゃいたが、お前らの武具は質が()()()()。明らかに··········俺の作品より材料も技術も上だ、その剣も深層の素材だろ?」

 

 鍛冶師の顔をするヴェルフの目が向けられているのはリドが背中に背負っているどこか生物感のある鞘に納められた漆黒の曲剣だ。

 

鞘から抜かれてないというのに何らかの圧を感じさせるそれはヴェルフには未知の素材であり、それを剣の形に鍛え上げた技術も相当なものだ。

 

リドのものだけではない、周囲にいる二足歩行のモンスターの大半は今のヴェルフでは到底作れぬほどの技術が注ぎ込まれ、『深層域』のドロップアイテムから作り上げられた武具を身に着けていた。

 

人間の体とはかけ離れた怪物が身につけることを前提として作られたそれらはいずれも第一級冒険者の装備と遜色ない輝きを秘していた。

 

ヴェルフの詰め寄るような気迫にリドは苦笑し、酒樽の山に立てかけてある長直剣を見やる。

 

そして、静かに鞘から抜き放つ。現れたのは刀身がほんの僅かに波打つように歪曲した両刃刃の剣。

 

鍔のない両手持ちの、それでいて片手でも扱えるだろう大きさのそれは間違いなく名工の手による業物。

 

「こういう武器はアルっちが用意してくれたもんなんだ、アルっちはよく一人で深層に潜るんだけど、余ったドロップアイテムをオレっちたちの身体にあった武具にしてくれたんだ」

 

 リドの他にも多くのモンスターが防具や戦闘衣を身につけている。精霊の護符や深層の素材をふんだんに使ったそれらは決して安価なものではない。

 

深層の素材から作られる装備は考えるまでもなく超一級品。そんなものを仮にリド達全員分を用意しようと思ったら一体どれだけの資金が必要になるのかわからない。

 

素材を好きなだけ採れるとはいっても深層のドロップアイテムから武具を作るとなるとその手間と時間は馬鹿にならない。

 

「それと、アルっちに戦い方も教えてもらっててな。流石にアルっちみたいに深層を一人で歩き回ったりはできねぇけど、みんなでなら50階層ぐらいならいけるぜ」

 

「最近じゃ、アルっちにサポーター?代わりについて行かせてもらったりしてな」と、嬉しげに、あるいは誇らしげに語るリドにヴェルフ達は顔を引き攣らせる。

 

噂に聞く【ロキ・ファミリア】の大遠征でもなければ潜ることのないダンジョンの深部、そこをそんな気軽に行けるものなのかと疑問が浮かぶ。

 

薄々感付いてはいたがリド達の実力はオラリオの最高戦力である第一級冒険者にも匹敵するのかもしれない。

 

都市最高の冒険者がモンスターを鍛えているなど矛盾もいいところだが、リド達を見る限り嘘をついているようには見えない。

 

もはや、器が広いとかそんな次元ではないとリリルカは半分白目になりながら思う。

 

「まあ、オレっち達は軽く戦い方を教えてもらってるだけで一番弟子は 新顔のアイツだけどな!!」

 

「へぇ、そうなん·······えっ!?」

 

 何気なく放たれた言葉にベルは驚きの声を上げる。今、リドは確かに『弟子』と言った。あの兄が弟子を取ったという事実にベルは衝撃を受ける。

 

都市最高冒険者の一番弟子がモンスターなんてことが地上に知れたら大騒ぎになるだろう。

 

ベル自身、兄が誰かを弟子に取ったなんて聞いたことがない。

 

 

「ああ、そうそう、アイツ、ベルっちと会いたいって言ってたんだった」

 

 考え込むベルにリドは思い出したかのように言う。

 

「僕と──?」

 

「ああ、アステ───」

  

そのリドの言葉に「えっ?」とベルが聞き返すより先に篝火の向こうから大きな黒い影が現れる。

 

それは全身をすっぽりと覆い隠す漆黒の外套を纏い、頭巾を被っているために素顔すら伺えない。

 

その背丈は高く、フードから覗く口元と手だけがかろうじて見える。だが、ベルはその姿に見覚えがあった。

 

「あ、貴方は──────」

 

「ベル、ベル・クラネル。────また、会えて嬉しく思う」

 

ソレは鋼の如く握り固められた拳を有していた。

 

ソレは岩石のごとき剛体を誇っていた。

 

ソレは巨大な黒き大剣を背負っていた。

 

ソレは────ベルの好敵手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

戦いの師匠︰リュー

 

料理の師匠︰ミア

 

戦いの弟子︰アステリオス(レフィーヤは仮弟子)

 

········アルに弟子入り(料理)したいやついない? 今なら、月謝一月タダだよ



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111話 へ、ヘイトスピーチ········



春休みで昼夜逆転しちゃった






 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、貴方は──────」

 

「ベル、ベル・クラネル。────また、会えて嬉しく思う」

 

 軽く2M以上はあるであろう分厚い筋肉の鎧に覆われた巨体。見上げるほどの長身に、筋骨隆々とした肉体。ただそこにいるだけで他者を威圧する強者の風格。

 

フードの所々から覗く黒い体毛。金属糸で編まれたかのような筋肉の塊に牛のような角。

 

忘れもしない。

 

威圧的な外見に反して重厚感のある落ち着いた声音にベルは確信する。この人物は間違いなくあの時のミノタウロス────ベルの好敵手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リド、コンナバカゲタ事ハ早ク終ワラセロ」

 

 喧騒からベルとアステリオスが離れてからしばらくしてリドの背後から現れたそのガーゴイルはどこか苛立たしげに言った。

 

リドにも劣らない強者のオーラを放つ全身が灰色の石で出来ている二足歩行の竜であり、その瞳は鈍色の輝きを放っている。

 

「所詮、ソノ者達ハ信ジルニ値シナイ人間ダ、遇スル程ノ価値ガアルト思エン」

 

「グロス、まだ言ってんのかよ。ベルっち達がウィーネを守って来たのを見ただろ?·······というか、アルっちの弟なんだ、信頼できるさ」

 

「フン·······ソノ人間達ハ弱イ、アノ男ガ我々ヲ排斥シナイノハ我々ナド脅威デハナイ程ニ強スギル『怪物』ダカラダ」

 

 リドの言葉にグロスと呼ばれたそのガーゴイルは吐き捨てるように言う。

 

人間に対する本能的な敵意を持たない異端児ではあるがその全員が人間に対して友好的というわけではない。

 

ダンジョンの肚から地上や人間に対して『憧憬』を抱いて産まれた異端児ではあるが、モンスターである以上、人間から絶対的な敵意を持たれることは必然である。

 

特にモンスターを狩ることを生業としている冒険者にとって怪物とは敵以外の何物でもないのだ。

 

どれだけ異端児が善良であろうと怪物と言うだけで悪とされ、討伐対象とされる。それが当然のことであり、不変の理である。

 

だからこそ異端児の中には冒険者によって殺されかけたり、あるいは眼の前で同胞を殺められたりして冒険者を憎む者も少なからず存在する。

 

グロスもその例に漏れず人間や冒険者に対して強い猜疑心を抱いていた。リドはそんなグロスの心情を察し、苦笑しながら頭を掻いた。

 

グロスだけでなく離れたところから宴を忌々しげに眺めているユニコーンやラミア達も似たような心境なのだろう。

 

彼らはリドたちとは違い、武具こそ身につけているがその質は決して高いものではない────リドたちの身体に合わせて鍛えられた武具を身につけているのに対して彼らは自分で調達した冒険者の遺品を身に付けているのだ。

 

敵意を宿した眼光をヴェルフ達にちらりと向けてから洞穴の奥へと消えていく彼らを見ながらリドは小さく嘆息する。

 

「悪いな、アイツらもオレっち達もいろいろあってな。アルっち以外の人間が来るってことでピリピリしてんだ」

 

「いえ、大丈夫です······」

 

 リドの言葉にリリルカは力なく首を振った。リド達の事情はわからないが、察することはできる。

 

モンスターは太古の昔より悲劇と災厄を人類にもたらし続けた人類の不倶戴天の敵だ。積み重なった悲劇と怨嗟の連鎖は種族の壁を超えてモンスターを憎悪させるに至っている。

 

モンスターと人類の溝は深く、リリルカとてウィーネと出会うまではモンスターは恐怖と敵意の対象でしかなかった。

 

今だってリド達のことを無条件に信頼しているわけじゃない。リド達が悪いモンスターではないとわかっていても、どうしても染み付いたモンスターへの嫌悪感が拭えない。

 

モンスターが怖い、恐ろしいと思う。それは紛れもない事実。けれど、リド達が自分たちに危害を加えるような存在ではないことも理解できている。

 

それでも、心の奥底にある恐怖がリド達を拒絶してしまう。

 

少しずつ慣れてきてはいるが、リド達に話しかけられるとやはり萎縮してしまう。

 

「···········そういや、ギルドとはどういうつながりなんだ」

 

 ヴェルフはアステリオスと話すベルの方に視線をやりながら尋ねる。

 

そもそも【ヘスティア・ファミリア】がこうして20階層まで来て異端児たちと会うことになったのはギルドからのミッションが原因だった。

 

ギルドが異端児たちのコロニーの場所を知っている以上、ギルドと異端児達の間で何らかの繋がりがあるのだろうことは想像がつく。

 

「ああ、アルっちと知り合う随分前からの付き合いだぜ。俺たちが冒険者に見つからないようにしてくれたり食料やらアイテムをもらったりして助けてもらってる」

 

「··········信じられません、冒険者を統括するギルドが·······その、モンスターであるあなた方と繋がっていたなんてことが露見したら大問題になるはずなのに·······」

 

 リスクばかりでメリットが少なすぎる。異端児たちがどれほど人間に対して友好的だろうとその他大勢の人間や冒険者からしたらモンスターであるという絶対評価でしか見られない。

 

そのせいで異端児達は今まで何度も迫害されてきたはずだ。そんなモンスターに味方したことが露見すれば世界の中心、対モンスターの砦であるオラリオの威信そのものが揺らぎかねない。

 

それぐらいのことが分からないほどギルドが無能とは思えない。この関係が表沙汰になれば間違いなく冒険者達に混乱が走る。

 

モンスターに手を貸した者への排斥以上にモンスターが人間と同じような感情を持っている可能性があるという情報が冒険者たちのモンスターを殺す手を鈍らせてしまうかもしれない。

 

そうなってしまえばそれによる混乱はオラリオだけにはとどまらず下界全体を揺るがす事態になりかねない。

 

「私たちモただ一方的ニ助けてもらっている訳デはありません。冒険者ニは依頼できない秘密裏ノ調査ヤ迷宮デ起こった厄介事ノ鎮圧などを行うギブアンドテイクの関係ヲ築イテいます」

 

 リドの言葉を補足するようにレイが言う。確かに冒険者では即応の難しいダンジョン内の異変の調査なども行っているというレイの言葉は納得できる。

 

冒険者に広く露見することが望ましくない事態でもリド達のような異端児になら協力を要請することができる。

 

そうでなくとも第一級冒険者にも劣らぬ二人や他の第二級相当のモンスター達であれば下手なファミリアよりよっぽど役に立ってくれることだろう。

 

アルに依頼するにしても最大派閥【ロキ・ファミリア】に所属する彼を頻繁に動かすことは難しい。その点、リド達ならば秘密裏に長く動いてもらうことができる。

 

「···········ん? それじゃあベルの兄貴はギルドとは別にお前らと知り合ったってことか?」

 

 ヴェルフはふと気になったことを尋ねた。ギルドよりも後に知り合ったというのなら一体いつからリド達と交流を持っていたのか。

 

異端児たちは基本的に冒険者や他のモンスターから身を隠しているのだから冒険者と接触する機会はほとんどないはずだ。

 

「ああ、それはなアルっちが···········ん? あれ? アルっちどこいった?」

 

「え?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、なんの真似だ·········!!」

 

「なんのことだ、ラーニェ」

 

 今も宴が行われている大洞穴の外。未開拓領域から未開拓領域への連絡路でアルを囲うようにしてあるアルを睨みつけている数名の異端児たち。

 

その中の一人、―――ラーニェと呼ばれた人蜘蛛が憤怒の表情を浮かべて怒りの声を上げる。その言葉を受けたアルはまるで心当たりがないとばかりに肩をすくめる。

 

ラーニェはその態度にますます苛立ちを募らせ、他の異端児たちも険しい視線をアルに向けている。彼らはグロスと同じように冒険者に対して敵意を持っている側の異端児だ。

 

武器などは手にしておらず手荒な真似をするつもりはないのだろうがそれでも剣呑な空気は変わらない。

 

「リドたちは頷いたが私達はお前やフェルズの言い分に納得していない」

 

 自分たちの殺意にも近しい 敵意を受けておきながらどこ吹く風と言わんばかりのアルにラーニェは敵意を隠そうともせず吐き捨てるように言った。

 

「新たに生まれた同胞を保護する、それはいい。昔からやってきたことだし私達も一人でも多くの同胞が救われることを望む。─────だが、なぜあの者たちを連れてきた」

 

 ベル達【ヘスティア・ファミリア】を自分たちのホームに招待したこと、ウィーネに関してはベルたちを同行させずともいかようにも合流させられたはずなのにわざわざベルたちを同行させたことについてラーニェはアルに抗議していた。

 

アルは最初からリド達とベル達を引き合わせるつもりだったらしいが、ラーニェたちからすれば信頼できない人間をいたずらに招き入れただけに他ならない。

 

「·········いや、お前たちも見たろ。あいつらがあの、ウィーネを守るために俺と戦ったの」

 

 ベル達の意志と覚悟がどれほどのものかを推し量るために試した。手は抜いたし全力も出さなかったがリリルカや春姫が気絶しない範疇でアルは本気で彼らを威圧した。

 

その上でベル達はウィーネを守るためにアルに立ち向かった。身内の情を凌駕する恐怖感を味わったはずなのにそれでもなおウィーネを守ろうとした。

 

アルのヤバさを知るが故にリド達はベル達を信用できると判断し、迎え入れたのだ。

 

「それに感情論を抜きにしてもあいつらにお前らを害するほどの力はないし、異端児の存在を外に漏らしたところで自滅にしかならん」

 

「そういう話をしているんじゃない。お前たちの企んでいる我々と人間の融和、そのきっかけにするつもりだったな?」

 

 仮にベル達が心の底から異端児たちに協力をしたとしてもそれは例外であり、異端児達が人間そのものに受け入れられるわけではない。

 

人間たちとの融和をとうの昔に諦めているラーニェ達からすればアルやフェルズがリド達と行っていることはタチの悪い、リスクばかりの馴れ合いでしかない。

 

アルやフェルズ、あるいはベル達が異端児たちを受け入れる少数派であることは認める。

 

だがそれは人間との融和につながるわけでは断じてない。異端児たちが人間と共存するなど不可能だし、その他大勢の人間がモンスターと手を取り合うなんてあり得ない。

 

異端児たちがいくら友好的であろうと人間側からすれば異端児はモンスター以外の何物でもない。

 

異端児たちが人間と手を取り合えるようになるには人間側がモンスターに対する根本的な意識を変えなければならない。

 

「お前たちのそれはいたずらに希望をちらつかせているだけだ。リド達は諦めていないようだが、我々と人間の融和なぞ土台無理なことだ」

 

「そうか? いや、まあ、確かに俺が変わり者であるのは認めるがそんな俺やベルを取っ掛かりにうまく都市の中核陣と交渉すれば可能性はあると思うぞ」

 

 これだ、とラーニェは内心で毒づく。アルの厄介なところは『希望』を見せるのが上手いということだ。

 

 

アルの都市での立場や化け物じみた強さを知れば知るほど可能性があるんじゃないかとラーニェですら錯覚してしまう。

 

実際にアルやベル達のように異端児たちを受け入れてくれる者がごく少数とはいえいる以上、ラーニェの考えが間違っている可能性も否定できない。

 

感情論ではなく理論で話を有耶無耶にしてしまうのはアルの最も得意とする話術だった。

 

嘘は吐かないし、誇張もしない。ただ自分の考えを曲げずに相手の意見を否定するだけ。それでいて相手に反論の余地を与えない。

 

自分という特大の例を使って続ける弁論は確かに信憑性があるし説得力もある。

 

だが同時にラーニェはアルが異端児たちのために動いているのではないと考えている。

 

アルの目的はあくまでダンジョン最下層の攻略であって、その過程でたまたま最下層までの攻略に役立ちそうな異端児と遭遇して協力関係を築いただけだ。

 

これまでにいた上辺だけ異端児に味方をして後々、ひどい裏切り方をしてきた人間たちとアルが違うのは認める。

 

異端児達では潜れないような深さの階層から取ってきた魔石の供給やそれぞれの体にあった武器の提供など異端児達にとって確実に利益となる行動もしてくれた。

 

しかし、それでも土壇場になればアルは異端児─────モンスター側ではなく人間側に立つだろう。

 

アルは異端児達と協力はしていても異端児達の味方ではない、今は敵じゃないだけで地上に住まう本当の仲間たちと天秤に掛けられたなら迷わず仲間を選ぶだろう。

 

その選択の是非をラーニェは問わないし、その際のアルの選択に文句を言うつもりもない。

 

だが、だからこそ『一線』は引いておくべきだとラーニェは思う。いくら友好的に接していたとしてもアルは『人間の英雄』だ。

 

『異端の英雄』ではない以上、過度な馴れ合いはするべきではない。

 

人間との融和を今も望んでいるリドたちからすればアルの存在は理想に大きく近づく存在であろう。

 

リド達の積年の願いを知る以上、アルと仲良くしている彼らを責める気にはなれない。

 

それでもこれ以上、リド達とアルの仲が深まることを許容するつもりもなかった。

 

リド達とアルが手を組むのは構わないが、それはあくまでも一時的なものであり恒久的なものではない。

 

リド達はアルに期待を寄せているようだが、ラーニェからすればリド達はこの『怪物』に夢を見すぎているようにしか思えない。

 

─────そう、頭ではわかっているラーニェですらアル自体を敵視することはできていなかった。

 

恐ろしいまでの英雄性、地上の仲間と天秤にかければそちらを取るだろうがその一歩手前。

 

目の前で異端児が危険な目に合えばどんなに傷ついてでも助けるし、異端児たちの望みが叶うことを望む。

 

それこそがアルの本心であると信じたくなるほどの呪いにも似たカリスマ性をアルは持っている。

 

アルはただ異端児たちを利用できる駒として見ているに過ぎないし、いざとなったら切り捨てることにも躊躇はないはずだと自分の心を律する。

 

アルは本質的には人間側の存在であるとわかっているラーニェですらアルを偽善だと断じることはできないでいた。

 

リド達が信じる以上、自分たちはその分疑わなければと思いながらも。

 

そんなラーニェの葛藤を知ってか知らずかアルは()()()()()()()不敵に笑う。

 

「なら、なんで俺はいいんだ?」

 

 今でこそ魔石の供給や武器の提供で自身の有用性を証明したアルではあるが最初の頃はそうではなかった。

 

それなのになぜ自分は受け入れられたのか、というアルの問いにラーニェの美しい眉がピクリと動く。

 

「決まっている。お前は同胞ではないが人間でもない───────『化物』だからだ」

 

 種族の話でも、立場の話でもない。確かにアルは『人間の英雄』だ。しかし、その精神性はどう考えても人間とは言い難かった。

 

人間と怪物の領域を超えた超越存在である神、ウラノスが異端児を受け入れるのはわかる。

 

数百年以上の時を生きてきて自身もその体を人間から程遠いものへと変貌させた元賢者、フェルズが異端児を受け入れるのもわからないでもない。

 

だが、アルだけは違う。

 

ベルたちのような背景もなく、突然出会ったしゃべる怪物たちを何の躊躇もなく助け、あまつさえ友として接する。

 

それでいてそれ以外のモンスターは異端児たちと出会う前と何ら変わらない態度で鏖殺する。

 

おおよそまともな神経では考えられないアルの精神にラーニェは内心で恐怖すら抱いていた。

 

人間でありながら人間ではなく、怪物に寄り添いながらも怪物とは程遠い『化物』。

 

だからこそ歓迎も排斥もできない、できなかった。

 

まばゆいばかりの英雄性に隠れているがそれ以上にアルの異常性は悍ましい。

 

ラーニェはアルが異端児たちに優しくすればするほど、その裏にある何かが怖くて仕方がなかった。

 

下種な人間への嫌悪や恐怖とは違う、理解不能なものに対しての畏怖と不安。

 

アルがダンジョン最下層の攻略のために異端児たちを利用しようと考えている、というのもアルの行動に無理やりに理由を当てはめることで自分を納得させているだけに過ぎない。

 

アルが異端児たちを利用しようと思っているならばこちらもアルを利用してやればいい、と受け入れたがそれすらもアルの術中なのではないかとラーニェは考えてしまう。

 

アルによって助けられて合流することのできた同胞は数多くいる。

 

それに関しての感謝の気持ちはある。だが、それでもアルのことを信用することはできないし、アルに仲間意識を抱くこともなかった。

 

その異常性を分かっていながら心のどこかで好感を抱いてしまい、それを自覚してしまうことがラーニェはたまらなく嫌だった。

 

そして、今も。

 

ラーニェの瞳に映るアルの姿はただの人にしか見えず、アルの異常な人間性など微塵も感じさせない。

 

それが恐ろしくて『化物』なんて暴言を吐き捨ててみたものの、それでもアルの本質はなにも掴めない。

 

ラーニェはアルを睨むように見つめるが、対するアルは不敵な笑みを浮かべたまま何も変わらない。

 

ラーニェの刺すような視線を真っ向から受け止めながら、まるでラーニェの心を見透かすかのように見返してくる。

 

なにより、ラーニェはアルのその紅い瞳が嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決まっている。お前は同胞ではないが人間でもない───────『化物』だからだ』

 

 

へ、ヘイトスピーチ···········。

 

えぇ、めっちゃ言うやん、何でそこまで俺嫌われてんの?

 

いや、ラーニェは好きだから定期的に絡んでるけど。フィルヴィスみたいにいじわるしたりはしてないつもりなんだけどな················。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

・ラーニェ

深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいている、と見せかけて底と彩度の浅い沼に映った自分の顔を見てるだけ。アルが理解不能すぎて深読みしちゃってる。

 

アルのことは気まぐれを起こした頭のおかしい化け物だと思っている。

 

なんだかんだ言って決定的なところでは人間の味方をすると考えているので敵意こそ抱いてはいないが信頼はしていないし、異端児のことはダンジョン攻略のために利用するつもりだと思っているがそれすらも本心かどうかわからないので混乱中。

 

・アル

そこまで深く考えてないアホ。

 

 

 

 












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112話 唯一動かせる駒


 
一話だけの短編書きたいな






 

 

 

 

 

 

 

「────そっか兄さんに弟子入りを·······」

 

「ああ、深層で戦い、敗れてな。その時、リドたち、同胞の存在も知った。········ベル、新たな階梯に至ったようだな」

 

「そっちこそ前よりも·······」

 

「··········師に鍛えられたからな」

 

「まだ早い、だが次戦うときこそは決着を」

 

「······うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その『神』は考えていた、『狂乱』を地上に溢れさせる大望を叶える上で最大の障壁となりうる『剣聖』をどう対処すべきかと。

 

『神』が計画を始めたのは今より15年前。

 

神の眷属の到達点であった【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】という最強の両派閥がかの『隻眼の黒竜』に敗北し、オラリオから去った時である。

 

『神』にとって─────否、その他全ての混沌を望む邪神達にとって最強の大神と最恐の女神の率いる二大派閥は目の上のたんこぶだった。

 

大神の派閥はもちろんのこと敵対者には一切の慈悲も与えないその苛烈さから多方面に敵を作ってはその尽くを叩き潰してきた女神の派閥が都市に君臨していた当時は他の勢力は表立って動くこともままならなかった。

 

ウラノスと共にギルドとオラリオの根幹を作った最初期の派閥であり、最強にして最優の派閥として千年間もの間君臨してきた二つの派閥。

 

その変わらぬ勢力図に異を唱えた神々による反抗もあったがそれらはいずれも圧倒的な力でねじ伏せられ、Lv.7の女傑と複数の第一級冒険者を擁していた【オシリス・ファミリア】ですら敗北を喫した。

 

そんな二大派閥の消失は邪神達にとってはまさに好機でしかなかった。

 

それまで水面下での抗争を繰り広げていた中小派閥の邪神達はその好機に乗じて団結し、オラリオの滅亡を企む闇派閥を台頭させた。

 

それはもう好き勝手していた大神と女神の派閥が許されていたのは彼等が代わる者達のいない抑止力だったからだ。

 

だが、そんなものはもはや存在しなかった。都市の秩序を守る役目を負った大派閥も、外敵の侵攻を防ぐ市壁も、『隻眼の黒竜』によって最強が討たれたことによって何もかもが機能していない。

 

当時、都市の二軍勢力として名を上げつつあった【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が両派閥の後釜につくようにオラリオの二大派閥として台頭したが彼らでは都市の抑止力には至らない。

 

Lv.8とLv.9の団長に率いられ、複数のLv.7を擁していた都市最強がLv.5とLv.6の団長に率いられたものに挿げ替わったのだ。

 

それでは都市内部の治安を維持することなど不可能だ。下界全てに名を轟かせるほどの力を持つ二大派閥を失ったことで都市内部での勢力争いが激化し各派閥は互いの足の引っ張り合いを始めている始末。

 

だが、そんな中にあって『神』は短絡的に動こうとはしなかった。

 

『学区』を筆頭とした世界勢力はその力を失ってはいないし、当時に闇派閥に与したところで使い走りの雑兵として使い捨てられるのは目に見えている。

 

それならば秩序の側に属する中堅派閥として機が熟するまで雌伏の時を過ごす方が賢明だと判断を下した。

 

自らの眷属ですら騙して己の目的を隠し通し、長い年月をかけて計画を練ってきっかけを待ち続けた。

 

そして遂にその時が来た。

 

─────27階層の悲劇。

 

大抗争により主戦力を失った闇派閥の幹部たちが勢いづく道化神と美神の派閥から逃れるために画策した超大規模な怪物進呈。

 

偽の情報で釣った秩序側の派閥を階層主すら巻き込んで階層丸々一つごと地獄に叩き落とす怪物進呈。

 

 

それ自体は『神』とっては大した事態ではなかったが、『神』は罠だとわかっていながら己の眷属達を27階層に向かわせていた。

 

その怪物進呈の主目的は『殺帝』を始めとした闇派閥の幹部たちの死の偽装であったが、結果として複数の派閥がその罠に嵌り、その命を落とす結果となった。

 

直接見れないのが残念だが愛する眷属達が闇派閥の凶刃やモンスターの牙によって血華を散らす様を想像して悦に浸り、仮に生きて帰った者がいれば優しく労うつもりだった。

 

結果、生きて帰った眷属はたった一人だけ、心身に深い傷を負った妖精の少女。

 

彼女以外は全て死んだか、あるいは帰ることのない行方不明となった。

 

少女は壊れた。

 

自分以外の仲間が全て死に絶えてしまったという事実に心を壊してしまった。

 

その様は『神』を非常に悦ばせたが、そんな少女の狂恐すら気にならぬ程の発見があった。

 

それは彼女の身体に起きた異変であり、彼女が心を壊したもう一つの理由でもあった。

 

─────魔石を埋め込まれたことによる『異種混成』。

 

27階層にて一度、人として死んだ彼女はダンジョンの奥底で眠る『穢れた精霊』の触手によって魔石を埋め込まれ、モンスターとしての生を与えられた。

 

その事実を知った時、『神』は初めてこの下界の可能性に感謝すると同時に歓喜に打ち震え、これから先の未来に思いを馳せた。

 

人類とモンスターの異種混成の結果である『怪人』とその原因となった『穢れた精霊』。

 

太古の時代、神の恩恵の代わりに英雄達に力をかしていた精霊達。

 

大穴の攻略に挑む英雄達と共にダンジョンに潜った彼女達は道半ばで討たれた英雄達と同じようにダンジョンの深淵に呑まれ、ダンジョンの肚に取り込まれた。

 

モンスターに食われたことでそのあり方を反転させ、穢れた精霊となった英雄の介添。

 

下界を滅ぼしかねない彼女達のあり方と彼女たちの使徒たる怪人の存在は『神』の計画を現実的なものに昇華させた。

 

そこからは早かった。来るべき対決の日に備えるために闇派閥の残党と協力体制を築き、水面下で暗躍を続けた。

 

かつての二大派閥には未だ遠く及ばないとはいえ最大の敵であることには変わりない【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の動向を監視し、都市に蔓延る悪党どもを操っては闇派閥の勢力を維持し続けた。

 

時には他の邪神派閥から情報を奪い取り、時には都市外の悪徳商人と取引を行い、時には冒険者同士の抗争を煽ったりもした。

 

そうして着々と準備を進めて計画の準備が整った頃、白髪の少年──アル・クラネルが現われた。

 

処女雪のような透き通った白髪に、『神』が作る神酒(葡萄酒)よりも紅く魔性的に輝く瞳。

 

一目見ただけで魂を奪われそうになるほど美しい容姿を持ったその子供を見た瞬間、この少年こそ我が半身であり運命であるという確信が胸中に溢れた。

 

人間として大切なものが欠落した異端の存在でありながら、それでもなお己が目的のために邁進するその姿が愛おしかった。

 

少年が大神(ゼウス)が育てている英雄候補の片割れだと知った時は、思わず笑みがこぼれた。

 

最初の頃は彼を己の眷属に迎えたいとすら思っていた。しかし、時が経つにつれてその好意は理解できぬモノへの畏怖へと変わっていった。

 

なぜ、あれ程の狂気を宿しながら、『神』のように神酒(葡萄酒)で自分を酔わせているわけでもないのに今も常人の中で暮らしていけているのか。

 

どうして、あれ程までに歪みながらも正気を保ち続けられているのか。

 

少年は一体何を求めているのか。

 

『神』さえも恐れる異常性、下界のすべてを嘲笑う『神』ですら、少年の心だけは理解できない。

 

少年の望みも、目的も、何もかもわからない。

 

あの瞳に宿った狂気は死滅願望。他者を利用し尽くして悦楽を求め、自身の欲望を満たせばどう果てても構わないという破綻しきった精神。

 

そうでありながら民衆の『英雄』として求められればそれに応えるべく行動する姿は歪んでいて、それでいながらどこまでも純粋だった。

 

『神』の想定を遥かに上回る速度で成長し、多くのモンスターを殺め、数多くの強者を屠り、迷宮を攻略していく中でその強さをさらに高まらせていく。

 

少年には才能がある。

 

そう遠くない未来に『神』にとって目の上のたん瘤であり続けた【ヘラ・ファミリア】の『女帝』すら凌駕して史上最強になりうるほどの才能が。

 

たった四年。

 

たった四年で彼は全時代の最強に並ぶ階梯に上り詰め、今や『神』の計画を阻む最大の障害となった。

 

彼を殺すための鬼札はあった。

 

彼────『剣聖』が大偉業を成し遂げ、Lv.6となってすぐに用意を始めた。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた三つの黒き終末。

 

太古より人を、英雄を殺してきた世界そのものを蝕む終末。

 

その一つたる黒き巨獣の亡骸を『神秘』のアビリティを持つ稀代の呪術師に呪具化させた。

 

最悪の呪いと最凶の毒の入り混じった最強の英雄殺し。

 

────しかし、英雄の命には届かなかった。

 

もはや、『精霊』や『魔竜』ではどうやっても『剣聖』は殺せないだろうことはわかっていた。

 

『陸の王者』と『海の覇者』の二の舞いにすらならずに処理されるだろう。

 

新たな『奥の手』はある。

 

しかし、それを確実に使うには『剣聖』を一人に、『剣聖』を『大衆の英雄』ではなくさせ、孤立させる必要がある。

 

『剣聖』と『猛者』を殺すための切り札。

 

最強たる『剣聖』に唯一、弱点があるとするならばそれはあくまでも一人だということ。

 

その場にいる者は救えても同時に複数の場所にいれない限りは取りこぼしが生じるのは道理。

 

しかし、それも『剣姫』や『勇者』といった準英雄級の使い手がいては問題ではなくなってしまう。故にこそ『剣聖』と【ロキ・ファミリア】を───否、『剣聖』とオラリオを分断する必要がある。

 

『剣聖』一人であれば『相打ち』に持っていける『奥の手』。

 

そして『剣聖』さえいなくなれば後はワンサイドゲームだ。民衆の英雄にしかなれない『勇者』では失った穴を埋められない。

 

『猛者』はもう一つの奥の手で仕留められる。あとは残された者達を始末すればいいだけ。

 

では、どうやって『剣聖』を孤立させるか。

 

その鍵は知性あるモンスターにほかならない。

『剣聖』が知性あるモンスターを養護していることはウラノスたちの動きから既につかんでいる。ならば、簡単だ、公衆の面前で『剣聖』に知性あるモンスターを守らせればいい。

 

そうすれば、対モンスターの矢面に立つ【ロキ・ファミリア】は、『勇者』は『剣聖』を切り捨てざるをえない。

 

でなければ冒険者としての前提が崩れ去ってしまう。

 

ダンジョン攻略の最前線であり、いずれ『救世』を成し遂げなければならないオラリオの最強派閥が、『隻眼の黒竜』の討伐を責務とする冒険者の頂点がモンスターを守れば、それだけで世界からの反発は避けられない。

 

もっとも、これは『剣聖』がモンスターを切り捨てないのを前提とした話。

 

普通に考えて、いくら『憐憫』し、手を差し伸べたとしてもいざとなれば英雄たる自らの地位、名声と知性を持っただけのモンスターでは天秤にもかけられないはず。

 

『神』の知る下界の住民とはそういうものだ。

 

だが─────。

 

「■■■■■■、『剣聖』はモンスターを切り捨てると思うか?」

 

「────()()()

 

 横に側める『巫女』に問いかけると答えはすぐに返ってきた。

 

「あの男は、クラネルは何があろうと一度、差し伸べた手は決して離さない。·············離してはくれないのです」

 

 『巫女』の返答に「そうか」と頷いた『神』の口元は酷く歪んでいた。

 

「では、堕ちてもらおう、『異端の英雄』に」

 

「ちょうどよく【イケロス・ファミリア】がいるからな、彼等を囮にして···············。生半なものでは返り討ちにあってしまうか、行ってくれるか? 我が『巫女』」

 

「··········承知しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『英雄』··············?」

 

 モンスターとの共存。そんなことを考えているのが露見したら世界の中心、対モンスターの砦であるオラリオの威信そのものが揺らぎかねない。

 

そんなモンスターへ手を差し伸べた英雄?

 

「············アル・クラネルだ」

 

「!」

 

 ベルの兄であり、都市最強の片割れ。ヘスティアは驚き、目を見開いた。まさか弟と同じように彼も異端児に手を差し伸べたというのか。

 

「ロイマン達、ギルド上層部の者たちもこのことは知らない」

 

 ギルド長すら知らされていない。つまり、これはウラノスが独断で動いているということに他ならない。

 

それほどまでに彼は本気なのだ。本気で異端児達と人類との壁を取り払おうとしている。

 

大方、ロイマンは急成長を遂げる都市最強の弟である新人冒険者の力試しのためにミッションを下すようにウラノスが考えたのだろうと思っていることだろう。

 

「じゃあ、このことを他に知っているのは···············?」

 

「私以外の神で言うならばこの件で度々依頼を頼んでいるヘルメスと協力を得るために全てを話したガネーシャくらいのものだ」

 

 逆に言ってしまえば都市最強派閥の主神であるフレイヤやアルの主神であるロキすらもこの事実を知らないということだ。

 

「·········協力者はそれぐらいかい?」

 

 都市最強の冒険者と【ガネーシャ・ファミリア】の助けがあれば確かに異端児が受け入れられる下地を作ることができるかもしれない。

 

想像以上に実現の可能性は高い。だが、それはあくまで可能性の話。

 

本当にそれが実現するかはまだわからない。それでも可能性がゼロではないことにヘスティアは僅かな希望を抱く。

 

「いや、後はフェルズという魔導師がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───異端児達の宴が終わった少し後。

 

「─────ふざけんじゃねぇ!!」

 

 そんな怒鳴り声と共にハゲ頭で筋骨隆々な男が鉄檻を蹴りつける。

 

その音にビクリと身体を震わせるのは、両手両足を鎖で繋がれ、檻の中に転がされている人間のような見目をしたモンスター達だ。

 

彼等彼女等は皆一様に怯えた表情を浮かべて身を寄せ合っている。そんな彼等彼女等を見下しながら苛立つように舌打ちする彼の姿に他の者達も身を縮こまらせた。

 

「うるせぇぞ、グラン」

 

「うっ········す、すまねえ、ディックス」

 

 そんな中で唯一、落ち着いた様子で彼に話しかける男がいた。線は細いが鍛え上げられており、獣のような軽やかさを感じさせる体躯を持つ冒険者風の男である。

 

彼は呆れたような溜め息を吐くと怯えているモンスター達に視線を向けた。

 

モンスター達はそんな視線から逃げるように更に身を隠す。それを見て再び苛立ちを募らせたグランと呼ばれた男は忌々しそうに顔を歪める。

 

「ただでさえここ一年はろくにこいつらを捕まえられてねぇ。今回こそはこいつらの巣を見つけられるチャンスだったってのによォ··········!!」

 

 青筋を立てながら怒りを露わにするグラン。彼らはギルドからのミッションでウィーネを連れて20階層を向かっていた【ヘスティア・ファミリア】を尾行していたのだが、途中で【ヘルメス・ファミリア】に二重尾行されていることに気が付いたのだ。

 

慌ててバラけたが再度集まる頃には少年達の姿はなく、彼らの足取りは完全に途絶えてしまって異端児のコロニーを見つけることが出来なくなってしまったというわけである。

 

「ここ最近、嗅ぎ回っていた連中は【ヘルメス・ファミリア】·······か? いや、密輸の件を考えるとギルドも怪しくなってきたな」

 

 面倒臭そうな表情で頭を掻くディックスの言葉を聞き、グランの顔色はより一層赤みを増していく。

 

それは怒りによるものではなく焦燥感によるもの。もし、二重尾行がギルドの差し金ならばかなりまずいことになる。

 

だが、そんな彼とは対照的にディックスはあくまで落ち着いていた。

 

「まァ、落ち着けよ」

 

「ッ! じゃあどうしろって言うんだ!? このまま引き下がるのかよ!?」

 

「んなこと言ってねぇだろ······いいか、よく聞け。ギルドがこの件に関わってるなら表沙汰にはしたくねえはずだ─────そこを突く」

 

 理知を持ってしゃべるモンスターなんてものが世間に露見すれば間違いなく大騒ぎになるだろう。

 

それを防ぐためにギルドは今回の一件を闇に葬ろうとしているはず。

 

しかし、だからこそやりようはあるとディックスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「しゃべるモンスターの存在自体知っている部下は少ないだろ。ギルドが動かせる『駒』は少ししかいねぇはずだ」

 

 くっくっくっ、と喉の奥で笑うディックス。凄絶なまでのその笑みにグランはゴクリと唾を飲み込む。

 

この男なら本当にどうにかしてしまうのではないかと思ってしまうほどに頼もしい。

 

強さだけでなくその頭の回転の良さと狡猾さも併せ持つ狂者。それがディックスに対する評価であり、グランもまたそんな彼を信頼していた。

 

「『巣』のある階層は19か20あたりだろ·········久しぶりに、使うか」

 

 眼前に並ぶ檻を見ながら呟くディックス。檻の中で鎖につながれているモンスター達はこれから起こることを想像して震え上がる。

 

そんな彼等彼女等を眺めながら、ディックスはひときわ美しいハーピィの異端児が入った檻の前に立つと、おもむろに槍を担ぐ。

 

全身を浅い傷で覆われたハーピィは怯えきった瞳でディックスを見上げていた。

 

「鳴き声がデカそうなてめえがいいか。せいぜい泣き叫んで奴らをおびき寄せろよ」

 

 そんな彼女に嗜虐的な笑みを向けるとディックスは先端が赤く捻くれた槍の穂先を檻の中へと向けた。

 

その行動の意味を察した他のモンスター達が悲鳴を上げる。それを愉快そうに見つめると、ディックスは容赦なくその凶刃を突き入れ─────られなかった。

 

「·············は?」

 

 槍は『斬られていた』。

 

Lv.5、第一級冒険者相当の強さを誇るディックスが一切、気取れなかった異常に目を見開く。

 

とっさに野獣のような挙動で翻り、予備武器であるナイフを突き出すが それも『白い影』に簡単に砕かれてしまった。

 

3レベル差。第一級のディックスをしてLv.1のニュービーと深層にももぐれるLv.4の第二級冒険者程のレベル差のある『白い影』には歯が立たない。

 

「て、めぇは───?!」

 

「【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ────レァ・ポイニクス】」

 

 返答は『敵』を燃やし、『味方』を癒やす不死鳥の烈火を喚び起こす超高速の詠唱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

・エニュオ

『精霊』と『魔竜』に加えてアルとオッタル用の切り札をそれぞれ用意。めっちゃ頑張ってるし、めっちゃ考えているが当の白髪はそこまで深く考えていない。

 

・唯一動かせる駒

感知系アビリティを持った歩く災害。ウラノス達も相応の報酬は払っているがそれ以上に雑に使えるので助かっている。

 

・ディックス

会敵運がない。



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113話 モンスターに嫉妬してる巫女様がいるって本当かぁ?



自分的にベストの投稿時間は0時ぴったりなんですけどなかなかそこまでに書ききらない……

0〜1時くらいと朝の7〜8時くらいってどっちの方がいいですかね





 

 

 

四方を岩盤で覆われた洞穴の迷路。饐えた朽木の腐ったかのような匂いが鼻を衝く。

 

大樹の迷宮と岩窟の境目の大空洞には無数の横穴があり、そこから様々な場所へと繋がっているようだ。

 

その大空洞はまるで蟻の巣の様に複雑に入り組んでおり、何度もそこを通ってある種の土地勘を持った者でなければ簡単に迷ってしまうだろう。

 

天井から滴り落ちる水滴の音だけが響く静寂の中で一人、大樹の天蓋から差す月光のような蒼白い輝きに照らされながらウィーネは無言のまま佇んでいた。

 

彼女が今いる場所が地下だという事を忘れてしまうほどに幻想的な空間。

 

冒険者たちを魅了してやまない迷宮の絶景だが太陽の輝きに憧れ、その実物を見たウィーネの心にはさざ波一つ立たない。

 

本物の空を知ればどこか物足りないと思ってしまう。今も思い焦がれている地上の情景を思い浮かべながら彼女は涙で腫らした眼差しで目の前にある光景を眺めていた。

 

「···············ベル」

 

 少女のようにも見える華奢で小柄な体躯。瑞瑞しい肢体は透き通るような蒼白に染っており、明かりに照らされた肌は真珠のような光沢を帯びている。

 

憂いを帯びた表情を浮かべる視線の先には先ほど泣く泣く別れた少年の姿を幻視していた。

 

琥珀色に潤う瞳の奥には複雑な感情が入り混じっていた。哀しみとも悲しみとも違う形容し難い想いが渦巻いている。

 

「ウィーネ、そろそろ出発しますよ?」

 

 不意に声をかけられ、振り返ると異端児の一人であるハーピィの姿があった。その声に惜しむようにウィーネは名残惜しげに俯く。

 

しばらくしてポテンシャルは高くともその性根の幼さから戦うことのできないウィーネを守るような隊列を組む異端児達。

 

小隊規模になった彼らはそのままゆっくりと歩き出す。各自が冒険者風の装備や全身を隠せるローブに身を包んでいるため、遠目から見ただけでは彼らがモンスターだとは到底思えない。

 

そんな彼らの先頭に立ちながら歩くのはローブでも隠せない体躯を持つフォモール。

 

彼らは20階層での宴の後、異端児達の本拠地がある下層ヘ向けて移ることにしたのだ。

 

現在100名近いほどの数がいる異端児達はこの小隊のように六名前後にバラけたパーティを作って冒険者たちの目につかぬように移動している。

 

異端児達の実力ならば多少の冒険者の目を欺き、姿を晦ませることなど造作も無いことだった。

 

冒険者の視線から逃れるように中層から下層へのモンスターである異端児達しか知らない最短ルートを度々使って移動していく。

 

リドやレイ、グロスなどの異端児の主力を含めた小隊が先に行き、残りの比較的弱い個体のいる小隊が後からついてくるという形を取っている。

 

とはいえときたまモンスターがダンジョンの壁から生まれてくることもあるので油断はできない。

 

「いつまでも泣きぐずっているんじゃない、ウィーネ」

 

「ご、ごめんなさい··········でも、私やっぱりベルと·········」

 

 人蜘蛛の異端児であるラーニェの刺々しい言葉に項垂れながらもウィーネは再び涙腺を緩ませて弱音を吐く。

 

ラーニェとてウィーネの気持ちも分からないでもない。彼女にとってあの少年との別れは何よりも辛かったことだろう。

 

だが。

 

「ここはもう里ではない。リドたちが先行しているとはいえ新しく生まれた同族たちが敵意を持って襲いかかってこないと決まったわけではない」

 

 人間に気を取られているようでは死ぬぞ、と厳しい現実を突きつけるような言い方にウィーネの顔が更に曇っていく。

 

下半身は醜悪な蜘蛛そのもので上半身は女神のような美を湛えた女性のモノ。しかしその顔に浮かべる表情と発する声音はとてもではないが穏やかとは言えない。

 

人間への嫌悪感と敵意に満ちたその態度、そして何よりその紅い双眸から放たれる威圧感は幼いウィーネが受け止めるにはあまりにも重いものだった。

 

しかしそれでも彼女の心の中にはまだ未練が残っている。人間であるベルとモンスターであるウィーネでは同じところで暮らすことは叶わない。

 

仕方のないことではあるが、やはり納得できるほど割り切れてはいない。

 

人間を嫌っているラーニェの言葉を素直に受け入れられるほどに彼女は大人ではなかった。

 

「ウィーネ、まだ悲しんでいますか?」

 

「···················うん」

 

「地上の御方········ベルさんにはきっとまた会えますよ」

 

「···················うん」

 

 フィアが慰めるように優しく語りかけるもウィーネの表情は依然として暗いままだ。無理もない。彼女にしてみれば初めての家族同然の存在だったのだから。

 

他の異端児達も心配そうにウィーネを見つめているが、彼らも彼女とどう接すればいいのか分からずに戸惑っていた。

 

人間に対して強い憎しみを持っているラーニェも涙ぐむウィーネの姿に気まずそうにしている。

 

眦に涙を浮かべるウィーネの姿にフォモールの異端児、フォーが涙を拭うように太い指先で撫でた。

 

フォーは異端児でもトップクラスの体格を持つがその手つきはまるで壊れ物を扱うかのように優しいものだ。

 

ウィーネの頭を包み込むほどに大きな手のひらは温かく、どこか安心させるようなものがあった。

 

「·····················ありがとう、フォー」

 

 しゃべることのできないタイプの異端児であるフォーだがその身振りや仕草だけで彼の言わんとしていることが理解できる。

 

意思疎通ができずともその温和な性格故に異端児達に慕われており、こうしてウィーネを元気づけようともしてくれている。

 

フォー以外の者達も皆、仲間思いだ。

 

刺々しい態度のラーニェも仲間思いだからこそ厳しく当たる節があった。そんな仲間たちの優しさを感じ取ったウィーネは嬉しそうな笑みを見せる。

 

異端児達は全員が全員出会ったばかりのウィーネを温かく受け入れてくれた。

 

ベル達と別れたことはなにより悲しいが彼らに出会えて本当に良かったと思う。

 

だからこそラーニェのように人間に対して敵意を持った異端児がいるのは悲しかった。

 

「··········ウィーネ、あの人間どものことは忘れろ。害にしかならない」

 

 忌々しげに吐き捨てるラーニェにウィーネは寂しそうな表情を浮かべる。人間に対する本能的な敵意を持たない異端児ではあるがその全員が人間に対して友好的というわけではない。

 

レイやリドのように人間に対して好意的に接する異端児が大部分を占めているものの、そうでない異端児もいる。

 

異端児の中には冒険者によって殺されかけたり、あるいは眼の前で同胞を殺められたりして冒険者を憎む者も少なからず存在する。

 

特にラーニェはその傾向が強く、同胞の前でなければその鉄兜を脱がないほどに人間という存在を毛嫌いしていた。 

 

例外的な存在としてアルがいるが、モンスターと人間の違いとかそれ以前の『化物』であるアルに対しては武具を受け取るなど必要以上に馴れ合うことはしないが、敵意は向けるだけ無意味だとしている。

 

モンスターと人間。本来なら決して相容れないはずの両者だが、ウィーネにとってはどちらもかけがえのない存在である。

 

どちらとも仲良くして欲しい。そう願ってもかなわないほどの確執と過去があるのは幼いウィーネでも薄々察している。

 

「どうしてラーニェはベル達が嫌いなの?··········みんな優しいのに」

 

「そんなものは憐れみからの気まぐれに過ぎない」

 

 ウィーネの問いを切り捨てるように言い放つラーニェ。その紅い瞳の奥には複雑な感情が入り混じっていた。

 

激怒とも嫌悪とも違う形容し難い想いが渦巻いている。ラーニェにとって異端児達は大切な家族であり、同時に守るべき対象でもある。

 

そんな同胞たちが人間に裏切られる姿をラーニェは何度も見てきた。

 

騙され、利用され、迫害され、傷つけられ、殺された。

 

同胞たちの屍を踏み越えて生き永らえたラーニェにとって人間とは憎悪の対象でしかない。

 

「そんなことない!ベルだって私を助けてくれて·······!」

 

「··········お前は奴らの残虐さや狡猾さを知らないだけだ」

 

 過去を嘆くように目を伏せて呟くラーニェ。そこには人間への嫌悪だけでなく哀しみも宿っているように見えた。

 

他の人間に友好的な異端児達もその意見自体は否定することなく沈痛な面持ちを浮かべている。

 

ウィーネは知らない。ラーニェ達の言う通り、人間は決して善良な種族ではないことを。

 

人間の中には悪人がいる。それはこのダンジョンに潜る冒険者たちも同じだ。

 

自分達の利益のためならば手段を選ばず、弱者を痛めつけることに何の躊躇いも持たない者も大勢存在している。

 

ベル達もいずれそうやってお前を切り捨てるかもしれない、とラーニェは言外に告げていた。

 

そんな時、ぞわりと全員の背筋を冷たいものが奔る。

 

『────────ッ?!』

 

 反射的にラーニェを含めた異端児達が臨戦態勢に入る。ウィーネもまたその気配に気づいたのか、怯えながら辺りを見回す。

 

自分たち以外には誰もいないはずの連絡路の空気が急に寒々しくなる。まるで巨大な氷塊の中に放り込まれたような感覚にウィーネは恐怖する。

 

臓腑に氷柱を突っ込まれ、全身を凍らされたような悪寒に震えながらもウィーネは視線を彷徨わせる。

 

すると、暗闇の向こうから何かが近づいてくる音が聞こえてくる。

 

コツ、コツ、コツ、コツ、と硬い靴底が地面を踏む音。その足音を耳にした途端、ウィーネだけでなく他の異端児たちも息を呑んだ。

 

「な、なんなの······?」

 

『·········』

 

 思わずウィーネの口から漏れた疑問の声に答える者はいない。しかし、その沈黙こそが答えだった。

 

何者かがゆっくりとこちらに向かってきていることは間違いなく、そのナニカが持つ威圧感は圧倒的だった。

 

逃げることすらできずにそのナニカがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 

明かりのない闇の中だというのにその輪郭がはっきりと見えるほどに存在感を放つナニカの影は徐々に大きくなっていく。

 

そしてついにその姿が見え始めた。

 

「········あ」

 

 最初に声を上げたのはウィーネだった。目の前に現れた異存在を見て彼女は無意識のうちに呆けたような声を上げて膝をついた。

 

ラーニェや他の異端児達も言葉を失い、ただ唖然としながらその存在を凝視することしかできない。

 

そこにいたのは全身を黒紫のローブで覆い、不気味極まる仮面を被った人型。

 

「なッ·············!!」

 

 異端児の誰かが叫んだ。その叫びを皮切りにようやく異端児達は我に返ったかのように身構える。

 

しかし、それでも彼らは動けなかった。圧倒的な威圧感。呼吸すらままならないほどの重苦しいプレッシャー。

 

本能が理解していた。その異形を前にすれば誰もが死を覚悟しなければならないと。

 

瘴気が人型を象っているかのようなそのさまはラーニェ達の胸を掻き毟るかのような不吉さを醸し出しており、見る者を畏怖させるには十分すぎるほどだった。

 

異端児の中でも上位に位置するラーニェですらその実力を測ることができない。

 

昏い魔力を纏うその人型は異端児達を一人ずつ眺め、最後にウィーネと目を合わせる。仮面越しにじっと見つめられただけでウィーネは意識が遠退きそうになる。

 

即座に、異端児の中でもリド達に次いで強く一団の中では最強であるフォーがウィーネを庇うかのように前に出た。

 

「···············モンスターがモンスターを庇う、か」

 

 堰を破ったかのように、内側へ押さえつけておけない魔力が沸き立ち、漆黒の波動となって空間を歪ませる。

 

人型の体躯が階層主の如く膨張したかのような錯覚。同時に発せられる濃密な死の気配にウィーネは涙を流す。

 

先程までの恐怖とは異なる、もっと根源的で生物としての本能的な恐怖にウィーネは意識を繋ぎ止めようとする。

 

この存在の前ではどんな抵抗も無意味だとウィーネの直感が訴えていた。

 

しかし、そんなウィーネの直感とは裏腹に異端児達は武器を構えて人型を睨みつけている。

 

彼らも彼我の力量差は十二分に分かっているがそれでも同胞を守ろうとする意思は揺るがない。

 

「··········なるほど、クラネルが気に入るわけだ」

 

 寒気を感じさせる冷淡な声で人型は呟く。その一言だけでその場の空気がより一層冷え込んだように感じた。

 

その言葉の意味をラーニェは測りかねたが、そんなことは気にする余裕などない。

 

「なんだ、お前は······!!」

 

 ラーニェは震える唇を懸命に動かして問いかけた。脊髄に氷柱を突っ込まれたような寒気を感じながらラーニェは目の前の存在の正体を問う。

 

そして、回答を待つよりも先に知性を持つモンスターである異端児は人間よりも遥かに感覚器官が優れているゆえにこそ気がついてしまった。

 

人間であるはずの人型からほのかに感じる同族の気配を。その事実にラーニェは愕然となる。あり得ない。

 

そう言いたいが、それでは説明がつかない。人型から漂う禍々しい魔力も、その身に宿す膨大な力も、そのどれもがそこらの人間やモンスターとは比べ物にならないほど強大。

 

知性を持った怪物ということは自分たちと同じ異端児なはずだがこの怪物が自分と同じ種族であるという現実が受け入れがたく、しかし否定することもできない。

 

何度かその脅威を垣間見た階層主ですらこの異形に比べれば赤子も同然だ。

 

まるで、あの『化物』のような──────。

 

「お前は、人間か? それとも同胞なのか········?」

 

 湧いて出た疑問と問いかけ。だが、ラーニェには知る由もないが、その問は目前の人型の『地雷』を踏んでいた。

 

瞬間、人型から凄まじい殺気が放たれ、その殺意が物理的な圧力を伴ってラーニェ達に襲い掛かる。

 

「〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

「ぐぅっ·········!!」

 

 まるで巨人に殴られたかのような衝撃にラーニェを含めた全員が吹き飛ばされる。

 

フォーが咄嵯にウィーネを抱え込んで守ったが、他の者達は壁に叩きつけられて痛痒の声を上げる。

 

「(今のは、なんだ? 攻撃·······? いや、まさか········)」

 

 人型は動いていない。なのに何故、というラーニェの思考は強制的に中断させられた。

 

人型を中心にして広がった黒紫の魔力が床に染み込むようにして消えていき、それと同時に壁がひび割れていく。

 

物理攻撃でも魔法による攻撃でもない、ただの魔力の放射だけでこれなのだ。もしもこれが直撃したらどうなるか想像もつかない。

 

人型はゆっくりと歩き出す。ただ歩いているだけなのにそれだけで心臓を直接握り潰されるような威圧感と圧迫感に襲われる。

 

人型はラーニェの前まで歩み寄ると仮面の奥にある瞳で彼女を見据える。

 

仮面によって表情は窺えないはずなのに、その仮面の下に隠された双眼はラーニェの全てを見透かしているような錯覚を覚えた。

 

「さあな、そんなもの。私にもわからない」

 

 澱みのない冷たい声音で人型は告げる。そして、人型の視線がラーニェから外れると、彼女の後ろでフォーに抱えられながら気絶したウィーネへと向けられる。

 

「──────では、クラネルに気づかれる前に済ませよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

『人間は決して善良な種族ではない』

 

『人間の中には悪人がいる』

 

『自分達の利益のためならば手段を選ばず〜〜〜、何の躊躇いも持たない者も大勢存在している』

 

アル「なんだよ」

 

『『『主にお前』』』

 

アル「うるせぇ」

 

 

 

『死にたくない闇派閥志望はこれだけ覚えとけ!!』

①単騎の『剣聖』との遭遇=死です

②貴方が成長性のあるLv7以上の使い手か、光堕ち適性のあるエルフでもない限り気づいたときには首が飛んでます。

③単騎のアルは淡々と遊び抜きで機械的に戦ってくるので命乞いとか言う前に終わります

④逃げる? 世界最速から?

⑤死になくないなら闇派閥なんかなるな

 

ちなみに『巫女』は『剣聖』由来のスキルを二つ持っていて、【直感】持ちの『剣聖』に悟られなかったのは片方の力です(逆に言えば巫女クラスが個人にメタ張ったスキルとか使わない限りは勘付かれます)

 

 



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114話 モンスターに嫉妬してる巫女様




花粉がクソきつい 

1万超えちゃったんで半分に分割したものです





 

 

 

 

『化物』─────エインが異端児達を見た時、真っ先に思ったことは異端児達に対する嫉妬にも似た感情だった。

 

圧倒的な力を持つ自らを前に互いを守り合うように寄り集まったモンスター達の姿を見て、エインは無意識のうちに羨望を抱いていた。

 

エインからすればあまりにも弱いにもかかわらず、それでも恐怖をねじ伏せて仲間を守ろうとするその姿は酷く眩しく見えたのだ。

 

先日、クノッソスで相対した【ロキ・ファミリア】にも感じた憧憬と嫉妬の念。煮え滾るかのような醜い感情に我を失いかけたが、辛うじて踏み留まる。

 

しかし、それはあくまで表に出さなかっただけであり、心の中で渦巻いていた黒い感情は決して消えることはない。

 

自分と同じ『異端』の存在でありながら同じあり方を持つ仲間がいる異端児達が妬ましく、同時に恨めしく思えた。

 

だから、だろうか。

 

今目の前にいるモンスター達はかつての自分の姿のように見えてしまった。仲間と肩を並べたその姿に、クラネルとの日々が重なる。

 

それが余計に腹立たしい。異端の存在でありながら互いを理解する仲間を持つ姿がひどく憎らしい。

 

自分が欲しかったものを当たり前の顔をして享受する彼らが許せない。

 

だが、それ以上に─────

 

「··········なるほど、クラネルが気に入るわけだ」 

 

 脊髄が裏返るような激情に支配されていた意識が冷えていく。醜いと自覚しながらも膨れ上がった激情がより深く沈んでいく感覚を覚える。

 

自分と同じ『怪物』でありながらクラネルに守られ、共にいる事の許される存在。 

 

その存在そのものが、エインにとっては何よりも目障りで自身を否定され続けているようで苛立ちを覚えてしまう。

 

あるいは、『剣姫』に対して抱いたモノ以上の激情が胸中に渦を巻いていることに彼女は気づいた。

 

おどろおどろしい魔力が全身を包み込み、仮面の下の双眸が血の色に染まる。

 

分身魔法を使っている時はそうでもないがレヴィスの魔石を食らってより高次の怪物に近づいたせいか感情がうまく制御できない。

 

普段なら理性が抑えつけるはずの感情が、今はまるで歯止めが利かない。それはまるで、この身体に巣食う何かが己の本能を呼び覚まそうと躍起になっているかのように。

 

殺意と失意、憎悪と憤怒。あらゆる負の感情が溢れ出し、今にも爆発しそうになるのを抑さえ付ける。

 

同じ『異端の怪物』に対するシンパシーのようなものを感じていたがもうそれも終わりだ。

 

「お前は、人間か? それとも同胞なのか········?」

 

 人蜘蛛の異端児が畏怖を込めて問いかける。その言葉はエインにとって地雷を踏み抜いたに等しい。

 

エインの殺意が膨れあがり、黒紫の魔力が噴き出す。紫電が岩盤を舐め、亀裂が広がっていき、エインを中心にして床がひび割れていく。

 

紫電に触れた壁や床が黒く焦げ、砕け散っていく。殺気そのものが物理的な圧力を伴って襲い掛かり、エイン以外の全員が吹き飛ばされる。

 

エインはゆっくりと歩き出す。一歩踏み出すだけで床がひび割れて陥没していく。抑えられないほどの衝動が湧いて出る。

 

──────今の自分は人間なのか、それとも怪物なのか。

 

「(···········あるいはそのどちらでもないかもしれないな)」

 

 そんな自嘲にも似た思考を浮かべながら、エインは仮面の奥にある双眸で異端児達を見据える。

 

あるいは自分よりもよほど人間らしい彼らの姿を目に焼き付けながら、ゆっくりと歩を進める。

 

そして、黒紫の魔力が人型の下半身を覆うように収束していき、泥のような形状に変化して床に広がる。

 

もはや人間として生きることはできない。

 

「(ならばせめて最後には『怪物』としてクラネルに──────)」

 

 ────────殺されて死にたい。

 

誰に言うわけでもなく、ただ心の中で呟く。もはや妄執にも近い願いを抱きながら、エインはその足を前へ進める。

 

「さあな、そんなもの。私にもわからない」

 

 もはやそんなことすらどうでもいいと言わんばかりに、エインは冷たく呪詛のように紡いだ言葉を吐き出す。

 

「──────では、クラネルに気づかれる前に済ませよう」

 

 夜叉のように歪んだ笑みを浮かべ、エインは翻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────っ」

 

 声にならぬうめき声をあげながらラーニェは目を覚ました。全身が軋むように痛み、頭も酷く重い。起き上がろうとするも、体が思うように動かない。手足に力が入らず、視界がぼやけている。

 

息を吸うことすら苦痛に感じる。冒険者の遺品である甲冑は砕かれ、装備していた精霊の護符はボロ布のように破れている。

 

腕や下半身の多脚は辛うじて折れてはいないがそれでも動かすこともままならない。

 

「なにが·······起きた、んだ······?」

 

 自分がどうしてこんな状態になっているのか理解できず、ラーニェは困惑しながらも必死に記憶を掘り返す。

 

霞んだ意識は思考をバラバラに散らしてしまう。断片的に思い出されるのは、圧倒的な暴力と死への恐怖。

 

今も尚、臓腑に氷柱を突っ込まれたような寒気が止まらない。体の芯から凍りつくような恐怖。

 

「(そうだ、自分はあの化物と対峙して······それから────ッ!!)」

 

 人型の姿を思い出すと同時に、ラーニェはハッとなって顔を上げた。同時に激痛が走るがそんなことに構ってはいられない。

 

「オード·····クリフ·····フォー·····フィア··············ウィーネっ」

 

 ラーニェは仲間達の姿を探そうと周囲を見渡す。痛む体に鞭打ってなんとか立ち上がると、そこには先ほどまでの自分と同じように倒れ伏す仲間たちがいた。

 

全員、酷い有様だ。明確に致命傷を負っているものは居ないがそれでもいずれも重傷なのは間違いない。

 

フォーに至っては四肢はあらぬ方向に曲がっており、生きているかも定かではない。

 

だが灰になってはおらず、流したであろう血の量も少ない。浅くだが身体を上下させていることから呼吸はしているようだ。

 

ラーニェは安堵の吐息を漏らすがすぐに表情を引き締める。

 

「ッ、ウィーネ·······!!」

 

 ウィーネがいないことに気づいてラーニェは青ざめる。慌てて周囲を見渡してもやはりその姿はない。

 

痛みに耐えながら周囲を捜索すると、連絡路の隅に彼女が身に纏っていたローブの切れ端が落ちていた。

 

ウィーネの身に何が起きたのかは分からないが、少なくとも無事ではないことは明白だった。

 

そうしているうちに少しずつ先ほどまでの記憶が鮮明になっていく。

 

「·······なんだ······何だったんだ·······何だって言うんだ、アレは······!?」

 

 思い返せば思い返すほど、ラーニェは戦慄する。人型から感じた底知れぬ力。あれは到底個が辿り着けるような領域ではなかった。

 

仮にあの化物が異端児────同胞であったとしても、あんな化物を同胞とは呼びたくない。

 

階層主が可愛く思えるほどの化物、底が見えないどころの話ではない。そもそも存在としてのレベルが違い過ぎる。

 

ラーニェは改めてその事実を認識して震え上がる。何もできなかった、抵抗すら出来なかった。

 

ただ蹂躙された。一方的に屠られた。その現実がラーニェの心に深く突き刺さる。

 

武器すら持たず、手を振りかざすだけの攻撃とも言えぬ一撃で為す術もなく吹き飛ばされ、捩じ伏せられた。

 

パーティの中で最も強く、冒険者で言うところの第一級冒険者に肉薄するほどの力を持っているフォーですらまるで相手にならなかった。

 

フォーは全力を出していた。ラーニェも、フィアも、全員が持てる限りの力を発揮して戦った。

 

しかし、届かなかった。傷一つ負わせることが出来なかった。それどころか、まるで歯牙にもかけずにあしらわれてしまった。

 

自分の力では届かない。ラーニェは絶望的なまでに叩きつけられた実力差に心が折れそうになる。

 

常のラーニェなら失うくらいであれば死を選ぶであろう矜持や意地が音を立てて崩れ落ちていく。

 

勝てる勝てない、抗える抗えないなど問題ですらない。

 

本能に刻み込まれ、魂にまで刻まれた絶対的な恐怖に膝を屈しかける。

 

まずは何をすればいい?

 

恐怖に沈みそうな思考を無理矢理にでも律し、ラーニェはその思考を巡らせる。

 

「(おそらくウィーネは攫われた·······ならまずは······いや、その前にフォー達を······)」

 

 思考がまとまらない、感情が乱れる。それでもラーニェは必死に頭を働かせる。ラーニェは仲間達の治療に当たろうとポーチに手を伸ばす。

 

この状況下でもラーニェは冷静に行動していた。いや、正確にはそれだけ追い詰められていたというべきか。

 

今、冒険者や敵意を持った同族に襲われてはひとたまりもない。自分以上の重傷を負っているフォー達を連れて逃げるのは不可能に近い。

 

故に、今の最優先事項は仲間達を治療することだ。幸いにもフェルズの用意したポーションはまだ残っている。 

 

「─────ッ」

 

 だが、ポーションを取り出すよりも早く、不意に通路の外から聞こえてきた足音に思わずラーニェは身を強張らせる。

 

ゆっくりと、こちらに向かってくる足音が近づいて来る。

 

同族や同胞ではない。人間のもの、それも一人のものだ。ラーニェは咄嵯に近くに落ちている短剣を抜き放つと、通路の入り口に向けて構える。

 

通常、冒険者は複数人でダンジョンに挑む。それは単純に探索効率の問題もあるが、それ以上に安全を確保するためだ。

 

複数の冒険者が連携してモンスターを狩ることで、万が一にも不測の事態が起きても即座に対処できる。

 

というよりも一人でダンジョンに潜るなどよほどの実力者でもない限り自殺行為に等しい。

 

だからこそ、単独の冒険者をラーニェは警戒する。

 

上層ならまだしも中層と下層の間に位置するこの深さまで一人で潜ってこれるとなると相当の使い手であることは間違いない。

 

緊張で心臓が早鐘を打つ。額には汗が滲み、喉が渇く。

 

脚の多くが折れずとも砕かれているラーニェは、まともに戦うことも出来ない。

 

仮に一人だったとしても、逃げ切ることすら難しいだろう。

 

ならば、仲間達だけでも逃がすために仲間達が戦いの音で目を覚ますのに賭けて時間を稼ぐしかない。

 

鉄兜も甲冑も砕かれ、モンスターとしての能力である糸や毒液も出血と傷のせいでろくに使えないがそれでもラーニェは覚悟を決める。

 

もし、もしもあの化物の仲間だったら。そんな考えが脳裏を過るがすぐに振り払う。

 

もうどうしようもなかった。ラーニェは己の死を受け入れて、ただその時を待つ。

 

そして、通路の先から現れたのは────。

 

「───、───おい、何があった」

 

 ラーニェが───否、すでに死んだ者達とたった一人の例外を除いてこれまでに誰も見たことのない表情を浮かべるもう一人の『化物』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上から遥か奥に潜った場所にある地下空間。ダイダロス通りから繋がる地下水路をさらに進んだ先の人造迷宮。

 

不気味な石畳の床、松明が燃えているだけの薄暗い広間。腐臭にも似た異臭が立ち込め、壁には気味の悪い怪物の絵やレリーフが彫られている。

 

その最奥に位置する広間の一つに彼らはいた。そこにいるのは百を超える数の人間たちだ。

 

全員が一様に闇派閥の雑兵特有の白いローブを纏いフードを被っているが、体格などで性別の区別がつく者もいる。中には獣のような耳と尻尾を持つ者までおり、人種も様々だ。

 

共通しているのはその誰もがローブの奥に隠された瞳に昏く澱んだ輝きを抱いていることだろう。

 

双眸には狂気にも似た並ならぬ熱意がありありと宿り、口元に浮かぶ歪みからは隠しきれない喜悦がある。

 

その集まりから離れた人造迷宮の一角には一柱の神と怪人、そして一体のモンスターがいた。

 

「エインちゃん、そのモンスター·········『ヴィーヴル』、どうするの?」

 

 男神ながら美女のような艷やかな長い髪、濃紫色の瞳、白い肌に艶めかしい肢体をした神──闇派閥に残る唯一の邪神にして最古参の神タナトスは失神したモンスターを見て首を傾げる。

 

退廃的で享楽的、底知れぬ深淵を覗き込んだかのような恐怖を覚える有り様。

 

「エニュオからの命だ。このモンスターを使ってクラ──『剣聖』を孤立させる」

 

 そんな神の軽薄な言葉に「やり方は任せる」と気絶したヴィーヴルの少女を放り投げた怪人が答える。

 

頭からすっぽりと全身を覆う外套と仮面のせいでその表情は伺い知れないがどこか不機嫌そうな声色だ。

 

「エインちゃん、なんで他のモンスターも殺さずに無力化で済ませたのかな?」

 

 怪人はその場から去ろうとするが、投げかけられた神の言葉に足を止める。

 

「····················」

 

 言葉はないがゆらりと黒い炎のように揺らめく魔力が怪人の感情を表していた。

 

だがタナトスは意に介さず、さらに続ける。怪人の殺気などまるで歯牙にかけず、さぞ可笑しそうに口を開く。

 

「ヒトの言葉喋って仲間意識持ったモンスターに同情しちゃった? それとも、『剣───うおっ?!」

 

「次はない」

 

 怪人からの返答は零能の身では視認すらできぬ速度でタナトスの真横の壁に投げつけられたナイフだった。

 

「おっかないなぁ······」

 

 アダマンタイトの壁に深く突き刺さる刃を見て冷や汗を流し、四散した金属片に頬を切られたタナトスはそう言いながらも顔を愉悦に歪ませて笑う。

 

その様子に舌打ちして今度こそ怪人は去っていった。その場に残されたのはタナトスと気絶したままの少女のみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

原作1.5巻分くらい迷宮にこもってるアルと全方面に地雷が多すぎるエインちゃん

 

 

 



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115話 なによりなんかもう考えるとめんどくなってきたわ



次回あたりから書くためのカロリーが凄そう‥‥‥‥‥


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一人の『化物』────アルは、目の前の光景に目を見開く。

 

傷だらけの姿で短剣を構えるラーニェ、四肢があらぬ方向に曲がっているフォー、全身に浅い切り傷を負いながらも気絶しているフィア。

 

少し離れたところに岩盤へ叩きつけられたのかそのままの姿で意識を失っているクリフとオードの姿もあった。

 

一瞥しただけで状況は把握できた。

 

いずれもが血を流している。それもかなりの深手で、明らかに戦闘によるもの。

 

そしてそのどれもが致命傷ではないが、放っておけば死ぬであろうことが見て取れる。

 

傷に何者かの手加減が垣間見えることから、おそらくは殺す気はなかったのだろう。

 

高速で思考を働かせながら半ば無意識のうちに詠唱を口ずさむ。濁流のような魔力が吹き荒れ、瞬く間にアルの周囲一帯を覆い尽くす。

 

緋色の魔法陣が浮かび上がり、魔力が循環し、魔法が発動する。付与魔法の光がラーニェを含む全員を包み込み、瞬く間に癒していく。

 

アミッドやヘイズのそれには及ばぬものの全癒魔法の領域に指を掛けている治癒能力。

 

その光を浴びてラーニェは自分でも気が付かぬ程に焦燥した顔から微かな安堵の息を漏らすと、その場に膝を折る。

 

アルは自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。

 

ただ、魔法によって温まる外気に反して手足が凍えそうなほどに冷たい。脊髄に氷柱を差し込まれたような悪寒にも似たナニカが背筋を走る。

 

思考が冷め、冷静になっていく。

 

同時に、頭の中で様々な可能性が浮かんでは消えていく。

 

何故、誰がこんなことを。

 

いや、そもそもこの階層に【イケロス・ファミリア】以外の敵はいないはずではなかったのか。

 

ラーニェ達を攻撃した者の正体は?

 

目的は?

 

ラーニェ達を殺さなかった理由は?

 

ウィーネはどこだ?

 

攫われた?

 

なぜ?

 

誰に?

 

疑問が次々に浮かんでは答えが出ないままに泡沫のように消える。分からないことばかりで苛立ちばかりが募る。

 

しかし、今はそれどころではない。

 

アルは冷静に状況を把握しようと努める。

 

まずは、とアルはラーニェに視線を向ける。

 

「·········ぅ··············」

 

 ラーニェは呼吸を整えていた。外傷は完全に治り、痛みも引いたはずだがそれでもラーニェは動けずにいた。

 

─────怯えている。

 

そう、ラーニェは震えているのだ。

 

身体ではなく心が、恐怖で。

 

先程の人型にも劣らぬ激情の奔流、初めて見る眼前の英雄の怒気に気圧されて。

 

「何があった」

 

 静かだが有無を言わさぬ威圧感を帯びた声がラーニェの耳に届く。思わず身震いしそうになるのを堪えて、ラーニェは言葉を絞り出す。

 

アルは、ラーニェの言葉を聞いて僅かに眉根を寄せた。ラーニェの語った内容はおおよそアルにとって信じがたいことだった。

 

「そう、か」

 

 呆然としたラーニェの視線を受けて、アルは静かに静かに冷たく重い感情を押し殺す。

 

悔恨にも近い怒りが胸中に渦巻く。

 

それは紛れもなく自分に対する憤りだった。

 

─────しくじった。

 

【イケロス・ファミリア】の掃討を優先した判断が間違っていたとは思わない。

 

あれはあれで今しか出来ない最善の行動だった。

 

しかし、その結果がこれ。

 

【イケロス・ファミリア】さえ片付ければ問題ないと高を括っていた。

 

それが、この結果だ。

 

油断していた。

 

慢心していた。

 

冷えていく、熱が引いていく。頭が、思考が、酷く、冷めていく。

 

まるで自分のものではないかのように、どこか遠いところで思考している感覚。

 

久方ぶりの激情の後に訪れる、自己嫌悪に近い感情。 

 

おおよそ、アル・クラネルが抱くには最もふさわしくない感情。自分勝手で下劣で下種な、醜悪極まりない我欲を抱えたアルには相応しくない。

 

倫理も道徳も全て投げ打って享楽に生きるアルだが、それ故にその享楽が原因での失態は想像以上に重くのしかかる。

 

ましてそれが弟に縁深い少女のこととなればなおのこと。

 

それでも、アルは湧き上がる自責を自覚しながらそれを飲み込んで冷徹に思考を重ねる。

 

まず、ウィーネが攫われてフィアやラーニェが攫われていないことから相手は【イケロス・ファミリア】の密猟者ではない第三者。

 

その時点でだいぶ限られてくるがそもそもの話、理知を持ったモンスターである異端児の存在を知っていることでそれ以上に限定される。

 

加えて鍛錬と深層の魔石を大量に食らったことで第一級冒険者と遜色ない実力を持つフォーを筆頭に、ラーニェやフィア達を制圧できるほどの実力者。

 

そこらの冒険者では手も足も出ないそんな彼らをまとめて相手にしてなお、一方的に制圧できるほどの実力者など、それこそ都市でも数えるほどしかいないだろう。

 

つまり、敵は少なくともLv.6と同等以上の力を持っていることに他ならない。

 

そこまで考えて、アルは思考を止める。

 

「─────いや、それ以前になぜ、気がつけなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石に曇らせのためとは言うものの、ラーニェやフォーが死ぬのは許容できないと思って【イケロス・ファミリア】は倒したからラーニェ達が襲撃されるはずがないんだが··········。

 

他にも【イケロス・ファミリア】のハンターがいた?

 

··········いや、ないな。

 

仮にいたとしてもフォーは俺のブートキャンプで第一級相当まで強くなってる、ディックスでもない限りは相手できないはずだ。

 

それ以外の闇派閥のものはそもそも襲撃するメリットがあまりないはず。

 

·········いや、それ以前になぜ、気がつけなかった?

 

同じ階層内での戦闘なら【直感】を使うまでもなく、まず間違いなく感じ取れるはずだ。だってのにここに来るまで精霊すら何も騒がなかった。

 

精神干渉ってわけじゃないだろうし探知阻害か?

 

俺に効くレベルの探知阻害?

 

今の闇派閥にそんなの使えるやついるのか?

 

安く見積もっても推定レベル6以上で超抜級の透過スキル持ち、ってとこか。

 

···············いたか? そんなやつ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて見るアルの静かな激情に気圧されてラーニェは固まったまま動けず言葉を発することすら出来なかった。

 

そうしている間にも不死鳥の付与魔法が傷や疲労を癒していく。軋むような痛みも倦怠感も消えていき、傷が癒えていくにつれて次第に意識がはっきりしてくる。

 

霞がかった思考が鮮明になり、頭が冴えてアルの様子も目に映るようになる。

 

アルは怒り以上に動揺を抑え込んでいるようにラーニェの目からは見えた。

 

「─────いや、それ以前になぜ、気がつけなかった?」

 

 ポツリと誰に聞かせるわけでもない呟きが漏れる。その声音はアルらしくもない困惑に満ちたもので普段の彼を知る者からすれば違和感しかないものだった。

 

アルから溢れていた魔力の奔流が収まる。戦慄と畏怖すら覚える圧倒的な魔力が消えたことによりラーニェの緊張も緩み、思考が巡る。

 

確かに近くにいたはずのアルが事が終わるまで全く気がつくことが出来なかったのは今にして考えてみれば確かにおかしい。

 

あの化物の魔力の奔流が間近にあってアルが気がつかないはずがない。

 

─────アル・クラネルは必ず『間に合う』。

 

呪いじみた異能とも言うべきアルの英雄性はどんな事態、どんな危機であっても必ず間に合うところにある。

 

全てをすくい上げられるほどの力があったとしてもその場に居合わせなければ何の意味もありはしないからだ。

 

第一級冒険者としての磨き上げられた五感の鋭敏さは勿論のこと、【直感】の発展アビリティによる第六感的知覚が周囲の危機に対して敏感に反応してアルの行動を先んじさせる。

 

また、大気中に漂う名もなき精霊達との親和性の高さと【幸運】の発展アビリティがそれらを感知する手助けをする。

 

ずば抜けた感知力に加えてそれらの補助によりアルはたとえどんな状況下にあろうとも必ず駆けつけることができる。

 

『都市最速』と謳われる第一級冒険者の脚ならば尚更だ。

 

それをラーニェもある程度知っているが故にアルの困惑と疑問は理解出来た。

 

常のアルならばあれほどの怪物が自分たちと相対した時点でそれを感知できたはずだ。

 

しかし、今回に限ってはアルはその気配すら察知できなかった。あれほどまでに横溢した魔力の波濤を感じ取ることができなかった。

 

「─────悪い、俺がしくじった」

 

 だが、そんなことよりもラーニェは普段の鉄仮面を崩して悔恨の表情を浮かべるアルの姿こそが信じられなかった。

 

感情を解さぬ冷血漢、感情を発さぬ英雄、感情を測れぬ化物。アルに対するラーニェの評価は概ねそのようなところだった。

 

底知れぬ実力と感情を一切感じさせない無機質な言動はまさに怪物と呼ぶに相応しかった。

 

だからこそ、おおよそアル・クラネルという人間が浮かべるにはふさわしくない感情の乗った表情を見てラーニェは絶句していた。

 

それは驚愕であり、困惑でもあった。

 

同時に、ラーニェはアルのことを少しだけ見誤っていたことを理解した。

 

アル・クラネルはただの人間だ。

 

それもまだ若い、未熟な子供だ。

 

その強さや肩書きの重さで誤魔化されがちではあるがアル・クラネルはまだ少年に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォー達の治療をしつつもアルは思慮を重ねていた。

 

その襲撃者の存在を感知できなかったこと自体もそうだが、それ以上に今もなおその相手の行き先が読めないことに困惑していた。

 

都市に潜む闇派閥の構成員の炙り出しは大方終わっている。その中で異端児達の誘拐を企てている者がいるとすればそれは既に潰した組織の残党や知らない別の派閥ということになる。

 

だが無名の派閥にそれほどの実力者がいるとも思えないし仮にいるのならば既に前線に出ているはずなのだ。

 

そんな者はアルの知識にも存在しない。

 

だが何よりも今もなおその相手がどこへ向かっているのかがわからないことがアルにとっては一番の問題だった。

 

大気中に大量に残っている魔力の残滓や【直感】の発展アビリティによって強化された第六感から本来であれば簡単に捕捉できるはずの存在の影が全く見えない。

 

まるでその存在が最初からそこにいなかったかのように。

 

精霊に呼びかけてもなにも反応が返ってこない。

 

ウィーネを攫った謎の存在の痕跡を追おうとしても煙のように消えてしまう。アルはそれがどうしようもなく不思議だった。

 

今までの経験上、この手の異常事態に遭遇した場合はまず間違いなく【直感】が働く。

 

だが、今回ばかりはアルの第六感は何も告げない。むしろ、何も起こらないことを警告するように疑問だけが膨れ上がっていく。

 

突き止めようとする思考にすら靄がかかっていくような感覚を覚えながらも、それでもアルは思考を止めることができない。

 

「(─────エイン、か?)」

 

 ラーニェの言葉や大気に残っている微かな魔力の香りからして恐らくは間違いないだろう。

 

強さという意味でもそれ以外でもエイン以外にラーニェ達を制圧できるだけの力を持った闇派閥に属する者など思い当たらない。

 

その目的は測れないが、少なくとも今回の一件に関しては確実に何かしらの意図が絡んでいることだけはわかる。

 

ラーニェ達が襲われたことも、アルが感知できなかったことも、そしてその目的も。

 

疑問は尽きない。

 

何よりここまでの物的証拠が揃っておきながら今の今までエインが襲撃犯だと気がつけなかったことにアルは愕然としていた。

 

「(精神異常の呪詛······? いや、俺に効くはずもないし、かけられた自覚もないな)」

 

 真っ先に候補として上がるはずの存在が出てこなかったことにアルは更なる違和感を覚える。

 

ソーマの神酒をがぶ飲みした状態でフレイヤの全力の魅力を食らっても二日酔いで済ませられるアルの精神状態はあらゆる精神干渉の影響を受け付けない。   

 

常軌を逸した自我の強さの他にもあらゆる状態異常をはじく付与魔法や精霊の加護、Lv.8のステイタスによる耐性。

 

そんなアルを惑わすことが可能ならアルだけではなく、都市の全てが既になんらかの呪いの影響下にあってもおかしくはない。

 

しかし、それらしいものは一切感知できない。

 

呪いが発動した痕跡もない。

 

ならばアルがどうこうされたわけではなくエイン自体が自分に対する何らかの認識阻害のアイテムかスキルを持っていると考えるべきだ。

 

だが、アルが知る限りエインにそんな力はないはずだ。

 

「(何にしろ一旦地上に戻るべきか)」

 

 エイン及びエニュオの狙いもウィーネの行方も分からないがダンジョンにとどまるのではなく何が起きてもいいように地上に戻ってファミリアと合流すべきだろう。

 

フォー達を他の異端児たちと合流させてから自分は早急に地上へ戻る。

 

そう決めたアルは早速、眼晶を起動させた。

 

「(なによりなんかもう考えるとめんどくなってきたわ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────翌日の早朝。

 

 

アクセサリや軽食の露天商が立ち並び、大派閥に属さない鍛冶師が作った武器防具を取り扱う店なども既に開店して客を呼び込んで大通りを賑わせている。

 

商店から聞こえてくる、その店の大小を問わずに張り上げられた声が活気に満ちた街の雰囲気を作り出していた。

 

これからダンジョンに潜りに行く冒険者達を目当てに、都市中の店がこの時間から営業を開始して人の流れを作っている。

 

そんな喧騒の中、レフィーヤは突如として街中にけたたましく鳴り響いた鐘の音と拡声の魔石製品から発せられた緊急放送を聞いて驚いて足を止める。

 

『────緊急警報!! 繰り返します! 緊急警報!!直ちに全ファミリアはギルドの指揮下に入ってくださいッ!!』

 

「ギルドのミッション·······?」

 

 突然の出来事に呆然とするレフィーヤ。鐘の音とアナウンスを聞き付けたのか、周囲で同じように足を止めた冒険者が集まってくる。

 

ざわざわと騒めき出していた大通りは徐々に静まり返り、冒険者達の間に緊張が走る。

 

『─────ギルドからミッションを発令します!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギルドからミッションを発令します!!』

 

「───ッ?!」

 

「ミッション?!なんで?!」

 

 【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館にもその放送は届いていた。館内にいた団員達が一斉に驚きの声を上げ、食堂に集まった幹部達の間で動揺が広がる。

 

ティオネとティオナはその放送を聞くなり、すぐに駆け出して中庭に飛び出した。そこには既にフィンやリヴェリアを始めとした主力メンバーが集まりつつある。

 

鐘の音が中庭まで届き、皆一様に驚く中、フィンだけが表情を変えず静かに佇む。

 

ギルドからのミッション、それもオラリオに所属する全冒険者に向けてのものなど滅多にあることではない。

 

よほどの異常事態が起きたのだろう。誰もがそう思うと同時に、ある者は表情を引き締めて、またある者は不安げな面持ちを浮かべながら続々と集まってくる。

 

屋内では聞きにくいだろうと外に出てきたのだ。

 

鐘の音を耳にしたアイズ達も広間に集まり始め、ちょうど幹部全員が揃った頃にアラート内容の詳細が説明された。

 

『18階層───リヴィラの街が下層より現れた武装したモンスターにより壊滅させられました!!上層種から深層種までの様々な種族の『強化種』が百近く確認されています!!』

 

 

 ギルド職員の言葉を聞いた途端、幹部達の表情が強張る。

 

リヴェラの壊滅、それだけならばこれまでに何百回も聞いた話だ。

 

モンスターの発生しない安全地帯とはいえ上下階層からモンスターは当然のように湧いてくるし、ダンジョンに異常事態はつきもの。

 

何回も壊滅しては復興を繰り返しているリヴェラの壊滅は決して珍しい事ではなかった。

 

しかし今回は事情が違う。

 

上層から深層に至るモンスターの強化種が百以上。それが地上に向かって進攻してくるなどここ100年余りなかった未曾有の異常事態である。

 

複数の階層域のモンスターが一堂に会するというだけでまずあり得ない状況であり、ましてや強化種の群れがダンジョン内を闊歩するなど、もはや前代未聞であった。

 

「モンスターが武装·········?」

 

「おい、冗談じゃねぇぞ·······」

 

 ポツリと呟かれたアイズの疑問とベートの驚嘆が重なる。モンスターは武器を扱うことはできるが、それはあくまで天然武器を振るうだけで冒険者のように装備を身に着けたりはしない。

 

何よりも恐ろしいのは進攻しているモンスターが強化種であるということ。

 

同胞であるはずのモンスターの魔石を喰らい続け、いわばダンジョン内での生存競争に打ち勝ってきた異常個体である強化種。

 

ダンジョンで時折起きる異常事態の中でも強化種の発生は最悪の類であり、そのまま冒険者の死に繋がりかねない危険なものだ。

 

その個体にもよるが他のモンスターの魔石を喰らうことで自己強化を果たした強化種の恐ろしさは最大派閥の【ロキ・ファミリア】の面々は深く理解している。

 

例としては『血濡れのトロール』。

 

レベルにして5、第一級冒険者相当まで己を強化したかの怪物はギルドに泣きつかれた【フレイヤ・ファミリア】の幹部陣に討伐されるまでの間に50名以上の上級冒険者を殺めている。

 

魔石の味を覚えた強化種は元となったモンスターとは全く別種の、元の認定レベルでは測れない上位亜種ともいうべきものなのである。

 

─────それが百体近く。

 

ギルド職員の報告を聞き終えた幹部達はその数に改めて息を呑む。リヴェラの壊滅からまだ数時間ほどしか経っていない。

 

地上にたどり着く前に倒さなければ甚大な被害が出る。

 

仮に守る対象が多くある地上でそれほどの数の強化種に暴虐を許してしまったら······想像するだけでもその恐ろしい光景に背筋に冷たい汗が流れる。

 

【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】を筆頭に組織だって対処しなければ七年前の大抗争並み、あるいはそれ以上の被害を巻き起こしかねない。

 

『現在、ギルドは冒険者を招集しています!!Lv.2以上の上級冒険者を含むファミリアはセントラルパークに集合して下さい!!それ以外のファミリアは市民の誘導や避難のサポートを行ってください!!』

 

 火急の招集に、フィンに幹部達は視線を向ける。

 

「皆、早急に装備を整え───」

 

『─────えっ?······あ、いや、そんな···········りょ、了解しました!!』

 

 フィンの指示を遮るようにギルド 職員の困惑した声が拡声の魔石製品を通して響き渡る。

 

そして、再び拡声の魔石から声が発せられる。

 

「─────先ほどの指示を訂正します。冒険者のダンジョンの侵入を全面的に禁止します!!ギルドからの指示があるまで待機していてください!!」

 

 フィンを含め、その場にいた全員の顔が驚愕に染まった。切迫し、錯綜する状況の中での急遽の指示変更に動揺が走る。

 

「指示の変更とは指揮系統が混乱してるのかの?」

 

「或いは大物から横槍が入ったとかな?」

 

 何の根拠もない勘ではあるがこの騒動はより大きな事件の発端に繋がるとフィンの直感が告げていた。

 

これはただの大捕物では終わりそうにないな、とフィンは小さく溜め息をついてじくり、と疼く親指を握り込む。

 

「どう思う、アル? ···············アル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

·········よし、よし。

 

フェルズからの返答待ちだけど大体原作と変わらない感じに落ち着きそうだな。

 

エインの目的は読めんが最悪、ベルが折れないように立ち回る必要が有りそうか。

 

···········めんどくせぇけどあと少しだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

エインの認識阻害に関しては後々詳細を書きますが今はアルに感じられにくい(直接相対したら無理)程度の内容で大丈夫です。

 

 

アル「曇らせていいのは俺だけ!!死んでいいのも俺だけ!!死ぬなら俺と一切関係ないところで死ね!!」

 

─────を徹底してるだけでドクズはドクズ、アストレア・レコードifのアルはこの範囲がもう少し狭い。

 

 

 






ベルに対してヤンデレ(優しい表現)な異端児ジャガーノートの7000文字程度の短編書いたのでよかったら読んでください

https://syosetu.org/novel/313392/


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116話 次があるなら俺が素直に指示を聞くとかいう希望的観測をやめることだな



久しぶりに週間閲覧数が10万超えた!!





 

 

 

 

 

ギルド地下、祈祷の間。

 

リヴェラ壊滅の件で騒がしい地上とは打って変わり、静寂に包まれたその場所は厳かな雰囲気に包まれていた。

 

「最善はアルと【ガネーシャ・ファミリア】をリヴィラに派遣してダンジョン内で騒ぎを収めることだったのだが·········」

 

「仕方あるまい、ロイマンの判断は常ならば間違っていない」

 

 悔いるかのようなフェルズの言葉に、苦々しい表情を浮かべながらウラノスが答える。

 

18階層のリヴィラが壊滅したという情報はすでに事態の鎮圧のために戦力を集めようとしたロイマンの指示でオラリオ中に拡散されている。

 

遅れて指示訂正の命令を出したが、もう遅いだろう。この状況で冒険者のダンジョンへの立ち入りを禁止するなど、違和感を募らせる結果にしかならない。

 

零細派閥ならまだしもファミリアとして有力であればあるほど違和感を覚えるはずだ。

 

冒険者たちの意見を黙殺することはできても、完全に無視することはできない。特に今回のような緊急の事態は即、都市の壊滅に繋がりかねないほどの危機的状況なのだ。

 

本当はそうでなくても異端児たちの存在を知らない冒険者たちや神々にとって今回のギルドの対応は理解しがたいものがあるはず。

 

最悪、ギルドと冒険者の間に軋轢を生みかねない。

 

だが、今更もう手遅れだ。

 

冒険者たちと異端児たちを戦わせる、それだけは何としてでも避けなくてはという考えから今回の対応に至ったのだ。

 

既に異端児たちは動き出している。

 

もう異端児たちは止まらないだろう。

 

新たな同胞として迎え入れたウィーネをさらわれたことに対する憤怒はもはや抑えきれないところまできている。

 

これまでも彼らはその同胞を人間によって何度も失ってきた。

 

『密猟者』によってどこぞに売られていった同胞が帰ってこなかったことは数え切れない。

 

その度に涙を呑み、歯を食いしばって耐えてきた。

 

だが、今回、ウィーネ·······異端児がアルの庇護から外れたタイミングをつけ狙うかのように攫われたことで彼らの怒りは限界に達した。

 

ベルからウィーネを託されたそのすぐに奪われたことによる申し訳なさや悔しさはあれどそれ以上に怒りは燃え上がる。

 

そして、今までずっと堪えていた悲しみが爆発した。

 

それはもはや同胞を奪われたことへの怒りだけではない。

これまでに自分たちから仲間を奪っていった者共に対しての純粋なまでの敵意と殺意の発露だった。

 

その感情は同胞の仇を取り戻すまで消えることはない。

 

その気持ちは痛い程に分かる。

 

だからこそ、彼らをこのまま暴走させるわけにはいかない。

 

彼らに真っ当な人間を殺させてその手を血に染めさせることだけはあってはならない。

 

他ならぬ彼らの手で人類との融和という夢を途絶えさせるわけにはいかない。

 

何より、彼ら自身にその道を選ばせたくない。

 

フェルズは骨しかない拳を固く握り締め、ウラノスもまた眉根を寄せて厳しい顔をしている。

 

ダンジョンへの冒険者の立ち入りは止めているが最悪、その混乱に乗じて闇派閥残党が動くことも予想できる。

 

後手に回ってしまえば更なる事態の悪化を招く恐れがある。それこそ最悪の結末を迎えることになるかもしれない。

 

ダンジョン内のモンスターの移動及び、モンスターの出現位置の変化は深層域では時折起こる現象であるが、比較的地上に近い中層で起こればそれは明らかに異常なことだ。

 

ヴァルガング・ドラゴンの砲撃やラムトンなどの『階層無視』の能力を持ったモンスターを除けば上下の階層に対して二階層分程度しか移動しないはずのモンスターが一気に登ってきたなぞダンジョンについて詳しく知っていればいるほどその異常性に気付くだろう。

 

ギルドや都市の上層部が隠蔽しようとしてもいずれ異端児の存在がバレてしまうのは時間の問題だ。

 

こちらの事情について一切知らないからこそたちが悪い。

 

第一級冒険者や第二級冒険者の上澄みでなければ探索できない深層域のモンスターがせいぜいがLv.2までの冒険者が探索する中層まで登ってきたなんて日頃からダンジョンを探索する冒険者からすれば恐怖以外の何ものでもない。

 

加えてそのいずれもが強化種と思われる異常個体ときている。

 

ましてやそれが百体近く、それも群れを成しているなんて誰がどう考えても早急に【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】を派遣─────あるいはガネーシャやヘファイストスなどの有力派閥も含めた大規模な派閥連合で対処しなければならない事案である。

 

だからこそそれをしないギルドに不信感を抱く冒険者は増えるばかりなのだ。

 

「もはや彼らは私の問いかけにも応じない··········」

 

「アル・クラネルの制止も聞かなかったようだな」

 

「ああ、私達、人類の声は届かない。だからといって放置もできない·········」

 

 こうしている暇にも刻一刻と状況は悪化していく。フェルズの言葉にウラノスは同意するように深く首を縦に振る。

 

「アル・クラネルに【ロキ・ファミリア】の行動をとどめさせている間に事態の解決を図らねばならない」

 

 闇派閥残党との戦いに際し、神経質になっている【ロキ・ファミリア】は場合によってはギルドの制止を無視して行動する可能性がある。

 

そうでなくともあるいは 神以上の観察眼と聡明さを持つ『勇者』ならばギルドが隠そうとしている異端児の存在に勘づいてしまう可能性もある。

 

できることならこれ以上大事にならないようにギルドの情報統制内で迅速に事態を収束させたい。

 

「18階層の事態収束·········異端児達の応対は【ガネーシャ・ファミリア】に一任して問題ないだろう」

 

 異端児による冒険者の殺戮を防ぐには第一冒険者を複数抱える【ガネーシャ・ファミリア】が最低限の精鋭で対応した方が良い。

 

異端児について知っているガネーシャならば上手くやってくれるはずだ。

 

リドやグロスの相手は正直手に余るだろうが、それでも異端児達に撤退を選ばせることはできるはずだ。

 

「············アル・クラネルはどうする?」

 

 ウラヌスの命を受けてフェルズは今回も秘密裏に裏で動いているアルのことを思い浮かべる。

 

一度は拒まれたとはいえ異端児と親交深いアルならば怒りに支配された異端児達を止められるかもしれないし、万一の戦力として一切の憂いがなくなる。

 

というか、ぶっちゃけアル一人を向かわせれば全員の無力化すら容易だ。

 

「いや、『リスク』が高い、他の冒険者の目がある場所で異端児と関わらせるわけにはいかない、それは最終手段だ」

 

 都市最強の冒険者がモンスターと密通していたなんてことが露呈すれば今回のギルドの対応の不透明さとは比べものにならないほどの動揺が都市を襲うことになる。

 

そんな事態だけは絶対に避けなければならない。アルが異端児と関わりがあることはごく一部の関係者のみに留めておかなくてはならない。

 

「フェルズ────代わりではいないが、ベル・クラネルをミッションに組み込め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────まぁ、何はともあれ今は情報が錯綜していてどれが正しいのかも判断がつかん」

 

 ギルドの放送からしばらく黄昏の館では慌ただしい空気に包まれていた。団員は各々が装備の点検や身体の確認、あるいは情報の精査など思い思いの行動をとっている。

 

ギルドからの待機命令を受けた若手幹部達もホームの中を落ち着きなく歩き回り、そわそわしっぱなしだった。

 

そんな中、ようやく冷静になった幹部達は談話室に集まって改めて腰を落ち着けると会議を始める。

 

まず最初に口を開いたのは神妙な顔のガレスだ。

 

今回の一件はあまりにも唐突過ぎて情報が不足している。何より不可解なのはギルドが冒険者のダンジョンへの立ち入りを禁止していること。

 

ギルドからの通達を無視することは可能だが、それはそれで後々面倒なことを引き起こす。

 

「だからって私達まで待機してる必要はないでしょ、ガレス」

 

 ガレスの言葉にティオネが苛立たしげに言う。

 

イレギュラーなのは承知しているがだからこそ機動力があって対応力にも優れた────なにより実力のある自分たちは動くべきだと主張する。

 

口には出さないがアイズやベート、ティオナと言った若手の幹部達も一様にその意見に賛同するように強く見つめ返す。

 

その困惑と意見は間違っていない。

 

純然たる事実としてリヴィラが数十ものモンスターによって壊滅させられたのだ。

 

それも上層から深層に至る様々な種類のモンスターの強化種と思われる 異常個体が百近くという未曾有の異常事態。

 

全てが全て情報通りとも思わないがその脅威のほどは少し聞き齧っただけでも想像に難くない。

 

仮にそのモンスターたちが地上まで攻め上がってきたらどれほどの被害が出るか分かったものではない。

 

それを食い止めなければオラリオは間違いなく未曽有の危機を迎えることになるだろう。

 

情報から察するになぜかそのモンスターたちは中層のリヴィラに留まっているようだがそれもいつまで持つかも分からない。

 

だからこそ都市最強派閥である自分たちは動かなければならない。そんな幹部達の心情を察したようにガレスは小さく嘆息する。

 

ガレスもギルドの対応には違和感を覚えているが、それに対する答えは持ち合わせていない。

 

ギルドの対応の不透明さと命令の撤回はまるでギルドそのものが組織内部で今オラリオで起ってるのと同じような認識齟齬が生じているかのようであった。

 

しかし、それが何なのかまではガレスは推測することはできなかった。

 

「何らかの秘密を冒険者に隠そうとしている、とかかのぉ········」

 

「ギルドの上層部がなんか企んでるって事?」

 

「いや、流石にそこまでは分らんがの」

 

「········」 

 

 幹部達が言葉を交わすなか、フィンは一人黙考する。先ほどのギルド職員の反応、フィンの直感が何かがおかしいと囁いている。

 

その正体が何なのかは分からないが、このタイミングでの指示変更に加えて冒険者への入場禁止、情報開示もなくただただ待機しろと言う指示。

 

フィンはその指示にギルド上層部自体も混乱していると感じていた。

 

「(まず、ギルドが何かを隠そうとしている·····それは確実だ)」

 

 だが、ギルドが隠そうとしているのは何だろうか?

 

先ほどの放送にあったような『未知の強化種』の存在を隠すため? 否、ギルドが混乱していることを考えるとそれすらも怪しい。

 

錯綜する情報の中でどれが正しく、どれが誤っているかの判断材料が少なすぎる。

 

なにより───────。

 

「なんだってギルドはガネーシャの連中に全部任せてやがる!!」

 

「(それだ、そこが最大の違和感だ)」

 

 ギルドの発表ではいたずらに冒険者を投入して被害を増やすよりは精鋭だけに絞れて組織的行動に優れた【ガネーシャ・ファミリア】に任せた方が安全だと判断したということらしいが、それでも疑問が残る。

 

それに付随した未知のモンスターを相手にするには『怪物祭』などでモンスターのテイムを行っていてモンスターの相手に慣れている彼らが適任というのも間違いとまでは言わないがどこか違和感がある。

 

組織的行動に優れているという点であればそれこそ【ロキ・ファミリア】に話が来ないのは可笑しい。

 

それにモンスターの異常発生の理由追求の必要があるとはいえ彼らのテイマーとしての技術が必要になるとは到底思えない。

 

いや、そもそもの話。

 

「(【ガネーシャ・ファミリア】の()()()()()()()?)」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】は強い。

 

Lv.6に限りなく近い実力者である『象神の杖』を筆頭に数多くの実力者を擁すこの都市でも屈指の大派閥だ。

 

所属する第一級冒険者の数に至ってはこのオラリオでも最多であり、Lv.6こそいないものの派閥としての総戦力は自分たちとフレイヤの派閥に次ぐオラリオ第三位の勢力を誇る。

 

その組織力や実力はフィンもよく知るところではあり、基本女神のためにしか動かないフレイヤの派閥と要所要所で暴走しがちな自分たちの派閥を除けばオラリオ最高戦力の集まりと言っても過言ではない。

 

大抵の事態なら問題なく対処できるはずだ。

 

だがそれでも今回に限って言えば彼らだけに一任するのは些か不安がある。

 

リヴィラの壊滅自体はよくあることだが100に迫る強化種の出現や冒険者の装備を身につけたモンスターなど聞いたことがない。

 

彼らの実力は疑うべくもないがそれでも今回の脅威は一派閥の手に負えるものなのかどうか疑わしい。

 

強化種の中に第一級冒険者クラスの戦力が複数いる可能性を考えれば【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を含めた派閥連合を組んで事に当たらせるべきだっただろう。

 

ギルドもそんなことは十二分に理解しているはずなのになぜそれをしなかったのか?

 

「(そうまでして隠したく、それでいて【ガネーシャ・ファミリア】にならバレても構わない秘密··········?)」

 

 数秒の間に高速で巡らせた思考にフィンは小さく首を振る。どれもこれも憶測の域を出ない考えでしかない。今は情報が足りな過ぎる。いくら考えても推測以上のことは思い浮かばない。

 

強化種の大量出現、冒険者の武器防具を装備した個体、そしてギルドの不可解な対応。

 

あまりにも不自然な状況が重なって起きているこの状況にフィンは嫌なものを感じていた。

 

まるで見えない何か大きな事態が裏で動いているかのような得体の知れない感覚。

 

このオラリオの存亡に関わるような何かが迫ってきているような予感それをフィンは拭えずにいた。

 

「(冒険者の装備を身につけた強化種の同時出現、か)」  

 

「(··············ギルド、いや神ウラノスが隠したがっているのがそのモンスターたちの暴かれてはいけない『正体』というのは穿ち過ぎかな)」

 

 フェルズやベルが聞けば目を剥くようなことを平然と考えながらフィンは小さく息を吐いた。

 

だが、フィンはそれらの懸念を全て飲み込む。

 

「(少なくとも闇派閥との決着がつくまではいたずらに軋轢を生んでる場合じゃない)」

 

 闇派閥との戦いに勝利するにはギルドや他派閥との連携が必須だ。

 

「────何にせよ、情報が足りない今先走って空回りすることは避けたい」

 

 そう言ってフィンは幹部達を見回す。今すべきなのは現状の把握と情報の収集、そしてそれを踏まえた上での最善の選択を取ることだ。

 

「気持ちはわかるが今は機じゃない。僕たちはギルドの決定に従って、ここで待機しよう」

 

 動くのは【ガネーシャ・ファミリア】の結果を待ってからでも遅くはない。そう結論を出したフィンの言葉に幹部達は不満げながらも押し黙った。

 

各々、不満や疑念はあるようだが今の状況下ではどうすることもできない。

 

「特にアル、みんなに隠れて ダンジョンに潜ったりしたらダメだよ」

 

「あーはいはい········」

 

 先ほどまでの緊張した空気を和らげるように冗談交じりで言うフィン。

 

昨日、ラキア王国の件から熱愛報道の件までファミリアを離れて続けていた単独行動から帰ってきたアルはリヴェリアにこってりと絞られていた。

 

とはいえアルが悪いわけではないのは分かっているのでお咎めはなく、むしろ踏んだり蹴ったりなことに同情的な視線が多かったのだが。

 

今回に関しても極論、アルが単独で先行してしまえばガネーシャの派閥よりも速く、確実に事態を収束させることができるかもしれない。

 

だが、今後のことを考えればアル一人にばかり負担をかけるわけにもいかないし、そもそもそんなことをすればギルドとの関係悪化は避けられない。

 

放っておくと勝手に行って勝手に解決しそうな気がしたので軽く釘を刺したのだ。

 

しかし、その言葉に当の本人は興味なさ気にそっぽを向いて答えた。

 

その様子にフィンは苦笑する。おそらくはもうすでに行く気満々だったのだろう。

 

「ティオナ、君はアルが抜け出さないように監視を頼むよ?」

 

「わかった!! ダンジョンで体を動かせないのは残念だけど久しぶりに英雄譚についていっぱい話せるね!!」

 

 その言葉にティオナは元気よく返事をし、その横でアルが少しばかり焦りを浮かべる。

 

「いや、俺の知識は大体ベルと爺の受け売りだから········」

 

「なら、あたしが面白いのを教えてあげる!!」

 

 超級の童話オタクであるティオナに捕まったが最後、夜通し語られることになるだろう。

 

だがこれで抜け出すことはできないだろう。その二人のやり取りを見て微かに微笑むとフィンは表情を引き締めて口を開いた。

 

「待機と言ったがそれは裏を返せば事が起こればすぐに動くということだ。皆、いつでも出撃できるように準備だけはしておいてくれ」

 

 フィンの言葉に全員が静かに首肯し、談話室から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────半日後。

 

すっかり日が落ち、夜の闇に閉ざされた黄昏の館。深夜と言っても良い時間帯の館の中を歩く影があった。

 

薄暗い廊下を音もなく進む人影は寝静まった館の者たちの目を盗んで進んでいく。

 

それなりの速度で歩いているにも関わらずその体からは一切の音が生じない。

 

まるで最初からそこに存在していないかのように気配が希薄で全ての方向から死角をとるように進んでいる。

 

深夜と言ってもまだ何人かは起きているはずだが、それでも誰の目にも留まらないのは異常だった。

 

そしてその影の正体は────。

 

「(俺を本気で待機させたいんだったら複数人に寝ずの番をさせるべきだったな)」

 

 ホームで待機しているように念押しされていたアルだった。

 

するりするりと人の目を避けて歩き続けるその動きはダンジョンでモンスターを狩る冒険者のそれでは到底ない。

 

まるで暗殺者のような身のこなしであり、事実、その隠密技術は大陸の裏界隈で密かに恐れられる暗殺系ファミリアの秘伝だ。

 

まだアルがそういう趣味の方々からつけ狙われる幼さを残していた時に とある酒場の猫人から学んだ技である。

 

それをその暗殺系ファミリアに所属するどの暗殺者よりも優れた才能と都市最強の第一級冒険者としての身体能力によって獣人の第一級冒険者ですら気づけない隠行の奥義にまで昇華させたモノ。

 

影に溶け込んだようなアルの動きに気づける者は誰もいない。事前に分かっていたとしても見つけることは困難を極めるだろう。

 

「(それにしてもほぼぶっ通しで話し続けるとかあいつ元気よすぎだろ·······)」 

  

 比喩でなくずっと英雄譚や童話について語っていたティオナに若干煤けた目を浮かべるアル。

 

目的のために磨き上げた聞き手の技量が無意識に災いしたせいでこんな時間になるまで眠らずに延々と話を聞いていたのだ。

 

ようやく寝たティオナから無音で離れて部屋から抜け出す頃にはこうして完全に深夜となっていた。

 

異常なほど寝つきがよく一度眠れば中々起きないので大丈夫だと思うがティオナが起きて自分の不在に気が付かないよう、早めに済ませて戻らなければと内心思いながら通路を歩いていく。

 

そうして、中庭を経由して外へと出る。

 

所々にある魔石灯の明かりを避けて足音を消して進みながら目的地を目指す。

 

わずか数分でたどり着いたのは白い外装の治療院であった。

 

「(次があるなら俺が素直に指示を聞くとかいう希望的観測をやめることだな)」

 

 そのままアルは無言で裏手の窓枠に手をかけた。

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

対アミッドは次回で。

 

 

 

白髪頭『次があるなら俺が素直に指示を聞くとかいう希望的観測をやめることだな』

 

勇者『えぇ·············』

 

組織人として何か致命的な欠陥を抱えた白髪頭。

 

 

 

 

白髪頭『バレなきゃ犯罪じゃないし、仮にばれても言いくるめられればそれは犯罪じゃない······!!』

 

聖女『少なくとも不法侵入は言いくるめられる以前に現行犯ですよ』

 



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117話 報連相チョップ






溜め回です







 

 

 

 

 

 

「───────」

 

 必要な分の解呪薬の量産は既に終わっている、それなのに私は休むことなく作業を続けていた。

 

机の横には無数の小瓶が並べられており、中身は全て新しく開発した解呪薬だ。

 

体格やスタミナの関係で私よりもよほど多く取れるアルの血液を主な材料として作られたこの解呪薬はアルの体質の一部と【レァ・ポイニクス】の呪いに対する耐性と適応力を再現できる。

 

これさえあれば闇派閥の残党が使う不治の呪詛にも対処可能になるはずだ。

 

しかし、これはあくまで対処に過ぎない。

 

あの剣─────三大冒険者依頼の巨獣の亡骸から作られたという最強の英雄殺し。

 

あの剣による斬撃は切られたのが第一級冒険者でもない限り、解呪薬を使う前にまず間違いなく『即死』する。

 

即死せずに呪いをどうにかできたとしてもベヒーモスの死毒は確実に体を蝕み、やがては死に至らせる。

 

散々試したもののあの毒に対する解毒薬は──────作れない。

 

オリジナルのベヒーモスの毒とどちらが強いかは分からないが、あの毒をアル以外が受けてしまった場合は私の魔法でなければ治療はできないだろう。

 

つまり、いくら対抗策が出来たところであの英雄殺しの前では意味がない。 

 

あの怪人の相手はアルがするだろうけれど万が一に備えて少しでも被害を減らすために私はアルのいない隊が怪人と会敵した場合に備えて同行して治療する。

 

それが私の役目だ。

 

そのためにも通常の呪詛ならば私がいなくても解呪できるように地上分も含めて今のうちにできるだけ多く解呪薬を用意しなければならない。

 

幸い、アルが深層から持ってきたモンスターのドロップアイテムは山のようにある。これを有効活用すれば多少なりとも数を用意できるだろう。

 

すでに効率的な精製方法は確立しているので後はただひたすらに作り続けるだけだ。

 

これが終われば次は護符の準備もしなければならない。

 

アマゾネス襲撃の件もあるため、しばらくはホームの外に出るのは控えるべきかもしれない。

 

いや、そのほうがいい。

 

アルや『女神の黄金』とは違い、直接戦闘能力に欠ける私では襲撃犯に太刀打ちできない可能性が高い。

 

今はホームの中でできることをしよう。

 

そんな時だった。

 

「─────っ」

 

 曲がりなりにも二度のランクアップで一般人に比べれば鋭敏な感覚を持つ私の耳が僅かな物音を聞き取った。

 

反射的に立ち上がり窓から離れて杖を構え、警戒を強める。間違いなく何かが近寄ってくる音だった。

 

こんな時間に、しかもこのタイミングで一体誰が? 疑問と共に緊張で心臓が激しく鼓動し、冷や汗が頬を伝う。

 

それこそ闇派閥の残党の闇討ちである可能性は十分にある。

 

高速で頭の中を巡る思考。不味いのはわかるが、どうするのが正解なのかわからない。

 

「(大声で助けを────いや)」

 

 戦闘系ファミリアのホームでないここで助けを呼んだところで戦力にはなり得ないしそもそも深夜だ。

 

誰も来ない可能性もある。

 

なら、どうすれば·······!

 

混乱しながらも必死に頭を回すが、何一つ有効な手立てが浮かんでこない。

 

ぎぃ、と窓枠に指がかかる音がした。護身用に用意している爆炸薬の瓶を握りしめながらゆっくりと振り返る。

 

そして、そこには──────。

 

「おっ、なんだ起きてたのか」

 

 投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ならこの時間帯でも起きてるとは思ってたけどやっぱり薬を作ってたか」

 

「············この、馬鹿っ」

 

「え?」

 

「こんな夜更けに女性の部屋に無断で入るなんて何を考えているんですか!?」

 

 とっさに投げてしまった瓶は何気なくキャッチされ、予想外過ぎる人物の登場に思わず怒鳴りつけてしまうアミッド。だがそれも仕方ないことだろう。

 

まさかアルがこんな時間に来るなど思いもしないし、何よりここは女性の部屋なのだ。いくら相手がアルとは言え、非常識極まりなかった。

 

というか、せめて玄関から入れ。

 

何らかの方法で外から窓を開けて入ってきたのは分かったが、普通に考えてそれは居空き強盗の所業であり褒められたものではない。

 

心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いたアミッドだったが、なんとか必要以上に声を荒げずに済んだ。

 

代わりに怒気を孕ませた視線をぶつけるが、アルはそれを全く意に介さずにアミッドの隣まで来ると机の上に並べられていた小瓶を眺め始めた。

 

怒りながらアルの横顔を見ていたアミッドはふと、違和感を覚える。なんだろうか、妙な雰囲気を感じるのだ。

 

いつも通りの雰囲気ではあるが、どこか普段と違う気がする。しかし、それが何かは分からずアミッドは首を傾げる。

 

「·········はぁ、というか誰か他の方に見られて誤解でもされたらどうするつもりですか」

 

「誤解?」

 

「·········貴方と私がそういう関係だと思われるということですよ」

 

 深夜に年頃の女性の部屋を訪れる男性と女性が二人きり。傍から見れば勘違いされてもおかしくはない状況だ。なんなら夜這いと見なされても不思議ではない。

 

それなのにアルは平然としており、まるで気にしていないようであった。

 

ずる賢いくせに所々で考えなしなところがあるのがアルの悪い癖だと内心で呆れて溜息をつく。

 

「ああ、それとも本当に夜這いでもするつもりだったのでしょうか」

 

「は、驚いたなお前がそんな冗談を言うなんて、いや嫌味か」

 

「嫌味の一つや二つ、言いたくもなります」

 

 軽く笑い飛ばしてくるアルに対して眉間にシワを寄せて睨む。アルの性格上それを期待するのは無駄だろうが。こんな深夜にアポなしで訪ねてきたことは反省してほしい。

 

「というかリヴェリア様の件の後、ダンジョンに潜って退避してましたよね?」

 

「あー、いや······」

 

 リヴェリアとの熱愛報道で荒れに荒れた事態の収拾をヘディンに丸投げしてことが落ち着くまでダンジョンに逃げ込んだのは知っている。

 

事情を詳しく聞く前に怒ったのは思い返していれば少し申し訳ない気持ちになるが、それでもダンジョンに潜って逃げるというのはどうかと思う。

 

「·········それで、一体どういったご用件でこちらに来たのですか?まさか本当にそういう目的で来たのではないでしょう?」

 

 とはいえこんな夜中に人目を忍んで来たということはそれなりの理由があってのことだろう。

 

先程までの軽口の応酬で多少は冷静さを取り戻したアミッドは改めてアルに向き直ると、その本題を切り出した。すると、アルは頭を掻きながら困ったように苦笑を浮かべる。

 

「ちょっと頼みがあってな··········」

 

「頼み、ですか?まぁ、内容次第ですが······」

 

 アルの表情を見る限りあまり良い予感がしない。一体どんな無理難題を押し付けられるのやらと少しばかり不安になる。

 

「何も聞かずに明日、貧民街の方で待機しててくれないか?」

 

「········はい?」

  

 突飛な要求にアミッドは思わず聞き返してしまう。脈絡のないその言葉の意味を咀砕するのに数秒の時間を要した。

 

「えっ、なんでですか?」

 

 当然、疑問が湧く。そんなことのためにわざわざこんな時間にやって来たのかと。しかし、当の本人は至って真面目らしく、真剣な眼差しを向けてきている。

 

意味がわからないし、意図が全く掴めない。

 

一体、明日に何が起こるのだろうか。

 

「悪い、訳あって今はまだ理由を話せないんだが·······頼むよ、お前にしか、アミッドにしか頼めないことなんだ」

 

 そう言って頭を下げるアル。正直、困惑しか生まれないが、アルがここまで言うのだから何かしら重要な意味があるのだろうとは思う。

 

思えばアルに頼られるなんてことは今まで無かった。基本的に周りに迷惑をかけることはあっても物事は全て自分一人で解決しようとする性格だ。

 

そんなアルに頼まれると言うのはなかなかどうして悪くない気分だ。アミッドは小さく笑うと、仕方ないと言わんばかりの態度を取る。

 

人に頼ることを知らないような男がこうして素直に頼ってきているのだ。ならば、応えてあげるのはやぶさかではない。

 

もう少しやり方があったんじゃないかと思わなくもないがそこはまた後で説教すればいいだろう。そこまで困っているのなら仕方がない。

 

それに、アミッドとしてもアルの頼みごとを聞くのは満更でもないのだ。

 

だが、それはそれとして──────

 

「いや、雰囲気で押し通そうとしないでください」

 

 事情説明はちゃんとしろ、とアミッドはチョップを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、正直俺かフェルズがいれば問題はないと思うんだけどな。

 

それでも万が一、どちらかが間に合わなかったり魔法が失敗したなんてことになれば取り返しがつかない。

 

そもそもの話、ウィーネが傷つかないように配慮すべきなんだろうがこればっかりは近くにいないとどうしようもないからな。

 

できる限りそうならないように冒険者たちの動きを誘導するつもりだけどそれも絶対じゃない。

 

全智の神じゃあるまいしどこまで行っても人間でしかない俺が確実に目的を達成するためには予防線をできるだけ張っておくべきだ。

 

そう、俺がどこまでランクアップしたところで神の視座は手に入らないだろう。

 

だからこそ俺は神を曇らせの対象とは端から考えていない。

 

少なくとも、この世界の神は死をそれほど重くは見ていないからだ。

 

それはなにも死を軽く見ているということではない。親しい者が、愛する者が死ねば当然ながら悲しむだろう。それは人間と変わりない。

 

実際、身近な眷属の死には涙を流すだろうし、善神であれば見ず知らずの人間の死でも涙を流したりするものだ。

 

だが──────

 

それでも、この世界における神の感覚は、人間とは違うのだ。たとえば、この世界で百年、或いは二百年以上も生きる者──エルフなどがいい例だろう──は珍しくない。

 

そして、その長命の者たちにとってさえ百年の時は決して短いものではない。

 

だが、神は違う。不変であり、不死の彼ら彼女らは当然のように万年の時間を過ごしてきている。

 

その遠大さはたかだか十か二十しか生きていない俺には到底測れるものではなかろう···········しかし、それがどういうことなのかくらいは想像できる。

 

つまり──────彼らの価値観ではどんな経験も時間という尺度で見れば、一瞬の出来事に過ぎないのだ。

 

彼ら彼女らが生きてきた遠大な時間。それに比べれば、人の一生など刹那に等しいほどに短い。

 

無論、積み重なった時の長さだけが全てではないが···········しかし、それを抜きにしても、やはり人の一生は神にとっては短すぎる。

 

神は人間が死ぬば悲しむし、涙も流す。けれど、だからといってその死はその神の在り方を変えはしない。

 

例外がないとは言わないがどれだけその人間を愛していてもその死をきっかけに自らの在り方を喪う神はいない。

 

人はいつか必ず死ぬ。神はそれを嘆くかもしれないが、決してその死を否定しはしない。

 

人間にとっての死は終わりだが、彼ら彼女らにとって死は『次』への通過点にすぎない。

 

死した魂は天上へと昇り、漂白されてまた下界の新たな生命として生まれ落ちる。そうして輪廻する世界の理を当然のものとして識る彼ら彼女らにとって、人の死とはそういうものなのだ。

 

何より、神は死なないし、死ねない。

 

彼ら彼女らの肉の殻はどれほどの時を重ねても老いることも、朽ちることも無い。

 

全能であるか、全知であるか、などは些末な問題だ。

 

『殺すことはできるが死なすことはできない』。

 

現に俺ならば天界への送還という形ではなくその神の力自体を殺害することが可能だ。

 

だが、それでも彼ら彼女らは『死なない』。神には『次』がある。

 

俺は神を殺せても世界までは殺せない。

 

戦、炎、平和、正義、悪、酒、鍛冶、愛、歌、美、生命、死、貞淑。

 

それら概念を権能として司る神々にとって死ぬことは終わりという意味での死ではなく、一つの状態に過ぎない。 

 

俗な言い方をしてしまえば超越存在である神にとっての死は『一回休み』でしかない。

 

司る概念さえあればどれだけの時間がかかるかは知らないが、必ずまたその概念を司る神として再誕するだろう。

 

確かに再誕したその神は司る概念が同じなだけでかつての記憶や人格を引き継いでいるわけではないのかもしれない。

 

だが、それでも彼らは間違いなく同じ存在だ。たとえ姿形は同じでも別の存在であり、かつて持っていた魂を失ったとしても、新たに得た魂を以てその存在を新たに始める。

 

逆も然りで司る神がいる限り、信仰がある限り、その概念が滅びることはないだろう。

 

神は死ねない、死という終わりを許されない。

 

仮に貞淑を司る神が死んだとして、その一万年後にまったく別の神として再誕したとしよう。

 

だが、それが人間にわかるだろうか。司る神の人格がなんであろうと貞淑という概念に違いはない。

 

そしてその概念に変わりがなければ人間にとって神にも変調はあり得ない。

 

卵が先か鶏が先かという話になるのだが··········ともかく、結局のところ、それこそ世界が終わるまで終わらぬ連鎖であり、真なる意味での神の死それは世界の終わりと同義でもある。

 

神は不死であり不滅である。故に神は変わることがない。

 

或いは、この世界の神は()()()()にいないのかもしれない。

 

『神殺し』に意味はない。この世界の神は人の形をしているだけ。殺したとしても継承者がいなければ再び同じものが現れるだけだ。

 

この世界の神は王ではない。

 

そんな神にとって、人の形をした概念にとって人間の死とはなんら特別なものではない。

 

神と人間のもっとも大きな差異は──────死ねるかどうかの違いだと俺は思う。

 

終わりがあるか、ないかの違いと言い換えても構わない。

 

だからこそ、この世界での神の在り方は異質に思える。

 

神は人のように感情を持ちながらも、同時に非情なまでの合理性を持っているように思えてならないのだ。

 

概念を、存在に役割を持たぬ人間と神にとっての『次』はまったく異なるもの。

 

ゆえに俺の定義の上では俺は人間でも神でもないのかもしれない。

 

部外者に役割なぞあるはずもないのに、欠落を許されずに『次』を得てしまった。

 

完全であるがゆえに欠落を赦されない神と不完全であるがゆえに欠落することのできる人間。

 

果たしてどちらが幸せなのかはわからないが少なくとも、俺は神になんてなりたいとは思えない。

 

だからこそ、俺はあんな魔法を発現したのだろう。

 

だからこそ、俺は神だって騙してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アル『神は曇らせがいがないし、つまらん。────けど、だからこそ違うやりようがある』

 

アミッド『何を悩んでいるのかとか何を企んでるのかとかは全く知りませんし、興味もありませんけどせめて事情説明はしなさい』

 

アル『あっ、はい、すみません·······』

 

 






難産でした

たくさんのお気に入り登録と評価ありがとうございます、 これからもどうかよろしくお願いします!!


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118話 始まりまでのカウントダウン



昨日は更新できなくてすみませんでした




 

 

 

 

 

 

 

 

「────人間と同じ理知を持ったモンスター、ですか」

 

 オラリオに生きる者にとってはとても信じられないことだ。本来、理性など持ち合わせておらず、本能のままに殺戮を齎す怪物。それが迷宮から生まれるモンスターである。

 

それが、知性を持つなどあり得ないことだ。下界の常識そのものが揺らぎかねない事態にアミッドは思わず頭痛を覚えた。

 

額を押さえながら、アルから聞いた話を整理する。ありえないと一蹴したいところではあるが、アルが嘘を言っているとは考えにくい。

 

要所要所で浅慮で考えなしな男ではあるが、無意味なことは絶対にしないとよく理解している。それにしても納得しがたい話ではあるのだが。

 

「············一応、確認しておきますがタチの悪い冗談ではありませんよね?」

 

「おいおい、俺がお前に嘘をついたことなんてあったか?」

 

「············普通にありましたが?」

 

 なにを良い顔で言っているんだ、この男は。アミッドはジト目を向けるも、アルは気づいているのかいないのか、悪びれた様子もなく肩をすくめた。

 

見た目や風格で騙されるが、やはりこういうところは年相応の子供っぽいところがある。

 

「ああ、正確には事実の一部を意図的に隠して事実を誤認させる、が正しいですね」

 

「············ははっ」

 

 余計質が悪い。というか、やっぱり自覚があるんじゃないですか、と呆れた視線を送る。

 

嘘はつかないが真実も語らない。アルらしいと言えばアルらしいが、気を抜けば舌先三寸で上手く誤魔化されてしまうので腹立たしい。

 

アミッドはアルの言うことを額面通りに受け取る危うさをよく知っているので、疑ってかかるのは当然のことだった。

 

とはいえ、今回の件に関してはそんな冗談を言っているとは思えない。いくらなんでもアルはそんなくだらないことでこんな時間に来るほど馬鹿では無い。

 

「それにしても理知を持ったモンスターってまさか、例のリヴィラの一件のモンスターですか?」

 

「ああ、詳しくは言えんがそういうことになるな···········まぁ、リヴィラの連中も別に死んじゃいない」

 

 前から事あることに面倒ごとを持ち込んでくる問題児であるが、どうやら今回はいつも以上に厄介な案件のようだ。

 

現在、都市全体を騒がせているリヴィラを壊滅させた武装したモンスター。

 

その正体をアルが知っているどころかその正体が理知を宿したモンスターという特大の爆弾にして未知の存在だ。

 

これはどう考えてもただ事で済む話ではない。下手をすれば都市の存亡に関わるほどの重大な情報だ。

 

そもそもなぜそんなモンスターがいると知っているのか問い詰めたい気持ちもあるが、今はそんな場合ではないとアミッドはその気持ちを飲み込む。

 

「············私以外にそのモンスターの存在について知っているのは?」

 

「元から知ってる奴らを除けばお前だけ········あ、いや、アステリオスと戦って言葉を聞いたリューもか」

 

 そのアステリオスというのは件のモンスターの内の一体だろうか。となると直接アルが教えたのは自分だけということにアミッドは少し安堵する。

 

こんなことが大人数に知れたら取り返しのつかないとても大きな事件に発展するかもしれない。無論、アルもそれを分かっているからこそ自分だけに言ったのだろう。

 

ともあれその信頼には応えるべきだろう。アミッドは小さく息を吐くと、アルを見据える。

 

「·············まあ、今にして考えてみれば腑に落ちる点もありますね。貴方の言動に不可解な点が多々あったのは確かですし」

 

「············なんか含みのある言い方だな」

 

「気にしないでください」

 

 アミッドの言葉に少しばかり不満そうな表情を浮かべるも、アミッドはそれを黙殺する。確かにアルの行動はたまに不可解だったし、不審な点はいくつもあった。

 

例えばこの間の解呪薬作成の際に集めさせたドロップアイテムの中でマーメイドの血などのレアモンスターのレアドロップが交じっていたこと。

 

効率的にモンスターを穫れて運がいいためドロップアイテムを多く集められるのは知っているがそもそも遭遇することの難しいレアモンスターのドロップアイテムを安定して確保するのはアルでも困難なはずだ。

 

角や皮などではない血液という欠損につながらず、魔法で失血を回復できることも考えればアルに友好的な理知を持ったモンスターにマーメイドの個体がいれば安定供給の協力を取り付けることも不可能ではない。

 

他にもここ最近ダンジョンに潜っている期間があまりにも長いことや、治療院に寄った際に換金するドロップアイテムの減量など挙げていけばキリがない。

 

違うファミリアの自分でも思い返してみればいくつか怪しい部分があった。

 

だが、それにしても想定していた以上にとんでもないことを告げられてしまったものだ。

 

正直、頭が痛くなってきた。

 

世間に露呈すれば全てがひっくり返るような爆弾を抱え込んだ気分だ。

 

「問い詰めておいてあれですがそれって露呈したら不味いですよね·············? 」

 

「まぁ、そうならないようにはするつもりだ。·············明日、その『ヴィーヴル』が貧民街の方に重傷を負って来るかもしれないからその治療をしてほしい」

 

「···············随分と簡単に言ってくれますね」

 

 思わずため息が出る。一体、何を考えているのか。頭の中で思考がぐるぐると回る。

 

額に手を当てながら、頭痛を堪えるようにして考える。まずは、何よりも優先すべきは人命。それは変わらない。

 

アルの言葉を察するに明日、地上でその理知を持ったモンスターが一悶着起こすのだろう。

 

それによって冒険者や無辜の民が傷つくのは見過ごせない。

 

「俺の責任もあるからな···········アイツらに死んで欲しくないし 、それ以上に()()()()()()()()()()

 

 だからそこは信用しろ、とアミッドの内心を見透かしたかのようにアルは言った。

 

その瞳は珍しく真っ直ぐで、真剣そのもの。本気なのは分かる。しかし、それでも不安は拭えない。

 

アミッドにとってアルはどこまで行っても問題児でしかない。

 

いや、この男がそう言ったのなら大丈夫なのだろうとは思うが。それに、この男をそこまでさせるモンスター達に興味が無いと言えば嘘になる。

 

そこまでするのだからきっと良いモンスターなのだろう。アミッドは諦めたような溜息を漏らすと、苦笑を零す。

 

「···········はぁ、なぜ明日そのモンスターが貧民街の方に行くかもしれないってことがわかるのか、というのは聞かない方が?」

 

「───ああ、頼む」

 

 アルの返答を聞いて、アミッドは内心の葛藤を呑み込む。その名声と実力とは裏腹に面倒事を前にすると即逃避するアルがここまで言うのだ。

 

その瞳には強い意志が宿っており、覚悟も決まっている。そして、そんな眼差しで見つめられてしまえばアミッドは何も言えない。

 

アミッドはもう一度、深く息を吐き出した。本当に、面倒なことになった。

 

けれど、そんな面倒なことを引き受けてしまう程度には自分はアルという人間のことが嫌いになれないらしい。

 

その眼差しで見られてしまっては断れるはずがない。ずるい。そんな気持ちを抱きながらもアミッドは口を開く。

 

「はぁ、わかりました。任せてください 私がいる限り─────()()()()()()()()()()()()

 

 その声音はいつも通り淡々としたものだったが、どこか温かみを帯びていた。チャランポランでいい加減なくせに、時折こうして真剣な表情を見せるのだから困ったものだ。

 

そんな風に言われてしまうと、アミッドとしてはもう何も言うことはできない。

 

アミッドは小さく笑うと、アルは少しだけバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

アルは自分勝手で欲深く、ナニともしれない我欲のために行動を起こす言ってしまえば自分本位な男だ。

 

アルの英雄然とした普段の態度は素の部分もあるのだろうがほとんどが擬態であるとアミッドは知っている。

 

アルは英雄になりたいわけではないし、英雄であろうとも思っていない。ただ、自分が欲しいナニカを手に入れたいだけなのだ。

 

少なくとも世間一般がアルに抱いているような英雄像とアルの実態はかけ離している。

 

だからこそ、アルは誰かに面倒ごとを投げ出す以外での頼み事なんてまずしないし、こんなにも真摯な表情で頼んでくることは無いに等しい。

 

アミッドはほんの少しだけ優越感を感じながら、微笑む。それを悟られないように咳払いをして、アルに背を向けた。

 

さて、これから忙しくなる。

 

明日も治療院には患者がたくさん来るのだし、今日中にやるべきことは済ませておかなければならない。

 

明日に備えて、やらねばならないことは多い。

 

「じゃ、頼んだわ」

 

 背を向けたアミッドにそれだけ言って窓から飛び降りていくアルを見送りながら、振り返ったアミッドは窓を閉める。

 

急に来てとんでもない事を押し付けられたことに辟易するが、なんだかんだで手のかかる弟のような存在のアルに頼りにされるのは悪い気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン中層域、安全階層18階層。

 

淡い輝きを湛えた水晶と緑が美しい森林はここが怪物の巣窟であるダンジョン内だとは信じられないほど静謐で穏やかだ。

 

この階層には新たなモンスターが出現せず、ここに暮らす少数のモンスターたちは他の階層から移ってきたもの。

 

迷宮の楽園とまで呼ばれる地下世界に広がる蒼と緑の色彩に目を奪われる冒険者も多い。

 

岩壁や天井を構成する石材から突き出た水晶が淡く発光し、地上とはまた違った美しさを持つ光景を作り出しているのだ。

 

その幻想的な風景の中で争い合う一団があった。

 

片方はいずれも屈強な体格をした歴戦の風貌を持つ戦士風の冒険者たち。

 

そしてもう一方は冒険者がつけるような装備を身につけた様々な種類のモンスターたちだった。

 

身長二Mに迫る巨体に豚に似た顔、緑色の皮膚に覆われた醜悪なオーク。

 

赤い鱗の生えた爬虫類のような体躯を持ち鋭い牙を備えたリザードマン。

 

全身を鎧のように固い甲殻に覆われ、剣山のような突起が無数についた凶悪なフォルムの大サソリ。

 

女神にも劣らない美しさを誇る女性の姿だが腕の代わりに巨大な翼を広げているセイレーン。

 

他にもゴブリンやコボルドといった人型のモンスターを始めとして、巨大な昆虫や蛇など多種多様だ。

 

冒険者とモンスターが入り乱れての乱戦。

 

階層の浅さからは考えられない激戦が繰り広げられていた。

 

リヴィラを壊滅させた武装するモンスターとその鎮圧をギルドに依頼された【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭たちが戦闘を繰り広げていたのだ。

 

乱戦は既に始まってから数分が経過していた。

 

しかし未だ終わりの兆しを見せていない。それどころか戦いはさらに激しさを増していく一方であった。

 

理由は単純なものだ。

 

「姉者ッ、このモンスターたちは─────っ!?」

 

「イルタッ?!─────ぐぅっ!!」

 

 モンスターたち────異端児はギルドが、ウラノスやガネーシャが考えていた以上に強かった。対冒険者の戦闘経験も豊富であり、武器の扱い方も心得ている。

 

それだけでも厄介なのに彼らは全員が全員、そこらの上級冒険者を軽く凌駕する実力を備えていた。

 

いや、それどころか歴戦の第一級冒険者と第二級冒険者から構成される【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちを相手に互角以上に渡り合っていた。

 

その証拠に、今まさにアマゾネスのイルタが石竜の一撃に吹き飛ばれ宙を舞ったところだ。

 

空中で体勢を整え着地したイルタだったが、苦悶の声を上げて膝をつく。深手ではないがそれなりのダメージを負っているようだ。

 

第一級冒険者であるイルタを凌駕するモンスターのポテンシャルに団長であるシャクティも戦慄を禁じ得ない。

 

そんな彼女を援護するために周囲の団員たちも魔法を放つ。即興の陣営ではあるが対階層主にも勝る連携を見せている。

 

それでも戦況は芳しくなかった。

 

モンスターたちはいずれも強く、中には第一級相当の個体すら交じっていた。

 

だが、それでもLv.5として最上位の実力を持つシャクティならばどうにかできる範囲ではあった。

 

問題は───────

 

 

「(··········Lv.6級が三体、か)」

 

 今しがたイルタを吹き飛ばした石竜に二刀流で戦う双剣士のリザードマン、空を飛びながら音波による攻撃を仕掛けてくるセイレーン。

 

レベルだけで言えば6相当の怪物が三体。そのいずれもがポテンシャルで言えば派閥最強のシャクティすら上回るかもしれない化け物だ。

 

その三体を除いたとしても苦戦は免れないがその三体の存在が決定的だった。

 

本来ならば技と駆け引き、そして連携で覆せるはずの差ではあるが今回に限っては相手も自分たちと同じように連携と戦術を駆使してきているのだ。

 

防戦一方とはいえ今も戦えているのは【ガネーシャ・ファミリア】の高い練度があってこそだろう。

 

だが、それも長くは続かない。

 

既に多くの団員が傷つき、疲弊している。特にイルタの負傷が深刻だ。彼女は前衛の要となる戦士であり、ここで戦線を離脱すれば一気に押し込まれる可能性がある。

 

このままではいずれ瓦解してしまうことは目に見えていた。

 

「(─────こんなモンスターたちを生け捕りにしろとは無理を言ってくれる!!)」

 

 ギルドからの依頼はリヴィラを壊滅させたモンスターたちのテイム────すなわち生け捕りだ。

 

確かに冒険者のような装備を身につけた様々な種類の強化種が同時に これほどの量を出現するというのは聞いたこともない。

 

その未知の原因を探るという意味では生け捕りにしろという命令は実物を前にした以上納得できるものだが、だからといってこのモンスター達を殺さずに捕らえろとはいくらなんでも無茶振りが過ぎる。

 

普通に殺し合っても勝てるかどうかわからないモンスターなのだ。ましてやこちらは既に怪我人を抱えている。

 

この状況で捕獲するなど不可能に近い。

 

もはや依頼を放棄しての逃走すら考え始めたシャクティ。

 

「(········不味いな、このままでは誰か()()())」

 

 一糸乱れぬ連携と戦略でこちらを押し込んでくるモンスターたちに限界が近いことを悟る。それは負傷者が増えるほどに顕著になる。

 

負傷によって集中力が欠け、判断力が低下して動きが悪くなる。そうしてできた隙を突かれてさらに負傷者が増え、それがさらなる焦燥を生む負の連鎖。

 

後衛の回復魔法やポーションで適宜回復させてはいるが、一度崩れた流れを取り戻すのは難しい。

 

そうなれば待っているのは全滅だ。

 

撤退も視野に入れなければならない。

 

というよりもなぜまだ死者が出ていないのかが不思議でならない。モンスターたちは明らかに自分たちを超えた強さを持っている。

 

しかし、なぜか致命打だけは避けているのだ。そのせいでこちらも攻めあぐねているのだが、何か理由があるのだろうか。

 

「(それともあるいは···········)」

 

 他の団員たちは知らないがシャクティだけはこの依頼の前にガネーシャからモンスター達の正体について軽く聞いている。

 

理知を持ったモンスターなぞ目にするまでは実在すら疑わしかったがこうして相対してみるとしゃべらずとも行動の節々から人間のそれに似た知性を垣間見ることができる。

 

生け捕りという命令もモンスターの異常個体の異常発生の原因の追求というのは表向きの理由で本来の目的は彼らの保護なのだろう。

 

知性や感情があるのなら是非とも交渉でもしてリヴィラから引いてほしいものだがそうもいかない。事前知識と直接相対したからこそわかる彼らの瞳にある憤怒の感情、何が理由かは知らないが彼らはその憤怒を発散するまでは誰に何と言われようと止まることはないだろう。

 

無理難題を押し付けられたのかのような状況にシャクティは苛立ちを募らせるが、今はそれどころではないだろう。

 

すでにイルタを始めとした団員の多くは満身創痍の状態だ。このまま 戦い続ければ致命的な被害が出る。

 

その前に打開策を見つけなければならない。

 

そうシャクティが考えた時、戦場に変化が起きた。

 

「モンスター達が、引いていく········?」

 

 突如としてモンスターたちが後退を始め、戦いを中断してどこかへ移動し始めてしまったのだ。

 

先ほどまで滾っていた戦意は鳴りを潜め、まるで逃げるようにダンジョンの奥へと姿を消していく。

 

「団長!!」

 

「待て、追うな!! あれは我々の手には負えん、今は地上への報告を優先しろ!!」

 

 追ったところで勝てるとは思えない。返り討ちにあうのが関の山だ。

それよりもまずはギルドにこのことを伝えて指示を仰いだほうがいい。

 

モンスターたちの想定をはるかに超えたポテンシャルは都市最大派閥である【フレイヤ・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】でなければ対応できない。

 

あれが地上で暴れるなんてことになれば都市に未曾有の被害が出てしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 

シャクティの判断は間違っていなかった。

 

だが、それでも─────事態は既に最悪の方向に向かって進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

アルが面倒ごとの転嫁とファミリアの団員としての交渉以外で人に物を頼むのはごく例外的な相手だけです。

 

基本的に悪巧みは一人で済ませますし真面目な事柄の場合も大抵自分一人でどうにかなるので人に頼ることを知らない個人主義。

 

アミッドに対しては姉的な感じに甘えてるのが半分、自分にできないことができる相手に対しての信頼が半分って感じですね。

 

アミッドからはこんな真面目に頼まれるのは珍しいし、それだけ言うなら協力してあげるかって感じです。

 

 

 

 

 

・異端児vs【ガネーシャ・ファミリア】

異端児達が深層魔石デリバリーと高級装備、ブートキャンプで全体的に強化されてるのとなんだかんだ言ってラーニェ達は死んでいないのである程度の冷静さを残している為、終始優勢。

 

全体的に0.5〜1レベル分強くなってて【ガネーシャ・ファミリア】ほどの数ではないにしろ第一級冒険者に準ずる強さのモンスターはリド達以外にもそこそこいます。

 

とはいえ付け焼き刃は否めないのでこれが対【フレイヤ・ファミリア】とかだとオッタル一人に無双されます。

 

 

 

 

後方保護者面白髪頭「『ヒロイン』の作法を教えてやろう!!」

 

アステリオス「?!」

 

アステリオスはそれ以上の付け焼き刃ですが手加減なしのブートキャンプや漆黒補正でそれなりに強くなってます。

 

 







異端編前半終わりです

後半は書くためのカロリーがすごそう……



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119話 実は一回、18階層まで様子見に行ってる白髪頭




進撃の巨人が改めて面白すぎる




 

 

 

 

 

 

 

 

窓から暖かな光が差し込んで来るのが瞼を閉じていても分かる。昨日いつ眠ったのかよく覚えてないが、カーテンから漏れる光を見る限り朝はもう来ているようだ。

 

「ん、くぅー········」

 

 寝起き特有の倦怠感に包まれながら身体を起こす。欠伸をしながら目を擦り、瞼を開けると眩しい朝日が目に入って来て思わず顔をしかめてしまう。

 

ごろんとベッドの上で寝返りを打ち、枕元に置いてある魔石製品の時計をちらりと確認する。まだ起きるには少し早い時間だけど、二度寝するには目が冴えてしまった。

 

ふかふかとした羽毛の掛け布団が心地良い。けれどこのまま起きてしまおうかと悩み、結局あたしはベッドから抜け出した。

 

変な体勢で寝たせいか少し痛む腰をさすりつつベッドから降りると、肩にかかっていた毛布がするりと落ちる。どうやら誰かがかけてくれたらしい。

 

「んー······アルぅ?」

 

 寝ぼけ眼で部屋を見渡すも彼の姿はない。それどころかこの部屋にはあたし以外誰もいないみたいだ。

 

そういえば昨日の夜はフィンにアルを見張ってろって言われたからアルの部屋で『アルゴノゥト』や『理想郷譚』とかの英雄譚について色々教えてあげてたんだったっけ?

 

でも途中で疲れちゃってそのまま眠っちゃったんだよね。その証拠にテーブルの上には読みかけのまま放置された本が何冊か置かれる。

 

あれ?そう言えばアルはどこに行ったんだろう? まだ頭が覚醒していないせいかうまく思考が回らない

 

きょろきょろと辺りを見渡してもアルの姿が見えない。

 

一体どこに行っちゃったんだろう?

 

ふぁ~あ、と大きなあくびをしてベッド脇に置いてあった水差しを手に取り、コップに注ぐ。

 

人の部屋ではあるけれど一応この部屋にあるものは自由に使っていいと前々から許可をもらっているため遠慮なく使わせてもらう。

 

冷たい水が喉を通って行く感覚が心地良い。水を一気に飲み干し、喉を潤してから再びベッドへダイブする。

 

ぽふんっと柔らかな衝撃が背中から伝わり、微睡みそうになるもののすぐに意識がハッキリしてきた。

 

アルがいない。こんな早朝なのに何処にいるんだろう? まさか一人で外に出たりしてないよね? 何気なしに窓の外へと視線を向ける。

 

窓の外を見て太陽の傾き具合を確認してからあたしは部屋を出て洗面所へと向かうことにした。

 

「·········流石にあんな夜中にダンジョンに行ったりはしてないよね?」

 

 確かアルより先に寝てしまっていて記憶がないけど、既に深夜だったはず。いくらなんでもそんな時間にダンジョンに行くとは思えないんだけど。

 

フィンがあれだけ言ったんだし大丈夫だとは思うんだけど、それでもやっぱり心配になる。

 

それに万が一、アルが夜中に外に出たりしたらすぐに気付くはず。だからあたしが起きるまで待っててくれてるとは思うんだけど············。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 ドアを開けて廊下に出ると、ちょうど階段の方から歩いていくアルと鉢合わせした。お互いの顔を見た瞬間、声が出てしまう。そして同時に思ったことは同じだったようで。

 

アルはバツの悪そうな顔を浮かべていた。それは多分あたしも似たような表情をしているだろう。

 

「··········ダンジョン、行ってないよね?」

 

「いや、行ってない」

 

 アルなら日帰りどころか一、二時間で18階層まで到達して事態を解決させて地上に戻ってくるなんて簡単に出来ると思うけど。まぁ普通に考えて当然だよね。

 

アルにはちゃんと釘を刺しておいたからきっと大丈夫だと思うけど、それでもやっぱり心配してしまうのは仕方ないことだ。

 

みんなのために動いてくれるのは嬉しいけど、無茶だけはしないでほしい。

 

一人で何でもかんでも抱え込まないで欲しい。あたしにも頼ってほしい。

だってあたしたちは仲間なんだから。

 

そう思ってじっと見つめると、アルは何とも言えない微妙な顔をしていた。まるであたしの考えを見透かしているような感じで。

 

·········なんかちょっと恥ずかしいな。アルの目を見ると何故か全て見抜かれている気がする。

 

あたしのほうが歳上なのになんだか子ども扱いされているみたいで釈然としなかった。

 

アルはあたしよりもずっと大人で頼り甲斐があって、強い人だ。あたしがアルのことを凄いと感じる一番の理由はそこかもしれない。

 

だからこそアルが困っている時は力になりたいし、助けたい。アルはあたしにとって大切な友達で家族なのだ。

 

同じファミリアの仲間として支え合いたいと心の底から思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こっちだ、ベル・クラネル!!』

 

「───────ッ」

 

 異端児達と【ガネーシャ・ファミリア】の戦いから少し離れたリヴィラの街中。すでにリヴィラを根城としていた冒険者たちの姿はどこにもなく、薄気味悪い静寂に包まれていた。

 

戦いの喧騒から離れ、誰もいないはずのその場所に声だけが響く。感覚の鋭い一部の獣人や視界に依らない感知力を持ったモンスターならばその街中を走る二つの見えない影を捉えることができたかもしれない。

 

『リバース・ヴェール』。愚者謹製の魔道具の力により姿を隠した二人。

 

【ガネーシャ・ファミリア】のミッションに秘密裏に同行することを許されたベルとフェルズは【ガネーシャ・ファミリア】が暴走している異端児の相手をしている間にリドたちと合流してこれまでの経緯を聞いていた。

 

闇派閥に与する密猟者の一派によって攫われたと思われるウィーネの行方を探すために人間の多くいるリヴィラを襲撃し、匂いを辿ってウィーネを攫ったであろう密猟者の拠点を突き止めた。

 

『追うぞ············』

 

 罠だとわかっていながら先行したリド達異端児を追うように最硬精製金属の扉の先の通路を進んでいく。

 

高い魔法耐性を持った深層モンスターのドロップアイテムが混ぜ込まれている周囲の石壁や扉に使われていた最硬精製金属、オリハルコン。

 

ダンジョンで発掘されるアダマンタイトを優に上回る強度を誇る最高硬度の合金。

 

そんなものが混ざっている迷宮の壁はベルの魔法やフェルズの魔道具では破壊することは出来ず、また扉に関しては傷つけることすら出来ない。

 

魔術師としてその構造の異常さにフェルズが中身のない眼底を見開く。

 

石材の敷き詰められた廊下を進み、突き当たりを曲がるとそこには大きな広間があり、その中央ではリド達と──────

 

『············来たか、クラネルの弟』

 

 全身を黒紫のローブで覆い、不気味極まる仮面を被った人物が立っていた。透明状態であるはずの自分たちを捉えるかのように真っ直ぐに向けられる視線。

 

そして、その足元には気絶させられたと思われる異端児達とかろうじて意識のあるリドやグロスが転がされていた。

 

「··············ぁ」

 

 急速に喉が渇く、背筋が凍りつく。まるで心臓を直接鷲掴みにされたような恐怖。目の前にいる存在が恐ろしく、恐ろしい。

 

ベルの本能が全力で警鐘を鳴らしている。

 

────アレは、ダメだ。

 

絶対に関わってはいけない類のものだ。呼吸すらままならないほどの重苦が物理的な圧力となって襲いかかる。

 

それは殺意でも敵意でもない、ただそこにあるという存在感だけで人を殺せる程の濃密な魔力。

 

今まで感じたことのない異質で異常なまでの力の波動に膝が震える。まるで世界そのものに否定されているかのような圧倒的で絶対的な力の差。

 

瘴気が人型を象っているかのような異形の存在に気圧されそうになる。

 

隣に立つフェルズもその骸骨の表情は伺い知れないが、おそらくは自分と同じ気持ちだろう。

 

それくらいにこの場を支配する圧倒的な威圧感は凄まじいものだった。胸を掻き毟るかのような不吉な予感。

 

今すぐにここから逃げ出したくなる衝動に駆られるも、ベルは奥歯を噛み締めてその衝動を抑え込む。

 

ここで逃げれば異端児達が殺されるかも分からない。

 

だが、自分がいたところで何が出来る?

 

禍々しい魔力の奔流を放つ怪物を前にして、ベルは何一つ有効な手段が思いつかない。

 

あらゆる情念を塗りつぶすかのような恐怖が心を満たしていく。闇色に染まっていく思考。

 

脳に氷柱を突っ込まれたかのように身体が冷えていく。血が通わなくなる感覚。

 

ナイフを逆手に握る指先から徐々に感覚が消えていく。アステリオス を前にした時ですら感じなかった死への恐怖。あれはもっと単純だった。

 

理屈抜きの純粋な力の塊だ。

 

だが、これは違う。

 

単純な力などではない。

 

その存在そのものが人の理解を超えた、理外の領域に踏み込んだものが持つ力。抗うことを許さない絶対強者の覇気。

 

まるで嵐のように吹き荒れる力の暴風がベルの心を蝕んでいく。呼吸が浅くなり、冷や汗が止まらない。

 

もう立っているのがやっとだ。

 

しかし、それでもなんとか足に力を入れる。

 

「貴方、は········?」

 

『··········私を前にしてまだ口が利けるか』

 

 仮面の奥の目がこちらを向くのが分かる。それだけでベルは腰が抜けそうになった。少しでも気を緩めばその場で嘔吐してしまいそうなほどに強烈なプレッシャー。

 

何らかの魔道具によって声を変えているためか、男か女かの区別が付かない。

 

だが、それでもわかる。

 

目の前の存在が普通の人間でないことは。

 

瘴気の渦の中心に佇む存在はベルの問いに答える代わりにゆっくりと右手を掲げた。

 

次の瞬間、その掌の上に黒い紫電が現れる。それが一体どういう意味を持つのか、それを察せない程愚かではなかった。

 

フェルズは魔道具のマントを展開してベル達を助けようとするが、それよりも早くその手が振り下ろされる。

 

バチリ、と雷光が弾けた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

 ベルもフェルズも、リド達もその場から動くことすら出来なかった。何よりも早く広間を通り過ぎる紫電。

 

その速度は視認することはおろか知覚することさえ許さない神速の発露。フェルズの展開した魔防のマントを容易く貫通し、ベルの全身を駆け巡る。

 

まるで神経を直接撫でられているかのような激痛。体中の細胞を焼き焦がされるような熱さ。

 

「がっ、あぁあああっ!?」

 

 全身が弾けたかと錯覚するような衝撃にベルは悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。

 

視界が真っ赤に明滅する。全身を駆け抜ける灼熱の痛みに意識を手放したくなるが、全身を焼くような激しい痛みがそれを許さない。

 

フェルズの魔道具は確かに効果を発揮した。そこらの上級魔導士の攻撃魔法ならば完全に無効化できるほどの対魔法性能を誇る愚者謹製魔道具。

 

だというのに、目の前の紫電はそんな防御すら意味がないと言わんばかりにフェルズたちの体を蹂躙していく。

 

『なん、だ、君は────』

 

 ローブを焼き尽くされ、骸骨の面頬を晒すフェルズ。その眼窩に宿る炎の瞳が驚愕に見開かれる。

 

詠唱はなかった、フェルズの魔砲手のような魔道具を使ったようにも見えなかった。そもそもなにかを発動させる素ぶりすら見せていなかった。

 

にもかかわらず、その雷撃は間違いなく魔力による現象。

 

そしてその威力は第一級冒険者の砲撃すら凌ぎかねない。

 

かつて魔法大国に賢者ありと呼ばれた不老の魔道士は未知の術理を前に困惑と畏怖の感情を抱く。

 

『まさか、ただ魔力を解き放っただけだとでも·········』

 

 魔法ではなく身体能力の延長線上のただの魔力放出。400年の時を生きてきたフェルズだからこそ理解できる異常性。

 

そして理解できたからこそ、戦慄が走る。未知の化物に対する恐怖が湧き上がる。フェルズが見たこともないような膨大な魔力。

 

『スパルトイ?·········いや、どちらでもいいか』

 

 そして何よりもこの怪物は手加減をしている。殺すつもりなら魔法を使わずとも一瞬でフェルズとベルの命を奪えたはずだ。

 

足元に倒れ伏している異端児達も気絶しているだけで殺されていない。

 

この場にいる者達の中で誰一人として死んでいない。だがそれでも敵であるということは肌で理解出来た。

 

「ぐ、っぅ、う········っ!!」

 

 ベルは苦痛に顔を歪めながらも立ち上がる。フェルズの魔道具の防護のおかげで負傷は免れたが、それでも痛いものは痛い。

 

ベルはナイフを構える。その視線の先にいる怪物は、ベルを見て僅かに驚いたようだった。

 

ベルが動けるとは思っていなかったのだろう。しかし、それも当然か。今の一撃を受けてもなお立ち上がれる者などそうはいない。

 

ダメージではなく精神的な問題として圧倒的な力の差を前にすれば大抵の者は絶望に打ちひしがれてしまうものだ。

 

まして相手は人智を超えた力を持つ怪人にして怪物にして化物。

 

勝てるはずもない。

 

「逃げろ、ベルっち!!」

 

 リドが叫ぶ。だが、ベルはその言葉に従うわけにはいかない。逃げれば彼らが殺されるかもしれない。

 

それにあの異形の存在の目的がまだ分からない以上、ここまで来て逃げるのはあまりに無責任だ。

 

ここで逃げたらきっと後悔する。

 

それは直感だった。ここで逃げてはウィーネに二度と会えない気がしたのだ。

 

だからベルは、目の前の怪人に抗うことを選んだ。その意思が伝わったのか、怪人は仮面の下で興味深げに目を細める。

 

『血は争えないとでも言うのか········』

 

「え········?」

 

 怪人は静かにそう呟くとベルに向けて右手を掲げる。再び現れる紫電。今度は先程のように収束されたものではない。

 

純粋な暴力の奔流。それがベルに向かって一直線に襲い掛かってくる。ベルは咄嵯に躱わそうとするが、それよりも早く紫電がベルを飲み込んだ。

 

だが、雷光がベルの身体を駆け巡る前にベルの前に赤い影が割り込む。

 

「────ぐッ!!」

 

「リドさん?!」

 

 リドがベルの前に出てその身を投げ出す。ベルを庇ったリドの肉体を紫電が容赦なく焼き焦がす。

 

「こんっ、なも、んッ!!効くかよぉッ!!!」

 

『───!』

 

 両刃刃の片手剣を盾にしたリドの全身を紫電が駆け巡る。肉を焼かれる激痛に歯を食い縛りながらリドは剣を振り下ろす。

 

いくら怪人の魔力が凄まじくとも 詠唱すらしていないただの魔力放射、それも全力ですらない攻撃で倒れるほどリドは軟ではない。

 

「グォォォオオオオオオオオオ!!」

 

 それに合わせるようにグロスも石の爪を振るう。そのどちらも冒険者として換算するならばLv.6の域に届くほどの実力者。

 

都市内外に名を轟かせる第一級冒険者でなければ相手にならない程の実力の持ち主だ。

 

だが、相対する怪人はその階梯すら軽く踏破する規格外。

 

「ガァアアッ!?」

 

 怪人の右腕の一振りがリドとグロスの巨体を吹き飛ばす。

 

「がぁあああっ!?」

 

「リドさ──────」

 

 吹き飛ばされたリドを受け止めることも出来ず、ベルは地面を転がる。打撃ですらない、ただの腕のひと薙ぎで二人はまるで赤子同然にあしらわれてしまった。

 

『お前たちに用はない、異端の怪物ども─────少し話をしよう、ベル・クラネル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

白髪頭会話例

 

・ベル

「···········フッ(後方理解者面)」

 

・対【ロキ・ファミリア】

「ああ」「そうか」「わかった」「···」

 

・対ヘルメス

「あぁ、なんだデケェ蝿かと思ったらお前か」「俺相手に交渉が通じると思うなよ」「できないってのは嘘吐きの言葉なんだぞ」「俺、そんなこと言ったか?言ってない、知らん、黙れ、証拠は?」

 

・対アミッド

「いや、でも、俺にもやることあるし······」「おいおい、俺がお前に嘘をついたことなんてあったか?」「············ははっ」「悪い、訳あって今はまだ理由を話せないんだが·······頼むよ、お前にしか、アミッドにしか頼めないことなんだ」

 

・対アレン(妄想)

「( ̄ー ̄)ニヤリ」「(⁠ ⁠´⁠◡⁠‿⁠ゝ⁠◡⁠`⁠)...ㇷッ」「(⁠◉‿⁠⦿)ニタリ⁠」

 

 

 





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120話 手の込んだ心的自傷





 

 

 

 

 

肌がひりついていた。目の前に立つ存在が放つプレッシャーに気圧されそうになる。

 

この感覚をベルは知っている。

 

怪物の宴によって大量発生したモンスターの大群を相手にしたときも、Lv.1で片角のミノタウロスを前にしたときも、18階層でのイレギュラーのときも感じた感覚。

 

それは紛れもない死の予感。

 

足元が崩れ去るかのような喪失感と絶望的なまでの力量差による敗北のイメージ。

 

これまでに感じたいかなる脅威よりも濃密な死そのものを感じさせる怪物を前にして、ベルは震えを抑えられない。

 

そしてベルと同じようにフェルズもまた目の前の存在を畏怖していた。

 

魔力の放出だけで上級冒険者を圧倒できる化物など聞いたことがない。

 

魔導士の常識を覆す魔法のような現象、魔力放出による物理的な威力。魔道具や魔法のような発動のための詠唱を必要としない未知の術理。

 

そんなものがこの世に存在するのかとフェルズは困惑する。

 

この場にいる異端児達もフェルズと同じ気持ちなのか、皆一様に困惑と恐怖の感情を浮かべている。

 

この場で最もレベルの低いベルに至っては顔色を真っ青にして今にも倒れてしまいそうだ。

 

脊髄を氷柱に貫かれたような悪寒。

 

恐怖に心臓を鷲掴みされるような圧迫感。

 

喉が渇いて息をすることすら辛い。

 

額から冷や汗が止まらなくて、呼吸が乱れてまともに思考がまとまらない。

 

「(········駄目だ、ここで()()()()()()()()()())」

 

 ベルは必死に自分に言い聞かせる。ここで自分が折れてしまえば全てが終わってしまう。それはダメだとベルの心が叫ぶ。

 

ここで逃げたらきっとウィーネには二度と会えない。

 

一度、膝をついてしまったらもう立ち上がれないかもしれない。

 

指先が震える。心が軋む。頭の中で警鐘が鳴り響く。

 

吹雪の中に放り込まれたかのように身体が冷たくなって立っているのがやっとだ。寒くて苦しくて、涙が出そうなほどに怖い。

 

いつもここぞという時で役立ってくれた手に握るナイフのなんと頼りない事か。

 

その手は小刻みに揺れて、その瞳には確かな怯えの色があった。それでもベルは立ち向かうことを選んだ。

 

畏れを振り払うようにベルはナイフを構える。だが、その足は生まれたばかりの仔鹿のように覚束無い。

 

しかし、そんなベルを見て怪人は仮面の下の顔を歪めた。

 

『─────少し話をしよう、ベル・クラネル』

 

 敵わないとわかっていながらもベルは抗うことを選んだ。

 

自分よりもはるかに強いリドとグロスを簡単に退けた化物にベルが勝てるはずがないと分かっていても、ベルは逃げようとは思わなかった。

 

その意思を汲み取った怪人はベルに話しかける。

 

それがどういう意図によるものかベルには分からない。だが、今は少しでも時間を稼ぐことが重要だ。

 

リド達が回復するまで時間を稼がなくてはとベルは構えを取りながら言葉を発する。

 

「··········なん、ですか?」 

 

 怪人の意識が自分に向けられている、それだけで発狂してしまいそうだった。

 

仮面の下から向けられているその視線で自分の全てを暴かれてしまうのではないかと錯覚してしまう。

 

いや、もしかすると既に全てを見透かされているのかもしれない。

 

超越者たるこの怪人の前ではどんな隠し事も無意味なのではないかと思ってしまう。

 

それほどまでに怪人の持つ存在感は圧倒的で、ただそこにいるだけで精神を蝕まれる。

 

顔がこわばっているのが自分でも分かる。声が震える。気を抜けばたちまち気絶しそうになるほどの重圧の中、ベルは懸命に意識を保とうとする。

 

『ベル・クラネル。なぜ、お前はここまで来た』

 

「··········?」

 

 唐突に問いかけられてベルは一瞬、怪人の言葉の意味を理解することが出来なかった。

 

意味が分からない。どうしてこの怪人はこんなことを訊ねてくるのか?

 

怪人の意図が全く理解出来ない。怪人の質問の真意がわからない。

 

─────なぜ、ここまで来たのか。

 

そんなものは決まっている。

 

異端児達を止めるため、そして何より攫われたウィーネを救い出すためにベルはここにやってきたのだ。

 

それ以外に一体何があるのだろうか。それともこの怪人は何か別の答えを期待していたのだろうか。

 

そんなものは決まっている。

 

異端児達を止めるため、そして何より攫われたウィーネを救い出すためにベルはここにやってきたのだ。

 

ベルが困惑していると、それを見た怪人は小さく嘆息した。

 

『なぜ、お前はモンスターを守ろうとしている?』 

 

「···········えっ?」

 

 なおも意味が分からず、ベルはさらに困惑する。この怪人は何を言っているのだろう。そんな疑問がベルの脳裏に浮かぶ。

 

『お前はこの化物共を、異端児達を救おうとしている。それは何故だ』

 

 何故、異端児達を救うのかという問いにベルは戸惑う。何度言われても質問の意味がさっぱり分からない。

 

そんなのは──────

 

『ただ喋るだけ、モンスターであることに変わりはないというのに』

 

「─────」

 

 これまでモンスターなんていくらでも殺してきただろう、と怪人は言う。

 

それは紛れもない事実であり、ベル自身も今まで数え切れない程のモンスターを殺してきた。

 

だから、ベルは反論することもできない。怪人の言うことは正しい。冒険者はダンジョンに潜れば必ずと言っていい程、大量のモンスターと戦うことになる。

 

そして、冒険者の大半はその過程で奪う命の重さを感じなくなっていく。多くの冒険者が怪物を殺すことに忌避感を覚えることは無くなる。

 

ベルだって例外ではない。

 

怪物の宴のときも、18階層のイレギュラーのときも、そして今日ここに来るまでも、ベルはその手で怪物の命を屠ってきた。

 

冒険者の常識では当たり前のこと。冒険者として生きる以上、モンスターは殺すべき対象でしかない。

 

モンスターは人類の天敵であり、害悪である。人とモンスターは決して相容れることのない存在なのだ。

 

太古の昔より悲劇と災厄を人類にもたらし続けた人類の不倶戴天の敵、それが怪物だ。

 

でも、異端児達は違う。

 

彼等は人間と同じ知性を持ち、言葉を話せる。理性的に会話が出来て、共に笑い合うことも出来る。

 

リドやグロスは確かに恐ろしい化物かもしれない。しかし、それでも心を持つ立派な『人』だとベルは思う。

 

だからこそ、ベルは彼らを、ウィーネを助けたかった。

 

たとえ、それが他の冒険者から見れば甘い考えだとしてもベルにとっては大切なことだった。

 

『············チッ』

 

 言葉ではなくベルの視線に込められた想いに怪人は舌打ちを返す。まるで、見当違いの返答を聞いたかのように。

 

仮面の奥にあるその瞳に宿る感情は果たして怒りなのか、嘆きなのか。ベルには知る由もないが魔力の放出による威圧感は先ほどよりも増していた。

 

「貴方は········いったい、なんなんですか」

 

『私のことはどうでもいい。──────嗚呼、お前の目を覚ましてやろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「················あぁっ」

 

 『それ』を前にしてベルの口から漏れたのはそんな情けない声だけだった。

 

目の前にいるのは巨大な蛇体。

 

全身が氷のような蒼い鱗に覆われており、その瞳は濁った湖のように冷たい。青白く輝く長い髪は地面に触れるほどに長く、その巨体は大型級モンスターにも劣らない。

 

その体表には竜を連想させるような器官が生えていて、口元からは鋭い牙が見え隠れしている。

 

額からあるべき『赤石』を失ったことで現れた怪物性。ほっそりとした両足は大蛇のような胴体へと続いている。

 

醜くゆがんだ両手には鋭利な爪が備わっており、その一本一本が尋常ならざる切れ味を持っていることは想像に難くない。

 

不気味に輝くその赤黒い双眼がベルの姿を映す。その瞬間、ベルの心は絶望の色に染まる。

 

「ウィーネ·······っ!」

 

『─────ルルルゥウウッ!!』

 

 怪物でありながら無垢で穢れを知らない竜の少女の成れの果て、その姿はあまりにも痛ましくベルの目に飛び込んでくる。

 

ウィーネは獣の如く喉を鳴らしながらベルを睨みつける。そこにはもうかつての優しいウィーネの姿はない。

 

人間の少女のように小柄で華奢だった身体は巨大で禍々しい姿へと変貌し、もはや本来の原型は残っていない。

 

その両腕は血で染まったように黒ずみ、ボロボロでコウモリのような翼が生えている。

 

硬質化した竜鱗が覆う下半身は大蛇のようで不均等な醜さが際立っている。

 

ウィーネは今や『怪物』と呼ぶに相応しい化物と成り果てていた。

 

その理由は怪人が引き剥がした額の赤石、『ヴィーヴルの涙』と呼ばれる第三の瞳を失ったが故だ。

 

ヴィーヴルの涙は莫大な富を授けるとも言われる希少なドロップアイテムであり、それを獲得するには生きたヴィーヴルの額から石をむしり取る必要がある。

 

当然、それは生半可なことではない。

 

ヴィーヴルはLv.2~3程度のモンスターだが額から赤石を失った個体は理性を失い、狂暴化する。

 

暴走状態に陥ったヴィーヴルは、通常時に輪をかけて本能のままに暴れ狂う化物となる。

 

それは異端児であるウィーネも同じだったようだ。

 

掛け替えのない何かを失ったように、ウィーネは悲しげに鳴いている。

 

「───────────ァ、アアッ、ァ、ギィ、ィイイッ、ア、グギャ、ァッ、アアアアアア

ァッ········!!」

 

 言葉にならない鳴き声が迷宮内に響き渡る。それは聞く者の精神を蝕んでいく魔性の叫び。思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫にベルは顔をしかめる。

 

悲愴と狂気に満ちた声音は心を揺さぶり、ベルの胸中に罪悪感を呼び起こす。

 

胸を掻き毟られるような痛みと悲しみ。ベルの視界が霞み、意識が遠のきそうになる。

 

ウィーネはもう以前の彼女ではない。

 

怪物と化した彼女は、ベルに対して明確な敵意を向けている。

 

心に亀裂が入る。

 

ベルは、ウィーネを救いに来たはずなのに。

 

こんなことを望んではいなかったのに。

 

こんな再会は望まなかったのに。

 

悲嘆と自責の念に押し潰されそうになる。

 

怪物としての、人を殺すための牙や爪が生えた手足をウィーネは振るう。

 

その姿に前までの可愛らしさや愛おしさは一切なく、ただ殺意のみが伝わってくる。

 

『これを見て、まだ、モンスターを守れるか? クラネルの弟』

 

 仮面の怪人の言葉がベルの脳裏に響く。怖気立つほどに冷たいその声音がベルを突き刺していく。ベルはその問いに答えることが出来なかった。

 

ウィーネを救うどころか、この手で殺すことになるかもしれないという恐怖がベルの足を震わせる。

 

胸を刺す『嫌悪感』。人間がモンスターに対して感じてしかるべし負の感情。

 

本能から来る忌避の感情。これまでダンジョンで殺してきたモンスターたちに対して感じていたものと何一つ変わらない感情。

 

これが冒険者の、人間の本性だ。今まで培ってきた冒険者としての常識がベルの行動を制限する。

 

『ィ、ルゥル、ルルゥッ……!』

 

 ウィーネが動く。その大きな身体からは考えられない程の速度で。狙いはベルだ。ウィーネは尾で地を蹴って一直線に飛び込んでくる。

 

ウィーネが振った尾がベルの右脚を捉えて、そのまま地面に叩きつけた。

 

「かはっ········!?」

 

 肺の中の空気が全て吐き出される感覚と共に衝撃がベルの全身を襲う。骨が軋み、鈍い痛みがベルの体を支配する。

 

大型級モンスターの一撃は生身の人間にとって致命傷になりかねない威力がある。ウィーネはそのまま続けて、残った左の拳を振るう。

 

『ルゥウウッ!!』

 

「ぐぅっ··········!」

 

 今のウィーネは正真正銘の怪物だ。その攻撃には容赦など欠片もない。

 

ウィーネが次いで右腕を振るい、その鋭利な爪がベルの背中に突き立てられる。

 

肉を引き裂く嫌な音と激痛がベルを襲った。

 

『ベルゥゥゥウウッ··················!!」

 

 ウィーネは更に追撃を行う。ウィーネが左腕を振り上げて、ベルに向かって振り下ろす。ウィーネの攻撃は止まらない。

 

ベルの首筋を狙って、ウィーネは腕を振るう。ウィーネは容赦なく、ベルを殺そうとしている。

 

身をひねり、回避を試みるもウィーネの鋭い爪はベルの肌を切り裂く。鮮血が飛び散り、ベルの身体に深い切り傷が刻まれる。

 

『 やはりこうなったか··········殺せばいい、殺さなくては死ぬのはお前だぞ』

 

 怪人はその様子を冷めた目で見つめていた。その口調はどこか落胆しているように聞こえる。

 

ウィーネはまるで獣のように、その双眼を血走らせて、その口からは白い唾液が垂れ流れている。

 

そこにかつてのウィーネの面影はない。

 

ドクンドクンと心臓が激しく脈打つ。呼吸が乱れ、思考が定まらない。ウィーネの攻撃を辛うじて避けながらも、ベルの心は揺れていた。

 

ウィーネは怪物だ。理性を失った怪物だ。このまま何もしなければウィーネに間違いなく殺される。

 

しかし、それでも、ベルは動けない。

 

『どうした? 何故、動かない?』

 

 怪人の声が響く。分かっている、自分の甘さが招いた結果だということくらい。

 

全ては成り行きで、自分勝手な行動の末路だという事も理解している。

 

自分への怒りが沸き上がってきた。ウィーネはこんなにも苦しんでいるのに、どうして自分は身動きが取れないのか。

 

ぎり、っと歯を食いしばる。

 

力を振り絞ってウィーネの顔を見上げる。ウィーネはベルを、ベルだけを睨みつけながら、その牙を剥き出しにして、喉を鳴らしている。

 

「──────ああッ!!」

 

 ────でも、それはおかしいのだ。

 

額の石を失ったヴィーヴルは本来、石を取り戻そうとするために暴れ狂う。

 

ただそれだけのためにヴィーヴルは狂暴化して暴れ回る、はずだ。

 

なのにウィーネは石を持つ怪人ではなくベルだけを見て、執拗に攻撃を仕掛けてくる。

 

それが何よりの違和感だった。

 

『············べるうううぅッッ!!!』

 

 ふと、ウィーネと目が合う。その瞳の奥には涙が溜まっていた。

 

ウィーネは泣いていた。

 

ベルを映すその両の目からは大粒の涙を流していた。それは悲しみと苦しみ、そして─────

 

「─────大丈夫、僕はここにいるよ」

 

 肩に食い込む爪の痛さも忘れて、ベルはウィーネの身体を優しく抱き締めた。

 

ウィーネの爪がベルの身体に深々と突き刺さるが構わず、ベルは抱きしめ続ける。

 

『ゥ、ゥゥウウウウ、ベ、ル?」』

 

「·········うん、遅くなってごめん·····ね」

 

『ル、ルル、ルゥ、ルル、ルル、ルルルルルルゥゥゥウウウウッ········!! あぁ、ベ、ルゥゥウウッ········!!』

 

 鮮血が流れる。ウィーネの爪が、深く、深く、ベルの背中に突き刺さる。ウィーネの涙がベルの頬を濡らす。怪物の悲鳴が人造迷宮内に響き渡る。

 

「だい、じょうぶ、だから······もう、怖く、ないから········!!」

 

 ベルはウィーネを強く、強く、抱き寄せる。ウィーネもまたベルにその爪を突き立てる。

 

血が溢れる。痛みを感じる。だが、そんなことはどうでもいい。ベルはウィーネの頭を撫でて、ウィーネの耳元で囁く。

 

ウィーネの泣き声が一層大きくなる。ベルはウィーネを安心させるために、優しく、何度もその言葉を紡ぐ。

 

痛み、苦痛、そんなものが何だというのだ。ベルはただウィーネの側に居てあげたい、ウィーネを救いたいという一心でウィーネを抱き締め続けた。

 

やがて、ウィーネの腕が震え始め、その爪がベルの背中から離れていく。

 

ウィーネの身体は弱々しく痙攣していた。その身体からは力が抜けていき、その瞳に僅かに光が宿る。

 

「僕は、ここに、居るから············!!」

 

『ベルゥゥゥゥゥゥッ!!!!』

 

 泣き叫ぶウィーネの身体から力が抜けていく。肩から爪が抜かれて、ウィーネの巨体が地面に崩れ落ちる。

 

理性を失ったはずのはずの怪物が、ウィーネが、ベルの腕の中で静かに座り込んだ。

 

ありえざる奇跡にも似た光景を前にリドは呆然と立ち尽くし、フェルズはその骸骨の顔を驚愕の色で染め上げている。

 

そして、怪人は─────────

 

 

『───────は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

エニュオ『は?』⇒ベルに対して

 

白髪『は?』⇒怪人に対して

 

屑ども『『は?』』

 

『ベルLv.3の最近の戦い相手』

・変態白髪英雄もどきLv.8

・クソ捻らせ仮面怪人Lv.9〜

 






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121話 自分から心を摘む戦いを仕掛けて負ける怪人



フィアナ書籍化しないかな


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにを、している?

 

私は今、何を見ている?

 

クラネルの弟は一体、なにをしている? 何故、どうしてあんなことをしている? できている?

 

わからない、理解ができない。

 

何故だ? 何故、あれは殺さない?

 

何故、あのモンスターを助けようとしているんだ? まるで意味が分からない。

 

理解不能だ。理解できない。理解したくない。

 

怪物を助ける冒険者など聞いたことがない。どうしてだ? 何なんだあいつは。

 

怖い、恐ろしい、不気味だ。

 

気持ちが悪い、理解出来ない。

 

あり得た『もしも』を見せつけられているようで吐き気がする。自分の全てを否定されているかのような不快感。

 

ありえない、あり得ない、有り得ない。

 

全身を虫が這うかのようなおぞましい感覚。何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ何故だ何故だなぜナゼナゼナぜなぜなぜなぜなぜナゼ!?

 

何故──────『怪物』が手を差し伸べられている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、ここに、居るから············!!」

 

 自らの血に濡れながら健気に笑う若き英雄の卵と彼の胸に抱かれる怪物の姿を怪人は見た。ウィーネはベルの胸に顔を埋めたまま動かなくなった。

 

ウィーネの荒かった呼吸は次第に治まりその凶暴性が現れる兆候はない。ベルはウィーネの頭や背を優しく撫でている。

 

酸欠になったかなように荒い呼吸を繰り返しながらもベルはウィーネを離さない。まるで子供をあやすようにウィーネを抱きかかえていた。

 

その光景を見て怪人は胸を掻きむしられるかのような激しい嫌悪感を覚えた。

 

均衡を欠いたかのように仮面の下の怪人の表情が歪んでいく。

 

ふざけるな、なぜ、どうして、お前は怪物を救う?

 

怪物が誰かに救われるなど、絶対に許してはならない。

 

『(だってそれじゃあ私は─────)』 

 

 ぞわりと漆黒の魔力が怪人から溢れ出す。それは怪人の意思とは関係なく、怪人の感情に呼応するように噴出する。

 

まるで噴火した火山から湧き立つマグマのような闇色の魔力が怪人の全身を覆い隠す。

 

「─────ッ、ウィーネ!?」

 

 ベルはウィーネを庇いながら、突如として変貌した怪人の姿を見た。その身を覆う黒衣は魔力によってさらに深い色に染まり、手足には竜のような禍々しい鉤爪が生えている。

 

物理的な圧力すら感じるほどの濃密な殺気を纏った怪人がそこにいる。

 

怪人はゆらりと、ベルとウィーネの元に歩み寄る。その足取りは覚束ない。

 

だが、それでもこれまでにないほどにベルの第六感が警鐘を鳴らしている。

 

これまでも絶えず感じていた怪人の殺意。それが今になって形となって現れた。ベルはウィーネを背後に隠し、短剣を構える。

 

しかし、その動作はひどく緩慢だ。

 

体に負った傷や出血のせいもあるがそれ以上に怪人が放出する暴力的で 絶対的な魔力に気圧されて身体が思うように動かないのだ。

 

先ほどまではひどく手加減されていたことを実感させられる。ベルは必死に身体を動かそうとするも、言うことを聞いてくれない。

 

その間にも怪人はゆっくりとベルたちに近づいてくる。

 

ふらつく身体を杖代わりの魔力の爪で支えて、一歩、また一歩、着実に距離を詰めてくる。

 

その度に周囲の空間が軋みを上げる。

 

ベルの額からは汗が流れ落ち、無意識のうちに喉を鳴らす。その様子を見て、怪人は満足そうに笑っているように見えた。

 

精神的な問題ではなく物理的な問題として、ベルは目の前の怪人に抗えるビジョンが見えなかった。

 

流した血が急速に冷えていくような感覚を覚えながらも、思考が追いつかない。

 

このままではまずい、何か、どうにかしなければと思うのに身体が動いてくれなかった。

 

相対しているだけで心臓が止まってしまうのではないかと錯覚してしまう程のプレッシャーを感じながら、ベルは必死に打開策を探す。

 

バチリバチリと紫電を孕んだ大気が弾ける。静寂に包まれた人造迷宮の中に響く雷鳴がベルの心音に重なっていく。

 

どくん、どくん、という音と次第に早く大きくなっていって、やがてそれは一つの轟音を奏で始める。

 

怪人が歩を進めるごとに地面が砕け散る。亀裂が広がっていき、その範囲が徐々に広くなる。

 

何も特別なことはしていないはずだ。

 

それなのに世界そのものが悲鳴を上げている。怪人を中心にして、大地が、壁が、天井が、迷宮そのものが崩壊しようとしている。

 

ただそこにいるだけで自分以外のすべてを壊そうとでもいうのか。

 

生物としての位階を超えた存在。まさにこれこそ怪物と呼ぶに相応しい。

 

淀み、濁り、汚れきった魔力が渦を巻き、怪人の身体にまとわりついている。

 

その異形さは怪物そのもので、見る者に恐怖を植え付けるだろう。

 

闇色に塗り潰された肉体からは圧倒的なまでの存在感を感じさせる。

 

このまま近づかれたら魔力の圧だけで全身を潰されてしまうんではないかと思わせる程の圧力を感じる。

 

ベルは唇を噛み締めて、ナイフを握る手に力を込める。

 

─────同じだ。

 

今、ベルが心を折らずに保っているのは図らずも似たような状況を経験したことがあるからだ。

 

19階層で兄を前にした時と同じ感覚。最強の英雄を前にしたあの時の絶望感を思い出す。

 

天まで上り詰める烈火を前にしたかのような緊張感。この怪人は間違いなく本気の兄と同じ領域にいる。

 

その有り様を明らかにした兄が聖火の化身ならばこの怪人の有り様は魔雷の化身か。

 

ベルは歯を食いしばりながらも怪人を睨む。ここで折れてしまったらすべてが終わってしまうと、自分に言い聞かせる。

 

怪人はゆらゆらと揺れながら一歩ずつベルたちへと近づく。

 

あの時の兄の態度は自分たちを試すための演技のようなものだった。それでも心が折れてしまいそうなほどに圧倒的だった。

 

だが、今の怪人の立ち振る舞いは明らかに違う。

 

怪人はベルたちを本気で殺しに来ようとしている。それはベルの直感が告げている。怪人は本気でベルを殺そうとしている。

 

怪人が一歩歩くたびに、その圧力が強まる。

 

その殺意を肌越しに感じ取っているベルは必死に意識を保ち、ウィーネを守るように抱きかかえる。

 

世界が軋む音が聞こえてきた。

 

怪物が歩いてきた道は踏み砕かれ、無残にも魔雷によって焼焦げた痕が刻まれる。

 

怪物が進む先には何も残っていない。怪物が通り過ぎた後に残るのは破壊痕のみ。

 

あと数秒もすれば怪人はベルたちの元に来る。

それは即ち死を意味する。

 

ウィーネの温もりを腕に感じつつも、ベルは死の予感をひしひしと感じる。

 

怪人から放たれているのは濃密な殺意のみ。しかしそれだけで、既にベルたちは限界を迎えようとしていた。

 

人型の不吉を中心に渦巻く魔力が一層強くなった。

 

魔竜の顎門のように開かれた怪人の手から溢れ出した魔力が、その手の中で収束していく。

 

怪人は腕を高く掲げる。

 

怪人の頭上で収束した魔力がバチバチと激しいスパークを起こす。

その光景を見てベルは悟る。

 

来る、と。

 

あれほどの魔力の奔流を放つのだ。その威力は計り知れない。今までの怪人の攻撃とは一線を画する一撃が来る。

 

ウィーネを守りたい、でも、この怪人の前では──────

 

「ッ立てグロス!! ウィーネの石を取り戻すぞッ!!」

 

「ォ、オオオオッ!!」

 

「リドさん、グロスさん········!!」

 

 全身の鱗が罅割れたリドが剣を杖代わりにして立ち上がり、グロスもそれに続いた。

 

自分たちを庇うかのように立ち上がったリドの叫び声を聞いた瞬間、ベルはハッとする。

 

そうだ、自分は何をしている。

 

ここまで来て、こんなところで諦めてたまるか。

 

歯を食いしばって息を深く吸ったベルはウィーネを背にかばい、怪人に立ち塞がる。

 

体は万全からは程遠い。傷口から血は流れ続けている。しかし、そんなことはどうでもいい。

 

今はただ、目の前の怪人からウィーネを守ることだけを考えろ。ベルが覚悟を決めたその時、怪人の背後から膨大な魔力が放出された。

 

次の瞬間、迷宮内に轟くのは天を衝くような巨大な雷の柱。

 

天井を貫いて現れたのは全長数十メートルにも及ぶ雷の槍だった。

まるで塔の如き太さを持つ雷の柱は怪人とベルの間に降り注ぐ。

 

雷の衝撃が迷宮内を駆け抜け、空気を焼き尽くす。

 

「ぁ、あああああああァアア─────ッ!?」

 

 ベルはリド達と共に絶叫を上げ、雷槍を躱しながら走っていく。

 

直撃を受けてしまえばひとたまりもないと察したベルは必死になって回避行動を取る。

 

雷の柱に触れていないにもかかわらず余波だけで凄まじい熱量に全身が焼かれる。

 

一瞬にして視界が白一色に染まる。雷撃の余波だけで皮膚が焼け爛れ、髪や服が燃え上がる。

 

広間全体を覆う雷光。現在地上に存在するいかなる魔導師にも勝る魔力が乱流し、荒れ狂い、空間そのものが悲鳴を上げている。

 

魔法でもない魔力の放出、周囲一帯の床が融解して溶岩のようにグツグツと煮えたぎっている。

 

ベル達はその中を突き進み、雷槍の間隙へと飛び込む。先ほどまでいた場所を通り過ぎる電撃が大瀑布の如く降り注ぎ、周囲の壁を破壊していく。

 

その破壊音を聞きながらもベルたちは走り続ける。迫る圧倒的なまでの魔力の奔流。

 

「おおおぉオオオッ!!!!」

 

 雷槍に目掛けてリドが剣を振り下ろした。振り下ろされた剣に纏わりついた気炎が一閃を描き、落雷を斬り裂き、その先にいる怪人へと襲いかかる。

 

「ル、ゥウウッ───!!」

 

 気合を込めた雄叫びを上げたグロスが爪を振るう。放たれたのは渾身の力を乗せた斬撃。

 

雷の槍を切り裂こうとしたリドの刃を後押しするように放たれた灰色の爪が雷柱を縦に引き裂く。

 

『─────で、それがどうした』

 

 招雷、迅雷、天槌。

 

彼らの奮闘を嗤うように放たれるのはあらゆるものを穿ち、打ち砕く三連の雷牙。

 

マジックユーザーとして大精霊の領域に達した怪人の、フェルズですらも見たことのない規模の雷の嵐が三人を襲う。

 

魔力を帯びた暴風が吹き荒び、稲妻が縦横無尽に駆け巡る。フェルズの魔道具によって咄嵯に張られた障壁にぶつかった雷が弾け、周囲に拡散される。

 

魔力の渦が辺り一面を飲み込み、全てを焦土に還す。

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 Lv.3でしかないベルが未だに立てているのはフェルズによる全癒魔法と魔道具の支援と第一級冒険者クラスである二人が矢面に立って怪人の攻撃を防いでいるからだ。

 

リドもグロスも既に満身創痍だ。それでも二人は怪人の攻撃を受け止め続けている。

 

直撃こそ避けているが、掠めただけでも致命傷になる攻撃を前に連携と駆け引きを駆使して立ち向かっていく。

 

「ファイアボルトォオオッ!!」

 

 火雷の多連射撃が怪人に殺到する。しかし、怪人は迫り来る火球を掌で受け止めそのまま握り潰す。

 

その光景を見てもベルは怯まない。

 

ベルはナイフを構えて怪人の元へ向かう。

 

広間の天蓋から降り注ぐ雷光が眩く輝く。

 

閃光、轟雷、そして衝撃。

 

雷光の瞬きと同時に降り注いだ雷がベルの体を打ち据え、衝撃がベルを吹き飛ばす。

 

だが、ベルは諦めることなく立ち上がる。

 

遥か格上からの殺意に晒されても、ベルは決して逃げようとはしない。

 

ベルは怪人を見上げる。

 

怪人は、怪物は笑っていた。

 

仮面越しにもわかるように愉悦に歪め、ベルたちを見下ろす怪人の姿。

 

それは弱者を虐げる強者の余裕か。

あるいは獲物を甚振る捕食者のような嗜虐心故なのか。

 

或いは自嘲からくる嘲笑なのかもしれない。

 

「────遅くなりまシタ!!」

 

「レイ!!」

 

 広間の入り口から怪音波が響く、雷槍の隙間を縫って現れたのは金色の羽毛を生やしたセイレーンのレイだった。

 

遅れて到着したレイに続くように全身を武装した異端児達が次々と現れる。

 

『次から次へと·········!!』

 

 異端児達の中でも精鋭を集めた彼等の到着に怪人は忌々しげに吐き捨てる。

 

手詰まりに近かった状況がリド達と同じLv.6級であるレイと第二級から第一級冒険者相当の異端児達が加わったことで揺れ動く。

 

グロスが攻撃を防ぎ、ベルが撹乱し、レイが奇襲を仕掛けて怪人の意識を分散させる。

 

その隙を突いてリドや新しく来た異端児達が畳み掛ける。これが今できる最善手だと誰もが理解する。

 

深層の階層主すら討てるだけの戦力。

 

これならば────

 

『【一掃せよ、破邪の聖杖───────【ディオ・テュルソス】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の間に紡がれた詠唱と同時、この世全てを穿つ黒き稲妻が空間ごと焼き尽くさんばかりに荒れ狂い大気の絶叫を引き起こした。

 

ベル達の理解よりも先に視界を埋め尽くす程の光と爆風が迷宮内を蹂躙していく。

 

天より堕ちた雷の槍は迷宮の壁を貫き、人造迷宮の外にまで届いた。

 

それは怪人が今日初めて使った純然たる『魔法』の一撃。その威力は今までの攻撃とは比較にならない程の規模と範囲を持っていた。

 

端から直撃を求めていない一撃は迷宮内を暴れ回り、爆音と共に上の階層にまで到達する。

 

下界に存在するありとあらゆるものを粉砕せんばかりの破壊の雷光。

 

「なに、が───」

 

「ァ、アァ──────ッ!?」

 

 リドとグロスが呆然と呟く中、魔力の余波だけで肉体を焼かれていたリド達はその『魔法』の余波を受けて遂に膝を折る。

 

辛うじて致命傷は避けられているものの、そのダメージは深刻だ。リド達は苦悶の声を上げながら顔を上げる。

 

そこには、無傷のまま佇む怪人がいた。怪人の周囲には紫色に輝く障壁が展開されており、自身の雷光を防いでいた。

 

絶対者のみが纏うことを許された覇気。

 

たったの一撃、たった一発の魔法で全てが無に帰した。怪人の持つ魔法の力は圧倒的に過ぎた。

 

フェルズによる支援も、異端児とベルの共闘も、何もかもが怪人の前では無力に等しかった。

 

圧倒的なまでの実力差。

 

仮にあの魔法の砲台が自分たちに向けられて発射されていれば自分達は跡形もなく消え去っていただろう。

 

そんな絶望的なまでに隔絶された力の差。魂の奥底から震え上がるような恐怖。

 

それでも、 ──────それでも、リドも、ベルも、そして他の異端児たちも諦めない。

 

剣を、爪を、槌を、斧を、武器を構える。

 

『···············そんなに大事なら返してやる』

 

 その光景に怪人は何か眩しいものを見るかのように目を細めると、手に持っていたものを放り投げる。

 

それは先ほど、怪人がウィーネの額から奪った『ヴィーヴルの涙』。

 

正気を失ったウィーネが我を取り戻すのに必要不可欠な秘石。

 

真っ先にそれに反応したベルが痛みに苛まれた体に鞭を打って駆け出す。

 

ベルが石をキャッチする様を見ながら怪人はウィーネの元まで瞬間移動とも見間違う速度で移動すると、その首根っこを掴む。

 

『───────ア、アアアァッ!!』

 

 ウィーネを掴む怪人の掌から黒い波導が溢れ出る。その波動に触れた途端、ウィーネの顔から苦痛の表情が消える。

 

同時に怪人の手から解放されたウィーネは地上への階段を駆け上がっていく。

 

「ウィーネになにをっ!?」

 

『認識■■の【スキル】だ。本来はクラネルに対してのものだが、第二級程度の相手ならばちょっとした幻覚を見せるくらいはできる』

 

 どこかくたびれたかのような様子でそう言った怪人の言葉の意味をベルは理解できなかった。

 

『···············ではな、クラネルの弟。神の命は果たした、あとは好きにしろ』

 

 怨嗟にも似た声をこぼして踵を返した怪人はそのまま何処かへ去っていく。

 

「貴様ッ!!」

 

『やめておけ、異端の怪物。今は、『ヒト』を殺したくない』

 

 グロスの憤激をこの場のすべてを殺戮可能な怪人は切り捨てるとそのまま姿を消す。

 

後に残ったのは満身創痍の異端児達と石を手にしたベルだけ。

 

「─────ッ、ウィーネ!!」

 

「ベルっち!!」

   

 迷う間もなくウィーネを目指しベルは階段を上り始め、リド達はそれを慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すまない·······私では彼等を止められなかった』

 

 全員に全癒魔法をかけて精神疲弊寸前のフェルズは通信の魔道具を起動させる。

 

『このままではリド達はウィーネを助けるために地上に出て行ってしまう。·············今、彼らが地上に出ていってもウィーネを助けるよりも先に彼ら自身がモンスターとして殺されることになる』

 

 声帯すら朽ち果てた骸骨の口から悲痛に満ちた言葉が出る。リド達がどれだけ強くても、今のリド達が迷宮外に出れば待っているのは死だ。

 

怪物である彼らが外の世界に出れば世界の敵として討伐されるだろう。

 

『頼む········っ、彼等を、異端児を守ってくれ』

 

 通信の相手はこの詰みの状況をたった一人で覆せる『英雄』。

 

「·········それは、ギルドからの強制依頼、か?」

 

『················いいや、地上で英雄たる君がモンスターを庇う········それが君の立場をどうするのか、などわかりきっている。だから、これは私からの個人的な依頼だ、望むものがあれば何でも支払うが、断ってくれても構わない』

 

 大衆の面前で『英雄』が『モンスター』を庇う、それは破滅を意味する。

 

「────いいだろう、その依頼承った。俺がいる限り()()()()()()()()()

 

『···········恩に着る、報酬は何を望む? 君の背負うものに見合うものなど有りはしないと思うが·········』

 

「賢者の石」

 

『────ッ!!』

 

「ああ、当然だが不老不死なんざ興味はないし、なろうと思えば自力でなれる。─────少し、使い道があってな」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

怪人『クソが·······』

 

メインヒロインアステリオスくんと戦わない分の経験値をお兄さん()とお兄さんの知り合いのお姉さん()が補填してくれました。

 

お姉さんは終始全力を出せずに戦いというよりも 八つ当たりをしてる状況でした。

 

穢れた精霊との接続や魔石を取り込んだことによる階梯の向上で精霊兵みたいな詠唱によらない魔力の解放による攻撃ができるようになってます。

 

アルも規模も出力も下ですが似たようなこと可能。







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122話 ▼ゲス野郎がアップを始めました




アンケートで4000〜5000文字の方がいいっていう意見の方が多かったので試しに今回だけ4500文字程度にしてみました





 

 

 

 

ダンジョンに潜ったベルとは別側面からのアプローチで攫われたウィーネを探そうとヘスティア達はダイダロス通りへと訪れていた。

 

しかし、捜索は困難を極めた。

 

地道な聞き込みをしようとも有力な情報は無く、そもそも目撃証言すら得られなかった。

 

それに聞き込み以前にダイダロス通りの複雑怪奇さも相まって迷子にならないようにすることだけでも一苦労だった。

 

数百年にもわたって区画整理なぞ知ったことかと言わんばかりに好き勝手な増築が繰り返された結果、地上の迷宮とさえ呼べる程に入り組んだ迷路のような街へと変貌してしまったのだ。

 

一応は区画ごとにある程度の目印はあるが、それも所詮は目安にしか過ぎず、実際に歩いてみるとほとんど意味を成していない。

 

その複雑怪奇さは冒険者でさえ迷うほどであり、無許可の違法建築物が立ち並ぶスラム街の路地裏に至っては下手をすれば迷宮よりも迷いやすい。

 

「どーするんですか、ヘスティア様。これじゃあ見つかるものも見つかりませんよ·······?」

 

 その迷宮じみた地形に辟易としたリリルカは愚痴を零す。

 

その小さな体躯には似合わないほどの大荷物─────万が一の際に即応できるように各種ポーションや魔剣などを詰め込んだリュックサック────を背負っている。

 

場合によっては何らかのものと戦闘に発展する可能性も考えての準備だった。

 

「そんなこと言ったって············ボクだってダイダロス通りなんかに来たくなかったよ」

 

 均一性というものがまるでなく不規則に乱立した家々を見上げながら、ヘスティアは溜息を漏らす。とはいえ、このまま闇雲に探していても徒労に終わる可能性が高い。

 

騙し絵のように歪んだ建物群で構成された道を歩きながらどうしたものかと悩んでいると、ふと、耳になにか悲鳴のような音が聞こえてきた。

 

「············何か聞こえなかったかい?」

 

「············慎重に進みましょう」

 

 音の発生源はすぐ近くのようで、ヘスティア達は嫌な予感を覚えながらも足を進める。まがりなりにも街中で危ないことはまずないはずだが、何事にも例外はある。

 

少し前の怪物祭のような例も考えられる。

 

「ッ·········!!」

 

 わずかに聞こえた悲鳴を皮切りとしてつんざくようないくつもの悲鳴が木霊する。それは、まるで戦場を思わせるような凄惨な叫び声。

 

ざわざわと人混みがこちらに駆け逃げだし始めたことから何か事件が起きたのは明白だが、それがどのようなものなのかまでは分からない。

 

「······行こう!!」

 

「はいっ!」

 

 大太刀を背に担いだヴェルフを先頭にして【ヘスティア・ファミリア】は逃げる人達の流れに逆らいながらも声が聞こえる方角へと向かう。

 

やがてたどり着いたのは、広場のような空間だった。

 

不規則に立ち並んだ建物の間隙に作られたそこは、円形にぽっかりと空いたスペースになっている。

 

「あれ、は·········ッ!?」

 

「なんでモンスターが地上にッ!?」

 

 全身が氷のような蒼い鱗に覆われた竜体。大型級モンスターにも劣らない巨体を誇るその人頭竜体のモンスターが家屋を破壊して暴れていた。

 

青白く輝く長い髪は地面に触るほど長く、その双眼は血のように紅い。

 

怪物らしい不均等な醜さを湛えたコウモリのような翼、そして丸太の如く太い竜体がゆらりと揺れる。

 

『──────────ッッ、ァアアッッ!!!』

 

 その怪物は口を大きく開くと、人間には発音不可能な雄たけびを上げる。

 

「ッ、どこから!?」

 

「いや、あれはまさか─────」

 

 サポートとしてモンスターの知識に明るいリリルカは即座にその正体に思い至ってしまう。

 

人間の女性のような上半身に蛇や竜のような下半身。蒼白い鱗に包まれた肌に赤い瞳。

 

中層域で時たま出現報告されるレアモンスター。怪物の代名詞であり、最強の系譜である竜種の一種。

 

その名は──────

 

「ヴィー、ヴル··········」

 

「まさかそんなことが···········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け上る、駆け上る、駆け上る。

 

地上への階段をウィーネの背を追うようにベルは懸命に走る。怪人との戦いとも言えない戦いで全身に負った傷は既にフェルズによって癒されている。

 

全力で走ることに支障はない。だが、手間をくってしまった分、ウィーネの姿を見失わないように必死だった。

 

酸素を求めて呼吸が乱れても、肺が悲鳴を上げても、脚が千切れんばかりに痛んでも、息を切らせながらベルは走り続ける。

 

そして─────

 

「ヴィー、ヴル··········」

 

「まさかそんなことが···········」

 

 地上に辿り着いたベルを迎えたのは偶然にも驚愕に目を見開くリリルカと春姫を始めとした【ヘスティア・ファミリア】一同であった。

 

そしてそんな彼女らの視線の先では、ウィーネがヴィーヴルとしての本来の姿を晒し、ケダモノのように喉を鳴らして雄叫びを上げていた。

 

その姿は正に怪物そのもの。

 

地上に現れてはいけない古代の再演。誰もが恐れ戦き、己が身を震わせる。

 

大穴の地獄の蓋が開いてしまった際に地上に広がるであろう地獄の光景 の体験。

 

不味い、とベルは直感的に感じ取った。

 

地上にウィーネが、モンスターが出てしまった。このままでは冒険者達に見つかってしまう。

 

そうなればウィーネはモンスターとして冒険者たちに討伐されてしまうだろう。

 

「────ウィーネ!!」

 

「ベル様!!」

 

 声を上げながらベルはウィーネに向かって飛び出していく。リリルカ達はその声にハッと我を取り戻す。

 

「みんな、下がってて!!」

 

 春姫やリリルカは勿論のこと、Lv.2になったばかりのヴェルフと命では暴走したウィーネを止めることは到底できない。

 

まして全知零能の存在として一般人以下の身体能力しか持たないヘスティアがウィーネの暴虐に晒されてしまってはひとたまりもない。

 

「(········最悪の事態は避けれたけど、どうしよう············)」

 

 地上にこそ出てしまったがウィーネが民間人を手にかけたり、他の冒険者が来る前に追いつくことはできた。

 

しかし、どうやってウィーネを鎮めればいいのか。ベルには分からない。

 

石を手渡せばそれで大丈夫なのだろうか。そもそもウィーネがあれほどまでに暴れている理由もわからない。

 

石を返した時に、あの怪人はなんて言っていた?

 

確か、認識障害だとか。認識阻害とか。

 

後半はよく聞き取れなかったが確かそんなことを言っていなかっただろうか。

 

何よりもまずは他の冒険者たちに見つかる前にウィーネを迷宮に逃さなくては。

 

ウィーネを宥めるのはそれからだ。

 

そう判断したベルはウィーネを刺激しないようにゆっくりと近づく。

 

その光景にウィーネはビクリ、と体を強張らせた後、ベルの方へと振り向く。

 

その瞳からは理性の色は失われていたが、それでもベルを認識すると少しだけ落ち着いたように見えた。

 

ウィーネはベルの元へ駆け寄り─────

 

「············え?」

 

 ─────たどり着くよりも早く彼方より飛来した一筋の金色がウィーネの左肩を貫いた。

 

ベルのステイタスでは刺さるまで反応すらできなかった。

 

ウィーネが傷つけられたことにベルが反応する暇もなく、ウィーネは金槍の投擲によって迷宮街の街壁に縫い付けられた。

 

『─────ギ、ィアアアァァァァッ!?』

 

 遅れて獣のような絶叫がウィーネの口から漏れ出る。ウィーネが苦悶の声を上げる中、街の外壁の上に立つ存在に気が付いた。

 

怖気にも似た感覚がベルの背を伝う。呼吸が止まるほどの圧倒的な存在感。そこに立つのは、金色の髪を風に靡かせる小人族。

 

「········ふむ、あのヴィーヴルが騒ぎの原因、かな」

 

 投槍の一撃を当てたとは思えぬほど遠くから響くような声音。違法建築の建物の上に佇み、ウィーネを見下ろす彼。

 

見間違えるはずがない、知らないはずもない。

 

彼の姿に市民たちから歓声が上がる。それは英雄譚の登場人物であるかのように彼を、彼らの登場を歓迎していた。

 

ドクン、ドクンとベルの心音が跳ね上がる。どうして、なんで、と疑問の言葉が脳裏を埋め尽くす。

 

視覚の端で見るのが精一杯で振り返る勇気が出ない。自身の浅い呼吸音だけが聞こえてくる。

 

不味い、不味い、不味い。心の中で警鐘が鳴る。今すぐウィーネを連れて逃げろと理性が叫ぶ。

 

だが、ベルの体はまるで石化したように動かない。

 

絶望感に打ちひしがれ、畏怖に震えながらもベルは振り返った。

 

そして、見た。

 

「··············」

 

 真っ先に視界に映ったのは白髪紅目の剣士。

 

次いで並び立つ英傑達、ベルが憧れる英雄達。

 

たった数十年でファミリアを都市最大派閥まで押し上げた小人族の勇者、九つの魔法を操る都市最強魔導師である始祖妖精、派閥最古参で都市随一の頑強を誇るドワーフの大戦士。

 

都市中でも抜きん出た体技を操る若きアマゾネス姉妹、ベルにとっても近しい相手でありその凶暴性から都市中から恐れられている狼人。

 

そして──── ベルが憧慕して止まない、銀の軽鎧を纏った剣姫の姿。

 

「おお、どうやら民間人に被害は出ていないようじゃな」

 

「というかあの冒険者って········」

 

「あん? あのバカ、何やってやがる?」

 

 言わずと知れた当代の英雄達。都市の頂天に立つ第一級冒険者達。美神の派閥と並んで都市最強の名をほしいままにし、ダンジョン攻略の最前線を担う者達。

 

その幹部全員が世界中にほんの一握りしかいない事実上の最強の階梯であるLv.6。

 

その中でも先陣を切り、この場にいるだけで他を圧倒するだけの力を秘めている剣の極聖、もとより最強であった最新の英雄は新たな領域、前時代の最強に、神時代千年の成果たる『英傑』にならんだ。

 

オラリオの民衆はもちろんのことオラリオ外にまでその名を轟かせている下界の希望。

 

かつての最強であるゼウスとヘラが消えた今、名実ともに世界最高戦力として君臨する大派閥。

 

それが、彼ら─────【ロキ・ファミリア】だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よし、よしよしよしよし!!

 

オレ式眼晶で監視してたから問題はないと思ってたけど最悪の場合は大最悪やラムトンよろしく、1階層から18階層までぶち抜いて全てをご破算にしてでもどうにか帳尻を合わせるつもりだったけどベルがうまくやってくれたみてぇだ。

 

相変わらず直感や精霊の使役による感知は全然働かないけどさすがに俺が直接視認したものを隠蔽するのは無理みたいだな。

 

どうするかはベルに任せるけど·············まぁまぁまぁ、こっからは俺も肩の荷が下りた分好きにやらせてもらうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

ちなみに身近な誰かが死ぬ以外でもとある特定の条件を満たした場合、アルは曇らせを諦めて救世モードに切り替わります(曇らせ憧憬スキルのかわりにレベル依存の集団バフスキルが生えてくる)。

 

 

・アル式眼晶

フェルズの眼晶の改悪版。感度以外のほとんどの効果が下がっている上に集積した情報が接続元の親機を持つ者の脳内に直接叩き込まれるセルフ精神崩壊魔道具。その代わり使える場合は限られた範囲内ならば時間差なしで他の作業をしながら別の場所のことが把握できる。

 

今のところはフェルズに渡しているものだけしか作れていない。

 

 

・アルの【神秘】の発展アビリティ

アミッドが特別なポーションなどの治癒関連のアイテム。

 

アスフィがそれ単体で魔法に匹敵する特別な力を持ったアイテム。

 

バルカが呪道具やクノッソス関連のアイテム。

 

フェルズが分野を問わない様々なアイテムを作るのに対してアルは既存アイテムの改悪に特化している。

 

既存の魔道具や魔石製品、魔剣などを汎用性のかけらもないひねくれたものへと改悪する。

 

今は神の鏡を参考にした録画機能を持った魔道具を作れないか苦心している(使用用途はお察し)。

 

 






いつもに比べてめっちゃ書くの楽だったけどその分平均文字数下がっちゃうからなぁ……


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123話 さすが主人公!ホントならおれがやりたい事を自然にやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!




今回は大体9000文字弱くらいにしてみました。


 

 

 

 

嘘だろ、とベルの視界が暗くなる。

 

建物の屋根の上からこちらを見下ろす【ロキ・ファミリア】の幹部達の姿にベルの頭の中が真っ白に染まっていく。

 

なぜここにいるのか、どうしてこんなところに現れたのか、様々な疑問が浮かんでは消えていく。

 

なにより早すぎる。

 

ウィーネが地上に出て騒ぎにはなった。しかし、ウィーネが地上に出てからまだ3分も経っていないはずだ。

 

それなのにもうこの場所に現れるなんて·······。

 

呆然としている間もウィーネの悲鳴は続く。ウィーネの肩を貫いた金槍の穂先は迷宮街の壁に深々を突き刺さっていた。

 

苦痛に暴れようとするウィーネだったが、壁を穿つ金槍はびくともしない。

 

「(どうするっ、どうすればいい!?)」

 

 ウィーネを助けなければ、と思う反面、詰んでいる状況にベルは焦燥する。まず間違いなくウィーネは彼らによって殺されるだろう。

 

それも考えうる限り最悪の形で。

 

それは絶対に避けたい。だが、どうやってこの状況を打開すれば良いのか全く分からない。

 

そうこう考えているうちにもウィーネの悲痛に満ちた叫び声が耳朶を打つ。

 

「あのヴィーヴル、額の赤石が··················」

 

「ああ、暴走しているようだね」

 

 彼らの会話など耳に入らない。ベルは必死になって思考を回転させるが何も思いつかない。

 

彼らの目的はわかりきっている。地上に現れたモンスターの討伐、暴走状態で地上まで来てしまったウィーネを殺すことに決まっている。

 

モンスターを殺すためにある冒険者にとってそれは当たり前のことだ。彼らは冒険者で、ウィーネはモンスターなのだから。

 

ベルだって怪物祭の時、他ならぬここダイダロス通りでシルバーバックを葬った。

 

だから、わかる。

 

ウィーネを彼らから助ける手段は無いということが。

 

血の気の引いた頭でベルは絶望した。ベルが憧れる英雄達の姿が今は何より恐ろしいものに見えた。

 

ベルが憧れて止まない英雄達が今まさにウィーネを殺そうとしている。

 

何よりも心強いはずの彼らが今はベルが最も恐怖する存在に変貌していた。

 

「(ベートさん、アイズさん············兄、さん)」

 

 何度も折れかけては再起した心が再度折れかける。軋みを上げて、亀裂が走る。

 

ベルの内心に反して熱狂する民衆たち。ベルは彼らの歓声がまるで自分に対する嘲笑のように聞こえた。彼らの歓声がベルの心を削り取る。

 

憧れが、夢が、砕け散る。

 

ベルの心に絶望が満ちる。

 

『─────ァ、ギィァアアァァァァァァァァァァァアアアアアッ!!』

 

 ウィーネの絶叫がベルの鼓膜を打つ。はぁはぁと呼吸が荒くなり、ベルの顔が青ざめる。英雄達の強さを知るからこそ、ベルの中でその光景がありありと思い描かれる。

 

自分ではこの英雄達からウィーネを助けることはできない。その事実をベルは嫌でも理解させられてしまう。

 

どうする? 兄に助けを求める?

 

いや、論外だ、公衆の面前でモンスターを守るなどすれば兄のこれまでの名声は翻って悪名となる。そんなことできるはずがない。

 

助力は求められない、自分で考え、自力で対処しなくてはならない。

 

じゃあ、何を? わからない。何一つ思い浮かばない。

 

自分の背にはウィーネがいる。彼女を見捨てることなんてできない。

 

じゃあ、どうする? 自分に何ができる? この場において弱者でしかない自分が一体何をするのか。

 

「(··········迷っていられるのは()()()()だ)」

 

 今、この場所、この時間が最初にして最後の分岐点。

 

英雄たちの前に膝を屈して冒険者としてウィーネを見捨てるか、全てを投げ打って無理を承知でウィーネを救う異端の英雄になるかどうか。

 

今、ここで決めなければならない。

そして、決断しなければならない。

ベルは顔を上げ、唇を噛み締め、拳を握る。

 

怪物と人類、どちらに付くか。

 

その答えを出さなければならない。

 

ベルの脳裏に浮かぶのは同族に襲われていた竜の少女の姿。孤独に押しつぶされそうな彼女の瞳。

 

その表情にベルは思わず手を伸ばした。

 

そうだ、これはベルが始めた事だ。

 

自分の選んだ行いに責任を持つべきだ。

 

このままではウィーネの死が確定する。

 

だからといってウィーネを助ければベルが都市に敵視されるのは目に見えている。

 

────────ああ、でも。

 

「(それでも·········ッ!)」

 

 そんな時、ふとこちらを見下ろす 兄の赤い瞳と視線が交わる。偶然ではない、ベルを見て僅かに笑っている。

 

まるでお前ならどうにか出来るだろうと言わんばかりに。

 

違う、自分は『英雄』なんかじゃない。

 

『英雄』の真似事をしただけの未熟な子供。

 

『英雄』に憧れただけの子供なんだ。

 

おとぎ話の『英雄』にも眼前に立ちふさがる『英雄』にも届くはずがない。

 

だけど、それでも、それだからこそ。

 

「(────あの日、あの時から僕は決めたんだ)」

 

 兄が自分を置いて村を出た時、剣姫にミノタウロスから救われた時、初めての師匠に出会った時。

 

そのいずれでもあり、あるいはそのどれでもないあの瞬間。

 

兄に置いて行かれた寂しさに枕を濡らしながら眠ったあの日から。

 

いつか自分もあの人の隣で戦えるような人間になりたいと思ったあの瞬間から。

 

喉元に喰らいつかんとする狼の顎を前に敗者の殻を脱ぎ捨て弱者の咆哮を上げた時から。

 

ベル・クラネルは誰よりも強く願ったのだ。

 

────────────『英雄』になると。

 

ベルの知る『英雄』は、ベルの憧れた『英雄』はこんな時、決して諦めない、決して見捨てない。

 

絶望的な状況であっても不敵に道化の如く笑って全てを覆す。

 

だから、ベルもそう在りたい。

 

そうでなければいけない。

 

だから───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

·············································ククッ·························くはっ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは───────────ッ!!

 

そうだ!!そうだろう、そうだろうよ!!

 

それでいい、それでこそだ!!

 

そうではなくては!!

 

それでこそお前だ!!!!

 

お前の愚行、お前の蛮行、お前の勇姿、その全てを俺は肯定する。

 

その全てを見届けよう、観覧しよう、称賛しよう、そして保証しよう。

 

異端にして欲飽の悪である俺が断言する。

 

お前は、お前こそが『英雄』だ!!

 

────────まぁ、堕ちるのは俺だが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────は?」

 

 それは誰の困惑の声だったか。民衆たちの熱狂が水を打ったように静まり返る。ベルが、少年が取った行動に誰もが困惑した。

 

ベルの師である狼人は眉をひそめ、アイズは目を見開いて驚愕に息を呑む。先程まであれほど熱狂していた民衆たちが今、完全に言葉を失っていた。

 

なぜなら、ベルはナイフを逆手に構え、ウィーネを庇うように【ロキ・ファミリア】のまえに立ち塞がったからだ。モンスターを守ろうと言わんばかりの行動に誰も彼もが絶句するしかなかった。

 

困惑と動揺が場を支配する中、ウィーネの悲痛に満ちた叫び声だけが響く。

 

「·············なんのつもりだ?」

 

「あれってアルの············」

 

 ただウィーネを背に庇い決死の意志を紅瞳に浮かべるベルの姿にただ一人、誰にも気づかれずに口角を上げる男を除いて【ロキ・ファミリア】の面々は狼狽する。

 

「────────ッ!!」

 

 ベルは【ロキ・ファミリア】に相対し、覚悟を決めた。もう迷わない。怖くて震えそうになる足を踏みしめながら、ベルは精一杯の虚勢を張ってみせる。

 

ベルは今、自分の意志で立っている。自分の夢を守るためにこの場に立っている。

 

冒険者達からウィーネを守れるかどうかはわからない。だが、それでもやるしかない。

 

たとえ相手が都市最強の冒険者集団であろうと関係ない。一度、彼女の手を取った以上、ベルはその手を離すわけにはいかない。

 

その想いを胸にベルはナイフを構える。

 

その姿を見ているのは冒険者たちや 民衆だけではない。

 

「なにを、やってるんだよベルっち···········!?」

 

「バカナ、アレデハ·········」

 

 路地の陰から事態の変遷を覗く異端児達は信じられないものを見たと言わんばかりに目を丸くしている。

 

ダンジョンに生きる異端児達であっても地上の常識として、モンスターと人類の関係性は十二分に理解している。

 

だからこそ、彼らの行動は驚きと戸惑いを隠せない。

 

「············ひっ·······いひっ、くひッ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ·················!!」

 

「·················実に愚かだな、君は」

 

 騒動から離れた建物の上部からその光景を見下ろす二柱の神。

 

「ひひひひひひひひひひっ!!─────最っ高じゃあねぇか!!おもしれぇ!!あんなガキがいるなんて下界もまだ捨てたもんじゃねぇな!!」

 

 片方のイケロスは傑作とばかりに腹を抱えて笑い転げ、もう片方のヘルメスは憐れみすら交えて冷淡に呟く。

 

少年は、ベルはたった一匹のモンスターを守るためだけに都市最強の冒険者たちに刃を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静けさを取り戻した街の一角。ナイフを構えたベルの姿に困惑す人々。怪物を、ウィーネを庇った時点でもはやベルに残された道は破滅のみ。

 

【ロキ・ファミリア】や集まりだした様々な派閥の冒険者達がベルに怪訝な目を向けている。針のむしろに立たされながらもベルは決してその場を動かずウィーネを守る。

 

渇いた表情を浮かべ、ベルは必死に思考を回転させていた。どうすればいい? 一体何が出来る? 今更ウィーネを連れて逃げても間に合わない。

 

かといってこのまま黙っていてもウィーネが殺されるだけだ。ならば一か八か、無謀な賭けに出るべきか。

 

「確か、アルの弟じゃよな········?」

 

「あぁ、そのはずだが············なにを考えている?」

 

「··················」

 

 仲間の肉親の姿にリヴェリアとガレスは疑念を抱き、フィンは無言のまま考え込んでいる。

 

ベルの人柄を詳しく知っているわけではないが、少なくともこのような行動を安易に取る人物ではないだろうとは思っている。

 

何かしらの理由があるはずだと困惑しながら見下ろすが、その視線の先で少年はナイフを構えて微動だにしない。

 

ティオネやティオナもどうするべきかと顔を見合わせているが、アイズだけは違った。彼女はただじっと少年を見つめ、その瞳の奥にある決意を感じ取っていた。

 

僅かな停滞の後。

 

「···············マジに何考えてやがる、あのバカ」

 

 チッ、とそんな沈黙と困惑を切り裂いて舌打ちしたのは狼人の青年だった。

 

そして師であるベートもまたベルの行動の真意を図りかねていた。ベルはナイフを構えてはいるものの、その切っ先は細かく揺れており、怯えを隠しきれてはいない。

 

モンスターを背にして立つ姿に強い違和感を覚える。

 

ベートは鋭い眼光でベルを一睨すると、ゆっくりと歩み出して他ならぬモンスターを殺すために屋根から飛び降りようとし─────

 

「────ッ、ファイアボルト!!」

 

 刹那、空に翳したベルの手から炎の号砲が放たれた。甲高い音を響かせながら飛翔した火矢は真っ直ぐに空へと昇り、やがて轟音と共に爆ぜた。

 

爆風によって巻き上がった粉塵が集まった冒険者や民衆の視界を覆い、激音の炸裂が聴覚を奪う。

 

ベートへの威嚇のようであり、あるいは他の誰かの注意を引くためのものなのか。

 

「···········あ゛ぁ?」

 

「────ッ!!」

 

 威嚇の号砲に返ってきたのは強烈な殺気の塊。【ロキ・ファミリア】の団員達は勿論のこと集まりだした冒険者達や民衆達からも糾弾と排斥の激情が形のない刃となって突き刺さる。

 

なによりも凄まじいのは弟子の蛮行に対してベートから噴出される圧倒的怒気、それこそまるで怒り狂う猛獣のように膨れ上がっていく。

 

ベルの頬に冷や汗が流れ落ちる。自分の意図など、兄以外ではこの場にいる誰一人としてわかるはずがない。

 

だが、それでも構わない。

 

これは賭けだ。ベルの本当の狙いはこの場に居る全員の意識を集めること。注目さえ集めればあとはどうとでもなる。

 

少し前に対峙した怪人のおどろおどろしい激情に比べれば、と鳴りそうになる歯を食いしばり、ベルはナイフを握り締めて耐え忍ぶ。

 

全方面から注がれる敵意と糾弾、それら全てを受け止めながらベルは深呼吸を繰り返す。

 

この場に集った全ての者を敵に回してなお、ベルはウィーネを庇って立ち塞がる。

 

ベルは覚悟を決めている。何を犠牲にしても、たとえそれが自分自身であろうともウィーネを救わなければならない。

 

そうでなければ、きっと自分は一生後悔し続けるだろう。

 

「··············手をっ、出すな」

 

「あ゛?」

 

「この、ヴィーヴルは僕の獲物だ···········!! だから手を出すなッ!!」

 

 それはなけなしの保身。モンスターに味方する人類の反逆者という汚名を仲間にまで被せないための苦渋の選択。

 

自らが団長を務める【ヘスティア・ファミリア】が明確に人類と怪物の境界を越えないための自己防衛。

 

人類に敵対してモンスターを庇う異端者ではなく欲に目が眩んだ愚者を演じ切る。

 

たとえそれで都市中の冒険者から軽蔑され、罵倒されたとしても構わない。

 

今しがたポケットに仕舞い込んだ竜の紅石を始めとしてレアモンスターであるヴィーヴルのドロップアイテムはいずれも高価な代物だ。

 

地上にモンスターが進出したという状況も弁えず我欲を優先する愚者であると誤認させる。

 

そんなベルの咄嗟の策に民衆や冒険者達の敵意は更に増す。誰もがベルの行為の愚かしさに顔をしかめ、悪感情を募らせていく。

 

ベルの兄を除いて、その真意を理解したのは二名。

 

一人はベルの師であるベート。ベルの人柄をよく知るベートは先の言葉は出任せであり、その切羽詰まった様子から欲にかられたのではなく、なぜだかはわからないが、ヴィーヴルを守ろうとしているのだと看破した。

 

そして、もう一人のアイズの目にはヴィーヴルを──────────『怪物』を庇っているベルの姿が何故か、ベルの兄であるアルと重なって見えていた。

 

「─────なんで、『怪物』をかばってるの?」

 

「────ッッ!!」

 

 冷酷さすら感じさせるアイズの言葉に己のつまらぬ演技が見破られたことに気がついたベルはどうにかウィーネを逃がそうと視線を右往左往させるが、冒険者達の包囲に穴は見当たらない。

 

もはやこれまでかと唇を噛み締めてナイフを構える。しかし、アイズはそれ以上何も言わずにただじっとベルを見つめていた。

 

まるで、何かを見極めるように。

 

アイズの視線に気がついていないベルは、アイズがただ黙って見ていることに困惑しながらもナイフを握る手に力を込める。

 

緊張によって心臓が激しく脈打つ。視線を逸らせばその瞬間に殺されかねない、そんな錯覚すら覚えるほどに酷薄とした空気の中、アイズはじり、と片足を踏み出す。

 

「どいて、『怪物』は、モンスターは殺さなくちゃいけない」

 

「いや、です··········!!」

 

 殺意すら混じった憧憬の女剣士からの言葉にベルは声を振り絞る。

 

ここで退くわけにはいかない。たとえ誰が相手だろうとも、その先に待つウィーネの死を許容することは絶対に出来ない。

 

押しかかってくる第一級冒険者の覇気に押しつぶされそうになるベルだが、兄や怪人のそれに比べればまだマシだと歯を食いしばって反抗する。

 

「そう··········そっか············」

 

 ベルの憧憬。アイズのその反抗に対する反応はいっそ薄気味悪いほどに淡白でそして冷たいものだった。

 

テンペスト、と呟くようにこぼすと風が渦を巻き、渦巻いた気流が小さな竜巻となってアイズの金の長髪を激しく靡かせる。

 

吹き荒れる暴風の中心で、アイズは既に抜刀していた。剣帯から外された不壊剣の鞘が地面に落下し、乾いた音を立てる。

 

口の中が渇く、視界が狭まり、呼吸が浅くなっていく。それでも、ベルはナイフを構えたまま退かない。

 

まるで英雄譚の『精霊』のごとき雰囲気を放つ少女と対峙する少年はどこか現実感のない光景の中にいるような感覚を覚える。

 

今から自分がこの怪物殺しの美姫に刃を向けるという事実がうまく飲み込めない。

 

対する少女がただただ凛然と佇むその姿に、ベルの鼓動は高鳴るばかりだった。

 

───────剣が向けられる。

 

誰に? 決まっている、モンスターに絆された、今度こそ真の意味で堕ちた『愚者』に、ひいてはヴィーヴルの少女に対してだ。

 

その姿は先日の兄と被るが、違うのは本気であるかどうか。

 

間違いなく彼女はウィーネを殺す気だ。

 

その瞳からは一切の激情も迷いも見受けられず、研ぎ澄まされた刃物のような冷徹さと鋭利さを宿している。

 

この場に居る誰もが動けなかった。

 

ベルも、ウィーネも、ベートも、アイズの仲間達も、誰も彼もが硬直して動かない。

 

誰かが何かを言わなければならない状況だというのに、誰もが言葉を発することが出来ない。

 

「もう一度だけ言う、どいて」

 

「──────」

 

 もはや反抗の言葉すら吐けないが視線だけは逸らさない。憧憬に反する絶望に心が支配されている。

 

でも、それがなんだ。

 

何度目かもわからない自問を繰り返す。これが自分の選んだ道なのだ。後悔なんてしない、してたまるものか。

 

自分に出来る精一杯の抵抗。

 

ベルの緋玉の瞳がアイズの金眼と交錯し、互いの視線がぶつかり合う。

 

周囲の雑音が消え去り、風の音だけが荒ぶ静寂が訪れる。

 

溢れんばかりの悪感情をベルに注いでいた民衆や冒険者達も今だけは『剣姫』の放つ静かな威圧に気圧され、息を飲む。

 

「················それじゃあ、仕方ないね」

 

 ぽつり、とベルの瞳から目を逸して伏目がちに言ったアイズは腰を落とし、構えをとる。

 

「(············あ)」

 

 理解ではなく納得。窮地にて研ぎ澄まされたベルの第六感が悟る、悟ってしまう。

 

次の瞬間、ウィーネは─────

 

「───────いくよ」

 

 瞬間、ベルの視界から掻き消える金色。Lv.3の第二級冒険者として間違いなく最上位の敏捷を持つベルですら知覚しきれない、第一級冒険者としてのステイタスに裏打ちされた圧倒的なまでの速攻。

 

ベルは知る由もないがアイズのスキル【復讐姫】の効力は怪物種全般に対する際の自己の高域強化、そして()()に対する際の──────超域強化。

 

その速力はLv.6の範疇を軽く超越し、英雄の領域へと到達する。音を置き去りにし、迅雷の速度で動く金色の影。

 

十数Mもの彼我の距離は瞬時に零となり、気づけば眼前にまで迫っている金閃。

 

速攻魔法を使う暇すらない神速の世界。

 

極限状況下で限界まで遅延された世界であってなお、金色の軌跡はベルの視認から外れる神速を保って迫り来る。

 

せめてもの、抵抗として次の瞬間にはやってくるであろうベルでは防御も回避もできない斬撃から背にいるウィーネを庇おうと目を瞑りながら身体を前に出して──────。

 

一秒、二秒、三秒··············十秒経っても斬撃はやってこない、背後のウィーネが斬られた音も聞こえない。

 

それどころか、先程までの喧騒すら消え、静まり返っている。

 

興奮の極地にあった民衆や【ロキ・ファミリア】の団員たちの声の一切が消えている。

 

『剣姫』の覇気による一時の沈黙とは違う、まるで時が止まったかのような異様な静けさ。

 

もしかしたら、ウィーネごと斬られて自分は死んでしまったのか、そんな益体もない考えすらも浮かんだベルはとうとう瞑っていた目を開く。

 

そこには─────。

 

驚愕と絶望に目を澱ませる剣を振り下ろしたままのアイズ、信じられぬ光景に理解を拒むかのように身を凍らせる民衆と【ロキ・ファミリア】の姿。

 

そして、自分の代わりに『剣姫』の剣からウィーネを守った兄の背中があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

民衆『は?』

 

ベート『は?』

 

アイズ『は?』

 

ベル『え?』

 

魔王みたいなこと言ってる変態『イヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ─────ッ!!』

 

 

 

ロキファミリア視点は次話です。

 

アイズ『死んだモンスターだけが良いモンスターだ!! 』

 

▼アイズの復讐姫アタック!!

▼ベルは反応できない!!

▼アルの片手真剣白刃取り!!

▼アルに3ダメージ!!

▼スキル効果【闘争本能】アルのHP.MPが500回復した!!

 

アイズ『ぐはっ·······』

 

▼アイズに精神的ダメージ!!

▼性癖効果【ええやん】アルのHP.MPの最大値五倍!!

 

(ネタです)

 







前回くらいの文字数のほうが読みやすいのかな?

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124話 ”待”ってたぜェ!! この”瞬間”をよォ!!





最後の溜め回です





 

 

 

この地上には死が満ちている。

 

死は誰にでも訪れる。その要因は老衰、病、事故、殺人など様々だ。しかしそれは避けられない運命であり、誰もが納得して受け入れるべきものなのかもしれない。

 

だが、その多くは人ならざる怪物───────モンスターによってもたらされる。

 

太古の昔に突如として現れた大穴の化け物達。人類よりも遥かに高い身体能力を持ち、特殊な能力を駆使する怪物達は人々を襲い、時に喰らい、殺していく。

 

人類の歴史にも遺らぬ大古の時代より存在する彼らによって積み上げられた悲劇の数は計り知れない。

 

そんな彼らが何故生まれたのか? 何の為に存在しているのか? 何故、人類を執拗に襲うのか?

 

その理由を知る者は誰もいない。

 

ただ一つだけ言えることは彼らこそが人類にとっての天敵であるということだ。

 

人類そのものの存続が脅かされたことは一度や二度ではない。多くの者が犠牲となり、時には大陸を席巻する大国が滅んだことすらある。

 

破壊と殺戮、その二つを存在意義としたモンスターの脅威はいつの時代も消え去ることはない。

 

終末の産声はオラリオの大地に『大穴』が穿たれたその時より常に響いているのだ。

 

しかし、人々は諦めなかった。

 

人類の生存を脅かす脅威に立ち向かうべく、世界に存在する全ての者達が協力し合い、抗い続けた。

 

モンスターに比べれば遥かに脆弱な人の身でありながらその身に精霊の加護を得て、神々の恩恵を受け、数多の武器を手に取り、強大なモンスター達を打倒していった。

 

ついには災厄と起源を同じくする漆黒のモンスターすら討ち滅ぼしてみせた。

 

そんな彼らはいつからか『英雄』と呼ばれるようになっていった。人類の希望を背負い、絶望を打倒し、希望を灯す者。

 

人類の研鑽と個人の武勇の結晶、そして歴史の積み重ねにより築き上げられてきた力の象徴。

 

まさしくそれは人類の生み出した希望の結晶である。

 

───────しかし、それでもまだ足りない。

 

たとえ現行の人類がどれだけ進展を遂げようともモンスターという存在は消えることがない。

 

黒き竜を始めとした大いなる脅威はまだ残っている。故に人類はその歩みを止めることなく、戦い続けている。

 

終わりなき闘争の連鎖、それが今の世界の現状だ。

 

人類がいくら束になろうとも、どんなに結束を強めようとしても、たとえ万の軍勢を束ねようとも、モンスターの根絶には至らないだろう。

 

そしてそれは地上に神々が降臨し、地上の勇士達が神の『恩恵』を受けた後でも変わらぬ現実だった。

 

凡夫の多くがゴミのように死んでいき、選ばれた極小数の英雄だけがモンスターと戦える古代に対して『恩恵』によって誰しもが超人へと成れる神時代においてこそ『大穴』を塞ぐ『蓋』の役割を持つ摩天楼と都市が建造され、モンスターの流出は防がれているもののダンジョン外で繁殖した個体によって未だモンスターの脅威に晒されている地域は多い。

 

現在においてもなお、人類と人類の天敵たるモンスターとの戦いは続いている。

 

『三大冒険者依頼』を達成しうる『英雄』を産み出す命題を持った約束の地オラリオを筆頭に世界中を回っては モンスターの災禍から人々を救わんとする学区などの世界勢力。

 

ダンジョンの他にも世界三大秘境の一角である竜の谷から溢れ出る強力なモンスター達。

 

今も昔も変わらず人類を脅かし続ける脅威とそれに抗わんとする英雄達の数千年にもわたる血塗られた歴史は続く。

 

今もなお、『迷宮神聖譚』においていずれ世界を滅ぼすと記されている黒き災厄はこうして滅びることなく地上に君臨し続けている。

 

モンスターの王たる『黒竜』の前に幾多の試練を乗り越え、数多の偉業を成し遂げた最強の集団は為す術もなく敗北を喫した。

 

かつて栄華と隆盛を極めた最強の両派閥の後継たる道化と美神の派閥はかつての最強には未だ届かず、新たなる伝説を紡ぎ出そうとしている若き英雄の卵もまた、偉大なる先人達が辿った栄光の道程を進むことしかできていない。

 

約束の地たるオラリオで冒険者として戦っている者たちの大半がモンスターから穫れる魔石やドロップアイテムを糧に日々を過ごしているのもまた事実ではある。

 

だが、その最前線を進む者たちに課せられている責務と悲願は揺らぐものでは断じてない。

 

今あるのは仮初の平和、いつか崩れる砂上の楼閣に過ぎない。ダンジョンの蓋が破られる時も近づきつつある。

 

約束の時を間近に控え、滅びを寸前とした黄昏の時代を迎える前に、必ずや世界を蝕む混沌を打ち払わねばならないのだ。

 

そう遠くない未来、黒き竜は終末を世界へ届けるだろう。

 

しかし、決してそれを許すわけにはいかない。

 

その先に待つのは──────滅びよりも恐ろしい何かだ。

 

それを誰よりもよく知っているアイズは今日も剣を振るい続ける。

 

モンスターを、怪物を殺すために。

 

積み上がる悲劇の数が一つでも減るように。

 

それこそが、それだけが己の存在意義なのだと理解しているが故に。

 

──────世界は英雄を欲している。

 

それでもアイズは知っている、都合よく英雄なんてものが現われることはないと。

 

だからこそ彼女は強く在り続けなければならない。

 

世界を救うため、人々の平穏を守るため、何より自分の願いを果たすため、己の限界を超えて戦い続けるしかないのだ。

 

世界は、運命は、常に無情だ。

 

それが彼女の在り方であり、生き方だ。

 

自分がやるべきことを、やりたいようにやるだけだ。

 

誰かの願いを、自身の想いを叶えるために、ただひたすらに突き進み続ける。

 

そこに迷いなどあるはずがない。

 

「────あなたも素敵な相手に出会えるといいね」

 

 こびりつくその言葉を振り払うかのように。

 

「────私は、お前の英雄になることはできないよ」

 

 今を否定するかのような言葉を忘れようと。

 

数多の悲劇があった、数え切れぬ犠牲もあった。それら全てを背負うかのように少女は剣を振るう。

 

顔も知らぬ者たちの仇を討つため、名もなき英雄たちの遺志を継ぐため、あるいは自らの復讐のため、あるいは愛する者を取り戻すため。

 

父を、母を、家族を、故郷を、何もかもを失ったあの日から彼女の戦いは始まった。

 

そして、それは今もなお終わらずに続く。

 

彼女自身が『英雄』となるその時まで。

 

 

「────いつか、お前だけの英雄に出会えるといいな」

 

 

 呪いのように今も脳裏で囁かれるその言葉を断ち切らんと。剣戟の音は止まず、怨嗟に染まった炎の嵐が吹き荒れる。

 

母に聞かされた英雄譚に登場するような『英雄』は実在しない。そんなものはお伽噺の中だけの幻想だ。

 

誰もが憧れるような英雄になどなれやしないこともわかっている。

 

父のような『英雄』になることは叶わないことも痛感している。

 

それでも、それでも、それでも。

 

それでも、諦めるつもりはない。

 

いつかきっと、彼女が望むものを手に入れられると信じて。

 

だから、そのために、強くなる。

 

もっと、もっともっと、強くなりたい。

 

この手で掬い上げることのできるものを少しでも多くするために。

 

彼女は、アイズは『怪物』を─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────ベル・クラネルがクノッソスで仮面の怪人と遭遇した頃。

 

【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館。フィンは自室の椅子に腰掛けながら思考を巡らせていた。

 

リヴィラの街で起こったモンスターの大進行、冒険者の武器を装備した強化種の出現。これらは間違いなく異常事態であり、放置しておくことは出来ない問題だ。

 

だが、フィンはその事態の実情をギルドが秘匿していることについて思うところがあった。

 

もちろん、フィン自身にギルドへの不信感があるわけではない。だが、今の状況に拭えぬ違和感を覚えている。

 

ギルドは都市の安全を司る存在であり、オラリオの秩序を守る正義の機関。

 

間違っても私欲や利益のために情報を隠蔽するような組織ではない。

 

今回の出来事は確かに異常なことではあるが、それでも所詮はモンスターの大量出現だ。

 

それなのに何故ギルドはここまでして、なにを秘匿したがっているのか?

 

「(···········これは予感だ)」

 

 憶測の域を出ない考査ではあったが、ギルドが隠していることはフィン─────というよりも【ロキ・ファミリア】にとっての地雷になり得うる何かだと直感が告げている。

 

それが何かまではわからない。ただ、今回の一件はオラリオの存亡に関わるほどの何かが起こる予兆なのではないか? そんな予感がしていた。

 

そして、もし仮にオラリオの存亡に関わるような何かが起こった時、矢面に立つのは間違いなく自分達であろうことも理解している。

 

フィンは小さく息を吐く。

 

今は情報が足りていない。この予感が何かまでは分からないが、最悪の事態を想定することくらいはできる。

 

根拠も確証もない予感だが、これまでの冒険の中で何度も自身や仲間の窮地を救ってきた自らの勘を軽視するほどフィンは愚かではなかった。

 

致命的ななにかが迫って来ていることは間違いない。

 

その致命的なことがオラリオにとってのことか【ロキ・ファミリア】にとってのことなのかは分からないが。

 

フィンは小さく息を吐く。

 

今頃、【ガネーシャ・ファミリア】は件の18階層にたどり着いてるだろう。

 

今から自分たちが動くにしてもダンジョンに潜るという選択肢はない。

 

闇雲に動いて触らなくてもいい藪をつついて蛇を出すこともある。

 

それに、フィンには今回の件に関わることで一つ気になることがあった。

 

「(先日、街中に現れたという有翼のモンスターと今回の件を結びつけないのはいささか楽観的過ぎるかな······?)」

 

 数日前、西区の方で目撃されたという有翼のモンスター。幸いにもモンスターによる負傷者や被害の報告はないが、それ故に不可解な点が多かった。

 

人型のモンスターというだけでも珍しいが有翼────ハーピィやセイレーンと行ったモンスターは最低でもダンジョン中層以降に出現するはずだ。 

 

そんなものがなぜ地上に出現したのか、そしてどうして西区画など人の集まる場所にわざわざ現れたのか。

 

疑問点はまだある。

 

そのモンスターが一体だけで街に現れて、誰にも気付かれることなく消えたという点だ。

 

小柄なエルフがどこかへ連れて行ったという噂も聞くが、どうにも胡散臭い。

 

そもそも、いくら人目を避けたといっても街のど真ん中にモンスターを出現させてそのまま何もさせずに姿を晦ませるというのはあまりにも不自然だ。

 

地上でのモンスターの出現と考えれば真っ先に思いつくのは闇派閥残党の関与だがいくらなんでも意味と目的が見えない。

 

闇派閥残党の立場から考えてみれば何一つとしてメリットがない。

 

地上に被害を出したいというのであれば自在に操作できて尚且つそこらの上級冒険者よりもよほど強い食人花を使う方が手っ取り早い。

 

リヴィラの件も有翼のモンスターの件も闇派閥残党とは無関係とは言わずとも少なくとも直接の関係性は低いだろう。

 

とはいえこれらの騒動が一つの勢力によって引き起こされたものとも考えにくい。

 

「(少なくとも二つ、複数の勢力が動いている可能性が高い、か···········。あるいは、僕らの知らないところで既に何らかの抗争が始まっているのか············?)」

 

 錯綜する情報にフィンは頭を悩ませる。今回の事件の背後にあるのはなんなのか?

 

リヴィラの強化種と有翼のモンスターの関連性は?

 

そもそもこちらから干渉すべき事態なのか?

 

そのどれもが答えの出ない問であった。

 

「(········おそらく、一連の事件はどの勢力にとっても予期にし得なかった事態だ)」

 

 重要なのはこれらの事件がどのような結果に至るのか、そしてファミリアとしては人造迷宮攻略の手がかりを──────

 

「──────人造迷宮、か」

 

 ダンジョンの出入り口は正規のものであるバベルとダイダロス通りと繋がっている人造迷宮のどちらかだ。

 

有翼のモンスターが仮にダンジョンから進出した個体だとするならば冒険者によって見張られているバベルの出入口ではなく人造迷宮を経由して出てきたと考えられる。

 

もちろんそれもなんの根拠もない可能性の話ではあるが、それでも無視はできない。

 

元より動くとしてもギルドの依頼によって【ガネーシャ・ファミリア】の代わりに【フレイヤ・ファミリア】が都市の警邏をしている以上は繰り返すようだがダンジョンに潜るという選択肢はない。

 

となれば、やはり調べるべきはもう一つの出入り。

 

すなわち、人造迷宮の方である。

 

だが、もし仮に有翼のモンスターが人造迷宮を通ってきたのだとするならそれは人造迷宮の攻略に一歩近づくナニカがある可能性は十二分にある。

 

それをみすみす見逃すことも出来ない。そうでなかったとしても一連の事件はどうしてもあの人造迷宮が絡んでくる、そんな気がしてならなかった。

 

だが、もし本当にそうなのだとしたら今回の一件はオラリオにとってかなり大きな意味を持つことになる。

 

フィンは小さく息を吐く。

 

「─────ダイダロス通りへ向かう、か」

 

 これ以上の考査は無意味だと切り上げ、フィンは団員達に指示を出すために椅子から立ち上がる。

 

今は少しでも情報が欲しい。オラリオの存亡に関わることかどうかはわからないが、それが何かを知ることは無駄にはならないはずだ。

 

フィンは思考を切り替えると、すぐに行動を開始する。

 

「(────何だ、この『違和感』は、致命的なナニカを見逃しているかのような、怖気はなんだ?)」

 

 けれど、身近にある爆弾を見逃しているかのような根拠のない危機感にフィンのジクジクと疼く親指の痛みは引くどころか一層、強くなっていた。

 

 

 

 

 

─────そこからは流れ作業のように事は進んだ。

 

ファミリアの幹部たちと第二軍がダイダロス通りに着くやいなやいくつもの悲鳴が迷路街に響き渡った。

 

その悲鳴にただ事ではないと駆け出して最も速く辿りついたフィンはその場の状況を即座に理解し、顔をしかめる。

 

全身が氷のような蒼い鱗に覆われた竜体。大型級モンスターにも劣らない巨体を誇るその人頭竜体のモンスターが咆哮し、その姿に怯えた住民達が我先にと逃げ惑っていた。

 

中には腰が抜けているのか動けずにいる者もいる。その光景を見た瞬間、フィンは迷うことなく槍を持つ右腕を振り絞る。

 

轟音と共に放たれた風圧と衝撃が地を砕き、竜体を弾き飛ばす。

 

『─────ギ、ィアアアァァァァッ!?』

 

 金槍の投擲によって迷宮街の街壁に縫い付けられた人頭竜体────ヴィーヴルは悲痛に満ちた絶叫を上げ、もがくように暴れる。

 

しかし、いくら力を込めても壁から剥がれることは無い。フィンは静かに息を吐いて、その様子を見つめる。

 

例の有翼のモンスターとかろうじてではあるが符合する特徴に目を細めるフィンの姿に市民たちから歓声が上がる。

 

「(彼は···········)」

 

 動きを縫い止めたヴィーヴルから離れたフィンの視線はヴィーヴルに対峙していた一人の冒険者に向けられていた。

 

白髪の少年冒険者は今しがた来た自分たちに絶望にも似た表情を向けてくる。

 

『ベル・クラネル』

 

他ならぬアルの弟であり、つい先日凄まじい速度でLv.3へと昇格したばかりの有望極まる冒険者。

 

そんな彼がなぜここにいるのか、どうして一人でこんな怪物と戦っていたのか、疑問は尽きないがそれは後回しだ。

 

今は、市民の安全を確保しなくてはならない。

 

今は、早急にモンスターを────

 

「───────ッ」

 

 先ほどから鈍い痛みを抱えていた親指が更に強く脈動する。まるでここが『一線』を越える分岐点だとでもいうかのように。

 

その親指の疼きにフィンが思わず顔を顰めてソレを止めるための最後の『機』を逃した次の瞬間。

 

少年は、ベル・クラネルは『決断』した、してしまった。

 

それは酷く愚かで、無謀な選択。

 

「··············手をっ、出すな」

 

「この、ヴィーヴルは僕の獲物だ···········!! だから手を出すなッ!!」

 

 究極の愚行、されどその瞳には事情を知らぬフィンにも『英雄』の姿を幻視させる意志の炎が灯っていた。

 

そんな少年の姿を見た時、フィンの親指に59階層での戦い以来の激痛が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”待”ってたぜェ!! この”瞬間”をよォ!!

 

もう、もうもうもうもうもう──────我慢しなくても良いよなァ?!

 

健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、その命ある限り、真心を尽くしてきた結果がやっと実るんだ。

 

天上の神々よ、照覧しろ。

 

地底の怪物よ、嘱目しろ。

 

見ていろ、愚者(フェルズ)

 

見ていろ、英雄(ベル)

 

見ていろ、勇者(フィン)

 

見ていろ、異端者(リド)

 

見ていろ、主神(ロキ)

 

見ていろ、怪人(エイン)

 

見ていろ──────創設神(ウラノス)

 

この時、この瞬間のために俺は·········くひっ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ───────ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

終 わ り の 始 ま り

 

こっから先は変態以外誰も得しないワンマンステージの始まりです。

 

【ロキ・ファミリア】も【ヘスティア・ファミリア】も異端児も、ついでに怪人も変態の大規模な自己満足に巻き込まれます。

 

変態『いやー日頃の行いが良かった結果だな!!』

 






本当ならもうちょっと先まで書くつもりだったんですけど今日は時間が足りなかったのと長くなりすぎるのでここまでです。

前話、たくさんのコメント本当にありがとうございます!!
これからもどうか評価やコメントのほどよろしくお願いします!!


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125話 楽しかったぜェ、お前達との友情ごっこォ!!



将来への不安で夜寝れない‥‥‥




 

 

 

 

 

その時、迷路街に風が吹いた、清らかな風が。

 

金糸を靡かせる風の嘶きはまさしく精霊の音色。美の女神すら羨む美貌を携えたアイズは風に揺れる金髪を気にせずに呟く。

 

「─────なんで、『怪物』をかばってるの?」

 

 聞くものに冷酷さすら感じさせる冷たい声が迷路街に響く。彼女の普段を知るものならば誰もが驚愕するほどに感情が込められていない。

 

ただただ純粋に疑問を口にしているだけ、そう思わせるような無機質な問いかけは冷徹に目の前の状況を捉えていた。

 

華奢な少女剣士の手が剣の柄に添えられながら震えていることに気がついているのはおそらく、事態の流れを俯瞰している剣聖のみだろう。

 

アイズの瞳にはその光景が────白髪の冒険者が、英雄の似姿であるベル・クラネルが醜悪なモンスターを庇っている姿が映っていた。

 

それは、彼女にとってありえない、あってはならない光景だった。

 

モンスターとは人に害をなす存在。

 

その事実だけは絶対不変の真理である。モンスターと人類が相容れることなど有り得ない。

 

だが、今、そのあり得ない光景は確かに現実として眼前に広がっている。

 

それを見てしまったアイズの中で、何かが切れた。今まで必死に抑え込んでいたものが堰を切ったように溢れ出し、理性を塗り潰す。

 

復讐姫の本性を露わにした彼女が放つ威圧感は凄まじく、周囲一帯の空気を軋ませて迷宮街に蔓延する混乱を一息に鎮めた。

 

迷路街に荒ぶ風は魔法を使っていないのに関わらずアイズの激情が原因なのではないかと錯覚してしまうほどの存在感。

 

「────ッッ!!」

 

 対峙するベルにのしかかる恐怖心は筆舌に尽くし難い。並の人間ならそれだけで気絶してもおかしくないプレッシャーの中、ベルは歯を食いしばり、意識を強く保つ。

 

「どいて、『怪物』は、モンスターは殺さなくちゃいけない」

 

 そんなベルの内心なぞ知る由もなく、淡々と告げられる言葉。それは、死刑宣告にも等しい重みを持っていた。

 

モンスターと人は相容れない。それは、この世界において絶対的な真実であり、覆すことなど不可能な理。

 

太古の時代より数え切れぬ数の死を、悲劇を、惨劇を生み出してきたモンスターと人との歴史がそれを証明し続けている。

 

なんの罪もない人々を殺し、喰らい、蹂躙してきた怪物どもを許容するなどできるはずがない。

 

破壊と殺戮、その二つを存在意義とするモンスターは人の敵であり、人類の天敵に他ならないのだ。

 

故に、たとえそれがどれほどの『英雄』であろうとも、『怪物』を庇うことは許されない。

 

それが、世界の常識であり、人々の認識だ。

 

それなのに──────。

 

「いや、です··········!!」

 

 殺意すら混じったアイズの言葉に、それでもベルははっきりと拒絶の意を示す。

 

「そう··········そっか············」

 

 内心で渦巻く激情に反してその拒絶の言葉はストン、と胸に落ちた。

その答えはきっと、最初からわかっていたのかもしれない。

 

『─────例えば、の話だが·······『怪物』に人間と同じ情動と生きる理由があるとしたら、お前はそれを殺せるのか?』

 

 あの村でアルに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。あの時はその意味がわからなかったが、今は呪いにも似た重さを持ってアイズの心を締め付ける。

 

研ぎ澄まされた刃物のような冷徹さと鋭利さを宿した瞳を向けてくるアイズと、相対する白髪の冒険者は視線を逸らすことなく睨み合う。

 

テンペスト、と呟くようにこぼすと風が吹き荒れて暴風が渦を巻き、精霊の風が迷路街を吹き抜ける。

 

剣帯から外された不壊剣の鞘がカラン、という音を立てて地面に転がる。

 

抜き放たれた刃は精霊の風を纏い、その輝きに呼応するようにアイズの戦意が高まっていく。

 

ガチり、とアイズの中で何かが撃鉄を起こす音が響く。身に纏う清らかな精霊の風が漆黒の嵐へと変わっていく。

 

背中に刻まれた恩恵の紋様が熱を持ち、疼きだす。

 

『私はそれがどれだけ人間に近い怪物であろうと、怪物のせいで泣く人がいる限り───────私は『怪物』を殺す』

 

 ────そうだ、私はアルにそう返した、なら殺さなくては。

 

「もう一度だけ言う、どいて」

 

「──────」

 

「················それじゃあ」

 

 もはや、アイズの瞳にベルの姿は映っていない。ただひたすらに殺すべき『怪物』のみを視界に収めている。

 

世界がモノクロに変わっていく、音さえも遠くなっていく。極限まで高まった集中力が時の流れを遅くしていく。

 

「················それじゃあ、仕方ないね」

 

 瞳の色彩が深い闇へと沈んでいき、深淵の如き暗黒がアイズの瞳に灯る。清涼なる風が淀み、アイズの身体を中心に黒い旋風が巻き起こっていく。

 

現存するいかなるスキルの中で下界最強とすら評される超抜スキル【復讐姫】。

 

怨嗟の黒炎が生む憎悪の風が、アイズの感情に呼応して更なる激しさを増して吹き荒れる。

 

「───────いくよ」

 

 クノッソスの石畳すら破砕する黒風を纏った踏み込みはまさに神速。その速力はLv.6の範疇を軽く超越し、英雄の領域に至る。

 

弟子の尋常ならざる姿に違和感を覚えたベートが制止しようとするが、初動で遅れたベートではいくら【敏捷】で勝っていても追いつくことは不可能。

 

精霊の風と復讐の炎を纏った剣姫の動きはまさしく迅雷の如く。

 

最凶のスキルと精霊の魔法の複合によりLv.6の範疇を大きく逸脱した速力は空に金色の軌跡を残すのみで捉えることは叶わない。

 

瞬きの間に間合いを詰められたベルに反応する暇さえ与えずにその細腕を振りかぶった。

 

アイズはベルを視認することを諦め、振り抜いた刃の勢いを殺さずにそのまま横に薙ぐ。

 

Lv.3にすぎないベルでは漆黒の嵐を帯びたアイズの破断の一撃からヴィーヴルをかばうことなどできるわけもなく、アイズの斬撃は一切の淀みなくヴィーヴルの元へ───たどり着くはずであった。

 

「──────え」

 

 アイズの、『怪物』しか映してはいなかった視界に飛び込んできたのは強竜すら葬り去るアイズの一撃を『素手』で受け止め、──────『怪物』を守る『英雄』の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────例えば、の話だが·······『怪物』に人間と同じ情動と生きる理由があるとしたら、お前はそれを殺せるのか?』

 

 怪物は殺すべき存在。それはこの世界に生きるものにとっての絶対不変の真理だ。

 

怪物は人類に仇なす災厄である。それはこの世界で生きとし生けるものの共通の認識であり、それ故に怪物を殺すことを躊躇う人間はいない。

 

それなのに、そのはずなのに────

 

「·····································なん、で」

 

 ─────どうして、『怪物』を

守るの?

 

嘘、うそ、うそだ。

 

その光景を見た瞬間、アイズ・ヴァレンシュタインの思考は停止する。

 

ありえない、あってはならない。

 

モンスターは人類の敵、それはこの世界の常識であり揺るがぬ事実だ。

 

それなのに。

 

アイズの心の器が音を立てて崩壊する。目の前にある現実が受け入れられず、まるで悪夢でも見ているかのような錯覚に陥る。

 

漆黒に染まった瞳が揺れ動き、裏切りの英雄の姿を映す。その瞳に映るのは、どこまでも真っ直ぐな、迷いのない紅瞳をした白髪の魔貌。

 

アイズをいつもと変わらない仮面のような無表情で見つめる青年の瞳からはなんの感情を窺い知ることはできない。

 

裏切りの代償として右の掌を僅かに血で濡らしながらもアイズの剣を掴んでいるその顔に動揺や激情の色は一切見えない。

 

アイズを見据えるその瞳にはただただ静謐さだけが宿っている。

 

「───────なんで?」

 

 辛うじて絞り出した言葉はアイズ自身ですら驚くほどに震えていた。その声色に込められているのは紛れもない困惑と恐怖。

 

行かないで、離れないで、と駄々をこねる子供のようにアイズの心が悲鳴を上げている。

 

怪物と人類の境界を侵した異端者を前にして、燃え盛る復讐心を忘れてただの少女に戻る。

 

足元から全てが崩れ去ってしまうような喪失感に囚われそうになるが、それでもアイズは必死で崩れ落ちる心を繋ぎ止める。

 

呼吸が浅くなり、視界が明滅を繰り返す。無意識に身体が小刻みに震え、世界が歪んでいく。

 

そんなアイズの問いかけに対して、英雄は少し困ったように眉を下げる。しかし、その瞳に浮かぶナニカはやはり揺らぎない。

 

吹雪に曝されたかのように凍り付く心に、その瞳が、その仕草が、どうしようもなく突き刺さっていく。

 

ドクドク、という心臓の音がいやに大きく聞こえてくる。嫌だ、聞きたくない。

 

どろどろと渦巻く絶望と焦燥がアイズの胸の奥底に積もり、重たくなっていく。

 

やめて、と叫びたくなる。お願いだから、と懇願したくなる。闇色に染まるアイズの瞳が、ぐらりと大きく揺れ動く。

 

英雄の唇が小さく開き、言葉を紡ぐ。

 

『─────それならば、どうする? 『怪物』に与した俺を殺すか?アイズ・ヴァレンシュタイン』

 

 ァ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにを、馬鹿な············。何をしているのか、その意味がわかっているのかッ?!」

 

 愉快犯、とすら評されるその神は理性を失うほどに錯乱し、目の前の光景を否定する。何のためにここまで苦労し、手回しして来たのかわからない。

 

神ゆえの美貌をグシャグシャに歪め、稲穂のような自然的美しさに満ちた頭髪を掻き毟りながら叫ぶ今の彼を誰がヘルメスだと思おうか。

 

全知たる神にありえぬ狂乱、汗を飛ばし、唾を撒き散らしながら、ヘルメスは吠える。ヘルメスにそこまでさせる光景がそこにはあった。

 

─────『英雄』が『怪物』を庇った。

 

その見る者の理解を拒む光景は否応なしに民衆達の、【ロキ・ファミリア】の目に飛び込んできた。弟を庇ったわけではない。

 

もとよりアイズの視線にはベルなど入ってはいない、あのまま誰も止めなければアイズはベルを無視してヴィーヴルのみを斬っただろう。

 

それを理解できぬ『英雄』ではない。

 

では、なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜ──────────!!

 

民衆達の、そして【ロキ・ファミリア】の驚愕が疑問へと変わろうとした時、リヴェリアやベートですら思考を停止した状況にあってなお、『勇者』は最適解を選び取った。

 

「ラウル!! 民衆の『避難』、急げッ!!」

 

「え、あ、───は、はいっす!!」

 

 無論、避難なぞ民衆をどけるための、そして困惑し、木偶となった【ロキ・ファミリア】の下位団員にとりあえずの仕事を与え余計なことを考えさせないための方便に過ぎない。

 

この場において最も適切な選択。混乱したこの状況下であっても、いやだからこそ盲目的なまでに信用する長の言葉にラウル達は即座に従う。

 

未だ呆然と立ち尽くす他派閥の上位冒険者達にも声をかけ、素早く行動に移らせる。

 

────だが、それでもフィンの親指に走る激痛は収まらない。

 

それどころかドクンドクンと脈打つ痛みは刻一刻とその強さを増している。それはまるで、指先からナニカに侵食されていくような恐怖を呼び起こす。

 

思わず歯を食い縛り、額に脂汗を浮かべる。

 

フィンの視線の先には呆然とする少年、苦痛に喘ぐヴィーヴル、剣を振りきったまま硬直するアイズ────そして、アイズの剣を素手で止めて手のひらを赤く染めるアルの姿があった。

 

「どういう、つもりかな、アル」

 

 ラウルたちが民衆達を『避難』させ始め、周囲に【ロキ・ファミリア】と神ヘルメス以外の目がないことを確認したフィンが誰よりも早く口を開く。

 

こればかりは自分が聞かねばならないとわかっているから。

 

フィンは自覚する。今、己が立っているのは闇派閥などよりも余程端的に英雄都市オラリオを終わらせかねない『地雷』の真上であるということに。

 

地雷からの『退き方』を誤れば取り返しはつかない。故に、これはフィン以外には務められない。

 

アルの返答如何によっては─────

 

リヴェリアよりも、ガレスよりも、『英雄』に憧れるフィンだからこそ知っているアル・クラネルの虚構────アルは『英雄』であることに執着が一切ない。

 

積み上げてきた『偉業』、惜しみない『名声』、誰しもが羨望する『地位』、その全てをアルは必要であればゴミのように捨てられる。

 

それを誰よりもその『偉業』を、『名声』を、『地位』を渇望していたフィンのみが理解していた。

 

今のアルは『捨てかねない』。

 

フィンの親指の激痛はそれを訴えかけていた。そして、その危惧は正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混乱の渦中にあるこの場で困惑の極地にあったのはなにも【ロキ・ファミリア】の団員だけではない。

 

当のベルこそ、その筆頭であった。

 

大衆の面前で冒険者が『怪物』を庇う、その意味がわかっているからこそベルも意地汚い守銭奴を装ったのだ。

 

だが、アルにはそんな仮面はかぶれない。

 

いかにヴィーヴルが巨万の富のもととなるレアモンスターだとしてもそれは一般の第二級前後の者達にとっての巨万の富だ。

 

都市最強派閥の最高戦力、全冒険者の頂天に立つアルからすればはした金とまでは言わずとも深層域に単騎で潜ったほうが余程稼げる程度の金額でしかない。

 

理解できない、納得も出来ない、ただ一つわかるのは誰よりも尊敬する兄が『英雄』としての名声を捨て去る覚悟で自分を────否、ウィーネを守ったのだということ。

 

「─────ッ!!」

 

 兄の背中が伝えてくる通りに槍の戒めを解き、傷ついたウィーネを袋小路なこの状況から逃す。

 

「───、───ガ、ァァアアアアアアアアアアア────ァッッ!!」

 

 咄嗟に動揺を未だ拭えていない【ロキ・ファミリア】の者達がフィンの指示から外れて武器を持って追うが、それを阻むようにナニカが吠えた。

 

その怒号にビクリと身体を震わせて動きを止めた団員達が目を向けると、そこには牙を剥き出しにしてこちらに威嚇してくるモンスター達がいた。

 

迷路街の死角からぞろぞろと姿を現すのは冒険者の武装を身に着けたモンスターの群れ。

 

「なっ、武装したモンスター!?」

 

「クソっ、どこから湧いてきやがった!」

 

 紅い鱗を持ったリザードマン、全身が鉱石で出来た人蟹、人頭蛇体のラミアと多種多様の怪物達の大群が壁となって立ち塞がり、ベル達を追おうとする【ロキ・ファミリア】の足を鈍らせる。

 

幾重もの咆哮の声が響き、少なくない数のモンスター達が地上に進出していたことを否応なしに悟らされる。

 

上層種から深層種まで様々な種類のモンスター達の総数は三十はくだらない。

 

この場にいる全ての人間の背筋に冷たいものが走る。

 

こんな数のモンスター達がどこに隠れていたのか、そもそもどうやってここまで誘導してきたのか、疑問は尽きないが今は考えている場合ではない。

 

「武装したモンスターってリヴィラにいるんじゃ··········」

 

「いえ、それよりもギルドの情報が正しければこいつらは全員、強化種なはず!!」

 

 先日、リヴィラの街を壊滅させたという武装したモンスター達。並み居る上級冒険者が手も足も出ないほどの強さを持つという個体の集まり。

 

それも上層から深層に至る様々な種類のモンスターの強化種と思われる 異常個体が百近く現れたという未曾有の異常事態は団員の耳にも新しい。

 

それに、今ここにいるということはギルドから鎮圧を依頼されていた【ガネーシャ・ファミリア】は負けたのだろうか。

 

複数の第一級冒険者を上回りかねない脅威の出現に、団員達の顔に焦燥と緊張の色が深く刻まれる。

 

武装したモンスターたちと【ロキ・ファミリア】の戦端が開かれようとした時─────

 

「どういうつもりなのか、そう聞いたな、フィン」

 

 遠ざかってゆく弟を背に、自らの剣に、自らの手にこびりついた『人』の血に言葉を失うアイズを前に口を噤んでいたアルが口を開く。

 

フィンの言葉に答えるというよりは独り言のようにして呟くアルの声はまるで感情を感じさせない無機質なもの。

 

ゾワリ、と良くないものを感じたフィンは慌てて口を開こうとするが、 フィンが口を開くより早くアルは声を上げた。

 

その時、フィンの親指が『折れた』。

 

 

 

 

 

()()は『異端児』─────知恵を持ったモンスターだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────ただ、モンスターを庇う、それでは不足だ。

 

まぁ、たしかにこのオラリオで最も強い上に容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、文武両道、眉目秀麗、才色兼備、その全てが揃った完全無欠の英雄な俺がモンスターを庇う、というのはその他大勢の民衆からすれば大ショックだろう。

 

それでも【ロキ・ファミリア】や他派閥の冒険者達からすれば嘆きよりも困惑が勝つだろう、あれだけモンスターを殺しておいて今更、平和主義者になるわけでもなし、理由がない、と。

 

そこで明かすのは知恵を持つモンスター『異端児』の存在。

 

·············流石、と言っておこう、フィン。

 

お前が無理矢理にでも、俺の悪評を修正することを諦めて民衆や他派閥の冒険者を散らさなければ知性を持ったモンスターたる『異端児』という『毒』がオラリオ中に広がることとなっただろう。

 

そうならないよう俺の方でどうにかするつもりだったがおかげで手間が省けた。

 

『異端児』については【ロキ・ファミリア】だけが知り、俺が『怪物』を庇ったという事実はオラリオ中に広がる。さしものフィンも一度広まってしまえば俺への不信感は拭い去れない。

 

【ロキ・ファミリア】全員とオラリオ中の民衆、なら【ロキ・ファミリア】のほうが()()、別にそれでも民衆からすれば、大してショックは変わらんしな。 

 

そして、加えて重要なのは、あくまでも【ロキ・ファミリア】────アイズは『怪物』を殺そうとした事実、それがあるからこそ俺───『剣聖』と【ロキ・ファミリア】は別のものとして扱われる。

 

多少の責任追及はあれど、大事には到底至らない、民衆のヘイトは俺だけに向く。それは【ヘスティア・ファミリア】に関しても同じだ。

 

ベルは現状、オラリオにおいては俺の弟、という色眼鏡で見られているし、話題性はどうしても俺が勝つ。

 

今回のことにおいて【ヘスティア・ファミリア】が敵視されることはまずない、本来ベルに向くはずだったヘイトは俺にすべて向くわけだからな。

 

無論、自分たちのせいで俺が『英雄』としての地位を失ったことに対する罪悪感を持たない『異端児』達じゃあない。

 

民衆、【ロキ・ファミリア】、【ヘスティア・ファミリア】、『異端児』、ウラノスとフェルズ。

 

民衆は『英雄』が『怪物』を庇ったことに。

 

【ロキ・ファミリア】は俺が自分たちよりもモンスターを選んだことに。

 

【ヘスティア・ファミリア】は本来、自分たちが負うべき非難を俺一人が背負うことに。

 

『異端児』やフェルズ達は言うまでもない。

 

これこそが一石二鳥、なんて言葉すら生温い全方向曇らせ作戦。

 

············無論、エニュオやらの思惑が裏にあるのはわかっている、だがそれはそれで旨い。

 

大方の見当は付いてるしな、最悪の場合でもどうにかできるだけの余裕はある。

 

クッ、ククッ、クククッ····················クハッハッハッハッハッハァッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

アルの主なターゲットはベル、フィン(ロキ)、フェルズ(ウラノス)、異端児たちです。民衆達はそれ自体を曇らせたいというのもあるがベルや異端児への追加燃料目的。

 

アイズに関してはなんか出来そうだからついでに煽っとくかの精神。

 







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126話 思ってもないこと言わせたら天下一品な神話級名優




投稿に不備があったので再投稿です  

後半の内容が変わってるのでもう一度読んでいただけると助かります






 

 

 

 

 

 

 

「────アルっち?!」

 

 全身を硬質そうな赤い鱗で覆ったリザードマンが驚愕に目を見開く。

 

「遅かれ、早かれ、だ。どのみち明かす他ないだろうよ、リド」

 

 当然のように『話す』モンスターに返答するアル、その様子は普段の彼と何ら変わりはない。

 

その異様な光景に【ロキ・ファミリア】の面々は呆然とするしかなく、フィンは最初から詰んでいたことを悟る。

 

リドと呼ばれた赤鱗のリザードマンは困惑と疑念、そして僅かな怒りが込められた視線を仲間であるはずの『人間』から向けられるアルをまるで『庇う』かのように立つ。

 

怪物が人間のような知性を持っていることへの驚き、人類に対して悪意しか持たぬ怪物であるはずの存在が人間を守るような行動をとったことに戸惑いを禁じ得ない。

 

リザードマンの爬虫類じみた顔からは人間のような機微は読み取れず、何を思い、何を思っているかなどわかるわけもないが、その瞳には隠せない不安と恐怖の色が見て取れる。

 

人類に接することに対して恐れにも似た感情を抱いているようにも見えた。

 

「··············アルっち達は、オレっち達の同胞を、ウィーネを············助けようとしてくれただけなんだ!!」

 

 だから、責めないでやってくれ、と懇願するように叫ぶリドに他のモンスター達も同意を示すように各自様々な配色の瞳で訴えかける。

 

「モンスターが··········喋った?」

 

「そんな、まさか········!!」

 

 その事実に信じられないものを見るかのような視線を向ける団員達の衝撃は計り知れない。

 

ましてや、そんな存在と派閥最強の英雄が親しげに会話を交わしているのだ。

 

人類への悪意しか持たぬモンスターに人のような感情や理性は持ち合わせていない。それが下界の常識だ。

 

それは全知たる神々ですら例外ではなく、モンスターと意思疎通を図ることは不可能とされてきた。

 

しかし、目の前で繰り広げられているのは紛れもなく人とモンスターとの会話。

 

人類の敵として立ち塞がってきたモンスターが牙を剥き出しにすることなく言葉でもって必死に弁解している姿に団員達に動揺が広がる。

 

「なんて悍ましい········!!」

 

 ありえざる光景に誰もが唖然となり、それぞれ程度の差こそあれど負の感情を宿した眼差しを向ける。

 

いや、向けざるを得ない。人類とモンスターの間に存在する確執。古代より数千年にもわたって積み上げられた悲劇と憎悪の連鎖。

 

それを生半なことでは埋めることはできない。むしろ、そんな怪物が人間の言葉を喋ることにこそ嫌悪の情を抱く者もいた。

 

困惑と拒絶。初めて目にした憧憬の存在である地上で人間から向けられる感情にモンスター達は悲痛に顔を歪める。

 

一方でアルはその視線を一身に受けながらも平静を保っており、自分やモンスター達を背後に庇ったままのリドから視線を逸して集まったモンスターの中でも一際人間に近しい容姿を持った美しい個体にちらりと視線を向ける。

 

美しい黄金色の頭髪に嫋やかな羽毛、女神とも見紛う美貌を備えたセイレーンはモンスター達から一歩前に出ると切実な思いを込めて語り出す。

 

「何より··········私達ハ貴方達卜話ガしたいノです。戦いデはなく、対話ヲもって分かり合いタイと願っていまス」

 

「··············あぁ、アルっちはそんなオレっち達のことを嫌わずに対等に接してくれたんだ」

 

 あくまでも怪物らしい容姿をしたリザードマンよりも遥かに人類に近しい美しさを持った彼女の言葉に【ロキ・ファミリア】の面々は息を飲む。

 

嘘偽りない真摯な願いを込めた怪物の少女の声音はその場の空気を支配する。その声は酷く澄み渡っていて、耳を傾けずにはいられない何かがあった。

 

「(···········狙ったな)」

 

 混乱の只中でフィンだけは冷静に状況を俯瞰していた。その声に込められているのは純粋なまでの希望と祈り。聞く者の心に訴えかけ、信じたいと思わせるだけの情動が込められている。

 

だが、フィンは彼女の言葉よりも彼女に喋らせたアルの意図を見抜いていた。怪物を庇うアルと怪物が人の言葉を話すという異常事態に目を白黒させる冒険者達。

 

混乱のただ中でまともな思考ができなくなっているところに畳み掛けんとばかりに次々繰り出されるアルの策略。

 

はじめにいかにも怪物らしい容姿のリザードマンに話させた上で今度は緩急をつけるように人間の美的感覚でも非常に美しいセイレーンに喋らせることでモンスターが喋っているという不快感を拭う。

 

その上でモンスター側の代表であろうリドに話をさせることでモンスターが人の言葉を話しているという不自然さを薄れさせ、自然な形で意識を誘導する。

 

加えて、アルとモンスター達の関係性を匂わすことでこの場にいる全ての者にアルはモンスター達の味方であるという認識を植え付ける。

 

「モンスターがなにを·········!!」

 

「モンスターの言うことなど信用できるはずがないでしょう!!」

 

 それに対しての反応は様々。嫌悪感を露わにする者もいれば、納得できかねる者も多く、油断なく怪物とアルの動向を窺っている。

 

「ですが、対話を望んでいるというのにそれを切り捨てては私たちこそが············」

 

「ならばどうしろと言うのですか!?」

 

 団員の中でざわめきが大きくなっていく。潔癖、それ故に誠実なエルフを中心に迷いが広がっていく。

 

「──────コイツらは『希望』だ」

 

 団員たちに迷いが生じた隙を見逃さずにアルは口を開く。静謐ながらよく通るその声は全員の耳に届き、その視線を釘付けにする。

 

演出家のように場の空気を掌握するアルの様子にフィンは内心で舌を巻く。フィン自身、アルの言葉に計り知れぬ未知なる可能性を感じ取っていた。

 

そして、同時に予感も抱いていた。おそらく、ここでアルが行動を起こすことを止められなければもう二度とチャンスはない。

 

怪物が人語を理解するという前例のない出来事によって生まれた動揺を利用し、その混乱に乗じて行動に移るアルの企みは計れないが、今は止めようがない。

 

「希望、ですか···········?」

 

 二軍の主要団員であるアリシアが怪しむように問い返す。そこにあるのは戸惑いと疑念。当然だろう、彼女にとってモンスターとは憎悪の対象でしかない。

 

モンスターと人は相容れず、わかり合えることは決してない。そう教えられてきた彼女はモンスターと対話することなど夢にも思ってはいなかった。

 

だからこそその前提を崩したアルの言葉に耳を傾けてしまう。

 

「数千年にもわたって繰り広げられた血と悲劇の歴史に終止符を打つべく、新たな時代に歩を進めるために創設神ウラノスは怪物との共生を望んでいる」

 

「なに、を─────」

 

 爆弾を投下するアルに対し、団員達に衝撃が走る。まさか、と驚きを隠せない彼らの反応を予測していたかのようにアルは言葉を続ける。

 

「殺戮と破壊ではなく対話と調和を持って世界を変える。そのための鍵がコイツら異端児だ」

 

 それは決して公にしてはならない秘密であり、ギルドにとっての最重要機密。次々と明かされる驚愕の事実の数々に団員達が絶句する中で、フィンだけが平然とした様子で成り行きを見守る。

 

いや、その内心は決して穏やかではない。それでもフィンは微塵も動揺することなく、冷静に状況を把握していた。

 

アルが今語った言葉は本当だろうとフィンは確信している。少なくともあの怪物の群れにはそれだけの価値がある。

 

聞くな、斬り捨てろ、と混乱する団員たちに指示を出すこともできるが未知を未知のまま、聞く耳を持たず切り捨てればそれこそ怪物よりも悍ましいものになりかねない。

 

「モンスターの母胎であるダンジョンの理から外れたイレギュラーにして混沌の裡で生まれた新たな可能性。それが人類との調和を望む異端のモンスター、異端児だ」

 

 アルとウラノス。オラリオ最高の冒険者であるアルの存在とオラリオの最高神であるウラノスの名前は決して無視できるものではない。

 

団員達もその言葉を鵜呑みにしたわけでもないがその二人が信を置いているということにもしかしたら、と感じてしまう。

 

昨日までの常識が音をたてて崩れていくような感覚。怪物らしからぬ怪物の姿とその言葉に戸惑う者達を見て、アルは最後の一押しを加える。

 

「今すぐ受け入れろとも、今すぐ理解しろとも言わない。だが、いずれ来たる変革のためにコイツらの話を聞いてほしい」

 

 いつになく真摯な口調で語るアルに誰もが言葉を失う。もごもごと口を動かしてはいるものの反論らしいものは出てこない。

 

そして、それはアルの背後に控えている怪物達も同じだった。アルの背後から恐る恐るといった風に顔を出すモンスター達は自分達の思いを必死になって伝えようとする。

 

だが、上手く言葉が出てこず、どうすればいいのかわからない。そんな不安げな雰囲気を醸し出す怪物たち。

 

様々な配色の瞳に憂いを浮かべ、懇願するように見つめてくる彼らに団員達の心が揺らぐ。

 

これこそがギルドが隠そうとしていた真実。

 

一歩間違えれば下界を滅ぼしかねない危険極まりない地雷。

 

「·············話は分かった、けれど単純な損得として、たとえ知性や感情を持っていたとしても『怪物』と『人類(僕ら)』が協力するに足る理由がない」

 

 フィンの脳裏に浮かぶのは『怪物』の爪から自分を『庇って』、死んだ両親の姿。いくら理由を並べようと これまでに人類とモンスターの間で起こった数多の悲劇を思えば到底納得できることではない。

 

たとえ、これから先の未来に新しい時代が来ると言われても、人とモンスターが手を取り合って生きていくことなど不可能だと断ずるに十分な過去が世界中にはいくらでもある。

 

その『異端児』が自分達に敵意を持たないのはわかった、だがそれはこちらの事情ではないのだ。

 

現に【ロキ・ファミリア】の中でも身内を、あるいは仲間を『怪物』によって喪った者は少なからず存在する。そんな者たちの顔は困惑よりも嫌悪が浮かんでいる。

 

彼らを納得させられる理由など─────────

 

 

 

 

「──────『黒竜』を討つ」

 

 

 

 

その『一言』に全てが凍る。フィンですら思考が停止し、心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥る。予想だにしなかった答えに団員たちの頭は真っ白になる。

 

「皮肉にも、ゼウスが、ヘラが、神時代の結晶たる最強の英雄達が証明してしまった。『英雄』と『神』だけではあの黒き災厄を打ち倒すことはできない」

 

 それはオラリオに生きる、否、下界に生きる全てのものにとっての悲願であり達成すべき目標。

 

冒険者のみならず全人類の共通認識。

 

誰も成し遂げられなかった偉業。

 

─────下界の悲願『三大冒険者依頼』。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなけれればいけない原初の約定。

 

かつての最強を引き継いだ【ロキ・ファミリア】は当事者として、何としてでも成し遂げなければならない。

 

それがまさか、今ここで、このタイミングで、よりにもよってアルの口から語られるなど誰が想像できただろうか。

 

今度こそ完全に団員たちは言葉を失い、動揺が走る。

 

「アルフィア─────、この地上で唯一俺に匹敵する才を持っていた、俺の『肉親』ですらあの黒き災厄には及ばなかった。アレを倒すには文字通り下界のすべてを費やす必要がある」

 

 噛みしめるように『当代最強』の男は語り、目を閉じる。そこにあるのは個人が背負うにはあまりにも重い重責。

 

フィンでさえ、他の団員達と同じく絶句してしまう。最もその悲願に近い英雄からの言葉だからこそ、フィンたちにとっては衝撃的だった。

 

「そして、託された俺たちにはあの『英雄』達に代わって何を賭してでも『救世』を為し遂げる責務がある─────違うか?」

 

 『隻眼の黒竜』、『ゼウスとヘラ』、『アルフィア』そのどれもが【ロキ・ファミリア】には無視することのできない爆弾の雨だ。

 

団員たちは固唾を呑んで見守る、見守らざるをえない。

 

アル・クラネルは『万能の天才』である。そして、その才覚はなにも戦いのみに優れているわけではない。

 

『神すらも騙し切る演技と演出』、この世界に生まれついて十数年、大神を、ロキを相手にひたすら磨き上げられた神話級役者、それがアル・クラネル。 

 

嘘はつかず、本音を隠して相手の心を揺さぶるアルの詐術は相手の意表を突き、確実に自分のペースへと持っていく。

 

アルの本気の弁舌の前には、いかに歴戦の功者といえど抗うことは難しい。ましてや今この場所にいるのはその精神性ゆえにアルの話を聞き逃してはならないと理解している者達ばかり。

 

その言葉の一つ、一つが【ロキ・ファミリア】の心根を穿ち、『納得』を与えてしまう。

 

『なるほど、アルは知恵あるモンスターを敵ではなく救う対象として手を差し伸べた。たとえ自らの地位を捨てさってでも、そんな覚悟で』

 

『なるほど、アルは英雄としての地位よりも英雄としての責務、世界を救うことを優先したのだ』

 

 そう、思ってしまう。思わされてしまう。もちろん、中にはそんな理屈で割り切れる者達だけではない。しかし、そんな者達ですらも圧倒されてしまう力がその言葉にはあった。

 

─────しかし、それは。

 

「私、達より、モン、スターを、────『怪物』を選んだ、の?」

 

 絶望の表情でうわ言のようにアルへ語りかけるアイズ、だが、つまりはそういうことではあるのだ、アルが『英雄』であることを捨てるというのは。

 

「─────さて、どうする? 『怪物』に与した俺を殺すか? アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

「ぁ、ああ、────」

 

 アイズは絶望の表情で呟いた、【目覚めよ】、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

なお、自分が倒そうという気持ちは全くもってない変態白髪。

 

アルにとって一番相性いいのは神と精霊を取り込んだ格上の漆黒のモンスター。

 

理由としてそれっぽいから言ってるだけで本気でどうこうしようとかは思ってない。

 

自分のせいでその戦力が減るのは問題だからその分の補填はしようとは考えてるくらい。

 

【ダメージ】

・フィン −1500

・ロキF −500〜1000

・アイズ −1700

・ヘルメス −1200

・リヴェリア −2000

 

・アル 毎ターン+9999







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127話 内心翻訳「お前らが勝手に倒せ、俺は知らん」




ちょい短いです


 

 

 

 

 

「──────『黒竜』を討つ」

 

冒険者としてモンスターを殺すことを生業としている者でその言葉の重みがわからぬものはいない。

 

かつて栄華と隆盛を極め、神時代の頂点としてオラリオに君臨していた最強の派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が敗北を喫した黒竜。

 

下界に生きる全ての者にとってそれは何としても討ち滅ぼさなければならない終末の象徴であり、誰もが抱く恐怖そのもの。

 

怪物の王、最強のモンスター、あらゆるまでの頂点に立つ黒竜。それは現在確認されているダンジョンの深層に潜む階層主などとは比べ物にならない脅威。

 

現行の人類がどれほどの精鋭を集めたところであの黒竜を打倒することなど不可能だ。

 

下界の人間が挑むこと自体が間違っている、そう思われてしまうまでに黒竜の力は隔絶している。

 

それでも挑まなければならない。挑まなければ下界そのものが滅ぼされる。

 

それこそが下界の悲願。

 

冒険者の悲願。

 

人類の悲願。

 

今の平和は世界が滅ぶまでの黄昏に過ぎない。黒竜の討伐とダンジョン最下層の攻略なくては人類が新たなる時代を迎えることはできない。

 

だが、それを果たして誰が成し遂げられるのか。

 

ゼウスやヘラでさえ敗北を喫したあの災厄を一体誰が討伐できるというのだろうか。

 

そして、『当代最強』は語る。

 

自分達が果たさなければならない責務なのだと。最強を引き継いだ冒険者だからこそ果たさなければならない義務だと。

 

先日の遠征でゼウスとヘラしか足を踏み入れたことのない『未到達領域』へと足を踏み入れた当代の最強派閥である【ロキ・ファミリア】こそがその偉業を達成すべき存在なのだと。

 

ダンジョンに潜る冒険者たちの大半が金や名誉を目的としているのは否定できないが、少なくとも都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】は違う。

 

この両派閥に、オラリオという英雄都市に求められるのは黒竜の討伐である。その偉業を成し遂げた時こそ、オラリオの冒険者は本当の意味で英雄になれる。

 

今の下界には『後がない』

 

神時代以降、間違いなく最強であったゼウスとヘラが敗れたという確固たる事実。

 

当代最強と同等以上のLv.8の『英傑』に加えてそれを凌駕するLv.9の『女帝』。

 

他にも『静寂』や『暴喰』を始めとした複数のLv.7。他派閥も含めれば山ほどとは言わずとも多くのLv.6がひしめき合っていた神の眷属の最盛期。

 

そんな現行のオラリオではどう考えても届かない二大派閥ですら届かなかった生きた終末。

 

オラリオ内で絶えず行われている戦争遊戯やギルドから一定以上のファミリアに命じられる遠征も結局のところは今の冒険者たちをかつての水準にまで引き上げるためのものだ。

 

神時代以前の太古に大穴から世界中に進出したモンスター達の末裔や世界三大秘境たる『竜の谷』から降りてくる竜種達。

 

モンスター達は今もなお世界中に存在し続けている。こうしている今にもモンスターによる被害は加速度的に増えている。

 

家族を失った幼子、友を失った老人、恋人を奪われた若者、その嘆きは尽きない。

 

それに対抗するためにも、今一度下界の存在は一丸となって立ち上がらねばならない。

 

──────世界は『英雄』を待っている

 

それを【ロキ・ファミリア】に所属していて理解していないものはいないだろう。

 

皆、英雄に憧れ、英雄になりたいと願い、英雄に続こうと努力している者達ばかりだ。

 

だからこそアルの一言は重い。

 

『英雄』だけでは、神々と人類だけでは世界は救えないと英雄に最も近い男が断言したのだ。

 

アルの言う通り、今のオラリオに存在する全戦力を集めても黒竜を倒すことは不可能だ。

 

それを覆すためなら怪物の力も借りるべきだとアルは言っている。アルの言葉の意味を理解した者達は一様に驚愕の表情を浮かべたが、その言葉の重みを理解すればするほどに声は小さくなっていく。

 

フィンすらも言葉を失わざるをえない。救世の為なら英雄であることすら捨て去ると宣言したアルに対し、団員はこれ以上の異論を唱えることができなくなってしまう。

 

しかし、そんな中で──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんで、アルは剣をとったの?』

 

 あの日、日もとっくに落ちた肌寒い街のベンチに二人で腰を下ろしたときにふと思い浮かんだ疑問。

 

それはずっと不思議だった。どうしてアルは冒険者になったんだろうって。自分の考えや過去を喋らない彼のことだ。きっと答えてくれないだろうけど、それでも知りたかった。

 

『私が、剣をとったのは────モンスターに奪われたおとうさんとおかあさんを取り返したかったから』

 

 強くなりたいなんて思いはその理由に付随したものでしかない、と私は返答も待たず続けた。

 

いつか必ず両親の仇を討つために、いつか必ず両親を取り返すために。

 

あの黒き竜を討つために。

 

そのために私は剣をとり、そのためだけに強さを求めた。

 

なら、アルはなんの理由があって強くなろうとしたの? 私のように復讐のため? それともまた別の何かのために?

 

私以上に強さを求めてきたであろうアルの戦う理由を聞いてみたかった。

 

あのときは確か─────

 

「理由、か。どうしても見たいものがあった。それを見るためには強くならなくてはいけなかった、ただそれだけだ」

 

 いつもと変わらない無表情でつまらなそうに言う姿。それがどこか悲しげに見えたのは気のせいだろうか。まるで義務をこなすようにモンスターを殺すアルの姿が思い出される。

 

それを見ていられなくなって思わず肩を寄せた。血が通っていないような冷たい姿。だけど、確かに伝わる体温。

 

「······その、見たいものが見えたあとでいいから」 

 

 あの時、脳裏に浮かんだのは父と母の姿。

 

「アルは、私の英雄になってくれる?」

 

 私にとって英雄とは、物語の中にしかいない存在だ。現実には助けてくれる英雄なんているわけがない。

 

それをわかっていたからこそ、私は自分の手で剣を取ることを決めた。だが、今は違う。アルは確かに自分を助けてくれた。

 

いつか、お前だけの英雄に巡り会えるといいな

 

 父が言ったそんな言葉を思い出した。それはきっとこの事だったんだと思う。私の言葉を聞いたアルは驚いたように目を丸くすると、少し考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

『親代わりの爺は俺に英雄になれと常日頃言っていたが、俺は多くのために戦う英雄なんてものにはなれないし、なりたくもない』

 

『─────ただ、そうだな。お前一人くらいの英雄なら考えてやる』

 

 ·················あの夜、言ってくれたあの言葉は嘘だったのか。なんで私達ではなく『怪物』を選んだのか。

 

今、その仮面のような顔の下で何を考えてるの? わからない、何もかもが分からない。

 

いくつもの感情、いくつもの疑問が脳裏に浮かび、混ざり合う。泥沼の中を泳ぐかのように思考がまとまらず、気持ちが悪い。

 

溢れ出る想いがわだかまるように胸の奥底へと沈殿していく。そしてついには決壊する。

 

──────【目覚めよ】。

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き荒れる風、巻き上がる土煙。人一人が簡単に吹き飛ぶほどの暴風が渦巻き、形と色を変えていく。

 

漆黒の風はより深く黒く染まり、周囲の大気を侵食していく。闇色の神風は瞬く間に天高く昇り、迷路街全体を覆いつくさんとする。

 

悲鳴のように鳴り響く風の轟音。もはや都市そのものが軋むような激音が迷路街に響き渡る。

 

アイズがアルへ魔法を使って斬りかかったのだと理解するのが早いか、【ロキ・ファミリア】に、そして『異端児』達に迷いが走る。

 

【ロキ・ファミリア】のそれは止めるべきか、援護するべきか。

 

『異端児』のそれは助太刀するべきか、【ロキ・ファミリア】を止めるべきか。

 

風の音色に感化されたように高まる場の戦意。互いを警戒するようにジリジリと緊張感が張り詰められていく。

 

互いを牽制し合う両者、自然と【ロキ・ファミリア】の視線がフィンへと集まる。誰しも好き好んでアルと戦いたいとは思わない。

 

そしてそれはフィンも同じこと。『異端児』に関してももはや、普通のモンスターとしては見られない。

 

だが、このまま逃がすわけにもいかない。葛藤と責務の板挟みになった団員達は判断できずにいた。そんな中、フィンは静かに息を吐いて思考を巡らせる。

 

すなわち、この場における最善手は何か。

 

─────『異端児』を隣人として認める?

 

論外だ、そんなあっさりとうまるほど人間と怪物の数千年に渡る殺し合いの溝は浅くない。

 

─────『異端児』を殺す?

 

論外だ、そんなことをすれば【ロキ・ファミリア】はバラバラになる、第一アルが許さないだろう。

 

·················『見なかったことにする』。

 

この場に限り、ヴィーヴルも『異端児』も見なかったこととし、見逃す。たしかに、これが最も簡単で穏当ではある。

 

しかし─────。

 

「·················生け捕りにしろ」

 

 それが許されるオラリオではないのだ。もし、この場にいたのがフィン一人ならば可能だったかもしれないが、【ロキ・ファミリア】という集団である以上、そのような行為は自殺行為に他ならない。

 

血塗られた歴史が積み重なり、今なお続く怨恨の連鎖。人類と怪物の争い、その始まりたる大穴から出てきたモンスター達との生存権を賭けた戦いは未だ続いているのだ。

 

そんな中、『殺し合い』ではなく『話し合い』をできるモンスターがいるなんてことが知られればどうなるか。

 

いくら異端児に人間と似たような理性や感情があっても結局はモンスターであることに変わりはない。

 

モンスター達は人類にとって常に脅威であり続けなければならない。それこそが、この世界の絶対の理なのだ。

 

異端児たちは安全だったとしても仮にその存在が世間に露見してしまえばモンスターと戦う者たちの手が鈍る。

 

戦う手が鈍ってしまうことで犠牲になる人々が増えてしまう。その結果、最悪の場合、人類の存続を脅かす問題にまで発展する可能性すらある。

 

下界全てを激震させるほどの影響を及ぼせる異端児たちを放置しておくことは、許されない。

 

─────『怪物』は『処分』する。

 

冒険者に課せられた責務であり、宿命でもある。アイズと同じようにフィンはためらわずにモンスターを殺せる。

 

怪物は人類にとって毒にしかなり得ない。どんなに変わった怪物がいたところで関係ない。自らの立場と人類全体の利益を考えるならモンスターは殺すしかない。

 

アルの言葉がなければ、迷うことなくそうしていたはずだ。

 

だが、アルは言ったのだ。

 

──────黒竜を討つ。

 

ゼウスとヘラがいたあの時代を知るフィンだからこそ、その言葉の意味を理解してしまった。

 

あの時代を生き抜いた者だけが知りうる、その言葉の真意。託された者の責務と願い。

 

表向き上、黒竜に敗北してその主戦力を失った【ゼヴス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】はその敗北を咎められ、他ならぬロキとフレイヤによって都市から追放された。

 

だが、実際は違う。

 

ヘラに恨みを持っていたフレイヤはいざしらず、フィン達【ロキ・ファミリア】にゼヴスやヘラに対しての隔意はなかった。

 

偉大なる先達である彼らは後継たるフィン達の『壁』に自らなったのだ。

 

自分たちの代での救世は不可能だと悟り、次代の者達に託して散った。

 

託されたからには、応えなくてはならない。

 

託された誰かが最後の英雄にならなくてはいけない。

 

だが、フィンは自分が『人工の英雄』にすぎぬことを理解している。

 

演出し、画策する。英雄として求められる名声と偉業を実現させるために、フィンはあらゆる手段を使い、自らが英雄であることを周囲に認めさせてきた。

 

当然、その中には汚い策謀も含まれており、時に卑劣と蔑まれても仕方がないような真似だってしてきた。

 

見せかけの勇気に、演出した栄光、造られた偉業、鋪装された冒険、ツギハギされた人工の英雄。

 

自分こそが『架空の女神フィアナ』に代わる一族の希望になるために、冒険を重ね、力をつけ、名声をかき集めた。

 

欲するのは小人族の新たな光となるための英雄譚。『大衆の英雄』であり、『奸雄』であり、『人工の英雄』だ。

 

全てを利用し、全てを切り捨てる。輝かしい名声とは正反対に穢れきった薄汚れた道。

 

『勇者』という二つ名もロキに掛け合って拝命したもの。全ては見せかけの『勇気』ではなく、確たる実績を残すために。

 

フィンは常に全力を尽くし、己を磨き上げ、研鑽を続けてきた。一族の全てを背負えるだけの力と名声を得るために。

 

その中で僕に冒険を教えてくれた冒険者の先達やともに戦ってきた戦友を見殺しにもした、それがより多くを救うと確信があったからだ。

 

人工の英雄、造られた英雄、ツギハギだらけの偽物。

 

フィンはそのことを恥とは思わない。必要なことを必要なように行っただけに過ぎない。

 

だが、英雄とは作り出すものではなく求められるもの。

 

誰かの涙に、嘆きに、救いを求める声に応えられる存在でなければならない。

 

「(アル、君は─────)」

 

 都市最強の冒険者としての名声すら捨てて怪物の手を取った青年をフィンは思う。

 

アルの言葉はフィンに突き刺さっていた。

 

眩しかった。損得を顧みず、ただひたすらに前を見続けるアルが羨ましくて眩しくて仕方がない。

 

 

『黒竜の討伐』。

 

下界すべての悲願にして諦められてすらいる太古の契約。それをかつての最強派閥の残り火であり、最新の最強である少年は本気で成し遂げようと考えている。

 

─────本気で世界を救おうとしているのだ。

 

フィンはかつて憧れた英雄達の背中を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────まぁ、ここまで言ったことは全部その場の空気の勢いなんだけど。

 

俺が死んだ後のことなんて知ったことかよ。

 

最終決戦がいつになるかは知らないけどその時はもう俺死んでるはずだし。

 

とはいえ俺のせいで戦力が減って負けるなんてことにならないように ある程度の補填はするつもりだけどな、実際きついだろうし。

 

Lv.6からLv.7に、Lv.7からLv.8になって分かったけど今の俺やオッタルクラスが数人とそれ以上なのが一人、後詰めにアイズクラスがたくさんいて手も足も出なかった隻眼の黒竜ってまぁまず普通の手段じゃ倒せねえよな。

 

単純にポテンシャルが高くて負けたって言うならかなりの絶望だけど十中八九何らかのギミックがあるだろ。

 

継承スキルとかが発現して俺の魔法とかスキルをベルかアイズあたりに渡せれば割りと気楽なんだがそうもいかんよなぁ··········。

 

なんか俺の影響かは知らんがダンジョンのイレギュラーとか頻発してる気がするし、明らか原作より強くなってる敵もいるし。

 

やっぱり───────俺の代わりが必要だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

アル「がんばれ♡がんばれ♡」

 

アイズ「それどころじゃない」

 

ベル「えぇ·······」

 

代わりについては後々。

 

・アルから冒険者への期待度

ベル≫≫≫≫≫アステリオス、レフィーヤ>フィン>オッタル、アイズ>その他ロキ・フレイヤ幹部

 

・アルからの信頼度

ベル≫≫アミッド≫≫≫フィン、リュー

 






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128話 一方、変態は脳内USBに保存中



久しぶりにやったけどドラクエが面白すぎる


 

 

 

 

 

 

 

苦悩と苦慮に染まるフィンの眼下で【ロキ・ファミリア】と異端児達の戦端が開かれる。

 

互いに躊躇と困惑の混じった動きではあっても戦い。だが、それは互いの強さを知るに連れて余裕のない熾烈なものへと変わっていく。

 

モンスター特有の咆哮と冒険者達の雄叫びが混ざり合う戦場。混じり合う剣戟の音色と魔法の閃光が飛び交い、閑散とした迷路街は瞬く間に戦場へと変貌していく。

 

互いに並の上級冒険者を優に超える実力を持つ者同士の戦い、戦況は次第に激化の一途を辿り、【ロキ・ファミリア】が終止優勢────ではなかった。

 

そのどちらもが第一等級武装に匹敵する漆黒の曲刀と長剣を持つリザードマンのリドとアマゾネスのティオネが激しく武器をぶつけあう。

 

両者の武器がぶつかる度、空間そのものが軋むような甲高い音が響き、二人の体躯からは想像できないほどの衝撃が走る。

 

得物の様相の違いはあれど二刀流同士による近接戦闘の応酬が繰り広げられ、周囲は土煙に覆われている。

 

数秒の間に数十回に及ぶ攻防の最中、振るわれた双刃の一撃を受けきれず体勢を崩したリドにティオネの蹴りが炸裂する。

 

吹き飛ばされながらもリドは空中で姿勢を制御し、着地する。その内心は驚愕と畏怖に満ちていた。

 

異端児の中でもアステリオスを除けば最強であるリドと対等以上に戦う女戦士。黒髪を翻しながら踊るように戦う姿はまるで魔性の踊り子のようだ。

 

並の使い手では反応すらできない双刃の連撃に水銀の鞭のように撓る手足。そして、それらを流れるように繰り出す技巧。

 

野生の獣を彷彿とさせる荒々しい攻撃でありながら、洗練された技術と研ぎ澄まされた敏捷性が合わさっている。

 

「(つ、つえぇ········!!)」

 

 怪物の面頬を歪ませ、リドは思わず内心で感嘆の声を上げる。爬虫類の顔立ちゆえにわかりづらいものの、その表情には確かな焦燥と驚愕が含まれていた。

 

リドはもとより大抵の第一級冒険者が相手ならば余裕を持って勝てると思っていたし、それは確たる事実でもある。

 

その境遇ゆえにあまり長く生きることのできない異端児達の中でも長く生きている分、他の異端児達よりも実戦経験値は豊富であるし、何より同族の魔石を喰らったことによる強化種としての力がある。

 

そして、アルによる薫陶。

 

50を下回る"真なる"とでもいうべき深層域のモンスターの魔石を大量に食らい、そこらの第一級冒険者の装備を明らかに凌駕する武具を身に着けることで、リドは他ならぬLv.6の領域にまで至った。

 

神域の天才によって鍛え上げられた今のリドは単騎で階層主にも匹敵する。

する。

 

だが、そんなリドでもこのアマゾネスを相手にしては対等に渡り合うので精一杯だった。

 

真なる地上の強者を前にリドは戦慄を抑えきれない。

 

だが、それはティオネも同じであった。

 

「オ、オオオオオオッ!!」

 

「──チッ!!(コイツ、まさか私と同等ッ?!)」

 

 咆哮と共に繰り出される斬撃を紙一重で回避するも、銀光を放つ曲刀の切っ先が僅かに肌を掠め、鮮血を散らす。

 

ダンジョン深層でもなかなか体験できないほど濃密な闘争の中、ティオネの脳内に警鐘が鳴り響く。

 

獰猛さと冷徹さを兼ね備えた瞳は油断なく自分を見据え、モンスター特有の剛腕から生み出される威力の乗った斬撃を繰り出してくる。

 

モンスターとは本来、人間のような知性を持たない本能のままに行動する存在だ。

 

だが、目の前のリザードマンは違う。

 

リドの全身を覆う竜鱗の鎧は第一級冒険者の装備にも引けを取らないどころか、同等以上に上等なもの。

 

深黒の曲刀を持つ体は強健であり、生まれながらの恵体ではなく意識的に鍛えられたモンスターらしからぬ力強さを感じる。

 

怒涛の勢いで迫る斬撃は、一つ一つが必殺の威が込められており、まともに受ければ自身の武器すら両断される未来が容易く予想できる。

 

殺意こそないが、そこに込められているものは紛うことなき命のやり取りをする覚悟。

 

人間のそれとは型の違う剣技は洗練されており、並の冒険者であれば拮抗すらできずに圧倒されていただろう。銀閃と黒刃の応酬はまさしく死闘と呼ぶに相応しいもの。

 

曲刀と湾短剣の鍔迫り合いを演じながらもティオネの足が動く。リドが長剣を押し込んでくるタイミングに合わせ、蹴りを繰り出す。

 

予想外の反撃にリドは咄嵯に身を逸らすも完全とはいかず、嫌な音を立ててリドの脇腹を削る。

 

人間のそれとは全くもって違う怪物の剣技、だがそこに『何者』かの薫陶をティオネは感じた。

 

ティオネの知る限り、このような嫌らしい剣技を使う者は一人しかいない。 

 

モンスターとしての野性味と人間のような技量が合わさった剣技は人間ともモンスターとも戦闘経験の豊富な女戦士のティオネをして厄介極まりないものだ。

 

ティオネの視線が険を帯びる。荒々しく、そして鋭くなったティオネの気配を感じ取ったのか、リドも警戒を強めたように動きが鋭くなる。

 

確かな技と駆け引きでもって第一級冒険者、Lv.6であるティオネと『対等』の戦いを繰り広げるリザードマン。

 

その強さは間違いなく本物であり、恐らくはこの都市に存在する第一級冒険者と比較しても上位に位置する実力を持っている。

 

武装面は同等かリドがやや上。

 

対人の技量はティオネに分があろう。

 

だがその純然たるポテンシャルに関して言えばスキルやアビリティで埋められる程度の差ではあるが

 

Lv.6なりたてのティオネよりもかなり高い。

 

「(吸血の呪詛を使ったアルガナほどではないでしょうけど·········)」

 

 リドの纏う雰囲気と想定レベル。そこから読み取れる情報だけでも異端児という理知を持った怪物の恐ろしさとアルの言うような有用さが伝わってくる。

 

だが。

 

────遠征の前だったら負けてる。

 

59階層での死闘によるランクアップを果たす前だったらステイタスの差で押し負けていた。その事実にティオネの何かがキレる。

 

「ふっ、ざけんじゃねぇぞ───ッ!!」

 

「───?!」

  

 怒りを力に変換させるレアスキル、【憤化招乱】。

 

煮え滾るような激情に身を任せたティオネの身体から紅い蒸気が噴き上がらせる。

 

リドはティオネの突然の変化に目を見開くも、すぐに迎撃のために攻撃態勢に入った。

 

その瞬間、ティオネの姿が掻き消える。否、リドの目をもってしても視認が困難なほどの超加速を行ったのだ。

 

リドの背後に回り込んだティオネは躊躇なく銀光を放つ湾短剣を振り下ろす。背後からの奇襲にリドは反応し、水銀の鞭のようにしなる湾短剣の一撃を間一髪で受け止めるも、リドの体勢が崩れた。

 

それを見逃すティオネではなく、リドの懐に飛び込むと同時に渾身の拳を叩き込み、リドを吹き飛ばした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたり一帯広範囲に響きわたる怪音波。平衡感覚や聴覚などあらゆる感覚が狂わされるだけでなく物理的破壊力まで秘めているそれを空を飛びながら団員たちに見舞うセイレーンのレイ。

 

リドと同じように第一級冒険者並みの強さを誇る彼女の動きを捉えられるものはいない。縦横無尽に空を舞い、時には羽弾を放ち、時に歌を歌い、セイレーン特有の多彩な遠距離攻撃を繰り出してくる。

 

団員達も弓矢や魔剣で撃ち落とそうとするが、立体的かつ変則的な軌道で飛び回る彼女を捉えることができない。

 

「··········チッ」

 

 そんな中、耳障りだと言わんばかりに舌打ちしながらベートは怪訝な表情を浮かべた。

 

【ロキ・ファミリア】の団員たちでも捉えられない速度と挙動で飛行しながら怪音波を放っているレイだが、ベートに言わせれば手ぬるい。

 

甘く見積っても第一級冒険者相当は確実であろう強化種のポテンシャル ならば遠距離攻撃でもLv.4未満の下位団員ならば容易くノックアウトできるはずだ。

 

まるで本気を出していない。そんな印象を受ける。仮にこの場にいる下位団員全てを相手にしたとしても、おそらくあの怪物は余裕で逃げおおせるだろう。

 

それだけの力を持っていることをベートは確信していた。だが、未だに下位団員の誰も深手を負っていない。

 

───────()()()()()()()()()()()()()()

 

琥珀色の瞳に殺意の光を宿したベートは半壊している家屋の壁を蹴り伝って跳躍する。

 

そのまま空中に躍り出たベートは空中を泳ぐように飛翔してくるレイの正面に飛び出し、戦意を込めて睨みつける。

 

飛行型モンスターの強化種である自身に迫る速度で迫り来るベートに対し、レイは回避に全力を傾けて行動に移る。

 

ベートが放つ隕石のような蹴りを紙一重で避け、旋回して後方へ退避するも、ベートは逃がさないと言わんばかりに追尾していく。

 

首筋を掠めた一撃にレイは思わず顔をしかめる、一方、奇襲を回避された狼人はレイの自分にも迫るであろうポテンシャルの高さに目を見開く。

 

自分を除く団員たちは既に攻撃対象にもなっていない、それは殺してしまいかねないから。

 

エルフにも劣らない美しい相貌に、人間と変わらぬ理性、人間への慈愛らを持ち合わせる怪物は団員たちを無闇に傷つけないように動いている。

 

先ほどから見せているのは牽制のみ。本気で殺すつもりならすでに幾人かは深手を負っている。

 

ベルが、アルが守ろうとしたのも、なるほど、理解できる。

 

だが、ベートは違う、怪物に情けをかけることはしない。

 

どれだけ人間に似通った容姿をしていようとも、これはモンスターだ、怪物なのだ。

 

ベート自身、拭い去りたい過去ではあるが事実としてベートはモンスターによって家族を、仲間を、恋人を殺されている。

 

だからこそ、許せない。

 

許せるはずがない。怪物の分際で地上に居座っていること自体、許されない。

 

怪物は死ね、モンスターは消えろ、存在してはならない。一切の例外もなく、この世から殺し尽くさなくては気が済まない。

 

─────そう、割り切れればどれだけ楽か。

 

己の胸に巣食う感情をベートは正しく理解する。

 

これは、苛立ちだ。

 

セイレーンだけではない、ティオネが相手しているリザードマンやガレスと戦っているガーゴイルに対しても抱いているものだ。

 

怪物の面頬を歪め、放つその咆哮は殺意ではなくもっと別の────守る為の怒り。

 

失った家族や恋人、仲間があげていたものと酷似しているその声がどうしてもベートの心を掻き乱す。

 

「──────クソッ」

 

 やめろ、そんなものをお前らみたいな怪物が出すんじゃねぇ。

 

怪物なら怪物らしく、ただひたすらに殺意と悪意を振り撒けばいい。

 

そうでなきゃ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ、とりゃっ、はっ!」

 

 怪物と冒険者の入り交じる戦場を駆け抜けながら渋々仕事をこなすティオナ。

 

ティオナはなんなら、アルや異端児側についても良いとすら考えていた。

 

そのまま隠れてればいいものわざわざ自分たちの前に姿を現したのは他でもないアルを糾弾から守るためだったのだから。

 

それが最適解だったかは置いておいて異端児達の考え方や行動は怪物と評するにはあまりに優しく思える。

 

仮にフィンが彼らを殺すように命令していたらティオナは異端児達を守る側についていただろう。

 

ティオナの脳裏に浮かぶのは赤石を失って暴走していたヴィーヴルを守るために自分たちに刃を向けた少年の姿。

 

はるか格上の自分たちに臆しながら立ち向かったその姿を見てもまだ冒険者に撤せる程ティオナは薄情ではなかった。

 

異端児達を相手にするのはなるべくお互いに傷をつけないために過ぎない。

 

だが、そんな慈悲はすぐに驚嘆へと変わっていた。

 

「(みんな強いなぁ、アルが鍛えたのかな?)」

 ティオナが相手取っているのは七体ほど、だがそのいずれもがティオナをして簡単ではない精強さであった。

 

ティオネと戦うリザードマン、ベートと戦うセイレーン、ガレスと戦うガーゴイル程突出した者はいないがいずれもが第二級相当以上。

 

それらが冒険者顔負けの技と駆け引き、そしてモンスター同士の連携を駆使して襲いかかってくるのだ。

 

いくら第一級冒険者であっても苦戦は免れない。Lv.6であるティオナだからこそ余裕を持って捌ききれているだけだ。

 

【ロキ・ファミリア】よりもアベレージは上。二軍と戦えばあっさり勝ってしまうかもしれない練度の高さにティオナは驚く。

 

下手をすればティオナ以上の装備を身に着ける彼らの中には第一級相当、Lv.5クラスに届く強者すら交じっている。

 

流石に先の三体を含めて『最高値』は【ロキ・ファミリア】の幹部には及ばないが個々の練度、『最低値』はここにいるのが精鋭だとしても【ロキ・ファミリア】を確実に上回っている。

 

加えて厄介なのが連携の巧みさ、適正レベル以上の階層では一体のモンスターに対して複数人での戦闘は冒険者にとって基本中の基本だが、それをモンスターがここまで見事にこなしてくるとは思いもしなかった。

 

単体での戦闘力は確かに劣るだろう、だがそれを補うように戦術を組み立てる知略がある。

 

そこにアルが技術的な連携の巧を叩き込んだのだ。主力たる三体を除いても異端児達は第一級冒険者を相手に十分に戦えている。

正直、自分達や【フレイヤ・ファミリア】以外が相手にしたら押し切られる未来しか見えない。

 

それほどまでに彼らの戦い方は巧妙かつ合理的で無駄がない。

 

もともとこうだったのかあるいは鍛え上げたのか、そうならば一体どうやってこんな風に彼らを鍛え上げたのか。

 

ふと、ティオナの頭によぎった疑問に答えを出すかのように―轟音が辺りに響いた。

 

「·············えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────これほど、とはね」

 

 戦場を俯瞰するフィンは未だに収まらない親指の痛みに耐えながら戦況を見極めていた。

 

想像以上、一言で片付けるならそれ以外の言葉はない。

 

ガーゴイルとセイレーンは既に押されているし、リザードマンはまだ粘っているもののやはり幹部達の相手は厳しい。

 

だがそれでも都市最強戦力である第一級冒険者達を相手にこれほどまでに健闘できるとは予想だにしていなかった。

 

どれだけの数がいるかは知らないが規模によっては【ガネーシャ・ファミリア】を凌駕する勢力になりうる。

 

目立つ三体を筆頭に複数いる第一級冒険者に相当する個体、数を活かした連携、第一級冒険者のそれに匹敵する武装。

 

そのどれをとってもオラリオの水準をはるかに超えている。

 

彼らと正面から戦って間違いなく勝てるのは都市最強派閥である【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】だけだろう。

 

いずれ来たる黒竜との戦いに必要というアルの考えも理解できる、これだけの力があれば間違いなく切り札となるはずだ。

 

ステータスに縛られる冒険者と違って例の怪人のようにモンスターの魔石を食らって急速に成長できるはずの彼らはともすればアルに追いすがれる唯一の存在なのかもれない。

 

少なくとも、現時点で実力だけを見るならそう判断せざるを得ない。

 

彼らが仲間になればこれほど心強いことはない、そう確信しつつもやはり否定が拭えない。

 

自分たちは納得できても世界を説得できるだけの理由を提示できない。

 

未だ拮抗状態を維持している戦場を見ながらフィンは考える。このまま戦い続ければ【ロキ・ファミリア】の勝利は確実。

 

いくら強いとはいえ、数の不利やガレスやリヴェリアといった完成された個との差を覆すことはできない。

 

唯一、問題なのはアイズの相手をしているアルが暴れることだが先ほどまでの話から流石にそれはしないはずだ。

 

このまま時間をかけさえかければ勝利は揺るがないだろう。

 

「(──────まだ、なにかあるはず)」

 

 しかし、そう簡単にいくだろうか、とフィンは違和感をぬぐいきれない。

 

アルのことだ、ここでの戦闘はある程度想定の範囲内だったはず。暴れるとは言わないまでもアルが矢面に立って戦わないことに違和感を覚える。

 

あの性格を考えるならむしろ率先して前に出てくるだろう。なのに出てこないということはなにか別の意図があるということ。

 

なにか、嫌な予感がする。

 

それがなんであるかまではわからないが、フィンはなぜかこの流れが良くないものだと直感的に感じていた。

 

親指の激痛に耐えるフィンはアルの意図を探るべく、この戦いの行く末を見守る。

 

そして、その勘は正しかったことをフィンはすぐに知る。

 

戦場にいる誰もが気づかなかった、その変化は唐突に訪れた。

 

轟音、激震、衝撃。

 

その発生源は異端児達が戦っていた場所。その場の全員が呆然と、驚きと困惑に支配される。

 

迷路街に『雷鳴』の如く響き渡る咆哮、そして爆発的な覇気の奔流。

 

何事だと視線を向けるとそこには─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】でガレスだけ露骨に出番少ないのはメンタルが安定してる上に暗い過去持ちや頭エルフでもないからだよ!!

 

いや本当に原作読むとたいてい、一歩引いたとこから冷静に物事に当たっててフィンやリヴェリアよりある意味安定してるんよな······それゆえに出番的には地味だけど。

 

 

 

・アルからの期待度(別枠)

リリルカ≫≫≫レフィーヤ、アステリオス≫≫≫その他

 

・アルからの距離感

アミッド≫≫≫シルを除く豊穣の女主人組>ベル(あまり構わないようにしている)>異端児達>アレン>フィン>フィルヴィス>リヴェリア>ロキ幹部

 

・アルへの距離感

私アミッド≫ティオナ>シルを除く豊穣の女主人組>ベル(あまり頼らないようにしている)>親和派異端児達>リヴェリア>アイズ>ロキ幹部>公アミッド≫フィルヴィス

 

・アルの会話率

対アミッド≫内心>対オラリオベル>独り言(ダンジョン未開拓領域)>独り言(ダンジョン深層)>独り言(ダンジョン下層まで)>独り言(自室)>独り言(人気のない街中)>シルを除く豊穣の女主人組>異端児達>フレイヤ幹部>その他

 

・アルの優先度

ベル≫≫≫アミッド≫シルを除く豊穣の女主人組≫その他の命>曇らせ≫倫理観や社会道徳

 

・アル⇒アミッド

本編。

 

・アル⇒ベル

三歩ぐらい引いたとこから後方理解者面してる。

 

・アル⇒豊穣の女主人組

過去編。ある意味で師匠達。未だに顎で使われてる。ミア>リュー>クロエ>アーニャ>ルノア≫≫≫(海よりも深くて山より高い壁)≫≫≫シルくらいの距離感

 

ミア(料理の師匠)、リュー(冒険者の師匠)、クロエ(隠密や工作の師匠)、アーニャ(槍術の師匠)、ルノア(格闘の師匠)、シル(耐異常)

 

・アミッド⇒アル

本編。

 

・ベル⇒アル

全くもって非のない完璧超人、とは思っていない。

 

・豊穣の女主人組⇒アル

雑になんか頼んだら次の日ぐらいにはなんとかしてる。

 

・アルからの優しい度

リリルカ≫ウィーネ>春姫>従者シル>命、ヘスティア≫レフィーヤ>15歳以下(一部除く)

 

・アルからの厳しい度

ベル>アステリオス≫≫≫≫(海よりも深くて山より高い壁)≫≫≫≫嫌いな神>その他

 

・曇らせを抜きにした興味

食事>睡眠≫読書などの知的研鑽>DIY>料理≫≫≫その他>人間

 





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129話 ついでに煽っとくかの精神

 

 

 

 

 

 

 

 

「················っ」

 

 なにあれ、とアイズは目の前で繰り広げられている光景に唖然となりながらも剣を握り直す。

 

一瞬、意識が完全に奪われてしまった。それほどまでにその光景はアイズの心を深く傷つける。それほどまでに信じられないものだった。

 

アイズの視界を埋めるのは【ロキ・ファミリア】を相手に奮闘している異端児達の姿。彼らは互いを慮り庇い合っており、その姿はまるで人間のようであった。

 

殺戮と破壊しか知らないはずのモンスターが冒険者のように連携を取って戦っている姿はアイズにとっては得体の知れない異物にしか見えず、理解することも拒絶してしまう。

 

モンスターはモンスターだ、人と相容れず、人の敵であり滅ぼすべき邪悪な生き物だ。

 

だから躊躇うことなく倒してきた。

 

そんなモンスターがあろうことか人間のような慈しみを持って『仲間』を守ろうとしているなど、受け入れられるわけがなかった。

 

困惑と嫌悪が渦巻き、動揺が体を硬直させる。

 

息が浅くなり、吐くことすら忘れてしまう。泥沼に沈むような感覚が全身を支配する。

 

どうしていいかわからなくなる。闇色に染まった思考が正常な判断を奪い取る。嵐のように荒れ狂う感情が理性を押しつぶす。

 

理知を持ったモンスター·········その実物を見ても未だに受け入れがたい事実だ。

 

だが現実として眼前に広がっているのだ、否定しようにもできない。金糸の髪が風に流されるように揺れる。抜き放たれた銀剣の刀身が僅かに震える。

 

美しい相貌は驚愕と憎悪で染まり、唇を強く噛み締めることで血を流す。闇色に染められた瞳からは涙が零れ落ちそうなほど潤んでいた。

 

こんなのは間違っている、こんなものは見たくない。モンスターは倒すべきものだ、こんな風に戦うものじゃない。

 

『─────例えば、の話だが·······『怪物』に人間と同じ情動と生きる理由があるとしたら、お前はそれを殺せるのか?』

 

 黒竜の鱗によって護られた村、エダスの村でのアルの言葉が蘇る。人間と同じように考え、同じように行動する存在を、アイズは果たして殺せるのか。

 

怪物は怪物、ただ倒すべき害悪。その常識が覆されようとしている。

 

違う、と声高に叫びたかった。

 

呪いのように浮かび上がるアルの問いに答えを出すことはできない。怪物を殺すために剣を振るってきた、それを否定することなどできるはずがない。

 

でも、それでも、アイズが抱いている想いは変わらない。モンスターは倒さなくてはならない。

 

モンスターとは人を脅かす存在であり、人に仇なし、人を喰らう存在。人類の天敵に他ならない存在なのだ。

 

その根底だけは揺るがせてはならない。父を、母を、故郷を、その全てを奪ったあの黒い災厄を許してはならない。

 

憎むべき対象を、愛おしいものを蹂躙し尽くしたものを許すことはあってはならない。

 

そうして生まれた怨念こそがアイズの原動力。復讐の刃たるアイズの原風景。アイズの心に刻まれた炎は消えることなく燃え続けている。

 

そうでなければ、アイズの今までの全てが否定されてしまう。

 

だから、だからこそ、目の前の光景が許容できない。

 

「そういう、ことだったんだ·················」

 

 納得はした、アルが手を差し伸べた理由はわかった。だけど、それを簡単に受け入れることはできない。

 

美麗な貌を酷薄な色に塗り替え、陰鬱な表情を浮かべながらアイズは呟いた。

 

目の前の光景に対する困惑よりも、自分自身への醜い感情が胸中に溢れ出る。

 

ドロドロと淀み、濁り切った漆黒の感情が心を満たす。もはや、アルがどういうつもりで異端児達に手を伸ばしたかはもうどうだってよかった。

 

アルがなにを考えていようと関係ない。今すぐにでもこの光景を否定しなければ気が済まない。

 

闇色の瞳が激情に揺らぎ、抑えきれない激情がアイズの内からあふれ出す。

 

「ああ、それで答えは?」

 

「私、の答えは」

 

「─────変わらないッ!!」

 

 吹き荒ぶ激情の全てを、燃え滾る情念の全てを、己の魂の全てを刃に込めて振り抜く。

 

漆黒の烈風と化した斬撃の渦が轟雷の如き轟音を響かせてアルの視界を埋め尽くす。

 

怒りのままに、悲しみをぶつけるように、絶望を叩きつけるように、激情の化身となった少女が振るう一閃には一切の容赦が存在しない。

 

怒涛の勢いで繰り出される連戟と剣舞。荒れ狂う嵐がごとき猛攻と剣速にアイズは持てる力の全てを注ぎ込む。

 

本来、アイズのスキル【復讐姫】の対象は怪物種及び竜種、人間であるアルにはなんの効果もない。

 

だが、今のアイズはアルの、その先を見ている。アルに対する攻撃力への補正はないが、【復讐姫】の影響を受けたアイズの風はこれまでにないほどに吹きすさんでいた。

 

一撃、また一撃と重ねられる斬撃が大気を砕く。アイズは悲鳴を上げる体に鞭を打ち、更なる剣幕をもって剣を振り回す。

 

アイズの怒りが、嘆きが、苦しみが、憎しみが、あらゆる負の感情を乗せて荒れ狂う。

 

階梯の範疇にない暴風を巻き起こすほどの力は、もはや人の領域を大きく逸脱していた。

 

怪人や精霊、過去の強敵たちの戦いを上回るほどの激烈にして凄絶。

 

これまでで最高とも言えるアイズの攻撃はしかし、 ────── アルは冷静だった。迫りくる斬撃を前に、アルは動揺することなく静かに佇んでいる。

 

「ただ勢いに任せるだけ··············遮二無二か」

 

 向かい立つアルは未だ無手。構えることもせず、拳を握ることもしない。ただ自然体のままアイズを迎え撃つ。

 

しかし、その立ち姿をヤマト・命が見れば『刀を構えている』、そう評するであろう。

 

すなわち、『手刀』による殺さぬ斬術。

 

無論、そこらの使い手が行えば普通にこちらが斬り殺されるだけであり、それを使うということは素手でも勝てるということにほかならない。

 

向けられる刃の腹を横から軽く叩き、軌道を逸らす。風を切り裂いて迫る剣を紙一重のところで回避し、最小限の動きを以て最小の動作にて間合いを殺す。

 

逸らし、避け、そして捌く。

 

言葉にすればたったそれだけのことだが、その道程は果てしなく遠い。そもそもの話として、アイズが放っている攻撃は並の冒険者では反応することすらままならないもの。

 

都市最強剣士の一角であるアイズを相手にして、その攻撃をただ避けるだけでも至難の業だ。

 

激情のままに繰り出した剣の嵐はまさに必殺と呼べる代物。もしも直撃を受ければ如何なる強靭な肉体を持つモンスターでさえ致命傷は免れないだろう。

 

一撃、一撃に込められた殺意と憎悪が生み出す剣の暴風雨。しかし、その悉くがアルには届かない。

 

速度という点では二人に大差はない。全力時ならいざ知らず付与魔法に加えてスキルによるブーストを得ているアイズに対して今のアルは魔法もスキルもアビリティもその一切を発揮していない。

 

ステイタスの差はあれど今この場においては疾さによるハンデはないと言えよう。

 

だが、アイズの剣はアルを捉えられない。いや、正確には捉えることはできているのだが当たらない。

 

アイズの繰り出す剣の全てに対し、アルは最善の選択を選び取り続けている。

 

剣の雨を掻い潜り、あるいは受け流す。極限まで無駄を削ぎ落とした洗練された動きはアイズの斬撃を完璧に防ぎ切る。

 

アイズの剣をアルは一歩も動かずして全てを回避しきっていた。その事実にアイズは更に激情を燃え上がらせる。

 

100を超える斬撃の交わりは銀閃の嵐となって荒れ狂う。アイズの放つ連撃の全てが必殺の威力を秘めたものであり、アルがそれを避け続けるという攻防は傍目からみれば異常な光景だろう。

 

一手、二手、三手と重ねていくうちにほんの少しずつアイズの体勢が崩れ始める。

 

動く度に悪手を選ばされ、そのたびに劣勢へと追いやられる。徐々に追い詰められ、苛烈な攻めの反動がアイズの体を蝕む。

 

少しずつ劣勢となり、少しずつ後手に回り、少しずつ窮地に追いやらされる。

 

一分にも満たない短い時間の中でアイズは何度も死線を越えたような感覚を覚えていた。

 

「·············はぁっ、はぁっ」

 

 息が切れる、限界が近いことを知らせるようにアイズの呼吸は乱れ、心臓が激しく脈打つ。

 

第一級冒険者の心肺がこの程度の攻防で音を上げることなぞ有り得ない。これは精神的重圧によるもの。

 

怒りが、悲しみが、苦しみが、憎しみが、あらゆる負の感情が濁流のように流れ込み、心を黒く染め上げる。

 

漆黒の風をより一層強く纏わせ、荒れ狂う暴風の如き剣戟を加速させる。剣速をさらに上げ、剣閃の嵐にさらなる迅風を加える。

 

大気を裂き、石床を砕き、己が身を刃とする少女の剣舞はもはや常人には視認すらできない領域に達している。

 

しかし、それでもアイズはアルに掠り傷一つ負わせることができない。

 

怒りに身を任せ、復讐のために磨き上げた剣技は目の前の英雄には届かない。

 

──────ああ、やっぱり。

 

剣戟を繰り返せば繰り返すほどにアイズの心は暗く沈んでいく。剣を振るう腕が重く、踏み込む足が鈍く、振るう剣の速さが遅くなっていく。

 

実際はそんなことは決してない。アイズの動きはより鋭さを増し、剣の冴えは増していくばかり。しかし、どれだけ速く、鋭く、凄まじくともその一撃は届かない。

 

今のアイズではアルを傷つけることはおろか、その身にかすり傷をつけることすら叶わない。

 

「──────っ!!」

 

 溢れんばかりの風をかき集めて刃に収束させ、金の残像を残しながら振り抜く。巻き起こる旋風の渦が大迷路街を駆け抜け、円状の軌跡が壁を斬り刻む。

 

視界を埋め尽くすほどの突風の奔流。迫りくる暴風の刃を前にアルは一切怯むことなく、吹き荒ぶ暴風の中心点を見据えて一歩進める。

 

無防備なまでに隙だらけなその姿にアイズの表情が歪む。

 

そして。

 

斬撃がアルを捉えるかどうかという刹那、そっと手を伸ばしたアルはその指先をほんの少し動かす。

 

たったそれだけのこと。ただそれだけでアイズの放った暴風の刃は逸れ、屋根のように突き出た石の天蓋を斬り崩す。

 

するり、と力の方向が変わり、アイズの体が傾ぐ。剣を振り抜いた後の致命的な硬直に手を添えてほんの少し力を込めるだけで剣の軌道は大きく変わる。

 

「それは受けられん」

 

 剣撃の重みに引きずられてアイズの体勢が大きくズレる。

 

ぐるんと斬撃に込めたはずの力の方向が自分に向く。竜鱗をバターの如く切り裂く嵐の剣撃すらも無手のアルに剣に込められた運動エネルギーをそのまま返された。

 

ティオネ達アマゾネスの扱う体術や極東の素手格闘技などを我流にまとめた徒手術は完全にアイズの剣技を上回っている。

 

─────知ってた。

 

─────知っていた。

 

─────アルは、誰よりも強い。

 

そっくりそのままに返された荒れ狂う暴威の塊にアイズは為す術もなく吹き飛ばされる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

 まるで砲弾のごとく通路の奥の壁まで叩きつけられたアイズは力なく壁に背を預けたままずるりと崩れ落ちる。

 

衝撃によって大きく陥没した壁が受けたダメージの大きさを示していた。

 

肺の中の空気を全て吐き出し、意識を刈り取られそうになる激痛が全身を襲う。

 

力の流れを掌握するというアルの理外の術理により、アイズの斬撃は見事に受け流された。

 

大精霊の風、最強のスキル、不壊剣。

 

持ちうるすべてを費やしたアイズに対してアルは魔法もスキルも、得物すら抜いていない。圧倒的、なんて言葉すらも烏滸がましい『差』。

 

いっそ、笑ってしまうほどの憧憬への距離。突き放された絶望的なまでの実力の差。

 

しかし、不思議とその心は穏やかだった。激情の熱は未だ燻っているが、それ以上に心の中を満たしているのは安心感に近い感情。

 

「(·············前に、アルと戦ったのはアルがLv.3になったときだっけ)」

 

 アルが『恩恵』を受けて一ヶ月半、その短期間に二度のランクアップを果たし、当時Lv.4だったアイズと同じ第二級冒険者となったアルに対して自分が何年もかけて登ってきた階段を一足飛びで駆け上がれられて嫉妬、いや、八つ当たりのようにアルへ戦いを挑んだことがあった。

 

互いに12歳か、そこらとはいえ第二級冒険者同士の地上での戦いは騒ぎのもととなり、またたく間に駆けつけてきたリヴェリアによって戦いは中断されたが、戦いがそのまま続いていたら一体どうなっていただろうか。

 

Lv.3になったばかりのアルにLv.4として二年近く経験を積んでいたアイズ、普通に考えればアイズの勝ちは揺るがない。

 

だが──────。

 

そこで思考を止めたアイズは身に纏う風を用いて巻き戻るかのように不自然な挙動で立ち上がる。

 

幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、情念の籠った瞳をアルへと向けて構えを取る。

 

どろりとした暗い感情と憧れが混じり合い、不思議な感覚が胸中に渦巻いていた。

 

今までにない出力と密度の風を纏って再び剣を構えるアイズ。全精神力を風へと変換し、その全てを刃に収束させて必殺の一撃を放つ準備を整える。

 

前衛職のそれとは思えぬ出力の魔力に戦っている周囲の冒険者や異端児も目を奪われる。

 

アイズのとった独特な構え。

  

それを見て、初めてアルが剣を手に持った。

 

それに気づいたリヴェリアが制止する前もなく魔力の収束を終えたアイズが地を蹴る。大気そのものがアイズに追従して動き出すかのような異常な加速。

 

空間がぐにゃりと曲がったかのような錯覚を覚える程の魔力の奔流を纏いながら、アイズの剣が煌めく。

 

「────リル・ラファーガアァァァァ──────ッ!!」

 

 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの奥義たる超大型、あるいは階層主専用の神風が一筋の閃光となって放たれる。

 

階層主ウダイオスですら一撃で仕留めかねない威力を秘めたアイズの渾身の奥義を前にしてもアルは静かであった。

 

ただ、一言。

 

───────『聖雷の英断(アルゴ・ディアーナ)』。

 

そう、つぶやいた。

 

アルに向き合っているアイズは『世界が斬れた』ように錯覚した。それほどまでに刹那の間に起きた出来事は異常で、凄まじかった。

 

全てを消し飛ばさんとする大精霊の神風が、人界の領域を逸脱した神速の一撃が、全て無に帰す。

 

アイズの剣戟から生み出された暴風の一撃はアルに触れることすら叶わず、音も、光も、何もかもを置き去りにして霧散する。

 

最強の『怪物』の逆鱗を鍛え上げられて作られた神域の剣に大神のそれを思わせる雷霆が乗った下界至高の斬撃。

 

神風の絶叫が聖雷の轟声によってかき消される。雷鳴は迷路街に響き渡り、迷路街にいる全ての者の鼓膜を激しく揺らす。

 

雷の絶哭、暴風の残響、そして、沈黙。雷霆の余韻が壁に反射する中、ずるりと精神疲弊状態のアイズは壁に背を預けたまま崩れ落ちる。

 

疑う余地もない『英雄』の一撃を、なんの被害も出さずに神風を完全にかき消した神雷の輝きをみて。

 

「やっぱり、強いなぁ·················」

 

 と、『無傷』のアイズはつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

・アル

レベル:8

種族:疑わしいが生物学上はヒューマン

特性:対精霊特攻、属性耐性、魔法耐性

 

・アイズ

レベル:6

種族:ヒューマン(半精霊)

特性:大精霊の風、対怪物特攻

 

アルをぶっ飛ばしたい場合は属性の乗らない超パワー物理が最適なので物理特化で魔法も攻撃魔法や付与魔法ではなく一撃の威力を底上げする強化魔法な某猪人は割りと天敵の類。アイズは無理。

 

 

 

 

 

《異端児》

・アステリオス

アルとの関係︰師弟(クソスパルタ)

 

・リド

推定レベル︰6

アルとの関係︰アイズより仲いいまである

 

・レイ

推定レベル︰6

アルとの関係︰アイズより仲いいまである

 

・グロス

推定レベル︰6(なんだかんだ鍛えられてる)

アルとの関係︰ツンデレ

 

・ウィーネ

推定レベル︰原作と変わらず

アルとの関係︰「フィンの槍に関してはマジですまん」

 

・ラーニェ

推定レベル︰4上位〜5未満

アルとの関係︰目をつけられてる

 

 

リドたちの強さはアイズ以外の若手幹部とサシで戦った場合は接戦の上、負けるくらいです。ガレスやフィン相手は数的有利ないとまず無理ですね(ちなみにグロスは画面外でガレスに圧倒されています)。

 

その他戦力として流石にエインを相手するには足りませんでしたが、フォーやレットなどのもとから第二級以上の実力者はLv.5相当になっているものもいる(大抵が0.5〜1レベル分アップ)。

 

非戦闘員以外のアベレージはかなり高い、というか今のベルじゃ勝てないのが割とゴロゴロいる。

 

50後半の深層階層や未到達領域で魔石荒稼ぎしてきて、第一等級武装相当の武具渡してくる足長おにいさんが悪い。

 

···················まあ、むっちゃ強くなってるように見えますが、人間相手では流石のアル式ブートキャンプでもこうはなりませんし、元から強いのが相応に強くなっただけでもあります。

 

話の中では割と戦えていますが、あれは互いに躊躇があったからでもあって【ロキ・ファミリア】と本気で総力戦すれば数の不利もあって普通に負けますし、アステリオス抜きだと獣化無しオッタル一人に無双されます。

 

12巻の苔の巨人的にモンスターは魔石食うと割とすぐに目に見えて強くなれるっぽいんで妥当かな、と(Lv.4中位からLv.5下位相当ぐらいかな?)。

 

というか、原作からしてLv.5〜6下位ぐらいの初期レヴィスが半年足らずでLv.7相当のステイタスになってるし割とゆっくりまである。

 

あんまり、原作の作品設定を根底から崩すような超強化はしたくないのでアル以外のキャラはエインを含めて原作の要素の組み合わせで成り立つ強さにしています。

 

 

 

 

 

ちなみにアルが異端児をここまで鍛えてるのは死なせないためでもありますが、自分が大願果たして死んだ後に来るであろう第二の闇派閥にオラリオが滅ぼされないための予備戦力のためでもあります。

 

戦力として必要とされれば必然的に受け入れられるよな?ってのもありますし、そこは葛藤しつつも最終的には実利をとるであろうフィンを信頼してます。






日間ランキング連続入りありがとうございます、これからも評価、お気に入りお願いします!!


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130話 見るもん見れたしもう良いかな



本編は学区で外伝はまだ妖精覚醒編続くみたいだし、アイズメインの巻ってあとどんぐらい後なんだろう


 

 

 

 

 

 

異端児達は強かった。フィンの、あるいはウラノスの予想以上に、都市最強派閥【ロキ・ファミリア】の主力たる第一級冒険者を含む最強の集団を相手に戦えるほどに。

 

それは『強化種』としての潜在能力と『異端児』としての理知が合わさった結果か、それとも当代最強の男の薫陶故か。

 

Lv.6にも匹敵する三体の主力を除いても第一級相当の個体が複数いる異端児の戦力はともすれば都市最大派閥【ガネーシャ・ファミリア】をも上回るかもしれない。

 

結界魔法の準備をする傍ら、戦場を俯瞰しているリヴェリアの目にも彼らの戦いぶりは鮮やかに映った。

 

一体の天敵に対する複数の連携は冒険者が多人数で行う戦闘の基本だが、モンスター同士がここまで見事な連携を組むのは見たことがない。

 

個々の力では劣っても戦闘経験を積み連携を磨き上げてきた彼らの戦い方は下手をすればそこらの大派閥の練度を凌駕している。

 

モンスターであるという一点から目を瞑れば確かに来たる黒竜との戦いにおいて切り札となり得る存在かもれない。そう思わせるだけのものを異端児達は持っていた。

 

だが─────。

 

「────ぬんッ」

 

「グヴウウウウゥッッ·········!!」

 

 並の精錬金属を優に凌駕する硬度を誇る石鱗に守られたグロスの体をまるで紙屑のように吹き飛ばす剛腕。

 

大気を引き裂くほどの勢いで振るわれた拳がグロスの石体を迷路街の壁に叩きつける。凄まじい衝撃と共に壁の一部が崩れ落ちた。

 

石竜のグロス、レイやリドと同じように、Lv.6相当の実力を持つ異端児の主力たる彼だったが今回ばかりは完全に圧倒されていた。

 

崩れた破片が散らばる中、息をつく暇もなく襲いかかってくるドワーフの剛拳を前に為す術なく防御に徹するしかない。

 

「ほぅ、今ので倒れんか」

 

 ドワーフの大戦士、ガレス・ランドロック。ティオネやベート達若手幹部とは違う、かつての『最強』を知る老兵。

 

都市最高戦力であるオッタルやアルに次ぐ確かな実力者の一人であるガレスの前に曲がりなりにも同じ領域にあるはずのグロスは防戦一方に追い込まれている。

 

ガレスの一挙手一投足によってその都度、吹き飛ばされる。その巨体や硬度に相当した重量を持つグロスを軽々殴り飛ばす圧倒的膂力に異端児達の表情に驚愕と畏怖が浮かぶ。

 

都合七度吹き飛ばされても未だに確たる負傷を負わず戦意を保っているグロスを称えるべきか、ガレスの周りに圧倒的膂力によって無力化された異端児たちが倒れ伏している。

 

「化ケ物メ··············」

 

「ヌシに言われてものぅ」

 

 ガレスだけではない、『異端児』と幹部たち。互いに互いの命を狙わぬ消極的な戦いにおいてなお、当初は戦意よりも困惑が強かった幹部達は調子を取り戻し、地力の差で押しつつ始めていた。

 

「··················(とりあえず、戦いの趨勢は決した。互いに互いを殺さないという前提の上ならば冒険者のほうができることは多い)」

 

 魔剣、各種アイテムによる援護や保有スキル、発展アビリティによる特定条件下での自己強化。

 

そして何より魔道具でもない限り再現性のないそれぞれ特異な効果を発揮する魔法。

 

モンスターに無い冒険者の強みは技と駆け引きに加えてこれらを駆使して戦うことにあり、それらを持ってしてポテンシャルで勝るモンスターに対抗するのだ。

 

それに、いくらリドたち『異端児』がアルの薫陶、そして魔石によって急激に強くなったとはいえ、彼等は強化種でこそあるがレヴィスたち怪人のような『異種混成』やアルのような『才禍』ではないのだ、短期間に強くなれるのには限度がある。

 

「(···········あとはアルが手を出すか、どうか、か)」

 

 グロスたちLv.6相当の三体とLv.5相当の数体、その他第二級相当の異端児たちの戦力は強大ではある。

 

だが、アイズとフィン、リヴェリアを除いてもLv.6の第一級冒険者とその援護をする二軍たちならば勝てる。

 

だが、そんな前提は極論、この場の全戦力を一人で制圧できるアルが出張ればすべてが覆る。

 

だが、アイズを無力化してからのアルはどちらに手を出す様子もなく、戦場の端で戦いの行く末を異端児達に任せるが如く、たたずんで戦況を見つめているだけ。

 

「いや、何かを待っている···········?」

 

 リヴェリアがアルの態度に違和感を覚えた瞬間、雷鳴を思わせる怪物の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、まあ勝てないわな。

 

善戦した方ではあるけどまだまだガレスたちには届かんか。まあ、互いに非殺傷前提に戦ってるからそれもあるだろうけど。

 

アイズなら話は違かっただろうが、俺が相手したからな。··········アイズも強くはなってるんだろうけど、何をどうしても俺を殺すのは無理だな。

 

相性的にもアイズが五人くらいいても負ける気がしないわ。属性魔法使う半精霊の剣士とかありとあらゆる面で俺に有利だからなあ。

 

アイズに殺される、ってのはかなりオイシイんだけどまず、無理だな。まあ、最初から期待してないからいいか。

 

で、異端児たちだが、俺が手を出せば確実に逆転勝ちできるが、俺が直接手を出すのは不味い、あくまでも俺は火の粉を払うのに留めなきゃならねぇ。

 

だから。

 

────────暴れろ、アステリオス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 それはまさしく雷鳴の如き轟音。大地を揺るがす振動と大気を震わせる覇気の奔流。

 

英雄以外の全ての存在を怯えさせる雷鳴のごとき雄叫びにティオネと対峙していたリドは目を見開き、他の者達も何事だと視線を巡らせる。

 

ビリビリと肌を震わせる覇気と膨大な魔力が荒れ狂う震源地の方向をその場全ての者が視線を向けた。

 

「なん、だ·········あれはッ!?」

 

「今のは、まさかっ!!」

 

 冒険者達の呟きを掻き消すように異端児達もまた動揺の声を上げた。

迷路街の片隅から響く、竜の遠吠えにも似た獣性の絶叫。

 

戦いに参加せず、隠れて戦いの形勢を見やっていた【ヘスティア・ファミリア】や結界の準備に当たっていたリヴェリアもその声の主がいるであろう方向を見て呆然と言葉を無くす。

 

そして、大地を揺るがす足音が響いて姿を現したのは─────

 

「────黒い、ミノタウロス?」

 

 それは誰の言葉だったのか。だがその場にいる全員が同じ気持ちを抱いていた。迷宮の闇を凝縮させたかのような漆黒の体躯に、血潮の如く紅い双眼。

 

その姿に、誰もが息を飲み言葉を失う。

 

漆黒の体表、天を衝くかのような長大な体躯、鋭利かつ堅牢なる無数の刃を思わせる威圧感を放つ角。

 

漆黒の体毛に覆われたその巨躯は、まるで山のように巨大で、そして禍々しさを放っていた。

 

しかもそれが放つ圧倒的な存在感にティオネたち歴戦の第一級冒険者ですら気圧され、硬直してしまう。

 

対峙する者全てを呑み込むような錯覚を覚えさせるほどの強者が持つ絶対的な覇気に知らず息を飲む。

 

離れているにも関わらず空間が軋んでいるかのような錯覚を覚えるほどの重圧に呼吸を忘れてしまう。

 

全身を冒険者のような装備で覆い隠しているものの、その内側に秘められた桁外れの力は隠しきれず溢れ出ている。

 

間違いなく、今の今まで都市最強派閥である第一級冒険者たちが遭遇したどのモンスターよりも強い。

 

59階層で遭遇した精霊の分身をも凌ぐ威圧を放ちながら、その存在は異端児とそれに相対する冒険者達に視線を向ける。

 

見ただけでわかる絶対的な実力。Lv.6相当であるはずの三体でさえ、目の前の存在の前ではその足元にすら及ばないだろう。

 

異端児達とは違う、『怪物』という言葉が何よりも相応しい存在を前に冒険者達はその足を後退させる。

 

理性ではなく本能をノックバックさせてくるその感覚に抗いながら冒険者達は武器を構えた。

 

そこに、先程までの困惑や思慮はない。あるのはただ、死と隣り合わせの状況に置かれたことによる緊張感のみ。

 

戦場を冷静に俯瞰していたフィンですら無意識のうちに槍を持つ手に力がこもり、額に汗が滲む。彼の折れた親指は痙攣するように震えている。

 

『·················』

 

 猛牛のフゥー、フゥーという荒い呼吸音だけが響く中、やがて巨体はゆっくりと動き出す。

 

濡れたような黒い美しさを感じさせる人間大の刀身をもった漆黒の大剣を手にして一歩ずつ、ゆっくりではあるが確実に歩みを進めていく。

 

それはまさに王者の行進。

 

視線をぐるりと見回すともう一度息を吸って、吐きだす。

 

『ォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 次の瞬間、放たれるのはまさしく『怪物』の雄叫び。空気そのものが弾け飛びそうなほどに強烈な衝撃を伴うその雄叫びに冒険者達は思わず耳を押さえる。

 

そしてバタバタと第三級以下の冒険者達が昏倒していく。遠目から様子を見ていた【ヘスティア・ファミリア】も例外ではない。

 

それはまるで大波を彷彿させる光景であった。物理的圧力すら伴った『咆哮(ハウル)』の衝撃波。

 

レベルの低い者であればそれだけで恐慌状態に陥りかねない暴虐の雄叫び。聞いたものを強制停止させる力を持った雄叫びに強者揃いの【ロキ・ファミリア】ですら膝を着く。

 

原始的恐怖によって引き起こされる畏怖の感情は、彼等を動けなくするには十分すぎるほどのものだった。

 

「あの、野郎·········!!」

 

 そんな咆哮の余韻の中、一切の戦意の衰えを見せないどころか暴力的な戦意を爆発させたベートが立ち上がる。

 

「···········!!(アレは、ベートが言っていた!!)」

 

 18階層で生まれ落ちた『神の刺客』。神を殺すべく最強の力をダンジョンに与えられたかの猛牛はベートと『女神の戦車』を正面から打ち倒した。報告を受けたギルドが発表した推定レベルは──────『7以上』

 

現状、【ロキ・ファミリア】ではそれこそアルを除いて単騎で勝てるものはいない怪物。

 

この怪物も異端児だというのなら、話は変わってくる。

 

──────黒竜を討つ。

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の零落以降、たった二人しか踏み込むことのできなかった英雄の領域、Lv.7。

 

フィンを含めて未だ、【ロキ・ファミリア】の者たちがたどり着けてない階梯にこの『最強の異端児』はたどり着いている。

 

このような、前例があるならば戦力として『異端児』はあるいは現行の最大派閥にも匹敵しうる。もとより魔石によって冒険者よりも遥かに早く成長する強化種としての強さを持つ『異端児』達はこれからも際限なく強くなっていくだろう。

 

「参ったな············」

 

 アルの選択に衝撃を覚えたのはなにも、アイズだけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆進、破砕。

 

走るという行為そのものが巨大な鉄塊を叩きつけるに等しい破壊を生む。

 

圧倒的な質量を持つ漆黒の巨躯が駆け抜ける様は、まるで嵐だ。荒れ狂う暴風のように、大津波のように怒涛の勢いで冒険者達へと突進する。

 

漆黒の突撃を前にティオネは湾短剣を交差させて構える。

 

「────ッ、馬鹿野郎!!受けるんじゃねぇ!!」

 

 唯一、その膂力を知るベートが防御しようとするティオネに警告するが既に遅い。

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ?!」

 

 漆黒の怪物のぶちかましがティオネを捉える。凄まじい轟音が鳴り響き、そのまま地面に叩きつけられて二度三度バウンドして壁に激突する。

 

技も工夫も何もないただの体当たり。だが、それでもティオネは一撃で意識を刈り取られそうになる。

 

瞬きの浮遊感のあと、肺の中の空気が一気に吐き出される。呼吸ができない。視界には星がちらつき、全身が悲鳴を上げる。

 

「···················ふざけやがって」

 

 ブチッ、と。己の中で何かが切れた音をティオネは確かに聞いた。刹那、炎のような熱を帯びた蒸気がその憤激の丈を示すかのように溢れ出る。

  

「舐めんじゃねぇっ!!!」

 

 瓦礫を押し退けて地面を踏み砕かんばかりに蹴り飛ばし、その反動を利用して跳ね起きる。

 

血の混じった唾を吐き捨てると、怒りに燃える双眼で敵を睨みつけた。

その瞳からは普段の冷徹さはなく、純粋なる闘志だけが燃えている。

 

漆黒の大剣を振り上げ再度突進してくる敵の巨体に向けて彼女は獰猛な獣のように駆け出した。地面を踏み砕かんばかりの疾走。

 

瞬く間に間合いを詰め、漆黒の大剣の刃を寸前で避けながら懐に飛び込むと全力の拳撃を放つ。風を穿つようなその速さは、並の反応速度では絶対に捉えきれないもの。

 

しかし、その必殺の威力を誇るはずの渾身の殴打は怪物の剛体にあっさりと弾かれる。殴ったほうが逆に痛みを覚えるような硬質な手応え。

 

予想以上の防御力にティオネは内心舌打ちしつつも、折れた指にも構わずに追撃を加える。

 

まるで分厚い鉄板に殴りつけているような感触を感じながら傷も痛みも置き去りにした憤怒に身を任せる。

 

正拳、直突、横薙ぎ、回し蹴りと流れるような連続攻撃。一撃でもまともに喰らえば深層のモンスターであろうとも致命傷となるであろう苛烈な連撃に僅かも怯むことなく、漆黒の巨人は大剣を振るって迎撃する。

 

暴風の如き斬戟と拳武の応酬。互いに一歩も引かずに繰り広げられる攻防。第一級冒険者でもなければ割って入ることはおろか視認することも難しい次元の戦い。

 

「─────チッ、一人で先走るんじゃねえよ!!」

 

「ちょっとティオネ!」

 

 そこにベートとティオナが参戦する。ベートは持ち前の敏捷を駆使して漆黒の猛牛の背後から奇襲を仕掛ける。同時にティオナは真正面から横腹目掛けて大双刃を打ち込まんと迫る。

 

─────が。

 

『──────』

 

 大上段から振り下ろされたベートの足払いを、ティオナの斬撃を、ティオネの連撃を、前に漆黒の怪物は凄絶に笑んで見せた。

 

そして、大剣を水平に構えて力の限り薙ぐ。

 

技の術理なぞ一切存在しない。ただ、力のままに振るわれた漆黒の大剣は周囲の空間ごと斬り裂くように放たれた。

 

その大剣が纏う濃密な殺気にベート達の表情が強張る。ティオネ達は咄嵯に回避行動をとったが、巨人の鉄槌に匹敵するほどの豪快なる一閃はその動きさえも封じ込めた。

 

結果として、ティオネ達三人は薙ぎ払われた漆黒の刀身に巻き込まれて吹き飛ばされる。衝撃と轟音、粉塵と土煙を巻き起こしながら三者三様に壁へと叩きつけられる。

 

「(前よりも明らかに強くなっていやがるッ!!)」 

 

「(こ、の野郎········ッ!!)」

 

「(『力』だけならアルより────)」

 

 たった一度の攻防。だが、あまりに強烈な印象を残すその光景に冒険者達は息を呑んだ。

 

即座に再起した三人は体勢を立て直すものの、漆黒の怪物はまるで嘲笑うかのように再び突進を開始する。

 

鋼の鎧を身に着けていながらも、それをものともしない速度の突進をティオネが迎え撃つ。

 

頭上に掲げた湾短剣を真っ直ぐ突き出す刺突。狙う先は怪物の眉間。立体的な軌道を描いて迫り来る湾短剣に対し、漆黒のミノタウロスは大剣を一閃させて迎撃を試みる。

 

両者の武器が衝突し、周囲に衝撃波が拡散し、轟音が鳴り響く。先程までの困惑や思慮なぞ抱く余裕もないほど熾烈なぶつかり合い。

 

第一級冒険者による三者三様の攻勢に対して真正面からの突撃を繰り返す漆黒のミノタウロス。

 

Lv.8へとランクアップを果たしたアルに迫る、或いは凌駕する『力』と『耐久』でもってひたすらに前進する怪物の猛攻。

 

深層の怪物どころか、階層主をも軽く凌駕する肉体の頑強さ。ミノタウロスの鋼が如き肉体はただの打撃や斬撃では損傷を与えることなどできない。

 

「ガァッッ!!」

 

 雄牛の攻撃を紙一重で避けつつ懐に飛び込んだベートの火炎を帯びた銀靴による蹴りを叩き込まんとするも瞬時に反応してその蹴りを大剣で防ぐ。

 

それでもなお止まらず、そのまま蹴りの勢いを利用してベートはさらに片足を軸にしつ回転を加えて炎を宿した回転蹴りを繰り出す。

 

だが、側頭部を狙った鋭い蹴りを漆黒の猛牛は驚異的な反射神経で上半身を仰け反らせて避けてみせた。

 

同時に、今度は逆にベートの脚を掴もうと手を伸ばす。その動作を見てベートは間髪入れずに後ろへ跳躍することで追撃を回避。

 

唯一、速度だけは上回るベートの攻撃でさえ漆黒のミノタウロスは難なく対応してみせる。

 

そのどれもが必殺の威力を誇る第一級冒険者の猛撃。しかし、そんな彼らでも漆黒のミノタウロスには決定打を与えることができない。

 

三対一でありながら戦況は膠着状態に陥る。

 

瞬間移動と見紛うばかりの速度から放たれる、風を切る音すら置き去りにする怒濤の神速の連撃。

 

神がかった技術が織り交ぜられた連携でようやく五分に渡り合えるレベル。

 

歴戦のLv.6三人がかりでもこの怪物を倒し切ることは容易ではない。さすがに第一級冒険者の一撃を完全に無効化できるわけではなく少しずつその体表に傷をつけていく。

 

しかし、その傷も魔力の燃焼によって瞬く間に再生していく。

 

まさに不死身の怪物。

 

このままでは先に体力が尽きるのはこちらだと理解しながらも、彼らは決死の覚悟を持って怪物に立ち向かう。

 

「かったいー!でも、これならどうだぁっ!!」

 

「いい加減に倒れろ!!」 

 

 ティオナとティオネの斬戟が漆黒のミノタウロスの大剣と斬り結んで火花を散らす。ティオナの大双刃とティオネの湾短剣。

 

どちらも第一級冒険者が持つに相応しい業物であり、並よりも遥かに頑丈かつ鋭利な切れ味を誇る。だが、それをもってしても漆黒の怪物の筋肉の鎧を突破することはできない。

 

一進一退の攻防を繰り広げる両者だが数で勝るベート達は決定打を与えられず、力で勝るミノタウロスは数的不利にも関わらず一歩も引くことなく攻め続ける。

 

そこに。

 

「ヌゥ────ッ!!」

 

 猛牛の剛撃がティオネの横から飛び出したドワーフの大戦斧によって阻まれる。グロスを無力化し、駆け付けたガレスはそのまま鍔迫り合いの状態から強引に押し込んでくる力を受け流しつつ後方に飛び退く。

 

一瞬遅れて漆黒の巨体と激突。凄絶なる剛撃の打ち合いが繰り広げられる。地を揺るがすような衝撃音に大気が震える。

 

ドワーフの大戦士はベートやアレンも下した『怪物』の怪力と真っ向から打ち合った。

 

猛々しい笑みを浮かべるドワーフの大戦士に猛牛の快進が止まる。

 

「一端に剣技を使うかッ!!」

 

 ガレスが言うようにベートは前回との違いを感じていた。

 

武器は変わらぬ漆黒の大剣、しかし、それを振るう様に確かな技量が宿っていた。まず間違いなく、『当代最強』の薫陶を受けた賜物である。

 

先程までの単調な突進ではなく、フェイントを交えた巧みな攻撃の数々にガレスは思わず感嘆の声を上げる。

 

四名のLv.6を相手に未だ落ちていないのはその技量があるからこそ、だが、付け焼き刃の技術には限界がある。

 

四対一という数の有利を生かし、ベート達が果敢に攻め立てる。ベートの銀靴が、ティオナの大双刃が、ティオネの湾短剣が、ガレスの戦斧が。

 

四方からの怒涛の連続攻撃に堪らず漆黒の怪物は後退する。

 

戦いの趨勢は冒険者達へと傾きつつあった。

 

このまま行けば打倒することは可能だろう、とまさにその時だった。

 

────どこからか戦いの広場にいくつもの黒玉が飛来し、地面に転がった。

 

何事か、とベート達は警戒心を強めるよりも早く破裂して爆発するように大量の煙幕が発生する。

 

視界を奪われ、漆黒の怪物の姿も煙の向こうへと消え失せる。

 

「煙、幕?!」

 

「クソっ、どこに隠れてやがった!!」

 

 まるで誰の目にも映らない透明のナニカが投げ込んだかのよう。ベートは舌打ちを零しながら周囲を見回すが煙のせいで視認できない。

 

煙に含まれる香料の刺激臭のせいで視界のみならず嗅覚まで奪われてしまう。

 

その黒煙がフェルズの魔道具によるものだと察した異端児達は倒れた仲間たちを担いでその場を離脱する。

 

それを煙幕の外にいた冒険者たちが止めようとするがどこからともなく 吹き出した緋火の壁により行く手を遮られる。

 

それがアルの魔法によるものだと察するよりも早く異端児達は迷路街からクノッソスに繋がる隠れ道へ逃げ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

「待っ、て············、アル」

 

「───────」

 

 

 

 

 

やがて、煙が晴れた時には既に漆黒のミノタウロスや異端児達は姿を消していた。逃げられた、と誰もが気付くももはや追いつく術はない。

 

「クソっ、あの野郎逃げやがった!!」

 

「ちょっ、落ち着いてティオネ!!」

 

 暴れ出しそうなティオネをティオナが羽交い締めにして抑え込み、なんとか宥めることに成功する。

 

燃え上がった火の壁は何にも延焼することなくまるで最初から無かったかのように消えた。

 

後に残ったのはベート達とミノタウロスの咆哮によって強制停止させられた下位団員のみ。

 

「··············地下に逃げたようだが追うか?」

 

「いや、いい。アルは──────、いないか」

 

 フィンの視線の先、そこには呆然と佇むアイズしかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アステリオスでも無理かー、まぁガレスまで出てきたんじゃ仕方ないか。

 

これ以上はあんまり意味ないし。

 

見るもん見れたしもう良いかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

フェルズ謹製アダマンタイトゴーレム『········』

 

アル「出しても無駄だからやめとけ」

 

 

アステリオスは力と耐久はLv.8クラス、それ以外はLv.7いかないくらい。技量はまだまだ未熟。

 

 

 






少なくとも異端児編終了まではこの投稿ペースを続けたいな、励みになりますので評価とお気に入り登録、コメントよろしくお願いします


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第八章までの人物紹介


九章は異端児編後半です。




 

 

 

アル・クラネル

所属︰ロキファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰大剣、片手剣、刀、短槍、鎖

所持金︰980000000ヴァリス

身長︰ロキファミリア幹部陣では一番高い

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物、曇り顔

好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト

 

主人公補正持ったラスボスみたいなポテンシャルの死にたがり。キャラクターコンセプトはアルゴノゥト・オルタ、英雄に成れない喜劇を演出する道化に対して英雄にしか成れず悲劇を演出できない道化。定期的に曇らせを補給できないと無気力になる。

 

アル・クラネル

『Lv8』 

 力:H103→G298

 耐久:l46→D592

 器用:G246→D589

 敏捷:H127→G271

 魔力∶l0→G290

 

幸運︰D

ベル・クラネルのそれと同様。モンスターを殺した際のドロップアイテムのドロップ確率などが上がるほか、運要素のある事象にランクに応じた補正。運に助けられ、九死に一生を得ることもあるがアルからすれば不運。

 

直感︰F

第六感、及び危機感知能力の強化。初見の攻撃に対する対応に補正。カサンドラ・イリオンの予知夢に近しいものがあり、幸運アビリティで稀に精度が上がる。

 

耐異常︰D

モンスターの毒や薬品などによる状態異常を軽減及び無効化する。このランクであれば毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒ですら無効化に近いレベルで軽減できる。

 

疾走︰E

走行時に補正がかかる他、任意で時間感覚の延長。全開時のアルは都市最速であり、『女神の戦車』を上回る速力を誇る。

 

精癒︰F

精神力の自動回復。【闘争本能(スレイヤー)】のスキル効果と合わされば【妖精王印】を発動させたリヴェリアに匹敵する速度で精神力が回復する。

 

剣聖︰I

刀剣及び棒状の武器を持っているときのみ反映。各アビリティに補正がかかるほか、対象の耐久や魔法的防護をある程度貫通して損傷を与えられる。

 

神秘:l

アミッドやアスフィのものと同様。魔道具や特殊なポーションなどを製作可能。

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

速攻魔法。雷版【ファイヤーボルト】であり、その威力は伯母の【サタナス・ヴェーリオン】に準ずる。連射可能&雷故回避困難&当たったらスタンというクソ技。使い勝手が良すぎて一章ではこれしか使わなかった。

 

【レァ・ポイニクス】

・付与魔法

・火属性

・損傷回復

・毒、呪詛焼却

・詠唱式【妖精の葬歌(うた)遺灰(しかばね)の残り火よ。宿れ、焔の権能、天空(そら)覇者(おう)。我が身を燃ゆる(はね)と成せ】

 

全身に紅い火炎を翼か鎧のように纏う火の付与魔法。手足に収束させた火炎を瞬時に炸裂・噴射することで瞬時の加速と跳躍を可能にし、立体的な機動を可能にする。

 

武器や拳に纏わせることで瞬発的な攻撃力と攻撃範囲を増大させ、白兵戦能力を飛躍的に向上させる。また火炎を全身から放出して広範囲を焼き払うこともできる。

 

身体に纏わせれば物理のみならず魔法も通さない『炎の鎧』となり、敵の攻撃を弾き返す盾となる。物理攻撃よりも魔法攻撃に対して無類の強さを発揮する。

 

しかし、この魔法の真価は攻撃ではなく、自らを含めた指定した相手にはなんの熱さも感じさせないどころか発動させているだけで傷が自然に癒える治癒能力にこそある。

 

その治癒能力は他の回復魔法のような即効性はなく自分自身か火に触れ続けていなければ完治までに時間がかかるがその代わりに通常の回復魔法では治癒不可能な劇毒や呪詛の治癒を行える。単一の魔法でありながら攻撃、防御、治癒を高いレベルで行える万能性を持ったぶっ壊れ魔法。

 

弱点をしいて挙げるとするならば使用者のレベルと釣り合わない単純火力の低さ、Lv.7魔力ステイタスを積み上げまくったアルが使ってようやくLv.5且つ魔力ステイタス最底辺のベートの【ハティ】と互角。

 

他者への付与可能。

 

【リーヴ・ユグドラシル/■■■■■・■■■】

・広域攻撃魔法

・雷、火属性

・竜種及び漆黒のモンスターへ特攻

・対特定事態時、特攻対象を■へ変化

・詠唱式:【未踏の世界よ、禁忌の空よ。今日この日、我が身は天の法典を破却する。仰ぎ見る月女神の矢、約定の槍を携える我が身は偽りの英雄。黄昏(おわり)葬歌(うた)、我が身を焼く渇望(ゆめ)の焔、鳴り響く鐘楼の音。葬歌の楽譜、雷鳴の旋律、奏でるは夜明け(始まり)讃歌(うた)。────ここに、願いは崩れ去った。········以下不明】

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

最大最高の形で曇らせを成功させ、盛大に死ぬまで効果持続。なお、このスキル自体に魅了無効化効果などはない。

 

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、発展アビリティ『剣士』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

身体能力を無駄なく十全に扱える。なんでもすぐに達人。ただし、上達が早いのは確かだがその分野に特化した傑物(鍛冶の椿など)を上回ることは才能だけでは不可能。

 

加護精霊(スピリット・エウロギア)

・対精霊で特殊な補正。

・精霊への特攻及び特防の獲得。

・各属性攻撃及び呪詛に対する耐性。

大体文字通り。対精霊は味方にも作用し、アイズとかにバフが入る。クロッゾの魔剣や精霊の護符などを装備している相手に強い(普通の魔剣のが効き、精霊由来の耐性はある程度貫通可能)。

 

英雄覇道(アルケイデス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

ベルのとチャージ限界時間以外は同じ。

 

闘争本能(スレイヤー)

・自動迎撃

・疲労に対する高耐性

・体力と精神力の急速回復

・逆境時、全アビリティ能力高域補正

自動迎撃がアルを曇らせる。

 

 

《装備》

【ミスティルテイン】

第一等級特殊武装。不壊属性の片手剣。異常事態で発生した亜種の階層主バロールのドロップアイテムと最硬精製金属を鍛え上げた仄かに光る翠の刃を持つ。

 

【バルムンク】

第一等級特殊武装。アルの主武装その弐。無骨な漆黒の刃を持った大剣。ゼウスからヘルメスを介してアルへ渡された隻眼の黒竜の鱗から作られており竜種及び黒のモンスターに対して特効を持つ。

 

枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)

第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。

 

 

 

《年表》

【四年前(12歳)】

・入団

・三週間で強化種のインファントドラゴンと戦いランクアップ(Lv2)

・リューに弟子入り、火の付与魔法発現

・アポロンに絡まれるが、撃退

・更に一ヶ月後、オッタルと戦ってボロ負けしたが一矢報いてランクアップ(Lv3)

・半年後、黒い階層主ゴライオスを討伐(Lv4)

当時の二つ名は『剣姫』に擬えた『剣鬼(ヘル・スパーダ)

 

【三年前(13歳)】

・二つ名『剣聖』へ。

・ジャガノート、黒いアンフィスバエナと戦いランクアップ(Lv5)

 

【二年前(14歳)】

・イシュタルに絡まれるが、鼻で笑う

・いろいろあってランクアップ(Lv6)

・第三魔法発現。

 

【一年前(15歳)】

・異端児と知り合う

・遠征の帰りに異常事態で発生した階層主バロールの亜種と戦ってランクアップ(Lv7)

 

【今】

・曇らせ失敗

 

《各ファミリアとアルの相性》

 

【ロキファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰S ・団員目線︰S

本編。登場キャラが多いのと暗い過去持ちがいるのが高得点。

 

【フレイヤファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰C

フレイヤからの好感度は最上。アルからすればフレイヤ至上主義のフレイヤファミリア団員は曇らせようがないのでつまらん。オッタルからの好感度は高い。ほかからは低い。

 

【ヘファイストスファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰C ・団員目線︰B

可もなく不可もなし。鍛冶に特化すれば神器級創れる。

 

【ガネーシャファミリア】

・主神目線︰A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

曇らせがいがないのをのぞけば割と良好。アストレアレコードならアーディ庇って死ぬんだけどなあ〜。

 

【アポロンファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰C

アポロンからの好感度は最上。アルからはフレイヤよりはマシ、程度。

 

【ソーマファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰E 団員目線︰E

論外。唯一、ソーマからは好感度高い。

 

【ヘスティアファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰B ・団員目線︰A

まあ、うん最初から強いベルきゅんかな。

 

【イシュタルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰D ・団員目線︰SS

強いのはいいが魅了効かないのでちょっと険悪。アルからすればフレイヤと同類。強さ至上のアマゾネスからはむちゃくそモテる。

 

【カーリーファミリア】

・主神目線︰A+ ・アル目線︰B ・団員目線︰SS

最強の種馬!! 悲しき殺人マシーンムーブになる。同上。

 

【タケミカヅチファミリア】

・主神目線:B アル目線︰C 団員目線︰B

可もなく不可もなし。

 

【ミアハファミリア】

・主神目線:A アル目線︰B 団員目線︰B.

可もなく不可もなし。

 

【ディアンケヒトファミリア】

・主神目線:A ・アル目線︰A ・団員目線︰A

割と理想形。アルが全癒魔法覚えて二つ名が『死神殺し』になる。

 

【ヘルメスファミリア】

・主神目線:A+ ・アル目線︰D ・団員目線︰B

世界は英雄を求めている!! フレイヤとどっこいどっこい。

 

【デメテルファミリア】

・主神目線:B ・アル目線︰B ・団員目線︰B

なにもおきない、エニュオは死ぬ。

 

【ディオニュソスファミリア】

・主神目線:S→E− アル目線︰A 団員目線︰A

音楽性の違いでディオニュソスが病む。

 

【エレボスファミリア?】

・主神目線︰S アル目線︰S 団員目線︰E−

開き直ったヴィトーLv99みたいなのがアルなので。唯一、性根を見抜かれる。

 

【アストレアファミリア】

・主神目線:S ・アル目線︰SS 団員目線︰C→S

それはもう凄まじくテンション上がる。アストレアレコードならアルフィアの相手をにっこにこでする。輝夜あたりからは最初は嫌われる。ジャガーノートとかで誰一人として死なない。

 

 

〈社会人として〉

平常時はちょっと病的なレベルに報連相を徹底するが一度でも逃げを選択した時は数日単位で連絡が取れなくなる組織人、社会人としては落第のアホ。  

 

どこまで遠くに逃げていても重要な事態が起きると前触れなくスっと現れる習性があるためフィンたちはあまり気にしていない。

 

琴線に触れない限りは割と真っ当な思想と社会規範の上で行動する常識人よりの振る舞いをするが一定ラインを超えると『真面目に考えるのめんどくせえ』ってなって急に責任感がどっか行っちゃう。基本的には人間のクズ。

 

〈制御方法〉

実は行動を縛る方法が一つだけあって逃げるって考えが生まれる前にどんなにくだらないことでもいいので時間指定した予定を入れておくとギリギリ責任感が勝つ。

 

〈精神年齢〉

生前が未成年なのは確定してるので幼児の時期などを差し引けばだいたい10代後半〜20代前半(物事によって変わる)で肉体年齢とそんなに差はない。

 

〈色恋について〉

色恋にはかけらほどの興味もないがあえて曇り抜きの異性の好みなどをあげるとしたら見た目はヘディン(を女性に)、性格はおっとりとしているタイプ(だと思っているが我が強いのに惹かれる)。

 

〈好きな食べ物〉

甘いものとメレンらぁめんを筆頭とした体に悪いもの。あと曇り顔。

 

〈曇り抜きの趣味〉

貯金とDIY。貯金通帳を見ることに使う以上の喜びを見出すタイプ。神秘のアビリティのせいでDIYの凝り具合に拍車がかかりつつある。

 

 

・アルから冒険者への期待度

ベル≫≫≫≫≫アステリオス、レフィーヤ>フィン>オッタル、アイズ>その他ロキ・フレイヤ幹部

 

・アルからの信頼度

ベル≫≫アミッド≫≫≫フィン、リュー

 

・アルからの期待度(別枠)

リリルカ≫≫≫レフィーヤ、アステリオス≫≫≫その他

 

・アルからの距離感

アミッド≫≫≫シルを除く豊穣の女主人組>ベル(あまり構わないようにしている)>異端児達>アレン>フィン>フィルヴィス>リヴェリア>ロキ幹部

 

・アルへの距離感

私アミッド≫ティオナ>シルを除く豊穣の女主人組>ベル(あまり頼らないようにしている)>親和派異端児達>リヴェリア>アイズ>ロキ幹部>公アミッド≫フィルヴィス

 

・アルの会話率

対アミッド≫内心>対オラリオベル>独り言(ダンジョン未開拓領域)>独り言(ダンジョン深層)>独り言(ダンジョン下層まで)>独り言(自室)>独り言(人気のない街中)>シルを除く豊穣の女主人組>異端児達>フレイヤ幹部>その他

 

・アルの優先度

ベル≫≫≫アミッド≫シルを除く豊穣の女主人組≫その他の命>曇らせ≫倫理観や社会道徳

 

・アル⇒アミッド

本編。

 

・アル⇒ベル

三歩ぐらい引いたとこから後方理解者面してる。

 

・アル⇒豊穣の女主人組

過去編。ある意味で師匠達。未だに顎で使われてる。ミア>リュー>クロエ>アーニャ>ルノア≫≫≫(海よりも深くて山より高い壁)≫≫≫シルくらいの距離感

 

ミア(料理の師匠)、リュー(冒険者の師匠)、クロエ(隠密や工作の師匠)、アーニャ(槍術の師匠)、ルノア(格闘の師匠)、シル(耐異常)

 

・アミッド⇒アル

本編。

 

・ベル⇒アル

全くもって非のない完璧超人、とは思っていない。

 

・豊穣の女主人組⇒アル

雑になんか頼んだら次の日ぐらいにはなんとかしてる。

 

・アルからの優しい度

リリルカ≫ウィーネ>春姫>従者シル>命、ヘスティア≫レフィーヤ>15歳以下(一部除く)

 

・アルからの厳しい度

ベル>アステリオス≫≫≫≫(海よりも深くて山より高い壁)≫≫≫≫嫌いな神>その他

 

・曇らせを抜きにした興味

食事>睡眠≫読書などの知的研鑽>DIY>料理≫≫≫その他>人間

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

所属︰ロキファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰片手剣

 

三章までのメインヒロイン。··········メインヒロインなはず。

 

《原作との相違点》

【復讐姫】使用を躊躇わない。アルがいる戦場なら【加護精霊】の影響で風の出力向上。

 

 

ベート・ローガ

所属︰ロキファミリア

種族︰狼人

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器:双剣、銀靴

 

三章の真ヒロイン。アイズからベルの師匠役を掠め取った泥棒狼。二刀流、スピードタイプ、火の魔法、などと共通点の多さからも師としては優秀。

 

《原作との相違点》

【ハティ】使用を躊躇わない。アイズ✕アルの後方兄貴面してる。

 

 

ティオナ・ヒリュテ

所属︰ロキファミリア

種族︰アマゾネス

職業︰冒険者

公式到達領域︰59階層

武器︰大双刀

 

五章前半のメインヒロイン。··········メインヒロインなはず。アルを笑わせたいと思っているが、真っ当な方法で笑うやつじゃないから···········。

 

《原作との相違点》

あんまないかな··········。

 

 

 

フィルヴィス・シャリア

所属︰デュオニュソスファミリア

種族︰エルフ

職業︰冒険者

武器︰短剣、杖

 

アルの元パーティメンバー。

 

 

 

カサンドラ・イリオン

所属︰元アポロンファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

武器︰杖

 

【アポロンファミリア】団員。前に【アポロンファミリア】が滅ぼされなかったのは主にカサンドラのおかげ。当時、レベル2のアルにアポロンがちょっかい出した時に『ブチギレたフレイヤの命令でアポロンファミリアがオッタル達に血祭りに挙げられる』という予知夢を見て、原作知識あり&同系統の力(まだ未発現だが)をもつアルに縋ったのが始まり。

 

 

 

アミッド・テアサナーレ

所属︰ディアンケヒトファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者?

武器︰杖

 

アルの姉なるもの。曇らせの大敵というか、ヒーラーという名のラスボス。アルを諦めさせた凄女。

 

Lv.3へとランクアップ。

 

 

 

 

リュー・リオン

所属︰アストレアファミリア?

種族︰エルフ

職業︰ウェイトレス

武器︰木刀

 

アルの元師匠。過去編を書くなら間違いなくメインヒロインだが、だいたいの曇らせイベントを終えているので本編では空気。瞬間最大風速の記録の持ち主。

 

 

 

 

オッタル

所属︰フレイヤファミリア

種族︰猪人

職業︰冒険者

武器︰大剣

 

なにげに超強化される脳筋。フレイヤファミリアの幹部が尽くアルを嫌っているのがオッタルはそうでもない(都市最速、最優の雷魔法、最強の魔法剣士、など四人兄弟以外のお株が取られてる)。

 

 

 

 

ベル・クラネル

所属︰ヘスティアファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

公式到達領域︰18階層

武器︰ナイフ

 

原作主人公。これ以上ないほどに真っ当に英雄として成長している。外見完璧英雄な兄とツンデレ師匠なベートに憧憬持ってかれてて初恋(アイズ)と全然絡まない。原作より二回りは強い。

 

 

 

 

アステリオス

種族︰異端児

武器︰大剣

 

早生まれの真ヒロイン(ダンジョンに嫌われてる白髪のせい)。漆黒のモンスター✕異端児とかいうイレギュラー。原作よりスペックは高い。

 

前世である片角のミノタウロスは推定認定レベル2最上位クラス。下層のモンスターに匹敵する能力値。オッタルの薫陶と魔石による強化により、通常のミノタウロスを遥かに上回る強化種としてレベル3相当と言ってもいい剛腕を誇る。ドロップアイテムは漆黒の片角。 

 

    

 

 

 

 

エイン

種族︰怪人

武器︰片手剣

 

六章後半のメインヒロイン。もとよりLv9相当のステイタスにLv7上位相当のレヴィスの魔石を喰らうことでパワーアップ。

 

《スキル》

人怪融合(モンストルム・ユニオン)

・怪物と人類の異種混成

・怪物と人類の超越界律

・ステイタスの神理崩壊

・本体との接続による穢霊侵食

 

黒呪汚染(ダークライト)

・任意発動可能。

・魔力光及び魔力波長変化。

・魔法に回復効果に対する拒絶性を付与。

 

【英雄■■】

・能動的行動にチャージ権を得る

・■■■■■発動時は使用不可

・■■■■は■■・■■■■。

 

 

 

 

【ベヒーモスの黒剣】

デダインの黒い砂漠から発掘されたベビーモスのドロップアイテムを『神秘』の発展アビリティを持つバルカ・ペルディクスが呪具へ加工した元大剣。ベビーモスの死毒+バルカの呪詛とかいうクソ武器。呪詛防御のスキルと高ランクの『耐異常』、当時Lv7のステイタスのアルだからあんもんで済んでいるが、ラウルやレフィーヤなら即死。アイズでも胸刺されたら死ぬ。

 

下界において十とない■■■■■■=エインの全力に耐えうる剣。レヴィスからエインに遺された最凶の武器。純前衛のレヴィスにはあまり使えていなかったが呪いの放射能力があり、第二級以下ならそれで即死可能。エインの手に渡り、新生。ベヒーモスの病風を莫大な魔力によって物理的破壊力を伴った飛ぶ斬撃へと昇華させた、耐異常に加えて特有の毒耐性がなければ第一級冒険者でも昏倒しかねない。

 

 

 

 

 

『アストレアレコード』

 

アル・クラネル

所属︰アストレアファミリア

種族︰ヒューマン

職業︰冒険者

武器︰槍

イメージカラー︰白黒

好きな食べ物︰甘い物、曇り顔

好きなタイプ︰曇り抜きなら弟と同じ

バトルタイプ︰オールラウンダー

天敵︰アミッド、ミア、アルゴノゥト

 

『Lv5』 

 力:B786

 耐久:D569

 器用:A865

 敏捷:SS1011

 魔力∶A852

悪運︰E

直感︰G

耐異常︰G

奇蹟︰I

 

《魔法》

【サンダーボルト】

・速攻魔法

・雷属性

【レァ・アステール】

・付与魔法

・光属性

詳細不明。

 

《スキル》

憧憬追想(メモリアフレーゼ)

・早熟する。

・目的を達成するまで効果持続。

・想いの丈に比例して効果向上。

天授才禍(サタナス・エフティーア)

・あらゆる技能の習熟が早まる。

・潜在能力(ステイタス)を限界まで引き出せる。

・戦闘時、任意の発展アビリティの一時的発現。

英雄正道(アルバート)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

・解放時における全アビリティ能力補正。

・能力補正はチャージ時間に比例。

・チャージ中、味方の戦意を向上させる鐘の音が響く。

獅子心叫(オーバード・ネメア)

・疑似獣化

・階位昇華

・精神力超大幅減少

 

《装備》

第二等級武装の槍。

 

 





次話にアストレアレコードを一話挟んだら九章、異端児編後半です


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八章完結記念131話 死槍昏睡



溜め回その二


 

 

 

 

大抗争から遡ること一年。闇派閥暗躍の影はあれど、まだ表沙汰には大きな事件も起きていない頃。

 

その日のダンジョンにはおおよそダンジョンに入るには若すぎる8歳かそこらの少女がいた。

 

物語の精霊か妖精のような愛らしい姿とは裏腹にモンスターの返り血だと思われる赤い液体が少女の全身を染め上げていた。

 

小人族用のものと見間違うようなこじんまりとした軽鎧に腰にはいくつかのポーションが数本。

 

流れるような金髪は背中の真ん中あたりまで伸ばされ、か細い手足にはそれぞれ波紋鋼製の手甲と脚甲を身に着けている。

 

そしてその手に持つ剣は特別な拵えでこそないものの武骨なデザインをした実用的なものだった。

 

一見すれば冒険者風の格好をしただけの少女だが見るものが見ればその立ち振る舞いと装備の使い込み具合から彼女が相当な実力者であることが分かるだろう。

 

そんな彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

普通ならば剣などを持つはずもない年齢でありながら都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の上級冒険者として『剣姫』或いは『人形姫』という呼び名で知られている少女剣士だ。 

 

彼女はいつものようにリヴェリア達の目を盗んで一人でダンジョンへと潜り、無理な鍛錬を積んでいたのだがこの日は──────。

 

「···········なんでそんなに強いの?」

 

「は?」

 

 上層12階層。中層手前にあたるこの辺りで出現するモンスター相手であれば片手間で倒せるほどに成長したアイズは偶然同じ広間に居合わせた少年に声をかけた。

 

突然話しかけてきた彼女に怪しげなものを見るかのような視線を向ける少年は穂先だけを赤く染まらせた槍を肩に載せたまま何言ってんだこいつ、と言わんばかりの声を出した。

 

その態度に少しだけむっとしたアイズは少年────アルに向かって更に言葉を重ねる。

 

「あなた、冒険者になったばかりって聞いたけどどうしたらそんなに早く強くなれるの?」

 

 冒険者になって一年あまり、世界最速記録に並ぶ速さでランクアップを果たしたアイズのレベルが2なのに対してほんの数ヶ月前にオラリオに来たというアルのレベルは既にオラリオでも上位に当たる3だというのだ。

 

それがどれだけ異常なことなのかは 一時期伸び悩み苦心したアイズだからこそよく分かる。

 

アイズの所属する【ロキ・ファミリア】とアルの所属する【アストレア・ファミリア】は同じ体制側の派閥でこそあるが主神同士の折り合いがあまり良くない────というよりも善神極まってるアストレアをロキが一方的に嫌っている────ため直接の関わりはほとんどない。

 

アイズ自身は知るよしもないが異常な速度で成長するアルと関わることでより一層無理をしてしまうのではないかと危惧したフィンやリヴェリアによってそれとなくアイズが【アストレア・ファミリア】と関わらないように誘導されていたりもしたのだがそれはさておき。

 

兎にも角にも自分よりも明らかに早い成長速度を見せるアルに対し前々から嫉妬にも似た興味を抱いていたアイズは偶然ダンジョンで鉢合わせた今を逃すまいと質問をぶつけたのだ。

 

とはいえほぼ初対面で一方的に知っているとばかり思っていた彼女にいきなり話しかけられたら誰でも困惑するわけで。

 

これがもう少し成熟した時点のアル・クラネルならばとっさにそれっぽい雰囲気を作って逆に何らかの布石にするくらいのことは息をするように行ったかもしれないが如何せん今の彼はまだ子供。

 

前世の年齢を合わせれば年齢上は一応、成人の砌ではあるが中身はまだ十代半ばの少年。

 

何より、純度100%の漆黒である『()()』とは違ってベル・クラネルという光とまともに接する前に村を出た彼は己の性癖をまだ確たるものとして定めていない。

 

つまるところあまり対人に気を遣う性ではなかったのだ。

 

故にその答えは────

 

「知らんけど才能じゃね?」

 

 ────実に身も蓋もないものであった。

 

()()』ならば「どうしても見たい光景がある」だとか「俺には辿り着くべき場所がある」といった嘘じゃないけどそれっぽい台詞の一つも吐いてみせたかもしれない。

 

しかし残念ながらここにいるのはただのクソガキだ。『猛者』や『重傑』に打ちのめされて上には上がいることを実感する前の才禍であるがゆえにそう答えるしかなかった。

 

少なくともアルにはそれ以外言いようがなかった。だが、当然の帰結としてアイズはそんな言葉で納得できるはずもなく、かと言ってそれ以上の追及もできずに結局。

 

「··········そう」

 

 私って才能ないんだ、と世の冒険者が聞けば憤死するような自虐的な結論に至った。そして、そんなアイズの姿を見て何を思ったのか、あるいは何も考えずになのか。

 

「格上ぶっ殺せば強くなれるし、今からゴライアスでも倒しに行くか? 手伝ってやるよ」

 

 リヴェリアやロキ、そしてリュー達が聞けば泡吹いて倒れるような提案をした。

 

格上を倒すということはすなわち自分の実力以上のモンスターを相手にするということだ。

 

そんな無謀なこと、自殺行為に等しい。まして、アイズはつい最近レベルが上がってようやくLv.2になったばかりだ。

 

まして相手は『迷宮の孤王』ゴライアス。

 

通常のモンスターとはタフネスもサイズも比にならない階層主であり、その相当レベルは4。

 

十分な前衛と後衛を揃えた第二級冒険者のパーティーですら全滅することもある、それほどの強敵だ。

 

一部の上位派閥が中層以降に潜るために通りがけで倒す以外にはリヴィラの街の冒険者たちが数十人がかりで挑む怪物。

 

そんな相手にたった二人で挑もうというのだから、正気の沙汰ではない。

 

いくらなんでもそんな相手にどちらも適正レベルに届いてないLv.3とLv.2の二人で勝てるはずがない。普通の感性を持つ冒険者ならまず間違いなく断るだろう。

 

だが、生憎とここには普通ではない少女がいた。アルの言葉を聞いた瞬間にアイズは目を見開き、次の瞬間には嬉々として首を縦に振っていた。

 

─────その日、瀕死一歩手前になる事を代償に一日で全アビリティ熟練度上昇値、合計1000を越えたおバカ二人は当然のように派閥の団長と副団長、なにより主神に凄まじい勢いで叱られることとなった。

 

 

◆ ◆ ◆ それから数日後。

 

 

アルは相変わらず毎日のようにダンジョンへと潜り続けていた。

 

アイズもまた、時間を見つけてはアルと訓練を行う日々を送っていた。

 

ただ、この数日で二人の関係は劇的に変わっていた。

 

端的に言うのであれば、クソガキ二人は秘密裏に結託していた。その目的は言わずとも知れている。

 

要は、自分達のレベルを上げたいのだ。理由は至極単純で、強くなるため。ステイタスを、レベルを上げるためにはモンスターなどの敵を倒し、経験値を稼ぐ必要がある。

 

経験値の仕様上、一人で戦った方が窮地に陥りやすくステータスを上げるという意味では手っ取り早い。

 

しかしそれはつまり死ぬリスクが高いということでもあり、二人いれば一人で潜るよりかは最低限の安全を確保できるということでもある。

 

加えて、一人では回収や運搬の難しい魔石やドロップアイテムを二人ならばある程度効率的に集めることができる。

 

一人で潜るのはそれなりに不便だがだからと言って同じファミリアの仲間と潜ると無茶なことはできない。

 

その点、アルとアイズの二人ならば互いに互いの安全を最低限保証しつつ仲間といると止められるような方法で効率良く経験値を稼ぐことが可能になるのだ。

 

二人とも別々の時間にダンジョンに潜り事前に決めておいた場所で偶然を装って遭遇し、そこで合流して一緒に探索を行う。

 

アルとアイズ、二人が互いを利用しあう関係になったのは必然だった。

 

アルとアイズがそれぞれ単独で潜った時と比べて得られる経験値は多少少なくなったかもしれないがそれ以上に効率が良くなり、結果として両者の成長速度は飛躍的に上昇した。

 

お互いを必要以上気づかわなくていい。あくまで利害が一致しただけの一時的な同盟。

 

アイズにとってアルという存在は、決して悪いものではなかった。彼女は元々、己の力を磨くことに余念のない剣餓鬼である。

 

そのため同年代の友人などおらず、そもそも同年代で冒険者になっている者自体がほとんどいないため切磋琢磨する相手すらいなかった。

 

そんな中、アルは少し年上とはいえ同じ目線で互いを高め合えるライバルと言える存在だ。

 

何より同世代から半ば恐怖されているアイズには親代わりのリヴェリアやロキ達を除けば気軽に話せる相手が皆無であった。

 

親のように接し、時に厳しく指導してくれるフィンやリヴェリアの存在は大きかったが、それでもやはりどこか遠慮があった。

 

だからこそ、兄のように接することのできるアルの存在がアイズには新鮮であり、心地よかった。

 

脇目も振らずに突っ走るアイズとそれを止めずにアイズ以上に突っ走るアル。

 

そんな二人の関係は闇派閥と秩序の派閥の抗争がより激しさを増していくまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一年後。

 

「「──────はあぁッ!!」」

 

 光の落ちた工場跡で二つの金色の軌跡が暗黒の内で幾重にも交差する。常人の目には残像すら捉えることのできない速度で打ち合わされる刃。

 

大抗争の一夜目を終えた翌日、住民たちからの糾弾に耐えることのできなくなったリューは昨日アルが撃鉄装置による自爆で深手を負った工場跡にてアイズと剣を交わしていた。

 

その発端としては闇派閥の信徒を探して工場跡に入ったアイズが挙動不審な覆面のエルフ────リューに闇派閥かどうか聞いたのがきっかけだ。

 

リューとしては自暴自棄から来る八つ当たりのようなもので醜い憂さ晴らしに過ぎなかったが、アイズはそんなリューの歪んだ思惑に収まらぬ剣域を以って応えた。

 

「(この体躯にこの年齢でありながらステータスは私よりも上········!!この歳で一体どれだけの死戦を潜り抜けてきたのか!!)」

 

 たった数合の攻防でリューはアイズの実力を見抜き、その異常性に戦慄した。自分以上の『力』と自分以上の『耐久』、そして自分以上の経験と技術を兼ね備えた怪物。

 

それこそが目の前にいる金髪の少女の正体だ。

 

可愛らしい容姿などただの飾りに過ぎない。

 

皮を一枚はがせばそこにあるのは怪物の如き強靭さと凶暴さだ。

 

「(この人、すごい巧い。動きの速さ以上に次の手が読みにくい·········!!)」

 

 対するアイズもリューの実力に舌を巻いていた。対モンスターの技術であれば比べるまでもなく自分が上だと断言できるが対人戦では別だ。

 

リヴェリアによって闇派閥との戦いから遠ざけられていたアイズに対して正義の派閥の主力の一人として常日頃から苛烈な『実戦』に身を置いてきたリュー。

 

卓越した第二級冒険者同士の戦いは終始、拮抗しており、互いに互いが並々ならぬ強敵だと理解した。

 

故に両者共に手を緩めることなく全力でぶつかり合う。銀閃と閃光が幾度も交差し、その度に火花を散らす。

 

加速に加速を重ね、思考に思考を重ねる。一瞬でも判断が遅れれば敗北するとわかる拮抗状態。

 

交わす言葉はなく、ただ剣戟の音だけが響き渡っていく。迅雷の如く振るわれる一撃に嵐のような連撃。

 

両者の攻撃は掠ることこそあれど決定打を与えるには至らない。

 

「(二つ名にこれ以上ないほど相応しい鋭利な剣筋と迷いの無さ──────なるほど、『剣姫』という呼び名も頷ける!!)」

 

「(だが────)」

 

「(誰だがわからないけどすごく強い········!)」

 

「(けど────)」

 

「「(─────アルには遠く及ばない)」」

 

 しかしながら『剣姫』の鋭さは、『疾風』の疾さはいずれも『死槍』とすら呼ばれる戦いの申し子には及ばない。

 

互いにアルほどではないと相手の強さを理解したが故に生まれた僅かな意識の隙間。ほんの一瞬の緩急を持ってより一層激しく、より速く、より強く、両者は互いの技をぶつけ合う。

 

立体的、空間的な駆け引きに優れたリューに対し、その全てを斬り裂くような直線的で荒々しいアイズの攻撃。

 

疾風の如き速度と稲妻の如き鋭さを併せ持つ両者の攻防は周囲の瓦礫を砕き、廃墟の様相を変えてなお止まらない。

 

打ち合うことによって生じる火花だけが照らす暗闇の中、両者の激突は激しさを加速度的に増していく。

 

「ここまで来て押しきれないとは···········これが【ロキ・ファミリア】の『剣姫』!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ········そっちだって凄く速い。けど負けられない」

 

 息を切らしながら二人は互いに睨み合い、得物を交える。レベルに収まらない才能のぶつかり合いは既に戦闘と呼べる代物ではなくなりつつあった。

 

剣戟と呼ぶにはあまりに苛烈で、もはやそれは殺し合いに近い。

 

剣の技量だけで言えばリューはアイズに、対人の技量だけで言えばアイズはリューに一歩劣るだろう。

 

お互いにやりにくいと感じながらそれでも己の力を尽くしてぶつかり合う。

 

「噂に違わぬ戦闘狂か!!いいだろう、ならば最後まで付き合ってもらうぞッ!」

 

リューはそう言って剣を振るい、アイズもそれに呼応するかのように駆ける。

 

「──────うん、いいよ」

 

 次の瞬間、幾度目かはもう数え切れない交錯が暗闇の中で火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

その頃、アルは聖女による治療中。

 

本編の100倍扱いがいいアイズ。アルは相手が歳下だと曇らせ対象から外れる代わりに悪い意味でクソ甘くなります。

 

アステリオス(0歳)『?!?!?!』

 

例外もいます。ベルに対しては甘いけど厳しい。アストレア・レコード時空だと原作開始時点で本編より3歳ぐらい年上なのでその分災を逃れるキャラがそれなりにいる。

 

フィルヴィスはそれでも同じ年なので対象から外れません。

 

フィルヴィス(19歳)『?!?!?!』

 

 

『本編アル』

曇らせ欲:100

救世意識:50

人間関係:50

成長閾値:50

色恋興味:1

ベル信頼:100

 

ベルと接する⇒「こいつなら世界救うわ」と確信⇒なら好き勝手やってもいいな⇒オラリオに来る前から本編メンタル

 

ゼウスと接する⇒「神は曇らせに向かねぇな」と判断⇒横のつながりに特化しよう

 

なお、世界にとってもコイツにとっても周りにとっても聖女√の次にバランス良い世界線。

 

 

『アストレアif』

曇らせ欲:80

救世意識:70

人間関係:60

成長閾値:60

色恋興味:20

ベル信頼:40

 

ベルと接さない⇒「原作通りに進むとは限らないよな」と思案⇒脳焼かれるまではどっちつかず⇒オラリオに来て1年ほど経ってから曇らせにシフト

 

 

 

 

『アルフィアif』

曇らせ欲:0

救世意識:100

人間関係:100

成長閾値:100

色恋興味:0

ベル信頼:100

曇らせにシフトする前に母⇒「隻眼の黒竜やべえ」と実体験を聞いて確信⇒「ベルには英雄なんてやばいもんになって欲しくない」⇒非曇らせにシフト

 

曇らせを狙わない⇒アルから曇らせ欲を無くすと本編に所々あった第三者意識や冷徹さ、秘密が消える⇒曇らせに向いていたくそ強精神エネルギーが光側に向く⇒よくも悪くも前だけを見て焦りながら輝く姿に周りが曇る⇒多分全てを大団円で片付けてから一人だけ死ぬ

 

アル・クラネルはアル・クラネルなので目的>人の心

 

 

 

 

 

『女帝if』

曇らせ欲:120

救世意識:1

人間関係:1

成長閾値:70

色恋興味:0

ベル信頼:50

本編アルがちょっと引く。

 

『聖女√』

曇らせ欲:30

救世意識:50

人間関係:70

成長閾値:30

色恋興味:30

ベル信頼:100

穏当。

 

『聖女アルちゃんif』

曇らせ欲:20

救世意識:60

人間関係:80

成長閾値:20

色恋興味:0

ベル信頼:100

穏当。

 

『古代if』

曇らせ欲:70

救世意識:90

人間関係:70

成長閾値:100

色恋興味:0

アルゴノゥト信頼:1

曇らせとかそれどころじゃねえ!!

 

 



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第九章
132話 俺以外の曇らせなんざ許すわけねーだろ



バカクソ忙しかったけどギリギリかけた

異端児編後半開始


 

 

 

【ロキ・ファミリア】が異端児達との戦いを終えた頃。貧民街の路地裏を駆ける白い影が一つ。

 

焦燥した様子で走るベルの両腕にはぐったりとした竜の少女が抱えられている。今すぐにでもこの場を離れなければと必死な思いで足を動かす。

 

だが、そんな少年に追いすがるように複数の足音が響く。冒険者達が自分達を追ってきているであろうことを想像するのは容易かった。

 

背後から迫る追跡者の気配を感じ取りながらも、それでもベルは止まることなく走り続ける。

 

「ウィーネッ················目を開けて!!」

 

 腕の中の少女に声をかけるも返事はなく、力なく項垂れるばかり。既に額に赤石を戻していたためその姿も怪物らしいものから少女然としたものに戻っている。

 

だが、意識はなく。全身の肌がひび割れたように亀裂が入り、そこから血が滲んでいる。

 

顔色も悪く、呼吸も弱々しくなっている。

 

このままでは、という思いが胸中を過り、同時にベルは自分の無力さを呪う。

 

【イケロスファミリア】の主力は既にいない。しかし、街中に現れたモンスターを当然の義務として攻めたてる冒険者たちはいた。

 

貧民街の路地裏に来るまでの間、地上に出たモンスターを倒そうという冒険者たちの魔法や弓矢による攻撃を浴び続けたせいだ。

 

元々、消耗していた上に傷を負って衰弱した少女はとうとう限界を迎えてしまったのだ。

 

ベルは咄嵯に少女を抱えて人気のない場所を探して逃走している最中である。

 

手持ちのポーションなどでできる限りの処置は施した。けれど、それでどうにかなるような状態ではない。

 

「(どうしよう、このままじゃ·············ッ)」

 

 焦る気持ちに呼応するように徐々に速度が落ちていく。

 

先ほど迷路街の方からあがった凄まじい怪物の咆哮。どこか聞き覚えのあるそれのおかげで冒険者達の追跡者は減っているようだがそれも時間の問題だろう。

 

怪物の姿ではなくなったとはいえ見つかればただでは済まない。

 

「駄目っ···············目を開けてよっ!!」

 

 もとより青白いウィーネの肌はさらに蒼白になっている。出血量も多く、放っておけば死に至るのは明白。いくら呼びかけても反応はない。

 

治癒魔法を使えないベルではポーション以上の効果は望めない。

 

体温が下がり、冷たくなっていくのを感じる。頭の中に最悪の結末が浮かんでくる。

 

「···················ベ············ル」

 

「っ!! ウィーネ!!」

 

「ごめん、ね··················」

 

 か細い声に目を見開く。ゆっくりと瞼を開いた少女は焦点の定まらない瞳を向けながら謝罪を口にする。

 

ベルの服を握りしめた小さな手が震えていた。何を謝ることがあるのか、と思わず叫びそうになったベルだったがウィーネの表情を見て言葉を呑み込む。

 

琥珀色の瞳からは涙が溢れ、今も苦痛に苛まれているはずなのに柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

何かを言いたいのに言葉が出なかった。喉の奥が熱くなって何も言えなくなる。そんな少年に少女は小さく唇を動かして呟いた。

 

「ありがとう···············わたしをたすけてくれて···············」

 

 それは掠れて、音にならないような微かなものだった。それでも確かに聞こえた。優しい少女の感謝の言葉。だから、ベルは何も言えない。言うべきことが見つからない。

 

少女を助けるために自分ができることが何もないから。悔しさから歯噛みする。自分の非力を呪いそうになる。

 

少女の体が少しずつ軽くなってきた。その重さが命が失われようとしていることを表しているようで悲しかった。

 

ここまできて、何も守れないのか。無力を嘆きながら、唇を強く噛みしめた時だった。

 

──────【ディア・フラーテル】

 

少女が崩れ落ちるよりも、少年が慟哭を零すよりも疾く、純白の光の粒が立ち上った。幻想的に輝く光はウィーネとベルを包み込む。

 

穢れを一切孕まない純白の魔法円、それが幾重にも折り重なって貧民街を覆うように展開されていく。

 

空気すら浄化されたと錯覚するような清浄な輝きが周囲を照らし出す。あまりの眩しさに目を細めながらもベルは視界の端に捉えた光景に驚きを隠せない。

 

「·············えっ?」

 

 ウィーネの体へ立ち昇った光が収束していく。傷だらけになっていた肌も、ひび割れていた亀裂も逆巻くように修復されて消えていく。

 

そして、ウィーネの閉じられていた目が開き、力無く地面に落ちようとしていた腕にも力が戻り始めた。

 

完全に元通りになった少女は不思議そうに首を傾げている。まるで何が起こったのか理解していないように。

 

暖かな陽射しのような力の波導に照らされるベルは目の前で起きている現象が信じられない。

 

思えば自分自身も身体の奥に残る鈍い痛みや泥のような疲労感がみるみると薄れていく。まるでこの場にいるだけで全てが癒されているよう。

 

────『英雄』は自身以外の死を許容しない。自身以外のものが死をもって他者に『傷』を残すことを許さない。

 

そして、『英雄』は博打を嫌う、故に成功するかもわからぬ蘇生魔法や間に合うかもわからない自分ではなく、自身の経験からこと『死なせない』ことにかけては誰より深い信頼を寄せる『聖女』を頼った。

 

ベルは知らない、その白き光粒こそが『聖女の奇跡』。

 

比喩でなく『全て』を癒やす最上の奇跡であり、その回復効果は対象の死以外であれば全てを癒やす絶対の治癒。

 

傷の治療、体力回復、状態異常及び呪詛の解除とこの世に存在するあらゆる毒を浄化し、あらゆる傷を癒す回復魔法の極北。

 

『当代最強』たるアル・クラネルですら届かなかった全癒魔法の効果はLv.3の身でありながら、不死を実現させた魔法大国の賢者のそれを上回る。

 

ランクアップ以前も発展アビリティを発現させていないのにも関わらず展開されていた純白の魔法円はLv.3へと至ったことで正当に獲得した【魔導】の発展アビリティの後押しによってその範囲と強化率を飛躍的に上昇させていた。

 

彼女は予めアルに指定されていた貧民街をすでに詠唱を終えて非活性状態で維持した魔法円を展開しながら歩を進めていた。

 

ランクアップしたことでリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】のような感知能力が付与された魔法円の探知範囲は半径数十メートルにまで拡大している。

 

だからこそウィーネとベルの姿をいち早く発見することができたのだ。

 

純白の光輝が収束する。ウィーネの腕にあった傷も、ベルが負っていた傷も全て綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「·················いたく、ない?」

 

「·················ウィ、ーネ?」

 

 呆然としていたウィーネは自分の手を握ったり開いたりと繰り返しながら、困惑した様子で呟く。

 

そんな少女に安堵したベルもまたその場に膝をつく。掠れそうな声で呟いたベルはふと、顔を上げてこの奇跡を起こした存在を探そうと辺りを見回す。

 

光の中心にいたはずの人物を探したが、そこにあったのは光輝く魔法陣のみ。先ほどまで感じていた優しい魔力の残滓だけが残っていた。しかし、それもすぐに消える。

 

まるで役目を終えたと言わんばかりに。やがて、周囲に展開していた光の粒子が完全に消失すると静寂が訪れた。

 

ウィーネは改めて自分の手足を確認しながら、隣で座り込んでいるベルを見やる。

 

少年は少女の顔を見ると、瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。ウィーネもつられて微笑んだ。

 

「────ああ、どうやら間に合ったようですね」

 

 そこにコツコツという足音が響く。現れたのは純白の法衣に身を包む銀髪の少女だった。長い髪を光に靡かせた少女はこの場に現れた途端、周囲を見渡して状況を把握したらしい。

 

ほっとしたように胸を撫で下ろした少女はウィーネ達の方へ歩いてくる。未だに光粒の残滓を纏う彼女は正しく『聖女』の名に相応しい神々しさを放っていた。

 

精霊や女神の生まれ変わりと言われても誰もが信じるだろう、それほどまでに神秘的な雰囲気を持つ少女。

 

そして『英雄』は精霊や女神程度で収まってくれればどれだけ楽かと言うだろう極聖の乙女。

 

「人目につかないよう気をつけてそちらの路地を曲がってください。アルの人目払いの魔道具が設置してあります」

 

 頭痛に堪えているかのように頭を押さえながら安全な道を教える『聖女』────アミッド・テアサナーレはモンスターを治療したことを知られてはならないために「では、私はこれで。細かい処置はアルに」と言葉を残して未だ呆然としているベルのもとを去る。

 

「ウィーネ················」

 

「·····················べル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このオラリオで俺以外の曇らせなんざ許すわけねーだろ。

 

【イケロス・ファミリア】は叩き潰したから問題ないとはおもってたけど万一の場合に備えてアミッドを派遣しといて正解だったな。

 

まあ、あとはアステリオスを回収して一旦ダンジョンに潜るかな、【ロキ・ファミリア】には当分帰らないってことで。

 

この『全方向曇らせ大作戦』。

 

一見、完璧にも思える作戦にも欠点がある。

 

それは単純············ゴールがないんだよ。いつものなら俺の死で完成するからいいんだが、この場合は曇らせ成功しても別に俺死なないからな。

 

この異端児騒動じゃあどうあがいても俺は死ねないからな。さらなる燃料を追加して続けるか、わだかまりを残しつつ落とし所を作るかの二択かな。

 

····················んなもん、前者に決まってるわ!!

 

せっかく、きれいに決まったのに自分から止めるとか勿体無いにも程があるわ、追加の燃料くれてやるよ。理想としちゃあ、仲違いしたまま死んで永遠に引きずってほしいな。

 

うひっ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ────ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異端児と【ロキ・ファミリア】の戦いが終わってから間もない黄昏時。

 

戦いによって廃墟と化した家屋の一つの中ではフィンとロキによる尋問が行われていた。

 

闇派閥に組していた【イケロス・ファミリア】の主神の身柄を確保したことでギルドには引き渡す前に情報を引き出そうというわけだ。

 

逃げられた異端児達当人ほどの情報は期待できないが、それでも闇派閥残党の中核にほど近いと思われるイケロスの捕縛は不幸中の幸いとも言える戦果である。

 

「事が事だ、あまり時間がない。素直に僕達の質問に答えてくれるとありがたい」

 

 フィンの蒼澄の瞳が薄暗い室内で鋭く細められる。本来なら武装したモンスターとの交戦やアルの離反など、ここまでの大事は想定していなかった。

 

大きな問題といえばアルの離反とあの漆黒のミノタウルスの存在だがそれ以前に理知を持ったモンスター、異端児について情報を少しでも多く集めなくては後手に回りすぎてしまう。

 

「んなこと言われてもよぉ。実際に闇派閥の連中と繋がってたのは俺のガキ共で俺自身はただの傍観者だからなぁ〜」

 

 超越存在である神らしく整ってはいるがどこか軽薄な印象を与える笑みを口元に浮かべるイケロスを睨むようにして見つめるロキは小さく息を吐く。

 

お飾りの自分が知ってることなんて大してない、そう言いたげなイケロスの態度は苛立ちを覚えさせるのに十分過ぎるもの。

 

「もったいぶんなや、どのみち自分はギルドの連中が来たらお縄になる身やぞ?」

 

「おいおい、そうピリピリすんなよォ、ロキ。怖くてちびっちまうぜぇ? ··············かわいい眷属に見限られたのがそんなにショックだったかぁ?」

 

「あ゛?」

 

 瓦礫の山に腰掛けるイケロスの挑発するような口調にこめかみを引くつかせるロキ。

 

瞬間、吹きすさぶは凍てつくような神威。嵐を孕んだ暗雲のような重圧と視線、それが今にも爆発しそうなほど荒れ狂う。

 

天界きってのトリックスター、その名は伊達ではない。かつて天界で神々を殺しあわせようと画策していた善神とは程遠いロキの本質が顕現する。

 

それを受けてなお自らの送還すら恐れていないのかヘラヘラと不敵な笑みを絶やすことのないイケロスにフィンが問う。

 

「ロキ、落ち着け。···············人造迷宮の『鍵』は持っていないか?」

 

「いやぁ、外には持ち出すなって連中がうるさくてなァ。持ってねぇぜ」

 

 『闇派閥残党の規模』、『残存派閥数』、『エニュオという神』、『人造迷宮クノッソス』。

 

矢継ぎ早に問いかけるがほとんどがまともに知らないという回答。唯一知っていることと言えば派閥単位で残っているのは【タナトス・ファミリア】くらいだということだけだ。

 

「さっきも言ったがあの馬鹿げた迷宮を管理してたのは俺じゃなく俺の眷属だからなぁ。中の構造なんてほとんど知らねぇや」

 

「なら自分のその眷属は今どこにおるんや」

 

「はぁ?お前らに全員殺───ああいや············そうかぁ。俺のガキどもを皆殺しにしたのも『剣聖』の独断かぁ。全く、ひでえ話だよなぁ、勝手に殺された上に知られてすらいねぇなんての殺され損だぜ」

 

「············なんやと?」

 

 ロキはもちろん、フィンですらその言葉にぴくりと反応を示す。アルが時折独断で動いているのは前々から知っていたことだがまさか一派閥、それも渦中の密猟派閥を全滅させていたというのは予想外だった。

 

「ひひっ、ひひひひひひひひひひっ、その感じじゃあやっぱり知らなかったみたいだなぁ? あーあ、可哀想に。せっかく育てたガキにあっさり見限られちまうなんてなぁ」

 

 安い挑発だとわかっていても、いやだからこそか。気にしていることを的確に突かれてロキの額に青筋が浮かぶ。

 

それを横目に見ていたフィンは嘆息する。アルが何を思ってあんな行動に出たのかは幾分か察することができる。今はそれよりも先に確認しておかねばならないことがある。

 

「てかよぉ、もっと聞きてぇことあんだろぉがよぉ、················『しゃべるモンスター』、とかなぁ」

 

 そんなフィンの内心に応えるように、ニタリとした笑みを浮かべたイケロスが核心をついた言葉を口にした。

 

瞬間、フィンとロキの表情が歪む。

それは当然だろう。何せつい先刻まで戦っていた渦中の存在なのだから。

 

アルに準ずる強さをもった漆黒のミノタウルスを筆頭に第一級冒険者相当の個体が複数体。それだけでも異常事態だというのに、その上─────。

 

「なら、聞かせてもらう。··············あの理知を持ったモンスターたちの正体は何だ」

 

 モンスターでありながら人間と変わらぬ感情や思考を持つ怪物達。強さ以上にそのあり方が気にかかる。アルの離反も含めて、明らかに今回の件はイレギュラーすぎる。

 

そんなフィンの疑問にイケロスはにぃ、と口角を上げる。

 

「大抵は『剣聖』が言ってた通りさぁ、なんなら俺よりよっぽど『剣聖』のが詳しいだろぉ、なにせ一年は一緒にいんだからなあ」  

 

 自分から聞かせといて知らんのかい、と苛つくロキだったが、ん?と聞き返す。

 

「一年?」

 

「あぁ、ディックス··················死んだ俺のガキがここ一年くれえ前からめっきり、驚くほど『しゃべるモンスター』を捕まえられてないってボヤいててなあ。つまりはそういうこったろ、心当たりはねぇか?」 

 

 たしかに、とフィンは心のなかで頷く。ここ一年ほど、不自然なほどアルがダンジョンヘ長く潜ることが多かった。

 

それが『異端児』絡みならばイケロスの一年、という予想も間違ってはいないのだろう、と納得できる。

 

アイズやベート、フィンとリヴェリアですら一年もの間、見抜けなかったのは間抜けとしか言えないがイケロスは嘘は言ってはいないだろう。

 

話はこれで終わりだと結局ろくに答えることもしなかったイケロスはギルドの職員が来るまでの間にやにやと笑い続け、そしてギルド職員の到着と共に連行されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ『勇者』」

 

「···············何かな、神イケロス」

 

 ギルド職員に連行されるイケロスは最後に嗤いながら『迷える子羊』たるフィンに『神託』を下そうとする。フィンはそれに対して嫌悪感を隠そうともしないままに、しかし律儀に返答をする。

 

そんなフィンの反応にイケロスは満足げに笑うとオラリオの神として最後の言葉を告げる。

 

「一族のための理想も野望もいいけどよぉ、お前もあのガキどもみたいに『好き』にやりゃあいい。お前の『魂』は息苦しそうだぜぇ?」

 

 そう言い残し、今度こそイケロスはフィンの視界から消えていく。愉快犯の神が最後に残した神託、未だ『勇者』の名を捨てられない小人族はそれを受けて────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

一方、白髪変態

 

/       \

 ♪~ ♪♪

   ♪  ♪~♪

 

   di_∧ 我が世の春〜♪

   ||'∀`)

   /ノ<:><ゞ

  `/ /| |`

   |ノ ゝヽ

 

 

 

────なお、ウィーネ治療後

 

アミッド『何やってるんですか、あなた』

 

アル『マッテツカアサイ』

 

▼アミッドのせいじょぱんち!!

 

▼アルにはひらりと身を躱した

 

▼アミッドのせいじょこゆびふみ!!

 

▼アルに999999999ダメージ!!

 

▼スキル効果【闘争本能】HP1で耐えた!!

 

▼スキル効果【闘争本能】逆境時全能力向上、HP5000回復!!

 

▼アミッドのせいじょびんた!!

 

▼アルに999999999ダメージ!!

 

▼スキル効果【闘争本能】HP1で耐えた!!

 

以下ループ

 

 

 

 

 

アル『たかが四対一でいいようにやられやがって·······鍛え直すか(八つ当たり)』

 

アステリオス『?!』

 

 

 

 






モチベーションにつながりますので評価やお気に入り登録コメントのほどよろしくお願いいたします!!


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133話 そろそろ自室に埃が積もりかねない





久しぶりに体調崩した··········

熱出ると頭ふっとんで確ボツな文をハチャメチャなペースで書く場合と文字すら打てない場合の2パターンがあるけど今回は後者だったな············

8度越えるとキツイな




 

 

 

ダイダロス通りでの異端児と【ロキ・ファミリア】の戦いから三日後。ギルドと【ロキ・ファミリア】によって情報統制されたが人の口に戸は立てられず、都市中に事件のことが知れ渡ることとなった。

 

『剣聖』が『怪物』を守った。

 

フィンのとっさの英断によって『異端児』の存在は広まらなかったが、アルがヴィーヴルを守ったという事実はまたたく間に都市中を駆け巡った。

 

当代最強、迷宮攻略の最前線に立つ冒険者としてオラリオの切り札たる英雄の行為への反響は大きく、その混乱は冒険者のみならず民衆にまで波及していった。

 

これがそこらの冒険者の蛮行ならば話は簡単だが、此度は紛れもない大英雄、冒険者の象徴ともいうべき男がやったことである。

 

意外にも【ロキ・ファミリア】を非難する声は少なかった。それはアイズが真っ先にヴィーヴルを殺そうとし、それをアルが止めたからである。

 

民衆たちの中ではもはや、『剣聖』と【ロキ・ファミリア】は別のものとして扱われている。

 

今回の事件は様々な憶測を呼んでいる。それにより湧き上がる『英雄』への不信感、あるいは失望感。

 

そして【ロキ・ファミリア】へ送られる同情の視線、その全てが【ロキ・ファミリア】の面々を痛めつけていた。

 

とくにホームである黄昏の館の空気は端的にいって最悪であり、団員たちの誰もが口を開こうとしない。

 

「にしてもアル、どこ行っちゃったんだろうね〜、ダンジョンかなぁ?」

 

 誰しもが、幹部ですら昏い表情を浮かべる中、やけに明るい無遠慮な声が上がる、ティオナである。良い意味で空気を読まない、いつものような明るい振る舞いだが彼女をよく知るものからすればそれが周囲を励まそうとするためのから元気だとわかる。

 

実際、この場にいるほとんどのものが彼女の明るさに救われているのだろう。無理矢理にでも明るく振る舞う彼女に暗い表情のレフィーヤなどは少しばかり顔を上げる。

 

「ロキ曰く、恩恵は繋がってるらしいですし、地上にいないのならダンジョンでしょうか」

 

 あれからの三日間、地上のどこを探してもアルの姿はなく普段ならいそうなところを探しても見つからず、なにか知っていそうなアミッドに聞きにいっても『少し遅い反抗期に家出でしょう、ほっといておけばいいんです』と相手にはされなかった。

 

この場にいる幹部はヒリュテ姉妹、ベート、ガレス、リヴェリアの五人であり、アイズはあれからダンジョンに潜って遮二無二とモンスターを倒し続けている。

 

「あの········ゼノス? とかいうモンスター達、強かったねー」

  

 昏い皆を励ますかように意識的に明るく振る舞うティオナだったが、その話題はいずれも逆効果な内容だった。あの、『異端児』たちが強いのはまず間違いなくアルの師事によるものだ、中でも────。

 

「あの、漆黒のミノタウロス············あれは正直別格ね」

 

 ぽつり、と呟いたティオネの言葉がやけに響く。各々があの時の光景を思い返しているのか、沈黙が落ちる。 

 

相対した瞬間に感じた底冷えするような威圧感。今まで戦ってきたどのモンスターよりも圧倒的な強さを持った怪物。

 

59階層で相対した精霊の分身を確実に上回るその強さはアルやあの仮面の怪人と同じ領域に指をかけてすらいる。

 

「うーん、みんなで戦えば倒せるとは思うけど········やっぱりLv.6より大分上だよね?」

 

 事実として四人がかりならばかなり優勢に戦えていたし、第一級冒険者のフルパーティーならば苦戦こそすれど勝てない相手ではない。

 

だが単体としてみればその強さはアル以外の【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者を確実に凌駕する。

 

「ブチ抜けてやがる身体能力も厄介だが、技量が別モンになってた」

 

唯一、戦闘経験のあったベートの言葉にガレスたちも同意するようにこくりと首を振る。

 

階層主のそれをはるかに上回るパワーにいくら攻撃を叩き込んでもろくに堪えない耐久力、そのどちらも第一級冒険者の水準を軽く超越していた。

 

だが、何よりも目を引いたのはそのモンスターらしからぬ『剣技』。

 

無論、第一級冒険者のそれに比べれば無駄は多く稚拙なものではあったが、一朝一夕の真似ごとでは到底再現できないような怪物らしからぬ立ち回りはガレス達の目から見ても『堂』に入っていた。

 

生まれながらの怪物であるモンスターに比べて人間である冒険者はどうしても身体能力は劣ってしまう。

 

その差を埋めるためにダンジョンに潜る冒険者達は己の肉体をより効率的に動かすための技術を学び、集団での連携を行う。

 

高レベルになるまでに何年もの積み重ねと複数回にわたる偉業によって歴戦の技と駆け引きを身につけている上級冒険者と違ってモンスターはその個体がどれだけ強かろうとも生まれた瞬間から強いがためにずる賢くはあっても技量や立ち回りという点では劣る部分がある。

 

というよりもそうでなくては身体能力に劣る冒険者がモンスターに勝つことが難しい。

 

対処さえ間違えなければそれ込みでも【ロキ・ファミリア】ならば倒せるだろう、が。

 

「···············あのミノタウロスもっと強くなりやがるな」

 

 ベートの言葉を、【ロキ・ファミリア】の幹部は誰も否定しない。現時点で都市最強に準ずる強さを持っている漆黒のミノタウロスだが未だ発展途上にある。

 

それは直接、剣を交えた彼らだからこそわかっていることだ。

 

技とかけ引きはこれから実践を積んでいけば積んでいくほどに磨かれていくだろうが、それを抜きにしてもまだ強くなる余地を残している。

 

前提として異端児たちは『強化種』なのだ。

 

あのミノタウルスも今後他のモンスターの魔石を喰らうことで怪人レヴィスのように短期間での加速度的な成長を見せるかもしれない。

 

今の時点でもその強さは確実にLv.7の域に達している。総合的に見れば怪人レヴィスやランクアップする前のアルなどの方が上かもしれないが、単純な戦闘能力だけを見るなら怪人にすら匹敵しうる可能性を秘めている。

 

いずれ、オラリオの冒険者で最強たる『猛者』にすら届くやもしれない最強の異端児。

 

────『黒竜』を討つ。

 

アルの言葉が脳裏をよぎる。かつての二大派閥ですら届かなかった災厄を相手に自分達とあの猛牛、どちらが戦えるか、そんなことすらも考えてしまう。

 

Lv.9とLv.8の両団長に加えて複数のLv.7を擁していた二大派閥と比べてしまえば今の自分たちがその域にないのは明白だ。

 

そして、おそらくはそう遠くない未来にあの怪物はその域に到達し得る。

 

「あのぉ··········お聞きしたいんですけど」

 

 空気がより一層、重くなったところで話題を変えようとレフィーヤが恐る恐る口を開く。

 

「なんだ?」

 

「その、アルさんが言ってた···············アルフィア? って人、誰ですか?」

 

 その言葉に、リヴェリアとガレスを筆頭に古株、と呼ばれる団員たちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「あー、レフィーヤ、それはっすね···············」

 

 ティオナ達のような近年入団した者たちはレフィーヤと同じように気になってはいたが古株たちのタブーを前にしたかのような態度に聞くに聞けないでいたのだ。

 

アルの過去や身の上について知っているものはいない。弟がいるということすらごく最近まで誰も知らなかった。

 

そもそもアルがあまり自分のことを話したがらないこともあって無理矢理に聞こうとは思わなかったし、何よりそこには踏み込んではならない 一線があるような気がしてならなかった。

 

知っていることといえばアルの親がすでに死去していることとべルという弟がいるということぐらいで出身やアル自身の来歴については何も知らない。

 

アルが語るのは自分が冒険者になった理由や、旅をしてきた中で見たものや経験したこと、その程度。

 

こればかりはアルと親しいアミッドやミアも同じだろう。

 

だからこそ肉親と本人の口から語られたアルフィアという人物に皆、興味を持っていた。

 

口ぶりから察するにフィンやリヴェリア達の知っている人物なのはレフィーヤにもわかった。

 

「誤魔化すな、ラウル。··················そうだな、いい機会だ、共有しておこう」

 

「まぁ、私もあの二人に血縁関係があったことは疑ってはいたものの知らなかった」と前置きしたリヴェリアがレフィーヤ達に意を決した表情で話し出す。

 

その声は、昔を懐かしむ温かさと苦渋の日々を思い出すかのような苦さが入り交じっていた。

 

「··············『静寂』のアルフィア。神時代以降、アルが台頭するまでの間、最も才能に愛された眷属と呼ばれた前時代の『英雄』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤、青、緑、橙、黄、白、黒。ぼんやりとした淡い輝きがそれぞれ生きているかのようにふよふよと浮かんでいる。

 

規則性なく明滅する光はまるで星空のようで誰かがそれを見ればあまりの美しさに息を呑むことだろう。

 

一つ一つは微弱極まる頼りない光だが、集まることによって幻想的な、その場にある種の聖域のような神秘性を醸し出していた。

 

光粒たちは互いに近寄っては離れ、また近づいては離れを繰り返している。

 

その光の正体は『精霊』。神時代以前、地上が大穴から際限なく溢れ出てくるモンスターによって滅亡の危機に陥っていた頃に下界の民に助力するために天界の神々が遣わした存在。

 

エルフ以上のマジックユーザーとして名のある大精霊ともなれば人知を超えた力を宿しており、それ単体で奇跡にも近い現象を引き起こすことができるという。

 

都市部で生活するヒューマンが普通に生きていてはまず目にする機会のない神秘の存在だ。

 

とはいっても今集まっているのは歴史や英雄譚に名を残すような力ある大精霊や力を有さずとも神に近いある種の超越性を持つ人格を持つに至った自然精ではない。

 

オラリオが火精霊の護布などの精霊の護符を作成する際に協力するものよりもさらに低位、方向性なき微かな力として世界中に漂う人格も知性も持たない自然そのものとも言える最下級の精霊たちだ。

 

とはいえ、いかに低位と言っても低俗なわけではなく、その神秘性は本物である。そんなものが無数に集まればそこに生じる光景はまさしく神秘であった。

 

そんな精霊がエルフの王族が住まう王森の妖精の泉などならばいざ知らず、紛いなりにも都市であるオラリオの一角に密集しているのは異常事態といってもいいだろう。

 

その中心にいるのはアル。

 

アルは精霊に愛されている。

 

アルの持つスキル【加護精霊】は世界に揺蕩う精霊たちからの惜しみない加護と祝福の表れ。

 

それは、たとえ都市の真っ只中であっても例外ではなく、ダンジョンの深層であろうともアルがいる限り精霊たちはアルに力を貸す。

 

火のクロッゾの魔剣を水精霊の護布が防ぎ、穢れた精霊の魔法を反対属性や同属性の護符で防げるように精霊の力は相克する。

 

ゆえにこそ凡そあらゆる精霊の加護を受けるアルには精霊由来の攻撃はほとんど通用しない。

 

精霊たちの力が及ぶ範囲であれば、たとえ世界の裏側だろうとも精霊たちがアルを守る。

 

そして精霊とは英雄を愛し、力を貸すもの。かつての、神時代以前の英雄がそうであったようにアルは本来ならば『神の恩恵』に依らずとも超人的な力を振るうことができる。

 

アルはそんな精霊達の力を借りてほとんど動かずに都市内の情報をかき集め、散った『異端児』達を随時回収していた。

 

「まぁ、『穢れた精霊』の力で満ちてる人造迷宮内は無理だが」

 

 精霊の光粒以外の灯りのない廃屋の中で呟くアル。現在彼が居る場所は都市内でも治安の悪い区画。

 

廃墟となった家屋の中であり、本来ならば薄暗いはずの室内に精霊達が放つ光が溢れてそこだけ昼間のように明るい。

 

「··········信心深い同胞たちがこの光景を見たら卒倒するでしょうね」

 

 オラリオの端、『ダイダロス通り』にほど近い区画。その片隅に建てられた一見、なんの変哲もない廃家の中には普段着のアルとフード付きのロングケープを着た妙齢のエルフ···············リュー・リオンがいた。

 

リューは部屋中に漂い、アルにすり寄るように動いている精霊達に衝撃を受けていた。

 

エルフでもないアルが特定の一精霊ではなく、精霊という種族そのものから愛されているというのが広まればオラリオのエルフ達は多大なショックを受けることだろう。

 

というか、下手をすれば以前あった『ハイエルフ禁断の恋』事件が再燃しかねない。それほどまでにエルフにとっては精霊とは重要な存在なのだ。

 

「すでに契約済みの精霊や方向性の決まった精霊には何もできないけどな」

 

「はぁ············。それで、私に頼みとはなんですか、アル」

 

 今更コイツに関することで驚いても仕方がないと悟っているのか平静を取り戻したリューは本題に入るべく話を切り出した。

 

それに答えるようにアルは一枚の羊皮紙を取り出す。そこにはとある場所の位置を示す地図が書かれていた。リューはその地図を見て目を細める。

 

そこは此処、ダイダロス通りのいくつかの建物の間に存在する裏路地。

 

「『異端児』をダンジョンに逃がす際にアイズの足止めをしてほしい」

 

 印を付けているとこがアイズが通りそうなルートだと付け加えるアルに怪訝な表情を浮かべるリュー。

 

「『剣姫』を? なぜです、貴方ならなんの問題もなく相手できるでしょう」

 

 リューも『異端児』については以前、18階層でアステリオスと戦った後、アルによって知らされていた。しゃべるモンスターに対する忌避感がないわけではないが、他でもないアルの頼みなら力を貸すのもやぶさかではない。

 

しかし、『剣姫』の相手となるとさしものリューでも簡単ではない。下界の可能性の発露とも言える()()()()()()()()()によって今のリューならば『剣姫』と同じ領域で戦うこと自体はできる。

 

だがまだランクアップしたばかりで通常のそれよりもはるかに激上したステイタスに慣れておらず、格下ならともかく同格や同格以上の相手と戦うにはまだ時期尚早と言える。

 

それならばアルが相手をするのが確実だ。

 

「逆だ、アイズは確実に俺のところに来る。けど、ちょっとアイズの相手をしてる暇ないんだわ」

 

「? 話は見えませんが··············わかりました。今の私が『剣姫』を相手にどこまで戦えるかはわかりませんが、微力を尽くしましょう」

 

「助かる。じゃあ、俺はベルのとこ行ってくるわ」

 

「なぜ?」

 

「鍛えてくる」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

▼アルの煽りの舞!!

 

▼アルのみかわし率がぐーんと上がった!!

 

▼アミッドのせいじょぱんち!!

 

▼アルはひらりと身を躱した!

 

▼アルの【加護精霊】任意発動、属性攻撃への耐性が少し上がった!!

 

▼アミッドのせいじょこゆびふみ!!

 

▼アルはひらりと身を躱した!

 

▼アルの妄想瞑想(イメトレ)!!

 

▼アルの『耐久』『器用』がぐーんと上がった!!

 

▼アミッドのせいじょはりて!!

 

▼アルはひらりと身を躱した!

 

▼アミッドの凍てつく視線!!

 

▼アミッドの目から凍てつく波動が迸った気がする!!

 

▼アルにかかっていた効果を全てかき消した!!

 

▼アミッドの『··················はぁ(ザキ)』!!

 

▼アルの いきのねを とめた!!

 

▼せいれいさんは せかいじゅのはを つかった!!

 

▼アルは謝意として甘味を支払った···········

 

 

 

 

仮にアルを殺すためにロキを送還してもスキルの中でも【天授才禍】【加護精霊】は恩恵抜きでも据え置きなので精霊の加護が恩恵代わりになってまぁまぁ戦えます、

 

【リーヴ・ユグドラシル】がないので必殺火力という面ではかなり弱体化しますけど魔法に関しちゃスロットの制限がない分、『精霊の分身』よろしく精霊由来の各属性魔法使ってきます(神時代方式英雄→古代式英雄)

 

 

 

ちなみに全然関係ないですが、戦いにおいて本編アルとタッグとしてもっとも相性いいのがアルフィアです。才禍(前衛)と才禍(後衛)で二大派閥を二人で潰せます。

 

フレンドリーファイア気にせず放たれる【福音】と常時万全化の【レァ・ポイニクス】がヤバい。アルフィアの弱点がアルと組むと消えてアルが前衛に専念できる。

 

 

 

 

ここ最近の時系列

 

【原作7巻】

〈クノッソス攻略〉

・VSレヴィス&エイン

・エインがレヴィスの魔石を喰らったことで超強化

 

〈〜クノッソスから帰宅〉

・フレイヤによって【イシュタル・ファミリア】壊滅

・ベルによって春姫救出

・アミッドランクアップ

 

【原作8巻】

〈〜ラキア王国襲来〉

・ティオネ達にフィンのリリルカへの求婚をチクる

・アミッドとポーション造り

・アマゾネス大乱

 

〈ラキア王国襲来〉

・リヴェリアと愉快な仲間たちの旅

・ヘスティアが攫われる

・ヘスティア救出に同行(ホームを離れる)

 

〈ヘスティア救出、エダス村〉 

・アル「ちょうどいいから伏線張っておこう」

 

〈〜オラリオに帰宅〉

・ハイエルフ熱愛報道

・広まるまで当人が気づかなかったため手遅れ

・フィン、ヘディンに投げる

 

〈帰宅〉

・アル、ヘディンに投げる

・ホームに戻らずにダンジョンへ

 

【原作9巻】

〈inダンジョン〉

・異端児達とキャッキャウフフ

・ウィーネを連れてベル達が来たので仮戦闘

 

【原作10巻】

〈災難続きのベル〉

・ベル達vsエイン(レベルで言うところの6以上の差)

・基本的に八つ当たりでとばっちり

・エイン、自爆

 

〈ようやく帰宅〉

・深夜に抜け出してアミッドの元へ

 

〈ウィーネが地上に出る〉

・ベルがみんなの前でウィーネを守る

・アイズ、復讐姫発動

・アル、始動

 

〈アル劇場〉

・嘘は言ってない

・異端児達も地上に

 

〈ロキファミリアvs異端児〉

・思ったよりも善戦する

・アステリオス登場

・やりたいだけやって消えていったアル

 

【原作11巻】

〈我が世の春状態〉

・本編ここまで通して一番輝いてる

 

2巻分以上ホームにいないな、コイツ

一瞬帰ったけど1日だけだしその上深夜には隠れて抜け出しているという

 

 







体調が安定するまで投稿時間やペースがバラバラになるかもしれませんが読んでいただけるとありがたいです、これからも励みになりますので評価やお気に入り、感想よろしくお願いします!!



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134話 こんなに幸せでいいのか、俺?





メッセージなどでゼウスやヘラの残党にひどい目に合わせたロキ達が糾弾されないのはおかしいという意見をいくつか頂いたのでこの作品での解釈を書いておきます

現状原作の方で明言されていることは少ないですし、追放というのがどういった形だったのかもわかりません。

なので今作ではフレイヤクロニクル的にも新たに象徴となれる有望な後継に託すために自分達から壁になったんじゃないかなって解釈しています(マキシムは確実なのかな?)のでそれ関連でリヴェリア達を過度に責めたりはこの作品ではしません。

違和感があったりしたら申し訳ないんですがこれでもよろしければこれからもよろしくお願いします。




 

 

 

 

 

 

「··············『静寂』のアルフィア。神時代以降、アルが台頭するまでの間、最も才能に愛された眷属と呼ばれた前時代の『英雄』だ」

 

「静寂の、アルフィア······?」

 

 忌むように、懐かしむように語ったリヴェリア。その様子に内容以上にただならぬものを感じ取ったレフィーヤ達は息を飲む。

 

「ああ、かつての最強派閥【ヘラ・ファミリア】にあってなお、異端とされた空前の才禍。口惜しいが、未だ私では及ばない最凶の魔導士だった女だ」

  

 かつて最強と謳われたゼウスとヘラの二大派閥の幹部にしてLv.7に至った稀代の天才。かの才禍は魔法の才能のみならず、あらゆる技能の習得において卓越していた、と想起するように遠い目で告げる。

 

「そんな········リヴェリア様より?」

 

 【ヘラ・ファミリア】。その勇名はかの派閥が都市を去ってから十五年たった今でも変わらず都市に根付いている。

 

アルフィアを含めた当時の第一級冒険者は全て死ぬか、都市を去ってしまったが、それでも最強の名に相応しい偉業の記憶は残っている。

 

『三大冒険者依頼』、迷宮都市オラリオの命題でありながら、千年もの間放置され続けてきた災厄の獣。『陸の王者』と『海の覇者』の二体を討ち取った二大派閥の片割れ、その団長のレベルは当代最強であるアルを上回る────『Lv.9』。

 

Lv.5、Lv.6の第一級冒険者はもちろんのこと、Lv.7の英雄ですら複数所属していた二大派閥は有史以来、間違いなく最強の集団であった。

 

そんな最強の集団を終わらせたのが他でもない『黒竜』であり─────そして【ロキ・ファミリア】だった。

 

「誰よりも秀でた、場合によっては団長であったLv.9の『女帝』すら打ち倒しかねないほどの才は今のアルと同じ、16歳にはLv.7へと至っていた」

 

 アルを除けば第一級冒険者の中でも最高峰の天才であるアイズでさえ子供の頃から冒険者として活動していてようやくLv.6に到ったことを考えればいかに異次元の才覚であるかがわかる。

 

だからこそ異端視されていたことも。アルという怪物を知るからこそそれに並ぶ存在がいた、という事実に誰もが驚きを隠せない。

 

ましてやそれがアルの肉親、家族であるというのなら尚更だ。

 

「·············Lv.7『程度』で収まっていたのは奴がアルとは違い、その才の代価ともいうべき欠点を背負っていたからに他ならない」

 

 才禍たる傑物の器の限界はただの英雄程度に収まるものではないとリヴェリアは暗に言う。

 

現在都市にいる第一級冒険者の数は40名ほどであり、都市に所属する冒険者の総数を考えればその比率は恐ろしいほど少ないが、逆に言えばそれだけの人数はいる。

 

そんな中、Lv.6の第一級冒険者は更に少ないものの、数えられる程度にはいる。

 

【ロキ・ファミリア】ならば『勇者』、『九魔姫』、『重傑』、『剣姫』、『怒蛇』、『大切断』、『凶狼』。【フレイヤ・ファミリア】ならば『女神の戦車』、『白妖の魔杖』、『黒妖の魔剣』。二大派閥だけでも十人はいる。

 

しかし、古き二大派閥失墜からの十五年、【ゼウス・ファミリア】の団長であった最強の男『英傑』と同じLv8へと至ったのはたった二人。そして『静寂』と同じLv7へと至れたのもその二人のみ。

 

それほどまでに『準英雄級(Lv.6)』と『英雄(Lv.7)』の壁は厚い。『量よりの質』の神時代において『英雄』はまさに個でありながら世界を揺るがす存在だ。

 

そのような階梯(Lv7)を『程度』、と言ってしまえる才能の持ち主は後にも先にも『静寂』と『剣聖』だけだろう。

 

「欠点········?」

 

 自分たちの知らぬ旧世代の最強の実力に震えるレフィーヤだが、最強派閥においてなお、『異端』とされる才ならばアルも同じことだろう。

 

「ああ、アルを見ていると信じられないかもしれないが、奴は生まれつき身体が弱く、病に侵されていた。『恩恵』を受けてなお、癒えずにむしろ【スキル】として定着してしまった」

 

 『あのアルの親族の身体が弱い? あの、アルの?!』、と誰よりも活力に溢れたアルの姿からは想像できぬ話に困惑する若手たちとそこは似ても似つかないなとアグレッシヴさの塊であるアルに散々、頭を悩ませてきたリヴェリアも顔を歪める。

 

「『海の覇者』、ダンジョンの階層を吹き飛ばすほどの威力を持った究極の攻撃魔法を以てかの大いなる竜種にとどめを刺した『三大冒険者依頼』の立役者であったが、その戦いによって致命的なまでに病が進行し、表舞台を去った。···········長らく、死んだとすら言われていたが再度現れたのは【ヘラ・ファミリア】が『黒竜』に敗北してから八年後、今から七年前に起きた『大抗争』の時だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世の冒険者は語る。

 

黒竜討伐を失敗したゼウスとヘラはそれを糾弾したロキとフレイヤによって追放された、と。

 

──────噴飯ものである。

 

確かに名目上はそういうことになってはいるが実際は違う、と当事者の一人である私は知っている。

 

かの黒竜によってゼウスとヘラは戦力の大半を失った、ここまでは事実だ。

 

『女帝』を始めとした彼らを絶対の最強たらしめていた覇者達の大半は黒竜によって討たれ、かろうじて生き残った者の多くも癒えぬ傷を抱えて引退を余儀なくされた。

 

──────で?

 

主力がいないからといって当時の自分達があの『怪物』達に勝てるわけがないだろう、と。

 

アルというかつての最強の領域に足を踏み入れつつある才禍が身近にいて、自分自身も英雄の領域を目前としているからこそ痛感させられる。

 

確かに力を失った君臨者が二番手や三番手にその座を奪われるのはよく聞く話で実際にそうして零落、あるいは台頭してきた者もいる。

 

当時最強の二大派閥として名を馳せていたゼウスとヘラにもそれは例外ではなく、結果的には彼らは都市を追われることとなった。

 

しかし、彼らにはそれを覆すだけの力は残っていた。

 

全盛期の【オシリス・ファミリア】などが都市に残っていればまた話は違ったかもしれないが当時はもう既に事実上の解散をしていたし、残った者達も都市の暗部に潜むことで再起を期していた。

 

確かにフィンやオッタルには突出した才能があり、それ以上の信念を持った紛れもない『英雄の器』だったがそれでも当時はまだ英雄の領域には程遠い実力しか持っていなかった。

 

『女帝』をはじめとした主力はいなかったものの手負いとはいえ今のフィンですら及ばぬ英雄達に当時の、今以上に未熟だった自分たちが勝てるものか。

 

いくら手負いで死を待つしかなかった状態とは言っても『英傑』をはじめとした覇者の生き残りはいたのだ。

 

アルが59階層で瀕死の深手を負いながらも赤髪の怪人を相手に対等以上に渡り合っていたように、牙が欠け、爪が折れたとしても覇者は覇者。

 

主力を失っていても、生き残りも数少なくとも、彼らが1000年にわたって 英雄の都に君臨し続けた最強の集団であることに変わりはない。

 

末端の団員ですら第二級の上澄み、そしてその上に立つ幹部達は今の第一級冒険者に比べてもなお怪物染みた実力を有していた。

 

主力を失ってもなお、世代で最強であるオッタルですらLv.5止まりであった当時の自分たちでは正面から挑んでも負けるどころか勝負になるかすら怪しい。

 

彼らと当時の自分たちの間にはそれほどの隔絶があった。

 

当時よりは多少マシになっていた大抗争の時点でさえ片や病魔に、片や死毒に冒されて死を待つしかなかった『静寂』と『暴喰』というかつての覇者二人にあわや都市の壊滅寸前まで追い詰められたのだ。

 

今にして考えてみればどう考えても勝てるはずが、届くはずがない。

 

ではなぜ彼らは都市から去り、全てにおいて劣っていた私たちが次なる最強として都市の頂点に立ったのか。

 

─────彼らは託したのだ。

 

黒竜討伐の失敗によって戦力の大半を失い、世界からの求心力を失くしたゼウスとヘラ。

 

自分たちの代での救世は不可能だと予期した彼らは世界から希望を失わせないためにも次代の象徴を見出だすことにした。

 

それが私たちだ。

 

次なる最強の台頭がなければ人は遅からず絶望する。だからこそ、たとえ道半ばで倒れようとも、未来への礎となるために、死に体の英雄たちは立ち上がった。

 

あるいはギルドと彼らの間に私ですら知らぬ密約が交わされていたのかも知れないが少なくとも彼らは自ら望んで次代のためにその身を捧げることを選んだ。

 

千年にもわたって隆盛を極めた英雄たちの最期には名誉も賞賛もなかった。

 

十五年前と七年前。

 

二度にわたって私たちの前に立ちはだかり、壁となった昔日の英雄達。彼らの犠牲なくして、私たちはこの場に立っていることはなかった。

 

···········だが、だからこそ、私は私たちの現状に不甲斐なさを感じずにはいられない。

 

彼らの期待に応えるために、彼らの犠牲に報いるためにこれまで地道に努力を、実績を、偉業を積み重ねてきた。

 

今はまだ、及ばないがいずれ追いついてみせるとそう誓って研鑽を諦めることなく重ねてきた。

 

だが、それでも確たる結果として私たちはアルに─────16歳の子供に身に余る重責を背負わせてしまったのではないだろうか。

 

まるでゼウスとヘラの代わりとなるかのように下界最速の速さで都市最強の頂きへ上り詰めたアルは強く、聡いからこそ今の下界の平和がいつ崩れてもおかしくない砂上の楼閣であると誰よりも重く受け止めたのだろう。

 

当時よりは強くなったとはいえいまだ英雄の領域には届かない私たちとこうしている今も最果てで力を蓄えているであろう黒き災厄。

 

刻一刻と終わりの時は迫っている。

 

だから、アルは焦ったのだろう。

 

或いは、その焦りこそが彼の才能を開花させた原因なのかもしれない。

 

────世界は英雄を望んでいる。

 

たとえ正道を捨て、異端の英雄に堕ちるとしても『最後の英雄』となろうと人知れずアルは決心したのだろう。

 

その決意は間違ってはいない。

 

黒竜の存在は遠からず、世界を滅す。今のままでは確実に黒竜に敗北し、滅亡の一途を辿ることは必定。

 

ならば、多少の犠牲を払ってでも新たな『英雄』を生み出し、世界の救済を成す他はない。

 

その考えは決して間違ったものではない。

 

だが、だが、だ。

 

「(あいつはまだ─────)」

 

 ─────子供じゃないか。

 

 英雄たるものに年齢は関係ないと言う者も居る。確かに若輩のアルが最後の英雄に最も近いというのが確たる事実であることも否定しない。

 

しかし、それでもまだあいつはまだ『守られる側』で良いはずなんだ。

 

私は自覚する。

 

私は憤っている、他でもない自分自身に。

 

何が、最強の魔導士か。

 

何が、副団長か。

 

アルフィアにも、かつての英雄達にも未だ届かぬ我が身が恨めしい。

 

アイズ達の母親代わりを気取っておきながらアルを一人にしていたことが情けない。

 

悔恨と自責の念に押し潰されそうになる。泥のような自己嫌悪に浸る。

 

だが、それでも私にはやらねばならないことがある。

 

どんなに惨めであろうと、恥辱に塗れようとも、それだけは果たさなければならない。

 

「(これ以上、アルを一人にさせるものか)」

 

 ──────エルフとしての矜持も、王族としての責務も、今は捨てよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────容認できるものか」

 

 オラリオを覆う白亜の市壁。目を凝らせばオラリオ全体を見渡せる高い壁の上でヘルメスは一人呟く。

 

風になびく稲穂のような美しい髪、細身ながら引き締まった体躯。

 

その神らしく整った面頬に浮かぶ酷薄とした表情を見て誰が今の彼をあのヘルメスだと思うだろうか。

 

常に飄々としていて、愉快犯を隠さない陽気で勝手な神。それがオラリオにおける伝令神ヘルメスだ。

 

しかし今の彼が浮かべる表情はそんな普段の彼からは程遠いものだった。凄絶なまでの苛立ちと怒り、アスフィですら知らない怒れる神の貌がそこにはあった。

 

彼の視線は都市の端、ちょうどダイダロス通りがある方に向けられて止まっている。

 

彼が見出した二人の英雄候補。

 

ゼウスとヘラの残り火であるあの兄弟こそ救世を成し遂げる最後の英雄になり得る英雄の器だとヘルメスは確信している。

 

だからこそ、こんな所でその輝きに翳りが見えてしまうことは許容できなかった。

 

異端の怪物をかばったことで当代最強の英雄たるアルの名声と立場は失墜しかけている。

 

そして弟もそんなことを兄に背負わせた罪悪感でその魂の輝きを曇らせつつある。

 

そんなこと容認できるはずがない。

 

誰に宣言するまでもなくヘルメスの神意はここに確たるものとして固まった。

 

どんな手を使ったとしても必ず再起させる。

 

──────たとえ、結果として英雄と少年の決断を踏みにじることになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

············こんなに幸せでいいのか、俺?

 

まだ事を起こす前だってのにこの空気感だけで色々爆発してランクアップとかしてしまいそうだぞ········?

 

このままこの空気の中でゆっくりしていたいけどそうもいかねえなぁ。

 

名残惜しいけどアミッドに詫びいれてリューに根回ししておいたし、そろそろベル達のとこ行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

アルがゼウスとヘラの系譜だと異端児編前から知っていたのはヘルメス、フレイヤ、オッタル、リューくらい。

 

 

 

描写する機会が中々ないけどアルはヘスティア(弟の主神)とアスifでのアストレア(自分の主神)以外のギリシャ系女神にはかなりかしこまった口調だったりするよ。

 

なのでアルテミスやデメテル、あとアフロさんに対しても一応へりくだる。

 

その代わりにウラノス以外のギリシャ系男神には大体キツいよ。

 

 

 

 

 

 

【強くなる前にアル・クラネルを殺害しよう!!】

なんかめちゃめちゃ強い過去編ボス「殺す!!」

 

ショタアル「じゃあ逃げるわ」

 

なんかめちゃめちゃ強い過去編ボス「えぇ」

 

時系列が前であればあるほど曇らせ関係で焦っていないのでこれはあんまり美味しくないと判断した時点でガン逃げしますので逃げられないように事前に人質でも取りましょう、相打ちを狙ってきます

 

【殺せる確率】

人質≫足手まといあり>初見のデバフを掛けまくる>格上が単純に物理で殴る>数の暴力≫≫≫≫暗殺

 

 

【最終的な強さ】

静穏アル≧古代アル>女帝アル(tsフレイヤF)≫アストレアアル>本編アル>アミッド√>聖女アルちゃん

 

静穏は本編の上位互換

女帝は本編からベル要素を抜いて最適化

アミッド√はバフに全振りした魔法剣士

聖女アルちゃんは死なないヒーラー

 

精神性が歪めば歪むほど強くなりますが古代は例外。

 

 






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135話 そしてお前らに拒否権はない



2日連続更新を休んでしまって申し訳ありません、少し体調を崩してしまってました

せっかくのゴールデンウィークなのに熱が下がらねえ………






 

 

 

 

 

 

「アルフィアは【ゼウス・ファミリア】のザルドとともに巨悪をもって私達、次代の冒険者の『壁』となった。·············それが真に悪だったとは私には思えない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『剣聖』の蛮行は瞬く間に都市中へと広まった。都市の誇りである英雄が禁忌を犯した事実は衝撃的なもので誰もが驚き戸惑っている。

 

そんな混乱と嫌悪が渦巻くなか、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地である『竈火の館』では重苦しい空気が流れていた。

 

「すごい大事になってしまいましたね···········」

 

 テーブルの上に広げられた新聞を見ながら呟いたリリルカの言葉に誰も答えようとはしない。記事の内容はほとんどが今回の騒動について。

 

【ロキ・ファミリア】の手から逃れて都市に散った武装したモンスターを恐れる市民の声やモンスターを庇い立てした末にモンスターを逃がすために戦ったことに対しての様々な憶測が飛び交う。

 

煩雑な記事の中にはアルがモンスターをけしかけた、とまで書かれているものもあった。

 

これまで築き上げられてきた名声が大きいからこそその反動は大きい。特に冒険者にとって憧れの対象であり、一種の象徴とも言える存在が起こした事件はあまりに大きかった。

 

皮肉にもそのおかげで本来の当事者である【ヘスティア・ファミリア】への非難はほとんど無いに等しい。

 

「············ああ、さすがに彼らの正体はバレてないみたいだけどね」

 

 土壇場の『勇者』の機転によって異端児たちの存在が民衆に露見することだけは避けられた。

 

民衆の間では憶測と噂だけが独り歩きしており、真実を知っているのはごく一部の関係者のみ。机に広げられた記事を覗き見るリリルカとヘスティアの表情も暗いものとなる。

 

都市に蟠っていく不安と恐怖。下界の民が抱えるモンスターへの嫌悪と忌避感は計り知れないものがある。

 

「命様、春姫様、街の様子はどうでしたか?」

 

「直接の騒ぎが起きていたりはしていませんでしたが··········その空気は···············」

 

 そんななか、食料品などの調達に出ていた命と春姫が帰ってきた。ふたりとも疲れたような顔をしているのはやはり、街中の雰囲気によるものだろう。

 

眉根を寄せながら言葉を濁す春姫が言うには都市の人々はモンスターに対する警戒心と不安をあらわにしているとのこと。

 

そうですか、とだけ返したリリルカの隣に座っているベルに視線を向ける。沈痛な面持ちをしている少年は未だに一言も発していない。

 

本来、自分が背負うはずだった排斥の眼差しと悪意。それをすべて兄が受け止めたという罪悪感が重くのしかかっているのだろう。

 

そんなベルを見かねたのか、少女達は言葉をかけようとするが先に立ち上がったのはベルだった。

 

椅子を引く音に全員の目が向けられる。苦慮に歪む顔のまま、ベルは絞り出すように声を出す。

 

「···············街に行かせてください」

 

 ヘスティアを真っ直ぐに見つめ、懇願するように頭を下げる。外出の許可を求めるベルの姿に誰もが驚きのあまり目を丸くする。

 

「外出して何をするつもりだい?」 

 

 今のベルは()()()。下手をすれば暴走しかねないとヘスティアは判断していた。

 

だからこそ事態がある程度落ち着くまではホームにいることを厳命したのだ。

 

「それは·················」

 

「アル君のことを気にしているのかい?」

 

 あの事件からベルへの非難の視線や声は驚くほど少なかった。あるのは『剣聖』の弟であるがゆえの腫れ物に触れるかのような態度。

 

それが何よりも辛かった。兄の名誉を傷つけてしまったことも、何もできなかった自分自身も許せない。

 

そんな思いが溢れだしてくる。あの時、自分は何も出来なかった。自分の無力さに歯噛みしながら、ただ黙って見ているだけだった。

 

情けない、悔しい、辛い、悲しい、様々な感情が胸中で混ざり合う。耐えられない。

 

だから、せめて、何かしたい。何かをしなければ気が済まない。そう思ってしまう。

 

本来、ベルが負うべき民衆の負の感情の全てはアルへと向けられている。ベルにはそれがどうしても耐えられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

斬る、斬る、斬る。

 

雑念を斬り払うようにひたすら剣を振るう。怪物の返り血すら斬り捨て無心で刃を振り続ける。

 

ふと気づけば、辺りにはもう何もいなかった。視界に映るのは、倒れ伏した怪物の死体だけ。

 

必要以上に荒くなっている呼吸と動悸を煩わしいと思いながら怪物の死体に残っている魔石を踏み砕く。

 

氷のような冷徹さと焼き付くような激情が混ざり合う心が歪むように悲鳴を上げる。

 

それを無視して、少し離れたところでまだ僅かに動く怪物の腕や足を剣で切り落とす。そして完全に動きを止めてから、その心臓部分にある魔石を剣で貫いた。

 

スキルどころか魔法すら使わない作業、金銭のためでも経験値のためでもないただの殺戮。

 

何度も、何度も、何度も、何度も、モンスターが湧き出てくるたびに同じことを繰り返す。

 

ここは深層37階層。

 

巨大な乳白色のドームの中にいるかのような不思議な感覚を覚える壁面と果てしない広さの円形の領域全体が白濁色に染まっている。

 

仄かに輝く燐光は天井から降り注ぐものであり、この空間の光源はその輝きのみだ。

 

しかし、この領域に足を踏み入れた者はそんな神秘的な光景よりも先に別のものに目を奪われることになるだろう。

 

それは地面を埋め尽くすほど大量に湧き出るモンスターの運河。一体一体が第二級冒険者でなければ倒せないほどの強力なモンスターたち。

 

それが数十という単位ではなく数百にも及ぶ数で新たに生み出され続ける魔界の様相。

 

こここそが一定数を上限にモンスターが無限のごとく湧き出る『闘技場』と呼ばれる大型空間である。

 

今しがた殺し尽くした怪物がもう補填され始めていることに苛立ちを覚えながら次の獲物を求めるように歩み出す。

 

「【──────目覚めよ】」

 

 ゴウッ、と風を切る音が闘技場に響くと同時に斬撃が飛翔する。風を巻き込んで飛来した斬撃は数体のモンスターを両断して、その後ろに控えていたモンスターたちをも巻き込んでいく。

 

リザードマンの上位種であり巧みに武具を扱う『リザードマン・エリート』。

 

骸骨の前衛戦士であり、剣や盾を装備した『スパルトイ』。 

 

低躯な人狼型の魔物で群れを成し襲い掛かってくる『ルー・ガルー』。 

 

驚異的な隠密能力を持ち、戦闘においては骨のパイルを操る骸骨の二足羊『スカル・シープ』。

 

第二級の上級冒険者であっても適切な対策を施さなければ死を免れない劇毒の針を持つ蛇蜥蜴『ペルーダ』。

 

強化種すら交じったそれらの怪物たちが次々現れるが、それら全てを瞬く間に葬り去っていきながら風音は歩いて行く。

 

スカル・シープやスパルトイが四方八方から襲いかかってくるが、それらの攻撃を難なく見切っていく。

 

右から来たスカル・シープは首を落とし、左から来たスパルトイは胴体ごと真っ二つにして、正面から飛びかかってきたリザードマン・エリートはそのまま蹴り飛ばして地面に叩きつける。

 

一体一体が第二級冒険者にも匹敵するLv.3相当からLv.4相当のモンスターが矢継ぎ早に現れては襲ってくる状況だというのに一切の焦りを感じさせない。

 

まるで散歩をしているかのように悠然と歩を進めながら次々と敵を屠っていく。その姿からは荒ぶ内心とはうらはらに余裕さえ感じられる。

 

第一級冒険者であっても踏み入ることはしない『闘技場』。

 

無尽蔵に湧き出るモンスター同士が延々と殺し合いをすることで強化種を無数に生むという特性を持ったこの空間。

 

あるいは40階層以降よりも危険なこの場所に彼女は──────アイズ・ヴァレンシュタインはたった一人で挑み続けていた。

 

「────────フッ!!」

 

 風のように駆け抜けた彼女の一閃が迫りくる四体のリザードマン・エリートの首を刈り取り、そのまま勢いを殺すことなく疾走に疾走を重ねていく。

 

並の冒険者では反応すらできない速度域で戦場を疾駆しながら怪物たちを次々に斬り伏せていき、一陣の風となって突き進む姿はまさに暴風の化身。

 

精霊の神風を纏う彼女を止められるものはここにはいない。しかし、それでも無限に湧き続ける怪物たちは尽きることなく、いくら彼女が暴れてもその数は一向に減らない。

 

誕生に次ぐ誕生を繰り返し、際限なく増え続ける怪物たち。しかし、その地獄のような光景を見てなお、アイズは微塵も怯まない。

 

むしろ、より一層の闘志を燃やしてさらなる加速を見せる。再誕の速度を遥かに上回る速度で怪物たちを狩り尽くしていく。

 

鏖殺に次ぐ鏖殺。血飛沫が舞い、臓物がぶちまけられ、血風が吹き荒れる。終わりのない殺戮。しかし、そんな光景の中でも彼女だけは戦い続けている。

 

怪物の波濤に飲み込まれそうになりながらも、決して止まろうとせず、ただひたすらに前へ、前へと進んでいく。

 

「(まだ··········足りない)」

 

 だが、目の前に広がる絶望的な光景すら彼女の心を動かすには至らない。そんなものでは、この衝動を止めることはできない。

 

こんなことをしている場合ではない、と心の中の冷静な部分が囁く。

早く地上に戻らなければ、という想いが脳裏に浮かぶ。

 

しかし、その想いとは裏腹に身体が前に進もうとする。もっと多くの怪物を殺したいという欲求が膨れ上がる。理性が本能に塗り潰されていく感覚。

 

まるで、自分のものではない何かに心を支配されているような激情に苛まれる。

 

彼女が一人でこんなところまで潜っているのはひとえに現実逃避のためだ。

 

「こんなことをしているぐらいなら··········」

 

 直接アルと話した方がいい、とわかってはいるのだ。分かっていても言葉を尽くせない、有り体に言ってしまえば会う勇気が出ない。

 

アルに会うことも、異端児を問い詰めることもできない。憂さ晴らしのように深層に潜り、こうして怪物を殺し続けるだけ。

 

異端児という人間のような怪物を否定するように、怪物のような有様の人間である自分を否定して何もかもを忘れるために戦うことに没頭している。

 

だからといって、このままでいいはずがない。斬っても、斬っても、斬っても、この衝動は収まらない。

 

血風の中で一人佇む彼女に怪物たちの攻撃が集中する。四方八方から押し寄せる怪物たちを剣で薙ぎ払いながら、苛立ちをぶつけるように叫風を放つ。

 

ダンジョンによるモンスターの増殖速度を上回るほどの圧倒的な殲滅速度を以て、怪物たちを駆逐し続ける。

 

「っ!!」

 

 苛烈さを増せば、それだけ敵の密度が増す。四方八方から迫り来るモンスターの群れに剣を振り回しながら、思考は千々に乱れる。どうすればいいのか分からない。

 

何が正しいのかも分からず、自分が何をしたいのかすらもわからない。迷宮の深淵を覗き込むかのような暗鬱な感情が脳内を埋め尽くす。

 

その果てしなく深い暗闇に囚われそうになった時、ある少年の顔を思い出す。

 

「············アルの弟」

 

 配色以外はアルと似ても似つかない温和な兎のような風貌をした少年。あの時気にも留めてなかったが、今思えば彼はどうしてあんな場所にいたのだろうか?

 

いや、それ以前にそもそもの話モンスターを初めに庇ったのはアルではなく彼だった。

 

今回の件における全ての発端となった彼はなぜモンスターを庇ったのだろうか?

 

オラリオに来たばかりの彼はアルのように長い間、異端児に接してきたわけではないはずだ。

 

なのに、なぜあのようなことをしたのだろうか。

 

アルほどではないにしろ冒険者として名が売れている彼が大衆の前でモンスターを庇ったとなれば民衆や同業からの非難は免れない。

 

都市全体からの排斥はもちろん、下手をしたら冒険者による私刑を受けかねない大問題になるのは目に見えていただろう。

 

それほどまでにモンスターと人類の間にある溝は深く、隔絶されたものだ。

 

それにも関わらず、ベル・クラネルはモンスターを庇うという愚行を犯した。

 

まだ、アルは他を顧みぬ超越した我の強さと日頃の破天荒さが重なって起きた事だと納得できなくもないが、ベルは違う。

 

或いはアルに感化された部分はあったかもしれないが、それでもそこまでのリスクを冒してまでモンスターを庇う理由にはならない。

 

彼の行動は他人に強制されたものではなく、紛れもなく彼自身の意志によって為されたもの。

 

そこにはどんな事情があったとしても他者の介入など許されない。

 

だからこそ、アイズは理解に苦しむ。

 

いくら人間に似せたような感情を持っていたとしても怪物は怪物。人類の敵であることに変わりはない。彼とて怪物によって引き起こされてきた悲劇と嘆きの歴史を知らぬわけではなかろうに。

 

「─────ベル、か」

 

 少しだけ、ほんの少しだけだが、興味が湧く。あるいは彼にこそ話を聞いてみるべきなのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────僕はあの人達を、ウィーネとリドさん達を助けたい」

 

 ヘスティアと団員全員が揃う前でベルは自らの覚悟を口にした。ファミリアの団長としてあってはならない私欲の願い。

 

ファミリアとしてではなく個人で動こうとしたベルを諌め、問い質すヘスティアにベルは胸の内を全てを語った。

 

フェルズからの伝令によってダンジョンに戻れていない異端児が未だ複数いることが分かってしまった。

 

このまま少しずつでもダンジョンに戻れるのならいいがその前に冒険者に見つかってしまったら最悪、囲まれて殺される危険性もある。

 

異端児たちの安全を考えるならば今すぐに助けに行くべきだが、それは自分たちの立場を危うくすることに直結してしまう。

 

いまや、異端児達の存在は地上に進出してきたモンスターとして都市にとって最も大きな脅威とされてしまっている。

 

ここまで来た以上、見なかったことには、知らなかったことにはできない。だからこそべルは一人でも動くつもりだった。

 

──────異端児達を助けるか、助けないのか。

 

ベル個人の方針ではなくファミリア全体の方針を定めるべきだとヘスティアは言う。

 

もはや個人の域で収まる問題ではなくなっていることはベル自身も理解していたが、それでも行動せずにはいられない。

 

もしここで何も行動を起こさなければ間違いなく後悔することになる。そんな確信があった。

 

しかし、当然のことだがそれではファミリア全体を巻き込んでしまうことになる。

 

だからファミリアから離れて単独行動するつもりですらいたのだが、それは許さないというのがファミリアの総意だった。

 

「···········今度は俺達を頼れよ、ベル」

 

 ヴェルフが不敵な笑みを浮かべてベルに語りかける。その隣では命も同意を示すように首肯した。気がつけば全員が自分の方を向いていることにベルは少し驚いたが、嬉しくもあった。

 

一人ではなく、皆が支えてくれる。その安心感がベルの心を満たしていく。

 

「ベル様は、どうしたいんですか?」

 

 ベルの瞳を真っすぐ見つめて問いかけるリリルカ。その質問の答えなど既に決まっている。皆が自分の考えを待ったまま沈黙が流れ、やがてベルは口を開いた。

 

「───────僕はあの人達を、ウィーネやリドさん達を助けたい」

 

 ヘスティアと団員全員が揃う前でベルは自らの覚悟を口にした。それは破滅のリスクを承知の上で、都市そのものに刃向かう行為。

 

都市に住まう冒険者全てを敵に回す可能性すらある。それを分かった上でベルは己の胸の内を仲間達に語った。

 

元はといえば自分が始めたことでファミリアの仲間たちはそれに巻き込まれているだけ。そんな状況で巻き込むわけにはいかないと考えていたベルだったが、そんなベルの考えを見透かしたかのように、春姫が静かに微笑んだ。

 

それはいつものような優しく穏やかな春の陽気を思わせる笑顔。しかしその眼差しは真剣で、決意に満ちていた。

 

言葉はなくとも春姫も命もリリルカもヴェルフも、そしてヘスティアもベルの意思に賛同するように強く首を縦に振る。

 

「············っ、ありがとう」

 

 ベルは目頭が熱くなる感覚を必死に抑えながら感謝の言葉を述べた。

 

「············決まりだね、ボク達みんなでウィーネ君達を助けよう!!」

 

 明るげな声で宣言するヘスティアに全員の顔が引き締まり、全員の表情に覚悟が宿る。

 

「【ロキ・ファミリア】を出し抜かなくてはならないとは相手にとっては不足はなしどころではなさそうですね」

 

「せめて、義兄様と合流できればいいんですけどねぇ」

 

 仮想敵がかの最強派閥であることを考えれば、この救出作戦の難易度は並大抵ではない。自分達の手に余るかもしれないという不安がベル達の胸に渦巻く。

 

しかし皆で協力すれば不思議と勝算がないわけではないような気がしてくる。

 

口々に意見を交換しながらこれからの対策を話し合う中、ベルはふと窓の外を眺めた。雨は上がり、雲間から太陽の光が降り注ぐ。

 

まるで誰かが希望を託してくれたかのような暖かな日差しがオラリオの街に降り注いでいる。ベルは拳を強く握りしめる。

 

「みんなでウィーネ達を助けよう!!」

 

「「「「「おおー!」」

 

 ベルの声に合わせて、その場にいる全員が一斉に声を上げる。こうしてベル達は、異端児達を救出するために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

カンカンカン、カンカンカン。

 

「「「「「「─────?!」」」」」」

 

 ドアノックを叩く音に皆の肩が跳ねる。まさか、【ロキ・ファミリア】か、と警戒したが無視するわけにもいかないとドアを開けるとそこには─────

 

「やっほ、ベル」

 

「に、兄さん?!」

 

 ここ数日、オラリオから姿を消していたアル・クラネルがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アステリオスイベント潰しちゃったし、多分、13,14巻分のイベントも俺が先に解決しちゃったからこのままだと【ヘスティア・ファミリア】、強化足りないよな。

 

と、思ったのでやってきました『竈火の館』。なんかイイ話オーラが漂ってたので話し終わりそうになるまでちょっと待ってたけど。

 

始高シリーズとか作れないと後々に響きそうだし、その分俺が直々に鍛えてやろう。

 

安心しろ、【ロキ・ファミリア】の誰よりも教えるの上手い自信あるから。

 

大丈夫、俺の言うとおりにしてれば第一級すぐなれっから。

 

大丈夫大丈夫、手取り足取りとは言わないまでもちゃんと鍛えてやるよ。

 

········別に変なことはしねぇよ。

 

················いや、だから大丈夫だって。

 

················ベル、なんでそんな怖がってんの?

 

何? アステリオスが·············?  

 

なるほど、アイツは締める。

 

そしてお前らに拒否権はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

ヘスティアファミリアの修行成果は後々。

 

ベル→ばりクソスパルタ。アステリオスと同レベル

 

ヴェルフ→ベルよりはマシ。年上なのにめっちゃ腰低くなる

 

命→二人よりはマシ。リド達と同レベル。

 

リリルカ→やさしい。指揮特化フィン

 

春姫→やさしい。並行・高速詠唱

 

ヘスティア→料理。竈の女神覚醒編

 

まあ、数日じゃあ大して鍛えられんので本格的に実力つくのは異端児編以降ですね



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136話 だっていつ来ても良いって言われたし……




期間空きすぎて申し訳なかったです········。

体調不良自体はそこまで長引かなかったんですがスランプに入りまして中々続きが書けませんでした。

何があろうと死なない限りは失踪だけはしませんのでよければこれからもよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】の本拠、戦いの野。

 

都市最大にして最強の派閥である美神の団員達が日夜、文字通り血反吐を吐きながら訓練とも言えぬような鍛錬に明け暮れる血と戦の荒野。

 

深層の死地すら霞むほどに苛烈な戦場では今もいずれもが歴戦を誇る眷属達が裂帛の気合いと共に刃を交わしている。

 

そんな激戦区の一角で唯一、誰とも向き合わずに槍を振るう猫人の姿があった。

 

背丈ほどの長槍をまるで手足のように自在に操り、架空の敵へ向けて時に薙ぎ払い、時に刺突し、時には石突きで殴打する。

 

その槍捌きは荒々しく猛々しいがいずれの所作も洗練されており、見る者を虜にする美しさがある。

 

猫人の青年――アレン・フローメルは感情を排した機械的とも言える動きで槍を繰り出し続ける。

 

戦いの野で日夜しのぎを削っているのはLv.1からLv.4の一般団員たちであり、第一級冒険者である幹部たちは様々な理由から戦いの野での対人戦を禁じられている。

 

普段、アレンのような幹部が鍛える際はダンジョンに潜るのだが今は地上に現れたモンスターの一件のせいで叶わない。

 

「··············チッ」

 

 氷のようだった表情がほんの少しだけ歪む。抑えようともしていない苛立ちが湯気のように輪郭を帯びて滲み出ている。

 

その様には恐れ知らずの団員達ですら思わず背筋を震わせる。アレンの苛烈さは幹部の中でも随一だ。しかもその苛立ちが長槍に込められているとなればもはや誰も何も言えないし触れられない。

 

女神の為であれば自死すら躊躇わないであろう団員達も自分達を容易く噛み殺せる魔猫の虎の尾ならぬ猫の尾をわざわざ踏むような愚行はしない。

 

行き場のない殺気を持て余し、アレンは槍を振るう。既に何千、何万と繰り返した動作に淀みはなく、流麗ですらあるがどこか荒々しい。

 

ここ数日、アレンはずっと不機嫌さを隠そうともしていない。

 

その原因は言うまでもなく地上に現れたモンスターの一件、そのモンスターたちを【ロキ・ファミリア】の『剣聖』が庇ったということだ。

 

無論、アレンにとってモンスター······怪物は故郷と家族を奪った忌まわしき仇であり、叶うことなら皆殺しにしてやりたい憎むべき対象だ。

 

だが、今回のことに関する苛立ちはアルがそんなモンスターを庇ったからでは断じてない。

 

「(·········クソッ、何をしてやがるんだ、あの野郎は)」

 

 現在、オラリオにおいて『剣聖』アル・クラネルは英雄の立場でありながらモンスターに味方した背信者として扱われている。

 

実際にその様を見た者があまり多くないこととギルドや主要ファミリアが情報統制してるが故に今はまだそこまで深刻ではないが、いずれそう遠くないうちに事は誰にも止められないほどに大きくなるだろう。

 

そしてそうなればアルはこれまでに為し遂げた偉業も功績も全てが否定され、これまで築き上げてきた地位も名声も全て失うことになる。

 

行き着く先は破滅か追放か。

 

積み上げてきた輝きがまばゆければ まばゆいほどそれが墜ちた時の反動は大きく、醜く堕ちていく。

 

人類にとってモンスターが不倶戴天の敵であるのは紛れもない事実だ。

 

モンスターの脅威により近いオラリオの住民にとっては尚の事である。

 

衆目の前でモンスターを庇うなんてことをすれば糾弾される立場に立たされることになるのは馬鹿でもわかる。

 

それがわかっていながら何故アルはモンスターを守ったのか?

 

前々から悪い意味で常識で測れないところが多々あるとは思っていたが今回に関してはさすがに理解できない。

 

「(あの方はなにか感づいている様子だったが·········)」

 

 18階層での武装した強化種の大進行に始まって次々と現れた異常事態の数々。

 

いずれをとっても尋常ではなく本来であれば最大派閥の片割れである【フレイヤ・ファミリア】はその鎮圧のために動くよう要請されるはずだ。

 

だがしかし、今回に限っては事態がどれだけ深刻になろうともダンジョンへの立ち入りさえ許されずあろうことかギルドはここまで大きくなった今回の一件を【ガネーシャ・ファミリア】に一任すると決定した。

 

確かに全派閥最多のLv.5を擁するあのファミリアならば大抵の事柄はどうにかできるかもしれないが、それでも限度はある。

 

今回の件はフレイヤとロキの派閥が協力して事に当たらなくてはならないほど厄介なもののはずなのだ。

 

なのにギルドがこのような決定を下したのには何か裏があるようにしか思えない。

 

まるで知られてはならない事が何か裏にあるようではないか。

 

その辺りのことをアレンの主であるフレイヤは何か勘づいていたようだがわかっていてギルドの思惑に素直に従うその神意まではアレンに量ることは出来ない。

 

「────ッ」

 

 それにしても苛立たしい。この数日間、ずっと我慢してきたがそろそろ限界が近かった。

 

アルがどんな目に遭おうとも知ったことではないしむしろ良い気味だと思う。

 

だが、アル自身がそれをよしとして容認していることがアレンには我慢ならないのだ。

 

アルのやったことは確かに排斥されて然るべきことではあるがアルの力を持ってすればこの程度の世論の傾きなど力尽くでどうにでも出来る。

 

弱者がどれだけ声高に喚こうが強者の暴力の前には塵芥に等しい。だというのにアルはそれを良しとしない。

 

全てをひっくり返し自分の思うままに物事を突き通せるだけの力を持っておきながら自ら姿を隠し、汚名を灌ごうともせずに影に潜む。

 

そのあり方が気に障って仕方がない。

 

アレンにとってアルは嫌悪の対象であると同時にオッタルと同じように これから自らの手で下さなければならない壁だ。

 

『英雄』はその栄光を失った段階でただただ大きな力を持っただけの怪物に成り下がる。

 

ただの怪物をわざわざ付け狙う趣味はない。ただ強いだけの怪物ならば ダンジョンでいくらでも倒している。

 

違うのだ、アレンが超えるべきは、美神の戦車が真に轢き殺すべきは自分以上の英雄でなければ意味が無い。

 

故郷を奪った黒竜への憎しみとはまた別種の暗い怒り。

 

このままアルが戦う力すら持たない無辜の民衆によって英雄の立場を追われ、ただの怪物に成り下がるくらいなら差し違えようども自らの手でなんとしてでも葬る。

 

「(たとえ女神の意思に反する結果になろうとも──────)」

 

 『あいつ(当代最強)』にゼウスとヘラ(前時代の最強)と同じ轍は踏ませない。

 

いざとなれば英雄のまま殺してやる。

 

アレンはギリ、と歯軋りをしてから槍を背に担ぎ血花の荒野を後にする。もはや黙々と槍をふるっている気分ではない。

 

たとえ不敬だとしても主であるフレイヤに自らが動く許可をもらうための直談判をするために館の中へと戻る。

 

「猪野郎にも、『勇者』にも譲らねぇ」

 

 何としてでもフレイヤに動く許可を貰う────否、ここからは独断で動くと宣言をしに荒野とは打って変わって瀟洒な廊下を進む。

 

向かう先は言うまでもなくフレイヤの自室だ。

 

団員のほとんどは外で鍛錬をしており、ヒーラー達も今は外でいつ重傷者が出てもいいように待機しているため館の中は静寂に包まれている。

 

アレンは足音一つ立てずに歩くとそのまま目的地にたどり着く。そしてノックをしようとした瞬間、中から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

アレンは咄嗟に足を止めて耳を澄ます。中にいるのは二人、片方は敬愛してやまないフレイヤの声だ。

 

そして、もう片方は────

 

まさか、とアレンが目を見開いた瞬間中での話が終わったのかドアが開かれ、その人物が出てくる。

 

「ん? おっ、アレンか」

 

「──────────────────────────────────────────────────────は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっほ、ベル』

 

 ··········兄さんが僕たちのホームに突然やってきた。

 

どうやったのか【ロキ・ファミリア】や他の冒険者の監視の目を縫ってきたらしい。傍から見ても彼らの監視の目は鋭く、かなり厳しいものだと思うのだけど、どうやって掻い潜って来たのだろうか。

 

驚きを隠せない僕たちを置いてけぼりにして兄さんはさも当たり前のように話を切り出す。

 

兄さんの話ではダンジョンに戻れない異端児達の大体の場所の目星はついているけど他の冒険者に見つからずに彼らをダンジョンに連れ帰るのは難しいとのこと。

 

『まぁ、最悪全員ブチのめせばやってやれないことないんだけどな』

 

 ··············それはさすがにやらないでほしいし、兄さんにはやってほしくない。

 

でも確かに今、都市は緊迫した空気に包まれている。異端児達が都市の脅威とみなされているのは事実。あらゆる派閥の冒険者によって警吏の巡回も強化されている。

 

そんな中、異端児達を連れてダンジョンに潜るのは至難の業だろう。でも、そんなことは百も承知で僕は行くつもりだった。

 

そんな僕の考えを読んだように兄さんは言った。

 

『フィンとリヴェリア·······あーあとアイズはこっちで抑えるがそれ以外の幹部やアキ達まではさすがに手が回らん』

 

 全員ぶっ飛ばす前提ならまた話は違うんだが、と付け加えながら兄さんは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

『お前らだってさすがに正面から行こうと思ってたわけじゃねえだろ、俺が目いっぱい目立つからお前らはアキ達に見つからないようにあいつらをダンジョンまで送れ』

 

 兄さんと【フレイヤ・ファミリア】の団長を除けば都市最強の階梯であるLv.6三人を押さえられるだけでもかなりの戦力ダウンになるはずだし、指揮系統も混乱させられる。

 

それに加えて僕たちの存在を露見させないためにあえて派手に動くことでこちらに注目を引き付けないようにするということだった。

 

元々、僕たちだけでは『勇者』の指揮を抜けることは正直難しいと考えていた。けど兄さんがいるなら限りなくゼロに近かった勝機がかなり上がるはず────

 

『とはいえ決行のタイミングまでまだ結構時間があるからちょっと鍛えてやるよ』

 

『················えっ?』

 

 僕はアステリオスさんから聞いていたのだ、兄さんの鍛錬は地獄を見るほどに辛いということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ステータスを上げるための実践訓練は前提として個々人に対する訓練はどうするかな。

 

レフィーヤみたいに深層に連れて行ければその辺の細かいこともおのずとついてくるけど流石に今の状況でそんなことできないしな。

 

サンジョウノ・春姫は【レァ・ポイニクス】で精神力供給と自爆した際の保護をした上で並行詠唱、高速詠唱。

 

ヤマト・命は武神タケミカヅチの元眷属だしそこら辺は教えることないから教えてなさそうなきったねぇ技とか考え方を植え付······教えよう。

 

ヴェルフ・クロッゾは鍛冶自体は教えられること何もないから精霊関連の融通と深層域のドロップアイテムあげるぐらいか。

 

リリルカ・アーデはどこまでフィンに近づけられるかだけどこんな短期間じゃ無理だし、今は【ロキ・ファミリア】やヘディン、闇派閥残党のやり口の判例を目いっぱい教えられるだけ教えよう。

 

そして、ベルは···········まぁ、倒れるまで実践しかない、か?

 

アイツに関しちゃベートがいるから下手に俺が教えんのもあんま良くないだろうからな··········。

 

いや、アイツらの訓練よりもまずは不確定要素を潰す方が先か?

 

─────対【ロキ・ファミリア】大作戦実行までに俺がやるべきことは二つある。

 

それはベル達の訓練と負け筋を潰すための手回しに他ならない。

 

まず、今回の件におけるこっちの明確な敗北条件は異端児が冒険者や闇派閥の信徒によって一人でも殺されることだ。

 

異端児達が都市の脅威と見なされている以上、作戦の途中で彼らが害されることは十二分にあり得る。

 

とはいえフィンや幹部たちには前回の接触で十二分に異端児達がただのモンスターではないということを認識させている。

 

よほどのことがない限り【ロキ・ファミリア】は異端児達を殺すのではなく生け捕りにしようとするはず。

 

【ガネーシャ・ファミリア】は表向きはともかく実情はこちら側に近い。

 

異端児達が本当に危険と判断されれば切り捨てにかかる可能性はあるが··········まぁ、ガネーシャはそんなことはしないだろう。

 

その他の派閥に関してはそもそもあいつらを殺せるだけの力を持っている派閥はない。

 

イシュタルの残党やヘファイストスの上級鍛冶師、点在するLv.5の第1級冒険者には多少気を配る必要があるだろうけど基本は問題ないはずだ。

 

だから異端児達がもし闇派閥以外に殺されるとしたらそれは【フレイヤ・ファミリア】に他ならない。

 

一般団員ならばまだしも幹部連中は今の異端児達じゃ勝ちようないし、フィンたちとは違って容赦もしないだろう。

 

オッタルに至っては異端児達が全員でかかったとしても秒殺必至だ。

 

原作からして今回の件で積極的に行動することないだろうけどフレイヤはいまいち気まぐれで行動が読めない。

 

あの女神がいつどこで何を起こすのか予測するのはさすがの俺でも不可能だ。

 

ウラノスが動かないように手を回しているし、フレイヤ自身ベルの輝きとやらが曇らないようにするはずだから異端児をどうこうしようという考えはないと思うんだが万が一があったら俺一人じゃ幹部連中全員を止めることは正直厳しい。

 

だから··········うん、面倒だがベルたちの訓練を始める前に直接フレイヤんとこ行って話通しておくか。

 

今の立場上アポイントメントとか取れるわけないけどこっそり侵入してもいいよな?

 

フレイヤのやつ、前に来たかったらいつ来てもいいって言ったし。

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

アレン「このまま落ちぶれるくらいなら英雄のままぶっ殺してやる」

 

物理的にも名声的にもアルが他の誰かに殺されるぐらいなら事情とか全部かなぐり捨てて自分の手でぶっ殺してやる、という考えのアレン。

 

 

 

 

アル「正面からは今の立場的にもあれだしそもそもオッタル達が通さねえよな··········」

 

アル「············なんかもう考えるのめんどくせーし警備の目を盗んで不法侵───忍び込んで直接フレイヤだけに話通しに行くか」

 

色々考えたけど途中で面倒くさくなって強行手段に出た変態白髪。

 

 

 

 

フレイヤ「来たかったらいつ来てもいいのよ」

 

不法侵入してもいいとは言ってないフレイヤ。

 

 

 

 

クロエ「私が教えました」

 

ショタ時代の変態白髪にそういった悪用し易い隠密技術を教えた戦犯。

 

 









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137話 疫病神に疫病神と呼ばれる男


··············ごめんなさい(第9章開始から5ヶ月弱経過して現在、六話目)


このペースだと完結までに3年ぐらいかかりそうなのでいろんな本を読んで読む気を高めています

読む意欲と書く意欲って連動するんだなって

とりあえずオラリオ・ストーリーズとアルゴノゥト、19巻を読まなきゃ


 

 

 

 

 

オラリオ南部。綺羅びやかなアクセサリーや魔石製品を扱う店々が立ち並ぶ露天街から少し離れた路地裏。

 

繁華街にほど近く他の地区に比べてやや治安が悪いとはいえ、まだ日が高いこともあってこの辺りは物乞いや酔い潰れた冒険者などの姿も少ない。

 

何よりここ最近のモンスター絡みの騒動は荒事に慣れている住民たちにとっても不安の種であり、上級冒険者の警邏があるとはいえ無闇に歩こうとはしていなかった。

 

それでも、都市の暗部である薄暗い路地裏にはぽつりぽつりと人の姿はあった。ある者は露天街から盗んできたのだろう、安物のアクセサリーを熱心に磨いていた。

 

ある者は地面に座り込み、俯きながら何かをぶつぶつと呟いている。ある者はボロボロの布で全身を包み、道端に寝転がっている。

 

英雄の都であるオラリオの輝きが強ければ強いほどその影も濃くなっていくのは道理であり、【ガネーシャ・ファミリア】の警邏の目も届かないこの場所にはスラムの住人が息を潜めて生活している。

 

「───────」

 

 そしてそんな陰鬱とした裏路地に音もなく進む一つの人影があった。紺色の外套で全身を覆い隠し、顔はすっぽりとフードで覆われている。

 

それなりの速度で歩いているにも関わらず足音どころか衣擦れの音すら発さず、気配すらも希薄な人影は路地裏を縫うようにして進んでいく。

 

まるで最初からそこに存在していないかのように気配が希薄で全ての方向から死角をとるように移動する影。

 

普段に比べれば少ないとはいえ疎らにいる浮浪者達の誰の目にも留まらないのは異常だった。

 

「(やっぱりこっち側はガネーシャの警邏も少ないな)」

 

 人影─────アルは周囲の様子を探りながら【フレイヤ・ファミリア】のホームである『戦いの野』にほど近い路地裏を進んでいく。

 

普段、炎のように全身から沸き立っている生命力や覇気は鳴りを潜め、本当にそこにいるのかと疑いたくなるほど気配が希薄だった。

 

まるで影に潜み獲物を狩る暗殺者のような振る舞いで進む今のアルの姿を誰が当代最強の英雄だと認識できようか。それほどまでに今の彼は静謐だった。

 

音もなく、気配もなく、影すら存在しないかのように歩いていくアル。

 

しばらくして路地裏から出、雑踏の中を歩きながら目的地へと到着した。

 

「(正面からは論外として·············やっぱり機を見て壁を飛び越えるか)」

 

 白亜の城を思わせるような荘厳な造りの館、『戦いの野』。 

 

都市最強派閥の片割れである【フレイヤ・ファミリア】のホームであり、オラリオで最も血気盛んな修羅たちが日夜問わずしのぎを削り合う血と戦の荒野。

 

その警備の厚さは当代最強であるアルをして正面突破は厳しいと判断させるほどのものだ。

 

普段ならまだしも今の都市の状況とアルの立場を考えれば即、幹部たちに囲まれるだろう。

 

さすがのアルもオッタルを始めとした幹部連中に囲まれては突破は難しい。

 

手段を選ばなくていいのなら警備が集まってくる前に第三魔法を門に叩き込めば突破自体は可能だがそれは本当に最後の手段だ。

 

────元より今回はフレイヤとの接触を悟られるわけには行かないので正面から行くはずもないのだが。

 

フレイヤに直接、接触するにはどうあっても館に入らなければならない。

 

忍び込んだところでフレイヤの側には護衛として幹部のいずれかがいるはずだからそこもどうにかしなければならない。

 

三度目の侵入だからこそスムーズに進めているがこれが仮に初めての侵入ならばもう少し手間取っただろう。

 

「··············よし」 

 

 獣人でなくとも壁一枚向こう先に人がいるかいないか程度であれば高レベル冒険者ならばとして当然のように備えている研ぎ澄まされた五感と魔力感知によって知覚できる。

 

ましてLv.8で尚且つ斥候としての鍛錬も積んでいるアルならばその気になれば館の中にいる人数と配置くらいは容易く把握できる。

 

精霊を使った探知は逆に魔導士に気取られる可能性があるので今回は使わず、あくまで自分の五感のみを頼りにタイミングを計り壁を軽く飛び越える。

 

音もなく着地し、そのまま身を屈めたままよく整えられた庭木の陰に隠れながら館の壁沿いを移動していく。

 

都市最強派閥のホームだけあって────否、主神に揺るぎない絶対の忠誠を誓う美神の派閥だからこそその警備はいやというほど厳重だ。

 

館内部だけではなくその外も隙なく歩哨している団員達はアルからすれば数段劣るがそれでも中小派閥であれば団長になれるほどの猛者であり、Lv.4の者もちらほらいる。

 

さすがにそのレベルとなると五感の鋭さも半端ではなく不用意に近づけばすぐに気が付かれるだろう。

 

だが、『最速』。

 

Lv.4までなら最悪本気で走れば冒険者、全恩恵持ちの中で最速を誇るアルならば彼らの動体視力を逸した瞬間移動じみた移動も不可能ではない。

 

隠密と神速、二つの力を十全に発揮し、誰にも気づかれることなくアルは館へと侵入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

────────そこには『美』があった。

 

絶対者であり、擬神化した美という概念の結晶。ただそこにいるだけで凡そ汎ゆる者を魅了し、畏怖させ、狂わせる魔性の発露。

 

漫然たる人の一生をいくら束ねようとも評する言葉を紡ぎ出すことなど叶わないであろう究極の造形美が其処にはあった。

 

「─────ふぅ」

 

 何気ないため息が零れ、銀糸の長髪が揺れる。月空を切り取ったかのように幻想的な銀光を放つ髪はそれだけで見る者の心を虜にしてしまいそうなほどに美しい。

 

彼女を構成する全てが美という概念を形作る為に生み出されたと錯覚してしまうほどの美象。

 

凍りついた湖面のように静謐な瞳は伏せられ、その美貌からは一切の表情というものが窺えない。

 

だが、彼女の纏う神秘的かつ荘厳な雰囲気はその美貌と相まってまるで絵画の世界から抜け出してきた聖女のような印象を見る者に与えるだろう。

 

「·············退屈、ね」    

 

 何度目かもわからない嘆息と共に彼女はポツリと呟く。

 

常人がその憂いと僅かばかりの倦怠感を帯びた声音を聞いてしまえばまったくの無関係だったとしても言いしれぬ罪悪感を覚えて自害を選ぼうとするかもしれない。

 

見目、声色、仕草、雰囲気。

 

それら全てを統合して初めて完成される天理の芸術。

 

─────『美』。

 

人のカタチはしているが人でなく。

 

神秘の合であるが精霊でもない。

 

ありとあらゆる美という概念を一笑に付す程の絶世にして至上の美。

 

ソレは豊穣()にして()()にして死。

 

黄金の聖()であり、銀の無垢()、旧き女神()である。

 

人間という種が美という概念を識る頃から天上の檻よりその営みを見守ってきた超常の存在。

 

一体、何人もの英傑がその女神を前に魂を凍らせ、命を燃やし尽くしたのか。

 

一体、何柱もの男神が彼女の愛を得ようと足掻き、藻掻き、そして散っていったのか。

 

「·············」

 

 そんな彼女、美神フレイヤは自室で一人静かに椅子に腰掛けていた。静謐に過ぎるその様は普段の魔女然とした彼女を知る者からすれば別神ではないかと疑ってしまうだろ。

 

退屈という名の毒に蝕まれ、嘆息を繰り返すその姿からは常の妖艶さすらかすれたかのように感じられない。

 

退屈、本来の全能性故かあるいはその遠大にすぎる生命故か常に面白おかしい娯楽を求める神々ではあるがフレイヤはそういった神々とはまた違った在り方をしている。

 

退屈だからといって自ら何かをすることはなく、あくまで他者の起こす波紋を楽しむ傍観者。自ら動くにしてもそれは他者の輝きを際立たせるために過ぎない。

 

だからこそギルドは冒険者たちにダンジョンの攻略を一時控えるよう発令しているのだがフレイヤにとってはあまり面白い状況ではない。

 

愉楽を好むフレイヤにとって地上での騒ぎは度がすぎるものでなければむしろ歓迎すべきものだ。

 

しかし、今回ばかりはフレイヤの好みにそぐわない方向へと風向きは進んでいる。

 

地上へとモンスターが侵攻している─────これはいい。

 

事態への対処がガネーシャの派閥に一任されている─────もとよりこれ自体にはあまり興味がない。

 

ギルドが何か隠している─────ウラノスの秘密主義は今に始まったことではない。

 

問題はフレイヤが並ならぬ寵愛を注いでいるあの兄弟────ベル・クラネルとアル・クラネルが騒動の只中にいることだ。

 

アル・クラネルはまあまだいい、彼が騒動の中にいるのはいつものことだし何ならここ数年の騒動の何割かは彼が原因だ。

 

肉体的にも精神的にも頑強すぎて心配するのが馬鹿らしくなる阿呆だ。

 

彼に比べればフレイヤの方がまだ節度を弁えている。

 

だが、ベル・クラネルは別だ。

 

いや、騒動に巻き込まれること自体は構わないし、フレイヤ自身彼が困難に立ち向かうことでその魂の輝きがより一層輝くのであればむしろ推奨したいくらいだ。

 

現にこれまでも何度かフレイヤはベルに試練を課し、その成長を楽しんでいる。

 

だが、今回ばかりは話が別だ。

 

アルがベルを庇った。

 

その場にいたわけではないので全てを把握しているわけではないがヘルメスの報告によればモンスターの娘をベルが【ロキ・ファミリア】から庇い、そのベルをアルが衆目の前で庇ったという。

 

英雄としての立場を持つアルがモンスターを庇ったことへの民衆の動揺は大きく、これまでの名声が翻ったかのようにアルを糾弾する声は日に日に増えている。

 

それを気にしないベルではない。多少の屈折ならば構わないがこのままではベルはフレイヤの望まない形でその輝きを翳らせてしまわないとも限らない。

 

ただでさえいつにもまして謀略が混じり合い、息が詰まりそうなオラリオの空気。

 

事態をひっかき回した当事者であるアルの所在が割れてない以上、あくまでも外野であるフレイヤどうこうするには少々難しい。

 

魅了や武力による騒動の解消は論外だ、それでは意味がない。

 

「一体、何を考えているのかしら··········」

 

 アルの行動の意図が読めないのはいつものことだが今回のはあまりにも突拍子がなさすぎる。

 

いつものようにオッタルやアレンが側に控えていれば今の悩める彼女の様子に独断専行してしまうだろう。

 

常に彼女の周囲には護衛兼見張り役として幹部のいずれかが側付きをしているのだがフレイヤとてたまには一人になりたい時ぐらいはある。

 

オッタルで遊ぶのもそれなりに楽しいが今はそんな気分ではない。ホームを出てどこかに行くというのであればオッタル達もいい顔はしないだろうが一人の時間が欲しいというだけならば従わない理由もない。

 

もとより外ならばいざ知らずホーム内であれば護衛なぞ必要ない。

 

最強の集団である【フレイヤ・ファミリア】のホームには並外れた強さと常軌を逸した女神への忠誠を兼ね備えた団員たちによって日夜問わず万全の守りが敷かれている。

 

物理的、魔法的問わず幾重にも張り巡らされた護りは都市の創設神ウラノスが座す祈祷の間にも匹敵あるいは凌駕する。

 

英雄級の実力を持った暗殺者でも危機感知に秀でた数十人もの上級冒険者たちの警吏を抜けるのは至難だろう。

故にこそ本拠の『戦いの野』はフレイヤの絶対安息を保証する揺り籠であり、第三者が忍び込むことはもちろんのこと正面から突破するなどそれこそオッタルをも凌駕する大英雄でもなければ到底不可能な話だ。

 

「··········」

 

 できることならアルに直接その真意を問い質したい所だが同じファミリアの『勇者』や『九魔姫』でも割り出せないアルの居場所がフレイヤにわかるわけがない。

 

ヘディン達に捜索を命じたところで見つかるとも思えないし、イシュタルとの一方的な抗争の件を罰さない代わりにギルドから動かないように牽制されている今下手に眷属を動かせば余計面倒ごとになる可能性もある。

 

というか騒動の渦中にいる時のアルに関わるとロクなことにならないのは分かりきっているので正直そんなに会いたくもない。

    

幾度となくちょっかいをかけ続けて学んだが疫病神の度で言えば話題になって人の目を集めている時のアルはそこら辺の悪神より厄介極まるのだ。

 

おそらく、今、アルに関われば十中八九フレイヤ────というよりアレン達はそれはそれは多大な迷惑をかけられた上で何かしらのスケープゴートにされる。 

 

─────まぁ、それはそれで面白くはあるのだが─────

 

うじうじと悩んでいても仕方ないし、何よりフレイヤの性に合わない。  

 

意味のない思考を巡らせるくらいなら『娘』の姿になって弟の方に会いに行く方がまだ建設的だ。

 

ここ数日はモンスター進出の件でホームから出ようとすると眷属達が危険だとうるさいこともあってベルとはあまり会えていない。   

 

この際会いに行こうかしら、と考えた、そんな時。

 

「──────なんだ、オッタルもアレンもいねーのか」

 

「··············別に貴方の方には会いたくなかったのだけど」

 

 窓から疫病神が不法侵入してきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

フレイヤ&アル「「(今のベルになにもするな、じっとしていてくれ·······)」」

 

・フレイヤ⇒テンション高いときのアル

(アレン達にとっての)疫病神。

 

・テンション高いときのアル⇒フレイヤ

保証人でっち上げできる催促利子の無い闇金。  

利息ナシ!!金利ナシ!!催促ナシ!!返す気ナシ!!

 

 

どっちかがテンション高い時大概もう片方がテンション低い組み合わせでテンション低い方が割を食う。

 

 

 






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