呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜 (れもんぷりん)
しおりを挟む

誕生編
生誕


 シリアスは(そんなに)無いです。


 

 暗い。

 

 

 

 

 何も見えない。

 

 

 

 

 寂しい。

 

 

 

 

 だれか......

 

 

 

 

 私を抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ......」

 

 暗闇の中から意識が覚醒していく。ゆっくりと瞼を開くと暖かな太陽の光が目に映る。

 

 どうやら此処は屋外のようだった。というかさっきからザワザワとなっている森の木々の音から薄々勘づいていたんだけど。

 体を起こして周りを見渡す。絹のようにさらさらな銀髪が肌に当たって心地いい。

 

 一体ここは何処なんだろうか?というか目覚める前まで何をしていたのかが全く思い出せない。これは俗にいう記憶喪失というやつか?

 

 頑張って思い出そうと頭に両手をやってうんうんと唸る。自分の名前、過去、親や友人などの情報が全く思い出せない。というかまるで元々そんなものは無かったかというようにぽっかり記憶に空洞が開いているような感覚に陥った。こんな馬鹿な話があるか。いや、まさに今の私がそうだった。

 

「くぅぅぅぅ!どうすればいいんだぁ」

 

 あまりの事態に途方に暮れていると頭にやっていた手に硬質なものが触れた。

 ん?なんか頭に変な突起物がついているんだが。

 

 突起物はおでこの少し上のあたりから突き出ているようで、左右対称になっているようだった。

 ふにふにと触って確かめてみたが鍾乳石のような滑らかな触り心地でずっと触っていられる。

 そのまま何も考えずに触り続けていたが、超が4つほどつく天才鬼才神才の私は気がついてしまった。

 

 重大な事実に。

 

 

「これ私、人間じゃなくね?」

 

 そう声に出して認識すると脳にガツンと衝撃がきたような感覚を覚えた。

 

 動悸が早まる。頭が痛い。胸が重い。

 

 もう私は人間ではないのだろう。何よりも自分の本能が自分は“呪霊”だと叫んでいる。

 自分が呪霊だと言うことを認識すると、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような気がした。

 これは自分が人間ではないと認識した故のショックではない。もっと心の奥底から感情が溢れ出てきて止まらない。

 

 

 この感情を私は知っている。

 

 

 

 この感情を私は覚えている。

 

 

 

 この感情に私は慣れ親しんでいる。

 

 

 

 「さみしい」

 

 無意識にぽつりと零れ落ちた。

 ただひたすらに寂しい。理由もなく涙が溢れ出てきて、何度も何度も手で拭った。

 

 同時に理解した。私は人が寂しいと思う感情から生まれた存在だと言うことを。

 

 自分の根幹にその寂しさがあることを何よりも理解した。

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり泣いた後、これからのことを考える。これは俗に言う転生というものだろう。私はこの世界に覚えがあった。

 

「呪術廻戦」

 

 人間を害する呪霊と呪力という特別な力を扱う呪術師という存在が戦う大人気コミックスだ。呪霊は人間の負の感情から生まれ、呪力もまた、人間の負の感情から生まれる。

 

 先ほどから記憶を引っ張り出そうとしたら呪術廻戦に関する記憶しか出てこない。まるでこの記憶しか必要ないと言わんばかりだ。

 

 まだ確証はないが、漠然とした確信がある。

 

 そうなってくると私が選ぶことが出来る選択肢は二つあると言える。

 

 一つは一般的な呪霊として人間を害し、呪術師と敵対するという道。

 もう一つは一般的な呪霊から逸脱し、全く人間と関らずに暮らすという選択肢。

 

 正直、人間を害するつもりは全くない。私は加虐趣味ではないし、どちらかというと人の喜ぶことをしてあげたい。では二つ目の選択肢かと聞かれると、それも違うと答えるだろう。

 

 さみしい。ひとりきりで暮らすなんて耐えられない。

 

 この身を焦がすような激情。胸を穿つ空虚。

人間で表すなら空腹が一番近いだろうか。それもただの空腹ではない。お腹を抑えてその場で蹲り、嗚咽を漏らして神を恨む。そのような苦い空虚がこの身を支配している。

 

 恐らく私が人間の理性と自制心を持っていないただの呪霊だったのなら、すぐに走り出して人間の一人や二人さらってくるのではないだろうか?

 

 よって、私がとる選択肢に孤独になる道はない。そんな道は選べない。だが呪霊の姿は一般人には見えないのだ。

 多少の呪力を持つ人間しか私を視認することは叶わない。つまり、一般社会では私はひとりぼっちだ。

 

 しかしうってつけの場所がある。

 

 

 呪術高専である。

 

 呪術高専とは日本に東京と京都の2校しかない呪術師専門の学校のことで、先生も生徒も皆呪力を持っている。つまり皆私が視える。

 そこに行けば私は一人ではなくなるという訳だ。

 そう考えると何だか人肌が恋しい。私は前世で触れ合った筈の人の肌の温かさなど欠片も覚えていないくせに。

 

 だが私は呪霊。例え私の心は人間だったとしても、私が呪霊であるということは疑いようのない事実である。

 

 では此処で問題。今の私が呪術高専に行くとどうなるのか?

 

 一瞬で祓われるだろう。全く聞く耳も持たずに殺意を向けられ、そして抵抗虚しく散るという訳だ。

 

 とにかく力が必要だ。何よりも生き抜く力が。この世界では呪霊に見つかっても呪術師に見つかっても皆、襲いかかってくることだろう。

 

 呪術高専に行っても敵対ではなく和平を選ばざるを得ないような怪物に成長してしまえばいい。そこから信頼を得ていくのが手っ取り早いだろう。

 

 そうと決まれば修行である。

 

 

 

 私は絶対友達をつくるぞ!

 

 

 




 人生初投稿なので誤字があったらすみません。
 楽しんでくれると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

術式

 

 強くなるにあたって確認したいことは三つある。

 

 一つ目は呪力の総量だ。呪霊というのは皆呪力を持っているが、それぞれ持っている量は違う。

 多ければ多いほど強いという単純な話ではないようだが、多い方が良いのは間違いない。

 

 二つ目は身体能力の確認である。頭に二つのツノがついているということは私は鬼の姿をモチーフとした呪霊である可能性が非常に高い。鬼といえば高い身体能力が有名なので私も高い身体能力を有しているかもしれない。

 

 最後が本命。三つ目は術式の確認だ。術式というのは呪術師や呪霊が持っている特殊能力のようなものである。持っている術式は生まれた頃から決まっていて、基本的に一人に一つ。

 先ほどからずっと体が強い渇きを訴えてきている。自分の中に意識を強く傾けると大体の概要が理解できた。

 

“吸収術式”

 

 このような名前がしっくりくるだろう。凄く簡単に説明すると呪力を吸収するというだけの能力である。これは強いのか?一度適当な呪霊を探して試してみないと分からない。

 ということでとりあえず歩き回ってみることにした。呪霊を見つけるためだ。

 

 今はまだ昼頃のようで、森には生命の気配が多く感じられる。どうやら五感は結構鋭いようだ。

 

 木々のざわめきに紛れて聴こえる流れる水の音。そこかしこから獣の痕跡が見分けられる。とりあえず顔を確認したいので水辺に向かうことにした。

 

 水辺に向かいながら考える。強くなるにはどうすればいいのか。これはもう決まっている。

 

 術式反転の会得と領域展開の習得だ。

 

 術式反転とは文字通り、自らの術式の逆の力を使えるようにする技術である。

 

 例えば、相手を押すという術式を持っているのなら、術式反転は相手を引っ張る術式になるだろう。

 此処から予想するならば、私の術式反転は吸収の逆である発散であるのだろう。

 

 どう役立てられるかは分からないが、術式反転を使えるようになるのならば、自らの体を治す反転術式も使えるようになる。

 

 反転術式とは負のエネルギーと負のエネルギーを掛け合わせることによって正のエネルギーを生み出し、人体を治療する技術のことだ。

 

 正直この技術は呪力によって身体が構成されている私にとっては不要なものではあるのだが、他人に使うことが出来るようになれば人を助けることも出来るようになる。これは友好の大きな助けとなるはずだ。

 

 そして領域展開。これは呪術の奥義と呼ばれる一つの終着点である。周囲に自らの呪力を広げ、生得領域を得ることで完成される。その領域内では自らの身体能力に大きなバフがかかり、攻撃が“必ず”当たる。当てられたら終わりの術式を持つ相手が領域展開を使ってきた場合、こちらも領域展開をする以外の勝ち目はなくなるだろう。

 

 双方ともコミックス内でも特に難しいとされている技術だ。

 どのように練習をすれば習得できるのかは分からないができなければ死ぬ。それだけだ。

 

 そう考えている内に水辺に着いた。澄んだ水が美しく、森の動物たちの水飲み場になっているようだった。鹿や鳥がそれぞれの群れで寄り添っているのをみるとまた寂しさが湧き出でてくる。

 

 休んでいる動物たちはこちらに見向きもしていない。やはり見えていないのだろう。それと同時に残念な事実が発覚してしまった。

 

 原作内で特級呪霊(呪霊の中でもトップクラスの呪力を持つ強力な呪霊のこと)達がカフェテリアに行った時に、店員は呪霊達のことが見えてはいないが、漠然とした不安感を覚えたという描写があった。

 

 つまり強力な呪霊というのはたとえ見えていなかったとしても何かを感じさせるということ。

 

 人間よりも動物の方が危機察知に優れているというのは有名な話である。つまりその動物にさえ気づかれない私の格の低さがよくわかるという訳だ。

 

 呪霊というのは上から特級、一級、準一級、二級、三級、四級となっている。

 

 そこから考えるに私の呪力量は多く見積もったとしても二級。ただ主人公である虎杖悠仁と二級術師の伏黒恵が初めに遭遇した呪霊が二級呪霊だというので私にそこまでの力はないだろう。せいぜいが三級、最悪の場合四級相当の呪力しか持っていない可能性も十分にある。

 

 まあ一旦置いておこう。まずは見た目の確認である。呪術廻戦に出てくる呪霊というのは基本的には醜悪な見た目をしているものだ。もし私がそれらの呪霊と同じような醜悪な見た目をしているとするのならば、人間たちに受け入れられないかもしれない。なんだかんだ言っても人間が第一に他人を判断するのは見た目であることが多い。

 

 内心ドキドキしながら水面を眺める。そこで私は衝撃を受けた。

 

 さらさらと流れる絹のような銀髪。宝石のように輝いているくりっとした大きな紅い瞳。顔立ちは人形のように整っていて幼さを感じさせるが、妙な色気を醸し出している。おでこには薄紅色の鍾乳石のような材質をした長さ10センチほどの先が丸まっているツノが一対。

 

 もっと簡単に表そう。銀髪赤眼の超絶美幼女(ツノ付き)である。これだけ聞くとナルシストのように感じられるかもしれないが、断じて違う。これは客観的に見た純然たる事実である。ここに断言しよう。

 

 私は美しい。これは人間と友好的な関係を気づくことへの大きな支えとなるだろう。

 

 そんなふうにニヤニヤしながら自分の顔を眺めていると、急に体を悪寒が走り抜けた。

 

「っがああああああああ!」

 

 そんな悍ましい声が前方から聞こえ、私は驚いて肩をびくりと跳ね上げさせ、勢いよく後ずさった。

 心を落ち着かせながら前を見ると、猿のような形をした呪霊がすごい形相でこちらを睨みつけていた。

 

「きゃああああああああ!」

 

 そんな情けない声をあげて後ろに振り向いて全力で走る。先ほどまでは強くなるだとか呪霊を探して戦ってみるだとかそんなことを考えていたが、いざその時になって自分がどれほど甘い考えをしていたのかを思い知った。

 今まで感じたこともないような恐怖と悪寒がこの体を動かしている。

 

「ぐらぁぁっっぁぁ!」

 

 そんな声が聞こえた。

 

「え?」

 次の瞬間、私は木に叩きつけられていた。その叩きつけられた木をへし折り、その後方にあった別の木にぶつかってやっと停止した。

 

「かはっ!」

 そんな声が漏れたかと思うと全身に鋭い痛みが走った。左腕はおかしな方向に曲がっていて使い物になりそうもない。体は重くて動けない。

 

 

 だが動かねば死ぬのみだ。強い危機感を覚えて無理やり後方の木を蹴ってその場から離脱する。すると先ほどまで私がいた場所に呪霊の拳が突き刺さった。

 避けられたことに憤慨したのか、呪霊はこちらを向いて荒く息を吐いている。睨まれているだけだというのに強い殺気を感じ、身体が竦む。

 

 

 

 これが呪霊か。

 

 

 

 これが悪意か。

 

 

 

 こんなものに呪術師達は挑んでいたというのか。

 

 

 

 只人の身でありながらこんな恐ろしい怪物を相手取っていたというのか。

 

 正直私は舐めていた。そのことに今更気がついた。

 

 呪術廻戦の世界に転生して、原作知識があるからと。まるで自分はゲームをプレイするかのような感覚でいたのだ。

 

 そんな自分が恥ずかしくて、悔しくて、このままでは終われないと。そう強く思った。

 右手で地面を握り締め、ふらふらと揺れる思考の中で立ち上がった。

 

 左腕が動かないなら右腕がある。身体が重くても立ち上がれ。私にはその力がある。

 

 

 

 自分の人生の主人公は自分であるという言葉があるが。

 

 

 

 主人公は逆境を超えてこそ主人公足り得るのだから。

 

 

 

 

 




 術式はオリジナルです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

産声

 

 猿型の呪霊は自らの勝利を確信した。

 

 呪霊は猿への恐怖という日本では数の少ない負の感情から生まれ、呪力量としては二級といったところだ。

 自分の縄張りに異物が入り込んだと感知して確認しにきたところ、どうやら三級にも満たない呪力量しか持っていない人型の呪霊。

 

 端的にいうと雑魚だった。

 

 負けようがない、とも言える。

 

 案の定こちらに背を向けて逃げ出したので追撃し、体の左側をぶん殴った。骨が折れたような手応えを感じ、死んだかと思ったがまだ生きているようだった。

 しかしその身から反抗の気配は消え失せ、あとはトドメを刺すだけという状態のように見えた。

ニヤリと口角をあげ、俯く白い人型呪霊にゆっくりと近づく。

 

 より恐怖を与えるように。

 

 より絶望を噛み締めさせる為に。

 

 先ほどよりもゆっくり動き、敢えてギリギリ避けられるくらいの速度で呪霊に拳を叩きつけた。

 呪霊はゴロゴロと転がって強い恐怖の感情が籠った目をこちらに向けてくる。

 

 それが甘美だ。

 

 

 それが至極愉快だ!

 

 

 もっと甚振ってボロボロになったところで頭を踏み潰してやろう。そう考えて猿型呪霊はさらに口角をあげた。

 

 

 それが呪霊の一番の失敗だった。

 悠長なことをせずに追撃に入るべきだった。弄ばずにさっさと殺せばよかったのに。

 

 

 この猿の選択が「呪術廻戦」と呼ばれる世界の未来を大きく変えた。

 

 

 この時、世界にただ一人、比肩する者もいない正真正銘の怪物が産声を上げた。

 

 

 

 

 さて、どうしようか。

 

 あの猿型呪霊に勝つという気持ちはあるが、気持ちだけで勝てる程この世界は甘くない。

 

 訳でもなかったりする。

 

 どうやらこの世界では負の感情が強ければ強いほど呪力が増すという特性があるようだ。その証拠に勝ちたいと思った時に自分の呪力量が少し減った気がした。

 推測だが、現状において勝ちたいという気持ちが生きることへの強い欲求と似たような性質を持っているのではないだろうか。

 

 よく考えると原作でも呪術師達は「勝ちたい」や「生き残りたい」というよりかは呪霊への「怒り」や強い「殺意」を抱いて戦っている。

 

 そう考えると私の呪力量が少ないのも納得だ。今私は自らの欲求を抑え込んでいる。

 

 私の欲求は吸収欲。あまりに寂しいので全てを吸い込んでずっと一緒に居たいというヤンデレじみた恐ろしい欲求だと思う。その気持ちが反映されたからこそ私の術式は吸収術式というのかもしれない。

 

 今、生き残るにはこの欲求の解放が必要だ。

 

 だが私はこの吸収欲求を解放しても私のままでいられるのだろうか?

 

 ずっと寂しさを抑えきれずに全てを吸い込む大禍として祓われてしまうのではないだろうか。

 

 

 いや、耐えてみせる。

 

 私は理性ある呪霊だ。人間の味方をして友達を作るんだ。その為なら耐えてみせる。

 

 

 そう決意して、私は感情の奥底に押さえつけていた寂しさを解放した。

 

 

 

 

 寂しい

 

 

 

 

 

 さみしい

 

 

 

 

 

 サミシイサミシイサミシイサミシイ

 

 

 

 

 

 もう耐えられない

 

 

 

 

 

 離れないで

 

 

 

 

 

 行かないで

 

 

 

 

 

 ずっと一緒にいて

 

 

 

 

 

 

 このまま・・・ずっと・・・ずっと一緒だよ

 

 

 

 

 

 この日、ある山で膨大な呪力の放出が確認されたと呪術高専に窓からの報告があった。

 

 その呪力量はそこらの呪霊とは比べ物にならず、特級呪霊と認定。

 現場に調査として特級術師一名と一級術師一名が派遣された。

 

 

 

 

「これはすごいっすねぇ」

 

 特級呪霊の報告があった山に調査に来た一級術師の川中は特級術師であり、学生時代の先輩でもある成瀬に話しかけた。

 成瀬は滅多にいない女性の特級術師であり、また呪術高専の教師でもあった。その美しさから生徒の人気も高い。

 

「ああ、これは間違いなく特級だな」

 成瀬は辺りを見渡してそう呟いた。報告があった山は大きく削り取られていた。いや、正確にいうとそこはもはや山ではなく、更地だった。

 

 直径にして2kmほどの円状の範囲が完全に消失しており、その中心には凄まじい呪力の残穢が残されていた。

 人間が来るような場所ではなく、近くの村の人々が山菜をとる為に麓に出入りする程度だった為、人的被害は出ていないのが幸いか。

 

「上になんて報告したらいいんっすかね」

「難しいな。脅威であることは間違いないが居場所は掴めず、人的被害を被った訳でもないからな」

「とりあえず特級認定で要警戒ってとこっすね」

「そうだな。この様子だと呪霊同士の争いだと見ていいだろう」

 

 川中にはそうは言ったものの成瀬には疑問が残った。

 

 成瀬の術式は鑑定術式とも呼べるもので、呪力から様々な情報を読み取れる術式だ。これを用いて相手の弱点を看破し、巧みな身体強化と完成された体術で呪霊を祓ってきた。

 

 円の中心に残された呪力の残穢の濃さから鑑みて、この推定特級呪霊の術式が吸収術式と呼べる物だということを見抜き、その術式範囲に驚いた。

 

 2kmなんて甘い物ではない。それこそ麓にいる人間ごと吹き飛ばせたはずなのにそれをしなかった。

 人間に配慮する呪霊など背後霊や守護霊しか見たことがないが、これはただの呪霊である。

 

 また、この円を作り出したのは疑似的な生得領域の会得による”未完成の領域展開”である。空に絵を描くような物であり、まさに神業。そんなことができる呪霊ともなると現代に存在しているのがあり得ない程だった。

 

「とりあえず要調査だな。帰るぞ川中」

「はーい」

 

 一度他の呪術師とも相談する必要がある。そう考えて成瀬はその場を後にした。

 

 

 

 ▲■山の被害調査書

 

 

 ▲■山で膨大な呪力の起こりを確認。調査に赴いたところ既にその場に呪霊はおらず人的被害もなかったことから呪霊同士の争いと判断。

 

 呪力の残穢からこの呪霊を新たな特級呪霊として認定。又、その実力も未知数なことから戦闘の際には特級術師二名を派遣することが推奨される。

 

 現地に竜巻のような跡があったことから、仮名「死風」と命名。

 




 正直この呪術師達は金輪際出てこないです。
 報告書書かせたかっただけ()

 五条はまだ入学すらしていないので、五条が特級になる頃には引退しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修行

 長らく失踪しましたが、設定を練って主人公の背景をしっかり考え、完結までの道筋も立てました。

 読んでくれたらすっごく嬉しいな〜

 毎日夜に2時間ほど執筆しますので、投稿頻度は悪くないかと。


 

 ある町の住宅街の一角。くいあぶれた野良猫達の鳴き声が響き、中身がぶち撒けられたゴミ袋を不潔なカラスがつつく。

 

 そんな典型的な裏路地で今、逃げ回る一匹の呪霊が居た。

 

 

 

 

(くそが・・・どうしてこんなことに!)

 

 大型犬のような形をした一級呪霊は右前足の一本を損失し、体を半ば引きずるようにしながらひたすら逃げる。

 

 犬の呪霊は最近になって自我が確立した。暗い場所にノコノコとやってくる人間達を毎日の様に食し、つい最近になって近隣の住民の間で影のある場所に行くと影犬に食べられると噂になって恐れられた。

 

 そのことで力も知恵も増し、狡猾に獲物を狙ってきたというのに。

 

 その日もいつもの様に暗闇にやってくる人間を食べようと暗闇に潜伏していた時だった。

 

 不思議な格好をした真っ白な少女がその場所にやってきた。

 

 美しい銀髪は微量の光を反射し、白く輝いている。人間の間ではワンピースと呼ばれる黒い服を着てその上からフード付きの白い外套を纏い、そのきめ細やかな肌をうなじから肩にかけて露出させている。

 

 だが、その脆弱そうな見た目とは裏腹に紅く輝く瞳は形容し難い威圧感を醸し出している。

 

 

 少し不思議に思ったものの、犬の呪霊はまた新しい獲物が来たと考えた。

 

 姿は見えないだろうが念には念を入れて影を介して少女の後ろに回り込む。どこからどう見ても無防備なその首に背後から噛みついてやろうと後ろ足に力を込めて一気に暗闇から飛び出した。

 

 

 瞬間。

 

 

 少女はいきなり後ろを振り向き、その細腕を大きく開かれた呪霊の口に噛ませた。

 

 このまま引き千切ろうと考えた呪霊だったが、驚いたことにその腕に全く歯が通らない。まるで岩でも咥えているかの様だった。

 

 少女は噛ませた腕を上に振り上げることで呪霊の体勢を崩し、空いた右腕を下側から抉る様に呪霊の腹にぶち当てた。

 

 呪霊は冗談のように空に浮かび上がる。

 それを追う様にして少女も跳び上がり、呪霊の顔を重点的に狙ってラッシュを叩き込んだ。

 呪霊はなんとか右前足を自身の顔と少女の間に入りこませるが、その程度では止まらない。

 

 呪霊は顔をひしゃげさせ、右前足は削られたかの様に消滅した。

 だが呪霊も伊達に一級呪霊として生きてきた訳ではない。自らの術式を用いて闇を操り、計5本の闇で出来た槍を創り出して少女に向けて放った。

 

 確実に当たるかと思われたその槍はしかし、少女に触れたかと思われた瞬間何事も無かったかのように霧散した。

 唖然とする呪霊だが、もう出来ることはない。

 

 重力に逆らうことなく両者とも地面に降り立つ。かと思われたが少女は当然の様に空を蹴って呪霊に肉薄。

 

 大量の呪力が込められた掌底を呪霊に放った。

 

 黒い稲妻が走り、大気が揺れる。

 呪霊の体が波打ったかのように揺さぶられ、粉々に弾け飛んだ。

 

 バラバラになった呪霊の肉片はそのまま少女の掌に吸い込まれ、跡形もなく消え去っていった。

 

「うん、試運転はこれでいいかな」

 

 少女は満足そうに頷き、右足のつま先で地面をとんとんっ、と2回叩いた。

 

 少し前の自分では考えられないほどの成長だ。さすが私!略してさすわた!天才!

 とまあ自分を褒め称えたところで少しこれまでを振り返ろうと思う。

 

 

 

 

 時は1年ほど前に遡る。

 

 猿型呪霊を吸収術式で削り殺した後、暴走する自我と荒れ狂う感情を必死に押さえ込みながらその場から逃げ出した。

 

 軋む胸。決定的に何かが足りていないような、そんな不思議な感覚。

 

 寂しいからとかじゃない。まるで半身が消失しているかのような。自分の存在があやふやで、少しづつ薄れていく感覚。

 

 今すぐにでも胸をかきむしりたい衝動を抑え、必死に走った。

 先ほどの騒ぎで、まず間違いなく呪術師がくる筈だ。今遭遇してしまっては、吸収するか大人しく祓われるかのどちらかしかない。和解が不可能になる。

 

 

 3時間ほど走った結果、洞窟の様な場所を見つけたのでそこを拠点に生活していくことにした。

 

 呪霊に食事は必要ないし、睡眠も必要ない。だから雨風を防げて修行に集中できる場所であればどこでも良かったのだ。

 いや、そんなことよりも大切なことがあったというべきか。

 

 猿型呪霊を吸収術式で倒した時から自分の呪力総量が飛躍的に増えているのを感じていた。具体的にいうと三級呪霊の下位に位置する程度の呪力量であったのが二級でも真ん中あたりの呪力量に入るのではないかというほど増えている。

 

 感情を解放することによって解き放った呪力は感情の抑制と共に既に封印済みである。

 

 つまりこれが吸収術式の効果。

 

「相手の呪力を吸収し、自分のものにする術式か・・・」

 

 正直に言ってチートである。吸収すればするだけ強くなれるということなのだから。頑張れば最強になることも...

 

 楽しくなってきたあああああああ!

 

 強くなるという目的にこれほど合致したものはない。これからは吸収術式を用いて呪霊を狩りつつ、術式反転を行える様にするのが目標である。

 

 あとできることなら呪術師を助けるというのもしておきたい。

 理由は簡単である。

 先生の視点から考えてみてほしい。ぽわんぽわんぽわん

 

 ある日、あり得ないほど強い呪霊(予定)が呪術高専に来た。すごい威圧感だ!(予定)今まで確認されていなかった呪霊であり、一人でいるのが寂しいから友達を作りにきたという呪霊としてはあり得ない目的。何か裏があると考えられてもおかしくないだろう。というかそう考えられることは明白。

 

 となると呪術高専に行く前からある程度の信頼は欲しい訳だ。

 

 例えば、”人を助ける白い鬼”という噂はどうだろうか?

 

 自称あいきゅうにひゃくの単純思考はここまでの未来予想図を叩き出した。完璧である。うんうん。

 

 では行くぞ!

 

 

 

 

 そう決意して3日経った今、進捗を報告しようと思う。

 

 まず、術式反転だが...ほんの少しもできる気がしない。なんのとっかかりも掴めない。

 まあ高等技術だし、そんな簡単にできるはずもないか。

 

 だが素晴らしい発見もあった。

 どうやら鬼の種族特性として、体に呪力を回すことで身体能力の強化が可能になるらしい。

 

 これは原作の呪霊達にそのような身体強化をしているシーンがなかったことからの推測だが、本能的に身体強化の仕方を理解できたからこの予想は正しいのではないだろうか?

 

 問題が一つある。

 実はこの身体強化、なかなかに難しく、結構繊細な呪力操作が必要になるのだ。

 

 そこでうってつけの呪力操作の練習法を考えた。

 

「うぐぐぐぐっっっっぁぁぁあああああ!」

 

 洞窟内に、美少女のくぐもった声が響き渡る。

 ちなみに私の声だ。

 

 軽く吸収術式の封印を外すことで、暴れ出す呪力を抑えて呪力操作を鍛え、ついでにあまりの寂しさに途中で訓練を諦める気もなくすという一石二鳥の構えだ。

 

 デメリットは死ぬほど辛いことと、毎日あまりの寂しさに寝る時の涙が止まらないことだ。

 

 諦めてたまるか!

 

 絶対友達を作るんだ!

 




 鬼のくだりは完全オリジナル!
 この主人公がやってる修行、実は結構やばいです。常人がやったら普通に廃人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢中

 夢の中は居心地がいい。

 夢中になって追い求めるものがそこにある。



 

 ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。

一人の妊婦が出産を迎える。

 

 その日、少女は世界に産まれ落ちた。

 

 少女は親に恵まれなかった。

 

 幼い頃から父親はいない。

 

 齢3歳の時から、なんらかの理由で母親が一人で毎晩泣いているのを薄ぼんやりと理解していた。

 

 幸いにも暴力を振るわれることはなかったが、深い愛を向けられることもない。

 母親の生きる世界において、その少女は、忘れられない男の遺したペット程度の価値しかなかった。

 

 母親は正しくクズで、その相手もまたクズだった。

 

 普通の家庭なら与えられるはずの最低限の愛も、父親がいないことへの憐憫も、そしてその環境への同情も、何一つ得られなかった。

 愛されることのない赤子は産まれて間も無く死亡するという。

 

 少女が今生きているのはなぜなのか。

 

 それは母親が昔、赤子を愛していた時期があったことの証明たり得るだろうか? 

 

 

 少女は環境に恵まれなかった。

 

 夜は暗闇が蔓延り、コンビニエンスストアさえ見当たらない島国の端。

 

 酒とタバコの匂いが染みついた狭い部屋の中に半ば放置状態で放り込まれていた少女は、それが普通の環境だと認識するに至った。

 

 近所に住む人間は皆、等しく母親への嫌悪感を持っており、少女へ向かう同情の視線は途切れることがなかった。

 

 しかし、終ぞ少女へ助けの手を差し伸べる人間は現れなかった。

 齢7歳にして少女は自らの力をもってして生き抜かねばならぬという残酷な事実をその身に深く刻んだ。

 

 向けられる軽蔑の視線に怯みながらも、自販機の下を覗き、ゴミ箱を漁らなければいけなかった。

 

 

 少女は運に恵まれなかった。

 

 運が良ければ、警察に保護されたかもしれない。

 

 運が良ければ、少女は自らが明らかに異常な環境に身を置いており、保護されるべき対象だという事実に気づくことができたかもしれない。

 

 運が良ければ、助けの手を差しのべてくれる救世主に会えたかもしれない。

 

 運が良ければ...

 

 運が...

 

 齢10にもなって、少女はいまだに小学校を知らなかった。

 

 

 親にも、環境にも、運にも恵まれなかった少女は恵まれた。

 

 

 才能に恵まれた。

 

 

 それをもってして赤子の時に生にしがみつき、劣悪な環境で生き延び、どんな状況でも生き抜いた。

 

 少女は間違いなく異常だった。

 

 

 異常でなければ生きられなかった。

 

 

 少女は生物として、他者の追随を許さなかった。

 

 身体能力は幼少期の時点で大人のそれを凌駕し、その頭脳は明晰という言葉では表しきれなかった。一度見聞きしたことは忘れない。

 空間把握能力もずば抜けており、幼い女児である少女を襲おうと考えた不埒な輩は視認される前に存在を捕捉されていた。

 

 

 正しく怪物。

 

 その才覚は人の身では持て余すものだったが、少女はそれを扱いこなした。

 

 そんな少女はある日、運命の出会いを果たす。

 

 知識の収集のために通っていた図書館にて、漫画を知ったのだ。

 

 それは面白かった。

 

 今まで少女が読んできた数々の参考書を置き去りにし、少女は夢中で漫画を読み耽った。

 

 そこには「友達」というものが出てきた。

 

 

 そこには「恋人」というものが出てきた。

 

 

 それは美しく、少女を虜にした。

 少女は強く思った。

 何よりも強く。

 

 

「友達」が欲しい

 

 

 

 そうして少し経った頃、少女の母親が死亡した。

 

 長い間人形のように変わらない生活を送っていた彼女の母親が最後にとった人形らしからぬ行動は自殺だった。

 

 玄関の扉を開けた時、部屋の奥から漂ってきた死臭を少女は永遠に忘れることはない。

 

 愛されることがなくても。

 

 たとえそれが到底、母親とは思えない存在であっても。少女にとって、生まれた時からずっとそばにいた、大切な人だった。

 

 少女は産まれて初めて涙を流し、母親の死体を強く抱きしめて眠った。

 母と始めて一緒に入る布団。

 

 それは冷たかった。

 

 それは暖かかった。

 

 

 図書館で勉強した通りに警察を呼び、事情を正直に話した結果、少女は児童施設に保護されることになった。

 

 母親を失った喪失感はいまだ消えないものの、本で読んだとおりであれば、その生活は温かく、希望に満ち溢れた明るいものになるはずだ。

 

 

 それが夢物語だとも知らず、少女は施設の中へ踏み込んだ。

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 詳しくは覚えていないが、ひどく悲しい夢だったような気がする。

 

 

 まあいっか!

 

 修行を初めて3ヶ月。

 呪力操作が得意になってきた私は今、新たなステージに上ろうとしていた。

 

 身体能力強化の際、体中に呪力を巡らせることは正直もう簡単にできる。

 

 私は天才少女だからね!簡単に呪力操作をマスターしたのだ。

 

 しかし、その程度で満足するほど私は甘くない!

 呪力を体にこめるのではなく、巡らせるというのが呪力操作のイメージというのは有名だが、どう巡らせるかは私の好きにさせてもらおう。

 

 呪力をゆっくり胸の辺りに集めていき、心臓の位置に近づけていく。

 その後、血液(仮)が流れるのに合わせて呪力を廻し、血管の中を呪力が巡るようにした。

 

 説明は簡単だが、実行するのは何よりも難しい。

 それでも身体能力の効率は確実に上がっている。

 

 必要な位置に必要な分だけ呪力が漲っていくのを感じる。

 

 ぶち...ぶちぶち...

 

 不穏な音が聞こえるが気のせいだろう。

 

 ぱきゃ!

 

 と音がすると同時に腕や足から次々と血液(仮)が噴き出した。

 

「痛たたたたたっ!」

 

 慌てて心臓への呪力供給を切り、血管に廻る呪力を止める。やっぱり呪力操作の難しさが段違いだ。これは慣れるまで時間がかかりそうである。

 

 いまだに術式反転成功への兆しは見えないし、たまに現れる雑魚呪霊を吸収しているだけなので、準一級の呪霊くらいの呪力までにしか成長できていない。

 最強までの道のりは長そうだ。

 

 しかし、私は絶対に諦めんぞ!友達が欲しいんじゃあああああ!

 




 実は主人公の呪力操作力はめっちゃ上がってます。

 毛細血管の一つ一つに至るまで、呪力が張り巡らされるのをイメージしているわけですからね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

挫折

 ちなみに、血液(仮)は、呪霊の体に人間と同じように流れる血液のようなものだと思ってください。亜鬼の血は普通に赤色です。


 

 呪力を心臓へ。

 

 廻す、廻す。

 

 身体中がひどく熱くなる感覚と共に、地面を大きく踏み込んだ。強化された肉体はそれに応え、私の速度がぐんっと上がる。

 動きにくい山道の中を、自宅の庭のように駆ける。

 

 狙いを定めた猪のような呪霊は、まだこちらに気づいてすらいない。

 

 

 肉薄

 

 

 やっとこちらに気づき、慌てる呪霊に狙いを定めた。

 

 

 そして一撃

 

 期待していた黒い稲妻は光らず、ただ肉を砕くような感覚だけが手に残る。破裂する呪霊に対し、軽く解放した吸収術式を使用した。

 

 その場には何も、残らない。

 

 

 

「ダメか〜」

 

 洞窟に逃げ込んでから6ヶ月。

 

 正直にいうと、修行は挫折していた。

 呪力は順調に増えていっているものの、特級呪霊には遠く及ばないだろう。

 

 特級呪霊とは埒外の存在である。

 

 そう簡単に届かないとは分かっているが、このチート術式をもってしてもいまだ1級呪霊程度か。

 

 術式反転にしてもダメだ。

 どのようにしたら反転するのかもわからないし、自分の呪力操作が原作のキャラクター達に劣っているとは到底思えない。

 

 だって私、空中に呪力で絵描けるからね。

 前なんて推しの真希ちゃんのファンアート描いちゃったよ。

 

 これは原作の両面宿儺が領域展開の際に行なっていた、神業と同等の呪力操作力がないとできないことだ。

 

 実はもう身体強化は完成されつつある。

 呪力操作に失敗して血液が噴き出すことも無くなったし、今までやっていた雑に体全体に呪力を廻す方法よりも数倍効率がいい。

 

 つまり、完全に修行が停滞しているのである。これはまずいと考えた私は天才的な頭脳で思い出した。

 

 呪力量が増えないなら、呪力の質を上げればいい!

 よし、黒閃の習得をしよう!

 

 となった訳だ。

 

 黒閃とは、“打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突”することによって空間が歪み、通常時の打撃のおよそ2.5乗の威力を叩き出すことができるという現象だ。

 

 簡単にいうと、クリティカルヒット。

 

 しかしこの黒閃、それ以外にも素晴らしい効果がある。一度黒閃を経験した者と経験したことがない者とは呪力の核心との距離に天と地ほどの差が生じると言われている。

 

 この呪力の核心というのが何かはわからないが、これを理解することによって呪力の質が上がり、また術式反転への足がかりになるのではないかと考えた訳だ。

 

 その日から私は、ひたすら洞窟の周りの木を殴り始めた。

 

 原作では、黒閃を狙って出せる者は存在しないと書かれていた。主人公である虎杖悠仁は明らかに狙って出していた感が否めないが、私は彼ほど才覚に溢れているわけではない。

 

 試行回数こそが大事だと思い、呪力を込めた打撃を繰り出し続けている訳だ。

 そうして一ヶ月が経ち、いまだに黒閃は出ていなかった。

 

 これはおかしい。明らかに何らかの理由があるはずだ。

 

 だって私の呪力操作技術は黒閃を打った時の虎杖悠仁など足元にも及ばないほどのものであるはず。

 成功しないことには必ず、何らかの理由がある。

 

 思い出せ。

 

 黒閃の失敗条件を。

 

 

 

 

「感情の乱れだ」

 

 

 そう呟いた。

 

 そうだ。

 原作でも虎杖悠仁が怒りを込めて黒閃を放とうとした時、失敗していたじゃないか。

 

 私にもある。

 

 決定的な感情の乱れが。

 

 

 今も胸に巣食う虚無。

 あまりにも大きな寂しさだ。

 

 そう気づいてからは、木を殴るのはやめることにした。その代わりに狩りをすることにしたのだ。

 

 狩りに集中すれば寂しさは薄れるかもしれないという安直な考えだったが、寂しさとは私の本質。言うなれば心臓のようなものだ。

 

 狩りに集中するあまり心臓を止めてしまう人間はいない。つまるところ私には黒閃の習得は不可能なのだろうか。完全に...手詰まりだ。

 

 私がこれ以上強くなることはできないのではないだろうか。

 

 このまま誰にも愛されず、ずっとひとりで生きていくのだろうか。

 

 

 洞窟の冷たい床で一人、寂しく眠りについた。

 

 

 

 

 ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。

 

 少女は虐げられていた。

 

 

 子供というのは純粋で

 

 

 無邪気で

 

 

 そして残酷だ。

 

 子供は異物の混入を嫌う。

 

 少女が引き取られた児童保護施設には十数人の子供が居て、そんな中、少女は誰より異物だった。

 

 誰とも考えが合わない。

 その程度なら良かったのに。

 

 子供らしい機微がない。

 そんなものは育まれなかった。

 

 そんな無駄なものを残して生きていられるような甘ったれた環境ではなかったのだ。

 

 田舎から都会に連れてこられたこともあり、少女は他のどんなものより異物であった。

 

 歩み寄っても避けられ続け、ついにはいじめを受けるようになった。

 子供の考えるいじめなんてたかが知れている。

 

 そんなわけがないだろう。

 

 彼らは純粋で、無邪気で、残酷で。

 

 成熟してくれば必ずついてくる自制心というものを持ち合わせていない。考えついたものは全て試し、自分がいかに悪いことをしているかの自覚に薄い。

 

 少女はひどく傷ついたが、周りの大人が常日頃から口にする、「仲良くしましょう」という言葉に縛られた。

 

 これが仲良しのじゃれあいなんだと。

 そう思い込んだ。

 

 子供にはカーストが存在する。

 誰が何と言わなくても子供はみな、誰が上で、下で、対等かをよく理解している。

 

 少女はもちろん最下位で。

 誰が少女に何をしても誰も止めることはなかった。

 

 

 そんな中でも、少女の癒しはやはり漫画だった。

 

 一度読めば全てを記憶し、飽きさせるはずのその頭脳は、何度読んでも飽きない漫画に強い興味を示した。

 

 その中でもやはり、一際輝いていたのは「友情」だった。

 

 少女が一番欲しいもの。

 

 その中でも少女が一番好きになった作品は「呪術廻戦」だった。

 

 完結もしていない作品だったが、何度も何度も読み返した。

 独特の世界観と、強く輝く友情が少女を虜にした。

 

 友情の持つ輝きも。

 

 友情が持つ儚さも。

 

 友情が持つ尊さも......

 

 

 そうして一年が経った。

 

 月に一度だけ、少量もらえるお小遣いを奪われないように隠しながら貯めた。

 少女は本屋に通い、自分の一番好きな漫画を買い集めた。

 

 見つかれば奪われてしまうかも知れないという考えから、施設の子供には見つからないようにそっと隠した。

 

 

 ある日、漫画が見つかって。

 

 無邪気な子供達はそれを破り捨てた。

 いつもと同じように。

 

 

 ほら。いつものいじめじゃないか。

 

 

 じゃれあいじゃないか。

 

 

 ゆうじょうじゃないか

 

 

 ゆうじょうじゃない

 

 

 こんなの友情じゃない。

 

 

 少女はもう、限界だった。

 

 

 夢を見ていた。

 

 

 

 

 叶わない夢を

 




 シリアス続きですが、次回から主人公の覚醒が始まると思ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒閃


 連投(っ'-')╮=͟͟͞͞


 私にストックという考え方はないので、書いたら出して、また書き始めます。


 

 ある世界線の、暗い山に佇む洞窟の中。

 

 彼女は静かな寝息を立てて眠っていた。

 目元には涙の筋。

 

 

 

 

 

 ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。

 

 少女は紙切れを握りしめていた。

 目元には涙の筋。

 

 

 

 夢を見ている

 

 

 二人は叶わぬ夢を見ている。

 

 

 

 

 

 ふと気がつくと、そこは何も無い空虚な世界だった。

 いや、ほんとにここ何処?

 

 今日は黒閃を打てない現実に絶望しながらふて寝しちゃったと思ってたんだけど...

 

 取り敢えず探索してみよう。そう思い立って歩き始めたが、一向に景色が変わらない。

 

 

 何時間立っただろうか?

 

 全く変わり映えのしない白が続く世界。

 走っても、跳んでみても、何も変わらなかった。

 

「うおおおおおお」

 

 全く持ってどうすればいいか分からない。頭がおかしくなっちゃうんじゃないだろうか。

 

「こうなったら...」

 

 ここまで来たらヤケクソだ!

 

 

 少しずつ。

 

 そう少しずつ。

 

 ガチガチに封印を施している吸収術式を解き放っていく。いつも倒した呪霊を吸い込むときは1割も解放していない吸収術式。

 

 その理由は簡単だ。

 

 制御しきれないのだ。

 どんなに呪力操作を磨いても全く制御し切れる気がしない。

 

 だが、今打てる手がないのは事実。この白い世界を吸収してくれないかと思って封印を緩めていく。

 

 ギチギチと体が軋む。

 

 脳が破裂しそうなほど痛く、自分の存在が少しづつ薄れていくのを感じている。

 

 封印を3割ほど解放した時、いまだに白い世界に変わりはない。

 

 

「ぐうぅっ!」

 

 

 くぐもったような声が漏れ、視界が霞んでゆく。

 

 

 術式を5割ほど解放した時、ふと薄れた視界に少女が立っているのが見えた。

 

 

 泥で汚れた服。

 

 傷だらけの体。

 

 泣き腫らした瞳。

 

 

 もう術式の解放は止められず、7割がた解放されてきている。

 

 体の感覚も無くなってきた。ただあの少女を巻き込むわけにはいかない。

 

 何も見えない聴こえない。

 

 触覚もなく、もはや自らが本当に存在しているのかさえ分からない。

 

 

 いや......

 

 

 聴こえる。

 

 

 

 泣いている。

 

 

 

 泣いている。

 

 

 

 少女が泣いている。

 

 

 術式は9割以上解放された。

 

 薄れゆく意識の中で、ふと考えた。

 

 私の好きな漫画の主人公達ならどうする?

 こんな時、どうする?

 

 足を動かすのも億劫で、本当に自分が移動しているのかすら怪しい。

 

 だがそんなことは関係ない。

 

 前へ。

 

 ただ前へ。 

 

 何も映らない視界。

 泣き声だけが木霊するこの世界の中で。

 

 

 私は確かに少女を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

術式......完全解放。

 

 

 

 

 

 

 

 ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。

 

 少女は絶望した。

 

 少女の未来は明るくない。

 この暗い世界に希望なんてない。

 

 宝物だった。その物語に触れている時だけ、救われた。いつもなら施設に戻る時間になっても少女は破り捨てられた物語をかき集め、それらを抱いて座り込んでいた。

 

 ふと風が吹く。

 

 少女を嘲笑うかのように物語の破片は飛ばされていった。

 

 少女はその手に持てるだけの紙切れを握りしめ、その場を立った。

 その目は狂気を孕み、小さな体が壊れてしまいそうなほどの激情を抱え込んでいた。

 

 殺意を持ったか?

 

 ああ。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。

 だがそれは自分に対してだ。

 

 反抗すれば良かったんだ。

 

 無駄に大きな才能を持っていたくせに。

 

 好きを壊され、愛に飢え、少女は近くの高層ビルの屋上へと足を向けた。

 

 

 才能なんて要らなかった。

 

 ただ愛して欲しい。

 少女は抱きしめられたかった。

 

 温かい人肌を感じながら目を瞑り、その頭を優しく撫でてもらいたかった。朝はおはようと共に起き、夜はおやすみと共に眠る。

 温かな朝食と愛の詰まった夕食。

 母が与えてくれる細やかな愛の結晶達が欲しかった。

 

 

 それは強欲か?

 

 それはいけないことだったのだろうか?

 

 少女は最も得難いものを得ていたが、しかし最も欲するものは得られなかった。

 

 

 夢を見ていた。

 

 

 暖かいベッドの中、誰かに抱きしめられる夢だ。

 

 

 あぁ...

 

 

 

 

 あぁ誰か。

 

 

 

 

 私を......

 

 

 

 

 

 

 

 ふと目が覚めた。

 

 いまだに周りは白い世界のままだ。

 だが、今まで体をギチギチに縛っていた封印がない。

 

 え?

 

 吸収術式を...制御できている?

 そこまで考えたところで、やっと気がついた。

 

 胸元に少女を抱えている。明らかに事案だった。

 

「どえええええええ!」

 

 乙女から出てはいけないような声が出てしまった。慌てて少女を揺り起こす。

 

「んぅぅ〜」

 

 可愛らしい声をあげて目を覚ました少女は一瞬フリーズして。

 

 私と目があったかと思うと、私を強く抱きしめ、大声で泣き始めた。

 

「ええ!大丈夫?」

 

 そう声をかけながらあやそうと思い、頭を撫でると更に泣き声が大きくなった気がする。

 

 一時間後、やっと泣き止んだ少女は私にひっついたまま可愛らしく甘えてくる。なんだこの天使。

 私の体を抱きしめ、ずっと目を合わせて零れ落ちんばかりの笑顔を見せてくれる。

 

「ままぁ!」

 

 はい。私はお母さんですよ〜この子は渡さん!

 

 おっと、取り乱してしまった。

 先ほどから何故かこの子は私のことをままと呼ぶのだ。可愛いから全然OKだけどね。

 

 でも、そろそろ何が起きたのかを考えないといけない。そう思った時、胸の中の少女が私の頭に自分の頭をごっつんこさせてきた。

 

 瞬間、少女の過去が私の頭の中に流れ込み、全てを理解した。

 

 私は寂しさから生まれた呪霊ではなかったのだ。

 私は”少女の寂しさ”から生まれた呪霊だった。

 

 通りで記憶がないわけだ。だって私は生まれたばかりも同然。赤子のようなものだ。

 異常すぎるほど大きい感情を持つ少女の思いだけで構成されたのが私。

 

 少女が死に際に強く考えていた寂しいという気持ちと、呪術廻戦の知識だけが私に宿ったというわけだ。

 

 転生していたのは私ではない。

 

 少女の方だ。

 

 彼女はあまりの寂しさに私という呪霊を生み出し、そしてまだ目覚めてもいない私に抱きついた。

 その結果、彼女は呪術廻戦の世界に転生したのだ。

 

 吸収術式として。

 自我を持つ術式。それが少女の正体だ。

 

 私たちは二人で一つのような存在だった。

 そんな状態で術式を封印していたらどうなるか?

 

 これ以上なく不安定なのは間違いない。

 体が半分動かないようなものだ。

 

 というか吸収術式であるこの子をずっと封印して、閉じ込めていたと思うと心が痛む。

 

 ということはもしやこの空間って...

 

 

 間違いない。生得領域だ。

 

 つまり少女はあまりの寂しさに封印された状態で領域展開を使い、私を領域内に取り込んだわけだ。

 

 正しく天才。あり得ないほどの才能だ。

 でも、ずっと胸に巣食っていた寂しさが薄れている。これはなぜなのだろうか?

 

 

 そこまで考えた時だった。

 

 

 パキっと音がした。

 白い世界にヒビが入り始めているのだ。

 どうやら私の呪力を使って展開していたらしく、流石に時間的に限界だったらしい。

 

 少女はいかないでと言わんばかりにぎゅうぎゅうと私の体を抱きしめ続けている。

 

 だが心配することはない。

 

「これからはずっとずっと一緒。そうでしょ?」

 

 そう。少女の心の闇を理解し、吸収術式を制御できるようになった今、もはや私たちは一心同体。

 家族のようなものだ。

 

「私たちはもう一人じゃないね」

 

 そう伝えると少女は嬉しそうににぱぁっと笑った後、私の体の中に入り込んでいった。

 

 白い世界が崩れ落ちる。

 夜は明け、美しい青空が広がっていた。

 

 この山一帯の生命の動きが手に取るように分かる。

 

 風の流れも。

 

 もちろん自らの呪力の流れも。

 

 

  呪力を心臓に、血管を通して呪力を巡らせる。

 今までがなんだったのかというくらいスムーズに呪力が廻り、あり得ないほどの力が体に溢れる。

 

 手のひらをゆっくりと握り込み、腕を後ろにひいた。

 

 自分の体の中にあの子の動きを感じ、その動きが全く同じようにシンクロする。

 

 目の前の木に目がけて、腕を軽く突き出した。

 

 

 迸る黒い稲妻。

 

 

 

──黒閃

 

 





 少女は誰よりも天才だった。

 そんな少女から生まれた呪霊はもちろん...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準備

 さあ、最強への第一歩!

 一気に時間が飛びます。


 

 さて、黒閃を無事習得した訳だが。

 明らかにおかしな点がある。

 

 まず、呪力量が爆発的に増えている。

 領域展開に使われた呪力量を差し引いても特級に近い量を感じる。

 

 これは今まで封印に使われていた呪力がそのまま体に戻ってきたのだろう。かなりのリソースを封印に割いていたのが分かる。

 

 そして、呪力操作技術が有り得ないほど成長している。いや、これは成長という範囲内に収まるものではない。進化だ。

 

 意識なんてしなくても、ずっと体中の血管を滞りなく呪力が廻っている。

 

 

 心臓の鼓動。

 

 

 血管の脈動。

 

 

 筋繊維の動きの一つ一つに至るまで。

 身体中の遍く全てを完全に掌握。制御できる。

 

 また、第六感とは違う、新たな感覚を得た気がする。

 分かるのだ。自分を中心に半径五百メートル程の範囲内にある全てが。

 

 木がざわめくのも。

 

 水が流れるのも。

 

 聴覚じゃない、視覚じゃない。

 全能感が身を浸す。

 

 

 それと同時に理解した。

 これは私の力ではない。

 

 私はこんな馬鹿げた能力を有していない。

 

 これは私の半身の才能。今まで縛り付けられていた少女の持つ才能だ。

 

 こんな世界で生きていたのか。

 体の動かし方一つにしても生まれ変わったかのようだ。実際、私達は二人で一つの新たな呪霊として生まれ変わったのかもしれないが。

 

 頭は冴え渡り、もはや情報処理に手間取ることもない。少し回復してきた呪力で吸収術式を発動させた。

 

 

 そこからトランプを裏返すかのような気楽さでくるりと術式を反転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒閃をモノにしてから早5年。

 私は拠点を変えてから、また修行に没頭していた。

 

 前の洞窟は私の中にいる明希ちゃんと名付けた少女による領域展開に巻き込まれて消滅。

 黒閃を放った際に派手に山を抉ったので、呪術師に追われる可能性も考えて早めに居場所を変えたのだ。

 

 都会とは言い切れないくらいの寂れた空き家に住み着いている。

 

 どうせ私のことは見えてないからね。

 

 

 

 

 さて。正直に言おう。

 

 修行はその工程の殆どを終えた。

 呪力操作は世界の中で誰よりも上手くなったと自信を持って言える。

 

 明希が持つ才能の力も勿論あったが、それに頼らず必死に試行錯誤した。

 吸収術式の封印を使った訓練方法は使えなくなったので、基本的には呪力を物質化する練習をしていた。

 

 物質化と言っても、禪院真衣が持つ構築術式のようなものではない。呪力を使って空中に絵を描き、それを固定化するといったものだ。

 これがまた難しく、呪力操作を次の段階まで引き上げてくれた。この呪力操作は私が好む近接戦法でも素晴らしく役に立つだろう。

 

 私が1級呪霊相手に試運転をした際にも使った技術である。

 足の裏に呪力の板を用意して、それを蹴ることで空中でも方向転換ができるというわけだ。それ以外にも咄嗟の防御や軽い牽制攻撃にも使えるだろう。

 

 

 また、術式反転の結果生まれた術式である、放出術式。

 

 これがまたチートだった。

 

 ガチートだった。

 

 その能力は言葉の通り放出。私が吸収術式にて取り込んだ物を、放出できるという訳だ。

 

 そう、呪力だけではない。

 このことに気がついたのは術式反転の練習に飽き、修行とは名ばかりの遊びをしていた時だ。

 

 

 私は身体能力の強化は出来るが、体を硬化することはできない。

 それがずっと心残りだった。

 というのも殴るときに腕が砕けるのではないかというほど痛いのだ。そのせいで連撃というのが出来ない。

 

 なので硬化を意識して呪力操作をしてみたのだ。

 勿論結果は全くの空振り。呪力は万能ではない。多少硬くはなるが、正直そこまで変化がある訳ではなく、普通に私の攻撃の反動は貫通してくる。

 

 だがその時、胸の中の明希がそっと私の手に自らの手を重ね、術式反転を行った。その時は何が起こったのか分からなかったが、次の瞬間。

 

 私は腕の硬化に成功していた。

 どうなっているんだと調べた結果、衝撃の事実が明らかになった。

 

 私の放出術式の本質は吸収した物を外に反映するということ。吸収した呪力を放出するのはもちろん、吸収した術式も扱えるようになる。

 

 つまり、過去に吸収した呪霊の術式が使えるようになっていたのだ。

 

 

 これが如何にチートかは分かって貰えると思う。

 例えの話だが、あの最強と名高い五条悟を吸収したとしよう。

 

 そうすると、私の放出術式によって無下限呪術を使えるようになるという訳だ。まあ使えるようになるだけで無下限呪術を扱うには六眼が必須らしいので意味はないだろうが・・・

 

 

 だが実際、そんなに甘い話では無かった。

 

 術式というのは唯一つをまともに扱うだけでも多大な苦労がいるものである。

 

 そんな術式を、ましてや他人のものをそんなに簡単に扱えるはずがない。硬化術式という単純極まりない術式でさえ、まだまだ上手く扱えない。

 

 私の吸収術式は正直に言って異常だ。

 だがここまで規格外のありえない能力でありながら、私は既にこれを使いこなしている。

 

 これは吸収術式が明希という人格の生まれ変わりであり、それと同時に私と一つになった明希が人間史上最高レベルの才能を持っていることが大きな要因である。

 

 特に前者の効果が大きく、私に最大限協力し、力を貸してくれる訳だ。

 同時にこの吸収術式が元々私に備わったものであり、本能的に使い方をうっすら理解していたというのも大きい。

 

 だが放出術式で使うのは他人の術式。

 

 つまり私は元の術式の持ち主が本能的に理解している術式を扱う方法を知らず、ただこの身に宿った才能だけで術式を使いこなさなければならない。

 

 ここからはひたすら反復練習をして硬化術式を使い続けた結果、2年間ほどかけてなんとか実践で使えるレベルまで持っていくことが出来た。

 そこからやっと術式の質を上げていき、今では本来の持ち主以上に使いこなすことができる。

 

 これだけ大変なので、沢山の呪霊を吸収してその術式を全て使うというのは不可能だ。

 

 

 それだけじゃない。

 少しずつコツコツとやっていた呪霊吸収が身を結び、ついに壁を越えた感覚があった。

 

 並の呪い達では到底辿り着けない呪いの頂点。

 

 

 特級呪霊の仲間入りだ。

 

 だからと言って何かが変わったというわけでも無いが、これによって最低限準備が整ったことになる。

 

 

 なんの準備かって?

 

 

 

 呪術高専に行く準備だ!

 

 これで最低限、逃げる間も無く祓われることはないだろう。

 

 実を言うと、私は結構人助けをしている。

 野良呪霊に襲われた一般人はみんな救出しているし、呪術師だろう人たちが殺されそうになっているのも何度も助けている。

 

 結構姿を見られていると思うから、”人を助ける呪霊”として報告されていたら嬉しい。

 今が原作の時系列のどこなのかは分からないが、それも確かめたいところだ。

 

 もしかしたら私の推しの高専2年生組が見られるかもしれない。

 ふふっ楽しみだ。

 

 今回は本当に軽ーく覗きに行くだけだ。

 

 高専の大体の位置は調べてあるが、正確に分かっているわけでは無い。

 場所を確認して、ちょっと様子を覗いて帰ってくるだけである。

 

 

 さあ行くぞ明希!

 友達を作りに!

 

(うん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、どっかで会ったか?」

 

 

「気にすんな、俺も苦手だ」

 

 

 

男の名前覚えんのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 おいこれまだ星漿体編じゃねえか!

 





 次回「禪院甚爾死す!」デュエルスタンバイ!


 さあ、ついに原作介入が始まります。

 作品内で主人公は自分がやっと特級呪霊並みの呪力量を得たと勘違いしていますが、実際には違います。現時点で並みの特級呪霊くらいならボコボコにできるくらいには強く、呪力量も多いです。

並みの特級呪霊とは...?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星漿体編
天才



 次回予告が...

 どうしても戦闘だけで一話使いたくて...
 ごめんなさい


 

 その日、呪術界に激震が走った。

 

 ”神童”五条悟、呪術高専に入学。

 

 呪術界において御三家と呼ばれる名家のうちの一家、五条家の跡取り。五条家相伝の無下限呪術に六眼という特異体質を持ち、生まれながらの絶対強者として生まれた彼は、幼い頃から最強だった。

 

 敵がいない。

 

 張り合いもない。

 

 無限を操る彼の術式は彼に挫折を、障害を、敗北をたった一度として与えなかった。

 

 

 そんな彼が呪術高専に入学して得たのは、唯一無二の友だった。

 

 他人に反転術式を使えるという特異な存在である、家入硝子。

 扱いにくく、珍しい術式である呪霊操術を使いこなす夏油傑。

 

 夏油もまた類稀なる天才であり、五条と夏油はお互いをライバルとして、また親友として認めていた。

 

 親友同士、お互いに意見が衝突して喧嘩をすることも度々ある。

 

 

 3人が入学してしばらく経ち、2年生になった。

 

 

「弱い奴等に気を遣うのは疲れるよホント」

 

 五条は広範囲に効果を及ぼす無下限呪術の使い手であり、また青年期特有の跳ねっ返りも相まって非術師達への配慮を面倒に思っていた。

 

「弱きを助け、強きを挫く。 いいかい悟」

 

 

呪術は非術師を守るためにある

 

 

 夏油は”弱者生存”こそがあるべき社会の姿だと考えており、非術師を守るべき対象だと考えていた。

 

 

 意見の衝突だ。

 

 

「それ正論?」

 

 五条が煽るように問いかけた。

 

「俺、正論嫌いなんだよね」

 

 ポジショントークで気持ちよくなってんじゃねーよ

 そう嘯く五条に対し、夏油は顔を顰めつつ応える。

 

 その時には既に、戦闘力を持たない家入は教室の外に逃げ出していた。

 

 溢れ出す濃密な呪力で大気が揺れ、雰囲気が張り詰めていく。

 

 

「外で話そうか、悟」

「寂しんぼか?一人でいけよ」

 

 お互いに言葉を交わし、遂に衝突するかと思われたその時。

 

 

 ガラッ

 

 

 扉が開かれ、誰かが中に入ってくる。

 

 次期学長とも噂される担任の夜蛾正道だった。

 だが、その表情は暗い。

 

「硝子はどうした?」

 

 夜蛾がそう問いかける頃には既に、二人は何事も無かったかのように席に着いていた。

 

「さあ?」

「便所でしょ」

 

 息ぴったりにしらばっくれる二人。

 

 

 そして夜蛾はそんな二人に対して”重すぎる”任務を与えた。

 

「天元様のご指名だ」

 

 その言葉を聞いた二人は驚いた。天元様とはいうなれば日本の呪術界の基底ともいえる存在である。

 

「依頼は二つ」

 

”星漿体”天元様との適合者

 

      その少女の護衛と

 

             抹消だ

 

 

 

 星漿体編が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 星漿体とは天元の同化対象である人間のこと。

 

 夜蛾は任務の内容をぼかさず二人に伝えた。

 天元との同化とはその対象の抹消を表す。

 

 つまり、任務で人を殺せと言っているのと同義だと。

 

 

 

 

 

 

 

 二人は星漿体を迎えに行った。

 

 星漿体の名前は天内理子。 星漿体ということ以外はただの女子中学生である。

 

 少女を狙う呪詛師集団「Q」とのいざこざはあったものの、二人は無事に天内と合流出来た。

 

 そこで二人は天内理子という少女に触れ、それが本当にただの女子中学生だということを知る。

 気丈に振る舞ってはいるが、それだけだ。

 

 同化すれば友人とも、幼い頃から天内の世話をしていたお付きの者である黒井美里とも別れることになる。

 

 

 本当にただの少女だったのだ。

 

 

 二人は想う。

 

 

 

 本当にこの少女を自らの手で同化させるのが正しいことなのか?

 

 

 

 

 だがそんなことを考えている間にも事態は加速していく。

 盤星教と呼ばれる天元を信仰する団体が天内理子と天元の同化を防ぐべく、裏のサイトに高額の賞金首として依頼を出したのだ。

 

 

 二人はその襲撃を幾度となく防ぎ、天内理子に最後の思い出をつくるべく沖縄の海で共に遊んだ。

 

 

 

 もう二人はこの少女を殺せない。

 

 

 

 だがもうすぐこの幸せな時間も終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 遂に呪術高専へと着いた。

 ここは結界内、これで一安心だ。

 

 既に天内理子の懸賞金は取り下げられており、襲撃者もいない。

 

 五条悟はずっと張り詰めていた体を弛緩させ、"三日間"ずっと自身の周りに張っていた無下限呪術の結界を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

 トスッ

 

 

 

 

 

 

 

 軽い音がして。

 

 

 

 五条の胸から刀が突き出ていた。

 

 理由は様々あるだろう。懸賞金が既に取り下げられていたこと、結界内について油断したこと、無下限呪術を解いてしまったこと、その男に"呪力が全くなかった"こと。

 

 

 

 そして・・・

 

 

 

 その男もまた、別の形で最強だったことだ。

 

 

 

 

 

 

「アンタ、どっかで会ったか?」

 

 

「気にすんな、俺も苦手だ・・・

 

 

   男の名前覚えんのは」

 

 

 完全に原作の神シーンに遭遇してしまった件について。

 これは星漿体編における最強の敵である伏黒甚爾の最大の見せ場であり、最高の名シーンでもある。

 

 この伏黒甚爾という男、フィジカルギフテッドという、呪力を持つ人間が生まれつき天与呪縛によって呪力が無い状態で縛られた時だけ発現する、身体能力という面で最強の人間である。

 

 しかもそれだけでは無い。

 

 伏黒甚爾は武器収納呪霊を飼っており、さまざまな武器を戦いの中で持ち替えて使うことができる。

 その中の一つ、天逆鉾は「発動中の術式を強制解除する」というあまりにもチートすぎる能力を持っている。

 

 作品内でもトップ5には入るぐらいに強いんじゃないだろうか。

 

 見ているうちに戦いは進んでいき、遂に五条の首に天逆鉾が突き刺さる。

 これは五条の無下限呪術を天逆鉾によって強制解除したという訳だ。

 

 

 いやチートすぎ!

 

 

 そのままとどめと言わんばかりに五条の体に天逆鉾を何度も突き刺し、戦いを終えた伏黒甚爾。

 

 

 

 そうか、今から天内理子を殺しにいくのか。

 原作ではこの天内理子殺害は成功する。

 

 五条や夏油が悪かった訳では無い。単にこの男が強すぎたのだ。

 

 

 その後に覚醒した五条によって伏黒甚爾は倒されるのだが......

 

 

 

 

 

 許せねえよな

 

 

 

 

 

 ただ普通の生活をしたいだけの少女の未来を奪うなんて許せない。

 

 原作の流れでは、天内理子の方は放っておいても夏油がなんとかしてくれるが、この男だけは駄目だ。

 

 

 殺されてしまう。

 昔、明希が自分と重ねたという天内理子が。

 

 

 

 よし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が守る。守ってみせる。

 

 

 

 正直勝率は低いだろう。

 

 それほど強いのだ。この男は。

 だが相性はいい。

 私の戦闘スタイルは近接一択だが、術式頼りの戦い方ではない。

 

 身体能力を上げ、空を蹴り、明希によってもたらされた戦闘センスでひたすらインファイトだ。

 

 

 これしかない

 吸収術式や硬化術式に頼った戦い方では天逆鉾の良い餌食だ。

 

 

 

 さあいくぞ。

 

 

 

 

 覚悟を決めろ。

 

 




 次回、初めてのまともな戦闘回
 がんばれ主人公!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会敵


 文才の無さに押しつぶされそうになりながら頑張りました。
 戦闘シーンの難しさは異常。

 楽しんでもらえると嬉しいです。


 

 

 伏黒甚爾の気分は高揚していた。

 

 神童、最強、とその名を恣にする五条悟をこの手で殺った。

 後は乳臭いガキ一人殺すだけで大金が転がり込んでくる。

 

 簡単な仕事じゃないか。

 

 今日はこのまま打ちにいくか?

 いや、まずは煙草で一服か。

 

 

 しかし、思考とは裏腹にその身は全く警戒を解いていない。

 

 

 

 彼は決して油断しない。

 

 死ぬからだ。

 

 

 

 呪術師とは違い、彼には体を回復する手段もなく、呪力もない。

 持っているのは多少の呪具と身体能力だけ。

 

 

 この呪術界をそれだけで生き抜いてきた。

 

 それでもそこらの有象無象には負ける気がしないが、五条悟だけは別だ。だからこそ何重にも作戦を用意し、真っ先に仕留めに掛かったのだから。

 

 

 

 それに先ほどから嫌な寒気がするのだ。

 

 ジャリジャリと音を鳴らしながら天元の元へ向かう。

 

 

 

 彼は呪霊が見えない。

 呪力が全くないからだ。

 

 

 さて・・・

 

 

 では彼でも存在をくっきりと認識できるほど濃密な呪力を放っている目の前の存在はなんだ?

 

 

 ジャリジャリと音を鳴らしながら真正面から歩いてくる、こいつは。

 

 

 けたたましいアラートが鳴り響く中、伏黒甚爾は臨戦態勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

特級だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごい威圧感だと、素直にそう感じた。

 

 

 隆起する筋肉。

 

 確かな足取り。

 

 ブレることのない体幹。

 

 そして狼を幻視させるような眼光。

 

 

 

 あぁ強い。

 

 

 

 今まで戦ってきた何よりも強い。

 

 本当に彼は人間なのだろうか?

 そう思った。

 

 先ほどから鳴っているアラートが全く気にならない。

 

 恐らくは呪霊が高専内に入り込んだ際に鳴るものだろう。

 そんなものを気にしている暇はない。

 

 

 目を離せば死ぬ。

 

 

 

「高専は随分と物騒なものを飼ってんだなあ」

 

 彼が話し始めた。反応したいところだが、先ほどから足が前に進まないのだ。

 死が見える。進めば死ぬと本能が言っている。

 

「無視かぁ?まあ、何言っても聞こえねえんだけどな」

 

 

 体が震えるんだ。歯がカチカチと鳴っている。

 強くなっても、怖いことは変わらない。

 

 私はずっと臆病で。

 

 

 それでも前に進むって決めたから・・・!

 

 

 

「俺は今忙しいんだ・・・」

 

 

 

 

 

 殺すぞ

 

 

 

 

 

 恐怖を振り払え。

 

 心臓に呪力を。血管を通して巡らせる。

 廻す呪力量を更に増やし、爆発的な身体強化を施す。

 

 呪力の青い筋が白い肌に浮き上がる。

 

 吸収術式を反転させ、放出術式へ。

 それと同時に硬化術式をかける。

 

 

 

 前へ、ただ前へ!

 

 

 踏み込め!

 

 

 

 

 繰り出した右足は敷かれた石畳を砕き、爆風を吹き荒らす。

 身体中が熱い。呪力の巡りをこれ以上なく感じる。

 

 

 絶好調だ。

 

 

 右手を握りしめ、呪力を籠める。

 この一撃だけでもいい。

 

 もう一段階引き上げたい。

 今のステージからもう一歩上へ!

 

 

 迸れ、黒い稲妻!

 

 

 

 

 

 

 

──黒閃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開戦の一撃は黒い稲妻だった。

 

 

 白い鬼の姿が見えていないはずの伏黒はこの一撃を勘を頼りに持っていた呪具でガードした・・・

 

 はずだった。

 

 

 伏黒が生きてきて今まで、感じたこともないほどの力の波動。圧倒的膂力。ガードの上から無理やりこじ開けられる感覚。

 呪具にヒビが入り、粉々に砕け散った。それと同時にいまだ勢い衰えぬ拳が伏黒の右肩に突き刺さる。

 

 

(冗談だろ!)

 

 

 今伏黒が手に持っていたのは1級呪具の中でも上位に位置する物だ。

 

 固く、鋭いだけの呪具ではあるが、そう簡単に砕けるような物ではない。

 なんとか攻撃の芯をずらすことが出来たが、もう少し遅ければ今頃右肩は残っていなかったかもしれない。

 

 強い。呪力しか取り柄のない名前だけの特級ではない。

 

 伏黒はその事実を深く受け止め、勝利への道筋を組み立て始める。

 

 

 彼の強みは身体能力だけにあらず。

 

 生まれ持った戦闘センス、そして優秀な頭脳。

 それら全てを駆使し、相手の喉元に喰らいつく。

 

 この呪霊の攻撃は一撃受けるだけでも致命傷だということを脳裏に刻み込み、大きく距離を取る。

 

 

 当然のように反応し、追随してくる呪霊に向かってニヤリと笑った。

 伏黒の首にマフラーのように掛かった収納呪霊の口から呪具が取り出される。

 

 

 

 一閃。

 

 

 

 伏黒の手から放たれた一撃は容易く亜鬼を吹き飛ばした。

 

 

「さてと...」

 

 

 

殺るか。

 

 

 

 

 その手に握られるのは三節棍。

 持ち主の膂力によって打撃の威力が大きく変化するという特性を持ったその呪具。

 

 

 

 名は・・・

 

 

 

特級呪具 “遊雲”

 

 

 

 

 

 伏黒の体の周りを覆うように振り回される暴虐の嵐。

 これ以上ない暴力の体現。

 

 

 白い鬼は臆することなく嵐に向かう。

 

 神域の直感によって振り下ろされる遊雲を紙一重で避けた。地鳴りのような衝撃が地面を襲い、砂埃が立ち上る。

 そして飛び出す一つの白い影。

 

 空中で身動きが取れないであろうそれに対し、伏黒は容赦無く遊雲を振るった。

 だが、確実に当たるかに思われたその一撃を空を蹴ることで回避し、勢いそのままに肉薄。

 

 攻撃を放った後の隙がある伏黒へ右のアッパーカット。

 それを空いていた左手をそっと当てることで逸らし、亜鬼の鳩尾へと膝蹴りを繰り出した。

 

 

 硬い!

 

 

 金属でも蹴ったかのような感覚を感じたあと、追撃に入る。

 浮き上がる亜鬼を野球の要領で打ち据えた。

 

 

 吹き飛ぶ亜鬼。

 さらに追撃。

 

 人間とは思えない速度で空中の亜鬼に追いつき、遊雲で連撃を叩き込む。

 

 

 地面に叩きつけられ、動かなくなる亜鬼に対しても止めることなく叩き込み続ける。

 

 一瞬だけ違うものを殴ったような感覚を感じた瞬間、呪霊が体勢を立て直して大きく後退したのを感じた。

 

 

(まだ動けんのかよ・・・)

 

 

 都合百発以上は叩き込めたはずだが、それでもなお仕留めきれない。

 はっきり言って異常すぎる硬さだ。

 

 もしや打撃は効果が薄いのか?

 これ以上立ち上がるようなら獲物を刀に変えてもいいかもしれない。

 

 だが、伏黒が持つ最も切れ味が良い呪具は先ほど破壊された物であり、遊雲以上の効果を期待できるとは思えない。

 

 まあ、相手の攻撃は当たらなければ脅威に感じる程のものではなく、反撃の隙を与えなければ問題ない。

 

 伏黒は全く油断しない。

 

 相手の術式を見ていない。それだけで脅威に値するからだ。

 

 

 獅子は兎を撃つに全力を用う

 

 相手が兎より手強いならなおさらの事だろう。

 蹴った際に感じた硬さから考えると、相手の術式は硬化だろうか?

 そうだとすると天逆鉾が決め手になるかもしれない。

 

 戦略とは組み立て、実行して、成果を出してこそ意味がある。まだ相手が死んでいないのであれば、戦いは終わっていない。

 伏黒の頭の中ではいくつもの勝利への道筋が立てられ、その中から臨機応変に一つを選び取る。

 

 戦闘の天才。

 

 その言葉が彼ほど似合う男はいない。

 

 

 追撃をかけなかったのは相手の術式がいまだに明らかになっていないからだ。

 満身創痍は罠かもしれない。そう思わせる不思議な威圧感が呪霊にはあった。

 

 

 呪霊がむくりと起き上がるのを感じ、その動きを観察せんとじっと見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、彼の目の前に白い鬼が立っていた。

 

 

 

 

 

 背筋が凍るのを感じ、伏黒は後退しつつ遊雲を振るう。

 

 

 

 

 白い鬼はそれを見て。

 

 

 

 まるで止まっている棒でも掴むかのように。

 

 

 

 

 

 遊雲を掴みとった。

 

 

 




 反撃開始
 怒れる娘が目を覚ます。

 どうやら伏黒は呪霊が見えるらしいですが、書いてしまったのでこのまま進めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神才


 伏黒戦、決着。

 誤字報告死ぬほど助かります。


 

 伏黒はあり得ないものを見た。

 

 

 遊雲を掴み取られたこともそうだが。

 

 

 なぜ見える?

 なぜ呪霊が見えるんだ?

 

 彼は呪力を持たないフィジカルギフテッドであり、呪霊が見えたことはない。戦闘の際はその神懸かった直感を持ってして居場所を察知していた。

 

 それがどうだ。

 

 くっきりと目に映っているじゃないか。

 

 

 その額に生えるツノは薄紅色。

 肌は新雪のように白く、体に透けるように青い筋が走っている。

 服は黒一色のワンピース。

 

 

 瞳は紅く、その中に昏い怒りを灯す。

 

 口角は緩く上げられており、欠けた月を思わせた。

 

 

 

 彼は初めて死を感じた。

 五条悟など遠く及ばないような死の予感だ。

 

 

 冷や汗が頬をつたい、涙のように地面を濡らす。

 

 

 

 

 くしゃり。

 

 

 

 

 

 そう音がしたかと思うと。

 

 遊雲は紙切れのように握りつぶされていた。

 

 

 白い鬼が口を開く。

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 

 悍ましいほどの寒気が身体中を走り抜け、伏黒はなりふり構わず逃走の構えをとった。

 勝てるわけが無い。こんな化け物に。

 

 

 なんだこれは...

 

 

 

 本当に特級呪霊なのか?

 

 

 

 

 逃げる隙がない。戦闘の天才、伏黒甚爾が逃げることすらままならない。

 ただ今は生き残ることだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 伏黒甚爾は強かった。

 

 それはもうあり得ないくらいに強かった。何度も何度も叩きつけられ、正直死を覚悟した。

 

 硬化術式も貫通するほどの膂力。

 動きは先読みされ、反撃は悉くねじ伏せられた。

 

 だからあまり好きじゃない切り札を切るしか無かったのだ。

 

 

 その切り札とは明希の完全解放である。

 

 明希は吸収術式としての体と、人間の性質を持った体の二つで構成されている。これは明希が転生してきたことで獲得した性質だと思われる。

 

 このうち、普段は表に出ていない明希の人間としての才能を秘めた後者の体を自由にさせることで、私も才能を開花させることができるという訳だ。

 

 嫌いな理由は主に3つ

 

 1つ目は明希の才能を全て解放してしまうと、彼女が嫌な過去を思い出すのでは無いかということだ。

 彼女は昔、その力を使わずに大事なものを守りきれなかったことがある。力を使うことで過去の自分を憎んでしまうのでは無いかと危惧したのだ。

 

 2つ目は私の問題で、明希の持つ巨大すぎる才能は私の身には持て余した。端的にいうと、呪力消費量が爆発的に増える。動かずともその才能を維持するだけでだ。

 

 3つ目は私の矜持だ。親として、ママとして、娘には戦って欲しくないと思っている。

 

 我儘かもしれないが、それが親というものだ。

 

 

 ただ、私が死にそうになるくらいボコられている時、明希が私を出せとずっと叫んでいたのだ。

 

 親としてここで死ぬわけにはいかないし、本当に情けない限りだが明希の力を借りることにした。

 

 伏黒の追撃から逃れ、意識が朦朧とする中、私は彼女に呼びかける。

 

 

 

 

 

 

 

────起きて...明希

 

 

 

 

 あぁ情けない。涙が出そうなくらいに悔しくてたまらない。

 

 私は母親失格だろうか?

 

 

 それに応えるかのように、ぼろぼろの私の体を誰かが抱きしめた。

 

 

──んーん、そんなことない!

 

 

 

 暖かい。張り詰めた心が解れていくようだった。

 

 そして私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

───後は任せて

 

 

 

 

 

 

 明希は才能の怪物だ。

 人類の到達点。

 

 宮本武蔵か?諸葛亮か?歴史に天才と書かれる傑物は数多い。

 

 だが彼らには並び立つ敵がいた。

 天才の前には同じ天才が立ち塞がることだろう。

 

 

 

 明希に敵はいない。

 

 人間という枠内にいる内は明希の敵たり得ない。

 彼女は生まれを、愛情を、環境を、天運を・・・

 

 幼い少女に与えられる筈だった全てを世界に奪われた。

 

 そうして身に宿った比類無き才能、理外の怪物。

 

 

 世界よ見ているか・・・

 

 お前が生み出した、たった一人の小娘を。

 

 

 

 

 目の前で構えをとる伏黒に対し、明希が行ったのは観察だった。

 

 瞬間、伏黒は自らが無数の瞳に全方位から監視されているかのような、薄寒い感覚を覚えた。

 自分の表面だけでは無い。

 

 まるで体の裏側、血液の流れに至るまで見られている。聴かれている。

 

 心臓が目の前の白い鬼に握られているような濃密な死の気配。

 

 もはやこれは戦闘にあらず。

 

 

 調理人が食材を調理するように。

 

 

 伏黒は気付けばまな板の上だった。

 

 

 

 

 

 焦る。

 

 焦る。

 

 伏黒は生存への抜け道を探し、逃亡が不可能ということを悟ってからは思考を戦闘へと切り替えた。

 

 先ほど握り潰された遊雲はもう使えないだろう。そう判断した彼は一縷の望みに懸け、切り札である天逆鉾を握り込む。

 

 ほんの少しでも隙を見せたらなぶり殺しだ。

 そう言わんばかりの紅い瞳に見つめられながら、彼は駆け出した。

 

 先ほどよりもその速度は更に速く、残像を残しながら特殊な歩法で遠近感を錯覚させる。

 

 明希へと肉薄した伏黒は、勢いのまま左拳を繰り出す。これだけでも並みの呪霊なら祓われるだろう洗練された一撃だったが、先ほどの意趣返しのように軽く手を当てるだけで逸らされた。

 

 しかしそれはフェイント。

 

 隠れ蓑にしたジャブを下げながら、本命の右脚を使った蹴り上げ。

 これも軽く左腕で防がれる。

 

 だがこれだけでは終わらない。

 止められた右脚を起点に飛び上がって自分の体を浮かし、右手に握り込んだ天の逆鉾を空中に投げる。

 

 それと同時に明希に掴みかかり、左足を明希の首に絡みつかせ、体の自由を奪った。

 

 

 ここで決めなければ死ぬ。

 

 自分に与えられた最後のチャンス。

 

 

 伏黒はそう考えながら天から落ちてきた天逆鉾を両手で握り込み、明希の脳天へと放った。

 

 

 

 

 

 

「聴こえなかったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は死ねと言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絡みついていたはずだ。体の自由を奪ったはずなのに。

 

 左脚が無い。

 

 いとも容易く拘束から逃れた明希は振り下ろされる死の刃を親指と人差し指で摘んで止めた。

 

 驚愕する伏黒の胸に手を当てて呟く。

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 戦いの最後を印象付ける一撃がここに放たれる。

 

 

 黒閃とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際、現れる空間の歪みによって打撃の威力が2.5乗まで跳ね上がる現象である。

 

 狙って出せる者はいない絶技。

 

 

 いやまさか。

 明希にとっては驚きだ。

 

 “こんなに簡単なことができないのか”

 

 

 明希が考えた一撃は全てにおいて完璧だ。

 これこそ放つことのできる呪術師は誰一人として存在しない神業だろう。

 

 

 ただ一人、明希を除いては。

 

 

 

 

 打撃と呪力の誤差0秒。

 

 当然のように為される神の如き御業。

 明希の掌に闇を凝縮したかのような光が集まる。

 

 

 

 

 黒い光が、閃光のように瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“終閃”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いはここに決着した。

 

 伏黒甚爾は正しく天才だった。

 

 

 

 明希は神才。

 この世にて、比肩しうる者無し。

 

 

 生まれながらの絶対勝者。

 

 彼女が戦うと決めた時、既に勝敗は決まっていた。

 




 さて、何故この星漿体編から原作介入したのか?
 心の中で予想してみてね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強敵


 アンチ・ヘイトタグは付けないの?と聞かれました。

 付けません。
 私は呪術廻戦が大好きで、全てのキャラに違った魅力があると考えています。

 その魅力を損なわせることはしないつもりです。
 賛否両論あると思いますが、じっくり考えて決めたことなのでご了承下さい。



 

 勝敗は決したが明希はまだママに体を返すつもりは無かった。

 

 ここは危険だ。

 絶対に安全な場所まで移動してから体を返したい。

 そこらの雑魚には負けないだろうが、少なくとも五条悟と夏油傑の二人は今の彼女には荷が重いだろう。

 

 

 吸収したところで何も得るものがない。

 そう判断して、明希は胸から右半身が大きく消しとばされ、息も絶え絶えで殆ど瀕死な伏黒をその場に横たえた。

 というか何故生きているのだろうか?

 

 殺してもいいが、ママはそれを望まないだろう。死なない程度に反転術式で治し、その場に放置だ。

 

 彼にはまだ、伏黒恵の存在を五条に伝えるという役目がある。

 

 明希は確かに呪術廻戦という作品に救われた。

 キャラも皆魅力的で大好きだ。

 

 だが、明希の判断基準は母親一択。

 

 彼女はママに救われた。

 心から愛している。

 

 ママを傷つけたこの男を殺したい気持ちはある。

 しかし、ママの意思は全てにおいて優先され、ママが殺したいと思うなら殺す。生かしたいなら生かす。

 

 それが明希の行動理念。

 

 

 さて、そろそろか。

 時間を計算するにまず間違いないだろう。

 

 今頃、夏油傑の手で同化から逃れた星漿体の天内理子が世話係の黒井と共に安全な場所への退避を始めている頃だ。

 

 原作においてこの時天内は既に殺害されており、夏油は地に伏していた。

 

 つまり、あの男の復活もそろそろだというわけだ。

 

 

 ほら、近づいてくるじゃないか。

 

 名実共に最強の呪術師となったあの男が。

 

 

 

 

「アンタ誰?」

 

 

 

 

 

 

 五条悟は伏黒甚爾に何度も体を刺され、息を引き取る寸前だった。

 

 だが死の間際に呪力の核心を掴み、反転術式を習得。自らの体を治して伏黒を追いかけてきたという訳だ。

 反転術式とは、習得できる呪術師がほんの一握りしかいない高等技術。

 

負 のエネルギー同士を掛け合わせて正のエネルギーを作り出し、肉体の再生を行う。

 

 これにより術式順転「蒼」を反転し、術式反転「赫」を扱えるようになった。

 

 今の五条は覚醒している。まだ進化の余地を残しているというのに現時点で既に頂点。

 

 

 最強だ。

 

 

 彼は今、完全にノっていた。

 さて、伏黒を潰しに行くかと立ち上がり、追いかけ......

 

 そこら一帯に嵐が吹き荒れたかのように荒れ果て、壁も石畳もバキバキに割れている。

 気分が高揚しすぎて気がついていなかったが、呪霊警戒のアラートがなっているじゃないか。

 

 

 誰かが佇んでおり、その足元には血まみれの伏黒甚爾が......

 

 

 そして出逢った。

 

 これが二人の初対面。

 

 

 呪術師と呪霊

 

 敗者と勝者

 

 最強と神才

 

 

「アンタ誰?」

 

 

 明希はその質問に対して少しだけ思考し、そして答えた。

 

 

「勝者だ」

 

 

 

 悟と明希。

 この二人が出会えば、衝突することは避けられなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 さて、どうしようか

 

 なんて五条は一切考えていなかった。

 

 ハイになっていたのだ。

 伏黒の脅威は目の前の呪霊が排除した。

 そして呪霊は祓うべき。

 

 伏黒に勝利したということは間違いなく特級。今の自分を試すのに丁度いい。

 

 他に戦う理由がいるか?

 

 

 放つ。

 

 

──術式反転「赫」

 

 呪力が赤く光り、目に見えぬほどの速度で発射された。

 無下限呪術の術式反転は弾く力。

 五条の才能と六眼の力を存分に使い、莫大な呪力と緻密な呪力操作によって放たれたそれは白い鬼に寸分違わず命中した。

 

 そこで五条は驚愕する。

 

 

 受け止められている!

 

 明希は軽く右腕を上げ、ほんの少しの身体強化と硬化術式、掌に薄く呪力の膜を張った。

 後は体勢と重心を調整。

 

 真正面から五条の一撃を受け止め、そのまま握り潰す。

 

 それを見た五条は相手への評価を上方修正。

 

 術式反転「赫」は凄まじい威力を持つ。

 それを簡単に受け止めるということは、あの呪霊は耐久力も膂力も化け物じみているという訳だ。

 

 その情報を頭に入れ、それでもなお術式反転「赫」を放った。二発目のそれは軽やかなステップで避けられたが、それは想定内。

 

 既に追撃の「赫」を放っている。

 連撃だ。

 

 赤い呪力が明希に牙を剥く。

 

 

 明希は第六感以外にも一つ、感覚を有している。

 識覚と名づけたそれは、未知を既知とする神才の片鱗。

 自分の周囲に存在するあらゆるものを手にとるように理解し、未来予知じみた予測が可能となる。

 

 白き鬼姫が踊る。

 

 「赫」は呪術高専の壁を幾度も貫き、森を破壊し、地面を抉り、石畳を捲る。

 だが肝心の明希にはカスリもしない。放たれる方向と速度、術式範囲が分かっていれば避けるのは容易い。

 

 それでも五条は「赫」を放つのをやめなかった。

 これは攻撃であると同時に囮でもあったからだ。

 

 乱れる環境。巻き起こる破壊。

 それらを全て囮にして、明希の後ろに術式順転「蒼」が作り出される。

 

 発動される引力。五条は瞬間移動じみた速さで移動すると共に右脚を使った蹴りを繰り出す。

 

 五条は体術も一流である。

 術式も、呪力感知も、呪力量も、身体能力も、戦闘センスも、体術だって、彼は全て一流である。

 

 それに加えて相手の術式を看破し、緻密な呪力操作を可能とする六眼を持っているのだ。

 

 強くて当然。なるべくしてなった最強。

 

 そんな彼の蹴りを簡単に掴み取り、そのまま地面に叩きつけたこの鬼もまた絶対強者。

 大地が砕け散り、砂埃が舞っても彼は無傷。

 

 何故なら、五条の周りには常に無限があるから。

 どんな攻撃も、衝撃も、彼には届かない。

 

 しかし何だ?

 

 五条は違和感を感じていた。相手に全く攻撃する意思が感じられない。降りかかる火の粉を祓う程度にしか反撃してこない。

 

 冷静になればそこで戦いは終わっていたかもしれない。だが彼は青年期。若気の至り。

 

 

「舐めてんのかよ?"ブス"が」

 

 

 挑発が好きなお年頃。

 彼は意図せず、明希の地雷を踏み抜いた。

 

 前世で明希は自分の顔が不細工だと言われたことなど何度もある。子供が簡単に思いつく悪口の一種。

 もっと酷いこともされてきたし、言われてきた。

 

 正直ほとんど気にならなかった。

 だがそれは前世ならの話。

 

 今、明希が動かしているのは誰の体だ?

 

 彼女が愛する母親の体。明希はママが好きだ。顔も体も心も温かさも健気さも欠点だって。

 

 全て愛している。

 

 明希に五条を傷つけるつもりなんて全くなかった。

後々高専にお世話になる際、過去のいざこざは邪魔になると分かっていたからだ。

 

 

 激情が体を突き動かす。

 

 

 

「なんだこの悪寒は」

 

次期学長と噂される男も。

 

 

「やばっ。あいつら大丈夫なの?」

 

他人に反転術式を施せる天才も。

 

 

「この呪力は?」

 

最強のライバルも。

 

 

 この時、東京都内に存在する全ての生物は震え上がった。

 

 それは対峙する最強も同じこと。

 

「嘘だろ...おい」

 

 

湧き上がる呪力。

 

ひび割れる大地。

 

大気を軋ませ、木々は重圧に耐えきれずにへし折られていく。

 

 特級呪霊とは、様々な人間の負の感情が一つに集まってできる呪霊だ。膨大な数の人間の感情の集まり。

 

 それをただ一人、"寂しさ"だけで特級呪霊を創り出した。

 

 それってどんなだ?

 一人間が持ちうる感情の量を超えていないか?

 

 そんな存在が今。

 

 

 憤怒している。

 

 

 周りに解き放たれた呪力が全て白い鬼に凝縮していく。

 

 五条は瞠目した。

 かの黒閃のような濃度の黒が、白い鬼を染め上げていく。

 

 その威容は伝説に語られる黒鬼だ。

 

 そんな五条の視界から、黒鬼は突然消えた。

 

(見えない!)

 

 五条の天才的な呪力感知を持ってしてなお、存在が捉えられないほどの速度。

 

 背後から死を感じた。咄嗟に身を捻り、前方に「蒼」を作ることで瞬間移動。

 

 全方位に「赫」を放った。

 撒き散らされる破壊を細事だと抜けてくる黒鬼。

 

 明希は試しと言わんばかりに軽く右腕を振るった。五条の無限はその一撃を受け止めたが、周りは違う。

 

 文字通り、建物が抉り取られた。建材の違いなど関係なく、張ってある結界など薄壁一枚。

 

 理を超えた膂力をここに発揮した。

 

 

 そして再び対峙する。

 お互いの攻撃は通らず、周りへの被害だけが増していく。

 

 実を言うと、明希側に五条への攻撃を通す手段はある。領域展開だ。

 

 だがこれを使うと相手は即死。

 呪術廻戦の世界でこの男を殺すほど愚かなことはない。完全な手詰まりというやつだ。

 

 単純な膂力で押し切れる相手なら相性がいいのだが、五条の無限に力の違いは関係ない。

 

 相手の呪力が切れるまでひたすら吸収してもいいが、六眼でこちらの術式を看破している五条はそれを何よりも警戒するだろう。

 警戒されてそれをできるほど、この最強は甘くない。

 

 

 五条は今、生きてきた中で最強の敵と戦っていた。もはや彼には奥の手しか残されておらず、それが当たる相手かと聞かれれば、否と答えるだろう。

 

 体術は相手の方が上。呪力量も、速度も、身体能力も相手の方が上だ。

 看破した術式も凶悪極まりない。

 

 逃亡を考えるべきだと、理性では考えている。

 

 己が最強というプライドは、それを遥かに上回った。

 

 

 最強は退かない。最強は逃げない。

 

 そして・・・

 

 

 最強は負けない。

 

 

 だから最強なんだ。

 

 

「埒が明かねーな」

 

「そのようだ」

 

 五条は賭けに出た。

 

「お互いに、最後の一撃で締めだ」

 

 俺は、無限を解く。

 お前は避けない。

 

 いい提案だろ?

 

 これは自分が相手に攻撃を当てられないと暗に認めることになるが、無限を抜けないのは相手も同じ。歯が砕けそうなほど噛み締めたいのを我慢して、悔しさを見せずに飄々と提案した。

 

「乗った」

 

 明希にとってもこれは好都合。無限がないならやり方はいくらでもある。

 

「じゃあ縛るか?」

 

 これは縛りがあるから成り立つもの。五条は当然のように聞いた。

 

 

 だが...

 

 

「お互いの矜持に懸けて」

 

 

 明希にも矜持があり、五条にもまた矜持がある。

 

 五条は笑った。

 

 心底楽しそうに。

 

 

「そりゃあいい」

 

 

 

──決着の時。

 

 

 

 無下限呪術は五条家相伝の術式。

 

 その存在は有名で、術式順転「蒼」や術式反転「赫」は五条家の者でなくとも知る機会がある。

 

 だがこの技は。

 

 この技だけは秘伝も秘伝。

 

 

──術式順転「蒼」

 

 五条の掌には引き付ける無限が。

 

 

──術式反転「赫」

 

 そしてもう一つ、弾き合う無限が。

 

 

 二つの無限が衝突し、反発することによって生まれた仮想の質量。

 

 

 

 

 心臓に呪力を。血管を通して巡らせる。

 廻れ。廻れ。

 

 この一撃は五条への怒り。

 

 ママを侮辱したあの男への贈り物だ。

 

 たかがそれだけでと思われるかもしれない。

 

 だが、明希にとっては大切な物を、人を、傷つけられる痛みは変わらない。

 

 握り込んだ拳に硬化術式をかけ、構える。

 

 打撃と呪力の誤差0秒。

 神才だけが成せる神なる御業。

 

 拳が闇を凝縮したかのように黒く、光り輝く。

 

 

 

 

 

──虚式「茈」

 

 

 

 

──終閃

 

 

 

 

 

 

 

 紫色に輝く莫大な呪力。

 

 黒く瞬く理外の一撃。

 

 

 二つの矜持が今。

 衝突した。

 





 友人にこの小説を見せたところ、明希の部分が分からないと言われたのでめちゃくちゃ分かりやすく説明します。
 簡単にいうと、明希は虎杖の中に棲む宿儺と同じような状態と考えて貰って大丈夫です。

 主人公は明希が吸収術式として転生したと考えていますが、どちらかというと明希の本体は人間です。
 原作で五条はいずれ虎杖に宿儺の術式が焼き付くだろうと考えていましたが、それと同じようなことが起こっている訳です。

 虎杖は人間に呪霊が受肉した形ですが、主人公は呪霊に人間の魂が宿った形になります。

 また、質問が多い何故正のエネルギーが扱えるの?という問題ですが、これは明希が人間の体と性質を持つことが理由な訳ですね。

 呪霊と人間の性質を併せ持つ主人公は、反転術式を扱うことが出来るということです。

ではでは〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

善悪

 遅れてすいません。
 少し忙しかったです。

 これにて星漿体編完結。


 

 呪術高専は今、喧騒に包まれていた。

 

「早く運べ!」

 

 一級術師であり、五条達の担任でもある夜蛾の言葉と共に担架が運ばれていく。

 その上には傷だらけの五条の姿。

 

 最強である彼が意識を失ったという事実は要らぬ問題を起こすと考えた夜蛾はその情報を公開しないことに決め、秘密裏に担架を治療室へ運んだ。

 

 だが先程まで呪霊警戒のアラートが鳴り響き、特級同士の戦いによる地響きが起きていた中で異常事態を察する者は多く、皆どこか落ち着きがない。

 

 またそれを裏付けるかのように、呪術高専の一角は荒れ果て、ある地点には大きなクレーターが出来ていた。

 

 何が起きたのか?

 夜蛾も全てを把握している訳ではないが、五条が何かと戦っていることは察していた。それも、全力で。

 

 他の呪術師とは格が違う五条に助力することは却って邪魔になると判断し、人払いと状況確認を済ませる。

 担任として生徒が心配ではあるが、強さという面では五条を何よりも信頼している。

 

 少し経った後、戦いの音が止んだ。

 

 夜蛾は急いで戦いの中心地であろう場所へと向かった。いまだに砂埃が舞うその場所では濃密な呪力の残穢が渦巻いている。

 

 夜蛾は生涯、その時のことを忘れないだろう。

 

 砂埃の中に人影を見つけた。

 だが駆け寄ることはせず、臨戦態勢をとる。

 

 見知った呪力ではない。

 つまり、敵。

 

 砂埃から現れたのは呪霊だった。

 

 新雪のように白い肌。黒一色のワンピースをその身に纏い、一対のツノが生えている。

 白銀の髪を靡かせ、ゆっくりと歩む彼女が持つ呪力は間違いなく特級。

 

 伝承に聞く鬼そのものの姿。

 

 その紅い瞳が自分を写した時、夜蛾は生きた心地がしなかった。

 

「教師か」

 

 そう問われた時、すぐに返答できなかったのもそのせいだ。少し考え、ここは正直に答えるべきだと判断した。

 

「そうだ」

 

 短く答え、相手の観察を再開する。こんな呪霊が登録されていた覚えはない。だとすると未登録の特級か?

 

「これをやる」

 

 そう言って、砂埃で見えなかった左腕に持っていた何かをこちらへ投げ渡した。

 

 人だ。

 

 慌てて受け止め、顔を確認する。間違いない、伏黒甚爾だ。禪院家が出した汚点とも呼ばれるこの男は確か、今は裏で稼ぎをしているんじゃなかったか?

 

「五条はどこだ?」

 

 何よりも今は五条の無事を確認したい。

 そう聞くと白い鬼は少し考え、遠くに見える山の中腹あたりを指差した。

 

「恐らくあの辺りだ。かなり飛んだからな、早く回収してやるといい」

 

 でないとあの男...

 

 

死んでしまうかもしれんぞ?

 

 

 そう聞いた時、真っ先にその言葉を疑った夜蛾を責める者はいないだろう。

 五条は最強。負けることは有り得ない。

 それが常識で、それが摂理だと思っていた。

 

 それだけ言うと、彼女は夜蛾の横を通り抜けて歩いていく。この高専の出口の方向だった。

 

「何が目的だ?」

 

 そう聞いてしまうのも無理はないだろう。

 夜蛾からすれば理由もわからず瀕死状態の伏黒を渡され、星漿体護衛依頼の途中のはずの五条が謎の特級呪霊に敗北し、姿を消している。

 この呪霊の目的も分からないままで、このまま素直に帰るとは到底思えない状況だった。

 

「そうだな」

 

 彼女はまた少し考え、そして言った。

 

「就職活動の一環だ。」

 

 教師になろうと思ってな

 

 そう嘯く呪霊を前にして、夜蛾の頭は混乱でおかしくなりそうだった。

 

「だが今はやめておくことにする。また今度、出直すとしよう」

 

 考えることは色々あれど、そうして悠々と歩む呪霊に向かって言いたいことは一つだった。

 

 

 

──頼むからもう来ないでくれ......

 

 

 そうして呪霊が指した山を捜索し、傷だらけで意識不明の五条が発見された。

 

 

 

 夏油は天内を安全な場所まで送り、多くのいざこざが終わるまでの待機場所としてホテルの一室に泊まってもらうことにした。

 

 そこまでして一息ついた時、携帯が鳴る。担任の夜蛾だった。

 

「どうしました先生?」

 

 天内を勝手に保護したことについて何か言われるのだろうか?そう思いつつ問いかけた。

 

『悟が重体だ』

 

 そう聞いた時には既に走り出していたかもしれない。

 

 

 

 

 治療室に着き、始めに見たのは親友の姿。

 

「これうめー、センセー!もう一個」

 

 饅頭を美味そうに頬張るいつも通りの姿だった。

 思わず息を吐く。

 

「先生。聞いていた話と違いますが」

「急に起きたと思ったら反転術式で元気いっぱいだ」

 

 そう呆れたように言う夜蛾を尻目に五条を観察する。

 

 まるで違う。

 

 纏っている呪力が。

 

 生物としての格が。

 

 

「本当に悟なのか?」

 

 

 思わずそう、小さく呟いた。

 

 

 

 深夜になり、夜蛾は大きくため息を吐いた。

 

 星漿体の顛末と伏黒甚爾との戦いのこと。

 反転術式に目覚めたこと。

 天内を保護したこと。

 

 そして白い鬼のこと。

 

 

 

 

「あれは別格だ」

 

 五条はそう呟いた。

 

「相手はまだ全力じゃなかった」

 

 六眼を持つ故の履き違えることのない自分と呪霊の戦力分析。

 

「相手がその気なら死んでたかもな」

 

 そう話す五条の言葉を疑ったのは夏油と家入だ。五条の強さをよく知る二人だからこそ、その言葉を信じ難いのだ。

 

 だが夜蛾は信じた。あの呪霊はそれほどの存在感を放っていた。

 

「だけど...」

 

 

 

 

 

”次会ったらボコす”

 

 

 

 

 

 そう言い放つ五条は最強としてふさわしい圧を放っていた。

 

 

 

 そうして職員室に戻ってきた夜蛾だが、直後に窓から有り得ないことを聞いたのだ。

 

 曰く、人を助ける呪霊がいる。

 

 曰く、その呪霊は死の間際にいた呪術師を何度も救っている。

 

 曰く、なんなら私が助けられたこともある。

 

 曰く、曰く、曰く.......

 

 

 曰く、それは美しい白い鬼だった。

 

 

 

 慌てて聞き出した見た目の情報から、あの呪霊と合致することが分かった。

 本当に?あの呪霊が?

 

 というか呪霊が人助け?

 

 だが見方を変えると、あの呪霊は伏黒を倒すことで夏油や天内を救ったと見ることも出来るか。この柔軟な考え方も夜蛾の持つ力の一つだ。

 

 そして登録されている特級呪霊の情報を確認している時、五条の言葉を思い出した。

 

 

「ああ、あいつの術式ね。」

 

 

...たしか吸収だったかな

 

 

 

 登録されている。

 

 姿形が書いている訳ではないが、3年ほど前に大きな怪我で引退した成瀬という鑑定術式の持ち主が”吸収術式を持つ特級呪霊”として記している。

 

 

 

特級呪霊「死風(しにすがた)

 

 

 

 間違いなく、あの呪霊のことだろう。

 それに発見された際も人的被害は無いようだった。

 

 あの呪霊が善悪どちらの存在なのかを決めかねている。

 聞いた話では五条から勝負を仕掛けたそうなので、今回の件で判断するのは間違っているだろう。

 

 そこまで考えて、夜蛾は思考を放棄した。

 ここでうだうだ考えていても意味はない。今はすべきことをしよう。

 

 

 星漿体関係の書類が嫌になる程残っている。

 今日は徹夜か。そう考えながら仕事に手をつけた。

 

 

 

 

 

 

「ああー!やっちゃったー!」

 

 明希に体を返してもらってから、私はそう叫んだ。明希が体の主導権を握っていた時のことはもちろん覚えている。

 

 伏黒をボコボコにし、原作でも最強とあの名高い五条悟と戦った。

 

 戦いの最後、お互いの技が衝突した時。

 明希の終閃は五条の「茈」を貫き、大幅に威力を落としながらも無限を解除していた五条の体へと突き刺さった。

 

 だが流石はあの五条悟というべきか、終閃が当たると同時に反転術式を展開。

 体を治しながらも終閃をその身に受けて吹き飛び、遠くに見える山の辺りに激突して見えなくなった。

 

 というか明希強すぎない?

 あの公式チートの五条悟相手に無傷で勝利って......

 

 でも私は何もできなかった。ボコボコにされてただ寝てただけ。

 

 私自身はまだ領域展開すらできないし。

 そう、なぜか私は領域展開をすることが出来ない。明希はできるのに。

 

 間違いなく呪力操作力の問題ではない。今日見て確信したが、私の呪力操作は現時点の五条先生を超えている。

 

 原作開始まで後10年あるのでその間に抜かされるかもしれないが、それでも六眼持ちの技術を既に超えているのだ。

 

 後必要なのは術式への理解か...

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()().....

 

 

 とりあえず今できることをしよう!

 そう考えて腰のベルトに挿していた呪具を取り出した。これは今回、明希が手に入れてくれた戦利品だ。

 

 呪具についている術式も放出術式で使えるようになるのかは謎だけど、もし使えたら私はもっと強くなれるだろう。

 

 恐らく、対呪術師では敵無しと呼べるほどに。

 

 問題は吸収できるかどうかだが。

 

 

 

 この呪具の名は...

 

 





 さて、これから主人公はもっと強くなっていけるのか?

 まだ色々と謎が残されていますね。

 さて、次編において、今まで以上にえ?そんなことできる?という設定が一つ出てきますが、これが私の考える呪術廻戦において最強になる方法です。

 人物紹介を一話挟んで次編開始です。

 ここで質問したいのですが、この呪霊廻戦を呪術廻戦とする世界線の読者の反応掲示板回を見たいよって人は、アンケートするので答えてくれると嬉しいです。



 次編!

   特級”番外”編



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介1


 アンケート回答ありがとうございます。

 明かされる真実の数々!(作者の思い)


 

亜鬼

 

 本作の主人公。実は作品内でまだ一度も名前が出ていない。

 ずっと名前を出す機会がなく、もうこの主人公の名前が明希だと思われてるんじゃないかと不安だった。

 

 鬼っぽくない鬼ということで亜鬼という名前が付いた。半身である明希の名前より先に考えられたのに10話以上名前が出ないという異常事態に。

 明るく、優しく、ちょっと抜けてるけど人懐っこく、コミュ力も高いので友達も増えることだろう。

 

 まるで()()()()()()のような主人公である。

 

 生前の明希が持つ大きな寂しさから生み出された呪霊。確固とした人格を持ち、明希が自殺に及ぶ際、強く考えていた呪術廻戦に関しての知識だけを持っている。

 単行本でいうと17巻までの知識。つまり、真希さんによる禅院家崩壊までの記憶を持っていることになる。

 

 見た目は銀髪に白い肌。気分によって変わるが、白色か黒色の肩出しワンピースを着ている。胸元には赤いリボンをつけており、髪型によってはヘアピンも。

 

 このワンピースは呪力操作によって作られた物なので、気を抜くと消えてしまうかも。(というか原作の呪霊達が着てる服の原理をだれか知ってたら教えてください。)

 紅い瞳が美しい。

 

 顔立ちは軽く引くぐらい整っている。

 今まで亜鬼に出会った奴らがどいつもこいつも他人の顔に興味がない奴らばかりなので、これが役に立ったシーンを見たことがない。

 

 現在、呪力操作の技術は高く、明希の体を一部借りている時だけ術式反転と反転術式を使うことができる。

 術式反転によって得た放出術式によって硬化術式を扱うことができる。

 呪力による身体強化が可能で肉弾戦が得意。

 

 呪力量は多く、現在の時点で宿儺の指10本分。

 

 これからは肉弾戦だけでなく、戦闘シーンの描写がしやすい吸収術式を使った名前付きの技を使ってくれる予定。

 

 領域展開はまだ使えない。

 

 

 

 

明希

 

 

 本作のヒロイン。

 

 ヒロインのくせして主人公より圧倒的に強い。

 ヒロインのくせして主人公の義理娘。

 ヒロインのくせして主人公と同じ体。

 

 なんかもう禁断の恋すぎて読者さんが離れないかが一番心配。

 ドロドロの恋愛描写は描かないつもりだし、望まれたら後日談で書きます。

 

 亜鬼の体に吸収術式として転生した。

 

 口調は男勝りというよりかは傲岸不遜。これは前世で誰も助けてくれなかったことが原因。転生すると同時に口調を改め、人に好かれるようにと練習してきた女の子らしい喋り方を捨てた。

 

 母親である亜鬼にだけは甘えた子供のような口調で話すが、これが明希の素である。

 

 この世で並び立つ者がいないほどの才能を抱えている。

 その天才性が彼女から子どもらしい機微を奪うことになったのかもしれないが、それを持っていなければ彼女は今日まで生き残ることはできなかっただろう。

 

 呪力操作は神の領域。

 術式は全て扱いこなし、術式反転も反転術式もお手のもの。

 領域展開も完璧に扱える。

 

 身体強化は怪物というのにふさわしい域に達しており、ほんの少しの呪力で莫大な強化をもたらす。また感情の揺れ幅も人並み外れて大きく、負の感情を抱いた時の呪力の増え幅は異常。

 

 それに加えて識覚と呼ばれる第七感を持っており、自分を中心とした半径10メートルから500メートルの範囲内の全てを観察することができる。範囲が小さいほど観察できる内容量は増える。

 

 その才能によって生まれた時から動きの”理”を知っており、どこまでも理を突き詰めた動きができる。

 

 恐るべきはこれがまだ、彼女の才能の一部であるという事実である。

 明希が顕現している時は呪力消費が激しくなるというデメリットがある。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 これが亜鬼と明希のイメージ図

 軽く描いてきました。

 結構可愛く描けたと思います。

 自分の中に確固たるイメージがある人は見ない方がいいかもです。

 

 





 私が影響されたバイブル達。

 某打撃系鬼っ娘。
 少女の望まぬ〜。
 雛森ぃぃ。
 野望の少女。

 読んでたら天才すぎて涙出てきます。
 これがマナー違反だったら消すので教えてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特級”番外”編
旅行



 さあ、最強への階段を駆け上がれ!



 

 伏黒を倒し...五条も破り...現時点で既にこの世界最強なんじゃないか説が出ている私は今!

 

アフリカに来ています!

 

 

 それもすっごい大自然の中!

 動物達も沢山いるよ。

 まあ私を恐れてか誰も近寄ってこないけど。

 

 もしかして特級呪霊達には癒しが足りなかったんじゃないかな。

 もふもふとか。

 

 まあ言いたいことは分かるよ?

 いきなり話が飛びすぎだって声が聞こえてくるようだよ。

 

 少し今までを振り返ろうと思う。

 

 

 

 

 強くなりたい。

 

 結局最後まで明希一人に戦わせてしまったという事実。

 自分は逃げて娘を戦わせる母親がどこに居る?

 

 目に見えて強くなれる手段として領域展開があるが、これが本当に上手く行かない。

 前回の術式反転よりも感覚を掴めないのだ。

 

 そこでもう一つ、手に入れた秘策を使うことにした。

 私の持つ切り札の一つ、放出術式である。

 

 これを使えば呪霊だけでなく、呪具の術式まで扱えるようになるかもしれない。

 

 そして今、私の手の中には呪術廻戦の中でも最も理不尽で、最強の呪具がある。

 

 

“天逆鉾”だ。

 

 天逆鉾は発動中の術式を強制解除するという特性を持つ。

 これは原作の殆どの登場人物が術式を使って戦う中、最強の切り札になるといっても良い。まあゲテモノ喰いの主人公とかアイドル筋肉とかは関係ないけどね・・・

 

 この特性を手に入れることが出来れば、この世界において敵はいなくなると言っても過言ではない。

 

 ということで早速、天逆鉾に対して吸収術式を使用してみた。

 そして天逆鉾に効果範囲が触れた途端、吸収術式が解除された。

 

 

 あ...

 

 

 うわああああああん!

 

 よく考えたら当たり前じゃん!

 天逆鉾を吸収するには吸収術式の発動が必須。

 そして天逆鉾に吸収術式が触れた瞬間、術式の強制解除が発動される。

 

 つまり天逆鉾の吸収は不可能。

 

 私に剣を使う心得はないし、別に切れ味が良い訳でもない。

 つまり私には扱えない。

 

 私の最強になろう計画は失敗だというのか...

 

 そうして悲しみに暮れ、その後一晩中諦めずに考えた結果...

 一つ、案を思いついた。

 

 “ある物”を使えば天逆鉾を吸収できるかもしれないと踏んだのだ。

 原作の知識を頼りにするならば今、それはまだアフリカにあるはず。

 

 

 アフリカかぁ・・・遠いなぁ

 だがしかし!子を守りたい母の行動力を舐めるな!

 

 

 ということで日本からアフリカへのワンストップ便にこっそり乗り込んだ訳だ。

 この便、10万円以上するからタダで乗るのは悪いかなぁと思ったのだが、呪霊だしノーカンでいいだろう。

 

 

 そうして辿り着いたアフリカ。

 全く文字は読めず、話される言葉も分からず、どうすれば良いんだとこれまた自分の無駄な行動力を後悔し始めたその時!

 

──全くママは仕方ないなぁ

 

 と、明希が少しだけ力を貸してくれた。

 ほんの少し呪力消費が増えたか?と思いつつ周りを見ると...

 

 分かる。

 何を書いてあるか、何を喋っているのか。

 

 

──なんで分かるの!?

 

──だって私、現存してる全言語分かるもん!

 

 

 ...うちの子が秀才すぎて辛い。

 なんて可愛くて良い子なんだ!と心の中で明希をよしよしと撫でた後、行動を開始した。

 

 

 アフリカは日本とは比べ物にならないほど広い。

 その中から私はたった一つの民族集落を探さなければならなかった。

 

 

 明希と一緒に色々と観光を楽しみつつ一ヶ月経った時、気がついた。

 

 これ見つかんねえな。

 

 絶対無理だ。普通の探し方では不可能だろう。

 砂浜に落としたコンタクトレンズ見つけるより無理だと思う。

 

 そこでまた明希と脳内会議だ。その結果なかなか良い案が出た。

 

 実は日本以外の場所に呪霊はほとんど居ない。

 居たとしても精々3,4級程度。

 

 そして私が探している集落には特級相当の実力をもつ呪術師が一人いるはずなのだ。

 それを探知すれば良い。

 

 そんな考えに至り、とりあえずアフリカ大陸の一番南まで移動した。

 そこから全力で呪力感知を広げ、本気の身体強化でしらみつぶしに駆け出した!

 

 

 

 

 そうして二ヶ月が経った。

 まだ目的の集落は見つからない。

 

──ねえ明希、もしかしてアフリカじゃないのかなぁ

 

──んーん、アフリカなのは間違いないよ

 

 

 そうだよねえ...

 

 

──ねえ明希、私が領域展開を使えない理由って分かる?

 

──・・・分かんない。

 

 

 毎回この話を出すと明希の返答は少し遅れる。

 おそらく明希には理由が分かっているのだ。

 何か言いにくい内容なのか、それとも不可能だから私を悲しませたくないのか。

 

 どちらにせよ無理やり聞けば今の関係が崩れてしまいそうで、聞き出せなかった。

 

 

 

 

 

 そうして半年が経った。

 

 最近は食事が唯一の休憩時間だと言っても良い。明希はどこか表情が暗いし、何か聞いても答えを濁すことも多い。

 

 その点料理は楽で良い。

 

 適当に動物を狩ってきて、明希の持つ知識通りに焼けば完成だ。今まで何も食べてこなかったので調味料なしでも充分美味しい。呪霊の体なのに食べられる理由は分かんないけどね。

 

 程よく焼けた分厚い肉から滴る肉汁に目を奪われ、それを食す時の快感といったらたまらない。

 

 なんやかんやで結構今の生活も楽しかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして1年が経った時。

 遂に目的の集落を見つけた。

 

 身体強化を切り、警戒されないようにゆっくりと歩いて向かう。

 

 その集落には呪力を持つ人間が何人も居て、その中でも特に大きな呪力の持ち主がこちらへと向かってきているのが感じられる。

 

 その肉体は引き締まっており、歩き方だけでも強さを感じられる。

 耳に大きなリングを付け、白い服に黒いサングラス。

 

『こんな所に何か用か?』

『はい。お願いがあって来ました。』

 

 その男は呪術廻戦、百鬼夜行編の敵側MVP。

 最強として完成された五条先生を相手に五体満足で10分以上も時間稼ぎをするという上位の特級呪霊ですら不可能なことを成し遂げた男。

 

 私が言葉を、それも彼が話す言語で返したことで私を相当上位の呪霊だと認識したのか、緊張で体が強張っているのを感じる。確かにこの男は強いが、私相手に集落を守りながら戦える程かと聞かれれば難しいだろう。

 

 故に返答は一つ。

 

『話をしようか』

 

 そうして踵を返す男を追いかける。

 

 

 その男の名はミゲル。

 百鬼夜行編、夏油一派最強の呪術師だ。

 

 そしてミゲルが持つ武器は黒縄。

 その呪具こそ、私が一年間探し求めたものだ。

 





 ここまで来たら何をしたいかお分かりでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交渉


 私が考えるミゲル。

 こいつの情報は少なすぎるので全部妄想です。


 

 ミゲルの後ろを着いていく途中、集落の様子が目に入った。呪力を持った人間は皆こちらを恐れたような目で見つめ、じっと動かない。

 

『やはり恐れられるんですね』

 

 そう呟くとミゲルは振り向くこともなく言った。

 

『当然だ。ここでは二級呪霊すら珍しい。ましてや特級など御伽噺の存在だ』

 

 なるほど、とそう納得している内に目的の場所へ着いたようだ。簡単な作りの家だが、他の家と比べると多少大きく、豪華な造りをしていることが見て取れる。

 族長か何かの家だろうか?

 

『入れ』

 

 促されて入ると中は見た目以上に広く、こんな大自然の中でも生活の豊かさが感じられた。族長の家ではなく、どうやらここはミゲルの家のようだ。

 

『長への挨拶も無しでいいんですか?』

 

 そう問うとミゲルは少し笑った。

 

『呪霊もそんなことを気にするのか?心配するな、俺がここの長だ。』

 

 なんと、驚きだ。

 長が夏油の誘いにホイホイと乗って着いていく訳が無いのでミゲルは長ではないと思っていたのだが、よくよく考えるとミゲルが武器にしている黒縄は”母国の術師が数十年という時間をかけて編み上げる代物”と言われていた。

 

 そんな代物をそう安易と持ち出せる訳もないので、彼が長というのは納得だ。

 

『それは失礼しました。亜鬼と申します。』

『ミゲルという。前置きは無しだ、何をしに来た?』

『黒縄を一部頂きたい』

 

 そう言った途端、彼の雰囲気が変化したのが分かった。

 

『どこでその話を聞いたかは問わんが、黒縄がどれほどの年月を掛けて作られる物なのか知っての発言か?』

『知っています』

 

 という割には百鬼夜行編でバンバン使ってたけどね?

 

『ならその話を聞くのが難しいというのも分かるだろう?』

『はい。ですが、どうしてもそれが必要なのです』

 

 今、彼は板挟みになっている。

 黒縄は貴重な物なので渡す訳にはいかない。

 だが、私が力づくでそれを奪えることもまた、分かっているのだろう。

 交渉という名の脅迫のようなものだが、将来どうせ悪事に使われてなくなってしまう物だ。

 

 どちらも選べないが、どちらかを選ばなければならない。

 そこで私は打って出た。

 

『では黒縄を編んでいるところを見せてもらうことはできないでしょうか?』

 

 そう言うと彼の顔は苦渋に染まる。黒縄は何かあった時のために必要だ。そしてそれを作る技術は秘伝。簡単に教えて良いものではない。

 

 だが教えたところでこの集落になにかデメリットがあるかと聞かれるとそれも無い。

 また、作るところを見せたところで作り方が分かる訳でもないし、よしんば分かったとしてもそれが作れるかは別問題。

 

 他の二つに比べると遥かにマシな案だ。

 この村が被る被害はなく、私も満足する。

 

 だがそれは私が素直に帰るならの話だ。

 

『お前がそれで帰る保証が欲しい』

『では縛りを設けましょう』

 

 そこで役に立つのが縛りだ。

 この世界ではどうしても約束を破られたくない時、縛りというものを設ける。その縛りを破るととんでもないデメリットがあるので、皆基本的に破らない。

 

 指切りせんまん嘘ついたらほんまに針千本飲ますからなワレェ!ということである。

 

『どう縛る?』

『あなたは私に一度だけ、黒縄を編む手順を最初から最後まで一通り見せる。そうすれば私はこの集落に手を出すことをせず、この集落を出て二度とここに来ない。』

『いいだろう』

 

 そうして私たちの間に縛りが設けられた。

 

 

 

 ミゲルの家を出て、先程までと同じように着いていく。入ったのはなんの変哲もない民家。中は生活感がなく、カモフラージュのために置かれた家具達が並ぶ。

 ミゲルが敷かれたカーペットをどかすと地下への道が。

 

『この中だ』

 

 そういって階段を降りていくミゲルを急いで追いかける。

 その間に明希に呼びかけ、彼女にも手順を見てもらうことにする。というかそれが目的だ。

 

 中には7人の呪術師が。いずれも呪力量はそこまででも無いが、本当に呪力操作に長けているのが分かる。

 

 ミゲルが事情を説明し、7人の術師がそれを了承した。

 

『始めるぞ』

『はい』

 

 さあ集中だ。

 

 二人の呪術師が核となる部分を少しずつ作り出していく。30分程経ってやっとほんの数ミリだが呪力が物体化していき、周りの三人の呪術師が動き始める。

 核となる純粋な呪力だけで作られた細い線の周りを、さらに細い線を少しずつ作り出してぐるぐると巻いていく。

 あまりにも細かすぎる作業だ。

 

 そこから3時間ほど経って、五人の呪術師の疲れが目に見えて感じ取れる。

 そして作り出された長さ3センチほどの細い呪力の線だが、濃密すぎる呪力が込められている。

 そこで最後の二人がその細い線をうまく呪力だけで捩って少しずつ太くし、その周りを薄い呪力の膜で覆っていく。そこでやっと濃密すぎる呪力が一纏めに凝縮され、黒く輝き出した。

 

 その結果完成したのは長さ1センチに届くか届かないかという長さの黒縄だ。

 それでも七人の呪術師は疲労困憊。

 今にも倒れ伏しそうだ。

 

『これで全部だ。満足か?』

『ええ、大満足です』

 

 そう、満足だ。

 この工程を全て見て、結論を言おう。

 

 私一人で黒縄を作ることは可能だ。その工程も全て明希が覚えた。

 そこで私が覚えたと言えないのが恥ずかしいところだが、大まかな作業以外にも沢山することがあって、全て覚えるのは不可能だったのだ。

 

 さて日本に帰るとしよう。

 

『じゃあ、お別れだ』

『ええ、本当にありがとうございました』

 

 ミゲルに催促されたのでさっさと帰ることにする。

 

『変な呪霊だな』

 

 そう彼が呟くのが聞こえた。

 

『あなたに言われたくないですけどね』

 

 それだけ言って、私は集落を後にした。

 

 

 

 

 ミゲルは無意識に入っていた肩の力を抜き、大きく息を吐いた。

 

『やっと帰ったか』

 

 それが正直な感想だ。

 近くにいるだけで死を思わせる程の濃密な呪力。

 その美しい顔立ちからはとても想像できない力の波動を確かに感じ取った。

 

『もう二度と会いたくないな』

 

 もし彼女と戦うことになったとしたら・・・

 

『考えたくもないね』

 

 アフリカ最強の呪術師と言っても過言ではないミゲルは相対した呪霊の力を正確に測ることができる。

 

 間違いなく、昔会った特級呪霊など比べ物にならない強さだった。彼女が温厚な性格でなければ今頃、ここら一帯の生物は皆居なくなっていたことだろう。

 

 そう思考に耽りつつ、また彼も普段の生活に戻っていくことになる。

 

 自分がこの世界において、どれだけ大きな選択をしたのかも知らずに・・・

 

 

 黒縄、その呪具が持つ特性は・・・

 

 

 

”あらゆる術式効果を乱し相殺する”

 

 





掲示板書いて欲しい派が若干多めかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深層

 

 黒縄の作り方を学び、日本まで帰ってきた。

 約一年ぶりの日本の空気である。なんだか凄く久しぶりに帰ってきた感覚だ。

 実際1年以上は帰っていなかった訳だけどね。

 

 さて、久しぶりの棲家に帰ってきた。ちなみに今はあるマンションの一室に住んでいる。移り住んだ人が次々と亡くなっていくと噂の事故物件だった一室である。

 

 此処には二級相当の呪霊が取り憑いていたので挨拶したところ、いきなり襲い掛かってきたので軽くボコボコにしたら謎に懐かれた。

 

 今はすっかり成仏してもういないが、偶にお菓子などが置いてあることもある。天からの贈り物というやつかもしれない。

 

 結構な期間空けていたので不安だったが、まだまだ悪質な噂が消えることはないようだ。移住希望者もいないのか、出ていった時から全く様子が変わっていない。

 

 誰も出歩いていない深夜にこっそりと運び入れたベッドや、制作体験会にこっそりと参加して作ってきたお手製マグカップもそのままだ。実は一時期、ポルターガイストとして噂になったのは内緒だ。

 

 軽く埃を被っていた部屋の掃除を終えたところで早速黒縄作りに移ろうと思う。

 

 呪力を開放し、細く細く伸ばす。そこに大量の呪力を籠め、呪力の密度を増していく。

 確かにこれは疲れる。

 10分くらい頑張って5センチ程の長さになった。

 

 一旦休憩だ。少しだけ明希に手伝って貰おうかな?

 そう考えて明希に話しかける。

 

──明希、ちょっと手伝って欲しいの。

 

──任せてママ。

 

 そんな頼もしい声が聞こえてきたので、体に明希を顕現させ、支配権を渡す。

 

 

 そして成される奇跡。

 

 私の呪力が本当に目に見えない程の細さまでほどけ、幾万本もの呪力で構成された糸になった。

 それと同時にその全てに莫大な呪力が込められ、それらが黒く輝き始める。

 黒く輝く呪力の糸は各々が意志を持っているかのように動き出し、絡まり合っていく。

 

 瞬く間に3メートル程の長さの黒縄が創り出された。

 そして体の支配権が戻ってくるのを感じる。

 

「嘘でしょ?」

 

 思わずそんな言葉が漏れ出た私を許して欲しい。

 私の10分間の努力は・・・

 

──もっと効率の良い方法見つけちゃった

 

 この子天才すぎない?

 信じられないことだが、明希は従来の方法より効率の良い方法を見つけ、それを幾つも並行することで僅か一分足らずの時間で3メートルもの黒縄を創り出したというのだ。

 

 いやおかしいだろ。

 この方法明希にしか出来ねーよ!

 

 と言いたいところをぐっと抑えて明希を心の中でよしよしと撫でたあと、天逆鉾を腰から引き抜く。実はアフリカで料理をするときに大活躍してくれた天逆鉾君である。

 少し愛着が湧いてきたところではあったが、私の成長の糧となってくれたまえ。

 

 天逆鉾君を床に敷いたタオルの上に乗せる。

 

 右手で吸収術式を発動しつつ、左手で黒縄を天逆鉾に近づけていく。

 

 天逆鉾が持つ強制解除は刻まれた術式によるものだと判断した。

それを黒縄が持つ術式を乱す力を使って相殺する。

 その隙に私の吸収術式を使って天逆鉾を飲み込むという作戦である。

 

 此処まで長かった。

 苦節一年。遂に天逆鉾を吸収する時がきた。

 

 さあいくぞ!

 

 

 黒縄が天逆鉾に触れ・・・

 

 

 そして凡そ3秒程の時間で全て焼き切れた。

 

 

 莫迦な!

 天逆鉾の持つ術式はここまで強力だと云うのか!

 

 黒縄は術式を乱す度に少しずつ消滅していく。

 乱す術式が強力であればあるほど消滅する速度は早くなっていくのだが、天逆鉾が持つ術式は想像を遥かに超えて強力な術式なようだった。

 

 これでは私の吸収術式が吸収しきるより前に強制解除が発動してしまう。

 

 黒縄をもっと長くしてもいいが、吸収している途中で強制解除が発動した時が怖い。

 天逆鉾がただ壊れるだけという可能性もあるのだ。

 

 此処で手詰まりか。

 

 

 いや・・・手段が無いわけでもない。

 

 最後の奥義、領域展開の習得だ。明希が使う領域展開を何度か見たことがあるが、私の領域展開の効果は簡単。

 

 "発動と同時に領域内に存在する全てを吸収する"である。

 

 これの恐ろしい点は発動と同時に吸収が発動し、同時に終了すること。

 一瞬の領域展開で領域内の全てを吸収しきることが出来るのだ。

 

 正にチート。

 相手を領域内に招き入れた瞬間、勝利が確定する。

 

 弱点は手加減が出来ないことと、敵味方の区別が出来ないこと。

 

 だが私は未だに領域展開が出来ない。

 つまり領域展開の習得が必要だ。

 

 明希に使って貰うという案もあるが、どのみち習得しなければいけない技術である。

 

 良い機会だ。最近ずっと明希とどこか気まずい空気なのも領域展開のせいだ。

 さっさと習得してやる。

 

 未だ私に領域展開が出来ない理由を教えてくれない明希ではあるが、ずっと苦しそうにしているのだ。

 踏み込んだら関係が崩れてしまうかも等と言っている暇はない。

 

 

 もっと早くこの問題は解決するべきだったのだ。

 私が恐れていただけ。

 

 天逆鉾をその場に置いた。

 玄関の鍵をしっかりと締め、誰も邪魔出来ないようにする。

 

 そしてその場に座り込み、深く息を吸った。

 

 

 目を瞑り、自分の内側に集中する。

 

 

 

 

 落ちていく。

 

 

 

 

 落ちていく。

 

 

 

 

 今行くよ。明希・・・

 

 

 

 

 

 

 

 そこは白だけが支配する世界で。

 

 彼女が抱える虚無を表しているのだろうかとふと思った。

 

 浮遊感が消え、地に足が着く感覚。辺りを見回しても何も無い。

 それならもっと深く。

 

 

 

 ドプンっ

 

 

 

 そんな音が聴こえ、唐突に体が沈み込んだ。

 

 何処よりも深い場所。

 私の心の深層心理。

 

 そして人影。

 

 またいつかのように明希は一人泣いていた。

 

 私と話すときは出来るだけ明るく、気丈に振る舞っていた彼女だが、やはり何か大きな物を抱え込んでいたのだ。

 

 その場に蹲り、此方に気づいている様子もない。

 見ているだけで胸が苦しくなるような感覚を覚え、近づいて抱きしめた。

 

 明希は余程驚いたのかびくりと震え、抱きしめたのが私だと気づくと甘えるように頭を胸にぐりぐりと押し付けてくる。

 

 いくら甘えても甘え足りないと言わんばかりの彼女の頭をひたすら撫で続けた。

 

 そうして結構な時間が経ったとき、少しずつ明希が話し始めた。

 

 

──絶対に嫌いにならない?

 

 

 涙声で問うてくる彼女の体を強く抱きしめ、頷いた。

 

 

──いなくならない?

 

 

──ならないよ。

 

 

 

 

 

──ぜったい?

 

 

──絶対。

 

 

 

 

 

──おいていかない?

 

 

──いかない。

 

 

 

 

 

 

──ずっといっしょ?

 

 

──ずっとずっと一緒。

 

 

 

 明希が寂しい時も、

 

 

 悲しい時も、

 

 

 嬉しい時も。

 

 

 きっとどんな状況でも。

 私はずっと、明希の側にいる。

 

 そう応えると、明希は意を決したように、唇をギュッと噛み締めた。

 私は明希の前髪を上げ、母親が泣いている娘を慰める時と同じ様に。

 

 明希の額へとそっと口づけた。

 

 

 意識が溶け合う。

 お互いの体も液体のように溶け合っていく。

 

 

 そうしてお互いの体が一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 風を感じる。

 何処までも冷たい、身を裂くような風だった。

 

 そうして自らの内に巣食う絶望感と虚無感が痛いほど伝わって来た。

 違う。これは今、私自身が感じている物だ。

 

 

 ふと目を開けた。

 

 そこは夜景が綺麗な場所で。

 

 手に握りしめられた大量の紙切れは物語の欠片。

 

 

 優しくない街のどこか。

 暗闇が渦巻く高層ビル。

 

 少しの決意と共に体を宙に投げ出した。

 

 

 

 暗い。

 

 

 

 

 

 

 何も見えない。

 

 

 

 

 

 寂しい。

 

 

 

 

 

 だれか......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私を抱きしめて。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶





 

 母親が居た。

 

 

 母はいつも私に見向きもせず、家に残っている少しの金で煙草と安酒に溺れた。

 狭い部屋からはいつも異臭がして、母が腐っていくようだった。

 

 幾ら呼び掛けても応えてくれず、頭を撫でられることも、抱きしめられることもない。

 

 母親は自分の事が嫌いなんだろうか?

 

 私に何か至らない部分があったのか?

 

 

 愛してくれる母が欲しいと思った事は一度や二度では無い。

 

 そう思っていたのが悪かったのか、ある日突然母はこの世から居なくなった。

 

 これで私は天涯孤独。

 愛されることもない。

 

 

 

 同年代の子供が居た。

 

 

 皆無邪気で、いじりと虐めの区別もない。

 

 私の言葉は無視され、悪口と暴力が絶えなかった。

 幸い、身体能力は高かったので酷い怪我はしない。

 避けると不機嫌になるのでいつもギリギリで受けていた。

 

 友達というものに憧れた。

 

 それが一生叶うことの無い儚い夢だと知るまで一年間。

 絶え間無く続く地獄の日々。

 

 

 

 

 宝物があった。

 

 

 ある物語が救いだった。

 そこでは友達同士で助け合い、友情を深め合っていた。

 

 これだ!と思った。

 

 これが私の求める物。

 何度も何度も読み返して、友達を作ることに決めた。

 

 通い慣れた図書館で本を貪った。

 

 好まれる話し方を身に着け、社交性を学び、会話の基本も知った。

 

 

 

 

 

 ある日、その宝物が壊された時。

 

 死のうと思ったんじゃない。

 この世界から逃げようと思ったんだ。

 

 もっと別の場所へ。もっと優しく、暖かい世界へ。

 

 私はそんな世界を一つしか知らなかった。

 

 

 

 

 

 これは・・・走馬灯?

 

 明希の記憶が、想いが、より鮮明に頭に思い浮かぶ。

 

 

 悲しくなった。

 

 辛くなった。

 

 明希は天才だ。一度見聞きしたことは忘れない。

 一度されたことも、全て覚えている。

 

 忘れられないのだ。

 

 今尚彼女を蝕むこの悪夢を。

 

 

 そして自分が一度も愛されなかったことも、その記憶がまた証明した。

 今、私は明希の記憶を追体験しているのだ。

 

 死ぬ間際、流れる走馬灯は優しくない。

 

 そして激痛。

 たとえそれが即死であっても、明希は類稀なる第七感を有している。

 

 水が弾けるような音。

 

 何かが砕けるような音。

 

 それと共に襲いくる激痛の中、意識を失うことは許され無かった。

 

 

 

 

 さみしい

 

 

 死ぬ間際、ぽつりとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間

 

 

 

 世界が停まった。

 周囲に存在する全てが活動を停止し、色褪せる。

 周りの全てから色素が失われ、白と黒だけが世界を彩る。

 

 明希の目の前に、白い人形の様な何かが現れた。

 顔は無く、身長は2m程か。

 よく聞くのっぺらぼうの様な存在。

 

 呪霊だった。それも特級相当。

 

 明希が強く感じた、寂しいという感情の具現化。

 

 

 

 

 

 つまり、私だ。

 

 

 

 

 

 その呪霊は生まれた瞬間から自我が在るようだった。

 今の状況に困惑し、唯一意識を保つ明希に話しかける。

 

 

「おいお前、何だこの状況は」

 

 

 こんなの知らない。

 

 こんな事言ってない。

 

 どういう事だと疑問に思う私を他所に、事態は加速する。

 

 

 明希の常軌を逸した思考力が一瞬で巡るのを感じた。

 私ではとても追いきれない。

 

 そして明希は呪霊に手招きした。

 不思議に思って近づく呪霊。

 

 

 次の瞬間

 

 

 動けない環境で、死にかけの身体で、明希は動いた。

 

 雷光の様な速度。

 とても生身の人間が出せるとは思えない怪物染みた速さで呪霊に肉薄した。

 

 咄嗟に繰り出された反撃を手刀で叩き伏せ、そのまま呪霊の首を掴んで押し倒した。

 

「おい!何をするつも「縛りを結べ!」

 

 明希らしからぬ激情。

 彼女は人生において初めて叫んだ。

 

「縛りは四つ!

 

一つ、女子らしい言葉で話し、愛嬌を持ち、人受けする可愛らしい見た目になること。

 

二つ、私をお前の内に宿す事。

 

三つ、私の理想郷へ行くこと。

 

そして最後に、此処で起きた事は忘れる事。」

 

 

 凡そ人として、呪霊としての尊厳を無視した一方的な縛り。

 見た目を変え、人格を変え、記憶も奪う。

 

 こんな縛りを結ぶ呪霊がいるか?

 

 そうして明希は最期に言い放った。

 

 

「結ばなければ・・・」

 

 

 

 

 

──お前を殺す。

 

 

 

 

 

 今にも泣き出しそうな声だった。

 明希の人生最期の力。

 

 恐らく縛りを結ばなくても呪霊が殺されることは無い。

 それと同時に分かった少女の目的。

 

 呪霊はその全てを理解し、そして同情した。

 呪霊もまた、明希の寂しさから産まれた存在。

 

 その寂しさが分かるのだ。

 その空虚を感じるのだ。

 

 

 

 呪霊(わたし)は決めた。

 

 この少女に最後、プレゼントをあげよう。

 

 もうすぐクリスマス。

 人生で一度も来なかった、サンタになってやるのも良いだろう。

 

 

「対価はいらん」

 

 

 だからそう呟いたのだ。

 

 

 

「どうして・・・」

 

 明希の口から疑問が零れ落ちた。

 

 明希自身も分かっているのだ。自身が如何に自分勝手な事を言っているのか、今の自分の最低さも。

 

 

呪霊(わたし)はふと笑った。

 

 

「プレゼントってのはそういうものだ」

 

 

 そして思う。

 願わくばこの少女に幸多からんことを──

 

 

 

 

 

 

 縛りは此処に結ばれた。

 

 

 呪霊(わたし)の姿形が変わっていく。

 

 

 

 白い肌はそのままに、呪霊らしくない愛らしい顔立ち。

 白銀に煌めく髪、薄紅色のツノ。

 少女が望んだ愛らしい姿。

 

 明希は吸収術式としてその身に宿り、彼女の思う理想郷へと招かれた。

 

 

 そして呪霊(わたし)は目を覚ます。

 

 

「んぅ......」

 

 

 縛りも少女も全てを忘れて。

 彼女は入れ物として産まれた。

 

 

 明希の入れ物。

 

 

 私は明希の肉体として創り出された存在だった。

 

 

 いずれ明希は私の意識を乗っ取り、自分の物として生きる予定だったのだ。

 この世界なら友達が出来る。

 

 この愛らしい姿で。

 女の子らしい愛嬌を持っている。

 可愛らしい言葉使い。

 

 彼女が考える愛されやすい理想形。

 

 この肉体が自分の封印を完全に開放した時、それを成すつもりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 だが出来ない。

 

 初めて自分に向けられた優しさ。

 それを裏切ることが出来ない。

 

 中途半端なのは分かっている。

 偽善なのは百も承知。

 

 それでも無理だ。

 不可能だ。

 

 

 明希は神才だったが、精神性自体は何処までも普通の女の子だったのだ。

 

 そして遂に、自分が完全開放される時が来た。

 最早思い悩んでいる暇はない。

 

 早く決断しなければ。

 普通の人間を遥かに凌駕する筈の思考速度はしかし、何の役にも立たなかった。

 

 泣き、喚き、もういっそあの時大人しく死んでいれば良かったのにと思った時。

 

 

 暖かさを感じたのだ。

 抱きしめられているのだと分かった時、厚顔無恥にも身体は愛を求めた。

 

 

 そして亜鬼に縋りついた。

 

 

 明希にもうこの愛を手放すという選択肢は無い。

 一生ママを支えていこうと思ったのだ。

 

 

 それから明希はずっと罪悪感に苛まれた。

 

 ママは私が如何に最低かを知らず、自分がどんな目的で生み出されたかも知らず、自分がどのように生み出されたのかも知らない。

 

 私は幸せになっていいのだろうか。

 

 こんなに最低なことをして。

 

 それを知らないママの近くで知らぬ顔をして暮らす。

 

 

 

 そうしていれば良かった。

 そう出来れば良かったのに。

 

 

 無理だ。

 

 明希にそんな器用な真似はできなかった。

 

 ママと一緒にいればそれで幸せ。

 でも、それって裏切りじゃ無いか?

 

 ずっと悩んだ。

 

 ずっと考えた。

 

 

 もう今は体を乗っ取る気なんて微塵もない。

 でも本当のことを伝えたら、ママは私を嫌いになるのでは無いか?

 

 

 そう考えてしまったらもう話せない。

 そうして悩みを隠しながら過ごしていく内に、思い出が増えていく。

 

 

 夜、寝る前はいつも話をした。

 憧れていたおやすみを伝えあった。

 

 

 

 一緒に修行をした。

 正直する必要はなかったが、ママが頑張る姿を見ているだけで満たされた。

 

 

 

 一緒にご飯を食べた。

 ママと食べるご飯は何よりも温かく、美味しかった。

 

 

 二日に一度は精神世界で一緒に遊んだ。

 本で読んだ折り紙や鬼ごっこ。

 たった二人でも幸せだった。

 

 

 一緒に・・・

 

 次の日も一緒に・・・

 

 そのまた次の日も・・・

 

 幸せな毎日。

 前世からは考えられない幸福な日々。

 

 

 手放せない

 

 

 

 もう離れられない

 

 

 

 もう孤独には耐えられない

 

 

 

 ママが領域展開を習得できないと分かったのはその時だった。

 

 当然だ。ママは自分の成り立ちをそもそも勘違いしている。

 普通に生まれた呪霊が人間にそっくりということはあり得ない。

 

 唯一の例外が人間への恐怖から生まれた真人。

 

 無理やり縛りで形を歪められたのがママ。のっぺらぼうから可愛い鬼へ。

 

 また、術式への理解も足りていない。吸収術式は私だ。

 そして、ママは私の醜い部分を理解していなかったのだ。

 

 これでは領域展開ができるはずもない。術式反転でさえ、鍛え上げた呪力操作で無理やり行っているような状態なのだ。

 

 

 この事実を伝えなければママの領域展開が成功することはない。

 

 

 伝えられなかった。

 

 勇気も出ない。

 

 ママがいなくなるかもしれないと想像するだけで体が震える。

 

 

 

 寒かった。

 あの夜のように。

 

 

 

 

 でも・・・

 

 

 

 これ以上罪悪感に苛まれて生活するのか?

 

 幸せになればなるほど増えていく鎖の中で生きていくのか?

 

 これからもママを騙して生きていくのか!?

 

 

 

 伝えなければならない。

 

 

 お別れかもしれない。

 

 

 それでも・・・

 

 

 

 

 それでも私はママを愛しているから・・・

 

 




 次回「覚醒」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒


 遂にこの時が・・・



 

 意識が覚醒する。

 混ざり合って一つになっていた体が二つに戻っていく感覚と共に、目が覚めた。

 

 今、本当に全てを理解した。

 明希の思いも、悩みも、一緒に体験してきた。

 

 確かにダメなことをしたのかもしれない。

 

 脅して縛りを結ばせる。悪役がすることかもしれない。

 

 私は母として叱らなければならないのかもしれない。

 

 それら全てを飲み込んで、私は明希を強く抱きしめた。

 強く、強く、痛いほどに。

 

 もう離さない。

 

 

──ママ、ごめんなさい

 

 明希は泣きながら私に縋り付く。

 あぁ、あの時の私もこんな気持ちだったのかもしれない。

 

──大丈夫、大丈夫だから。いなくなったりなんてしない。

 

 そう言って明希の頭を撫でる。

 

 私が明希を愛したいと思ったのは創られた感情じゃない。

 それで充分じゃないか。

 

 悪いことをした娘を愛で包み込むことも、母親の特権だ。

 

──ほら一緒に帰ろう。また一緒に寝て、食べて、修行をして・・・

 

 

 

 

 

 

友達を作りにいこう

 

 

 

 

 

 

 寂れたマンションの一室へと帰ってきた。

 もはや私たちに障害など何もない。

 

 明希の何年間もの記憶を走馬灯として追体験したことで、私も“理”という物が少しだけ理解できた気がする。

 

 

 理とは自然。

 

 川が流れるように。

 

 りんごが落ちるように。

 

 

 呪力が廻るのだってそれと同じこと。

 この手に掴んだ神才の感覚。

 

 自然なことだ。

 呪力が赴く方向を読み、それを上手く流す。

 

 流れを掌握しろ。全ては私の掌の上にある!

 

 呪力がほどけ、糸のように細くなっていく。

 明希のようにとはいかないけど、それでも充分。

 

 それぞれを操作し、絡ませ合う。

 各々が少しずつ捻れ合い、一本の縄へと変化していった。

 

 一時間ほど作業して5メートルの黒縄が出来た。

 それを左手に持ち、今もそこに置かれたままの天逆鉾へと近づけていく。

 

 

 大事なことを忘れていたんだ。

 

 

 私の成り立ちだってそう。

 明希の思いだってそう。

 

 でももっともっと大事なこと。

 

 私たちは二人で一人。

 お互いに寄り添って進んでいくんだ。

 

 

 右手は胸の前。軽く構えるだけ。

 

 ほら、おずおずと差し出されるその手を掴め。

 領域展開は私一人で使う物じゃない。

 というか、私という呪霊は一人で戦えるように創られていなかったんだ。

 

 明希の差し出した左手。

 精神世界で差し出されたその手を、私は確かに掴んだ。

 

 

 黒縄が天逆鉾へと接触し、焼き切れていく。

 

 

 

──領域展開

 

 

 

 

 

 

 

 

“奏死双哀”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪術高専では、ある二人の男が任務を受けていた。

 

「事故物件・・・ですか」

 

 一人は金髪で七三分けが目立つ男。呪術高専二年、七海建人である。

 

「ええ。二級相当の依頼ですので、灰原さんと一緒に祓いに行ってもらいます」

「建人!依頼か?」

 

 声を掛けてきたのは明るい笑顔がよく似合うチャーミングな男。

 呪術高専二年、灰原雄。

 

 二人は同じ年に入学し、ずっと二人で組んできた相棒同士である。

 

 生真面目でクールな七海と元気で明るい灰原はお互いに信頼し合い、そしてお互いに高め合う理想の関係を築いていた。

 

「なんでも、入居した人が次々と謎の死因で亡くなっていくらしいんです。なにやら、ポルターガイストのような現象も確認されたとか」

 

 神妙な顔でそう伝える窓の話を聞きながら準備を進める。

 

「最近はそこに住み着く人も居なくなったのですが、確認したところ呪力の残穢が確認されました」

「分かりました。場所は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このマンションだよね」

「ええ、確かに呪力を感じます」

 

 七海と灰原は指定されたマンションの前まで来ていた。

 事故物件の噂はここら一帯から人気を奪ってしまったようで、どこか活気がない。寂れた雰囲気のあるマンションの扉を開ける。

 

「一般人の避難はもう終わってるらしいよ」

「それはやりやすいですね」

 

 マンションの管理人含め、今このマンションには人がいない。

 事情を説明し、危険があること、除霊することを伝えてある。

 

 もちろん事情はぼかしているが、住民の避難まで行うとなると骨が折れた。

 それでも二級は充分凶悪な呪霊。戦いになった際、床が抜けたり壁が崩れたりする可能性はある。

 

 呪霊の討伐において一般人は邪魔になる。

 これはどんな呪霊でも変わらない。それが人間が好きで、できるだけ傷つけたくないと考えている甘い呪霊でなければの話だが。

 

 

 そしてそんな呪霊がここに一人。

 

 

 マンションの5階あたりから圧倒的な呪力の流れを感じ、七海は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

 

「灰原!今のは・・・」

「間違いない。明らかに二級呪霊が放つ呪力じゃなかったよ」

 

 緊急事態だ。窓が呪霊の脅威を測り間違うことはあれど、ここまではそうそう無い。

 

 

「早く連絡を」

「今伝えたよ」

 

 これは一級、下手したら特級呪霊だという可能性もある。

 七海と灰原は二級術師。準一級の呪霊ですら厳しいところである。

 これでは偵察すら危ない。

 

「離れましょうここは危険です」

 

 

 

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

 

 

 

 誰だ?

 

 七海が灰原に話しかけたその時、愛らしい少女の声が聞こえてきた。

 咄嗟に振り向き、鉈を振るう。

 

 

 呪霊は動かなかった。

 全力で放った刃はその柔肌に傷ひとつ刻むことはない。

 

 白い肌、白銀の髪。可愛らしい顔立ちには一対のツノ。

 兎のような紅い瞳がこちらを見つめている。

 

 冷や汗が流れる。

 

 

 

 絶望の具現化。

 

 

 

 特級呪霊だ。

 

 

 

 固まっていた灰原が動き出す。七海の方を注視している白い鬼に対して呪力を込めた蹴りを放った。

 

 容赦無く首筋に放たれたそれに見向きもせず、また避けることもない。

 

 脅威になっていないのだ。七海と灰原ではほんの少しのダメージを入れることも叶わない。

 

 生存への道は逃亡だけ

 その唯一の可能性を掴むために、相手の情報整理が必要だ。

 

 会話できるということはそれだけ知能が高いということである。

 まず間違いなく特級。

 

 人型なので予測できないような動きはできないはず。

 だが全く接近に気づけなかった程の速度は脅威だ。

 

 それに立っているだけで全く隙がない。

 

 

 

 唯一の希望は灰原の連絡によって寄越されるであろう特級術師である。

 二人の先輩、五条か夏油が来るまで耐えれば勝ち。

 

 攻撃しても意味がないのでひたすら防御と回避に徹するしかない。

 

 そこまで思考して、灰原と目配せし合った。それだけで意思疎通を終わらせる。

 今も動かず、どこか気まずい顔をしている白い鬼を観察しながら灰原の前に立った。

 

 鉈を構え、何を考えているのかも読み取れない呪霊の初動を見逃さないようにする。

 

 その内に灰原が連絡を送る。呪霊の等級やその見た目。特徴。

 一瞬で連絡を終え、灰原も臨戦体制へと移行する。

 

 背中を見せれば殺される。

 

 そんな予感を噛みしめ、鉈を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 灰原から連絡を受けた窓が動く。

 特級術師に応援を要請しようと考えたのだ。

 

 そうして再び因果は廻る。

 

 

 

「そいつ・・・俺が殺る」

 

 

 

 最強が動き出した。

 





ナナミン「隙を見せれば死ぬ・・・」

亜鬼ミン「友達候補だ・・・」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会


 今日の天気。

 ギャグ後ガチ
 温度差で風邪をひかないようにお体に気をつけて下さい。



 

 場は緊張に包まれていた。

 

 ほんの少しでも隙を見せたら殺されると本能が叫んでいる。極限状態の中、七海は灰原を生かすことだけを考えていた。

 

 二人とも五体満足で帰ることができるとはとても思えない。

 ならせめてこの気の良い友だけは守り通す。

 

 七海はそう決意して鉈を握り込んだ。

 

 

 

 

 灰原もまた、思考を加速させていた。

 

 目の前の呪霊は今まで戦ってきたやつらとはまるで格が違う。

 悪意を押し固めたかのようなドス黒い呪力。

 存在の“圧”が桁違いだった。

 

 もはや自らが生き残るかどうかはこの白い鬼の気まぐれにかかっている。

 

 どうにか七海だけでも逃せないだろうか・・・

 灰原の思いはこの一点に集約されていた。

 

 

 

 

 

 それ以上に亜鬼は混乱していた。

 

 領域展開を完璧な形で習得し、術式反転を扱うのも遥かに楽になった。

 

 もはや敵なし憂いなし!

 そう考えた時、周りからほとんど人がいなくなっていることに気がついた。今いるマンションどころかその周囲にさえ生命反応を感じない。

 

 そして呪力を持つ人間らしき存在が二人。

 呪術師か。どちらも弱く、ひどく緊張しているのが感じられた。

 

 もしやこれは呪霊との戦いに苦戦しているのではないか?と考えた私は爆発的に効率が増した身体強化を使って助けに向かった。

 

 しかし現地に着いても敵らしき存在は見当たらない。

 

 一体どういう状況だ?

 

 そう困惑し始めた時、片方の呪術師が話し始めた。

 

「離れましょうここは危険です」

 

 どこが?

 そう思った私は問いかけた。

 

「どうして?」

 

 その次の瞬間からだ。

 いきなり敵意を向けてきたかと思えば切りかかってくるし、蹴りを入れてくるしで全く持って意味不明だ。

 

 しかも二人は酷く怯えたような表情でこちらを観察してくるのだ。

 当然、良い気はしない。

 

 

 ん?

 よく見るとこの二人・・・

 灰原七海コンビじゃねーか!?

 

 あれ?

 

 私なんか悪いことした?

 

 いきなり原作でもトップクラスに好きなキャラから嫌われてるんですけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は膠着していた。

 

 あわあわと泣きそうな顔で口を開いては閉じるという謎の行為を繰り広げる呪霊。

 少女のような愛らしい見た目が逆にその異質さを大きく見せていた。

 

 だが何故攻撃して来ない?

 

 このレベルの呪霊なら二人を殺すのに1分もかからないだろう。

 

 何か目的があるのか?

 

 

 だが時間を稼げるのは好都合だ。

 このまま時が経てば特級呪術師が来てくれる。

 

 どんなに可愛らしくても呪霊は呪霊。

 油断して良い相手ではないし、祓うべき存在だ。

 

 七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。

 

「私のどこがダメでした?」

 

 遂に呪霊が動いた。

 引き絞られた緊張の糸を切ったのはそんな言葉だった。

 

 目をうるうるさせてそう問うてくる彼女は非常に愛らしい。

 一瞬絆されそうになったが、問いに答えることで発動するタイプの術式かもしれないと口を噤んだ。

 

 七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。

 

「もう嫌いになりました?」

 

 どこかの元カノが言いそうな台詞を涙声で吐かないでほしい。

 ものすごい罪悪感だ。

 

 というかなんなんだこの状況は。もはやどうすれば良いのか検討もつかない。

 だが警戒は解かない。

 

 答えなければ機嫌を損ねるだろうか?

 だが安易に答えれば何か術式が・・・

 

 悩み、考え、そして答えないことに決めた。

 

 七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。

 

 

 

 灰原は状況から鑑みて、この白い鬼に自分達を害する気がないことを薄々察していた。堅物の相方はその可能性を微塵も考えていない様子だが。

 

 それでもこの状況の収拾がつかないことに変わりはない。

 

「な・・・ならプレゼントあげますよ。ほら!」

 

 そうして彼女が取り出したのは謎の黒い縄だった。

 正直呪われているようにしか見えないが、一応受け取っておこうかな。なんか可哀想に思えてきたし。

 

 半ば警戒を解きながら彼女の方へ歩いて行き、縄を受け取った後にまた元の場所へ戻った。七海が小さな声で今の行動を咎めてくる。

 

 なんやかんやでこの相方は子供に弱い。

 目の前の明らかに子供な呪霊に少し絆されているのだろう。動き始めた時に制止しなかったのがその証拠だ。

 

 長さ30センチほどの縄を胸ポケットに突っ込み、そしてまた静寂。

 どこか茶番でもやっているような緩い雰囲気が漂い始めたその時、

 

 

これでもだめなんて・・・よ、よーし

 

 

彼女が小さな声で何かを呟き、一歩踏み出した瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫色の光が目の前を埋め尽くした。

 その一撃は大地を食い破り、地面に大穴を空けた。

 

 この呪力は・・・五条先輩?

 

 

「まだ生きてるかー?」

 

 

 軽い様子でそう聞いてくる五条先輩。

 もはや助かったという感情より、彼女の無事を心配してしまう現状。

 

 カオスが渦巻いていた。

 

 

 というか今の一撃で祓われてしまったのではないか?

 特級呪霊ですら一撃で祓いかねない強さがこの先輩にはあった。

 

「早く逃げたほうがいい」

 

 そう声を掛けられる。

 何故だ?もう勝負はついたのでは・・・

 

 そう考えた矢先の事だった。

 

「あいつがこの程度で祓える訳ねーだろ」

 

 莫大な呪力が噴き上がった。崩れ落ちていた大地の欠片が浮かび上がる。

 

「早く避難しましょう。私たちの手に負える戦いではない」

「あ、あぁ」

 

 建人に手を引かれて走る。

 そして後ろを振り返った時、信じられないものを見た。

 

 冷や汗を吹き出す五条先輩の姿だ。

 考えもしなかった可能性。

 

 特級術師でも・・・あの最強でも敵わないのではないかとふと思った。

 

 

 

 

 ここから先は神話の領域。

 

 もはや只人に介入する術なし。

 

 穿たれた穴から飛び出た白い鬼は今再び大地へと足を下ろす。

 宙に浮かぶ一人の男もまた、地に足を着けた。

 

「久しぶりだな」

 

 五条がそう声を掛ける。

 

「今なら分かるぜ・・・お前、二人いるな」

「前回は明希がお世話になりました」

 

 微妙に噛み合わない会話。

 

「今はどっちだ?」

「実は私、ちょっと怒ってるんですよね」

 

 否、二人はお互いに声が届く範囲にいながら会話をする気がない。

 

 

 

どっちでも良いけどさ・・・

 

 

 

娘を傷つけようとしたあなたに・・・

 

 

 

 

 強者の勝負は我のぶつけ合いだ。

 勝者こそが正義。

 勝つ事で我を通す。

 

 

 

 

──敗北を教えてやろうか?

 

 

 

 

──理を教えてあげましょう。

 

 

 

 

 

 

 開幕は同時。

 

 

 

──術式反転「赫」

 

 

──吸収術式「晦冥」

 

 

 いつかを遥かに凌駕する輝きを放つ赫い閃光。

 全てを塗りつぶす暗き漆黒。

 

 その一撃はお互いを弾き、喰らい合い、相殺した。

 だがそうなることは五条も亜鬼も分かっていたこと。

 

 双方呪力による身体強化を施し、近接戦へと縺れ込む。

 

 五条が呪力を込めた右拳で亜鬼の鳩尾を狙う。

 それと同時に亜鬼も右拳を五条のこめかみに叩き込んだ。

 

 

 五条の周りには常に薄く展開された無限がある。

 全ての攻撃は無限に阻まれて届かない。

 

 それが無下限呪術が最強たる所以。

 

 

 

 抜かれる。

 

 五条は漠然とした感覚と共に攻撃を中止。そのまま後ろに大きく仰け反り、こめかみへのを回避。その勢いで地面に手を着いてバク転、大きく距離を取った。

 

 五条は思考を加速させる。

 無限が破られた。

 

 感じたことのある感覚だ。

 

 術式の強制解除、天逆鉾。

 一度その身に受けたことがある五条はその気配を見逃さなかった。

 

 前回戦った時は通じた無限による防御が通じない。

 敵は更に強くなった。

 

 どのようにしたのかは分からないが、どうやら術式の強制解除まで出来るようになったらしい。つくづく化け物だ。

 

 驚きはある。

 

 だが動揺はない。

 

 

 

 五条は無限が破られれば最強じゃなくなるのか?

 

 

 

 いやまさか。

 

 彼はたとえどんな術式を持っていても最強だっただろう。

 簡単な身体強化と体術だけで上位の特級呪霊すら一方的に嬲り殺しにする戦いの才覚。

 

 

 彼は無下限呪術を持って生まれたから最強なんじゃない。

 

 彼は五条悟として生まれたから最強なのだ。

 

 

 

 

 だが亜鬼もまた天才。

 

 彼女には類いまれなる努力の才があった。

 少しずつ、一歩ずつ。

 

 毎日確かに前に歩んでいく。

 

 

 一日経つと彼女は強くなる。

 

 

 一週間経てばまた強くなる。

 

 

 一年が経った時、その強さはどれほどか?

 

 

 亜鬼は悔しかった。

 娘が戦う中でずっと眠りこけていた自分が許せなかった。

 

 

 努力した。

 常人では耐えられないほどの鍛錬。

 明希を宿すという目的の為に縛りによって付け足された精神力。

 

 毎日、呪力操作の練習をした。

 

 毎日、黒閃の練習をした。

 

 毎日、術式を練習した。 

 

 毎日、身体強化の練習をした。

 

 毎日、領域展開について悩んだ。

 

 

 それはただ愛故に。

 幸せになって欲しいと願った、ただ一人の娘の為に。

 

 磨き上げた技術は裏切らない。

 もはや彼女は弱者ではない。

 

 

 鍛え上げたその技術は、研磨したその牙は・・・

 

 

 今、遂に実を結ぶ。

 

 

 

 

 距離をとる五条に放たれる追撃。

 

 

──吸収術式「鐵」

 

 

 何もかもを無に帰す黒き刃が顕現する。

 

 大気を喰らい、光を喰らい、世界を歪めるその一撃は・・・

 

 

 確かに五条へと喰らいついた。

 

 

 





 今回の解説!

 吸収術式「晦冥」

 読み方は“かいめい”
 吸収する力を圧縮すると同時に球状にして繰り出すだけの技。
 ただ触って吸収するより圧倒的に早く吸収できる。基本的に当たったら逃げられずに死確定のバグ技。だがこれはまだマシな部類である。


 吸収術式「鐵」

 読み方は“くろがね”

 小さな牙が並んだかのような形をした黒い刃を放つ技。
 避けにくく、発生が早い為多用される技。だがその性能は凶悪。
 刃が通る空間ごと吸収して、全てを切り裂く防御不能の一撃。
 その速度は音速に近いので、作中のほとんどの敵はこれを撃っているだけで死んでいくと言っても過言ではない。

 だが結構な呪力消費量だし、加減も効かないし普段使いされることはないかも。

 料理の役に立つ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黝天


 正直やっちまったと思ってます。
 後悔はしていない。



 

──吸収術式「鐵」

 

 亜鬼の放った刃は五条悟に確かに噛み付いた。

 

「そう簡単にはいきませんよね」

 

 無限だ。

 吸収術式に術式の強制解除を乗せて放つことは出来ない。当然だ。乗せた瞬間に吸収術式の方が霧散する。

 

 つまりこの一撃は無限で防げる。それを瞬時に見抜いて体の周りに無限を張り直した五条は流石である。

 

 だが隙は出来た。

 攻撃の手は緩めない。

 

 呪力を廻し、更に身体強化を上乗せする。

 

 明希があの時静止した世界で動いた様に・・・

 そう、それは確かこんな踏み込みだったか。

 

 地面が陥没する。

 

 そして走る黒い稲妻。

 

──黒閃

 

 その踏み込みは大地を揺らした。

 

 踏み込む際に足に呪力を纏わせ、黒閃による爆発的な反動で移動する。

 ずっと昔に考えついたが終ぞ成功することは無かった技術。

 

 見事に意表を突き、五条の後ろに回り込むことに成功した。

 廻せ、廻せ、身体中を強化しろ。

 

 体に流れる血液も、この身に波打つ鼓動も。

 

 

 全て支配しろ。

 

 

 全て掌握しろ。

 

 

 この体は私の物。

 私に掌握できない道理はない。

 

 引き絞られる筋肉、軋む骨。

 渾身の右ストレートを突き出す。

 

──放出術式「天逆鉾」

 

 術式の強制解除が拳に乗る。

 

 乗せられた術式は無限を喰い破り、拳をその身へと届かせた。

 直感で受け止めてはいけないことを察した五条はこれを受け流す。

 

 流されるまま右足を軸に回転。左脚で回し蹴りを放つ。

 五条は当然のように無限を抜けてくるその一撃を身を屈めて回避し、下段蹴りで足を払わんとする。

 

 だが空中に呪力で板を作り、回避された左脚でそれを蹴ることで反転。

 地に着いた右足で飛びつつ体重を乗せた一撃を放つ。

 

 下段蹴りと共に手を地面に着いていた五条は地面に向かって零距離で「赫」を打ち込み、足場を崩して回避する。

 

 一進一退の攻防。

 お互いにその場を離れ、また遠距離で対峙する。

 

「厄介だな」

 

「そちらこそ」

 

 少し言葉を交わし、また接近。

 だが今度は五条が仕掛けた。

 

 右手に術式順転「蒼」、左手に術式反転「赫」を纏わせる。

 

 そうして亜鬼に肉薄。

 右腕から繰り出されるとんでもない威力を秘めた突きを「蒼」によって拳ではなく腕を対象にすることで逸らす。そして出来た隙に左手の「赫」で弾き飛ばさんとする。

 

 しかし亜鬼は残った左腕に強制解除を纏って「赫」を無効化し、そのまま拳を掴んで握り潰した。

 

 ぐちゃり、という嫌な音と共に飛び散る血と砕ける骨。咄嗟に後方へ瞬間移動し、反転術式で怪我を治す。

 

 その隙を逃す亜鬼ではない。

 

 黒い稲妻を奔らせ、追撃する。

 作り出された手刀。

 

 無限を抜かれると判断した五条は右手で受け流そうとする。

 

 

 

 

()った

 

 

 

 

 

──吸収術式「纏・鬼牙」

 

 

 

 五条の右腕が削り取られる。

 

 流すことなどできるはずもない。空間ごと抉り裂く必殺の一撃。

 

 無限を纏っていたなら回避できた一撃だ。

 だが近接で、それも腕に術式を纏わせることによる不意打ちのようなもの。術式の強制解除が乗せられていると考えていた五条が対応できる筈もない。

 

 

 亜鬼の攻撃はそんな物では終わらない。

 

 千載一遇のチャンス。

 

 

──吸収術式「鐵」

 

 

 だが五条は慌てない。

 左拳の再生は終わっている。

 

 印を結んで瞬間移動。

 亜鬼の真後ろに現れて踵落としを繰り出した。

 

 距離を取るかと思いきや反撃を放つ五条に意表をつかれながらも防御。

 とても生身の人間が放つとは思えない強力な蹴りは大地に蜘蛛の巣状の罅を入れた。

 

 舗装された道路は見るも無残なほどボロボロになり、もはや原型を留めていなかった。

 沈み込む体。

 

 五条は亜鬼の防御力を正しく理解している。

 適当な一撃では足止めにもならないこと位把握している。

 

 だが地面は耐えられない。地面に埋まり込んだ亜鬼に向かって放つ。

 

 

──術式反転「赫」

 

 

 大地を抉り、破滅の閃光が亜鬼に襲い掛かる。

 その間に右腕を反転術式で治療。

 

 追撃に入る。

 

 

──術式反転「赫」

 

 

──術式順転「蒼」

 

 

 現れるのは二つのぶつかり合いによって生まれた仮想の質量。

 

 

──虚式「茈」

 

 

 だがこれでは足りない。

 

 まだ必殺には程遠い。

 

 

──術式反転「赫」

 

 

──術式順転「蒼」

 

 

 右手に「茈」を保ったまま左手の上で二つをぶつけ合わせる。

 もう一つの虚式「茈」が生み出された。

 

 これが五条が考えた亜鬼への対抗策。

 どんなに硬い防御も、どんなに素早い動きも・・・

 

 関係なく消し飛ばす!

 

 

──虚式「茈」

 

──虚式「茈」

 

 二つの「茈」を融合する。ただでさえはち切れんばかりのエネルギーが二つ、圧縮されていく。

 

 圧倒的な呪力操作の技術だけが可能にする奇跡。

 

 紫色が黒く、黝く、輝きを放つ。

 

 

 

 

 

 

──黝天「ℵ0(アレフ・ゼロ)

 

 

 

 

 

 

 手のひらに浮かぶのは直径10センチほどの大きさまで縮小した黝き球体。

 その中では行き場のない力が渦巻き、暴れ、荒れ狂う。

 

 未だに砕けた大地の中を抜け出せずにいる亜鬼に向け、その暴虐が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 そして着弾。

 

 

 

 

 

 

 開かれた掌が強く握りしめられる。

 

 

 

 同時に瞬く閃光。

 

 

 

 

 寂れたマンションも。

 

 色の燻んだ遊具も。

 

 安いことで有名なスーパーだって。

 

 

 周囲の全てを塵の一つも残さんと言わんばかりに消し飛ばした。

 

 





 今日の解説!

 放出術式「天逆鉾」

 まじでそのまんま。硬化術式とは違って習得してすぐなので技も何もできていない。
 術式強制解除の力を扱うことができるようになる。


 吸収術式「纏・鬼牙」

 読み方は“まとい・きが”腕に凝縮した吸収の力を纏わせ、触れた部分から吸収して切断する。これの恐ろしいところは術式を纏っているところが全く見えないところ。
 普通に殴られると思って受け止めたら削り取られて死ぬ。


 黝天「ℵ0」

 読み方は“ゆうてん、アレフゼロ”

 正直やっちまったと思ってる。
 呪術廻戦の技名の基本を弾き飛ばすようなカタカナ読み。
 二つの虚式「茈」をぶつけて圧縮することによって完成。破壊力、破壊範囲共に虚式「茈」とは別物。
 めちゃくちゃ頑張って名前考えたので褒めてくれると作者が喜ぶ。気になる人は意味を調べてみて欲しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

羅刹


 此処に決着。



 

 黒い光が煌めく瞬間。

 

 亜鬼は全力で硬化術式を展開。

 扱えるだけの呪力を全て防御に回した。

 

 そうして防御姿勢。

 もはや避けることは不可能だと考えての判断。

 

 その判断は最適解だったと言える。

 だが最適解は必ずしも良い結果を生むわけではない。

 

 亜鬼はボロボロになっていた。

 

 体中の皮膚は火傷をしたように爛れ、下半身は消失。

 右腕も残っておらず、もはや活動を停止するのも秒読みだと思われた。

 

 

 情けない。

 かっこよく啖呵を切っておいてこのザマか・・・

 

 もはやほんの少し身動ぎすることすらままならない。

 

 頭の中に明希の声が響く。

 なんと言っているのかは分からないが、きっと泣いているのだろう。

 

 明希にこんな姿は見せられない、見せたくない。

 親というのは見栄張りな生き物なのだ。

 

 

 視界も霞んでいる。

 

 

 呪力を廻す力もない。

 

 

 このまま死ぬのか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ねない。

 

 娘一人残して死ねるもんか!

 やはり一人で戦うのは無理があったのかもしれない。

 どうしても明希には戦わせたくなかったが、最終手段だ。

 

 ずっとおかしいと思っていた。一人で体を動かしていてもなぜか想定より力が出ない。

 

 ずっとおかしいと思っていた。

 

 あの時明希が戦っている様子を見ていたが、明らかに動きが鈍い。それでも圧倒していた訳だが、明希も首を傾げていた。

 

 ずっと不思議だった。

 何かが決定的に足りていないような感覚。

 

 

 そして気が付く。

 

 

 私たちは二人で一人。

 

 

 私だけが戦うのも、明希だけが戦うのも間違っているのだ。

 

 

 私たちは二人で最強。

 

 

 その真価は二人でいてこそ発揮される。

 

 

 

 だから明希・・・

 

 

 

──うん!ママ・・・

 

 

 

 明希が私の体に覆いかぶさってくるのを感じる。

 私は意識が朦朧とする中、必死に精神世界で明希を抱きしめた。

 

 前髪を払い、額に一つキスを落とす。

 

 

 許して欲しい。

 結局あなたの力を借りる弱い母のことを。

 

 

──んーん嬉しい!だって私も一緒に戦える。

 

 

 

二人なら、きっと全てが輝いて見えるから!

 

 

 

 

 

 混じり合う。

 

 

 

 混じり合う・・・

 

 

 

 二人で一人。

 その精神も、体も、感覚も、呪力も。

 

 

 そして顕現する一人の鬼。

 

 

 夜を象ったかのような漆黒の髪。

 穢れなき白き肌。

 一対のツノは消え、代わりに額の中心から突き出る水晶のように透き通った真っ直ぐな角。

 紅い瞳は爛々と輝く。

 体に残されていた傷跡は何事も無かったかのように消え失せた。

 

 

 そうして鬼はニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

鬼神「羅刹天」

 

 

 

 

 

ここに完全顕現

 

 

 

 

 

 

 五条は上空から街を見渡していた。正確には街だった場所を、だが。

 巨大な円状の大穴が空き、昔の面影すらない。

 

 祓われているとは思う。

 だがあの呪霊なら生き残りかねない。

 

 舞い散る砂埃を吹き飛ばし、そこに血塗れで倒れ伏す白い鬼の姿を確認した。

 

 死にかけだ。だが死んではいない。

 予想していた通りだった。

 

「さよならだ」

 

 そう呟いて呪力を廻す。

 

 

──術式反転「赫」

 

 

 トドメはこれで充分だ。

 それを放たんとしたその時。

 

「なんだ・・・」

 

 どこかから視線を感じたのだ。

 一つや二つではない。

 

 百、二百・・・いやもっとだ。

 

 そして白い鬼が光り輝く。

 

 傷が全て治っていく。

 そして姿も変化していって・・・

 

 

 容赦無く「赫」をぶち込んだ。

 変身を待ってやるのはフィクションだけで充分だ。

 

 強烈な悪寒がする。

 

 

 そして鬼が跳ね起きた。

 

 

 「赫」は鬼に直撃し、何事もなかったかの様に霧散した。

 

 

 

 ニヤリ

 

 

 

 そう聴こえてくるかのような笑みと共に膨大すぎる呪力が立ち上る。

 

 大気が軋んでいる。

 

 世界が哭いている。

 

 この災厄の誕生に・・・

 

 

 五条は流れ落ちる冷や汗を止める術を持たなかった。

 

 

 

 

 

 アキが動く。

 一歩前に踏み出し、指がしっかりと地面を噛んだ。

 

 そして五条に向かって跳躍。

 

 一瞬にして亜音速に到達。

 宙に浮かぶ五条の前に躍り出た。

 

 呪力を使って足場を形成。

 それを踏み砕いてまた跳躍。

 

 瞬きするほどの間で五条に迫った。

 

 最早軽口を叩く暇もない。

 瞬間移動を駆使して攻撃を避け続ける。

 

 空を駆ける鬼と空を飛ぶ人間。

 命懸けの鬼ごっこが始まる。

 

 アキが繰り出す攻撃の一つ一つが必殺。

 

 右腕の手刀。左脚から繰り出される蹴り上げ。

 それら全てがさも当然のように無限を抜けてくる。

 

 掠るだけでも命を刈り取られそうな死神の刃。

 

 それを時に避け、時に流し、守りに徹する。

 反撃する隙もなく、勝ち目も見えないこの状況。

 

 だが五条の口角は自然と上がっていた。

 

 

 

 本気を出した事が無かった。

 

 彼の前に立ち塞がるのは有象無象ばかり。

 

 明希を倒すことを目標に修行を始めてからは立ち塞がる者すら居なくなった。

 

 誰も彼もが下手に出てくる。

 戦う前から負けている腑抜けた奴ばかり。

 

 つまらない。

 

 なんの魅力もない人間の集まり。

 

 

 

 だが今はただ愉快だ。

 

 

 

 

この闘争が!

 

 

 

 

 五条の体から膨大な呪力が溢れ出し、その呪力が全て身体強化に回される。

 

 向かって来るアキが繰り出す拳に対して真正面から拳を振るう。途轍もない衝撃が走り、骨が軋む音が聴こえてくる様だった。

 

 ぶつかり合った拳は人体が出すとは思えない金属同士がぶつかり合ったような硬質な音を発した。

 

 少しの拮抗の後、五条が競り負ける。

 

 拳は砕け、血が飛び散った。

 そんな事は関係ないと瞬時に反転術式で再生し、またぶつけ合う。

 同じ結果になると思われた勝負だが、しかし押し合いは拮抗していた。

 

 五条は自分の肘の後ろに「赫」を創り出すことによって斥力を自らの勢いに変えていたのだ。

 使えるものは全て使う。戦いで勝つ為に工夫をするのもこれが初めて。

 

 ずっと持て余していた天性の才覚が初めて存分に振るわれる。

 何度も何度もぶつかり合うお互いの拳。そこに織り交ぜられる芸術的なまでの蹴りの数々。

 

 何度も壊れる体は瞬時に治され、また武器となる。

 

 大気は揺れ、世界は軋む。

 

 圧倒的な暴力のぶつかり合い。

 

 お互いに幾つもフェイントを交え、受け、流し、貫く。

 緻密に紡がれる美しい戦闘。

 

 気がつけば五条もアキも楽しそうに笑っていた。

 

 

 魂のぶつかり合いは1時間以上続いた。

 

 五条が振るわれる拳を受け流しつつ右脚を振り上げて顎に膝蹴りを入れる。

 雷鳴が轟く音。黒閃だ。

 

 だがそれを意に介せず左腕で五条の体を切り裂く。また黒い稲妻が輝き、黒閃が放たれる。

 

 黒い雷は止むことを知らず、戦場に響き渡り続ける。

 

 極限の集中力の中、二人は当然のように黒閃を繰り出す。

 その場には濃密すぎる呪力が渦巻き、即死の攻撃が飛び交っていた。

 

 二人が繰り出す一撃一撃が常人の目では残像すら捉えることが出来ない理外の暴力。

 一級以下の呪霊では近づくことすらできない死の領域。

 

 そんな場所で二人は踊る。

 

 両者の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、初めて戦いに楽しさを感じていた。

 

 体の底から暖かさが湧き上がってくる。

 これが明希の暖かさだと思うと同時に胸も温まるようだった。

 

 実を言うと私はまだまだ本気を出していない。

 明希と一つになることによって実力は今まででも随一。

 

 だが明希が持っている識覚も、理を突き詰めた戦闘方法も、身体強化すら使っていない。

 

 純粋な身体能力と羅刹天になってからできる様になった放出術式「天逆鉾・絶界」による無限の強制解除だけで戦っているのだ。

 

 それでいいと思う。その状態で実力が拮抗している今、それ以上の力を使うのは無粋だと考えた。

 五条先生だって六眼の力で私が全力じゃないことなんて見抜いている筈だ。

 

 でも私は本気だ。

 本気で勝負に挑んでいる。

 

 だからこそ楽しい。

 今まで頑張ってきたのが実を結んでいるようだ。

 

 それにもう一つ。

 

──楽しいね、ママ!

 

──そうだねぇ〜!

 

 明希がものすごく楽しそうにしているのも理由だ。

 この状態だと明希の感情も思考も全て共有される。

 

 娘が幸せそうでなによりだ。

 やはり明希と一緒なら何でも楽しい。

 

 だがこの戦い、もう一時間以上も続けているけどどうやって終わらせるんだろう?

 

 正直、五条先生に私を倒す手段はない。硬化術式を使っていない今ですら体術によるダメージが入っていないし、術式による攻撃も全て無効化できる。

 仮に領域展開を使ってきたとしても私も使えば押し勝てる自信がある。

 

 対して私も五条先生を殺す気はまるでない。

 確かに始めは少し怒っていたが、今は明希と遊べて楽しいと思っている。でも正直呪力がそろそろ尽きそうだし・・・

 

 長引いたら普通に祓われてしまうかもしれない。

 

 

 よくよく考えたら私、さっき祓われそうになったんだった。

 そう思うとなんかむかついてきたな。

 

 なんかかっこいい感じの技でずるかったし。

 

 私も使うか。

 

 俗に言う切り札というやつだ。

 

 

 

 

 

 

 五条は戦場の空気が変わったのを感じていた。

 相手が全力ではない事は分かっている。

 

 そろそろ仕掛けてくるか?

 

 そう考えて身構える。

 

 

「終幕としましょう」

 

 

 声を掛けてくる呪霊に対し、五条が問う。

 

「お前、名前は?」

 

 少し驚いて亜鬼は答える。

 

「アキ」

 

「そうか」

 

 会話はそれだけ。

 お互い構える。

 

 

 最後の一撃だ。

 

 

 

 

 

 五条は思考する。

 

 もはや今となっては切り札であったアレフ・ゼロすら通じるとは思えない。

 そこにプラスして素の防御力が余りに高い。

 

 領域展開など使ったところで意味がないのは明白。

 

 だが術式の強制解除にも相応の呪力消費がある筈。

 五条に必要なのは強制解除に必要な呪力が枯渇するほど圧倒的な一撃。

 

 残されたのは最終手段のみ。それも絶大な隙ができる。

 

 だが相手がその隙を突いてくることはないだろう。

 ここまでくれば相手に自分を殺す気がないことだって分かる。

 

 そんな奇妙な信頼関係がこの戦闘の間に育まれていた。

 

 それでも勝ち負けは譲らない。

 五条は負けず嫌いだった。

 

 

──術式順転「蒼」

 

 

──術式反転「赫」

 

 

 五条の周りに無数の「蒼」と「赫」が浮かび上がる。それらがぶつかり合い、百を超える紫の光が出来上がった。

 

 

──虚式「茈」

 

 

 それらが全て五条の掌の上に集まっていく。

 

 凝縮され、黒い光を発しながら完成されていく黒き宝玉。その周りに稲妻のような円環が廻り、破壊の力が振りまかれる。

 

 五条をして制御するのに精一杯なそれはこれ以上ない無限の力。

 いくら術式を強制解除されても尽きることのない力の極地。

 

 暴れ狂う質量が五条の体を切り裂いていく。

 

 体がボロボロになっていくのを必死に耐えながらアキに照準を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吸収の力がアキの右手の上で渦巻く。

 

 その渦は少しずつ大きさを増し、同時に黒く輝く。

 

 それは世界を軋ませ、存在しているだけで崩壊を感じさせる。にも関わらず込められ続ける呪力。

 

 これは五条の纏う無限程度では到底防げない理外の一撃。

 余りにも強まった吸収の力は次元ごと対象を喰らう。

 

 全てを喰らい、取り込み、なお飢えは収まらぬ。

 

 神懸かった呪力操作はそれ以上を可能にした。

 次元程度ではない。概念にまで作用する域に達したのだ。

 

 この竜巻に触れた瞬間、その物体はこの世界に存在していなかったことになる。

 つまり、存在の吸収。

 

 世界に存在してはいけない力だ。

 

 

──崩界「伊邪那岐(イザナギ)

 

 

 放出の力がアキの左手の上で踊る。

 

 不定形のそれは形を持たずとも不思議な力を感じさせる。

 色は黒色にも、赤色にも、虹色にも見える。

 

 存在自体が未確定で、何にでも変化できるそれもまた、理外の力。

 全ての存在への可能性を残す芽だ。

 

 

──新理「伊邪那美(イザナミ)

 

 

 二つの力が混じり合い、渦が細く、長く、まるで一本の槍のように固まる。

 

 

 それは破滅の槍。

 

 それは創世の槍。

 

 

 槍に触れた瞬間その存在は吸収され、それが存在していないことが正常という事実を放出する。

 つまりは世界に存在する事実の改変。

 

 防ぎようのない死の具現化。

 それが五条に向けて放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

──零式「永永無窮」

 

 

 

 

 

 

──羅刹「画竜点睛」

 

 

 

 

 

 黒い光が全てを覆い隠した。

 





 今日の解説!


 放出術式「天逆鉾・絶界」

 言わずもがな。身体中に天逆鉾が持つ術式強制解除の力を付与する。莫大な呪力消費と引き換えに遠距離から攻撃してくる系統や、精神や体ごと作用する系統の術式は全て無効化できるというチートっぷりを発揮する。


 崩界「伊邪那岐」

 読み方はイザナギ。
 世界に存在するものを吸収し、存在ごと消し去る力。軽く言ったがぶっ壊れ。


 新理「伊邪那美」

 読み方はイザナミ。
 何にでもなれる可能性を秘めた力。
 「伊邪那岐」で吸収したものの情報から世界の理を創り変えることが可能。
 軽く言ったがぶっ壊れ。


 零式「永永無窮」

 読み方はインフィニティ。
 例によって例のごとく作者がやっちゃったやつ。
 無限が無限個あるという意味が分からないチートっぷり。
 例え天逆鉾でも、強制解除を続ける内に呪力が切れるので防げない。


 羅刹「画竜点睛」

 読み方はそのまま、がりょうてんせい。
 槍のような形をしており、触れたものの存在を吸収し、この世に存在しないことが正常な状態へと作り変える技。
 ぶっちゃけていうと亜鬼と明希の虚式(挙式)。
 羅刹天の状態じゃないと打てない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外


 ここまで長かった・・・


 

 あの戦いから五年。

 

 私は今日も呪霊を狩っていた。今回は一級呪霊。

 青森県の端っこの小さな村。

 

 夜に爪を切ると夢の中で脳を食われるらしい。

 そして三日後に外傷もなく息絶える。

 

 こわ!どんな呪霊だよそれ!

 どこのエイリアンだよ!

 

 だが弱い。気持ち悪い見た目の四足歩行なモンスターだが、正直見掛け倒しだ。

 

 軽く接近して頭を捻り切り、再生する暇も与えず吸収術式で吸い殺した。

 戦いとも呼べないようなつまらないものだが、安全に越した事はない。

 

 明希とのんびり過ごす日々。

 ここに至るまで様々な苦労があった。

 

 

 

 

 

 まず五条先生との戦いの後始末についてだ。

 

 最後の一撃のぶつかり合いはお互いがお互いの天敵だった故に大きな被害を出すことなく相殺した。

 一生無くなることがない無限を吸収して書き換え続ける私の「画竜点睛」と圧倒的な物量で押しつぶす「永永無窮」

 

 結局術式に込められた呪力が尽き、引き分けとなった。

 

 

 その後はすごく大変だったらしい。

 余りにも荒れすぎたかつて街だった場所で起きたことの事情説明と事実の隠蔽。

 この大穴はニュースでも謎の事件として放送された。

 

 それから住処を奪われた人たちへの補填。それらを全て終えたのが三年経った時のこと。

 結果的に呪術界は結構なダメージを負ったようだ。

 

 なんでこんなに詳しく知ってるのかって?

 そりゃあ教えてくれる存在がいるからですよ。

 

「やあ、元気そうだね」

「ええ、この生活も悪くないですよ」

 

 そう。我らが五条悟である。

 この5年間、私は明希と共に日本を観光しながら呪霊を祓う旅をしていた。

 

 その中で数々の呪術師を助け、一般人を救ったが、その度に私の出現報告が飛び交う訳だ。そこで来るのが五条悟。

 

 何度も何度も戦い、そして満足したら帰っていく。

 

 被害状況から鑑みて大きな技は使わず、出来るだけ人気のない場所の上空での勝負が多かったが、それでも熱い勝負が出来た。

 

 その中で育まれる信頼や友情。

 気がついた時、私達は既に敵同士では無くなっていた。

 

 もちろん全てではないが、私が明希の寂しさから生み出されたこと、身に宿す明希のこと、人を襲ったことなど一度もないことも説明済みである。

 

 その上で私は存在を認められた。

 呪術界上層部に話が通された訳ではないが、学長となった夜蛾さんとも話し合い、私は既に除霊対象から外されている。

 

「次は秋田県に三体、岩手に五体だってさ」

「なんか最近呪霊増えました?」

「今は呪霊が旬の季節さ」

「夏だからって事ですね」

 

 軽く話しながら数枚の紙を受け取る。

 パラパラと流し見してみると全て二級以上の案件。その内二体は一級だ。

 

「じゃあ行きますね」

「今度はお土産買ってきてあげるよ」

「お菓子が欲しいですね」

 

 そんな風に話して別れた。

 そう。私は現在フリーの呪術師のような仕事をしているのだ。

 

 特級相当の力を持ち、人間に協力的な呪霊。

 お給料も貰えるし、簡単だし、明希と旅も出来るからいい仕事である。

 

 

 ある時を境に五条先生が口調を変えた。

 親友である夏油傑の離反が原因である。

 

 正直驚いた。

 

 天内理子は死なず、灰原は黒縄によって耐え忍んだところを私が助けに入ったことで無事帰還。その上で双子を見つけてすぐに保護。

 高専に連絡して連れ帰って貰った。

 

 ここまで対策したのにも関わらず夏油さん闇落ちは回避出来なかった。

 

 まあ考えてみれば当然である。

 原作で書かれているのは夏油さんが関わった事件のほんの一部。その内の3つを解決した程度で回避できるならそもそも闇落ちなんてしない。

 

 彼が抱えていた闇は想像の遥か上をいく大きさだったのだ。

 

 五条先生はその時から口調を丁寧な物へと改め、腐った呪術界を変えるために先生になった。

 すると夏油さんが抜けた分と五条先生が教育をする分の時間が他の呪術師の重荷になる。

 

 二人は数少ない特級術師であり、特級術師でしか対応できない任務も多い。

 そこで私に白羽の矢が立った。夜蛾さんと五条先生に頼まれて呪霊討伐を仕事にしたという経緯だ。

 

 現在私が呪霊討伐をしていることを知っているのは五条先生と夜蛾さん、歌姫先生の3人だけだ。

 

 これからもこんな緩い感じの生活が続いて行くといいなぁ

 でもな~んか忘れてる気がするんだよねえ・・・

 

 

 

 

 

 

 夜蛾は職員室に入ってきた五条を見て、資料を整理する手を止めた。

 

「亜鬼か?」

「うん、また頼んできちゃった」

 

 そう言って笑う五条。

 亜鬼というのはずっと夜蛾の頭を悩ませる特級呪霊のことだ。

 

 初対面の印象は頗る悪かったが、今となっては五条より勤勉に働く頼れる呪術師である。

 

 彼女は特異な存在だ。人間を助け、呪霊を祓う呪霊。

 人間と同じレベルの知能を有し、五条以上の実力を持つ。

 

 考えたくもないことだが、彼女が敵だったら人類は滅んでいたかもしれない。

 

「それで・・・様子はどうだった」

「予想通り彼女、また強くなってるよ」

 

 頭を悩ませるのはこれだ。

 彼女は自身の持つ術式によって今も急激に成長を続けている。

 五条以外の呪術師では戦う事すらままならない。

 

 これを放置し続けて良いのか?

 五年間毎日悩み続け、一年が経った頃には今更考えても遅いか・・・と行き着くようになった。

 

 祓うという結論を出すのなら五年前、できる限りのサポートを尽くして五条に祓わせるべきだった。今となってはもう祓うことは不可能だろう。

 

「まあいいか」

 

 この件に関してはもう諦めている。亜鬼が心変わりしないことを祈るばかりだ。

 

 そう考えながら発見されている呪霊が纏めてある一冊の本を取り出した。これには今まで発見された呪霊の見た目、その術式、発生の理由などが事細かに記されている。

 

 情報は武器だ。

 既知が命を救うことも多い。

 

 その中でも夜蛾が取り出したのは特定の人間しか閲覧することが許されない特別な書物。

 特級呪霊に関する情報が載っている本だ。

 全部で16体だった特級呪霊達の本に追加された最後のページ。

 

 

 

 特級呪霊「死風」。本名は亜鬼。

 

 規格外な実力と底が知れない莫大な呪力量。また、他の呪霊は持たない人間らしい感情を有している。非常に温厚な呪霊の為、祓除対象から除外。

 

 全てにおいて他の呪霊とは違い過ぎる為、この呪霊を特級"番外"として扱うこととする。

 

 亜鬼は知らず知らずの内に特級に登録され、更にその中でも特殊な"番外"として扱われることになった。

 

 特級ぼっちである。

 

 

 

 

 五条は考えていた。

 今の腐った呪術界を変革する方法を。

 

 今、上層部の腐ったみかんを皆殺しにして首をすげ替えるのは簡単だ。

 五条が本気でそれを成そうとして止められるのは亜鬼ぐらいなものだろう。

 

 だがそれでは根本的な解決にならない。また同じ腐ったみかんが上に立つだけだ。

 

 そうして思考は仲間が必要だという結論に辿り着いた。呪術界の根底から変えるしかないのだ。

 その為に教師になり、信頼出来る生徒を育てている。

 

 しかし足りない・・・この程度では足りない。

 人手も力も何もかも。

 せめてもう一人くらい志を同じくする教師がいれば・・・

 

 

 

 

 

 居た。

 

 

 そう思った時、既に体は動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 数年が経った。

 

 沢山の呪霊を吸収し、その呪力を全てモノにした。最早自分ですら底が分からない程の呪力量だ。

 

 また、放出術式によって使える術式も増えた。

 基本戦法は変わらないが、手札の数は呪霊操術並かもしれない。

 

 戦闘経験も培った。

 何度も五条先生と闘ったし、敢えて能力を制限した状態で呪霊とも闘った。

 

 その戦闘回数は馬鹿に出来ない数だろう。

 何なら正規の呪術師より呪霊を祓った数が多い。

 

 そうして毎日を緩く過ごす。

 そんな中、突然真剣な顔をした五条先生が会いに来た。

 

「どうしたんですか?そんな顔して」

 

 そう問いかけると彼は一瞬思考し、そして言った。

 

 

 

 

「亜鬼、教師をやってみないかい?」

 

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

いや忘れてたぁぁぁぁぁぁ!

 





 これにて今編完結!

 いやぁ書くの楽しいなぁ。
 次回に人物紹介を挟んでから次の編がスタートです!

 掲示板は望む人と望まない人がそれぞれ一定数居たので、完結後に別で読者目線の物語を書いてから掲示板を作ろうと思います。

 次編!
  亜鬼、教師になるってよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介2


 人物紹介その2です!
 まだ本編では出ていないものもありますが、後々出てきます。



 

 

亜鬼

 

 

 本作の主人公。

 

 余りにも濃い日常を送る中で教師になって沢山友達を作るという目的を完全に忘れていた。というか途中から強くなるのが楽しくてそれ自体が目標になっていた。

 

 呪力操作は毎日欠かさずしていた修行で既に極みの域にある。

 明希の記憶を追体験し、全ての事実を知ったことで術式反転を完璧な形で扱えるようになった。

 それと同時に領域展開「奏死双哀」を会得。

 

 また追体験していた時の感覚を覚えているため、動きの「理」を少し理解することが出来た。それを修行と戦闘を繰り返すことによって完全にモノにした。

 

 天逆鉾を吸収したことで術式の強制解除を会得。

 五年間の修行で五条の無限と同じく自らの周りに薄く強制解除の膜を張る技術を習得。

 術式を無効化するときだけ呪力を消費するので寝ている時も展開されている。

 

 硬化術式も鍛え上げた結果、本気で硬化した時は五条の全力の打撃ですらダメージが通らない。

 

 呪力量はもはや底なし。

 少なくとも一級呪霊だけでも200体以上は吸収している。

 準一級、二級の呪霊ともなるともっと多くなる。

 

 身体強化は呪術師達が行う呪力を使った身体強化とは格が違う。身体能力だけでなく視覚や聴覚まで強化することが可能になった。

 

 取り柄である身体強化を生かすために明希と共に動きの「理」を生かす自己流の武術を編み出した。

 

 その名も“羅刹流”

 

 これを毎日の修行によって高いレベルで習得。これまでには無かった呪力の流れを利用した武術である。後々一人の生徒へと伝授され、一子相伝の秘術になっていくとか。

 

 

 

 

 

明希

 

 

 本作のヒロイン

 

 主人公が成長して明希の強さに近づいていくのかと思いきや、それを遥かに超える成長速度で今もなお進化を続ける神域の怪物。

 

 亜鬼が先生になるという目的を忘れていることは気づいていたが、楽しそうだったので敢えて指摘することもなかった。それはそれとして面白かったので笑ってはいたのだが。

 

 呪力操作によって理論上出来ることは全て可能。

 常人が辿り着ける極みの八段階ぐらい上。

 

 動きの「理」と呪力操作によって“羅刹流”を扱いこなす。

 後の時代でもこれ以上羅刹流を極めた者は現れないだろう。

 

 母を愛し、母に愛される相思相愛。

 毎日のように精神世界で亜鬼と遊び、共に食べ、共に眠る。

 毎日が幸せ。

 

 ちなみに精神世界は明希が宿儺と同じように持つ生得領域のこと。

 

 初めは真っ白な世界だったが、最近は亜鬼と遊ぶために滑り台やブランコなどの遊具やトランプ、ボードゲームなど色々と呪力操作で作り出している。しっかりとダブルサイズのベッドもあり、ラブラブなカップルの寝室のような雰囲気を醸し出している。

 

 実は領域展開の際に展開されるのがこの精神世界なので、一瞬で吸収されて意識が途切れる瞬間だけ愛の証を視認することが出来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

鬼神「羅刹天」アキ

 

 

 

 亜鬼と明希が合わさってアキとなる。

 精神世界の中で亜鬼と明希が融合した際にだけ顕現する鬼の神。

 

 今作においてこれ以上強い形態が出てくる予定はない。

 

 世界が生み出したバグ。

 生まれてはいけなかった存在。

 

 身体強化、識覚、「理」、“羅刹流”、吸収術式、呪力操作、領域展開を使わない状態かつ亜鬼が主人格で五条と互角。

 

 鬼の頂点の為、素の身体能力がまずバグレベル。

 それに加えて濃密すぎる呪力量で硬さも異常。

 

 世界の概念に影響し、理を書き換える力を扱える。

 

 

 

 

 

 亜鬼の倒し方。

 

 これら全てを統合するとこうなる。

 

 まず特級呪霊の中でも最上位に位置する亜鬼を倒す。

 そうすると主人格が亜鬼の羅刹天が出現。これも必死に倒す。

 最後に主人格が明希の本気羅刹天が出現。

 

 これをなんとか倒すことができればやっと祓うことが出来る。

 

 

 こいつどうやって倒すの?

 

 

 

 一応強さ順。

 

 通常亜鬼<五条<通常明希<黒鬼明希<羅刹天亜鬼<羅刹天明希

 

 こんな感じですね。

 バグかな?

 





 次はやっとタイトル回収ですね
 もう今から書くのが楽しみで仕方ないです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教師編
就職



 教師編始まるぜ!



 

 桜が舞う季節。

 心地いい風に吹かれながら一人の呪霊が呪術高専の地を踏んだ。

 

 呪霊が侵入した際に鳴り響くはずのアラートが聞こえない。

 これは彼女が正式に存在を認められ、高専に入る許可を得た呪霊であることを表していた。

 

「うーん良い朝だね!」

 

──綺麗だね〜ママ!

 

 そう。

 

 そんな特別な呪霊こそ、この私。

 亜鬼さんである。

 

 遂に就職活動を始める時が来た。

 私は先生になって友達をいっぱい作るんだ!

 

 だがそれには余りにも大きな障害が二つある。

 

 一つは私が呪霊だから受け入れられにくいこと。

 これは時間が解決してくれるだろうし、それなりに窓や呪術師を助けてきた私は意外と人気らしいので大丈夫だろう。

 

 

 

 もう一つが厳しい。

 どうやら呪術界上層部、腐ったみかん共に私の存在を認めさせなければいけないらしい。

 

 これ無理じゃない?

 そう思って五条先生に聞いたところ、どうやら秘策があるようだ。

 今はそれを信じるしかない。

 

 

 校門を抜けて、景色を楽しみつつ校庭へと辿り着いた。

 すっごく感動である。原作でも多く使われる場所、いわば聖地だ。

 

 そこに立つ一人の怪しい男。

 

「やあ、待ってたよ」

 

 すっかり仲良くなった五条先生である。

 もう付き合いも8年ほどになるか?

 

「すみません。遅かったですか?」

「いいや、時間ぴったりさ」

 

 少し話しながら近くに停めてある車へと向かう。

 これから私が先生になれるのか決まる。

 

「早速行こうか」

 

 上層部連中のところへ・・・

 

 

 

 

 

 

 上層部の人間が円状に座る。

 

 数多くの防御呪符や結界が張られ、並の呪霊では動くどころか立つことさえできないだろう。

 

 

 だがそこを闊歩する一人の呪霊。

 

 結界など彼女には関係ない。

 その程度の結界で縛れるような生温い存在ではないのだ。

 

 彼女の姿をみて騒めきが広がる。

 そうして亜鬼は円の中心に立った。

 

 

「これから、特級呪霊“死風”の処遇を決定する」

 

 進行役の男がそう述べると同時に誰もが喚き始める。

 

「さっさと祓え!」

「呪霊など存在するだけで不愉快だ!」

「なぜこんなことを議論する必要がある!」

 

 もはや議論の余地すらなし。

 

 受肉体ですら存在を許さない上層部の連中が呪霊の存在を許すわけがない。

 そんなことは始まる前から分かりきっていることだった。

 

 満場一致で亜鬼の処分は決定。誰もが予想した結果通りになった。

 

 

 

 

 筈だった。

 

 

 

 

 

 

 亜鬼は不安に思いながら五条に言われた策を実行することにした。

 

──じゃあ変わるよ明希?

 

──うん!任せて!

 

 

 その策とは明希にお願いすること。

 

 五条は長い付き合いの中で亜鬼の性格も明希の性格も大体把握している。

 亜鬼は責められると弱いし、優しすぎて高圧的にはなれない。

 

 

 だが明希は?

 

 自分の母親の為ならなんでも出来る。

 

 

 

 

 

 その場にいる誰もが空気が変わるのを感じていた。

 

 目の前にいる呪霊が何かしたのか?

 いや、姿形は変わっていない。

 

 俯いていた白い鬼が顔を上げる。

 その瞳は底が見えないほど深い紅に彩られていた。

 

 

 張られていた結界が、数えるのも億劫なほど敷き詰められた防御呪符が、どれひとつ残すことなく焼き切れた。

 

 空気が鉛のように重くなり、誰一人として身動きが取れない。

 

 護衛として付いていた一級術師達ですら指一本動かせなかった。

 

 自分の心臓が掌の上で弄ばれているような寒気を覚えたのだ。

 

 

 場は完全にその呪霊が掌握していた。

 上位者は間違いなく彼女。

 

 他は皆等しく塵芥。

 

 

 

「騒がしいぞ」

 

 

 

──有象無象の分際で囀るな

 

 

 

 美しい声が響き、重圧が増していく。

 

 気絶する者がいないのは偏に呪霊の気まぐれ。

 もはや誰もが口を開くことすらできなかった。

 

 

 

「ぴよぴよと五月蝿いゴミ共に最後のチャンスをくれてやる」

 

 

 

 その場に呪力で創り出された精巧な玉座に座り、絶対者は述べる。

 

 

 

「精々、選択を間違えないことだ」

 

 

 

──いつお前らを縊り殺してしまうか分からんぞ?

 

 

 

 誰も逆らえない。

 

 誰も歯向かえない。

 

 自分の首にあてがわれた死神の鎌が見えるようだった。

 

 

 

 そうして下された結論。

 特級呪霊「死風」の存在を認め、呪術高専の教師になることも認める。

 

 当初予想されていた結論の真逆。

 亜鬼の存在は呪術師の間で周知され、絶対に機嫌を損ねないようにとお触れが出された。

 

 

 亜鬼が帰った後五条に祓除依頼を出し、祓えないと言われた時の彼らの顔は滑稽だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 明希のおかげで成歩堂龍一ばりの大逆転勝利を手に入れた私はまだ用があるらしい五条先生をその場に残して呪術高専に帰ってきていた。

 

 

 学長への挨拶が必要である。

 

 窓の方に教えられた道順を辿り、なんとか学長室前に着いた。広いし、入り組んでるしでまるで迷路のようだ。

 

 軽くドアを3回ノックした。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 そうして入った部屋は図書館のような匂いがした。いくつか設置された棚には数多くの書物が敷き詰められている。

 それ以外は大きな机と椅子、あとは少しの小物と人形しか置いていない殺風景な部屋だ。

 

「今日到着だったか。よろしく頼む」

「はい!」

 

 事前に事情は全て夜蛾さんに伝えられており、色々と面倒な根回しや手続きを全てしても貰った。まさに恩人というやつだ。

 

「人手が足りないのでな。初めから担任を持ってもらうことになる」

「分かりました」

 

 これも事前に聞いていた話だ。

 この春から新しく入学してくる三人の一年生を持つことになる。

 

 名前はそれぞれ禪院真希、狗巻棘、そしてパンダ。

 この特徴的すぎる顔ぶれ・・・

 

 いや二年生組じゃん!

 

 あの子たちの担任とか責任重大すぎる・・・

 

 でも遂に夢が叶ったんだ!

 しかも推しの担任。

 

 二年生組は乙骨くんも入れて全員最高に推しだが、特に推しなのは真希ちゃんだ。

 勿論先生だから皆等しく愛すよ。

 

 全員最強の特級呪術師にしてあげるからね!

 私が放出術式によって使えるようになった術式の中には教師にピッタリな物も数多くあるのだ。

 

「彼らが入学してくるのは10日後になる。準備をしておいてくれ」

「はい!お任せください!」

 

 なんかもう楽しみすぎて興奮が止まらない!

 

 今なら星すら割れそうだぜ!

 

 

 その後、夜蛾さんが付けてくれた“窓”の人に部屋まで案内してもらう。すっごくクールで仕事ができるって感じの女性だ。

 

 部屋に着いたのでお礼を言い、中に入った。

 

 中は結構広く、今まで住んできた部屋の中では最高級だ。

 これで推しと触れ合えて給料まで貰えるなんて最高すぎる〜

 

 これから頑張るぞ〜!

 

──おー!

 

 

 

 

 

 呪術高専には二つ職員室が存在する。

 

 一つは夜蛾や教師達、呪術師達が利用する部屋。

 もう一つは裏方担当。その中でも特に「窓」がよく利用する一室だ。

 

 その部屋の中は今、一つの噂で持ちきりだった。

 新しく教師になる「白い鬼」の話だ。

 

「ねえ聞いた?“姫”が教師として来てくれるんだって!」

「それほんと!?」

「ほんとだよ。だって私実際に“姫”を部屋に案内したんだよ?」

「ど、どうだったの?」

「めっちゃちょこちょこ歩いてて可愛かった〜ちゃんとお礼も言ってくれたし!」

「ほんといい子だよね〜」

 

 そこかしこで“姫”の目撃情報や自慢話が飛び交う。

 

 ここまで来れば分かるだろう。

 

 

 亜鬼は“窓”達に大人気だった。

 男女問わず高い人気を集めている。

 

 高専内の誰よりも人気で、みんなのアイドル的な存在だ。

 理由はその芸術品のような容姿、優しさの塊のような性格、丁寧な物腰、そして愛嬌。それらの特徴から“姫”と呼ばれて親しまれている。

 

 また、呪術師から引退して窓になる人間も多い中で呪術師時代に命を助けられた人も多い。

 死の間際で助けられ、反転術式で治療され、恐怖で震える体を優しく抱きしめられて頭を撫でられる。

 

 そのあまりの人気に構築術式の持ち主が亜鬼のフィギュアを作り、絵の心得がある者が亜鬼のポスターを描き、職員室に飾られている。

 ファンクラブも結成され、メンバーは今も増え続けている。

 

 そんな彼ら彼女らにとって今回の件は朗報も朗報。

 誰もが喜びを噛み締める。

 

 月に一度行われる日本各地の窓がオンラインで“姫”の情報交換を行う定例議会。

 そこでこの事実を話せば羨ましがる人で溢れかえることだろう。

 

 そんな興奮の中、彼らの夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 呪術高専に来てから十日。

 今日が遂に初出勤の日だ。

 

 呪力で構成した黒いワンピースに身を通し、胸元をきゅっと赤いリボンで結ぶ。髪を水色のヘアピンで止め、鏡に向き直った。

 

「よし。いくぞ!」

 

 そうして部屋を後にした。

 

 さあ教師生活のスタートだ!

 





 次回!
 三人組との対面!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学


 遂に推しを書ける嬉しさ。
 一番長い編になる予感がする。



 

 美しい桜は新入生への贈り物か。

 晴れ渡る青空の下、三人(二人と一匹)が並んで歩く。

 

 先導するのは黒づくめの天才、五条悟だ。

 

「まだ着かねーのかよ」

 

 想像を遥かに超える広さの敷地を歩きながら禪院真希が愚痴をこぼす。

 すらっとした体つきに美しい顔つき。かけられたメガネがよく似合う。身の丈を越す長さの薙刀を斜め掛けに背負っていた。

 

 既に校門から10分以上歩いているのだから愚痴が出てしまうのも仕方がないことだろう。

 

「あとちょっとだな」

 

 その言葉に返すのはパンダ。紛うことなきパンダである。

 生まれた頃から呪術高専に住んでいた彼からすればここは庭のようなもの。

 

「こんぶ」

 

 おにぎりの具で会話する彼は狗巻棘。

 自身が持つ術式の影響で普通に会話をすると危険なため、話す言葉をおにぎりの具に制限しているのだ。

 

 それぞれが癖の強い個性的な学年。

 それが新一年生だった。

 

 彼ら三人は入学前に一度顔合わせを済ませており、それなりにお互いを見知った状態で入学することになった。

 

 

「よし着いた。この教室さ」

 

 五条に促されて入るとそこは至って普通の教室。おかしなところといえば机が三つしか置いていないところか。違和感が凄い。

 それぞれ席に着き、五条の話に耳を傾ける。

 

「さて、まずは入学おめでとう」

 

 おどけた様子でそう声を掛ける五条。反応が薄い面々を見て早速本題を切り出すことにした。

 

「実は僕、君たちの担任じゃないんだ〜、やっぱりこういうのは担任がやるべきだよね」

 

 そう言うとやっと三人が驚きを見せ、目を見開く。

 

「聞いてた話とちげーじゃねえか」

「おかか」

「それほんとか?悟」

 

 事前に聞いていた話では五条が担任を務める予定だったのだ。

 それが変わるとなると話は違う。

 

 彼は最強。その教えを受けられるのとそうでないのとでは雲泥の差がある。

 

「本当だよ。それでは早速紹介しようと思います!」

 

 そうして彼は扉の方向を手で指し示した。

 

「僕の古くからの親友!」

 

 敢えて少し溜め、そして言った。

 

「特級呪霊の亜鬼ちゃんでーす!」

 

 

 

 その台詞に驚愕する三人を他所に扉が開かれる。

 

 教室に入ってくるのは身長130センチ程の子供のような呪霊。銀髪は美しく煌めき、美しい顔立ちに紅い瞳が映える。

 

 それと同時に三人が動き始めた。

 これを何らかの試験だと考えたのだ。

 

 初めは人間かと思ったが、立ち上る呪いの気配と額に生えた一対のツノが彼女が呪霊だという証拠だ。

 

 呪霊が高専内に存在するというのはそれだけの異常事態。しかも明らかに教師とは思えない子供のような見た目。祓うべきだと判断し、黒板の前に立った白い鬼に肉薄した。

 

 呪術師としての条件反射のようなものだ。

 

 真希は薙刀を、パンダはナックルガードを、狗巻は口元まで上がったマフラーを下ろして術式の発動準備をした。

 

 

──潰れろ

 

 薙刀とナックルガードが黒板に突き刺さり、呪言が飛ぶ。

 

 気づけば白い鬼がいない。

 

 

 

「もー、先生に向かってそんなことしちゃダメですよ?」

 

 真希の肩がぽんぽんと叩かれ、背後から声が掛けられる。

 

 

・・・見えなかった

 

 

 三人の気持ちを表すならこの一言で事足りるだろう。

 咄嗟に振り向きつつ反撃を加えようとする三人。

 

 

 トンっ

 

 

 軽く床を蹴るような音がした次の瞬間。

 

 三人はそれぞれの席へと座らされていた。

 もはや何が起こったのかすら分からない。

 

 だが一つだけ分かることがある。

 

 

 自分達の担任になるのはどうやら本当にこの得体の知れない呪霊らしいということだ。

 

「うんうん、元気でよろしい!」

 

 そう言って満足気に笑う亜鬼を前にして、三人は呆気に取られるしかなかった。

 

 

 

 

 教室に入った瞬間から攻撃を仕掛けられたのは驚いたが、動きがお粗末過ぎたので恐らくあれは本気ではなかったのだろう。

 

 きっと新しく担任となる私を試したのだ。

 

 となると目に見える形で実力を分かってもらう必要がある。

 軽い身体強化を掛けて後ろに回り込み、その後の反撃を躱しつつ一人一人丁寧に椅子に座らせた。

 

 急激な速度で動いたことによって三人の体にかかるであろう反動を吸収術式で吸収した。

 

 この衝撃の吸収というのは私が身につけた新たな技術。吸収術式を応用して作った拡張術式である。

 

 さて、存分に気を引けたところで自己紹介といこう。

 

「入学おめでとう!君たちの担任になる亜鬼です!」

 

 黒板に「亜鬼」と書く。

 

「そして・・・」

 

 私の頬が裂け、口が出てくる。

 

「明希という。よろしく」

 

 次は黒板に「明希」と書いた。

 

 みんなびっくりした?

 原作で宿儺もやっていたから明希もできるのではないかと思って提案したところ、簡単にできた。

 私とは心の中で話せるので使わなかったのだが、遂に明希も他人と話せるようになったのだ。これで明希と一緒に友達を作ることができる!

 

 やっぱり皆驚いたようで、私の頬を凝視してくる。そんなに見つめられるとなんだか恥ずかしい。

 

 それ以上に私は呪霊。どういう対応をすればいいのか分からないのだろう。

 気にせず仲良くして欲しいが・・・

 

「じゃあ初めは自己紹介からいこっか?」

 

 やっぱりクラスの始まりといえば自己紹介だろう。

 これによってお互いの名前や趣味を知ることができるのだ。

 

 王道は外せない。

 

「じゃあ真希ちゃんから!」

 

 そう言って真希ちゃんを見つめる。彼女はガリガリと頭を掻き、吹っ切れたようにため息をついた。

 ガタッと椅子を鳴らして立つ。

 

「禪院真希。真希と呼べ」

 

 それだけいうと椅子に座った。

 

 ええ!?名前だけ?なんかもっと無いの?

 

「じゃ、じゃあ次は狗巻くん!」

「しゃけ」

 

 そう言って立ち上がる彼を見て嫌な予感がした。

 

「こんぶ」

 

 そして座った。

 

 いや分かんねーよ!

 こんぶだけ言って座るってどう読み取ればいいんだよ!

 

「え、えーっとじゃあパンダくん!」

「おう」

 

 そう答えて立つパンダ。

 実際に見るとすごい迫力である。

 

「俺はパンダ。等級は三級。ここで育ったから分かんないことがあったら聞いてくれ。」

 

 いやすごいしっかりした自己紹介だね。

 パンダが一番ちゃんとしてるってどういうことなの?

 

 これってもしかしてツッコミ待ち?

 

「いや、なんでやねーん!」

 

 冷えわたる空気。どうやら私は読み間違えたようだ。

 この地獄のような空気から誰か私を救い出してくれ。

 

「亜鬼ももう少し自分のことを話したら?」

 

 教室の隅でずっと笑っていた五条先生が助け舟を出してくれた。

 ほんと助かります。

 

「そうですよね!」

 

 どうせなら教壇の前で話そう。

 そう思って教壇に回り込んだ。

 

 見えない。

 どうやら背が少し足りないようだ。

 

 なんだこれ、欠陥品じゃないか!

 

 仕方ないからよいしょよいしょとよじのぼり、その上に腰を下ろした。

 まあ高いところから見下ろした方が威厳が出るかもしれないし、悪く無いアイデアだ。

 天才かもしれないな・・・

 

 よし気合い入れて自己紹介するか!

 

「さっき言った通り名前は亜鬼。特級呪霊だけど友達が欲しくて人間の味方をしています!

 教師は初めての経験だから上手くできるか心配だけど、強さだけは誰にも負けないと思ってます!」

 

 狗巻君とパンダ君がパチパチと拍手してくれた。良い子達だなぁ。

 

 真希ちゃんは家の事情で結構闇が深いので時間を掛けて心を開いてくれたらいいなと思う。なんだか三人から生暖かい目で見られている気がするが、気のせいだと思う。

 

 今日は初日なので授業は無く、親睦を深める為に使う一日だ。

 そこで秘策、用意してます!

 

「みんな!焼肉食べたくない?」

 

 ピクリと反応する三人。

 

「実は五人で予約取ってるんだよね」

 

 しれっと五条先生の分も予約してある。みんなで仲良くなるには一緒にご飯を食べるのが一番だ。

 

「ま、まあタダなら行っても良いけどな」

「しゃけ」

「図々しいなお前ら・・・」

 

 そこは抜かりなし!

 

「もちろん奢りだよ!」

「じゃあ行こうか」

 

 そう言って真っ先に出ていく五条先生に一つ言いたいことがある。

 

「五条先生は自腹で払ってくださいね?」

 

 私の醜態を笑った罪は重いのだ。

 

 

 まだまだ皆呪霊である私を信用しきれていないと思う。

 こうして私の教師生活は前途多難で始まった。

 

 





 亜鬼は推しに会えた嬉しさと教師になれた喜びで頭ゆるゆるになってます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体術


 投稿遅れてすみません!
 今はITパスポートの試験前で勉強が忙しくて・・・



 

 朝、窓から差し込む光で目が覚めた。

 

 昨日は焼肉に行ってすごく楽しかったな〜

 少しは打ち解けられた気がする。

 

 身嗜みを整え、今日の予定をチェックする。

 よし、今日は授業だけだ。

 

 今日から授業、頑張るぞ!

 

 

 

 教室まで歩いていく間、何度か“窓”の人たちとすれ違った。

 

 その度に元気な挨拶をする。

 なんだか皆優しい目でみてくる感じがして心が暖かくなるのだ。

 

 10分程歩いて教室に着いた。どうやら既に全員来ているようだ。三人分の呪力を感じる。

 

「おはようございます!」

 

 そう言いながら扉を開ける。

 真希ちゃんは机に足を乗せてヤンキーのような姿勢をとり、狗巻君はパンダ君の体が気になるようでもふもふしていた。

 

 うん、仲良くなれそうだね!

 

「しゃけ」

「朝から元気だな」

 

 パンダ君と狗巻君は返事をくれる。真希ちゃんはなんか返事欲しいなぁ

 やっぱりこの時期の真希ちゃんはトゲトゲだね。

 

「ちゃんと皆いるね。じゃあ早速授業をします!」

 

 実は授業のカリキュラムは私が考えている。この三人に共通して間違いなく必要な分野。

 

 

 それは・・・体術だ。

 

 

 

 

 

 早速教室から校庭へ移動した。

 

「さて、一人ずつ見ていくので他の二人は準備運動でもしながら見学しておいてください。」

 

 この子たちは入学したばかり。

 まだ体術の基本すら知らないだろう。

 

 お互いに組み手をしたところで子供同士の喧嘩のようになるだけだ。

 

 そこでまずは私が相手をすることにした。勿論身体強化は使わず、自己流の武術も使わない。「理」は使うけどね。

 これは相手を傷つけることなく制圧するのに非常に向いているのだ。

 

「じゃあまずは狗巻君!」

「しゃけ」

 

 返事をして私の前に立つ狗巻君。原作では体術が苦手とされていた彼だが、意外にも今の時点で既に構えは出来ているようだ。

 やっぱり呪術師の家系は小さい時から仕込まれるのかな?

 

「さあ、何処からでもかかってきなさい」

 

 彼は一つ頷くと重心を低くし、こちらへと踏み込んでくる。

 私に近付くと右腕を軽く引いてから繰り出してきた。

 

 

 ちゃんと極めた「理」を使った戦闘を誰かに見せるのは初めてだろう。

 五条先生との戦闘では使っていないし、これを使った相手は皆祓われている。

 

 ここに宣言しよう。

 

 この「理」さえ掴めばそれだけでそこらの武術を凌駕する牙となると。

 

 

 全く踏み込む事を考えず、相手の意識に入り込む様に自然に踏み込んだ。

 別段速い踏み込みではないが、余りにも自然体で成されるこの動作を相手が意識するのは難しい。

 

 これは相手の意識の隙に流れるように入り込む技術。

 明希の記憶を追体験しなければ習得するのは不可能だっただろう。

 

 伸びてくる拳の左横に立ち、その勢いに逆らわない様に右手の甲を押し当てる。

 後は軽く押すだけで相手の動きの流れを掌握できる。

 

 本来ならこの後勢いを利用しながら空いている左手で相手の心臓の位置に平手を打ち、同時に呪力を流し込んで爆発させることで確実に息の根を止める。

 勿論生徒相手にそんな事は出来ないので右脚を使って狗巻君の足を巻き込み、くるりと一回転させて地面に転がした。

 

 呪力操作で地面にこっそりクッションを張っているので安心安全だ。

 

 狗巻君は何が起こったのか全く分かっていない様子で地面に仰向きで倒れ込んで目をパチパチさせている。

 

「ふむふむ。大体分かりました」

 

 狗巻君を起こし、頭を撫でる。頑張った時は褒めないとね!

 

「では次です。パンダ君!」

「おう」

 

 のっそりと立ち上がる大きなパンダ。2メートルはありそう。

 私の1.5倍はあるね。

 これは体術において大きな助けになるだろう。

 

「ではどうぞ」

「行くぞおおお」

 

 少し間延びした声で向かってくるパンダ君。

 なかなかの速度である。

 

 彼はまず地面を思い切り殴りつけ、砂埃を巻き起こした。

 パンダ君は呪骸と呼ばれる特殊な存在だ。凄く簡単に言うと動く人形であるので、砂埃が上がっても目に砂が入ることはない。

 

 良い作戦だ。だが、一定以上の相手だとこれは殆ど意味がない。

 呪力感知があるからだ。

 

 後ろに回り込み、大きく腕を振り上げるパンダ君に敢闘賞!

 後ろを向き、振り下ろされる腕に手を当てる。接触する瞬間に同じ方向、同じ速度で手を動かし、衝撃をいなしながら流れを掌握。

 

 その勢いのまま下へと引っ張る。自分が予想していた以上に腕が下へと向かわされ、前の方へと態勢を崩すパンダ君。

 彼の腕を更に下へ送ると同時にそこを起点にして跳び上がる。

 

 倒れ込んでくるパンダ君。

 

 そして跳ね上がる私。

 

 その勢いのまま顎を膝で蹴りぬいた。

 

 

 パンダ君がすごい勢いで後ろに倒れ込む。

 

 しまった!

 つい癖でやりすぎちゃったかも!

 

「パンダ君!」

 

 すぐに駆け寄り、様子を伺う。

 

「イテテ」

 

 顎を擦りながらむくりと起き上がる彼を見てほっとした。

 危なかった。もし呪力をこめるか身体強化をしていたら殺してしまうところだったかもしれない。

 

「ごめんね。やりすぎちゃった」

「訓練だから仕方ないさ」

 

 やばい。パンダ君がイケメンだ。しっかり謝り、待機組に戻ってもらう。

 

 

 次が本命だ。

 別に今までが前座だった訳じゃないけど、呪術廻戦で体術といえば彼女の分野。

 

「じゃあ真希ちゃん。やろうか」

 

 類稀なる身体能力の持ち主。フィジカルギフテッドの真希ちゃんだ。

 

 

 

 

「じゃあ真希ちゃん。やろうか」

 

 そう言われて今まで自分が呆けていた事に気がついた。

 体術には自信があった。自分は天与呪縛によって呪力が無く、代わりに高い身体能力を与えられたフィジカルギフテッド。

 

 呪術界でそれは汚点となる。

 

 だから体術を磨いた。それが自分の武器を活かす最大の方法だから。

 呪具の眼鏡が無ければ呪霊を見ることすら出来ない自分は間違いなく呪術師に向いていない。

 

 そんなことは分かってる。

 

 

 そんなの知ったことか。

 

 

 自分を馬鹿にした連中を見返す。

 やると決めたら後はやり通すだけ。

 

 そう思ってずっと暇を見つけては鍛錬してきた。

 

 だが彼女には及ばない。

 このヘンテコな教師の足元にすら届いていない。

 

 傍から見ていても何が起こったのか分からなかった。

 その動きの美麗さに目を奪われた。

 

 まるで踊り子が舞うかのように美しい動作。

 完成された武の極地を目に焼き付けた。

 

 

 立ち上がる。

 

 この人なら・・・

 

 

 初めてだった。

 純粋な思いで、本気で心の底から師事したいと思った。

 

 まずは私の全部をぶつけよう。

 

「お願いします」

 

 深く礼をし、構える。

 今までとの態度の違いに彼女がひどく驚いたような顔をしているが、それを気にしている余裕はない。

 

 深く入り込む。

 意識の奥深くまで落ちていく。

 息を吸い、自然体で構えた。

 

 こちらから仕掛けてもダメだ。

 相手の武術はどちらかというと受けが強いように思える。

 

「なるほど。正しい判断ですね」

 

 そう言いながら一歩前に踏み出す彼女の姿がぶれた。

 

 来る!

 

 ほとんど反射的に右腕を体の横に立てた。

 それと同時に感じる途轍もない衝撃。

 

 受けて初めて蹴られていたことに気がついた。

 吹き飛ばされないように体勢を低くして堪え、隙を見せないようにする。

 

 先程は警戒していたのに全く認識できなかった。あれは速度によるものでは無く、独特で特殊な歩法によるものだろう。

 

 腕に軽い痺れを感じながら体勢を整え、次こそは反撃に移れるように構えた。

 

 一手目の焼き直しのように彼女の体がぶれた。少しだけ目が慣れたのか、なんとなく攻撃の軌道を捉えられる。

 

 今度は左側から抉るようなアッパーが放たれていた。

 とんでもない速度で迫るそれをなんとか身を地に着くほど低くして躱し、腕を支点にして回し蹴りを差し込む。

 

 

 入ったと思った。

 

 完璧なカウンターだ。避けようがない。

 

 

 簡単に足を取られた時、アッパーが撒き餌だったことに気がついた。

 こちらのカウンターを誘発したのか、敢えて反応できる速度まで動きを落とし、自分のテリトリーに引き摺り込む。

 

 思考の流れを読まれたかのような完璧な試合運びだ。

 回し蹴りの勢いを殺され、何をされたかも分からず体が宙を舞う。

 

 全く敵わない。

 

 手も足も出ない。

 

 師事したところでこんな領域まで到達できるのだろうか・・・

 

 

 

「驚きました」

 

 

 地面に倒れ伏す私のすぐ横にしゃがみ込み、こちらの顔を見下ろす白い鬼。

 そのとき彼女の顔を初めてちゃんと見たかもしれない。

 

 馬鹿にしに来たのか・・・そう思った時。

 

 

「これまで出会った中で一番の才能です」

 

 

 何を・・・

 

 

「三ヶ月です」

 

「は?」

 

 

 

 

「三ヶ月で今の私を超えさせてあげましょう」

 

 

 

 

 もはやどう反応すれば良いのかさえ分からなかった。

 





 皆素人な訳ないよね〜
 今の私というのは身体強化も呪力感知も関係なく、「理」を扱う技術のことです。

 ちょっと解説!

「理」を利用した動きって?

 究極の自然体。動きの初動と過程が認識出来ないので、いきなり攻撃されたように錯角する。普通に頭おかしい技術。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

方針


 この世界の教師の皆さんに尊敬を込めて。



 

 体術の授業の後は基礎科目。

 

 呪術師と言っても基礎知識は絶対に必要なので、普通の高校生が勉強する範囲くらいは教えようと思ったのだ。

 それでも語学、数学、簡単な社会常識、あとは緊急時の手当の方法程度だ。

 本当は化学や歴史なども教えたいのだが、そこまでの時間はない。

 

 皆勉強が苦手らしく、体術の時よりもヘトヘトになっていた。

 それを終えると今日の授業は終了。自分の部屋へと戻った。

 

 

 さて、今からが忙しい。いそいそと一冊のノートを取り出した。

 表面に“先生ノート”と書かれたそれは私が五条先生にお願いして買ってきてもらった白紙のノート。これからどんどん埋まっていく予定だ。

 

 今日の授業を思い返す。

 正直皆想像以上に基礎ができていて驚いた。

 

 体術に関してはやはり真希ちゃんが抜きん出ていた。

 

 真希ちゃんは数年前に戦った伏黒甚爾と同じく、天与呪縛のフィジカルギフテッドだ。

 呪術界では落ちこぼれとされるフィジカルギフテッドだが、実際はかなり強力な武器となる。

 

 だが彼女の場合は少し事情が違う。

 禪院真依という妹と共に双子として生まれた彼女は呪術的に見ると半人前。

 どちらかが死ななければ完全なフィジカルギフテッドにはなり得ない。

 

 要するに中途半端。

 本来与えられるはずの身体能力は大幅に下がり、代わりに与えられたのは全く使えないくらいの微量な呪力。

 

 身体能力はそれなりにあるが、呪力は使えず、術式も持たない。

 

 これで強くなれると誰が思う?

 

 誰が彼女に期待する?

 

 

 

 

 

私だ。

 

 

 

 

 

 いくら強くなれない理由を並べられようと関係ない。

 

 私は確信した。

 

 

 あの子は強くなる。

 

 

 私が強くする。

 

 

 彼女が強さを望んでいる。

 なら邪魔になるものは全部私が粉々にしてやる。

 

 私と明希の前では障害など関係ないのだよ。

 

 真希ちゃんが目指す一級術師など生温い。

 

 

 特級だ。

 

 

 真希ちゃんには正しく特級の才能がある。

 

 

 彼女の本当の強みは身体能力より戦いのセンスだと感じた。

 あの3人の中で「理」を習得できるのは真希ちゃんだけだろう。

 

 「理」を修めるにはあるライン以上の才能が必要だ。

 天賦と呼べる才能が無ければ何があっても習得は不可能。

 

 それと同時に真希ちゃんの奥底から感じるほんの微量の微かな呪力。

 やはり原作の知識通り、残り滓ほどの呪力を持っているのだろう。

 

 これは逆に嬉しい誤算である。これなら“羅刹流”を教えることができる。

 

 先に言っておくと、羅刹流を無闇矢鱈と広めるつもりはない。

 これは呪力量が4級程度にすら満たない者でも特級呪霊と戦えるようになる程の技術。

 言うなればこれ以上ない暴力の塊なのだ。

 

 基本として血管に呪力を流し、身体強化を施す技術を必要とする。

 これには緻密な呪力操作が必要となるが、総呪力量が少ないほど呪力操作はしやすくなるのでこれは問題ないだろう。

 

 そして全身の筋肉、関節、内臓の鼓動まで全て把握することが必要だ。自分の体のことをなにより完璧に知ることが「理」に繋がる。

 

 そこまでしてやっと「理」を習得する地盤が出来る。

 

 その後はそれらを利用した動きや技を学び、最後の奥義を習得した時をもって“羅刹流”の修了。

 

 明日から早速教えていこうと思う。

 

 

 また、狗巻君が持つ術式の観察を明希にお願いしておいた。

 明希の識覚は相手の何もかもを裸にする。

 

 五条先生の六眼の完全上位互換といっても過言ではない。とはいえ識覚を完璧に扱えるのは今でも明希だけなので、私にそこまですることは不可能だが。

 

 狗巻君が持つ術式は「呪言」

 

 言葉に呪いが宿るという特殊な術式。先に言っておくと、びっくりするほどのチートだ。

 

 格上の相手には呪力消費が激しく、効きづらいという弱点こそあるが術式としての強さだけ見るとそれこそ“無下限呪術”に匹敵する。

 

 例えば彼が敵に「爆ぜろ」と言ったとする。

 すると敵の体は内部から爆発するのだ。

 

 いや何それ?

 ぶっ壊れじゃん!と思うがものすごく使い勝手が悪い術式なのだ。

 

 まず第一に、強い言葉を使うと喉がひどく消費されるという点だ。これにより喉が枯れ、声が出なくなると術式が使えなくなる。

 

 第二に呪力消費だ。

 一つ一つの言葉に結構な呪力を消費するため、そう何発も発動できない。

 

 第三に格上と戦うときの厳しさがある。

 格上には喉の消費も呪力消費も半端なく激しくなり、呪言も効きづらい。また、頭を呪力で覆うと対策できるというのも弱い点だ。

 

 そして最後。

 

 普通に話せなくなる。

 友達との軽いじゃれあいでこんなセリフを言ったとする。

 

「お前だるいってまじで。死ね!」

 

 昨今では珍しくないような罵倒だが、彼がこれをすると本当に死ぬ。だから狗巻君は語彙をおにぎりの具で縛っているのだ。

 

 

 最後の問題以外は一挙に解決する方法がある。

 

 それこそ反転術式の習得。

 

 枯れる喉は反転術式で治せるようになり、呪言が効かない相手にも使える手札が一枚できる。また、その過程で効率的な呪力操作を学ばせて呪力消費を抑えようと思う。

 

 実は狗巻君が普通に話せる方法も思いついている。

 だがこれはまだ判断しかねる。

 

 私が手を握っておくこと。「呪言」が発動しようとした側から術式の強制解除を行えばいいのだ。

 または黒縄で作ったチョーカーでも付けておけば良い。

 

 でもそれはその場限りの対策でしかない。

 話している途中で黒縄が全て焼き切れたらどうする。

 話しているだけで呪力切れで倒れるかもしれない。

 

 折角慣れてきたであろう語彙を縛るという行為を一度でも辞めてしまえば気が抜けてまた人を傷つけてしまうかもしれない。

 

 彼が一言も話せなくなるかもしれない。

 

 狗巻君は優しくて良い子なのだ。友達を傷つけるくらいなら話さないことを選ぶだろう。

 

 教師は生徒に責任を持つべきだ。他の誰より彼らのことを考え、悩み、導く。

 軽はずみな真似はできない。

 

 それでも術式反転の習得は全然悪い考えではない。

 

 これも明日から育てていこう。

 

 

 一番悩むのがパンダ君だ。

 

 私は原作の二年生組が戦ったとき、勝利するのはパンダ君だろうと思っている。

 どんな相手と戦っても一定以上の勝負はできるだろうという対応力や頭の柔らかさが彼の武器。

 

 彼は夜蛾学長が創り出した突然変異呪骸である。自立して動く感情を持ったパンダの呪骸。

 

 今までこのような呪骸は作られたことがなく、この世界にたった一種類の特別な存在だ。

 その正体は体に埋め込まれた三つの核にある。

 パンダ自身の核、ゴリラの力を持つお兄ちゃんの核、そして照れ屋なお姉ちゃんの核がそれぞれ監視しあい、絶妙なバランスの上で成り立っているのだ。

 

 その精神性は人間よりパンダに近いが、人間としての倫理性も持ち合わせている。

 私は彼もまた天才だと思っている。

 

 彼は呪骸故に生まれながら持つ術式を持たない。

 また、尖った武器も持っていない。

 

 いうなればオールマイティ。

 

 ならそれを伸ばせば良いと思った。

 高い身体能力にキレる頭脳があればそれだけで十分に強力だ。

 

 それに核が三つあるというのが素晴らしい。それはつまり他より三倍ほど呪力の許容量が多いということだ。

 

 それに加えて一つ、パンダ君だけが使えそうな必殺技も思いついている。

 

 

 よし、全員の方針が決まった。

 ノートに書いて記録しておき、それに合ったカリキュラムをそれぞれ組み立てていく。

 

 まずは全員呪力を増やすところから始めよう。

 

 いきなり何言ってるのって?

 ふふふ、私を誰だと思っているのかね?

 

 天才鬼才神才の亜鬼ちゃんはもちろん教師に役立つ術式も手に入れている。

 

 敵対者から色々なものを奪う術式を持つ一級呪霊を吸収したときのことだ。

 その術式の名は「簒奪法」誰かと接触した際、呪力や体力を奪うという能力。

 

 だがこれだけなら正直吸収術式の下位互換と言わざるを得ない。

 

 しかしここで思いついたのだ。

 私が放出術式で扱う術式って・・・

 

 

 

 

“反転”できないのだろうか?

 

 

 

 そう考えて苦節一年。

 遂に習得した技術。

 

 名付けて放出反転。放出術式によって扱う術式を反転する絶技。

 これで「簒奪法」を反転させた。

 

 結果手に入れたのが「贈与法」

 相手に接触する際、呪力や体力を分けることができる。それだけでなく、私に付けられた傷や溜まった疲れを相手に与えることも出来る。

 

 だが一番の使い道は教育だと考えた。

 

 これで三人に呪力を与える。それで本当に呪力量が増えるのか不安に思う人も多いだろう。

 

 結論から言おう、増える。

 

 そこらへんの呪霊で実験は既に済ませてある。個人差はあれど、毎日呪力を流し込み続けると呪力量は増える。

 

 だがここで注意しなければいけないのは呪力の与えすぎだ。下手をすると呪いに意識を奪われるし、体が耐えきれなくなることもある。

 

 だがそれは呪力操作の技量によって解決する問題。私なら問題ない。

 

 一ヶ月ほどで目に見えて効果が表れ始めるだろう。

 そこからは一週間合宿の予定だ。

 

 名付けて、“黒閃打つまで帰れません”だ。

 

 真希ちゃん含め全員に黒閃を体験してもらう。

 そこでやっとスタートラインだ。

 

 

 真希ちゃんは身体強化の訓練の後、羅刹流を学ぶ。

 

 狗巻君は術式反転の習得。

 

 パンダ君は私に体術を教わりつつ切り札の開発を目指す。

 

 

 勿論並行して呪力は増やし続ける予定だ。

 

 それに加えて真希ちゃんには呪具の扱いも覚えてもらうし、狗巻君は体術というより身のこなしを鍛える。

 彼は別に打撃でダメージを与えられるようになる必要はない。

 近づかれても対応できる程度で充分だ。

 

 さて、今日は寝よう。

 

 明日から楽しくなりそうだ。

 

 





 乙骨が来た時に里香ちゃんが祓われないかが心配になってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意


 魔改造が始まる。


 

 次の日の朝、教室に集まる三人を前にして立つ。

 

 明希がどうしても言いたいことがあるというので支配権を変わった状態だ。頬に出て話すのではいけないらしい。

 

 私を含めて全員が明希の言葉を待っていた。

 

 

 

 

 真希、狗巻、パンダの三人は緊張感に包まれていた。

 いつも朝から騒がしい教師の様子が今日はおかしい。

 

 ただ立っているだけでも空気が張り詰めている。

 今までからは考えられないプレッシャー。

 

 真希は口が乾いていくのを感じていた。

 

「明希だ」

 

 そう言われて思い出す。初日の挨拶の時に話していたもう一つの人格か。

 

「問おう」

 

 彼女が話し始める。

 

 

「お前たちは何級を目指しているのだ?」

 

 

 そう言って狗巻に視線が向けられる。

 彼は一本指を立てた。

 

「一級か」

 

 そう聞かれて頷いた。

 

 

 次に視界に入れられたのはパンダ。

 

「俺も一級だな」

 

 彼もそう答えた。

 

 

 そうして最後に真希に紅い瞳が向けられる。

 

「私も一級だ」

 

 答えた。

 

 

 明希は心底落胆したと言わんばかりに肩を落とした。

 

「本当に情けない奴らだな」

 

 そう言われてムッとした三人だが、動くことはなかった。いや、正確にはできなかったのだ。

 

「我が母に教えを乞うて目指す場所がたかだか一級か?」

 

 一言で表すならそれは怒りだった。

 怒りが圧になって三人を押し潰していたのだ。

 

 

「本当にその程度の覚悟なら今の内に辞めておけ」

 

 

「だからお前たちは弱い」

 

 

「だからお前たちは負ける」

 

 

「一体何を学びに来たのだ?」

 

 

 

「お前たちに母の教えを受ける資格は無い」

 

 

 

 人によっては理不尽だと思うだろう。

 だが明希はそう思わない。

 

 母が今まで死にそうになりながらずっと磨いてきた技術の結晶。何度も試行錯誤し、研磨された刃へと最速で届く方法。

 

 それを当然のような顔をして授かることが許せない。

 

 教師は教えるのが仕事だ。

 それは勿論その通り。

 

 それでも。

 

 母の教えを受ける者がこの程度の向上心しか持っていないのなら教える価値なし。

 

 何を言うのか教えれば母は私を止めただろう。だから教えなかった。

 明希は母に導かれる者は間違いなく特級になれると確信している。

 

 その実力を目の当たりにしておいて、三ヶ月で超えさせると約束されているのにも関わらず目指す場所が一級術師だと?

 

 

 母を舐めているとしか思えなかった。

 思えば三人の態度はどこか母を軽んじた物ばかり。

 

 明希はどうしようもない程のマザコンだった。

 それも抑えが効かないマザコンだ。

 

 力を持つマザコンは厄介だ。

 

 

 端的に言って今の明希はすごく面倒臭かった。

 

 

 だが言っていることは真理。

 

 どうせ目指すなら特級術師。

 初めから頂点を目指さないなどあり得ない。

 

 呪術界はそんな甘い考えで生きていける世界ではない。

 

 ほどほどで良いという考えを改めないつもりなら明希は本当にこのまま帰るつもりだった。別に彼女は母と過ごせればそれで良い。

 

 

 すごく簡単にここまでをまとめよう。

 

 明希は亜鬼を軽んじるような人間が亜鬼に想われるのが嫌だったのだ。

 それをするくらいなら自分との時間を増やしてくれれば良いのに。

 

 明希はどうしようもない程のマザコンだった・・・

 

 

 

 

 三人の胸の内に何かが灯った。

 

 

 それは散々言われた悔しさだったか?

 

 それは自分への不甲斐なさか?

 

 それとも理不尽なことを言う明希への怒りか?

 

 

 いや違う。

 

 それは一つの期待。

 

 自分が強くなれる。

 

 自分が変われる。

 

 そうして守りたい物を守る

 

 そうして見返す。

 

 思いは各々違えど、胸に芽生えた思いは皆同じ。

 気がつけば三人の顔つきは変わっていた。

 

「それでいい」

 

 明希は少し微笑んだ。

 

「でないとこれからの修行には耐えられないからな」

 

 そんな言葉を残して亜鬼へと支配権を渡す明希。

 三人は不安に思いつつも、どこか晴れやかな気持ちだった。

 

 

 

 

 

 いやほんとに驚いた。

 まさか明希があんなことを言うなんて。

 

 でも皆すごく良い顔だよ。

 

「改めておはよう!」

「おう」

「しゃけ」

「うす」

 

 よし、返事が返ってくるようになったね。

 一歩前進だ。

 

「では授業を始めます」

 

 そう言いながらチョークを持つ。

 

「これからの予定を説明するね」

 

 黒板に高速で昨日考えて纏めたカリキュラムを書いていく。

 それを注視する三人。

 全て書き終わった時、真希ちゃんから質問が飛んでくる。

 

「その呪力を増やすってのはどうやんだよ」

「先生の術式を使います」

 

 やっぱりそこは疑問に思うところらしい。

 

「でも呪力が増えるなんて聞いたことねーぞ」

 

 まあ基本的に呪力は生まれ持った量から増えないからね・・・

 

「これから説明しますね」

 

 そう言いながら手の上で「簒奪法」を発動させる。

 

「じゃあパンダ君来てもらって良いですか?」

「わかった」

 

 近づいてきて目の前で立ち止まったパンダ君のお腹を「簒奪法」を纏った手でもふる。

 なんて良い手触りなんだ。

 

「なんか呪力が抜けていくような・・・」

「そうですね、ではこれを反転させます」

 

 そう言いながら今度は「贈与法」を纏ってもふもふ。

 堪らん手触りなのじゃ〜

 

「おお、なんか気持ち悪い」

 

 それって「贈与法」の感触のことだよね?

 私のことじゃないよね?

 

「どうです?呪力が流れ込んでくるのを感じませんか?」

「ああ、何かへんな感じだ」

「それが呪力が流れる感覚です」

 

 そう言って手を離し、席に戻ってもらう。

 

「この術式を贈与法と言います」

「それでほんとに呪力が増えんのか?」

「ええ、断言します」

 

 そう言うと真希ちゃんはどこか期待した様子だった。やはり強くなれる見込みが立つと嬉しいのだろう。

 

「では今から一人一時間かけてゆっくりと呪力を流していきます」

 

 急激に呪力を流すと体が耐えきれない。

 ゆっくりと少しずつ流していく位がちょうど良い。

 

「まずは真希ちゃんからです」

 

 そう言って彼女を手招きしつつ、パンダ君と狗巻君にはそれぞれファイルを渡した。

 

「なんだこれ」

「すじこ?」

「これには私が考えるあなた達に一番適した成長方法が書かれています」

 

 このファイルは私が考える彼らが強くなる為のタスクと鍛錬方法、そう考えた根拠などが余すことなく全て書いてある。

 

 パラパラと中を見て目を見開く二人。

 

「これやばいぞ」

「しゃ、しゃけ」

「大切にして下さいね?」

 

 その中には今まで知られていなかった鍛錬法も幾つか載っているし、術式反転を行うコツや黒閃を行う際に意識することなど私が必死で見つけてきたものが惜しむことなく書かれている。

 

「それ私の分もあんのかよ」

 

 強気に、それでいて不安を隠して真希ちゃんが聞いてくる。

 

「勿論ありますよ。この後渡します」

 

 まずは呪力を増やすことからだ。

 他の二人には待ち時間の間にそのファイルを読んで色々と模索してもらう。

 

 真希ちゃんを椅子に座らせ、私がその後ろに置いた椅子に立つ。

 そして彼女の頭をそっと撫でるように呪力を流し込んでいく。

 

「自分の内に集中するのです」

 

 全員呪力の流し方は変えるつもりである。

 

 真希ちゃんは血液に沿って流す。

 狗巻君は喉のあたりを重点的に流す。

 パンダ君は三つの核に均等に流していく予定だ。

 

 こうすることで呪力が流れる感覚を覚えてもらい、呪力操作の技術を向上させるという寸法だ。

 

「流れてくる呪力を廻して、廻して、自分の糧とする」

「廻して・・・」

 

 呟きながら必死に呪力を操作しようとする彼女だが、呪力を廻すのはこれが初めての経験のはず。簡単にできるはずもない。

 

「落ち着いて、自然体で、力を抜くのです」

「はい」

 

 彼女の拙い呪力操作を補助するように私も呪力を操作する。

 これで感覚を覚えるのが一番早い。

 

 力が抜けるように撫で撫で。

 

 

「あたたかい・・・」

 

 

 彼女の心の支えになることができれば良いと思う。

 

 真希ちゃんはもう充分に傷ついた。

 

 

 これからはどうか幸せに・・・

 

 





 書くの楽しくて連続で執筆しちゃったぜ。

 今は真希ちゃんメインのパートですが、勿論狗巻君にパンダ君がメインのパートも書きますよ〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

矜持


 かっこいい三人が好きだ。




 

 本格的な授業を始めて二週間が経った。結構三人共呪力量が増えてきたように思う。

 まだ2週間なので劇的に変わった訳では無いが、パンダ君の伸びがすごい。

 

 彼は他とは違い、核を三つも所有している。

 その分、一回で流し込める呪力量が桁違いだ。

 恐らく既に一級程度の呪力量は有しているだろう。

 

 また、狗巻君は準一級に届くくらいの呪力量。

 この調子で行けば三ヶ月経つ頃には特級に届いているかもしれない。

 

 真希ちゃんは呪力の伸びが悪い。実は予想していたことなので問題は無いが。

 結論から言うと総合的な呪力量は伸びている。

 だが、その九割以上が天与呪縛の方に持っていかれるのだ。

 

 それがどういうことか分かるだろうか?

 

 呪力を注げば注ぐほど身体能力が向上していくということだ。これは予想していなかった事態。

 

 最高に嬉しい誤算だ。

 

 真希ちゃんは私が想像しているよりも遥かに強くなるだろう。

 加えて少しづつ呪力は伸びてきているし、羅刹流の習得は問題なく出来そうだ。

 具体的に言うと十分な呪力を持ち、伏黒甚爾以上の身体能力を持ち、それを扱う術を学んだ呪術師となる訳だ。

 

 楽しみだなぁ~

 

 そんな調子で今日も皆に呪力を流しつつ呪力操作の練習をしてもらう。

 練習方法は至極簡単だ。

 

「血液を通して呪力を廻すイメージですよ」

「しゃけ」

「くそ、難しすぎんだろ」

 

 今はパンダ君に呪力を注いでいる最中なので、狗巻君と真希ちゃんが呪力操作の練習をしていることになる。

 私が編み出した効率の良い身体強化術が訓練の内容だ。

 

 これは死ぬほど難しいので良い練習になるし、実際に戦闘において必ず役に立つ技術となる。

 パンダ君の場合は血液がないので核と核の間を廻る呪力を増やす練習をさせている。

 これは絶対パンダ君の切り札となってくれるだろう。

 

「さて、交代しましょうか」

「わかった」

 

 次は狗巻君を手招きし、パンダ君を呪力操作の練習に回す。

 少しずつ一度に呪力を注げる量も増えてきた。

 予定通りあと二週間が経った時、合宿に行くとしよう。

 

 始まるぞ、地獄の合宿第一弾!

 

“黒閃打つまで帰れません!”

 

 

 

 

「はーいおはようございます!」

「おはよう」

「しゃけ」

「おう」

 

 皆返事も返してくれるようになり、良い調子だ。

 

「さて、では予定していた通り今から呪霊討伐の旅に出ます!」

 

 今回、みんなには黒閃を打てるようになるまでひたすら格上と戦ってもらうことにした。

 具体的に言うと二級から一級の呪霊達だ。

 

 三人共呪力量が一定量増え、呪力操作が上手くなってきた。だがそれだけだ。

 

 まだ術式を使った戦い方や体術は何一つ教えていない。

 身体強化と今まで培ってきた技術だけでは三人がかりでも一級呪霊を倒すことは不可能だろう。

 

 今は危なくなったら私がいる。

 存分に戦ってもらうとしよう。

 

 いきなりのスパルタで生徒達には申し訳ないが、呪力の核心を掴んでもらわなければ一定のラインで成長が止まる。

 これは既に私が経験した事実である。

 

 だから私が付き添える今の内に死の危機に瀕し、黒閃の習得をしてもらおうと思ったのだ。

 早速、窓の人たちが出してくれる車に乗り込み、呪霊を祓う旅に出た。

 いつも窓が使う車ではなく、寝泊まりができるキャンピングカーである。

 

 合宿とはつまりそういうこと。

 

 地獄が始まる。

 

 

 

 

「チッ!」

 

 舌打ち一つ。

 真希は目の前の巨大なカメレオン型の呪霊が放つ舌の振り下ろしを素早く避けた。

 そうして少しの隙ができる。

 

 そこを突くのが狗巻。

 

──動くな

 

 狗巻が呪言で敵の動きを止める。

 そして走り出すパンダ。

 

 身体強化を施しながら跳躍し、両腕を絡ませる。着地と共に衝撃。

 パンダが放つスレッジハンマーが脳天に直撃し、大きく体勢を崩す呪霊。

 

 そこで真希が肉薄。

 右腕を薙刀で切り落とし、そのまま呪力を込めた脚で腹を大きく蹴り上げた。

 

 宙に浮く呪霊を今度は狗巻が追撃。

 課題とされている黒閃を出す為、意識を集中させつつ拳を振るうが期待した結果は出ない。

 

 最後にパンダが首に抱きつき、締め上げる。

 段々と動きが鈍っていく呪霊目掛けて真希が薙刀を投擲した。

 

 目玉から脳を食い破ったその一撃で勝負は決着。

 

 あっけなく崩れ去る呪霊を前に亜鬼は困惑していた。

 

 ・・・なんか既に強くない?

 

 確かに今のカメレオンの呪霊は準一級に程近い二級程度の呪霊である。

 にしても簡単に行き過ぎてはいないだろうか?

 

 そこで気づいたが、よくよく考えてみれば当然であった。

 原作の描写でも狗巻君は一年の時点で既に二級術師。

 

 彼一人でも祓える呪霊を相手に三人がかり。

 そりゃ危なげなく祓えるだろう。

 

 やはり一級呪霊が必要だ。だが一級呪霊というのはそう簡単に現れるものではない。

 特別な呪いである特級を除けば最高位というのは伊達ではないのだ。

 

 そうなってくると次の案。

 こちらを弱くしよう。

 

「みんなナイスファイト!」

 

 私の方へと歩いてくる三人をまずは労う。

 もう五日間毎日戦っているので少し疲れが見えてきたか。

 

 そんな三人に対して私が言うことは1つ。

 

「じゃあ次からは武器なし、術式無しで戦おうか」

 

 皆から絶望を感じた。だが真希ちゃんは呪具、狗巻君に至っては術式で戦うのだから黒閃を出せる訳もない。無理矢理にでも素手で行く。

 

 申し訳ないが頑張ってもらおう。

 

 

 そうして十日目。

 遂に一級呪霊に出会った。

 

 そこは山奥。

 神隠しの呪霊。

 ぎりぎり一級呪霊という括りではあるが、特級に近い強さだろう。

 

 今のこの子達では厳しい戦いになるだろう。

 私が助けに入らなければ間違いなく全滅必至。

 最終確認が必要だ。

 

「本当に良いんだね?」

 

 私の理想は傷つくことなく黒閃を習得して貰うことだったが、それは無理だろうということも薄々勘づいていた。

 

「ああ」

「しゃけ」

「おう」

 

 この口数の少なさである。

 最大限まで集中しているのだ。

 

「分かった。じゃあいくよ」

 

──闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え

 

 帳が降ろされた。

 そうして死闘が始まる。

 

 

 

 真希は自分でも不思議な程落ち着いていた。

 

 相手は今まで祓ってきた呪霊達とは比べ物にならない。

 目に見えるほど濃く漂う呪力。

 相手は人型だが足が無く、代わりに煙が浮いている。体も腕も棒切れのように細く、顔は老いた猿のようだった。

 

 見た目からは全く強そうに見えないこの呪霊が恐ろしい。

 体が死を感じている。

 本能が死を囁いている。

 

 それでも・・・

 

 

 

 狗巻は嘗てない緊張の中にいた。

 

 体は震え、一歩踏み出すのも億劫だ。

 呪霊から発される呪いに身を強く打たれているのかと錯覚する程だった。

 

 勝てないだろう。

 きっと完膚なきまでに叩き潰されるだろう。

 

 それでも・・・

 

 

 

 パンダは既に臨戦態勢。

 

 敵呪霊の強さは察している。

 勝ち目がない事も分かっている。

 

 パンダにだって勿論恐怖はある。

 パンダにだって矜持がある。

 

 嵐のような呪力へ向かいながらその無謀に思わず苦笑する。

 

 だが・・・だがそれでも・・・

 

 

 一歩前へ。

 

 

 あの人に無様は見せられない。

 見せたくない。

 

 

 

勝つ。

 

 

 

 ただそれだけを考えた。

 

 

 

 真希が踏み込む。

 高い身体能力に任せた単調な突撃。

 

 呪霊はニヤリと邪悪に嗤い、それに正面から激突。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

 押し勝ったのは呪霊の方。

 吹き飛ばされる真希はしかし仲間を信じている。

 

 真希に隠れて接近したのは狗巻。呪力を籠めた拳で呪霊の頬を右側から殴り飛ばす。

 そして待ち構えるパンダ。

 

「ふんっ!」

 

 身体強化が成された体から放たれる振り下ろし。

 避けることが不可能なタイミング。

 

 呪霊は嘲笑った。

 心底おかしいと愉悦した。

 

「転」

 

 一言呟かれたと思うと、パンダの背後に現れる呪霊。咄嗟に反応するパンダだが既に遅い。苦し紛れに放たれた右フックを軽々と避け、カウンターの貫手がパンダの体に突き刺さる。

 

「があぁ!」

 

 核が一つ砕かれるのを感じながら刺し込まれた腕を掴んだ。この腕は離さない!

 身動きが取れなくなるように全力で抑え込んだ。

 

 その隙に復帰した真希と態勢を立て直した狗巻が肉薄する。

 そしてまた呪霊は嘲笑う。

 

「転」

 

 呪霊が消える。

 今度は狗巻の後ろに現れ、また貫手を放つ。

 それに対応したのは真希。

 瞬時に狗巻と呪霊の間に割り込み、貫手を掴み取った。

 

 そこから始まる体術の応酬。

 

 見た目にそぐわぬ身体能力を持つ呪霊と天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 

 真希が握った呪霊の右手を強く引き、態勢を崩そうとするが呪霊はそれに逆らわず敢えて真希の懐へと飛び込む。超近距離での打撃の押し付け合い。

 真希が打ち、呪霊はそれを物ともせずカウンターを放つ。

 

 避けるにもこの近さ。

 少しずつ切り傷が増えていく真希を見兼ねて狗巻が飛び出す。

 

 呪力を体中に廻し、充分な呪力を籠めて放たれる右拳はしかし、黒く輝かない。

 狗巻は元々体術が得意ではない。身体能力だって他の二人よりも圧倒的に下。

 

 呪霊は黒閃でもない一撃には見向きもせず、変わらず真希を攻め立てた。

 

 パンダは核を一つ失い、真希は防戦一方で押されつつある。狗巻に有効な攻撃手段はない。全く勝ちの芽が見えない。

 

 残された手段は黒閃だけ。

 

 出そうと思って出せるものではないのだ。

 後は少しずつ擦り潰されていくだけだろう。

 

 だが誰も諦めない。

 上を見続けたまま、勝利への道筋を只管に探す。

 

 まだ勝負は終わっていない。

 

 

 

 

 

 真希は、狗巻は、パンダは、思い出していた。

 三人が共通して思い浮かべるのは一つの光景。

 

 この合宿の始め、お手本として亜鬼が放った黒閃。

 狙って出せる者はいない筈のそれも彼女にとっては確定事項。

 

 美しかった。

 

 あの姿にただ見惚れた。

 

 その強さに今憧れる。

 

 核が砕かれて動けない今も、敵の猛攻に押し潰されそうな今も、全く敵の突破口が見えない今だって。

 

 死への恐怖など必要ない!

 

──ただ集中しろ!

 

──集中しろ!

 

──集中

 

──

 

 

 

 

 最早真希には音が聴こえていなかった。

 世界が白黒に視える。

 

 相手の攻撃がスローモーションに見える。

 極限を更に超える研ぎ澄まされた集中の世界。

 

 示し合わせた訳でもなく、三人は同時に拳を握りしめた。

 

 

 

 "共振"と呼ばれる現象がある。

 

 虎杖が宿儺の指を取り込んだ結果、宿儺の指を取り込んでいた他の呪霊が暴れ出したように。

 

 同じ呪力は惹かれ合い、共鳴する。

 今、三人には同じ呪力が宿っている。

 それは亜鬼の呪力。

 三人が共通して持つ託された鉾。

 

 真希が着火剤になったのかは分からない。

 それでも3人の動きは、想いは、シンクロした。

 

 真希が踏み込む。パンダは死力を振り絞り、狗巻は吠えた。

 

 

──動くな!

 

 呪言が呪霊の体を縛る。

 だが相手は一級。

 その強制力を引き千切り、そして嗤った。

 

「転」

 

 現れたのは真希の背後。

 これでまた場は振り出し。その筈だった。

 

「お前の考えは読めてんだよ」

 

 真希も、狗巻も、パンダも。

 

 既に呪霊が現れた場所へ向けて踏み込んでいた。

 そして・・・

 

「一回使うとインターバルが要るんだろ?」

 

 もう呪霊に逃げ道は無い。ヤケクソになって膨大な呪力の塊を周りにまき散らす。

 

 真希の肌は焼けてボロボロに崩れ、狗巻の左腕は抉り取られた。

 パンダはもう一つの核を貫かれ、全員が満身創痍。

 

 それでも三人は歩みを止めなかった。

 

 倒れなかった。

 

 前へ一歩、踏み出した。

 

 握りしめられた拳が全く同時に振るわれる。

 

 

 

 

迸る黒い稲妻。

 

 

 

 

 

──黒閃

 

 

 

 





 遅れてすみません。
 後々の展開をもっと練っていました。

 小説の書き方を指摘されたので、ちょっと意識して書いてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次案


 さて、やっと土台が出来上がって来ましたね。
 あと2話ほど修行をして、シンジくんを迎えに行こうと思います。



 

 黒い光が止み、辺りに静寂が訪れる。

 

 三人が放つ全力の黒閃を受けた呪霊は辛うじて生き延びていた。

 真希は全身に傷を負って体力を消耗していたし、狗巻は腕が抉られたことによる重心の不安定があった。パンダも最後に核が貫かれなければ結果は違ったかもしれない。

 

 呪霊は嘲笑った。

 自分の勝利だと、やはりこいつらは雑魚だったと。

 

 倒れ伏して呻く三人に近づき、どう甚振ってやろうかと思考する。

 まずは一人殺して絶望した顔を見てやろう。

 そう考えて腕を振り上げたその時。

 

 気がつけば目の前に白い呪霊が座り込んでいた。

 こちらに背を向け、倒れている三人に何か話しかけている。

 

 だがそんなことは関係ない。

 こいつごと叩き潰してやると腕に更に力を籠めた。

 

 白い鬼がこちらを振り向く。

 その表情は憎悪、憤怒。

 

 身に走る激痛と共に呪霊の意識は潰えた。

 

 何が起こったのかも分からず、彼はその一生を終えた。

 

 

 

 

 戦いは決着した。

 

 三人は黒閃を放ったが、祓うまであと一歩足りなかったようだ。

 その場で呻く三人を抱き寄せ、そして頭を撫でた。

 

「よく頑張った」

 

「えらいえらい」

 

「かっこよかったよ」

 

 簒奪法を発動させた。

 愛しい三人の傷が、痛みが、欠損が、全て私に移される。

 

 こんなものを感じていたのか。

 痛かったね、苦しかったね・・・

 

 本当にすごい子達だ。

 流石は私の自慢の生徒。

 

 自然と眼から涙が零れ落ちた。

 無理させてごめん、そんなことは言わない。

 

 それは彼らを侮辱する行為だ。

 今はただ褒めて、称えて、労って。

 そうして誇らしく感じるのだ。

 

 後ろに近づく呪霊へ振り向く。

 

 三人を成長させてくれた感謝もある。

 それでも今は。

 

 

 

 怒りだけ。

 

 

 

 この程度の呪霊では捉えることも出来ない速さで肉薄する。

 そうして心臓に手刀を突き刺した。

 

 

 

──贈与法「贖罪(ブラックサンタ)

 

 

 

 お前も味わえ。

 

 私に移った全ての損傷が呪霊へと移される。

 その全てを刻みつけ、呪霊は塵と化した。

 

 

 

 

 真希が目を覚ますと、そこは病室だった。

 

 どうなった?

 呪霊は祓えたのか?

 黒閃は成功したのか?

 

 様々な事が頭を巡り、そして気がつく。

 

「なんだこれ・・・」

 

 今までとは生きている世界が違うようにすら感じる。

 呪力がこれまでになくスムーズに廻り、操作も桁違いに楽になった。

 

 それに何だか体がおかしい。

 今なら何でもできる気がするのだ。

 

 戸惑うことだらけだが、それでも一つ分かること。

 自分は黒閃に成功したということだ。

 

 

 

 そうして3日が経過した。

 三人の体はすっかり調子を取り戻し、やる気万端だ。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「しゃけ」

「おう」

 

 いつも通りの挨拶から久しぶりの授業が始まった。

 少しずつ築かれた信頼は強固なものとなり、もはや亜鬼を呪霊だからと差別する者もいない。

 

「皆良く頑張りました!」

 

 そう褒めると皆少し誇らしそうな顔をする。

 だがやっとこれで本格的な修行を始めることが出来る。私が考えている通りに育つことが出来れば、二年生になる頃には全員特級術師並の強さになっているかもしれない。

 

「では、今日からは個別指導になります」

 

 ここから三人にはそれぞれ別の方向へと成長して行ってもらう。

 基礎となる呪力増加と呪力操作の練習は続けるが、それ以外の時間は各々別の修行だ。

 

 早速行こう。

 胸の前に右手を出し、精神世界の明希がそれを右手で掴んで絡ませる。

 

 そう、これは私の印。

 属にいう恋人繋ぎだ。

 

「領域展開」

「おい嘘だろ・・・」

「こんぶ!」

「いきなりだな」

 

 いきなりの私の領域展開に驚く生徒達。

 だが説明するより見てもらった方が早いだろう。

 

 

 

──奏死双哀

 

 

 

 世界が真っ白に塗り替えられていく。

 ここは私の、私達の生得領域。

 

 これは術式を付与しない領域展開。

 原作では初めて登場した宿儺の指を取り込んだ特級呪霊が広げていたのと同じ物だ。だがあちらは未熟で未完成の領域展開だったからこそ術式が付与されていなかったのであって、私はこの領域を完璧に掌握している。

 

 間違えて術式を付与しちゃって皆消し飛ばしちゃった・・・という事は起こり得ない。

 なぜこんなことをしたのか?

 その理由は一人の少女。

 

「よく来たな」

 

 明希の力を借りる為である。

 

 

 

 

 私は毎晩自室で生徒三人の指導法を考えていた。

 

 黒閃は恐らく習得出来るだろう。

 あの子達にはそれだけの才覚がある。

 だがそこからが問題だった。

 

 例えば真希ちゃん。

 彼女には羅刹流習得の為に「理」を扱えるようになって貰わなければならない。

 

 それは常人が練習したからといって習得できるものなのか?

 結論から言うと不可能だ。

 

 あれは明希という世界に愛されし神才だけが持つ感覚。私が使えるようになったのは明希の記憶を追体験したからに過ぎない。

 更に、私の体は「理」を扱える程の才能を備えていたことも理由の一つ。

 

 真希ちゃんは体術に関しては突き抜けた才能を有している。

 「理」の習得に必要なのは取っ掛かりだけ。一度でも体験すれば真希ちゃんの才能でモノにするだろう。

 

 

 例えば狗巻君。

 

 彼には反転術式の習得が必須だ。

 だが、反転術式とは呪力操作の極地。ほんの一握りの術師しか扱えない高等技術だ。

 

 原作では宿儺でさえ反転術式を難しいことだと語り、領域展開すら覚えつつある伏黒恵は反転術式を扱えない。

 

 これもまた天才独自の感覚と呪力の核心の把握が必要である。

 この反転術式を扱う感覚さえ掴んでもらう方法はないか?

 

 

 

 例えばパンダ君。

 

 彼に覚えて貰うのは3つある核の利用方法だ。

 彼が持つ武器で、他より明確にアドバンテージだと言えるのは3つ核がある事のみ。

 

 それでも充分過ぎる切り札になる。

 

 三人の中で呪力量が一番増えるのは彼だろう。

 その分呪力操作は難しくなる。

 短期間で爆発的に増える呪力を制御する術を学ばなければならない。

 

 その感覚を覚えてもらうのもそうだが、彼が持つ全てを活かしきるにはそれだけでは不十分だ。切り札となる手段を習得してもらう必要がある。

 その為のきっかけが欲しい。

 

 

 これらの役に立つ術式は持っていない。

 だが、閃いた方法は全てを一挙に解決しうる物だった。

 

 即ち、明希が私に行なった記憶の追体験を生徒達にしてもらえばいいのだ。

 明希に協力をお願いし、了承を貰った。だがここで問題がある。

 

 三人を明希の本体である精神体に会わせる方法が無かったのだ。

 

 生得領域に三人を引き込む必要があった。領域展開が真っ先に思いつき、それでは三人を殺してしまうとすぐ否定した。そこで原作を1から思いだし、術式を付与しない領域展開の存在を思い出したという訳だ。

 

 明希に生得領域内に三人を呼び込む事を伝えると、慌ててお片付けを始めたのは面白かった。

 

 

 そうして迎えた今日。

 私と二人きりの時とはまるで違う威厳たっぷりな様子に思わずニヤけてしまう。うちの娘は可愛いなぁ。

 

 さて、早速始めるとしようか。

 

 





 これぞ教育チート!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

編入


 修行が後2話あると言ったな。
 あれは嘘だ!

 マンネリ化を防ぐ為、戦闘時の過去回想に使う!

 結果、シンジ君入学。



 

 明希は早速三人の頭にぽん、ぽん、ぽんっとそれぞれ一秒ずつ手を置いた。

 

 そして倒れ込む皆をその場に寝かせる。

 というか記憶を見せるのっておでこをごっつんこさせなくても出来るんだ。

 

 どうやら明希はこの空間に他人を入れるのが好きじゃないらしい。

 さっさと終われと思っているのが伝わってきた。

 見せる記憶は事前に相談してある。

 

 真希ちゃんには羅刹天の常態で放つ全ての羅刹流。

 見せるためにわざわざ収録した。

 

 狗巻君にはひたすら反転術式を使う記憶。

 

 パンダ君には呪力操作の感覚。

 そして本命の私と明希が羅刹天へと成る時の感覚を掴んで貰っている。

 

 その間に私は明希と積み木でもして遊ぼうと思う。

 呪力の壁を張って隠蔽してあるが、実は毎日コツコツとブロックを積み上げ、大きなお城を作っているのだ。

 

 これが中々面白い。

 

 始めるきっかけは私の一言。

 真っ白なこの空間を味気ないと思った私は明希と共に色々作ることにした。

 

 遊具やベッド、簡単な部屋などは作ったがまだ寂しい。

 そうだ城を造ろう。明希に相応しい威厳たっぷりな城を。

 その言葉から5年間、既に城は完成しつつある。

 

 明希といちゃいちゃしながらする作業が堪らなく好きだ。寝る前の日課に最高の趣味だろう。

 

 三人の脳に負担をかけすぎないようにするため、6時間じっくり記憶を追体験してもらう予定なので時間はたっぷりある。

 

 一緒に遊ぼうか、明希。

 

 

 

 

 

 そうして二ヶ月が経った。

 

 7月の始め、ある朝。

 

「ここか」

 

 白い呪霊が一つのドアの前で足を止める。

 

 

 去年の11月頃、ロッカーの中に数人の生徒が箱詰め状態で発見された。

 明らかに呪霊の仕業。

 残穢から見て特級案件。

 調査に乗り出した五条はすぐに事情を把握。

 一人の少年を高専へと迎え入れた。

 

 特級仮想怨霊"折本里香"を身に宿す気弱な少年。

 乙骨憂太、呪術高専一年生への編入が決定。

 

 そこまで決まった状態で五条は一年生担任の亜鬼へと話を通した。

 彼は機密の存在であり、秘匿死刑の瀬戸際にいたので話せなかったのだ。

 

 亜鬼は快く了承。

 色々と段取りを済ませた。

 

 そうして遂に、初対面。

 

 

 

 

 ノックをし、扉を開ける。

 

 御札だらけの部屋の中心に黒髪の少年が一人。

 乙骨憂太だ。

 

「おはようございます!」

 

 まずは元気に挨拶する。

 それにしても原作で見たまんまの格好だ。

 特に目の下の隈が酷い。

 

 彼がゆっくりと頭を上げ、こちらを見る。

 その瞬間、呪力が膨れ上がった。

 

「ダメだ!」

 

 

 

里香ちゃん!

 

 

 

 乙骨君の背後から出現する濃密な呪力の塊。

 どこぞのエイリアンのような姿形をした彼女。

 

 特級過呪怨霊"祈本里香"だ。

 

 

「ゆ゛るせなぁぁぁぁぁい゛!」

 

 

 凄まじい迫力でこちらへと向かってくる里香ちゃん。

 彼女は底なしの呪力を持ち、変幻自在という特性を有する。

 それだけではなく膂力も一流。

 特級呪霊の中でもトップクラスの戦闘力をもつだろう。

 

 でも、相手が悪かったね。

 

 ここに断言しよう。

 

 

 

最強は“私達”だ。

 

 

 

 振るわれる拳に対して軽く腕を上げる。

 私の小さな掌は里香ちゃんの拳を難なく受け止めた。

 

 この程度では10体いたところで私は祓えない。

 

 驚愕する里香ちゃん。恐らく格上と相対したのが初めてなのだろう。

 明確な恐怖を感じる。

 

 しかし、私は力で抑え込む気なんてまるでない。

 優しく腕を握り、こちらに引き寄せた。

 流されるように私の前へ来た里香ちゃんを抱きとめる。

 

「お~よしよし、いい子だから落ち着くんだよ?」

 

 そうしてひたすら撫でまわした。

 実は里香ちゃんは真希ちゃんに続く私の推し。

 こんなに健気で可愛い乙女がいるだろうか?

 今のだって、他の女に乙骨君を渡したくない気持ちの表れだろう。

 

 あぁ、なんて尊いんだ・・・

 

「私は応援してるからね!」

 

 そう耳元で囁くと、途端に静かになった。

 うんうん、良い子だね。

 またよしよしと頭を撫でてやる。

 

 すると私の事を信用したのか、私とがっちりと握手を交わしてから乙骨君の中へと戻っていった。

 

「え、えっと・・・」

 

 強く目を瞑っていた乙骨君が恐る恐る目を開いた。私が無事な事を確認するとほっと息をつく。里香ちゃんは彼の意思で完璧にコントロールされている訳では無い。

  恐らく関係自体はあくまで対等。里香ちゃんは自分の意志で彼の言うことを聞いているのだ。

 

 これこそ愛だろう。

 

「改めておはよう!担任の亜鬼と言います!」

「お、おはようございます。乙骨です」

 

 うん、呪術界では本当に珍しい礼儀が正しい子だ。

 この呪術界に生きる呪術師、呪詛師、呪霊はどいつもこいつも我が強く、個性的だ。

 そして礼儀を知らない。

 

 そんな中、彼は今までずっと現代に生きてきた普通の高校男子。

 少々根暗だが、人間としては五条先生より出来ている。

 

 うん、気に入った。

 

「じゃあ早速、教室に案内するね?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 喋り方が若干どもり気味だ。

 これは自分に自信がないからか、それとも癖なのか。

 出来れば直して欲しいところだね。

 

 教室に向かうまでの間、色々と話した。

 原作の通りなら五条先生は乙骨君に何一つ事情を説明していないことだろう。

 そう思って学校の事や呪霊の事を軽く教える。

 

 そうするとやっぱり、あの適当教師は何一つ説明していなかったようで新鮮な反応が返ってくる。

 

 そうこうしている内に教室へと辿り着いた。

 三人には事前に乙骨君の事情を説明しており、私の時と同じ様に襲い掛かってくることはないだろう。

 

「じゃあ中から呼ぶから待っててね」

「分かりました」

 

 まずは場を温めてあげないとね。

 扉を開き、指示していた通りに呪力操作の練習をしていた三人に挨拶する。

 

「おっはよーございまーす!」

「おう」

「しゃけ」

「いつにも増して元気だな」

 

 しっかり返ってくる返事に満足満足。

 

 三人には修行の中で呪力感知も鍛えさせている。

 そのせいか先程から視線が外に釘付けだ。転校生が気になるのは当然だよね。

 

「おい先生、聞いたところじゃそいつ、問題児らしいじゃねーか」

 

 そう聞いてくるのは真希ちゃん。

 まあ問題児といえば問題児だけど・・・

 

「皆と同じ様に彼にも色々と事情があるんです」

 

 乙骨君に憑いている里香ちゃんは元々彼の彼女のような存在だった。

 小さい頃から共に遊び、将来は結婚を約束するような深い関係。だが、里香ちゃんは乙骨君の目の前で車に轢かれて死亡。

 現実を受け入れられない彼が里香ちゃんを引き留めようとした結果、特級過呪怨霊"祈本里香"は生まれた。

 

 それから里香ちゃんは乙骨君を害する者全てを排除するようになった。今回ロッカーに詰められていた人達は乙骨君をいじめていた人達だったのだ。

 

 呪いの御し方どころか存在すら知らない彼にそれを解決しろと言うのは無茶振りだ。

 

 仕方のない事だったと思う。

 強いて言うならいじめっ子が悪い。

 

「どうか、仲良くしてあげて下さい」

 

 友達というのは良い。

 共に学び、遊び、競い、高め合う。

 

 大事な青春の一頁を彩る存在となる。

 真希ちゃんは何処か納得していないような顔をしていたが、吹っ切れたように少し笑った。

 

「しゃあねえな」

「しゃけ」

「素直じゃねえなぁ」

 

どうやらいい感じに場は温まったようだ。

 

 





 誤字報告めっちゃ嬉しいです。
 凄く勉強になるし、読者さんと一緒に物語を描いている感じがして堪りません。

 因みに私は乙骨君より里香ちゃんの方が好きです。
 乙骨君の編入時期が正直分からなかったので捏造しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青春


 乙骨憂太を形成する上で必要となる真希、狗巻との物語がありますね。
 あれ、これ以上なく意味ないのでカットします。
 今の二人をピンチにしようと思ったら特級が必要だからです。

 それ故、他の形で乙骨は形成されていくことになります。

 私が好きな言葉。
 それは“友情”
 この作品のテーマと言っても過言ではないですね。



 

 乙骨君が編入してから一ヶ月が過ぎた。

 まだまだ馴染めていない様子だが、三人共積極的に絡んでくれている。

 すぐに仲良くなれる事だろう。

 

 乙骨君の修業に関しては五条先生にカリキュラムを組んでもらっている。

 理由は簡単、彼には全く魔改造が必要ないから。

 

 知っている限りの原作内容から鑑みて呪術師最強は間違いなく五条先生。

 次点で乙骨君だろう。

 私が余計な事をしなくてもそれだけ強くなる。

 

 原作において、同期四人の中でも隔絶して強かったのは決して才能だけが理由ではなかったと考えている。

 五条先生の教えがこれ以上なく彼にマッチしていたのだ。

 

 彼は天才だ。

 呪術という分野において溢れんばかりの才能を持っている。それこそ五条先生と同じ位大きなものだろう。

 だから教師と生徒としてこれ以上なく合った。

 天才同士で分かり合うところがあったからだ。

 

 明希は神才、何の努力もなく全ての事が出来てしまう。

 天才キャラにありがちな努力しなかった故の敗北というのが起こり得ない。成そうと思えば全て成る。

 そんな彼女は教育者に向いていない。

 

 そして私は凡才。

 才能で届かない所は努力で追いつく。私は食事をしている時も、授業をしている時も、寝ている最中だってずっと呪力操作の練習の為に軽い身体強化を施している。

 

 授業の合間に発見報告のあった呪霊は吸収に向かっているし、羅刹流の練習は毎日怠らない。領域展開も一日一回精度を高める鍛錬を行っている。そうして此処まで這い上がってきた。

 

 今では私個人で戦っても五条先生に勝利できる自信がある。

 

 ここまで言えば分かるだろう。

 私は天才に教えるのに向いていない。だが、凡才の範疇に燻る者を鍛えるとなれば私以上はいないだろう。

 

 だからあの三人は伸びた。

 実力は既に一級術師以上かもしれない。

 

 逆に乙骨君に教えられることは何も無い。底なしの呪力を持つ彼に呪力贈与は必要ないし、反転術式だってすぐに覚えるだろう。

 体術の才能に光るものは感じないので「理」を教えることも出来ない。

 

 黒閃も放っておいたら撃てるようになるし、本当に何も手助け出来ないのだ。

 だから唯一手助け出来るところを引き受けることにした。

 

 

 

 

「ほぅ・・・」

 

 かちゃり、と小さく音を鳴らしながらカップをテーブルに戻す。

 中の紅茶が美しく光を反射した。

 

「なるほど、乙骨君のそんなところが好きなんですね」

「う゛ん゛」

「良いですね~青春してますねぇ」

「そ、そ゛うかな?」

「はい!乙女の顔しちゃって〜」

 

 対面に座るのは里香ちゃん。

 呪霊で女の子という点で気が合った私達は気がつけば親友となっていた。3日に1回ほどこうやって女子会を開く。

 

「お前も苦労するな、里香」

 

 そしてもう一人。

 

「だが応援しているぞ」

 

 遂に友達が出来た明希である。

 お茶会は私の精神世界、つまり生得領域の中で開かれている。

 

 この三人が呪霊女子会のメンバー。三人全員が世界を滅ぼし得る力を持つイカれた集団だ。

 

「あ゛り゛か゛とぉ」

「そう泣くな」

 

 泣き始める里香ちゃんを明希が宥める。

 いつもの光景。

 

 なんて尊い空間なのだろうか。

 

「て゛も゛、こ゛ん゛な姿じゃぁ」

 

 今の里香ちゃんは人間の頃とは似ても似つかぬ変わり果てた姿をしている。

 これも可愛らしいと思うのだが、やはり本人からすれば結構なショックらしかった。

 

「心配しないで」

 

 私は約束する。

 

「いつか必ず元の姿に戻してあげるからね!」

 

 明希もうんうんと頷いている。

 里香ちゃんはまた泣きそうになりながらも嬉しそうに笑っていた。

 

 こうして里香ちゃんの教育とは名ばかりの時間は楽しく過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 呪術高専一年生の四人は皆で街に出掛けていた。

 

 亜鬼が授業に休みを設け、青春を満喫してくるようにと指示を出したのだ。仕方がないから取り敢えず外に出たのは良いが、何をすればいいか全く分からない。

 

 真希は背で眠る亜鬼を気遣って極力揺らさぬようにしながら話しかける。

 

「てかこれ大丈夫なのか?」

 

 亜鬼がぴくりとも動かず、魂が抜けたかのように脱力している様子を心配する真希に対してパンダが溜息をついた。

 

「それ四回目だぞ。亜鬼は大丈夫って言ってたしな」

「こんぶ」

 

 余程大事なんだな、とからかうように笑う二人をキッと睨み付ける真希。

 

「ま、まあまあ真希さん、冗談なんだし」

 

 そして宥める乙骨。

 真希は面白くなさそうに鼻を鳴らし、辺りを見回した。

 

「で、何すんだよ」

 

 雑多な街、特に東京には娯楽が多い。カラオケや映画館、服屋に飲食店でも良いだろう。

 お金は亜鬼が奢ると言って聞かなかったので結構な額がある。

 

「ほら、噂のディズニーランドなんてどうだ?」

「しゃけ!」

 

 パンダが名案を思いついたかの様に手を打つ。それに同意するように狗巻は目を輝かせた。

 

「よっしゃ、どうせなら東京を楽しみ尽くしてやるとするか」

 

 真希も賛同し、楽しい空気になり始めたその時、乙骨がぽつりと呟く。

 

「そこ、千葉なんだよね」

 

 

 

 

 結局、行き先は小さなマクドナルド。それでも彼らの間では笑顔で会話が飛び交う。

 その後はカラオケでフリータイム。

 それぞれ聞いたことがあるだけの曲を歌い尽くした後は焼肉屋に直行。

 目を覚ました亜鬼と頬に浮かび上がる明希、乙骨の背から小さくなって飛び出すミニ里香ちゃん。

 

 誰もが口元に笑みを浮かべている。

 これ以上なく暖かな空間。

 

 乙骨と里香の関係を皆で囃し立て、亜鬼が偶に見せるポンコツをからかう。

 食べ放題を良いことに大食い大会を開催し、優勝は亜鬼が掻っ攫った。

 

 そうして英気を養い、それぞれ部屋に戻って眠りにつく。

 今夜は幸せな夢を見るだろう。

 

 これが青春。

 

 これが友達。

 

 

 明希が何よりも欲しかったもの。

 

 明希にとって何よりも得がたかったもの。

 

 彼女は幸せを噛み締め、わざわざ毎日精神世界に来て眠る亜鬼に抱きついて眠った。

 

 

 

 

 

 無粋な影が一つ。

 

「やはり特級呪霊“死風”の力は圧倒的だと言わざるを得ないな」

 

 袈裟に身を包んだ怪しげな男。

 

「存在しているだけで屈してしまいそうな程の圧を感じる。あれを調伏するのは厳しいだろう」

 

 彼もまた、五条悟とは別の形で呪術界を変えようと企む者。

 この世に僅か四人しか存在しない特級術師の一人。

 

「だが祈本里香、あれは使える」

 

 かつての五条悟の親友でライバル。

 

 

「始めるとしようか・・・」

 

 

 

 

“百鬼夜行”をね

 

 

 

 

夏油傑が動き出した。

 

 

 





 亜鬼が始め真希の背で眠っていたのは女子会をしていたからです。
 乙骨の側にいる必要があるため、このような形をとっています。

 因みに亜鬼を運ぶ係は真希ちゃんが自ら立候補しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

筆者が思う強さ表


 飛ばしても問題ありませんが、読んでもらえると嬉しいです。

 読者さんとの熱い議論の結果、修整入ります!
 こういうのってほんとに楽しいなぁ~


 

 呪霊廻戦は渋谷事変にて完結します。

 

 そこに至るまで様々なキャラクターが出てきますが、物語を進めていく上で、「こいつってこんなに強いか?」というのが出てくると思います。

 

  なので私の認識を一度載せておくことにしました。

 この物語においては今から書く強さ順が土台となっております。

 

 この表は原作内でのものです。

 今作のものは完結後に・・・

 

 

 

ランク??

 

 

 別格

 

 

 五条悟、両面宿儺

 

 

 

 言わずもがな、別格過ぎて測れない二人。

 

 原作内で五条自身が「乙骨、秤、虎杖は自分と並ぶ術師になる」と発言していますが正直あり得ないと思っています。

 いくら才能があっても、五条は桁が違う。

 万が一追いつかれても少し努力すればまた引き離すだろう。

 そう思わせるような何かを持っています。

 

 描写的に見ても五条一人だけ戦いの規模が違うように感じます。

 語られている通り、世界中の人間を殺し尽くすことが可能な一人でしょう。

 

 

 そして両面宿儺

 五条に勝てるとしたら宿儺、これは皆思っていることでしょう。

 

 彼が二十本の指を取り戻した時、勝利するのは恐らく宿儺ではないかと思っています。

 ですが、渋谷事変までなら十五本ですので五条の方が強いんじゃないかな。

 

 未だに全く力の底を見せない存在であり、呪いの王というのに相応しすぎる力です。

 

 特級呪霊という枠組みで分類されていますが、他の特級呪霊が全員同時に掛かってきても宿儺一人が勝つことでしょう。また、呪術全盛の平安時代においても別格の最強だったというのは伊達ではありません。

 

 宿儺が五条の無限を抜けるのかという話が有名ですが、逆に聞きます。

 抜けない訳なく無いですか?

 

 漏瑚や花御ですらできる領域展延が宿儺に出来ない訳がない。

 または全く明らかにされていない方法で無限を抜いてくる可能性すら考えられる。

 

 それが分かっているからこそ、五条は宿儺が完全に復活すれば厳しいかもしれないと予想を立てている訳ですからね。

 無限を抜けない相手など五条からすれば須く雑魚。抜けてやっと土俵に立てるという壊れっぷり。

 

 

 この二人の実力はどちらが上とは言い難いので同率ということにします。

 

 

 

 

ランクS

 

 

 作中でもトップクラスに位置する力の持ち主

 

 乙骨憂太、夏油傑、羂索、魔虚羅、天逆鉾甚爾、黒縄ミゲル、覚醒真人,漏瑚

 

 

 左から強い順で並べてます。

 言いたいことは分かります。

 絶対違うだろ!って言いたいんでしょう?

 

 特に魔虚羅と羂索はもっと強いだろ!と言いたい人もいるんじゃないかな?

 

 では乙骨から

 

 彼は五条を超える呪力量を有し、ほとんどの術式をコピーできると思われる術式を持っています。それに加えて特級呪霊の里香が共にいると考えると、強さ的にはここが妥当だと思います。

 正直羂索の方が強いんじゃないか・・・と思うことは何度もありましたが、乙骨は五条が“同格”まで上がってくると認めた存在。羂索が五条と同格だと考えると呪術師側にどう考えても勝ち目はなく、五条が封印された際にもっと慌てる筈です。

 五条先生の観察眼を信じてここにランクイン。

 

 魔虚羅は高い戦闘力を持っていますが、彼の強みは再生の力。

 攻撃されている間も再生し続ける訳ではなく、一定の時間が経って背後の羅針盤が回転すると全快する形。

 しかも一度受けた攻撃は効かなくなるという無敵っぷり。

 

 原作の宿儺と同じように圧倒的な火力で倒せるであろう乙骨。

 倒し切る必要がなく、弱らせた後は回復する前に呪霊操術で調伏してしまえる夏油と羂索は勝利することが可能でしょう。式神に呪霊操術が通用するのか問題は有りますが、呪霊廻戦内では通じることにします。

 

 また、三人ともコピー術式や呪霊操術など手札が多くある術式を持つため、有利に立ち回ることができるでしょう。

 

 次に夏油と羂索の順位です。

 

 長年生きてきて色々と知っており、多くの呪具を持つ羂索の方が強いと思う人も多いでしょう。

 ですが夏油はあの五条が認めたライバル。呪術という方面において最高峰の才能を持つことは間違いありません。

 

 加えて羂索には無く、夏油にある一つの重要な要素があります。

 それは圧倒的なカリスマ。

 

 成そうとする事が悪に近いことでも夏油のカリスマに惚れ込み、付き従う仲間は沢山いました。それに対して羂索の仲間はただの利害関係。

 

 夏油は闇堕ちという形で物語を去ることになりましたが、彼は間違いなく最強を目指せるポテンシャルを秘めた作中最強候補に名を連ねる筈だった人間の内の一人でしょう。

 

 羂索にはどうしても拭えない小物感があります。

 それもまた魅力の一つですが、やはり強さという面では夏油の方が上だったと予測できます。

 

 

 ここら辺に超えられない壁が立ちます。

 

 伏黒甚爾の強さは高い身体能力、圧倒的なバトルセンス、緻密に考えられた作戦を実行し通す頭脳です。

 

 ですが、やはり彼の強さは天逆鉾に依存するところがあります。

 というのも一定以上の強さの敵になってくると遠距離からの一方的な術式や反転術式を使用してくるようになります。

 彼が天逆鉾を持たない場合、それらを阻害することは不可能です。

 

 つまり、彼の手から天逆鉾さえ奪えば勝ちが確定する。

 よしんば奪わなくてもこのレベルの勝負になってくると呪力による身体強化がバカにならなくなる。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッドという強みが無くなってくる訳ですね。

 同じか自分以上の身体能力を持つ相手に対して術式無し、回復無しで挑まなければいけないということです。

 

 特級術師連中に勝つことは厳しいでしょう。

 昔夏油に勝てたのは天運が味方していたというのもあります。もう一度戦えば勝つのは間違いなく夏油でしょう。

 

 そして黒縄ミゲル。これはミゲル自身の実力もさることながら黒縄が優秀だからですね。

 百鬼夜行MVPの彼は黒縄が全て焼き切れるまではこの順位でしょう。

 

 ここでやっと呪霊陣営がエントリー

 

 漏瑚と覚醒真人ですね。

 これは完全に相性の問題になってくるのですが、恐らく漏瑚では真人にダメージを与えることが出来ません。

 しかしここで重要になってくるのが漏瑚の戦闘スタイルです。

 

 彼は基本的に近接戦闘を好みません。

 作中ではチート連中の当て馬役にされたせいでひたすらボコボコに殴られていましたが、彼は機動力も並以上です。術式もどちらかといえば遠距離で効果を発揮するものが多い。

 

 故に真人の攻撃範囲に入ることなく一方的に攻撃することが可能でしょう。

 仮に領域展開の勝負になれば勝利するのは恐らく漏瑚、ですが真人に致命的なダメージを入れることは不可能だと考えます。

 

 結果的に勝負は引き分けになる可能性が高い。

 

 しかし、ここで一つ矛盾が生じます。真人を倒せない奴なら真人と同率になるじゃないか?というものです。

 

 ですがここで決め手になったのがメロンパンのセリフです。

 

 “五条悟は呪霊陣営全員で戦っても殺せない、最悪君達全員祓われる”

 

 獄門疆を知っている以上、裏獄門疆の存在も知っているであろう羂索が裏獄門疆から五条が解放される可能性を考えていない訳がない。

 

 解放には天逆鉾か黒縄が必要であり、それらは全てこの世界から消滅していると知っているから安心して獄門疆を使えたと考えられます。

 

 ならそれら以外にも魂の存在を捉えられない五条が真人を祓える手段があると言っている訳です。これらを全て合わせて考えるならある一定以上の強者なら真人を祓える手段を持つと考えました。

 

 例えば正のエネルギーを流し込む。

 

 例えば領域展開。

 

 結果的に覚醒した真人が互角に戦う事が出来そうな漏瑚だけが同率になったという訳ですね。

 

 

 甚爾は天逆鉾があれば真人程度の体術では触れられることすらなく串刺しにして殺しきることが可能でしょう。同様に近接に弱い漏瑚に勝利することも容易い。

 

 ミゲルは厳しいかもしれませんが、五条を相手に十数分時間稼ぎをしたという功績から考えて漏瑚よりも強いことは明らか。

 ですが伏黒に勝つことはないでしょう。

 

 これらの理由から上記のような順位になりました。

 

 

ランクA

 

 

 上位の実力は持つと推測される

 

 真人、花御、陀艮、禪院直毘人、七海建人、東堂葵、裏梅、冥冥、張相

 

 

 花御から行きます。

 

 大前提として花御は作中で全力を出していません。領域展開を一度も披露していないからです。

 

 同じように生まれた漏瑚や陀艮の領域展開から予測するに植物関係になることは間違いありません。同様の理由で領域内に入れば即死という類のものでもない。

 

 つまり、領域展開が使えない呪術師でもぎりぎり対抗できるくらいの強さですね。

 

 呪術廻戦が誇る名バトルの一つ、花御VS虎杖&東堂もあのまま続いていれば勝利していたのは花御だったのかもしれません。

 

 

 真人は覚醒前でもかなり壊れた性能を誇っています。

 

 領域展開は入ったら即死といって良い理不尽な性能をしており、人間相手なら触れれば即死させることも可能。

 また魂を捉えられる人間でなければダメージを与えられないというのが痛いところです。

 

 相手が天敵ばかりだったせいで強さが分かりにくかったですが、格上殺しにもなりうるだけの凶悪な術式に呪霊では珍しい向上心を持っており、正しく呪霊側の主人公だったと言えるでしょう。

 

 

 陀艮は伏黒甚爾が来なければ絶対絶命という状況まで呪術師達を追い込んだ強敵です。

 

 術式は特別強いかと言われればそうでもなく、生まれたてで戦略もなっていなかったですが、それでも特級にふさわしい実力でした。

 

 呪霊も心を持っているという強い印象を与えてくれた存在ですが、逆に言えばそこで役目は終了。

 伏黒甚爾の強さを再確認させる為の当て馬のような酷い終わり方でしたが、伏黒甚爾が現れなければ呪術師達は厳しい展開を迫られたでしょう。

 

 

 禪院直毘人をここにランクインし直します。

 

 読者さんから色々と情報を頂き、私自身も読み返した結果、滅茶苦茶かっこいい人物だということが判明。正直推しそう。

 

 投射呪法という対応され難い術式を持ち、秘伝「落花の情」という領域対策も有しています。スピードという点では彼に勝る者は少ないと予想されます。

 

 彼にもう少し攻撃力があれば、具体的に言うと強力な呪具か黒閃があれば特級呪霊すら単機討伐が可能かもしれませんね。

 

 

 七海建人は堅実な強さの持ち主です。

 

 恐らく領域展開を使われなければ花御ですら一人で祓ってしまうのではないか?

 そう思わせるだけの実力があります。

 

 十劃呪法という特殊な術式を持ち、身体強化も呪力操作の精度も素晴らしい。

 その術式の特性から格上殺しを達成しやすいと言えるでしょう。

 

 作中でも並外れた攻撃力を見せているので、ダメージを与えるという観点では彼が飛び抜けているかもしれません。

 時間外労働という縛りも彼の強さを底上げしています。

 

 

 東堂は言わずもがなでしょう。

 

 ブギウギという術式は特殊で扱い難いと推測されますが、天才的な戦闘センスがそれを可能にしています。

 ですが反転術式も領域展開も使えませんし、特徴は身体能力の高さと頭脳くらいでしょう。それだけで一級術師まで成り上がるのは流石の一言です。

 

 もうひとつ特徴としてはシン・陰流の習得をしているところでしょう。

 それによってある程度の術式は中和することが可能なことも大きな強みです。

 

 

 冥冥はいまだに明らかになっていない部分が多いので現時点での強さで判断します。

 特級呪霊に余裕を残して勝利したところから考えても彼女の実力は相当高いことが窺えます。カラスを操る術式を持ちますが、彼女は自身の術式が弱いということを理解しており、そこから磨き上げた技術が光ります。

 

 冥冥の強さを語る上で間違いなく重要になってくる憂憂も冥冥の一部だと考えてこの位置になりました。

 

 

 そして張相です。

 生粋のお兄ちゃんでめちゃくちゃかっこいいですよね。

 彼は地力という面では他より一歩劣るイメージがあります。

 そこをお兄ちゃんの意地という精神面でカバーしているように感じます。

 

 全体的にバランスが良い強さをしているので誰が相手でも良い勝負をしてくれるでしょう。

 

 

 最後に飛ばしていた裏梅です。

 

 彼女はもっと上の順位に上がるポテンシャルを秘めていますが、どこか他人を舐めている節があります。本気で戦ったらそれこそ漏瑚並みの可能性すらありますが。

 

 単体の強さでいうとそこまで脅威的には感じなかったので、宿儺の料理人という立場がメインで強さを求められている訳ではないのでしょう。

 

 きっとここから先の展開で真の強さを見せてくれると思います。

 ちなみにビジュアルも忠誠心もめっちゃ好みで推しです。

 

 

ランクB

 

 強者と呼べる段階

 

 日下部篤、虎杖悠仁、与幸吉、伏黒恵、狗巻棘、パンダ

 

 

 日下部はやる気のなさが目立ちますが、確かな実力者。

 冥冥にも実力を認められており、術式を持たない身でありながらメロンパンのうずまきを防いでいます。普通にランクAでも可笑しくないですが、全然やる気がないので判断できません。

 まだまだ未知数なところはあるのでこれからに期待。

 

 

 

 我らが主人公、虎杖悠仁はここに位置すると思っています。

 

 素の身体能力と呪力による身体強化以外の武器がまるでないのは痛いです。

 真人と戦えていたのは相性がこれ以上ないほど良く、東堂が一緒だったからだと言えるでしょう。

 虎杖の名勝負はほとんどがタッグマッチ。

 東堂と共に戦った花御、真人。釘崎と共に戦った壊相、血塗。伏黒と共に戦った粟坂二良。誰とでも合わせられるのは凄い事ですが、逆に単体性能は低いのではないかと思います。

 

 フィジカルが強いのは大きな強みですが、領域展開されれば負けが確定すると言っても過言ではありません。

 

 術式も刻まれていないので本当に打撃しか使えません。空を飛べる相手なら成す術無しです。

 

 黒閃をコンスタントに出せるのは大きな強みですが、それでもやはり名だたる呪霊や一級術師には一歩劣ると言わざるを得ません。

 

 彼が勝利を掴み続けたのは相性と主人公補正が大きく関係しているといえるでしょう。

 宿儺の指十五本分の呪力量とは到底思えません。

 何らか制約があるのでしょうか?

 

 

 ここで少し異色なエントリーですね

 

 与幸吉です。

 彼は究極メカ丸の中の人。

 真人によって治された後の彼のことを指しています。

 

 彼の強みは何といってもその発想と技術力。

 手数も多く、戦略を立てる頭脳も持ちます。

 

 天与呪縛によって絶えず身体中に痛みが走り、歩けないほどだった彼を真人が治療。その結果天与呪縛を消失したとすると、遠隔での呪骸操作が出来なくなった事を意味します。

 

 となると自身を守らせながら戦う必要がありますが、それを差し引いても数多くの呪骸で包囲されるのは驚異。

 

 戦闘力的な観点で見た場合、彼が天与呪縛を治したのは愚策だったことは間違いないでしょう。それでも彼の想いは尊重されるべきものであり、是非三輪と幸せになって欲しいと思います。

 

 

 伏黒恵は開花すれば大化けすると思います。

 

 間違いなく特級術師になれるだけのポテンシャルは秘めているのです。

 それでも今はこの順位。

 

 使える手段が数多い十種影法術を持っているのにも関わらず戦術が一辺倒。

 戦闘センスはないように感じます。

 体術も光るものがなく、全体を通して苦戦し続けるイメージ。

 ですが観察眼、戦況判断は間違いなく一流。

 

 渋谷事変の時点では領域展開も完璧な習得には程遠く、まだまだ成長の余地があるでしょう。

 

 

 狗巻の弱みは前々から書いている通り、防ぐ手段誰でも出来るところ、格上には効きづらいところでしょう。

 ぽんぽんと使えるような術式でもないのにも関わらず簡単に防げてしまうのは痛い。

 局所局所で役に立つでしょう。

 

 

 パンダはシンプル。

 

 地力はあるが地力しかない。

 言い方は悪いが東堂や虎杖の下位互換になってしまったでしょう。

 

 

ランクC

 

 

 渋谷事変で戦うには少々実力不足が否めない

 

 猪野琢真、釘崎野薔薇、禪院真希、重面春太、夏油一派、京都組

 

 

 全員一気に行きます。

 

 この子達の特徴は簡単です。

 相手に手傷を負わせるだけの実力がなく、対処されやすく、防御手段に欠けているという点です。

 

 唯一釘崎だけは真人に大きなダメージを与えていましたが、それは相性の問題。

 他の一年生二人に比べると決定打に欠けます。

 

 

 大体こんなところですね。

 

 全部で5時間以上考えて慎重に書きました。

 飽くまでもこれは私の意見。

 

 これを土台に物語を創っていくという一つの指標です。

 亜鬼の介入によってどう変化するのか?

 

 楽しんで頂けると幸いです。

 





それでは次編で会いましょう。

 次編「百鬼夜行編」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

百鬼夜行編
始動



 強さ表出して良かった!
 読者さんに色々と教えてもらえて楽しかったです

 取り返しがつかないミスを犯すところでしたし・・・

 それでは百鬼夜行編スタート!


 

 呪術界の上層部、頭の固い老害達の集まり。

 今、乙骨の扱いに関しての会議が行われていた。

 

「特級過呪怨霊“祈本里香”の顕現が日常的に行われていると聞いたぞ」

「これは明らかに契約違反だろう」

「申し開きの余地はないぞ、五条悟」

 

 亜鬼が乙骨のカリキュラムを組むことはないが、組み手や術式の指南は行っている。

 これは単に亜鬼が体術、呪力操作共に五条より上だからだ。その際、里香は常に顕現状態である。

 

 乙骨憂太という術師は里香と共に戦うのが自然の状態であり、訓練においてもそうすべきだという考えである。

 実際、体術においても里香との連携は必須であるし、術式においても然りである。

 

 しかし上層部からしたら気が気じゃない。

 いつ暴走するか分からない呪霊が自由に顕現しているというのは見逃していい事態では無かった。

 

「知らないよそんなの」

 

 だが五条は開き直る。

 彼が考えた授業内容ではないし、万が一里香が暴れる事があっても亜鬼なら問題無いと確信しているからだ。

 確信というより純然たる事実、里香は逆立ちしても亜鬼には敵わない。それだけの実力差があり、彼女らの間に育まれた信頼関係も見受けられた。

 

 つまり問題視する必要が皆無なのである。

 

「文句は彼女に言ったらどうだい」

 

 上層部は亜鬼に逆らえない。

 彼女は呪霊であり、全くと言って良い程しがらみがない。

 それ故、上層部の老害など消そうと思えばいつでも消せる。その事を理解しているからこそ彼らは亜鬼ではなく五条を呼び出したのだから。

 

 それ以上言い返されることもなく、五条はその場を後にする。

 

「・・・・乙骨の秘匿死刑は保留だということを忘れるな」

 

 苦し紛れに上層部の一人が口にした言葉。

 五条は振り向きすらせず、鼻で笑った。

 

 そうして小さく呟く。

 

「できる訳ないでしょ」

 

 乙骨の側には常に亜鬼がいる。

 彼に憑く里香のことを明希が気に入っている。

 それだけで充分だ。

 

 たったそれだけで世界中の誰であろうと乙骨に手出しすることは叶わない。

 

「ま、僕ならやれるけどね」

 

 五条は唯一の例外と言えるかもしれないが、彼は絶対に生徒の味方だ。上層部程度では既に手出しができない環境が整ってしまっている。

 

 

 乙骨に手出しすることは誰であろうと不可能だ。

 

 

 

 

「誰であろうと乙骨に手出しすることは不可能と言っていい」

 

 袈裟を纏う男、夏油傑は家族にそう言い放った。

 

 非術師を皆殺しにし、呪術師だけの世界を創る。かつて誰より弱者のことを考え、守り、戦った男は現実に絶望した。

 

 非術師は屑だ。

 

 自分本位で他人のことなどまるで考えず、守られていることすら知らない。

 彼らは猿だ。

 自分達呪術師と同じ人間ではない。

 

 彼は家族が、仲間が、自分の大切な人間が傷つけられない世界を願った。

 

 仲間を集めた。

 

 信頼でき、志を共にする頼もしい家族。夏油の考えに賛同し、彼こそ王だと信じる者達。

 

 呪霊を集めた。

 

 彼の武器である呪霊操術は呪霊を取り込み、操ることができるという並外れた性能を持つ。取れる戦略の幅、手数、殺傷力、どれをとってもトップクラス。

 

 これ以上無いほど準備を整えた。

 だがこのまま世界を変えようと動いても意味はない。

 

 五条悟がいるからだ。

 夏油を含め、家族全員で束になってかかっても足元にも及ばないような強さ。

 

 聳え立つ最強の壁。

 彼がいる限り夏油が望む世界が来ることはない。

 

 そこで見つけた最後のピース。

 

 それが“亜鬼”だった。

 

 教師の真似事をしているあの呪霊ならば五条にすら勝てる。あの呪霊一体で何もかも全て事足りる。それだけの力を感じた。

 

 だが、亜鬼を呪霊操術で取り込むことは不可能だということも察していた。あれほどの強さになると、かなり弱らせなければ取り込むことは出来ないだろう。

 

 “亜鬼”を弱らせる。

 

 この一点に目標を絞っても不可能。もうひとつ何かピースが必要だった。

 

 ぐるぐると回る思考の渦。

 そこに差し込んだ一筋の希望。

 

 乙骨憂太、彼に憑く祈本里香の存在だ。彼女がいれば亜鬼を弱らせることは可能だろう。

 祈本里香だけでは五条に勝つことはできないかもしれない。

 

 だがあの甘い呪霊なら?

 仲良くなった里香を祓うことができない彼女なら?

 

 彼が考える世界を創る為に必要なピースが全て集まった。

 祈本里香を取り込み、彼女を利用して特級呪霊“死風”を手に入れる。

 

 この作戦なら行ける。

 逆にこの作戦以外では無理だ。

 

 そうなってくると問題が一つ。乙骨から里香を奪うことがまず難題なことだ。

 

「どうするのですか?夏油様」

「そうだね、簡単なことだ」

 

 乙骨の周りには必ず亜鬼か五条のどちらかがいる。

 ならば彼らを引き離せば良いだけの話。

 

「宣戦布告といこうじゃないか」

 

 その言葉に彼の家族達の顔が引き締まる。

 

「猿の時代に幕を下ろし」

 

 夏油から凄まじい圧が発される。

 それは呪力ではない。

 

 彼が持つ純然たる王の資質。

 

 比肩する者無き圧倒的なカリスマ。

 

 

「呪術師の楽園を築こう」

 

 

 美々子と菜々子、生まれた村で虐げられた双子が頷く。

 夏油に王を見たミゲルが微笑む。

 彼に心酔するラルゥが拳を握りしめ、彼に救われた祢木は決意を新たにした。

 夏油の考えに賛同した菅田はただ噛み締めた。

 

 これが夏油だ。

 

 彼こそが自分達の王に相応しい!

 

 

「まず手始めに呪術界の要・・・」

 

 

 

──呪術高専を落とす

 

 

 

 

 

 

 

 呪術高専の校庭には今日も鍛錬の声が鳴り響いていた。

 

 真希が六尺ほどの棒を振り回し、亜鬼へと飛びかかった。

 

 頭上からの振り下ろし、かと思いきや棒の先端が鞭のように軌道を変えた。まるで読めない軌道を描き、左下から抉るように放たれたその一撃を見切り、身を捻って反撃を加える亜鬼。

 

 常人では残像すら見る事すら叶わない拳を軽やかにいなし、避けられた棒が真希の手足のように操られて速度を増しながら亜鬼を追撃する。

 

 そこから繰り返される近接戦の応酬。間合いが近ければ満足に振ることすら難しい長さの棒を巧みに操る真希、極限まで洗練された体術で応戦する亜鬼。

 

 両者とも身体能力は異常を超えて超常の域まで達しており、目で追うことすら困難だ。

 

 真希が打ち、亜鬼が払う。

 亜鬼が攻め、真希が躱す。

 

 腹を狙い、意識がそこに集中したことを感じ取っては頭を狙う。

 読み合いと得意分野の押し付け合い、その頂点。

 

 入学から八ヶ月、真希は羅刹流を習得しつつあった。

 羅刹流とは力の使い方という面が大きい。

 

 素手でも武器でも何にでも使える流派である。

 真希が今使っているのはただの棒ではない。

 

 一級呪具“如意棒”

 

 亜鬼が真希へのお土産にと世界各地を回って見つけきたお土産の一種だ。

 

 伸縮性が高く、呪力を込めれば伸びるというだけの特性を持つ呪具である。もちろん普通の武器よりは遥かに丈夫であり、呪力も通しやすい。

 真希はこのシンプルな武器を好んで使っていた。

 

 そうして十数分にも渡る組み手が終わる。

 時間を決めておかないと楽しくて永遠に終わらないのだ。

 

「ありがとうございました」

 

 真希はこの組み手の後、必ず礼を言って頭を下げる。これは亜鬼を師と慕っているからである。

 

「うんうん、益々強くなってるよ。流石だね」

 

 亜鬼は満足げに頷き、真希と感想戦へと突入する。

 呪力操作を鍛えつつそれを見ていた乙骨は感嘆の息を吐き出した。

 

「いつ見ても凄いや」

「ああ、あれは真似できないな」

 

 パンダも乙骨の言葉に同意した。

 体術は四人の中でも真希が飛び抜けている。

 次点でパンダ、乙骨、狗巻と続くだろう。

 

 だが、そう言葉を交わす二人にしても身に纏う呪力は圧巻の一言。

 乙骨は言わずもがなだが、パンダは入学前とは別物と言っていい。

 

 見た目は変わらないが、圧が違う。彼もまた、亜鬼に鍛えられた内の一人。

 

「狗巻君は?」

「いつものとこだ」

 

 狗巻は一人、伸び悩んでいた。

 パンダより呪力が増えることもなく、体術の才能は皆無。

 

 何よりも未だに反転術式が上手くいかないのだ。

 それでも呪力量としては一級術師の域を逸脱しているのだが。

 

 毎日集中できる場所で反転術式の修行を行っていた。

 

「大丈夫かな?」

 

 乙骨としては心配だ。

 どうにも狗巻が無理をしているように感じるのだろう。

 その表情は不安気だった。

 

「安心しろ、棘なら心配ない」

 

 パンダは自信を持ってそう言い切った。

 狗巻なら問題ない。

 そう信じているからだ。

 

「パンダくーん!」

「おーう」

 

 パンダが指導を受ける番になり、乙骨はまた呪力操作に注力することになる。

 だがその心は晴れやかで、みんなに対する尊敬の念が溢れて止まなかった。

 

 

 

 狗巻は一人、いつものように反転術式の練習をしていた。

 

 いくら呪力量が増えたところで喉がやられてしまっては術式は使えない。反転術式を習得しないことには先へと進めないのだ。

 

 だが彼に焦りはない。少しずつ、少しずつではあるが何かを掴んでいるような感覚がある。黒閃を経て分かった呪力の本質。

 

 それだけでは足りないのだろうか?

 

 反転術式とは呪力操作による技術。

 四人の中でも呪力操作の練習を人一倍しなければいけなかったパンダにも感覚を聞き、助言を受けているのだがそれでも至らない。

 

「また悩んでいるんですか?」

 

 後ろから聞こえる優し気な声に振り向くと立っていたのは亜鬼。

 

「しゃけ」

「そうですね、こんな感じですよ」

 

 亜鬼は狗巻の体に触れ、正の呪力を軽く流した。

 反転術式を他人ヘと行使するという絶技をいとも容易く行う先生はやっぱり凄い。

 そう思いながら感覚を掴むのに集中する。

 

「こんぶ」

「確かにそうですね、ひっくり返すという感覚が近いかもしれません」

 

 一緒に過ごす期間が増える中、亜鬼は狗巻の言いたい言葉を完璧に理解することができるようになっていた。

 

 

 共に歩み、励まし、高め合う。

 

 生徒は亜鬼を何よりも誰よりも信頼していたし、それは亜鬼も同じこと。彼らの中に秘める才能を誰よりも正確に感じ取り、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ある朝、四人はいつも通り校庭へと向かっていた。

 

 亜鬼は一日中依頼で埋まっているので高専にはいないが、指示されている訓練はある。いつもは深夜や早朝に依頼を済ませる亜鬼だが、流石に依頼の量が多すぎたらしい。

 

 四人の中で一番後ろを歩く乙骨がぞくりとした寒気を感じ、後ろを振り向いた。

 

「なんかちょっと嫌な感じが・・・」

「気のせいじゃないのか?」

「いや、確かに嫌な予感だ」

「しゃけ」

 

 呪力感知に疎い真希以外がその場に立ち止まった。

 

 空から巨大なペリカンのような呪霊が降りてくる。

 その距離まで近づいてやっと真希も振り向いた。

 

「珍しいな、憂太の勘が当たるなんて」

 

 そう話しながらポケットに忍ばせている呪具収納呪霊から如意棒を取り出す。

 この呪霊も亜鬼が捕まえてきて真希のために躾けたものだ。主従関係は真希に移してあるので取り込まれる心配もない。

 

 そうして鳥の呪霊から飛び降りる一人の男。

 

「関係者じゃねえよな」

「見ない呪いだしな」

「すじこ」

「わーでっかい鳥」

 

 それぞれが緊張感なく話し合う。

 高専に飛び降りた一人の男は高専を見回し、懐かしそうに目を細めた。

 

 

「変わらないね呪術高専は」

 

 

 男の名前は夏油傑。

 

 

 途轍もなく大きな何かが今、始まろうとしていた。

 

 




 みなさん薄々察しているかもしれませんが、私は夏油傑がめっちゃ推しです。

 呪術廻戦において宿儺と並ぶ程のカリスマを持っているのは彼だけだと思っています。
 私の中では彼もまた“最強”なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正義


 活動報告にも書いたのですが、ITパスの試験勉強の為に投稿頻度が大幅に落ちると思います。少し経てば元に戻すのでどうかご了承下さい。


 

「変わらないね呪術高専は」

 

 夏油傑は辺りを見回してそう呟く。

 ペリカンのような呪霊の口から他の呪詛師達も現れた。

 明らかな異常事態。

 

「うぇ〜夏油様ぁ本当にココ東京ぉ?田舎くさぁ」

 

 少女が軽口を叩きながら地面に飛び降りる。

 

「菜々子・・・失礼・・・」

「えー美々子だってそう思うでしょ?」

 

 双子が軽口を叩き合う。

 その様子は村で迫害されていた頃とは似ても似つかない元気さだった。

 

「んもう!さっさと降りなさい!」

 

 ラルゥが注意し、その言葉にまた言い返す。血は繋がっていなくとも、彼らは紛れもなく家族だった。気安く言い合える信頼で築かれた関係。

 なんと得難く尊いものなのだろう。

 

「アイツら・・・何?」

 

 美々子が不思議そうに首を傾げる。菜々子は気にせずパンダにカメラを向けて無邪気に写真撮影を始める始末だ。

 

「オマエらこそ何者だ。侵入者は憂太さんが許さんぞ」

「こんぶ!」

 

「え!?」

 

 パンダと狗巻が冗談混じりに侵入者へと注意する。

 

「憂太さんに殴られる前にさっさと帰んな!」

 

「えぇ!?」

 

 真希もそれに乗って叫ぶ。

 この学年は存外ノリが良い。

 困ったように驚く乙骨もどこか楽し気だった。

 

 だが次の瞬間、夏油が動く。

 消えたように見える速度で乙骨の前まで移動したのだ。

 

 真希が反応し、如意棒を振るった。

 下から上へとカチ上げるように振るわれたそれを躱す夏油。躱すことを読んでいたようにパンダが拳を突き出す。

 

 その一連の攻撃の鋭さに夏油は目を見開き、少し微笑みながら拳を受け止めた。

 

 

──動くな

 

 

 狗巻の呪言が炸裂する。

 それでもやはり遥か格上。

 すぐに動き出した夏油は一歩後ろに飛び、距離を取る。

 

「素晴らしい」

 

 夏油はぽつりと呟いた。

 

 今の攻防は軽いジャブのようなものだ。夏油だって最高速ではないし、真希もパンダも牽制の意味合いが強い。それでも夏油は特級。

 並の術師が反応できるような速度ではない。

 

「想像以上の逸材揃いじゃないか」

 

 喜色を滲ませた声色で上機嫌に笑う夏油。

 彼は間違いなく悪であり、数え切れない程の殺人を犯した犯罪者でもある。

 だが非術師が嫌いでも呪術師が嫌いな訳では無い。

 

 素晴らしい呪術師の存在というのはそれだけで彼を心から喜ばせるのだ。

 

「禪院家の落ちこぼれと聞いていたが、どうやら間違いだったようだ」

 

 夏油は少し痺れる手をさすりながらそう言った。

 禪院真希は呪力のない猿だ。そう考えていた彼からすればこれは驚くべき事態であり、同時に喜ばしいことでもあった。

 

「どうだい君達、私と共に来ないか?」

 

 夏油が大げさな身振り手振りで辺りをぐるりと見渡した。

 良い反応を返さない周囲を見て溜息を吐く。

 

「こう考えたことはないか?」

 

 深い悲しみと抱えきれない程の怒りを孕んだ底が見えない深淵の瞳を輝かせて彼は叫んだ。

 

「この世界は間違っている!なぜ我々強者が弱者に適応しなければならない!」

 

 彼は一般社会の秩序を守るために呪術師が暗躍するこの世界を許せなかった。

 

 非術師を守るために死んでいく仲間がいた。

 笑顔で話していた友人が明日には亡き者となっているかもしれない。

 

 そんなことも知らずにのうのうと笑顔で暮らしている猿共をどうしても憎まずにはいられなかった。

 

「我々が猿共の為に傷つき、死を迎える時、彼らは無為な事に人生を費やしている。」

 

 こんなに馬鹿なことがあるか?

 命を懸けて必死に守った者は全く持って何の価値もないカスだったのだ・・・

 

「万物の霊長が自ら進化の歩みを止めている。何の意味も無い行為に命と時間を懸け続けている」

 

 語る、語る。

 

「そろそろ人類も生存戦略を見直すべきだ、そう思わないか?」

 

 話の本質が見えてこない。

 結局夏油が何を言いたいのか理解できない四人は揃って首を傾げた。

 

 夏油が纏う雰囲氣がおちゃらけた軽いものから重々しく変化していく。

 絶望を煮詰め、濾して希望を取り除いたらきっとこんな色だろう。

 ドス黒い呪力が辺りを渦巻く。

 

「だからね、君達にも手伝って欲しいんだ」

「何をだよ」

 

 真希の疑問を聞いて心底愉快そうに彼は笑った。

 

 

「非術師を皆殺しにして呪術師だけの世界を創るんだ」

 

 

 それこそ彼の悲願。

 何を失っても、外道に堕ちても叶えたい一つの夢。

 

 彼が持つ正義の形だった。

 

 

 

 

 場は完全に夏油が支配していた。

 四人は彼の狂った発言に言葉も出ない。

 

「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか」

 

 そこに歩いてくる銀髪の男。

 呪術界最強、五条悟。

 

「悟、久しいね」

 

 懐かしそうに目を細める夏油。彼らは同じ時に入学し、机を並べた親友同士だ。

 お互いに思うところも多いのだろう。

 

「この子達、君の受け持ちかい?道理で素晴らしい訳だ」

 

 五条は答えない。

 相手に要らぬ情報を与える必要などないからだ。

 

「呪力のない猿をここまで育てるとは・・・」

 

 

──飼育員の方が向いているんじゃないか?

 

 

 その言葉を聞き、乙骨が顔を顰めた。

 

 仲良くなる中で真希の事情は聞いている。

 彼女に呪力がなかったことも、それでも彼女が目指す夢のことだって。友達を侮辱されるというのは彼が一番好かないことだ。

 

 それに彼は意図せず四人の地雷を踏み抜いたのだ。

 

 彼らにとって、亜鬼は母のような存在だった。

 道を示してくれ、落ちこぼれや爪弾き者の自分達を優しく導き、愛してくれた。

 

 それがどんなに嬉しかったか・・・

 

 

「何の真似だい?」

 

 乙骨が抜き身の刀を夏油の首筋に当てる。

 真希が夏油の胸ぐらを掴み上げる。狗巻もパンダも臨戦体勢へと移行していた。

 

「てめえの言ってることは分かんねえけどよ」

 

「夏油さんの言うことはよく分からないけど・・・」

 

 

「「先生を侮辱するのだけは許さない」」

 

 

 夏油はそこでようやく自分が地雷を踏み抜いていたことに気がついた。

 恐らくこの学年の受け持ちは五条ではなく、“死風”だということも察した。

 

「すまない、君たちを不快にさせるつもりはなかった」

 

 慌てたように謝る夏油。

 彼としては呪術師と争うのは本意ではない。

 

「じゃあ一体、どういうつもりでここに来た」

 

 夏油と真希の間に入り、威圧感を放つ五条。

 それを見て夏油は薄く笑う。

 

「宣戦布告さ」

 

 それを聞いて驚く五条を尻目に夏油は告げる。

 

 

「聞け!」

 

 

 その声には人を惹きつける不思議な力があった。

 場は静まり返り、夏油の独壇場と化す。

 

 

「来たる12月24日、日没と同時に我々は百鬼夜行を行う!」

 

 

 響き渡る声は絶望の始まりを示していた。

 

 

「場所は呪いの坩堝、東京新宿!」

 

「呪術の聖地、京都!」

 

「各地に千の呪いを放つ。下す命令は“鏖殺”だ」

 

 かつてない程大規模なテロとなるだろう。

 それも呪力を持たない者は絶対に対処が不可能という悪質なものだ。

 

「地獄絵図を見たくなければ死力を尽くして止めにこい」

 

 特級術師の彼にしか成し得ないだろう。

 放っておけば世界中の人間が殺されてしまうかもしれない。

 

 

「思う存分・・・」

 

 

呪い合おうじゃないか

 

 

 

 放たれた圧は五条が放つものと拮抗した。

 

 比類なきカリスマ。

 

 これこそ現代に放たれた魔王。

 

 

 

「あー!夏油様お店閉まっちゃう!」

 

 その余りの気迫に息を呑む周囲を気にせず菜々子が叫ぶ。

 自由奔放な彼女らしい無邪気な態度。抑圧され続け、存在すら許されなかった彼女は今、幸せを噛み締めていた。

 

「もうそんな時間か、すまないね悟」

 

 夏油にとって家族とは何よりも優先するものだ。

 彼ら家族の間に築かれた絆は本物で、誰も邪魔することなんてできやしない。こんな状況であってもそれは変わらない。

 

「彼女達が竹下通りのクレープを食べたいときかなくてね、お暇させてもらうよ」

 

 ペリカンの呪霊へと乗り込む家族を追い、夏油も背を向ける。

 

「このまま行かせるとでも?」

 

 五条が威圧する。実際、ペリカンの呪霊が飛び立った瞬間に虚式でも打ち込んでしまえばそれで終わる話だ。

 

「やめとけよ」

 

 夏油の影から数えきれない程の呪霊が姿を現す。

 中には特級に思えるようなものさえ紛れ込んでいた。

 

「可愛い生徒が私の間合いだよ」

 

 そう言われてしまえば五条としても見逃すしかない。

 

 飛び立っていく呪霊を見ながら五条は決意した。

 十年前、夏油を殺す判断が出来なかったのは五条だ。

 

 なればこそ、この手で決着を・・・

 

 

 

 

 

 任務から帰ると高専が騒がしい。

 何かあったのだろうか?

 

「どうしたんですかね、阿瀬比さん」

「うーんちょっと分からないなぁ」

 

 私が移動する際の運転を引き受けてくれている“窓”の阿瀬比さんだ。

 すっごく仲良くしてくれるし、任務に出向いた先で一緒にご飯を食べることも多い。

 

 “窓”の中で一番仲が良いと言ってもいいだろう。

 今日はもう12件も依頼をこなしたので時間も遅いのに、高専では明々と電気が灯っている。

 

「じゃあ今日はお疲れ様。ゆっくり休んでね」

「はい!ありがとうございました!」

 

 阿瀬比さんと別れ、高専に入るとそこに居たのは五条先生だ。

 明らかに私を待っていた感じがする。

 

「やっと来たね」

「何かあったんですか?」

 

 明らかな異常事態だ。それでも一つ心当たりがある。

 時期的にそろそろだと思っていたが私がいないところを狙われたか・・・

 

「傑が来た」

「詳しく話して下さい」

 

 今日はまだまだ眠れなさそうだ・・・

 

 

 

 

 

「総力戦だ。今度こそ夏油という呪いを完全に祓う!」

 

 夜蛾さんの言葉でやっと会議が終わった。

 OB、OG、アイヌの呪術連など、協力してくれる全ての場所から呪術師を集めるらしい。

 

 原作通り乙骨君と真希ちゃんは高専に残ることになった。これは乙骨君を戦場に出すのが危険なことと、真希ちゃんが未だに四級術師なことが起因している。

 

 真希ちゃんの等級はまだ今のままでいいと判断した。

 それはひとえに危険だから。

 絶対に特級呪霊と出会っても勝てるようになるまでは四級で良い。

 

 原作知識で夏油が高専に襲撃を仕掛けてくることは知っているが、敢えて口にしないことにした。

 

 夏油は基本的に呪術師を殺さない。

 これは呪術師を殺すということが彼の目的に反するからだ。

 だが四人はそんなことを知らず必死で立ち向かうことになる。

 

 これは何よりも経験になるだろう。

 絶対に必要な戦いだ。

 それに今の彼らの実力で夏油に一方的にやられるというのは考えにくい。

 

 勝てないにしても五条先生が間に合う程度の時間は絶対に稼ぐことが出来る。

 私が手助けしてもいいのだが、格上と戦う経験は必要不可欠なのでここは皆んなに頑張ってもらおう。

 

 私の振り分けは京都になる。

 五条先生と違う戦場にいた方がいいという判断だ。

 どちらに夏油が来たところで確実に勝てるということだね。

 まあ来ないんだけど・・・

 

 私は大人しく京都で結果報告を待つことにしよう。

 

 

 

 夏油よ、私の愛する生徒達は強いぞ・・・

 

 

 

 

 

 夏油は高専への道を悠々と歩く。

 

 全ては彼の計画通りに運び、五条もあの理外の呪霊も乙骨から引き離した。

 百鬼夜行とは全て里香を手に入れるための囮に過ぎない。

 

 

 

 

「さあ、新時代の幕開けだ」

 

 

 

 

 高専の地へと一人の巨悪が足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんかとんでもないことになっちゃったなぁ」

 

 乙骨は一人教室で呆けていた。

 そこで扉が開かれる。

 

「真希さん」

「何してんだ、今週は休講だろ」

 

 彼らは居残り組の為、教師もいない今は休講期間だ。

 それを言うなら真希も何をしているのかという話だが。

 

「何だか落ち着かなくて・・・二人は大丈夫かな?」

「あん?大丈夫だろ、あいつら舐めんな」

 

 真希は消化不良といった感じで机に腰掛けてため息をついた。

 彼女の珍しい姿につい問うてしまう。

 

「どうしたの?」

「私も京都に着いて行きたかったんだ」

 

 それを聞いてなるほどと納得した。

 京都は亜鬼先生の担当地だ。

 

「私はあの人に救われたんだ、返しても返しても返しきれねえ恩がある」

 

 そう言って強く拳を握りしめる真希。

 それは乙骨も同じ気持ちだった。

 

「だから決めてんだ。あの人が大変な時、今度は私が助ける番だってな」

「先生が大変なとこなんて想像できないよ・・・」

「それもそうだけどよ」

 

 たわいもない話で盛り上がり、教室を出ていく真希。

 

「部屋戻るわ」

「うんまたね」

 

 そう言って扉を閉めた真希はふっと笑った。

 色々言っても彼女も狗巻とパンダが心配だったのだ。

 乙骨と話したことでそれが少しでも紛れた気がする。

 

 その時、空が黒く染まった。

 世界が夜に塗り変えられていく。

 

 

「これって帳?一体誰が・・・」

 

 

 

 

 

 

「君がいたか」

 

 

 高専を我が物顔で歩く夏油が足を止める。

 否、目の前の彼女が止めさせた。

 

「いちゃ悪いかよ」

 

 彼女は禪院真希。禪院家の落ちこぼれにして、天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 

「悪いが君と話す時間はない」

 

「奇遇だな、私も丁度用があるんだ」

 

 夏油と真希の全身に呪力が漲る。

 お互いに油断など無い。

 相手が強者だと正しく理解していた。

 

 張り詰めていく空気、研ぎ澄まされていく殺気。

 

 

「さっさと終わらせるとしよう」

 

「準備運動には丁度良い」

 

 

 斯くして、二人は激突する。

 

 

 お互いにどうしても守りたいものがある。

 守る方法は違えどその気持ちは同じ。

 

 これは戦争だ・・・

 

 戦争とは得てしてお互いの正義のぶつけ合いである。

 

 




推しVS推し

どんな戦いを魅せてくれるんだ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激闘

 原作読んでて思ったけど乙骨くん気づくの遅すぎません?


 

「はぁ!」

 

 先に動いたのは真希だった。

 雷鳴と見紛うような踏み込みに大地が悲鳴を上げる。

 風を切り裂きながら夏油に肉薄し、目を狙って貫手を放つ。

 

 彼女は修行の末、二級程度の呪力しか得られなかった。

 だがフィジカルギフテッドによって与えられた身体能力は総呪力量の増加に比例して育ち、今や伏黒甚爾と並んでいる。

 ほとんどの術師では対応することも出来ないその一撃を前に夏油は薄く笑い、余裕を持って回避した。

 

 回避されることなど分かっていた真希は夏油の右腕を掴む。

 

「ふっ!」

 

 次の瞬間、夏油は宙を舞っていた。

 力で無理矢理投げられたのではない。

 ただ軽く腕を捻られただけの筈だ。

 

 何が起きたのか全く理解できなかった。

 真希はその隙に鋭い飛び蹴りを放つ。

 

 だが夏油は対応した。

 

 呪霊を空中に召喚し、足場にして追撃を躱す。

 そうして真希の上から呪霊を解き放った。

 

 準一級呪霊「岩鋼」

 自分の体重を操るシンプルな術式を持った巨大な岩型呪霊。

 それが最大限まで体重を引き上げて真希に迫る。

 

「舐めてんじゃねえ!」

 

 真希はその場で一度くるりと両腕を回し、両方の掌を重ねる。

 地面を踏み締め、力強くそれを突き上げた。

 

 

──羅刹流“空穿”

 

 

 黒い稲妻が迸り、呪霊が跡形もなく砕かれる。

 夏油は一度距離を取り、考察へと入った。

 

 今彼が召喚した「岩鋼」は硬さだけを見れば一級呪霊の上位に位置するだろう。

 それを一撃で粉々にするというのは並大抵のことではない。

 更に夏油を宙へと投げたあの技は合気道に似た感覚がした。

 

 高い身体能力だけではない、その扱い方も熟練されている。

 

「厄介だね」

 

「そりゃどうも」

 

 そう言葉を交わし、夏油は呪具収納呪霊から三節棍を取り出した。

 かつて亜鬼によって破壊され、修理された特級呪具。

 

 名を“遊雲”

 

「本気ってか」

 

「そう受け取ってもらって構わないよ」

 

 だが真希は今尚素手のままである。

 理由は簡単だ。

 

 彼女は素手が一番強い。

 奥の手は別だが、羅刹流は基本的に素手が武器だからだ。

 

 ここからが本番。

 お互いがお互いを敵だと、脅威だと、侮れないと判断し、同じステージへと立った証。

 

 今度は同時に動き出す。

 

 真希が得意とするのは超接近戦。

 相手の間合いで殴り合うインファイト。

 

 対して夏油が得意とするのは中距離だ。

 呪霊を上手く使い分け、遊雲の間合い確保も出来るこの距離こそ彼の間合い。

 だがそれは彼が近距離を苦手とするという意味ではない。

 

「はっ!」

 

 真希が攻め、夏油が守る。

 反撃の隙も与えない怒涛の連撃。

 

 一撃、鳩尾への膝蹴り。

 なんとか呪霊を割り込ませた夏油だが、それを貫通して膝蹴りが食い込む。

 

 二撃、浮き上がりながらも防御姿勢を崩さない夏油に対し、真希が行ったのは左手の手首を掴むことだった。

 呪力の流れを掌握し、回転させながら軽く捻り上げる。

 それだけで夏油は再び体勢を崩し、地面へと叩きつけられた。

 

 三撃、上手く受け身をとって衝撃を流した夏油は狼のような呪霊を召喚して放つが、真希からすれば迎撃など容易い。

 噛みつこうとする狼の口へと逆に手を差し込み、中で呪力を爆発させた。

 そのままの勢いで夏油を蹴り飛ばす。

 

 四撃、深いダメージを負った夏油に回復させる暇を与える訳には行かない。

 現状、真希が優勢を取れているのは相手がこちらの動きに適応しきれていないからだ。

 それでも急所への攻撃は確実に防がれている。

 

 このままでは適応され、負けるのはこちらだ。

 全力で疾走して吹き飛ぶ夏油に追いつき、跳躍して脳天へと踵落としを叩き込んだ。

 地面はひび割れ、高専全体が強く揺れる。

 

「来たね」

 

 そこで夏油がにやりと笑った。

 その手元には小さな呪霊。

 

 

 一級呪霊“影法師”

 

 

 その術式は身代わりの作成だ。

 地面に倒れ伏す夏油がどろりと溶け、黒い影のように変わる。

 

 それを見て反応しようとする真希だが遅い。

 背後から遊雲が突き刺さった。

 弾き跳ばされ、壁へと叩きつけられる真希。

 

「呪力感知を怠るのは良くないね」

 

 そうしてほとんど無傷の夏油が姿を現す。

 途中で術式によってすり替わり、受けたダメージは反転術式で回復済みである。

 

「ごぼっ」

 

 遊雲が直撃した真希は血を吐き出す。

 フィジカルギフテッドの影響で身体能力は極めて高いが、未だ体は成長途上。早くて強いがその分脆い。短い期間で成長し過ぎた弊害だった。

 体が成長しきるには少し時間が足りなかったのだ。

 

 それに真希には回復手段と呼べるものが存在しない。

 今の真希の状態はかなり危険である。

 

 身体中の骨に小さな罅が入り、背中は特にひどい。それは咄嗟に受けた力を流したからであり、本来なら死んでいても可笑しくないような一撃だった。

 

「はぁはぁ・・・」

 

 真希は考える。

 死ぬかもしれない・・・などと考えている暇ではない。

 どう勝つか、どう守るか、どう切り抜けるか。

 

 勝負に対しての神経をただただ研ぎ澄まし、呼吸も落ち着かせる。

 そうして彼女は死んだようにその場から動かなくなった。

 

 今、真希は骨の罅を呪力によって補っている。

 これは「理」を会得する際、自分自身の体全てを掌握したから出来る絶技。

 体が治る訳ではないが、これで今は闘える。

 

「シィィィィ────」

 

 深く深く息を吸い、そして鋭く吐き出す。

 

 

 ここで真希は勝負に出ることに決めた。

 

 もう一度深く息を吸い、心臓へと呪力を送り込む。

 血液を介して呪力が身体中へと巡り、廻る。

 

 ここまではただの身体強化。先ほどまでも行っていたことである。

 

 その状態から更に上の段階へと引き上げる。

 未だに真希が扱いきれない技である。

 

 

──羅刹流・奥義“羅刹天”

 

 

 ゆらゆらと呪力が立ち上り、真希の身体中から耐えきれないとばかりに血が流れ出す。

 

 羅刹流には奥義と呼ばれる技が六つある。

 その中でも身体強化の技はこれだけ。

 

 心臓の鼓動が響き渡る。

 

 血液の巡りが加速する。

 

 身体中が燃えるように熱くなる。

 

 

 心臓の鼓動に応じて力の波動が撒き散らされ、辺りを支配した。

 

「凄まじいね」

 

 もはや真希に夏油の言葉など聴こえていなかった。

 何も聴こえない、何も視えない、何も感じない。

 

 それらの器官は全て身体強化の際の呪力の波動で焼き爛れていたからだ。

 

 ただ地面に降り立ち、直感に任せて体を動かす。

 

「がぁ!」

 

 真希が一歩踏み出した時、既に夏油の目の前にいた。

 夏油は驚愕に顔を歪める。

 

「馬鹿な」

 

 何とか対応し、突き出される拳を受け流した。

 

 筈だった。

 受け流したと思った次の瞬間、夏油は地面へと叩きつけられていた。真希は受け流されると同時に呪力を廻し、勢いを利用して逆に夏油を投げたのだ。

 

 “羅刹天”は一時的に身体能力、五感、全てを数段上へと引き上げる技術である。

 それは「理」を扱う精度も例外ではない。まだ未完であるが故に身体中が焼け爛れているが、完全に習得した場合ではノーリスクとなるだろう。

 

「は!」

 

 投げられると同時に体勢を立て直した夏油が見たのは己の顔面数センチまで迫る真希の拳。咄嗟に呪霊を割り込ませ、全力で後ろへと跳ぶ。

 

 割り込ませた呪霊は当然のように一撃で消し飛び、障害などなかったと言わんばかりに真希は再び夏油に肉薄。

 その顔を打ち抜いた。

 

「がはっ!」

 

 血を吐き出しながら吹き飛ぶ夏油。

 呪力でもガードし、出来る限り受け流しても脳に凄まじい衝撃が襲いかかった。

 

 途切れそうになる意識を舌を噛むことで繋ぎ止め、なりふり構わず呪霊を大量に召喚する。

 その数およそ百体。

 中には一級呪霊だって紛れ込んでいる。

 

 それを感じ取った真希の姿が消える。

 

 瞬間、一番真希の近くにいた呪霊が消し飛んだ。

 その次に近くにいた呪霊も同じように祓われる。

 

 次、次、次・・・

 

 真希は目に映らないほどの速度で動き、周りの呪霊を抉り、裂き、貫き、破壊し、消し飛ばした。

 

 そうして百体を僅か一分で皆殺しにし、守りも無い夏油へと向かった。

 夏油はその一分間で反転術式による回復を終わらせており、万全の状態である。

 

 

 そうして再び激突する両者。

 

 真希は圧倒的な身体能力と研ぎ澄まされた技術で。

 

 夏油は呪霊を織り混ぜた巧みな戦闘術と限界まで施した身体強化で。

 

「っあ゛ぁ!」

 

「はあ!」

 

 打ち、流し、隙を窺う。

 だが両者ともそんなものを見せはしない。

 

 激しい攻防が続けられ、しかし真希には限界が近づいていた。

 

 

 

 次第に夏油は真希の速度へと適応し始めた。

 このまま続けていても真希に勝ち目はない。

 

 そう判断し、夏油を防御の上から蹴り飛ばした後、大きく距離を取った。

 

 その姿を見て夏油もまた身構える。

 

 

 真希は既に限界を迎えつつある体に鞭打ち、両腕を後ろに大きく引いた。

 それと同時に震脚。

 大地が蜘蛛の巣状に罅割れ、大気が哭いた。

 

「来るか」

 

 夏油はそれに対応して大量の呪霊を召喚、自分と真希との間に壁として配置する。

 

 

 そんなものは関係ない。

 真希は震脚によって体に返された衝撃を体内で廻す。

 

 足から膝、膝から腰、腰から肩、肩から腕、腕から手首。

 そうしてもう一歩踏み込んだ。

 

 今までの速度を更に超える神懸かった速度で夏油へと突き進む。

 

 そして掌底!

 

 それと同時に手首から掌へと衝撃が移動し、壁となる呪霊を全てぶち抜いた。

 

 

 そのまま夏油へと肉薄。

 呪力を廻し、打撃へと合わせる。

 

 

──羅刹流・奥義“白虎”

 

 

 真希の両掌が虎の牙を幻視させる。

 全ての呪霊を食い破り、夏油へと迫るその一撃を前にして尚、夏油は動かなかった。

 

「限界だったか」

 

 その手は夏油へと僅かに届くことなく停止していた。

 真希は掌底を放った姿のままその場で立ち止まっている。

 

 否、既に真希は意識を失っていたのだ。

 それでも尚勝利へと喰らいついた限界を超えた一撃がそれだった。

 

「素晴らしい術師だ」

 

 夏油の一言はそれに尽きた。

 呪術師が呪術師を守る為、命を振り絞って戦った。

 こんなに素晴らしいことがあるだろうか。

 

 体中の至る所から血を流し、身体中ボロボロで意識もない。

 それでもここは通さないと勇ましく立つその姿。

 

 夏油は真希の閉じた目から涙のように流れ落ちる血を手で拭い、そうして頭を撫でた。

 

「君は強かった。断じて落ちこぼれなどではないな」

 

 夏油はそれだけ呟き、校舎の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 おかしい。

 

 現状、京都でも東京でも夏油の発見報告は受けていない。

 目立ちたがりの夏油が前線に出てこないとなると、何かしら裏があるかもしれない。

 

「五条さん!」

 

 そう考えている時、伊地知がこちらへと走ってくる。

 

「どうした?」

「こんな時にとは思いますが、早い方がいいかと。以前調査を依頼された乙骨の件です」

 

 報告を聞き終え、五条は思考をフル回転させた。

 結果、最悪の予想が思い浮かぶ。

 

「パンダ!棘!」

 

 その唯ならぬ様子に反応する二人。

 質問をする間も無く五条に引きずられる。

 

「今から二人を呪術高専に送る」

「はあ!?」

 

 驚く二人へと丁寧に説明している暇はない。

 

「夏油は今高専にいる。絶対、多分、間違いない」

「どっちだよ」

 

「勘が当たれば、最悪憂太と真希二人死ぬ!!」

 

 その言葉を聞き、どこか気楽な雰囲気だった二人の空気が入れ替わる。

 

「僕もあの異人を片付けたらすぐ行く」

 

 

──二人を守れ。悪いが()()

 

 

 顔を見合わせるパンダと狗巻。

 返事はもう決まっていた。

 

「おう!」

「しゃけ!」

 

 その瞬間、五条によって二人が高専上空へと転移された。

 

 ミゲル達はそれを見て計画に勘付かれたことに気が付く。

 

「美々子、菜々子、予定を繰り上げます。開戦よ!」

「待ってましたあ!」

 

 夏油一派が開戦に向けて動き、呪霊が解き放たれた。

 そこで五条を引きつける一人の男。

 

「アンタノ相手ハ俺ダヨ、特級」

 

 かつて亜鬼がアフリカまで会いに行った男、ミゲルである。武器である黒縄を持ち、最強の足止めへとかかる。

 

 だが五条も余裕がない。

 正確には遊んであげる暇がない。

 

 

「悪いけど、今忙しいんだ」

 

 

 百鬼夜行が幕を開けた。

 

 

 

 

 真希を背に高専へと歩を進めようとした時、夏油は帳に穴が開いたことを感じ取った。

 

「誰かが“帳”に穴を開けたな。何事もそう思い通りにはいかないもんだね」

 

 そう愚痴りながらも夏油の顔には薄い笑みが浮かび、明らかに上機嫌。

 そんな彼に影がかかる。

 

 見上げると何かが降ってくるじゃないか。

 

 

「があぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 それは体長六メートル程の巨大なパンダだった。

 着地と同時に夏油へとダブルスレッジハンマーをお見舞いする。

 

「やるね」

 

 だが夏油からすればその程度の速度の攻撃が当たるはずもない。

 軽く避け、観察へと入る。だがパンダからすれば夏油のことなど二の次だ。

 

 周りを見渡し、血まみれの真希を発見して心が乱れる。

 その隙を夏油がつかないはずもない。

 

「よそ見」

 

 夏油はそう言いながら上段蹴りを繰り出した。

 そしてその足が掴み取られる。

 

「誰が?」

 

 パンダは確かに真希のことを確認した。

 だが夏油から意識を外すことなどしていない。

 

 パンダは掴み取った足を振り回し、地面へと叩きつけた。

 受け身を取り、簡単に衝撃を流す夏油。

 

──コイツ、体術もいけるクチか・・・

 

 そう判断しつつ距離を取る。

 

「棘、どうだ」

「いくら」

 

 狗巻の腕の中には回収された真希の姿。

 血まみれで痛々しく、その姿が更に二人を怒らせる。

 

「俺が時間を稼ぐから、その間に頼む」

「しゃけ」

 

 パンダは裂帛の咆哮を上げ、夏油へと向かっていった。

 

 その間に狗巻は口を覆い隠すマフラーを下げる。

 そうして傷ついた真希へと声を掛けた。

 

──治れ

 

 

 戦いはまだまだこれからだった。

 

 




 今回の技解説

 羅刹流“空穿”

 読み方はそらうがち
 力の流れを操りつつ勢いのまま重ねた掌底を放つ技術。
 亜鬼が放つと文字通り空を穿つ。

 羅刹流・奥義“羅刹天”

 ただの身体強化の更に上。
 心臓を呪力によって強化し、一度に廻す呪力量を爆発的に増やす。耐えうる強度の体と桁外れの呪力操作技術が必要。

 羅刹流・奥義“白虎”

 震脚の勢いで前に飛び出し、その勢いを更に利用しつつ掌底を放つ。しかも放った瞬間に相手の体に呪力を流し込み、振動させる技。
 発勁みたいな感じ。
 今回はそこまで行けなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死守

 書くの楽し〜!
 私は正直にわかなので色々ツッコミどころがあると思いますが、できる限り考えているので許してください・・・


 

 パンダが足止め、狗巻が治療。

 口数少なく意思疎通を終わらせたパンダは夏油へと立ち向かう。

 

 今のパンダは体躯が普段の姿より遥かに大きい。

 これは亜鬼の意見によるものである。

 呪力量が増える中、戦闘で呪力を扱うとなるとどうしても制御が追いつかなかった。

 そこで呪力回路を太く、長く、大きくする必要があった。

 

 パンダ核とゴリラ核の同時使用。

 結果的に辿り着いたのがこの結論であった。

 こうすることで呪力操作も圧倒的にしやすくなり、扱える呪力も単純計算で2倍に増える。

 

 

パンダ"双核駆動(デュオ・ドライブ)"

 

 

「面白いね」

 

 パンダの変化を見て笑う夏油。

 夏油が振るう遊雲とパンダの巨大な拳は何度も何度もぶつかり合い、硬質な音を響かせていた。

 

 今のパンダの総呪力量は特級に匹敵する。

 それを惜しみなく効率の良い身体強化に注ぎ込み、巨大な体格から放たれる一撃は隕石の衝突を思わせる。

 

 実際、通常の打撃の威力は真希の上をいく。

 それに加えてパンダには鍛えられた体術がある。

 周りに二人も体術の天才がおり、様々なことを仕込まれた今のパンダは体術という点でも他を引き離す。

 

 パンダの巨体からは想像もできないほど俊敏な動きで避け、躱し、打ち込む。

 実践的で的確な素晴らしい身のこなしである。

 

「ほい!」

 

 パンダが放つ拳がいなされ、地面へと突き刺さった。

 砕けた大地の破片が飛び散り、砂埃が巻き起こる。

 

「バレバレだよ」

 

 夏油はパンダが背後へと回り込むのを呪力感知で察知し、背後へと遊雲を叩きつけた。

 

 だがそこには何もない。

 

「囮か!」

 

 そう叫ぶも遅い。

 パンダが放つ隕石の様な一撃が夏油を真正面から捉えた。

 

「あぁ、これが得意技でな」

 

 パンダはデコイを作ることを得意とする。

 これは呪骸の核の位置を誤認させるための技術だったが、それで終わらせるのは勿体ないと亜鬼に諭され、一つの技まで昇華された。

 

 未だに砂埃が舞う中、パンダの呪力が希薄になる。

 そこから3つ気配が別れる。

 

 夏油の左右から迫るものと真正面から突貫してくるもの。

 

 全く見分けが付かず、その技術の高さに舌を巻く夏油。

 

「どうするか・・・」

 

 結論、全て叩く。

 全て叩けばデコイなど関係ない。

 その通り、左右のデコイを消し飛ばし、正面のものも叩き割った。

 

「やはり全て囮か」

 

 予想通りだ。

 直感でそう判断していた夏油は不思議に思う。

 では本体は?

 

 

──動くな

 

 

 だからこそ意識の外にあった呪言が刺さる。

 夏油の体がその場に縛り付けられる。

 圧倒的格上である夏油を止めておける時間は一秒に満たない。

 

 だが二人にはそれで充分すぎた。

 毎日毎日理不尽なほど強い教師と組み手をする中で育まれた絆、そこから生まれる完璧な連携。

 

「おらああああああ!」

 

 パンダが夏油の上から拳を叩きつける。

 防御姿勢を取ることすら許されず、一撃をもらう夏油。

 だがここで緩めはしない。

 

「ふん!ふん!ふん!ふん!」

 

 地面に沈み込む夏油へと容赦無く繰り出される追撃。

 何発もの拳が夏油へと叩き込まれ、地震が起きたかのように大地が鳴動する。

 

 攻撃の手を緩めないパンダに砂埃の中から飛び出した巨大な蛇が噛みつき、引きずり倒した。そのまま絡みつき、体の自由を奪う。

 

「ほ!」

 

 パンダは自分に絡みつく蛇を力任せに引きちぎり、頭を握り潰してトドメを刺した。

 その隙に距離を取った夏油が反転術式で回復に入る。

 

──吹っ飛べ

 

 回復を許さず、狗巻の呪言が放たれる。吹き飛ばされ、壁に激突する夏油。

 だが真希への回復と夏油への攻撃で酷使された喉が遂に限界を迎える。

 

「げほっ」

 

 大量の血を吐き出し、体がふらつく狗巻を見てパンダは覚悟を決めた。

 これ以上狗巻に呪言を使わせる訳にはいかないと考え、壁に叩きつけられた夏油へと肉薄。

 

 自分の体全体を使ってタックルを仕掛け、壁ごと夏油を吹き飛ばした。

 

 吹き飛ぶ夏油を追って全力疾走。

 空中で体勢を立て直した夏油と真正面からぶつかり合う。

 

「君もそろそろ限界なんじゃないのかい!」

 

 游雲が振るわれ、しかしパンダはそれを最低限の防御で受け止めた。

 ひしゃげる左腕を気にせず攻撃後で隙のある夏油を右手で掴み、地面へと叩きつける。

 

 そして地面を削りながら疾走!

 夏油を使って地面を削る荒技に出る。

 

「残念、落とし穴だ」

 

 パンダの足元が突然消え、奈落の底へと落ちていく。

 夏油は緩んだ手から脱出し、パンダを踏み台に穴から抜け出す。穴は底が見えないほど深く、ここから落ちて生存するのは不可能に近いだろう。

 

「いやはや、ここまで梃子摺るとは思わなかったよ」

 

 呪霊操術は取れる手札の広さが強みだ。

 対策されても対応されても別の方向から攻めることができる。奈落の穴もその一つ。

 

「急ぐとしようか」

 

 正直、乙骨以外に障害がいることが想定外であり、その障害がここまで厄介だとは思わなかった。いずれも素晴らしい術師だ。

 夏油をして将来、自分に並ぶ可能性を感じる者ばかり。

 

 反転術式で回復を終え、服の汚れを振り払った。

 

 その時、奈落を背に歩き出す夏油は何かを感じ取った。

 

 振動が伝わってくる・・・

 

 

「っあああああああ!」

 

 

 奈落から這い出したパンダが夏油へと殴りかかる。

 落とされた瞬間に壁を掴み、凄まじい速度で上り詰めたのだ。

 

「本当に素晴らしい」

 

 パンダの双核駆動は著しく呪力を消耗する。呪力による身体強化以外に二つの核の繋がりを高める為の呪力を必要とするからだ。

 今のパンダでは双核駆動を維持することが出来るのは五分にも満たない。

 

 その状態で更に身体強化を限界以上に掛け、本来以上に自身を引き上げた今、もはやパンダの変身時間は限界だった。

 

 パンダが縮み、限界を把握していたパンダはそれに合わせて地面を踏み締め、低姿勢でタックルを放つ。

 殴りかかる様子に対して対応していた夏油はその変化に驚き、対応が遅れる。

 

「っはあ!」

 

 パンダが放てる最後の一撃が夏油を引き倒す。

 

 だがそれまでだ。

 

 

「終幕としようか」

 

 

 力が抜け、無防備なパンダを游雲が弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 狗巻は自分が不甲斐なかった。

 

 同期の二人がこれ以上ない成長を見せる中、自分はずっと反転術式すら習得できない。

体術の才能も無く、呪力量が飛び抜けて増えた訳でもない。

 

 このままでは置いてきぼりだ・・・

 

 

 でもそんなことを嘆いているのではない。

 

 今、腕の中で痛みに呻く真希がいる。

 必死に戦い抜き、見事に憂太を守って見せた。

 

 今、夏油とぶつかり合うパンダがいる。

 傷だらけになり、突破口がなくても全力で時間を稼いでいる。

 

 

 ああ不甲斐ない。

 

 

 役に立てない自分が不甲斐ない。

 

 

 皆んなを守る力が無い自分が不甲斐ない。

 

 

 今この時喉が裂け、呪言を使うことすらままならない自分が不甲斐ない・・・

 

 

 壁をぶち破り、パンダが吹き飛ばされてくる。

 体はおかしな方向へと捻じ曲がり、立つことすら出来ないだろう。

 

 狗巻は自分の中に何かが灯るのを感じた。

 

 これほどの激情は感じたことすらない。

 

 抑えきれない怒りが身を焼き焦がしていく。

 

 

 嘆いている暇ではない。

 今、反転術式を習得すればいい話だ。

 

 そうして真希もパンダも憂太も守ってみせる。

 

 だが喉は一向に治る気配がない。

 

 地面へと手を打ちつけ、ただ無力さに嘆いた。

 

 

 せめて・・・

 

 

 せめて一撃だけでも・・・

 

 

 一撃だけでも届いてくれ・・・

 

 

 こちらへと歩いてくる夏油へと手を伸ばし、それを力なく握りしめた。

 

 

 

 

 

 

バキ、ボキッ・・・ぐちゃり。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな音と共に夏油の体は押しつぶされた。

 

「な、にが・・・」

 

 夏油は慌ててその場から離脱し、反転術式で自身を治癒する。

 全く攻撃の予兆が分からなかった。

 気づいた時には体がひしゃげていたのだ。

 

「あの呪言師か!?」

 

 狗巻は今自分が成したことに驚く間も無く行動に移る。

 遂に掴んだこの感覚を逃したくなかったのだ。

 

 夏油は明確に死を感じ取った。

 このまま狗巻に好きに行動させては取り返しのつかないことになると本能が叫んだのだ。

 

「行け!」

 

 鳥型の呪霊を五体召喚し、狗巻へと向かわせる。

 いずれも二級以上の呪霊ばかり。

 尖った嘴が、鋭利な鉤爪が、狗巻へと襲い掛かる。

 

 俯いていた狗巻が視線を上げる。

 

 その眼光のあまりの鋭さに夏油は思わず冷や汗を流す。

 

 

──失せろ

 

 

 そう呟かれた瞬間、五体の呪霊が跡形もなく消え去る。

 狗巻が本来使えないような強力な言葉であり、一度使ったなら喉が使い物にならなくなるような代物だ。

 

 だが狗巻の喉が枯れることはない。

 反転術式により、完璧に治癒が施されていたからだ。

 

「化けたか・・・」

 

 寒気を感じながらそう呟く夏油は思考を巡らせる。

 今の狗巻はこれ以上なく危険だ。自分ですら殺されかねない気迫を感じる。

 

 先手必勝。

 それが夏油が出した結論だった。

 

「ふっ!」

 

 深く息を吸い、身体強化を限界までかけた状態で狗巻の背後に回り込む。

 遊雲を振り上げ、狗巻を仕留めにかかった。

 

 

──停まれ

 

 

 振り向きもせずに呟かれた一言で遊雲の動きが停止する。

 そうして狗巻の右手が拳銃を形取った。

 

 背後で驚愕する夏油に右手を向け、それをクイっと動かす。

 子供がよくやる銃を撃つフリだ。

 

 そのはずなのに・・・

 

「がはっ」

 

 夏油の右肩は吹き飛ばされていた。

 驚愕に顔を歪めながらも必死に呪霊を召喚する。

 

 一級呪霊“大陀羅坊”

 

 高さ十メートルを越す巨体が現れ、夏油を背に庇う。

 一級の中でも特級に足を踏み入れてもおかしくないような呪霊である。

 

 そんな強敵を見ても狗巻は表情一つ変えることなく、手刀を形作る。

 それを振り上げ、大陀羅坊に向けて真っ直ぐ振り下ろした。

 

 瞬間、大陀羅坊が真っ二つに分かれる。

 血が噴き出し、何が起きたかも分からぬまま祓われた。

 

「馬鹿な・・・まさか行動に呪いが籠められているのか!?」

 

 何とか回復を終わらせた夏油だが右腕はまだ完治していない。

 相手は覚醒し、自分は時間的に余裕がなく、状況はこれ以上なく悪い。

 

 狗巻が左手の指を少しづつ曲げ、鉤爪のような形を作る。

 それを左下から右上へと振り上げた。

 

 放たれる不可視の五本の刃。

 地面を切り裂きながら途轍もない速度で夏油へと迫る。

 

 その勢いから防御が不可能だと判断し、避けようとする夏油。

 

 

──動くな

 

 

 だが許されない。

 ほんの少しの硬直が夏油に絶望を齎す。

 

 何とか呪言を破り、急所をずらした。

 夏油の体に深い切り傷が刻まれ、血が噴き出す。

 

「これは少々まずいね・・・」

 

 今の状況からでも狗巻を倒す方法などいくらでもある。

 だがその後、乙骨と里香を相手にしなければならないのだ。

 それだけの充分な余力を残して勝つのは非常に難しいと言えた。

 

 

 対して狗巻も余裕がなかった。

 反転術式の会得に伴って習得した術式反転は呪言同様燃費が悪い。

 長期戦になれば負けるのは間違いなく狗巻である。

 

 見た目では余裕を保っているが、想像以上に呪力消費が激しい。

 相手に悟られないようにするのが精一杯であり、このまま呪霊を嗾けられるだけで敗北する可能性が高い。

 そのことに気が付かれないように見栄を張るのが今できる唯一のことだった。

 

 

 お互いがお互いを警戒し、一度膠着状態に入る。

 何か一つの要因で結果が変わるであろうこの戦場。

 

 

 勝利の女神が微笑んだのは狗巻の方だった。

 

 

 校舎から出て戦場へと躍り出た一人の青年。

 乙骨憂太である。

 

 

 血濡れで倒れる真希がいる。

 

 

 ボロボロで動かないパンダがいる。

 

 

 今まさに追い詰められている狗巻がいる。

 

 

 

 乙骨憂太はかつてないほどの怒りに身を任せ、愛しい恋人の名を叫んだ。

 

 

 

「来い!!」

 

 

 

──里香!!!!

 

 

 乙骨の背後に凄まじい威圧感を放つ里香が顕現する。

 

 

 特級過呪怨霊“祈本里香”初の完全顕現・・・

 

 

「ブッ殺してやる」

 

 

 最後の激突が始まる。

 

 




 やめて!これ以上敵が増えたら夏油が余りの過労に燃え尽きちゃう!
 お願い、死なないで夏油!
 あんたが今ここで倒れたら、ラルゥさんやミゲルとの約束はどうなっちゃうの?
 呪霊はまだ残ってる。ここを耐えれば、五条に勝てるんだから!


 次回「夏油死す」デュエルスタンバイ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

 本当に遅くなってすみません・・・
 めちゃくちゃ難産でした。


 

 遂に百鬼夜行が始まる。

 

 私は精神世界の明希と遊びながらその時を待っていた。

 放たれる呪霊など全くもって脅威ではないが、高専に残った二人は大丈夫だろうか?

 原作通りに五条先生が夏油の思惑に気が付いたからこそ百鬼夜行の開始が早まったのだろう。

 それならパンダ君と狗巻君が高専へと送られることになる。

 

 今の三人なら夏油を倒してしまうかもしれないなぁ〜

 私の生徒はみんな驚くほど優秀だぞ!

 

 さて、私は私の仕事をするとしようか。

 

 そろそろ呪霊が現れ始めるだろう。

 今回、被害を最小限に留める為に明希の力も借りようと思っている。

 

 お!呪霊が出始めたね。

 

 

 では始めるとしようか・・・

 

 

 明希行くよ!

 

──うん!

 

 

 明希の額に優しく口づける。

 

 溶け合う。

 

 私たちが一つになっていく。

 

 

 さあ明希・・・

 

 

──遊ぼうか

 

 

 

 

 呪霊が出現し始め、その場にいる呪術師達は気を引き締める。

 きっと厳しい戦いになる。

 死者だって相当数出るだろう。

 

 そんな思いを抱えながらも体に呪力を廻して臨戦体制をとる彼らは背後で膨れ上がった呪力に驚き、全員が後ろを振り向いた。

 

 月明かりに照らされ、美しく佇む白き鬼姫。

 

 美しい黒髪は闇を映し、紅き瞳が無邪気に輝く。

 

 彼女から放たれる威圧感にその場にいた者は呪霊、呪術師、呪詛師問わず皆膝をついた。

 呪術師達は驚き、呪霊達は恐ろしさに身を震わせる。

 

 とても立ってなどいられない。

 

 

 跪かねばならぬ。

 

 

 王たる彼女に・・・

 

 

 羅刹天アキ、完全顕現。

 

 

 アキは楽しそうな笑みを浮かべ、その場で跳躍した。

 周りを見渡し、出現した呪霊の位置を全て把握。

 呪力で生み出した板を蹴って加速。

 

 目にも止まらぬ速さで呪霊を祓い始めた。

 

 彼女が腕を振るえばそれだけで何体もの呪霊が消し飛んだ。

 

 彼女が触れるだけで誰も彼もがボロボロと消失していく。

 

 予想されていた戦いなど起こらない。

 呪霊は自分が何をされたのかも知らぬまま祓われ、呪術師はその場を一歩も動けない。

 

 ただ呪霊と呪詛師達の悲鳴だけが響き渡った。

 

 

 

 一人の白い鬼姫は単騎で呪霊の群れに突入。

 

 召喚された呪霊千体を開始僅か六十七秒で鏖殺。

 強い、という言葉で片付けて良いものではない。

 

 亜鬼が呪霊を祓う様子を見ていた呪術師達は後にこう語る。

 

──もうあの人だけでいいんじゃないか

 

 

 

 

 

 戦いは激化していた。

 夏油は手持ちの呪霊を惜しみなく召喚し、狗巻と乙骨へと放つ。

 

「いくら!」

「分かった!」

 

 狗巻の一言だけで自分がすべきことを把握した乙骨はパンダと真希の回収へと向かう。

 背後に倒れた真希とパンダがいる。

 

 それだけで狗巻は戦える。

 

 両手を顔の前へと掲げ、呪霊達を視界に収める。

 それらを叩き潰すようにして手を大きく打ち鳴らした。

 

 パン!

 

 何かが破裂するような音と共に呪霊が左右から見えない何かに押しつぶされ、祓われていく。

 

「やはり行動がトリガーになっているようだね」

 

 夏油はそれを見て狗巻の術式反転を完全に把握。

 その恐ろしさに冷や汗を流す。

 

 狗巻が稼いだ時間で真希とパンダを回収した乙骨は反転術式を使った治療に入る。

 他人に反転術式を施すというのは並外れた才能がなければ不可能である。

 それを既に習得しているのだから彼の恐ろしさが分かるだろう。

 

 この間に狗巻を仕留めなければ勝ち目はない。

 そう思考を纏めた夏油が狗巻へと肉薄する。

 

 狗巻は体術が大の苦手だ。

 それ故近接戦に非常に弱い。

 だが呪言が満足に使えるというなら話は変わってくる。

 

 夏油が繰り出す遊雲は凄まじい速度で狗巻に迫るが、理不尽なほど近接戦が強い教師が放つ一撃に比べれば躱せないほどじゃない。

 体を低くして避け、夏油の足を払おうと下段蹴りを繰り出した。軽く跳躍して躱されるが、それは想定内だ。

 

 呪言の強いところは手数がもう一つ増えることでもある。

 蹴り、拳、それを躱された後の追撃に非常に向いている。

 

──吹き飛べ

 

 狗巻はそれを“遊雲”に対して命令した。

 当然夏油は自分に命令してくると思っており、反応できない。

 遊雲は呆気なく手から飛ばされ、夏油は武器を持っていない状態になった。

 

 だが夏油の恐ろしい所はここからである。

 彼は素手でも強い。

 何をやらせても強い。

 

 彼ほどオールマイティに戦える男など存在しないだろう。

 

 狗巻の呪力量は少なくなってきており、無闇矢鱈と呪言を連発する訳にはいかない。

 となると夏油の独壇場である。

 

 夏油の蹴りが狗巻の体を打ち、反撃に出ると力を利用して投げられる。

 防戦一方の狗巻の元へと助けが舞い降りた。

 

 

 治療を終えた乙骨である。

 彼は怒りを滾らせながら夏油へと肉薄、刀に呪力を込めて下から切り上げた。

 

 夏油は呪霊を召喚してそれを受け止め、わざと後ろに飛ばされながら距離を取る。

 そうして地面へと降り立ち、自分の影から遊雲を回収した。

 夏油が持つ呪霊の術式である。

 

「なかなかやるじゃないか」

「上から目線はまだ早いと思うけど」

 

 乙骨の返答と同時に夏油の背後から怒りで顔を染め上げた里香が姿を現した。

 亜鬼の方針で普段から頻繁に顕現していた里香はもちろん三人とも交流していた。

 同じ時間を過ごす中で仲良くなった友達三人を傷つけられたという事実は里香にも怒りを齎したのだ。

 

「き゛ら゛あ゛ぁぁぁぁい゛!」

 

 里香が放つ拳が夏油の頭上から放たれた。

 咄嗟の防御を間に合わせる夏油だが、そんなものでは抑えきれない。

 

 防御の上から夏油を叩き潰し、地面に突き刺さったその一撃は大地を穿った。

 

 息も絶え絶えな夏油が砂埃から現れる。

 服は血まみれで、顔からも疲労が伺えるが、まだ余力を残している。

 

 

「純粋に驚いたよ」

 

 

 ぱちぱち、と手を叩き二人へと賞賛の言葉を贈る夏油。

 そこに演技の気配は感じられなかった。

 

「君が里香を使いこなす前に殺しに来て本当によかった」

 

 夏油は心底そう思っていた。

 乙骨だけではない、真希もパンダも狗巻も。

 後一年、半年、一ヶ月遅ければ・・・

 

「こちらも全霊をもって君を殺すとしよう」

 

 夏油が手を抜いていた、とはいえない。

 彼は常に本気の戦いを強いられていたし、それに応えていた。

 だが後のことも考えなければならない。

 里香を仲間にするというのはゴールではなくスタートライン。

 

 今となってはそうも言っていられない。

 里香を仲間にできなければどの道詰みであることは間違いないのだから。

 

「知っているかい?特級を冠する人間は四人、呪いだと十七体存在する。これはその内の一体」

 

 夏油の背後に凄まじい呪力を纏った呪霊が現れる。

 呪霊の頂点、十七体の別格。

 

 特級仮想怨霊“化身玉藻前”

 

 美しい黒髪に煌びやかな衣を纏った四つ目の女。

 ニヤリと歪められた口元が邪悪さを示す。

 

「更に、私が今所持している4452体の呪霊を一つにして君にぶつける」

 

 夏油は背後に数えきれない程の呪霊を召喚した。

 その数は数えきれず、千や二千ではきかないだろう。

 それら全てが渦を巻き、集まり、莫大なまでの呪力が凝縮されていく。

 

 底が見えない程高められたドス黒い呪力の塊。

 

 

──呪霊操術“極ノ番”「うずまき」

 

 

 乙骨はそれに対抗する為、里香に自らを生贄とした呪力の制限解除という最終手段を使う決断をする。

 だがその行動を止める者がいた。

 

「どうして・・・狗巻君・・・」

 

 里香へ触れようとした乙骨の手を握り、鋭く睨みつける狗巻。

 彼は自分を犠牲にして勝とうと考える乙骨が、それに甘える自分が許せなかったのだ。

 

 

──合わせろ

 

 

 その言葉によって自分がどう動くべきなのかを理解した乙骨。

 里香の口元に呪力が凝縮されていく。

 そして乙骨自身も身体強化を施し、刀へと出来る限り呪力を込めた。

 

 狗巻はそれを一瞥して二人を背に庇う。

 

 今から行うのは亜鬼と狗巻が必死に考えた彼の秘策。

 考案されてから一度も成功することはなく、不可能だと諦めた切り札。

 

 狗巻は全身の呪力を喉の一点に集中させ、常時反転術式を廻す。

 

 準備はこれだけ。

 

 そして彼は心から叫んだ!

 

 

 

──従え!

 

 

 

 

 夏油から破滅の光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 百鬼夜行は幕を閉じた。

 京都と東京に現れた呪霊は全て祓われ、その隙に呪詛師集団は撤退。

 

 主犯者である夏油傑は私の生徒に撃退されたところを五条先生が発見。

 その命を散らした。

 

 私には原作の知識がある。

 このままでは夏油傑の体はメロンパンに乗っ取られてしまうだろう。

 絶対に私が処理すべきだった。

 

 それでも私はあの尊い友情が溢れる関係に気安く手出しするつもりは無かったのだ。

 それに原作通りに進んでくれれば全てをハッピーエンドで終わらせることが出来るかもしれない。

 

 それまではお別れだ、夏油傑。

 

 

 

 私は高専の地下へと足を運んでいた。

 そこには死刑ではないが外に出すことは出来なかったり、死刑を待つ呪詛師を収容している場所がある。

 

 呪術界の刑は基本的に極端だ。

 頭の固い腐ったみかんな上層部は自分に害があるか、利があるかの二つで判断する。

 少しでも自分に害がある呪詛師はどんな犯罪かに関わらず死刑。

 利があるなら生かす。

 例えそれが冤罪だったり、何らか事情があっても関係ない。

 

 ほんとカスだなこいつら。

 

 そんな中、私の力で死刑を無期懲役まで抑えた呪詛師が一人だけいる。

 五条先生が虎杖悠仁の死刑執行猶予を得たのと同じことだ。

 

 高専の一番地下深く。

 真っ暗闇で地面は剥き出し。

 いくつも封印と結界の札が貼られている。

 

 そこは特に危険な者だけを収容する隔離施設。

 特級に近しい者だけが捕らえられる場所だ。

 

 現在ここに収容されているのは一人だけ

 

「調子はどう?」

「悪くねえが、酒がねえのは頂けねえな」

 

 私が声を掛けると驚くこともなく返してくる。

 近づいて来ていることなどとうに気がついていたのだろう。

 

「縛りを結んで欲しいの」

「聞かせろ」

 

 私がこんな場所まで来たのはこの縛りを結ぶ為。

 これが未来を一歩楽にする。

 

「対価は日本円で二千万、ここからの釈放」

「内容によるが・・・大抵は受けてやるぜ」

 

 その言葉を聞いて安心した。

 きっと彼はこの縛りを受けてくれる。

 

 

 

「内容は・・・」

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 真希、パンダ、狗巻、乙骨はいつもの焼肉屋で宴会を開いていた。

 とは言ってもビールではなく烏龍茶だし、ワインではなくぶどうジュースだが。

 

「先生はまだこねえのかよ」

「なんか用があるんだってよ」

「しゃけ」

「確かに遅いね・・・」

 

 もう宴会を開いてから二十分は経っている。

 これは流石に心配になるというものだ。

 亜鬼は更にそこから五分後に到着した。

 

「ごめんごめん遅くなって!」

「遅えぞせんせー」

 

 それを笑って出迎える四人。

 無事に百鬼夜行を終えた四人を褒め称えつつも夜は更けていった。

 

 来年、遂に原作が開始する。

 出来る限りの用意はしてきたし、私一人で全員祓うことすら容易い。

 絶対にこの光景を守ってみせる。

 

 改めて決意し、今はこの時間を楽しむことに決めた。

 

 




 これにて百鬼夜行編完結!
 次からは一気に時間を飛ばそうかなと思っています。

 狗巻の切り札とはどんなものなのか?
 夏油の明日はどうなるのか?
 最後の縛りとは一体・・・

 最後まで楽しんで頂けたら嬉しいです。

 次編「原作開始編」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原作開始編
開幕


 どれぐらい原作を描写すべきなのか分かりません・・・

 正直原作のシーンまんま描写するのってめっちゃつまらなくて苦行なんですよね。

 とりあえず今回は書きましたが、次からは亜鬼の登場シーンと繋ぎだけを切り取って書こうと思います。


 

 伏黒恵は担任の五条悟に依頼され、宿儺の指を回収するために仙台市杉沢第三高校に来ていた。濃密な呪力を放つ呪物は低級の呪霊を寄せ付けない蚊取り線香のような効果がある。だが時を経ると呪いが転じて逆に呪霊を引き寄せるようになるのだ。

 

 その中でも仙台市杉沢第三高校に設置されているのは危険度が高い特級の呪物。呪いの王、両面宿儺の二十本ある指の中の一本である。

 

「百葉箱!?そんなところに特級呪物保管するとか馬鹿すぎるでしょ」

 

 伏黒恵は電話越しで五条に文句を言った。実際百葉箱は授業で使うこともあると思うのでなぜ今まで見つかっていなかったのかは謎だが。

 

『アハハ、でもおかげで回収も楽でしょ』

 

 五条はそう言うが、なんとも無責任なことである。回収が楽だということは伏黒だけではなく一般人にも言えることなのだが。

 

 伏黒はイライラしながら百葉箱を開け、中を確認する。そして血の気が引いた。

 

「・・・ないですよ」

『え?』

 

 

「百葉箱“空っぽ”です」

 

 

 そこにあるはずの特級呪物は忽然と姿を消していたのだ。

 

 

 

 

 

 そろそろか。

 

 私はモーニングルーティンの明希とのイチャイチャを終え、トーストを頬張っていた。朝はご飯派なのだが、手軽に済ませたい時はパンの方が楽だ。

 

 ささっと身だしなみを整え、外に繰り出す。今日は私が受け持つ四人全員が任務の最中なので授業がない。好都合だと言えるだろう。

 

 昨日、五条先生から伏黒君を仙台何とか高校へ特級呪物回収の為に向かわせたと聞いた。聞き覚えがあるどころの話じゃない。完全に原作開始じゃないか!

 ずっと前から備えていた原作が遂に始まろうとしている。

 

 さて、これからの動きを話そうと思う。

 

 まず虎杖君受肉シーンに立ち会うかどうか、もっと遡ると虎杖君を受肉させることなく私が駆けつけて二級呪霊を祓ってしまうことも考えた。だがそれは悪手だ。私が駆けつけ、結果的に虎杖君が受肉しなかったら原作が全てまるごと変わってしまうことになる。

 その時、羂索の動きが全く読めなくなり、今まで組み立てて布石を打ってきたのが全て無意味と化す。

 だから申し訳ないが虎杖君には受肉してもらう。

 

 だが約束しよう。私が絶対に死刑は阻止して見せるとな。

 

 ということで原作の名シーンである虎杖君受肉から五条先生登場、夜蛾先生との面接から野薔薇ちゃんのお迎えまでは全く関わらないことにした。

 関わるのは呪胎戴天からだ。宿儺が虎杖君相手に縛りを結ぶのを阻止したい。

 

 後悩むところとしては二つある。

 吉野順平を救うか。そしてどうメカ丸を助けるかである。

 

 メカ丸を助けるのは確定事項だ。彼は戦力としても必要だし、何より絶対に三輪ちゃんと幸せになって欲しいからだ。助けた場合渋谷事変に大きな影響があるが、それは私がカバー出来る範囲なので問題ない。

 そして吉野順平である。彼の死があったから虎杖はあそこまで強くなれたし、虎杖の覚悟が決まったと言っても過言ではない。言い方は悪いが、あれは原作において間違いなく必要な死だったのだ。

 

 それは決して私の努力程度でカバー出来る範囲ではない。虎杖君の精神面でも、呪力面でも言えることだろう。

 

 

 だが決めた。

 

 私は全員助ける。全員救う。この小さな手で守ることが出来る可能性が少しでもあるなら。私の力が届く範囲なら。

 

 

 全てを救う。その為に鍛え上げた力だ。

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁は類稀なる才能の持ち主だ。

 

 フィジカルギフテッドなのではないかと疑ってしまうほど素の身体能力が高く、天性の戦闘センスを持ち、相手の命を獲りにいくと言う分野においてトップクラスのものを持っている。

 更に宿儺相手に難なく自我を保つことが出来る千年生まれてこなかった逸材でもある。

 

 彼は頼れる味方となる。五条はそう確信していた。

 

 現在、虎杖の秘匿死刑を何とか引き延ばし、執行猶予をもぎ取った。この間に虎杖を鍛え上げ、殺されないだけの力をつける必要がある。それに加えて残りの宿儺の指も集めなければならない。

 

 宿儺の指は五条ですら破壊できない呪いの王の屍蠟である。それら二十本全てを虎杖に食べさせてから殺すことで世界から両面宿儺という恐ろしい呪いを抹消できるという考えだが、もちろん五条に虎杖を殺すつもりなどない。

 上層部を納得させる為の詭弁のようなものである。

 

 

 虎杖が宿儺を受肉するまでの流れは伏黒から聞いたし、彼が根っから善良だということは明白だ。なればこそ彼を殺させる訳にはいかないと考え、五条は虎杖を呪術高専へと招き入れた。

 

 これで呪術高専一年生は三人である。

 

 波乱が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖はいまだに悩んでいた。

 

 祖父が死去し、先輩も意識は戻っていない。

 急に様々なことが連続して起き、感情の整理も情報の整理も追いついていないのだ。

 

 今彼に残された選択肢は二つ。

 

 今すぐ死ぬか、宿儺の指を全て探し出し、取り込んでから死ぬか。

 どっちにしても自分が死ぬことは確定しているようだが、それでも伏黒を守りたいと思って宿儺の指を飲み込んだことは後悔していない。

 

 「宿儺が全部消えれば、呪いに殺される人も少しは減るかな」

 

 虎杖は隣に座る五条へとそう問うた。この期に及んで自分のことではなく他人のことを気にするのだから彼は底なしのお人好しだろう。

 

「勿論」

 

 その答えに納得し、虎杖は五条から受け取った二本目の宿儺の指を飲み込んだ。普通なら宿儺に体を奪われ、意識など失われる筈だ。

 

「まっず、笑えてくるわ」

 

 だが虎杖は難なく意識を保った。これにより虎杖が宿儺の器であることが確定した。

 

「“覚悟はできた”ってことでいいのかな?」

「・・・全然、なんで俺が死刑なんだって思ってるよ」

 

 それでも彼は言葉を紡ぐ。

 

「でも呪いはほっとけねえ。本当面倒くせえ遺言だよ」

 

 虎杖の祖父が残した遺言は彼を突き動かす原動力となった。

 

「宿儺は全部食ってやる。あとは知らん」

 

 

──自分の死に様はもう決まってんだわ

 

 

 五条はその答えに満足し、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 虎杖が呪術高専へと入学するにあたり、乗り越えなければいけない試練がある。

 それこそ夜蛾学長との面談だ。下手を打つと入学拒否されるという地獄の試験である。

 

「とりあえず悠仁はこれから学長と面談ね」

「学長・・・」

「下手打つと入学拒否られるから気張ってね」

「ええっ!?そしたら俺死刑!?」

 

 

「なんだ、貴様が頭ではないのか」

 

 五条と虎杖の会話に口を挟む者がいた。虎杖の頬に現れた宿儺の口である。

 宿儺は虎杖に受肉した際五条と戦い、決着が着かなかったことで五条を敵視している。

 それでも五条の強さだけは認めていた。

 

「力以外の序列はつまらんな」

 

 そう言って嗤う宿儺を引っ叩く虎杖。

 

「小僧の体をモノにしたら真っ先に殺してやる」

「宿儺に狙われるなんて光栄だね」

「やっぱこいつ有名なの?」

 

 そして五条は語る。宿儺の強さを、紛うことなき呪いの王だと。

 

「先生とどっちが強い?」

 

 その質問に思わず五条は笑ってしまう。それは彼が最近になってよく聞かれる質問だったからだ。特に上層部の連中は何度も五条にその質問をぶつけてきた。比較対象は宿儺ではないが。

 

「うーんそうだね」

 

 実際迷うところだ。以前の自分ならまだしも、亜鬼と特訓した自分が負けるかと聞かれれば・・・

 

 

「僕かな」

 

 

 五条は自身ありげにそう答えた。

 

 

 

 

 

「盛岡までで既に四時間・・・ようやくあのクソ田舎ともおさらばね」

 

 呟くのは一人の女性。呪術高専一年最後の一人、釘崎野薔薇である。

 

「午後には東京かあ・・・スカウトされたらどうしよう」

 

 

 全くする必要のない心配を提げ、紅一点が東京へとたどり着いた。

 

 




 こんなだらだら書いたものを世に出していいのか・・・
 次からもう呪胎戴天入って絶対楽しませてみせるので許してください・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

呪胎

 長らくお待たせしてしまいました。
 リアルの方があまりに忙しくて執筆の手が止まっていたのでまた投稿を再開しますね。

 あと一話から読み返した時あまりに読みにくかったので手直ししていこうと思います。
 物語は殆ど変わらないので気にしなくて大丈夫です。


 

 

 三人目の一年生である釘崎を出迎えし、廃ビルでの実地試験も終えた。

 それから二週間が経ち、共に授業を受ける中で仲も深まってきた頃。

 

 ある日、虎杖、伏黒、釘崎は共に任務を受けることになった。

 

「我々の“窓”が呪胎を確認したのが三時間ほど前。避難誘導9割の時点で現場の判断により施設を閉鎖。“受刑在院者第二宿舎”五名の在院者が現在もそこに呪胎と共に取り残されており・・・」

 

──呪胎が変態を遂げるタイプの場合、“特級”に相当する呪霊になると予想されます。

 

 補助監督である伊地知の言葉に思わず唾を飲みこむ伏黒と釘崎。虎杖よく分かっていない様子だった。

 

「なぁなぁ俺特級とかまだイマイチよく分かってねえんだけど」

 

 そう話す虎杖に呆れる釘崎を尻目に伊地知が説明を始める。

 通常の兵器が呪霊に有効だと仮定した場合、特級呪霊はクラスター弾での絨毯爆撃でやっと祓えるかどうかの相手。他の呪霊とは文字通り桁違いの強さを誇り、少なくとも入学したばかりの三人が受け持つような任務ではない。

 

「ヤッベェじゃん」

「本来呪霊と同等級の術師が任務に当たるんだ、今日の場合だと五条先生とかな」

「で、その五条先生は?」

「出張中。そもそも高専でプラプラしてていい人材じゃないんだよ」

 

 呪術界は基本的に人手不足である。ブラック会社も驚きの仕事量に手に余る仕事を振られるなどの無茶振り、さらに生徒の指導まで受け持つ人間もいる。

 ただでさえ忙しいのに、腐った上層部からいらない邪魔が入ることもある。

 

 要するに呪術界は正しくクソであった。

 

「この業界は人手不足が常。手に余る任務を請け負うことは多々あります。ただ今回は緊急事態で異常事態です」

 

 メガネの位置を調整し、伊地知は続ける。

 

「“絶対に戦わないこと”特級と会敵した時の選択肢は“逃げる”か“死ぬ”かです」

 

 この言葉だけでも呪術界が如何にクソでブラックかが伝わってくるだろう。この任務を受ける彼ら三人はまだ高校生なのだから。

 だが伊地知も意地悪でこの任務を割り振っている訳ではない。上層部の言うことに“窓”や補助監督は逆らえないのだ。それが社会である。

 

 

「あの!」

 

 その時、虎杖達に横から声を掛ける者がいた。

 現場に取り残された受刑者の母親である。

 

「正は、息子は大丈夫なんでしょうか」

 

 一般人に呪霊のことは伝えられない。今回の事件は現場に何者かが毒を散布したということになっている。

 息子が無事かも分からず、窓に押さえられた母親は涙を流していた。

 

 

「伏黒、釘崎・・・」

 

──助けるぞ

 

 

 虎杖の本質は善人、笑ってしまうくらいのお人好し。

 何者にも穢されぬ優しさの持ち主だった。

 

 

 

 

 

 伏黒は絶望の中にいた。

 突然現れた穴に吸い込まれるようにして消えていった釘崎を追いながら思考を巡らせる。

 

 呪胎が変態して生まれた特級呪霊は虎杖が押さえているが、それも長くは持たないだろう。

 伏黒が釘崎を救出し、遠くに離れてから合図をすることで虎杖が宿儺を解放、特級呪霊を祓うという作戦しか全員が生きて帰る方法がなかったのだ。

 

 状況は最悪だ。

 まず宿儺が素直に特級呪霊の相手をしてくれるとは思えないし、まずまず合図まで虎杖が生きていられるのかと聞かれれば怪しいだろう。

 

 絶対絶命という言葉がこれほど似合う状況も少ない。

 ただ今は釘崎を助けることだけを考えて走っていた。

 

 

 

 

 

 「ぐ・・・う゛ぅ、う゛う゛う゛!」

 

 虎杖は特級呪霊から放たれる呪力の波動を全力で受け止めた。

 指の先から焼け崩れ、ボロボロと散っていく。もはや痛みすら曖昧に感じてくる。

 

 虎杖は人生で初めて自分の“弱さ”を痛感していた。

 生まれ持ったトップクラスの身体能力、恵まれた戦闘センス。社会の中で彼は頂点に近い力を持っていた。身体測定でもスポーツでも誰かに負けるということは基本無い。他とは生物として隔絶していた。

 

 彼は自分が“弱い”と感じたことがなかったのだ。

 

 生まれて初めて明確に“死”というものを感じ、溢れてくる涙を止めることすら満足にできない。

 衝撃を押さえきれず壁に叩きつけられ、自分の甘えを自覚する。

 

「自惚れてた。俺は強いと思ってた。死に時を選べる位には強いと思ってたんだ」

 

 親指以外の指先は焼き切れ、身体中が痛みに悲鳴を上げている。

 それでも彼は立ち上がらなければならなかった。

 

「でも違った。俺は弱い」

 

 ここで死ぬわけにはいかない、ここで死にたくなんか無い。

 

「あ゛ー!死にたくねえ!嫌だ!嫌だぁ!」

 

 頭を抱えてみっともなく泣き叫び、アニメの小物のような情けない鳴き声を上げる。

 

「でも・・・死ぬんだ・・・」

 

 喚き、叫び、髪を掻き回し、ゆっくりと深呼吸をする。

 そうして再び顔を上げた時、彼は主人公だった。

 覚悟を決め、たとえ敵わなくたって立ち上がる。それが虎杖悠仁、それこそが彼の本質。

 

 そんな彼を誰が笑うだろう。

 

 彼はどうしようもなく、紛れもなく主人公だったのだ。

 

 

 憎悪、恐怖、後悔。彼の中に渦巻く負の感情が呪力として渦巻いていく。

 そうして呪力を纏った拳が特級呪霊へと突き出された。

 

 

 

 

 ぱしっ

 

 軽い音が響く。

 虎杖の全てが乗せられた拳を容易く受け止めた特級呪霊はニッと笑った。

 想いだけでこの状況を変えられるほど現実は甘くない。

 

「クソッ!」

 

 もはや手立て無し、そんな時だった。

 

 

「アオーォォオン!」

 

 遠くから犬の遠吠えが聴こえてきた。

 それこそが伏黒から虎杖への合図。

 

 

 場の空気が塗り替えられる。

 威圧感だけでも心臓が止まりそうなほどの重圧。

 

 笑っていた特級呪霊はその顔を恐怖へと変化させていった。

 

 

「つくづく忌々しい小僧だ」

 

 

 彼は王。

 

 紛うことなき呪いの王。

 

 両面宿儺が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 “窓”は二種類のネットワークを持っている。

 一つは普段の業務で使われるネットワークだが、もう一つは違う。

 今や窓の中でも加入していない人間が1割を切ったほどの巨大な団体、“亜鬼ちゃんファンクラブ”が使用するネットワークだ。

 このネットワークは毎日フル稼働し、亜鬼の尊いシーンや格好良かった場面、可愛かった言動の一つ一つが共有される。これは亜鬼がその存在を知り、活動を許可したことで更に活発となった。

 

 だが彼らの役割はそれだけではない。

 些細な噂話でも良い、何か有用そうな情報があれば亜鬼に伝えることも目的としている。

 

 伝えた時、嬉しそうにお礼を言われることが何よりの報酬であり、恩返しの機会を探している多くの“窓”はよく情報を集めていた。

 

 

 

「なんかさ、新しく一年生が三人入ったじゃん?」

 

 スマホをいじりながら一人の“窓”がもう一人に話しかける。

 朝余裕がある時、昼飯を食べる時、ちょっとした休憩の時、ファンクラブに加入している“窓”はファンクラブネットワークを確認し、有用そうな噂話を書き込む。

 

「もうそんな季節だっけ〜時が経つのは早いねぇ」

「何そのセリフ、おばさんみたいじゃん」

「別に普通でしょ。それよりその三人がどうかしたの?」

「それがさ〜さっき偶々聞いちゃったんだけど、特級相当の任務に割り当てられちゃったんだって!」

 

 あり得ないことだった。入学したての一年生が特級任務を受け持つ。それも二級程度の実力でだ。

 

「それさ、やばくない?」

「まあやばいけど、私たちにはどうしようもないし・・・」

 

 そう、たとえ呪術師がどんなに危険な目に遭っていても、その呪術師が自分たちの遥か年下の子供だとしても、力を持たない“窓”にはどうすることも出来ないのだ。

 

「でも亜鬼ちゃんなら?」

「確かに亜鬼ちゃんならどうにかしてくれるかもだけど、今は任務中だよ?」

 

 そうは言いながらも二人の指は文字を打ち込む。

 ファンクラブネットワークに情報が流れ、それが窓の間で瞬く間に広がっていった。

 日本中に散らばる窓がお互いにその情報を伝え合い、ネットワークを見ていなかった者もその事実を知る。

 

 そうして一人の窓の元にその情報が届けられた。

 窓の名は阿瀬比。亜鬼の専属と言って差し支えない女である。

 彼女は情報を聞きつけ、直ぐに伊地知に連絡を取る。

 場所と任務概要、その危険度を正確に把握した。

 

 今は亜鬼の任務が終わるまでの待ち時間。とはいっても毎回祓うのに一分もかからないのでそこまで長い訳では無いが。

 

 待つこと5分、任務を終わらせてとてとて歩いてくる亜鬼の姿を確認し、駆け寄る。

 

「亜鬼ちゃん、実は・・・」

 

 その報告を聞いた亜鬼は聞き終わるよりも前に飛び出していた。

 

「また助けに行くんだね、流石は私達のヒーローだよ」

 

 その姿を見た阿瀬比は誇らしそうに呟き、車へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 もはや生還は不可能だ。

 

 伏黒は状況を鑑みて冷静にそう判断した。

 作戦通りに宿儺が特級呪霊を祓ってくれたのは良い。

 だが想定外なことが起きた。

 

 虎杖が宿儺から一時的に主導権を取り戻せなくなったのだ。

 

 結果的に宿儺は伏黒の前に姿を現し、自分の心臓を抜き取った。

 宿儺は呪霊なので心臓が無くても死ぬことはない。

 だが虎杖は別だ。人間である彼は心臓無しでは生きられない。

 

 つまり虎杖が主導権を取り戻した瞬間、彼の死が確定する状況となったという訳だ。

 

 虎杖を生還させるには伏黒が宿儺に力を見せつけ、心臓無しの状態では勝てないと思わせるしかない。

 

 正攻法では不可能だ。

 何故なら彼は呪いの王。ほんの一片しか力を取り戻していなくてもそれは変わらない。

 格が違うのだ。膂力、俊敏性、呪術、全てにおいて比べることすら出来はしない。

 

 打つ手がない訳ではない。伏黒が持つ術式、十種影法術には命を賭けた奥の手が存在する。

 だが使えば間違いなく自分は死ぬし、虎杖だって死ぬ事になるだろう。

 

 簡単に切る訳にはいかない。

 

「良い術式だ」

 

 宿儺は素直にそう称賛した。禪院家の相伝術式である十種影法術。どんな事態にも対応することができ、誰が相手だろうと相性不利というものが基本的に存在しない。応用も利き、攻撃も防御も自由自在。

 禪院家が相伝術式にするに相応しい素晴らしい術式だった。

 

「オマエの式神、影を媒体にしているのか」

「ならなんだ」

「フム、分からんな・・・オマエあの時、なぜ逃げた」

 

 宿儺からすれば理解が出来ないことだ。これだけ恵まれた術式を持っているならあの程度の特級を祓うことなどさして苦労もないだろうに。

 

「宝の持ち腐れだな。まあいい」

 

 不思議そうな表情を浮かべる伏黒を一瞥し、自分の胸に空いた穴を指差す宿儺。

 

「どの道その程度では心臓は治さんぞ」

 

 伏黒は自分の狙いが完全にバレていたこと、それも織り込み済みで遊ばれていたことを知る。

 だがそんなことはどうでもいい。

 

 

 伏黒はこの世界が嫌いだ。

 

 善人ばかりが割を食い、悪人は陰で蠢く。

 平等など無い。善人はその優しさを誰かに与え、お返しに不幸をプレゼントされているのだろうか。

 

 優しく自分に微笑みかける姉の姿を思い出す。

 最近であった陽だまりのような男の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 誰も・・・誰も法以外では悪人を裁けない。

 

 なぜそのせいで善人が不幸にならなくてはならない。

 

 なぜそのせいで彼らの笑顔が奪われなければならない。

 

 なぜ、なぜ、なぜ。なぜ!

 

 

 少しでも多くの善人が平等を享受できるように。

 

──俺は“不平等”に人を助ける

 

 伏黒が魅せる覚悟の眼差しが宿儺を貫いた。

 彼から放たれる重圧が大気を揺らしている。

 

 

「いい、いいぞ!」

 

 宿儺はそれでも愉快気に嗤った。

 

「命を燃やすのはこれからだった訳だ・・・

 

 魅せてみろ!伏黒恵!」

 

 

 場の緊張感が最大まで高まる。

 張り詰めて今にも切れてしまいそうな糸のように、それでいて限界を知らぬ太陽のような熱さを孕んでいる。

 もはや誰もこの戦いの邪魔をすることは出来ないであろう。

 

 

「布瑠部由良由──

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 たった一人の例外を除いては。

 

 伏黒の詠唱に割り込んだ無粋にすぎる乱入者。 

 ただの一言でその場が塗り替えられる。

 

 それは特級に認定された呪霊でありながら人類の守護者であり、呪術界最強が明確に“祓えない”と明言した唯一の存在。

 特級呪霊“番外”「死風」。

 

 宿儺から浮ついた雰囲気が消えた。

 場に満ち満ちる静謐で、しかし極限まで研ぎ澄まされた呪力が彼女の強さを何よりも鮮明に表している。

 

 宿儺は乱入者を明確に"敵"だと認識した。

 獲物でもなく、路傍の石でもない。

 

 これは敵だ。

 

 この呪いの王をして底が計り知れん。

 

「どうしました?私の顔に何かついてますか?」

 

 亜鬼は珍しく煽るように宿儺に声を掛ける。

 その顔には貼り付いた様な笑みが浮かべられていた。

 

「それとも・・・」

 

 言葉の途中で亜鬼が姿を消す。

 力を取り戻し切っていない宿儺では到底捉えられない速度へと加速もなしに到達する。

 亜鬼の動きには前触れが無い。攻撃の前兆が捉えられない。気が付いたとき、既に事象は完結しているのだ。

 

「見惚れちゃいました?」

 

 敢えて何時もの口調を変え、嘲るように問いかけた。先程の表情は何処へいったのか、今の彼女の顔は震えるような怒りで埋め尽くされている。

 

 亜鬼の手の中には肩から千切られた宿儺の右腕が握り締められていた。

 

 明らかな敵対行為。挑発的な言動。

 呪いの王に対してなんと不遜な行為か。

 

 それでも王は大らかだった。

 

「ククク、その通りだ」

 

 あっという間に無くなった筈の右腕が生え、何事もなかったかのように治りきった。

 そして宿儺はニヤリと悪辣に嗤う。

 

「久しく見ていなかった“本物”を魅せてもらったぞ」

 

 宿儺は嘗てない程機嫌が良かった。伏黒という見どころのある呪術師に加え、こんなにも面白い存在が誕生しているとは。純粋な呪霊には見えず、かつ人間でもない。その上で受肉体でも無いのだから。

 

 そして強い。

 呪術全盛の時代、自分に並び立つ可能性がある者など誰もいなかった。

 

 彼は孤独で、絶対的で、他の全てが追随することすら許されない程圧倒的に王だった。

 

 だが目の前の存在は違う。

 現時点では万全の自分に一歩及ばないが、まだまだ底を見せていない様にも思える。

 

 初めは最高潮まで盛り上がった戦いを邪魔するつまらない輩かと思ったが、なかなかどうして面白い存在だ。

 

「名はなんと言う?」

「あなたに名乗る名前はありません」

 

 宿儺はその答えを聞いて嬉しそうに笑った。

 自分と渡り合える存在というのはこうでなくてはならない。

 

「では無理やり聞くとしよう」

 

 だからこそもっと魅せてくれ、と宿儺は願った。

 この呪霊とはいつか間違いなく戦うことになるだろう。その時を楽しみにしながら前哨戦とでも洒落込もうじゃないか。

 

 だが亜鬼からすれば今の宿儺は格下も格下。

 

 

「残念ですが、今の貴方程度では話になりません」

 

 

 初動もなく亜鬼が宿儺へと肉薄。音もなく加速し、瞬間的に音速の世界に辿り着く。そこから更に身を深く沈め、地面を抉る勢いで一歩踏み出した。

 宿儺はその動きを既に捉えている。だが見えていても今の体では反応出来ない。

 

「また会いましょう、両面宿儺」

 

「ケヒヒッ。楽しくなりそうだ」

 

 宿儺の鳩尾へと手を当て、体が前に進もうとする力を余すことなく伝え切った。音速を尚越える速度から放たれる掌底。絶大に過ぎる衝撃が宿儺の身体を走り、身体中の骨に亀裂が走った。

 

 

──羅刹流「震心」

 

 

 そこから更に呪力の波が放たれた。身体中の血管、内臓、筋肉や筋、それら全てを呪力の波が食い破る。

 虎杖の身体中から血が吹き出す様子を見て伏黒は焦った。今は宿儺が主導権を握っているが、元はと言えばそれは虎杖の体。このままでは虎杖が死んでしまうのは目に見えて明らかだった。

 

「亜鬼さん!そいつは虎杖の体なんです!だから・・・」

 

 必死に叫ぶ伏黒に一つ頷きを返し、呪力の波を流すことで完璧に把握した虎杖の体の内部構造を思い浮かべる。

 そして一つ深呼吸し、反転した呪力を血管を通して流していった。

 

 

 

◆ 

 

 

 私が呪胎戴天編に介入することを決めた際、まず考えたのはいつ介入するかだった。

 できれば任務を変わることが出来ればいいのだが、恐らく虎杖君たちが任務を受ける時、私は任務を振られているだろう。原作の五条先生もそうやって出張中の隙をつかれた筈だ。

 

 それなら全てが終わった後ならどうだ?

 心臓がない状態で主導権を取り戻した虎杖君が宿儺との縛りで復活する前に私が治すという寸法だ。

 

 だがそれにも不安が残る。宿儺が縛りを結ぶのが思ったより早ければ取り返しがつかないことになるし、それ以前に私が治せるのかが不安だった。

 心臓がない状態で人が何秒間、何分間生きられるのだろうか?

 原作の様子から見るに虎杖君の復活は五条先生の目から見ても絶対にあり得ないこと・・・つまり死者蘇生のようなものだったのだろう。

 

 あれは心臓を治せなかったから処置できなかったのではない。既に反転術式では直せない死体だったから処置出来なかったのだ。

 そこから考えるとあの状態から虎杖が奇跡の復活を果たしたのは宿儺の反転術式が神懸かっていたことが理由ではない。

 宿儺が使う反転術式という所に意味があったと考えられる。というか宿儺が本当に反転術式を使って治したのかすら定かでは無い。

 

 つまり私の反転術式が如何に完璧でも虎杖君の蘇生は不可能な可能性が高い。

 

 ではどのように介入すれば良いのか?

 一つ目は任務先から出来るだけ早く現場に着き、特級呪霊を虎杖君達の代わりに祓う。

 二つ目は虎杖君の体の主導権を宿儺が握っている間に宿儺が戻る隙もなくボコボコにし、まだ生きている状態で心臓を治して虎杖君に主導権を取り戻してもらうことだ。

 

 これなら確実に縛りを結ばせることなく虎杖君の蘇生が可能である。

 

 全き欠けるところのない完璧な作戦だ。うんうん。

 

 さあ原作介入の始まりだ。

 




 今日の解説!

 羅刹流「震心」

 読み方はしんしん。
 鋭い踏み込みで相手に肉薄し、前に進む力を全て掌に乗せながら掌底を放つ。
 インパクトの瞬間に呪力を流し込み、相手の体の内側から爆発させるえげつない技。
 正直祓うだけなら呪力を流し込むだけで充分なのだが、どうせなら勢いも乗せちゃえ!という明希の意見で生まれてしまった。技の構想は白虎と同じだが、こちらの方が威力と殺傷力が低い。
 具体的に言うとこちらは体中に呪力を流してボロボロにするが、白虎はボロボロにした上で体をぶち抜く技。


 亜鬼ちゃんファンクラブ

 ファンクラブの創始者は人の善悪を見分けるのが得意な一人の呪術師だとか。
 日本全国に散らばった“窓”同士で巨大なネットワークを持ち、情報収集力に長けている人材も数多く抱えている。
 中には引退した元一級術師なども加入している為、実は結構な力を持つ。

 完全な亜鬼の味方であり、ちゃんと本人にファンクラブ設立と活動の許可を貰っている公認団体である。
 実は亜鬼様ファンクラブにしよう派閥との争いが起こったのだが、最終的に亜鬼はちゃん付けが一番似合うとして和解した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

涙心


 遂に原作に深く切り込んでいきますが、これからは少し展開が遅くなっていくと思います。丁寧に丁寧に描写し、亜鬼だけでなく他の登場人物の美しさ、魅力を描いていきたいです。

 現在今までの話の添削中ですので少し投稿が遅れます。


 

 呪術高専の地下には様々な部屋がある。

 

 そこには多くの呪術師が待機しているうえ、五条や亜鬼を代表に上層部や呪詛師連中に恐れられる者もおり、何かを守るという面では世界でもトップクラスに信用できる場所だと言えた。

 

 そんな場所に作られた保健室。“他人に反転術式を施せる”という特異性を持つ家入が管理している場所であり、呪術師が活動していく上で欠かせない場所である。

 当然警備は厳重。家入自身は自衛程度の戦闘能力しか持たない為、必ず準一級以上の呪術師が二人警護し、保健室に繋がる道には窓が二人一組で見回りを行っている。

 

 これは亜鬼が提案したことである。

 当初、全くと言って良い程保健室への襲撃が警戒されておらず、何時でも誰でも入り放題だった。

 ただの学校の保健室ならそれでも良いが、ここには人間国宝と言っても差し支えないほど重要な存在である家入硝子が常駐しているのだ。

 

 もし亜鬼が呪術高専を落とすなら、まずは保健室を狙うだろう。そこさえ抑えれば後脅威となるのは五条くらいのものであり、その他の術師のほとんどは反転術式による治癒が行えないのだから。

 

 そんな考えから保健室の場所を地下に移し、警備も配置した。

 それと同時に外出の際には亜鬼が共に付く。

 

 過剰だと思われるかもしれないが、これでも足りないくらいの人材なのだ。

 原作よりも呪術師側の戦力が増し、呪霊側が厳しくなっている今、相手がどのような手段を取ってくるかは分からない。そんな中で家入を無防備に晒しておくなど、殺してくださいと言っているようなものだ。

 

 やれる事は全部やる。

 

 守る為なら全てを尽くす。

 

 亜鬼が心に決めたことだった。

 

「それで、この子が宿儺の器?」

「はい。私が救助し、反転術式による治癒を行いました。今は精神的な疲れからか眠りを欲しているようです」

 

 家入が亜鬼に事情を聞き、虎杖の体の無事を確認し終わった後、虎杖が目を覚ますまで待機することになった。

 後々五条も保健室に来るという連絡も聞いている。

 

 家入は虎杖を心配そうに見つめる少女を横目に彼女との出会いを思い出していた。

 

 

 

 

 

 二人が出会ったのは本当に偶然だった。

 

 

 まずまず、亜鬼は任務で怪我をしない。

 よしんば怪我をしたとしても自分で治す。

 

 基本的に亜鬼が受け持つ任務は特級から準一級の案件であり、その中でも上層部が選りすぐった悪辣で嫌がらせとしか思えないような物ばかり。

 だが、亜鬼からすれば朝飯前も良いところ。特級案件ですら歯牙にもかけない。上層部からの嫌がらせということすら気がついておらず、特級術師はこれくらいの任務なんだなぁとぼんやりと考えているだけ。

 

 精神が頑強で強靭な亜鬼に精神的な疲れはほとんど無く、呪霊故に睡眠も必要ない。

 他の呪術師の何倍も凶悪で危険な任務を何倍もの量、何倍もの速さで片付けていく亜鬼はどんどん有名になっていき、その評価は天井知らず。

 

 家入の耳にもその噂は入ってきていたし、五条からよく話を聞かされていた。

 やれ良い子だとか、頼りになるだとか、結構可愛らしいだとか・・・

 

 

 五条より強い、だとか。

 

 そんな馬鹿なと一笑に付していた。

 

 性格も見た目も良く、それでいて五条より強いだなんて・・・

 どんな妄想だというのだ。

 

 全く怪我をしない亜鬼は何時まで経っても保健室を訪れることはなく、家入の頭の中には噂だけが横行する。

 

 そして想像の末に出来上がったのが長身で筋骨隆々の戦闘狂。五条と気の合うライオンのような女性だ。恐らく結構な美人なのだろう。まずまず呪霊という時点で整った外見というのは考えにくいが・・・

 

 そうして頭に亜鬼のイメージが固定されてから二ヶ月が経った。

 

 家入は気分転換に高専の敷地内を歩き回りながら煙草を一本取り出して口に咥えようとし、溜息をついてそれを仕舞った。

 連日運ばれてくる重症者に被呪者。終わらない労働、絶え間ない治療時間。保健室勤めになってから続く毎日の疲れで目の下には深い隈が出来上がり、体の調子は優れない。

 別段楽しみがある訳でもなく、死にたくないから生きているというような日々を過ごしていた。

 

「はあ・・・」

 

 口元から漏れる溜息は止まらない。

 理由は無いが、何だか気分が優れなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 後ろから聞こえた幼い声に振り向く。

 白く輝く絹のような髪は腰まで流れ、余りにも整いすぎた顔立ちはどこか人形を思わせた。身長は低く、高く見積もっても百三十程度だろう。

 黒いワンピースを身に纏わせ、紅い瞳が宝石の様に輝いている。

 

 綺麗だ・・・

 

 家入は心の底からそう思った。

 世界の愛を一身に受けとめて生まれてきたかのような美貌。

 ひどく驚いた表情も愛らしい。

 

「あのー?」

「あ、あぁ大丈夫だ。」

 

 どうやら固まっていたらしい。心配そうな少女の視線に申し訳なくなる。

 

「それよりお嬢さん。こんなとこまで何しに来たんだい?」

 

 一般人ということはないだろう。ただの子供が呪術高専に迷い込むとは思えないし、まずまずツノが生えて・・・

 

 ん?

 

 ツノが生えてる?

 

「私は自販機に用があって・・・お姉さんは?」

 

 律儀に質問に答えてくれるのは嬉しいのだが、今はそれどころじゃない。

 人間にツノって生えてたっけ?いや、生えていない筈だ。

 となるとこの子は呪霊?

 でも呪霊の侵入アラートは鳴っていないし・・・

 

「私は散歩さ」

「なるほど」

 

 当然の様に会話を続けてしまっているが、これって少々不味いのでは?

 そんなに簡単に忍び込めるほど呪術高専の警備はザルなのだろうか?

 これって私はどうすべきなのだろうか?

 

 駄目だ、疲れで考えが纏まらない。

 

「お姉さん!」

 

 思わずフラつき、倒れ込みそうになったところを少女が支えてくれる。

 うーん良い子だ。とても呪霊とは思えないけど・・・

 

「大丈夫ですか!?」

「あぁ平気さ。ちょっと寝不足なだけなんだ」

 

 毎日毎日ブラック会社もかくやという密度で労働させられ、休みも僅か。

 そりゃ寝不足にもなるだろう。

 

 そう考えていると頭を撫でられる感覚。

 最後に撫でられたのは何時だっただろうか?小さな頃のことはもう覚えていない。

 

「頑張り屋さんなんですね」

 

 そう言いながら自分の頭を優しく撫でる彼女の暖かさを肌で感じる。

 何故だろう?涙が溢れて止まらないんだ。 

 

 頭の方から体の隅々まで温まっていく。

 この感覚は・・・反転術式!?

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 そのままでいたい欲求を何とか振り払い、慌てて彼女へと抗議する。

 だが彼女は撫でる手を止めなかった。

 

「人にはね、どうしてもどうしても涙が止められない時があるらしいんです。辛くて、苦しくて、でもそれが何故なのか分からない。いや、本当は理由なんて分かってる、ただそれを見つめ直すのが怖くて・・・」

 

 彼女は諭す様にゆっくりと語った。

 少女どころか幼女といって差し支えない身長でありながら彼女の瞳は優しい光を灯し、心の強張りを解きほぐしていく。

 

「孤独の中、暗闇が貴方を縛り付けても。それでも私達は一歩前へと進んでいかなければならないから。それが死者への手向けとなって、罪無き生者が唯一してあげられる透明な贖いだから」

 

 いまいち調子の悪かった体の隅々まで治されていく感覚。

 自分とは次元の違う反転術式。

 

「だから泣いてもいいんです。泣いて泣いて、流す涙も無くなった時。きっと貴方は再び前を向く」

 

 眠気はすっかり吹き飛び、気分は良好。

 もうすっかり動ける筈なのに、今は動く気になんてなれなかった。

 

「話してみませんか?」

「え?」

「何でもいいですから」

 

 そう言われても困ってしまう。

 

「本当に何でもいいんです。例えば今日の朝ごはんの話でも良いですし・・・」

「そんなことを話しても面白くないだろう」

 

 そう答えると彼女は首を横に振った。

 

「心って、繊細なんです。偶に涙で濡らして下らない話で拭ってあげないと、きっと輝けないんです」

 

 まあ今は本当に偶にしか無い休憩時間。

 少し過去の話を語ってみるのも悪くないだろう。

 

 

 そうして私達は日が落ちるまで話し込み、後々夜蛾学長に二人で怒られた。

 彼女が噂の亜鬼だと知り、自分のイメージとの余りの差に驚いたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

「わざわざ貴重な指一本使ってまで確かめる必要があったかね?宿儺の実力」

 

 東京の新宿、騒がしい人混みの中を歩く袈裟を纏った男。

 その後ろに続く頭が山のような形をした呪霊、漏瑚が男にそう問いかけた。

 

「勘違いしているようだね」

「何?」

 

 袈裟の男はニヤリと笑い、漏瑚へと振り向いた。

 

「本当に確認したかったのは宿儺の実力ではない」

「何だと?聞いていた話と違うでは無いか」

 

 漏瑚は袈裟の男を睨みつけ、話の続きを促した。

 

「あぁ言っていなかったか。この世界に突如現れた“特異点”について」

「特異点だと?」

「そうだ。彼女は他と明らかに違う。正しく特異点と呼ぶのに相応しい存在だ」

 

 袈裟の男は説明を続ける。

 

「基本的に呪霊というのは人々の負の感情から生み出された呪いの集合体だ。それ故強力な呪霊というのは伝承に残っていたり、多くの人間が根源的に恐れているものから生まれる事が多い。前者は玉藻前や土蜘蛛、後者は君達のような呪霊だ」

 

 そう、明らかにおかしいのだ。

 袈裟の男は自分の術式を上手く駆使して千年以上前から生きてきているが、亜鬼の特徴にぴったり当てはまる伝承など見たことも聞いたこともない。

 鬼への恐れから生まれた呪霊かと考えたが、だとするとあの気性の穏やかさは何だ?

 

「その点特級呪霊“死風”はルーツが全くと言っていい程分からない。乙骨憂太に取り憑いた里香に似た事例だとも考えたが、問題は誰があそこまで強力な呪霊を生み出せるのかという話だ」

 

 “分からない”

 

 その生まれも、真の実力も、彼女の目的も・・・

 

 全く見当も付かず、突如現れた最強の呪霊。

 

 見たところ人間の味方をしており、彼の計画において絶対に障害となる存在。

 それこそ五条以上に邪魔になる。あの五条悟ですら祓えない呪霊を一体どこの誰が祓えると言うのだ。

 加えて彼女自身が気づいているのかは分からないが、亜鬼の呪力は変質している。

 

 あまりにも膨大にすぎる呪力量に加え、神をも超越するであろう極まった呪力操作により廻り続け、練り上げられた呪力は彼女の体内で濃度を増し、今では血液の代わりに黒く染まった呪力が流れていても可笑しくない。

 

 本来一体の呪霊では到底溜め込むことが不可能な程の量の呪力を濃縮することによって保有し、亜鬼が術式に使用する呪力量を自然回復量が上回った。

 

 つまりは無尽蔵の呪力の保有者と言える。

 五条の六眼による呪力消費の効率化や乙骨が持つ底無しの呪力の塊とはモノが違う。

 

 文字通り無限の呪力を持ち、際限なく術式の威力を高めることが出来る。

 それこそ地球を飲み込める程にまで。

 

 彼女が味方になれば何もかもが思い通りに進む。

 

 彼女が敵対するなら敵対者には避けられない滅びが待っている。

 

 後五年。いや、あと一年でも充分だ。

 それだけの時間があれば彼女に敵対することすら不可能になるだろう。

 敵対の意思を持ち、彼女の前に立つだけで死が確定するようになる。

 

 彼女を手に入れるには今しかない。

 もはや一刻の猶予も無いのだ。

 

 突如現れたイレギュラーが一つの概念と化す前に・・・

 

「だからね、私はどうしても確かめたかったのだよ」

「何をだ?」

 

 

 

 

 

 

「彼女の唯一の弱点さ」

 

 

 

 その言葉を聞いて眉を顰める漏瑚。

 話を聞いている限りでは排除は不可能だと思うのだが。

 

 

「彼女が呪霊で本当に良かった・・・」

 

 

 男は感極まったかのように小さく呟いた。

 

 

「心を持つ全能を全能とは呼ばない」

 

 

 男は悪辣に嗤う。

 計画は最終局面を迎えている。

 

 彼女を手に入れられなければどんな策を弄しても終わり。

 手に入れられれば何もかもが思い通りに進む。もはや六眼も天元も関係ない。

 

 

「私は違う。心など過去に置いてきた」

 

 

 男はそれだけ言うとまた口を閉じ、通りかかったカフェへと入店する。

 漏瑚は深いため息を吐きながら男の後を追った。

 

 





 亜鬼は自分の呪力の変質に気がついておらず、自分が実質無限の呪力を持つことにも気がついていません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

改変


 ちょっと短め。
 次への繋ぎの回です。



 

「っ・・・ここは・・・?」

 

 虎杖は暗闇の中から目覚めた。

 自分は最後に何をしていたのだったか?

 確か三人で任務を受けに行って・・・

 

「伏黒!」

 

 自分が何をしていたのかを思い出し、寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。

 思わず飛び起き、辺りを見渡す。

 

 側に立っていたのは白衣を着た女性と五条悟。

 

「おわっ!フルチンじゃん!!」

 

 五条は自分が裸なことに驚く虎杖に近づき、手を差し出した。

 

「悠仁!おかえり!!」

 

 何が何だかよく分からないが、虎杖は取り敢えず乗ることにした。

 

「オッス、ただいま!」

 

 ハイタッチを交わし、二人は再開を喜び合った。

 

 

 

 

 

 

 

 伏黒と釘崎はどこか暗い表情で階段に座り込んでいた。

 

「結局何にも出来なかったわ」

 

 そう呟く釘崎に対して慰めることすら出来ない伏黒。

 伏黒もまた、何も出来なかったと考えている一人だったからだ。

 

 虎杖は今も意識不明だという。

 あれだけボロボロになりながら戦ったのだから仕方のないことだろう。

 その損傷の9割以上を亜鬼が占めていることは言ってはいけない。

 

「暑いな」

 

「・・・そうね。夏服はまだかしら」

 

 話す話題も無く重い雰囲気の中、天気デッキ並みに続かない会話を続ける二人。

 

 

「なんだ?いつにも増して辛気臭いな・・・恵」

 

 真希はそんな二人に躊躇なく話しかけた。

 

「お通夜かよ」

「禪院先輩」

「私を苗字で呼ぶんじゃねえ」

 

「真希、そこまでにしとけ」

「おかか」

 

 不謹慎極まりないツッコミを入れた真希を止めたのはパンダと狗巻だ。

 真希の方を引っ張り、虎杖が昨日から意識不明なことを伝える。

 

「あぁ?死んでねえなら大丈夫だろ。先生もいるしな」

「だとしてもだ!」

「おかか!!」

 

 

「何?あの人達」

 

 いきなり出てきて漫才のようなやり取りを始める三人を見て、釘崎は伏黒に尋ねた。

 

「二年の先輩」

 

 伏黒は小さな頃から呪術高専に関わってきた。

 少なくとも生徒のことなら一年生の誰よりも知っているだろう。

 

「禪院先輩、学生の中で近接戦最強。呪言師の狗巻先輩、語彙がおにぎりの具しかない。パンダ先輩、見ての通りパンダだ。あと一人、乙骨先輩って唯一手放しで尊敬できる人がいるが、今海外」

「アンタ、パンダをパンダで済ませるつもりか」

 

 パンダを見た人間なら誰もが通る道だが、接している内にパンダが如何にマトモかが分かってくるので問題ない。

 

「スマンな、心の整理も着かん内から」

 

 やっと言い争いを終え、パンダが本題を切り出す。

 

「だがオマエ達に“京都姉妹校交流会”に出てほしくてな」 

 

 

 それは“強さ”を求める二人にぴったりの話だった。

 

 

 

 

 

 

 五条は考える。

 

 これからどうするか。

 

 急遽現場に駆け付けてくれた亜鬼のお陰で最悪の事態は避けられた。

 だが一度防いだだけ。これからも同じようなことが起こるであろうことは容易に想像が出来る。

 

 いっそ悠仁のことを死亡扱いにし、その期間で鍛えようかとも考えたが、流石に怪しまれるだろう。

 悠仁は運び込まれた時点で意識不明だと報告された。

 反転術式を施せる硝子がそれを治せないとは考え辛い。きっと上層部はまだ何か手を打ってくる。

 

 余程殺したいのだろう。

 今回の事で亜鬼が機嫌を損ねて自分達の命を狙う可能性すら考えられたのに、リスクを承知で始末したい位には。

 

 となるとどうしても時間が足りない。

 刺客が送り込まれて来たり、意図的に悪意のある任務を振られた際、今の悠仁では対処出来ないだろう。

 

 何とか悠仁を鍛える期間を作り出し、何度か任務を体験させて呪術師として成熟させる必要がある。

 やはり時間と人手が足りない。

 

 

 その時、扉が乱暴に開けられた。

 

「誰だ?」

 

 五条が今いるのは高専の地下、それも結構厳重な警備が為されている保健室の近く。

 となると伊地知だろうか?

 

 思考を妨げられた五条は不機嫌気味に入口へと目を向ける。

 そこにはいる筈の無い男が立っていた。

 

 

「何でオマエが此処にいる」

 

 

「なぁに。ちょっくら約束事だ」

 

 揺れる黒髪が目に映える。

 牢獄の中で生活していた癖に随分と元気そうだ。

 

「どうだ。今、鬼強い護衛とか欲しいんじゃねえのか?」

「鬼にやられた男は冗談が上手いな」

「お互い様だろ?坊ちゃん」

 

 その男はかつて五条を破った男。

 

 

 

 名を伏黒甚爾。

 

 

 

 

 

 

 カフェに入店した袈裟の男、羂索は注文をすることも無く、共に入店した三体の呪霊の内の一体、漏瑚と話し込んでいた。

 

「つまり、君たちのボスは今の人間と呪いの立場を逆転させたいと。そういう訳だね?」

 

 問いに対して漏瑚は機嫌を損ねながらも答える。

 

「少し違う。人間は嘘で出来ている、表に出る正の感情や行動には必ず裏がある。だが負の感情、憎悪や殺意などは偽りのない真実だ。そこから生まれ落ちた我々呪いこそ・・・」

 

 

──真に純粋な()()()“人間”なのだ

 

 

 漏瑚から濃密な呪力が溢れ出る。

 呪霊が全く見えていない周囲の人間ですら明確に異常を感じる程だった。

 

「偽物は消えて然るべき」

「・・・現状、消されるのは君達だ」

 

 その言葉を聞いて更に機嫌を損ねる漏瑚。

 

「だから貴様に聞いているのだ。我々はどうすれば呪術師に勝てる?」

 

 羂索は答えを大いに迷った。

 正直に答えて協力を取り付けるのが良いか、それとも自分の都合の良いように動くよう仕向けるか・・・

 

 やはり後者が良いか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々に興味深い話ですね」

 

 

 美しい声が響いた。

 静謐な筈のその言葉はしかし、不思議と全員の興味を奪い取った。

 

 羂索は冷や汗をひた隠し、ポーカーフェイスを崩さない。

 

 漏瑚は気が付かぬ内に自らの肩にかけられた手がいつ自分の命を刈り取るのか不安で不安で仕方が無かった。

 友好の証な筈のそれが今は何よりも恐ろしい。

 

「あれ?続けて貰って構いませんよ?」

 

 誰も分からない筈だ・・・今の羂索の居場所など!

 呪霊陣営の存在すら知らず、裏で何かが蠢いていることすらも!

 

 何故だ・・・何故ここにいる!

 

「これはこれは、お初にお目に掛かるね」

 

 

──特級呪霊“死風”

 

 

 羂索は驚愕と不安、死の予感を全て飲み込んで話しかけた。

 他の誰であろうと出来ない勇気ある行動だと言えるだろう。

 

 だが返される言葉は無い。

 

 一手にて周りの全てを掌握した白き鬼はどこまでも穏やかに笑った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弱点


 ここから大きく事態が動いていきます。



 

「それで・・・何が目的なのかな?“死風”。いや、亜鬼と呼んだ方が良いか。」

 

 目の前で羂索が必死に言葉を紡いでいるのが分かる。

 どんなに取り繕っても私の目は誤魔化せない。

 

「一つ、聞きたいことがありまして」

 

 そう。私が態々、別段介入する必要の無いこの段階で介入したのには訳がある。

 

「それは?」

 

 問い返す羂索に対して何処までも自然体で答える。

 

 

「与幸吉の居場所を教えて欲しい」

 

 

 私の言葉に驚愕しているのが分かる。

 この段階では彼らと与幸吉は縛りを結んだだけで、まだ碌に情報流通すら出来ていない筈だ。

 

 つまり、バレる要素が無い。

 

 だが私には原作知識がある。

 原作では利用するだけ利用された後に殺された与幸吉。

 彼は幸せになるべき人だ。

 

 だが与幸吉の居場所というのは原作で明らかになっていない。

 ダムらしき場所だということだけが分かっている。

 

 その情報だけで探し当てることも出来なくは無い。

 だがそれをするには時間が足りない。

 与幸吉がいつ自分の住処からダムへと移動したのかすら分からないのだ。

 

 もし与幸吉の居場所を見つけるのが少しでも遅れてしまえば手遅れになる。絶対に失敗出来ない。

 

 だから私は考えた。

 どうすれば確実に与幸吉を助けられるのか?

 

 二つの手段があると思う。

 一番簡単なのは真人、羂索が与幸吉を殺してしまう前に私が二人を始末してしまうことだ。

 あの二人を始末するのはさして難しいことでは無い。

 

 場所を特定し、相対さえしてしまえば五秒あればお釣りが来る。

 

 次案で与幸吉の居場所を羂索、または真人から聞き出し、先に保護してしまうこと。

 流石に高専の地下で護られるであろう与幸吉を態々殺しに来るとは思えない。

 

 この二つを同時に採れる機会が一度だけある。

 

 それが呪霊達のティータイムだ。

 しかも場所の特定が容易である。

 何故なら原作に書いてあるから。

 

 恐らく東京。驚安の殿堂ボン・キホーテの近くの交差点を渡り、少し進んだところにあるレストランカフェ、ゴスト。

 

 これが呪霊と羂索がティータイムをする場所だ。

 

 それだけ分かっていれば場所の特定は簡単だ。マップを見ながら東京を歩き回って探し、該当する場所を発見した。後は“窓”の人に交代で見張りを頼み、怪しげな集団を発見したら連絡してもらう様に頼んだ。

 

 本当は虎杖君が目覚めて安心出来るまで近くに居たかったが、途中で見張りをしてくれていた“窓”から連絡が来た。怪しい集団がゴストに向かっているという。

 

 急いで飛び出し、ダッシュで駆けつけたという訳だった。

 

 

 

 

「与幸吉の居場所か・・・すまないが知らない情報は教えられないな」

「嘘を吐いても分かる、ということだけは伝えておきますね」

 

 その言葉を聞いて羂索はまた黙り込んだ。

 きっとどう打開するか考えているに違いない。

 

 羂索が今使用しているのは夏油傑の死体だ。

 私が考える最高のハッピーエンドを迎える為には出来れば残しておきたい大事な物だが、ここで始末するならそれは不可能だろう。

 

 この場にいるのは真人以外の呪霊陣営の主力全員。

 

 つまりは皆特級。

 真正面からやりあえば全員片付けるのに一分は掛かるだろうか?

 それぞれが逃げに徹し、別々の方向へ逃げられたら何人かは逃がしてしまうだろう。

 

 一気に片付けるには領域展開しか無い。

 私の領域展開は五条先生のものとは違い、発動した瞬間に範囲内の物はすべて吸収し尽くされる。

 

 私の領域展開は発動と同時に終了する。

 誰も防げない不可避の死。

 

 その代わりに手加減が不可能という唯一の弱点がある。

 それでも全力で展開範囲を狭めれば、ぎりぎり周りの人間を巻き込むことなく領域展開出来る。

 

 ここで羂索を消しても真人が与幸吉を殺してしまう可能性も高いので出来れば居場所は聞き出したいところだ。

 聞き出して次の瞬間には全員消し飛ばしてやる。

 

 

「交換条件でどうだろう?」

「縛りという訳ですか」

 

 やはり縛りを持ちかけて来るか。

 与幸吉の居場所を教える代わりにこの場では手出ししない。

 それだけでこの危機を逃れられるなら安いものだろう。

 

「そうだね、内容は言わずとも分かるだろう?」

 

 そりゃそうだ。この状況なら誰でも分かる。

 それしか呪霊側が生き残る手段が無いと言い換えても過言では無い位だ。

 

 

 でもコイツは立場を分かって発言しているのだろうか?

 

「はぁ〜」

 

 思わず大きな溜め息が出てしまった。

 羂索は宿儺に次いで私が嫌いな人間だ。対応もそれに準ずる。因みに呪霊陣営は真人以外皆んな大好きだけどね。

 

 

「弁えろ。別に私は絶対に情報が欲しい訳じゃない」

 

 

 

──さっさと吐け。消し飛ばされん内にな

 

 

 

 嘘。めっちゃ欲しい。

 だがこのセリフは明希の受け売りだ。出来るだけ高圧的に、どちらが上なのかをハッキリさせた方が良いらしい。

 

 

 

「分かった。交渉に応じよう」

 

 羂索はそう言うと懐からスマホを取り出した。

 へえ〜やっぱり羂索でもスマホは使うんだ。

 

 羂索がスマホを操作する。

 ダムの名前でも調べているのだろうか?

 怪しい動きをしないか一挙一動を注視する。

 

 やがて目的の画面に出来た様で、スマホを私へと放り投げた。

 

 

 

 

 それと同時に呪霊と羂索が散開しようとする気配を感じた。

 

 全員が別々の方向へと逃走を図る。

 スマホへと注意を向けた瞬間に漏瑚も私の手から抜け出した。

 

 だがそれは想定内だ。

 

 

──明希!

 

──うん!

 

 

「逃がしません!」

 

 

──領域展開・・・

 

 

 

 その時、ただ一人原作内において何の意味も持たせられず死んだ男が動いた。

 それが大きく事態を変える。

 

 

「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 

 

 

 なん、だと・・・!

 

 

 最悪すぎるタイミングだ・・・

 

 どうする?どうすればいいのだ?

 

 

 

 駄目だ、今更領域展開を止めることは出来ない。

 

 私は罪を背負って生きていく。

 

 吸収した後人格を夜蛾先生の人形に移して至れり尽くせりするから!

 

 

 

 この一瞬に日本中の人間の未来が懸かっているのだ!

 

 

 

“奏死双哀”

 

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 発動、しない・・・?

 

 

 馬鹿な。呪力操作は完璧で、呪力の巡りも良好。

 失敗する要素など欠片も無い筈だ・・・

 

 いや、発動しないのなら仕方がない。

 せめて羂索だけでも仕留める!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぁあああああああ!」

 

 何故か行われない追撃、そしてほんの少し出来た隙。

 全員が無事に逃げるなら此処しかない!

 

 漏瑚は全力で呪力を練り上げ、廻し、瞬時に術式を完成させる。

 

 

──極ノ番“隕”

 

 

 その名の通り隕石と見紛うような紅い流星が瞬く。

 亜鬼は羂索を追撃する手を止めるしかない。

 

 亜鬼本人だけならば無視しても問題無い一撃だ。

 

 だが周りには人が大勢いる。

 先程とは違い、止められない状況ではない。

 

 見捨てるわけにはいかない。

 

 亜鬼は呪力の壁を何十にも展開して“隕”を受け止める。

 それと同時に倒壊を始める建物の構造を呪力の波を飛ばすことで把握。呪力で補強し、倒壊を防ぐ。

 そして周囲の人間全員を薄い呪力の膜で保護、熱を遮断する。

 

 そこまでしてやっと壁と鬩ぎ合う“隕”へと手を伸ばして吸収術式を発動。全て吸収した。

 

「逃がしましたか」

 

 その手にはマップアプリが開かれたスマホだけが握りしめられていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?その表情」

 

 真人は陀艮が作り出した領域内へと帰ってきた羂索の顔を見て思わず問いかけた。

 

「いや、何でも無い」

「何でも無い訳ないだろう」

 

 だって君・・・

 

   すっごく愉しそうだ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

考殺


 順平編開始


 

 五条は深夜、亜鬼の部屋の扉をノックした。

 中で靴底が擦れる音がして、ゆっくりと扉が開かれる。

 

「こんばんは、五条さん」

「やあ亜鬼。お邪魔するよ」

 

 五条が机に着き、亜鬼が砂糖をたっぷりと入れたコーヒーを差し出す。

 まずは他愛もない話をし、一息吐いたところで本題を切り出す。

 

「それで五条さん、報告があるのですが」

「奇遇だね、僕もだよ」

 

 そしてお互いに情報交換を行う。

 五条からは特級呪霊に襲撃されたこと、未登録の特級呪霊が二体確認されたこと。

 亜鬼からは特級相当の呪霊が徒党を組んでいたこと、特徴からして五条が遭遇した二体はその徒党に含まれていること。

 

 そして夏油傑の遺体が何者かに利用されているであろうことだ。

 

「見間違えは・・・ないか」

「はい。あれは間違いなく夏油傑の肉体でした」

 

 そう伝えると五条は難しそうな顔をして思考に耽る。

 

「取り敢えず、注意しなきゃいけないね。腐ったミカンだけでなく特級呪霊の徒党に傑の亡霊か・・・」

 

 

 

 面白くなりそうだ

 

 

 

 そう呟く五条の顔には隠しきれない怒りが浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「東堂、何でここにいるんだ」

「パンダか。久しぶりだな」

 

 東京、呪術高専のグラウンド。

 パンダと東堂が相対していた。その隣では真希とその妹である真衣も火花を散らしている。

 

「話によると乙骨の代わりに一年が三人入るそうだな」

「だからどうした」

「確かめに来ただけだ。つまらん男だと拍子抜けだからな」

 

 東堂は三年生。彼からすれば今回の姉妹校交流会が最後の交流回となる。

 だからこそ代打が本当に乙骨の代わり足るのかを確かめねばならぬと考えたのだ。

 

「俺達だけじゃ駄目だって?」

「そういう問題では無い。俺とお前達の血肉沸き踊る闘争、それに見合わぬ合いの手は要らん。」

「邪魔だから潰すのか」

「邪魔でなければ潰さんぞ」

 

 お互いの視線が交わり合い、決して譲る事は無い。

 だが東堂には大事な用があるのだ。

 彼が何よりも大切にするイベント、“高田ちゃんの個別握手会”。

 

「乙骨に伝えとけ。“オマエも出ろ”と」 

 

 東堂はパンダ達に背を向け、高専の出口へと歩いて行く。

 真衣は最後に一度だけ真希と目を合わせ、挑発的な視線を送ってから場を後にした。

 

「アイツらにも困ったもんだな」

「まあ良い。交流会でボコボコにすんぞ」

 

 そうして二人もまた、鍛錬へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「凄惨な現場です。覚悟は良いですか?虎杖君」

 

 やっぱナナミンカッコいい!

 等という全く場の雰囲気にそぐわない感想を一つ。

 

 私はこっそりと吉野順平編開始の場面を鑑賞していた。

 やっぱりナナミンは良い。こんなに渋い男が他にいるか!?

 

 おっとっと。思わずキャラ崩壊をしてしまうところだった。

 冗談はさておき、今回の主な目的を説明しようと思う。

 

 目的は大きく分けて三つ。

 一つ目は吉野順平の母親、吉野凪の保護。

 二つ目は吉野順平自身の保護。

 

 そして最後に特級呪霊、真人の吸収だ。

 

 一つ目は凄く簡単だ。順平君の家に置かれた宿儺の指を回収し、吉野凪に嗾けられるであろう呪霊を祓えば良い。

 

 恐らく宿儺の指を私が回収した事は遠目でも分かるだろう。

 きっと真人か羂索が改造人間か呪霊のどちらかを順平君の家に放ち、彼女を殺そうとする筈だ。

 それだけカバーしてしまえば問題無い。

 

 その時本人達が来てくれるなら万々歳だが、それは無いだろう。

 もしかしたら私がいるかもしれないという不安は常に彼らの頭の片隅に付き纏う。だからこそ不必要な場面には出張ってこない。

 

 二つ目もびっくりするくらい簡単だ。何故なら一つ目をクリアすれば解決される問題だから。彼は母親の死体を発見し、偽の犯人を真人に連想させられた結果、闇堕ちしたのだから。

 

 だが本当にそうか?

 

 夏油傑と同じ様にそれを防いだだけでは闇堕ちを回避出来ない可能性は無いか?

 原作の彼がもう殆ど闇堕ち寸前の危険思考だった事は疑いようの無い事実であり、そこを真人に突かれただけの話だったのだ。

 

 例えばこうだ。

 

 いつも順平を虐めている奴らは金も暇も持て余している。もしかするとあいつらは順平の母親にまで嫌がらせをして来るかもしれない。いや絶対にして来る筈さ、虐めはエスカレートするものだからね・・・

 

 これだけでも彼が動くのには充分な理由になり得る。というかなる。彼にとって吉野凪とは唯一の家族であり、尊敬する人物であり、宝物であり、何よりも大事な存在なのだ。

 

 私にとっての明希。

 

 少しでも害される可能性があるなら、それを唆されてしまったなら。

 もう止まれない。

 

 本当は私が順平君を見張り、真人に接触した瞬間に彼を仕留めるのが一番好ましい。

 だが彼は既に真人に心酔している。

 初めて自分を全肯定してくれた存在である真人は彼の中で母親の次くらいには大事な存在なんだろう。

 

 それを目の前で奪われた時、彼の心はどうなる?

 真人は悪者だったんだ!と幾ら説得したところで意味がない。それだけ手遅れの状態だったから。

 

 だから私は敢えて順平君には学校で暴れてもらおうと思う。

 彼の学校にいる生徒達には申し訳ないが、死ぬ訳でも無いし、後で全員こっそり反転術式で治すから許してくれ。

 

 私は私のエゴで守る人間を選ぶ。

 私の手の中、私の守りたい人間を守る為なら何だって使う。

 順平君は私の守りたい人間に入っているのだ。悪いが彼の学校の生徒達は入っていない。

 

 ただそれだけだ。

 

 順平君が原作通りに暴れ、虎杖君が助けに入って彼を抱き止める。

 その後の惨劇を回避する方法は思いついているし、彼だって真人が悪だと気づくだろう。

 

 

 そして三つ目。

 

 真人の吸収。これが一番難しい。

 彼の術式は原作に登場する全ての術式の中でもトップクラスの汎用性を持つ。

 本当に何でも出来る術式、彼の想像が膨らむ限りやれる事は幾らでもある。しかも魂の形を捉えられている人間しか彼にダメージを与えられないとかいう鬼畜仕様。

 

 最強に近い術式だ。

 これは間違いない。

 

 だが私が一番脅威に感じているのは彼の術式の戦闘方面じゃない。

 逃亡方面の厄介さだ。

 

 あの術式は幾らでも囮を生み出せるし、呪力でブラフを張ったり体を限界まで広げて視界を制限することも出来る。逃げようと思えば本当に誰からでも逃げ出せるだろう。

 逃げている途中に通行人に触れて改造人間にしてしまえば追えなくなるし、本当に厄介な術式だ。

 

 私ですら逃げられる可能性が高い。

 だから真人が絶対に逃げられないタイミングを突く。

 

 それこそ虎杖君とナナミンから逃亡した直後である。

 どこに逃げ込むのかすら分かっているのだから、そこを狙うのは簡単だ。

 

 後は信じるだけだ。

 虎杖君の優しさと順平君の心。

 

 そして真人の醜悪さを。

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁は今回起こった事件の関係者と見られる吉野順平に接触。

 そうしてお互いに語り合い、虎杖は順平が善良な一般市民であり、今回の事件とは関係が無いと判断した。

 

 修行する中で飽きるほど映画を視聴した虎杖は映画好きの順平と意気投合し、その母親の手によって家に招かれることとなる。

 

「母ちゃんいい人だな」

「・・・うん」

 

 虎杖は酒を飲んで眠ってしまった吉野凪を見てそう呟いた。

 彼女は人格者であり、父親と離婚してからも不満一つ漏らす事なく女手一つで順平を育て上げた。順平はそんな母を誰より尊敬していたし、きっといつか親孝行をすると心に決めていた。

 

「虎杖君のお母さんはどんな人?」

「あー俺会った事ねーんだわ。父ちゃんはうーっすら記憶あんだけど・・・俺には爺ちゃんがいたから」

 

 虎杖悠仁には両親の記憶が殆ど無い。

 彼の面倒をみていたのは彼の祖父であった。今でも虎杖が呪術師を続けているのは祖父の遺言故だ。

 

 その時、虎杖の電話が鳴る。

 

「あ、悪ィ電話」

 

 電話越しに誰かと話す虎杖を見て、順平は本題を切り出す覚悟を決めた。

 電話を終え、空いた虎杖に対して話しかける。

 

「虎杖君は呪術師なんだよね?」

「おう」

「人を・・・殺した事ある?」

「ない・・・」

「でもいつか悪い呪術師と戦ったりするよね。その時はどうするの?」

 

 虎杖の勘が良ければこの時点で順平の事を疑っただろう。

 何故なら虎杖は“悪い呪術師”の話など一度もしていなかったからだ。

 呪術師は呪霊を祓う仕事。呪術師と戦う仕事とは説明していない。

 

 これが初めて順平がこぼしたボロだった。

 話を聞いていたのが七海だったならきっと彼を拘束しただろう。だが七海だったなら順平は話を切り出すことは無かった。

 誰が見ても一目で善良だと分かる虎杖だから、陽だまりの様な暖かさを感じさせてくれる彼だからこそ順平は問うたのだ。

 

「・・・それでも殺したくはないな」

「なんで?悪い奴だよ?」

 

 順平からすれば理解出来ない答えだった。順平の考え方は伏黒に似ている。

 悪い人間だからじゃない。自分にとって害になる人間ならば、自分の大切な人にとって害になる存在ならば・・・きっと殺す。

 守るもの、守りたいものがしっかりと決まっているのだ。

 

「なんつーか。一度人を殺したら、“殺す”って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」

 

 だからこそ彼らは同じ男に惹かれるのかもしれない。

 

「命の価値が曖昧になって、大切な人の価値まで分からなくなるのが俺は怖い」

 

 その言葉は楔となって、順平の胸へと突き刺さった。

 真人に与えて貰った力があれば人の命など自分の思い通りだ。殺すことなど訳はない。

 

 それでも殺せない。

 

 彼が一番尊敬する母親の価値まで見失ってしまうなら・・・

 

 彼に人は殺せない。

 

 

 

 

 

「そう。それで良いんです」

 

 虎杖君が帰り、順平君が眠ったのを見計らって窓から部屋の中に忍び込んだ。

 順平君の頭を優しく撫で、その内に流れる呪力量を確認した。

 

 間違いない。やはり彼は既に呪術師だ。

 

 そのまま彼の部屋を抜け、リビングへと足を運ぶ。眠る吉野凪に適当な毛布を掛け、体に反転術式を施す。きっと日々の疲れも蓄積している筈だ。これくらいは良いだろう。

 

「あった」

 

 机の上に無造作に置かれた宿儺の指。間違いない、これが吉野凪の死因。

 回収し、懐へと仕舞い込んだ。

 

「それで、あなた達が誘き寄せられた呪霊ですか」

 

 既に呪霊はこの家を取り囲んでいた。

 全部で十数体だろうか?

 

 

 原作において吉野凪はどんな苦しみの中で死んでいったのだろう。

 

 吉野順平の母親だ、きっと呪術師の才能はそれなりにあった筈だ。

 死の間際、呪霊の存在を視認出来ていたに違いない。

 

 下半身を食いちぎられ、激痛の中で考えたのは己の事では無かったのだろう。順平がどうなるのか、例え自分が死んでも順平だけは・・・

 

 そう思うとやり切れない。

 

 どんなに怖かっただろう。

 

 どんなに苦しかっただろう。

 

 どんなに心配だっただろう。

 

 

 そんな彼女を私は尊敬する。

 きっとその精神こそ、どんな宝石より価値のあるものだから。

 

「だから貴方に未来を贈ります」

 

 亜鬼の右腕が瞬き、周囲の呪霊が全て消し飛ぶ。

 呪力操作の延長が、今では一つの異能と化している。

 

 彼女にも、順平君にも幸せになって欲しい。

 それが亜鬼が考える唯一の事だった。

 

 

 

 

 そして夜が明けた。

 





 今夜もう一話出せたら良いなあ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪悪


 順平の魅力をしっかり描けたと思います。



 

「真人さん!」

 

 順平は下水道で座り込み、小型化した人間を弄る真人に声を掛けた。

 

 ここ最近、順平はこの奇妙な恩人と会うのが日課になっていた。

 彼は毎日様々な事を教えてくれたし、その考え方には共感出来る部分も多かった。

 

「やあ順平。実は忠告しておきたいことがあるんだ」

「忠告・・・ですか?」

 

 順平は首を傾げ、真人の言葉に耳を傾ける。

 今まで彼が間違った事を言ったことなど一度も無かったので、心に留めておくに越したことは無い。

 

「そうだ。これを見てごらん」

 

 そう言って真人がポケットから取り出したのは一本の薄汚れた指だった。

 それは気色悪く、何だか良くない空気を発している様にも見えた。

 

「それ何ですか?」

「これはね、呪いを呼び寄せる呪物なんだ」

「の、呪いを呼び寄せる呪物!?何でそんなものを真人さんが・・・」

 

 順平は思わず息を呑んだ。呪いと言えば一般人では対処不可能な恐ろしい存在であり、それを引き寄せる物となればどれだけ危険かは言うまでも無い。

 

「今朝の話なんだけどね。この呪物の気配がしたから確認してみれば、これを持った人が辺りを彷徨いていてさ。余りに怪しかったから後を尾けてみたんだ」

 

 真剣な表情で語る真人に対して順平も緊張感を高めて行く。

 

「そしたらさ、そいつが順平の家の庭にこれを投げ入れたから、急いで回収したのさ」

「だ、誰がそんな事を!」

「人を呪う事で金を稼いでいる呪詛師は多い。そういう連中の仕業だろう」

 

 そして彼は続ける。

 

「もし僕が見つけていなかったら今頃君の母親は殺されていたかもしれない」

「そんな!」

 

 驚く順平に真人は今まで見せたことも無い様な真剣な表情で問うた。

 

「心当たりは無いかい?君や母親を恨んでいる人間、もしくは金と暇を持て余した薄暗い人間に」

 

 順平はハッとして思考を巡らせる。

 学校の連中ならやりかね無い。あいつらは人に嫌がらせをする為だったら何でもする。

 

「真人さん。僕行かないと」

 

 順平は急いで地下を抜け、家へと走り去っていった。

 その様子を見て真人は堪え切れないと言わんばかりに頬を釣り上げた。

 

「ほんと馬鹿だなぁ」

 

 そのまま腹を抱えて笑い転げる。

 

「クククっ、人間ってチョロいなぁ!」

 

 その笑顔はどこまでも醜悪で、邪悪だった。

 

 

 

 

 順平は家に戻り、母のクローゼットを開けた。

 

 母は仕事でいない。

 本来なら順平も学校に行っている時間だからだ。

 

 母は無理に学校に行けとは言わなかった。

 学校に行くことが全てでは無いと考えていたからだ。

 

 母は順平を否定しなかった。

 順平には順平の考えがあることを、彼女はちゃんと理解していたからだ。

 

 母は善良だ。

 自分とは違う。

 

 

 だから・・・

 

 

 だから母は僕が守る。

 

 今までの自分とは別れを告げる。

 唯一目に付いた黒い服を手に取り、それを身に纏った。

 

 これは喪服だ。

 優柔不断、決意も覚悟も無い自分への葬儀を上げよう。

 

 最早思考の余地は無い。

 自分の手は血で汚れる事になる。それで母が守れるなら彼は満足だった。

 

 勿論殺しはしない。

 虎杖が言った言葉は今でも彼の胸の中にある。

 ただ半殺しにして、立場を分からせるだけだ。

 

 二度と手出しなんてしようと考えない様に。

 

 二度と僕に歯向かえない様に。

 

 

 神は天罰を下さない。

 

 

 

 ならば僕が下す。

 

 

 

 

 

 

 吉野純平が通う高校では朝会が行われていた。

 

 全国読書感想文コンクールの最優秀賞受賞者である伊藤翔太が照れくさそうに表彰状を受け取る。

 だがそれは彼が書いた感想文では無い。

 彼の下僕である男に書かせた物だ。

 

 伊藤は下僕の元まで歩いて行き、小声で下僕に話しかける。

 

「適当に書けっつったろ。最優秀賞なんかとらせやがって、死ぬか?」

 

 正にクズ。

 だが吉野純平の通う高校では日常的に行われている行為だった。

 

 その時、講堂の扉が開いた。

 

──澱月

 

 講堂へと踏み込んだ順平の背後からクラゲの様な異形が現れ、その手足を細く長く講堂内に張り巡らせた。

 クラゲから毒が散布され、生徒は皆倒れ伏す。

 

 未だに意識を保っている生徒は伊藤だけだ。

 

「おい!どうしたオマエら!しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

 教師が騒ぐのも無視し、順平は一直線に伊藤の元へと向かった。

 彼からすれば騒ぎが大きくなるのは都合が良い。

 自分を気味悪がって近づいてこなければ目的は果たされるのだから。

 

「吉野・・・」

 

 伊藤は冷や汗を流しながら順平の名前を呼んだ。

 ここまで来れば誰にでも分かる。この謎の現象は順平が引き起こしたものであり、唯一残された自分には何か他とは違う理由があるのだと。

 

「聞きたいことがある」

 

 順平は溢れんばかりの激情を滾らせ、伊藤を睨め付けた。

 

「アレを家に置いたの、オマエか?」

「なんの話──」

 

 全く身に覚えの無い質問をされ、困惑する伊藤の腕が紫色に染まって行く。

 

「い゛っぐ、う゛わぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 順平の術式、澱月は毒を操る事が出来る。

 今順平が伊藤に流し込んだのは致死性の猛毒ではなく、ただひたすら痛みを持続させるだけの悪質な物だ。

 神経を直接ナイフで切り裂かれ、ヤスリで擦られるかの様な地獄が永遠に続く。

 

 返答どころかまともな言葉も発せない様な状態。順平が先程の問いに対する答えを求めていないことが如実に表れていた。

 

「別に答えには期待していないさ。君がYesと言ってもNoと言っても僕に真偽は分からないんだからさ」

 

 痛みに悶え苦しむ伊藤の腹に蹴りを一発、二発と叩きこんだ。

 その後は頭を踏みつけ、何度も何度もそれを繰り返す。

 ゴスッ、ゴツッ、と鈍い音が断続的に発され、しかし伊藤は痛みによって気を失うことすら許されない。

 

「ただね、そろそろ理解して貰った方がいいと思うんだ。自分が行なって来た数々の行為は僕らの心をこうやって踏み躙って来たんだからさ。どう痛い?」

「い゛っい゛だい゛です゛、だ、だからもう゛や゛め゛──」

「だから何?君が痛いと思う事と僕がこの行為を止めるという事に何ら関連性を見出せないんだけど」

 

 懇願されても、嘆願されても、哀願されても、順平が振り下ろす足を止める事は無い。

 それは今まで順平を虐めて来た彼らが行なって来たことであり、それに対する天罰で、虐めるという選択肢が伊藤の頭から無くなる迄、続けられる“躾け”だからだ。

 

 躾けに夢中になる順平は気が付かなかった。

 近づいてくる彼の足音に。

 

「何してんだよ!順平!」

 

 大きな音と共に扉がこじ開けられ、駆けつけた虎杖は惨状を見て叫んだ。

 順平の胸には驚きと納得が同時に去来していた。

 

 何故虎杖君が此処にいるのかという驚き。

 あぁ、そう言えば彼は呪術師で、自分は悪い呪術師なんだから、彼が此処にやってくるのは当然か。という納得。

 

 正直に言うと虎杖君と母親にだけは今の自分を見て欲しく無かった。

 

 自分のしている事が間違いだとは思わない。

 

 でも自分のしている事が正しい事だとはもっと思わない。

 

 もう今の自分は虎杖君と仲良く映画について語り合えるような、そんな関係では無くなってしまったのだ。

 そんな今更の事実を、今この時初めて順平は受け止めたのだった。

 

「引っ込んでろよ、呪術師」

 

 

 だけどもう止まれない。

 

 

 止まれないんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖は拳を振るう。

 

 こんなに痛い拳は初めてだ。

 体がじゃない、心が痛む。

 

 一度殴ろうと腕を振りかぶる度に言い知れぬ何かが胸を打つのだ。

 

 それでも止める。

 

 それが友達にしてやれる唯一の事だから。

 

──澱月

 

 順平は自身の背後に顕現したクラゲを盾にし、虎杖の拳を受け止めた。

 彼の術式は毒を操れるだけでは無い。クラゲの中に入り込みさえしてしまえば並大抵の物理衝撃は吸収してしまうのだ。

 

「引っ込んでろよ呪術師!関係ないだろ!」

「それはオマエが、決める事じゃねえ!」

「無闇な救済に何の意味があるんだ・・・命の価値を履き違えるな!」

 

 順平から湧き上がった呪力が何本もの触手へと変化し、虎杖へと襲い掛かった。

 その一本一本が体を痺れさせる毒を有している。

 

「僕は僕の心に従って行動する。何を優先するか、何を為すのか、それは全て自身で決定するんだ。そこに他人の意思も、感情も、介在しない」

 

 澱月に埋め尽くされ、もはや声が届いているのかすらも分からない虎杖に対して述べる。

 いや、それは果たして本当に虎杖への言葉だったのだろうか。

 

「彼らの感情より遥かに優先されるべきものが僕の手の中にある。自分を信じて進むのには充分すぎる理由だ」

 

 順平は虎杖に背を向け、一歩踏み出そうと右足を前に出した。

 この一歩は悪い呪術師への一歩。彼はもう止まれない。

 

「誰に言い訳してんだよ」

 

 否、澱月から延ばされた手が順平を強く掴んだ。

 驚愕する順平の手が引っ張られ、虎杖の元へと体ごと引き寄せられる。

 

 そうして遂に、順平と虎杖の目が合った。

 

「順平が何言ってるかさっぱり分かんねえけどさ、オマエはただ“自分が正しい”って思いたいだけだろ」

 

 虎杖は順平の頭を両手でしっかりと固定し、全力で頭突きを放った。

 

「順平の動機は知らん。何か理由があるんだろ?でもそれは本当にあの生活を捨ててまでの事なのか?今の自分をあの人に誇れんのかよ!」

 

 その言葉にハッとしたかの様に順平が顔を上げる。

 そうだ、母さんは今の僕を見て、どう思うだろうか・・・

 

「もう何も、何も分からないよ・・・」

 

 

 そんなことでは・・・

 

 

 今更そんなことでは・・・

 

 

「止まれないんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 虎杖へ向けて、澱月の触手が放たれた。

 

 だが彼は避けない。

 もう全て受け止めると決めたから。

 

 触手が突き刺さってダラダラと血を流す虎杖。

 

「な、なんで避けないんだよ・・・」

 

 順平にだって虎杖の身のこなしくらい分かっている。

 今の一撃は間違いなく避けられる、隙だらけの一撃だったのだ。

 

「ごめん、何も知らないのに偉そうな事言った」

 

 虎杖はゆっくりと順平に近づき、屈み込んで視線を同じ高さに合わせる。

 

「何があったか話してくれ」

 

 

──俺はもう絶対に順平を呪ったりしない

 

 

 順平はその言葉を聞いて涙を溢れさせる。

 ずっと不安だった、ずっと分かっていた。

 自分のしている事が正しい行為じゃ無いなんて事はとっくに分かっていたんだ。

 

 それでも止められなかった。

 家に自分がいる時はまだ対処出来るかもしれない。

 

 じゃあ母が一人の時、仕掛けられたら?

 

 自分が見ていないところで襲われたら?

 

 唯一の家族だ。不安は募るばかり。

 

 彼はまだ高校生。一番精神が不安定な時期を狙われた。

 

 

 

 

 

 

 

「確かにそれは心配だな」

 

 虎杖は一通り話を聞き終え、頭の中で情報を整理した。

 どう考えてもその“真人”とかいう男が怪しすぎる。

 順平が好きな様に操られているとしか考えられなかった。

 

「順平、その真人って人に一度合わせてくれないか?」

 

 だから虎杖は提案した。

 順平はその“真人”を心の底から信頼しているように感じた。

 それならまず否定から入るのではなく、一度会って確かめたい。

 

「俺も協力するからさ、絶対順平の母ちゃんを呪わせたりなんかしない」

 

 順平は虎杖の頼もしい言葉に涙を流しながら頷く。

 

「一緒に戦おう」

 

 そう言い切った虎杖は順平からすれば輝いて見えた。

 握られた手から伝わってくる温かみに安堵すら覚えた。

 

 かくして順平と虎杖は真の友達となった。

 

 ここで終わればハッピーエンドだったのに。

 そこに乱入する純粋な邪悪。

 

 虎杖は一早くその存在に気がついた。

 一瞬人だと見間違えてしまうほど人に類似した呪霊。

 

「初めましてだね。宿儺の器」

 

 その言葉と共に呪霊の腕がボコボコと音を立てながら変形していく。

 

「待って真人さん!」

 

 その声に振り向いた順平は呪霊、つまり真人の存在に気がつき、その様子を見て彼が虎杖を害するつもりだと分かって声を張り上げた。

 

 だが真人はその声を聞き届けない。

 凄まじい速度で伸び、太く変形した腕が虎杖の体を鷲掴みにし、壁に叩きつけた。

 

 虎杖はそこでようやく真人というのが七海が戦った人型呪霊だと悟る。

 

「逃げろ順平!」

 

 虎杖に今出来ることは順平を逃すことだけ。

 

「コイツとどんな関係かは知らん!けど今は逃げてくれ!頼む!」

「虎杖君落ち着いて!真人さんは悪い人じゃ・・・」

 

 そんな彼の言葉が掠れていく。

 

 本当に彼は悪い人じゃ無いのか?

 人間を実験台にして弄ぶような奴が?

 

 順平の頭の中に葛藤が渦巻くが、もう遅い。

 

「順平はさ、まぁ頭いいんだろうね」

 

 真人は順平の肩に手をかけ、気安く語りかける。

 

「でも熟慮は時に短慮以上の愚行を招くものさ。君ってその典型!」

 

 真人は順平を馬鹿にするかの様に嘲笑った。

 それは順平が見たこともない彼の表情で。

 

「順平って君が馬鹿にしている人間の、その次位には馬鹿だから」

 

 真人の体を呪力が廻り、術式が発動する。

 

「だから、死ぬんだよ」

 

 順平の肩に触れられた手から呪力が流し込まれる。

 彼はその瞬間、今まで自分が見て来た実験台達の様に、自分も殺されてしまうんだと言う事を朧げに理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

 

 だがそうはなら無かった。

 真人の手が順平の服に弾かれ、一瞬術式が乱される。

 

 そして出来た一瞬の隙。

 

 術式が乱れたことによって巨大な手から解放された虎杖が真人の顔を打ち抜いた。

 

 




 原作を読み返す度にこの場面は胸が痛くなる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真人

 読者さんに褒められて嬉しいから頑張って書いちゃった。


 

 真人の頭は混乱で埋め尽くされていた。

 確実に、完璧に、何のミスもなく呪力を流した術式が上手く発動しなかった。

 それは彼が生まれてから初めての体験だったのだ。

 

 更に宿儺の器である虎杖悠仁に殴られた箇所がジクジクと痛む。

 タラりと地面に流れ落ちる鼻血が自身のダメージを教えてくる。

 

 真人は自身の魂の形を誰よりも理解している。

 故に魂の形を術式の力で保っている今、通常の攻撃ではほんの少しのダメージすら与えられない筈だ。

 

 生まれて初めての失敗。

 

 生まれて初めてのダメージ。

 

 それは彼に確かな動揺を与えた。

 

 魂の形は今でもくっきりと捉えられている。

 触れれば直ぐにでも変えられる。

 

 そうだ、慌てることなんて無いじゃないか。

 真人は何とか自身に言い聞かせ、立ち上がった。

 

「真人さん・・・今、何を・・・」

 

 順平は顔を歪め、自分が裏切られた事を薄々勘づきながらも真人へと問う。

 いや、裏切られたのでは無い。

 

 そもそも初めから順平の味方では無かったのだ。

 

 彼は今まで何度も真人の術式行使を確認している。

 

 だから自分に何をしようとしたのかも、分かってしまう。

 

「ずっと、ずっと嘲笑ってたんだろ・・・」

 

 順平の頭の回転は早い。

 盲目的だった真人への信用が無くなった今、状況を初めて客観視した。

 

 怪しい人なんてずっと近くに居たじゃないか。

 悪い人なんてこんなに身近に潜んでいたじゃないか。

 

 順平はようやくその事実に気がついたのだ。

 それは遅すぎる気付きだったかもしれない、致命的な間違いだったかもしれない。

 

 だが挽回出来ないほどでは無い。

 

 

 真人は言葉では言い表せない程醜悪な笑顔を浮かべた。

 

「そうだよ!滑稽だったなぁぁぁぁ!自分が賢いと思い込む順平の姿!」

 

 腹が捻じ曲がるかと言うほど笑い、心底馬鹿にしたという顔で見下す。

 

「真人さん・・・いや、真人!」

 

 順平は今自分が何を為すべきなのかを一瞬で見つめ直した。

 後悔は後で良い。後の祭りは始まっちゃいない。

 

 

「お前を、殺す!」

 

「“祓う”の間違いだろ?順平ぇ!」

 

 

 

 ──澱月

 

 順平から殺意が濃縮された黒いクラゲが顕現し、真人へと殺到する。

 それは今まで伊藤や虎杖相手に使っていたような殺さない毒ではない。

 

 致死性の猛毒と称するのも生温い激毒。

 

 正に呪毒と呼ぶのに相応わしい殺意の塊だった。

 

「お前の術式なんて意味無いんだよ!」

 

 真人は自分の体に突き刺さるクラゲの触手を気にもせず順平へ駆ける。

 

 真人に通常の攻撃は通らない。

 

 例外は宿儺の器、虎杖悠仁の打撃だけ。

 日常的に自分以外の魂が肉体の中に存在している状態である虎杖は魂の輪郭を捉える事が出来る。故に真人へと明確なダメージを与える事が出来るのだ。

 

 逆に言えば魂の輪郭を捉える事が出来ない順平ではどうやっても真人へダメージを与える事は不可能。

 

「忘れてんじゃねえぞ」

 

 だが順平は一人じゃない。

 クラゲの中に潜んだ虎杖が飛び出し、真人の顎へと綺麗に入るハイキックを繰り出した。

 

 真人の弱点は油断。

 自身の脅威となる存在が圧倒的に少ない彼は呪力感知も何もかもおざなりだ。

 

 今まではそれでも良かった。

 

 だが彼の前には虎杖悠仁が立ち塞がる。

 天敵という言葉がこれ程相応しい男も居ないだろう。

 

 窓に叩きつけられ、屋外へと飛び出した真人を追って虎杖と順平も空へ身を預ける。

 

 

 地面へ到達すると共に体勢を立て直した真人の右腕が蟷螂の様に細く研ぎ澄まされた。

 

 未だ空中に居る虎杖と順平はそれを見て即座に対応。

 虎杖が順平の体を掴むと同時にクラゲの触手が校舎へと突き刺さる。

 

 真人は気にせず全力で右腕を振り切った。

 クラゲの触手が縮み、クラゲに掴まっていた虎杖達も真人の攻撃の軌道から外れる。

 

「順平!」

「うん!」

 

 虎杖は校舎の壁を足場にし、真人の方向へと飛び出した。

 

「馬鹿じゃん!」

 

 真人は空いた左手を棘が生えた鉄球の様に変化させ、虎杖を撃ち落とさんと放つ。

 だがそんな事は彼も想定内。

 

 虎杖の進行方向へクラゲが現れ、それを足場に虎杖は更に高く飛んだ。

 真人の攻撃は虎杖が元居た場所を素通りし、クラゲだけを叩き潰した。

 

「曲芸師の方が向いてんじゃねえのかよ!」

 

 だが真人は慌てない。

 空中において順平の助け無しに虎杖が動けない事は間違いないのだ。

 

 真人の背中から服を突き破って翼が生える。地面を蹴り、空へと羽ばたいた。

 

 空中で幾ら攻撃されても順平とのコンビネーションで躱す自信があった虎杖もそれは流石に想定外。

 

 真人の術式は外付けと腕の変形だけが可能だと虎杖は予想していた。

 だがそれを遥かに超えてくる自由度。

 

 空中で身動きが取れない虎杖を引っ掴み、真人は術式を発動させる。

 

 

 

 ──無為転変

 

 

 今まで数多くの人間を変形させて殺してきた彼の術式。

 その正体は相手の魂に触れ、変形させるというもの。

 

 それは虎杖の中に眠る“王”に触れることに他ならない。

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

 心臓が波打つ様な音と共に真人の視界が黒く染まる。

 

 そこは呪いの王の生得領域。

 

 

「俺の魂に触れるか・・・」

 

 

 

 ──分を弁えろ、痴れ者が

 

 

 

 宿儺の術式が発動する。

 真人の体が左肩からパックリと裂けた。

 

「がふっ」

 

 虎杖を掴んでいた手が緩まり、その隙を突いて脱出。下で待機していた順平のクラゲによって受け止められた。

 

 真人はゆらゆらと高度を落としていき、遂に体の変形を保っていられなくなったのか、人型へと戻って地面へと墜落した。

 

 呪いの王、両面宿儺は当然の様に魂の輪郭を認識出来る。

 

 その攻撃は真人へと多大なダメージを入れた。

 

「何が起きたんだ?」

「分からない、でも・・・」

 

 続きも紡がず、示し合わせたかの様に二人は駆け出した。

 順平は虎杖の補助に全力を尽くし、虎杖は目にも止まらぬ拳速で真人へと連撃を叩き込む。

 

 急所など関係無い。

 ただ心が赴く様に拳を振るった。

 

 状況は完全に虎杖達が優勢。

 

 

 

 だからこそ気が付かなかったのだ。

 今虎杖が殴っているのがよく出来た分身だと言うことに。

 

 順平の背後から本物の真人が迫る。

 先ほど順平に術式が効かなかった事から万全を期して自分の体をハンマーの様に変化させ、叩き潰さんとした。

 

 遂に違和感に気がついた虎杖が後ろを振り向く。

 

「順平!避けろ!」

 

 

 虎杖の声は遅く、反応も出来ていない順平に向かって真人の右腕が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその一撃が順平へと届くことは無い。

 

 鈍い音と共に真人の腕が切断される。

 

 

「ナナミン・・・」

 

 七海建人、遂に現場へ到着。

 

「説教は後で。現状報告を」

「死者はまだいない筈だ」

「まずは君の体の事です」

「俺は何もされてねえから大丈夫。後学校の人らは全員体育館でぶっ倒れてる」

 

 七海はちらりと虎杖の体を確認し、その後は順平を一瞥した。

 

「彼は、信用できるのでしょうね」

「あぁ。断言できる」

「なら後で事情を」

 

 今はその場合では無い。

 

「なんだ。ピンピンしてるじゃん七三術師。お互い無事で何よりだね・・・ハグでもするかい?」

 

 真人の体からは依然血が流れ出ている。

 

「あの鼻血は?」

「え?俺が殴った」

 

「あの傷は?」

「分かんねえ。アイツが俺に触れたと思ったらいきなり」

 

 七海は情報を整理する。

 理由は分からないが、どうやらこの人型呪霊にとって虎杖悠仁は天敵らしい。

 

「私の攻撃は奴には効きません。説明は説教の時に」

「そういやアイツもそんな事を・・・」

「しかし、動きは止められます。お互いが作った隙に攻撃を畳み掛けていきましょう」

 

 この呪霊は危険だ。

 放っておけば際限なく成長していくことだろう。

 

「ここで確実に祓います」

「おう!」

 

 闘る気満々な二人とは裏腹に、真人は思考を逃走へと傾けていた。

 

 虎杖悠仁は真人にダメージを入れる手段を持ち、且つ真人の術式は使えない。順平にはなぜか術式が効かず、七海と合わせてサポートに徹されると厄介だ。

 

 腹立たしいが、認めるしか無いのだ。

 今の真人では勝てない、という事実を。

 

 どう逃走するかを思考しながらも体は絶えず動かす。

 

 七海の一撃がミートする瞬間にほんの少し体を変形させることで術式の発動を阻止しつつ、虎杖の一撃には最大限注意を向ける。

 

 自分が限界に近づいているという感覚はある。

 

 あの宿儺の一撃さえ無ければ・・・

 あと少しで何かを掴めそうなのに。

 

 ストックしている改造人間を使うか?

 

 いや、意味が無い。

 待機している順平に処理されて終わるだけだ。

 

 息が合って来たのか、もはや対処することさえ儘ならない虎杖と七海の連撃。

 

 虎杖に意識を向ければ七海から。七海へ向ければ虎杖から。

 反撃を返せば順平のクラゲが盾になる。

 

 全く隙の無い連携。

 興される痛みから死のインスピレーションが湧き上がってくる。

 

 今ならやれるかもしれない。

 

 呪術の頂点、領域展開を・・・

 

 

 

 

 いや、駄目だ。

 もし仮に領域内に虎杖が入ってきた場合、本当に祓われてしまう。

 

 今の真人の体力で宿儺の一撃を受け止める事は不可能。

 分の悪い賭けをするべきでは無い。

 

 

 

 

 

 虎杖は嘗て無い手応えを感じていた。

 研ぎ澄まされていく感覚、澄んでいく透明な殺意。

 

 真人が大きく後退し、体を大きく膨らませる。

 

 これ以上ない最大のチャンス。

 虎杖は大きく腕を引き、自身の呪力を全てその一撃に込める。

 

 

 

 ──逕庭拳

 

 

 

 放たれる一撃が風船の様に膨らんだ真人を叩き割った。

 

 だが虎杖はその手応えのなさに驚愕する。

 軽すぎたのだ。とても何かを殴ったとは思えない。

 

 その隙に体を限界まで小さくした真人が近くの排水口へと向かう。

 七海は全力で追ったが、放つ一撃は僅かに届かない。

 

「ナナミン!早く追おう!」

「いえ、その必要はありません」

 

 虎杖は慌てて駆け出そうとする。

 だが七海は虎杖を制止し、落ち着き払って電話を取り出した。

 

 

「もしもし亜鬼さん。本丸が東南の方へ繋がる排水口へと逃走しました」

 

 不思議そうにする虎杖を横目に七海は薄く笑みを浮かべる。

 

「えぇ、虎杖君も吉野順平も無事です。では、後はよろしくお願いします」

「ナナミン、大丈夫なのか?」

 

 通話を終えた七海に対して虎杖は問うた。

 この間にも真人は逃走してしまうかもしれないのだ。

 

「ええ、問題ありません」

 

 だが七海は彼女を疑わない。

 そのまま、報告にあった体育館へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 真人は今までに感じた事が無い程の充足感に浸っていた。

 領域展開の掴みは得た。

 

 今度はきっと殺せる。

 

「はぁ・・・ハハハ」

 

 彼は虎杖を殺す事を想像するだけで胸が高鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひた、ひたと歩く音が下水道に響く。

 

 

 迷い込んだ一般人だろうか?

 例え呪術師だとしても大丈夫だ。

 

 領域展開の試運転にでも使ってやろう。

 

 真人はそう考えて立ち上がった。

 

 

 

 遂に足音の主の影が真人にも見えた。

 白い影だ。

 魂の形は呪霊ではなく人間だった。

 

「悪いけどさぁ」

 

 真人は印を結び、呪力を廻す。

 

「実験台になって貰うよ」

 

 

 

 ──領域展開

 

 

 

 “自閉円頓裹”

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 それは誰の声だっただろうか。

 

 

 

 

「初めまして、そして・・・」

 

 

 真人の前に現れたのは白い鬼だった。

 薄暗い下水道でも確かな輝きを放つ銀髪。

 美しく磨き上げられた宝石より尚輝く一対のツノ。

 

 何よりも真人を真正面から捉えるその紅い瞳。

 

 夏油から聞いていた呪霊の特徴そのまま。

 絶対に手を出すなと厳命されていた世界のバグ。

 

 何で・・・。その言葉が頭を埋め尽くす。

 

 

 だって魂は人間だったじゃないか!

 

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

────領域展開

 

 

 

 

“奏死双哀”

 

 

 

 

 

 白い世界が真人の領域を塗り潰す。

 

 

 そうして彼は短い一生を終えた。

 




 ナナミンは先に亜鬼に説明を聞かされており、弱らせて逃げられるところまでが仕事でした。説明を聞かされた時に、最初から亜鬼が行く方が絶対に良いと考えていたのは秘密。

 これにて原作開始編完結。
 最後に一話だけ大事な閑話を書いてから、姉妹校交流会編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来

 

「真人が祓われたか・・・これは計画の大幅な見直しが必要だね」

 

 羂索は蝿頭からの報告を聞き、薄く笑みを浮かべた。

 正直、全く予測していなかった事態では無い。

 

 羂索は自身の予想が的中している事を確信した。

 

 あのイレギュラーは羂索がその場の気分で入店を決めたカフェに現れた。予約を取っていた訳でもなく、カフェを選んだのは完全な偶然。

 

 与幸吉の事もそうだ。

 確かに羂索は彼と縛りを結んでいる。

 

 縛りは二つ。

 

 一つは与幸吉の天与呪縛を真人の無為転変で治す代わりに呪術高専の情報を流してもらうというもの。

 もう一つは京都呪術高専の人間に手を出さないこと。もし仮に手を出せば協力関係はそこで終わりという縛りだ。

 

 勿論時が経てば呪術高専に内偵が潜んでいる事は勘付かれるだろう。

 

 だが、あの時点では全く情報を流されていなかった。

 まだ会ってすらいなかったのだ。

 

 与幸吉が所有する呪骸の一つから接触され、縛りを持ちかけられただけ。

 

 つまり、勘付かれる要素が皆無なのだ。

 そして今回、あのイレギュラーが見せた動き。

 

 吉野順平が真人に接触され、唆されること。

 

 その結果、“黒い服”を着て学校へと向かうこと。

 

 真人が虎杖悠仁に見せつけるようにして吉野順平の“肩に触れて”無為転変を行使すること。

 

 そうなる、と分かっていなければ起こせない行動の数々。

 

 吉野凪を救い、吉野順平の精神が潰れないギリギリで抑え込み、虎杖悠仁に救わせたこと。

 

 彼が母親のクローゼットを開き、黒い服を取り出す事を把握して“黒縄”で編んだ服にすり替えていたこと。

 

 真人が吉野順平の頭に触れて無為転変を行使すれば意味のないその行動を何の疑いもなく選択したこと。

 

 

 真人の性格、呪霊側の目的、それら全てを知っていても到底予想不可能なこれらを容易く乗り越えて来た。

 ましてや彼女は真人の存在すら知らなかった筈なのだ。

 

 

 結論を述べると。

 

 

 彼女は未来を知っている。

 

 

 荒唐無稽だが、それしか考えられない。

 

 今回の一連の流れは全て観察していた。

 この為に探し出した千里眼の術式を持つ呪霊から抽出した術式を使い、気が付かれない様に細心の注意を払った。

 

 真人を祓わせない事も出来たが、敢えてしなかった。

 

 それは最後の可能性、“彼女は未来が視えている”という可能性を潰す為だ。

 

 “未来を知っている”と“未来が視えている”は同じ様で全く違う。

 

 前者は対策が可能だが、後者は対策が不可能だ。

 どんな策を弄したところで全て後出しで対応されるという事なのだから。

 

 ただでさえ隔絶した実力差があり、その上策が通じないとなるともうどうしようも無い。

 

 だが前者なら“勝利の可能性”はある。

 そして彼女は前者だ。

 

 初めは彼女の行動により、彼女自身が視えている未来も変わっていくのかと考えた。

 あのイレギュラーならそんな術式を有していてもおかしくない。

 

 だがそれにしては行動が遠回りに過ぎる。

 特にそれが顕著だったのは真人の祓い方だ。

 

 初めから彼女自身が向かえば一瞬でカタがついた。

 それをせず、逃走ルートを潰しに回るという用意周到さ。

 

 そこから考えるに、恐らく彼女の知る未来において、真人は逃走出来たのだ。

 

 未来が見えているのだとすれば、亜鬼自身が向かっても真人が逃走不可能だったことは“視える”筈。

 つまり彼女は未来を知っていても、改変した先の未来が視えている訳では無い。

 

 更にその情報から“彼女が知っている未来”に亜鬼が存在しない事も分かる。

 もし彼女が存在していれば、真人が逃亡出来る未来は有り得ないから。

 

 つまり、亜鬼は“亜鬼がいない世界の未来”を“知っている”と予想できる

 

 この際どうやってその未来を知ったのかはどうでも良い。大事なのは、彼女がその未来を頼りに動いているという事だ。

 

 そう判断出来たからこそ真人を捨て置くことが出来た。

 与幸吉を救おうとした彼女ならば、必ず真人を吸収して“無為転変”を得るだろうと信じられたから。

 

 全て想定して動くならば。

 

 羂索が五条悟を封印しようと考えており、その手段が獄門疆である事も知られていると見て然るべき。

 その舞台が渋谷であるという事も、決行しようと考えている日時でさえ。

 

 厄介極まりないが、未来が視えているとこちらが分かっているなら逆に利用してやれば良い。

 

 

 目標は一つ。

 

 特級呪霊“死風”の調伏だけを考えれば良い。

 彼女さえ手に入れれば邪魔をしてくる有象無象など関係なく、更に無為転変も行使させる事が可能だ。

 

 今まで用意して来た全てを使う。

 彼女が呪霊である以上、寿命など無い。

 

 彼女が成長しきる前、今を逃せば羂索の望みが叶う時は訪れなくなるのだ。

 

 もはや出し惜しみなどしない。

 溜め込んで来た呪霊も彼女を手に入れれば必要なくなる。

 

 それなら先ずは呪術高専から宿儺の指と失敗作達を回収しなければ。

 

 羂索は不気味な笑みを浮かべ、未来を描き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真人が、逝ったか・・・」

 

 漏瑚は羂索から聞かされた報告を何度も反芻し、現実を受け止めた。

 彼は特級呪霊の中でも最上位と言って差し支えないだけの実力を誇っている。

 

 両面宿儺は例外だが、他の特級呪霊相手に遅れは取らないと思っていた。

 

 カフェで出会った白い鬼の事を今でも思い出せる。

 同じ呪霊だからこそより濃密に感じられる呪力の圧。

 比類無き力の波動。

 

 勝てない。

 

 きっと自分が百人居たところで勝てないと言い切れるだけの余りに隔絶した地力。

 

 真人が祓われたのも納得だ。

 

 彼女が純粋に呪霊であれば良いのに。

 そうであれば間違いなく呪霊が上に立つ。

 

 だが彼女は紛う事なき人間の味方。

 

 漏瑚の目的は果たされない。

 

「漏瑚、ちょっと良いかい?」

「なんだ」

 

 座り込み、黙祷を捧げる漏瑚に羂索が声を掛けた。

 

「君の目的は将来的に呪いが人として立っている事。間違いないね?」

「そうだが」

「それは君たちじゃ無くても良いと」

「相違無い」

 

 その答えを聞いて羂索はニンマリと笑みを浮かべた。

 

「じゃあさ、ちょっとお使いを頼まれて欲しいんだけど」

 

 巨悪が動き始める。

 

 

 

 

 

 

 順平は今、人生の岐路に立っていた。

 選択肢は二つ。

 

 一つは呪術師として生きていく事。

 

 一つは亜鬼の無為転変で術式発動を不可能にし、一般人として生きていく事。

 

 順平としては呪術師として生きて行きたかった。

 だが彼には母がいる。毎日順平の帰りを待ち、その暖かさで包んでくれる。

 

 呪術師は危険な仕事だ。

 呪霊は凶暴でいきなり強さが変動することもある。

 呪詛師と戦うとなれば人殺しに手を染めねばならぬ時が来るかもしれない。

 

 幸せな生活とは程遠い人生になる事が決定されている。

 

 だが順平からすれば一般社会は息苦しい。

 どうしても今までの記憶がチラつく。

 

 更に、映画やアニメが大好きな順平からすれば人を助けるヒーローの様な仕事は憧れでもあった。自分が呪術師に救われた事もあり、日に日にその憧れは募るばかり。

 

「順平君」

「あ、亜鬼さん」

 

 順平に声を掛けたのは美しく、白い鬼だった。

 

「決まりましたか?」

「・・・いえ、まだです」

 

 今後の人生が大きく変わるであろう決断なのだ。

 そう簡単に決められる訳が無い。

 

「どうしても、考えてしまうんです。自分は一般社会に溶け込めないんじゃないかって。少なくとも今のままでは耐えられない」

 

 彼は学校で酷い虐めを受けていた。

 裸に剥かれてカメラを向けられ、火のついたタバコを押し付けられ、ゴキブリを無理やり口の中に入れられた。

 

「どうしても、人間に期待出来ないんです」

 

 今でもその苦しみは脳裏に焼き付いている。

 きっとこの先死ぬまで永遠に彼の頭を這いずり回ることだろう。

 

 場に沈黙が満ちる。

 亜鬼は一つ頷き、順平の胸に手を当てた。

 

「心が痛む。それは貴方が目を見開いている証拠です」

 

 困惑する順平に対して亜鬼は続ける。

 

「どんなに辛くても、苦しくても、貴方はお母さんへの思いやりを忘れなかった。それって、凄い事だと思います」

 

 そして亜鬼は微笑む。

 

「きっと貴方を虐めて来た奴らなんかじゃ真似出来ない。貴方の魂は宝石の様に輝いて見えるから」

 

 順平の頭を優しく抱き抱え、ゆっくりと撫でた。

 

「順平君、人の命を助ける仕事に興味はないですか?」

「人の、命を・・・?」

「はい。呪霊を祓う呪術師では無く、呪術師を治す呪術師です。貴方にはその才能があります」

 

 順平は亜鬼の言葉に驚いた。

 何故なら彼の術式は毒を生成するというものであり、治すという言葉とは対極にあると考えていたからだ。

 

「貴方は人の痛みが分かる優しい子。そんな貴方にしか救えない命がきっとある」

 

 亜鬼は一つ微笑むと、順平の背中をポンポンと叩いた。

 

「まずはお母さんと話して、相談しなくちゃ。貴方の事を誰よりも考えてくれる人なんだから───」

 

 

 そうして日々は過ぎ去って行く。

 

 

 

 

 羂索には一つだけ致命的な誤算があった。

 

 

 

 

 

 死風は、一人だけじゃない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

甚爾君の一日

 閑話は一つだと言ったな。あれは嘘だ!
 この男の話を入れ込むのを忘れていたぜ・・・


 

 伏黒甚爾の朝は早い。

 

 毎朝五時にはベッドから動き出し、無地のTシャツと適当なジーパンを身に付けて外出する。

 時期は夏。薄着一枚で事足りる。

 

 それでも早朝特有の張り付いてくるような寒さが伏黒の身に纏わりついた。だがそれを気にする事はない。

 別に彼は冬だって半袖一枚で生きていける。生物としての造りが根本的に違うのだ。

 

 懐から煙草を取り出し、火を点けて咥えた。体を満たす煙に生を実感し、寝ぼけた頭を冴えさせる。

 

 ポケットに入っている支給されたスマホの電源は切れたまま。充電するのを忘れていた訳では無い。ただ面倒だっただけだ。

 

 吸い殻を地面に擦り付け、街へと繰り出す。

 朝はうどんでも食べるか、少し重めにバーガーも捨てがたい。

 最近のパン屋は早朝から空いていない所も多い。商品の並びも期待出来ず、ここはやはり鉄板のうどんが良いだろう。

 

 朝から懸命にランニングを行う若い男、犬の散歩をする老婆、そしてベンチの上で眠りこけるスーツ姿のおっさん。

 きっと昨日は夜遅くまで飲んだのだろう。何とも幸せそうな顔を浮かべている。

 最近になって“酒に酔う”という感覚を覚えた伏黒もその気持ちは理解出来る。天与呪縛のせいだろう、ずっと嫌いだった酒を好んで飲む様になったのもあの白い鬼の影響だ。

 

 一度戦った時は死をこれ以上無い程覚悟したが、結果的に今は良い生活を送れている。

 後は彼女から持ちかけられた“三つの縛り”を達成してしまえば自由の身だ。

 

 感謝はしている。かつて此処まで穏やかな生活を送っていたのは“アイツ”と一緒に過ごしていた時位なものだ。

 あの幸せな日々はもう戻って来ない。彼女が死んだ時、伏黒甚爾という男も一度死んだのだ。

 

 少し感傷に浸りながらもうどん屋へと辿り着く。ここが24時間営業で助かった。

 鶴伐うどんは肉うどんが美味い。正直肉うどんの旨さでは他のチェーンと一つ次元が違う所にある。

 

 そんな事を考えながら少し耳の遠い店員に肉うどんを注文した。

 うどん屋において、何よりも驚くべきところはその提供時間にあると考えている。

 

 全く淀みの無い作業。麺を茹で、丼を少し温め、出汁を注いで肉を入れる。

 この一連の作業が僅か一分足らずで行われるのだから驚きだ。

 

 湯気を揺らす肉うどんを受け取った。

 店内の照明を照り返し、燦々と輝く美しい麺。出汁に浸かった肉はホロリと崩れ、刻まれたネギが良く映える。

 その匂いは暴力的なまでに伏黒の鼻を蹂躙し、魅了して離さない。

 

 そんなうどんを食べる前に一つ考える事がある。

 

 それは割り箸か、店の箸かだ。

 確かに店の箸は環境に良く、割り箸よりも使いやすいことが多い。

 

 だが断言しよう。

 ここで選ぶべきなのは間違いなく割り箸であると。

 

 まず理由として割り箸とうどんの適正が挙げられる。

 昨今、うどんはコシがあってツルツルしているものが多い。

 それが木製の割り箸と上手く噛みつき合う。

 これは表面が平らなプラスチック箸では成しえない割り箸が持つ強みだと言える。

 

 更に店員の様子だ。

 見たところあの店員は結構歳を重ねている。

 となると力が弱まってきている筈だ。基本的には食洗機で洗われる箸であるが、それでは取れない汚れというのは間違いなく存在する。

 

 力の弱まってきた店員が落とせなかった汚れが食洗機の洗礼も抜けてくるというのは結構な頻度であることだ。

 ましてやこの店は随分と年季が入っている。食洗機も劣化するものだ、汚れを気にするならやはり割り箸の方が良い。

 

 この無駄とも思えるような些細な気遣いがうどんを更に引き立てる。

 

 割り箸を取り、天性の直感と精密な肉体操作で綺麗にふたつに割った。

 寸分違わぬ完璧な割り箸。これは伏黒甚爾が得意とする数多の技術の一つだ。

 

 この間、僅か一秒。

 思考を済ませ、割り箸を割るまでにここまで白熱した脳内会議が行われていると分かる者は一人としていないだろう。

 

 

「なかなか良いチョイスです。肉に割り箸とは・・・正直あなたを侮っていたようです」

 

 いや、ここに居た。

 

 

 今まさに麺に喰らいつかんとしていた伏黒の隣に腰掛けた白い鬼。

 伏黒の雇い主とも言える存在、亜鬼だ。

 

「しかし、甘いですね」

 

 亜鬼は湯気を放つ肉うどんを手に持ち、ドヤ顔で蓮華を見せつけた。

 

「この店に置いてある蓮華は基本的に頼まないと出て来ない、知っていましたか?」

 

 伏黒は驚きの余り、箸を取り落としそうになった。

 天与呪縛で最大限まで強化された五感を持つ彼が接近にすら気が付かなかった。

 そんな彼女が何を言うのかと思えば蓮華だと?一秒が旨さに関係するうどんを前にそんな悠長な事を言っていられるか!

 

「ハッ!ガキだな」

 

 伏黒は一気に麺を啜り上げた。温かな出汁が口の中を満たし、溶け出した肉の甘みがこれでもかと言う程味覚に叩きつけられる。

 

 うどんは芸術品だ。

 全てにおいて無駄が無く、完成された至高の一品。

 

 存分に味わいながらも僅か一分で完食。

 最後に丼を傾けて残った出汁を飲み干した。

 

「この良さが分からんとは・・・所詮ガキはガキか」

「ガキとは何ですかガキとは!最初は蓮華で出汁を一杯嗜み、そこから麺を啜るのがうどんに対する礼儀というものでしょう!」

 

 ガキ、ガキと連呼された亜鬼は頬を膨らませて怒るが、麺が伸びるといけないので急いで食事に戻った。

 

 

 

 しっかりと食べ終え、店の外に出た二人は公園のベンチに腰掛けた。

 

「それで、今日が最後で良いんだろ?」

「はい、取り敢えずあなたは一度自由の身です」

 

 その言葉に口角を釣り上げる伏黒を見て亜鬼は釘を刺す。

 

「ちゃんと今日の夜まではお願いしますよ!?」

「わぁってる。そう騒ぐな」

 

 さっさと立ち上がる伏黒は最後に一度振り向いた。

 

「そういえば何でわざわざそんなこと言いに来たんだ?電話で済むだろうが」

 

 亜鬼はその言葉を聞き、呆けた様に口をぱかんと開けた。

 

 

 

 

 

「あなたが電話に出ないからでしょうが!」

 

 

 

 充電の無いスマホを思い出した伏黒は一つ笑い声を上げ、背を向けたまま手を振った。

 

 

 

 

 

 

 男は凄腕の呪詛師であった。

 

 といっても呪力が特別多い訳では無い。術式も強力とは言い難い。

 ただ照準を合わせるだけの術式。

 

 それを最大限活用する為に、男はライフルを扱う術を磨いた。

 照準を標的に合わせることが出来ても、風の流れや重力による落下も大きく関わってくる。

 

 必死に技術を磨き、今では二キロ近い距離があっても確実に当てることが出来るようになった。

 

 それからは簡単だった。

 呪術師は実弾に弱い。一級以上になってくると何故か勘付かれる事もあるが、気付かれたなら逃げれば良い。

 ひたすら遠距離から安全に弾を打ち込むだけで抱えきれない程の金が舞い込んでくる。

 

 少しずつ裏で名前も売れて行き、全く現場に姿を現さない事から“蜃気楼”と二つ名が付いて久しい。

 準一級以下の殺しには失敗した事が無いのも彼の評価を引き上げた。

 

 そんな彼に一本の電話が入る。

 

「桃色の髪のガキ一人殺す、それだけで三千万!?」

『ああ。それだけでだ』

 

 お得意様の呪術界上層部の一人。腐ったみかんの一員だ。

 

「それで、等級は?」

『二級』

 

 男はニヤリと笑う。

 

「何それ、楽勝じゃん」

 

 男は相棒を手に取り、拠点から歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 伝えられた場所に行けば標的はすぐ見つかった。

 どうやら今は任務の最中らしく、一人で廃ビルを歩き回っているのが見て取れる。

 その注意は呪霊のみに向けられており、約1500メートルも離れた位置で身を屈めている男には気が付く様子もない。

 

「ふ、ふはは、これだけで3000万かよ。笑いが止まんねえぜ」

 

 照準が虎杖へと合わせられる。

 あとは角度を調整、風向きを考慮、そして引き金に指を掛けた。

 

「じゃあな少年、グッバイだ」

 

 そうして引き金が引き絞られる。

 

 

 そこに割り込む一つの影。

 黒い髪をしたその影は、放たれた銃弾を容易く掴み取った。

 

「おいおいおい、マジかよ!」

 

 明らかに自分を視認している。

 そう悟った男は銃を背負い込み、マンションを抜けて裏道に入り込む。

 

 これが男の常套手段。今まで一度として捕まったことの無いやり口だった。

 

 

 

 

「ま、そうするよな」

 

 それは今まで呪術師を相手にしていたからだ。

 

「な、何でここに!」

 

 だが黒い影、伏黒甚爾は違う。

 彼は誰一人見逃さない。

 

「何で?お前らみたいな小物が考えることなんて───」

 

 伏黒はトントンと頭を小突いた。

 

 

「全部分かってんだよ、雑魚が」

 

 

 男は冷や汗を流しながらも冷静に懐からリボルバーを取り出す。男の術式は何もライフルだけに働くものでは無い。狙うという行為に対して働く。

 

 こんな事もあるだろうと訓練していた男は淀みなくリボルバーの照準を伏黒の胸元へと合わせた。

 

「死ね!」

 

 並の相手ならばこれで良かったかもしれない。

 だが相手は世界が生み出した稀代の天才。

 

 銃弾は掠ることも無く躱され、男はリボルバーを無効化するついでと言わんばかりに右腕を切り落とされた。

 

「ま、待て!情報なら話す!依頼人も流すから・・・」

 

 男は勝てないと悟ると命乞いへと切り替えた。恐らくこの男は呪術師、彼らは無闇矢鱈と命を奪わない。

 

 何度も言うようだが、相手が悪かった。

 

「情報、情報ねぇ」

 

 伏黒は一瞬考えるような姿勢を取った。

 男はそこに活路を見出す。

 

「俺は裏でも名が通ってる!殺さない方が良い」

 

 裏の繋がりというのは馬鹿に出来ない。裏に居るからこそ義理堅い連中というのも多いからだ。実際には関係を築いて来なかったこの男に繋がりなど無いのだが。

 

「へぇ、なんて名だ?」

「蜃気楼だ!」

 

 それだけ聞くと伏黒は面白くなさそうに肩を竦めた。

 

 

「誰だよそのド三流。聞いたことすら無えわ」

 

 

 その言葉を最後に男の頭に刀が突き刺さった。

 この一瞬で骸と化した男に興味を傾ける事もなく、刀に付着した血を男の服で拭った。

 

 伏黒と交渉したかったならば。

 

 彼にうどんの一杯でも奢ると持ち掛けた方がマシだったかもしれない。

 




 実は作者はうどんが好きなので、うどん屋でいつもこんな事を考えています。だから思わず書いちゃった。
 伏黒に情報なんて意味無いですね。仕事に入っていないから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

京都姉妹校交流会編
合流


 遅くなってすみません!
 オリジナル小説の方を書くのが楽しくて・・・


 

「急に呼び出してどうしたんだよ先生?」

 

 順平君に関連するあれこれが終わり、遂に原作でも大きなイベントの一つである京都姉妹校交流会の日がやってきた。

 本来、この時点でまだ生存している真人が侵入係、花御という特級呪霊が注意を惹きつける係だった。だが今真人は私に吸収されて存在せず、花御一体では足止めすら厳しいだろう。

 

 つまり、原作通りの展開になる可能性は限りなく低い。

 というか原作通りに来てくれれば花御を祓えるので万々歳なのだが・・・

 

 断言しよう。

 

 “それは無い”

 

 羂索という男はそこまで甘く無い。間違いなく作戦を変えてくる。

 それどころか今回の襲撃は行われないのでは無いかと疑っているくらいだ。

 

 少しずつ原作の流れから外れていく。

 私の知識が役に立たない様になるまでもう少しだろう。

 

 だから今、まだ余裕のある内にどうしても解決しておきたい事があった。

 呪霊陣営襲撃があまりに濃すぎて記憶から薄れている人も多いだろうが、ここでは真希ちゃんとその妹である真依ちゃんの激突がある。

 私が思うに、ここが彼女ら姉妹の分水領だった。

 

 ずっと仲が良かった二人。

 例え呪術師になって、お互いに気まずくなって、言葉では大嫌いだと嘯いていても。

 きっとお互いがお互いを思いやり、愛していたのだ。

 

 だが道は拗れ合い、真依ちゃんが死ぬ時まで戻ることは無かった。

 いや、もしかすると死んだ後だって拗れたままかもしれない。

 

 そんなの悲しいよ。

 

 哀しすぎるよ・・・

 

 

「真希ちゃん。すっごく難しい事を頼んでも良い?」

「あんだよ?何でも言えや」

 

 明るく笑う真希ちゃんは眩しい。

 

 きっと真依ちゃんもこの笑顔に灼かれてしまったのだろう。

 

 

「────────────。」

 

 

 

「・・・分かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「伏黒!釘崎!」

 

 校門前へと集まる一年生と二年生達に駆け寄る桃髪の少年。

 虎杖悠仁、無事修行を終えて合流。

 

「おっせえんだよ!一回くらい顔見せろや!」

 

 何やかんやでずっと心の片隅で虎杖の心配をしていた釘崎は反射的にそう叫ぶ。

 だがそれが照れ隠しというのは明らかで。

 

「おかえり虎杖」

「おう!」

 

 伏黒の一言で、やっと彼らの時間がもう一度回り始めたのだった。

 

 

 

 

 

「で、どうするよ。やっぱ予定通り虎杖を東堂にぶつけるので良いのか?」

「え、俺?」

 

 虎杖が京都姉妹校交流会から復学してくるという情報は既に共有されていた。

 だから初めから虎杖の居場所を決めてある。

 

「それ、何でなんすか?真希さんがやれば良いでしょ」

 

 伏黒は思わず口にした。

 だがそれは誰から見ても正論。勝敗が分からない虎杖よりは確実に勝利できる真希をぶつけた方が得策だ。

 

「先生の指名だ。虎杖の成長に繋がるんだとよ」

 

 それに対して答えたのはパンダ。

 どこからどうみても人間とは思えないパンダが喋った事に驚く虎杖を尻目に彼は続ける。

 

「それに真希にだってやることがある。当初の予定通りで良い」

 

 パンダの言葉を最後に作戦会議は終着した。

 

 

 

 

 

 

「宿儺の器、虎杖悠仁は殺せ」

 

 京都校の学長である楽巌寺嘉伸は生徒にそう命じる。

 虎杖悠仁は人間にあらず、故に殺しても事故として処理される。トンデモ理論を展開するファンキーなおじいちゃんである。

 

 呪術師の中では希少な“普通の感性”を持つ三輪は何食わぬ顔の裏でため息を吐いた。

 呪術師とは呪霊を祓う仕事では無かったか?何故今自分は人殺しに加担しようとしているのだろう。

 

 人殺しを当然の様に受け入れた様子の他の面々はやっぱりどこかおかしいのだと思う。

 普段は優しいし、気遣いも出来るし、頼りになるのに。

 恐らく彼らからすればこれは悪い事じゃないのだ。

 

 普段から依頼される呪霊掃討と同じだという認識なんだ。

 

 嫌だなぁ、と言ってみても意味は無い。三輪は貧乏で、二人の弟を食わせる為には働くしか選択肢が無いからだ。

 

 東堂だけは高田ちゃんが出演する番組を見るために会議を抜け出しているが、彼は京都校でも随一の実力の持ち主なので誰も止められない。

 

 いいなぁ。私もこんなに殺伐とした会議からは抜け出したいなぁ。

 

 誰よりも真面目な顔で話を聴きながら三輪はひたすら愚痴を垂れ流していた。

 

 

 

 

 

 

 東堂はクソほどつまらない作戦会議を抜け出した。

 まずまずあのような会議を作戦会議と呼ぶ事自体が間違っている。

 

 この交流会に無駄な物事を持ち込まれる事が何よりも不快だった。

 

 別に虎杖悠仁を殺す事に対して何か思う訳では無い。

 勝利すら危ぶまれる現状で何を悠長にしているのか・・・

 

 あいつらの目は節穴か?

 

 パンダ、狗巻棘、禪院真希。

 前回の交流会には乙骨しか出場していなかったが、その時点でもあの三人の強さは見て取れた。

 歩き方一つから伝わってくる強者の波動。

 

 東堂が望む血肉沸き躍る闘争に相応しい。

 

 それを前にしてあろうことか上から目線で殺しの相談など・・・

 阿保にも程があるだろう。

 

 高田ちゃんの特番が無ければあの場で暴れ回っていたかもしれん。

 

「東堂君!久しぶりですね」

 

 その時、横から東堂へと掛けられる声があった。

 

「亜鬼か!」

 

 東京校が誇る現代呪術界の伝説。

 いまや呪術師、呪詛師限らず知らぬ者はおらず、呪霊にも関わらず彼女を侮る者はいない。

 

 勿論東堂もその一人。

 

 かつて二人が偶然出会した時、東堂は亜鬼に好みのタイプを問うた。

 その時の彼女の輝く目。まさにそれを聞いて欲しかったんだと言わんばかりの表情!

 

 亜鬼は約二時間も自分の娘である明希が如何に凄くて良い子で最高かを語り尽くした。彼女の好みのタイプは娘だったのだ。

 

 東堂も初めはその意見に顔を顰めたものだ。

 仕方のないことだろう。世間的に見れば異常、趣味が悪いと言い換えても良い。

 

 だがその反応に亜鬼は溜息を吐き、底が見えない程深い愛を説いたのだ。

 

 東堂は自分を恥じた。

 彼女の愛を見ろ!

 

 これこそ自分が目指すべきものだと。

 自分は表面上しか見えていなかったのだと・・・

 

 それから東堂は高田ちゃんの良さを外が真っ暗になるまで亜鬼に語り尽くした。

 

 

 そうして二人は仲を深めた。

 今では高田ちゃんの個握に二人で行く事もある程だ。

 

「今は会議中じゃないんですか?」

「ふんっ、あんな物は会議とは呼ばん。何の意味もないお遊戯会だ」

 

 亜鬼は原作を思い出した。

 そういえば今は虎杖君殺害作戦を練っているのだったか。

 

「それより今から高田ちゃんがゲスト出演する散歩番組がある。共に見ないかマイフレンド!」

「おぉ!良いですねそれ。是非ともご一緒させて下さい!」

 

 そして合計三時間以上高田ちゃんの良さを語られた亜鬼は・・・普通にファンになっていた。

 

 二人仲良く番組を楽しみ、良さを語り合ったとか。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話って?」

 

 京都校の引率である一級術師、庵歌姫はお茶を用意して五条に話しかけた。

 二人は先輩、後輩の関係である。

 

「?なんでキレてんの?」

「別にキレてないけど」

「だよね。僕何もしてないし」

 

 ちなみに五条が後輩である。

 手玉にとられているのは歌姫の方だが。

 

「高専に呪詛師、或いは呪霊と通じている奴がいる」

 

 少しだけお茶を嗜み、五条は本題を切り出した。

 それは何やかんやで信頼している歌姫にしか相談出来ない事だった。

 

「有り得ない!呪詛師ならまだしも呪霊!?」

 

 歌姫の驚きはもっともだ。

 呪霊というのは基本的に意思疎通が出来ない。身近に例外がいるから忘れがちだが、基本的にまともな意思疎通が出来るのは特級でも上位に入る呪霊だけなのだ。

 

 例えば宿儺の指を取り込んだ呪霊は特級相当だが、会話は出来ない。

 

「そういうレベルのが最近ゴロゴロ出てきてんだよね。本人は呪詛師と通じてるつもりかもね」

 

 特級にも達する呪霊は狡猾だ。

 人間以上のスペックを持ち、普通の人間が普通に持ち合わせる道徳のストッパーが無い。

 

「京都側の調査を歌姫に頼みたい」

「・・・私が内通者だったらどうすんの?」

「ないない。歌姫弱いし、そんな度胸もないでしょ」

 

 到底後輩とは思えない舐め腐った態度にキレ散らかす歌姫だが、ふと冷静になった。

 

「それって・・・生徒って可能性もある?」

 

 五条は少し言い淀む。

 言うべきか、言わぬべきか。

 

「京都側の生徒に一人、内通者が居る事は確認している」

「え?」

 

 五条は言う事に決めた。

 この忙しい時期に隠し事をしてもしょうがない。

 

「メカ丸、だっけ?」

「嘘でしょ、あの子が!?」

「まぁまぁ落ち着いてよ」

 

 五条は歌姫の驚きを飄々と躱した。

 

「正確には未遂さ。身柄はこっちで保護してる」

「ちょ!いつの間に?」

 

 歌姫の驚きは止まることを知らない。

 今まで全くそんなそぶりを見せなかったメカ丸が・・・

 

「亜鬼の手柄さ」

「あ、あぁ。まああの子ならやりかねないか」

 

 亜鬼がやったなら納得できる。

 そう断言出来てしまうところが恐ろしいところだ。

 

「亜鬼ちゃんが内通者っていうのは無いわけ?」

 

 そう問われて五条はふっと笑った。

 

「彼女、最高に不器用だからさ。そんなこと出来やしない」

 

 長い時間を掛けて築かれた二人の信頼関係は伊達では無い。

 もはやそこに疑いが介在する余地は存在しない。

 

「ま!あの子にそんな小細工は必要ないさ」

 

 そう、亜鬼は別に他人の手を借りなくても呪術師全員皆殺しにすることすら容易い。

 言うなれば平安の世の両面宿儺。

 

 亜鬼が人間の敵に回る事があれば。

 

 

 それは世界の終わりを意味するのだから。

 




 いろいろと張りました。
 東堂って、多分タイプの趣味が悪いから相手を嫌うだけではないと思うんですよね。
 確固たる意思を見せて欲しいんじゃないかと考えたりして。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

呪骸


 メカ丸と三輪ちゃんって凄くお似合いですよね。

 え?原作では見れない・・・?

 泣くぞコラ



 

「開始一分前でーす。ではここで歌姫先生にありがたーい────」

 

 隣で五条先生が例の開始挨拶をしている中、私は明希と会議を行っていた。

 今回、私がどう動くかの会議である。

 

 まず前提として、既に原作は大きく崩壊している。

 呪霊側のキーパーソンであった真人の退場。同時に呪術師側に順平参戦。

 呪術高専二年生の三人は莫大な強化を得て、虎杖悠仁は宿儺と縛りを結んでいない。

 

 二択だ。

 戦力を増して襲撃、または予定を変更して襲撃が行われない。

 真人以外の誰かが代わりに侵入するとして、花御一人では持っても三分、恐らく張られるであろう私対策の帳を考慮してもそれ以上かかる事は無いだろう。

 真希ちゃん、パンダ君、狗巻君の三人ならそれぞれ一対一で花御を祓えるくらいのポテンシャルは秘めている。

 というか領域展開が無ければ間違いなく祓えるのだが。

 

 つまり最悪私が駆け付けなくても問題無い、とも言える。

 原作通りでも虎杖、東堂ペアが相手出来るしね。

 

 なら私は一応忌庫の守護に回った方が良いだろう。

 あそこさえ守っておけば襲撃の目的が果たされる事は無い。

 

 よし、決まりだね。

 

 

 

 

 

『スタァートォ!』

 

 

 京都姉妹校交流会が始まった。

 

 そして森に響く断続的な破壊音。

 東堂、魂の突撃。

 

「ぃよぉ−し! 全員いるな!」

 

 駆け出した虎杖達の前に飛び出した。

 

「まとめてかかってこい!」

 

 だが、それは想定内。

 虎杖は勢いのまま東堂へと肉薄し、飛び膝蹴りをカチこむ。

 

「散れ!」

 

 真希の声で一斉に散開した。

 

 

 

 

 京都校の面々は一部を除いて初めから交流会に乗じて虎杖を殺す事しか考えていない。

 

「うん、そのまままっすぐ。でも東堂君いるよ」

 

 西宮桃は空からの索敵が主な役割。

 付喪操術によって箒を操る彼女は箒に乗った飛行が可能だからだ。

 

 等級は二級だが、空を飛べる存在というのは貴重で、重宝されていた。

 

 今回の作戦も西宮が上空から虎杖を索敵。

 発見次第、全員で襲撃という徹底したものだ。

 

「ん? あれは・・・」

 

 そんな彼女は地上にいる一人の男と目が合った。

 

「狗巻君じゃん」

 

 狗巻は西宮へと手を向ける。

 

「残念、呪言は効かないよ」

 

 呪言は確かに強力だ。格上への効きにくさと呪力消費の多さという欠点があるが、初見殺し性能はトップクラスで高い。

 だが対策を知っていれば別。耳から脳にかけてを呪力で守れば問題無い。

 そもそも対呪霊に特化した術式である為、術師相手には効きづらいのだ。

 

 

 それが普通の呪言師相手の話なら、という枕詞が付くが。

 

 狗巻は腕を頭の上に掲げ、人差し指を下へと向けた。

 それはまるで西宮に“堕ちろ”と言っている様で。

 

「え?」

 

 西宮の呟きだけが空に残された。

 彼女自身は既に落下を始め、止める事は叶わない。

 

 狗巻の反転術式、“呪躰”は体に呪いを込める。

 

 彼の動きが全ての理。

 

「一丁上がりだな」

 

 そして木の影から真希が飛び出す。

 堕ちてくる西宮をそっと抱き止め、こめかみをトンっと突いた。

 これは羅刹流の応用であり、頭の中に軽く呪力の波を流して昏倒させる技術である。

 

「お前ら、殺気漏れすぎ。目的丸分かりだわ」

 

 真希は、パンダは、狗巻は、日頃から殺気を浴び慣れている。

 亜鬼は戦闘訓練の時でも気持ちが入るのか、凄まじい殺気を迸らせるのだ。

 

 毎日一度は殺気を感じて生きてきた。

 流石に覚えるというものだ。

 

「可愛い後輩はやらせねーよ」

「しゃけ」

 

 真希は西宮を肩に提げ、狗巻と共に行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「西宮が落とされた!やられたカ」

「嘘でしょ!?」

 

 開始からまだ五分も経っていない。

 西宮はそこまで簡単に仕留められる様な呪術師ではないというのに。

 

 遠目から西宮が落下するのを目撃していた彼らは焦る。

 西宮がいなければ、敵の位置情報というアドバンテージが無くなるという事だ。それはこの交流会において致命傷であった。

 

「誰にやられたか分からん。真依、メカ丸、カバーに向かえ、宿儺の器は一旦東堂に任せる」

 

 加茂の言葉と共に散る面々。

 

「おっと、行かせらんねえなぁ」

「あなたは・・・」

 

 だが三輪の前には真希が。

 

「加茂さん、アンタら虎杖殺すつもりですか?」

 

 加茂の前には伏黒が。

 

「退け、人形風情ガ俺の前に立つナ」

「ま、仲良くやろうぜ。お仲間同士」

 

 メカ丸の前にはパンダが。

 

 そして・・・

 

「おい出涸らし、相手してやるよ」

「あ?」

 

 真依の前には釘崎が。

 

 それぞれの戦いが、今始まる。

 

 

 

 

 

 

 三輪は困惑していた。

 

『真希? あんなんただの雑魚よ。呪いも見えない、呪具振り回すだけの一般人、万年四級。なんで呪術師やってんのって感じ』

 

 交流会が始まる前、真依から聞いていた事を思い出す。

 

 弱いと言っていなかったか?

 もし三輪の耳が間違っていなかったのなら、雑魚の定義を考え直さなくてはならないだろう。

 

「どうした? こねえのか」

 

 真希が三輪に声をかけても、全く反応を返せない。

 

 怖いのだ。

 

 ただただ、目の前の生物に恐怖した。

 

 暴力の具現化、武の骨頂。

 人間という枠組みにおいて、生物という定義内において、紛う事無き頂点。

 

 その瞳に自分が映っているだけで、目の前が真っ暗になった様に錯覚する。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 ──シン・陰流 簡易領域

 

 

 無我夢中で発動したのは何度も繰り返してきた彼女の得意技。

 

 三輪簡易領域は領域内に侵入したものを“全自動”、反射で迎撃する。

 更に“抜刀”は刀身を呪力で覆い、鞘の中で加速させる。

 

 シン・陰流最速の技。

 

 体が縛られる程の恐怖の中でありながら、その一撃は研ぎ澄まされていた。

 

「悪いが」

 

 2.21メートル、三輪の領域内。

 真希は自然とその中に踏み込んだ。

 

 同時に抜刀が発動。抜き身の刃が真希へと向かう。

 

「遅え」

 

 だが届かない。

 放たれた刃は空を切る。

 

 抜刀が真希の居た位置を裂いた時、彼女は既に三輪の懐まで入り込んでいた。

 

「そんな・・・」

「ま、寝とけや」

 

 真下から空気を抉る様に繰り出されたアッパーが、三輪の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンダは亜鬼に言われた事を思い出していた。

 

『パンダ君はメカ丸君と戦って欲しいんです。きっと彼には、貴方の感性が必要ですから』

 

 パンダはパンダだが、人間より人間らしい一面もある。

 亜鬼には人並み以上に感謝していた。

 自分の教師は彼女でなければ駄目だった、そう言い切れる程には。

 

 だから彼女のお願いは出来る限り叶えたい。

 

『パンダ君は癒し系ですからね。もふもふで最高です!』

 

 

 

「人形風情が、知った口を!」

 

 

 ──刀源解放(ソードオプション)推力加算(ブーストオン)

 

 

 メカ丸の腕が変形し、ドリルの様な回転を始める。

 そして肘の辺りから噴射口が現れ、凄まじい勢いでジェット噴射を開始した。

 

 

 ──絶技抉剔(ウルトラスピン)

 

 

 その破壊力は凄まじい。

 それでもパンダは余裕を持って躱す。

 

「何をそんなに怒ってんだ」

 

 パンダからすれば全く身に覚えの無い怒りだ。

 正直、亜鬼からのお願いが無ければさっさと戦いを終わらせている。

 

 

 ──大祓砲(ウルトラキャノン)

 

 

 しかしその言葉に答えたのは太いビーム砲だった。

 攻撃範囲は広いが、威力は見た目程では無いと悟ったパンダは防御姿勢を取り、呪力による防御を展開した。

 

 結果、無傷。

 

 そのまま独特なステップでメカ丸に近づき、一発、二発と拳を入れていく。

 かなり手加減されたものだが、それでも特級相当の一撃。

 

「クソっ!」

 

 必死に乱打から抜け出そうともがくメカ丸だが、それは許されない。

 

「まぁ俺みたいなのがいたら噂くらい聞くわな。そうじゃ無いってことはオマエは呪骸じゃなくて本体の術師が別の所で遠隔操作してる感じか」

 

 パンダがメカ丸を弾き飛ばした事でやっと乱打の嵐から抜け出せた。

 

 パンダはそのフィジカルと体術が秀でていると見られがちだが、実際に一番優れているのは頭の方だ。

 彼は状況判断、作戦立案、咄嗟の対応、論理的思考、全て完璧に熟す天才系パンダなのだ。

 

「だからって呪骸扱いされてキレんなよ。俺と一緒は嫌か? 傷ついちゃうぞ、傷ついちゃおっかなー!」

 

 勿論、軽いジョークもお手のもの。

 生徒の中で最も社会に適応しているのは彼なのかもしれない。

 

「オマエの呪力出力からして、本体もそう遠くにはいないよな。いや、ギリ場外か。そうなると探しても意味ないか。やっぱオマエブッ壊すか」

 

「どちらも叶わんサ。“天与呪縛”知っているカ?」

 

 それから語られたのはメカ丸の事情。

 

 彼には生まれつき、右腕と膝から下の肉体、更に腰から下の感覚が無い。

 肌は脆く、常に全身が刺された様に痛む。

 

 その代わりに与えられたのは天賦の才。

 広大な術式範囲と莫大な呪力出力。

 

「望んで手に入れた力じゃない。呪術を差し出し、肉体が戻るのであれば喜んでそうするさ」

 

 メカ丸、与幸吉にとって。

 別にこんな才能いらなかった。

 

 ただ普通に過ごせれば、ただ生きていければ。

 

 それで良かったのに!

 

「俺はナ、人間を差し置いテ呪骸のオマエがのうのうと日の下を歩いているのガ───

 

 

 ──究極メカ丸“砲呪強化形態(モード・アルバトロス)

 

 

 ───どうしようもなク、我慢ならんのダ!」

 

 メカ丸の口から一本の砲台が現れる。

 それは莫大な呪力を放ち、彼の思いを表しているようだった。

 

「そうか」

 

 パンダに彼の気持ちは分からない。

 まずまずパンダは痛みを知らず。

 そもそもパンダは人間を知らず。

 

 それでも何か、思うところがあったから。

 

 

 ───パンダ“双核駆動(デュオドライブ)大猩猩(ゴリラモード)

 

 

 パンダの体が隆起する。

 背は五メートル近く伸び、筋肉が盛り上がる。

 纏う呪力も倍増し、その姿は正に“怪物”。

 

 

「受け止めてやる。その思い」

 

 

 

 ────三重大祓砲(アルティメットキャノン)

 

 

 ────激震掌(ドラミングビート)

 





 現在、私の頭の中では完結までのストーリーが既に組み上がっています。
 私はハッピーエンド主義者なのでハッピーエンドだと先に言っておきます。

 そこで質問なのですが、バッドエンドverも読みたいでしょうか?
 両方のエンドを思いついているので、書くことは容易です。

 アンケートに答えて貰えると凄く嬉しいです。

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姉妹


 遅くなってすみません!
 少し忙しかったです。



 

 禪院真依は姉を尊敬している。

 口で何を言おうと、その胸の中にどんな思いを秘めていたとしても。

 

 きっと、この世界で誰よりも姉を尊敬している。

 

 自分には無い呪術師としての才能。

 

 男勝りで頼りになる快活さ。

 

 不思議と自分を安心させてくれる笑顔。

 

 それら全て、真依が持っていないモノ。

 真依が姉を尊敬する理由。

 

 そんな姉が大嫌いだ。

 そう思ってしまう自分も大嫌いだ。

 

 姉を見ていると自分が酷く小さく見えてしまう。

 こんな自分だから、姉は私を置いて行ったのだろうかと勘繰ってしまう。

 

 そうじゃないのは分かってる。

 そんな事、置いて行かれたあの日からずっと分かってる。

 

 自分の手を引く姉の姿は今でも脳裏に刻み込まれていた。

 あの温かさに安心して、その手に引かれないと歩けない。

 

 もう、この手にあの温かさが籠ることは無い。

 

 

 

「あの啖呵はどうしたのかしら」

 

「うっせえよ」

 

 真依は釘崎が近寄れない様に銃弾をばら撒いていた。

 今までの動き方と手に持っているトンカチを見る限り、彼女は近づかないとまともな攻撃手段は無いと推測したのだ。

 

 それなら近づかせなければ良い。

 決定的な隙が出来るまで、取り敢えずの威嚇射撃を続けている。

 

 

 呪術師を目指すと言って家を出た真希を追うようにして呪術師になった真依だが、彼女の術式は全く戦闘に向いていなかった。

 

 その術式は構築術式。

 様々な物を作り出せる汎用性の高い術式の様に感じられるが、実際はそうでもない。

 大きな物は作れないし、呪力消費も半端じゃなく多い。

 

 更に言うと、何か魔法の様な効果がある武器を作り出せる訳でも無い。

 体への負荷も大きい。

 

 全く戦闘向きじゃない。

 

 真依が欲しかったのは、真希の隣に並び立てる位には役に立つ術式だった。

 この術式でどう戦えというのだ?

 

 さして呪力量が多い訳でもない。

 身体能力も低い。

 体術の才能も無い。

 術式も戦闘向きでは無い。

 

 何も持っていない。

 

 姉とは違い、真依は何一つ“特別”を持っていない。

 

 だから必死に考えた。

 何か無いかと模索した。

 

 その結果、真依の手に残されたのは一丁の拳銃。

 

 これっぽっちか。

 そう思って。

 

 姉と自分の才能の違いをその手に握りしめた。

 

 

「何だ? さっきから当てる気あんのかよ!」

 

 釘崎の声が耳に届く。

 正直、殆ど頭に入ってこない。

 

 先程、真希と真正面から目を合わせたからなのか。

 それとも、こうやって交流会で戦っているからなのか。

 

 ずっと頭から姉のことが離れず、脳裏に浮かび上がってくる。

 

 呪術界において、女に産まれてくる事は障害でしか無い。

 その中でも真依は御三家の一角、禪院家に産まれ出た。

 

 その身に宿ったのは何の役に立つかも分からない構築術式。

 禪院家が誇る相伝の術式では無かった。

 

 更に真依の立場を下へと追いやったのは、彼女が双子だという事実。

 呪術において双子は凶兆。

 

 これ以上無い程最悪の産まれ。

 

 産まれた時から未来は死んでいた。

 

 

「んだよ、所詮威勢だけの出涸らしじゃねーか」

 

「……のよ」

 

「あ? なんだよ」

 

 

 

「あんたに何が分かるのよ!」

 

 誰が分かるというのだ。

 そこらに打ち捨てられる塵芥以下として産みだされた彼女の気持ちを。

 

 彼女の努力を。

 

「んなの知らねーよ」

 

 だが、釘崎からすれば真依は真希と同じ環境に産まれながら、腐っていった者。

 釘崎の大好きな先輩をコケにしたムカつく女でしかない。

 

「つべこべ言わずにかかってこいや。それとも、戦うのが怖えか?」

 

 釘崎は真依の生い立ちなど知らない、気にしない。

 ただただ真依が気に食わない。

 

 それだけで、自分を信じて進んでいける。

 

 生い立ちもあるだろう。

 

 事情もあるだろう。

 

 人間なんだ、譲れない事なんて山ほどある。

 

 知った事か。

 釘崎野薔薇、彼女は自分が思い、考えた事だけ信じている。

 

 目の前の女にどんな事情があったとしても。

 仲間を貶す奴は許せない。

 

 許せない、許さないと、そう刻み込んだ。

 

 

「自分の心で勝負しろよ。軽いんだよ、お前の言葉」

 

「……いいわ。貴方は潰すと、今決めた」

 

 

 釘崎はその言葉を聞き、咄嗟にその場から横に跳んだ。

 丁度足があった位置に弾丸がすり抜けていく。

 

 正確無比でブレのない射撃。

 真依が持つ力を最大限活かせる戦闘スタイル。

 

「はっ! 当たらねえよそんなもん!」

 

 銃というのは基本的に攻撃方向が分かる。

 一般人に躱す事は到底不可能だが、呪力による身体強化と戦闘経験のある呪術師ならそこまで難しい事ではない。

 

「それはどうかしらね」

 

 だが真依だってそんな事は承知の上。

 銃口で方向が、引き金でタイミングが分かるなら。

 

 それを分からなくすれば、避けられないと言う事。

 

 真依は懐から袋を取り出し、それを釘崎の方へと放り投げた。

 当然、そんな怪しい物体に触る必要などない。

 

 釘崎は軽く袋を躱し、真依へと向き直る。

 

「残念、不正解よ」

 

 真依は銃弾を放った。

 釘崎にではなく、その袋に向かって。

 

 見事に撃ち抜かれた袋が裂け、軽い爆発音と共に中身が飛び出る。

 中に入っていたのは小麦粉。

 それが釘崎の近くで舞う。

 

「チッ!」

 

 視界が遮られた。

 何とか目に入る事は阻止したが、それまで。

 

 動きは一瞬止まり、視界は鈍る。

 

 だが真依からは見えている。

 呪力感知は呪力を持つ物体の大まかな位置を把握できるのだ。

 

 逆に言えば、釘崎に銃口を正確に察知することなど出来はしない。

 

「あんたには分からない。産まれに恵まれず、術式に恵まれず、才能に恵まれず」

 

 作り出された一瞬の隙。

 

「何でも使った。汚い手なんて気にしない。そうしてここまで来た」

 

 磨き上げた射撃の腕。

 例え大まかな位置しか把握出来ていなかったとしても。

 

「これが私の勝ち方よ!」

 

 一筋の弾丸が釘崎を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 森の中に一瞬の静寂が満ちる。

 

 それは嵐の前の静けさだったか。

 二人の呪霊がこの高専の地に足を踏み入れた。

 

「花御、無茶をするなよ」

『えぇ。特異点だけでなく、それに乗じて呪術師のレベルが格段に上がっています。幾ら注意してもし足りないでしょう』

「命を賭すのは此処ではない」

 

 大地への恐れから生まれた特級呪霊“漏瑚”

 森への恐れから生まれた特級呪霊“花御”

 

 それぞれが濃厚な呪力を放ち、殺意を放っている。

 

「む?」

『呪術師ですね』

 

 そんな二人の前に一人の呪術師が現れた。

 目に映える白髪に意思の通った紫の瞳。

 

 口元には奇妙な印。

 

 

 ───止まれ

 

 

「ぬう、動けん」

『……厄介ですね』

 

 時間にして僅か二秒程度ではあるが、二人の歩みを止めさせた。

 警戒に値する呪術師である事は間違いない。

 

『ここは私が受け持ちましょう』

「ふむ。では任せたぞ」

 

 花御は白髪の呪術師、狗巻棘と真正面から対峙した。

 漏瑚は別の呪術師を探しに飛び立つ。

 正直二人がかりで殺しにかかっても良いが、今回の目的は出来るだけ注意を惹きつけること。

 

 ならば此処は花御に任せるのが得策。

 

 

 お互いに向き合う二人。

 花御は狗巻から得体の知れない威圧感を感じていた。

 紫色の瞳が自分を射抜いているだけだというのに。

 

 そこらの呪術師とは違う。

 纏う呪力が洗練されている。

 

 間違いなく特級クラス。

 

 祓われるかもしれない。

 目の前の少年に、たった一人で。

 

 そう思わせるだけの“何か”がある。

 

 

 狗巻は花御から身を刺す様な敵意を感じ取っていた。

 木っ端の呪霊からは到底見出せない意思が見て取れる。

 

 強い。

 

 間違いなく特級呪霊。

 

 殺されるかもしれない。

 目の前の呪霊はそれだけの力を持っている。

 

 

 二人はそれぞれ、覚悟を決めた。

 

 

『星が哭いている』

 

 

「しゃけ、いくら、明太子」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、良かった。当たって」

 

 真依は一先ず胸を撫で下ろした。

 血の気の多い奴は時々、気合いだけで状況を覆してくるから困る。

 

 自分の手札の少なさは彼女自身が一番分かっている。

 その殆どが意表を突く初見殺し限定の戦術であり、一度通用しなければ詰みな事が多い。

 

 だから一勝をもぎ取るのも一苦労。

 何とか彼女はこれでここまでやって来た。

 

 

 それでも、絶対に敵わない相手というのは確かに存在する。

 

 努力だけでは到底埋められない隔絶した実力差。

 

 

「まずは一人目か」

 

 

 真依は己の後ろから聞こえて来た声に絶望した。

 正確には感じ取れるその呪力に。

 

 禍々しく、膨大な呪力。

 そこから放たれる殺意。

 

 咄嗟に振り向いた真依が見たのは自分に伸ばされた燃え盛る掌で。

 

 死んだ、と思った。

 

 スローモーションで流れる視界。

 死の間際、限界まで発揮された集中力。

 

 真依の頭にはずっと、姉がいた。

 

 辛い時、悲しい時、自分は何を頼りにしていたんだったか。

 

 

 確か────

 

 

『お姉ちゃん。手、放さないでよ』

『放さねーよ』 

 

『絶対だよ?』

『しつけーなぁ』

 

 

『絶対、おいてかないでよ』

 

『当たり前だ。姉妹だぞ』

 

 

 

 ────誰かに手を引かれた。

 そこから伝わってくるのはほんのりと優しい温かさで。抱き止められた時、伝わってくる心音が心地良かった。

 

 

 あぁ、私はこれが何よりも───

 

 

 

「誰の妹に手、出してんだ」

 

 

 

 ────頼もしかったんだった

 

 

 しなやかで完成された肉体。

 人間という種族の一つの完成系。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 禪院家の落ちこぼれ。

 

 

 何より、一人の姉。

 

 

 

「殺すぞテメェ」

 

 

「紛い物が。舐めた口を」

 

 

 四級術師、禪院真希。

 特級呪霊、漏瑚。

 

 人間と呪霊。

 

 

 お互いの正義が激突した。

 

 




 あー尊い。
 てぇてぇわぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真希


 我ふっかつ!
 待っててくれた皆様、本当に遅くなりました!
 ここからはアゲてくぜ〜!


 

 強さとは何か。

 真希はずっと考えていた。

 

 強さにだって色々な種類があるだろう。

 何者にも道を阻まれなければ強いと言えるだろうか?

 

「カカッ! 手も足も出まい!」

 

 漏瑚が吠える。

 その手から放たれるのは死の焔。

 

 森の中にも関わらず、煌々と輝く光球が真希へと向かう。

 

「生温い」

 

 真希の手に、肌に、薄い呪力の膜が何層にも重なって作り出された。

 深く息を吸い、身体強化を爆発的に高める。

 

 

 ───羅刹流・奥義 “朱雀”

 

 

 踊り子が舞う様に、鳥が羽ばたく様に。

 真希の手が揺れ動く。

 

 煌めく光球にそっと触れると、まるで自らの意志で動いている様に逸れていった。

 一つ、二つ、流されていく漏瑚の焔。

 

 その手の動きはゆっくりでありながら、瞬間的に目で追えない程の速度に到達することもある。

 独特で先の読めない動作であり、それはどこまでも美しい。

 

 完成された舞いであった。

 

「注意が散漫だ」

 

 だが漏瑚は強者。

 この世界でも紛う事なきトップクラス。

 

 自らの炎を推進力にし、真希の足元へと潜り込む。

 その手には更なる破壊の炎が握りしめられていた。

 

 

 ───空振

 

 

 凄まじい爆発音と共に真希の体へと衝撃が迫る。

 亜音速にすら到達しうる速さの掌底が繰り出された。

 

 

「生温い、そう言ってんだ」

 

 

 ───羅刹流・奥義 “青龍”

 

 

 漏瑚の掌底が真希の体に届く。

 刹那、漏瑚の左半身が消し飛んだ。

 

 真希は当然の様に無傷。

 かすり傷さえ付いていない。

 

 

 強さとは何だろうか。

 

 喧嘩に勝てれば強いのか?

 言い負かせば強いのか?

 

 つまり、勝利する奴が強いのか?

 

 

 いいや違うな。

 

 強さってのはそんなに単純なものじゃない。

 

 

「その程度かよ、呪霊」

 

 

 心に刻んだ事をやり通す意思の力。

 

 勉強でも良い。スポーツでも良い。

 ゲームでも、イラストでも、歌でも、何でも。

 

 成し遂げたいと思う、その心が強さへと繋がっている。

 

 

 真希は弱かった。

 それはもう目も当てられない程に弱かったのだ。

 

 心のどこかで、自分は少し他人よりも不利だと言い訳をしていたのかもしれない。

 だから弱くても仕方ない、努力してるんだから仕方ない、これ以上強くなれなくても仕方ないと。

 

 ある一人の教師と出会って、自分が恥ずかしくなった。

 

 私は何をしているんだ?

 

 何故下を向いているんだ?

 

 気がつけば足を止めていた。

 

 

『真希ちゃんは頑張り屋さんですね』

 

 あの不思議な教師はこう言った。

 真希はその言葉を聞いて、思わず反論してしまったのだ。

 

『別に頑張り屋なんかじゃない。ただの跳ねっ返りだ』

 

 ……と。

 実際そうだ。真希は自分の家への反抗心から飛び出し、彼らを見返してやることを目的に呪術師を続けている。

 

『そういう人の事を頑張り屋さんって言うんですよ。悔しくて、泣きたくて、蹲りたくて……。それでも前を向くと決めた人』

 

 亜鬼はゆっくりと真希の頭を撫でながら言葉を紡いでいった。

 優しく、泣き叫ぶ赤子をあやすように。

 

『それって、何よりも凄い事だと思うんです。だから私は、そういう“強さ”を尊敬しています。もちろん、真希ちゃんもその一人です』

 

 

 ふと、自分が自然に笑えている事に気が付いた。

 ずっと、必死に強気な笑顔を見せていたのに……

 

 真希の強さの根本。

 それは禪院家の連中を見返す事でも、禪院家の当主になる事でもない。

 

 真希は禪院家の当主になって、自分と妹への不当な扱いを変えようと思っていたのだ。

 それは何より大事な妹の為。

 

 ほんの少し。一般人よりは多少マシ、程度の力しか持っていなくても。

 

 彼女には何よりも守りたいものがあったから。

 

 だから前を向いている。

 だから今も歩み続けている。

 

 だから彼女は、真希は────

 

 

 

   ────強い。

 

 

 

「もう終わりか? 悪いが……」

 

 

 まだ私の怒りは収まってねえぞ。

 

 

「もう終わりか、だと? 巫山戯るなよ紛い物が」

 

 

 今からが始まりだ

 

 

 刹那、漏瑚の体が急速に再生を始める。

 それと同時に凄まじい呪力が渦巻き、大地が揺れる。

 

「負の感情は儂等呪霊の領分だ。貴様らの怒りなど……片腹痛いわ!」

 

 流れが見える程に練り上げられた呪力が地面へと叩きつけられ、大地が鳴動する。

 ベキ、ベキと大地が卵の破片の様に剥がれ落ち、罅割れた部分からは溶岩が吹き出した。

 

「踊れ女! 特等席で宴を魅せてやろう!」

 

 漏瑚の手が不思議な印を結ぶ。

 それは呪術の到達点。

 

 理不尽極まりなき理の一つ。

 

 

────領域展開

 

 

 この世界に顕現した地獄。

 

 

    “蓋棺鉄囲山”

 

 

 景色が塗り替えられる。

 人間が過去から恐れ続けていた景色。

 

 人間という非力な種族では太刀打ち不可能なその地獄。

 

 燃え盛る大地、隆起する活火山。

 周りは大岩に囲まれ、脱することは能わず。

 息をするだけで肺が灼けてしまう程の熱気。

 そこで生存できる生物など、数少ない例外を除けば存在しないだろう。

 

 目の前の一人はその例外だった。

 

「なるほど熱いな」

 

 顔を伝う汗、ほんのりと蒸気して炎の光を照り返す頬。

 肌はジリジリと確かな熱を感知し、その環境が如何に過酷かを教えてくれる。

 

 それでも真希はそこに立っていた。

 何食わぬ顔で、まるで効いていないと言わんばかりに。

 

「貴様、何故生きていられる!」

 

 漏瑚が思わず問うてしまうのも無理はない。

 普通の人間どころか並の術師ならこの領域に入った時点で焼き切れてしまうだろう。

 特別な術式を持つ者か、または莫大な呪力を有する者か、真希がそうであれば何も不思議なことでは無い。

 

 だが目の前の女は違う。

 有する呪力は平凡で、術式が特別で無いことも分かる。

 

 ならばなぜ?

 

「そりゃあお前、決まってんだろ?」

 

 

 

 

  私が強えから。

 

 

 

 

 真希は亜鬼に鍛えられ、元来体に宿っていたフィジカルギフテッドを大幅に底上げした。

 もはや彼女の体はただの人間と比べるのも烏滸がましいほどの馬力と耐久力を持ち、それが更に呪力で強化されているのだ。

 

 そう、真希は人間として、生物として、一つの頂に立っている。

 少しの熱など、計算に入らない。

 

「カカッ。威勢が良いのは結構だが、それで未来は歩めんぞ?」

 

 漏瑚はその答えを聞き、真希に対する評価を改めた。

 その上で、勝てると確信した。

 

 目の前の人間は確かに強者であり、厄介な相手でもある。

 だが自分に届く程ではない。

 

 ニヤリと笑い、真希を見据えた。

 

「それは分かんねえぞ? 少なくとも私はこれで生きてきたんだからよ」

 

 真希もまた、彼我の実力を正確に把握していた。

 結論から言うと、ほぼ互角。若干真希が不利と言ったところか。

 

 だがそれは“羅刹天”を使うことで容易くひっくり返る程度の差でしか無い。

 問題は漏瑚が“羅刹天”を使う隙をくれる程甘い相手では無いと言うことだ。

 

 “羅刹天”を使うのに必要な時間は最低でも5秒。

 強者同士の戦いでは致命的すぎる時間だ。

 

 その結果真希が出した結論は時間稼ぎ。

 パンダか、はたまた狗巻か。そのどちらかが応援に来るまでの時間を稼いでしまえば“羅刹天”を使うことが出来る。

 

 だが、時間稼ぎという選択肢を真希が取るであろう事も漏瑚は分かっていた。

 恐らく目の前の女は彼我の実力差が分からないほど間抜けでは無い。となると取れる選択肢は限られてくる。

 

 真希は漏瑚が短期決戦を挑もうとしている事を肌で感じ取り、緩やかに口角を上げた。

 戦う時、少し笑うのは真希が本気を出す時の癖だ。

 尊敬する教師はいつも楽しそうに笑っていて。

 

 その笑顔にどれだけ勇気を貰っただろうか。

 

 その笑顔に何度背中を押されただろうか。

 

 その笑顔に憧れて。

 

 そうして今此処に立っている。

 

 決めた。

 

 時間稼ぎなんてらしくない。

 真正面から叩き潰してやる。それが目の前の呪霊への礼儀だと、何故かそう思った。

 

 目の前の呪霊は計画的に呪術高専を襲撃してきたのだろう。

 それがどれだけ恐ろしいことで、どれだけの無理難題かも分かって。

 

 すげぇじゃねえか。

 

 なんだ、なかなかかっけえじゃねえか。

 

 そしてその瞳に、漏瑚も応えた。

 

「呪霊、名前は?」

「小娘、名前は?」

 

 お互いがお互いを敵だと認めた。

 そして、敬意を表すべき相手だと“心”の部分が考えた。

 

 その“強さ”に対して敬意を示す漏瑚と、その“覚悟”に対して敬意を示す真希。

 

「真希だ。覚えなくていいぜ」

 

「漏瑚。冥土の土産にくれてやろう」

 

 そうして両者は衝突した。

 

 全身に炎を纏う漏瑚と、呪力の膜を纏う真希。

 

 漏瑚は領域内で必中と化した己の術式と体術を交えて真希を追い詰める。

 炎が踊り、空を彩った。

 

「ッビャアアアアアアア!」

 

 漏瑚が一度手を振り下ろすだけで、津波のような溶岩が真希に迫る。

 

 ───抱擁岩

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 それに対して真希は真正面から応戦。

 両手を胸の前で叩き、呪力の波を生み出した。

 その波を右足の踏み込みと共に前に押し出す。

 

 ───羅刹流“天薙”

 

 溶岩と呪力の波が激しく鬩ぎ合い、局地的な爆発を生んだ。

 煙が広がり、少しの間お互いの視界を遮る。

 

 ───羅刹流“零界浸透”

 

 その一瞬を掴む事が真希が持つ唯一の勝ち筋となる。

 卓越した呪力操作により一時的に自分の体に廻る呪力を零に限りなく近くした。

 

 結果、漏瑚は真希の居場所を呪力感知によって知る事が不可能になる。

 

 勿論、真希は身体強化も切っており、体の周りに薄く張っていた呪力の膜も全て取り払った。

 つまりは無防備。

 漏瑚の領域に存在する熱が容赦無く真希の肌を灼いていく。

 

 真希の位置が分からなくなっても、漏瑚は慌てない。

 その必要がない。

 

 何故なら漏瑚からすれば真希は見えずとも、術式を発動すれば攻撃が当たるのだから。

 いくら技術を擁しようと、領域の中の攻撃は必中効果を得る。この理は変わらない。

 

 そんなことは真希も分かっている。

 理解していて飛び出したのだから。

 

 服も肌もボロボロになり、視界は霞む。

 フィジカルギフテッドであるからこの程度で済んでいるのだ。

 

 腕は半分炭化し、足は焼き焦げて動きを鈍らせる。

 痛みから溢れる涙はこぼれる側から蒸発し、煮え滾る血が真希を内側から焦がす。 

 

 それでも真希の足は止まらない。

 地面に隆起している岩を足場にし、漏瑚の背後へと回り込んだ。

 

「遂に自棄になったか!」

 

 漏瑚は振り向き様に炎弾を放った。

 術式が必中であるのなら、自分の攻撃が向かう方向で真希の大体の位置は把握できる。

 

 敢えて隙を見せ、逆襲することは他愛もないことだった。

 

 真希が今までのままだったら、の話だが。

 

 真希が手に持つ不思議な形をした棒を振るう。

 棒はしなり、鞭へと変化して炎弾を全て叩き落とした。

 

「チッ!」

 

 少し動揺しながらも漏瑚の対応が鈍る事は無い。

 溶岩を固めた様な、質量の塊が真希へと放たれた。

 

 ───火砕流

 

 もう真希の喉は半ばから灼けて喋ることも出来ない。

 それでも体は動きを止めなかった。

 

「──────!」

 

 無言だろうと感じる裂帛の咆哮。

 真希の手に握りしめられた鞭は一本の剣へと変化した。

 

 迫り来る溶岩の塊にゆっくりとその刃を振るう。

 熱されたナイフがバターに通された時の様に。

 

 その剣は容易く漏瑚の攻撃を切り裂いた。

 

「莫迦な!」

 

 動揺を隠せない漏瑚へと肉薄。

 もはや自分が本当に動けているのか、ちゃんと剣は握れているか、それすらも分からない様なボロボロの体で。

 

 ただ意思の力だけが真希の体を突き動かす。

 

 真希はずっと、ずっと考えて、悩んで、もがいて、足掻いていた。

 

 掴み取りたい未来があった。

 それを為すには全く力が足りなかった。

 

 目指すべき明日があった。

 それを為すには全く才能が足りなかった。

 

 成りたい自分があった。

 それを為す意志の力、それだけがずっと体に燻っていた。

 

 目が見えずとも、体の感覚がなくとも。

 今は全てが輝いている様に感じ取れるから。

 

 だから不安なんてない。

 

 きっと、いや絶対。

 私は強い。そう認めてもらえたから。

 

「舐めるなよ、小娘がぁ!」

 

 あの日、漏瑚の身を浸したのは深い絶望と、去来する悲しみだった。

 

 自分たち呪霊の立場を変えたいと願って行動してきた。

 そして出来た仲間たち。

 

 あの日、自分たちのリーダーであった真人が祓われて。

 その胸に言い表せぬ悲しみが居座った時。

 

 漏瑚は決めたのだ。

 

「儂にはやらねばならん事がある! 貴様ごときに止められて堪るものか!」

 

 きっとお前の願いは繋ぐ。

 100年後、またお前が生まれた時。

 

 真人、共に酒でも呑み交わそうではないか。

 我ら呪霊の描く世界の片隅で……

 

 

 ────極ノ番「隕」

 

 

 真希が持つ呪具は亜鬼が構築術式を使って創り出した物だ。彼女が持つ呪力を存分に注ぎ込み、ある術式の力を織り込んだ。

 

 その術式とは“放出術式”。

 織り込んだのは新理「伊邪那美」の力。

 

 それは真希が持つ切り札であり。

 

 真希が最も得意とする呪具であった。

 

 その名も、特級呪具“千欠万神”

 

 その特性は変化。

 

 使用者が見た事があり、触った事があり、特性を理解している呪具に限り、その呪具に変化する事が出来る。

 

 これだけで分かるチートっぷりだが、真希が使う場合は更にその力を増すことになる。

 何故なら、真希は亜鬼の領域内で“天逆鉾”を見て、触れて、知っている。

 

 つまり───

 

 

「──────」

 

 

 ────天逆鉾に変化する事が出来ると言うことだ。

 

 

 ───羅刹流・剣舞“叢雨”

 

 

 そして顕現するは美しい一振りの軌跡。

 森羅万象を切り裂く絶対の刃。

 

 真希が放った斬撃が、迫り来る隕石ごと漏瑚の体を切り裂いた。

 





 久しぶりの解説!

 羅刹流・奥義 “朱雀”

 読み方はすざく。
 踊るように相手の攻撃を全て受け流す、防御特化の技。めちゃくちゃ難しい。

 羅刹流・奥義 “青龍”

 読み方はせいりゅう。
 相手の一撃の力を一度受け止めながら、その力を利用しつつ更に自分の攻撃でカウンターする技。
 今回は体の右側で攻撃を受け流しながら回転し、左手で更なる破壊力を押し付けた。

 羅刹流“天薙”

 読み方はあまなぎ。
 掌同士を打ち合わせた時に出る呪力の波を相手の方向へと飛ばす技。
 威力は控えめだが範囲に長ける。

 羅刹流“零界浸透”

 読み方はれいかいしんとう。
 呼吸や足音のみならず、体に巡る呪力まで最大限抑え込む事で、生物としての気配を希薄にする技。
 某ハンターの二乗の絶みたいな感じ。

 羅刹流・剣舞“叢雨”

 読み方はむらさめ。
 羅刹流の中でも珍しい、武器を使った技の一つ。
 己の呪力を刃に纒わせ、その呪具の特性を持った斬撃を飛ばすことが出来る。

 特級呪具“千欠万神”

 読み方はせんぺんばんか。
 これだけを伝えたかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蠢悪

 また遅くなってすみません。
 めちゃくちゃスランプです。
 頑張って書こうとパソコンを開いても、全然文章が浮かんでこなくなりました。
 今回も今まで以上に駄文です。
 少しずつリハビリをしていきますが、文章の感じがちょっと変わってしまうかもしれません。


 森の中に轟音が響き渡る。

 帳に囲まれた箱庭の中、特級呪霊と呪術師達の激突が行われていた。

 

 真希と漏瑚の戦いは終結を迎えたが、もう一つの戦いはまだ続いている。

 超常の戦い、この世界の最上位の激突が。

 

 それは星の意思。

 地球の浄化作用。

 

『貴方が自然に優しいのは知っています。ですが……既に手遅れなのです。貴方達人間が償える領域を踏み越えてしまった』

「こんぶ」

 

 地面から大樹の根が溢れ出し、鋭利な切っ先が狗巻を捉えんと踊る。

 一つ一つが当たれば必殺、掠れば致命。

 脆弱な人間の体では到底受け止められない破壊の波。

 

 

 ──枯れろ

 

 だが通じない。

 迫る根は全て枯れ果て、その身を萎びさせる。

 次々と放たれる攻撃を意にも介さず、涼しい顔で捌いていく。

 

 狗巻棘、彼は天才だったのだ。

 

 夏油との戦いで反転術式を習得したことにより彼は理論上無制限で呪言を使用可能に。

 だが本題はそれではなかった。

 死の間際で掴んだ呪力の核心、それは彼に途轍もない成長を、否、進化を与えた。

 

 世界がまるで違って見える。

 今までの呪力操作は泥の中で足掻いていたのかと錯覚する程の劇的な変化。

 

 狗巻棘は呪術師として、ある一定のステージへ立ったのだ。

 

 即ち、絶対強者の領域へ──────

 

 

 ────爛れろ

 

 

 地面が焼ける。

 湧き出す木の根が爛れて萎縮する。

 

 花御が放つ攻撃の全ては完全に無効化され、打つ手は無い。

 狗巻の呪力は正しく特級であり、まだまだ底は見えず。

 肉弾戦を挑もうものなら術式反転を絡めた体術で容易く返り討ちに合うだろう。

 

 詰み。

 

 その言葉が花御の頭に浮かび上がる。

 何をしても、どう戦っても、負けのイメージが頭から離れない。

 

 狗巻はこの一瞬のやり取りで花御に“差”を見せつけたのだ。

 

「しゃけ」

 

 狗巻は鋭い眼差しで花御を睨め付けた。

 降参しろ、お前に勝ち目は無い。

 その目が物語っている。

 

 実際、花御が出来る事などもう領域展開しか残っていない。

 だが目の前の男が、この実力者が、領域展開を扱えない、なんてのは都合の良すぎる妄想だろう。

 

 領域の押し合いになった時、負けるのはこちら。

 花御は冷静に判断を下した。

 

 あぁ、、負けだ。

 認めよう。私より貴方の方がずっと強い。

 

 だが。

 

 呪霊陣営の、花御と漏瑚の勝利条件は呪術師の殲滅ではないのだ。

 その目的は陽動であり、時間稼ぎである。

 

 このレベルの呪術師達を相手にして多くの時間を稼ぐのは不可能。

 五条と亜鬼、それぞれに適応した帳を張り、最大限まで強度を高めても稼げる時間は3分と言ったところだろうか?

 

 充分だ。

 その三分が欲しかった。

 命を賭けるだけの価値がその三分にはあった。

 

 焔が花御を包む。

 狗巻から完全に花御を隠し、盾の様に守った。

 

「花御、撤退だ」

 

 半身を失い、呪力も殆ど持たない状態でありながら、漏瑚は体を引きずって花御の元に来た。

 

『目的の物は?』

「手に入れたらしい。連絡が入った」

 

 花御は傷だらけの漏瑚を抱き上げ、報告を聞いてほくそ笑んだ。

 計画は着実に進んでいる。

 もう少しで運命の時が来る。 

 

『では、行きましょうか』

「うむ」

 

 狗巻が制止する間も無く、花御は地面に潜り込む。

 全力で逃げの一手を打ったのだ。

 

 それと同時に空が砕け散る。

 五条と亜鬼、二人が戦場に降り立った。

 

 だが遅い。

 既に呪霊側の目的は達成されている。

 

 決着はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

「逃げられましたか」

「そうみたいだね」

 

 亜鬼は胸の中に燻る疑念が抑えきれなかった。

 明らかに相手の動きがおかしい。

 

 状況を見るに、原作通りの展開ではないことは確かだ。

 花御だけでなく、漏瑚も襲撃に参加していたのだろう。

 

 花御一人では即祓われてもおかしくない。その補助として漏瑚を付けた事は納得できる。

 だがここで問題が一つ。

 

 忌庫に侵入者がいた形跡が見られないのだ。

 忌庫番は死んでおらず、侵入者も確認されていない。

 

 つまり、襲撃の目的が全く分からないのだ。

 そもそもの話、今の彼らでは忌庫の中まで辿り着けない。

 原作で彼らが忌庫から宿儺の指を手にいれることが出来たのは、真人が宿儺の指に付けた自分の呪力を追ったからだ。

 

 襲撃の目的が不透明すぎる。

 貴重な戦力を失う可能性を考えると、何の意味もなく襲撃をかけて来たというのは考えにくい。

 

 じゃあその危険性を推してでも襲撃を掛けてきたワケは?

 彼ら呪霊が見据えるここからの勝ち筋は?

 

 分からない、何も分からない。

 実際、襲撃された以外に何の異変も感じられないのだ。

 

 ただこちらの戦力を削りたかっただけか?

 いいや、あの羂索がたったそれだけの理由でこちらにちょっかいを掛けてくるか?

 

 間違いなく何らかの目的があり。

 そしてその目的は達成されたと見て間違いないだろう。

 漏瑚と花御の撤退判断がそれを物語っている。

 

 だが、正直亜鬼はこの事態をそこまで重く見ていなかった。

 相手の目的が何であれ、現在見える所に被害は無い。

 何らかの手段で原作通り宿儺の指と受胎九相図を手に入れていても、亜鬼からすれば脅威にはなりえない。

 

 相手がどんな手を取ってくるつもりなのかは分からない。

 だが、例え何をしてこようとも。

 

 真正面から叩き潰す。

 

 

 

 

 呪術高専から一台の車が出発する。

 窓まで黒く塗られたその車は、外部からの呪力感知を遮断する術式を刻み込まれていた。

 

「迎えに来るのに苦労したよ。それで、約束の物は用意出来ているんだろう?」

 

 その車の後部座席に座る男、羂索は隣に座る老人に手を伸ばした。

 ひらひら、と手を振って催促する。

 

「その前に確認だ」

 

 だが老人もここでブツを素直に渡すわけにはいかない。

 文字通り命が掛かっているのだから。

 

「本当にあの邪魔な五条と、白い鬼を消せるのだろうな!?」

「何度も言わせるな。既に縛りは結んであるだろう?」

 

 羂索は必死になる老人に蔑んだ視線を向ける。

 それは物理的な衝撃を感じさせるまでの冷たい威圧感を放ち、老人を萎縮させた。

 

「な、なら良いんだ。ではこれが約束の品だ。必ず契約は果たせ!」

 

 老人はそれだけ言って羂索に包みを手渡し、逃げる様に車から去っていった。

 羂索は包みの中をサッと確認し、注文のブツが全て揃っていることを確認すると満足げに微笑んだ。

 

「腐敗臭のする雑巾も偶には役に立つ。有能な敵より無能な味方とはよく言ったものだ」

 

 老人は呪術界の上層部だった。

 羂索に夏油の体を渡した時と同じ様に忌庫から呪物を持ち出し、羂索へと渡したのだ。

 

「自分が何をしでかしたかすら分かっていない様はいっそ哀れだな」

 

 羂索はゆっくり、ゆっくりと口角を釣り上げていく。

 破滅の足音が聞こえてくる。

 

 それは甘美で、艶やかだ。

 

「新型の帳の確認も済み、現在の戦力は大体把握出来た。手持ちの呪霊は少し心許ないが、仕方ない」

 

 呪霊側が勝利する可能性は極めて低い、どころか殆どゼロに近い。

 特異点や六眼だけでなく、現在の呪術師はかなり高水準だ。

 

 全てを相手にしていてはとてもじゃないが勝ち目はない。

 搦め手、不意打ち、策略。

 使える手札を全て切って、奇跡を乗り越えた先にやっと勝利の可能性が見えてくる。

 

 それでも羂索は嗤っていた。

 

 

「新時代の引き金を引くとしよう」

 

 

 

 

 さて、大体後処理は終わった。

 

 原作通りハンガーラックハゲは五条先生がボコボコにして捕まえたけど、何の情報も持っていなかった。

 原作と違う所と言えば私が重面春太を捕まえた所だ。

 

 こいつは渋谷事変で補助監督や窓を殺しまくるし、伏黒君の起爆剤になるしで、本当にいらない事しかしない。

 戦闘力で見ればそこまででも無いが、起こした被害は結構なものだ。

 

 と、いうことで先に捕まえておきました。

 保有する術式は結構面白いものだが、私の敵では無い。

 幾らラッキーでも私からは逃れられないのだから。

 

「とりあえず今は学生の無事を喜びましょう」

 

 今は職員会議中。

 歌姫さん、五条先生、楽巌寺学長、夜蛾さん、私の五人で話し合いである。

 

「だが交流会は言わずもがな中止ですね」

 

 夜蛾さんがそう纏めた。

 まあ正直私もそれが良いとは思う。

 遊ぶ時間があるなら訓練の時間を増やした方が有意義だしね。

 

 ただ、こういうのは理屈じゃ無い。

 訓練なんかよりずっと大切な彼らの青春だ。

 

「ちょっと、それは僕たちが決める事じゃ無いでしょ」

 

 原作通り、五条先生は交流会を続行する様だ。

 そりゃそうだ。

 何かあれば私と五条先生の二人がいれば大体何とかなるしね。

 というか何とかならなかったらやばい。普通に世界滅ぶ危機だよそれ。

 

 生徒の青春は私が守る。

 だって私は先生なんだからね!

 

 ね、明希?

 

────うん!

 

 

 

 と、いうことで。

 

 

 

「プレイボール!」

 

 五条先生が開幕を宣言した。

 そう、野球である。

 

 普通なら個人戦を行う予定の二日目だが、五条がこっそりと野球に差し替えていたのだ。

 だがやるなら本気。

 京都校の生徒も東京校の生徒も全力でぶつかり合う。

 

 先攻は京都校。

 守るのは東京校である。

 

 そしてピッチャーは真希。

 

「打てるもんなら打ってみやがれ!」

 

 真希は惜しげもなく“理”を使う。

 大地を蹴って体に返される力全てをしなる腕に回し、肩から指先まで一欠片の無駄もなくボールに勢いを伝え切った。

 

 とてもじゃないが常人が捉え切れる速度では無い。

 捕手を務める虎杖が何とか受け止められるスピードであり、キャッチした瞬間に手が消えるのでは無いかと思うほどの痛みが走る。

 

 勿論、京都校の生徒もこれに対応出来る筈もなく。

 きっちり九球で三連続三振の完封である。

 

 両校の間に微妙な空気が流れ始めた。

 薄々皆んな感じているのである。

 京都校に勝ち目が無いことに。

 

「京都校は人数が一人少ないので、助っ人はいりまーす!」

 

 そこに五条先生の明るい声が。

 全員が五条先生の方に注目する。

 

 そしてそこにはユニフォームに身を包む美しい鬼の姿が!?

 

 そう、私だぁぁぁぁ!

 

「助っ人呪霊の亜鬼ちゃんでーす!」

「頑張るぞ〜!」

 

「「「「「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て!」」」」」

 

 東京校の面々の驚きが心地良いではないか〜

 ちょっと私が本物のピッチングを見せてやろう!

 

「東北のマー君とは私のことよ」

 

 自信満々にバッターボックスへ立つ釘崎。

 そしてホームランポーズ。

 

「ふ、ふふふ。笑わせますね。私から本塁打を取るなんて……」

 

 亜鬼の体に呪力が奔る。

 そのあまりの密度故、過剰に漏れだす呪力が紫電の様に弾け、亜鬼の体に纏わり付いた。

 紅き瞳は更に輝きを増し、妖しさを醸し出す。

 

 亜鬼、大人気ない全力の身体強化である。

 

「片腹痛いですよ!!!!!」

 

 震脚。

 踏み出される脚が美しい弧を描き、地面を踏み砕く。

 

 足首から膝、腰、肩、肘、そして手首へと。

 呪力を廻し、力の流れを掌握して。

 

 握り込まれたボールはいつしか変形し、黒い稲妻を纏っていた。

 

 空気抵抗という名の壁を容易く切り裂いて。

 そのボールは亜鬼の手から離れると同時にマッハ10まで加速。

 

「まだまだまだまだぁぁぁぁ!」

 

 

───羅刹流“鋒天”

 

 

 そのボールに対して、亜鬼は更に後ろから羅刹流“鋒天”を打ち出した。

 これは呪力の波をぶつける技である為、別にルール違反では無い。

 

 黒い稲妻を纏ったボールが何かを形取る。

 

 それは鳳凰だった。

 黒い翼を携え、命を燃やしながら突貫する。

 

 

────“不義遊戯”

 

 

 捕球出来なさそうなら術式を使ってくれと事前に言われていた東堂。

 流石に無理だと判断。

 

 亜鬼の球を唯一捕れる男、五条と位置を交代した。

 

「良いストレートじゃないか」

 

 五条が纏う無限と亜鬼のストレートが激突した。

 膨大に過ぎる呪力が無限を食い破ろうと迫り、そうはさせまいと五条も構える。

 

 

 一秒が一時間にすら感じる衝突の結果、ボールは五条のミットに収まっていた。

 

「ストラーイク!」

「いや無理があるわ!」

 

 気がついた時、ボールはミットの中。

 勿論、東京校からは野次が飛ぶ。

 

「おや? 打てないんですか? 仕方ありませんね、手を抜いてあげても……」

 

「は? 上等だが?」

「ぜってー打ってやる」

「しゃけ」

 

 結局、両校バットに掠ることすら難しく。

 0-0の引き分けとなった。

 

 理不尽を共有した東京校と京都校は少し仲良くなったのだった。

 




 書きたい内容は頭にあるのにそれを文字に起こせないという重症。
 作家さんの凄さを思い知る今日この頃。

 亜鬼は助っ人ピッチャーなのでバッターとしては立っていません。
 応援してくれる皆さんの為にも何とか更新を続けてみせる!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

火蓋

 これまた直すかもしれないです。
 応援が温かくて、泣きそうになりました。
 本当にありがとうございます!


 

 京都姉妹校交流会から少し経った。

 来たる渋谷事変に備え、私は毎日生徒達の教導を進めていた。

 

 花御と戦わなかった事で黒閃が未習得だった虎杖君と模擬戦を重ね、何とか本番でも武器として使える位には仕上げた。

 伏黒君には領域展開のイメージを強く灼き付けたので、原作よりも早い段階で完全な領域展開に至るだろう。

 野薔薇ちゃんには贈与法による呪力の増量と、体術を教え込んだ。彼女の術式は敵の一部をもぎ取れる位の体術があって初めてちゃんとした火力を発揮できるのだ。

 

 今までと変わらず真希ちゃん、狗巻君、パンダ君の三人も更に鍛えている。

 そんじょそこらの特級呪霊なら相手にならないレベルまで到達していると言っても過言では無いだろう。

 

 五条先生は原作よりも修行を積んだ事により元々最強だったのが更に強化。

 原作では死んでいたであろう呪術師達も助けているので、そもそも呪術師の総数が多い。

 

 その他にも各地で拾ってきた呪具、構築術式を得た事で色々と試して作り出した呪具、万が一の事態に備えて打っておいた布石の数々。

 

 何より、私という最大の相違点。

 

 呪力操作は極限まで磨き上げた。

 凡人では到底辿り着けない理外の武術も極めた。

 現在の呪力量は正確に把握出来ないが、少なく見積もっても宿儺の指50本程の呪力は間違いなく有している。

 反転術式も、術式反転も、領域展開も。

 

 何もかも、全て研磨した。

 

 今の私は文字通り敵無しだろう。

 例え五条先生と両面宿儺が同時に襲って来たって勝てる自信がある。

 

 そう、その筈なんだ。

 

 なのに何なのだろう、この胸騒ぎは。

 

 直感が囁いている。

 きっと、相手は何らかの手段で、全身全霊を持って勝ちを取りにくる。

 

 五条悟を奇抜な手段で封じ込めた様に。

 あの羂索なら、この程度では安心できない。

 

 もっと圧倒的に。

 

 もっと絶対的に。

 

 例えどんな手段を使われても、容易く捻り潰せる様に。

 

 私はゆっくりと体に呪力を廻し、精神を研ぎ澄ました。

 

 

 

 

 

「え? 兄弟の呪霊? そんなのいなかったぞ」

「いたのは宿儺の指を取り込んだ呪霊が一体だけでした」

「それがどうかしたっていうの?」

 

 亜鬼は気がつかない内に流れ出ていた冷や汗を拭い取った。

 

 自宅のマンションのエントランスで刺殺されていた死体。

 それも三人が同じ状況、違う場所でである。

 

 残穢では断定しきれなかったが、これは恐らく呪霊の仕業であると判断された。

 その結果、解決のために選ばれた呪術師は三名。

 虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇である。

 

 調査の結果、クロだった。

 八十八橋の下で宿儺の指を取り込んだ特級呪霊と相対した三人は苦戦しながらも協力してこれを撃破した。

 高専に入学したばかりの一年生としては破格の、純粋に喜ぶべき成果である。

 

 

 亜鬼以外にとっては。

 

 原作ならば、ここで呪胎九相図の受肉体である壊相と血塗が宿儺の指を回収する為に八十八橋へとやってきており、虎杖達と遭遇する。

 それから戦闘になり、結果的に虎杖と釘崎のコンビプレーの前に祓われることになるのだ。

 

 それが、姿を見てすらいない……など。

 

 いや、だがあり得る話だ。

 東京校を襲撃したは良いものの、時間稼ぎが上手くいかなかったので忌庫から呪物を盗み出せなかったとすれば。

 

 全ての辻褄が合う。

 そこから考えるに、相手の手に宿儺の指六本と呪胎九相図の一番から三番は渡っていない事になる。

 

 亜鬼は最終的にその考えに落ち着いた。

 

 

 

 

 

「……と、いう訳だ。相手が私の未来を見ていると分かっているのなら、幾らでもやりようはある」

「なるほどな。これで彼奴の油断を誘う訳か」

 

 掌の上で“呪胎九相図”を弄びながら、羂索は漏瑚に語りかけた。

 

 羂索がしたことは至極簡単な事だ。

 目的の呪物を手にいれるだけならば、己と繋がっている上層部を利用すれば良い。

 

 だが、相手は未来を知っているであろう怪物である。

 

 羂索は己が思い描いていた未来図を今一度見直した。

 そして、それを元に動いてくるだろうイレギュラーの動きを全て予測し、そこに対応する新たな計画を立てたのだ。

 

 京都姉妹校交流会へ襲撃を掛け、忌庫から呪物を盗み出すという計画を転じさせる。

 襲撃があっても忌庫への侵入形跡が無い場合、相手の判断としては襲撃の失敗、つまり未来を“良い形”へと変えられたという認識になるだろう。

 

 だが実際は違う。

 羂索が欲していた呪物は既に手元にあり、イレギュラーはその事実を正しく認識出来ない。

 

 “知っている”ということは、必ずしも有利に働く訳では無いのだ。

 

 それらの説明を聞き、漏瑚は上機嫌に笑った。

 だが、羂索は薄い笑みを浮かべながら、真剣な表情を崩さない。

 

「いいや、残念ながらこの程度で油断してくれる手合いじゃない」

「ならばなぜ?」

「不透明な事実より、透明な虚構の方が何倍も恐ろしい。小さな隙も掻き集めれば立派な弱点さ」

 

 そうして羂索は立ち上がった。

 ゆっくりと暗い通路を進んでいく。

 

 歩いていく先にいるのは縛られた三人の男だった。

 

「た、助けてくれ! 金なら払う!」

「お、俺もだ!」

「頼む! 命だけは!」

 

 彼らは漏瑚が無作為に攫って来た器である。

 呪術の才能もなく、人間としてもパッとしない。

 だが、それで問題ないのだ。

 

 彼らはただの器。

 今から意味を持つ。

 

「金はいいさ、礎になってくれ。私の描く未来の礎にね」

 

 そして口に放り込まれる三つの呪物。

 それぞれが特級に相応しい呪力を持つ、禍々しい呪物である。

 

 呪胎九相図、ここに受肉。

 

「おはよう。そしておやすみだ」

 

 脹相、壊相、血塗。三人が意識を覚醒させるまでに、羂索の陰から現れた呪霊が三人の体を食い破り、弱らせる。

 

「今欲しいのは従順な手駒でね。不確定要素は必要ないんだ」

 

 羂索の、いや、夏油の体を渦巻くドス黒い呪力。

 それは三人を美しい宝玉へと変えた。

 

 羂索はそれらを一息に呑み込み、薄く笑った。

 

「さて、始めようか」

 

 羂索の周りに集まるのは志ではなく、目的を共にする仲間だけだ。

 だが、今はそれが何よりも有り難い。

 

 呪霊の立場を変えたいと願う漏瑚。

 

 死に行く地球を救わんとする花御。

 

 同志である呪霊達と共に並び立つ陀艮。

 

 それぞれの思惑があり、信念があり、正義がある。

 

 今、彼らは共通の強大な敵を持ち。

 皮肉にも、原作を遥かに超える結託を見せていた。

 

 

 

 

 私は呪術高専の地下、厳重に警備された保健室に向かった。

 かなり早い段階で発見、保護していた少年がそこに待っている。

 

 逸る気持ちを落ち着かせ、扉を三度ノック。

 

「亜鬼です。入りますよ」

 

 カチャリ、と音を立てながらゆっくりと扉を押し開けた。

 ベッドの上に横たわっていたのは包帯を身体中に巻いた少年だった。

 

「調子はどうでしょうか?」

「……問題ない。痛みは既になく、術式も問題なく扱える」

 

 その言葉を聞いて安心した。

 何せ初めて使う術式だったのだから。

 真人を吸収した事で手に入れた無為転変。

 上手く行った感覚はあったが、今日までずっと不安だった。

 

「それは良かったです。私も中々頼れる先生でしょう?」

 

 にっこり微笑みかけると少年、究極メカ丸改め与幸吉君は俯いた。

 

「何故、俺にここまでしてくれる。俺はお前達を裏切った、その事実は変わらないだろう!」

 

 きっと与君自身も感情の整理が着いていないのだろう。

 彼は生まれた頃から身を裂く痛みと共に生活し、京都校の生徒の温かさに救われた人間だ。

 恐らく彼は裏切った事自体は後悔していない。

 

 京都校の仲間達を守ることが出来たならそれで良い。

 自分の天与呪縛が治るなら尚良い。

 それ以外は瑣末な事。

 

 その中でも、一人。必ず守りたい人がいる。

 

 きっとこう考えていた筈だ。

 

 勿論、やろうとしていた事は呪術師側が不利益を被る完全な裏切り行為。

 それが良い事だとは思わない。

 

 だけど……。

 

 

「美しいと思ったんです」

 

「は?」

 

 私の言葉を聞き、顔を上げる与君。

 私は何か彼に伝わるものがあれば良いと思い、言葉を続けた。

 

「貴方の覚悟が、貴方の生き様が、何より貴方の愛情が。この世界の何より美しく思えた。それが親切を焼く理由です」

「何を言って……」

 

「一個人として与君、貴方を尊敬します。尊敬する人を助けられる力を持っているなら、手を差し伸べようと思ってしまうのが人情でしょう」

 

 原作において、彼の裏切り行為がどれ程大きな影響を与えたのかは明記されていない。

 だが、彼の抱いていた深い愛、それに伴う覚悟は描かれていた。

 

 私はそれを知っていて。

 彼には幸せで居て欲しいと心から願った。

 

 もう充分に頑張ったじゃないか。

 彼には幸せになる権利がある。

 

 それなら少し、ほんの少しだけ。

 この世界に転生したイレギュラーである私が手伝ってあげても、バチは当たらないだろう。

 

 それならば……

 

「貴方に心を届けるのは私の仕事じゃないですね」

 

 私は困惑する与君に背を向け、扉を開けた。

 そこに立っていたのは水色髪の少女で。

 

 

「お大事に」

 

 

 それだけ言い残して、私はその場を去った。

 

 

 

 

「帰ってくるのも久しぶりだなぁ」

 

 一人の男が、恩師からの要請を受けて日本の地に降り立った。

 ずっと任務で世界中を回っていた少年は、久しぶりの故郷に想いを馳せていた。

 

「みんな元気にしてるかな。してない訳ないか。真希さん達だもんね」

 

 緩やかに笑みを浮かべる少年の背後にいたのは一匹の呪霊。

 彼女が放つ威圧感は凄まじく、周りに居た生物は一人残さず怯えを感じていた。

 

「さ、会いに行こうか。里香ちゃん」

『あ゛い゛にい゛く゛ぅぅぅぅぅ!』

 

 十月二十日。

 

 五条悟に次ぐ現代の異能。

 特級術師、乙骨憂太。日本に帰還。

 

 

 そして十月二十一日。

 

「北海道で任務、ですね」

 

 呪術高専東京校が誇る最高戦力、特級呪霊“番外”死風が北海道での任務に就く。

 

 

 

 亜鬼の乗る飛行機が出発した直後、東京百貨店、東急東横店を中心に半径およそ400mの“帳”が展開された。

 それは明らかに仕込まれたタイミングであり。

 亜鬼が意識していた十月三十一日から、大きくズラされた決行だった。

 

 斯くして、渋谷を中心とした呪術師と呪霊の戦争は。

 

 唐突に幕を開けた。

 





 受肉体を呪霊操術で取り込めないとは明記されていないと思うので、本作ではイケるという判定です。
 渋谷事変、遂に始まってしまいましたね。
 アンケートを取った結果、多数決でバッドエンドを書くのはやめておくことにします。

 次回から、最終章。
 渋谷事変編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。