転生したらなんかウマ娘に懐かれてる件について (和菓子甘味)
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序章
「今日も一日癒されたなぁ…」
俺は現代の喧騒の中で扱かれる社会人の端くれ。普段は公僕としてお国のために奉仕しているのだが、今日は休暇を活用して北海道に癒されに来ていた。
「チケゾーじいさんも元気だったし、グラスも元気だったなぁ、シャトルもドトウも今までよりなんか元気だった気がする」
北海道に来たのは他でもない、かつて人々を湧かせた名馬たちに会いに来たのだ。
元々親父が競馬好きで色々な場所の牧場でコネを作っていたのが発端なんだが、当時赤ん坊だった俺も色々な場所の名馬に会いに行くことがあった。俺自身はそこまで競馬に興味があった訳では無いが、最近リリースされたウマ娘なるアプリでどっぷりハマりこんだ。
まあ、競馬に勝ててはないんだけどね…。
ともかく、俺は親父のコネで有名馬達と出会い、こうして会いに来ることが出来ているのだから、ここは感謝しなければならない。
「一服して帰るかぁ」
日も大分落ちてきたので、帰る前に牧場入口近くの道路脇に車を止めて煙草を1本蒸かす。
大抵の馬達は俺の顔を覚えているらしく、俺を見つけたら嬉しそうに近寄って来てくれる。しかしながら、俺が煙草を吸う様になってからは、寄ってきてくれるものの、皆が俺の腹を鼻先でどついてくるようになった。どうも煙草が気に入らないらしく、俺も渋々であるが、彼らに会う時はなるべく控えてる。
それでもチケットやグラスは勘づいてどついてくる。シップは小を引っ掛けてきたな。
とまあ、そういう経緯があり、俺は久しぶりの煙草を楽しんでいると、奥から誰かの大声となにか大きなものが近づいてくるのが見えた。確かあの方向はさっきまで俺がいた牧場...ってあの馬は!?
「グラスワンダー!?」
何故かこちらに走ってくるグラスに驚いたが、刺激しないために煙草を踏み消して携帯灰皿に吸殻を放りこんで、グラスの手綱を取って道路に飛び出ないようにする。
「どうどう!どうしたんだグラス。出てきちゃダメだろ?」
何とかグラスを宥める。だがグラスは何故か俺の傍を離れようとせず、煙草臭い俺の体に擦り寄ってきた。
「おいおい、おやつはないぞ?それに厩務員さんが...」
「すみませーん!」
グラスをあやしていると、若い厩務員さんが息を切らしながらやってきた。
話を聞けば、馬房に戻そうとした時にグラスが暴れだして柵をぶち破って駆け出したそうだ。普段あれだけ大人しいグラスが何故ここまで暴れたのかは謎だが、そうであれば後は厩務員というプロにおまかせが1番だ。
「ほらグラス、迷惑をかけたらダメだろう?早く厩務員さんと家におかえり」
厩務員さんに手綱を手渡すが、グラスは帰ろうとしなかった。まいったな…。
「大丈夫だってグラス。また今度会いに来るから。その時は凄く美味しい人参を持ってきてやるからさ!」
俺の言葉が理解できたのか、グラスは渋々であるが帰ろうと歩みを進めた。
何度も見返すグラスがもの悲しげで罪悪感があるが、高級人参を今度あげてご機嫌をとるとしよう。
3回目にグラスがこちらを振り向いた時、俺は強烈な力で吹き飛ばされて宙を舞った。
は?え?なにが...
ドシャッという音ともに俺は道路に叩きつけられる。全身が熱く痛いが、芯が冷めるような感覚が気持ち悪さを助長する。手を見るとおびただしい血。
そうか...俺は轢かれたのか...
そう理解すると急に視界が霞んできた。
その視界の端で何かが覗き込んで顔を舐めてきた。
「グ...ラ、ス。ご、めん...約束...守れ...」
俺がグラスの顔を撫でたと同時に俺の意識はブラックアウトした。
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第1章「再会」
第1R「着任」
「歓迎ッ!はるばる我がトレセン学園へようこそ来てくれた!」
「はいッ!ありがとうございます!」
陸上自衛隊の常装...よく見る緑の制服姿の俺は目の前の秋川やよい理事長に陸教*1ぶりの声で返事をする。
とはいえ、俺は未だに自分の状況が理解出来ていない。
前世で交通事故にあってポックリ逝ったと思えば、ウマ娘の世界に赤ん坊でこんにちわ世界した。そしてここがウマ娘の世界だと知った俺はトレーナーとなる為に猛勉強してライセンスを取り、中央の試験も乗り切ったのだが、そこで親戚が余計な茶々を入れて何故か前世と同じく陸自に入る羽目に。前世と同じく辛い思いしながら仕事してたら何故かここにお呼び出しを受けることになって何故か防衛省から文科省に出向扱いでサブトレーナーとして勤務が決まった。
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺自衛隊で勤務していたと思ったら、いつのまにかサブトレーナーになっていた。な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ...。
とまあ、頭がポルナレフ化してる俺の内情はさておき。
今はまだどこの所属かも決まっていない状態らしく、今日は一日学園を見学して欲しいと言われたので、大人しく命令に従うことにする。一応秘書の駿川たづなさんに案内される事となったのだが、トレセン学園滅茶苦茶広いな...流石2個普通科連隊規模*2の人数を抱える学園と言ったところか。
「さて、時間の関係で最後になりましたがここが生徒会室です。生徒会長であるシンボリルドルフさんとは度々会うことになると思うので、挨拶しましょう」
「分かりました」
シンボリルドルフ...確か最近生徒会に上り詰めたとか何とか...前世と同じく三冠馬で皇帝とか言われてるし、年下とはいえ礼儀を払わないとな...蹴られて死にたくないし。
「シンボリルドルフさん、たづなです」
「どうぞ」
たづなさんの後に続いて部屋に入る。奥ではアプリで見慣れたウマ娘───シンボリルドルフが鎮座しておられる。
なんでシングレなの!?明らかに「中央を無礼るなよ」って顔してるんやが?俺何かした覚え無いんやが?
「この度トレセン学園でサブトレーナーとして勤務する樋野さんです」
「初めまして。防衛省陸上自衛隊から本日付で日本ウマ娘トレーニングセンター勤務を命ぜられました樋野正樹3等陸曹です!」
「初めまして、私は生徒会長を務めています。シンボリルドルフです。以後お見知り置きを」
俺が敬礼をするとシンボリルドルフは手を差し出して握手を求めてきた。俺は特に何も考えず握手をすると、彼女はかなり力を入れて握ってきた。痛みを隠しながら握手をしていると、不意に手を弛め握手を終えた。正直手を持っていかれるかと思った。
「たづなさん。この方と少し2人で話したいことがあるのですが、大丈夫でしょうか?」
「ええ大丈夫ですよ。樋野さんも今日はお話の後は帰宅しても大丈夫です。但し明日の朝礼までには出勤お願いしますね?」
「わ、分かりました...」
たづなさんは何も気づいていないらしく、そのまま出ていった。目の前のシングレ皇帝は笑顔のままこちらを見ているが、覇気がヤバい。チビりそう。
「とりあえず、聞きたいことが山ほどある」
「えっと...自分は何が何だか...」
「おや、私の機嫌を損ねるのかな?」
シンボリルドルフがそう言葉を零すと全身の毛が逆立った。これは返答を間違えたら即ガメオベラな選択肢だ。
「ここに来たということは向こうでの寿命を全うしたと言うことかな?」
「な、何を...」
「坊主...話してるのは『オレ』だ。あまり苛立たせない方が身のためだぞ?それに...私は1度見た顔は忘れないんだ」
今度は血の気が引いた。目眩を抑えながら俺は確信する。
目の前のシンボリルドルフは俺が前世で会ったシンボリルドルフの生まれ変わりだった。
「...質問の答えだが、俺は交通事故で死んだ。グラスワンダー号に会いに行った時にな...」
「ふむ...私が死んだ後にそんなことがな...しかし、あの時の子供が随分と立派になったものだな」
そう言ってシンボリルドルフは俺の顔をまじまじと見てくる。なまじ美人な分気恥しい。
「おや?顔を赤らめてどうしたんだい?」
「分かっててやってるだろ...たちが悪すぎる。一応、今世では俺の方が年上のはずなんだがな...」
「年齢はトータルで言えば並駕斉駆の筈だがね?」
流石皇帝様と言ったところか。とはいえ、これ以上やられっぱなしでズルズルと続けるのも面倒ではある。
「聞きたいことが済んだのであれば、俺は帰らせてもらうぞ?」
「ああ、構わないよ。これから時間はたっぷりあるからね」
そう笑うシンボリルドルフは、底知れないものを感じる顔だった。
シンボリルドルフ
馬時代の隠居生活中に数回正樹と会う。おやつを貰ってから正樹に懐くが、最早おじいちゃんと孫のそれとして周囲からは見られていた。
馬の側面が出た時の一人称は「オレ」
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第2R「やっぱりこんなのおかしいよ」
俺にあてがわれたトレーナー寮へ帰宅してさっさとジャージに着替えてベッドへ入る。
人生とは斯くも残酷なものなのだろうか...正直俺は馬は好きだ。特にドトウには癒されていた、鼻フニフニがたまらん。だがどうであろう。ルドルフは少なくとも俺が10代の時に天に召されたが、ここまで気性が荒いもんだったかと思い返す。少なくとも俺は好かれていた...と思う。まあ、おやつ目当てかもしれんが...。
とはいえなぜルドルフはあそこまで豹変したのかが謎だった。別に俺はシンボリルドルフ号に嫌われることをした覚えはない。ただでさえプライドの高い馬の機嫌を損ねたら多分死んでた。いや、1回死んでるけどさ。
ともかく、相手がなんで機嫌悪いか分からない以上は下手に刺激しない方が吉だ。なんか今のルドルフはシリウスに近い感じがするし...。
ただそうなると余計に面倒なのがほかのウマ娘だ。面倒になる可能性がタップダンスしながら地雷原をやってきている。俺神様に嫌われる様なことしたんかね?
はぁ...そう考えたら気が重いぞぉ。俺は結構な数の有名競走馬達と出会ってきた。その中でもウマ娘に出てる子はほとんどあってる訳でして...。ガッデム!
会ってないのはマルゼンスキー、ミスターシービー、ゴールドシチー、ツインターボ、ライスシャワー、ナリタブライアン、サイレンススズカ位だろうか。裏を返せばこの子達なら安全圏だと言える。
よし、この子達以外は会わないように行動するとしよう。ルドルフの年齢とか考えればそろそろアニメ1期が始まるだろうから、そこを如何に掻い潜るかが肝となるわけだ!はーっはっはっは!
なんて言っていた俺をボコボコにしてやりたい。
「無視は酷いんじゃないかな正君?」
はい、翌日即出くわしましたよ。曲がり角でうっかりぶつかった子がまさかのフジキセキでバッチリこの子俺のこと覚えてましたよ。フジキセキ号かぁ...彼は晩年に少しだけ会っただけだったけどよくまあ俺のこと覚えてたもんだ。
「ふーん...そうやって『ボク』を無視する悪い子はお仕置きがお望みか?」
「すまないが暴力に訴える子はNG、というかよく俺のこと覚えてたな」
「あんなに優しい子を忘れるわけがないさ」
...そういえば晩年のフジキセキは腰痛だっけ...あー思い出した。厩務員からその話聞いて腰をさすってあげたんだ。
「よく覚えてたな」
「受けた恩は覚えているものさ」
「ハイハイ、じゃあ俺は出勤なんでね」
とりあえずなんだかこのままはやばい気がするので戦略的撤退を取ることにする。さーて今日も仕事...。
「じゃあ一緒にいこうかな」
「ナチュラルに腕を絡めるのはエンターテイナーとして如何なものだろうか?」
おいこのエンターテイナー滅茶苦茶押し当ててくるんだが?メロン祭りは季節外れですよ?
「当ててるのさ」
「前世が男とは思えない発言」
「男故に男の気持ちが分かるものだよ」
「もう宝塚で食っていったらいいんじゃない」
なんでこう面倒事になるんだか...とりあえず俺が腰痛持ちだということがバレてはならんな...余計面倒になる。というかそろそろ正門だし離れてくれないかなぁ...誰かに見られ、アッ。
「ほう...トレーナー君、そうそうにお熱い様だねぇ」
目の前に現れたるは耳を後ろに絞り満面の笑みで青筋を浮かべているシンボリルドルフ様。少し歯が見えているし、足を前掻きの要領で掻いている。これは相当お怒りのようだ...。
「トレーナーさん?これはどういうことかな?」
おおっと、どうやらこっちもダメみたいですね。フジキセキも耳を絞り出しました。ダレカタスケテ...。
「ええい!!昨日の今日出会ったお前らなに独占欲的なの発動してるんだ!大体俺ら異種族だろう!」
「皇帝は欲しいものを力づくで手に入れるものだ」
「この私を惚れさせたんだから責任を取ってもらわないとね」
「なんだこいつらたまげたなぁ」
はぁ...チケゾーじいさんやドトウに癒されたい...。
スペでもいいや...私の心と胃袋に癒しを下さい...。
フジキセキ
馬時代に正樹に腰痛の腰を優しくさすられてその優しさに堕ちた。
前世の経験から腰痛にかなり敏感。
馬の側面が出た時の一人称は「ボク」
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第3R「大波時々不沈黄金艦」
全く初日から早々に戦闘服がノースリーブになるところだった...。早朝のフジキセキとシンボリルドルフが混ぜるな危険レベルで修羅場と化した時、2人はそれぞれの主張を始めた。
『すまないがフジキセキ、私はこれから樋野トレーナーと話があるんだ』
『偶然だね。私も正君に話があるんだ』
『『あ゛ぁ゛?』』
双方の目付きが鋭くなり、俺の心臓は「ここから出してくれ!国へ返してくれ!」と叫び始める。
『何が「正君」だ。馴れ馴れしく『オレ』のモノに唾付けてんじゃねえぞ小僧』
『おやおや、皇帝とはいえ生徒会長らしくない発言ですね?『ボク』はあくまで友愛の証で呼んでるだけですよ?』
皆さん想像できます?ウマ娘プリティダービーが修羅場アグリーファイトになるなんて。
おっかしいなぁ、シンボリルドルフ号はまだしもフジキセキ号は大人しい性格だったはずなんだけどなぁ...。
結局の所、2人の引っ張り合いで戦闘服の袖がねじ切られて退場しかけた時に、運良くたづなさんが臨場。2人は俺を解放してくれた。そして俺は補給陸曹に殺されずに済んだ。
で、ひとつ分かったことがあり、それは彼女達は基本的には今の性格だが、感情が昂ると前世の性格が顔を出すようだ。...ルドルフだけじゃなくてカレンチャンとかゼンノロブロイとかもやべえじゃん。
オイオイオイ、俺死んだわ。
という訳で、もう既に疲れていても疲れるものは疲れるので...。
「だ、大丈夫ですか樋野トレーナー...?」
「大丈夫です桐生院トレーナー...」
早速トレーナー室で死にかけている自分を心配してくれたのは挨拶に来た桐生院トレーナー。一応俺のトレーナー同期にあたる人で、桐生院家というかなり凄い家の出なのだとか。ただし本人はそこまで接しにくい人間ではなく、同期の俺含めて何人もの人と交流を欠かさないしっかりした人間だ。そこはアプリで知っている通りなのだが、実際会えば確かに好かれる人だと分かる。
但し鋼の意志。テメーは許さん。
「あの...なにか飲み物でも入れましょうか?」
「いえ、エナドリで元気出すんで大丈夫です...」
桐生院トレーナーの申し出を断りつつ、愛用のリュックからモ○スターを取り出して元気を前借りする。やはりこれがないと一日は始まらない。既にエナドリ中毒者街道を驀進中である。
「失礼します!誰かこの学級委員長をお呼びでしょうか!?」
「呼んでないよー」
「そうでしたか!これは失礼しました!」
突然現れ、要件が終わると丁寧に扉を閉めた後、「バクシーン!」と叫びながら去るウマ娘を尻目に記憶を漁る。サクラバクシンオー号って賢い馬だったはずなんだけどな...。そういえば俺は2000年生まれだから、2000年以降の馬には会ってるけどそれ以前に亡くなった馬は会えてないんだよなぁ。安全圏の子達は2000年以前に亡くなってるだろうから多分大丈夫なはず。現役馬とかは親父がパドックに連れてってたから見たかもしんねえけど、流石に俺程度の人間は覚えてへんやろ。
「え?え?」
あ、考え事に集中して放置してた。
桐生院トレーナーはどうやら唐突に始まって終わった事に目を白黒させていた。ここはいっちょ人生の先輩(?)としてアドバイスするか。
「桐生院トレーナー。あんまり考え過ぎないのも上手に生きるコツなんですよ」
「それにしたってあっさりしすぎなんじゃ?」
そう言われるとぐうの音も出ないが、変にバクシンオーに気づかれるよか、あのままアホの子路線を邁進していただきたい所存ではある。
「ところでトレーニングは大丈夫なんですか?そろそろ時間だと思うんですが...」
「本当だ!すみません樋野トレーナー!失礼しました!」
そう言い残して桐生院トレーナーはドタバタ慌てながら部屋を後にする。彼女も大変だなぁと思いながら俺は目の前の仕事から目を背ける。
目の前には陸自...つまりは原隊関係のお仕事が沢山鎮座している。車両や武器装備品管理替え*1に関する書類が大半を占めるが、これを俺がせねばならぬ。なんで原隊*2でやってくれないんですかね?こっちの職務はトレーナーの筈なんだが?
とはいえ、そんなに嘆いていても始まらないので、仕事を始めようとした時、急に視界が暗くなる。まだ網膜炎には早い歳だと思うんだが??
「野生のトレピッピゲットだぜ!」
なるほどなるほど...よぉくわかったぞぉ...。
「ポケ○ンマスター目指す前に俺を降ろせゴールドシップ!」
「ゴルシちゃん号はっしーん!」
「やっぱ話聞かねえこのバーサーカー!」
こうして俺は拉致されたのだった。
「ここで大丈夫だろ。よいしょっと」
「グェ!」
どうやら目的地に着いたらしく、俺は乱雑に投げられた。割れ物注意なんだからもうちょっと丁寧に扱おうぜ?
「よお久しぶりだな正坊!元気だったか!?」
「君に拉致られるまではな...どこだここ?」
「近くの山に決まってんだろ。その目は飾りかぁ?」
すんげー腹立つわァ...これはアニメでマックイーンがキレるのもわかる。
「それとも何か?美少女ゴルシちゃんに見惚れて方向感覚、失っちゃった?」
「可愛く言っても騙されんぞ」
この拉致ウマ娘め...もうちょい話が通じてくれ...。
「んだよノリわりーなぁー。しかもまだ煙草吸ってやがるな?名探偵ゴルシちゃんにはお見通しだぜぇ!」
「別に俺の趣味趣向は構わんだろうが...あの時お気に入りの服に引っ掛けやがって...あっ」
やっべ、口盛大に滑らせたぞ。ほら見ろ!シップの奴、新しい玩具を見つけたクソガキの顔してやがるぞ!
「なーんだよしっかり覚えてんじゃねえかよォ!メビウスオプションパープル1ミリの匂いだからまさかとは思ったけどさぁ!」
いやバレてたんかい...待てよ?こいつ匂いだけで俺の煙草の銘柄当てなかった?控えめに言って怖いんだけど。ウマ娘の嗅覚どないなっとんねん。
「それじゃあこれからよろしくなトレピッピ!私はスピカ所属だから度々遊びに行くから足首洗って待ってろよな!」
そう言い残してゴールドシップはゴルシちゃん号に乗って帰っていった。
「え?放置プレイ?」
結局歩いてトレセンまで帰ったけどたづなさんにすげぇ怒られました。解せぬ。
ゴールドシップ
前世では正樹を1見学者だと思っていたが、自衛官ゆえなのか本人の素質なのか、おもしれーヤツ波動を感じ取り小を引っ掛ける。それ以降の反応が面白かった為、お気に入りの人間となる。
馬の側面が出た時の一人称は「オレ様」、「オレ」等安定しない。
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EXTRA 1R「チームリギル」
はいどうも。樋野サブトレーナーでございます。
本日は快晴で絶好の昼寝日和ではありますが、私は現在、とんでもない修羅場を迎えております。
「今日から1ヶ月ではあるが、リギルのサブトレーナーとして樋野サブトレーナーが来る事になった。経験がない新人ではあるが、れっきとした自衛官であるので失礼のないように」
学園でも最強豪であるチームリギル。そのトレーナーである東条ハナさんに、俺がリギルのサブトレーナーになる事を告げられたのはつい昨日の話だ。
彼女はアニメ版ウマ娘通り、この世界でもチームリギルを率いる敏腕トレーナーのはずなのだが...何故か俺がサブトレーナーとして指名されたのである。多分原因はルドフジコンビだろう。シップは賢いから俺が死にそうになってる所で、わざわざ立て直しが必要なチームスピカに誘うわけがない。それならサブトレーナーよりもウマ娘を攫う方が割に合う。
さらばスペシャルウィーク。俺の為に犠牲になってくれ。
ともあれ、俺はチームリギルとかいうやべー巣窟に入ったわけなんだが…。
「防衛省陸上自衛隊から出向してきました、樋野正樹と申します。自衛隊での階級は3等陸曹です。皆さんの中には何人か会ったこともある人がいるとは思いますが、改めてよろしくお願い致します」
はい、手短に済ませましたが何名かやべぇ臭いがプンプンするものが散見されますね...。
「では1人ずつ挨拶を頼む」
東条トレーナーが言うが早いか、真っ先に来たのはルドルフとフジだった。
「改めてよろしく頼むよ。樋野サブトレーナー」
「君に最高の『キセキ』を見せてあげるよ」
ルドルフは獲物を狩る目を、フジはねっとりとした視線と笑みを浮かべて、お互いに挨拶(?)を言ってくる。尻尾は最早扇風機のごとく荒ぶっているが、お互いの言葉を聞いた瞬間、耳を絞って笑顔のままお互いを牽制しあった。ここは戦略的撤退だと思い、次の子に近づく。
「エアグルーヴだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろし...くぅ!?」
エアグルーヴが手を差し出してきたので握ると急に引き寄せられ、耳元で小声で囁いてきた。
「会長の様子を見てわかったが...あまり『前』の事を言ってくれるなよ?それと...今度は離さんぞ?」
えっ!?こんな状況から入れる保険があるんですか!?...無いですかそうですか。さて、ベロちゃんに手を握りつぶされかけた所で次の方に行こう。一々気にしてたら精神が持たん。
「ハァイ!ヒノサン!これからもヨロシクオネガイシマース!」
「ハーハッハッハ!どうやらまだまだボクの輝きを見たいようだね!」
タイキシャトルとテイエムオペラオーの2人は滅茶苦茶大っぴらに前世の事を出して来おった。そのせいか東条さんは「お前は何を言っているんだ」状態だし...あっ、ルドルフとフジとグルーヴが2人を引きずって奥で小声で説教始めた....。さあ次だ。現実逃避、大切。
「よろしく頼むよトレ公!」
「よろしくお願いします」
ヒシアマゾン...彼女は変わらない様子だけど前世の記憶は無いんだろうか?
「そ、それと...『前』のことはあまり言わないでおくれよ?一応このキャラでいってるからさ...」
前言撤回ガッツリ記憶ありますねぇ!?なにこれなんでこんなにウマ娘達のウマソウルの濃度濃いの!?濃すぎて俺が胃もたれどころか胃潰瘍起こしちゃいますよォ!!
...という訳で、結局の所はチームリギル内で前世を思い出してないのは俺が会ってないナリタブライアン、マルゼンスキーの2名だ。どうやらグラスワンダー、サイレンススズカ、エルコンドルパサーの3人はいないようだ。これだけで心の平穏は保たれるというもの...。
しかしまあ面倒なことになったもんですわ。いやほんと皇帝とエンターテイナーはマジで無視を決め込んでやる。覚悟しとけよ...。
後日、しっかり無視したら2人とも泣いて、東条トレーナーに告げ口して俺が説教を受けました。そういう手があったか...。
エアグルーヴ
会いに来た正樹(幼児)の姿を見て近づいた所、鼻を触って笑う正樹に母性が爆発。以降も来る度に成長する正樹を楽しみにしつつ、わんぱく坊主な少年正樹に母親としての親愛の情を抱く。
前世では成長した正樹を見ることができなかった為、今世の疲れきった三十路となった正樹を世話する事を目標にしていると共に恥ずかしい前世(正樹を舐めまくって愛情表現)を前世組にバラされないかヒヤヒヤしている。
馬の側面が出た時の一人称は「ワタシ」
タイキシャトル
正樹の疲れ果てる姿を見続けた馬の一頭。
亡くなる直前まで疲れていながらも自分に会いに来る正樹に興味を持ったが、自衛隊入隊後にやつれていく正樹を心配する。
記憶復帰後、自衛隊という崇高な職に就いていながら、その現状は母国の兵士とは全く違う対応である事に悲観し、結婚してアメリカに戻って米軍に引き込めば解決するという考えを導き出した。因みにパパはアメリカ陸軍大佐。(イメージは筋肉モリモリマッチョマンのあの人似)
馬の側面が出た時の一人称は「オレ」
テイエムオペラオー
前世ではレース場にいた正樹(乳児)を珍しく思いつつもそこまで気にしていなかったが、引退後も通う正樹に興味を抱く。
今世では心臓麻痺の苦しさを知っているため、残業詰めの正樹をリラックスさせる為に度々講演会(最低4時間ノンストップコース)に招待(強制)している。
ヒシアマゾン
エアグルーヴと同様の理由からオカン2号となる。
特に寮長として残業詰めの正樹を目撃して、何とかできないかと模索しており、最近では「結婚すれば間近で何とか出来るのでは?」と考えている。
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第4R「どうしてこうなった」
絶対9:1の割合でルドフジと俺が悪いはずなのに、俺だけ説教を受けてから2週間が経った。
俺もサブトレーナー業と自衛官業の両立に慣れてきて、ある程度上手くいっている。ただ問題があるとすれば、俺がまだ見習いトレーナーであって、事務仕事メインでそこまでトレーナーとして活躍できていない点と、今まさに目の前にいる問題にある。
「グラス...ワンダー...」
目の前に広げられた資料の中にある学生の名簿。そこには俺が生前最期を見せてしまった馬...いや、今はウマ娘だな。その子の情報が記載されていた。今年度から入学してくるそうだが、生徒の母数が多い上、俺もほぼ事務仕事がメインなので生徒と顔を合わせる機会がないというのが現状だ。だから会う可能性は低い...が、アニメ通りにチームリギルに加入すれば話は違う。
...正直に言えばグラスに会うのが怖い。
あんな最後を見せてしまったグラスの心の傷は計り知れないだろう。そんな彼女の心を抉るような真似はしたくない。かといって、彼女と話したい。謝りたいという己を制することもし難い。とはいえ、こんな事は容易に想像できたことであり、それが出来なかった俺に非があるとしか言いようがない。
だが、仮に話すとしてもどうやって話そうか?いきなり見ず知らずの人間が来たところで、彼女に前世の記憶がなければ、俺に話すこともないだろう。下手をすれば不審者扱いされかねん。年頃の女の子とはそれほどまでに敏感なモノなのだ。たぶん。
ならばチーム加入試験と考えるが、それもまた話が違う気がしてくる。
そんなこんなでいい案が出ない俺を知らずに、ドアは軽快なノックオンを出す。俺は反射的に「どうぞ」と言ってしまい、入ってきた人物を見て後悔した。
「失礼するわよ、樋野サブトレーナー」
「東条トレーナー、お疲れ様です。お茶でも入れますか?」
「結構よ」
入ってきたのは東条ハナトレーナーだった。おそらくチーム加入試験関連だと思うが、これまたなんというタイミングか...。
「ご要件はなんですか?」
「チーム加入試験についてなのだけど、面接をあなたにお願いしたいのよ」
「はい?」
思わず変な声が出てしまった。
なんて言った?面接?俺が?
「あの...本来そう言うものって東条トレーナーがするべきなのでは...?」
「勿論、貴方は練習でよ。私が1人見繕って、その子に貴方の面接を受けてもらった後、私が面接をするわ。そこで貴方が聞いた事、感じたことを今後に繋げてもらいたいのよ」
「そういう事ですか...」
「面接の経験は?」
「トレーナー養成学校入学試験とトレーナー資格試験と中央トレセン採用試験、自衛隊入隊試験、陸曹候補生試験の計5つですかね?最新のものでも2年前ですけど」
そう、自衛隊に縛られている以上面接なんてほぼテンプレなので外の面接は18歳の時のトレーナー養成学校入学試験とトレーナー資格試験、20歳の時の中央トレセン採用試験位なものだ。とはいえこんなものは大昔なので、最近は色々変わっているのかもしれない。
「充分ね。一応最初ということもあるから資料は用意するから目を通しておいて」
「分かりました」
...この若さで面接官になるとはたまげたなぁ。
頑張るしかないんだろうけどさ...。
それから1週間後、トレセン学園の体育館では今年度入学する生徒およそ500人がこの場にいる...のですが。既に遠巻きに見えるのはセイウンスカイやハルウララ、キングヘイローと言った有名馬...のウマ娘である。そして最も俺が懸念しているウマ娘...。
グラスワンダー。
彼女もしっかり居た。とはいえ俺は面倒な事に自衛隊の第1種冬服を着用している為まあまあ目立つのだ...。だが流石に俺が前世の樋野正樹本人ということを知らないが故か、若しくは記憶が無いのか、彼女達がこちらに近づくことは無かった。
まあ、このまますんなりと事は運べばいいのですが...。
「生徒会長、シンボリルドルフ。以上で、私の挨拶を終わる。続いて、本年度から陸上自衛隊から出向してこられた樋野正樹3等陸曹から挨拶と注意事項があるので、各人しっかりと聞くように。樋野3曹どうぞ」
やってきましたよ。俺の出番が。
理事長に「急遽ッ!自己紹介と注意点を述べてもらいたいッ!」と今日の朝に言われて大急ぎでカンペを作る羽目になった。
とはいえ仕事なので、完璧な基本教練で壇上へと上がり、手元のカンペを取り出して読み始める。
「先程シンボリルドルフ会長からもご紹介頂きました通り、昨年度の陸上自衛隊の定期移動に伴い、陸上自衛隊から出向してきました。樋野正樹3等陸曹です。元々いた部隊では戦車に乗っていました。今現在は、チームリギルでサブトレーナーをさせて頂いています。私の紹介はこれまでにしておき、私からの注意点をお話しますので、しっかりと聞いて下さい。メモを取ってもらっても構いません。まず、近年はウマ娘が注目を受けることがあり、それに伴ってウマ娘を狙う犯罪も増加している上、諸外国では紛争の原因や、ウマ娘の特殊部隊が創設されるなど、我が国の安全保障にも変化があります。そして私は陸上自衛官です。当然ながら武器や装備品を持っており、これを携行すること。そしてその武器を使用することが、防衛省から命ぜられる場合があります。その際には皆さんは私の指示に従っていただく他、特に私から許可を受けた場合以外は、車両や装備品に触れない様にしてください。特に銃火器は銃刀法により罰せられるので、厳に慎むよう要望します。これらを守れない方は、即退学処置を取ると秋川理事長から許可を受けています。以上の2点に注意した上で、皆さんが素晴らしい学園生活を送れることを祈り、私の挨拶とさせて頂きます。陸上自衛隊3等陸曹、樋野正樹」
はい、初めての訓示的な挨拶をしてバリッバリに緊張しました。というか、防衛省もなんでこういう面倒な役割渡してくるかな...「有事の際の日本ウマ娘トレーニングセンター学園の防衛」なんて俺一人でどうこうできるわけないのによ...。その為だけに銃や装備もあるからとんでもない事になってる。良く上は了承したもんだ。
...まさか?いや、シンボリ家ならありえる。他にもメジロ家もその可能性か高い...。
両家が「政治家とパイプを持っている」なんて名家ならありうる...。
そろそろ逃げた方がいいかなぁ...陸上総隊の佐官やってる親戚に連絡とるか...クッソ嫌だけど。
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第5R「約束」
入学式から1週間が経ち、第1回選抜試験がやってきたのである。だがしかし、学園会議室で項垂れる俺の心は絶賛曇り模様である。それは今目の前にある東条トレーナーから渡された資料が理由だった。
見てくれはなんの変哲もないただの身上調書である。
だが重要なのはその書類に書かれた名前。よりにもよって「グラスワンダー」なのである。
...まあそうだよねとしか言い様がない。こうなる事は事前に分かっていたはずだ。腹案の保持をしていなかった俺に責任があるし、陸曹が聞いて呆れる。
しかしながら、こうなった以上はもう逃げも隠れもしない。俺はただの面接官として、彼女に接しなければならない任務がある。
「気は進まないが、仕事だしやるしかねえか...」
面接開始まで5分後なので、いつもより綺麗にした戦闘服にシワがないか、装甲靴も汚れがないかを確認して、グラスワンダーを待つ事にする。
そしてきっかり5分後、ついにその時はやってきた。
「グラスワンダー、入ります」
「どうぞ」
3回ノックの後に入ってきたのは栗毛の少女...グラスワンダーだった。
グラスワンダーは丁寧に扉を閉めると、椅子の横にまで来て止まった。なるほど、面接の手順はしっかりやっているという事か...。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
ふむ、動作も滑らかにやっている...。
「初めまして、チームリギルサブトレーナーを務めています。樋野正樹3等陸曹です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ではこれから面接を開始します。まず...」
面接は順調にいった。自己紹介と自己PRもしっかり言えているし、マイナスな面を余り出さず、出したとしてもプラス面に持っていく辺り流石と言えよう。
ある程度の質問はできたが、最後に1つだけ変化球を。
「では最後に伝え忘れたことはありませんか?」
「....はい。一つだけあります」
「腹を切りなさい、正樹」
俺は絶句した。
なぜならグラスは...。
「どうして...どうじで...あなだまで『ボグ』をおいでいっだんでずが...!」
溢れんばかりの涙を流していた。
そうだった。グラスワンダー号は長寿な競走馬で有名だったが...その同期である黄金世代と言われた面々。スペシャルウィーク号、セイウンスカイ号、キングヘイロー号、エルコンドルパサー号はもう亡くなっていた。仲がいいとは言えないかもしれないが、それでもライバル達をなくし、自分はまだ生きている。それは人によれば、生き地獄なのかもしれない。
そして彼女の様子から、俺は『彼』に気に入られていたようだ。
「グラスワンダー...」
「イヤだ!もう...もう居なぐならないで!...『ボグ』といっじょにいでよぉ...!」
もう面接の事なんて頭にないのだろう。グラスは俺に抱きつき、泣き続けた。
俺はただ彼女を抱きしめてやることしか出来なかった。漫画の主人公ならかっこいいセリフを言えたんだろうけどな...。
ある程度グラスが落ち着いた所で、俺は声をかけた。
「グラス....すまなかった。約束を守れなくて。時間がかかったが、約束を果たさせてくれないか?といっても、俺と君の都合が合えばだが」
「うん...!」
短い言葉だったが、グラスは肯定を示してくれた。1歩前進できたかどうかは怪しいが、行動しないよりはマシだろう。
さて、これどうしたもんかなぁ...グラス全然離してくれないんだけど。てか物凄い勢いで俺の体の匂い嗅いでるんだが!?くすぐったい上にこれ見つかったら事案なんだが!?
「グラス...?そろそろ離して...」
「やー!」
「精神幼児化とはたまげたなぁ」
こういうのってルドルフとかああいうのが専売特許なんじゃないの?
□
「クシュン!風邪でも引いたのかな...?それよりも...。フフフ、君を絶対に手に入れてみせるよ...正樹君...。」
生徒会室では樋野の隠し撮り写真を撫でるルドルフがいた。
□
おいなんだすげえ悪寒がしたぞ。また皇帝かエンターテイナーがなんかやってんのか...。って、いつの間にかグラス寝てるし...。
「面接終わったら寮に返していいって東条さんも言ってたしなぁ...とりあえずヒシアマゾンに連絡とるか...」
寝てるグラスを背負って、俺は美浦寮へと足を進めた。
因みに俺がグラスを泣かしたと思われてヒシアマゾンにドン引きされかけた。俺って前世でなにかしましたかね?
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EXTRA 2R「樋野家」
携帯からなる「プルプルプル」という聞きなれた電子音。2コールもしないうちに、相手は電話に出てくれた。
『どうした正坊。お前さんから連絡するなんて珍しい』
相手は俺の叔父、陸上総隊勤務の樋野憲哉(ひの けんや)1等陸佐だ。俺のトレーナー就職反対の1人なのだが、内情を知ってそうで、かつ聞きやすいのが叔父しかいないので腹を括る。
「憲哉叔父さん、先日発簡された命令で気になったんだけどさ...【公益性の高い施設に施設警護の為の自衛隊員派遣等に関する法律】ってまさかとは思うけど...メジロ家とかシンボリ家が関係してるのか?」
『...まあまあってとこだな。そうだ、今回の法律設立に関してはその両家が圧やらなんやらをかけたそうでな。面倒になったもんだ』
「叔父さん。何があったって言うんだよ?なんでその両家は法律設立に動いたんだ?両家の家の警備させるわけでも無いんだろ...?」
『...そうだな。本当ならお前の父から聞くべきなんだろうが...事に関しちゃ、自衛官の俺が詳しいからな。説明してやろう』
そして俺はとんでもない事を聞く羽目になった。
それこそ江戸時代まで大昔になるんだが、俺たち樋野家は稲戸家って家だったそうだ。因みに武士の家系だったらしい。
で、明治時代になり、更にここからややこしくなってくる。
シンボリ家とメジロ家の台頭だ。
この両家、元々は最上家という1つの家だったのだが、御家騒動が激しかったらしく、明治の文明開化を期に家を分けることになった。両家共に名ウマ娘を輩出するが故、対立が酷かったらしく、その間を持ったのが稲戸家だという。
つまり稲戸家とシンボリ・メジロの両家は持ちつ持たれつの関係だったそうだ。実際、稲戸家から専属トレーナーも輩出している。
だが、それだけで話が終わるわけもない。
重要な転換期となる1904年。日露戦争開戦である。
人より力が勝るウマ娘は戦争が始まると歩兵や砲兵、伝令等に積極的に徴用され、その流れで今で言うURAに相当する団体が軍部の統制下に置かれる様になる。それは結局、昭和の初期まで続くこととなった。
そして昭和になり始まった太平洋戦争。ここでも数多くのウマ娘が散っていった。ある者はガ島での飢えやマラリアで。ある者は敵戦車へ自爆特攻で。ある者は伝令中の爆撃で。ある者は玉砕で。ある者は戦艦と共に海へ。挙げればキリがない。
そして1945年。数多の犠牲を支払った上で大日本帝国は敗戦を迎える。
敗戦後は団体はGHQの統治下に置かれ、ウマ娘達はレースへ復帰していった。
だが、稲戸家はそうはいかなかった。
元々専属トレーナーを輩出していた樋野家の人間は軍部の命令により、ウマ娘部隊の指揮官になる様に強制された。とどのつまり、ウマ娘をサポート・ケアする立場から、ウマ娘を死地へ送る立場になったのだ。
無論、稲戸家の人間はこれに反抗し、ウマ娘達を救う手段を模索した。然しながら、当時の特警や憲兵によって摘発・逮捕され軍法会議で、命令不服従により死刑や無期懲役、軽くても軍から懲戒免職及び一族のトレーナー資格の永久剥奪等が待っていた。
これは稲戸家に限った話ではなく、当時の民間トレーナー達にも起こっていた話である。
因みに稲戸家だけは、敗戦後GHQにもトレーナー資格の永久剥奪が容認されていた。理由としては軍部に協力したからとの事。
話は戻り、当時は『ウマ娘は鬼畜米英を淘汰する陛下の神兵足りうる存在である』等言われたそうだ。内情は酷いものだが、省略する。
そんな事があり。俺の曾祖父さん達は軍部の加護で私腹を肥やした団体の人間に恨みを抱いていたそうだ。
というのも、団体の人間は優秀なウマ娘を見つければ、その情報を軍部に差し出し、徴兵する代わりに賄賂を受け取っていたという。
そして戦争が終わればGHQに対して、『我々は軍部に脅されてやった』等と言い放った。
URA創立以降も政治的権力争いに参加し、比較的最近まで反自衛隊の立場をとっていた事も有名である。
そして俺が生まれる十数年前...昭和の最終期に大戦期の汚職の資料と、稲戸家の軍部対策資料が元憲兵隊の老人宅から発見され、URAの重鎮が処分を受けるという一大イベントがあったそうだ。
その際に政府は全面的に謝罪。GHQの決定を取り消し、稲戸家はトレーナー資格の再交付が認められた。
ただそれは昭和最終期の話。大戦当時の曾祖父さん達は死ぬ間際まで、「URAのバカ共を信用するな。アイツらはウマ娘を自分の金儲けの道具としか考えてない。トレーナーもそうだ。もしウマ娘を守りたければ、教師や自衛隊、警察官になれ」と口酸っぱく言っていたそうだ。それ故に俺の父さんまでの代は、殆どが公務員として働いている。
俺の従兄弟達からようやくトレーナー資格を取ることが出来るようになったが、それも親族の一部が拒否をし始めた。
理由はシンボリ家とメジロ家の対立が深まったからだ。
昔から仲が悪い様であったが、特に分家がやりたい放題の紛争をしており、血は流れないものの面倒ごとは頻繁にあったという。
そんな中でかつて間を取り持った稲戸家の存在。
つまり樋野家の存在が取り上げられたのだった。
稲戸家は大戦のドタバタで樋野家に姓を書き換え、軍部の処罰を逃れようとした。その名残が今の樋野家というわけだ。それがまあ、ある記者が見つけたらしく、面倒にもシンボリ家とメジロ家の耳に入ったらしい。おかげで両家の一部過激派が、未だに優秀な人材を輩出する樋野家と繋がりを持とうと動いているそうだ。
多分ルドルフはそういう意図で動いている訳では無いだろうけど。
そういうこともあり、今回のトンチンカンな法律がシンボリ・メジロ両家の圧とコネで通過した訳である。
なんてことをしてくれたのでしょう。一気に絶望が押し寄せてくるではありませんか。
『というわけだ』
「というわけだ。じゃねえ!完全にあのふたつの家の欲が俺に降り掛かってるだけじゃねえか!」
『まあ、お前の望んだ道に行けたんだ。良かったじゃねえか!ハッハッハッハー!』
「笑い事じゃないんだよなぁ...」
豪快に笑う叔父の声に俺は頭を抱える。
とりあえず、シンボリ家とメジロ家は要注意だ。確かマックイーンとかメジロ家のウマ娘は今年度にいたはずだからおそらく俺に接触してくるだろう。...あれ?俺詰んでない?
『詰んでいるかもしれないが、もう俺たちの管轄じゃないからどうしようもないな。お手上げだ』
「はい?」
『お前が望んだ未来だ。後は頑張りな。』
「ちょ!まっ...切れた」
ああ....胃が痛い....コンビニに胃薬買いにいこう....。
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第6R「お出かけ」
その内再投稿しますので。
時刻は0725。何時も通りであれば日曜のこの時間帯は二度寝で惰眠を貪る所だが、今日はそうもいかない。
というのも、今日はグラスと買い出しがある為、現在美浦寮の前で待ち合わせ中だ。あと5分は時間があるので、スマホでも眺めて待っていようと思ったら、目の前にココ最近で見慣れた顔がやってくる。
「おや?正がこんな所になんのようだい?もしかして寮に侵入とか...?」
「朝っぱらから脳内真っピンクかヒシアマゾン。グラスと買い出しの待ち合わせだよ」
冗談さ!と笑いながら背を叩いてくる私服のヒシアマゾン。いや、真面目に通報されたらそう見えかねないんだからそういう冗談は心臓に悪いんだよ...。
「しっかしまあ、あの会長とフジ公がよく許したもんだ」
「説得できたと思うか?」
「大方条件つけられたんだろ?」
「ああ。ルドルフは今度の視察に必ず同行。フジはカフェに連れてけだとさ。...全く、こんなトータル50過ぎの男のどこがいいんだか」
「それを言ったらアタシ達も人間で言えば7、80の爺婆だと思うけどね」
「勘弁してくれ...。そう考えると地獄絵図じゃないか」
「アッハハハ!まあいいじゃないか。見目麗しい美少女に詰め寄られて男としては本望じゃないかい?」
「その美少女たちに運が悪いとすり潰されかねないんですがそれは」
全く、お笑いにもならん...。ヒシアマゾンはずっと笑ってるし、少し弄り返してやるか。
「そういえば猫は大丈夫なのか?たまにそこら辺を彷徨いてるが...威嚇されてビビってないよな?」
「ちょ!それは卑怯だろ!い、今は猫なんて...」
ヒシアマゾンがそういうと、タイミングよく2匹の猫が近くに来て、お互いを威嚇し始めた。それを聞いたヒシアマゾンはひゃあ!と可愛い叫び声をあげて飛び上がり、俺にしがみつく。
流石に俺もコケたくないので、ヒシアマゾンを受け止めるがお姫様抱っこの状態となった。
あまりにもおかしくてつい吹き出した。
「こ、これは違...」
「まだ可愛いところがあるんだな。女戦士さん?」
「フンッ」
「あいたぁー!?」
朝の美浦寮前に気持ち良い位響き渡るビンタ音と、俺の頬に出来上がる赤い紅葉。それはヒシアマゾンの顔と同じ位赤かった。
「....」
「悪かったよグラス...」
私怒ってます。ということを主張するかのように、頬を膨らませたグラスと共に買い出しの為のショッピングモールに来ていた。
待ち合わせ時間になりやってきたグラスが見たのは、お姫様抱っこ中のヒシアマゾンと俺。しかもヒシアマゾンは顔を赤くしているし、俺は頬に赤い紅葉。グラスがどう受け取るなど想像に難くない。
案の定、グラスに変な誤解をされた俺は説明に30分を費やした。因みにヒシアマゾンは「せいぜい痛い目を見な!」と言って怒って行ってしまった。流石にやりすぎたので、後でお詫びになにか差し入れておこう。
それはさておき、問題は目の前のふくれっ面ガールである。私有車の中でもお互い会話がなかったが、ショッピングモールに来てもこの様子である。
うーん...どうにか彼女の機嫌を直さねばならないが、困ったことに『グラスワンダー号』であれば撫でたり人参をあげればいい事は知っていても、『グラスワンダー』の好みはてんで分からないという惨状だ。年頃の女の子だからなにかファッション系が良いかと思うが、あれでも前世は人間で言えば80近い爺さんだ。なら渋いものがいいか?と考えてもこれで抹茶を出したら、それはそれで殺されてしまいそうな気がする。
「うーん...?あれは...」
通りがかったアクセサリー店で偶然目に入ったのは花があしらわれたネックレスだった。値段はそこそこするが、ここは魔法のカードに頼るしかない...。
「グラス、ちょっと買い物してくるからそこで待っててくれないか?」
「......」
グラスは黙りだったが、少し離れた広場の椅子に座ったので、すぐに店へ飛び込んだ。
因みにお値段は5桁の中盤だった。
◻️
全く正樹さんは酷い人です。今日は私とデートだと言うのにヒシアマゾンさんとイチャイチャして待っているなんて...悔しいのでずっと無視することにしました。すると正樹さんも気まずいのか、ずっと曇り気味な表情で車を運転してました。
前世の事もあり車は苦手ですが、車には罪はありません。悪いのは無免許で飲酒運転と居眠りとスピード超過をしていた車の運転手です。あの後無事逮捕されたと厩務員の人から聞きました。
....正直な話、私がその犯人を蹴り殺したい気持ちでした。いいえ、蹴り殺すだけでは物足りない。なんなら自分の体重を活用して少しずつ骨を折り、命乞いをさせた上でゆっくりと殺すのがいいだろう。それほどまで『ボク』のはらわたは煮えくり返っていた。
でも『ボク』は所詮馬。人間社会のルールに異を唱えることなど出来なかった。そして正樹さんの葬儀の話を聞いてからも体調は良くなかった。でも、ここで死んでも意味がないと思い、精一杯生き抜いた。最期の時は朧気だったけど、大往生だったと思う。
だからこれぐらいワガママでも許されるはず。
そう、これは私のワガママ。『ボク』を置いて行ったという正樹さんの弱みに漬け込んだ卑劣な手段。
でもこれくらいなら可愛い方だと思う。正樹さんの性格なら、私がそれを理由に婚姻を迫っても決して断らないだろう。馬の時は分からないことも多かったが、今ウマ娘として接する中で、正樹さんの為人はある程度分かった。今も私に謝罪の意を込めた品を買いに行っているはずだ。
焦っているのか、私に注目していなかったのでしょう。あなたが見てない間もしっかりと見ていましたよ。
ほら、そう考えてる内に正樹さんが帰って...え?なんですかこの結構お高そうな紙袋は...?
「ほら、俺たち色々あったし...高級人参も流石に今はね?」
口下手ではありますが、謝罪の意を込めた品と前世の高級人参を兼ねてという事ですか...分かりました。頂きましょう。
「ありがとうございます正樹さん。早速ですが開けても大丈夫ですか?」
「いいよ。プレゼントだからね」
正樹さんの同意を得て開けてみるとそこにはピンクのコチョウランの形をしたネックレスが入っていました。
「これは...」
「グラスに似合うと思ってね。どうかな?」
「....はい、ありがとうございます正樹さん」
ふふっ。そういう事なんですね正樹さん。
ならば私も積極的に行くとしましょう。
ピンクのコチョウランの花言葉
「あなたを愛する」
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第7R「開戦!樋野の担当争奪戦」
グラスご立腹事件から数日後。タイキの胸部装甲の暴力込みスキンシップやオペラオー主演の4時間ノンストップオペラの鑑賞やベロちゃんの抜き打ち居室点検(合鍵は渡してない物とする)や皇帝とエンターテイナーと武士の笑ってない目線の圧に耐えて俺の胃はもう核爆発寸前になっていた。
そんな日の放課後。トレーニングが終わり、チーム部屋でミーティング中に東条トレーナーが爆弾発言をかます。
「そろそろ担当を持ってみない?」
「「ブフォーー!」」
その場でコーヒーを飲んでいた俺とルドルフは、某探偵のように盛大に吹き出してお互いにコーヒーを掛け合うことになった。ほかの面々も宇宙猫のような表情をしており、現状が理解出来ていない様子だった。
へ?タントウ...?短刀?単糖?あなたは何を言っているんだ?俺まだ研修してから1ヶ月しか経ってないよ?というか俺の胃が核爆発起こす前にチームでn2地雷吹っ飛ばさないでください。
「呆けてないで拭きなさい...貴方もよルドルフ」
「ハッ!トレーナークンノコーヒー...」
シンプルに気持ち悪いぞこの皇帝...。とりあえずこの駄帝は放っておいて、さて担当とな...。まあ、俺もトレーナーの端くれだし、昔少しだけだが研修は終えてある。なんなら研修終えないと免許ないからな!言っちゃえば自動車免許の適性検査みたいなものだ。俺は長い間トレーナーしてなかったので理事長のご意向でサブトレーナーとして勤務していた訳だが...。
「樋野サブトレーナーの担当は誰から選ぶんですか?」
うーんグラスが遠回しに退路塞いできましたねぇ。【誰から選ぶ】即ちこの中から選ぶかどうか聞いてきおった。この言葉がなければ『あっ、じゃあまだ担当ついてない子探してきまー』と逃げることが出来たのだがどうやらそうは問屋が卸さないそうだ。ちくせう。
「ここは私が。会長に負担はかけられませんし、私なら多少の彼のミスは修正可能です」
「言っとくけどサブトレしながら自衛隊の業務兼任してるからな?自衛隊舐めんなよ?」
「チッ」
小声で舌打ちするベロちゃんの横でルドルフが胸を張って口を開いた。
「私なら程よい負担で経験を詰めます。自分で言うのも何ですが、かなりの戦績を残しているので多少のブレは問題ないです」
「それじゃ君天才肌じゃん。俺いらないじゃん」
「チッ」
この駄帝も同じかい...何君ら思考回路共有とかSF世界の新生物なの?
その後もブライアン等の前世で関わりがないもの以外はプレゼンを続々と東条トレーナーにしていった。そして最後にグラスの番が回ってきたのであるが...。
「私は最早樋野さんと一心同体と言っても過言では無いので、私が最適です」
「「「あ゛?」」」
うーん?俺の記憶が正しければタイキってこんなドスの効いた声出せたっけ?...あっこの子前世気が強かったっけ。
「その証拠がこれです」
そう言ってグラスが胸元から出したのは以前俺があげた花のネックレス。...それにどんな意味があるってんだ?ただの贈り物では...。
「この花は胡蝶蘭、そして色はピンク。花言葉は『あなたを愛する』。ネックレスは『あなたのことを心から想っています』『ずっと僕と一緒にいてほしい』などの意味があります」
.........あれ?また僕なんかやっちゃいました?
式場までの直線は短いぞ!後ろの子達は間に合うのか!?って事ですか?
あっ、ルドルフのマグカップが弾け飛んだ。エアグルーヴのバインダーが真っ二つになった。ヒシアマが泣きそうな顔になった。オペラオーが真顔になった。タイキシャトルが銃を取り出した。フジキセキの手からナイフ出てきた。...最後2人はおもちゃだよね?というか全員気迫が差し切る気満々だね?と言うか最早差し切るじゃなくて刺して切り刻む気満々だねぇ!?
「トレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノトレーナークンハワタシノモノ」
「たわけがぁ....」
「そ、そんな...」
「...」
「Fu○k!」
「まさか分割マジックの練習ができるとはねぇ」
HAHAHAHAHA!助けて東条トレーナー...っていねえ!なんなら他の面子もいねぇ!
その後、大乱闘殺戮シスターズが開幕前にたづなさんが全員を鎮圧する事で穏便に話は済んだ。俺は正座で3時間説教された。なんで...。
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第8R「皇帝失墜」
「やんのかオラァー!」
「ザッケンナオラー!」
「スっぞゴラァー!」
おい、1人忍殺時空いなかったか?
それはさておき樋野です。唐突ですが【不良ウマ娘の 群れが 現れた!】という状況です。なんで朝っぱらからこんな状況になってるかと言うと、苦情が生徒会に来たはいいものの、ブライアンはサボり、エアグルーヴはゴルシとバクシンオー捕獲、ルドルフは書類の群れとの戦いに赴いているために手空きである俺が徴用されたという訳です。まあ苦情としては不良ウマ娘のグループが屋外の練習場を占拠しているとの通報で駆けつけて退去を求めた所こんな感じで囲まれた訳です。ニフラムかけたら終わんねえかなぁ...あかん、それ相手死んでまうやん。というかウマ娘の方が俺より腕っ節強いから効かんやん。
「とりあえず校則違反であることは間違いないんだから、君達も正規の手続き踏んだ上で練習場を使用しないとだね...」
「俺らみてえなトレーナーもついてねえウマ娘に練習場明け渡さねえオメー等の自業自得だろうがよ!」
「学生相手だからって下に見やがって!」
「どーせ政治家だけじゃなくて生徒会に尻尾振ってんだろ!この税金泥棒がよ!」
...落ち着け俺。相手は社会を知らないひよっこだ。ここでカッとなれば俺の負けだ。とはいえ俺だって人間だ。どうしてここまで言われなければならないのかと叫びたくなる気持ちを飲み込み、彼女達に再度告げる。
「君達の言いたいことは理解した。だが、トレセン学園という社会に属する以上、そのルールは守って貰わないと君達の為にならない」
「うるせえ!お前も会長と同じく偽善者ぶりやがって!」
そう叫んだ生徒は俺の顔面に石を投げつけてきた。当然それは命中し、俺の戦闘帽は飛ばされて額からは血が出る。流石ウマ娘の腕力だが、これは少々お灸を据える必要がある。
「君。自分が何をしたか分かっているのか?」
「な、なんだよ...」
「君達ウマ娘は力が人間より強い。今回は自衛官である俺だからまだ良いものの、これが一般人であれば死に直結する可能性だってある。それを理解しているのか?」
「そ、そんなこと関係...」
「知っているのかと聞いてんだ!!!」
俺の怒号を聞いた全員が腰を抜かした。ウマ娘とは一部の例外を除き、古来から繊細な種族と言われている。流石に教育隊班長時代のレベルで怒鳴ったのは俺のせいだが、これはしっかり指導せねばならない。一歩間違えれば傷害致死事件になる可能性があるからだ。とはいえ、これには共犯者も同罪であろう。
「シリウス。いつまで傍観しているつもりだ?お前の取り巻きだろ」
「ほーん。流石皇帝サマのとこのトレーナーだな」
「御託はいい。今回の騒動もお前が主犯だろう」
「分かってるなら話は早い。私達が明け渡す気は無いと伝えておこう」
「いい加減にしろ。理事長から命令があればお前達を強制退場することもできるんだぞ?」
「だがそれは出来ない。どうせ生徒会に苦情が入ったが、生徒会から人が出ないからアンタが来たんだろ?それに強制退場させるならそれ相応の装備をするはずだが、今のアンタは拳銃所かヘルメットすら持ってきてねえ。つまりは私達を強制退場させる権限は今の所付与されてないってことだ」
流石シリウス。頭がよく回る...いや、それも織り込み済みで言ってるんだろう。俺の立場はトレセン学園のトレーナーではあるが、同時に公益警派法で派遣された自衛官だ。シリウスが言った通り、施設長である理事長の要請や許可がなければ正当防衛や緊急避難に該当する場合以外は強制退場すらできない。純粋なトレーナーや教職員の場合なら強制退場できるんだろうが、明確に区別されていない俺の場合は非常に厄介なのだ。俺がいくら『トレーナーとしての強制退場』だと唱えても、彼女達が『自衛官に不当に退場された』と言えばそれがまかり通る可能性が高い。現に最近は自衛官の事案が多く報道されやすいのもあり、俺の立場では秩序維持に介入できるのは言動のみだ。と言ってもさっきの怒号もヤバいっちゃあ、ヤバいんだが。
とはいえ、こっちも怪我をしているからそこまで大事にはならんだろう。なったとしても向こうが不利になる。
「とはいえ、このまま続くのも面倒だ。ここはひとつ取引と行こうじゃないか」
「取引?」
「アンタがこいつらのトレーナーになれ。そうなれば話は終いだ」
「待て、それは俺が決めることじゃ...」
「だから行ってくるのさ。あそこにな」
そういってシリウスがサムズアップの形で背後を指す。その先にあるのは生徒会室だった。
まさかこいつルドルフに...!
「じゃあな」
「待て!ぐっ...!」
シリウスを止めようとするも、頭を怪我したせいか、立ちくらみで膝をついた。近くで見ていたらしい桐生院トレーナーが駆け寄ってきて手当てのために保健室に連れていかれることになったが...ルドルフの奴、最近調子が芳しくないのに...。
□
「フゥー」
書類作業をひと段落終えた私シンボリルドルフは眼鏡を外してため息をつきながら睛明を揉む。
ここ数日どうにも気分が優れないことが多い。睡眠はしっかりとっているはずだが、生徒会の書類作業でも小さいながらミスが増えてきたし、体が妙に重い気がする。トレーナー君の隠し撮り着替え写真を見てリフレッシュしてみようとしても、何故か気分爽快とはいかない。
「気にしすぎかな」
とはいえ、エアグルーヴやブライアンに迷惑をかけ続けるのも忍びないので少しだが仮眠を取る事にした。
だが、隣の仮眠所に行こうと席を立った瞬間、生徒会室の扉がノックなしに開け放たれた。こんな事をする人物はただ1人。
「よう、皇帝サマ」
シリウスシンボリだ。
シリウスとは前世からの付き合いではあるが、未だに頭を抱えさせられることが多い。いや、馬の時が簡単すぎたのだろう。あの時は威嚇すれば大概の奴は大人しくなった。とはいえ、ヒトと同じ思考力を持つウマ娘となってはそうはいかない。言葉という意思疎通手段を得た上、文化人としての誇りを持つ以上は不用意な威嚇や攻撃をせず、対話で進めようとすることが求められ───
「お前んとこのサブトレーナーを頂くぜ」
前言撤回コイツは始末せねばならないようだ。
「唐突千万。樋野サブトレーナーに関しては今月の研修終了後に正式にトレーナーとしての勤務が決まっている。第一、君にはもう担当トレーナーがいるはずだ」
「そうかい。どうやらアンタは相当アイツに入れ込んでるようだな」
「何を」
「チームリギルを抜けてアイツの担当になる気満々なのにか?」
「....」
「無言は肯定って訳だな?皇帝だけによ」
ギャグは好きだが、今のギャグは頂けないな。この
「しっかしまあお熱いこったな。たまたま自衛隊の広報活動で見つけた男に惚れてそのまま囲っちまうなんて」
「シリウス...いい加減にしろ」
「おお、怖い怖い。そうやって威圧すればなんでも上手くいくってわけじゃねえだろ?」
「叔父貴」
なん...だと...いや、そんなはずは!!しかし....。
「随分と慌ててんじゃねえか。耳が動きっぱなしだぜ」
「シリウス...お前は...」
「そうだ、前世の記憶がある。アイツのことも知ってる」
「貴様、全て知っていながら『オレ』から正樹を奪おうってのか!」
「そうだ。なんならお前みたいな気味悪いのに正樹を取られるなんざ願い下げだ」
「何を!」
「今の『堕落した皇帝』を見たらお前の息子はどう思うだろうな。あんなに真っ直ぐとした視線を向けてくるやつなんて、そうそういねえのによ」
シリウスに言われて急に頭だけでなく全身が冷えきっていく感覚に襲われた。
息...子?私の...。
「馬の時に何度か聞いただろ。【不屈の帝王トウカイテイオー】お前の息子だろ。そして今じゃ、お前を目標にひた走る若きウマ娘。そんなアイツが今のお前を見たらどう思うかって言ってるんだよ。只々醜い手で男を手に入れようとする卑劣な七冠バ...言われるんじゃねえか?『シンボリルドルフさんの様な卑劣で醜いウマ娘になんかなりたくないです』ってな」
「そ、そんな....テイオーは...」
違う...でまかせだ....あの子がそんな事を言う訳がない...だって私は皇帝だ...あの子の目標の皇帝なんだ...。
「正直、幼少期から見てる私でも気味が悪い。【全てのウマ娘が幸福になる世界】なんて理想掲げてながらこんなにも無惨な姿だとはな」
「ち、違う...私は...『オレ』は...!」
「一つだけ言ってやる。今のお前は、もう馬のシンボリルドルフでもウマ娘のシンボリルドルフでもない。ただの醜い怪物だよ」
そう言い残して生徒会室から出ていくシリウス。彼女が閉める扉の音は静かだったが、私にとっては二度と開かない牢獄の施錠音だった。
私は...皇帝シンボリルドルフ...私は...オレは...
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第9R「理想」
「っくう!」
「もう少しで終わるので我慢してくださいね...」
不良ウマ娘との一波乱があった後、俺は桐生院トレーナーに連れられて保健室で絶賛治療中である。流石トレーナー養成学校首席卒業のトレーナーなだけあり、彼女はテキパキと応急処置を終えていく。
「これでよし...治療の件は私から保健室の先生に伝えておきますので」
「あ、理由は俺が転けた事にしておいてくれ」
「ええ!?でも、あの場には多くのトレーナーや生徒が...」
「それはたづなさんに調整済みだから大丈夫」
動揺する桐生院トレーナーに俺は業務用スマホのLANEを見せる。そこには文字越しで説教される俺とたづなさんのやり取りが赤裸々に綴られていた。
それを確認した桐生院トレーナーは大きなため息を吐きながらも、俺の要求を受け入れてくれた。
「全く...いくらなんでもお人好し過ぎませんか?」
「お人好しねぇ...」
確かに事情を知らない人間からすればお人好しに見えるかもしれない。だが、これは俺の背負わなければならないものでもある。
「ともかく、この件に関しては方が付いている以上掘り返す必要もあるまいて」
「それはそうかもしれないですが...」
どうも桐生院トレーナーとしては煮え切らないようだが、それもそうか。俺だったとしても同期がこんな有様なのにこの終わり方は納得がいくわけないだろうな。
「とりあえず、俺も自衛官としてやらなきゃならないことがあるし、今日はもう帰った方がいいんじゃないか?ミークの奴置きっぱなしだろ?」
「あっ!」
やっぱりこの子自分の担当のこと忘れてやがったな...いつかミークにキレられるぞ。
「と、とにかく!もう無茶はしないでくださいね樋野トレーナー!貴方はもっと自分を大切にして下さい!」
「ハイハイ」
「ハイは1回です!」なんて安いコントをしながらも、桐生院トレーナーは駆け足で保健室を去った。あわてんぼうの彼女は治療道具の格納も忘れていったので仕方なく後片付けをする。
「これはまたエアグルーヴかルドルフに怒られるかもしれんなぁ」
「トレーナー」
独り言をボヤいていると扉の方から声をかけられて驚いて振り返る。そこにはさっきまで俺の事なんて気にかけてないはずのシリウスシンボリが立っていた。
「シリウスシンボリ...?一体なんの用だ?」
「まずは済まない。私の見積もりが甘いせいでお前に怪我をさせちまった」
「何?」
どういうことだ?シリウスの奴が自分から謝るなんて...いや、こいつは今なんて言った?『私の見積もりが甘いせい』?つまりコイツは計画的に動いてたって訳か?
「シリウスお前...まさか」
「計画的って考えてるんだろ?半分当たりってとこだな」
「半分?」
「そうだ。まあ聞いてくれ」
そう言われ、俺はシリウスから事の顛末の説明を受けた。
数日前にシリウスが授業をサボってると、最近入学してきた不良ウマ娘──俺に怪我をさせたヤツらなんだが、そいつらがコースの乗っ取りを計画していることを聞いたらしい。どうやらコイツら、シリウスも目の敵にしているらしく、今回の件でシリウスが出てきた際には罪を擦り付けようと考えていたらしい。よく悪知恵が働くもんだ。そこでシリウスは予てより計画していた事を実行に移した。
それは『シンボリルドルフの矯正』という計画だ。
「なんでそんな事を...」
「それはお前が一番わかってるだろ?9年前の名家限定駐屯地見学だ」
「9年前...まさかあの時の!」
思い出した。9年前に俺は名家限定の駐屯地見学の警戒員に選抜され、勤務していた。確かにその時名門の子達が来ていた記憶があるが...その時は演習明けで半ば脳死状態で勤務していたから覚えてない。
「思い出したか。あの時のアンタは心ここに在らずって感じだったからな」
「何分演習明けだったもんでね...」
「まあいいさ。ともかく、あそこでルドルフの奴は前世の記憶を取り戻した。そして変わっちまった、理想を掲げる皇帝から己の欲望に突き動かされる暴君にな」
そんな事があったのか...それならシンボリが公益警派法に関わってるのも理解出来る。
「──ちょい待て。シリウスはなんで前世の事を」
「それは私もそうだからに決まってるだろ」
『何言ってんだお前』って顔してるシリウスが凄い腹立つがここは飲み込んでやるとしよう。
「とりあえず、お前がどうしてこういう行動に出たかは理解した。でも不良生徒であるお前が謝りに来るとはな」
「...これは私なりのケジメだ。奴は変わっちまった、それを私は認めない。『オレ』はあの暴君じゃなく、本当の皇帝サマを引きずり下ろしてぇんだよ。その為には何でもする。だが、不本意な被害は『オレ』の道理じゃねえ。だからケジメをつけてぇんだ」
全く、俺の関わる奴はどうしてこうも一癖も二癖もある奴しかいないんだか...いや、これも俺がそういう星の下に生まれたという事なんだろうな。
「はぁ...わーったよ。俺も面倒な人生を選んじまったもんだ」
「助かる。それで、もう1つ頼まれてくれないか?」
「なんだ?」
「実はな───」
█
シリウスとの対談を終え、俺は生徒会室にやって来ていた。今日はエアグルーヴは終日トレーニングの後に直帰、ブライアンも同様だったはずだ。
だから必然的に中にはルドルフしかいない訳だが...。
(入りたくねぇ...)
シリウス曰く、『やり過ぎたかもしれない』との事で、俺がその尻拭いをする事になった。代わりにシリウスを1回だけ好きにする権利を手に入れた訳だが、それはどうでもいい。問題は目の前の地雷原だ。
(気は進まないが、サブトレーナーとしても引く訳には行かんな)
覚悟を決めた俺はノックして中にいるであろうルドルフに声をかける。
「ルドルフ、俺だ。入っていいか?」
『ドレ゛ーナ゛ーぐん゛...い゛ま゛ば...』
中から聞こえたしわがれたルドルフの声を聞くや否や、俺は即座にドアを開け放った。中は酸っぱい胃液の匂いが立ち籠り、目の前では目の焦点が合わずにゴミ箱に吐いているルドルフがいた。
「ルドルフ!大丈夫か!?」
「ドレ゛ーナ゛ーぐん゛...ドレ゛ーナ゛ーぐん゛」
「落ち着け。とりあえずソファーに横になってろ。水とかタオル持ってくるから」
俺はルドルフを抱き上げてソファーに寝かせ、後始末の為に生徒会仮眠室に常備されているタオル2枚を水で濡らし、水を入れたコップを2つ持ってくる。自衛隊という仕事柄、宴会で吐く先輩の介抱とかしてるけど、まさかここで役立つとは思わなかった。
手早く水を含ませたタオルでルドルフの口周りを拭く。終わり次第ルドルフには水でうがいをさせて、嘔吐物が入ったゴミ箱とは別のゴミ箱に吐き出させてから別のコップを渡して水を飲ませる。全てが終わったら、念の為にもう1枚の濡らしたタオルをルドルフの額に置く。そして次に吐瀉物入りのゴミ袋と吐いた水入りのゴミ袋を縛り上げ、窓を開けて部屋を換気する。後はタオルとコップを洗い、ルドルフが安定するまで待つ事にした。
「トレーナー君...」
「大丈夫かルドルフ?」
「私は...一体なんなんだろうか」
30分ほどで回復したルドルフはそう言葉を漏らした。彼女自身がタオルで目元を隠したが、隙間からは涙が流れていた。
「シリウスに言われた...今の私は『只々醜い手で男を手に入れようとする卑劣な七冠バ』、『【全てのウマ娘が幸福になる世界】なんて理想掲げてながらこんなにも無惨な姿』だと...」
「...」
「更にはこう言われた。今の私を見れば『シンボリルドルフさんの様な卑劣で醜いウマ娘になんかなりたくないです』ってテイオーに言われると...」
シリウスの奴中々えげつない事言ってるな...。
だが、傍から見ればそうかもしれない。生憎俺はウマ娘のトウカイテイオーに会ってないが、自分の理想が醜ければ、幻滅もするだろう。理想とはそういうものだ。理想を夢見る事は出来ても、現実との剥離で心が折れる者も少なくない。そういう意味でもシリウスは言い放ったのだろう。
「私は....『オレ』は...」
「...まあ俺も高卒入隊で外を知らねえから、偉そうなことは言えねぇけどよ。お前は【無敗の三冠バ シンボリルドルフ】で、【全てのウマ娘が幸福になる世界】を目指してるんだろ?だったらそれに勇往邁進するのがお前だと俺は思うがね。今までだってそうだったんだろ?ルドルフ」
ルドルフは何も答えなかった。ただ代わりに、流れる涙が増えたように見えた。俺は、これがこの皇帝の道標になったのだろうと思うことにした。
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第10R「取材」
さて、もう少しでチームリギルを卒業し、俺も一端のトレーナーとして勤務することが目前なので、今日は気合いを入れなければならない。
「...なあアマさん。アイツはなんでいつもと違う服着てるんだ?」
「ブライアン忘れたのかい?今日はリギルに取材が来るだろ?だから正樹も服装を正すって事であれ着てるんだよ」
気合いを入れようとした時にそういう会話やめてくれませんかね?ただでさえ防衛省と文科省にキレたいのを我慢してるんだから...。まあ、それはさておき、ブライアンとヒシアマの言う通り、今日は競走ウマ娘誌...前世で言うところの競馬誌の取材がある為、俺は普段の戦闘服装甲用と戦闘靴装甲用*1ではなく作業服と半長靴という出で立ちで、しっかりとアイロンと靴磨きをした上で待機している。
本当になんで取材を許可したのか防衛省に問いただしたいが、公益施設警護派遣隊本部から丸投げ状態なので取り付く島もないのである。畜生。
「そんなに硬くなってると受け答えまで固くなっちゃうよミスター」
「そりゃお前さんは慣れてるだろうなシービー...」
休めの姿勢で佇む俺の両肩に手を置いてマッサージしてくるのはミスターシービー。ルドルフ、ブライアンと同じくクラシック三冠を制すウマ娘であり、よく東条トレーナーと共に俺を見放して逃げるウマ娘でもある。
「まあまあ。噛み噛みでも示しがつかないでしょ?」
「なんというか...君は上手く生きていくタイプだと思うよ」
「ウマ娘だけに?」
「上手くねえよ」
なんかルドルフが悔しさと笑いと羨ましさが入り交じった顔で「上手く...ウマ娘...上手く...フフッ」とか呟いているが知らん。なんでアイツはこうも笑いのツボが浅いんだ...。
そんなことを思いながら溜息を吐いていると、東条トレーナーが記者団を引き連れて...え?多くない?2個分隊規模の記者団って多くない?俺が世間知らずなだけ?
「おい、いたぞ...」
「マジの自衛官だ...警派法の話は本当だったんだな」
「コイツはいい特ダネだぜ...」
うーんこのパパラッチ共どうやら俺目当てであるな?リギルの取材じゃないんかい。
「早速ですがすみません。貴方は噂のチームリギルサブトレーナーで間違いありませんか?」
「はい、間違いありません。自己紹介させて頂くと『陸上自衛隊公益施設警護派遣隊日本ウマ娘トレーニングセンター学園警護派遣員』樋野正樹3等陸曹です」
「陸上自衛隊からの派遣ということですが、ライセンスなどはどうされているのですか?」
「独学で勉強し、18歳の頃に取得しています」
「樋野家は戦前、トレーナーを輩出していたという歴史がありますが、その歴史に名を残すお考えは?」
「その件に関してはコメントは差し控えさせていただきます」
「陸上自衛隊という事は、学園内に武器等は保有しているのですか?実弾もあるのですか?」
「その点に関しては防衛機密上私からお答えすることは出来ません。防衛省の方へお問い合わせ下さい」
「陸上自衛官と同じような負荷のトレーニングをしていると話がありますが、それは事実ですか?」
「私の経験を元にしている事はありますが、負荷は各個人の能力に合わせたものにしています。また、それに関しては東条トレーナーに確認の上実行しています」
なんだコイツらたまげたなぁ...全然チームリギルに関係ねえじゃねえかおい。
「申し訳ございませんが、あまり今回の取材目的から逸脱した質問はしないで下さい」
さっすが東条トレーナー!俺の言いたいことを言ってくれて助かる...。なんかこのパパラッチ共は「邪魔しやがって」みたいな目をしているが、そんなもん知らんな。メシウマである。
「ほな、1ついいでっか?」
「はい、なんでしょうか?」
「樋野トレーナーにとってトレーナーってのはどういうもんか教えてもろてもええでっか?」
「自分にとってトレーナーはどういうものか...そうですね...ウマ娘達が目指す夢、未来を支える存在だと思ってます。ウマ娘単体で夢を叶えることは不可能。例えそれがシンボリルドルフだろうと、トキノミノルだろうと、お互いを信頼し、立ち向かわなければ壁を乗り越えれるわけがない。そう自分は考えてます」
「...ありがとうございます」
確かこの記者...シンデレラグレイに登場した藤井泉助という記者だったかな。なんか競バ界を引っ掻き回してたような記憶があるんだが...まあいいか。
「では...」
その後も記者たちは、各々が知りたがる情報を聞き出そうと四苦八苦していたが、ぜーんぶ東条トレーナーに止められてて草を禁じえなかった。なんで禁止されてるのにこのノータリンは防衛機密に片足突っ込もうとするかね。死の虹*2よりノータリンじゃねえか。
⏰
「さて、アイツらは全員出禁にしてやるか...」
「内なる暴君は抑えてもろて」
「リンゴなしのウィリアム・テルごっこにシマショー」
「声に抑揚がない上に普通に銃刀法違反と火薬類取締法違反と殺人罪を重ね合わせるんやない」
数日後、発刊されたウマ娘誌やスポーツ新聞を見て暴走し掛けのルドルフとタイキを宥めながら俺は本気で上の意図がわからずに悩む。因みに他の面々はトレーニングや外への対応で不在である。まーじで面倒事だぞ...。
「何故トレーナー君がここまで書かれなければならない!これなら週刊〇春に切り取られる方がマシじゃないか!どうせなら私と...」
「ルドルフ、その先を言ったら今度こそ一生無視するからな」
「ちゃんと計画はしていないから未遂だ」
はあ...ルドルフはルドルフで前回の一件で懲りたかと思えば相変わらずで...いや、これがルドルフらしいのか?シリウスには申し訳ないが、これは治りそうにないな...。陰湿さは消えたから俺的には良いけども。
でも目の前の問題は片付いてないわけでして...目の前のウマ娘誌の特集はまだマシではあるんだけど、新聞とかゴシップ系の雑誌はあることない事描きまくっててもう訳が分からない状態である。ネット記事もいくつか掲載されているが、コメント欄が左と右の大戦争で阿鼻叫喚の地獄絵図だったりする。もうね、どうしてこうなったと問いたい。問題がでかくなりすぎたのか、今朝は隊本部の上級陸曹からもお叱りの言葉が飛んできた。いや、それに関しては俺悪くないはずなんだけど...たかが3曹に丸投げしたのそっちだろうに...。
因みにこの事でトレセン学園にも苦情が出たらしく、理事長やたづなさんは対応に追われている。ルドルフも朝は度々電話対応してたから相当面倒なことになったっぽい。
「とりあえず理事長とたづなさんに謝罪しないといけないかなぁ...」
「面白いことになってんなぁトレーナー」
「What's!!?」
「急に驚かすなシップ。タイキが滅茶苦茶驚いてるじゃねえか」
急に現れたゴールドシップに驚いたタイキがびっくりして俺にしがみついてきた。ルドルフもシップの登場に驚いていたが、しがみつくタイキと俺の頭の上に顎を乗せてもたれ掛かるシップを見てご機嫌斜めになられた。
「わりーわりーシャトじいじ。いい情報があったんで寄ったんだよ」
「シャトじいじ...?もしかして」
「ルドルフの考えてる通りこいつも記憶あるぞ。というか俺が前世で会ったウマ娘大概記憶あるんでねえかね?知らんけど。でだ、どういう情報を持ってきたんだ?」
「トレーナーのサブ期間延長と来年か再来年からスピカのサブに起用するって話を聞いたなぁ」
なるほど、延長の上に来年か再来年から俺がスピカサブに...はい?
「え?俺がスピカに?」
「そういうこったなぁ...やったじゃねえか正樹」
上を見上げるとニチャァという擬音が似合う笑みを浮かべるゴールドシップ...あっこれは玩具にされる未来が見える見える...ってなるかぁ!
「直談判してやる!シップと同じチームはごめんだぞ!」
「残念だったなトレーナー!もうほぼほぼ決まってるんだよ!大人しくアタシの玩具になりやがれ!」
「人権!人権侵害だァ!」
俺は何とか逃げ出そうとするが、シップに緩いチョークスリーパーを決められているので逃げ出せない。コイツ...力量の差を使いやがった...!なんか横でタイキが「トレーナーさんは渡しまセン!」って言ってるが、その前に離れるか解放してくださいお願いします。
「ゴールドシップ。そんなに容易にトレーナー君を手に入れられると思っているのか?」
「おお怖い怖い。皇帝参上ってか?」
はい、暴君暴走です。もう俺の手には負えないぞどうしてくれる!!
「上の決めた事なら覆せばいい。下克上上等だ」
「生徒の模範たる生徒会長らしからぬ発言だねぇ...」
シップは笑みを浮かべるが、冷や汗を流してる。タイキも流石に口出しを控えるべきだと本能が告げているのか、俺から離れて黙り込んでしまった。
「あくまで常識の範囲内だ。どうだ?私と2400mのレースで決めると上に上申するのは」
「自信満々なのはいい事だがいいのか?2400mはオレ様の距離でもあるんだぜ?」
「ほざけ。皇帝であるオレが小便小僧相手に負ける訳────」
「はいそこまで。前世なら馬券が湯水の如く売れるレースを開催しようとするんじゃねえ」
これ以上問題行動を起こして理事長達に迷惑をかけても仕方ないので、俺はウマソウル全開の2人を制する。マジでこの2人のレースとか前世なら馬券が刷りきれないぐらい売れそうだから困る。多分東京競馬場でも人が溢れてキャパオーバーするだろうな...。
「お前らはカッとなると我を忘れすぎだ。血統もあるんだろうが、少し頭を冷やせ」
「でもよ!」
「シップ。これ以上問題事起こすと理事長達だけじゃなくて俺とシリウスが胃潰瘍で倒れるぞ」
「それは脅しなのか...?」
ルドルフに突っ込まれたが、知ったこっちゃない。
死なば諸共。以前貰った権利を使ってシリウスもこっちに引きずり込んでやる。
とりあえず落ち着いたと思われる2人を座らせて、今日の仕事を片付けないと行けないので部屋を後にしようとするが、何故か3人とも着いてきた。
本当に勘弁してくれよ...。
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第11R「タコパ」
正直嫌になってくる。特に目の前の嘆願書とか言う書類は特に。
その嘆願書には「自衛隊派遣反対」だとか「ウマ娘の権利を守れ」といった文言が羅列されている。更にはファンレター(脅迫文)までやってくる始末だ。たかだか3等陸曹に出来ることなんて上への情報提供ぐらいなのに、俺に直談判すれば撤退できると思っている人間が多い事。とはいえこんな事を言っていても仕方ないのが現実である。
そしてそれよりも厄介なのが、サッチョウや桜田門の人間もこの一件で俺に目をつけている可能性があるという事である。戦前とはいえ五・一五や二・二六の一件で自衛隊自体が公安とかに目をつけられているのに全くたまったもんじゃない。気のせいか最近スーツの奴らがウロチョロしてるのもその関係かもしれない。
(べーつに俺はトレーニング以外で教鞭はあまり取らないし、思想教育なんざしてねえっての)
本当に困る。先日もデモ活動があったばっかりで、これ以上は学園の運営にも関わりかねない。本当に上層部は何をやってるんだか。幾ら催促しても増加人員くれないし...。
「ねえ、見てよ樋野トレーナーの机」
「あれのせいでおちおちトレーニングも出来ないんだよなぁ...いい迷惑だよ」
(もう少し小声で話してくれるといいんだがな)
そんなこれの願いが通じることも無く、他のトレーナー達は俺に冷ややかな目を向けている。元々俺が気に食わないトレーナーからの姑息な嫌がらせもあったが故に、この陰口も黙認と無視が横行しているのが現状だ。
(どこに行ってもこういう扱いなのかねぇ)
以前自衛隊を辞めた同期が言ってたな。
【光があるところには必ず闇がある。闇があるからこそ、光は輝いて見える】
そう言った同期は3曹になって2年ほどで退職していった。今では外でなんだかんだ楽しくやってるそうだ。
(ある意味これもトレーナーの闇なのかもしれないな)
自衛隊と同じ様な闇を見せられて気分もやる気も絶不調ではあるが、そうも嘆いてられないので仕事に取り掛かろうとする。
「ほーれ」
「冷たッ!何するんだよ!」
「ハハハッ!そんだけ渋い顔してると老けるぞ樋野ッピー」
「るっせーな...」
俺の首筋にキンキンに冷えたにんじんジュースをつけてきたのは
「あんだけ楽天家だった樋野ッピーが今やクレーム対応で顰めっ面を晒すとは...読めなかった...この景子の目を持ってしても!」
「その節穴目玉取り外してクーリングオフをおすすめするぞ」
「イヤァーン辛辣ゥ」
「マルゼンスキーみたいな反応すな」
研修生の時からそうだが、こやつは些かボケに走りまくりすぎている。ツッコミウマ娘であるタマモクロスの胃が破裂してないことを祈るばかりだ。
「他の女の子の名前だした上に更に別の女の子のこと考えてたでしょ。分かるんだからねそういうの!またお姉さんや妹さんに怒られるよ?」
「勘弁してくれ...ただでさえサブトレーナーとして面倒な目に遭ってるのに、姉貴やスターが関わると碌な目に合わん...。」
そう、この腐れ縁は5歳ほど離れているが、所謂幼馴染って奴だ。おかげで俺の姉貴である「クレイマージ」や妹の「スターレイド」と面識がある。そのせいで色々面倒事に巻き込まれたことがあるのだが、それは置いておく。
「じゃあクレイさんやスターちゃんに怒られない様にやんなさいよ。いちいち樋野ッピーのこと聞かれるこっちの身にもなって欲しいわ」
「へいへい気をつけますよ...」
「またそうやって気の抜けた返事をする...そうだ!樋野ッピーって関西に居たでしょ?タマとタコパするんだけど来てよ!」
「は?いつ?」
「今日の夜だけど?」
「君は1度無茶振りという言葉を辞書で引きなさい」
目の前に積み上がってる今日中に終わるかも分からない書類を目の前にしてよくこんなことが言えるもんだ。我が同期ながら末恐ろしい。
というかこいつなんかスマホいじってないか?おじさん嫌な予感するぞぉ?
「じゃあLANEでタマにも連絡したから、今日の19時に部屋に来てね!」
「拒否権は?そもそも行くって言ってねえし...」
「じゃあ私はトレーニング行ってくるから〜!」
暴風とはまさにこの事か。坂成は颯爽と職員室を後にしていった。
「...せめて少しでも多く終わらせるか」
坂成から貰ったにんじんジュースを燃料に、俺は目の前の書類の大海へと飛び込むことにした。
⏰
時刻は1900。もう日が沈んだ頃、俺は坂成の寮部屋前に来ていた。3回ノックをすると、ドアが空いてラフな格好の坂成が現れる。
「いらっしゃい!さあ入った入った!」
「お邪魔します」
本当に不本意だが、こうして招かれた以上は礼儀を重んじなければならない。古事記にもそう書いてある。
奥に案内されれば、先に到着してたのかタマモクロスが準備を始めていた。
「おっ来たなぁ。ウチのトレーナーから聞いとるけど、自分関西におったことあるんやって?」
「まあ、職業柄全国を歩くものでね」
まあ、前世はコッテコテの大阪人なんやけどもそれは伏せとこ。
「たこ焼き焼いた事はあるんか?」
「まあ、関西勤務の時にタコパしたことはあるけどさ」
「ほな行けるな!その腕前披露したり!」
「じゃあ私お風呂入ってくるから先焼いといて〜」
「相変わらず自由気まますぎない?」
俺のツッコミを無視して「行ってきま〜す」という言葉と共に浴室へ入っていく坂成。もう俺は慣れたので気にしてないが...。
「なんというか...アイツが担当トレーナーで疲れないか?」
「最初はエグかったけど慣れればどうってことないで」
「まあ、君がそういうのならいいけどさ...」
「まあまあゆっくり話そうや...馬の時の『オレ』の鼻に手を突っ込んだこととかな」
拝啓、父さん母さん。あと面倒くさい姉妹。どうやら俺は凶暴なウマ娘に殺されるかもしれません。先立つ不幸をお許しください....。
「ほな、焼いていくで〜」
「...手際いいな」
「浪速出身を舐めたらいかんで〜」
「...言っておくが、俺はお前の鼻に手を突っ込んだ記憶は無いぞ」
「そらそうやろうな。アンタはまだ赤ん坊やったんやし。アンタのオトンはえらいゲラゲラ笑って蹴り飛ばしたろうか思うたけど」
まあ、親父はある意味肝が据わった人物だったからいいんだろうけど、死にかけてたんかい。
「いつから気づいてたんだ?」
「アンタを学園で見た時からやで。なんかルドルフのチームに新しくサブトレーナーが来たってのは聞いてたんやけど、実際に見たら『コイツ馬の時に鼻に手を突っ込んできたクソガキやんけ!』って思い出したわ」
成程な...ルドルフやシリウスの事も合わせて考えると、どうやら前世の記憶を引き出す鍵は俺を視界に入れることらしい...。あれ?俺トレセン勤務って詰んでない...?もういっその事、脱柵しようかな...。
「そうか...あんだけ人間や馬を信用しないって言われてたタマモクロスにしては、思い出した割に攻撃してこなかったな」
「一言多いねんボケ!...なんかな、アンタは違ったんや。なんて言うか...他の奴らとは違って一緒にいると居心地はええねん。馬の時は誰も信用出来んかった。自分の都合で仲間をどっかにやって、ウチを引退させて...もうどうでもよかった。でもなんでやろうな。アンタだけは雰囲気が違ったんや。初めて信用してええって思えた」
「まあ、そのすぐ後でポックリ逝っちゃったんやけどな」と、あっけらかんに笑う彼女ではあるが、タマモクロスは壮絶な馬生を歩んでいた。彼女が言っていた同胞も全員屠殺という結果だ。あえて彼女に言わなかったが、あまりにも残酷すぎると同時に、仕方ない面もある。
「タマモクロス...」
「...ダァァァア!ウチにはこんな湿っぽい空気合わんわアホォ!どないしてくれるねん!」
「知るか!いきなりシリアスからギャグにしろとか情緒ジェットコースターやめい!」
「そんなんお前が悪いんやバーカ!」
「ちょっと待てぇ!俺のせいかい!」
「うっさいわ!大体お前があんな事しなけりゃ!」
タマモがビシッとたこ焼きピック*1をこちらに向けた時にたまたま刺していたたこ焼きが宙を舞う。そしてそれは引き寄せられるかのように俺の目にホールインワンを決めやがった。
「たこ焼きィ!うぉぉぉお!あっちぃ!目が!目がァァァ!」
痛がる俺を他所にポカーンと惚けていたタマモクロスだったが、事に気づいた瞬間ゲラゲラ笑い転げ出した。
「この恨み晴らさでおくべきか!」
「うぎゃあああああ!何すんねんボケェ!」
仕返しにこめかみを拳でグリグリしてやる。寧ろこれでも足りない位である。
「どういう状況...?」
風呂から上がった坂成の声で俺たちは止まったが、坂成の上半身裸で、首に掛けたタオルで胸を隠してるスタイルを見た瞬間、俺とタマモクロスは目を合わせて頷き、声を上げた。
『それはこっちのセリフじゃ!さっさと服着てこんかい!アホォ!』
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EXTRA 3R「運命というレール」
「フゥー...久しぶりの酒は染みるなぁ...」
「ふふっ、あんまり飲みすぎちゃダメですよ?」
「わかってますよ」
たづなさんからのお叱り言葉を受けながらも、俺は煙草に火をつけてそれをつまみに酒を流し込む。やっぱりカクテルは最高である。
「でも、夢みたいです。樋野さんと一緒にお酒が飲めるなんて」
「急にどうし──」
俺が言葉を発そうとしたらたづなさんに人差し指で口を抑えられた。
「今くらいは...」
「ハァ...わかったよミノル」
「よろしいです」
上機嫌になったたづなさんこと、トキノミノルは一気に生の大ジョッキを飲み干す。俺が最後に見たときでは想像もできない光景だった。
⏰
俺とミノルが出会ったのは、俺が自衛隊に入隊するより前、中央のトレーナーライセンス試験に合格した後の研修期間の事だった。当時彼女はまだデビュー前で、俺はたまたま研修先のトレーナーから1人担当を選べと言われた。その時に目に止まったのがミノルだった。選抜レースでも圧勝。そんな彼女に俺は釘付けだった。真っ先に彼女をスカウトしようと思ったが、周りのトレーナーも同じ考えだったようで、研修生の俺はあっという間にはじき出された。そのまま何の成果も得られないまま、その選抜レースは終わったのだが、その後にトレーナーから課題を課された俺は、夜遅くまで課題を処理していた。気づけば21時を回っており、大急ぎで部屋に戻るべく後片付けと施錠をして俺は帰路に着いた。その時喉が乾いたので、ついでにブラックコーヒーでも買おうかと自販機に向かった時...。
「誰かいる...?」
自販機横のベンチに、不安そうに項垂れるウマ娘がいた。それがミノルである事が分かる距離まで近づくと、向こうも俺に気づいていた。
「君は...トキノミノルだね?」
「はい、そうですが...貴方は?」
「トレーナー研修生の樋野正樹です」
「どうも...」
短い挨拶だけでミノルは興味なさげに視線を落とした。俺は当初の目的通り、自販機でブラックコーヒーを買い、ついでにミルクココアを買う。そしてそれをミノルへ差し出した。
「えっ?」
「不安な時は甘い物を摂取するに限る。これ人生を上手く生きるコツのひとつだぞ?」
「ありがとうございます...」
俺のミルクココアを受け取ったミノルはそれを少しずつ飲み出す。俺も一息ついて行こうとミノルの横に座ってブラックコーヒーを流し込む。程よい苦みが口内を刺激して心地よい。煙草もあれば最高だったが、当時は未成年である為、吸う訳には行かなかった。
飲み始めて1分位だろうか、ミノルはぽつりと呟いた。
「私...怖いんです」
「怖い?」
「今まで...自分の走りには自信がありました。でも、今日走って...色んな人からスカウトを受けて...私考えちゃったんです。これから先もちゃんと走れるだろうかって...その時見えたんです。私の事を恨めしそうに見る子の顔が...」
ミノルの言ったことは、選抜レースによくある事だと俺の指導担当トレーナーに聞いた事がある。過度な周囲からの期待によってプレッシャーを受けたり、他の子からの恨めしい視線がトラウマとなり、思う様に結果を出せない様になるウマ娘が居ると。そうならないようにするのがトレーナーだが、それを忘れるぐらいミノルは逸材だったのだろう。これがルドルフやテイオーみたいな大人びた子や自信家な子なら話は別かもしれないが。それはさておき、そもそもウマ娘という種族自体が闘争本能が高い子が多い為、潰れる子は少ないのだ。そういう意味ではミノルは運が悪かったとしか言いようがない。
「私...どうすればいいか...」
「んー...まあ、俺も君本人じゃないからどうとも言えないけどね。無責任だけど走るだけが人生じゃないし、トレセン以外でもやって行けるんじゃない?」
俺の回答に対してミノルは面白いぐらいに唖然とした顔をしていた。俺そんなおかしいこと言ったかね?
「意外です...てっきり引き止めてスカウトしてくる物かと」
「まあ普通のトレーナーならそうするかもしれないけど、こう見えて人生相談は何回かされた経験があるのでな。結局のところは...君がどうしたいかだ」
「私が...どうしたいか...」
「そう。これは君の人生。君の物語。君は作者であると同時に主人公だ。どう描くは君次第って事だな。俺から言えるのはそれだけ」
「私の...物語」
「まあ、しっかり考えた方がいいぞ。今後の人生決めるわけだし、俺みたいに流されていって後悔しないようにな」
「あ、あの!」
言いたいことを言ってベンチから立ち上がり、コーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てて帰ろうとするとミノルに呼び止められた。振り返ってみると、そこには憑き物が取れたように晴れやかな顔をしているミノルがいた。
「ありがとうございます」
「悩める後輩を導くのも先輩の務めたからな。それはそうと、門限大丈夫か?」
「え?ああ!大変だぁ!」
腕時計を確認したミノルはミルクココアを一気に飲み干して空き缶をゴミ箱に投げ入れると一目散に駆け出した。
「...ハハッ!忙しない子だな」
これが俺とミノルのファーストコンタクトだった。
その後は俺の元に契約関係の書類を用意して俺の担当となるのだが、彼女が菊花賞に出る前の夏合宿の終わりで俺は研修期間を終えてしまい、後は指導担当トレーナーに託すこととなった。彼女が菊花賞前に怪我をして入院したと聞いた時には急いで駆けつけたが、彼女は「直ぐに復帰して三冠バになります!」と豪語していたが、それが叶うことは無かった。結局、彼女は後にトレセンを去り、俺は陸上自衛隊に入隊して多忙の時期を送り、連絡を取ることはなかった。そしてつい最近に俺が『トキノミノル=駿川たづな』であると気づき、現在に至るわけである。
まあ、たまたま帽子とってるところに出くわして、ウマ耳が見えて思い出したんですけどね。
⏰
「それにしても樋野さんも色々と大変ですね」
「お上の言う事は絶対だからな...世知辛い世の中だぜ全く」
「いっその事トレーナーを本業にされては?」
「最近本当に悩んでる」
事実、多くの同期は陸士で辞めたり、履修前や陸教の前に辞めたり、陸曹になってから辞めてるが、皆楽しそうだ。そんな世界が今では輝いて見えて仕方ない。
「でも、トレーナーを本業にするとアイツらを相手にしないといけないのはなぁ...」
残業代が出るとはいえ、それはかなりキツイ。
「未婚者はよく担当ウマ娘と結婚されますからね...」
「スピカトレーナーの西崎トレーナーみたいに独身貴族を貫く人もいるにはいるけどな」
「あの人は...まあ特殊ですから」
「それもそうか」
なんせシップのトレーナーやってるんだし、そう言われればそうじゃな。
というかあの人これからスペ、ウオッカ、ダスカ、マック、テイオースズカも担当する運命だからかなり悲惨だな...あ、俺もそうか。
「運命か...」
これから先多くの運命が待ち受けてるだろう。
沈黙の日曜日、4度の骨折、不治の病『屈腱炎』。ウマ娘達は前世と同じ悲劇を辿るものも多い。目の前にいるミノルがいい例だろう。
「樋野さん?」
「なんでもない。どうでもいい考え事さ」
運命というレールは分岐点が多い。自分という列車が選ぶ道は自らが切り替えなければならない。歴史を知る人間が、異なる世界とはいえ歴史を好き勝手に書き換える訳にはいかない。
「どう転ぶかな...」
せめて最悪の方に転ばないことを祈りながら、俺はウイスキーを口に流し込んだ。
余談だが、ミノルの奴は酔ったとか言いながら寄りかかってきたが、坂成のやつが言うにはミノルは枠って聞いていたんだが...疲れが溜まってたのか?
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第12R「警護輸送任務」
「見てみろ。あの坊っちゃん休みなのに来てやがるぜ」
「サブトレが出来ることなんて分かりきってるのになんで来るかな?邪魔なのわかってないんじゃね?」
「それでいてもう30手前なのに、下から数えた方が早い階級で給料手取り20万だとさ」
「うっわ、くっそ底辺じゃん。あーヤダヤダ、あんなお荷物なんで派遣してくるのかなぁ?やっぱ政治家ってアホだな!」
最近俺がスピカに異動するという噂が急速に広まった。そのお陰か、順調に出世街道を歩んでいる若い富裕層出のトレーナー達からこう言った陰口が増えてきた。正直、彼らの言う通り俺は6年目で陸曹になった遅昇任者であり、成績も良くない為に2曹昇任ももう7、8年位かかるだろう。
...こういう輩に限って、有事の時は真っ先に助けを求めてくるので、なんともしがたいのだが...それはその時に考えよう。
「おいテメーら。言いてえ事があるならハッキリ本人に言えよ。あ゛?」
「なんや?それとも自分らそんなのも出来へんクソガキなんか?そうならさっさとママにおしめ変えてもらうんやな」
そんな事考えてたら、シップとタマの芦毛コンビがやって来た。そして開口一番、ボンボンチャラトレーナーにゴルシはキレ気味に食い掛かり、タマは煽り倒した。
流石に黄金船と浪速の稲妻の相手は嫌なんだろう。2人組はたじろぎながらその場を後にし始めた。
「チッ...行こうぜ、変人共が来やがった」
「やっぱスピカのトレーナー始め、変人は変人を呼ぶんだな。俺たちの経歴に傷がついちまうぜ」
「テメーら!」
「落ち着けシップ。これ以上はお前もタダではすまんぞ」
西崎トレーナーまでコケにされて頭に来たシップを肩を掴んで静止させる。シップならこの程度何ともなく振り解けるだろうが...彼女はそうする事無く、その怒りを飲み込むことにしてくれた。
「しっかしココ最近でアッホなトレーナーが増えたもんやで。アイツらの担当バ、最近G2勝ったからって調子乗っとんな」
「ヘッ!今に見てろ!宝塚でその鼻をすりおろしてモンブランにしてやるぜ!」
「その前にお前はデビュー戦を真面目に走れ。頼むから...」
なんだか今からボコボコにする事を考えてるようだが、この金船未だデビュー戦をしていないのだ。それを指摘するとシップはブーたれ始めた。
「えぇ〜...マックじいちゃんが来たら考える〜」
「お前なぁ...俺も調べたけどマックイーンは来年入学だ。お前もう中3ぐらいだろ?そろそろやばいんじゃないのか?」
「ゴルシちゃんの年齢は宇宙国際条約で何人たりとも知っちゃダメなんだぞ♡」
「ヤバいのは脳の方だったな」
「何1人で漫才やっとんねん!」
もうね、本場の大阪人に突っ込まれたらそれは漫才やと思うんよ。俺も前世大阪人だけどさ。
「そういえば、正やんは今日休みやなかったんか?ルドルフ辺りに知られたらキレ散らかされるんとちゃうか?」
「ああ、今日はトレーナー業は休みだけど自衛官としては仕事なんだよ。今日上がってきたのもその仕事の一環で、今度留学してくるウマ娘送迎の為に準備をね...」
「なんやエライ気疲れしとんな...そんなに面倒なことなんけ」
「ああ...空港から護衛送迎をしなきゃならんのだけど...相手はシンボリ家の者でね...」
「もしかしてシンボリクリスエスか?」
「知ってんのかい」
「キミ忘れてへん?トレセンは女子校や。年頃の女子なんて噂流しまくるに決まっとるやろ」
「ですよねぇ...はぁ」
もう最悪の結末が見えているのでため息しか出ない。自衛官が送迎するのは100歩譲って分かるが...拳銃だけとはいえ、なんで武装警護しなきゃならんのだ...。しかもクリスエスの奴絶対俺の事思い出すやろ...。
「確かクリスエスって【前】は天皇賞連覇してへんかったか?」
「ああ...確かしていたと思うが?」
「そんだけ強いんならうちも1回やり合ってみたいもんやな!」
「どうかわからんがな...景子にでも頼めば行けるんじゃないか?」
「まーなぁ...てかゴルシのやつどこ行ったねん!?」
タマと話してるうちに、いつの間にかゴルシは行方不明になっていたのだが、それはいつもどうりなのでスルーする。
「スルーするなや!アイツがどっか行ったらまた訳分からんことになってエアグルーヴが死んでまうで!」
「俺はエア含め、ウマ娘達からの襲撃やらなんやらで、もう色々ストレスで胃薬とお友達なのでざまあみやがれですぅ」
「大の大人が、んな自暴自棄になるなや...」
えーい知るもんか!なんでこんなに扱いがぞんざいなんだ!一揆だ!一揆を起こしてやるぞ!
「国家転覆罪は問答無用で極刑やで」
「頭の中を読むんじゃない」
そんなことをする気はさらさらないがな。
⏰
「来ちまったよこの日が...」
いつもと違って鉄帽を被り、弾帯にカスタムした9mm拳銃と私物ホルスター、私物弾納、ダンプポーチを着けて当該者をターミナル前で待っていた。
まあ当然こんな格好をしていれば周囲の人々は写真を撮るわ撮るわ。
「ねえ、あれってコスプレかな...?」
「でも鉄砲持ってるよ...?」
「やっば!マジで自衛官がいるんだけど!」
「草。なんかお偉いさんでも来るのかな」
本当に上はこうなる事想像できなかったのか?まあ、命令である以上は仕方ないんだけどさ...。
とりあえずは時間になるまで待機する事になっているので、この晒しプレイを耐え忍ぶ。俺のメンタルはもうボロボロだ。
「はぁ...っと、着いたか」
目の前の入口から複数人の警護に囲まれたウマ娘が1人。
どうやら彼女が今回俺が警護輸送を担当する「シンボリクリスエス」のようだ。
彼女は自分の前で止まってこちらを見てくる。俺も棒立ちする程アホでは無いので敬礼をして挨拶する。
「初めまして。今回警護輸送を担当させて頂きます、陸上自衛隊公益施設警護派遣隊日本ウマ娘トレーニングセンター学園派遣員の樋野正樹3等陸曹です」
「シンボリクリスエスだ。よろしくお願いする」
「ではこちらへ」
クリスエスを後部座席へと案内し、彼女の荷物を後部ハッチから積み込む。出発の準備をしようとしたら、シンボリの警護員から呼び止められた。
「今回本家が依頼している以上、お嬢様に何かあれば大問題になります。我々は別ルートとヘリから警護しますが、くれぐれも問題にならないようにお願いします」
「分かりました」
既に大事になってる気がするし、こんな事ファインモーションと関わらない限りないと思ってたからなぁ...。本当に名家の考えることはよくわからん。
ともあれ、俺は軽装甲機動車の輪止めを取って運転席に乗り込み、トレセンへと向かう事にした。
⏰
成田空港からトレセンは下道で2時間半程かかるので車内の雰囲気というのは実に重要である。行きはテンションを上げるために音楽をかけていたが、帰りはそうもいかない。やかましい軽装甲機動車のエンジン音が響く車内で俺とシンボリクリスエスは会話をあまり交わせていない。
「...もし御手洗などがあれば遠慮なく言って下さい」
「.....」
(や、やりづれぇ....)
勇気を出して一言言ったが、こんな声掛けしかできないほど車内は通夜状態である。
全く...。一体どうすりゃいいんだか...。
そんな事を考えながら車を走らせ、少し大きめな交差点に差し掛かった。
(そういえばこの辺は信号無視の事故が多いって聞いたな。直前だけど少しブレーキで速度を落として...ッ!?)
侵入前に安全確認の為スピードを落としたと同時に、俺は左の視界端に信号無視で突っ込んでくる大型トレーラーを見つけてブレーキを踏み抜いて、右側に車がいない事を確認してハンドルを右に切る。すんでのところでトレーラーを避けることに成功し、トレーラーは走り去っていった。全くなんて奴だ!
「クリスエスさん!大丈夫ですか!?」
「問題ない。貴方がこれを貸してくれたお陰でぶつけはしたが何もない」
そう言ってクリスエスは、俺が乗車後に渡した中帽のウマ娘一般用を指さす。規則通り被らせて置いて正解だったと思いながら俺は胸を撫で下ろし、車を交差点の先に止めて暴走トレーラーの件を警察へ連絡した。
その後は特に何も起こることはなく、トレセンへと到着するのだが、何故かシンボリの警護員がバタバタしていた。俺に被害がなければ別にいいんだが...。
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第13R「父と息子」
人権ないって辛いなサム。
ココ最近何故か体が重い気がする。ついでに言えば、夢見も悪い。自分の脚が折れ続ける夢を見る。だけど、何故か安心できる人が出てきてくれる。その人がいるだけで...。
「あっ!」
ぼーっとしていたら目の前の人にぶつかったらしい。慌てて顔を見ようとすると、そこには普段見慣れない緑と茶色のまだら模様の服を着た男の人が立っていた。
「ん?君はもしかして...オープンキャンパスの参加者かな?」
「は、はい。そうです...」
「ぶつかったことは気にしなくていいよ。...それより、なにか悩んでるのかい?」
「あ...えっと...」
「ああごめん、名乗った方がいいよね。自分は樋野正樹3等陸曹。一応トレセン学園でトレーナーを兼務しているんだ」
そう言った男の人はポケットからカードケースを取り出して見せてきた。そこには漢字で陸上自衛官身分証明書と書かれていて、名前と一緒に階級と偉い人のものだと思う印鑑が押されていた。僕はその証明書の写真と目の前の男の人の顔を見た瞬間に思い出した。
かつて4本の脚で大地を蹴って進んでいた頃の輝かしくも暗い思い出を。会った記憶のない『皇帝』と呼ばれた父を追い求めたあの頃を。自らの脆い脚を恨んだ記憶を全て思い出した。そしてその中に確かに存在した幼い子の顔も鮮明に浮かんだ。間違いない、競走馬トウカイテイオーの記憶を取り戻した今だから分かる。
「思い出したよトレーナー...いや、正樹君」
「ッスー...そういえばお前トウカイテイオーだったなぁ...30年近く前の記憶引き出すのって案外難しいんだなぁ」
そういうと正樹はカードケースを仕舞って帰ろうとするが、この帝王がそうやすやすと逃がすわけが無いだろう。
「いだだだ!止めろテイオー!俺の腕がもげる!」
「じゃあ1度だけしか聞かない。『僕』をエスコートするか、手首が使えない状態で『僕』にお世話されるかどっちがいい?」
「御奉仕させて頂きます帝王様...」
「うむ、よろしい」
こうして僕は夢にまで出てきた臣下を手に入れることに成功した。
⏰
「美味しー!」
「なんではちみードリンクってこんなに高いんだよ」
どうも、学園内を案内させられた挙句、クソガキ帝王に1杯1000円するくっそ高い飲み物を買わされた樋野正樹さんです。
オープンキャンパスって事で学園内の警備をしていたんだが、ぶつかってきた子の対応していたらウマソウルが昂ったご様子で、とっ捕まって学園内をエスコートする羽目になったでありんす。
もう語尾が安定しないぐらいに滅茶苦茶な気分であるが、この帝王様のご機嫌を損ねた際には俺はすり潰される事になるだろう。
それを回避するには、俺はテイオーをコントロールして最悪のシナリオを選ばなければいいということだ。
「ねーねー正樹〜『父さん』の所に連れてってよ」
なん..だと...?
テイオーのウマ娘としての本能がウマソウルのパワーによって目覚めさせられ、コントロールの壁を乗り越え始めてしまったというのか...。
もしそうだとしたら、俺のこれまでの苦労が...。
っと、俺の中の野菜人アスパラが出てきてしまった。
とまあ、そんなアホな事をしていても仕方ないのでシラを切ってみる。
「お前の親父は知らんがな。オープンキャンパスに一緒に来てるんじゃないのか?」
「あ、そっちのパパのこと忘れてた」
「おい、親父さん泣いてるんじゃないのか?」
「確かに過保護だけどそこまでは無いでしょ。というか最近鬱陶しいもん」
「それ絶対親父さんの前で言うなよ。多分、立ち直れない位落ち込むぞ」
よし、いい感じに話を逸らせ...。
「パパの事は分かったけど、『父さん』の事逸らせると思ったら大間違いだよ」
シュワット!この帝王やりおる!
「も〜正樹っておバカなの?」
「トレーナーってバカだとなれないんだぞクソガキ」
「いい加減にしなよ?僕の方が力は上なんだよ?」
「いででで!分かった分かった!だから手を握り潰そうとするな!」
俺が理解を示せば、テイオーは握っていた手を離してはちみーを啜り始める。
もうヤダこの暴君帝王...父子揃って暴君ってこの家系どうなってんだ。名家の子って皆こうなのか?
「生憎だが、生徒会室は関係者以外立ち入り禁止だ」
「『僕』はシンボリルドルフの息子だけど?」
「それは
「正樹、リギルサブトレ」
「なんでそれを...」
「ボクがカイチョーに憧れてる事言ってなかったっけ?」
「...ホントマスコミって嫌いよ」
「さあ、僕をエスコートしてくれるよね?」
そう言って目の前に立ったテイオーは手を差し出してきた。まだ幼いがホント顔だけはいいな...フジと同じで宝塚目指せるんじゃねえか?
「他の女考えるのは失礼って学ばなかった?」
「いででで!」
ホント厄日だわ。
⏰
「ほらよ、ここが生徒会室だ。今日はオープンキャンパスだからいるかどうかはわからんぞ」
「いるんじゃないかな?カイチョーってそう言うこと生真面目そうだし」
「...否定できん」
俺は3回ノックをしてからルドルフを呼ぶ。すると中でバタバタと音がしてから「どうぞ」という返事が帰ってきた。
不審に思いながら開けてみると、そこにはルドルフがいつも通り座っていた。一見何もおかしい所はないが、一点だけおかしい点があった。
エアグルーヴがやけに不機嫌な顔をしているのだ。
それこそ正に不良がメンチ切ってる時のそれで、耳は後ろに絞られている。
大方、仕事やり過ぎでエアグルーヴをキレさせたんだろう。ポーカーフェイスで表情、忍耐力で耳を保って隠してるが、恐らく尻尾は力なく垂れている筈だ。
「やあトレーナー君。どうかしたのかい?」
「貴様...」
「エアグルーヴ、ルドルフは後で思う存分やってくれて構わないから許してくれ」
「...いいだろう」
「トレーナー君!?」
まあ、ワーカーホリックを治すには丁度いいお灸だろう。東条トレーナーも頭を抱えていたし、もってこいの荒療治だな。
「それはさておき、お前にお客さんだ」
「お客さん」
「やっほーカイチョー!」
「君は...トウカイテイオー?」
俺の後ろから現れたテイオーにルドルフは目を丸くする。そりゃそうだわな、部外者が本来入れない場所に入ってきてるんだから。
「おい正樹!貴様なんで部外者を!」
「ウマ娘パワーには勝てない」
「貴様それでも自衛官か!」
「戦車相手に素手で戦えって言ってます?」
生憎俺は伝説の傭兵の様な人間ではない。パワー差では産まれたての赤ん坊のウマ娘相手でギリどうにかなるレベルである。それでも空挺格闘レンジャー持ちの化け物同期は、生後1年半の自分の娘のウマ娘に文字通り振り回されていた訳だが。
「そんなに怒る程でもないだろうエアグルーヴ。正樹が連れてきても良いと判断したんだ」
「正確には脅されて屈したんだけどね」
「えぇ...」
このクソガキはルドルフのフォローを見事塵にしてくれた。何コイツまさか俺の事ボコして楽しんでる?
「そうだ、カイチョーに言いたい事があったんだ」
「そうか。それは一体なんだい?」
そしてテイオーは核の爆発ボタンを叩き押した。
「『今度』こそ『皇帝』を超える『帝王』を見せてあげるよ!後、正樹を【『僕』のトレーナー】にしてみせるから」
それを聞いたルドルフは目を見開いた後、耳を絞りながら口角を上げた。
「ほう、言う様になったじゃないかテイオー。生憎『俺』は彼を手放す気は毛頭ない。息子相手とはいえ手を抜く気もないぞ?」
「勿論そのつもりだよ『父さん』。『僕』はボク自身の力で正樹を手に入れる。『父さん』に手を抜かれる程帝王は弱くないって事を証明してみせる」
...流石皇帝と帝王。この圧は半端じゃねえなぁおい。
「貴様...まさかテイオーも...」
「そうだ。俺がうっかり出会ってな」
「なんて事を...」
「ピルサドスキーよりはマシだと思え」
「....嘘だろ?」
「親父はよくピルサドスキーの所に連れていってくれたよ。自衛隊入隊後もな」
エアグルーヴは絶望という言葉が具現化した表情をしていた。まあ、同情はする。ちょいちょい小耳には挟んでいるが、ファインモーションを通じてちょっかいをかけられているそうだ。前世であんな事されればそりゃ嫌だわな...。
というか今の生徒会室魔境じゃね?バチバチになってる皇帝と帝王に絶望してる女帝、それ傍観してる自衛官。こうしてみると俺って滅茶苦茶やべー奴じゃん。
改めて自分のヤバさを感じていると放送が流れ始める。
【御家族でお越しのトウカイテイオーさん。御家族でお越しのトウカイテイオーさん。ご両親がお待ちです。本館1階受付までお越しください】
『えぇ....?』
その場にいた全員がド〇フ並にズッコケて、声が重なった。
「なんというか...大変なんだな」
「うん...いくらなんでもパパもママも過保護過ぎるよ...。」
その後ルドルフと共にテイオーを送ったのだが、なんか俺がテイオーを連れていったと彼女の父親に掴み掛かられ、テイオーが事情を説明した上で。
「すぐ人を疑うパパなんか大っ嫌いだ!」
と言い放ち、見事テイオーの父親がK.O.され、母親が俺に謝り倒していた。
因みにルドルフも流れ弾を受けており、結構ショックを受けていたようだ。この皇帝喜怒哀楽の感情暴れすぎじゃないか?
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第14R「BNW」
朝日が登り始めた午前4時過ぎ。
俺はトレセン学園のコース付近の道路で天を見上げていた。
「どうしてこうなった...」
俺の目の前には抱きついてきて泣き続けるウイニングチケットになにやら考え込むビワハヤヒデ、執拗に足を踏んでくるナリタタイシンというBNWが完成していた。
いや、俺ばったりコース準備しようとして出くわしただけなんだが。
「とりあえず離してくれない?俺もやる事が...」
「やだああああ!もう正樹と離れたくないんだァ!」
「まず落ち着こうかチケット。タイシンはそろそろ足が感覚無くなるから止めてもろて」
「うっさいバカ!」
「...なあハヤヒデ」
「なるほどこれが人間の体と馬の体の違い...ならば走法を...」
「ウマ娘って言う事聞かないのがメジャーな種族?」
なんだか会うウマ娘皆俺の話を聞いてくれません...誰か助けて...。
⏰
「で...久しぶりって判定でいいのかな?」
「そうなるね!また会えて嬉しいよ正樹!」
「わかったから体ごと擦り付けるなチケット...」
「えぇ〜...馬の時は喜んでたじゃん。それに男同士なんだから今更だよ」
「中身の問題じゃないんだよなぁ...今君女の子よ?」
「ほらチケット。さっさと離れるよ」
「気にしないでいいのに〜」
馬の時のように俺に体を擦り付けてきたチケットをタイシンが引き剥がした。こっちは気にするんよ...。
「そういえばアンタ、あの後どうだったのさ?」
「どうって?」
「アンタ私が前世終える前は死にそうな顔してたじゃん」
タイシンに言われて記憶を探る。トータル30年前位になるが...確か2020年の春頃だったよな?ってことは...。
「ああ...2020年頃だから陸教終わったぐらいか...単に自衛隊辞めたくて鬱になってただけだから」
「そういえば私の晩年も死にそうな顔をしていなかったか?」
「それは陸曹なって仕事が嫌すぎて死んでた」
「大丈夫だったのか...?」
「でもハヤヒデ、正樹は2023年位まで来てくれてたよ。でもある時以降は最期まで来てくれなかったね?どうして来なかったの?」
チケットが純粋な目でこちらに問いかける。
...正直言いたくないんだけどな。
「あ、嘘ついたら引きちぎるからね」
「おっそろしいなタイシン!」
こんな所でリアルバラバラの実の能力者はごめんだ。命には変えられないので正直に俺に何があったかを伝えたのだが...。
「なんだそんなことがあったのかぁ〜」
おや?チケットなら号泣して悲しんでくれると思ったが案外平気...。
「そんな事あったんだったら、柵から逃げて犯人をすり潰せばよかったな。なあタイシン」
「ああ、『俺』も同じ事を考えてた。今の体なら余裕で八つ裂きにしてやれるな」
「2人とも感情的になるな。『私』は社会的にも追い詰めるべきだと考える。法を味方にして合法的にやればいい」
じゃねえや物騒だなこのBNW!!
...いやこいつら牡馬だから考えが恐ろしいのか...?
「とりあえず、今世では生きてるんだから気にする事はないぞ。今も自衛隊でブラック企業真っ青勤務だが」
「じゃあ何連勤してるんだ?」
「聞いて驚けタイシン。現在32連勤突入だ」
「今度こそ過労で死んじまうって!」
まさかチケットから突っ込まれる日が来るとは...タマの役割が消えちゃうじゃないか!
なんて言った日にはどつかれるので言わずに心の中に閉まっておく。
「おっさん!」
心の中で溜息を吐く。声を掛けてきた男に対してなのだが、正直反応したくない。反応する位ならブチギレてるルドルフを相手にしてる方がマシなレベルだ。
だが、一応は反応しなければ面倒くさいので振り返って挨拶する。
「おはようございます
俺が挨拶したのは以前警護輸送任務の時に俺の事を煽り散らしていたトレーナーの片割れである
現に俺の上官にあたる人間からも以前注意を受けたし、憲哉叔父さんも直々に注意するレベルである。
「元気ねぇなぁ〜。ま、底辺の人間ならそうかもなぁ〜いい歳して給料低くてサービス残業お疲れさんで〜す!」
「ハハハ...」
過去最高にウザったい感じで接してくる角宮トレーナーに対して愛想笑いで応える。さっさと解放してくれ...。
「後、こんな所に物置くなよ。邪魔だろ〜?」
そう言うと角宮トレーナーは俺が置いていたリュックを蹴っ飛ばした。
「ほーら。これで綺麗に人が通れるだろ?ちょっとは使おうぜ?あ・た・ま」
「申し訳ありません。今後気をつけるようにします」
人差し指でトントンと自らの頭を叩いて示す行為は心底腹が立つが、ここは頑張って抑える。
「チッ!つまんねー反応すんなよな。あーあシラケた〜。あ、君たちもこんな奴と付き合わない方がいいぞ〜朝練時間を大切にしなよ?それじゃあね〜」
こっちの言葉を聞かずに角宮トレーナーは去っていった。3人の方を振り返ると、3人とも耳を絞ってブチ切れていた。特にタイシンとチケットは今すぐにでも殴り掛かりそうな勢いでいたが、後ろのハヤヒデがズボンを掴んで引っ張って止めていた。
「なんだあの糞ガキ!『俺』の孫のように可愛い正樹の事言いたい放題言いやがって!てめえなんざ人に気遣いもできねえアホ野郎じゃねえか!正樹は上手く飲み込めない俺の為にスムージーにしてくれたんだぞ!」
「ホントアイツぶっ潰してやりてぇ...ハヤヒデいま離したらレコードタイムで潰しに行くからマジで離すなよ?チケットよりやべえかもしんねえ」
「勿論離す気は無い。『私』も同じ気持ちだが2人とも頭を冷やそう」
「ハヤヒデの言う通りだ。一旦落ち着けお前ら」
俺の言葉を合図に2人は抑え無しでその場に立ち止まった。
「なんで正樹は言い返さないんだよ!あんな奴...!」
「確かに言ってる事はヤバいかもしれんが、あれでもトレーナー歴で言えば彼の方が上だ。先輩である以上は敬意を払うのが自衛隊流でな。後、アイツの親御さんと面倒になると全国20万以上の自衛官にも迷惑がかかるんだ」
そう、大人の世界とは結構汚いのである。まあ、お役所だからってのもあるかもしれんが...。とりあえずそんな事を気にしていたってしゃーない。
「さて、こんな気分が悪い日には美味いもん食って忘れるに限る!今からす〇家行くけどお前らも行くか?奢るぞ?」
「...納得いかないけど行く」
「アンタがいいなら」
「私も行こう」
という訳で俺とBNWの3人で朝食を摂ることにした。どうせまたどっかから漏れて、ルドルフかグラス辺りに締めあげられるんだろうが知ったこっちゃない。嫌なことがあった時は美味いものを食うに限る。
これは俺が履修前で学んだことだったりする。
人でも馬でもウマ娘でも、イライラしたり不安だったりするとパフォーマンスが落ちて話にならない。
ギャーギャー喚く奴はテキトーに流して美味いもん食って寝ればいいのだ。そこでギャーギャー言われたらそれも流せばいいのだ。
「ところで正樹。私達はウマ娘だし、朝練後という状況なのだが...」
「アッ」
私有車へ向かう途中でハヤヒデに指摘されて気づいた。
俺の財布死ぬじゃん....。
その後、案の定BNWと朝食に行った事がバレてルドルフとグラスに締めあげられた上に、タマに「アンタウチの事唯のツッコミ要員や思うとるやろボケェ!」と盛大に蹴りを入れられて1m位飛び上がる事になるのだが...俺って厄年ならぬ厄人だったりする?
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第15R「射撃訓練」
「射撃指導?」
「はい、ファインモーションさんの護衛の方々から直々に」
「そういうのは普通科か自国の軍隊に頼むべきでは...?」
「それがどうしてもということでして...文科省や防衛省も国際問題は避けたいと言ってます」
「まあそうなるわなぁ」
俺は朝から頭を抱えた。職員室でたづなさんに声をかけられた時から嫌な予感はしていたが、まさかこんなことになるなんて誰が予想出来ただろうか。
「とりあえず、こちらとしても命令が無い以上は動けないので、命令が発簡されてから準備等を...」
「防衛省から今日発簡するから明日には実施すると...」
「そろそろ俺の年次休暇簿を焼却処分すべきかな」
休みはどこに消えたんだ...。今では前世で競走馬に関わった事を呪うレベルである。
とはいえ、それ自体が嫌だった訳では無い。あの子達に触れ合った時間は確かに貴重な宝ではある。だから俺もなんだかんだ言って付き合ってるわけなんだが...。
「そろそろこの性格変えるべきかなぁ?」
齢トータル50にして悩む事なのかと思うが、そう思うのも仕方ない気がする。
⏰
結局1時間程しか寝れなかった昨日ではあるものの、俺は3トン半で朝霞訓練場へとやってきた。
荷台にはファインモーションのSP20名が射撃資材と共に乗車している。
「よし到着っと」
3トン半のエンジンを止めて輪止めをかけた後、俺は後板を下ろしてステップを展開し、下車準備を整える。
「下車用意、下車!」
俺の号令と共にSPの人がぞろぞろと3点支持で降りてくる。ウマ娘が多いが、ちらほら人間の男女も混ざっている。
全員が下車すると、SP隊の隊長が整頓させて俺に対して敬礼をしてきた。
「本日は貴重な時間を頂き、感謝します!」
「こちらこそかのアイルランド王族護衛官の方々にご指名頂き光栄です。流石に普通科程とは行きませんが、できる限りのご指導はさせて頂きます。ではまず場の構成から始めますので、皆様はお持ち頂いた拳銃を準備しておいて下さい」
とりあえず俺は3トン半の荷台からF的を下ろし、射座から25m先へと設置する。今回は射撃予習のみとはいえ20名が錬成する為、F的5枚を設置、4個射群を編成して実施予定だ。
「こんなもんかな」
俺が準備を終えると、何故かパジェロがヘッドライトをつけてやってく...る...?
あれ師団長車じゃね?星がダッシュボードの上に掲げられてるんだけど...。
「うっそだぁ...」
目の前でパジェロが止まると、中から陸将の階級章をつけた壮年の自衛官と1人のウマ娘が下車してきた。
おいおい聞いてないぞ...。
ともかく俺は即座に綺麗な挙手の敬礼をする。
「お疲れ様です!」
「おつかれさん。急遽来て悪いね。どうしてもファインモーション殿下が視察されたいとの事で来てしまったよ」
「やっほー!樋野トレーナー!」
ああ神よ...どうしてこんなに面倒事を俺に課せるのですか...。
師団長は「こっちは気にせずにやってくれて構わない」と言ってくれたものの、陸将相手に気軽にやれるかい!
まあ口では言わないが...気を取り直して指導を実施する。
⏰
正直なところ、護衛官の殆どが警察や軍の特殊部隊か精強な部隊から選抜された者たちなので、俺が指導できるところはあまり無かった。指導した事と言えば、俺が敵役となって何度か接近戦の練習をしたぐらいなのだが...。これ俺である必要あった?
「では、これで本日の訓練を終わります。申し訳ありませんが、私も格闘指導官やレンジャー隊員というその道のプロではなく、唯の一般隊員ですので教範事項に則って訓練させて頂きました。少しでも皆様のお力になれたのであれば幸いです。以上で結言を終わります」
「樋野教官に対して敬礼!」
こうして俺の射撃訓練は終了した。
これで終われれば良かったんだんだけどなぁ...。
「ねーねー!せっかくだからラーメン食べて帰ろ!」
「やめやがり下さいお姫様」
「ええ〜貴様〜余の願いが聞けぬと申すか〜」
「ダァー!止めろ!こちとら3トン半運転中なんじゃい!」
後ろに満載の人を輸送中だと言うのに...この姫君は構って欲しさに俺にひっつこうとしてきおった。
頼むから事故だけは起こさせないでくれ。俺が生命的にも社会的にも国際的にも死んでしまう。
アイルランドの王族に引っ付かれて事故起こして死傷者出ましたなんて...スタイリッシュ国際問題なんてレベルじゃないぞ...。
「ふーん...そんな態度取っちゃうんだ〜」
「頼むから状況みて?俺運転中なのよ?」
人生初の戦車輸送でもここまで緊張したことはない。1歩間違えば日本とアイルランドの国家レベルの問題とかマジで笑えねぇ...なんで俺安月給でこんな重荷負わされてるの?我たかが3等陸曹ぞ?
「いいもーん。理事長に(塩対応で)酷いことされたって言うもーん」
「おい、俺に死ねと申すか」
語弊なんてレベルじゃねえ...マジで墓標が立っちゃう...。
「頼むから運転に集中させて!事故ってからじゃ遅いんだから!」
「正樹なら大丈夫だよ〜」
「信頼されてる事をこんなにも素直に喜べない事が、今まで1度でもあっただろうか」
こうして俺は精神をすり減らしながらトレセン学園へと帰隊したのだった。
⏰
「やっと落ち着いたぁー」
撤収を終えた俺は、俺を思い出したシャカールにファインを押し付けて逃亡。トレセン内でも一番端に位置する喫煙所にやってきていた。トレセン学園内で唯一の憩いの場であるが、殆ど使われていない場所である。近々撤去の話も出ているそうだ。
「ったく。世知辛い世の中だぜ...」
「なら、辞めるのが1番だと思いますよ?樋野班長」
せっかくの憩いの時を邪魔しに来るほど、空気が読めない奴だったはずはないんだがなぁ...。
「懐かしい呼び方だな、南坂。陸教同期なんだからもっとフランクでいいって言ったのによ」
「生憎と、これが僕の性格でして」
俺の後ろに立っていたのはチーム「カノープス」のトレーナーを務める南坂だった。彼は俺の2個年下だが...元自衛官で俺の陸教同期だったりする。因みに入隊も2年下である。
「しかしまあ、陸教以降音沙汰がないと思えばこんな所でトレーナーをしてたとはな」
「それはこちらのセリフですよ。まさか出向で中央に来てるなんて...」
「お互い様ってこったな。そういやお前さん、風の噂で聞いたんだが...一時期所属してたらしいな『S』によ」
俺が『S』の隠語を出すと南坂はしかめっ面になった。どうやら噂は本当だったらしいな。
「やっぱり自衛隊は噂がすぐ広まる」
「そりゃ娯楽に飢えてっかんな。通信科のお前が抜擢となりゃそりゃ流れるわな」
俺がタバコを吸い、紫煙を吐き終わると南坂が口を開いた。
「...僕に自衛隊は合わなかったんです」
「んなこたぁ分かってら。辞めるやつは余程の奴以外そんなもんさ」
「樋野班長は怒らないんですね。『S』から逃げた僕を」
「バッカお前、俺はただのモブだぞ。『S』なんて場所知らねえ癖してお前に何言えるんだ。ただ1つ言いたいことはあるな」
「言いたいこと?」
吸いきったタバコを灰皿に押し付け、火が消えたのを確認してから2本目に突入する。
次の言葉を待つ南坂を尻目に2本目の1吸い目を堪能して吐き出す。そして今まで投げたかった言葉をぶつけてやった。
「お前のその経験は必ず誰かの為になる。それを使える時が来たら迷わず使うようにしろよ」
「...なんか樋野班長が言うとカッコよくないですね」
「昔っからこういうとこで毒吐くよなお前....」
なんとも締まらない決めゼリフになっちまった...。
泣けるぜ。
まだ先ですが、1月上旬からは更新が出来なくなります。
理由としては樋野と同じ位になる為に入校するからなのでご了承くださいませ。
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EXTRA 4R 「皇帝の夢」
「おや、まだ電気が点いているな」
今日も生徒会の仕事が長引いてしまい、時刻は21時を回ってしまった。もう1時間もすれば門限なので、最後に一通り見回ってから帰ろうと思ったのだが...どうやらこの時間まで寝ない不届き者がいるようだ。
「これは厳しく指導してやらねばな」
思い立ったら即行動。私はその部屋のドアに3回ノックをして返事を待たずに入室した。
「ルドルフ...生徒会長なら知ってると思うが、普通入室は許可を得て入るものだが?」
「おや?こんな時間まで残業をしてる悪い子に言われるとはね」
「お互い様だ。オメーだってさっきまで仕事してたろ」
危ない危ない。眼鏡をかけている正樹の姿につい昂ってうまぴょい伝説する所だった。これが馬の時なら理性が効かなかっただろう。
当の正樹はこっちの事情を知らずに立ち上がって珈琲を淹れようとするので、即座に傍に寄って椅子に押し付けた。
「少しは休んだらどうだ?『オレ』に気を使う必要もないだろ?」
「へいへい、皇帝様の仰せのままに」
両手を挙げて降参のポーズをとって軽口を叩く正樹。ああ、今すぐにでもその軽い口を私の口で塞いで押し倒したいが我慢する。熟成すればするほど旨みは増すものだ。
「砂糖やミルクは?」
「ブラックでいいよ」
ふふっ、まるで夫婦の一幕の様だ。いや、良く考えればこれは予行演習だ。将来私達が結婚した時の予行演習...そうだそうなんだ。
「今めちゃくちゃキモイ顔してるぞ。例えるなら某特型駆逐艦ぐらいだらしない顔」
「皇帝たる『オレ』がそんなに顔をするとでも?」
「うわぁ!急にキリッとするな気味悪い!」
全く、乙女に向かって気味が悪いとは失礼な。礼儀というものを全くもって弁えていないな。
これは指導が必要だ。
「乙女に向かって気味が悪いとは失礼だな」
「中身ジジイが何をっ!」
「忘れたのかい?人はウマ娘に敵わない。その気になれば君と契りを交わすことすら造作ない事だ」
私は正樹の両腕を掴んで彼の脚の上に跨る。これだけで1戦闘員であるはずの彼は何も出来ない。必死にもがいても敵わない絶対的力量差。
ああ、本当になんて甘美なんだろうか。
「ル、ルドルフ?なんだか目付きが怪しいぞ?」
「何がおかしい?君の方から誘ってきたんだろう?『オレ』は今まで散々耐えてきた。君の一挙手一投足にどれだけ理性を削られてきたか。今こうして傍に寄ってはもう無理だ」
そうだ。少しぐらい味見したって大丈夫だ。何、いつかは存分にしゃぶり尽くすが、今の熟成具合を確認する位は構わないだろう。
「ちょ!?ルドルフ!?それ以上はマジでやべえって!」
「ダメだ正樹。テイオーに妹か弟がいた方がいいと思うだろ?」
「それ違うベクトル!というかそれもうツルマルツヨシがいるだろ!」
「やかましくよく回る口だな。ならこうしてしまおう」
私はピーチクパーチク喚く口を抑えようと自らの唇を差し出した。
「んぁ!?」
気が付くと、私は消灯された生徒会室の応接用ソファーに横になっていた。
「...ちくしょう」
あともう少しだけ見せてくれれば『オレ』と正樹の天皇賞・春が始まるところだってのに...普段は寝起きはさっぱりしないが、今回は特にハッキリと意識は覚醒してる分、余計タチが悪い。
「グガ〜...」
そして目の前では上衣を脱いで、1人用ソファーで座って不用心にも爆睡する正樹の姿。夢の続きをしたい所ではあるが興が削がれた上、あのシチュエーションの後では寝ている正樹を襲った所で満足出来ないと思う。
「そういえばこの服は...」
私の上にかけられた服に目を落とせば、それは正樹が普段着ている迷彩服で、確かに彼の匂いが染み付いていた。大方睡魔に負けた私をソファーに運んで掛け布団代わりに掛けてくれたのだろう。普段は素っ気ないくせに、そういう心遣いが私達を狂わせてくる。
「そうさ、これは君のせいだ」
ウマ娘は体温が高いので丁度いいし、人肌はリラックス効果がある。なので理論上はストレス発散にもってこいの筈なのだ。
というわけで私は呑気に爆睡してる悪い子を私が横になっていた長ソファーの方へ運び、添い寝する。
「ああ...これを玉座にしたい...」
多幸感に包まれながら、私は二度目の睡眠へと誘われた。
その後、エアグルーヴにソファーごとひっくり返されて叩き起こされるまでの間、私は正樹との新婚生活の夢を見た。左手の薬指には愛の証、そして私のお腹には愛の結晶がいた。なんと素晴らしき光景だろうか。
エアグルーヴ。今回だけは絶対許さんからな。併走で目にもの見せてやる。
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第16R「久方振りの邂逅」
まあ、試験的な話という事でよろしくお願いいたします。
「私の力で書類を書き直してみせましょうとも!!」
「あわわわわ...」
「何この地獄絵図」
どうも40連勤を迎えた樋野です。今現在どんな状況かと言うと、サクラバクシンオーが突撃してきてうっかりメイショウドトウと激突。ドトウが倒れてその際にバクシンオーを掴んだまま、東条トレーナーのトレーナー室にドアをぶち破って転倒。丁度ドアの前で用件を述べていた俺が押しつぶされ、持っていた書類が飛散。最終的にドトウが慌てて起き上がり、俺の書類を踏んで転倒して俺の上に尻餅をついて、無事俺が死にかけていた。そして暴走する委員長と慌てふためくドトウとドアに押し潰されてる俺が出来上がったってワケ。
「樋野君...」
「もうヤダこの職場...」
本当にどうしてこんなに酷い目に遭わねばならんのや...。
⏰
「このたわけ共がァ!!!!」
「脳が震えるッ!!!」
女帝の咆哮のおかげで、無事俺の鼓膜が病気休暇を取得した。因みに何故か俺はバクシンオーとドトウと共に正座をさせられている。あぁん?なんで?
「まず何度廊下を爆走するなと言えば解るんだバクシンオー!ドトウも普段から周囲に気をつけて冷静になれと言っているだろう!そして貴様はよくもやってくれたな!」
「先生、僕は何もしていないので理不尽だと思います」
「黙れたわけ!私はお前の先生では無いし、自衛官が理不尽ごときでぶー垂れるんじゃない!」
「さてはオメー俺の事奴隷だと思ってんな?」
「やかましい!貴様のせいでそこの2人も記憶を取り戻してるだろう!そのせいでまた私の仕事が増える羽目になるんだぞ!ただでさえ会長だけでも大変なのに!」
「それはシンプルにすまん」
そろそろあの暴走機関車ルドルフをどうにかせねばならんな...エアグルーヴの胃が超新星爆発してしまう。
「はぁ...本当になんでこんなことになってしまったんだ...」
「とりあえず私達は...」
「反省に決まってるだろ阿呆」
バクシンオーに大して随分冷たいエアグルーヴだが致し方無し。彼女は学級委員長でありながら問題児の1人に数えられる生徒だったりするのだ。いい子ではあるんだがな...。
「とりあえず俺は移籍に伴う申し送り申し受け業務をしたいんだが」
「ダメだ」
「なんで?理事長命令なのになんで?」
「なら私に誠意を見せてみろ」
なんで陸教みたいに自己犠牲の精神が問われてるんですかね?まあいいや、もうここまで来たらどうにでもなれの精神で玉砕じゃ。
「日中ご奉仕させて戴きます」
「ほう...」
「ちょわ!?」
「救いはないのですかぁ!?」
なんか周りがうるさいが知ったこっちゃない。
バクシンオーは「そんな簡単に牝馬にさらけ出したら襲われますよ!」とか何とか言ってるが、どうせエアグルーヴならやましい事は起きないし、大丈夫だという信頼を持っている。それに彼女の事だ、信頼を自ら無に返す様なことは無いはずだと確信を持っている。
「では、今週末はどうだ?」
「ちょっと待って...一応空いているが」
「では土曜の朝8時に寮に来てくれ」
「了解した」
こうして俺は業務に復帰出来る事になったのだが...バクシンオーとドトウは許されなかったのだった。
⏰
というわけで俺は今日エアグルーヴに指示された通り、寮の前で愛車のエクストレイルを止めて待っていた。時刻は0755。
まだ時間はあるので、近くの自販機でコーヒーを買って一服することにする。勿論喫煙所は無いので、車の中でコーヒーを飲むだけだ。
「おはよう正樹...ほう、中々いい車じゃないか」
「おはようさんエアグルーヴ。一応5年ローンなんだから傷つけないように頼むぞ」
「常識ぐらい持っているわ。たわけが」
俺の軽口にやや不機嫌なエアグルーヴだが、尻尾と耳は随分ご機嫌なご様子。それを言うと怒られそうなのであんまり言わないでおく。
「さて、今日は買い出しだったな?」
「ああそうだ。ショッピングモールまで頼む」
「了解しましたよっと」
俺はドライブにギアを変えてから車を発進させる。
...そういえば車で行くってことは荷物それなりになるって事なのでは?
「ちょ、重くない?」
「男ならそれぐらい頑張れ」
「いやしんど....」
案の定アホほど大量の荷物を持たされる私。買ってる物からして、恐らく生徒会の備品なんだろうけどさ...こういうのって普通配送して貰えないの?大体そういうものだと思うんだけど...。
「ちょっと休憩...」
「体力無さすぎるだろう...」
「最近事務仕事ばっかだったからかなぁ...」
そろそろ本格的に体力錬成再開しようかな...そこまで筋トレ好きじゃないけど...。
「全く...私はほかの店を確認しておくからそこで休んでいろ」
そう言い残してエアグルーヴは人混みの中に消えていった。
いやしかし休日だから人が多いねぇ...人酔いしそうだわ。
「あれ?樋野3曹!久しぶりですね!」
「んあ?おお!久しぶりだな
急に声をかけられたから誰かと思って振り向くと、そこには前いた部隊の後輩である
挨拶を返せば、須藤は相変わらずいい笑顔で後頭部を掻きながら近づいてきた。
「いやー樋野さんがいなくなってからダルい毎日ですよ。そろそろ退職の時かなぁと」
「3曹なったのに...ってのは野暮か。こんな安月給やってられねえよな」
「全くそうですよ...そういえば自分、今度実験団*1の支援に行くんですよ」
「そりゃ面倒なこって...あれ?機教連*2や1偵戦*3は?須藤とこが行く必要ないだろ?」
須藤は確か中部方面隊の3師団の所属だった筈だ。そういう支援なら通常は東部方面隊か中方でも10師団に行く筈...。
「なんでも今回の実験参加は、実質モルモットだから嫌だと...結局たらい回しにされて他方面隊のウチに回ってきやがったんですよ」
「イカれてんなぁ...それで一回こっちにか?」
「はい、上の人間同士の実施方法すり合わせですよ。それが終わってから富士に行って実験です」
「そうか...なら今日は羽目を外さないとな!」
そう言って俺は須藤に近くの自販機でジュースを奢ってやり、須藤もアホみたいに一気に飲み出す。久しぶりの楽しい時間だったが、遂にエアグルーヴが来て解散になってしまった。
「須藤、30分位拘束しちまったが時間大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です。今日は週外なのでブラブラしますし、ホテル泊まるんで」
「そうか、頑張れよ若手3曹」
「樋野班長もまだ若手でしょ!それでは失礼します」
一礼して歩いていく須藤を見送り、俺はエアグルーヴと共に車へと歩みを進める。
「貴様にも友人がいたんだな」
「相変わらず言葉のナイフが厳しい」
因みにこの後エアグルーヴに高いディナーを奢った後、俺の寮の部屋に入り込まれそうになったが、いつもルドルフ等にやっているようにミノルをチラつかせて追い返したので割愛させて頂く。
俺の信頼は塵に還ったのだ。
⏰
そんなよくある日常が過ぎてから1週間後。俺は南坂から呼び出しを受けていた。
「どうした南坂。お前が喫煙所に呼び出すなんて珍しい」
「...実は特戦の同期から連絡がありまして」
重そうに口を開く南坂を見て、俺はタバコに火をつける。そしてひと吸い目を堪能してから疑問を投げつける。
「...ふう。で?どうした?俺にもお前にも関係ない話...」
「須藤蒼司3等陸曹、
「は?たった2名でどうやって...」
6両も車両があるなら、例え装輪MOSがあっても移動なんざ2名で易々と行えるわけがねえ。ましてや須藤のヤツだ。重大な規律違反なんかする訳がねえ。
「分かりません...ですが、特戦を使っている事から、この事を陸自は隠蔽する気です。恐らく将官が関わってるとすれば樋野3曹にも影響があるかと」
「わかった。この事はあんまり触らねえ方がいいな...俺の方からは探りを入れずに黙っておく。お前もあんまり特戦同期と連絡取んなよ。この事がバレたら俺ら消されるかもな」
「何故...」
「俺の予想だが、今回の件は
須藤...お前ならどんな状況でも乗り越えられる筈だ。頼むから仏さんになってってのは勘弁してくれよ...?
その頃、こことは違う荒野の世界で件の自衛官は叫び声を上げていた。
「こんのぉ!絶対仕留める!」
「頼むキリエ!いい加減諦めてくれ!このままじゃ俺達マジでレオナに殺されるか、バラバラになっちまうって!」
「よし!!」
「もうヤダこの戦闘狂!!!!!ぜってえ帰ったらテッパチで殴ってやるからな!!!!」
改造によって後部銃座が増設されたキ43一式戦闘機「隼」に乗り込んでいる須藤。彼は74式車載機関銃にしがみつき、己の相方であり、敵を前に狂気な笑みを浮かべる戦闘機乗りのキリエに対して、怨嗟の声を上げながら夜の空で半べそをかいていた。
どうやらこの自衛官もまた、不遇な目に逢う運命の様である。
今回登場した須藤3曹は今練ってる別作品に登場予定です。
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第17R「陸上自衛官として」
暗闇の中でボクは倒れていた。
脚に痛みがあり、目を向けるとボクの脚はあらぬ方向に曲がっていた。
折れている。前世で4度も折れた『僕』の脚がまたしても折れている。
ふと前を向けば正樹がいた。
でも、その目は今まで見たこともないくらい冷たく、顔は無表情だった。
「待って正樹!まだ走れる!まだ走れるから!ボクなら...『僕』ならまだできるから!」
「いや、前世があったってのに今世も走れないウマ娘なんていらない。契約は解除だ。どうせならもっと強いウマ娘の方が良い」
「待って!正樹!お願い!捨てないでくれ!まだやれる!できるから!」
「捨てないでくれ!!!!」
飛び起きればそこは自分の部屋で、目の前にはカイチョー...『父さん』のポスターが貼ってあったが、最悪の目覚めだった。寝巻きは汗でグチャグチャだし、脳裏に冷たい目をした正樹の顔がこびりついて離れない。
「正樹...」
幸いにもまだ学校に行く時間には早い。ボクはウマホを手に取ってLANEを開き、正樹へメッセージを送った。
どうも樋野です。今日も今日とて社会に奉仕するべくトレセンのグラウンドで仕事中でございます。
とは言いつつも、現在チームスピカはゴルシ以外は在籍しておらず、やる事はこの黄金の不沈艦の手綱を握ることなんだが...。
「やめんかゴールドシップ!なんでタイヤ引きやるって言って
「だってこっちの方がかっこいいじゃねえか」
「だってもクソもあるか!大体鍵箱の鍵は俺が持ってるんだぞ!それにお前免許ねえだろ!」
「私有地だから免許いらないし〜」
「そういう屁理屈は聞いてねえ!」
この破天荒はと言うとタイヤ引きをするはずが何故かLAVを持ってきて引っ張ろうとしていた。しかも偽装まで施されているという徹底ぶり。
なんでそこに拘ったのかという思いと共に、鍵箱からどうやって取ったのか疑問が残るがゴルシ相手ではもう諦めるしかないのだろう。
「頼むシップ...真面目に練習してくれよ...ただでさえお前の為にグラウンド使用許可得るのにエアやルドルフに頭下げてるんだからさ...」
「甘いな正樹...栗マロンより甘い!『俺様』にはそんな事は関係ねぇ!」
「ほんとになんでこいつに女性ファンが多かったのか理解できん...」
時と場合が合致していればかっこいいセリフなんだろうが如何せんズレにズレまくった状況での発言なのでもうツッコむ気力すら湧かない。助けてヒシアマ...タマ...。
「なーに大仏みてぇな面引っさげてんだよ」
「オメーが原因だろうが...」
「だってつまんねーんだからしょーがねーだろ?」
「こんの気性難が...」
本当にこの気性難ウマ娘は...。
「振り回されてんなぁ樋野」
「西崎トレーナー...」
「ほいよ。ブラック」
「っと。ありがとうございます」
西崎トレーナーからパスされたブラックを受け取ってとりあえず喉に流し込む苦味と酸味が口内に広がって頭をさっぱりさせてくれる。
一方ゴルシは飽きたのかLAVの上で逆立ちを始めていた。本当になんなんだこのウマ娘。
「何となくだけどお前ならゴルシを動かせられると思ったんだけどなぁ」
「正直キツいですよ...あの破天荒が意志を持った存在は」
「だろうなぁ...あいつにもチームメイトが出来ればなぁ」
「なら僕らがしっかりチームメイトを勧誘してあげないといけませんね」
「痛いとこ突いてくれるねぇ」
そう言って笑う西崎トレーナーだがその顔に不安はなく、寧ろワクワクしているといった様子だった。
まあ、チーム『スピカ』は名馬が集う強豪チームになる運命だしな。
「ん?」
迷彩服の胸ポケットに入れたスマホが振動したので取り出すとLANEの通知が表示されており、トウカイテイオーから一言『今週末も遊ぼう』と来ていた。
「はぁ...」
「どうした?女関係か?」
「女は女でも小学生です」
「樋野...お前...」
「大丈夫だ正樹。お前がロリコンでもアタシは見捨てねえよ」
「断じて違う!ただの知り合いだよ!てかいつの間に来たシップ!」
なんか勝手にロリコン認定されて俺の鋼鉄の精神がアルミホイルのごとく破られた。
別に俺はロリコンじゃない...。
⏰
「ハァァァ〜」
「どうしたのさ正樹。いつになく顔が青いじゃん」
「原因が余計なお世話だ」
現在テイオーとファミレスで外食中だが、このクソガキは週末になる度に人の休みを潰しにかかってくる。
どこから手に入れたのか俺のLANEのアカウントを登録しており、それで俺に毎回連絡してくるのだ。
内容は決まって同じ。週末遊びに行こうという内容だ。
そのせいでルドルフを筆頭に前世組に殺されるのではないかと冷たい視線を受けることになる。
この前チケットに「どうして俺と遊んでくれないんだよォ!」と泣き付かれたのも記憶に新しい。
「いい加減にしてくれ...俺だってルドルフ達を躱すの大変なんだぞ?」
「『父さん』はいっつも正樹と会っててずるいじゃん。これぐらい正当な権利だもんねー」
「俺の人権はないんか?」
なんでこうもウマ娘達は俺の人権を無視してくるのだろうか?日本国憲法下なんだから憲法守ってくれ...。
「そういえばお前、なんかあったのか?」
「エ゛!ナ、ナンデソンナコトオモウノサ〜」
(嘘下手!!)
100点満点の嘘を隠せてない反応に驚きながらも、指摘すればむくれて面倒になるのでスルーして話を続ける。
「なんというかな、普段と違ってやけにソワソワしてないかお前。先週とかそんな事なかったろ」
「ウグッ!ス、スルドイネマサキ...」
「半角発声続けないでくれ。で?なんか学校とかであったか?こう見えて営内班長もしてたから相談なら聞いてやれるぞ?」
自慢じゃないがこう見えても後輩の悩みを聞いたりしてやった事もある。多少なら人生の先輩として導いてやるぐらいはできる筈だ。
「...正樹は居なくならないよね?」
うん、どでかい爆弾来たね。
いや、てっきり学校で喧嘩したとかそういう類の物かと思ったら想像の100倍重いもの来たよ?そんなとこでシットリテイオーされてもおじさん困るなぁ...。
「どうした急に。テイオーらしくもない」
「...夢で見たんだ、走れなくなって正樹に置いて行かれる夢。正樹が...『2度も走れないウマ娘なんていらない』って...グズッ」
おい夢の俺、ハイクを述べろカイシャクしてやる。
え?何、テイオーの夢の俺クズ男すぎん?担当したら責任持つのがトレーナーって習わなかった?陸教で何習った、その襟の階級章燃やすぞ。
...とりあえず夢の俺にキレるのは置いといて。テイオーは前世では子供もいるとはいえ、今世ではまだまだ子供だ。そんな中で四度の骨折を経験した前世があるとはいえ、不安は拭えないだろう。
いつも天真爛漫だからといってそういうネガティブな面が一切ないとは限らない。
だが...だからといって大丈夫と言えるほど俺も無責任な立場では無いのが現実だ。
「テイオー。その夢の俺はかなりのクズ野郎だが気にするな。仮に俺が担当になったら、怪我をしたからってお前を見捨てることは決してしない。どうにかしてお前をサポートするつもりだ。だが...」
「だが...?」
これだけは確実に伝えておかなければならないだろう。
「俺はトレーナーである以前に陸上自衛官だ。命令であれば例え死ぬ事が分かっていても命令や任務を遂行しなければならない。まだ難しいかもしれないが『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる』これが俺が自衛官として宣誓した事の一つだ。これを守るのが俺の責任ってこったな」
服務の宣誓の1文だが、『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる』これは俺が自衛官として遂行しなければならない事項であり、故にテイオーのそばに居続けるということは100%不可能な状況が生起するということでもある。
極論かもしれないが、命令であればその身と命をもってして国民の盾になる。昨今の若い隊員は解ってない者も多いが、それが自衛官に求められる事なのだ。
「わけわかんないよ...なんでそんな事...」
「俺が自衛官だからとしか言いようがないな...辞めるまでそれは変わんないさ」
「なら!」
「おっと、辞めるのは俺の意思だから強制はできんぞ」
「ウグッ...ナンデワカルノサ...」
「思考が単純だからな」
危ねえ危ねえ。コイツ旧家の令嬢だからルドルフみたいに伝手を使って外堀埋めてくるつもりだったな。
だがそうはいかん。ただでさえシンボリ家とメジロ家相手で手一杯なのにこれ以上外堀埋められてたまるかってんだ。
「まあ、これぐらいなら付き合ってやるからさ。心配しなさんな」
「...なんか納得いかないけどわかった」
本当にわかったんかいな...。
因みに翌週初めにルドルフ達にテイオーから『正樹が「僕の」担当トレーナーになってくれるってさ』というLANEが送り付けられたことにより、理不尽折檻杯タイル1mが開催されたのは言うまでもない。
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第18R「嫉妬」
「えーっと...?ここがB整備で再来月がC整備...あれ?タイヤの番号なんだっけ?」
「....」
「何処だ何処だ...これがタイヤの一覧表か?あ、違う。補給物品の一覧表だ」
「....」
「あっるぇ?どーこにしまったっけなぁ?確かここにあるはずなんだけど...これか?『武器ロット番号表』お前じゃねえ!」
「Just look at me!」
「首がァ!」
久々に自衛隊の事務作業してたらクリスエスに首の骨を折られかけた正樹さんです。
いやー何があったのかこの子ずっと事務室に入り浸ってそばにいるから放置してたんだけどまさか俺の暗殺を狙ってるとはこの正樹の目を持ってしても見抜けなかった。
「いってて...クリス頼むからウマ娘パワーで無理やり首を捻らないでくれ...リアルア○パンマンになっちまう」
「Sorry...だが無視した正樹が──圧倒的に悪い」
「なんでウマ娘ってワガママなの?」
こうしてみるとまだスイープとかオルフェの方が大人しい部類に見える。あっちは駄々っ子で済むし。
「先程から──Feeling of loveを向けているのに...」
「馬の時と違って言語があるんだから話しなさいよ」
「Conversation──私と正樹の間では不要だ」
「超能力者か何かと勘違いしておっしゃられる?」
俺はただの一般的なトレーナーであって読心術なんざ習得してないし、そもそもクリスはクリスで寡黙な上にポーカーフェイスだからこっちとしてもまるでわからんのだ。
「ともかく!しっかり相手とコミュニケーションをとることをしないと気持ちを伝えられんぞ!」
「Roger──任務を遂行する」
「は?」
⏰
「で?こうなったってか?」
「そうだ助けてくれシリウス」
「ブッフ!...なっさけねえ奴。見るだけでおもしれぇ」
「笑いこらえながら話すんじゃないよ」
偶然事務室に来たシリウスに現状を見られて助けを求めたら煽られたでござるの巻。
そりゃ面白いでしょうな。クリスは身長170cmにもかかわらず、俺にコアラの如く抱きついてる。そして俺は身長162cmと正に奇妙な状態である。正樹だけに。上手くねえか。
□
「アイデンティティを奪われた気がする!」
「バカ言ってないで書類作業してください会長」
「すまないエアグルーヴ!ちょっと席を外す!」
「あっ!ちょ!待って下さい会長!待て!」
□
「しかしまあ、よくよく考えたら正樹って結構チビなんだな」
「言うんじゃありません」
「あれか?男の威厳がとかのプライドか?」
「うん元男だからって傷をえぐって良い訳じゃないよ?泣くぞ?終いには年甲斐無く泣いてやろうか?28歳の泣く姿なんて見るに堪えないぞ?」
「そんなにムキになるなよ...ブフォ!」
こんの不良ウマ娘....さっきから吹き出しながら一向に助けない所を見るに楽しんでやがる...今度メイド服とか着せてやろうか。
「で?どうするんだよ。こうなったクリスはてこでも動かないと思うぞ?『叔父貴』と『俺』でなら剥せるには剥せるかもしれんが」
「何この子フェイスハガーの系統種族なの?...ルドルフは面倒だからいいや」
「愛しの正樹が呼んでいるッ!」
「呼んでねえし帰れ不純物」
どっから聞きつけたのか不純物100%の暴君が現れた。
逃げるコマンドかル○ラを選択させて欲しい。
「...『オレ』が言うのもなんだが最近『叔父貴』に対して辛辣すぎないか?」
「どうせあのライオンの手綱握れる奴いねえんだしせめてもの悪あがきだよ」
流石にシリウスが憐れむレベルの様だが知ったこっちゃない。
こいつのせいでどれだけ面倒事が増えたか...。
俺のPCに保存してた鹿毛のナイスバディウマ娘ファイルをPCごと破壊した上、シャカールとPC買いに行っただけで制裁とか理不尽すぎんだろ。
「トレーナー君...何故クリスエスが君に抱き付いているのかね?」
「寧ろ俺が知りたい」
ほーら始まった。耳絞って目付きが肉食獣のそれになったよ。
もう慣れたからいいけどそろそろいい加減にしてくれないかなぁ...。
「クリス!そこは『オレ』の玉座だ!退け!」
「拒否──正樹は椅子では無い。『私』の番いだ」
「考えうる限り最悪の日本語かましおったで」
クリスの番いという言葉に反応したのかそれはもうルドルフが猛獣が戦う寸前の顔になっておられる。
それに気づいたクリスは俺から降りてルドルフに詰め寄った。
「ほう?随分とふざけた事を言うようになったなクリス...久しぶりに喧嘩でもするか」
「No──喧嘩では無い蹂躙だ」
「クリスって気性荒かったっけ?とりま助けてシリウス」
「...」
「シリウス?」
「わりい...流石に今の『叔父貴』相手はパス」
「わぁ孤立無援だぁ!」
どうやら流石のシリウスも今のルドルフと対峙するのは無理な様だ。
そりゃそうか、俺だって出来ることなら今すぐ漏らすレベルでバチバチしてる。
これが馬の時なら多分俺はミンチよりひでぇ事になること間違いナシだ。
とりあえず今ここで暴れられると俺の仕事がダメになるので止めなきゃならん。
「はいはい2人ともそこまで...いってえ!」
「ヴヴゥゥゥ!!!」
「落ちつけルドルフ!痛い痛い噛むな噛むな!」
こんのライオン俺の左手に噛み付いてきた!
いやまじで引きちぎる勢いでコイツ噛んでるんだが!?
あかんあかん指ないなる!
「何やってんだバカ『叔父貴』!」
「ぐぁ!?」
さすがにまずいと思ったのか、シリウスの見事なまでの左手フックがルドルフの後頭部に炸裂して俺の指は離された。
歯型どころか血まで出ていた。マジで食いちぎられるレベルじゃん怖ァ...。
「いってぇ....マジでちぎれると思った」
「正樹!大丈夫か?」
「大丈夫だクリス...とりあえずルドルフ」
「うっ...ま、正樹...」
流石に頭に血が上り過ぎたとはいえ、やらかした事の重大性を認識したルドルフはさっきまでの威勢はどこへやら。怒られるペットのごとく耳も垂れ、しっぽも垂れていた。
「ルドルフ、発情期の薬飲んだか?」
「....業務が」
「言い訳しないの。飲んでないんだな?」
「はい...」
「まさかとは思ったけどさ...」
案の定やけにイラついてると思えば発情期の薬を飲み忘れていたらしい。そりゃあんだけ気が立つわな...。
机から非常用に常備しておいた抑制剤を取り出してルドルフに渡す。
「ほら水もやるから飲め」
「わかった....」
ルドルフは大人しく薬を飲む。
俺も引き出しから救急品セットを取りだして手の処置を行う。
処置が終わって向き直れば未だにルドルフは下を向いて固まっていた。
「はぁ...シリウス、クリス。悪いが今日は帰ってくれ。ルドルフは俺が何とかする」
「だが──」
「クリス。『オレ』達より正樹の方が『叔父貴』の対応が出来る。信じてやれ」
「──わかった」
「ありがとう2人とも」
クリスは少々不満げではあったが、シリウスに説得されて退出してくれた。
これでやっとルドルフと話せる。
「ルドルフ」
俺が声をかければルドルフがビクッと跳ね上がった。
正しく刑を執行される犯罪者の如く。
「ほらおいで」
「正樹...?」
だが別に俺は叱りつけるために2人になった訳では無いので椅子に座ってルドルフを膝の上に招く。
ルドルフは恐る恐るではあるが俺に近づいた。
だが座ろうとはしないので仕方なくルドルフの腕を掴んで膝の上に対面する形で座らせた。
「ま、正樹!!?」
「まー今回は俺が悪い部分もあったな。いくら別チームとはいえ、お前を放置していたのは間違いない訳だ」
事実、俺はルドルフやエアグルーヴといった忙しい面々以外であれば頻繁に引っ張りだこにされた。
オペラ4時間コースやゲーセン巡りだったり、妹の野菜嫌い克服会、バーベキュー等様々である。
そういった点ではルドルフを放っておいた俺にも非がある。
元来ウマ娘とは独占欲が強い。
父さんが少しキャバクラ行っただけで母さんに組み伏せられてうまぴょいなんて何度見た事か。その結果今小学生5年の妹がいる訳だが...。
ともかく、ルドルフも生徒会長という役職がある以上そこまでガス抜きも出来てなかったはずだ。そこで発情期とさっきのクリスの煽り文句。理性がなくなっても仕方ないだろう。
「すまなかったなルドルフ」
「...ルナ」
「ん?」
「ルナって呼んで」
「はいはい分かったよ...ルナ」
「....ごめんなさい」
「わかったよ。気にしてないし怪我なんて日常茶飯事だ」
自衛隊という仕事柄挟んだり切ったりは日常茶飯事なのでそこまでである。ウマ娘に噛み付かれたのは初めてだけどね。
結局俺はすすり泣き出したルドルフが落ち着くまで彼女の背中を摩ってあげた。
勿論、後でエアグルーヴが来て後々面倒なことになったのは言うまでもないだろう。
後は...。
「トレーナー君...すまないが...」
「はいはい、放課後においで」
「....♡」
少々ルドルフのやばい扉を開いちまったかもしれない。
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EXTRA 5R「深淵」
日本の東京都千代田区霞が関三丁目2番2号。
おそらくこの住所を書いて所在する建物が分かる人間など一般日本人では数少ないであろう。
そこに所在する建物は『文部科学省』と呼ばれ、日本の行政機関のひとつであり、教育、学術、スポーツ、文化および科学技術の振興、宗教事務等を所管する所であり、『文科省』の名で広く知れ渡っている。
そんな日本の教育機関のトップとも言い換えられるような場所に3人の男性が集結していた。
3人ともこの場にはおおよそ相応しくない紺色のスーツである陸上自衛隊の16式制服に身を包み、文科省を見上げていた。
「ここが文科省か...こんなとこに来るとはね」
「幕僚長。そろそろお時間です」
「うむ。早速行くとしよう」
この3名はというとそれぞれ陸上自衛隊のトップ『陸上幕僚長』、静岡県を除く東海・北陸・近畿・中四国地区の2府19県を管轄する中部方面隊のトップ『中部方面総監』、関東地方・甲信越地方および静岡県を管轄するトップ『東部方面総監』という自衛隊の中でも最上級クラスの将官であった。
3人は受付を済ませると、受付員から案内を受けて会議室へと通される。
そこには既に1人の男性がおり、こちらを見て裏のあるような笑みを浮かべていた。
七三分けに四角い眼鏡といういかにも役員風な男こそが、3人が合わなければならない文科省の『公益施設警護派遣法関連担当官』であった。
「本日は御足労頂き誠にありがとうございます」
「いえいえ。早速ではありますが、本日の調整についてですが」
「はい、我々の管轄下であるトレセン学園に陸上自衛官を派遣して頂けるという話ですね」
「はい、その件です。こちらでも幕僚会議や関係各所と会議を行ったのですが...どうにも理解できないのがこの『派遣員はトレーナー業を兼務出来る資格を保有する隊員である』という点と『トレーナー業は原則副業ではなく陸上自衛隊の業務の一環とする』という点についてでして...ご説明できますか?」
「簡単なことです...公務員は副業が出来ません。然しながら...我々や教育委員会としてもトレーナーを増員することが出来ないのです。そこで派遣される隊員の中で、トレーナー資格を持つ者を出向という形で支援して頂きたいのです」
「ですがそうなった場合の隊員の確保及び当該隊員の業務量は膨大であり、そういった面では...」
「おや?陸上自衛隊は365日24時間勤務であると伺っていますが?」
「いえ、あくまでそれは国防の為に出動する事を前提としていまして...」
「ですがこの公益警派法も国防の一環では?既に両大臣の合意はされているはずです。それに...名家からとやかく言われたくはないでしょう?」
それを言われた3人は顔を顰める。事実、ウマ娘の名家が関わるということは、この日本経済において重大な意味を示していた。
戦車やミサイルなどの半導体や基盤などの精密機器から装甲板、半長靴や迷彩服の素材に至るまで細々した物は各名家下の中小企業が作成しているというのが現状だ。
その他にも多くの食材やレーションの製造納入などの外部委託にも関係がある。
もし名家の機嫌を損ねようものなら、陸上自衛隊のみならず、陸海空自衛隊の補給基盤はガタガタになる事は間違いなかった。
「陸海空自衛隊の戦力とたった一人の自衛官。取るべきはどちらか...防大を主席で出られた貴方ならわかるはずですよね?」
幕僚長は歯が割れる勢いで食いしばった。可能であれば目の前で飄々としている役員に一発拳を入れたかったが、そうは立場がさせてくれなかった。
既に法は整備され、両大臣の合意がなされ、公益施設警護派遣隊の編成完結も迫っている。
どう足掻いても覆すことは不可能であり、部隊存続の為に1人の自衛官を犠牲にするしか無かった。
「分かりました...こちらの方で当該隊員を捜索してみます」
「よろしくお願いします」
⏰
文科省から出ていく3人を自分の部屋から見下ろす担当官はポケットから携帯を取り出して電話をかけた。
「はい、私です。やはり彼らも公務員。名家の話題を出せばすぐに頷きましたよ。おそらく約15万人の中で該当者は数名。そのうち彼が選ばれる可能性は高いでしょう。...ええ勿論。桜田門とサッチョーには既に。『あの約束』の方はお願いしますよ?」
電話をしながら担当官は備え付けのテレビを付けた。
「どうやらそちらも順調のようですね」
『続いてのニュースです。全国的に日本での銃の違法所持が進んでおり、特に10代の犯人が次々と検挙されています。警察は暴力団が関与しているとして捜査を続け───』
映し出されたニュースには『進む若者の違法銃所持』との見出しが出され、内容を読み上げていた。
『根底にはイジメがあるんですよ。結局国も警察も学校も何もしない。だから犯罪に走るんですよ』
そう語る専門家に大して担当官は吹き出した。
「全く学のないやつは分かっちゃいない。そんな物じゃない。漠然とある殺意が表に出ただけ、イジメはただの要因の一つ。結局は国が撒いて自分の首を絞めているだけなのに」
男はそう言い捨てて、机の上のコーヒーを飲んで再び窓に顔を向ける。
その窓の先には何も知らない東京の街があるだけだった。
また入校するので投稿遅れます
お許しください
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第19R「愛しき子よ」
短いですがご了承頂ければ幸いです。
「これでよしっと...グルーヴそっちはどうだい?」
「こっちも今しがた完成したところだ」
時刻は21時過ぎ、私ヒシアマゾンはエアグルーヴと共に今まで弁当の作成に勤しんでいたところだった。勿論自分の弁当ではなく、私たちの元サブトレーナーである正樹の為の弁当だ。
「流石に多すぎたか...?」
「自衛官なんだから大丈夫じゃないかい?」
グルーヴは心配しているが、目の前には一般的なタッパー2個で構成された弁当が2セット出来上がっていた。確かに少々多いかもしれないが、最近食事をカロリーメイトごときで済ませるバカ正にはこれぐらいが丁度いいだろう。
「それに残業続きでゴールドシップも言う事聞かないんだろ?そのせいで喫煙量が増えてるそうじゃないか」
「あのバカには『ワタシ』と『ルドルフ』から再三注意をしてるんだがな...効果は無い。業務に関しては最悪『ルドルフ』の方から防衛省に圧をかけて貰うという手もあるが...」
「流石に家を使うのはマズいんじゃないかい?マスコミに漏れたら大事だし、正樹だって良くは思わないだろうね」
「そう思って『ワタシ』も『彼』を止めているのが現状だ」
全くルドルフの暴走にも困ったものだ。前世を全面に出す前は有能な生徒会長だったが、今では自分好みの姫を手に入れる事に没頭する暴君だ。
少し前に前世組の噂で痛い目を見たという話を聞いたが、懲りているのかいないのか...。
「まあ、私たちが面倒かけてちゃ世話ないね?グルーヴ」
「ヴッ...そ、それは....」
「あんただって面倒起こした身なんだから反省しな」
「ぐっ...!」
そう、このエアグルーヴでさえ前に正樹の部屋に押し入ろうとして一悶着あったのだ。
あの正樹が「流石にエアは信頼していたのに...」とアタシに零していた。それを彼女に伝えた所、珍しく3日間寝込んだそうだ。
「ま、ワタシ達が正にしてやれるのは現状これぐらいだろうね。過剰に入り込めば拒絶もされるさ」
「だ、だがやはり正樹は放ってはおけんだろ!あんな危なっかしい勤務体制で...」
「だからこそだよ。いいかい?いくら前世で経産婦だとしても今世じゃただの女学生なんだよ?対して正樹はもう三十路のいい大人だ。それに自衛隊だって人員が足りてないのに仕事が増える一方だそうじゃないか。本末転倒だとは思うけど仕方ないさ」
これが今の状況なのだから仕方ない。あくまで私たちは学生。正は社会人。これでも前世で何頭もこさえた身であるからこそ母親目線になるが、そこを忘れてはいけない。あくまで私たちが社会的常識から出来る範囲で彼をサポートするのが1番だろう。
「ま、明日の朝に正に弁当渡すか食わせればいいさ。ちょっとずつ信頼を回復していきな」
「事実なのに余裕そうに見える...」
なーんであんたは私に対抗意識燃やしてるんだ....。
翌日の朝早く。私達は学園の一室に設けられた自衛隊用事務所を訪れていた。磨りガラス越しにパソコンの光が見える所からおそらく正樹は起きているだろう。
「全く、こんな朝早くからやることもないだろうに...行くよグルーヴ」
「ああ」
私達はノックしてから部屋に入る。
「正!今日もどうせちゃんと飯食ってないんだろ?アタシとグルーヴが弁当を....」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛...団長のAMSR最高なんだわ...この晩酌配信の雪民の大喜利いいな...流石失言王ス〇ル」
「は?」
目の前にはパソコンのタブをいくつも開いて動画を視聴する正がいた。
確かあれは...Vtuberと言うやつだったか?まあそれはいい。
せっかくこっちが心配して飯を作ってきてやったのにこれは少々...いや、かなり許せない。
「正?」
「んぇ?....アッ」
肩に手を置いて気づかせてやる。振り向いた正はアタシ達を見ると同時に、普段だと面白いぐらい顔面蒼白になるが、今は笑えない。一応アタシもグルーヴも笑顔ではあるんだけどね。
「言いたいことは?」
「スゥーーーー逃げるんだよォ!」
「逃がすかたわけ!」
「アベシ!」
アタシの手を振りほどいて逃げ出したが、すぐさまグルーヴがラリアットをかまして地面に叩きつけられた。ウマ娘相手に逃げられるわけが無いだろ?
「さあ、教えてもらおうか?」
「ヒェッ」
朝からバタバタしているが、尋問タイムとシャレこもうじゃないか。
「ほーん...それで癒しを求めてVtuberをねぇ」
「この大たわけが...!」
話を聞いてみればなんでも数年前からVtuberの配信を見るようになり、そこから同期に沼に沈められて今では癒しを求めて配信を見ているそうだ。
まあ、仕事量や環境上仕方ないのは重々承知の上だが、アタシ達に弁当作って置いてもらって朝一から配信視聴は解せない。
「大体そんな画面だけの女より目の前に美少女が大量にいるだろうが...その気になればその先だって堪能できるだろ!」
「とんでもねえこと言いやがるなこの副会長」
「悪いけどこればっかりは正に同意する」
「なぜ!?」
グルーヴには悪いけど流石にそれは...言い過ぎでは無いが、世間体がね...。
「別にいいだろ!俺が35Pで星読みですこん部でスバ友で雪民で団員で座員で助手でも!」
「多い多い!え?どんだけかけ持ちしてるのさ?」
「ちゃんとメンバーシップ入ってます」
「そういうことじゃないだろたわけ!」
思いのほか多くの人を追いかけていた事にびっくりした。ウチの生徒でもアイドルを追いかける子は何人かいるけど、流石に何人も追いかけているのは驚いた。
...ふむ。試しに見てみるか。
「大体だな─」
「いやいや─」
ほうほう...中々面白いじゃないか。ワタシも何度かバラエティー番組に出た事あるけど、この子達の番組?はかなりしっかりしたものだし、各人のスキルも中々だ。
「ほう、中々いいじゃないか」
「ほら見ろ!ヒシアマだって...は?」
「え?ヒシアマなんて?」
なんだい。いいと思って口にしたら2人して鳩が豆鉄砲食らった顔して。
「いや、見てみれば中々面白いと思ってね歌もダンスもトーク力も高い。なんならアタシ達の良い参考にできるとも思うね」
「な...」
「ヒシアマァ...」
なんかグルーヴは「嘘だろ?」って顔して、正は嬉しそうな顔をしていた。なんでこうも対局的な顔してるんだい...。
「まあ、三十路でアイドル追いかけなんてして」
「ヴッ!」
「教え子に飯を作らせ」
「ガッ!」
「ましてや自分は業務の合間に癒されるためにアイドルに寄っていた」
「ウボァ!」
「けどまあいい事を知れたし、チャラにはしてあげないこともないよ」
「ソ、ソウデスカ...」
いい感じに言葉の槍が正に刺さった所で1つ提案をしようか。
「ただ完済とはいかないね。そうだね...今日は休みだし、アタシ2人に癒されてくれるなら許してあげなくはないよ?」
「は?え?いやそれは...」
「じゃあこの事をフジや会長に...」
「姐さんそれだけはお許しを!」
見事なまでの土下座に正直ちょっと引いた。フジや会長はどんな事を正にしてるんだい...。
「じゃあ、早速やってもらおうかな?」
それから1日正樹は私とグルーヴの2人から弁当を食べさせたり膝枕やマッサージを受けて癒されることになった。
終始ドギマギしてる正は新鮮で面白かった。ついでにエアグルーヴもドギマギしていて2人揃ってウブ過ぎないかとは心配したが、これは母心として言わないことにした。
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第20R「メジロ家」
「それでは大奥様をお呼びいたしますので、こちらで暫しお待ち下さいませ」
「はい、ありがとうございます...」
ウヒー...何が悲しくて腹ペコのライオンの檻に自ら入る阿呆がいるのか...俺か。
というわけで俺はあのロリ...ゲフンゲフン理事長の指示でトレセン学園の入学案内の為にメジロ家へとやって来ていた。
一応名家でも有名なメジロ家相手なので、しっかりアイロンや靴磨きを施した91式制服の第1種夏服に身を包んでいる。防衛記念章とか徽章はほぼ無いので寂しいが気にしたら負けである。
何をとち狂ったかは知らんが、なんで俺がこんな仕事してるんだ...?俺はあくまで1人の自衛官でトレーナーなだけで、こういう仕事は陸幕広報とかそれこそ理事長やミノルの仕事だろうに...。
まあ、悪態をついても仕方ないのでスマホの内カメで最終的な身だしなみのチェックを行う。
そんなことをしているとノックの後にドアが開けられて執事さんが入ってきた。
「樋野様、大奥様がいらっしゃいました」
「ありがとうございます」
執事さんにお礼を言い終わると奥から鍔の大きい帽子をかぶったご婦人が入って来て向かいの椅子の前に立った。
アニメのウマ娘に出てきたメジロのおばあ様そのままで正直ビックリしたが、それを出さないように脱帽時の敬礼をして自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。陸上自衛隊公益施設警護派遣隊日本ウマ娘トレーニングセンター学園派遣員兼ねてチーム『スピカ』サブトレーナーを務めさせて頂いています。樋野正樹3等陸曹です。こちらは名刺になります」
「お忙しい中わざわざありがとうございます。本日はトレセン学園の入学案内についてとの話と聞いていますが...」
「はい、早速ですがこちらが入学案内の資料となっております。注意して頂く事項としては...」
そこからは先方も大体の内容を掌握していた為、説明は順調に進んだ。
付け加える事といえば前年度から変わった試験範囲とかの類でその他はほぼなかった。
「以上で説明を終了させて頂きます。何か確認事項等はありますか?」
「...いえ、特にはありません。この様子であればマックイーンも大丈夫でしょう」
「そうですか。であれば問題はありませんね」
マックイーンか...よし、とりあえず俺はその猛獣から逃れなければならない。
これは望成目標ではなく、必成目標である。
「では私はこれで...」
「樋野様。この後孫達を交えたお茶会をするのですが、せっかくなので参加されませんか?」
「え?いえ、大変光栄なのですが...自分はそこまで関係が...」
「いえいえ、かつてメジロ家に尽くして下さった樋野家の人間に大したことが出来なかった事を償う...とまではいきませんが、私は今後良好な関係を築き直したいと考えています。なのでその1歩として樋野様には是非参加頂きたいのです」
「うっ...」
正直なところ、先祖のゴタゴタなんざ知ったこっちゃないし、そんなのお上でどうにかしてくれってのが本音だが、そんな事を言えば俺は確実に狩られる未来が見える。
おばあ様の後ろの窓に張り付いて俺をガン見するマックイーンによって。
⏰
「はぁ...」
「あら、正樹様。溜息をつくと幸せが逃げますわよ?」
「絶賛オメーらのせいなんだがな...!」
何故か俺の足の上に陣取って紅茶を嗜むクソガ...お嬢様ことメジロマックイーンに対しておばあ様に聞こえないように悪態をつく。
窓に張り付いてる時から思ったがこいつも記憶取り戻してやがんな...。
横にいるライアンやドーベル、パーマー、アルダン、ブライト、ラモーヌもそうなのかずっとマックイーンを睨んでるんよね...もうヤダこの修羅バ。
「しかしマックイーンがここまで好意を見せるとは...やはりトレーナーが向いているのでは?」
「ハハハ...一応陸曹ですので転職は難しいですね...」
「うっそだー。班長ってばずっと辞めたいって言ってたくせにー」
「それ以上言うな」
俺の後ろでいらんことを言うメイドの「天利サキ」に対して少々言い方をきつくする。
実はこの天然メイド、俺が陸士長時代に班付として面倒を見た新隊員だったりする。そのせいで当時の俺が辞めたがっているのをよく知っているという訳だ。
「でも、班長がちゃんと自衛官続けてるの見て安心しました」
「俺もだよ。あれだけドジやらかして中堅陸曹にキレられてた奴がよくメジロ家のメイドが続いたもんだ」
当時は就職援護が尽く不合格で不憫に思った俺が父さんに掛け合って紹介してもらったのがこのメジロ家の使用人だった。
正直俺も天利がここまで長続きするとは思っていなかったので大変驚かされた。...今思えば、父さんはよくまあ因縁のある家の雇用枠を得たもんだ。曾祖父さんとか煩かっただろうに。
「あっ!すみません。大変失礼しました...」
「いえ、気にする事はありません。貴方がそういう子だということは重々承知しています」
こいつメジロ家で余計なことしでかしてねえだろうな...いや、やってるんだろうな...。
「頭が痛い...」
「筋トレすればいいですよ!」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
俺が頭を抱えながら呟けばライアンが謎理論を振りかざす。俺は陸上自衛官だが脳筋じゃないぞ。
「ちょっと『お父さん』!何くっついてるのよ...!」
「そうですわ『お父様』!ここは娘に譲るべきです...!」
「いいじゃないか!『父さん』だって甘い恋ぐらいしたって!」
「何この小声カオス」
目の前で始まるライアンとドーベル、ブライトの父子の小声での野郎の取り合いなんてとんでもない状況。そのど真ん中で悠々と紅茶を飲むマックイーンはマックイーンで随分図太い...。
「お前この状況で良く紅茶飲めるな...」
「あら、正樹は将来私の旦那になるのですからこの程度で慌てることはありませんわ」
『あ゛?』
「ヒェッ」
なんでこの暴れ馬は爆弾発言を堂々としやがるんだ...おかげでライアン達が凡そバトル漫画でキレたキャラがするような顔してるんだが...。
ついでとばかりにラモーヌとパーマー、アルダンもヤバい目をしてるんですが...!
「...つまらない人」
「ブツブツ...」
「正樹様...」
訳わかんねぇよ...ラモーヌとアルダンはまだしもパーマーに至ってはずっとなんかブツブツ言っててキャラ崩壊なんてレベルじゃねえぞ。天真爛漫なウブギャルパーマーを返してくれ。
「あぁ...お茶が美味いなー...」
現実逃避して紅茶を飲むが、全く生きた心地がしない。もうヤダ、陸上幕僚長や防衛大臣に何言われようがぜってぇ年次休暇取得してやるからな!
次回から第2章「栄光への軌道」開幕予定です。
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EXTRA 6R「君を求めて」
すみません、ある方から質問を頂いてそこからアイデアが膨らんで書いちゃいました。
お許しください!
「そろそろ...」
「だな...これ以上は」
目の前で話す人達が何やら神妙な顔をしている。
彼らの話す内容は分からないけど、恐らく私の事なのだろう...。
「ごめんな...」
そう言っていつもお世話をしてくれる人が撫でてくれる。
ああ...そうなのか。私はもう用済みということか。
いや、仕方ないことだろう。
私は期待されすぎたのだ。この体を流れる血に。
『
それからというもの、私はいつどこに行くのかさえ分からないままだった。
ここで余生を過ごすことが出来なくても...せめて安らかにあの世に行かせてくれないだろうか。
そんな事を考える日々の中、ある老人がやってきた。
近くには幼い子供がいる。
「正樹。この馬がそうらしいがどうする?」
「...お馬さんかっこいい!」
「そうかそうか...じゃあこの子にするとするか」
何やら2人が話して私の近くに子供がやってきた。
今更なぜ子供が来たかは私の知るところでは無いが、この子供は目を輝かせながらやってきた。
...そんな目を向けられても困る。それなら兄貴の方がよっぽど向けられるべき存在だろう。
その日は老人が何やら別の老人と話し合った後子供を連れて帰って行った。
何やら不思議な時間であったが、私は気にもとめなかった。
「さあ、今日からここが君の家だぞ」
どういう訳か私は以前やってきた老人に連れられて新しい住処にやってきていた。どうやらここが今日から私の家になるらしい。
「父さんが馬を買うなんて聞いてないよ!」
「別に馬の1頭や2頭ぐらいいいじゃろうが」
「そういうことじゃないよ!世話だよ世話!」
「全く...それならばあさんと正樹も手伝ってくれるから問題ないだろ」
「そういうことじゃなくて...」
何やら言い合いを始めたが勘弁して欲しい...。
「おやこげんかは犬だけじゃなくて馬も食べないよね。お馬さん行こう?」
どうやら子供も居たくない様子。私の綱を引っ張って柵の中に入り、私の新居の中に連れていかれる。
中は既に藁が敷きつめられており、随分と涼しい部屋であった。
「お馬さんの部屋だよ〜元気に住んでね!」
...今更ながらなんだかこの子供に申し訳なくなってきた。そして外で言い合いをしている老人たちがなんともみっともなく見えるが大丈夫なのだろうか?
それからというものの、私はのんびりと過ごすことが出来た。正樹君も会う度に成長しているのがよく分かる。子供の成長は早いとは昔聞いたことがあるが、本当にその通りだ。
「よいしょっと...今日も頼むぞアイルー」
全く...私もかなりの老体なのだがな。だがそう言ってても仕方ないし、私の老後の楽しみの一つでもあるので正樹を乗せてこの辺りの集落を歩く。
目的地は少し離れた海岸で、そこで少しのんびりしてから帰るのがルーティンだ。いつも通り見慣れた道路を歩いていると、正樹が話しかけてきた。
「なあアイルー。俺さ、自衛隊に入ろうと思うんだ。だから今後はあんまり会えなくなるかもしれないけど...元気にしててくれよ?」
自衛隊...少し前に私の部屋で一緒に寛いでいた正樹が見ていた紙に書いてあったまだら模様の服を着た人の事か?良くは分からないが、正樹の言葉から遠くに行くか、危険がある事なのだろうか?どちらにせよ、正樹には元気にしていて欲しい。出来れば危ない事はやめて欲しいが、彼の決めた事なら口出しはすまい。
そう思って私も彼を送り出すことにした。
それから数年後はあまり正樹は帰ってこなくなった。しかしながら帰ってくる度に何やらごつくなって帰ってくる気がする。いや、あからさまにミホノブルボンほどムキムキという訳では無いのだが、明らかに鍛えている者のそれなのだ。時折暗い表情を見せてため息をついていたが、今まで通り私の背に跨ってくれるし、家族として接してくれる正樹が未だに元気そうでなによりだった。
そして数年後、正樹はこの世を去った。
聞いた時は信じられなかった。北海道という北の地で他の競走馬に会いに行っていた時に事故に巻き込まれて死んだという。
何故正樹が死ななければならないのか...死ぬなら私のような老いたものでは無いのか...?何故未来ある若者が居なくならなければならないのか...。
家族の意向で私が亡くなるまでは傍に立てた新しい墓に正樹の遺骨を入れるということになった。
毎朝起きては柵沿いに出来た正樹の墓へと向かう。
あれだけ元気だった私の家族は物言わぬ骨となり、この冷たい石の中にいる。
それだけでどうしても虚しい気持ちが私を引きずり込む。
人間でない私ができるのは、せめて正樹が寂しくないよう、こうやって会いに来ることだけだ。せめてこれだけは毎日してやりたい。
「ん...随分懐かしい夢を見たなぁ...」
まだ寝てたいが、これ以上だらけた生活をしてると天国に行った時に正樹に何言われるか分かったもんじゃないので、さっさと起きる。最も、この世界の天国に正樹がいるとは限らないがな。
「えーっと、今日は休みだからバイトと自主練と...あ、明日あのプラモの発売日じゃん!あ、トレセンの試験勉強もしねえと...」
休日とはいえなんとも面倒な事ばかりだがとりあえずバイトの準備をして家を出ようとする。その時ふとテレビから聞こえた言葉が耳に入った。
『今日はあのシンボリルドルフがレースに参加するということもあり、レース場は大賑わいです』
「...ケッ!またかよ皇帝様」
これ以上聞きたくないので電源を切ってリモコンをテーブルに叩きつける。
「こっちの世界まで『私』に関わってくんなよ...『クソ親父』が」
朝イチから気分が悪いが、バイトの時間が迫っているため、さっさと家を出て鍵を閉める。
「...さて、気分を変えて今日も頑張るか!」
そうして俺はバイト先へと走り出した。
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第21R「進むべき道」
スペが転入生なの忘れてた...。
「やっと1年が経ったかぁ...」
春の風が心地よいこの時期。
入学式も終わり新入生たちがやってきたという事を、目の前のオリエンテーションに参加するウマ娘達を見て感じた。
本当に長かった...クリスマスとかバレンタインデーとかホワイトデーとか特に。
だって業務三昧って思わんやん?冬期休暇の間も自衛隊とトレーナーの業務でほぼ毎日トレセンにいたし...。
おかげでルドルフどころかシリウスにすら心配されたんだけど。あの時のシリウス優しかったなぁ...『なんだ...アンタも大変だな....特別に膝枕してやるよ』なんて言ってくれてさ。
久々に快眠を得た気がする...。
ヒシアマゾンやドトウも差し入れとか膝枕してくれたなぁ...。なんで俺泣いてるんだろ。
「おいおいきめぇぞ正樹」
「と、言うわけでゴルシ!今年こそ新入生獲得に向けて頑張るぞ!」
「急にはりきんな!...それはいいんだけどよ正樹。去年も無理だったのに新入生なんて来んのか?」
ゴルシに突っ込まれるのはやや不満ではあるが、確かにそれはどうにかしなければならない。
だがこの天才樋野さんはちゃーんと考えてあるのだ。
「適当にマックとかテイオーとかその辺をとっ捕まえれば俺のとこにひょいひょい来そうな気がする」
「お前某誠並にサイテーだな」
「失礼な!こう見えて前世知ってる奴から好かれてるのを理解した上で有効活用してるんだ!」
「だからそれ某伊藤並のクズ男のやり口だよな」
「うるせー!俺だって良心が痛むけど他にいい方法あるのかよ!」
「おうさ!この看板を立てる!」
そう言ってゴルシが意気揚々と出したのは例のダートに埋めるぞ看板...マジかよ。
「お前正気か?これで来る訳ないだろ...」
「んな事わかんねーだろ!」
「どんな物好きだよ...」
確かアニメ通りならスペすらドン引きしてたぞ...。
「まあ、別にゴルシのやりたい様にやんな...というか許可は?」
「アタシに許可なんていらねぇ!」
「因みに看板は?」
「もう設置したぞ?」
「やってくれたな貴様」
まあそうだろうさ、俺が頭を抱えることなんかこの芦毛の暴走機関車は考えてないんだろうな...それ見ろすごい形相でエアグルーヴが走ってきたぞ。
「ゴールドシップ貴様ァァァ!」
「やべ!んじゃあな正!」
「逃がすかぁ!」
「はぁ...俺はいつになったら休めるんだよ...」
そんな俺の言葉に答える者はおらず、春のそよ風が桜の花びらと共に吹き抜けた。
数日が経過したチームスピカの部室は既に負のオーラで押し潰されそうになっていた。
震源地は目の前の2人...『名優』メジロマックイーンと『不屈の帝王』トウカイテイオーだ。
「あ、あの...」
「なんでしょうか正樹?」
「イェ、ナンデモアリマセン」
「なっさけねーなおい」
「黙れシップ」
「スミマセンオジイサマ」
あのシップですらこの有様である。
流石は元G1馬、面構えが違う。
「それで?結局のところ、正樹はボクのトレーナーになってくれるんだよね?」
「何を言ってますの?正樹は私のトレーナーになるんですわよ?」
「はぁぁぁ?正樹はボクのトレーナーになるんだよ!」
「これは決定事項ですわ」
「俺の意思は....」
「ありませんわ」「ないよ!」
「ないよ!」
「ここは日本じゃなくて異世界だった?」
なんか目の前でキャットファイトならぬホースファイトが始まった上に当然のごとく俺の人権が無視された。
もはや様式美なので2人に言う気はサラサラないが、そろそろ日本国憲法下になってくれませんかねトレセン学園。
で、ゴルシは、というと早々に部屋からいなくなってる。これもいつも通りです。
目の前の喧嘩もかなりヒートアップして、凡そ地上波放送は不可能な
仮に手が出ることになっても俺が間に入れば封印されし何かみたいにバラバラにされるので俺もお暇させてもらう。
「本当になんであいつらは喧嘩しかしないんだかな...」
テイオーとマックイーンに限った話では無いが、ウマ娘達の暴走具合はどうにかならないものかと考えるが、どう考えても俺に被害が及ぶか強制などできるわけが無いので考える事を辞める。
「あ、正樹〜!」
「ん?チケットか」
時間もあるので自販機に行こうとすると向こう側からチケットがやってきた。いつも通り大声なので存在感は相変わらずだ。
「どうしたんだ、今日はどこも朝練ないって聞いてるけど」
「忘れたの?今日は一回目の選抜レースでしょ!」
「...そういえばそうだったな」
「もー、しっかりしてよね!まだボケるには早いよ?」
「ははは!チケ爺に言われちゃ世話ねえな」
「バカにしてるだろー!」
まあ、今日は珍しく仕事もあまりないのでブラブラするついでに選抜レースでも見に行くか。
「あ、自販機寄るけどチケットはなんか飲むか?」
「正樹は?」
「俺はブラックコーヒーかな」
「じゃあそれ!」
「え」
本当に大丈夫か?絶対飲めないぞ...。
「苦いィ...」
「言わんっこっちゃない...」
トラックに着いたが、横でチケットはヒイヒイ言いながら舌を出している。そりゃ苦いの飲めばそうなるだろうな。まあ、しっかり自分の物は飲んでもらうので帰ってガムシロでも入れて飲んでもらおう。
さて、第1レースは...サイレンススズカがいるじゃん。こりゃ他のウマ娘は勝てないんじゃねえかな...。
「正樹は気になる子いたの?」
「あの3番の子かな。サイレンススズカっていう」
「えぇ〜なんだか細くない?」
「そうか、チケットとは年代が違うか...」
「???」
「まあ、百聞は一見にしかずってな。ほら始まったぞ」
目の前のゲートが開くと同時に一斉にウマ娘が駆け出した。当然3番のサイレンススズカが先頭で逃げる。それに続いて他のウマ娘達が状況を見極めながらついて行く。
「そんな相手の出方探っても仕方ないのにな」
「どういうことさ」
「まー見てな。俺も生では見たことない走りだ」
あの俊足の名馬の走りを見られると思うと年甲斐もなくワクワクしてしまう。あのコントレイルの無敗の三冠達成の時よりもワクワクしているかもしれない。
走行しているうちに最後のコーナーを超えて直線に入る。他のウマ娘も仕掛けに入るが、ここからがサイレンススズカの真骨頂だ。
「更に速度を上げた!?」
「並外れた速度...それがサイレンススズカ最大の武器。そして...」
約6バ身離してのゴール。ここから彼女の輝かしい道は始まるのだろう。だが...。
「彼女を死に導く死神でもある」
「ま、正樹...?それって...」
「さて、目ぼしい子が居ないか近くに行って見てみようかな」
「ちょっと正樹!」
先の事を知っていたとしても、歴史に手を出すことは到底許される行為ではない。
「おーおー...流石1着。滅茶苦茶スカウトされてんな〜」
「大御所ばっかだね〜東条トレーナーに奈瀬トレーナー...強いとこが行ってるね〜」
「まあ、六平のおやっさんがいつも通り座って見てるのは逆に安心感あるわな」
そんな魑魅魍魎の中を掻き分けても、弾き出されるのは目に見えてるので他の娘を見てみるかな。
「ん?あの娘は...」
何やら息を荒くしながらターフを握りしめてる娘が1人。随分とまあ闘争心の高い子がいたもんだ。
「ゼッケンは7番...」
「最後の方まで3番の子について行った子だね。最後の方は失速気味だったけど」
「スタミナ切れで落ちたんじゃないか?ろっぺいのおやっさん、資料忘れたんで見せてくれません?」
「むさかだ!全く最近なったばっかのひよっこがよ」
悪態を吐きながらも見せてくれるあたりやっぱり面倒見はいい人である。
さてさて名前は...?
「は?え?...チケット、この名前読んでくれんか?俺の目がおかしいかもしれん」
「別に老眼ってわけじゃないでしょ...?なになに...アイルトンシンボリ...え?会長やシリウス先輩の親戚?」
「ちょっとこっち来て耳貸せ」
六平のおやっさんに聞かれたら不味いので少し離れた場所でチケットに耳打ちする。
「あれは前世でルドルフの産駒...子供だったウマ娘だ」
「...ぇぇええええええ!!」
「五月蝿いバカ!...やっぱこっちに来てたか」
「知り合いだったの?」
「ウチの家族だ」
「はい?」
「だから、引退後に路頭に迷いかけてた時にウチのじいちゃんが引き取って飼ってたんだよ。何回か俺も鞍上になったことがある」
「すごい聞き捨てならないこと聞いたんだけど」
チケットが嫉妬心丸出しの目でこっちを見てくるがそんな場合じゃない。少なくとも自衛隊で何人も潰れてきた人間を見てきたから分かる。今のアイルーは間違いなく自分を追い込んでる。
「今やってる場合かよ!とりあえずアイルーに話しかけないと」
「ちょっと正樹!」
チケットが呼ぶがまずはアイルーが先だ。未だ四つん這いで俯いてるアイルーに駆け寄って他人風に声をかける。
「君、随分頑張ってたね」
「...全然だ。まだこの程度じゃ...」
「随分と闘争心が高いようだね。誰か目標がいるのかい?」
「どうせ笑うだろうさ。俺の親と一緒だろ」
あらあら随分と荒んでるご様子。てかシンボリ家なんかやばいことなってない?嫌だぞ名家の面倒ごとは。
「君の親御さんを知らないけど、その目標を聞いてないから教えて貰えないとなんとも言えないな。それとも公言するのが恥ずかしい目標なのかい?」
試しにちょっと発破をかけてみる。これで言うのであれば本当に心の底から湧き上がることであろう。
「....皇帝だ。俺の目標はあの皇帝を引きずり落とすことだ」
「やっぱ血は争えないってことだな。君の兄弟も同じこと言ってたぞ」
「兄弟?俺は一人っ子...っ!」
「まあ、一旦落ち着いて椅子にでも座りな」
「ま、正樹...?」
「そうだよ正樹さんだよ。...久しぶりだなアイルー」
「あ...あぁ...ま、ま...」
「おいおい...俺はお前のママじゃないよ」
「正樹ぃ....」
泣き出してしまったよ...なんか周りのトレーナーからの目が痛いが、近くのスタンドの椅子に座らせて話を聞いてやろう。そしてそこでヒソヒソ話してる角宮トレーナー含む一団。俺の心は硝子だぞ。ついでにさっきからチケットが耳絞って歯を剥き出しで威嚇してるぞ。
とりあえず着席して宥めてやる。宥め終わる頃には3レース目が終わっていた。
「で?色々話したいことがあるだろうけど、なんでルドルフをそんなに敵視してるんだ?前世じゃ別にそこまで確執もないだろ?」
「...当然だけど俺もシンボリのウマ娘だ。だからルドルフと比較される」
それは...そうか。名家の考えることはよくわからんが分家本家云々かんぬんあるんだろう。
「その度に言われた...『お前はシンボリ家の恥』だと...そんなクソ親共が嫌で...前世だけじゃなくて今世まであの皇帝に重ねられるのが嫌で...俺は1人でここまで来た」
ごめん、
想像の1万倍やべえ家庭環境だった。シンボリ家ってどこまでイカれてんだ?文〇砲撃たれたら一撃KOじゃね?...いや、名家パワーで握りつぶせるのか。
「だから...俺は自分の力であの皇帝を打ち負かしてやりたいんだ」
「なんか...シリウスみたいだな」
「シリウス...?確か前世でも今世でも従兄弟だった...」
「なんかあいつもルドルフ打ち負かしたいんだとさ。なんか気に入らないことでもあるんじゃないか?」
あえてシリウスの意図は教えない。
教える意味が無いし、別に教えた所で差異はないだろう。
「まあ、元気があるならそれで何より。とりあえずあんまり追い込みすぎるなよ。家族が潰れていくとこなんて見たくないからな」
「家族...正樹はまだ『私』を家族として...」
「当然だろ。あれだけの思い出があれば家族だ。それを無下にするほど俺も人間捨ててねえよ。とりあえず肩の力抜いてトレーナー探してからルドルフを倒す方法考えな。今のままじゃ難しいぞ」
「...ありがとな、正樹」
「いいってことさ。俺はそろそろ帰るからしっかりストレッチしとけよ」
「ああ、そうする」
アイルーと話を終えて、俺はトラックを後にする。随分と不貞腐れたチケットのご機嫌を取るのに手間取ったが、後日食べ歩きをすることで話をつけることにしたのだが...。
「正樹...これはどういうことなのさ?」
「そうカッカすんなよ『兄貴』」
「まさか『僕』の兄弟とはね...それもそうか『父さん』の成績を考えれば当然だよね」
「『兄貴』と『クソ親父』...両方引きずり落とすってのも悪くはねえかもな」
「あれ?アイルーってこんな好戦的だっけ?」
「どうでもいいからこの空気どうにかしてくれよ正樹!じいちゃんもなんか不機嫌だし、アタシの憩いの場がなくなっちまったじゃねえか!」
目の前で兄弟喧嘩された上に、一生不機嫌なマックイーンが座って紅茶を飲んでるせいで、ゴルシからはなんか文句を言われているが一言述べさせてもらおう。
「とりあえずアイルーは西崎トレーナーに言って欲しいし、テイオーとマックイーンはそもそも昨日の選抜レースドタキャンで出てないだろ?」
『え?』
なんとも間抜けな3人の声が部室に響き渡った。
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第2章「栄光への軌道」
第22R「夢のゲートへ」
色々あってバタバタしてて遅くなりますがお許しください。
後、真面目に金剛石のバッジとる錬成する事になりました。泣きそう。
後、活動報告で質問募集してますので、時間があればよろしくお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=302500&uid=203070
「スピカ」加入騒動から数週間が経過した。
あの後ブチ切れマック&テイオーコンビに対してご満悦なアイルーと爆発しそうな絵面を何とか回避した訳だが、今日は珍しく派遣隊隊長にお呼び出しを受けて朝霞駐屯地にいる。因みにアイルーとゴルシは西崎トレーナーの元でトレーニング中だが、アイルーは心底嫌な顔していた。スマンが俺はサブトレな上に自衛官なのだ。
「はえー...流石朝霞だな...」
右も左も見れば幹部がゾロゾロといる。まあ、東部方面総監部があるからそりゃ幹部の数が多くなるのも当然だ。
とりあえず派遣隊長の元に行かねばならないので急いで本部庁舎へ向かう。
「えっと...公益施設警護派遣隊...あったあった」
「あれ?樋野じゃないか」
本部庁舎内の案内板で本部の位置を確認していると声をかけられた。
振り返って見ると、そこには顔なじみの3等陸尉が立っていた。
「伊本3尉じゃないですか。空挺団勤務だったんじゃ...」
声をかけてきたのは伊本幸太3等陸尉。ある教育で知り合って以来、親睦を深めた仲だ。以前は習志野の第1空挺団いたはずだが...。
「あー...クレティン3佐に提案されて方面司令部に飛ばされたのよ...そのせいで連日残業祭りだよ...」
「そりゃまた酷いこって。伊本3尉って情報小隊勤務でしたよね...2科ですか?」
「いんや、3科の訓練系。演習場やら弾薬やらで死ぬかと思ってる...」
まさかの地獄のスリー勤務...やっぱ方面司令部は地獄なんだな...。というかクレティン3佐って元ウチの中隊長じゃないか。そっちに移動になったのか...。
「トレセン学園に派遣されてたとは聞いちゃいたが...まさか朝霞に来てるとはねぇ」
「警護派遣隊長から直々のお呼び出しですよ...なにかしでかした覚えは...ないことは無いですけど」
「まあ...あの人だからなぁ...あれは酷かった」
ん?何やら雲行きが怪しくなってきたぞ?
「あれ?隊長って今本一佐じゃ?」
「聞いてないの?定期異動で隊長交代してるよ?」
「なんも連絡来てないですよ...」
「あー...今派遣隊本部死んでるだろうから来てないんだな」
「...なーんかやな予感プンプンなんですけど」
「予感的中だね。今の隊長って元空挺団長の灰田陸将補だよ」
「...嘘でしょ」
灰田陸将補と言えばパワハラで有名な幹部だ。
それは東部方面のみならず、多方面隊にも知れ渡るレベル。俺も何回か耳に挟んではいたが...。
「まー色々言われるかもしれないけど、気をつけてな」
「まじかァ...」
もう既に胃が痛いんですがそれは...。
「ったくあのクソ隊長が...」
結局俺は新しい派遣隊長にボロカスにやられた。おかげで帰隊時間はもう1900だ。
隊長はと言うとやれ「勤務評価が芳しくない」、「貯金額が少ない」、「自衛官として訓練に参加していない」、「トレセンに身を売った裏切り者」等々...殆ど俺のせいじゃねーぞ?おめーら上のせいだぞ?
派遣隊本部も隊長交代の連絡が来てない事を伝えたら「ニュースとかで情報収集してないのか!」ってキレられるし...そりゃそうかもだけど、ウチの勤務状況で貴方達もそこまでします?無理でしょ?
結局そうは言えずに「はい、すみません」の一言で何とか乗りきった。そうさ、俺に非があるさ...。
「とりあえず車両をパークに戻して燃料補給してから運行指令書〆て...あれ?あれは...。」
学生寮前を通ろうとした時、大慌てで玄関へ走る人影が見えた。玄関の明かりで照らされた顔は間違いなくウマ娘のスペシャルウィークだった。
今の時間だとフジは寮長会同に参加しているはずだから表は空いていない。
「...俺ってやつはとことん馬鹿だな」
パジェロを停めてエンジンを切り、輪止めをかけてからスペの近くに駆け寄った。
「すみません、今の時間は寮長のフジキセキは会同の方に行ってるので空いてませんよ」
「ち、痴漢!?」
「失礼な!これでも立派なトレセンのトレーナーですし、陸上自衛官です!」
「え?自衛隊...?」
俺が自衛隊だと知るや否や何かを思い出したスペは顔面蒼白になって頭を下げてきた。
「す、すみません!言われていた予定すっぽかしちゃって!」
「異常がなければ大丈夫ですよ。とりあえず、表で騒いでても他の生徒の迷惑になるので、今開けますね」
謝り倒そうとするスペをなだめ、俺は胸ポケットから寮の合鍵を取り出す。これはフジから渡された物で、いつ返すべきか時期を失した物だ。何故か玄関と寮長室の2つが渡されたが、何を意図するのか俺は絶対に考えたくない。というか持ってるのがバレた時点でルドルフに殺される。
「あ、ありがとうございます。あの、お名前は...」
玄関を開けてスペが中に入り名前を聞こうとしたが、明るい所で俺の顔をはっきり見て動きが止まった。
一応名乗っておくか。
「陸上自衛隊公益施設警護派遣隊日本ウマ娘トレーニングセンター学園派遣員の樋野正樹3等陸曹です」
「ま...さき?」
うーんこの反応は見たことあるな...とっととトンズラ!
「じゃあ自分はこれで!」
「あぁ!待っ...!」
「おやおや?随分と遅かったね?」
「え?」
ナイスだフジ!そのまま抑えてくれよ!
そんな訳で俺はとっととパジェロの輪止めを外して乗り込み、エンジンをかけてその場を去った。
あとが怖いが、今は戦略的撤退あるのみである。
それとシンプルに俺は疲れた。
「えーっと...このロッカーが空きだから...」
「相変わらず難しい顔してんな〜正樹」
「仕方がないだろ?こういった細々した仕事って結構多いんだぞ」
翌日の昼休みにスピカのチーム部屋で新しく移籍する娘のロッカーの名札準備やその子を含めた各人の個人情報資料の整理、個人的に作成した服務指導記録簿の確認などをしていたら、ウオッカにそんな事を言われた。
大体昼休みしか仕事出来ないのもおかしい話なんだけど...実際は午前中は本部からの連絡や移籍受け入れ業務を西崎トレーナーが忘れてたってのがでかいんだが。
「なーんかイメージとかけ離れるなぁ」
「何が?」
「前世の正樹だとそんなイメージ全くなかったし、自衛隊のイメージからもかけ離れてるってか...」
「大体そんなもんだ。俺も28だし、自衛隊も良くも悪くもこんな仕事ばかりさ」
「ふーん...」
納得してるのかしてないのか分からない返事をするウオッカを後目に作業を続けるが、当の本人はずっとこっちを見てる。
別に30手前のおっさんよりもスマホとか教科書みた方がいいんじゃないか...?
「あのー...そんなに俺を見なくてもいいんじゃないか?」
「は?べ、別にそんなに見てねーだろ!」
全く無意識だったのか、赤面して全否定するウオッカ。あ、鼻血垂らしてる。
「全く...ほれ、鼻血が制服につくぞ」
「わ、わりぃ...」
全くこういう方面には免疫がないくせに、これで前世は経産婦だと言うのが驚きだ。
スカーレットの方もほぼ同じではあるが...ほんとに君ら前世どういう気持ちだったのさ。
「そろそろ行かないと午後からの課目に間に合わないんじゃないのか?」
「やっべ!わりぃ正樹行くわ!」
「おう気をつけてな〜」
ウオッカを見送ってから俺も移籍ウマ娘の申し受け準備を進める。確か東条トレーナーは午後の後段からリギルの選抜試験に行くって話だったから...俺もそろそろ行かないといけないな。
「さーて、行きますか」
パソコンの電源を切り、書類とバインダーを手にしてスピカのチーム部屋を後にした。
「なーにやってんですか...」
スピカのチーム部屋に戻れば西崎トレーナーから開口一番「スペシャルウィークを勧誘してくるように指示を出した」と告げられた。しかもゴルシやその他のスピカの面々にやらせたそうだ。
「大丈夫だ。あいつなら絶対にスピカに来てくれる!」
「その自信は尊敬しますけど...」
面倒事にならんかだけが心配だが...。そんな事を考えていると、隣に1人のウマ娘がいることに気づいた。
「西崎トレーナー。その子がウチに来るって言う...」
「初めまして樋野サブトレーナー。サイレンススズカです」
「これはどうも。一応サブトレーナーをしています樋野正樹3等陸曹です」
挨拶をして握手をしてくれるスズカ。
やっぱり前世を覚えてない娘は平穏でいいなぁ...あいつらにも見習って欲しいわ。
そんな事を思ってると、ドアがバンと大きな音を上げて開かれ、サングラスとマスクで顔を隠した不審者4名がこれまた不審な麻袋を担いで入ってきた。
ゴルシはまだしも...スカーレットとウオッカとアイルーがこんなことするとは...。
「なぁー連れてきたぞ。コイツでいいんだよな?」
「あぁ」
ゴルシが西崎トレーナーに尋ねながら麻袋が剥ぎ取られる。
中から現れたのはスペシャルウィークだった。まさかのアニメそのまんまじゃねえか...。
「こ、ここはどこですか...?」
「よっ!」
状況が飲み込めてないスペに西崎トレーナーが声をかけるが、スペは目を凝らして見たあと「痴漢の人!」と叫び、チームメンバー全員が白い目を向ける。
大方この人の事だからトモを許可なく触ったんじゃないかな...。
「いやいや違う違う!トレーナーって言ってくれよ...」
「またですか...いい加減にしないと駿川さんからまた説教受けますよ?」
正直ミノル相手に説教は受けたくないので勘弁願いたい。
「トレーナー...さん...うぅええ!?」
「さ、皆挨拶だ」
未だに頭の整理がついていないスペを他所に西崎トレーナーはチームメンバーに挨拶を勧める。
さすがに可哀想すぎません?
「ようこそ!チームスピカへ!」
「スピカ...はっ!さっきの怪しい看板!」
ああ...あの俺を含めた5人で撮ったダートに埋めるぞ看板か...。ゴルシに拉致されて埋められた時は流石に死ぬかと思ったぞ。
「今日からお前はこのチームのメンバーだ」
「うぅえ!?そんなの勝手に決めないで下さいよ!」
「勝手に決める。お前は俺が磨く」
「えぇーーー!!」
勝手に決められるスペがつくづく不憫だがしょうがない。これが西崎トレーナーなんだ...。
「2着だったのにー?」
「なぁ?」
こらそこ、そういうこと言うんじゃない。目の前の道産子は一応前世ではG1馬だぞ。
「上がり3ハロン33秒8は立派だ...走った後の息の入りも早い」
「こういう時はトレーナーしてるんですから...」
いつもこうなら完璧なんだけどなこの人は...。
そうこうしてると、スペがようやく俺とスズカに気づいた。
「ど、どどど!どうしてここに!!??」
「正樹は去年位からサブトレとして、スズカは今日付けでリギルからウチに移籍したんだよな」
「まあ...うん」
「えぇ...まあ...」
「うえぇぇ!!!??どうしてですか!?」
本当にこの子驚きっぱなしだな。少し落ち着こうぜ?
...と言っても無理だよな。
「あのチームはスズカさんの走りが分かってないのよ」
流石に言い過ぎじゃないかスカーレット...東条トレーナーもそこまでの人間じゃないと思うが...。
おそらくスズカの走りを見た上での判断だとは思う。
あの走りは正直危険だ。
「お前。日本一のウマ娘になるのが目標だって言ってたな」
「い、言いましたか?」
「日本一のウマ娘ってなんだ?」
「そ、それは...」
西崎トレーナーに問われたスペは、どうやら思いもしなかったようで言葉に詰まった。
後ろでゴルシが「G1で勝つこと」ウォッカが「俺はダービーだな!」スカーレットが「有馬記念だって!」アイルーが「皇帝を下すことだな」と各々の『日本一のウマ娘像』を語る。
一通り上がった後、西崎トレーナーはスズカに答えを問うと、スズカは少し考えて「見ている人に夢を与えらえるようなウマ娘」と答える。
何を持って日本一とするかは人によって千差万別だ。
聞き終わった西崎トレーナーはスペに歩み寄った。
「なあ、お母ちゃんと約束した日本一。お前の日本一を、俺と一緒に叶えようぜ」
「トレーナーさん...笑わないんですね。日本一って言っても」
そう言って俯いたスペだったが、顔を上げて宣言する。
「私!私頑張りたいです!ここで!」
その目には間違いなく燃える炎があった。
スペが宣伝すると、皆が喜んだ。正直結末を知るものからすれば予定調和だが、勧誘した側としては嬉しいことこの上ないのであろう。
「よっしゃ!部員ゲット!」
「ようやくこれで人数も揃ったし」
「来週からトゥインクルシリーズに乗り込んでいくぞ!」
「おぉ!!」
皆随分と元気がいいこって...ん?来週?
来週って1週間後...確かデビュー戦のレースが...?
正樹さん、やーな予感がしてきましたよ?
「んじゃ、登録しておくんで来週は頑張れ」
「来週...?」
「ト、トレーナーさん...もしかして」
「西崎さん、まさか....!?」
スズカも見当がついたようだけど頼む外れてくれ...!
「フッ...来週デビュー戦だ!」
「え?」
スペは全く理解出来ていない様子だが...やっぱりこうなるよな...。
「え?え?えっ?えぇ?えええええぇぇぇぇ!!???」
1週間後の阪神レース場にはスペの叫び声が響き渡っていた。
唐突に始まる質問返答コーナーッ!!!
『質問1』
「最新話にて、正樹さんは「(前世で)アイルトンシンボリの鞍上していた!」って堂々と暴露していたけど、実は前世の正樹さん、他の引退馬にも乗ったことあるんでしょ?」
正樹「....ノーコメント」
作者「ダメです」
正樹「...ある」
作者「地獄絵図不可避で草」
『質問2』
「ナイスネイチャさんに質問。馬場さんに対する思いはどうなんでしょう?」
ネイチャ「大好きなお父さんって感じかな。お母さんが近いかも。」
作者(号泣)
『質問3』
「他の馬娘さんたちも、厩務員についてはどうなのかなあ」
ルドルフ「特には」
エア「...ノーコメントだ」(赤面)
タイキ「オヤツくれないのは嫌デース!」
ゴルシ「おっちゃん以外は大っ嫌いだ!特にあの調教師!」
スペ「私のお母ちゃんです!」
『質問4』
「正樹さんがいるウマ娘時空では、マヤノトップガンはもしかして防衛大を受けていたことある……?」
マヤノ「マヤまだ中学生だよぉ...」
テイオー「そもそもマヤノは受けても合格できないんじゃ...?」
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第23R「いきなりのデビュー戦!」
あんまりトレースは宜しくないとは思うのですが、どこまで暴走させるか決めあぐねてます。
驚愕の事実を突きつけられたスペは叫び声を上げて固まっていた。そりゃそうだよな...。
「1週間みっちりトレーニングすれば、デビュー戦ぐらい何とかなるだろ」
「流石に無謀だと思いますけど...」
見る目があるからこその言葉なんだろうが、よく知らない人間からすれば、無責任かつ無謀な言葉と言わざるを得ない。なんでこうも天才肌の人間はややこしいのだろうか...。まあ、スペは前世でもG1馬だったから、感覚を取り戻した上でウマ娘の走りに落とし込めれば可能性は無いことは無いだろう。あくまで理想論だけども。
案の定、適当な事を言ったせいで顰蹙を買った西崎トレーナーはウオッカとスカーレットから蹴り飛ばされた上で何度も踏まれ、ゴルシとアイルーからは冷たい視線を向けられていて、スズカは無表情だ。唯一スぺだけが心配しているのが余計に悲壮感を引き立たせる。
丁度チャイムが鳴って夕食を知らせると、ゴルシ、ウオッカ、スカーレットの3人はそそくさと帰った。
なんとも気ままな3人である。
「って事で、これからもよろしくな」
サムズアップする西崎トレーナーだが、全然決まってない。スペは苦笑いするしかない状況だ。
「まあ、こんな感じだけど西崎さんの腕は本物だから信用してくれ。デビュー戦まで時間は無いし、今日も選抜試験あって疲れただろ?帰って明日に備えなさい」
「は、はい...あの...」
俺がスペに帰るように促すと、スペはなにか言おうとしたが、言葉に詰まっている様子だった。
別に急かすこともないので待っていると、スペは「なんでもありません」と言ってスズカと帰って行った。
「どうしたんだ?」
「さぁ?」
こればっかりは全く分からないので西崎トレーナーと首を傾げていると、アイルーから右腰にパンチを食らった。
「いってぇ!」
「ウマ娘タラシ」
そう言ってアイルーは耳を絞りながら帰っていってしまった。なんなんだ全く...。
「とりあえず、俺たちはメニュー組むとするか」
「...まあそうですよね」
1週間という限られた日数でスペをデビュー戦に持ってかなくちゃならないし、ほかの面々も同時並行で見なくちゃならない。
つまるところ残業確定なのです。
翌日、俺が午後からのトレーニング用品をリヤカーで運んでいるとスペとテイオーの2人が学園内を走っていた。何をしているのかと思ったが、よくよく思い出せばアニメ版でテイオーがスペを学園案内に連れ出していたのを思い出した。ならもうルドルフやタイキなんかとも接触しているのかな。ついでに声掛けておくか。
「おーい2人とも!」
「あ、正樹〜ってまたリヤカー引いてるじゃん...」
「いやいや、これ便利なんだぞ?」
「マックイーンもダサイって言ってたじゃん。君もそう思うよね?」
「え?えーっと...私はお母ちゃんがよく引いてたからそこまで違和感は...」
「えぇー...それなら自衛隊の車動かしてる方がいいって」
「燃料浪費出来るわけないだろクソガキ」
「言ったなこの〜!!」
テイオーは相変わらずブー垂れるが、いつも通りなので放っておく。
「学園はどうだい?スペシャルウィーク」
「あ、皆さん良くしてくれてとても良いと思います」
「そうか、それなら安心だ。因みにテイオーはクソガキだから注意しろ」
「うっさい正樹!」
「いっ!痛ッデェェ!」
こんのクソガキ!俺の左足を踏んずけやがった!!
バチクソ痛てぇ!!!
「フーンだ!もう行こ!」
「え?だ、大丈夫なんですか?」
「いーのいーの!」
テイオーとスペに放置された俺はその後数分間悶えていた。ついでにアヤベに「何してるのアナタ...」と冷たい目で見られた...泣きそう。
そんなこんなありながら午後からトレーニングは開始された訳なのだが...。
「次。右手、青」
「うぐぬぬぬ...フッ!」
「おぉ!いいぞスペシャルウィーク!」
「何?このトレーニング...」
何故か目の前で西崎トレーナーが指示係でスペとウオッカとアイルーの3人がツイスターゲームをやってます。スペの言う通り傍から見れば謎だ。
既に仰向けで反り返るウオッカの上に四つん這いのスペが十字型になるように跨っており、その端でアイルーがブリッジみたいな体勢になってる。何この面白い構図...。
「正樹ぜってぇ笑ってるだろ...覚えてろ...!」
「なんで?ねぇなんで俺だけなん?」
恨めしい目に必死で踏ん張る顔のアイルーから、なんか理不尽を押し付けられたでござるの巻。
横ではゴルシが次にやりたいと言い出し、スカーレットが意味が無いのではないかと西崎さんに聞いている。理由を知らなければそう思うだろうな。
「意味は、ある!」
「じゃあ説明しろよォ〜!!」
ウオッカ、ナイス魂の叫び。
「あと正樹は蹴っ飛ばす!」
「なんで?」
あらヤダ、ジェネリック理不尽ってか。喧しいわ。
「ハハハ...スペシャルウィーク」
「ハ、ハイ!」
「今度のデビュー戦は、昨日の入部テストとはワケが違う。レースは格闘技だと思え!相手が体当りしてくる事もある。それでもバランスを崩さないよう、体幹を強くしなければならないんだ」
「だからってこんな遊びで...」
スカーレットの言う事はわかる。自衛官としても体幹を鍛えるなら体幹トレーニングをするべきだが...まあ、これも西崎トレーナー流の工夫なのだろう。ガチガチの筋トレだけでは好まない子もいる。ゴルシみたいに、やりたいって思わせるようにトレーニングする事も重要なのだろう。
とはいえ、流石にツイスターゲームは予想の斜め上だが...。
「エル!集中!」
今まさに後ろでエルが東条トレーナーに注意されているが...集中力はそこまで持続しない。一般的には大人で50分と言われている。それを高めるには色々あるが、工夫は必ずいると言うことは一貫している。
「恥ずかしいって〜!」
確かにウオッカの言う通り公の場でこれは恥ずかしいだろう...あ、2人とも崩れた。
その後、ウオッカとアイルーから蹴りをかまされた俺はゴルシとツイスターゲームをすることになった。ウオッカとアイルーの妨害に加え、ゴルシが意図してか否か、胸のたわわなメロンを押し当ててきたりと大変だったが、そこは自衛隊で鍛えた体幹で乗り切った。クソしんどい...。
翌日。トレーニング準備を終えた俺は、スピカのチーム部屋でスポーツ新聞片手にコーヒーを飲んで休憩していた。
「スペの枠番は8枠14番の右回り1600m芝...天気は晴れ予報で良バ場予想...問題はなさそうだけど...」
1番厄介なのは13番のクイーンベレーって子かな?この子確かえらい土飛ばしたりタックル仕掛けてくる筈だよな?
「...レース後にでも13番の子に注意しておくか」
敵情解明は程々に、そろそろトレーニング開始時刻なので部屋を後にする。
その後は西崎トレーナーと共にトレーニング監督を実施した。基本基礎の筋トレは勿論だが、ラダーや駆け足のペース指摘。タックルしてきた場合の対処予行等、自衛隊の業務に通ずるものが多かったのは幸いだろう。
何故かタックル対処は俺がタックルする側でやったが、ゴルシはふざけて逆に俺を弾き飛ばしてきた。
この不沈艦め...。
そんなこんなありつつもデビュー戦前日。最終的なミーティングをするとのことで、レース場を図に起こしたホワイトボードの前で西崎トレーナーが説明を始めた。
「えー、ここからスタートして、ぐるっと回ってここがゴールだ」
「補足事項として、今回は芝でなおかつ晴れの良バ場という特性があり、他のウマ娘が蹴り上げた土が塊で飛んでくる可能性と、不慣れなウマ娘が多いが故に、接触やスタミナ管理不足で失速して前を塞ぐ可能性が、危険予測として見積もられる状況だ」
「は、はい!」
西崎トレーナーのザックリしたレース場の説明と俺の危険見積もりを聞いたスペが返事をする。それを後ろで聞いていたウオッカが作戦をどうするのかと聞き、
スカーレットが「逃げ」、ゴルシが「ゴルシワープ」、アイルーが「差し」と、各々の考えを述べ始めたのだが、西崎トレーナーははっきりと宣言した。
「いや、作戦は....無し!」
事前に聞かされてはいたが...よくよく考えても大胆不敵すぎる。
台本通りの如く、全員から「はぁ!?」という声が出てきて、無いことに驚いたウオッカに西崎トレーナーはヘッドロックを掛けられていた。
その最中にスズカは気づいたのか「無いのが作戦?」と尋ね、西崎さんが死にそうな声で「そう、それ...」と指摘した事でウオッカから開放された。
最悪首千切れる案件なのになんで無事なんだこの人。
呼吸を整えた西崎さんはスペに向き直って言う。
「スペシャルウィーク、駆け引きしようなんて思うな。好きなように走れ」
「好きなように...」
「前方だろうが後方だろうが、どこでもいい。自分が、ここだ!っていう気持ちのいいタイミングでスパートをかけて、先頭のウマ娘を抜け!」
「ここだって...場所...」
「まあ、それは経験もあるし、生まれ持ったセンスもあるし...やってみないことには、な?」
スペは不安そうな顔を続けていた。
それもそうだろう。恐らく前世を思い出しているとはいえ、ウマ娘でのレースは初めて。ましてや感覚が全く同じとは限らない。体格も、体感速度も違うだろう。その中でタイミングを見極めるのは難しい話だ。
だが...。
「大丈夫だ、スペシャルウィーク。君なら勝てるさ」
「樋野サブトレーナー...」
その日はそれで解散となり、各々の寮へ帰ることになった。
そして迎えたレース当日。朝早くから高機動車を運転してきて訪れたるは阪神競馬場...じゃなかった。阪神レース場は予報通り晴れになり、多くの観客が詰め寄っている。
1人ウマ娘が出走取り消しするなどはあったが、それでも熱気は減る様子がない。
「さぁ!スペのデビュー戦、見守ってやろうじゃねえか!」
「ワタシより先なんてズルい!」
「そう言うなよスカーレット。俺だってまだなんだからさ」
ゴルシは珍しく真面目にレースを見る気で、隣では妬むスカーレットをアイルーがなだめていた。
そんなときに西崎さんがふと呟く。
「あ、パドックでの魅せ方教えるの忘れてた」
「何やってるんですか!?」
「いや、それはオメーも同罪だろ」
ウグッ...それはそうかもしれない...。だけどゴルシにツッコまれるのだけは納得いかん。
『続いて8枠14番。スペシャルウィーク!』
アナウンスと共にカーテンが開き、緊張した面持ちのスペが出てきたが...。案の定、緊張で動きがぎこちなく、解説でもそれを心配されている。
「だはぁ!アイツ、手と足が一緒に出てやがるよ...」
「まあ、こういう場は初めてだろうし、緊張してるからなぁ...仕方ないけどどうにか緊張を解せないかなぁ?」
直接声をかけれない訳では無いんだけど、俺とかだと余計緊張しそうだしな...。どうしたもんか。
あ、羽織ってるジャージを振りはがそうとしてその場で捻りながら仰向けに倒れた。周りでは笑い声が聞こえるが...今のスペにはえらい刺さるだろうな...。
「流石に緊張しすぎじゃ?」
「んー...あ、ゼッケン!渡すの忘れてた!いや参ったなぁ」
「おいおい何やってんだよお前。正樹もちゃんとしろよなー」
「い、いやーうっかりしてたわ〜」
これは想定内。伊達にアニメ版視聴済みではないんですぜ?
「スズカ」
「はい?」
「これ、スペシャルウィークに渡しに行ってきてくれないか?」
「はい...」
西崎トレーナーからゼッケンを受け取ったスズカは、スペの方を少し見てから関係者通路の方に歩き出した。
「んじゃ、俺たちは先にいい席取りに行くか」
西崎トレーナーが先頭に皆がついて行くので俺も後を追う様に踏み出した時、肩を掴まれた振り返ればゴルシが真横に顔を近づけてきた。
「知ってんだろ正樹?トレーナーの奴がわざとゼッケン忘れてたの」
「な、何を」
「バッカ、スピカ歴はアタシの方が長いんだぜ?んじゃ先いくぜ?」
「あ、おい!なんだよもう」
相変わらず掴みどころのないやんちゃウマ娘だこと...。
俺は見失わないようにゴルシの後を追いかけた。
あの後何とか追いついた俺は観客席でスペの登場を待っていた。なんか歩いてるとヒソヒソ言われながら避けられたが、おそらく迷彩服のせいだろう。そう思いたい。
そう考えていると、スペがターフに現れた。その顔は覚悟が決まり、闘志が目に宿っていた。
「あれ?さっきと...」
「全然違うじゃねーかアイツ...」
ウオッカとゴルシも流石に驚いたようだ。あの変わりようだしな、今のスペなら勝てるはずだ。後から来たスズカも安心した様子だ。
そしていよいよレースが始まった。スタートで出遅れたスペだったが、最初後方に位置しながらも下手に掛かること無く順調に進んだ。途中あからさまに13番のクイーンベレーから土をかけられるが、それを難なく躱していた。流石だ。
そして終盤の直線で、自分のここだという場所を見つけたのかラストスパートをかける。ぐんぐん加速していき、焦ったクイーンベレーからタックルを受けるも、これも躱した。間違いなく訓練の成果が出ている。
そしてそのままゴール板を過ぎて見事1着でゴールした。
見事1着を取ったスペには観客から溢れんばかりの拍手と歓声が捧げられた。
「ふーん?あいつやるじゃねえか」
「ちょっと!私も出してよ!早く!デビュー戦!」
「俺が先だろ!?」
「わかったってば」
「まあまあ、2人とも落ち着けって」
ゴルシの言葉など聞こえてないのか、スペのレースを見て焦るスカーレットとウオッカが騒ぎ、西崎さんとアイルーが宥める。
「この調子で、チーム『スピカ』が殴り込みだ!」
「おぉ!!」
闘争心は充分、チームの士気も充分。後は各人のトレーニングのみってところか...ここから忙しくなる。
ひとまず山場は超えたので、ウイニングライブまで自由時間として、チームの面々と別れて俺と西崎さんのふたりで観客席を後にする。西崎さんは買い出し、俺はURAから急に頼まれたウイニングライブ参加ウマ娘の誘導員業務のために移動しなきゃならない。
アイルーが2人でご飯を食べたいと言っていたが、仕事なので仕方ない。クッソ拗ねていたので後日ご機嫌取りをしないと。
そんな事を考えていると、目の前に東条トレーナーがいた。
「貴方達楽しそうね?」
「あの末脚...中々の原石だろ?おハナさんも見る目ないんだから」
「ちょ、西崎トレーナー!」
「デビュー戦勝った位で...」
「ただの原石か、ダイヤモンドか...賭けてみる?」
「フッ、くだらない」
踵を返して去ろうとする東条トレーナーだったが、歩みを止めて振り返った。
「それより...サイレンススズカ。しっかり手綱を握りなさいよ」
そう言い残すと今度こそ帰って行った。西崎さんは分かってないみたいだったけど...やっぱり東条トレーナーは気づいてるんだな...スズカの「暴走」の可能性を...。
その後、俺は所定の位置についてウマ娘達を誘導していた。ターフから控え室に続く通路の奥は1着から3着、それ以外は手前の控え室でウイニングライブに備えてもらう。
誘導していると、我らがスペシャルウィークが上機嫌で鼻歌を歌いながらやってきた。
「あ、樋野サブトレーナー!」
「おう、いい走りだったぞスペシャルウィーク!この調子で今後も頑張ってくれ」
「はい、頑張ります!」
激励すると笑顔で答えてくれるスペ。何だこの可愛い生き物。癒しか?
「...そういえば樋野サブトレーナー...あの...前世って信じます?」
「唐突だな、どうした?」
「いえ、テイオーさんから聞いて...」
あんのクソガキ要らんこと言ってないだろうな...?
「信じるも何も...俺含めゴロゴロそこら辺にいるからな」
「じゃ、じゃあやっぱり『僕』の事も!」
「知ってるよスペシャルウィーク。でもあんまり人に言うなよ?と言ってもスピカのウマ娘は前世思い出してるし、その他にも思い出してるウマ娘いっぱいいるけどさ」
「そ、そうなのか...」
「ま、トレーナー達とかは知らないから言うなよ?」
「わ、わかった」
これでよし。てかテイオー...自由奔放過ぎないかアイツ...。
とりあえず片付いたし、仕事に専念するか。
「さて、スペシャルウィーク。いよいよウイニングライブだから頑張れよ。1着から3着は奥の控え室だ」
「ういにんぐ...らいぶ...あああぁぁぁ!!!」
「ど、どうした!?」
「正樹...『僕』...ダンスの練習してないよ...」
「あ゛」
わ、忘れてたぁぁぁぁぁ!!!!!!!
その後のウイニングライブは凄惨なスペの棒立ちライブとなり、俺は理事長は勿論、陸幕、陸幕広報、派遣隊長、ルドルフからお叱りの言葉を受けるのだった。
数日後、俺はトレセン学園内の一角にある自衛隊車両用駐車場、通称「パーク」で管理替え予定の車両を整備していた。
「ったく上もなんで急に管理替えするとか言い出してんだよ...普通こういうの前もって言うべきことだろ...!」
愚痴がこぼれるが、やれと言われた以上はやらなければならない。パジェロの車体下に潜り込んで破損等がないかを確認して、通常部隊でできる限りの整備を進める。
これが終われば、朝霞まで車両を持って行ってDSに点検してもらい、再来週には補給処へ持っていく手筈になっている。
該当車両はパジェロと3トン半の2両だ。ウチには他にLAVがあるが、コイツは今回該当していない。変わりに来るのが厄介ではある。
「なんで用廃予定の車再生したかね...」
どうやら防衛省は国鉄に習ったのか、「古い車両を大切に末永く使いましょう計画」を発動したらしく、車両の供給が間に合っていないところにウチの車を差し出し、変わりに用廃予定の車両を整備してこっちに持ってくる事になったらしい。
その結果、ウチには連隊でニートカーしてたジープと高機動車、旧3トン半が来ることになった。
両数増やす前に人員増やせよとは思うが、任務上多彩な車両が必要だと上が配慮してくれたと考えよう。
「傍迷惑もいいとこだ...ん?」
3トン半の方に移動して車体下に潜り込んで下を点検していると、シャシーの奥に何やら紙のようなものが見える。
「なんだこれ...なんか引っ掛けたか?」
とは言いながらも、3トン半は毎月のB整備だけじゃなくC整備やD整備にも出してるはずだ。
B整備の時に潜り込んでまで点検してないが、こんな状態にはなってないはずだが?
「面倒くさいな...なんなんだこれ」
手元のペンライトで照らしてみると、何やらそれは長方形の油紙に包まれた物のようだ。
「学生の誰かがイタズラでも仕掛けたか?全く勘弁してくれよっと...!」
何とか奥の方にある物を手に取って引っ張り出す。
なんだかやけに重いが、シャシーの下だと開けずらいので外に出て物を確認する。
「見た感じ郵送で送られる小包って感じだな」
開けるのは少々抵抗感があるが、持ち主が分からない以上返せないので仕方ない。
とりあえず表面の油紙を剥がしてみる。
剥がした油紙から出てきたのは。
『自動拳銃』だった。
「おいおい...冗談じゃねえぞ!」
全ての油紙を破いて確認する。油紙の包装から出てきたのはM1911A1...通称コルト・ガバメントと呼ばれる45口径の自動拳銃だ。大昔には自衛隊や警察も持っていたが、今じゃコイツを持ってるのは官公庁にはない。せいぜいヤのつく人たちだろう。俺だって1回海外で撃ったことがある程度だ。ご丁寧に弾倉には弾がフルロードされている。
「薬室は...弾無し。ちゃーんとライフリングもあるしこの重量...撃針も実物だな...こりゃ完全に実銃だ」
間違いなく手元にあるコイツは、弾を込めれば銃弾を発射して殺傷できる実銃だ。100歩ゆずってコイツが実物なのは分かる。だがなぜトレセン学園内...しかも自衛隊車両の車体下なんて場所に隠してあったんだ?
「...とりあえずコイツは事務所に隠しておくか」
親戚に刑事課に勤務してる人間がいるからその人に話を通せばなんとかなるだろう...そういえば最近未成年の拳銃所持が検挙されてるとかニュースで言ってたな。
「まさか...な?」
拭いきれない不安感を胸に、俺は拳銃と油紙をバッグに突っ込んで自衛隊事務所を目指した。
唐突に始まる質問返答コーナーッ!!!
『質問5』
質問なのですが
ピルサド殿下、日本に来たら何したいですかね?
麗しの女帝陛下とお会いになります?それとも正樹さんとのデートですか?
ピルサドスキー「どっちも」(迫真)
正樹「こちら非売品となっております」
ピルサドスキー「お金はあるよ?」
正樹「しまったこいつ王族だ!」
『質問6』
殿下の質問かな?
やっぱりこの世界線だったらいつかは子供は欲しい?(意味深
ファインモーション「それは勿論♡」
正樹「逃げるんだよォ!」
ファインモーション「隊長〜」
隊長「諦めて下さい正樹様」
正樹「マジかよ」(イーサン)
『質問7』
樋野さんは家族や一族とは上手くやっていますかね?
樋野「まあ、それなりには...トレーナーになったことはやいやい言われてるけど」
『質問8』
記憶持ちのウマ娘の皆さんは、前世の血縁だと知っている記憶持ちじゃないウマ娘に対しては内心どんな風に考えていますか?
例:スペシャルウィークから見たマルゼンスキー
スペシャルウィーク「おじいちゃんは...正直あんまりわからないです。今世でのおじいちゃんに会ったことないし...ただ、凄いっていうのは感じます」
『質問9』
前世の記憶を思い出しているウマ娘、特に前世がオス馬だったウマ娘達に質問
トレセン学園の中で前世が自身の産駒だったり、兄弟姉妹だったウマ娘を見つけられた?
テイオー「兄弟なら僕はアイルトン本人から言われるまで分からなかったなぁ...なんだか無関係って感じはしなかったけど。『父さん』は記憶が戻ったらパパと同じ感じがしたね」
アイルトン「右に同じく」
ビワハヤヒデ「なんというか姉妹だとか兄弟だという感じは感じるだろう?それと同じ物を感じるな。」
質問は以下からお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=302500&uid=203070
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EXTRA 7R「巻き添え」
お許しください...。
拳銃を見つけて数日後の休日。
俺は相変わらず事務所に出勤して書類作業をしている。尤も、今日はそれが時間潰しであり、本題は別にある。
「よう、呼ばれて何とやらってやつだな」
「ありがとう涼太伯父さん」
ノックもなく入ってきたガラの悪いスーツ姿の男。それは俺の伯父であり、現在警視庁の捜査一課に所属する現役の警察官でもある樋野涼太だ。
なんでも最近頻発してる拳銃事件を追ってるらしく、今回の拳銃の件で来てもらった。
「で?ブツは?」
「こいつだ」
来るなり物を求める伯父さんに、皮手をして金庫から拳銃を取り出して机の上に置く。
伯父さんも指紋をつけないようにゴム手袋を取り出して手に着けてから拳銃を手に取って確かめる。
「ほうほう...こいつはマジのハジキじゃねえか」
「刻印からして米軍の工廠で作られた官給品だと思う...ただなんでこんな物がウチにあるか分からないんだ」
「場所は確かお前んとこのトラックの腹回りだったよな?」
「ああ、この前返納点検した時に見つかってね...誰かが意図的に隠したんだろう」
「だろうな。関係あるか分からんが...親父どもが言ってたが、今永田町*1の連中が騒ぎまくってるらしい」
「永田町が?なんで...」
永田町が騒ぎまくってるってそんな重大なことあったか?北の人*2がおもちゃ飛ばしまくってるのはよく聞くけども...。
「分かんだろ、今の総理の采配ミスだけじゃなくて公益警派法に拳銃蔓延。周辺国は相変わらずの挑発に内政干渉、台湾有事も目前。そのせいで霞ヶ関*3も大モメだ。今の日本は以前みたいな安全な国なんかじゃない。治安悪化を辿るばかりだ」
「そりゃわかっちゃいるが...」
確かに最近は増税がどうのとかで総理が顰蹙買ってる上に逆ギレしたのが漏れて今大事だってのは聞いてる。お隣さん達がウチの内政干渉も聞いたことがあるし、台湾有事も耳にタコだ。
「正樹、内紛が起こらない日本ってのは幻想だ。今の日本は水面下でそういう動きが何度も確認されてる」
「それで俺にどうしろってんだよ」
「今、自衛隊は良い意味でも悪い意味でも注目されている。各種事案に災害派遣、装備拡充、無意味な規模拡大、賛成反対問わずに誰もが目を奪われてるって訳だ」
「そんなの嫌ってほど分かってるつもりだよ...」
完璧で究極なアイドル(笑)ってかやかましいわ。
「後はこんな状況でも権力争いが耐えない」
「って言うと何さ。桜田門*4の方で何かあったの?」
「そんなの日常茶飯事だ。今回は農水や文科、防衛、財務、外務の他にURAもだよ」
「ふざけんなよマジで...」
財務とウチのゴタゴタは前から聞いていたが...その他も出しゃばったか...。しかもこんだけ問題が山積みなのに権力争いとか馬鹿なの?
「今のとこだと...農水と文科、財務、URAがウマ娘のレース関係だな」
「なんでウマ娘のレース...金か」
「そうだ。ウマ娘のレースは大金が動く。レース運営だけじゃなくてグッズとかも含めな。それ故にその利益を得たいんだろうさ。で、URAはそれを手離したくない。現に表沙汰になってないだけで何人も捕まってるし、ウマ娘に賭ける闇賭博場なんてのもある」
正直闇賭博場は知っている。なんならそこに出入りしているトレーナーすらいるのが現状だ。ただそういう奴が摘発されないのにもそれなりの訳がある。
「それは知ってる。各省庁のお偉いさんとかが関わってるんだろ」
「大正解。1万ポイント進呈しよう。上が握りつぶしてるし、一部の永田町の要人ですら来てるらしいぜ」
「アイルランド国王に知れたらどうなることやら...」
「多分お前が責任負わされるだろうな」
「なんで!?外務が取れよ!」
「悪いが外務じゃ既に何かあった時はお前が生贄になる算段になってるらしいぜ」
「ウッソだろ...」
だから役人は嫌いなんだよ。なんで全く畑違いの俺が責任負わされそうになってるんだよ。
「URAもお前んとこのウマ娘がG1取れないように工作してくるかもな。後財務もきな臭えな」
「ちょいまち...URAだけじゃなくて財務も!?」
「当たり前だろ。ひょっとでの自衛官が担当したウマ娘がG1総ナメとかやってみろ。面目丸つぶれ。財務省も自衛隊の費用削るためにお前がミスるのを楽しみにしてるって訳だ。公益警派で相当な額が動いたからな。どうしてもそれを削りたいんだろうな。噂じゃ既に自衛隊内部にそういう干渉してるらしいぜ」
もうヤダ内臓潰れそう...。
「既に周辺国じゃお前の活動に『日本の軍国主義の再来であり、厳正に対処する』とか言ってる始末だ。まあ、総理はごらんの有様だから直接撤退命じる度胸はないかもだけどな」
「なんでたかが3曹でこんな目に会わないかんの?給料増やして...」
「そういえばお前さん薄給だったな。その上手当もないんだろ?」
涼太伯父さんが痛い所を突いてくる。
それもそうだよなぁ...新人でも1年目で上手く行けば年収600万の世界だもんなぁここ。
因みに俺の場合は出向扱いになるから飯とかは基本自腹。勿論光熱費や寮の家賃も自腹。*5
ボーナスもB判定しか出来ないって言われてるから保険料や携帯代なんか引いて多分...手元に残るのは月1〜2万かな?
だから、一切他に使わずに手元に残るので言えば...年90万ぐらいか。まあそれも担当ウマ娘の問題行動で無くなるんだけどさ。
それに比べて中央トレセンの福利厚生が手厚いのは有名だ。
団体保険も各種ありながら結構お手軽価格。申請を上げれば学園内の施設も無料でかつ私的に使える。有給消化率も高く、寮は無料だし光熱費も無料と来た。
今までざっくりと上げたが、この中で俺が適応されるのは無い。理不尽でしかない。
寮と光熱費は基本的に学園持ちなのだが、俺の場合は陸上自衛隊所属なので給料は自衛隊が払っている。その為、学園持ちにしてしまうと色々と声の大きい方々がやってくるので、俺が住んでいる部屋だけは俺が自腹で支払う事になった。勿論駐車場に関しても同様である。
ボーナスに関しては上級部隊が「トレーナー勤務時は自衛隊としての業務での評価が出来ないため」などと言い出してトレセン出向中はボーナスはB判定のままで行くという事になった。絶対面倒なだけだろふざけんな。
最後にトレーナーとしての給料だが、これを受け取ると副業になり、処罰の対象になるので受け取れない。因みに、本来は担当やチームとの契約の際に決めるのだが、大体は10〜20%程のレース賞金が臨時ボーナスとして入ってくるそうだ。これはサブトレーナーも相談の上であるが同様である。
以上の点から見ても、俺がボロ雑巾の方が好待遇であると思われても仕方ない環境で働いている事はお分かりだろう。その中で休日のお出かけは全部自費。
ウマ娘達は容赦なくドカ食いするし、そうでなくても移動費がかかる。せっかくの休日を謳歌出来ず、貯金もできないという苦しい状況なのである。
真面目に最近は愛車を売り払うことも考えている。
ついでに言えば自衛隊退職も考えてる。誰がやってられるかこんな安月給なのに責任だけはアホみたいに負わされる仕事。
「本当に嫌だこの仕事...なんでこんな給料で隊長や先輩トレーナーのパワハラに耐えて、国際問題スレスレを反復横跳びしながら言うこと聞かない暴れウマ娘に振り回されて、夜遅くまでサービス残業して、各名家のご機嫌取りして、上の権力争いに巻き込まれて...なんでなん?」
「まあ、イバラの道選んだのはお前だからな」
「こんなに理不尽だとは思わないでしょ...更にはこの拳銃だよ」
俺は目の前の拳銃を恨めしそうに睨むが、拳銃は何処吹く風という状態で鎮座している。
「とりあえず、このブツはこっちで預かって調べてみる。お前も気をつけろ。コイツを仕掛けたのがどこぞのクソガキならまだしも、永田町や霞ヶ関の連中だと相当面倒だ」
「もう面倒は起きてるよ」
「それもそうだったな。まあ、死なねえように気をつけな。お前さんの行動一つで大事になりかねないからな」
そう言って涼太伯父さんは拳銃をカバンに入れて帰って行った。
「....もう山で1人で生きようかな」
とは言ってももう引き返せないラインまで来てしまったので、おそらくキタサンブラックのシニアが終わるまでは退職も出来ないだろうな...。
とりあえず、そんなこと考えても無駄なので目の前の書類作業を終わらせるために俺は再びペンを握った。
今回質問返答コーナーはお休みしますが、随時受け付けております。
質問は以下からお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=302500&uid=203070
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第24R「求められるもの」
そろそろクリスマスなので特別編(デート回?)でも出そうかと考え中
「はぁ....」
拳銃のゴタゴタから数日が経過したが、相変わらず俺の多忙さは変化がない。
自衛隊の業務は逼迫しながら改善の兆しはなく、「これも経験だ」と西崎トレーナーに言われてスペの練習メニューの作成を並行して行いつつ、目の前の内線からくる苦情の処理をして一日が終わる。
これならまだマシな方で、悪い日にはウマ娘同士の喧嘩の仲裁や設備修理の支援、関係部隊との調整等をこなさなければならない。
ここ最近は真面目に家に帰った覚えは無いし、上から勤務状況を報告するようにというお達しが来てからは、タイムカード代わりの勤務時間を本管*1に報告する手間が増えた。
因みにありのままを伝えたら「自衛隊としての業務のみ」との事でトレーナー勤務は時間に含むなと激烈に怒られた。なんで?
「あ...もうタバコが...」
最近喫煙量が増えたせいか、すぐにタバコが無くなる。少々腹が立ってきたが、仕方ないので外に買いに行こうかと思った時、俺の前にタバコのピン箱が差し出された。
「久しぶりだね正樹君。君のお求めの品で合ってるかな?」
「...お久しぶりです瀧本先輩。それで合ってますよ」
目の前に立ってる黒髪ポニーテールでいかにもクールな王子様系高身長巨乳女性...瀧本鏡華が俺が愛用しているタバコを差し出していた。
属性盛りすぎと思われるかもしれないが、身長183cmでタイキ並の胸な上に、締まる所は締まって文武両道の女性ファンが多い生徒会長だった人なので、そこはもう「そういうもんだ」と納得することにした。
俺は先輩からタバコを受け取って流れるように開封してタバコを咥えて火をつけた。
そんな俺を見ながら先輩は隣に腰掛けた。
「てっきり君の方から挨拶ぐらいは来ると思っていたのに...」
「色々忙しいんですよ...自衛隊の業務にデビューしたてのウマ娘の育成補助、クレーム対処、その他諸業務の対応...ここ最近まともにゆっくりする時間ないんですよ」
俺が言葉を述べる度に先輩の顔は暗くなってくる。俺はそんな先輩を見ないように、ただただ紫煙を吸い続ける。
「最初、君が自衛官としてここに来る事を聞いた時は驚いたよ。あんなに虐められて細かった君が今やガッシリした体つきの...それも国防を担う人間になっているってね」
そういう先輩の声色は嬉しそうだった。
本当に心の底から喜んでいるのだろう...だが、その声色は長く続くことは無かった。
「でも...私の想像していた君と実際のは全然違った。色々な事に襲われながらも、責任感を持って進む君は凄いよ。でもだからこそ...今の君は休んだ方がいい」
「休んだら仕事はどうなるんです?今こうしてる間にも仕事は増える一方です。自衛官が休憩していることすらバッシングの対象になるんですよ?」
「それは...」
「瀧本先輩の仰ることは正しいでしょう。でも世の中はそんな正しい事ばかりではないんです。先輩だって見てきたはずです。この社会の黒い影の部分を」
「確かに私は見てきた。でもだからこそ!君を助けたいんだ...」
はぁ...先輩は昔からこのスパダリ行動で多くの人を惹きつけてきた。それが魅力の一つなのだろうが、先輩は周りを見切れていない。感情だけではどうにもならないのが社会だ。
「先輩の申し出は有難いです。...でも自分は自衛官です。『国民の為に身を粉にして働く』それが国民の総意です」
俺はそう言ってウマッターのツイートを見せる。
そこには俺の活動に関する否定的な意見が散見された。勿論全てがそうでは無いが、「ウマ娘とイチャつく税金泥棒」、「ウマ娘の兵士化の始まり」、「憲法違反」、「自衛隊の軍化」等の単語が羅列されていた。
「しかし...」
「先輩、僕の行動一つで全国24万人の自衛官の評価が変わります。ただでさえ人材不足や資金難に苦しんでいるのに、これ以上なにかに取りだたされれば自衛隊をよく思わない存在に付け込まれかねない。そうなれば王族も令嬢もいるこの学園の特性上、国際問題等の大事に発展しかねない。だからこそ自分はこのまま動き続けるしかないんです」
「正樹君...君は...変わったね」
「人間1日もあれば変わりますよ」
俺はタバコの火を消して椅子から立ち上がる。そしてそのまま座っている先輩の方を見た。
先輩は俯いたまま動かない。
「それよりも、先輩も担当のオルフェーヴルをしっかり見てあげないと。あの子、クラシック路線行くんでしょ?」
「ああ、オルフェーヴルの実力なら大丈夫だろうね」
「それに...先輩も結婚してるんですから。早めに帰って旦那さんと一緒に過ごした方がいいと思いますよ?」
何年か前に先輩が結婚したという話は聞いていたが、俺も演習や教育が重なって知ったのは全て終わった後だった。結局招待状も来ていなかったので当然と言えば当然だろうけども。
「旦那か...実は去年離婚したよ」
「え?離婚って...」
意外すぎる回答に俺は言葉を詰まらせた。
聞いた話ではお相手は外務省のエリートだと聞いていたが...。
「実は大学で付き合っていたんだけどね...結婚したまでは良かったんだ。その後の結婚生活でお互い家を空けることが多くてね...些細なことから大喧嘩さ。その結果、相手から言われてしまったよ『ウマ娘とイチャつく方がいいならそっちに行けよ』ってね」
「それは...」
よくある破綻理由と言われればそうだが...先輩に限ってそんなことになるとは...。
いや、良く考えればそうか。先輩は中央のトレーナー。旦那さん...元か。ともかく元旦那さんは外務省のエリート。
そんな家を空けることが多い2人だし、外務省もストレスが多い職場だ。
必然と世間でもてはやされ、ウマ娘と二人三脚で歩む先輩がそう見えるのも仕方ないと言えばそうなのだが...価値観の違いとは恐ろしいな。
「だから私も今じゃ独り身さ。別に帰りを待つ人もいない。だからこうして君と喋っていても問題は無いのさ」
自傷気味に言いながら顔を上げた先輩は、以前のようなキラキラしたオーラはなく、疲れきった社会人の顔だった。
普段の鏡に映る俺に似ているからだろうか?俺は自然と先輩に声をかけた。
「先輩、良ければ課業外に飲みに行きませんか?」
「....課業外?」
「..仕事終わりのことです」
職業病が憎い。
⏰
「うぅ〜...まだまだ呑むぞぉ!!」
「まさかの飲酒量で笑うしかねえわ。ハハッ」
という訳で仕事終わりに先輩を連れて、西崎さんに教えて貰ったバーに連れてきた訳だが...先輩は恐ろしい勢いでウイスキーのショットを飲んで、かなり酔っていた。既に2、3本はウイスキーの瓶が空いている。
俺はこんなこともあろうかと、カシスオレンジでそこまで酔わない様にしていたので、意識ははっきりしている。
「ほらほらぉ!正樹くんも呑んでェ〜」
「アッ、さては先輩酒癖悪いタイプだな?」
「誰が面倒くさい女だぁ〜」
「言ってないですよ...」
だが正直部隊の宴会に比べればそこまで面倒では無い。このぐらいの絡みなら許容範囲内だ。
にしても先輩は余程溜め込んでいたのか、ガンガン酒を煽っていく。
「大丈夫ですか?明日二日酔いとかシャレならんですよ?」
「大丈夫〜大丈夫〜明日有給だから〜オルフェも明日は練習ないし〜」
「そうですか...」
俺は明日仕事なので程々にしたいのだが...先輩の量を見れば嫌でも二日酔いになりそうだ...。
「えへへ〜正樹君が誘ってくれて嬉しいよぉ〜」
「程々にしてくださいね...?」
先輩は抱きついて来て顔を俺の肩に擦り付けてくる。
正直昔とのギャップで俺の相棒が出走準備万端だが、俺は冷静に沈める。落ち着けブ〇リー...。
「どんどん呑むぞぉ!」
「程々にしてくださいね...」
「わかってるって〜」
本当に分かってるんだろうか...?
⏰
「うぼぉぇぇぇ...」
はい、無理でした。
あの後完全に出来上がった先輩をマンションの自宅に連れ帰るまでは良かったのだが、家に着くなり「気持ち悪い」と言い出して案の定トイレでリバース。
現在は背中を擦りながら先輩が出し切るまで面倒を見ていた。
「うぅ...頭ガンガンする...」
「そりゃあれだけ飲めばそうなりますよ...」
どうやら出し切ったようなので、俺は持っていたポケットティッシュで先輩の口を拭いて先輩を連れて台所の流し台へ連れていく。
流し台でコップ1杯の水を用意して先輩に飲ませる。
ルドルフの時もそうだったが、自衛隊生活でこれが1番役に立つ経験かもしれない。
「とりあえず先輩、ちょっと服汚れてるんでお風呂入った方がいいと思うんですけど...行けます?」
「...無理」
「ですよねぇ...じゃあせめて着替えてください」
「そうする...」
そう言って先輩は部屋に向かった。
そのまま大丈夫なのかと心配していると、部屋からドタンと音がして、俺は頭を抱えながら部屋に向かった。
案の定、先輩は地面に倒れており服を脱ぐことすら困難だった。
出勤前に寝間着を準備していたのか、ベッドの上にはジャージとTシャツが置かれていた。
仕方ないので先輩を起こしてベッドに座らせる。
「先輩、脱げます?」
「うぅ...」
「無理ですね」
なるべく見ないようにして先輩の服を脱がせて、寝間着を着させる。
多分見たら本当にまずいので...いや、現状もウマ娘達に見られたら引き裂かれるのは間違いないだろう。
ともかく何とか見ないようにして先輩の着替えは完了...後は洗濯だな。
「先輩?とりあえず洗濯するのでスーツ持っていきますね?」
「うぅーん...」
「とりあえず寝てて下さい」
もう意識がほぼ無い先輩をベッドに寝かせて、俺は洗濯場に向かう。
スーツを確認し、洗濯機での洗濯が可能なので洗濯を開始する。選択している間にハンガーを用意して、スマホで連絡などを確認する。
「...なんかルドルフとかフジとかファインからLANE来てるけど、まあいいや」
見るのも恐ろしいのでとりあえずウマチューブでも見て時間を潰す。
そんなこんなしていると、洗濯終了のアラームが鳴ったので、スーツを取り出してハンガーにかけて干す準備をする。
干す場所はよく分からなかったので、とりあえずカーテンレールの所にかけておく。
「さて...帰るか」
丁度固定電話のところにメモ帳があったので、1枚拝借して書き置きをする。
後は部屋の鍵を閉めて鍵をドアのポストに投函すれば終わりだ。
「さーて、帰って仕事するか」
とりあえずトレセンに帰って仕事をしなければならないので、トレセンへと歩を進める。
先輩も先輩で辛いことを乗り越えてきたことを感じる機会になり、ふと自分が目の前の事に固執していたのでは無いかと考えた。
「俺も人の事言ってられないな...」
俺は反省しつつ、明日先輩に謝ろうと予定を立てながら帰路に着いた。
翌日、先輩に謝り倒されたあとにルドルフ達に追いかけ回され、たまたま巻き込まれたオルフェーヴルに蹴り飛ばされた。
痛い...。
こちらで質問受け付けてます。
↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=302500&uid=203070
唐突に始まる質問返答コーナーッ!!!
『質問10』
前世で夫婦になったことのあるウマ娘の皆さんはかつての自分の番いに出会った時、どんな感情を抱きますか?出来れば、記憶持ち同士の意見が一番に聞きたいです。まだ本編未登場ウマ娘も可能なら。
ルドルフ「...気まずい」
ラモーヌ「相変わらずつまらない人」
ルドルフ「ウグッ」
ドーベル「気まずいわよ!特に乱暴者のスペ!」
スペ「そんなこと言わなくてもいいじゃないか!僕だって頑張ったんだから!」
エル「地獄絵図デース...」
『質問11』
戯言に成るがグラスやボリクリやファイン殿下達はちゃんと正月当りにでも帰省しに行ってるんだろうか?
グラス「長期休暇で家族と予定が合えばアメリカに帰ったり、家族がこっちに来てますね〜」
ボリクリ「勿論だ。たまに家族が来る事もある」
ファイン「もちろん帰ってるよ〜今度は正樹を連れて行く予定♡」
グラス&ボリクリ「は?」(圧)
『質問12』
樋野さんが干されてしまったんならどれ位の政治的な波紋と経済的な影響が生まれるか気に成りますね
正樹「胃が潰れるから考えたくない...」
ダイヤ「呼ばれて!」
マック「飛び出て!」
正樹「▂▅▇█▓▒ (’ω’) ▒▓█▇▅▂うわぁぁぁ!!」
『質問13』
史実じゃスペとグラスは事情があったとはいえ、関係が悪かったけど
今は大丈夫?
スペ「苦手です!」(即答)
グラス「(´・ω・`)」
『質問14』
少なくとも樋野一族の皆さん方の見解として「今回の拳銃事件を仕組んだ集団が何処が其れらしいと考えてますかね」
涼太「代表して俺が話すが...正直どこがって目処はついてねぇ。事態が事態だからな。全貌が分からねえとどうしようもねえんだわ」
『質問15』
樋野さんへ「待遇改善が見込めないのなら中華の寝そべり族宜しく最低限の仕事をしてた方が得ですよ。其れか樋野さんの給料明細と労働内容をウマスタやパカチューブに掲載を認められてる範囲で全て公表し社会問題化させて世論の同情をかわせて待遇改善をさせる土壌造りに励んだ方が今後の為にすべき事だよ」
正樹「そんな事したら理事長にも迷惑かかるし、自衛隊的にも面倒なことになるから困るのよね...俺1人だけの組織じゃないし、特別職国家公務員だからってのもある。後、最低限の業務したらそれこそ職務に専念する義務から外れて懲戒処分受けるから...」
『質問16』
ルドルフ会長とマックイーンさんへ「一族の禄でも無い行動が切っ掛けで樋野さんが過労による殉職又は後遺症迄行く可能性が発生した場合少なからず自衛隊派遣法がメジロとシンボリが圧力掛けて通したから稲戸の悲劇が繰り返されたと世間から謂われる可能性が高いですが各々の一族の一人の立場として其の件に関してどう思いますかね?」
ルドルフ「一族の失態ならば私は世間の批判を甘んじて受けるつもりだ」
マック「同じくですわ。自分ではなくとも、身内がそういった事をしでかしたならばそういう目で見られる...それが社会ですわ」
『質問17』
そうだ、ふと思ったんだけど、シンボリクリスエスに質問。
ウマ娘世界にディープインパクトがいない現状を君はどう思う?
実馬時代、引退後は仲が良かったはずだから気になった。
ボリクリ「もちろん会いたい。彼ほどの友はいない...わかるな?」
作者「え?俺?」
ボリクリ「(<●><●>)」
作者「アッハイ...」
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