駄文ですが暖かい目で見てもらえると嬉しいです。
「ここで終わるわけには参らぬなぁ……」
信秀様から頂いた『傾城』を地面に突き刺して、やっと立ち上がると周りには今川の兵達が蟻のように群がっていた。
味方は皆討ち死にしたか逃げたようだ。それでも、尾張に名を響かせた鬼佐久間は吼えた。
「今川の雑兵共! 我こそは尾張にその人ありと呼ばれた。佐久間大学允盛重ぞ!! 死ぬ覚悟があるなら懸かってまいれ!!」
盛重は一人で槍を振り回し暴れまわった。雑兵の一人の頭を砕き、返す刃で一人を突き刺し、そのまま兵達の中へ突き刺した奴を放り投げた。
その鬼気に今川の兵達がどよめいた。盛重はその隙を見逃さず包囲を突破する。
―――――――この丸根砦だけでも守らねば……
盛重は駆ける。ここで自分が死ねば、今川軍が尾張に雪崩れ込むからである。
「きっと……あの悪餓鬼共の援軍が来る筈だ」
盛重はそう言うと、若い時に世話していた幼い姫達の事を思い出していた。
これは尾張にその人ありと呼ばれた佐久間大学允盛重のお話である。
――――――――尾張国 名古屋城にて
名古屋城の廊下をドンドンと礼節の欠片も無い足音が鳴り響いている。
今年で十八になる佐久間盛重はこの音を不快に思いつつも、広間にて織田家当主である織田信秀を待っていた。
隣に控える同じ家老の林秀貞が申し訳なさそうに耳打ちする。
「申し訳ありませぬ盛重殿。この音は恐らく吉法師様の足音でしょう。某と平手殿が世話をしているのですがどうも言う事を聞いてもらえなくて、某も頭が痛いところなのです」
成る程、噂の大うつけの姫様か。
しかし、この気に入らぬ狸爺の参った表情を拝めるとはその点では大うつけ様には感謝さねばなるまい。
クククと笑う盛重を何がそんなに可笑しいのかと林殿が瓜が熟れたように真っ赤な顔をした。
それがまた面白くて、また吹いてしまった。
「いやこれは失礼仕った。名古屋城の一番家老である林殿をここまで困らせるとは、いやはや姫様も相当の悪戯好きですな。父君によう似ておられる」
「他人事のように言わんでくだされ。此度、信秀様が盛重殿をお呼びになったのも姫様の事についてなのですぞ」
「………それは、困りましたな」
盛重は子供の相手は嫌いではないが、噂ではかなり腕白姫との事だったので世話役はなりたくないと思っていた。すると、襖が無造作に勢い良く開かれた。二人はそれを聞くとすぐに頭を下げた。
「面を上げい。二人とも」
顔を上げるとそこには、何時もどおりに豪快そうに笑う信秀様がそこにいた。
「盛重! よう来た!」
「はっ! 信秀様の命とあらば何処までも参りまする」
「ハハハ、相変わらず堅いのう。それでは女子はよりつかぬであろう?」
「某の女子の話など後でよろしいでしょう? して、此度は如何な命を?」
「はぁ、まったく堅い! 堅いのう! まぁよい、入って参れ」
信秀の合図で入ってきたのは、腰に瓢箪を縄でぶら下げ、着物を着崩している童が入ってきた。
それを見た林殿が慌てふためく。
「ひ、姫様!! 何と言う格好を! 早く着替えを!」
「うるさい爺。父上、私に何か用?」
童の後を追って、駆けつけてきたのは名古屋城の二番家老である平手政秀殿であった。
一部始終を見ていた平手殿は顔を真っ青にすると、素早く腹をだして懐から懐剣を取り出した。
「申し訳ありませぬ!! 殿に林殿!! 姫様のご無礼、この平手の切腹でお許しを!」
俺は平手殿が懐剣を刺すよりもっと早く、平手殿の懐に抜き手を入れる。
平手殿は膝から崩れ落ちた。それを見ていた信秀様は、愉快そうに笑い始めた。
「殿! 笑い事では済みませぬぞ! 危うく平手殿が腹を切る所でござった!」
信秀様は「なぁに何時もの事だ」とまだ腹を抱えて笑っていた。
林殿はフラフラと腰が抜けたように倒れていた。
それを見た童………と言うより、この子が信秀様の姫である吉法師様なのであろう。
吉法師様は、信秀様と供に笑っていた。
――――――――某が止めなかったら平手殿は本当に死んでいたのだぞ
盛重は拳を震わせながら、笑っている吉法師を睨みながら立ち上がるとズカズカと笑っている少女の前に立った。それを驚いたように林殿と信秀様は見る。
「何よ……何か文句あんの?」
不機嫌そうな表情をする吉法師に俺は無言で吉法師の頭に拳骨をお見舞いした。
たまらず吉法師が頭を抑えて転げまわった。
それを見た林殿は慌てふためいている反面、信秀様は最初は驚いていたがその後は満足そうに笑い始めた。
「あと少し遅かったら平手殿が死んでいたのたぞ! それなのに貴様は何故笑っていられるのだ! この大うつけが!」
「よ、よくもやってくれたわね……あ、あんたなんか打ち首よ! 打ち首にしてやるんだから!」
「も、盛重殿!? は、早く侘びをいれなされ! 冗談ではすみませぬぞ!」
俺は林殿の声を無視して、今度は吉法師の両足を持ち上げると、そのままグルグルと回し始めた。
「ひやぁぁぁぁあ!! 目が回るぅ~!?」
「はははは!! やはりお主を呼んで正解じゃったわ!!」
その言葉に俺は動きを止めた。目が回った吉法師を床に下ろすと、すぐに姿勢を正して信秀様の前に座りなおした。
「正解とは? 如何なる意に?」
「いや実はのう。暫く平手と林には、重要な任務があるのだ。そこで、お主に世話役を頼みたくてな」
「………それなら他に適任者がいられるでしょう。某の従兄弟の信盛が適任かと」
「いやいや、その信盛がお主を推薦したんじゃよ。まぁ、実の所わしもお主が適任じゃと思うとる」
あの野郎……と俺は従兄弟にあたる佐久間信盛に後で仕返しに行こうと思った。
それを見た信秀様が、また笑い始める。
「何が可笑しいので?」
「いや、これからのお主の事を考えるとのう。ついな……」
「はぁ……分かりました。吉法師様の世話役しかと承りました」
「そうか! やってくれるか! いやぁ助かる。他の重臣は複雑な表情の後、次の日に具合が悪くなってしまってのう。いやぁ、本当にお主に頼んで良かった」
………騙された。
昔からこの人には騙されてばかりだ。
俺が溜め息を吐いていると林殿と何時の間にか復活していた平手殿に肩を叩かれた。
二人の目から頑張れよと言う思いがいやと言う程伝わった。
「では、明日からお主の屋敷に向かわせる故、屋敷で待っているように」
「は? ははっ!!」
―――――――――翌日
「父上から言われたから仕方なく来てやったわよ! 感謝しなさいよね!」
「姫様ぁ、盛重殿に失礼ですよぉ」
「全くです。二十点」
盛重の前にいるのは、三人の童。一人はまぁ、吉法師で他の二人は……誰だ?
「えぇと……君達は?」
「あれ? 聞いていませんでした? 本日から盛重様からあらゆる事を教わるようにと信秀様から命じられてきました。私が万千代と申します。それでこっちの活発そうなのが……」
「六って言います! よろしくお願いします!」
「そ、そうかそうかぁ。殿の命でねぇ……とりあえず、中に入ってくつろいでな」
「「「はぁい」」」
屋敷に走って入っていく三人を見た後、盛重はフッと笑って道場に入って木製の槍を手にとった。
そして目を見開いてその言葉を言った。
「また騙されたぁぁぁぁぁ!!」
槍は虚しく空を切るばかりであった。
次回はほのぼの系にしたいと思います。
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吉法師の本音
駄文ですがよろしくお願いします。
「やぁ! たぁ!」
吉法師達が盛重の屋敷に来るようになってから早くも一週間。
盛重の屋敷では朝から六の元気な声が響いていた。
六の掛け声で目が覚めた盛重は、眠い目をこすりながら外へと足を向けた。
「せい! ……はぁ、やっぱり上手くいかないなぁ」
「そうですねぇ。盛重様はあんなに軽く丸太を真っ二つにするのですが」
「あんな奴と比べちゃダメよ六。あいつは妖怪よ。妖怪」
六と万千代が修行する中、吉法師は横になって団子を食べていた。
万千代がやれやれと言った顔で吉法師に注意する。
「姫様、信秀様からも言われているでしょう? 武芸を磨いてこその武家であると」
「え~遊んでいた方が楽しいもん」
「はぁ、それでは盛重様に怒られますよ?」
「へ~んだ。あんな奴これっぽちも怖くはないわよ。今に見てなさい。いつか痛い目見せてやるんだから」
「ほぉ、具体的にどんな事をするんだ?」
「聞いて驚きなさい。実は玄関の前に落とし穴を掘っておいたの。かなり深く掘っておいたから当分は出てこれないわよ」
「へぇ……道理で玄関の前に隠しきれてない落とし穴があると思ったよ」
「………え?」
吉法師の後ろには吉法師が落とし穴を隠す為に使った木の板を持った盛重が立っていた。
その顔は明らかに怒っていた。吉法師は驚いて後ずさる。
「げっ!? 盛重!?」
「吉法師! 来客があったらどうするつもりだ! それに朝から団子を食わない! それとちゃんと万千代達と一緒に訓練をしろ!」
盛重がガミガミと怒ると、吉法師がうるさそうに顔を背ける。
それにプチンと盛重の中で何かが切れた。
「よぉく分かった。とりあえずお前は後回しだ。六、槍を使いたいのか?」
「は、はい! 私も盛重様のように強くなりたくて」
「ははは、嬉しい事を言ってくれる。よしお前らよく見ていろ。もちろん吉法師もな」
顔を背けているままの吉法師がチラチラこちらを見ていることを確認してから、盛重は笑いながら槍を腰を低くして構えた。
「いいか? 槍は決して腕の力だけで振るう物ではない。槍は全身の力を込めて放つから最大限の力を放つ事ができる。腰を低く落として、自分の腰を中心として円を描くように槍を振るう!」
盛重が放った一撃は丸太を粉々に砕き、丸太の半分だけがその場に残った。
それを見た三人は唖然とする。
「いつ見てもすごいなぁ。私も何時か出来るかな?」
「出来るとも。毎日欠かさず訓練していればな」
「本当!?」
「本当だとも」
盛重の言葉にパァと表情を明るくする二人。それに対して吉法師は笑っていなかった。
それを盛重は見逃さなかった。
盛重は二人に訓練を続けるように言うと、そっと吉法師の後ろに座った。
「どうした? 何か城で嫌な事でもあったのか?」
「……別に」
「土田御前様に何か言われたか?」
「……母上はどうして私の事を疎ましく思うのかな? 私が可愛くないのかな?」
「……成る程なぁ。また何か言われたのか」
吉法師の母である土田御前様は、吉法師のこの腕白ぶりを嫌いなのは名古屋城下では有名な話であった。ましてや、盛重は重臣の位についている。その噂は城下の者たちより詳しく知っていた。
だからこそ吉法師には同情をしていたし、誰もが吉法師の弟である勘十郎様に期待をかけるなか盛重や平手殿達だけは吉法師に目をかけていた。
しかし吉法師様はまだ幼い……相当の心労がたまっている筈だ。だから外に出て鬱憤を晴らしているのだろうと盛重は思っていた。
「そんな事はない。土田御前様がお前の事を嫌いなわけ無いだろう?」
我ながら嘘が下手だと思った。土田御前様の吉法師嫌いは誰もが知っていることだからである。
盛重の作り笑いを吉法師が見ると、吉法師はふふふと笑い始めた。
「な、何が可笑しいんだ?」
「だ、だって変な顔なんだもの」
腹を抱えて笑う吉法師を見ながら盛重は、そんなに変な顔をしているのか?と万千代達に尋ねる。
すると二人とも腹を抱えて笑い出した。
「お、おいおい……お前らまで」
「ご、ごめんなさい盛重様。ど、どうしても可笑しくて」
「ど、同感です。嘘が下手にも程があります。八十点」
朝餉の支度をしている家人までもがクスクスと笑い出す。
そんなに変な顔なのかと盛重は少し落ち込んだ。
「……でもありがとう。盛重に話したら少し楽になった」
「そうか。それは良かった」
盛重は家人から水を受け取るとそれを一気に飲み干す。
中からいい香りがする。どうやら朝餉の仕度が出来たらしい。
「お~い、お前ら飯だぞ~!」
「「はぁい!」」
元気な二人の返事を聞き、改めて吉法師を見る。
「まぁなんだ。ここにいる間は城の事は忘れろ。たまになら遊びに行くのは多めに見てやるから」
盛重の言葉に吉法師は目をパチクリすると、俯きながら目を擦った。
「遊びに行っていいの?」
「正し、俺も同行するがな」
「え~何でよ!」
「仮にも吉法師は信秀様の嫡子。お前に何かあったら俺は信秀様に顔向け出来んからな」
「……分かったわよ。じゃあ明日遊びに行くからね」
「はいはい、その代わりちゃんと修行もするんだぞ? あと学問もな」
「さぁてと、ご飯ご飯~♪」
「おい! 待て吉法師! はぁ、まったく……」
朝餉に向かう吉法師の背を見ながら、盛重は自分の体が汗で汚れている事に気付く。
汗を落としてから食うかと盛重は井戸へと向かった。
汗を井戸水で洗い落とし体を拭き終わると、盛重は玄関に向かう。
盛重が欠伸をしながら玄関に向かうと途中、視界が真っ暗になった。
「……ん?」
周りが真っ暗、しかも妙に湿っている。落とし穴に嵌ったのである。どうやら別の場所にも落とし穴を掘っていたらしい。用意周到なことである。
盛重はフッと笑うと、大声で叫んだ。
「吉法師ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
その声は屋敷中に響き渡った。
これは後日談だが、この後盛重は家人達に助けられ無事に落とし穴から脱出した。
もちろん、吉法師は今までに無いほどこっぴどく怒られたと言う……
次回もよろしくお願いします。
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誘拐騒動
「吉法師~! ……ったくあいつは」
「盛重様、姫は何処に?」
「分からん。だがここは、既に松平領に入っている。松平の者にでも捕らわれてしまったら大変な事になる。急いで探し出すんだ」
「はっ!!」
盛重が家臣に命じると家臣達は慌てて周囲に散っていった。それを六や万千代が不安そうに眺めている。盛重はそんな二人に笑って答えた。
「案ずるな。俺が必ず吉法師を連れ戻してやる。だから二人は先に屋敷に帰っていろ」
「「……はい」」
家臣達に連れられていく二人を眺めながら、盛重は何故こんな事になったのかと頭を抱えていた。
―――――――――四時間程前の事
盛重は先日の約束どおり、吉法師達と息抜きがてらに尾張と三河の国境近くまで遊びに来ていた。
最初は盛重が名古屋城周辺で遊ぶように諭したが、吉法師は言う事聞かず屋敷の前で駄々をこね始めたので、ついに盛重も折れてしまった。
しばらく吉法師たちは追いかけっこをしたりして遊んでいたが、突然吉法師だけがいなくなってしまったと言う。六と万千代の話では、吉法師はいい物を見つけたと言うやいなや森の中へと走って行ってしまったとの事だった。
盛重もまさか六達を置いて行くとは思ってもいなかったので、盛重も景色を堪能しながら家臣達と一緒に他愛も無い話をしていて目を外していた。
盛重はすぐに家臣達に捜索を命じて自らも探し始めたが、一向に吉法師を見つけたとの報告はなかった。そして現在に至るわけである。
森の周辺は正確には松平家の領地であり、現在は織田と敵対しており今川と同盟関係の国であった。正し、同盟関係と言えば聞こえはいいが実際は今川の属国のような扱いである。
盛重は馬を走らせながら思う。
―――――――――捕まればまず間違いなく、松平は今川へと引き渡すに違いない。そうなれば、織田は完全に三河攻略の道が閉ざされる事になる。まぁ、信秀様が娘を見捨てる覚悟があるなら話は別なのだが。
森の中を駆ける事一刻、盛重は地元の者らしき人物を見つけると馬を寄せた。
「お主、ここらで腰に瓢箪をつけた珍しい格好をした娘を見なかったか?」
「へぇ……娘ですかい? あ、そういえば先程、五、六人ほどのお城の方々が大慌てで駆けて行きましたのを見ましたが……」
「それは何処に向かった!?」
盛重の剣幕に殺気を感じたのか、地元民は驚いて手に持っていた荷物を落としてしまった。
「ひぃ!? あ、あちらでございます」
盛重が指差す方向を見ると先程盛重が通った道であった。
「ちっ! すれ違いになったか……驚かせて済まぬ。これは駄賃じゃ。とっておけ」
盛重は懐にあった銭が入った袋を投げると、馬首を返して来た道を急いで引き返した。
「痛い! ちょっとはなしなさいよ! 私が誰だか分かってるのっ!?」
「無論でござる。尾張の織田信秀殿の娘の吉法師様でしょう?」
「分かってるなら早くその手を放しなさいよ!」
吉法師が手を振りほどく為に噛み付くと、男は顔を歪ませて吉法師を叩くと地面に放り投げた。
「痛っ!?」
「この餓鬼が……さっきからこちらが下手に出ていればいい気になりおって」
「やめい。今は殿にこやつを届ける事が肝要ぞ。早くこやつを縛れ」
首領らしき人物が命じると、先程の男も渋々従った。吉法師の手足を縛ると、男は笑いながら吉法師に話しかけた。
「へへ、残念だったな。助けはこねぇよ。ここは既に松平領だぜ? ここに来れば織田は松平と戦を始める事になる。分かるか?」
「うるさい! 絶対助けは来るわよ!」
「はぁ……どうして助けが来ると分かるのか、わしには到底分からん。おい、さっさと行くぞ」
「も、基次殿!? あ、あれを!」
「む?」
基次と呼ばれた者が指差す方向を見ると、悪鬼のような面相をした男が向かってきていた。
「な、何だ!?」
基次が刀を抜いて対抗をしようとするが、すでに盛重の抜いた刀の刃が首にかかっていた。
気付くと、目の前には首から血を噴出している何者かの体があった。
彼がそれを自分の体であると認識したのは、斬られて暫くたった後の事であった。
「貴様らぁ!! 生きて帰れると思うな!!」
「ひ、ひぃ!?」
「な、何じゃあ!? も、基次様がひ、一太刀で……!?」
盛重は辺りを見渡すと、両手両足を縛られている吉法師を見つける。
すぐに馬を下りて吉法師に駆け寄って、縄を切ると吉法師は泣きながら抱きついてきた。
「うわぁぁぁん!!」
「吉法師様、よくぞご無事で。」
盛重が吉法師を宥めながら、辺りを見渡すと槍を持った兵が二人に武士が二人。その内、一人が高そうな着物を着ている。身なりからして相当高い身分のようであった。
先程まで萎縮していた彼らであったが、時間がたって冷静さを取り戻したのか盛重達を囲んだ。
そして、槍兵が二人同時に突き殺そうと槍を繰り出してきた。
盛重はそれを避けると、吉法師を抱えながら一人に駆け寄り袈裟懸けに斬り捨てた。
「ぐはぁ!?」
血を流して倒れた兵の槍を奪って吉法師をおろし、もう一人の槍兵に向かった。
慌てて繰り出した槍の穂先を盛重が槍でなぎ払うと、槍兵が体制を崩した。
盛重はそれを見逃さず、全身に力を込めて槍を真一文字に振った。
その一撃は兵の顔面を歪ませ、横に吹き飛ばすほどであった。
盛重はもう一人の槍を武士に向けて投げる。その槍は武士の胸を貫き、そのまま木に刺さった。
木に突き刺さった痙攣する味方を見ると、大将らしき人物は腰を抜かした。
「ま、待て! 待ってくれ! わしは殿の命令に従ったまでの事! 吉法師殿はそちらに返す! それでわしの命だけは勘弁してくれ!」
慌てて弁明する男を見ながら盛重は溜め息を吐くと、槍を捨てて先程置いた刀を拾い上げた。
「ひぃ!?」
盛重は刀についた血を袖で拭うと鞘に収めた。
それを見た男はホッと胸を撫で下ろすと、今度は笑いながら語りかける。
「いや、話の分かる御仁でよかった。どうでござろう? そなたほどの腕があるのなら、わしに仕えぬか? 織田殿より高禄で召抱えるがどうであろう?」
その言葉に盛重は一層腹立たしくなった。
刀に手をかけると、振り向きざまに一閃。一瞬で、男の首は胴と離れて地面に落ちた。
「なっ!? わ、わしを誰だと思うておる。松平家家臣の今村……」
名を言う前に息絶えた首を見ながら、盛重は呟いた。
「吉法師様だけなら飽き足らず、信秀様までも貶すか! 俺は金で動くような男だと思ったか阿呆め」
盛重が吉法師に目を向けると木に寄り添うように倒れていた。
慌てて盛重が駆け寄ると、どうやら気絶してしまったようである。
「まぁ、この状況で気絶しなかったらそれはそれで問題か」
盛重は吉法師を抱きかかえると、馬に乗って家臣達の所へと向かった。
次回もよろしくお願いします。
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盛重生還
少し忙しくなり始めてきたので、これからは投降が遅くなるかもしれないです。
それではお楽しみください。
盛重が吉法師を取り返し尾張へ戻ると、名古屋城下では大騒ぎになっていた。町の人々が右から左へと駆け回っている。その中を返り血を浴びた血だらけの盛重が通る姿は、さぞかし町の人々を恐怖の感情を植えつけた事だろう。
「………あまりいい気分ではないな」
何時もは明るく話しかけてきてくれる人々の顔は青ざめていた。血が苦手な人の中には倒れる者も少なくなかった。
城に到着すると、盛重の姿を見るや城の者達が駆け寄ってきた。
「も、盛重殿!? その血はどうなされたのですか!? もしや、何処かお怪我でも」
「いや、怪我は負ってはいない。それより、吉法師を寝かせてやってくれ」
「ひ、姫様っ!? し、承知いたしました!!」
「それと、急ぎ信秀様に取次ぎを」
「はっ!」
城の者が吉法師を担いで走り去ると、盛重はフゥと疲れたように砂利の上に腰を下ろした。
少し疲れたなと盛重は、腰にかけてある水の入った竹筒を取り出す。
「ん? あ~あ、これも血だらけだ……」
取り出した竹筒も敵の返り血で、すっかり赤色に染まっている。しかも、蓋が開いており中に血が入ってしまっているようだった。盛重は舌打ちすると、一応どの位入ってしまっているのかと上から垂らしてみると、中の水はすっかり薄い赤色になっていた。
「はぁ、ついてないなぁ……」
中身が無くなった竹筒をそこら辺に投げ捨てると、ようやく先程の者が帰ってきた。話によると信秀様は広間で待っているという。しかし、体が血だらけなので湯浴みをしてから来るようにとの事だった。
それもそうだと盛重は、城の者に案内してもらって湯浴みへと向かった。
これは余談だが、先程の竹筒の様子を城の女中が見ていたらしく、後ろから見た盛重は中に入った竹筒の血を飲んでいるかのように見えたことから、盛重様は地獄の鬼のようなお方と言う噂が広がっていた。
「盛重、話はお主の部下から聞いておる。大儀であった」
「はっ……」
信秀は真剣な表情で盛重を見つめていた。信秀様の手元には尾張、三河、美濃、駿河などの周辺諸国の地図が用意されていた。
「此度の一件はすべて某の責任です。某がちゃんと目を光らせておけば吉法師様が、松平の家臣達に捕まる事はありませんでした。それに某は、松平の家臣を四人ほどこの手で斬っておりまする。どうか某の腹と引き換えに吉法師様にはお叱りなさらぬようお願い申し上げまする」
盛重が平服して謝罪を述べると、信秀はいきなり立ち上がり盛重の顔を持っていた扇子で殴りつけた。
「たわけが! お主の命を貰ってどうするというのだっ!? お主がいなければ今頃、吉法師は松平もとい今川の手に落ちていた所ぞ!」
「はっ……」
信秀はハァと溜め息を吐くと、元の位置へと座った。そして、先程からあった地図を小姓に命じて盛重の前へと敷かせた。
「盛重、此度の事はお主の責任ではない。むしろお主には褒美を取らせたい所ぞ」
「褒美とはこれはまたご冗談を」
「松平の現当主がどのような人物かは知っておるな?」
「はい、確か名前は松平清康。その武勇で離反していた一族を纏め西三河を併呑した傑者で、信定公とも多少の確執があったとか」
信秀はうむと頷くと、懐から一通の書状を投げてよこした。
盛重が黙って開くとそれは離反を促す書状であった。
「これは……まさか」
「そうじゃ。あの松平の小童は、上っ面では今川に下手に出ておるが裏では、この尾張を取らんと調略の手を伸ばしてきておる。その任を当たっていたのが、お主が討った者達の中におったのよ」
「何と……」
「確か名は今村某とか言ったかのう。下の名は忘れてしもうたわ」
ガハハと笑う信秀様を見ながら、盛重は今村と言う名に心当たりがあった。
『なっ!? わ、わしを誰だと思うておる! 松平家家臣の今村……』
あいつか……確かに信秀様の言う調略の任をするならうってつけの人物かもしれないな。
「お主のお陰で、次々と内応を約束していた連中が似たような書状をもってきたわい」
「それは難儀な事で……」
二人は顔を見合わせると大笑いし始めた。
「とにかく、お主には褒美を取らせねばのう」
「いえ、褒美はいりませぬ。此度の事は、調略を防いだ功で無かった事にして貰えるだけで某は満足でござる」
「欲がないやつじゃのう。まぁお主がそれで良いならよいが」
「ありがたき幸せ」
盛重は平服して、部屋を後にしようと立ち上がると信秀があぁそうだと思い出したように口を開いた。
「盛重、近い内にワシとお主と吉法師で堺に行くゆえ、仕度を怠らぬようにしておけ」
「堺でございますか? また急な話でございますな。……承知いたしました」
信秀から笑顔で見送られると、盛重は馬に跨って自宅へと向かった。
空はすっかり茜色に染まっていた。
自宅に帰ると慌てて万千代と六が駆け寄ってきた。
「「も、盛重様!! ひ、姫様は!?」」
「安心しろ。ちゃんと俺が見つけて今、城に送ってきた所だ」
「よかったぁ……姫様に何かあったらどうしようかと」
「六殿は落ち着きが足らなさ過ぎです。盛重様に任せたのだから大丈夫と言ったでしょう」
「だってだって……」
「あぁ、分かったからとりあえず飯だ飯。詳しい話は食べながら話すから」
盛重が疲れたように、奥に入って飯を待っていると二人も隣に座った。
「何だ? お前らもまだ食っていなかったのか?」
「盛重様、お二方は盛重様が帰られるまで食べないって聞かなくて、仕方ないので家の者達皆盛重様が帰られるまで食べるのを待っていたのですよ」
下女が台所で作業をしながら言うと、二人とも顔を真っ赤にさせた。
「そうだったのか……よしっ! 俺も無事で帰ってこれたし、今日は宴会でもするかっ!?」
屋敷の男達は酒が飲めると小躍りし始めて、近所の者たちまで呼んで大宴会になった。
盛重が屋敷の男達や女達とうたったり踊ったりしているのを見ていると、六や万千代達も楽しくなって一緒に騒ぎ始めた。
宴会が終わると、皆その場で酔いつぶれて眠ってしまった。そんな中、盛重は一人だけ起きてしまった。
「ん……いかん。眠ってしまったか」
周りを見渡すと皆幸せそうに眠っている。盛重はフッと笑うと、立ち上がって隣の部屋から体にかける物を見繕うと一人一人にかけていった。
さて自分もと再び横になると、すぐに睡魔がやってきて目の前が真っ暗になった。
しかし、懐にもぞもぞと変な感触があったので盛重はまた目が覚めてしまった。
「何だ一体……あ」
そこには六と万千代が肩を震わせながら、盛重の布団の中に入ってきていたのである。
「……どうした?」
眠たい目を擦りながら尋ねると、二人は今にも消えそうな声で言った。
「ま、真っ暗でこ、怖くて……」
「わ、私は六殿に着いて来ただけです」
「……ま、好きにしなさい」
二人はパァと顔を明るくすると、両脇に一人ずつ横になって眠り始めた。
盛重は眠っている二人を見ると、これだから子供はと笑った。
「皆がバカやって笑って暮らしている。こんな尾張を松平や今川なんぞに渡してたまるものか」
盛重は決意を新たにすると、明日に向けてゆっくりと瞼を閉じた。
次回はシリアスでいきたいですね~
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森山崩れ 前編
「松平が動いた……」
「はっ……そのようですな」
清洲城の広間で盛重と信秀が七輪を囲んで重い面持ちで話し合っていた。
事件は一週間程前に遡る。
天文4年1535年 11月末の事である。松平が自分の家臣の離反を理由に離反者を追討すると言う名目で攻め入った。以前より信秀が林と平手に頼んでいたものが芽吹きだしたのだ。
二人は信秀の密命で松平の家臣達や豪族達に織田に付くよう離反を促していた。
その結果が、阿部定吉と言う人物が離反したと言う偽りの報を信じた松平清康が兵を繰り出して来たのである。
当然、かねてより準備していた信秀は手はずどおりに兵を整えさせた。
しかし、信秀の予想より松平勢の数が多かった。松平勢は今川の兵も借り一万を超える大軍勢、対して信秀率いるのは八千足らず、誰の目から見ても織田方の不利は否めなかった。
「まさか今川が三千も援軍を送ってくるとは誤算であったわ……」
信秀は肩を落として見るからに落ち込んでいる。
盛重は信秀の杯に酒を注ぐと、信秀に不思議に思っている事を聞いた。
「何故今川は松平に三千も援軍を遣したのでしょう? しかも今川は積極的に松平と共闘の意を示しております。 某ならば、織田と松平の力を削ぐいい機会だと思うのですが……」
信秀は軽く笑うと、飲んでいた杯を置いて用意されていた八丁味噌がたっぷりかかっている鯖の味噌煮に手をつけた。
「確かにお主の言うとおりにすれば間違いなく三河と尾張の国力を削ぐ事ができるであろう。しかし、今川の軍師は誰だと思うておるのだ?」
「……」
盛重は黙っていた。そういえば、今川の軍師として最近妙な坊主が入ったという。
その坊主の名は太原雪斎……類稀なる智謀の持ち主で、今川の家督争いでは今川義元を勝利に導いたとされる今では実際に今川を動かしているのはあの男なのだろう。
「その顔を見るに何者かは知っているようじゃの。知っているのなら話が早い。奴が出てきた以上、我らはこれまで以上に慎重にいかねばならぬのだ」
「……尚更分かりませぬ。何故雪斎程の者が尾張と三河の争いに介入してくるのです? 今川は東に北条や武田、常陸には佐竹と強敵がいると言うのに……」
「先日、ワシが送っていた間者からの情報じゃがな。今川は北条、佐竹と和睦しておる。しかも武田は家督争いでそれ所ではないようじゃ。まさに雪斎にとってはまたとない好機というわけじゃな。」
信秀は憂さを晴らすかのように杯を空にする。
それに会わせる様に盛重も杯を空にした。そして新たに酒を注ぐ。
「そこで盛重、ワシはそろそろ軽く当たろうと思う」
「戦でございますか?」
「うむ。ほぼ全軍で夜討ちを仕掛ける。雪斎めが妙な策を思いつく前に叩く!!」
「しかし既に対陣して一週間はたちます。兵達には厭戦気分が満ちており士気は低うござる。全軍で奇襲は難しいかと」
「厭戦気分が満ちておるのは敵とて同じ事、いや敵の方が強いであろう。このまま手をこまねいていては雪斎めにどんな策を練られるか分かったものではないわ」
「……承知しました」
「お主には二千の兵を預けるゆえ、敵の裏手より奇襲をかけよ。敵が慌て始めた所でワシが正面より攻撃を始める」
「挟み撃ち……というわけですな」
盛重は信秀の作戦を聞きながら自分の中で血が昂ぶるのを感じていた。
「そういうわけじゃ。やるのは二日後の明朝、それまでに英気を養っておく事じゃな」
信秀は豪快に笑うと酒瓶を持って奥に引っ込んでいってしまった。
盛重は取り残された八丁味噌が山のようにかかっている味噌煮をしばらく見ると、おそるおそる口に入れてみた。
「うぐっ!?」
しょ、しょっぺえぇぇぇぇぇ!! これ、絶対に体に悪いだろっ!?
盛重はやっとの思いで飲み込むと、酒で一気に流し込んだ。
「これを平然と食ってるあの人たちって……」
信秀達が体を壊さないように少し心配した盛重であった。
――――――二日後、明朝
盛重は二千の軍勢を率いて敵の裏手へ獣道などを用いて回り込んだ。
見ると、今川家の家紋や松平家の家紋のついた旗が沢山はためいている。どうやら敵の本陣に間違いないらしい。盛重達は甲冑や武具を確認すると、ギリギリまでゆっくりと近づき始めた。
敵兵の姿が視認できる位置まで来ると、盛重は大音声で命じた。
「かかれぇぇぇぇぇ!!」
喚声を上げて突撃する兵達にまじり盛重も敵陣へと乗り込んだ。
多くの兵が動揺し慌てふためいている所を盛重率いる二千が蹴散らした。その時、盛重は今までにない嫌な予感がした。
「おかしい……いくら敵が慌てふためいて逃げているとはいえ、陣の中の兵が少なすぎる」
盛重が槍をふるいながら悩んでいると、陣の背後から鏑矢特有の甲高い音が戦場に鳴り響いた。
その音に盛重はさっと顔を青ざめた。
「まさかっ!?」
「申し上げます!!」
「何事だ!」
「信秀様率いる六千が松平勢に奇襲をうけてござる! 信秀様の軍はほぼ壊乱状態になっております!」
「な、何だとっ!?」
まさか奴らが我等の奇襲を見破るとは……まてよ、敵は松平勢の奇襲だと?
「待て、信秀様の所には今川の兵はおらんのか?」
「はっ! 今川の旗は確認しておりませぬ」
「と言うことはまさか……!?」
「申し上げます!!」
今度は別の兵が駆け込んできた。
盛重は嫌な予感が当たらないでくれと願いながら聞いた。
「……何事だ?」
「我らの背後より今川勢およそ三千が突如現れました!! 既にお味方後備えは壊滅! こちらに向かってくる模様です!!」
「何と言う事だ……」
太原雪斎……まさかこれ程とは思わなんだ。
確なるうえはと盛重は強く槍を握り締めた。
「盛重様っ! ここは我らが食い止めますので盛重様は信秀様の元へ!!」
「阿呆! 今川勢は我らで食い止めるぞ! 今川勢まで信秀様の元へ行ってしまったら確実に織田は終わる! よいか! 我らで今川を食い止めるのだ!!」
「しょ、承知いたしました!!」
既に数を千五百程に減らしていた佐久間隊であったが、盛重の采配ですぐに方円の陣が組まれた。
対するは太原雪斎率いる三千、盛重は迫り来る死を身近に感じながら槍を強く握った。
次回もよろしくお願いします。
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森山崩れ 後編
「織田の別働隊の者達は大混乱ですな。流石は雪斎殿じゃ、よく織田が明朝に奇襲を掛けてくると見抜いたものじゃ」
その男は織田の混乱ぶりを満足そうに頷くと自慢の髭を撫でながら、隣にいる坊主に気さくに話しかけた。
坊主……雪斎は唯でさえ気難しそうな顔を更にしかめ、やれやれと頭を横にふった。
「泰能殿、まだ勝ちと決まった訳ではありませぬ。もう少し慎重になされませ」
朝比奈泰能……今川家中では雪斎に次ぐ実力者と言われている男であった。
雪斎がいなければこの男が今川を引っ張っていたに違いない。
泰能はにこにこと憎みきれない笑みをしながら、分かっとるわと何処か抜けた声で返事をした。
「しかし雪斎、お主は今回はちと慎重に過ぎやせんか? 相手を見い、すでに潰走しかけておるではないか」
雪斎が織田軍を見ると確かに、三方向からの今川軍の攻撃によって既に虫の息と言っていい程織田が崩れかけているのは分かった。成る程、確かに泰能が言うとおり自分が気にしすぎているのかもしれない。
「一体何を気にしているのだ? 敵の大将である織田信秀の軍勢も松平の小童に任せているのだろう?」
「それは……そうだが」
雪斎の煮え切らない態度に少し苛立ちを覚えたのか、泰能が先程より語気を強めた。
「わしとお主の仲ではないか。教えてくれてもよかろう? それともお主はわしのことが信じられないと?」
雪斎は苦笑しながら、まったくせっかちな男だと毒づきながらはぁとため息を漏らした。
「実はな泰能殿、本来ならばここまで時を掛けることなく織田の別働隊を叩き、織田信秀の首を挙げる予定だったのだ。しかし、あの別働隊を率いる将……中々どうして」
雪斎は途中まで話すとくくくと笑い始めた。それを泰能はまた始まったと溜息をついた。
どうもこの男は普通の人とは笑いのツボが少々……いや、かなり違うらしい。
「あぁこれは失礼。先ほどの続きだが、あの将中々やりおる。こちらの奇襲に気づくとすぐにこちらの意図に気付き、時間稼ぎにきた。それも防御に優れている方円の陣でな」
「馬鹿な、時間を稼いだ所で信秀らは松平の小童の奇襲を受けておるではないか。そこで信秀が討ち死にするかもしれないのに何故……」
「あるいは信じているのかもしれぬ……」
「何……?」
泰能が怪訝な表情で雪斎をその蛇のような瞳で見つめた。
雪斎は敵に囲まれながらも馬上で槍を振るう武者を見ながらふっと笑った。
「彼らには主従の間を超えた何かがあるのやもしれぬ。もしかすると、奴らは今川の脅威となるかもな」
「……脅威となるのならば早めに取り除くに越したことはあるまい」
「そうだな」
二人は顔を見合わせ無言で頷くと、互いに後ろに振り向き部下に突撃開始の命令を下した。
狙うは方円の陣の中心にいる将、佐久間盛重である。
四方八方敵だらけとは言ったものである。
見渡す限り今川の旗旗旗。次々に倒れていく織田木瓜……
盛重は度々降ってくる矢を槍でなぎ払うと、眼前の敵を見た。
「お主がこの隊の将か! 我こそは朝比奈泰能様が寄騎の一人、岡部正綱である。いざ尋常に槍合わせ願いたい!!」
源平武者さながらの一騎打ちの申し込みに、盛重は面食らった。
まさか今時こんな事をする奴がいるとはと少々阿呆かと思った盛重であったが、一騎打ちは嫌いではない。むしろこっちが好みと言えよう。となると盛重も阿呆ということになるのだが……
「良き武者とお見受けした! 某、佐久間盛重と申す! いざ参らん!!」
敵将はニヤリと笑うと、槍を頭上で振り回しながら馬をこちらに走らせてきた。
盛重も負けじと馬を正綱とやらに向かって走らせる。
いつの間にか敵味方の矢合わせが終わっていた。敵味方ともに俺ら二人の一騎打ちに夢中のようだ。
「せいやぁ!!」
当綱が気炎をあげて渾身の突きを繰り出すが、盛重は上手く槍を使いそれを弾いていた。
少し隙が出来ると盛重も反撃に出る。
「はぁぁぁぁ!!」
上段から繰り出される盛重の槍を正綱は槍を盾に受け止めたが、盛重の膂力が強すぎるのかどんどん押し込まれていった。
「な、何という力じゃ……」
「終わりだな、正綱とやら……」
勝ったと思った瞬間の事である。突如、静まり返っていた戦場に歓声の声が上がった。
何だ……と二人が歓声の方を見ると、2つの軍勢がこちらに向かってきていた。
すると先頭走っている坊主が弓を引き絞り、こちらに放った。
確実に盛重の眉間を狙ったその矢を盛重は咄嗟に、馬の手綱を引き矢を躱した。
「あ、あぶねぇ……」
ふぃ~と額を手の甲で拭うと、改めて周りを見渡す。
この二人の登場で方円の陣は崩壊した。兵達はほとんどが逃げたか討ち取られたのだろう。
千五百の部隊もいまや五百もいなかった。そこに先ほどの二人の将が向かってきた。
「お主が別働隊の大将か?」
いつの間にか先ほど負かした正綱も二人の後ろに移動していた。先ほどの勝負が納得出来ないのか少し微妙な顔をしている。
それにしても、と盛重は二人の将を見据えた。一人は坊主のくせに甲冑をつけているが、兜や佩楯は着けていない。無用心と言っていい程の装備の軽さだった。対してもう一人は、以下にも老練な将である。見た感じで威厳のある将だと言うことと、言葉に出来ない凄みが分かった。
「そうだ。名を佐久間盛重と申す」
「佐久間盛重か……中々の戦いぶりじゃ。どうであろう? ここで余興をせぬか?」
「余興だと!? 今は戦の最中ぞ!! 盛重様を侮辱するのも大概にせい!!」
兵達がそうじゃそうじゃ!と叫んでいるのを盛重が抑えた。
「それで……余興というのは?」
「簡単なことよ」
坊主……いやこの男こそが今川の軍師である太原雪斎なのだろう。
雪斎は不敵に笑うと自分の獲物なのだろうか杖を部下から貰うと馬から降りた。
「お主がわしに勝てれば、お主とその部下の命は保証しよう。但し、負ければ……」
「負ければ……?」
雪斎は手を手刀の形にして首をトントンと叩いた。
つまりは負ければ俺らは残らず殺すと言うことなのだろう。
「……いいだろう。但し頼みがある」
「貴様、状況が分からんのか? この状況で頼みが通るとでも?」
老練な将が蛇のような睨みを盛重へ向ける。
雪斎がそれを窘めると、こちらに振り返りそれで頼みとは?と促してきた。
「もし俺が負けても、配下の者たちだけは助けてやって欲しい」
「……いいだろう」
「雪斎様!」
「雪斎……よいのか?」
「あぁ、どうせこの数だ大した脅威でもあるまい。それよりもこの男が重要だ」
「お主がそれで良いならよいが……」
「すまぬな」
雪斎は再び盛重に向き直る。
「では始めようか?」
「そうだな……」
二人は構える。
雪斎は杖を中段に、盛重は槍を高く掲げ独自の構えをとった。
ここで負けられない……約束してくれたとはいえいつそれを反故にするか分かったものではない。
こいつらはそれが出来る。なんせ、軍師なんて生き物は人を騙してなんぼだからな。
盛重は最悪の場合を考える……そう考えると槍を持つ手も自然と力がはいる。
盛重は先手必勝と地面を思い切り踏み込んだ。
中々先に進まない……(´・ω・`)
早く姫武将あたりを書きたいですね~
書きたい姫武将が決まってないので意見あれば下さい。
よろしくお願いしましす(_ _)
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山犬
駄文ですがよろしくお願いしますm(_ _)m
盛重は全身全霊の力を込めて突きを入れるが、雪斎はそれを杖でそらしたり躱したりして盛重の槍は中々当たらなかった。
盛重は肩で息をしながら、尚も体勢を崩さずに構えをとる。
雪斎はあれだけ動いて構えを乱さない盛重に少しばかり感心したのか、ニヤリと笑いかけた。
「大したものだ。あれだけ動いて構えを乱さぬとはな。………しかしなぁ」
雪斎は目にも留まらぬ早さで盛重との間合いを詰めると、杖で突きを入れていきた。
「なっ!? 早……」
雪斎が放った突きは見事に盛重の鳩尾に命中した。たまらず、腹を抱えて膝をつく盛重。
「お主の槍は単純だ。そんな腕では我らのような歴戦の武者には通用せぬわ!!」
雪斎は盛重の顎に思い切り杖を振り上げた。
衝撃で飛ばされた盛重は、やっとの思いで立ち上がるとキッと雪斎を睨みつけた。
「……まるで獣だな。獲物に対して見せる山犬の目じゃ」
雪斎がふんと鼻を鳴らすと、トドメとばかりに杖を突きの体勢に持ってくると先ほどと同じ鋭い突きを盛重に放った。
盛重はその突きを槍で打ち払うと、杖はボキッと音を立てて折れた。
雪斎は予想外の出来事に驚いたのか少々動きが鈍くなった。盛重は待っていましたとばかりに槍を雪斎の胸に目掛けて突きを放った。
「甘いわ小僧!!」
「がっ!? 蹴りだと……」
盛重が反撃に出る前に雪斎は更に前に出て盛重の胸に蹴りをかまして盛重を仰け反られせた。
雪斎はすぐに盛重に組討ちにかかった。
上を取られた盛重はしまったと歯噛みしたが、後悔しても仕方が無い事である。
盛重は槍で打ち払おうと動かすが、雪斎はその腕を掴んで槍を奪い取った。
雪斎は両足で盛重の両腕を抑えて動かせなくすると槍を構えた。
「……くそったれ」
「惜しいな。もう少し時が経てば名将になれたのかもしれぬのにな。だが、これで終いじゃ!!」
『信秀様……申し訳ありませぬ』
盛重が心で信秀に謝罪して死を待っていると、中々痛みを感じない……
あれ?と思い目を開けると、瞬間何処からか鬨の声が上がった。
「雪斎!! 織田軍じゃ! どうやら松平の小童め、失敗したようじゃ!!」
「何とっ!? 致し方あるまい…だがこいつだけでも!!」
雪斎は槍を盛重の胸に突き立てようと槍を振り下ろした。
盛重は強引に片足の抑えを引き剥がすと、右腕だけで槍を受け止めた。
「……しぶとい奴め」
「生憎、尾張の人間は諦めが悪いんでね」
雪斎が渾身の力で槍を押すが、盛重は最初は押されていたが徐々に右腕だけでそれを押し返し始めた。
「な、何という馬鹿力じゃ……」
「ぐぅ……がぁあぁああ!!」
「ぬぉ!?」
盛重はようやく強引に槍を押し返すと、雪斎の抑えを振りほどいた。更に体勢を崩した雪斎の顔に思い切り殴りつけた。
吹き飛ぶ雪斎に、ハハハと笑う盛重。
「どうだぁ! クソ坊主が調子にのってるからそうなるんだぜ!」
「おのれぇ! よくも雪斎を!」
泰能が腰から太刀を引き抜いて馬上から盛重を切り捨てようとするが、盛重はすぐに槍を拾い泰能の太刀を躱すと馬に向かって突きを放った。
たまらず馬が悲鳴をあげて馬体を上げると、泰能も馬上から落馬した。
「おのれぇ……小童が!!」
「やめよ泰能! もう時間がない! 早く撤退するぞ!!」
「……くそっ。お主、佐久間盛重とか申したな! 決して忘れぬからな」
そう言い残すと泰能達は馬に乗って走り去っていった。
盛重は遠くなっていく今川の軍師達を見ながら、自分の未熟さを思い知った。
遠くに織田木瓜の旗が見える。恐らく信秀様が兵を率いて来てくれたのだろう。
「俺もまだまだだな……もっともっと強くならねばな」
盛重は急に体が重くなるのを感じると、ドサリと地面に突っ伏した。
そして目の前がだんだん暗くなっていった。
目が覚めると、見慣れた天井が見えた。軋む床に木の香りが強い、間違いないあの城だ。
御器所城、盛重の領地の城である。城と言っても信秀様や平手殿のような立派な城ではなく、低い丘の上に作られた空堀と土塁が最低限あるだけの城で、どちらかと言えば砦と言った方が正しいかもしれない。
現在は盛重がこの城の城主と言う事になっている。
「おっ! やっとお目覚めになられましたな義兄上」
この細顔で目鼻の整った顔立ち、そしていつもニコニコと笑顔を絶やさない、間違いない自分と同じ佐久間一族の佐久間信盛である。年は盛重より2つ下の十六で、この年で佐久間家を当主である。
信盛の父が流行り病に侵され急死した事により、まだ十六の信盛が家督を継ぐことになったのである。信盛は2つ年上の盛重を実の兄のように慕っており、何時も義兄上と呼んでくる。
盛重はまだ痛む体を起こすと、頭を振りながら信盛に尋ねた。
「……信盛か。どの位寝ていた?」
「今日で三日目でござる。義兄上、随分活躍なされたとのお話でしたが?」
「……誰がそんな事を?」
「六殿や万千代殿です。どうやら他の若い武将たちも義兄上の事を噂しているらしいですよ? まぁ、元凶は殿なんですがねぇ……」
「そうか、内容は聞かないことにするよ」
「そうそう義兄上、実は義兄上に仕官したいと申す者がいましたよ?」
「仕官? 俺にか?」
「えぇ……それにおなごでございますよ」
「何? おなごだと?」
信盛はコクリと頷くと手を叩いた。すると、奥の襖が開かれた。
そこには確かに艶のある黒髪を後ろに一本に束ねた巫女のような見目麗しいおなごがそこにはいた。いたのだが……盛重ははて?と首を傾げた。
「もしやと思うが……噂の姫武将とやらではあるまいな?」
「そのまさかでござる。この者、先日の義兄上の武勇伝に心を打たれたらしく、是非とも義兄上に仕えたいとの事で」
「そ、そうか。それは……どうなのだろう」
ふむと盛重は悩んだ。何しろ唯でさえ怖がられているのに、鬼とまで言われていた盛重はあまり女性と話す機会がないので少し気恥ずかしいのである。
それを知っている信盛は、ははぁと意地の悪い笑みを見せた。
「義兄上、幾らおなごに縁がないからと言って手を出してはいけませんよ?」
「なっ!? 何を言う信盛! お、俺がそんな事をする男だと思うのかっ!?」
「冗談ですって義兄上。そんなに動揺しなくても」
二人がギャアギャアと騒いでると恐る恐る先程からいた巫女?が話しかけてきた。
「あ、あの~私は仕官できるのでしょうか?」
「ん? あぁ、少ない俸禄でよければ歓迎しよう」
その言葉を聞くと巫女?はパァ~と表情を明るくすると有難き幸せと頭を下げた。
「この命、佐久間盛重様にお預けいたしまする。め、命令とあらば……そのお相手も」
「やめてくれ。部下を無理やり襲ったとあっては周りの目もこれまで以上に冷たくなるし、何より自分で悲しくなってくる。そうだ、お前名前は?」
あ……と緊張で名乗ることを忘れていたのかカァ~と顔を赤く染めると、慌てて名乗り始めた。
「も、申し遅れました! わ、私は奥田直政と申します!!」
「奥田……聞いたことのないな。信盛、知ってるか?」
「尾張には心当たりはありませぬなぁ。他国のものか?」
「はい、美濃の生まれにございます」
「美濃と言えば斉藤家の国ではないか。何故、斉藤家に仕官しないのだ?」
「最初はそうしようと思いました。ですが、父上が一度尾張を見てこいと言われたので、初めは見物がてらに来たのですがここに来てから盛重様の武勇伝を聞いてるうちに盛重様にお仕えしたく参上仕りました」
「ん、そうか。まぁ頑張ってくれ」
「はい!」
盛重の軽い返事に動揺したのは信盛である。
「ちょ、義兄上! そんなことで良いのですか!? もし敵の間者だったら如何するのです?」
「そんときはその時だ。たたっ斬れば良い話だろ?」
盛重の殺気に怖気づく二人。
盛重は冗談だと笑うと、イタタと体を押さえながら再び横になった。
苦痛に少し顔を歪めると、やれやれと言った顔で信盛が薬を持ってきた。
「義兄上、薬ですぞ。折角なので、直政殿が義兄上に飲ませてあげなされ」
「えっ!? わ、私がですかっ!?」
「えぇ、男からやられるよりやはり女子に看病してもらった方が義兄上も喜びますので」
「信盛っ!」
「おっと、それでは私は仕事がありますのでこれにて。直政殿、後はお頼み申します」
「は、はい! お任せ下さい!」
クスクスと笑いながら信盛が出て行くと、ヤル気全開にした直政が隣に座った。
その後、無事に薬を飲んで安静していると直政が精のつくものを作ってきますねと言って何処かに言ってしまった。
盛重は庭を見ながらこれから大変になりそうだなと今後の事を案じたが、再び眠気が襲ってきたので身を委ねる事にした。
姫武将が登場しましたね~(^^)
意見を下さった方々有り難うございます!!
早速、一人使わせていただきました。年代的に少し早いですが、そちらはフィクションと言うことでよろしくお願いしますm(_ _)m
次回は和気あいあいとしたものを書きたいですね~('∀`)
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評定参集の使者
不定期更新になりますがよろしくお願いします。
織田信秀率いる織田軍と雪斎率いる今川軍の戦は瞬く間に周辺諸国に知れ渡った。
伊勢国の北畠氏、美濃国の斉藤氏、甲斐国の武田氏などが尾張に進行してくるのではないかと信秀はしばらくの間落ち着かない状況に陥っていた。さらに、外部だけではなく内部にも敵はいた。名目上の尾張守護の座にいる斯波氏、そして尾張下四郡の守護代の織田信友、尾張上四郡の守護代の織田信安がこの機に信秀の弱体化を図っていたのである。
しかし、信秀も負けていなかった。盛重が重傷を負って尾張に引いた後、すぐに三河に侵攻し安祥城を攻略して、自軍が衰えていないことを示していた。さらには朝廷に多額の銭を送り、三河守に任じられていた。これで三河攻略の大義名分が出来たわけである。そして、信秀はこれからどうするべきか重臣たちを那古屋城に呼び寄せ評定を開こうとしていた。
佐久間盛重がいる御器所城にもその使者が訪れた。その使者は信秀の右腕でもある平手政秀であった。
「盛重、体の具合は大事ないか?」
「はっ。まだちと痛みまするが大事ありません。しかし、平手殿自ら使者として参られるとは恐悦至極に存じまする」
「そうかしこまらなくてもよい。殿が那古屋城で評定を開くそうだ。お主にも召集がかかっている。殿からお主の様子を見てこいと言われたのでな。見に来た次第じゃ」
「左様でございましたか。先の戦は大変な失敗をしてしまい、お詫びのしようもございませぬ」
「何を言う。お主があそこで踏ん張っていたからこそあの戦は勝てはせなんだが、負けてもいなかったのじゃ。他の者では到底敵わなかったであろうよ」
盛重がしかし…と黙り込むと、政秀もやれやれと目の前の白湯を飲み干した。
「それ程までに気負うておるのなら、今まで以上に強くなり、今まで以上の功を立てよ。それこそが殿に対しての償いじゃ。死んでいった者たちに対してものう」
「…はっ。この佐久間盛重、今まで以上の忠勤に励みまする」
「うむ。それでよい」
政秀は満足そうな笑みを浮かべると、白湯が無くなったことに気付いた。盛重もそれに気付き、白湯のおかわりを呼ぶと奥田直政が入ってきた。眉目秀麗な若い娘が入ってきたことに政秀は口をあんぐりと開けて固まっていた。
「どうぞ白湯でございます」
「う、うむ。失礼だが名はなんと申す?」
「私は奥田直政と申します。つい最近に盛重様に取り立ててもらいました」
それを聞くと政秀はニヤリと笑って盛重に視線をずらした。
「盛重、お主も隅に置けぬ男じゃのう。このような別嬪さんを家臣に取り立てるとは、ようやくお主にも春が来たということなのかのう」
「政秀殿、揶揄わんでくだされ。信盛からも同じような事を言われておりますので」
「何じゃ。からかいがいのない奴じゃの。ま、とにかく直政殿。盛重の事よろしくお願いしますぞ」
「は、はい!命にかけてもお守り申し上げます!」
「うむ。それでは盛重、わしは他にも回らないといかんのでな。お主も三日以内に登城せよ」
「はっ」
政秀はそういうと使者として御器所城を後にした。盛重は政秀を見送るとすぐに支度にかかった。
とはいえ、いまだに戦の傷が治っていないので着替えも直政に手伝ってもらっていた。
「はぁ、情けない……」
「?? 何がでございますか?」
「女子に着替えを手伝ってもらっていることだ」
「仕方ないではございませぬか。盛重様はまだ怪我人なのですから」
「しかしなぁ。俺はまだ嫁も貰っていない身だ。こう女子と二人きりの状況はあまりよろしくないんだが」
「ご安心ください。夫婦か愛人なのではないかと勘違いされるだけです」
「それがよろしくない事なんだよ」
はぁと盛重が溜息をつくと、ガシャンと何やら割れた音が聞こえた。音の方へ顔を向けると顔を赤くした万千代が立っていた。
「も、盛重様……。そのお方は一体……」
「ま、万千代か……こいつは最近入った」
「不潔です!!」
「何でっ!?まだ何も言ってないぞ!!」
盛重は逃げる万千代を追いかけようとするが、雪斎にやられた傷が痛み始めた。
「あだだだだだだ!!」
「盛重様! 大丈夫ですか?」
「だから言ったろ。よろしくないって」
「はい……ですが、まだ子供ではありませんか。子供に知られたところで……」
「あいつらをなめるな直政。万千代はまだしも、これが吉法師に知られでもしたら大変なことになる」
これを知った吉法師の顔が盛重の頭の中に浮かんだ。間違いなく厄介な事になると確信できた。
「と、とりあえず城に向かうぞ。評定は三日後だ。怪我人の俺でも、三日目の朝には着く。行くぞ」
「はい!」
盛重はその日の夕方に信盛と直政を連れ、那古屋城へと向かった。
久し振りの投稿でしたので駄文だと思いますが、温かい目で見てください。
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