純黒なる殲滅龍の戦記物語 (キャラメル太郎)
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第1章
第1話  黒龍の産声


『カクヨム』でも投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。

なろう系な部分も出てくると思いますので、そういうのが苦手な方はオススメいたしません。ご注意ください。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 (りゅう)……それはこの世に蔓延る多種多様な種族の一つ。人間の背を大きく超え、強靭な肉体に鋭利な爪、鋭い牙を持ち、持ち前の翼で大空を駆け抜けて制空権を牛耳る。そしてその体に膨大な魔力を宿し、魔法を巧みに扱う。寿命も異様に長く、万年生きるとも言われている。そんな存在が強くないわけがなく、この世で龍は最強の存在であるとされていた。

 

 だが、龍は最強であるからこそ、斃した場合の名声が計り知れない。歴史に名を残すような英雄や伝説的存在のその多くは、その一生の中で龍と出会い、戦い、殺し合い、打ち破った。謂わば強くなった者の通過点にされることがある。そういった話があるから、我こそはと龍に挑まんとする存在も居る。中には龍を斃したのだと、嘘を並べるものさえ居た。

 

 では世の者共よ、龍がこの世で最も強く、気高い存在というのであれば、その龍という最強の種族の中でも頂点の存在を前にして斃すと、斃せると同じ言葉を吐くことが出来るか?やってみせると息巻く事が出来るのか?

 

 これは異世界へ転生して尋常ならざる力を手に入れ、人々からも称賛を浴びながら数多の女に囲われる話では無い。最強の黒龍と謳われ、畏れられ、崇拝すらされる、とある一匹の龍の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は醜い。期待していたものではなかった。目障りになった。最初から望んで等いなかった。そんな理由で我が子を捨てる。何でも無いように、まるでゴミを捨てるかのように。中には我が子をその手に掛ける者すら居る。しかし、そんな醜い行動が果たして、他の種族には当て嵌まらない…何てことはあるだろうか?否。断じて否である。

 

 動物は我が子であろうと不要となれば躊躇いも無く捨てる。見上げるほど高い場所に出来た巣からも落とす。不要。要らない。そういった理由は腹を痛めてまで産んだ新たな生命を捨てる理由になり得てしまう。故に、空を飛べる種族なのに、空を飛べない幼い龍の子が大空を舞い落ちていても不思議ではないということだ。

 

 

 

「……………──────。」

 

 

 

 全身を純黒の鱗に覆う体。生まれて間もないというのに声一つあげること無く、小さな黒龍は無感情とも言える表情のまま大空を自由落下して落ちて行っていた。だが黒龍の姿形が他とは似て非なるものだった。龍は基本四足移動する、最も認知されていた姿だった。しかしこの黒龍は人のように立って二足歩行で歩くことが出来る形をしていた。長い腕や脚。龍らしい長い尻尾。他と比べてスリムな見た目。そして何と言っても、生まれて間もないにも拘わらずその身に宿す破滅的に莫大な魔力。

 

 混じり気の無い純黒の鱗と、龍からしてみれば人に似た姿をした異形。身の毛も弥立つ莫大な魔力。それだけでこの黒龍は実の両親から愛を受けること無く、直ぐに捨てられてしまった。地面が近付いてくる。それでも黒龍は身動き一つしなかった。本能で自身を守るような体勢は取れる。それでも黒龍は動かなかった。

 

 

 

 遙か上空から落とされただけで、それが自身を傷付ける事は有り得ないと、発達していない脳が理解していたからだ。

 

 

 

 辺り一帯に鳴り響く落下音。木々を薙ぎ倒し、地に蜘蛛の巣状の亀裂を刻み込みながら、黒龍は地面に激突した。朦々と立ち上る砂煙。一寸先の前すら見えない程の砂が舞い上がり、風が吹いて少しずつ晴れてきた。見えてきたのは中心に向かうにつれて損傷が激しく砕けていく地面。そして両脚で立っている黒龍だった。

 

 体を守るために防御の姿勢に入るのでは無く、唯両脚から着地したのだ。本来ならば落下速度に肉体が耐えきれず潰れて絶命してもおかしくないというのに、生まれて間もない、発達のハの字すら起きていない未熟な肉体で衝撃に耐えきった。

 

 両の脚で立ち、両の掌を見つめる。細くしなやかな指だ。他の龍は物を掴むことなど出来ないだろう形をしているのに、黒龍の手は人間のような形をしていた。暫しの間黒龍は自身の手を見つめ、開いて閉じてを繰り返した。そして(おもむろ)に足元にあった拳大の大きさの石を掴むと、少しだけ力を込めた。するとどうだろう。拳大の決して脆くはない石は粉々に砕け、掌の中で砂状になった。

 

 黒龍は無感情に一連の工程を見ていたが、まだ何の知識も無いので思うことは無い。砂と化した石を手を振って払うと周囲を見渡した。落ちてきた衝撃でその場に立っていた木々は折れて砕けてしまっているが、それでも黒龍の降り立った場所は森の中で違いなかった。姿形は少し違えど、龍として生まれたことによって持っている並外れた聴覚が数多くの音を拾う。その中でも重く響くような足音が一つ、真っ直ぐこちらへ向かっていた。

 

 

 

「グルルルルルルルルル…………」

 

「………………………。」

 

 

 

 森の中から、黒龍が着地したことによって円形に何も無くなってしまった所へやって来たのは、虎の姿をした魔物だった。だが虎と言っても4メートルはあろうかという程の大きさだ。人が出会えば見上げる大きさだろう。涎を垂らし、血走った目は食い物を求める空腹な獣のそれだろう。その二つの目は黒龍を捉えて離さない。黒龍からは純黒の魔力が漏れ出ているのだが、空腹が過ぎる魔物はそんなことはどうでもいいと言わんばかりだ。

 

 虎のような魔物はゆっくりと黒龍へと近づく。だが次第にその顔は上を向くこととなった。虎の姿をした魔物は4メートルはある大きさだ。確かに大きいのだろう。しかし黒龍はそれを更に上回る6メートルはあるだろう背丈を持っている。

 

 龍とは総じて大きい生物だ。嘘か誠か、嘗ては大陸と間違う程の大きさを持つ龍も居たとされている程だ。ならば生まれたばかりとはいえ、それ程の大きさを持っていても何らおかしくはない。

 

 虎の姿をした魔物はたじろぐ。流石に見上げなければならない相手となると分が悪いと今更になって判断したのだろう。しかし魔物はそうでも、黒龍は違う。この世界に生み落とされてすぐ捨てられ、落ちてきてから何も食べておらず、口に出来る物をまだ見つけてすらいなかった。謂わばこの魔物は黒龍にとっての初めての食い物。逃がすつもりは毛頭無かった。

 

 緊張が奔る。顔を顰めて如何するか悩んでいた魔物は、意を決して黒龍へと突進した。虎のような姿をしていて見かけ倒しということはなく、四肢を曲げて姿勢を低くし、強靭な筋肉のバネを利用して飛び掛かった。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「…………………ッ!!」

 

 

 

 爆音に思える咆哮を上げながら、身長差2メートルを物ともしない跳びかかりを見せて黒龍の頭上から狙った。黒龍は動かない。まだ射程範囲内に入っていないと解っているからだ。黒龍は魔物を見る。縦に裂けた黄金の瞳で。すると魔物の動きがまるで遅緩しているようにゆっくりとなった。

 

 並外れた動体視力が生んだ遅緩する世界である。そして魔物がゆっくりと向かってきて、射程範囲内に入ったその瞬間、魔物の首に手を掛けて宙吊りにした。魔物は瞬きをするに等しい刹那の瞬間に捉えられた事に混乱し、次いで気管が圧迫されて起こる息苦しさに藻掻いていた。黒龍は暴れる魔物を見ながら、首を掴む手に力を更に加えていく。

 

 

 

 

 ─────────ごきん。

 

 

 

 

 魔物の首から骨が折れる音がしてから、魔物は抵抗も無く、そして力無く黒龍の手によって宙吊りとなった。黒龍は暫く動かなくなった魔物を見つめていたが、死んだのだと理解した途端、魔物を掴んでいる腕を振り上げ、足元の地面に魔物の頭を叩き付けた。

 

 瞬間、黒龍が大空から地面に着地した時よりも大きな轟音を響かせ、大地を陥没させた。隕石が衝突したようなクレーターを生み出し、魔物の頭は耐えきれることは無く弾け飛んでいた。頭を失った体は大地に横になり、黒龍は魔物の血に塗れた自身の手を見つめ、口を開いて長い舌を出し、血を舐めた。舌を口の中に引っ込め、口内で血を味わう。ごくりと喉を鳴らしながら嚥下した黒龍は、頭を失った魔物の死体を見る。

 

 黒龍は尻尾を使って体のバランスを取りながらしゃがみ込み、魔物の死体を掴み、大きな口を開いて鋭い牙を覗かせ、魔物の体に牙を突き立てた。ぞぶりと皮や筋肉を引き千切り、口の形に肉を抉り取った。口の中に広がる血と生肉の味は初めての経験だ。故に旨いも不味いも無い。ただ空腹を満たす為だけに食事を続けた。

 

 黒龍は一心不乱に魔物の肉を貪る。4メートルを越える巨大な魔物の肉は次第に黒龍の腹の中へと収められていき、最後には骨だけとなってそこら辺へと投げ捨てられた。口元の大量の血を拭うこともせず、黒龍は慣れない動作でしゃがんだ状態から立ち上がり、空を見上げる。

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 聞く者の耳を劈くような大きな声で、日が沈みかけた夕暮れの大空へと咆哮した。体中から撒き散らされる純黒の魔力は大地を侵蝕し、木々や小さな生物の命を貪る。この世界に生み落とされ、要らぬとばかりに捨てられ、身寄りも無く味方も居ない孤独な黒龍。

 

 

 

 

 

 

 だがこの瞬間、野放しにするには余りに強大すぎる存在が、確かに産声を上げたのだ。

 

 

 

 

 

 




リメイク……というよりかは、修正しているところを1つ1つ変えるのが面倒なので1から再投稿しています。なので内容は変わりません。

何度も言いますが、なろう系でご都合主義的な部分も出てくると思いますので、苦手な方はオススメいたしません。

それでもという方のみ、お読みください。





※本音⤵


『カクヨム』の方のこの小説をフォロー、評価していただけると大変助かります。というか嬉しいです。

作者が泣いて鼻水を撒き散らしながら喜ぶことでしょう。えぇ(汚い)



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第2話  強敵との邂逅

 

 

 黒龍は虎型の魔物を捕食した後、当てもなく森の中を歩いていた。6メートルに匹敵する巨体が歩き、それに相応しい重量の為、重い足音が鳴り響く。邪魔な木々に手を掛けると、生まれて間もないとは思えない腕力で木々が根元からへし折れる。小さな生き物たちは怯えて逃げ惑い、四足獣ですらも逃げて行った。

 

 黒龍にとっては全てが初めての経験だった。歩く。掴む。見る。触る。匂いを嗅ぐ。故にか、黒龍は何処か上機嫌のようだ。言葉を知らず、感情というものもあまり発達していない現在では自覚出来ないが、今黒龍が身に感じているのは、きっと歓びだろう。

 

 ふと、歩っていた黒龍は何かを感じ取った。気配と呼ばれるものを既に察知出来るようになっていることは驚異的であるが、今回はその察知した気配が蟻のように一箇所で群がっていることに注目するべきなのだろう。黒龍は気配そのものを理解していない。だが何かが居るということは直感している。先の魔物との戦いで、相手から発せられる気配を間近で感じ取っていたのだから。

 

 黒龍は好奇心から数多くの何かが集まった気配のする方へと歩みを進めた。すると見えてきたのは、木が生えていない小さな円形の開けた場所に横たわる馬の死骸。そしてそれに群がる小さな存在だった。小鬼…ゴブリンと言われるその魔物は、数が多く群れで動く習性があり、知能が低いこともあって誰彼構わず襲うという厄介な存在だ。

 

 しかし一匹一匹が小さく、力も弱いため一人であったり、不覚をとらない限りは負けることは無い。だがそれはゴブリンの数が少ない場合だ。今のように、少なくとも三十匹は居るだろう集団が相手の場合は、無理に戦おうとせず、応援を呼ぶなりした方が賢明だろう。しかし黒龍は違う。

 

 

 

「──────っ!?ぎゃあ!ぎゃあ!!」

 

「……………………。」

 

 

 

 何も感じる者は無く、堂々と真っ正面からゴブリンの群れへと進んでいった。重く響く足音と強大な気配に気が付いたゴブリンは、馬の死骸から目を離して黒龍へと向き直る。知能が低いこともあり、圧倒的体格差があるにも拘わらず、手に持つ武器を掲げて黒龍を威嚇する。

 

 落ちていた物を適当に拾ったのだろう、錆びて切れ味に頼ることが出来そうにないナイフ。手頃の長さに折れている木の枝。拳ほどの大きさの石。自身で加工したものは一切無く、物をそのまま利用していた。そしてそのどれもが、馬の血に塗れていた。

 

 新たな餌がやって来たと、卑しい笑みを浮かべて走り出す。我武者羅に手に持つ武器を振り回し、黒龍が動かないことを良いことに武器を振り下ろした。しかし、手に持っていた錆びたナイフは黒龍の純黒の鱗に傷一つ付けることも無く、根元から真っ二つに折れた。

 

 手元のナイフに視線を落として呆然としている。恐らくそれで馬を仕留めた為、黒龍にも傷を付けることが出来ると踏んでいたのだろう。だが、黒龍の鱗はそんな物では傷付ける事は出来ない。黒龍は右手を上げて、ナイフを持っていたゴブリンの頭上目掛けて振り下ろした。大きな影に気が付いてゴブリンが上を向く。最後に見た光景は、差し迫る黒い影だった。

 

 

 

「──────ぎぎゃ…っ!?」

 

「………ぎ?」

 

「……ぎゃあ!」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 無雑作に叩き付けただけだ。それだけで地面は陥没し、潰されたゴブリンは柘榴(ざくろ)のように弾け飛んでいた。原形など留めている筈も無く、手を叩き付けた爆風で周りのゴブリンは数メートルに渡って吹き飛ばされていった。そして爆風を凌いだゴブリンが呆然とした表情で黒龍を見る。何が起きたのか理解していないのだ。やったことは手を叩き付けただけで、その一連の動作は確と目にしていた。だが無雑作とは思えない威力に困惑しているのだ。

 

 流石のゴブリンも攻め(あぐ)ねた。仲間があっさりとやられたのだ。しかも武器を使ったら傷付けることが出来なかった。判断するにはもう遅いが、黒龍を襲うのは危険なのではないかと考え始めたのだ。どうしようかと考え倦ねている間に、一匹のゴブリンがある事に気が付いた。黒龍の口内から、黒く眩い光が漏れている事に。嫌な予感がする。今すぐ逃げねば……だがもう遅かった。

 

 

 

 

 

「……────────────ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 黒龍の口内から、純黒の魔力の奔流が解き放たれた。体内に蓄積されて貯まっている魔力を口内に溜め込み、一気に解き放つ。黒龍の初めての魔法だった。魔力を撃ち出すという簡単なものだが、規模は有り得ないほど広く、破壊力は壊滅的だった。

 

 直径300メートルにもなる純黒の魔力の奔流は光線のように放たれ、直線上に居た全てのゴブリンは勿論、その後ろにあった木々や大岩、遙か先にある山にも到達し、山の中腹に丸い大穴を開けた。大地は光線に触れた部分が綺麗に抉り飛ばされ、黒龍の純黒の魔力の放出が止められた後には、何一つ残ってはいなかった。

 

 これでも黒龍はほんの少し魔力を使用しただけだ。それだけでこの破壊力。今は自覚が無いが、この一撃だけでも国の2、3は簡単に消し去る事が出来るだろう。全く全力ではないということも助長する。

 

 黒龍は何も無くなってしまった大地を一瞥(いちべつ)した後、(きびす)を返してその場を後にした。ゴブリンの事など何とも思っていない。脅威とも敵とも思っていない。攻撃されて煩わしいから、消しただけ。それだけでしかないのだ。黒龍は当てもなく歩く。その後ろ姿を……何者かに見られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒龍は歩き続け、数キロを移動したところで大きな川を見つけた。水を初めて見た黒龍は川に流れる水の匂いを嗅ぎ、問題ないと本能的に理解したのかしゃがみ込み、手を付いて水に口を付ける。ごくりごくりと喉を鳴らしながら水を飲み、喉を潤した。

 

 そしてそこで初めて、水面に映る自身の姿を見た。純黒の鱗を持つ龍の顔。黄金の瞳。映るものが自分の姿だと理解していなかった黒龍は首を振ったりして水面を見て、同じような動きを見せる水面の姿を、自身のものだと納得した。そして、黒龍は水面に映る自身の姿とは別に、光り輝くモノが自身の周囲に三つ、飛んでいるのに気が付いた。

 

 捕まえようとしたのか、手を伸ばせば触れるのは当然川の水。手を入れたことで波紋が広がり、川の流れに流されて消える。もう一度見るとやはり、三つの光が飛んでいた。捕まえる事が出来ない。首を傾げる黒龍は、ふと閃いた。膝を付いてしゃがんでいた状態から立ち上がり、上を見上げる。すると、水面に見えていた光が目と鼻の先に居た。

 

 今度こそと言わんばかりに捕まえようと手を伸ばせば、光は焦ったように、ひゅるりと黒龍の手から逃げた。なかなか捕まえられない光に業を煮やしたのか、口の中に膨大な魔力を溜め込み、純黒の光を溢れさせた。

 

 

 

「──────まって!まってまって!」

 

「それうったらだめー!」

 

「わたしたちがしんじゃうよー!」

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 黒龍は突然掛けられた言葉に固まり、声がした方向に目を向けると、そこには先まで捕まえようと躍起になっていた光があった。見つめていると光は弱くなり、光の中から小さな人の形をした存在が現れた。

 

 黒龍に言葉が通じないと分かっているからか、身振り手振りでそれを撃つなと訴えている。両手を挙げて降参の意を示していて、何となく敵意は無いと理解した黒龍は口内に溜め込んだ魔力を霧散させた。撃たれず、攻撃を中止したことに小さな者達は安心したように胸を撫で下ろし、黒龍の前までふよふよと飛んできた。

 

 

 

「あなたつよいのね!さっきのみてたわ!」

 

「これなら“あいつ”にもかてる!」

 

「ねーえ?おねがいがあるの!わたしたちにはたいせつな“き”をきずつけるやつがいるの!そいつをやっつけて!」

 

「やっつけてくれたら……ことばをおしえてあげる!」

 

「おいしいごはんもあげるよ!」

 

「けど、あんまりたいせつなきをたおしちゃだめだからね!」

 

 

 

「………………………。」

 

 

 

 言葉は通じない。言葉というものを知らないからだ。それを承知で語り掛け、小さな者達……精霊と呼ばれる者達は黒龍にやっつけて欲しい者が居るのだと一生懸命説明する。言葉だけでなく、三匹で悪い者をやっつける。そうすれば言葉を教え、食べ物をあげるとジェスチャーで示した。

 

 完璧に理解した訳では無いが、大方の事を把握した黒龍は、やはり賢明なのだろう。ついてきて欲しいと行って飛んで行く精霊達の後をついて行く。大人しくついてくる黒龍の姿を後ろを向いて確認した精霊達は顔を見合わせ、嬉しそうにハイタッチを交わしていた。

 

 それから黒龍は精霊の後をついて行き、数十分が経とうとした頃、黒龍は澄んだ空気の広がる所へやって来た。そこには黒龍も大きく見上げなければならないほど大きな大樹が生えていた。恐らく500メートルはあるのだろう。この大きさならば遠くから見えても可笑しくない筈なのに、近づくにつれて薄らぼんやりと見え始めたように思える。

 

 しかしそれは正しく、この大樹は外敵から身を守るために一定以上の高い魔力を持たねば見ることは出来ず、此処へ辿り着くことが出来ないという不思議な大樹である。精霊が言っていた大切な木というのが、この大樹のようで、精霊は指を指してこれがその言っていた木だと教えている。

 

 問題の大樹を傷付けるという者がまだ居ないようで、黒龍は取り敢えず大樹の近くまで寄っていった。近付けば近付くほど澄んだ空気になり、魔力の元となる魔素も濃くなっていった。

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

「すごいでしょー?」

 

「大きいでしょー?」

 

「わたしたちの“おかあさん”だよー!」

 

 

 

 精霊は大樹を指差しながら自慢げに話す。精霊とは通常人の目には見ることが出来ない自然的な生物で、ありとあらゆるものに宿っている。ここに居るのは、此処等一帯に広がる森の精霊である。その母と言われるくらいだ。この大樹はこの森の主と言っても過言ではないのだろう。

 

 近くに居るだけで力が漲るような感じがする。黒龍は心地良い気分になりながら大樹へと歩みを進め、その立派で余りに太い大樹の幹に手を付いた。命の波動を感じる。大地からエネルギーを汲み上げ、枝を通して葉へと行き渡らせ、汚れた空気を綺麗な空気へと変化し、魔素を辺り一面に降り注いでいる。

 

 故に、大樹の周りに生えている木々は総じて高く成長し、幹も太く逞しい。小さな生物も住んでいて、緑が更に豊かと言えるだろう。だが、精霊達が言うには、この美しさと優しさ溢れる自然を脅かす存在が居るというのだ。黒龍が大樹に触れて、その力強さと魔素の豊潤さに身を任せていると、足を付けている大地が揺れた。それは次第に大きくなっていき、黒龍が居る所より離れたところで大地が盛り上がった。

 

 

 

「──────きた!」

 

「あいつだ!あいつが“おかあさん”をきずつけるし、このへんのきをたべちゃうんだ!」

 

「おねがい!あいつをやっつけて!」

 

 

 

 

 

「──────ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 現れたのは、全長50メートルにも達するだろうかという巨大な木の怪物だった。木に魔物が取り憑いたとも言える容姿に、枝が腕や手のように形を作っている。脚は無く、その代わりに幾本もの根っこが蠢いて動いている。トレントという木の姿をした魔物が居る。だがそれは所詮普通の木と同程度の大きさしか無い。だというのにこの怪物はどうだろうか。見上げねば幹に付いた恐ろしい形相の顔すら視認出来ない大きさで、高さだけでなく、人でいう胴体も大きく立派だ。

 

 これはトレントという魔物の上位種であるジャイアントレントという魔物である。しかしそれでもここまで大きくはならない。突然変異に思われるかも知れないが、事実は少し違う。普通のトレントよりも魔力を持って生まれたことで、精霊に母と呼ばれる大樹を見つけ出し、大樹の持つエネルギーを直接吸い取ったり、魔素が多く含まれた木々を捕食することにより、膨大なエネルギーを手にし、ここまで大きくなったのだ。

 

 目に見える体格差。これまで黒龍は自身より小さな存在にしか会わなかった。だが、今回の相手は見上げねばならないほどの大きさだ。ジャイアントレントからも膨大な魔力が迸っている。ここら辺に居る魔物ではまず相手にならないだろう、完全な上位種。黒龍が会うには少し早すぎたとしか言えない相手。だが黒龍は背を向けなかった。寧ろジャイアントレントを正面から見据えていた。そして同時に理解していた。

 

 この巨大な怪物……ジャイアントレントは放っておけば、この心地良い空気を作り出している大樹を傷付けるということを。勿論精霊は何度もそう言っていたのだが、黒龍はジャイアントレントをその目で捉えた瞬間、敵と認識した。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「……ばきッ……ばきゃッ……ばきッ……?オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 

 

 足元に生えている木を根元から引き抜き、口の中へと放り込んで咀嚼して呑み込む。木が木を捕食する光景は見慣れない異常だろう。そんな光景の中、黒龍は大樹の元から駆け出してジャイアントレントの元へと突っ込んでいった。翼を持てど、使い方を知らず、龍であっても飛ぶことは出来ない。そこで黒龍が取れる行動は、大地を駆ける事しか無い。

 

 捕食していたジャイアントレントは駆けてくる黒龍の存在に気が付いた。そして黒龍から尋常ではない魔力を感じ取れ、敵意と殺意を感じ取ったことで敵と認識した。自身よりも半分以下で、踏み潰せるほど小さい存在に脅威的な何かを感じ取る。本来ならば黒龍程度の大きさしか無い存在など歯牙にも掛けないのだが、全力で排除すべきだと考えたのだ。

 

 駆けてくる黒龍に対して、土煙を上げながらジャイアントレントも駆け出した。縮まっていく両者の距離。黒龍を連れて来た精霊達は見ていられないと言うかのように手で目を覆っている。黒龍は手を硬く握り込んで握り拳を作り、右腕を振り上げた。対してジャイアントレントは体から触手のような蔓を伸ばし、鞭のように黒龍に向かって叩き付けた。

 

 全力の力で遠心力も載せた蔓は黒龍の体よりも太く、しなやかなものだった。それが真面に叩き込まれた黒龍は脚が大地から離れ、後方へ吹き飛ばされた。ボールのようにバウンドして木々に当たってへし折り、大きな岩に叩き付けられた。背中から叩き付けられて呼吸困難に陥っている間に、細めの(つる)が黒龍の足首に巻き付き、持ち上げる。

 

 ジャイアントレントの目線程の高さまで逆様に宙づりにされた黒龍だったが、上で円を描いて振り回され、最後には大地に叩き付けられた。轟音が鳴り響く。爆発音のようなそれは黒龍が大地に叩き付けられた音に間違いなく、足首の蔓は取れず、そのまま持ち上げられて同じく大地に叩き付けられた。それをその後十度は繰り返され、最後は地面を削るように押し付けられて吹き飛ばされていった。

 

 黒龍が乱回転しながら吹き飛ばされた先には大樹があった。視界が回る中で、縦に裂けた黄金の瞳の虹彩をさらに細めると、景色が遅くゆっくり動いているように見える。それによって大樹へと向かっていると把握し、このままで大樹に突っ込んでしまう。そう察した黒龍は長い尻尾を地へと突き立てて勢いを殺し、獣道を作りながら大樹の前で停止した。

 

 黒龍は顔を俯かせる。そして体が小刻みに震えだした。畏怖か、恐怖か。怖ろしさか。違う。どれも違う。否、否、否。黒龍が抱いているのは純然たる憤り。怒りの感情だった。

 

 

 

「──────がああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「──────ッ!?ギ……っ!?」

 

 

 

 怒りに身を任せた驚異的な跳躍は地を砕き、衝撃波を生んでジャイアントレントの視界から姿を消した。次いで現れたときにはジャイアントレントに当て身の突進をしていた。叩き付けられる黒龍の体。鱗は硬く、既に筋肉質なため威力は抜群。ジャイアントレントの胴体に突っ込んだ勢いにより、体中へ大きく罅を入れた。

 

 そしてジャイアントレントは黒龍の体当たりの威力に負け、その巨体を後方へと倒した。ずしんと重い地響きを起こしながら倒れ込むジャイアントレントの一方で、黒龍は地に着地して口内に純黒の光を溢れさせていた。さらにその籠められた魔力は、ゴブリンを殲滅した時とは比にならないほどの膨大な魔力であり、放たれれば黒龍の正面の全てが更地となるだろう。

 

 それを理解しているからか、精霊達が黒龍の元まで急いでやって来て身振り手振りで止めようとしていた。しかし黒龍はもう聞こえていない。精霊達など目の端にすら映っていない。あるのはジャイアントレントを消し去ることのみ。その一点のみが黒龍の脳内に渦巻いていた。精霊達は顔を青白くさせていた。流石にそう広範囲の木々を消されるわけにはいかない。

 

 そもそも、ゴブリンを殲滅した時の光線ですら、本当は非常に大きい打撃を受けているのだ。だが、もう精霊達は諦めていた。黒龍の瞳がジャイアントレントにしか向いておらず、その瞳の奥にはどす黒い憤りの感情しか宿っていないからだ。

 ジャイアントレントが起き上がろうとしている。だが既に、黒龍は魔力を解放する準備が整っているのだ。

 

 溜められた膨大な魔力が解き放たれる。しかしその撃ち出す直前……黒龍の瞳に光が戻る。何かに気が付いたように、放たれる刹那に黒龍は初めてとなる魔力の精密な制御を熟した。

 

 

 

「………ッ────────────ッ!!!!!!」

 

 

 

 黒龍の口内から放たれた純黒の光線は細かった。一条の線となって起き上がったジャイアントレントの右隣を抜けていった。外してしまった。渾身の魔法が、掠りもしなかった。そう思いガッカリした精霊達。しかし黒龍の攻撃は終わっていない。

 

 黒龍は細い純黒の光線を放ちながら、首を右へと振り払った。すると光線はそれに伴って右へと移動し、ジャイアントレントの体を半ばから真っ二つに両断したのだ。それも細い光線の直径に比例しないくらい大きく消し飛ばした。体の大部分を消されたジャイアントレントがそのまま生命活動を維持することなど出来ようはずも無く、残った部分は枯れるように朽ち果てていった。

 

 黒龍は見事、この戦いの勝利を掴み取ったのだ。精霊達も万歳三唱で喜びを分かち合っていた。だが件の黒龍といえば、その場から動かない。どうしたのだろうと精霊達が疑問に思っていると、黒龍はその体をふらりと揺らした。精霊達は慌てる。無理も無い。黒龍はまだ生まれたばかりなのだ。本来ならば親の龍に食べ物を獲ってきてもらい、狩りを少しずつ覚えていくものだ。

 

 それを黒龍は独りで熟し、況してや大きく、強くなりすぎたジャイアントレントとの戦いがあった。要するに黒龍は疲労困憊としているのだ。覚束無い足取りで大樹の元へと歩き、根元まで来るとゆっくり横たわり、丸くなった。翼で体を覆い小さくなる。その姿は寒さを凌ごうとする小さな龍であった。

 

 

 

「……いきなりたたかわせて…ごめんね?」

 

「あなた…まだうまれたばかりのこどもだったんだね……」

 

「……これ、おれいなの。おきたらたべてね」

 

 

 

「…………すぅ……すぅ………」

 

 

 

 

 

『──────ありがとう。小さくも勇ましき、強き龍の子よ』

 

 

 

 

 

 黒龍は眠る。疲れを癒すために、体力を回復させるために。そんな黒龍に優しい声が掛けられる。膨大な純黒の魔力を撃ち放つ瞬間、正気に戻させた不思議な声を……。

 

 黒龍をこの場へ連れて来た精霊達は理解する。この黒龍が強すぎて気が付かなかったが、まだ生まれたばかりの子供だということを。そんな子に自身達では手に負えない者の相手をさせてしまった。罪悪感を感じながら、黒龍が起きた時に食べさせるための果物をせっせと運んでくる。

 

 最初は三匹の精霊が運んできていたが、次第に数は増えていき、何時しか沢山の精霊が黒龍の元へ食べ物を運んできた。感謝の印である。脅威を退けてくれた黒龍への、せめてもの。それを見守るは見上げるほどの大樹。母なる樹。森を見守る存在。

 

 

 

 

 

 

 何時しか黒龍の元には山積みとなった果物に溢れかえり、何処からかクスクスとした優しい声が聞こえてきた。この日の黒龍の戦いは……漸く終わったのだった。

 

 

 

 

 

 



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第3話  黒龍……その名は──────

 

 

 心地良い空間に居る。熱くも無く寒くも無く、じめじめしておらず、からっとし過ぎていない。全てが完璧な空間。だが周囲は見渡す限り暗く、暗黒だ。そんな空間に独りで存在する黒龍。夢……というものを初めて経験している。

 

 楽しい夢では決して無い。何もやることはせず、唯そこに存在しているだけだ。それでも、黒龍はこの空間が実に好ましいと思った。本来ならば幼い子供とはいえ、見た光景は夢として現れる。父親であったり母親であったり、花畑の中を歩いたりと。

 

 しかし黒龍にそんなものはない。これまで楽しいと感じる光景が無いからだ。親は生まれて直ぐに黒龍を捨てた。地上に墜ちてからは敵に遭遇し、精霊に出会ったかと思えば案内された先で強大な敵と対峙する。普通の子供が経験する生後ではないだろう。故に、黒龍は幸福を知らない。愛を知らない。

 

 だがそれでも良かった。味方は必要無い。この有り余る力がある。愛は必要無い。常に感じられる純黒がある。敵とは独りで戦い、勝利を収める。龍は強い生き物だ。その中でも黒龍は一線を画すだろう。それは先の戦いで窺い知れる筈。故に黒龍は、こんな現状に満足している。そう感じる、生後1日目の夢の中だった。

 

 

 

「──────…………っ!?」

 

 

 

 自身にとっては幸福な夢を見ていた。が、夢とは必ず覚めるもの。起きた黒龍はぼんやりする頭のまま、少し長い首を持ち上げて瞼を開けた。中から黄金の瞳が見え、目の前の光景が見えてくる。

 

 黒龍はハッとした。ぼんやりとした景色が次第にはっきりと見えるようになっていき、その瞳で見えてきた光景は山積みとなった果物だった。だが量がおかしい。立ち上がった黒龍と同等の高さにまで積まれているのだ。山盛りの盛り盛りである。

 

 起き抜けで直ぐに目が覚めた黒龍は困惑する。何故こんなにも食い物が有るのだろうか……と。こんな物は眠るときには無かった……と。不思議な光景に首を傾げていると、腹の虫が盛大に鳴った。ぐるぐると音が聞こえてきて、黒龍は驚いた。空腹で腹が鳴るのが初めてだからだ。突然自身の体から変な音がなれば驚きもするだろう。

 

 そんな驚いたり困惑したりしている黒龍の背後から、クスクスと優しい声が聞こえてきた。黒龍の瞳が剣呑なものとなる。鋭く刃のようになり、強靭な脚力でその場から跳躍して距離を取った。ずしりと重く着地しながら、口内に純黒の魔力を滾らせる。何時でも攻撃が出来るように。

 

 

 

『──────待って下さい。私はあなたの敵ではありません。敵意はありませんよ。なのでどうか、その恐ろしいほどの魔力を鎮めて下さい』

 

「……………………ッ!」

 

『……あぁ。言葉は通じないのでしたね。では降参の意を示しましょう』

 

 

 

 先まで黒龍が居た所に居るのは、半透明な女性だった。宙に浮かび、困ったような笑みを浮かべている美しい女性だった。優しい印象を与える笑み。非常に整った顔立ち。肩まである薄緑色の髪。服装は真っ白なワンピースを着ている。

 

 そんな女性は両手を挙げている。敵意は無く、降参するという意思表明である。黒龍は暫し女性を見つめていた。無防備な姿を晒して動かない。敵では無い。そう判断したのか、黒龍は少しずつ口内の純黒の魔力を霧散させていった。

 

 それを見ていた半透明の美しい女性はホッと胸を撫で下ろす。そして同時に少し反省した。命の恩人だからといって眠っている間に近くに寄りすぎた。まだ生まれて間もないという事を知っておきながら、警戒するだろう事をすっかり忘れて、黒龍の姿を近くで眺めていた。見たことの無い、人に近い姿形をした龍を。

 

 

 

『……ごめんなさい。敵も味方もまだ理解出来ないあなたに近づき過ぎてしまって…。(わざ)とではないの。少し……私の知る龍、姿とは違ったあなたが珍しくて……いえ、これは言い訳ですね。……本題に入りましょう。私は──────』

 

 

 

 ──────ぎゅるるるるるるるるるるる…………。

 

 

 

『──────……………。』

 

「……………………。」

 

『……………………。』

 

「……………………?」

 

『──────ふふっ。うふふっ……。そうですね。まずはご飯にしましょうか。私の子供達が約束したお礼もまだですからね?遠慮せずいっぱい食べて下さいね。これはあの子達があなたのために集めてきたものですから』

 

 

 

 半透明な女性は山積みの果物を指して是非食べてくれと言う。言われても良く解っていない黒龍に、笑みを浮かべながら何かを掴んでいる体で手を口元に持っていく動作をした。食べる……というジェスチャーである。それは流石に察した黒龍は、半透明な女性に背を見せず、正面を向きながらゆっくりと果物の方へと進み、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。

 

 いきなり食べようとはせず、何か変な匂いが無いかを確認している黒龍を見て、半透明な女性は目を丸くした。誰も教えておらず、誰にも教えられていない。()してやそういった場面を見たわけでも無いのに、毒が無いのかを確認する。その行為が初めから出来るということに驚いたのだ。

 

 黒龍は何気なく水を飲むときにもやったこの行為、普通の龍はしない。だから親の龍がこうしなくてはならないと、教えるのだ。本能で解らなくも無いが、生まれたばかりの龍には流石に無理な話だろう。故に教わりもせず、見て学んだ訳でも無い確りとした行動に半透明な女性は目を丸くした。

 

 黒龍は異常が無いと判断したようで、山積みの果物の内、真っ赤な林檎を手に取って口の中に放り込んだ。普通サイズの林檎は、黒龍には小さいので一口だ。口の中の林檎を噛み砕き、甘い汁が溢れ出す。しゃりしゃりと小気味良い音を奏で、新鮮な果肉が口いっぱいに広がっていく。

 

 あっという間に食べ終わった黒龍は、次々と果物を口の中に放り込んで咀嚼し、嚥下し、また果物を口に放り込む。見ると圧倒されてしまう山積みの果物はみるみる無くなっていき、最終的には全ての果物が黒龍の腹の中へ収まってしまった。同じ高さ程まであった果物の山がだ。龍というのはよく食べる種族だ。体が大きい分エネルギーを多く消費する為だ。だがどうやら、黒龍はその大食漢である龍でもよく食べる方らしい。

 

 あっという間に無くなってしまった果物と、それを全て食べてしまった黒龍を見ていた半透明な女性は、その良い食いっぷりに笑みを浮かべていた。満足してくれたようで良かった、そう言っているように。

 

 

 

『さて…では、あなたも食べ終わった事ですし、本題へ入りましょうか。言葉が通じなくとも言わせて下さい──────あの魔物を倒していただき、本当にありがとうございました。あなたのお陰で、もう無意味に森を荒らされなくて済みます。あなたは私達の恩人です。いえ、恩龍……とでも言うべきでしょうか』

 

「…………………。」

 

『そして……突然連れて来て、あの魔物と戦わせてしまい申し訳ありませんでした。明確な意思を表示できないあなたを罠にかけたような真似になってしまいました。あの子達はちゃんと叱っておきました』

 

「……ごめんなさい」

 

「……かってにつれてきて、たたかわせて……」

 

「……はんせいしてます…」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 黒龍は頭を下げる半透明な女性と、この場に連れて来た精霊達を見ていた。一様に頭を下げる光景に、何となく謝っているということを理解したようだ。何も反応を示さない黒龍に、取り敢えず頭を下げるのをやめて顔を上げた半透明な女性。そして宙を漂いながら一歩分黒龍の方へと近付くと、黒龍からグルルと威嚇する声を立てられた。

 

 敵ではないと示したとしても、近付く事は許してくれないようだと、距離を詰める事はやめて、半透明な女性は着ているワンピースの端を持ち上げて優雅に礼をしながら自己紹介した。

 

 

 

『私はスリーシャ。大樹に宿る精霊であり、この子達の母親でもあり、この森を見守る存在です。そして、私があなたに言葉を教え……知識を与えます。どうかよろしくお願いしますね』

 

 

 

 そう言って半透明な女性改め、スリーシャはニッコリと笑みを浮かべた。黒龍には精霊や森を見守る存在というものは理解出来なかったが、母親ということは理解したようだ。何せ小さな精霊達がスリーシャに近寄って甘えているのだ。それを優しい笑みで浮かべて抱き寄せたりしている。見たことも無ければ感じられたことも無いが、これが母親なのだろうと、漠然とした思いで理解していた。

 

 黒龍は家族愛に溢れている光景を見ても何も思わなかった。何も感じなかった。愛を知らない哀しい黒龍はしかし、愛を知ろうともしなかった。知る必要性が無いと無意識に判断しているのだ。無くとも生きていける。生きていく上で必要なものだとは思えない。故に黒龍は羨ましいとも思わないし、輝くような光景にも見えないのだった。

 

 それから黒龍はスリーシャから言語というものを学び、言葉を学習した。木や森。空や太陽。大地や川。それらの細かい単語についても教わり、魔法についても教えられた。スリーシャは魔法についても詳しく、黒龍に基礎的なことを教えていった。

 

 スリーシャも黒龍に色んな事を教えていった。しかしその中で、スリーシャは黒龍に対して戦慄する。教えたことを一度で全てを理解して忘れなかった。砂漠に水を垂らしているようで、吸収して決して溢れさせない。記憶力も思考能力も普通とは一線を画し、況してや魔法については恐ろしいほどの成長を見せていく。

 

 基礎を教えただけで理解し、応用へと発展させる。言わずとも魔法に必要な魔法陣を描き始め、実践して十分以上の効力発揮する。更には体内に莫大な魔力を持ち得ている事もあって魔法を使用し続けていても、魔力の消費が激しい魔法を放っても何でも無い顔をしている。

 

 教えていく中でスリーシャは思った。この黒龍は他の龍とは余りに違いすぎると。スリーシャはかれこれ何千年も生きている。大樹と共に生きている訳なので、それ程の長生きとなっている訳なのだが、そんな長い時を生きていると龍という種族に邂逅する時もある。そんなスリーシャの会った事がある龍は黒龍のような姿形ではなかったし、立派な大人の龍だったが、黒龍以上の魔力を持っていなかった。

 

 

 

 この黒龍は……将来誰も手が付けられない程の力を手に入れる。そう確信させる何かを持っていた。

 

 

 

 それから時は進み、一年が経過した。スリーシャは黒龍に自身の持つ全てを教えた。出し惜しみをせず、何もかもを教えた。そして黒龍はその全てを容易く吸収して我が物とした。恐るべき学習能力であると、スリーシャは今にしても思う。

 

 黒龍は生まれて一年が経つと身長が更に伸びていた。生まれて間もなくは6メートルだった身長が、今では10メートルにもなっていた。龍というのは成長が早く、ある程度成長するとそこからはもう成長することが無く、その姿のまま長い時を生きていくのだ。まあ、黒龍はまだまだ子供なのでまだ大きくなると思うのだが。

 

 

 

『私が教える事はもうありません。あなたはとても優秀な龍でしたよ』

 

「──────世話になったな、スリーシャ。お陰で俺は言葉を知ることが出来た」

 

『とても生まれて一年とは思えない成長ぶりですがね。普通はもっと子供っぽいところがあっても、別におかしくはないのですが……何故あなたはそう大人びているのでしょう?』

 

「知らんな。強いて言うならば…俺が俺であるからだ。他の龍なんぞ更に知らん。捨てられてこの方、同じ龍に会った事すら無い」

 

『巡り会う事があれば仲良くするのですよ?あなたは他者に歩み寄ろうとしない節があります』

 

「フン。相手の出方次第だな。態々(わざわざ)仲良くする必要性が感じられんが」

 

『全くもう…あなたという龍は』

 

 

 

 しょうがないとでもいうような困った表情をしながら、スリーシャは黒龍を眩しそうに見た。これから色んなものを見ながら色んな事を知っていくのだろう。まだまだ子供だから苦難にぶつかるかも知れない。けど、この黒龍ならばきっと真っ正面から立ち向かっても打ち勝つだろうと思えてしまう。

 

 知らぬ間に随分と変な信頼をしてしまったようだ。普通ならば心配の一つや二つしてあげるべきなのだろうが、スリーシャは黒龍に対して心配の文字が必要無いとしか思えてならないのだった。

 

 一年だ。たったの一年で逞しくなったものだ。肉体的にも精神的にも。到底一歳の龍とは思えない大人びた言動に、物事の考え方。他を圧倒する膂力に魔力。スリーシャは心の中で思う。恐らくこれ程変わった龍と会うことは無いだろう……と。

 

 そして最後に思う……黒龍の名を聞いていなかったと。名付けようかと提案したが、自身で考えるからいいと拒否されたのだ。それからは名乗られることが無かった。故に黒龍さんやあなたとしか呼べなかった。

 

 

 

『そういえば、あなたの名前は決まったのですか?よければ教えてくれませんか?』

 

「あぁ。そういえば言ってなかったな。良いぞ。俺の名を知るが良い」

 

 

 

 黒龍は大きく胸を張り、背中にある大きな翼を開いてばさりと一羽ばたいた。それだけで爆風のような風が発生し、黒龍の周囲に膨大な魔力が渦巻いている。

 

 

 

 

 

「俺の名は──────リュウデリア。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ」

 

 

 

 

 

『リュウデリア……良い名前ですね』

 

 

 

 スリーシャは何度もリュウデリア……と繰り返して自身の頭に刻み付けた。忘れないように。この一年の出来事を何時でも思い出せるように。そうしている次第に、スリーシャの視界が潤んできてしまった。生きてきた何千年という悠久の時に比べて、一年という一瞬の時間だったが、スリーシャはとても楽しかった。とても充実に過ごせた一年であった。

 

 それはリュウデリアと最初に出会った三匹の精霊達も同じようで、可愛らしい顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流している。だがそれでも行かないでと言わないのは、成長したなとスリーシャは思った。

 

 別れの時だ。リュウデリアはスリーシャから色々と学んだ。ならば彼が此処に残る必要は無い。世界はまだまだ広い。彼はまだこの森しか知らないのだ。それならば、もっと広い世界を知る必要がある。世界の広さを知らなければ龍の名が泣くというものだ。

 

 さて、別れだとリュウデリアが言おうとしたその時、大地が揺れた。この揺れ方は見に覚えがある。したから巨大な何かが迫り出てこようとしている揺れだ。そんな確信めいた思いを肯定するように、リュウデリアとスリーシャが居る場所から離れたところで、大きな轟音を上げながら大地が隆起した。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

『……っ!?あれはジャイアントレント!?それも前の個体より大きい……っ!』

 

「……どうやら今回は突然変異の類のようだな。内包する魔力も比では無い」

 

 

 

 現れたのは思い出深いジャイアントレントだった。しかし今回のジャイアントレントは突然変異で生まれたものだ。大きさは60メートル程だろうか。姿形はジャイアントレントのそれではあるが、色は灰色であった。こういった突然変異種というのは存在し、こういった者達は何かしらで原種よりも優れた面があったりする。

 

 リュウデリアは口の端を吊り上げて嗤った。一年前は最初いいようにされたが、今は違う。言語を知り、学び、魔法を習得し、新たなステージへと進化したのだ。そんなリュウデリアが負ける道理なんぞ……存在しない。

 

 ジャイアントレントの大きさと、内包する凄まじい魔力に呆然としているスリーシャの横で、リュウデリアは右手を翳すと、そのまま上へと向けていった。すると、見上げる大きさのジャイアントレントが上空へと浮かび上がっていった。不自然な浮上に驚きながらも、ジャイアントレントは蔓や根っこ、手を使って大地へと自身の体を繋ぎ止めようと試みるも、ジャイアントレントの体は無理矢理上空へと持ち上げられてしまった。

 

 そしてほぼ真上を見上げるほどの高さにまでジャイアントレントを持ち上げると、リュウデリアは向けていた手を強く握り締める。それに伴い、ジャイアントレントの目前に巨大な純黒の魔法陣が展開され、光り輝いた。

 

 

 

 

 

「死ぬが良い──────『第二の疑似的黒星太陽(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』ッ!!」

 

 

 

 

 

 遙か上空に……純黒の太陽が顕現した。

 

 

 

 中心にいるジャイアントレントは抵抗すら許されず、文字通り跡形も無く消し飛んだ。灰すらも残さず、細胞一つの存在も許さなかった。スリーシャはジャイアントレントの存在に呆然としていた筈なのに、今はリュウデリアの放った魔法に呆然としていた。

 

 今までに見せてもらったのは、簡単な攻撃魔法だったり、防御魔法だったりしたのだが、これ程の大規模な魔法は見せられた事は無かった。吃驚しているスリーシャの横顔を見ながら、リュウデリアは人知れず笑みを溢した。最後の最後に優しい微笑みを崩すことが出来たと。

 

 リュウデリアは翼を広げて羽ばたき、その10メートルの大きな体を持ち上げた。スリーシャはハッとしたようにリュウデリアを見返すと、彼は既に大空へと飛び立とうとしていた。リュウデリアは見下ろし、滅多に他人には見せない笑みをスリーシャに見せた。ありがとう。そう言っているように見えたのは、きっと間違いではないとスリーシャは思った。

 

 

 

「──────さらばだ、スリーシャ。縁があればまた会うだろう。それまで、精々枯れ朽ちぬことだな」

 

『……もぅ!素直じゃない子なんだから…!……ふふっ。またね、私の可愛い黒龍……リュウデリア』

 

 

 

「お前達も精々スリーシャに叱られるんじゃないぞ!」

 

「ばいばいっ…!」

 

「またあおうねっ…!」

 

「たまにはかえってきてね…!!」

 

 

 

 純黒色の黒龍は大空へと飛び上がった。その速度は非常に速く、見守っていたスリーシャや小さな精霊達は、あっという間に点ほどの小ささになっていくリュウデリアを見ていた。そして目尻に貯まった涙を拭う。これで最後のお別れでは無い。また会うことがあるだろうから。だからこその“またね”。

 

 スリーシャはこの一年の出来事を思い返す。触ることを嫌がる癖に、川で大きな体を洗うことに四苦八苦している姿。強い力をコントロールするための訓練で堅い木の実を破裂させて呆然としている姿。魔法を容易く習得し、何でも無いように無表情をしながら、嬉しさを隠しきれずパタつかせている翼と尻尾の様子。初めての飛行で慣れず頭から墜ちて不貞腐れている姿。甘えるように大樹の根元で丸くなり眠る姿。

 

 スリーシャはとても嬉しそうに、愛おしそうに、切なそうに、笑みを浮かべ、リュウデリアが去って行った大空へ向けて小さく手を振った。

 

 

 

『また帰ってきて、お話を聞かせてね……リュウデリア』

 

 

 

 リュウデリアは大空を飛翔しながらこれから何処へ向かおうか思案する。取り敢えずは山を越えよう。そしてそれからのことは、その時に決めよう。リュウデリアはガラにも無く心躍らせていた。これからどんな世界を見ることが出来るのだろうか…と。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアはこれからに思いを馳せて、大空で一回転するのだった。

 

 

 

 

 

 



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第4話  怒れる黒龍

 

 

 黒龍のリュウデリアは飛んでいた。広く爽やかな快晴の空を。大きな翼を力強く羽ばたかせて加速する。空気の壁を打ち破り、ソニックブームを引き起こす。今でこそ快晴であるが、雲があればリュウデリアの速度によって道を作るように消し飛ばされていただろう。

 

 飛行しながら目線だけを下げて陸地の方を見る。龍は翼を持っている以上大空を自由に飛ぶ。それも人間やその他の種族のように、基本地上で過ごしている者達では呼吸困難になる程高度な場所をだ。その為、龍は遙か上空から下の様子を見て確認するために、非常に優れた視力を持っている。

 

 黄金の瞳を細める。そうすれば次第に距離感が変わり、地上の様子がはっきりと見えるようになってきた。スリーシャが見守っていた森を抜け、木が生えていない荒野が見えてきた。緑の姿は無く、故に土の色に染まりきり、木らしい木は一本も無い。

 

 森が途切れて見えてきたのは荒野であった。取り敢えずは山を越えるという最初の目標がある以上、リュウデリアは荒野で降りることは無かった。そもそも食べ物が無さそうな荒野に降りたところで、食べるものを探して別の場所へ探しに移動することになる。そうなれば二度手間も良いところだ。

 

 リュウデリアは気持ち良さそうに空を飛んでいる。空を飛ぶことが出来る以上、飛ぶという行為はそもそも好きだ。鱗が風を切り裂く音や、普段は畳んでいる翼を伸び伸びと伸ばし、空気を掻く感触も良い。兎に角、リュウデリアは飛ぶことが好きだ。そして飛びながら下を見て、観察するのも中々に面白い。

 

 速度を上げたり減速させたりしながら飛んでいると、リュウデリアは知らぬ間に、横へと連なって壁のような形になっている標高2000メートル程の山を越えた。見えてくるのは反対側と同じ荒野だった。どうやら山の麓は木が生えづらい土のようだ。少しの間荒野が続けば、後は緑豊かな木々の群だった。

 

 見渡す限りの木。スリーシャが見守っている森よりも広大な為、これは樹海と呼ばれるものだろう。またしても木が鬱蒼と生えている場所か……と、リュウデリアは嘆息し、水の流れる川を探す。樹海である以上は食べ物はあるのだろう。他には必ず必要になると言っても過言ではない水がある場所が良い。

 

 暫く飛びながら水場を探していると、お目当てのものが見つかった。一条の川が流れている。水源があれば、その近くの良さそうな場所を見つけて住処とすればいい。リュウデリアは川を基点として周囲を捜索し、体の大きな自身でも住めるような場所を探す。すると、川に面して巨大な崖となっている場所を見つけた。

 

 

 

「……彼処(あそこ)にするか」

 

 

 

 見上げて目を凝らさねば見えないような遙か上空から急降下し、リュウデリアは地面を目指した。空気が摩擦によって熱を帯び始めようとした段階で減速する域にまで降下し、地面スレスレで急停止した。風が舞って草木が大きく揺れる。リュウデリアを中心として円状に風は吹き、動物達が逃げていってしまった。

 

 ゆっくりと降り立ったリュウデリアは、崖を見上げる。見上げるほどの高さがあれば、二足歩行で移動する自身がそのまま入っていける入り口を作ることが出来る。満足そうに一度頷いて崖を見ると、左から右へ、崖の断面に手の平を翳すようにして振った。すると、リュウデリアがそのまま入っていっても全く問題ない大きさの穴が空いた。

 

 土が崩れて出来た穴だ。つまり、まだこれでは終わらない。崩れた事によって溜まった土がまだ残っているのだ。リュウデリアは背中の折り畳んでいた翼を広げて二度三度と軽く動かすと、適度な強さで前方の穴に目掛けて風を叩き付けた。轟音が響いて土煙が舞う。崩れた土を全て風圧で吹き飛ばしたのだ。

 

 魔法で軽く風を作って砂煙を晴らせると、見事な洞穴が出来上がった。満足そうに頷いた後、早速中へと入っていく。土は魔法で削ったので鮮やかなものだ。天然の洞窟のように凹凸があるわけではない。奥行きは取り敢えず深く作っておいた。眠る時は寝そべるため、長くなってしまうのだ。

 

 翼の大きさも考えて幅も広めにして作っている。今のリュウデリアの大きさならば少し大きいと感じてしまう大きさで作った洞穴は、とても満足のいくものだった。後はゆっくりする事が出来るものを作っていくだけだ。

 

 二足歩行だからといって常に立っているわけにもいかないので、土を操って椅子の形に固める。身長が10メートルもあるリュウデリアが使う椅子ともなると、普通のサイズの者達が見れば圧倒するサイズとなる。早速座ってみて調子を確かめ、改良が必要だと思えば形を変える。背もたれの角度が気に入らなければ、傾けたりして丁度良いところを模索した。

 

 そうして満足出来るものを作ると、全身の力を抜いて体を預ける。体の大きいリュウデリアはそれ相応の体重があるのだが、魔法で固めているので、そう簡単には崩れたりしない。座り心地が良い椅子を作れば、今度は寝床の準備である。

 

 椅子から腰を上げて洞穴から出る。鬱蒼と生えた木々の中へと入っていき、手頃な葉を掻き集めていく。両手で持ってもまだ足りないので、魔力を使って葉を浮かせて持ち上げ、洞穴へと戻っていった。ある程度決めていた場所の、洞穴の奥へと持ってきた葉を縦長に敷き、その上に寝そべる。固い土の感触を和らげているので大丈夫と判断すると、起き上がった。食べ物の準備をする為である。

 

 因みに、この椅子やベッドの知恵を与えたのはスリーシャである。こうした方が過ごしやすいし、負担にもならないと教えてくれたので、それを実践して作ってみれば、なるほど確かに楽になる。それからはリュウデリアはこうして、椅子やベッドを作るようになった。

 

 体の構造的に椅子を使う龍は居ないが、ベッドのように何かを敷いてその上に寝る……という習慣は実のところ龍にはある。少し人間のように思えても仕方ないが、それは人間に限らず動物もする行為だ。例えば鳥。鳥は眠ったり雛を育てたりする為の巣を作っている。四足獣も枯れ葉等の上で眠ってたりする事だってある。つまり実のところ、生き物として別にそう珍しいものではない。

 

 況してや自然界には、自身の巣を編んで作る者達だって居るくらいだ。体格差で劣っている分を罠を仕掛けて待ち伏せしたり、態と他の者が獲った獲物を横取りしたりと、単純に見えて、それぞれの個性を持っているのだ。

 

 話を戻す。リュウデリアは魔物を探して森の中へと入っていった。川の中を泳いでいる魚を食べても良いが、如何せん魚が小さい。川魚は捕って食べたところでリュウデリアの腹の足しにはなりはしないのだ。ならばどうするかという話になってくるのだが、リュウデリアはこの一年間である技術をものにした。

 

 いや、一年掛けて修得した訳では無く、元から出来ていたのだが、この場合は更に磨きを掛けたというべきだろう。体の大きなリュウデリアが満足する程の獲物ともなると、天然の動物達では小さすぎる。そこでリュウデリアが身に付けた技術というのが、魔力感知である。

 

 この世には魔力を持っていない者と持っている者に分かれる。例えば一般人などは魔力を持っていないとするならば、ギルドや傭兵等の魔物と戦う者達は魔力を持ち、魔法を使用する。そしてこの世に蔓延る魔物とは、必ず魔力をその身に宿しているものだ。

 

 リュウデリアはその魔力を遠くに居ようと感じ取り、発せられる魔力の質や強さや輪郭を捉える事によって魔力の持ち主の体の大きさや強さを測る事が出来るのだ。この技術によって体の大きな魔物を探す事が容易となった。無論、魔力を感知するので魔力を持たない者を感じ取る事は出来ないのだが、リュウデリアはそこもしっかりと考えていて、魔力で感知出来ないならば気配で探る……という方法も取ることが出来る。

 

 森の中を進みながら魔力を察知する。周囲に小さな魔物が居るが、それでは腹を満たす事は出来ない。少し感知領域を広げて索敵する。するとリュウデリアは大きな反応を察知した。魔力も豊富で図体も大きい。そんな都合の良い魔物を発見した。

 

 

 

「…………ッ?──────ッ!?」

 

「──────逃がさんッ!!」

 

 

 

 その場で少しだけしゃがみ込み、筋肉を軋ませて力み、その大きな体を更に見上げる程空中へと跳ばせた。大きな跳躍。脚が離れる瞬間に爆発が鳴り、目標の猪の姿をした魔物が何事かと、音のした方へと振り向いた。リュウデリアの胸元辺りまでの大きさを持つ猪の魔物は驚いているのだが、そんな猪の魔物が見ている先に、リュウデリアは居ない。

 

 音がすれば振り向く。それは魔物とて同じ行動。そして音のした高さへと視線が固定してしまうのも仕方が無いこと。故に跳躍して上から猪の魔物を狙っているリュウデリアに気が付かなかった。猪の魔物は影が自身の視界を覆い、暗くなった時に初めて、上に何かが居るのだと察した。

 

 眼球が上を向き、純黒の黒龍が空中で右腕を引き絞っているのを見て、四足獣としての素早さを利用した回避をしようとした。しかし行動に移すには、もう手遅れの状況でしかなかった。

 

 猪の魔物が片脚を上げ、一歩踏み出した瞬間……リュウデリアの立てて固められた四本の指が猪の魔物の頸に突き刺さった。鋭く尖った指先は容易に猪の魔物の分厚い毛皮を突き破り、この下の強靭な筋肉をも突き破った。そして脚が地面に付き、着地したと同時に左手で反対側の頸にも四本の指を突き立てた。

 

 猪の魔物の血が噴き出る。目を血走らせ、必死の形相でリュウデリアに突き立てられた指を引き抜こうと暴れるのだが、四本の指が肉に刺さった後、残った親指で肉を掴んでいるので外れるわけがない。万力のような握力で掴まれ、指がめり込んでいる。こんなに脳内を駆け巡る激痛を猪の魔物は体験したことが無かった。

 

 絶叫をあげ、口から血を吐き散らしながらリュウデリアを引き剥がそうとする。だが体格的にも重量的にも、そして何と言っても力的にも猪の魔物はリュウデリアに劣っている。剥がせない。激痛が奔る。ならばもうやることは一つしか無い。苦し紛れの悪足掻きである。

 

 正面に立っているリュウデリアは、両手を頸に突き立てていることで腹がガラ空きだ。四足獣と同じ四足での移動をしている猪の魔物は体の構造上突進がとても強力だ。太い大木だって頭突きで根元からへし折った事もある。故に、猪の魔物はリュウデリアの無防備な腹部へと全身全霊を掛けた突進を繰り出した。

 

 だが……猪の魔物は立派な二本の牙をリュウデリアの腹部へ突き立てた瞬間に理解する。嗚呼、自身は最初から勝ち目など皆無であったのだと。相手は絶対に敵うことが無い、強大な敵なのだと。

 

 無防備なリュウデリアの腹部へと牙を突き立てたはいいが、牙はリュウデリアの純黒の鱗を突き破る事はおろか、傷一つ付けることは敵わなかったのだ。牙が触れた瞬間、脳内に奔ったのは見上げても頂点が見えない巨大な岩であった。ビクともしない巨大な岩に敵うわけが無い。猪の魔物は頸から流れる大量の血により、思考が鈍くなり、最後には膝から崩れ落ち、動きを停止した。

 

 リュウデリアは突き立てた指を引き抜き、猪の魔物を横へと倒して寝かせる。そして人差し指を立てて猪の魔物の体をなぞっていくと、その箇所が綺麗に斬れていった。指先が鋭く尖っているので、まるで刃物のような役割をしているのだ。

 

 切れた皮膚の隙間から指を入れて皮膚だけを掴み、思い切り引っ張って剥がした。皮を食べても良いが、リュウデリアは猪の魔物の体毛が長く、それを口の中に入れるのが嫌だったので皮を剥いでいるのだ。皮を引き千切った事で見えてきた中の肉に牙を突き立てた。そして噛み千切って咀嚼する。

 

 大方の血は頸の傷から噴き出て血抜きになっていたが、それでも残っている血が滲み出てリュウデリアの口の周りを汚した。顎から血が滴りながら夢中になって捕食していく。そんな中、血の臭いを嗅ぎ付けたのか、狼の魔物が草むらの中に身を潜めながら目を光らせ、捕食中のリュウデリアの背後に忍び寄る。

 

 機会を窺う。狼の魔物の体長は5メートル程。リュウデリアとの体格差は2倍近いものがあるが、それでも狼の魔物は恐れを抱かなかった。その理由は仲間が居るから。他にも五匹の狼の魔物が違う方向から狙っているのだ。数で掛かれば斃すことが出来る。そういう自信に満ち溢れていた。

 

 ゆっくりと忍び寄っていき、リュウデリアが捕食するために頭を下げた瞬間、全くの同時に6方向から狼の魔物達が襲い掛かった。飛び掛かり、狙うは生き物共通の急所である頸。鋭く尖った牙を突き立てて、鋭利な爪を使ってその命を散らす。その後は仲間達とゆっくりと食べる。それで()()()()()上手くいっていた。

 

 狼の魔物の視界がぐるりと回転している。目標に向かって一直線で向かい、目を離さなかったというのに、何時の間にか景色が高速で移り変わっていくのだ。何が起きているのが全く理解出来ていない。地面に落ちて少し転がり、回っていた視界が止まった。すると目の前に自身の体が横たわり、頸から大量の血を吹き出していた。頭は無い。何処にいったのだろうと考え、至る。そうだ、自身がその無くなった頭なのだ…と。

 

 全くの同時に襲い掛かり、全くの同時に六匹の狼の魔物の頸が落ちた。断面は綺麗な切り口だった。何が起きたのかやられた本人達にも全く理解出来ていない。それを察したのだろう。リュウデリアは猪の魔物の肉を引き千切りながら横目で見て、目の端を吊り上げて愉快そうに嗤った。

 

 頸しか見ていない狼の魔物達は気が付かなかったが、リュウデリアの長い尻尾が関係していた。魔力を練り上げて刃物のように形を変え、尻尾の先端に形成されていたのだ。その証拠に今も尻尾の先に片刃の刃物のような純黒の魔力が存在している。狼の魔物が絶命したと確信してから、魔力は虚空へ溶け込むように消えた。

 

 長い尻尾を円を描いて一振りした。魔力で形成した刃で狼の魔物の頸を狙っての一閃。それが狼の魔物が同時に頸が落ちた全容である。つまりリュウデリアは最初から狼の魔物達が自身を囲っている事を知っていた。場所も大きさもタイミングも全てが筒抜けだった。だから態と隙を晒していたのだった。狼の魔物達はその罠にまんまと掛かってしまったということだ。

 

 

 

「──────ははッ!ははははははははははははッ!!!!これで暫くの飯の心配は無いかァ?実にありがたいものだ。態々(わざわざ)食い物の方からやって来るのだから」

 

 

 

 リュウデリアは可笑しそうに嗤う。肉を食い千切って血を啜りながら。自然は弱肉強食。負ければ殺されて食われ、勝てば生きて食らう事が出来る。故にリュウデリアは生きて食らうのだ。それを責める者は居ない。責められる者は居ない。当然の権利。当然の摂理。当たり前の光景なのだ。故に、負ける…ということは誰であろうと平等にあるのだ。

 

 それがやって来たのはリュウデリアが自身の住処を見つけて100年が経った頃だった。10メートルだった体は25メートルにまで達していて、2倍以上の高さにまで達した。膨大な魔力も更に量は増え続けていった。何時しかリュウデリアが居る場所には何人も近付かなくなり、生物は捕食されるその瞬間を怯えて生きていた。

 

 リュウデリアはこの100年で、完全に樹海の王と化していた。誰も逆らわず、狙おうとも思わない。動物も魔物も彼を前にすれば全てが平等だった。そんな彼の元へ、懐かしき存在が現れた。100年前に世話になった森を見守る存在のスリーシャ。そのスリーシャと共に居た小さな精霊だった。

 

 しかしその精霊は小さな体をボロボロにしていて、擦り傷が目立ち、血を滲んでいる。涙を流して瞼は腫れ、急いできたのだろう息も荒かった。精霊は本当に突然やって来た。100年で更に磨かれた魔力の感知能力で小さな懐かしい魔力を感じ取っていたが、それがよろよろと力無く飛んでいた。何か様子がおかしいと察したリュウデリアだった。

 

 そして精霊がリュウデリアの元までやって来て、差し出された大きな掌の上に力無く降り立った。何があったのかと、そのボロボロな姿は如何したのだ、そう聞こうと口を開く前に、精霊は懇願するように声を振り絞った。

 

 

 

「──────おかあさんが……おかあさんが…っ!」

 

「…っ!スリーシャか…!スリーシャが如何した?」

 

 

 

「ひっく……ひっく………つ、つれ…!つれてかれちゃったよぉ…!“にんげん”に…つれてかれちゃったぁ…!!」

 

 

 

「──────何?」

 

 

 

 精霊から告げられた事を、リュウデリアは理解出来なかった。スリーシャは森を見守っている聖なる精霊。害を与える存在ではない。寧ろ、豊潤な魔素と空気を撒いていて森を豊かにしているのだ。そんな存在が何と言ったか。攫われた。攫われたと言ったか。

 

 瞬間、リュウデリアの脳裏に100年前の光景が投影された。まだ言葉も解らない自身に言葉を教え、魔法の基礎を教え、他よりも断然食べるリュウデリアの為に、森の恵みの多くを無償でくれた。優しく笑いかけてくれた。優しく教えてくれた。優しく見守ってくれた。そして、出て行く自身を見送ってくれた。そんな、リュウデリアには数少ない親しい存在を攫った……?

 

 

 

 

 リュウデリアの周囲は純黒の魔力に当てられ、純黒に侵食されていった。その異常が表すのは……リュウデリアの中で爆発し続けている大きな怒りの感情だった。

 

 

 

 

 小さな精霊を潰さないようにしながら両手で包み込み、背中の大きな翼を広げ、目にも止まらぬ速度で大空へと舞い上がった。上空には雷が鳴る真っ黒な雲が青空を隠す。まるでリュウデリアの怒りを表しているかのようだった。

 

 

 

 

 人間は間違いを犯した。人畜無害な精霊を攫うべきでは無かった。いや、そもそもその森に近付くべきでは無かった。だがもう手遅れだ。

 

 

 

 

 破滅は憤怒の表情を浮かべながら咆哮し、必ずや手を出した者達を殲滅しようと魔力を滾らせているのだから。

 

 

 

 

 

 

 ───────もう破滅を免れる手段は……無い。

 

 

 

 

 

 



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第5話  破滅が近づいてくる

 

 

 

 

 ──────破滅が咆哮をあげる三ヶ月前。

 

 

 

 

 そこはエンデル大陸という南側の大陸に位置する、とある王国……イリスオ王国。高く豪華な城が聳え立ち、広い城下町がある。それなりに広大な領地を所持しており、領地の中には村だって栄えている。家畜を育て、野菜を作り、兵士を大量に持つ。国としては良いと言っても過言ではない。そして何よりも……森に最も近く、森の精霊を見つけた国でもある。

 

 ここ近年になってから、領地を更に拡大しようという政策に入り、そこで目をつけたのが森であった。何故か豊潤な魔素が森中に降り注いでいて、森の木々は水を得た魚のように元気に生い茂っている。他の森ではそのような事は無い。依然とした普通の森であった。

 

 一体何の秘密があるというのか。それが気になり、同時に何か大きな発見があるのではないかと直感した。イリスオ王国の王はそういった勘が良く当たる。これまでも他国が攻め込んでくるタイミングも大方当てることが出来たし、育てている作物が豊作かそうでないかも、資料を見ないでも勘である程度当てられる。その為、イリスオ王国の国王は賢明な国王で知られている。

 

 だが人間とは愚かな生き物だ。そうした場面が連続して当たると、あたかも自身が他者よりも格段に優れていると錯覚してしまう。それが覚めれば良いのだが、国王は覚めること無く、全能感に支配されながら今日という日を迎えている。

 

 本当に森の件が当たりかどうかは解らない。故に最初は少数の兵士を向かわせて調査をさせた。流石に全兵士を調査に向かわせるわけにはいかないからだ。そして数日して戻ってきた兵士に詳細を報告させ、魔素の濃度は奥へ行けば行くほど濃くなっているということを聞いた国王は、更に送る兵士を増やして再び調査へと向かわせた。

 

 そうした調査を何度も繰り返し、偶然調査の話を聞いた国王の信頼を獲得しており、国内で指折りの実力者である騎士団長が調査へ行くことを願った。まだ調査が必要で、騎士団長を送るほどではないと思っていた国王なのだが、森には魔物が多数居て、危険だという話も聞いていたので、調査班の護衛という形で同行を許した。普通ならば騎士団長という特別な人間をそう簡単に国外へと行かせはしない。騎士団長も単なる好奇心で不在となるのは如何なものだろうか。

 

 つまるところ、イリスオ王国の国王と騎士団長、並びに止めようとしなかった家臣達は考え方が浅はかなのだ。故に魔力を持っていて、スリーシャが宿る大樹を視認することが出来る、イリスオ王国内で有数の実力者の騎士団長が大樹を視認し、調査の対象となってしまったのだ。

 

 魔素を多く放出する大樹が存在し、多くの魔力を持つものでなければ視認する事が出来ない。その報告を受けた国王は自身の勘が外れていなかったことを悟り、更なる優越感に浸った。他の者達では気が付かなかった事を、自身は気付いていた。実物も捜し出した。自身は間違っていない。正しいのだと。

 

 それからの調査は実に力の入ったものだった。魔素を放出する大樹の調査を命じ、最初とは比べ物にならない兵士を導入した。森の中には魔物も居る。だが騎士団長を初めとした訓練を受けている騎士や兵士が悉くを打ち倒し、死体を持ち帰って資源や武器や防具の素材。服や装飾品などにして金へと変えていた。もうそこまで行けば調査は更に力が入るというものだ。

 

 行って大樹を調べながら金になる魔物を狩ることが出来るのだから。国王は日々を満足しながら過ごし、調査をし、結果を報告する調査班や兵士に騎士達の帰りを待った。そしてとうとう、大樹には大樹に宿る精霊が居る事を知る。

 

 精霊とは、通常人の前には出て来ない。故にそうそう目にすることは出来ないのだが、スリーシャは森に入ってきて思い思いに調べていくイリスオ王国の兵士達に一言言ってやろうと、姿を現してしまった。そしてその半透明な美しい姿を見た兵士達は見惚れ、騎士団長はある事に気が付いた。そこが悪夢の始まりだった。

 

 森を荒らすな。動物達が怯えている。そう言ったスリーシャに従い、騎士団長はその日素直に帰っていった。だがしかし、後日騎士団長率いる武装した騎士や兵士が森へとやって来て、小さな精霊達を乱獲し始めた。血相を変えて出て来たスリーシャがどういう事か問うと、騎士団長は冷たい目線を向けながら、森に魔物が居るのは豊潤な魔素の所為であり、それ故に魔素を無為に生み出している精霊を残らず捕らえる。抵抗すれば排除すると宣った。

 

 スリーシャは訳が解らなかった。この人間が一体何を言っているのか、全く理解出来なかった。それもその筈。理由は単なるでっち上げだ。体として用意しただけで、目的は精霊であるスリーシャ達の捕獲なのだから。

 

 そもそも魔物とは、体内に魔力を宿した生命体であり、強さによって進化をしたりするだけで、発生方法は普通の動物と何ら変わらない。つまり、魔素があるからといって特別魔物が発生しているのではなく、単純に魔素が多く心地良くて寄ってきているだけであるのだ。それでも生態系を破壊するほど居るわけでもない。

 

 スリーシャは説得を試みた。だが一切話を聞かない兵士達に攻め込まれ、スリーシャはイリスオ王国へ連れ去られてしまったのだ。小さな精霊達も多くを捕まえられてしまった。だがそれでも、どうにか助けをと思っていて思いついたのが、リュウデリアの存在だった。しかし精霊は数瞬迷った。嘗てリュウデリアには生まれたばかりだというのに、無理矢理にも等しいやり方で戦わせてしまった。今回も自身達の事だというのに、突然会って助けてくれでいいのかと。

 

 精霊達はリュウデリアが善悪で言うのならば善ではなく悪側の存在だということは知っている。狩りをしていても痛めつけて追い詰めたり、恐怖させたり、生きたまま手脚を引き千切ったりしているのを見たことがある。つまり残虐であるのだ。そしてとても冷徹である。若しかしたら助けてくれないかもしれない。自分達の撒いた種なのだからと。そう言われてしまえば立ち直ることが出来ない。

 

 だが、精霊達は捕獲されて涙を流している仲間を見て葛藤を捨てた。リュウデリアに助けを求める。拒否されたならばそれまでだ。そう判断して囮作戦を使って多くの精霊達が捕まりながらも、一匹だけ精霊を逃がすことに成功した。逃げることに成功した一匹の精霊は、捕まった仲間達の叫び声を背中で聞き、涙を流しながら飛んでいった。あの日リュウデリアが飛んでいった方向へと。それが彼の元へ精霊が辿り着く7日前の話である。

 

 それから精霊は必死に飛んだ。リュウデリアの飛んでいった方向へと。広い森を抜け、何も無い荒野を行き、魔物に襲われても必死に逃げた。小さい精霊にとっては尋常じゃない高さの山を登り、下って行って、更にまた何も無い荒野を抜けていった。その間に風に煽られて地面に叩き付けられたり、魔物に襲われて体はボロボロであった。飛ぶのもやっとと言える状況で、精霊は諦めなかった。

 

 荒野を抜けて広がる樹海には、魔物がかなりの数棲み着いていた。それにより何度も襲われたが何とか逃げ果せる。そして、あの破滅的に膨大な魔力が感じ取れ、最後に見たときよりもとても大きくなった翼のある純黒の翼を見つけたのだ。7日間。只管飛んだ精霊は限界だった。限界だったがそれでもリュウデリアの元へと辿り着いたのだ。

 

 精霊は安心したように、自身を包み込む純黒の手に体を預ける。長い道のりだった。だがその苦労が消し飛ぶほどの助っ人が来てくれた。若しかしたら助けてくれないかもしれない…そう思っていたのが馬鹿らしくなるくらい、怒り、咆哮し、全速力で飛んでくれているリュウデリア。しかしその手は、壊れ物を扱うように優しいものだった。精霊は静かに涙を流す。リュウデリアにこれ以上無い程の感謝の気持ちを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!?これ……は……」

 

 

 

 リュウデリアは全速力で空を駆け、目的の場所であり、スリーシャが宿る大樹のある森へとやって来ていた。しかし、嘗て元気で力強い木々が生えていた森は山火事があったように、転々と円状に炭と化し、魔素を放出していた大樹は燃え尽きていた。

 

 根元が真っ黒になって残っていること以外、大樹は見る影もない。到底元が300メートルを越える圧倒的な大樹だったとは、最早誰が見ても解らないだろう。リュウデリアはゆっくりと大樹の近くに降り立ち、歩いて大樹へと近付いていった。体が大きくなったリュウデリアの重量により、歩くだけで震動が生まれる。たったそれだけで、炭となった木々は崩れ落ちていった。

 

 あれだけ元気で、天真爛漫の子供のような精霊は一匹も出て来ない。いや、それには語弊があった。出て来ないのではなく、出て行く精霊がもう此処には居ないのだ。集まれば前が見えなくなる程居た精霊が居らず、動物達の気配もしない。

 

 大樹の元へとリュウデリアは辿り着いた。精霊を載せていない右手で炭となっている大樹の表面に触れると、全く力を入れておらず、触れただけでかさりと音を立てながら崩れてしまった。人間は隠れた精霊を炙り出す為だけに、木々に火を放ったのだ。それが次々に燃え移り、大樹に関しては弓矢を使い、矢の先端の鏃に火をつけて放った。故意による放火である。

 

 手についた炭を握り締めながら、その場にしゃがみ込むリュウデリア。大樹の根元で何かを探す仕草をしている。そして太い根っこを掻き分けると、中から人一人入れるほどの空洞が現れた。リュウデリアはそれを見つけて手を握り締める。ここはスリーシャの本体があった場所である。

 

 精霊の中で唯一半透明であり、実体でなかったスリーシャの本体は別の所にあった。それが大樹の根元である。リュウデリアは魔力を感知していたので、本体が居る場所は知っていたが、例え話しているのが本体でなくとも気にしていなかった。スリーシャはスリーシャであることに変わりなかったからだ。しかし、此処にはもう居ない。予め言われていた通り攫われてしまった。

 

 

 

「………疲労で倒れそうなのは解る。だが一つだけ教えろ。スリーシャが連れて行かれた方角は何処だ」

 

「……っ…あっち……あっちからきたの……。たぶん……もりをぬけたらみえる、にんげんのくににつれていかれちゃったんだとおもう……」

 

「解った。スリーシャ達の事は俺に任せ、お前は此処で休め」

 

「…っ…ごめんね……ごめんねっ……」

 

「良い。気にするな。スリーシャ達には言葉や魔法を教わり、食い物を貰った恩がある。案ずるな、必ず取り返す」

 

「…………ありが……とう…」

 

 

 

 7日前に侵攻してきた人間が来た方角を指差した。そちらを見れば、確かに魔力の残痕が道を作っていた。普通は見ることが出来ない魔法を使用した後の魔力の残痕を、リュウデリアは可視する事が出来る。それを辿っていけば何処へ向かったのかが解る。

 

 掌の上に載せていた精霊を大樹の根元にそっと降ろし、手を翳すと薄黒い膜が精霊を覆った。魔力で防御しているのだ。今の精霊は疲労で眠ってしまって無防備だ。そこで魔物に襲われたりしないようにするリュウデリアの配慮だった。

 

 背中の翼を大きく広げて飛び上がる。今度こそ侵攻してきた人間を滅ぼす為に。巨体のリュウデリアが一度、羽ばたくだけで爆風が吹く。炭となった木々が崩れ飛んでしまうが、もうそんなことは気にしていられない。いや、もう燃え尽きていた死んでしまっている。気にしたところで意味は無いだろう。

 

 故に、燃やされた木々や大樹の弔いは、侵攻してきた人間の魂を使って行うとしよう。リュウデリアは未だ見ぬ人間を思い浮かべ、黄金の瞳に憎悪の炎を滾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華な机。豪華な椅子。煌びやかな壁に、一目で高価と分かってしまう置物。間取りは完璧を求められ、風通しの良い窓の配置。気分を紛らわす為のバルコニー。下を見渡せば、街並みの絶景が拝める。そう、ここはイリスオ王国に聳え立つ王城であり、その中でも限られた者にしか入室許可を与えられない、王の執務室である。そこでは勿論、イリスオ王国の国王が国の為に、民の為に執務をしている。だが、今日の国王の上機嫌だった。

 

 隣国で昔から親交のある国と協力し、()()()存在を見つけて捕まえる事に成功したからだ。2ヶ月と少しの期間で大きな一歩を踏み出した国王は、その一歩で人間は優れている。何者であろうと我々に勝る存在などこの世に居ないと確信したのだ。国王は所謂人間至上主義だった。数多の種族がこの世に居る中で、人間こそが最も強く、最も賢く、最も偉大なのだと確信して疑わなかった。

 

 故に、精霊などという種族が、領土を拡大しようとして目をつけている森を住処として居座っている事が我慢ならなかった。だから兵士や騎士を侵攻させた。さっさと邪魔な存在を消し去り、更に人間の国を、我が国を大きくするために。それが今叶っている。それだけで国王はここ最近上機嫌なのだ。

 

 しかし、そんな上機嫌はそう長くは続かなかった。特別な者にしか入室許可を与えない王専用執務室の扉が、強くノックされた。何時もならば適度な強さでノックするのだが、まるで何かに急いでいるかのような、荒々しく乱雑なノックだった。国王は眉を顰めながら、早く入るように声を掛けて入室を促した。すると、扉をやや強めに開け放った臣下の大臣の一人である男が、額に大きな玉のような汗を流しながら、息も絶え絶えに入ってきた。

 

 

 

「国王様…っ!はぁ…っはぁ…っ…!大変です…!!」

 

「……何だ騒々しい。私は今気分が良いのだ。入るならもっと静かに──────」

 

「それどころではありません…ッ!!」

 

「わかった、わかった。何だ?愚か者が国内に入り込んだか?」

 

 

 

 国王は鼻で笑い、大した事では無いと、余裕の表情を作った。過去、この国を攻め落とそうとした賊が居たが、洩れなく自身の兵士と騎士で皆殺しにした。それ程、この国の力は強かった。それ故の自信。それ故の慢心。それ故の──────滅び。

 

 

 

 

 

「我が国の領地に──────()()()()()()()

 

 

 

 

 

「──────は?」

 

「……龍です。この世に存在する数多の種族で…その圧倒的力にモノを言わせて最強の名を欲しいままにする…あの龍です」

 

「……わかっておる」

 

「その強さは神をも畏れると謳われ──────」

 

「わかっておるッ!!!!」

 

 

 

 国王は顔色の悪い状態で大臣に向かって叫んだ。いや、最早それは絶叫だろう。何度も言われても解る。攻めて来たのだ。あの龍が。龍、それは世界最強の種族。過去に人間が挑み、勝利を収めた事は有るには有る。だが、その戦いの後は死屍累々の数々が生まれた。

 

 膨大な魔力を必ず持って生まれ、身を覆う鱗は業物の刀剣の一切を跳ね返し、ものともしない。強力な膂力から生み出される一撃は防御の魔法を施しても易々と貫き、吐く炎は太陽すらも思わせる。それ程の存在が一匹居るだけで、国一つが滅ぶと言われても、誰一人反論はしない。それが今……領地に現れた。絶望だろう。だが希望もある。領地に現れただけで、此処に攻めてくるとは限らないからだ。

 

 しかし、そんな楽観視する国王を地獄に底に叩き込んだのは、他でも無い臣下の大臣であった。

 

 

 

「そしてその龍は──────此処を目指しています」

 

 

 

「……全兵士。全騎士を集めろ」

 

「……は」

 

「今すぐにッ!!我が武力の全ての戦闘態勢を整えさせろッ!!」

 

「──────畏まりました」

 

 

 

 大臣はそれ以外にはもう何も言わず、静かに国王の執務室から出て行った。残された国王は椅子に座りながら机の上に上半身を倒してうつ伏せになる。ジッとして動かない国王はしかし、次第に体が震え始め、右手を上げて勢い良く机に叩き付けた。

 

 国王は顔中から嫌な脂汗を掻き、机の上にポツポツと垂らしていく。顔色は青白く、死人のように見える。国王はもう信じるしかない。自身の国の武力で世界最強の種族を倒すことを。

 

 

 

 

 

 

 国王は窓から遠くに見える、純黒の存在に怯えて震えながら、奇跡を祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第6話  鏖殺

 

 

 

 大きな足が緑の大地を踏み締め、跡を付けて音を立てながら進む。地面に生えている草を食べていた動物達は逃げ、そんな動物を狙ったり、通る者を狙っていた魔物が焦ったようにその場を後にした。何者も居なくなった草原を歩いて進み、一歩踏み締める毎に緑の草は萎れ、色を純黒のそれへと変えてしまった。

 

 怒りを抱き、感情の大きな起伏によって体内に内包する魔力が外へと溢れ出て、影響を及ぼしている。見上げねば見えない巨体の一歩は非常に大きい。故に一歩と一歩の間隔は広いのだが、純黒は間隔の隙間を容易に詰めてしまい、要因であるリュウデリアが歩いた後は純黒の大地へと変貌している。

 

 完全な異常。外的要因による変色。過ぎ去った事に安堵し、警戒しながら純黒に変色した草に近付いていく。間近まで近寄り、匂いを嗅いで、試しに草を食い千切って食してみる。すると、草を食べた鹿の体が一瞬で純黒に染まり、倒れた。もう鹿は助からない。既に絶命している。凶悪極まる純黒なる魔力は、相手を区別すること無く平等に命を奪う。

 

 触れてしまうだけで命を奪う純黒を身に纏わせながら、リュウデリアは真っ直ぐ王国を目指す。スリーシャを攫っていった不届き者であるイリスオ王国へと。場所はもう把握している。人間らしき気配が多く集まっている事を感知し、遙か上空から陸地の様子を把握できる視力で王国がある事を視認している。森から一番近く、小さな精霊が示した方角に位置する王国。間違いようがない。

 

 更に言えば、もう殆ど残っていないが、スリーシャの魔力の残痕がイリスオ王国へと道を作って続いていた。それが最も決定的な証拠になる。だがリュウデリアは腑に落ちない。気配を探れば蟻の大群のように集まる国の内部が解る。魔力を探れば全体の半分以下程度の存在を感知する。しかし、リュウデリアはその中にスリーシャの気配も魔力も感じなかった。

 

 妙である。連れ去られたのは7日前。普通ならばリュウデリアがスリーシャの気配であったり魔力であったりを感知しても当然だ。1年傍に居たのだから、忘れようにも忘れられない程、気配と魔力を覚えている。脳に焼き付いていると言っても過言ではない。だがそんなリュウデリアがスリーシャが何処に居るのか全く解らないのだ。

 

 気配と魔力が感じられない原因は全部で3つある。一つが何者かによって意図的に隠されている場合。魔法を使用して対象を見えなくさせたり気配を消させたり、または上級者向けだが魔力を察知させなくしたりすること。もう一つが、そもそもそこにはもう居ないという場合。その場に本当に居ない以上気配も魔力も感じることはない。何せそこには感知する対象が存在しないのだから。

 

 最後が、現状での最悪の場合なのだが、感知しようとしている対象が既に死んでいる場合だ。死人は生き物が発する気配を発していない。生命活動を停止しているので当然である。それと同時に体内に内包している魔力も次第に無くなって完全に消える。そうなれば気配も無いし魔力も感じられない、今のような状況へとなるわけだ。だがそれは繰り返すが最悪の場合だ。

 

 必死に死ぬ思いをしてまで小さな精霊が、遠方に居るリュウデリアの所まで助けを求めて来て、今こうしてやって来たというのに、助けようと思っていた存在が既に殺されていた。間に合わないだとかそういう話ではない。リュウデリアはスリーシャ達が襲われている事を知らなかった。知り得なかった。小さな精霊が助けを求めに来なかったら、恐らくあと数十年から数百年は気が付かなかっただろう。

 

 そもそもな話、違うところに居てどうやっても解りっこない事だった。そんなものどうやっても察知しろというのか。無理なものがある。だがリュウデリアは許せない。スリーシャ達が襲われている間、のうのうとしていたなんて。リュウデリア自身が到底許せなかった。

 

 奥歯を噛み締めて、ギチギチと歯軋りをして更に爆発しようとしている怒りをどうにか霧散させる。これ以上魔力を滾らせたら、大地を伝ってイリスオ王国を純黒に変えて、中に居る人間を皆殺しにしてしまう。それは駄目だ。頂けない。確実に事情は知っているだろう、イリスオ王国の国王()()()まだ生かしておかねばならないのだから。

 

 

 

「……出て来たな」

 

 

 

 リュウデリアは類い稀なる視力で、イリスオ王国の入口が開く瞬間を見た。門が開き、中から武装した人間が現れる。隊列を為し、武器を手に、目標のリュウデリアの方へと行進を始めた。兵士の数は2万。新兵から熟年の兵士まで全てを掻き集め、2万人の兵士が行軍している。

 

 黒い川を作り、近づいてくるリュウデリアを敵と見定める。一歩が大きいリュウデリアは、兵士達から見て数キロ先に居ると思わせたが、数分もしない内に直ぐそこまでやって来ていた。リュウデリアの全長は約25メートル。見上げれば、鋭い黄金の瞳が自身達を見ておらず、イリスオ王国の方を向いていた。

 

 目の前で武装して武器を構えているというのに、敵だと思われていない。国を簡単に滅ぼせる最強の種族が、今……目の前に居る。それだけで武器を握る手が震え、尋常じゃない手汗が滴り落ちる。敵だと思われていないならば、敵と認識されて殺気を飛ばされるよりマシかと思われるが、そうではない。

 

 国を滅ぼせる最強の種族、龍が……イリスオ王国を狙っている。それはつまり、己等の大切な家族。友人。恋人。親戚。それらが狙われていると同義である。大切な存在が背後に居る。ならば此処を通すわけにはいかない。通せば大切な存在を失ってしまう。それは、それだけは嫌なのだ。

 

 兵士の各々が頭の中に大切な存在を思い浮かべた。小さな頃から面倒を見てくれた家族。共に馬鹿をやったり、時には互いに励まし合ったりした掛け替えのない友人。愛おしそうにこちらを見つめ、抱き締め、接吻を交わす大切な恋人。その者達の為に、兵士に志願して国を護っている。相手が最強の龍だろうが神だろうが関係ない。最強と謳われて図に載っている龍に、人間の底力を見せてやる。そう意気込んで、先頭を進む兵士200が()()()

 

 目も合わせない黒龍に突撃をしようと一歩踏み出した瞬間、横から黒い何かがやって来て吹き飛ばされ、体が砕けて肉塊と成り果てた。共に巻き上げられた土塊が砂埃を上げて場を包み込み、目を守りながら呆然とする。次第に砂が晴れると、前に居た兵士は完全に消え、残っているのは握っていた筈の武器だけだった。前に居た筈の兵士は横を向けば居る。ただし、真っ赤な肉の塊と成り果てているが。

 

 何が起きたのか理解出来ない。気が付いた時には既に何かをやられていた。額から嫌な汗が噴き出てきた。何があったのか全く解らず、兵士200人を瞬く間に殺した存在に突撃をしなければならないのか。戦わなければならないのは解る。だが恐怖を感じないという訳ではない。死ぬのは怖い。一方で大切な存在が死ぬのはもっと怖い。故に兵士はその場から逃げ出そうとする脚を、無理矢理その場に縫い付けている。絶対に逃げてはならない。逃げれば死より恐ろしい事が起こってしまう。

 

 前方で死の覚悟を決めながら黒龍へ突撃していく兵士を見て、後ろから一連の過程を見ていた兵士は顔面蒼白となっていた。兵士の横から飛来した黒い物体の正体、それは黒龍の長い尻尾だった。黒龍の大きさに圧倒され、攻撃する箇所を見定めている間に、横から途轍もない速度で尻尾が振り抜かれた。近くに居たから見えなかったのだ。それなりに後方にいれば辛うじて見ることが出来た。だが恐るべきは、尻尾の一振りで兵士が数百人殺されたということだ。

 

 龍は賢明な頭脳を持ち、強靭な肉体と尋常ならざる膂力を兼ね備え、魔法を巧みに操る。尻尾の薙ぎ払いなど攻撃の内には入らない。払ったというのが正しい。まさしく邪魔で鬱陶しい虫を払っただけ。それだけで人間には脅威となってしまう。ならば、そんな圧倒的な力を持つ龍が、更に魔法等を使ったらどうなってしまうのだろうか。解らない。解らないが、解る。きっと我々は何も残らずこの世から消されるだろう……ということが。

 

 

 

「ぉ…おぉ──────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「突っ込め突っ込めェッ!!」

 

「何としても…!龍をこの場で倒せッ!!」

 

「クソッタレがっ!死ねェ──────ッ!!」

 

「くたばれ龍がァッ!!」

 

 

 

 手汗に塗れた武器を掲げて雄叫びを上げ、逃げようとする脚に渇を入れて無理矢理前へと進み出た。前へ。前へ前へ前へ前へ前へ……人間に攻め込む龍を倒すために。大切な存在を護る為に。兵士は死ににいく。大切な存在が死ぬ代わりに、己の死を捧げるのだ。必ず自身が龍を倒さなければならない訳ではない。突撃して殺されようと、少しの隙を作ることが出来て、誰かが龍を倒してくれれば、人間の勝利なのだ。

 

 

 

 しかし人間の、心からの雄叫びと決死の覚悟による突撃は、黒龍の無慈悲な一撃にて、脆く崩れ去ることとなった。

 

 

 

 右腕を上げて、振り下ろす。それだけの行動で、黒龍の足元から地割れが発生し、兵士数千人が落ちていってしまった。強靭な膂力を龍は持っている。事前知識が有ったにも拘わらず攻撃を受けてしまったのは、どれ程の膂力があるのかを知らなかったに他ならない。考えてもみて欲しい。力無く上げられた右腕と、先の尻尾を振るった時の速度ほどではない速さで振り下ろされる、硬く握った拳。その結果が広範囲の地割れ。

 

 兵士は悔しそうに唇を噛み締め、長年連れ添ってくれた己の妻に謝罪する。もうただいまと言うことが出来ない。おかえりという言葉を受け止めることが出来ない。目尻から涙が流れる。悔し涙か哀し涙かは、兵士にしか解らない。そしてその兵士は、底が見えない地割れを落ちていった。もう誰も、知ることは無い。

 

 

 

「クソッ…!クソォッ!!」

 

「刃がッ……刃が通らないッ!?」

 

「ぐあァ……ッ!?」

 

「岩盤をひっくり返した!?避けろォッ!!」

 

 

 

 地割れから逃れる事が出来た兵士は、落ちていった兵士に心の中で謝罪しながら一瞥もすることなく、黒龍へと向かっていった。足で兵士を踏み潰し、尻尾の薙ぎ払いで人間を肉塊へと変貌させる。地面に手を突き刺して無理矢理持ち上げ、岩盤をひっくり返して押し潰す。岩を持ち上げて低めに投擲すると、兵士は飛んで転がる岩に吹き飛ばされ、潰される。細かい石を拾って投擲すれば、散弾のように飛び散って兵士に風穴を開けた。

 

 どう見ても一方的な鏖殺であった。逃げずに向かってくる以上、その全ての兵士を殺していっている。それに兵士達が解っていることは二つある。一つは黒龍が最強の種族と言われて納得する力を持っていること。もう一つは、兵士の一人だって生きて逃がすつもりが無いということ。

 

 あまりにも呆気ない仲間の死に気をおかしくした兵士が居た。突然笑い出して適当に武器を振り回し、そして戦場から高笑いしながら走り去ろうとした。黒龍の傍には兵士がこれでもかと居た。だが黒龍は戦場から離れる、気をおかしくした兵士を目敏く見つけ、岩を掴んで走る兵士に的確にぶち当てて圧殺した。一気に殺すならば足元を狙えば良いだけだ。それも戦っている最中であった。走り去る兵士を狙うのは不自然だ。

 

 故に兵士達は察した。今も兵士を数十人一気に捕まえて握り潰して肉団子を作った黒龍は、我々を一人たりともこの場から逃がすつもりが無いのだと。逃がすつもりが無い黒龍と、逃げるつもりが無い兵士。その二つが揃った戦場は、まさに地獄だった。黒龍の一挙手一投足によって生々しい肉塊が生み出されていくのだ。もうこれは戦いなどでは無い。黒龍にとっては雑草を抜いているだけに等しい児戯だ。

 

 故に黒龍は油断している。兵士で倒せるならばそれでいいが、本命は他に居るのだ。イリスオ王国には兵士とは別に騎士が居る。兵士よりも強く、魔法を扱い、王国戦力の精鋭部隊である。スリーシャを見つけたのだって騎士である。そんな存在が黒龍が油断する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。そしてその油断は今……為された。

 

 

 

「──────『爆破する矢(アローボム)』ッ!!」

 

「──────『貫き穿つ矢(ウイングアロー)』ッ!!」

 

 

 

 兵士の格好に紛れ込んだ騎士が手に持つ弓矢に魔法を付与し、黒龍目掛けて撃ち放った。矢は二本三本なんて規模では無い。数百本という規模である。絨毯爆撃を最初に放つ。油断している以上至近距離で放たれた矢を避けることは今更不可能。ましてや20メートルを越える巨体ではそれ程素早い動きは出来ない。その考えの基、魔法を付与した矢の一斉掃射であった。

 

 着弾と同時に爆発する矢と、風によって回転を加えて貫通力を上げた矢が黒龍へと撃ち込まれた。爆発により黒煙が朦々と立ち上り、視界を覆って目眩ましをし、貫通力のある矢が黒煙の中へと消えていく。一矢で終わらせず、直ぐに矢を番えて各々黒煙の中に居る黒龍へ撃ち込んだ。爆発音と鋭い風切り音が暫く続き、数分が経った。

 

 一人の兵士の格好に扮装した騎士が手を上げて止めの合図を送る。指示に従い騎士達は矢の打ち込みを止めた。爆発によって黒煙が広範囲に広がっている。兵士達は固唾を呑んで黒煙が晴れるのを待つ。風に流されて黒煙が晴れ、視界が良好になった。次に兵士達と騎士達の目に映ったのは、黒龍の翼だった。体を二枚の大きな翼で覆っていた。

 

 黒煙が完全に晴れ、翼で体を覆った黒龍と兵士達と騎士達がその場で止まり、静けさが生まれた。そんな静寂を破ったのは黒龍の翼の羽ばたきだった。体を覆っていた翼が勢い良く羽ばたいて防御の姿勢を解除した。中からは全く傷一つ無い黒龍が姿を現す。防御していた翼の方にも全く傷はついておらず、無傷のままだった。

 

 

 

「まさか……無傷だとッ!?」

 

「あれだけの魔法を付与した矢を受けて傷一つ無いッ!?」

 

「あの鱗は一体どれだけ硬いというんだっ!!」

 

 

 

 無傷の黒龍に驚きの声を上げながら攻撃を続ける。爆発する矢。貫通力の高い矢。鋭い槍や剣。それらを使って黒龍を攻撃するのだが、その一切を黒龍は受け止め、無傷であった。ダメージなんぞ全く受けていない。攻撃の勢いは全く緩まない。しかし兵士と騎士には龍と人間の隔絶とした差を実感した事による、絶望が広がりつつあった。そんな人間側の状況を知ってか知らずか、龍による王手が掛けられる。

 

 黒龍の拳大の岩を手にして両手で無理矢理砕き、小さな粒へと変えていく。そしてそれを上空へと巻き上げた。やっている事の意図が解らず、兵士と騎士は一様に困惑していた。しかし巻き上げられて落ちて来ることはなく、空中で滞空し続ける石の数々に嫌な予感を感じ、それが現実のものとなる。

 

 空中で滞空していて動かなかった大量の石が突然動き出した。意思があるように不規則な動きを繰り返しながら兵士達に殺到して体当たりの如くぶつかっていく。それが唯の石で投げられた程度の威力ならばどれ程の良かった事か。兵士は隣の仲間が頭に石が当たり、止まることなく頭を貫通して飛び去っていったことに呆けた。石は人間の骨の中でも一番硬い筈の頭蓋骨を易々と貫通し、止まらずに次の標的を狙って飛び交う。

 

 阿鼻叫喚の地獄となった。どれだけ飛んでも地に着かず、速度も緩めることなく頭や体を貫通していく。迎撃しようにも石は剣や矢を交わしてぶつかってくる。それは魔法の付与。明らかに先の爆撃で使用した魔法陣を使われている。騎士は寒気が全身を奔った。見たばかりだというのに、もう魔法を摸倣して使いだしたというのか。魔法を巧みに操るとは聞いているが、これは話以上だ。騎士は有り得ない…と絶望しながら、飛来した石によって頭に風穴を開けられ、絶命した。

 

 大量の石が自由自在に飛び交い、兵士達を撃ち殺していく。そんな一方的な光景が続くこと数十秒後。2万も居た兵士は一人も生き延びることはなく、全員黒龍の前に殺され尽くした。誰も立っていない。虫の息の者も居ない。完全に生命活動を終えた死体と成り果てた。2万の兵士達は、たった一匹の龍に傷一つ付けること無く死んでいったのだった。

 

 

 

「──────この程度か……話にすらならん。つまらん塵芥共が。精々死して悔いるが良い」

 

 

 

 戦いの最中、一度も話すことが無かった黒龍……リュウデリアは喋り出した。いや、人間の兵士達に話し掛けてやる言葉など持ち合わせていなかったのだ。余りにも脆く、弱く、つまらない存在故に敵とも認識しなかった。精々群れる塵でしかなかった。魔法に関しても、第一波が飛んで来てから着弾する前に、使用されている魔法陣の解析は終えていた。その後には騎士が使っていた魔法陣を逆に使って石に魔法を付与した。速度と形の維持。後は魔力で操るだけで終わりである。

 

 あっという間に終わってしまい、足元には真っ赤な血の海が広がっていた。リュウデリアは何かを思うことも無く、血の海に倒れる人間の死体を踏み潰しながらイリスオ王国へ向かっていった。距離はそれなりにあるが、リュウデリアが少し飛ぶと、その距離は一瞬の内に縮まった。

 

 魔物に襲われても侵攻を防ぐため、入口と出口が兼用されている門は大きく分厚い。その分丈夫で、これまで巨体の魔物に突進されてもビクともしなかった程だ。そんな門を背後にして、リュウデリアは降り立った。空を飛べる龍に壁なんぞ意味を為さない。ならば、直接イリスオ王国の国王が居る王城に行けば良いのだが、リュウデリアの目的は別にあった。

 

 これから逃げようとしていたのだろう、国民が各々最低限の荷物を持って門の近くまで来ていた。リュウデリアの姿を見て、暫く呆然としていたが、我に返ると蜘蛛の子を散らすように叫び声を上げながら逃げていった。()()()()()()()()()()()()逃げ場なんぞ無いというのにだ。

 

 リュウデリアは振り返り、鋼鉄製の門に右手の人差し指を添えた。すると門は熱で溶けたように形を変え、直ぐに固まってしまった。イリスオ王国の門は両開きである。それに大きく作った事によって重量も凄まじく、人力ではそう簡単に開けることは出来ない。そこへ更に鋼鉄製の門を溶かして開閉する部分を混ぜ合わせて固めた事により、単なる一枚の鋼鉄製の板へと変えてしまった。つまり、これでもう中から外へ逃げることは出来ない。

 

 固まって開かないことを触れて確認したリュウデリアは、その場から踵を返して奥にある王城目指して動き始めた。途中建物が建っているが、そのまま歩くことによって倒壊し、中に居た人間は崩壊する建物の下敷きとなって死んでいった。足元で逃げている人間も踏み潰していく。

 

 歩くだけで破壊と殺戮を撒き散らす黒龍の存在に、人間は心の底から怯えていた。それらの一切を気にすることなく、リュウデリアは目的の王城の前までやって来た。門番のつもりなのだろうか、王城の入口に立っていた二人の兵士は踏み潰した。

 

 王城の前に立って中の気配を探る。王城の中にもチラホラと気配がする中で、兵士達の中で一番の魔力を内包した存在に気が付き、その傍に一つだけ普通の気配を持つ人間が居た。確実にこの国の国王と、王を護る側近だろうと察する。弱い兵士を向かわせて、自身の傍らには最も強い者を置くとは、やはり己の身が可愛いかと、期待は全くしていないし殺意しか無いが、失望した。

 

 リュウデリアは右腕を引いて王城を見つめ、思い切り手を王城へと突き込んだ。巨体に似合わない速度で突き込まれた手の中に何かが収まっていて、そのまま手を純黒の黒炎を発生させた。最初は何やら断末魔が聞こえたが、数秒もしない内に何も言わなくなり、灰すら残らず掌の中から燃え尽きて消えた。

 

 燃やし終えたリュウデリアは手を動かしてその場から逃げようとしていた気配を的確に掴んで捕まえると、外へ手を引き抜いた。手の中に居たのは、頭に王冠の載せた初老の男だった。長く白い髭を生やし、皺の目立つ顔に、怯えきった目を向けてくる。このまま殺されるのだろうか。先程傍に居た騎士団長のように純黒の黒炎に焼かれるのだろうか。全身をこれ以上無く震わせて恐怖を感じながら怯えていた。

 

 

 

「──────人間。お前がスリーシャを攫っただろう。スリーシャを何処へやったァ?」

 

「し、喋った…!?う゛ぐっ…!?ぎやあぁああああああああああああああああああああッ!?」

 

「俺が問うているのに無駄口を叩くな塵芥め。お前が精霊のスリーシャを攫ったのは知っている。だがこの場には居ないな?何処へやったッ!!」

 

「ひ、ひぃいいいいっ…!?ど、同盟国が精霊の研究をしたいと言っていたから渡してしまった…っ!!捕らえて直ぐに送ったから、今頃はもう既に着いている!!」

 

「──────攫っただけでなく売ったというのだな……塵芥風情がァ…ッ!!」

 

 

 

 妖しく光る黄金の瞳で睨み付けると、国王は顔を蒼白くさせて震えていた。国王はリュウデリアに容赦がないということを身を以て実感していた。問いに直ぐ答えなかったというだけで、捕まえている手に力を籠められて両足を圧迫骨折され、更には粉々な粉砕骨折にされてしまっているのだ。尋常じゃない痛みが駆け巡り、恥も外聞も関係なく、大涙を流して泣いていた。

 

 それを見てもリュウデリアは何とも思わなかった。それどころか殺さないでくれ、精霊を売ったことには悪いと思っていると、その場凌ぎの言葉をつらつらと並べ始めているのだ。寧ろ今すぐぶち殺したい気持ちを必死に抑え、情報を聞き出している事を褒めて欲しいくらいだ。

 

 泣き叫んでいる国王に向け、耳の鼓膜を破りかねない程の声量で咆哮した。国王の顔の肉は咆哮の爆風に煽られて波打ち、頭に被っていた王冠は吹き飛んで何処かへ行ってしまった。突然の咆哮に驚き固まった国王に、やっと黙ったようだと、リュウデリアは面倒くささと殺意で握り潰すのに、心の中で自身に待ったを掛けていた。

 

 

 

「送った国の名と方角、その国の情報を全て吐け」

 

「わ、私に同盟国の情報を売れと!?そんなこと出来るわけが──────ぐえェ……!?」

 

「俺は教えてくれと頼んでいない。命令しているんだよ。何故お前の事情に合わせねばならん。それともお前はこのままゆっくりと握り潰されたいのか?そうか。ならば望み通り握り潰してやる」

 

「──────ッ!?わ、わぎゃっだぁ゛…!おじえ゛る゛がら゛ッ…や゛め゛でぇ゛……っ」

 

 

 

 本当に少しずつ潰し始めたことに焦り、肺を圧迫されて上手く喋れないながらも殺さないでくれと懇願して、同盟国の情報を洗いざらい吐いた。どの方角にあるのか。どれだけの戦力を持っているのか。どんな国王が国を治めているのか。どんな実力者が居るのか。どんな特徴があるのか。その全てを。

 

 最後までリュウデリアは沈黙したまま国王の話を聞いていた。何の反応も示さないことに国王は、こんな場面で何かしてしまったのだろうかと不安を多大に抱えながら、口から湯水の如く情報を吐き出していた。というよりも、そもそも、国王はスリーシャを攫っているので何かしてしまったのだろうかという話ではない。

 

 話を終えて肩で息をしている国王とは別に、リュウデリアは暫し黙って頭の中で情報を整理していた。人間が脆く脆弱であるという事は先の一方的な戦いで把握した。だがこの国王が言った通りの戦力であるという保証はない。いくら同盟国とはいえ、己の手の内を全て明かすとは到底思えないからだ。若しかしたらということも考えて、徹底的にやるのがリュウデリアである。

 

 

 

「じ、情報はこれだけだ!本当にこれだけなんだ!なっ?もう良いだろう?頼むから命だけは……っ!!」

 

「……何やら勘違いしているな。俺がお前をむざむざ逃がしてやるとでも思っているのか?この俺が、そんな甘ったれた存在に見えるか?」

 

「ひっ…!」

 

「頭の悪い塵芥だな──────この国の居る人間なんぞ皆殺しに決まっているだろう愚か者め。殲滅の道一つだ」

 

 

 

「ま、待っ──────ごぶォ」

 

 

 

 待ったを掛ける前に、リュウデリアの掌の中で握り潰され、おまけに純黒の黒炎を上げて燃やされて消える。イリスオ王国の国王は今この瞬間に死んだ。後はそう……逃げようとして開かない鋼鉄の扉を押したり叩いたりしている国民を皆殺しにし、殲滅を完了させるだけだ。

 

 リュウデリアは門の方へと歩み始めた。国民には巨体が響かせる足音が死神の足音に聞こえた。人間をゴミのように踏み潰していた黒龍がこっちに来る。それだけで大パニック状態と成り果てた。我先にと人を押し退けて門へと縋る。押しても引いても叩いても出られない。出られないようにしたのだから。

 

 出ようと門に蔓延る人間の塊に手を伸ばして鷲掴み、握り潰して殺した。踏んで殺した。燃やして殺した。民家ごと潰して殺した。地に埋めて殺した。水の中に落として溺死させた。リュウデリアは国民を無慈悲に、容赦無く、冷酷非道に殺し尽くした。何時しか叫び声を上げる人間が居なくなり、イリスオ王国の生存者が0となった後、リュウデリアは手の上に純黒の球体を創り出し、イリスオ王国の中心に放り投げ、大空へと飛んでいった。

 

 数瞬後、イリスオ王国は眩い純黒の光に呑み込まれ、光が消えた頃には、覗き込んでも底が見えない程深い大穴が、イリスオ王国が在った場所に出来ていた。人間の生き残りどころか、国そのものがその日の内に消えた。次に目指すは北。その王国の名はルサトル王国という。

 

 

 

 

 

「待っていろスリーシャ。そして覚悟しろ塵芥の人間共──────俺が皆殺しにして殲滅してやる」

 

 

 

 

 

 後悔しても、最早純黒の黒龍は止められない。話し合いも命乞いも懇願も届かない。求めるは恩のある森の精霊スリーシャ。為すは殲滅。女子供であろうと生かす理由は無い。

 

 

 

 

 

 何故なら──────黒龍に慈悲等無いのだから。

 

 

 

 

 

 



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第7話  衝突する魔力

 

 

 

 地図から完全に消え去ったイリスオ王国から、北へ数十キロの位置に、その王国は在った。ルサトル王国。領地はイリスオ王国程広いわけではないにしろ、王国の広さはイリスオ王国よりも広く。建設に関しては他国に比べて莫大な費用を費やしている。

 

 ルサトル王国で良く聞く話といえば、魔道具の開発が挙げられる。魔道具とは、日常生活をより豊かにするための道具で、中に入っている魔石と呼ばれる魔力を貯め込む性質のある石に魔力を与え、魔道具それぞれの使い道として効果を発揮させるものである。例えば、暗闇を照らすランタン。

 

 本来は中に蝋燭を入れて使う代物だが、魔石を入れる事によって火の強弱による明るさの高低を無くし、常に一定に、そして蝋燭の火より明るく照らすことが出来る。火は酸素があればあるほど良く燃える。それを利用して内部に空気を送り込んで火を強くしたりするのではなく、摘まみを回すことで簡単に明るさを調節することが出来る。

 

 そういった優れたアイテムを数多く作って輸出しているのが、ルサトル王国である。つまりは開発面で優れた力を持つ王国なのだ。しかし、このルサトル王国はイリスオ王国の歴とした同盟国である。つまりはスリーシャを攫う行動に一役買っているのだ。

 

 

 

「──────それにしても、あの精霊は我が国の良い()()()なってくれましたな、陛下」

 

「ははは!全くだ。あの精霊から向こう20年分の資源が手に入った」

 

「しかし、アレはもうよろしかったので?」

 

「あぁ。限界以上に絞ってやったからな。残りカスに用は無い。だがこれで新たなことが判明した。質なのか解らんが、人よりも精霊の方が明らかに魔力効率が良い!故に命令だ。イリスオ王国がまた疲労軽減の魔石を欲したら好きなだけくれてやれ。それで得られる利益は莫大だ」

 

「畏まりました。開発部に伝えておきます」

 

 

 

 王の玉座に座る40代程の男は、喜色満面の笑みを浮かべながら、膝を付いて頭を垂れている男に命令を出していた。数日前に同盟国であるイリスオ王国から送られてきた精霊を使った実験で大成功を収めたからだ。開発面で素晴らしい技術を持つのは良いが、その為に必要なモノが枯渇しやすく、幾らあっても足りないと思っていた。

 

 そこで現れたのが精霊であった。結果は良好。ルサトル王国の国王は利益を報せる報告書を読んで、これ以上無いほどの上機嫌さであった。だからこそ大して気にも留めていなかったのかも知れない。イリスオ王国へ送った感謝の言葉と、近々また話し合いの席を設けようという事が書かれた手紙が、まだ返されていないことに。何時もならば直ぐに返事が返ってくるのだが、今回は矢鱈と遅かった。

 

 しかし、まあいいかと、上機嫌さに輪を掛けて機嫌の良い国王は気にすることなく、今日の分の責務に没頭した。精霊を使った実験で利益は右肩上がり。今まで数えるほどしか為し得なかった事を為したお陰で士気も向上している。まさに今は政策の絶頂期であった。だがそんな時、離れた所でも通信することが出来る魔道具に報せが入った。

 

 まだ改良が必要な試作品で、高さが成人男性と同じくらいある球体の水晶である。そこには各地に情報を集めさせる為の捜査員の男の顔が映っている。浮かべているのは焦った表情で、額にもぽつぽつと汗を掻いている。何かあったのだろうと当たりをつけた国王は、先程までの上機嫌さを消して真剣な表情で応答した。

 

 

 

「どうした。何か良くない情報が入ったか?」

 

『……はい。陛下、落ち着いて聞いて下さい。つい先程の話のようですが、イリスオ王国へ向かっていた商会の荷馬車が、イリスオ王国の在った場所に巨大な大穴が開いていて、国そのものが消えていたのを見たと』

 

「………………何?」

 

『そして、その場に居た商会の者によりますと、何かの大きな足跡が北へと向かって続いて、最後は足跡が途切れていたのだそうです。若しかしたら……』

 

「──────何かが此方に向かって来ている…ということか。それもこの国程ではないにしろ、一国を丸ごと消し去る存在…突然途切れた足跡……空を飛んだのか?ということは……まさかっ!?」

 

『……推測をお話しする事、お許し下さい。私の見解ですと……我々の国に向かっているのは、恐らく……龍……ではないかと』

 

「……確実にあの精霊が関係しているな。……私は()()()()要請を送る。お前は防衛大臣へ兵の招集を掛けるよう話をしておけ」

 

『はッ!畏まりましたッ!』

 

 

 

 国王は直ぐに執務用の部屋へと向かい、執務用の机の引き出しから手紙を取り出した。同盟国であったイリスオ王国は、決して戦力が低いという訳ではなかった。兵の数で言うならば、ルサトル王国よりも断然多いだろう。そんな王国が一日と経たずに滅ぼされている。ましてや救援の報せが来ていないことを察すると、報せを出す暇もなく滅ぼされたと見て良い。

 

 兵の数で言えば、()()()()()()()()()最も少なく、兵士の強さもそれ程強いとは言えないだろう。だがルサトル王国は大きい国だ。ならば国の戦力が心許ないというのに、どうやってこれ程大きく出来たのか。それは単に、魔道具然り、何かを作るという面に於いて他を抜いているからに他ならない。

 

 故に鉄壁のルサトルと周囲から謳われている。つまるところ、ルサトル王国の国王はイリスオ王国が出来なかった龍殺しを出来ると確信している。それだけの奥の手を持っているのだ。他種族を圧倒する強大な力を持つ龍が、万が一国に攻め込んで来たときに使う、対龍迎撃用手段である。

 

 それから少しの時間が過ぎた。その間に兵士の戦闘準備が整い、ルサトル王国の入り口である門の前に列を為している。鉄壁と謂われる所以を直ぐには使わない。先ずは兵士を差し向けて油断させる。そして兵士が全滅したところで秘密兵器を龍に向かって撃ち込む。最初から兵士を犠牲にする惨い作戦だ。

 

 だが国王は兵士の命程度、何とも思っていない。国を護るために兵士となるべく志願したのならば、兵士らしく国のために死んでいけ。そう思っている。兵士は単なる時間稼ぎと油断を誘うための駒。故に殺され尽くした所で何の痛手にもなりはしない。国王は口の端を吊り上げてあくどい笑みを浮かべた。これで、過去にも数度しか達成されていない龍殺しの称号は自身のものだと、既に殺した時の優越感に浸っていた。

 

 今にも高笑いしそうな国王の居る執務室に、ノックがされた。どうやら準備が全て整ったようだ。国王はニヤリと笑い、椅子から腰を上げて執務室を出て行った。その様子を足に丸めた手紙をつけた伝書鳩が開いた窓に留まって見ていたが、与えられた仕事を全うするために、飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは北へと飛んでルサトル王国を早くも発見した。殺したイリスオ王国の国王が言っていた北へ向かうと、暫くは何も無い平原が続いていたが、直ぐに聞いていた特徴と合致する王国を見つけた。イリスオ王国からルサトル王国の途中には平原しかないので、北へ向かって最初に見えた国がルサトル王国である。

 

 空を飛んで近くまでやって来たリュウデリアは、既に兵士達が国から出て来ているのを視界に収めた。格好も完全武装である。イリスオ王国のように、歩いて向かってくるリュウデリアを見つけ、武装して出て来るならば分かる。だが今回は明らかにリュウデリアが飛んでくるのを見計らって出て来た。つまり、予め王国に攻め込んでくる……ということを知っていたことになる。

 

 しかしリュウデリアは、人間が自身の行動を予測した……という選択肢を迷い無く切った。そんな筈がない。スリーシャが攫われた事を遅れながらも今日知り、直行してきたのだから。それにイリスオ王国から此処まで、道のりは数十キロだったが、30分やそこらの超速度でやって来た。恐らく、知っていたではなく、知ったというべきだろう。

 

 少し思考し、リュウデリアは何らかの方法で先程の滅ぼしたイリスオ王国の惨状を知り、離れた所に居る相手に言伝を送ることが出来る魔法か何かを使ったのだろうと当たりを付けた。そして驚異的な視力により王国から出て来た兵士達の表情を見る限り、龍がやって来た事に驚愕している節はない。となれば、イリスオ王国を滅ぼしたのが龍であるということは見抜いていたというわけだ。

 

 中々如何して推測力があるではないか……と、感心した。これでそこらに居る魔物の少し大きい程度がやったのだろうと思い、おざなりの装備で出て来た暁には、人間はそれ程頭の悪い種族なのだと基準にしてしまう。まあ、既にスリーシャに手を掛けている時点で印象はマイナス値を振り切っているのだが。

 

 

 

「……さて。人間の兵士共が出て来た以上、国を先に滅ぼすよりも兵士共を皆殺しにするのが先だなァ?」

 

 

 

 雲が近い高度で飛んでいたリュウデリアは急降下を開始し、断熱圧縮で熱を帯びながら地上を目指す。大地に近付くと速度を落としていき、最後は人間の兵士達の少し前に土煙を巻き上げながら降り立った。兵士達はやはり、顔を蒼白くさせてリュウデリアを見ていた。だがそれもそうだろう。同盟国を完全に消滅させて滅ぼしたのは、今目の前に降り立った黒龍なのだから。

 

 最強の種族が龍であるというのは、世界で共通の認識だ。中には我々の種族こそが最強であると訴える者も居るだろう。己の種族至上主義というものだ。紆余曲折。龍は唯単に最強なのではなく、他を圧倒する力を持っているからこそ最強と謳われている。つまりは、兵士として訓練した普通の人間程度が真っ正面からやり合ったところで、真面にやり合えるはずがないのは、想像に難しくはない。

 

 犬と象の対決を見て、どちらが勝つのかと胸を高鳴らせる者など殆ど居ない筈だ。ましてや人間と龍で、自身が命の奪い合いの土俵に立たされれば、もう頭の中は戦いに対する拒否感と、本能的恐怖により染まるはずだ。それ故に、リュウデリアは兵士達が自身を負の感情で濁った瞳で見上げているのは当然だと思っていた。しかしその中で解らないのは、濁った瞳の中に、一種の諦めが混じっている事だ。

 

 震える足で龍の前に立ち、手汗に塗れた手で己の武器を強く握り締め、勝てないと確実に解っているだろうに龍の姿から視線を逸らさない。だが諦めの感情が見え隠れしている。やっていることと感じ取れる感情がちぐはぐなのだ。流石のリュウデリアも、この矛盾に思える行動と感情に関しては、これがこうだからこの感情なんだ、とは言えなかった。

 

 まあ取り敢えず、最終的にはルサトル王国の国民は皆殺しにすると決めているので、諦めの感情を持っていようがいまいが関係ない。そちらから態々殺されに来るというのならば是非も無し。龍には勝てないのだと骨の髄まで思い知らせ、皆殺しにしてやろう。リュウデリアは右手を、雄叫びを上げながら駆けて向かってくる兵士達に翳し、人間が使っていた魔法の模倣ではない、自身の魔法を行使した。

 

 

 

「──────『迫り狂う恐怖(フゲレス・フォーミュラァ)』」

 

 

 

 魔法を発動したリュウデリアから、前に居る全ての兵士達に向かって禍々しい純黒の波動が放たれた。目には見えない音の波のように押し寄せる波動が兵士達に触れて突き抜けていき、決死の覚悟で雄叫びを上げて駆けて突撃してきた兵士達がその脚を止めていき、その場に突っ立って動かなくなった。

 

 全ての兵士達、数にして大凡一万人が立ち止まってしまった。誰一人声を上げる事も無く、しかし手に持つ武器は決して離さない。リュウデリアの放った魔法は炎を生み出したり氷を張るような魔法ではない。放った魔法は対象が持つ()()()()()狂気的な迄に強制的に引き出し、露わにさせる魔法だ。

 

 そして無理矢理引き出すのは……“生きたい”という生存本能から来る感情だ。ならばそれは対象をこの場から逃げ出させる類のものなのかと問われれば、それは違う。この魔法は感情を狂気的な域まで発露させるものだ。つまり“生きたい”という感情を突き詰めさせれば、狂気的なレベルで()()()()()()()()()()()()()()()()()というものへと変換させ、行動に移させる。結論から言うと、自分一人になるまで強制的に且つ徹底的に同士討ちをさせる、対多数に於いて畏るべき魔法である。

 

 

 

「がッ……ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!生きたいィ……生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたいィィィィィィィッ!!」

 

「お前が邪魔だ……お前も…お前もお前も……お前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もおぉォぉォォォォぉォッ!!」

 

「こ、ころじっ!ここころじころじころじでやるう゛ゥ゛ッ!!」

 

「死ねッ!!死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!俺以外の奴等は死ねェッ!!」

 

「いぎ、いぎる……生ぎるのは…生き残って生きるのは俺だァ────────────ッ!!!!」

 

「けひッ…けひひッ……ッ!生きるの楽しいッ!生きるの楽しいよォッ!!だからおまえら邪魔なんだよォぉォォッ!!」

 

 

 

「くくッ……はははッ!!ハハハハハハハハハッ!!友人家族なんぞ関係無いッ!貴様等には平等に“生きたい”という感情をくれてやるッ!故に……くははッ……諦念の意思なんぞ持つんじゃないぞ?精々面白可笑しく──────狂い果てて死ね」

 

 

 

 兵士達は瞳を不自然な程真っ赤に充血させて血走らせ、口から唾液と泡を溢しながら身近に居る仲間の兵士に飛び掛かった。手に持つ槍で突き刺して内臓を引き摺り出し、剣で頸を跳ね飛ばし、相手の持っている武器を無理矢理奪って突き立て、武器を無くしたのならば素手で殴り殺し、狂気でリミッターが外れた筋力で掴んだ頭を引き千切る。

 

 誰が相手であろうと、生きたいと願う自身の為に仲間を殺す。今は正常な判断力を阻害されている所為で気が付かないが、兵士になったときの同期、小さい頃から一緒に育って共に兵士となった親友、親同士も仲が良い幼馴染み、それらの親しい者達も躊躇いなく手を掛けて己の手で殺して、殺して殺して殺して殺して殺し尽くしていく。

 

 魔法を掛けられる前は一万人も居た兵士は瞬く間に、もの言わぬ死体へと変わり果て、辺り一面赤黒い血の海と化した。地面の傾斜で血はゆっくりと流れ、赤黒く鉄臭い川を作り出した。リュウデリアの足元にも流れてくる。それを踏み付けて大地に滲ませる。人間の血潮を踏み躙り、覚悟と命を嘲笑する。

 

 口の端を吊り上げて真っ白な鋭い牙を剥き出し、黄金の瞳が除く眼を細めて嗤う。ゲラゲラゲラゲラと、眼下で行われる凄絶にして凄惨な同士討ちの戦いを観戦して見ている。愚かな存在だ。知らぬとはいえ精霊に手を出して龍の怒りを買い、親しい存在をその手に掛ける。見ていてなんと愚かで、脆くて、弱くて、つまらん存在だろうか。

 

 一人、また一人、いや……数百人単位で兵士が死んでいく。一万の軍勢は見る影も無く死体となって数を減らしていき、リュウデリアが魔法を放って少しで、もう既に兵士達の数はたったの一人になっていた。生きたいと狂気的に願っていた兵士は、これで思う存分生きることが出来ると、全身を赤黒く染め上げながら天を仰いで嗤い狂っていた。そして、リュウデリアは掛けていた魔法を解いた。

 

 

 

「はははははハはははははハははハははははハははははッ!!俺は生きるッ!!生きるッ!生きるッ!生きるッ!生き……──────あ……れ?俺は……生き……残っちまった……?へ…へへ……えへへェ……えひひひひひひひひひっ!!きィッひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 

 

 最後の一人になるまで生き残った兵士は、自身の行った今までのことを全て思い出し、真っ赤な掌を見つめて嗤いだし、頭や顔を傷付けるほど掻きむしって、最後は自身の頭頂部と顎を掴んで一瞬で捻りあげて首の骨をへし折り、嗤って歪んだ顔のまま死んだ。一万の軍勢はリュウデリアに指一本触れることなく、全滅した。

 

 一面に赤黒い絨毯が生み出され、血生臭い臭いが鼻腔を刺激する。死屍累々が生み出され、元凶は鼻で笑って死体を踏み潰しながら王国を目指した。ぶちり、ごきり、ぐちゅりと潰れていく死体は、どれもこれも怒りと恐怖を混ぜ合わせたどす黒い表情を浮かべている。最後まで惨い死に方しか出来なかった兵士達に勇姿はない。あるのは無惨で凄惨な死体の山だけだった。

 

 死体を踏み付けながら王国を目指しているリュウデリアは、ルサトル王国から地響きのような音と、足元の地面から伝わってくる振動に首を傾げた。攻撃ではない。リュウデリアの足元から何かが迫り出てくる時の振動でもなく、ルサトル王国の方から地面を伝ってやって来る振動だ。要するに、振動の元はルサトル王国である。

 

 首を傾げているリュウデリアを余所に、膨大な魔力の感知と共にルサトル王国に変化が訪れる。広大な面積を持つ王国を円形に囲うように、上空から薄水色の膜が展開されて降りていく。それは膨大な魔力に形成された魔力の壁であった。それが上空からルサトル王国を完全に包み込む、薄水色な魔力の壁はルサトル王国をドーム型に覆ってしまい、完全な状態へと展開されてしまった。出入り口なんぞ何処にも無く、隙間も無い。

 

 そして更に、障壁に覆われたルサトル王国に隣り合う形で石造りの塔が隆起するよう3つ形成された。塔の上部先端から膨大な魔力が発生しており、巨大な塊が王国の上に形成されていた。明らかに何かを撃ち出すつもりのソレは、世界最強の種族である龍をも撃ち殺すと噂される魔法で、対龍迎撃用魔力砲撃『龍を撃ち滅ぼす鉄槌(ディケイオン・ドラゴノーツ)』であり、ルサトル王国の切り札である。

 

 発動するまでに時間が掛かってしまうのと、一発撃つのに膨大な魔力を必要とする。それ故にそう何度も撃つことが出来ないのが欠点なのだが、この魔法を複数回撃つ必要はない。一発だ。たったの一発で全てが決着する。だからこその最終兵器にして切り札。

 

 それに、例え殺しきれなくても、今や魔力の障壁で覆われたルサトル王国に手を出すのは不可能。尋常ではない魔力で形成した障壁は誰にも破れない。絶対的な威力の矛と、最硬の盾を持つ。それがルサトル王国の真の姿である。

 

 

 

「……国全てを魔力で覆うか。それにこの魔力は……精霊の……彼奴等の魔力に酷似している」

 

 

 

『──────聞こえるか、我が王国に攻め込んできた憐れな黒龍よ。貴様は終わりだ。我が王国最大の切り札の前に消え去るが良いッ!!ははははははッ!!あぁそれと、私の推測だが……貴様はあの精霊に用があるのだろォ?だが残念だったなァ!?あの精霊は魔力を限界以上に搾り取って残りカスにした後、西にある同盟国のジヒルス王国へ送ってやったわッ!!今頃弱者を甚振るのが趣味の国王に可愛がられているだろうよッ!!フハハハハハハハハハハハッ!!!!』

 

 

 

「…………………──────────。場所は分かった。居ないことも知った。ならば後は消すのみ」

 

 

 

 響き渡るルサトル王国国王の魔道具である拡声器越しの言葉に、静かに莫大な魔力を口内で溜め込むことで答える。ルサトル王国も準備が整った魔法に、更なる魔力を送り込んだ。

 

 魔法は甲高い音を響かせながら魔力を集束させている。溜め込まれた魔力は周りにも影響を及ぼし、岩盤が捲り上がって砕けていき、地響きが鳴り響く。強大な力を持つ魔物も一目散に逃げるだろう魔力が魔法に溜め込められていき、集められた魔力は青黒い魔力となっていた。

 

 対するは口内に純黒なる魔力を上限無く溜め込んで凝縮し、周囲が暗くなってしまったと勘違いしてしまう程の純黒の光を放っていた。完全に消し去る。跡形も無く、何も残させず。リュウデリアの憎悪と共にルサトル王国をこの世から全て消し去る。躊躇いも油断も躊躇も慈悲も無く、ただただ目の前の塵芥を無へ還す。

 

 両者が莫大な魔力を溜め込んでいるだけで、大地が崩壊して天変地異を引き起こそうとしている。そして、魔力を溜め込めるのが限界値まで達した魔法が魔力砲を撃ち放ち、同時にリュウデリアも魔力の光線を撃ち放った。

 

 

 

『──────『龍を撃ち滅ぼす鉄槌(ディケイオン・ドラゴノーツ)』発射ァッ!!』

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 青黒い魔力の光線と純黒の光線が衝突した。単純な威力の勝負となり、ぶつかり合った瞬間には衝撃波が周囲に撒き散らされ、地割れが発生して草は枯れ果て、上空にある雲が消し飛んでいった。だが拮抗なんてものは、同じ威力によるものの衝突で起こる現象である。つまり、青黒い魔力の光線と、リュウデリアの純黒の魔力の光線では拮抗することはない。

 

 ルサトル王国の魔力の光線が直径百メートル程なのに対して、リュウデリアの放った純黒の魔力の光線は直径が五百メートルを優に越える。当然そこまでの大きさが異なると威力も桁違いだ。衝撃波はぶつかり合った時に生まれたものであり、拮抗することはせず、ルサトル王国の光線はリュウデリアの光線に呑み込まれていった。

 

 そもそも、リュウデリアの純黒の魔力で放たれた光線とでは質も全く違う。純黒は総てを呑み込み塗り潰す、凶悪な魔力だ。それをありとあらゆる者の魔力を混ぜ合わせて量だけ溜め込んだ魔力に負けるはずがない。

 

 純黒の魔力の光線に呑み込まれたルサトル王国の光線は容易に決着がつき、ルサトル王国の最終兵器にして切り札の魔力を呑み込み消し去った。

 

 ルサトル王国の上に形成された魔力が、純黒の光線によって跡形も無く消し飛ばされた。まさか切り札がこうも呆気なく負けるなど思っていなかったルサトル王国の国王は、外の様子を映し出す魔水晶を覗き込んでこれ以上無い程瞠目し、全身汗で水浸しになりながらこのあとの事で最悪のパターンを思い浮かべた。

 

 想像したそれを現実にするように、リュウデリアの純黒の光線は未だ途切れていなかった。つまり、このまま真下へ軌道を変え、ルサトル王国を消し去るのだ。

 

 

 

『ま、まままま待てッ!!精霊については謝るッ!!ジヒルス王国の国王へ精霊の即時返還の言伝を送ってもいいッ!!だから攻撃をやめて──────ぎやあぁあァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

 

 リュウデリアはルサトル王国の国王の言葉に一切耳を貸さず、放ち続けている純黒の光線を真下に降ろした。莫大な魔力によるリュウデリアの純黒なる魔力の光線は、広大な広さを持つ王国一つを消し去っていった。王国を膨大な魔力の障壁で覆っていようが全く関係無い。触れた瞬間から無へ還す光線には無意味だ。

 

 ならば生身の人間なんぞもっと容易というものだろう。抵抗なんてものが起こるはずもなく、ルサトル王国に住む国民も、貴族も王族も国王も、その総てを呑み込んでこの世から完全に消し去った。後には何も残っていない。草原の緑すらも消えて、大地の土が剥き出しとなって大きく抉られているだけであった。

 

 リュウデリアは消し去ったルサトル王国に一瞥もすること無く、すぐさま大空へと飛翔し、3つの同盟国の最後の国、西にあるジヒルス王国へと向かっていった。今しがた殺した国王が言う通りなのならば、スリーシャの身がかなり危険だ。追い打ちを掛けるようにルサトル王国に魔力を限界以上に奪われていて体力を消耗している。

 

 そんな状態で痛め付けられでもすれば、いくらスリーシャが精霊と言えども死んでしまうだろう。それは考え得る可能性の中で最悪の結末だ。故にリュウデリアはただ飛ぶだけでなく、魔力を惜しげもなく使用し、魔力を放出して莫大な推進力得て大空を一条の光となって飛んだ。

 

 ジヒルス王国。ここら辺にある王国の中で、唯一『英雄』が戦力として在籍している、戦争無敗の王国である。

 

 

 

 

 

 

 最後の王国目指して大空を飛ぶ。果たして、リュウデリアは無事にスリーシャを取り返すことが出来るのだろうか。それは……誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 だが解る事が一つある。それは……リュウデリアの瞳は憤怒に塗れているということである。

 

 

 

 

 

 



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第8話  純黒の殲滅龍

 

 

 

 一面が黄金の煌びやかさに包まれた、自己主張の激しいとある豪華な一室の窓辺に、1羽の鳩が留まった。脚には手紙が丸めて括り付けられていて、部屋の主は鳩からそれを受け取ると広げ、中に書かれている文章に目を通していく。

 

 書かれているのは、我等が同盟国の一つであるイリスオ王国が黒龍の手によって跡形も無く滅ぼされ、次はルサトル王国を狙って向かってきている。故に同盟国として救援を求む。そう書かれていた。読み終えた部屋の主は、手紙を部屋に備えつけられている暖炉の中に放り込んで燃やしてしまった。その目は何を考えているのか解らないほど冷たく、そして悍ましい程に綺麗な微笑みを張り付けていた。

 

 部屋の主は細身の若い男であった。そしてこの男がジヒルス王国の歴とした国王である。余りにも若い見た目の国王は、見た目通り20代前半の歳だ。しかしその歳にして前国王だった父と妃の母、4つ歳の離れた兄と3つ歳の離れた姉を一人で殺し、若くして国王の座に就いた畏るべき男である。

 

 ジヒルス王国は建国してからというもの、戦争を起こせば必ず勝利を収め、未だに戦争負け知らずの無敗を誇る王国である。その勝利の裏には、必ず戦場に立って敵を殺し尽くす男が居る。何らかの功績や戦争に於ける要を担った者、他を圧倒する力を持つ者を、人は『英雄』と呼ぶ。その男こそがその『英雄』である。たった一人で戦争を終わらせ、嘗ては龍すらも殺したと言われている超人である。

 

 同盟国の救援要請を躊躇いも無く燃やしてしまった国王は、黄金に囲まれた煌びやかな部屋の中で、唯一異質な部屋の隅へと歩みを進めた。そこには天井から鎖が垂らされ、その先には頑丈な腕輪。そしてその頑丈な腕輪に腕を通して吊されているのが、国を滅ぼして回っている黒龍の目的、森の精霊スリーシャ。その本体である。

 

 だがスリーシャは辛うじて足の指先が床に触れるかどうかという高さで腕を吊され、意識が無いのか顔を俯かせている。服は着ておらず、生まれたままの姿を晒し、その体には数え切れないほどの切り傷がついて血も流れていた。肌は死人のように白くなり、髪も痛んで乱れている。まるで拷問を受けた後のようだ。

 

 

 

「おい。何を勝手に寝ている。起きろ」

 

「………………………。」

 

「起きろと──────言っているだろうッ!!」

 

「──────ッ!?ぁぐっ……っ」

 

 

 

 国王は机の上に置いてあった鞭を手に取り、加減など無く、全力で吊されているスリーシャに目掛けて振った。ばちんと嫌な音がなり、遠心力で加速した鞭の先端がスリーシャの肌に打ち付けられ、切ったような浅い傷を作りながら血を滲ませた。尋常じゃない痛みで目を覚ましたスリーシャは、跳び起きて痛みで呼吸を一瞬止めた。

 

 鞭は人を殺す為の道具ではない。殺さず最も残酷に痛め付ける拷問に用いる道具である。それをスリーシャは何百と打たれていた。体は悲鳴を上げ、口からも絶叫を捻り出し、痛みだけで何度も意識を飛ばした。止めてくれと言っても、国王は聞く耳持たず、寧ろ願えば願うほどスリーシャを痛め付けた。

 

 

 

「どうやら、黒龍がお前を探して攫った国を滅ぼして回っているようだぞ」

 

「ぁ……ぁっ……りゅう…でり…あ………」

 

「リュウデリア……成る程。その黒龍の名はリュウデリアというのか。ハハッ。態々貴様を探しに、俺の国に来るとはなァ。言伝には救援要請なんぞ書いてあったが、今から送ったところで間に合うと思うのかァ?どうせ今頃、あの国は滅ぼされているだろうよ。そもそも、あの国と同盟を組んでいたのは愚かな我が父だ。寧ろ同盟を切ろうと思っていたところだ、手間が省けたな。貴様もそう思うだろう?」

 

「……りゅうで……りあ。きちゃ……だ…め。りゅうでり…あ」

 

「俺の話を無視して、これから死ぬ黒龍の心配かァ?……フンッ!」

 

「────ッ!?ぁ゛あ゛っ……あぐっ…ぎっ…!はぁ…はぁ……ッぐぅ…!ぁ゛がッ……ぃ゛……っ」

 

 

 

 国王は何度もスリーシャに鞭を叩き付ける。何度も何度も何度も。スリーシャが気絶しようが関係無く、悲鳴を上げても手を止めなかった。やがて30は鞭を打ち付けただろうか。打っても打っても声も上げなくなったスリーシャに興が削がれたのか、鼻を鳴らして踵を返し、血塗れの鞭を机へ無雑作に投げて置いて、部屋の扉を開けた。そこには執事の格好をした男が立っていて、国王の指示を待っていた。

 

 国王は執事に告げる。兵の準備は要らない。その代わりに『英雄』に戦いの準備をしろと伝えろと。一国を滅ぼせる力を持つと謂われている龍だが、もう既に二国滅ぼしていて、更には此方にも向かってくると推測される。

 

 そんな化け物のような種族が相手ならば、多少魔物と戦える兵士を仕向けたところで焼け石に水だろう。ならば無駄に兵士を消費するのではなく、最初からジヒルス王国最強の存在である『英雄』をぶつける。

 

 噂程度にしかなっていないが、『英雄』は過去に龍を一体殺している。だがそんな奴が仮に、万が一にも負けた時には、大人しく国諸共消える覚悟が、国王にはあった。どうせ此方に恐ろしい速度で向かってきているのだ、逃げようにも時間が足りないし、逃げたところで魔法でも何でも使って追い掛けてくるだろう。どちらにせよ『英雄』が敗北すれば死ぬのは確実。ならば最強の種族と人間の『英雄』の戦いを生で観戦した方が面白い。

 

 国王はどちらに転んでもいいとでも言うように、張り付けた微笑みを深くして部屋から出ていった。一人取り残されたスリーシャは苦しそうに気絶から目を覚まし、うっすらと目を開けた。此処に来て二日、スリーシャは国王に拷問のような仕打ちを受けていた。何故こうなったのかは解らない。

 

 何時ものように森を見守っていたら、森に人間がやって来た。最初は何もせず、森を調べて帰っていったが、日にちが経つにつれて森に生えている木を荒らしたりし始めた。そして強い魔力を持つ人間が大樹を見つけた。そこからだ、可笑しくなったのは。森を荒らすならば出て行けと忠告してからだ。

 

 大人しく帰って行ったと思えば、直ぐにまたやって来て、再び忠告して森から出て行かせようとした時、人間は森に火を放った。そして大樹にも火を放ち、小さな精霊をも捕まえていった。これ以上精霊に手を出さないでくれと、自身が身代わりになったというのに、人間は嘘をついてスリーシャを捕らえた後、小さな精霊をまた捕まえ始めた。

 

 何度言っても精霊を捕らえることは止めず、最後には殆どの精霊が捕らえられてしまった。スリーシャは小さな精霊の上位の存在だ。故にある程度の耐久性は持っている。

 

 だが小さな精霊達は、そうもいかない。ルサトル王国で無理矢理魔力を搾取されたことで、小さな精霊達は皆死んでしまった。スリーシャは小さな精霊達の分も搾取していいから、解放してあげてくれと頼み込んだが、結局はこの有様である。

 

 このままジヒルス王国の国王に殺されるのだろうと思っていた。だが先程の話だ。リュウデリアが……100年程前に少しだけお世話をしたあの黒龍のリュウデリアが……自身の事を探して追ってきているというのだ。それも森に攻め込んで来た国と、魔力を限界以上に搾取した国を消したという。

 

 十中八九取り戻そうとしてくれているのだろう。その行動が嬉しくないと言えば嘘になるが、だからこそ此処には来て欲しくないと切実に思う。スリーシャはこの二日間で一度だけ国王が言っていた『英雄』を一目だけ見た。その一目だけで、他の人間とは格が余りに違いすぎるのを肌で感じ取った。あれは強者だ。龍を殺したというのも恐らく本当だと直感してしまう程の何かを、その身に宿していた。

 

 スリーシャは意識を飛ばしそうになりながら、此方へ向かっているリュウデリアに届くように、強く念じた。

 

 

 

 ──────リュウデリア……私の事は良いですから、此処へ来てはいけません。お願い……リュウデリア、此処へは来ないで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────スリーシャが最後のジヒルス王国とやらに連れて行かれてどれ程経つかは解らん。スリーシャが既に殺されているという可能性は当然有る。だが逆もまた然り。ならば……俺に出来るのは出来うる限り早くジヒルス王国に辿り着き、人間を皆殺しにして殲滅する。……それだけだ。

 

 

 

 莫大な魔力を背後への放出だけに全て回し、音を置き去りにする超速度を推進力で実現させる。雲を吹き飛ばし、地上にすら引き起こされたソニックブームの衝撃波が届いている。薙ぎ倒す程ではないが、生えている木が揺れるほどのものが訪れる。リュウデリアは初めてとなる自身で出せる速度以上の速度下で、冷静に魔力のコントロールを熟していた。

 

 空気摩擦で熱を生じさせるが、リュウデリアの純黒の鱗はその程度の熱をものともしない。だが心の内は異常に熱い。愚かな人間に対する憎しみと憤り。それが黒い禍々しい炎となって燃え上がっているのだ。逃がさないに逃がしてやる気は無い。ジヒルス王国の人間は殲滅すると決めている。己の手で必ず。

 

 リュウデリアは国を一撃で消し飛ばす魔力と力、魔法の技術を持っている。なのに態々自身で王国の中に入り込み、直接人間を殺しているのは、死ぬ今際の際まで恐怖を与えるためだ。魔法を使って一撃で殺すのは容易いが、それだと龍を憤らせた身の程を弁えない行動に対する対価を払わせる事が出来ない。故に一度で滅ぼすのではなく、態々己が攻め込むのだ。

 

 ルサトル王国から飛んで数十秒が経過した。たったそれだけの時間でリュウデリアは目的のジヒルス王国に辿り着いた。しかしリュウデリアはジヒルス王国の違和感に気が付いた。先の二つの王国は直ぐに兵士を出してきたというのに、ジヒルス王国はリュウデリアが上空に現れ、降りてきても兵士を投入することは無かった。

 

 だが、その代わりにジヒルス王国の前にある開けた地に、一人の人間の姿が見えた。たった一人で仁王立ちしているその人間からは、これまで魔力を内包する者の中で、断トツの魔力を内包していた。突然変異で巨大に成長したジャイアントレントをも圧倒する、文字通り圧倒的魔力である。そして同時に強大な気配も感じ取り、小さいのに大きい存在に見えてしまう。

 

 

 

「──────やァっと来やがったか。待ちわびたぜ?国を滅ぼして回ってる黒龍サンよ」

 

「……………………。」

 

「はは。お前が喋れる事は知ってるぜ。だから勝手に喋らせてもらうが、お前の目当てである精霊なら、今は手出しすんなって言ってある。お前が精霊に無駄な心配や焦りを感じて、動きが疎かになっても困るからなァ」

 

「……貴様は俺に何の憂いも無く殺し合えと言うのか」

 

「お…?喋ってくれんのか。……そうだ。俺は過去に龍をぶち殺してやった。だがそれは龍の子供だ。大した戦い方も知らねぇガキを殺したんだ。だがお前は違ぇだろ?俺は真っ正面から龍と戦って勝って……本物の『英雄』となる」

 

「は、下らんな。所詮は他者からの評価と、眼を曇らせる栄光が欲しいだけだろう。そんな糞の役にも立たんものの為に死にに来るとは。愚か極まるな──────反吐が出る」

 

「人間で男に生まれたんだぜ?──────英雄を目指すのは珍しい事じゃないんだよッ!!」

 

 

 

 龍であるリュウデリアを前にして闘気を失うどころか、寧ろ闘気と殺意を漲らせ、リュウデリアへその手に持った2メートルはあろう大剣を軽々しく持ち上げ、人間とは思えない驚異的な跳躍力で、全長25メートルあるリュウデリアの顔までやって来て大剣を振り下ろした。

 

 ジヒルス王国の英雄をしているこの男は、190はある高身長に筋骨隆々の恵まれた肉体。浅黒く焼けたその肉体には所狭しと傷が刻まれており、その鋼のような肉体を惜しげも無く晒している。着ている服はズボンだけ。明らかな肉体派の戦闘スタイルを思わせる。目は鋭く、口は獰猛な笑みを作っていた。

 

 振り下ろされる大剣にリュウデリアは目を細め、空中の英雄に向けて硬く握り込んだ右拳を振り抜いた。衝突しあう大剣と右拳。衝撃波が発生して火花が散る。英雄の男は大剣で思い切り叩き付けたにも拘わらず、火花を散らして切り傷すら付かない異常な硬度のリュウデリアの純黒の鱗に挑戦的な笑みを浮かべた。今振り下ろしている大剣は、鋼を豆腐を斬るが如く両断する業物の名剣である。

 

 だが英雄の男は驚きはしない。最強の種族である龍を人間が鍛えた業物の名剣程度で易々と斬れるとは考えていないからだ。しかし名剣で斬れない鱗を殴って砕く何て芸当が出来るかと言われれば、英雄の男は否と答えるだろう。強敵との命の奪い合いを、これまで数え切れない程行ってきた。それ故に無駄な自信は持たないようにしている。油断して死ぬ等、笑い話にすらならないからだ。

 

 英雄の男はリュウデリアからの殴打の威力に逆らわず、大剣を一つのクッションにして受け止め、体に伝わろうとする殴打の絶大な威力を殆ど殺して、後方へと飛んで下がっていった。空中で体勢を整え、音も無く体格に似合わない軽快な着地をしてみせた。獰猛な笑みを浮かべながら、リュウデリアと衝突させた大剣の刃を見てみれば、大剣の刃は既に大きく刃毀れしていた。英雄の男はそれを見て声を上げて笑ってしまった。

 

 

「くはッ!はははッ!!いいねいいねェッ!?名剣でも斬れねぇどころか、刃を毀れさせるその異様に硬い純黒の鱗…!俺の腕力に真っ向から打ち勝つ膂力ッ!!楽しみで胸が高鳴るなァッ!!悪いが黒龍、俺は早速全力で行かせてもらうぜ?……──────術式起動」

 

 

 

「……あれは……」

 

 

 

 英雄の男が足元に赤い魔法陣を展開すると、ジヒルス王国の方から魔法発動による魔力を感知した。籠められた魔力は膨大で、数は200ほど。その全てが独りでに動いて此方へ向かってくる。リュウデリアの眼に映ったのは、ありとあらゆる種類の武器だった。

 

 一つ一つから強大な魔力が内包されているのが感じ取れ、その全ての武器を英雄の男一人で操作しているのだ。極められた魔力操作技術と精神力、そして膨大な魔力が織り成せる技である。

 

 空を渡ってやって来た数々の武器は英雄の男の周りに突き刺さって止まった。針山となった地面を歩ってリュウデリアの方へと進み、刃毀れした大剣を後ろへ放り投げて捨て、無雑作に槍を手にして鋒を向けた。魔力を帯びた武器は見る者を圧倒させる魅力を醸し出している。これで相手が普通の人間ならば、忽ち降参を宣言するだろう。それ程の覇気を纏っていた。

 

 

 

「俺は今でこそ『英雄』と呼ばれているが、お前の前では名乗らねェ。その代わりに違う名を名乗らせて貰うぜ。俺はダンティエル、通称『千剣(せんけん)』のダンティエルだ。本来武器千本は操れるんだが、生憎お前とやり合えそうな武器は200ぐれェしかないんでな……ま、よろしく頼むわ。殺し合う前にお前の名前も教えてくれよ」

 

「……リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。どうせ今から死ぬ身だ、覚えんでいい」

 

「ひひッ。なら──────覚えていられるようにお前を仕留めねェとなァ──────ッ!!!!」

 

 

 

 ダンティエルはその場から忽然と姿を消してしまった。常人にはまず見切れない速度だ。だがリュウデリアの眼には捉えられていた。自身の動きを眼で追い掛けているリュウデリアに、ダンティエルは楽しくて楽しくて仕方ないとでも言うように笑みを深くし、リュウデリアの背後へ回って足首を狙った。

 

 全長25メートルに達するリュウデリアの体は、鱗や筋肉によって重量が尋常ではない。そしてその超重量を支えているのは、二本の足と尻尾である。その内の一本を奪ってしまえば、地上に於ける動きはかなり制限されるだろう。見た目からは想像できない計画的な行動。ダンティエルは筋肉が薄く、他よりは刃が入りやすいだろう関節の足首を狙った。

 

 ダンティエルが足首を槍で突き刺そうとしているのを見ずに、リュウデリアは尻尾の先端に魔力で刃を形成し、槍が鱗に到達する寸前でダンティエルごと両断しようとした。振り下ろされる尻尾と純黒なる魔力の刃。それを直感のみで察知して後ろへとバックステップで方向転換した。槍はリュウデリアの魔力の刃によって抵抗無く斬られた。

 

 これでもかなりの鍛冶屋が鍛えた逸品なのだが、まさか魔力で作った即席の刃で易々と斬られるとはな……と、ダンティエルは魔力の刃の切れ味に感嘆としながら走り回って撹乱し、地に突き刺さった武器の中から片手剣二本を持ってリュウデリアへ突撃する。

 

 真っ正面から突っ込んでくるダンティエルに対し、リュウデリアは尻尾の魔力の刃を消さず、串刺しにする気持ちで刺突した。見上げる程の巨体の割に俊敏なリュウデリアにまた感嘆としつつ、目前まで迫ってきた魔力の刃を跳躍して躱し、尻尾の上に乗って伝って走り、また跳躍してリュウデリアの眼に向かって二本の剣を突き出した。

 

 流石のリュウデリアでも、眼球に剣を突き立てられれば失明するし、奥に突き込まれたら脳に届いて死ぬ。かと言って今から手を動かして防御しようにも間に合うかは解らない。そこで密かに、口内で準備をしていた魔力を解放した。放たれるのは純黒の光線。ダンティエルはほぼ零距離で空中だ。避けられる訳が無く、耐えられる訳が無い。

 

 だがリュウデリアはダンティエルが生きていることを解っていた。口内に溜めていた魔力を解放して呑み込もうとする瞬間、下から何かがやって来て、ダンティエルを攫って光線の射線上から間一髪で離脱したのだから。目を細めながら頤を上げて上を見ると、大剣の上に乗って宙に浮かぶダンティエルの姿があった。

 

 

 

「俺の魔法は予め武器に施した魔法陣を使って自由自在に操る。範囲は半径十キロ。同時に操れる最高記録は1246本だ」

 

「何だ、己の力を誇示したいのか」

 

「楽しくてお喋りしちまうんだよ、ハハッ!それと、お前はアレだな……龍の突然変異だろ?普通の龍は四足歩行だからな。お前みたいな人間に近い姿形をしてない。それにその、お前の体に内包されている底が見えない魔力だ。どう考えても普通じゃねェ。龍……という事を考慮してもな」

 

「……………………。」

 

「おっと、勘違いしないでくれよ?侮辱してるンじゃない。()()()()突然変異だな……と思っただけだ」

 

「……………………。」

 

「俺もな──────生まれながらにした突然変異の人間なんだよ」

 

 

 

 今でこそ『英雄』と謳われて讃えられているものだが、元々ダンティエルは治安の悪いスラム街の生まれだった。何らかの理由で一般住宅街から追い出されてしまい、お金も無く、頼る存在も居ない者達が行き着くゴミ溜めのような場所である。父は薬物中毒とアルコール中毒で真面な言葉を喋る事さえ出来ない。母は体を売って小銭を稼いでいた。

 

 ダンティエルはお金も無く、友達も居らず、頼れる人も居ない。そんなダンティエルに有ったのは……幼い子供にして発達した筋力と、子供が内包出来るとは思えない膨大な魔力。故に取れる行動は一つ。金を持っている者達を襲って金品を奪う。両親が魔力も持っておらず、況してや恵まれた肉体を持っていない一般人から生まれたとは思えない、天性の肉体。それだけで何年も生き延びた。

 

 指名手配されてからは森に行って魔物を狩って資金源とし、成長してからは傭兵として戦場に赴き、数え切れないほどの敵を殺した。それからだ、周りが敵を殺すごとに褒め讃えるようになったのは。元が指名手配されていた者だとは思えない栄光を掴んでいき、戦場の落ちている武器を使って敵勢力を殆ど一人で壊滅させ、幼いが龍を殺した。

 

 ダンティエルは己の力のみで今の地位を手に入れた。だがその力で慢心したことは無い。だからこそ死ぬかも知れない壮絶な戦いも、屈強な精神力と戦いの才能、そして日々を努力で塗り固めたダンティエルだからこそ、最後は必ず打ち勝ってみせるのだ。

 

 

 

「突然変異は普通じゃ生まれないところから、特別な何かを持って生まれた存在だ。何かが優れる代わりに……何かを犠牲にしている場合も有る。俺達のような存在は完璧な突然変異の類だ」

 

「……要領を得んな。何が言いたい」

 

「俺はな……嬉しいんだよ。これまで俺と同類の奴なんて会った事が無くてな。況してや相手は最強の種族である龍の突然変異と来た。俺にとってこれ以上の存在は居ない。だからありがとよ……純黒の龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。俺は今、最高の気分だッ!!」

 

「……そこまで言うのならば、お望み通り最高の気分のまま殺してやる。精々誇るが良い──────貴様には俺の力を見せてやる」

 

「ひひッ……そりゃ楽し──────」

 

 

 

 ダンティエルはリュウデリアが見上げる位置に居た。高さで言うならば40メートル位だろうか。つまり眼下に居るリュウデリアが動けば解るのだ。話してはいたが、リュウデリアの事は注視していた。つまり不意打ちやその類の事は事前に分かるということだ。だがダンティエルは不可解だった。一体どうやって……目の前に現れて拳を既に振り抜いているというのか。

 

 空中に居るダンティエルの目の前に居て、そして尚且つもう既に拳は振り抜かれて目と鼻の先。脳裏に浮かぶのは……濃厚な死。強靭な肉体を以てしても耐えることは出来ないと無意識に悟るほどの一撃だった。そこからの動きは完全な無意識だった。手に持っている二本の剣を平行して構え、迫り来る拳に当てて刃に擦らせて自身の体と共に逸らせた。

 

 しかしリュウデリアの拳の威力を完全には殺しきれず、乱回転しながらリュウデリアの横を通って吹き飛ばされていった。そこで直感が働いた。必ず横から追撃が来ると。周囲を確認するまでも無く、直感に従い、足場にしていた大剣の腹を使って自身の体を真下に叩き付けた。ダメージを受けるが、一撃必死の攻撃を躱すことに成功した。

 

 ダンティエルの居た所に、尻尾の先に形成した魔力の刃が紙一重で通っていった。避けねばダンティエルの体は今頃真っ二つに両断されていた。それを理解していたからこそダンティエルは、戦闘が開始されてから初めてとなる冷や汗を流していた。大剣を全力で叩き付けた事で地面には直ぐに着地した。そして間髪入れずに横へと緊急回避する。

 

 上から残像を帯びながらリュウデリアが現れ、ダンティエルに向けて振りかぶった左拳が振るわれる。それをまたしても間一髪で回避したのだが、リュウデリアの拳はそのまま大地へと吸い込まれていき、叩き付けられ、陸が揺れたと錯覚する程の震動が発生して地面が円形に陥没し、巨大な亀裂が蜘蛛の巣状に奔った。受けていれば確実に原形が分からなくなる程潰されていたというのが、想像に難しくない。

 

 

 

「ぐっ……っ!なんッつー威力だ…っ!?見たことがある最上級魔法でもここまでの威力は無かったぞ……ッ!?それに更に厄介なのはあの速度だッ!あの巨体で何故そこまでの速度で動ける!?俺ですら残像を捉えられるかという域……クソッ!!術式起動、一斉掃射ッ!!」

 

 

 

「──────『略奪の権限(ジャック)』」

 

 

 

「──────はっ!?そんなことまでアリかよ…っ!」

 

 

 

 打ち込まれた殴打の威力に舌打ちをし、突き立てられた数々の武器を一斉に浮かび上がらせてリュウデリアへと殺到させた。だがその刃達が届く前に手を翳して純黒の魔法陣を展開すると武器達は動きを止め、向きを反対方向へ変え、ダンティエルの方へと突き進んでいった。

 

 リュウデリアがジヒルス王国に来る前から武器に施した操作するための魔法陣を、リュウデリアが更に魔法で乗っ取ってしまった。今やダンティエルに向かってきているのは、リュウデリアの操る武器だ。ダンティエルはリュウデリアの出鱈目さに改めて気が付く。初めての筈の武器の操作は完璧だ。軌道を読まれないように一本一本が出鱈目な動きをして迫ってくる。

 

 操作する本数も最初から200本以上を軽々とやってのけている。普通は一発目からは成功しない。一本だって満足に動かせない筈だ。それをリュウデリアは、あろう事か初めてで長年操ってきたダンティエルと互角程の操作を見せ付けた。乗っ取られていない大剣の腹に乗って空中へ退避する。その後を追い掛けてくる200本以上の武器。速度は操られている武器が上。

 

 少しずつ迫ってくる武器を振り切ろうと、思い付く出鱈目な軌道で空中を駆けているというのに、一本も引き離せない。如何すれば撒く事が出来るのか。そう考えた瞬間、足下の大剣が突然粉々に砕け散った。本当に突然の事に、ダンティエルは頭が真っ白になってしまった。そして武器の群が追い付いてしまった。もう迎え撃つしかない。

 

 ダンティエルは足場が効かない空中で、突撃してくる武器を両手に持つ剣で弾き飛ばしていった。雄叫びで気合いを上げ、瞬きもせず、10、20、30……と武器を弾き飛ばし続けた。そしてダンティエルは、つい前からやって来る夥しい武器に気を取られ、背後で振りかぶっていた大鎚の存在に気が付かなかった。

 

 背中を打撃する大鎚。奇襲による驚きと、背中への一撃で呼吸困難になりながら、ダンティエルは自身に突如訪れた状態に驚愕した。

 

 

 

「──────『見聞き奪い不話を為す(ベネクタァ・スリィエンス)』」

 

 

 

 瞼を開けている筈なのに景色が見えない。知らぬ内に眼を傷付けられて失明したのかと、手を当ててみるも傷の類は無い。そして何も聞こえない。耳も何かされていないか確認してみるが、耳が飛ばされていたり何かがあった訳では無さそうだ。そして声。何が起きた…、と言ったつもりだったのだが、口を動かした感覚はあれど、自身の声が聞こえない。喋れていないのだ。

 

 これはリュウデリアの魔法である。視覚、聴覚、発声を奪う魔法だ。これをダンティエルを背中から襲った大鎚に付与しておき、叩き付けて直接対象を変えたのだ。

 

 見ることが出来ない。何も聞こえてこない。声が出ない。普段当たり前にやっている事を突然奪われた人間は、正常に動く事が出来なくなる。どれか一つでも奪われると行動に支障を来すというのに、ダンティエルは一度に三つも主要な部分を奪われた。しかし流石は『英雄』とも言うべきか、地面に真っ逆様で落ちても着地を完璧に熟し、見えず聞こえずでも、的確に上から飛来する武器をはたき落としていく。

 

 弾かれた数多くの武器がダンティエルの周囲に乱雑に落ちていく。武器が飛来する時に生じる風切り音を聞き分ける事も出来ない今では、出来ることは一つ。大気の歪みを肌で感じ取って飛来する場所を予測し、類い稀なる身体能力を限界まで活用し、今のように武器を弾いているのだ。

 

 声は出ていないが咆哮し、武器を弾き続ける。120、130、140……と弾いていき、後少し…後少しで全て弾くことが出来る。そう思った瞬間のことだった。ダンティエルは下の方で何かを感じた。大気の歪みが生まれたと感じたのだが、気のせいだったのだろうか。そう思うと同時に、体が下に落ちるように高さがズレた。何が…と思ったが理解した。足二本が膝当たりから両断されたのだ。

 

 今先程の大気の歪みは勘違いなどでは無かった。物体の通る速度が速すぎて感じ取れなかったのだ。遅れてやって来る痛みに顔を少しだけ歪ませていると、ダンティエルの奪われた視覚、聴覚、発声が戻った。そして視界が戻ると同時、三つ叉の槍と両刃の西洋剣が目前まで飛来してきており、ダンティエルの両腕を肩から奪っていった。

 

 上がる血飛沫。飛ばされていく両腕。飛んできて腕を奪った武器によって後方へと倒れて仰向けとなった。広がるのはリュウデリアがソニックブームを起こしながら来たことで雲が吹き飛び、顔を見せた澄み渡る青い空だった。ダンティエルは頭を持ち上げて、前に居るだろうリュウデリアを見た。そこにはやはり、尻尾の先に魔力の刃を形成していたリュウデリアが居た。それと色々な箇所で両断された武器がそこかしこに散らばっている。

 

 直感的に理解する。自身が懸命に武器を弾いている間に、リュウデリアは自身が後少しで全て弾き終わると、ほんの少し安堵から来る油断を突いて、飛んでいたり弾かれて地面に突き刺さった武器ごと自身の脚を斬ったのだと。完全に自身の落ち度。そしてリュウデリアの作戦による勝利だった。

 

 

 

「……くくッ。はははっ。あーはっはっはっはっはっはっはっ!!あ゛ー清々しい気分だぜ。脚は膝から下が無ェし、腕は肩からバッサリ。武器は乗っ取られて一本も動かせねェし、予備は存在しない。こりゃァお手上げだわ。俺の敗けかァ……」

 

「……貴様は俺が生まれてこの方、100年余りで出会った中で最も強い存在だった」

 

「はははっ。無傷の奴が言うンじゃねーよ。嫌みか?くくッ。……しっかし、まだ100年しか生きてねェのかよ。龍にしてみればまだまだガキじゃねーか。つまり、お前はこれから先、今とは比べ物にならないほど強くなるわけだ。かーっ!!そんなお前とも戦ってみたかったぜ!ま、無いもの求めても仕方ねーわな。俺は潔くここで散るとしますかねェ」

 

「お前は強い。強いが今回は俺の方が強かったというだけだ。だが覚えておくぞ、お前の『千剣』のダンティエルという名を。欲を言うのならば『千剣』の由来となった操られる千の剣を見てみたかった」

 

「……俺はダンティエル・ブレイワークス。来世が有るならまた会おうぜ。今度はお前を完膚無きまでにぶちのめしてやるよ」

 

「ふん。来たところでまた殺してやるが、期待せず待ってやる。ではな、ダンティエル・ブレイワークス。突然変異(同類)に生まれし人間」

 

「じゃあな、リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。俺が生まれ直すまで精々長生きしろよ」

 

 

 

 リュウデリアはダンティエルから踵を返してジヒルス王国の方へと歩みを進めた。そして右手の人差し指を上に向かって振ると、ダンティエルから乗っ取ってまだ使える100本程度の武器を上空へ飛ばし、仰向けに倒れ込んでいるダンティエルに差し向けた。

 

『英雄』とまで謳われたダンティエルは、降り注ぐ数多の武器を見ながらぼうっとして考える。これまでの戦いに明け暮れた日々を。どんなことよりも強い奴と戦うことが好きだった。体を動かしていると生きていると実感する。窮地に立つと快感すら覚えた。

 

 強い奴と戦って死ぬなら本望だ。常にそう考えているし、覚悟なんて魔物が蔓延る森へ行こうと決心した子供の頃から出来ている。だが…それでも……リュウデリアとの戦いは最高に楽しかった。全力でやって傷一つ付けられない、絶対強者。最強の種族でありながら突然変異として生まれてきた純黒の黒龍。悔いは無い。だが未練はあった。

 

 

 

「…っ……くっそッ。まだまだアイツと……やり合いたかったなぁ……っ!!今度はぜってー敗けねェからなァッ!!覚悟しやがれェッ!!!!」

 

 

 

 ダンティエルは嬉しそうに、哀しそうに笑みを浮かべながら、リュウデリアに届く程の大声で叫び、数多の武器に体を突き立てられ、『英雄』はこの世から去った。

 

 最後のダンティエルの叫びがリュウデリアに届いたのかは分からない。だがリュウデリアの尻尾は左右にゆらゆらと揺れている。まるで別れを告げて手を振っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の中でも限られた者しか到達出来ない『英雄』が死に、最強の種族として共通認識を持たれている龍がやって来る。兵士では刃が立たないのは火を見るより明らか。故にジヒルス王国の国王は城につけられている屋上テラスまでやって来ていた。傷だらけで死にかけの精霊であるスリーシャを連れ、国王は絶えない微笑みを浮かべながら、此方を見ている純黒の黒龍の瞳を見つめ返した。

 

 ジヒルス王国の建築物を歩くだけで破壊され、土を魔法で操って王国の全ての出入り口を塞がれた。やはり人間一人だって逃がすつもりは毛頭無いようだ。そして城の前までやって来て、国王とスリーシャが出て来るのを見ていたリュウデリアは、スリーシャの状態を見て膨大な魔力を溢れさせた。

 

 あれだけの戦いの後だというのに疲労の色は全く見えない。感じ取れる魔力は底など無いようにすら思える。『英雄』の一撃を受けても無傷の純黒の鱗は美しく、国王には今まで見てきたどんな絵画や宝石、傾国の美女等よりも綺麗に見えた。欲しい。そう短絡的に考えるほどの魅力が前にある。だが国王は頭を振って煩悩を消した。今から死ぬのに、そんな想いは抱くだけ無駄だと。

 

 

 

「──────ようこそ。純黒の龍」

 

「……塵芥風情が。お前はスリーシャを甚振った──────真面に死ねると思うなよ?」

 

「分かっている。そもそもダンティエルが敗れた時点で俺達が死ぬのは決定していた。どんな死でも甘んじて受けるとも。……それよりもそら、精霊を受け取らんでいいのか?俺が言うのも何だが、もう死ぬぞ」

 

「……精々苦痛のある死を遂げるが良い」

 

 

 

 リュウデリアは魔力の操作で傷付いたスリーシャを浮かび上がらせて掌の上に寝かせ、外的要因による刺激が無いように、純黒の膜で覆った。これでリュウデリアのスリーシャ奪還は果たした。あとは、このジヒルス王国の民と国王を皆殺しにして殲滅し、国を滅ぼすだけだ。

 

 用が済んだリュウデリアは翼を広げて飛び立ち、上空から純黒の球体をジヒルス王国の中間位置に投げ落とした。落ちてきた莫大な魔力が籠められた球体に、人々は騒然としたものの、直ぐにそんな騒ぎは別の騒ぎへと切り替えられた。

 

 

 

「──────『迫り狂う恐怖(フゲレス・フォーミュラァ)』」

 

 

 

 ジヒルス王国の国王を除いた全ての人間に、同士討ちを強制させる魔法を掛けた。突如始まる人間同士の醜く残虐で凄惨な殺し合い。それを一人だけ見届け、正常な意識を持ったまま誰かに嬲り殺される時を待つ国王。生きる為に、徹底的に嬲られて殺されることだろう。それを分かっていて尚、国王の表情には変わらない微笑みが張り付いていた。

 

 ジヒルス王国はジヒルス王国の民の手によって生存者は0となった。生き残った最後の人間も、正常に戻った頭で狂った己の行いに耐えきれず自決。惨い殺され方をした死体だけが国内に捨てられていた。それから暫くして、ジヒルス王国は純黒の光に包まれてその姿を完全に消すこととなった。

 

 後日、突如姿を消したジヒルス王国の国王の署名が入った手紙が風に流れて近くの王国に渡り、拾って読んだものが一大事だと国王に渡した。それから、その国の国王は世界に向けてメッセージを伝えた。曰く、純黒の鱗を纏いし黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラは日を跨ぐことなく三つの国を滅ぼし、数少ない選ばれし『英雄』をも正面から容易に屠った。

 

 見つけた者は死を覚悟するべし。彼の純黒の龍に慈悲は無く、逆鱗に触れれば訪れるのは殲滅である……と。

 

 

 たったの一日で3つの国を跡形も無く消し去った純黒の黒龍に、人間は恐怖した。今は亡き一国の国王にここまで言わしめる存在である。人々は恐怖の象徴として、リュウデリアに二つ名を付けた。

 

 

 

殲滅龍(せんめつりゅう)』……純黒の龍であるリュウデリアに付けられた名である。

 

 

 

 因みに、それを本人が知るのは更に数日後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアはこれ以上無く速度を出して飛んでいた。望み薄かも知れないが、スリーシャが宿っていたあの大樹の元まで連れて行こうと思ったのだ。件の大樹も既に大部分が焼けてしまっているが、完全に死んでしまった訳では無い。まだ辛うじてだが生きている。

 

 掌の上にある純黒の膜の中で眠っているスリーシャからは、魔力を微かにしか感じない。そして生命力から来る気配もかなり薄い。本当の死にかけであった。あと数分もすれば、スリーシャの生命活動は止まる事だろう。故にリュウデリアは珍しく焦った表情をしながら森を目指し、大樹の元まで急いだ。

 

 

 

「──────スリーシャッ!!着いたぞッ!お前の宿っていた大樹だッ!!今すぐ傷を癒せッ!!」

 

「……………………。」

 

「おいスリーシャッ!!目を開けろッ!!眠っていると本当に死ぬぞ!?聞こえているのか!?」

 

「……………………。」

 

「この俺に助けられたというのに、お前は俺と一言も交わすこと無く死ぬつもりか!?そんなこと俺が許さんぞッ!?」

 

 

 

 森の上を飛んで大樹の元までやって来たリュウデリアは、純黒の膜を解除して、元々スリーシャの本体が入っていた大樹の根元に割れ物が如くゆっくりと横たわらせた。しかしスリーシャは目を覚まさず、それどころか傷の回復すらしない。まさかそんなことも出来ない程弱っていたとは……と、リュウデリアは手を握り締める。

 

 大声で話し掛ける。喧しさで目を覚ますならば幾らでも声を張り上げる。だがそれでもスリーシャが目を覚ます様子が無かった。リュウデリアはもう如何すれば良いのか分からなかった。魔法による回復をリュウデリアは行えない。傷を治す魔法なんてものは存在せず、有ったのは今よりも遙か古代で、今では失われた技術だからだ。

 

 ぶっつけ本番でやろうにも、今やってほんの少しでも間違えれば、体力が残っていない今のスリーシャでは到底堪えきれない。如何すればいい?如何すればスリーシャが助かるというのか。リュウデリアは歯噛みする。こうなるならば一々憎い王国を滅ぼして回るのではなく、場所を無理矢理聞き出してスリーシャを奪還し、後で滅ぼしに行けば良かった。

 

 過ぎ去った事はもう変えられない。発達した聴力がスリーシャの掠れた息遣いが少しずつ間隔が広くなり、浅くなっていった。今まさにスリーシャが事切れようとしていた。リュウデリアに出来ることは……もう無い。

 

 

 

「──────その者の傷、私が治してやろうか?」

 

 

 

「──────ッ!?…………何者だ、お前」

 

 

 

 事切れる寸前のスリーシャの前で座り込み、項垂れるリュウデリアの元へ澄んだ美しい声が聞こえてきた。ハッとして瞠目したリュウデリアは頭を上げて声がした方を見た。腰まである長く細い煌びやかな純白の髪。真っ白でヒラヒラとしたキトンのような服を身に纏い、服の下にある肉体美が人の情欲を誘う。

 

 程良い大きさの胸部に、括れた腰。形の良い臀部。人間が居ればその絶世な美しさに心を奪われるだろう。だがリュウデリアは龍であり、それ以上に気配を感じさせること無く、近くまで寄ってきていた事に警戒心を抱いた。

 

 それを知ってか知らずか、女は神がかっている整った顔立ちに微笑みを浮かべ、リュウデリアの方へと近付いてくる。まるで警戒する必要は無いと語るように。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアに何者かと問われた、この絶世の美女の正体は何なのか、まだ解らない。だがそれとは別に、スリーシャの命のタイムリミットが刻一刻と近付いていた。

 

 

 

 

 

 



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第9話  黒龍と女神

 

 

 

 温かく、気持ちの良い空間に居る。寒くなく、熱くも無い、丁度良いと感じ、横になれば誰でもすぐに微睡みの中に入ってしまいそうな、そんな空間に居た。

 

 自身は今、仰向けで眠っている。背中にはもふもふのクッションが敷いてあった。寝るのに適した空間とクッションに、仰向けで寝ているスリーシャはまさしく夢心地だった。しかしスリーシャはふと思う。あれ?と。そういえば今でこそこんなに心地良い空間で横になっているが、何故横になって寝ているのだろうか……と。

 

 一度考えるとこれまでの経験した過去が湯水の如く頭の中に流れ始めた。人間が森へやって来て害が無いことを確認し、日にちが経つにつれてやって来る人間は森を荒らすようになってくる。忠告をした。これ以上森を荒らすなと。荒らすならば今すぐに出て行けと。そう言うと人間は潔く森から出ていった。

 

 だが帰っていったと思ったら、またすぐにやって来て森に火を付けた。緑の森が真っ赤に染まり、パチパチと音を立て黒くなり、他に燃え広がって大切な森が失われていく。そして意図的に点けられた火は自身の本体がある大樹へと、その魔の手を伸ばし、人間達はその間に小さな精霊達を捕まえていく。

 

 泣き叫んで逃げても追い掛けられ、捕獲されて連れて行かれる小さな精霊達を見ると胸が引き裂ける想いだ。だから連れて行くのならば自身だけにして、他の子達には手出ししないでと言った。それに了承した人間達だったが、人間達は約束を破った。

 

 人間達は自身の本体の肉体を捕らえると、小さい精霊達を再び捕らえ始めたのだ。言っていた事と違うと叫んだら、その場で一番偉い人間が言ったのだ。

 

 

 

『約束と違う……?ふむ──────お前を捕らえたら他を逃がすという約束をした証拠はあるのか?』

 

『……え?』

 

()()そんなことを言ったのだとしても、証明出来なければ無効も同じだろう。つまらん事を言っている暇があるならば目に焼き付けたらどうだ──────他の精霊が捕らえられる瞬間を』

 

『──────何という……あなた達は、何故そう平然と酷い事が出来るのですか……っ!あなた達は約束一つも守れないのですか……っ!』

 

『は、我々人間が、人間ならざる存在と対等な関係でなければならない?交渉はそれ相応の対価を持つ者と、対等な者により行われる。貴様の身がそれ相応のものか?違う。貴様は我々人間と対等か?違う。我々は搾取し、貴様等は抵抗無く搾取されるべき存在だ。交渉なんぞ通ずると思った己を恨むのだな』

 

『……ひどい。っ……ひどすぎます……。私達が一体……っ何をしたというのです……っ!』

 

『言っただろう。貴様等は搾取されるべき立場にあると。何かをした、してないは関係無い。()()()()()()()()()。それだけだ』

 

『……───────────。』

 

 

 

 人間の醜さに絶望した。何故こうも非情な事が出来るのだろうか。首と手足に枷を嵌められ、鎖で繋がれて動くことが出来ない。出来るのは捕らえられていく小さな精霊達を見ていることだけだった。無力。あまりに無力。何も出来ず、人間に裏切られて捕まって、見ることしか出来ない。ここまで何も出来ない自分自身を呪った事は無い。

 

 逃げ回っている小さな精霊達は捕まる。だがその中で唯一逃れられる事が出来た精霊が居た。視界の端で逃げ果せた小さな精霊を偶然目にしたのだ。その時は人間に悟られないように目線を逸らし、ただただ祈った。どうか逃げ延びて、生きてくれと。その祈りが届いたのか、チラリと確認すると小さな精霊はもう居なかった。良かった。本当に良かった。不幸中の幸いに涙を流した。

 

 スリーシャはその時、逃げ果せた小さな精霊が生き延びて行くのだろうと思っていた。だが真実は全く違う。小さな精霊は仲間達を助けるために、拒絶されるかも知れないというのに7日掛け、嘗て交流のあった最強の種族の黒龍の元まで行ったのだ。見捨てるつもりも、一人だけ生きていこうという気持ちは無かった。

 

 だが小さな精霊の掛けた7日間は、酷かも知れないが長すぎた。国に着いたと思えば直ぐに違う国に送られ、着いたら直ぐに魔力を搾取された。人間はスリーシャや小さな精霊達から抜き取った魔力を、巨大な魔水晶に貯め込み魔道具の開発に役立てると言っていた。つまりはどれだけあっても困らないということだ。それからは酷いものだった。魔力が枯渇し、命を奪いかねない状況でも魔力を搾り取ろうとした。その所為でまだ小さない精霊達は耐えきれず命を落とした。

 

 小さな精霊の上位互換の存在であるスリーシャはまだ耐える事が出来た。だが小さな精霊には無理だ。代わりに取っていいから止めてくれと言っても、人間達は聞く耳を持たず、結局スリーシャを除いて全て死んでしまったのだ。そしてその死ぬ瞬間というのも、スリーシャは見ていた。苦痛以外の何物でも無かった。

 

 数日間に渡り、魔力を限界以上に搾取され続けたスリーシャが次に受けるのが、理不尽な暴力だった。ジヒルス王国の国王は他者を傷付けることに興奮を覚える類の人間で、送られてきたスリーシャに暴力を与え続けた。終わらないのではと思っていた暴力に、ここで死ぬのだと悟りを覚える頃、リュウデリアが来たのだ。来ないと思っていた、あのリュウデリアが……。

 

 そこからスリーシャはハッとして柔らかで寝心地の良い布団のようなものから起き上がった。上半身を勢い良くがばりと起き上がらせ、頭を振った。夢を見ていたかのように、人間に捕まってからの事を思い出していると、リュウデリアの事が頭をよぎって飛び起きた。

 

 

 

「……私は確か……あの国の国王に鞭で打たれて……それから……そうだわ、リュウデリア……っ!あの子が私を助けるために……っ!」

 

 

 

 スリーシャは枯れ葉の上に大きな葉っぱを乗せて作った簡易的なベッドから立ち上がり、周囲を見渡した。しかし瞼を開けているにも拘わらず、一寸先は闇の中で何も見えなかった。手探りで何か無いか探して歩っていると、掌に何かが触れた。硬く、岩のような何かだった。ただ、岩にしては滑らかな手触りなので、スリーシャは首を傾げて触れているものが何なのか思案していた。

 

 手を動かして硬い何かを伝って移動していると、何やら滑らかな触り心地のものは、幾つもの集合体であるようだった。手で触れながら伝って歩いていると、窪みのような所に触れた。スリーシャはそこをペタペタと触れて外に通じるような何かが無いか探す。すると、スリーシャが触れているものが動き出し、中から黄金に妖しく光るスリーシャの身長よりも大きい瞳が現れた。

 

 

 

「えっ………………きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

「……ッ!?目が覚め──────痛ァッ!?」

 

 

 

 スリーシャは突如現れた黄金の瞳に平手打ちをかました。反射だった。意図してやった事では無い。なので例えその瞳がリュウデリアのものであったとしても、それは仕方の無い事だ。物凄く近い位置から声が聞こえ、その声が聞き覚えのあるものに、スリーシャは目を丸くして驚いた。その一方で、見えていた黄金の瞳は瞼を閉じられ、真っ暗闇の世界に光が差し込まれた。

 

 ゆっくりと純黒の壁が動く。それはリュウデリアの巨大な体だった。眠っているスリーシャをすっぽり囲み込んで翼で蓋をし、外敵の一切からその身で護っていたのだ。人間の『英雄』でも傷一つ付ける事叶わなかったリュウデリアの純黒の鱗に傷を入れられる存在が、スリーシャの宿っていた大樹の周辺に居るはずも無く、スリーシャが目覚めるまで襲撃は無かった。まあ、リュウデリアの魔力と気配で大抵の生物は近寄らないのだが。

 

 真っ暗な所から光を浴びた事で眩しさに目を細め、腕で光を遮って慣れるのを待つ。慣れた頃を見計らって腕を退かすと、黒く焦げて一部は灰となっている大樹が目に入った。長年連れ添った大樹が無惨な姿になっている事に胸を痛めると、背後から呻き声が聞こえた。スリーシャはハッとして振り返ると、見上げる背丈まで成長したリュウデリアが左手で左眼を押さえていた。

 

 スリーシャは思い出した。今先程、反射的に黄金の何かを引っ叩いたが、良く思い返せばあれは黄金の瞳だった。あっ……と、察した。スリーシャが引っ叩いたのはリュウデリアの眼球である。それも思い切り直接である。何気に生まれて一番のダメージは、スリーシャの眼球への平手打ちだった。

 

 

 

「~~~~ッ!!まさか眼球に平手打ちを食らうとは思わんかった……」

 

「ご、ごめんなさいリュウデリア…っ!だ、大丈夫?本当にごめんなさいね?」

 

「いや、気にするな。お前が起きただけで十分だ」

 

 

 

「──────感謝するんだぞ。お前が起きるまでの3日間。リュウデリアは一歩もそこから動かず、誰も近付けないように護っていたのだから」

 

 

 

 スリーシャが眼を手で押さえているリュウデリアに謝罪していると、そんな両者の英田に並び立つように現れた美しい女性に、スリーシャは目を丸くした。突然現れた女性は本当に美しく、そして会った事も無い知らぬ者だったからだ。不思議そうに首を傾げてから、上を向いてリュウデリアの顔を見ると、どこか苦々しい表情をしていた。

 

 何故リュウデリアがそんな表情をしているのだろう……と、更に首を傾げてから、取り敢えずスリーシャは現れた美しい女性に誰なのか尋ねてみることにした。

 

 

 

「……あなたは?」

 

「私はオリヴィア。お前の傷を治した者であると同時に──────女神だ」

 

「え……っ!?め、女神様!?」

 

「あぁ。正真正銘女神だとも。よろしく頼むぞ」

 

 

 

 スリーシャは口を手で覆いながら瞠目した。女神、つまりは神と謳われる存在は、人間や精霊や龍、その他の種族が住まう下界には降りてくる事は滅多な事では有り得ず、探して見付かるような存在ではないからだ。謂わば一目見ただけでも生涯語り継いでいけるほどの伝説的な存在である。

 

 件のオリヴィアといえば、驚き固まっているスリーシャに微笑みを浮かべている。吊り目気味で薄く笑みを浮かべる唇。高い背丈に小さな顔。一目だけで解る完璧なプロポーション。神としての存在故に感じ取れる神威。クールな印象を受ける女神オリヴィアの微笑み一つで、生物学上は同じ女のスリーシャは、つい見惚れて顔が熱くなってしまう。

 

 ぽーっと見惚れていたスリーシャなのだが、頭を振って正気に戻るとその場に膝を付き、オリヴィアの前で平伏した。それには流石のリュウデリアも驚きである。何故突然頭を下げるのか、解らなかったのだ。

 

 

 

「スリーシャ……?何をしている?何故この女に頭を下げているんだ」

 

「リュウデリア。教えていませんでしたか?神は本来我々の住まう地上に奇蹟や豊穣、時には力すらも与える偉大な御方達なのですよ。一生の内に出会えればその後の生涯に語り継いでいっても当然なこと。ましてや私はオリヴィア様に傷を治してもらった大恩があります。ならば頭を下げるのは至極真っ当と言えるでしょう」

 

「……私は私の目的があってお前を治したに過ぎん。それに私はそこまでして畏まられるのは好きではないんだ。頭を上げてくれ」

 

「は、オリヴィア様のお望みのままに」

 

 

 

 オリヴィアに言われてやっと頭を上げて立ち上がったスリーシャだが、何処かその目には敬服の念が混じっているようにも思えた。神とは本来信仰の対象であり、場所によっては貢ぎ物やお供え物を捧げることによって無病息災や、畑の豊作を願ったりする。

 

 中には神により人知を超えた力を与えられ、英雄や伝説になり歴史に名を遺す存在も居る程だ。つまりは全ての種族の完全な上位的存在とも言えるだろう。故にスリーシャは目の前に居る本物の女神であるオリヴィアに平身低頭の様子なのだ。

 

 スリーシャの対応にオリヴィアが苦笑いしていると、スリーシャはふと思った事がある。死にかけていた自身の体の傷を治してくれたのは女神オリヴィアである。だがそのオリヴィアには目的があり、その為に治したのだという。つまりは目的の中には間接的にもスリーシャが関わっているということだ。スリーシャは不敬ではないかという考えを抱きながら、恐る恐るオリヴィアに尋ねた。

 

 

 

「あの、オリヴィア様の目的というのは何なのでしょうか?先程の話によると、私がその目的に間接的に関わっているように聞こえたのですが」

 

「ん?あぁ、その事か。私の目的、それはな──────」

 

 

 

 このオリヴィアが語る目的の話は、スリーシャが目覚める3日前に遡る。彼女は説明の話を聞きながら、頭上でリュウデリアが苦虫を噛み潰したような表情をしているのが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────スリーシャが目覚める3日前。

 

 

 

 

 細心の注意を払いながら森にある大樹の元までやって来たリュウデリアは、大樹の根元、元々スリーシャの本体が居たところに寝かせ、傷を癒させようとした。しかしあまりに衰弱していることもあって、スリーシャの呼吸は弱く浅くなっていき、もうリュウデリアにはどうしようも無いと、諦めるしかないのか……と、思ったその時に現れたのが、オリヴィアだった。

 

 何処からともなく現れた美しい女性の容姿をした女神のオリヴィアに、リュウデリアは警戒心を抱いた。それこそ不用意な動きを見せれば、誰の目にも捉えられない速度でオリヴィアを殺すことが出来る程の。今のリュウデリアは緊迫していたからだ。恩人が目の前で息絶えようとしている状況、普段のように冷静でいられる訳が無い。

 

 

 

「──────私がその者の傷、治してやろうか?」

 

「──────ッ!?……何者だ、お前は」

 

「私はオリヴィア。女神オリヴィアだ。見たところ、あと一分もすればその精霊は死ぬだろう。どうする、私が治してやろうか?」

 

「──────消えろ。今の俺は虫の居所が悪い。素性も知れんお前なんぞに頼るものなんぞ無い。今すぐ消えねば、神だろうがこの世から消すぞ」

 

 

 

 リュウデリアは本気だった。今すぐ消えないならば、オリヴィアを本気で殺して消すつもりだった。唯でさえ緊迫しているというのに、スリーシャの近くに知らない誰かを近付けようとも思わなかった。だから彼は尋常ではない殺気と莫大な魔力を放出しながらオリヴィアを威嚇し、脅しも籠めてオリヴィアの目前まで指先を寸止めの要領で突き付けた。

 

 しかしオリヴィアは動かなかった。殺気を放った寸止めだったというのに、目前にある命を容易く奪える鋭く鋭利な指先に、瞬き一つとてしなかった。堂々とした佇まいで微動だにしないその姿と、自身の瞳を真っ直ぐ見つめるオリヴィアの朱い瞳に、彼は目を細めた。

 

 そしてそれからリュウデリアは瞠目する事となる。なんとオリヴィアは目の前にある鋭い指先に左掌を擦って切り傷を作ったのだ。浅いものではない。掌の肉を半分は切り裂いただろうという深手である。少しだけ表情を歪ませたオリヴィアは、大量に滴る赤黒い血に塗れた左掌を彼へ一度見せつけ、それから右手を負傷した左掌に翳す。

 

 右手から純白の光が発せられる。リュウデリアは眩しそうに目を細めながら、一連の過程を見ていた。右手から発せられる純白の光に当てられた左掌は、みるみると深い切り傷を塞いでいき、あっという間に傷を無くしてしまった。滴っていた血も消えて無くなり、オリヴィアの手は傷付ける前と全く変わらない、綺麗な白魚のような手であった。

 

 

 

「何……っ!?傷の治癒だと…!?」

 

「ふふ。私は治癒の女神オリヴィア。治癒に於いて、私の右に出る者は居ない。例え部位の欠損であろうと、元通りに治すことが出来る」

 

 

 

 ──────回復系の魔法は今よりも遙か古代の文明時代に失われたとスリーシャに聞いた。この女がやった事は正しく回復のそれ。治癒の女神……気配はこれまでの者共と全く違う……そして何より治癒中に魔力の一切を感じなかった……っ!疑い、否定するのは容易だ。だが目の前でその力の一端見て、それでも納得もせず、否定するのは俺の矜持に関わる。……問題はこの女が本当にスリーシャに害を与えないかということ……しかし、スリーシャはもう……。俺には傷を治す術が一切無い…………クソッッ!!

 

 

 

 リュウデリアにはもう後が残されていなかった。これ見よがしに必要な時に必要な力を持った存在が現れ、スリーシャの傷を治すという。これ程上手くて都合の良い話が他に有るだろうか。いいや、有るわけが無い。世界はそこまで上手く出来てはいない。リュウデリアは訝しみながら、選択肢を与えられているようで、脅迫されていることに歯噛みした。

 

 その場から一歩も動かず、リュウデリアの事を真っ直ぐ見つめている彼女から目を離し、スリーシャの方を見る。先よりも更に呼吸が浅くなっていた。もう今まさに事切れようとしている。もう一度オリヴィアの方を見る。彼女は目を離している間もその場から微動だにせず、薄く微笑みながら決まり切った答えを待ってた。

 

 リュウデリアは自身の恩人の為に、背中を曲げて頭を下げた。もう頼れるのはオリヴィアのみ。そして最低限度の礼節を重んじる。リュウデリアは生まれて初めて、他者に頭を下げたのだ。

 

 

 

「──────頼む。()()()()対価は払う。故にスリーシャを……俺の母の傷を治してくれ……この通りだ」

 

「……分かった。引き受けよう」

 

「……だがこれだけは言っておく──────怪しい行動一つでもしてみろ、俺は一言掛ける事無く、お前を殺す。この世から消してやる。何処へ逃げようとも必ず見つけ出して、惨たらしく惨苦に殺す」

 

「──────構わない。私は私の目的有っての行動。態々無駄なことはしない」

 

 

 

 薄く浮かべていた微笑みを消し、真剣な表情でリュウデリアを見返す。その気配に嘘は無く、心からスリーシャを助けようとしてくれていた。しかしそれでもリュウデリアは信じ切る事は無い。会ったばかりの者に全幅の信頼を置くなんてお人好しのことを、リュウデリアには出来ない。出来ようはずも無い。

 

 大樹の根元に寝かされているスリーシャの元まで近寄ったオリヴィアはしゃがみ込み、両手を翳す。その様子をリュウデリアは後ろから右手を魔力で覆いながら観察していた。翳されたオリヴィアの両手から純白の光が放たれる。淡く優しい包み込むような純白の光はスリーシャを照らし、傷が無い所を見つける方が難しい、痛々しい体の傷を治癒し始めた。

 

 浅く擦れた傷から、肉を深くまで抉られた傷まで、純白の光は治していった。みるみると傷は無くなっていき、スリーシャの体は見違えるように綺麗になった。どこからどう見ても傷一つ無い、リュウデリアの記憶にあるスリーシャの姿だった。

 

 優れた聴力で、スリーシャの息遣いが元の健康な状態のそれとなり、顔色も優れたのを確認して安堵の溜め息を溢した。心臓も正常に動いている。先程までの死にかけの状態が嘘のようだった。心なしか表情も柔らかなものとなり、それが更にリュウデリアの安心感を強くさせる。因みにであるが、此処へ置いてきた傷だらけの小さな精霊の傷も治癒してもらい、回復して眠っている。

 

 スリーシャのことはもう安心して良い。だが話はここで終わった訳ではない。スリーシャの命を助けたのは他でもない、オリヴィアである。そしてそのオリヴィアは目的があってリュウデリアの前に現れ、スリーシャを助けると申し出た。これ以上無いタイミング。これ以上無い状況。これ以上無い治癒の力。これで無償だと言われた暁には、リュウデリアは生物そのものの理解を放棄することだろう。

 

 穏やかな表情で静かに眠るスリーシャを少しだけ見届け、オリヴィアは立ち上がってリュウデリアの事を見た。浮かべられる薄い微笑みにはまるで、約束通り治したぞ……と、言外に語っているようだった。彼は頭の中で、解っていると諦観の念を抱きながら、オリヴィアに話を聞いた。

 

 

 

「……それで、女神オリヴィアとやら。お前は俺に何を求める。スリーシャの命を救い、このリュウデリア・ルイン・アルマデュラに何を望む」

 

「クスクス……。そう警戒してくれるな。私がお前に求めるのはたった一つ──────私をお前の傍に置いてくれ。期限は今のところ考えていない」

 

「……?お前の目的というのはそれだけか?俺の鱗や心臓や血を求めるのではないのか……?」

 

「……?それこそ何故だ。私はお前の傍に居たいだけだ。お前の傍で、お前の行動一つ一つを観察し、共に流れる時間を噛み締める。それが私の望みだ」

 

「……要領を得んな。しかし、それがお前の望みだというならば、俺に否は無い。だが、謂わばお前は突然現れた未知の存在だ。傍に居る事を許そうと、警戒を解くことはない。それは頭に入れておくが良い」

 

「ふむ。まあ、そこは追々解きほぐしていくとして……では、よろしく頼むぞ。純黒の龍、リュウデリア・ルイン・アルマデュラ」

 

「……あぁ。よろしく頼む、治癒の女神オリヴィア」

 

 

 

 こうして奇しくも、女神であるオリヴィアと、純黒の龍であるリュウデリアは、共に居ることとなった。リュウデリアはオリヴィアが何故自身の傍に居る事を願ったのか、毛ほども理解していない。いや、理解していないというよりも、理解出来ないのだ。最強の種族である龍の鱗や心臓、体中を流れる真っ赤な血潮は尋常では無い価値を有する。それが例え人間やその他の種族達のように、金による等価交換の習慣が無い神であろうと、同じ筈だ。

 

 もしかしたら、高位な存在である神にとっては龍の肉体の一部よりも価値が有るものが存在するかも知れない。いや、そもそも全てが全て、龍の素材を至上としていると一様には言えないのだが、それでも貴重な事には変わりない。

 

 だがオリヴィアはそんなことは一切求めず、利益になるのかすら解らない、リュウデリアの傍に居るだけという望みを口にした。迷いは感じられなかった。恐らく最初から決めていたことを、ただ口に出しただけなのだろう。故にリュウデリアは不可解だった。リュウデリアはオリヴィアとは初対面である。これまでの100年余りの人生の中で、言葉を交わしたことも無ければ、一目見たことも無い。

 

 リュウデリアは疑問の残る思考をしながら、オリヴィアの事を見た。オリヴィアはリュウデリアが見ていることに気が付いたのか視線を合わせ、美しい限りの顔で優しく微笑んできた。リュウデリアは目を細め、鼻を鳴らして視線を逸らし、傷が無くなって綺麗になったスリーシャを魔力操作で浮かび上がらせて自身の近くに連れて来た。

 

 スリーシャを浮かび上がらせたまま、人間の放った火で燃えていない所から大量の枯れ葉と大きな葉を魔力操作で引き寄せ、簡易的なベッドを作成。その上にゆっくりとスリーシャを降ろした。身体的な傷は無くなっても、魔力を奪われた時の疲労や甚振られた時の疲労も重なって精神的に疲れている筈。だからスリーシャが自然と目を覚ますまで待とうとしている。

 

 簡易的なベッドの上で眠るスリーシャの健康状態を、瞳に魔法陣を描いて確認してから巨大な体で円形に囲い、大きな翼で蓋をした。これで何者もスリーシャを傷付けることは出来なくなった。仮にスリーシャを害するつもりならば、スリーシャを囲っているリュウデリアを相手にしなければならない。完全で完璧な防壁である。

 

 スリーシャを護るために己の身を壁にして丸くなっているリュウデリアを見つめながら、オリヴィアは近くの切株に腰を掛け、膝に肘をついてから手に顎を載せて静かにしていた。特に何かをするわけでは無く、ただ丸くなってジッと動かないリュウデリアの純黒の鱗を見つめていた。

 

 

 

「……艶々だ」

 

「……………………。」

 

「混じり気の無い完璧な黒。ここまで美しく突き詰めた黒は初めて見た。……とても硬そうだ」

 

「……………………。」

 

「──────すっごく触りたい」

 

「勝手に触れたら殺すぞ」

 

「………………………………………………解った」

 

「間が長いわ愚か者」

 

 

 

 特にこれといった会話はなかったが、時折オリヴィアがリュウデリアに話し掛け、リュウデリアが渋々と答えるという会話は行われていた。まだまだ会ったばかりの両者である。取引の内容があるためオリヴィアが傍に居る事は特に何とも思っていないが、オリヴィアはリュウデリアとどういう会話をすればいいのか思案しているようだった。

 

 ただそれでも、ちょっとしたリュウデリアとの会話をする度、少し嬉しそうにしているオリヴィアに、良く解らない奴だと彼は心の中で溢していた。まるで会話を楽しんでいるように思えるオリヴィアだが、それは無いだろうと判断する。会ったばかりの者に対し、そこまで好意的に接せられる理由が無いという、至極真っ当な理由を抱いているからだ。

 

 

 

「しゃりっ……近くに果物があったぞ。食べるか?」

 

「……要らん」

 

「ふむ、そうか……分かった。……しゃりっ」

 

 

 

 ずっと視線を感じていたが、その視線が途切れ、オリヴィアが何処かへ行ったかと思うと、割と直ぐに帰ってきた。その手に幾つかの果物を持って。果物を採りに行く前に腰掛けていた切株に再び腰を下ろし、膝の上に果物を置いた。

 

 幾つかの果物の中から林檎を一つ手に取ると、汚れがないか確認してから齧り付いた。しゃりしゃりといい音を立てながら食べ、神とも謂われる存在もモノを食べるのだな……と、神の事について一つ知ると、オリヴィアはリュウデリアに別の果物を差し出しながら要るか聞いてきた。

 

 傍に居る事を許しても警戒を解いていないリュウデリアは、もし仮に何かを果物に混入されている場合も考え、要らないと返答した。極論を言ってしまえば、そこらにあるような毒程度では龍を殺すことなど以ての外で、龍は強靭な胃と胃液を持っている。それ故に別に食べても問題無いのだが、リュウデリア的にはまだ素性の知らない者から何かを受け取るつもりは毛頭無かった。

 

 拒否されたオリヴィアは特に責める様子も、残念がるような様子も無く、食べかけの林檎を食べ進めた。焦ることもなくゆっくりと林檎を完食したオリヴィアは、別の果物も食べていく。リュウデリアの呼吸とオリヴィアの呼吸、そして果物を咀嚼する音だけが聞こえる。そしてそれから少しすると、オリヴィアはふぅ……と、一息を入れた。膝の上にあった果物はすっかり無くなっている。そしてどうやら、丁度腹もいっぱいになったようだった。

 

 食べ終えたオリヴィアはまたリュウデリアの事を見ていた。見ていてつまらなくは無いのかと思ってしまうほど、オリヴィアはリュウデリアの事を見続けた。そうして時間が経っていくと、雨雲が掛かってきて、ぽつぽつと雨が降り始めた。リュウデリアは雨に濡れようが関係無いので気にしていないのだが、それよりも気になるのはオリヴィアのことだった。

 

 雨が降っているにも拘わらず、オリヴィアは切株に腰掛けたままその場から動こうとしなかった。雨に濡れて髪が額や頬に張り付き、来ている服も濡れて肌が透けている。最早服の意味を為していない様子に、リュウデリアは訝しんだ。雨を凌げる場所に移動すれば良いだけだというのに、そこから動こうとしないのだ。だがリュウデリアには関係の無いこと。

 

 何かの気配だったり魔力を感知したり、オリヴィアが動いたりすれば直ぐに目を覚ます浅い眠りに入ったリュウデリア。その様子を見ながら、オリヴィアは雨が強くなろうとその場から動かなかった。そしてそれはリュウデリアが1時間で目を覚ました時にも続いていた。起きたリュウデリアは溜め息を溢しながら、スリーシャを覆っている翼とは別のもう一方の翼を伸ばし、オリヴィアの上に翳して雨を凌ぐ傘を作った。

 

 

 

「……驚いた。まさかお前が私のために雨除けをしてくれるとは……」

 

「目の前で雨に打たれているのを見ていると寝覚めが悪いだけだ。そもそも何故お前は雨の凌げる場所に行かん。着ている物もずぶ濡れではないか」

 

「……そうだな、強いて言うならば……雨に濡れていようともお前を見ていたかった。それだけだ。それ以外には特に理由は無い」

 

「……下らん」

 

 

 

 薄く微笑まれながら言われても、リュウデリアは興味なさそうに目を閉じてしまった。オリヴィアは濡れた髪を耳に掛けながら、少し嬉しそうに微笑みかけた。

 

 こうした小さなやり取りをしながら時が過ぎ去っていき、3日目、スリーシャが目を覚ました。いつ頃起きるのか大体の予想を立てていたリュウデリアは、それでもちゃんとスリーシャが目を覚ましてくれたことに、内心ほっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────という訳で、私はリュウデリアの傍に居るんだ」

 

「……成る程。分かりました。そして重ねてありがとうございます。お陰で命を繋ぎ止める事が出来ました」

 

「……ふむ。私は既にお前からの礼の気持ちは貰った。ならばお前が礼を口にする相手は私ではないはずだ」

 

 

 

 スリーシャが眠っている間に何が有ったのか、それをオリヴィアの口から訊くと、もう一度頭を下げてお礼の言葉を口にした。しかしオリヴィアはそのお礼の言葉を受け取らなかった。そしてオリヴィアに言われてハッとする。

 

 起きて直ぐに女神が目の前に居ることに驚いて肝心なことを忘れてしまっていた。なんと罰当たりなのだろうと、恥ずかしい気持ちや申し訳なさを抱きながら、スリーシャは体の向きを変えた。

 

 前にはリュウデリアが居る。最後に会った時よりもずっとずっと大きくなって強くなったリュウデリア。冷たく冷酷な面がある事を知っているから、例え自身が人間に捕まったとしても、弱いのが悪いと言って切り捨てると思ったのに、人間の3つの国に攻め込んで、滅ぼして回るという危険な行為までして助けてくれた恩龍。

 

 お礼の言葉が遅くなった事に対する申し訳なさと、態々助けに来てくれた事に嬉しさにより、目の端に涙を溜めながら、深く……深く頭を下げて精一杯の気持ちを届けた。

 

 

 

「リュウデリア、危険を顧みず助けてくれて本当に……っ本当にありがとうございました。これであなたに助けてもらったのは2度目ですね。あなたのお陰で助かりました。……なのにお礼の言葉が遅くなってしまってごめんなさい」

 

「構わん。そもそもお前の他の精霊は間に合わなかった。小さな精霊が知らせに来なければお前のことも間に合わなかっただろう。故に過度な謝礼は要らん」

 

「……分かりました。けど覚えておいて下さいね。例えあなたが私からの気持ちを頑なに受け取らないとしても、私はあなたにこれ以上無いほど感謝しています」

 

「……ふん」

 

 

 

 目の端に涙を溜めながら優しい笑みを浮かべてお礼を口にするスリーシャに、リュウデリアは鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。それが彼なりの照れ隠しなのだと解っているスリーシャは、クスクスと笑った。彼等のやり取りを見ていたオリヴィアも、満足そうに頷いていた。

 

 全てをという訳ではないが、奪われたものを奪い返し、和やかな空気の中に小さな物体が飛んできてスリーシャにぶつかった。飛んできたのはリュウデリアにスリーシャ達の危機であることを知らせに来てくれた、小さな精霊だった。

 

 実はスリーシャの傷を治してもらった後、傷だらけだった小さな精霊の傷も治癒してもらっていたのだ。スリーシャが目覚めるまでの3日間は、人間に荒らされ、燃やされた森の現状を把握し、捕らえられていない仲間が他に居ないか、生存確認の為に奔走していた。そしてたった今、その一仕事が終わって此処へ戻ってきたのである。

 

 

 

「おかあさんっ!ぶじでよかったよぉっ!!」

 

「私は無事よ。それにあなたがリュウデリアをつれて来てくれたのでしょう?大変だったわよね。本当にありがとう」

 

「んーん!だって、わたしにはそれしかできなかったから…っ!それにわたしがおそかったから……っ!ほかのみんなが……っ!」

 

「いいの、いいのよ。大丈夫。あなたの所為じゃないわ。だからほら、泣かないで。あなたはとっても頑張ったわ。ありがとう。本当にありがとう」

 

「うぅっ……ぐずっ……」

 

 

 

「……スリーシャ達が生きているのも、お前の治癒のお陰だ。改めて感謝する」

 

「確かに私の治癒の力も有るだろうが、大元はお前が人間の国から救い出したからだろう。だから私とお前の力によるものだ」

 

「……そうか」

 

 

 

 抱き締め合う小さな精霊とスリーシャを見ながら、リュウデリアとオリヴィアは静かに会話する。後少し遅ければこの光景も実現出来なかった。そしてこの光景を作り出せたのは、勇気ある小さな精霊、何者にも敗けないリュウデリアと、治癒の奇跡を生み出したオリヴィアの力にだ。

 

 こうして、醜い人間の欲望と、最強の種族である龍の戦いは幕を降ろした。全てを取り戻せた訳では無い。溢れ落ちた命が山とある。それでも、助かった命がある。失ったものばかりに目を向けず、助かった命と前を向いていく。

 

 

 

 

 

 

 だが……安心するのはまだ早い。この戦いなんぞまだ序章に過ぎない。世界にはありとあらゆる戦いに満ちているのだから。

 

 

 

 

 

 

 最強の種族……龍に生まれた黒龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラは、これからどのような戦いを繰り広げ、どのような日常を送っていくのか。それは誰にも解らない。故に見届けよう。彼の黒龍の織り成す日常や非日常を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは純黒なる龍の、龍による龍の為の、最強の種族の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2章
第10話  強き人間の子



この作品は『カクヨム』で投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 少年は全身傷だらけの姿で正面に居る、とある存在に剣を構えていた。相手のとある存在というのは、少年の修行をつけてくれている父親ではない。村に攻め込んできた賊でもなければ、自身に何故か目をつけてきた格上の人間でも、人間より優れた力を持っている他種族でもない。

 

 少年が相手にしているのは、龍だった。御伽話にも出て来る伝説の存在。その力は、たった一体で国をも滅ぼすと謳われている、絶対強者である。少年は己の力を過信しすぎた。過信しすぎた故に今こうして窮地に立たされているのだ。仲間が居た。こんな自分に優しく語り掛けてくれる、大切な友人であり、仲間が。

 

 だが今はもう居ない。大切な友人である仲間達は、もう笑いながら話し掛けてくれる事は、二度と無い。温かい光を持った瞳は、白く光を失い、自身の手を握って引っ張ってくれたあの手は、冷たくなって固くなってしまった。もうどうしようも無い。今失ってしまったものは、これから先、冗談一つ言い合うことすら出来ない。

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……なん……でッ……何でこんな事に……ッ!!」

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 少年は震える手で……いや、全身を恐怖で震わせながら剣を強く握り、必死に自身を鼓舞して相手の龍に剣の切っ先を向けている。少しでも気を抜くと逃げ出しそうで、死んでしまった仲間達に背を向けてしまいそうで、自身が情け無くて仕方なかった。

 

 奥歯を噛み締めながら体内に内包する、その歳にしては有り得ない膨大な魔力を練り上げて魔法を発動し、魂の雄叫びを響き渡らせながら向かっていく、純黒の鱗を持つ……黒龍へと。

 

 少年は駆けながら走馬燈のように、自身の送ってきた14年間の人生を思い返した。普通には経験できない、特殊な人生を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぎゃあ……っ!おぎゃあ……っ!おぎゃあ……っ!」

 

「おーよしよし。元気な男の子だねー」

 

「生まれた……ッ!元気に生まれたぞレミィ!!」

 

「はぁっ…!はぁっ…!私達の……赤ちゃん……っ!」

 

「いやー、この子の魔力とんでもない量だね。あたしは既にこの子の将来が楽しみだよ」

 

 

 

 ──────うわっ…!何だこれ、どういう状況?え、俺赤ん坊になってる!?……あれ?もしかして俺……異世界に転生してる!?

 

 

 

 とある村に住む若い夫婦の間に、新たな命が誕生した。生まれた赤ん坊は母親の女性の胎内に居る時から膨大な魔力を持っており、村の中で魔力を内包する者達は、お腹から感じる魔力に驚きながら、早く生まれるといいな……と、祝福してくれていた。

 

 月に二、三度やって来る商人から必要な物を買い、それ以外では自給自足をしてやりくりをしていたその村は、住人がみんな温かい人達で、元々冒険者だった赤ん坊の両親は、その温かさを気に入ってこの村に移住することを決めたのだ。

 

 移り住んで2年と少しが経ち、生活にも慣れて来た頃に子宝にも恵まれ、何の危機も無く無事に出産された。赤ん坊の両親で夫のガレスとレミィは、我が子の誕生に涙を流しながら喜び合っていた。だがその一方で、愛しい者を見る視線を一身に浴びている赤ん坊……アレクは、普通では考えられない思考をしていた。

 

 

 

 ──────えっ!?俺本当に異世界に転生したのか……っ!?よっしゃーーっ!!これってあれだろ!?ラノベとかにあるチート持ちで異世界無双するやつだろ!?勝ったぜ俺の人生っ!!

 

 

 

 生まれて間もないというのに、まるで普通の男性のような思考回路をし、表では泣きつつ、心の中でこの世界に生まれ落ちた事に対して嬉々としていた。生んでくれた母親のレミィの元へ連れて行かれたアレクは、頭を撫でられたり、手を優しく握られたりしながら眠った演技をしつつ、これからの事について考え始めた。

 

 アレクは所謂、前世の記憶持ちの転生者である。前世は25歳で何時の間にかその世を去っていた。中学生から高校卒業まで陰キャボッチで、何の才能も無く、学歴も並程度だった。高校在学中の就職活動には成功し、いざ社会人として働き始めたと思えば、職場が合わず直ぐに退職。それからは両親に就職はどうするのだと小言を言われながらニートをしていた。

 

 寝て起きたら何時の間にか転生していたアレクは、前世に両親を置いてきてしまった事に少しの罪悪感を抱くものの、転生するまでずっと就職の話をされて鬱陶しいと思っていたところなので、前は前、今は今の人生だと開き直った。

 

 眠っている演技をしながら考える。此処は自身が居た世界とは全く違う異世界である。そして先程赤ん坊の自身を母親の女性であるレミィと、自身を取り上げてくれた妙齢の女性が言っていた事は解らないが、体内に感じる凄まじいナニカから察するに、異世界らしく世界には魔力があり、自身は見事これ見よがしに魔力を持って生まれたようである。

 

 ならば小さい内からやることは一つ。ニートだった前世の時に読み漁ったラノベの転生主人公のように、小さい内から修行して強くなる。先ずはそこだった。そこさえクリアしてしまえば、後の人生の流れは緩やかなものだろう。努力を怠るつもりはないが、人の上に立って魔法や魔術無双をしてみたい。それがアレクの目下の目標だった。

 

 

 

 ──────よし。やってやるぞっ!俺の人生はここからなんだっ!!

 

 

 

 眠った演技をしながら、心の中で気合いを入れた。今度こそ、今度こそは素晴らしき人生を送るために。そうして数日の時が過ぎた。やるならば最初から全力で。赤ん坊の内はまだ歩くことが出来ない。なので出来ることは自然と限られてくる。故に今やれる事といえば、この世界にしかなく、前世には無かった魔力の操作技術向上である。

 

 魔力とは、簡単に言ってしまえばその人の持つ特別な生命エネルギーのこと。無論この世には持って生まれなかった者達も居るのだが、そういった人達とは別に存在するエネルギーのことだ。魔力は魔法を使用される時などに使われる。魔法陣を描いて魔力を流し込み、魔法を行使する。

 

 唯魔法陣に魔力を流し込むだけなのに、果たして魔力操作技術は必要なのかと言われれば、必要であると答えよう。その根拠とは、魔力による身体能力の向上である。魔力を体に纏わせて身体能力を上げたり、攻撃力を上げたり、魔力を纏った攻撃の防御も行う事が出来る。未熟であると、纏わせていてもムラが出てしまったり、ちょっとした拍子に纏わせた魔力を霧散させてしまうことだって有り得る。

 

 それが戦闘中ともなれば、その一瞬は致命的なものになると言えよう。故に魔力操作技術は必要なのである。因みにではあるが、魔法陣も魔力で構築されている為、操作技術が無いと魔法を行使すること自体が遅くなってしまい、結果戦いの勝敗を別けてしまう。まあ、魔力の操作技術が高くて損をする事は無いと考えればいい。

 

 アレクの父親であるガレスは、元々冒険者という事もあって腕っ節に自信があるので、村の外へ出て動物や魔物を狩りに出掛けていった。一家の大黒柱らしく仕事である。その間アレクの母親のレミィは家事全般の仕事である。今は洗濯物を洗っているので、アレクを見ている者は居ない。だが少し声を上げれば直ぐに駆け付けられる所にレミィは居るので、そう大きな音を立てる事は出来ない。

 

 

 

 ──────……よし。魔力のコントロールの練習をするなら今だな。まずは……この掛け布団を浮かせてみよう。

 

 

 

 生まれて数日もすれば体内に魔力と思われる力の輪郭が確り解るようになった。慣れない魔力を使い、自身の体に掛かっている布団を動かしてみる。上を捲って掛け布団から体を出し、今度は真上に向かって浮かせてみる。するとゆっくりとだが掛け布団は宙へと浮かび、下に降ろすように操作すれば、ゆっくりと下に降りてきた。アレクは感動する。今この瞬間、夢にまで見たラノベの世界の魔力を使っているのだと。

 

 だが感動ばかりしてもいられない。レミィは布団を洗っているが、洗い終わって干してしまえば、今度は家の中の家事に移ってしまう。そうなればおいそれとは魔力の操作技術向上の練習が出来なくなってしまう。

 

 アレクは両親に魔力の練習がバレないようにしている。というのも、まだ生まれて数ヶ月の赤ん坊がまるで魔力の練習をしているような光景を見せれば怪しまれてしまうし、気味悪がられるかも知れないからだ。それに、練習してある程度の技術を会得してから、こんな事が出来るんだと見せて驚かせてみたいとも思っている。なので今は色んな理由が有って秘密裏に練習しているのである。

 

 感動しつつ練習する事1時間程。アレクはレミィが家の中に入ってくるまでの間に、掛け布団を上下の移動から円を描く浮遊。そして鳥が飛んでいるが如く、部屋の中で自由自在に掛け布団を動かす事に成功した。たった1時間で赤ん坊が会得したとは思えない技術を手に入れたアレクは、自身の力を客観的に見て魔法に対する才能があると感じた。

 

 これは異世界チートの線が濃くなってきた……と、密かにテンションを上げるアレク。それから足腰が強くなって歩けるようになり、走って遊べるようになるまで、密かに魔力の操作技術向上を謀った。時には見付かりそうになりながらも、子供の体と無邪気さを利用して惚けたり、偶然出来たと嘘をついてやり過ごした。

 

 そうして日常を送ること6年。前世とは違う言葉も文字も学び、少しずつ体も成長してきた事も有り、アレクは父のガレスに剣を教えて欲しいと頼み込んだ。ガレスは魔物を狩る時に剣を使う。というより、冒険者時代から剣しか使った事が無いので、逆を言えば剣しか使えないのだ。後は魔法も使えるが、これは主に身体能力の強化である。

 

 最初はまだ子供のアレクに剣は早いだろうと思っていたガレスだったが、アレクが父のように強くなりたいからと言ってお願いすると、無下にも出来ず教えることにした。自身のように強くなりたいからと言われて嬉しさの余り、即答した訳では無い。決して。自身の子供が可愛くて仕方ない訳でも無い。決して。

 

 

 

「よォしアレク。父さんが剣の使い方を教えてやる。ちゃんと聞くんだぞー?」

 

「うん!わかった!」

 

「じゃあ最初は剣の持ち方と足の使い方だな。まずはこうして持って──────」

 

 

 

 ガレス指導の下、アレクは初めての剣を握った。真剣でもなく、刃を潰した模造品でもない、木で剣らしい形に作られた木剣なのだが、前世が陰キャのぼっちで、修学旅行で木刀をその場のノリで買ってみるという事も無かった。それに部活はやらず帰宅部だった事もあって、転生するまで木刀に触れたことすら無かったのだ。

 

 新鮮な気持ちで木剣の握り方と、立ち方を教えて貰ったアレクは、その場で素振りを開始した。剣を使っているガレスの息子という事あって、素振りは既に様になっていて、ガレスは少し驚きながらも満足そうに頷いていた。動きのキレは悪くない。寧ろ良い。流石は我が息子だと、少し親バカな事を考えながらガレスは、自身と打ち合ってみようと提案した。

 

 

 

「えっ!?いいの?父さん!」

 

「良いぞ。アレクが一生懸命剣を振っているのを見ていたら、父さんもやりたくなった。それに実践形式も中々馬鹿に出来ん。アレクは将来すっごく強くなるぞ!」

 

「へへっ。よーし!父さんから一本とってやる!」

 

「はっはっは!父さんは強いから、泣いちゃダメだぞー?」

 

「ふふーん!俺は強いから泣かないもん!」

 

 

 

 アレクから少し距離を取って、自身の身長に合わせた鍛練用の木剣を右手で握り、左手で何時でも来いというジェスチャーをした。それを見てから、アレクはその場から駆け出す。その時にガレスは瞠目する。アレクの初速が異様に速かったからだ。普通の子供程度の速度で駆けてくるのかと思いきや、猪のような四足獣の速度で向かってきたのだ。

 

 剣術なんてものは何も知らない。精々今先程教えて貰った剣の握り方と、素振りするときの足の置き場くらいなものだ。故にガレスに向かって木剣を振り上げる動作はまだまだ初心者のそれ。振るときのキレが良かろうと、所詮は握って数分のものだ。

 

 子供らしく直線的に向かってきて木剣を振り下ろす。向かってくる初速の速度に驚きながらも、振り下ろされる木剣を余裕を持って受け止めた。後にガレスは受け止める時、両手を使うべきだったと語っている。その理由は、右手のみで受け止めるには重すぎる一撃だったからだ。短時間に2度目の瞠目。受け止めきれないと判断すると、かち合ったアレクの木剣を逸らして凌ぎ、逸らされたことで下から斬り上げてくる木剣を後方へ下がって避ける。

 

 前髪を木剣の切っ先が撫でる。それを感じながら、今流れるように放ったアレクの二連撃について考えていた。まるで逸らされるのが解っていたかのような、流れる斬り返しだった。木剣を振り下ろし、完璧な逸らしをした。その後、まだ6歳の子供では振り回されるだろう重さの木剣を、地面すれすれの所で急停止させ、斬り上げた。とてもではないが、剣を握って数分の子供の動きと発想とは思えなかった。

 

 解りきっている筈なのに、生まれた時から6歳まで見てきているから当然の筈なのに、打ち合っている相手が6歳の子供なんて優しいものではなく、腕に多少の覚えがある剣士と打ち合っているようだった。ガレスは自然と笑みを浮かべ、冷や汗を一滴額に流した。アレクは将来、自身では考えつかないほどの強さを得るだろう。そう考えると末恐ろしいと思えるし、そんなアレクを是非とも見てみたいとも思った。

 

 だからこそ、こんな所で負けられる訳にはいかないのだ。アレクの才能は凄まじいものがある。神が、天が与えた類い稀なる才能の塊だろう。故に、今のアレクに必要なのは自身の力を全力でぶつけても越えられない、目標とすべき力を持つ壁だろう。

 

 ガレスはもっと愛する息子と剣をぶつけ合っていたいという名残惜しい気持ちをぐっと抑えながら、斬り上げて腹部が無防備となったアレクに急接近した。一度後方へと下がってから前に突っ込むという動作を一瞬の内に行ったガレスの動きは速く、アレクが迎撃のために木剣を戻すよりも早く、ガレスの木剣が殆ど寸止めに近い力加減でアレクの無防備な腹部を突いた。

 

 そしてガレスの木剣の切っ先は、虚空を突いた。驚きに固まることも許されず、ガレスは今出来る一番の動きで木剣を背後に滑らせ、ノールックの防御をした。何時の間にか、本当に何時の間にかアレクがガレスの背後に回り込み、木剣を振り下ろしていたのだ。見ずに木剣を受け止めたはいいが、とてもではないが息子の成長速度が天才の領域に収まるとは思えなかった。

 

 

 

 ──────我が息子ながら恐ろしい才能だ……。今の動きは何だ?一体どうやって俺の背後に回った?突いたと思ったら次には背後に居た。……まさか身体能力向上の魔法を使ったのか!?

 

 

 

 少し大人気ないと解りつつも、力加減した蹴りを背後に放った。何も触れなかったし感触が何も無かった事から、避けられたのだと悟り、背後へ向きを変える。そこには全身を魔力で薄く覆っているアレクの姿があった。魔法で強化したのではない。魔力で簡易的に身体能力を向上させていたのだ。だが逆を言えば、魔法ではなく魔力だけでガレスの事を出し抜いた事になる。

 

 向きを変えたガレスに何時でも突っ込めるように腰を低くして木剣を正面に構えている。まだまだやる気に満ち溢れている、爛々とした目をしたアレクに申し訳ないと思いながら、打ち合いはここまでにしようと提案した。それを聞いたアレクは少しだけ残念そうにした後に木剣の切っ先を下に降ろした。

 

 ガレスはやっと深呼吸が出来る……と、アレクにバレない程度に静かに深呼吸をした。変に心臓が激しく脈を打っている。肉体的にはまだまだ疲れていないのだが、息子の新しい一面を発見した事で……というよりも、その新しい一面がとてもインパクトが大きいので、短時間で立て続けに見たことで精神的に疲れたのだ。

 

 

 

「……ふぅ。アレク、一つ聞いてもいいか?」

 

「うん!いいよ」

 

「その魔力の使い方は、誰かに教えてもらったのか?例えば母さんとかに……」

 

「……んーん?自分でだよ?……俺何かダメだった?」

 

「いや、大丈夫だぞ!いやー、アレクはすごいな!父さんはもうアレクの将来が楽しみだ!」

 

「俺ね、昔の父さんみたいに冒険者やりたい!冒険者やっていっぱい人のためになりたい!」

 

「……そうか。アレクがそう思うなら、父さんは応援するからな」

 

「ありがとう父さん!!」

 

 

 

 自身が昔、冒険者をやっていたと話せば、アレクが冒険者になりたいと言うのではないかとは、薄々思っていた。本来ならばアレクの父親として、危険な事はしないで欲しいと言うべきなのだろう。だがアレクが持つ力の一端を知った以上、おいそれとアレクの夢を否定する訳にはいかない。アレクが持つ力は、個人のために使うには強すぎるのだろう。人のために使い、人のためになる。そういう男になって欲しいと思い、応援すると言った。

 

 父親であると同時に1人の男でもある以上、吐いた唾は飲み込めない。応援すると言ったならば、最後まで応援しよう。自身の夢を応援してくれると肯定してくれたことに喜び、木剣を振り回しているアレクを見ながら優しく微笑んだ。

 

 微笑んでいるガレスとは別に、アレクは心の中で悔しそうにしていた。体がまだ出来上がってないので当然といえば当然なのだが、それでも最後の魔力による身体能力の強化での背面への回り込み、そして間髪入れずの振り下ろしは確実に入ったと思った。本来はまだ魔力の事については話すつもりはなかったが、つい打ち合いが楽しくて魔力を使ってしまった。

 

 ガレスは魔力を使っていない、持ち前の経験と身体能力のみでアレクと打ち合い、アレクは全力で打ち込み、魔力まで使った。それでも一本も取れなかった。だが戦いの中での魔力の使い方はもう覚えた。アレクは今度こそ一本取ってやると意気込みを込めて、手に持っている木剣を強く握り締めた。

 

 数年後、年端もいかない幼少だったアレクは少年へと成長し、内包する魔力も更に増大し、剣の腕前も一人前と認められた。そんなアレクは14歳となり、村を出て行くこととなった。冒険者となるために。

 

 

 

 

 

 才能に溢れた少年は冒険者となり、何を為すというのか。それを見つけるために、アレクは大きな一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 



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第11話  旅立ちの日

 

 

 

 晴れやかな日。出掛けるにはもってこいの天気と澄んだ空気。風も強くなく、心地良い加減で吹いている。何と素晴らしい日だろうか。旅立つと決めた日の天気が、こうも心地良いものだと世界から祝福されているように思えてしまう。

 

 とある村の住人だったアレクは、今日という日を以て村を出て行くのだ。小さな頃からの夢であった冒険者となるために。父親のガレスは元冒険者だった。冒険者として魔物を倒して生計を立て、母のレミィと出会って交際をし、ある程度の金を貯金したら冒険者を辞めてこの村へ引っ越してきた。だからか、アレクはよくガレスから冒険者時代の話を聞きたがった。

 

 小さな子供にとって、冒険者の送っている日常は煌びやかで冒険に溢れ、未知に囲まれた素晴らしいものなのだろう。実際、見たことも無いような魔物と戦ったり、珍しい植物を発見したり、時には命からがら逃げる事だってある。だがそれは普通に過ごしていれば起きない出来事ばかりだ。新たな出会いがあって、寂しく辛い別れもある。

 

 新しいに満ちたものが冒険者であり、そういった経験を積んでいく事によって一人前となり、大人になっていくのだ。その一歩をアレクは踏み出そうとしている。両親のガレスとレミィは勿論、アレクを見送るために村の入り口まで来ている。そしてその他にも、アレクを見送りに来てくれた村の人が大勢居た。

 

 

 

「アレク……もう行っちまうんだな……」

 

「アレクちゃんが生まれてもう14年か……」

 

「長いようで短いもんだねぇ」

 

「アレクにはほんっと、世話になったよ」

 

「寂しいもんだなぁ」

 

「みんな……」

 

 

 

 口々に別れを寂しそうに語る、お世話になった村人の人達。アレクは涙を流すまいと、堪えるようにして顔を歪ませた。村の人達には本当にお世話になった。村に移住してそう年月が経っていない夫婦の子供だからと、何かと良くしてくれた。外に出れば話し掛けてくれる。店に買い物に行けばおまけをして何かをくれたり、多く入れてくれたりした。

 

 魔力を持っている人に限っての話になるが、アレクが膨大な魔力を持っているということは知っているので、簡単な魔法を教えたり、魔法のことが書いてある魔道書のお下がりを無料で譲ってくれたりと、アレクにとってありがたいものだった。

 

 成長してからはアレクも日頃お世話になっているということもあり、魔物が畑を荒らすという問題を解決出来るように知恵を絞った。畑を囲うように杭を打ち込み、その杭に鉄の紐を巻き付けていく。そして先端を魔石に繋いで高圧電流を流すのだ。

 

 魔石に籠められた魔力が尽きれば、魔力を持っている人が魔力を補充すれば良いだけで、魔物が来るのを監視している必要は無くなるし、勝手に撃退してくれるので、身体的な負担も無い。この対魔物用の柵を作るだけで畑を持っている人達にはとても感謝されたものだ。被害が極端に減った事に喜ばれ、よく野菜などのお裾分けを貰うことがあった。

 

 骨格が出来上がって筋肉も更に付き始めた頃には、村を出て行く時の為に狩りの練習ということで、ガレスに付いていって動物を狩ったり、魔物を狩ったりしていた。最初は子供らしく怯えたり腰を抜かしたりするのだろうか……と、少し心配していたガレスだったが、杞憂に終わった。魔物を見つければ死角から接近して一撃で鎮める。

 

 素早い動きが特徴の魔物が相手だろうと、速度で負けること無く跡を付けて易々と捕まえる。体が大きい魔物も剣を一振りすれば豆腐を切ったように頭を落として仕留めてしまう。幼少の時から既にガレスと打ち合えたアレクが、今更低級の魔物程度に後れをとるわけがないか……と、考えすぎだった自身を納得させた。

 

 勿論、普通の子供ではこうはいかない。アレクの他にも小さな子供が村には居るが、試しに連れて行ってやってくれと子供の両親にお願いされて、絶対に傍から離れない事を条件に連れて行けば、魔物を見た途端に帰ろうと騒ぎ立てる程だ。普通の子供はそうだ。自身と同じくらいの獣が、こっちを見て今にも突っ込んできそうな剣呑な雰囲気を出していれば、好奇心よりも恐怖が勝って動けなくなってしまう。

 

 子供の両親は良い経験になると言って笑っていたが、ガレスは苦笑いだった。何故ならばアレクが同じくらいの年齢の時には、魔物に対して全く怯まず、寧ろ己の手で仕留めても良いかと聞いてきた位だ。幾ら実力があろうと、まだ早いのでやらせはしなかったが、アレクには戦いに関する才能はやはり凄まじいようで、自身の勘違いではないということが解り、少し誇らしい気持ちだった。

 

 アレクが強いというのは村の人々も知っていて、大きくなって出稼ぎに出て行った息子が居る村の人は、小さいのに大人になった息子よりも強いアレクに最初は驚いていた。ある程度の自身の身の安全を守れるように、男の子ならば必ず1回は狩りに行って魔物か動物を獲ってくるようにしている。

 

 魔物と言っても低級のものに限るので、冒険者のように強い魔物と戦える術を持っていなくても、剣を振れれば十分である。因みにであるが、魔物は食べられるものと食べられないものの2つが居るので、気を付けなく手はならない。食べられない魔物は素材にして商人が引き取って換金してくれるので、獲ってきて損をすることは無い。

 

 

 

「アレク。最初に何処へ向かうかは決めてるのか?」

 

「うん。とりあえず魔道具とか気になるし、()()()()()()()行こうかなって考えてるよ」

 

「あー、あそこか。あそこは魔道具を開発してる国だから魔道具に関してはもってこいだな」

 

「そんなにすごいの!?楽しみだなぁ」

 

「楽しみだからってはしゃぎ過ぎんなよ?」

 

「道中は商人が通っている道を使うにしても、魔物だって出るんだからな」

 

「勿論気を付けて行って来るよ!」

 

 

 

 村の人達はアレクの肩を叩きながら、別れを惜しみ、思い思いの言葉を掛けていく。アレクは村の人達にとっても自身の子供のように可愛がっていた。そんな子の巣立ちにはやはり、思うことがある。でも、アレクは小さい頃から冒険者になるんだと言って素振りをしていたり、ガレスに鍛えて貰ったりしていたことを知っているし、見ていたので、頑張ってこいとしか言えないのだ。

 

 そろそろ良い時間だろうということで、アレクの巣立ちの時間がやって来た。時々帰ってくるという事は知っていても寂しいので、アレクと握手をしたり、肩を組んで笑い合ったりしている。そしてここまで育ててくれたガレスとレミィの前までやって来て、誇らしそうに胸を張った。

 

 

 

「いってらっしゃい、アレク。気を付けるのよ。怪我したりしたら、母さん心配しちゃうからね」

 

「うん。分かったよ」

 

「アレク。お前は強い。まだまだ小さいお前だけど、この村でお前に敵う奴なんざ居ない。だからといって油断するなよ?この世界には強い奴なんていくらでも居るんだからな」

 

「分かった。危ないときは無理しないで直ぐに逃げるようにするよ」

 

「……良し。じゃあ、行って来い。偶には帰ってくるんだぞ」

 

「分かってる!」

 

 

 

 アレクはレミィに抱き締められて頭を撫でられてから、ガレスと拳を合わせて挨拶を終わらせた。荷物の入ったリュックを背負い、ガレスから餞別にと貰った剣を腰に差してあることを確認し、村の外に出て行った。

 

 狩りに出た時にも村の外へは行っている。別段見慣れない光景ではないというのに、村を出て行くとなると、急に何度も通った道が新鮮な感じがしてくる。まるで一度も通った事がないところを初めて歩み進めていくかのようだ。

 

 歩けば2、3日で着くという……それ程遠い旅路でもないというのに、気分は旅そのものである。深呼吸してから、後ろでアレクの名を叫びながら大きく手を振ってくれている村の人達や、ガレスとレミィに振り返って手を振り返した。次に帰ってくる日は何時になるだろう。村を出たばかりだというのに、もう帰ってくる日の事を考えている自身に苦笑いした。

 

 頬を手で叩いて気合いを入れると、意気揚々と商人が使う道を歩く。気持ちが高揚しているので、少し走ろうかと思ったその時、アレクの事を空から狙ってくる存在が現れた。龍の下位互換とされながら、それなりに高い討伐難易度とされるワイバーンである。体長は3メートル程。駆け出しの冒険者には厳しい相手である。

 

 アレクを見送っていた村の人達は騒然となる。ワイバーンなんて魔物はここら辺には居ない筈。それに何匹かで群れるので仲間が居る筈なのだが、見当たるのはアレクを狙うワイバーン一匹だけであるは。それから推測するに、このワイバーンは群れから離れて此処までやって来たのだろう。

 

 流石に相手がワイバーンともなると厳しいかも知れない。相手は空を飛んでいて、飛ぶ手段が無いアレクでは剣を振っても当たらないだろう。助太刀に向かおうとガレスが剣の柄を握り締めた時、上空から鋭い爪で狙ってくるワイバーンの方を見てすらいないアレクが、ガレスに向けて手を翳し、大丈夫というジェスチャーをした。

 

 ワイバーンは急降下してアレクを狙っている。風を切り、鋭い爪を備えた足を伸ばす。距離が縮まっていき、アレクに触れようとした瞬間、アレクはその場から忽然と姿を消していた。ワイバーンの一撃は虚空を掴んで空振り、もう一度上空に上がろうとした。だがワイバーンは上空に上がることは無く、地面へと叩き付けられた。

 

 何故、如何してと困惑しているワイバーンは、自身の翼にあった膜が斬り裂かれていることに気が付いた。膜が無ければ空気を掴んで浮かび上がる事が出来ない。飛んで獲物を上から狙うことも出来ない。地面に落とされた所為で、ワイバーンの厄介性の1つが消えた。

 

 ワイバーンに攻撃を受ける瞬間には姿を消していたアレクは、ワイバーンから離れた所に居た。村を護るような立ち位置。ワイバーンは自身の翼を傷付けて制空権を奪ったのはアレクだと解り、怒りの雄叫びを上げながら地面を蹴り上げ、猛烈な速度でアレクへと向かっていった。しかしアレクは焦らない。焦らず、ワイバーンに向けて手を翳し、魔力を練り上げて魔法陣を展開した。

 

 

 

「──────『飛ぶ炎の玉(ファイア・ボール)』」

 

「────────────ッ!?」

 

 

 

 撃ち放ったのは炎系魔法の最下級の魔法である。魔法陣から炎の玉が生み出され、走って寄ってくるワイバーンに向かって一直線に飛んでいった。何かが来るとは解っていたワイバーンだったのだが、アレクが生み出した炎の玉は異常の速度で飛んで行き、ワイバーンが避ける前に顔面へ直撃した。炎の玉は最下級の魔法なので、威力はそれ程高くはなく、殺傷性は無い。だがアレクが使うと化けるのだ。

 

 ワイバーンに炎の玉が着弾すると、大きな爆煙と爆発音を周囲一帯に響き渡らせながら爆発した。離れた所に居るというのに、踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうになっている村の人達は、皆で身を寄せ合って爆風に耐え、風が止んだら恐る恐る前を向いた。そこは黒い爆煙が広がり、晴れるとワイバーンの姿は無かった。

 

 あったのはワイバーンが立っていた所に空いた巨大な穴だった。最下級の魔法の威力とは思えない威力に、村の人達は口を限界まで開けて呆気に取られている。そんな村の人達の様子に疑問を覚えたアレクは、首を傾げていた。この程度のことで何で固まっているのだろう……と。

 

 

 

「「「えぇ────────────ッ!?」」」

 

 

 

「え?みんなどうしたの?俺なんかやっちゃった?」

 

「いやいや!?お前どんだけ魔力籠めたんだよ!?」

 

「普通そこまでの威力にならないから!」

 

「んー、そんなに魔力籠めてないよ?」

 

「はぁッ!?」

 

「あはは!まあワイバーン倒したし大丈夫だよ!じゃあみんな、行って来まーす!!」

 

 

 

 アレクは自身のやった事に今一良く理解していないのか、村の人達の反応を大袈裟だなと軽い気持ちで受け止め、再び目的地へと向かっていった。アレクの魔法の威力に冷や汗を流している村の人達は開いた口が塞がらない思いだ。確かにアレクには膨大な魔力が内包されているが、どうやったら最下級の魔法があのように大爆発をおこすというのか。

 

 何故そうなるのかと叫んだら、何でも無いように返してきた。若しかしたら日常生活に於いての常識はあるが、他を巻き添えにするからという理由で余り使わなかった魔法に関しては常識が無いのでは?と思い至る。外には強い魔物も居るだろうから心配していたが、何だかアレクの心配をしているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな村の人達である。

 

 

 

「……アレクは大丈夫かと、心配してたんだけどな」

 

「やっていけるのかと思ってたんだが……」

 

「まあ、アレクだしな」

 

「そうだな。アレクだし」

 

 

 

「「「……アレクだから大丈夫だろ!」」」

 

 

 

「……アレクに魔法に関しての常識教えるの忘れてた」

 

「大丈夫よ。なんたって私達の子だもの。何だかんだ上手くやるわ」

 

 

 

 ガレスはやってしまった……とでもいう言うように額を手で押さえて大きく溜め息を溢した。レミィは特に気にしていなそうで、アレクが元気に向かっていくのを嬉しそうに見て微笑んでいた。普通とは思えない、村育ちの普通の少年は進む。ルサトル王国を目指して。

 

 転生してからの14年間で力を付けた。魔物も魔法で一撃で倒せるようになった。魔力の操作技術もかなり上達し、魔力を限界まで使うことで魔力の総量を増やした。魔法もオリジナルで幾つか作ったし、剣の腕も村で一番強かったガレスに認められた。これでラノベの主人公のような無双に一歩近付いただろうと、アレクの気分は最高だった。

 

 

 

 

 

 アレクは気付かない。既に彼が言うラノベ主人公のような道を辿っているということを。そして知らない。それがこの世界で何処まで通じるのか……ということを。

 

 

 

 

 

 



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第12話  典型的な流れ

 

 

 

 アレクは商人などが通ってくる、周りに草が生えているのに、人が通る部分の土が露出しているという分かりやすい道を通っている。この道を道なりに進んでいくと、ルサトル王国があるのだ。月に3、4回訪れる商人が荷車を使うので、荷車を引く2頭の馬と護衛の人の足跡でその部分の草が枯れていき、今のような道が出来上がったのだ。

 

 道は開けた場所にあるので魔物が来れば直ぐに分かる。つまり魔物が近寄ってきて戦闘にならない限りは、悠々自適な旅が楽しめるのだ。商人の場合は移動する時に魔物に襲われる可能性があるから、冒険者に依頼をして護衛をしてもらうという事も有るが、他にもそういった商人の荷車を狙って襲ってくる盗賊の撃退などもある。

 

 話が逸れたが、要は何事も起きなければ無事にルサトル王国へ着くのだ。アレクは運が良いのか、村を出てから数時間経つが、魔物一匹すら出会っていない。彼は快晴な空の下、ルサトル王国へ着いたらまずどうしようかと考えながら歩っている。ルサトル王国には冒険者ギルドがある。それは知っているのだが、長旅の終着点である。美味しい物の1つや2つ食べてからにしたいと言っても罰は当たらないだろう。

 

 まあアレクの事なので、今はどうしようかと考えながらも、いざ着いてみれば冒険者ギルドへ直行するだろうことは窺い知れるというものだ。そして先の何も無ければ、普通に着くという話なのだが、そうもいかないようであった。アレクは聞こえたのだ。誰かが助けを求める声が。

 

 アレクは何も言わず、何も躊躇わず声のした方向へと駆け出した。アレクの走る速度は目にも止まらぬ速さで、走り出してから直ぐ、声の主が乗っているであろう荷車が見えた。それにプラスして走っている荷車に襲い掛かる魔物の姿も見えた。魔物は狼に似た姿をしており、毛皮が薄緑色で、森などの緑色が多い場所に生息しているグリーンウルフという魔物である。

 

 群れで行動するので獲物を見つけると集団で襲い掛かってくる。爪には毒を持っていて、食らうと痺れて動きが鈍くなったり、重症だと動けなくなってしまう。襲われればそれなりに厄介な魔物だ。

 

 

 

「──────おりゃあッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

「グルルルルルル………」

 

「──────ッ!?君は……!」

 

「そのまま走らせて下さい!魔物は俺がどうにかしますから!」

 

「わ、分かった!」

 

 

 

 走っている荷車に襲い掛かっているグリーンウルフに、あっという間に追い付いたアレクは腰に差した剣を引き抜いて、今にも荷車を引っ張っている馬に飛び掛かろうとしたグリーンウルフに斬り掛かった。父のガレスから餞別に貰った剣は切れ味が良く、グリーンウルフの胴体を易々と斬り裂いた。更に、薄く魔力を纏わせているので切れ味も上がり、グリーンウルフに深手を負わせた。

 

 悲鳴を上げて地面に倒れ込み、走っていた速度も相まって転がった。倒れたグリーンウルフは起き上がってくる事は無く、一撃で死んだということが分かった。仲間がやられたことに気が付いた残りのグリーンウルフ五匹は、荷車を襲うことをやめて、標的をアレクへと変えた。上手く誘導出来たと悟ったアレクは、その場で足を止めて剣を構える。

 

 グリーンウルフも足を止めてアレクに躙り寄り、五匹でアレクを囲うように円を描いて様子を見ている。腹を空かしているのだろう、唸り声をあげ、口からは大量の涎が垂れている。アレクを見る目は完全に獲物を狙ったそれであり、グリーンウルフから殺気が飛ばされている。

 

 逃げるつもりは毛頭無い。この場でこのグリーンウルフを逃がしてしまえば、また群れを作ってここら辺を通る荷車や人を襲いかねない。だが、一方のグリーンウルフとてアレクを逃がすつもりは無かった。久方振りの獲物なのだ。これ以上獲物を狩り損ねると、空腹に堪えきれず餓死してしまうだろう。

 

 ぐるぐるとアレクの周りを彷徨って機会を探る。アレクはグリーンウルフの殺気にも、円を描く動きにも惑わされず只管前を向いて剣を構えている。気配を読み取り、殺気を感じる。グリーンウルフが如何動いても直ぐに対応出来るように。

 

 

 

「…………──────ッ!!」

 

「──────そこだっ!」

 

 

 

 どちらも攻め込まず、静かな均衡を保っていたが、それはグリーンウルフによって崩壊した。空腹にもう堪えきれなくなったのだろう。涎を撒き散らし、アレクの背後から全速力で駆け出して飛び掛かり、毒のある爪で引っ掻こうとした。しかしアレクはその動きが解っていた。

 

 背後からのグリーンウルフの飛び掛かりに対し、振り向き様に剣を振り抜いた。交差するグリーンウルフとアレク。アレクの剣には血が付いており、グリーンウルフは着地することなく、そのまま地面へと倒れ込んだ。遅れて何かが落ちてくる。ごとりと音を立てながら落ちてきたのは、グリーンウルフの頭だった。アレクは擦れ違い様にグリーンウルフの首を両断したのだ。

 

 剣にこびり付いたグリーンウルフの血を振り払い、今度は左右同時に襲い掛かってくるグリーンウルフに対応した。挟み撃ちの攻撃である。左右から来ている以上、前か後ろかに逃げ道があるのだが、残念ながら残っているグリーンウルフは四匹。遅れて前と後ろから向かってきていた。ならばもう囲まれているのと同じである。グリーンウルフは今度こそ、人間を仕留められると思っていた。しかしそれは早計であった。

 

 左右のグリーンウルフから伸ばされる毒の爪が、触れようとした瞬間にアレクは上へと跳躍して左右からのグリーンウルフの攻撃を躱し、なんと空中からグリーンウルフの首を狙って剣を揮った。足場が無く、不安定な状態だというのにアレクはグリーンウルフの首を見事両断し、着地すると同時に飛び掛かって襲い掛かってきた前と後ろからのグリーンウルフには、魔法で土の壁を作り出した。

 

 

 

「──────『隆起する土の壁(マッド・シールド)』っ!」

 

「──────ッ!?」

 

「隙有りッ!!」

 

 

 

 目の前に、下から迫り出てきた土の壁が現れた事で顔から激突し、怯んでしまった。そこをアレクは突いた。土の壁を解除してグリーンウルフに接近し、体勢を崩している所を狙って剣を振り下ろして首を両断。残った最後の一匹は、仲間が全員やられてしまった事で臆してしまい、踵を返して逃げ去ろうとした。だがここで逃がせばまた襲い掛かってくる。

 

 腹を空かしていて、丁度そこに荷車を引いた馬が見えたので襲い掛かったのだろう。自然の中で生きているグリーンウルフに罪は無い。唯、狙う相手とタイミングが悪かったのだ。襲わず逃げているグリーンウルフに罪悪感を感じながら、その場で地面を強く踏み込んで弾丸のように飛び出し、振り返って駆け出そうとしたグリーンウルフの側面にやって来て首を刎ねた。

 

 ふぅ……と、アレクは息を吐き出して肩の力を抜き、抜いて剥き出しの剣を腰の鞘に納刀した。戦闘は終わった。周囲に他の魔物が居ない事は分かっている。魔物を狩るのは村に居た頃からやっていたので慣れたものだ。だが最後の一匹は後味が悪いと感じた。恐怖を抱き、生き延びようとしている魔物を、追い掛けて殺してしまったのだから。だからアレクは両手を合わせて黙祷を捧げた。この世界でたった1人しか知らない祈り方だったのであった。

 

 グリーンウルフに黙祷を捧げ終わったアレクは、馬車が走っていった方を見る。馬車はアレクが指示した通り走り去って行ったようだ。助けたのにお礼を言われていない……なんて不粋なことは思わない。寧ろ助けられて良かったと、心から思った。アレクは周囲に倒れているグリーンウルフの亡骸を見て、溜め息を吐いた。少しやることが出来たと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……っ!ここがルサトル王国かぁ……っ!」

 

 

 

 アレクは3日掛けて着いたルサトル王国を見て、見上げながら感嘆とした声を上げた。村に高い建物は無かったので見上げる程高い建造物が珍しく、いや、アレクの場合は久し振りに見たのだった。国を覆う防壁の役割をした壁も見た限り分厚く、頑丈そうだ。門も鋼鉄に造られていて、今は開いているが、閉めれば魔物からの侵入を防ぐことが出来るだろう。

 

 ルサトル王国に入国するには少しの金が要る。入国手数料というものだ。それさえ払えば入国することが出来る。移住するにはまた違う手数料と手続きが必要になってくるのだが、今回アレクは冒険者になる為に来たので移住ではなく、滞在となる。

 

 アレクは早速ルサトル王国の入り口前に来ている、入国するために順番待ちの列に並んだ。人を捌く速度は速いので直ぐにアレクの順番が回ってきた。立っている門番に持ち物検査をされ、問題が無いと言われて入国手数料を払い、許可証を受け取り、いざ中へ入ろうとした時、門番はアレクの顔を見て何かに気が付いたように待ったを掛けた。

 

 

 

「おい、お前ここ数日の間に荷車を魔物から助けたりしたか?」

 

「え?……はい。そういえば3日前に助けましたけど……」

 

「昨日ここへやって来た商人が、お前に似た特徴の少年に助けられたと言って、見つけたら報告するように頼まれている。少し待て」

 

「は、はい……」

 

 

 

 門番に待つように言われてしまい、ルサトル王国へ入ることが出来ない。仕方ないと諦めて、アレクはその場で待機する事にした。門番はまだこの国に滞在している、件のアレクが助けた商人を呼びに行っているのだろう。どれくらい掛かるのだろうかと、次々中へ入っていく他の人達の列を見ながらぼんやりとしていた。

 

 それから待つこと15分程。アレクは先程走って行った門番と、その横で一緒に走ってアレクの元へ向かってくる男性を見た。商人だろう男性はまだ若く、三十代位だろうか。駆け付けながらアレクを見て、安心したような表情をしたので、助けた商人というのは、この人物で間違いないのだろう。

 

 門番と一緒にやって来た商人の男は、アレクの前で止まって膝に手を置いて荒い息を鎮めている。呼吸が整った商人の男は、アレクの手を両手で取って固く握手をしながら頭を下げた。

 

 

 

「君だね!?あの時助けてくれたのは…っ!ありがとう、本当にありがとう!あの時君に助けてもらわなかったら、今頃私はここに居ないよ」

 

「あ、いえいえ。そんな大した事してませんし、偶然通りかかったところでしたから、あなたが助かって良かったです」

 

「本当に助かったよ。実はあの時、雇っていたC級冒険者がグリーンウルフの毒にやられていてね。君に助けてもらって先に行かせてもらってなかったら、冒険者の命も無かったんだ。是非私からお礼をさせて欲しい!」

 

「え、いやでも…お礼なんて……」

 

「いいから。ほらほら」

 

 

 

 商人の男はアレクの手を取って門を通り過ぎていった。許可証はもう門番から受け取っているので、問題は無いが、お礼なんて受け取ろうと思っていなかったので、些か困惑気味だ。偶然通りかかったところで襲われていたのを助けただけなのに……と言っているが、最初はアレクと荷車の距離は離れていた。唯アレクの聴力が凄まじいのと、駆け付ける速度が他の人達と一線を画していただけだ。

 

 ルサトル王国の中に入って、感慨に耽る余裕も無く、アレクは助けた商人の男の奢りて昼食を頂いた。食事を頼んで配膳して貰うまでの空きの時間にも、商人の男は改めてアレクにお礼を言った。そして自己紹介がまだだった事に気が付き、商人の男はケイトと名乗った。

 

 それから商人のケイトとアレクは話し合い、配膳された料理を共に食べて店から出て来た。アレクはその時に袋の中に入った10万Gを手渡された。この世で流通しているゴールドは、謂わば紙幣である。そしてその場で助けたにしては破格であり、受け取れないと固辞したのだが、命を助けてもらったのにこの程度出さなければ商人の名が廃ると言って、無理矢理アレクに持たせた。

 

 勿論、ケイトは感謝だけの為に金を渡したのではなく、これからも商人と客としてもよろしくお願いするという意味も込めて渡しているのだ。更に言うならば、グリーンウルフ六匹と戦って、見たところ無傷で倒して来たアレクを、今度の護衛に選ぶために唾をつけた……という事も有る。

 

 いつか護衛役を頼むと言われて、アレクとケイトはその場で別れた。ご飯をご馳走して貰ったのに、更には別で決して少なくないお金を貰ってしまった……と、独り言ちて冒険者ギルドへと向かっていった。

 

 

 

「……ここが冒険者ギルド──────『餓狼の鉤爪(ウルフ・クロー)』かぁ」

 

 

 

 人に道を尋ねながらやって来たのは、幼少の頃から入ろうと決めていた冒険者ギルドであった。ルサトル王国にあるのはウルフ・クローというギルドで、冒険者ギルドは冒険者組合をトップとして、あらゆる国に設置されており、一般人からの仕事の要請や、お偉い人の仕事等の、仕事の斡旋をしている。

 

 少し緊張しながら両開きの扉を開けて中へ入ると、冒険者ギルドに所属している者達が数多く居て、それぞれ話したり騒いだりしていた。そして冒険者達はアレクが入ってきた事に気が付く。扉から入ってきたのがまだ少年であると分かって、アレクを見ながらコソコソと話して厭らしい笑みを浮かべている。

 

 少し肩身が狭い思いをしながらギルドの中を進んでいき、受付カウンターまでやって来た。受付をしている女性は笑みを浮かべながら対応をしてくれる。

 

 

 

「初めまして。御用は何でしょうか?」

 

「あ、えっと……冒険者登録をしたいのですが」

 

「はい、冒険者登録ですね。では手数料として2000G頂きます」

 

「はい!」

 

「……はい、確認しました。冒険者についての説明を受けられますか?」

 

「あ、お願いします!」

 

「はい。承りました」

 

 

 

 アレクは冒険者のシステムについて余り知らないので、受付の女性の説明を聞くことにした。冒険者ギルドに登録すると、冒険者組合の方にも登録内容が明け渡され、ルサトル王国で登録しても、登録内容は冒険者ギルドが有る国ならば何処でも同じように仕事を斡旋して貰えるのだ。そして冒険者登録をすると、ランクが示されたタグを貰えるので、それを使えば一種の身分証明書になる。

 

 冒険者のランクは下からFと始まり、E・D・C・B・A・S・SS・SSSという風に階級で分別されている。一定の貢献度や活躍をすれば、そこのギルドを任されているギルドマスター判断の基、冒険者ランクが上げられていくということだ。そしてSSSランクというのは、『英雄』と云われる者達と同等の力を持っているとされ、冒険者ギルド最強の存在であり、大陸に数人しか居ないともされている。

 

 仕事はクエストボードから見つけ、必要ランクが記載されている依頼の紙を取って受付カウンターで受付をし、仕事を行うというものだ。仕事を一緒に行けるのは4人まで。但し別々のパーティーとして連携して行くのであれば、8人までは認められる。そしてギルド内での暴力沙汰は禁止されており、見つけ次第それ相応の処罰を用いる。

 

 一つ一つ丁寧に説明をしてくれたことにより、一度で把握する事が出来たアレクは、受付の女性に礼を言ってギルドについての説明は終わった。そして丁度、違う受付の女性が出来上がったアレクの冒険者としての証明書であるタグを持ってきた。

 

 タグは基本身に付けておき、提示を求められたり身分を証明したりする時に見せて欲しいと言われて頷きながら、Fと刻まれたタグを見つめて、首に掛けた。これでずっと夢だった冒険者になることが出来たのだ。さて、これから今日泊まる為の宿を探そうとしたところで、受付の女性から言い忘れていた事があると言われる。それは狩った魔物等の換金をする事が出来るということ。

 

 狩った魔物の一部分を持ってくれば、狩猟系クエストの達成基準を満たせるが、丸々一匹持ってきたりすればそれ相応に報酬は上がるし、単純に引き取りも出来るのだ。それを聞いてこれ幸いと、アレクは何の疑問も無く、手を翳して魔法陣を生み出し、()()()()()()()()()魔物の死骸をその場に出した。

 

 まだまだ子供の見た目であるアレクが行った事に、その場に居た冒険者は目を丸くし、出て来た魔物の死骸が何なのかを理解して吃驚した。

 

 

 

「「「えぇ───────────────ッ!?」」」

 

 

 

「えっ!?今のは空間系の魔法!?高難度な魔法だからと最低でもSランク冒険者レベルでないと扱えないというあの……!?それにこの魔物は……グリーンウルフにワイバーン!?それもこんなに!?」

 

「え?……俺なんかやっちゃいました?」

 

「あ、アレクさん!この魔物はどうしたんですか!?」

 

「……?もちろん、ここに来る前までに襲われたので返り討ちにしたんです。いやー、買い取ってくれるならとても嬉しいです。どうしようかと思ってましたから!」

 

「ち、ちょっと待ってて下さいね!?今買い取り業者を呼びますからっ!」

 

 

 

「アイツしれっと空間系魔法使ったよな…?」

 

「何モンだ…?アイツは……」

 

「とんでもねぇ奴が入ってきやがった……」

 

 

 

 その後ギルド内が騒然となり、他の冒険者達は遠巻きでアレクの事を見ていた。アレクは数多くの視線が自身に集まっているのを自覚しながら、どうしようとオロオロしている。それから数分すると買い取る為に受け渡しをしてくれる業者が来て、アレクの持ってきたグリーンウルフ六匹と、道中襲い掛かってきて返り討ちにしたワイバーン五匹の鑑定に入った。

 

 村を出て襲ってきたワイバーンのように、炎で消し炭にしたのではなく、剣を使って首を斬り落としたので、実に状態が良く、買い取り価格も上昇した。どれも一撃による絶命と分かると、ギルドはまたも騒然となった。ワイバーンはBランクに指定されている魔物であり、Bランク冒険者が複数人居て倒せるというものだ。

 

 

 

「え、えぇっと……買い取り価格は総じて62万Gとなります」

 

「えぇ!?そんなに高いんですか!?」

 

「……グリーンウルフは一匹2万で、ワイバーンは一匹10万という計算になり総額62万です……私も初日でこんな大金渡したのは初めてです……」

 

「……ワイバーンも全然強くなかったのに……」

 

「ワイバーンが強くない!?あなたは一体……」

 

 

 

 アレクは実に……実にラノベ主人公のようなことをなぞってやっている。倒してきた魔物は最初から高ランクのもので、珍しい魔法を使って周囲を驚かせて自身は何に驚いているのか理解していない。典型的なものとも言えるだろう。そしてこういう場合は、高確率で冒険者ランク飛び級の打診が入っているのだ。

 

 無論、それはアレクにも言えることで、実は受付の女性は別室に居るギルドマスターのところまで行って、アレクがワイバーンを1人で複数狩ってきた事を報告した。それに興味を持ったギルドマスターは今、アレクの元へやって来たのだ。ギルドマスターは元SSランクの冒険者であった。つまりこの場で最も強く、そして相手が嘘をついているか分かる魔法を使える。

 

 二階建てとなっていて、二階の部屋にあるギルドマスター専用の部屋から降りてきたギルドマスターは、白い頭髪に厳つい顔。その顔には生々しい傷が付いており、筋骨隆々の姿をしていて高身長な為、前に立たれると威圧感が尋常では無い。そんな中で、アレクはギルドマスターから質問を受けた。

 

 

 

「俺はガンダル。このギルドのマスターをしている。小僧、お前が1人でワイバーンをやったのか?それに間違いは無いか?」

 

「あ、はい。ワイバーンは俺がやりました」

 

「……嘘では無いな……真実か。………良し。アレクだったな?お前ギルドマスター権限により──────Bランク冒険者に任命する」

 

「……え?」

 

 

 

「「「えぇ──────────────ッ!?」」」

 

 

 

「いきなりBランク冒険者!?」

 

「何なんだアイツはよォ!?」

 

「飛び級にも程が有るぞ!?」

 

 

 

「──────待ちなさい!!」

 

 

 

「……?」

 

 

 

 歴代最速のBランクへの飛び級で盛り上がっているところに、鋭い声が掛けられた。段々とアレクの周囲に集まってきていた冒険者の壁を別けてやって来たのは、髪が赤く、背中に自身の背より大きい大剣を背負っている美少女だった。アレクは突然やって来た少女の姿に見惚れている。しかしそんなことはお構いなしアレクの元までやって来た赤髪の少女は、人差し指を突き付けて決闘をしろと言った。

 

 いきなりやって来て、はいBランクというのは納得がいかない。そんなに実力があるならばC級の自身が決闘をして力を見定めても構わない筈という。いきなり来て何を言っているんだと思っているアレクとは別に、実力が見たいというギルドマスターの意見が通ってしまい、ギルドの手合わせ用の敷地に移動してやり合うことになった。

 

 ギルドの出入り口とは別の扉から出て、開けた場所にてアレクと赤髪の少女は対峙していた。決闘の合図はギルドマスターが行い、決闘に勝てばアレクは晴れてBランク冒険者となり、赤髪の少女が勝てばアレクはFランクからスタートという話になっていた。赤髪の少女が大剣を構え、アレクは腰の剣の柄に手を置いた。そして、ギルドマスターの開始の合図が出される。

 

 

 

「いっくわよ──────きゃぁ……っ!?」

 

 

 

「「「え、えぇ────────────ッ!?」」」

 

「サーシャが一撃で吹っ飛ばされた!?」

 

「しかも……気絶してるし……」

 

 

 

「……あれ?軽く剣を振っただけなのに……。もしかして……まずかった?」

 

 

 

 赤髪の少女、サーシャが一歩踏み出す前に目前に現れたアレクが剣を一閃し、サーシャは舞様にも飛んでいって目を回していた。有り得ない光景に、外野に居る冒険者達は口々に騒いでいる。そしてその中に、驚きを隠せないでいるのがギルドマスターである。

 

 元SSランク冒険者であるギルドマスターのガンダルは、アレクの動きが見えていたと言えば見えていたが、ギリギリ見えていた。そしてCランクの中でもBランクに上げても十分な力を持っているサーシャを、それもその見た目に反して怪力のサーシャを軽々と吹き飛ばし、更には軽く剣を振ったときた。

 

 今サーシャを倒したというのに喜ぶどころか、簡単に終わってしまった事に困惑して頬を掻いているアレクが、将来大陸に数人しか居ないと云われているSSSランク冒険者になるのではないか……と、冷や汗を流しながら考えていた。

 

 

 

「あ、あんたの強さは……まあ仕方ないから認めてあげるわっ。だからしょうがなく……しょうがなくっ、私のパーティーに入れてあげるわっ!」

 

「えぇ……?俺まだパーティーとかは……」

 

「……むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

「や、やっぱりサーシャさんのパーティーに入りたいです!入らせて下さい!」

 

「ふ、ふん!仕方ないわね。入れてあげるわ、感謝しなさいっ」

 

 

 

 アレクは全く以てテンプレのような事をやりながらその日は終わった。だがそんな平和な日常は長くは続かない。何故なのか?それは……強者は強者を引き付けるからだ。

 

 

 

 

 

 

 ある存在と邂逅を果たすまで……あと3ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 



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第13話  愚かな者達

 

 

 

 強者は人を惹きつける。その言葉を良く耳にするだろう。何故か?それは簡単だ。強者はその他の有象無象には無いものを持ち、目立つからだ。目立てば目立つほど人の視界に入り、それが圧倒的強さを持つ故に、見た者は己と強者を己の持つ秤で比較し、真似できないと悟れば敬い、己にも出来ると思った者は対抗心を持ち、太刀打ち出来ないと実感すれば嫉妬する。

 

 善悪は関係無い。そこに愛情や憎悪を抱こうが、結局強者に関心や興味を持ってしまっているということなのだから。だからこそ力ある存在はよく目立ち、強さを知ろうとする愚か者が後を絶たず、結果強者の周りには人が集まっているのだ。強ければ強いほど人を惹きつけ、厄災を招く。

 

 そこに強弱はあれど、有無の関係は非ず。故に力を持って生まれた少年は、受け入れようが拒もうが、我こそはという者達に囲まれるのだ。今もそうだ。歴代最速のスピードで冒険者ランクをFからBにまで上げた天才……と持て囃され、最初の訝しんだ視線や身の程知らずが来たという侮辱的な視線が止み、是非我がパーティーにと誘いを出す。

 

 若しくはその力の強さに圧倒されて対抗心を持ち、人物像を殆ど知らぬ癖に悪意から出た言葉を誇張して撒き散らす。またある者は、自身には無い力を持っていて、尚且つ大した審査も調査もしないまま、嘘をついていないという理由だけでランクを上げられた事に嫉妬し、妬み、憎悪する。俺は私はこんなに苦労したのに……何故お前はそう簡単にランクを上げる事が出来る?何故お前だけ。

 

 だがそれを口にして言ってはならない。返ってくるのは、その強者に惹かれに惹かれ、心の中で全幅の信頼を抱き、恋という名の毒に犯された者の、又は現状を本当に理解していない者の冷たい言葉なのだから。悪く言うことは許さない。悪意があった言は認めるが、本当のことだ。嫉妬でものを言うな。嫉妬が無いと言えば嘘になる。だが正論だ。

 

 しかしそれ以上何かを言えば、強者による実力行使か、強者に近づく事が出来る、強者の次に強い者の鉄槌だ。理不尽だろう。憎いだろう。悔しいだろう。だが現実だ。現実でそんなことが罷り通っているのだ。何故ならば強いから。他を従え、黙らせる力を持っているから。だから従うしか無い。

 

 

 

「ぁ…あのあの……本当に私なんかが…パーティーに入ってもいいのでしょうか……?」

 

「もちろんだよ!俺はリィナが居てくれた方が心強いし、一緒に居て楽しいから!」

 

「ぇっ……ぁ、ぁりがとう…ございます……っ」

 

「これからよろしくね、リィナ!」

 

「は、はいっ!よろしくお願い…しますっ」

 

「はぁ……コイツの周りに女が増えたわ……私だけの場所だったのに……アレクのばか」

 

「……ん?サーシャ、何か言った?」

 

「……なんも言ってないわよ!」

 

「痛!?何も殴らなくたっていいだろ!?」

 

 

 

 そうこうしている内に、強者は新たな仲間を手に入れた。大剣を扱う美少女とは別に、双剣を使った軽やかな動きが出来る美少女の剣士である。控えめな性格の所為で中々魔物に斬り掛かる事が出来ず、実力はあれど仲間に巡り逢えなかったという不幸な美少女。それを目敏く見つけた強者は手を差し伸べ、欠点を克服させ、仲間に引き入れる。

 

 必然的に、己の為に色々と良くしてくれて、手を握られながら微笑まれた双剣の美少女ことリィナは、強者に恋心を抱く。そして同じ心の内を持つサーシャと何度も強者の奪い合いをするのだ。それを傍目から見ている者は面白く無いだろう。それは当然だ。長年掛けて今のランクに辿り着いたというのに、強者は初日でそれを抜き去り、見た目麗しい少女を両手に花状態なのだから。しかも強者は惚れられていることを自覚していない。

 

 現実的な話をするならば、あなたが何年も掛けてオリンピック選手候補になったとする。そこにある少年がやって来て、いきなり驚くような技を連発する。すると少年は初めてやったのだと宣い、その場でオリンピック選手に内定するのだ。普通はそうはいかない。有りと有らゆる条件をクリアした者がなれる、名誉ある役だ。それをいきなり掻っ攫われ、尚且つそれを偶然見た、あなたの好きなアイドルが少年に心底惚れてしまう。

 

 あなたは当然意見をする筈だ。そんな事があって堪るか。そんなのは無効だ。あなたの意見は正しい。全く以て正論である。だが返ってくるのは無情な一言。お前には無理だ。

 

 やってみなきゃ分からないと話して説得し、いざ決闘すれば少年の神に愛されたとしか思えない才能の前に膝を付くのだ。そして好きだったアイドルからは、負けて当然、少年はあなたと違って努力してるし、強いし、優しいんだから。そう言われるのだ。何を見てそう思った?何故会ったばかりでそこまで言える?努力をしてる?笑わせるな。今初めてやったと本人が言っただろう。だがあなたの言葉に耳を傾ける者は居ない。何故ならあなたは負けて、少年が勝ち、少年は強者だからだ。

 

 

 

「……私は攻撃が出来ない。盾で防ぐことしか出来ない騎士のなり損ないだ。それでも……私を必要としてくれるのか?」

 

「ちょうどそういう人を探していたんですっ。むしろこちらからお願いしたいくらいですよ!それに皆さんおかしいですよね、イレイナさんみたいな美人の人を悪く言うんですから!」

 

「び、美人……!?いや、でも……私は攻撃が出来ないからな。言われて当然だ」

 

「なら、悪く言われたら言って下さいね!俺が絶対に言い返してやりますから!イレイナさんはすごいんだって!」

 

「あ……ありがとう……っ」

 

「うぅ……ライバルが増えちゃいました……」

 

「はぁ……まあアレクだしね。仕方ないわよ」

 

 

 

 強者はあなたを見ない。視界に映ってすらいない。何故ならば弱いから。そして強者は強く、更に人を惹きつけて止まないから味方を作っていく。種族も関係無い。年齢差も、善悪も、立場も、何もかもを捲き込んでいく。強者こそが絶対。そこに努力で埋める隙間は無く、足掻く気すら起こさせない。まるで自身が強者の立場を確立させる為だけに在るような気がしてならなくなるのだ。

 

 強者であるアレクは欠点が無いのだろう。顔が良く、心優しく、強かで、負けず嫌いで、弱き者を護り、負け知らずなのだ。だが敢えて言わせて貰おう。欠点が無いことが弱点だ。特に負け知らずという部分を押させて貰おう。負けが無いということは、負けた時を考えていないということに他ならない。窮地はあれど、最後は勝ってしまう。それだけの力が有るからだ。

 

 まるで主人公。世界が彼を中心に廻っているようだ。神の加護を存分に受けて周囲が弱体化している。その間には埋められない差があり、覆しようの無いものが有る。故にそんな彼へ絶望を与えよう。

 

 絶対に越えられないと周囲の有象無象に悟らせ、負けを認めさせる力を持って、自身を慕って離さない仲間を手に入れ、負け知らずの彼へ。

 

 世界の共通認識で最強を欲しいままにし、周囲の塵芥は飛んで当然で、負けどころか同じ土俵にすら立たせず、慕う仲間を必要としない、勝利を約束された星の下に生まれし純黒の黒星を。

 

 

 

「……なに……これ……」

 

「……ありえないです……こんなことが……」

 

「……これは一体……何が……」

 

「誰が……こんな事を……ッ!!」

 

 

 

 アレクがルサトル王国に初めてやって来てから顔馴染みの商人であるケイトから名指しで依頼を頼まれ、同じパーティーのサーシャ、リィナ、イレイナの4人で護衛をしていた。行き先はイリスオ王国。片道3日は掛かる道のりだった。途中までは良かったのだ。魔物に襲われこそすれど、仲間と共に戦うことで苦もなく倒せたのだから。だが問題は到着してからだった。

 

 嫌な予感はしていた。向かう途中で計り知れない魔力を肌で感じ取ったからだ。全身を鋭いナイフで滅多刺しにされているような、尋常では無い程の莫大な魔力の波が、アレク達を襲い掛かったのだ。アレク達は身を寄せ合って耐えた。寧ろそうしないと発狂してしまいそうな、そんな恐ろしい程の魔力だった。そして、その魔力を感じたのが目当てのイリスオ王国の方角からだったのが、嫌な予感を倍増させた。

 

 商人のケイトに申し訳ないと思いつつ、出来るだけイリスオ王国へ急いで向かったところ、そこにイリスオ王国は無かった。あったのは底が見えない程開いている大穴だけだった。何も無い。在るべき物すら無く、在って欲しい者達の欠片すら見えなかった。完全に消し飛ばされていた。到底賊とかそういった生易しい存在ではない。国を丸ごと消す。神のような何かだ。

 

 大穴を見て呆然としていると、後から馬に荷車を引かせた男性がやって来た。男性もイリスオ王国が無くなっている事に気が付いて呆然としたが、直ぐに気を取り戻してケイトに説明を求めた。そこからは知っていることを話した。辿り着いた時からこの有様だったと。そして説明している時だった。サーシャが足跡を見つけたのだ。今まさにやって来た方向へ進む、巨大な足跡を。

 

 見た瞬間にケイトは龍であると看破した。大きさに地面の沈みの程度、そして途中から完全に足跡が消えていることから、空を飛べて巨大な躯体を持ち、国を丸ごと消し去る程の魔力と魔法を持っている存在。いや、こんな事が出来るのは、龍を置いて他には居ないと思ったのだ。

 

 アレク達は顔を蒼白くさせた。国を丸ごと消した存在が、今まさにルサトル王国へ向かっているというのだから。若しかしたらルサトル王国に立ち寄ることは無く、そのまま何処かへ消えてくれるかもしれない。そんな考えも浮かんだが、残念ながら嫌な予感がして仕方が無い。ケイト達に遅れてやって来た男性は、荷車の方に移って誰かと何かを話しているようだった。だが今はそんな事どうでもいい。やることは今決まったのだから。

 

 アレク達はケイトに断りを入れて、全速力で来た道を戻っていった。速く、速く速く速く速く。何も考えず、只管ルサトル王国へ引き返したのだ。来るときは3日も掛かったというのに、魔力を惜しげも無く使用して戻れば2時間で到着した。普通ならば早い。普通ならばそんなに早く到着しない。だが遅すぎた。余りにも、遅く、手遅れ過ぎたのだ。

 

 

 

「ぁ……ぁあ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「そんな……そんなぁ……っ!!」

 

「なんということだ……私達の国が……ルサトル王国が……っ!」

 

「みん……な……みんな……ッ!!」

 

 

 

 ルサトル王国は何も無くなっていた。地面が削られて、あたかも何かによって削り取られたかのように。アレクはルサトル王国にやって来てまだ3ヶ月である。その間に仲間には恵まれて、ギルドは楽しくて、街の人はみんな優しくて活気に溢れた国だった。なのに、その国は今や何も無い。人一人すら居ないのだ。まだ誰かの一部分があった方が良かったかも知れない。それ程、綺麗に何も無いのだ。

 

 見渡す限り荒野のような状態が広がっている。探しても探しても何も無い。手分けして探そうが無駄だ。何かが残っているという可能性は、限りなく……なんて言葉を使う必要が無い程、無いのだから。

 

 思い出の街。生まれ故郷。懐かしの店。知り合いの武具店。初めての冒険者ギルド。そして大切な仲間達。それが無へと消えた。サーシャはその場で座り込んで空を呆然と見上げている。リィナは膝を付いて顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしながら泣いている。イレイナは膝は付いてこそいないが、何も無い景色を見つめて唯呆気に取られている。そしてアレクは、ルサトル王国があった場所を見つめて、血が滴るほど手を握り締めていた。

 

 

 

「なんで……何でこんな事を……ッ!!俺達が一体何をしたっていうんだッ!!」

 

 

 

 アレクは吼える。この惨状を作り出した龍へ向けて。だが彼は理解していない。何もやっていないのに、龍に襲われたのでは無い。何かをやらかしてしまったから、龍に襲われて消滅したのだ。無知。無知無知無知無知無知。何も知らない、無知蒙昧な小さき人間。人間だって突然魔物に襲い掛かっている。それこそ現れたから……とか、襲われたら大変だから……など、己等のことを棚に上げて、いざ襲われれば何故、酷い、有り得ない。

 

 所詮人間も魔物からすれば魔物だ。それも見掛ければ直ぐに襲い掛かり、魔物から造られた装備を手に取って掲げ、魔物から作られた装飾品を身に付けて喜ぶ。元仲間の亡骸を加工されて身に付けられているのだ。どちらが酷い、どちらが有り得ない?そして何故襲う。魔物を殺すのならば、魔物に殺される。当然の摂理だ。

 

 ルサトル王国は良い国で、みんな優しくて、活気に溢れた所。確かにそうなのだろう。だが裏でやっていた事は惨い精霊の売買である。それも街のエネルギーとなる魔力を、これでもかも搾取し、貯め込んだ。小さな……まだ名も無き小さな精霊達は魔力を奪われすぎて死んでいった。上位の精霊は限界以上に魔力を搾取し、残りカス同然にして、他の国へ売り払った。

 

 上辺の表向きの顔を見ていて、日常を唯謳歌していただけの人間が、少し襲われて仲間を殺された位で何を吼える。何を憎む。何に憤る。弱肉強食。文明の進歩や法律が生まれようと、根本的なものは一切変わらない。特に戦う運命にある者達にとっては、それこそ日常的なものと言える。故に、これは必然。ルサトル王国は滅ぶべくして滅んだのだ。

 

 

 

「……みんな、お願いがある。俺の…一生のお願いだ」

 

「……言われなくたって分かってるわよ」

 

「……ぐすっ……私も……同じ気持ちですっ」

 

「……私も今、アレクと同じ事を考えていると思う」

 

 

 

「……うん──────龍を見つけて、倒そう。俺達がみんなの仇を討つんだッ!!」

 

 

 

「仕方ないから乗ってあげるわ!」

 

「も、もちろんアレクさんについていきます!」

 

「私は最初からそのつもりだとも」

 

 

 

 そして人間は決心した。こんな惨状を作り出した元凶である龍を我等が討つのだと。いやはや、何と無謀なことか。龍が世界で最強の種族だというのに、挑みに掛かって倒そうというのだ。たかだか冒険者ギルドでトップレベルの実力と持て囃されただけの存在が。その場の勢いで仲間達の仇を討ち、話がまとまると本気で思っているのだ。

 

 冒険者で最高位のSSSランクが『英雄』と謳われているが、その『英雄』が手も足も出ずにやられたのが龍である。何故十何年しか生きていない子供に、そんな龍が倒せる思ったのか。崇高な目的を掲げるのは良い、許そう。だが実力が伴わないのに挑みに掛かるのは、挑みに掛かる相手に対する侮辱に他ならない。

 

 アレク達は直ぐに情報を集め始めた。周辺の村などに行って龍の影のようなものは見なかったか、何か異変は感じなかったか、何でも良いから情報をくれと、手分けして捜索した。すると、ケイトとは違う別の商人が、イリスオ王国の近くにある森から、龍らしきものが飛び立つのを見たという情報を手に入れた。

 

 幸い、アレク達はイリスオ王国の近くに集まっていたので目的の場所には直ぐに行ける。情報を集めるのに2日、移動に1日を掛けて、アレク達は話しに聞いていた森へと入っていった。此処に高い確率で龍が居る。そういう情報なのだから、居るのだろうが……何故だか進んでいく毎に全身に重くのし掛かるような魔力が感じられる。

 

 肌がナイフで滅多刺しにされているような、そんな覚えのある禍々しく凶悪な魔力だ。そう、その魔力はイリスオ王国が消されただろう思われる時に感じた、あの魔力だった。居る、確実に。探していた存在がこんなにも早く見付かると、何と運が良いことか。だが実際は、何と愚かな行為だろうか。会いさえしなければ、まだ残りの人生を謳歌出来たであろうに。

 

 そうして、禍々しい凶悪な魔力が感じ取れる方へ進んで行き、見つけた、見つけてしまった。全身を純黒の鱗で覆い、巨大な体を持つ、純黒の黒龍が。黒龍はまるでアレク達が此処に来る事を知っていたかのように、その全てを見透かしていると錯覚させられる黄金の瞳に捉えられていた。いや、実際には捉えていたのだ。森に入った瞬間から。

 

 周囲の木々が燃えて炭となり、真っ黒になっている。そこに多少の疑問は持てど、今はもっと最優先の目標がある。アレクはこの黒龍がみんなの居る国を消したのだと理解し、奥歯を噛み締め、鍛えられて強化された剣の柄を握り締めた。

 

 

 

「……ッ!!お前が……お前がルサトル王国をやったのか…っ!!」

 

「……………………。」

 

「答えろッ!!優しい、何も知らない俺に笑いかけてくれたみんなを、仲間達を殺したのはお前だなッ!!」

 

「ふざけんじゃないわよッ!!お前のせいで……私の家族は……ッ!!」

 

「な、なんであんな酷いことを……っ!!」

 

「私は貴様を許さない。何があろうと、例え相打ちになろうと、貴様はこの場で倒すッ!!」

 

「……………………。」

 

「そうか、それが返答だなッ!!」

 

 

 

 黒龍は何も言わない。龍は総じて高い知性を持つことで、言葉を理解すると云われている。だが何も言わず、語らない。それどころかアレク達なんぞどうでも良いとでも言いたげな目をしていた。向かってきた所で何にもならない。敵とすら思っていない、無感情な目だった。それがアレク達の神経を逆撫でした。

 

 それぞれが武器を手に取り、黒龍に向かっていった。アレクはその場で待機しながら、特攻したサーシャとリィナ、イレイナに攻撃防御速度を飛躍的に上昇させる魔法を掛けた。それに足して鋭い感覚を与える魔法と、ある程度の攻撃を弾くシールドも付与した。普通はここまで一気に掛けられず、それも高い倍率を出すことは出来ないが、アレクは膨大な魔力と才能がある。

 

 黒龍はサーシャ達が突撃してくると、その巨体を起こして立ち上がった。聞いていた龍の姿とは少し違う。人間に近い姿をしているのだ。だがそんなことはどうでもいい。今は黒龍を倒すことだけを考える。

 

 アレクからの援護の魔法を受け、サーシャは自慢の超重量を誇る大剣を振りかぶり、跳躍して黒龍の頭目掛けて振り下ろした。跳躍中、迎撃されそうになれば、アレクから魔法の援護が入る手筈なのだが、黒龍は微動だにしなかった。だからこれ幸いと、頭を真っ二つにするつもりで振り下ろした。鋭い金属音が鳴り響く。大剣が弾かれ、手が痺れる。黒龍は防御なんぞしていない。鱗で受け止め、弾いたのだ。

 

 

 

「~~~~~~~ッ!!かっったいっ!!どんな硬度してんのよっ!!」

 

「なら、相手の硬度を下げる魔法を掛けるっ!!リィナ頼む!」

 

「は、はい!!」

 

「サーシャは一度私の後ろへ来い!防御は全て私に任せろ!」

 

「了解よ!」

 

 

 

 着地したサーシャは、大きな盾を二つ持っているイレイナの背後に回り、手の痺れを回復させる。その間にアレクは黒龍の足下に魔法陣を展開して魔法を発動させ、黒龍の鱗の硬度を最低値まで下げた。これで普通の武器でも鱗を斬ることが出来る。そこで攻撃者に躍り出たのがリィナだった。柔軟性のある体に素早い動きを可能にした双剣の戦闘スタイルは、翻弄しながら相手を斬り刻む。

 

 稲妻の形に走って黒龍を翻弄し、足下から双剣で斬っていく。更に魔法で足が壁にも吸い付くようにくっ付ける事が出来る魔法を使い、黒龍の体を駆け上りながら同時に双剣をこれでもかと揮う。頭までやって来て目に突き刺そうとするが、目を閉じられてしまう。だが大丈夫だ。アレクが掛けた魔法で硬度は下がっている。今なら貫通する。そう思って剣を突き立てた。そして思い知る。黒龍の鱗の硬度を。

 

 リィナの双剣は先端すら刺さらなかった。それどころか双剣の先端が半ばから折れてしまった。リィナは驚愕する。アレクの魔法で柔らかくなった筈の鱗が、傷付けることすら出来ないのだ。リィナは焦りながら黒龍の体から飛び降りていく。途中、黒龍の体を見ると、駆け上りながら斬った筈の鱗は、傷一つ無かったのだ。何故だろう。双剣の切れ味が悪かったのか。それとも斬り方が駄目だったのか。

 

 アレクの魔法は完璧だ。そう思っているから、問題は自身にあるのだと錯覚するが、実際はアレクの魔法なんぞ効いていない。黒龍は魔法を掛けられた直ぐ後に、アレクの魔法を純黒なる魔力で呑み込んで消し去ったのだから。つまり、魔法は最初から無効化されていた。リィナもアレクも、それに気付かず攻撃していたのだ。

 

 強者故の慢心。今まで通じていたからこそ、効いていると錯覚して効いていないという選択肢を見ていない。物理で黒龍に傷を付けられない。だが、これまでの過程は無駄では無かった。アレクは目を閉じて集中し、手を翳して巨大な魔法陣を形成する。そして膨大な魔力を籠めて、魔法を発動させた。これを耐え切れた者は居ない、使える魔法の中で最上級の破壊力を持つ魔法を。

 

 

 

「──────『迸り崩壊させる神の雷(エレクトロ・ニクス)』」

 

 

 

 白い雲が所々にある程度だった空が、真っ黒な雲に覆われて帯電し、渦を巻いて雷を轟かせる。そして、渦の中心から黒龍に向けて、超大型の雷が落とされた。落雷。そして遅れて音がやって来る。爆発音が鳴り響いて、衝撃が森中に渡った。最上級魔法を凌駕する、畏るべき破壊力を秘めた魔法である。ただし、この魔法はアレクを以てしても溜めの時間を有する為、最初は動かず、援護をしながら魔法陣を形成していたのだ。

 

 大きな砂埃が落雷の破壊力によって舞い、黒龍の姿を覆い隠す。いや、これだけの大魔法だ。賢者にすら1人では発動すら出来ないだろうと言わしめた魔法である。黒龍なんぞ肉片になってしまっているはずだ。仇を討つ事が出来た。我々は、あの龍に勝ったのだ。そう喜び合おうとしてサーシャがイレイナの後ろから出て来た瞬間だった。

 

 ひゅるり……と、何かが通り過ぎる音が聞こえた。サーシャは何の音だろうかと不思議そうに首を傾げる。リィナは何か嫌な予感がすると、顔を強張らせる。アレクは起きた事の、事の深刻さに顔を蒼くさせ、イレイナは驚愕に目を瞠目させていた。アレクは辛うじて目で捉えていた、だが一切反応が出来なかった。それ程の速度だったのだ。

 

 

 

「え、何々?何か飛んできた?」

 

「わ、分かりません……!けど、すごく嫌な予感が……」

 

「だ、ダメだ……ダメだダメだダメだイレイナさんっ!!」

 

 

 

「……っ……く……………ごぼ」

 

 

 

 飛んできたのは、先端に純黒の魔力による刃が形成されていた尻尾だった。それが飛んできて、イレイナの事を大きな盾ごと……上半身と下半身で真っ二つにされていたのだ。速すぎてイレイナの斬られた体が認識するのを遅れてしまい、数秒経ってからイレイナの体は横にズレて地に落ちた。がしゃんという着ている甲冑が音を立てながら倒れ込み、アレクが駆け付け、状況を理解したサーシャとリィナが武器を砂埃に向かって構える。

 

 サーシャとリィナは見た。砂埃が晴れて出て来た黒龍が、一切ダメージを受けていない姿を。アレクの雷が落ちる前と落ちた後で何も変わっていない。立ち位置も立ち姿も変わっていない黒龍が、そこには居た。

 

 体を真っ二つにされて倒れ込み、内臓がまろび出ているイレイナの頭を膝に載せ、アレクは涙を流しながらイレイナの名を呼んだ。イレイナは目の下を蒼くさせ、呼吸が浅くなりながらアレクの頬に手を置いて、今出来る精一杯の微笑みを浮かべた。

 

 

 

「ア……レク。すま……ない………私……は………」

 

「喋らないでっ!!今……っ!今俺がどうにかしますからっ!」

 

「むだ……だよ。もう……私は……死ぬ……アレ……ク」

 

「待って……待って下さい……イレイナさんっ!」

 

「わたし……は……あれ……く…が……す……き…………だ……………──────」

 

「………────────────。」

 

 

 

「──────がはっ……!?」

 

 

 

「──────ハッ!?」

 

 

 

 イレイナは死んだ。瞼が閉じられる事は無く、半開きの状態で瞳の光が失われた。頬に当てられた手が地面に落ち、体内にあった魔力が霧散した。アレクは目の前が真っ暗になった気分だった。しかしその状態を解かせたのは、仲間の……リィナの叫び声だった。ハッとして気が付いたアレクが顔を上げると、リィナの腹部から大量の出血が見られた。

 

 黒龍が鋭い指先で引き裂こうとした所を、どうにか身を捩って回避したはいいが、回避しきれず、リィナの腹部に当たって深手を負ってしまったのだ。アレクはイレイナの顔に手を置いて瞼を閉じさせると、言葉を交わすこと無くサーシャと役を交替した。

 

 サーシャがリィナの傍に行って、腰に付けたポーチから回復薬を取り出してリィナに飲ませようとする。その間はアレクが殿を務める。だがアレクは殿として時間稼ぎをするのでは無く、黒龍を殺す気で向かっていった。冒険者になって魔物を倒し、手に入れた稀少な素材を使って強化された剣を強く握り、黒龍に向けて一閃した。

 

 

 

「喰らえッ!!──────『一刀両断』ッ!!」

 

 

 

 シンプルだからこそ強い、横凪の斬り払い。どんな魔物もこれで真っ二つに裂いてきた。例え硬い装甲を持つ魔物と言われても、この一撃で屠った。だから、黒龍にだって通用すると思ったのだ。しかし現実は違う。最早冒険者ギルドでお前に敵う者は居ないと言われたアレクだが、アレクの一閃は黒龍の左掌によって易々と防がれ、右手で繰り出す平手打ちに吹き飛ばされていった。

 

 手が叩き付けられた瞬間、可能な限りの防御魔法を施して、衝撃も殺した。だが打撃の衝撃は体の真にまで届いてしまい、口から血を吐き出した。そして右からの衝撃で左へ吹き飛ばされるのだが、吹き飛ばされる先に尻尾が現れる。純黒の尻尾がアレクを捉え、弾き飛ばされ、黒龍の前に戻されて上から下に叩き落とされる。

 

 訳が解らないほどのダメージを負いながら吹き飛び、大した時間稼ぎをする事も出来ず、アレクはサーシャとリィナの元へやって来てしまった。これでは時間を稼ぐ者が居ない。やってくれと言わんばかりの陣形である。アレクの言うラノベの世界ならば、敵はここで待ち時間を作ってその間には回復でも出来るのだろうが、黒龍は待ち時間など与えない。

 

 アレクは見ている事しか出来なかった。自身の流した血の所為で視界が赤くレッドアウトし、サーシャとリィナが赤い世界に取り残される。黒龍が尻尾に純黒の魔力による刃を再び形成し、振り下ろす。狙うのはまだ動けるサーシャだった。だが彼女はリィナに回復薬を飲ませようとして必死だ。気が付いていない。だからだろう、気が付いたリィナがサーシャの事を押し、身代わりとなってしまったのは。

 

 サーシャが押されて、リィナに手を伸ばすが届かない。リィナは緩やかな世界で、アレクとサーシャに言葉を送った。声など無い、口を動かすだけの無音の言葉を。

 

 

 

『アレク……大好きでした』

 

『サーシャ……ごめんなさい』

 

 

 

 リィナは死んだ。黒龍の純黒の魔力の刃によって、体を縦に真っ二つに割られたのだ。リィナは此方を向いていた。つまり体は横から真っ二つにされてしまったのだ。生きている仲間がまた1人死んだ。目の前で、手を伸ばせば届くような距離で。サーシャの目は暗く濁ってしまった。何と戦っているというのだろう。何に戦いを挑んでしまったのだろう。

 

 アレクは血管が千切れるほど頭に血が上っていた。最早頭の中は黒龍を如何に早く殺すかしか考えていなかった。だが体が動かない。指先すらも動かない。恐らく肋が数本折れている。腕や脚の骨には罅が入り、激痛を生み出している。立ち上がることすら出来ない状況で、無理矢理起きようとしている時に、黒龍の無慈悲な魔の手が、サーシャに伸びた。

 

 

 

「殺す……殺してや゛が…ッ!?ぁ゛が……ひゅッ…っ!」

 

「サーシャ……?サーシャ……っ!サーシャッ!!」

 

 

 

 サーシャが大剣を手にして黒龍に向かおうとした途端に動きが止まり、腕や脚を広げて大の字を作った。そしてそのまま上へ体が浮遊した。確実に黒龍の仕業である。黒龍が何かをしているのだ。だが正体が解らない。アレクは焦りながら、魔法を使うギルドの仲間達から反則と言われた、魔法削除という魔法を使ってサーシャを解放しようとするが、効かない。魔法ならばどんなものでも無効化出来る魔法が効かないのだ。

 

 サーシャの持っている大剣が手から無理矢理取られ、サーシャと同じように空中に浮かんでいる。大剣が軋み、悲鳴を上げ、捻じ切れて砕けた。粉々になるまで捻られて砕けて砕けて砕けて、大剣は砂のようになって撒布された。それを見せられたアレクは絶叫した。サーシャにしようとしていることを悟ったからだ。

 

 

 

「やめろッ!!サーシャを離せッ!!やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 

「あ……ぁ………ア゛レ゛ク゛…だずげ──────」

 

 

 

 

 ────────────ごちゅり

 

 

 

 

「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 

 

 サーシャの体は、関節を全て捻られ、捻じ切られてしまった。指の第一関節から始まり、手首、肘、肩、首まで、全て何回転も……ゆっくりと時間を掛けて捻られた。サーシャは苦痛の中で藻掻くことも出来ず、かといって直ぐに死ぬことも無く、関節という関節を捻られる激痛の中で苦しみながら死んだ。

 

 宙に浮いているバラバラになったサーシャの死体は、糸が切れたマリオネット人形のように地面に落とされた。びちゃり、どさり。そんな悍ましい音を立てながら、サーシャだった肉塊が漸く解放されたのだ。

 

 仲間は居ない。全員殺された。好きだと言ってくれた少女は、もう何も言わぬ肉の塊だ。放っておけば腐って朽ちていくだろう。アレクは握り込んだ拳を地面に叩き付けた。何度も何度も何度も。己の弱さを否定したくても、現状が突き付けてくる。弱いから仲間が死んだ。弱いから奪われた。弱いから護れなかった。弱いから黒龍の前に倒れている。

 

 だから強くなる。今、ここで。絶大な力を持つ黒龍を討ち滅ぼす為の力を解放するのだ。アレクは立ち上がった。立つことが出来なかった体から、今は溢れんばかりの力を感じる。その力の源は、死んでいってしまった仲間の体から光が伸びて、アレクに集束している。仲間の死によって、アレクは己の限界を今越えた。

 

 元々持っていた膨大な魔力が更に爆発的に上昇し、体を包み込む。大地や森が悲鳴を上げ、大気が絶叫している。地震が発生して大地を揺らし、天が割れて天変地異を引き起こしていた。アレクの今の力は元の数千倍にもなるだろう。溢れ出る力の波動。手を握って開いてを繰り返し、実感すると……見下ろす黒龍を睨み付けた。

 

 

 

「お前は俺の大切な仲間を奪った。だから俺は……何があろうと絶対にお前を許さない。リィナ…イレイナさん…そしてサーシャ。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 

 

 

 アレクは今、人類で最高峰の力を手にした。神に愛され、加護を与えられたと言っても過言ではない力に、仲間の死によって到達した覚醒。果たしてその力で黒龍を倒せるのか。だがこれだけは言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 世界最強の種族の力を──────舐めるんじゃない。

 

 

 

 

 

 



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第14話  最強種族の力

 

 

 

 

 

「お前は俺の大切な仲間を奪った。何があろうと絶対にお前を許さない。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」

 

「………………………。」

 

 

 

 仲間の死を経験し、アレクは覚醒した。人には限界の壁というものがある。ある程度成長すると、それ以上の伸び代が極端に小さくなる事だ。常に同じ成長速度で、それを死ぬまで続けられるということは殆ど無い。中には『英雄』のように、殆ど成長速度に限界が無いような存在も居るのだが、アレクもその内の1人だった。

 

 異世界から出でし異端の魂は、その世界での輪廻転生を迎えず、何の因果かこの世界の理に入り込み、剰え赤子の肉体に宿った。強く強靭に育ち、赤子には有り得ない豊潤にして膨大な魔力を宿す肉体へと。

 

 成長し、実戦経験を経て技には磨きが掛かり、キレが増した。咄嗟の判断力も付いたし、技のレパートリーも増えた。独自の魔法も開発した。神に愛されし子。そう称されても過大評価とは言えない。正しく悪を誅す為に生まれてきた弱きを助け強きを挫き、安寧を与える存在。

 

 ならば、それ程の強さを持つ存在には誰も勝てないのか?神に愛され、両親からも愛され、周りの者達からも愛された、そんな完全無欠の存在に、敵対する者は大人しく己が首を差し出さなければならぬのか。否。否、否、否。世界はそう甘くは無い。少なくともこの世界は、そんな愛されし子がその他全てを一方的に圧倒する、出来る世界では無い。

 

 上には上が居る。圧倒的強者の部類に属するアレクは人間だ。過去には人間の『英雄』が伝説を創った事だってある。それもその伝説の中には龍を見事打ち倒した……と、言い伝えられているものだってあるくらいだ。故に、人間だからと見下す理由にはならない。だが、愚かな行動を取りがちなのもまた、人間である。

 

 今回の騒動とてアレクは一切知らないが、元は理由も無く黒龍の恩人である精霊を襲い、意味も無く森に火をつけ、更には共に捕らえた小さな精霊を大量に殺した。それだけに飽き足らず精霊を己の欲を満たすために甚振り、殺そうとした。それだけのことをして、何故黒龍が怒らないと思うのか。知っていれば誰も手は出さなかった。

 

 しかし知らなかったは理由にはならない。知ろうが知るまいが、手を出してしまったのだから。故に国は滅んだ。龍が攻め込んできてその日の内にだ。

 

 紆余曲折。アレクは元々成長速度が異常で、限界が殆ど無い状態だった。そこで仲間の死による覚醒で、成長が数十段階飛ばして起こり、限界を超えてしまった。今のアレクは数十年後の、全盛期の力の数百倍の力を手に入れしまった。『英雄』と持て囃されるのも時間の問題だろう。だがしかし、その力は強いが、それはあくまで人間の中でという話になってくる。

 

 何度も言うが、世界最強の種族は龍である。世界最強というのは、読んで字の如く、世界で最も強い種族ということだ。そんな種族の龍が、たった一度覚醒しただけの子供に負ける道理が有るのだろうか。長年やってプロになった世界一のゲーマーが、その日は調子が良いからという初心者のゲーマーに手も足も出ず敗北するだろうか。

 

 

 

「──────『裁きを降す黄金剣(インディール・グラディウス)』ッ!!」

 

 

 

 余りの魔力の密度に可視化され、燃えるような赤い魔力はアレクの全身を包んで唸りを上げた。天に手を翳せば黒い雲が生み出され、中から100メートルはあろう巨大な黄金の剣が現れた。神秘的な装飾と雰囲気を醸し出すそれは、見上げて様子を見ている黒龍に向かって墜ちてきた。

 

 上から串刺しにせんと差し迫る巨大な黄金の剣。それを黒龍は両手で挟んで受け止めた。黒龍の足下の地面が砕けていく。重さと威力に足下の地面が先に力尽きようとしているのだ。黒龍は一瞬足下を見て、周囲の木々を見ると、黄金の剣を掴んだまま翼を広げて飛び上がった。

 

 強風が吹き荒れ、アレクは顔を腕で覆って凌ぎ、自身も魔法を使って上空に飛んだ。黄金の剣は黒龍を未だ突き刺そうとしている。鬱陶しく思った黒龍は、そのまま砕いてしまおうと力を籠めたその時、黄金の剣は眩い黄金の光を発して大爆発を巻き起こした。爆発によって生み出された球体状の炎が黒龍を包み込む。そこへアレクは更なる追い打ちを掛けた。

 

 

 

「──────『無慈悲なる冰剣(コルディール・グラディウス)』」

 

 

 

 アレクの背後に形成された同じ大きさの驚くほど美しい氷の剣。それが炎に呑み込まれている黒龍に向けて発射され、炎に氷の剣が触れた瞬間、真っ白な煙を撒き散らしながら二度目の大爆発を迎えた。前に広がるのは視界を遮る白い煙。だがアレクは鋭い視線のままである。この程度で黒龍がやられるとは思えないからだ。

 

 有り得ないほどの硬度を持つ純黒の鱗に覆われたあの体は、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。恐らく二度の連続的な爆発によるダメージでも傷一つ付いていない事だろう。そしてその予想は正しく、黒龍の体には一切の傷が見当たらない。

 

 アレクは歯噛みしながら魔力を練り上げて、下に向けて魔法陣を展開した。対象は一本の木である。魔法を付与された木は突然上空に居る黒龍の高さにまで太く大きく成長し、生い茂る葉が太陽の光を遮った。突如背後に現れた大木に振り向こうとするが、その前に大木の枝から生き物のように伸びる蔓が絡み付いてきた。

 

 両手首と両足首、そして首に巻き付いた蔓は黒龍を大の字に括り付け、首を絞める。ぎちりと音がなるほど絞めているというのに、黒龍は苦しそうな声も上げない。依然として黙ったままだ。それが余裕の表れのように感じるアレクは奥歯を噛み締めながら、大木の太い枝を黒龍の体に巻き付けた。

 

 大きな蛇は獲物を捕らえた時、相手に巻き付いて締め上げる。そうして全身の骨を粉々に折って呑み込みやすくするのだ。今黒龍に巻き付いた枝は大蛇だと思えば良い。太く強靭な枝は黒龍の体を締め上げて、締め付けによって黒龍の鱗を砕こうとしているのだ。だが甘い。その程度では黒龍の純黒の鱗は砕けはしない。

 

 アレクは苛つきが募っていくのを実感する。どれだけ攻撃しても全く効果が無く、そして黒龍は全く反撃してこない。お前の攻撃なんぞ痛くも痒くも無いと言いたげな涼しい顔だ。それが更に苛つかせる。次はどうやって攻撃しようか。そう考えた時、仲間のイレイナがやられた時に鳴った音が聞こえた。

 

 ひゅるり。そんな軽い音が鳴っただけで、黒龍の背後にあった大木も、手首や足首に括り付かせていた蔓も、体に巻き付けた枝も細切れになって解けた。アレクはごくりと喉を鳴らす。これだ。黒龍の尻尾の先端に形成される、純黒なる魔力の刃が脅威なのだ。抵抗すら無く全てを切断してみせた。イレイナの盾は硬い超金属で造られている。出会ってから一度も傷付かなかった優れ物だ。それを豆腐のように両断し、鎧諸共イレイナを真っ二つにした。

 

 脅威なのは、あの異常な硬度の純黒の鱗と、尻尾を使った斬撃だけだ。それだけをどうにかすれば、あの黒龍を仕留めることが出来る。そうアレクは思った。実際はそんなこと有り得ないというのにだ。そもそも魔力の総量が違いすぎる。唯でさえ膨大な魔力を持つアレクが覚醒し、その魔力総量は倍増していると言ってもいいが、それでも黒龍の魔力総量には遠く及ばない。

 

 そして最も勘違いしてはならないのは、黒龍の脅威は鱗の硬さや魔力の刃だけではないということだ。黒龍は翼を使って飛んでいるが、その時の翼の動きが少し違った。大きく力強く広げたのだ。何か来る。そう身構えた時、アレクの視界の中に居た黒龍は、姿を忽然と消していた。そしてその代わりに背後に大きな気配が一つ。

 

 アレクは形振り構わず、全力で防御用の魔法陣を複数展開した。得られる防御力は並大抵のものではない。故にアレクは次に打ち込まれる攻撃を確実に防げると思った。それ程の魔力を流し込み、堅固な防御魔法を展開したからだ。しかし、その考えは甘かった。

 

 打ち込まれたのは拳だった。右の、硬く握り込んだ拳。それがアレクに叩き付けられた。一瞬だが意識が飛んだ。防御魔法を易々と貫通し、鋼の方が柔らかいのではないかと感じる拳が打ち込まれ、アレクは耐えきれず吹き飛ばされていった。覚悟は決めていた。防御してそれでも威力を殺しきれなければ、甘んじて受けると思っていたのに、来たのは防御魔法を貫通した拳だった。

 

 覚醒した自身の目にも捉えられない速度で動いたかと思えば、魔法を一瞬で貫通させてくる膂力を見せ付けてきた。もう訳が解らなかった。アレクは混乱するばかりだ。何故こんなにも強いのか。どうやってあの巨体でこれ程の動きが出来るのか。魔法の形跡は無い。つまりは素の身体能力でこれをやっているというのか。

 

 

 

 ──────何なんだ……っ!何なんだよこの化け物はっ!!ラノベに出て来る龍はもっと弱いはずだぞっ!こっちはこれだけ攻撃してんのに、何でこの龍は傷一つ付かないんだ!理不尽過ぎるっ!!

 

 

 

 アレクの思考は理解不能で埋め尽くされつつある。理不尽な程強い龍。これが、この世界で生きていて、世界最強と謳われる龍の力。大いに侮っていた。この世界に転生した時、ラノベの主人公のように強くなれば、異世界ならではとも言える龍を倒すことが出来るかも知れないと。そんな漠然とした考えをしていた。

 

 今は全く違う。今ならそんなことを考えていた過去の自身を殴り倒せるだろう。そんなに優しい存在ではないと。これだけパワーアップしたにも拘わらず、黒龍は最初とは比較にならないほどの力を見せ付けてくる。つまり、全く力を出していなかったのだ。児戯にも等しい行為。

 

 それで、自身で言うのも何だが、ルサトル王国の中で五本の指に入るくらいには強い己を、その児戯にも等しい行為で弄ぶことが出来るのだから。

 

 頭や口から血を流し、吹き飛ばされている最中に魔法でブレーキを掛けて止まる。口の血を雑に拭って両手を合わせ、精神を集中させる。これから展開するのは、出来ればやりたくなかった奥の手。消費魔力が尋常では無く、使えば最後……動けなくなってしまうからだ。それだけの大業を、もうぶつけるしか無い。そうしなければ、もう黒龍にダメージを与えることは不可能と判断したのだ。

 

 これでダメならば、それ以上の攻撃をすることは不可能。現時点での最高にして最強の破壊力を持つ魔法を発動させる。アレクが両手を合わせて魔力を練っていると、大気が震え始めた。発動まで時間が掛かる魔法だが、黒龍はその間に動く様子は無い。やはり完全に遊ばれている。

 

 アレクは苛つきをまた募らせながら、絶対にその余裕を焦りに変えてやると意気込み、顔中に青筋を浮かべながら魔法陣を展開した。異変は直ぐに起き、黒龍は気が付いた。上を見上げて目を細める。アレクが行ったのは、あるものを召喚する魔法だ。だが規模が大きいため、消費する魔力が圧倒的に多いのだ。

 

 黒龍に向かって墜ちてきたのは、直径10キロにもなる、超巨大隕石だった。ラノベ主人公が取得する魔法と言えばありふれたものに思えるが、実際にやられると堪ったものではない。況してや今回は直径10キロである。普通ならば大陸が消し飛びかねない程のものだ。しかし黒龍は、それを見ても大して変わらなかった。変わったと言えば、アレクが蒼白になる程の底知れない魔力を、口内に溜め込んでいることくらいか。

 

 黒龍の口内に溜め込まれた底知れない魔力は、純黒の眩い光を放出している。アレクはそれを見て、感じながら悟る。これは人間の手には負えない……と。これは最早勝つ負けるの世界には存在していない。殺すか生かすかの一方的な世界に君臨しているのだと。

 

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 

「は……はは……………ありえない……だろ」

 

 

 

 結果を言うならば、直径10キロの超巨大隕石は跡形も無く消滅した。黒龍の放つ純黒の光線により、完全に消え去ったのだ。有り得ない有り得ないと思っていたが、最も有り得ない光景を見せ付けられた。どう考えても魔力の総量が違いすぎる。そして質も。使い方も破壊力も。考え得る全てが黒龍に劣っていた。

 

 これが龍。これが世界最強の種族、その本領。アレクは思い知ってしまった。この世界には勝てる勝てないの他に、触れてはならない存在が居るということを。まだまだ挑むべきでは無かった。それどころか近付くべきではなかったのだ。それを噛み締めながら、アレクは落ちていった。

 

 魔力が底を尽き、魔法で飛ぶことすら出来なくなった。だから落ちていき、偶然木があって枝にぶつかり、落下の衝撃を殺されて着地することが出来た。そして落ちた直ぐそこに、ばさりと翼を羽ばたきながら黒龍も降り立った。黄金の瞳が見下ろす。初めてその眼に見られたとき、見透かされているように感じたが、実際に見透かされていたのだろうと、無駄な考えが頭を過る。

 

 

 

「──────最後の悪足掻きにしては、及第点だな」

 

「……っ!?し、喋れたのか……。何故……黙っていた…?」

 

「は、貴様等は態々道端の石に声を掛けるのか?所詮貴様等なんぞその程度だ。言葉を交わしてやる義理も無い。今言葉を交わしているのは──────貴様は今死ぬからだ。故に、俺の気分によって話した。それだけだ」

 

「…………お前にとって……俺はそんなに弱いのか…?」

 

「──────雑魚だな。話にすらならん。……くはッ。よもや貴様、己が強いとでも思っていたのかァ?ふ…ふふ……ははははははははははははははははははははッ!!傑作だぞッ!?その程度でそんな過大評価が出来るとはッ……くくッ」

 

「は…はは……そんなに…俺はッ……」

 

 

 

 子鹿のように足を震わせ、右腕を左手で庇いながら、アレクはどうにかその場に立ち上がった。見上げていると、黒龍はアレクをこれでもかと嘲笑した。まさかそんなに自身が強いと思っていたのかと。そんな虫けらのような力で強うするとでも思っていたのかと。話にすらならないと。言われたい放題。だがもう反論する事など出来ない。出来ようはずも無い。

 

 そしてもう後には残されていない。黒龍は殺すと言った。この第二の人生を、たった14年しか生きていない、まだ新しい人生を。ならばと、アレクは自身のことについて話し始めた。前の世界は魔法も何も無い世界で、此処へは転生してやって来たと。そしてチートのような体に恵まれたから、龍にすら勝てると思っていたと。

 

 

 

「……貴様がこの世界の人間では無いことは、一目視た瞬間から解っていた」

 

「……え?」

 

「貴様の体と魂がちぐはぐだ。本来魂は輪廻転生の過程に於いて真っ白な状態に初期化され、新たな肉体へと宿る。だが貴様の場合、異世界から死んだ状態の魂が無理矢理新たな肉体に宿った。ならば魂と肉体が完全に定着せず、不完全となっても不思議ではあるまい。寧ろ当然だ」

 

「……そんなことまで解るのか。流石は……世界最強の種族だ」

 

 

 

 アレクは嘆息した。もうこの龍には勝てないと。知識という部分に於いても負けている。自身の体の事だというのに、アレクはそんなこと何一つ知らなかった。それにこの黒龍は、自身が異世界からやって来たということを話しても、然して驚く様子を見せなかった。何をしても、黒龍を印象付ける事が出来なかった。

 

 つまり、黒龍にとってそれ程、先程言っていた道端に落ちている小石程度の認識なのだろう。だから言語を理解しているのに、話し掛ける事はせず、攻撃を受けても反撃らしい反撃をしなかったのだ。傷付けられないと解っていたから。

 

 

 

「……なぁ。俺が、これまでのことを謝罪するから見逃してくれ……って言ったら、見逃してくれるか?」

 

「──────有り得んな。俺は敵対した者は必ず殺す。赦しはせん。悔いるならば死して悔いよ。この俺から逃れられる術は無いと知れ」

 

「……だよな──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

 

 

 アレクは使い物にならない右腕を垂らしながら、我武者羅で黒龍……リュウデリアへと特攻していった。大して力も入らない左手に拳を作り、不格好に振り上げた。対するリュウデリアは溜め息を吐いて、拳を作った右腕を振り上げた。勝てる見込みはもう無い。だが、逃げられないのならば今やれる全力を出す。

 

 この日、前世は魔法も何も無い世界からやって来た、神童と謳われた14歳の少年アレクがこの世から去った。二度目の人生はそう長くは続かず、手に入れた絶大な力は、世界最強の種族である龍の前に呆気なく散った。

 

 純黒の黒龍であるリュウデリア・ルイン・アルマデュラに殺された4人の亡骸は、無惨にも誰かに見つけられる事は無く、血の臭いを嗅ぎづけた魔物によって食い散らかされ、骨も残らなかった。

 

 

 

「リュウデリア。大丈夫だったか?怪我を負ったならば治癒してやるぞ」

 

「要らん。傷一つ付いていないからな」

 

「ふふ。流石だな。あ、それはそうと……格好良かったぞ。とてもな」

 

「……ふん」

 

「クスクス。……何か食べよう。動いてお腹が空いただろう?」

 

「……肉が食いたい」

 

「ふふ。じゃあ一緒に獲物を探そう。出来るだけ大きいのをな」

 

「……あぁ」

 

 

 

 リュウデリアは殺したアレクの方に一瞥すらせず、隠れて見ていたオリヴィアを連れて何処かへ行ってしまった。これにて、異世界より来たれし転生者との戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 自信のある者達よ。挑むならば挑むが良い。但し、挑む以上殺される覚悟を決めておくことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 黒龍に慈悲は無く──────逃がしはしない。

 

 

 

 

 

 

 



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第3章
第15話  新たな行き先を求めて


 

 

 

 

 

「本当にいいのか?」

 

「えぇ。人間の悪意によってこの森が燃やされました。……私達は燃やされてしまった木々の修復をしないといけません。それに、今まで何百年と見守ってきたものですから。いきなりこの森を離れる、というのは心の準備が足りません」

 

「いきたいけど、あのこたちのおせわしないとだから……」

 

「……そうか」

 

 

 

 森の大樹に宿っていた精霊スリーシャが瀕死の状態から回復して7日が過ぎた頃。純黒の黒龍リュウデリアは、また別の場所に移動しようとしたのだが、その際に、スリーシャと小さな精霊も一緒にどうかと尋ねた。だがスリーシャと小さな精霊の答えは否。人間の手によって燃やされてしまった木々の代わりに別の木を生やし、森を修復させなければならない。

 

 この森にやって来て見守ること数百年。今や自身の子供のような感覚になっているスリーシャにとって、おいそれと森を手放すことは出来ないのだそうだ。スリーシャはリュウデリアにとって恩人である。言葉、計算、文字、魔法、それらを教えてくれたのは全てスリーシャである。

 

 そしてそんな恩人のスリーシャは、リュウデリアが居ない所で危険な目に遭っていた。全く与り知らぬところでの事なので、リュウデリアが察知出来なくても責めはされないが、それでも本人的にはスリーシャが危険な目に遭うのは許せない。だから共に行こうと誘ったのだが、断られてしまった。

 

 リュウデリアは少しだけ思考する。同行することを無理強いをしたくは無い。だがスリーシャにとって、この森は自身の子供に等しい。なるばもう連れて行くことは諦めて、別の方法でスリーシャの身の安全を護らなくてはならない。どうやって護ろうか……と、思案していると、スリーシャの着ているワンピースのような服が目に入った。そして閃き、リュウデリアはしゃがみ込んでスリーシャに手を翳した。

 

 

 

「……?どうしましたか?リュウデリア」

 

「お前が同行する事が出来んのは理解した。故に、せめて同じ事が起きんように保険を掛ける事にした。動くなよ──────『黒龍の恩恵による加護(アルマデュラ・ファヴァール)』」

 

「リュウデリア、今のは一体……?」

 

「その服に魔法を付与した。序でに魔力もな。毎日発動しても200年は持つ魔力だ、それだけあれば十分だろう」

 

「200年……どんな魔法ですか?」

 

「簡単に言えば──────お前に手出しすると灰燼と化す魔法だな」

 

「えっ」

 

 

 

 さり気なく、とんでもない魔法を付与された服を摘まんで観察しているスリーシャだが、魔法なので目に見えるものが有るわけでは無い。それよりも普通に考えて、今の一瞬で毎日起動しても200年は持つ莫大な魔力を注ぎ込んで、平然とした態度のリュウデリアに驚くべきなのだろうが、スリーシャは気が付かなかった。

 

 今付与した魔法、リュウデリアが簡単に言いすぎたが、実際の効力を言えば、スリーシャに悪意を持った存在がスリーシャに害を与えようとした時、スリーシャの着ている服に掛けた魔法が自動的に起動し、その時その場所で最も効率良く効果的な魔法を発動するというものだ。普通の敵には大体炎が選択されるので、灰燼へと化すと言ったのだ。

 

 因みに、この魔法をスリーシャに使う時、リュウデリアの隣に居る治癒の女神オリヴィアが、どこか羨ましそうな目で見ていたとか何とか。

 

 

 

「と、とりあえず……ありがとうございますリュウデリア。折角魔法を掛けてもらったんですもの、この服…大切にしますね」

 

「いいなぁ…おかあさん」

 

「お前にも掛けておいたぞ。無いとは思うが、万が一スリーシャに掛けた魔法が発動しなかったらお前がスリーシャを護るんだ。いいな」

 

「わかった!えへへー。わたしにもかけてもらっちゃったぁ」

 

「ふふ。良かったですね」

 

「うん!」

 

「……さて、では俺とオリヴィアは行かせてもらう。何時かは解らんが、また来るからな」

 

「えぇ。待ってますね、リュウデリア、元気でね。今回は本当にありがとう。オリヴィア様も本当にお世話になりました」

 

「気にするな。私も理由があっただけのことだ」

 

「さびしくなるけど……ばいばい」

 

 

 

 目の端に涙を溜めている小さな精霊が手を振り、スリーシャを一緒に微笑みを浮かべながら笑みを浮かべてくれた。そんな2人の視線を背中に受けながら、リュウデリアとオリヴィアは去っていった。スリーシャは2人が見えなくなるまで見送り、着ている服をぎゅっと握り締めた。

 

 態々助け出してくれて、本来は何を要求されるかも解らないというのにオリヴィアと契約して傷を治してくれて、更には同じ事が無いように魔法による加護もくれた。同じく嬉しい気持ちが有るのだろう、自身の着ている服を見ては嬉しそうに笑って無邪気に飛び回る小さな精霊を見てクスリと笑う。

 

 スリーシャはオリヴィアから後になって聞いたのだが、リュウデリアはスリーシャ達を救い出すために、攫った国三つを塵も残さず消し去ったという。更にはそこに住んでいた者達も全て殺して。例外は無く、女子供、赤子、老人、罪の無い者達を、一切温情も慈悲も無く、冷酷非道に容赦無く、淡々と躊躇いなく殺し尽くしたという。

 

 人々は恐らく、国を三つも1日で滅ぼしたリュウデリアの事を恐れ慄き、嫌悪し、邪悪だと罵ることだろう。例えその裏にあるのが助け出す為とはいえ、余りにも殺しすぎた。それでもリュウデリアは見つけるまで止まらず、人間の中でも特別な『英雄』すらも屠って来てくれた。それに嬉しいと思う自身もまた、リュウデリアと共に罵られるべき存在なのだろうか。

 

 スリーシャは1人でクスリとまた笑う。その笑顔は綺麗で美しく、見る人を虜にするものだろう。但し、その笑顔に隠れる黒い感情さえなければの話だが。リュウデリアは善悪で言えば悪だろう。でなければ関係の無い者達まで巻き添えにして皆殺しなんかにするわけが無い。そしてスリーシャはそんなリュウデリアの近くに居た存在だ。

 

 純黒で禍々しく、残酷で非情な黒龍の近くに居て、影響を受けないなんて奇蹟が起こり得るだろうか。いいや、そんなことは無い。スリーシャも少しとはいえリュウデリア側へ染まっているのだ。例えば、スリーシャは国が三つ滅んだことに対して特に何とも思っていない。人々が大勢死んだとしても、思うことは無い。それどころか、森に火を放った人間が死んで清々していると言っても良いだろう。

 

 

 

「リュウデリア。私がこんな精霊と知ったら……幻滅しますか?でもあなたが悪いんですからね。私を助けて、私を護って、私にこんな贈り物(魔法)までくれて。だから……私はどんなことがあっても、あなたの味方ですからね?」

 

 

 

 

 

 ──────私の可愛い龍の子……リュウデリア。

 

 

 

 

 

 スリーシャは美しい精霊ではあるが綺麗な精霊ではない。そもそも、人間ならざる存在だというのに、人間を基準にして考えるのが可笑しいのだ。精霊とて、時には冷酷にだってなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアは今、蒼い大空を飛んでいた。最初は歩いていた2人なのだが、リュウデリアの体は大きく、それに伴って一歩の距離が大きいため、普通の人間と変わらない大きさのオリヴィアとは歩幅が全く合わないのだ。それに、今のところの目的の地であるリュウデリアの住処まで、歩くとかなりの距離がある。そこで、オリヴィアをリュウデリアが運んで飛んで行く事となった。

 

 風で吹き飛ばされないように、リュウデリアの掌の上に乗っているオリヴィアには、魔法による防御壁を作ってある。これで速度を出しても落としてしまうことはないし、何かの拍子にオリヴィアが落ちてしまう心配も無い。

 

 魔法の防御壁がある範囲で下を見るオリヴィア。かなり高度な場所を飛翔しているので、眺めはとても良い。それに、二人きりという面に於いても申し分ない。更に言わせて貰えば、今なら触りたいと思っていたリュウデリアの鱗に触り放題なのだ。腰を下ろして座り、リュウデリアの掌に触れる。混じり気の無い純黒の鱗は硬く、そして温かかった。

 

 陽の光を純黒が吸収して温かくなっているのか。リュウデリアの体の温かさなのか。指の方に寄り、指の腹に頬を付ける。オリヴィアは後者だと思っている。中から温かさが伝わってとても安心するのだ。このまま頬擦りをしていると微睡みの中に入ってしまいそうだ。しかしそれも良いのかも知れない。そう思いながら目を閉じる。

 

 

 

 ──────……解らん。この女は何故俺の傍に居る事を条件とした?ここ数日、この女は不審なことをするどころか、寧ろ害意や悪意が一切無い。精霊にも好かれ、スリーシャからは信頼関係を築いていた。そして最も解らんのが……この女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。国を辿った順番、塵芥共の殺し方。使った魔法。それら全てを知っていた。スリーシャに説明しているのを聞いたから間違いは無い。だが妙だ……俺はあの時、確かに周囲に他の生物が居ない事を気配や魔力で感知していた。にも拘わらずこの女は間近で見ていた口振りだ。

 

 

 

 ここ最近、リュウデリアはオリヴィアの事を考えていた。どう考えても可笑しい。気配はしなかった。視線も感じなかった。あの時はかなり頭に血が上っていたことは否めないが、それでも己の感覚に間違いは無い。つまり、リュウデリアも言っているが、まるで見ていたようなのだ。それも口振りからして、間近で最初からずっと。そうでなければ辻褄が合わない。

 

 一体どうやって見ていたというのか。オリヴィアの力は傷を治す事が出来る治癒の能力。その力は凄まじいもので、死にかけのスリーシャの傷を瞬く間に治す程のもの。まだ傷を負った事が無いので、その力がどのように凄いのかを体験できていないリュウデリアだが、傍目から見て凄まじいと感じた。

 

 回復魔法。それは古代に失われてしまった大古の魔法であり、その中でも難易度が飛び抜けて高いとされる代物だ。今は既に失われてしまい、リュウデリアでさえも独自に開発が出来る段階に至っていない。つまり、オリヴィアの治癒が今のところの唯一の手段である。

 

 最初、リュウデリアはどうやって国を滅ぼす様子を見ていたのか、何故会ったことも無い筈の自身の傍に居たいと願ったのかを聞こうと思った。しかしやめた。理由が解らないので警戒はしているものの、疑ってはいない。何故ならば恩人を助けてくれたからだ。万が一それで騙されたとしても、スリーシャは助かっているので、その面に関しては言うことは無いのだ。

 

 

 

「──────リュウデリア」

 

「……何だ?」

 

「今向かっているのは、お前の住処なんだろう?」

 

「そうだ。何だ、何か問題でもあったか?」

 

「いや、問題というよりも、提案だな」

 

「提案?」

 

 

 

 考え事をしている最中、突然話し掛けられたので反応が遅れてしまったのだが、オリヴィアは特に気にした様子は無く、リュウデリアに提案を持ち掛けた。リュウデリアは何に対する提案なのだろうかと小首を傾げながら、オリヴィアを載せた掌を顔の近くまで持ってきた。オリヴィアは微笑んでいる。自信満々に。是非やろうそうしようとでも言うように。

 

 

 

「お前は住処に戻ってそのまま暮らすのか?既に100年くらいは住んでいるだろう?ならば……偶には冒険をしてみるのも良いんじゃないか?」

 

「……冒険。つまり、宛ての無い旅をするということか?」

 

「そうだ。私はここ数日のお前を見ていたが、基本魔物を生で食っているな?大きさという面もあるのかも知れないが、街に行って人の作った物を食べてみないか?生で食べるよりも断然美味いと思うぞ」

 

「……ふむ」

 

「それにな、人間の街には図書館というものがあってな、これまでの歴史を綴ったものや、中には魔法に関することを記述した魔道書なんて物もあるらしい」

 

「……ッ!ほう?魔法を記したものか……それは俺も気になるな」

 

「そうだろう?勿論、騙すつもりは無いし罠に掛けるつもりも無い。何なら何時でも殺せるように魔法を掛けておいてもいいぞ。……どうだ?」

 

「……そうだな」

 

 

 

 リュウデリアは少し思案する。オリヴィアの提案は魅力的だろう。基本リュウデリアの体の大きさにあった動物は居ないので、巨体の魔物を狩ってそのまま食べるのが主流となっている。だがそれだと飽きが来るのだ。だが、だからといって何か創意工夫が出来るかと言われれば、それは否だ。リュウデリアに料理なんてものが出来る訳が無いし、そもそも料理を知らない。

 

 100年程前に見つけてから、今まで住み続けていた住処にこれからもずっと住み続けるのかと聞かれれば、それは否と答えるだろう。龍は一カ所を永遠に自身の住処とすることは無い。何百年かしたら、また新しい場所を探し求めて旅をするのだ。中には本当に気に入ってその場に留まる者も居るかも知れないが、今のところのリュウデリアにそんな予定は無い。

 

 手に載っているオリヴィアは変わらず微笑んでいる。騙される事を心配しているならば、殺傷性のある魔法を予め掛けておいても良いとまで言っていたのだ。それに、リュウデリアは人間の国に興味が無い訳では無い。スリーシャを甚振り、小さな精霊を殺した人間達に悪い感情を持っていないと言えば嘘になるが、全員が全員そんな者達では無いことは、理解している。

 

 己の武勇を誇る為とはいえ、世界最強と謳われる龍に単独で挑みに掛かった『英雄』ダンティエル。彼はリュウデリアが本気で戦えるように、スリーシャを痛め付けないように配慮した。名を名乗って敬意を払った。負けも潔く認めて散っていった。彼が居なければ、リュウデリアは今頃人間という種族そのものを嫌悪していたやも知れない。

 

 リュウデリアは考える。どこか期待の視線を送ってくるオリヴィアをチラリと見て、まあ何事も経験かと思って提案を呑むことにした。だが問題が一つ。そう、リュウデリアの巨体である。まだリュウデリアは自身が『殲滅龍』と噂されて純黒の黒龍というだけで恐怖の対象となっている事を知らないが、龍で純黒で巨体。コレだけあれば人間は一目散に逃げるだろう。故に、リュウデリアは人の居る場所に行けるとは思えなかった。

 

 

 

「恐らく、お前のその体について思うところが有るのだろうが、それについても私に考えがある」

 

「ほう……?」

 

「お前は少し、窮屈な思いをするのかも知れないが、上手くいけば容易に人の居る場所へ行くことが可能となるぞ。そうすれば世界が更に広がるというものだ」

 

「……成る程。では聞かせて貰おうか。お前の案というやつを」

 

「ふふっ……」

 

 

 

 オリヴィアは待ってましたと言わんばかりに、リュウデリアに考えていた案を話し始めた。その案を聞いたリュウデリアは微妙な表情をしていたが、最後には溜め息を吐きながら了承するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────なァ。何時までオレを待たせるつもりだ?」

 

「待たせている事には謝罪する。だがもう少し待ってくれ。当初の計画通りに事を進めたい」

 

「……チッ。なら確実に成功させろよ。失敗なんてしてみろ、オレがテメェ等全員殺してやるからな」

 

「……我々も()()()()()()怒りを買おうとは思っていない」

 

「なら精々キビキビ働くこったな。オレは人間共の恐怖に染まる顔が見てェンだよ」

 

 

 

 見上げる程の大きさの影と、人の影が周囲に誰も居ない空間で会話をしていた。一見普通に過ごしていれば相見えるとは思えない二つの影なのだが、共通していることが一つある。それは、両者は単純な悪意を広めようとしているということだ。

 

 そして二つの影が話し合いを終わらせたようで、人の影がその場から去って行くと、大きな影は独り言ちる。不愉快そうに、苛立ちを籠めたように。

 

 

 

 

 

「──────『殲滅龍』ねェ。随分身の程を弁えない奴が居るもんだ……このオレを差し置いてよォ」

 

 

 

 

 

 悪意は近付いてくる。意図せずとも、暗闇に紛れながらやって来るのだ。そしてこの悪意がこれから何を齎すというのか、この時はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 



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第16話  初めての美味

 

 

 

 

 

「……よし。次の者、顔が見えるようにフードは取れ」

 

「私だな。……これで良いか」

 

「……ッ!?美し……あ、いや、ん゙ん゙ッ。こ、この街には何をしに……?」

 

「私は魔物使いなんだが、如何せん旅をしている身。ならば身分証明書代わりに冒険者にでも登録しておこうと思い、寄った。それに金稼ぎにもなるしな」

 

「な、なるほど……ではその肩に乗っているのが……」

 

「あぁ、私の相棒の──────リュウちゃんだ」

 

 

 

「──────グルルルルルルルル……………」

 

 

 

「……初めて見るタイプだが……とてつもなく威嚇されてるな……」

 

 

 

 街の入り口に立っている門番に、被っているフードを取れと言われて取り、見えたのはオリヴィアだった。門番はそのオリヴィアの美しさに惚けてしまったが、仕事があるので頭を振ってどうにか持ち堪えた。そしてオリヴィアはしれっと嘘をついている。魔物使いというが、実際は戦闘なんて出来る筈も無く、肩に乗せているのは魔物と言えば魔物なのだが、国を滅ぼした黒龍である。

 

 そう、何を隠そう……オリヴィアの肩に乗っている、顔の半分ほどの大きさをした黒いのはリュウデリアである。他の人からしてみれば、翼を生やした純黒の珍しい蜥蜴にしか見えていないが、唯魔法で小さくなっているだけである。

 

 オリヴィアの作戦はこうだった。どう考えてもリュウデリアがそのまま行けば、大惨事になるので魔法によって体を小さくし、そしてオリヴィアの使い魔という事にしているのである。それに先にもオリヴィアが言ったが、冒険者登録をすれば身分証明書となるので、見せれば何者なのか証明する事が出来るし、他の街にも簡単に入ることが出来る。

 

 設定であったとしても、誰かの下についているようで不満があったリュウデリアなのだが、オリヴィアに利点を挙げられ、それが納得できるものだったので仕方なく許可したのだ。先程威嚇したのは、門番の小さなものを見る目が気に入らなかったからだ。此処へ来る前に声は出すなと言われているので、我慢した。

 

 因みに、リュウデリアのことをリュウちゃんと呼んだことに対しても不満を覚えている。

 

 

 

「あー、ごほん。この街が初めてならば案内をしようか?」

 

「いらん」

 

「なら、美味しい食事でも──────」

 

「お前の仕事は女を口説く事なのか?そもそも私は容姿に目が行って下半身で会話するような男は好きでは無い。寧ろ嫌いだ。解ったら門番の仕事を続けるんだな。これ以上無駄な話をするならばお前の上司に苦言を呈すぞ」

 

「……申し訳ない……」

 

 

 

 にべも無く断られた門番は項垂れて仕事に戻った。リュウデリアはオリヴィアと門番の会話の意味が良く解っておらず首を傾げていた。案内が要らないというのは解るが、何故会って数秒の相手を食事に誘うのかが解らなかったのだ。

 

 無論、門番は美女のオリヴィアに性的興奮を抱いたので、下心在りきで食事に誘ったのだが、リュウデリアは今まで性的興奮を抱いた事が無い。まあ、他の雌の龍に会ったことが無いので仕方ないのかも知れないが、兎に角、余り理解していない様子だった。そのリュウデリアの様子を見てクスリと笑ったオリヴィアは、街の中へと歩みを進めて、入っていった。

 

 この街はリュウデリアが住んでいた住処から、スリーシャ達の居る大樹がある方向とは反対の方向に20キロ程行った所にある、小さくも大きくも無い普通の街である。それでも街は街なので多くの人が住み、賑わいを見せている。

 

 オリヴィアとリュウデリアは街の中を散策する。リュウデリアは初めて見る光景だった。国を滅ぼした時にも城下町に降り立ったのだが、スリーシャを取り戻すのに夢中で、人間の街のなんて大して見ていなかった。それに体が大きいので、見方が違っていただろう。

 

 

 

「……何やら良い匂いがするな」

 

「これは……ポテトだな。あの屋台から香ってくるようだ」

 

 

 

 服屋などをウィンドウショッピングしていたオリヴィアとリュウデリアは、何やら良い香りがしてきたのに反応し、そちらの方へ向かった。リュウデリアは嗅ぎ慣れない匂いだったろうに、不快では無く、香ばしく食欲をそそる匂いだった事もあって尻尾を振っている。

 

 意外と感情に正直な尻尾に、可愛いなぁと思いながら気づかれないように表情を取り繕い、進んでいった。やって来たのは小さなジャガ芋を串に刺し、螺旋を描きながら切って伸ばすことによって、トルネードの形をしている、ポテトトルネードを売っている屋台である。

 

 

 

「店主、それを二つ」

 

「おっ、姉ちゃん別嬪さんだな!君みたいな子が来てくれてオジサン嬉しいから一本おまけしとくよ!代金は二本分の600Gでいいからな!」

 

「助かる。金は600Gだな……うむ」

 

「ピッタリどうも!ありがとうねー!」

 

「よし、どこか座れる所に行って食べようか」

 

 

 

 オリヴィアが屋台のオジサンから二本受け取り、リュウデリアが残りの一本を尻尾で受け取った。立ちながらではなく、座ってゆっくりと食べようというオリヴィアの提案に、首を縦に振って肯定の意を示したリュウデリアを乗せて、座れる所を歩きながら探した。それから少し歩ったところにベンチがあったのでオリヴィアが腰を掛けると、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛び降りて隣に座り、ポテトトルネードを尻尾から手に移した。

 

 因みに、オリヴィアが普通に代金を払っていたが、当然オリヴィアは女神なので、この街に出発する時から金を持っていた訳では無い。ならばどうやって金を払ったのかというと……ぶんどったのである。盗賊から。予めオリヴィアに金が必要になると言われたリュウデリアは、先ず小さくなって空を飛び、オリヴィアを盗賊らしき者達が居る所の近くに行かせ、盗賊がやって来てオリヴィアに近付いた所でリュウデリアが降下して全員を叩きのめす。後は持ち物の金を全て奪って終わりである。

 

 

 

「……良い匂いだな」

 

「確かに。さ、まだ温かいうちに食べるとしようか」

 

「うむ……では」

 

 

 

 パクリ。と、2人同時に食べた。オリヴィアは美味しいと言いながら食べていたが、リュウデリアは一口齧って固まった。ジャガ芋というのはスリーシャから教えられているのだが、如何せん普通のジャガ芋は小さいのでリュウデリアが食べるには小さすぎて腹が満たされないので、今まで食べることは無かった。

 

 故にしつこくない程度に味付けがされたポテトトルネードが感動するほど美味しかったのだ。今まで食べていたのは魔物の生肉。特に美味しいとも不味いとも思わず、腹を満たすためだけに狩り、喰らう。唯それだけの作業に等しい行為だった。だが今や違う。まさかこんな物があったとは……と、尻尾を振りながら黙々と食べていった。

 

 食べ物というのは食べていれば必ず無くなる消耗品である。つまり、黙々と食べ進めていたリュウデリアがあっという間に食べ終えてしまうのは、仕方のないことなのだ。食べ終え、美味かったと余韻に浸りつつ、少し残念そうにしながらゴミの串を黒炎で包んで消した。すると、横から新しいポテトトルネードを差し出された。驚いて横を見てみると、微笑みを浮かべたオリヴィアが差し出している。

 

 

 

「元々おまけで一本多くあるんだ。食べていいぞ」

 

「……お前は食べなくて良いのか?これはお前がベッピン?だから貰ったものだろう」

 

「私は一本食べられれば十分だ。それにお前は元があの巨体だ。この程度食べた所で腹は膨れないだろう?これを食べて違うものをまた探そう」

 

「……ならば、貰うとしよう」

 

 

 

 見上げる巨体を魔法で小さくしているからといっても、食べる量は残念ながら変わらないのだ。変わっているのは大きさだけである。なので大食漢なのは変わっていない。一方オリヴィアは普通の女性と同じくらいしか食べられないので、一本食べられれば十分だと最初から考えていたし、リュウデリアが食べ終わったらあげようとも考えていた。

 

 くれるというオリヴィアの善意を受け入れて受け取ろうとしたのだが、リュウデリアの手がオリヴィアの持つポテトトルネードの串に触れる前に上に逸らされた。なんだ……と、思いながら非難する目を向けると、オリヴィアはクスクスと笑っていた。

 

 

 

「イジワルをした訳では無い。私が食べさせてやろうと思っただけだ」

 

「……?俺は自分で食える」

 

「まあまあ、そう言うな。ほれ、あーん」

 

「……?あーー」

 

 

 

 まさか騙されたのか?と思ったが、オリヴィアは何故か自身の手で食わせたいのだという。リュウデリアは自身の手で食べられると言っているのだが、譲らないようだった。まあ食べられるならばどちらでも良いかと考え、与えられるがままに差し出されるポテトトルネードを食べた。

 

 黙々と食べているリュウデリアなのだが、彼は知らない。与えている側のオリヴィアが幸せそうに微笑んでいることを。少々無理矢理食べさせた事に関しては否めないが、それでも手ずから与えた物を口にしてくれている。それだけでも大きな進歩と言えるだろう……と。何せ最初は果物を差し出してにべも無く断られたのだから。

 

 次第に無くなって串だけになると、リュウデリアはオリヴィアが持っている何も刺さっていない串を二本とも受け取り、黒炎で消した。灰すら残らず消すなど、一体どれ程の熱を持っているのかと言いたくなるが、ゴミが残らないので良しとしよう。

 

 オリヴィアとリュウデリアは、また違うところを散策した。色々な店を見て、リュウデリアが人間の街がどういうものなのかを知る機会を与えているのだ。リュウデリアは考える。此処へ来る前は、本当に行く意味が無く、食い物と魔道書等の本に興味を持っていたが、来てみて初めて分かる。人間が生活を工夫して住みやすくしていることを。

 

 食べ物も、色々な味付けをしてみたり、見た目も良くして飽きを来させないようにしている。音楽を奏でて心を落ち着かせたり、中には大道芸をして笑顔を届けたりしているのだ。そしてその中には、子供の手を引いた両親の姿もある。リュウデリアは無意識の内にその光景を見ていた。

 

 リュウデリアは親の顔を知らない。気付くと大空を降下しており、受け止めてくれる者もおらず、無情にも大地に叩き付けられた。周りには敵しか居らず、スリーシャ達に会ったのは奇蹟だろう。故に愛情を知らず、親の温かさや子供としての無邪気な心を持ち合わせていなかった。

 

 

 

「……どうかしたか?」

 

「……親……というものは解らんな。いや、親が解らんというよりも、子の親を頼る気持ちが解らん。俺は気付けば独りだった。誰も居らず、周りに居るのは俺を狙う魔物のみ。スリーシャ達は最初利害の一致からなる関係だった。だから俺は親から与えられる無償の好意を知らんし、無償の好意を求める気持ちも解らんのだ。……無償の好意を知らなくても生きてきた。……だから解らんものを与え、与えられている人間の親子を見ていると、常に未知の生物を見ている気分になる」

 

「……………………。」

 

 

 

 何となく口から出た言葉だった。悲観するつもりも、悲観している訳でも無い。唯事実を事実のままに受け止め、理解した上で、今広がる光景の中に居る人間の親子が、その光景を作っていること自体に疑問を抱いているのだ。親が居らず狩りの仕方も知らない。だがリュウデリアは余りある力を持ち、教えられる必要が無かった。だから出来た。出来てしまった。

 

 生まれてくれば必ず居る筈の両親が居ないのは、あまり見ない事だろう。人間の中にもそういった、子供を捨てる親が居る。そして人間に限らず、自然界にはそういった『捨てる』という行為は無数にある。だが捨てられて自力で生きていけるものは少ない。必ず誰かの力を頼らなければ生きていけないからだ。それが出来てしまったということは、それ程己()()()生きていく力に優れているということ。

 

 まるで捨てられることを前提とした力のバランス。リュウデリアは若しかしたら、独りであるべしという星の下に生まれてきたのかも知れない。だがそれに否と唱え、待ったを掛ける存在が今ここに居る。

 

 

 

「確かに、お前は親の龍に捨てられてしまった。しかし生きる術を学ばずとも理解したお前はすごいぞ……本当にな。生き物は誰かに支えられなければ生きていけない。それを独りで熟すんだ。弱いわけが無い。だが、それ故に親の子を思う気持ちに不可解さを覚えるならば考えなくて良い。親の龍なんぞ気にするな。所詮はお前のすごさを理解せず捨てた薄情な存在だ。だがお前の周りに誰も居ないとは考えるな。あの小さな精霊やスリーシャ、そして……この私が居る」

 

「…………………。」

 

「私がずっとお前の傍に居る。だから他の者達や親なんて考える必要は無い。条件を出して傍に居るが、条件なんぞ建前だ。そうしなければ近付くことすら出来ないから取った手段なだけで、私はずっと……お前の傍に居るからな」

 

「……そうか。」

 

 

 

 オリヴィアは肩に乗るリュウデリアが考え込みながら相槌を打ったのを、前を向きながら理解した。まだまだリュウデリアは親というものを理解し切れていない。理解し切れていないのに、傍に居ると言われても何故という疑問が生まれてきて、肯定も何も無いのだろう。故にそうかという相槌。

 

 だがオリヴィアはそれでも十分だった。今はまだ解っていなくとも、これから解って貰えれば良いだけなのだから。傍に居る。ずっと。他がどうであろうと関係無い。オリヴィアがリュウデリアの傍に居たいのだ。その気持ちは心の底からのものだ。それを本気で言っているからこそ、理解し切れていないリュウデリアにも届こうとしているのだろう。

 

 オリヴィアは歩きながら横目でリュウデリアを見て、優しく微笑んだ。そして思考していたリュウデリアはオリヴィアの視線に気が付いて小首を傾げる。そしてオリヴィアはゆっくりとリュウデリアに手を伸ばし、翼の付け根や背中、頭を優しく撫でた。撫でられたリュウデリアは拒否する事も無く、大人しく撫でられ、目を細めた。触れることも許して貰えている。少しずつ、少しずつ警戒心を解いてくれている。それだけで、オリヴィアは本当に嬉しそうに微笑むのだ。

 

 

 

 

 

 

 2人は向かう。今度は目的であった冒険者登録をするための冒険者ギルドへと。

 

 

 

 

 

 

 



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第17話  冒険者登録

 

 

 

 

 

「──────おい、見ろよ」

 

「すっげー美人じゃねーか」

 

「肩に乗せてんのは使い魔か?見たこと無い奴だな」

 

「龍に似てるが小せぇし、少し形が違う。翼が生えたトカゲか?」

 

「ローブのせいで体付きがあんま分かんねぇ……!」

 

 

 

 街の中を適度に散策していたオリヴィアとリュウデリアは、そろそろ頃合いだろうという事で冒険者ギルドへ向かった。名前は『黄金の鵞鳥(ゴールド・グース)』といい、この街と同じように大きくも無く小さくも無いギルドである。そして此処でのオリヴィアへの反応は街に入った時と同じだった。

 

 神なだけあって神がかりの美しさを持つオリヴィアに、冒険者ギルドの男達は目が釘付けである。ギルド職員の女性とてオリヴィアの容姿に感嘆の声を上げ、つい魅入ってしまう。なので、肩に乗っているリュウデリアの姿形に注視する者は余り居らず、居ても都合の良い勘違いを起こしている。

 

 思い思いに騒いでいたギルド内がオリヴィアが中に入ると直ぐに静かになり、視線が集まる。多くの視線が集まっているというのに、注目の的になっているオリヴィアが気にした様子は見られない。それを肩の位置から見ているリュウデリアは、やはりオリヴィアは人間達にとって興奮するような容姿をしているのだな……と、思っていた。

 

 

 

「冒険者登録を頼む」

 

「……えっ、あ、はい!冒険者登録ですね!では、まず最初に手数料の2000Gをいただきます。それと名前をお願いします」

 

「うむ。名はオリヴィアだ」

 

「……はい、料金を確認しました。オリヴィアさんですね。冒険者ギルドについてのご説明はいたしますか?」

 

「頼む」

 

「はい、畏まりました。では冒険者ギルドのランクについてですが──────」

 

 

 

 そこからは冒険者ギルドの受付嬢による、冒険者とギルドのシステムについて説明された。ランクは前章で説明した通り、Fから始まってE、D、C、B、A、S、SS、SSSと決められており、ランクが上がれば上がる分だけ報酬も良くなるが、難易度も同時に上がっていき、死の危険も伴う。特にSSSともなると、その実力は大陸で数人居るか居ないかというもので、『英雄』と謳われる者達と同列とされている。

 

 伝説では『英雄』同士の戦いで大陸の形が変わったとも言われている。そんなSSSの仕事は、普通の人間では立ち入る事の出来ない過酷な環境に於ける討伐や調査が主とされている。オリヴィアとリュウデリアは今初めて登録するので、最初のFからである。Fに求められているクエストは、薬草の採取や溝浚い等の内容となっている。

 

 クエストは紙に記されており、クエストボードに張られているので自分達で選んで取り、ギルドの受付嬢に渡して手続きを終えてからが開始となる。チームは4人制で、合同ならば8人で行くことも可能である。勿論、1人で行くことも可能であるが、あくまでクエストに行くのは自己責任という扱いになるので、自身の力を過信し、高ランククエストを1人で行って死亡したとしても、ギルドは責任を取らない。

 

 それらの説明を聞いたオリヴィアは、最後にギルド内に於ける暴力行為については如何なのか聞くと、受付嬢は何かを察したように頷いて詳細を話し始めた。ギルド内の暴力行為は基本的に先に手を出した者の責任となる。その場合、反撃されて傷を負ったとしても被害者の責任にはならない。そして更に加害者にはギルドからそれ相応の処罰を与えるとのことだ。それを聞いたオリヴィアは頷き、説明は終わった。

 

 

 

「これが冒険者の証となるタグですので、無くさないようにお願いしますね。つけるところはなるべく見せやすい所の方が良いですよ?私のオススメは首に掛ける事ですね!」

 

「そうだな。その方が見せやすく、取り出しやすい。私もそうしよう」

 

「ではこれで冒険者登録は完了です。今日はクエストを受けられますか?」

 

「時間も余っているし、簡単なものを一つ受けようと思っている」

 

「はい、畏まりました。ではクエストボードからクエストを選んでいただき、私の方まで持ってきて下さい。手続きをいたしますので!」

 

「うむ。分かった」

 

 

 

 オリヴィアは受付嬢の居る受付カウンターから離れ、壁に設けられているクエストボードの所まで行き、張ってあるクエストを見ていく。最初のFランクに出来るのは本当に簡単な仕事ばかりなので、最底辺のランクといえども、次のランクに上がるまでは基本的に早い。謂わば研修のようなものだ。

 

 意外と多くあるFランククエストでどれにしようか選んでいると、背後から大きな足音を鳴らして近づき、オリヴィアに声を掛ける者が居た。オリヴィアはやはりな……とでも言うように態とらしく深い溜め息を吐きながら振り返る。そこに立っていたのは大きな体に筋肉の鎧を纏ったスキンヘッドで顔に傷がある男で、如何にもありがちなシチュエーションだと思った。

 

 

 

「おい、女1人でクエスト行くのか?なんなら俺様が手伝ってやってもいいんだぜ?」

 

「失せろ。私は1人で行くわけでは無い。貴様には私の相棒が目に入らんのか?そもそも、貴様のような何日風呂に入っていないのか分からん悪臭漂う男なんぞ願い下げだ」

 

「──────あ゛?調子に乗ってんじゃねェぞ……このアマッ!!」

 

 

 

 沸点が低いのだろう、スキンヘッドの大男はオリヴィアに掴み掛かった、そして手が触れたその瞬間にスキンヘッドのオリヴィアに伸ばした右手が手首から先が無くなった。は?と訳が解らず頭に疑問符を浮かべている大男だったが、何時の間にか自身の手が手首から斬られているのだと理解すると尻餅をつき、血を噴き出す手首をもう一方の手で押さえて叫んだ。

 

 大男が突然倒れ込んで血を噴き出している事に驚いて、数人の男が大男の元に駆け寄って行った。その男達は大男がオリヴィアに声を掛ける光景を厭らしい笑みを浮かべて見ていた者達だ。大男の仲間だったのだろう。必死に血を止めようとしている。オリヴィアは絶叫している大男の方を一瞥すらしていない。代わりに見ている存在が一匹。オリヴィアの肩に乗るリュウデリアだった。

 

 一瞬の事過ぎて誰の目にも見えていなかったが、リュウデリアはお馴染みの尻尾の先に形成した純黒の魔力の刃によって、大男の手を斬り飛ばした。切断された手は、大男の傍に落ちている。回復魔法なんてものは失われた太古の魔法なので、くっ付ける事は出来ない。そして、傷を癒す回復薬があるにはあるが、流石に斬り落とされた手をくっ付ける薬は普通には出回っていないし、有ったとしても高額な品だろう。

 

 つまり、この大男の冒険者生命は今、断たれたことになる。リュウデリアは本来頭を斬り落とそうとするだろう。だがしかし、ここで殺してしまえば後が面倒くさくなると考え、手を加えられて被害者となった瞬間に死なない程度に斬り落とした。大男は冒険者ランクがCであるのだが、それが目にも止まらぬ速さでやられたことに、ギルド内ではざわめきが起こっている。

 

 オリヴィアは全く興味が無いようで、結局大男の方を一度も見ないまま受付カウンターの方へ、クエストボードから取ったクエストの紙一枚を持って向かった。先にクエストの手続きをしようとしていた他の冒険者は、オリヴィアが来るとあからさまに道を開けた。その道を堂々と通り、受付カウンターに居る、先程冒険者登録をしてくれた受付嬢にクエストの紙を渡した。紙を渡された受付嬢は、分かっていたとでも言うように苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「このクエストを頼む」

 

「……はい、薬草の採取ですね。50本の納品ですが、カゴなどは使いますか?貸し出しも出来ますよ」

 

「いや、大丈夫だ。それと先に言っておくが、私は被害者だからな。私に責任を押し付けるなよ?」

 

「あはは……一応私も見ていましたし、そんな感じがしていたので大丈夫です。彼には後で処罰の内容を伝えて処置しますので、オリヴィアさんはクエストに行かれて大丈夫ですよ」

 

「うむ。頼んだ」

 

 

 

 手続きが終わり、いざクエストに向かってオリヴィアが歩き出すと、誰も近付こうともせず、総じて道を開けていった。声を掛けようとする者も居ない。騒がしさも消えて静かになったものだ。しかしオリヴィアは清々しい気分であった。無駄に声を掛けられるのが好きでは無い。見ず知らずの男に馴れ馴れしく声を掛けられるのも好きでは無い。今が丁度良いと言える。

 

 冒険者登録をしたのだって念の為というものであるし、ランクを上げたいと考えている訳でも無い。必要最低限のクエストを今受けようとしているだけなのだから、自身達のことは放っておけと思っていた。そちらから寄ってこないならば是非も無い。

 

 誰も近寄ってこないことに上機嫌となりながら、オリヴィアとリュウデリアはクエストに出て行った。内容は単純な採取もの。街の外等で生えている薬草を50本取ってきてギルドに持ち帰る。それだけである。溝浚いの仕事があり、それは街の中で出来るのだが、流石に臭いが気になってしまうので、今回は薬草の採取である。

 

 街へ入る時に対応された門番とまた会いながら外へ出て、リュウデリアがオリヴィアの全身を薄く魔力で覆った。それだけで、オリヴィアの移動速度は格段に上がるのだ。その場で少し屈んで跳躍すると、高く高くその身を跳ばし、近くの木々が生えた場所まで3回跳ぶだけでついてしまった。

 

 

 

「ふぅ……これは中々に気持ちが良いな」

 

「俺は翼で飛ばず、お前に乗って風を切るのが新鮮で変な感覚だ」

 

「お前の魔力での強化のお陰で三歩で着いてしまったしな。お前は私に乗っていていいぞ。元のサイズに戻れば此処からでも見えてしまうからな」

 

「細かい大きさの調整も出来るが……まあいい。今回はお前に乗って移動するとしよう」

 

「ふふっ。落ちないようにな?」

 

「……分かっている」

 

 

 

 肩にリュウデリアを乗せたまま、オリヴィアは歩き出して薬草の捜索を開始した。流石の女神でも薬草は知っていたので、リュウデリアが態々どれが薬草なのか説明をすることも無い。オリヴィアは鼻歌を歌いながら薬草を探す。リュウデリアも一緒に薬草を探していた。

 

 歩って数分もすれば、リュウデリアが薬草の匂いを嗅ぎ取って方向を尻尾で指して示す。その方向にオリヴィアが向かえば、周りの雑草とは少し違う形をした草を見つけた。早速リュウデリアが魔力を操作して薬草を一本引き抜くと、オリヴィアから待ったを掛けられた。どうやら自身の手で抜きたいとのこと。

 

 草抜きを経験してみたいと言う神も居るんだな……と、思いながら了承し、抜くのはオリヴィアに任せた。しゃがんで根元を掴み、引き千切らないように抜いていく。最後まで抜ききると、リュウデリアの魔力の操作で薬草が浮かび、オリヴィアの横を追従していた。最初にリュウデリアが魔力操作で抜いた薬草もあるので、今二本分の薬草が浮いている。

 

 その後もオリヴィアが抜いてリュウデリアが魔力で受け取って浮かせるという作業を繰り返し、あっという間に目的の50本に到達してしまった。案外早く終わったが、まだ目前に何本かの薬草が生えているので、序でに採っていくオリヴィア。結局最後は50本ではなく、80本の薬草を採取していた。土で汚れたオリヴィアの手は、リュウデリアが魔法で水を生み出して洗い流した。

 

 採った薬草が80本も重なると、中々の量になる。そんな薬草の束は、リュウデリアが器用に指を鳴らすと、魔法陣が展開されて姿を消した。魔法で別の空間に送ったのだ。目的の物も採取し終わったので、早速リュウデリアとオリヴィアは街へと帰る。帰る方法は来た時と同じで、リュウデリアの魔力で単純に強化された力で直ぐに街へ着いた。

 

 たったの三歩で街へ帰ってきたオリヴィアとリュウデリア。オリヴィアは、また性懲りも無く食事に誘おうとしてくる門番に首から提げた冒険者の証明であるタグを見せ、誘いを完全に無視して入っていった。勿論門番は溜め息を吐いて項垂れた。街へ入り、冒険者ギルドへと入っていくと、またしても静かになった。どうやら出る時の大男にやったデモンストレーションが効いたようである。

 

 

 

「……これを。目的の数に達したが、まだ少し生えていたから序でに採ってきた」

 

「……えっ、今空間系魔法を……あはは……。はい、えーっと……薬草80本の納品ですね!余分に採られた分については此方で買い取りますので安心して下さい」

 

「頼んだ。それと、お前のオススメでいいから、風呂の付いている宿を教えてくれないか?まだ泊まる宿を決めていないんだ」

 

「そうなんですね!なら、丁度良い宿があるので紹介しますよ?あ、報酬は薬草一本につき200Gなので、全部で16000Gです」

 

「うむ。確かに」

 

 

 

 しれっと空間系魔法を使用している事に驚いている受付嬢だったが、どこか他の冒険者達とは違うと考えているのだろう、何も聞かないで手続きを済ませてくれた。有能である。オリヴィアは他の一々騒々しい者達とは流石に違うな……と、思いながら、クエストの報酬である16000Gの入った袋を受け取り、中にちゃんと全部入っているかを確認すると、今度は受付嬢からオススメの宿の場所を聞く。

 

 用件を全て済ませたオリヴィアは、誰かに道を遮られる事も無く、ギルドを後にした。無論、オリヴィアとリュウデリアが出て行った後は、使っていた空間系魔法についての話が出ていたが、結局オリヴィアが実はすごい新人なのではという結論で終わった。

 

 日が沈み始め、夕陽が見えて景色が茜色になりつつある時間帯、オリヴィアとリュウデリアはゆっくりと目的の宿へと向かっていた。人間の街での一泊は初めての経験なので、二人ともどんなものなのだろうかと興味を持っている。まあ一泊すると言っても、宛がわれた部屋で眠ったりするだけなのだが、興味があるのは泊まる部屋である。

 

 少しずつ通りを歩く人が減り始めた頃であり、そうなればオリヴィアの美しさに見惚れてしまう人も減り、視線も必然的に減る。鬱陶しい視線が消え始めたことに、オリヴィアは上機嫌そうだった。リュウデリアも、晩飯でどんな物が食べられるのか少し楽しみにしていて上機嫌である。

 

 

 

「此処が受付嬢の話していた『旅人の休憩所』だな。……すまないが、部屋が余っていれば一泊させてくれるか?」

 

「はい!旅の御方ですかね?ウチは食事付きで一泊一万Gでやってますけど、どうしますか?」

 

「ほう、食事が……では頼む」

 

「……はい!確認しました!ここの宿は使い魔の同伴もオッケーなので、存分にお寛ぎ下さいね!食事は1階で他のお客さんと共同で、2階がお部屋になってまーす!」

 

「分かった」

 

 

 

 紹介された宿は2階建てで中々に大きく、食事付きで中々の値段だったので即決した。オリヴィアとリュウデリアは宿の受付で部屋の番号が書かれている木のタグが付いた鍵を受け取り、二階の階段を上がって部屋を探した。少しだけ歩って目当ての番号が書かれた部屋は、運が良いことに角の部屋だった。ドアノブに鍵を差し込んでドアを開けると、中はとても綺麗だった。

 

 元々この宿は風呂の付いた部屋のある宿といことで受付嬢が紹介してくれたので、部屋とは別に洗面所と風呂場が設けられている。女神でも風呂には入る。汚れが付いてしまうので落とすためにも入るし、何と言っても温かい湯船に浸かるのは気持ちが良い。汚れが落ちて綺麗になったと自覚できることも大きい。

 

 

 

「よし、では一緒に風呂に入ろうか?」

 

「風呂とは水浴びのようなもののことだろう。ならば俺は一匹で入れるぞ」

 

「まあまあそう言わずに、私が綺麗に洗ってやるから」

 

「いや、俺は一匹で……ぅぐふっ」

 

 

 

 オリヴィアは肩に乗っているリュウデリアを鷲掴んで両手で抱えると、洗面所に行って風呂場のドアを開けて中にリュウデリアを置いてきて、オリヴィアは素早く着ているローブなどを脱いでいった。大体が曇りガラスになっているドアからは、服を脱いでいるオリヴィアの影のシルエットが映っている。普通ならば胸が高鳴っても当然な光景なのだが、リュウデリアは溜め息を吐いているだけだった。

 

 何故態々二人で入ることになっているのだろうと思っていると、オリヴィアが入ってきた。タオルも巻かない、美しい肢体をこれでもかと見せる生まれたままの姿。誰も見た事が無いだろう、どんな宝石にも勝るその肢体をリュウデリアに見せ付ける。大事なところも一切隠さないその様子から一転して、顔はほんのりと朱に染まっている。煽情的なその姿に、リュウデリアは柔らかく脆そうという感想しか無かった。

 

 

 

「……その、どうだ?」

 

「……?擦れ違う人間を見ていたが、総合的に見ればお前の肢体が最も均等が取れて美しい?んじゃないか?龍の俺には余り分からんがな」

 

「……っ……いや、その言葉だけでも十分だ、ありがとう」

 

 

 

 ほんのりと染まった朱が濃くなった。何故赤くなっているのだろう。皮膚の色が変わるなんて不思議だな……と、場違いなことを考えているリュウデリアを抱き抱え、椅子に座って膝の上にリュウデリアを置いた。シャワーのノズルを取ってお湯を出し、リュウデリアに掛けていく。温かいお湯を受けて目を細め、最初から置かれているスポンジと石鹸を使って泡立て、リュウデリアの体を洗っていった。

 

 洗ってくれる手つきはとても優しい。リュウデリアの鱗は尋常では無いほど硬いと知っているだろうに、まるで壊れ物のように扱うのだ。それがもどかしいとも感じているが、同時に心地良いとも感じているリュウデリアは、されるがままだった。そしてリュウデリアが洗い終わってオリヴィアが自身の体を洗う。

 

 普通ならば絶対にお目に掛かれないオリヴィアの体を洗う姿なのだが、リュウデリアは魔法でバスタブにシャワーから出て来るお湯と同じくらいの温度のお湯を出して貯めていた。満タンまで入れると、頭から入ってお湯を溢れさせる。そして中で適当に泳いでから顔を出すと、此方を見ているオリヴィアと目が合った。ニッコリと嬉しそうに微笑むオリヴィアに、リュウデリアは小首を傾げる。

 

 その後、洗い終わったオリヴィアも湯船の中に入り、リュウデリアを抱えて肩までゆっくりと浸かり、体が芯まで温まったところで二人で出て来た。置いてあるバスタオルでリュウデリアの全身の水気を拭き、自身も身体を拭いていく。髪の毛の水気は、リュウデリアが魔法を使って一瞬で乾かしてくれた。本当は二人揃って最初からそうしようとしたのだが、オリヴィアがリュウデリアを拭きたいと言ったので、取り敢えず任せていた。

 

 その後は宿の貸し出しの服に着替えて1階に降り、晩飯を二人で食べた。食事のメニューは決まったものから選べるという事だったので、オリヴィアは軽くサラダで、リュウデリアは鶏の唐揚げ定食を頼んだ。勿論、食べようとするとオリヴィアが食べさせると言って譲らないので、デジャヴだと感じながら全部食べさせられた。

 

 料理に舌鼓を打って部屋に戻ってきた二人は、歯を磨いた。基本歯を磨く習慣なんて無いリュウデリアなのだが、食べた後は歯を磨くものだとオリヴィアに力説されて、慣れないぎこちない動きで歯ブラシを使って歯を磨いた。その姿をオリヴィアは何故かずっと凝視していたのだが。

 

 

 

「ふぅ……この布団は柔らかいな。とても気持ちが良い」

 

「ふむ……こんな柔らかい物の上で寝るのは初めてぐふぅ……おい、何故抱き締める」

 

「ふふっ。お前を抱き締めて寝るのが小さな夢だったんだ。寝苦しくはさせないから、このままで……」

 

「頭の下にあるやつでも抱いて寝れば良いではないか」

 

「んん……お前は……温かくて……好……すぅ……すぅ……」

 

「お前……!抱き締めてそのまま寝る奴があるか……全く」

 

 

 

 美しい純白の長い髪がベッドの上に広がり、リュウデリアを優しく腕で包み込んでそのまま眠ってしまった。神にも睡眠が必要なのかと言いたくなる寝付きの良さに、リュウデリアは溜め息を吐いてそのまま眠る事にした。

 

 今まで人間のような行動はしたことが無かっただろうに、今日は色々と歩き回ったり、多くの視線の中を歩って来たり、それにクエストの内容である薬草の採取でも主に動いていた。リュウデリアは今日、オリヴィアの肩に乗って、少し大男の手首を斬り落としたのと、魔力操作で色々としていたぐらいしかしていない。冒険者の手続きや薬草の採取、食べ物を手ずから与え、街の中も徒歩で移動していた。

 

 魔法を使えば直ぐのことも、リュウデリアに頼まず出来ることは自分でやっていた。神だというのに、偉そうにもしない。まるで心の底から自身を気遣っているような振る舞いから、確りと自身の心まで伝わっていた。見ていないようで、何とも思っていないようで、リュウデリアは確りとオリヴィアの事を見ているし、考えていたのだ。

 

 リュウデリアは少し迷った様子を見せるが、目の前に広がるオリヴィアの美しい寝顔を見て、ふっ……と、少し笑って顔を近付ける。オリヴィアの鼻に、自身の鼻をコツンとつける。それから少し顔を振って鼻を擦り合わせると、ゆっくりと元の位置へ戻る。

 

 

 

「今日はご苦労だった、ゆっくり休むといい。……色々とありがとう」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「……おやすみ」

 

 

 

 リュウデリアはオリヴィアの腕の中で静かに眠りについた。そして眠っていたオリヴィアは知らない。龍が鼻を相手の鼻に擦り合わせるのは、感謝や親愛を表す時に行う行動なのだが、そもそもこの行動は自身の認めた相手にしかしない、大切なものである。

 

 

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアから認めて貰えるように頑張っているが、殆ど認めている事を自覚する日は……案外近いのかも知れない。

 

 

 

 

 

 



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第18話  黒龍は『殲滅龍』を知る

 

 

 

 冒険者ギルドの受付嬢からオススメで教えてもらった宿に一泊したオリヴィアとリュウデリア。朝、先に起きたのはオリヴィアで、となりに眠るリュウデリアを寝惚けた半目で見ながらゆるりと微笑み、起こさないように頭をそっと撫でてからベッドから起き上がり、洗面所に行って顔を洗った。

 

 髪が長いこともあって寝癖が付いている。それを直してから鏡の前でチェックをする。神であっても身嗜みには気をつけるのだ。そしてチェックを済ませて問題が無ければ、寝室に戻って自身の服に着替える。ローブを纏ったところで、リュウデリアも起きた。眠そうに頭だけを上げて辺りを見渡すその姿に、オリヴィアはクスリと笑った。

 

 ボーッとしているリュウデリアに近付いておはようと挨拶をすると、眠そうなおはようという挨拶を返された。余程柔らかいベッドが合っていたのだろう、予想以上にリュウデリアは熟睡していたようで、目も半開きになっている。オリヴィアは連れて行っても問題ないだろうと判断して、リュウデリアを抱えて部屋を出る。鍵を閉めて2階から1階に降りる。

 

 既に起きて朝食を取っている他の客も居て、階段を降りてきたオリヴィアの美貌に驚いて固まったのを無視し、空いている席の所に行き、自身が座る反対側のテーブルの上にリュウデリアを降ろし、自身は椅子に腰掛ける。座って少し待っていると、従業員の女性がやって来るので朝食を頼み、待つ。その待っている間は、まだ少し眠気を取り切れていないリュウデリアの観察をしていた。

 

 テーブルに肘を付き、手の平の上に顎を載せる姿勢を取っているオリヴィアは美しい。その証拠に朝食を取っていた他の客の視線を一人占めしていた。それも主に男性の。恋人だろう男性と朝食を食べていた女性達は、他の客に見惚れている相方に怒りを露わにし、耳を引っ張っていた。そんな他の視線を集めるオリヴィアの視線は、常にリュウデリアに向いている。なんと羨ましい事だろうか。

 

 

 

「はい、ウチの宿で出している定番の朝食でーす!メニューは、スクランブルエッグとハム。サラダにコーヒーです!使い魔ちゃんの飲み物はコーヒーじゃない方が良かったですか?」

 

「んー、念の為果実のジュースでも貰おう」

 

「はーい、畏まりました!」

 

 

 

 直ぐにリュウデリア用のジュースを持ってきた従業員の女性に礼を言い、オリヴィアとリュウデリアの朝食が始まった。他の客にも使い魔らしき小さな魔物であったり、狼の魔物を傍に座らせていたりするが、全員飼い主が手ずから食べさせている。床やテーブルを汚してしまうと考えているからだろう。だがリュウデリアは違う。

 

 オリヴィアはリュウデリアをチラリと見ながら、リュウデリアが他と比べて優秀な事に優越感に浸る。リュウデリアは手や食器を使わず、魔力操作で食べ物を浮かし、口元まで運んで食べている。口の中に入れられる分だけを浮かせ、食べる。絶対に溢す訳が無い。これには他の客も思わず見てしまう。

 

 明らかにサラダを食べているオリヴィアではない。ならばもう、リュウデリアが自身で浮かせて食べている事になる。繊細な魔力操作技術。それをあんな小さな使い魔が熟しているとは……と、興味深そうに見ているのだ。すると、視線に敏感なリュウデリアが周囲を見渡し、見ている者達を黄金の瞳で見返した。

 

 つい他人の使い魔を覗き見ていた者達は、リュウデリアが見返してきた時、背筋に冷たいものを感じた。目で見て見えている分には肩に乗せられる小さな使い魔だが、目が合った瞬間にはまるで……強大で巨大な何かに見られている感覚に陥った。冷や汗が噴き出て、食器を持つ手が震える。リュウデリアが目を細めると、目線を前に戻した。触らぬ神に祟り無し。もう盗み見るのはやめようと心に決め、自身の使い魔を撫でて気を紛らわせた。

 

 オリヴィアはその光景を見てほくそ笑む。リュウデリアを唯の使い魔だと思って舐めているからそうなるのだと。そもそも使い魔ですらないのだが、オリヴィアとてリュウデリアが小さく見られるのは気に入らない。本来の姿は見上げるほど大きく、勇ましく気高く崇高で強大な力強さを持つ姿をしているのだから……と。

 

 

 

「さて、今日はどうする?」

 

「ふむ……冒険者のランクを一つ上げておくのはどうだ?どうやら最底辺のFランクというのは研修?というのを兼ねたものらしい。本も捨てがたいが、どちらも時間を置いて逃げるようなものでもない。ならば先に勝手が分かる冒険者ランク上げから入るとしよう」

 

「お前が良いなら、今日もクエストだな」

 

 

 

 周囲の者達にバレないように小声で会話する二人。今日は何をするかというものだったが、リュウデリアの考えの元、冒険者ランクを一つ上げるということになった。冒険者ランクの内、Fランクというのは最底辺であると同時に研修のようなものである。つまり、本格的な冒険者とは声を張って言える状況では無い。ならば如何するか。とても簡単である。ランクを上げるだけだ。

 

 Fランクのクエストを数回受ければ、FからEへと上がる。簡単なクエストなのは変わらないのだが、Eに上がったところで、本当の冒険者の始まりとも言えるだろう。そして肝心なことがここで一つ。Fランク冒険者は一年以内にランクを上げなければ、冒険者協会の方から強制的に冒険者登録を剥奪するということだ。本来ならば一週間もあれば、十分以上にランクをEに出来るというのに、それが一年も経つということは、冒険者をする意思が無い……と、とれるからだ。

 

 オリヴィアとリュウデリアは人間ではない。この街に寄ったのだってリュウデリアの元住処から一番近くに有ったからに過ぎない。冒険者登録とて、他の街や国に行った場合の身分を証明出来る物を念の為に作っておく為だ。故に明確な確固たる理由があって登録するわけでは無い。そうなれば、若しかしたらFランクのまま一年を優に超える期間活動しないかも知れない。それを考慮し、ランクを一つ上げるのだ。

 

 話が纏まった二人は立ち上がる。リュウデリアはオリヴィアの体を登って肩の上に乗り、伏せている状態に入る。出来るだけ蜥蜴などを基にした使い魔に見せる為だ。まあ、翼を生やしている時点で普通の蜥蜴にはあまり見えないだろうが。

 

 席を離れて受付の所まで行くと、借りていた部屋の鍵を受付の女性に返却した。元気の良いありがとうございましたという挨拶を背中に受けながら街道に出た。今日の天気は雲が少し有るが、晴れていて気持ちの良い空が広がっている。風も強くなく微風程度だ。クエストを行うにはもってこいの天気だろう。

 

 歩きながら、美貌の所為で多くの視線を集めるのは面倒だからということで、オリヴィアはローブに付いているフードを被った。これで顔を見られて視線を集めることは無い。因みに、このフードはリュウデリアが魔法で造った代物で、勿論純黒の色である。

 

 このフード付きのローブ、実はとんでもない力を籠められている。例えば、オリヴィアが死角から不意打ちをされたとしても、着ている限り物理攻撃の威力を九割以上軽減させ、魔法は撃たれた方向、撃ち込まれた威力でそのまま跳ね返し、万が一反射を貫通した魔法は、物理攻撃と同じく九割以上軽減させるというとんでもない代物である。更にローブ自体が物理と魔法に非常に高い耐性を持っている。つまり、着ている限りオリヴィアはほぼほぼ無敵に近い。

 

 これはオリヴィアを外的要因による攻撃から護る為という理由もあるが、最もたる理由は、リュウデリアが魔法を放った時、仮にオリヴィアに誤射してしまったり、広範囲で捲き込んでしまったとしても、あまりダメージを与えないようにするためのものである。リュウデリアが誤射したり、範囲を間違えたりするのは殆ど無いに等しいが、念の為である。

 

 こうして説明している間にもオリヴィアとリュウデリアはギルドに着いた。フードを被って顔を隠しているが、純黒のローブと純黒の鱗を持つ蜥蜴のような翼を生やした使い魔を肩に乗せているのは、オリヴィアしかギルドに居ない。直ぐに誰か察すると視線が集まる。たかだか大男の手首を斬り飛ばした位で、随分と敬遠するものだと鼻で笑うと、クエストボードの前に立ってクエストを見繕う。

 

 

 

「討伐系のクエストは無いんだな。Fランクは基本採取や街中の無くした物を見つける……なんて下らんものばかりだ」

 

「まあまあ、そう言うな。お前も自分の口で研修だと言っただろう?討伐系クエストはEからだ」

 

「チッ、つまらん。……ん?そうだ、こういうのはどうだ?」

 

「……ほう。ふむふむ……それは良い考えだ。それなら直ぐにEへ上がるな」

 

 

 

 オリヴィアは小声で提案してくるリュウデリアの案に耳を傾けると、早速提案通りにクエストボードから依頼書を千切って受付カウンターの方へと向かう。丁度誰も並んでおらず、スムーズに受付をする事が出来る。そして受付カウンターに居たのは、昨日オリヴィアとリュウデリアの受付を担当してくれた受付嬢だった。

 

 二人が来たことにニッコリとした笑みを浮かべて歓迎してくれた。他の者達が恐れている中で、唯一恐れず接してくれつつ、余計なことを聞いたりしてこない、有能な受付嬢である。

 

 

 

「おはようございます、オリヴィアさん。使い魔さんもおはよう」

 

「…………………。」

 

「おはよう。お前の紹介してくれた宿だが、中々どうして良いものだった。また利用させてもらうかもしれん」

 

「良かったぁ。使い魔さんも居るので使い魔同伴でも大丈夫な宿を紹介させて頂きました!それで、今日のクエストはどれですか?」

 

「それなんだが、同時に複数受けてしまおうと思ってな。どうせFランクのクエストは簡単なものであるし、短時間で終わるものを何度も行ったり来たりするのは些か面倒だ。そこで、4つ持ってきた」

 

「な、なるほど。まあ、同時に複数受けてはならないというルールはありませんし、不可能じゃない範囲なら大丈夫ですよ。それにFランクの簡単なものですし。それで、えーっと依頼は……薬草の採取を4つですね!」

 

「溝浚いでも良かったんだが、使い魔のリュウちゃんの鼻が曲がると思ってな」

 

「あー、下水道の溝浚いばかりでしたからね……納得です」

 

 

 

 理由を聞いた受付嬢は苦笑いしながら頷いていた。実際リュウデリアは鼻が良いので、下水道に行けば鼻が曲がるだろう。それを考慮して選んだクエストは全て薬草の採取。昨日行ったもののみである。これならば同じ場所で取れるものなので、一度クエストを終わらせてもう一度向かうという手間を掛けなくてすみ、無駄な時間を短縮して省けるというものだ。

 

 幸いにしてギルドのルールの中に、一度に複数の依頼を受けてはならないというものが無かったので、簡単に依頼の手続きを進めてもらえた。一度に4つの手続きをするので少し時間が欲しいと言われたので待っていると、受付嬢が手続きが完了したという旨を報告してくれたので、早速薬草の採取に向かおうとした。だがそこで、受付嬢が待ったを掛けたのだった。

 

 

 

「オリヴィアさん達に、昨日言い忘れた事があったんです!」

 

「なんだ、注意事項か?」

 

「いいえ、そうではありません。いや、ある意味注意事項なんですが……実は、ここからは数十キロは離れているんですが、あの龍が出たんです」

 

「ほう…?」

 

「それも、一日で3つの国を滅ぼした畏るべき龍で、特徴は全身を純黒の鱗で覆い、普通とは違う龍の姿をしているそうです。龍の出現を表明した国は、その純黒の黒龍の事を『殲滅龍』と名付けました。本当の名はリュウデリア・ルイン・アルマデュラというらしいですが……純黒の姿を見たら直ぐに逃げて下さいね!絶対に対峙してはいけませんよ!冒険者ランクSSSと同等とされる『英雄』ですら刃が立たず、一方的に殺されてしまったようなので……」

 

「……………………。」

 

「なるほど……そんなことが。純黒の黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラ……か。分かった。十分に気を付けておこう。助言、助かった」

 

「いえいえ。私はオリヴィアさん達を思っての事ですから!オリヴィアさん達は……何て言えば良いんでしょうか?他の方々と違う、何かを感じるんです。未来の『英雄』を見ているような……そんな気持ちになるんです」

 

「ふふっ。それは流石に言い過ぎだ。まぁ、悪い気はしないがな。……では、行ってくる。内容が内容だから、恐らく直ぐに帰ってくるだろう」

 

「はい!いってらっしゃい!」

 

 

 

 小さく手を振って見送ってくれる受付嬢に軽く手を振り返し、オリヴィアとリュウデリアはギルドを後にした。そして街道を進んでいき、門に居る門番を昨日のように無視し、リュウデリアが魔力をオリヴィアに纏わせる。少し屈んで跳躍すると、昨日行った木々の生えた場所に三歩程度で到着した。

 

 中へと入っていき、薬草を探しながらオリヴィアがクスクスと笑い出した。突然笑い出したオリヴィアだが、その笑っている理由を大方察しているリュウデリアは、目を細めて睨んだ。咎めるような目線にすまないと謝罪してから、オリヴィアはリュウデリアの頭を撫でた。

 

 

 

「いやはや、『殲滅龍』の説明を聞いてはいたが、その『殲滅龍』殿が私の肩の上に居て、彼奴等が今目にしているのに……と考えると面白くてな。此処まで笑うのを我慢するのに腹筋を大分使ったぞ」

 

「ふん。……俺の話を広めるために手紙でも放ったのだろう。最後に滅ぼした国の王の仕業だ。恐らくダンティエルと殺し合っている時にやったんだな」

 

「……?人間の名前を覚えているのか?」

 

「あぁ。彼奴は中々の人間だった。殲滅して皆殺しにした人間の中で、真面な人間性を唯一俺に見せた。故に、俺は奴に対して敬意を払い、俺の力を見せて殺した」

 

「なるほどな。……因みにだが私の名は覚えているか?」

 

「は?オリヴィアではないのか?」

 

「ふふっ……大丈夫だ、当たっているぞ」

 

「……?」

 

 

 

 何故態々名前を言わせたのか分からないリュウデリアは小首を傾げるが、オリヴィアは何も言わず、嬉しそうに微笑みながら薬草を探していた。良く分からないが、まあオリヴィアが特に何か言ってくるわけでも無いので良いか……と考えて、リュウデリアも薬草を探すことにした。匂いを嗅いで薬草の大まかな位置を割り出し、尻尾で方向を指し示してオリヴィアに伝える。

 

 オリヴィアがリュウデリアの教えた方向に歩みを進めて薬草を探している間に、リュウデリアは『殲滅龍』という名について考えていた。まさか国を滅ぼした事によって二つ名を得てしまうとは思わなかったからだ。それにもっと厄介なのが、リュウデリアの外見的特徴が広まってしまっているということだ。

 

 仮に人間に見つかり、討伐に出られたとしても負けるつもりは毛頭無いし、なんだったらまた滅ぼすことだって容易だとも考えている。何せそれだけの力を持っているのだから。だが、襲われて殲滅してを繰り返すのは実に面倒だ。簡単に殲滅できるからといって、そう何度も向かってこられるのは鬱陶しいのだ。

 

 今のように小さくなっていれば、3つの国を滅ぼした純黒の黒龍だとは思われないので活動は出来るが、元の大きさに戻れば、見上げる程の大きさなだけに、それだけ人目に付いてしまう。龍ともあろう者が小さな事を考えていると思うかも知れないが、生活を脅かされると考えれば考えなくは無い事だろう。

 

 

 

「よし。一つ目のクエストの薬草は採取したな」

 

「4つも受けたが直ぐに終わるな、これは」

 

「帰って報告したら、適当に食べ歩きでもするか?」

 

「今度は肉系を食ってみたい」

 

「ふふっ、了解だ。一緒に探そうか」

 

 

 

 二人は薬草を探しては抜いて、異空間に跳ばしてを繰り返しながらクエストの内容を進めていった。このあと、あっという間に薬草の採取は終わってしまい、その場ではやる事なんて無いので街へと戻り、門番を無視してギルドに帰った。受付嬢にクエストの目的であった薬草を渡して報酬を受け取り、4つのクエストを達成したのでFランクからEランクへ昇進した。

 

 受付嬢はオリヴィア達がクエストに向かっている間にEランク用の冒険者のタグを作っていた。将来有望だろうオリヴィア達の事なので、薬草の採取クエスト4つなんて直ぐに終わらせて帰ってくるだろうと踏んでいたからだ。結果は予想通りで、余分な分も採ってきてくれたので追加報酬を払い、Eランクのタグを渡したのだ。

 

 Fランクのタグは記念に持っておく事も出来るが、特に思い入れなんて無いので受付嬢に返却し、交換する形でEランクのタグを受け取った。早速Eランクのクエストをやっていくか尋ねられたが、リュウデリアと食べ歩きをすると言って断り、受付嬢に別れの挨拶をしてギルドを出た。

 

 それから二人は街の中を適当に歩って目についた美味しそうな物を食べ、また歩って探しては食べてを繰り返し、一日を満喫した。途中からはオリヴィアが満腹になってしまったのでリュウデリアが食べていたのだが、オリヴィアはリュウデリアに食べさせているだけでも嬉しそうで楽しそうだった。そして泊まる場所は、結局同じ宿になった。受付の人ももう一度やって来たオリヴィアとリュウデリアに歓迎の笑みを浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

 自身が知らぬ所で『殲滅龍』と畏れられている事を知り、色々な食べ物を2人で食べ歩いた一日であった。そんな2人はまた一緒のベッドで眠る。次の目的は図書館。リュウデリアが人間やその他の種族、世界について知る機会である。

 

 

 

 

 

 

 



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第19話  小さな異常

 

 

 

 柔らかいベッドの上に居るのは、女神オリヴィア。そして『殲滅龍』リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。本来は滅多に人前に現れない存在がしかし、冒険者ギルドの受付嬢に紹介された宿で眠りこけていた。朝日が射し込んで眩しさに目が覚めるオリヴィア。傍らには小さい姿のリュウデリアが未だ眠りこけている。

 

 早起きは三文の徳とは良く言ったものだ。早起きをすれば健康に良く、勉学や仕事等が捗るという意味を持つこの言葉。オリヴィアにとっては不審がられる事も無く、リュウデリアの眠る姿、寝顔をこれでもかと堪能する事が出来る。

 

 この安らかな眠りを甘受している、今は小さな純黒の黒龍が、実は見上げる程の巨体を持ち、古今無双の権化だと誰が思うだろうか。いや、誰も思わず気付かなくていい。知っているのは私自身で良いのだ。独占欲が溢れそうだと自覚しながら、リュウデリアの翼の生えた背中を優しく撫でた。

 

 毛皮があり、手入れをされた犬や猫の方がふわふわで滑らかな感触なのだから、リュウデリアの硬い鱗を撫でるよりも気持ちが良いのだろう。だが、オリヴィアは2つを並べられたら毛皮に一瞥すること無く、リュウデリアに飛び付くだろうと自信を持って言える。確かに硬い。『英雄』の渾身の一撃を受けて掠り傷一つ付かない優れ物だ。だがそれが良い。というよりも、リュウデリア()という部分が全てを占めている。

 

 

 

「……っくあァ………っ!」

 

「うん?起きたか?」

 

「……あぁ。お前は基本俺よりも起きるのが早いな……」

 

「少し早起きすると良いことがあるからな」

 

「……ほう……そうなのか……」

 

「ふふ。眠そうだな」

 

「……あぁ」

 

 

 

 起き抜けで眠気が飛ばず、確りとした受け答えが出来ていない。寝惚け頭で会話しているリュウデリアの事をクスクスと笑い、オリヴィアはベッドから起き上がった。洗面所に向かって顔を洗い、髪の寝癖を直す。身嗜みを整えたら寝室へ戻って服を自分の物に着替え、リュウデリアを抱き抱える。部屋の鍵を持って部屋を出て鍵を閉め、1階へと降りていった。

 

 前日と同じように朝食を出してもらい、ゆっくりと食べると、その頃にはリュウデリアの目と頭も起きてきた。毎度のように食べ物を浮かせて口に運んでいき、オリヴィアはリュウデリア観察をしながら軽めにサラダを食べて終わった。

 

 今日やることを予め決めておかなくても、やることはもう決まっているようなもの。今日やること、それは図書館に行って知識を高めることである。リュウデリアはスリーシャに常識等を教えてもらったが、それでもスリーシャが教えるには限界がある。そこで、周りが知っていて当たり前だと思われる知識を手に入れる。

 

 役に立たないかも知れないし、役に立つかも知れない。だが知って置いて損をすることは無いだろう。リュウデリアはオリヴィアの体を登って定位置の肩の上に乗り、オリヴィアが席を立って出発する。図書館の場所は知っている。食べ歩きを適当にしていたら偶然見つけたのだ。

 

 宿の鍵を返してから街道に出て歩き始める。そこでフードを被っておくことは忘れない。美人なら美人で大変なものである。視線を集めてしまうのは慣れたものだが、それでも気にならないと言えば嘘になる。まあ、その容姿を褒められれば、あっという間に他がどうでも良くなってしまうものなのだが。

 

 歩きながらチラリと肩に乗っているリュウデリアを見やる。目敏く見たことを感じ取ったようでパチリと目が合った。どうやら見ていたことがバレてしまったらしい……と、ニコリと微笑むと、なんとリュウデリアも軽めだが笑みを浮かべた。オリヴィアは固まる。初めて笑いかけてくれたのだ。

 

 

 

「……っ」

 

「……?如何した」

 

「いや……何でも無い。今日はやけに暑いな……」

 

「お前達にとって適温だと思うが?それと、そのローブは少しの温度調整も出来る。お前が暑いと感じるのは気のせいだ」

 

「…………………………いや、気のせいではない。熱いんだ」

 

「そうか……?」

 

 

 

 フードを深く被ってしまい、顔が見えないので良く解らないという顔をしているリュウデリアだが、オリヴィアは今顔を見られる訳にはいかない。何せ今は顔が朱に染まってしまっているからだ。顔が熱い。手で団扇のようにして扇いで風を送り、顔の熱を冷ます。まあそれでも、控えめに笑ったリュウデリアの顔が脳内で反芻されていた。

 

 若しかして認めて貰えている……?そう考えても不思議ではない。そもそもな話、リュウデリアは警戒心が強いが、いきなりやって来て傍に居るなら兎も角、オリヴィアはリュウデリアの掛け替えのない友人の命を救っている。警戒はすれど、命の恩人という面が大きいので、誠意を持って接していれば、意外と簡単に認めて貰える。

 

 龍は恩を仇では返さない。敵対すれば慈悲も無いだろうが、少なくとも恩がある者を邪険にはしない。そしてオリヴィアは恩人の命の恩人という、かなり大きなアドバンテージがある。更にはここ最近の行動はリュウデリアにとって好印象だったので、今のように笑いかけてくれるくらいには気を許してくれているのだ。

 

 

 

「さて、着いたな」

 

「どれ程の本が有るのか楽しみだ」

 

「んー、出鼻を挫くようで悪いが、此処は所詮街の中にある図書館だ。王立図書館と比べれば断然量が少ないし、質も下がると思うぞ」

 

「いや、今はその程度で良い。先ずは世界について。種族や種族ごとの文化の違いや身体の作り、魔物の特徴や種類などを知りたい。最初から小難しいものを読んでも、恐らく俺には理解出来ん」

 

「勤勉だな。普通の龍はそんなこと知ろうとも思わないだろうに」

 

「念の為だ、念の為」

 

 

 

 話しながら、オリヴィアとリュウデリアの両名は図書館の中へと入っていった。図書館は恐らく想像した程度の広さしか無い。棚に頭文字順に並べられ整理整頓が行き届いた本の数々。千冊は有るだろうそれは、見慣れた人からすれば至って普通の図書館だ。だがリュウデリアは図書館を初めて見る。一冊に情報が詰まっていると考えると、これだけでも十分情報の山に見えるのだ。

 

 図書館に並ぶ本の数々に感嘆としているリュウデリアにクスリと笑って、受付の前を通り過ぎて本の棚に歩みを進める。此処は本に傷を付けなければ使い魔の同伴も許されているので、受付カウンターに居る職員はチラリと見ただけで何も言ってこなかった。

 

 図書館の中では飲食が禁止で、大きな声での会話を厳禁としている。他の人の迷惑になるからだ。なのでリュウデリアとオリヴィアも顔を寄せ合って小声で話をしていた。先ず何の分野から借りるのか。そう言う話をしている。取り敢えずリュウデリアは世界の共通の常識に付いて知っておこうと思い、その類の本がある棚を探し始める。

 

 本が置いてある棚の横には、何系のものが置いてあるのか大まかに書いてあるので、それを目印に目当ての本を探していく。そして2人でタイトルを追いながら見ていると、割と直ぐに目当ての本が見付かった。オリヴィアが手に取って読める場所を探す。見渡して探していると、リュウデリアはその場で捲って見せてくれと言う。

 

 確認するために一応目を通しておくという事なのだろうと思い、最初の数ページを開いて見せた。だが、リュウデリアはもっと早く最後まで捲って見せて欲しいという。取り敢えずは頼まれた通り最初から結構早めの速度で最後まで捲っていくと、リュウデリアはもう本を棚に戻して良いと言った。

 

 オリヴィアは指示通り本を棚の元あった位置に仕舞おうとして本を持つ腕を上げた所で気付いた。もう戻していいということは、若しかしてリュウデリアは今のだけでもう読み終わったというのか。言われて少し経ってから気付いたオリヴィアは少し驚きながらリュウデリアを見ると、リュウデリアは見つめられている理由が分からないようで首を傾げた。

 

 

 

「いやちょっと待ってくれるか?まさかとは思うが、もう読んだのか?」

 

「……?あぁ。為になる内容だった。一枚の区切りをページと言うんだったな?ならば136ページに大まかな地図と名前が載っていたから、初めて俺が居る大陸の形を知った」

 

「……136ページ……本当だ」

 

「さて、次を読んでいこう。読んで初めて自覚したが、こういうのは得意のようだ」

 

「……そうみたいだな」

 

 

 

 オリヴィアは言葉に出さないが、心の中では吃驚していた。唯確認するために捲ってくれと言っているのだと思ったら、1秒も掛からないような捲る速度よりも早く読んで理解していたとは。速読なんてレベルでは無い。瞬間記憶力と理解力が頭抜けて違いすぎる。こんな芸当、一体どれだけの者達が出来るというのか。普通に考えても、そう居ない事だけは理解するだろう。

 

 その後もオリヴィアが本を手に取ってパラパラとページを捲り、本当に読んでいるのか、理解しているのか解らない速度で一冊を読み終わっていく。勿論、オリヴィアは捲っている本人だが読めている訳が無い。そもそも文一行ですら読み切れる訳が無いのだから、リュウデリアが行っている凄技は到底出来っこない。

 

 それからもリュウデリアは本を読み進めていき、読んだ本の数が3桁に入ろうかという具合での事だった。オリヴィアの肩に伏せてゆったりとした姿勢で読んでいたリュウデリアが突然、勢い良く頭を上げた。何かに気が付いたように目が鋭くなり、天井しかない上を見つめる。本を読んでいた時との変わりように、何かを悟ったオリヴィアは本に伸ばしていた手を引っ込め、真剣な表情でリュウデリアを見た。

 

 

 

「如何した?何かあったか?」

 

「……一瞬だったが、俺と同じ龍の気配と魔法を行使した際の魔力の気配を感じた」

 

「龍……?つまり、その龍がこの近くで魔法を使ったということか?」

 

「近く……なんてものではない──────この街に小規模な魔法を使ったようだ」

 

「小規模……何系の魔法を──────」

 

 

 

 

 

「──────きゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

「──────対象は生物だ」

 

「私達に直接の害があるかは分からないが、見てみるか?」

 

「俺以外の龍がやったことは確実だ。それに……俺も興味がある」

 

「なら決まりだな」

 

 

 

 図書館の中にまで聞こえてきた女性の叫び声。耳を劈くような声に、即座に何か異常が起きたのだと理解した他の図書館利用者も、何が起きたのだろうと興味が先走って図書館の出入口へと向かっていく。オリヴィアもローブについているフードを被り直して同じように図書館の出入口へと向かっていった。

 

 叫び声からして、場所は恐らく近い。図書館から出て来たオリヴィアとリュウデリアは、人集りが出来ているのを肉眼で確認し、少し早歩きで人集りが出来ている場所へ近付く。すると、近付くにつれて人の悲鳴が聞こえてきた。野次馬として集まった人集りの何人かは一目散にその場から走って逃げていった。

 

 フードを被っているオリヴィアの横を、少しの恐怖を滲ませた表情を浮かべた男性や女性が走って行った。事態は見た人が逃げ出すようなものだったらしい。少しずつ人集りから人が走って逃げていき、偶然人と人の間に出来た隙間から中の様子が見えた。一瞬の事だったが、それだけで何が起きているのか二人は理解した。

 

 人集りは円形に形を作っており、その中心に悲鳴の正体があった。見えたのは、恐らく悲鳴を上げただろう倒れて肩から出血し、手で押さえている女性と、人集りの中から率先して事態の収拾を図ろうとした正義感の強い男性二人が、口を大量の血で濡らした目の充血している男性を必死に取り押さえている。どう見ても、取り押さえられている男性は正気ではない。

 

 オリヴィアは早歩きで人集りの傍まで着くと、人集りの野次馬をしている男性に話し掛ける。此処で起きたことを尋ねる為だ。残念ながらオリヴィアとリュウデリアはこの場に居なかったので何が起きたのか知らない。まあ、二人はもう既に何が起きたのか予想がついているのだが、一応確認としてだ。

 

 

 

「えーっと、俺も他の人から聞いただけで詳しくは知らないんだけど、今取り押さえられている男が突然、隣で歩いていた女性に掴み掛かって肩に噛み付いたらしいんだ」

 

「ふむ……なるほど。分かった、ご苦労」

 

「え、あ…はい」

 

 

 

「まあ、予想通りだな」

 

「あぁ。しかしこれは……また繊細な魔法だな」

 

「どういう原理であんなにも凶暴化しているんだ?恐らくだが、あの座り込んでいる女の肩は食い千切られているぞ」

 

「──────生体電流の操作だ」

 

「生体電流?」

 

 

 

 オリヴィアは首を傾げる。人間と神の体付きは似ているが、元が神という別次元の存在なので、生体電流と言われても良く解らないのだろう。そもそも生体電流とは、人間の体内に流れている、とても微弱な電気のことだ。 血液やリンパの流れ、脳や心臓等の人体に於いて重要な部位も、この生体電流が動かしており、人間が生きていく上で欠かすことの出来ないものだ。無くて動くとしたらゾンビ位のものだろう。

 

 つまりリュウデリアが言った生体電流の操作というものを噛み砕いて説明すると、魔法によって取り押さえられている人間の男性の体内に流れる生体電流を意図的に操作し、弄くることで今のような暴挙を起こさせ、凶暴化させているのだ。だがその生体電流は本当に極めて微弱な電流だ。それを強すぎず弱すぎず操り、脳を弄って今のようにするには、とても繊細な魔法技術が求められる。

 

 リュウデリアから説明を受けたオリヴィアは納得がいったと頷いた。そして考える。恐らくその魔法を使用したのは、先程リュウデリアが気配で感じ取った龍だろう。だがリュウデリアが言うには、感じ取った気配は一瞬であったとのこと。つまり、気配の主である龍は、その一瞬の間に人間の体内に流れる生体電流を操ったということになる。

 

 原理を解明して絡繰りを説明するのは簡単だったが、リュウデリアは今の自身には出来ない芸当だと認めている。リュウデリアが得意としているのは高火力による広範囲殲滅型の殲滅魔法である。一生物の体内に流れる生体電流なんて、極めて微弱な電流だけを操るのは至難の業だ。そしてその技術を今は修めていないので、出来るか分からない。

 

 恐らく今リュウデリアがやれば、強く弄りすぎてやられた人間は言葉一つ話す前に廃人となって倒れる事だろう。リュウデリアは認める。こと魔法の繊細な技術に関しては、気配で感じ取った龍の方が上である……と。

 

 その後、取り押さえられている男性は、取り押さえている男性二人を跳ね飛ばした。驚異的な腕力だ。恐らく生体電流で肉体のある程度の枷も強制的に外したのだろう。だが、騒ぎを聞き付けた憲兵が数人やって来て、暴れていた男性を力尽くで取り押さえた。怪我をした女性は、暴れていた男性の婚約者だそうで、今は暴れる男性を牢に閉じ込めておき、女性は怪我を診て貰っている。

 

 突然の騒ぎだったが、その元凶がリュウデリアではない、別の龍であるということを、オリヴィアとリュウデリアだけが知っている。そして二人は同じ事を思った。この街では近い内に、何かが起きるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういう事だ。話が違うぞッ!!」

 

「細けェことを気にすんなよ。ちょっと人間を弄っただけじゃねーか」

 

「我々は計画を立てて動いているッ!!計画の始動は()()()()ッ!!その前に変な警戒心を持たれたらどうするつもりだ!?」

 

「チッ……うっせェなァ。テメェ等がチンタラやってんのがわりーんだろうが。これ以上なんか言うんだったら殺すぞ?テメェもあんな風になりてェのか?」

 

「……ッ……あと3日なんだ。大人しく待っていてくれ」

 

「へーへー」

 

 

 

 大きな影に向けて、己の内に燻る怒りの感情を抑えつけて姿を消す人の影。大きな影……龍は、人の影が消えた場所を鼻で笑い、大きな欠伸をしてから寝る体勢に入った。

 

 つまらない暇な時間を睡眠に当てようとしている龍は、眠る前に一つ思い出す。一瞬だけ街の上に姿を現し、魔法を使用する一瞬だけ、自身の同じ龍の気配を感じ取った。あれは勘違いでは無い。確実に、街の中に龍が居る。それを確信した。

 

 龍は眠りながら面白そうに口の端を吊り上げる。どうやら面白い事になりそうだと。これからが楽しみだと、喉の奥からクツクツとした悪意の孕んだ声で嗤った。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアとオリヴィアの予想通り、二人が居る街で何かが起きようとしている。

 

 

 

 

 

 



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第20話  大会にエントリー


『カクヨム』でも投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 平凡な街、アウグラリス。この街で昨日の昼間に不思議な事件が起きた。婚約者関係であった男女のカップルの内、男性の方が突如豹変し、婚約者である隣を歩っていた女性に襲い掛かり、組み付き、肩に噛み付いたというのだ。女性は命に別状は無いが、大量の出血を伴う怪我を負う。男性はその後憲兵に取り押さえられて連行されたが、未だ豹変した症状は戻っていない。

 

 仕方なしに牢屋に入れて監禁しているのだが、牢の中で暴れる一方だ。食事も取ろうとはせず、寧ろ食事を運んできた憲兵に襲い掛かろうとする始末。原因は未だ解明されておらず、診療所から医師が見に来たが、医師ですら初めて見る症状であるとのこと。現時点での判断としては、何か良からぬ物を食べたのでは……というあやふやなものになっている。

 

 小さな事件が起きてから翌日である今日、オリヴィアとリュウデリアはお馴染みの宿に泊まっていた。使い魔の同伴を許し、部屋も家具も掃除が行き届いて綺麗で、風呂も備え付けられて食事もついてくる。値段もお手頃なので重宝している。それは宿側も分かっているのか、オリヴィアとリュウデリアが来ると笑顔で迎えて何時もの角部屋の鍵を渡してくれる。お得意様と判断されているようだ。

 

 何時ものように用意をして飯を食べ、宿から出て来ると、今日も朝から図書館へと赴いた。昨日は途中で事件が起きたので有耶無耶となり、結局女性を襲った男性が憲兵に連れて行かれるのを見届けた後は宿の方へ行ってしまったのだ。

 

 

 

「今日はどうする?一日図書館で本を読むか?」

 

「……いや、それだとお前がつまらんだろう。だから本は昼までする。それに折角Eランクになったんだ、午後はギルドに行ってEランクから受注できる討伐系依頼をやるとしよう」

 

「なるほど、私に配慮してくれた……ということか」

 

「まあ、お前は本なんぞ読まんと思うしな。俺のやることに付き合わせ続ける訳にもいかんだろう」

 

「ふふっ。そう言ってくれるだけでも十分なんだがな。だが、そうだな……折角だから午後は依頼をやろう」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアが自身のことを認めてくれているということを実感した。昨日控えめだが微笑み返してくれたので、まさかとは思っていたが、漸く確信することが出来た。自身はリュウデリアに認められた。それがとても嬉しい。嬉しくてつい、意識をしなければ顔がニヤけてしまいそうになる。ほんのり朱に染めた顔を見られる前に、オリヴィアは急いでフードを被った。

 

 若しかしたらまだ認められておらず、単なる気紛れという可能性も無きにしも非ずと言える。だが、オリヴィアは思う。認めておらず、警戒しなくてはならない相手に微笑むだろうか。認めていない相手の心境を配慮するだろうか。何とも思っていないならば、つまらないと思っていようがいまいが関係無いはずだ。少なくとも、リュウデリアは何とも思っていない相手に配慮なんぞしない。

 

 種族が違うので声を大にして言うことは出来ないが、思うにリュウデリアは根っからの男女平等主義。そして機械のように合理的な考え方を持つ筈だ。大を生かすために小を切り捨てるだろう。逆も又然り。つまり、認めていない者が相手ならば、オリヴィアにしたことを、リュウデリアはしないと言ってもいいのだ。

 

 やっと……やっと認めてもらう事が出来た。もっと永い年月を掛けなくては駄目なのかと思っていた矢先のことである。オリヴィアは今日の天気は雲の有る晴れだというのに、雲一つ無い晴天の下を歩いている気分だった。つまり何が言いたいのかというと、今オリヴィアはとても気分が良いのだ。

 

 スキップしてしまいそうな程舞い上がっているオリヴィアは、図書館に着いて、リュウデリアが本を読んでいる間も美しい微笑みを絶やす事は無く、ご機嫌に本のページを捲っていた。昨日は途中で退出してしまったが、今日は昼まで読んでいく事になっている。つまり、それだけリュウデリアが知識を蓄えるということだ。

 

 リュウデリアの一冊に掛ける時間は大凡10秒。一分で約六冊を読破してしまう。その驚異的な速読術と情報処理能力を使って次々と本を読み漁り、知識を吸収していく。そして今日は何の障害も無く、邪魔者も居ない。オリヴィアも機嫌が良いので次々と手際良く本を見せてくれる。その結果、リュウデリアはたったの4時間で図書館の全ての本を読んでしまった。

 

 因みにであるが、リュウデリアは昨日のオリヴィアへの説明で使った生体電流という単語と詳細は、元々知らなかった。つまり、その直前で人間の体についての本を読んでいたのだ。役に立つかは分からない。確かに彼はそう言っていたが、知識とは武器である。蓄えれば蓄える程手数が増えるのだ。

 

 丁度昼まででリュウデリアは本を読み終えた。彼が読んでいる間、オリヴィアは長時間同じ姿勢で本を持ち、只管ページを捲っていた。肩が凝るなんてレベルの話では無いはずだ。だがそこは流石の治癒の女神。自身を治癒しながら本を捲っていた。疲れた傍から治癒する、オリヴィアにしか出来ない荒技だ。

 

 

 

「さて…と、討伐系では何があるやら」

 

「……ウルフの討伐でいいんじゃないか?」

 

「まあ、それが多いからな」

 

「魔物の中でも低位の奴等だ」

 

 

 

 ゴブリンと比べれば厄介度は高いと言えるだろうが、どちらにせよ低位の魔物である。冒険者ギルドの下から2番目のクエストとして張り出されるくらいだ、その弱さは推して知るべしだろう。だが勿論、低位の魔物だからといって油断すれば、隙を突かれてやられる……何てこともある。

 

 低位の魔物が相手なのだから余裕だろう。そう考える者が居るが、やっている事は命の奪い合いである。隙の一つを晒すだけで戦況が変わると考えても大袈裟ではない。まあ、ここまで油断や隙の話をしたが、リュウデリアは問題ないだろう。隙一つで戦況が変わるのは、力に歴然とした差が無い時だ。世界最強の種族が今更低位の魔物にやられるなんて事があるだろうか。

 

 否。否である。力とは強さであり、正義であり、真理である。力が無ければ何も貫くことは出来ない。護れない。語れない。世界は弱肉強食であり、残酷なまでに平等である。故にウルフは圧倒的強者であるリュウデリアの手によって狩られるのだ。そこに明確な理由は無い。ギルドのクエストボードに貼り出されていたから。それだけで狩られてしまうのだ。

 

 

 

「こんにちは、オリヴィアさん。使い魔さん……リュウちゃんもこんにちは」

 

「…………………はぁ」

 

「あぁ、こんにちはだな。早速だがこの依頼を受ける」

 

「はい。内容は……街の周囲で彷徨いているウルフ5匹の討伐ですね。ウルフは魔物の中でも低位ですが、油断の無いようにお願いしますね!」

 

「分かっている。これでやられたら笑い話にもならん」

 

「そうですよー。だから気を引き締めて!ですよ?……あっ、それとオリヴィアさんに昨日言おうとしていた事があったんでした!」

 

「うん?」

 

「……?」

 

 

 

 恒例となりつつある受付嬢の引き留めに立ち止まる。ウルフの討伐はたったの5匹なので時間的には問題ない。それに言い忘れていた事というのは、本来昨日の時点で伝えようとしていた内容だ。恐らくオリヴィアとリュウデリアがギルドに顔を見せたら伝えようとしてくれていたのだろう。残念ながら昨日は、図書館に行ってそのまま帰ってしまったので、伝えそびれてしまったのだ。

 

 来た道を引き返して受付嬢の元まで戻ると、受付嬢はある紙を一枚オリヴィアに手渡した。使い魔という体なので文字は読めなく、興味が無い……という風を装いながら、横目でオリヴィアが持つ紙に視線を落とす。そこには、2日後の明後日にこの街の領主が主催の使い魔による大会があるのだそうだ。

 

 参加は自由。出場者は使い魔に限る。契約者が同伴する事は禁じられており、使い魔の近くに寄ったり、魔法による支援等をした場合は強制的に退場となる。対戦内容は使い魔によるバトル。但し、使い魔自身が魔法を使える場合は使用を許可する。優勝賞金は100万G。2位が10万G。3位が高級旅館の一泊二日券(5万G相当)の贈呈である。因みに、対戦相手を殺傷するのは厳禁。出場に伴った使い魔の負傷の責任は取らないので自己責任とする。

 

 オリヴィアは最後まで読んで、受付嬢の言いたいことが解った。そしてリュウデリアもオリヴィアの肩の上で理解しつつ、受付嬢からは見えない方の口の端をヒクつかせた。確かにリュウデリアは使い魔だ。だが体である。そしてその正体は『殲滅龍』だ。人間が使役する使い魔がそんな『殲滅龍』に勝てるわけが無い。仮に勝てたとしたら、それは龍よりも明らかに強い別次元の生物だろう。

 

 つまり、目を爛々と輝かせて出ましょう!という感情が漏れて出ている受付嬢の誘いのままに出れば、エントリーした瞬間優勝が決まる。出来レースも良いところだし、何よりリュウデリアの対戦相手になる使い魔がとても可哀想である。

 

 

 

「どうですか!?オリヴィアさんとリュウちゃんならば優勝出来ると思うんですっ!」

 

「いや……まあ面白そうではあるが……」

 

「……………………。」

 

 

 

 珍しく歯切れが悪いオリヴィア。チラリと肩に乗るリュウちゃ……じゃなくリュウデリアの方を見る。どうしようかと悩んでいる様子だ。何せ出ると言うのは簡単だが、実際リングに上がって戦うのはリュウデリアである。しかも相手は雑魚ばかり。『英雄』クラスの使い魔が居ればそれはそれで出て良いと考えるのだろうが、そんな使い魔がこんな所に居るわけが無い。

 

 賞金の100万Gだって、確かに貰えるなるば貰うに越したことは無い。大金だ。当然だろう。しかしそれを貰うには出来レースにリュウデリアを引っ張り出す必要がある。オリヴィアは勝手にそんなことをしたくない。というよりも、リュウデリアに変な負担を強いたくないのだ。ぶっちゃけ大会に出て負担になる相手が居たら居たで会ってみたいものだが。

 

 

 

「んんっ……エントリーして良いぞ」

 

「……?」

 

「理由はウルフを狩りながら話す」

 

「……!」

 

 

 

「うーん、優勝出来ると思うんだけどなぁ……」

 

「……その話だが、やはり出ようと思う」

 

「えっ、本当ですか!?」

 

「あぁ。私のリュウちゃんがどこまで通じるのか少し気になるし、何より折角奨励してくれたんだ、やってみても良いだろう」

 

「うふふっ、やった!私受付嬢ですからオリヴィアさんとリュウちゃんの活躍する姿を見てみたかったんです!」

 

「私は出ないがな」

 

「あっ、そうでした!」

 

「……………………。」

 

 

 

 舌を出してうっかりしてましたと戯ける受付嬢を、リュウデリアは目を細めながら見つめ、興味が失せたようにそっぽを向いた。その後、オリヴィアが受付嬢から渡されたエントリー用紙に必要な事項を記入してエントリーは終了となった。明後日に開催されるというのに、今申し出ても間に合うのか?と、思ったが、受付嬢の計らいで特別に出場出来るようにしてくれるらしい。

 

 元から出場させる気満々だったのだろうと、少ししてやられた気持ちになりながら、オリヴィアはリュウデリアを連れてギルドを後にした。因みに余談ではあるが、受付嬢とオリヴィアの会話を盗み聞きしていたギルドの者達は、早速オリヴィアの使い魔がどこまで行けるかという賭けを始めた。内容は優勝四割。2位が三割。3位が二割。対戦相手を殺して退場が一割だった。最後の賭けの内容は大穴過ぎる。それには受付嬢も苦笑いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ギャっ!?」

 

 

 

「3匹目。あと2匹は逃げ腰……と」

 

「全く、低位なのは百も承知だが……弱すぎる。所詮はEランクの討伐系クエストだな」

 

「お前からしてみればSSSランクと戦っても同じ事を言いそうだがな。しかし何故、使い魔の大会を出ることにしたんだ?正直な話、つまらんし見世物になるつもりは無い……と言って出場を断固拒否すると思ったんだが」

 

「その話をする前に、最初に言っておくが……決定打は俺の勘だ」

 

「……勘?」

 

 

 

 ギルドを出てから街も出て、周囲を適当に散策していると、初めてのEランククエストで指定されているウルフ5匹が出て来た。家族なのか群れの仲間なのかは知らないが、散り散りになっていなくて助かったと思い、戦闘はリュウデリアに任せた。依然としてオリヴィアの肩の上に乗っているリュウデリアは、襲い掛かってくる前衛2匹のウルフを魔力操作で動きを止め、そのまま頭を捻じ切った。

 

 続いてやって来る1匹のウルフには、地面から隆起させた土の棘で串刺しにして身動きを止め、出血死する前に頭を先の2匹と同じやり方で頭を捻じ切った。残った2匹は、仲間が3匹ともあっという間に殺されてしまった事に恐れて、精一杯の威嚇をしながらゆっくりと後退していった。

 

 だが逃げることは出来ない。依頼はウルフ5匹の討伐である。それにリュウデリアを前にして逃げ果せる事などほぼ不可能と言っても良い。コイツらには勝てない。そう悟って逃げ出そうとするウルフ2匹だが、背後に土の壁が迫り出てきたことで失敗し、やるしか無い……と、覚悟を決めたはいいが、振り向く間も無く……ウルフの首は千切れた。

 

 リュウデリアは殺したウルフの死体を別の空間に送り込んで確保し、話を進めることにした。オリヴィアもリュウデリアの説明を受けながら街へ向かって歩き出した。

 

 

 

「先日、龍の気配がしたと言っただろう?」

 

「言ったな。その後の事件はその龍が使った魔法の所為であるとも」

 

「そうだ。あれは確実に龍の仕業だ。だが腑に落ちない。龍ともあろう者が、あんな小さな事件を起こして満足し、はいお終い……で終わると思うか?俺は他の龍に会った事が無いが、これだけは言える……絶対に無い」

 

「では何故、事件を起こした龍はそれだけで終わらせたんだ?」

 

「これは推測だが、龍は既に俺達が居る街を標的にしている。そして頃合いを見て襲撃でも何でもするつもりなのだろう。先日の()()()()()は待ち遠しくて我慢ならず、つい手を出してしまった……という線ではないかと思っている」

 

「ふむ……勘だと言っていたのは……」

 

「その襲撃決行の日が使い魔の大会の日だと思った。完全に俺の勘だからな。信用しなくて良い」

 

 

 

 長寿である龍としてはまだまだ若いリュウデリアの勘は、まだ信憑性が薄いだろうし、何より当たるかどうかも解らない。なんだったら龍が今後街にちょっかいを出してくることすら無く、アレは単なる気まぐれ……だという線だってあるのだ。故にリュウデリアは信じなくて良いと言ったのだが、オリヴィアはそんなリュウデリアを見てクスリと笑って頭を優しく撫でた。

 

 信じない訳が無い。例えリュウデリアの言った勘と推測が間違っていたとしても、リュウデリアを信じたのは自身で、そこに後悔も何も無い。そして同時に躊躇いも無い。リュウデリアが言うのならば私は信じよう。頭を撫でながら見つめ、顔に浮かんでいる優しい微笑みが、言外に物語っていた。

 

 オリヴィアからの信頼が伝わってくる。言葉にしなくても伝わってしまう位、無類の信頼性であった。リュウデリアはオリヴィアに撫でられて目を細めながら、もう一つだけ言っておきたい事があったので口を開いた。

 

 

 

「……なぁ」

 

「うん?どうした?」

 

「……いや、何でも無い。早く受付の女に報告して何か食おう」

 

「ふふっ。昼を食べたばかりだというのに、仕方ないな。いいぞ、ウルフ討伐の達成報酬で何か食べよう」

 

 

 

 街へ戻っていくオリヴィアの横顔を少しだけ見つめてから、顔を伏せてしまうリュウデリア。彼は教えておこうと思った事があったのだが、オリヴィアの顔を見たら言う気になれなくなってしまった。言わなくてもそこまで支障は無いと思うし、言ったところで問題は無いとも思う。だが何故か言う気になれなかった。

 

 二人は何時ものようにギルドへ戻って依頼が完遂した事を、ウルフ5匹の亡骸を見せると共に報告し、報酬を貰って出て行った。街を適当に回って食べ歩きをし、お馴染みの宿へと宿泊する。そして時間はあっという間に経ち、二日後の日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はエントリーした、領主主催による使い魔の武闘大会が開かれる日である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第21話  事件の始まり

 

 

 

「──────やって参りましたァッ!!今年の使い魔武闘大会の始まりだァッ!!」

 

「対戦相手はトーナメント式で当たります。今回の選手数は33!昨年よりもちょっと少ないですねー」

 

「ですが盛り上がりますよー!なんせ今回は前回優勝者がエントリーしてますからね!しかも特別シード枠で!」

 

「えー、それはアリなんですかー?」

 

「面白そうだからアリ!」

 

「あらー」

 

 

 

 年に一回だけ開催される使い魔による武闘大会。正直な話になるが、使い魔を使役する魔物使いを役職にしている者達というのは、それ程多いわけでは無い。使役するのが魔物というだけで奇異とされてしまったり、襲われるのではないか、制御出来ないのではないか、という一般人の心配も少なくはない。

 

 信頼関係を築いた上での契約を行うので基本は安全である。余程のことが無い限りは暴れたりしない。だがそれを知識の無い者に言っても詮無き事だろう。一般人から受けが悪いという面もありつつ、使い魔は生きているので一緒に生活する上で、どうしても金という面でのコストが掛かってくる。

 

 怪我をすれば治療費が掛かり、仕事の最中ならば回復薬などの消耗品を使って代金が嵩むし、日常生活を共に送るのだから食品なども考慮しなくてはならない。宿によっては使い魔の同伴お断りと定められている所もある。防御面を考えるならば装備も付けたりするし、武器を装備させたりもある。

 

 そういう面倒な事が多かったりするので、大体の人は魔物使い等の使い魔を相棒とする役職よりも、剣士や双剣使い、槍使い等の魔物と直接戦う職に手を出すのだ。まあ、役職とは言ったが、大剣使いなのだから大剣だけを使え……なんて事は無い。別に大剣を使いながら槍だって使っても良いのだが、複数使えばどっちつかずになってしまったりするので、基本は武器を一つに絞って鍛えるのだ。

 

 話が逸れたが要するに、使い魔を使役する魔物使いの数は思っているよりも少ないということだ。だが魔物使いが少なくなっていく傾向にあるからこそ、皆の前で使い魔が雄々しく戦い、相棒との絆を見ることが出来る、この様な催し物を開催したりするところもあったりする。

 

 

 

「少しこの場を借りて、領主であり主催者でもあるコレアン氏にお礼の言葉を贈りたいと思いまァす!いやー、今回も盛り上がっていきますよー。それは全てコレアン氏のお陰です。本当にありがとうございます!」

 

「いえいえ。私は唯、魔物使いの方と使い魔の友情や絆を他の人にも見て貰いたい一心で開いているのです。そんな感謝は私には勿体ない。それでもと言うのでしたら、どうか皆様の声援で選手達を励まし、鼓舞してあげて下さい」

 

「コレアン氏、良い言葉をありがとうございました。では切り替えまして……いよいよ1回戦目が始まるぞォーッ!1回戦目は、メイラ選手の使い魔マックーVSナハタ選手の使い魔イエロー!ルールは簡単。リングの上から落ちたら負け!戦闘不能になっても負け!勝負が見えてこなくなったら審判の判定によって勝者を決めるぞ!じゃあ準備はいいか!?1回戦目……初めッ!!」

 

 

 

「頑張って!マックー!」

 

「勝てよ!イエロー!」

 

 

 

 マックーと呼ばれた茶色い犬のような姿の魔物と、黄色い蛇のような姿の魔物が、リングと呼ばれる正四角形の舞台の上で戦いの火蓋を切った。魔物とは基本人の生活を脅かし、人を襲ったりする生物で、その特徴は体内に魔力を持っていること。普通の動物は魔力を持っておらず、犬の見た目をしていても、体内に魔力を内包していれば、それは魔物という括りになる。

 

 魔物の中でも低位として有名なゴブリンやウルフ等も魔力は内包しており、魔力を多く持って生まれてくれば魔力を使って戦ったりもする。低位の魔物は基本的に魔力をごく僅かにしか持って生まれてこない。だが進化をして新たな存在へと昇華された場合は、体内に内包している魔力が多くなり、魔法を使用したりする。

 

 魔法を使った戦闘をし始めるのは、主に中位の魔物だ。中には戦いに生き残って魔力の使い方を覚え、全身を魔力で覆って強さを増強するような、賢い魔物も居る。因みに、龍も体内に魔力を内包しているので、括りとしては魔物なのだが、魔物というと他の存在と一緒にしてしまい、怖ろしさが伝わらなくなってしまったりした挙げ句、自身なら勝てるという根拠の無い自信で挑み、命を散らしたり、村や街に飛び火して龍の怒りを買ったりしてしまった事例があるので、龍を見て魔物だ……という者は殆ど居ない。

 

 圧倒的強さで括りが別のものになっているので、龍は魔物ではなく、龍として扱われる。これを聞いて龍だけ贔屓だという者も居ない。何故ならば納得するからだ。強さが別次元なのは周知の事実。それは世界の共通認識にまで発展している。龍が持つ、力によって。

 

 

 

「──────おぉっと!マックーが場外ッ!試合はそこまで!勝者はイエロー!では皆様、素晴らしい試合を見せてくれた両者と、その使い魔達に盛大な拍手をお贈り下さい。絆を育んできたからこその、今の戦い。私、見ていて胸が打たれますっ!」

 

 

 

「頑張ったなマックー!」

 

「お疲れさまーイエロー!次も期待してるぞー!」

 

「マックー可愛いぞー!そしてカッコ良かったぞー!」

 

「イエローはマジでイエローで目に痛いぜ!!」

 

「最初の試合から熱い試合ありがとよー!!」

 

「マックー、お疲れ様。また一緒に強くなりましょうね」

 

「イエロー良くやった!次もあるからゆっくり休めよ」

 

 

 

 両者の使い魔による試合は熱い戦いだった。リングの街の広場に設置され、周りに集まって誰でも見れるようになっている。年に一度開催されている催し物なので、出場者が30数人しか居なくとも、周りには近くで見たくても前に行けないくらいの人が集まっている。そうなると後ろの方に追いやられてしまった人が見えないと思われるが、別の場所に設置された映像を映し出す魔水晶が後ろには設置されている。

 

 生で見る事は叶わないが、それでも試合をはっきりと見る事は出来る。見えないならば見なくて良いか、という考えに至る者も少なくはないので、その処置として魔水晶が設置されているのだ。これは領主からの計らいで、是非とも使い魔の勇姿を見届けて欲しいとのことだった。

 

 その後も試合は続いていき、オリヴィアとリュウデリアの番がやって来た。人が集まっている場所での素顔の披露はある意味で危険が伴う為、フードを確りと被っている。この日はオリヴィアが出る大会。つまるところ、賭けの内容が解る日である。賭けとは何の話か?それはギルドの者達がオリヴィアとリュウデリアがどこまで勝ち進むかという話である。

 

 ある者はお小遣いを、ある者は臍繰りを、ある者は今月の生活費をベットした賭けが今始まろうとしている。なのでこの場には、この街の冒険者もやって来て応援の声を掛けていた。それら全ての声を無視し、オリヴィアはリュウデリアを肩に乗せたままリングの外側にやって来て、リュウデリアにリングへ降りろというジェスチャーをした。

 

 指示に従いリングへ降り、蜥蜴の類の使い魔らしく4足歩行でゆっくりとリングの中央に歩くその姿は従順な使い魔の姿に他ならない。人間より賢い頭脳をも持つだけ、演技も中々である。オリヴィアが魔物使いとして確りと使い魔の手綱を握っているということを、暗に示しているのだ。そして栄えあるリュウデリアの最初の対戦者は、梟に似た姿の魔物だった。

 

 どちらも翼を持っていて空を飛ぶことが出来る。そういう場合は、最初から最後まで空へ飛んで不平等な戦いにならないよう、飛べる時間は30秒で、降りてからは3分間飛んではならない事になっている。インターバル中に飛んだ場合は、イエローカードを出し、二回で退場となる。

 

 

 

「次の試合ッ!!カハラ選手の使い魔ヘイリーVSオリヴィア選手の使い魔リュウによる試合です!空を飛んだ場合によるルールは抑えているかッ!?準備は良いかッ!?ではいくぞッ!試合……開始ッ!!」

 

 

 

「…………………。」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 審判による開始の合図が為された。試合は始まり、気合い十分だった梟に似た姿をした使い魔ヘイリーは、先手必勝と言わんばかりにリュウデリアへ向けて駆け出そうとした。相棒であるカハラと事前に打ち合わせをしていたのだ。試合が始まったら直ぐに突っ込んでいけ……と。反撃の機会を与えるなと。

 

 長年やって来た相棒だからこそ、相棒の言っている事を理解した。本来対戦相手のカハラとヘイリーはその実力から、いい線まで行くのだろう。それだけの経験と絆が育まれているのだろう。だが相手が悪かった。悪すぎた。ヘイリーは一歩踏み出そうとした足がリングに吸い付いているが如く動かない事に驚愕し、前に居るリュウデリアを見る。依然として開始前と同じ姿。だがその背後に、途轍もなく巨大で強大な何かを見た。そして感じた。リュウデリアから送られてくる言葉を。

 

 

 

『──────棄権しろ。然もなくばこの場で殺し、お前の死肉を貪り食ってやる』

 

 

 

 ──────勘違いである。

 

 

 

 実際リュウデリアはヘイリーが思っている事を思い浮かべてすらいない。正しくはこうである。

 

 

 

『さて……殺すのは拙い。ならば適当に掴んで場外にでも放り出すか。その方が楽だ』

 

 

 

 で、ある。思っている事は平和的解決なのだが、無意識の内に絶望的なまでの強者の風格と覇気が滲み出て、ヘイリーを威圧していた。そんなつもりが無くても、ヘイリーはこれ以上前に立つならば問答無用でぶち殺す……と、言われているように捉えたのだ。ヘイリーの立派な羽根が精神的ストレスによって全て抜け落ちそうになる。

 

 このままでは拙い。殺される。喰われる。それだけが頭の中を支配し、ヘイリーの体は恐怖に埋め尽くされた脳内に従うように後退していき、何時しかヘイリーは自身の足で場外へと出ていた。呆気に取られる観戦者達。これまで幾つもの熱い戦いがあったので、今度の試合もそうだろうと思ったのだが、内容は自らの場外。開始の合図から10秒程度の出来事だった。

 

 

 

「えーっと、ヘイリー場外のため、リュウの勝利です!正直、何が起きたのかは解りませんが……ルールはルールなのであしからず!」

 

 

 

「あれ!?ヘイリーっ!?」

 

「ありゃりゃ、どーしたんかね」

 

「さあ?具合でも悪くなったんじゃね?」

 

「あのリュウって使い魔、フォルムがカッコイイな」

 

「リュウちゃん可愛いーー!!」

 

「リュウちゃんこっち見てーー!!」

 

 

 

「お疲れ様。早かったな?私は何もしていないように見えたんだが、何をしたんだ?」

 

「……何も……全く何もしていない。あの使い魔が勝手に怯えて後ろへ下がっていった。それだけだ」

 

「……まあ兎も角、お疲れ様。次の試合を待とうか」

 

「……うむ」

 

 

 

 出れば勝ちが確定するどころか、攻防すらも起こりえない状況になるとは誰が予想しただろうか。リュウデリアとて、相手の使い魔は怯えこそすれど、我武者羅にだったり悪足掻きだったりで向かって来るとは思っていたが、まさかの自主的な場外である。これには主催者である領主の男性も苦笑いだ。

 

 その後にも当然2回戦目も始まるのだが、他が熱い戦いを見せていても、いざリュウデリアの番になると、突然相手の使い魔が逃げ出してしまうのだ。拍子抜けも良いところであり、何時まで経ってもリュウデリアは戦いのたの字も無い。これまでリュウデリアがやって来た事と言えば、オリヴィアの肩から降りてリングの中央に向かっただけ。それしかしていない。

 

 2回戦目から大方察した観戦者達は、一様にリュウデリアの相手が逃げるか逃げないかの二択で戦いを見極めようとしている。誠に遺憾である。自身の使い魔ならば逃げたりしない!そう意気込んでいざ始まると、使い魔は怯えながらリングの外へと出てしまう。リュウデリアは何もやっていない。面白いぐらいに何もやっていないのだ。

 

 結局トーナメントは5回勝ってしまい、観客からやっぱりな……という呆れの視線を受けて、青筋を立てながらリングへ上がるリュウデリア。何もしないまま決勝まで来てしまった。果たして、これまでの使い魔の武闘大会で、ここまでつまらない一方的な決勝戦進出者が居ただろうか?いや居ない。

 

 決勝戦の相手は、明らかに不平等に感じるシード枠の前回優勝者であった。何もしないまま決勝戦に躍り出たのは相手も同じ。本来ならばこれまでの戦いの所為で負った怪我や疲労を蓄積しながら、前回優勝者に勝たなくてはならないという、結構な鬼畜仕様なのだが、今回の対戦相手は無傷の疲れ無しである。だがそれでも、前回優勝者の男性の表情に焦りは無い。

 

 

 

「いよいよをもちましてェ!決勝戦が開始されますゥ!選手は、前回優勝者にして特別シード枠を獲得していたバンナ選手と使い魔キング!対するはオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!一睨みで全ての対戦者を脱落させた猛者が今!前回優勝者に鋭い牙を剥くゥっ!!前回優勝者はその牙に食い千切られてしまうのか!?または返り討ちで食い千切るのか!?勝負は如何に!?さぁ刮目して見よ!試合……開始ィッ!!」

 

 

 

「よっしゃ!お前の力を見せ付けてやれ……キングッ!」

 

「殺すなよ、リュウちゃん」

 

 

 

「……──────ッ!!」

 

「……サイズの規定を入れた方が良いんじゃ無いか?」

 

 

 

 誰にも聞こえない声でぼそりと呟き、溜め息を溢すリュウデリア。何を見てそう言ったのか、それは対戦者の使い魔の大きさにある。リュウデリアの決勝戦の対戦者、前回優勝者の相棒というのは、低位の魔物で代表格として取り上げられやすいスライムだった。だがこのスライム……大きい。とても大きい。

 

 本当のスライムは小さく、10歳の子供でも余裕で見下ろせる大きさでしかない筈のスライムがなんと、8メートル四方の大きめなリングの半分を占領している大きさをしているのだ。圧巻も圧巻である。普通に成人男性よりも大きいそのスライム、前回大会で余裕の勝利を収めた。まあ当然なのだろう。リングの半分は取られて使えないのだから。

 

 巨大なスライムが寄ってくるだけで場外へ押し出される。空を飛んで凌いでも時間制限がある上に、スライムは粘液体質なのでリングを覆い尽くして広がれば着地と同時に詰む。卑怯と言わずして何とするスライムだった。だが何度も言うが相手が悪かった。普通の使い魔が相手ならば2連続優勝だったろうに。試合開始の合図と共に、津波の如く押し寄せるスライムへ、リュウデリアは初めて動いた。

 

 

 

 

 

「範囲縮小──────『廃棄されし凍結雹域(ルミゥル・コウェンヘン)』」

 

 

 

 

 

「────────────ッ!?」

 

 

 

 リングの上は純黒に凍り付いた。急激に凍結された大気は何も無い所から異常な色の純黒な雹を降らせ、巨大なスライムであるキングの体は忽ち純黒に凍てついている。動かないのではなく、動けない。範囲はリングだけになるように精密な調整をしているので観客にその凍結の魔の手が差し伸べられる事は無い。だが、須く全ての観客は声を失った。

 

 失礼ながら不正でもしているのではないのか……と、疑ってもいた観客だったが、その意見は瞬く間に覆された。どうやらリュウデリアの前から逃げた使い魔達は、我々よりも危機管理能力が長けているらしい。こんな事を易々とやってのける使い魔だと全く解らなかった。

 

 魔法に耐性のあるリングの床が無理矢理凍らされたことによって罅が入り、今にも割れ砕けそうだ。スライムのキングも全身が凍っていて生きているのかすらも怪しい。観客は開いた口が塞がらないといった表情をし、一人だけ……対戦相手を殺した事による場外で賭に勝った!と、少々早計だか内心踊り狂っているギルドの男が居る。

 

 呆気に取られていた審判が急いでキングの生存を確認する。だがスライムなので生存確認の仕様が無い。そこで審判はキングの相棒であり契約書のバンナに契約が切れているのかの確認を取った。同じく呆気に取られていたバンナだったが、キングとの使い魔のパスが繋がっているのを確認して、審判に申し出た。内心踊り狂っていたギルドの男は両膝を付いた。

 

 判定は、キングを戦闘続行不可能と見なし、リュウデリアの勝利となった。反対の者は居ない。ケチのつけようの無いくらいの圧勝である。

 

 

 

「いやすんげー……ハッ!?んんっ!優勝はオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!ここに新たな優勝者が生まれたァ──────ッ!!では、表彰に移りますので、優勝者のオリヴィアさんと使い魔のリュウ。2位のバンナさんと使い魔のキング……はその間に解かしますか。3位のシリンダさんと使い魔のバルは壇上に上がって下さい!領主のコレアン氏から直々に賞品とメダルが授与されます!」

 

 

 

「キング……俺のキングぅ……」

 

「1位、2位、3位でそれぞれ壁ありすぎじゃね……?」

 

 

 

「あの魔法は普通にやって解けるのか?」

 

「無理だな。俺の魔力(純黒)だぞ?寧ろ解ける奴が居るなら会ってみたい」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「今遠隔で解いている。あのスライムも死にもせんし後遺症も無い。加減に加減を重ねたからな」

 

「成る程な。了解した」

 

 

 

 3位の男は準決勝まで勝ち上がった、魔物のウルフから進化したハイウルフを使役するシリンダという男だ。そして2位のバンナも壇上に上がり、オリヴィアも上がった。肩にはリュウデリアが乗っている。壇上に上がった3人に、観客は総じて拍手を贈った。素晴らしい戦いであったと。魔物を使役する魔物使いも凄いのだと。

 

 負けても笑い合い、次頑張ろうと励まし合う姿に胸を打たれた。試合に勝って共に嬉しがり、抱き締め合う魔物使いと使い魔には心温まるものがあった。それを見せてくれた選手達全員に万感を籠めた拍手を贈った。

 

 この街の領主をしている40代程の男性がやって来るまで拍手が続き、3位から順番にメダルと賞品を手渡していく。オリヴィアも金のメダルと賞金が入った包みを渡され、領主が優勝おめでとうと言いながら握手の為に手を差し伸ばした時だった。観客の中から……絶叫があがった。

 

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

「や、やめろっ……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「なんだコイツ!!何しやがる!!」

 

「誰か助けてくれぇ……っ!!」

 

 

 

「な、なんだ!?何が起きている!?」

 

「ひ、人が人を襲ってる!?」

 

「あ……おいコラ!やめろ!!」

 

「マックー!座りなさい!!」

 

 

 

 一体何が起きたというのか。今まで静かにメダルと賞品の授与式を見守っていた筈の観客が騒ぎ出した。だがあがるのは絶叫だ。痛みに悶える叫び声。砂漠で乾いた喉を潤す為に水を求める干涸らびかけた人間があげるような呻き声。その正体は、二日前に女性を襲った男性の状態と同じ症状が出た観客と、今まで静かにしていた使い魔の魔物だった。

 

 目を充血させ、唾液を滝のように垂れ流し、近くに居る人間に襲い掛かって噛み付き、肉を引き千切る。使い魔達だけならば、結局魔物は魔物だと言えるのだろうが、暴れている者の中の大半は人間である。一体どうしてしまったというのか。事態の急変は本当に唐突だった。予兆すら無かった。故に異変に気付く暇も無かった。

 

 領主の男性が阿鼻叫喚になりつつある広場にどうしたら良いのかオロオロとしている一方、2位と3位の男達は、暴れ出してしまった使い魔を止めようと必死である。幸い人を襲うような状態にはなっていないらしい。そしてオリヴィアとリュウデリアは、やはりこうなったかという顔をしていた。

 

 

 

「勘は正しかったようだな」

 

「あぁ。そして最初に人を襲い始める直前で、あの龍の気配がした。早業だ。瞬きをするような刹那でこれだけの者達の生体電流を弄った。そして……あの騒ぎの中で唯一棒立ちで居ても、何も被害を受けないどころか、驚いていない奴が一人」

 

「……先日、お前が言おうとしていたのは……これのことだったのか?」

 

「……そうだ。察しが早いな」

 

「はは。これでも驚いているんだぞ?まあ……失望が大半だがな。なぁ……実行犯とは別にこの騒ぎを引き起こす計画を立てたであろう首謀者」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアを伴って壇上から飛び降りて歩み出した。人が人を襲い、魔物が人を襲う、騒ぎと混乱の中で唯一観客の中に混じっていて被害を一切浴びていないどころか、焦りも恐怖も驚きすらもせず、表情一つ変えること無くその場に佇み続けた存在。隠れる気が更々無い、堂々としたこの騒ぎの犯人。

 

 

 

 

 

「何故こんな事をした──────受付嬢」

 

 

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 そこに立って佇んでいたのは、オリヴィアとリュウデリアがこの街にやって来て、冒険者登録をした日から、何かしらで世話になった受付嬢の女性だった。何時もオリヴィア達がやって来ると笑顔で迎えてくれた、笑顔の似合う優しく優秀な受付嬢。だがそんな彼女は、今までの浮かべてくれた笑みは何だったのかと言いたくなる、能面のような表情をして、前に立ったオリヴィアとリュウデリアを見つめていた。

 

 受付嬢の瞳は黒く、暗く、濁り腐っていた。何も信じていないような、信じることを諦めて復讐を誓った亡者のような、そんな……人が浮かべるべきではない暗い瞳が物語っていた。犯人は……この騒動を起こしたのは、紛れもなく私なのだと。

 

 

 

「全く。計画通りならばお前達も()()魔法の餌食となっている筈だというのに、どうやって防いだ?いや、そもそもその落ち着きよう……お前、ある程度予想していたな?……やはり、やはりお前は障害になると思っていたぞ」

 

「防いだ手立てをむざむざ()()教えると思うのか?まさかだろう。お前は優秀だと思っていたが、過大評価だったようだ。これで判明したな……貴様は愚劣極まる愚か者だ」

 

「……例の龍も動き出した。俺の相手は彼奴だな。ふは……態々事が起きると解っていて首を突っ込んだ甲斐が有れば良いがなァ?」

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 騒ぎの犯人は早々に分かり、実行犯だろう龍も現れた。オリヴィアは鋭い視線を受付嬢へ送り、リュウデリアは空を飛ぶ龍を見ながら口の端を吊り上げ、あくどい笑みを浮かべて嗤った。

 

 

 

 

 

 

 この街はどうなってしまうのか。人々はどうなるのか。受付嬢や龍は何の目的が有ったのか。だがリュウデリアはその悉くがどうでもいい。狙うは龍。初めて邂逅する同族の、その持ちうる力にしか興味が無かった。

 

 

 

 

 

 



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第22話  過去の吐露

 

 

 

 4年前のあの日……外は身も凍るような寒さの時期になっていた。雪は降らず、積もらずでいつも通りの景色。だが気温はとても低い日だった。冬。一年の中で最も気温が下がり湿度も下がる季節。薄着で外に出れば、針に刺された如く皮膚が痛み、指先の感覚を奪っていく。そんな季節の寒空の下、一人の女が大事に赤ん坊を抱いて歩いていた。

 

 女……リリアーナは18の時、2年交際していた4つ上の彼と結婚した。幸せだった。始まりはベンチに腰掛けて読んでいた本を忘れてしまい、焦って戻ってみると彼が居た。持ち主であると告げると、安心したように笑って手渡してくれた。最初の印象はとても優しい雰囲気で笑うんだな、きっと心も清くて優しい人なのだろうと、そんな漠然としたものだった。

 

 それからはとんとん拍子に事が進んでいった。大事な本を持っていてくれた彼にお礼としてご飯をご馳走し、食べながら色んな事を話している内に、彼も本を読むんだという事が解った。今読んでいる本はあるのか。好きなジャンルは。誰が書いた本をよく読むのか。どの位の頻度で読むのか。語りあっていたらすっかり時間を忘れていた。それくらい楽しくて充実していた。

 

 オススメの面白い本がある。そう切り出して二人で図書館に行った。各々面白いと思った本を互いに貸して、それを読む。あまり父親以外の年上の男性と話したことの無いリリアーナにとって、彼の存在はとても頭に残るものだった。そしてそんな彼が、優しそうに笑っていた彼が真剣な表情で本を読む姿に、リリアーナの心臓は早鐘を打って熱くなり、その熱は顔にまで登った。

 

 何時の間にか好き合っていた二人は、両想いという形で交際を開始した。初めての交際で何をして良いのか解らなかったリリアーナを、年上としてリードしてくれてデートをした。唇を合わせ、肌を重ねて交わり、恋人らしい関係を良好に続けていた。

 

 両親が料理店を営んでいたリリアーナは、日々店の手伝いをしていた。一方の彼は街の医者をしている。互いに仕事があったが、それでも会える日を楽しみにしていれば、時間の経過なんてあっという間だった。そうして2年の月日が流れ、二人は結婚した。彼の優しさや、真剣に心からリリアーナを愛していることを知っていたリリアーナの両親は、直ぐに二人の結婚を認めて祝福した。

 

 幸せな結婚生活を送っていた二人は、これ以上の幸せがあるだろうかと思うほど幸せだった。愛し合う二人は仲の良い夫婦だ。そしてそこへ、幸せの絶頂を味わっている二人へ幸福が訪れる。二人は子宝にも恵まれたのだ。

 

 夫婦として営みをしていた二人の間に子供が出来た。悪阻が起きてトイレに駆け込み、その症状はお腹に新たな命が宿った証拠だと、妊娠したんだよと涙ぐむ母親に言われて初めて、リリアーナは自身が母親になるのだと理解した。彼もリリアーナから妊娠を告げられた時には驚き、そして幸せそうに、あの頃から変わらない優しい笑みを浮かべた。

 

 それから1年後。リリアーナは元気な女の子を産んだ。父親と母親になった彼とリリアーナは泣きながら我が子を抱き締め、幸せにしてあげようと二人で固く誓った。赤ん坊の夜泣き等に四苦八苦しながら、これからこの子がどんな風に成長するのか、楽しみだった。

 

 そして二人はある計画を立てた。結婚をしてから新婚旅行を行っていないので、赤ん坊が産まれた事だし、この際だから少し景色を見て回ってみようと。まだ赤ん坊は小さいのでそこまでの遠出はせず、家族で回れるような近場の綺麗な景色を見に行こうという話になったのだ。リリアーナは賛成した。決して街の光景が綺麗ではないという訳では無い。唯純粋に赤ん坊に綺麗な景色を見せてあげたかったのだ。

 

 物心もついていない赤ん坊に見せても、どう美しいのか理解出来ないだろうし、忘れてしまう事だろう。だが思い出が作れる。二人は赤ん坊が大きくなったら、こんな所に行って景色を見て来たんだよと、語り聞かせてあげようと思った。

 

 計画が採用された彼は日取りを決め、プチ旅行の日の仕事を有給にして休んだ。上司からも家族サービスをしてやれと言われたらしい。それから家族で寝泊まり出来て、尚且つ荷物を沢山持っていけるように馬車と馬を借り、街を出発した。そしてリリアーナは後に後悔したのだ。街の周りには魔物が出たりするというのに、家族だけで出掛けてしまったことを。

 

 

 

『逃げろ……っ!』

 

『ぁ…ぁ……あ………■■■さんっ!!』

 

『うわぁんっ!!うわぁぁんっ!!』

 

 

 

 赤ん坊と彼とリリアーナの乗っていた馬車が、魔物のウルフに襲われた。走っている所を草むらから襲い掛かってきて、突然の襲撃に興奮した馬が制御不能となる。手綱を握って操作しようにも、馬は全く指示に従わず、闇雲に走っていく。只管全速力で走る馬に、凸凹道の所為で跳ねて震動を与えてくる馬車。リリアーナは揺れる馬車の中で赤ん坊を抱いて身を丸め、何かあった時のために備えていた。

 

 そして、馬が追い付いてきたウルフに引っ掻かれ、痛みで混乱したまま走った所為で大きく横へ曲がった。だが馬の全速力で引かれた馬車が、そんな急に曲がりきれる筈も無く、馬車は横転。馬は馬車に繋ぐための拘束具を破壊して走り去ってしまった。

 

 逃げる馬より倒れている人間を狙う。そこにご馳走が有るのに、狙わない理由が無いウルフ達は、地面に投げ出されたリリアーナ達にゆっくりと忍び寄る。唸り声をあげて涎を垂らしながら躙り寄って来るウルフに本能的恐怖を感じ、伝染したかのように赤ん坊が泣き叫ぶ。

 

 襲い掛かってきたウルフは二匹。一匹ずつ襲い掛かってきたらリリアーナ達も食われ、折角産まれた大事な赤ん坊までもが、ウルフの餌食となってしまう。頭から血を流し、所々の服が破けて血が滲んでいるリリアーナが腕に抱き付いて震えている。彼はその時決心した。二人は、二人だけは絶対に逃がして見せる……と。

 

 彼は手元にあった石を幾つか持って立ち上がり、ウルフに向かって投げ付けた。彼が投げた石が頭や体に当たったウルフは牙を剥き出しにし、怒りの感情を孕んだ唸り声を上げた。完全に標的を彼へ固定したのを見計らって、彼はそこから駆け出した。一匹のウルフが追い掛け、もう一匹はリリアーナ達を狙おうとしている。そこへまた石を投げ付けて注意を引き付ける。すると、今度は確りと二匹の意識を自身に向けることが出来た。

 

 リリアーナは最初呆然としていたが、彼が何をしようとしているのかを悟り、泣きながら彼の名を呼んだ。だが返ってきたのは走ってこの場から逃げろという言葉だった。愛している夫が引き付け役となって走っている。ウルフに追い掛けられている彼の背中が涙でぼやけて滲む。嫌だ、一緒に逃げたい。死なないで。置いて行かないで。そう言って手を伸ばした時、彼は遠くでウルフに捕まった。

 

 群がられて噛み付かれ、引き裂かれ、肉を食い千切られている。血飛沫が舞い、絶叫の声を上げる中、彼はまだ動けないリリアーナに向けて走って逃げろと、最後の言葉を送った。最早どう見ても助かる可能性は無い。リリアーナは涙を流して嗚咽を漏らしながら必死に駆け出した。赤ん坊が泣いているが、泣き止ます事は今出来ない。兎に角走って走って走り続けた。

 

 兎に角走り続けたリリアーナは、気付いたら平原に居た。愛する夫がウルフを引き付けて食べられて死んだ事によるショックで、走っている最中の記憶が無い。帰るべき方角も分からない。お金は馬車に置いてあったし食料もそうだ。そして所々には傷があり、寒い時期だというのに服が千切れて寒い風を通してしまう。絶望的な現状に打ち拉がれていると、赤ん坊が自身の頬に触れた。慰めてくれていると感じたリリアーナは、膝を付いて赤ん坊を抱き締めてまた泣いた。

 

 

 

「食べもの……水……それにさむい……」

 

「あー……………あー」

 

 

 

 馬が出鱈目な方向へ全速力で走って、更には自身も全速力で適当な所を走ってしまっている。帰る方向が分からず、取り敢えず思い付いた方向へ向かって歩き出してから優に5日が経過してしまった。元々馬車と馬を使って4日は移動して景色を見たりしていたリリアーナ達であった。馬の足でそれ程の場所まで来ているのに、赤ん坊を連れた、あまり体力に自信の無い女が歩って同じ日数で着くわけも無い。更に方向が合ってるとは限らないのだ。

 

 不幸中の幸いと言えば、この5日間魔物と遭遇しなかった事か。剣なんて振った事も無ければ、そもそも武器を持っていないリリアーナは丸腰も同然。況してや赤ん坊を抱えている今ならば激しく動くことも出来ない。精々走るのがやっとだ。故に魔物に会えば襲われて食われるのも時間の問題だ。

 

 だが、まだ見えぬ魔物よりも現状で肝心なのが、食料不足と水分不足。そして寒さを凌ぐための手段が無いことである。何もかもを馬車に置いてきて、着ている服は所々が破れ、土も付着していて見窄らしい格好。更には赤ん坊の為に上着を脱いで赤ん坊を包んでいるので自身は更に寒くなる。

 

 赤ん坊は絶対に守る。そう意気込んで5日、赤ん坊が高熱を出してしまった。赤ん坊が出すには高すぎる熱。意識を朦朧とさせているのか、呼んでも定まらない視線。熱く荒い吐息。常に寒い風に当たってしまい、風邪を引いてしまって熱が出たのだ。このままでは命の危険がある。それは素人目にも分かってしまった。しかし医者は居ない。治す薬も無ければ落ち着ける場所も無い。もう、どこか人が居る所を見つけて保護してもらうしかないのだ。

 

 見付けられるだろうか。この5日間歩き続けて見つけられなかった人の居る所を。陽がすっかり沈んで辺りが暗くなった時間帯、リリアーナは少しだが登り坂になっている平原を登って下を見下ろすと、あれほど望んでいた人の居る所……街が少し遠いが見えた。夜だから光をつけている煌びやかな光景を作り出す街が見えた。見つけられた。リリアーナは空腹感や肉体的疲労、精神的疲労をものともせず走り出し、街へ辿り着いた。

 

 

 

『入場料の5000Gが払えない?──────ならば通すわけにはいかないな』

 

 

 

 そしてやっとの思いで辿り着いた先で言われたのは、この言葉だった。唖然とした。まさか、まさか街へ入るための入場料が払えないというだけで、通してもらえないなんて。門番の目は、外の気温と同じように冷たいものだった。言っても通じない類の人だと思ったが、それでも諦めずリリアーナは中へ入れてもらえるように頼み込んだ。

 

 だが門番は首を縦に振らなかった。リリアーナは今一文無しである。服装はこの寒い時期にも拘わらず薄着、それに汚れが目立って見窄らしい。赤ん坊を抱えているが、入場料を払わなければ通すことは出来ない。そう説明しているのにリリアーナは頭を下げて頼み込み、諦める様子がまるで感じられない。

 

 門番も段々と面倒になってきたと感じた頃、門番は背後からどうしたと声を掛けられた。振り返って敬礼をする。背後から声を掛けてきた人物は、偶々夜の街の見回りを自主的にやっていたこの街の領主であるコレアンという男だった。門番は内心助かったと思い、門番の畏まった態度から、コレアンが領主だということに気が付いたリリアーナは、コレアンに頭を下げて願い出た。この街に入れて欲しいと。この子の事を診てあげて欲しいと。

 

 

 

『何だ、入場料も払えん奴が何を言っている?入りたくば入場料を払え。そのガキを診て欲しいならば料金を払え。常識だろう。他の者達は全員払っている。お前だけ特別扱いなんぞしないからな』

 

『で、でも……この子は高熱を出していてっ……お願いします!どうか、どうかこの子だけでも……っ!』

 

『ダメだ──────この街に入りたいならば入場料を払え!払えないならば別の所へ行け!ここはお前のような貧乏人が入っていい街じゃないんだよ!!』

 

『ま、待って!待って!!お願い…!お願い……しますからぁ……!!ぁあああああああああああああ……っ!!』

 

 

 

 門を閉じられ、強制的に閉め出されてしまった。リリアーナは門を叩いて叫ぶ。どうか入れて欲しい。この子を助けて欲しい。しかしその言葉は、無情にも聞き届けてはくれなかった。リリアーナはもう開けて貰えないのだと悟り、枯れたと思うほど出した涙を流して街を後にした。

 

 その後、リリアーナは朝日が昇るまで歩いていた。茫然自失となって歩き続けていた。一睡もせず、休みもせず。下を見ながら歩いていると、馬車が近付いてきた。こんな寒い時期にどうしてそんな格好をしているのか、何故歩いているのか。そう聞かれるが、上手く答えられない。そして搾り出すように、リリアーナは旅行中に魔物に襲われ、夫が食われて亡くなってしまったことをどうにか話した。

 

 馬車に乗っていたのは、商人見習いのケイトという男性だった。ケイトはリリアーナの話を聞いて不憫だと思い、リリアーナの故郷へ連れて行ってあげる事にした。リリアーナは静かに涙を流してありがとう、ありがとうとお礼を言った。

 

 馬車の周りには数人の雇われの冒険者が居て、見窄らしい姿のリリアーナを見て眉を顰めるが、大変な目に遭ったのだからそういう扱いをするわけにはいかないと、余っている服や食糧を提供した。リリアーナは疲労が浮かぶ顔で出来るだけ微笑み、抱いている赤ん坊の頬を撫でた。

 

 

 

 全く動かず起きない、氷のように冷たくなった赤ん坊の頬を、ずっと……家に着くまでずっと撫で続けたのだ。

 

 

 

 その後、送り届けられたリリアーナは、何時まで経っても帰ってこないリリアーナを心配していた両親に思い切り抱き締められた。そして事の経緯を詳細に話した。もう彼は魔物に襲われて死んでしまったこと。此処まで来れたのは奇蹟に近いこと。そして……赤ん坊は無事に守り切ったことを。リリアーナの両親は涙を流しながら聞いていた。

 

 母親がリリアーナから赤ん坊を受け取る。もう何日も動いておらず、起きてすらこない、息の無い赤ん坊を。リリアーナが体力低下の所為で深い眠りについた後、両親は教会に行き、赤ん坊の弔いを依頼した。リリアーナを同行させるのは、無理だと思っての事だった。

 

 リリアーナが起きてからは大変だった。赤ん坊は何処だ、何処にやったのだと叫んで狂ったように暴れ、夫の彼を連れて来てと絶叫する。どうにか取り押さえて医者を呼び、精神安定剤等を打ってもらって落ち着かせた。一年はそうして半狂乱になりながら暴れていたが、段々と落ち着いてきて、店の手伝いが出来るようになり、元のとは言い難いが、それでも笑顔を見せてくれるようになった。

 

 だが運命の、家族を亡くしてから2年後のある日。リリアーナは朝や昼の店の手伝いをして、店を閉める手伝いをした後、店の中の掃除をして風呂に入り、諸々のやることを終わらせて寝床に着いた。そして横になって眠りについた時、最早トラウマとも言える……あの時の光景が夢に出た。魔物に襲われた時の光景。彼が死んだ時の光景。街に入れてもらえなかった時の光景。そして……コレアンが自身に向ける嘲りの視線。

 

 

 

『──────へぇ。テメェは中々に面白い事を経験してンだな』

 

『……あなたは誰』

 

『オレか?オレは──────天下の龍様だ。オレが此処に居んのが不思議か?なら教えてやる。テメェみてェな絶望を経験し、誰かに憎しみを抱いている奴を、夢の中に入り込むことで探してたんだよ』

 

『そ、そんなこと……』

 

『最強の存在である龍を舐めんじゃねぇよ人間。オレ達にとっちゃ人間の夢の中に入り込むなんざ魔法でいくらでも出来ンだよ。それよりテメェだよテメェ。テメェは憎いんだろォ?入れてもらえなかった街の領主がよ。なァオイ人間──────復讐の機会をくれてやろうかァ?』

 

『復讐……』

 

『そうだ。テメェが憎い領主を殺す手段をくれてやる。その代わりオレに他の人間共を殺させろ』

 

『何でそんなことを……』

 

『殺すと言っても、人間が恐怖に怯えて震えながら死ぬ姿が見てェンだよ。ひひひッ。本来ならオレが今すぐに行って殺っても良いんだが、どうせならテメェが復讐の道に走って踊り狂うところも見たい。だから交換条件だ。テメェは復讐をする。オレはオレで愉しむ。どうだァ?伸るか反るかはテメェ次第だぜ』

 

 

 

 

 

『私……私は──────あの領主を殺したい』

 

 

 

 

 

『ひひひッ──────此処に契約は相成った。精々オレを愉しませて躍り死ねよ、愚かで弱い下等な人間』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────こうして()()()この街を襲う事にした。私はそこに居る領主を殺す為に。あの龍はその他を殺す為に。あの龍に夢の中で会ってからの2年間はこの街に移り住んで冒険者ギルドの受付嬢として身を隠していた。そこの領主が殺せる絶好の機会が揃う今日までな」

 

「……………………。」

 

「ひ、ひィ……っ!?」

 

 

 

 自身の過去に起きた事を話し終えた受付嬢改め……リリアーナはオリヴィアの傍で腰を抜かして尻餅をついている領主のコレアンに目を向けた。黒く暗く濁った底無し沼のような瞳に見つめられたコレアンは、あの時の女がコイツだったのか……と、心の中で叫びながら悲鳴を上げた。

 

 オリヴィアは黙って聞いていたが、表情は動かなかった。薄情かも知れないが、オリヴィアにとって領主のコレアンが死のうが街の者達が死のうが至極どうでもいいのだ。聞きたかったのはリリアーナの話。明かしたかったのはリリアーナが現状の騒ぎを起こした理由だった。そして聞きたいことが聞けて、知りたいことも知れた。

 

 ギルドでオリヴィアとリュウデリアの事で下らない事を言っていたり、警戒している他の者達が居る中で、唯一普通に接して無駄な事を聞いてくることも無く、仕事の仕組み等を教えてくれたリリアーナ。優秀だと思っていた。ギルドの中で唯一、一人の人間として認めていた。

 

 だが、オリヴィアのその期待を裏切った。オリヴィアは冷めた瞳で失望したと言おうとした時、何やら数多くの足音が聞こえてきた。少しずつ近づいている。オリヴィアはリリアーナを見ると、彼女は作り物の笑みを浮かべて両腕を大きく広げた。

 

 

 

「言っただろう?()()()……と。同じように入れてもらえず、最愛の人であったり最愛の子を奪われた者達は、私の他にも居たんだよ!私はこの2年でその者達とコンタクトをとって仲間に引き入れた。そしてあの龍が求める絶望の瞬間と領主を殺す事が出来る日が重なるのが今日、この時だッ!!」

 

「……お前は一体何をするつもりだ?」

 

「今は製造を禁止されている魔物を引き寄せる香水が有ったのは知っているか?私の仲間にはそれを偶然手に入れた者が居る。それを使って魔物の大群をこの街に誘き寄せるッ!!今狂って人を襲っている者達は、単なる時間稼ぎだッ!!街の門は閉じて龍が固めた。お前達が魔物の大会に意識が向いている間になッ!魔物の大群が着けば、この街の門なんぞ壊れるのは時間の問題だ。仲間も私も死ぬことを恐れない──────領主、貴様殺す為ならばなァッ!!」

 

「ひィィィィィィっ!!た、頼む!!許してくれ!わ、私が悪かった!!だからせめて、私だけ……!私だけは……ッ!!」

 

「……醜いな、貴様は。……本当に。貴様だけは絶対に殺してやる」

 

 

 

「……はぁ。まさか街へ魔物を……これは些か面倒だぞ」

 

 

 

 オリヴィアは溜め息を吐いた。リリアーナはこの街を諸共壊滅させるつもりだった。製造が禁止された魔物を引き寄せる香水を使って街に魔物の大群を、仲間を使って誘き寄せる。それまでの時間稼ぎで人間と魔物を他の者達に襲わせて、門は大会が開催されている間に閉めて開けられないように塞ぐ。逃げ道の無い、まさに袋のネズミというわけだ。

 

 領主のコレアンは他がどうなっても良いから自身だけは助けてくれと、醜い要求をして泣いている。それを一瞥もせずオリヴィアは上を見上げた。龍が飛んでいる空へ行ってしまった、リュウデリアの居る空を。

 

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは龍を追い、オリヴィアは魔物の大群が攻め込もうとしている街に居る。オリヴィアはもう一度、深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 



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第23話  復讐の時

 

 

 

「領主──────貴様だけは何があろうと殺すッ!!我々は死など恐れない。例え刺し違えても殺してやるッ!!」

 

「た、助けてくれ!謝る……っ!謝るから、()()命だけは……っ!!」

 

 

 

「敢えて首を突っ込んだとはいえ、まさか魔物の大群が来るとは……」

 

 

 

 犯人であった元受付嬢のリリアーナは、領主を憎しみ籠もった眼で射貫いた。先程まで常闇のような瞳をしていたというのに、領主の事となった瞬間憎しみが滲み出た。それが自身にだけ向けられていると理解した領主は、腰が抜けたようにへたりこんで命乞いをしている。

 

 たったの5000Gだ。それを払わないという理由だけで、街への入場を拒んだ領主。その時は払えずとも、何かしらの仕事をさせて払ってもらったり、命の危険があるのだから保護をしても良かっただろうに、領主はそれに否と答えた。高熱を出して今にも息絶えそうになっている赤ん坊の事よりも、見窄らしい姿をした当時のリリアーナを街に入れること自体が嫌だった。

 

 領主コレアンは、言うなればこの街のトップである。一番偉い。つまりはこの街は自身の絶対領域。何もかもが思いのまま。そんな神聖なる場所に、泥だらけで蠅が集る程の汚臭を放つ人間を快く招き入れるとでも思っているのか。いいや、私はそんなことはしない。況してや、たったの5000Gも払えない貧乏人が、私の神聖なる領域に相応しい筈が無い。そう思っての過去のやり取り。

 

 しかし、今やその領主は、当時に見捨てた……見窄らしい格好をしていた女に殺されようとしている。更には同じようなやり取りで見捨てた者達がこぞってこの街を壊滅させようとしているという。魔物の大群?冗談では無い。最早街の人間や冒険者がどうなろうと知った事では無い。自身が、自身のみが助かればそれでもう良い。万事解決だ。素晴らしい。

 

 領主は勘違いをしている。命乞いをすれば助けてもらえると思っている。純黒のローブを着た、使い魔の大会を優勝した女が万が一の時は助けてくれる……と。だが現実は違う。リリアーナは怨敵に時間を与えはしない。必ず殺すと計画を立てた時から決めている。オリヴィアは領主を助けるつもりが無い。

 

 たったの5000Gを払わないという理由で何の罪も無い赤ん坊を見殺しにし、領主はたったの5000Gから始まった復讐に殺されるのだ。全ては過去の行いから来た皺寄せによる自業自得。助けは来ない。都合良く助けは入らない。これから来たるは煮えたぎる憎しみと、冷たい死である。

 

 

 

「私はそこの領主を殺す。お前はどうする?私を止めるか?」

 

「知らん。私は領主が死のうが街の人間が死のうが興味は無い。そもそも、騒ぎが起きることは解っていた。それでも此処に来たのは、リュウデリアが龍に会ってみたいと言ったからだ。私は特に、お前達に期待するものなんぞ、端から無い」

 

「……ッ!リュウデリア……そうか。あの黒いのはトカゲの新種ではなく『殲滅龍』だったのか。どうりで最優先で狂う筈のお前達が平然としている訳だ。納得がいった。それに大した演技だった」

 

「お褒めに預かり光栄だ。私もお前の演技は見抜けなかった。憎しみの一つすら感じ取らせなかったお前は、やはり優秀だったよ」

 

 

 

「な、何を呑気に会話している!?そ、そこの女を殺せ!!これは命令だ!!私を助けろ!!」

 

 

 

「──────喧しいぞ人間。この(女神)に命令するな。お前も早く殺すならば殺せ。煩くて耳障りだ」

 

「……この日を待っていた。2年間ずっと。お前を見掛けたときは殺しに行こうとする体を律するのに苦労した。だが、今はもう律する必要も取り繕う必要も無い。だから──────今すぐここで死ね。そして精々過去の自分を恨むがいい。これは言葉すら話せない……まだ小さい赤ん坊だった、私の愛する娘の仇だ」

 

 

 

「や、やめろ……来るな……っ。おいそこのお前!私を助けろ……!た、助けて……お願いしますっ……お願いしますっ……お願いしますっ……いやだ……いやだいやだいやだぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!」

 

 

 

 後ろの腰に隠し持っていたナイフを手に持ち、近付いてくるリリアーナに、領主はその場から逃げ出すことすら出来なかった。あまりに強い憎しみに、そういったものを経験してこなかった領主は腰を抜かしていた。立ち上がる事が出来ない。せめて出来るのは命乞いと助けを求めることだけだった。だがもう死は決まっている。助ける者は来ず、逃がしはしない。

 

 リリアーナはナイフを振りかぶり、領主目掛けて振り下ろした。この日の為にギルド職員として働いて稼いだ金を存分に使い、業物を購入していた。切れ味は抜群。咄嗟に防御しようとしてリリアーナに向けた左手の指を親指を残して4本を斬り落とした。領主は痛みで悶えながら苦しみの声を上げた。

 

 背を倒してのたうち回りながら右手で左手首を押さえるが、斬られた指先から出血が止まらない。噴き出す血が自身にも降り掛かりながら、腹部に重みを感じた。リリアーナだ。リリアーナが仰向けに倒れている領主の腹部へ馬乗りになっていたのだ。顔から血の気が引く。両手で握られたナイフが自身の血に濡れているのが嫌でも目に映る。全てがゆっくりに思える感覚を体験し、走馬燈が脳内を駆け巡り、ナイフが振り下ろされた。

 

 

 

「ィぎ……っ!?だずげッ!?だずげで!!お゙ね゙がい゙ッじま゙ずッお゙ね゙がッい゙じま゙ず……ッ!!じに゙ッだぐな゙い゙ぃ゙!!ぎや゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…ぁ゙……………ぁ………──────」

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はは……あははっ……あっはははははははははははははははははははははっ。やっと…!!やっと殺してやった!!仇を取ったっ!!ははははははっ!!」

 

 

 

 何度も何度も胸にナイフを突き立てられながら、それでも領主は命乞いをしていた。痛みで千切れるほど声を上げても、手を伸ばしても、助けてくれる者は居なかった。刺されて刺されて刺され続けた領主は呼吸も小さくなっていき、辺り一面に血の水溜まりを作って死んでいった。完全に動かなくなってもリリアーナはナイフを振り下ろす手を止めず、何度も刺した。

 

 やがて気が済んだのか、ナイフを領主の死体に突き立てたままゆらりと立ち上がり、領主だった死体を見下ろした。刺し傷だらけの胸にナイフが一本突き立てられ、顔は痛みと恐怖が混ぜ合わさったような表情になっている。惨い死に顔だ。だがリリアーナにとっては心地良いと感じる表情だった。

 

 これでもかと痛みを与えて殺してやった。自身の手で、娘の仇をとったのだ。何度も殺すことを夢見て、実現させると誓った光景が今、目の前に広がっていた。清々しい気分である。この快感は普通とは違うものだ。故にもう味わうことは無いのだろう。復讐を遣り遂げた自身にはもう、やることは無くなったのだから。

 

 

 

「……どうした、そんなに見つめて。口封じで殺しに掛かれば、死ぬのはお前だぞ」

 

「違う──────私を殺してくれないか」

 

「は、私にお前を殺せと?全てを終わらせて良い気分なのは良いかも知れないが、私は今から自身の身を護らねばならない。だというのに、先にこの世から退場か?良い御身分だな」

 

「……此処に居ればどちらにせよ魔物の大群が襲ってくる。私は今更死にたくないとは言わない。だがせめて……お前に殺して欲しい。私の過去を知り、私の復讐を見逃してくれた……他でも無いお前に」

 

「捕まって牢に閉じ込められるよりも、先に死んだ者達と同じように死にたいという訳だ。……お前の願いなんぞ叶えてやる義理はもう無いのだが、まあ良い。そこまで死にたいならば死ぬといい。私を失望させたお前には何の思い入れも無い」

 

 

 

 失望した。死ぬならば死ねと言われたのに対し、リリアーナは先程までの狂気の滲んだ笑みでは無く、自然な笑みを浮かべた。もう思い残すことは無い。魔物の大群は直ぐそこまでやって来ている。仲間はこの街に誘き寄せた後、魔物の手によって死ぬだろう。そしてこのまま此処に居れば、例え魔物の大群がどうにか出来たとしても、領主を殺したのだから捕まる。そうなる前に、夫や娘が居ないこの世界から消えたかった。

 

 虫のいい話なのは解っている。自身でもそう思う。これだけ大きな騒ぎを引き起こしておいて、自身のやることが終わったから死んで居なくなると言っているのだ。まだ騒動は終わっていない。寧ろ今から街にとっても住人にとっても一番面倒な騒動が押し寄せる。その処理もせず、見届けもせず、殺してくれと頼む。

 

 ある日、黒い新種のトカゲか何かを肩に乗せ、冒険者ギルドへやって来た美しい女性。一人でやって来たと思えば、ギルド内でも結構腕の立つ、絡みに行った冒険者を一瞬で行動不能にした期待の新人。受けた仕事は淡々と素早く熟し、無傷で帰ってくる。その身に純黒のローブを纏った純白の長い髪。初めて見た時から只者では無いと直感していた。

 

 しかし真実は、予想を上回っていた。警戒していたからこそ、最初の騒ぎの中心になる使い魔の大会では身の毛も弥立つような使い魔の力を見せて優秀。あの龍の魔法をどうやってか無効化し、何も無かったかのように立っていた。そして肩に乗せていたのは、最近騒がれている純黒の黒龍である『殲滅龍』ときた。笑ってしまうような存在だった。

 

 オリヴィアは綺麗な瞳をしている。純白の長い髪とはまた違う存在感を醸し出す、朱い真っ赤な瞳。それは常に冷たく冷淡に物事を見つめ、興味を見出していないようにすら感じさせる。なのに無意識なのか、黒龍を見つめる時だけ、熱い何かを宿すのだ。見ているこっちが照れてしまうような、そんな蕩ける視線を黒龍にだけ注ぐ。冷たいのと温かいのがはっきりしている人物だと思った。

 

 だから……という訳では無いが、この人ならば自身を殺してくれると思った。何度も顔を合わせて話をして、何故かは解らないが宿の紹介もしていた。自身が思う、この人に最適な最も良い宿を。警戒している癖に贔屓してしまう。自身にこうも贔屓させるこの女性ならば、友達にもなれただろうやり取りをした自身を、何の憂いも無く殺してくれると思ったのだ。

 

 最後に失望させてしまったようで、何も感じなくなっていた心に棘が刺さり、胸にチクリとした痛みを与えるが、自身は復讐をすると誓い、これまで接してきた人達を最低の形で裏切ると解っていたはずだ。だから胸の小さな痛みを内に秘めたまま、目の前に居る彼女に全てを委ねる。

 

 オリヴィアはその場に立っているだけで何もしない。だがオリヴィアの考えを汲み取った純黒のローブが動き出した。純黒のローブから純黒なる魔力が溢れ出し、石造りの地面を純黒に侵蝕して塗り潰した。純黒の侵蝕はリリアーナの方へと伸びていき、途中にあった領主の死体を忽ち侵蝕して純黒に塗り潰す。脆くなった炭のように弱い微風に吹かれて砕ける。そこに領主の死体は無く、何も残っていなかった。

 

 触れれば確実に死ぬ。今のように脆く砕け散ってしまうのだろう。それでもリリアーナはその場から動かなかった。純黒が地面を伝って足下へ辿り着く。履いているギルド職員用の靴が侵蝕され、純黒は肌に到達した。恐ろしい。恐怖とは違う、理解の外にあるナニカに喰われようとしている、そんな漠然としたものを感じた。

 

 痛みの代わりに途轍もない喪失感。動かすことは出来ず、純黒はそのまま太股まで登りが、下腹部まで迫り上がってきた。もう脚に感覚なんてものは一切無く、体の約半分は侵蝕されたという自覚は死よりも恐ろしく感じる。純黒は侵蝕を続けて首元までやって来た。もう話すことも出来なくなる。だからリリアーナは、全てを失ったあの日以降初めての、心からの笑みを浮かべた。

 

 

 

「さようなら、オリヴィアさん。元気でね」

 

 

 

「──────さようなら。次は掴んだ幸せを手放さないことだ」

 

 

 

 最後の心からの笑みを浮かべたまま、リリアーナは全てを純黒に侵蝕され、粉々に砕けて散った。風がリリアーナだった純黒を攫って空へと持っていく。その内完全な消滅を果たすのだろうが、オリヴィアにはリリアーナが、先に逝ってしまった愛しい夫と愛する娘の元へ飛んで行くように見えた。

 

 この街で最も話したであろうギルド職員の受付嬢は死んだ。過去に囚われて復讐を誓い、復讐を為し遂げた女、リリアーナはもうこの世から消えて無くなった。でもオリヴィアは表情を変えることは無かった。優秀だと思っていた者が期待を裏切って死んだだけ。当然の結末だ。故にオリヴィアは何とも思わない。哀しくも惜しくも無い。だが祈りはする。

 

 女神だというのに祈るのはどうかと思われるかも知れないが、オリヴィアはリリアーナの来世がせめて復讐とは関係無く、愛する者と、愛する者との間に産まれた子供と幸せに暮らせるようにと、祈ったのだった。

 

 

 

「さて、後は魔物の大群だが……よし、リュウデリアが折角ローブを改造してくれたんだ、試し撃ちしよう」

 

 

 

 大群が迫っているというのに余裕なのは、この日のために予め前の日にリュウデリアが改造してくれた純黒のローブの存在があるからだ。元々九割の物理攻撃と魔法攻撃を軽減し、魔法に至っては撃たれた方向、強さに魔法をノーリスクで反射する反射魔法も掛けられている。そこに更に何を足したというのか。

 

 オリヴィアは広場から離れて街の入り口へとやって来た。見えてくるのは、馬に乗った3人の男女が魔物の大群を引き連れている光景だった。魔物の殆どは低位のものだった。ゴブリンやウルフや鹿に似た魔物、木に似た姿のトレントなどだ。だが、中にはハイウルフやゴブリンが進化した姿であるホブゴブリン等が混じっている。

 

 ざっと見た感じだと200体程だろうか。そのだけの魔物が、魔物を引き寄せる香水を自身に振り撒いた、リリアーナの仲間目掛けて走っている。低位が多いとはいえ、かずがこうも多ければ一般人は忽ちやられてしまうだろう。唯一押し寄せる魔物を迎撃できる者達が冒険者なのだが、残念ながら冒険者の大半は龍の魔法によって意識を操られ、仲間や近くに居る住人を襲っている。

 

 運が良く龍の魔法にやられていない者達は、襲い掛かってくる者達の対処に追われていて手が離せる状況に無い。つまり、ここで戦える存在といえば、オリヴィア位しか居ないのだ。しかしそのオリヴィアも治癒は出来ても戦いは出来ない。治癒の女神だからだ。そこでリュウデリアの生み出したローブの話に戻ってくる。

 

 リュウデリアが純黒のローブに施した改造というのが、オリヴィアの意思で発動する魔法の行使である。女神であり魔力を内包していないオリヴィアは、魔法を行使することが出来ない。そこでローブに貯め込んだリュウデリアの魔力を使用して、オリヴィアが思い浮かべた、若しくは口にした要望に出来るだけ沿った魔法を行使する。

 

 但し、これには欠点があり、度が過ぎた魔法や複雑な魔法は使用出来ない。あくまでリュウデリアが莫大な魔力を籠め、それを使って簡易的な魔法を発動出来るというシステムなのだから。故に国を消して欲しいとか、魔法を分解して欲しいとか、そういったものは複雑な術式が必要なので出来ない。

 

 そしてもう一つが、回復に関する魔法も使えないという面だ。回復系の魔法は失われた太古の魔法。故にいくらリュウデリアといえども、知らない魔法を行使する事は出来ないし、未だ創り出す事も出来ていない。だがその面は大丈夫だろう。何せオリヴィア自身の力で治癒する事が出来るのだから。

 

 

 

「初めての試し撃ちだ……そうだな、シンプルに炎系の魔法を放ってみよう」

 

 

 

 思い浮かべるのは炎の球。それを強く思い浮かべると、ローブが攻撃意思が有りつつ思い浮かべたと判断し、貯えられた莫大な魔力を使用してオリヴィアの頭上に純黒で巨大な炎の球体を形成した。直径は5メートル程だろうか。成人男性3人分位の大きさをした炎の球に、オリヴィアは思い浮かべたと通りだと満足し、右腕を持ち上げてから人差し指を立て、振り下ろして向かってくる魔物を指し示した。

 

 純黒の巨大な炎の球は、オリヴィアの指示に従って押し寄せる魔物の大群に向かって放たれた。魔力を持っている魔物は、ある程度の魔力を感知出来る。低位であればあるほど強い弱いを感じるのが鈍いが、逆をいえば上位の存在ほど魔力に敏感だ。そこで大群の中に居るハイウルフやホブゴブリンが、純黒の巨大な炎の球に籠められた魔力の多さに驚愕して左右へと避けていった。

 

 残念にも逃げ遅れた、中央を走っていた魔物達は純黒の強大な炎の球に呑み込まれた。純黒の巨大な炎の球は魔物を次々と呑み込んで一瞬で燃やし尽くして消し飛ばし、大群の中央に辿り着いた瞬間に純黒の光を発して大爆発を起こした。天を貫くような純黒の炎の柱が上がる。それを見ていたオリヴィアは、魔法を使った時の爽快感に笑みを溢した。

 

 

 

「よしよし、良好だな。(まと)……じゃなくて魔物はまだ居る。恐らく今ので30は死んだが、お楽しみはこれからだ。ほら、次々放つから避けろよ」

 

 

 

 オリヴィアが指を鳴らすと、頭上に先程放った純黒の炎の球が10個現れた。放たれる瞬間を今か今かと待っている純黒の炎の球はは、同じように指で指し示されると勢い良く発射されていった。同時に放たれた純黒の炎の球はあらゆる方向へ向かって突き進み、大爆発するまでの途中で何体もの魔物を燃やして消滅させた。そして何十体も捲き込んで大爆発する。

 

 そこかしこで純黒の炎の柱が発生し、魔物の残りは少なくなってしまった。地面もあまりの超高温に真っ赤になり、火山から流れる溶岩のようになっていた。魔物は飛来する純黒の炎の球から逃げるのに必死だった。というのも、魔物を誘き寄せていた人間が、純黒の炎の球の餌食となって消し飛んだ為、誘き寄せられない状況になってしまったのだ。残ったのは正気になった魔物だけ。だがオリヴィアの猛攻は止まらなかった。

 

 

 

「これが魔法か。一撃でこうも魔物が死ぬと爽快で気持ちいいな。もっと撃ちたい気持ちも有るが、残りは少ないし終わりにしてしまおう」

 

 

 

 オリヴィアが次に想像したのは、使い魔の大会の決勝戦でリュウデリアが大きなスライムに使用した魔法である。あの瞬きをするような刹那でリングを凍てつかせた氷系の魔法。それを魔物が居る一帯全てを対象に行使した。気温が急激に下がって何も無い所から純黒の霜が降り始める。大地は純黒に凍てつき、魔物の足が捲き込まれて凍ってしまった。

 

 動くことは出来ない。足は地面と一緒に凍らされているので剥がせない。例え剥がせたとしても、それは氷から足を剥がしたのではなく、氷から接している皮膚や肉ごと剥がしたという方が正しい。それに付け加えるならば、凍てついたのは地面に接していた箇所だけでなく、足の付け根まで凍り付いているので、無理に動けば脚は砕け散ってしまうだろう。

 

 これでもう魔物は逃げる手段を失ってしまった。早くどうにかしなければと足掻けば足掻く程、凍り付いた脚に罅が入ってしまい、後が大変になる。ならば……と、凍っている地面を叩き壊そうとするも、純黒の凍てついた大地を破壊することは不可能である。

 

 不穏な音が鳴り響いた。大いなる自然が憤っているかの如く鋭い、大きな存在感を示す音だ。魔物達は一様に上を見上げる。そこには雲が散らばっていた晴れた空が、真っ黒な厚い雲に覆われており、純黒の雷が雲で帯電してゴロゴロと鳴っていた。雷鳴である。自然の中でも危険なものの一つである雷。それが純黒となって落ちようとしていた。

 

 魔物は怯え、体の芯から震えだした。そして急いで凍り付いた脚をどうにかしようとするのだが、解けず砕けない。中には凍り付いた脚を砕いて這いずって逃げようとする魔物も居たが、そんな速度では魔法の範囲内から外へ出ることは不可能である。オリヴィアは炎の球の時のように人差し指を上へ向け、勢い良く下まで振り下ろしきった。純黒の雷雲は、巨大で強大な純黒の雷を、魔物が居る大地へと落とした。

 

 

 

「──────『純黒の落雷(トル・モォラ)』……なんてな」

 

 

 

 落とされた純黒の雷は、動けない魔物全てを呑み込む巨大なもので、落とされて大地と接触すると大爆発を引き起こして純黒の大地をも砕き割った。純黒は純黒でしかないので、同じものをぶつければより強い方が残る。つまり、純黒の雷は凍てついた大地よりも膨大な魔力で生み出されていた事が解る。

 

 砂塵が舞っていて、風に煽られて景色が見えてくると、魔物の姿はもうどこにも無かった。あるのは広範囲に残った凍てついた純黒の大地と、中央に存在する大きなクレーターだけだった。動きを止めてから一撃死の魔法を叩き込む。中々に良い戦い方をしたオリヴィアは、リリアーナの件で堪っていた鬱憤を晴らして胸が空くような気持ちだった。

 

 ローブがあってこそと言えるが、オリヴィアも戦うことが出来るようになった。それは単にリュウデリアのお陰である。オリヴィアは着ている純黒のローブを掴んで宝物のように大切そうに抱き締めた。

 

 

 

「私の方は終わった。後はそっちだけだぞ、リュウデリア」

 

 

 

 オリヴィアは上を見上げた。そこには大空の遙か上空で、二匹の龍がぶつかり合って戦っていた。世界最強の種族である龍。その二匹がぶつかり合うだけで、音の爆弾が弾けて地上にまで聞こえてくる。リュウデリアが生まれて初めて会う龍である。龍なだけあって強大な力を秘めている事だろう。だがオリヴィアは心配なんてしない。

 

 

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアが、例え相手が同じ種族であろうと勝利して、自身の元へ戻ってくると信じているのだ。

 

 

 

 

 

 



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第24話  龍 VS 龍

 

 

 大気が震え、雲が散る。火花が弾け、衝突音が鳴り響いた。大空で2匹の龍が体をぶつけ合っている。人の目では小さな点にしか見えないような遙か上空。制空権を奪い去る龍にとって、空は己の領域。何も障害が無く、純粋な力比べとして最も最適な場所。そこで、2匹の龍は戦っていた。

 

 常人には2匹が動いている姿をその目で捉える事など出来やしない。目にも止まらぬ超速度で動いているのだ。魔法を放てば大爆発を起こし、簡易的な魔力の塊を創り出せば村一つは呑み込めるのではと思えるほど大きく、展開される魔法陣は複雑な機構で恐ろしい威力を誇り、龍以外の種族が当たろうものならば、一撃でも十分過ぎる程の必殺だろう。

 

 

 

「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前()の力を見せてくれッ!!」

 

「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」

 

「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」

 

「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」

 

 

 

 ゲラゲラと狂ったように嗤って巨大な純黒の魔法陣を展開するリュウデリアに、負けじと巨大な魔法陣を展開する龍。籠められている魔力は計り知れなく、それでも彼の魔法の威力の方が高い。魔力効率が良すぎる。こっちが1の魔力で100の火力を出すのならば、リュウデリアは1の魔力で5000の火力を出してくる。

 

 リュウデリアと接戦している龍は苛ついたように吼えながらリュウデリアの元へと飛翔する。何故人間の絶望に染まった顔を見るために2年も待ってやったのに、見るどころかこんな事になっているのかと、自問自答したくなってくる。確かに他に龍が街に居ることは知っていたが、こんなのが居るとは思ってもみなかった。

 

 龍は全力でリュウデリアに対峙する。何故か。それは何時消し飛んでも仕方ない戦場になってしまっているからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────テメェか。俺の魔法を弾いたのは」

 

「──────お前だな。3日前に感じた龍の気配は」

 

 

 

 オリヴィアの肩から飛び去って上空までやって来たリュウデリアは、小さくしていた体を元の大きさへと戻していた。久しい元の体。小さいのも街に入るには良いが、やはり元々の自身の体の大きさが一番気持ちが良い。開放感がある。

 

 街で騒ぎが起きてから、常人には点にしか見えないだろう遙か上空から、三日前に感じた龍の気配があったので、直ぐここへやって来た。そして上空に居たのは、全身を黄色の鱗で覆った龍だった。体の大きさは同じくらいだろうか。龍は皆同じくらいの大きさになれば、それからの体の大きさの成長は止まるのだ。中には成長が止まらず、大きくなり続ける者も居たらしいが、今は良いだろう。

 

 リュウデリアは黄色の龍の体を見る。初めて目にする自身以外の龍。嘗て精霊のスリーシャから、あなたの姿形は私が知る龍の姿形とは違う……と、言われた。それ故に、本来の姿形で産まれなかった自身を突然変異なのだと思った。だがどれ程違うのかというのが今一つ解っていなかったが、こうしてみると確かに違う。

 

 この世に居る龍というのは、基本4足歩行をする為の体の作りになっている。想像しやすくするならば、蜥蜴を硬い鱗で覆って翼を生やして巨大化させたものだと思えば良い。つまり二足歩行で移動するような身体の作りにはなっていない。しかしリュウデリアは違う。

 

 鱗や翼、鋭利な爪や牙は龍そのものだが、身体の作りは人間に近い。多少首が人間よりも長くなっている事くらいか。それでも世に知られている龍の首よりは短い。二足歩行を基本とし、寧ろ4足歩行はあまりしない。そんな姿が同じように見えるはずも無く、確かに己は突然変異だと、改めて思った。

 

 初めての同族で、リュウデリアは感動の出会いとも言えるのだが、相手の黄龍は違うようで、同じ高さで飛んで対峙しているリュウデリアの事を睨み付けていた。何やら怒気が伝わってくるので、何かやっただろうかと首を捻るのだが、黄龍は最初に放った魔法が防がれたのが気に入らないのだ。

 

 

 

「オレの魔法は確実にテメェに当たった筈だ。どうやって弾きやがった?」

 

「あぁ、その事か。確かに当たったが、生体電流を弄られる前に魔力で打ち消しただけだ」

 

「……あ?当たって弄られる前に打ち消したァ?」

 

「オリヴィアの場合は俺の創ったローブが魔法を反射しただけだ。お前自身には効かなかったようだがな」

 

「だから一発だけ跳ね返ってきやがったのか。……どうやらテメェは中々やる奴みてェだな」

 

 

 

 黄龍の放つ魔法は超精密で速い。ほんの一瞬で意識を弄ることが出来るというのに、リュウデリアは既に、その魔法を対処するだけの反応速度を獲得していた。実際知らなければ危なかったのかも知れないが、リュウデリアは三日前に原因をその眼で見ている。一瞬気配を感じ取っただけの、その間で魔法を完璧に掛けたのだ、それさえ知っていれば、リュウデリアは対処可能となる。

 

 オリヴィアにも効かず、跳ね返ってきた時には少し驚いたが、理由を知れたならばもうどうでも良い。一人魔法が掛からなかった所で、あれは単なる時間稼ぎのようなものなのだから。そして黄龍はリュウデリアの魔法技術を知っても驚きはしない。龍ならばその位出来ても可笑しくは無いからだ。

 

 普通ならばこの短期間で黄龍レベルの魔法を弾けるようになるのは異常で、その片鱗を見れば誰だって驚くだろう。だが龍は何故と思えど驚くに値しないのだ。転生した者や使い魔の大会然り、少し魔法を使っただけで有り得ない……と、ばかりに驚かれてばかりだったリュウデリアはつまらなさを感じていたが、これが龍。強さの基準が世界で最も高い最強の種族。リュウデリアは面白そうに口の端を吊り上げた。

 

 

 

「自己紹介といこうか?俺はリュウデリア・ルイン・アルマデュラという」

 

「……知ってんよ。人間の国滅ぼして噂されてる『殲滅龍』だろ。調子に乗ってるのが居るって思ってたんだよ。ちなみにオレはウィリス・ラン・エレクトヴァだ。覚えておけ」

 

「ではウィリス。先の俺とオリヴィアへの攻撃は水に流そう。だが代わりに──────お前の力を見せてもらおうか」

 

「はん。何上からもの言ってんだゴラ。まあ、良いぜ。お前をぶちのめして舎弟にしてやらァ」

 

「ふはッ──────征くぞ」

 

「──────来いや」

 

 

 

 全くの同時にその場から動き出し、初速から目に見えない速度を叩き出した二匹は減速すること無く頭突きしあった。爆発音に間違うような音が鳴り響き、近くにあった雲が吹き飛んでいった。しかし頭突きをしている二匹は痛みを感じている様子が無い。龍の鱗は頑丈で、それだけで無く肉体までもが強靭で頑丈なので、例え頭をぶつけ合ったとしても、大したダメージにはならないのだ。

 

 頭をぶつけながら睨み合う両者で、ウィリスが最初に仕掛けた。右腕を振りかぶってリュウデリアの顔面を爪で引き裂こうとしたのだ。左から真っ直ぐ顔に向かってくる手を眼で追っていたリュウデリアは顔を引いて回避した。しかしそれを読んでいたのか、ウィリスは右から左に行く流れを体全体で使い、体を捻って尻尾を振った。

 

 長い尻尾はその分リーチも長く、遠心力が加えられたその速度は引っ掻きと比べても数段速い。それが引っ掻きからほぼノータイムの速度で繰り出されては、リュウデリアは避けきれない。向けられたウィリスの尻尾が、引っ掻きを避ける為だけに逸らしたリュウデリアの横面に叩き込まれた。

 

 ばちんという破裂するような音が鳴り、ウィリスは手応えが有ったとほくそ笑む。流れるような二連撃を躱さなかった。否、躱せなかった。ウィリスは推測する。此処へやって来て最初にやったことが、ウィリスの体を観察するように見ること。他の龍や親の龍を見ていればそんな、姿形を確認するような視線を送ってくる必要は無い。つまり、この純黒の黒龍は自身以外の他の龍を見たことが無い、捨てられた龍だということを。

 

 他の龍に会った事が無いということは、龍と戦った事が無いということに他ならず、ウィリスから言わせて貰えば対龍の喧嘩初心者。恐るるに足らず。碌に戦った事すら無い奴が、どうしてこのオレに戦いを挑もうと言うのか。口調からして自信過剰。人間なんて下等生物を少し殺しただけで、己の力を過信した愚かな龍。それがこの僅かでウィリスが出した推測だ。

 

 

 

 ──────……ッ!?待てよ。手応えはあったが、何だこの感触!?硬すぎるッ!!

 

 

 

「……っ!ははッ。鱗越しとはいえ、衝撃が中に届いた。良ィい一撃を見舞ってくれるなァ。では、今度は俺の番だ」

 

 

 

「……あ?──────ぐぉっ……ッ!?」

 

 

 

 ウィリスが尻尾を顔面に思い切り叩き込んでやったにも拘わらず、尻尾の打撃の威力で少し体勢を崩そうとも、眼はウィリスを捉えて離していなかった。尻尾が当たった時、確かに手応えがあった。真面に叩き込んでやったという確信があった。確信があったからこそ判断が遅れたが、その後に悟ったリュウデリアの鱗の硬さと体幹の強さは異常だった。罅すらも入らず、痛みを受けた様子も無い。言葉からして感じたのは衝撃だけのようだ。

 

 尻尾を横面に叩き込まれたリュウデリアは、その叩き付けられた尻尾を、逃げられないようにまず左手で掴み、その後右手も使って両手でがしりと掴んだ。人間に近い姿をしているリュウデリアならではの行為。ぎちりと尻尾が軋む程の万力の力で握られ、痛みで顔を歪めながら振り解こうとした瞬間、ウィリスの体をリュウデリアを基点として円を描いて振り回し始めたのだ。景色がぐるりと回る中で、ウィリスは高速で回されることにより、顔をリュウデリアに向けることすら出来なかった。

 

 ならば無理矢理にでも魔法で剥がしてやろうとするのだが、それを察してかリュウデリアがウィリスの尻尾を離して投げ飛ばした。豪速で投げ飛ばされるウィリスだが、翼を使って強く羽ばたいて距離をそこまで開ける事も無く止まった。空中でその停止は称賛に値するだろう。ウィリスは無理矢理振り回された事によって少し回った頭を振って正常にし、歯を噛み締めながらリュウデリアの方を見る。

 

 見えたのはリュウデリアではなく、目と鼻の先に接近していた巨大な純黒の炎球だった。気付かない内にもう目前まで迫っていた純黒の炎球に瞠目した。そして着弾して大爆発を起こした。リュウデリアはウィリスの方に向けて右手を突き出している。投げ飛ばした後に追撃として放ったのだ。

 

 リュウデリア自身だと普通に魔力を籠めた程度の認識だが、莫大な魔力を持つリュウデリアの普通が本当の普通な訳がなく、他人からしたら途方も無い魔力が込められている。そんな純黒の炎球が爆発して爆煙が朦々と立ち籠める中で、爆煙の中から巨大な雷球が5つリュウデリアに向けて放たれた。

 

 視界が遮られてウィリスの姿が見えないのを逆手にとって、ウィリスはリュウデリアと同じように膨大な魔力が籠められた巨大な雷球を飛ばしたのだ。全部で5つ。リュウデリアは一先ず回避しようとその場から動いたのだが、雷球はリュウデリアが動いたことで軌道を修正して追い掛けてきた。追尾をすることが可能なのだ。

 

 リュウデリアは面白そうに顔を歪ませて嗤い、身体を丸めて顔は腕で防御し、更に体全体を大きな翼で覆って防御態勢に入った。そして着弾。リュウデリアがウィリスに放った炎球と同程度の爆発が捲き起こり、それが5発全弾当たった事で立て続けに起こる。爆発の威力で大気が震える。ウィリスは飛んでいる翼の羽ばたきで爆煙を消しながら、リュウデリアの居る爆煙を注視する。

 

 すると、大きな爆煙の中から純黒の鎖が現れた。それは意志を持つようにウィリスに目掛けて伸びて来る。捕まるのは拙いと判断したウィリスはその場から高速で飛翔して純黒の鎖から距離を取る。だが純黒の鎖はその取られた距離を詰めてくる。先のウィリスが放った雷球のように、追尾をするのだ。

 

 大空を縦横無尽に飛び回って鎖を回避する。だが鎖は何処までも追い掛けて来て、ウィリスの事を何時しか囲い込んでいた。ウィリスを捕らえる為の檻が完成したことに舌打ちをしながら、背後に3つの魔法陣を展開し、リュウデリアに放った雷球を生み出して鎖の檻の手薄な場所目掛けて同時に3つ放った。

 

 純黒の鎖に3つの雷球が着弾すると同時に大爆発が起きて、ウィリスはその中を突っ込んでいった。雷球の爆発で純黒の鎖が弾かれた事による空間を縫って脱出したのだ。しかしウィリスはそれでも逃げ切る事は出来ず、右前脚に純黒の鎖が巻き付いているのに気が付いた。檻を手薄にしたのは囮で、ウィリスが一連の動きをすると考えて、別の鎖を待機させていたのだ。

 

 出し抜くことが出来なかったウィリスはもう一度舌打ちをし、巻き付いた純黒の鎖に噛み付いて力付くで剥がそうとするも剥がせない。純黒の鎖は異常に頑丈で破壊することが出来ないのだ。剥がさなければと思っている内に、もう一方の左前脚にも純黒の鎖が巻き付いた。そして鎖はウィリスが抗えないような力で引っ張り、純黒の鎖の根元に居るリュウデリアの元までウィリスを連れて来た。

 

 

 

「テメェっ!離せコラッ!!」

 

「はははッ!!俺とこれだけの時間戦えているのは、お前が初めてだッ!!まだまだイケるだろう?もっとお前の力を見せてくれッ!!」

 

「こンの……ッ!!この距離でぶっ放すつもりかよッ!!」

 

 

 

 純黒の鎖で引き寄せられたウィリスは、両手をリュウデリアの両手と合わせた。リュウデリアが指を絡ませてきたことで引き抜けない。幸い巻き付いていた純黒の鎖が消えたものの、今度はリュウデリアの剛力によって拘束された。指がびきりと嫌な音を奏で、痛みで顔を歪ませる。

 

 両者の距離が零になっているこの状態で、リュウデリアは大きな口をがぱりと開き、小さい純黒の球体を超密度で形成し始めた。リュウデリアが主に使う圧倒的魔力の質量で、総てを呑み込む純黒の光線である。それをこの零距離で放とうとしている。

 

 流石のウィリスも戦慄した。リュウデリアの籠めている魔力が本気で途方も無いからである。撃ち放たれれば、いくら龍の鱗や身体が頑丈といえども、零距離で食らえばタダでは済まないというのは想像に難しくない。大きく口を開けて眩い純黒の光を生み出す球体を形成しながら、ウィリスを見て眼だけで嗤っていた。如何するとでも言うその眼に怒りを覚えながら、ウィリスは全身から雷を迸らせた。

 

 

 

「──────『總て吞み迃む(アルマディア)──────」

 

 

 

「──────『雷竜(らいりゅう)纏慧雷迸(てんけいらいほう)』ッ!!」

 

 

 

 誰もが聞いたことの無いような雷鳴が轟き、全方位超無差別高威力放雷が炸裂した。黄色の雷がリュウデリアを易々と包み込み、周囲3キロに渡って迸り、危なく地上にまで到達するところだった。もう少しリュウデリア達が地上に近い場所で戦っていたら、今頃街はウィリスの放った雷によって消し炭と化していたことだろう。

 

 ウィリスが全方位に放った雷は約20億Vである。自然現象で発生する雷の電圧が平均して1億Vであると言われているので、単純に普通の雷の20倍の威力に相当する。そしてそんな放雷を零距離で真面に受けたリュウデリアの形成した純黒の球体は暴発し、込められた魔力全てを使った想像を絶する大爆発を引き起こした。

 

 その威力たるや、残っていた雲が地平線の彼方まで吹き飛んで、完全な快晴の天気にしてしまうほど。巨大な爆煙が広がり、二匹の龍がどうなったのか分からない。地上に生える草木を揺らすほどの大爆発の中心部に居たリュウデリアとウィリスはどうなってしまったというのか。

 

 朦々とした爆煙が広がっている。国なんて消し飛んで当然の爆発が起こった後には、嫌な静けさがあった。しかしそれから少しして、爆発の中で黄色の雷と純黒の光が見えた。中で戦っているのだ。両者は大爆発を零距離で受けておきながら、まだ戦える状態にあるのだ。

 

 巨大な爆煙が上下で真っ二つに斬り裂かれる。裂かれた爆煙と爆煙の間にはリュウデリアとウィリスが居り、リュウデリアは尻尾の先端に純黒の魔力で造った刃を出して振り抜いていた。ウィリスはそれを上体を反らすことで避け、純黒の魔力の刃を形成した尻尾を思い切り振った事で斬撃が生み出され、爆煙が断ち切られてのだ。

 

 寄れば斬られるのを解っていてウィリスは敢えてリュウデリアの懐に入り込み、尻尾を振れないようにした。間合いを詰めれば斬るための振りを奪うことが出来る。再び零距離になった途端、ウィリスは魔法陣を展開してリュウデリアに巨大な雷球を叩き付けた。正面から雷球に当たってしまうリュウデリア。だが爆発はしなかった。

 

 巨大な雷球を受け止めていたのだ。両腕を広げて抱き締めるようにして雷球を受け止め、純黒なる魔力で覆って呑み込んでしまった。それにはウィリスも驚きを隠せない表情をする。相殺するでもなく、魔力の塊を受け止めて覆い尽くし、呑み込んで無効化してしまったのだ。籠めた魔力は相当なものだった。だが関係無いとばかりに消されてしまう。

 

 驚きの所為で少しの隙が出来てしまった。そこを見逃すリュウデリアではない。リュウデリアが胸の前で手を叩いて合わせると、リュウデリアとウィリスの周囲一帯に純黒の魔法陣が多数展開された。その数は軽く見積もって100は下らない。その一つ一つからは膨大な魔力が感じられ、ウィリスは顔を引き攣らせた。

 

 魔法陣は光り輝いて中央に魔力を集束させる。そして放たれるのは純黒の光線だった。幾本もの光線がウィリス一匹を狙っている。ウィリスは飛翔してその場から回避した。100本以上の膨大な魔力を籠められた光線は、ウィリスが先程まで居たところを狙い撃って通過し、再度放たんと魔力を集束させ始めた。ウィリスは内心怒鳴る。あれだけの魔力を集束させておきながら、何発でも撃てるのかと。魔法陣一つにどれだけの魔力を注ぎ込んでいるのだと。

 

 ウィリスは一発でも受ければ体に穴が空きそうな程の魔力を籠められた光線を、大空を広く使って避けていく。魔法陣は未だその魔力を尽かせる気配が無い。有り得ないほどの魔力を注がれた魔法陣が100以上も展開されている。何故それだけの魔力を使って術者が平然としているというのか。そしてウィリスは瞠目した。先程までリュウデリアが居たところには、彼の姿が無かったからだ。

 

 ばさりという音が聞こえた。よく聞き慣れた、翼をはためかせる時に聞こえる音が、目の前から。まさかと思いながら前を向き直した。ゆっくりに感じる振り向きで、見えてきた正面には、リュウデリアが此方を見ながら嗤って右腕を振りかぶっている所だった。回避しようと思った。しかし視界の端には純黒の光線が既に此方へ向かって放たれていた。

 

 リュウデリアの殴打を受けずにその場で無理矢理回避をすれば、体勢が崩れて100以上もの純黒の光線の餌食となる。そうなれば体に穴が空くなんてレベルの話では無く、確実に体の大部分を持っていかれる。ならば、と……ウィリスはリュウデリアの殴打を受け止めることにした。

 

 振りかぶった右腕が振り抜かれて、固く握り込んだ右拳がウィリスの顔面に伸びる。受けた衝撃でそのまま後方へと態と飛んでいき、純黒の光線を回避する。ダメージを受ける覚悟は決めた。そして大丈夫だと自身を鼓舞した。自身の鱗は硬く、殴られる覚悟も決めた。魔力によって全身を覆って防御し、殴られるだろう顔面は最も厚く魔力を覆っている。そしてリュウデリアの純黒の鱗に覆われた右拳が左頬に触れ、ウィリスの意識はぶつりと途切れた。

 

 

 

「──────ごばァ……ッ!?」

 

「はっははははははははははははははははッ!!!!」

 

 

 

 腹部に何かが激突した。吐き気に襲われて頭の中が混乱している。突然何が起きたのか、何をやっていたのか訳も解らず目が泳いだ。そして思い出す。リュウデリアと戦闘中で、避けきれない状況になったので殴られる覚悟を決めて、甘んじて受けてからの記憶が飛んでいる。何が起きたのか解らないが、何が起きていたのかは理解した。

 

 リュウデリアに殴られた瞬間、その殴打の威力で一時的に意識を飛ばしたのだ。そして吹き飛ばされ、意識が飛んでいて無防備な自身の腹に膝蹴りをお見舞いしたのだ。だから、腹部に来た頭の可笑しいほどの衝撃は、今尚腹部にめり込んでいる膝が物語っている。体がくの字に曲がって隙だらけだ。そこへリュウデリアが両手を合わせた拳を、ウィリスの背中へ叩き込もうとしている。

 

 腹部への衝撃で吐きそうになりながら、ウィリスの全身に雷が帯電した。そしてリュウデリアが両手で作った拳を振り下ろして叩き付けられる瞬間、その場から雷の如く速度を出して退避した。ウィリスは殴打を避けながらリュウデリアの動体視力にも戦慄する。雷の速度で避けたにも拘わらず、リュウデリアの瞳はウィリスを捉えて一切離さなかったのだ。

 

 雷速の移動によって、姿を捉えられていようと殴打を回避する事が出来た。リュウデリアの元から瞬時に500メートルは離れた所に雷を伴って現れる。当たれば腹部へのダメージと同等のものを受けることだったと、人知れず冷たい何かを感じながら、目前に残像を伴いながら現れたリュウデリアに瞠目した。

 

 速い。あまりに速すぎる。瞬きもしていないのに忽然と現れたように感じる接近。リュウデリアが現れて残像が後から付いてきたのを辛うじて捉えたので、瞬間移動の類では無く、純粋な移動で現れたというのが解った。そしてリュウデリアは現れた傍から左腕を振りかぶり、その拳には魔力が漲っていた。魔力を纏わせる事による簡易的な強化。リュウデリアの殴打は受けて解った。あれは甘んじて受けて良いものではない。

 

 姿形が違うのに龍だという事から、リュウデリアが突然変異で産まれてきた事は理解出来る。他の龍に会った事が無いことから察するに、突然変異で産まれてきた容姿の違いから、親の龍から捨てられて放棄されたということも、何となく想像できる。そして、そんな突然変異がここまで強く生まれてくることを、ウィリスは初めて知った。

 

 雷を瞬間的に纏ってその場から掻き消える。リュウデリアの拳がウィリスの居たところに振り抜かれて、拳圧が飛んで大気を震わせた。そこからは雷を纏ったウィリスと、追い掛けて更には追い付いてくるリュウデリアとの追いかけっこが始まった。全速力に足して雷を纏って雷速を出している。常人には雷が軌跡を描いて縦横無尽に空を駆け巡っているように見えるだろう。

 

 それに追い付くのは純黒の一条の線だった。雷を追い掛けて追い付き、雷が屈折して方向を無理矢理転換する。稲妻を描き、円を描き、上下に揺れて、緩急をつけ、螺旋を描く。思い付く限りで移動しているのに、リュウデリアはウィリスから一切離れず、残像を伴い忽然と現れるのだ。

 

 

 

「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前()の力を見せてくれッ!!」

 

「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」

 

「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」

 

「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」

 

 

 

 これ以上出せば体が耐えきれなく感じる速度を出しながら飛んでいるというのに、リュウデリアはこれから更に速度を上げようとしている。それにギアを上げると言っているが、確実に速度以外の部分のギアも上げてくるのだろう。今更速度だけ上がると言われた方が不自然で気持ちが悪い。それ程の強さをこの黒龍は持っていた。

 

 人間を少し殺した位で調子に乗っていると思っていたが、前言撤回だ。これはその程度では全く満足していなかった。いや、そもそもそんなこと端から気にしてすらしていなかったのだ。それどころか、自身とある程度戦える相手を捜し求めていた。そして戦ってみて解る、異常なほどの戦闘能力と魔法の才能。使っても無くなっているのか疑問が湧いてくる程の底知れぬ魔力量。

 

 此方は既に体の至る所の鱗に罅が入って血を流している。体の奥底では貯まったダメージが悲鳴を上げて鈍痛を生み出す。魔力も大きい魔法を連発すれば底を尽きそうだ。当然だろう。あれだけの魔法を何度も使用しているのだから。魔力が底を尽きそうで当然。それが龍であってもだ。それに大規模な大爆発を零距離で受けているのだ。ダメージがあって然るべきだ。

 

 しかし相手はどうだろうか。狂ったように嗤って追い掛けて来ながら、ダメージを負っている形跡が無い。というのも、鱗に傷すら付いていない。どういう硬度をしているというのか。魔力も一向に無くなっている様子も無い。体力も有り余っているようだ。理不尽な程に強い同族で突然変異の黒龍に舌打ちをしながら、方向を変えてリュウデリアへと突っ込んでいき、リュウデリアは待ってましたと言わんばかりに両手を広げて歓迎して嗤う。

 

 

 

 

 

 絶対にぶちのめす。そう思いながらウィリスは、純黒の龍へと突っ込んでいき、魔法陣を展開した。戦いは終わりを迎えようとしている。

 

 

 

 

 



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第25話  決着

 

 

 本当に嫌になる。何が悲しくて、こんな訳の解らない奴を相手にしなくてはならないのか。押しても引いても倒れやしない。いや、それどころか動きもしない。そんな奴を相手に一体どれだけ戦っているのだろう。それとも時間が経っているように思えて、実はあまり時間は経っていませんというやつなのだろうか。それはそれで嫌だが、今の状況はもっと嫌だ。

 

 とっくに残り半分を切っている魔力を使って魔法陣を展開し、雷を発生させて奴にぶち当てる。奴は避けようともしなかった。それで魔法の雷が直撃こそすれど、やはりダメージが無い。若しかして魔法無効化の体質でも持っているのかと疑っても不思議ではないはずだ。それ程、奴に攻撃が効いていると思えないのだ。

 

 速度を載せて体当たりをしても、鋭利な爪で引き裂こうと、尻尾を叩き付けても、魔法を撃ち込んでも、何も効きやしない。こっちはもう鱗に罅が入り、中には割れている箇所だってある。魔力も底を尽きそうだし、何よりこんなのをずっと相手にしていて精神的に来るものがある。なのに、何故奴はあんな生き生きしているんだ。そんなに他の龍と会えたことが嬉しいか。

 

 奴は調子に乗っていなかった。寧ろ調子に乗っていたのは自身の方だった。()()の息子だからって、今まで喧嘩で負けたことが無かったからって、上には上が居るってことを頭の中から放り投げていた。上には上が居るのは当たり前だ。自身では、父様には逆立ちしても勝てない。強いのは幾らでも居る。あぁ、なんと愚かだったのだろうか。当たり前のことを忘れて、今更思い出すなど、龍の癖に阿呆が過ぎる。自身でも呆れてしまう。

 

 

 

「おいおい。まさかもう終わりなのか?冗談だろ?なァ、それは俺を騙す演技なのだろう?()()()()()()()()()()?俺はまだまだ足りないぞッ!!もっとだ、もっと俺に力を出させてくれッ!!魔力は有り余っているぞッ!?普段では安易に使えない魔法も態々取って置いてあるんだッ!!お前が終わったら俺は不完全燃焼も良いところだッ!!魔力か?魔力が尽きそうなのか!?俺の魔力を分けてやろうか!?そうすればお前がまだやれるというのなら、オリヴィアに傷を治癒してもらって俺が魔力をやるッ!!もっと俺を愉しませてくれッ!!」

 

「…………………………。」

 

 

 

 ──────無意識か?無意識でそんなにオレの事を煽ってんのか?はーッ、つれーわー。マジつれーわー。マジでつれーし面倒だし……マ ジ こ い つ ぶ っ 殺 し た い 。

 

 

 

 満身創痍だって解らないのか。血が流れているし息も上がっている。感じ取れる内包した魔力は最初に比べてクソみたいなもんだと解りきっていての発言だと十分に理解した。もう本気でぶっ飛ばしたい。同族の龍である自身でも理不尽な塊の黒龍……リュウデリアを、この状況から一体どうやって追い込めというのかは、皆目見当が付かない。

 

 普通ならばここで良い案を思い付いて実行するのだろうが、考えてもみて欲しい。最大火力はもう使った。それに足して相手の莫大な魔力を暴発させて誘爆してやった。その時に魔力で全身を厚く覆って防御したし、魔法でも防御してダメージが貫通してきた。だが知っている。リュウデリアは魔力で覆うこともせず、文字通りのノーガードだった。それでダメージが無かった。

 

 繰り出される殴打は一撃で意識を刈り取り、鱗はバカみたいに硬い。魔力は余りに余っているというし、そんな出鱈目な奴が安易に使えないという想像したくも無い魔法が有るという。殺す気か。ていうか、これだけの事を並べられて良い案が思い付くわけ無いだろ舐めんな。寧ろ教えて欲しい位だわ。そうウィリスは心の中で愚痴りに愚痴りまくっていた。

 

 表情は最早無である。いや、ちょっと目元が引き攣っているかも知れない。まあそれは良いとして。ウィリスの顔は静かに冷たく、心は怒りで熱く燃え上がっていた。限界近いっていうのに、無意識だろうか煽りを入れてくるリュウデリアが悪いのだ。無理だろうなとは思いながら、ウィリスは本気でリュウデリアを殺したくなってきた。無理だろうが。

 

 

 

「──────『逆雷電(さかイカヅチ)』」

 

「む、下からか」

 

 

 

 魔法陣がリュウデリアの真下に現れて、雷が包み込んだ。自然発生する雷よりも数十倍の威力がある雷なのだが、リュウデリアはそれが直撃して尚、笑みを溢している。笑みといっても人間が見たら震え上がるような悍ましい笑みで嗤っているのだが。リュウデリアは楽しいのだ。人間では相手にならず、況してやここら辺に居る魔物なんかでは話にすらならない。

 

 もっと強いのは居ないのか……と、オリヴィアの肩に乗って魔物を狩っている時は思っていた。何だったら魔物の突然変異がいきなり目の前に現れてもいいとさえ思っていた。寧ろ来てくれと願った。結果は……世界はそんなに甘くは無いということだ。

 

 だからこそ、街の中で人間が意識を弄られて、龍の気配がして、自身ではまだ持ち得ていない魔法の精密なコントロール技術を持つ龍が居るのだと思ったら、この日が待ち遠しかった。早く会ってみたいと思って数日、漸く会えた龍は雷を自在に操り、今まで会ってきた者達の中で最も強かった。

 

 ここまで戦えた奴は居ない。殴って耐えた奴も居ない。例え殴打が半分以下の力によるものだとしても、あの『英雄』ですら死を覚悟して回避していた。それなりに殴っても蹴っても魔法を撃っても死なない。やり返してくる。立ち向かってくる。他では味わえない高火力の魔法を体験できる。リュウデリアにとってウィリスとの戦いは、実に心躍るものなのだ。

 

 

 

「──────『第二の疑似的黒星太陽(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』ッ!!」

 

「おまッ……ッ!それ今真面に当たったら絶対死ぬやつッ!!あ゛ーークソッ!!『雷龍の雷球強壁(らいきゅうごうへき)』ッ!!」

 

 

 

 ウィリスに向けて右手を翳し、魔法陣も展開される。何度も見ている純黒の魔法陣。その魔法陣の構築速度は異常の一言だ。あっと思った時にはもう魔法陣が出来上がっている。だから今この時は回避が間に合いそうに無い。魔法陣から生み出された純黒の小さな炎球はウィリスに向けて放たれた。

 

 避ける暇も無いとなれば、もう当たるのは覚悟してありったけの防御をするしか無い。正直殴打の時のようになる可能性もあるので、受け止めるという選択は余りしたくは無いが、避けられないともなれば話は別だろう。

 

 全身を雷で形成された丸い球体で覆い尽くす。それを何層にも重ね合わせて格段に防御力を増強する。本来は一つ張れば終わりなのだが、正直今張った十枚でも、リュウデリアの魔法が防御魔法をかち割って貫通してくる可能性もある。そうなれば魔力で全身を覆って受けるしか無い。その頃には防御魔法によって威力が殺されていることを祈るのみだ。

 

 完全な防御態勢に入ったウィリスに、純黒の炎球がやって来た。どう見ても大した魔法には見えないそれ。だが侮る事勿れ。見た目が小さい炎球であろうと、籠められた魔力は途方も無いものだ。でなければウィリスが態々厳重に防御魔法を展開する必要が無い。それに当たれば死ぬとも言わない筈だ。

 

 純黒の炎球がウィリスの展開した防御魔法に到達した。瞬間、大空に純黒の太陽が顕現した。爆発では無い。凝縮された純黒の炎が解放され、太陽に思える巨大な球体を作り出しているのだ。無論、その中心部にウィリスは居た。そして焦っていた。爆発系で直ぐ終わるのではなく、高熱の純黒に全身を呑み込まれてしまったからだ。更には防御魔法が一気に八枚砕けた。秒である。

 

 こんな高火力の魔法を魔力だけで防御すれば、灰すら残らないかも知れない。死。純黒が死を運んできた。それは今目の前にあり、背中にも控えている。本当に殺される。だが死ぬわけにはいかない。ウィリスは残りの二枚が砕け散る前に、また新たな防御魔法を発動し続けた。凝縮された純黒の炎熱が防御魔法を次々砕き、その度に防御魔法を展開する鼬ごっこになっていた。

 

 何時まで続く。何時まで続ければ良い。防御魔法にはそれなりの魔力が必要になる。それをこうも何度も創り出していたら、魔力が底を尽いてしまう。唯でさえ、もう魔力が心許ないというのに。ウィリスは色んな意味で焦りを感じながら、懸命に魔法を発動し続けた。そして、純黒の太陽は消え、ウィリスはどうにか凌ぎきった。

 

 しかし代償として、魔力が尽きてしまった。最後の防御魔法を展開した時に、丁度無くなってしまったのだ。これではリュウデリアの魔法も攻撃も受け止めることが出来ない。雷速で回避することも出来ない。防御面を強化する事だって出来やしない。拙い。このままでは絶対に拙い。そう思っている時に限って、リュウデリアが残像を伴いながら目前に現れるのだ。

 

 残像を伴う超高速移動によりウィリスの目前に現れると、リュウデリアは殴打の姿勢に入った。魔力が無い今、喰らった時のダメージは考えたくも無い。故に受けるわけにはいかない。受けたくない。本気で受けたくない。それだけが頭の中で先行し、行うにはおざなりな尻尾の打撃に走った。体を捻って尻尾を捻ってリュウデリアに上から尻尾を叩き付ける。

 

 だが尻尾の打撃は避けられた。リュウデリアが忽然と姿を消した事によって。嫌な予感が背筋に奔った。消えたリュウデリアの気配が真横からする。何でも良いから回避をしようと翼を強く羽ばたかせる前に、リュウデリアはウィリスの真横に移動し、無防備となった腹部に下から突き上げて抉り込むような拳を見舞った。魔力で覆って強化された拳は重く、硬く、強く、ウィリスの鱗に覆われた腹部を抉り込む。

 

 

 

「……っ……──────ごばァ……ッ!?」

 

「まだまだァッ!!」

 

「ぢょ゛……ま゛で……ッ!?」

 

 

 

 くの字に折れ曲がって殴打の衝撃がウィリスの背中から衝き抜けた。腹部の黄色い鱗を粉々に砕き、強靭な筋肉の壁を破壊し、衝撃は内臓を通り抜けていった。呼吸困難を引き起こし、何がどうなっているのか解らない痛みが腹部を襲う。風穴が空いているんじゃないだろうかという錯覚を起こしてながら、まさかの追撃である。

 

 痛みで悶えながら嘔吐いているウィリスの静止の声が聞こえず、リュウデリアは空中にも拘わらず前に一回転してウィリスの頭に向けて踵落としを決めた。ばきりという嫌な音を立てながらウィリスがぐるりと白目を剥き、衝撃を与えた方向である真下へと叩き落とされていく。リュウデリアは翼を大きく開いて大きく羽ばたき、その場から消えた。

 

 踵落としが決まって叩き落とされている最中、ウィリスは意識が朦朧としていた。脳震盪によって平衡感覚も狂っている。そんな防御らしい防御も出来ないウィリスの体に、打ち上げる要領で蹴りを入れたリュウデリア。落ちていくウィリスに追い付いたのだ。ウィリスは斜めになりながら体から落ちていた。つまり蹴りを入れれば脇腹に直撃する。

 

 ごきりという音が響き、新たな激痛によってウィリスの意識は強制的に引き戻された。感触からして蹴りを入れられた肋骨が粉々に折れた。それも数本である。上へ向かって打ち上げられながら、ウィリスは大量の血を吐き出した。ごぽりと吐き出される血と鉄の味、脇腹や頭の痛みに顔を歪めながら、どうにか翼を使って体勢を立て直そうとした。しかし、そんなウィリスの体はリュウデリアによって捕まえられた。

 

 腹部の方から背中に向かって腕を回してリュウデリアがウィリスの体を抱き締めている。見方によっては抱擁しているようにも見えなくも無いが、やられているウィリスは堪ったものではない。リュウデリアが逃がさないと言わんばかりに、剛力を使って締め上げているのだ。ミチミチと軋み、蹴り折られた肋骨の箇所が死ぬほど痛い。なのに絞められている所為で息すら真面に出来やしない。

 

 

 

「かッ……ひ…ゅ……ッ」

 

「お前が全方位に雷を放った放電ならぬ放雷があっただろう?アレを少し俺風に創ってみたんだ。これを最後に戦いを終わりにしよう。……少々物足りないが」

 

「ぶ……ぐ……や゛…………め゛………っ!!」

 

 

 

「──────『殲滅龍の黒纏雷迸(こくてんらいほう)』」

 

 

 

 抱き締められて逃げられない状況から、純黒なる魔力によって純黒と化した黒雷が、遙か上空で強烈に弾けた。ウィリスは満身創痍で降参するとも言えず、体中に奔る尋常ではない雷の痛みを感じながら、意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ハッ!?」

 

 

 

 嫌な夢を見ていたような気がする。痛くて苦しくて怒りがこれでもかと込み上げてくるような、そんな胸くその悪い夢を。ウィリスは草の上で目を覚ました。それから何かが有ったような無かったような……とぼやけた頭で考えていた。すると、そんな彼の前に純黒の何かが現れ、自身の顎を突然掴んだかと思えば上を向かせる。

 

 乱暴なその手つきに苛立ちが瞬く間に頭の中で広がり、犯人を睨み付け、呆然とした。そこには純黒の黒龍が居て、顔を上げた自身を黄金の瞳で見つめているのだ。ウィリスは嫌な夢だと思い込んでいた一連のことを思い出した。

 

 ひゅっ……と、喉が鳴り、喉の奥が乾ききった。心なしか体中が震えているようにも思えるのは気のせいだろうか。気のせいではない気がする。ウィリスは殴られ蹴られ、骨を折られ、訳が解らない程の威力を持つ魔法を撃ち込まれた、戦いという戦いにはならなかった喧嘩を思い出してしまった。

 

 尻尾がぴんと立ち、瞳がこれでもかと泳ぐ。そんなウィリスの事を放って置いて、リュウデリアはウィリスの顎を掴んだまま右を向かせたり左を向かせたり観察した後、掴んでいた顎を離して腕を組んだ。2本の脚で立って腕を組んで見下ろしているリュウデリアに、何かやられるのかと怯えていると、ふと思い至る。全身が痛くない。寧ろ軽いのだ。

 

 

 

「傷はオリヴィアが治癒したぞ」

 

「……何でだよ。オレはお前に負けたんだぞ。殺しもしねーし、一体何を考えてやがる」

 

「……?俺は同族のお前と戦いたかっただけで、殺すつもりは毛頭無い。だから最初に言っただろう、力を見せろと。同族に会った事が無かった俺は同族の力を知りたかった。それだけだ」

 

「……オレは人間が絶望して死ぬところを見る為に、この騒ぎを起こしたんだぞ。テメェが厄介になってたこの街をだ。だっつーのに、それだけで話を終わらせるつもりか?」

 

「俺は別にこの街の人間がどうなろうと知った事では無い。生きているならば生きているで良いだろうし、死んだならば死んだで構わん。この街に来たのは偶然だからな」

 

「……そーかよ」

 

 

 

 ウィリスは前に居るリュウデリアではなく、二匹を傍らで見ているオリヴィアに視線を向ける。人間にしか見えないが、人間では無いということ、ウィリスは見ただけで解っていた。取り繕ったところで、龍に隠し事は出来ない。そういった看破する力も込みで世界最強と謳われているのだから。

 

 初めて見る、リュウデリアが言っていたオリヴィアという存在。人間では無いことは確かだが、何の種族かまでは解らない。だがどうでもいい。そんなことなど気にしていないからだ。ウィリスはオリヴィアが着ている純黒のローブに視線が行った。あれだけリュウデリアと戦ったから、察する。このローブによってオリヴィアは護られているということが。

 

 十中八九自身の魔法を跳ね返したのは、このローブだろうと直感し、護られているなと思った。感じ取れる魔力はそう大したものには思えないように、敢えてカモフラージュされてはいるが、龍の感知能力を甘く見てはいけない。ウィリスはローブに籠められている計り知れない魔力が感じ取れている。故に、オリヴィアの背後には巨大な黒龍が、此方を睨み付けているように見えるのだ。

 

 今居るのは街の入り口から少し離れた場所。近くに大きな焼け焦げた場所があるのは何なのだろうか。それを辺りを見渡して見ていたウィリスは、ある事に気が付いた。何か可笑しくはないか?と。リュウデリアが自身を見下ろしているのは解る。骨格からして二足歩行を主としているのだろうから。戦っている時もそうだった。しかしオリヴィアは違う。人間と同じ大きさだ。なのにどうして自身はそんなオリヴィアに見下ろされているというのか。

 

 

 

「な、なンッッッッじゃこりゃァ──────っ!?」

 

「お前が元の大きさのまま降りてくる訳にもいかん……ということで、リュウデリアが小さくなる魔法をお前にも掛けたんだ」

 

「これで俺達は、人間から新種の蜥蜴としか思われん」

 

「蜥蜴と一緒にされて堪るか!?」

 

「因みに俺は新種の蜥蜴の使い魔というポジションだ。便利だぞ。魔法は全てオリヴィアがやったように見せれば殆ど何でも出来る」

 

「お前の事情なんざ知るか!?」

 

「何だ、折角教えてやったのに」

 

「な・ん・で!オレが興味ある前提で話し進めてンの!?全く興味ねーわ!!おちょくっとんのかテメェは!?」

 

 

 

 ウィリスは吼えた。何なんだコイツ等は……と。リュウデリアの方が強いというのが解っているから余裕なのか解らないが、街を襲って戦った相手が居るというのに楽観的過ぎないかと。まあ、ウィリスも命の奪い合いをしたわけでは無く、人間でいうところの手合わせみたいなものだ。此方は全力だったが。

 

 オリヴィアが小さな二匹の龍を見て微笑んでいる。何だか居たたまれないウィリスは立ち上がった。確りと4本の脚で立ってみたが、痛むところは一切無い。体を確認してみても、出血している所も無く、鱗が砕けている所も無い。腹部にリュウデリアの殴打を受けて鱗が壊滅的な被害にあったが、見てみても傷は無かった。

 

 龍の中にも傷を回復させる、治癒出来る者は居やしない。回復の魔法というのはそれ程稀少で居ないのだ。ウィリスも龍らしく住処を転々としているが、そんな稀少な者には会った事が無い。つまり、治してもらう所を見ていた訳では無いが、オリヴィアという存在は世界から見て超稀少な、喉から手が出るほど欲しい存在だ。そもそも回復の魔法は太古に失われている。

 

 だがウィリスがオリヴィアについて何かを言うつもりも無い。誰かに報告することも無いし、広めるつもりも無い。負けたからといって腹いせに……なんてつまらない事をする種族じゃないのだ。負けたならば負けたと潔く認め、勝った相手を尊重する。負けたのは弱い己の未熟さが原因と捉える。

 

 

 

「何だ、もう行くのか」

 

「……あぁ。此処に居る理由がねェしな。オリヴィアっつったか、ありがとよ、オレの傷を治癒してくれて。あの傷だと7日もすりゃあ死んでたぜ」

 

「いや、そんなに保つのか」

 

「……じゃあな。次は負けねェ。精々首洗って待っとけ。絶対ェテメェをぶちのめしてやる」

 

「覚えておこう。因みにあと総合的に200倍強くなってくれると、もっと良い戦いが出来ると思うぞ」

 

「軽く言うなやッ!!」

 

 

 

 翼を広げて飛び上がった。ウィリスはまさかこんな目に遭うとは思わなかったが、自身がまだ弱いということを知る良い経験になった。これから行かなくてはならない所が出来たし、何を言われるか解らないが、傷を治癒してもらい、特に何かを要求されている訳では無い。自身が弱いと解っただけでも十分だ。

 

 少し飛んで振り返り、オリヴィアとリュウデリアを見下ろす。リュウデリアはもう使い魔としての姿に戻っている体なのか、オリヴィアの肩の上に乗っていた。種族が違う二人を見て、何の疑問も抱かない、抱かせない二人はお似合いに見えた。見ていて自然体だからだ。

 

 龍は基本的に誰かに肩入れする事は無い。況してや別の種族の者なんかは基本生きようが死のうがどうでもいいのだ。なのにオリヴィアが着ているあのローブは、尋常ではない魔力と、視たことで思い知らされる、考えるのも億劫になる複雑な術式と機構。同じものを造れと言われても、自身には無理だと答えるだろう逸品。それが表すことは……。

 

 

 

「……おい!この小せェ魔法は何時になったら解くンだ!?結構飛んだぞ!!」

 

「あぁ。忘れてた。それは寝ている時も機能するように効果時間が設けられている(嘘)。一日は寝ていると思ったから、そうだな……あと23時間はそのままだな(大嘘)」

 

「よォしッ!!テメェ次は絶対にぶち殺してやるからなッ!!」

 

 

 

 ウィリスは激怒した。小さな姿で帰らされている事に。そしてその元凶とも言えるリュウデリアに。次に会った時は絶対に許さないと。

 

 

 

「あ、ちょっ……ワイバーンが調子に乗ってんじゃねーぞゴラァッ!!」

 

 

 

 ウィリスは大空を飛んでいる。小さな体で翼を懸命に動かしながら。時には敵の強さが解らない低位の魔物に襲われながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────何か有れば戻って報告せよと言ったが、何故その内容が初めて負けたという報告なんだ。貴様はこの私を愚弄しているのか?」

 

「い、いいえ……父様。ただ、オレの気持ちの整理がつきましたので報告にと……」

 

「愚か者がッ!!貴様は頭が足りん。だから貴様は兄弟の中でも不出来なのだ。初めて負けた?貴様は所詮有象無象の中に紛れ込んでいただけに過ぎん話だろうがッ!!」

 

「で、ですが……リュウデリアは龍族に於いても最上位の力を持っているかと……」

 

「……?負けたのは同族か。それに貴様……最上位だと?ふむ……其奴の名は何という」

 

「り、リュウデリア・ルイン・アルマデュラといいます……」

 

「……………………。」

 

 

 

 とある場所にて、そんな会話がされていた。報告を受けた者は顎を手で擦って何かを考えている様子。それを静かに床に片膝を付きながら見ている。やがて考えていた者は召使いを呼んだ。若しかしたら何か余計な事をしてしまったかも知れない。膝を付いて頭を垂れているものは一粒の冷や汗を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

 純黒の龍は同族を知ることが出来た。だがまだ同族全体は彼の存在を知らない。これから何が起きるのかは……まだ解らない。

 

 

 

 

 

 



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第26話  騒ぎの顛末

 

 

 街の脅威は去った。今回の立役者はオリヴィアだ。そして陰の立役者がリュウデリアとなる。街を魔物の大群を仲間を使って呼び寄せ、魔物や人の意識を弄って他人を襲わせたのは、全てリリアーナがした仕業だと、今はまだ情報が足りていないので犯人が誰かは解っていない状況だが、知れば皆がそう思うことだろう。だが真実は違う。

 

 リリアーナが復讐の道に走る切っ掛けを与えたのは、一匹の龍であった。雷を自在に操っていた龍が、人間の夢の中に魔法で入り込み、強い憎しみを胸に秘めている者を探していた。そして見つけたのだ。悲惨な過去を持つ人間を。それがリリアーナだった。リリアーナは旅行の最中魔物に襲われ、夫の犠牲もありながら命からがら逃げ果せた。

 

 凍えるような寒空の下、腕に抱いている自身の赤ん坊の命の灯火が消えかけていたその時、街に辿り着いた。しかし、門番に街へ入るための入場料を求められた。リリアーナは入場料を払えなかった。魔物に襲われた際に全て置いてきてしまったのだ。入場料を払わないならば入れられない。そう断固として拒否されても、必死に我が子だけでもと、偶然その場へやって来た領主にも頼み込んだ。しかし結果は否。我が子の命も失われた。

 

 夫も我が子も全て失ったリリアーナは、両親の尽力の甲斐あって心の余裕が生まれた。悲しみを克服したわけでは決して無いが、笑顔を浮かべられるようになったのだ。しかし、そこで黄色の龍であるウィリスと夢の中で出会い、契約を交わしてしまった。それからは街の領主への復讐計画の準備を進める毎日だった。

 

 2年の月日を掛けて数人の仲間を集い、作戦を結構した。製造を禁止した魔物を誘き寄せる香水を使って魔物に街を襲わせ、龍が人と使い魔を暴走させ、混乱に乗じて領主を殺す。そして主な目的であった領主をその手で殺すことが出来たリリアーナは、オリヴィアの手によって葬られた。街に押し寄せる魔物の大群も、オリヴィアが一人で片付けてしまった。

 

 暴走した人や使い魔は、街の衛兵達の手によって捕らえられ、今は牢屋に入れて暴走の様子が治まるのを待っている状況である。そして、一見オリヴィアが街の危機を救ったように思えて、裏で暴走させてリリアーナを焚き付けた黄色の龍は、リュウデリアの手によって止められた。暴走を食い止めるため、なんて善意ではなく、初めての同族で手合わせをしていただけなのだが、結果的には街の危機を救った事にはなる。詰まるところ真実は、龍の悪意によるものだったのだ。

 

 

 

「行方不明の街の領主の事は残念だ。だが一方で街が救われたのは事実。そしてその街の危機を救ったお前という存在が居たのもまた、事実だ。領主が今行方不明である事によって、次期領主となる領主の息子が、お前に謝礼金を贈呈したいと言って、その金は俺が預かっている。本当は顔を見て直接渡したかったらしいんだが、人や使い魔の暴走の件で代理として、今は急務に追われていて来れないんだと」

 

「……ギルドに来て早々私を連れ出したのは、事情聴取とそれが主な理由か。道理で先からその丸々とした袋が置いてある訳だ」

 

「そういうこった」

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアは今、ギルドの2階にある一室に来ている。そこはギルドマスター専用の部屋で、主にギルド運営に関するマスターの責務仕事をやっている。時々今のように話を聞くための部屋としても使っていて、ギルドのランクが上位に上がったりする時にも、こうした話の場を設けたりもする。

 

 ギルドに顔を出して直ぐに見慣れぬ男に手招きされた。顔が少し怖いのが特徴の男性で、そこまで外から見ると筋肉質には見えない体付きだが、実際はとても引き締まった身体をしている。そんな男性が、いきなり手招きしたのだ。何用だろうかと思って近付けば、まだ会った事の無いギルドマスターだったのだ。

 

 取り敢えず騒ぎに関しての話を聞きたいということで案内されたのが、この部屋だったということだ。オリヴィアは適当に寛いでくれと言われたので、低めのテーブルを挟んで対面して置かれているソファーに腰を下ろし、リュウデリアはオリヴィアの肩から降りて隣に腰掛けた。何も言わず隣に腰掛け、大人しくしているリュウデリアを見て、ギルドマスターは目を細めていた。

 

 

 

「貰える物ならば貰っておく。だが解せんな。私が確かに魔物を全て殺したが、その後は何処にも寄らず宿へ帰った。誰にも私がやったとは報告していない。なのに何故私がやったと解った?」

 

「その事か。それなら、俺が見てたんだよ。いや、俺だけじゃなくて他の冒険者も見ていたんだがな?いや、あれは見事だった。最近Eランクに上がったと報告は受けていたが、あんなとんでもない魔法が使えたとは……()()()使()()()()魔法は素晴らしかった」

 

「……そうか」

 

 

 

 騒動が起きて魔物の大群が押し寄せ、てんやわんやだったが、オリヴィアは魔物の大群を殲滅し、黄色の龍のウィリスの怪我を治癒した後、何時もの宿へと帰っていった。つまり誰にも自身が魔物の大群を相手にしたとは言っていないのだ。言う必要も無いし、別に誰かに自慢するような性格でもないオリヴィアからすれば普通だろう。故に知られていることが何故なのか解らなかった。

 

 だがギルドマスターの話を聞いて納得だった。見られていたのならば、今このように謝礼金を受け取ってくれと言われても不思議では無い。だが懸念するべき所があった。それは、オリヴィアが魔物の大群を殲滅する直前、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛んでいってしまったということ。下に居てリュウデリアとウィリスの戦いは熾烈なものだと解っていた。攻撃の余波が地上にまで来ていたからだ。

 

 衝撃波や熱。後少しで当たる所だった雷など、それらを街の住人達は目撃していたのだ。ならば遙か上空へ飛んでいって中々戻って来なかったリュウデリアを訝しんでも可笑しくは無い。寧ろ自然だろう。だがギルドマスターはリュウデリアがあたかも、オリヴィアと一緒に戦っていたような物言いだった。オリヴィアは表情を崩さず反応したが、心の中ではリュウデリアの手回しだと気付いた。

 

 リュウデリアは上空へ行く前に、辺り一帯の広範囲に幻覚作用を引き起こす魔法陣を展開していた。内容は、居もしない者がそこに居るように見えるというもの。つまりはオリヴィアと一緒にリュウデリアも傍に居たという幻覚を見せたのだ。自身が居なくなり、それを目撃されていた場合の事を、飛び立つ前に考えて対抗策を講じていた。故にリュウデリアが『殲滅龍』ではないのか?と、疑われることは無い。

 

 人知れずそんなことをしていたのか……と、内心感嘆としながら、オリヴィアはありがとうという気持ちを伝えるために、隣で眠っている演技をしているリュウデリアの腹に手を回し、持ち上げて自身の膝の上に置いた。一瞬だけ目を開けてオリヴィアを見たリュウデリアだが、特に何もせず、オリヴィアに身を任せた。柔らかい感触の膝の上に乗せられ、頭から翼の生え際にかけて優しく撫でられている。尻尾が左右にゆらゆらと揺らしているのは、リラックスしている証拠。オリヴィアはリュウデリアを撫でながら優しく微笑んだ。

 

 ギルドマスターはそんなオリヴィアとリュウデリアを興味深そうに見ていた。使い魔の大会は後ろから見ていた。仕事があったので準決勝辺りからの観戦になったが、それでもリュウデリアが対戦相手を自主退場させ、決勝で観客をも圧倒させる魔法を見せた。アレにはギルドマスターである自身すらも背筋が凍った。籠められた膨大な魔力に気が付いたからだ。

 

 範囲は狭いものの、相手を一瞬で凍てつかせ、大気をも同時に凍らせた膨大な魔力。それを撃って他の魔法が使えなくなる……というのならば納得するが、使い魔にそんな様子は無かった。それどころかとてもつまらなそうな印象を抱いた。あれだけの魔法は冒険者ランクSでも難しい。そんな魔法だった。だからギルドマスターはこの二人の実力を計りかねているのだ。

 

 使い魔が使い魔なら、主であるオリヴィアも尋常ではない魔力と魔法だった。天を突くが如く上がる炎の柱。全てを凍てつかせた氷の魔法。そして残った魔物を一撃で消し飛ばした雷。それを連続で撃ち続けた。そんな存在が冒険者ランクがEときた。まだまだ新人なのである。ギルドマスターは、テーブルの上に置いた500万Gが入った丸々とした袋に魔法陣を展開し、異空間にしまったオリヴィアに驚きながら提案をした。

 

 

 

「……それが空間系の魔法か。報告で聞いたが、まさか本当だったのか。いや、それよりも……どうだ?ランクをAかBにまで引き上げてみないか?」

 

「順に上げていくのが決まりではないのか?」

 

「本来はな。だが明らかにそのランクの域を越えていると判断すれば、ギルドマスターの権限によりランクを特別に上げる事が出来る。今回はお前の功績と、実際に目にしてそれ相応の力があると判断し、推薦させてもらう。どうだ?」

 

「別に今のランクでも満足している。旅が目的なだけで、冒険者の依頼は旅の資金を稼ぐための手段でしかない。それに今となっては大会の優勝賞金や謝礼金もある。当分は問題ない。だから昇格の話は断らせてもらう。上げる楽しみというのも有るからな」

 

「……そうか。分かった。これはお前の話だからな。じゃあ、今まで通りでEランクだ。これからもよろしく頼むぞ」

 

「うむ」

 

「うし、じゃあ次の話だ。聞きたいのは──────」

 

 

 

 それからオリヴィアは、ギルドマスターから騒動について尋ねられた。一応騒動が起きた場所に居たギルドメンバーの皆から話を聞いている。ギルドマスターもその場には居たのだが、生憎と遅れてやって来たことと、観客の数に押されてしまった事が原因で後ろの方に居て、暴走した人を止める手伝いもしていた。オリヴィアの戦いを見れたのは、地を鳴らす足音が近くなったので、街の入り口を確認するために向かって偶然目にしたのだ。

 

 だから誰が何のためにやったのかというのが、まだ解明されていなかった。同じような質問を他にもしていたのだが、確かな情報は得られていない。だから今回もそう大したものは得られないのだろうと思った矢先、騒動の原因はギルドの受付嬢をしていたリリアーナだということが分かった。

 

 人と魔物の暴走は知らないが、魔物の大群が押し寄せて来たのは、リリアーナの復讐によるものだったと聞かされる。犯人がまさかギルド職員の受付嬢だったとは……と、驚愕する。受付嬢は2年程働いているが、とても働き者で優しい笑顔が人気の女性だった。何人かのギルドメンバーの男から交際を持ち掛けられたという話も聞いたことがあった。人畜無害そうな笑みをよく浮かべる受付嬢がまさか……と。

 

 少し疑う気持ちも有ったが、受付嬢が喋ったという自身の過去を聞いて、ギルドマスターは頭を抱えた。完全に領主の不手際だった。ギルドマスターもたかだか5000Gぐらい見過ごしても良いだろうと声を大にして言いたいが、今はそんなことをしている場合ではない。聞いた受付嬢の過去の苦さを噛み締め、続きを話すように促す。そして、犯人だったリリアーナが実は領主を殺し、その後にリリアーナをオリヴィアが殺した事を聞き、再び驚きを露わにした。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!リリアーナを殺したのか?ていうか、リリアーナがもう領主を殺していたのか?」

 

「拙かったか?犯人であったし、領主をナイフで刺して殺した後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()見たからな。その場を目撃した私に己の過去を語り、逃げる前にやっておいた方が良いと思ったんだが」

 

「捕縛は出来なかったのか?」

 

「街が壊れても良かったなら可能だ。リリアーナは魔力こそ持っていなかったが、魔道具は持っていた。中々に強力なものだ。捕縛ってことは抵抗されるからな?」

 

「……そうか。まあ、倒したというのならば良い」

 

 

 

 本当ならば捕縛して欲しかったのだが、住人が居るというのに街の中で暴れられても困る。それならば仕方ないが、まさか行方不明になっている領主がリリアーナの手によって殺されているとは思わなかった。それならば、次期領主で現在代理をしている領主の息子が、これからも領主として働くことになる。領主の死亡の旨はこのあと、直ぐに伝えなくてはと思いながら、オリヴィアを見る。

 

 受付嬢は人当たりが良かった。今でこそ領主を殺し、街に魔物の大群を誘き寄せた犯罪者だが、ギルドで依頼を受ける以上リリアーナとは必ず話すだろう。同じ女性ということもあって少しは仲良くなった筈だ。

 

 しかしオリヴィアは、何事も無かったかの如く殺したと言った。哀しんでいる様子も無い。若しかして受付嬢の事を何とも思っていないというのか。それならば中々に冷たい女性だと思った。だがオリヴィアの使い魔を撫でる手と表情はとても優しいものだ。使い魔に確りと愛情を持って接している事が分かる。

 

 オリヴィアは街を救った立役者だ。だというのに、そんな人物を冷たい等と邪推するのは失礼に当たる。それが例え心の声だったとしても。ギルドマスターは心の中で謝罪をしながらオリヴィアに対する考えを改めた。オリヴィアは内心哀しみを抱えているのだ。それを悟らせないようにいつも通りの態度で振る舞っている。何と強い女性だろうかと。

 

 ギルドマスターは腕を組んでうんうんと頷いている。だから見えなかった。リュウデリアがオリヴィアに撫でられながら薄く目を開き、ギルドマスターを見た後に鼻で笑ったことを。まるで変な勘違いを起こしていることを見破られているように、見られていたことを。

 

 

 

「話はこれで終わりか?今日は何か依頼を受けようと思って来たんだ。何時までも此処で拘束されていたくはない」

 

「ん?おう、もう大丈夫だ。助かったぞ。色々とな」

 

「構わん。こちらも謝礼金は貰ったからな。それ相応の事はするとも」

 

 

 

 膝の上に乗っていたリュウデリアはオリヴィアの体を伝い、何時もの定位置である肩へと乗った。リュウデリアが乗ったのを確認したら顎の下を撫でてから立ち上がった。元々、依頼を何か受けようと思ってギルドに顔を出したのだ。それに、ギルドマスター専用の部屋に居ても、使い魔としての演技で喋れないリュウデリアには退屈だ。

 

 それに大部分がリュウデリアと二人きりで居たい、という気持ちで占領されているオリヴィアからしても、此処にずっと拘束されるのは勘弁願いたい所だった。オリヴィア達が部屋から出ていき、階段を降りていく音が聞こえる。ギルドマスターは溜め息を吐いた。

 

 随分と大型のルーキーが入ってきたと思う。今は冒険者ギルドのギルドマスターとして執務仕事を主にやっているが、これでも昔はSランク冒険者として依頼に取り組んでいたのだ。そんな自分からしてみても、オリヴィアとその使い魔の底が知れない。まだまだ力は出し切っていないように見えるし、それは勘違いでは無いのだろう。

 

 ギルドマスターはまた溜め息を吐く。これで事件の大部分は明確にすることが出来た。後は……街の上で戦っていた龍と思われる事の心配だ。遙か上空で戦っていたので肉眼では見えなかったが、望遠鏡のように遠くの物が見える魔道具を使って見た人が、龍のようだったと話している。

 

 だがギルドマスターは解っている。遙か上空でぶつかり合っていたのは、確実に龍だ。でなければそんな肉眼では見えない場所で戦っているにも拘わらず、地上にまで余波を届ける戦いにはならないだろう。もう少し高度が低ければ危ないところだった。龍に対する対抗策は無い。対抗しても意味が無いからだ。

 

 最近は『殲滅龍』が突如として現れて国を滅ぼしている。武力も有って、技術力も有り、『英雄』が居た国が悉く消されたのだ。ギルドマスターは戦々恐々としながら責務に励んでいる。どうか龍が戻ってこないように……と。そして知るわけが無い。先程まで、この部屋に『殲滅龍』本人が居たということを。

 

 

 

「最近あまり食べられていないが、大丈夫か?元があのサイズだろう?」

 

「ふふん。その事なんだが、この前尋常じゃないほど腹が減ってな。その時に元のサイズに作用しながら小さくなる魔法を創った。これでもう食料について考えなくていいぞ。この体ならば人間100人前で事足りる」

 

「……お腹が減ってたのか。ごめんな?」

 

「いや、何故謝る?」

 

「帰ったら謝礼金を使って色んなものをたくさん食べようなっ」

 

「んん?あー、そうだな。うむ、そうするか?」

 

 

 

 一方Eランクの依頼で魔物の狩猟を受けたオリヴィアとリュウデリアは、マイペースに狩りをしていた。まだ捕らえた暴走している人間と使い魔は元には戻っていないものの、騒動は収まった。少し歪められた真実も知れた。

 

 街()当分、平和を脅かされる事は無い。だが、オリヴィアとリュウデリアはどうかと言われると……首を傾げるだろう。二人の物語と戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

「ん゛ん゛!?オリヴィア待て!その魔法を今撃ったら俺が巻き添えを──────ごはァ!?」

 

「あ、すまない!本当にすまない!大丈夫か……っ!?」

 

 

 

 

 

 

 魔物を狩猟しながら、リュウデリアは誓った。先ずはオリヴィアに魔法の火力調整と戦い方を教えなければ……と。

 

 

 

 

 

 

 



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第4章
第27話  迎え


 

 

 

 

 

「お前には魔力が無い。女神だからな。だから魔法を使う感覚がまだ慣れないのは分かる」

 

「……あぁ」

 

「だからといって──────これは拙いだろう」

 

「……すまない」

 

 

 

 リュウデリアは尻尾で地面をバシバシと叩きながらオリヴィアに訴え、彼女はすまなそうにして目を伏せている。彼等がやっているのは、魔法の練習である。復讐に燃えた女、リリアーナの計画により街を襲った魔物の大群。それを1匹残らず殲滅して救ったオリヴィア。

 

 魔物を殲滅したのは良い。その方法が、純黒のローブに刻まれた魔法陣の効果と、貯められた莫大な魔力によるものを使った魔法であっても。寧ろそういうときの為に、オリヴィア単体が戦えるということを周りに知らしめる事も兼ねて改造してあるのだ。だから使ってくれなくては困るというもの。

 

 だが、リュウデリアは1つ疑っている事が有った。それは、オリヴィアは魔法の細かい調整が出来ていたのか?という面である。相手は大群。つまるところ、デカい魔法をぶっ放せば取り敢えずは当たるのだ。適当な魔法を展開して放てば勝てる、武器が魔法のワンマンアーミーみたいなものだ。勝てて当然。しかし、リュウデリアが街の外を見た時、明らかに高火力の魔法が使用された経歴があった。

 

 草が円形に焼け焦げ、所によっては溶岩が固まったようになっている。解かし切れていない純黒の氷が地面に張られ、一カ所に関してはクレーターみたいなものが出来ていた。上から高火力の魔法が一発、落ちてきた時に見られる状況だ。それだけのものがあれば、使ったのは炎、氷、雷だというのを察するのは簡単だ。だが火力に問題がある。

 

 明らかなオーバーキル。それも、炎の魔法に関しては相当な数撃ち込まれていた。それだけでリュウデリアは、オリヴィアが魔法を使えても火力調整があまり出来ていないということが解った。そこで、今日はオリヴィアの魔法の火力調整技術を上げる為に、少しだけ遠出をしていた。

 

 街から数キロ離れた場所にある、木々が生えた林の中にある、開けた場所で特訓をしていた。リュウデリアが適当な木を斬り倒して手頃な大きさにカットし、木の的を作った。それに向けて魔法を使ってみろと言ったのはリュウデリアであり、的の木を完全に消滅させる程の大火力炎球をぶち込んだのがオリヴィアである。危なく林が一つ無くなる所だった。

 

 最初はえぇ……と、見ていたリュウデリアだったが、純黒の炎が他の木に燃え移りそうになったのを見て拙いと悟り、急いで消したのだ。流石のリュウデリアも焦った。まだ開始して1分も経っていないのに、大火事を起こすところだったのだから。

 

 

 

「他者が使う魔法を詳しく知っている訳ではないからあまり偉そうには言えんが、魔法とは所詮想像(イメージ)だ。本来ならば思い描いた魔法に必要な情報を媒体に機構を構築して術式を造り、完成した魔法陣を展開するのだが、お前にやったローブは構築を自動で行うように特殊な魔法陣を刻み込んである。つまり、魔法を発動するのに必要なのは想像力だ」

 

「それを聞いて思うんだが、このローブは相当優れているんじゃないのか?」

 

「まあ、想像した魔法の魔法陣を自動で構築してくれる……なんて便利な代物はそう無いだろう。だが勿論欠点がある」

 

「複雑なものが造れない……だろう?」

 

「そうだ。相手の展開した魔法陣を紐解き、構築された機構を破壊することで魔法陣を無効化する『解除(ディスペル)』という技術だ。それを魔法で行うことも出来るが、そのローブには複雑で出来ない。だから出来るのは、炎の弾を撃ち出したり、雷を落としたりと、簡単なものばかりだ。原理としては初級の魔法と同じだな」

 

「だが、威力はそうではないんだろう?アレは素人の私でもかなり威力があると解った」

 

「魔法陣を展開する時、魔法を使用する時には魔力を要する。本来初級や中級といった魔法には、それぞれ込められる魔力というのが大凡決められている。だがあまりにも枠から越えた魔力を込めると、魔法が一種の暴走状態となって術者の制御から外れながら強大化し、威力や規模が上がる。例えば、既存の魔法で『飛ぶ炎の玉(ファイアボール)』という初級の炎魔法があるんだが、これに膨大な魔力を込めると上級の炎魔法『炎焔の大爆撃(エクスプロード)』に匹敵する威力となる。街の外の焼けた跡から見て、これと同じ事が起きている」

 

「なるほど……」

 

 

 

 オリヴィアは初級の魔法や中級の魔法といった、階級別の魔法の存在を知らない。なので『こんな感じの魔法が使いたい』という考えの基想像し、ローブに刻まれた、想像した魔法の魔法陣を構築する魔法陣が反応し、難しいものが作れない……という前提から簡単な魔法を発動する。

 

 だが元々ローブに貯められた魔力が莫大で、あやふやな想像のまま魔法を作った事で余分に魔力を注ぎ込んでしまい、結果初級の魔法の機構で上級の魔法の威力が出てしまうのだ。オリヴィアがやらなくてはならないのは、この想像をもっと明確なものとし、余分に魔力を籠める隙を無くし、想像通りの威力と規模の魔法を作り出すことである。

 

 複雑なものは作れないローブだが、中級魔法と同程度ならば作ることが出来る。威力は兎も角、それだけの幅があれば、色々な戦い方が出来る事だろう。因みにだが、大地を凍てつかせた魔法に関しては、別に上級魔法という訳では無い。範囲が広く、威力が最上級に位置しようと、やっていることは凍らせる……という一点である。そう難しい事ではない。なのでローブでも発動したのだ。まあ、威力が高すぎて大気まで凍ってしまったが。

 

 

 

「要は慣れだ。やっていればその内慣れて想像通りの魔法が出るようになる」

 

「だが、また此処ら一帯を焼きかねんぞ?」

 

「その時は俺が対応する。安心して撃つが良い。今日はそういう日だと決めただろう?」

 

「……分かった。ありがとう、リュウデリア」

 

「気にするな」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアの用意した木の的と向かいあう形で立つ。最初は基本的に使うことになるだろう、純黒の炎の球体。それを想像する。頭の中で炎の球体を想像する。だが漠然とした想像をすると、魔物の大群を殲滅した時のような、かなり大きな球体が出来てしまう。今回はもっと小さなものを生み出す練習なので、小さなものを想像する。

 

 だが、想像するというのは簡単なようで難しいもので、一度生み出したものをそのまま思い浮かべてしまう。初めて魔法を使ったという感覚も後押ししてしまっているのだろう。想像して生み出された炎の球体は、前回作ったものと全く同じものだった。出来上がってしまったものは仕方ないので、飛ばす練習も兼ねて木の的へと放った。

 

 すると純黒の炎の球体は木の的へ吸い込まれるように飛んで行き、衝突して木の的を消し飛ばした。しかし炎の球体は止まらなかった。止まらずそのまま奥へと突き進み、林の中へと突っ込もうとする。またやってしまうと思ったオリヴィアだったが、リュウデリアが瞬時に炎の球体の前に躍り出て、尻尾の先の純黒の刃を振り抜いて真っ二つに斬り裂いた。

 

 大きな炎の球体は燃え尽きるようにして消えた。リュウデリアも尻尾の先の魔力で造り出した刃を消し、フーッと息を吐き出した。威力が強すぎれば木の的を消し飛ばすなど容易に想像できる。なのでリュウデリアは最初から身構えていたのだ。結果は予想通り。オリヴィアが彼を見ると、続けろとジェスチャーのつもりで尻尾を動かしている。

 

 

 

「失敗を恐れたら何も出来んぞ。それにお前は魔法を使った事が無かったんだ、失敗するのは当然だ。それよりも数撃って慣れることを考えろ。俺なら幾らでも付き合ってやるし、傷付ける心配はしなくて良い」

 

「……よし、分かった。次々飛ばすからな、頼んだぞ!」

 

「うむ、頼まれた」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアが監督の下、魔法の練習に励んだ。最初は想像通りの魔法が生み出せず、何度も林へ撃ち込みそうになり、その度に彼が無効化していた。だが少しずつ、少しずつ炎の球体の大きさは小さくなっていき、木の的に当たれば燃え尽きるようになった。それでもまだ3メートル程の大きさはあるが、最初に比べれば小さくなっただろう。

 

 魔法を使った事が無い初心者にしては、呑み込みが早い。ましてや撃っているのは超威力の魔法である。弱いものを強くするよりも、強すぎるものを弱くさせる方が難しい。実際に籠める魔力を少なくする……なんて事が出来ず、思い浮かべて想像するという手段しか無いオリヴィアの力の加減は、本来の調整の方法よりも難易度が上だ。

 

 触れたことの無い道の力の力加減を覚えろと言って、いきなりやらせている自覚はある。普通ならば出来ないと一言言っても良いのに、オリヴィアは何も言わず、リュウデリアから出される指示のままに練習を繰り返す。その取り組みの姿勢は彼にとってとても好評価だ。弱音を吐きまくって弛んだ姿勢を見せられたら、恐らく教えることを放棄する自信がある。

 

 目に見えて加減出来ている訳では無い、少しずつだ。それでも目標には近付いている。リュウデリアは真剣な眼差しで練習に励むオリヴィアを見て、機嫌良さそうに尻尾を左右に振った。やはりローブに魔法が撃てるよう改造を施して良かったと、そう思えた。

 

 

 

「……っ!今のはどうだった?結構小さかったし、それ相応の威力だったんじゃないか?」

 

「うむ、良かったと思うぞ。あとは今のを何度も連続して撃てるようになれば良いだけだ」

 

「分かった。もう少し練習する」

 

 

 

 リュウデリアが見ていると、オリヴィアが初めて小さめの炎の球体を生み出して、木の的に命中させた。上過ぎず下過ぎず、左右へのずれも無い真ん中に当て、威力は初級魔法と同等だった。オリヴィアが今のはどうだという問いを投げ、リュウデリアはそれで良いと肯定した。オリヴィアが練習を始めて1時間。たった1時間で出来た。

 

 勿論、一発撃てただけでは不十分だ。故に何度も同じものを撃てるようにならなければならないのだが、オリヴィアはその後も同程度の魔法を作り出し、放った。命中率は元からとても良く、木の的に寸分の狂いも無く当てた。リュウデリアはほう……と感嘆とした声を上げる。素人にしては本当に上達するのが早い。命中率も良い。良いセンスを持っていると思った。

 

 炎の球体の発動は大丈夫と見ていいだろう。そうリュウデリアが提案し、今度は氷系の魔法を練習してみることにした。だが氷系のと言っても、魔物を殲滅した時に使ったのは、広範囲を凍てつかせるというものだ。今回はそれをやらず、氷の結晶を生み出して飛ばす練習をしようという事になった。

 

 間違えれば林一体が凍てついてしまうので、それはもう少し慣れてからということだ。オリヴィアは素直にリュウデリアの言葉に頷き、頭の中に氷の結晶を思い浮かべ、想像し、ローブが反応して氷の結晶を作り出した。作り出されたそれは3メートル程の大きさだったが、初めて氷の結晶を作り出したにしては良い方だ。

 

 撃ち出しても木の的に当てる事が出来た。あとは炎の時と同様に小さくしていく練習をするだけだ。それからオリヴィアは、再び練習を始めた。この頃になるとコツを掴んできたのか、あっという間に氷の魔法の加減をものにした。最初は1時間掛かっていた練習が、今度は20分やそこらになった。

 

 

 

「ふむ……オリヴィア、加減を覚えるのが早くなったな。素晴らしい」

 

「まあ、私には全てを受け止めてくれる師匠が居るからな?」

 

「師匠は言い過ぎだ。飛んできた魔法を消していただけだ。結果の殆どがお前の努力によるものだ。そこは誇って良いんだぞ」

 

「そうか……?お前がそこまで言うのならば、素直に誇っておこう。だが礼は言わせてくれよ?ありがとう、リュウデリア。お前が見守ってくれたお陰で心配せずに練習が出来た」

 

「なに、気にするな。()()()()()お前からの頼みだったからな。俺は俺のやるべきことをしたまでだ」

 

「他でも無い……か。ふふっ」

 

「……?」

 

 

 

 オリヴィアは頬をほんのりと朱に染めながら、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。リュウデリアは何故そんなに嬉しそうな表情をしているのか分からず、首を傾げているが、どうやら自身の口から出た発言にも気が付いていないようだった。

 

 認めて貰い、無意識だろう言葉から察するに、自身はリュウデリアにとって特別な枠組みに入る存在となっているようだと直感した。そして気付けば頬に熱が集まり、耳も熱い。顔が赤くなっているだろう事は簡単に想像がつくが、今は彼の事を見ていたい。オリヴィアは、他人が見れば蕩けていると判断するくらい、甘い微笑みをリュウデリアに向けていた。

 

 前に居るオリヴィアから、何やら甘いとしか表現出来ない気配を感じ取った。熱い視線で見られ、何だか気恥ずかしい気分になってきた。胸の前で両手を合わせ、モジモジとし始めた。顔は赤く。目も薄く潤んでいるようだ。何が起きているんだと思っていると、オリヴィアが一歩踏み出し、リュウデリアを抱き締めようとした。

 

 しかしその瞬間、リュウデリアは目を細めて鋭くし、全身から純黒なる魔力を溢れ出して身に纏いながら、体を小さくする魔法を解いて元の大きさへと戻った。一瞬で全長約30メートルの巨体へと戻り、オリヴィアに背を向けた。突然の事で彼女は少し驚いている。だが直ぐに気が付く。リュウデリアは空を飛んでいないというのに、大きな翼を羽ばたかせる音が聞こえてきたのだ。

 

 

 

「あれは……」

 

「──────何だ、お前達は。何用で来た」

 

 

 

「──────我等は()()()()()仕えし者」

 

「──────龍王の命により貴殿……リュウデリア・ルイン・アルマデュラの迎えに参った」

 

「──────これは龍王による厳命である」

 

「──────我等への御同行を願う」

 

 

 

 リュウデリアはオリヴィアを自身の背に隠した。彼が感じ取れる感知可能な領域内に、4匹の龍の気配が入ったからだ。万が一に備えてオリヴィアを攻撃の射線から消し、真っ直ぐ向かってきた四匹の龍に鋭い視線を向けた。敵意は無い。だが警戒は解かない。

 

 4匹の龍はリュウデリアを前にして飛びながら、龍王の命により、此処へやって来たのだという。そして付いてこいと。彼は突然何故同行を願われているのかは解らなかった。目を細めて4匹の龍を見てから、背後のオリヴィアを見る。彼女も何が起きているのか解らず、取り敢えずリュウデリアの陰に隠れている。だが目線で如何すると問いかけていた。

 

 

 

 

 リュウデリアは4匹の龍に向き直り、口を開いた。何故龍王の命令が、自身を連れて来る事になるのか。真意はまだ、解っていない。

 

 

 

 

 



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第28話  4対1

 

 

 

 

 

 

「──────我等へ付いてきてもらおうか」

 

「──────これは7大龍王の厳命である」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 オリヴィアが魔法の練習をしているところに、それは現れた。ついこの間見て知った、自身とは違う同族である龍。その龍が4匹、やって来たのだ。敵意は持っていない。だが念の為にリュウデリアは、オリヴィアを背に隠して何時でも魔法が使えるよう、掌に魔法陣を描いていた。

 

 4匹の龍は飛んだままリュウデリア達を見下ろしている。今すぐにでも行こうとしているのが解る。だが彼は応じる気が無かった。何故か。当然だろう、彼は7大龍王という存在を知らない。それに会う義理も無い。呼ばれたから行くと言っても、自身は龍でありながら捨てられた身だ。なのにいきなりやって来て、命令には従えというのは、おかしな話だろう。

 

 故にリュウデリアは腕を組み、尊大な態度で迎えた。そんなことを言われたところで応じる気は無いというのを、態度でも示すために。

 

 

 

「7大龍王か……生憎だが、俺は俺を呼ぶ意図が分からん。それに、普通は話があるならば龍王自ら来るべきだろう。何故俺が態々行かねばならん」

 

「7大龍王の言葉は我々には絶対」

 

「意図が不明だろうと何だろうと、貴殿は7大龍王の元へ行かねばならない」

 

「話が通じんな。ではもう言ってしまうとするか──────同行を断ると言ったら……如何する?」

 

 

 

「命令は絶対だ──────実力行使に出させてもらう」

 

 

 

「──────くははッ!」

 

 

 

 思った通りの方向へと話が進んでしまった。命令一つで自身を見つけ出し、やって来たのだ。連れてこいと言われれば、例え実力行使に出ようとするだろう事は簡単に予想できる。そしてリュウデリアは同行する意志が欠片も無い。名前からして7大龍王というのは、龍という種族にとって頂点に近い存在なのだろう。だが、だからと言って、自身がその命令に従う義務も義理も無いのだ。

 

 捨てられてから1匹で生き、世話になった事も無ければ、顔を知っている訳でも無い。何も知らない相手から、私が会いたいからお前が来い……と、言われてハイ行きますという素直な心など、リュウデリアには無い。

 

 話の流れで察したオリヴィアは、その場を離れて距離を取った。龍の戦いに巻き込まれれば、流石にただではすまないと思ったからだ。例えリュウデリア特製の純黒のローブが有るとはいえ、彼が使う魔法はローブの防御性能を貫通する。つまり、巻き添えになってしまえば防ぐ手段が無い。まあ、相当な乱戦にもならない限り、オリヴィアに魔法を誤射することは無いのだが。

 

 リュウデリアは戦闘態勢に入った4匹の龍に拳を構える。4匹の龍は赤土の鱗をしている。ウィリスは黄色であったし、恐らく生まれてくる龍によって色が違うのだろう。実際、リュウデリアが街で読んだ本の中には龍の目撃した者が語った話があり、水色や赤色など、様々な色の龍が居るということは解っていた。事実とは別としてだが。

 

 脚を肩幅と同じくらい開いて左拳は前に出し、右の拳は体の近くに。ファイティングポーズのそれは、本に載っていたものをやっているだけである。知識からの実践。リュウデリアは今、蓄えた知識を使っているのだ。

 

 彼は普通の龍とは違って二足歩行で、体付きは人間に近い。つまり戦い方は普通の龍とは違って引っ掻きや噛み付きによるものではなく、骨格を最大限利用した殴打や蹴りといったものが主体となる。そしてリュウデリアの体は大きい。約30メートルの体と、それ相応の体重と類い稀なる筋力に恵まれた彼から繰り出される殴打や蹴りの破壊力は筆舌に尽くしがたい。

 

 更にはそこに魔力による強化も施される。全身を覆っている純黒の鱗は硬く、殴打されればその硬さを身を以て知ることとなり、殴打する事によって返ってくる反動のダメージは無効化される。つまり、リュウデリアの体格と殴打、膂力と蹴り、そして莫大な魔力と魔法は、敵からしてみると厄介なことこの上ないのだ。

 

 シンプルにして強力。故に対抗し辛い。それを今から4匹の龍は知ることとなるだろう。4匹の龍の目的は、リュウデリアを自身達に命令を下した7大龍王の元へ連れて行くこと。殺すことでは無い。なので適当に痛め付け、反抗の意思を削ぎ落とす。それから連れて行けばいい。そう考えていた。つまるところ、4匹の龍である彼等は、油断していたのだ。

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「──────ははッ!!何時まで俺が居た場所を見ているつもりだ!?」

 

 

 

 4匹の龍の内、横並びに並んでいることから右端の龍に飛び掛かり、顔を掴んで移動しながら地面に叩き付けた。地面を削りながら顔を押し付る。叩き付けられ、捕らえられた龍は目を白黒とさせていた。何時の間にか顔を掴まれ、地面に叩き付けられていたからだ。気付いたらというのがまさに正しい。

 

 残りの3匹はハッとしたように背後を振り返った。全く見えなかった。そして初動すらも捉えられなかった。忽然と消えたと思ったら、仲間の一人に飛び掛かっていた。何という速さ。動き出すというのならば、必ず初動を起こすものだ。体が傾いたり脚を踏み締めたり。やり方は多数あるが、何であろうと必ず何らかの動きが見える筈だった。

 

 仲間が1匹掴み捕らえられている。気付かなかったとはいえ、もう戦うことは避けられない。そもそも実力行使を決行すると言ったのはこちらだ。呆気に取られて動かなくなってはいけない。3匹の龍は急いで振り返り、リュウデリアを追い掛ける。しかし、振り返った先で彼が此方を見ていた。嫌な予感がする。そしてそれは実に正しい予感だった。

 

 

 

「一斉に向かってきていいのか!?固まっているとこうなるぞッ!!」

 

「──────ッ!?ぐはッ……ッ!?」

 

 

 

 リュウデリアはぶん投げたのだ。掴み捕らえた龍を。万力のように頭を掴まれたことによって、頭蓋からみしりと嫌な音が聞こえてくる。尻尾を地面に突き立てて無理矢理速度を落とし、振り返って捕らえた龍を3匹の龍へ向けて投擲した。3匹の龍に陰が落ちる。仲間の体が覆い被さり、衝突する。

 

 自身と同等の大きさである龍を、到底片手で投げたとは思えない速度でやって来た、仲間という名の弾丸は、3匹の龍を纏めて吹き飛ばした。3匹でも受け止める事が出来なかった。飛んできたので身構え、多少なりとも受け止めようとした。それは3匹ともそうだった。しかし、飛んできた龍の速度と威力は受け止めきれるものではなく、難なくと吹き飛ばされたのだった。

 

 だが4匹とて龍。最強の種族である存在が、その程度で目を回すはずも無い。4匹は切り替えた。生半可な行動では捕らえることはおろか、龍王達の元へ連れて行く事すら困難だと。だからある程度の痛みは覚悟して貰おう。ある程度から死なない程度にという認識に変えた龍達は、吹き飛ばされながら魔法陣を展開した。

 

 

 

「──────『岩土の捕縛鎖』」

 

「おぉ……頑丈だな。まあ──────俺には効かんが」

 

 

 

 足下の土が魔法によって固くなり、鎖の形を形成してリュウデリアへと巻き付いた。長く伸びた土の鎖は腕や脚、首元にも巻き付いて動きを拘束する。早い魔法だ。魔法陣を展開して直ぐに身動きが取れなくなった。全く動かすことが出来ないように全方向へ引き寄せられている。普通ならばこれで捕縛は完了だろう。普通ならば。

 

 リュウデリアは魔力による強化も無しで、自身の腕力のみを使って拘束している土の鎖を引き千切った。当然として引き千切られないように固く強固にし、魔力で強化をしている土の鎖が、いとも容易く千切られた。しかしだからと言って驚きはしない。仲間を腕1本で投げ飛ばした膂力の持ち主だ。このくらい出来ても別に予想の範疇を超えない。

 

 欲しかったのは時間だ。リュウデリアはその場に縛り付け、魔法を行使するための時間。それさえ確保出来れば良かった。時間にして2秒。それだけ有れば十分すぎる程の時間だ。土を使った強固な鎖の魔法に最初感嘆としたリュウデリアが、その後引き千切るのに5秒は経っていた。つまり準備は出来ているのだ。

 

 土の鎖を作った龍とは別の3匹の龍が、リュウデリアに向けて手を翳していた。そこには魔法陣が生み出され、炎、水、雷の三属性の球体が出来上がっていた。大きさは巨大なものだ。若しかしたらリュウデリアと同じくらいの大きさかも知れない。そんなものを、同時に放った。

 

 差し迫ってくる3属性の球体に、リュウデリアは避けるという選択を取らなかった。行った行動はその場での防御。受け止めるという選択だった。腕を顔の前でX字にし、翼を広げて全身を包み込み覆う。そして防御の体勢が整ったリュウデリアに向けて三属性の魔法の球体が衝突した。

 

 眩い光を発して超常的な大爆発を生み出した。リュウデリアが居た所の足下に生えていた木は消し飛んだり吹き飛んだりして酷い光景だ。大爆発による黒い雲が立ち上り、衝撃波が押し寄せる。だが今度は土の鎖を作った龍が土の塊を作り出し、再び球体を作り出した3匹と合わせて四属性の球体を、リュウデリアが居たところに向けて放った。

 

 再び大爆発が起こった。恐らく直撃したのだろう。黒い煙の範囲が更に広がり、巨大な黒い煙の塊と化した。龍の魔法を立て続けに7発撃ち込み、着弾させた。絶対にダメージは受けている筈。防御体勢に入り、魔力で強化したのだとしても、4対1の魔法である。報告ではそれなりに強い龍だという話だ。まだ動けるだろうから、次の一手を講じようとした時、強風が発生して黒い煙が散らされた。

 

 

 

「──────おいおい。弾を飛ばすのが好きなのかお前達は?その程度の魔法だと、俺を無理矢理連れて行くことは一生出来んぞ。えェ?はッははははははははははははははッ!!」

 

 

 

「……無傷か」

 

「連続して受けておきながら、掠り傷すらないとは」

 

「何という鱗の硬度」

 

「認識を更に改めろ。リュウデリア・ルイン・アルマデュラは──────強いッ!!」

 

 

 

 煙から晴れて出て来たのは、翼を広げて嗤っているリュウデリア本人だった。魔法を撃ち込まれた時から全くその場から動いておらず、威風堂々とした立ち姿。龍であるのに鱗を打ち付けてくるかのような強大な威圧感を放つ純黒の龍。その純黒の鱗に一切の傷は無く、ダメージも無いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 黒龍の黄金の瞳が4匹の龍を捉えて離さない。そして逃がさない。命令であろうと何だろうと、牙を向いたならば異種族同族関係無い。向かってくる総てを蹴散らすのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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第29話  強者

 

 

 

 

「認識を改めろッ!!」

 

「リュウデリア・ルイン・アルマデュラは──────強いッ!!」

 

 

 

 4匹の龍達は決して龍の中で弱い部類ではない。それどころか龍王の命令を受けて達成するために、ある程度の強さがある龍に任せられた。それがこの4匹の龍達だ。簡単に言ってしまえば、それぞれが中の上程度の力は持っているのだ。無論、これは龍の中でという意味になってくるので、当然下の下でも人間なんかが相手になるはずも無い。

 

 今朝方呼び出され、命令を受けた。リュウデリア・ルイン・アルマデュラなる純黒の龍を、直ちに連れてこいと。居る場所は解っていたようなので、場所を聞き、直ぐに向かった。何でもない命令だと思った。龍王が来るようにと言われれば、誰であろうと馳せ参じるのが当然で、4匹の龍は単なる道案内に過ぎないと思ったのだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、なんという難題だろうか。4対1という圧倒的数の陣形が取れている。数で優勢なのは火を見るより明らかだというのに、今や劣勢だ。

 

 そもそもな話、リュウデリアが同行を拒否するとは思わなかった。龍王とは龍を纏め上げる王達だ。その者達の言葉は人間達の王と民の構図に他ならない。故に拒否するという考えは普通ならば出やしない。最初こそ龍王の厳命を断るとは、何という命知らずか……と、思ったが、リュウデリアはその発言を溢すに足る実力があった。

 

 龍はその体の大きさと、中に詰まっている筋肉等の重みにより、総じて重い種族だ。取っ組み合いなんてすれば大地を削るし、歩くだけで地響きが鳴る。しかしリュウデリアは、そんな龍を軽々と片腕のみで投げ付けた。そんな力を持っている龍がどれ程居るだろうか。そして鱗の硬度だ。確かに龍の鱗は頑丈だ。基本的に罅を入れることすら困難だろう。

 

 だが同族からの攻撃は違う。硬い龍の鱗は、同じ種族の龍の手によれば砕けない事も無い。易々とまではいかないが、魔法を撃ち込むなり、体をぶつけ合うなりすれば、意外にも砕けるのだ。その筈なのに、リュウデリアの鱗は一向に砕けない。罅すらも入らない。況してやダメージも無い。

 

 4匹の龍が、世界最強の種族が4匹同時に魔法を放って、それを魔力による防御も無しに真面に受けて、一切効いていないのだ。有り得ないほどの耐久性。被りもしない4属性による同時魔法攻撃。その結果は全くのノーダメージ。先日リュウデリアと戦ったウィリスはこう思った。まるで魔法を無効化する体質のように感じると。言い得て妙である。

 

 戦ってこそ解る、リュウデリアの異常な強さ。隠している所為で魔力の底が解らないが。戦闘に立つと本当に底無しの魔力に感じる。そして龍を軽々と投げ飛ばす膂力に、残像を生み出して移動する機動力。攻撃を無効化しているとしか思えない堅硬な純黒の鱗。戦いに必要なものが全て揃ってしまっている。

 

 ここまで理不尽に強いと、4匹の龍達も変な錯覚をしてしまう。リュウデリアと戦っている内に、何と戦っているのかが曖昧となってきて、その内純黒の何かに呑み込まれようとしているように思えてくるのだ。

 

 

 

「──────おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「はッはははははははははははははははははッ!!」

 

 

 

 雄叫びを上げる。咆哮を響き渡らせる。2匹がリュウデリアへと向かっていき、口を大きく開けた。開始されるは膨大な魔力の凝縮。ある一点に集束して凝縮された魔力は、溜め込まれた量に応じて爆発的に暴発する。それに方向性を持たせたのが、リュウデリアの十八番である魔力の奔流による光線だ。つまり溜めれば溜める程その威力は強大となる。

 

 龍は総じて魔力を持って生まれる。そしてその魔力の総量は全種族で堂々たるトップである。龍という種族の中でも平凡なレベルの龍の総魔力量でさえ、奇跡の子と持て囃されても良いほどの才能を持った者の総魔力量より断然多い。つまり、先の理論で言うのならば、溜め込んだ魔力の解放による光線は、龍にとってシンプルにして強大な力となる。

 

 2匹の龍は、最早リュウデリアを無傷で連れて行こうとは考えていない。腕の1本や脚の1本は吹き飛ばしてでも連れて行こうとい気概でいる。つまりは本気だ。龍が本気で魔力を溜めて解き放とうとしているのだ。それが2匹ともなれば、解き放たれた後はどうなってしまうというのか。

 

 そしてそれを、零距離で放てば相手はどうなるのだろうか。想像に難しく無いだろう。相手が普通ならば……という前提が付くが。

 

 2匹の龍が巨大な体を揺らして走らせてリュウデリアへと接近し、その間に口内へと全魔力を溜め込んで凝縮していく。眩い光が漏れ、膨大な魔力に周囲の木々がざわめき、大地を割っている。罅が入って地割れを為し、大気が震えている。2匹の龍による、全魔力を使った咆哮を放とうとしているというのに、リュウデリアは腕を広げて待ち構えた。

 

 油断。慢心。そう捉えた2匹の龍は怒りを湧かせながら、望み通りにしてやろうとリュウデリアの懐に入り込み、2匹同時に魔力を解放した。瞬間、桁外れな魔力の奔流がリュウデリアを襲った。景色の彼方まで伸びる、合わさった一条の魔力光線。本気で放っている。生き残るかも怪しいほどの一撃を叩き込んでいると自覚している。だが止めなかった。

 

 寧ろ、全魔力以上に全魔力を解き放っている1秒でも長く照射し続ける為に、これまでの龍生でトップになるだろう、魔力が体内から消えて無くなっていく感覚を味わいながら、2匹の龍は魔力を放ち続けた。だが、そんな2匹の頭を鷲掴みにする存在が居る。リュウデリアだ。他でも無いリュウデリアが、2匹の龍の頭を掴んでいるのだ。

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「な……にィ……ッ!?」

 

 

 

 思っても見なかった。いや、想像すら出来ていなかった。だがそれも仕方ないのかも知れない。全力で撃ち放っている魔力の奔流。それが龍2匹分である。常に照射されている莫大な魔力の光線は、有象無象ならば近付くだけで消し飛ぶ事だろう。しかし、リュウデリアはその場からすらも動かなかった。

 

 撃ち続けられている魔力の中から、純黒の鱗に覆われた手が現れる。傷一つ無い純黒の鱗。その腕の動きにダメージを受けている様子などは見受けられず、魔力の光線を放っている2匹の龍の頭を掴んだのだ。

 

 魔力の奔流が途切れた。魔力が切れてしまったのだ。全力で加減無く。そんなことをすれば、威力は絶大であろうと、いくら内包する魔力が膨大であろうと、魔力が尽きてしまうのは自然の理であった。故に視界が開けてはっきりと映る。無傷で嗤う純黒な黒龍の姿が。ほとほと呆れる防御力だ。二匹の魔力の奔流を受けて、ダメージらしいダメージが無いのだから。

 

 頭蓋が軋む。変形しているとしか思えない激痛が襲ってくる。このままならば最も分厚く堅硬な頭蓋骨が握り潰されてしまう。いや、握り潰そうとしているのかも知れない。そしてリュウデリアはそんなことが出来てしまう握力を持っているのだろう。あぁ、何と強かな黒龍であろうか。捕らえることはおろか、戦闘不能にすることさえ出来ないと悟らせるものを持っている。

 

 ばきり……と、嫌な音が鼓膜に響いた。どうやら2匹とも頭蓋骨に罅が入ったようだった。そしてそれは感触からリュウデリアも察したのだろう。それでも彼は力を緩めない。寧ろ握り潰そうとしていた。当然の結果なのかも知れない。連れて来いと命令されてやって来て、断られたから実力行使に出たのは此方だ。返り討ちにされても仕方が無い。

 

 魔力が尽き果て、骨格の問題からリュウデリアの手を剥がすことが出来ない。意識も朦朧としている。意思に関係なく暴れる手脚と尻尾は、もう垂れ下がるばかりだ。肘を伸ばしきり、龍の頭を掴んでい宙吊りにするこの腕力。堅硬な頭蓋骨を握り潰す万力が如くの握力。全身を静謐に包み込む強かで美しい魔力。感じ取れる底が見えない底無しの魔力。物理も魔法も一切効かない防御力。4対1でこの体たらくは、己を恥じるばかりである。

 

 今更とも思われるかも知れないが、遣いの龍達は迎えに来ただけだ。龍王の厳命を伝えれば()()()従うのだ。しかしこの黒龍は普通ではなかっただけ。そして拒否するだけの力があった。その力は、今まさに2匹の龍が手も足も出ずにやられている事が何よりの証明になることだろう。

 

 何はともあれ、宙吊りにされている2匹の龍は此処でもう終わりだ。逃がしてもらえるとは思えない現状。あわよくば逃がしてもらえたらと考えている浅まし己自身……全く歯が立たなかった己の無力さにほとほと呆れながら散るのだ。そう覚悟を決めた瞬間、リュウデリアと2匹の龍の間に、土の壁が勢い良く隆起した。

 

 必然的に隆起した土の壁に衝突する、2匹の龍の頭を掴んでいた両腕。そして上から鷲掴んでいた手が滑って離してしまった。2匹の龍は突然離された事で地面に倒れ込む。起き上がることは出来ない。もう既に起き上がれるほどの状態に無かったのだ。4匹で来たことで、やられている2匹とは別に、残りの2匹が助けてくれた。礼の一つでも言いたいところではあるが、2匹は限界。心の中で謝罪をしながら、意識を手放した。

 

 

 

「私が壁を維持する。あいつらを回収してくれ。長くは保てん」

 

「了解した」

 

 

 

 少し離れた所で、2匹の龍の内、片方がリュウデリアへ向けて魔法陣を展開していた。魔法で土を操り、壁を作っていたのだ。そして指示を出されたもう1匹の龍も魔法陣を描き、倒れている2匹の龍の真下の地面を操作して近くへ寄せる。安否を確認すれば、生きている。気絶しているだけだ。だが頭からの出血がある。

 

 鱗が割れて微かに指の跡がある。何という握力だと戦慄しながら、戦闘に巻き込まないように、そこから更に離れた場所に2匹を移して土でドーム型の壁を作った。半数がやられたとはいえ、ここで負けましたと言って降参する訳にはいかない。与えられた命令は、あの純黒の龍を連れて来ること。まだ動けるというのに負けを認めて引き下がる訳にはいかないのだ。

 

 頑丈に作った土の壁に軌跡が描かれる。風を切る音を立てながら、線が入り、乱雑に斬り裂かれた。崩れた土の壁の向こうからは、尻尾の先端に純黒なる魔力で形成した刃が付いていて、尻尾をゆらゆらと揺らしているリュウデリアが居る。腕を組み、堂々たる佇まい。隙だらけだ。しかし隙を埋める必要は無い。

 

 リュウデリアはもう解ってしまっているのだ。残り2匹の龍は、自身を傷付けることは出来ないと。傷付ける攻撃を持ち得ないと。そして、絶対に傷付けられないと確信しているのだ。だから態と隙だらけの体勢で居るのだ。警戒する価値すら、お前達には無いと言われているようで、2匹の龍はギリリと牙を鳴らした。

 

 

 

「どうだ。気が変わったか?逃げるならば今の内だぞ」

 

「……我々に賜りし命令はお前を連れて来るというもの。諦めて帰還する訳にはいかない」

 

「故に、気が変わる……なんて事は有り得ない」

 

「ふむ……では──────仕方ないよなァ?」

 

 

 

 顎に手を当てて擦り、何か考えているようや仕草をしていた。諦める気になったかとリュウデリアが確認すれば、返答は否。どうしても連れて行きたいらしい。忠実なものだと思いながら、呆れたように溜め息を吐いて……あくどい笑みを浮かべて嗤った。

 

 途方も無い嫌な予感が全身を駆け巡った。仕掛けてくる。そう解りきった事を悟った瞬間、視界からリュウデリアの姿は消えていた。純黒の龍の姿が見えない。あれ程異質に思える色をした、自身等同様の巨体の持ち主が忽然と姿を消した。姿を消す魔法か。いや、魔法を使う前兆は無かった。ならばまさか、単なる移動なのか。

 

 そう考え付いた時には、魔法で土の壁を作った方の龍の体に異変が起きていた。異物感があるのだ。腹に。いや、語弊があった。背中から腹まで一貫して異物感があった。龍は恐る恐る長い首を曲げて自身の体を振り向いて見た。そして異物感の正体に気が付いた。突き抜けていたのだ。自身の体を、リュウデリアの尻尾が。背中から入って腹まで。地面にまで到達している。

 

 目視で確認すると、痛みが奔り始め、口から大量の血を吐き出した。ごぼりと溢れる真っ赤な血が、地面を赤黒く染め上げる。そして龍の体を易々と突き破った尻尾の持ち主であるリュウデリアは、そのまま龍の上に降り立って踏み付け、地面に縫い付けた。貫通した尻尾で動けない。

 

 自身の上から膨大な魔力を感じる。避けられない。何をする気なのかは解らないが、この状態から避けることなど叶わない。己の体を覆う鱗とて柔くは無い。柔くは無いはずなのに、今から攻撃を受ければ意識を保てる自信が無かった。

 

 そして後頭部に衝撃が来たと感じた次には、意識は暗い闇の中へと落とされていった。見えなかったので何をされたのか、最後まで解らなかっただろう意識を手放した龍。やったことは単純た。地面に縫い付けて、上から魔力を纏った拳で殴打したのだ。殴打された頭は思い切り地面に叩き付けられ、地面は蜘蛛の巣状に罅が入った。

 

 轟音が響き渡り、リュウデリアは叩き付けた拳を離し、気絶した龍の上から退いた。突き刺した尻尾を引き抜くと、純黒の鱗に赤黒い血がこれでもかと塗れていた。尻尾の先から血が滴り、殴打した事で付いた手の血を舐めた。べろりと長い舌で同族の血を舐め取るリュウデリアのその姿が恐ろしく、残った最後の1匹は無意識に1歩後退っていた。

 

 仲間が尻尾で体を穿たれた時、横槍を入れるなり魔法で撹乱するなりすれば良かったのに、自身の体は動かなかった。いや、動けなかった。見捨てるつもりなんて無かった。助太刀に入るつもりだった。だが駄目だった。動けなかった。それ程までに、リュウデリアが圧倒的だと認めてしまっていた。

 

 

 

「──────おい」

 

「──────っ!!」

 

「後はお前だけだぞ。来ないのかァ?まあ最も、最後のチャンスを不意にしたのはお前等だ。今更逃がすつもりは毛頭無い。精々実力行使に出た己の浅はかさを恨めよ」

 

「……っ………舐めるなァッ!!」

 

 

 

 4匹の内3匹が既にやられてしまった。残るは自分自身のみだ。こうなればヤケというもの。全員で掛かって優勢も取れない相手に1匹で向かっていって勝利できると、堂々胸張って言えるほど自惚れてはいない。寧ろ向かっていった所でやられるのがオチで、結局龍王からの厳命を達成できずに終わるというのは、目に見えている。

 

 しかし、だからといって引き下がる訳にはいかないのだ。命令を下され、此処までやって来た以上は完全に戦闘不能になるまで立ち向かう。それが実力行使というものだ。故に、最後の1匹となった龍は、内包する残った魔力を惜しげも無く使用し、リュウデリアへと突撃していった。

 

 リュウデリアは腕を広げて迎え撃つ。逃げも隠れもしない。来るならば来いと言外に語っていた。後に大きな爆発が捲き起こり、勝負は直ぐに決することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「して、お前達はたった1匹の同族に手も足も出ず、ノコノコと帰ってきたという訳か?」

 

 

 

「も、申し訳ありません……」

 

「我々程度では歯牙にもかけられませんでした……」

 

「私共が弱く……」

 

「あの黒龍が強すぎました……」

 

 

 

 ──────……此奴等とて最底辺の実力という訳では無い。確かに特出したところは無く、龍の中でも平均的と言えるが……数は4だ。それでも歯牙にもかけられなかったという評価……雷龍王の末の息子が捻じ伏せられたという話からして……ふむ。

 

 

 

 とある場所にて、リュウデリアを連れて来るよう命令されていた4匹の龍は頭を垂れていた。自身よりも強く、完全なる上位の存在、龍王。そんな命令を下した龍王に、体を震わせながら謝罪をし、同時に報告を行った。

 

 4匹の龍はリュウデリアに殺されることは無かった。しかし須く全員戦闘不能にされて気絶し、ある程度の時間が経って目を覚ました時には、当然の如くリュウデリアはその場に居なかった。倒されてそのまま放置され、各々が与えられた傷やダメージに苦しみながら、どうにか帰還を果たすと、背中から腹に掛けて大穴が空いていようが龍王の元へ馳せ参じたのである。

 

 報告をしている間も、体の節々に鈍痛が響く。頭蓋骨に罅が入っていたり、あらゆる場所の鱗が割れていたり、胴体に穴が空いていたり、症状は様々ながら、それでも声一つ上げることは赦されない。

 

 痛みで震えながら頭を垂れている者達を見下ろしながら、報告を受けていた龍王は顎を擦った。決して弱いとは言い切れない者達が束になっても連れて来ることが出来なかった。それだけの力を持つ龍。雷龍王に言われた時は眉唾ものだと思ってはいたものの、少し興味が湧いた龍王は、頭を垂れている者達を下がらせ、違う者を呼んだ。

 

 

 

 

 

 純黒の龍を連れて来い。それはまたもや同じ内容であり、今度は戦闘不能にしても良いと、龍王の口から直接言及された。リュウデリアの元へ、新たな使者が向かおうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第30話  執拗


『カクヨム』でも投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。



 

 

 

 

 

「──────ぐっ……ッ!!」

 

「純黒の龍……これ程の力……とはッ」

 

 

 

「これで何度目だ──────いい加減諄いぞッ!!」

 

 

 

 リュウデリアは吼えた。あと何度来れば気が済むのだ……と。初めて同行を求められてから、既に5度目となっている。来る度に同行を拒否し、ならば実力行使をさせてもらうと言われて即戦闘。そしてリュウデリアが勝利を収め、やられた龍達は失敗した事を嘆きながら帰還していくのだ。

 

 殺意を持って狙われている訳では無い。なまじリュウデリアが強すぎるので殺す気では来るが、殺す気は無い。なのでリュウデリアもやって来る龍達を殺すことはせず、痛め付けはすれどその命までは奪っていない。故に行かぬという意志は、未だ見ぬ龍王にも存分に伝わっている筈。

 

 龍王の言葉は絶対だと、連行しようとする龍達が口にしている事から、普通の龍よりも高位で上位的存在なのは解る。だがここまで自身が執着される理由が思い当たらない。親に捨てられた龍であるリュウデリアは、故郷を知らない。他の龍なんぞここ最近やって来る龍かウィリスくらいしか知らない。つまり、自身の事は相手もそう知らない筈なのだ。

 

 やることが無いのか?と問いたくなってしまう執拗さ。全く諦める気配のない使いの者達。そして少しずつ強くなっていく使いの者達に、リュウデリアは顔を顰めるのだった。いくら何でもしつこい。諄い。そしてそろそろ面倒くさい。

 

 自身以外の龍と戦えるというのは、確かに楽しいのだが、勝つ負けるという気の持ちようではなく、連行しようとする一方で断っているという状況で、無理矢理にでも連れて行こうとしているという前提があっては楽しめるものも素直に楽しめない。流石のリュウデリアも苛立ちが募る。そもそも、リュウデリアは気が長い方では無い。寧ろ短いだろう。

 

 そんなリュウデリアが未だやって来る龍を殺しておらず、苛立ちを爆発させていないのは、単にオリヴィアの存在が大きい。最初は良かったが、四度五度と繰り返されてリュウデリアが苛立ち始めた時、オリヴィアはリュウデリアを抱きしめ、優しい声色で話し掛けていた。

 

 共に風呂に入って体を洗われ、乾かされ、ベッドの中で抱き締められながら眠る。何時もは肩に乗っているのに、最近はリュウデリアを両腕で抱き締めながらの移動が主だった。柔らかく、甘くて良い匂いに包まれながら、優しい声色が鼓膜を刺激する。適当な依頼を冒険者ギルドで受けて、帰ってきたら適当に食べ歩きをする。

 

 甘い蕩けるような微笑みを浮かべながら、オリヴィアは甲斐甲斐しくリュウデリアのお世話をしていた。苛立ちからくる怒りの感情は、オリヴィアが撫でたり声を掛けたりしてくれることで緩和され、心地良さを感じさせる。

 

 リュウデリアはベンチに腰掛けたオリヴィアの柔らかい膝の上に乗り、優しく撫でられて目を細める。心地良さを堪能しながら上をチラリと見れば、オリヴィアが蕩けるような笑みを浮かべて見つめている。心地良さと安心感を享受しながら、ぼんやりとオリヴィアの存在にありがたみを抱いていた。恐らく、オリヴィアが居なければ、自身の苛立ちは暴発していたことだろう。

 

 他の龍達が束になっても勝てない程の力を持つリュウデリアが、怒りを暴発すれば確実に何をするか解らない。過去にも激昂したことがあるが、その時は破壊衝動と殺意に意識が呑み込まれた。頭の中、思考回路まで黒々とした純黒に染め上げられるのだ。今こんな所で暴発すれば、この街は確実に跡形も無く消える事だろう。

 

 

 

「ふふ。────♪─────♪──────♪」

 

「……俺を撫でるのはそんなにも楽しいか?」

 

「ん?撫でるというよりも、お前とのスキンシップが幸せなんだ」

 

「……そうか。それにしても、最近のお前は撫でるのが上手くなったな。とても……そうだな、心地良い。お前と居ると幸福感に包まれる……と言えば良いのか?兎に角、気持ちが良い」

 

「……っ。ふふ。そう言って貰えると嬉しい限りだな。ほら、ココはどうだ?」

 

「んんッ……っふぅ………はぁ……癖になりそうだ」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアの頭を撫でながら、翼の付け根の部分を強めに擦った。するとリュウデリアは気持ち良さそうな声を上げて、体から力が抜けてふやけたようになる。翼をぱたりぱたりと動かし、尻尾がクルンと丸まったり左右に揺れたりする。気持ちよさに体を委ねていると何時の間にか目を閉じている。

 

 だからリュウデリアは見えない。一緒に居ると幸せだと言われて、顔をほんのり赤く染めながら、口元がふやけてしまっている、幸せそうなオリヴィアの顔が。二人の空間は甘いものだ。外に居る時は基本フードを被っている事から、オリヴィアの絶世の美貌で目立つことは無いが、近くを通りかかる者達は、オリヴィアとリュウデリアの甘い空間に居たたまれなくなり、逃げるようにその場を後にする。

 

 何故か解らない。どう見ても魔物使いの主と使役された使い魔だというのに、まるで熟年の夫婦か、仲の熱いカップルに見えてしまい。見ているこっちの顔が赤くなってしまうのだ。両者が共に感じているのは幸福感。勘違い等も何もないので、感じるがまま甘い雰囲気に当てられるのだ。

 

 珍しい類の使い魔だと思われているが、その正体は龍である。それも警戒心が強く、そんな簡単に他者を信じはしない冷淡で冷酷な純黒の黒龍。そんな純黒の黒龍を無遠慮に触れているにも拘わらず、何も言われないのは世界広しといえども、3人だけだ。その内の一人であるオリヴィアは、その間柄を存分に使って愛しさを胸に抱きながらリュウデリアに接する。

 

 気配で好意がこれでもかと伝わってくるので、リュウデリアも身を任せる。それはオリヴィアが精霊であるスリーシャの命の恩人であるのと同時に、リュウデリアが好感の持てる相手だったからだ。そうでなければ、リュウデリアは今頃オリヴィアに指一本触れさせやしない。

 

 

 

「んっ?ふふっ。私の腕に尻尾を巻き付けるな。撫でられないだろう?」

 

「くくっ。いや何。少し、イタズラ……というものをしてみたくなった」

 

「それは本を読み漁った事で得た知識だな?全く。そんなイタズラをする黒龍にはこうだっ」

 

「んんッ!?ふは……っ!?おいっ、ちょっ……!?ははははははっ」

 

「ふふっ。もう、可愛いなぁ」

 

 

 

 頭を撫でる手とは別の、翼付近の背中を撫でていた手の手首に長い尻尾を巻き付けて、手を振るように左右に揺らした。痛くは無い程度に優しく巻き付けられた尻尾。振り払うのが容易な、その力加減に胸が温かくなりながら、腕の力を抜いてされるがままにした。この尻尾が何度も敵を殺しているのを見た。自由自在に素早く動き、敵を打ち倒す尻尾は、オリヴィアの柔肌を傷付けないように、細心の注意が払われている。

 

 心が温かくなり、オリヴィアの体を使って戯れているということもあって、クールな印象を与える美貌をだらしなくニヤけさせた。尻尾からリュウデリアの体温がほんのり伝わってくる。手首に巻き付いている尻尾を、角度を変えてかりかりと擦ると、リュウデリアから気持ち良さそうな声が上がる。

 

 そしてイタズラのお返しに、オリヴィアはリュウデリアの事をくすぐった。脇の下や足の裏を擦ると、リュウデリアでも破顔して笑った。滅多なことで普通に笑うことは無く、笑っても口の端を上げて軽めの笑みを浮かべるだけ。戦闘中は笑っているというよりも嗤っているという方が正しい。

 

 身を捩って逃げようとするリュウデリアを軽く押さえてくすぐっていると、また尻尾がオリヴィアの手首に巻き付いた。もうそろそろ良いだろうと思って、名残惜しいがリュウデリアをくすぐりから解放した。戦っている時は息切れなんてものはしない癖に、笑い疲れたのかオリヴィアの膝の上でぐったりとした。

 

 溶けたチーズみたいにふにゃりとしているリュウデリアにクスッと笑って、頭を優しく撫でた。それを享受してリュウデリアは目を瞑り、暫しの間はそのまま撫でて撫でられる状況が続いた。

 

 

 

「なぁ、リュウデリア」

 

「……うん?何だ?」

 

「あの使いの龍達はどうする?」

 

「ふぅむ……」

 

「未だお前を連れて行こうとしている以上、恐らくだが諦める気は無いんじゃないか?」

 

「……やはりそう思うか?」

 

「うん」

 

 

 

 ゆったりとした空間を壊してしまうのもどうかと思ったが、リュウデリアにこれ以上苛立って変なストレスを感じて欲しくないという気持ちに則り、問い掛けた。これからあの使い達を如何するのか。本気で断るのだったら、リュウデリアの場合問答無用で殺すだろう。しかしそうすると後が面倒なことになるかも知れない。

 

 若しかしたら、使いの者達を殺した事を責められて、リュウデリアは同族から殺害対象とされてしまうかも知れない。決してリュウデリアの強さを侮っている訳では無いが、過信しすぎている訳でも無い。長期戦になった場合、リュウデリアでも疲労というものは募る。そうなれば、隙が生まれて不覚を取ってしまうかも知れない。それが堪らなく嫌なのだ。

 

 オリヴィアがこれから如何するかは決められない。これはリュウデリアの問題だからだ。だがリュウデリアが決めたことならば、それを心から肯定し、何処までも一緒に居る。例えそれが荊のような道であったとしても。

 

 

 

「使いの奴等は唯命令されて来ているだけ。肝心な命令を下しているのは龍王だ。その龍王が未だ諦めんということは、恐らく来るまで延々と使いを寄越してくるだろう」

 

「そうだな」

 

「俺もいい加減に鬱陶しくなってきた。ここは一度行って用件を聞くとしよう」

 

「まあ、これ以上邪魔されても敵わんからな。良い案だと思うぞ」

 

「……お前も来てくれるか?」

 

「……っ!ふふっ、もちろんだとも。一緒に行こう。私とお前はこれからも一緒だろう?」

 

「……そうだな。よろしく頼む」

 

「あぁ。任せておけ」

 

 

 

 これからの事は決まった。今まで散々追い返したが、今度は素直に同行する。そして命令を下している龍王に直接会って用件を聞き、止めるように言うのだ。これからもずっと追い返していく訳にはいかない。

 

 オリヴィアは撫でているリュウデリアが首を捻って上を向き、オリヴィアの事を見ている事に気が付いた。どうした?と問いを投げ掛けるように微笑むと、付いてきてくれるかと問う。直ぐさま当然と答えようとして、ハッと気が付いた。普通の人には解らない程の刹那の瞬間、リュウデリアの瞳が弱々しくなった……ように思えた。

 

 普通の人ならば、そこで気のせいかと思うだろうが、オリヴィアはその刹那を逃さない。リュウデリアは自覚が無いだろうが、恐らく不安なのだ。これまでの他の同族とは戦いでしか接して来なかったが、今度は違う。話し合いだ。それも、己を生まれて直ぐに捨てた、同族との。

 

 龍王が命令し、使いの者達がやって来る。それはつまり、他にも龍が居るかも知れないということだ。連れて行かれて辿り着く場所が何処なのかは解らない。だが若しかしたら、リュウデリアの産みの親が居るのかも知れない。可能性は低いのかも知れない。所詮はかも知れないという話だ。だが零では無い。

 

 そしてそれをリュウデリアも当然分かっている筈だ。だから無意識の内に不安を感じたのだ。そんな場所にたった一匹で行くということに。オリヴィアはリュウデリアを抱き締める。優しく、包み込むように。大丈夫だと。離れることは無いと。リュウデリアは少しだけ瞠目し、身を委ねた。

 

 そうして、付いていく事を決めたリュウデリアとオリヴィアは街を出て行った。リュウデリアに貰った純黒のローブの魔法を使い、身体能力を強化して街から離れる。出来るだけ人の通りが無い場所で、人目に付かないような場所へ。

 

 それなりに大きな木々が生えた場所へやって来ると、両手で抱えていたリュウデリアが降りて、小さくしていた自身の体を元の大きさに戻す。見上げる程の大きな純黒の体躯。堂々とした佇まいから満ち溢れる覇気。そしてそんなリュウデリアはしゃがみ込み、オリヴィアに掌を差し出す。オリヴィアが掌の上に乗ると、魔法で薄く黒い膜を作り出した。風の影響等を受けないようにするためだ。

 

 ばさりと翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる。見計らったかのようなタイミングで迎えが来た。今回の迎えは二匹だけだった。使いの龍とリュウデリアとの間に緊張が走る。これまでの全て説得出来ておらず、実力行使となって追い返されるからだ。今回もそうなるのかと思って、少し身構えてしまった。しかし、リュウデリアは背中にある翼を大きく広げて羽ばたき、飛んだ。

 

 

 

「──────望み通り行ってやる。案内しろ。俺の気が変わらない内にな」

 

「……ッ!?り、了解した」

 

「……我々の後に続いて飛んできてくれ。同行、感謝する」

 

 

 

 二匹の龍は瞠目した。これまで同行を求めれば拒否していたリュウデリアが、あっさりと同行を認めたのだ。一体どういう風の吹き回しだと思ったが、要らぬ事を言ってやっぱり同行するのは止める……なんて言われるわけにはいかないので、二匹の龍は顔を見合わせてアイコンタクトを取り、案内のために先行して大空へと飛んだ。

 

 澄み渡る青空へ、三匹の龍と女神が飛翔する。こんな光景を誰かが見れば、忽ちひっくり返ってしまうだろう、恐怖の光景だろう。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは覚えてすら居ない生まれ故郷へと帰ることになる。だが何も感じない。無意識な不安も霧散した。何故ならば、今はオリヴィアという傍に居てくれる純白な女神が居るのだから。

 

 

 

 

 

 



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第31話  到着

 

 

 

 大きな翼をはためかせる純黒の龍、リュウデリア。その左手の上にオリヴィアは乗っていた。掌にはまるで、大きなシャボン玉のようなドーム状の魔力壁が形成され、リュウデリアの飛行によって生み出された風の影響を無効化してくれた。念の為リュウデリアの人差し指に手を這わせてバランスを取っている。

 

 大空を飛翔していることで周囲に建物なんてものは当然無く、障害物は存在しない。だからリュウデリアや先行する龍がどれ程の速度で飛んでいるのかは解らない。だが下を覗き見て、地上が尋常じゃない速度で遠ざかっていくのを見ると、出している速度は数百キロにもなるだろう事は分かった。

 

 地上にある、今お世話になっている街が米粒のように小さくなってからふと、オリヴィアは思った。先行している龍達は付いて来いとは行ったが、何故何時までも上空に向かっているというのか。このままでは雲がある上空まで到達してしまう。そう思っていたオリヴィアに肯定するように、先行する龍達とリュウデリアは雲の中へと入っていった。

 

 オリヴィアの視界が一気に悪くなる。雲によって前が遮られ、何も見えなくなってしまった。リュウデリアが形成してくれた魔力壁があるので濡れることは無いが、魔力壁に水滴が付着していた。とうとう雲の中に入ったな……と、思っていれば、心なしか地上に対して水平方向へ進路を変えた気がする。

 

 何も見えないので分からないが、オリヴィアの勘の通り、リュウデリア達は進行方向を変えていた。雲の中を進んでいるのだ。近くにあるはずのリュウデリアの顔すらも見えなくなってしまい、少し不機嫌になる。見えるのは自身を乗せている左掌から前腕に掛けてのみだ。

 

 

 

「……それにしても、リュウデリアはこんな雲の中で目が利いているのか。迷い無く飛んでいるが……」

 

 

 

 雲の中は本当に視界が悪い。オリヴィアではリュウデリアの顔すらも真面に見えない程だ。しかし彼は違うようで、その目でしっかりと先行する龍達を見据えているようだった。実際には目で捉えられてはいるが、他にも翼を羽ばたかせる音であったり、内包する魔力を感知し、気配を感じ取っている事も加えられている。なので見失うといことは、殆ど有り得ない。

 

 龍は大空を自由に飛び、人間では手出しが出来ないような超高度を飛行したりもする。故に遙か上空から獲物を探したりする事を可能にする為に視力がとても良いのだ。普通では見えないような光のあまり届かないような場所でも、龍の縦長に切れた鋭い瞳は満遍なく光を集め、景色を見抜く。

 

 龍には色々な逸話があるが、その一方で龍に関して知られていることはそう多くは無い。何故ならば、それ程協力的な龍が殆ど存在しないからだ。世界最強と謳われている龍に邂逅すればどうなるのか。選択肢は大きく分けて三つ。生存を諦める。直ちに逃げる。無謀にも戦う……である。先ず対話をしようとする選択肢が頭の中に出て来ないのだ。

 

 なので龍の事を事細かに知る者は居らず、推測が飛び交う事となる。その中で噂が立てられているのが、龍の目に関することである。龍は目が良いというのは知られている。ある時に望遠鏡を使って遠くから龍の姿を確認した者が、数瞬後には目が合ったと言っていたからだ。数少ない龍の事で知られていることである。だからか、噂が立つのだ。曰く、龍は普通には見えないナニカも視ることが出来る……と。

 

 紆余曲折。オリヴィアは少しずつ雲が晴れてきているのに気が付いた。雲が薄くなって視界が開けて良好になる。視線を上げればリュウデリアの顔が見えてきた。視線に気が付いたのか、左眼が自身を捉え、左の口の端を持ち上げて笑みを作った。オリヴィアも微笑みで笑みを返して上機嫌となる。

 

 やっぱりリュウデリアの顔はいつ見ても良い……と、感慨深そうにしていると、頭を動かして前を見ることを促す。何かあったのかと思って前を向くと、前方にて先行する龍達が居て、その更に奥に巨大な雲の塊がある。横にも縦にも巨大なその雲は、巨体を誇るリュウデリア達と比べるまでも無い巨大さだった。

 

 

 

「────────────。」

 

「……ん?……なるほど」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアからジェスチャーで説明された。右手を右から左に凪いでいて、その次に人差し指を立てて反時計回りに回す。簡単な動作だが、彼が何を言いたいのか理解した。

 

 リュウデリアが言いたいのは、右から風が吹いているが、あの雲は反時計回りに回っている。つまり風が相反した動きをしているのだ。つまり、風による鋏の様なものが生み出されている。無理矢理雲の中に入り込もうとすれば、右と左からの風によって体勢を崩し、墜落する羽目になるだろう。それを伝えてくれていた。

 

 普通ではそんなものの中には入れない。雲の大きさからして尋常ではない風の強さの筈だ。しかし先行する龍達は何の迷いも無く、その巨大な雲の元へと向かって行く。十中八九突っ込むつもりなのだろう。普通では侵入不可能に思えるものでも、龍の強い体躯と翼が有れば入り込むことは出来る。つまり、龍にしか入れない場所なのだ。

 

 巨大な雲に近づいていく。かなりの速度を出しているらしいリュウデリア達は、速度を緩めることは無く、風の鋏の中へ突入した。魔力壁で護られているオリヴィアは分からないが、彼の全身にとても強い風が叩き付けられる。しかしそこは龍。ものともせず雲の中を進んで行った。暫し厚い雲の中を進んだが、割と直ぐに雲を抜けた。そしてオリヴィアは感嘆の声を上げ、リュウデリアは瞠目した。

 

 

 

「おぉ……っ!」

 

「何だこれは……大陸か?」

 

「見ろリュウデリア、龍が空を飛んでいるぞ。まあ、ここも空だから何とも言えんが……」

 

「そう……だな」

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアの目に映ったのは、広々とした大陸だった。十分に大きなそれは、緑すらも生い茂り、湖のような所もある。滝があり、それなりの山もある。ここは既に陸地から遙か上空に位置する訳なのだが、それでも……この大空を浮遊している大陸の空には龍が自由に空を飛んでいる。

 

 建物が有る。石造りの立派な建物だ。住んでいるのだろう民家のような場所もあり、大陸の上に自然もある街が広がっているような、素晴らしい光景だった。リュウデリアは魔力の感知能力から、ここには龍しか居ないということは分かっている。つまり、此処は龍のみが住まう世界(空中大陸)なのだ。

 

 雲に覆われている筈なのに、太陽の光が浴びられる。周囲に雲が有るようには思えない。これは魔法により、内側からは透過させているのだ。外からは雲の塊にしか見えず、中からは眺めを一望出来る。龍の視力を持ってすれば地上の大まかな動きだって見えるだろう。何とも素晴らしい場所だろうか。

 

 初めて見る故郷の光景に珍しく圧倒していると、前に進まずその場で滞空している自身に気がついた。ハッとして先行していた龍達を探すと、下に降りる場所へ向けて降下していた。それに続くようにリュウデリアも向かい、真っ白なブロックが敷かれた着陸場所に降り立った。

 

 遅れてやって来たリュウデリアが降り立つのを見届けると、先に着陸した2匹の龍が体を光らせた。眩い光は直ぐに収まりつつ、巨大な体を小さくしていく。流石に出歩く時は小さくなるのかと思われたが、光が収まった後に見えたのは、人間の兵士のような姿をした龍だった。これにはオリヴィアも少し瞠目し、リュウデリアは訝しんだ表情をした。

 

 

 

「ここから先は擬人化をしてもらう」

 

「龍の姿になるのは飛ぶ時や、此処を出て外へ行く時だけだ。体の大きい龍の状態の我々が数多く居ては、この広さの陸でも所狭しとなってしまうからな」

 

「……………………。」

 

「リュウデリア、どうする?」

 

「ふん、人間の姿になんぞ誰がなるか。こうすれば良いだけの話だ──────」

 

 

 

 そう言って左掌からオリヴィアを地面に降ろすと、体を小さくしていく。それは何時もオリヴィアと街に入るときに使っている、体を縮小させるための魔法で、今回はそれを人間大のところで止めた。身長は大体182センチ程である。特に拘りは無いが、小さくなるとしたらこの程度が一番しっくりくると感じたのだ。

 

 人の姿にはならない。リュウデリアは元から人間に限りなく近い姿をしているのだ。龍の突然変異。生まれるはずもないところから、何かを持って生まれた稀少にしてはぐれの存在。それに巨体のままでは不便なところもあるからと、人の姿を取っている。ならば、それに近しい姿であるリュウデリアは、ただ大きさを変えれば済む話の筈だ。

 

 現に此処まで先行して連れて来た、今は人の姿を取っている2匹の龍は、リュウデリアが人の姿にならず、大きさを変えただけでも訝しんだ表情をすれど、何かを言ってくることはなかった。案内役の龍達は少し考えた後、互いに顔を見合わせて頷き、入り口だろう門へ向かって歩き出した。

 

 リュウデリアも案内役の龍達に続いて向かおうと一歩踏み出した時、左手を掴まれて歩くのを中断した。何だと思いつつ左手を見れば、白くしなやかな白魚のような綺麗な右手が、自身の左手を掴んでいたのだ。持ち主はオリヴィアだ。彼女が歩き出そうとしたリュウデリアの手を掴んで引き留めたのだ。

 

 

 

「どうかしたのか、オリヴィア……?」

 

「……っ!」

 

「……っ?本当にどうした?」

 

 

 

 歩こうとしたリュウデリアの手を取ったオリヴィアは顔を俯かせていて表情が見えなかった。まさか此処等一帯の空気が合わなかったか、それともそもそも酸素が薄すぎてオリヴィアには酷だったかと思った時、彼女は体ごと向き直った彼に、正面から抱き付いた。胸元に顔を埋め、腰辺りに腕を回して離れない。

 

 完全に密着して抱き締めてきたオリヴィアに、リュウデリアは多少の困惑が入った声を掛けた。何がしたいのか良く解らないからだ。いや、何時も彼女には必ず抱き締められているのだが、それは優しく包み込むようなものだ。しかし今回のこれは、随分と強く抱き締められたものだ。決して痛くはない。そんな柔な身体ではないのだから。

 

 強く抱き締めてきてから何も言わないオリヴィアに、リュウデリアは疑問符を頭の上に描きながらも、ある事を思い付く。彼女は何時も自身の頭を撫でるのだ。愛おしそうに優しく。それを真似て、自身も彼女の頭を撫でる事にした。幸い腕は巻き込まれていないので、オリヴィアの頭の上に手を伸ばすのは簡単だった。

 

 自身の腕力が異常な程強いのは知っている。なので少し訓練をして力の加減というものを修得した。だからこそ、間違えてオリヴィアの頭を柘榴のように潰す……なんて事故は起こらない。純黒の鱗に包まれている手を持ち上げて、そっとオリヴィアの頭の上に置く。触れた途端ビクリと体が揺れたが、気にせずそのまま撫でた。

 

 10秒くらいだろうか。合ってるかどうかも分からないままぎこちなく頭を撫でていると、オリヴィアは顔を上げた。その顔は恥ずかしそうな、嬉しそうな表情になり、顔が首筋から真っ赤だった。

 

 

 

「す、すまない。同じくらいの背丈になるお前が新鮮だし……その、良いと思ったら我慢できなくなって……。思わず抱き付いてしまった」

 

「いや、まだ抱き付かれている訳なんだが……。それ程この大きさの俺が良かったのか?」

 

「う、うむ。とても良いぞ。格好良くて素敵だ。本来の大きさだと大きすぎて圧倒されながらも格好良さがあり、小さいと愛おしさが途轍もないが、この大きさは……ぅ…あの、良いと思う……ぞ?」

 

「……そうか。そこまで言うのならば、此処での用が終わったらこの大きさのまま街を歩くか?幻覚の魔法を使えばどうとでもなる」

 

「良いのか……っ!?あ、いや。んんっ。では、もっと()()()デートが出来るなっ」

 

「……らしい?」

 

「ぁ……それは……~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「……まあ、取り敢えず離してくれ。まずは龍王とやらの用件を優先させるぞ」

 

「そ、そうだな。すまなかった。それと、頭を撫でてくれてありがとう。とても気持ち良かった。……また、お願いしても……いいか?」

 

「後で構わんなら良いぞ。そのくらいならばな」

 

「…っ……ありがとう」

 

「うむ」

 

 

 

 顔を真っ赤にしたオリヴィアはリュウデリアから離れた。精一杯力を籠めて抱き付いていたことに気が付いたようで、痛くなかったか、苦しくなかったかと問うてくるオリヴィアに、彼は可笑しそうに笑った。

 

 龍との戦いでいくら攻撃を受けようとも、ダメージを受けないほどの頑強極まる体躯をリュウデリアは持っているというのに、今更オリヴィアに少し強く抱き締められた程度でどうにかなる事は無い。なのに心配してくるのが可笑しくて笑ったのだ。大丈夫だと言ってやれば、小さくホッと息を吐いて、安心したように微笑んだ。

 

 もうオリヴィアも落ち着いた頃だろうと、タイミングを見計らってリュウデリアが歩き出し、その横にオリヴィアが並んで歩いた。少し先に居る案内役達の後ろへ、少し早歩きをして追い付く。扉の無い門を通ると、石のブロックで組まれた道筋があり、その他は不快になら無い程度の草が生えている。所々には民家らしい建物が建っていた。

 

 此処へ降り立つ前にチラリと見えた建物は、此処で暮らしている龍の家なのだと今気がついた。龍は地上で暮らしている者達も居るが、逆に此処で暮らしている龍も居るのだろう。何故……とは思わない。リュウデリアの勘で判断するのならば、此処を離れたくないのだろう。そして離れられない者も居る筈。龍は同じ場所を延々と住処にすることは滅多に無い。ある程度住んだら移動するのだ。

 

 理由は多々あるが、例えばずっと同じ場所に住んでいて見ている光景が飽きたとか、巨大な図体に相応しく大量の獲物を狩って食らい、食べるものが無くなってしまっただとか、龍を敵対視する存在に見つかって返り討ちにしたは良いが、何度もやって来て鬱陶しくなったとか。その他にも何かしら理由は生まれるのだろうが、やはり一カ所に延々と住み続ける事は滅多に無い。

 

 案内役に付いて行くと、少し離れたところで人間の姿をした龍の子供が友達と遊んでいた。追いかけっこをして遊び、捕まえた拍子に倒れ込んで一緒に笑っている。そして、そんな子供達はふと……リュウデリアの存在に気が付いた。人に近い姿をした純黒が歩いていれば、色的に視界の中に映るだろう。

 

 不思議そうにリュウデリアを見つめていると、何処からともなく2匹の龍が現れて擬人化し、各々の子供の手を引いて走り去っていった。その時の様子をリュウデリアは横目で見ており、少しだけ集中して耳を傾けた。

 

 

 

『ママみてぇ、まっくろ!』

 

『へんなからだー』

 

『コラ!見ちゃいけません!あの色……気味が悪いっ!』

 

『龍形態の様子であの姿形……それにここまで感じる禍々しくて悍ましい魔力……不吉だわ』

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 見てはいけないと、リュウデリアを子供達の視界の中に入れないように手で隠し、急いで去って行く姿を横目で見る。彼の姿は人間ではない。人間に近いままの龍である。本来では有り得ない姿は、生まれるはずもない形で生まれた者が分類される突然変異。本来の四足歩行の骨格を捨て、人間に近い骨格を手に入れている。

 

 使い勝手は良い。手も人間と同じような構造なので物を簡単に掴めるし、拳を握り込んで殴打や蹴りを繰り出す事が出来る。そんな便利な姿形をしていても、龍からしてみればリュウデリアは奇形そのもの。彼は知らないが、捨てられる理由も姿形が不気味だから、他とは明らかに違うから、禍々しいから。そういう理由だった。

 

 陰口。本人には聞かれないように、文字通り陰で対象の悪口を話すこと。だが残念なことに聴力の優れたリュウデリアには筒抜けだ。いや、もしかしたら聞こえないようにという配慮はしていないのだろう。同じ龍なのだから、目や耳が優れていることは知っている筈。それでも叱りつける声量で口にしたのだ。やはり聞こえないように……とは思っていないのだろう。

 

 去って行く親子から、どうでも良さそうに視線を切る。つまらん。下らん。どうでも良い。他者からの言葉なんぞ何とも思わない。興味が無い。それが例え、自身を悪く評価する言葉であったとしても。所詮は雑魚。気に掛ける価値すら無い。龍はその強さ故に実力至上主義。強ければ強いほど偉く、認められる。先程の親子の内の親龍なんぞ、リュウデリアからしてみれば殴打一つで殺せるだろう程の気配しかなかった。故に興味が無い。

 

 どうでも良いと視線を切ったリュウデリアだが、隣を歩いているオリヴィアはそうでは無かった。声こそ聞こえないが、彼の方を指差した挙げ句、何かを言って手を引いて無理矢理その場から去った光景を見れば、良くない感情を抱き、これ見よがしに避けたと分かる。だから拳を強く握り締めた。

 

 何も知らない癖に後ろ指指して避ける。何様のつもりだ。何て失礼な奴等なんだ。もっと近くに居たら食って掛かったかも知れない。それ程、オリヴィアの中では怒りが燻っていた。無意識に表情が険しくなっていると、頭に大きな手が乗せられて撫でられた。少し驚いて見上げると、前を向きながらリュウデリアが撫でてくれていた。

 

 きっとオリヴィアが怒っているのを気配で察したのだろう。その優しい触り方から、言外に気にするなと言っているようだった。勝手に怒っていた事がバレてしまい、少し気恥ずかしい気持ちになりながら、撫でて落ち着かせてくれた事に対してありがとうと言うと、リュウデリアも静かに気にするなと言った。

 

 それからも案内される通りに歩いたが、やはり途中で会う龍達はリュウデリアを見てヒソヒソと話して侮辱的な視線を送ってきたり、嘲笑を浮かべたりしていた。オリヴィアは再び手を固く握り込んだ。怒らない彼の代わりに自身が怒っているようだ彼が気にしていないので何も言わないが、言って良いのならばボロクソに言いたいことを言っていただろう。

 

 やがて、リュウデリアとオリヴィアは石造りの大きな建造物までやって来た。神殿と言われても納得する大きさと外観に感嘆の声が上がりそうになる。案内役の龍は、ここから先に龍王が居ると振り向いて説明し、中へと入っていった。大きな建造物の中は広かった。見上げるほどの木が植えられていて、天井が大きな円を描いて刳り抜かれているので日が差し、明るいのだ。

 

 部屋が幾つもあり、人の姿をした龍もチラホラと見る。恐らく龍王とやらの召使いみたいなものなのだろう。そんな者達はリュウデリアを見ると、やはり顔を顰めたりする。何処に居る奴等も所詮は同じかと、有象無象としか捉えなかった。

 

 

 

「お前は中に入るな。呼ばれているのはリュウデリア・ルイン・アルマデュラだけだ」

 

「……何?」

 

「オリヴィアを入れられんと言うのならば、俺はこのまま帰らせてもらう」

 

「……分かった。オリヴィアとやら、お前も入ることを許可する」

 

 

 

「──────龍王様方ッ!!リュウデリア・ルイン・アルマデュラをお連れしましたッ!!」

 

 

 

『──────入れ』

 

 

 

 一緒に入ろうとしたオリヴィアに、案内役の待ったの声が掛かった。求められているのはリュウデリアのみ。だからお前は此処で待機しろ。そう言われたのだ。それに眉を顰めたオリヴィアだったが、リュウデリアの一言で解決する。彼女を共に入れないならば帰ると。普通は戯れ言だと思うだろう。何せもう龍王の居る部屋までやって来ているのだから、此処まで来て帰るのは有り得ない。

 

 だがリュウデリアにそんなことは通じない。これまで何度も同行を拒否した。ならばこの帰るという言葉は本心からの言葉なのだろう。やっと連れてこれたというのに、此処で帰らせるわけにはいかない。呼んでいない者が一緒に入ったら何と言われるか分からないが、帰られるよりはマシだと判断し、共に入ることを許可した。

 

 リュウデリアは両開きで鉄製の重い扉を開ける。すると開けた途端に、向こう側から尋常では無い気配と魔力が感じ取れた。龍王。数多の龍の頂点に立つと思われる存在。どんな者なのかと思ったが、期待外れなんてことはなさそうだ……と、リュウデリアは小さく口の端を吊り上げた。

 

 中へ入ると、龍王達が居た。それも勢揃いである。半円を描いた真っ白な長テーブルを挟んで椅子に座り、此方を見下ろしていた。龍王達はリュウデリア達が居る所よりも数段高い場所から見下ろしている。上から鋭い視線を送り、尋常では無い気配と魔力が感じられれば、普通ならば萎縮してしまうだろう。だがリュウデリアは萎縮なんぞしない。寧ろ真っ正面から受けて立つのだ。

 

 龍王は7大龍王と呼ばれ、その名の通り、龍王と名の付く龍は7匹居る。炎、水、氷、樹、雷、光、闇という、それぞれが最も得意とする属性の魔法からちなんで、炎龍王、水龍王、氷龍王、樹龍王、雷龍王、光龍王、闇龍王と謳われている。

 

 最強の種族である龍。その頂点と言わしめる龍王は、実質この世界で最強の存在なのだろう。故に皆が仰々しく畏まるのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、龍王を前にすれば、誰であろうと頭を垂れるのだ。正しく王への謁見。頭を下げねば無礼に当たる。しかし、リュウデリアは頭を下げず、その場に佇んでいた。だからだろうか、この広い部屋の壁際に控えていた者が、恐ろしい形相で接近してきたのは。

 

 

 

「──────貴様ッ!!龍王様の御前だぞッ!!頭を下げろッ!!」

 

「は、何故俺が頭を下げねばならん。そも、本来は彼処で見下ろしている龍王が俺の元へ来るべきところを、俺が態々来てやったんだぞ。寧ろ感謝しろ。故に俺は頭を下げん」

 

「貴ッ様ァ──────ッ!!!!」

 

 

 

 リュウデリアは鼻で嗤った。そんなことも解らんのか……と。怒りの形相で近づいてきた人間の男の姿をした龍は、リュウデリアの言葉を聞くと更に顔を険しくさせ、魔力を全身から滾らせて掴み掛かってきた。頭を下げないとは何たる不敬か。こんな者の為に、龍王は全員揃って待っていたのかと。しかもこの黒龍は龍王の厳命を何度も断ったというではないか。

 

 赦せるものか。赦してなるものか。そのニヤけ面を地に叩き付けて、無理矢理頭を下げさせてやる。掴み掛かった龍は、龍王を護る精鋭部隊の内の1匹だった。それ相応の実力を持ち、龍全体でも上位には食い込む程の強さを持つ。だからか、己の力を過信しすぎた。そして知らなすぎた。

 

 龍王の厳命で招集されたが、断って終わったのではない。リュウデリアが話を断って実力行使に発展し、使いの龍を叩きのめしていたのだ。リュウデリアは強い。だがそんな情報すら仕入れていなかった。だから無理矢理頭を下げさせてやろうと実力行使に出たのだ。出てしまったのだ。

 

 人間形態から龍の形態に戻ろうとした瞬間、それよりも速くリュウデリアの尻尾が精鋭の龍の首を捉えた。長い尻尾を首に巻き付かせて締め上げる。体と頭が千切れ飛びそうな程の力だ。息すら真面(まとも)に出来ない。顔を蒼白くさせて酸素を求めながら、首に巻き付いたリュウデリアの尻尾を引き剥がそうとしても、ビクともしない。

 

 足掻いて必死に取ろうとしても、全く取れない。次第に精鋭の龍は力が弱くなっていき、泡を吹いて体を痙攣させた。そして、リュウデリアの周りを数多くの精鋭の龍が取り囲む。まだ人間形態ではあるが、今すぐにでも龍の姿に戻ってリュウデリアを拘束しようとしている。彼は悠然とその場に佇み、出方を待った。しかしそこで、龍王の言葉が掛かった。

 

 

 

「──────お前達は下がれ」

 

「しかし龍王様ッ!!この者は──────」

 

 

 

「──────私の言葉が聞こえなかったのか?」

 

 

 

「──────ッ!!も、申し訳……ありません……」

 

「ふん。さて、純黒の龍よ。お前が頭を垂れぬのは赦そう。どうやらお前の意に反して招いてしまったようなのでな。その代わり、その者を離してやれ。そのままでは窒息で死ぬ。別に惜しくはないが、此処は龍王の神聖なる謁見の間。死体を作ってくれるな」

 

「………………………。」

 

「──────ッ!?ひゅっ……!げほッ……げほッ!」

 

 

 

 此方を眺めていた見た目麗しく、美しい整った顔立ちをした青年のような龍王の言葉が下り、リュウデリアを取り囲んだ龍は下がっていった。そして彼は、尻尾で締め上げている龍の頭をこのまま千切って殺しても良かったが、龍王にとって神聖な場所であること、そして殺したところでメリットが無いことから離した。

 

 窒息死寸前まで締め上げられていた龍は床に倒れ込み、苦しそうに嘔吐いた。後少しで死ぬところだった。酸素を取り込んで明確になってきた頭で直感した。そして、目の前にある純黒の鱗に覆われた脚を見て、視線を上げれば黄金の瞳が自身を見ていた。その瞳は自身のことをどうとも思っていない、正しく塵芥を見る目だった。

 

 カッと怒りの感情が心を支配するも、美しい青年のような龍王から下がれと命令された。怒りを抱こうと、龍王の言葉は絶対。床に倒れていた龍はフラつきながらも立ち上がり、覚束無い足取りで元居た場所へと戻っていった。これでもう邪魔をする者は居ない。龍王は珍しい姿形をしたリュウデリアの全身を見て観察しながら、口を再び開いた。

 

 

 

「どうやら無理に来させてしまったようだな。これまで招集を断られたことが無かったが故に失念していた。だがまさか、何度も断られて、しかも送った者達を全て戦闘不能に追いやるとは思わなかった」

 

「用件は何だ。俺は雑談をしに態々出向いてやったのではない」

 

「……くくッ。豪胆な奴だ、少し気に入ったぞ。さて、では用件に入る前に私の自己紹介をさせて貰おう。私は『炎龍王』だ。よろしく頼む」

 

「……知っているだろうが、リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。巷では『殲滅龍』と呼ばれている。こっちはオリヴィア。俺の連れだ」

 

「連れだったか。まあ、良いだろう。ではリュウデリアよ。用件を言わせてもらおう──────お前のその力、我々の為に使わないか?」

 

 

 

 赤い髪が特徴の非常に整った顔立ちの青年……の姿をした龍、炎龍王はリュウデリアの目を見ながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは目を細めて炎龍王の瞳を見返す。何と意図があっての発言なのかを探るように。しかし、炎龍王は薄く笑みを浮かべたまま、彼を見ているだけで、何も解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第32話  決闘

 

 

 

 

 

「──────何でも有りだ。生死も問わない。存分にやり合うと良い。それが龍の決闘だ」

 

 

 

「……龍王様に不敬な態度を取っただけでなくっ!この私に恥を掻かせおって、悍ましい姿のクソガキがァッ!!……貴様を殺して貴様の力なんぞ必要ないことを知らしめ、私は龍王様に認めて貰い、側近となるッ!!」

 

「──────ふはッ。龍ともあろう者が、承認欲求を携えて何を吼えるかと思えば側近とかッ。下に就くことを是とした龍なんぞ、俺からしてみれば龍では無い。可哀想なものだ。……俺はとても優しいからな。悔いを抱く(いとま)も無く殺してやろう。感謝するが良い」

 

 

 

 本来の龍の姿に戻っても余りある広い広場にて、数多くの観客を携えながら二匹の龍が向かい合う。片や純黒の黒龍であるリュウデリア。片やリュウデリアの尻尾によって絞め落とされそうになっていた龍である。

 

 観客が多いとは言ったが、実際はリュウデリアがどの程度の力を有しているのかの野次馬根性と、龍王に不敬な態度をとったというリュウデリアが、精鋭部隊の一匹である龍に敗北するところを見たいという者達で溢れているだけだ。つまり、純粋にリュウデリアを応援している龍は居ない。

 

 連れのオリヴィアは勿論リュウデリアの応援をしている。チラリと見てみれば、此方に向かって微笑みながら手を振っている。振り返すと幸せそうな表情をし、相手の龍は余所見をするなとキレた。

 

 

 

 

 何故この様な状況になったのか?それは時間をほんの少し遡ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────お前のその力、我々の為に使わないか?」

 

 

 

 そう赤い髪を持つ顔立ちが非常に整った人の姿をした龍、炎龍王が口にした。つまりはスカウトだ。龍の情報は多かれ少なかれ龍王達の元へやってくる。その中にはリュウデリアの話も入ってきている。ある雷龍との戦闘で見事打ち勝ったという話だ。それも圧倒的な力で勝利したと。

 

 龍という種族は、どこまでも実力至上主義。強ければ偉く、弱からば発言権が無い。故に龍王が黒いものを白と言えば、それは白ということになる。その意見に反対出来るのは、同じ龍王というくらいを持つ他の龍王達だ。だからこそ、力を持っていると分かったリュウデリアを龍王自らスカウトしているのだ。

 

 当然このスカウトは龍王からの御達しなので、言葉でこそならないかと問われているが、実際はなるの一言を出させる。答えは一択。それは実力至上主義の龍に於いて当然のこと。しかし、リュウデリアにとって、他の龍達は同じ種族であるというだけで、龍王の言葉の強制力なんて知ったことではない。ここまで言えば分かるだろう。リュウデリアの答えも一択だった。

 

 

 

「──────断る。俺は誰の下にも付かない。それが用件なら帰らせてもらう」

 

「……ふむ。初めて拒否されたな……ククッ」

 

 

 

 にべも無く断るリュウデリアに、炎龍王は顎を手で擦りながら感慨深そうに頷き、最後に口元を手で隠しながら笑った。龍王の階級に就いてからというもの、初めての拒否である。前述の通り、龍王の言葉は絶対。疑問形で聞かれようと、提案されようと、答えは是あるのみ。情報の取り違い等が起きていない限り、否定は許されない。

 

 しかし、リュウデリアは真っ向から、何なら炎龍王の眼を見ながら断った。基本的に龍王への謁見は限られた者、それこそ龍王に力を認められた者のみが賜る事が出来る。つまりはリュウデリアの力を龍王は認めているという事に他ならない。件のリュウデリアはそんなこと知りもしないが、事実はそうだ。

 

 龍王によるスカウト。それは毎度直接するのかと問われれば、それは否。使いの者に行かせてスカウトの旨を伝えるという方法が一般的だ。それをせずに態々謁見の間まで呼び込み、龍王総出で迎えるなど数えるくらいしか無いだろう。だからだろうか、リュウデリアが龍王のスカウトを断った途端、部屋中から殺気を向けられているのは。

 

 謁見の間に居る、龍王の身を護るための精鋭部隊。その全てがリュウデリア一匹に向けて殺意を向けていた。何という不敬。どこまでも不遜な態度。身の程知らず。そんな言葉が殺意に載って聞こえてくるようだ。しかしその中心に居る彼は、至極どうでも良さそうな顔をしており、本当に帰ろうとしていた。

 

 無駄足だった。故郷と思われる天空大陸を見れただけだったと、龍王の前であるのに溜め息をついてその場で踵を返した。長い尻尾が床の大理石のような石を擦り、体重でがしんという音を出しながら出入り口へと向かっていく。そんな彼の背中に、一際大きな怒号が叩き付けられた。

 

 

 

「──────決闘だッ!!」

 

「……ほう?」

 

「これ以上……ッこれ以上はもう見逃せんッ!!龍王様に止められた手前勝手に口を挟む事は万死に値するが、貴様をこの世から消せるなら是非も無しッ!!」

 

「だ、そうだが?炎龍王。この決闘は成立させるのか?俺は構わんぞ。耳元で喧しい虫ケラを捻り殺すだけだからな」

 

「ふむ……良いだろう。この決闘、この炎龍王が預かった。両者は表の広場へ向かえ。そこを決闘の場とする。異論は一切認めん」

 

「ははッ。必ずや、この者が龍王様方の手となるには分不相応であると、この私が証明して見せましょうぞッ!!」

 

 

 

 こうして、リュウデリアへ一番最初に突っ掛かり、尻尾で首を絞められていた龍が、決闘を申し込んだのだった。

 

 

 

 ──────さて、末とはいえ雷龍王の倅を無傷で打ち倒したという、噂の純黒の黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラの力の一端を見せてもらおうか。

 

 

 

 決闘を行う龍が闘いやすいように、遮蔽物の無い広場へやって来て、リュウデリアと精鋭部隊の一匹である龍……ロムが対峙した。観客は被害を被ることが無いように離れた場所に居り、念の為という事でオリヴィアの横には炎龍王が控えていた。更にその周りには精鋭部隊が固めているので、万が一ということは無いだろう。

 

 ロムは既に龍の形態へ移行している。全身の鱗が薄い橙色をしており、龍達の間では見慣れた四足歩行。対するリュウデリアは人間の姿に似ている二足歩行の姿。それを龍達は気味の悪いもの、悍ましいものと捉えているのか、野次馬としてやって来た龍達は口々にリュウデリアの陰口を叩いた。

 

 リュウデリアの陰口を叩けば叩くほど、オリヴィアの気分が下がっていく。なんだったら心の中でリュウデリアの魔法が被弾して全員死ねば良いとさえ思っているし、顔に出そうだ。まあ隠す気は無いのだが。

 

 話を戻すとしよう。龍の決闘というのは、命の奪い合いだ。挑戦とは違い、互いの全てを出し切って相手の命の灯火を消す。それが全容。ルールは無い。始まりの合図と共に闘いは始まり、どちらかが死ぬか、降参と口にした時に終了する。降参の場合も命を落としたものと扱い、負けた相手に生涯頭が上がらない立場となる。なので大体は降参を口にしない。

 

 対峙しているロムは、怒りの形相で魔力をこれでもかと解放して全身を包み込んでいる。対してリュウデリアは腕もだらりと垂らして自然体。魔力も解放すること無く、唯立っているだけである。炎龍王の準備は良いかという言葉に両者が頷く。

 

 既に魔法を放つ為に術式を構築しているロムは、怒りでどうにかなりそうだった。あれだけ龍王に舐めた態度を取っただけでなく、名誉である直接のスカウトを考える素振りすら見せず断った。更には己に辱めを与え、仲間達の前で侮辱した。そして最後には魔力で全身を覆うことも無く、準備は出来ているという。ならば思い知らせてやる。あの純黒の黒龍に、精鋭部隊に入った龍の力を。

 

 

 

「──────始めッ!」

 

 

 

 炎龍王の掛け声によって、龍の決闘が開始した。観戦している龍達も固唾を呑んで見守り、ロムもすぐに魔法を発動した。前方に現れる巨大な橙色の魔法陣。破壊系魔法の上位。それをリュウデリアへ向けて撃ち放つ。数瞬後には何も残らないだろう。最も得意で最も威力のある魔法だ。

 

 己の勝ちは揺るがない。これで黒龍を打ち倒し、黒龍の力なんぞ龍王様方には必要ないのだと、私が居れば十分なのだと知っていただき、是非とも側近に指名していただく。そうすれば、何時でも何処でも、敬愛する龍王様方の傍に居ることが出来る。

 

 まさに薔薇色の未来。それを今この瞬間にも目前に広がっているような光景を幻視して、ほくそ笑む。もう勝った。クソ生意気なガキを殺して龍王様の側近になれるなんて、自身はなんてついているというのだろう。これならば、侮辱されたことも水に流してやっていい。何せ、お釣りが来る位のものを手に入れるのだから。

 

 

 

「──────はぇ?」

 

「そら終わりだ。呆気ないな」

 

 

 

 気付いた時には、ロムの頭はリュウデリアの手に納められていた。しかも視線の先にはロムの体がある。あれ、これは一体どういう状況なんだろう?そう困惑した思いを抱きながら、その瞳から光が失われていき、頭を取られた胴体はずしりと音を立てて地面に崩れ落ちた。

 

 倒れて首の断面から血を噴き出しているロムの死体を一瞥することも無く、擦れ違い様に毟り取ったロムの頭を上に放って受け止める。それを三度繰り返すと、此方を見ている炎龍王の足下へ向けてロムの頭を放り投げた。血を流しながら弧を描いて落ちるロムの頭は、丁度炎龍王の足下へと地面に落ちて転がっていった。

 

 もの言わぬ頭だけに成り果てた、ロムの光無い瞳が炎龍王を見上げる。それを見て面白そうにひっそりと笑みを浮かべた炎龍王は、足下のロムの頭を煉獄のような赤黒い炎で一瞬にして燃やし尽くした。その一瞬で使われた魔力に、リュウデリアは目を細めるが何も言わず、歩き出す。

 

 

 

「面白みもクソも無い、実につまらん決闘だった。初めての決闘くらい血湧き肉躍る闘いがしたかったが、あの程度ならば仕方あるまい。況してやアレで精鋭部隊というのだから、龍王を護ると息巻いている其奴等の程度は知れるというものだ」

 

「味気ないものにしてすまなかったな、リュウデリアよ。その詫びとは言わんが、少しこの“スカイディア”で翼を休めていくが良い。我々は歓迎しよう」

 

「ふはッ──────そうは見えんがなァ?」

 

 

 

 炎龍王の言葉に、リュウデリアは口の端を吊り上げながら周りを見る。そこには彼の事を遠巻きに見ていて、良く解らない、未知を見ているような目で見ていた。それもその筈。観戦していた龍達にはリュウデリアが行った事が見えなかったのだ。龍の最高レベルの動体視力を以てしても、全く捉えることが出来ていなかった。

 

 始めの合図がされたと同時にリュウデリアが姿を消し、ロムの背後にいつの間にか立っており、その手にはロムの頭を持っていた。そして頭を無くしたロムの体が遅れて魔法陣を展開し、すぐに砕け散らせた。

 

 圧倒的も以前に、何をしたのか解らなかった。いや、頭を無理矢理毟り取ったのは解っている。手に持っていたのだから。だがどうやってその速度を出したのかが解らなかったのだ。故に何をしたのか解らないことをした、悍ましい姿の黒龍……それを見る目が、今向けられているものだ。

 

 しかし数多くの龍達の中で、炎龍王だけがリュウデリアの動きをしっかりと目で追っていた。始めと同時に翼を大きく広げ、一度羽ばたいて直進し、その手でロムの頭を鷲掴んで毟り取り、背後に抜けると止まったのだ。翼を使っているのに風や衝撃波を感じさせない完璧な動き。炎龍王はそれを見た瞬間、この黒龍は龍王以外では止められないと確信した。

 

 

 

「如何だった、オリヴィア」

 

「私の目にも見えなかったが、格好良かったぞ。どうする、少し世話になるか?」

 

「折角だからな。それに、少し気になる事もある」

 

 

 

 連れと言っていた、人の形をした人で無い者と親しげに話している黒龍に、炎龍王は興味を抱いて笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、リュウデリアの生まれて初めての龍との決闘は、圧倒的な力で勝利したのだった。

 

 

 

 

 

 



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第33話  光龍王

 

 

 

 

「──────どうだった、あの黒龍の実力は」

 

「リュウデリアの()()から聞くに、生まれてまだ100年程度しか生きていない筈だが、既に精鋭部隊の奴等では戦いにすら発展しないだろう。現に決闘は私以外に動きを捉えられた者は皆無だった」

 

「ほう……?」

 

「実力は確かか。だが、我々龍王から直々の提案をにべも無く断った」

 

「これで()()()だな。断るのは」

 

「まったく、それぞれが大いなる力を秘めている。だからこそ手元に置いておきたかったのだが、儘ならんな」

 

 

 

 リュウデリアとロムの決闘が終了し、解散してから炎龍王は謁見の間へ戻ってきた。見ていたのは炎龍王のみ。故に他の龍王達は、実際に見た炎龍王から話を聞いていたのだ。因みにだが、広場に行った時に炎龍王は自身に認識をずらす魔法を掛けていた。滅多にお目に掛かれない龍王が来れば、その場は騒然となってしまうからだ。

 

 謁見の間でしか龍王の姿は見れないと思われるが、意外と認識が出来ていないだけで会っている者は会っている。紆余曲折。炎龍王から話を聞いた他の龍王達は、一つ溜め息を吐いた。リュウデリアは龍王達からのスカウトを蹴った三匹目の存在。これの前に既に2回同じ事を繰り返している。

 

 その身にあまりにも大きすぎる力を秘めた三匹の龍。何を仕出かすのか解らないからこそ、何時でも見られるように手元に置こうとしたものの、三匹からの答えは全く同じ否。下に就くことは有り得ない。やっと来たと思えばすぐに帰っていった。

 

 不敬だの何だのと文句を付ける者達は居た。リュウデリアと同じように決闘を申し込む者達が居て、それぞれが相手を一瞬で殺して勝利を収めた。手口は全く同じ。速度も纏う覇気すらも。そして、勝利を収めた後に言うことすらも同じだった。

 

 相手にしてやったが、退屈極まりない。やるだけ無駄だった。実につまらなかった。結局、相手は取るに足らない存在だったと言っている。龍王を護る精鋭部隊だというのに。つまり、三匹は既に選りすぐりの実力者達の実力を凌駕しているということだ。

 

 

 

「まあそう慌てる必要もあるまい──────暫しあの子等の活躍に期待しようではないか」

 

 

 

 炎龍王は見てきた三匹の龍達を思い浮かべる。強く、勇ましく、誰にも媚びない確固たる己を持つ者達、その姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ……ふわぁ…………ふふっ」

 

 

 

 治癒の女神、オリヴィアは最高級のベッドの上で目を覚ました。ふわふわで体を押し返す優しい感触。真っ白なシーツ。そして、目の前に広がる純黒の鱗。

 

 何時もなら魔法で小さくなり、使い魔に見えるような、肩に乗れる大きさでいるリュウデリアなのだが、今回はそんな小さいサイズでは無い。約180センチ。少し高い位の成人男性の背丈のままで、オリヴィアと同じベッドに寝ていた。

 

 互いに向き合っているので、眠っているリュウデリアの顔が良く見える。自身にとっては大きな体。純黒の鱗。目と鼻の先にある顔に手を伸ばし、頬を優しく撫でると意外にも温かい。瞼が閉じられているので黄金の瞳は見えないが、この時間を使ってたっぷりと堪能させてもらおう。

 

 頬を撫でて、顎の下を擽るようにこちょこちょとし、瞼の上を人差し指でサッと触れる。背後に腕を回して背中に生えている翼の付け根に触れ、翼の膜を押してみる。柔らかそうに見えて結構硬い。まあ、あの巨体を飛ばす為のものなのだから当然だろうか。

 

 指で押すと押し返される翼の膜を思う存分触り、今度は体を少し起き上がらせてリュウデリアの尻尾の先を手に取る。そうしても一度寝転んで、尻尾の先をくねくねと動かしたり、指に絡めたりする。武器にも方向転換にも、相手を捕らえる事にすら使う長い尻尾は自身には無いものなので、つい執拗に遊んでしまう。

 

 5分程度尻尾で遊んだ後、今度のターゲットはリュウデリアの手だ。純黒の鱗に包まれ、先端が鋭利に尖っている指先。人間のように5本に別れており、関節の数も同じだ。今は一緒に寝ているオリヴィアを傷付けないために手を軽く握り込んでいるのを、起こさないようにゆっくりと解いて掌を合わせる。大きい手だ。そして温かい。

 

 手の大きさを比べていると、指がズレて指と指の間にリュウデリアの指が入り込んできた。隙間の無い恋人繋ぎ。そこまでするつもりじゃなかったオリヴィアは1人で瞠目し、頬を赤く染めてから、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。恋人繋ぎをしている両手を見て赤くなりながら微笑んでいると、フッと風が吹いて前髪が揺れた。バッと顔を上げると、黄金の瞳と視線がかち合う。

 

 

 

「ぉ……起き……っ。こ、これは……」

 

「……あれだけ熱心に触れられていれば誰でも起きると思うが。まあ、取り敢えずおはよう。そしてお返しだ」

 

「えっ……ぉは……わっぷ」

 

 

 

 少し呆れたような目線を向けてくるリュウデリアに、しどろもどろになりながら挨拶を返そうとするが、それよりも早く顔を近づけられ、口の中から出て来た赤く長い舌がオリヴィアの頬を下から上へベロリと舐め上げた。ざらざらとした感触と、少しの唾液の感触が頬を撫で、オリヴィアは固まった。

 

 オリヴィアの頬をこれでもかと舐め上げたリュウデリアは、固まっている彼女に気を良くしたのか、意地悪くニヒルな笑みを浮かべてベッドから立ち上がった。体を伸ばして翼を大きく広げ、三度軽くばさりと羽ばたかせると、それだけで風が捲き起こる。動かないオリヴィアの長い髪がふわりと舞い、元の形に戻った。

 

 体の伸びを終えて振り返る。しかしまだ動かないで固まったままのオリヴィアに仕方ないなと溜め息を吐き、長くしなやかな尻尾を伸ばして寝転んだままの体勢に下から差し込んで胴に巻き付かせ、ゆっくりと持ち上げて傍に降ろす。強制的に立たされたというのに、何が起きているのか解っていないオリヴィアに笑い、乱れた髪を撫でて整えてやった。

 

 

 

「何時まで呆けているつもりだオリヴィア。散歩に行くぞ」

 

「……ハッ。あ……あぁ、そうだな。そうしよう。それがいい」

 

「いやどうした」

 

 

 

 カクカクしながらベッドから起き上がり、2人に用意された部屋のドアまで向かうオリヴィアに首を傾げた。普通に考えれば舐められた事にそうなっているんだと言いたいが、龍と女神では価値観がやはり違ってくるので解らないだろう。例えるなら犬や猫に顔を舐められるようなものだ。

 

 リュウデリアとしても軽い気持ちで舐めただけなのだが、女神にはそんな事は無いらしい。首筋を赤くしながら部屋を出て行ったので、自身も続いて部屋を出た。

 

 龍王の提案に載って泊まった部屋は、謁見の間があった建物の中の一角だ。そこには他にも幾つもの部屋が用意されており、そのどれもが快適空間になっている。最高級のベッドもその一つであり、頼めば朝食等も持ってきてもらえる。本当の姿が龍なだけで、高級旅館とそう大して変わりはしない。

 

 オリヴィアとリュウデリアが朝の散歩で真っ白い壁が続く廊下を歩いていると、使用人ならぬ使用龍と擦れ違うが、その時にリュウデリアの姿を見て眉を顰めたり、目線を逸らしたりしている。彼としては全く気にしていないのだが、一緒に歩いているオリヴィアはそうでもないようだ。

 

 繰り返される事で段々と眉間に皺が寄っていく。如何にも不機嫌です!と言っているかのような表情だ。折角の散歩なのだからと溜め息を吐き、リュウデリアはそっとオリヴィアの手を握った。硬い鱗に覆われた大きな手が自身の手を包み込み、握られた事に肩をビクッと震えさせ、勢い良く顔を振り向かせてきた。

 

 

 

「機嫌を直せ。俺は気にしていない」

 

「……これは、ズルいじゃないか」

 

「嫌か?」

 

「……ふふっ。嬉しいに決まっているだろう?」

 

 

 

 うっとりと微笑みながら握られた手を動かして、恋人繋ぎへと移行させた。先程もやった握り方だが、人間の町で図書館の本を制覇したリュウデリアは、これが親しい者達がやるものであると理解している。ボディタッチによるスキンシップも、相手を知りたい。触れたい。感じたいという心の表れであることも。だから拒まない。拒む理由が無いのだから。

 

 ならリュウデリアの方からするというのは、どういう事を表しているのだろうか。それは、察してあげるべきなのだろう。握っている手をキュッと隙間無く絡ませ、幸せそうに微笑みながら歩くオリヴィアに、見えないところで優しく笑みを作るリュウデリアは。2人の雰囲気は、誰にも邪魔が出来そうに無かった。

 

 暫しゆっくりのんびりとした散歩を建物から出て、外に行ってもしていた2人は、浮遊する龍の大地“スカイディア”に降り注ぐ太陽の光を全身に浴びて日光浴をし、満足したらまた建物の中へと戻ってきた。すると、歩いている最中にピクリと何かに反応したリュウデリアが、寄りたいところが出来たと言ってオリヴィアと手を繋いだまま向かった。

 

 

 

「──────お客さんだね。純黒の龍リュウデリアと、そのお連れの女神かな」

 

「……やはりあの気配はお前か、()()

 

「言葉を交わすのは初めてだね。あの時は炎龍王が話していたから……。では自己紹介をしよう。私は七大龍王が一匹、光龍王という者だ。よろしく頼むよ、リュウデリア、女神殿」

 

「私はオリヴィアだ。龍王ともなれば、明かすこと無く私の正体に気が付くのだな」

 

「伊達に“王”に冠する名前を持っていないからね」

 

 

 

 リュウデリアとオリヴィアがやって来たのは、建物の天井が全て大きな円形に刳り貫かれており、上から太陽の光が入り込んでいた。それを一身に浴びているのは、見上げるほど大きな大木だ。緑が生い茂り、力強い幹に根。光合成によって生み出される澄んだ空気を生み出している。

 

 そして、そんな大木の前に立っているのは、肩まである白く真っ直ぐな髪に金色の瞳を持つ存在だった。顔立ちは男にも女にも見えてしまう程整っていて、初見では性別がどちらであるのか困惑してしまうが、彼は男である。

 

 常に浮かべている柔らかい笑みが人の良さそうな印象を与え、まるで光そのものが彼を祝福しているかのように思えてしまう光景。だが、そんな彼も歴とした龍王。最強の種族である龍の中で、最強の七匹の内の一匹である。例え優しそうで人当たりが良さそうでも、全身から溢れ出る覇気と膨大な魔力の極一部は誤魔化せない。

 

 

 

「俺に対して気配を送ってきたな。何のつもりだ。よもや決闘でも始めるとでも言いたいのか」

 

「いやいや、私はそんなつもりでは無かったんだ。少し君と話がしたくてね。少し強引かも知れないが気配を送って呼ばせてもらったよ」

 

「それで、用件は」

 

「──────君は自身の力について理解しているかい?」

 

「俺の力だと?」

 

 

 

 光龍王が問いを投げてきたが、内容は抽象的なものだった。力と言っても色々とあるだろう。肉体的なフィジカル。頭脳。魔力。魔法。飛行能力。そのどれのことだろうと思われるが、リュウデリアは光龍王が聞きたいことをすぐに察した。光龍王が聞いているのは、彼の魔力についてだろう。

 

 純黒。混じり気の無い完璧な黒を表す言葉。リュウデリアの鱗の色でもあり、魔力の色でもある。そしてその魔力は純黒となって周囲に影響を及ぼす。過去にも彼が怒りに塗れて黒い炎を心に灯した時、彼の全身から溢れ出る純黒なる魔力は、大地を同じ純黒へと染め上げた。それに触れた動物も、微生物も、全てだ。

 

 率直に言って異常だろう。魔力に当てられただけで恐怖したりするでもなく、侵蝕されて命を奪われてしまうのは。だがリュウデリアは解せない。光龍王が聞いているのは確実に自身の魔力についてなのだろうが、彼の前で魔力は使っていない。決闘の時も魔力を使わずに勝ったのだから。

 

 

 

「何故解る……そう思っているようだね」

 

「チッ……だったら何だ」

 

「単純な話さ。私の眼は見た者の本質を視る事が出来る。だから、そこの女神殿……失礼、オリヴィア殿の正体にもすぐに気が付いたんだよ」

 

「それでリュウデリアの魔力について知ったのか?」

 

「残念だけど違うよ。視たからじゃなくて、視れなかったんだ。君の本質は何処まで黒い純黒だ。何者にも染められず、総てを呑み込み塗り潰す、圧倒的力の塊。私の眼にはね、君が純黒の深淵に見えるんだよ」

 

 

 

 オリヴィアは光龍王がリュウデリアの事を、その本質を見抜く眼によって見たことで解ったのだと思っていたが、実際はその逆。光龍王を以てしても見れなかった。純黒に染められ、長く見ていれば引き摺り込まれて塗り潰されそうな錯覚を起こさせる純黒。だからこそ、大いなる力の塊だと理解したのだ。

 

 理解出来ないからこそ理解出来る。その力はあまりにも強すぎる。制御出来ているなら良いが、もし暴走なんかしてみせれば、広大な大地は純黒に塗り潰されてしまうだろう。そんな予感を光龍王にさせた。だからこその問い。

 

 そんな問いを投げてくる光龍王に返す言葉は当然決まっている。自身が持つ力、魔力の事を己自身が理解していなくてどうするというのだ。知っていて当然。解っていて当たり前。把握してこその自身の力。故に答えは決まっているのだ。

 

 

 

「俺の純黒なる魔力は総てを呑み込み塗り潰す。それ以外には必要ない。俺は俺であるからこそ(純黒)だ」

 

 

 

 抵抗なんて許さない。純黒の前では全てがその他でしかない。つまり、言外にその他は全て敵では無いと、龍王に向かって言っている。

 

 

 

 

 

 リュウデリアの答えを聞いた光龍王は、炎龍王の時のように笑みを深くし、面白そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 



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第34話  果実

 

 

 

 

 

「──────俺の魔力(純黒)は総てを呑み込み塗り潰す。それ以外には必要ない。俺は俺であるからこそ(純黒)なのだ」

 

「……なるほど。やはりそれが君の本質のようだ」

 

 

 

 質問した内容に簡潔に答えられた光龍王は、何に対してなのかは解りかねるが頷いて言葉を呑み込んだ。普通ならば強大すぎる力は制御しきれず暴走に奔ったりするものなのだが、リュウデリアに至ってはそんな事は無いようだ。

 

 光龍王が本質を知った通り、己自身が純黒である彼にとって、純黒の力は己そのもの。故に暴走は有り得ない。右手を動かすのに暴走して左脚を動かしてしまうようなものを、リュウデリアが仕出かす訳が無い。

 

 用件はそれだけか、とでも言いたげな溜め息を吐くリュウデリアは失礼極まりないだろう。普通に相手に対して失礼だが、今対峙しているのは龍王である。本来は頭を垂れて目すら合わせるのも烏滸がましいというのに、コレである。しかしそれでも光龍王は咎めない。それだけの力を秘めていると解っているからだ。

 

 超実力至上主義。強いならば許されてしまう、狂った道理。その結果が今のリュウデリアの不遜なる態度であり、決闘の結果である。聞きたいことは聞けた、と満足そうな光龍王に対して、今度はリュウデリアが質問をする。昨日来たときから感じていた、この美味そうな匂いは何なのか、と。

 

 

 

「美味そうな匂い……?すんすん……別にそれらしき匂いを私は感じないが、何かあるのか?」

 

「はは。リュウデリアが言っているのは『龍の実』の事かな。これは私達龍にとってのご馳走でね。大好物だと言う龍が殆どだよ。しかも龍にしか嗅ぎ取れない匂いを放っているから、龍ではないオリヴィア殿では感じ取れないよ」

 

「『龍の実』……匂いが近いが何処に有る。ここまで良い匂いだと感じるのは豚バラの串焼き以来だ」

 

「本当に肉が好きだな」

 

「肉は最高だ」

 

 

 

 ノータイムで答えるリュウデリアは本気だった。肉が一番好きである。特に何処の部位が好きだという事はあまりないが、兎に角肉は好きだ。人間の街に来るまでは仕留めた魔物の肉等を生で食べていたが、美味しく食べられるようにと料理された肉を食べた時は、全身がビキリと固まるくらいの衝撃を受けた。豚串を食べた時はもっと買ってくれとオリヴィアに交渉した位だ。

 

 因みに、その交渉はオリヴィアがリュウデリアに全て食べさせてあげるという条件の元買ってもらった。食べさせる側も幸せそうで、食べてる側もとんでもなく幸せそうなのでWinWinの関係だろう。

 

 仲良く次の人間の町に行った時に食べる物談義をしている2人にクスリと笑いながら、光龍王は右足を少し上げて地面を軽く踏み込んで叩いた。すると、背後にある大樹の生い茂る葉の中から、黄金に輝く実が落ちてきた。形は林檎に酷似しているそれは、手を出している光龍王の手の中へ一直線に納まった。

 

 コレがその『龍の実』だと言われて手渡される。重さは普通の林檎と同じくらいだろうか。形も酷似している。違うのは赤い筈の色が太陽の光を反射して光っているように見える黄金の色だということ。まさかこの大樹に生っていたとは、と盲点だったようで若干悔しそうにしているリュウデリアと、彼の手の中にある『龍の実』を見て不思議そうにしているオリヴィア。

 

 近くで匂いを嗅いでみても、やはり無臭だ。しかしリュウデリアには此処に寄りたいと申し出る程の美味そうな匂いらしい。一緒にその感覚を味わってみたいので少しつまらない部分があるが、今にも齧り付きそうなリュウデリアを見ていると、まあ良いかという気持ちになる。

 

 

 

「そんな穴が空きそうな程見つめていないで、齧ってみると良いよ」

 

「……良いのか?」

 

「まさか手渡しておきながら返せとは言わないさ。初めて食べるんだろう?是非感想を教えて欲しいね。一応この大樹は私が育てているんだ」

 

「……しゃくッ」

 

「……どうだ、リュウデリア」

 

「…………………………………………。」

 

「……?どうした……………し、死んでる……」

 

「いや死んでない。美味すぎて固まっただけだ」

 

「おぉ、それなら良かった」

 

「美味しいなら何よりだよ」

 

 

 

 恐る恐ると一口齧ってから何の反応も示さないのでボケてみればツッコミで返ってきた。続いてしゃくしゃくと食べ進めるリュウデリアに満足そうにしている光龍王に、心の中でコイツは凄いな。まさかこんな代物を実らせる大樹を育てられるとは……と褒めていた。口にしていないなら褒めている内には入らないが。

 

 口の中に広がるのは豊潤な濃い味。龍好みとしか言えない味が口いっぱいに広がっており、一口目を齧った時には思わず尻尾がピンッと立ってしまった。思っていたよりも10倍は美味い。まさか果実でここまで美味いと感じるとは思いもしなかったのだ。

 

 そこまで大きな果実ではないので、リュウデリアが大きな口を開けて齧ればすぐに無くなってしまう。あっという間に食べ終えてしまった後、ジーンと余韻に浸っていた。そして漸く気が戻ってきたようで、1人で食べてしまった事に気が付いてハッとオリヴィアを見た。折角貰ったのだから一緒に食べれば良かったと思ったようだ。

 

 そんな考えが表情から簡単に読み取れる。オリヴィアは美味さのあまりにさっさと食べ終えてしまった己自身に対してショックを受けているリュウデリアに大丈夫だと語り掛けるように微笑んでやった。

 

 

 

「随分美味しそうに食べていたな」

 

「……根に持っているのか?」

 

「ふふ、冗談だ」

 

「大丈夫だよ、もう2つあげるし、育てれば『龍の実』を生らせる大樹の苗もあげよう」

 

「うま……」

 

「良いのか?貰えるなら貰うが。……普通の林檎と同じ味がする」

 

「龍にしか解らない美味しさを秘める果実だからね、仕方ないよ。まあ、ここは普通の林檎だと思って食べて欲しい」

 

「あ゛ー、美味いな本当に」

 

 

 

 また新たに2つの『龍の実』を光龍王から貰った2人は、各々齧り付いた。美味さを先程知ったリュウデリアは嬉々として食べて美味い美味いと言っているが、オリヴィアの口の中に広がるのは、美味いは美味いが新鮮の林檎としか言えない味だった。

 

 これがそんなに美味いのか?と首を傾げていると、光龍王から説明が入った。龍が食べるからこそ、その美味さが解るというのだ。それ以外の種族には色以外の見た目通りの林檎の味しかしない。オリヴィアはふと思った。龍の実というよりも、龍の為の実だなと。

 

 確かに美味いは美味いが、リュウデリアがカチコチに固まる程の美味さとは、どんな味なのだろうという単純な興味があるが、知ることが出来ないならば仕方ないと諦めた。一緒に美味いなと言い合うのもイイが。

 

 

 

「それで、お前は俺に何を要求するつもりだ」

 

「要求……?私は要求するつもりは無いよ。龍ならば知っていて当然のことを教え、美味しいというのならば育てれば実る苗をあげる……というだけの話だよ。つまりは単なる私が君に与えるだけの善意だ。敢えて君の要求というのをするならば、私の善意を甘んじて受けて欲しい。それでいいよ」

 

「お前……龍の中でズレてると言われないか?良い奴過ぎないか」

 

「あぁ……ズレてると良く言われるよ。……まあ仕方ない。これが光龍王なのだから」

 

「念の為に言っておくが、俺の中で一番良い龍はお前だからな」

 

「はは、光栄だね」

 

「この短時間で認める程『龍の実』が気に入っていたのか……」

 

 

 

 少し困惑しながら言うオリヴィアだが、実際リュウデリアは光龍王が最も良い奴だと思っている。そもそも、謁見の間に入って精鋭部分が眉を顰めたり嫌悪感を表情に出していたりとする中で、七匹の龍王は何の反応も示さなかった。

 

 四足歩行が常識の龍の姿の中で、突然変異として生まれたリュウデリアの姿は、何度も言うが他の龍達にとっては異形も良いところ。そんな姿をしたリュウデリアが自分自身の事を龍と言うと、お前みたいな者が龍と名乗るなという気持ちにさせる。それ程のことだ。

 

 しかしこの姿を拒まなかった。今もこうして普通に話をしているし、嫌悪感を抱いていないことも()()()()()。全て解っているからこそ、光龍王が良い奴であると結論付けたのだ。勿論、他と比べてという域を出ていない。まだ話してから数十分しか経っていないのだから。それ程お人好しにはなれない。

 

 そしてそれらも更に全て解っている光龍王は、人の良さそうな笑みを浮かべながら、よろしくという意味も込めて右手を差し出した。人間達が友好的になったり、なろうとする時にする挨拶である。

 

 此方を見つめる光龍王の瞳を見返して、小さく頷いたリュウデリアはその手を取った。一度上下に振って互いに手を離す。友人……というわけではない。そうなるには接した時間が少なすぎる。だからこれは、親しくなる為の第一歩。その為の握手だ。

 

 

 

「では、お前の善意に甘えさせてもらおうか。俺は龍でありながら龍の常識に疎い。生まれて間もなく捨てられたからな。少しは知っているが、龍としての常識を身に付けている者からすれば程度が知れるものだ」

 

「だから私が教えれば良いんだね。勿論構わないとも。龍に生まれて龍を知らないなんて酷い皮肉だからね。折角仲良くなろうとしているんだから、存分に甘えて欲しい」

 

「……ここまで頼りになると逆に怪しさが降って湧くわけだが、良いのか?」

 

「大丈夫だ。光龍王は嘘偽りを口にしていない。それは俺が()()()()()。解っていないならばここまで世話になっていないぞ」

 

「疑い深いのは良いことだよ。度が過ぎるのは拙いけれどね。それにリュウデリアの為を思っての言葉なんだから。大事に思われているんだね」

 

「と、当然だろう……っ!リュウデリアだぞ……っ!私が大切に思わない訳が無いっ!」

 

「俺も同じだ」

 

「──────っ!?」

 

 

 

 サラッと言われた事に顔を赤くして俯いてしまったオリヴィアの横で、リュウデリアと光龍王が話に花を咲かせていた。スリーシャから教わった、龍の常識だろう情報や、大して紐解かれていない龍についてを書き綴った人間の本よりも、謂わば龍を知り尽くしている龍王から教えられる龍の常識は為になった。

 

 スリーシャには悪いと思うが、別に龍と一緒に生活をしてきた訳でも無いスリーシャが知っている龍の事は少ない。余程のことが無い限り接点すらも生まれないのだから。なのでリュウデリアと出会ったのは奇跡にも近い出来事だ。それが突然変異ともくれば尚更だ。

 

 兎にも角にも、あまり知らなかった龍の常識を存分に光龍王から聞いて把握したリュウデリアは、満足そうにして別れた。最後にはしっかりと『龍の実』の苗も貰い、育てるときのコツや注意するべき点も教わった。これで育てられれば何時でも食べられるようになると思えば、俄然やる気が出るというものだ。

 

 ホクホクした気分で、寝泊まる為に与えられた部屋に向かっている途中、オリヴィアはまだ赤くなりながら俯いていて、声を掛けてもあまり反応が無いのでリュウデリアが手を繋いで引いている。触れた時はぴくりと反応した癖に、手を握るとしっかり恋人繋ぎをしてくるところを見るとちゃっかりしている。

 

 別に急ぐ必要は無いのでゆっくりと部屋へ戻っていると、冷静さを取り戻したオリヴィアが顔を上げてリュウデリアを見た。視線に気が付き目を向けてどうしたと問えば、オリヴィアは素朴な疑問を口にした。

 

 

 

「龍王というのは実力至上主義の龍の中で強い者達が就くのだろう?」

 

「そうだ。上から数えて1番から7番までが龍王だ。そして龍王になるには、龍王に実力を認められてから決闘を申し込み、勝利を収めねばならない」

 

「ならば、その龍王の中で、リュウデリアの見立てではどの龍王が1番強いと思う?」

 

 

 

「──────光龍王だ」

 

 

 

「……ん?本当に先程まで話していたあの龍が1番強いと思うのか?」

 

「あぁ、間違いない」

 

 

 

 炎、水、氷、樹、雷、光、闇、と七匹居る龍王の中でも、リュウデリアは真っ先に光龍王が最強だと答えた。龍王の最強。それは地球上で一番強い存在であるということを指し示す。

 

 世界最強の種族である龍。その頂点は、あの善意を振り撒いていて、人が良さそうな微笑みを絶やすこと無く、優しげな雰囲気を纏う奴が、実は世界最強だと言われれば困惑するだろう。現にオリヴィアもあいつが一番強いのかと疑問に思っているようだ。

 

 そんなオリヴィアに少し笑いながら、リュウデリアは繋いでいない右手の掌を持ち上げて見つめる。友好的になる第一歩として握手した時、一瞬感じた……というよりも感じ取らせられた膨大な魔力の片鱗。気配。隙の無い姿勢。手を握った時に伝わったずしりと重い感触。肉体から発せられる生き生きとした生気。

 

 そのどれもが、炎龍王を除いてまだ話したことも無い他の龍王すらも、即座に選択肢から切り捨てる程の圧倒的力の波動。あそこで襲い掛からなかった己自身を褒め讃えたいくらいだ。あそこまで濃厚な強者の波動は早々感じ取れないだろう。

 

 

 

「光龍王は強い。龍王の頂点と言っても過言では無いだろう。だが──────敗けるつもりは無い」

 

「私も、お前が敗けるところは想像出来ないな」

 

「そうか。だがそれにしても──────龍王との決闘も楽しそうなものだな」

 

 

 

 精鋭部隊がつまらないと感じてしまう程度だったのでガッカリしていたが、これならば捨てたもんでは無いなと思ったリュウデリアだった。そして一瞬だけ離れた所に居る光龍王に自身の気配を叩き付けてやった。今頃面白そうに笑っているだろう光龍王の事を思い浮かべ、ひっそりと嗤った。

 

 

 

 

 

 オリヴィアと仲良く歩くリュウデリアは、ゆらゆらとご機嫌そうに尻尾を振っているのだった。

 

 

 

 

 

 



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第35話  兄弟

 

 

 

 龍の為の天空に浮かぶ浮遊する大陸“スカイディア”。ここには世界最強の種族である龍のみが住んでいる。だが基本的にこの巨大な大陸は厚い雲に覆われ、更にその周りを相反する方向へ流れる強風が吹いて纏っている。故に力強い飛行能力を持つ龍以外には侵入が出来ない。

 

 超実力至上主義。力を持つ者こそが偉い。そんな龍の世界には、偶にだが愚かな存在が居る。生まれたばかりの我が子が途方も無い魔力を内包していて、将来は確実に龍王にも認められる程の力をつけると確信させられるというのに、何の躊躇いも無く捨てる。そんな龍が居たりする。

 

 子供を産んだ龍は、親龍という事になる。読んで字の如く、親の龍だ。どれだけ強い龍でも、生まれてきている以上は、その龍を産んだ龍が必ず居る。そう、あのリュウデリアにも親龍は居るのだ。当然、産まれて間もない彼を捨てた以上、親という認識はされていないが、自身を産んだ奴という最低限の認識はある。

 

 まあ、だからと言ってリュウデリアが普通に話すということは無いのだろう。何故ならば、オリヴィアを除いて興味を持つのは強い者や、変わった者だけなのだから。

 

 

 

「──────なんで、なんで龍王様の下に就かないのよ!」

 

「なんて栄誉を蹴るのだお前は!?」

 

 

 

「…………リュウデリア。この龍達は何だ?」

 

「ふん。気配で解る──────俺の親龍だろう」

 

「親龍……親……か?」

 

「既に下らん類というのが知れたがな」

 

 

 

 スカイディアに2泊したリュウデリアとオリヴィアは、もう下に降りようという話になった。龍が住まう故郷ということで色々なところを回って粗方景色を覚えたので、もう戻っても良いかということになったのだ。

 

 やって来た時に降り立った場所へ2人で向かっている途中、人間形態の男と女の龍に出会った。出会ったと言っても、目的地に向かっている途中、向こうからも歩いてやって来たので素通りしようとしたのだが、どうやら用が有るらしく通せんぼするように止まった。

 

 歩きを意図的に邪魔されたオリヴィアは眉を顰めて訝しげな表情をするが、リュウデリアは目を細めるだけだった。特に見覚えのある顔では無い。何なら初めて見る。しかし通せんぼをしてきた龍はこちらを知っているようで、主にリュウデリアに向けて鋭い視線を向けていた。そして先の話がいきなり出て来たのである。

 

 はっきり言ってオリヴィアは、こいつらは一体何を言い出しているんだ?という状況である。それもそうだ。帰ろうとしていたら邪魔された挙げ句、龍王のスカウトを蹴ったことにご立腹という。端から見ても意味が分からない。

 

 だがリュウデリアには解るようで、この二匹はリュウデリアの実の両親……であるらしい。そして状況から察するに、龍王に直々にスカウトされることは栄誉で、我が子がそれを受ければ自然と、その子を産んで育てた親龍も鼻が高くなるというわけだ。逆を言えば、スカウトを蹴ったことで陰口を叩かれるような存在になりかねない。

 

 

 

「産んでやったというのに、まさか龍王様の申し出を断るなんて……有り得ないわ!!」

 

「お前がどれ程の事をしたのか理解しているのか!?」

 

「ふはッ。産んでやっただと?産まれて間もなく俺を捨てておいて、力があると解れば取り入ろうとかッ!龍の癖につまらんなァ?こんなのが親龍だと知りたくも無かったわ!フハハッ!」

 

「親に向かってなんという口の利き方を……っ!!」

 

「──────巫山戯るなよ塵芥風情が。気配と魔力からして底辺に近い力しか持たぬ塵芥が、この俺に言うことを聞かそう等と片腹痛いわ。それに龍は実力至上主義。俺に言うことを聞かせたいならば……俺を下してみせろ」

 

「……くッ!」

 

 

 

 黒い髪に、良くも悪くもどこにでも居そうな平凡な顔立ち。それがリュウデリアの両親の顔だった。醸し出される気配も全く強くなく、感じ取れる魔力は龍の中でも最低レベル。恐らく肉体的強さも大したことはないのだろう。だが、ある意味この程度ということは頷ける。

 

 龍の突然変異として生まれたリュウデリアは、誰も傷付けられない程の強硬な鱗を持ち、魔力による肉体強化も無しに、龍の動体視力でも捉えられない速度で動くことも、抵抗を赦さない膂力がある。そして何と言っても底が感じられない程の莫大な魔力を内包している。そんな、会ったばかりの龍王ですら認めるトップレベルの強さを持つリュウデリアの親龍まで強ければ、完璧な突然変異とは言えないだろう。

 

 姿形だけが違うだけでなく、持って生まれなかっただろう肉体や魔力を持って生まれたからこその、この突然変異性。だからこそ、その異質さにこの親龍は生まれたばかりのリュウデリアを捨てた。何の未練も躊躇いも無く。不気味で、悍ましくて、異質過ぎたから。

 

 しかし、そんな異質さ故に捨てた我が子が戻ってきて、決闘をして龍王の身の安全を確保する精鋭部隊の一匹に圧倒的な力で勝利したというではないか。そうなってくると話が別になってくる。今すぐにでも精鋭部隊に就いてもらい、龍王様に名誉を貰う。それがリュウデリアの親龍が考えていることだ。

 

 なんという浅はかさ。龍にあるまじき事。いや、龍であろうと無かろうと、捨てておきながら優良だと解れば掌を返して親の顔をするのは、実に醜悪至極。リュウデリアでなくとも激怒するだろう。なので、オリヴィアが話を理解して怒りに顔を歪ませている。侮辱しているとしか思えないのだ。

 

 親龍と子龍というのは、龍は気配で解るらしい。親と子という切っても切れない関係な上、DNAを分けられているので、何となくだがお互いに知らなくても親だ、子だと察知するという。それにより、リュウデリアは前の二匹が親龍であると解ったし、決闘をしたリュウデリアが実の子であることも、二匹は解り、接触した。そして説得というにはあまりに愚かな話し合いは、決裂する。

 

 強い方が偉い。言うことを聞かせたいならば力でやってみろ。そう言われてしまえばどうすることも出来ない。何故ならば、リュウデリアが異常な強さを持っている事を知っているし、自身は龍の中で力を持たない方であることを理解しているからだ。挑むだけ無駄。もしかしたら、決闘の時のように殺されるかも知れない。つまりは怖いのだ。

 

 

 

「──────フン。お前が俺の兄か。龍王様の申し出を断るとは、余程の阿呆だということだろう。父さん、母さん。そんな気色の悪い奴なんかに言うことを聞かせなくたって俺が居るから大丈夫だ」

 

「シン……っ!」

 

「……そうだな。お前が居れば十分だ。今更こんな奴の親龍であろうとする必要は無いな」

 

 

 

「リュウデリア。アレは全員殺しても良いと思うぞ」

 

「意外と冷徹だな??まあ、アレはどれも下らん奴等だが……俺を兄と言ったシンという奴。アレはほんの少しだが“出来る”ぞ」

 

 

 

 悔しそうに顔を歪めている親龍達を鼻で笑い、さっさと帰ろうとすれば、また違う存在が現れた。白い髪に黄色い瞳。顔も龍王達程では無いが整っている青年がやって来た。そして何と、リュウデリアの事を兄だと言った。

 

 弟が居たのかと思ったが、捨てた後にまた違う子を設けても不思議ではないかと思い直して、特に何かを思うでも無かったリュウデリア。強いならば多少の興味は持ったが、シンと呼ばれた龍から感じ取れる魔力は精々中の上。精鋭部隊で決闘したロムの方がまだ魔力が有った。気配もそこまで強いとは思えない。しかし口から出るのは自身に満ちた声。

 

 自身の力の強さも把握仕切れていない阿呆か。それが抱いた印象だった。そうなってしまえば、もう興味は湧かない。例え血を分けた兄弟なのだとしても、リュウデリアにしてみれば至極どうでもいい。その程度だ。

 

 

 

「リュウデリアとかいう名前だったな。俺はシン。シン・リヒラ・カイディエン。悍ましくもお前の弟だ。仲良くしようとは思わない。所詮は龍王様の言葉を呑み込まん阿呆。そんな奴とよろしくしてやる程、俺は優しくない」

 

「下らん。全く以て興味が無い。話があるならさっさと用件を言え。俺こそお前達のような塵芥との世間話に花を咲かせてやる程暇でも無く、お人好しではない」

 

「……チッ。なら用件を言ってやる──────俺と決闘しろ。お前を殺して勝利を収め、龍王様に認めてもらい、精鋭部隊へ入る」

 

「……はぁ。結局、あの決闘の……名前は何だったか……まぁいい。塵芥と同じ塵か。実につまらん」

 

 

 

 何を言うのかと思えば、また龍王様に認めてもらう為。龍王様龍王様龍王様。何故龍に生まれたというのに、他者の下に就こうとしているのかが全く解らないし、下に就いて良しとしている者達は別の種族に感じる。天も地も好きに出来る力を持つというのに。

 

 それ故にリュウデリアは龍王のスカウトを呼吸をするように蹴ったし、年上だろうと何だろうと敬おうという気持ちが無い。弱い奴に興味は無い。だから光龍王とは話が弾んだ。教えてもらおうという気持ちにもなった。何時か決闘をしてみたいと、挑む側の考えも持ったのだ。

 

 だがコイツ等は違う。この親龍だと言い放ち始めた奴等も、弟だと言う奴も、龍の癖して龍たり得ない出来損ないだ。力も大して持たない。下に就く事に喜びを見出そうとし、認めてもらおうと必死で滑稽だ。自身の姿のことを悍ましいというが、コイツ等は中身が醜悪ではないか。

 

 故郷であるスカイディアに来て良かったと思ったことは、龍王という世界で最強クラスの力を持つ奴等が居るということを知れた事。龍の実が生る苗を貰ったこと。龍の常識を教えられたこと。それくらいだけ。後はつまらない奴をつまらなく殺して、つまらない血を分けた者達に絡まれている。

 

 はぁ……と溜め息を溢す。つまらない。つまらないの極みだ。それはオリヴィアも同じようで、怒りを通り過ぎて呆れに移行したらしい。リュウデリアと同じく溜め息を溢していて、同じ事をしている事に気が付いた2人は目を合わせて笑った。

 

 

 

「心底不愉快だが、良い機会だ……この決闘にシンが負けたら親龍のお前達は二度と俺に関わるな。不愉快過ぎてうっかり殺すかも知れんからな」

 

「お前なんかがシンに勝てるわけないでしょう!?」

 

「シンはこれから龍王様の元で側近となる相応しい良く出来た息子だ。お前とは違う」

 

「俺からの慈悲だ。死ぬ前にそこの奴と話をする時間をくれてやる。別れの挨拶でもしておくんだな」

 

 

 

「アレは本当に殺して良いと思うぞ」

 

「寧ろ殺してやった方が優しいな。最初から最後まで何がしたいのか解らん」

 

 

 

 勝つ気しかないというか、勝つことを確信しているのか良く解らないが、腕を組んでさっさとしろとでも言いたげな表情で睨み付けているシンに溜め息しか出ない。

 

 最後の会話と言うが、それは自分達が必要なのでは無いのか。今は魔力を抑えているから解りづらいとはいえ、気配の察知に長けた者には解るだろう。リュウデリアが内包する莫大な魔力が。そして、先日の決闘で見せた純粋な強さ。それらを加味すれば、相手がどれ程強いのかなんて想像は容易い筈だ。

 

 まあ、どちらにせよ負ける道理が無い。決闘して下したロムよりも弱いシンにどうやって負けろというのか。相手との力量差も計ることが出来ない、弟だというシンに失望しか感じない。そんな弟に絶大の信頼を抱いている親龍にも失望しか感じない。ここまで酷いのが家族というのは、リュウデリアを以てしても恥としか言えなかった。

 

 

 

「少し行ってくる。その後は下に降りて何か食おう」

 

「龍の実を育てる為の鉢と肥料も買いに行こうか」

 

「そうだな!!」

 

「食い気味だなぁ」

 

 

 

 すっかり忘れてた!みたいな感じで答えるリュウデリアに、オリヴィアはニッコリと微笑む。食べ歩きも良いし、一緒に買い物をするのも楽しみだ。楽しみだなぁと考えているオリヴィアに、リュウデリアが負けるという考えは無い。まあ、今更感もあるが。

 

 主な目的を2人で決めると、さっさと決闘を終わらせてしまおうとシンに声を掛けた。フンと鼻を鳴らして歩き出し、場所を移す。他の者達があまり通らず、決闘をしても大丈夫な広い場所で行う為だ。

 

 互いが位置につき、シンが人間形態から元の龍の姿へと変わった。見上げるほどの大きさになり、リュウデリアも元の大きさへとなり、四足歩行の龍よりも頭の位置が圧倒的に高いので上から見下ろす。対してシンは見上げながら殺意を込めて睨み付けた。対峙する兄弟龍。魔力を滾らせる弟と、腕を組んで仁王立ちしているだけの兄。

 

 

 

「お前なんぞ直ぐに殺して、兄が居たという記憶を頭から消してやる」

 

「はッ。実力差も解らん塵芥が吠えるな」

 

 

 

 龍の大陸、スカイディア。ここでは兄弟による決闘が始まろうとしていた。対峙するは、自信に満ち溢れた灰色の龍、シン。そして純黒の黒龍、リュウデリア。片や認められる為に。片や向かってくる者を蹴散らす為に。血を分けた者達の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 



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第36話  塵芥

 

 

 

 シン・リヒラ・カイディエン。リュウデリアの前に現れた弟の龍である。全身を灰色の鱗で覆ったその姿は、やはり従来の龍の姿そのもの。突然変異として生まれたリュウデリアとは似ても似つかない。言葉遣いは少し似ているところがあるが、それだけだ。オリヴィアから言わせてもらえば、何の魅力も感じない。

 

 感じ取れる魔力はそこまで多いとは言えず、リュウデリアにとって初めての決闘をした相手の精鋭部隊、ロムにすら劣る。これは不快な態度で接してきたから虚仮威しているのでも無く、客観的に考えて弱い。それこそ、リュウデリアに決闘を申し込むなど烏滸がましいと言えるほど。

 

 言ってしまうと、リュウデリア・ルイン・アルマデュラはまだまだ子供である。長命である龍にとって100年というのはあっという間の時間だ。つまりそれだけしか生きていないリュウデリアは、人間でいう少年の域を出ない。だが優秀な頭脳が本を介して知識を得、歳に反した大人びた存在へと変えた。

 

 だが、シンはまだまだだった。教えられるべき事を教えてもらっていない。とても重要なことだ。それは、自身より強い者の力量の差を感じさせる感知能力であった。知っていれば挑もうとも思わない、リュウデリアの肉体に内包された莫大な魔力。巧妙に隠しているとはいえ、それを見抜けなければ今のような自殺行為の行動に出てしまう。

 

 龍は世界で最強の種族だ。それは世界の共通認識になっている。たった一匹でも戦争に介入すれば、一瞬で勝者と敗者が決定する。それ程の力を持つ存在。だが、そんな龍の相手が同じ種族の龍であったならばどうなるか。それは当然、考える間も無く、より強い方が勝つだろう。

 

 

 

「──────うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「………………………。」

 

 

 

 審判は居らず、好きにかかってこいとでも言うように、人差し指を向けてから曲げて、早く来いというジェスチャーを向けられたシンは、額にビキリと青筋を浮かべながら魔力を練り上げて魔法陣を構築した。灰色の魔法陣が目前に現れ、煉獄の炎を噴き出して前方へと突き進む。

 

 前で仁王立ちしながら腕を組んで待ちの姿勢に入っているリュウデリアは避けようともせず、放たれた煉獄の炎の渦に易々と呑み込まれた。人間ならば触れた途端に灰へと還されることだろう。龍が当然のように使う魔法は、人間にとっては異常な威力といっても過言ではないのだ。しかしやはり、龍には効かない。

 

 放たれ続けた煉獄の炎が止むと、中からリュウデリアが煉獄の炎に呑み込まれる前と寸分違わずの姿で現れる。ダメージは一切無く、その代わりにシンに対して呆れた視線を向けている。この程度か?そう言っているようだ。

 

 ムカつく。全く相手にしていないどころか、敵とすら思っていない目だ。俺の方が強いのに。俺の方が龍王様の傍に居ることが相応しいのに。何故こんな、悍ましい姿をした認めたくは無いが血を分けた兄に声が掛かるというのか。全く以て理解出来ない。理解したくない。

 

 全身を魔力で覆い尽くし、肉体を極限まで強化させてシンは駆け出した。巨体を動かして足音を響かせながら真っ直ぐ突き進み、リュウデリアの腹部へ体当たりをした。衝撃波が生まれる体当たりをし、シンとリュウデリアの親龍は喜色の声を上げるが、体当たりをした側はそう喜べる状態に無いらしい。

 

 頭突きのように体当たりをしたシンが感じたのは、自身大きな体なんぞ米粒に見えてしまう程の大きな大きな山そのものだった。微動だにせず、仁王立ちしている姿も変わらず。そして、向けてくる視線すらも変わらなかった。この近さは流石に拙いと悟ったのだろう。翼を大きく広げて距離を取ろうとした。しかしそれは悪手だ。

 

 こんな伸ばさなくても手が届く場所で、巨体を浮かせるのに必要な大きな翼を広げれば、今から飛び立つから阻止して下さいねと言っているようなものだ。そしてそんなあからさまな隙を見逃してやるほど、リュウデリアは甘い龍では無い。だから背中に奔る激痛は必然の痛みなのだろう。

 

 

 

「──────がぁあああああああああああッ!!!!」

 

「そうがなり立てるな。たかだか翼を引き千切っただけだろう」

 

「龍の……ッ!!龍の翼によくもォ──────ッ!!」

 

「まるで龍以外の者に言うような台詞だな。俺も龍なんだがなァ?」

 

「お前が……お前みたいな醜い奴が龍を語るなッ!!」

 

「ならお前は、よくもまあこれ程弱くて龍を語れるなァ?俺なら恥ずかしくて自害しているぞ。それに他の龍に申し訳が無い」

 

「──────クソがぁああああああああッ!!」

 

 

 

 千切られた翼が目の前に落ちてきた。べちゃりと音を立てて転がる左の翼は、まさしく自身のもの。あって当然のものを千切られ、別に何とも思っていないのに、態とらしく皮肉を言ってくるリュウデリアにシンは頭が可笑しくなりそうだ。背中から感じる痛みで目が充血している。怒りの感情を爆発させ、今この場で、今すぐに殺してやる。それだけが頭の中を占領していった。

 

 魔力が感情の起伏によって増大していく。怒りや憎しみの感情は、体内に内包する魔力を高めやすい。だが一方で、一時の感情や増大した魔力に自我を見失い、理性を無くして暴走する獣に成り果てる事がある。今のシンがその例だろうか。我を見失って殺意だけが先行し、肉体が後になって動いている。

 

 怒りと殺意の感情で乱れた魔力が右腕に籠められ、爪を延長させたような形になる。体を持ち上げて右腕を振りかぶり、体を倒しながら切り裂かんと振り下ろした。迫る魔力の爪を見ながら……蠅が止まれるような遅い動きで向かってくる爪を見ながら、歩いてシンの右側に立つ。

 

 遅緩した世界。リュウデリアの動きが速過ぎる事によって生まれる時間のズレ。シンにはどうしようも無い世界で、尻尾の先に純黒なる魔力の刃を創り出した。それを一振り。ひゅるりと尻尾を撓らせて、先まで自身が居た場所へ魔力の爪を振り下ろそうとしているシンの上腕の中間当たりを斬った。

 

 ピッと線が入り、純黒なる魔力によって形成された刃が通った場所が斬れ始めた。ゆっくり、ゆっくりと斬られた腕が離れていき、両断されて先が無い腕を振り下ろしたシン。斬り離された腕は、尻尾で掴んで手の中に収めた。遅緩した世界が終わり、等倍の世界がやって来る。

 

 

 

「……は?腕……俺の腕がぁああああああああッ!!」

 

「……はぁ。動きが遅いんだよ、塵芥が」

 

 

 

 シンの右側に立っていたリュウデリアが、今度は左側に立っている。瞬間移動したように感じるその動きの速さの中、加速して遅緩した世界でまた斬った。今度は何を斬ったというのか。それは、すぐに解った。

 

 手の中に収まるのは先程斬った右腕と、今斬って両断した左脚だった。腿の中間当たりを斬って斬り離された脚もその手に持ち、適当に宙へ放って弄んだ後、ゴミを捨てるように放った。宙を舞う腕と脚は、見ていて今呆然としている二匹の親龍の目の前に落とされた。

 

 あれ程自慢していた愛息子の大切な腕と脚が、斬り落とされて目の前にある。信じられず、顔色を蒼白くさせていると、リュウデリアはまだ足りないのかと思い、落ちている千切った翼に人差し指を向けて横に振った。すると千切れた翼が勝手に動いて、親龍の前に落ちている腕と脚の上に乗った。

 

 正真正銘、龍の肉の盛り合わせが出来上がる。どうだと目の前に置かれた腕や脚や翼を見て、親龍である母親が蹲って吐き出した。父親は蹲る母親の横で懸命に背中を撫でている。そんな二匹を見ながらリュウデリアはあくどい笑みを浮かべて嗤った。何処までも下に見た侮辱する嘲笑の笑み。ひとしきり嗤った後、今度はシンに視線を向ける。

 

 左の翼を千切られて飛ぶことは出来ない。右腕と左脚を斬り飛ばされた事により前に進むことすら至難の業だ。それでもどうにか動いて、此方に向かって殺意を孕んだ視線を向けてくる。小さな仔犬が懸命に威嚇しているようだ。少なくともその程度にしか感じない。

 

 口の端が吊り上がっていき、中から真っ白な歯が覗いてくる。段々と口が開かれ、出て来るのは嘲笑の笑い声だった。視線は完全に侮辱しきり、醜く憐れなものを見ながら、愉しくて仕方ないと語っているようだった。

 

 

 

「フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハッ!!アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!惨めだなァ?えェ?この上なく惨めだぞ塵芥の弟よォ?遙か格下だと思い込んでいた奴に良いようにやられ、怖くて怖くて体を震わせながら睨むしか出来ん弱者がこォんなところに転がっているなァ?」

 

「テ……メェ……ッ!!」

 

「ん?すまんが、喋っている位置が低すぎて声が届かん。もっと頭を上げたらどうだ?まるで土下座しているようだぞ。今更そんなことをせんでも、そうしたい気持ちは伝わっているからもう十分だ」

 

「────────────ッ!!!!!!」

 

 

 

 声にならない怒号を上げながら、残る左腕と右脚を使って跳び上がり、ケタケタと嗤っているリュウデリアに向かって襲い掛かりながら魔法陣を構築した。叩き込むのは今出来る最上級の魔法。炎系の魔法だ。それで焼き殺してやる。そう意気込んだところなのに、構築されて展開した魔法陣を叩き割って突き破り、純黒の鱗に覆われた腕が伸びてきた。

 

 跳び上がって襲い掛かったので、従来の龍の骨格では伸ばされた腕に対して迎撃体勢も取れない。いとも簡単にシンの頭を鷲掴んだリュウデリアは、腕力のみで体を捻りながら地面に叩き付けた。ばきりと不快な音がなりながら、次いで轟音が響いて床が蜘蛛の巣状に罅が入った。

 

 叩き付けられたシンは白目を剥き、頭から流れる大量の血が川を作り出し、罅が入った地面の隙間へと流れていった。どこからどう見ても決着。シンが手も足も出ず敗北し、実力の1割も出さずにリュウデリアが勝利した。達成感は無い。勝って当然のものを、唯勝っただけなのだから。

 

 

 

「実に下らん決闘だった。俺が勝った以上、俺達に関わるな。良いな」

 

「…………っ」

 

「何だ、返事をする口すらも無いのか。ならばその顎、取ってやろうか?」

 

「……わかっ……た」

 

「……お前達もつまらん」

 

 

 

 言葉を吐き捨てて見下した視線をくれてやった。見下されるのは怒りが湧いてくる。誰だってそうだ。しかし言い返す事は出来ないし赦されない。何故ならば弱いから。挑めば必ず殺されるということが解るから。リュウデリアの方が圧倒的……という言葉を使う必要が無いくらい強いからだ。

 

 強い方が偉い。弱い方が悪い。だから親龍はもうリュウデリアには何も言えない。これからも接触することは無い。決闘で定められた言葉は絶対。どれだけ不利でも、是と答えたならば守らねばならない。

 

 血塗れになって倒れているシンの傍に寄って泣き崩れている母親と、絶望している父親に背中を向けて歩き出した。その足取りは軽く、淀みないものだった。思う事なんてあるわけが無い。こうなって当然で、それで泣こうが叫こうが、最早リュウデリアにとっては関係無いことだから。

 

 はーあとつまらなそうに溜め息を吐きながら、巻き添えを食らわないように離れて見ていたオリヴィアの元まで行く。大きさ的に見上げていた彼女の前に手を差し出す。掌の上に乗り込むのを確認したら腕を大きく広げるので、顔の前まで持ってきて目を閉じる。そんなリュウデリアに、オリヴィアは優しく抱き付いた。

 

 

 

「お疲れ様。さぁ、行こうか」

 

「あぁ。待たせてすまなかった」

 

「大丈夫だ。とてもかっこよかったぞ」

 

「そうか?あの程度では全く力を出せなかったが、お前が喜んでいるならばやって良かったかもな」

 

「ふふっ」

 

 

 

 オリヴィアからの優しい抱擁を享受して少し経つと離れ、翼を大きく開いて二度三度軽く羽ばたいて準備を始めた。最後に離れたところに居る親龍二匹と血塗れの弟を見て、鼻で笑ってから、大きく翼を羽ばたかせて巨大な体を浮かび上がらせた。

 

 此処へやって来た時に降り立った場所までは歩いて向かおうと思っていたが、また歩いて目指している最中に親龍達のような奴等に絡まれても対処が面倒なので、このまま飛んで帰ることにしたのだ。オリヴィアはもう少し一緒に散歩しても良かったが、邪魔されるのも嫌なので反対はしなかった。

 

 ばさり、ばさりと羽ばたき、龍のみが住まう大陸“スカイディア”を後にしたリュウデリアとオリヴィアは、顔を合わせて笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、リュウデリアとオリヴィアが真っ直ぐにスカイディアへ向かう前に滞在していた町へ辿り着くことは無かった。

 

 

 

「──────あーあァ」

 

「──────こうして出会うとはな」

 

「──────突然変異の龍が一カ所に()()()な」

 

 

 

 何の運命か、リュウデリア以外に存在していた、人型に生まれた龍の突然変異2匹と邂逅を果たしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 一カ所に集まった、それぞれが莫大な魔力を内包する3匹の突然変異な龍。浮かべるのは、好敵手を見つけたという、何処までも獰猛な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第37話  三つ巴

 

 

 

 龍のみが住まう浮遊する大陸“スカイディア”。リュウデリアからしてみれば酷くつまらない、実にやるだけ無駄だった決闘を2回行い、呼び出された用件の龍王自らのスカウトを蹴り、いざ地上へ帰ろうとした時だった。

 

 空を飛べないオリヴィアは純黒の大きな掌の上に乗り、飛んでもらって移動していた。来たときの道は見るだけでは解らないが、リュウデリアには解るらしく、迷い無く真っ直ぐに飛んでいた。しかしゆっくり飛んで数十分が経った頃だろうか、ふと何かを察知したように前方じゃない方向を見るリュウデリア。

 

 飛んでいた飛行をやめてその場に留まり、しきりに首を動かしている。何かあったのだろうか。そう訪ねようとしても、どうやらかなり真剣に何かを感じ取っている様子なので話し掛けるのはやめた。その代わりに何かを探している様子が無くなったリュウデリアに、どうしたのか尋ねた。

 

 

 

「……強い気配だ」

 

「強い?お前が強いと言うならば……龍王レベルということか?」

 

「いや、そこまでは解らん。だが……この気配は尋常じゃなく強い。それに姿が見えないというのにこの魔力……龍王も合わせて今までで最高レベルの強さだ」

 

「……行ってみるか?」

 

「あぁ。お前にはすまないが──────今呼ばれた」

 

 

 

 何も感じなかったが、リュウデリアには解ったらしい。実のところピンポイントで強い気配を叩き付けられたので、相手もこちらの存在に気が付いているらしい。それを誘われているのだと正確に捉えた後は早かった。一応断りを入れて気配が飛んできた方向へと飛び始めた。

 

 とても強い気配が2つ、前方から感じ取れる。決闘で殺し合った精鋭部隊なんぞ道端の石ころに思える位の、計り知れない気配だ。直感するだけで、恐らくは自身と同タイプの龍だろう。でなければ絶対に可笑しい。これほどの強さを発せられて龍でなかったら何だというのか。

 

 ダメだ、笑みが浮かんでしまう。口の端が無意識に段々と吊り上がっていってしまい、笑みを作ることを止められない。オリヴィアを乗せていない方の右手をぎちぎちと握り込み、歓喜の感情を抑え込む。絶対に強い。今まで通り無傷とはいかないだろう。若しかしたら死ぬかも知れない。でも行く。必ず行って顔を合わせる。そしてしのぎを削るのだ。

 

 普通の人間も、魔物も、龍も、てんで相手にならなかった。傷一つ与えてくれる者が居なかった。態と攻撃や魔法を打ち込まれているというのに、仁王立ちで待ちの姿勢で居るのに、何をしているのかと叱責したくなるほど弱々しい攻撃や魔法ばかり。挙げ句には蠅が止まれるほどトロトロと動いてイライラする。

 

 普通でダメならば普通ではないものはどうかと、突然変異に期待した。自分と同じ突然変異ならば、多少は強く育っているだろうと。だが期待外れも良いところ。恩人の精霊であるスリーシャを襲ったジャイアントレントの突然変異は()()魔力を籠めただけの魔法で消し飛んだ。

 

 人間の突然変異で、『英雄』とまで謳われた者は確かに強かったが、それでも人間にしては強かったというだけ。人間が作った武器を扱う以上、それが鱗を裂けなければ倒せる確率は限りなく低い。つまり普通くらいの強さの龍が鱗が硬かった場合、人間の突然変異は敗れる。その位の強さだ。それでは満足出来ない。

 

 

 

 ──────……オリヴィアを共に連れて行ったら巻き添えを食わせる……だろうな。少なくとも俺が強いと判断出来る者達だ。下手な魔法一つでもオリヴィアに創ったローブの防御を貫通する恐れがある。ならば少し悪いが、離れたところで待ってもらう方が得策だろうな。

 

 

 

「オリヴィア、すまないが──────」

 

「──────別の場所で待っていれば良いんだろう?解っているとも。私が、リュウデリアですら強いと評す者達との戦闘に巻き込まれれば死ぬ。このローブも耐えられないだろう。大丈夫。私はリュウデリアを信じて待っているよ」

 

「……ありがとう」

 

「ふふ。どういたしまして」

 

 

 

 物わかりの良いオリヴィアはついて行かせてとは言わない。自身には治癒の力が有っても、戦闘に冠する力は皆無だからだ。今戦えているのはリュウデリアが自身のために創ってくれた魔法のローブが有るからだ。このローブ一つでも、一国の宝に勝る性能と価値が有るのだが、その防御性能ですらリュウデリアの攻撃には耐えられない。ならば、そんな者が強いと言える者の攻撃もまた、耐えられない。

 

 別に心配している訳では無い。自身の知る純黒なる黒龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラは最強の存在だ。勝利の星の下に生まれ、他の一切を殲滅するが為に力を手に入れたと言っても過言ではない。そんな大切で強いリュウデリアが負けるとは露程も考えていないのだ。

 

 自身では一緒に行けないならば諦める。唯それだけだ。世界にはそれが出来ず、連れて行ってと言って聞かない者達や、無理矢理ついていく者達も居るが、オリヴィアをそんじょそこらの聞き分けの無い者達と一緒にしないで欲しい。彼女はとても良い女なのだから、相棒を立てる事だって当然出来る。

 

 

 

「……どの位掛かるか解らんが、必ず迎えに来る。だから少し待っていてくれ。そのローブがある限り、人間には手出し出来んと思うが、念の為用心しておいてくれるか」

 

「うん。……いってらっしゃい、リュウデリア。気をつけてな」

 

「あぁ──────行って来る」

 

 

 

 既に2つの強い気配が一カ所に集まっているのを感じ取りながら、食べ物が豊富そうで川もある場所へ一旦降りてオリヴィアを降ろす。掌を地面に置けば、自分から降りてこちらを見上げてくる。顔の位置を下げて鼻先を近づければ、スカイディアを出る時のように抱き締めてくれた。温かい体温が伝わってくる。

 

 女神と言っても種族が神なだけで、血もあれば体温もある。目を瞑って享受してから顔を話して笑いかける。その笑みは獰猛でも何でも無く、オリヴィアの体温が移ったように温かいものだった。

 

 畳んだ大きな翼を広げて飛び立つ準備をする。一度羽ばたくだけでも、周りには強風が吹き荒れる。オリヴィアはローブを使った魔法で魔力の障壁を作って守りながら、少しずつ浮かび上がるリュウデリアに小さく手を振った。それに同じように小さく振り返し、大空へと飛んでいった。

 

 一瞬で米粒くらいの大きさになったリュウデリアを、それでも暫く見つめて魔力の障壁を消した。自然の風が吹いて長い髪を靡かせる。手で軽く押さえ付けて空を見ている彼女は儚いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは空を飛びながら強い気配が2つある場所へ向かう。距離は少し離れている。オリヴィアに万が一の被弾が無いようにするため、態と離れた場所へ降ろしたからだ。巻き込めば必ず殺してしまうと思う程の力の持ち主が2つ。やはり笑みが浮かぶ。

 

 ぎちりとした悍ましい笑みだが、ガラにも無く心臓が早鐘を打った。どきん……どきんと、血中の酸素を肺から脳を含めた臓器に送り渡らせる。体は炎系魔法を使っている訳でも無いのに沸騰するお湯のように熱く、けれどもそれに反して頭が氷のように冷たく冷静だ。

 

 既に今日は決闘を一度行った身ではあるが、あれは決闘と言っても戦いの内には入らないだろう。寧ろ軽くとはいえ準備運動が出来たのだと思えば良い。取り敢えずリュウデリアは今、いつも通り完璧の状態だ。いや、楽しみで仕方ない今はさらに完璧で最高と言って良い。

 

 自身の今の肉体状況を解析して問題ないと判断すると、見えてきた。周囲には木すらも生えていない、寂れた荒野。広さがあって変な遮蔽物も無い。周囲数十キロに渡って人が居ない場所。そこに、先に辿り着いた2つの存在があった。飛ぶのをやめて自由落下を開始し、地面に両脚で荒々しく降り立った。砂埃が舞って轟音も響いたが気にも留めない。翼で強風を巻き起こし、視界を明るくする。

 

 

 

「──────やァっと来やがったか」

 

「……待ちくたびれた」

 

「ははッ。少し野暮用があってな」

 

 

 

 居たのは、自身と同じように人型の姿をした龍だった。2匹とも腕を組んでこちらを見ている。最初に発言したのが全身を蒼い鱗に包んだ澄み渡る青空のような蒼穹の色合いだった。太陽の光に輝いて美しい。雄だと言われなければ思わず同じ雄でも見惚れてしまうだろう流麗な姿だった。

 

 もう1匹は赫い鱗に覆われた龍だった。リュウデリアよりも背が大きく、そして筋肉質とも言うべきか、胴も腕も脚も太く、逞しい。人間で言うならば筋骨隆々という感じだろうか。細めの印象を受ける蒼い龍とは対照的だ。

 

 自身以外の人型に近い龍……突然変異は初めて見た。いや、それも当然だろう。突然変異自体そう多くは無い。なのにこうして同じような姿形に生まれて、同じように莫大な魔力や、気配で感じ取れる肉体的強さを獲得した存在が、こうして出会った。これを運命と言わずして何と言えば良い?

 

 

 

「オレはクレア。クレア・ツイン・ユースティアだ。『轟嵐龍(ごうらんりゅう)』なんて言われてるぜ」

 

「……バルガス。バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス。『破壊龍(はかいりゅう)』……そう呼ばれている」

 

「リュウデリア。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。最近『殲滅龍(せんめつりゅう)』と言われるようになった」

 

 

 

 揃った3匹は名前を明かした。自己紹介らしいとは言えない、名前と二つ名だけの簡単な自己紹介。だがそれだけで良かった。必要なのは仲良くしようと歩み寄る事では無い。そんなものは今、必要では無いのだ。3匹は自己紹介をしておきながら、その体から莫大な魔力を放出していた。

 

 大地が地割れを起こしている。3匹を避けるように円を描いて無傷で、その周囲のみで大小様々な地割れが起きている。空間もびきりと音を立てて歪んでいき、この場所だけ風景が歪んで見える。大空も同様変異が起こり、何時の間にか発生していた黒い大きな雲が渦を巻いて雷鳴を轟かせている。

 

 まさに天変地異の前触れ。3匹はその場から動いてすらいないというのに、3匹以外のモノ全てが悲鳴を上げているのだ。大地は怒りを忘れ、大空は傍観を拒否する。世界最強の種族である龍が突然変異を起こし、本来より強大な力を手にした存在達が揃った事により引き起こされた。

 

 

 

「……例えば俺が、今こうしてお前達に会わなかったとして、それはそれで一つの道なのだろう。だがもう引き返せない、戻れない。そして過去の俺は、お前達を決して逃がさないだろう。何故ならば……もう会って知ってしまったから。熱く鼓動を刻む心の臓腑が語っている……これから起きる事はきっと愉しいと。さあ、魔力を滾らせろ。今はそれで十分だ」

 

「……そうだな。今更下らない話は要らねェよな。特にオレ達みたいなはぐれ者(突然変異)にはよ。だからやろうぜ。思う存分。己の全てを出し切った()()ってヤツをよ」

 

「……始まりを知らず……過程がどう有ったとしても……結末は変わらない。出会うべくして出会い……凌ぎを削る。我等にとって……これは上等過ぎる。故に……これは忘れられない……己の全ての一部となる」

 

 

 

 天変地異を巻き起こす3匹は魔力で全身を覆って肉体を強化をした。始まるのは戦い。決闘なんて不粋なものは必要無い。要らない。邪魔だ。気に入らないから、アイツの上に立ちたいから、勝って地位を手に入れたいから。そんな不必要なものを得るために戦うのではない。

 

 ただ戦いたい。この強い奴等と、己の全身全霊を賭して戦いたいのだ。その果てにあるのが、例え死であったとしても、全力で戦いたい。牙を使って、爪を使って、拳を使って、蹴りを放って、魔法を撃ち込んで……使えるものを全て使って戦いたいのだ。

 

 

 

「──────ふんッ!!」

 

「──────ッ!!がぁ゛ッ……ッ!?」

 

 

 

 戦いに始まりのゴングは無い。始まりは唐突で必然だ。赫龍のバルガスが大きな翼を広げて正面からやって来た。向かう先はリュウデリア。来たと思った瞬間、龍の動体視力でも捉えられない速度で動くことで入り込める遅緩した世界へと入った。この世界ならば全てが遅く緩やかになって、回避も攻撃も自由だ。だが無理だった。

 

 黄金の瞳が、縦に切れた黄金の瞳が限界まで虹彩を狭め、その光景を目にする。バルガスの赫い鱗に赫雷がばちりと発生し、帯電ならぬ帯雷する。リュウデリアを以てしても身の毛もよだつような超高圧の赫雷。それが齎すのは超加速だった。

 

 遅緩した世界に容易に入り込み、それでも尚尋常では無い速度で向かってくるバルガスが拳を握り締め、つい呆然としてノーガードのリュウデリアの左頬へ、硬く重い右拳を打ち込んだ。一瞬視界が真っ白になったと錯覚を引き起こす衝撃が訪れ、見上げる程の巨体は後方へと吹き飛ばされていった。

 

 地面を何度も錐揉み回転しながらバウンドして転がっていき、飛ばされている空中で翼を使い体勢を立て直す。地割れで避けた大地に左腕を突き刺してブレーキを掛ける。腕で地面を砕いて一条の線を作って300メートルは飛ばされた。威力を完全に殺して止まると、顔を上げる。

 

 

 

「……ッ……づぅ……は……ははッ!フハハッ!!ははははははははははははははははははははははッ!!ぁ゛あ゛……痛いなァ……これが……本当の痛みかッ!!鱗を貫通して肉体にまで辿り着く痛みッ!!愉しくなるぞ……これは愉しくなるッ!!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 ()()()()()。左頬の鱗に()()()()、その隙間から流れる赤い血。生まれてから初めて流す血だ。何かが流れる感触がして左手で頬に触れる。何かを拭って見てみれば、当然血が付着しているのだ。全身を強固な純黒の鱗で覆われているから見ることが無かった血。初めて見た時の感想は歓喜だった。

 

 誰にも傷つけられたことが無い体が、鱗が、初めて傷つけられて血を流した。つまり、一つ一つの攻撃が、リュウデリアの命の灯火を消す可能性を大いに秘めている事に他ならない。死ぬかも知れない。その感覚が、酷く心地良い。

 

 

 

「──────続けよう。俺は今、最高の気分だ」

 

 

 

 ついていた膝を上げて立ち上がり、左手についている自身の血を舐め取った。浮かべるのは嬉々とした獰猛で、悍ましい笑み。ケタケタと嗤いながら、大きく翼を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 耳を劈くような衝撃と爆発音が辺り一帯に鳴り響き、奔り、莫大な魔力が吹き荒れる。戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 



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第38話  まだ始まり

 

 

 

 

「──────ははッ!!ハハハハハハハハハッ!!そら征くぞッ!!今度は俺の番だッ!!」

 

「──────ッ……!!ぬぅ……ッ!!」

 

 

 

 翼を大きく精一杯広げた後、一度の羽ばたきでバルガスが肉薄にした。速い。そう思った時には目前の、懐に入り込まれて腹部に硬く握った右拳が捻じ込まれていた。一切の容赦が無い、鳩尾を抉り込むような殴打は内臓にまで容易に響く。ごぽりと血を吐きはしても、その場で耐える。

 

 打ち込まれた衝撃が背中から突き抜けて背後で砂塵を巻き上げた。だが大丈夫だ。鱗に罅が入っただけで大事は無い。みしりとめり込む拳と、ダメージを受けている事を確信しながら嗤っているリュウデリア。そしてその右腕を両手で掴む。

 

 何度か決闘をしたが、バルガスはそのどの相手も掴むだけで骨を粉々に粉砕し、少し力を入れただけで引き千切った。だが今回はそうもいかない。掴んだリュウデリアの腕が硬く、頑丈だったからだ。自身の腕よりも幾らか細い腕を掴み、肉を抉ってやろうと思ったが、見た目以上に中身が筋肉で詰まっている。超密度と言ってもいい。

 

 発せられる気配の強さから、肉体的な強さまである程度は把握していたつもりだが、どうやらこの純黒の黒龍も自身と同じように類い稀なる肉体に恵まれているらしい。龍という面を考慮しても怪物と評すしかかない筋肉密度。骨密度とのバランス。全てが完璧以上に完璧。

 

 右腕を掴まれた時、リュウデリアも左腕でバルガスの右腕を掴んで引き剥がしに掛かっている。互いに腕を掴み合って腕の筋肉が隆起する。びきびきとなりそうな程膨張する筋肉と、全力で掴んでいる事で眉間に力が入り、ヒクつく口角。鱗に覆われていて解らないが、人間だったならば腕や顔中に青筋を浮かべて血管が剥き出しになっている事だろう。

 

 力んだ力は腕だけではなく、全身を使っている。握力だけで互いの鱗に小さな罅を入れ始め、拘束を外そうとしているだけなのに2匹の足下は砕けていき、立ち上る覇気と肉体を強化している魔力によって地面の破片が浮かび上がって砕け散り、砂となっていく。

 

 

 

「──────ッ!!ふはッ。腕を斬り落とすつもりかァ?」

 

「……なんという切れ味」

 

「はッ!仲良くテメェ等でお手々繋いでっから隙だらけなんだよバーカ」

 

 

 

 2匹で筋力勝負をしている最中、丁度中間の位置に何かが飛んできた。気配察知で何となく何かが飛んできたことを感じ取り、危険信号が頭に流れ込んで来たので同時に掴んでいる腕を離して後方へと跳躍した。瞬間、三日月状の蒼い風の刃が飛来し、地を裂きながら目の前を過ぎて行った。

 

 地中深くまで斬り裂かれて一本の線が生まれる。遙か彼方まで飛んでいった風の刃は自然に消滅したが、その威力と切れ味は絶大だった。並の武器どころか名剣でも傷一つ、掠り傷すらつけられない鱗を持っているリュウデリアとバルガスが、避けなければ危険だと瞬間的に思う程の魔法。それを撃ち出したのはクレアであり、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

 

 魔法……というよりも、尻尾を下から上に向かって振って、その時に生じた風を魔力で強化させたのだろう。普通はリュウデリアとバルガスが危険だと判断して避ける程度のものにはならないはずなのだが、やはりそこは龍の突然変異とも言うべきか。魔法では無く魔力で強化しただけの風で致命傷成り得るのだ。

 

 距離を取った2匹を見ている蒼い龍のクレアはニヤリと嗤い、今度は尻尾で適当にやるのでは無く、腕を持ち上げて勢い良く振り下ろした。すると、鋭利な爪を立てて行った振り下ろしで生まれた風に魔力を籠めて飛ばしてきた。

 

 蒼い5つの風の刃が向かってくる。当たれば鱗は裂けてしまうだろう。しかしそう易々と受けてやるつもりは毛頭無い2匹は、魔力を籠めた風の刃の側面を狙って振り払った。消し去るのではなく振り払ったのは、方向転換をさせるためだ。狙うはもう一人の相手。

 

 リュウデリアとバルガスが弾いた風の刃は衝突しあい、消し飛んだ。考えることが同じだった事に小さく舌打ちをしながら、リュウデリアが仕掛けた。お返しと言わんばかりに、地面すれすれから掬い上げるように爪を立てた手を腕ごと振り上げた。同じく魔力を籠めた事による純黒の風の刃。

 

 三日月状になって地を斬り裂きながら向かってくる風の刃に臆すること無く、クレアは半歩横へ移動して軽々と避け、純黒の風の刃の後ろから風を纏った手を這わせて体をぐるりと回転させて軌道修正させた。飛んでいく方向を軌道修正された風の刃はバルガスに向けられ、斬り裂かんと差し迫る。

 

 だがやはり風の刃はバルガスに効かない。人差し指を向けて、指先から赫雷を生み出すと風の刃を覆って無理矢理消し去り、その奥に居るクレアの元まで伸びた。雷よりも速い赫雷をクレアは顔を傾けて避けた。顔を狙った一撃は直撃こそしなかったものの、頬を赫雷が擦っていった。直撃でも無いのに蒼い鱗が黒く焦げて脆くなり、確認のために触れただけで割れた。

 

 

 

「……やるじゃねぇか。んじゃ、今度はかなりキツいのいくぜ──────『螺旋する風塵の嵐(テンペンス・ティフォナ)』ッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

「……何……ッ!?」

 

 

 

 蒼い魔法陣が展開され、リュウデリアとバルガスを易々と覆い隠す巨大な竜巻が発生した。顔を両腕で庇って体勢を低くして凌ごうとするのだが、人生で初めての耐えようとする体が無理矢理持ち上がる規模の強風。空を飛ぶ以上風の抵抗の仕方は心得ているのだが、そんなことは無意味だと鼻で笑うように巨大と超重量の2匹を持ち上げて竜巻の内部で振り回した。

 

 風の渦の中に巻き込まれてしまい、翼を使って体勢を立て直そうとしてもダメだ、風が強すぎる。それも風で振り回されているだけではない、岩や小石が一緒に巻き込まれて弾丸のように飛んでくる。単なる石礫ならば鱗に阻まれてダメージにすらならないが、竜巻の中で加速し続けた石礫は、抉りや破壊を起こさないまでも、着実に鱗へダメージを与えてくる。

 

 小さな目に見えるかどうかの罅一つでも入れば最後、執拗に石礫が当たってやがては鱗が砕ける。それに鱗よりも格段に柔らかい眼球なんかに当たってしまえば失明は確実。風の渦の中に居る以上どこに居ても射程範囲だ。なので早めに風の檻に思える大竜巻から逃げ果せねばならない。

 

 ここは一つ、魔法を撃ち込んで無理矢理強制解除させてやろうと、目を瞑っていて平衡感覚が訳の解らない状態になりながら、腕を突き出して魔法陣を展開しようとして、共に巻き込まれているバルガスがリュウデリアより先に魔法陣を展開した。赫い魔法陣が構築されて赫雷が轟く。一条の赫雷が、上空の黒い雲から落ちてきた。

 

 

 

「──────『灰燼へ還す破壊の赫雷(エレクトル・サンダリオ)』」

 

 

 

 音よりも速いという雷。それすらも軽く凌駕する赫雷が一条、天から落ちて巨大な竜巻の中心を突き抜け、大地へ到達した。そして大爆発を引き起こす。内部からの爆発によって竜巻は跡形も無く消え去り、余りある爆風がクレアを襲う。吹き飛ばされないよう顔を守って翼を畳む。

 

 薄目を開けて爆風が向かってくる中、前を見ると黒い煙が上空へと上がって行っているではないか。細い赫雷一つにしては爆発の範囲が広すぎるし威力が高すぎる。破壊の一撃と言われて納得しない者は居ないだろう。そして爆発の衝撃が終わっていない最中、大きな影が此方へ向かって飛んでくる。

 

 バルガスだ。彼が赫雷を纏いながら向かってくる。遅緩する世界にも入り込んだ速度には対応出来るかと思われるクレアだが、当然出来る。流石にリュウデリアとバルガスのように魔力を使わないで入ることは難しいが、魔力で強化すれば何ともない。

 

 目を細めて遅緩した世界に入り込む。腕を振り上げて拳を叩き付けてくるようだ。筋肉に恵まれたバルガスがやれば脅威となる殴打は、受ける訳にはいかない。腕を前に着き出し、掌を向けて風の障壁を30枚設置した。超至近距離で作られた風の障壁に、バルガスが拳を打ち込む。

 

 ばきりと音がなって風の障壁がいとも簡単に砕け散る。強度の低いガラスを割ったようだ。拳は風の障壁を叩き割っていくが、10枚を過ぎたら減速し、28枚目で完全に止まった。拳を止められた事に目を細めているバルガスに対して、まるでどうだと笑っているクレアであるが、内心では舌打ちをしていた。

 

 これまでで1枚すらも割られたことが無い超頑強な風の障壁。それを脆いガラスを殴ったように破壊して、一度の殴打で28枚も割ってきた。念の為に30枚作ったが、危なく全て破壊してくる勢いだった。同じ龍でも、1枚も割った事が無い風の障壁。コイツらはやはり今までの奴等とは全く違うと改めて思う。

 

 拳を止められたバルガスとて思う事がある。リュウデリアを殴った時、()()()()済んでいた。本来ならば頭が消し飛んでも可笑しくは無かった。事実、龍の決闘の時に頭を握り潰す他、殴って消し飛ばした事もある。だから肉体の強さ、内包する魔力の豊潤さ、そしてクレアのような強固な魔法の障壁を作り出す魔法のセンス。それらが全て今までの相手とは違うことで、こんな者達が()()()()()()()()()と安堵し、昂奮するのだ。

 

 

 

「オレの魔法バカみたいに叩き割りやがって筋肉野郎が……吹き飛べオラァッ!!」

 

「……私の攻撃を止めるのは……お前達くらいだ……焼き消えろ」

 

 

 

 赫き龍のバルガスからは尋常ではない圧力の赫雷が、蒼き龍のクレアからは有り得ない程の強い蒼風が、目前の相手に向かって向けられた。赫雷と蒼風。一歩も譲らない魔法のぶつかり合いは拮抗状態を作り出し、バルガスの背後へ赫雷が返ってきて、蒼風もクレアの背後へ吹き荒れていく。

 

 赫雷は大地を焼いて砕き、破壊を撒き散らす。蒼風は大地を抉って吹き飛ばし、嵐を生み出す。目と鼻の先に相手が居るというのに放たれた魔法は中間地点で空間の歪みを発生させている。何時暴発しても可笑しくない状態でも2匹は止めない。止めれば最後、相手の魔法を全身で受け止めることになるからだ。

 

 赫雷か蒼風か?どちらの魔法が相手を呑み込むのか。固唾を呑み込むような熱い拮抗状態は、純黒の光りによって幕を引かれるのだった。先程バルガスが落とした赫雷によって爆煙に包まれた場所から、細い純黒の光線が地を削りながら此方に向かって向かってくるのだ。離れようとするよりも速く、純黒の光線が届いた。

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 凝縮した魔力をただ解放して解き放つものとは違い、範囲を狭めて収束する事により一点集中の破壊力を生み出す。細い見た目とは裏腹に、受ければ光線の直径よりも大きく抉れて消し飛ぶという相反した現象を巻き起こす純黒の光線は、大地に照射しながら上へと角度を上げて突き進み、最後は真上まで登った。

 

 瞬間、純黒の光線に晒された大地が順々に大爆発を起こしていった。強大な魔力の奔流によって破壊が捲き起こり、赫雷による爆煙よりも巨大な爆煙が広範囲に渡って発生した。更にそこに、バルガスとクレアが魔法をぶつけ合った事で生じていた空間の歪みに第三の莫大な魔力を注ぎ込まれたことにより、暴発して大爆発を引き起こした。

 

 連鎖的な大爆発が衝撃を発生させて撒き散らす。そもそも放たれた純黒の光線が大地を地中深くまで抉り破壊している。更に爆発。元々何も無かった荒野だったが、最早何も無いとは言えない。破壊された大地という名に変えられている。

 

 黒い爆煙が風に流れて晴れていく。明瞭な視界が確保できるようになって見えてくるのは、莫大な魔力を籠められた光線による、想像を絶する大爆発で死んでしまった2匹の龍……ではなく、赫い球状の障壁で全身を守っていたバルガスと、同じ蒼い障壁で全身を守っていたクレアだった。

 

 もう問題ないと判断して障壁を解く。所々が隆起していたり数十メートルに渡って地下深くまで消し飛んでいたりと、戦いが始まる前とは一目瞭然で酷い有様だ。そして残りの爆発の黒煙からリュウデリアが歩いてやって来る。ダメージはバルガスからの初撃の殴打以外には無さそうだ。赫雷を障壁で凌いだのだろう。

 

 3匹はまた最初の時のように集まった。少しの傷はそれぞれ負ってはいても、深傷ではない。だが相手が強いということが解った。ならばどうするか。ギアを上げる。戦うためのスイッチを完全に入れて、ギアを最高潮まで引き上げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 愉しそうに、可笑しそうに嗤う。クツクツ、ケタケタと。これほど出来る者は居なかった。故に、この戦いに終わりが見えた時、勝ったときは酷く寂しい思いをすることだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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第39話  戦いの中で

 

 

 

 風。地球上に於いて水平な空気の流れであり、気圧の高い所から低い所に向かって吹くもの。毎日世界中で吹いている風はそよ風などがある以上、風の魔法と言われても炎や雷といった、触れるだけで人体に悪影響を及ぼす属性よりも幾分か威力不足であったり、強そうという意識は抱かないだろう。

 

 獄炎。煉獄。業炎。文字に起こしたり、言うだけで強そうと思う他の属性に比べて、強風や疾風等という言葉がよく聞くだろう。だが風にも業風や極風というものがあり、風と一概にいっても様々なものがある。

 

 結局のところ何が言いたいのかと言うと、名前負けしているように思える“風”というのは、実際のところ強力な力の塊であるということだ。操作することも緻密な操作技術が必要になり、遮蔽物が少しあるだけで風の動きが変わってしまう。だが、そんな難しい魔法を手脚のように操り、死を招く風として在るのがクレアだ。

 

 蒼い魔法陣がリュウデリアの足下に現れて風が渦を巻き上げ始めた。世にも珍しい蒼い風が遙か上空まで渦を巻いて竜巻を発生させる。今居る場所は渦の中心。竜巻が攻撃となっている訳では無く、石礫も一緒に巻き上げて叩き付けてくる訳でも無い。何が目的なのかと探ったが、答を導き出すよりも身を以て知る方が早かった。

 

 

 

「…っ……ひゅ…ッ…!?こほ……っこほ………ッ!?」

 

「苦しいよなァ?巻き上がる風は酸素を奪う。お前が居るところは無酸素状態になてンだぜ。早くしねーと酸素不足で窒息死だな」

 

「……ッ……──────『廃棄されし凍結雹域(ルミゥル・コウェンヘン)』」

 

「……へぇ。オレの風を凍らせるたァ、流石だねェ」

 

 

 

 酸素不足によって呼吸困難を起こしたが、純黒の魔法陣を展開して天まで伸びる暴風の竜巻を一瞬で凍り付かせた。ぱきりと凍り付いて純黒の氷の塊となった竜巻は、内部からの衝撃で粉々に砕け散った。割れた純黒の氷の破片が空から降り注ぎ、心なしか気温が少し下がった気がする。雨にも思える氷の霰の中でリュウデリアが向かってくる。

 

 口の端を吊り上げながら、愉しそうに向かってくる。クレアは自身も同じように嗤っていることを自覚しながら、前方に爆風を発生させた。目前まで距離を詰めた純黒の手が伸びる。鋭い鋭利な爪で引き裂こうとしたのだろうが、風の壁によって動きは止まり、近付かせないように正面から叩き付けられる風に抗って腕を突き込もうとする。

 

 しかし腕は前に進まなかった。爆風による壁は強く、風の向きが対抗してきてリュウデリアの腕力でも無理だった。そこで物理による攻撃から魔法による攻撃に切り替えた。悟られないよう精密な魔力コントロールで魔法の発動に必要な魔力の溜めを誤魔化し、魔法陣の展開を破却して全身から純黒の雷を放出した。全方位、無差別放雷である。

 

 

 

「──────『殲滅龍の黒纏雷迸(こくてんらいほう)』ッ!!」

 

「──────スゥ……ッ!『轟嵐龍の風域・(ゼロ)』」

 

 

 

 雷は真空の中を流れていく事は出来ない。風で自身の周りの空気を固定し、風の爆弾を態と爆破させて空気を飛ばして真空状態を作る。するとリュウデリアの全身から迸る純黒の雷が、クレアの周囲に形成されたドーム型の真空空間を避けていった。風どころか空気の無い零の空間を意図的に作り出す魔法。

 

 但し、この魔法を使えば空気が無くなるので酸素も無く、呼吸が出来ないので発動する直前で大きく息を吸う必要がある。10秒程純黒の雷が放雷され続けたが、クレアには掠りともしなかった。これ以上は意味が無いと判断して放雷はやめた。放雷が終わるとクレアも真空空間を解いて息を吸う。10秒程度ならば何の問題も無い。仮にずっと放雷されて酸素が足りなくなっても別の魔法を使って拮抗状態を無理矢理解いた事だろう。

 

 リュウデリアは内心で感嘆とする。悟られないように魔力を操作したというのに、それを見抜いて放雷するよりも先に魔法を使って防いできた。恐らく、クレアは自身よりも魔力感知の能力が高く、魔力の操作技術も飛び抜けている。龍は魔法が得意で、修得さえすれば使えない魔法は殆ど無い。だが得手不得手が存在する。中でもリュウデリアは風系の魔法は余り使わないのだ。

 

 

 

「俺の動きを止める程の風魔法。実に素晴らしい。よくぞそれ程の技術を磨き上げた。俺はお前ほどの操作技術は持ち得ていない」

 

「そいつァどーも。お前だってあの魔力出力は尋常じゃねぇな。しかもお前の内包する魔力総量だ。有限が無限に感じる圧倒的底無しの魔力総量。俺の魔力も相当なモンだが、お前と比べたら足元にも及ばねぇだろ。それに……お前さては()()()()()()()()()()()?器用な奴だぜ」

 

「お褒めに預かり光栄だ。話すのも吝かでは無いが、俺はそれより──────続きをしたいものだッ!!」

 

「はッはァッ!!こいやァッ!!」

 

 

 

 どちらも嬉々として魔法を撃ち放った。純黒なる魔力と蒼い魔力が衝突し、相手の命を奪わんと死神の鎌と化すのだ。嵐が生まれて暴風が吹き荒れる危険地帯の中心で戦う2匹は、その戦いの激しさとは裏腹に、遊んでいるようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルガスは肉体派だ。逞しく太い腕や脚から繰り出される一撃は、龍にとっても必殺の力を秘めている。それ程の肉体を持つならば、動きが遅くても可笑しくは無いのだが、そんなことは無かった。速いのだ。バルガスは筋肉が発達しているにも拘わらず、超高速で動くことが出来る。

 

 全身を覆う鱗と同じ色の赫い雷、赫雷を纏えば更にその動きは加速する。威力も倍増し、魔力による肉体強化に重ね掛けの強さを発揮した。音よりも遙かに速い雷。その雷よりも速い赫雷。故にこれまでバルガスの動きの速さについて来れた者は皆無だった。突き付けられた決闘にも、ゼロコンマ9秒以内に勝利した。

 

 速さと力による純粋な破壊は、バルガスにとって自慢出来るものの一つだった。だが今、その速さについてきて、尚且つ同等の力を持つ存在が現れた。戦いが始まるゴングの代わりとなったリュウデリアの頬への一撃。全力ではないが、それなりの速度で動いた。しかし黄金の瞳が自身の動きを追い掛けてきた。

 

 防御しようと腕が持ち上げようとした事には気が付いた。だが笑みを深くして腕を上げることをやめたのだ。まるで態と受けたみたいに。いや、恐らく態となのだろう。頬の鱗が割れて血が流れ、触れてみて血を見た後に少し驚いていた。十中八九初めての負傷。なのに嬉々として向かってくる。

 

 つまり負傷したことが無かったのだ。だから傷から流れてくる血に驚いた。だがそれは納得出来る。殴った時の感触が、初めて感じる硬さだった。殴った手が痺れる程の。頭も破裂四散しなかった。首の筋肉のみで耐えてみせた。類い稀なる肉体の持ち主だ。

 

 

 

「ぐッ……ははッ!!」

 

「……がッ……ハハハ……ッ!!」

 

 

 

 赫い赫龍と純黒の黒龍が超至近距離で殴り合っていた。防御も回避も関係無く、固く握った拳で殴り、鋭利な爪を立てた手で切り裂き、長い尻尾を叩き付ける。脚で蹴りを叩き込んだりもする。只管近距離戦を仕掛けあっている。

 

 2匹のが一撃入れる度に周囲へ衝撃が奔る。地面が少しずつ砕けて岩が隆起し、砕ける。その一撃を他の龍が受ければ一瞬でその命を散らされる事だろう。それを受け続けられるのは、攻撃が触れる刹那、当たる範囲のみに膨大な魔力で防御して威力を最低限まで落としているからだ。だがそれでも余りある攻撃の威力がやって来る。数打てば鈍痛が体内に留まる。

 

 

 

「──────フンッ!!」

 

「ぐァ……ッ!!はははッ……次は俺だッ!!」

 

「ぐぶ……ッ!!」

 

 

 

 赫雷を纏った左拳が右頬に打ち込まれた。魔力を当たると読んだ場所へ厚めに纏わせ、拳が触れると赫雷が爆ぜた。迸る赫雷が厚めに設定していない体の部位まで影響を及ぼし、体が軽く痺れる。右頬を厚めに魔力を集めたと言っても、そもそも鎧のように魔力を全身に覆わせていた。防御態勢は十分だったが、赫雷は貫通してきた。

 

 何という電力だろうか。土が触れただけで真っ黒に焼けるほどのものだ。魔力の防御が無ければ鱗の奥にある肉が焼け焦げてしまうかも知れない。でも避けない。殴られた以上殴り返した。

 

 純黒なる魔力をゆらりと纏わせた右拳がバルガスの左頬へ打ち込まれた。返しの一撃。だがその纏わせている魔力が見た目、察知出来るものよりもより濃密で、打ち込まれた瞬間後ろへ仰け反るほどの威力があり、純黒なる魔力が触れた部分が侵蝕される。まるでその部分が自身の肉体の一部では無いようだ。触れ続ければ純黒に呑み込まれる。だが敢えて殴り合うのだ。今度はもっと濃い魔力で覆えば良い。

 

 殴打すれば鱗に罅が入り、爪を使って引っ掻き、切り裂けば鱗が斬れる。それを交互にやり合っていて、2匹は少しずつではあるが全身を傷だらけにしていた。今まで何をされようと無傷だったというのに、最初とは一目瞭然で違う。血を流して痛みを感じながら戦っている。

 

 腕、脚、腹部、頬、リュウデリアの全身のあらゆる場所で赫雷が帯電している。雷とは訳が違う膨大な魔力によって形成される赫雷は、魔力で覆っているのに、その上からダメージを与えてくる。逆にバルガスはあらゆる場所が純黒に侵蝕されて、少しずつ動きが鈍くなっていた。

 

 

 

「帯電しているだけで、俺にダメージを与えてくる赫雷。何という威力だ。破壊龍とは良く言ったものだ。お前の殴打一つ食らえば、そこらの雑魚ではまず耐えられまい。速度も感嘆とさせられる。纏う赫雷の魔力が1だとして、俺は5の魔力を使用しなければお前に速度に対抗出来ない。実に素晴らしい速度と破壊力だ」

 

「……お前も……その魔力総量、そして質量と侵蝕性は脅威だ。触れられた部分が侵蝕され……まるで自分のモノでは無いようだ。私の速度にもついてくる……今まで居なかった……攻撃にも耐える……打った手が痺れる程の硬度……素晴らしい」

 

「侵蝕か……確かにこれは無差別なものだ。少し使うだけで他の生物や無生物が純黒に呑み込まれる。日常では使いづらいが、こういった戦いでは良い力を発揮する。早くしなければ呑み込まれて死ぬぞ?」

 

「……だが、私はこの戦いを……大いに楽しみたい。その為ならば……この程度……どうという事は無い」

 

「そうか……──────では再開だッ!!」

 

「……──────然りッ!!」

 

 

 

 体に帯電する赫雷を純黒なる魔力で覆い、侵蝕して消し去ったリュウデリアを見て、実に厄介な魔力だと思う。自身の魔力を呑み込むそれは、触れてもダメな代物。なのに相手は帯電したとしても消し去る事が出来る。不公平も良いところ。だが良い。戦いとはそういうものなのだから。

 

 純黒に染まっている拳を強く握り込み、向けられる殴打に対抗して拳を叩き付けた。衝突の瞬間に腕全体へ広がる衝撃と痛みは無視できるものでは無いが、実に心地良いものだと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟嵐龍と破壊龍が暴風と赫雷を生み出して戦っている。目まぐるしく変わる対戦相手で、風と雷という自然現象にも見られる属性。一見風では雷に対抗出来ないように思えるが、そんなことは無い。あの赫雷の軌道を逸らすことも防ぐことも出来る。

 

 寧ろ上手く攻撃が通らないのは雷の方だ。風よりも面での攻撃にも劣る雷は、一点集中の貫通型で勝負に出るのだが、どうも風の壁が破れない。強大な風のエネルギーを凝縮した風の守りは鉄壁で、雷が貫通することも出来ないのだ。だがそれは魔法で貫通を目指した場合である。身体ごと弾丸のように突貫した場合は、その限りでは無い。

 

 赫雷だけでは破れなかった風の壁が、バルガスの赫雷を伴った拳で破壊される。全力の防御だったのだが、いとも容易く破ったのでまた数で勝負に出ようと、自身とバルガスとの間に50枚の風の障壁を張った。しかしそれは全て破られた。30枚で辛うじてというレベルだったので、今回は50枚も張ったというのに、意味が無かった。

 

 いや、意味が無かったとまで言うと大袈裟か。完全に防ぎきる事は出来なかったが、殆どの威力を殺すことに成功している。この場に居る3匹の中でも一番非力なクレアでは、バルガスの本気の殴打は流石に堪える。最低でも威力を殺しておかねば、一撃で途轍もないダメージを負う事になる。

 

 

 

「……ッ!!づぁ゛……ッ!?マジかよ!あれだけ障壁叩き割っておきながらこの威力かッ!!」

 

「……お裾分け……だ」

 

「あぁ?……お前、中々の性格してやがんなオイ……ッ!」

 

 

 

 仕方ないので魔力の纏わせた両腕をクロスさせて、叩き付けられる拳を受けた。だが、殆どの威力を殺している筈なのに、クレアの体は後方へと仰け反った。脚が地を削って獣道を作り、100メートルは飛ばされて止まった。受けた腕が痛み、痺れる程度には残っていた拳の威力。とてもでは無いがノーガードでは受けられない。

 

 そしてバルガスからのお裾分けという言葉に首を傾げたが、両腕の違和感を感じて目を落とせば、触れられた部分に純黒が移り、侵蝕していた。何故かバルガスの体の所々が純黒になっているので不思議だったが、こういう事かと納得した。

 

 今のところ最もダメージが少ないクレアだったが、純黒を擦り付けられた事でそうも言ってられなくなった。魔力で抵抗しているが、確実に純黒の侵蝕が進んでいる。擦り付けてくるのもそうだが、侵蝕を完全に止められそうにない純黒を扱うリュウデリアの凶悪性にも舌打ちをした。

 

 

 

「お返しだぜ。受けてみなッ!!」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 クレアが指を鳴らすと、バルガスの四方と真上に蒼い魔法陣が展開され、爆風が生み出された。周囲から一斉に向けられる爆風の所為で身動きが取れない。体を風の暴力で拘束されたことに舌打ちをしていると、クレアの方から違う魔力の動きを感じた。

 

 動けないバルガスを見ながら、ふぅっと息を吐き出す。すると息は蒼み掛かり、前で円を描き始める。吐息が円陣を作り出すと膨大な魔力が注ぎ込まれ、蒼い光りを発し始めた。マズいと思った時には、その円陣から蒼い光線が放たれた。風で身動きが取れないバルガスへ向けて。

 

 巨体である龍の体を簡単に呑み込める程の太さを持った蒼い光線が、地を削りながら向かってくる。風の力でその場に磔にされたバルガスは目を細め、流石に食らうのはマズいと判断して赫雷を解放した。全方位への放雷で真上と四方から放たれる風を無理矢理掻き消し、動きが取れるようになると、差し迫ってくる蒼い光線を両の腕で受け止めた。

 

 計り知れない威力と魔力を籠められた光線は、真っ正面からだというのにも拘わらずバルガスを押した。魔力を全身に漲らせ、赫雷すらも纏っている自身を押す蒼い光線に、踏ん張っている脚が地を滑りながらも受け止めている。このままでは押し切られるか、暴発で爆発に巻き込まれるかの2択しかない。

 

 そこでバルガスは気配を探り、後ろに向かって全力の力を使って蒼い光線を受け流した。軌道変更された蒼い光線は、バルガスの狙い通りに、こちらへ向かってきていたリュウデリアへと標的を変えた。だがある程度察知していたリュウデリアは、口内に溜めておいた純黒なる魔力を解放した。

 

 バルガスでも受け止めきれない膨大な魔力を籠めた蒼い光線は、純黒なる魔力に呑み込まれてしまい、衝突した時は少し拮抗したが、すぐに呑み込まれて押し負けた。太い純黒の光線が向かってくるが、バルガスとクレアは距離があったので避けることが出来た。標的を失った光線は直線的に突き進み、遠くにあった山を根刮ぎ吹き飛ばした。

 

 

 

「ったく……お前らタフすぎんだろ。どんだけ魔法ぶち込めば良いんだよ」

 

「……私の魔法も……然してダメージを与えられて……いない」

 

「タフと言ってもダメージを受けていない訳でも無く、魔法ではなくとも物理的にはダメージを受けている。だがそうだな……お前達も使()()()()()()()?ここは一つ、勝負といこうか」

 

「──────良いぜ。ノってやるよ」

 

「──────構わない」

 

 

 

 またもや集まった3匹は、繰り出す攻撃が必殺の一撃だというのに有効打成り得ていないことで焦れったさを感じていた。確かに今までに無い強い相手に楽しさを感じてはいるものの、こうも拮抗しているとドカンと大きいものをキメたいと思うのは不自然では無いだろう。故に、ここで勝負に出る事となった。

 

 魔法を扱える者の中でも、世界的に極々選ばれた者のみが出来るという魔法の極致。リュウデリア、バルガス、クレアは両手の平を体の前で合わせ、体内に内包する魔力をこれでもかと使用し、魔法陣を足下に展開した。純黒の魔法陣。赫い魔法陣。蒼い魔法陣。この3つが範囲を広げていき、他の魔法陣に触れた瞬間拮抗し始めた。

 

 

 

 

 

 

「「「─────────術式展開」」」

 

 

 

 

 

 

 莫大な魔力が飛び散る。選ばれた者のみが使用を赦されるとされる魔法の極致。何の因果か、この場に居る3匹は、既にソレを己のものにしていた。何が起きるのか、何が起きてしまうのか。想像もつかない現象が今、始まろうとしていた。そして遂に3匹の戦いは終わりを迎えようとしており──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーっはははははははははははっ!!わっかっるぅー!アイツらオレ達の事呼び腐っておきながら……手脚となれ……とかほざきやがってよー!しょーもねー!オレが誰かの下につくとでも思ってンのかよバァーカ!!イモムシになって出直してこい!!」

 

「……私は……悍ましい貴様なんぞ要らないと言われ……決闘を申し込まれた。だが……アレ等は弱い。魔力も纏っていないのに……殴れば頭が弾けて死んだ……弱くて話にならなかった。行くだけ無駄……そして時間の無駄だった」

 

「はははははははは!!俺の時も悍ましいやら弱いやらお前の身には余るやら散々吠えられたが、精鋭の……何だったか……ハムだか何だかを殺したら途端に黙ったぞ!?スカイディアに居る龍は龍王を除いて脆弱過ぎてつまらんなァ!!」

 

「ふふっ。リュウデリアも楽しそうだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 何時の間にか、あれだけ戦っていたリュウデリア、バルガス、クレアは、龍の実で作られた酒を飲みながら馬鹿笑いして宴をしていて、その様子をオリヴィアは微笑みながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 



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第40話  新たな友


この作品は『カクヨム』で投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



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 奇しくも集まった3匹の突然変異の龍達は、周囲一帯に破壊と天変地異を撒き散らしながら戦って戦って戦って、戦い続けた。地上でも戦い、遙か上空でも戦い、拳を使って、脚を使って、爪を使って、牙を使って……そして魔法を使って戦った。

 

 3匹の誰もが龍の中でも最上級レベルの力を持ち、その戦いの余波だけでも国が滅ぶだろう。一撃が相手の命を刈り取れる代物だが、それらを巧みに弾いたり防御したり、態と受け止めたりしてやり過ごし、戦いを激化させていた。そうして戦い続けること()()()()。休む間もなく、龍の戦いは終わらなかった。

 

 後に大地は広範囲に渡って純黒と化し、黒い雷雲が赫雷の雨を降らせ、超常的な大竜巻を発生させ続ける超危険地帯へと変貌させた。生物は一切住めず、横断しようとした者達は残らず帰らぬ人とさせる、死の地帯だ。そんな区画を作り上げた張本人である3匹の龍は、睨み合っていた。

 

 

 

「はぁ……ぜぇ……はぁ……ぜぇ……っ!!」

 

「……ふぅ……はぁ……ふぅ……はぁ……っ!!」

 

「はーッ……はーッ……はーッ……はーッ……っ!!」

 

 

 

 但し、疲労困憊である。7日7晩全力で戦い続けた3匹は、全身がズタボロだった。鱗は殆ど砕けて罅だらけだし、バルガスとクレアに関しては全身の7割が純黒に侵蝕されている。その代わりにリュウデリアは鱗が焦げていたり罅が入っている部分が2匹に比べて多い。

 

 最初こそ戦いが終わらず1日が経ち、この程度ならば驚くほどでも無いと思ってはいたが、まさか7日7晩も戦い続ける羽目になるとは思ってもみなかった。3匹が体力を有り余らせていたから、こんなにも長時間戦闘を行えたのだ。普通はここまで休憩無しで戦い続けることは出来ないだろう。

 

 今は息も絶え絶えで肩で息をしているような状態だが、それでも尚睨み合っている。膝に手を置いていたり、フラフラしていたり、尻尾で支えてどうにか立っている状況で、3匹が同時に巨大な魔法陣を展開した。もう限界だ。だから最後の一撃を撃ち込もうと考えていたのだ。しかし、その魔法陣が魔法に使用される事は無かった。

 

 赫い魔法陣と蒼い魔法陣が虚空へ溶けるように消えた。次いでバルガスとクレアが膝を付き、瞳の光を消して大地に倒れ伏した。巨体が倒れてずしんと地響きを鳴らし、2匹が動くことは無かった。唯一立っているリュウデリアも魔法陣が消えてしまったが、意識を手放すことは無かった。

 

 

 

「……俺の……勝ちだ……ッ!!はぁ……げぼッ……ごぼッ……はぁ……はぁ……トドメを……刺さねば……」

 

 

 

 戦いはリュウデリアの勝ちだ。倒れ伏した2匹を見下げる、リュウデリアこそが勝者なのだ。故に彼は、心の底からの感謝の気持ちを抱きながら2匹にトドメを刺そうとする。肉体は酷使し過ぎて指一本動かすのも痛くて億劫だが、対してまだまだ有り余っている魔力を左右の手に覆わせて一歩一歩近付く。

 

 よもやここまで戦える存在が居たとは。こんなにも楽しい戦いを繰り広げてくれる者達が存在してくれていたとは。世の中捨てたものではないと実感したリュウデリアは、最上の感謝の気持ちを、トドメを刺すという形で示す。その為の歩み。その為の魔力。だが、やはり肉体は酷使し過ぎたようだった。

 

 口から血を吐き出しながら歩いていると、大量の血が純黒に変色して侵蝕された大地に垂れ落ちる。血に塗れていない箇所が無いという重傷でバルガスとクレアの元までやって来たのは良いが、そのまま前のめりに倒れ込んだ。3度目のずしんとした地響きが鳴り、周囲には静けさが生まれる。こんなところで……そう思いながら、リュウデリアは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────……ッ………くっ……」

 

「……よぉ……起きたか」

 

「……私達も……今起きたところだ」

 

「……どうやら、最後の最後で気絶したようだ……な」

 

「こんな傷じゃあ……仕方ねーだろう……よ」

 

 

 

 体の痛みを感じながら重い瞼を開けて目を覚ますと、目に映るのは赫雷を迸らせる物騒な雷雲だった。快晴の空ならば幾らかのスッキリした気持ちになるのだが、残念ながらこんな天変地異みたいな天気にしたのは自分達である。

 

 気絶している間に寝相が変わったのだろう。仰向けでボーッとしながら瞬きをしていると声が聞こえてくる。すぐ近くだ。記憶にあるバルガスとクレアのものだ。どうやら自身よりも先に目を覚ましていたらしい。

 

 体中から流れる3匹分の血が大地に流れて1つの赤黒い川と化していた。鉄臭い臭いもしていて生々しい。だがこれが自身も負傷している証なのだというと不快には思えない。仰向けに寝ているだけで体が怠くて痛くて辛いが、今は良い気分だ。

 

 天変地異が引き起こされている中、3匹と揃ってボーッとしていた。何をするでもなく、唯ボーッとした。それからどれだけ経っただろうか。恐らく5分程度だろう。だがその5分程度が経過したその時、誰かが吹き出した。クツクツと面白そうに笑い、つられて他の2匹も笑った。大きな口を開けて、鋭利に尖った牙を見せながら、大いに笑った。

 

 

 

「はーっ!腹痛て……色んな意味でいてーけど、清々しいぜ。まさか負けるとはなァ……。初めて負けたぜ」

 

「……私も……初めての敗北だ」

 

「勝ったと言っても、最後は気絶したがな」

 

「トドメは刺さなくて良いのか?オレ達を殺す権利は、オマエにはあるんだぜ」

 

「……所詮敗北した身。甘んじて……受け入れよう」

 

「……別に決闘をしていた訳ではない。負けたからと言って命を捨てる必要は無く、勝ったからと言って命を奪う必要も無い。ならば、折角こうして生きているのだ、これから生き続けるのもまた良いだろう。なぁ?好敵手達よ。同じ突然変異(はぐれ者)の俺達は良い友になれるとは思わないか?」

 

「好敵手で友……ねぇ。互いに高め合うってことか。……良いぜ。他には居ない稀少な存在だからな。乗ってやるよ」

 

「……私も構わない。この戦いは……実に楽しめた。好敵手で友というのも……悪くない」

 

 

 

 寝そべっていた3匹は立ち上がった。まだ体中に残るダメージと傷が痛んでヨボヨボとしていて動きに心許なさがあるが、自分の力で自力に立ち上がった。改めて見ても、人型であり、二足歩行の骨格を持って生まれた龍が他にも居たという事実は胸を温かくする。他者から何を言われても何とも思わないが、同類が居るのはやはり心強い。

 

 3匹は両腕を広げて他の2匹の手を取る。3匹で円を描いて輪を作り、魔力を全身から立ち上らせた。赫い魔力と蒼い魔力と純黒の魔力が柱を作り、その光景は何かの儀式にも思えた。これは龍が好敵手と出会って勝負を決しなかった時に行う行為だ。相手を認めて尊重し、友と認める。戦った者達が生きているからこそ行える友の誓いの儀式だ。

 

 立ち上った三色の魔力が螺旋に渦を巻き、混ざること無く螺旋に回り続ける。やがて限界まで回り続けた三色の魔力は弾け、三色の魔力が粉々となった事による色鮮やかな雪のように降ってきた。その中で手を取り合って輪を作るリュウデリア、バルガス、クレアは、それぞれに対して目を合わせる。

 

 

 

「俺達はこの時を以て友となり、好敵手となる」

 

「互いに互いを認識し、認め、繋ぎ合う」

 

「……危機が迫り求められた時、友は共に危機へ向かう」

 

「リュウデリア・ルイン・アルマデュラの名の下、龍の誓いを此処に。クレア・ツイン・ユースティア、バルガス・ゼハタ・ジュリエヌスの2匹を我が友、我が好敵手とする」

 

「クレア・ツイン・ユースティアの名の下、龍の誓いを此処に。リュウデリア・ルイン・アルマデュラ、バルガス・ゼハタ・ジュリエヌスの2匹を我が友、我が好敵手とする」

 

「……バルガス・ゼハタ・ジュリエヌスの名の下、龍の誓いを此処に。クレア・ツイン・ユースティア、リュウデリア・ルイン・アルマデュラを我が友、我が好敵手とする」

 

 

 

 名を使った龍の誓いを立てた。これで何と言おうと、リュウデリア達は友となり、高め合い、凌ぎを削る好敵手となった。強制や魂の契約等によるものではなく、単なる口頭での誓いとなるが、龍の誓いは己の名を使った己自身への誓い。友を貶め、裏切るような行為は己を己自身で穢したものとなる。だから破らない。

 

 繋いでいた手を離して輪を解放した。三色の魔力の塊が雪が降っているかの如く、綺麗な光景の中で順番に握手をしていった。これからもよろしく。そう伝え合う為のものだ。

 

 痛くて力が入らず、軽く握っているような程度だが、握手した時に感じる鱗の硬さと、同じ5本に別れた指の感触は、私はあなたと同じだと語っているようで不思議な気分になる。改めて自己紹介をしたりして自分という1匹の龍を知ってもらってから手を離したのだった。

 

 最初の殺伐とした雰囲気から一転して、本当に最初から友人だったかのように話し始める3匹の耳に、声が聞こえてきた。聞く人をうっとりとさせる美しい声は、リュウデリアのよく知る者のもの。オリヴィアだった。気配で人間では無いと察したバルガスとクレアは首を傾げて、その動作で発した痛みに顔を顰めつつ、誰なのかと問うた。

 

 

 

「俺の連れで治癒の女神オリヴィアだ。オリヴィア、此奴らは俺の友となった同じ突然変異の龍のバルガスとクレアだ」

 

「他にも同じ姿形の突然変異が居たんだな。リュウデリアが負傷しているのは初めて見た。まあ、兎に角よろしく頼むぞ、バルガスにクレア」

 

「……神か。しかも治癒ときた。存在自体が超稀少な上に、治癒の力を持つとなると狙われ案件だな」

 

「……治癒の力は強力だが……神には手を出すまい。何かをして……報復された場合の規模が……計り知れない」

 

「私は個人で居るから、何かされても神の報復は無い。それに、そもそもな話リュウデリアが居るから手出しは出来ないし、正体を隠しているから問題無い。それよりも、まずはお前達の傷を治癒しよう。それでは小さな動きにも支障があるだろう」

 

「あー、そいつァ助かる。正直いってーのなんのって」

 

「……顎を動かすのも……痛い」

 

「オリヴィアが居なければ自然治癒力に任せるしか無かったな。ありがたいことだ」

 

 

 

 リュウデリアに創ってもらった純黒のローブで魔力による障壁を展開し、この天変地異だらけの地帯にやって来たオリヴィア。遠く離れたところに居たのだが、届いていた激しい戦闘音や衝撃がピタリとやみ、天気が悪いだけになったので心配して来てくれたのだ。3匹が仲良く気絶している間も簡単な魔力による肉体強化をしながら高速で来たオリヴィアには感謝しかない。

 

 傷だらけの血塗れ龍3匹に両手を翳して純白の光を生み出した。凄まじい速度で傷が癒えていく。感じていた痛みも引いていき、流れた血以外は元通りとなった。誰がどう見ても重傷だったのだが、そんな傷は見る影も無い。3匹はしゃがんでいた姿勢から立ち上がり、思い思いに体を動かした。

 

 肩をグルグルと回したり、足踏みをしてみたり、首を回したりして動作を確認していると痛みはもう全く無かった。どれだけ破壊力のある魔法や汎用性の高い魔法を使えるリュウデリア達でも、傷を治す治癒の魔法は使えない。そんな力を目の当たりにして、しかも実際に受けてみて、バルガスとクレアは感嘆の思いだった。

 

 

 

「完治したな。……そういえば、リュウデリア。腹は減っていないのか?もう戦い始めてから8日目だが」

 

「……言われてみると腹が減ったな」

 

「お前が満足する程の食べ物は獲って来れないが、酒なら用意できたぞ」

 

「酒……?」

 

「しかも『龍の実』で造った酒だ。私の知り合いの女神が酒好きで、昔作り方を教わったから造ってみた。苗を植えたら尋常じゃない速度で成長してな、もう実が採れた」

 

「『龍の実』で造った酒!?」

 

「……ッ!それは……美味そうだ」

 

「なーなーリュウデリア!オレ達にも飲ませてくれよ!代わりにデケー飯持ってきてやっからよ!」

 

「……私も……何か獲ってこよう」

 

「だ、そうだが……良いか?オリヴィア」

 

「折角できた友なんだろう?やることが無くてひたすら造っていたんだ。構わないとも」

 

「ありがとう。『龍の実』で造った酒……楽しみだ」

 

「ふふ。たんと飲むといいさ」

 

 

 

 龍にだけ本当の味が解るという龍の実は、龍にとっての大好物だ。クレアとバルガスもスカイディアへ呼ばれた時に貰ったが、一口食べただけで悶絶する程の美味さを噛み締めた。残念ながらそれ以来食べておらず、機会があれば是非食べたいと思っていた。その矢先に龍の実で造った酒である。勿論御相伴に預かる為に必死だ。

 

 等価交換として、酒と一緒に食べる飯は大量に用意するとまで言っているので、飯は任せてリュウデリアとオリヴィアは飲み食いするための場所を見つけることにした。この場では流石に酒盛りなんて出来ないので、もっと落ち着ける場所が欲しいのだ。

 

 居場所は気配で解るので一度解散し、別々の場所へ飛んで行った。リュウデリアは掌の上に乗っているオリヴィアに、よく1人で酒が造れたなと言った。彼女も酒はそこまで早く造れないのだが、ローブの魔法を使ってズルをして早く造ったとのこと。酒好きで酒を自分の手で造るくらいの女神の知り合いが居て、聞いてもいないのに教えてくれた。

 

 まあ、そもそも肝心の龍の実が無ければ造れなかったが、貰った苗を植えてみたら、尋常じゃない速度で成長して、光龍王が育てたという大樹ほどでは無いが、普通の木より少し大きい位のものにあっという間に成長した。取り敢えずリュウデリアは、その龍の実が生る木を根っこから土ごと掘り返して異空間に仕舞った。

 

 何かあった時の為に木々が生い茂る森の中の、木が生えていない空間を見つけて待機し、獲物を狩って持ってくるクレア達を待った。早く飲みたいのだろう、己の体より大きな魔物を捕まえて飛んできたクレアとバルガスと合流し、すぐに酒盛りを始めた。

 

 

 

「──────うんめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!龍の実で造った酒うんめ!?あ゛ーこれはキマるわぁ……っ!!……ひっく」

 

「……これは……美味いっ!こんな美味いもの……初めてだ……っ!!……ひっく」

 

「ひっく……ひひひ……うまいなぁ……おりう゛ぃあ……これうまいぞ!!さいこーだ!!……あー……ひっく」

 

「でろんでろんのリュウデリアも可愛いなぁ……抱き締めてもいいか?」

 

「あー?ふはッ……おれがだきしめてやるからこい!」

 

「ふわっ……あぁ……好きぃ……」

 

「ごきゅッ……ごきゅッ……ぶへぇぁ……見てみろよこれ!尻尾!オレのしっぽぉ……!!だーッはははははははははは!!」

 

「……ぐごぉー……はッ……ねてないぞ……飲んでるだけだ……だからねても問題……ぐごぉー……」

 

 

 

 そしてこの有様である。普通にひどい。大きすぎる魔物はオリヴィアに料理出来ないので、この場では適当に焼いて食べていた。腹がぺっこぺこなのでむしゃぶりついてある程度腹を満たし、オリヴィアが造った酒を、体のサイズを落としながら飲み始めた。

 

 味は最高だった。一応試飲しながら造ったのだが、オリヴィアにとっては普通の林檎のような味にしか感じないので、林檎の酒を造る気分でやっていた。しかしそれは当たりだったようで、そこらにある木を魔法で削って製作したジョッキで一口飲んだ後、リュウデリア達は大声で空に向かって咆哮をした。

 

 人と同じ位のサイズになった3匹の龍は、それはもう夢中で飲んだ。暇だったのは本当のようで、木で製作した大きな四角い入れ物の中に貯蔵された龍の実酒は相当な量だった。元のサイズならば一口だろうが、サイズを落とした事によってガブガブと飲める。

 

 そして酒のアルコールは少し強めだったのが災いし、リュウデリア達は酔った。それはもう完全に酔った。座っていないと平衡感覚が可笑しくなって転ぶくらいには酔っている。オリヴィアはそんなリュウデリアに甲斐甲斐しく酒を注いでいて、隙を見て抱き締めて良いか聞いた。

 

 普通に頼んでもしてくれるだろうが、今だからこそというのもある。だが、良いぞと答えてくれると思いきや、寧ろリュウデリアの方から来た。オリヴィアの手首を掴んで胡座をかいている脚の上に横抱きで乗せた。そこから両腕で包み込まれれば、もう幸せだ。俯きながら顔を両手で覆っているが、顔中が真っ赤で湯気が出てる。手の中の顔はゆるっゆるにニヤけているのは当然だろう。

 

 

 

「クレア!おどりまーす!」

 

「……ッはは……私も……おどるぞ……っ!」

 

「いいぞいいぞぉー!龍の舞をみせてやれー!」

 

「り、リュウデリア……お、お酒……注ぐぞ?」

 

「あぁ……オリヴィアの肌はきもちいなぁ……ひっく……すべすべだ……おれにはない……あー……だきしめるときもちいい……」

 

「ぉ……ぉぅふ……こ、声のトーンを落として耳元で囁くように……だ、抱きたいと言ってみてくれないか……?」

 

 

 

「──────お前を抱きたい」

 

 

 

「………………………………………………………はぃ」

 

 

 

 お前はどさくさに紛れて何やってんだ。酒に酔って思考らしい思考が出来ていない酔っぱらいのリュウデリアに頼みを聞いてもらい、耳元で囁かれた低音ボイスに全身を真っ赤にしながら悶えるオリヴィアは、心底幸せそうだった。にへら……と笑って、何時ものクールな顔が台無しになっているのに、リュウデリアはそんなオリヴィアの頬にグリグリと頭を擦り付けている。

 

 触りたい放題なので、にへらと笑いながら顔やら腕やら胸板やらを触りまくる。酔っていないというか、酒は一口も飲んでいないのに酔ったオッサンみたいなことをしている。本当に女神だろうか。欲望に忠実だ。狙ってやってるので尚のこと質が悪い。

 

 一方でクレアとバルガスは、良く解らない踊りをしていた。酔って足下がフラつき、酔っ払いが倒れないようにえっちらおっちら蹈鞴を踏んでいるようにしか見えない動きで、上に上げた腕をゆらゆらと揺らしている。無駄に魔法でどんちゃんどんちゃんと適当な音を出してそれっぽく踊っていると、何だか空の天気が可笑しい。

 

 割とやったら駄目な類のものなのか、べろっべろでぐっだぐだな龍の舞で天気が急変して雷雲が発生した。ゴロゴロと雷が鳴って雨が降ってくるが、3匹の内誰がやっているのか解らないが上空で障壁が張られ、リュウデリア達の場所には一滴も雨が落ちてこなかった。

 

 

 

「あ、よいさ!あ、よいさ!くるっとまわっていぇーい!」

 

「……私たちのおどりは……すばらしいようだ……そらがはれてる……」

 

「ほんとーだー!いいてんきだー!わはははははははははは!」

 

「わ、私の目を見ながら言ってみてくれ……っ!」

 

「──────お前の総てが欲しい」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

 

 

 もう訳が解らない事になっていて収拾がつかないことになっているが、全員が楽しそうならばそれでいいだろう。例え殆どが酔っ払いだとしても。クレアはよたよたと踊って龍の舞をして、バルガスは雷雲の掛かった空を見上げて良い天気だ!と言いながら酒を飲んでいる。オリヴィアはリュウデリアに色々な事を言わせて悶え、真っ赤になりつつ、抱擁を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、リュウデリアはクレアとバルガスという新たな友を手にし、楽しそうに過ごしていくのだった。最強レベルの力を手にした最強の種族、龍。その龍が突然変異したという存在が3匹。謀らずとも、周りに影響を及ぼす3匹は、これからどう過ごしていくのか。だがこれだけは言えよう。

 

 

 

 

 

 強い存在は戦いを呼び寄せる。故に、争いも無く、平和だけの日常を送るということは無いだろう。しかし安心すると良い。彼等は根っからの龍なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5章
第41話  次はどこへ


 

 

 

 

 

 

「──────くッ……ぐう゛ぅ゛……ッ!!クソッ……クソックソックソックソックソォッ……ッ!!!!」

 

 

 

 龍の住まう浮遊する大陸、スカイディアのとある民家の一室にて、人間形態をした龍が一匹、痛みに苦しんでいた。体と右腕、左脚を包帯で巻いており、血が滲んでいる。それに包帯に巻かれた腕や脚は包帯に巻かれていない方の腕や脚に比べて短い。断ち切られてしまったのだ、決闘で。

 

 右腕は上腕の半ばから。左脚は腿の半ばから斬られてしまっている。立ち上がろうにもバランスの取りにくい状態になっていて、今は見えないが龍の命とも言える翼もまた、左側が千切り取られていた。彼の名はシン。シン・リヒラ・カイディエン。最近噂になっている純黒の黒龍、リュウデリア・ルイン・アルマデュラの弟である。

 

 龍の頂点に位置する王の名を冠した七匹の龍。龍王。その姿は見る資格ありと判断された者達にのみ見ることを赦され、それ以外では謁見などは赦されない。だが兄のリュウデリアは赦され、剰え手となり脚とならないかと力を見出されて引き抜きを受けたという。だが、それを否定した。

 

 挙げ句の果てには、知り合いであったロムを殺した。決闘であったので仕方ないが、今のシンにはそんなことはどうでも良かった。誰でも謁見出来る訳では無い龍王との謁見を、唯でさえ龍王からの招集を受けているのに何度も拒否し、最後には引き抜きを断る。自身は謁見すらも赦されないというのに。

 

 気に食わない。母と父から聞いていた悍ましい姿の兄。実際に姿を見たら本当に悍ましい姿をしていた。それに異質な魔力。目上の者に対する不遜な態度。何でこんなのをスカウトするのか解らなかった。だから証明するしようとした。そんな奴より、俺の方が優れているのだと。龍王様の御側には俺こそが相応しいのだと。

 

 捨てられた兄の首を持って龍王の元へ行き、認められて精鋭部隊の一員となる筈だった。筈だったのに!シンは意気揚々と仕掛けた決闘で敗れた。手も足も出ず、魔法を撃ち込んでも傷一つつけられなかった。なのにこちらはこの有様だ。もう自由に飛ぶことも、況してや満足に歩くことすら困難となった。全てはあの悍ましい姿の兄の所為だ。

 

 

 

「あの野郎……あの野郎ッ!!この俺の事を俺として見て無かったッ!!まるで……まるでゴミでも見るような目で見やがったッ!!」

 

 

 

 決闘の時……いや、リュウデリアの前に現れてから、シンは一度も龍であり弟のシンとして見られていなかった。終始道端に落ちているゴミを見ているような視線だった。心底腹立たしいが、決闘で勝って殺してしまえば、そんな苛つく視線も向けられないのだと我慢した。結果は惨敗。こうして惨めに生き残っている。いや、生かされたのだ、態と。

 

 殺したらそれで終わりだ。だからなのか、リュウデリアは死なない程度の部位欠損ダメージを与えて決闘を終わらせた。例え出血多量で死んだのだとしても、あぁ死んだのかで終わらせただろうが、生き延びてしまった以上、これから有るのは恥だ。生き恥。生きているだけで恥ずかしいという状況。

 

 絶対に負けないという意思の元決闘をして負けた。これからは決闘で誓った事により、リュウデリアに干渉することは出来ない。だが憎い。こんな体にした奴が、生き恥を晒させている奴が、龍王に力を認められている奴が、あれ程の強さを持つ奴が憎くて憎くて仕方ない。力が有れば、力を得る事が出来るのならば、自身は他に何も要らない。そして何でも差し出す事だろう。

 

 

 

『──────ほう。何でも差し出すと』

 

 

 

「──────ッ!!誰だッ!!どこに居るッ!!」

 

『そう吠えるな、自身より劣ると勘ぐっていた兄に敗北し、歩くことすら儘ならん敗北者が。お前には私が何者かであることを知る権利は無い』

 

「貴様……ッ!!龍である俺を侮辱するかッ!!」

 

『まあ話を戻すが、お前は復讐をする為ならば何でも差し出すと思ったな?』

 

「……だったら何だ。俺はアイツを赦さんッ!!必ずやこの手で殺してやるッ!!」

 

『決闘で不干渉を提示されたのにか?誓いを破るのか?』

 

「アレを殺す為なのだから仕方ない。今更誓い一つ破ることになった程度で、俺の……ッ!!この怒りと憎しみは消えんッ!!」

 

 

 

 そうだ。決闘の誓いが何だ。所詮は口約束程度の代物。自身を虚仮にした奴を殺すためならば守る必要性など皆無も良いところ。ならば従う必要は無い。自身はただ、必要な事をしに行くだけなのだから。

 

 シンは憎しみに燃える。朦々と燃え盛る憎しみを抱えて、標的であるリュウデリアの事を思い浮かべて頭の中で何度も殺す。ありとあらゆる方法で殺して悦に浸る。だがそれは当然頭の中で広げる妄想だ。実際に決闘の誓いを破って挑みに掛かれば、今度こそ殺されるだろう。

 

 憎しみの炎を抱いて復讐に燃えているシンに、どこからか聞こえてくる謎の声はクツクツと笑った。憎しみに駆られて冷静な判断が出来ていない。しかも相手との力量差も理解出来ていない。実に愚か。このような者ほど取り込みやすいのだ。

 

 

 

『お前のその復讐に、力を貸してやろうか?』

 

「……何を求めるつもりだ」

 

『それが解らない程愚かでは無い……か。ふぅむ。そうだな……お前の復讐を私に見せてくれ。そして愉しませろ。それが報酬で良いだろう』

 

「……ふん。その程度ならば構わん。それで、お前はどう手を貸すつもりだ?」

 

『お前は仮にも龍。純粋な力は持っているだろう。故に……私からはお前の失ったものをくれてやろう』

 

 

 

 虚空から聞こえてくる言葉に訝しげな表情をしていれば、失った右腕と左脚の断面から黒い炎が灯され、形を取っていく。残っている腕や脚と寸分違わない黒い炎の四肢が出来上がり、感嘆とした声を上げた。精巧に創られた魔法による腕と脚。同じようにやろうと思っても、出来はしてもここまで精巧なものは出来ない。

 

 はっきりとした輪郭から朧に黒い炎が立ち上っている。まるでシンの憎悪という黒い感情が炎となって形になっているようだ。形成された腕と脚を確かめるために立ち上がり、腕を振ってみる。治療として巻いてあった包帯はとっくに燃え尽きていて、残骸が足下に落ちた。

 

 斬られた断面に接していた包帯は完全に焼けて無くなり、それ以外の部分は熱の余波で黒く焦げている。それを黒い炎の足で踏み付ければ欠片も残さず燃え尽きた。炎の四肢はシンから見ても超高熱であり、非常に高い魔力を秘めている。これを創れるということは相当な魔法の使い手だろうか。

 

 気になって上を向いて虚空に話し掛けたが、声が返される事は無かった。虚空より聞こえてきた声の主は誰なのだろうか、そういう思いもあったが、やるべき事はそれを突き止める事では無い。憎むべき相手を殺すことだ。

 

 

 

「待っていろリュウデリア……ッ!!お前の息の根は、俺が止めてやるッ!!」

 

 

 

 シンは怨嗟の籠もった声で咆哮し、天井を突き破って飛び立った。人間形態から龍の形態へと元へ戻る。確認出来なかった翼も、黒い炎によって形成され、元から生えていたかのような感覚だった。

 

 必ず見つけ出してこの手で殺す。それで漸く自身は龍王に認めてもらう事が出来るのだ。そう信じて疑わないシンは、果たして本当に斃せるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────うぇ……っぷ………オロロロロロロロロ……っ」

 

「ばっかおま……っえぷ……目の前で吐いたら貰いゲ……オロロロロロロロロロロ……っ」

 

「……っ………っぐ……オロロロロロロロロ……っ」

 

「ぎ、ぎもぢわる……おっぶ……っ」

 

「あったまいでぇ……ぉっぷ……っ」

 

「はらがゆがんで……ぅっぷ……っ」

 

「流石に飲み過ぎだろうに……ほら、水だ」

 

 

 

 酒を飲んでいる酒盛りをしてから翌日。人間と同じ背丈位のリュウデリア達は、両手両膝を地面について吐き散らかしていた。キラキラしたものが口から吐き出されて、3匹のものが合流して小さな川を作っている。何という汚い川だろうか。

 

 オリヴィアは仕方名が無いなぁと溜め息を吐きながら、リュウデリアの背中を撫でていた。その後は口直しにと、昨日の内に大量の水が入る魔道具の水筒から、即席で造った木彫りのコップの中に注ぎ込んで3匹に手渡した。鱗で解らないが、肌があれば蒼白いだろう疲れ切った顔をしたまま水を受け取り、一気に飲み干した。

 

 調子に乗って飲み過ぎた。酒の所為で正常な判断が出来ないので飲むのを止めようとはならず、出来たばかりの友達と飲みあっていたら、オリヴィアが造った酒を全て飲み干した。体を小さくさせて飲食の量を減らしているというのに、腹が膨れるほど飲んだ。

 

 まさかここまで体調に異常を来すとは思っておらず、完全な二日酔いで3匹はグロッキーだった。オリヴィアは結局酒は飲まず、リュウデリアに欲望の限りを叶えてもらったので満足しているが、最強の種族の最強レベルな力を持っている者達とは思えない状態に苦笑いだった。

 

 

 

「やべぇ……これ飛んだらゲロ吐くわぁ……」

 

「……右に……同じく……」

 

「これが二日酔い……辛いな……」

 

「どうする。体調が戻るまで待機するか?」

 

「いや……行くとしよう……龍の肉体ならばすぐに体調は良くなる……今はまだ辛いだけだ……」

 

「アウグラリスに戻るか?」

 

「……記憶した地図通りならば……此処から40キロ程行ったところに……王都がある。次は其処へ行こう……」

 

「王都か。人間の王が居る場所だな。普通の町などに比べて栄えていると聞くし、何があるか楽しみだな」

 

「……っふぅ……そこで一つ相談なのだが」

 

 

 

 口の中に残った酸っぱいものが混じった唾液をペッと吐き出してから、リュウデリアは相談の内容を話し始めた。こうして折角一緒に居るのだから、このまま共に王都へ行かないかという誘いだった。特に断る必要も無いし、何か用事があるわけでも無いので、クレアとバルガスはすぐに誘いを受けた。

 

 実のところ、リュウデリアとオリヴィアが向かう人間の国には興味があった。どのように過ごしているのか知るのも、見聞を広げるという意味では良い事だろう。一応、リュウデリア達が既に人間の街等に忍び込んで生活していたという話はしていたのだが、残念ながらバルガスとクレアは酒に酔って記憶が飛んでいる。

 

 話した側であるリュウデリアもついでに言えば忘れているので、覚えているオリヴィアからしてみれば2度目の説明だった。龍の魔法を見破れる人間はそう滅多には居ない。だから体を小さくして使い魔に見せれば易々と忍び込めるのだ。それを聞いて真似しようということになり、バルガスとクレアもオリヴィアの使い魔……という設定にすることとなった。

 

 

 

「設定とはいえ、龍3匹が私の使い魔というのは随分と豪勢だな。恐らく世界で一番強い魔物使いだぞ、私は」

 

「ぶはッ。そりゃ確かになァ。オレ達はそれぞれ龍の中で少なくとも龍王に近い強さは持ってる筈だ」

 

「……そんな我々が使い魔となり……個人に傾倒しているとなると……他者からすれば……凄まじいものだろう」

 

「これでオリヴィアを傷つけられる者が居るならば、会ってみたいものだな」

 

 

 

 実際、今のオリヴィアが世界で一番強い魔物使いだろう。この世に一体誰が、3匹の龍を使い魔として使役している者が居るというのか。狼型の魔物やスライム等がメジャーの中で、一人だけ3匹の龍である。相手するとしたらオーバーキルは間違いない。

 

 使い魔に見せるために、3匹で揃えるサイズの確認をする。オリヴィアの肩に乗れる位の大きさだ。ついでに重さも軽くする魔法を教え、乗っても石ころ程度の重さとなり、負担が掛からないようにもした。

 

 取り敢えず必要な事は確認出来たので、リュウデリア達は歩き出した。翼があるので飛んでも良いが、今はまだダメだ。恐らく飛べばギラギラの雨を降らすことになる。偶には歩くのも良いだろうということで、晴れの空の下、4人が一緒に移動を開始した。

 

 

 

「人間の国って入るの初めてなんだよなー。オレの事狩ろうとしたから魔法で消し飛ばした事はあんだけどよー」

 

「……私の住処に来たと思えば……捕まえて戦力にするとほざくから……赫雷の雨を降らせてやった……恐らく全員死んだだろう」

 

「最初は俺も乗り気にはなれなかった。俺の恩人を攫った奴等と同じ人間だからな。同じならば皆殺しにしてやろうと思ったが、人間は全てが全て塵芥という訳では無い。知っているか?──────人間の作る飯は本気で美味い」

 

「なん……だと……?」

 

「肉はな、柔らかく、肉汁で艶やかで、空腹を呼ぶ香りが鼻腔を擽り、味が染み込んでいて濃い味が口の中に広がる。今まで食っていた肉が腐っていたのではないかと思う程の肉ッ!それがッ!人間の国にはッ!普及されているッ!」

 

「なんだそれ……なんだそれなんだそれなんだそれッ!?」

 

「……じゅるるッ……腹が減ってきた。そんな説明をされたら……食うしかない……ッ!!」

 

「「「──────肉ッ!肉ッ!肉ッ!肉ッ!肉ッ!」」」

 

 

 

 うおおおおおおおッ!とテンションが爆上げになっている3匹を尻目に、オリヴィアは本当に肉が好きだなぁ……と微笑ましそうに見ている。特に好き嫌いが有るわけでは無いので、野菜も魚も食べるが、やはり一番好きなのは肉だ。何とも龍らしいと言えばらしいが、雄叫びを上げる程だろうか。

 

 まだ酒が少し抜けきっていないのでは?と疑問を抱いても口にはしなかった。リュウデリアが言っていたが、どうせすぐに回復するだろうと思ったからだ。

 

 3匹仲良く肩を組んで、バルガスとクレアはリュウデリアからどれだけ肉が美味いのか、他にはどんな美味いものがあるのか、それを聞いてふんふんと頷き、未だ見ぬ美味いものを思い浮かべて涎を垂らす。他にも人間は暮らしを快適にするために、面白いものを造っているとなると、楽しさが伝染したように尻尾が左右にゆらゆらと揺れる。

 

 正直な尻尾だなと思いつつ、オリヴィアは3匹の後ろを歩き、リュウデリアの尻尾を掴み、左右にぶらぶらと揺らしたり、巻いて丸めたり、先端を人差し指でピチピチと弾いて遊んでいた。心を許しているからか怒りもしないので、少し尻尾で遊んでいると、尻尾がオリヴィアの腹にぐるりと巻き付いて持ち上げた。

 

 強い力で引き寄せられながら持ち上げられる。リュウデリアの頭の位置よりオリヴィアの頭の位置の方が高く、どうするつもりなのだろうと思えば、肩に乗せられた。肩車の形になると腹に巻かれていた尻尾は解かれ、膝辺りに手を置かれて落ちないように固定される。

 

 太腿の間から伸びる少し長い首に、胸元の位置にある頭。首を下から撫でいって頭を最後に撫でていると、ぐるりと顔がこちらを向いて薄く笑った。

 

 

 

「何故1人で後ろに居る、オリヴィア。俺の尻尾で遊ぶのも良いが、会話に参加しろ。別に仲間外れにしている訳では無いぞ?」

 

「いや、別にそう思って後ろに居た訳では……」

 

「……体調も戻ってきた事だ、走るぞッ!」

 

「……っ!?ちょっ……っ!?」

 

「しょーがねーなー!」

 

「……付き合おう」

 

 

 

 肩車をしたままリュウデリアが走り出した。人間には出せない速度で走る事で、風が前から吹いて長い髪が後ろに流れていく。景色も一緒に流れていって気持ち良く面白い。走る際の上下の振動は極限まで殺されているので視界は揺れない。

 

 倒れないように気を付けながら、振り向いて背後を見てみると、クレアとバルガスも後に続いて走っていた。振り向いているオリヴィアに気が付くと手を振ってくるので振り返し、前を向いた。風が頬を撫でてスピード感が感じられて楽しい。

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリアに掴まりながら、楽しそうに笑った。目指すは人間の国にある王都。どんなものが有るのか楽しみだが、そんな彼等には憎悪に塗れた龍が近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第42話  厄介事

 

 

 

 

 

「しゃくッ……あー、うめ」

 

「……美味いな」

 

「朝飯に龍の実は豪勢だ……」

 

「私にはやはり林檎の味にしか感じないがな」

 

「龍の味覚でしか味わえないらしいからな」

 

 

 

 空は晴れて青く、風に吹かれて雲が流れていく。気温も丁度良い。過ごしやすい日である今日は、オリヴィアの声によって歩いて王都まで向かう事となった。翼を使って飛んでいくのは容易いが、それだと面白みに欠ける。歩いて向かうからこそ楽しめるものがあるのだ。

 

 4人で横に広がって歩きながら、少し軽めの朝食として龍の実を食べていた。まだ余っていたもので、それを見たリュウデリア達はすぐに食いついた。美味そうにムシャムシャしながら食べている龍はその本来の味が解って幸せそうだが、生憎オリヴィアからしてみれば林檎の味だ。

 

 そもそも黄金色で艶やかな部分があるだけで、それ以外では完全に林檎やなしか見えない果実なのだから、どれだけ見ても豪華な色の林檎だ。しかも味まで林檎ときた。龍が感じている旨みを共有出来たらなと思わないでも無いが、出来ないものは仕方ないとしている。

 

 

 

「俺達だけで楽しむのもアレだからな、王都に着いたらオリヴィアの食べたい物を先ず始めに食べるか」

 

「いんじゃねー?オレは人間の食い物なんて食った事ねーから、何でもいいぜ」

 

「……私も……オリヴィアが食いたい物を……最初に食べれば良いと思うが」

 

「決まりだな」

 

「……良いのか?美味い肉があるかも知れないのに、私がフルーツの盛り合わせを食べたいと言ったらどうする?」

 

「フルーツの盛り合わせを食べるが?先に美味いものを食べているからな、お前は気にせず好きな物を食べれば良い」

 

「……そうか。ありがとう。では、楽しみにするとしようか」

 

「あぁ。町はあっても王都は初めてだからな。きっと美味いものが山とあるぞ」

 

 

 

 龍にとっての美味い物であろうと、先に楽しんでいるのだから、現地での美味いもの食べ歩きは、オリヴィアが食べたいと思ったものを優先して良いと言われた。バルガスとクレアは、そもそも初めて食べるので比較対象が無いため、何でも良いとのことだ。まあ、仮に知っていたとしてもオリヴィアを優先させてあげただろう。

 

 友となったリュウデリアの親しい連れである。その時点で無下にはしないが、戦いで負った傷を跡形も無く治癒してくれた恩人でもある。気配からして人間ではないことは知っていたが、まさか神であるとは思わなかった。それも太古の時代に失われた治癒の力を持つという。

 

 普通にスゴイじゃん。となったバルガスとクレアも一目置いて親しくなるのは難しいことでは無い。今ではしっかりと友人関係を築いている。因みになんだが、オリヴィアは人知れず偉業を為し得ている。というのも、龍は警戒心が強いので見ず知らずの者とすぐに仲良くなることは無い。にも拘わらず彼女は一日で2匹の龍と友人関係を築いて、3匹の龍と行動を共にしている。

 

 龍と神では種族が違いすぎる。しかし、それでもこうして仲良くやれているのは偉業と言って良い。そんな存在は今までに居なかった。例え聖人のように清らかな心の持ち主であろうと、その日の内に龍と友人になるのは不可能だ。関係性を求めれば、帰ってくるのは鋭利な爪か殴打か魔法のどれかだろう。

 

 

 

「そうだ、これを見てくれ」

 

「ん?……お、何だよ。土の魔法か」

 

「俺をスカイディアへ連れて行くために来た使いの龍が、俺との戦いの中で土の壁を造ったのを見てやってみようと思っていたのを忘れていた」

 

「無駄に完成度が高ぇ……」

 

「土で形成されたリュウデリアか。すごいな……」

 

「……細部まで細かい……良い技術だ」

 

 

 

 龍の実を食べ終えたリュウデリアが掌を下に向けていると、地面が小さく盛り上がって形を作っていった。単なる土の塊が人の形のような輪郭を作り、出来上がったのは土で形成されたリュウデリアの人形だった。土色な事以外はそっくりなそれは、全長60センチ程。ミニチュア版と言っても良い。

 

 色以外は瓜二つのミニチュア版リュウデリア人形だが、造って終わりな訳が無い。魔法で造った人形は動き出す。一つの動作を組み込むのでも相当な労力が必要なのだが、彼が造った人形はまるで生き物のように動くのだ。背中から生えた翼を羽ばたかせて動かし、左右の脚で交互に足踏みさせ、両手を開いて閉じてをしている。

 

 少し遊び心が出たのか、本体のリュウデリアと人形が同じ動きをしている。屈伸の運動をしたり腰を後ろへ曲げて上を向く伸びをしたり、精巧な形で精密な動きをしている。魔法で動く人形のことをゴーレムというのだが、ゴーレムをここまで精巧に、それも自由自在に動かせる人間は滅多に居ない。当然、ゴーレムを造るのも動かすのも、リュウデリアは初めてである。

 

 

 

「……あ。良い事思い付いた。なぁリュウデリア、バルガス。ゴーレムで勝負しようぜ。他に魔法は無し。純粋なゴーレムの強さでよ。3匹の中で一番強かった奴が龍の実もう一個」

 

「「──────乗った」」

 

「歩きながらやるんだぞ?3匹共」

 

「任せておけ。移動しながらやる」

 

 

 

 クレアの発言で勝負が始まった。王都を目指して歩きながらのお遊び勝負である。バルガスもクレアもゴーレムを造るのは初めてであるが、出来ないとは思わなかった。赫雷を轟かすバルガスも土で形成し、自身の姿と全く同じミニチュア版のゴーレムを作製した。少し準備運動をさせて、稼働状態の確認をした。

 

 本体では体格の差と身長差が少しあるが、ゴーレムだと身長差は解決している。体格はやはり瓜二つに造っているのでバルガスの方が不屈そうに見えるが、その代わりに動きの速度はリュウデリアのゴーレムの方が上だ。出来上がったゴーレムを見て不敵に笑うリュウデリアとバルガス。残るはクレアだけだと、早くしろという意味も込めて見ると、2匹共黙った。

 

 クレアのゴーレムは美しかった。太陽の光を浴びて光り輝き、本体と同じように雌に見える美しさと可憐さを持ち合わせていた。リュウデリアとバルガスが唖然とするのも解るだろう。それ程にクレアが造ったゴーレムは素晴らしく、黙るのには当然の逸品だった。

 

 そう……それは、2匹と同じ初めて造ったとは思えない程の完成度を誇った()()ゴーレムだった。

 

 

 

「オイちょっと待て」

 

「……セコい。確かにゴーレムだが……水は狡い。土で造った私達のゴーレムは……お前のゴーレムに触れられると……崩れていく」

 

「誰も“何で”造ったゴーレムで勝負するとは言ってないもんねー!」

 

「──────はッ!属性の不利すら押し退けて俺が勝つ」

 

「……同じく。私達は……その程度で……負けるつもりは……毛頭無い」

 

「ンじゃあ勝負じゃオラァッ!!」

 

「おぉ……スゴイ。土と水のゴーレムが戦ってる」

 

 

 

 ズルい。流石クレア、何というセコい手だ。確かに“何で”造ったゴーレムによる勝負をしよう……とは言っていないが、他2匹が土でゴーレム造っている中で、誰が平気で弱点の水でゴーレムを造ろうか。まあクレアがそれに該当するわけなのだが。

 

 歩いて移動を続けながら、土と水のゴーレムが戦い始めた。腰の位置よりも小さな龍達が、相手を倒そうと必死になりながら動き回っている。リュウデリアに創って貰った純黒のローブでは、ゴーレムの作製から操作までの緻密な操作による魔法は出来ないので、観客として観戦していた。

 

 キリが無くなるので、部位の欠損が起きても修復するのは無し。形を変えて戦うのも無しで、あくまでゴーレムの強さで勝つのだ。しかし土で出来ているゴーレムには、水は天敵だ。濡れた箇所から自然と崩れていってしまう。だからクレアの勝ちは決まっている。勝ちを確信しているクレアが腰に手を当てて胸を張りながら、フンスと息を鼻から吐いて得意気にしている。

 

 明らかなズルが混じっている中で始まっている戦いは、3匹一歩も譲らずの戦いになっているが、クレアの水ゴーレムが隙を突いて、リュウデリアのゴーレムの横面に尻尾を叩き付けた。これでノックアウト。残るはバルガスだけ。そう思われたが……土のゴーレムは耐えた。水に濡れて頬の部分が変色しているが、それはほんの少しの範囲だ。明らかに可笑しいと思われる防御力。その原因にクレアは直ぐさま気が付いた。

 

 

 

「おま、ゴーレムの体をカッチカチに固めてんな!?見た目よりゼッテー重いだろそれ!!水の尻尾ぶち込んでその濡れ具合なら、どんだけの密度にした!?」

 

「約5倍の密度で固めている。まあ、それくらいは良いだろう?お前は水で有利を取っているのだから。……それにしても……クク」

 

「……その発言……そのゴーレムの密度は……見た通りのようだ。つまり……これでフェアだ」

 

「構図!!2対1の構図になってんですけど!?」

 

「当たり前だ。俺もこんな事はしたく無かった……だが仕方ない……仕方ないのだ……!もうこれしか我々に道が無いのだから……ッ!!」

 

「……赦せクレア。お前は……道を違えてしまった……故に私達が……お前に引導を渡してやる」

 

「白々しいわ!?お涙頂戴の演技やめろ……ちょっ……おまっ……同時に攻めてくんな!!オリヴィア!お前からもコイツらに何か言ってやれ!流石に2対1はズルいだろ!!」

 

「クレア……最初にズルをしたのはお前なんだから、大人しく負けなさい」

 

「窘めるように負けろって今言った?言ったよな??」

 

 

 

 謀らずとも……いや、普通に謀って2対1の構図が出来上がった。相手の有利属性で始めた戦いで発覚したのは、リュウデリアとバルガスが造ったゴーレムは、体の密度をガチガチに固めて、とんでもない防御力を獲得している事だった。だから水の体で攻撃しても、その硬さで水が浸透しなかったのだ。

 

 右と左から手や脚が伸びてきて水のゴーレムの体を削っていく。水を掬って剥がすようにする攻撃は、全身が水のゴーレムには効果的だ。流石に2体を相手に戦うのはキツく、クレアが押されていく。やがて猛攻に耐えきれなくなった水のゴーレムに隙有り!と叫びながらリュウデリアのゴーレムが、尻尾の薙ぎ払いでクレアのゴーレムの首を刎ね飛ばした。

 

 

 

「ハッハーッ!!龍狩りだァッ!!」

 

「ノオォ────────────ッ!?」

 

「……因果応報……敗北は……甘んじて受けろ」

 

「これでクレアが脱落だな。残るはリュウデリアとバルガスのバトルだ」

 

「──────龍の実は俺の物だ」

 

「──────否。……私のだ」

 

 

 

 刎ね飛ばされた水の頭がクレアの元に飛んでいき、急いで掌で受け止めるとばしゃりと弾けながら単なる水に戻った。頭を無くした体も唯の水へと変わり、敗者が決まって生き残りが生まれた。残すはリュウデリアとバルガスの造った土のゴーレム2体。クレアの水のゴーレムとの戦いで所々が変色して脆くなっているが、勝者を決めるために拳を構えた。

 

 歩いて移動しながら、眼下で行われるゴーレムによる殴り合いを見ているオリヴィアは、片手間にズーンと落ち込んでいるクレアの肩を叩いて慰めていた。例え敗因が自分のセコさによるものだとしても。まあまあという具合に。

 

 密度を5倍で仕上げた両者のゴーレムだが、やはり土で形成されていて修復は無しなので崩れていく。弱い部分の端の方から少しずつ壊れていき、腕がもげて脚が千切れても殴り合った。それでも本体のリュウデリア達に追い付いて移動しながらなので、片脚でぴょんぴょん跳ねながらの殴り合いだ。なんとシュールだろうか。

 

 術者が術者なだけに中々に決着がつかないと思われるが、防御をしても攻撃をしても土の体が崩れていくので自然と終わりはやって来る。そしてここで、本体に似せて造った事による勝負の分かれ目が生まれた。リュウデリアよりも体が大きいバルガスで、造ったゴーレムも同じ体格だ。

 

 使っている土の量は僅かにバルガスの方が多く、重く、防御力が幾分かリュウデリアに比べて高い。そして最初にクレアの水のゴーレムから受けた頬のダメージがある。故に、崩れる一歩手前で最後の一撃として放った拳は、両者のゴーレムの顔に叩き込み合い、リュウデリアのゴーレムの頭が崩れ、バルガスのゴーレムは大きく罅が入りながらも頭は残った。結果、ゴーレム対決はバルガスの勝利だった。

 

 

 

「あー、クレアからの一撃がそれなりに効いていたか」

 

「……それが無ければ……負けていたかも……知れん。だが……私の勝ちだ……龍の実は……貰う」

 

「ちぇー。オレも食いたかったのによー」

 

「負けたものは仕方ないだろう?バルガス、景品の龍の実だ」

 

「……ありがとう。いただく……美味い」

 

 

 

 優勝はバルガスだった。賞品である龍の実をオリヴィアから受け取ってムシャムシャ食べ始めた。美味しいのが解っているので、リュウデリアとクレアは良いなーと思いながら見ていた。こうやって暇を潰しながらゆっくり歩いて王都を目指している。

 

 巧みに魔法を操る魔法大得意の龍が3匹も居るので、旅の途中で飽きは来ない。なのでオリヴィアがつまらないと感じることは無かったし、疎外感も感じなかった。まあ、リュウデリアが居れば何も喋らなくても満足なのだが。

 

 そうして王都へ向かい、歩いていると、少し魔法の練習をしたいというオリヴィアの願いを叶える為に、クレアとバルガスを的にして魔法を放ち、リュウデリアからアドバイスを貰っている時だった。リュウデリア達が同じタイミングで顔を左斜め前の方向へと向けた。こちらからは登り坂になっていて向こう側が見えないが、どうやら3匹には何かあると解ったらしい。

 

 黙って体のサイズを小さくし、バルガスとクレアがオリヴィアの両肩にそれぞれ乗り、リュウデリアは腕の中に収まって抱かれている。どうやら人が来るようだ。オリヴィアはそう簡単に人の気配を察知出来ないので、その場で立ち止まって少し待機していると、音が聞こえてくる。馬の足音と車輪が地面の上を転がる音だ。

 

 

 

「──────誰か……っ!誰か助けてくれ……っ!!」

 

 

 

「……なるほど。お前達は何かに感付いていたようだが、アレの事か」

 

 

 

 無言で頷く、使い魔のフリをしたリュウデリア達にクスリと笑いながら、オリヴィアは此方に向かってくる馬車を見る。2頭の馬に引かせている馬車は金が遇われていて四輪駆動タイプ。天井と壁が設けられ、乗り込んで乗車するものだ。中からは赤いカーテンが掛けられていて中は見えず、馬の手綱を引く人間は外で必死になっている。

 

 馬の暴走によって止まれないだけかと思われたが、どうやら違うらしい。馬車の後ろからはウルフが4匹、空腹なのか涎を垂らしながら追い掛けていた。足の速いウルフだからこそ、馬の速度にも追い付いているようだ。況してや馬は馬車を引いている。速度は現時点で限界なのだろう。

 

 放って置いて横を通り過ぎても良いのだが、相手はそうもいかないらしい。馬の手綱を操って、恐怖で爆走している馬の進行方向を此方に変えていた。助けてもらう腹積もりなのだろう。これでオリヴィアが一切戦えない者だったらどうするつもりなのか。冷静な判断が出来ていない御者(ぎょしゃ)には考えついていないと見える。

 

 傾国なんてレベルでは無い美しい顔を隠すために、肩に乗っているバルガスとクレアにフードを被せるようにお願いすると、スッと被せてくれた。これで一つ面倒な事は減ると考えながら、助けてもらうつもりしかない馬車に溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 厄介事は向こうからやって来る。折角楽しく歩いていたのに台無しだと、少し苛つきを覚えながら純黒のローブを使って煉獄の炎を生み出したオリヴィアだった。

 

 

 

 

 

 



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第43話  侯爵

 

 

 

 

 

「──────そこの方っ!!どうか助太刀を……っ!!」

 

「……問答無用で連れて来ておいて、よくもまあ助太刀をと言えるものだな」

 

 

 

 馬が蹄で地を蹴る音と、四輪駆動の馬車の車輪が凹凸のある地を雑に転がる音が近付いてきて、馬と馬車のシルエットも大きくなっていく。馬の手綱を握る御者はこれでもかと顔を蒼白くさせており、血の気が引いていた。初めて魔物に襲撃されているのだろう。どうしたらいいのか解らず、焦りが見える。

 

 まあ馬の手綱を握っているとはいえ、殆ど暴走状態に入っている訳なのだから、少しの方向転換ぐらいしか出来ず、それだけでは腹を空かせて追い掛けて来る魔物は振り切れないだろう。直線で走れば魔物も同じく直線で追い掛ければ良いだけのこと。苦では無い。

 

 馬の脚力で引かれた馬車はもうすぐそこまで来ていた。馬車の後部、そのほぼ後ろについている魔物のウルフを剥がすのに、目の前で壁を造るように下から土を隆起させた。突然の攻撃で驚きながら、ウルフが隆起された土を左右に別れて避ける。そして生み出しておいた直径40センチ程の純黒な炎玉を2つ、撃ち出した。

 

 良い狙いで、放った炎玉は隆起した土を避けたウルフに直撃した。1匹ずつ燃やして斃すことに成功し、突然の攻撃で態勢を崩した残りのウルフ2匹は立ち止まり、足を止めているオリヴィアに唸り声をあげて威嚇してくる。追われていた馬車はオリヴィアの真横を通り過ぎて逃げていったので邪魔は入らない。

 

 

 

「グルルルルルルルル………………ッ!!」

 

「間違えて完全に燃やしてしまった……」

 

「じゃあオレが良くやるヤツなんだが、風の刃飛ばしてみろ。刃物を風で押し出すイメージだぜ」

 

「……こんな感じか?」

 

 

 

 フードの中で目を瞑って集中する。動かないオリヴィアは隙だらけだ。特に戦いに於いての経験が乏しい彼女に、隙が有る無いというよりも、隙を相手に見せないという技術がない。だからウルフにとっては絶好の好機なのだが、動くことはない。それは何故か?理由は単純だ。

 

 脳内でイメージをしているオリヴィアの両肩と腕の中には、生物の三角ピラミッドで頂点に位置する場所に堂々と君臨する生物が居る。威圧を意図的に送ることによって、ウルフはかちりと固まっている。大きすぎる、生き物としての格の違いを感じ取り、空腹を忘れて身動きを忘れる。

 

 隙だらけの立ち止まったオリヴィアの背後に、巨大で強大な影が幻視出来る。違いすぎる格により、明確に見えるその3つの影は、自身を確実に捻り潰せる存在だ。動けば殺される。そう直感したからこその硬直。ともすれば、ウルフの方が逆に隙だらけになっているということだ。

 

 ふわりとした風がオリヴィアの周囲に流れ始めた。最初はそよ風程度の微弱な風だったのだが、少しずつ円を描いて流れる周囲の風が強くなり、ローブを裾が靡く。強くなった風が草や砂を巻き上げながら、向きが変わって前方に集束していく。

 

 縦長の弧を描いた風の刃が形成され、オリヴィアが目を開けた瞬間に放たれた。真っ直ぐに飛ばされる純黒な風の刃はウルフに回避を赦すこと無く、1匹を左右へ真っ二つに斬り裂いた。どちゃりと水っぽさがある音を立て、地面に赤黒い池を作りながら倒れて絶命した。

 

 

 

「オイオイ。風まで純黒に染まるのかよ、来るの丸見えじゃん」

 

「色の想像をすれば透明にだって出来る。その程度の魔法は使えるように創ってあるからな」

 

「そうだったのか……試してみよう」

 

 

 

 撃てば見えてしまう、純黒な風。防いでも侵蝕を開始する恐ろしい魔法である一方で、何をしようとしているのかが一目瞭然だ。避けられない速度で飛ばすことも可能ではあるものの、どうせならば見えない不可視の攻撃を覚えておくのもいい。

 

 ということで、知らなかった不可視化の魔法を試すために再びイメージを開始した。次に使うのは雷だ。クレアの得意な風魔法を使ったので、今度はバルガスの雷魔法を使おうと思ったのだ。

 

 莫大な魔力を籠められている純黒なローブは、使用者の脳内イメージを受け取って魔法を行使する。難しい複雑な魔法を使う事は出来ないが、透明にする魔法は出来る。発動する攻撃魔法と隠蔽の透明化の2つを同時に使う事となるが、リュウデリアの創ったこのローブならば難なく熟せる。例え、人間には難しい技術だったとしても。

 

 仲間が次々とやられていってしまい、怯えて逃げようとしているウルフの足下に魔力が溜まった。異変を勘付いても避けられるものではなく、魔法が発動した。何も見えないように透明化を施された雷が、地面から発生してウルフに直撃した。何もされていないのに雷に打たれたように体が硬直して一瞬で真っ黒に焼け焦げた。魔法である以上、雷雲から飛んでくるとは限らないのだ。

 

 

 

「いいじゃーん。透明にするだけで視覚情報から、来るだろう威力と範囲、使う属性を判別させねぇ。戦術の1つとして覚えておいて損はねーぜ」

 

「……不可視の雷撃……音よりも速く……地面からも発生する……そこらの人間では……太刀打ちは出来ないだろう。……威力も十分だ」

 

「流石は俺が創ったローブだ。何の欠陥も無い。使用した魔法も完璧だった」

 

「ありがとう、リュウデリア。私にこんなものを創ってくれて。本当に感謝しているぞ?魔法を使う気分を味わえるし、私も少しは戦えるようになったからな」

 

「なに、この程度ならば構わん」

 

「大事にしろよー、オリヴィア。このローブ、オレから見てもバカみてーに魔力が籠もってるし、常時発動(パッシブ)型の魔法にとんでもねーもんが仕込まれてる」

 

「あぁ。それはリュウデリアから聞いている。物理攻撃と魔法攻撃の9割を軽減させるというやつだろう?しかも魔法の反射等も念の為に備えられている」

 

「人間じゃあンな代物創れねーだろ。コレ1つで人間の戦争無傷で勝てるぜ」

 

「……良い貰い物をしたな……オリヴィア。お前には……常にリュウデリアが……ついている」

 

「うん。だからこのローブはお気に入りなんだ。同じ純黒だからな」

 

「……ふん」

 

 

 

 フードの中に隠れて表情が見えないが、声色から嬉しそうに微笑んでいるのが解る。両腕で抱えるリュウデリアをギュッと抱き締めて、愛おしそうに頭から背中に掛けてを撫でた。それを甘んじて受けながら鼻を鳴らしてそっぽを向く。照れ隠しなのは知っているのでクスクスと笑った。

 

 照れているリュウデリアを乗っている肩から見下ろし、ケラケラ笑いながら絡んでくるクレアとギャーギャー言い合っているリュウデリア。バルガスは我関せずという雰囲気を出しながら、オリヴィアの耳元でこっそりと、大事にされているということを教えた。

 

 強いものを贈るということは、それだけリュウデリアの中で大事であると認識されているということ。教えられた事で心臓がうるさくなるのを誤魔化すように、胸元にリュウデリアを強めに抱き締めた。痛がる様子もなければ、拒否もしない。そっぽを向きながらも腕に尻尾を巻き付けて受け入れてくれることに、また愛おしさが湧いてきた。

 

 リュウデリアの顎下をオリヴィアが人差し指の指先で擽って、クレアが2人のやり取りをケラケラと笑いながら見ていると、あげていた笑い声を突然止めて静かになった。どうやらまた何かあるらしい。今度は何だと思いながら耳を澄ませていれば、馬の足音がする。助けた者達が戻ってきたようだ。

 

 

 

「──────いやはやお見事!すまない、助かりましたぞ」

 

「助けるというよりも、助けさせるという魂胆が丸見えの行動だったがな。私を見つけた途端にこちらに向かって方向転換して来た。私が戦えない単なる旅人だったらどうするつもりだったんだ?襲われて食われている間に逃げるのか。随分と良い召使いを持っている」

 

「……何?おい、お前はそんなことをしたのか?先程儂に、知らぬ者が戦って逃がしてくれたと話したのはお前だろう」

 

「そ、そのぉ……ちょっとそこら辺は慌ててあやふやでぇ……へへっ」

 

「この愚か者がッ!本当に戦闘能力の無い者だったらどうするつもりだ!!不用意に巻き添えを食わせるでないわ!!」

 

「す、すいませんでした!!」

 

 

 

 落ち着きを取り戻した馬に指示を出し、オリヴィアの傍までやって来た馬車に設けられた窓から、白い髪と長い髭を蓄えた初老の男性が顔を出して話し掛けてきた。太陽の光を浴びて輝くような装飾をされた豪華な馬車に乗っているので偉い者だというのは解るが、それでもオリヴィアは思った事を口にした。

 

 さてどう出るかと思えば、馬の手綱を引いている御者を叱り飛ばした。当然、巻き添えを食わされたオリヴィアが被害者なのだが、変に偉いとそんなことは知ったことでは無い。その場に居たお前が悪いと言ってきても不思議では無かった。まあ、悪い者では無いのだろう。状況を把握して非がある者を叱っているのだから。

 

 主人に怒られて涙目になっている御者の男性と、額に青筋を浮かべて未だ叱っている初老の男性のやり取りに興味が無いオリヴィアは、何も言わずその場を歩いて去って行った。茶番に付き合ってやるほどお人好しではないので、目的の王都を目指すのだ。

 

 言いたいことを言い終えた初老の男性が軽く謝罪しながらオリヴィアの居たところを見れば、既に居るわけが無く、少し離れたところを歩いているのを見つけて近くに寄せるように急いで指示を飛ばした。またやって来た馬車にフードの中で目を細めるオリヴィア。鬱陶しく感じている証拠だった。

 

 

 

「待って欲しい。そなたは儂等を助けてくれた恩人、是非とも礼を……っ!」

 

「要らん。そもそも私は向かう場所があるんだ。こんなところでまた変な道草を食っていられる程、暇ではない」

 

「目的の場所はどこですかな?近ければ送って行けるが……」

 

「此処から一番近くにある王都だ」

 

「おぉ!となると王都メレンデルクですかな!?ならば丁度良い!儂等も今向かっている最中だったのです。是非お乗り下さい」

 

 

 

「オリヴィア、あの人間は嘘を吐いていない。迷惑料として送らせたらどうだ?」

 

「……解った。乗せてもらおう」

 

「それは良かった!さあさ、どうぞお乗り下さい」

 

 

 

 目的地が同じという偶然により、乗せてもらう事になったオリヴィア達。豪華な馬車のドアが開いたので中に乗り込む。外が豪華ならば中も豪華で、対面出来るように2つの座る場所があり、座ってみるとふわふわのソファのようだった。

 

 中で待っていた初老の男性と向き合って座ると、男性の横に小さな少女がちょこんと座り、男性の腕を抱いて顔を隠していた。恥ずかしがり屋なのだろうか。それともフードで全身を覆っているオリヴィアを警戒しているのか、リュウデリア達を警戒しているのかは解らないが、少女はそこまで歓迎している様子は無かった。

 

 

 

「先程は助かりました。儂はマルロ・ウィンセ・テナムト・ラン・カーネンテ=レッテンブル。王都メレンデルクで侯爵をしております。この子は儂の孫のティネ。先程は助けていただきありがとうございました。そして巻き込んでしまい申し訳なかった」

 

「……た、助けてくれて……ありがと」

 

「礼は受け取っておく。王都……メレンデルクだったか?目的地まで送ってもらうだけで十分な礼だがな」

 

「そんな……っ!儂等は危ないところを助けてもらった身、それ相応の礼は他に用意させてはくれんか……?」

 

「……断られるのも位が高いと問題か……ならば、ここは素直に受け取ろう」

 

「感謝します」

 

 

 

 人間の社会をそう詳しく知らないオリヴィアは、侯爵だと言われてもピンときていないようだが、膝の上に乗せられて撫でられているリュウデリアは、ありとあらゆる本を読破していたので解っていた。

 

 侯爵。辺境伯とも言われるその貴族階級は、領地を持った諸侯を表す。諸侯とは、主君である君主……つまり王の権威の範囲内で一定の領域を支配することを許された臣下である貴族のことだ。公爵の下。伯爵の上。五爵の中でも第2位に位置する爵位だ。

 

 国の国境付近や、重要な地域を任されていて、有事の際は率先して動く立場にある。任され、支配している領土も広く、普通の伯爵よりも権限が大きいのが特徴である。辺境伯とも言われているのは、辺境を任された伯爵ということだ。自力で公爵になるのはかなり厳しいので、侯爵は王族以外での実質最高位に近い存在だ。簡単に言うと、とても偉い立場に居る。

 

 これだけ偉い立場に居れば、助けただけで素性も知れないオリヴィア達のこと等、殆ど見向きもしないのだろうが、このマルロは和やかに笑いかけて敬語も使って話し掛けてくる。出来た人間だなと、オリヴィアの膝の上で使い魔のフリをしているリュウデリアは思い、クレアとバルガスは乗っている肩でどうでも良さそうにしていた。

 

 

 

 

 

 偶然出会った侯爵であるマルロとティネが乗る馬車に乗せてもらったオリヴィア達は、予定より早く王都メレンデルクへ着くのだった。

 

 

 

 

 

 



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第44話  招待

 

 

 

 王都メレンデルクへ歩いて向かおうとしていたオリヴィア達に助けられた、侯爵の爵位を持ったマルロ・ウィンセ・テナムト・ラン・カーネンテ=レッテンブル……マルロが是非とも送らせてくれということで、言葉に甘えて一緒に馬車で向かっている現在。少し時間が掛かるというので話をしていた。

 

 何故王都へ?と聞かれたので旅をしていて、まだ行った事の無い王都に行こうと考えたと言えば、是非気に入ると思うと言われた。建物は綺麗で栄えている良い国だとのこと。侯爵の位に就いているので自身の身を置く国を悪くは言わないだろうという考えが過るが、まあそこら辺は着いてからにすれば良い。

 

 向かっている王都には美味しいものが沢山あるとマルロが話した瞬間、ピクリと尻尾を反応させたのが3匹居たりもしたが、旅の資金はどう稼いでいるのかという疑問に冒険者をしていると答えると、やはりというべきかランクを聞かれた。

 

 Eランク冒険者をしていると言うと、流石にマルロは驚いた。馬車の中からオリヴィアの戦いを見ていたが、使っている魔法はどれも高威力だった。まず先の戦いを見て、術者がEランク冒険者だとは思うまい。だから素直に驚いたのだ。実はAかBにまで引き上げても良いという打診があったことは内緒である。

 

 

 

「そういえば、お名前を窺っておりませんでしたな」

 

「あぁ……私はオリヴィアだ。こっちはリュウちゃんに……クレちゃんにバルちゃんだ」

 

 

 

「「……………………………。」」

 

「……ぶふッ」

 

 

 

「……かっこいい」

 

「そうだろう。私の使い魔達だ。強いぞ、とてもな」

 

 

 

 龍はとても強いで済むのか?と言いたい。しかも龍の中で最強クラスの力を持つ3匹である。まあまず真っ正面から斃すのは無理だろう。と言っても隠しているのでマルロとティネが知るときは来ないのだが。因みに、バルちゃんとクレちゃんと呼ばれている時に、ひっそりと笑ったのはリュウデリアである。

 

 まだ小さい女の子なので人見知りがあるティネだったが、気になっているリュウデリアを見て目を輝かせていた。でも助けてくれた人の使い魔で、大切な者達なのだからと、勝手に手を伸ばすことはしない。ちゃんと教育を受けているのだろう。

 

 触りたそうにウズウズしながら、かっこいいと評しているティネに自慢げとなり、両肩に乗ったバルガスとクレアを掴んで差し出した。ティネは、え?と不思議そうにしていたが、意図が伝わると嬉しそうに2匹を抱えて楽しそうに撫で始めた。

 

 渡された側であるバルガスとクレアが、ティネの腕の中でポカンとしている。どうやら渡されるとは思わなかったらしい。じゃあリュウデリアは渡さないのかと視線で訴えると、フードの中でニッコリと笑った。目が良いので真っ暗なフードの中は見れる。不自然な程ニッコリ笑みを浮かべるオリヴィアに、バルガスとクレアは目元を引きつかせた。

 

 

 

 ──────アイツ……リュウデリア渡したくねーから代わりにオレ等を渡しやがった……ッ!!とんでもねーなオイ。しかもオレが何を言いたいのかゼッテー伝わってるからなあれ。

 

 

 

 ──────……流れるように……渡された。人間の子供故に……撫でるだけで終わっているが……釈然としない。

 

 

 

「ツヤツヤだぁ……2匹ともかっこいい!バルちゃんとクレちゃんって魔法つかえるの?」

 

「使えるぞ。バルちゃんが雷魔法が得意で、クレちゃんは風魔法が得意だ」

 

「そうなんだ!じゃあリュウちゃんは!?」

 

「んー……何でも出来るな。全部得意だぞ」

 

「えっ!じゃあじゃあ、氷だして!」

 

「こらこら、ティネ?オリヴィア殿が困ってしまうだろう?」

 

「……ごめんなさい。……あっ、氷だー!!」

 

 

 

 ジトーッとした2匹の視線を受けても何のそのなオリヴィア。するとティネから使い魔はどんな魔法が出来るのかと言われた。3匹の戦いの余波で天候がとんでもない事になっていたので、何となく赫雷と竜巻から得意な魔法は雷魔法と風魔法だと認識していた。

 

 しかしリュウデリアの得意魔法が解らない。雷も風も氷も土も使うので、何でも出来る。つまり苦手な魔法が無く、何でも出来るオールラウンダーなのだ。故にちょっと解らない部分があるが、全部得意であるということにした。

 

 すると、人見知りよりテンションが勝ったのか、ティネが氷を出して欲しいと、アバウトなものを求めてくる。そこで求めすぎだとマルロに窘められると、残念そうにした。それを見て、まるで出来ないから求めるなと言われている気がして、ティネの目前に透明な氷の結晶を造り出した。

 

 パキパキと音を立てて極小なものから大きく結晶化していき、二十センチ程度の氷が出来た。最初は純黒のものを造ろうとしたが、オリヴィアとウルフとの戦いで純黒だと目立つと言われたので、それを考慮して透き通った水のような氷を造った。

 

 大気中の水分を凍り付かせることで造り出した氷を、ティネが受け取った。抱えていたバルガスとクレアを膝の上に降ろし、両手で大切そうに受け取った。触れば本物の氷だ。冷たくてひんやりして、包み込めば体温で溶ける。

 

 

 

「わっ、わっ!冷たくて気持ちいい!すごーい!」

 

「ふふ。私の使い魔達はとても強くて頼りになるからな」

 

「凄い使い魔ですなぁ。こんなあっさりと、しかも透明度が高くて美しい。しかし、その使い魔達は見たことの無い姿形をしてますな」

 

「私もそれは解らん。図鑑などを見て調べたが、載っていなかったからあまり知られていない種族なのやも知れん」

 

「ほほう……そんな貴重で強い使い魔を3匹……オリヴィア殿は将来大物になるでしょう。戦いも見事でしたからな」

 

「まだ冒険者ランクもEだ。これからも旅を続けながら少しずつ上げていくつもりだ。だからそう早くは大成しないぞ」

 

「では、その時を楽しみに待っているとしましょう」

 

 

 

 そう言って、マルロは楽しそうに笑った。フードで顔も見えない相手だというのに、不審がらずに会話に花を咲かせる。時折人見知りが消えて打ち解けたティネが会話に参加したりとしながら1時間程馬車に揺られていた。常にティネの膝の上で撫でられているバルガスとクレアは諦めてしまっている。

 

 馬を操っている御者が見えたと伝えてきたので、窓を覆っているカーテンを開いて外を覗き込めば、土の壁が見えただけだった。前方には大きな穴が開いており、向こう側の景色に高い白塗りの塀が見えていた。何故土の壁のようなものの向こうにあるのかと疑問に思えば、マルロが説明してくれた。

 

 王都メレンデルクは、30メートルの土の壁に囲まれた国なのだそうだ。国の一番端にある塀から1キロ程度離れて土の壁が迫り立っている。しかも、不思議な事に、真っ正面から見て右側半分が草原地帯で、左半分が湖のようになっているという。それも土の壁の上からは水が流れて滝が出来ている。

 

 左側の壁と同じくらいの高さで、大地が盛り上がったような場所が出来ており、上は川のようになっていて、滝を作っているのだという。魔物に襲われても、入口は一つなので警戒するのも迎撃するのも容易で、上から賊が攻めて来ても、国の外側である塀まで1キロはあるので矢も魔法も届かせられない。つまりとても平和な国だという。

 

 草原には危険な魔物は居ないし、湖にも居ないという。襲われる危険性は少ない、そんな国。土の壁に開いた第一の入口には兵士が居り、専門をしている。御者が対応して簡単に通してくれた。侯爵のマルロならば当然とも言える。

 

 通された後はまた1キロ程馬を走らせて、国の入口である門の所までやって来た。今度は王都に入るための許可証を受け取る為にオリヴィアは一度馬車を降りた。目的はと聞かれたので旅の途中で寄ったと話し、冒険者の証明書も見せた。怪しくないことはマルロが説明してくれたので、すぐに許可証が発行された。

 

 タグのような鉄製の許可証を受け取って、また馬車に乗り込む。門番の兵士に見送られながら王都メレンデルクの中へと入っていった。

 

 

 

「王都と言われるだけあって建物が綺麗なんだな。言われた通りだ」

 

「そうでしょう。王は綺麗好きで、建物が壊れたりすると税金で少し賄ってくれるのですよ。なので城下町の建物は綺麗で、必然的に住民も綺麗を保とうと清掃を怠りません。眺めるだけでも気持ちが良いでしょう?」

 

「あとね、王様が住んでる城はね!近くに行ってもすっごいキレイなんだよ!」

 

「あの中央にある高い建造物がそうか。確かに此処からでも白く輝いているな」

 

 

 

 入口から王城まで一本道になっているが、途中で木製の橋が架かっている。誰かの出入りがある時だけ降ろされて渡れるようになっており、それ以外の時は上げられて入れないようになっている。王城は周囲を広い用水路で囲んでいて、唯一の出入り口がその橋だけだ。勿論そこにも兵士が見張りをしている。

 

 中央の一番広い街道は人が自由に歩いていて、皆が笑顔で楽しそうだ。店も多く出ていて、出店のようなものまである。食べ物を売っている店も当然あって、道端で作って売っていたりするので良い匂いが馬車の中からでも解ってしまう。なのでリュウデリア達が尻尾を小さく振っている。オリヴィアはフードの中でクスリと笑った。

 

 窓から王都の中を眺めていると、冒険者ギルドの看板が見つかったので、後で寄ろうと考えながら景色を楽しんだ。王都なだけに広大な広さを持っていて、色々な店や売り物があって面白い。オリヴィアは女神でリュウデリア達は龍なので、人間の知らない事が多くあるのだ。

 

 

 

「まずは儂等の屋敷まで来てくだされ。恩人として、もてなしをさせてほしい」

 

「オリヴィアさん!一緒にご飯食べよ!リュウちゃん達も!」

 

「では、少し世話になろう」

 

「ほっほ。それは良かった。口に合う料理を出させてもらいます」

 

 

 

 貴族の侯爵であるマルロは、簡単に言うと金持ちだ。故に持っている屋敷はとても大きなものだ。王都の中で金持ちが住んでいる高級住宅地の一角に、その屋敷がある。馬車が道を暫く進んでいれば、一つ一つが広い庭と大きな屋敷が建っている区域に入り、マルロが後少しで到着するというので大人しくしていると、馬車が止まった。

 

 背丈よりも高い金属製の白い柵に囲まれ、庭の中央に美しい造形の噴水が見える。所々に植えられている木は手入れが行き届いており、綺麗な丸い形にカットされていた。敷地内にはゴミ一つ無く、屋敷へのアプローチのタイルは磨かれたように清潔感がある。

 

 そしてメインの屋敷。一軒家が大きくなった高級住宅ではなく、左右にも広い本物の屋敷だった。外壁は真っ白で、シミも無ければ劣化などによる罅も無い。太陽光を取り入れる窓も大きな掃き出し窓から腰窓まで様々で、その数だけ部屋があると思うと、一体幾つあるのだろうと考えてしまう。

 

 馬車の窓から屋敷をリュウデリア達と一緒にオリヴィアが眺めていたら、ドアを開けられた。外にはメイド服を着た使用人が立っており、目が合うと深く頭を下げた。マルロは馬車からさっさと降りて行き、ティネはバルガスとクレアを抱えながら出て行った。その際、メイドの使用人が首を傾げていたが、似たような姿をしたリュウデリアを見て、心得たと言っているような微笑みを浮かべた。

 

 オリヴィアが出て来るのを待っていてくれたマルロとティネに待たせたと言ってリュウデリアを抱えながら傍まで行く。ではどうぞと言われて、敷地内に足を踏み入れる前に、屋敷の大きな両開きの玄関扉が開いて、中から何十人ものメイド服を着た使用人が出て来た。使用人は屋敷までの真っ直ぐなアプローチの端に待機し、流麗な動きで礼をした。どうやら出迎えのようだった。

 

 

 

「「「──────お帰りなさいませ、マルロ様。ティネお嬢様」」」

 

「うむ、出迎えご苦労。それとこの方は、儂等が帰路の途中で魔物に襲われているところを助けて下さった恩人、オリヴィア殿。ティネとオリヴィア殿が抱えているのは使い魔達だ。恩人でありお客様だ。丁重にもてなせ」

 

「使い魔のリュウちゃん、バルちゃん、クレちゃんのご飯も美味しいの作ってあげてね!」

 

「畏まりました。主人であるマルロ様、お嬢様であるティネ様を助けて頂きありがとうございます。全使用人を代表しましてこの私、メイド長メルゥが感謝申し上げます。何か御用があれば、是非私にお申しつけ下さい」

 

「分かった。少しの間だが世話になる」

 

「はい。よろしくお願い致します、オリヴィア様」

 

 

 

 一番手前側に居たメイドがメイド長であったらしく、メイド長メルゥは他の若いメイド達よりも年上な大人の女性だった。着ているメイド服には一切の皺が無く、気品漂うものだ。一つの仕草を取っても洗練された動きだった。女のオリヴィアから見ても、おぉ……と感心する程だ。

 

 荷物があればお持ちしましょうか?と聞かれたが、生憎別空間に荷物を飛ばしているので持っていってもらうものは無い。大丈夫だと伝えると礼をされた。そしてメルゥが先頭でマルロ、ティネ、オリヴィア達と続いていく。玄関扉を通って中に入れば、やはり中も屋敷に相応しい装飾が施されていた。

 

 床には赤い絨毯が敷かれていて、奥には広々とした2階へ続く階段がある。上を見れば天井からシャンデリアが垂れていて豪華なのが一目で解る。壁も白く、所々には彫り物が施されており、最早装飾が一部となっていた。金持ちは違うなと、宿に泊まった事があるオリヴィアとリュウデリアは感嘆としていた。

 

 

 

 

 

 1時間以上の道のりを来て、マルロの屋敷へ招待されたオリヴィア達は、食事の前にさっぱりとして欲しいと、大浴場へと案内されるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第45話  休息

 

 

 

 王都メレンデルクにあるマルロの屋敷で、オリヴィアとリュウデリアは風呂に入っていた。しかも単なる風呂ではない。最早銭湯である。一軒家のリビングよりも広い風呂の為だけの空間で、1神と1匹はおぉ……と声を上げた。旅人が泊まる宿屋に備え付けられた風呂場は立派なものだったが、これは桁違いだ。鬼ごっこが出来るくらいなのだから。

 

 使い魔サイズのリュウデリアは両腕に抱えられ、体を洗うためのシャワーが付いている所へ行き、バスチェアに腰掛けた後に膝の上に置かれた。見上げるとオリヴィアが微笑んでいる。形が良く、程よい大きさの乳房が視界の中に入る。オリヴィアは見られていることに、ぽっと頬を赤く染めて恥ずかしそうにしていた。

 

 

 

「んんッ……私が洗ってやるから、大人しくしているんだぞ?」

 

「犬ではないんだぞ。言われんでも分かっている。というより、俺が自分で洗っても良いんだが?」

 

「私の楽しみなのだが……」

 

「俺を洗うことの何が楽しいんだ……」

 

「まあまあ。是非私にやらせてくれ。良いだろう?」

 

「いや、そこまで言わんでも……お前の好きにすればいい」

 

「ふふっ」

 

 

 

 許可を得たオリヴィアは蕩けるような微笑みを浮かべながら、意気揚々と石鹸を手に取って泡立て、純黒の鱗に手を伸ばした。名剣でも傷一つつかなかった鱗は、治癒したとはいえバルガスとクレアとの戦いで罅を入れ、場所によっては砕けていた。生まれて初めての負傷であると、嬉しそうにしていたが、オリヴィアは内心穏やかではなかった。

 

 あのリュウデリアの口から強いと、気配を感じ取っただけで言わしめた2匹との戦いは勝利を収めたが、それよりも傷だらけの姿なんて見たくは無かった。微笑んでお疲れ様と口にしたはいいものの、若しかしたら死んでいたかも知れないと考えると指先だけでなく、体の芯から凍り付くような思いだ。

 

 治癒するために近付いた際、どこがどれだけ傷付いているのかが嫌でも目に入った。痛そうだとか、可哀想だとか、そんな言葉では無い。死んで欲しくない。それだけだった。平気そうにしていたが、負っているダメージが大きいことは解っている。故に心配が心の中で燻っていた。

 

 泡を立てた手で優しく撫でるようにリュウデリアの体を洗っていたが、今では跡形も無い傷があった場所を、労るように撫でていた。触られている感触が少し変わったのに気付いたリュウデリアが振り返ってどうした?と問うような目線を送ってくる。小さく首をかしげる姿は可愛いが、それがトドメとなって思いきり抱き付いた。

 

 

 

「……どうかしたのか?」

 

「……あの時……傷だらけのお前を見たとき、私は心底怖かった。もしかしたら死んでいたのかも知れないと考えると、生きた心地がしなかった」

 

「……そうか。心配を掛けたようだな。すまなかった。傷つけられたのが初めてで熱中していた」

 

「龍が戦いの中で生きていることは知っている。だが、流石に今回は胆が冷えた。私はな、お前が死んでしまうと考えるだけで、本当に胸が苦しいんだ。約束しろと言わない。だが、私が心配していることだけは覚えておいてくれ」

 

「……解った。俺がお前の立場でも、嫌だと感じるだろう。俺も出来るだけ気を付ける。だからオリヴィア、お前が何かあったときの為に、後で御守りでも創って渡す。受け取ってくれ。ローブがあれば十分なのだろうが、念の為にな」

 

「うん。貰うよ。他でも無い、お前からの御守りだからな」

 

 

 

 自身が傷付いたら嫌だと言われた事で、特別に思われているという事が解る。それに心を温かくしながら強く抱き締める。泡をつけたリュウデリアは、オリヴィアの柔らかい肌と胸の中で目を閉じて、抱擁を甘んじて受けていた。

 

 ローブだけでも相当な防御性能を持っているのだが、そこへ安全を願った御守りもくれるという。腕の中で大人しくしているリュウデリアへ、ありがとうと呟くと、尻尾が頬に触れて優しく撫でてくれた。それにクスリと笑うと抱擁を解き、体を洗ってあげるのを再開し、隅々まで洗い終えるとお湯を掛けて泡を流した。

 

 泡を流し終えると中から艶やかに光る純黒の鱗が出て来た。目に見えない汚れも取れてサッパリした。心なしかピカピカになっているリュウデリアに満足して、ふふんと得意気な顔をして胸を張るオリヴィアに首を傾げながら、魔法を使って体のサイズを変えた。

 

 180センチ以上の背丈になったリュウデリアが、目と鼻の先に立って腰を折り、上から覗き込んでくる。なんで今ここで体の大きさを変えたのかと疑問を抱いたが、黄金の瞳を緩めてニッコリと笑みを浮かべたのでまさかと思った。まあ、そのまさかなのだが。

 

 

 

「何度も洗ってもらっているからな。今度は俺が洗ってやろう」

 

「え……えぇ……っ!?わ、私をか…っ!?」

 

「……?何をそんなに狼狽えている。……あぁ。力加減が心配なのか。それなら安心しろ、その程度の力の調整は造作もない」

 

「ち、違……ひゃっ!?」

 

「まずは頭からだな。痒いところは無いか?」

 

「ぉ……お金取れる……」

 

「どういう話になった??」

 

 

 

 オリヴィアの背後に回り、石鹸から立てた泡を手の中で更に泡立てて頭につける。皮膚を鋭い指先で傷つけないように気を付けつつ、力加減を見違えないように慎重に。しかし洗うのが遅くならないように心懸ける。それだけのことを一気にやっておきながら、初めて他人を洗う手際とは思えない上手さがある。

 

 腰まである長い純白の髪を洗っていると、オリヴィアがもじもじとしている。両手を太腿に挟みながら、肩を縮こめさせている様は、まるで不安そうにも捉える事が出来るが、単に嬉しくて仕方ないだけだ。

 

 髪の間から出て来た耳が真っ赤になっているのにひっそりと笑いながら、手早く頭を洗い終える。流すぞと一言言ってから、桶に溜まっているお湯を頭から掛けた。髪が長いので泡が流しきれず、2度目のお湯を掛けて泡が全部流れたのを確認すると、もう一度石鹸を手に取って手の中で泡立てた。

 

 音で気が付いたのだろう。頭を洗ったならば、今度はどこを洗うかなんて愚問。オリヴィアは耳どころか頬も真っ赤にしながら、バッ後ろを振り向いてリュウデリアを見上げた。潤った瞳に、上気して赤くなった頬。恥ずかしそうに時折逸らされる目線。煽情的な姿を目の前に、リュウデリアはニッコリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「リュウデリア……?あ、あのな……?体は自分で……っ!?」

 

「遠慮するな。折角頭を洗い終えたのだ、体も洗ってやるから力を抜け。ほれ、腕を上げろ。俺の首に回しても良いぞ」

 

「え、ちょっ……!?ぁ、ぁんっ。待って……まってリュウ……デリアぁ……んぁあんっ!ぁ、ぁ、ぁ、そこ、そこはぁ──────はぁんっ」

 

 

 

 隅々まで満遍なく、洗い残しなど存在せず徹底的に洗われた。リュウデリアの素手が泡のヌルヌルを伴って体中を撫でられる。普通に撫でられるのでもダメなのに、泡が加わって頭が沸騰しそうだった。というかしてた。

 

 下心は無い、というか龍であるリュウデリアにとっては人間の体の形は均等が取れているだとか、細いとか太いとか、そういう区別しかつけられない。オリヴィアの完璧な肉体も、男ならば誰もが垂涎ものなのだが、やはり種族が違うと見方が違う。

 

 

 

「……もう嫁にいけない……あんな……あんな声まで私はっ」

 

「何を大袈裟な。体を洗ってやっただけではないか。龍ならば洗い合うのは普通だぞ。流石に親しくもない者にはやらんが」

 

「普通と言っても、お前は他の龍と洗い合ったことないだろう……」

 

「生まれてすぐ捨てられたからな。例え捨てられなかったとしても、悍ましいと思う姿の者に近付こうと思わんだろう。俺は、この姿の方が使い勝手が良いと思うがな」

 

 

 

 互いの体を洗い終えた2人は湯船に浸かっていた。頭の上に畳んだ白いタオルを乗せて肩まで入る。温かい湯船が体を芯まで温めてくれる。やはり風呂は気持ちが良いと思う一方、オリヴィアは温かい湯船の所為ではなく、羞恥で顔を真っ赤にして両手で隠していた。

 

 人間サイズの大きさのまま、リュウデリアも湯船に浸かって、オリヴィアの真似をして頭の上にタオルを乗せている。仰向け気味になってホッと一息つきながら、オリヴィアと話をしていた。

 

 本当に隅々まで満遍なく洗った事を、真っ赤になって恥ずかしがっているのは解っているが、そこまで恥ずかしがることか?とも思う。町などで擦れ違う人間を観察していると、オリヴィアの肢体が見た中で最も美しい造形美だと気付くが、別に興奮したりしない。そもそも体の形は似ているが、根本的に違うし。

 

 

 

「……ここまでしたんだからな。責任をとってもらうぞ、リュウデリア」

 

「責任……察するにお前を貰えということか?」

 

「そ、そうだ……っ!」

 

「ふむ、俺達でいう(つがい)のことか。別に構わんぞ。オリヴィアを俺の番にしても」

 

「…………………………は?」

 

「龍と神の番なんぞ聞いたことが無いが、俺はお前とならば番になっても構わん。まあ、そもそも他の雌の龍で、俺と番おうと思う奴なんざ皆無だろうからな。寧ろ俺は貰われる側だということだ。ふははッ……おい、オリヴィア?」

 

「わ、わた……つが……け、結婚……ブクブクブク……」

 

「は?おいオリヴィア!……逆上せたのか……?まったく、世話の焼ける神だな……くくッ」

 

 

 

 返事が無かったので横を向けば、底に穴が開いて沈没する船のように湯船の中へと沈んでいくオリヴィアが居た。真っ赤な顔で目をグルグルと回しているので、このままだと溺れると思い、急いで長い尻尾を伸ばして胴に巻き付け、上に持ち上げた。

 

 ざぶんとお湯も一緒に持ち上がり、ぐったりとしているオリヴィアの体を伝って湯船に戻っていく。全裸の状態で干された洗濯物みたいになっているオリヴィアを手元まで寄せると、横抱きにしながら顔を覗き込む。

 

 完全に逆上せてしまったようで、未だに目がグルグルと回って、結婚だとか幸せだとか子作りだとかをボソボソと譫言のように呟いている。四肢も力が入って居らず、リュウデリアの腕の中で動く様子が無い。仕方ないと思いながら溜め息を吐きつつ、湯船から上がった。

 

 風呂場の入口へ向かおうと一歩踏み出そうとして、オリヴィアが頭の上に乗せていたタオルが、湯船の中で泳いでしまっているのに気が付いた。尻尾を使って湯船の中から取り出し、ぐるりと尻尾で巻き付いて器用にお湯を絞り出す。カラカラになったタオルの、頭の上に乗っている自身の分のタオルの上へ更に乗せて、今度こそ風呂場から出た。

 

 

 

「大丈夫か?オリヴィア」

 

「う、うぅん……」

 

「……仕方ない。俺が着替えさせてやるか」

 

 

 

 頭の上のタオル2枚を、使用済みタオル入れのボックスに入れてから、オリヴィアの着替えを尻尾の先で摘まんで持ち上げ、指を一度鳴らした。2人の頭上から純黒の魔法陣が生み出され、降りてきて足下まで通過していく。すると、体を濡らしていた水分が飛んで、濡れていたオリヴィアの髪すらも乾いてしまった。

 

 魔法陣でスキャンされたように思うその工程だけで乾かしは完了した。後は、人間の町で購入した下着を着け、使用人が用意している真っ白なバスローブを着せてやって完了だ。一応着衣は終わったが、オリヴィアがまた復活しないので、傍にあった椅子に座ってから、膝の上に乗せて翼を使った風を送り込んでやる。

 

 暫くそのまましていると、オリヴィアが気怠そうに目を覚ました。パチパチと何度か瞬きをしてからボーッとし、リュウデリアの顔を見ると、横抱きをされている事に気が付いてポッと頬を赤らめた。

 

 

 

「あ、ありがとうリュウデリア。き、着替えもさせてしまったようで……」

 

「気にするな。すぐに済んだ。立てるか?」

 

「あ、あぁ。もう大丈夫だ。助かった」

 

「風呂の後は飯だそうだが、食えそうか?」

 

「早めに湯船から出してもらったからな、もう問題ない。さあ、行くとしよう。……そういえば、バルガスとクレアはどうなっているんだ?何の疑問も無くお前と入ったが」

 

「ティネ……だったか?あの人間の小娘が抱えて行ったからな、違うところで洗われているのではないか?」

 

「金持ちならば自室に風呂があっても不思議じゃ無いか……まあ、あの2匹に危害は加えられないから大丈夫だろう」

 

 

 

 今気付いたことを口にしたオリヴィアに、知っていたけど止めなかったと暗に示しているリュウデリア。気に入ったのか、ティネはクレアとバルガスはニッコリ笑顔で抱えたまま行ってしまった。推測の通り、お客として招待されたオリヴィアに大浴場を渡し、ティネは自室に付いている風呂に入っていたのだ。

 

 別れ際、オリヴィアが気付いていないところで、リュウデリア達による、助けろ、断る(笑)、アイコンタクト合戦があったことは、ここだけの秘密だ。恐らく睨み付けてくることだろう。存分に。まあだからといって反省する気は無いのだが。

 

 事情を把握したオリヴィアは頷いて、脱衣所の出入り口へと向かった。リュウデリアは再び体の大きさを使い魔サイズへと変え、歩いているオリヴィアの足下から体を伝って肩へと登った。ドアを開ければ使用人が待っていて、声を掛けようとして呆然とした。純黒のローブについているフードを被っていたので、素顔が見えなかったのだ。まさか傾国なんて生易しい程の美貌が出て来るとは思うまい。

 

 頭を振って気を取り戻した使用人の案内を受けて、食卓のあるダイニングルームへと向かった。時折チラリと見られるので、やはりフードを被っていないと外を満足に歩くことが出来ないだろうなと思った。オリヴィアの美貌が晒されれば、見惚れるか、声を掛けるかの2択だからだ。

 

 

 

「マルロ様。オリヴィアがお風呂からあがりましたので、お連れいたしました」

 

「おぉ、オリヴィア殿湯加減は……これは美しい……」

 

「オリヴィアさんスゴイ美人さん!」

 

「だからフードを被っていた。顔を晒すと外を満足に歩けん」

 

「あぁ……そういうことでしたか。納得しましたよ。」

 

「男の人だったらオリヴィアさんみたいなキレイな人、好きになっちゃうもんね!」

 

「儂もそう思うぞ。さて、ではオリヴィア殿。儂等の命を救ってくれた事への感謝としまして、料理人に言って最高級のものを用意させました。どうぞ堪能して下され」

 

「リュウちゃん達のもあるから、いっぱい食べてね!」

 

「「「…………ッ!!」」」

 

「では、遠慮無くいただくとしようか」

 

 

 

 食卓の長いテーブルの上には煌びやかに見えてしまう程豪華な食事が置かれていた。肉、魚、野菜、茸類のものからスープまで選り取り見取りだった。豚の丸焼きがあったのは、使い魔という設定のリュウデリア達が居るからだろうか。用意されている銀食器も鏡のように綺麗に洗われている。座ろうと近付けば使用人が椅子を態々引いてくれた。

 

 食べるのは3人と3匹なので、長いテーブルの端の方に寄って座っている。マルロが端の1人の場所で、ティネとオリヴィアが向き合うような形になっている。リュウデリア達は床かと思われたが、しっかりと椅子の上に誘導されていたので同じ食卓だ。

 

 こっちにお座り下さいと、丁寧に椅子を引かれて、3匹がそれぞれ椅子の上に登って座ったのに、使用人達はニッコリとしていた。さぞや躾がなっているのだろう、と思っているに違いない。3匹とも頭が良いので意図を察するなんてことは容易だ。そうして席に全員が揃ったので、オリヴィア達は食事を始めるのだった。

 

 

 

 ──────うんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ちょっ、これ……うんめぇッ!?人間の食ってる飯スゲーうめぇンだけど!?肉やっわらか!?嘘だろ正気か!?オレの今まで食ってた肉って全部腐ってたんか??

 

 

 

 ──────……ッ!!美味い……これは美味い……いくらでも……食べてしまいそうだ……ッ!!まさか……これほどとは……恐れ入った……人間の食べ物……ッ!!

 

 

 

 ──────……っと危ない……美味いと口にするところだった。しかしこれは本当に美味いな。この豚と鶏の丸焼き、表面がパリッと音を立てる程こんがりと焼かれているのに、中はシットリとした肉汁が閉じ込められている……何だこれは、味も濃くて……あぁ……美味い……。

 

 

 

「美味い。それに……ふふっ。リュウちゃん、クレちゃん、バルちゃんも美味そうに食べている。良い腕だな」

 

「それは良かった。さあさ、使い魔の君たちもゆっくりでいいからいっぱい食べておくれ。足りなければもっと作らせるから」

 

「「「──────っ!!」」」

 

「ふふふ……もう、そんなにがっつかなくとも料理は逃げんぞ」

 

 

 

 

 魔力を使って料理を次々と口に運んでいるリュウデリア達に、控えている使用人が驚いた表情をしているが、そんなことは気にせず美味そうに食べ進めていった。見た目よりもずっと食べている3匹にマルロとティネは微笑み、もっと出してやるとまで言ってくれた。

 

 まだまだ全然食える!と言っているような、左右に振られる元気な尻尾と、バサバサやっている翼を見て、オリヴィアはクスクスと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、リュウデリア達が満足するまで、1匹につき50人前程の飯を食って、皆で与えられた部屋にて眠るのだった。

 

 

 

 

 

 



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第46話  王都の初依頼

 

 

 

 

 

「次はこの依頼行こうぜ!『陸蟹(りくがに)』の討伐!」

 

「酒だー!酒持ってこーい!」

 

「そんでそんでぇ、その時にソイツは何て言ったと思う~?」

 

「君たち、俺のところのパーティーに入らなーい?」

 

「何見てやがんだごらァ!?」

 

「上等だやってやるよボケが!!」

 

 

 

「王都というだけあって、置かれている冒険者ギルドも大きくて人間も多いな」

 

「ケッ。どいつもこいつも雑魚ばっか。強ェの居ねーのかよ」

 

「……リュウデリアが……言っていた……『英雄』というのは……居ないようだな」

 

「アレは人間の中でも最上位の者達だ。そう一地域に集中してはいないだろうよ。期待するだけ無駄だ。今回はあくまで冒険者ランクの引き上げだ」

 

「へーい。分かりましたよ~」

 

「ふふっ」

 

 

 

 マルロの屋敷で一晩泊まったオリヴィア達は、来るときに馬車の中からチラリと見た冒険者ギルドへとやって来ていた。現在の時刻は10時。朝食はマルロとティネを合わせて全員で摂り、今日は何をするのかと問われたので、4人で決めていた冒険者ギルドへ赴き、何か依頼を受けるということを話した。

 

 オリヴィア達が旅をしている者達で、ランクがEランクだということを知っているマルロは、微笑みながらそうでしたかと頷いた。ティネは使い魔という設定のリュウデリア達と遊ぼうと考えていたのか、少し残念そうだったが、やることがあると解ると大人しく引いた。

 

 別の日になら遊ばせてあげる。そうオリヴィアが言うと、パアッと表情を明るくさせて、子供の女の子の可愛らしい笑みを浮かべた。もう人見知りは完全に拭えたなと思っているオリヴィアの隣では、朝食をムシャムシャしてたリュウデリア達がギョッとしていた。如何にもマジかよと言っている顔だった。

 

 取り敢えず今日のやることは、冒険者ギルドへ行って良い感じの依頼を見繕って達成し、ランクを上げる為の経験値とすることとなった。そうして朝食を食べ終えたオリヴィア達は、マルロの屋敷を出発した。途中では店も多くあったが、今回は適当に流してギルドを目指して。

 

 王都メレンデルクは町等と違って一つの国なので住民も多く、此処へ訪れる冒険者も多い。なので冒険者ギルドは栄えて大きなものとなり、必然的に中に居る冒険者達の数も多くなる。朝から賑わっているギルド『燦々たる地平線(ブライエント・ホライズン)』に着いたオリヴィア達は、早速人が集まっているクエストボードの前にやって来た。

 

 

 

「Eランクの依頼書……Eランクの依頼書は……」

 

「……っ!」

 

「ん?バルちゃん、何か良いのを見つけたのか?……ふむ、『青真珠の納品依頼』で、個数は5個。報酬は5万Gか。何故これにしようと思ったのやら……リュウちゃんとクレちゃんはどうだ?これでも良いか?」

 

「「……っ!」」

 

「よし。ではこれで決まりだな」

 

 

 

 ランクに関係無くごちゃ混ぜになって依頼書が貼られているクエストボードで良いものが無いか探していると、左肩に乗っているバルガスが尻尾の先を向けて一つの依頼書を指し示した。両腕で抱えているリュウデリアを左腕だけで抱え、右手で画鋲で固定されている依頼書を取って読んでみると、納品依頼だった。

 

 納品依頼は、討伐依頼とは少し違うものだ。討伐依頼は、討伐対象となっている魔物等を狩って、その証拠に目標の一部分を提示すれば依頼達成となり、狩ったモノは自由に出来る。一方納品依頼や採取依頼は、定められた品物を取ってきて、ギルドへ直接代物を納める事を目的とした依頼だ。なので一部分を持ってくるだけでは達成とならない。

 

 討伐依頼で大きな魔物を斃した場合、証拠として提出したもの以外は全て自分達の好きに出来るが、提示されたものを納める必要がある納品依頼では、代物一つを丸々と渡すので報酬だけを貰うこととなっている。その代わりに報酬は少し高めに設定されていて、簡単な依頼でも少し大きな金を稼ぐ事も出来る。重複分も買い取ってもらえるというのも大きい。

 

 他にもいくつかEランクの依頼はあったが、特にこれがやりたいという指定がないので、バルガスが選んだ青真珠の納品依頼で決定となった。早速オリヴィア達は依頼書を持って、依頼を受けるために受付をする為に出来た人の列に並ぶ。

 

 それなりに長い列が出来ていたが、並ぶ冒険者達を次々と捌いている受付嬢は慣れているのか、はたまた慣れていて且つ優秀なのか、あっという間に順番が回ってきた。次の方どうぞと言われたので、持っていた依頼書と冒険者の証を一緒に提出した。

 

 

 

「はい、『青真珠の納品』依頼ですね。……あら、あなたは見掛けない人ですね。このギルドは初めてですか?」

 

「昨日着いた。オリヴィアという。同じEランクの依頼だから受けられる筈だ。あぁ、それと確認したいのだが……この青真珠というのはどこで採れるんだ?」

 

「オリヴィアさんですね!よろしくお願いいたします。青真珠に関しましては、王都と岩壁との間にある湖がありましたでしょ?ちょうど半分に別れているアレです。あそこに生息する『湖貝(こがい)』から採れますよ!けど気を付けて下さいね、中に入っていないものもありますし、ある程度の大きさが無ければ一つとしてカウントされません。それでもこの依頼を受けますか?」

 

「なるほど、運も絡んでくるということか……。他の依頼書と比べて少し紙が劣化している。誰も受けたがらないということだな」

 

「そうなんですよね……見つけるにも苦労しますし、いざ見つけても中に無ーい!……って事も有り得ますので、殆どの方々は討伐依頼か違う依頼に目が行ってしまうんです……ここだけの話、依頼されている方も少し困っているようなので、受けていただけるとこちらとしても助かります……」

 

「ふむ……良いぞ。この依頼受けよう。仮に5個以上真珠が集まったら買い取ってくれ。持っていても私には使い道が無いからな」

 

「それは勿論!是非とも当ギルドで買い取らせていただきます!受けて下さりありがとうございます、オリヴィアさん!」

 

「なに、私は冒険者として出された依頼を受けるだけだ」

 

「ふふっ。行ってらっしゃいませ!」

 

 

 

 純黒のローブに全身を包み込み、顔をフードで完全に隠していながら使い魔らしき者を3匹も連れているオリヴィアに、初対面だというのに訝しげな表情すらなく、(にこ)やかに対応してくれた受付嬢は、一ヶ月以上放置されている依頼を受けたオリヴィアに頭を下げて礼を口にした。

 

 慣れた手つきで依頼を受けたという情報を紙に書いて記録を録った受付嬢に見送られ、ギルドを出て行った。金属の鎧を着ている者や動きやすいように皮の軽量な防服を着ている者の中で、容姿が解らない程黒に包まれたオリヴィアは周りから少し浮いていたが、誰かが話し掛ける事は無かった。その後ろ姿を見つめる者達が居たことを除いて。

 

 ギルドを出ると買い物をしている主婦や、友達と遊んでいる子供が走り回っていたり、罅の入った道の補修工事をしている者達などで溢れていた。笑い声が聞こえ、店を宣伝して客の呼び込みをしている声も聞こえる。賑やかだなと思える今日は、清々しく晴れていた。

 

 大道である大通りを歩いて、王都の出入り口を目指した。馬車だとすぐに感じられたが、徒歩ともなると少し歩く。だが天気が良いので苦とは思えない。そもそも肉体労働なんぞはしない神であるオリヴィアは、歩いて何かを見つけたりするのが意外と気に入っている。当然リュウデリア同伴が前提だが。

 

 遠くから通り過ぎる店をウィンドウショッピングしながら向かって、門のところへやって来ると、立って警備している門番に入国の証である鉄のタグを見せて外へと出た。中間地点から半分に別れている草原と湖。今回は湖に用が有るので、水が広がる左側へと歩みの進行方向を変えた。

 

 

 

「……さて、貝はどこまで先に行けば居る事やら」

 

「浅瀬には居ないようだな。それらしきものは見えん」

 

「んじゃ奥の方行こうぜ」

 

「……その方が……良いな」

 

「泳いでいくのか?すまないが、あまり泳いだことが無いから自信ないぞ、私は」

 

「水の上に立つイメージをしてみろ。その程度の魔法ならば俺が創ったローブでも出来る。簡単な魔法だからな」

 

「解った。やってみるから少し待ってくれ」

 

「んじゃ、オレとバルガスは先に行ってるぜー。ひゃっほーい!」

 

 

 

 湖の水が一番浅い場所で、どうしたものかと思案しているオリヴィアに、リュウデリアがアドバイスした。難しい複雑な魔法陣が必要な魔法は行使出来ないが、簡単なものならばイメージ次第で何でも出来る。なのでオリヴィアは、初めての水上歩行のイメージなので、集中する為にフードの中で目を瞑った。

 

 その間にクレアとバルガスは先に湖へと着水した。乗っていた肩から跳躍して湖の中へ入り、泳いでいる。飛んで探すのも良いが、折角の透明度の高い水なので泳ぎたかったのだろう。腕と脚に力を入れず、体を撓らせて左右へ揺らすことで前へと進んでいく。それが意外にも速いので、クレアとバルガスはあっという間に小さくなった。

 

 急がなくて良いと、付き添って見守ってくれているリュウデリアが言ってくれたので、魔法が発動するようにしっかりとイメージをする。そして出来たと思った時に一歩踏み出し、水に足を付けた。すると、足は体重を掛けても沈みはせず、もう一歩踏み出しても沈まなかった。問題ないと思ってそこから数歩歩いてみるが、水上歩行が出来ていた。

 

 見守っていたリュウデリアは、オリヴィアの腕の中で頷いた。ちゃんと出来ているらしい。普通ならば水上歩行なんて芸当は出来ないので楽しくなり、もう少し深いとこまで早足で歩いて向かった。水深2メートル位の所まで来ると、太陽の光に水面が反射して所々眩しく、水面に出来た波の角度で反射が収まって見える水の底は、目を凝らさなくても見えた。小さな魚が泳いでいたり、小さな蟹も居た。

 

 楽しくてついつい眺めていると、蒼いナニカが横切った。もしかしてと思った時には、ナニカはオリヴィアの足下に上ってきて、ばしゃりと水飛沫を飛ばしながら水上に出て来た。ナニカの正体はクレアで、水が掛かってフードの先から水滴を垂らすオリヴィア。それを翼を使って飛んでいるクレアがケラケラと指を指して笑っていた。

 

 

 

「なーにボーッと見てんだよオリヴィア!寝惚けてんのか?隙だらけだから顔を洗ってやるよ!だははははははははははは!」

 

「……折角濡れないように水上を歩いて移動したというのに……このっ」

 

「ぅおっと!やるじゃねーの。けど、魔力の流れで魔法発動のタイミングがバレバレだぜー?」

 

「じゃあ俺がやってやる。ほら隙だらけだ」

 

「────っ!?ごぼぼぼぼぼぼぼ……っ!!」

 

 

 

 濡らされたお返しで、下から上に指先を振ってクレアの真下から水の柱を立てた。無理矢理湖の中へ引き摺り込んでやろうと思ったが、魔法は龍であるクレアの方が長けているので、当たる寸前、余裕で回避された。ニヤニヤと笑っていたクレアにイラッとしたが、代わりにリュウデリアが制裁した。

 

 リュウデリアがやると魔力の流れを悟らせないので、まんまと引っ掛かった。クレアは水で形成された球体に閉じ込められ、叩き付けられるが如く湖の中へと突っ込まれた。流石にズルいと思ったのか、水の中でオリヴィア達に抗議している。

 

 フードの中でクスクスと笑ったオリヴィアは、両手で耳を指さした後、前でバツを作った。聞こえていませんよというジェスチャーだった。受け取ったクレアと言えば、絶対解ってんだろとでも言うような疑いのジトッとした眼差しをしていた。因みに、リュウデリアも一緒に水上を使い魔らしく四足で歩いている。

 

 

 

「──────ぶはっ!」

 

「おぉ、バルガス……何を食べているんだ?」

 

「…っ……ふぅ。……魚が居たから……水中で捕まえて……食べていた。……新鮮で……美味い」

 

「ほう……俺も後で捕まえて食ってみるか」

 

「食い過ぎるなよ?」

 

「分かっている。どれ、では俺も行ってくる」

 

「そういえば、リュウデリアは泳げるのか?」

 

「当然だ。スリーシャと別れて100年の間に身につけたからな。龍ならば自然と出来るようになる」

 

 

 

 そう言って水上歩行をするための魔法を解いて水の中へと沈み、クレアと同じように体を左右へくねらせて泳いでいた。水面に顔を出して、魚を食べていたバルガスも、息を吸い込んでまた水の中へ入っていった。下を覗いていると、純黒、蒼、赫の3色が自由に泳いでいた。

 

 群れている小さな魚の群れに突っ込んで蹴散らし、一気に移動させたり、15センチ程の魚を見つけたら追い回して捕まえ、食べていたりと楽しんでいた。一応依頼で来ているのだが、何も目的に一直線でなくても良いだろうと考え、フードの中で微笑んだ。だがオリヴィアは泳ぐつもりは無いので、適当に水上を歩き、上から貝を探した。

 

 

 

「ふむ……透き通った水のお陰で底まで見えるが、貝が見当たらないな……砂に紛れているのか?探すというのは、結構大変なんだな」

 

 

 

 意外と見つけるのに苦労しているオリヴィアは、そこらを歩き回って水中を覗き込み、貝探しを続けた。だが本当に見つけられない。もしかして物探しが苦手なのか?と自身に対して首を傾げていると、視線の先に純黒が入ってきた。

 

 水中で泳いでいるリュウデリアが、オリヴィアに気付いてもらえるように視界の中へ入ってきたのだ。どうしたのだろうかと疑問を感じていると、何かを投げる投擲の姿勢に入った。何かを投げるつもりなのかと身構えると同時に何かを投げられ、ソレは水中を真っ直ぐ進んで水面からちゃぽんと音を立てて出て来た。

 

 力加減が完璧で、丁度目の前の高さへ舞い上がったソレを両手で受け取り、手を開いて中の物を見る。そこには艶やかな表面を持つ、少し透明な青い真珠があった。驚いてリュウデリアの方をもう一度見ると、こちらに向かって手に持った貝を見せていた。そして再び泳いで行ってしまう。他のを探すためだろう。

 

 受け取った青真珠を右手の親指と人差し指で摘まんで上に掲げ、下から見る。綺麗に出来上がった青真珠は、空に漂う雲を透かして見せてくれた。思ったよりも綺麗な代物だと、感嘆としていれば、後ろから息を吐く声が聞こえて振り向く。そこには貝を手に持ったクレアとバルガスが水中から出て来ていた。

 

 

 

「うおっしゃ、12個見つけたぜ」

 

「……私は……11個だ」

 

「良くそんなに見つけられたな。私が見ていても一つとて見つからなかったぞ」

 

「あー、オレ達は目が良いからな。しかもコイツら砂を被ってるから見難いンだよ。ま、しゃーねーしゃーねー。ここはオレ達に任せな。つーか、リュウデリアどうした?まだ探してンのか?」

 

「……む、来たぞ」

 

 

 

 両腕の中に持った貝を見せあいっこして数で勝負をしていたクレア達の元まで言って話をしていると、どうやら貝は砂の中に居たらしい。だからオリヴィアは上から見ても解らなかったのだ。流石に砂で姿をカモフラージュしている貝を見つけ出す程目が良い訳では無いので、オリヴィアは残念そうにしていた。

 

 ここはクレア達に任せようと判断したオリヴィアを尻目に、リュウデリアはどこに居るのかと疑問を口にしたクレア。先程青真珠を投げ寄越した後はどこかへ泳いでいったのを見たが、それからは顔を上げていない。何時まで探しているのだろうと話した時、バルガスが上がってくるリュウデリアを察知した。

 

 固まっているオリヴィアの所へ純黒がやって来て、顔を出すと大きく息を吸った。そしてその腕の中には、クレアとバルガスが獲ってきた以上の数の貝があった。リュウデリアは滴る水を頭を振ることで飛ばし、クレア達の獲ってきた貝を確認して、ふふんと得意気な顔になった。

 

 

 

「獲ってきたぞ……29個なッ!最後の一つを獲る前に息が続かず断念したが、どうだ?お前達の2倍は獲ったぞ」

 

「いや絶対ェ魔力は使っただろ。魔法の気配は無かったけどよォ……魔力だけでどうやってそんなに見つけた?」

 

「……魔力だけとなると……どうやったか……気になる」

 

「何だ、解らないのか?……フッ」

 

「お?鼻で笑いやがって喧嘩売っとんのか??」

 

「……売るなら……買ってやるが?」

 

「ならば次の息継ぎまでの間に、俺より獲ったならばどうやったかタネ明かししてやるぞ。因みに俺が獲ったこの貝達の中には、全て青真珠が入っている。それも大きめのものだけだ」

 

「はーーーー?訳が解らないんだが??」

 

「……絶対に勝って……どうやったか……明かさせる」

 

「ふふっ。一先ず今獲ってきた貝は私が預かって……次に開始の合図をしてやろう。潜って息継ぎをするまでの間に貝を捕ってくること。魔法の使用は厳禁だぞ。魔力は有りだ。それでは位置について……貝獲り競争開始!」

 

 

 

「「「──────絶対負けん!」」」

 

 

 

 3匹が獲ってきた貝を受け取ろうとしたが、数が多いのでローブの魔力を使って空中に全て浮遊させる。そうして開始の合図として両手をパチンと鳴らした。音が響くと全くの同時に、リュウデリア達は大きく息を吸い込んで水中へと潜っていった。仲良く競争をしている彼等にひっそりと微笑み、待っている間に貝から青真珠を取り出す作業をするオリヴィアだった。

 

 

 

 

 

 

 王都に来てから初めての冒険者に出された依頼だが、やはり幸先が良く、これなるば相当な報酬が貰えるだろうと確信するのだった。

 

 

 

 

 

 



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第47話  ありがちな事

 

 

 

 

 

「──────納得いかねェ──────ッ!!」

 

「……生まれた差が……酷すぎる……魔力だけで……どうやって……」

 

「フフン。俺がやればこの程度、造作もないことよ」

 

「クレアが24個、バルガスが26個、リュウデリアが47個。圧倒的だな」

 

「これでタネ明かしはお預けだな。何せ俺が勝ったのだから!」

 

「ちぇっ。魔法じゃなくて魔力だけって……どーやんだし」

 

 

 

 貝獲り競争の結果は御覧と通りだった。やはりというべきか、コツを掴んだリュウデリアの圧勝だった。一体どうやったら魔力だけで貝の場所が解るというのか。クレア達でも解らないので首を傾げている。だが負けた以上教えてもらえないので、悔しそうにしている。

 

 オリヴィアの合図に伴い開始された競争中、貝を見つけて手に取りながらチラリとリュウデリアを見た時、クレアとバルガスは次々と貝に手を伸ばす所を見ていた。迷い無く泳いで貝を獲る。それも、有ると解っているのに獲らずスルーするときもあった。恐らく中に青真珠が入っていないのだろう。

 

 流石に中を開いて確認しないと解らない中身の判別すらも同時に熟す。魔力の使い道は魔法の発動と、覆った事による肉体の強化だけだと思っているクレア達にとって、リュウデリアが行っている魔力のナニカが未知に感じている。だから絶対に負かしてタネ明かしをさせてやろうと息巻いたのだが、結果は惨敗だった。

 

 依頼の青真珠5個は回収を完了しているのは、リュウデリア達が勝負している間に貝を開いて青真珠を取り出していたオリヴィアが解っているので、ギルドへ帰る事にした。今までは喋っていた3匹だが、今からは戻るので使い魔ポジションに戻って黙り、それぞれの配置につく。

 

 王都の入り口に歩いて向かい、門番に許可証のタグを見せて中へ入る。後は来るときに歩いた道をそのまま辿ってギルドへ戻れば良いだけだ。朝飯を食べてきたが、体を動かして腹を空かせたのだろう、リュウデリア達からぐぅっと鳴る腹の音が聞こえて、オリヴィアはクスクスと笑った。途中で魚を獲って食べていたのに、食いしん坊だなと思いながら。

 

 体のサイズを変えると同時に、食べる量も変えている3匹ではあるが、それでも食べる量は凄まじく、食べること自体好きなので食欲旺盛だ。そんな腹ぺこ3匹に店から香る肉を焼く匂いは厳しいものがあるのだろう。誰にも解らない小さな声で腹減った……と言われると笑ってしまいそうになる。

 

 仕方ないな、と溜め息を吐きながら、ギルドに報告が終わったら貰う報酬で何か食べに行こうかと言うと、3匹が首を縦にブンブン振るので小さく吹き出して笑った。そうして仲良くギルドへ帰って来たオリヴィア達。だが、何か食べられると上機嫌だった3匹は、一瞬で不機嫌になることとなる。

 

 

 

「──────ちょっと待ちな真っ黒ちゃん」

 

「お前、さっき青真珠の依頼受けただろ。獲ってきたんなら全部渡しな。ちょーど酒飲むための金がいるんだよ」

 

「まさか断らねーよなぁ?ま、1個も獲ってこれなかったってーなら、金になるモン渡せ。それで許してやるよ」

 

 

 

 王都のギルド、燦々たる地平線(ブライエント・ホライズン)は人の良い者達が多く、素行が悪い者は少ないのだが、中にはこのように絡んでくる者が居る。登録料さえ払ってしまえば、誰でも冒険者になれるという事により、言葉よりも暴力による話し合いを好むような輩が必ず居るのだ。短気な者も手が出やすいというのもある。

 

 そしてギルドへ帰って来たオリヴィア達に絡んできた、大剣、片手直剣、弓、を背負った男達は、その素行が悪い者達に入る。実は青真珠の依頼を受けて向かっていったのを見ており、帰ってくるのを待っていたのだ。例え青真珠の獲り損ねたのだとしても、上質そうな純黒のローブを奪い取ってしまえば良いとも考えていた。

 

 ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら前に立ち、大きな体を活かして上から見下ろして威圧してくる。両肩と腕の中に居るリュウデリア達の目が細まり、不穏な気配を醸し出している事など露知らず、もう潔く渡してくるものだと思い込んでいる3人組に、態とらしく溜め息を吐いた。

 

 

 

「愚かだな」

 

「あ?」

 

「何故、態々人の目のあるギルド内で依頼の納品物を渡すよう催促するのか、金目の物をたかるのか理解に苦しむ。お前達は今、非道を行うと宣言しているに等しいのだぞ」

 

「はッ!コイツらはザコだぞ。俺達はAランク冒険者だ。俺達に何か言える奴なんざ居ねーンだよ!それよかブツだよ、さっさと出してよこせ」

 

「はぁ……──────()ってみるが良い。ただし、その時はお前達がどうなっても知らんからな。それ相応の事態に陥ると思うが良い」

 

「……舐めやがってEランク風情のザコがよォッ!!」

 

 

 

 雲行きが怪しくなった事で、オリヴィアの周りから少しずつ話し声や食器の重なる音が消えていき、静寂が生まれた。冒険者同士の本気の揉め事であり、Eランクのオリヴィアが腐ってもAランクの冒険者である男達に絡まれているのを見過ごせなかった、青真珠の納品依頼の受付してくれた受付嬢がカウンターから出て来て止めようとしてくれた。

 

 他の冒険者はAランクの3人組に力では敵わないと解っているからか、気まずそうに視線を逸らしていた。まあ仕方ないかと納得しながら、走り寄ってくる受付嬢に掌を見せて大丈夫だというジェスチャーをした。

 

 まだ若い女性である受付嬢は心配そうな表情を隠すこと無く、両手を胸の前で合わせて見ていた。良い受付嬢だと思いながら、3人組を挑発する。すると、依頼を受ける時の受付を盗み聴きしていたから知っていたようで、正真正銘Eランクであるオリヴィアに怒り心頭で真っ赤に変色した怒り顔のまま、背中にある片手直剣を抜いて振り下ろしてきた1人の男。

 

 正面に立つオリヴィアから見て左上から右下に向けて振り下ろす片手直剣。大剣よりも軽い武器なので、大の男が振り下ろせば相当な速度を出すだろう。普通のEランクの冒険者ならば避けるのは難しかったかも知れない。だが、残念ながら普通では無い者達が相手なので意味は無い。

 

 左上からの袈裟斬りだった。まさか武器を抜くとは思ってなかった受付嬢は咄嗟に顔を手で覆ってしまった。そして視界を隠して数瞬後、ばきりという音が聞こえた。人を斬った音ではない。硬いもの同士がかち合った時の音だ。急いでオリヴィア達の方を見てみれば、肩に乗っている赫い使い魔が、手で剣を受け止めていた。

 

 

 

「なッ……はァッ!?」

 

「……私に武器を向け、更には使い魔に攻撃した。つまりお前達は不当な言い分を撒き散らし、言い返された事に逆上して手を出した加害者という立場になる。知っているか?ギルド内で揉め事が起きた場合、加害者はどれだけの反撃に遭おうが自己責任になるのだぞ。つまりだ──────報復は甘んじて受けるが良い」

 

「ふざけんなザコがッ!!使い魔が少し強いくらいで調子に乗ん──────」

 

 

 

 ひゅるり。小さな風切り音が聞こえた。もしかしたら空耳かもと疑ってしまいそうな、弱々しい音だった。静寂の中で発生したその音に、見守ることしか出来なかった周りの冒険者達は小首を傾げたが、次の瞬間にはそんな些末な事は、頭から抜け落ちていた。

 

 3人組の男達の服が斬れた。大剣を背負っていた男と片手直剣を振り下ろした男は鉄製の鎧を着ていたのだが、両の肩当てが縦に真っ二つになり、太腿の付け根の部分も裂けた。あれ?と思ったのも束の間、3人組の男達は腕と脚、四肢を斬り落とされていた。

 

 ピッと肌に線が入り、次には斬れて床に転がっていた。達磨と化した男達は最初、訳が解らず何度か瞬きをして仲間達と目を合わせていたが、遅れて噴き出る大量の血と、斬られた肉の断面から奔る痛みによって絶叫を上げた。

 

 

 

「ぎやあぁあぁ──────ッ!!!!」

 

「いでぇ……っ!!いでぇよぉ……っ!!」

 

「俺の脚がぁ!!腕がぁ!!!!」

 

 

 

「今……何が起きたか解ったか?」

 

「いや、いきなりアイツらの腕と脚が斬り落とされたようにしか見えなかったが……」

 

「……めちゃくちゃ鋭い剣で一刀両断……みたいな断面だぜ、ありゃあ……」

 

「ご愁傷様だな……」

 

 

 

 斬り落とされた腕と脚、体の断面から噴き出る血がギルドの床に大きく広がっていく。足元まで来た赤黒い血に、近くに居た冒険者達は恐れ慄くように後退して避けていった。何が起きたのか、何をしたのか一切解らなかった。だが実際やったことは単純だ。リュウデリア達が尻尾の先に魔力で形成した刃を使い、目にも止まらぬ速さで1人ずつ四肢を両断しただけだ。

 

 人間には捉えられない速度で斬ったのだから、何が起きたのか解る筈も無い。ゼロコンマ1秒にも満たない、超早業である。当然、斬られた男達も何が起きたのか理解出来ていない。だがそれはもう関係無いのだろう。そもそも、手を出すこと自体間違っていたのだから。

 

 左肩に乗っているバルガスは、受け止めた片手直剣をまだ持っていた。体のサイズを落としたので、手は小さいが力はそのままだ。だから小さな人間が持つ武器なんて羽根よりも軽い。

 受けとめていた武器は、少し力を入れただけで、握っている部分から罅が入って半ばから完全にへし折れた。

 

 ばきりと音を立てて折られ、床に落ちる。小さな破片が血の池に鏤められ、呑み込まれていった。泣き叫ぶ大の男3人と、それを見下ろす純黒のローブを着て、顔をフードで隠したオリヴィア。異様な光景の中、今度は3人の男達の斬られた断面に、純黒の炎球が発生し、斬り落とされた四肢は純黒の炎が呑み込んだ。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」

 

「死ぬっ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅっ!?」

 

「あづいぃ!!誰か助けてくれェ!!!!」

 

 

 

「私は()()()()()()()()()から、態々止血してやっているんだろう?感謝くらいしたらどうだ愚か者共。あぁそれと、斬り落とした四肢は灼いて消滅させておくぞ。薬か何かで繋げられても困るからな。お前達は己の愚行に悔いながら、これから先惨めに生き恥を晒し続けるが良い」

 

 

 

 純黒炎に呑み込まれた四肢は、ものの数秒で完全に消滅してしまった。これでもう繋がる事は無い。失われた四肢が戻ることは、有り得ないのだ。治癒する魔法は存在しない。その代わりに傷薬があるので、高級な傷薬を使って高度な縫い付けを行えば、もしかしたらが有ったかも知れないが、もう無理な話だ。

 

 斬られた断面に炎をつけられて肉が焼ける。止血のためと言うが、止血が終わっても灼いたので、接触した所は真っ黒に焦げて炭となっている。ギルド内に、人の肉が焼けた匂いが充満する。それに不快感を感じて眉を顰める者も居れば、耐えきれず吐きにトイレへ駆け込む者も居た。

 

 周りからの視線に怯えが混じっているというのに、オリヴィアは気にした様子も無く痛みで気絶した男3人を放って受付嬢が居るカウンターへ向かった。進行方向に居た冒険者が左右に別れて道を作り、その道を堂々と歩いていく。ハッと我に返った受付嬢は、急いでカウンターの奥へ行き、困ったような表情をして対応した。

 

 

 

「依頼にあった青真珠の納品をしたい」

 

「は、はい。私が受け取らせていただきますので、カウンターの上に置いて下さい」

 

「分かった。数が多いから気を付けてくれ」

 

「はい!……数が多い?」

 

 

 

 受付嬢とオリヴィアを挟むカウンターの上に純黒の魔法陣が展開され、異空間に仕舞われていた大量の青真珠が姿を現した。その数は実に92個。70近くの青真珠は、リュウデリアが入っていると解って獲ってきたので圧倒的な量で、残りの20近くはクレアとバルガスが獲ってきた貝の中に入っていたものだ。

 

 残念ながら入っていないものもあったので、獲ってきた貝の数よりも青真珠の数の方が少ないのだ。因みに、オリヴィアは貝の剝き方を知らないので、魔法を使って無理矢理貝をこじ開け、中身を取り出していた。なので一切触っていないのである。

 

 納品数5個に対して、獲ってきた数が異常に多い事に目を丸くして驚いた受付嬢は、コロコロと転がってカウンターから落ちそうになっているものを身を乗り出して手で塞き止め、同業の他の受付嬢の手を借りながら90を超える青真珠の回収をした。大きさの判定と報酬の準備があるので待って欲しいと言われ、10分程待機していた。

 

 鑑定が終わったのだろう、受付嬢が奥の部屋から出て来る。手にはトレイを持っていて、その上には1万Gの価値がある金貨が大量に乗っていた。因みに、1000Gの価値が銀貨で、100Gの価値が銅貨で、10Gの価値が鉄貨で、裏には全て特殊な紋様が共通についており、複製は出来ないようになっている。

 

 Eランク依頼だというのに、見ただけで解る大金を稼いだオリヴィアに周囲がざわついている。かくいう受付嬢もまさかこんなに青真珠を獲ってくるとは思っていなかったので、苦笑いをしていた。

 

 

 

「青真珠の納品5個の報酬で5万G。残りの重複分の青真珠が87個で、大きさによって代金が変動いたしましたが、総額92万4000Gとなりました。お受け取り下さい」

 

「ありがとう。獲った貝は好きにしてもいいのだろう?というか、食べられるか?」

 

「はい、オリヴィアさんが持っていて大丈夫ですよ!それにちゃんと食べられますし、美味しいですよ!」

 

「「「「……っ!」」」」

 

「そうか、それは良かった。では、今日のところは帰る。恐らく明日も来るだろうから、また頼む。あの男達の処理は任せた。事情聴取等もあるだろうしな」

 

「あはは……お任せ下さい。皆が証人ですので、オリヴィアさんに罰則はありません。お疲れ様でした」

 

「あぁ」

 

 

 

 転がっている男3人は、周りに居た冒険者に手を借りて憲兵に引き渡される。完全に加害者側であることは、ギルド内に居た者達が見て聞いていたので問題ない。そして揉め事が起きた際の負傷については、ギルド側が責任を取る事は無く、全て自己責任となるで男3人はどうしようも無い。

 

 過剰であったかも知れないが、所詮は絡んでやられた方が悪い。だから庇護されることはない。よってオリヴィアに罪に問われる事も無い。周りから少し怯えられる事以外はある意味で円満に終わったのだ。

 

 何か美味いものを食えると上機嫌だったのに、知らぬとはいえ天下の龍を不機嫌にさせたというのに、殺されなかっただけありがたいものだろう。いや、もう自力で動くことは出来ないので、殺された方が良かったのかも知れない。まあ、もう後の祭りと化しているので何を言おうが叫こうが無駄なのだが。

 

 

 

 

 

 

 こうして王都の初依頼は無事達成し、大金を手に入れた。ギルドを後にしたオリヴィア達は、報酬を使って食べ歩きをしながら、湖貝を焼いてもらって存分に堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 



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第48話  大群

 

 

 王都のギルドで初めての依頼を達成したオリヴィア達は、ギルドを出て行った後、依頼の報酬と重複した分を買い取ってもらった金を使って食べ歩きをした。大通りに建てられている出店や、飲食店に立ち寄って、美味しそうだと思ったものを食べる。

 

 人間の作る食べ物はどれも美味で、何度も食べている筈のリュウデリアでも、思わず尻尾が左右にゆらゆらと揺れてしまうくらいには楽しんでいる。そしてクレアとバルガスは、食べるものがどれもこれも美味くて美味くて大変驚いていた。

 

 マルロの屋敷で使用人が作った料理を食べて、その上手さに驚愕していたが、簡単に買えてすぐに食べられる、所謂串ものだったりを食べても驚き、酔い痴れていた。

 

 大量に食べ物を買って、そこらにある椅子に座って食べている時、リュウデリア、バルガス、クレアの3匹が揃って一心不乱に食いつき、翼と尻尾を振って食べている姿にクスクスと笑うオリヴィアの構図があったりもした。そうしてある程度食べ歩きをして、獲った貝をお裾分けも兼ねて料理してもらう為にマルロの屋敷へと向かった。

 

 別にまた泊めてもらおうという魂胆があった訳では無いが、恩人なのだから遠慮せず泊まって欲しいと言われ、その日もまた厄介になることとなった。それから夜が明けて翌日。今度は討伐系の依頼を熟そうとギルドへやって来たオリヴィア達が見たのは、満身創痍になっている男と、傷だらけの女2人と男1人が何やら騒いでいた。

 

 

 

「騒がしいが、何があった?」

 

「うおっ、アンタか……ビックリした。えぇとな、朝早くから討伐依頼に出掛けたチームがやられて帰ってきたんだよ。倒れてる奴が居るだろ?もう虫の息だから傷薬じゃなくて、もっと高価な回復薬を恵んでくれって騒いでんだよ」

 

「よくある事なのか?」

 

「うーん……王都の外壁の近くに居る魔物はそこまで強くないはずだから、何とも言えないなぁ」

 

「そうか。助かった」

 

「いえいえー」

 

 

 

 人集りを作っているので、近くに居た冒険者の男に聞いてみると、依頼先でやられてしまったということを聞いた。依頼先での負傷も自己責任になるので、ギルドに抗議しても意味は無い。だからか、倒れている男のチームである他の3人は、必死に傷薬よりも高価で効き目が早く強い回復薬を求めているのだろう。

 

 だが、回復薬は本当に高価だ。大きな傷を負った時に使えば、痛みが和らいである程度の傷が塞がる。そんなものが安く売っている訳がない。当然作るにもそれ相応の材料が掛かる為だ。薬学に精通していて、しっかりとした知識が無ければ調合するのも難しい。

 

 生傷が絶えない冒険者には必須に思えるが、その価格から、実際の所持っているものはとても少ないのだ。そして何度も言うが、負傷は自己責任。つまり、別に他の冒険者が死にかけようが、極論を言ってしまえば助ける義理は無い。人情がある者ならば真っ先に助けるのだろうが、求めるのは回復薬。おいそれと渡そうとは思えないのが悲しいところだ。

 

 

 

「誰かお願いっ!回復薬を譲って……っ」

 

「このままじゃ彼が死んじゃう……っ!」

 

「頼む!金は後で必ず返す!だから……っ!!」

 

 

 

「わりぃ、俺回復薬は持ってねーんだよ」

 

「あれたっけーからなぁ……」

 

「そもそも店に置いてある数も少ねーし……」

 

「悪いな……」

 

 

 

「そ、そんなぁ……」

 

「だ、誰でもいいんだ……っ!!た、頼む……誰か……っ!」

 

「このままじゃ……っ!!」

 

 

 

 本当に持っていない者達と、持っていても渡してあげようと決心できない者達が人集りから出て行く。何だ何だと物見遊山で見ていた者達も散っていった。残された傷だらけのチームは困惑し、肥大化した焦りの感情が表情に出ていた。切迫つまっているからこその、助けてという叫びは、誰も答えることがなかった。

 

 これもまた仕方の無い事なのだろうと、オリヴィアは特になのも思うことはなく、クエストボードの方へ歩みを進めた。するとそこで、助けを求める声を掛け続けていた女冒険者2人が、ギルド内でも浮いている純黒のローブを目の端に映し、気が付いた。

 

 昨日、ギルド内でも屈指の力を持つAランク冒険者のチームを、たった1人で、目にも止まらぬ速さで倒してしまった、少し話題になっている人物。この人ならばと直感したのか、女冒険者2人はその場から駆け出し、オリヴィアの前にやって来て縋り付く目を向けてきた。

 

 

 

「あの……っ!お願いします、私達のチームメンバーが死にそうなんです……っ!」

 

「回復薬を恵んで下さい……っ!!」

 

「……何を以て私のところへ来たのかは知らないが、私は回復薬なんぞ持っていない」

 

「そんな……っ!魔法で治すのでもいいんです……っ!!どうかお願いします!!」

 

「彼を助けて下さい!!」

 

「治癒の魔法は古代の文明時代に失われているだろう。私は他人を治癒する芸当なんて出来ない。残念だろうが、他を当たるんだな」

 

「う、うぅ……っ」

 

「彼が本当に死んじゃう……」

 

「こんな所で望み薄の助けを求めるならば、診療所にでも連れて行けば良いだろう。そちらの方が余程建設的だと思うが?」

 

 

 

 必死に食い下がる女冒険者達に、オリヴィアは否と答えた。治癒の女神の力を使えば、瀕死の重傷だって瞬く間に治すことが可能なのだが、だからといってその力を何の対価も無しに振り撒くなんて事はしない。いや、対価を出されてもやろうとは思わないだろう。

 

 古代文明の技術である治癒の魔法は失われ、誰にも使えない。その確立すらも出来ない。あのリュウデリアでも出来ないと言われる魔法を、人間が出来るはずも無い。故に、ここで人を治せば必ず周囲の者達はオリヴィアを放っておかない。必ずやその力を我が物にと迫ってくるだろう。

 

 リュウデリア達が居る以上、手出しはされないだろうが、一度広まった噂を取り除くのは不可能に近い。これからの行動にも支障が出る。だからオリヴィアは、リュウデリア達以外に治癒の女神の力を使わないと決めている。例え目の前で人間が死にそうになったとしても、何とも思わないのだ。

 

 そして、助けを求めていた3人は、オリヴィアの言葉が正しいと冷静になったのか、倒れている血塗れの男を慎重に抱えてギルドを出て行った。診療所を目指しているのだろう。先まで男が倒れていて床に広がってしまっていた血を、濡れたモップで綺麗にしている清掃員。その光景以外はまた賑やかなギルドに戻っていった。

 

 去っていた傷だらけの冒険者達に一瞥もくれぬまま、今度こそクエストボードの元に行って何が良いか選び始めた。4人で見ていって、今度はクレアが尻尾で討伐依頼を指したのでそれを取り、空いている受付カウンターへ行くと、昨日対応してくれた茶髪で泣き黒子のある笑顔を浮かべた受付嬢が居た。

 

 

 

「おはようございます、オリヴィアさん!今日はどの依頼に行かれますか?」

 

「おはよう。今日はこれに行こうと思う」

 

「『陸蟹(りくがに)』5匹の討伐で、報酬は4万Gです!……あの、オリヴィアさん」

 

「うん?何だ。Eランク依頼だから受けられると思うが」

 

「あ、そうではなくてですね?先程の冒険者の方々が居たじゃないですか?あの方々は最初、陸蟹の大群に襲われたと言っていたんです。陸蟹は大群の一塊にはなりません。なのでもしかしたら……少し異常が起きているのかも知れません。それでも今日これを受けますか?」

 

「ふむ……異常か。まあ私達ならば大丈夫だろう。いざとなれば撤退する」

 

「……分かりました。お気をつけて」

 

「あぁ。行って来る」

 

 

 

 どうやら先程の冒険者達は、今オリヴィア達が行こうとしている陸蟹という魔物の大群にやられたらしい。受付嬢もあまり薦めはしなかったが、昨日の一件でどれ程の力を持っているのか知れたので、受注させても大丈夫だろうと判断した。

 

 水気の多い場所に生息する蟹だが、この陸蟹というのは歴とした魔物で、水気が無い陸地で繁殖している。1メートル程の大きさがあり、横長な体なためもっと大きく見えるだろう。土の中に潜り込んで、上を通過する者に襲い掛かって捕食するというものだ。左右で一本ずつ大きなハサミがあるが、右手のハサミが一番大きく、倒した証は小さい方のハサミでいい。

 

 ギルドを後にしたオリヴィア達は王都から出て、王都を囲う岩壁の外に出た。地面は土なので陸蟹がどこに居るか解らない。草原ならば掘り起こされて土が露出している不自然な部分を探せば見つけるのは容易いが、そうもいかない。だが、ここには3匹の龍が居るので問題ない。

 

 岩壁から歩いて1キロ程行くと、腕の中に居るリュウデリアと両肩に乗ったクレアとバルガスが翼を使って飛び立ち、それぞれ別の場所へ向かって、上から地面に急降下していった。小さな体なのに、着地するとどごんと鈍い音がし、砂煙が待った。風をイメージして砂煙を晴らすと、リュウデリア達は1匹ずつ大きな蟹を持ち上げていた。

 

 

 

「獲ったぞー!」

 

「……すぐに……見つけられた」

 

「これは熱湯で茹でれば美味いんじゃないか?」

 

「それ賛成」

 

「……乗った」

 

「ふふっ、こらお前達。まずは依頼にある5匹の陸蟹を獲って、ハサミを回収してからだぞ?」

 

「分かった」

 

「へーい」

 

「……了解」

 

 

 

 クレアとバルガスは、自身で獲った陸蟹をリュウデリアに投げ渡し、2匹の陸蟹が到着するまでに、自身の持つ陸蟹の頭に尻尾の先を甲殻を突き刺して息の根を止め、やって来た2匹の陸蟹にも一瞬で同じトドメを刺して異空間へ跳ばした。

 

 異空間へ跳ばす為の魔法陣が消える前に、クレアとバルガスが更に2匹、陸蟹を捕まえた。今度は自分達で息の根を止めてリュウデリアへと放り、また異空間へ跳ばす。あっという間に依頼にあった陸蟹の討伐目標は終えた。もう斃す必要は無いのだが、もう陸蟹を食べる気に満ちている腹ぺこ龍が3匹も居るので、まだ狩ることになりそうだ。

 

 異空間に仕舞い終えたリュウデリアがオリヴィアの元まで戻ってきた。右肩に降り立ってある場所を指を指す。そこには少しだけ掘り起こされた土があった。どうやら陸蟹が居るところを教えてくれたようだ。顔を横に向けて一度頷いた。そしてイメージする。土を操る為に。

 

 足下に落ちている石礫がカタカタと揺れる。オリヴィアが人差し指を向け、上へ振るとリュウデリアに教えられた部分の土が隆起し、中から陸蟹が現れた。地上へ引き摺り出された事に怒ったのか、着地すると一目散に向かってくる。だが動かしている脚に土が絡み付いて動きを阻害し、背後から尖った円錐状の土が陸蟹の頭を貫いたのだった。

 

 

 

「土の操作は初めてだが、上手くいったか」

 

「見事だ。動きを阻害してからのトドメは自然に出来たな。だが1つ言わせてもらうならば、土で甲殻を突き破ると後々の処理が面倒だ。食うからな」

 

「あっ……すまない」

 

「いや、後で砂だけを取り除くから構わん。魔法の行使はもう一人前だな」

 

「リュウデリアが教えてくれるからな。私も少しくらいは戦えるようにならなければいかないだろう?おんぶに抱っこはさせたくないんだ」

 

「そうか?治癒の力だけで十分だと思うが……それならばこれからも励んでくれ。俺も随時ローブの改造をしていこう。もう少し複雑な魔法が出来るようにな」

 

「ありがとう。頼んだ」

 

 

 

 任せておけ。そう言って笑いかけるリュウデリアに笑みを浮かべる。そんな2人のやり取りをバルガスは静かに見守り、クレアは手を持ち上げてやれやれというジェスチャーをした。仲がよろしいこって……と言っているようだった。

 

 乗っていた肩から飛んでオリヴィアの仕留めた陸蟹の元まで行くと、空気中の水分を集めて水の塊を造り出し、土の円錐で貫かれたことによって付着してしまった砂を洗い流した。中を確認して大丈夫だと判断すると、魔法陣を描いて異空間へ跳ばす。これで6匹の確保である。

 

 さて、もっと集めようとリュウデリア達が位置に付いた瞬間、周囲一帯の地面が揺れた。震動が足下から伝わってくる。大きな何かが動いているのかと思ったオリヴィアだったが、震動を起こしている正体は違った。原因が何か分かるかとリュウデリアに聞こうと視線を向けると、遠くを指さしていた。それに従い目線を変えると、そこには夥しい数の陸蟹が此方に向かって進んでいた。陸蟹の大群である。

 

 これがギルドに居た傷だらけの冒険者チームが出会したという、陸蟹の大群かと納得した。視界一杯に陸蟹が溢れており、これを4人で相手するには厳しいものがあっただろうなと思いつつ、再びリュウデリア達の方を見てみれば、獲物を発見したとでも言いたげな杜撰な笑みを浮かべて嗤っていた。

 

 オリヴィアは静かにあーあ、と察した。恐らくあの陸蟹の大群は1匹も逃がしてはもらえないだろう。もう腹ぺこ龍3匹が、食べ物として捕捉してしまったのだ。何もこのタイミングで来なくて良いだろうに、運の悪い者達だと憐憫の感情を抱いた。今夜もマルロの屋敷へ行くことになりそうだ。

 

 

 

「じゅるっ……ご馳そ……んんッ……あれは放って置いたら危険だ。うむ、実に危険だ。ここに居合わせたのが俺達で良かったな。見つけたのだから責任を持って全部狩るぞ」

 

「本音を言ってみろよ」

 

「あれを見たら腹が減った」

 

「だと思った。オレもだけど」

 

「……魔法は無し……頭へ最小限の致死的な一撃のみ……数は?」

 

「んー、245匹だ」

 

「私がやると原形を留めておけなそうだから、ここは任せても良いか?」

 

「任しとけーい。えーと?1匹につき約80か。一番殺した奴が一番多く食べられるのどうよ?」

 

「「──────乗った」」

 

「ふふっ、頑張れ」

 

 

 

 魔法を使わないと戦えず、しかし使えば加減が上手く出来ず原形を留めておけなくなりそうなので、オリヴィアは自主的に見学側に回った。リュウデリア達はやはりというべきか、全部仕留めて食べるつもりなのでやる気に満ち溢れている。

 

 オリヴィアの前に3匹が翼で飛んでいる。手をバキバキと鳴らして嬉しそうに嗤っていた。200を超える魔物の大群は普通に緊急事態とも言えるが、これならば問題なんて一つも無さそうだ。そうして忽然と姿を消す3匹の龍達。次に現れたのは一番先頭を走っていた陸蟹の目の前だった。

 

 

 

 

 

 大群どころか群れで移動することはないと言っていた陸蟹がこうも大群を為すとは、その原因は何なのだろうかと思案しながら、オリヴィアは次々と斃れていく陸蟹達と、嗤いながら狩り続けるリュウデリア達を見守っていた。

 

 

 

 

 

 






 回復薬

 傷薬の上位版。高い回復力を持っていて、深傷も治すことが出来る。しかしその一方で値段はかなり張る。

 なので、生傷が絶えない冒険者には必需品に思えるが、値段が高いのであまり持っている者達が居ない。少なくともBランク冒険者にならなければ、よし買おうとならない。




 陸蟹(りくがに)

 水を必要としない蟹。地中に埋まっていて、上を通ったものに襲い掛かる。良く見れば土の部分が掘り起こされているので気付ける。

 遊んでいる家族同伴の子供や旅人が襲われる事件が発生しているので、討伐が出された。




 何でリュウデリアは陸蟹の大群の数が解ったの?

 一目見て計算したから。



 


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第49話  盗み

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……ど、どうだ?お客様は……満足してたか……?」

 

「は、はい……オリヴィア様……というよりも、その使い魔の子達が満足そうにしてました……マルロ様とお嬢様も美味しかったと言っておりました……」

 

「……すまんが……私はここまでのようだ……おやすみ……」

 

「「「──────私達も……おやすみなさい」」」

 

「えぇ……っ!?料理長!?他の皆さんもここで寝るんですか!?」

 

 

 

 マルロの屋敷で食事を作る料理人達は満身創痍だった。場所は10人の料理人が居ても余裕がある広い厨房。現在の時刻は20:19。料理を開始してから、実に6時間が経過していた。というのも、14時頃にオリヴィア達がやって来て、これを料理して欲しいと言って陸蟹を提供してきたのだ。

 

 大人の男性の腰辺りまである大きさの大きな蟹は、魔物であるが普通に食べられるものだった。煮ても茹でても美味く、生でも食べられる。全身を覆っている甲殻以外は食べられる、普通の蟹と殆ど変わらない魔物。それが出されたので腕によりをかけて料理を作ろうと思ったのだが、出されたのは1匹ではなかった。

 

 広大な敷地を持つマルロの屋敷。その厨房に近い庭にこれでもかと巨大な陸蟹を出された。その数は驚異の200越え。全部食べるから夕食に出して欲しいと言われた。マルロも是非ともお願いすると言っていて、ティネも蟹が食べたかったようで喜色浮かぶ笑みで喜んでいた。

 

 え、これ全部今日の内に料理するの?本気?と思ったが、ではよろしく頼むと言って去って行ったマルロとティネ、また出掛けたオリヴィアを見て、指が腱鞘炎になるんじゃないか?と心配になった料理長が居た。普通に数が多いので、非番だった料理人も謝りながら呼び寄せ、マルロが雇う総勢14人の料理人達で必死に調理した。

 

 

 

「煮込みは終わったか!?形崩れてないだろうな!?」

 

「誰か陸蟹もう1匹持ってきてくれ!」

 

「ソースどこいった!?ここに置いといたんだけど!」

 

「盛り付ける皿間違えた!?」

 

「使い終わった殻が邪魔だから捨ててきてくれ!」

 

 

 

 気を利かせて早めに持ってきてくれたのだろうオリヴィアに感謝すれば良いのか、もう少し日にちを掛けて食してもらえないだろうかと愚痴れば良いのか解らなかった。だが料理人達はすぐにやる気を見せた。弱音を吐くわけにはいかない。こちらはプロの料理人。高いお給金を貰っている、働くコックさんだ。料理を作ってくれと、材料まで用意してもらったのに、量が多いからという理由で挫ければ料理人の名折れ。やるからには全力でやる。

 

 清潔な、プロの料理人を示す白いコックコートをビシッと着こなし、ズボンへの被弾を防ぐエプロンの紐を固く締めながら、全員で気合いを入れて調理に入った。そして皆で笑みを浮かべながら調理すること4時間後、オリヴィア達がやって来て夕食の準備を頼まれた。

 

 キタと思った。優秀な料理人達は恐らくこの位に来るだろうという予測時刻を決めており、ドンピシャだったことに仲間内で華麗なハイタッチを決めた。それからは戦いだった。運ばれていく料理が一瞬で消えて皿だけが運び込まれる。余程腹を空かせていたのだろう。ならばプロとして、満足させる!そう息巻いて腕が攣りそうになりながら、ひたすら料理を出した。そうして漸く、全ての陸蟹を調理し終えたのだ。

 

 長い戦いだった。だが料理人達は勝ったのだ。知らないだろうが、腹ぺこの龍を満足させる料理を、飽きないようにと味を変えたりしながら気を利かし、出し続け……見事満足させたのだ。総勢14名の料理人達は厨房で倒れ込み、一瞬で眠りについた。彼等は料理人として、歴戦の戦士となったのだ。

 

 

 

「いやー、美味かったなぁ。蟹の料理最高だったぜ」

 

「……蟹の肉を……湯につけて食べる……アレが気に入った」

 

「結局一度も途切れることなく料理が出されたな。作っている人間は加速の魔法でも使っていたのか?」

 

「ふぅ……お前達はよくもまあ、あそこまで入るな。まあ元々が巨大な龍だからな、元のサイズなら一口か」

 

「取り敢えず、良い飯だったな」

 

 

 

 

 また泊まっていって下さいと誘われたので、御言葉に甘えて客室に居るリュウデリア達は、自身達が狩って持ってきた陸蟹が、美味しく料理された事に満足そうに笑い、会話で花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────うーいオリヴィアー、そっち行ったぞー」

 

「……こっちではない……あっちだ」

 

「おいおい、逃げようとするな低級の魔物風情が、疾くオリヴィアの元へ行け」

 

「──────っ!!」

 

「よし、ここだな……っ!!」

 

 

 

 リュウデリア達の誘導の元、低級の魔物であるウルフが必死に食らいつこうと向かってくる。ウルフには仲間は居た。長年共に狩りをしてきた相棒のウルフ達が。しかし、今や己一人だ。4匹の相棒達。其奴らは既に、そこらに骸として転がっていた。

 

 何時ものように襲い掛かったは良いが、最初に仕掛けた相棒2匹の頭が何かで斬り落とされ、残る4匹は赫い雷と蒼い風の刃によってやられた。残るは己自身のみ。相棒達には悪いが、ここは逃げるべきだと判断して踵を返せば、純黒の奴が目の前に居た。

 

 目の前で見てようやっと解った。殺される。確実に食われる。そう思ってまた更に踵を返して逃げた。だが逃げようとすれば赫いのと蒼いのに進行方向を変えさせられて、純黒のローブを着ているオリヴィアの元まで誘導された。

 

 もう仕方ない。やるしかない。やって殺さなければ、自身が殺される。首に牙を突き立て、爪で引き裂く。これまでやってきた事を何時ものようにやるだけ。ウルフは跳躍した。オリヴィアを殺して生き残るために。だが、跳び掛かって晒された腹に、何かが撃ち込まれて体を貫通した。一瞬だった。あっと思う時間すらも無く、ウルフは当然が如く地に体を打ち付けたのだった。

 

 

 

「どうだった?ちゃんと出来てたか?」

 

「うむ、良かったぞ。速度も申し分ない」

 

「狙いも良かったよなー。頭にも一発あると尚良かったぜ」

 

「……タイミングも……避けられない空中だった……良いと思うぞ」

 

「ふぅ……ならば今度は頭への攻撃も意識しないとな」

 

「焦らずとも、やっていれば出来るようになる。練習あるのみだな」

 

 

 

 小さな水で撃ち抜かれたウルフは力無く倒れている。近付いたリュウデリアが魔法陣を展開して異空間に送り込むと、オリヴィアの腕の中へと飛んで戻ってきた。両肩にもクレアとバルガスが乗ったのを確認して、王都に向かって歩き出して帰る。

 

 陸蟹尽くしの料理を食べて翌日、オリヴィア達はギルドへ行って依頼を受け、岸壁の外へと出て来ていた。内容はウルフ10匹の討伐だ。報酬は3万。低級であるウルフは数に対してそこまで多い報酬にはならなかったが、紙が劣化していて手を付けられていない依頼だったので受けたのだ。

 

 冒険者をやっていれば、もっと上のランクへ……と、上昇志向を持って依頼に当たるので、ウルフ討伐といったものではなく、もっと受けられるもので次のランクにギリギリの難易度のものに挑む。そうして自身は有力ですよと示し、次のランクに上げてもらうのだ。生憎、オリヴィア達は色々あって金の貯えがあるので、ランク上げに興味が無い。だからその日の気分や、放置されているものからやっていく傾向にある。

 

 もうすっかり定着した使い魔というポジションであるリュウデリア達は、すれ違う住民や子供達に手を振られるが無視しつつ、今日は何を食べようかとアイコンタクトをして会話していた。それが分かっているオリヴィアは、クスリとフードの中で笑いながらギルドの出入り口のドアを開けて中に入り、お馴染みの受付嬢の元へ行った。

 

 

 

「あ、オリヴィアさんお疲れさまです!もうそろそろだと思って台車を用意しておきました!」

 

「ありがとう。これに乗せれば良いんだな」

 

「はい、お願いします!」

 

 

 

 陸蟹を丸々と異空間から取り出して納品したオリヴィアだったので、運ぶのが大変だった事を逆に活かし、予め台車を用意していた受付嬢だった。自信ありげに胸を張る受付嬢に薄い笑みを浮かべながら、望み通り台車の上にウルフを乗せた。異空間に跳ばしているのはリュウデリアなので、手を向けてそれっぽく見せているだけで、まるでオリヴィアが魔法を使っているように感じる。

 

 初めて異空間からものを出した時には、その希少性から周りの冒険者達も驚いていたが、今ではもう慣れている。中にはその力が有用だからとチームに誘ってくる者達も居たが、にべも無く断り続ければ自然と誘ってこなくなる。まあ、オリヴィア達がやった達磨事件があって、誘ってくる数はそこまで多くはなかったが。

 

 首が斬り落とされていたり、少し焦げていたり、腹部から背中にかけて貫かれていたりと様々な斃され方をしているウルフを台車ごと持っていき、すぐに受付嬢がやって来た。手に持っているトレイに乗っている報酬は、提示された3万Gよりも多い6万Gだった。これは耳を切り落として持ってくれば証となるのに、全部持ってきたので毛皮などの部分を買い取った金である。

 

 報酬を確認して受け取り、特にもう依頼を受けるつもりは無いので、ギルドを出て行こうとすると受付嬢から待ったの声が掛かった。振り返って用件を聞くと、オリヴィアの冒険者の証であるタグを渡すように言われるので、首に提げていたタグを取って受付嬢に渡す。すると、用意されていたのだろう、違うタグを渡された。

 

 

 

「はい、オリヴィアさん。おめでとうございます!EランクからDランクへ昇進ですよ!」

 

「あぁ、なるほど。それでタグを回収したのか。いきなり渡せと言われたものだから、てっきり冒険者の肩書きを剥奪されるのかと思った」

 

「え、あ……ごめんなさい!驚かせようと思っただけなんですっ。サプライズみたいなっ」

 

「冗談だ。私もそろそろ上がる頃だと思っていた。それに少し意地悪をしただけだ。気にするな」

 

「むぅ……オリヴィアさんの意地悪っ。……ふふっ。これでオリヴィアさんもDランク冒険者なので、もうDランクの依頼を受ける事が可能となります!ですが、同時に危険度も上がっているので気を付けて下さいね?使い魔ちゃん達もだよ?」

 

「「「……………………。」」」

 

「分かったとさ。さて、私は今日のところは失礼する。Dランク依頼は明日だな」

 

「分かりました!お待ちしてますね!」

 

 

 

 受付嬢に手を振られたので振り返し、ギルドを後にした。掌の中にある受付嬢から受け取ったDランクが刻まれたタグを見て、小さな達成感を感じる。殆ど底辺のEランクからDランクへ上がっただけなのだが、少しずつ依頼を消化して上げたと思うと、結構嬉しい。

 

 右手の掌の中を見つめた後、左腕で抱えるリュウデリアに視線を移す。視線に気づいたので見上げてきて、目が合うと周りに気づかれない程度に小さく笑った。達成感を感じていた事を見透かしてか、良かったなと語る優しい笑みだった。

 

 フードの中で笑みを浮かべて返すと、リュウデリアがオリヴィアの右手に指を向ける。すると冒険者のタグが浮き上がり、独りでに首に掛かった。手が塞がっているから代わりに魔力操作で掛けてくれたらしい。ありがとうと言って頭を撫でると、目を細めて受け入れてくれる。そんな2人を肩から見ているクレアとバルガスは、仕方ないなと言いたげに小さく溜め息を吐いた。

 

 4人は大通りを歩いて散策していると、3匹がピクリと何かに反応した。何に反応したのかと思えば、肉の焼けた匂いと、肉に合いそうなタレの匂いが漂ってきた。どうやらそれに反応したらしい。今度はオリヴィアが仕方ないなと笑いながら溜め息を吐き、匂いのする方へ歩みを進めた。

 

 

 

「鶏の串焼きー!残り少ないよー!お、ずいぶんと真っ黒なお客さんだな!買ってくかい?あと50本しかないから買うなら今だよ!」

 

「んー、私の使い魔がお腹を空かせていてな、その50本全部いただこう。抱えても崩れないように詰めてくれるか?」

 

「おぉ!全部かい!?羽振りの良い嬢ちゃんじゃないか!任せときなぁ、おじさん嬉しいからキレイに入れてやるよ!代金は1本300Gで50本だから、1万5000Gのところ、使い魔クン達可愛いから……おまけして1万2000でいいよ!」

 

「分かった。……1万2000Gだ」

 

「あい、まいど!すぐ詰めるから待っててな!」

 

 

 

 頭に薄汚れたバンダナを巻いた、40代くらいの男性が出している出店から香ってくる匂いだった。炭の上に設置された網の上に、串に刺さった鶏肉が焼かれている。途中でタレが塗られて美味しそうな匂いが充満している。

 

 もう食べる気満々のリュウデリア達は、買うと言った途端に尻尾と翼の落ち着きが無くなっている。パタパタ、フリフリ。もう感情が隠し切れてないのに気づいていない3匹なので、オリヴィアは吹き出しそうになるのを我慢して体を震わせる。それに気づいて、笑うのを堪えていると解ったリュウデリア達は、意図的に翼と尻尾を大人しくさせた。

 

 可愛いなぁと思いながら、出来たよ!と元気よく教えてくれた店主から紙袋に入った鶏の串焼きを受け取ろうとした。その時……近くに居た小さな女の子を連れる、帽子を深く被った10歳くらいの男の子が突然走り出し、受け渡そうとした店主と、受け取ろうとしたオリヴィアの間に入り込み、鶏の串焼きが入った紙袋を奪い取ってそのまま逃げていった。

 

 

 

「あっ!てめ、泥棒ッ!!待てクソガキッ!!」

 

「取られる方が悪いんだよバーカっ!!」

 

「こンの……っ!!誰かソイツを捕まえてくれー!!」

 

「誰が捕まるかよ!!」

 

 

 

 少年は逃げ足が速く、怒鳴り声を上げる店主に気が付いて周囲の人が捕まえようとするが、伸ばされる手を華麗に避けて走り続け、建物の間の道に入って路地裏へと行き、あっという間に姿を眩ませた。少年と一緒に居た小さな女の子も消えており、グルだった事が窺える。

 

 渡そうとしたところを横から掻っ攫われた店主は、最初驚いて固まり、正気を取り戻して追い掛けようとしたが、急いで店から出て来るのに手間取って距離が離れてしまい、結局逃げられてしまった。戻ってきた店主はオリヴィアに深々と頭を下げて、受け取った1万2000Gを返そうとした。しかしその金が受け取られる事は無かった。

 

 金は返さなくて良いと言ってその場を去ったオリヴィア達にポカンとした店主。いや、渡す前に盗られたのだからこちらが悪い、代金は返すと叫んでいる店主を背後に、盗みを働いた少年が走った方向へと歩みを進めた。

 

 

 

「……殺そう……あの人間の小僧は……殺しても構わんだろう」

 

「ンのクソが……っ!オレ達の飯を横取りしやがったッ!!龍の獲物を横取りたァ良い度胸してんなオイ!上等だぶち殺してやるァ!!」

 

「死ね。『總て吞み迃む(アルマディア)──────むぐっ!?」

 

「ほらほら落ち着け。リュウデリアはダメだぞ。それをここで撃ったら王都が消し飛ぶ」

 

 

 

 理性はまだ残っているようで、盗みを働いた少年に驚いて憲兵に報せようかとざわついている周囲の人間の騒がしさに合わせ、小声で怒りを発露するクレアとバルガス。肉が好きなだけあって判決は須く死のみ。そして龍である自身達から獲物を奪ったことも到底看過できないらしい。

 

 腕の中に居るリュウデリアが口の中に莫大な魔力を集束し、撃ち放とうとしていたので口を親指と人差し指で挟んで止めるオリヴィア。口の中で暴発は出来ないので魔力を霧散させると、抗議的な視線を向けてくる。仮に撃たせれば王都は背後の区画を残して前方が消し飛ぶので、普通に止める。

 

 今にも追い掛けて殺そうとしているのを止めているオリヴィアに、このままにするつもりかと抗議の声が飛ばされるが、勿論盗まれました、仕方ないですね、で終わらせるつもりは無い。あれはリュウデリア達が食べたいと思って買ったものだ。1本たりともくれてやるつもりは無い。

 

 

 

「無論追い掛ける。だが少し泳がせよう。あの人間の子供は小さな女の子も連れていた。もしかしたら他にも仲間が居るかも知れん」

 

「……それで……合流したところを……」

 

「辺り一帯ごと……」

 

「消し飛ばすわけだな?」

 

「うーん、ちょっと違うが……取り敢えず追い掛けよう。お前達は鼻が利くし、気配も覚えているんだろう?案内は頼んだぞ」

 

「任せろ。絶対に逃がさん」

 

 

 

 出してくる言葉が何時もより過激になっていることに苦笑いしながら、案内を受けて大通りを進んで行く。オリヴィアもまさか白昼堂々と、それも大通りで盗みを働く者が居るとは思わず、そしてそれがまさかの自身からだとは予想できず呆気に取られたが、冷静になれば追い掛けるのは可能。

 

 仲間らしき者が居ることも把握しているので、他でも無い盗んだ少年に仲間達の元へ案内させてやろうと画策した。リュウデリア達は優れた嗅覚も持っているし、少年の気配も覚えているので見失う事は無い。どこまでも追い掛けられる。

 

 

 

 

 

 

 子供だから仕方ないなと、許してもらえると思ったら大間違いだ。心優しい()ならばそのまま貰えたかも知れないが、生憎彼女達は人ではない。走って逃げる少年の背後から、神と龍が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






 マルロの屋敷で雇われている料理人達

 アホほど出された陸蟹の調理を総て行った、歴戦の戦士達。総勢14人居て、今回はフルメンバーで調理した。大量の殻が残ったが、リュウデリアが消し飛ばしたのを見てやっば……って思った人達。




 冒険者EランクからDランクへ

 これまでに数を熟しているので、検討の結果ランクが上がった。一度に得られる報酬が上がるが、その分危険性も上がるので注意が必要。




 盗んだ少年と連れていた女の子

 10歳くらいの男の子。帽子を深々と被っていて、自身より小さな女の子を連れていた。散歩をしているというカモフラージュの為と思われる。

 女の子は男の子がオリヴィアから鶏の串焼きを盗んだのを確認した後、人に紛れて逃げた。グルの子。




 リュウデリア

 マジで光線をぶっ放すつもりだった。




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第50話  必罰



この作品は『カクヨム』で投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 少年は走っていた。10歳程の年端もいかない子供には不相応の痩せた体。同年代でももう少し筋肉が付いているだろうと思える体で、子供には大きな紙袋を抱えながら懸命に走っていた。

 

 走っている振動で、軽く折って閉まっていた紙袋の入口が開き、中から鶏肉の匂いと、焼けたタレの香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、頭の中に甘い言葉を吐く悪魔を呼んだ。食べてしまえ。食ってしまえ。貪ってしまえ。そんなことを吐きかけてくる。

 

 甘い言葉で誘惑する脳内の悪魔。それに対抗すべく規律を重んじる天使が現れる。食べてはダメです。これは分かち合う為のものです。今食べては意味がなくなって、止まらなくなります。そう気を覚まさせてくれる。少年は(かぶり)を振って正気になり、後少しの道のりを走り続けた。

 

 息も絶え絶えに、走りすぎで脇腹に痛みを抱えながら辿り着いたのは、他の真っ白な建物よりも少しくすんだ白い壁を持つ、平屋の大きめな建物だった。建築物が連なって建てられていたのに、この建物だけはポツンと建てられて寂れている。だが木の杭で作られた敷地の境界線内には、小規模とはいえ畑が耕されていた。

 

 そこでは小さな子供達が土に塗れながら、しかし皆煌びやかな笑顔で野菜を作る仕事をしていた。少年は腕の中にある戦利品を一刻も早く見せてやりたくて、渡したくて、食べてもらいたくて駆け寄りそうになるが、やらなくてはいけないことがあるのでまだダメだ。

 

 少年は建物の表側にある畑と、そこに居る子供達にバレないように裏へ回り、使っていない古ぼけた大きめの壺を退かしてしゃがみ込む。壺の下には穴が掘られており、服が入っていた。今着ている服よりも汚れている、安定した生活をしている人から見れば襤褸みたいなものだ。それを取り出して、今着ている服を脱いで畳み、代わりに穴の中へ。穴に入れた服が見つからないように壺で蓋をすれば出来上がりだ。

 

 

 

「おーい!お前らおつかれー!オレがウマいモン買ってきてやったぞー!」

 

 

 

「──────レンにーちゃん!」

 

「なに買ってきたのー!?」

 

「みせてみせてー!」

 

「いいにおーい!!」

 

「おかえりなさーい!」

 

「みて!へんな虫みつけた!」

 

「おいおい、一気にしゃべるなよ!あはは!」

 

 

 

 あたかも店が多く建ち並ぶ大通りの方向から来たように見せ掛けるためにもう一度戻り、息を整えるために深呼吸し、笑顔を浮かべて出て行った。木の杭と板で作った簡易的な境界の柵に手を掛けて、柵の扉を開ける。雨風に晒されて腐り、ミシミシと嫌な音を立てながら開いて敷地の中に入り、閉める。すると、仕事をしていた小さな少年少女達が、迎えに走り寄ってきた。

 

 少年……レンは、じゃれついてくる子供達に笑いながら、おかえりなさいの言葉にただいまと言って返した。子供達が着ているのは半ズボンとヨレヨレのシャツ1枚だけだ。お金が無くて買えないのだ。自身を含めて30人は居る子供。1人1人に服を買い与えていたらキリが無いのだ。だが子供達はこれで良いと言う。皆一緒だから、何ともないと。

 

 本心から、屈託の無い眩しい笑顔を見せて言ってくれる、自身よりも小さい子供達を見ていると泣きたくなる。だが泣かない。心配してしまうから。その代わりに、いつか大金を手に入れて、美味しい物を好きなだけ食べさせて、欲しい服をこれでもかと買ってあげるのだ。その第一歩として、これを分かち合うのだ。

 

 匂いで美味いものだと直感したのだろう、心なしかつぶらな目をキラキラとさせて配布されるのを待つ子供達に渡そうと紙袋の中に手を入れる。まだ作られてからそう時間は経っていないので、袋の中はほんのりと温かい。見ただけで沢山入っている串の中から1本取り出して、先頭にいる子供に渡す。

 

 そのつもりだった。横から子供とは言えない大きい、しなやかな白魚のような指を持つ手が出され、串を取り上げられ、抱えていた紙袋は抱えていた腕の中から消え、無くなっていた。レンは伸ばされた腕の方をバッと振り返る。そこには、純黒のローブに全身を覆い、フードを被って顔の見えない者が居た。

 

 レンはこの人物を知っている。当然だ。今まさに横から取られた鶏肉の串焼きを、しっかり金を払って購入しているところを横取りしたのが自分で、購入していたのがこの人物だったからだ。ローブの人物であるオリヴィアの後ろに、不自然に浮いている紙袋がある。()()()()のだと理解して、怒りで目が剣呑なものへと変わった。

 

 

 

「テメェ……っ!!返せ!それはオレのだ!!」

 

「……それは最早解っていての言葉と捉えるぞ。いくら子供とはいえ、私達のものを盗むとは良い度胸をしている。ましてや目の前で白昼堂々とな」

 

「……っ!そ、それはもうオレ達のもんだ!大人のクセに子供からモノを取るなんてサイテーだな!!」

 

「ならばお前は金を払ったのか?1Gでも店主に渡したか?渡していないだろう。お前が店主にくれてやったのは小馬鹿にした態度と言動だけだ」

 

「~~~~~~っ!!返せ!!」

 

 

 

 言葉では勝てないと思ったのか、オリヴィアに向けて突進するレン。狙っているのは回避だ。回避したところを素通りして、浮いている紙袋を奪取し、また走って逃げる。今度は諦めたと完全に判断出来るまで、王都の中を逃げ続ける。子供達には待ってもらう事になるが、全部取られて0になるよりかはマシだ。

 

 絶対に取り返す。そう思ったのに、レンは何か解らないものを体の前面に叩き付けられて、鼻血を噴き出しながら後方へ弾かれて飛んでいった。周りに居た小さな子供達から悲鳴があがり、一目散にレンの方へと駆け寄る。3人掛かりで上半身を起き上がらせてもらい、痛む鼻を押さえる。手にはそれなりに多い血が付着する。まるで走っている途中で壁に激突したような痛みだった。

 

 子供に攻撃しやがったと、頭に血を登らせるレンに対し、オリヴィアは立っている場所から一歩も動いておらず、横から取った鶏の串焼きを腕に抱えているリュウデリアに渡して食べさせ、浮いている紙袋からも2本新たに取って両肩に乗るバルガスとクレアに渡した。

 

 子供達が見ている中で、使い魔に食べ物をあげているオリヴィアは酷いと言えるだろうか。彼女が店を見つけ、注文し、金を払い、受け取ろうとした物を食べていて、情けの無い大人となるだろうか。馬鹿馬鹿しい。なるわけが無い。指定された金を払い、対価の物を受け取ったのだから、食べようが取り置いておこうが何しようが、全てオリヴィア達のものだ。レンや子供達が文句を言える立場にない。

 

 こっちは腹が減っているというのに、目の前で使い魔なんかに食わせやがって……と恨みがましい目を向けるのだが、オリヴィアの両肩と腕の中に居る使い魔の龍達が、レンの事をずっと見ていた。初めてそれに気づいた瞬間、全身が震えた。何故か解らないけど、怖い。そう感じた。

 

 どうしよう、あの使い魔達が怖い。体が震えて仕方ない。周りの子供達に心配されながら、呼吸荒くなっていくと、レン達にとって聞き慣れた声が聞こえてきた。買い物に行っていた、育ての人が帰ってきたのだ。女性であるその人は、黒いローブのオリヴィアに訝しげな表情をしていたが、鼻血を出して倒れているレンを見て血相を変え駆け寄ってきた。そしてオリヴィアの前に立って両腕を広げ、守ろうという姿勢に入る。

 

 

 

「何をやっているのです!まだ子供だというのに手をあげて……やめて下さい!憲兵を呼びますよ!!」

 

「憲兵を呼んで困るのは私ではなく、そこで倒れている小僧だろうがな」

 

「な、何を……」

 

「そもそも、お前は何だ?突然やって来て私を暴漢者扱いか」

 

「……私はこの()()()の先生をしています」

 

「あぁ、それなら抱えている小僧がカワイイだろうな。だが一つ言っておこう。そこの小僧は、私が買ったこの串焼きを、店主から渡されるところに割り込んで盗んでいったのだぞ。その挙げ句、あたかも自分で買ったように思わせて配ろうとしていた。そして私が奪い返せば()()と叫び、突進してくる始末。迎撃してもおかしくはないだろう」

 

「そ、そんなこと……レンはしません!心優しくて、子供達思い良い子です!でっち上げを言わないで下さい!」

 

「はッ。認めたくないのだろうが、真実はお前の虚勢を打ち砕くぞ?」

 

 

 

 子供達を庇って立っている孤児院の先生は、茶色い髪を後ろに縛り、顔にそばかすを持った成人している女性だった。普通の人が見ても綺麗とは言えない服装をしている先生は、(くるぶし)まである長い灰色のスカートを揺らしながら、オリヴィアから掛けられる言葉の意味を頭の中で噛み砕いていた。

 

 レンがこの人から物を盗み、子供達に分け与えようとしたところで追いつかれ、盗んだ物を取り返されて逆上し、向かっていったところを迎撃されて今のように鼻血を噴きながら倒れている。話としては辻褄(つじつま)が合うし、オリヴィアが他の子達に手を出していないところを見ると、孤児だからといってちょっかいを掛けに来たのではないと分かる。

 

 だがその線を信じるということは、レンが盗みを働くような子だと信じるという事になる。一番年上ということもあってか、下の子供達の面倒をよく見てくれている。先生なのに助けられているのは少し思うところがあるけれど、とても良い子なのは確か。そんな子が人の物を盗む……考えられない。話の辻褄が合っていようと、見ず知らずの者の言葉なんて信じられないのだ。

 

 

 

「──────孤児院の裏の壺の下」

 

「……っ!?」

 

「え……?」

 

「そこにあるものを持って、大通りに出店を出している鶏の串焼き屋の店主に確認を取れば、私の言葉の真偽が嫌でも判るだろう。小僧が盗みを働いたと信じたくないならば、確かめればいいだけの話だ。ちょうど、カモフラージュに連れていた小娘も来たことだしな?」

 

 

 

「──────お兄ちゃん!やったね!今日はいっぱいとれた……あっ」

 

 

 

「さて、行くとしようか?孤児院の先生。小僧。小娘」

 

「……っ……わかり……ました……」

 

「……くそッ」

 

「ど、どうしよう……っ!」

 

 

 

 でっち上げを言って、信じなければ暴力で解決する……そんな奴ならば憲兵を呼んで終わりなのだが、オリヴィアは暴力で訴えなかった。真実を見せてやると、大人しくついてこいと言って歩き出した。連れられるまま後ろを歩いていると孤児院の後ろに来て、独りでに壺が持ち上がると、穴があった。そこには服が隠されており、浮かんで先生の手の中に収まった。

 

 レンと小さな少女は額に脂汗を掻いて目を泳がせている。同一人物だと思われない為に用意していた替えの服だ。顔を見られないための帽子だ。それが見つかった。まるで傍で見ていたかのような、迷いのない歩みだった。そして確信めいた言動だった。

 

 紙袋を浮かせたり、壺を動かしたりと、この黒いのは魔導士だと直感した。だから何かしらの魔法を使って、隠しているのを見ていたのだろう。つまり、このままついていって店主に見られたら、確実にバレて憲兵を呼ばれて自身は連れていかれる。

 

 どうすれば良い。どうすればこの場を凌げる?そう考えているのが伝わってしまったのか、オリヴィアが抱えるリュウデリア達が、食べ終わってゴミとなった串を手に持って、何故か見せつけてきた。何だと睨み付けながら見ていると、目を細めながら魔法を使った。

 

 バルガスは赫雷で持っている串を一瞬で焼いて炭を通り越して灰にした。クレアは小さな竜巻で包み込んで目に見えないほど切り刻んで風に飛ばした。リュウデリアは純黒の炎で包み込んで消し飛ばした。まるで、逃げればこうしてやると言いたげな目線とパフォーマンスに、レンは顔が蒼白くなった。

 

 もう言うことを聞いてついていくしかない。全力で逃げたのに、しっかりついてきて息一つ乱れた様子の無いオリヴィアを振り切る事は出来ないし、仮に逃げ切れようとしても、あの使い魔達が攻撃してくるかもしれない。ならば、もう手はない。そうしてオリヴィア先導の元、大通りに出て出店の元まで行き、先生が持つ服とレンを見せると、店主は怒りで顔を歪ませた。

 

 

 

「この服に帽子、そして背丈……このガキだっ!!この黒いお客さんのモンを横から掻っ攫っていきやがった!!そこの嬢ちゃんもガキの近くに居たろ!アンタが親か!?」

 

「す、すみません……っ!!私は孤児院の先生をしております……この度はレンが多大なるご迷惑を……っ!!」

 

「どう預かっていれば白昼で盗みをすんだよ!黒いお客さんが見つけ出したからいいが、手慣れてたからな!?他にも何件もやってんだろ!憲兵を呼んでやる!子供だろうと盗みは立派な犯罪だからな!」

 

「そ、それだけは……っ!?お願いします!どうか穏便に……っ!」

 

「そんなもん俺には関係無いだろ。盗みは盗みだ。俺は渡そうとした食い物を横から盗られたことを憲兵に報告する義務がある。他に店をやってる人達のためにも、同じようなことが起こらないようにするための義務がな」

 

「ちょ、ちょっともらおうとしただけだろ!ケチクセーんだよ!子供がやったことなんだから許せよ!」

 

「ふざけたこと抜かすなクソガキ!!牢の中に入って反省しやがれ!!」

 

 

 

 店主の言葉は尤もだった。子供だからと盗んだことを許してしまえば、子供は盗んでバレても大丈夫なのだとつけあがる。そして他の店の人のところへ行って、同じようなことを繰り返すのだろう。今回はオリヴィアが直々に捕らえたので良かったが、普通ならば見失うともう見つけられない。だから憲兵を呼んで事情を説明するのは正しい。

 

 固まって話していると、店主が偶然見回りをしている憲兵を見つけ、大きな声をあげて呼んだ。憲兵はすぐに気がついて、何かあったのだと判断して駆け足で来てくれた。その時に先生がオリヴィアに縋るような目線を向けてきたが、無視した。庇護するつもりは毛頭無い。

 

 来てくれた憲兵に店主が説明し、本当かどうかオリヴィアに聞いてくる。なので盗られた事と、追い掛けて奪い返し、先生を連れて此処まで戻ってきたと補足を入れた。レンの保護者みたいなものである先生にも真偽を問われたが、深くまでは知らない先生はうまく言葉が出てこない。どうしようと混乱していると、レンが叫んだ。

 

 

 

「オレは落ちてたからひろっただけだし!ぬすんでねーよ!」

 

「黙れ!盗っ人のガキには誰も聞いてねーんだよ!!」

 

「んだと!?」

 

「はぁ……ボク?盗むというのは立派な犯罪なんだよ?君は子供だから牢屋に何年も入れる……なんてことにはならないけど、それだと示しがつかないから少しだけ牢に入ってもらって反省してもらうよ。ほら、行こうか」

 

「さわんじゃねーよ!とられる方が悪いんだよ!!オレはわるくねー!!」

 

「コラ、暴れない!そのまんまだと反省してないって事になってずっと出れなくなるよ!!」

 

「はーなーせー!」

 

「あぁ……レン……なんてことなの……っ」

 

 

 

 子供が相手なので、軽量の鎧と槍を持った憲兵は優しく言い聞かせていた。しかしまだそこまで善悪の判断が出来ない年頃なのか、レンは暴れて言うことを聞かない。先生はまさかこんな状況になるとは思わず、口元を両手で押さえて嘆いていた。優しい良い子で、子供達思いだからこそ、何か食べさせたいと思っての行動だろうと理解した。

 

 本当は連れて行って欲しくない。だがここでレンを連れて行かないでとしつこく抵抗すると、盗っ人を庇う怪しい人物ということになって先生も連行されてしまう。そうなれば、孤児院に居る子供達の面倒を見てくれる人が居らず、居ない間に取り返しのつかない事になるかもしれない。だから、もう先生は連行されるレンを見届けるしかないのだ。

 

 離せと叫びながら抵抗しているレンと、腕を掴んで連行する憲兵の後ろ姿を見ながら、オリヴィアは何とも思わなかった。これが王都の外だったならばリュウデリア達が殺そうとしても止めなかっただろう。だがここは王都内。憲兵に引き渡さず殺してしまえば、逆に罪に問われて出て行くしかなくなってしまい、行動に支障も生まれる。なのでこの手を取った。

 

 見つけ出して殺してしまおうと異口同音なリュウデリア達を、レンの後を追いながらやんわりと説得したからこそ、出会い頭に殺しにかからなかった。子供なので罰することは出来ないが、反省させるために牢に入れる事ができる。それだけに留めてやったのだ。寧ろ感謝した方が良い。

 

 

 

 

 

 オリヴィアはレンのことで静かに泣いている孤児院の女先生に背を向けて歩き出した。その後、取り返した鶏の串焼きを4人で分け合って食べたのだった。

 

 

 

 

 

 





 オリヴィア&龍ズ

 後ろから追いかけて、気配を消し、見ても見ていないと錯覚する魔法を掛けていた。だから服を隠しているところも見ていた。

 突進してきたレンが吹き飛ばされたのは、クレアが風の壁を叩き付けたから。鼻血だけで済んだことに舌打ちをしていた。




 レン

 盗んだくせに、取り返されたら盗まれたと思った盗み常習犯。これまでに何回も盗んでは逃げ切っているので罪の意識は殆ど無い。

 今回の事で3日間牢に入れられる事となるが、今度はもっとうまくやろうという考えしか無い。




 先生

 あまり綺麗とは言えない服装をしていて、孤児院の先生をしている。お金があまりないので、預かっている子供達の服を新しくしてあげられない。敷地に出来てる畑は先生が作った。元々農家の娘。

 歳は28。そばかすと笑顔ががチャームポイント。心優しいので、子供達から好かれている。




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第51話  大群

 

 

 

 

 

「──────出せっ!出せよっ!!」

 

「うるせーぞー。人のモン盗んだのに3日でいいんだから大人しくしとけー」

 

「あれは落ちてたのひろっただけだっ!なんでそれでつかまんないといけないんだよっ!」

 

「はいはい。白昼堂々横からかすめ取ったんだろ?分かってるから静かにしろー」

 

「ちっきしょぉ……」

 

 

 

 石造りの牢屋にて、オリヴィアが購入したものを盗んだ事がバレたレンは叫んでいた。嵌められた鉄格子は固く、子供の腕力では曲げようとしても無理な話だ。やるだけ無駄。それでもレンは無理矢理出ようとして足掻いていた。結果意味が無くても。それを監視員は呆れた目で見ていた。3日で出れるんだから静かにすればいいのに……と。

 

 牢屋に入れられて今日で2日目。明後日には出られるというのに、何故大人しくしないのか。それは自身よりも小さな子供達が心配しているからだ。盗んだ物を取り返された時に、鼻血を出すほど揉めていたところを皆が見ていた。それから孤児院に寄ることもなく2日が経っているのだから、きっと心配している。それを拭ってやるために、早く帰りたいのだった。

 

 しかし忘れてはならない。レンは別に冤罪で牢に入れられているわけではない。盗みを働いたという犯罪行為をしたから、こうして罰を受けているのだ。しかも普通ならば考えられない3日だけという、破格な軽さの罰。しかしレンはそれすらも真っ当に受けるつもりがない。罪の意識が薄いからだ。

 

 これまでに何度も盗みを行ってきた事が災いし、盗むということがイコールで犯罪と結びついていない。結んでいるのは、小さい子供達の為ならば仕方ない行為。所謂、自身の意見の正当化が行われていた。確かに孤児院はあまりお金が無いが、それは子供が多いからだ。しっかりとやりくりすれば、普通に暮らせていける。痩せてるとはいえ餓死した子供が居らず、仕事も熟せているのがその証拠。

 

 鉄格子を掴んで左右に引っ張ったり、体を使って前後に揺さ振ったり、蹴り入れているが壊れるはずもない。流石に疲労してきたレンはドサリとその場に座り込んで、肩で息をした。大人しくなったのを見計らって、監視員ははぁ……と溜め息を吐きながら、牢の前まで来てしゃがみ込んだ。

 

 

 

「なぁ坊主。お前、何で盗んだんだ?」

 

「はぁ……はぁ……何でって……小さいやつらに、もっといいもの食わせてやりたいから……」

 

「じゃあ、その子供達が美味しい美味しいって言いながら食べてるものが、人から盗んだ物だと知ったらどう思うか……考えた事はあるか?」

 

「……しかたねーだろ。金がねーんだから。オレ達があんまりメシが食えないってのに、腹いっぱい食ってるのが悪いんだ!」

 

「つまり極論……じゃわかんねーか。えーと、言っちまえば、金が無いってことなんだろ?だから物が買えなくて、肉とか腹いっぱい食えない」

 

「そうだよ!金が無いって言っただろ!」

 

「まあ落ち着けよ。それなら国の兵士にでもなったらどうだ?冒険者でもいい。冒険者だと依頼を受けて達成しないと金が貰えないし、最初の内は単なる物探しや雑魚狩りだ。だがランクが上がれば、一度に多大な金が入る。兵士は給金に上下があまりないが、安定してるっていう面がある。どっちでもいい、なんだったらその他の職でもいい。今は苦しくても将来職に就いて、稼いで、チビ共に美味ぇもん食わせてやれ」

 

「……冒険者。魔物を倒せば金がもらえるんだな」

 

「まあ、簡単に言っちまえば、そうだな。外に行ったら居るから、倒せば結果的にだが大事な人を守ってるってことにもなる」

 

「大事な人を守る……」

 

 

 

 言い聞かせるように語る監視員の男の言葉を、レンは先までの暴れようは何だったのかと思えるくらい静かに聞いていた。孤児院も仕事はある。しかしそれは自分達が食べる分を自給自足として作っているだけに過ぎない。別に売りにも出していないのだ。つまり、孤児院の金は国から支給される徴収した税金の一部だ。

 

 金が足りないならば、自身で稼いで金を入れてやればいい。確かに最初はあまり稼げないだろうが、頑張り次第で稼ぎは大きくなる。いつまでも盗みをしていてもいいが、また捕まったら何時返してくれるか分からない。子供だからと3日なのだ、成人したら何年も入れられるかもしれない。

 

 レンは監視員の言葉に考えさせられた。確かに、兵士やら冒険者やらをやった方がいい。今はダメでも、すぐに金を稼ぐようになって、絶対に皆に美味いものを食べさせてやるんだと決意した。国の兵士だと頭も良くなくちゃいけないかも、そう考えて取り敢えずは冒険者になる方向へ。しかしその為には、早く魔物を倒すことを身につけなくてはならない。

 

 自身の体を見下ろす。王都を歩いていて見掛ける、同年代くらいの子はもっと筋肉がついていたように思える。自身はあまり筋肉がついていない。その分軽いから走ると早く動くことが出来る。だから彼は、今まで盗みをしても逃げ切れた。

 

 良し。自身は冒険者になろう。そう彼が決意した瞬間、外から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。警報だ。何か王都に危険が迫った時に鳴らされるものだ。先まで薄く笑いながら話していた監視員が、厳しい表情になって立ち上がり、他にも牢屋に居た兵士達と会話をし始めた。

 

 

 

「何の警報だ!?」

 

「──────魔物だ!!魔物の大群が攻め込んで来ようとしている!!数時間前に王命で調査に出掛けた兵士達が確認した!!少なくとも2000の群だ!!今王都に居る兵士達と冒険者が岩壁に向かって行軍している!!」

 

「なに!?」

 

「だが大丈夫だ!岩壁の入り口は一つ!そこで待ち構えれば通ってくる限られた数の魔物を相手にすればいい!兵士も冒険者もそれ相応の数が居る!この警報は念の為のものだ!」

 

「分かった!なら俺は指示を仰いでくるから、他の奴等に事情を説明しておいてくれ!」

 

「了解だ!」

 

 

 

「魔物がきたのか……っ!」

 

 

 

 牢屋が騒がしくなる。他にも牢に入れられている人達が何の異常事態だと叫いているのだ。もし王都に何者かが攻撃を仕掛けていて、被害を出しているのだとしたら、牢に入れられた者達は逃げる手段が無い。だから恐怖が襲っていち早く情報を得ようと躍起になっている。

 

 中には凶悪な犯罪を起こした者も居て、それに対する対処に追われているのが、牢屋の警備を任されている兵士達。その内の1人がレンの入れられている牢の鍵を持っていて、何の偶然かその鍵を落とした。それもレンが鉄格子の間から腕を伸ばせばどうにか届く距離だ。

 

 これはチャンスだ。レンは鉄格子の間に腕を射し込んで手を伸ばす。一番長い中指の先が触れてカチャリと鍵の束が揺れ、少し寄らせることが出来た。もう一度限界まで伸ばせば、第一関節で巻き込むことに成功し、誰かに見つかる前に鍵を手に入れて牢を開ける鍵を探す。一つ一つ試していき、ガチャンと音を立てて開錠できた。音を立てないようにゆっくりと鉄格子のドアを開けて外に出て、忙しない兵士達の死角を使って外へと出て行った。

 

 

 

「よしっ──────オレだって戦えるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……まさかまた魔物の大群が襲ってくるとは」

 

「何故俺達が来るとこうなるのやら」

 

「まあ、そんな前兆はあったけどなー」

 

「……この2日……魔物の発生率が……高かったと……ギルドの受付嬢が……言っていた」

 

「今日は別に魔物狩りをするつもりはなかったというのに、駆り出されてしまった」

 

 

 

 オリヴィアはリュウデリア達と小声で会話していた。というのも、今彼女達はギルドの冒険者達と岩壁に向かっている。王都の兵士達も混ぜての行軍だ。近くには他の者達は居ない、最後尾を歩いている。前には急ぎ足で向かう冒険者と、攻め込んで来ようとしている魔物を岩壁の内側に入れないよう、岩壁の外で迎撃する為に急ぐ兵士達が駆け足で移動していた。

 

 現在の時刻、11時36分。今朝方にギルドへ救援要請が掛かった。王から直々のものだ。内容は、この王都に2000を超える魔物の大群が押し寄せている。兵士を投入するが、押し寄せる魔物の中に上位種が混じっているのを確認したので、念の為に冒険者にも助けて欲しいとのことだった。

 

 戦ってもらう以上無償でやれとは言わない。それなりの報酬も用意する。そう告げられたので、冒険者達はお世話になっている王都の危機に立ち上がらないわけがないと声高々と返答し、今もこうして行軍しているのだ。別に行く気はなかったオリヴィア達だったのだが、Dランクでも手を貸して欲しいと言われたので、仕方なく参加している。

 

 

 

「罠を仕掛ける者は今の内にやっておけ!魔物はもう視認出来る位置にまで来てるぞ!」

 

「うっはー……なんじゃありゃ」

 

「本当に2000かー?3000くらい居んじゃねーの?」

 

「王都の兵士は総勢1000人強。冒険者は100人弱。1人3匹か」

 

「……おいおい。ありゃハイウルフじゃねーか。ゴブリンも居るし、ハイゴブリン、杖を持ってるからマジックゴブリン、うわ……オーガまで居やがる」

 

「陸蟹の上位種の岩蟹まで居るし。大丈夫か?これ。生きて帰れるか?」

 

 

 

 ハイウルフはウルフの進化した姿で、俊敏性も上がって狂暴性も上がっている。体も大きくなって、毛皮の硬さすらも上昇している。全体的に強くなっていて動きが速く、それで尚且つ群れで行動するため、ランクの低い冒険者が出会うと、あっという間に全滅というのも少なくない。

 

 ゴブリンはスライムと並んで雑魚の魔物として扱われるが、進化したハイゴブリンは筋力が上がっていて、純粋なフィジカルの強さが上がっている。頭も良くなっており、罠を使い始める。マジックゴブリンは魔法を使用してきて、幻覚や眠り、麻痺等の状態異常に加えて攻撃魔法まで使ってくる。

 

 しかしそういったゴブリン達の完全な上位種として存在するのがオーガである。背丈が2メートルを越えており、筋肉が多くついて筋骨隆々の姿をしている。頭は人間ほどではないにしろ、簡単な作戦の指示をすることも出来、棍棒等を好んで使い、その一撃の破壊力は尋常ではない。

 

 先日オリヴィア達が小規模の大群となっているのを狩った陸蟹が進化した、岩蟹という魔物は、唯でさえ大きかった体が一回り大きくなり、甲殻に岩をつけているのが特徴だ。硬い甲殻に岩がついているので生半可な剣では斬れず、叩き割るにも硬度が高いのでそう簡単には片付けられない魔物だ。

 

 望遠鏡を覗いて向かってくる魔物の大群を見ていた冒険者の男は、その向かっている魔物の個体を確認してうげぇと舌を出して顔を歪めた。Cランク冒険者やBランク冒険者が相手にするようなものも平然と向かっているので、戦ったら無傷で生還は難しいだろうと判断したのだ。

 

 しかしやらねばなるまい。無視して逃げれば、王都が襲われてしまう。いくら広大な領地を持っているとしても、王都内で戦える者達はここに居るので全員だ。つまり現在の王都内には戦える者達は居ない。そしてそれは、入り込まれたら終わりだということだ。

 

 

 

「なかなか強い魔物が混じっているようだぞ?」

 

「確かにゴブリンに比べれば強い奴も居るが、俺達()と比べるか?」

 

「3000くらい魔法で一発だぞこっちは」

 

「……ましてや……あの程度の魔物ならば……造作もない」

 

「だろうなぁ。だから私は緊張も何もないんだ。戦いが始まっても負ける気がしないからな」

 

「アレに負けたら龍の恥だ」

 

 

 

 最後尾を歩いていて今着いたオリヴィアは、視界の向こうで黒い大地に見える程多い魔物の大群を見て、ここ最近で一番多いなと感じた。だがそれだけだ。死ぬかもしれないとか、負けそうになったらどこへ撤退すればいいとか、そんなことは考えない。恐らく、オリヴィアでもあの大群を殲滅することは可能だろう。それだけの力を持つローブを身に纏っているのだから。

 

 龍であるリュウデリア達は言わずもがな。周囲の被害を考えないならば、魔法一撃で残らず消し飛ばす事が出来る。しかしそれはやるなとオリヴィアに言われていた。あまりにも強すぎる攻撃をすると目をつけられると考えたからだ。

 

 唯でさえ、一度街の脅威を救った事があるが、少し魔法を使って斃しただけで大金と冒険者ランクの引き上げを薦められた。1000も無い魔物を斃してそれだったのに、3000の魔物を一撃で殲滅してしまえば、後々絶対に呼び出されて面倒くさい事になる。別に目立ちたいわけではなく、色々と旅をしたいのが目的なのだから。変に地位を手に入れれば自由が無くなる。まあ、無視して冒険者も辞めてしまえばそれで終わるのだが。

 

 

 

「来るぞォ────────────ッ!!」

 

「これが終わったら酒をたらふく飲むんだ!死ぬなよお前ら!!」

 

「調子こいて魔法使い過ぎんなよ!?魔力無くなってもしらねーからな!!」

 

「おぉーし!開戦だァ──────ッ!!」

 

 

 

「どれ、始まることだし私達も行くとしようか」

 

「岩蟹とやらも美味そうだからな、仕留めたら異空間に跳ばして持っておけよ」

 

「他のは要んねーんだろ?だったら適当にやるわー」

 

「……人間には……当てるな……オリヴィアの所為に……されてしまう」

 

「人間脆くてザコだからなー。ちょっと魔法が掠るだけで死ぬぞ」

 

「意外と厄介な戦いになりそうだな」

 

 

 

 多対一の戦況ならば、適当に魔法を放てば勝つことなど容易なのだが、今のように人間が混じるとなると面倒なことになる。途端に使い魔そのもののように肩身を狭くして戦わなくてはならない。何と面倒な戦いだろうか。これで強いのが居るならばまだしも、弱い種族の上位版など話にならない。

 

 雄叫びを上げながら突っ込んでいった兵士と冒険者が、一番先頭に居た魔物とぶつかり合った。それが開戦の合図の代わりとなって戦いが始まった。後ろの方に居るオリヴィアからは、魔物が弾き飛ばされたり、人間が吹き飛んだりしているのが良く見える。

 

 陸蟹が大群を為してやって来たのは3日前。それから1週間も経たずにこの色々な種族が混じる魔物の大群が攻めて来た。何故こんなに一度に向かって来たのだろうか。そもそも、何故この王都を狙ってきたのだろうか。解らない。オリヴィアには解らないが、もしかしたら、何かがあったのだろうかと、疑う事は出来る。

 

 

 

 

 

 

 駆け出して魔物に向かっていった兵士と冒険者の後ろからゆっくり歩いて向かうオリヴィアは、純黒の炎球を掌の上に形成した。原因の解らない戦いが、幕を上げた。

 

 

 

 

 

 






 レン

 牢屋から勝手に出て行ってしまった人。明後日にはもう孤児院に戻れるという状況だったのに、抜け出してしまえば更に罰は重くなる。見つかれば今度は一月の拘留である。

 金を稼ぐために冒険者になることを決めた瞬間に魔物がやって来た。いつかは魔物を倒せるようにならないといけないと考えているので、少し不穏な気配がする。




 魔物の大群

 何故か王都に向かって一直線に向かってきた。色々な種族が混じっていて、その中には上位種などが居るため、気を引き締めないと次の瞬間には死亡……ということも有り得る。

 数は大凡3000ほど。大群を見つけた兵士が急いで帰還して報せたが、その間に1000程増えてしまったので情報に誤りが出てしまった。




 オリヴィア&龍ズ

 ローブがあるのでまず魔物では倒せないし、リュウデリアが傍に居るのでもっと無理。倒せる魔物が居るならば、王都はもう崩壊確実。

 クレアとバルガスは別行動。適当に狩って、終われば戻ってくるということになっている。蟹は気に入ったので、恐らく陸蟹と岩蟹を優先的に狙う。




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第52話  戦場の赤

 

 

 

 冒険者歴5年の男は見ていた。襲い掛かる数々の魔物を、両手で握る直剣で斬り裂きながら。王都へ雪崩れ込むようにやって来た魔物の数は、報告されていた数よりも多かった。途中で合流していたのだろう。右を見ても左を見ても戦闘だった。

 

 人なのか魔物なのか分からない血が飛び散り、血生臭い戦場で戦っている男は、ふと純黒を目にした。灯ったのは炎。メラメラと燃えるような、そんな弱々しいものではなく、煉獄。そう称するのが正しいとさえ思える炎が、ウルフが進化した姿であるハイウルフを呑み込み、ものの数秒で灰すら残さず消してしまった。

 

 何という火力。硬い毛皮に断ち切るのが容易ではない皮下脂肪。強靭で硬質な筋肉。それが狼の形をしたハイウルフは、最低でもDランク冒険者が3人揃って五分五分といった強さだ。それを単騎で一撃。並の魔導士ではないと直感した。

 

 次々と純黒の炎に呑み込まれていく魔物達。撃ち放っているのは誰かと思い、戦場では命取りとなる余所見をして探す。そして術者は簡単に見つかった。王都にやって来たばかりの、純黒のローブを身に纏う女だった。その女……オリヴィアで手を出すと、掌の上に純黒の炎球が生み出され、放たれる。

 

 当たった途端に炎に呑み込まれ、脱出すら出来ずに燃やされ消滅する。Aランク冒険者3人を、一瞬で四肢を斬り落として達磨にしたという、あの彼女だ。強いのだろうとは思っていたが、こんなに強いとは思っていなかった男は、これなら勝てると確信し、口の端を吊り上げた。そして余所見をやめて正面を向き直る。そして、男はオークの棍棒に叩き潰されて死んだ。

 

 

 

「──────オークっ!?まためんどくせー奴まで……っ!!」

 

「こいつ頭悪いクセに怪力だし、脂肪ありすぎて斬っても大したダメージにならねーからめんどくさいんだよ!」

 

「強い攻撃魔法使える奴は!?」

 

(トラップ)系の魔法でもいい!痺れさせるなり落とし穴に落とすなりして、全員で首を落とせ!」

 

 

 

 オーク。人型の体を持った魔物。しかし頭部が豚であり、2メートル近い背丈に、全身に厚く纏った脂肪がある。頭は悪く、使うのは拳か適当に拾った木。使っている内に棍棒へと変わり、それを使い続けるので手にしているのはもっぱら棍棒である。

 

 鎧のように身に纏った厚い脂肪と、巨体を動かすための筋肉が邪魔で、命に刃が届かない。相手にすると面倒な奴というのが、冒険者の認識だった。ランクは低いものの、調子に乗ると思わぬ一撃を食らって連携に罅が入り、全滅という事も有り得るので油断は出来ない。先程棍棒の一撃で潰された男が証拠だ。

 

 豚の鳴き声に似た声を上げながら、棍棒を上に振りかぶった。周囲に居る冒険者は警戒して後退り、武器を構えたり回避が何時でも出来るように心構えをしている。するとそこへ、純黒の何かがオークに向かって飛んで行った。それは翼の生えた蜥蜴に見える使い魔だった。オリヴィアの肩に乗っていた使い魔がオークに飛び掛かったのだ。

 

 無茶だ。あんな小さな体で勝てるわけがない。そう直感した冒険者を嘲笑うように、使い魔は尻尾の先に形成した刃を真っ直ぐに振り下ろした。通り抜けたような錯覚をした。え?と呆然としている間に使い魔はオリヴィアの方へ戻り、肩に止まってあくびをしている。オークは棍棒を振りかぶったまま止まっていたが、体の正中線にピッと線が入り、縦に真っ二つとなった。

 

 一撃だ。ハイウルフを一撃で屠っていた主と同じく、傷を負っていない無傷のオークを一撃で殺した。まるで何もしていないとでも言っているが如く、あくびをしてつまらなそうにしている。見ていた冒険者は小さく吹き出し、使い魔に負けていられないなと、武器を強く握って魔物達へと駆けていった。

 

 

 

「オークに一撃で殺されるとは……人間はなんと脆弱な生き物なことか。冒険者になる人間が最も短命なのは明らかだな」

 

「龍に比べれば皆がそうだろうさ。……ところで現状、魔物と人間、どちらが優勢だ?」

 

「うーむ……気配からして人間が劣勢を強いられてはいるが、消えていく数は圧倒的に魔物が多い。既に魔物と人間の数は同じくらいだ」

 

「ほう……?人間もやるな。このままなら思っていたよりも早く、戦いは終わるのではないか?」

 

「ははッ。そう簡単にはいくまい。既に死んだ魔物は、謂わば雑魚だ。今残っているのは歴とした()()()()共だ。人間の兵士や冒険者と戦い、勝ち、更に戦う存在だ。一筋縄ではいかんだろう。それに……」

 

「……それに?」

 

「──────面白い個体が居るぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバい……っ!!コイツは俺達が手に負えねぇ!!」

 

「誰か助けてくれェ!!」

 

「なんなんだよこの魔物は!?」

 

 

 

「──────ファケロスだ!!Aランクの魔物だ!!」

 

 

 

 ファケロス。体長5メートル程の魔物である。特徴なのが、ドーム型に突き出た骨質のコブがついた頭部である。腕は短くて手は小さいが、脚が発達して走ることに向いた構造をしている。攻撃の際には頭を下げてコブを前面に出し、突進する。厚く硬いコブを使った突進は驚異的で、下手に受ければ良くて内臓破裂。悪くて即死だ。それが走り回って兵士や冒険者を殺し回っていた。

 

 とある世界の恐竜、パキケファロサウルスに似ているその魔物は全身を鱗に包んでいるので横からの攻撃にもものともしない。そして発達した強靭な脚力で生み出される最高速度は140キロメートルにも及ぶ。背を向けて走っても逃げ切ることは出来ない。仕方なく魔法で防壁を張っても、頭突きでかち割って突進してくるのだ。

 

 主食は葉である草食であるのに獰猛であり、敵と認識するとすぐに突進してくる。体もそこまで大きいとは言えないながらも、鱗の硬さと獰猛さ、厄介性からAランクに分類されている、シンプル故にとても強い魔物だ。翻弄されている人間の中に、知っている者がいたので叫び、より高いランクの冒険者を呼ぶ。

 

 知らせるのと、救援も兼ねた叫びが悪かったのか、叫んだ男の元へファケロスが突進していく。頭を下げてコブを見せる。数々の人間を殺した強固なコブは血に塗れていて、真っ正面から見た冒険者の男は恐怖で立ち竦む。驚異の脚力でもう目前まで迫った時、死を覚悟したが、ファケロスの側面に衝撃が与えられ、吹き飛ばされていった。

 

 

 

「──────あれは俺が相手をするから、他のを頼む。周りの奴等も、巻き添えを食らいたくなかったら下がってろ!」

 

「トバン!助かるぜ!」

 

「お前にしか頼めねぇよ!」

 

「無理すんなよ!」

 

 

 

 トバンと呼ばれた青年が、冒険者の仲間を頭突きで殺そうとしているところで横から攻撃を入れ、弾き飛ばしたのだ。トバンはギルドの中でも数少ないソロのAランク冒険者。先日まで依頼に行っていた。そして昨日帰ってきて、今日魔物に王都が襲われている。帰ってきたばかりで疲れているだろうにと言われたが、トバンは和やかに笑いながら王都の為だと言って参加している。

 

 オリヴィアを絡んできて達磨にされたAランク冒険者の3人組は、ギルド内でも嫌われていたが、トバンは違う。ソロで活動しているが、依頼を手伝ってくれと言うと二つ返事でOKしてくれるし、困ったことがあれば助けてくれる。悩みなどの相談にも乗ってくれて、良い奴だと皆が言う。

 

 赤い髪が特徴で、短くて整えられており、顔も美形ときた。女性にモテるのだが、身持ちが堅いので女性との浮ついた話はあまり聞かない。ノリもいいので話が合い、お前にならいくらでもついていくという声は多いのだ。

 

 トバンは手に持ったレイピアを、後退っただけのファケロスに向けている。それなりに力を籠めて行った突きだったのだが、鱗に少しの傷は入っても、有効打になっているようには見えない。脚を上げて爪先で地を蹴り、走る準備を整えているファケロスに、トバンも腰を低くして刺突の構えを取る。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「……ッ!!──────『刺突五連(スピアネイル)』ッ!!」

 

 

 

 ファケロスが突進したのが最初だった。無理矢理開かせた20メートルの間隔を詰めて、正面から堂々と頭突きをしてくる。かなりの速度だ。間違いなく、細身の剣であるレイピアで攻撃すれば忽ち折れるだろう。故に行うのは迎撃ではなく回避。

 

 腹に骨質としたコブが触れる寸前、くらいの距離で右に避けたトバンは、目の前を通り過ぎようとするファケロスの横っ腹に刺突の5連撃を見舞った。しかしファケロスの鱗はやはり硬く、有効打にはなっていない。レイピアを握る柄から伝わる振動で硬度が伝わってくる。

 

 それも先程の不意打ちにはなかった重さがある。攻撃を受ける事を覚悟して向かってきているのだろう。頭突きを外したファケロスがトバンをチラリと見て、走ったまま進行方向を迂回して回りながら再び向かってきた。速度が乗ってきているが、避けられない程ではない。もう一度避けて刺突のを撃ち込もうとしたトバンだったが、腹部を守る鎧に尻尾が叩き付けられた。

 

 

 

「ぐふ……ッ!?」

 

「──────ッ!!」

 

「ッ……頭突きだけではないと……ッ油断したな……」

 

 

 

 次に弾き飛ばされたのはトバンだった。避けたまでは良いが、ファケロスが体を半回転させて尻尾を伸ばし、叩きつけてきたのだ。完全に避けたつもりだったので防御なんてしている筈もなく、不意打ち気味に攻撃を受けてしまい、吹き飛んでいった。

 

 こぷりと血を吐きながら吹き飛ばされる中、取り溢しそうになるレイピアを強く掴み直し、背中から地面に着地して転がったが、体勢を立て直して脚を付き、最後には立ち上がった状態で止まった。右手でレイピアを構えながら、左手で腹部を押さえる。身に纏っていた鎧が打ち付けられた尻尾の形に歪んでいる。着ていなければ危なかった。

 

 避ける奴との戦いに慣れている。単なるファケロスではない。これまで何度も戦って生き残った、戦士が如きファケロスだ。鈍痛の響く腹部を押さえながら見れば、今になって戦士の気配を醸し出しているように見えるのだ。これは全力で殺しにいかないと、こちらが殺されると直感したトバンが、次は仕掛けに行った。

 

 駆け出したトバンに遅れてファケロスが駆け出した。足の速さはファケロスの方が上で、その速度から繰り出される一撃の重さも相手に分がある。重い一撃よりも速さによる連撃を主としたレイピアの生半可な攻撃では、仕留めるのは不可能だ。故に、少し汚い手だと自覚しながら頭突きを回避した。

 

 また同じ手だと思って体を半回転させて尻尾を振り抜く。もう一度同じのを受ければ、ダメージが重なり過ぎて動けなくなる。しかしその尻尾の打撃が当たることはなかった。尻尾の位置よりも低い場所まで体を滑り込ませ、脚に蹴りを入れて転倒させた。走る為に脚が発達したが、腕が退化したことで受け身は取れない。倒れたファケロスの上から、大きく跳躍したトバンが落ちてくる。避けられない、渾身の一撃だった。

 

 

 

「一転集中──────『刺突五連(スピアネイル)』ッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 体重と落下速度、腕力に重力を全て籠めた5連撃を、全く同じ場所へ打ち込んだ。狙ったのは最初に打ち込んだ場所で、少し傷がついたところ。他と比べて少しとはいえ最も脆い箇所であるそこに、レイピアの5連撃を寸分の狂いも無く叩き込む。

 

 上からの攻撃は重く、攻撃を加えられても後退して衝撃を殺す事が出来ない転倒したファケロス。狙い通りに全ての衝撃が加えられた事により、硬い鱗は罅が入った後に砕け散り、レイピアの先端を鱗の下にある筋肉のみで止められる筈もなく、最後の刺突はファケロスの心臓を捉えて刺し貫いた。断末魔があがり、ビクリと体を痙攣させた後、ファケロスは動かなくなった。トバンが勝ったのだ。

 

 1人でAランクの魔物を斃したトバンを見ていた冒険者と兵士が喜びの声を上げる。歓声に包まれながら額に掻いた汗を拭い、勝利したと示すのに腕を上げた。喜びの声が大きくなり、士気が上がったのを自覚しながら安堵の溜め息を吐いた。瞬間、トバンは横から大きな拳によって殴り飛ばされた。

 

 ファケロスの強力な尻尾の打撃を受けても離さなかったレイピアを易々と手放し、先に居る兵士と冒険者、魔物を捲き込みながら飛んで行ってしまった。与えられた衝撃が無くなって止まった時には、トバンの意識はなく、頭から大量の出血をしていた。Aランクの魔物を単独で斃したトバンを一撃。何の仕業だと目を向けた先に居たのは、緑の体色したオーガではなく、全身赤色のオーガ。

 

 体長は4メートル。見上げないと顔が見えない。普通のオーガよりも体が大きく、筋肉も更に発達して全体的に太い。腰に動物の死骸から獲った皮を巻いているだけなので、割れた腹筋や詰め物をしたようにしか思えない血管の浮き出た力コブ。全身から漲る膨大な魔力。突然変異。生まれる筈のないところから、他とは違うものを持って生まれた存在。返り血を浴びたように赤い突然変異個体のオーガだった。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「ふ、ふざけんな……なんだよあれ……」

 

「戦闘終わりとはいえ、トバンが一撃とか……っ!!」

 

「あの魔力量はどうなってんだ!?」

 

「オーガ……だよな……?何で赤いし……あんなデケーんだよ……っ!!」

 

「突然変異だ……オーガの突然変異個体が現れたぞォッ!!」

 

 

 

「あれか?面白い個体というのは」

 

「あぁ。中々居ない突然変異。そのオーガだ。アレ一体でこの場に居る人間殆ど殺せるぞ」

 

 

 

 殴られて吹き飛ばされた拍子に取り溢してしまったトバンのレイピアを踏み付け、粉々に破壊しながら雄叫びを上げる赤いオーガ。空に向けた雄叫びには魔力が載り、空間をビリビリと揺らして威圧した。上から見下ろしてくる巨体と膨大な魔力。確実にSランク相当だと思われるオーガに、恐怖を駆り立てられた人間が後退る。

 

 突然変異として生まれたことで頭も良くなっているのだろう。自身の雄叫びで人間が恐怖しているのを解っているからか、凶悪な顔を更に歪めてニヤついた卑しい笑みを浮かべ、走り出した。体長4メートルのオーガの一歩は大きく、後退っていた人間達との距離を詰めて殴った。それだけで、たった一撃の殴打で、人間5人が紙屑のように千切れて死んだ。

 

 武器は持たず、素手による攻撃。しかしその殴打は盾による防御も、魔法の障壁も無意味と化させ、人間を何十人も殺していた。やられて悲鳴を上げている人間を襲い、隙だらけとなった背中に、冒険者と兵士が弓で矢を射る。魔力を籠めた矢は、岩にも穴を開ける威力を持つが、オーガの背中には刺さらず、力を無くして地に落ちた。振り向くオーガ。引き千切った人間の頭を口の中に放り込み、噛み砕きながら睨み付ける。

 

 ひっ……と引き攣る声が喉から漏れる。向き直ったオーガが血に塗れた掌を向ける。何をするつもりなのかと疑問を抱いた瞬間、矢を放った冒険者と兵士の上半身が消し飛び、半円状に抉れた下半身が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 戦場にて人間を蹂躙する赤いオーガは、突然変異の力をこれでもかと見せ付け、雄叫びを上げて可笑しそうに嗤い、純黒のローブで身を覆う女に目をつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 






 ファケロス

 パキケファロサウルスに似た、頭突きが得意な魔物。全身に硬い鱗がある。足も速く、そこから繰り出される頭突きは人間には致命傷。若しくは即死。ランクはA。今回は戦闘経験が多い個体だったので、尻尾による攻撃もあった。




 トバン

 王都のギルドのソロ冒険者で、Aランク。優しく強い。そして顔が良いので人望がある。使うのはレイピア。今回一撃を貰ってしまったが、普通のファケロスならば無傷で倒せる。少し油断しただけ。

 オーガの殴打を受けて吹き飛ばされていった。受けた右半身の殆どを複雑骨折していて、戦闘に復帰するのは困難。意識を手放していて、受け止めた冒険者達に傷薬を飲ませてもらっている。




 赤いオーガ

 オーガの突然変異。体色は本来緑のオーガだが、この個体は生まれた時から赤色だった。肉体の成長速度が異常に早く、生まれて少しで今の体型になった怪物。推定Sランク。

 全身の筋肉は大きく隆起していて硬い。ファケロスの鱗よりも硬度がある。体長4メートルもあるのに筋骨隆々なので、繰り出される殴打は受ければ即死する。矢を放った冒険者と兵士を殺した方々は、魔力を高密度にして飛ばした。だから円を描いて抉れていた。




 オリヴィア&リュウデリア

 ゆっくり適当に歩きながら魔物を殺している。ただし、相手は選ばず適当に殺しているので、中にはハイウルフやハイゴブリンが混ざっている。

 リュウデリアがオークを一刀両断したのは、ずっと肩の上に居ても暇すぎてやることが無いから、あれ殺してもいいかと問うて、良いと言われたのでやった。人間を助ける気なんて全くこれっぽっちも全然少しも無い。つまり0。




 バルガス&クレア

 適当に魔物を赫雷で消し飛ばしたり、蒼い風の刃で斬り刻んでいる。フライングで陸蟹をその場で食ってた。2匹ずつ。

 異空間に陸蟹のストックはしてある。現在2匹合わせて50くらい。今は岩蟹を狙っている。




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第53話  戦場への参加者

 

 

 

 王都を襲う魔物の大群の一体、赤いオーガ。本来の緑の体色をしたオーガは突然変異によって赤く、到底元がオーガだとは思えない程の剛力を誇った。背丈も高く、3メートルの個体が居れば珍しい部類なのに、赤いオーガは体長4メートルを越えていた。内包する魔力も膨大で、熟練度も高い。

 

 力がありながら、驕ることなく戦いに明け暮れたのだろう。単純な強さの中に、相手の心を折りにいく精神攻撃が含まれる。殺した人間を見せたり、見せしめにしたり、兎に角自身を優位に立たせる戦い方をしているのだ。

 

 いや、もしかしたらその戦い方が経験しなくても身に付いていたのかも知れない。何故なら赤いオーガは突然変異。何かを失って何かを得ている場合もあるだけに、色が違うだけということは、完全な突然変異なのだろう。何かを持って生まれた強化個体。つまりは理想に近いオーガだということだ。それならば、効率的な戦い方が身に付いていても不思議ではない。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

「やっぱりダメだ!俺達じゃ無──────」

 

「炎も氷も雷も効かないとかふざけ──────」

 

「ひ、ひぃ!?助け──────」

 

「こいつは強すぎ──────」

 

 

 

 赤オーガは近付いてくる人間を容赦なく殺した。冒険者の魔導士から撃ち込まれる炎魔法、氷魔法、雷魔法、土魔法、それらに一切ものともせず、終いには魔力で覆っていない腕で適当に払い除けた。ハエでも払うが如く、大した労力も割かない程度の動きで、渾身の魔法が弾かれたのだ。

 

 魔力で防御もしたトバンが、咄嗟であり尚且つAランクの魔物との戦闘後だったことを加味しても、たったの一撃で戦闘不能にしてみせた。更に加えてその時の殴打には魔力を纏わせていない。素の力でAランク冒険者を叩きのめした。剛力以前に肉体が強靭すぎた。並の者では歯が立たないとはこの事だろう。

 

 殴られれば体が弾けて四散し、血の霧が散布される。蹴られれば達磨(だるま)落としのように、接触した部分が吹き飛んでしまう。魔力を溜めて放っただけでも、人間の体を消し飛ばすには十分過ぎる破壊力を持つ。次々と無差別に殺されていく者達を見ていると、このオーガの赤は戦っている内に血を浴びすぎて赤になったのではと、根拠のない妄想をしてしまう。

 

 戦場に居る以上、赤オーガも斃さなくてはならない。放っておけば岸壁内へと侵入し、王都を目指してしまうだろう。そうなったら最後、この赤オーガを止められる者は居ない。断言してもいい。殆どの兵士は出ているし、冒険者は全員此処に居る。万が一の為に王の近くに居る兵士は居るが、10人も居ない。

 

 王都のギルドに居る冒険者の中で、最もランクが高いのがAランクのトバンだった。あと3人居たが、オリヴィアにやられて動けないし戦えない。元々慢心を抱えているので赤オーガと接敵してもすぐに殺されていただろう。

 

 それだけの強さを持つ赤オーガは、勝てないと悟って後退る人間に見向きもせず、立ち止まったオリヴィアの方へと歩みより、前までやって来て見下ろしている。純黒のローブが目だったのと、強い気配と魔力を感じたからだ。好戦的な赤オーガは、それだけでオリヴィアに目をつけて、こうして近付いた。

 

 自然界の戦いに於いて開始の合図やゴングは無い。ふとした時に始まるのだ。オリヴィアの事を4メートルの巨体故に見下ろし、卑しい笑みを浮かべていた赤オーガは、左拳を握って腕を引き、振り下ろした。他とは違う強さの気配を感じたので、今回は魔力を伴った殴打だ。上から叩き付けて潰してやろうという魂胆だった。

 

 

 

「この純黒のローブはな、打ち込まれた魔法と物理の威力を9割以上カットしてくれるんだ。それはローブに打ち込まれたらではなく、身に纏った私にその効果を齎す。つまり、お前の殴打の威力を9割削り、魔力による肉体強化を施せば……筋力に天と地ほどの差があっても指先一つで止められるということだ」

 

「──────ッ!?」

 

「解るか?──────お前は狙う相手を間違えたんだ」

 

 

 

 上から迫る大きく血に濡れた左拳を、右手の人差し指一つで止めた。魔力を伴った殴打は破壊力だと今戦場に居る魔物が繰り出す攻撃の中でトップレベルの威力となる。しかしその威力は今、9割以上を消されたことにより衝撃波すらも生み出さない。子供の殴打と何ら変わらない。

 

 肉体強化は覆わせる魔力が多ければ多いほど強くなる。つまり、元々ストックしている魔力が莫大である純黒のローブの魔力を使えば、非力なオリヴィアでも、殴打一つで人間を粉々に砕くことが出来る赤オーガを赤子扱い出来るのだ。

 

 押し込むことが出来ず、全く動かない拳に心底吃驚し、一瞬とはいえ困惑した赤オーガに、左手の人差し指を向ける。指先に生み出されるのは、純黒なる魔力で形成された小さな塊だった。見た目は心許ないだろう。しかし集束させている魔力量は膨大だ。目を凝らせば、小さな魔力の球体の周囲が、高濃度な魔力によって歪んで陽炎を創り出しているのが解る。

 

 凝縮した高濃度な魔力の解放をし、それに方向性を与える。目前に居る赤オーガへ向けての解放。計り知れない衝撃と魔力が襲い掛かる。だが赤オーガは鋭い勘と危機感知で咄嗟に右腕を伸ばして防御し、全力で後方へ跳躍した。それでも殺しきれなかった衝撃と魔力に呑み込まれて吹き飛ばされていった。

 

 戦場に響き渡るのは轟音。いや、爆発音とでも言うべきだろうか。戦闘中だった冒険者や兵士だけでなく、魔物まで意識が引っ張られた。地表が削れて岩が降り注ぐ。それをどうにか避けて安堵し、爆発音が発生した場所を見てみれば、先まで暴れ回って殺戮を繰り返していた赤オーガがうつ伏せに倒れ、右腕が肩から消し飛んでいた。

 

 大量の血を肩の断面から噴き出し、苦しげに唸り声をあげる。これをやったのは一体誰だ。あの赤オーガにあれ程のダメージを与えてみせたのは、冒険者か?兵士か?その疑問が頭に湧いて、口に出して疑問に答えてもらおうとして……やめた。見れば分かった。前方に純黒の風の刃を形成している者が居たから。この人に違いない。それが湧いた疑問に対する、何とも言えない漠然とした答えだった。

 

 

 

「……ッ!!~~~~~~~~ッ!!」

 

「私を狙っておきながら、それだけで済むとでも?私は敵に優しくないぞ。ほら死ね」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 目前に展開した純黒な風の刃が放たれた。縦に長い刃なので地を音も無く斬りながら向かってくる。これは受けたら死ぬ。そう直感した赤オーガは痛みなんてどうでもいいと、無理矢理痛む体を動かしてその場から跳躍した。うつ伏せの状態だったので、獣のような動きになったが、刃は寸前のところで回避した。腕が無くても問題ない。避けられる。

 

 戦いに対する意欲は消えていない。腕が消し飛んだが、だからといって恐怖して下がるわけがない。まだまだこれからだ。赤オーガは獰猛な笑みを浮かべて着地した瞬間、地を踏み砕きながらオリヴィアの元へと前進した。殴打がダメならば握り潰す。巨体に似合わない瞬足で突き進み、大きな赤い手を伸ばした。

 

 

 

「お前よりも速く動く者達を常に見ている私からすれば、お前の全速力はまるで遅いな。それと、風の刃はなにも一つとは言っていない」

 

「──────ッ!!」

 

「先の風の刃は誘導だ。お前が『避けきった』と安堵して隙を作る為のな。ほら、左脚だ」

 

 

 

 予兆を感じず、駆けている途中で()()()風の刃に左脚が根元から斬り飛ばされた。斬り離された脚を前に出そうとして空振り、勢いそのままに転倒した。消し飛んでいる右腕に慣れておらず、両手で受け身を取ろうとして、残る左手が地面につく。そして空いた右側に頭が傾いて顔から地面を叩き付けられた。

 

 ガリガリと地表を顔で削りながら5メートルは進んだ。また血を噴き出しながら呻き声をあげて顔をあげる。勢い良くいったので顔中に擦り傷がついて、土が所々に付着している。先まで嬉々として人間を殺していたSランクの魔物には思えず、見る影も無い。単なる見せしめに甚振(いたぶ)られている弱い魔物だ。

 

 それを知ってか知らずか、赤オーガは額にビキリと青筋を浮かべた。頭を落とせば終わったのに、態々(わざわざ)脚を狙ったのが、自身を舐めていると解ったのだろう。それに対する怒り。胸の奥に燻る怒りの激情を魔力に変え、口を大きく開けて解き放った。突然の攻撃には対処出来まい。

 

 殴打を受け止められた理由は解らないが、ほぼ全魔力を光線に変えて撃ち放った。今度はお前が消し飛ぶ番だ。赤オーガは額に青筋を浮かべながら卑しく嗤った。これで終わりだと。しかしその思いは叶わず、放った魔力砲とオリヴィアの間に、純黒の何かが舞い降りた。

 

 

 

「言っても解らんだろうが……私は『魔物使い』なんだ。使い魔が居てもおかしくないだろう?私よりも断然強くてかっこよくて可愛い……最強の使い魔が。なぁ?リュウちゃん」

 

「──────ふん。この程度の魔力なんぞ効かないと解っていながら俺を待つとはな。使い魔使いの荒いご主人サマだ」

 

「ふふっ」

 

 

 

 一薙ぎ。魔力砲とオリヴィアの間に空から舞い降りたリュウデリアが、煩わしそうに尻尾で適当に薙ぎ払うと、膨大な魔力の砲撃は途端に霧散した。有り得ない。あんな簡単に自身の魔力を打ち払う奴が居るはずが無い。そう思った赤オーガだが、彼も人間に対して同じ事をしている。所詮、上には上がいるということだ。例え、姿を偽っていようと、強い者はどこまでも強い。それだけだ。

 

 そもそも直撃したところで9割以上の削りと、貫通した場合の魔力及び魔法反射がついている純黒のローブを纏うオリヴィアには効かない。それでも、リュウデリアを待っていたことにやれやれと溜め息を吐きながら、しっかり来てくれた。

 

 可笑しそうに、でも嬉しそうにクスリと笑ったオリヴィアは、駆け出した。向かってくる彼女に意図を察したリュウデリアが振り返る。体格差からは考えられないだろう、オリヴィアは立ち上がって下げた両手を合わせた構えをするリュウデリアを踏み付けた。だが踏んだのは合わせた両手。

 

 力加減をしながら、リュウデリアは上空にオリヴィアを打ち上げた。魔法で飛ぶよりも速く上空400メートル地点に到達すると、イメージをして自身の背後に風の衝撃波を生み出した。推進力として衝撃波を利用し、急降下する。狙うは当然赤オーガ。最後のトドメを刺すべく落下している。

 

 確実に殺すつもりだと察した赤オーガが、ここにきて初めて顔が強張った。濃密な、確定された死。終わり。それが自身に降り掛かろうとしている。どんな生物も死の恐怖からは逃れられない。赤オーガとて、所詮はその程度だった。だから藻掻いてその場から逃げようとする。そんな赤オーガの頭を掴み、地面に叩き付けて縫い止めるたのが、リュウデリアだった。

 

 全く動かない。頭を掴んでいる小さな手の感触が、巨大な何かに思える。4メートルの体ですら真上を見上げなくては見えに大きな何かが、嘲笑の笑みを浮かべて見下ろしている。この恐怖の発生源は何だ。誰だと、どうにか縫い付けられたまま見上げて、リュウデリアの黄金の瞳と目があった。彼が赤オーガの耳元に顔を寄せて、誰にも聞こえない、赤オーガにしか聞こえない声で囁いた。

 

 

 

「何時までも強者の余韻に浸れるとでも思ったかァ?お前のような塵芥の虫風情が?身の程を弁えて死ね」

 

「──────ッ!!」

 

「言葉は解らずとも死の恐怖で悟ったか?良いことを教えてやろう。お前は、態々死の淵に足を踏み入れたのだ。ならば、死を甘んじて受けるのが道理だろう?フハハッ!──────弱いな、お前」

 

 

 

 どこまでも蔑んでいた。嘲て嗤った。お前の力は無意味で、無価値で、何の面白みも無い、死んで当然の存在だと。ケタケタと耳元で心底嗤うリュウデリアが、怖くて怖くて仕方なく、体をガタガタと揺らした。4メートルの巨体で、人の肩に乗っても違和感がないくらい小さな存在から与えられる気配だけで、ここまで恐怖した。

 

 正体は知れずとも、赤オーガは世界最強の存在、龍によって恐怖を与えられた。この世には滅多に顕現しない神によって甚振られた。あぁ……なんと()()()オーガだろうか。手ずから殺してもらえるとは、なんと羨ましい存在だろうか。本来ならば自ら命を差し出す身分だというのに。故に死ね。突然変異といえど、オーガ如きがその栄誉に浸るのは烏滸がましい。

 

 400メートルの高さから魔法の衝撃波を使用した推進力を得て落下したオリヴィアが、血に縫い付けられて動けない赤オーガの頭に踵落としを打ち込んだ。魔力集束の解放とは比べ物にならない衝撃が発生し、血が揺れた。爆音と砂煙が発生し、視界が潰された。風に流れて砂煙が晴れると、そこにはクレーターが出来上がり、赤オーガの体はボロボロになって残っているものの、頭は潰れて無くなっていた。

 

 翼を広げて飛翔し、赤オーガに踵落としを決める寸前でその場を離れていたリュウデリアがクレーターの外に降り立つ。踵落としの破壊力を見て、いい感じだと頷いていると、ふわりと浮かんでいるオリヴィアが目の前に降り立って自身を抱き上げた。体を伝って右肩に乗ると、顎の下を人差し指でくすぐってくるので目を細めて受け入れた。

 

 

 

「ふふっ。ありがとう。あそこにオーガを留めて置いてくれただろう?」

 

「往生際が悪く、逃げようとしていたからな。ただ頭を掴んでいただけだ。礼を言う程でもない」

 

「それでも、ありがとうリュウデリア」

 

「……どういたしまして」

 

 

 

 顔をプイッと逸らしてしまったリュウデリアに、照れていると分かっているオリヴィアはクスクスと笑って頭を撫でた。とてもSランク相当の魔物を殺した後とは思えない、ほんわかした雰囲気が2人を包み込むがまだまだそこは戦場である。周囲の冒険者と兵士が驚いているのを知らぬフリをして、また歩いて魔物狩りを開始する。

 

 しかし歩いて移動して少ししたその時、リュウデリアが何かに反応して顔を上げた。目を細めて空を見上げている。こういう時は必ず何かある時だと把握しているオリヴィアは、静かにどうした?と問い掛けた。その問いに、一言で返した。

 

 

 

「──────龍の気配だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、オリヴィアとリュウデリアが赤オーガを見事斃した時、別の場所で適当に魔物を斃していたクレアとバルガスも龍の気配に気がついて顔を上げた。しかし訝しげな表情を浮かべる。気配がおかしいのだ。普通の龍に混じって、違う強い気配が混じっている。

 

 なんだこれはと思っていると、空から巨大な黒い炎弾が落ちてきて、王都を囲む岩壁の入口とその周辺を一気に吹き飛ばした。爆発音が鳴り響き、土煙が舞う。そこへ更に炎弾が撃ち込まれ、岩壁は破壊されていく。土煙が晴れた後には、王都が正面から丸見えになるほど、岩壁が破壊されていた。

 

 

 

「あーあ。オレ知ーらね。あの岩の壁ぶっ壊したのオレじゃねーし」

 

「……あの龍が……この魔物達を……(けしか)けさせたのかも……知れない……狙いはなんだ」

 

「それこそ知らねー。つかどうでもいいんだよンなこと。だってアイツ──────クソザコじゃん」

 

 

 

 強い気配が混じっていたとしても、本体は雑魚であると称したクレアは、どうでも良さそうに白けた表情になった。最初は気配がどうして混じっているのかと疑問を感じたが、本体がそこまで強くないと解ると、途端に興味が失せた。目的もどうだっていい。何せ全く興味が無いのだから。

 

 バルガスとて、疑問を持ちながら興味は無い。自身の前には決闘を挑んできた龍と同じ、殴打すれば終わる程度の者だからだ。そんな2匹とは別に、空から岩壁に攻撃を仕掛けてきた龍が急降下して戦場に降り立った。ばさりと灰色の翼と黒い炎で形成された翼を使って。片腕片脚も炎で形成されているその龍が降り立った瞬間、戦場は静謐なものと変貌した。そして、困惑と絶望が爆発する。

 

 

 

「ぁ……ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……っ!!龍だァッ!!」

 

「なんで、なんで龍がこんなところに来るんだよ!!」

 

「無理だ死ぬ!!龍に勝てるわけないだろ!!」

 

「うわぁあああああああああああああああッ!!」

 

 

 

「──────リュウデリア……リュウデリアはどこだ!!此処に居るのは解っている!!さっさと出て来い!!」

 

 

 

「……ンだよ。その程度の気配察知すら出来ねーのかよ。ケッ、ホントにザコだな。仕方ねーから──────オレが遊んでやるよ」

 

 

 

 人間が困惑してから、絶望へと至り、命乞いが如く叫ぶ。魔物もカタカタと震えながら、行けと言わんばかりに破壊された岩壁に向かって駆け出した。恐怖で魔物は動かされていたのかと、横目で興味なさそうに見たクレアは、その場から上空へ飛翔し、体のサイズを元に戻して、現れた灰色の龍……シンの前へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 ちょうど暇していたんだ。そう語るニヤついた笑みを浮かべて、かかってこいと指先でジェスチャーをし、挑発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 






 赤オーガ

 確かに強くて、戦場に居る人間を単騎で皆殺しに出来る素質があったが、オリヴィアに手を出したのが運の尽きだった。それさえしなければ放って置いてもらえた。





 オリヴィア

 オーガの攻撃を指先一つで止めた。魔法、物理の威力9割カットは、ローブではなく、ローブを身につけているオリヴィアに齎される効果。だから威力を殺して肉体強化で受け止められた。本来ならば自分で言ってたけど無理。

 最後の踵落としは、リュウデリアに手脚を使った戦い方も出来た方が良いと言われて教えてもらったものの一つ。




 リュウデリア

 オーガがオリヴィアの元に来たときには空へ飛んで観戦していた。魔力砲の時に求められていると察して降りた。

 踵落としを教えたのはリュウデリアで、図書館で本を読み漁っている時に、基本的な戦い方や人間の護身術の本があったので、軽く教えてみた。そしたら使ってくれたし、良い威力だったのでニッコリ。

 シンが来たことには気づいているけど、何でかクレアとバルガスのところへ行ったので疑問に思いながらことの成り行きを見ている。

 単純に気配を探りきれていないとは気づいていない。出来て当たり前だと思ってるから。




 クレア&バルガス

 適当に魔物を狩っていたら、何故かシンが前にやって来たので、へーと思った。それだけ。

 腕や脚、翼が黒い炎で出来ているのに疑問に思いながら、それが強い気配の正体かと納得した。

 暇潰しでクレアが遊ぶため、ワンチャンでリュウデリアの元に来る前に殺されるかも知れない。




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第54話  嘲笑の血縁

 

 

 

 迎撃する為に戦っていた戦場の位置が変わった。突如叩き込まれた攻撃で、王都を護る役割があった岩壁の正面部分が殆ど破壊され、魔物が内部に流れ込んでしまった。幸いなことに、岩壁から王都まで1キロは離れているのですぐに攻め込まれることはない。しかし岩壁の内部に侵入されている。

 

 そしてなんといっても、龍が現れた事が大きい。世界最強の種族。それが何故かこの場に現れたのだ。灰色の鱗に、黒い炎で形成された翼、腕、脚。遠くに居ても、その熱量に絶望感をひしひしと感じていた。だが更にそこへ、別の龍らしきものが降り立った。人の姿に近い蒼い龍。だが噂には聞いたことがある。訪れたところは大嵐に巻き込まれ、村や街、果てには国までもが壊滅したという、原因の龍……轟嵐龍。

 

 同じ種族である筈の2匹の龍は、先程まで戦場になっていた場所に居る。大群となって襲い掛かってきた魔物が、総じて怯えて死に物狂いで牙を向く。なるほどと思った。魔物は理由無く王都を襲いに来たのではない。逃げてきたのだ。絶対強者の龍から。仮に逃げてきたという線が間違っていても、灰色の龍が原因なのは間違いない。

 

 冒険者と兵士は、王都に魔物が行かないよう食い止めている。だが全員がある思いを胸に抱いていた。あの龍2匹が来たら王都諸共消える。龍が攻めてくれば、今やっている防衛戦も無駄。その事を必死に考えないようにしながら武器を降り続ける。そして願う。どうか、龍達が王都に興味を持たず、何処かへ飛び去ってくれるようにと。何せ、龍が相手ならば勝てる見込みなど0なのだから。

 

 

 

「──────クソがぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

「ほれほれー、そんなに一生懸命踊ってもオレは倒せねェぜ?」

 

「リュウデリアを出せ!!俺の邪魔をするなッ!!」

 

「なーんでアイツにいきなり突っかかンだよ。オタクはどちらさまですかぁ?」

 

「貴様なんぞに教える義理はないッ!!」

 

「なんぞとか言われたー。このクソザコのクソガキにー。えーんえーん(笑)」

 

「がぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

 王都から離れているとはいったものの、龍からしてみれば十分な射程範囲内。故にクレアは気を利かせて灰色の龍であるシンを煽りながら、岩壁から少しずつ離れていた。元のサイズに戻ったクレアは、突然やって来たシンに興味を持たなかったが、暇潰しには良いだろうと遊ぶ事にした。結果、思惑通り遊ばれている。

 

 リュウデリアは何処だと叫んだシンに、オレを倒せたら教えてやってもいいと答えて、指を曲げるかかってこいのジェスチャーをしたクレア。その時の顔は意地の悪そうなあくどい笑みを浮かべており、シンのことをバカにしていた。

 

 一瞬で沸点が限界値近くまで上昇したシンはクレアに向かって突進し、黒き炎の腕を振り上げて切り裂きに掛かった。しかしそれをひょいと避ける。両腕を組んで腰を屈め、前のめりになって自身より低い位置にある顔を覗き込んでニヤニヤと嗤う。

 

 従来の龍の姿であるシンは四足歩行。対するクレアは二足歩行。高さが違いすぎる。なので片や見下ろし、片や見上げるしかない。しかしシンは、その見上げることが既に苛つくことの原因だった。力を手に入れた自身が、何故見上げなくてはならないのか。何故見下ろされなければならないのか。俺の方が強いのに。俺は選ばれし存在なのに。何故、何故、何故……こうも攻撃が当たらないのか。

 

 

 

「お前、リュウデリアにボロクソにされて負けたろ」

 

「──────ッ!!」

 

「アイツがお前みたいなザコに興味を持つとは思えねぇし、決闘を仕掛けてきた奴は頭千切って殺したっつってたから、お前はその時の奴じゃねぇな。っつーことは、他にも挑んだ奴が居たわけだ。んで、四肢や翼を補わないといけねぇくれェボコボコにされたと。けど分かんねーな?何で生きてンだ?アイツなら挑んできた相手ゼッテー殺すぞ」

 

「俺の前で……ッ!!あのクソ野郎を語るなァッ!!」

 

「──────血縁者」

 

「……っ」

 

「……ひひッ。当たりだなァ?さっきから似てはいねぇが近い気配で気になってたンだよ。そうかそうか、お前リュウデリアの弟だな?いやー、お前もカワイソウな奴だなー。兄貴がクソ強いっつーのに、逆に弟のお前がカスのカスのゴミカスなんだからよォ。さぞや気に入らなかったンじゃねぇの?ンで、決闘でも挑んでボコされた……と。……っく……だっははははははははははははははっ!?ダッセー!?挑んで()()生かされて!?復讐に燃えてますってか!?その程度の力で!?あっははははははははははははははは!!ひーっひーっ……っ!?あ゙ー……お前違う才能ならあるわ──────笑わせる才能だけどな」

 

「──────殺すッ!!!!!!!!」

 

 

 

 ニヤニヤと笑い、これでもかと煽り、小馬鹿にする。リュウデリアの弟だとしても特別扱いはしない。何せ強くないから。話にならないくらい弱いから。だから態と焚き付けるような真似をするのだ。少しは暇潰しの相手になってもらえるように。まあ、散々ザコと言っているので評価は変わらず、弱者のそれだが。

 

 突進して再び黒炎の腕で切り裂きに掛かる。だが避けられる。右腕を振り下ろした後、シンの左側に体をくるりと回しながら避けて、お返しと言わんばかりに尻尾で右横面を引っ叩かれた。べちんという程度のものだったが、体を回して避けたままの尻尾の打撃だったので、音の割に想像以上の衝撃が来る。

 

 視界が揺れて眼球が暴れる。体が勝手に左へと倒れた。腕を組み、上半身だけを屈めさせて見下ろし、シンの顔を覗き込む。まさかこれだけで死んだか?冗談だろ?と顔に書いてあった。揺れる視界が元に戻った途端、首を曲げてクレアの方を見上げ、口を開けた。放たれたのは魔力の奔流。しかし上体を反らされて被弾しなかった。

 

 上体を大きく反らせたので後ろへ倒れかかる。そこで地を蹴って器用にバク宙をして距離を取った。未だクレアは腕を組んでいる。戦う気はないとでも物語るようだ。それが益々怒りを助長させる。立ち上がったシンは、翼を全力で羽ばたかせて、黒炎の翼による熱風を広範囲に飛ばした。

 

 生えている草や木がものの数秒で灰になる。恐ろしいほどの熱風だが、クレアはその場に佇んだままだった。足下から螺旋を描く風を生み出して自身を覆う。それだけで熱風は風の結界に阻まれて届かない。まさかこれが全力なのか?と首を捻るが、残念ながらシンの全力であった。

 

 

 

 ──────あの黒い炎で形成された翼、腕、脚はそれなりに強い気配と魔力を感じる。なのになんであのザコはそれを飛ばそうともしてこねぇンだ?態々近寄って振り下ろすか、風に乗っけて熱を送るだけ。コイツの魔法じゃねーのは明らかだから別の奴のモンだろ。もしかして手に入れて日が浅くて使い方を把握しきれてねぇのか?だが、腐っても龍だからそこら辺の適応力は高いはず。煽りすぎて頭に血が登って攻撃方法が単調になりすぎてンのか?ならオレの所為なんだが……。

 

 

 

「いやわっかんねーなコレ。ザコの事を考えるのは難しくて仕方ねぇ」

 

「この俺をザコと馬鹿にするなッ!!絶対に殺してやるッ!!俺は選ばれたんだッ!!そして見せつけてやるッ!!見ていて下さい龍王様ッ!!俺こそが龍王様の御側に居るに相応しいのですッ!!」

 

「言ってる事がめちゃくちゃだなオイ。会話出来てるかー?もしかして脳ミソまで補助されてンのか?……こういう時なんて言うんだっけ……すれ違った人間が言ってた……あー……あっ、そうそう!お前ザコいし頭悪くてウケる(笑)」

 

「──────死ね」

 

 

 

 怒りで頭の血管を引き千切りそうになりながら、シンは翼を使って飛んだ。今度は空中戦か?とクレアも同じ土俵に立ってやる為に飛んだ。地上から100メートル程度だけ飛んだ2匹。さてどう出る?と待ちの姿勢を崩さないクレアに、シンが黒炎の右腕を向けた。

 

 黒炎の右腕が消失する。籠められた魔力が限界に達したのではない。攻撃に使用したから一時的に消えたのだ。使うと消えるのかよと溜め息を吐いていると、自身の回りの温度が急激に上昇する。魔力の流れで狙いが解るので、受け身になって調子付かせるのも何なので、組んでいた腕を解いて右手人差し指を上に向け、クルクルと時計回りに回した。

 

 クレアの右隣に風の渦が発生し、小規模の竜巻が生まれた。吸い込む螺旋が自身を呑み込もうとしていた黒炎を絡め取り、竜巻は黒炎と混ざって黒炎の竜巻と変貌した。灰にしてやろうと思っていたシンは、制御が全く出来ないことに驚き、殺そうと思っている奴に対して驚いてしまったことに苦々しくなって舌打ちをした。

 

 どれだけ制御を奪い返そうとしても、黒炎が巻き込まれた竜巻から出て来ない。相変わらずクレアはニヤニヤと笑っていて、こんな事は造作もないのだと見せつけてくる。明らかに魔力の量でも劣る竜巻が、煉獄の黒炎を絡め取れる。訳が解らないシンにはどうしようもなかった。そして、シンの目前に……黒炎の竜巻が何時の間にか接近していた。

 

 全身を鱗を焼く程の熱が包み込んで渦を巻いた。投げ付けられた。制御を奪われた黒炎を絡め取った竜巻を。シンには捉えられない速度で飛ばされ、避けることも出来なかった。叫び声を上げる。熱くて熱くて仕方ない。本当に全身を焼かれている。制御が出来ないから黒炎だけを解くことも出来ない。このままでは焼けて死ぬと思われた時、竜巻は解除され、シンは力無く地面に落ちて倒れ込んだ。

 

 

 

「お前正気か!?今の当たるか!?適当にぶん投げたのに……まさか見えなかったのか?えぇ……それはちょっと……無いわぁ」

 

「……っ……クソッ……たれェ……ッ!!殺してやる……ッ!!」

 

「ほら立てよクソザコ。遊べるように手加減してやってんのに、貰った力で一撃とか目も当てられねぇぞ?」

 

「……っ……はぁ……はぁ……死ねッ!!」

 

 

 

 自身の体をボロボロにして、生き恥を晒させるような真似に追い込んだリュウデリアに見つけて殺す為に、地上に降りて来たのに、兄ですらない奴にやられるのかと顔をギチギチと歪めた。

 

 何処へ行ったのか広すぎて気配が読めない。だから地上に降りてからは、胸の中を燻る憤りの感情を吐き出す為に、そこらに居る魔物を龍としての絶対強者による気配で恐怖を与え、人間の村や街を一斉に襲うように仕向けた。少し命令すれば勝手に大群となって人間を襲うので、少しは気が晴れた。

 

 今回もそれで王都を狙ったのだが、途中でリュウデリアと他の龍の気配を感じた。復讐して殺すことが出来る。そう思い、ついでの気持ちで王都を壊滅させようと、岩壁を破壊しながら降りてきたのだ。さぁ復讐の時だ。そう思ったら何故かクレアと戦うことになり、手も足も出ない。まるであの時の決闘のようで、憎しみが大きくなる。

 

 何もかもが気に入らない。ニヤつく顔も、自身の攻撃をものともしない強さも、出て来ないリュウデリアも、全く殺すことが出来ない黒炎にも、何もかもが気に入らず、憎くて堪らない。殺す。絶対に殺す。殺す為ならば何だってしてやる。

 

 馬鹿にされすぎて怒りの臨界点を超えた。額の血管がブチブチと千切れていく錯覚がした。左の翼。戻った右腕。左脚。それらを構成していた黒炎を消し去り、口内に溜め込んだ。凝縮される黒炎と自身の今持つ全魔力を混ぜ合わせて、一気に解き放つ。黒い光線が放たれ、クレアに向かって突き進む。

 

 まあまあの魔力だと思いつつ、大人しく食らってやるつもりもないので、フッと息を吐き出した。少しは吐き出しただけの風。それがクレアの魔法によって範囲と質量を増大させ、前方に障壁を為した。黒い光線が障壁に着弾する。阻まれた光線は四方八方に飛び散り破壊を撒き散らすが、その光線の一部も、クレアに届くことはなかった。

 

 展開した風の障壁は3枚。その内の1枚に罅すら入っていない。渾身の全魔力に黒炎すらも混ぜたというのに、傷一つ無い障壁を見て呆然とした。あれだけの魔力でもダメなのかと。一方のクレアは頭を掻いていた。この障壁を、バルガスやリュウデリアは魔力無しの素の力だけで30枚は叩き割ったというのに、コイツは1枚すらも碌に割れないのかと。

 

 

 

「惨めだなお前。そんなんじゃリュウデリアが相手にするわけねーだろ。寧ろ命あっただけ良かったじゃねぇか。ま、オレならそんな生き恥晒すくらいなら自決してやるけどな」

 

「クソッ……クソぉ……っ!!」

 

「……はぁ。ツマンネ。仕方ねーからバトンタッチしてやるよ。お望みの兄貴とな」

 

「──────っ!!」

 

 

 

 クレアが体のサイズを落としていく。傍で見守っていたバルガスのところへ行って、揃って離れたところに居るオリヴィアの元まで向かう。それで初めて、オリヴィアと小さな純黒の存在に気が付いた。まるで気付かないようにと錯覚させられていたかのような不自然さに眉を顰める。

 

 クレアとバルガスがオリヴィアの肩に乗ると、リュウデリアが体のサイズを元に戻しながらシンへ近付いていく。最近見た姿そのものだ。魔力が尽きて体が所々焼けて焦げている満身創痍気味のシンと、見下ろして嘲笑の笑みを浮かべたリュウデリアが対峙した。

 

 喉から低い唸り声を上げるシンだが、やはりかと感じた。リュウデリアは見ているようでシンを見ていない。個人と認識していないのだ。見ていないのと同じ、空虚な瞳を向けてくる。龍ではあってもシンではない。その黄金の瞳が、何よりも嫌いだった。

 

 

 

「──────生かしてやったというのに……愚かな。復讐の念に駆られた塵芥であろうと、弟であることに変わり無し。一歩前へ出ろ。慈悲として痛み無く殺してやろう」

 

「…っ……舐めるなぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 魔力が尽きている以上、勝てる見込みは0だろう。与えられた黒炎も完全に使い切ってしまった。立つことすらバランスが取れなくて苦労している状況で、飛べもしない龍が、殲滅龍に勝てるわけがない。龍の中で自他共に認める最強の龍王にすら認められた強者の、自身を赤子の手を捻るが如く下した兄。

 

 血の繋がった弟という肩書は、リュウデリアが殺さない理由にはならない。対峙するだけで解る覇気。会ったことのない龍王とすら思えてしまう大きすぎる気配を感じ取り、右手を計り知れない魔力で覆う。なんという魔力だろうか。肉体の強化の範疇(はんちゅう)で覆っているのだろうが、この時点で自身の全魔力を超えていた。

 

 

 

 ──────何で……俺の兄はこんなに強いんだよ……。

 

 

 

 ある種の諦観と嫉妬を胸に抱きながら、四肢を無くしてバランスが取れない状況で我武者羅に駆け出し、純黒の殲滅龍へと牙を向いた。やると決めたならば最後までやる。命の灯火が掻き消えるその瞬間までに、一矢報いてみせると最後の気を振り絞って決意する。

 

 

 

 

 

 

 純黒の龍の弟である灰色の龍が、命を賭して向かう。しかし最後に見たのは、自身をどこまでも見下した……冷たい黄金の瞳だった。

 

 

 

 

 

 






 シン

 目的の兄との決戦前に、クレアに遊ばれてつい全魔力を使用してしまった。心の奥底では、リュウデリアの強さへの嫉妬と、負けた弱い自身への怒りがあった。

 兄のリュウデリアが今度こそは自身を殺すだろうと解っていながら、一矢報いてやると突撃した。しかし結果は一目瞭然のものとなった。




 クレア

 似てはいないけど、近い気配でシンがリュウデリアの血縁関係者だと看破した。遊んで攻撃したのに瀕死になったので驚いた。その程度で?という意味で。

 折角シンよりも強い力の黒炎を持っているのだから、色々駆使して戦えばいいのにと思ったけど教えない。教えてやる義理が無いから。




 オリヴィア&バルガス

 オリヴィアはリュウデリアの魔法によって気配を限界まで隠されていた。それに足して視認しても見つけていないという幻惑の魔法が掛かっていたので、目にしても気づかれず、戦いの余波が届かないようにガードされてた。だから割と近くにいた。

 バルガスは攻撃効かないと解っていたので、魔力も使わずノーガードで見物していた。彼がやっていたら力加減をミスって赫雷で消し飛ばしていたか、小突いて殺していたかも知れない。つまりナイスクレア。




 リュウデリア

 オリヴィアを戦いの余波から護りながら見守っていた。しかしあまりの変わらない弱さと、与えられたであろう黒炎の力を碌に使わないアホさ加減に何も言えなくなった。

 最初に浮かべた嘲笑の笑みは、お前は一体どれだけ弱い塵芥なんだという意味を込めている。

 弟をその手に掛けたことについては、何も思っていない。つまらない塵芥がこの世から消えただけと捉えている。




 冒険者&兵士&魔物

 龍が戦っててマジで膝が笑ってた。




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第55話  愚行

 

 

 王都の住民は、いざという時の為にと、国王が造らせていた避難所に集まっていた。広大な領土を持ち、王都もそれ相応に広いので住んでいる人間は多い。それを一カ所に集めるには、遠い場所から向かわなければならないのと、住民全員を収容する大きさのものを造るスペースが無かった。

 

 なので、何カ所にも分けて避難所を造った。ここからここまでの人はこの避難所を利用するようにと。壁を分厚くし、中に非常食をいれている。少しの間ならば手ぶらで来ても大丈夫なように。

 

 犯罪を犯してしまい、牢屋に入れられている者達も、避難所に連れて行ってもらえる。ただし、普通の避難所ではなく、特別に造った牢屋に入れられていた者達だけを入れる、犯罪者用の避難所だ。兵士が何人も付き添い、変な行動をしないように見張る。もし一般人と一緒に入れて、人質を取られて枷を外せと言われたらたまったものではないからだ。

 

 そうして住民の避難がある程度済んでから、犯罪者達の移送が開始された。残った兵士達でしっかりと監視をしながら牢屋から出し、列を作らせる。そこで、2日前に入れた盗みを働いたという少年……レンが抜け出している事に気が付いた。レンが脱獄してから30分以上が経ってしまっている時のことだった。

 

 居なくなっていたレンに、慌てる兵士達。将来の話をして語り合った監視員の男は、まさかと思って牢屋から駆け出した。冒険者なんて良いんじゃないか。金を稼いで美味いものを食わせてやれ。そう言った。言ったのだ……子供に。善悪が完全に判断出来る歳ではない子に、冒険者の話を。そして今は、冒険者が相手にする魔物が攻め込んでくる。どうか違っていてくれ。そう強く思いながら走った。

 

 

 

「……オレは冒険者になるんだ。ちょっとかりていくぞ」

 

 

 

 件のレンはというと、武器屋にやって来ていた。魔物を斃すには武器が必要だ。流石に素手で勝てるとは思っていない。その為の武器屋。しかし牢屋に入れられていたので金があるはずも無く、貯金も無い。なのでこれは必要なことであるということにして貰っていく。

 

 幸い店主は避難所に行っているので、どれが良いか吟味する事が出来た。絶対に強いだろう金が(あしら)われた剣が壁に掛かっている。コレだと思って手を伸ばすが、高くて届かない。1回諦めて周りを見て、カウンターの後ろに椅子があったのを見つけて持ってくる。落ちないように気を付けて上に上がり、剣に手を伸ばした。

 

 剣は重い。10幾つの子供には持ち上げるのが困難な代物だ。それでも無理矢理持ち上げようとして全力でやると、少し持ち上がった。よしと思ったのも束の間。壁に掛ける為の金具から外れた剣は、レンの手の中から逃れて床に落ちた。がきんと音を立てて武器は刃から落ち、少し突き刺さった後に横に倒れた。その所為で刃毀れを起こした。

 

 

 

「ちぇっ。なんだよ安物かよ!他のさがそっと」

 

 

 

 壊してしまった値打ち物のことなんぞ何のその。刃毀れをした時点で興味を失せたレンは、別のものを探し始めた。低い位置にある剣や槍を手に取っては、元の場所に戻さず、興味が失ったらその場で適当に転がしておく。これを泥棒と言わずして何と言うのか。

 

 色々と吟味していたが、一向に良いものが見つからない。自分に相応しい武器があるはずだ。なかなか見つからない事に少しずつイライラし始めてきたレンはふと、ショーケースに目が行った。まだ一度も調べていない所。もしかしたらここにあるのかも。そんな気持ちで覗き込む。

 

 ガラスのショーケースに入っていたのは、ネックレスや指輪、腕輪であったり剣を差しておく為のベルトだった。武器を期待していたのに武器が無かったのでつまらないと判断して視線を逸らそうとした時、1本の短刀が目に入った。爛々と輝く金に赤や青の宝石類が鏤められている装飾。一目でコレだと思った。

 

 2度目となる一目惚れに、レンは早速ショーケースに開けようと思ったが、鍵が付いているので取り出せない。どうしようかと思案し、吟味していた武器の中に金鎚があったのを思い出して見渡し、目当てのものを見つけて手に取った。重いので両手で持って振り上げる。一瞬躊躇うが、これは必要なことなんだと言い聞かせて一思いに振り下ろした。

 

 

 

「武器が手に入った……これでオレも戦えるんだ!!」

 

 

 

 値段が張るであろう、態々ショーケースに入っていた短刀を握り締め、王都の入口を目指した。王都内には魔物が居ない。冒険者と兵士が命を賭して護ってくれているのだ。その甲斐あってか、建物の被害も無ければ、住民が危険に晒されている事もない。それをレンはつまらないと思った。

 

 魔物がここに居れば、走って向かう必要もなかったのにと、自分勝手なことを考えている。そもそも武器屋から武器を勝手に拝借している時点で色々と言いたいことがあるが、レンに罪の意識は殆ど無いので言ったところでだろう。

 

 少し重い武器を手に持ちながら走るのは、キツいものがあったが、これから魔物を倒しに行くんだと考えると、自然に苦ではない気がしてきた。無意識にこれからのことを考えると、笑みを浮かべていく。胸が弾むようで楽しみだ。

 

 子供の足でも走り続ければ入口に着く。入口には侵入を防ぐ為の門がある。大きな門には木の板が掛けられていて、固く閉じられている。見ただけでここは通れないなと察した。外に居る冒険者と兵士達ですら入ってこれない、固く閉じられた門に溜め息を吐く。どうするかと。だが、まだ手はある。門は閉じなくてはいけないのでこうしているが、外に行く為の手段はある。

 

 主な出入り口である大きな門は閉ざされているが、実はその横に小さなドアが設けられているのだ。連絡をする為に人が通る場所。主に現状がどうなっているか、現場に居る兵士が中に入る為のもの。そのドアの所へ行けば、簡単な鍵が掛かっているだけだった。運が味方していると感じながら鍵を外し、外へ出る。

 

 先ず最初に目にしたのは、人間と魔物が混ぜ合わさって、怒号が飛び交う戦場だった。奥に見える岩壁は書面の部分が崩れている。思ったよりも深刻な状況だった。残っている魔物は強い個体ばかり。つまり大の大人の、それも戦いを日常としている者達が苦戦を強いられる魔物ばかりだ。子供には無理というものだろう。しかし、レンはこれこそが己の人生なんだと感激し、駆け出した。

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

「──────っ!?」

 

 

 

 戦っている戦場から少し離れて、オークと戦っている人間を背後から狙っているハイゴブリンを見つけた。ハイゴブリンも満身創痍だ。冒険者か兵士にやられたのだろう。肩で息をして全身血塗れだ。片腕も斬り落とされている。少し小突けば倒れるのではないかという状況。

 

 レンは忍び寄った。物を盗む時に音を立てないようにと工夫して動いていたら、出来るようになっていた足運び。それがハイゴブリンにも通用して、気取られないで近くまで寄ることが出来た。狙うのは首。小さいが人型である以上、首を斬れば倒せると思い、意を決して飛び掛かった。

 

 背後から襲い掛かって、鞘から抜いた短剣を首に突き刺す。運が良いことに骨の隙間に刃が入り込み、動脈と静脈を断ち切った。叫び声すらも上げられず、ハイゴブリンは首から大量の血を噴き出して倒れる。体をびくんと痙攣させていたが、噴き出る血が止むと呼吸して上下していた胸も動かなくなり、絶命した。

 

 偶然の産物。偶々こちらを見ていないハイゴブリンが、別の人間を狙っていて、そんな激しい動きが出来ない程傷だらけで満身創痍で、意識が朦朧としていたからレンの足音に気がつかず、首に刺した短剣が関節に入り込んで重要な血管を断ち切った。それをレンは自分の力で倒したのだと錯覚し、倒した事でアドレナリンが分泌され、気分がハイになっていた。

 

 今なら何でも倒せる。ドラゴン……龍だって自分ならば倒せると息巻いた。偶然魔物を倒せた事で全能感に浸ってしまったレンは、大人の冒険者4人が相手にしているオークを見た。傷を負っているが、蓄えた脂肪が邪魔をして決定打になっていない。そして棍棒を我武者羅に振り回しているので近付けないのだ。

 

 ふとそこで、振り回す棍棒を避けた時に通り道が出来てしまった。冒険者達はしまったと思った時には遅く、オークはその隙の道を走って抜けた。目指すは王都。だがその前に、血に塗れた短剣を持つレンが居た。冒険者は目を剥いた。何でこんな所に子供が!?と。走って向かうオークに追い付けない。急いで逃げろと叫ぶが、瞳孔が開いているレンには届かなかった。

 

 オークが手に持つ、血塗れの棍棒を振りかぶる。対してレンも血塗れの短剣を両手で握り締めて突き刺そうと構える。だが、リーチは圧倒的にオークの方が長く、上から振り下ろされた棍棒はもうレンの頭上に来ていた。ゆっくりと見える世界になってレンは正気に戻った。あれ、これ死ぬ?と。その瞬間、レンは襟を強く引かれて後ろへ放り投げられた。代わりに男と位置が入れ替わる。チラリと見えたのは、牢屋に居た監視員の男だった。

 

 

 

「逃げろ!!──────こんなとこで死ぬなよ、少年」

 

 

 

「おっ……さん……?」

 

 

 

 ぐちゃり。不快な音が聞こえた。放り投げられたので転がり、3メートル程離れて止まった。すれ違った時に聞こえたあの声。あれは牢屋に入れられている時に、将来の話をしてくれた人だ。冒険者になるんだと心に決めるきっかけをくれた監視員の男の人だ。急いで顔を上げてオークの方を見る。

 

 頭が棍棒で潰されて、痙攣している体があった。地面に倒れ伏して大量の血を滲ませている。池のようになった血溜まりが流れて、王都の外側の半分を占める湖に溶け込んだ。赤色が透明に混ざり込んで薄赤いものとなる。監視員の男は死んだ。頭を完全に潰されているのだ。

 

 レンが脱獄して、自身が言ったことを真に受けて魔物の居る外に出たのだとしたらと考えて、久しぶりに全速力で走った。子供の歩幅と大人の歩幅は違うので追い付けたが、その時にはオークに殴られそうになっているところだった。だから形振り構わず飛び出して身代わりになった。結果、レンは生き残り、監視員は死んだ。護ったのだ。小さな命を。

 

 レンは震えていた。死ぬ寸前だった事に対する恐怖で?違う。放り投げられたから?違う。勝手に身代わりになったから?違う。道を選ぶきっかけを与えてくれた人を殺された事の怒りだった。監視員の男を殺したオークを睨み付ける。放り投げられて取り溢した短剣を拾って駆け出した。

 

 監視員は死ぬなと言った。それは生きろとも捉えられる言葉だ。生きてほしくて助けたのに、一時の感情に任せて再び向かっていった。オークを止めている冒険者と兵士が怒鳴って何処かへ行けと言っているのを無視して近づく。このガキ……っ!!と思っていると、注意を逸らしてしまって棍棒の薙払いを全員で受けてしまった。

 

 足止めから解放されたオークは、向かってくるレンを見て雄叫びを上げ、棍棒を持っていない左手を振りかぶる。絶対にオレが殺してやる。そう誓って、レンはオークの大きく硬い拳によって殴り飛ばされ、大量の血を吐き出しながら宙を舞った。

 

 

 

「ガキっ!!あぁクソッ!!誰か……っ!誰か手伝ってくれ!!」

 

「このオーク強い!!誰かー!!」

 

「なんっで逃げねーんだよこのクソガキはっ!!」

 

「そもそもどうやって来やがった!?」

 

 

 

 どちゃりと地面に叩き付けられてから動かないレンに、オークの足止めを失敗してしまっていた4人の冒険者は口々に疑問を口にしたり助けを求めている。しかしここは人間と魔物が入り交じった戦場。手が空いている者は居なかった。

 

 最後まで残っている魔物は人間との戦闘経験がある、戦士のような魔物。そう簡単には斃されてくれない。レンを殴り飛ばしたこのオークとて、戦いを経験しているからこそ強いのだ。脂肪が邪魔で決定打を決められないこともあるが、武器を振って牽制(けんせい)してくるのだ。我武者羅でも近付けなければ意味が無い。

 

 思いきり殴られてしまったレンの状態の確認すら行けない。焦りが見え始めた冒険者達。そこで救いの手が出された。オークに赫雷が落とされた。雷よりも電圧の高い強力な一撃が叩き込まれ、厚い脂肪も何も関係無く、跡形も無く消し飛ばした。岩壁の外側でも見られたこの攻撃に、冒険者達はハッとした。

 

 振り返ると、純黒のローブを着たオリヴィアが居た。バルガスもクレアもリュウデリアも揃っている。今のはバルガスの赫雷だ。適当に斃していたら、偶然オークの番となっただけに過ぎない。冒険者達はたったの一撃で消し飛んだことに恐々としているが、ふと戦闘音が少なくなっていることに気が付いた。

 

 オークが居た場所だけでなく、見渡せばオリヴィアの近くに居たであろう魔物が殆ど殺されていた。赫雷によるもので地面が焦げていたり、風の刃でバラバラにされていたり、純黒に侵蝕されて崩れたり。ざっと見ただけでも100は死んでいた。だがそれよりも、レンの状態の確認をしなくてはならない。

 

 助けてくれたオリヴィアにありがとうと急ぎめに言って走り出す。血塗れになって倒れているレンの傍に寄って、指を首に当てて脈を確認する。少し間が空いて、確認した冒険者の男が静かに首を横に振った。何時の間にかやって来ていたオリヴィア達がレンのことを覗き込む。歯は殆ど砕けて鼻も折れている。骨折しているのだろう胸の部分が不自然に凹み、手脚が出鱈目(でたらめ)な方向を向いていた。

 

 

 

「死んでいるのか?というより、何故小僧が此処に居る?」

 

「いや、俺には分からねぇ。気づいたときには居たんだ」

 

「短剣持ってたよな?」

 

「……なんだこれ?絶対高いやつだろ」

 

「これ確か……大通り沿いにある武器屋のオヤジのところのヤツじゃねーか?この前武器をメンテナンスしてもらいに持っていった時に見た気がする」

 

「あぁ。高くて売れねぇヤツだろ?俺も知ってるわ」

 

「なるほど──────反省しなかったんだな、この小僧は。ならば自業自得だ」

 

「なんだ、知ってんのか?」

 

「私が買った物を目の前で盗んで牢屋に入れられていた小僧だ。盗っ人だな」

 

「は?じゃあこの短剣盗んでここに来やがったのか!?……なんつーガキだよ」

 

 

 

 見覚えがあったオリヴィアの説明を聞いて、冒険者達は呆れた視線を向けて溜め息を吐いた。唯でさえ戦場には普通来ないというのに、人の物を盗んでから来たのだから、無謀に足して最低だと思ってしまう。しかも既に盗みをして牢屋に入れられていたときた。

 

 何らかの方法で牢屋から抜け出してきたのだろう。そう推測してはぁ……と再び溜め息を吐いた冒険者達は、目を開けているレンの瞼を降ろしてやってから、武器を手に取って戦場へと戻っていった。戦いはまだ続いているのだから当然だ。

 

 オリヴィアも踵を返して死体となったレンの元を去る。憲兵に牢屋に入れると聞かされたので、これならば人間は反省するだろうと思っていたが、まさか同じことを繰り返して、年端もいかない子供のくせにこんな所に来るとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 愚かな人間の小僧だ。溜め息すらも無く、オリヴィア達は戦いへ再び身を投じる。魔物の数はかなり減っている。戦いが終わるのも近い。

 

 

 

 

 

 

 

 






 レン

 将来、自身が冒険者になるための戦いだから、盗んでもいいという謎理論を抱いて武器屋を荒らして値の張る短剣を盗んだ。命からがらのところを助けられ、死ぬな……つまり生きろと言われたのに無謀にもオークに突撃した。

 結果、オークの痛恨の一撃を真面に受けて撲殺された。因みに盗んだ短剣の値段は120万G。盗むにしても最悪レベルである。





 監視員の男

 金が無いならば稼ぐために冒険者になるのも手だぞと教えただけなのに、牢屋を脱獄して魔物の居る外を目指したと察して全力で追いかけてくれた人。命の恩人。

 しかし、レンは男が殺された事に怒って無謀にも立ち向かってしまったので、犬死にと変わらない。




 オリヴィア達

 見覚えのあるガキが死んでいたが、何とも思わなかった。寧ろ、自分達の肉を盗ったクソガキが死んで清々したと思っているかも知れない。可哀想だとか思わけがない。

 急いで駆けつければオリヴィアの力で助けられたかも知れないが、助ける気は毛ほども無いので結局死んでた。


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第56話  終戦

 

 

 

 

「人間はどの程度死んだ?」

 

「そうだな……兵士が200。冒険者40と言った具合か?」

 

「兵士の方が減っているのか」

 

「冒険者は魔物との戦闘に慣れているからな」

 

 

 

 戦場に来てしまった子供、レンの最後を目撃して戦場に戻ってから少し、オリヴィアはリュウデリア達を伴って残っている魔物を適当に焼いていた。残党の魔物はハイゴブリンやらオーク、オーガにハイウルフと強い者ばかりだ。

 

 冒険者も兵士も長時間の戦闘で疲労困憊としている。顔にすら疲れが見えているのだ。それに対してオリヴィアに疲れの色は見えない。まあそれも当然なのかも知れない。何せ冒険者と兵士達は戦場を駆け回っている。強い魔物を複数人で相手しても、救援を出されたら駆けつけるのだ。

 

 魔法を使うのだって魔力を消費し、精神的にも疲れてくる。小さかろうと積み重なって大きな疲労となる。だがオリヴィアは適当に散歩をしながら、出会った魔物をイメージで作った魔法で斃していくのだ。そこにリュウデリア達が参戦したりするので、ずっと頭を使っているというわけでもない。

 

 純黒のローブに籠められた魔力はまだまだ残っている。この戦いで使い切れるような量ではない。残り少ないが強者(つわもの)である魔物に攻め倦ねている冒険者や兵士達に代わり、魔法で斃していく。強くて中々斃せなかった魔物を片手間に斃していくオリヴィアに驚いたりしているが、最後は礼を言ってその場で膝を付き、上を向いて大きく息を吐いた。

 

 魔物の数が残り少ない。3000という膨大な数で、掻き集めた兵力は1000ちょっとだった。約3倍の兵力差があるにも拘わらず少しの犠牲を出しながらも押していた。そうして暫くして、最後の一匹であろう魔物のオーガを、オリヴィアが純黒の炎で燃やして斃した。もう魔物は居ないというのを確認して、皆で勝利の雄叫びを上げた。

 

 足下には屍となった魔物が多く居る。素材になるので後々回収するだろうが、これは中々の重労働だぞ……と、回収する者達を思い浮かべてゲンナリとする。誰が何を斃したのか解らないので、素材は貰えないがそれ相応の報酬が払われる事が約束されている。戦い終えた冒険者達は、さっさと休んで酒でも飲みたい気分だった。

 

 因みに、現れたリュウデリアの弟のシンとクレア、が何時の間にか戦場から居なくなっていた事が、一番の朗報だった。更に言わせてもらえば、遺体があっても邪魔なので、シンの肉体はリュウデリアの手によって消し飛ばされている。姿を視認出来ない幻惑の魔法を戦場全てに掛けていたので、殲滅龍が現れた……となることはない。クレアに続いて現れれば、面倒な混乱になると思ったからだ。

 

 

 

「少し良いだろうか?」

 

「何だ?」

 

「私は兵士長をしているダレルという者だ。あなたの魔法には相当な数の兵士達が救われた。もちろん私もだ。そこで、是非とも名前を聞いておきたい。構わないか?」

 

「あぁ、そういうことか。そこまで率先して魔物を狩っていたわけではないが……オリヴィアだ。Dランク冒険者をしながら旅をしている」

 

「Dランク……っ!?あの強さでか!?あ、いや……すまない。驚いて声を張ってしまった。んんッ……この戦いで最も魔物を狩った者を目にしたら報告するよう王に言われている。私独自の判断だが……伝えても構わないか?」

 

「構わないが、呼ばれたとしても畏まった対応はしないぞ。私は旅人。所属も冒険者で、王都に入る為に金は払った。寄っているだけで住んでいるわけではない。だから敬わない。会ったこともないしな」

 

「はは……それに関しては回りの者達に伝えておこう。では、私は報告のためにここで失礼させてもらう。本当に助かった。王都に仕える兵士を代表して礼を言わせて欲しい。ありがとう」

 

「別に私一人でやった……という事でもない。そう頭を下げる必要もない」

 

 

 

 深々と頭を下げる兵士長のダレルに手をヒラヒラと振って気にするなと言う。最初から全部一人でやったならばまだしも、適当に散歩しながら戦っていたのでそこまで感謝される謂われは無い。だから態々頭を下げてもらう必要なんてないのだ。それでも、これは礼として当たり前なのだからと兵士長は頭を下げた。

 

 兵士だけではきっと、この戦いに勝てなかった。死傷者の数が圧倒的に兵士の方に傾いているのがその証拠。魔物との戦いに慣れている、謂わばプロが居て戦いに参加し、戦闘中に助言をしてくれたことで効率的に魔物を斃せた。弱点。特徴。傾向。それらを知るだけで戦いやすさは段違いなのだ。

 

 駆けて行ってしまったダレルの後ろ姿を見送ったオリヴィアは辺りを見渡す。肩で息をしたり、膝を付いて武器を杖にして体を支えていたり、寝転んで脱力している。中には友人だったのだろう、死んでしまった冒険者を遺体の前で泣いている者も居る。

 

 龍であるリュウデリア、クレア、バルガス達もその光景を、目を細めて見ていた。あの程度の魔物にこれだけの疲労と死者を出すとは、人間とは本当に脆い存在なのだなと。体の大きさが違う。地力が違う。内包する魔力量が違う。あらゆる差があるが、心底弱いと思った。

 

 

 

「重傷の方は居ますか!?」

 

「軽傷の片はこちらへ!!」

 

「この指は何本に見えますかー?」

 

「亡くなられた方々は担架で運べ!おいそこ!顔に布を被せろ!」

 

 

 

「……私達も戻るか」

 

「王都内の人間は一カ所に集まっていたから避難したのだろう。つまり、店はどこもやっていない」

 

「うげー。オレ腹減ってンだけど」

 

「……私も……腹が鳴った……」

 

「俺も腹が減ったな……そういえば、お前達は陸蟹をどのくらい獲ってきたんだ?」

 

「オレは陸蟹73。岩蟹だっけ?あれ40」

 

「……陸蟹62……岩蟹48」

 

「結構獲れたな……む、マルロの屋敷に持っていくのはどうだ?また調理させよう」

 

「「──────乗った」」

 

「ふふっ……料理人がまた大変な目に遭うな、これは」

 

 

 

 診療所の者達が連絡用のドアから数人出て来て、手早く処置をしていく。それを眺めながら、人が避難していたのを気配で察知していたリュウデリアが、店が開ける状態でないことを教えた。それだけでクレアとバルガスの気分は駄々下がりだった。だが思い付いた。マルロの屋敷に雇われている料理人ならば、すぐにやってくれるのではないかと。素材もあるしと。

 

 次のやることが決まったので、尻尾を振って上機嫌になっている腹ぺこ龍3匹にクスリと笑うオリヴィア。心の中で料理人に応援のメッセージを送った。ちゃっかりと前回の時より多い蟹に、陸蟹よりも甲殻を剥がすという意味で調理が面倒な岩蟹が半分くらい居るので、調理は確実に前回よりも大変の筈だ。

 

 王都の出入り口である大きな門が開かれる。中からは遅れて到着した診療所の人間や医師が出て来て、負傷した冒険者や兵士達の処置をする。オリヴィアのところにも白い服を着た女性が来たが、怪我は無いと伝えて王都の中へ戻っていく。

 

 人は全員避難していたので建物の中に人は居らず、背後の医師達の声を除けば静かなものだった。通りにも誰1人居らず、後ろから担架に人を乗せた医師が駆けて来て追い抜かれる。これだけ広い王都がここまで静かだと不自然に思えて仕方ない。

 

 暫くゆっくりと歩いていると、もう大丈夫だと連絡されたようで、住民が奥の方からやって来る。皆が一様にホッとした表情をしていたり、友人と何も無くて良かったなと語り合いながら笑っている。戦った人間の一部が死んでいるが、まあ守れて良かったのではないか?と心の中で思うオリヴィア。ふとそこで、不安そうな表情をしてあちこちを見ている女性を見つけた。孤児院の先生だ。

 

 本当に顔が蒼白くなっていて、心から不安そうにしている。歩きながら先生の事を眺めていたら、先生も目立つ純黒のローブを見つけて、真っ直ぐに駆け足で駆け寄ってくる。前までやって来ると荒い息のまま必死さが伝わる問いを投げてきた。

 

 

 

「すみません!レンを……レンを見ませんでしたか!?」

 

「あの小僧か」

 

「えぇ。牢屋に入れられていた人達が入る避難所に行って安否を確認しようと思ったのですが、避難所には居らず……抜け出したと……。それで行きそうな場所を探しているのですが……見つからなくて……何処かで見ませんでしたか!?」

 

「見たぞ」

 

「ほ、本当ですか!?良かっ──────」

 

「もう死んでいるがな」

 

「………………え?」

 

 

 

 見つからなかったが、目撃した人を見つけられて安堵したのも束の間。オリヴィアから出て来た言葉は死んだという報告だった。何を言っているのか解らないという困惑した表情をしている先生に、オリヴィアが齧った情報を教える。

 

 突然戦場に現れてオークに向かっていき、殺されそうになったところを兵士に助けられ、また向かって今度こそ殺されたと。持っていた武器があったが、それは武器屋からくすねたもので、相当な値打ち物だったということを。聞いていた先生はレンを見つけられない……と、顔を青くしていたが、今では白く見える。

 

 与えられた情報を噛み砕いていると、立っていられなくなったようでその場で座り込み、口を両手で覆って嗚咽を漏らす。そこへ男の絶叫が聞こえてきて何事かと思って見てみると、武器屋らしき建物の前で、男が頭を掻き毟っていた。どうやらレンが武器を盗んだところの店主のようだった。中の惨状を見てしまったのだろう。

 

 

 

「死体は王都の外に転がっている。その内診療所の者が運び込むだろうが、確認するならば行くといい」

 

「そ……んな……あぁあああああ……っ……レンっ……なんでこんなことにぃ……っ」

 

「お前が子供を無駄に信頼し、助けの手が入ると甘えていた事のツケだ。見る必要のある部分を見ず、放って置いたから裏で盗みをしていたんだ。他の子供も加担していた。孤児院だから預かっていれば良いとでも思ったか?お前はまず常識と倫理を叩き込むべきだったな」

 

「わたし……私のせいで……?」

 

「さあな。後は自分で考えろ。私は興味ない」

 

「…っ……ぐすっ……ひっく……っ」

 

 

 

 全部自身がちゃんと見ていなかったから、教えなかったから、こんなことになってしまったのだと考え、先生は大粒の涙を流して泣いてしまった。すれ違う人が訝しげな表情をしている。端から見れば真っ黒な奴に泣かされている女性という構図になる。まるでオリヴィアが悪いみたいになってきたので、興味が無いこともあってその場から立ち去った。

 

 背後からまだ先生の泣いている声が聞こえてくるが、振り返しもしなかった。先生は孤児院の先生をするには少し若すぎた。20代ではまだ経験していない事もある。特に子供には甘くなる傾向があるので、レンが盗みをしていたことを知ったとしても、そこまで強くは言えなかっただろう。優しさ故の結局は許してもらえるという錯覚。いつかは起こりえたことだ。

 

 先生の元から去ったオリヴィア達が向かうのはマルロの屋敷。少しずつ人が戻ってきて活気がやって来る。もう心配しなくていいという開放感を噛み締めているのだ。

 

 オリヴィア達は何度も通った道を進んでマルロの屋敷を目指す。魔物の大群に襲われる前と何ら変わらない白い無傷な建物を眺めながら歩き、広大な敷地を持つ屋敷に着いた。もう帰っているかと思えば、ちょうど今帰ってきたようで、来たオリヴィア達に手を大きく振りながら駆け寄ってくるティネと、その奥から和やかに微笑みながらメイド達を伴って歩くマルロが居た。

 

 

「オリヴィアさん!大丈夫でしたか!?リュウちゃん達は!?」

 

「大丈夫だ。誰も傷を負っていない」

 

「すごーい!やっぱり強いんですね!」

 

「ほらほらティネ。オリヴィア殿は戦い終わった後でお疲れだろうから質問は後でな。さてオリヴィア殿、どうされましたかな?」

 

「陸蟹と岩蟹を戦闘中に獲ってきた。また調理してくれないか?」

 

「「「──────ッ!?」」」

 

「ほっほっほ。それはそれは。勿論構いませんよ。ささ、屋敷へどうぞ。メルゥ、オリヴィア殿を案内しなさい」

 

「畏まりました。ではオリヴィア様、どうぞこちらへ」

 

「ありがとう、助かる」

 

「またクレちゃん達を抱っこしてもいい!?」

 

「いいぞ。ほら」

 

「やったー!!」

 

「「………………………。」」

 

 

 

 調理をして欲しくて来たと言うと、ニッコリと微笑んで了承してくれたマルロの後ろで、料理人達がえぇ!?みたいな表情をしていた。まさかまたあの時のように調理しなくてはならないのかと思ったのだ。だが彼等とてプロの料理人。料理を求めている人に調理が面倒だからと出さない料理人が居るだろうか?そんなのは愚問だ。彼等はあの時の経験で更にレベルアップを果たした。

 

 エプロンの紐をキュッと固く締め直し、どこから出したのか白くて長い帽子を被って並外れた気配を醸し出す。さあかかってこいと言わんばかりの戦闘態勢だ。彼女の腹ぺこでバカみたいな量の飯を食らう使い魔を満足させ、腹いっぱいにしてやろうという気概をひしひしと感じさせた。

 

 メイド長のメルゥに連れられながら使い魔を求めてくるティネに、サッとクレアとバルガスを引き渡した。ジト目でまたかよみたいな目を向けてくるが普通に無視した。獲ってきた蟹はここへ出して欲しいと言われたのでクレアとバルガスが大きい蟹の山を出した。言葉通り岩蟹が半分くらいを占めているのに、こんな光景は滅多に見られないと料理人達を呆然とさせた。

 

 しかし感動している暇はない。オリヴィア達はメルゥに風呂へ案内されて体の疲れを取ってくる筈だ。つまり調理に掛けられる時間はそう長くはない。先手必勝と蟹の山に突っ込んでいった料理長の後に続いて、料理人達が蟹に群がる。台車を使って我先にと調理室へ持っていく料理人達を見て、リュウデリアは満足そうに尻尾を振った。

 

 

 

 

 

 

 クレアとバルガスはティネと一緒に風呂に入り、オリヴィアはリュウデリアと一緒に風呂に入った。出て来れば豪華絢爛な料理が並び、自分達のご褒美として、食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 






 魔物との戦い

 冒険者は43人。兵士は208人死亡した。軽傷者は750人強。重傷者は100人弱だった。

 岩壁よりも外にあった人間と魔物の死骸はクレアとシンの戦いで消し飛んでしまい、遺体の回収が出来なかった者達も居る。魔物の素材は誰が何を狩ったのか解らないので回収されてしまうが、その分報酬が高い。命かかってたからね。




 孤児院の先生

 心配になって捕らえられている人達が入る避難所に行ったが、レンが居ないこと知り、脱獄したことを聞かされる。急いで街を探すものの見つからず、偶然会ったオリヴィアに真相を告げられる。

 仮初めの親として育てているので、レンがやった盗みの責任を負わされてしまうのは確定事項。恐らく辞めさせられて、後釜として50~60くらいの女性が就く。




 武器屋の店主

 避難所から帰ってきたら、まさかの荒らされた形跡があり。他の店は無傷なのになんでウチだけ!?しかも短剣無いしショーケース叩き割られとる!?

 幾つかの武器は使い物にならなくなっているので損害が大きい。頭を掻き毟った後はシクシク泣いていた。




 料理人ズ

 オリヴィア達が持って帰ってきた蟹の大群に目を白黒させたが、いいぜかかってこいやァ!気分で挑みにかかる。結果、大変満足させる料理の数々を送り出した戦士達。




 オリヴィア

 孤児院の先生に真実を教えて絶望の底に叩き落とした。泣いていたところを見ても何とも思わなかった。




 ティネ

 3000の大群が攻めて来たのにオリヴィアも向かった筈だから、避難所で頑張ってー!って祈っていた。そしたら無傷で帰ってきたのでめっちゃ嬉しがってくれた。

 オリヴィアさん無傷なの!?リュウちゃん達も!?すごーい!




 マルロ

 オリヴィアが何時来てもいいようにスタンバっている。命を助けてくれた人なので、いくらでも協力は惜しまない。調理なんでいくらでもどうぞ。泊まるなら最高の部屋で是非みたいな感じ。

 戦場での話を聞いて、龍が出たと聞かされた時は流石に驚いたし安堵した。龍は流石にヤバい。




 腹ぺこ龍ズ

 しこたま蟹を食った。めっちゃ満足。




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第57話  飛来

 

 

 

 オリヴィアは魔物の大群と戦い、その日の終わりにマルロの屋敷へ赴き、使い魔の皮を被ったリュウデリア達にたらふく料理を食べさせた翌日、ギルドへ来ていた。人は少ない。全部で100人弱居た冒険者の約半数である40人余りが、魔物の大群との戦いで殉職したからだ。

 

 それに加えて重傷者の人間も居たので、診療所で入院している者も居る。つまりここに居るのは軽傷で済んだか、重傷者ほどではないがベッドを空けさせる為に自主的に出て来た中傷者である者達だけだ。あの戦いで無傷だったのはオリヴィアだけだ。

 

 今日も適当に依頼を受けようと考えて掲示板を見ているのだが、依頼書がかなり減っている。それもそうだ。魔物の狩猟を促す依頼書は殆ど取られている。魔物の大群の中に、討伐対象だった魔物が多く居て、自ずと斃してしまっていたからだ。張っているとしても、今のオリヴィアの冒険者ランクでは受けられないものだ。その代わりに薬草の採取を要請する依頼書が多く張ってある。

 

 傷付いた冒険者の治療をしていたら傷薬や回復薬が無くなってしまい、枯渇しているようだ。国のために戦ってくれたので治療費は国が賄ってくれるのだが、在庫が無いので診療所はてんてこまいとなっている。仕方ないと溜め息を吐いて、薬草採取でもいいかと聞くためにリュウデリア達を見る。アイコンタクトで察してくれて、小さく頷いたのを確認し、同じ依頼書を5枚千切った。

 

 

 

「あ、オリヴィアさん!!」

 

「受付嬢か。どうした?」

 

「どうしたもこうしたもありませんよ!なんで昨日ギルドへ来てくれなかったんですか!診療所直行の人は除いて来るようにと兵士の人から通達されたでしょう!?来ないから死んじゃったのかと思ったんですからね!」

 

「別に傷を負ったわけでもないから、そのまま帰って夕飯を食べて使い魔達と遊んで寝た」

 

「マイペース!!マイペースすぎます!無傷なのはオリヴィアさんだけでしたし、ギルドへ来てくれた方々がみんなオリヴィアさんは無傷で一番魔物を斃してたと報告してくれたから生きていると分かったものの、もぉ……心臓止まっちゃいますよぉ……」

 

「分かった分かった。なにも泣くことはないだろう。それよりほら、受付嬢の仕事をしろ。私は依頼を受けに来たんだぞ」

 

「うぅ……あ、薬草の依頼を受けてくれるんですか?それも5つも」

 

「そのつもりだ」

 

「……助かります。正直薬草が足りないので困ってたんです。他の方々も受けてくれているんですが、まだまだ足りなくて……」

 

 

 

 実は生存確認などをするために、戦いの後は招集を掛けていたギルドだったが、オリヴィアが居ないことに受付嬢が大変焦った。来たばかりでランクも低い女の冒険者であるオリヴィアが、実はとても強い人だと分かって気に掛けていたのだ。女で、それもソロで冒険者をしていると大変だろうから、何かあったら相談に乗ろうと思っていたのだ。

 

 幸い、オリヴィアの活躍を身近で見ていた冒険者が、彼女は無事であり、それどころか最も魔物を斃していたと教えてくれたので死んでいないということも知れたのだ。無傷なのは知らなかったので内心驚いていたが、安堵の気持ちが大きいので気にならなかった。

 

 ギルドに来れる人達は薬草採取の依頼を受けているので、もう本当にぽつぽつとしか冒険者は居ない。オリヴィアも薬草採取の依頼を受けると言って5つ依頼書を差し出すと、受付嬢は5つ同時進行の事に困惑した後、助かったように薄い笑みを浮かべた。薬草は今のところ本当に足りないので助かるのだ。

 

 

 

「昨日の事があったのでそこまで魔物は居ないと思いますが、お気をつけて!」

 

「あぁ。行ってくる」

 

 

 

 手早く受注したという証明の書類を書いて送り出してくれた受付嬢を背に、ギルドを出て行った。大通りを歩いて向かっていれば、魔物が攻めてくる前ほどではないが、住民が出歩いていた。昨日の今日なので、もしかしたらまた攻めてくるのかも知れないと警戒して、家からでない人も居るのだ。

 

 何時もならば笑い声や子供の遊んでいる声、大道芸人の客寄せの声や、その歓声などが聞こえてくるのだが、今日は静かめなものだ。あまり賑やかすぎるのは好きではないオリヴィアからしてみれば気にしないのだが、休業になっている飯屋があったり出店が無かったりするのを見ると、リュウデリア達が残念そうにしていた。

 

 何度も通っている門を通り抜けて草原と湖に別れている半々の場所を歩く。兵士も疲れているだろうに、散らばっている魔物の死骸の回収に勤しんでいた。大量の血が流れたので少し鉄臭い。あまりいい気はしないので魔力で肉体を強化し、大きく跳躍する。数歩で約1キロの距離を移動した。

 

 本来ならばそこまで大きくない岩壁に挟まれた出入り口があるのだが、リュウデリアの弟であるシンの攻撃によって広範囲に崩れていて、正面に於いての岩壁の意味を為していない。完全に崩れている場所以外のところも大きく罅が入っているので、下手に刺激を与えると崩れてしまいそうだ。

 

 大群が攻めて来ても、通れる者の数を限定させ、少数を相手にすることが出来るようにするための役割も担っていた岩壁がこの有様では、どうぞ大人数で正面から攻めて来てくださいと言っているようなものだ。平和な国である王都メレンデルクは敵視されることはあまりないが、盗賊などといった賊はそんなこと関係ない。

 

 兵士も疲弊していて、冒険者の人数が大幅に減っている今は絶好の攻め時なので、攻め込まれたら面倒なことになるだろうなと、他人事のように考えていた。そして、そうこうしている内に岩壁よりも外側に出て荒れた地に足を踏み出している。クレアとシンの戦いの余波もあって殆ど何も残っていないので、遠くまで行かねば薬草は無いのだ。

 

 緑色を探して2キロほど移動すると、リュウデリア達が薬草の匂いを嗅ぎ取って案内してくれたので、4人でせっせと薬草を抜きにかかる。と言っても、3匹は魔力を使って手を使わずに抜いているのでちょっと違う。だが採っていく速度は早いので、これでもかと薬草を採取していく。多いに越したことはないだろうし、金にもなるので無駄にはならない。

 

 1つの依頼には、何時もより多めの50本採取と書いてあったので、5つ同時進行を加えると250本採ってくることになる。しかし4人でやれば一瞬で、そこらに生えていたものは全て引っこ抜き、恐らく1000本は採取しただろう。もういい頃合いだと相談して、来た道をそのまま帰ってギルドへ……とする前にリュウデリアからストップが入った。

 

 

 

「どうしたんだ?何かあったか?」

 

「いや、昨日のことで野暮用があったのを忘れていた。なァ?クレア、バルガス」

 

「あ、やっぱお前等も気づいてた?」

 

「……彼奴らに……一度会えば……相当なことが無い限り……忘れない」

 

(たぶら)かし、(けしか)けさせたのだ、それ相応の対価は払わせる──────誰であろうともな」

 

「……?何の話だ?」

 

 

 

 3匹が口を揃えて同意しているのを聞いているだけで、オリヴィアは何の話をしているのか解らなかった。頭の上に疑問符を浮かべて首輪傾げているのを余所に、リュウデリア達はオリヴィアの元から離れて体のサイズを人間大にした。

 

 リュウデリアが180。クレアが170。バルガスは200。といった具合の大きさになった。それぞれが一番しっくりくる大きさがこれなのだ。両脚で立って肩を回したり屈伸したり背を伸ばしたりと準備運動をし、整うと手の中に魔力を溜め、形を形成して槍の形に変えた。純黒の槍。赫い槍。蒼い槍の3本が揃った。

 

 何かを撃ち落とすつもりなのかと思っているオリヴィアだが、視界の先には鳥も飛んでいない。何をしようとしているのか解らないのに、投げる方向を確認し合っているリュウデリア達が満場一致で投げる方向を決め、動的のフォームに入って大きく脚を踏み込んだ。

 

 

 

「──────シィッ!!」

 

「──────ふんぬッ!!」

 

「──────オラァッ!!」

 

 

 

 放たれたそれぞれの色を持つ槍は、音を置き去りにして遙か彼方まで一直線に飛んでいった。強く踏み込んだ所為で、3匹の足下の地面は粉々に砕けて大きく罅が入っている。薬草を全部採っておいて良かったと密かに思ったオリヴィアに、体のサイズを再び小さくしたリュウデリア達が元の位置に戻る。

 

 投げた槍が爆発することもなく、何かを撃ち落とす事もなかった。何だったら投擲した瞬間には遙か彼方まで飛んでいってしまったので、オリヴィアには何があったか解らない。何が目的だったんだ?と聞いても気にしなくていいと言われてはぐらかされる。少し気になるが、まあ大した用ではなかったのだろうと考えて聞くのはやめた。大事なことなら教えてくれるだろうから。

 

 オリヴィアにとってはよくわからない一幕がありつつ、今度こそ王都に帰ってきたら一行は、どこにも寄らずにギルドへ帰ってきた。早めの帰りに受付嬢が相変わらずですねと言葉を掛け、異空間から取り出した薬草を見て嬉しそうな歓声を上げた。

 

 

 

「薬草をこんなに!?いいんですか!?」

 

「いいも何も、買い取ってもらえないと私が困るのだが。調合なんて出来ないしな」

 

「分かりました。では、この薬草達は私が責任を持っていただきます。報酬は1つにつき4万Gなので合計20万G。それ以外の約800本の薬草は1本あたり200Gなので……17万8800Gです!全部で37万8800Gですね!ふふっ、薬草の納品依頼でこんな大金渡したの初めてです!」

 

「まさかこんな金になるとは思わなかったが、それだけ毟ってきたからな」

 

「とっても助かります!」

 

 

 

 出された薬草をギルド職員が手分けして一束を作り、数を確認していき報酬を払ってもらった。トレイの上に乗った金貨や銀貨を受け取り、リュウデリアに創ってもらった中が異空間になっている袋の中に入れていく。この中に全財産が入っていて、これを更に異空間に仕舞う。つまりスリなんてことは不可能である。

 

 やはり異空間に繋がっている空間系魔法が珍しいのだろう、受付嬢が大量の金貨が小さな袋の中に納まっていくのを興味深そうにしている。やがて全部入れ終えて口を紐で縛り、リュウデリアが異空間に仕舞うと、受付嬢がお疲れ様でしたと声を掛けてくれた。それにお疲れと返して踵を返そうとすると、ギルドのドアが開いて声が聞こえてきた。

 

 

 

「──────私は王都兵士長のダレルという者だ!ここにオリヴィアという名の冒険者が居ないか確認するために来た!居るならば是非出てきてほしい!」

 

「……はぁ。昨日振りだな。察するにお呼ばれか?」

 

「おぉ、居たようで安心した。そうだ、王が是非ということでオリヴィア殿を呼ぶように仰せつかっている。ついてきてくれないだろうか」

 

「畏まった態度は一切しないが、それでも良いのか?」

 

「構わない。王やその他の方々にも確認と了承を得ている。その上で来てほしいとのことだ。もちろん、使い魔達も同伴して構わない」

 

「……まあ、別に今日はこのあと何かやることがあったわけではないから構わない」

 

「助かる。では行くとしよう」

 

 

 

 昨日名前を聞いてきた兵士長のダレルが、態々ギルドまでやって来て探しに来た。別に隠れる必要がないので名乗り出ると、居たことに安心したようにホッと溜め息をついていた。王の命令で呼んでくるように言われていたのだろう。今日中には見つけようと思っていたようだ。

 

 受付嬢はダレルとオリヴィアの背中を見ながら、スゴいなぁという感想を抱いた。話していた内容を察するに、一番魔物を斃した事に敬意を払って呼んだのだろう。王直々に褒めるというのは滅多にないことだ。Aランク冒険者を一瞬で倒したりしたので、強いとは思っていたが、とうとう王にまで呼ばれるくらいの人になってしまった。ドアを開けて出て行ったオリヴィア達に、小さく手を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────それで、例のものはどうなったんだ炎龍王」

 

「そう焦るな雷龍王。例のものならば、つい昨日(さくじつ)接触した」

 

「それで、結果は」

 

「殺された。何の躊躇いも無かった。力も全く通じなかった」

 

「へぇ……?あなたの力が通用しなかったと。大した力を籠めなかったわけじゃないわよね?」

 

「水龍王。お前にはこの私が──────そんな無粋な事をするような龍に見えるのか?」

 

「……ちょっとした冗談じゃない。そう()()ならないで。会議室が燃えて無くなるわよ」

 

 

 

 龍の住まう天空大陸、スカイディア。その一番大きい建物の中にある会議室にて、七大龍王は会議をしていた。内容はあるものの調べもの。その成果を、肩まで金の髪が伸びてライオンの鬣のような風格を醸し出し、鍛えられた肉体を持って腕を組む雷龍王が、不機嫌そうな顔を隠そうともせずに問うた。

 

 問いに対して簡潔に答えた炎龍王に、今度は女性である水龍王が素朴な疑問を口にした。長い水色の髪に均等の取れた美しい体に大きな胸部がある。美しい貌はふんわりとした柔らかい笑みを浮かべる。だが口にした疑問が炎龍王にとっては愚弄されていると感じたようで、少しの感情の高ぶりに魔力が応えた。

 

 炎龍王の体の周りが陽炎のように歪み、見えている光景が悲鳴をあげているようだ。置かれて皆で囲んでいる大きな円形のテーブルについた手と接している部分が黒く焦げてしまった。膨大な魔力と熱量は、炎を得意とする龍の中でも最強の炎龍王。その気になれば瞬きをする間に会議室を炎で消し去ることが出来る。

 

 しかし今はそんなことをするわけにはいかないので、はぁ……と小さく息を吐いて熱を冷ます。腕を上げればテーブルは腕の形に黒く焦げていて、元には戻らず誤魔化すように色を上から塗っても意味を持たないだろう。変えなくてはいけないなと心の中で愚痴ると、会議室に居る龍王が一斉に顔を上げて同じ方向を見つめる。

 

 瞬間……会議室を目掛けて外から壁を全てぶち破り、膨大な魔力で形成された3本の槍が飛来した。3本がそれぞれ矛先を向けているのは炎龍王だった。真面(まとも)に受ければ王の名を冠する龍ですら無傷では済まない。そこで炎龍王は椅子に腰掛けたまま爪先で床を叩いた。

 

 

 

「──────『煉獄にて現る焦熱の間歇泉』【カルドゥ・リン・ウォロト】」

 

 

 

 炎龍王の前方、その下から活火山の噴火口から解き放たれる赤い溶岩が如く、炎が噴き荒れた。天井を円形に燃やして消し飛ばし、爆発的な熱量が辺り一帯に包み込まれる。他の龍王も自身の魔力で障壁を張っているが、生身で受ければ火傷では済まないだろうと悟らせる魔法だ。

 

 範囲は狭く、だが入口は本来のものと同程度である炎の間歇泉は大気圏すらも突き破る勢いだった。そこへ飛来した槍が突き進み、蒼い槍が最初に触れて四分の一まで進んで蒸発し、続いて赫い槍が飛び込んで間歇泉の中央あたりまで入り込んで蒸発した。

 

 残る1本である純黒が触れると、間歇泉は刹那の内に純黒によって侵蝕されて掻き消えた。少しだけ瞠目した炎龍王に変わらずの速度で槍が飛び込み、抵抗も無く腹部へ突き刺さって背中から抜けた。ごぼりと血を吐き出しながら勢いそのままに後ろへと吹き飛び壁を破壊。建物を大きく壊しながら外へと押し出された。

 

 体を容易く貫通した槍を吹き飛ばされながら引き抜こうと手を掛けるが抜けず、300メートルは追いやられた。そして槍は純黒の眩い光を発して大爆発を起こした。爆煙はあがらず、純黒の魔力がドーム状に広がり、触れるものを全て純黒に染め上げて消し飛ばした。幸い最後に炎龍王が飛ばされたのがスカイディアの湖の真ん中だったのが幸いし、他の龍王を巻き込むことはなかったが、湖に住んでいた魚の大部分が消し飛ばされた。

 

 凄まじい威力の魔力爆発に、開けられた壁の穴から顔を出して見ている炎龍王を除いた6匹の龍王。風を巻き込んで暴風を煽りながら純黒なる魔力の魔力爆発は小さくなっていき、湖の水が失われた部分を埋めようと激しく揺れて元に戻る。

 

 炎龍王の姿がない。まさか死んだかと思われたが、湖の水が中央から赤く変色して熱せられ、ボコボコと水泡を出して熱湯へと変わっていく。熱でお湯となった水を超速度で蒸発させながら炎龍王が浮いて出て来る。着ている服は殆ど消し飛び、槍が刺さった腹は穴が開いていて、筋肉質で割れた腹筋にはびきびきと純黒の亀裂が入っていた。

 

 長くしなやかな赤い髪が濡れていたが、炎龍王の生み出す熱で乾ききり、乱雑な手櫛で掻き上げる。髪に隠れて見えなかった整った顔は深い笑みによって歪められ、赤い瞳は炎を灯しているかのようにギラついていた。

 

 

 

「……大丈夫か?炎龍王」

 

「腹に穴が開いてるぞ」

 

「腹に槍が刺さったまま爆発したのに、よく体が千切れなかったな」

 

「はぁ……炎龍王の熱で湖の水が半分以上蒸発しているわ」

 

 

 

「ふ、ふふ……──────はっははははははははッ!!なるほど……私が()()()のを知っていたのか!はははッ!!つまりこれは警告だな?だがしかし……くくッ。何の抵抗も無く私の肉体が貫かれた……良い魔力だ。傷を負ったのは何時ぶりか……これは本当に──────面白いな」

 

 

 

 炎龍王は笑いながら実に好戦的で獰猛な笑みを浮かべていた。龍王は龍の中で最強の存在。その力は世界を取ったにも等しいもの。その龍王を傷つけたともなれば大罪に等しいのだが、今回は炎龍王が……自身が悪いのだと反省していた。

 

 そう……リュウデリアに決闘で敗れ、意気消沈して復讐に心を支配された弟のシンを焚き付け、黒い憎しみの炎の四肢と翼をくれてやった。それ相応の魔力を注いで創ってやり、それでどこまでやれるかを試していたのだ。結果は御覧の通り、炎龍王の仕業であると見抜かれ、報復を受けた。

 

 なにも言わず試した自身に非がある。むしろこれで済んだのだから、あの3匹のことを考えれば生易しいものだろう。魔力で形成された槍は3本。内最初と次に飛来した赫と蒼は囮。本命を撃ち込む為の布石だったのだ。だから態と炎龍王に防がせて、防げてしまう程度のものを造った。それで最後に純黒の槍で防御を無効化。大した連携だ。

 

 例え魔力を使わずに棒立ちになったとしても、精鋭部隊の力ですら炎龍王に傷一つつけられない。なのにこの状況、戦いを好む龍にとっては空腹で目の前にご馳走を置かれた気分だ。シンを焚き付けて良かったと心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 炎龍王は騒ぎを聞きつけてやって来た青い顔の精鋭部隊に下がるよう命令を出しながら、この場に居ない3匹の龍を思い浮かべて再び笑った。

 

 

 

 

 

 

 






 受付嬢

 戦いの後にギルドへ集合してもらうつもりだったのに、オリヴィア達が来なかったのでまさかと思って心配した。その後他の冒険者から最も魔物を斃したのはオリヴィア達だと聞かされて安心したが、ちゃんと目で見て確認するまでは不安だった。




 雷龍王

 肩まである金の髪がライオンの鬣のような風格を醸し出し、鍛えられた肉体を持っている。体が大きくゴツい。例えるならモンハンワールドの大団長。みたいな感じ。




 水龍王

 長い水色の髪に、美しい顔はふんわりとした印象を抱かせる。例えがちょっと伝えづらいので、細身で柔らかい雰囲気の女性で、少し胸が大きめな人を想像してほしい。




 炎龍王

 実はシンに黒い炎の四肢と翼を与えた張本人。理由は小手調べをしようと思ったから。倒せないことは分かりきっていたので、この程度の魔力は効くか効かないか?を調べる程度だった。

 しかしリュウデリア達には普通に把握されていて、槍をぶん投げられた。バルガスとクレアは囮でリュウデリアの槍をぶち込むために弱めに創った。本気で創ったら少なくとも防御の魔法は抜いた。




 リュウデリア&クレア&バルガス

 シンの肉体を補っていた黒い炎の正体が、炎龍王によるものだと感じ取った。本当は戦いが終わった後に槍を投げようと思ったが、蟹を食べるのが楽しみで普通に忘れてた。

 槍はリュウデリアの案で、一撃目二撃目の囮作戦はクレアの案。刺した後に魔力爆発を起こすようにするのはバルガスの案。炎龍王はまんまと引っ掛かった。

 勝手に試すような事をしたのだから、これで死んでも恨むなよくらいの気持ちでやった。命令されたらキレて相手殺すタイプ。




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第58話  褒美

 

 

 

 

 

「──────ようこそ、冒険者のオリヴィア。会えて嬉しく思うよ」

 

「……よろしく頼む」

 

 

 

 清掃の行き届いた白い壁に囲まれた謁見の間にて、オリヴィアは王都メレンデルクの王と会っていた。兵士長ダレルの先導の元案内され、ゴミ一つ無い王城の中に入城した。

 

 王都の中央に(そび)え建っている白城。マルロの孫であるティネが言う通り、城は外壁も内壁も綺麗だった。流石は綺麗好きなだけはあると思った。すれ違う使用人のメイドは、客人であるオリヴィアを見ると姿勢を整えて頭を下げ、会釈をする。それに軽く返しながら廊下を進み、装飾の施された両開きの扉に立った。

 

 ダレルが扉をノックして大きめの声で連れて来た事を報告する。すると入っていいとの声が聞こえてきて扉が開けられた。中に入ると王が座る為の玉座があり、そこには40代くらいの王冠を被った男性が座っていた。王都を治める王である。だが目が痛くなるくらいの装飾がある服は着ておらず、王にしては普通の格好だった。

 

 本来は謁見の間に入って前まで来たら、片膝を付いて頭を下げるのだろうが、オリヴィアはそんなことはせず立ったままだった。不敬に当たる好意だが、元々畏まった態度はとらないと忠告はしていたので、咎められる事はなかった。納得がいっていない見張りの兵は居たが、王の決定なので口は挟まなかった。

 

 

 

「それで、私に何用だ?この国の王よ」

 

「君が魔物を最も淘汰した者だと聞いた。兵士長のダレルからは突然変異の赤いオーガをも斃したとも。Aランク冒険者も敗れてしまったという相手だったらしいが、それは一先ず置いておくとして……感謝する。君のおかげで王都は今もなお平和を享受出来ている。そして、殉職した冒険者には冥福を祈らせてもらう」

 

「別に私は冒険者の代表者ではない。それはギルドマスターに言ってくれ。……話は以上か?」

 

「いやまだだ。魔物の最多討伐者には褒美をあげたいと思っていた。無理の無い範囲内で欲しい物を言ってみてくれ。出来るだけ用意しよう」

 

「ほう……?」

 

 

 

 王は魔物の大軍が攻め込んでくるという報告がされてから、決めていたのだ。最も魔物を斃して王都を護る事に貢献した者に褒美をやろうと。今回はそれがオリヴィアだった。国が欲しいとか王になりたいといった無理な願いは兎も角として、欲しい物があったら褒美としてくれるという。

 

 オリヴィアは考えるフリをしてリュウデリアに何がいいか小声で尋ねた。特にこれといって欲しい物は無く、王都に済むわけではないので爵位も要らない。さて何を頼もうかと4人で考えていると、リュウデリアがふと思い付いたことを口にした。

 

 クレアとバルガスが内容に首を傾げ、オリヴィアはいいじゃないかと賛同した。特にこれだと決まる様子もなく、欲しい物も無かったので、リュウデリアの案を採用して頼むことにした。決め倦ねていると判断して待っていた王を見て、口を開く。

 

 

 

「決めたぞ。欲しいのは──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……コイツが本?かぁ……」

 

「……多い……な」

 

「圧巻だな。街にあった図書館の比ではない」

 

「素晴らしい。知識は純粋な力にも並ぶ武器だからな。これが最良だろう」

 

 

 

 オリヴィア達が今居るのは図書館である。それも単なる図書館ではない、王立図書館である。王都に存在する図書館の中で最も大きく、内蔵する図書の数が最も多い。更には一般人は入ることが出来ず、王に許された者のみが入って本を読むことが出来る。

 

 置かれているものは歴史書であったり研究の論文だったり、魔導書も安置されている。つまり探せば王都のこれまでの事や、魔法についても詳しく知ることが出来るのだ。

 

 王立図書館の入口には警備兵が交代で24時間見張っており、紙の劣化を防ぐために窓はない。室内は明るさを出すために光で照らす魔道具が天井に設置されている。本来の図書館は1階建てなのだが、この王立図書館は本の数が膨大なため、2階建てになっていて所狭しと本棚が並んでいる。

 

 手を伸ばす程度では絶対に届かない位置にも本があるので、そういった場合は移動式の梯子(はしご)を使って取らなくてはならない。本に包まれた空間に、紙とインクの匂いが漂う。本を読み漁った経験のあるリュウデリアは心なしか目を輝かせ、クレアとバルガスは首を傾げていた。

 

 王に頼んだのは、この王立図書館の利用権限だった。それも滞在している間は無制限の。それだけでいいのかと聞かれたが、寧ろこれがあればもう他にはいらないとさえ思うくらいだ。この王立図書館には他にも一般人が利用できる図書館に置いてある本と同じものが全て揃っているので、ここを網羅すれば他を利用する必要はない。

 

 室内に居るのはオリヴィア達だけなので、リュウデリア達はオリヴィアから降りて人のサイズになる。伸びをして筋肉をほぐし、関節をバキバキと鳴らすと、早速読もうと歩き出す。本なんてものは読んだことがないクレアとバルガスはあまり乗り気ではないが、一度読めば止まらなくなることをリュウデリアは確信していた。

 

 

 

「バルガス、クレア。お前達文字は読めるか?」

 

「まぁ、大体はな」

 

「……それなり……だな」

 

「ならばまずは辞書から目を通していくといい。それを最初に読めば意味で躓くことはない。解らなかったら聞くといい。教えてやる」

 

「ふーん。まっ、取り敢えず読んでみっかぁ」

 

「……そうだな……リュウデリアが楽しそうだから……間違いはない……筈だ」

 

「オレは飽きとの勝負だな。なあおい、辞書ってどこにあんだ?」

 

「んー……これだな。オリヴィアも気になるものがあれば読んでみるが良い。神に関するものもあるやも知れんぞ」

 

「どうせ神聖視しているのだろうが、ここは一つ読んでみるか」

 

 

 

 他に人間が居る時だとオリヴィア読んでいるように見せ掛けて、リュウデリアに読ませなくてはならないが、ここは好きに読める。クレアとバルガスに辞書を渡すと、さっさと行ってしまった。足取りは軽く、鼻歌を歌いそうな程上機嫌に見える。奥の方から順に読んでいくようだ。

 

 解らないことがあれば聞くようにと言われ、単語の意味や詳細を載せた辞書を渡されたクレアとバルガスを見ていたオリヴィアは、ふとあることに興味を持った。リュウデリアは本一冊あたり2~3秒で読んでしまう。ただページを捲っているようにしか見えなくても、しっかり最初から最後まで読んでいるのだ。

 

 だが他の龍……同じ突然変異の2匹はどのくらいの速度で読むのか。それが気になった。件の2匹は辞書を摘まんでプラプラと揺らしたり、匂いを嗅いだりしていた。そして表紙を開けて目を通す。ここまでは普通の人間と同じだ。やはりあそこまで早く読むのは無理なのかと思ったが、やはりと言うべきか、2匹共普通とは違った。

 

 ページを捲る速度が早くなっていく。始めは30秒ほど掛かっていたのだが、段々と早くなり、最後はリュウデリアを彷彿とさせる速度で読み始めた。結局3分も掛からずに2匹とも分厚い辞書を読破してしまった。龍が総じて頭が良いのか、突然変異の3匹が特別なのか解らなくなったオリヴィアだった。

 

 

 

「いいねぇ。途中途中で面白そうな単語が山とあったぜ」

 

「……まだ始まりであり……これだけの本がある……楽しめるかも……知れない」

 

「本は楽しめそうか?」

 

「まだ分かんねーが、つまらなくはないぜ」

 

「……リュウデリアは……自分の世界に……入っている」

 

「前に立ち寄った街で本を読んでな。それから本は良いものだと認識したらしい。王都に来てから図書館に行かなかったのは、お前達に人間の食べ物を味わって欲しかったからだと思うぞ」

 

「……ケッ。別に此処の食い物は逃げねーんだから変に気遣う必要なんかねーっつーの」

 

「……だが……満足できるほど食った……」

 

「……まーな」

 

 

 

 プイッとそっぽを向いているが、揺れている尻尾で丸わかりだ。照れ隠しだというのは分かっているので、本が気に入るといいなという意味を込めてクレアの肩をポンと叩いた。それからオリヴィアも本を読むために神に関する事が載ったものを探す。

 

 クレア達はたったの一冊で読むコツを掴んだようで、リュウデリアと同じくパラパラと捲っているだけのような早さで読んでいる。あの速度ならば1週間もかからずに全て読み終えるだろうと直感した。あまりにも早過ぎるし。

 

 本の数が膨大なので探すだけでも一苦労。色々な棚を見て回ってやっと見つけた、神に関する本を手に取ってページを開く。オリヴィアも字が読めるように覚えていたので、本を読むことが出来る。読んでいる部分を指で追いながら読んでいくと、聞いたことが無いような神の名前や、似ている名前があった。

 

 

 

「……チッ。最高神(アイツ)が載っている……気持ちの悪い」

 

 

 

 苦々しい表情で、あるページを見て言葉を吐き捨てた。存在する神の中で、全ての神を束ねる文字通り最高神。世界を創造した者とも言われている、いと尊き神であると。そう記されていた。名前までは載っていなかったが、何故最高神のことが載っているのかと、名前が載っているわけでもないのに吐き気がしてきたので本を強めに閉じてしまった。

 

 世界を創造?あんな神の名を語るだけの性欲の塊が、そんなことをするわけがない。そもそも世界は神の手によって創造されたのではなく、出来るべくして出来上がったのだ。あんなやつの力だけで罷り通っていると思われているだけで腹が立つ。

 

 嫌なものを見てしまい不機嫌になったオリヴィアは、フードを外して長い髪を取り出して頭を振る。ふるりと一度振られる度に純白の絹のような髪が揺れる。手櫛で整えなくても真っ直ぐになる髪をゆらゆらと揺らしながら早歩きで王立図書館内を進み、翼を使って飛びながら本を物色しているリュウデリアの元まで行った。

 

 気配だけで近付いて来ていることと不機嫌なことを察知したリュウデリアはゆっくりと降りて来て翼を畳み、本を片手に持ちながら首を傾げた。此処には本しかないのに何で不機嫌になるんだ?と。不機嫌そうな表情と態度を隠す気もなく、自身の方へズンズンやって来る。前まで来たらと思えば、そのまま正面から抱き付いてきた。

 

 ギュウギュウ強めに抱き締めてくるので、流石に訳が分からないながらも本を持っていない方の手でオリヴィアの頭を撫でた。抱き付いても鱗が硬くて痛いだろうに、キツく抱き締めるので頭を撫でていた手を離して肩に置いて引き剥がそうとするが、頭を左右に振って離さないと意思表示してきた。

 

 ずっとこのままなのもなと思い、手に持った本を魔力操作で浮かび上がらせ、オリヴィアの背中と膝下を腕で支えて横抱きにした。すると自身の背中に回されていた腕が首に回される。離れる気がないようだと判断して好きなようにさせた。

 

 翼を広げてばさりと羽ばたく。一度のそれで体は浮き、設置されている3人は座れる長いソファの元まで飛んだ。ソファの上に腰を下ろすも、オリヴィアは横抱きにされたまま動こうとせず、首に顔を押し付けて黙ったままだ。仕方ないのでその状態で本を読むことにし、魔力が浮かせた本を正面に持ってきてペラペラと捲る。すぐ読み終わってしまったので離れた場所の元に位置に本を戻し、物色するときに覚えた配置から読んでない本を取り出して持ってきた。

 

 遠隔操作で本を読みながら、背中をあやすように叩いたり、頭を撫でたりする。それでもオリヴィアは何かを語ることはなく、何となく今は不機嫌なだけだろうと判断して好きなだけ膝の上に乗せておくことにした。

 

 

 

「………………………はぁ」

 

「…………………。」

 

「……何も聞かないんだな、リュウデリアは」

 

「聞いて欲しいならば聞こう。機嫌が悪いのに無理に聞こうとは思わん。龍は不機嫌な時に絡まれると尚更不機嫌になるからな。神はどうか知らんが……それ故に黙っていた」

 

「……そっか。ならまだ、このまま……頭もいっぱい撫でて。もっと触って」

 

「分かった。日頃お前に動いてもらっているからな、ゆっくりするといい」

 

「……うん」

 

 

 

 首元から聞こえてくる声が固いトーンなのを気付いているが、敢えてなにも言わない。無理強いはしない。それが龍にとっての悪手であるという事もあったからだ。リュウデリア自身も、不機嫌な時に絡まれたら死ぬほどキレると思う。何だったら相手は殺す方向に思考が定まることも有り得る。

 

 触って欲しいと言うオリヴィアのために、囲い込むように腕を回して軽く抱き締める。リュウデリアという籠の中に囚われた治癒の女神は、不機嫌そうな表情が和らいで嬉しそうになった。頭を撫でれば目元をうっとりとさせ、胸元の純黒の鱗を指先で撫でたりと遊び出す。

 

 そんな小さなちょっかいも気にすることなく、魔力の遠隔操作で本を次々と持ってきて読破する。その光景に気がついたのか、本を片手にクレアとバルガスが近付いてきて、ソファに座るリュウデリア達を覗き込む。

 

 その頃にはオリヴィアは安心したように眠ってしまい、静かな吐息が漏れている。気配だけでも眠っているのだと分かったので、クレアとバルガスは音を立てて起こさないように、足音を立てないでやって来てくれていた。

 

 

 

「そいつはどうした?疲れたンか?」

 

「……熟睡……している」

 

「さぁな。俺のところに不機嫌そうに来たかと思えば、抱き付いて眠ってしまった」

 

「ふーん?さっき読んだ本だと、女は生理痛があるんだってな。月に一度子宮の痛みで不機嫌になりやすいんだとよ」

 

「……人体の……本か……私はまだ……読んでいないから……解らん」

 

「面白いぜ。人間の体は良く出来てやがる。脆いくせにシステムだけはいっちょ前なんだよ。尻尾や翼の一つや二つありゃ、まだ便利な体なのにな」

 

 

 

 そういって尻尾の先を指でクルクルと弄っているクレアは、ホント人間の体って不便だなと吐き捨てた。人間に翼や尻尾があったら、それは最早人間ではなく獣人の域だというツッコミを入れる人は居なかった。寧ろ確かにと頷く龍が2匹居ただけだ。

 

 少しの間オリヴィアの顔を覗き込んでいたクレアとバルガスは、元の場所に戻ることはせず、クレアはリュウデリアの横に座り、バルガスは体が大きいので前の床に座った。そして読む本を魔力の遠隔操作で持ってきて読み始めた。

 

 眠っているオリヴィアを3匹の龍が囲って見張りをしているような状況。実はこの光景は龍の中でもよく見られるものだ。自身の番であったり、親しくなった者が戦えない状況にあった時、仲間の手を借りて護る事がある。

 

 クレアとバルガスもオリヴィアのことを友人ならぬ友神として認めているので、この陣形に入ったのだ。番でもなく、頼まれたわけでもない、自発的にこの行動に移ることは稀であり、それが同じ龍でもないともなれば、オリヴィアが世界で初めてだろう。そしてこれだけ鉄壁の守護を受ける存在は、世界広しと言えどもそう居ないはずだ。

 

 

 

「世界には随分と色んな種族が居ンだな」

 

「……海は……塩分濃度が高い……上から何度も見たが……行った事が無い……一度は行くべきか……?」

 

「龍の文献は矢鱈と少ないな。まあ近づけば察知されるから逃げるのだろうな。滅ぼされたという話はよく書かれているが」

 

「ンだよ聖騎士物語ってよ。戦場で1対1で勝負とか意味が分かんねー。関係無しに殺せば良いだろメンドクセー」

 

「……ここに載っている雷系の魔法陣……欠陥だらけで……アホらしい……こんな事も……満足に構築出来ないのか……」

 

「ん?前に見た地図とこの地図は差異があるな。まったく……これだから人間は低能なのだ」

 

 

 

「んん……」

 

 

 

「「「……シ────ッ」」」

 

 

 

 小声であっても3匹が同時に話せば、それ相応の騒がしさになってしまう。リュウデリアの腕の中で眠っているオリヴィアが身動ぎをして起きそうになったので、3匹は互いに口に指を当てて牽制しあった。折角寝ているのだから寝かせてやろうということだ。

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアが目を覚ましたのは1時間後のことであり、不機嫌だった様子はもう全く無く、寧ろ上機嫌であったという。因みに、リュウデリアの膝の上からは降りなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 







 王様

 本当はオリヴィアのことを国に仕えないかと誘うつもりだったが、冒険者で旅をしている身だと報告されていたのでやめておいた。王立図書館の入場許可だけだと味気ないから、後に配られる報酬で、オリヴィアのものを多めにするように命令を下している。

 綺麗好きだが、派手派手な装飾は好まないので、王としての格好は結構普通。ザ・王という感じ。




 リュウデリア

 誰も褒美に興味を示さなかったので、国にはあるだろうセキュリティが掛かった図書館への入場許可と全ての本の閲覧許可を求めるように提案した。結果は大成功。

 不機嫌だったオリヴィアを抱えながら、半日で2000冊の本を読んだ。まだまだ吸収していく。




 バルガス&クレア

 文字は読めるが本は読んだことがなかった。乗り気ではなかったが読んでみると面白いのでハマり、結局1500冊くらい読んだ。

 オリヴィアの様子がおかしいと言われたので、守護の陣形に入った。最強格の龍3匹に護られたオリヴィアを攻撃出来る奴なんて居るわけが無い。




 オリヴィア

 神に関する本を読んだら嫌な部分を目にしてしまって気分が急降下した。クレアには生理痛だと思われているが、全然違うから。不機嫌になっただけだから。

 リュウデリアの腕の中で眠ったら非常にぐっすり眠れた。その後も抱かれたままゆっくりとした時間を過ごした。最高の上機嫌になる。





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第59話  修復依頼

 

 

 

 

 

「それで、昨日呼ばれたのに今日も呼ぶとは何用だ?こっちは本を読んでいたんだが?」

 

「いやいやすまない。昨日オリヴィアが帰った後に気が付いてね。王都にも関係することだから呼ぶようダレルに伝えたんだ。満喫しているところをすまなかった」

 

 

 

 王立図書館に置かれている本の量は尋常ではない。リュウデリアでも四分の一も読めていないのだ。だから読める内からさっさと読んでおきたいと、今日も王立図書館に行って本を読み漁っていた。と言っても読んでいたのはリュウデリア達3匹なのだが。オリヴィアは味を占めたリュウデリアの膝の上に居た。

 

 昨日、読んでいるといい時間になり、使い魔の同伴が許される宿に行って泊まった。今朝は早めに出て途中にあった屋台で朝飯を購入し、王立図書館にやって来た。

 

 本にはクレアとバルガスもハマっていて、朝から本尽くしだとしても文句を言わなかった。寧ろ上機嫌である。しかしそんな王立図書館に近付いてくる気配を察知して、体のサイズを使い魔のものへと落とし、オリヴィアの肩だったり腕の中に来る。フードを被って準備を整えたと同時にドアがノックされ、入ってきたのは兵士長のダレルだった。

 

 まだ朝早く……8時だというのに兵士としての鎧を身に纏っているダレルに、こんな早くから何だと言うと、王立図書館に居たことにホッと安堵の溜め息を溢してから、連日ですまないが王が呼んでいると言ってきた。何故昨日の内に言わないんだと異口同音だったが、ダレルに言っても仕方ないのでついていった。

 

 昨日遠ったばかりの道を歩き、いつもは上げられている橋を渡って王城の敷地に入り、王城の真っ白い壁が続く廊下を進んで謁見の間にやってきた。相変わらず頭も下げず言葉遣いも他の者達と同じオリヴィアに、控えている兵士が眉を顰めたが、何も言わなかった。国王も気にすることなく、寧ろまた呼びつけてしまったことに少し申し訳なさそうにしている。

 

 

 

「さて、用件なのだが……オリヴィア。君は戦場に居たから知っていると思うが、突如やって来た灰色の龍の攻撃によって、王都を取り囲む塀としての役割を持った岩壁の正面部分が大きく破壊された。今では残っている部分にも罅が入り、いつ砕けてもおかしくない状況だ」

 

「……なんでそれを防がなかったと問い(ただ)したいのか?」

 

「ははは!そんなまさか。龍の攻撃を受けられるとは、流石に思っていないよ。それに君を含めた冒険者達は、命を賭して王都を守り抜いてくれた。文句を言える立場にないだろう?私は。兵士から送られてくる情報を聞いていただけなのだから」

 

 

 

 一国の国王だというのに、そんな立場にないと平気で口にした。普通ならば色々と取り繕ったりすると思うのだが、本気で言っているようだ。国王も、冒険者達には心から感謝していた。半数近くが殉職してしまう程の戦いだったのに、誰1人として逃げ出さず、最後まで戦ってくれたのだから。

 

 しかし自身に出来たのは、逐一入れられる報告を聞いているだけ。何人死んだ……と聞いたときは心を痛めるばかりだ。それでも気を付けてくれと言えないし、出来るのはこれ以上死なないでくれと願うばかりだ。結果的に冒険者は半数近く、兵士は5分の1が殉職した。

 

 重傷者も合わせればかなりの数になる。謂わば魔物の大群と戦ってくれた者達は勇者だ。力を持たない民のために、数の暴力に強い力を持つ魔物に、逃げず戦う心強い味方だ。だから気休め程度だろうが報酬を生き残った1人1人に出し、傷の手当てでお世話になるだろう診療所の代金は国が負担し、必要な傷薬と回復薬は王都中から掻き集めて無料で使ってもらい、その金も国が出している。

 

 本当ならば、幾らかの魔物が王都に攻め入って、建物を破壊したりしただろうに、今回の被害は驚異の0だった。門ですら傷一つ無い。街の修復費を出さなくてはならないところを出さなくて済んでいるのだ。ならば代わりに、戦ってくれた者達に使っても、誰も文句は言うまい。

 

 

 

「結局何の用件なんだ」

 

「君は使い魔を伴う魔物使いだが、君自体も強力な魔法を駆使して戦うという話を聞いた。そこで一つ頼みたい。先も話した破壊された岩壁。その修復を」

 

「あぁ……そういうことか。それなら他の冒険者にも言えばいいだろう。今更私を直接呼んで頼まなくとも、国王の言葉ならば従うと思うが?」

 

「君以外の冒険者は傷を負ってまだ疲れている。せめて1週間は休んで欲しいというのが私の考えだ」

 

「私ならば()き使ってもいいと?──────この私を舐めているのか?」

 

「いやいや!そう聞こえてしまったのなら謝る。誤解はしないでくれ。私は純粋に、冒険者としてのオリヴィアを買っているだけだ。君ほどの強力な魔法を扱える魔導士ならば、岩壁の修復も出来るのではないか……と。勿論それ相応の報酬は用意させてもらう。事が事であるし、それなりに修復する範囲も広いので期限は提示しない。だがこういう時を狙ってやって来る賊が居ないとは言えない。なので期限は提示しないが……少し早めにやってくれるとこちらとしてはありがたい」

 

「まだやるとは言ってないが?……まあ、ずっと本を読んでいるのもな……良いだろう。岩壁の修復は受けてやる。金はすぐに用意しておけよ」

 

「ん?今すぐかい?」

 

「あんなもの、移動を含めた2時間で終わる」

 

「な、2時間!?」

 

 

 

 他の人は休ませるけど、お前は働けよと言われているように感じて、一気に不穏な空気を醸し出すオリヴィアに、国王は急いで否定して謝罪した。そんなつもりで言ったのではなく、無傷に近い筈との報告だったので、一番動けるオリヴィア達にやってもらおうと思ったのだ。

 

 もちろん、1人で全てやらせようという魂胆はなく、先に始めてて欲しいという意味だ。冒険者達がある程度体や精神が休まったら岩壁の修復の手伝いをして欲しいと考えていた。しかしオリヴィアは報酬を用意しておけと、岩壁の修復は2時間で終わるからと言った。

 

 流石に驚きを隠せない国王は、声が大きくなりながら2時間かと復唱した。普通に有り得ない。かなり大きく破壊されているし、何より厚みもあるので一部を修復するには多大な時間と魔法練度、そして魔力が必要となる。魔力は大気にある魔素を体が自動で取り込み、魔力へと変換するが、そう早く貯まるわけではない。それも総魔力量が多ければ多いほど、全て貯まるのに時間が掛かる。

 

 なのにたったの2時間で終わらせるのかという思いと、流石に話を盛っているのでは?という思いの2つがあったが、踵を返して謁見の間からさっさと出て行ったオリヴィアを見て、本気で言っているようだと驚いた。そして近くに居る兵士に声を掛け、すぐに報酬を用意するように指示を飛ばすのだった。

 

 

 

「人間はあの程度の岩壁を直すのにどれ程時間を掛けるつもりだったのやら」

 

「となると、使う人間の数も相当なンじゃねーか?」

 

「……人間の……魔力量は……たかが知れてる」

 

「恐らく、この岩壁を直せばもう用は無くなるだろう。最後だと思ってやってしまおう。報酬も入るしな」

 

「どーせ断っても後々要請が入るンだろー?クソかったりーな。兵士居ンだから何年かかろうがやらせとけっつーの」

 

「中の人間が襲われてどうなろうが興味ないからな。俺達は」

 

 

 

 所変わって王城から出て街の中を歩いているオリヴィアとリュウデリア達は愚痴を溢していた。別にやる気のなかった岩壁の修復をやることになってしまった。本を読んでいたかったが、ずっと本の虫と化すつもりもなかったので頑なに拒否するつもりはないが、あの程度もすぐに直せないのかと思うのも仕方ない。

 

 さっさと終わらせてしまおうと、本を読む息抜きの散歩程度にしか思っていない4人は岩壁へ向かった。門を通って魔物の死骸が片づいてきた岸壁と王都の間の領地へ出る。1キロ先に見える岩壁は、魔物が攻め込んで来てシンに破壊される前よりも無惨なこととなっている。

 

 厚さも50メートルはある立派な岩壁に着くと崩れた部分を見る。最後に見た時よりも心なしか罅が広がっているように感じるのは気の仕業だろうか。まあ最も、どれだけ崩れていようと、それを直すためにこうしてやって来たのだから問題は無いのだが。

 

 頼む。そうオリヴィアが言うと、リュウデリア、バルガス、クレアが魔法陣を構築し始めた。足下が小刻みに揺れ、前方の土が盛り上がって隆起し、岩壁の崩れた断面に張り付いて壁を延長していく。何度も見た破壊される前の岩壁を再現していった。入口の幅も高さも、岩壁の厚さも何もかも。そうしてものの30秒やそこらで、岩壁は元の形を取り戻したのだった。

 

 

 

「完璧じゃないか。流石だな、3匹とも」

 

「当然だ」

 

「ンなもん楽勝だわ」

 

「……出来ないわけが……ない」

 

「ふふっ。じゃあ終わったことだし、一度王城に行って報酬を貰ってこよう。やってくれたから食べたいものを買ってやるぞ。何がいい?」

 

「「「──────肉ッ!!」」」

 

「クスッ。はいはい」

 

 

 

 案の定だなと思いながら踵を返した。背後には破壊される前の形に戻った岩壁。あれだけ広がっていた罅も見当たらない。これなるば満足するだろう出来だった。今回は何もしていないので、やってくれたリュウデリア達にご褒美を買い与えるのだ。

 

 2時間で終わると言ったものの、作業は一分も掛からずに終わったので1時間でも良かったかも知れない。オリヴィアは歩いて王都に戻っていくと、岩壁が直る瞬間を目撃した2人の門番は、口をあんぐりと開けて驚いていた。その間を通って中に入り、王城を目指す。慣れた道を進んで謁見の間へやって来たオリヴィアは、こちらを見て驚いている国王に予想の範疇を出ない表情だとマイペースに考えた。

 

 

 

「もう終わったのか!?」

 

「うむ。記憶にある形に出来るだけ近付けた。嘘だと思うならば確認させるといい。……あぁ、門番が見ていて呆けていたから、門番に聞けば直す様子も教えてくれるんじゃないか?」

 

「あ、いや……疑っているわけではない。ただ……早いなと思っただけだ」

 

「そうか。まあ、元々2時間で終わらせると言ったからな。……それで、報酬は?」

 

「1時間半しか経っていないが……んんッ。報酬をオリヴィアに渡してくれ」

 

「はッ!」

 

「報酬は500万Gだ。少なければもう少し出すが……どうだ?」

 

「……まあ、良いだろう。別にそこまで金を貯める必要もないからな」

 

 

 

 脇に控えていた兵士が、パンパンになった袋を持ってオリヴィアの元までやって来た。報酬はなんと500万G。単純な修復費ともなれば人費としてもっと掛かってしまったかも知れないが、今回はオリヴィアたった1人だけということでこの金額となった。だがそれが不満だというならば、報酬額を増やしてもいいと考えていた。

 

 だがオリヴィアはこの報酬だけでいいという。個人が一度に貰う金としては大金だが、別に金はそこまで欲しているわけではない。あるに越したことはないが、あり過ぎても使い切れないので要らないのだ。そもそも彼女達は薬草を納品するというだけの依頼で30万稼いだりするので、あまりに低すぎなければどうでも良かった。

 

 大人の男が両手で抱えなければ持てないくらいの重さをした袋を、手渡していいのか悩む兵士。だがオリヴィアが魔法陣を構築して小さめの袋を取り出したのを見て思考が飛んだ。紐を解いて口を開き、この中に入れろと言われてハッとする。どう考えても入らないと思われるが、試しに言われた通りにする兵士は、大きな袋に入った金貨が雪崩れ込んで呑み込まれていくのを呆然と見ていた。

 

 入れても入れてもオリヴィアが持つ袋は膨らまない。珍しい空間系の魔法を袋に施しているようだと察する。結局袋の金貨全部が入ってしまった。膨れた様子は見られない。全部入れ終わったオリヴィアは、また魔法陣を構築して異空間に袋をしまってしまった。兵士達は空になった袋を持って呆気にとられるだけだった。

 

 使い手はあまり居らず、使えるとすればかなりの実力を持った者、例えばSランク冒険者などだ。なので見たことのないものを見て呆然としていた。一方報酬も受け取って王城にはもう用が無いオリヴィアは帰るために背中を向けた。だが扉を開けて出て行く前に少し振り向いた。

 

 

 

「もう呼び出すなよ。あとは本に集中したいのでな」

 

「あ、あぁ。分かった。協力感謝する」

 

 

 

 本当に出て行ってしまったオリヴィアに、稀有な力を持つ魔導士だ……という感想を抱く国王。あの岩壁を2時間も掛からずに直してしまい、Aランク冒険者でも手も足も出なかった魔物を瞬く間に屠るという。報告によればそれでも冒険者登録をしてそれ程年月が経っていない新米で、ランクもDに上がったばかりだという。

 

 それに普通に見せていた異空間を作る空間系の魔法。実力はDどころではなく、SやSSと言われても納得できるかもしれない。そんな人材が居れば是非国のために仕えてくれと言うのだが、国王を前にしても敬う態度をせず、用件が終わればさっさと帰ってしまう姿勢。冒険者になったのも旅を続ける為の手段でしかないという。ならば縛り付けるのは無理だ。

 

 オリヴィアは自由に生きている。それを縛り付けるということは、怒りを買う事にもなるし、恨まれるだろう。そうなれば叛逆されたときの損害が尋常ではない。国王は賢明な判断でスカウトを諦めた。実に正しく、平和的な答えだった。無理矢理丸め込もうものならば、使い魔が黙っていないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店主。肉団子を31個くれるか」

 

「ずいぶん食べるんだねぇ。使い魔ちゃんのかい?肉団子1個50Gだから1550Gだけど、1個おまけして1500Gでいいよ!」

 

「分かった。……1500Gだ」

 

「はいピッタリね!ありがとうね!」

 

 

 

 ふくよかな女性が出している店で大きめな肉団子を買って紙の皿で受け取る。3皿に分けてもらったので、リュウデリア達に持ってもらった。尻尾で器用に持ってくれている間に座れる場所を探す。すると噴水があったので、そこに腰掛けて食べることにした。

 

 肉が売っている店を歩きながら探していたのでちょうど昼頃になったのだ。腹を空かせている腹ぺこ龍3匹に飯を食わせるタイミングなので良かった。肩からクレアとバルガスが降りて、腕の中に居るリュウデリアを膝の上に降ろす。

 

 尻尾で持っていたたこ焼きを入れるような壁が出来た紙皿を手の中に置いて食べ始めた。オリヴィアは1個あれば十分なので、それぞれ10個ずつのところ1個多めに入っているリュウデリアの紙皿の中から1個爪楊枝を刺して受け取り、食べた。一口齧ってもまだ半分は残る肉団子は肉汁が溢れ、塗ってあるタレが甘めで美味しかった。

 

 

 

「タレ甘ェ!けどうんめッ!!」

 

「……出来たてで……美味い」

 

「齧り付く肉もいいが、こういう捏ねたものも美味いな」

 

「この大きさで一つ50Gは安いな」

 

 

 

 2口で食べきった肉団子を、一口でパクパクと放り込んで食べていくリュウデリア達にクスリと笑った。大人でも10個はキツいだろうに、早くも最後の一つまで食べてしまった。3匹は同時に完食し、クレアとバルガスがリュウデリアにゴミを渡すと、純黒の炎で燃やして消した。

 

 肩と腕の中に戻ってきたリュウデリア達にまだ足りないか聞いて、もっと何か食べたいというので、違う店を探すのに歩き出すオリヴィア。その後も4軒店によっては食い物を買ってみんなで仲良く食べた。

 

 

 

 

 

 食事を終えたオリヴィア達は王立図書館へ赴き、昨日と同じように本を読み進めていく。その日はもう誰かの横槍が入れられる事はなく、帰るその時までゆっくりと読書に没頭した。

 

 

 

 

 

 






 国王

 オリヴィアの強さと有能さを知ってやはりスカウトしたいが、どう考えても頷くとは思えないので潔く断念した。無理矢理仕えるように仕向けてたら、恐らく王都は消えていた。ナイス国王。




 岩壁

 破壊されすぎて罅が出来てしまい、2日経っただけでも罅が広がった。直さなかったら勝手に崩れていたかも知れない。だが直されたのでもう安心。寧ろカチコチに補強されたので正面はもっと強くなった。




 オリヴィア達

 王城から出た後腹ごなしをして、王立図書館へ向かって本を読んでいた。腹も膨れて気分上々……も思われたが途中で眠気が来てみんなでお昼寝タイムを作った。1時間寝た後また本を読み始める。オリヴィアは恋愛小説を読み、リュウデリア達は三千冊は読んだ。

 もし王都の国王が頭が悪く、無理矢理仕えるように仕向けたら、まず間違いなく、そして躊躇いなく王都を消していた。龍を怒らせたらいけない理由の尤もたるもの。





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第60話  次へ



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「「「──────読み終わった……」」」

 

「いやはや、まさか本当に全部読むとはなぁ……」

 

 

 

 王都を治める国王からの直々の依頼もあって岩壁を修復してから2週間が経った。この間は冒険者としての依頼も受けず、ひたすら読書に励んだ。王立図書館は非常に大きな図書館なので、一般市民も好きに読む事が出来る普通の図書館よりも本の数は圧倒的に多い。

 

 一般的な図書館の総図書数は20万冊と言われているが、王立図書館は300万冊はあった。一日に数千冊から数万冊へと読む速度を更に上げて、本当にひたすら読み続けた。児童向けの本もあったが、それを読んでいる時の3匹の龍はシュールで、思わずオリヴィアは笑った。

 

 一冊を数秒で読み切るリュウデリア達でも2週間掛けて読んだ。オリヴィアとしては、途中で飽きてやめると思ったのだが、そうでもなくて、結局全部読んでしまった。しかも全部憶えているという。恐ろしい記憶力と速読だと、素直に感嘆とする。

 

 今は読み疲れたのか、設置してあるソファに腰掛けて背中を背もたれに預け、干された布団のようにベッタリとしていた。読むのが早くて記憶力が良くても、この量を読んで疲れないわけがないリュウデリア達に、お疲れ様と声を掛ければ、力無く手を上げて返事した。

 

 

 

「俺は図書館の本を一度読破しているから慣れているが、初回でこの王立図書館の本を全て読むとは……お前達はよく続いたな」

 

「ここまできたら意地だろ。投げ出したら本に負けた気がしてゼッテー読み切ってやるって逆に燃えたわ」

 

「……投げ出すのは……簡単だが……投げ出したくは……なかった」

 

「なるほどな。それにしても……ッふぅ……疲れたな。脳が」

 

「同じく」

 

「……同意する」

 

「そんなに脱力していると溶けてしまうぞ。スライムみたいに」

 

「それは……嫌だな」

 

 

 

 気合いを入れて読んでいた反動でだらけまくってべたぁとしているリュウデリア達に声を掛ければ、のそのそとソファから立ち上がり、うんと目一杯背伸びをして伸びをした。首を曲げたり腕を回したり腰を逸らしたり、固まった体を存分に解した。

 

 2週間経った今、王都でやることは無くなった。目当ての観光も存分にすることが出来たし、冒険者の依頼もそれなりに達成して資金集めも十分な程した。岩壁を修復した報酬も合わせればじゅうぶん過ぎるものだった。

 

 

 

「つーか、おいリュウデリア」

 

「……?何だ」

 

「湖貝の納品依頼の時、お前めちゃくちゃ獲ってたのに魔力だけ使って魔法は使ってないって言ったよな?あれの正体、反響定位だろ」

 

「……私も……それを聞こうと……思っていた」

 

「あれか。やはり気づいたか。まあ、俺も本を読んで知ったから魔力で出来るか試したところ、上手くいったから使っていただけだがな」

 

「……?何だ?その反響……なんたらというのは」

 

「反響定位だ。これはな──────」

 

 

 

 反響定位(はんきょうていい)。またの名もエコーロケーションと言われているものだ。これは動物が音や超音波を発し、その反響によって物体の距離、大きさ、方向、などを知ることだ。例えば、コウモリ、イルカ、マッコウクジラなどが行っており、これを使えば目が見えなくても大体の物の大きさや、障害物の有無が把握できるようになる。

 

 リュウデリアはそれを本を読むことで知識として得て、魔力でやってみるのはどうだろうかと考えた。そして魔力を超微小な超音波状に自身を中心として飛ばし、地面の凹凸から魚の位置、形、泳いでいる速度を把握していた。

 

 だがこれだけではない。本来の反響定位は超音波を飛ばすので、当たった物の外側だけを捉える事が出来るが、魔力は超音波よりも万能なので通り抜けさせる事が出来る。膨大な魔力だと弾き飛ばしたり破壊をしてしまうので、超微小なものとし、物体を貫通させて中身すらも調べる。だから貝の中にある真珠の有無さえ把握していたのだ。

 

 反響定位の説明を受けたオリヴィアは、それなら確かに砂に紛れて隠れている貝の場所が手に取るように解るし、大きな真珠を持っている奴だけを狙うことも出来ると理解した。本はやはり役に立つんだなと納得しているオリヴィアに、体のサイズを落としたリュウデリア達が使い魔ポジションに入る。王立図書館を出るのだ。

 

 フードを深く被って準備を整えると、王立図書館の外へと出た。入口に立っている見張りの兵士2人が敬礼をしているので、その間を通って通りに出る。今の時刻は10時頃。住民は既に起きて散歩やランニング、買い物をしている。その中に紛れて歩いていると、見覚えのある女性を見つけた。

 

 

 

「メルゥではないか。買い物か?」

 

「これはオリヴィア様。2週間振りでございます。実はマルロ様がフルーツを食べたいと仰られたので買いに来ました。間が悪く切らしておりましたので」

 

「あぁ、そういうことか」

 

 

 

 居たのはメイド服を着たマルロの屋敷で働き、十数人のメイド服を束ねるメイド長、メルゥだった。私服の中に1人だけメイド服だと目立つのですぐに見つけた。見たのに素通りするのもなと思い、近付いて声を掛けると、美しい所作でお辞儀をした。改めて洗練された美しさだなと感心する。

 

 メルゥは貯蔵されている食べ物の中にフルーツが無いのに気がついて、フルーツが食べたいというマルロの為にこうして買い物に来ている。腕には藁で編まれたカゴが下がっていて、中にはリンゴやオレンジなどが入っていた。

 

 最近は王立図書館に居たのでメルゥの言う通り、2週間振りである。ここ最近来なかったが、どうしていたのかと聞かれて、魔物大群を最も斃した者に特別報酬が与えられたので、王立図書館の利用許可を貰い、籠もっていたと答えた。そんなすごい事をしたのかと、少しだけ瞠目しながら流石はオリヴィア様ですねと、純粋に称賛するメルゥだった。

 

 

 

「ところでメルゥ。このあと私は冒険者ギルドに寄って王都を出るつもりだ」

 

「そうだったのですね。行き先はお決まりで?」

 

「特に此処だ……とは決めていないが、国境は越えようかと思っている」

 

「それでしたら、マルロ様の領地へ寄られたら如何でしょう。国境の近くにありますので通り道ですし、オリヴィア様には是非来てほしいと仰られておりました。マルロ様とお嬢様は3日後に戻るとのことだったので、歩いて向かっていれば丁度会うと思います」

 

「そうか。では途中で寄らせてもらおうか。細かい方角は分かるか?」

 

「北北西に向かっていれば、人が通って出来た道もありますので自ずと見えてくるでしょう」

 

「分かった。ありがとう。では、達者でな。縁があればまた会おう」

 

「はい。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ。そして、また会える事を心待ちにしておりますオリヴィア様。使い魔の皆様」

 

 

 

 別れの時となったので、メルゥに挨拶をしておくと、メルゥも美しい所作でお辞儀をして見送ってくれた。そんなに長い間お世話になったわけではないが、とても有能なメイドだった。マルロからの信頼も厚く、何かを頼む際はまずメルゥにというくらいだった。

 

 メイド長をしていて忙しいだろうに、客であるオリヴィア達にも進んで何か用は無いか聞いてくれる。頼めば即実行する。見ていて清々しいほどの働きっぷりだった。そんなメルゥに背を向けて冒険者ギルドを目指す。メルゥは大通りであるのに、頭を下げて見送ってくれたのだった。

 

 人で賑わっている大通りを歩いて数十分経つと、見慣れた冒険者ギルドに着いた。あの戦いから2週間も経つのでどうなっているのか少し気になりながらドアを開けて中に入ると、戦いの次の日とは比べ物にならないくらい人が居た。それでも、戦死したのは約半数なので、来たばかりの時ほどの賑やかさはなかった。

 

 王都が立て替えてくれたお陰で診療所で手当をしてもらい、元気になった冒険者達が、2週間姿を現さなかったオリヴィアを見ると、手に持った酒の入ったジョッキを上げて歓声を上げた。戦いで赤オーガを斃してくれたお陰で助けられたと解っているからだ。各々が声を上げて感謝の言葉を送ってくるのに、適当に手を上げて返事をするオリヴィアは、ニッコリと笑う受付嬢の元まで行った。

 

 

 

「約2週間振りですね、オリヴィアさん!」

 

「あぁ。少し野暮用でな。今日はあの戦いの報酬を受け取りに来た。流石にもう払われるだろう?」

 

「はい!1週間くらい前から受け取れますよ!それにもう用意してあるので受け取って下さいね!国王様より功労者として少し報酬がプラスにされてまして、金額は150万Gです!大金ですねぇ」

 

「……岩壁の件も少し含めているな……。分かった、ありがとう」

 

「いえいえ!」

 

 

 

 トレイの上に乗った多くの金貨を袋の中に入れていき、リュウデリアに異空間へしまってもらうと、今日は依頼を受けていきますか?と聞かれたので、これから王都を発つと答えると、暫くニッコリとしたスマイルを浮かべていたまま固まった受付嬢は、ハッと我に返って大変驚いたように体を仰け反った。

 

 来て報酬を受け取ったと思ったら、まさかのこれから出て行ってしまうという話になれば、それは驚く。ましてやオリヴィアはこの王都を救ったようなものだ。永住とはいかなくても、もう少し居ると思っていたのだ。だがオリヴィアは元々旅をする事を目的とした旅人。一カ所にずっと居るということはないか……と、寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

「残念ですが、オリヴィアさんは旅人ですもんね。寂しくなります」

 

「縁があればまた会うだろう。その時はまた、よろしく頼む」

 

「……はい!行ってらっしゃい、オリヴィアさん!また会える日を楽しみにしてます!」

 

「ありがとう。ではな」

 

「……はい」

 

 

 

 最後の返事は本当に寂しそうな、元気のないものだったが、踵を返して歩き出すオリヴィアの背中に、左手は胸元でギュッと握り込み、右手で小さく手を振った。あてもなく旅をしているオリヴィアと再び出会う事は滅多にないだろう。あったとしても数ヶ月……いや、数年は間が開くはず。

 

 出会いがあれば別れがある。死の危険が隣り合わせの冒険者の受付嬢をしていれば、別れを何度も経験する。だがやはり慣れない。悲しいものは悲しいものだ。いつかまた、会えるといいなぁ……と、出会ってからそこまで経っていないのに、何かと接するときが多かったので会って話してるときが楽しかったのだ。

 

 

 

「また会えるといいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はなんだかんだ一ヶ月以上滞在したな」

 

「殆ど王立図書館に籠もっていたがな」

 

「本の匂いが鼻についてる気がしてやべェ……」

 

「……人間の国は……為になった」

 

 

 

 オリヴィア達は王都メレンデルクを出た。草原と湖で半々に別れている領地を進み、岩壁の下を通り抜けて外へと出て行った。魔物の大群との戦いの途中で現れたシンとクレアの戦いで地面が焦げていたり抉れていたり、砕けていたりと被害を被った大地は広範囲に渡って草木が無くなっていた。

 

 見晴らし良くなってしまった大地を、メルゥに教えてもらった北北西に向かって進む。人が通って出来た道はまだ見当たらないし、メルゥは3日後に会うだろうと言っていたので、恐らく歩いて3日は掛かるところにあるのだろう。しかもそれは1日の殆どを歩いての3日だ。それなりの距離となるだろう。

 

 空を飛べるリュウデリア達に乗っていけば、一瞬で着いてしまうが、別に急ぐ必要もないので歩いてゆっくりと向かうことにする。自然があって、動物が居て、時には魔物が現れて、そういう当然の摂理を満喫しながら自分の足で歩いて行くのも、オリヴィアは結構好きだった。

 

 歩くこと……というよりも体を動かすことは苦ではないので、リュウデリアと一緒だと楽しくて仕方ない。暫く歩いて王都が小さくなってきた頃になると、リュウデリア、バルガス、クレアは体のサイズを人間くらいにして一緒に歩き始めた。翼があるのに飛ばずに歩いてくれるんだなと思っていると、クレアとバルガスが翼を羽ばたかせて飛んで、上から見下ろしてくる。

 

 

 

「んじゃ、オレ達もここら辺でお別れだな」

 

「……世話に……なった」

 

「そうか……行くのか」

 

「おう。今回は行動を共にしてたけどよ、何もずっと一緒に居なきゃいけないわけでもねぇだろ?だから、ここらでお別れだ」

 

「……私達と……リュウデリアは……魔力と気配を……覚えているから……会おうと思えば……何時でも会える」

 

「ふふっ。じゃあまたすぐに会うことになりそうだな。人間の食べ物がまた食べたいーとか言ってな」

 

「ケッ。ま、否定はしねーよ。腹立たしいけどな!」

 

 

 

 オリヴィアの言葉にニヤリと笑いながら返すクレアと、また会えると言ってくれるバルガスに手を振ると、振り返してくれる。そして今度はリュウデリアが翼を広げてクレア達と同じくらいの高さまで飛ぶ。3匹は目を合わせて暫く黙っていると、それぞれが近付いていって肩に腕を回して固まった。

 

 顔を近付けて鼻を合わせる。親しい者達にしかやらない挨拶ようなものだ。互いに認めあっている友であり好敵手だからこそやる。奇跡的に出会う事が出来た、突然変異の仲間へと別れる前の言葉を送る。

 

 

 

「ではな。また会う時までにはもっと強くなれ」

 

「はッ。今度は負けねーからなァ?」

 

「……次に勝つのは……私だ」

 

 

 

 最高の好敵手で頼もしい友に挨拶を終えたリュウデリアは、降りてオリヴィアの隣に立つ。クレアとバルガスは少しずつ高度を上げていき、最後に手を大きく振った。4人で一緒に居る時間はとても楽しいものだった。だからオリヴィアも小さくではなく、大きく手を振り返し、リュウデリアも大きく振り返した。

 

 見上げて目を凝らしても小さく見えるくらいになると、大気に衝撃波を生み出すほどの速度を初速で叩き出し、二手に別れて飛んでいってしまった。飛行速度は恐ろしく速く、目で捉える事は出来ない。一瞬で居なくなったクレアとバルガスを、少しだけ見上げて見ていたオリヴィアは、顔を前に戻してリュウデリアに見ながら手を繋いだ。

 

 

 

「2匹とも居なくなったのにマルロの領地へ行くが、何と言って誤魔化そうか?」

 

「放し飼いみたいにしているとでも言っておけ。使い魔契約をすれば離れても居場所が解るらしいからな。珍しいだろうがおかしくはあるまい」

 

「なら、それでいこうか」

 

 

 

 握られた手を振り払うことはせず、潰さないように気を付けながら握り返してくれるリュウデリアに、うっとりとした蕩けるような笑みを浮かべたオリヴィアは、一緒に歩いていく。友達になったクレアとバルガスとは別れてしまったが、また会える。それに自身にはリュウデリアが居る。

 

 オリヴィアにとってはそれだけで十分過ぎるのだ。右側にリュウデリアが居るのに、左肩をちょんちょんと突かれたので何なのかと思い振り返るが何も居らず、また前を見ていると左肩を突かれる。若しかしてと思って右隣に顔を向けて見ると、何だかすまし顔をしているリュウデリア。

 

 尻尾の先で突いてイタズラしているな?と言うと、前を向きながら左の口端を態とらしくニヤリと笑うように持ち上げた。このイタズラ龍めと、笑いながら言うとリュウデリアは口を開けて笑ったので、オリヴィアも吹き出してから一緒になって笑った。

 

 

 

 

 

 

 王都での生活は終わり、今度は国境を超える為に北北西を目指す。そして途中にあるマルロの領地へと寄っていくために、歩いていくのだった。女神と黒龍が、仲良く手を繋ぎ、笑い合いながら。

 

 

 

 

 

 






 メルゥ

 何度もお世話になったマルロの屋敷で働いているメイド長。買い物をしているところで偶然会い、オリヴィア達が王都を出て行く事を知り、是非マルロの領地を寄って言って欲しいと告げる。

 帰ってからマルロにオリヴィア達のことを伝えると、3日後が楽しみだとマルロが言って、ティネも楽しみと言って笑うので、心の中でニッコリとしていた。




 受付嬢

 結局、オリヴィア達の依頼の受注などをしてくれていた女性。世間話などをしたりとしていたので、王都を出て行ってしまうと知って悲しくなったが、いつかはまた会えると思って涙をぐっと飲み込んだ。




 クレア&バルガス

 一ヶ月以上行動を共にしていたが、王都を離れると共にお別れをした。ずっと一緒に居ても良いが、別けない理由も無いのでお別れへ。

 次に会う時までにはもっと強くなって、他の2匹を打ち負かそうとそれぞれが考えている。魔力を高めれば場所が解るので、呼べば飛んで来る。




 リュウデリア&オリヴィア

 クレア、バルガスと別れた後は、国境を越えることを目指しながら、その途中にあるマルロの領地へ向かっている。また2人だけの旅になったが、寂しくないし、とても楽しい。

 オリヴィアは2人っきりなことにドキドキしているし、手を繋ぐだけで心臓がバクバクしている。そして顔がニヤけそうになるのを必死に我慢しているが、残念ながら我慢出来ていない。





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第6章
第61話  初日


 

 

 

 

 

「──────そっちに行ったぞ」

 

「任せてくれ」

 

 

 

 ボア……と呼ばれる猪に似た魔物が存在する。四足動物のように四足で動き、気に牙を擦り合わせる事で鋭さを磨き、それを武器として使って突進してくる魔物だ。攻撃方々が主に突進による鋭い牙の刺突なので、近付かれる事が苦手な後方支援を得意とする魔導士や冒険者は嫌っている。

 

 それが2匹現れたので、マルロの領地を目指しているオリヴィアとリュウデリアが戦闘になった。言うまでもなく、リュウデリアは突進して来るボアの頭を掴んでそのまま持ち上げ、握り潰した。突進するという攻撃のために厚い頑丈な頭蓋骨があるのだが、今更だろう。握力のみで握り潰してしまうのも。

 

 1匹ずつ相手をしようと即決し、リュウデリアは即行で終わらせた。すると残ったボアは仲間が一瞬で殺されたのを見て襲い掛かるのは拙いと考えたのか、突進するターゲットをオリヴィアへと変えた。真っ直ぐ一直線に突進していく。正面から受けてもローブに刻まれた魔法で物理は殆ど効かないのだが、折角なので魔法の練習をする。

 

 四足動物と同じで駆ける速度が速い。ならば使う魔法も速いものへとなり、イメージしたのは雷だった。ボアとオリヴィアの中間地点に魔力が集中し、上を通った途端に解放された。上から下ではなく、下から上へ流れる純黒の雷がボアを焼いた。少し焦げて煙を吐き出しながら目をぐるりと回して白くなり、力無く倒れた。

 

 

 

「威力は申し分ないが、やはり魔力の流れで読める者には読めるな。魔法に長けた者が相手だと当たらんかも知れん」

 

「そんなに違うのか?」

 

「割とな。魔力で純粋に肉体強化をしているとき、魔力が多ければ多い程強化していることになるが、右拳に集中させていると右の殴打だと事前に解ってしまうだろう?」

 

「そうだな。あからさまだし……」

 

「魔力の操作に長ければ、そこら辺を見破られないよう全体を平均的に強化し、拳が当たるインパクトの瞬間に集中度を上げるということが出来る。ブラフを張ることも可能だ」

 

「私の場合はどうすれば改善出来る?流石にイメージだけだとどういうものなのかを知らないと出来ないが……私に魔力は無いからな……」

 

「ふぅむ……ローブには相当な魔力を籠めているからな……当たらなかったら超広範囲で魔法を叩き込んでやるか。要はゴリ押しだ」

 

「ゴリ押し……」

 

 

 

 魔力の溜めがあるのは、魔力があって感じ取れるものでないと厳しいものがある。イメージだと本当にイメージ次第になってしまうだろう。それに魔法を使うにはどうしても魔力の溜めが出来てしまう。それを巧妙に隠すことが出来るのは、リュウデリアやクレア、バルガスレベルにならないといけない。

 

 どう考えてもオリヴィアには無理な領域だ。一度見たり受けたりした魔法を再現して摸倣するようなとんでもない魔法の才能と技術があってやっている技術だ。魔力すらも無いオリヴィアにイメージしてやれというのは無理が過ぎる。そこで、ここはもうゴリ押しでいこうという話になる。

 

 魔法に長けた者には避けられてしまう。ならば避けられないほどの広範囲に高威力の魔法を叩き込んでやればいい。単純な魔法ならばどんな形でさえ展開する事が出来る純黒のローブには、リュウデリアを以てしても相当な量だと言える魔力を籠めている。使っている最中に魔力切れを起こすことは殆ど無いと言っても過言ではない。

 

 一発の魔法の威力の上げるにはそれ相応の魔力を必要とされてしまうが、ローブにはそんなもの関係ない。膨大な魔力を籠めて避けられないだろう広範囲に魔法を撃ち込んでやればいい。それだけで大体の奴は倒せてしまう。

 

 

 

「まあ、イメージでしか魔法を展開出来ない私にはそれしかないか」

 

「それでもそこらの雑魚にはまず負けん。仮にオリヴィアの手に負えないならば、俺がやる」

 

「ふふっ。勝ちが確定されているな、それは」

 

「さてな。俺とて負けるやも知れんぞ。クレアとバルガスが良い例だ」

 

「お前達みたいなのが他に山と居て、そこらに居るんだったらこの世は簡単に砕けるだろうな」

 

 

 

 オリヴィアが勝てないからとリュウデリアが出てきて、それでも勝てないとなった場合、その相手はどれ程の力を持っているのか想像が難しい。少なくともクレアとバルガスも勝てないだろう。世界最強の龍で、その中でも極めて強い個体である3匹が負ける。つまり龍王もどうなるか解らないということだ。

 

 本音を言えばリュウデリアのように複雑な魔法を使ってみたい。だが出来ないものは仕方ない。新しく複雑な魔法陣を刻むことが出来る魔法陣を思い付いて確立することが出来れば、その時にはローブに施してくれるというので、オリヴィアは待つしかないのだ。

 

 魔法を個人では使えない自身の横で、気持ちの良いくらい高威力で複雑な魔法を使っているリュウデリアが居ると、やはり憧れるものだ。治癒という、恐らくこの世界に1人だけしか出来ない力を持っていようと、やりたいのは魔法という贅沢な悩み。

 

 頭の中で大群に向けてなんかこう……すごい魔法を撃つ自分を想像してワクワクしていると、仕留めたボアの頭を力尽くで引っこ抜いたリュウデリアが頭を2つ持ち上げながら異空間へ跳ばし、残った体に魔法を施して血を全部抜いていき、空中に懲り固めていた。

 

 

 

「これを焼いて食うか?」

 

「……食えるのか?」

 

「毒はない。硬いかも知れんが」

 

「私は要らんから食べて良いぞ」

 

「まあ、美味そうには見えるからな。少し腹が減ったから食わせてもらう」

 

 

 

 リュウデリアはオリヴィアの横を歩きながらボア1匹は空中に浮かべておき、もう1匹は手で掴んで持っていた。そして龍がよくやるような炎を口から放って焼いていく。頃合いだと思ったらやめて、そのまま齧り付いた。因みに、抜いた血はそこらに捨てている。

 

 ブチブチと引き千切りながら無言で食べているリュウデリア。美味いとも何とも言わないので、恐らく美味くないんだろうなと察した。人間の国に行ってこれでもかと美味いものを食べた後に、筋肉だらけで硬い肉のボアを焼いてそのまま食べているのだから、美味いと思う訳がない。

 

 調理という調理しておらず、せめてもの血抜き程度。骨も関係無しにバキバキと噛み砕きながら食べているのを見ていると、本当に龍なんだなぁと思う。人間大のサイズになっているから、人間に純黒の鱗が生えているように思えてしまうが、歴とした龍である。人間の国に行く前は、捕らえた獲物を生で食べていたくらいだ。

 

 蹄などは残して骨すらも食べてしまったリュウデリアは、空中に浮かべて置いたもう1匹のボアを炎で焼いて、また同じようにバリボリと食べ進める。そして無言。絶対美味しいと思っていないだろうなと思いながら、でも気になるので聞いてみることにした。

 

 

 

「リュウデリア、美味いか?」

 

「不味い。全く美味くない。よくもまあこんなモノを生で食べていたなと、前の俺を引くくらい不味い」

 

「でも食べるんだな?」

 

「食うと言ったのは俺だからな」

 

「……後悔しているだろう?」

 

「存分に」

 

「ふふっ」

 

 

 

 無表情で何も言わず黙々と食べているのに、内心では後悔しているのを考えると面白くて、思わずクスクスと笑った。それなら最初からやらなきゃいいのにと思うが、元の大きさがアレなので、一度腹が減ると相当な量を食べないと満足しないだろう。サイズを落とすついでに食べる量も減らせるようにしているが、それでも全く足りない。

 

 残念ながら、見ていても美味しそうとも思えないボアの丸焼きを食べ終えたリュウデリア。最後にふぅ……と息を吐いて少しだけだろうが腹が満たされたことに満足した。しかし後味も悪く、不快な肉汁が口の中を支配していたので、大気中の水分を掻き集めて塊にして口に含み、吐き出して口をゆすいだ。

 

 掌の中に魔法陣を生み出してあるものを取り出す。それは龍の実だった。龍ならば大体の者が大好物であるという黄金に輝く林檎に似た形の果実だ。それを口元に持っていって齧り付いた。

 

 

 

「口直しか?」

 

「後味が悪くてな。龍の実でなければこれは拭えん」

 

「美味しいか?」

 

「美味い。やはり龍の実はとても美味い」

 

「良かったな」

 

「苗を寄越した光龍王と、育てたお前には感謝だな」

 

「水をやっただけで急成長したがな……」

 

 

 

 龍の実を齧ってとても美味そうに食べているリュウデリアを見ていると、ふふっと笑みが溢れる。やはり美味しそうに食べているところを見ていた方が良いと思った。そして龍の実を育てたオリヴィアだが、実はそこまで苦労して育てたわけではない。

 

 土に植えて水をあげれば育つと光龍王に言われたので、リュウデリア達が戦っている間に試しに植えてみたのだ。必要だろう水も用意して掛けてやれば、目に見えて成長していく。なんだったら植物の形をした魔物だと言われた方が納得するくらいの速度で成長して実を生らした。

 

 なので、穴を掘って苗を植え、土を被せて適度な水をあげただけで、他は何もしていないのだ。だから育てたことに感謝されても、何とも複雑な気持ちになる。まあそれを言ったところで何かがあるわけでもないので言わないが。

 

 異空間に成長した龍の実が生る木ごと入れているので、好きなときに食べることが出来る。ただし、異空間には時の流れが無いようなものなので、入れっぱなしにしていると実をつけずに全て食べ終えてしまうことになる。

 

 

 

「今日は結構歩いたな。今は何時だ?」

 

「太陽の位置からして……17時くらいだな」

 

「どうする、まだ進むか?」

 

「俺は構わんがお前は疲れただろう?今日はここまでにするか。丁度木も生えているところまで来たしな。燃やして焚き火でもするか」

 

「分かった」

 

 

 

 左右に木も生い茂り始めてきたし、暗くもなってきたので進むのはここまでにした。オリヴィアは木の方へ向かい、幹に背中を預けて座り込む。リュウデリアは適当な木を掴んで握ると、尻尾の先に魔力の刃を形成して一振り。木を1本根元から斬った。更に細かく斬って薪に使える大きさにすると、余分なものは異空間へ送った。

 

 オリヴィアのところへ戻ると適当に作った薪を積み、魔法で炎をつけた。パチパチと音を立てて燃える薪を見つめると、虫が寄ってきてオリヴィアが鬱陶しそうにしているのに気がついた。足下に魔法陣を描くと飛んでいた虫が何処かへ飛んで行く。

 

 

 

「魔法は便利だな」

 

「基本何でも出来るからな」

 

「時を止めたりも出来るのか?」

 

「それは複雑過ぎてまだ出来ないな。その内思い付くかも知れんが」

 

「……若しかして戦闘中に思い付いた魔法をそのまま撃ったりしているのか?しっかりと出来ているのか確認しないで」

 

「今更魔法の構築で間違えはせんだろう。思い付いてそのまま撃てば、それはもう俺の魔法だ。不完全も何もない」

 

「人間は何度も試して失敗を繰り返し、やっとの思いで一つの魔法を創っているらしいが……相変わらずスゴいな」

 

「龍だからな」

 

「龍だからか」

 

「うむ」

 

 

 

 リュウデリアとオリヴィアは他愛ない話をして時間を潰していく。陽はすっかりと落ちて暗くなっている。こんなところで火を焚いて野宿していると魔物に襲われる危険性があるのだが、リュウデリアが居るだけでも超過剰戦力だろう。

 

 展開された魔法によって邪魔な虫は周囲に居らず、危険な魔物は近づいて来ない。外なのにのんびりとした時間が流れ、夕飯として王都で買っておいた果物を食べた。

 

 火が小さくなれば薪を追加し、2人だけの時間を過ごす。やがて寝る頃合いの時間になると、オリヴィアがリュウデリアを手招きした。態々立ち上がったことに訝しげにすると、なるほどと察した。腰を上げたオリヴィアが座っていたところに自身が胡座をかいて座ると、膝の上に腰を下ろしてきた。

 

 自身の胸に背中を預けて座ってくる。腕を腹に巻き付けるようにして抱き締めれば嬉しそうにし、腕の鱗に手を這わせて撫でてくる。リュウデリアは翼を広げてオリヴィアを包み込むと頭を下げて肩に顎を置いた。頭を優しく撫でられる。気持ちの良い感覚を味わいながらそっと目を閉じると、抱き締められているオリヴィアも目を閉じた。

 

 

 

「おやすみ、リュウデリア」

 

「おやすみ、オリヴィア」

 

 

 

 王都を出発して初日の夜。オリヴィアとリュウデリアは抱き締め、抱き締められながら眠った。人間の国で過ごすのもいいが、こうやって2人で野宿するのもいいと思った。

 

 

 

 

 

 外なのに快適な夜を過ごしたリュウデリア達は、起きたらすぐにマルロの領地へ向けて歩き出す。あと2日の道のりであった。

 

 

 

 

 

 






 ボア

 猪に似た姿をした魔物。口からは上に向かって牙が生えており、尖らせるために木に擦り付けたりする。突進が主な攻撃方法。肉は硬くて不味い。




 オリヴィア

 リュウデリアに抱き締めてもらおうと思ったら、察してくれたのがスゴく嬉しかった。抱き締められながら寝るのはたまらなく素晴らしい。今度からこうしてもらおうと心に決めた。




 リュウデリア

 ボアの肉は食えたもんじゃなかったが、腹が減ったので仕方なく食べた。本当に不味い。

 オリヴィアが呼んだので察して抱き締めながら眠った。温かくて良い匂いがしたのでぐっすりと眠れた。




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第62話  領地レッテンブル

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアは北北東を目指して道を進んでいた。初日のように休憩を挟みながら歩いて、自然を目にしたり襲い掛かってくる魔物を返り討ちにしたりしながら2日目、3日目と経つと、視線の先に大きな街が見えてきた。言われた方角を目指して進み見えてきた街なので間違いない。

 

 マルロの別荘でメイド長をしているメルゥは、3日後には追い付くと言っていたが、どうやらオリヴィア達の方が早かったようである。その内にやって来るだろうと考えて先に街へ入ることにした。の、だが。本当に僅かな差だったようで、後ろから馬車の車輪の音と馬の蹄が地を蹴る音が聞こえてきた。

 

 振り返ると見たことがある馬車だった。マルロの乗っていたものである。周囲には4人の男達がついていて、魔物が出てきた時に代わりに戦ってもらう為の要因なのだろう。オリヴィア達のことを知っている馬の手綱を握る御者が気がつき、手を振ってくる。冒険者も教えられているのか、純黒に身を覆う自身達を見ても警戒する様子がなかった。

 

 

 

「お久しぶりです、オリヴィアさん!その節はどうも……本当に申し訳なく……」

 

「過ぎたことだ。気にするな」

 

「やっぱりアンタだったか!黒いローブを着てる人を見つけたら教えてくれって言われたから、若しかしたらって思ってたんだよ!おーいマルロさん!オリヴィアさんが居たぜ!」

 

「おぉ!オリヴィア殿、足が速いですなぁ。もっと早く追い付くと思っとったのですが、いやはや」

 

「オリヴィアさん!久しぶり!」

 

「あぁ。久しぶりだな」

 

 

 

 その場で止まって馬車が来るのを待っていると、黒い格好というだけで結び付けたようで、王都の冒険者達は口を揃えてそうだと思ったと言っていた。冒険者の男に居ることを教えてもらったマルロは窓から顔を出すと、良かったと破顔し、脇から顔を出したティネも嬉しそうに手を振った。

 

 合流したマルロ一同とオリヴィアは一緒に残り少ない街への道のりを進んだ。護衛の依頼を受けていた冒険者は、Aランク冒険者を完膚無きまでに叩き潰したオリヴィア達を多少怖いと思っていたが、魔物の大群が攻めて来た時に、自身達では斃せないと直感した魔物を斃したり、最も魔物を狩った彼女達のことを怖がっていてはダメだと反省していた。

 

 魔物を最も狩ったということは、それだけ人が救われたということ。半数近い冒険者が殉職してしまったが、それだってオリヴィア達が戦っていたからこそだ。もし彼女達が居なかったらと考えると、確実に門は突破され、王都内にも魔物が入り込んでいたろう。つまり、この冒険者達は感謝しているのだ。

 

 マルロが辺境伯として治める街、レッテンブル。辿り着くと護衛の冒険者達は休憩がてら飲み屋へと行って別れた。オリヴィアはマルロの屋敷へ招待されているので馬車に乗せてもらって向かった。

 

 見慣れているからなのか、街の人々がすれ違う馬車に向かって手を振っている。大きい街で貧富の差は無いように見える。誰もが笑顔で話をしたり、買い物を楽しんでいる。石作りの通りを進んでいる中で、カーテンを少しだけ開けて外の様子を覗いているオリヴィアとリュウデリアは、マルロがしっかりと街の運営をしているということを知った。

 

 善人であることは分かっていたので予想通りだった。街は活気に溢れているので、訪れる人が居ればきっと気に入るだろう。良い匂いもするので美味そうな料理も売られているに違いない。そんなに長居はせずに国境を越えるつもりだが、腹拵えくらいはしていこうとは考えている。

 

 

 

「それでは、改めてようこそ我が屋敷へ。そしてレッテンブルへ」

 

「少し世話になったら出発してしまうが、よろしく頼む」

 

「えぇ……!?オリヴィアさんすぐ行っちゃうの?それとクレちゃんとバルちゃんは?」

 

「今は別々に行動している。使い魔の契約をしているから場所も分かっているし何時でも呼び出せるが、今は好きにやらせてやってくれ」

 

「そうなんだ……使い魔いいなぁ……」

 

 

 

 馬車が止まったのは、やはり豪邸な屋敷の前だった。王都にある別荘は真っ白な壁であったが、この屋敷は外壁がレンガ作りであった。広い庭の中央には噴水が設置されており、植栽として木が植えられ、庭師の手入れが行き届いていて全て同じ形をしていた。

 

 使用人のメイドが屋敷から出てきて玄関までのアプローチの端に控えて頭を下げている。王都でもこっちでも使用人は居るのだなと思って、案内されるままに屋敷へと入っていった。

 

 因みにだが、ティネはオリヴィアから使い魔としてのクレアやバルガスと遊んで、使い魔そのものを気に入ったのか、将来は自分で見つけた可愛くて強い魔物を使い魔にしようと考えている。

 

 

 

「使用人に食事の準備をさせますので、オリヴィア殿は風呂にでもゆっくり浸かってきてくだされ」

 

「良いのか?」

 

「勿論構いませんとも。是非英気を養ってくだされ。国境を越えるまでと後でで、歩きとなるとそれなりの日数が掛かりますからな。休めるときにゆっくりと休むべきです」

 

「分かった。では甘えさせてもらう」

 

「どうぞどうぞ。使い魔殿もゆっくりしてくだされ」

 

「……………………。」

 

 

 

 マルロは遠慮しないで欲しいと言って風呂を薦めてくれた。今頃は料理人が調理室で客人であるオリヴィアとリュウデリアが満足する料理を作っている事だろう。それが完成するまで待っていてくれという意味も含まれていた。なのでそこは御言葉に甘え、風呂へ行くことにした。

 

 メイドに案内されて通された風呂は、広すぎて風呂というよりも大浴場だった。ここだけでも人が住めるだけの広さがあると言っても過言ではない程の広さで、使っているのはオリヴィアとリュウデリアの2人だけときた。貸し切りと同じようなものだ。

 

 さっさと着ている物を脱いだオリヴィアはリュウデリアを両手に抱えて大浴場へと入っていった。お湯は既に用意されていて湯気が上がっている。しかし湯の張った湯船に直行ではなく、頭や体を先に洗うためにシャワーがある方へと向かってバスチェアーに腰掛けた。

 

 

 

「俺は自分で洗えるんだぞ」

 

「勿論分かっているとも。だからこれは洗いっこだ。だから……その……わ、私のこともまた……洗ってくれないか?」

 

「いつも俺が先だからな。今回は先に洗ってやる」

 

「えっ。それだと心の準備がぁあんっ。ま、待ってくれ……ん……そんなっ……んんっ……うぅ……ぁ……っ」

 

 

 

 頭を洗ってから体というのが面倒なので、2箇所同時進行でオリヴィアを洗い始めたリュウデリア。最初は彼のことを洗って心の準備を整えてからやってもらおうと考えていたのに、まさか先にやってもらうことになるとは思ってもみなかった。

 

 一瞬で使い魔サイズから人間大サイズになったリュウデリアに捕まえられ、抵抗する間もなく頭と体に泡をつけられて洗われた。髪を梳いてくれるときは純粋に気持ち良いが、体を洗うときはちょっとダメだった。真剣にやってくれているのに、体が熱くなってしまう。

 

 目をギュッと瞑って堪えようにも、口から声が漏れてしまう。まるで艶やかで男を誘っているよう喘ぎ声だったのが恥ずかしくて、口を両手で押さえるが、弱いところを手で擦られる度に肩が跳ねて体がビクつく。

 

 きめ細かい白い肌にぬるぬるとした泡が張り付き、その上から硬い掌で優しく撫でられる。オリヴィアは洗ってもらっているだけなのに気持ち良すぎて終始声を漏らしながらビクビクと震えているだけだった。洗い終えてお湯を掛けてもうっとりとした蕩ける表情をしているだけで動かないことに訝しんだリュウデリアは、さっさと自身の体を洗い、オリヴィアを横抱きにして抱き上げた。

 

 湯船に少しずつ浸かる。胸元までお湯が来るとその段差のところで座り、膝の上にオリヴィアを座らせた。横向きなので自身の胸に手を置かれ、こてんと頭を寄せられる。甘えられていると理解したので、好きなようにさせながら濡れた頭を優しく撫でた。それから5分くらい経過した時に、夢心地だったオリヴィアが戻ってきた。

 

 

 

「……っ!?す、すまない。洗ってやれず……」

 

「別にその程度構わん。必ずやれとも言っておらんし、そもそも自分で洗える」

 

「その……お前に洗ってもらったら気持ち良くて……惚けていた」

 

「知っている」

 

「……っ」

 

 

 

 恥ずかしいところを見られた。それだけで顔が真っ赤になってしまい、上から見つめているリュウデリアに見られないように俯いた。何度も風呂に入っているだろうに、何故そこまで恥ずかしがるのか分からないし、色が変化するのは見ていて面白いと思ってますます見つめる。

 

 今はとてもではないが顔を合わせられないので俯くオリヴィアと、顔が真っ赤になっている彼女の様子が面白く、そして興味深いのでずっと見つめるリュウデリアの構図が出来上がった。チラチラとこちらを見ては、目が合うと俯く。またチラチラと見て、俯くを繰り返している。

 

 何となく、背中を支えていない方の手を伸ばして顔を潰さないように掴み、こちらを向かせる。真っ赤な顔が現れて、朱い瞳と黄金の瞳が交わる。すると耳や首筋まで真っ赤にして、口がもにょもにょと形を変えていく。どうやら限界らしかった。

 

 

 

「そ、そんなに見つめないでくれ……恥ずかしい……っ」

 

「何故だ?」

 

「げ、幻滅されるくらいのところを見せたから……?」

 

「俺はお前に幻滅などしていない。する気もない」

 

「ふぐ……っ」

 

「おい、どれだけ赤くなるんだ」

 

「うぅううぅ……もうやめてくれぇ……」

 

「……??」

 

 

 

 恥ずかしさが限界を超えようとしているので、前回こんな感じで逆上せて目を回していたオリヴィアを思い出し、湯船の中に居ると危ないと判断して、横抱きにしている状態で立ち上がった。突然のことで、思わずきゃっと可愛らしい声を上げ、それに気がついて顔を手で覆って俯いてしまう。

 

 もう顔を上げてこないので、そこまでのことか?と疑問に思いながら脱衣所を目指す。濡れた翼をバサバサと動かして水気を飛ばし、尻尾を適当に振って付着した水滴を振り払う。ドアを尻尾で器用に開けて大浴場を出れば、高い室温と湿気から解放されて涼しい。

 

 この頃になればオリヴィアも復活したので、降ろしてやればしっかりと自分の足で立った。まだほんのりと頬が赤く、チラチラリュウデリアのことを見ているが、備え付けてあるタオルを手に取って髪と体を拭いていく。魔法でやれば一瞬なのだが、求めている節はないのでしなかった。

 

 オリヴィアがタオルで拭いている。それを見て自身だけ魔法を使って乾かすのもあれだと思い、同じくタオルを手に取って体を拭く。頭、腕、脚、と拭いていったが、背中が上手く拭けなかった。翼が邪魔をしているのだ。仕方ないので魔力操作でタオルを浮かせて翼の生え際、翼膜の水気を拭いた。

 

 

 

「用意される食事は何だろうな?」

 

「さあな。だが王都の屋敷に仕えていた料理人と同等の腕を持つのだとしたら、満足のいくモノを出すだろう」

 

「そうだな。……そういえば思ったのだが、旅の途中で食べる物も買って異空間に入れておくのはどうだ?好きなときに食べられるだろう?今まではその場で買って食べてしまっていたが。ほら、龍の実のように」

 

「確かにそうだが、人間の作った食い物に頼ってばかりだと依存してしまいそうで嫌なのだ。時には以前のような食い方をしておかねば忘れそうになる」

 

「あぁ……だからボアをあんな食い方したのか」

 

 

 

 本来は龍が人間の食い物を食べることはない。そもそも人間の国に行かないからだ。自然の中で生きていくのが常。リュウデリアとオリヴィアのように、人間に紛れ込んで生活するというのはかなり稀少な行動と言っても良いだろう。

 

 だが逆に、人間の作った食べ物ばかりを食べていると、その美味しさから前のような食事には戻りたくないと依存してしまう事になり、抜け出せなくなってしまう。それは龍として、人間に頼らなくては生きていけないと言われているようで頗る嫌なのだ。

 

 理由を知ったオリヴィアは、髪を乾かし終えて服を着ながら、なるほどなと頷いた。その後彼女は少し考える仕草をすると、何かを思い付いたようでニッコリとした笑みを浮かべ、明日は行きたいところがあると要望を口にした。

 

 

 

「珍しいな。お前が自分の口から行きたいところがあると言うのは」

 

「ふふっ。まあ少しな。それと買いたい物もあるからショッピングといこうか」

 

「ふむ……?まあ金は幾らでもあるから、好きに使うといい。俺は食い物以外に買う物は無いからな」

 

「なら奮発して少し多く使っても良いか?」

 

「王都の岩壁を直した時の報酬があっただろう。あのくらいは使っても良いのではないか?まあ、それ以上必要だというのなら、もっと使っても構わんが」

 

「いや……流石にそこまでは使わないぞ?」

 

「そうか?」

 

 

 

 本当に珍しく欲しいものがあるというオリヴィアの言葉に首を傾げる。はて、そんなに必要だと言える物はあっただろうかと。物欲というか、食欲が全速前進しているリュウデリアからしてみれば、良い匂いのする食べ物を買って食べるくらいしか金の使い道がない。それ以外では殆ど使っていないのも事実だ。

 

 使うよりも入ってくる金の方が多いので丁度良いと思って、岩壁を直した時の報酬額くらいは使って良いと言ったのだが、そこまで使わないという。何が欲しいのだろうと気になる気持ちもあるが、明日には知れるので黙っておくことにした。

 

 

 

 

 

 使い魔サイズになったリュウデリアを肩に乗せて、オリヴィアは脱衣所を出てメイドの案内の元、ダイニングルームへと行き、マルロとティネと共に豪華な料理を堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 





 護衛の冒険者

 4人のパーティーを組んでいる、Bランクの冒険者。マルロの護衛依頼を受けて同行していた。途中でオリヴィアとリュウデリアが野宿した後を見つけて、生存確認もしていた。ボアを狩った時の血は少し驚いたが、そこらの魔物にはまず負けないだろうと、よくわからない信頼をしていた。後日、王都へ帰る。




 オリヴィア

 風呂で隅々まで体を現れて夢心地になって惚けていた神。今回あることを思い付いてしまい、翌日が楽しみになっている。




 リュウデリア

 オリヴィアの体を隅々まで洗ったが、意外とテクニシャンな模様。少なくとも治癒の女神を骨抜きにして惚けさせるくらいには。

 オリヴィアが何か思い付いたようだが、その時の楽しみとして黙っている。因みに、マルロの屋敷で出された食事は堪能したし、20人前は食った。



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第63話  料理

 

 

 

 古来より、女の買い物というのは長い。目的の物を購入したのだとしても、他に売っている物に目移りしてしまったり、これ……必要かもという考えが(よぎ)って買って使った場合と買わなかった場合を想像し、悩んで時間を食うからだ。それと男に比べて必要な物が多いということもある。

 

 買い物に行く主婦は1人で居るならまだしも、家族を連れて買い物に行けば必ず反感を買う。買い物が長いと。早く次のところへ行こうと。しかし買い物に満足できず、結局長くその場に留まるのだ。財布の紐を締めるも緩めるも主婦次第なのでどうしようもない。

 

 何が言いたいかというと、神とはいえ生物学上は女であるオリヴィアも、例に漏れず買い物が長いのだ。一緒に来ているリュウデリアには、どれでも良いと思える代物が並んでいるが、彼女は一つ一つをしっかりと見て吟味している。

 

 近くに夫を連れた主婦が買い物をしていて、どれでも良いと言われた途端、選んでいる物がどれだけ種類があるのか。どれだけ使いやすさに差が生まれるのかを延々と聞かされて疲れているのを見て、口から出かかったどれでも良いという言葉は飲み込んだ。発していたらどうなっていたか解らないからだ。

 

 

 

「どれが良いと思う?──────この2つのフライパンで」

 

 

 

 ──────正直どっちでも良い……が、それを言ったら何を言われるか解らんし……調理器具は所詮消耗品。今優れた物を買ったとしても、また買うことになる。ならばどっちでも同じだ。

 

 

 

「右のだな」

 

「理由は?」

 

「……っ!?あー、頑丈そう……だからだな。うむ」

 

「ふむ……頑丈さも視野に入れておくべきか……いやでも……」

 

 

 

 理由が必要だったのか……と、遅れ気味の間の開いた返事になってしまったが、乗り越えたことに安堵した。そう、リュウデリアとオリヴィアが見ているのは調理器具だった。マルロの屋敷に泊まって翌日、早速買い物に行くというオリヴィアの肩に乗ってやって来たのが、調理器具などを売っている店だった。

 

 やって来た当初、リュウデリアは何故この店?と思った。何せこれまでの旅にも使わなかった代物だったからだ。飯は泊まった宿やマルロの屋敷、後は買い食いをしていた。つまり自身もオリヴィアも料理なんてものはしたことがないのだ。

 

 それなのに先に調理器具を買ってしまって良いものなのだろうか。フライパンにフライ返し。皿とコップと茶碗と調理するための折りたたみできるテーブル。必要だと思われるものを購入していった。火を出す魔石だったり、コンロのような魔道具もあったので、折角ということで購入した。

 

 調理するための器具と、食べるときに必要な皿なども全て揃えた。金は確かにそれなり使ったが、今まで稼いだ金額を考えると微々たるものだ。使った内にも入るまい。金を渡して買ったものを異空間に跳ばしながら考える。料理が出来るようになる前にこういったものは揃えて良いものなのかと。

 

 

 

「さて、次は材料だ」

 

「市場か?」

 

「そうだぞ。鼻に期待しているからな?」

 

「……あぁ」

 

 

 

 龍は鼻も良く効く。果物一つにも良し悪しがあり、その悪い物を引き当てないために匂いを嗅いでもらって判別するのだ。果物に直射日光を当てないよう、店側も工夫しているものの、やはり見えないところでは痛んでいたりするのだ。金を出して購入したのに痛んでましたでは目も当てられない。

 

 店を出たオリヴィアとリュウデリアは市場へと向かった。調理器具を買っているのだから当たり前だが、やはり料理が目的のようである。材料まで揃えるともなれば確実も確実だろう。

 

 売られている肉の匂いを嗅いだり、調味料を見ていって少し舐めさせてもらい、使う物かどうかを判断してから購入していく。鶏肉や豚肉を多めに買っていたので、当然作るのはオリヴィアで食べるのがリュウデリアだ。別に不安だということはないのだが、大丈夫なのか?と訝しんでしまう。

 

 食べたら体の内側から溶かす……みたいな劇物でない限りは何でも食べられるが、食べたくないものは食べたくないのだ。特に食べたいと思わないのが、虫類のものである。流石に生で食べようとは思わなかった。

 

 粗方材料を買い込んだオリヴィアとリュウデリアは、レッテンブルの外へと出て来た。自分達で用意して飯を作れるように、アウトドアで出来る物を買った。なのでマルロの屋敷の庭でやっても良かったのだが、オリヴィアは2人っきりでやりたかったので、態々街の外まで出たのだ。

 

 木々が生えているところまでやって来る。遮蔽物が無いと、リュウデリアが人間大のサイズになれないからだ。旅をしている最中の状況を想定してやりたかったので、今がベストなのだろう。こちらからも街の様子すら見えなくなったところで、周囲に人間の気配が無いことを確認してから、リュウデリアはサイズを大きくした。

 

 

 

「椅子だぞ。これに座って待っていてくれ」

 

「分かった。……うぉ……沈むな……」

 

「ふふっ。すぐ作るから待っていてくれ」

 

「……何を作るつもりだ?」

 

「んー……ヒミツだ♪」

 

 

 

 真っ黒なローブを脱いで黒いエプロンを身につけ、背中で紐を縛ったオリヴィアが、買ったばかりの簡易的な椅子に座っているリュウデリアに、人差し指を口元に持っていきながらウィンクした。出来上がるまでは教えないということだろう。サプライズということだ。

 

 しかし、教えなくても察せられるというもの。これまでに色々な飯を食べてきたので、同じ物の形に出来上がってきたら、アレだなと察せられる。サプライズにはならないのではないか?と思った。椅子に座って自重でぎしりと鳴らしながら、暇なので新しい魔法の開発を始めた。

 

 両手を翳して純黒の魔法陣を展開すると、人間には扱えない理解出来ないレベルの超高度な機構を動かしていく。カチコチと機構が移動したり入れ替わったりしているのを眺めている傍ら、オリヴィアの調理風景を見る。必要だと言われた物は全て異空間から出してある。なので手伝いで呼ばれることはないが、危ないことはないか確認してしまう。

 

 今はパンと同じくらい普及されている米を炊くために火に強い高級の釜に米を注いで水を入れている。瑞々しいものを目指しているのか、真剣な表情でジッと見つめながら、入れ物に入れた水を少しずつ注いでいた。

 

 簡易テーブルの上に魔道具のコンロが置いてあり、その上に米と水を入れた釜を置いた。捻りを回して炎をつけて熱する。その間に違う物を用意し始める。小さな容器に、にんにく、塩と胡椒、オリーブオイルを適量で入れ、そこにマヨネーズを少しと粉チーズをまぶしてドレッシングを作った。

 

 掛けるためのドレッシングを混ぜて作り終えると、今度は野菜の準備を始めた。キャベツをまな板の上に置き、左手で押さえて右手に包丁を持った。リュウデリアの目が細まる。何時でも包丁を止められるように。治癒の女神なので切り傷を作ろうと瞬く間に治せるのだろうが、だからといってむざむざ傷を負わせるようなことはさせない。

 

 人知れず見張られているのも知らず、オリヴィアは慣れた手つきでキャベツを千切りにしていった。皿を2つ用意して千切りのキャベツを盛り付け、そこへ千切ったレタスを盛りつけた。一つだけ量が多いので、それがリュウデリアの分なのだろう。水で洗ってあるので瑞々しい見た目だ。

 

 次に手を掛けているのはフライパンだ。火を点けたコンロの上に油を敷いたフライパンを置いて熱している。火はそこまで強くないので熱せられるまで時間があり、その間にタレを作り始めた。醤油、砂糖、みりん、料理酒、少しだけの塩を入れて混ぜ合わせて黒いタレが完成した。

 

 熱せられたフライパンの上に手を翳して温度を確かめると、鶏のもも肉を2つ掴んで投入した。パチパチと油が跳ねて焼かれていく。フライ返しで焼かれている面を確認し、きつね色にこんがりと焼けたらひっくり返す。そのまま少し待って、こんがり焼けたら作っておいたタレを注ぎ込んだ。ジュウッといい音が聞こえてきて、鼻を刺激するのは香ばしい良い香り。

 

 魔法陣を展開していたリュウデリアは、ついついオリヴィアの方を見てしまった。口の中に涎が貯まっていき、溢れそうになったのに気がついて飲み込むと、ゴクリと喉が鳴った。匂いからして美味そうだと察してしまったが、こんな料理はまだ食べたことがない。どんな味がするのだろうと考えると、楽しみな気持ちと連動してか尻尾が左右に揺れる。

 

 出来たと判断されて広くて浅い大きめの皿に移されて、残っているタレを上から掛けていく。近くに小さなプチトマトを添えて完成したようだ。するとカタカタという音が聞こえた。発生源は釜だ。炊いている米が出来上がったようだ。エプロンを使って蓋に手を掛けて持ち上げると、白い湯気がもわりと立ち上っていった。

 

 茶碗を持って盛りつけると、全て出来たのだと察して食べるためのテーブルをリュウデリアが持ってきた。椅子を設置すると、ありがとうと言われながら皿が並べられていく。鶏肉が載った皿とサラダ、ドレッシングの入った容器と白米の載った茶碗だ。

 

 

 

「さ、出来たぞ。サラダは分かるだろう?ドレッシングは好きな分だけ掛けてくれ。肉はチキンステーキだ」

 

「チキンステーキ……」

 

「タレは簡単なものだけで作れるし、味が濃くて肉好きならば絶対に気に入ると、女神友達に教えてもらったんだ」

 

「ほう……?というより、お前は料理が出来たんだな。正直に言わせてもらえば、料理している姿を見たことがなかったから不安があった」

 

「ふふっ。まあお前の前では確かに作ったことがなかったからな。()()では暇な時とかには作っていたんだぞ?」

 

「神界……」

 

「…っ……んんっ。ほらほら、熱いうちに食べてくれ」

 

「……分かった。いただこう」

 

 

 

 オリヴィアは用意されたフォークやナイフを使ってチキンステーキを切って食べているが、リュウデリアは慣れてしまったのか、魔力の遠隔操作で切って浮遊させて食べることにした。ふわふわと浮いている、タレに絡まった鶏肉。口元に近づければ近づけるほど香ばしくて食欲をそそる。

 

 少し気になる発言があったが、チキンステーキを口に入れて咀嚼した瞬間、頭の中から飛んでいってしまった。タレの味が濃くて美味く、肉もモモ肉なのでジューシーだ。焼き加減は完璧で中まで火が通っている。噛めば肉汁が溢れてきて、これは確かに肉好きならば気に入ってしまう一品だ。

 

 

 

「美味いッ!!こんな食い方もあるのか……ッ!!」

 

「サラダのドレッシングも美味いと思うぞ」

 

「どれどれ……ほう。サッパリした野菜にクリーミーなドレッシングが混ざって口休めにはいいな」

 

「そうだろう?……うん、米と良く合うな。この米を考えた人間は才能があるな」

 

「醤油やみりんなどの調味料の名前を考えた人間は珍しい名前だったぞ。確かハナコ・コウジョウという人間の女がある日突然、今普及されている調味料を作り、命名したという。米もその一つだ。遙か昔のことらしいがな」

 

「思い付きだけで数々の物を発明したのか?」

 

「いや、本人曰く、知っていることを試した結果だ……とのことだ。未来視の力でも持っていたのかは謎だが、そう本に書いてあった」

 

「なるほど……」

 

 

 

 オリヴィアが作った絶品の料理に舌鼓を打ちながら、2人で会話も楽しんだ。遙か昔のことだが、とある人間の女が調味料や米、箸と言った物も広めたとされていることを教えられ、本を読んだ成果が早速発揮されたなと、オリヴィアはリュウデリアに微笑んだ。

 

 こんもりと盛りつけておいたサラダも食べ、人によっては食べられないプチトマトも食べ、肉を頬ばって米と一緒に咀嚼しながら尻尾をゆらゆらと揺らし、翼もバサバサとさせているリュウデリアを見ていると、作って良かったと心から思った。

 

 美味しそうに食べてくれるので、自身のチキンステーキも食べるか?と聞くと、確かに美味いがお前の分まで奪おうとは思っていないと返されたが、尻尾の揺れ具合から足りていないのは分かっている。バレバレなのになぁと思い、クスリと笑ってお腹いっぱいだから代わりに食べてくれと言って差し出した。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアはオリヴィアが実は料理が出来るということを知った。作るものも実に美味いということも。だが食べ物に釣られて、オリヴィアの『()()』という言葉が頭から抜け落ちてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 







 ハナコ・コウジョウ

 珍しい名前を持つ人間の女性。昔に調味料を開発して命名した人で、フォークやナイフが主流だった世界で箸を初めて作って使っていた。

 知っていたことを試して作ったという謎の発言をしており、変わり者だと言われることも多々あったという。今では、今の食事事情を作り上げた偉大な人物として語られている。




 オリヴィア

 実は料理は出来た。女神友達と作りあって食べさせあったり、ご馳走したりしていた。今回()()という発言をしてしまい、その時は少し焦っていた。

 リュウデリアに美味いと言われて嬉しかった。折角調理器具を揃えたので、今度から旅の最中の食事は自分が作ってあげようと考えている。




 リュウデリア

 オリヴィアの作った料理が美味くてちゃんと完食した。肉が最高に美味かった。是非他のも作って欲しいと考えている。好感触のようだ。


 食べ物に釣られて()()の発言を頭から溢れ落とした。



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第64話  早い出発

 

 

 

 

 

「えー!もう行っちゃうのー!?」

 

「まだ3日しか滞在していませんが、お早い出なのですなぁ……」

 

「まぁ、元々王都で旅の準備は終わっていたからな。此処へはちょっとした小休憩を挟みたくて寄ったんだ。お前達が治めている領地という部分でも気になっていたが……知れたし、もう十分休んだ。私達は旅に戻る」

 

 

 

 リュウデリアに手料理を振る舞った日から次の日のこと、オリヴィアは旅の準備を整えて、マルロが治めている街、レッテンブルの入口でマルロとティネと顔合わせして会話をしていた。街に寄って3日目の今日で、もう旅に出てしまうのかと……ティネはえーっ!と抗議していた。

 

 辺境伯という高い爵位を持つ貴族だからか、冒険者という職に就いている者との直接な交流は初めてで、使い魔……という(てい)であったクレア達の事が気に入ったのか、ティネという少女は懐いてくれていた。王都で唯一オリヴィアが素顔を見せた者達で、同じ女ということもあるのかも知れないが、とにかくティネは懐き、マルロは命の恩人であるということがあってとても友好的だった。

 

 王によって辺境伯という爵位を賜り、街を運営していき、今や立派な領地である。私欲に走りがちな貴族という位でありながらも、心優しく清い精神を持っていた。人間の中でも珍しいタイプだと、リュウデリアですら密かに思っていた程だ。だから彼等は今この時まで交流をしていた。

 

 一月くらいの交流ではあったが、マルロもティネもオリヴィア達のことが好ましく思っていた。やはり貴族だからか情報の回りが早く、王都に来る前には街に襲ってきた魔物の大群を退けたという話を聞いた。純黒のローブに身を包み、使い魔を連れた魔導士の魔物使い。聞いた瞬間に理解した。オリヴィア殿だと。

 

 王都を襲った魔物の大群もまた退けてくれた。一度経験があったからだろうか、それとも唯単に強すぎるからなのか、兵士も冒険者も導入された中で、1人だけ無傷で最も魔物を斃したと言っていた。それもAランク冒険者がやられた突然変異のオーガをも討ち取ったという。なのにランクの飛び級は求めず、地道に依頼を消化しているとのことだ。実に素晴らしい人物だと、マルロは認識している。

 

 別れは歳をとっても寂しいものだ。出会いがあれば別れがあるというのは身にしみているがら認めた人が離れるとなるとやはり思うところがある。少し涙ぐんでいるティネの頭を優しく撫でてやり、貴族という位を抜きにして、一人の人間として頭を下げた。

 

 

 

「オリヴィア殿。儂等がこうしていられるのもあなたが救ってくれたからこそのもの。本当にありがとうございました。どうか、お元気で。近くに来ることがあれば、是非また、いらして下さい。おもてなしさせていただきます」

 

「……っぐず……っ!ばいばい、オリヴィアさん、リュウちゃんっ」

 

「さよならだ。縁があればまた会おう」

 

「えぇ。また会いましょう。国境を越える為の検問所は北へ向かえばあります。お気をつけて」

 

「……うぅ……ばいばい……ばいばーいっ!」

 

 

 

 踵を返して旅立っていくオリヴィア達の背中を、マルロとティネは見ていた。死の危険と隣り合わせの冒険者をしている、(したた)かな女性であるオリヴィアと、その使い魔であるリュウ。これからも彼女達は色んな人と出会って別れをし、旅を続けていくのだろう。

 

 また会える時を楽しみにして待っていよう。そう思いながら、最後に後ろ姿へ頭を下げたマルロは街の中へと戻っていった。ティネはまだ少しだけ見送っていたが、ふとオリヴィアの肩に乗っているリュウデリアが振り向いた。

 

 どうしたのだろうと不思議そうにしていると、尻尾を立ててゆらゆらと揺らした。まるで手を振っているような仕草に、ティネはパァッと表情を明るくさせると、答えるように大きく手を振った。そして決意する。何時か必ず、リュウちゃん、バルちゃん、クレちゃんみたいなかっこよくて、強くて、可愛い使い魔を家族として迎え入れるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────治癒の女神・オリヴィアの視点。

 

 

 

「次の街か国には何があるのだろうな?」

 

「さぁな。予め知ってしまうと面白くはあるまい。その時の楽しみとして取っておけばいい」

 

「ふふっ。もし特に何も無かったら、どうする?」

 

「その時はその時だ」

 

 

 

 マルロという人間が治める街、レッテンブルが見えなくなるまで使い魔のフリをしているリュウデリアと何でもない会話をしながら、国境を越えるため、北に向かえばあるという検問所を目指して歩いている。

 

 混じり気の無い純黒である黒龍のリュウデリアと、こうして一緒に旅に出てから数ヶ月が経過している。その間、彼は私を認めてくれた。女神、神、他種族。そういった面を抜きにして、オリヴィアという『私』を見て、見極めて、その上で理解し、認めてくれた。

 

 手ずから今私の身を覆っている純黒のローブも、私が持ち掛けた共に過ごしたいという願いを叶えるために、身の安全を確保するという事で創ってもらった代物だが、不備が無いか随時点検をして、私が脳内で作り上げたイメージを魔法にして起こす魔法を最先端のものへと変えてくれている。

 

 戦う術が無く、治癒という面でしか役に立てず、基本傷を負わないリュウデリアの……謂わばお荷物以外の何物でもない私に戦う術を与えてくれた。まだまだ練習が足りないが、これからは更に練習をして、私だけでも心配いらないようになりたい。

 

 まあ、リュウデリアは私が治癒以外に取り柄がないとは言わないと思うが。使い魔という仮の姿で居られる為の主の役を演じる私。買い物に情報収集。冒険者という顔。昨日披露した料理。それらを合わせれば、私も少しは役に立っている筈だ。勿論私自身は満足していないが。

 

 

 

「リュウデリア」

 

「何だ」

 

「私と一緒に居て楽しいか?」

 

「……?今更何を言うのかと思えば……当然楽しいぞ。俺の知らないものに溢れ、知識を得る。スリーシャを攫って痛め付けた脆弱な人間共も、少しは役に立つということも知れた。お前が居なければこれから先、知ることもなければ知ろうとも思わなかったものだ」

 

「……そう……か」

 

 

 

 はぁ……事もなさげにそういうことを淡々と話すのは美徳だが、私にはかなり効く。心臓が喧しくて仕方ない。肩に乗っていて、心臓の鼓動を脈拍から知られていないか気が気でない。もっとも、リュウデリアは何でそんなに早鐘を打っている?という言いそうなものではあるが、それを言われたら私は顔を赤くするだろう。

 

 既に顔が少し赤くなっているのを、コホンと咳払いして誤魔化しておく。というか、一緒に居て楽しいと言われて嬉しく思わない訳がないだろうに。リュウデリアの友人ならぬ友龍となったクレアとバルガスを混ぜた日常も楽しいが、少し申し訳ないと思うも、私はリュウデリアとの1柱と1匹の旅がいい。

 

 一緒に居るだけで理由も無くドキドキして、掛けられる言葉一つ一つに嬉しさを見出し、同じ食事を共にする。風呂を共に入って洗いっこして、同じベッドで眠る。もうそれだけで私は幸福のまっただ中に居ると自覚する。

 

 警戒心が高く、他の種族とは基本馴れ合わないという()()()()()最強の種族……龍。しかも人間に大切な育ての義母のようなスリーシャを攫われ、痛め付けられた事で、他者に対して厳しく思うものがあるリュウデリアがだ。私と一緒に居て楽しいと言ってくれる。

 

 対等に戦い、凌ぎを削って友となったクレアとバルガスには悪いが、リュウデリアの中での私という因子は、あの2匹よりも上だろう。これが私のいきすぎた妄想だと悲しいものなのだが、少なくとも大切には思われている筈だ。でなければ王都での魔物の大群の襲撃の際、リュウデリアは私の元から離れて行動していた筈だからだ。

 

 

 

「──────止まれ」

 

「国境を越えるならば身分を証明できるものの提示と、通行料である2万Gを納めてもらう」

 

「渡るのに2万Gも掛かるのか。どこの国境もこの額なのか?……2万Gと冒険者を示すタグだ」

 

「……確認した。納めてもらう額は隣接する国によって違う。両国の王が話し合い、幾らにするか決めるからな」

 

「そうか。……因みにだが、此処から一番近い街はあるか?」

 

「此処からだと北西に向かえば街がある。此処を通っていく者達の大体は物資の補給やらで寄っていく。冒険者ギルドもあるからお前も寄ってみるといい。歩いて5日もあれば辿り着くだろう」

 

「分かった。では通らせてもらう」

 

「道中魔物が出るから気をつけるんだぞ」

 

 

 

 レッテンブルから発って大体5時間は経過した頃、私達の前方に川が流れていた。泳ぐには少し難しいものがあると思える深さと水の流れがある川が国境として成り立っているということだろう。マルロが言っていた検問所があり、橋が架かっている。門番として2人の人間が見張っていた。

 

 通ろうとする私に通行料として2万Gと身分を証明するものの提示を求められたので、冒険者のタグを見せた後に金を払った。そして此処から歩いて5日掛ければ街が見えてくるという情報を手に入れた。通って良いという事なので2人の見張りの兵士の間を通って橋を渡る。

 

 そこまで幅の大きな川でもないから渡りきるのはすぐだった。国境を越えてからは同じ左右に木々が生え、人間や荷馬車が通るための道が1本出来ている。私とリュウデリアはそこを通り、次の街を目指していく。と言っても、歩いて5日は掛かるからゆっくりと向かうのだが。

 

 

 

「……もう良いんじゃないか?他の気配はあるか?」

 

「ふむ……周囲に人間は居ないな。では、サイズを変えるか」

 

 

 

 国境の検問所が見えなくなってから、リュウデリアに使い魔のフリはもう良いのではないかと問う。彼は周囲の気配を感じ取り、自身の姿を目撃する人間が居ない事を確認し、私の肩から飛び降りながら体のサイズを大きくした。私の身長が170と少しで高めだが、彼はそれよりも大きい182だ。一番しっくりくる高さだと、そう言っていたし間違いない。

 

 神界に居た時に顔を合わせていた、私の女神友達の1柱が言っていた。男女間に於けるキスのしやすい身長差は10やそこらだと。つまり、私とリュウデリアがキスをするのだとしたら、実に理想的な身長差であると言えるだろう。無論、これは彼に言えない。言ったら最後死んでしまうだろう……私が。

 

 使い魔サイズから人間大サイズになったリュウデリアは背伸びをした後、肩を回して翼を大きく開き、二度三度と適当に羽ばたいた。それだけで風がぶわりと巻き上がり、私の身につけるローブの裾が揺れる。サイズの感触を確かめた後は、私に左手を差し伸べてくれる。それを右手で受け取り、指を絡ませる握り方にした。恋人繋ぎと言われるそれは、人間の国でもやっている者が多々居た。

 

 それを見る前から私達は、指を絡めて隙間無く手を繋いでいたが、私達もあんな風にしているのだと理解すると、胸がいっぱいになる。もう自分から繋ぐのだろう?と言いたげに手を差し出してくれるようになったのは素直に嬉しい。私からしても勿論良いが、手を差し伸べられて繋ぐのも……ほら、とてもイイ。

 

 男と手を繋ぐ……何て事は神界でも無かったので、リュウデリアとが初めてだ。というより、私の傍には男神達は近付いて来れなかった。私の友神(ゆうじん)である女神達が近付こうと画策するものならば押し退けてくれたからだ。とても良い友神を持ったと思った。

 

 私は容姿が美しい。純白の長い髪に白くきめ細かい肌。脚も長く胸だってそれなりにある。大きすぎず小さすぎない肢体は、神にも人間にも目の毒だろう。顔立ちも友神達から女神で最も美しいと言われた。普通ならば妬みもあるだろうが、友神達は貴女だから嫉妬もしないわよと言っていた。今一どういう意味かは分からないが、仲良くしていた。

 

 だが、そんな私の美しさや体を求めてか、毎日毎日求婚の話が多かった。男の美神。鍛冶神。剣神。武神……等々。数えていけばキリが無い。どいつもこいつも私の顔やら体が目当てなのは知っている。友神達越しに見えた目には、肉欲しか映っていなかった。なんと気持ち悪いことか。まず男の美神なんぞキラキラし過ぎて気持ち悪いし、ナルシストを極めているから論外だ。

 

 私はやはり、リュウデリアでないと。チラリと手を繋ぎながら隣を歩いている彼を盗み見る。純黒の硬い鱗。しなやかだが筋肉が詰まって引き締まった躯体。高い知性を宿した黄金の瞳。たまに覗く、手入れの行き届いた真っ白で鋭利な歯。長い尻尾。折り畳まれた大きな翼。はぁ……これぞ本当の美だろう。完璧だ。

 

 

 

「どうした?」

 

「……っ……な、何がだ?」

 

「ずっと視線を感じるからな。気になった」

 

「す、すまない。不躾だったか?」

 

「いや、盗み見るように感じる視線だったからな。見たいならば堂々と見れば良いだろう?ほら」

 

「ぉ……ぉぅ……っふ……っ」

 

 

 

 やはりリュウデリアには見ていた事がバレていた。気配や視線を当然のように感じ取る力を持つ彼だからこそというべきなのだろうが、見ていた事がバレて恥ずかしい。なのに、彼は立ち止まって空いている右手を私の左頬に優しく添え、真っ正面からグッと顔を近寄らせて目を合わせてくる。

 

 高い知性を感じさせ、目を合わせているだけで自身の全てを見透かしているかのような錯覚を起こさせる黄金の縦に割れた瞳が目の前に来て、静かな息遣いですら聞こえてくる。目の前にリュウデリアの顔がある。フードはもう後ろにやられて外れ、顔が晒される。

 

 私の顔はきっと、真っ赤に染まってしまっていることだろう。視界が少し歪んでいるから涙目にもなっているかもしれない。それでも彼は私の眼をジッと見つめてくる。心臓が握られているように痛く鼓動を刻み、体温が急上昇している。今は熱くて仕方ない。

 

 後少し顔を前に動かせば、彼の顔にキスをしてしまえそうな距離。ふとここで匂いが気になった。今の私は臭わないか?大丈夫か?旅をしていても温かいお湯を彼が魔法で用意してくれて体を洗う事が出来るから臭くはない……と思いたいが。自信がない。何せ彼は龍。嗅覚もとても鋭いからだ。

 

 

 

「ぁ……の、リュウデリア……も、もしかしたら私は臭うかも知れないから、少しだけ離れてくれ……ると嬉しい」

 

「……?すんすん……別に臭くはない。良い匂いだから気にする必要はあるまい」

 

「……っ……~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

 正面にあった顔は首筋に移動し、鼻先が当たってこそばゆく、これ以上無く恥ずかしい。でも、無駄なところに虚偽をつかないリュウデリアが言うのだから、私は臭くないのだろう。そこにホッとするべきか、簡単に匂いを嗅がれた事に反省すべきか分からなくなってくる。

 

 こんな事、あの性欲と支配欲、そして自己顕示欲に塗れた愚劣の最高神にすら許したことの無い行為なのだが、リュウデリアなら別にいいかと考えてしまう私は、もう末期なのだろう。ならば、もうどうやっても戻れないくらい彼に溺れてしまおう。私はお前のものなのだと。そう縛るために。

 

 

 

「……?そこまで赤くなることか?」

 

「ぅ……ま、まあな。少し熱いだけだ。気にしなくて良い」

 

「ふむ……まあ良いか。それより、そろそろ飯でも食うか。腹が減った」

 

「あぁ、分かった。何が食べたい?作るぞ」

 

「強いていうならば……肉、だな」

 

「ふふっ。いつも通りじゃないか」

 

 

 

 答えは元から決まっているであろうに、もったいつけて態と言うリュウデリアに自然にクスリと笑みが溢れる。調理器具やテーブルを異空間から出してもらいながら、私は何を作って食べさせてあげようかと、うんうん悩むフリをして尻尾を揺らしながら期待した目を向ける彼を見てほわほわとした気分になる。

 

 あぁ……幸せだな。こんなに幸せで良いのだろうか。格好良くて可愛くて、強くて逞しい私の……大好きな愛しいリュウデリア。どうか私をお前に溺れさせて。お前無しだと生きていけないような、神として失格の存在にさせてくれ。そうすれば、私は益々お前に引き込まれ、のめり込んでいける。

 

 

 

 

 

 

 彼のためならば、努力は惜しまない。食に貪欲な女神の友神に教えてもらったものを、手元にある材料でどうやって再現するかを考えながら、料理をしていく私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸福な幸せは長くは続かない。それを示すように、私とリュウデリアに災難が降り掛かることを、この時の私はまだ……知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────すまない……。っ……本当にすまないリュウデリア。私とお前は、ここまでなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 






 マルロ&ティネ

 貴族なのに清い心を持った人間。やはり命の恩人で交流のあったオリヴィア達が居なくなるのは寂しいものがあるが、旅人なので仕方ないと受け入れ、見送った。

 ティネは使い魔を使役する魔物使いになりたいと、オリヴィアさんみたいにカッコイイ女の人になりたいと言い、マルロは微笑ましそうに話を聞いていた。




 オリヴィア

 今回主軸を務めたヒロイン。リュウデリアが好きで仕方ない。手を繋ぐだけで顔は朱くなるし、心臓はバクバクしている。女神の友神はちゃんと居るし、交流もあった。求婚は友神がブロックしていた。




 リュウデリア

 オリヴィアがチラチラ見ていることは全て知っている。気配にも視線にも敏感だから。でも咎めない。だって相手がオリヴィアだから。

 オリヴィアの作る料理は美味いので気に入っている。また肉料理を作ってくれたので黙々と食べた。ただし、尻尾は暴れた。




 最高神

 オリヴィアにめちゃんこ嫌われている。曰く、性欲と支配欲と自己顕示欲に塗れた愚劣の神。




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第65話  唐突の別れ

 

 

 

 国境を越えるために設置された検問所を通ってから2日が経った。兵士が言う通りなのならば、一番近い街へはあと3日もすれば着くことだろう。見渡しても自然があるだけではあるが、別に1人で旅をしている訳でもないのでつまらなくはない。

 

 遭遇した人間も居らず、近くにも居ないので、リュウデリアはオリヴィアと隣り合って歩き、話しに花を咲かせていた。朝食を食べてからはずっとご機嫌だ。やはり肉料理を出したからだろうか。一度に大量の食事をペロリと完食し、美味しそうに食べてくれるのでオリヴィアはついつい多く作ってしまった。

 

 レッテンブルでも一応材料は多く買っておいたが、このままでは食い尽くされてしまうな……と、苦笑い。まあ金の使い道なんてものはそれぐらいしかなく、調理器具を買った以上それ以外の欲しい物は両者共に無かった。

 

 

 

「ん?……見ろ、一角ラットだ」

 

「魔物か?」

 

「あぁ。そこまで強くはないが、すばしっこくて額から生えた角を使った体当たりをしてくる。角の先端には毒があるが、魔物のランクとしては最下級だな。やってみるか?」

 

「魔法の練習をしたいと思っていたところだ」

 

 

 

 一角ラット。魔物の一種でネズミの姿をしている。ただし額には円錐型の角が1本生えており、武器に使われる。尖っている先端には毒があり、刺されると大人でも1時間は痺れてしまう。動きは早く、体も小さいのでめんどくささという意味で厄介。雑食なので何でも食べてしまう。

 

 歩いていると、茂みから顔を出してきた一角ラット。その数は5匹。普通のネズミより少し大きいくらいの体長しかないので動きが早く、襲い掛かってくる時には足元を重点的に狙ってくるので注意が必要だ。

 

 5匹の一角ラットは腹を空かせているのか、雑食なだけあってオリヴィア達を狙っているようだ。長い前歯をカチカチと鳴らして威嚇してくる。リュウデリアがやっても良いのだが、折角なので魔法の練習がてらオリヴィアがやることになった。

 

 威嚇していた一角ラット5匹が一斉に駆け出した。鋭く尖った角を向けて突進してくる。掠るだけでも毒が入り込んでしまうので、そもそも近付かせてはいけない。頭の中でイメージを創り出し、思考を抽出したローブが魔法として再現する。

 

 一角ラットの前方に小規模の小さな竜巻を発生させた。思わず突進してしまった2匹は体が持ち上がってしまい、竜巻の中で乱回転しながら螺旋に飛ばされている。抵抗の仕様が無い状況で、オリヴィアが次にイメージしたのは炎だった。燃える竜巻。延焼させる赤い熱を持った竜巻が、巻き込んでいる2匹のラットを焼いた。

 

 逃げ出せる事も出来ず、かといって炎を耐えきれるわけもなく、消えた炎の竜巻の後には、黒焦げになって絶命した2匹の一角ラットだけだった。煙を上げて黒くなった仲間が2匹も生まれたことで、間一髪竜巻から逃れた3匹は恐れ慄いている様子で攻め倦ねていた。

 

 

 

「初めてやるが……魔法で土を動かしてみるか」

 

「新しいものへの挑戦は良いと思うぞ」

 

 

 

 リュウデリアからの後押しもあるので、やったことのない土系の魔法を試しにやってみることにしたオリヴィアは、固まってこちらを警戒している3匹の一角ラットの周囲の土が動くイメージをした。まるで液体のように動く土を。

 

 ローブがオリヴィアの創り上げたイメージを汲み取って魔法を発動。3匹の一角ラットの周囲の土が波のように持ち上がり、覆い被さった。先頭に居たリーダーであろう1匹は逃がしてしまったものの、残る2匹は捕まえて捕らえる事が出来た。固いのに液体が如く動く土に体が沈んで身動きが取れない。

 

 そこで土が捻れていき、捕まっている一角ラット達の体も当然捻られていった。パキポキと骨の折れる音が聞こえ、苦しげな声も上がるが生きている。トドメとして首の部分を捻ると痙攣していた体が硬直し、上げていた叫び声もなくなって静かになった。また2匹の一角ラットが絶命したのだ。

 

 仲間が全滅した。それだけでもう一角ラットのリーダーは逃走の道を選んだ。勝てないと解った以上、立ち向かおうとは思わなかったからだ。脱兎の如くその場から走り去る後ろ姿を見ながら、オリヴィアは足元の土を隆起させて形を造って固めていき、1本の槍にした。土で形成された槍を手に持って振りかぶり、投擲する。

 

 リュウデリアは一連の動きを見て目を丸くしていた。てっきり魔法でまた斃すのかと思ったが、最近見せた魔力による槍の構築と投擲を見せてくれた。まるで自身が投擲した時のことを彷彿とさせた。素直にスゴいなと感心した。本当に、あの時の自身を傍から見ているようだ。

 

 投擲された土の槍は一直線に突き進み、逃げている一角ラットの背中へと撃ち込まれた。寸分の狂いも無い見事な投擲に感心しているリュウデリアを余所に、投擲したオリヴィアは当たった事にホッとしていた。見様見真似でやってみたが、上手くいって良かったと。

 

 5匹の一角ラットが討たれた。今回は手を出さなかった土を使った魔法を使い、武器の使用もした。結果は良好だろうと自己分析しているオリヴィアに、拍手が与えられた。傍で見守っていたリュウデリアが、両手で拍手をして見ていた。どうやら戦闘の中身は認められるものだったようだ。

 

 

 

「オリヴィア、お前には戦いの才能があるぞ。まさか俺の動きを模倣するとは……」

 

「いや、見様見真似でやってみただけなんだ。模倣とまではいかないだろう」

 

「そんなことはない。確かに完璧な模倣を出来る俺からしてみれば、完璧とは言えないが、完成度が非常に高い。客観的に俺を見ているようだった」

 

「そ、そうか……?お前にそこまで褒められると自信がつくな。ふふっ」

 

「土で槍を形成するのも良い案だ。その後の投擲で外せば意味がないが、あれ程の投擲ならば手札として考えても良いだろう。その内魔力のみで形成したものを作れるようになると良いかも知れんな」

 

「あの時のヤツだな。じゃあ……頑張らせてもらうよ」

 

 

 

 褒めてくれたリュウデリアに微笑んで返す。槍の投擲が新たな手札の一つとして手に入れ、土を魔法で操作する経験を得たオリヴィアはまた一つ強さを得た。彼の戦いの代わりは到底務まらないが、少なくとも戦えないという事はない。

 

 炎の竜巻で焦がした一角ラットは、額に生えた角まで焦げて脆くなり、少し触れるだけで崩れてしまう。角を回収しようとしたリュウデリアが触れた途端に崩れたので仕方ないと諦め、土で絞め殺した2匹と槍で串刺しにした1匹の角を握ってへし折り、異空間へとしまった。

 

 一角ラットの肉は美味くないということは知っているので、適当な茂みに投げ入れた。野生の動物や魔物の餌となるこだろう。放って置いても大丈夫なのだ。片付け終わったリュウデリアが手を叩いて付着した土を落としている。さて、再び街へ向かおうと歩き出そうとした時、木々の間を縫って大きな影が道に飛び出てきた。

 

 

 

「あれも魔物か?」

 

「ボアの上位種であるハイボアだな。あれも美味くない。……そうだ、魔力で形成した槍を使った良い攻撃方法を見せてやる。これならお前にも出来るはずだ」

 

「ほう……」

 

 

 

 空に向けて槍を投擲した時のように、右手に純黒の魔力を凝縮させて形を為していく。造られていくのは1本の槍。純黒で膨大な魔力を籠められた槍が形成されると、手の中でぐるりと回して左脚を前に出して半身となる。右手で握った槍を構えて姿勢を整え、投擲した。

 

 猛スピードで放たれた槍はハイボアに向かい、鼻先から突き刺さって背後へと突き抜けた。串刺し状態となると槍はそのまま突き進むことなく止まり、光を発した。数瞬後、魔力爆発を起こした。内包された魔力がドーム型に形作り、刺さっていたハイボアを塵も残さず消し飛ばした。

 

 魔力爆発が起きた後は地面が円形に抉れている。巻き込んでしまった道の脇に生えた数本の木も消し飛んでいた。投擲して刺したことにより致命傷を与えた後、避けられない第二撃の爆発を見舞うのだ。オリヴィアは知らないが、炎龍王に行った槍の攻撃方法と同じものである。

 

 

 

「一度見ればイメージもしやすいだろう。機会があればやってみるといい」

 

「それなら、私にも出来そうだ。ありがとうリュウデリア」

 

「大した事ではないから気にするな」

 

「ふふっ。はいはい」

 

 

 

 素直に受け取らないことは知っているので適当に流した。そんなオリヴィアにジトッとした目線を投げてくるが、微笑めば溜め息を溢して手を差し出した。その手を取って隣を歩く。異常な硬度を持つ鱗に覆われた大きな手は硬いが、温かくて頼もしい。

 

 何も言わずに手を差し出してくれたことが嬉しくて、繋いでいる手を軽く振ってみる。意図が解らないと言いたげな目線を寄越して小首を傾げるリュウデリアにクスリと笑った。

 

 

 

 しかしその幸福は、突然に奪われることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイボアと遭遇してから数時間が経過した頃だった。水の音がすると言ってリュウデリアが先行して木々の中へ入って少し歩くと、そこまで大きくはないが湖があった。小さいが滝もあり、ちょうど休憩を取ろうとしていたのでこれ幸いと、その場を休憩場所にした。

 

 周囲に人は居ないと解っているので、リュウデリアは体のサイズを元のものに戻した。30メートル近い巨体に戻った彼は、湖に倒れ込むように浸かった。水が津波のようにオリヴィアの元まで押し寄せたが、ローブを使って魔力の障壁を展開して凌いだ。

 

 元の大きさで浴びる水も格別なのだろう。船のように湖に浮かんで、翼をばさりと動かしていた。目を細めて気持ち良さそうにしているリュウデリアに、クスリと笑って良かったなと声を掛けると、普段よりも少しふやけた声で、あぁと同意した。

 

 オリヴィアも入るかと言われたが、まだいいと言って断った。本音としては入りたいが、水浴びで楽しんでいるリュウデリアを傍目から眺めていたいだけだった。

 

 天気が良いので、彼は翼を使って顔に日陰を作っている。平和だなぁと思いながら何となく上を見上げた時だった。オリヴィアは心底ゾッとした。顔色が一気に悪くなる。視界の先には遙か上空に円を形成する不自然な雲。その内側にある景色は空の水色ではなく、真っ白なもので、よく目を凝らせば建造物の一部が見える。

 

 リュウデリアは遙か上空にそんなものがあることに気がついていない。当然だ。アレは神が()()()()に顕現するときに通る、謂わばゲートのようなものなのだから。この世界の住人であるリュウデリアであっても察知することはできない。だがその代わりに、神のゲートを見て狼狽えているオリヴィアに気がついたのだろう。彼は浸かっていた湖から立ち上がろうとした。

 

 ゲートを構成している円を描く雲の下に20の球体が発生し、帯電した。まさかと思ったオリヴィアは、此方に向かって目線を向けているリュウデリアの方に駆け出して手を伸ばし、あらん限りの声を張り上げた。

 

 

 

「逃げろッ!!リュウデリ──────」

 

 

 

「──────ッ!?があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

 

 

 

「ぁ……ぁあっ……リュウデリアっ……っ!!」

 

 

 

 20の球体から発生する、極大な神の雷が……リュウデリア唯1匹へと落とされた。

 

 

 

 不意を突かれた同時の神の雷は、あのリュウデリアに尋常ではない痛みを齎した。放って終わりではなく、照射され続ける雷に、痛々しく苦しい声を上げる。間に合わなかった事にオリヴィアが両手で口元を覆う。

 

 何やら不安そうな表情をするオリヴィアに気がついて、どうしたと声を掛けようとした。そしたら突然自身の方へ向かって駆け出して手を伸ばし、逃げろと叫んだ。出会ってから一度も聞いたことがない形振り構わない絶叫だった。

 

 何かが起きようとしていると察知して、取り敢えずオリヴィアの言う通りに適当な回避行動をしようと足を踏み込んだ途端。全身に異常な痛みを感じて声を上げていた。雷に打たれながら辛うじて目を動かし、元凶のものを見る。そして見たのは空に開いた不自然な空間。恐らく別次元からこの世界へ干渉しているだろう空間であった。

 

 そしてリュウデリアが身動ぎをしようとすると、また空の空間から何かが飛んできた。それは鎖だった。黄金の色をした鎖が彼に向かって飛んで行き、生き物のように動いて体に巻き付き、縛り上げた。その間も雷には打たれ続け、自身の力でも千切れない黄金の鎖によってバランスを崩し、湖へと倒れ込んだ。だが神の雷は止まらない。湖に沈んだ黄金の鎖に縛られたリュウデリアへ、落とされ続けている。

 

 

 

「ぁ……り、リュウデリア……っ!ま、待っていろ!今助けて──────」

 

 

 

「──────なりませんよ。オリヴィア様」

 

 

 

「お前達は……ッ!!」

 

「戦いの神である3柱の私達は最高神様より、オリヴィア様を連れて来るよう仰せ付かりました。御同行をお願いします」

 

「そんなもの……ッ!!何もしていないリュウデリアを攻撃しおってッ!!誰が行くか愚か者──────」

 

「──────ではこちらを。最高神様よりオリヴィア様が御同行に拒否しようとした場合、見せろと申しつけられております」

 

「……ッ!!……下衆が……ッ!!」

 

 

 

 神のゲートから男の神が3柱、オリヴィアの元へ降りてきた。銀の軽量な鎧を身につけ、銀の盾と陽の光で光り輝く銀の槍を手にした戦いの神達であった。神達はイメージをしてリュウデリアを助けようとしたオリヴィアに止めの声を掛け、しようとしている事を看破したのか、リュウデリアが手ずから創り上げた純黒のローブを銀の槍で無惨に斬り裂いた。

 

 あの純黒のローブをだ。あらゆる物理、魔法の威力を9割以上カットして、それでも貫通した魔法を反射する力を持つローブが、何でもないように斬り裂かれて足下に落ちた。中からオリヴィアが見えると、神達の内1柱が近付いて懐から取り出した透明の水晶を見せた。

 

 それを覗き込んだオリヴィアは眉間に皺を寄せて、奥歯を強く噛み締めた。オリヴィアにとっては無視できないものが映っていたらしく、これ以上無いというほどの悔しさが滲む表情をしていた。2柱が間を開けると、2柱の間に半透明の薄い円盤が造り出された。オリヴィアは心底乗りたくなかったが、乗らざるを得ず……円盤に乗った。

 

 

 

「おい。リュウデリアに対する攻撃を解け」

 

「オリヴィア様が神界へ戻られたら解きます。それまではあの下賎な生物への攻撃は止まりません」

 

「リュウデリアを下賎だと……ッ!?お前達の方が余程下賎だというのに……ッ!!」

 

 

 

 ふわりとオリヴィアが乗った半透明の円盤が浮かび上がり、両隣に1柱ずつ。後ろを最後の1柱が付いて神のゲートへと飛んでいく。今もずっとリュウデリアへの攻撃は止まらず、姿の見えない湖に向かって雷を落とし続けていた。やられ続けると命の危険があると判断して、早くやめるように言うのだが、取り合わなかった。

 

 戦いの神達は龍という種族を何とも思っていない。弱い地上の生物という括りだろう。その程度なのだ。最高神からも邪魔ならば殺して良いと命令されている。それを察してオリヴィアは唇を噛み締めて、攻撃をやめようとせず、尚且つ下賎と宣う神達を睨み付けた。

 

 だが取り合わない。戦いの神達は最高神の命令に従っているだけ。これ以上は言っても無駄だと判断したオリヴィアは振り返り、雷が落とされ続けている湖に哀しそうな目を向けた。

 

 

 

「……っ……リュウデリア……すまない」

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 地を呑み込み、空を潰すような雄叫びが響き渡った。簡単に察せられる、憤怒に塗れた叫び声が上げられた。途端、雷が落とされている湖が爆発して水が打ち上げられる。中には黄金の鎖の残骸が混じっており、オリヴィア達の方まで届いてきた。

 

 オリヴィアに傷一つ付けるなと言われている戦いの神達の内、後ろに付いていた神が盾となって水と鎖の残骸から守った。来ると察して、オリヴィアを連れている2柱が先行してゲートの方へ速く向かった。すると、水飛沫を被りながら、純黒が現れた。

 

 約30メートルの巨体を持つリュウデリアが全身から莫大な魔力を放出しながら接近してくる。このままでは対応できないと、戦いの神は自身の体の大きさをリュウデリアと同程度の大きさへと変えて行く手を阻んだ。

 

 

 

「……リュウデリア……っ」

 

 

 

「オリヴィア────────────ッ!!」

 

 

 

 掴み掛かるリュウデリアの手を銀の盾で防ぎ、行く手を阻む戦いの神の所為により、オリヴィアは神のゲートの向こう側へと消えていき、ゲートは閉じてしまった。手の届かない場所へと彼女が消えてしまった。

 

 

 

 

 

 リュウデリアはぎちりと歯を噛み合わせて歯軋りをして、目の前に居る戦いの神を殺意の籠もった黄金の瞳で睨み付けた。

 

 

 

 

 

 







 一角ラット

 魔物の一種でネズミの姿をしている。ただし額には円錐型の角が1本生えており、武器に使われる。尖っている先端には毒があり、刺されると大人でも1時間は痺れてしまう。動きは早く、体も小さいのでめんどくささという意味で厄介。雑食なので何でも食べてしまう。




 オリヴィア

 槍を投擲した時の動きが、見たことのあるリュウデリアの動きを真似てやったものだった。真似られた本人曰く、まるであの時の自分を見ているようだったという。才能があるとは彼の談。

 今回、神達によって連れて行かれた。本当なら絶対に行かないが、あるものを見せられた為に行かざるを得なくなった。リュウデリアが飛んできて無事が確認出来て良かったけど、最後ならば穏やかに会話をしてから行きたかった。




 リュウデリア

 突然神の雷を落とされ、身動きが出来ないくらい黄金の鎖で雁字搦めにされた。純黒のローブが斬り刻まれたのは製作者なので把握している。

 怒りが臨界点を越えてぶち切れて、超硬度の鎖を無理矢理引き千切り、神の雷を真っ向から弾き飛ばして神に掴み掛かった。最後の瞬間、オリヴィアが泣いているのを見て更に怒りが爆発する。




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第66話  友神

 

 

 

 

「──────離せ地上の龍如きがッ!!戦いの神である俺に触れるなんぞ烏滸がましいぞッ!!」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 神のゲートが閉じてしまった。それにより、リュウデリアは連れて行かれたオリヴィアの元へ、自力で行くことは不可能となった。ゲートが別の場所へ繋がっているのは解ったが、行き先は解らない。知る由もない。

 

 連れて行ったのはこの戦いの神であると宣い、掴み掛かってくる男だ。最初は人間と同程度の背丈だったのに、魔力の反応も無く大きさをリュウデリアと同等のものとなった。神による力かどうかは知らない。だが、これだけは解る。この戦いの神は、リュウデリアの膂力についてこれていない。

 

 リュウデリアが掴もうとすれば、左腕に付けた銀の盾を使って弾いている。空中でのぶつかり合いであり、腕を振り上げて盾に叩き付ける度に火花が散り、尋常じゃない力による重さが盾を通じて神に叩き付けられる。地上の生物である龍が、不敬にも襲い掛かってきたから適当に滅して神界へ帰ろうとしていたのに、とんだ邪魔者だと舌打ちをする。

 

 それに腹立たしい事に、リュウデリアの方が腕力が上であり、防御力も格段に上である。右手に持つ銀の槍を突き刺そうにも、純黒の鱗に弾かれてしまい刺さらないのだ。いい加減に苛つきが見えてきた頃、無理矢理槍を突き刺してやろうと大きく振りかぶった時、リュウデリアの黄金の瞳が妖しく光り、右手を貫手の形で盾に打ち込んだ。

 

 そんなことをしようと、また盾で受け止めるのみ。そうほくそ笑んだ戦いの神だったが、信頼していた銀の盾は、リュウデリアの貫手によって貫通し、顔を鷲掴みにされた。びきびきとふざけてるとしか言えない握力が頭蓋を握り潰そうとしていた。

 

 

 

「神であるこの俺に触れ──────」

 

「──────『廃棄されし凍結雹域(ルミゥル・コウェンヘン)』」

 

 

 

 冷たい感覚を味わった気がした……のを最後に、戦いの神は純黒に凍てついた。動く事なんて出来ようはずもなく、唯氷像と成り果てた。顔を掴んだ右手を起点に魔法を発動し、あの神を一瞬にして凍り付かせたのだ。だがリュウデリアは凍った戦いの神を砕いて殺そうとはせず、その逆でしっかりと受け止めてゆっくりと地上へ降りていった。

 

 ドシンと響かせながら着地し、凍った戦いの神を砕かないように置くと、体内に内包する魔力を解放した。大地が地震を引き起こして大気が揺れる。近くに居た動物達は一斉にその場から走り去り、魔物ですら逃げ惑った。

 

 これは合図だ。魔力を解放して居場所を伝え、強弱を付けることでメッセージを送る。集まれと。此処に居ると。リュウデリアから送られてくる莫大な魔力を使ったメッセージを受け取るのは2匹の存在。例え数千キロ離れていようと絶対に伝わる、友の契りを交わした者達だ。

 

 

 

「──────お早い再会だな……とか言ってる場合じゃねぇよな?何があった」

 

「──────魔力からして……急ぎ……どうした……?」

 

 

 

 空気の壁を破り、衝撃波を生み出しながら大空を飛翔してやって来たのは、友であるクレアとバルガスだった。雲を蹴散らし、ものの数秒で駆けつけた2匹の龍は、リュウデリアにも並ぶ龍種最強格という存在。1匹で乗り込むという線が頭を過ったが、今回は相手が人間というわけではない。

 

 本を読んだ中で、時々地上にやって来て災厄を撒き散らす存在であったり、自然の恵みを与える存在であると書かれていた神。それが今回の相手だ。今凍り付けにした神は歯ごたえがなかったが、自身に落とされた雷の威力は絶大だった。他にもアレを撃てるような存在が居た場合、オリヴィアを探し出さなくてはならないリュウデリアには手が足りない。

 

 だからこそ、今回はこの2匹を呼び寄せたのだ。降り立ったクレアとバルガスは、リュウデリアから計り知れない怒気が出ていることで非常事態だと察して真剣な声で問い掛ける。彼の傍にある凍り付けにされた神を見ながら、今起きたことを全て話して説明した。

 

 会ってからそんなに長い期間共に居たわけではないが、オリヴィアはクレアとバルガスにとっても友神である。そして友であるリュウデリアと最も親しい仲の存在。そんなオリヴィアが連れ攫われ、剰え泣いていたともなれば、自分のことのように怒るのは当然のことだった。

 

 

 

「事情は解った。勿論オレは力を貸すぜ。聞いてるだけで気に入らねェ」

 

「……私も……力を貸そう……だが……どうやって……神々の住まう場所まで……向かう?」

 

「礼を言う。行き方については……この塵芥を使う」

 

「コイツを……?どうやって?」

 

「恐らく、神は自身の力で別の次元へ渡るゲートを創り出す事が出来る。でなければオリヴィア達を先に行かせる訳がない」

 

「なーるほどね。だけど、ゼッテーやらねェって言うだろうな」

 

「……ならば……当然……その気になるよう……拷問をかけよう」

 

「その方が早いな。では今から顔の部分だけの魔法を解く」

 

 

 

 説明を聞いたクレアとバルガスは、即決で力を貸してくれるという。2匹が居れば負けることはまず無いと考え、次にどうやって神界へ行くかを決める。だがそれに関してはリュウデリアに案が有った。神は自身の力で神界へ帰れる。それを使って侵入しようというのだ。

 

 だが当然、リュウデリア達のことを地上で生きているだけの生命体の一つとしか思っていない神が、自分達の言うことを素直に聞くとは思えない。そこで、本を読んだことで得た知識で、拷問をしようと考えた。

 

 痛みによって恐怖を煽り、無理矢理ゲートを開かせるのだ。逃げられては困るので頭以外の部分は凍らせておき、頭だけを解くのだ。リュウデリアが魔法を操作して頭の凍結を解くと、最初は何が起きているのか理解していない神だったが、すぐに現状を理解して自身達を睨み付けた。

 

 

 

「貴様等ァッ!!この俺──────ぶぐッ!?」

 

「黙れ塵芥風情が。お前は何も言わず、オリヴィアを連れて行った場所へのゲートを開けば良いのだ」

 

「…ッ……地上に、のさばぐがッ!?ぐっ……ごっ……ぁ゛がっ……っ!?」

 

「おいリュウデリア、オレにも殴らせろ」

 

「……私も……殴りたい」

 

「では今から1匹3回ずつというのはどうだ?」

 

「……ッ!!ふ、ふじゃげ……ぐげっ……ぶごっ……あげっ……ふぶっ……も、やめぶっ!?ぉごっ……っ!?」

 

「ひひっ。気色悪ぃ声あげて神サマがみっともねー♡ほらほら、もっと鳴けよ喋れるクソカス♡」

 

「ごっ……ぐべっ……ほぐぇっ……!?こ、ころじでばべっ!?」

 

「……次は……私だ……」

 

「ま、まっへぐべぇ……っ!?」

 

 

 

 頭だけしか解かれていないので防御も何も出来る筈が無く、リュウデリア達は話しも聞かずに右左と拳を叩き付けてくるだけ。指の関節をバキバキと鳴らして、ニタリとあくどい笑みを浮かべながら嬉々として殴った。情け容赦なく、頬に打ち込み、鼻をへし折り、前歯を叩き折った。

 

 躊躇いというものがなく、相手に対しての憐憫の感情が無いので、只管拳を向ける。待てと言われて待つわけがなく、魔法を解けと言われて解くわけがなく、殴るのをやめろと言おうとしても、最初の2文字くらい言ったら喋れなくなるくらい殴られる。戦いの神は、ニタニタと嗤う龍3匹から終わりが見えない暴力を受けるだけだった。

 

 

 

「ごがっ……ぅ゛べっ……ぉ゛ごっ……がっ……も、も゛う゛や゛べで……」

 

「殴んの飽きた。目玉抉ろうぜ。目が見えなくてもゲート創るくらいは出来るだろ」

 

「……ならば……鼻も要らんだろう……」

 

「顎も要らん……と言いたいが、歯を1本1本引き抜く為にやめておくか。さて、戦いの神とやら──────どれからやられたい?」

 

「──────ッ!!ぁ゛……あ゛……っ」

 

「あー、安心しろよ。舌噛み千切って窒息して自決出来ないよう頭が勝手にセーブするように魔法掛けといてやったからよ。あと、傷を治すことは出来なくても()()()()()()()()()()()()()()()()()安心しな。あぁっ、オレ達ってやっさしー♡」

 

「クレア。そんなに優しくしていると何時しか聖龍とか言われてしまうぞ」

 

「……折角の……轟嵐龍が……勿体ない」

 

「あ、いっけね☆」

 

 

 

 ダメコイツらは。本気でやろうとしている。戦いの神は蒼い顔をしてボコボコに腫れた口を震えさせて残っている歯をカチカチと鳴らした。目の前に居る3匹の龍は、確実に拷問をしようとしている。人差し指を立てて指先に魔力の刃を形成しながら近付いてくるのを見て確信した。

 

 愚かな人間が相手ではない。コイツらに止まるという選択肢がない。目を三日月のように歪め、3匹がケタケタと嗤いながら近付いてくる光景を見て、戦いの神は喉からヒュッと空気を漏らした。神が地上の生物に恐怖を感じるなど……とは言ってられない状況。早くしないと拷問される。

 

 凍り付いた体は全く動かせないので、逃げられない。なのに近付いてくる龍達。抵抗のしようのない自身。そこで思う。別にコイツらを神界に連れて行ったところで、死ぬのは当然のこと。ならば神界へ連れて行って解放させれば良いだけの話だ。良しと心を決めた戦いの神が神界に繋ぐゲートを開くことを許可しようとして口を開けた瞬間、口を純黒の鱗に包まれた手が掴んだ。

 

 顎の骨が砕け散りそうになる握力で握り締められて口が歪み、言葉が発せられない。困惑している戦いの神に、グッと顔を近づかせたリュウデリアがほぼ零距離で目を覗き込む。縦に切れた黄金の瞳が視界に映る。そしてその黄金の瞳は、果てしない憤怒に塗れていた。

 

 

 

「俺達は言ったことを反故にしない。つまり、お前の拷問はこれから行う。神の世界へ連れて行くのはその後だ」

 

「オリヴィアはオレのオトモダチなんだよクソカスが。いきなり連れて行きやがって舐めてんのか?ぁ゛あ゛?」

 

「……お前は……拷問を受けた後で……私達を連れて行く……決定事項だ……精々苦しみ……悶えろ」

 

「──────ッ!!──────ッ!!」

 

 

 

 戦いの神は心底後悔した。こんなことになるならば残るのではなく、適当に相手をしてさっさと神界へ帰るべきだったと。ニタニタと嗤っていた表情が崩れて無表情となり、底冷えする声で淡々とこれから自身に対してやることを説明してきた。

 

 やめてくれと叫びたいのに、口を押さえられて出来ない。3匹の龍に囲まれた戦いの神は、鼻を削ぎ落とされ、耳を引き千切られ、目玉を抉り取られ、歯を無理矢理引き抜かれた。痛みで絶叫しようと拷問の手は止まらず、宣言通りやると言ったことは一通りやられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神界。神々が住まう、銀河や宇宙、地球がある世界とは隔絶した別次元の世界。そこは恒星の上に建造物が並ぶ……何て事はなく、そもそも足場が球体ではない。平地であり、彼方まで大地がある。それも無限に。つまりは限りがなく、何処までも続いて大地が途切れることがない。

 

 神のみが住まい、人間達のように過ごしている。神獣を狩ったり、神界にのみ生まれる果実を実らせて収穫したりと、相手が神であると知っていなければ、姿形も同じなので気づかないだろう。そんな世界にオリヴィアは帰ってきた。永遠に帰るつもりがなかった神にとっての故郷。

 

 木々が生えていたり、畑が耕されていたり、牧場があったり、大きな湖や川があったりと、普通の神が住んでいる場所から少し離れて、嫌でも目に付く超巨大な世界樹が聳えている。2柱の神に連れられたオリヴィアは、その高すぎて巨大な世界樹の上を目指していく。

 

 少し時間を掛けて世界樹の上に到達すれば、見えてくるのは立派な宮殿だった。インドにある宮殿を彷彿とさせる造りをしている宮殿の庭に降ろされたオリヴィアは、膝を付いて頭を下げる戦いの神2柱に目もくれず、苦々しい表情で宮殿へと足を進めた。心底行きたくないというのが全面的に出ている。

 

 左右対称なシンメトリーの庭を進んで入口にやって来ると、オリヴィアを待っていたように男神が1柱立っていた。近くに来ると仰々しく頭を下げてくるなり、案内するから着いてきて欲しいと言われた。今更拒否も出来ないので嫌々ながら付いていくと、黄金の鎖で施錠された黄金の両開き扉の前まで来た。

 

 

 

「最高神様は現在手の離せない状況にありますので、オリヴィア様にはどうかこの部屋でお待ちしていただきたく思います」

 

「はんッ!手の離せない状況だと?気に入った女神を最高神の名の下に無理矢理犯し、ご自慢の男根を使って快楽により屈服させているだけだろう。まるで仕事で忙しいみたいな言い方をするな。下らん」

 

「最高神様は──────」

 

「黙れ。何かと最高神様、最高神様と喧しいんだよ傀儡が。言われたことをやることしか出来ない愚神は私に話し掛けるな。気色悪い。いや、この宮殿すらも気持ち悪い。さっさと失せろ」

 

「……失礼致します」

 

「ふんッ。神の頂点だからとやりたい放題なだけの、下半身でしかモノを考えられない神擬きだろうが。揃いも揃って消滅すれば良い」

 

 

 

 不快だという顔を隠す事もなく、案内した男神にこれでもかと嫌味をぶつけた。男神は無表情でその言葉を受け取り、扉に手を翳して黄金の鎖を消した後、頭を下げて消えていった。見張りを付けないのは、もう此処へ来てしまった以上どうすることも出来ないと、オリヴィアが悟っていることを理解しているからだろう。

 

 歩いてきた廊下の端に並べられた、あらゆるポーズをとった男の像を見て眉間に皺を寄らせながら、黄金の扉に手を掛けた。女の力でも簡単に開くことが出来る、見た目よりも軽い黄金の扉が開くと、中の様子が見えてくる。

 

 部屋の中に取り付けられた大きなベッドに外を眺める事が出来る広いテラス。そして部屋の中に設置された半身浴が出来るプール兼風呂。テーブルの上には新鮮な果実が何種もバスケットに入っており、常に冷えている瓶には綺麗な水が入っている。

 

 だが部屋の真ん中と四隅には廊下の端に置いてあった同じ顔の像が置かれている。察しているかも知れないが、最高神である。置くように命じたのも最高神だ。どの部屋にも必ず置かれている像。絶対に目に付いてしまうという悪趣味極まるもので、オリヴィアはイライラが止まらない。

 

 悪趣味な部屋。でもこの部屋だけは少し違う。置かれている四隅の像は足首から破壊されて倒れており、粉々に砕けている。中央に置かれた像に関しては、これでもかと果実をぶつけられて全身変色していた。オリヴィアが入ってくる直前まで、全力で果実をぶつけられていたようだ。

 

 扉を開けた音に気がついて振り向く、中に居た者達。全員で3柱居る。その誰もが、扉を開けて中に入ってきたのがオリヴィアだと解ると、手に持っている果実を床にべしゃりと落とし、少しずつ涙目になったかと思えば、涙をポロポロと流しながら駆け寄ってきて抱き付いてきた。

 

 

 

「オリヴィア……っ!!オリヴィアぁっ!!」

 

「ごめんなさい!私達の所為でこんなところに来させてっ……本当にごめんなさい!」

 

「私達がっ……捕まっちゃったからっ……オリヴィアがぁ……っ!」

 

「あーもう……果実の汁が付いた手で抱き締めないでくれ……まったく。ふふっ。すまない。私のことなのに巻き込んでしまって。リーニス。レツェル。ラファンダ」

 

「何でオリヴィアが謝るのっ!悪いのは私達だよぉ!!」

 

 

 

 ギュウギュウに抱き付いてくる3柱の女の神……女神達。酒の神レツェル。料理の神リーニス。智恵の神ラファンダ。彼女達はオリヴィアの友神である。とても長い付き合いなので、地上に降りる前は交流をしていて、遊んだりしていた。

 

 オリヴィアが神界についてきた理由は彼女達だった。友神であることがバレて捕まえられてしまい、拘束されて連れて来られた。その時の映像を水晶に映されて、同行を拒否するわけにもいかず、こうして来てしまった。それを理解しているからこそ、抱き付いている彼女達は泣いて謝っている。

 

 

 

「ほらほら、全員で抱き付かれると暑いじゃないか。涙も流しすぎると腫れるぞ。私は大丈夫だから」

 

「大丈夫じゃない!オリヴィアはあの下衆野郎の愛人にされそうなんだよ!?」

 

「運命の人を見つけたって言って地上に降りたのに……こんなところに戻って来ちゃって……私達の所為で……」

 

「私達がオリヴィアの幸せを一番に願ってたのに……他でもない私達がぶち壊しちゃったぁ……」

 

「……もう、良いんだ……私は。幸せな時は過ごせた。新しい友達もできた。束の間の幸せではあったが、満喫できたんだよ。だから大丈夫」

 

「そんな……うぅ……そんなぁっ」

 

「あなたね、大丈夫なわけないでしょう……」

 

「オリヴィア……大丈夫って言うけど……泣いてるよ?」

 

「……っ……すまない……すまないっ」

 

 

 

 道中我慢していた。リュウデリアから視線を切る時に少しだけ涙が溢れてしまったが、それ以降は涙を一滴も流さなかった。だが友神に囲まれて抱き締められていると、もう会えないのだという事が事実として頭の中に浮かび上がってしまい、我慢しても涙は流れてしまう。

 

 朱い瞳から透明の涙がポロリと流れ、一度流れると決壊したように涙が溢れた。会えない。姿すらも見ることが出来なくなるだろう。それが堪らなく嫌で仕方ない。あの声も、仕草も、体温も、硬さも、笑顔も、瞳も、全て失ってしまったのだと思うと消えたくなってしまう。

 

 自分達が泣かせたようなものだ。そう理解して、リーニス、レツェル、ラファンダはオリヴィアの事を強く強く抱き締め、同じように大粒の涙を流した。4柱の女神は、枯れるのではないかというくらい、固まって泣いた。

 

 

 

 

 

 だがオリヴィアはまだ龍というものを理解しきれていなかった。最高神は触れているのだ。地上では最も触れることは禁忌とされているもの──────龍の逆鱗に。

 

 

 

 

 

 






 戦いの神

 リュウデリアにやられて凍り付けにされ、神界へ渡らすために拷問を受けた。傷を治癒することは出来ないが、死なせないようにする事が出来るということで、手加減無くやられた。




 酒の神レツェル。

 時々出てきたオリヴィアの友神の酒の神。酒の神なだけあって酒好きであり、飲んだ時と素面の時で性格が違う。美しい。




 料理の神リーニス。

 オリヴィアの友神。彼女に料理を教えた神であり、日々美味しい物を作っては周りの神達にお裾分けをしたりしている。料理教室を開いてもいる。美しい。




 智恵の神ラファンダ

 オリヴィアの友神。智恵というだけあって賢いが、最上に頭が良いというわけではない。そこら辺は自分でも弁えているくらいに謙虚であり理性的。神界にある、オリヴィア見たことないものの事などを教えてくれた。美しい。




 神

 神界に住む存在。単なる神から、~~の神という風に何かを司っている者が居るが、別にその分野で支配しているのではなく、特徴みたいなもの。人間でいうと、田中と、酒好きの田中、みたいな感じ。

 ただし、中には例外が居て、本当に名前の通り司っている者も居る。そういう場合且つ、強い存在は最高神が集めて下に就かせており、有事の際に駆り出される。



 最高神

 自己顕示欲の塊なので、宮殿の至る所に自身を模した像を置いており、例え客室であろうと置いている。

 オリヴィアが宮殿に着いた時には、察しの通り腰を振っていた。そして普通にはオリヴィアが呼び出せないと解っていたので、友神達を捕らえて、来なければどうなるか解っているな?と脅した。




 オリヴィア

 戦いの神に見せられた水晶に映っていたのは、捕らえられた友神達の姿であり、来なければ……と脅されているので放っておく事は出来ず、戻るざるを得なかった。常にリュウデリアの事を考えて精神を落ち着かせている。




 リュウデリア

 仲間を呼んだ。轟嵐龍と破壊龍が現れた。

 呼んだ存在が大概頭のおかしい強さの龍である。完全にキレている。連れ去った神も何もかもブチブチに殺すと決めている。




 クレア&バルガス

 リュウデリアからの呼び出しに応じてMAXスピードで駆けつけ、その勢いで空気の壁を何枚もぶち抜いた。

 事情を聞いて自分のことのようにキレた。オリヴィアは自分達にとっても大切な友神なので、怒らないわけがない。戦いの神を殴っている時は嬉々としてやっていた。



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第67話  攻撃開始

 

 

 

 

 

「──────それでそれで!?」

 

「一緒にお風呂に入って!?」

 

「べ、別に興味があるわけではないですが、これは……そう!友神が気になっている相手にどういうアプローチをするのかを聞いているだけでありまして決してそういった事に対しての興味を持っていて根堀り葉堀り聞こうとしているわけではありませんのでそこら辺は──────」

 

「はいはい。ラファンダの言い訳はいいから。で、でっ!?どうなったの!?」

 

「い、いや……洗ってあげて、それで……」

 

「何で洗ったの!?素手!?体!?」

 

「リーニス!?言葉が変態っぽいよ!?」

 

 

 

 言い訳の言葉をつらつらと並べて早口になっている智恵の神ラファンダを酒の神レツェルが窘め、料理の神リーニスが変態チックな質問をしていた。対面した友神と泣いていたオリヴィアだったが、何時までも湿った会話をしているのも……ということで、明るい恋バナを開始した。

 

 まだオリヴィアの恋の話をして30分も経っていないのだが、既に顔は真っ赤である。涙目にもなっていて縮こまってしまった。だが相手は親しい友神達。手加減というものを知らない。いや、知っているのだが態と無視して質問を重ねていた。

 

 神といえども恋やら愛に敏感な女なのは変わらない。レツェルもリーニスもラファンダも興味津々で、真っ赤になりながらも幸せそうに答えてくれるオリヴィアと、甘酸っぱい恋の物語に胸をキュンキュンさせていた。

 

 因みになのだが、レツェルは髪が桜色で短めのショートカットであり、体の凹凸がはっきりしている褐色の女神である。一番胸が大きくて酒を飲むと性格が変わる。酔っているところを狙って寄ってくる神も居るが、酒飲み勝負で勝ったら好きにして良いと煽るが、一度も負けたことが無い。普通に酒豪。

 

 料理の神であるリーニスは料理が得意なことと、美味しいものが好きなので毎日何かしらを料理し、他の神に試食を頼んだりすることが多い。薄緑の髪で長さはセミロング程度。胸は普通くらいだが、本人曰くお尻が大きいのが気になっているとのこと。エプロン姿で後ろからの眺めに堕ちた神も少なくはない。ただし全て撃沈している。

 

 智恵の神ラファンダは黒髪で肩甲骨に届くかくらいの髪の長さで、眼鏡を掛けている。スレンダーな体付きで、周りには胸が大きめの友神が多いので色々と小さいことを気にしている。性に関することは興味ありませんという委員長タイプに見えるが、そういう話題があると意外と食い付くのでむっつりタイプである。

 

 

 

「それにしても、オリヴィアと一緒にお風呂入ってるのに襲わないって……もしかして相手は理性の怪物なの?」

 

「確かにそうね。私達の中でも飛び抜けて綺麗なオリヴィアが相手なのにどうしてかしら?」

 

「治癒を司る本物の女神なのに、美の女神とか間違われてたんだよね~」

 

「いや、私に限らずお前達も綺麗じゃないか。なのに全員経験が無いのは不思議だな……何故だ?」

 

「私の場合は先ず前提条件としてお酒に強い神だから……でも私より強い神居ないし、体ばっかり見てくるから嫌だなぁ」

 

「私は私の料理をいっぱい食べてくれる神じゃないと。具体的には500柱前くらいはねぇ。体目当てなのか男神が料理教室に来たと思ったらずっと私の後ろから体を見てくるのよ?本当に最低よね」

 

「私は低能なのが嫌ね。特に性に奔放で見境ないのは嫌よ。せめて私と同じくらい頭が良くてもらわないと」

 

「好みがあると大変だな、互いに。私はもう見つけたが」

 

「ものすっごく強くて格好良くて、でもふとした時に見せる仕草が可愛くて頼りになる相手でしょう?良く見つけたわね」

 

「ふふっ。一目惚れしてから会いに行って、彼と共に過ごす内に色々な面を見れて、もっと好きになっていってしまったんだ。我ながら良い相手だと思う」

 

 

 

 4柱の女神達はそれぞれのタイプの話になっていた。だがその中で出て来るのは肉欲に奔放な男神ばかりで、オリヴィアを除いた3柱はそれに飽き飽きとしているらしかった。性に奔放というのが、自身の求める理想としてのタイプが在りきならば構わないが、どうとも思っていない相手からとなると、流石の神といえど嫌なのだろう。

 

 これだけ聞けば人間と差して変わらないのだが、神に老化というのは無く、意志で以て老化する。それすらも自由なのだから人間とは全く違うのだろう。

 

 オリヴィアは恥ずかしい思いをしながら恋バナを楽しんでいる一方で、友神達に感謝していた。深く悲しまないように、これからのことを思い浮かべないようにと気を利かせてくれている。それが心に温かく、私も良い友に恵まれているなとシミジミに思うのだ。

 

 ついている筋肉がどうとか、顔付きがどうとかを話している友神達の傍ら、懐に手を入れて純黒の御守りを取り出して両手で優しく触り、リュウデリアへの気持ちを強くする。純黒のローブは斬り刻まれてしまった。今となっては唯一の彼のことを感じられる代物なので、どんなことがあろうと死守しなければならない。

 

 

 

「あら?オリヴィア、それは何かしら?見たこと無いわね」

 

「ホントだ。地上の物?」

 

「小さいんだね。中に何が入っているの?」

 

「ふふっ。これは御守りといって、厄除けや招福、加護といった願いを形にしたものだ。彼が……リュウデリアが私のために創ってくれたものでな。持っていれば私の身を護ってくれるのだそうだ」

 

「へぇ……地上では色々考えているのね。それに……」

 

「ふふふ……ねぇ?」

 

「オリヴィア、そのリュウデリアって人に愛されてるんだねぇ」

 

「え、いや、違っ……これは何かあった時のために持っておけという意味でっ……」

 

「はいはーい。そういうことにしてあげますっ」

 

「た、確かに愛されているならこの上なく嬉しいがっ、リュウデリアだってそこまで深い意味を込めて贈ったわけではっ……」

 

 

 

 

 

「──────オリヴィア。我の美しい妃よ。夫たる我が参ったぞッ!!」

 

 

 

 

 

 ばがんッとけたたましい音を立てながら、黄金の扉が無理矢理開かれた。入ってきたのは軽装に包まれたことで逆に分かりやすくなった完璧な肉体美を持った、それこそどんな男が傍に立っても光り輝いて見えてしまうだろう程に美しい貌を持った金髪の男だった。浮かべるは歓喜の笑み。蕩けるような眼。それをオリヴィアだけに注いでいた。因みに御守りは一瞬で隠した。

 

 4箇所から同時に聞こえるくらい大きなチッという舌打ちが鳴った。聞こえていただろうに気にしていない、部屋に置かれていたり廊下に並べられた像とまったく同じ顔を持つ存在……正真正銘、神界を統べる神の頂点である最高神、デヴィノスである。

 

 後ろに見た目麗しいまだ小さな少女から妖艶な女性までを数多く連れている。その全員がデヴィノスによって囲わせられている愛人ならぬ愛神達であり、笑顔を義務付けられているので皆が一様に微笑みを浮かべている。

 

 ノックも無しに入ってきて早々自身に近付いてくるデヴィノスを睨み付けていると、友神達が前に出て盾になり、前までやって来たデヴィノスを心底軽蔑した……というよりも、ゴミに紛れた糞を見るような目で見ていた。

 

 

 

「汚らわしい。私達のオリヴィアに近付くな下衆野郎が。お前みたいなのは目につく場所に出て来るな。部屋に籠もって自分の手で慰めてろ」

 

「何が妃よ気持ち悪い。妄想も大概にしたらどうかしら。最高神の肩書きなが無ければなに一つ何も出来ない癖に威張り散らして。そもそも部屋の像を撤去して下さる?壊すのが大変なのよ」

 

「下半身でしか物事を考えられない神擬きが近寄らないで。ていうか臭いのよ。私達を使ってオリヴィアが来るように脅した癖して自分は手に入れたコレクションと交わっているなんて本当に頭おかしいんじゃないの?」

 

「ん?なんだ、お前達も我の寵愛を受けたいのか。それならばそう言えば良いものを……態々遠回しに言うとは愛い奴等よな。案ずるな、そこまで求めるならばくれてやらんこともないが、まずは額を床に擦り付けるべきだろう。我は全ての頂点である最高神であるからな」

 

「黙れ。死ね。気色悪いんだよ」

 

「頭の中どうなっているの?ここまで言われて何で寵愛を受けたいと思われなくてはならないのかしら。不快千万だからさっさと消えて」

 

「心底気持ち悪い。そもそもお前みたいな下衆野郎に犯されるくらいならどんな惨い方法でも自分でやって自決してやるわ」

 

「そんなに我の気を引きたいのか。フッ、我も罪深き神よ。そこに在るだけで何もかもを魅了して敵わん。良し、そこまで言うのならばお前達全員を一度に抱いてやろう。礼をする必要はない。お前達の気持ちは存分に理解している故。さぁ、我の寝室へ征こうぞ。我が妃に我を愛してやまぬ者達よ」

 

「「「──────本当に気持ち悪いから死ね」」」

 

「チッ。何故こんな奴が最高神なんだ……消滅してしまえばいいのに……ッ!!」

 

 

 

 デヴィノスの背後に控えている女達が全員目を暗くし、何も映していないのを見ると既に心を壊されているのが嫌でも解ってしまう。恐らく囲わされれば最後、逃げることは不可能と悟ってしまい、諦めてしまったのだろう。そんなものはデヴィノスの玩具か奴隷でしかない。

 

 今もデヴィノスが顎を使って無言で命令すると、オリヴィア達の元にやって来て連れて行こうとする。抵抗しようとしても、30柱以上は居るので抵抗なんてするだけ無駄だろう。それでも絶対に嫌だという意思の元全力で抵抗している。

 

 そんな光景を見ても、焦らすのが上手いなと言いたげな笑みを浮かべているデヴィノスには殺意しか湧かなかった。力さえあれば真っ先に殺して消滅させてやるのにと、血が出るほど手を握り締めて歯を食いしばり、殺意を込めて睨み付けた。

 

 傀儡と化してしまっている、デヴィノスが手を出した女達が群がって無理矢理連れて行こうと腕を引っ張っていく。踏ん張っても足が引き摺られてしまい、これまでかと思ったその時……足下が揺れた。超巨大な世界樹の上に建造された宮殿全体が揺れた。それはつまり、世界樹も揺れた事に他ならない。

 

 太平洋プレートも大陸プレートも無いので神界で地震は発生しない。つまり外的要因がなければ揺れやしないのだ。デヴィノスが目を細めている。恐らく原因が何かを考えているのだろう。すると程なくして、男神が2柱部屋に駆け寄ってきて、デヴィノスの元へ跪いた。

 

 

 

「急ぎの報告です、最高神様。神界に襲撃が起きました。不埒者はどうやら地上の存在のようです」

 

「フン。神界に乗り込むなんぞ阿呆の極みよな。してそれは人間か。その他の種族か?」

 

「……申し訳ありません。まだ確認が出来──────」

 

 

 

 最後まで言い終わることなく、2柱の内1柱が内部から弾けて死んだ。何のアクションもなく爆発四散した。神の肉片がデヴィノスに飛び散る前に、オリヴィア達の傍に居た数柱の女神が走って自分の体を使って盾になった。肉片が服に付着しようが関係無い。自分達はデヴィノスの為に居ると教え込まれてしまっているからだ。

 

 何故殺したのか。犯人であるデヴィノスは、襲撃してきた存在が何者なのかを把握していない事に苛ついて殺したのだ。殺したことに何とも思っていない。だから他に報告は有るのかという意味を込めて、残った男神に目線をやると、ゴクリと喉を鳴らし冷や汗を流しながら、今完全武装した戦いの神や戦神を向かわせたと言って、恐る恐る控えていった。

 

 

 

「ふん。滅多に無い襲撃か……良かろう。何処まで()()()()待ってやろうではないか。なァ?我が妃よ」

 

「リュウデリア……っ」

 

「……まぁいい。おい、我は少し行くところがある。お前達は我の妃を玉座の元まで連れて行け」

 

「畏まりました、我等の最高神様」

 

 

 

 まるで襲撃してきたのが、オリヴィアの知り合いだと解っているような口振りで喋るデヴィノスにレツェル達がギョッとした。まさか、まさかオリヴィアを連れ戻すために、神界へ辿り着いたとでも言うのか。そんな無謀なことをこんなにも早く?と。

 

 デヴィノスの女達に連れられながら、オリヴィアは神界へ襲撃したであろうリュウデリアの事を考えていた。一体どうやってこの世界に来たのか。何故こんな事まで……と。だが解ってしまう。彼は自身のことを連れ戻しに来てくれたのだ。

 

 嬉しいという気持ちが溢れ出そうになる。だが一方で何出来てしまったんだという気持ちにもなっていた。確かに龍は最強の種族だ。他の種族の追随を許さないだろう。しかしそれは、あくまで地上でという括りになる。神とは、想像するだけでも上位の存在であり、その想像通りに絶大な力を持っている。在り方が根本的に違うのだ。

 

 いくらリュウデリアが最強に近い力を持っていようと、神には敵わない。それを神であるオリヴィアが一番解っている。死んで欲しくない。でも現状止められない。だから神でありながら祈るしかなかった。どうか死なないでくれと。その願いは、届くのだろうか。それは神にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさとゲート開けよクソザコがテメェッ!!」

 

「……今度は……手脚を……引き千切るぞ」

 

「まだ拷問をされたいのか?なァ、この塵芥風情が」

 

「……っ…ごぼ……ひら゛ぐがら……ま゛っで……」

 

 

 

 神界の最高神デヴィノスに襲撃の報せが入る少し前。地上に残された戦いの神を拷問に掛け、首から下を凍らせたまま一緒に持っていって大空を飛翔しているリュウデリア達は、顔中が血塗れになっている神に檄を飛ばしてゲートを無理矢理創らせた。

 

 雲が円を描き、中央の空間だけ景色が違う。見るのは初めてのクレアとバルガスが、これが神の世界へ跳ぶ為のゲートかと感慨深そうにしていて、リュウデリアがゲートを睨み付けていた。一度潜ればどうなるか解らないし、どれだけの神が居るかは解らない。

 

 オリヴィアを連れて行ったが、無理矢理という感じではなく、それも傷付かないように庇ってもいた。ならば彼女は何かの罪に問われて連れて行かれたのではなく、彼女自身に行きたいという意志が無くても行かざるを得なくなってしまったという線が濃厚だ。結論を言うと、連れ戻そうとすれば戦いになるのは必須だ。

 

 飛翔しているリュウデリア達は、ゲートを潜り抜ける。一瞬で見える景色が切り替わる。大空から森の上へと。そしてリュウデリア達から尋常では無い大きさの巨大樹があるところまでかなりの距離があった。どうやら近くではなく、遠いところへゲートを創られたらしかった。

 

 3匹の視線が連れて来た戦いの神に集まる。それを自覚しながら、歯を全て抜かれた口を動かして杜撰(ずさん)な笑みを作り嗤った。そこまでしてやるつもりはないと言っているのが伝わった。なのでリュウデリアは何も言わず、純黒の炎で神を燃やし尽くして消滅させた。

 

 

 

「塵芥が。まあ良い、この世界にさえ来れれば俺達の……かッ……がァッ!?」

 

「げほッ……ッ!?なん……だ……コレッ!?」

 

「……っ!?ぐふッ……ま…さか……()()か……ッ!?」

 

 

 

 一瞬で神を殺してしまったリュウデリアは、今度は見る限り何かあるだろうと思われる巨大樹の下に立っている建造物の方を見て、飛んでいこうとしたその時、顔を顰めて喉を押さえ始めた。苦しげな声が漏れていき、クレアとバルガスも例外では無く苦しげになる。

 

 だがすぐに察した。空気だ。神界に存在する空気が地上とは違うのだ。今になって体の内側から痺れたり熱くなったり冷たくなるという異常が起きていた。このままこの世界の空気を吸い続けるのは拙い。速やかに判断した3匹は、全くの同時に魔法を使用。自身の周りに地上の空気を再現した。

 

 だがしかし、今度は体が何処かへ引っ張られようとしている。良く見れば引っ張られる方向にゲートが出来ていた。まるでこの世界から出て行けと言われているようで、3匹は舌打ちをすると魔力で全身を覆い尽くした。するとゲートは少しずつ閉じていき、少しすれば完全に閉じられたのだった。

 

 

 

「マズいぞ」

 

「……確かに……これは……」

 

「この世界の空気は俺達にとって毒そのもの。長く吸い続ければ体がどうなるか解らんとなると、現状で我慢する訳にはいかん。そしてこの世界は神が住んでいるのではなく、()()()()()()()世界と仮定する。つまり俺達はこの世界にとっての不純物であり……」

 

「魔力で全身を常に覆って存在証明をしつつ、この世界と俺達の境をあやふやにしとかねーと強制的に世界から弾き出されちまう。っつーことは、常に空気を創り出すのと、存在しておくのに毎秒無視できねぇ魔力使うって事か」

 

「……リュウデリアは……私達の中で……最も魔力が多いが……私達はそうも……いかない……激しい戦いに……発展するとして……魔法を使っていくともなれば……多く見積もって8時間……それが……私達に残された時間だ」

 

「……──────見つけた。オリヴィアはあの巨大樹の上にある宮殿の中だ」

 

「よっしッ!!ぱっぱと奪還してさっさと帰──────」

 

 

 

「──────居たぞッ!!討ち取れッ!!」

 

 

 

「──────はぁッ!?」

 

 

 

 この世界に確かに存在するという認識を世界に刷り込ませつつ、神の世界に対しての地上の生物という境をあやふやにすることで、どうにか3匹は神界に存在することが出来ている。ただしその間は自身の周りに空気を創り出す事を並行してやらねばならず、途切れると彼等は神界から弾き出されてしまう。そうなれば、もう一度神界へ来ることは出来ない。

 

 神にしか創り出せないゲートを、無理矢理創らせたのだから、世界の何処かに降りてきている神を探す必要があり、そんな労力を払っている時間は無い。なのでリュウデリア達に残された時間は8時間だ。それ以上だと恐らく魔力が保たない。魔力が尽きれば神界の空気という毒に犯されながら神界から弾き出される事となる。

 

 だからオリヴィアが何処に居るかを知らなくてはならないのだが、そこはリュウデリアが先制を取った。王都で貝を見つけた時の要領で見つけ出した。場所は正解である世界樹の上の宮殿の中である。数十人に連れて行かれているところまで細かく察知しているリュウデリアに、クレアが上々と言わんばかりに向かおうとしたその時、武装した神が大群となって飛んでやって来た。

 

 靴から小さな翼が生えており、それにより空中を飛んでいる。地上にやって来た3柱も、その方法で飛んでいた。だがおかしい。向かってくる神は確かに見つけたぞと言った。邪魔するならば暴れようとは思っていたが、まだ何もしていない。一体どうやって自分達の存在を知ったのか……と、そこで思い付いた。

 

 

 

「さっき殺したあの野郎……ッ!!どっかと交信する手立てを持ってやがったのかッ!!」

 

「……どうする……アレ等を相手にしていたら……オリヴィアの元まで行くのに……神による壁が構築される」

 

「良い。俺が一度にやる」

 

「あ、おい!魔力使い過ぎんなよ!?オリヴィア奪還する前に魔力尽きたら笑い話にもなんねーぞ!」

 

「解っている。だがオリヴィアの場所を俺達が知った以上、残り魔力が少なかろうと最後に奪還出来れば良いッ!!」

 

 

 

 飛んでやって来る神の数は目測50。今のところはまだまだ少ないが、これから増えるとなると一々相手している暇は無い。そこでリュウデリアが一気に蹴散らす事にした。飛んでくる神々よりも高い高度まで飛んで上がり、見下ろす。

 

 口内に魔力を凝縮していく。口の隙間から純黒の光が漏れ出していく。何かの攻撃の予備動作だと察知した神々がクレア達ではなくリュウデリアを狙って向かい始めるが、到達するよりも早く、準備が整ったリュウデリアが凝縮した魔力を解放した。

 

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 異界である地上から神界へ侵入した生命体、龍を同胞からの要請で排除しに来た50近くの神々が最後に見たのは、どこまでも黒い純黒の光りであり、圧倒的死の塊であった。

 

 盾を構える。侵蝕する。腕で防御する。侵蝕する。逃げようとする。逃がさない。直径500メートルに到達する純黒の光線は、向かってきた神々の一切悉くを無へ還してみせた。完全な死であり、消滅であった。

 

 だが止まらない純黒の光線は向かい来る神々を消滅させて尚止まることはなく、左から右へ大きく薙ぎ払い、オリヴィアが居る宮殿が乗る世界樹以外の、何の罪も無い神々が住まう一帯を消し飛ばした。突然の攻撃に対応が出来るはずもなく、日常を送っていた神々すらも、リュウデリアは慈悲も無く消滅させた。

 

 オリヴィアを連れて行った神に憤っているのではない。オリヴィアを連れ去った()()()憤っているのだ。罪も何も関係なく、リュウデリアにとって此処に居るだけで殲滅対象であった。慈悲も無く冷酷にして非道。それが龍。破壊と死を撒き散らす触れてはならない種(アンタッチャブル)。理不尽の権化。

 

 人間ですら怒りに触れないようにするのが常識なのに、怒りを煽るどころか逆鱗を引き千切る行為をした神々に、何の返しも無いと思ったか。精々後悔するが良い。彼等は何があろうと、決して止まることはない。

 

 

 

「──────殲滅だ。向かってくる塵芥も、邪魔な塵芥も、何もかもを殺し、滅してしまえ。龍の逆鱗に触れた愚かな神々の一切悉くを喰らい尽くせッ!!神殺しの時だッ!!」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 リュウデリア、クレア、バルガスの3匹は、大爆発を起こしながら純黒に侵蝕され、巻き込まれた神々が誰として生存を赦されない神界を見て、憤怒に塗れた咆哮を上げた。

 

 

 

「──────っ!リュウデリア……?クレア……バルガス……」

 

 

 

 宮殿の玉座の間に連れて行かれているオリヴィアは、微かに何かを聞いた気がした。例えるならば、誰もが恐怖を感じる恐ろしき龍の咆哮を。だが彼女には違う捉え方をするだろう。

 

 

 

 

 

 必ず行くから、待っていろ。まるで、そう優しく語り掛けてくれているような、そんな捉え方を。

 

 

 

 

 

 






 最高神・デヴィノス

 仮にも神界を統べる者なので、リュウデリア達が侵入したことは解っていた。そしてタイミングから、オリヴィアに関係する奴ということも。だから玉座の間にて座して待ち、試練をくれてやろうとしている。

 手に掛けて愛神にした女神の総数は36柱。気に入れば随時増やしていき、常に微笑みを義務付けている。オリヴィアに一目惚れしてアプローチをしようとしていたが、相手にされず、だが自身が最高で完璧な存在であるからと、どんだけ酷く言われて嫌われようと、自身の気を引きたくてしている行為と見なす。普通に狂っている。




 リーニス&レツェル&ラファンダ

 最高神が嫌い。マジで嫌い。バチクソ嫌い。だからか体ばかり見てくる神に好印象を抱かないので、もれなく男性経験が無い集団になっている。神なのに珍しいが、全部最高神の所為である。

 オリヴィアと共に玉座の間まで付いてあげようと思ったら、呼ばれているのはオリヴィアだけだからと、また部屋に閉じ込められてしまう。力があるなら最高神を殺してる。




 リュウデリア&クレア&バルガス

 神界へ侵入し、ファーストアタックを決めた。初撃で1000以上の神々が消滅している。そこに憐憫の感情はなく、殺すことに何の躊躇いなんて抱いてはいない。

 神界の空気が自身達にとっての毒だったので、魔法で空気を生み出しつつ、魔力を使って神界の存在証明と、境界線をあやふやにすることを同時にやっている。多大な魔力をこれだけでも使っているので、制限時間は8時間。だがそれは……?




 オリヴィア

 特別席の玉座の間で待機させられている。リュウデリア達の咆哮が聞こえた気がした。服の上から純黒の御守りを握り締めて祈っている。




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第68話  不穏

 

 

 

 神。それは地上とは別次元に生き、存在するあらゆる者達よりも上位の存在と謂われている。それは何故か。単純な話。奇跡を起こしうる者達だからだ。奇跡とは、常識では起こるとは考えられないような、そんな不思議な出来事のことを示す。

 

 戯れ程度の認識で地上に降り立ち、気紛れであろうと貧困の者達を救いたもうた。涙は川に。吐息は雨雲に。視線は陽の光へ。好意は恵へ。一粒撒いた種は大自然を創り上げ。思いやりの心は神秘の恵を実らせた。気持ち一つで救いを齎す存在は、何も無い者達の心を鷲掴み離さなかった。

 

 何時しか地上の世界には、神を信仰し讃え、祈りを捧げる者達が生まれ、如何に神が神たらしめるのかを説いた。神は偉大。神は全なる一。神こそが絶対。そう信じて疑わなかった。今でもそういった者達は存在する。だが、神は与えてばかりではなく、創造を起こすならば破壊を生み出す。

 

 地上に降りて地を蹂躙したり、人間やその他の種族を犯して孕ませ、神との混血児をも産み落とさせた。そんな神という存在は、誇張する必要もない力を持っていた。その一つである特徴として、神に死の概念は無い。簡潔に言うと……神は死なない。死んだとしても、死んだ神によって生まれた役の穴に次の神が生まれて宛がわれる。

 

 その神は違う神でも、同じ神でもある。前の記憶を受け継いで生まれてくるのだ。多少の外見に違いはあれど、違うようで同じ神。だから死なない。死という概念は存在しない。つまり何を言いたいかというと、神を殺せても消滅は出来ない……筈だった。

 

 

 

「──────なんだ……何なのだコレは!?一体何が起きて……っ!!」

 

「──────偉大なる神……塵芥と化せし愚かなる者よ。俺の魔力(純黒)により呑み込まれ、完全なる死を受け入れるが良い。死して悔い改めよ」

 

「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!」

 

 

 

 リュウデリアの本質の純黒は、死の概念がない神に牙を向き、離さず、殺し得た。神の完全なる死は、完全なる消滅を意味する。神の世界たる神界の摂理によって、新たな神が生み出されようと、それは死んだ神とは全くの別物である。記憶の引き継ぎは無く、意識も力も何もかもが違うのだ。

 

 戦いの神は、銀の槍を片手にリュウデリアへ向かっていった。殺す気であった。真っ向から向かい、串刺しにし、終わらせる。それだけだった。だが神の力は一切通じず、槍は純黒の鱗に阻まれてへし曲がり、砕け散り、その機能を破棄した。そして、固く握られた拳が銀の鎧を易々と突き破り、貫通し、心の臓腑を引き抜いた。最後に訪れるのは純黒の炎による焼却であった。

 

 要らぬ塵芥は純黒の炎によって灰燼と化し無へと還る。神はそれだけで完全なる死を遂げた。何もかも、総てを呑み込み塗り潰す純黒は、例え神であっても例外はなかった。だがクレアとバルガスの魔力まではそうもいかない。

 

 

 

「チッ……リュウデリアの魔力(純黒)なら一発かも知んねーが、オレ達はそうもいかねぇなァオイッ!!」

 

「……どうする……殺しても……同じようなのが……向かってくる」

 

「ぁあ?決まってンだろォが──────神を根底から殺す魔法陣を今ッ!この場で編み出して体に刻み込み、ぶち殺すッ!!」

 

「──────乗った」

 

 

 

 夥しい数の戦いの神が、3匹を囲い込んで次々と襲い掛かってくる。リュウデリアは最小限の魔力を使用して神々を根底から殺している。彼が殺せば確実に数を減らす。だが、クレアとバルガスはそうもいかず、殺せることは出来ても殺しきる事が出来ない。同じような神が何処からか湧いて出て来る。

 

 これでは殺して生まれての延々と続く無駄なイタチごっこだ。先に根を上げるのは確実にクレアとバルガス。無限ではなく有限の魔力は、総量が莫大であろうと限りが必ずやって来る。ならばどうするか。そこで最強の種族たる力を見せしめる時だ。

 

 殺せないならば殺せるようになれば良い。死の概念が無い神々を根底から殺す事が出来る術式を今この場で構築し、魔法陣の中に組み込んで体に刻み込む。それにより、完全なる神殺しの力を擬似的に得るわけだ。言うは易く行うは難しとはまさにこの事。無から有を創り出し且つ、前例が無いことを短時間で完璧なものに仕上げねばならない。

 

 

 

「おいリュウデリアッ!!」

 

「時間稼ぎだなッ!?任せておけッ!!」

 

「頼んだぜッ!!おーっし……いくぜいくぜいくぜェッ!!アホみたいに緻密な演算と世界最高レベルの術式構築速度を常にし続けてどっこいどっこいの前代未聞な神殺しの術式構築……オレ達が1分で完成させてやるよォッ!!」

 

「……手早くやらねば……複雑な機構すぎて……魔法陣が暴走する……故に……ある意味の廻り続ける……永久機関の構築……腕が鳴る」

 

 

 

 心意を読み解いたリュウデリアが、クレアとバルガスの周囲に魔力障壁を展開し、神々が密集している所へ飛んで行った。全身を魔力で覆い、肉体の強化を超高効率で増大させ、自力で出せる最高速度で突進した。前方に固まっている神の数は5000。その中心に突撃をかまして全て吹き飛ばし、弾き飛ばされた神々に全方位放出の純黒の魔力による衝撃波を放った。

 

 魔力による衝撃波だけで体が粉々に砕け散り、純黒の魔力の効果で死滅していった。その間に、純黒の障壁に護られているクレアとバルガスは、それぞれ赫と蒼の不完全の魔法陣を展開し、非常に速い速度で術式を構築していく。難易度は高いなんてレベルではない。

 

 それは絶技と言っても全く差し支えない御業。人間の魔法を研究する研究者ならば、理論を立てるだけでも数百年掛かるだろう事を、頭の中で全て演算し、複雑怪奇すぎる超緻密な構築内容故に自壊しようとする術式を崩れさせない速度で構築していく。クレアが宣言した1分とは決意ではなく、制限時間。1分で構築しなければ創り出せない程の、超高難度魔法術式である。

 

 龍でもこれを為せる者がどれ程居るかと問われれば、頭を抱えざるを得ない内容を、護られているとはいえ戦場でやってのけている。時間は刻々と進み、きっかり1分後。純黒の障壁は割れたガラスのように砕け散り、中からクレアとバルガスで出て来る。

 

 胸には蒼と赫に輝く、四方に展開された4つの魔法陣の中に、核となる魔法陣が刻まれた複合型五重魔法陣が刻まれていた。完成したと言わんばかりのギラついた視線で神々を睨み付け、魔力を練り上げて魔法陣を展開した。横目でそんな2匹を確認したリュウデリアは、集まってきた神々を置いてその場から退避した。

 

 

 

「お前等の為に態々(わざわざ)創った神殺しの術式だ、くたばれやオラァッ!!──────『迸り殺す刃の轟嵐(アンブレラ・テンペスター)』ッ!!」

 

「──────『灰燼へ還す破壊の赫雷(エレクトル・サンダリオ)』」

 

 

 

 巨大にして強大な竜巻が突如として5つ発生して約5万の神々を呑み込み、竜巻内で発生している無数の刃が構える銀の盾ごと斬り裂いて肉塊へと変えていく。蒼い竜巻はその場に留まることを良しとせず、5つの竜巻は分離して適当な方向へと突き進んで被害を拡大させた。

 

 一度入れば抜け出すことは内部から竜巻が消し飛ぶほどの全方位爆発を起こすか、単純な魔法の解除(ディスペル)をするかしかなく、自力での脱出は赦してくれない。抵抗する術が無い神々は竜巻に巻き込まれ、体を小さく斬り裂かれ……根底からの完全なる死を遂げていた。

 

 あの蒼い竜巻は危険以外の何物でも無いと察する神々は、巻き込まれないように退避行動を取った。そこを、雷速を置き去りにする赫雷が襲い掛かった。上下左右の十字型に赫雷が発生し、赫雷に当たった者は体の自由を奪われ、思考すらも破却する。

 

 何もさせない破壊の赫雷は、捕らえた神々を呑み込んだまま十字の形を崩して一条となり、神界の大地へと叩き付けた。瞬間、赫雷が大爆発を引き起こして膨大な赫雷を飛び散らせながら爆煙を上げる。そしてその爆煙は飛び散った赫雷を吸収して帯電し、触れた神々を感電ならぬ感雷させて焼き消した。赫雷が落ちた後には印先が落ちたと錯覚するクレーターが生まれ、神々の姿は無く、完全なる死を与えていた。

 

 

 

「ハッハァッ!!きっちり1分で完成させたぜッ!!ザマァみろクソカス共がよォッ!!死んで後悔しな、ざーこ♡」

 

「……今から……お前達を殺す……死を経験したい者から……来い」

 

「流石は俺の友。さて──────道を開けろ。そうすれば殲滅するだけにしてやるぞ、塵芥共」

 

 

 

「…っ……チッ!何を怯んでいるッ!!相手は地上の生物だぞッ!!神である我々が怖じ気づいてどうするッ!!蹈鞴を踏んでどうするッ!!排除せずしてどうするッ!!」

 

「一斉に掛かれッ!!あの愚かな者達に、神の力を見せしめてやれッ!!我等こそが神ッ!!我等こそが絶対ッ!!何人たりとも、この絶対を打ち壊すことは赦されないッ!!」

 

「滅しろ龍よッ!!我等の御前にて死してこの神界から消え去るがいいッ!!」

 

 

 

「──────『見聞き奪い不話を為す(ベネクタァ・スリィエンス)』」

 

 

 

「──────ッ!────っ──────っ!」

 

「───ッ────っ!──────ッ!!」

 

 

 

「──────では死ね」

 

 

 

 純黒の波動が、蒼い嵐が、赫い雷が神々を殺していった。神を1柱でも殺せば神殺しと讃えられるところを、リュウデリア達は毎秒1000はいく速度で滅した。だがそれでも向かってくる神が減っているように思えない。夥しい戦いの神が所狭しと数の暴力で向かってくる。広範囲の魔法を撃ち込んで一掃しても、直ぐにその穴は埋まってしまうのだ。

 

 神殺しの魔法陣は完璧に作動している。体に刻み込んであるのだから不発かどうかは解る。純黒なる魔力でも同じだ。失敗はしていない。絶対に殺している。なのに一向に数が減らない。戦いの神を殺したならば、生まれてくる神はもう戦いの神ではなく、記憶も引き継いでいない。だがこの感じは、生まれた途端向かってきている。

 

 武装している神の中に、最低限の服を身に纏っただけで向かってくる神が居るのがその証拠。確実に何かがおかしいと感じ始めた。それから30分が経過した頃、リュウデリア達3匹が決定的におかしい部分を見つけた。殺しにいって魔法を撃ち込んでいるのに、一撃では死なず、耐えてみせる者が出始めたのだ。

 

 何の違いがあるのかと思って戦闘を繰り広げながら観察すると、直ぐに結論が出た。銀の鎧と銀の槍、銀の盾を持っているという一律した武装が変わり、白銀の鎧に各々が得意なのだろう様々な種類の武器を手に取り、盾を持たない者が現れ始めた。そして動きも違ってきて、仲間の影に隠れて魔法を凌ぎ、接近してくるのだ。

 

 

 

「──────が……ッ!?」

 

「クレア!」

 

「…っ……クソッ……()()……」

 

 

 

 不可視な風の刃を放ち、射線上に居る神を全て両断して滅神したクレアに、大鎚を手に持った神が間近に接近していた。仲間の神を不自然にならない程度に集めて壁にして姿を隠し、魔法を放った後のクレアの死角から向かっていったのだ。そして大鎚を大きく振りかぶり、クレアの横面に叩き付けるインパクトの直前、腕の筋肉を隆起させて叩き付けてきた。

 

 あまりの接近の手際の良さに魔力障壁を張る暇も無く、横面に大鎚を叩き付けられて吹き飛んでいった。体勢はすぐに戻したが、大鎚を打ち込まれた部分から鈍痛がする。幸い蒼い鱗は無事だったが、人間大の大きさしかない神にやられただけで、明らかな体格差をものともせずに後ろへ追いやられた。

 

 

 

 ──────チッ……イイの貰っちまった。つーかコイツ等……強くなってやがる。別部隊か?ゲートを創った奴はオレ達と同程度の大きさに体を変えてたが、コイツらはそれをしねぇ……アイツがそういう力でも持ってたのか?まあそこは追々探るとして……白銀の鎧を着てる奴等は今までのとは違ェ……こんなのが何万も居るとなると……マズいな、8時間も魔力が保たねェ。それよか、少し戦力を増強してきたのを考えるともっと更に強ェのが居るはず……なら神界だっけか……?神界に居られるのは……現時点で3時間に短縮だなこりゃ……仕方ねェ。

 

 

 

 ──────……?クレアからアイコンタクト……強さが増した……神についてか……このまま戦っていても……オリヴィアの奪還は難しい……強さからしてタイムリミットと恐らく現時点で最大3時間……となれば……この場で戦い……注意を引くのと……オリヴィアの奪還とで……分けるべき……つまり……クレアが言いたいのは……。

 

 

 

 ──────バルガスとクレアからの視線……察するに現状のことを言いたいのだろう。先程クレアが大鎚で打たれて後退ったのは確認した。つまりそれだけの力を持っているのが白銀の鎧を着た神共ということか。だが解せんな。何故今になって出て来た……まさか様子見をされているというのか……ッ!つまりこの後も更に強い神が現れる可能性がある。銀の鎧の奴等ならばどうとでもなるが、強くなれば使う魔法も肉体を強化する魔力も増える。唯でさえ存在証明と境の誤魔化しに使っているというのに……つまり、彼奴らが言いたいのは──────

 

 

 

「──────任せたぞッ!!」

 

「任せとけッ!!お前は早くオリヴィア奪い返して来いッ!!どうぉりやァッ!!」

 

「……こちらは……任せろ……ふんッ!!」

 

 

 

 間近に居る神々を一掃する用に見せ掛けて世界樹の頂上へ向けて、一直線に伸びる通り道を作るために魔力の塊を放つ。その間にバルガスとクレアが近寄り、バルガスがリュウデリアの手を掴んでその場で回転して勢いを付け、世界樹の方へと全力で投げた。そしてクレアが暴風を創り出してリュウデリアの周りを囲い、追い風の要領で加速させた。

 

 白銀の鎧を着た神々の反応速度を遙かに越えた速度で、開けた空間を突き進んで世界樹の頂上を目指して突き進んだ。これならばあっという間に着くことが出来る。一瞬のアイコンタクトによる連携により、誰も追い付けない。反応できない。だからリュウデリアは最速で目当てのオリヴィアの元まで行ける。

 

 加速が入り、魔力の放出を推進力として使用したお陰で簡単に遅緩する世界に入り込んだ。3時間も必要ない。そう確信したその時、リュウデリアの右隣の蒼風が破られて何かが入り込んできた。遅緩する世界に入り込んだそれは、自身の右脇腹に蹴りを叩き込み、左下へと叩き落とした。

 

 轟音が鳴り響き、神界の大地を砕きながら叩き付けられた後、先程まで自身の居た所を見ると、緑の軽やかな服だけを身につけ、他のよりも大きい翼が生えた靴を履いた、先の尖ったハット帽のような物を被った少年の見た目をした神が見下ろしていた。面白そうに眺めている目は実に不快だが、冷静な頭がこの神のことを分析していた。確実に只者ではない気配と、追い付いて横から蹴りを入れて来たことにより察せられる速度。予想通り、より強い神が現れた。

 

 

 

「やっほー。僕は瞬速の神、ハオルメレスっていうの。よろしくね?」

 

「チッ……面倒な塵芥が……ッ!!」

 

「塵芥はひどいなぁ。これでも僕、速さを司っているんだよ?つまり()()持ちなの。そこら辺の雑魚神とは比べないで欲しいなぁ。所で君、硬いね?僕の蹴りを受けて無傷なのは初めてだよ!」

 

「──────死ね」

 

「あー、ムリだよ?ムリムリ。だって──────僕の方が速いから」

 

 

 

 クレアとバルガスは少しとはいえ驚いていた。3匹の力を合わせた加速した速度に追い付いた挙げ句に、横から蹴りを入れて巨体のリュウデリアを弾き飛ばしたのだから。しかも、着地した場所で翼を広げ、しゃがみ込んで脚を力ませ、魔力による肉体強化も合わせた遅緩した世界に入り込んだリュウデリアの攻撃を避けたのだから。

 

 周囲からしてみれば、コマ送りのようにリュウデリアがハオルメレスの目の前に現れて、頭を引き千切ろうと手を伸ばして触れる寸前で忽然と姿を消し、リュウデリアの背後に回り込んでいて、背中に縦回転を加えた踵落としを打ち込んで再び大地へ叩き落とした。

 

 轟音が2度目になり、手を付いた地面を握力だけで広範囲に渡り破壊しながら、苛つきを籠めてリュウデリアが睨み付ける。その視線を受けて尚、クスクスと笑って流すハオルメレス。

 

 

 

 

 

 神殺しに順調だったリュウデリア、クレア、バルガスに、不穏な気配が忍び寄っていた。

 

 

 

 

 






 ハオルメレス

 緑の軽やかな服だけを身につけ、他のよりも大きい翼が生えた靴を履いた、先の尖ったハット帽のような物を被った少年の見た目をした瞬速の神であり、速度を司っている。

 速度はあのリュウデリアを圧倒しており、ふざけるだけの余力がある。数多く居る戦いの神よりも圧倒的上位の存在。



 白銀の鎧を身に纏った神

 戦いの神が戦いの得意な神だとするならば、白銀の鎧を着た神は戦いを専門とする神。つまり、戦いに於いては今までよりも強い。

 戦神とまではいかないが、その一歩手前の力を持った神達。少なくとも油断していなかったクレアに接近して殴れるくらいの力はある。




 クレア&バルガス

 たったの1分で神を根底から殺すことが出来る魔法陣を構築し、体に刻み込んだ。構築するには緻密な演算と異常な構築速度が求められる。人間の魔法専門家でも、理論だけ立てるにも数十年から数百年掛かるくらいの偉業。神殺しはそれだけの難業である。

 リュウデリアを先に宮殿へ送ろうとしたが、横からハオルメレスに邪魔をされた。速さを司るだけあって今までで一番速い奴だと認識した。不穏な気配を感じていることを自覚している。




 リュウデリア

 さっさとオリヴィアの元まで向かおうとするも、二度に渡ってハオルメレスに地面に叩き付けられた。鱗は無事で怪我こそないものの、遅緩する世界に入り込んだのに対応されたことに対し、内心では驚きと警戒を抱いている。



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第69話  分断

 

 

 

 

 

「おっと、行かせないよ?君達を宮殿へ近づけさせるなって最高神様のお達しでね。丁度良い感じに揉んでやれとも言われてるんだ」

 

「図に乗るなよ、塵芥がァッ!!」

 

「あははっ。焦ってるねー。まあ僕に攻撃が当たらないからなんだろうけどさぁ?」

 

 

 

 緑の線が飛び交ってあらゆる方向からリュウデリアに襲い掛かる。振り払っても躱され、先読みをして拳を振るっても寸前で止まり、尻尾を叩き付けようとしても見てから避けられる。なのに瞬速の神であるハオルメレスは、その速さを活かした思い蹴りを叩き込んでくる。

 

 純黒の鱗には罅も入っていないが、内部に衝撃が届いてくる。それも空中でやっているので、地面に接している足から叩き込まれる衝撃を逃がすことが出来ないのだ。サイズの違いから小さい痛みが全身に与えられているだけなのだが、ダメージを受けていることに変わりはない。

 

 姿が見えず、緑の軌跡に映る残像を、出来るだけ圧縮した時の中で追いかけるしかない。体を丸めて防御状態に入り、両腕をクロスさせて顔を護り、隙間から見える範囲でハオルメレスの速度を目で追いかけていく。魔力で肉体強化をしつつ、魔力の障壁を展開しておく。万が一破られた時のことを考えての体勢だ。

 

 

 

「んー?もう攻撃は諦めちゃうの?しかもその障壁……あははっ。どれだけ耐えられるのかなー?」

 

「……………………。」

 

 

 

「リュウデリアッ!!チッ……邪魔くせェなァクソカスがよォッ!!」

 

「……銀の鎧の奴等が……盾になり……白銀の鎧の奴等を……護っている。攻撃に……専念させる……つもりか……」

 

 

 

 ハオルメレスが姿を掻き消して、緑の残像を生み出しながら、障壁で身を護っているリュウデリアに連撃の蹴りを浴びせる。最初こそしっかりと障壁の役割を果たしていたが、止まない雨のような連撃に少しずつ小さな罅を入れていった。

 

 だが、リュウデリアは常にハオルメレスの動きを見て観察していた。龍の動体視力でも捉えきれない超速度の動き。それらに全神経を集中させて、意識から外れた無意識の領域で把握していた。何時しか彼は、光速に迫る動きを見せるハオルメレスの動きを追い掛けていた。

 

 防御態勢に入っている彼を見て、加勢に向かおうとしても白銀の鎧を着た神々が行く手を阻み、攻め込んでくる。自身を討伐しようとしてきた人間を皆殺しにした時は、死の恐怖が顔に浮かんでいたが、白銀の鎧を身に纏う神々にそんな様子は見られず、当たり前のように特攻してくる。

 

 

 

「あれは友達?鬱陶しそうだねぇ。でも残念。君達が神を本当の意味で殺して違う神が生まれようと、その瞬間から最高神様が戦いの神へと変えて、この戦場へ送り込んでいるから根絶やしには出来ないよ?」

 

「……やはりそうか」

 

 

 

 防御態勢に入りながら、ハオルメレスの言葉に反応した。殺しても殺しても数が減っているどころか、それ以上に増えているように感じるのは、殺した事で消えた神の役に、新たに生まれて宛がわれた神を何らかの力を使って戦いの神へと昇華させ、すぐに戦場に送り込んでいるのだろう。

 

 神こそが全知全能と謳われるだけあって、生まれた瞬間の神を在り方から弄るなんて芸当をするとは、確かに最高神の力を持っていると言わざるを得ない。ある程度察していたものだが、逆を言えばそれ以外に考えられないのだ。

 

 戦神に来るべきではなかろう軽装をした神が、良く解っていない表情をしながら戦いに参加してくるのだ。何らかの力を使って失った使い捨ての役割の神を埋め合わせて、新たな戦いの神を送り込む。この繰り返しでやれば相手は増え続け、新しく導入された神の相手に魔力の消費量も上がるというものだ。

 

 態となのか、それともお喋りなだけで話してしまったのか、相手側の情報を掴み、自身の考えの確信を得られた事で、展開していた魔力障壁を解いた。神速で動き回っていたハオルメレスが空中で止まり、己から防御を捨てたリュウデリアに首を傾げた。

 

 

 

「なぁに?もう諦めちゃったの?折角蹴り壊してあげようと思ったのに」

 

「はッ。抜かせ塵芥が。お前を殺す算段を付けたから解いたのだ。今となっては邪魔だ」

 

「……ふーん。あっそ。じゃあ、もう殺しちゃうね?神界に侵入したことを後悔するといいよ」

 

 

 

 ハオルメレスが姿を消した。次の瞬間に訪れるのは、止まらない連撃だ。それも体の内部に伝わる大きな衝撃を生み出している。蹴り1つでリュウデリアの体がノックバックしたり、苦悶の声を上げるのを、神速の中でほくそ笑んでいた。殺す算段がついた?何を言っているのやら。全く手も足も出せていないクセに。

 

 これだから地上の生物は弱くて愚かなんだ。暇だから地上に降りて、適当に人間を蹴り殺しても弱すぎて話にならないし、今相手している龍だった戯れついでに殺したこともある。正直、ここまで蹴りを入れられて生きているのが新鮮で面白い所もあるが、殺したことのある種族に殺せると言われると、流石に頭にくる。

 

 宣言通り蹴り殺してやるよ。そう心の中でほくそ笑みながら舌舐めずりをして宙を駆け回る。こんな速度を出せるのは神界にも限られてくる。そんな自身の動きが見切れるはずがない。ふざけたことを抜かす龍の懐に入り込み、顎を真下から膝蹴りで勝ち上げた。ガチンと歯が鳴る音がして、完全に決まったことを確信する。手応えもあった。

 

 目の前にある隙だらけの喉に足を付けて、踏み付けながら距離を取って背面へ回り込む。その背後へ回り込む途中で、黄金の瞳が自身のことを追いかけているように見えたが、きっと気のせいなのだろう。あんなに翻弄されておきながら、5分も経っていないのに目で追えるなんて事は有り得ない。

 

 ハオルメレスが余所見の感覚で向けていた視線を戻し、前を向いた時、目に映ったのはこのまま直進するば確実にぶち当たるだろう位置に置かれた尻尾だった。あれ?そう漠然と疑問を感じながら、何度蹴りを入れようと罅すら入らなかった純黒の鱗に覆われた尻尾に、顔から突っ込んだのだった。

 

 ばちんと痛快な音が鳴って、被っていた尖ったハット帽が脱げて飛んでいく。少年のような風貌で整った顔立ちが、神速で尻尾に突っ込んだ事で歪み、鼻が折れ、鼻血を噴き出している。勢いに負けて乱回転しながら吹き飛ばされている最中、大きな手に体を掴まれた。

 

 大きく硬く、ぎちりと激痛を伴う力で握ってくる手に掴まれているハオルメレスは意識を朦朧とさせていたが、すぐに回復してハッとした表情になって困惑し、身動きが取れない事で冷や汗を1つ、こめかみに流した。

 

 

 

「ぐっ……なんで……僕が通る……所に……尻尾が……」

 

「教えてやる。お前が阿呆だからだ」

 

「は……っ?」

 

「顔に蹴りを入れると、必ず背後を取る。舐めているのか?何度もやられれば気付くわ塵芥が」

 

「で、でも……そうだとしても……同じ場所を同じ軌道では……通って……っ!」

 

「俺が何の為に魔力障壁を張って動かなかったか解らんのか?お前の動きに反応出来るまで待っていたんだよ、愚か者め。お前の速度は、もう慣れた」

 

「そんなわけ……そんなわけがないだろう!?僕の最初の動きには全く反応出来て……いなかったのに!この短時間で慣れた……っ!?ふざけるのも大概に……っ!!」

 

「信じる必要はない。そもそも、死ぬお前にそこまで懇切丁寧に説明してやる義理はない。死ね、塵芥の愚か者。お前は全く大したことのない神だった」

 

「……っ。あ、はは……あははっ。僕を殺したところで、最高神様のところへは辿り着けないよっ!!僕はねぇ……強さで言うなら下の上ってレベルなんだよ。最高神様の元に行くには、必ず四天神(してんしん)を相手にしなくてはいけない。ほんと、後悔するよ。僕なんか指先1つで瞬きの間に殺せる神達だか──────」

 

 

 

 捕まっているハオルメレスは、手の中で起きた純黒なる魔力の爆発で粉々に吹き飛んだ。これ以上喋らせる必要もないと判断したからだ。これで少なくとも面倒な速さを持つ奴は消えた。だが他にもまだ居るかも知れない。最高神を護っているという四天神の存在は、無視できるものではない。

 

 こびり付いたハオルメレスの肉片を、手を振って振り下ろしながら振り返り、クレアとバルガスの方を見る。最初の時と比べて敵の数が増えていて、見ようによっては蚊柱のようにも見えてしまう。それだけの夥しい数の戦いの神達が、たったの2匹に群がっているのだ。

 

 しかしリュウデリアは彼等の元へは行かない。視線を切って世界樹へ向かうのだ。この場は彼等に任せる事にしている。元よりその予定だったのだから、戻る必要は無い。彼等ならば大丈夫。神にやられるほど柔ではないのだから。

 

 

 

「ヨシ。アイツはちゃんと行ったな」

 

「……リュウデリアが……あの程度の神に……遅れを取る……訳がない」

 

「ンじゃ、オレ達はオレ達でヘイト稼ぎでもすっかねェ。あーあ、コイツらの相手はめんど──────」

 

 

 

 欠神をして気合いを入れ直し、いざ魔法陣を展開しようとした時、上空から巨大隕石と間違う獄炎の塊が、クレアとバルガスに向けて落とされていた。圧倒的熱量に、2匹へ向かっていた神々の武装が熱せられて赤くなり、溶けていった。肉を焼く痛みに悶えて苦しんでいる。

 

 すぐそこまで迫っている獄炎に、クレアとバルガスは何も言わずその場から退避した。真っ直ぐ落ちた獄炎は地面へと着弾し、圧倒的熱量を撒き散らしながら大爆発を起こした。ドーム型に熱が膨張して神々を巻き込んだ。触れた途端から燃えて消し飛んでしまい、絶命した。だがすぐに復活を遂げて何も無かったようにその場に現れるのは、最早理不尽極まりないと言っても良いだろう。

 

 魔力の障壁も無く、直撃すれば流石にどうなっていたか解らない獄炎と次いでの爆発を避けた2匹だが、同時に左右へ退避行動をしてしまったことにより、分散させられてしまった。2匹固まっていれば、互いに手助けも出しやすかったのだが、そうもいかない。

 

 鱗越しに感じた熱を持つ獄炎を飛ばしてきたのは、自分達の上に居る。見上げれば予想通り犯人らしき者が、両腕を胸の前で組んで仁王立ちしながら見下ろしていた。体は肌色なんてものはなく、全身が炎によって人型を作っているだけで、明らかに炎に関する力を持った神である。

 

 アレが攻撃してきたのかと、クレアとバルガスが同時に翼を大きく広げ、人型の炎の神に飛んでいこうとしたその時、クレアには雷が、バルガスには風が襲い掛かった。魔力障壁で体を護る。雷と風が叩き付けられると、障壁に罅が入った。それぞれの攻撃は前から来た。上を見上げていたから隙だと思っての攻撃だったのだろう。

 

 結果として攻撃が届くことはなかったが、クレアとバルガスは割と強めに展開した魔力障壁に、易々と罅が入ったことに目を細めた。そこらに居る神ではどんなに攻撃しても傷一つ付かない障壁を、たったの一撃、それも本気ではないだろう攻撃で罅を入れられた。どうやら、リュウデリアが戦っていたような、少し上の強さを持つ奴等の登場だと察した。

 

 

 

「散々と神は偉大だの何だのと言っておきながら、やるのは堂々とした不意打ちかよ。御大層な神サマなこったなァ?」

 

「残念だが、その神様は最高神様よりお前達を殺して首を持ってこいとの事なんだよ。大人しく死ぬか、抵抗して死ぬか、どっちがいい。神の慈悲として、雷を司る神である雷神たるこの俺が、好きな方を実践してやるぞ」

 

「ぶはッ──────舐めてンじゃねェぞクソがよ。向かって来ンならやってやるよ。神だからと舐め腐ってるテメェのなっげー鼻っ柱べきべきにへし折って、糞溜めにぶち込んだ後に捻り殺してやるよ。嫌ならだいちゅきな最高神とやらのところへ行って泣きついてな!」

 

「……地上のトカゲ如きが……ッ!!」

 

 

 

「最高神様より、あなた達の排除を命じられました。神の言葉です。拝聴できる栄誉を噛み締め、その命を差し出しなさい。さすれば痛みも無く、安らかに逝かせる事を約束してさしあげましょう。風を司る神……風神たる私がです」

 

「……下らん。オリヴィアを……取り返しに来たのに……恐れて……たったの3匹に……これだけの神を寄越す……不安の現れか……?崇高だの……絶対などと……世間に広まっているのを……本で読んだが……存外……大したことのない……小物だな」

 

「何ですって……?私達が小物?」

 

「……多勢に無勢へ持ち掛け……取り囲み……命を差し出せと……言っている事の……どこが崇高か……どこが絶対か……そうしなければ……私達を仕留められないと……考えているのと……同義。態々……下らん事を言いに……近付くなど……片腹痛い」

 

「そう……では後悔なさい。あなた達はこの神界から出ることも、オリヴィア様を奪還することも叶わない。己の無力さに打ち拉がれ、神の力をその身に刻み込みなさい」

 

 

 

 雷神と風神は額に青筋を浮かべて怒りを露わにした。神は全ての頂点に立つ、絶対支配者。地上の生物如きが不敬な態度をとるなんぞあってはならない屈辱。ましてや自分達を前にして斃すというのだ。それがどれだけ愚かな事か、全く理解していない。無知とはこの事。そう思えば、幾らかの溜飲を下げることが出来る。

 

 知らないから偉そうで生意気で、不敬千万な言葉を熟々と吐き連ねる事が出来るのだ。ならばその身に教え込んでやらねばなるまい。それが神としての慈悲であるのだから。雷神は天にも地にも轟く雷を発生させ、風神は何処までも届き、吹き荒れる大風を生み出した。

 

 

 

 

 

 全身が炎で形成されている、炎の神の眼下で、強さがより上位の神と、神界に侵入せし龍のぶつかり合いが勃発しようとしていた。

 

 

 

 

 

 






 風神

 佇まいが綺麗で、風に乗って移動したり浮遊をしている、細い目が特徴の優男風な男神。一見、吟遊詩人のような格好をしており、ツバの広い帽子を被っている。水色が主張している服を着ている。




 雷神

 目付きが鋭く、上半身は裸で裸族だが、下はだぼっとしたワイドパンツを履いている金髪の男神。裸の上半身では雷が常にばちりと帯電していて、服を着ると焼いてしまうから着ていない。目付きが鋭くて鍛え抜かれた体を見せているので、ヤンキー風に見える。




 炎神

 体が炎で形成されており、轟々と燃えている炎が人型になっているだけに見える見た目。

 放った獄炎は、直撃したら流石にマズいと判断させるくらいの熱量を持っていて、クレアとバルガスを分断するためのものだった。




 リュウデリア

 ハオルメレスを観察することで下した。最初は確かに目で追えなかったが、慣れて目で追いかけられるようになり、動きにも付いていけるようになった。それには5分も経っていない。




 クレア

 雷神に目をつけられている。ハオルメレスの相手は自身がして、リュウデリアを行かせようと思ったが、大丈夫そうなのでやめた。結果数分で殺し、やっぱりなと納得した。




 バルガス

 風神に目をつけられている。一瞬ハオルメレスの方へ行こうと思ったが、すぐにそんな必要はないと判断して、その判断通りの結果となった。炎神が何時攻撃してくるか、タイミングを見計らっている。




 四天神

 最高神が従える神の中で、トップ4の者達。



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第70話  神の権能



この作品は『カクヨム』で投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 

 権能(けんのう)。それは一部の神のみが持つ、行使する力、権利の事を指し示す。地上のようにやろうとすれば炎でも水でも氷でも、魔力が有る場合に限り覚えられる……なんて力ではなく、その力を行使する力そのもの。そこに条件はなく、使用する権利なのだから自由自在。

 

 例えば水の権能を持っていたとする。すると水が何処にも無い状況でも、何の消費や条件が無くても水を0から創造し、好きな規模で大津波を発生させたり、物理的に不可能な動きを可能にさせることも出来る。地上の存在がそれを聞けば、あまりに理不尽だと断ずるだろう。だが現実である。神にはその権利がある。

 

 その権能が雷ともなると、手が付けられなくなるだろう。天災の一つにも数えられる雷。それを自由自在に扱うことが出来る力で、上限が無いのだから。神であるからという理由で人知を超えた電圧も、速度も出せるという。

 

 それ故に、クレアと熾烈な戦いを繰り広げている雷神の生み出す雷は、これまで感じてきた雷の中で最も威力が高かった。リュウデリアやバルガスの扱う魔法の雷を含めて……である。それだけ言えばどれだけの力が、権能というものによって創り出されているか伝わるだろう。

 

 

 

「さっきまでの威勢はどうしたトカゲッ!!逃げるだけで俺に勝てるとでも思ってんのかよッ!?まあ、逃げられるんなら逃げてみなッ!!」

 

「……チィッ!!」

 

 

 

 こちらへ伸ばされた右手の人差し指の先から、見た限りだと大したことなさそうな雷が飛来する。肉体を魔力で強化させ、遅緩した世界へと入り込んだ。周囲で自身を全方位から囲い込んでいる神々の動きが、まるで止まっているように見えるくらい緩やかに動く、超加速の世界。だが飛来した雷は、大した減速もせず飛んできた。

 

 回避が間に合わない。これは避けようがない。飛んでくる雷は魔力を伴う魔法ではないので威力を読むことが出来ない。だから勘でしか判断出来ないが、相当な威力であることは解ってしまう。魔力障壁は間に合うが、そう多くの枚数を重ね掛けすることは出来ない。被弾するのが先だ。

 

 クレアが行ったのは、初歩も初歩な対応。とてもシンプルなものだ。足を畳んで背中を丸めて丸くなり、翼を広げた後に体を覆い尽くした。それで魔力を無駄にならない程度の膨大な魔力を使って肉体強化をし、体を覆った。

 

 受け止める準備が整うと同時に雷が着弾し、巨体のクレアに対して心許ない雷は、触れた途端に全身へと流れた。落雷とは思えないひ弱な雷の見た目なのに、当たった時の音は落雷のそれ。今まで同じものを飛ばされていて、飛んで避けていたが、よもやここまでの威力があったとは思わなかった。

 

 蒼い鱗の蒼鱗に関係なく、中の肉を焼かれていく感覚と全身の痺れ、頭が真っ白になる錯覚が訪れる。長時間当たるのはマズいと判断して翼を勢い良く広げて魔力を同時に撒き散らし、掻き消した。

 

 

 

 ──────あ゙ークソッたれが……普通に強ェじゃねーかよ。ワリーがバルガス……コイツの雷お前の赫雷よりキツいわ。しかも体のデカさが仇になって(まと)がデケェ。また魔力使い続ける事になるが、サイズを落とすしかねェな……。

 

 

 

 相手が強いのに、攻撃が当たりやすい今の体の大きさでは圧倒的に不利。それ故にサイズを落としていく。人間大となったクレアに、大きさが変えられるのかと興味深そうな目を一瞬した雷神だったが、ばちりと雷がその場に残って、姿が消えた。

 

 再び姿を現した時、その場所はクレアの懐だった。殆ど同じ身長になった彼にこれ幸いと、雷を纏った拳を腹に打ち込んだ。みしり……と鱗に罅が入ったのを感じた。抉り込むような拳に吐きそうになり、口を固く閉じる。喉まで出かかったのを堪えると、頭頂部から衝撃が奔った。

 

 肘を使ったエルボーを、頭へ上から下に叩き付けたのだ。そして副次的な雷が襲い掛かり、体が動けないまま下に叩き落とされ、地面に激突して砂埃を上げた。雷神は人差し指を立てた腕を上に持ち上げる。指先に雷が凝縮され、振り下ろすと一瞬だけクレアに向けて雷が伸びた。瞬間、訪れたのは大爆発だった。

 

 神界の大地が抉り飛び、発生した熱が周囲をのものを焼き、爆発の余波に巻き込まれただけで何柱かの神が消えた。その爆心地ど真ん中に居て尚且つ、見た目よりも強力無比な雷を受けたクレアはどうなったのだろうか。無事なのだろうか。

 

 

 

「あっ……ぶねぇ……風の障壁50枚を割りやがった……」

 

 

 

 クレアは無事だった。だが危なかったと言っている。それもその筈。回避が間に合わないと踏んで風の障壁を展開したのだ。バルガスの殴打で約30枚の障壁が割られた。同じ数でも良かったのだが、嫌な予感がしたので更に上の50枚を展開した。だが雷は当たった途端に40枚を持っていき、その後の爆発で10枚を破壊した。

 

 30枚だったら幾らかの雷を受けて、その後の爆発を食らっていた事だろう。勘で設定した50枚が、今の攻撃をギリギリ受けきれる最低ラインの枚数だった。

 

 神界に侵入してから片手間に殺せる神と、少しは強い神の軍勢を相手にしていただけなので、これだけ強い神が居るということを体験していなかった。リュウデリアが戦っていた矢鱈とすばしっこい神なんかよりも、この雷神は比べ物にならないほど強い。気を抜けば雷で大ダメージも有り得るのだ。

 

 

 

「──────『流離う我が蒼き風が来た(アァレン・ヴァーリハイト)』ッ!!」

 

「そんな遅ェもん当たるかよ、トカゲ」

 

「ぐッ……ッ!!」

 

 

 

 手を付いて勢い良く立ち上がると、右腕を横に振った。小さな風が生まれて蒼くなり、クレアの前に集まって円を描いた。中央が蒼く染まると蒼い風は回転を速くし、光線を撃ち放った。空から見下ろす雷神に向かって突き進んでいくその速度は、落とされた雷にも匹敵するものだった。

 

 人間大の雷神を易々と呑み込む風の光線が目前まで迫った時、雷神は笑った。こんなものが当たるわけがないと。目前まで迫っている風の光線は、今から避けるにももう間に合わないと断定できる程の距離だった。しかし雷神はばちりと雷を残してその場から消える。標的を失った風の光線は、雷神の奥に居た神を呑み込んで消し飛ばし、約500柱は殺した。

 

 雷神が姿を現す。自身の真横に。急遽振り向きながら裏拳を放った。そのまま行けば横面に吸い込まれるように打ち込まれる拳だったが、雷神は余裕の表情で笑いながら後ろに仰け反り、当たるか当たらないかの距離で回避した。

 

 向けられた拳を避けた後、その腕の手首を掴んでガラ空きとなった脇腹に膝蹴りを叩き込んだ。膝が打ち込まれると、次に雷が発生して威力を底上げしながらダメージも与え、ついでに上から落雷が降り注いだ。3つの攻撃を真面に受けたクレアは苦しげな声が口から漏れる。それを聞いて雷神は更に笑みを深くした。

 

 

 

「俺の鼻っ柱へし折るんじゃなかったのかよ。そんなんじゃ、俺みたいな上位の神には勝てねーぜ?」

 

「……っごほッ……『爆ぜる轟嵐龍の風珠(エクシリフ・ハクノォバ)』ッ!!」

 

 

 

 両者の周囲に蒼い球体が生み出され、風を纏って回っている。尋常ではない風の魔力を無理矢理封じ込めたその球体は、解放されると同時に爆発する。総数20個の風の爆弾が大爆発を起こし、連鎖爆発を発生させた。雷神は掴んでいたクレアの腕を爆発の衝撃で離してしまい、舌打ちをする。

 

 雷を纏って超高速移動をし、その場から離脱する。球体一つで凄まじい爆発を起こすものが20個もあれば、爆破力が高すぎて視界が遮られる。今度はどんなものを見せてくれることやらと、余裕な表情、余裕な態度をとって、空中で胡座をかきながら見下ろしていた。

 

 すると、爆発で巻き上げられた砂塵と爆煙の中から、全身が所々汚れているクレアが出てきた。しかし飛んでいる先は雷神ではなく、少し離れたところで戦闘をしていた風神とバルガスの居る方向だった。

 

 

 

「バルガスッ!!──────選手交代だッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレアがバルガスの元へやって来る少し前、バルガスは対峙する風神と戦闘を繰り広げていた。奇しくも自分達が得意としている属性の魔法と同じものを司る神が相手だ。まさに風を司る神である風神は、どう見ても拳で殴り合うような姿をしていない。吟遊詩人に思える格好をしているのだ。

 

 友であるクレアの風魔法は強力なものだ。風だけで龍の……それも自身やリュウデリアの鱗に傷を付けてくる強風を生み出す。攻撃範囲は自然と広大なものとなり、逃げるのも一苦労な魔法を何度も撃ち込まれた。だが一方で、風という遠距離からの攻撃に優れているからなのか、近接は苦手な部分があるようだった。

 

 だからバルガスは思考する余地なく近接で攻めることにした。巨体に似合わない超高速移動で遅緩した世界に入り込み、全身から赫雷を帯電しながら風神を肉薄にし、拳を振り抜いた。固く握り込んだ拳の方が風神よりも大きい。つまり当たれば肉体を粉々にすることも難しくないだろう。それもバルガスの筋力による殴打だ。確実と言ってもいい。

 

 

 

「あなたが私に触れることなど不可能なのですよ。私の周りには、常に風の結界が張られ、魔法であれ何であれ私には届きません」

 

「……障壁とは違う……風が常に……流れているのか」

 

 

 

 大きな拳は風神に当たる前に止まってしまった。恐ろしく硬いナニカに触れたが、それは風神の体ではない。風神の言う風の結界というのは、クレアのような障壁を生み出したものではなく、常に風神の周囲を流れている強風のことである。あまりに速く、強く流れている風は何も無いように感じさせる自然さで、見た限りでは解らない。

 

 だがしっかりと流れているのだから、バルガスの拳が届かなかったのだ。向けた拳を避けようともせず、最初に立っている場所から動いていない。それだけの風が流れている。バルガスは握っていた手を開いて、赫雷を轟かせた。

 

 簡単に風神を呑み込む赫雷の放電。威力が強すぎて風神が見えなくなる程の一撃だった。だが赫雷が止んだとき、風神は相も変わらずその場に居て、傷一つ無かった。それには流石に目元をピクリと動かして反応する。全力とは言えないが、それなりの魔力を籠めた赫雷を見舞った。なのに毛ほども届いていなかったのだ。

 

 どれだけ強い風の結界なのだと心の中で少し驚いていると、何か……体に触れたような気がした。顔を俯かせて体を確認すると、左肩から右脇腹に掛けて1本の切り傷が鱗に入っていた。それもどうやら鱗を貫通しているようで、切り傷から血が溢れて流れた。赫雷を纏って高速で動いて距離を取る。傷があると自覚すると、途端にズキリとした痛みを感じ始めた。

 

 バルガスの鱗は決して柔くない。寧ろ硬い。龍の中でも最上位の硬度を持っていることだろう。それを気付かれない内に斬り裂いたというのか。何時の間にかやられていたが、飛ばしたのは風の筈。ならば原理は簡単だ。自身が攻撃しても乱れない風の結界と同じように、強力な風力を持つ風を飛ばしてきただけだ。それ以外には考えられない。

 

 

 

「おやおや。後退するのですか?あれだけのことを言っておきながら……なんとも達者な口でしたね」

 

「……──────『灰燼へ還す破壊の赫雷(エレクトル・サンダリオ)』」

 

「風よ。私の壁となりなさい」

 

 

 

 風神の真上と真下から赫雷が放たれた。上下の挟み撃ちによる雷撃は、膨大な魔力を籠めている。先程の赫雷とは比べ物にならない威力を誇る。それを察知したのか、それ故に周囲に流れる風の結界では耐えきれないと踏んだのか、遮る風の壁が形成された。赫雷は貫き、風神を灼き殺さんとするが、赫雷が壁を越えることはなかった。

 

 赫雷が轟き、風が防ぐ。地上で破壊を齎す、術者のバルガスを『破壊龍』たらしめる赫き雷は、神の風を越えられなかった。硬すぎた風の壁に阻まれてしまった赫雷により超常的大爆発を起こした。爆煙が辺りを包んで視界を遮った時、バルガスはある不思議な魔力を感じた。

 

 クレアの膨大な魔力の塊が20個、爆発を起こしていたのだ。相当な魔力を籠めているのは解るが、少し不自然だ。クレアならば敵にその爆発を起こしている魔法を使うとしても、20個も使わない。籠められた魔力的に攻撃的意識はあるが、仕留めようと考えていない気がするのだ。総合的な量なら膨大だが、一つ一つで換算するとそう脅威とは言えない。つまり目眩ましだ。

 

 そしてチラリとクレアが魔法を爆発させて爆煙が生まれているところを見てみる。クレアの姿は見えず、雷神が出て来るだろう彼のことを待っている。その状況で爆煙の中に居る彼の魔力が此方に飛んでこようとする姿のシルエットになった。魔力だけで察知したのだ。視界を遮る爆煙に、此方に向かうつもりのクレア。彼の相手は雷神で、自身の相手は風神。それで思い至る。

 

 

 

「バルガスッ!!──────選手交代だッ!!」

 

「……やはり……そういうことか……ッ!!」

 

 

 

 爆煙から飛び出てきたクレアが叫び、バルガスが察する。相手を変えるのだ。雷神には雷が得意のバルガスを、風神には風が得意なクレアを。辿り着いたクレアと同じ大きさになり、背中合わせする。違う相手の方向へ体を向けて、構える。雷神はてっきり爆煙から攻撃が来るのだと思っていたから肩透かしを受けたが、相手が変わっただけなら問題ないと笑う。

 

 風神は、最高神から排除するように言われている標的が、此処に2匹しか居ないのだからどちらでも良いと考えているし、どちらでも同じだとも考えている。風神も雷神もまだまだ余裕そうだ。それに対し、バルガスとクレアは少なからずダメージを受けている。不利なように見える。だが彼等の顔は、嗤っていた。

 

 

 

「正直アイツ等どう思うよ」

 

「……強い。魔法が……届かなかった……お前の風より……強力であると……言える」

 

「こっちも同じだ。雷神の雷の威力が本気でヤベェ。オレじゃ長くは無理かもしんねぇ……だからよ、一か八かこんなのはどうよ?」

 

「……──────乗った。それに……私も……考えていた」

 

「ひひッ……ンじゃまあ……やったりますかねェッ!!」

 

「……おうッ!!」

 

 

 

 悪巧みを立てたクレアとバルガスがあくどい笑みを浮かべて嗤った。先まで押されていた者が浮かべるとは思えない、杜撰(ずさん)(おぞ)ましく、悪意に満ちた(あや)しい笑みで嗤うのだ。それを見て、風神と雷神が目を細める。何を笑っているのかと。これだけやれば勝てないと解るだろうに……と。

 

 一体何を考えているのか皆目見当がつかない神々は、考えることをやめた。考えたところで地上の生物の小賢しい作戦。神である自身には関係ない。来たならば我が権能で滅してしまえば良い。それだけの、簡単な事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 神々は知らない。その小賢しいと断じて警戒の思考を放棄したことにより、クレアとバルガスが神々にとってどれだけ(おぞ)ましい作戦を決行しようとしているのかを。

 

 

 

 

 

 

 






 権能(けんのう)

 一部の神が持っている、その司る力を行使する権利。故に魔法のように魔力等を必要とせず、ノーリスクで使える。所謂、使う権利があるから、こう使う。というデタラメな力。




 風神

 バルガスの雷を防いでしまう風の結界を常に纏っている。硬い風の壁も張ることが出来るのに、攻撃力もある。単純な攻撃力ならば雷神に劣る。強さは神の中で上の下。

 風の権能を持っている。




 雷神

 小さな雷がクレアの鱗を破壊するだけの力を持っている。それを容易に飛ばしてくる。一撃の破壊力が凄まじく、クレアの風の障壁を50枚叩き割った。それでも全力ではない。攻撃範囲は風神に劣る。強さは神の中で上の下。

 雷の権能を持っている。




 バルガス&クレア

 無限湧きしてくる神々を斃していたら、いきなりとんでもなく強い神が来て苦戦を強いられている。実は相手が強いことは知っていた。明らかに纏う雰囲気が違いすぎたから。

 自分達と同じ属性の力を使う神なのに、自分とは違う属性が当たってしまった。なので選手交代。同じ属性の神を相手にする。

 このままだと勝てるか解らない上に、魔力を使いすぎるとアウトだから、ある作戦を考えた。悍ましく、狂っている戦法を。ただしそれは、神からしてみれば……という話。龍としては別に珍しくない。



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第71話  耐性

 

 

 

 魔法。体内で内包する魔力を使用することにより、現実に奇跡を起こす力。何も無いところから炎や水、時には概念すらも操ってしまう力。魔の道を進みし者達が扱う力は、他者を裁く力とも言える。まさしく魔の法。

 

 魔法には、魔法陣と呼ばれる魔法を発動するための陣を使い、それを形作る為の術式がある。魔導士はこの術式を確立させ、魔法陣という形にすることで魔法を使う。そしてそれは、複雑であればあるほど確立させる難易度は跳ね上がっていき、概念を操作する術式ともなると困難を極める。

 

 そんな魔法を使う為の魔力というのは、感情の起伏によって増大することがある。激しい怒りを抱けば抱く程、荒々しく制御の難しい魔力へと変わる代わりに魔力が増大する……なんてことも。つまり何が言いたいかというと、魔力は肉体との繋がりがあるということ。そもそも体内に内包しているのだから当然なのだが、人が思うよりも密接に関係してくる。

 

 魔力とは謂わば、その人の体内に内包されている生命エネルギー。その力は人によって様々な得意とする属性を持っている。自然を操る事が得意。炎を操るのが得意。精神を操作するのが得意。本当に様々だ。リュウデリアの魔力は純黒なので例外とするが、クレアは風が、バルガスは雷が得意だ。

 

 ここで重要になってくるのが、得意な属性を持っていると、どんなことが起きるか。簡単に言うと、その属性の耐性を得る。炎が得意ならば炎に対する耐性が……という風に。誰もが高い耐性を得るわけではないが、大なり小なり得ることは出来る。そこで、最強の種族である龍の、更にその中でも最強ランクの力を持つクレアとバルガスが耐性を得ていたとしたらどうなるか。そこに着目したい。

 

 

 

「チッ……何でコレ食らってピンピンしてんだよ……ッ!!神の雷だぞ」

 

「……今更……私に雷が……効くと思ったか」

 

 

 

 クレアが苦戦していた雷神の巨大規模の雷を受けて、ケロリとしているバルガスが居る。赫雷という赫き雷を扱うバルガスは、日頃から使っている事で、雷に対する高い耐性能力を獲得していた。雷……という部分だけを見るならば、リュウデリアやクレアよりも断然上である。完全耐性とは言わないが、非常に効きにくい。

 

 雷神は訝しむ。相手を変えられたことは別にどうでもいい。どちらにせよ殺すのだから最終的なものに変わりはないのだから。だが、自身の生み出す神の雷が大して効いている様子のないバルガスには疑問を抱いてしまう。

 

 極大の、言ってしまえば国一つ丸ごと消し去れる大きさをした雷神の雷がバルガスに襲い掛かった。これぞ雷と言える金の雷が落ちる。狙うは一匹。当たるも一匹。しかしその、触れる者を灼熱で灼き、砕き、破壊する雷は、たった一匹の龍を仕留めることが出来ない。出来ない。出来ないッ!!

 

 

 

「……これは──────クレアの分だ」

 

「がァッ──────ッ!?」

 

 

 

 ばちり。赫雷が鳴いた。襲い掛かる神の雷の中で、異色の赫が鼓動を刻む。

 

 肉体に帯電し、魔力による肉体強化と同時並行で強化する赫雷が、神に抗う。屈するものかと、真っ正面から砕くと……見下ろすなと。

 

 神の雷からバルガスが飛んで出て来た。正面から無理矢理出て来たのだ。完全耐性を持っているわけではないので幾何かのダメージが入っているが、そんなことは関係なしに雷神の懐に潜り込む。だが雷神は雷のように姿を変えてその場から消えてバルガスの背後を取った。

 

 手を伸ばし、雷の灼熱で焼き殺そうと直に触れようとした。なのに、バルガスは既に振り返っており、もう避けきれない位置まで、赫に鱗に覆われた右の握り拳が左頬に放たれていた。訳が分からない。何故この速度について来れたのか。その疑問を持ちながら、下に向かって弾かれるように殴られた。

 

 先程クレアを叩き付けた時のように、今度は自身が神界の地面に叩き付けられた。左頬を殴られた時、頭が一瞬真っ白になった。思い浮かべた疑問も吹っ飛び、体も吹っ飛んで叩き付けられる。感覚が無い。左頬と言わず左側の顔面の感覚が無かった。どうなっているのか把握できていないが、雷神の顔の左側は、赫雷が帯電して重度の火傷状態になっていた。

 

 口の中に貯まった血を吐き捨てて立ち上がろうとしたその時、上からバルガスが降ってきて左拳を寝そべっている雷神の腹部に叩き込んだ。吐き出そうとした血が、違う形で口から噴き出る。背中に触れている地面が蜘蛛の巣状に罅が入り、遅れて赫雷が落ちて感電させつつ、陥没させた。雷神の血を顔から浴びたバルガスは何も言わず着地した足を上げる。

 

 

 

「──────ッ!!がぁああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!」

 

「……抵抗されても……面倒だ……四肢は……折っておく」

 

 

 

 持ち上げた左足で、雷神の右腕上腕を踏み砕いた。ごきんと鈍い音がなって地面を砕きながら骨を砕く。訪れた痛みに絶叫しながら、雷神が残る左腕を使って踏み潰している足首を掴む。だがその左腕の手首をバルガスが掴み右足は右肩に置いた。ミチミチとバルガスの腕が音を立て、筋肉が隆起する。

 

 鱗を押し上げて、太い腕が更に太くなり、足で体を踏み付けながら掴んでいる腕を引いていった。やろうとしていることを察した雷神が、やめろと言い終わる前に、肩から左腕を引き千切った。2度目の絶叫を上げながら、体中から雷を放出した。巻き込まれているが、バルガスは全身に赫雷を纏って抵抗し、尻尾を雷神の右脚に巻き付けた。そして捻る。強く、思い切り。

 

 ぶちぶちと肉が引き裂けて脚が千切られ、残るもう1本も尻尾で同じように捻って千切った。この頃になると放出していた雷は止まっており、雷神の叫び声も上がらなくなっていた。どうやら強い神らしく、ダメージをそう受けたことがないので痛みに対する耐性が無かったようだ。

 

 四肢を使い物にならなくさせたバルガスは、雷神の上から退いて、頭を掴んで持ち上げた。痛みで呆然としていた雷神が少しずつ正気を取り戻して現状を理解し、どんどん自身を近づけられながら、大きく……大きく限界まで口を開け、鋭い牙を見せるバルガスに顔が蒼白くなる。

 

 

 

「ぉい……おい……ッ!!お前まさか……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風神は逃げに徹していた。バルガス相手に避けるという行為をしなかった風神が、忌々しそうな表情をしながら宙を自由自在に飛び回って逃げていた。何から?当然、クレアからである。

 

 バルガスの赫雷を一切届かせなかった風の結界があるのだから、逃げるどころか避ける必要がない。だが、戦う相手を変えたのを黙って見て、今度はこっちかという軽い気持ちを抱いていた時だった。尻尾を振って発生させた蒼い風の刃が飛ばされた。

 

 こんなものは避ける価値もない。そう判断して風の結界で防ごうとした時、体の周りに流れている強風の鎧がある筈なのに、阻まれて無効化される筈なのに、蒼い風の刃は風神の体を左肩から右脇腹に掛けて斬り裂かれた。鮮血が巻い、瞳に動揺が映って揺れる。何故、魔法が届いた?久しぶりに見る自身の体から噴き出る血を見ながら思考した。

 

 

 

「そいつは──────バルガスの分だ。今からお前を動けねェってくれーボコボコにすっから覚悟しろよ」

 

「……ッ!!どうやって私の風の結界を……ッ!!」

 

「教えるかよ、ばーか♡」

 

 

 

 尻尾を振るだけで蒼い風の刃が飛来する。当たればまた斬り裂かれる。直立不動なんて愚かな事はしない。風の刃を風の壁で防ごう。そう思って壁を張ったのに、刃が壁に触れる寸前で掻き消えた。瞠目して驚いたところで、飛来した刃が左肩に触れ、腕を根刮ぎ持っていった。

 

 噴き出る血。上がる絶叫。赫雷を防いだ風の壁が突然消失した。どうなっている。解らない。解らないから、取り敢えずまた飛ばそうとしている風の刃から逃げるしかない。斬り落とされた肩の部分を押さえながら、風の権能で高速移動して逃げる。

 

 クレアは風神を追いかけながら、今度は手を振り下ろして刃を飛ばした。届く前にまた風が形成されるが、打ち消してやった。今度は左脚を膝から斬り落とす。苦しげな声を上げる風神を見て、ほくそ笑んだ。風の権能は素晴らしい。実際に壁に阻まれれば刃は抵抗無く無効化されるだろう。バルガスを傷つけた以上出力も良い。だが風を司っていても、解っていない。

 

 風は魔法の中で使うだけでも神経を使う魔法だ。少しの障害物があるだけで形成した魔法は霧散し、形の維持も風というあやふやなものなので固定化させるのが難しい。炎のように目に見えるわけではないから、形を為すイメージがし辛いのだ。

 

 しかしクレアは風を思いのままに操り、生み出せた。自然に発生した風を増幅させて魔法へと昇華させるのも簡単だ。障害物があろうと竜巻だって起こせる。彼は風に愛されていた。だから、リュウデリアよりもバルガスよりも、風の動きを読むことに長けており、彼の目には風が色つきで動いているように見えるのだ。

 

 だから、クレアには風神が生み出した風の刃も風の壁も、身を護る結界も看破できる。そこでやったのは、生み出された壁や結界を自身の魔法で作った風で覆い、綻びがあるところから崩して消失させるという荒技であった。綻びというが、普通ならば見つけられない。本当に、砂の山から一粒の砂を見つけるようなものだ。だが彼なら出来る。故に攻撃が届いたのだ。

 

 

 

「逃げてンじゃねーよッ!!あ゙ー追いかけてたらイライラしてきた──────」

 

「──────何ッ!?」

 

「めんどくせーから──────直接ぶち込んだるわ」

 

 

 

 焦れったい追いかけっこに根を上げたクレアは、背後に蒼い魔法陣を展開して加速した。腕と脚を欠損して激痛に苛まれ、集中出来ていない風神の目の前まで移動すると、雷神から離れるために使った、爆発する風の球体を手の中に創り出し、防御をする暇も与えず風神の腹部に押し付けた。

 

 瞬間、風の球体は押し付けられた状態で大爆発した。腹部が抉れて内臓がはみ出る。神殺しの魔法陣がクレアの体に刻まれていて、神を殺す力を手に入れているからか、風神は今まで感じたことのない冷たいものを背筋に奔らせた。それが、死への恐怖である。

 

 だが、彼とて風神。唯ではやられないと、死にかけながら風の権能を使って、風の刃が飛び交う超巨大な竜巻を創り出した。バルガスも含めて巻き込んで殺そうという手立てなのだろう。しかしそんなことをさせる訳もなく、クレアを対抗するように巨大な魔法陣を竜巻の上に展開し、上から自身の竜巻を衝突させた。

 

 衝突した竜巻2つは、互いに打ち消しあって自然消滅した。まさかコレに対抗するとは思っていなかった風神は、更に竜巻を創り出そうとして権能を使わんとしたのだが、クレアが落ちていく風神に追い付き、襟を掴んで側頭部に拳を打ち込まれた。脳が揺れて思考が鈍る。グラグラと揺れる視界の中で、ニヤリと嗤ったクレアが大きく限界まで口を開けた。

 

 

 

「な……に……ぁ……まさ……かッ!!」

 

「もう遅ェ──────」

 

 

 

 意図したわけではないが、クレアとバルガスの戦いは同時に終わり、同じ行動に出ていた。風神と雷神が見ているのは、大きく開けられた口に生える龍の鋭い牙と口内だった。何をやるのか察した風神と雷神は暴れて逃げようとするも、雷神は四肢が無く抵抗らしい抵抗が出来ず、風神は脳を揺さ振られて脳震盪に近い状況にあるので、残っている腕や脚が上手く動かない。

 

 近付いていく自身の体に、近付いてくる大きく開けられた口。嫌だと抵抗しても逃げられない状況。風神と雷神は心底恐怖した。本来ならばこの龍達を殺して終わりだった筈なのに……どうしてこんな悍ましい事をされなくてはならないのか。

 

 

 

「やめ──────」

 

「助け──────」

 

 

 

「「その(権能)を──────よこせ」」

 

 

 

 それぞれが、捕まえた神の頭を噛み砕いた。ばきり……ごきり……と、硬い骨を噛み砕きながら咀嚼し、頭が一部欠けている風神と雷神は白目を剥いて体が痙攣した。クレアとバルガスは、神を喰らっていた。

 

 口に入れた分を咀嚼して飲み込むと、また齧り付いて噛み千切り、咀嚼する。血が噴き出て肉の一部が溢れ落ちたり、大量の血が口から溢れたりしながら風神と雷神を喰っていき、あっという間に平らげてしまった。ごくりと喉を鳴らして、口の中に入っていた最後の肉を飲み込んだ。

 

 神を喰らった。その事実が戦場に動揺を生ませ、静寂な空間にさせた。喰らい終わったバルガスとクレアは、飛びながら顔を俯かせている。口から血が滴って落ちていくだけ。何故動かないのか。周囲を囲っている戦いの神が、今なら隙を突いて殺せるのではと考えて動こうとしたその時、2匹の体から魔力が溢れ出した。

 

 

 

「──────キタぜッ!!キタキタキタキタキタッ!!はははははははははははははははははははははッ!!ヤベェ……これはヤベェよッ!!力が漲るぜェッ!!」

 

「……ふ……はは……ははははははははッ!!素晴らしい……ッ!!これが……雷神を喰らい……手に入れた力か……ッ!!」

 

 

 

 バルガスからは溢れる程の赫雷が轟き、放出され、容易に近づく事も出来ない、赫雷の領域が発生している。クレアからは中心に吸い寄せられるように風が大きく渦を巻いており、気を抜くと体を持って行かれそうだった。

 

 2匹は嗤い狂いながら自身の手を見て閉じたり開いたりしている。体が軽い。何故だろう、今この空間を支配し尽くしているような全能感を抱えている。どういう原理かは解らないが、魔力の絶対量が遙かに増大し、魔法の出力も上がっているようだった。

 

 権能は神にしか扱えない力。なのに神を喰らう事で権能をその身に吸収してしまったことで、権能が彼等によって侵され、違う形として力となった。魔力の増大に出力の急上昇。風や雷への更なる理解。一体化。それらが一度に手に入り、2匹は新たなステージへと駆け登っていた。

 

 

 

「ははッ!何ビビってンだよ?ほら──────こっちに来いよ」

 

「……生まれ変わった……赫雷を……見せてやろう」

 

 

 

 風が強くなった。螺旋を描いて戦いの神を連れ去る、まさに引力とでも言える力。風一つで数万の戦いの神が巻き込まれてクレアの周りを回っていた。そして、神々は粉々になる。引っ張る風が斬れる風となった。風の刃が混じっているのではなく、流れている風が斬れるものへと変化しているのだ。

 

 触れるだけで斬れる摩訶不思議の風。それがクレア囲って生み出された、凄まじい引力で引き寄せられる。だがもうその時点でクレアの風の領域に踏み入れているのだ。そうなれば抜け出すことは不可能。後は斬り刻まれるのを待っている事しか出来ない。

 

 対してバルガスは赫雷を発生させ続け、自身を囲む神々に向けて赫雷を放った。すると弱々しい細い赫雷が飛んでくる。大したことはないだろうと勘潜っていると、触れた途端戦いの神は消滅した。赫雷は最早、触れてから灼くのではなく、触れたから灼いた。

 

 照射され続けて、その熱で灼く筈なのだが、強化された赫雷は触れた途端に照射し続けたというレベルの熱が固定化されて、触れただけであたかも触れ続けていたように灼かれ、結果として触れてしまった神は消し飛んだのだ。

 

 速度も前までとは比にならないものとなった。今度はかなり速度を上げて一条の赫雷を飛ばし、1柱の神に触れたら近くの神へと、連続して撃ち込んでいった。すると、一度に数万の戦いの神が全くの同時に消し飛んで死んだ。

 

 

 

「おら、次はお前だぜ?火達磨の神サマ♡」

 

「……早く……降りてこい」

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 世界樹の方角から、また最高神に命令された神々が向かってくる。一掃しても意味は無い。だがこれはあくまで時間稼ぎと、ヘイトをこちらに集中させるのが目的だ。新たなステージへと上がり、更に強さを得たバルガスとクレアは警戒対象として、より多くの神々をぶつけてくることだろう。

 

 それに対して上等と答えるのが2匹であり、上から観戦していただけの、全身が炎で出来ている炎神を挑発した。今なら誰にも負ける気がしない。全能感に浸りながら、頭は冷静であった。そんな2匹は、魔力の絶対量が上がったことで、タイムリミットが3時間から5時間に増えたことを確信する。

 

 

 

 

 

 

 炎神が山のような大きさをした炎の塊を落としてくる。それに好戦的な笑みを浮かべて嗤い、魔法陣を展開して迎撃した。2匹はヘイトを集めながら戦いに明け暮れる。故に、本命が目的に手を伸ばすのだ。

 

 

 

 

 

 

 





 風神&雷神

 動けないように痛め付けられて喰われた。相手を変えないで戦っていれば、若しかしたらジリ貧になるが勝っていたかも知れない。つまり慢心した。




 クレア&バルガス

 神を喰らい、権能を吸収することで更に強くなった。それもかなり。

 権能は神にしか扱えないので、権能ではなく、単純な力として受け取った。つまり進化したのではなく、パワーアップした。魔力が増大し、より深く風と雷を理解して一体となり、魔法の出力が上がった。




 炎神

 分断はしても戦いには参加せず、上から眺めていた。そしたら風神と雷神が喰われ、龍がパワーアップしたことであれ?となった。なので開幕から確実に殺しに行くが……通用するかは解らない。



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第72話  四天神が1柱

 

 

 

 クレアとバルガスが神を喰らい、新たな強さを得る少し前、リュウデリアは2匹がヘイトを稼いでくれるお陰でそこまで多くの戦いの神を相手にする必要がなかった。多いと言えば多いが、2匹ほどではない。そんな量だ。

 

 飛んで世界樹の頂上を目指すリュウデリアに、周囲の神々は黙って通す事はなく、手に持つ武器を投擲して撃ち落とそうとする。神が使う武器には特殊な力が籠められており、炎を宿していたり雷を宿していたり、土を操ることが出来る武器もある。地上にある魔法を組み込んだ武器のようなものだ。

 

 投げられた槍が触れれば、籠められた力が発言する。炎に包み込まれ、雷が発生し、水が囲い込み、土が穿とうとし、木が絡め取らんとする。それらを一切ものともせず、体内にある魔力の解放のみで悉くを吹き飛ばした。

 

 リュウデリアを中心に純黒なる魔力は球状に広がり、鱗に着弾した武器を侵蝕して粉々に砕き、発生していた力の現象を塗り潰し、囲っていた神々を呑み込んでしまった。純黒により侵蝕されて染まりきり、下へ自由落下している最中に砕けていく。完全な死を遂げて、同じ神は生まれてこない。

 

 一気に敵の数を減らしたリュウデリアは、引き続き世界樹の頂上に向かって飛んで行く。しかしそこで、邪魔が入った。ずしりと体が重くなる。何かに引っ張られるような、引き込まれる重さが体全体に掛かって落ちていく。

 

 

 

「──────『墜ちろ』」

 

「──────ッ!!ぐっ……ッ!!」

 

 

 

 何処からか声が聞こえてきた。たった一言だけ聞こえて、後は凄まじい速度で下へ落ちていくだけ。折角飛んで向かっていたというのに、台無しも良いところであった。負けじと翼を動かすが、翼が空気を捉えて居るのに飛ぶ力が作用されない。まるで落ちることを強制されているようだった。

 

 飛ぶことが出来ず、落ちる事を強制されて世界樹の根元に落とされて叩き付けられた。一日に何度地面に叩き付けられれば良いんだと苛つきを覚えるが口には出さなかった。落ちるきっかけとなった声は何処からともなく聞こえてきたので気配で探ろうとし、目の前に小さな気配があるのに気がついた。

 

 視線を下にやると、唯でさえ大きいリュウデリアが更に大きく見えるくらいの小人が居た。恐らく人間大になったとしたらその半分くらいの背丈だろう小ささだった。見窄(みすぼ)らしい襤褸(ぼろ)を身に纏い、手首には枷が嵌められ、切れた鎖が少し繋がっていた。見方によっては奴隷に見えなくない姿だが、顔に張り付ける表情はニッコリとしたものだった。

 

 

 

「や、侵入者クン。元気かな?」

 

「──────死ね」

 

「いや殺意高っ。じゃあ失礼して──────君には別空間へ囚われ(縛られ)てもらうよ!あ、ついでに自己紹介するとね、俺は縛りの神。名前は……いっか、教えなくても。君死んじゃうし。此処だと被害がとんでもない事になりそうだから、フィールド用意するのが俺の仕事。どっちかが死ぬまでコレは壊れないように縛ってるから気をつけてねー」

 

 

 

 パチン……と、見窄らしい格好をした縛りの神が指を鳴らすと、瞬きしてもいないのに何時の間にか別空間にいた。空間と言っても土が有り、木々が生えている。ただし周りにはそれ以外のものは何一つ無く、空は憎たらしいくらいの快晴だった。しかしコレだけでは別空間とは思えないだろう。故に決定的な違いがある。

 

 空に浮かぶ儚げな白いリング。その中側は黒かった。いや、単なる黒ではない。そこだけ宇宙と繋がって星々が見えた。それだけではなく、リングの外側には太陽が有り、その数は7つだった。明らかにおかしいと解る場所だから、縛りの神が言う通り別の空間なのだと確信した。

 

 此処は擬似的な世界とも言える別空間。縛りの神が権能で生み出した場所。現実ではない仮想の現実。本物の世界ではないけれど本物と差して変わらない世界であるということだ。此処で起きることは本物の世界に影響を与えない。だがあくまでこの世界であって、入り込んだものはその限りではない。つまり、存分にやり合う為の専用フィールドということだ。

 

 

 

「──────『噴き聳える炎』」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 自身の足下の地面がボコりと膨れ上がった。中から何かが出て来ようとしている。それも土を赤く溶かしながら。思うよりも先に体を動かし、跳躍しながら後ろへ下がる。間一髪のところで避けることに成功したが、スレスレのところであった。

 

 地面から現れたのは、凄まじい熱を放出する炎の柱だった。天高く聳え立つ炎の柱は、30メートル近い巨体のリュウデリアは包み込める程のもの。驚異的な跳躍力で翼を使わず巨体を軽々と宙に浮かして着地し、炎の柱からは200メートルは離れた。それでも炎の熱が鱗越しに伝わってくる。

 

 そんな凄まじい熱の炎柱が現れる時、あの時の声が聞こえた。リュウデリアは喉から唸り声を上げながら上を見上げる。そこには赤い髪に顔立ちの整った細身の男が宙に浮いていた。上半身はピッタリとした黒のインナーを着て、ズボンも黒く、腰からは赤いマントのようにひらりとしたものを身につけていた。瞳はとても無機質なもので、こちらを見ているようで何処も見ていない……そんな瞳をしていた。

 

 

 

「……私は四天神が1柱。言葉を司る神、リヴェーダ」

 

「あの蠅のように鬱陶しい神が言っていたやつか」

 

「最高神よりお前の首を持ってこいという命令を受けた。抵抗しないならば──────」

 

「これ以上俺の邪魔をするならば殺す。退け。そしてこの空間から出せ」

 

「……はぁ……──────『神剣の雨』」

 

「……範囲が広い。この体では的になりやすいか……ッ!!」

 

 

 

 また一言喋るだけで、空から逃げ場の無い剣の雨が降り注ぐ。リヴェーダのところには落ちていかず、意志があるのかと問いたくなる曲線を描いて避ける。リュウデリアは何となく、降り注ぐ剣1本1本から凄まじい気配を感じるので、鱗の硬度に頼らず避ける行動に出た。

 

 巨体が格好の的になることを察して体を小さくする。人間大よりも小さく、掌に乗れるくらいの小ささへと変える。その姿で降ってくる剣の雨の小さな隙間を塗ってリヴェーダの元へと向かう。降り注ぐ剣がゆっくりと動いているように見える世界で、剣の刃の腹を蹴って移動し、柄を掴んでくるりと回りながら飛んで次の剣を踏み台に移動……という風に進んで行く。

 

 体をここまで小さくするのは初めてだったが、感覚の大きなズレはなく、余裕の動きが出来る。何時までも降り注ぐ剣が地面に突き刺さった後も続き、剣が山となり始めている。それにこれ幸いと魔力を使って遠隔で操作し、上からの剣に下からぶつけて相殺した。そして約100本の剣をリヴェーダに向けて放つ。

 

 

 

「──────『戻れ』……『毒の大津波』」

 

「チッ……権能と言ったか?面倒なものだなッ!!」

 

 

 

 目の前まで飛んで来て、リヴェーダの目に突き刺さろうとした時、戻れという言葉が発せられて、リュウデリアの足下で積み重なった剣も全て消えた。代わりに現れたのは紫色の、如何にも毒ですと言っているようなものの大津波だった。

 

 突然発生した津波は高さ100メートルはあり、今の状態ならば易々と呑み込まれるだろう。まあそう簡単にやられるつもりはないが。

 体のサイズを念の為人間大に戻し、手の中で魔力を集めて槍の形に形成していく。握って感触を確かめ、大きく振りかぶる。押し寄せるのは猛毒の大津波。その向こうにリヴェーダが居る。

 

 地面が陥没する踏み込みから、腕の長さを存分に使った遠心力に、リュウデリアの剛腕を足した純黒なる魔力で形成した槍は、毒の槍を吹き飛ばし、奥に居るリヴェーダに一直線で飛んでいった。コースは完璧で速度も十分。刺されば遠隔で魔力爆発を引き起こさせて木っ端微塵に吹き飛ばす。そのつもりだった。

 

 

 

「──────『止まれ』……ダメか。なら『壁』」

 

「チッ……」

 

 

 

 純黒なる魔力の槍は、リヴェーダの言葉で止まりはしなかった。特性の純黒に呑み込まれて掻き消されたのだ。だがその代わりに透明の壁を設置した。真っ正面から受けるためではなく、軌道を逸らせるために。槍の先端に少し当てることで軌道を無理矢理少し逸らし、また違う設置した透明の壁で逸らす。その繰り返しだ。

 

 結果、頭を狙った槍はリヴェーダの横を通り過ぎようとした。だが槍は魔力爆発をすることが出来る。真横に行ったと同時に遠隔で爆発させる。純黒なる魔力が球状になって爆発しようとすると、槍の横から何かを衝突させたらしく、衝撃によって距離を取らされた。

 

 魔力爆発は離れさせられながらも起こった。それでも当たりそうになった魔力にはまた壁を多く設置して侵蝕されて消されながら、数の暴力で防いだようだった。リュウデリアはこの神の汎用性の高さに目を細めた。

 

 

 

 ──────この神の権能は『言葉』を起点とした現象の発現。それもかなり汎用性が高い。一度創造したものを消すことも出来、創造されたものは触れた限り物質として成り立っていた。それもある程度の()()を与えることも出来る。恐らく権能には魔法に使う魔力のように消費するものが存在しない。つまり乱発も可能ということだ。それに、どこまでのことが出来るか解らん……警戒するに越したことはないな。万が一『死ね』と言われて俺が防げなかった場合、詰みだ。

 

 

 

 言葉一つで物質の創造はかなり面倒だ。トラップになり得るものを設置され続けても邪魔でしかなく、なのにリヴェーダはそのトラップに引っ掛かる事は無いと言える。邪魔ならば消してしまえば良いだけの話だからだ。そしてかなりマズいことに、リュウデリアは言葉の権能がどこまで作用するのか、限界を知らない。

 

 もし仮に生物にも有効であり、かなりの強制力が働くというのであれば、信じたくはないが『死ね』やら『砕け散れ』と言われるだけでリュウデリアは死ぬ。呆気なく、一瞬でだ。それを今してこないということは出来ない……という事になるが、唯単にやっていないだけとなれば目も当てられない。

 

 だからか、突然殺しに行く事が出来ない。もし仮に生物にも有効ともなれば、追い詰められた瞬間に発動させるという線もある。ここは少しだけ様子を見て、今のように繰り広げている攻防を続ける。そして隙を見せたところで一撃。言葉を発させることなく殺す。それで終わりだ。

 

 

 

「──────『墜ちろ』……『毒に塗れた神剣の雨』」

 

「──────ッ!?がぁ……ッ!!」

 

 

 

 投擲した槍の魔力爆発を凌いだリヴェーダが、また言葉を発した。するとリュウデリアは立っていた状態から頭を地面に叩き付け、腹這いになる。それも叩き付けられても終わらず、体は重くて地面に縫い付けられている。力を籠めて立ち上がろうとしても、体全体が異常に重くて持ち上がらない。

 

 墜ちろ。リヴェーダは確かにそう言った。つまり何かを落としているという事になる。一瞬だけ自身の体を、あるか解らないがこの世界の中心に向けて落としているのかと思った。だがそれは違うとすぐに結論付ける。それならば、体そのものが落とされる感触を味わうはずだ。しかし今は違う。

 

 背中に何かが乗っている感触がする。つまりリュウデリアが落ちているのではなく、何かが落ちていて彼のことを押し潰そうとしているのだ。重さはかなりのものだ。起き上がろうにも起き上がれず、時間が経てば経つほど下の地面が深く深く陥没してクレーターを作っていく。そこでふと思い至る。大気だ。リヴェーダは恐らくリュウデリアの上にある広範囲の大気を落としているのだ。

 

 空気にも重さがある。大気の湿度や温度にもよってくるが、1000立方センチメートルあたり、約1キロという重さになる。リヴェーダは、大雑把にそこら一帯の大気を全てリュウデリアの上に落としていた。そうなれば計り知れない重さになる。逆に動けなくとも潰れていない彼の方がスゴいのだ。

 

 

 

「──────『殲滅龍の黒纏雷迸(こくてんらいほう)』ッ!!」

 

「……『壁』」

 

 

 

 身動きが取れないリュウデリアに、更に猛毒が塗られた当たれば危険と察知した神剣が雨のように降り注ぐ。これに当たるのはマズいと考えて、全方位に黒雷を迸らせた。その範囲は宙に浮いているリヴェーダにも届く勢い。そして純黒の雷が当たれば、少なくとも行動不能には出来るだろう。

 

 無機質な瞳で、訪れる黒雷を見ていたリヴェーダは、冷静に不可視の壁を100枚程重ねて展開した。黒雷はその殆どを順番に砕いていき、リヴェーダに迫る。あと数枚で到達するといった時、リュウデリアのところが爆発した。これはリヴェーダによるものではなく、魔力を爆発させただけ。

 

 大気を落とされて動けなくても、魔力を意図的に自身の下で爆発させて無理矢理飛び上がることは出来る。それにより、リヴェーダの元へとやって来たというわけだ。黒雷で砕かれた残り少ない壁を、純黒の魔力を纏った拳で叩き割り、手を伸ばす。触れれば最後、言葉も吐けなくなる魔法を直接打ち込んでやるために。

 

 

 

「──────『見聞き奪い不話を為す(ベネクタァ・スリィエンス)』」

 

「──────『捻れろ』」

 

 

 

 両者が交差した。片や視力も聴力も発声も奪おうとして手を伸ばし、片や迎撃のために口を開いた。自身に向かって落ちていた大気が元に戻り、身軽な感覚になる。翼を使ってばさりと羽ばたき、ゆっくりと地面に降り立った。

 

 ぽたり。ぽたりと血が地面に落ちていき、黒い染みを作った。リヴェーダは相も変わらず無機質な瞳だ。映しているのは降り立ったリュウデリア。そして件の彼はというと……自身の左腕を見て、持ち上げた。

 

 

 

 

 

 みちりと音を立て、肩から()()()()()()()()、捻れてボロボロの雑巾のようになってしまった、到底使い物になるとは思えない左腕を……。

 

 

 

 

 

 






 言葉の神・リヴェーダ。四天神が1柱

 権能は言葉。発した言葉の通りに物質を創造したり、方向性を持たせる事が出来る。そして残念なことに生物にも有効であり、『死ね』と言えば相手は死ぬ。汎用性が高く、法則を捻じ曲げる事が出来るので最強格の1柱となっている。何も映していないような、暗い瞳が特徴的。最高神の事はどうでも良く、命令に従わないと殺されるのでやってるだけ。

 強さは当然、上の上。




 縛りの神

 権能は拘束。縛ることにのみ特化した、汚い奴隷のような格好をした神。しかし別に不当な扱いを受けたわけではなく、生まれたときから襤褸を身に纏って手錠と鎖を付けている。

 攻撃性のない拘束空間という名の擬似的な世界を創り出して閉じ込める事が出来るが、代わりに相手を閉じ込めたら誰かも入って殺し合わなければならない。謂わば周りに被害を出さず戦うために創り出されただけのフィールド。なので決着がつけば自ずと出て来れる。

 本体の力は下の下。縛ることにしか特化していないので腕力もゴミカス。直接的な戦闘能力は無い。




 リュウデリア

 拘束空間に閉じ込められてリヴェーダとの戦いを強制されている。そして当たって欲しくない推測通り、リヴェーダの言葉が肉体に届いて左腕が捻れて完全に砕けている。使うことは出来ない。回復は出来ないのでマズいことになったと内心思っている。



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第73話  魂

 

 

 

 左腕が使い物にならなくなった。ボロボロの雑巾を力いっぱい絞ったような状態。骨は当然粉々に砕けており、皮膚も千切れている。硬度が異常に高い鱗も意味が無く、傷は無いが肉が捻れたことで剥がされてしまっている。

 

 剥がれた多くの鱗がパラパラと血を絡めながら落ちていき、べちゃりと不快な音を立てた。痛みは常人ならば悶え苦しむ程度は軽くある筈にも拘わらず、リュウデリアは声1つ上げることなく使い物にならない左腕を見ていた。

 

 この左腕で、リヴェーダに触れようとした。視覚、聴覚、発声を奪う魔法を掛ける為に。何かを言われて事象が起きる前に触れて、完封するつもりだった。だが触れるよりも言葉を発する方が早く、結果として触れようとした腕が捻れて空振ってしまい、触れることが出来なかった。

 

 

 

 ──────言葉を起点として遠距離ばかりだと思って突っ込んでみればこのザマか。反応速度も良いみたいだな。槍の軌道を逸らした事といい、先のことといい。なのに攻撃は概念系のもの。腕は何かで捻られるのではなく、()()捻れた。骨も筋肉も血管も皮膚も、捻れる瞬間一律に動いた。つまり、あれは腕の中のものにも作用していた。となれば、俺の魔力(純黒)で覆うだけでは防ぐことが出来ない。出来たとしても鱗と皮膚くらいなものだ。中の骨やら何やらは護れない。それにマズいのは……生物にも言葉は有効であることが実証されたことだ。これだと俺は言葉1つで即死する。首を捻じ切られれば流石に死ぬ。『死ね』という言葉が使えるのかは解らんが、少なくとも下手な言葉で俺は死ぬ。まだ死んでいないのは、恐らく最高神に痛め付けろとでも言われているのだろう。

 

 

 

「私の権能は生物にも有効だ。何をするつもりだったのかは知らないが、無駄な負傷をしたな。腕1本使い物にならなくなった」

 

「ふん。お前を殺すのに腕2本も要らん。1本あれば十分だ」

 

「……そう。『墜ちろ』『渦巻く大地』『灼熱の砂』」

 

 

 

 上から押し潰そうとしている大気がのし掛かり、足下の大地が渦を巻いた。中央に立っているリュウデリアは脚が沈んでいく。飛び立ても大気が重くて飛べず、呑み込まれていってしまう。脚から腰、胸、肩と沈み、頭も沈み込んで渦を巻いている大地だけがそこにあった。そこへ追い打ちで辺りの砂が丸ごと灼熱のものへと変化した。

 

 湯気を上げながら赤くなって、表面では陽炎が出来ている。今熱を持った砂の温度は摂氏3000度にもなる。これは火山の溶岩にも匹敵する温度だ。熱に対する耐性を獲得していないと焼け爛れるとかそんなレベルではなく、溶けてしまうような温度だ。

 

 見下ろしているリヴェーダは赤くなっている渦巻いた地面を見つめている。何の反応も示さないが、まさかこの程度で死んだのだろうか。それならそれで構わないが……そう思っていた瞬間、渦の中心部から純黒の鎖が伸びてきた。

 

 

 

「……『壁』」

 

 

 

 縛られて身動きが取れなくなるのは面倒なので、透明の壁を創って弾き飛す。つもりでいたのだが、純黒の鎖は意志を持っているかの動きを見せて、透明の壁に当たったと同時に、その壁に巻き付いた。容易には取れないくらいに縛ると、がちゃんと音を立てて引っ張られる。

 

 身を護るために創り出した壁は、そこに在ると決定付けられているので、引っ張られようが動かない。それを知ってから知らずか鎖が巻き付いた。渦を巻いた灼熱の大地が突如中から爆発して、リュウデリアが出て来る。灼熱の砂に塗れながら、ぶはっと口を開けて空気を吸い込み、リヴェーダを睨み付ける。

 

 すると、リヴェーダの周囲に純黒の魔法陣が100個展開された。回転して魔力を凝縮し、細い光線を放った。100本の光線はリヴェーダだけを狙って放たれたもので、当たれば風穴が開くことは間違いないと見て良い。

 

 リュウデリアの魔法は、自身の体内にある莫大な魔力にモノを言わせた超高威力であることが多い。精神に作用したりするものもあるが、直接的な攻撃用の魔法は、一撃でも貰えば跡形も無く消し飛んでしまう位のものだ。それは神であろうと例外はなく、滅神の魔法陣を刻んでいるわけでもない、単純な魔力(純黒)だけで神を根底から殺し得る。

 

 一発でも当たれば即死。数は100。威力は恐らく、全身から放出していた純黒の雷よりも高威力だ。ならば壁を張り続けても必ず破られる。そこでリヴェーダは初めて、その場から動いた。浮いている状態で空中を縦横無尽に動き回り、放たれる光線を回避していた。死角からの光線も、まるで見えているのかと言いたくなる完璧な回避をする。

 

 リュウデリアは渦を巻くのが止まった地面から脚を引き抜き、陥没している場所から飛んで空に上がる。彼の目には100の魔法陣から放たれ続けている光線を避けているリヴェーダが居る。壁を張れば貫通して終わったのだが、やはり察せられていた。動きも良い。死角からにも対応する。これでは生半可な攻撃は通らないと見て然るべきだ。

 

 

 

「消し飛ばすつもりで魔法を撃ち込んだとして、あの『壁』を張られ、一言喋る余裕を生み出されてしまう。となれば……やはり直接叩き込むしかないな」

 

 

 

 もうぶら下がっているだけの左腕を見ながら、飛ばして影響を与える攻撃用の魔法では、万が一を引き当ててしまった場合のリスクを背負いきれない。こんなところで言葉一つで死んでしまったともなれば、阿呆の極致だ。

 

 すーっと息を吸って、リュウデリアが光線を避け続けているリヴェーダに向け、純黒の鎖も飛ばし始めた。幾本もの鎖が絡め捕ろうとどこまでも伸びていき、縦横無尽に動くリヴェーダを囲む。だが光線を避けながら鎖までも避けてしまう。

 

 死角が無いにしても避けすぎだ。遠距離攻撃が主だとしても、ここまで避けきれるだろうか。だがそれが出来てこその四天神なのだろう。強さが最上位クラスの神。名前負けしていないなと素直に思う。現に神界に来てから初めての傷を負わされている。

 

 残る右腕を持ち上げて、動き回るリヴェーダに掌を向ける。流石に100の光線と数が増え続けて向かってくる鎖を余裕で避け続けるのは厳しくなってきたようで、着弾するまでに少しの時間を稼ぐ為か、不可視の壁を創りながら避け始めた。つまり自力の回避では今が限界であるということだ。

 

 100の魔法を展開し、一撃で消し飛ばされる程の光線を撃ち続けるにはそれはそれは膨大な魔力を必要とする。これからリヴェーダクラスの神があと3柱控えていて、尚且つ邪魔してくるだろう最高神を相手にすると考えれば、ここで無駄撃ちをしている訳にもいかない。

 

 リヴェーダに向けた掌を握り込む。連動して鎖が一気に数を増やし、光線を避けるリヴェーダも、光線を放つ魔法陣も全て覆い尽くす、純黒の鎖による球体が出来上がった。リュウデリアは翼を大きく広げ、魔力を背後へ放出して最高速度を出す準備を整えた。そして目を瞑り、集中する。

 

 鎖の球体が萎んでいく。中の空間を狭めて逃げるための空間を無くさせていく。光線を撃つ魔法陣はそのままに、中ではリヴェーダが限られた範囲で光線を避け続けていた。だが鎖の球体である檻が小さくなっていくのは終わらない。最後には小さくなって押し潰すか、光線で消し飛ばすだろう。

 

 潰されるか、消し飛ばされるか、どちらか一方の2択を突き付ける。それに対し、リヴェーダは第三の選択肢を創り上げる。隙間の無い完璧な密閉空間なのに、突如としてリヴェーダが外に現れた。何も無いところから突然だった。しかし、彼が現れた瞬間、リュウデリアは推進力を存分に使って一直線に彼の元へ飛んでいった。

 

 鎖の檻から脱出したリヴェーダが見たのは、ほぼ目の前に居るリュウデリアだった。やはり待ち構えていたか……と彼も読んでいて、予め用意して前方に壁を設置していた。それを握り込んだ膨大な魔力を纏わせた拳で、一撃の下に粉砕した。口を開く前に触れてみせる。そんな覚悟が見える純黒の手が触れる直前……リヴェーダが口を開いてしまった。

 

 

 

「……ッ!!『見聞き奪い不話を(ベネクタァ・スリィ)──────」

 

 

 

「──────『死ね』」

 

 

 

 リュウデリアの手は、リヴェーダに触れるほんの数ミリ手前で終わってしまった。届かなかったのだ。この手が届く前に、リヴェーダの言葉が発し終わり、権能が発動していた。

 

 伸ばされる手が振れる前に、リヴェーダが体を逸らして避ける。行き場を無くした手は虚空に伸ばされ、リュウデリアの黄金の瞳は光を失った。体は少しも動かず、地面への落下を始め、もの言わぬものとなった肉体は、地面に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、神を相手に良くやった……そう私は思う。だが、雑兵を斃しただけで思い上がらない方がいい。私達は“神”なんだ」

 

 

 

 落ちて倒れているリュウデリアに、地上へ降り立ったリヴェーダが語り掛けた。無機質な瞳は変わらずだが、声は言い聞かせるような声色だった。表情もあまり変わらず、戦いの最後まで淡々とした表情のままだった。だがその代わりに、言葉からは感情が伝わってくる。

 

 リヴェーダは心の中で称賛していた。本来ならば神を殺すなんぞ出来ないというのに、リュウデリアは己の力のみで神殺しを実現してみせた。他にも一緒にやって来たクレアとバルガスもだ。大気を落としても、大地に呑み込んでも、灼熱の砂を与えても、結局ダメージは無かった。あったのは捻った左腕だけだった。

 

 痛め付けろ言われていた。最高神は愚かにも神界に攻め込んできた矮小な地上の生物の龍に後悔を植え付けてやれと。だから最初に『死ね』と言って終わらせなかった。それだけで今までの戦いも無く、たった一言で終わらせられるのにだ。

 

 四天神となってから何千何万の月日が流れたことか。それまでに神でもないのにここまで戦えた者は初めてだった。だから、リヴェーダは鮮やかな切り口になるように首を斬り落とそうとした。しかしふと思った。この擬似世界はどちらか一方が死んだ時、自動的に解かれるものだ。なのにまた解かれていない。つまり……。

 

 頭が答えを導き出して死体であるはずのリュウデリアに目を向けた時見たのは、妖しい黄金の光を揺らす、縦長に切れた黄金の瞳だった。

 

 

 

「……ッ!!『死──────」

 

「──────2度も言わせるかよ。やはり、『死ね』という言葉も効果を持つのだな。恐ろしい力だ、権能とは。だがお前の()けだ。敗因は()()()()()()()()と慢心したことと、俺が死んだことを確認しなかった事だ」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 起き上がったリュウデリアは、リヴェーダが一言発する前に、今度こそ手を届かせた。口元を手で覆い掴む。言葉を発しようとしても発することが出来ないように。するともごもごと何か言っている様子だったが、権能が発動することはなかった。やはり、言葉を発して意味を持つ単語でなければ、権能は発動しないようだと確信を持てた。

 

 リヴェーダは口元を掴まれて足が浮くように持ち上げられながら困惑していた。確実に権能は当たった筈だ。『死ね』と言ったのだからリュウデリアの死は確実だ。そういう権能なのだから。なのに何故、この龍は生きている?どうして生きている?どうやって生きているというのか。

 

 無機質な瞳が瞠目して開いていることにクツクツと嗤うリュウデリアは、右手の平に力を籠めてリヴェーダの下顎と舌を握り潰して無理矢理引き千切った。ぶちぶちと音が鳴って、権能を使うために必要なものを奪われたリヴェーダは、持ち上げられていた手を失って倒れ込む。血を流し、激痛を伴いながら両手で口を押さえ、見上げる。

 

 もう権能は使えない、生かすも殺すも好きなように出来るようになった、四天神のリヴェーダを見下ろして見ていた。それからしゃがみ込み、髪を無雑作に掴んで顔を引き寄せる。至近距離に近付いた黄金の瞳は、リヴェーダを見下している冷淡なものだった。

 

 

 

「お前に腕を捻られた時、その言葉の権能が腕そのものに作用しているのを確信した。だからこそ思い付いた。権能をも呑み込める俺の魔力(純黒)で全てを覆った場合、お前の権能を無効化出来るのではないか……とな。苦労したぞ。毛細血管1本に至るまで全てを魔力で覆っていたのだからな。しかも鎖の檻から()()()()()()()()()()()()()()見つけるために意識を集中し、魔法陣の展開を継続させ、鎖を萎めていって逃げ場を無くさせなければならんのだから」

 

「……っ!?」

 

「『死ね』という言葉の権能をどう無効化したか……か?死とは何だと思う?生命活動を終えた時か?心臓が止まった時か?生きる意志を放棄した時か?脳が全て吹き飛んだ時か?さて、どれだろうな?残念ながら俺は死について明確な答えを導き出すことは出来ない。死というものは実に抽象的なものであり、漠然としていて、そもそも“死”という言葉は状態を表すために付けられた名称だ。まあつまり何が言いたいかというと……仮に死というものが、魂の白紙化であると定義するならば、お前の権能に対抗するために俺がすべきなのは、魂の保護だとは思わんか?」

 

「……っ!?……っ!!」

 

「魂を知覚しているのか……と言いたげだな。逆に聞くが──────俺が俺の魂を知覚出来んとでも思うのか?」

 

 

 

 本当に魂を護れば死なないのかは解らない。毛細血管に至るまで、文字通り肉体の全てを余すことなく純黒なる魔力で覆っていた。若しかしたらそれだけでも防げていたかも知れない。リュウデリアが魂を護っていたのは、念には念を入れてのことだった。だがそれをやるのはかなり骨が折れた。

 

 100の魔法陣の同時展開、鎖の操作、リヴェーダがどこに瞬間移動してくるのかを察知する為の極限の集中に、肉体全ての保護と魂の知覚、そしてその魂の保護。それらを同時にやっていなければならなかったので、長くは続かなかったと言える。何と言っても、魂の知覚は今やろうと思ってやったところなのだから。

 

 リュウデリアの説明を聞いて、あの数多くの魔法陣を展開して狙ってきた時から、『死ね』というところまで計算していたのかと納得したリヴェーダ。髪から手を離されて膝立ちになっていると、魔力を纏わせた右腕を上げて、鋭い指先でトドメを刺そうとしているのを見た。

 

 静かに目を閉じる。もうこれ以上やることは無い。言葉を発しなければ権能は発動しない。そういうものだから。口を破壊されているのでもう無理だ。拳で戦ってもいいが、魔法がある相手に勝てるとは思えない。だから素直に死を受け入れる事にした。どちらにせよ、自身を殺さなければこの擬似的な世界からは抜け出せないが故に。

 

 

 

「四天神。言葉を司る神リヴェーダ。お前の権能は俺を正面から殺し得る力だった。だが、俺の勝ちだ。俺を殺しに来たことを、死して悔い改めろ」

 

 

 

「……がぼぶぉっぶぇう゛ぇ(がんばってね)──────」

 

 

 

 擬似的な世界が崩れていく。隔絶されてしまった空間から、再び神界へと。四天神の1柱は死んだ。根底から。言葉の神がこれから先生まれようと、その神はリヴェーダではない。リュウデリアは、左腕を負傷しながらも、勝利を収めることが出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 だがまだ安心するのは早い。四天神は4柱居るから四天神なのだ。リヴェーダはその1柱。少なくとも彼と同等かそれ以上の存在があと3柱居ると考え、最後は最高神と考えると、戦いはまだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 





 リヴェーダ

 死んだフリをしているリュウデリアに気付かず、権能が使えないように下顎と舌を引き千切られてしまった。最初に『死ね』と言っていれば勝っていたが、痛め付けようとしていたのが仇となった。

 鎖の檻から脱出した方法は瞬間移動。『私は外に瞬間移動する』と言ったのでその通りとなった。敗因は慢心かも知れないが、そもそも最高神が痛め付けろと言わなければ勝っていたかも知れない。




 リュウデリア

 もし仮に、リヴェーダが一番最初に死ねと言ってきたら、流石にどうなっていたか解らなかったと思っている。それに魂を保護していても、権能が効いてしまえばその時点でもアウトだったとも。

 左腕が無いのはかなり痛手になるが、無くなった四肢を生やしてまで治癒するオリヴィアは居ないので、このまま戦うしかない。

 魂が云々の話しは、本を読んだからこそ思い付くことが出来た。読んでいなかったら知識不足で守り切れなかったかも知れない。なのでこれからも本は読んでいこうと密かに考えている。




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第74話  意図せぬ殺意

 

 

 

 言葉の神、リヴェーダを斃したリュウデリア。無傷とはいかないながらも勝利を収め、縛りの神が創り上げた、擬似的な拘束世界からの脱出を成功する。罅が入り、砕けた世界から出れば、跳ばされる前の世界樹の根元のところに居た。

 

 一対一を強いるのか、リヴェーダ以外の神は入って来ることはなく、跳ばされた側なので外から見たらどうなっていたかは知らないが、リュウデリアの周囲には戦いの神が集まっていた。それも、困惑の表情を携えて。まあ無理も無い。神の最上位クラスである四天神ともあろう者の1柱が、侵入者の龍に敗北してしまったのだから。

 

 縛りの神の擬似世界から出て来たのがリュウデリアだと解ると、取り囲む神々が苦々しい表情に困惑を滲ませる。四天神が負けた。姿を現した以上、我々が突撃をしなければならない。だが勝てるのか?殺されに行くだけではないのか?これが強すぎる人間であったならば、神々は我先にと群がることだろう。

 

 しかしリュウデリア相手にそんなこと出来ようはずもない。何せ彼は純黒で神々を呑み込み、根底から殺してしまうのだから。故に神々は攻め倦ねる。殺される確立が非常に高いからだ。つまり、神々は死の恐怖に怯えていた。

 

 

 

「鬱陶しい塵芥風情が……邪魔をするならば皆殺しにして殲滅するぞ」

 

「……っ………地上の龍が……ッ!!」

 

 

 

 明らかな左腕の故障を見ても攻め込めないのは、やはりここに来るまでに殺してきた数々の神と、殺された四天神が関係している。例え片腕が無くても、堂々たるその佇まいは崇高さすらも感じさせ、神よりもよほど勇ましく神々しいものだった。

 

 このまま正面から勝負に出て行こうか行くまいか、神々がゴタついている一方で、リュウデリアは気配で縛りの神を探していた。一対一を創り出す世界は横槍を入れられなくて良いと思えるが、目的はオリヴィアの奪還である。それに制限時間だってあるのでゆっくりと戦っている暇なんて無いのだ。

 

 神界に来て瞬時にオリヴィアを見つけたのと同じ方法で、魔力を音波状に広げて飛ばし、触れたものの形などを知る事が出来る魔力版のエコーロケーションと、気配察知の2つを使って縛りの神を探し出した。居たのは世界樹の根の空いたスペースに隠れていた。

 

 

 

「あっ……見つかっちゃった!?」

 

「お前の権能は面倒だ。此処で死ね」

 

「ちょっ……ちょおぉおおおおおおおおおおおおッ!?助けて下さいクカイロス様ぁああああああああッ!?」

 

 

 

 固く握った右拳を持ち上げ、縛りの神が居る世界樹の根の部分に振り下ろした。ばきりと根を粉砕しながら砂塵を巻き上げる。確実に殺すために相当な力を籠めたようで、殴打した衝撃波が発声して周囲に居る神々を吹き飛ばした。これに耐えられる程の気配はしなかった。権能頼りの貧弱な体だ。

 

 確実に殺した。そう思ったリュウデリアだったが、縛りの神の気配が背後にあるのに気がついた。気配から、肉体が弱い方なのは解っている。なのに自身の拳を避けて背後を取った。絶対に有り得ないと心の中で断言した時、傍にまた違う気配が1つあった。他の神々とは違う、言うなればリヴェーダのような格が違う気配だ。

 

 縛りの神を左腕の小脇に抱えているのは、足下まで隠れる長いローブに身を包み、頭もフードで覆い隠して、暗い灰色の鈍色(にびいろ)に全身を包んでいる神。縛りの神を抱えている腕とは反対の右腕には木で造られた背丈と同じくらいの杖を持っている。

 

 クカイロスと呼ばれていたこの神は、恐らく四天神の1柱なのだろうと気配だけで察して、右腕を背中で隠しながら魔力で槍を創り出し、突然投擲した。距離はそう離れていない。腕の筋肉を存分に使った投擲なのですぐに反応することは出来ない筈。だがこれだけで決まれられるとは考えていない。謂わば小手調べだ。

 

 自身が殴り殺そうとした縛りの神が、拳が当たる寸前までその場に居たのは解っている。しかし本当に触れるか触れないかの一瞬で消えて、背後に現れた。それを実行したのは抱え込んでいるクカイロスだ。どんな権能なのか当たりを付ける為に槍を投擲した。そして純黒の槍はクカイロスの心臓目掛けて進んで行くが、触れると思った刹那、大きく離れて自身横側に移動していた。

 

 超速度ではない。動く瞬間すらも捉えられない訳がない。速度に自信のある神を既に殺しているし、動きにも目が追い付けるようになっている。そんな自身に初速すらも見切らせず、前から横への距離を移動するのは不可能だ。つまり、リヴェーダのように瞬間移動に類する権能を持っているということになる。

 

 

 

「早く儂等を拘束空間に跳ばせ」

 

「あ、はいっ!すみませんクカイロス様っ!!」

 

「チッ……またか」

 

 

 

 またしても拘束空間に跳ばされてしまう。クカイロスに抱えられた縛りの神が権能を発動し、瞬きもしていないのに場所が移されていた。ノータイムで使用されるこの空間を回避することが出来ない。恐らく、閉じ込める相手を2人決めて発動すると、強制的に連れて行く事になるのだろう。

 

 純黒なる魔力で無理矢理この擬似世界を崩壊させても良いのだが、次の相手であるクカイロスがそれをさせないように動いてくるだろう事は解る。それにもう連れ込まれた以上は仕方なく、横槍を入れられなくて済むのだ……と自身に言い聞かせることで苛つきを抑えた。

 

 今回跳ばされたのは、不思議なところだった。辺りは見渡す限り青い空しか広がっておらず、地面も無い。なのに空中に立っているという状況だ。太陽は3つが三角形の頂点を作った配置をされ、ゆっくりと三角形の形になるように動いている。上を見上げれば雲があり、風も無いのに異常な速度で流れていた。

 

 青空がコンセプトと言ってもいい空間に跳ばされたリュウデリアは、ローブを身に纏い杖を持つ神、クカイロスと対峙する。互いの距離は100メートル程だろうか。この距離ならば動き出せば解るが、既に頭の中で出した推測ではクカイロスに距離は関係無いと言える。

 

 右脚を一歩前に出して半身となり、腕を持ち上げて体の前で構えた。何時どこに姿を忽然と現しても言いように身構えておき、神経を集中させる。全身を魔力で覆い強化しておき、概念的な攻撃も念の為に警戒して体内の細かいところまでも魔力で覆っておいた。当然魂にもやっておいたので、言葉一つで死を確定するなんてデタラメな権能は、今のリュウデリアには効かない。

 

 さあ、どう来る?何処から攻撃する?身構えながらクカイロスを警戒していると、左側頭部に重い打撃が打ち込まれていた。視界が90度近くズレてから、体もついていってしまい同じく傾いた。神経を集中させて身構えていたのに、易々と攻撃を受けた事を把握しながら、地面らしき場所に手を付いてくるりと空中で回転して着地した。

 

 

 

「貴様、硬いな」

 

「お前は速いな。どうやった?瞬間移動ならば移動してから攻撃するまでに幾らかの余裕が生まれるはずだが、お前のは違う。既に殴られていた」

 

「さてな。儂が貴様に権能を教えてやる義理はない」

 

「であろうな。しかし時間の問題だ。お前の権能はすぐに曝き、殺す。俺をこの空間から出して消え失せるのであれば見逃してやろう」

 

「──────論外」

 

「……っ……ッ!!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()。気配も探っていたし、クカイロスの姿を視界に収めていたにも拘わらず、リュウデリアは横面、腹、背中、脚と、あらゆる箇所を殴られた。衝撃の感じ方からして杖で殴られたのだろう。拳ではない。殴られた衝撃は強いが、純黒の鱗が硬いのでダメージそのものは無い。

 

 少し後退って態勢を立て直しながら思考する。瞬間移動ならばまったくの同時に10連打というのは無理だろう。ゼロコンマ1秒のズレすらも無く攻撃したということだ。鋭い感覚で打撃を打ち込まれた時の感覚が全て同時で、少しのズレも無かったことは間違いない。故に、クカイロスの権能は瞬間移動であるという線は潰えた。

 

 ではどのような権能ならば、まったくの同時に10連打も打ち込むことが出来るのかと言われれば、自然と選択肢は狭まってくる。それも線での移動ではなく、点と点での移動も加味したとすれば、リュウデリアが導き出す答えは1つだけだった。

 

 

 

「クカイロスと言ったか。お前の権能は『時間』だな?時を司る神なのだろう」

 

「……そうだ。儂は時を司る神。四天神が1柱、クカイロス。……何故、儂が時を司ると解った?」

 

「はッ。俺の槍を避けたのも、縛りの神を移動させたのも時を止めて移動したのだろう。そして先の俺への打撃は、時が止まった状態でその杖で10度殴った。移動と不可思議なまったく同時の攻撃を受ければ自ずと解るわ」

 

 

 

 ──────しかし解らない事もある。『時間』という概念を操って時を止めて移動したのならば、魔力(純黒)で全てを覆っている俺も権能を無効化して同じく停止した世界で動ける筈だ。しかし俺は動かず停止したまま、あの神に殴られた。何故だ。よもや俺の魔力(純黒)が権能に負けたのか……?そんなことがあるのか?いや、絶対に無いとは言い切れない以上有り得るのだが、魔力(純黒)が負けたという感覚が無かった。不可解だ。どういう状況で俺は停止させられた……?

 

 

 

 文字通り肉体の全てを魔力で覆っていたリュウデリアに死角は無い筈だった。時間の権能による時間停止であれば、概念的な攻撃に該当するので無効化出来るはずだ。しかし現に出来ていない。それはクカイロスが停止した時間の中で自身の事を攻撃して、その攻撃を真面に受けたことから証明している。覆しようのない情報だ。

 

 何かが引っ掛かる。大切なことに気がついていないような気がしてならない。あと何かに気が付くことが出来れば、恐らく自身はこの『時間』という、生きている以上切っても切り離せない重要な歯車の解析を完了し、正面から打ち破ることが出来るのだ。

 

 だが焦りは禁物だ。オリヴィアの元に行かなければならないのに、ここで変に焦りを抱いて自爆なんてことはしたくない。クカイロスから与えられる攻撃は、リュウデリアにとって痛手ではない。受けてもダメージには成り得ないものだ。それならば好きに打たせ、その間に権能を打ち破る策を編み出せば良いのだ。

 

 さて、今度はどこに攻撃を打ち込んでくる?そう思って構えながら待っていると、クカイロスが何故か被っていたフードを後ろへやって脱いだ。瞬間、リュウデリアは相手から果てしない殺意と怒気を感じた。今先程までとの差が大きく、流石に困惑した。現れた白くて長い髪、髭を揺らしながら、皺のある顔は大きく歪みきっていた。瞳に宿るは殺意のみ。

 

 何がどうなっている?二重人格か何かか?と目を細めて観察していると、顔に3撃、腹に4撃杖による打撃を打ち込まれた。それも今まで受けたものよりも数倍威力が高い。打ち込まれた衝撃に数十メートル吹き飛ばされ、翼を使って体制を立て直して着地する。クカイロスは、そんなリュウデリアを視線だけで殺しそうな目で睨み付けていた。

 

 

 

「貴様を見た時から思っていたッ!!貴様は……貴様は儂の娘の仇そのものだとなッ!!」

 

「…………………………はぁ?」

 

「貴様の所為で儂の可愛い娘が死んだのだッ!!あぁああああ……ッ!!儂のシモォナぁッ!!儂が必ず……ッ!!必ずや仇を討ってやろうぞッ!!」

 

「誰だシモォナとは。全く知らん。そもそも神を殺したのは神界に来て初めて──────」

 

「黙れッ!!その純黒の鱗を見間違えて堪るかッ!!良いか、貴様は儂がこの場で殺すッ!!我が娘のシモォナに誓ってッ!!」

 

「話が通じんな。訳が解らん。狂っているのか……?」

 

 

 

 突然憤慨し始めたクカイロスに、流石のリュウデリアもドン引きだった。フードを外したかと思えば仇討ちだと言われ、娘を殺されたと言われている。若しかしてこれまでに殺してきた数多くの戦いの神の中に紛れていたのか?と一瞬思ったが、ここまで可愛いだの何だのと溺愛しているだろう部分を見せられれば、殺された瞬間か、殺されそうになった場面で横槍入れてくる筈だ。つまりあの中には居なかった。

 

 ともすれば、その娘のシモォナという神を殺したのはリュウデリアではない。恐らく勘違いなのだろう。他にも龍で純黒の鱗を持つ者が居るのかと少し興味を持ったが、あまりに訳の解らない憤慨を見せられてしまって後回しにすることにした。

 

 怒りと殺意で顔をこれでもかと歪ませながら、杖を前に出して先端に黒みがかった紫色の球体を創り出した。表面に夥しい量の数字が動き回っているその不思議な球体を、リュウデリアに向けて放った。どう見ても当たってはいけない類のものだと判断して軌道上から逸れようと足を一歩分横へ動かそうとした時だった。

 

 

 

「──────ッ!?何……ッ!?」

 

「無限の時を重ね、消し飛ぶがいいッ!!」

 

 

 

 離れたところから、正直鈍いとしか言えない速度で向かってきていた謎の球体が、瞬間移動したように目の前へ迫っていた。点と点での移動かと思われるその接近に、リュウデリアは体を捻ってどうにか回避した。しかし使い物にならない、肩からぶら下がっているだけの左腕が触れてしまった。

 

 捻れた左腕は、クカイロスが放った謎の球体に触れた箇所から何も残さず消し飛んでしまった。抵抗も無く、そして跡形も無く消し飛んだ。ヒステリックになっているクカイロスを見て気が抜けてしまい、つい魔力を覆うのを左腕だけ忘れていたにしても、こんな何の抵抗も無く消すことが出来るだろうか。

 

 

 

 

 

 大した攻撃手段を持っていないと踏んでいた時の神クカイロスは、これまた理不尽に強力な力を見せつけてきて、これは早めに時の権能を攻略しなければマズいと悟るリュウデリアであった。

 

 

 

 

 

 

 





 四天神・時の神クカイロス

 時の権能を持った神。全身を鈍色のフード付きのローブで包んでおり、顔は見えないが老人のような声をしている。身の丈くらいの杖を持っており、神樹から造られている。

 突然フードを外してキレたのは、フード部分に精神を落ち着かせる力が籠められているから。そうしていないと、可愛い娘を殺された事について常に怒り狂って手が付けられなくなるため。




 リュウデリア

 また拘束空間に跳ばされた。世界樹の根元から移動できていないのは主に縛りの神の所為なので、次に外へ出たら真っ先に必ずぶち殺してやろうと心に決めた。

 いきなりクカイロスが切れ始めて普通にドン引きした。何だコイツ。突然キレおった……。たまげたなぁ……。訳が解らないよ……。




 シモォナ

 どうやらクカイロスの愛娘だったよう。




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第75話  干渉

 

 

 

 純黒の色をしたリュウデリアに対し、底知れない怒りを露わにするクカイロスに訳が解らないと、緊張感もなく小首を傾げた。会ったこともない相手が死んだ原因であり、仇討ちだと言われて困惑しない方がおかしいだろう。本当に殺しているならば煽るが、まったく心当たりが無かった。

 

 本心から知らぬと言ったところで、クカイロスはもう止まらないだろう。そんな目をしている。激しい怒りを内包した殺意だ。言葉だけでは治まらないだろう。それに、リュウデリアも面倒なので弁解するつもりもない。

 

 しかし突然狂ったように憤慨するクカイロスを見ているだけという訳にはいかない。手に持つ長い杖をこちらに向けて放ってきたのは、表面が夥しい数の数字が蠢く球体だった。あれは触れてはならないと察知して、途中瞬間移動みたいな動きをして飛んできた球体を避けた。

 

 だが完全に避けきる事は出来ず、使い物にならなくなっていた、捻れた左腕がその球体に触れてしまった時、肩から先が消滅してしまった。硬度の高い鱗も関係無しに、肉や骨ごと持って行かれた。傷口から血が大量に流れ出そうとするのを右手で覆って純黒の氷で凍らせて傷口を塞いだ。

 

 

 

 ──────あの神が狂っているのに気を取られて、腕の形をしていない左腕を魔力で覆うことを失念した。今更無くなったところで問題ないが、あの球体は(マズ)いな。何の抵抗も無く腕が消し飛んだ。……整理するとしよう。奴は時を司る神であり四天神。今解る奴の手札は俺の魔力(純黒)の影響を何故か受けない時間停止。それによる点での移動。今先程俺の腕を持っていった球体。今のところはこれだけだ。先ずは時間停止をどうにかしなければならん。球体を時間停止しながら頭に押し付けられでもすれば詰みだ。しかし、これには疑問がある。あれだけ俺を目の仇にしているならば押し付ける方法を取ってもいいだろうに態々飛ばした。避けられる可能性があるにも拘わらずだ。

 

 

 

「……不可解だな。いや、待てよ。奴は『無限の時を重ねて消し飛べ』と言っていたな……」

 

 

 

 ──────となると、あの球体は触れたものに無限の時の加速を強いるもの。それならば細胞が死んで(いず)れは無くなる腕が触れた途端に消し飛ぶのも解る。不死でもない肉体が永遠の時を保てる訳がないのだから。ならば……あの球体は時間停止中に使われる可能性は低いのではないか?『無限の時の加速』という概念を持った球体が『時が停止した世界』に存在するのは矛盾している。現に奴は時間停止した場合の攻撃は杖による打撃だった。停止中は他の時の概念を使えないのでは?無論これがブラフである可能性も捨てきれんが、怒り狂った今の奴がブラフまで考えているとは考えがたい。……良し、取り敢えず球体には触れんように警戒をしつつ、俺の魔力(純黒)の影響を受けない時間停止の攻略方法を考えるか。

 

 

 

 ほんの一瞬で長考を終えたリュウデリアは、杖をこちらに向けて、3つの時を無限に加速させるというデタラメな効果のある飛ばされた球体を避けた。時々飛んでくる途中で点での移動をしてくる球体に、避けるタイミングを見失わないように気をつけている。そして彼は、この球体が時々空間跳躍をしてくる絡繰りに推測を入れていた。

 

 無限の時の加速という概念を持っている球体は、若しかしたら飛んでいる最中に、飛ぶという課程で流れる時を加速させ、空間跳躍を引き起こしているのではというものだった。ただし加速させるのは無限という果ての無い単位なので、着弾させなくてはならないリュウデリアの背後まで空間跳躍をしては意味がない。だが無限なのでそこまで細かな調整が出来ない。だから不規則に空間跳躍をしているのだ。

 

 飛ばした3つの球体を避けられたことに舌打ちをして苛立たしげに眉間に皺を寄せるクカイロスは、更に4つ追加した7つの球体を飛ばしてきた。権能を無効化する純黒があれば受けても無効化出来るのではと思われるが、リュウデリアはそう思っていない。時間停止を無効化出来なかった時点で、彼は若しかしたら無効化出来ないかも知れないという考えを持ち、甘んじて受けるという選択肢を捨てていた。

 

 しかし一方で、無効化出来なかった時間停止にも絡繰りがあると考えていた。言葉の神の、物質の創造すらもやってのける言葉の権能をも無効化した純黒が、こうも簡単に丸め込まれる筈がない。しかも使っている本人だから解るが、純黒が権能に負けた訳ではない。要するに、純黒の影響も何も関係無いやり方で時間停止をされている。

 

 

 

「チッ……ッ!!小賢しい龍如きが図に乗りおってェッ!!」

 

「時間停止を攻略せねば魔法も届かんだろうしな……それにしてもこの世界は何故土が無いのだ。これでは土系の魔法が……待て、世界……?──────そういうことかッ!!」

 

 

 

 閃いた。何となく口にした言葉から着想を得て、時間停止がリュウデリアの純黒に影響を受けずに発動していたことの絡繰りを理解した。何で体の全てを魔力で覆っていたのに時間停止を無効化出来なかったのか。気付いてしまえば、絡繰りなんて大したものではなかった。

 

 飛ばされ続ける球体を避けながら、リュウデリアは嗤った。もうこの神を殺すことは可能だ。汎用性が高い言葉の権能には翻弄されてしまったし、痛手を受けてしまったが、時という限られたものを司る権能が相手ならば、厄介な部分であった時間停止を攻略すれば勝ち筋は自然と見えてくる。

 

 攻略方法を頭の中で確立させたリュウデリアとは別に、クカイロスの頭の中は殺意と怒気と苛立ちで占領されていた。早く殺したい。滅したい。消したい。だから当たりさえすれば必ず地上の生物ならば消し飛ばせる権能を差し向けているのだが、悉くを躱されている。

 

 飛来する途中で距離を跳ばしてまで向けているのに、どの位置からどの位置まで跳んで来るのか察知しているように動くのだ。最初の一発目は当たって腕を消し去ってやったというのに、それからは数を増やしても一向に当たる気配がない。

 

 権能が当たらない事への苛つき、一刻も早く孫の仇であるリュウデリアを殺したいという殺意。それらがごちゃ混ぜとなって時間が経てば経つほど顔が黒い感情に染まって歪んでいく。もうこれ以上ダラダラと狙い撃つのは無理だ。この手で直接殺す。

 

 

 

「そうだ……儂が直接殺せば良かったのだッ!!覚悟するが良いぞ純黒の龍ッ!!今から貴様を殺すッ!!逃げられると思うなよ……そして逃げ切れると思うなッ!!貴様は今から停まった時の中で死に、永遠に時を停めるのだッ!!」

 

「……ふ……フハハッ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

「何がおかしいッ!!」

 

「ハハハハハハッ!!!!……はぁ。お前が権能で時を停止させる時、魔力(純黒)で覆った俺が同じ停まった空間にいなければおかしいと思ったが、その考えがおかしかったのだ。お前の権能でお前と世界が停まった空間で、俺が動くのは少し違う。それだけのことを、お前はしていた」

 

「貴様……何を言っているッ!?」

 

「──────世界そのものの時間停止。それがお前のやっていた時間停止だろう」

 

 

 

 クカイロスがやっていたのは、自身の周りの時間と、その範囲内に入っているものの時間も停める……なんてものではなく、この擬似世界、無限に続く神界に流れている『時間』そのものの停止であった。つまり、時を刻んでいるのは権能の使用者であるクカイロスのみであるのだ。

 

 そうなってくれば、リュウデリアが防ぐことが出来なくなってくる。何故ならば、魔力(純黒)で覆っていようが、権能を使う相手はリュウデリアと定めていたのではなく、世界そのものに作用させたのだ。故に、世界の中に居るリュウデリアという個人も副次的に時が停まっていたに過ぎないのだから。

 

 簡単に言えば、個人に向けて停めるか、大きな括りに向けて個人ごと停めるかの違いだ。存在している以上、リュウデリアも世界の中の1つの内に入り、そうなれば世界ごと時を停めれば自然と停まる。それに気がついた。それならば、可能だろうと。だが、残念なことにクカイロスのやっていた、まさに神の御業に気がつき、絡繰りを曝いてしまった。

 

 こうなったらもう……リュウデリアを()める事なんて出来るはずがない。壁を用意すれば乗り越えるのではなく、実力で構造を曝いて弱点を突き、ぶち壊して越えていくのが彼だからだ。

 

 

 

「俺が停められていた絡繰りを知った以上、俺はもう停まらん。やるならやると良い。ただしその時は──────お前の頭を引き千切る」

 

「何ィ……ッ!?」

 

 

 

 右腕を突き出して掌を見せる。まるでこの手でやると言っている仕草に、クカイロスは額にびきりと青筋を浮かべた。完全に下に見ている目だ。見下している。神である自身……というよりも、仇である龍に儂が……ッ!!と。それは堪らなく、堪らなく不愉快で怒り絶頂のものだった。

 

 お望みの通りにしてやる。一周回って無表情となったクカイロスが杖を掲げて権能を使用した。世界の時が停まって完全停止する。風も無く、水も流れず、草木は黙り、雲は沈黙する。擬似世界より外側の神界も停まる。夥しい数の戦いの神も、戦闘中のクレアもバルガスも、全てがたった1柱の権能によって、文字通り完全停止した。

 

 何度も行ってリュウデリアを停めてきた時間停止。今回も完全に停まっているだろうと思い少しだけ観察すれば、彼は動くことなく時間停止前と同じ格好だった。やはり口先だけだ。こんな者に私の可愛い孫が死んでしまったと考えてしまえば、杖を握る手が震えてくる。

 

 杖を持っている震える右手を左手で押さえて止める。その代わりに口の端を吊り上げて嗤った。これで殺せる。近付いて零距離になったら時を戻しつつ、形成した時を加速させる球体を押し付ける。それで体を消し飛ばして終わりだ。殺意が滲む嬉々とした表情をしながらリュウデリアに近付いて杖の先端を突き付ける。そこで、クカイロスの視点はおかしいものとなった。

 

 

 

「言ったはずだぞ──────頭を引き千切ると」

 

「貴ッ……様ァ……ッ!!」

 

「世界に干渉して俺ごと時を停めるならば、俺の魔力(純黒)でお前の権能の跡を辿りながら世界に干渉して無効化してしまえばいい。解るか?お前の敗因は俺に考える時間を与えたことだ。正直、言葉の神の方が強かったぞ」

 

「儂が……仇である……貴様なん……ぞにィ………敗ける……とは………──────」

 

「最後まで訳の解らん事をほざきおって。精々、死して悔い改めろ」

 

 

 

 右手で純黒の炎を噴き上げさせて、神だからか少し意識の残っている頭を灰も残さず消し去った。そして膝から倒れようとしている頭の無い胴体にも、手の中の炎を放って呑み込み、完全にクカイロスを殺した。

 

 創られた擬似世界が崩壊を始める。ガラスが割れるように罅が入っていき、砕けて神界が見えてくる。言葉の神であるリヴェーダを殺した時のように元の世界へと戻ってくることが出来た。周囲に控えている戦いの神達は、出て来たのがまたしてもリュウデリアであることにザワつきを見せた。

 

 一度ならず二度までも四天神を打ち倒してしまった。縛りの神が創った世界からリュウデリアが出て来たのがその証拠である。最早、神々は彼に向かって我先にと向かって行くことが出来ない。行けば確実に殺される。それを確実にさせるだけのものを、彼は持っていて、実践して、見せつけた。

 

 

 

 

 

 リュウデリアは四天神の半分を葬った。残りは2柱。無視して行けるならばそうするが、縛りの神とその横に、強い気配を持つ神が居るので、すぐに連戦になるだろう。その事に舌打ちをするのだった。

 

 

 

 

 

 






 クカイロス

 リュウデリアを殺すことに先走りすぎて、他の力を使うことなく、殺意の高さ故の焦りから考える時間を与えてしまい、結果として世界を停める時間停止を攻略されて敗北してしまった。




 リュウデリア

 クカイロスが世界ごと時間停止をしている事に気が付いたので、後を追う形で世界に干渉して時間停止の範囲から抜け出した。負傷という程のものはしておらず、強いて言えばくっついていただけの腕が完全に無くなったこと。




 縛りの神

 リュウデリアが勝つと解ったので、急いで四天神の元へ避難した。絶対出て来た瞬間に殺しに来ると思ったから。




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第76話  制約

 

 

 

 

 

「報告にあった純黒の龍……まさか……」

 

 

 

 世界樹の頂上に在る大宮殿。そのとある場所にて、最高神のデヴィノスは薄暗い通路を歩いていた。灯りがあっても、それは壁に付けられている消えない蝋燭の火のみ。それだけを使って視界を確保して進んでいる。

 

 ここは最高神にしか解らず、知らない秘密の場所へ続く通路であり、そこにはある石板が置かれているのだ。宮殿から出て四天神を呼びつけ、侵入者であるリュウデリア達を甚振って殺せと命令してから、ついてくる護衛の神々を散らせて自身のみで来た。

 

 薄暗い通路を進み続けると、古く錆びた両開きの扉が見えてきた。天井いっぱいまである高さの扉に手を掛けて押し込んで開くと、中はそこまで広い訳でなく、普通の一室と同じくらいだろう。石壁に囲まれており、窓なんてものもなく、頼りの明かりは通路と同じく燃え尽きない蝋燭の灯火だけだ。

 

 そんな薄暗く、薄気味悪い部屋の中央に台が置かれており、その上に石板が1つ設置されていた。歩いて近付き、石板には触れずに見下ろして刻まれている文字を読んでいく。悠久の時を生きる神でも古いと言わざるを得ないそれには、過去にあったある出来事の事が書かれていた。

 

 

 

「ある日、神々の世に大いなる破壊の獣が顕れた。その獣は神々を喰らい、神々の世を蹂躙し、災厄を撒き散らした。世界は滅び、神をも含んだ生命の絶滅が訪れようとした時、獣を狩る存在が姿を見せる。その者は純黒。総てを呑み込む闇であり深淵の存在。獣と対する()の純黒が交わる時、多大な犠牲を払いながら純黒が獣を呑み込んだ。神々の世は救われたように思われたが、純黒は獣を呑み込んでも足らず、神々を滅し始めた。大いなる獣を呑み込む純黒に多くの神々が滅せられた時、純黒は忽然と姿を消す。未来のこれを読む神に告げる。純黒は必ずやまた訪れる。心するが良い。純黒に抗う術は無い……。純黒の者……まさか今神界に侵入した者がそうなのか?」

 

 

 

 最高神であるデヴィノスであっても、この大いなる獣の話は知らないのだ。何千年も最高神をしているが、自身が誕生した時にそんな者が攻め込んで来たという記憶は無い。つまり自身の前の最高神はその獣の手によって殺されたのだろう。どんな力なのかは知らないが、神を根底から殺すことが出来る力は、今外で戦いの神々が相手をしている龍達のようだ。

 

 本当にごく少数ではあるが、その大いなる獣を知っている者は居る。四天神である時の神のクカイロスがそうなのだが、彼は既にリュウデリアに根底から殺されてしまったので知る者の1人とはもう言えない。

 

 あとは鍛冶を司る神やら善神やらと数柱が居るだけだ。獣に根底から殺されてしまった事により、当時の状況を知る事が出来なくなってしまった。覚えている神は、その時に生き延びて殺されなかった者達である。それ以外の世界樹周辺であったり獣と純黒の者が戦ったとされる場所に運悪く居たり、獣を殺した後の純黒の者に殺されてしまった神は何も知らない。

 

 神々の世である神界は無限の大地を持っているというのに、それすらも滅ぼそうとするとは、一体どれだけの強さを持つ獣なのだろうか。そしてその獣を殺してしまう純黒の者とは一体何だったのか。知る事が出来なくなってしまった事に少しつまらないと感じながら、デヴィノスは石板に彫られた文字を指先でなぞった。

 

 そして思うのだ。我がその場に居れば、獣とやらと純黒の者とやらには好き勝手させなかったというのに……と。彼は自身こそが最高神であるに相応しいと一切の疑いもなく、そして神界を統べるに当然の力を持った至高の存在であると考えている。故に獣だろうが純黒だろうが、自身の敵ではないとしか思えないのだ。

 

 事実、彼はそれだけの力を持っている。最高神は伊達ではないのだ。それに、彼は獣に関係するだろうものを己の手で封印しているからこそ、負けるはずがないと自信を持って言えるのだ。“奴”は強大な力を持っていた。殺すことは出来ない存在なので、致し方なく封印という形を取っているが、殺すことさえ出来れば必ず殺せた。

 

 

 

「純黒の色をした龍という事で確認に来たが、関係性は無さそうだな。四天神共を斃しているようだが、負傷しているようではないか。ならば我の敵ではなし。存分に愚かさを刻み込んでくれようぞ、侵入者よ。精々我を興じさせよ」

 

 

 

 単なる確認で来ただけのデヴィノスはその場から踵を返して扉へ向かった。錆びた古い扉を通って通路を歩いていくと、開きっぱなしだった扉は、人知れず錆びた金属が擦り合う音が響きながら閉まっていった。

 

 少し気になった事を確認し終えたデヴィノスは、通路を進んで宮殿の美しい廊下へと出て玉座の間を目指す。四天神を斃して勢い付いている侵入者が、万が一宮殿まで辿り着いた時のことを考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 擬似世界から2度目の脱出をしたリュウデリアは、すぐに縛りの神を殺そうとしたのだが、予めクカイロスを斃す事を知って殺されない為に避難していた。避難場所は四天神の隣。これならばそう簡単に手出しできないだろうという魂胆が丸見えだ。

 

 実際、四天神の相手はリュウデリアでも時間を掛けてしまうので、次は何の神なのか知らない以上無闇に飛び込んでいくのは賢明ではない。この2戦で神の、それも上位の力を持つ者の権能は凄まじい力を持っているということはしっかりと把握したので油断はしなかった。

 

 四天神に護られている縛りの神が、3度目の擬似世界へとリュウデリアと四天神を跳ばした。いい加減に学べば良いものを、態々一対一になるように仕向けてくるのだ。雑兵としか思っていない数多の戦いの神を波が如く嗾けるのは無意味だが、四天神が一度に複数攻め込んでくれば自身もどうなるか解らないというものを……。そう思うが、口には出さない。不利になるのは自身だからだ。

 

 一度に四天神4柱に攻め込まれてしまえば、敗色濃厚だっただろうが、1柱ずつ戦うならば権能を攻略してしまえばもう勝ちとなる。それ故にリュウデリアとしても、どうせ立ち塞がるというのならば自身にとって勝つ確率が高い一対一は望むところだ。

 

 次に跳ばされた擬似世界の模様は、足下が踏んでも波紋すら作らない水面であり、周囲の景色は異常なものだった。遙か遠くに大きさの違う巨大なシャボン玉が所狭しと並んでおり、場所を変えながら1つ1つが移動している。シャボン玉とシャボン玉との間から見えるのは空色で、シャボン玉によって囲まれているようなものだった。

 

 足踏みをしてみても石のように動かない水面もよくわからない原理で不可思議だった。まあこの世界は所詮縛りの神が創りあげた擬似的な世界なので、どんな変な景色であっても不思議ではない。そこに、リュウデリアと四天神の1柱が跳ばされていた。

 

 四天神は男であり、丈が長くて足下まである白衣を羽織った研究者のような姿をした神。短めの黒髪に開けているのか分からないくらいの薄目をしていて、白衣のような服のポケットに手を突き入れて立っている。体付きは普通で、近接で戦うような見た目をしてはいなかった。

 

 そんな四天神が右手をポケットの中から出して、人差し指を向けてきた。瞬間、リュウデリアは全力でその場から右へ移動して回避行動を取った。遅緩する世界に入り込んでまでした回避行動だったのだが、訳の解らない攻撃に晒されてしまい、彼の左脇腹が半径10センチ程の半円を描いて消し飛んでしまった。

 

 

 

「……っぐ……ッ!!」

 

「君を囲っていた戦いの神達や、斃された四天神のように私を斃せると思わないことだ。それに、君のその純黒が私達神の権能を無効化出来ることは把握している。そこで私も、君の純黒に対応出来るように私の全てを費やそうと思う」

 

「──────ッ!!」

 

「それに、今の一撃で通用することが証明された。防御は無駄だと思うといい」

 

「チッ……ッ!!」

 

 

 

 ──────魔力(純黒)で防御していた肉体が消し飛んだ。どうなっている?それに攻撃が見えなかった。恐ろしく速いのだとしても残像程度は俺の目でも捉えられる筈だ。また点間の移動か?いや、そんな感じはしなかった。それならば俺の脇腹を前から後ろまで抉ってはいかないだろう。良く考えれば痛みは腹の方から背中へと進んでいた。つまり飛ばしていたということだ。結果から言えば触れたら消し飛ぶ何かを飛ばしている訳だ。先の時の神が飛ばしていたものと同じような原理か?しかし奴が言っていた事が気になる。俺の魔力(純黒)に対応出来るように全てを費やす……察するに権能に何らかの制約を持ち掛けているのか?四天神……いや、神にとっての全てとは何だ?……己の存在か?そう仮定したとして、飛ばしているのはなんだ?……調べるか。

 

 

 

 四天神はその場から動かない。恐らく純黒なる魔力を身に纏ったリュウデリアが直接攻撃してくるのを警戒しているのだろう。一度触れられて純黒に侵蝕されてしまえば、もう逃げられることは出来ない。少しずつ侵蝕が広がっていき、必ず神の命に王手を掛けるのだ。

 

 そして純黒が無くてもリュウデリアの単純な攻撃が致命傷に成り得る。膂力が違いすぎるので、頭を掴まれでもすれば、そのまま握り潰されてしまう可能性が絶大だ。現に時の神のクカイロスは、頭を掴んだまま易々と引き千切ってしまったのだから。それは今相手にしている四天神が見ていないので知らないとしても、ここに来るまでに戦いの神の四肢や頭を握り潰したり引き千切ったりしているのでそれを見られたと考えるべきか。

 

 取り敢えず、リュウデリアは前方に純黒の魔力障壁を展開した。四天神は変わらず右手の人差し指を向けており、何となくの勘で何かが飛ばされたことを察した。さてどうなるかと身構えながら待っていると、障壁に半径10センチ程度の穴が開けられた。最初は小さい円を描いて、大きさを増して半径10センチ程度に至ったことから、飛んできているものは球体だ。

 

 顔目掛けて飛んできた不可視の球体を首を逸らして避けた。消し飛んだ部分が無いので完全に避けられたことを確信しながら、純黒なる魔力が四天神の権能によって消されことを認める。この目でしっかりと見た以上は到底信じ切れないものでも信じるしかないのだ。

 

 穴が開いた障壁の向こうに四天神が見える。だが様子がおかしかった。顔中に脂汗を掻いて、少しだけ息が荒くなっている。別に何か攻撃した訳でもないのに、疲労しているというのは不可解なものだった。しかしリュウデリアはその原因が解った。四天神の気配が若干弱くなっているのだ。

 

 他の神々と比べて一目瞭然の強い気配を発していたので、元と比べればそこまで弱くなったというものではないのだが、明らかに気配が弱くなっている。しかし戦意は失っておらず、立て続けに不可視の消滅させる球体を飛ばしてきた。前方に展開した純黒の障壁に穴が開くので来る場所は事前に解るが、やはり純黒が円形に消滅する。

 

 15発も飛ばされたが、消滅した障壁のお陰で避けることは容易い。出来るだけ最小限の動きで避けていき、障壁を張っていない左右や背後を警戒しておきながら思考する。飛んでくるのは消滅する球体。今のところは正面から真っ直ぐ飛ばしているだけで、1発撃つごとに気配が弱くなっていく。

 

 穴だらけになった純黒の障壁を消して、また新たに1枚目とは違った膨大な魔力を注ぎ込み、厚みを増して展開する。すると飛ばされた消滅する球体が、障壁を消滅させながら進む速度が落ちた事にいち早く気が付き、その消滅の仕方によって四天神が何の神なのかを把握し、純黒が権能に消されている理由も看破した。

 

 

 

「お前──────空間の神だな」

 

「……はぁ……見切るのが早いな」

 

「それにお前は権能を使う度に己の命を削り、威力を底上げしている。だがこれだけではまだ俺の魔力(純黒)を越えることは出来ない。そこで、消滅する球体を無数に重ね掛けしているだろう?触れた途端に一番外側の球体が自壊しつつ触れた部分を消滅させ、次の層、次の層と。それによって純黒を相打ちで消しながら俺の元まで飛ばしているんだろう」

 

「……そうだ。知られてしまった以上は仕方ない。私は四天神が1柱。空間を司る神、カオラス。君の純黒を削っているのは推測の通りだ。そうでもしないと空間ごと消すのは無理だからね」

 

 

 

 空間の神であるカオラスは、リュウデリアが戦いの神と戦っているのを見て、神を侵蝕したり根底からの死を与えたりしているのに厄介性を見出した。結果として権能までも無効化しているのだから、厄介性は滑車を掛けているだろう。

 

 空間を削るのが一番の有効打の筈だが純黒なる魔力には効くとは思えない。そこで命という神にとっても大事なものを捧げることで、制約として権能の力を増大させた。そこへ球体を内側へ無数に重ねる事により、触れたものを消し飛ばしながら進む球体を生み出している。

 

 ただし、命を使いながら無数に重ねた球体はそこまで大きくすることが出来ず、数も多くは一度に出せない。急な方向転換も出来ないので直線にしか飛ばせない。命も賭けているので長続きもしないだろう。純黒を破るためにかなりのものを犠牲にして漸く純黒を消せている。逆を言えばこれだけしないと満足に攻撃出来ないし、通らないのだ。

 

 

 

 

 

 

 だが全部が全部、小さい球体で終わる訳がない。カオラスは神であり四天神だ。リュウデリアをここで消す為に居る以上は、意地でも消す。リュウデリアはそんな覚悟の決まったカオラスに、嫌な予感を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 






 デヴィノス

 秘密の部屋に入って昔あった事を確認した。過去に神界は滅ぼされかけた事があり、その時にも純黒の何かが居た。大いなる獣との戦いの余波だけで相当数の神々が死んだとされている。最高神もその時に死んだらしく、デヴィノスはその時の記憶も持たずに新たな最高神として生まれた。




 大いなる獣

 突如として顕れ、神界を滅ぼそうとした獣。その力は凄まじく、自身の力のみで神々を根底から殺した。そして同じく顕れた純黒の者との戦いに発展し、神々に多大な犠牲を払わせながらも純黒に敗北した。




 純黒の者

 神界を荒らし回って神々を殺し喰っていた大いなる獣と敵対し、周囲に尋常じゃない被害を齎しながらも、獣を殺した存在。後に救ったように思われた神々をも殺し始めるが忽然と姿を消す。



 四天神、空間の神カオラス

 リュウデリアの純黒を空間ごと削って消滅させていた神。原理は神としての命を使って威力を底上げし、無数に消滅の球体を重ね掛けることによって、一番外側と対消滅させながら突き進める。

 痩せ型の体型に研究者を思わせる白衣を身に纏った黒髪の神であり、リュウデリアの戦い方を少し観察してからこの手を考えた。命を削っていることに何とも思っていない。その代わりにリュウデリアをこの場で消すと決めている。




 リュウデリア

 理不尽な力を持つ神の権能の攻略方々に慣れてきた。カオラスが純黒なる魔力を消滅させたことに驚いたが、命を使いながら拮抗して対消滅させながら球体を飛ばしているのだと知ると納得した。つまりは数で押しているだけである……と。




 制約

 制約とは、何かを得るために何かを使わない……等といった縛りを化すこと。それによっては同じ魔法でも威力が違ってくる。

 ただし、これをやるにも相当な実力が無いと使用できない高度な技なので、誰でも出来る訳ではない。某ハンターの制約と誓約みたいなもの。





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第77話  融合魔法

 

 

 

 

 

「クソッ──────マジで(いて)ェ……」

 

「……これが……人間のいう……火傷か……?」

 

 

 

 周囲を減らない戦いの神々に囲まれているクレアとバルガスは愚痴を溢していた。リュウデリアの為に道を作って世界樹へと向かわせて、風神と雷神を喰らって強さを得てから、2匹は上で観戦していた炎神とぶつかった。

 

 被害は甚大だった。余裕を見せていただけあって炎神の炎の権能は強力無比であった。まるで太陽を相手にしているようだった。強靭な鱗を灼いて焦がし、熱によるダメージを与えてきた。攻撃範囲も広く、余波だけで神界の地上に生えている数多の木々を消し炭にしていた。

 

 まあもうその炎神はクレアとバルガスの手によって下されているのだが、無視できないダメージを負ってしまった。2匹共全身が所々焦げている。動くだけでも痛く、単純に動きが鈍ってしまっていた。全身に奔る痛みに唸り声を上げ、殺して消滅していく、ちっぽけな炎の塊にしか見えない地上に倒れて燃えている炎神を見下ろした。

 

 燃え尽きる火の如く燃え尽きて死んだ炎神。そしてその炎神を斃してからというもの、戦いの神々の強さがまた変わった。銀の鎧と白銀の鎧を着ていた神々が後ろに下がり、前に出てきたのは黄金の鎧に身を包んだ神々だった。

 

 身につけているものが変わっただけかと思われるだろうが、銀から白銀に変わるだけでも強さが段違いに変わったのだから、また強さに変化が起きているだろうと当たりをつけていた2匹は、番えて放たれた矢を受けて悟った。射られた矢が鱗に触れると、光を放って大爆発したのだ。

 

 1本の矢が出すには強力すぎる爆発力だった。その威力たるや、炎神との戦いで灼けて傷付いた鱗が粉々に砕け散り、肉を抉った程だった。それが雨のように降り注いで来たので傷付いている今の状況で受けるのは拙いと判断し、蒼風を巻き上げたり赫雷を奔らせて迎撃し、自身に辿り着く前に迎撃していった。

 

 そしてそんな戦闘の傍ら、クレアとバルガスの2匹は、龍の優れた視力を使って世界樹の根元を見た。そこにはシャボン玉の表面のような色をした正方形の物体があった。このような正方形の謎の物体が形成されるのは3度目だった。一度目は青と茶の2色が基本となり、太陽のようなものが7つ移動していた。2度目は空色と雲の形をしたものが描かれていた。

 

 そしてその正方形が現れる前には、必ず純黒が見えた。つまりリュウデリアが何らかの力を食らって閉じ込められているのだ。ここからでも解る強い気配の持ち主と正方形に入っているので、恐らくは一対一の状況を作るために閉じ込められているということが解った。

 

 チラリと見えたが、リュウデリアの左腕が無くなっていた。それだけの負傷をする相手が居て、連戦を強いられているともなると、この先どうなるか解らない。唯でさえ制限時間もあるというのに、まだ殆ど動けていない事を考えるとマズいのではという考えが浮上する。

 

 

 

「おいバルガス。あの正方形、展開してンの何奴(どいつ)だと思う。オレは正方形の近くに居る襤褸着てる奴だと思ってンだけど」

 

「……私も……そうだと……思っている……アレを消せば……リュウデリアが縛られる……心配はない……早く……オリヴィアの元へ……向かってもらわないと……私達が……保たない」

 

「やっぱそうだよなァ?……仕方ねェ。これ以上リュウデリアの邪魔させる訳にもいかねーから、取り敢えずアイツぶっ殺すぞ」

 

「……了解……した」

 

 

 

 それぞれが風神と雷神を喰らったことによって魔力も増大して強くなり神界に居られる時間は8時間に伸びていた。しかし炎神との戦いと黄金の鎧を身に纏おう戦いの神との戦闘により、強力な魔法を使って膨大な魔力を使用してしまい、制限時間は4時間を切っていた。

 

 こっちで相手している神よりも強い気配を持つ神が邪魔をして、そこに変な空間に囚われているともなると時間が掛かってしまうのは嫌でも解る。でも、今ここでそんなに時間を割いている訳にはいかないのだ。

 

 相手をしている神々を魔力の意図的暴走によって弾き飛ばして無理矢理距離を取らせ、魔力を練り上げて魔法陣を構築した。クレアとバルガスの中間に蒼と赫の魔法陣が重なって何かを形作ろうとした時、形成した魔法陣の中心に黒い点が出来た。気配から権能。攻撃されたと考えるよりも先にその場を退避しようとするが、体が引っ張られた。

 

 構築した魔法陣を黒い点に吸い込まれて砕け、クレアとバルガスも引き寄せられて体をぶつけ合う。黒い点に向かって集められているのだと解っているのだが、引力が強すぎて引き剥がせず、硬い鱗が重なってがちりと音を断続的に立てていた。

 

 

 

「毎度毎度めんッどくせーなァッ!!」

 

「……周囲の奴等を……頼む……私は……この球体を……破壊する」

 

「あいよッ!!オラ死ねェッ!!」

 

 

 

 風の刃を無数に飛ばして牽制と攻撃を会わせて行う。触れると防ぐことも困難な蒼い風の刃は白銀の鎧を着る神でも避けられない速度を出して四方八方を飛び交った。だが黄金の鎧を着た神はやはり避けていった。中には防御しようとして黄金の盾を構えるも、盾諸共両断された。それを見て防ぐのは愚策と学んだのだろう。避けることに重きを置いいる。

 

 爆発する矢も、鱗に鏃が刺さる貫通力に優れた矢も、深くまで刺さるだけの力と鋭さを持つ投擲された槍も、2匹を囲うように小規模の竜巻を生み出した。撃ち込まれた矢も槍も絡め取って竜巻の風に乗せて加速させ、寸分違わぬ狙いで返した。

 

 まさか返されるとは思っていなかったのだろう。射った神は返された矢に被弾して体を貫通したり、爆発をもろに受けて四散したりした。槍も頭を撃ち抜かれたり、体に突き刺さって取り敢えず動きを止める。遠距離で攻撃すれば竜巻に呑まれてこちらに返される。だが近付けば竜巻に含まれる風の刃で微塵切りにされてしまう。

 

 そこで、竜巻という性質上台風の目のように穴が開いている真上から攻めることにした。黄金の鎧を身に纏う神に続いて白銀と銀も向かって上から竜巻を見下ろす。だがクレアは既に真上に向けて魔法陣を構築しており、蒼い光線を撃ち放った。罠にはまった神々は身に纏う鎧すらも残さず完全に消し飛んでいった。

 

 そうして牽制と攻撃の両方を熟しているクレアの隣で、バルガスは引力で2匹を引き寄せている黒い点の破壊を試みていた。見た目こそ小さいものなのだが、どう考えても見た目に釣り合っていない力を持っている。だから避けようとしても2匹で押しくら饅頭みたいなことになっているのだ。

 

 人差し指と親指の間で赫雷を発生させる。ばちりと小さく轟きながら、吸い込んで引力を発生させている黒い点に近付かせ、親指と人差し指の間で挟み込み、赫雷を撃ち込んだ。しかしその赫雷を吸い込んでいってしまったので、出力を上げて攻撃した。すると黒い点は赫雷の出力に負けて自壊し、引力を元に戻った。

 

 

 

「まったくよォ……あの感じは重力の力場だろ。今度は重力の神ってか」

 

「……そのようだ」

 

 

 

「これ以上は好き勝手やらせる訳にはいかん。大人しくしろ、地上の龍」

 

 

 

「はッ。だったらテメェ等も大人しくオリヴィア寄越せやボケ。渡しさえすりゃ、ンなとこさっさと出て行ってやるよ」

 

「……渡さないから……こうして……抵抗している……まあ……リュウデリアが……行く以上……奪還は確実」

 

 

 

 懐にしまえるような小さな杖を持っている、魔法使いのような格好をした男の神が居る。強い気配であることから、引力でクレアとバルガスの動きを阻害していた重力の神であることが窺えるだろう。また強い権能を持った神が来やがったとクレアは舌打ちをし、重力の神の更に向こう側にある正方形をチラリと見る。

 

 正方形の形をした異空間を創ってリュウデリアと四天神を閉じ込めている縛りの神を、既に2匹共補足している。後は届いて殺せるだけの魔法を撃ち込めば良いだけなのだが、重力の神が居るとなると、侵入者の足止めをしている神を害そうとしている者の攻撃を邪魔しない理由がない。

 

 バルガスもリュウデリアが行ったのだから連れ攫われたオリヴィアの奪還は簡単だと言ってはいるものの、彼らしくもなく時間が掛かっているのは事実。制限時間もあるので、ここは手助けをしたいというのが本音。ならば、やるしかあるまい。立ち塞がる重力の神を相手にしながら、リュウデリアのサポートをする。

 

 

 

「重力の力を思い知るといい」

 

「はッ!もう受けるかよンなもん!」

 

「……同じ攻撃は……通じない」

 

 

 

 重力の神が杖を向ける。発生するのは先程のものよりも大きい、直径3メートル程の黒い球体だ。凄まじい引力が働き、呑み込まれてしまえばあらゆる方向からやって来る重力の重みに潰されてしまうことだろう。クレアとバルガスの2匹の中間に創られた重力球だが、今度は事前に察知したのて瞬時にその場から離れて避けることに成功した。

 

 消えては現れてを繰り返しているようにしか見えない速度で動き回り、重力の神が生み出す重力球を避けていく。当たらずに放置されている重力球が連鎖的に強力な重力を生み出して、地上の草木や土を上に持ち上げて巻き込んでいく。粉々になりながら重力球に張り付いて巨大な土の木の集まった球が出来上がった。

 

 これならば触れても問題ないと判断して、クレアとバルガスは魔力を腕に集中させて、全力で球を殴った。弾け飛ぶ土塊と木の破片。狙われた重力の神が瞠目しながら苦々しい表情で舌打ちをし、自身の前に重力球を生み出した。破片は全て重力球に吸い寄せられて、砂粒1つとて重力の神には触れなかった。

 

 小癪。そう思いながら、一向に当たらない重力球に唇を噛んでから、クレアとバルガスを巻き込むように設置させている重力球の他に、弾丸が如く飛んでいく重力球も生成して飛ばし始めた。逃げ場を少しずつ無くしていく2匹にほくそ笑む。

 

 飛ばしている重力球は拳程度の大きさしかないが、当たれば近くにあるものを呑み込むので剥がすことは出来ない。体を潰されるまで終わらない重力の塊だ。設置している重力球は更に強い引力を持っているので、変に近寄るだけでも引力で吸い寄せる。それらが時間が経てば経つほど増えていく一方なのだ。

 

 自身には近付かせず、延々と遠距離から攻撃していればいい。クレアとバルガスの近接戦が非常に強いことは解っているので、近づかせないまま仕留めようとしているのだ。2匹をそんな簡単な方法で仕留められる訳がないというのにだ。

 

 設置型の重力球の総数が100を超えると、地上の岩盤を引き剥がしているのではないかと疑いたくなるくらいの土が持ち上がり、巨大な土の塊となった。このままだとまた此方に向かって飛ばそうとしてくるだろうと思っていると、やはり2匹が現れたので、突き進んで殴り抜こうとする軌道上に重力球を創り出した。そして重力そのものを操って背後から押してやるのだ。

 

 重力球に向かって背中押しをされた状態のクレアとバルガスが、顔から重力球に突っ込んでしまい、ばきごきと不快な音を奏でながら肉の塊へと変貌していく。それを見て、重力の神は高笑いした。

 

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!仕留めたぞッ!!地上に住む龍如きがッ!!神に逆らうからそのようなことになるのだッ!!ハッハハハハハハハハハハ──────」

 

 

 

「──────つって舐め腐ってるから死ぬンだよクソボケ」

 

「──────油断した……お陰で……造る時間が……出来た」

 

 

 

「──────ハハハハハハ…………は?」

 

 

 

 声が聞こえた。今先程肉塊に変えてやった筈の龍2匹の声だ。どうして、どうやってと思って潰れていたはずのものを見てみると、潰れていたのは、クレアとバルガスの形をしていた土の人形だった。精巧に作られ、色までまったく同じに造られたそれが、重力の神には本物であると錯覚してしまい、隙を晒しながら時間を与えてしまった。

 

 少し離れたところで、クレアとバルガスは蒼い魔法と赫い魔法陣を重ね掛けして二重魔法陣を造り上げていた。形成されているのは巨大な蒼い矢であり、そんな矢は赫雷が帯電しながら纏っており、凄まじい魔力を放っていた。矢の後ろにはバルガスが居て、その後ろにクレアが居る。

 

 クレアは魔法陣を構築して爆風を発生させ、バルガスの背中を押して加速させ、赫雷を纏ったバルガスが赫雷を纏う蒼い巨大な矢の矢筈を全力で殴り込んだ。進行方向はクレアが風の通り道を創って補強し、貫通力と威力は赫雷が補った。違う術者の魔法を融合させる融合魔法。完璧に息が合わないと魔法が自壊してしまう。

 

 やろうと思っても出来る者は非常に少ない超高難度魔法である。融合魔法をやりたいからといって練習しても出来ず、生涯を掛けても一度も出来なかったという例がある程のものを、重力球を避けながら少しずつ造り上げていき、少しの隙を見て完成させて撃ち放った。

 

 

 

「「融合魔法──────『破嵐を撒く禍矢(トォルテン・ピアズ)』」」

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

 

 

「──────んっ!?えっちょっ……っ!?」

 

 

 

 暴風を周囲に撒き散らしながら赫雷を轟かせる禍々しい巨大な矢は、土塊と化した重力球を木っ端微塵に破壊しても尚速度を緩めることなく突き進み、重力の神の胸に突き刺さったかと思えば赫雷で肉体を破壊し、無理矢理貫通して体を千切った。灼けて焦げていたり、所々か赫雷で吹き飛ばされながら上半身と下半身に分けられた重力の神は、朽ち果てる葉の如く消滅していった。

 

 そして、周囲を囲っている戦いの神々を巻き込んでいき、それでも止まること無く、一直線にある場所に居るある存在に目掛けて飛んでいく。それに気が付いた戦いの神々が己の命を犠牲にして止めようと試みるが、クレアの蒼い追い風と、バルガスの破壊を撒く赫雷が融合した矢は、止まる様子を見せなかった。

 

 やがて、世界樹の根元まで突き進み、まさか遠距離から個人を狙って魔法が飛んでくるとは思っていなかった縛りの神は、何かがもの凄い速度で向かってくる時の轟音を聞き、驚いて振り返るが遅かった。恐ろしい速度で突き進んだ矢の貫通力は凄まじく、世界樹の根元の土に全体をめり込ませ、帯びている赫雷が周辺を破壊した。爆発音と砂塵が舞ってしまったが、砂塵が晴れると正方形の異空間がノイズを奔らせ、解かれるところだった。

 

 縛りの神によって擬似世界に追いやられていたリュウデリアは出て来ることが出来た。そんな彼と共に()()の神も出てきたのだ。

 

 

 

 

 

 そしてクレア達は瞠目する。出て来たリュウデリアが、体の所々に穴を開け、大量の血を噴き出していたのだから。

 

 

 

 

 

 






 黄金の鎧を身に纏う神々

 もう一段階上の強さを持つ戦いの神々であり、手に持つ武器は神が作製して鍛えた武器である神器である。人の作る……謂わば人器とは比べ物にならない性能を持っている。矢1本でもその力は違う。




 重力を司る神

 某魔法学校のような服装をしており、懐に入る位の短い杖を持っている。実力的には上の下くらいであり、普通に強い。が、クレアとバルガスの融合魔法によって蹴散らされた。




 クレア&バルガス

 リュウデリアが縛りの神によって世界樹の根元から動けていない事に気が付いて助太刀をした。融合魔法は初めてだったが、自分達ならば問題ないだろう精神でやった。普通は狙っても出来ない超高難度の魔法。




 融合(ゆうごう)魔法

 完全に息が合っていないと出来ない、魔法の合体であり融合。その難しさは極まっており、やろうと思って出来るものではなく、融合魔法をやろうとして生涯を掛けても出来なかった者がいるくらい。超高難度魔法とされている。




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第78話  乱入

 

 

 細胞の劣化に伴う、人間などが切っても切り離せない生きていくことが出来る制限時間……寿命。それが超常的存在である神にもあるのか?答えは是である。神にも寿命というものは存在している。ただし、神は普通の生物とは異なっており、命という部分についても地上の生物とは大きくかけ離れている。

 

 地上の生物ならば老いていくが、神に老いはなく、見た目が年老いていくかは自身で決めることが出来る。なので老人の見た目をした神も存在しているのだ。そして一番の特徴は、神はある程度の年月を生きると、その肉体を消滅させて新たな肉体を生誕させる。その際には記憶も受け継ぐのだ。

 

 古くなった肉体を捨て、新たな新しい肉体を手に入れる。謂わば交換という認識だ。だがそれでも、それこそ寿命が尽きるというものであり、死んだと判断することが出来る。そしてその寿命は、神によって個体差はあれど、数万数十万という感覚がある。人間が平均で80まで生きられるという話で、神は数万年生きるという事になってくる。しかもそれで終わりではなく、最後までの記憶を受け継ぐ。死んだようで死んでいない。それこそが神。

 

 しかし、空間の神であるカオラスは違った。相手をしているリュウデリアを、擬似世界で斃す為に、純黒を別の空間へ飛ばしてある意味消滅させる為に、己の命を削っていた。制約として己の命を差し出すことにより、空間の権能は恐ろしい力を発揮していた。それを重ね掛けすることで、無理矢理純黒の壁を突破する。

 

 ならば命を削りきったとしても、また記憶を受け継いで新たな肉体を手に入れるのだろうと思われるが、違う。カオラスは、本当の意味で己の命を削っていた。簡単に言うならば、命を使い切れば、訪れるのは完全消滅だ。空間の神という役があって新たな神が生まれようと、それはもうカオラスではないし、前の記憶も持っていない。

 

 リュウデリアの純黒によって殺されれば根底から殺されて完全消滅するが、命を削って権能を使い過ぎても完全消滅してしまう。まさに命を賭けた戦いであった。

 

 そこまでする以上、最高神デヴィノスに忠誠を誓っているのかと問われれば、そうではないと答えるだろう。四天神は何も、神の中で実力が最高位で強いからと定められただけではなく、神界の秩序を守る為にも存在している。無限に続く世界だからこそ、反乱因子という者が存在し、それらから他の力を持たぬ神を守るのだ。

 

 つまるところ、カオラスは神界に来て何の罪も無い、力を持たぬ神を殺したリュウデリア達を敵と定め、この場で斃そうとしているのだ。例えそれが、大切な者を攫っていき、報復と奪還の為に来ているのだとしても、神に敵対するならば四天神として摘み取らねばならない。

 

 

 

「どうしたッ!!最早賭ける命が尽きるのかッ!?ならば疾く死ねッ!!お前だけに時間を掛けている暇は無いッ!!」

 

「く……っ!!」

 

 

 

 神のために戦う神。侵入者を甚振って殺せと命令をしてきた最高神デヴィノスは、個人的には好きではない。最高神らしく神界を見守り、時には運営している存在ではあるが、性格が気に入らなかった。だとしても、自身は戦う。例え招集が無かったのだとしても、危険を察知して自らやって来たことだろう。

 

 純黒なる魔力で形成した槍を、リュウデリアが投擲する。豪速で飛来する槍に当たれば侵蝕されていくか、心臓を刺し貫くか、だから権能を使って壁を創り出し、削っていく。だが槍に籠められた魔力が膨大で削りきれず、急いで横に避けたカオラスの数寸横を突き抜けていった。

 

 異空間に跳ばして削る、命を使った空間の権能を、純黒が上回り始める。原理を理解されてしまった。頭の回転が早く、少ない情報で答えを導き出して徹底的に突いてくる。なんと厄介な黒龍なのだと小さく嘆息した。

 

 最初はこちらが押していて優勢だった。これまでに権能を無効化してきた純黒なる魔力を削って、触れるだけでも致命傷な球を飛ばして、近付けさせず追い詰めていっていたのだから。しかし防戦一方にはさせても攻めきれず、リュウデリアに考える時間を与えてしまった。

 

 近接が得意ではない自身が近付いて、純黒なる魔力をその身で受けて侵蝕されてしまえば、権能で命を削りきるよりも早く殺されてしまうだろうから、近付くという選択肢が取れず、必然的に遠距離攻撃が主体となっていた。しかしリュウデリアも気が付いたのだ、魔力の密度を上げれば削るまでに時間が掛かると。

 

 結果として、純黒なる魔力をも削っていた不可視の空間ごと削る球は障壁によって軌道が把握され、向けられる魔力で形成されたものは、壁を創り出して防御しても、削りきるより先に突破してきてしまう。それにより、リュウデリアの防戦一方から、攻防が拮抗していたのだ。

 

 一方のリュウデリアも、カオラスに近付くことはしなかった。万が一空間ごと削る球が当たってしまった場合、恐らく魔力で護っている肉体を削ってくるだろうからだ。ほぼ零距離でも避けられるだけの反射神経は備えているが、その万が一を引いて、こんなところで倒れでもしたらオリヴィアの奪還は困難を極めてしまう。それこそ避けねばならない。

 

 遠距離攻撃が主体となりがちになっていた四天神との戦いは、ここまで来ても変わらなかった。それでも勝てるならば構わないと受け入れている。最早、魔力を温存して致命傷を受けずに斃せればそれで良いのだ。故に、今まで魔力を槍を形成して、1方向からの攻撃にカオラスを慣れさせていた。チマチマとしたつまらない攻撃をし続けていたのは、この戦いを終わらせるためだった。

 

 右手の親指と中指を合わせて、指を鳴らした。パチンという音が戦場に似合わない音となり、小さくも響く。それを起点に発動されるのは、数々の純黒の魔法陣。空中にカオラスを取り囲むように展開された魔法陣の数は150。1つ1つが魔力を収束し、純黒の光線を撃ち放とうとしていた。

 

 

 

「──────ッ!?しまっ──────」

 

「──────死ね」

 

 

 

 高い音を鳴らしながら魔力の収束を終わらせ、純黒の光線がカオラス1柱だけを狙って向かっていく。権能を使う暇は与えない。速攻の魔法。一撃でも当たればカオラスは確実に消滅して死ぬことだろう。それが解っているから焦りが顔に出た。確実に当たる。態々この時を狙って撃ち放ったのだから。

 

 しかし、純黒の光線が当たることはなかった。擬似世界に亀裂が入る。いや、亀裂というのは語弊があるのだろう。突然虚空にて斬り裂かれたような裂け目が生まれたのだ。純黒の光線がカオラスに向かっている中、リュウデリアは遅緩した世界で裂け目から何かが入り込むのを見た。

 

 ソレは遅緩した世界でも残像を残す速度で動き、一直線にカオラスの元へ向かい、その場から連れ去っていった。標的を失った純黒の光線は地面に着弾して爆発を伴いながら砂塵を巻き上げた。150の膨大な魔力を収束させて放った事で、砂塵が晴れた後に見える地面は底が見えないくらいの穴ができていた。

 

 しかしそんなことよりも、リュウデリアが気になっているのは突如生まれた裂け目から入り込んだ何かだ。ソレが後少しで殺せたカオラスを攫ってその場を退却し、被弾を防いだ。動いていた速度からして相当な者だろう。気配も強かったので、直感で最後の四天神であると結論付ける。

 

 まさか一対一という状況を作り出すこの空間に入り込むとは……と、考えていたその時、晴れていない砂塵の中から影が1つ飛び出てきた。尋常じゃない速度だ。離れていたリュウデリアとの距離を瞬く間に詰めて至近距離まで近付いてきた。

 

 

 

「──────シッ!!」

 

「…っ……ぐっ!!」

 

 

 

 砂塵から姿を現したのは、侍が着る袴を履き、上半身は何も身につけておらず、鍛え抜かれた肉体が露わとなっている、左の腰に刀を差している男の神だった。右脚を大きく前に踏み込んで姿勢を低く取っており、見下ろすリュウデリアと目が合った。鋭い目付きで見上げてくる。顔の殆どに影が落ちていて、目が妖しい光りを発しているのを幻視した。

 

 半身となって腰を落とした低姿勢のまま、右手を刀の柄に手を這わせ、右手で鯉口を切って鎺を覗かせる。今度は右手でしっかりと握り込み、鞘の中で刀の刃を滑らせて抜刀。リュウデリアの首を両断するつもりで振り払った。

 

 上体を反らして辛うじて回避する。鱗に刀の鋒が触れて火花を散らす。左下から右上へ振り払った刀。リュウデリアにとっては初めて見た武器である刀と剣術であり、解らない以上警戒した。それに刀からは嫌な気配がするのだ。故にその場から後方へ跳び引いた。

 

 そこへ侍のような神が、鞘を持っていた左手を刀の柄に持っていて両手で握り込み、前に距離を付けながら袈裟に振り下ろした。刀の鋒が地面に触れるか触れないかという距離でピタリと静止し、その場から更に動くことはなく、息を吐き出した。

 

 後ろへ距離を取ったリュウデリアは、足跡で獣道を作りながら着地し、ぱたぱたと赤黒い血を地面に溢して染めた。左肩から右脇腹に掛けて大きく深い裂傷がある。距離を詰められたことで引いても間に合わず、純黒の鱗諸共肉を斬られたのだ。途轍もない切れ味に大きな傷を見ながら目を細めてから、前方に居る刀を持った神に視線を向けた。

 

 刀を持った神は、刀身に付いた血を見て、適当に振って血払いをし、鞘に納刀した。そして右脚を出して腰を落とす。このあとの攻撃が速いということを、リュウデリアは把握した。硬度の高い純黒の鱗を何でもないように斬ったことから、カオラスの球同様これ以上攻撃を受けてはいけないと悟る。

 

 

 

「助かったぞ、ストラン」

 

「既に四天神の2柱が殺されている。斬り開いて侵入した甲斐があった。お前は私の援護だ。いいな」

 

「了解した」

 

「……チッ。斬る事に特化した権能か?また面倒な……ッ!!」

 

 

 

 斬られる刹那、純黒なる魔力が何かを無効化した感触を考慮し、ストランが斬る事に関する権能を持っていると当たりを付けた。態々自身の権能を晒すつもりはないストランは、リュウデリアの推測に何も言わず、残像も残さない速度で駆け出した。

 

 速さを司る神の動きを見切れるようになったリュウデリアには、ストランの動きが見えた。とても今までの四天神の動きとは比較にならない速度で近付いてくる。しかし、走っている最中に姿を見失った。最初からそこに居なかったようにその場から消えたストランだったが、そんな彼はリュウデリアの背後に現れていた。

 

 気付いた時には背中を斬られていた。熱さを感じる程の炎を肉に押し付けられたような痛みが奔り、ぼとりと何かが落ちる音がした。右半身が軽くなった気がする。そしてその原因を、リュウデリアはすぐに察した。背後に現れたストランによって、右の翼を斬り落とされたのだ。

 

 翼には痛覚神経もあるので激しい痛みに襲われる。声を上げそうになるのを、口を固く閉じることで防ぎ、背後に居るストランに向けて尻尾を振るった。尻尾の先には純黒なる魔力で形成した刃がある。真っ二つにしようとしたのだが、手応えはなく、また姿を消したのだと察した。

 

 空間を司る神たるカオラスの権能を使い、空間と空間を切って繋げる事により、瞬間移動のようなことを実現している。ストランの斬撃は神速なので、跳ばされた先をすぐに察知しなけらば斬られてしまう。神経を集中させると、真上に転移したことを察知し、右腕を振り上げる。完全に入ったと思われるタイミングの拳は、事実ストランの顎に触れようとしていたが、体を捻る神業の避けで回避され、刀を振り下ろされた。

 

 視界の半分が暗闇によって隠された。左側の景色は一切見えず、口の中に鉄の味が広がる。眼を斬られてしまった。ぼたりと血が溢れて滴り落ちていき、着地したストランの気配がまた消えた。今度現れるのはどこだと神経を研ぎ澄ませ、一旦距離を取ったようで前方に居る事を把握する。瞬間、リュウデリアは強く踏み込んで前進し、それが間違いだったとすぐに悟る。

 

 

 

「──────ッ!!…っ……ごぼッ……ッ!?」

 

 

 

「──────隙有り」

 

「はは……流石はストランだな」

 

 

 

 肩に近い左胸。右脇腹。右太腿中央。左脚の脛内側。その4箇所がカオラスの設置しておいた空間を削る球によって削り取られ、風穴が開いた。不可視の球があるところに、リュウデリア自身が突っ込んでしまったのだ。空間を削るので不可視であり、気配も無かった。だから察知できずミスを犯してしまった。

 

 穴が開いたり半円に削られたりすることで動きが鈍ってしまい、その隙を逃すことなく前進し、リュウデリアの胸に刀を突き刺した。刃は背中まで抜けている。体を貫通しているのだ。

 

 口からごぼりと血を吐き出す。半分しか映らない視界の中で、カオラスとストランがまだ死んでいないリュウデリアに警戒を解いていなかった。カオラスだけならばあと一歩のところで殺せたところで乱入され、今このような状況に陥っている。血が抜けすぎて目眩がする。胸が熱い。いや、体中が熱い。

 

 ストランは心臓を狙って一突きをし、完璧に捉えたと思っていた。地上の生物は心臓を穿たれれば例外なく死ぬ。故にこの戦いも終わりだと。しかし不自然な事が1つ。抜けないのだ、刀が。胸を貫いた刀が全く動かない。引き抜こうとしてもビクともしない。そうして抜こうとしている間に、リュウデリアの気配が変わり、莫大な魔力が擬似世界を軋ませた。

 

 

 

「俺の征■道を塞ぐ塵芥■情■図に乗る■ァッ!!殲滅■て皆殺しに■てや■ッ!!塵■の痴れ者■がァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「な……っ!!空間が壊れていくだとッ!?」

 

 

 

 3度目となる擬似世界への拘束。斬られたことによる右翼の欠損。刀に貫かれた胸。風穴の開いた肉体。過ぎていく時間。連れ攫われたオリヴィア。これでもかと邪魔をしてくる戦いの神々。積み重なっていく怒りがこの時に爆発し、耳を劈く咆哮を上げた。

 

 すると擬似世界全体に大きな罅が入っていき、自壊を始めてしまった。まさかリュウデリアによって壊されたのかと思う四天神の2柱だが、実のところは外に居る縛りの神がクレアとバルガスの融合魔法によって殺された事により、権能が維持できず壊れているのだ。

 

 ストランはリュウデリアの胸に突き刺さった刀を諦めて、カオラスの元へと下がっていった。擬似世界が完全に砕けて2柱と一匹は空中に放り出される。

 

 

 

 

 

 

 自由落下を開始した中で、カオラスとストランが見たのは、此方に向かって怒りと殺意以外の感情を宿していない右眼で睨み付けてくる、リュウデリアの姿だった。

 

 

 

 

 

 






 四天神・剣の神ストラン

 権能は斬撃。刀でなぞったところが『斬った』ことにすることが出来る。しかし純黒なる魔力でそれは無効化されているので、直接斬っている。

 鼠色の袴を履いて上半身は裸。服による防御は一切考えていない。剣の神なだけあって剣術が神がかっており、腰に差している刀は神器。リュウデリアの鱗を斬り裂くだけの切れ味を持っている。

 カオラスが制約として命を削っているのを感じ取り、それだけのことをしなければ斬れないと判断して自身も命を削っている。だから体を覆っている純黒なる魔力と拮抗し、切れ味と技術で斬った。




 空間の神、カオラス

 危なく消し飛ばされるところをストランによって助けられ、攻めきれないのでサポートに回る事にした。空間と空間を繋げて瞬間移動のようなことをしてストランを跳ばす。そして空間を削る球を飛ばすのではなく、設置する方式にした。作戦通りにリュウデリアに多大なダメージを与えることに成功する。




 リュウデリア

 とんでもなく強い近接タイプが来て、斬撃を見舞われる。鱗をものともせず斬ってくることに内心感嘆としており、同時に危険だと判断している。右翼が斬り落とされたのは痛手だと思っているが、飛ぶだけならば魔法でも出来るので問題ない。

 四天神を同時に相手にしなくてはいけないという、あるかも知れない可能性を引き当ててしまい、少々マズいと思っていた矢先、蓄積していた怒りが溢れ出てしまった。





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第79話  頂上到着

 

 

 

 

 

「俺の征■道を塞ぐ塵芥■情■図に乗る■ァッ!!殲滅■て皆殺しに■てや■ッ!!塵■の痴れ者■がァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 蓄積していった心へのストレス。つまりは怒り。それが四天神のカオラスとストランの攻撃によって溢れ出し、体から内包する莫大な魔力の一端を放出して咆哮した。

 

 

 

 力ある神、四天神の2柱は刮目して見ることとなる。地上に住む龍の、最強たる所以となる御業を。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!」

 

 

 

「くっ……この威圧感は……ッ!!カオラスッ!!私も連れてあの龍から距離を──────」

 

「──────かはッ!?」

 

「カオラス……ッ!?」

 

 

 

 擬似世界から脱出し、地に着地したストランは、解き放たれた魔力とがらりと変わったリュウデリアの気配に悍ましい何かを感じ取ってその場から一旦離脱するため、声を張り上げながら指示を飛ばさそうとして、隣に居たカオラスを肉薄にして腹部に右拳を捻じ込んでいるリュウデリアを見た。

 

 速過ぎた。擬似世界での動きならば自身の目にも捉えられていた。なのに今度は見えなかった。一瞬でカオラスを殴り飛ばしたリュウデリアは、残った右の黄金の瞳を妖しく光らせてギラつかせながら、その場から跳躍して吹き飛んでいったカオラスの後を追い掛けていった。

 

 ストランに斬られた傷口から血が溢れている。跳躍して飛んでいる空中では溢れた血が置いて行かれ、行き場を失って地面に落ちていった。カオラスは吹き飛ばされている最中、消し飛んでいるのでは?としか思えない、感覚の無くなった腹部を押さえてごぽりと血を吐き出した。

 

 残像すらも捉えられず、何時の間にか拳が捻じ込まれていた。リュウデリアの体に風穴を開けた空間ごと削る球を設置する暇も無く、そして空間を繋げた転移をするのも間に合わず、無防備な状態で殴られた。

 

 あと一撃でも受けたら指先1つ動かせなくなる。それだけのダメージをたった一撃で貰ってしまった。やはりあの龍に近接は仕掛けなくて良かったのだと、自身の判断が間違っていなかった事を確信した。そしてそんな時、視線の先にリュウデリアが現れた。跳躍だけで追い付いたのだ。

 

 怒りと殺意しか宿っていない黄金の瞳と視線が合った瞬間、カオラスの心の中には殺されるという思いしかなかった。自身は殺され、相手は殺すことしか眼中にない。それを察してしまったと同時に、リュウデリアが人差し指を向け、その先端から小さな純黒の球体を形成して放った。

 

 

 

「──────『第■の疑■的黒■太■(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』」

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 飛んできた小さな純黒の球体が着弾すると、黒き太陽を顕現させた。大地を捲き込みながらドーム型に灼熱の魔力が広がり、後のその場には丸いスプーンで抉った後のような大きなクレーターが出来上がっていた。それを()()()確認したカオラスは、受けていれば塵も残らないとゾッとした。

 

 

 

「何なんだ……あの龍は──────」

 

 

 

「──────『動くな』」

 

 

 

 カオラスは魔法が当たらなかったことへの安堵からホッとした気持ちになっていた。しかし次の瞬間には体は一切動かなくなる。振り返る事も出来ず、腕や脚はおろか、眼球すらも全く動かなかった。この力は見覚えがある。同じ四天神であった言葉の神が使っていた権能だ。そんな、そんなことがあるのか……?頭の中で驚愕と疑問を抱く。

 

 やったのは確実にあの龍だ。このまま動かない状態でいれば殺される。しかし動かないのは体だけ。肉体とは関係無い空間を司る権能は使える。カオラスは声がした背後に向けて、空間を削る球を創造して撃ち放とうとした。だがそんなことをむざむざ赦す相手ではない。

 

 

 

「──────『権能の使用を禁ずる』」

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 一言だ。たった一言で権能は使えなくなった。命を削った権能は純黒に対抗できる筈だった。だがそれは少し前の話。今ではもう、カオラスの権能の純黒に一方的に呑み込まれて塗り潰される。拮抗は赦さない。赦してくれない。全ては彼の思うがまま。

 

 もう少しで斃せると思っていたが、そんなことはなかったのだ。相手は何なのかはもう……神である自身にすら解らなかった。動くことも出来ず、声を発せられず、権能すら機能しない。戦場の案山子そのものと化したカオラスは、純黒の業火に焼き尽くされる。焼ける痛みを味わいながら、逃げることも足掻く事も出来ず、完全消滅をした。

 

 四天神の1柱、空間の神は死んだ。神界に戻ってきた事で戦いの神も囲い込んでいたが、数多く居た彼等は、何時の間にかリュウデリアによって燃やされて死に絶えていた。ストランは何が起きているのか把握しきれていない。四天神が次々と殺されていくので助太刀に入り、追い詰めていると確信していた。だが今やこの有様だ。

 

 周囲には戦いの神など1柱も居らず、居るのは自身とリュウデリアだけ。自身は傷を負っていない。武器である刀を取られただけだ。それに対してリュウデリアは全身切り傷やら削られているところだらけで、右翼と左腕が無い。どう考えても優勢を取れるダメージ差だ。なのに何故だろう。勝てる未来を想像することが出来ない。

 

 カオラスを殺し終えたリュウデリアが、50メートル程先に降り立つ。背後には世界樹があり、背を向けて向かって行けば目的の場所へ辿り着ける。なのに彼は、踵を返す様子も無く、ゆっくりと胸に突き刺さった刀に手を掛けて引き抜いた。

 

 刀身が、柄が、鍔が、神器の刀が彼の手の中で純黒に侵蝕されて染められていく。純黒の刀に変えられ、それを上に持ち上げて構えた。刀で武器な以上、使うために存在するのだから、リュウデリアが上段に構えても何らおかしいものではない。なのに何故だろうか。その姿に、気配に、寒気が止まらない。謎の恐怖で脚が竦んで動けないストランに、一刀の元振り下ろされた。

 

 

 

「──────死■て■い改■ろ」

 

 

 

「お前は……いっ……たい………──────」

 

 

 

「──────ッ!?ッぶね!?」

 

「──────ッ!!斬れる……ところだった……ッ!!」

 

 

 

 刀は、振り下ろし終えると同時に、刀身に罅を入れながら粉々に砕け散った。人が造り使う人器と比べて圧倒的に壊れない耐久性を持つ神器が、リュウデリアの一刀の強さに負けて砕け散る。純黒で補強までしていたというのに、この有様である。そして振り下ろされたことで、刀から放たれた斬撃は、絶大な威力を見せつけた。

 

 純黒の薄い斬撃による光りが一直線に伸びていた。無限に続く神界故に、龍の視力を以てしても捉えきれない地平線の彼方まで純黒の衝撃波は飛んでいき、その高さは見上げなくてはならない遙か数千メートルにまで及んだ。直線上にあるものは、何の抵抗も無く両断した。岩も木も神獣も神も黄金の鎧も何もかも。

 

 そして直線上にはクレアとバルガスまでも居た。ゾクリとする何かを感じ取って間一髪回避した。自分達を囲んでいる戦いの神は避けきれずに数百ばかり両断されたが、純黒の斬撃による光りで、リュウデリアの仕業であることは知っている。故に、何とふざけた威力のものを飛ばしているんだと嘆息する。

 

 ストランは涙を流していた。恐怖に負けたからではない。最後の光景に、リュウデリアの一刀を見ることが出来たからだ。左腕が無く、体には穴が開き、体には幾つもの裂傷があって尚、その動きは滑らかで、力強く、そして強かった。こんな者が居るとは思わなかった。惜しむらくは、彼も剣術を修めていて欲しかった。その思いが最後となって意識は暗闇に呑まれ、体は正中線で縦に両断され、絶命した。

 

 

 

「……っ……ごぼッ……待っていろ……オリヴィア。あと少しだ……」

 

 

 

 四天神を全て殺し、溢れ出た怒りが治まったリュウデリアは背後へ振り返って上を見上げる。真下からでは到底頂上が見えない高さを持つ世界樹。その天辺に、彼の求めるオリヴィアは居る。囚われている。連れ攫われている。

 

 斬られた傷から大量の血が流れ、向こうの景色が見えてしまう体に開いた風穴からも、血が溢れ落ちていく。それらを無くなった左腕同様凍らせて塞いでおく。口からもばちゃりと赤黒い血を吐き出すが、右腕で雑に拭ってからその場にしゃがみ込む。

 

 所々半円に削られている脚を力ませると、無くなった筋肉の部分が激痛を奔らせるが、唸り声も上げずに跳躍した。数百メートル跳んで、そのまま魔法で空を飛ぶ。翼は右側のものが斬り落とされているので使えないのだ。

 

 血を流しすぎた事で、視界が少し霞んでくる。体のあちこちが痛くて、痛みが強すぎて明確にどこが痛いのかすらも解らない。有ったはずの左腕の右翼が無いのは違和感しかなく、この状態で最高神とやらに勝てるのか自問自答したくなる。だがしない。オリヴィアを取り返すと決めたのだから。

 

 空を飛び続けて数分後、リュウデリアは巨大な宮殿が建てられている世界樹の頂上に降り立ったのだった。少し心許ない足取りではあるが、それでも一歩一歩確実に、オリヴィアの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────このっ!!」

 

「もう!誰か此処から出しなさいよっ!!」

 

「これだけやって傷一つ付かないわね。押しても引いても駄目。もしかしてまた外から施錠されているのかしら」

 

 

 

 宮殿の中の、とある一室では酒の神レツェル、料理の神リーニス、智恵の神ラファンダの3柱……オリヴィアの友神達が黄金の扉に向けて椅子であったり、壊した最高神デヴィノスを模した像の欠片を投げ付けていた。オリヴィアが連れて行かれたというのに、自分達は同じ場所へは連れて行かれず、こうして待機させられていた部屋に閉じ込められていた。

 

 オリヴィアが心配だ。それ以上に今何が起きているのか解らない。宮殿内が慌ただしくなって数時間。レツェルもリーニスもラファンダも、扉の向こうから聞こえてくる微かな声を聴いて判断するしかないのだ。

 

 黄金の扉は硬くて、何をぶつけても傷一つ付かない。押しても引いてもビクともしないのだ。窓はあっても、何者かによって鉄格子が創造されて取り付けられている。まあ犯人は最高神のデヴィノスなのだが、それを知れば3柱は怒り狂う事だろう。

 

 元々、オリヴィアが神界に戻ってくる事になったのは、自分達の所為なのだ。友神であると解るなり問答無用でこの宮殿に連れて来られて監禁され、それをオリヴィアに見せて脅しを掛けることで、こんな事になっている。気になる奴が出来たから神界から出て行くと言って少し。ガールズトークをすれば、気になると言っていた相手にベタ惚れで幸せそうな表情をしていた。

 

 誕生した瞬間からあまりの美しさを体現した美貌に、綺麗な体の曲線美。それに反応しない男神は居らず、数多の求婚を受けたが、終ぞ首を縦に振ることはなかった。それに彼女は、モテるのにそれを鼻に掛ける事はなく、話し掛ければ返してくれて、こうして仲の良い友神にもなれた。

 

 オリヴィアはとても良い子なのだ。話を聞いてくれるし、相談にも乗ってくれる。喋っていると楽しくて、4柱で話していれば話題が尽きなくて困ったものだ。そんな彼女を、美貌だけで妃にすると宣い、無理矢理迫ろうとする最高神が憎い。全て自分の想うがままだという思考回路がクソほど嫌い。率直に言って死んで欲しい。

 

 3柱はどうにかこの部屋から出て行こうとして、悉くを失敗を終わらせて肩で息をついていると、外が更に騒がしくなった事に気が付く。そして、ばごん……と、扉が音を立てた。外から何か強い衝撃を受けたようで、驚いた3柱は後ろに下がって肩を寄せ合い、武器になりそうなものを手に取った。

 

 

 

「なに……?なんなの……?」

 

「この音……もしかして扉を叩いてる……?」

 

「叩いているんじゃなくて、これは殴っている音じゃないかしら。気をつけて、何が来るか解らないわよ」

 

 

 

 ばごん……ばごん……と、大きな音が響いて、あれだけ傷一つ付けられなかった黄金の扉が拉げて壊れていく。相当な力だ。一体誰がやっているというのか。緊張しながら肩を寄せ合って固まる3柱を余所に、最後の一撃が加えられて黄金の扉が折れ曲がり、強引に外された。

 

 黄金の扉を破壊して現れたのは、純黒の存在だった。知恵の神であるラファンダは眼鏡を指で押し上げながら目を細めて、その存在が地上の龍であると理解し、耳打ちでリーニスとレツェルに教えた。そして、純黒の存在改めリュウデリアが、一目瞭然で傷だらけであることに気が付き、ある推測が頭を過った。

 

 まさか、此処に来るまでに戦ってきたというのか。最高神が住まうこの宮殿は不埒な輩が近付かないように、許可無き者が来ようとすれば四天神が黙ってはいない。なのにその四天神の姿は見えない。つまり……この龍は四天神すらも倒して此処まで来た?と。だが何の為にそんなことを……。

 

 

 

「──────オリヴィア……オリヴィアは……此処に居ない……か……」

 

 

 

「……ねぇ、リーニス、ラファンダ。もしかしてオリヴィアが気になってる相手って……」

 

「格好良くて、でも可愛くて、ものすごく強いって……」

 

「それに、オリヴィアは人間とも何とも言ってなかったわね……。感じからしてオリヴィアを探しているし……恐らく思っている通りだと思うわよ」

 

 

 

 部屋の中に入って、潰れている左目が見れない死角を補う為に、首を回して右眼で部屋を見回してオリヴィアを探している。気配で探そうにも、途轍もなく巨大な気配に紛れて何処に要るのか特定出来ていないのだ。

 

 ラファンダ達は、リュウデリアがオリヴィアの話していた相手なのだと確信した。まさか人間ですらなかったとは思わなかったが、確かに話していた通り強いようだ。いや、強すぎる。四天神を倒して此処まで来るのは、地上で住む生物として異常な強さだと言ってもいい。

 

 敵ではないということは解った。扉も壊してくれたので外に出て行くことが出来る。だが3柱はすぐに出て行くことはしなかった。彼女達の目的もオリヴィアであり、デヴィノスが玉座の間に連れて行ったことは知っている。

 

 こんなボロボロの龍を、確実に消しに来るだろうデヴィノスの元へ連れて行くのは忍びないが、案内してあげようと一歩踏み出すと、見回していた顔をこちらに向け、右眼でギラリと睨み付けられた。気配が殺伐としたものへと変わり、手が震えて嫌な汗が額に流れた。でも、敵ではないと示す為に両手を上げて膝を床についた。

 

 

 

「大丈夫よ、私達は敵じゃない」

 

「私達はオリヴィアの友達。だから此処に監禁されていたの。扉を壊してくれてありがとう」

 

「そんなあなたにお願いがあるの。私達がオリヴィアの居るだろう場所へ案内するから、一緒に連れて行って。……お願い。オリヴィアは私達の大切な……大切なっ……友神なのよっ」

 

「……っ……ぐぶっ……ごぼっ……はぁ……はぁ……嘘は……ついていない……か……はぁ……()()()()()……さっさと……案内しろ。変なことをすれば……お前達は殺す」

 

「えぇ。それで構わないわ。……ほら、私達に掴まって?支えてあげるから」

 

 

 

 グラグラと揺れて歩いているリュウデリアを心配してラファンダ達が傍によって肩を貸したり、支えたりする。その時に、体が傷だらけなのを目にした。遠目からでも解るのに、近付くと更に傷だらけであるし、凍っているが大きな裂傷、良く見れば穴も開いている。知恵の神であるラファンダは、その傷と焦点が合っていない右眼を見て、悲痛そうな表情をした。

 

 きっと、この龍は限界に近い筈だ。なのに、地上で突然に攫われたのだろうオリヴィアを取り戻すために、此処まで来た。それは他の2柱にも伝わったのか、少し顔を伏せて目尻に涙を浮かべた。そして、リュウデリアを支えながら部屋を出ると、通路の惨状に息を呑む。

 

 宮殿に仕えている神達がそこらに転がって死んでいた。血塗れになり、流れた血が通路の床を赤黒く染め上げており、壁や天井にも血飛沫の後がついていた。武器を持つ神も関係無く、死体となって転がっている。それも完全に死んでいる。復活もしない。そんなことがこの龍には出来るのだと、支えている存在が巨大なものに思えてきた3柱は、出来るだけ死体を踏まないようにしながら、玉座の間を目指した。

 

 

 

「あと少し……あと少しでお前のところに辿り着くぞ……オリヴィア」

 

 

 

 ラファンダ、リーニス、レツェルに支えられながら、通路を歩いて玉座の間を目指すリュウデリアの視界はうっすらとぼやけ始めている。痛覚も麻痺しているようで痛みもそこまで感じなくなってきてしまった。

 

 

 

 

 

 だが、そんな彼の瞳にはやはり殺意と怒りが渦巻いており、それが向けられるのはデヴィノスであり、戦いは最終決戦へ突入しようとしていた。

 

 

 

 

 

 






 ラファンダ&リーニス&レツェル

 オリヴィアの友神であり、部屋に閉じ込められていた。窓はデヴィノスによって鉄格子が嵌められ、どうやっても出て来れなかった。だがリュウデリアが扉を力業で壊したので、彼を支えながら玉座の間を目指している。

 オリヴィアが気になる相手は強いと聞いていたが、いや……流石に強すぎでしょ!?ってなった。

 因みに、支えてあげようとしたら手を弾かれてしまって拒否されたが、倒れそうだしオリヴィアの想い人ならぬ想い龍なので無理矢理支えにいった。




 リュウデリア

 四天神との戦いでかなりのダメージを受けている。戦いの中で言葉の神が使っていた権能に似たものを魔法で再現している。血を流しすぎたので頭がクラクラするし痛みもそこまで痛く感じなくなってきているのは自覚している。

 ストランに刀を振り下ろす姿が洗練されて美しいと称されたが、リュウデリアはストランの動きを模倣していただけなので、自画自賛したようなもの。





 クレア&バルガス

 戦っている最中にとんでもなくヤバい気配を感じ取って回避したら、リュウデリアの斬撃が飛んできた。当たったら流石に両断されてたと察している。それと同時に怒気などが伝わってくるので、ブチギレてんなぁ……とも察している。



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第80話  出逢い





この作品は『カクヨム』で投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



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 私は“出逢い”というものを求めていなかった。

 

 

 

 

 友神からも言われるように、私は生まれたその時から美しかった。それ故か、求婚の話が絶えず、毎日毎日言い寄られる日々。それに嫌気がさして、女神が集まる女神だけの花園に向かい、世話になっていた。

 

 男禁制。男が入ることは一切赦されない、女神だけの場所。男神に乱暴されたとか、捨てられて傷心中だとか、男が苦手だとか、そういった理由のために訪れる者が多いこの場所で、私は神として持つ莫大な寿命を使い切るのだろうと思っていた。

 

 話し掛けられれば話すが、私としてはそこまで乗り気にはなれなかった。つまらないとは思わなかった。しかし特別面白いとも思わなかった。無愛想になっていたかも知れないが、それでも私に話し掛けてくれる女神達は居た。

 

 そしてある日、女神の花園内で散歩をしていた時のことだ。神器の矢が刺さった、兎に似た姿の神獣が居たので近付き、怯えているのを落ち着かせて刺さった矢を抜いてやり、治癒の力を使って治してやった。弱っていたのが嘘のように元気に走り回る神獣を見送って立ち上がると、後ろから声を掛けられる。見たことの無い、3柱の女神達だった。

 

 

 

「ごくッ……ごくッ……ぶへぇぁ……お前ェ、傷を治せンのか~?ヒック……すげーじゃん!!」

 

「治癒を司る神なのね!正真正銘の女神じゃない!滅多に会えないから感激!」

 

「あれだけ元気に走っているのを見ると、痛みも何もかも無くすほどの治癒ってことかしら。すごい力ね。治す速度も一瞬だったから惚れ惚れする時間も無くて残念だったのだけれど」

 

「……お前達は?」

 

 

 

 この時に会ったのが、酒の神レツェル。料理の神リーニス。智恵の神ラファンダの3柱で、これからも仲良くする友神達だった。初めて会った時はそんな大した事をしている訳でもなかったが、彼女達との交流はこの後も続き、4柱で遊んだり、リーニスに料理を教えてもらったり、皆でレツェルのオススメだというお酒を飲んで酔ったり、ラファンダ主催の勉強会をしたりと、楽しんだ。

 

 出会って2000年位が経った頃、日々求婚を申し込んでくる神々を適当にあしらい、友神達に守ってもらったりしながら、女神の花園に居ると、他の女神達が恋愛の話で盛り上がっているのをつい聞いてしまった。やれ、顔が良くて好みだの。やれ、逞しくて抱き締められたいだの。熱い口づけをして欲しいだの。聞いていれば、それはもう楽しそうに話していた。

 

 

 

「……接吻(キス)……か」

 

「あらあら、なーに?オリヴィアも気になっちゃってるの~?」

 

「いや……私はそんなことを考えていた訳じゃない。どうしてそう、気になる相手が出来るのかと思っただけだ」

 

「ンッフフ……そんじゃ私がオリヴィアの初めての相手をしてあげま──────痛いっ!?」

 

「酔っ払いは黙って水を飲んでいなさい。それにしても、オリヴィアは本当に恋や愛に興味が無いのね。男神は嫌?だったら偶には地上を見てみるのはどうかしら。女神が人間やその他の種族と愛しあったという話もあるのだし、若しかしたら見つかるかも知れないわね」

 

「ラファンダはむっつりスケベだから他者の交わっているところをガン見──────痛ぁい!!」

 

「殴るわよ、酔っ払い」

 

「もう殴ってるって!?」

 

「まーまー、ラファンダもレツェルもその辺にしておいて、今はオリヴィアの話でしょう?……あ、私良いこと思い付いたから来て、オリヴィア!」

 

「えっ……ちょっ……っ!」

 

 

 

 リーニスに手を引かれて向かったのは、女神の花園のとある場所で、色とりどりのバラに囲まれた庭園みたいな場所だった。そこで優雅に飲み物を飲んで手鏡を見ている女神が居て、何でも遠見の女神という者らしく、遠いところの光景を見ることが出来て、それを池の水の表面だったり、鏡だったりと、景色を反射させることが出来るものに映し出すことが出来るそうだ。

 

 リーニスはその女神と知り合いで、私が地上を見ることが出来るように掛け合ってくれた。すると手に持っていた手鏡を渡して、表面に触れて動かせば景色も変わるように設定もしてくれた。気が済むまで使ってくれていいということだったので、私は礼を言って早速地上を覗いてみることにした。

 

 恋をしてみて欲しいとリーニスに言われて手鏡を眺める日々が始まり、見えてくるのは人間の生活や大自然。他の種族の文化や過ごし方といったものだった。しかしやはり私が好ましいと思うものは無く、単なる暇潰しの道具と化していた。遠見の女神には悪いことをしたなと思いながら続けていると、ある光景を映し出した。

 

 純黒の龍が空から墜ちていたのだ。翼があって飛べるはずなのに、龍は飛ぶ様子を見せない。飛ばないのか?と疑問に思ったが、察した。飛ばないのではなく、飛べないのだ。生まれたばかりの赤ん坊の龍。捨てられてしまった可哀想な子。だが自然と……私はその純黒を見続けていた。

 

 

 

「……っ!あの高さから墜ちて無傷か。それも両脚で着地するなど……何という肉体をしているんだ。それに姿が普通の龍とは違うな。人間に近い……」

 

 

 

 生まれたばかりで捨てられてしまい、地上に砂塵を巻き上げながら着地した黒龍は無傷だった。偶然見つけた龍とは違う二足歩行の人間に近い姿。なのにベースは龍で、全身が鱗に包まれている。生まれたばかりで何の知識も無く、敵も味方も解らないだろうに……と思っていれば大きな魔物に襲われるが返り討ちにして捕食。空に向かって咆哮する姿は勇ましかった。

 

 私は夢中になって黒龍を見続けた。まだ生後1日目なのに、見上げるくらい大きい木の魔物を屠ってみせた時には熱い溜め息を吐いてしまった。強い。地上で最強の種族と謳われている龍であることを考慮しても、この個体は凄まじく強いだろう。教えられず自身の力で狩りをしている。

 

 自己完結出来てしまうだけの力を持つ、純黒の龍。私は何時しか、他のところの光景なんぞ捨て置き、黒龍の事ばかりを見ていた。大きな木の魔物と戦うきっかけを作ってしまったからと、黒龍に言葉や知識を与えている半透明の精霊も混ぜながら、一日一日をどうやって生きているのかをずっと観察していた。

 

 そして黒龍は精霊から言葉や魔法を教わり、独り立ちしていった。自分の良いと思った場所を探して移り住む。自然に生きる龍らしい生活だった。魔物を狩って食べて、魔法を創ったり、空を飛んで伸び伸びとしたり、自由な暮らしをしていた。しかし黒龍の元に小さな精霊がやって来て、そんな自由の暮らしが一変した。

 

 黒龍を育てた精霊が人間に攫われていたのだ。私は黒龍のことしか見ていなかったから解らなかったが、攫われて痛め付けられて、売られていたらしい。それを知るや否や、黒龍は一日で人間の国3つを地上から消した。圧倒的だった。でも、精霊を助けることは出来ない。

 

 地上には傷を癒す魔法がないらしいと、ラファンダから聞いていた。だから私の治癒の力はかなりの価値が生まれるとも。それで思い付いた。私があの精霊を治してやろう。そうすれば、少なくとも恩神として親しくはないけれど近くに居ることは出来ると。私は急いで友神達に気になる者を見つけたと話し、地上に降りることにした。

 

 近くにゲートを開いて降り立ち、黒龍の傍へ行く。見守ってきたから解るが、最初の頃と比べて本当に大きくなった。逞しくて、勇ましく、それに美しい。純黒の鱗を持つ黒龍。その背中に声を掛ければ、素早く振り向いて私を見る。

 

 

 

「その者の傷──────私が治してやろうか?」

 

「何者だ……お前は」

 

 

 

 これが黒龍……リュウデリアとの初めてのコンタクトであり、()()()()()()だった。

 

 

 

 精霊とスリーシャは私の力で何の後遺症も傷跡すらも残さず治癒した。リュウデリアは賢くて、私が何を求めているのかと問い掛けてくる。無償でやってあげたと言ってもいいが、尚のこと警戒されてしまうだろう。だから、傍に居たいとストレートに言った。期間は定めず、可能な限りずっと傍に居られるように。

 

 リュウデリアは警戒心が強かった。でも、今思えば恩のあるスリーシャを瀕死から救ったということで、そこまでの警戒心は抱かれていなかったのだろう。数百年は掛かるつもりだった警戒心の解しはすぐに終わり、私はリュウデリアと冗談を言い合ったり、一緒の風呂に入ったり、眠ったりすることが出来た。

 

 人間の国に魔導士と使い魔と言って紛れ込み、生活してみて楽しかった。神界では私の容姿に釣られて求婚してくる者ばかりだったが、リュウデリアが創ってくれたフード付きローブのお陰で面倒な声掛けを受けなくて済んだ。

 

 考えてイメージするだけで魔法が使えるローブを貰って冒険者に登録し、金を稼いで自由に生きる。色々な刺激があって、何千年と生きてきて、今程生きていると感じた事は無かった。魔物の大群を相手した時も、治癒という後衛の力を持っているのに、最前線で戦えた。リュウデリアからは戦いの才能があると言われたが、なるほど確かにと思った。とても、楽しいと感じていたからだ。

 

 だが、この一緒に居る生活は長くは続かない事を……私は知っている。新たな私の友達になったクレアとバルガスを連れて、王都の王立図書館に行った時、神のことが書かれている本を読んで最高神の事を思い出してしまった。

 

 最高神デヴィノス。己こそが神の全てという訳の解らない考えを持ち、自己顕示欲と性欲に支配された愚かな神擬き。気に入った女神を最高神の名の下に連れて行き、犯し、屈服させる下衆。死ねば良いのに。

 

 私と会った時も、容姿だけで私を妃にすると言い出し、第一声に死ねと言ってやったことは今でも覚えている。本当に気に入らない。気色悪い。何を言おうと意に返さず、罵詈雑言を浴びようと照れ隠しだと受け取る。頭の中は糞しか詰まっていないんじゃないか?死ね。

 

 最高神はうざくて気持ち悪くて、この世で最も嫌いなクソ野郎だが、力だけは本物だ。神々の頂点であるだけあって、他の神の追随を赦さない。そして、狙った女神はどんな卑劣なことをしようと手に入れる。だから、私とリュウデリアの生活は、いつか終わりが来ると解っていた。それでも、心のどこかではこの生活が永遠に続くと夢見ていたのだ。

 

 

 

「リュウデリア……っ!!」

 

「オリヴィア────────────ッ!!!!」

 

 

 

 そんな夢を儚く散らされて、私は神界へ連れ戻された。友神達を盾に取られてしまえば、もう私にはどうしようもない。神界に置いてきてしまったと言っても、彼女達は私の大切な友達なんだ。見捨てることは出来なかった。

 

 妃とは言っているが、どうせ私を抱くことにしか興味が無い。抱いたら飽きるまで抱いて、抱いて抱いて抱いて抱き壊して、己が満足する言動、行動を強制させる。それが最高神だ。私は奴の性処理のナニカにしかならない。だから、心はずっとリュウデリアに捧げようと心に決めていた。どんなに犯されようが、絶対にこの下衆野郎には笑み1つ浮かべてやらないと。

 

 なのに……リュウデリアは神界に乗り込んだ。それも、クレアとバルガスを連れて。無茶だと思った。相手は神だ。地上の生物では敵いっこない。だから神なのだ。しかし彼等は神々の多くをその手で殺し、リュウデリアに至ってはこの宮殿まで辿り着いたという。クソ野郎は目を細めながら、玉座に座って正面の大扉を見つめている。

 

 仕えている神々の絶叫がこっちにも聞こえてきて、あぁ……向かってくる者を殺しているのはリュウデリアらしいなと、自然と綻んでしまう。本当に好きだ。好きで好きで仕方ない。愛している私のリュウデリア。

 

 放っておいてもいいのに、見て見ぬ振りでも良かったのに、攫われた私のために神界に乗り込み、このクソ野郎の最高戦力である、あの四天神までも斃して向かってきてくれた愛しい龍。

 

 大扉が叩かれる。ばこんと大きな音を立てて、黄金の扉が砕けていく。何度も叩いて無理矢理破壊し、大扉は拉げながら倒れた。愛しいリュウデリアがそこに居る。それだけで私は胸の高鳴りを抑えることは出来ない。だが、そんなリュウデリア……見るも無惨な姿で立っていた。

 

 

 

「リュウ……デリア……っ」

 

「……っ……ごぼ……迎えに来たぞ……オリヴィア。大丈夫だ……お前を泣かせる塵芥は……俺が殺してやる……お前を攫う塵芥も……俺が殺してやる……お前の敵は……俺が殲滅してやる」

 

「そんな……そんな姿になってまで……っ!!」

 

「あと少し……だ……そしたら……帰るぞ……一緒に……地上へ……」

 

「あぁ……あぁ……っ!私も……私もお前と一緒に……っ!!リュウデリアと一緒に帰りたいっ!!」

 

 

 

 左腕が肩から無くなり、自慢にしていた翼も無くなり、右眼は潰れ、全身傷だらけで穴も開いている。口を開けば血を吐き出し、私の友神達に支えられて漸く立っているといった姿だった。このやられようは、恐らく四天神を1匹で相手していたのだろう。クレアとバルガスはリュウデリアを此処へ向かわせるために他の神を相手しているに違いない。

 

 涙が溢れて仕方ない。こんなになるまで、なってまで来てくれた事が嬉しくて嬉しくて。敵には嘲りと殺意を宿す黄金の瞳が、私には柔らかく向けられる。愛おしいものを見る目を向けられて、今すぐ近くに行って抱き締めたい。だがそれを、最高神のクソ野郎が赦さない。

 

 

 

「──────よくぞ此処まで来たな、地上の龍よ。その力は稀有なものであると評し、褒めて遣わす。感涙に噎せて幸福を噛み締めるが良いぞ」

 

「………………………。」

 

「だが……貴様は我の妃に目をつけた。いくら我の妃が美しいからといって、その行為は万死に値する。故に貴様は自害せよ。それで我は貴様のこれまでのことを赦してやろうぞ」

 

「……そうか。お前は──────そこまで死にたいか」

 

 

 

 レツェル。リーニス。ラファンダの支えを振り払って近付き、全身から純黒を放出した。空間が軋み、宮殿が……いや、世界樹も神界の大地すらも揺れ動かしている。何時だったか、魔力は感情の起伏に作用されると言っていた。ならば確かに、これはリュウデリアの純粋な殺意だ。殺意の鼓動に反応して、純黒が総てを呑み込もうとしている。

 

 敵となることを赦さない純黒が部屋を染め上げていく。それを見ながら最高神は目を細め、手の中に出現させた煌めく黄金の槍を持ち上げ、石突で床を突いた。最高神の力の波動が波紋のようになって広がり、私とリュウデリアと最高神だけに作用している。何かをしたと思ったその時……。

 

 

 

 

 

 私達は玉座の間から移動していた。()()()恒星が傍を流れ、眼下に直列した太陽系が広がる、現実ではない虚実にして、現実と変わらない擬似的宇宙空間へと。

 

 

 

 

 

 

 






 女神の花園

 行き場を失ったり、男神から離れたところで暮らしたい、逃げたい、同じ女神と仲良くしたいなど、色々な理由で女神が集まる場所。男子禁制であり、入ることは禁じられている。




 遠見の女神

 別の景色を見ることが出来る女神で、景色が反射するものに、その景色を映し出すことが出来る。日がな一日地上を覗いている。手は出さず、あくまで見ているだけの存在。




 最高神デヴィノス

 頭の中では既にオリヴィアは俺の女状態。なので一緒に居たリュウデリアは、責任を取って嬉々として自害するのが当然という考え。クソ過ぎる。だが力は本物なので現実ではない虚実だけど現実と変わらない、嘘で本物の世界を1つ創造した。縛りの神の権能の完全上位の空間。

 リーニス、ラファンダ、レツェルから中指立てられているのに、照れるとは愛い奴らめ……と思っている。満場一致で死ねと言われていることには永遠に気が付かない。




 リーニス&ラファンダ&レツェル

 リュウデリアに手を振り払われて大丈夫なのかと思ったが、純黒が溢れて危険だと察知してその場から退避した。レツェルは酒を飲むと、完全に酔っ払ったオッサンみたいになる。




 オリヴィア

 本当は来て欲しかったけど、最高神や四天神が居るから無理して来て欲しくないという気持ちが相反している。でも自分のために来てくれているのがやっぱり嬉しい。

 四天神の相手をして此処まで来て、ボロボロの姿を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。指先も冷たい気がする。心配で堪らない。

 実は最初にリュウデリアを見つけた時点で一目惚れしてた。




 リュウデリア

 オリヴィアの敵は全てぶち殺すマンに進化した。なので最高神はぶち殺す。てか、言動がクソウザイので殺す。どちらにせよ殺す。

 求めていたオリヴィアの姿を見ることが出来て、ホッとした。



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第81話  魂の術式展開








 

 

 

 

 

「──────オレはもう……魔力が尽きるぜ……お前はどうよ」

 

「……私も……もう無い」

 

「結局……3時間くらいしか保たなかったな……」

 

「……まだまだ未熟……ということか……」

 

 

 

 殺されて消滅し、新たな神が生まれてすぐに戦場へ送られる……という終わらないサイクルが突然終わり、減らせば減らした分だけ神々が居なくなるという状況になった。理由はリュウデリアがデヴィノスの元へ辿り着いたからだ。クレアとバルガスはこれ幸いと膨大な魔力を使って魔法を発動し続けて、残りの神々を残らず殺し尽くした。

 

 光の粒子となって消えていく殺された神々の骸が、焼け爛れて砕けて抉れて……とても元は自然の緑があった地とは思えない地面に山となっている。それを見下ろして、2匹は互いにニヒルに笑い、握った拳をぶつけ合った。

 

 背後に神のゲートが開かれる。疲労困憊としていて、焼けたり砕けたりしている体が痛い。魔力も尽きて神界に居る事が出来ない。だから神界が異物であるクレアとバルガスを排除するために、地上へ繋がったゲートで呑み込もうとしている。それに抵抗することなく、吸い込まれるように潜っていった。

 

 

 

「……リュウデリア……早く……帰ってこい」

 

「だーい丈夫だろ。アイツの()()()()()勝てる奴は存在しねェ。オレ達は、唯地上で待ってりゃいーンだよ」

 

 

 

 

 先に帰って待ってるぜ。そう言い残して2匹の龍は、神界から完全に姿を消した。鱗は砕け、血は流れ、脳は疲弊し、魔力が尽きようと戦った2匹は、神々を何万柱も殺してみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウデリア。オリヴィア。そして最高神デヴィノスは玉座の間から移動していた。()()()恒星が傍を流れ、眼下に直列した太陽系が広がる、現実ではない虚実にして、現実と変わらない擬似的宇宙空間へと。それは新たな世界の創生と殆ど変わらない力。これこそが神であると言わしめる御業。

 

 現実ではない虚実だけど現実と変わらない、嘘で本物の世界を創造。縛りの神の権能の完全上位の空間。その力に代償は無く、黄金の槍を石突で床を叩いたが、本来はそんな動作すらも必要とせず、やろうと思えば何時でも出来る。

 

 全てが己の思うがまま。最高神は最高神らしく、最も崇高で神々しい存在なのだ。何をしても赦される。神だから。何をしようが当然。神だから。黒を白と言えば白となる。神だから。神。神。神。何よりも優先され、絶対の存在。それが、最高神デヴィノスであると、当然思っている。

 

 何だそれは、ふざけるなと言いたい。だが言えない。彼が最高神であり、それを言わせないだけの力を持っているのは当然であり、存在が絶対だからだ。故に、デヴィノスはリュウデリアを個として見た。少しはやる地上の生物の一匹であると。

 

 

 

「さて、我の妃よ。貴様は上で見ていろ。巻き添えを受けたとなれば仕方ないのでな」

 

「…っ……下衆が……ッ!!」

 

 

 

 オリヴィアの足下から直径5メートル程の恒星がやって来て、無理矢理載せて上空へと運んで行ってしまった。リュウデリアの元へ行きたかったのに、それを知ってか知らずか離れ離れにした。頭の中にあるのはさっさと死ねということだけだった。本当に死ねば良いのにとしか思わない程嫌いだった。

 

 上に無理矢理避難させられて、覗き込んでいるオリヴィアが自身を心配して見ているのだと信じているデヴィノスは胸を張って得意気に鎧を呼び出して装着した。独りでに動いて各々の部分に装置されていくのは、光りが無くても輝くのではないかと思えるくらいの煌びやかな黄金色の鎧だった。

 

 兎に角派手なものが好きで、己が好きなデヴィノスは、一番自身が最高神として讃えられるに相応しいものを造らせた。それがこの黄金に輝く鎧だった。外からのダメージを全て無効化する最高神の黄金鎧。万物を貫く最高神の黄金槍。単独で矛盾を抱えた存在。だが彼が最高神として在るのは、それが原因ではない。

 

 

 

「さて、では地上の龍よ。貴様は我が──────」

 

「──────死ね」

 

「……まったく。我の全てを魅了する美声であるぞ。妨げるでないわ。少し『黙って動くな』」

 

 

 

 声が出ず、指先一つ動かせない。これは言葉の神がやっていた権能だ。気配で権能の行使を感じ取った。嫌というほど身に刻みついているので間違える筈がない。動かない体だが、魔力は別で動かせる。リュウデリアは全身を純黒なる魔力で覆い隠し、言葉の権能を無効化した。

 

 ほう……?と感心した声を上げて見ていたデヴィノスが、今度は指を鳴らして時を停めた。停止した擬似世界の中で、リュウデリアは動く。純黒なる魔力が体を覆っているだけで、権能の効果は一切受けない。これでもダメかと思考し、槍を持っていない方の手で虚空を薙いで爆風を生み出して差し向けた。

 

 前に進んでいる最中に爆風による向かい風に煽られ、前方に魔力障壁を生み出した。風を切って進んでくるのを確認したデヴィノスは、爆風に煉獄の炎と灼熱の雷を混ぜ合わせる。前方から吹き荒れるだけだった風は方向を変え、リュウデリアを囲んで離さない竜巻と為った。

 

 暴風の竜巻が螺旋の力で取り囲み、炎、雷が直接ダメージを与えてくる。そして竜巻の上には山のように大きな氷、氷山が生み出された。デヴィノスはその場から動かず、何かをしている様子も無しにそれだけの事を遣り遂げる。目線は依然として竜巻に巻き込まれたリュウデリアに向いており、創造された氷山が墜とされた。

 

 巻き込んでいた炎と雷を伴う竜巻を掻き消しながら氷山が落ちて衝撃波が迸り、意志を持つが如くとぐろを巻きながら氷が柱を造り出した。近寄るだけで身が凍る冷たさを持つ氷柱は溶けない代物だ。権能によって生み出された。しかし、今更リュウデリアには権能は効かない。ばきりと音が立ち、罅を少しずつ入れ、最後は粉微塵にしながら出て来た。

 

 

 

「よもや我の権能()すらも無効化するか、龍よ。何とも不思議な力よな。しかし我の権能が打ち消されようと、所詮は権能だけだ。我が直接手を下してやろうぞ」

 

「殴り殺してやる……ッ!!」

 

「フハハハハハハハハハハハッ!!ほざけッ!!」

 

 

 

 デヴィノスの権能は明確なものが定まっていない。何かを司っている訳ではないからだ。だが権能は実際使っている。それが意味する事というのが、他の神々と一線を画して最高神と謳われるだけのものなのだ。

 

 神界に君臨する最高神デヴィノス。彼の権能は『全ての権能を使用出来る権能』つまりは『全権の権能』である。彼に扱えない権能は無く、全てを十全に扱う事が出来る。時も空間も炎も水も、概念的なもの、物質を操るもの選り取り見取りなのだ。リュウデリアが権能を無効化することが出来るので致命的な権能は受けないが、その他にとっては絶望だろう。

 

 だが忘れてはいけないのは、どれだけ女が好きで自分勝手で、自己顕示欲に塗れた存在であろうと、彼は神々の頂点に君臨する最高神であるということ。権能を使っただけの戦いだけでなく、近接戦だって行う事が出来る。そしてその腕は、戦いの神を一切触れさせずに封殺するだけのものを持っている。

 

 

 

「……っ……リュウデリア……っ」

 

 

 

 小さな恒星により、上空での観戦しか出来ないオリヴィアは血が出るほど唇を噛み締めた。地上から自身を助けに神界に乗り込み、あの四天神を打ち破り、ボロボロになりながら此処まで来てくれたリュウデリアが、デヴィノスの殴打や蹴り、黄金の槍を受けて更に傷を増やしていく。

 

 神としての格、神格が違いすぎる。普通の神よりも圧倒的に強い神格を持つ四天神。デヴィノスはその四天神と大きすぎる聳えた壁を挟んでいるのだ。権能を主軸とした戦いがメインの、四天神の1柱である空間の神のように近づかない何て事はせず、堂々と近接戦に持ち込んでくる。

 

 デヴィノスの打ち出す殴打は、リュウデリアの顔面を捉えて弾き飛ばす。純黒の鱗に大きな罅を入れると言えば、その威力は窺えるだろうか。単なる拳で鱗が割れる程なのに、腕力の4から5倍の力があると言われている蹴りが打ち込まれれば、彼の鱗は完全にかち割れ、筋肉を断裂させ、骨に罅を入れる。場所によっては耳障りな音を鳴らして折れるのだ。

 

 だが、リュウデリアは全身を純黒なる魔力で覆っている。そんな彼に触れでもすれば、純黒がデヴィノスの殴ったり蹴ったりした四肢へ侵蝕をするのだ。それに気付いた時には、既に拳から肘や膝まで侵蝕されていた。ならば後は時間の問題かと思われたが、何と触れずに独りでに動く黄金の槍が、肩から先を斬り落とした。そしてすぐに腕が再生される。脚も同様に1本ずつ斬り落とし、まっさらな四肢を再生させた。

 

 適度に動かして具合を確かめると、また攻撃を開始する。地上では斬り落としたとしても治す技術が無いので再生何てものが出来るはずがなくらこの方法は有りと有らゆる権能を扱えるデヴィノスだからこそ、出来るというもの。

 

 オリヴィアの心臓は大きく鼓動を刻む。嫌な考えばかりが浮かんできて早鐘を打つのだ。これ以上デヴィノスの好きにさせていれば、いずれリュウデリアは死ぬ。唯でさえ満身創痍だったというのに、これではまるで公開処刑も良いところだ。彼女は懐から誰にも見つからないように仕舞い込んでいた純黒の御守りを取り出し、強く握り締めた。

 

 愛する者を想う女神オリヴィアの目尻から流れた、宝石のように煌めく一粒の涙が頬を伝い、顎に差し掛かって下に落ちる。握り締める御守りにそのたった一つの涙が落ちた時、ふんわりと包み込むような温かさが広がったような気がした。

 

 そしてそんな彼女に御守りが反応して応えたのか、眼下で行われている戦況が変わった。デヴィノスが蹴りを腹部に突き刺して吹き飛ばした。ばきり……と、蹴りを打ち込まれた所の鱗が粉々になり、奥にある肉が潰れて大量の血を流す。ついでに周辺の鱗も罅をいれた。最早ほぼ全身の鱗が割れるか罅が入った状態の彼は、今までのように立ち向かう事もせず、よろりとどうにか立ち上がってその場から動かなくなった。

 

 攻め込んでこない彼に小首を傾げながら、デヴィノスは侵蝕してくる純黒を止めるために四肢を斬り落として再生させ、リュウデリアの次の行動を窺っていた。

 

 

 

「なんだ、龍。貴様はもう終わりか?得意の魔法を見せるが良いぞ。その全てを蹴散らしてくれよう。貴様のこれまでの一切が無駄であったことを教えてやろうではないか」

 

 

 

 無駄。その言葉を使った時に、リュウデリアがピクリと反応した。俯き気味だった顔を上げて、対峙するデヴィノスを見やる。その瞳にはもう殺意や怒りが乗っておらず、何を考えているのか解らない、そんな瞳をしていた。まるで深淵に引き摺り込まんとする瞳だ。何を考えているのか考えれば考えるほど、ドツボにはまってしまいそうだ。

 

 だが、瞳から殺意や怒りが読み取れないだけで、心の中では黒々と荒れ果てている。大切な存在を連れ去り、剰え妃であると宣う目の前の存在を目にして、怒り狂わない方がおかしいのだ。

 

 リュウデリアは負っている多大なダメージを無視して天に向かい咆哮した。最強の種族である龍らしい、地にも天にも響く魂からの咆哮を。そして咆哮を終えると右腕を持ち上げて、デヴィノスに重なるように手を持っていき、握り締める。罅の入った鱗がばきりと鳴って落ちていくのを気にも留めず、彼は言葉を投げた。デヴィノスにも、そしてオリヴィアにも。

 

 

 

「無駄……無駄だと?性懲りも無く、龍のクセに女神を愛し、こうして救いにやって来る事が無駄と言ったか。あぁ……確かに無駄だろうよ、お前にとってはな。だが俺にとっては違う。だから今、此処まで、この場で──────命を賭しているのだろうが」

 

 

 

「……っ!!リュウデリア……っ」

 

「……フン。命を賭していると……ではそんなお前にあと何が出来る。その躯体で何を為せる。魔法で葬るか?無理だな。全ての権能を使う我には届かぬ。殴打し、一蹴し殺すか?最早立っているのが奇跡だろう。所詮は地上の生物。向かわせた雑兵を多少殺したからと良い気になるのは構わぬが、己が分を弁えろ。身の程を知れ」

 

「……はッ。最後の最後の……弱った俺を少し小突いただけで良い気になるお前が、この神界を統べる最高神だと?ははッ。笑わせてくれる。酒の肴にもならん、犬も食わん戯れ言だ。これなら殺しても構わんだろうな」

 

「……何?……下らん。もう良い。地上の生物にしては良く戦い抜いた。死ぬが良い」

 

 

 

「──────死ぬのはお前だ」

 

 

 

 話し終えたリュウデリアの体を覆っていた純黒なる魔力が消えた。その代わりに体内で残る莫大な魔力が凝縮されていき、解放の時を今か今かと待ち望んでいる。早く早くと急かす凶悪極まりない魔力を抑え込み、練り上げる。彼がこの時のために取っておいた、とっておきの奥の手である。過去にクレアとバルガスとの戦いでしか使わなかった、最終手段。

 

 あの龍の中でも最強クラスの力を持つクレアとバルガスが、揃って反則とまで言わしめた御業。知覚できない己の魂に触れて、読み解き、確立されている術式を解放する。リュウデリアの足下を起点として、広大な……何処までも広がり続けていくような純黒な魔法陣が浮かび上がった。

 

 

 

「これにて終幕(おわり)だ……最高神。お前は最も触れてはならない龍の逆鱗に触れた。ならば訪れるのは当然の結末であると知れ。……すぅ……術式展開──────」

 

 

 

 小さな恒星も、煌めく星々も、足下に光景として存在する直列した太陽系も何もかもが塗り潰された。迫り来て、その場の全員を呑み込むのはどこまでも黒い純黒。抵抗も赦さない、神よりも絶対的なモノ。

 

 上に連れ去られたオリヴィアはリュウデリアやデヴィノスと同じ高さに居た。何もかもが純黒。純黒しか存在しない空間。オリヴィアは何だこの光景は、何が起きたと不思議そうにしている。一方のデヴィノスは困惑した表情を作り、そして怒りを携えた歪んだ表情を浮かべてリュウデリアを睨み付けた。

 

 

 

「──────『総黑終始零世界(くろのせかい)』。ようこそ、純黒()の世界へ」

 

「此処は一体……」

 

「貴様……貴様ァッ!!一体我に何をしたッ!!何故我の神格が堕ちている!?何故全ての権能が使えんのだッ!!」

 

「此処は総てを呑み込み塗り潰す純黒の空間。その真髄は有りと有らゆる()()の無効化。そこに例外は無く、生まれながら持ちうる力も、存在的強度も、魔法も権能も総てを無効化する──────(純黒)を除いてな」

 

「……は?貴様は一体……何を言っている……?そんな……そんな意味の解らん力が存在する訳が……ッ!!」

 

「──────理解する必要は無い。お前は当然のように呑み込まれ、当然のように死ぬのだ。覚悟は良いか最高神?お前の死は今を以て確定し、不変のものとなった。死して悔い改めろ」

 

 

 

 満身創痍で死にかけているようにしか見えない龍が出したのは、最高神をも呑み込む純黒だった。現状デヴィノスがこの純黒の空間で出来ることは無い。今まさに、生まれて初めての死の危機に瀕しており、死の恐怖を味わっていた。

 

 

 

 

 

 リュウデリアが魔力を解放して凝縮していく。これで終わりなのか。そう考えたデヴィノスだが、あることを思い出して笑みを浮かべた。心に余裕が生まれた者が浮かべる、そんな笑みだった。

 

 

 

 

 

 






 神格

 神の中でも本質的な格のようなもの。一般的な神というのは一般人に該当され、その上に権能を持つ神。次に権能を持ちながら何かを司っている神。その上に最高神となる。肉体的強度も神格が高ければ、神として強いということに繋がるので必然的に強くなる。もちろん、中には神格の差を格闘技だけで埋めるなんてジャイアントキリングな奴も居る。なので絶対に上の者に勝てないという訳ではない。




 魂の術式展開

 魔法、魔術などで使われる構築した術式ではなく、魔力を内包している者達が、魂に刻み込んでいる変えられない唯一つの術式。これを発現させると、自身に有利な場所へ周囲を変える事が出来るが、そもそも出来る者は殆ど居ない。その難易度は魔の道を極めに極め抜いた窮極の奥義故に超高難度。

 生涯を掛けても出来なかった人が大勢居ると言われている融合魔法が使える者でも、この魂に刻まれた術式の術式展開には手を伸ばせない。

 ただし、使えた場合は絶大な力を与える一方で、消費する魔力は人知を超える。仮に術式展開が出来るようになったとしても、魔力が圧倒的に足らないという事に陥ることもある。




 総黑終始零世界(くろのせかい)

 リュウデリアの魂に刻まれた術式を読み解いて展開したもの。その真髄は異能の無効化。有りと有らゆる異能を強制的に無効化させる。展開すれば、定めた相手に絶対当たる。回避不可能のもの。突破するには同じ術式展開をして、練度や魔力量にもよるが、術式展開の綱引きで勝利するか、呑み込まれてもその中で勝って術者を殺すしかない。若しくは魔力が無くなって維持出来なくなるのを待つか。

 リュウデリアを以てしても莫大な魔力を消費するので、本当に追い詰められた時にしか使わない、奥の手中の奥の手。これまでにクレアとバルガスとの戦いの中でしか使った事が無い。2匹にも反則と言わしめたもの。




 デヴィノス

 権能は『全権の権能』。存在する権能を何もかもノーリスクで使うことが出来るという、権能の中の権能。この力で最高神を不変のものとしている。

 リュウデリアの術式展開を受けて、神格が一般の神と同等となり、全ての権能が使えなくなったことに末恐ろしいナニカを感じている。




 オリヴィア

 サラッと愛していると言われて、緊迫した戦場なのにものすごくドキドキした。デヴィノスからすれば恐ろしい空間なのに、リュウデリアの純黒の中なのだと思うと安心する。この空間で安心すると思うのは彼女だけ。普通は何も出来なくなったことに恐怖する。




 リュウデリア

 最終手段を使うことを決めていた。だが逆を言えば、最終手段を使わなければデヴィノスに勝てないと解っていたという事でもある。

 いつの間にかオリヴィアの事が好きで大切な存在になっていた。龍と女神という種族が全く違うというのに、本来の体の大きさだって違うのに、出会って一年も経っていないのに、それなのに好きになっていた。

 何故、これ程の大事になってまで彼女を求めるのかと、戦いの中で考えることで自覚した。だから、何をしてでもオリヴィアを奪い返すと心に決めている。



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第82話  終幕

 

 

 

 

 

「術式展開──────『総黑終始零世界(くろのせかい)』。ようこそ、純黒()の世界へ」

 

 

 

 魂に刻まれた唯一の術式を読み解き、現実に展開する御業。融合魔法が出来る者でも辿り着けないとされる、もはや伝説にすら数えられる代物。それをリュウデリアはいとも簡単にやって見せた。だが、これをやるということは、それだけ追い詰められているという証明であり、これで決めなければ後が無いということに直結する。

 

 奥手の中の奥の手。友であるクレアとバルガスよりも魔力量が圧倒的に多いリュウデリアを以てしても、莫大だと言ってしまえる程の消費魔力。しかしその代わりに、与えられるアドバンテージは計り知れないものとなる。己に絶対有利な状況に持っていける領域に相手を強制的に引き摺り込むのだ。

 

 その場合、権能を持っている神の、最高神デヴィノスであろうと例外にはならない。純黒は総てを呑み込み塗り潰す。魔法だけでなく、権能も範囲内であることは、デヴィノスの使用した権能が、リュウデリアに効かなかったことで実証済み。つまり、呑み込まれれば最後、自力で抜け出すことは不可能である。

 

 術者を殺すか、同じ術式展開で対抗して打ち勝つか、相手の魔力が尽きるのを粘るかしか回避方法が無い。そしてリュウデリアの魂の術式展開に於ける真髄は、有りと有らゆる異能の無効化。よって呑み込まれた後で同じ術式展開で対抗することは不可能。発動されてしまえば終わり、発動すれば価値が確定する奥の手は、まさに最強の一手だろう。

 

 だが実際のところ、リュウデリアはこの魂の術式展開をあまりしたくはなかった。何故ならば、最終奥義で発動すれば勝ち確なので、使うとすれば使わなくてはならない時に限定される。要はそれ以外では勝てないと認めてしまう事になる。だから出来れば使いたくなかった。

 

 使いたくなかった……が、オリヴィアの為ともなれば話は別だ。愛している大切な存在を連れ攫われて、更に相手が強大な神ともなれば、リュウデリアはいくらでも使うだろう。故に、デヴィノスは詰みだ。ここまでである。後は死を待つだけ。それを理解しているのだろう冷や汗を掻いているデヴィノスだったが、あることを思い付いて不敵に笑う。

 

 殺そうと魔力を練り上げたところで、デヴィノスは駆け出してオリヴィアの元へ向かった。まさかこっちに来るとは思っていなかった彼女は、首に腕を回され、右腕の関節を背後で決められた。どうだと言わんばかりの顔をするデヴィノスに、リュウデリアは……まあそうするだろうなと嘆息した。

 

 

 

「貴様の目的は我の妃だろうッ!!ならば今すぐこの純黒の空間を解けッ!!さもなくば殺してやるぞッ!!」

 

「お前の妃ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それにしても、はッ!あれだけ偉そうに上からモノを言っていたお前が、追い詰められたら取る行動がソレか?ほとほと呆れて何も言えんな」

 

「……っ……リュウデリア……っ!」

 

「くっ……黙れッ!!貴様程度の有象無象が我を見下すなッ!!良いか、貴様が我を殺せば神界の──────」

 

「知るか。神界が滅びようが何だろうが、俺には関係無い。滅びるならば勝手に滅びるが良い。俺の目的は最初から、オリヴィアだけだ」

 

「……ッこの……ッ!!分を弁えろ有象無象ッ!!貴様如きが我を殺そうなど不敬が極ま──────」

 

 

 

「──────()()()()()

 

 

 

 リュウデリアの魔力が全て解放される。体内に存在するあまりに莫大な魔力。それが放出されて柱のように立ち上る。威圧感は圧倒的で、身の毛もよだつ圧力をデヴィノスに与えた。やれるわけがない。やるわけがない。こちらには目的であるオリヴィアが居る。この存在そのものを震えさせる圧力を持つ魔力を差し向ければ、諸共死ぬのは明白。故にやらない。

 

 そう思っているデヴィノスに反して、リュウデリアは立ち上る莫大な魔力を一カ所に凝縮させていく。形成されるは純黒なる球体。確かな絶望。総てを呑み込む純黒なる魔力の特異点。これを解放すれば、訪れるのは避けようもない死だけだ。

 

 実のところ、リュウデリアは自身の魔力総量を把握していなかった。その理由として、あまりに多過ぎたからである。多過ぎて、自身でも把握しきれない程の代物を、たった一つの小さい球体にして固めている。

 

 人間が100の魔力総量を持っていて炎の球を飛ばすファイアーボールを撃つのに20の魔力を消費していくとする。すると残りは80となり、残りのその魔力で他の魔法をやりくりしなくてはならない。だが彼の場合は違う。測定不能の魔力総量で、ファイアーボールにどれだけの魔力を注ぎ込むかを決めるのだ。同じ魔法でも籠めた魔力の多い方が基本勝つ。だから初級魔法に2000も3000も魔力を籠めることが出来る。

 

 つまり、普通は減点方式で魔法に魔力を籠めている皆と違って、どれだけ魔力を籠めるかと考えて、適当に籠めるリュウデリアとでは根本的な部分が違う。それだけの魔力を、全て解放してぶつけようとすれば、どうなってしまうのだろうか。

 

 これだけ考えても想像することすら出来ないというのに、リュウデリアはここにダメ押しを用意していた。戦闘の最中に術式を構築して自身に刻み込んでいた魔法陣。その正体は、変換の魔法陣。あるものをあるものへと変換するだけの魔法なのだが、この時に設定した効果は、デヴィノスをより追い詰めるものとなる。

 

 

 

「やめろ……やめろ貴様ッ!!目的のオリヴィアを共に殺すつもりかッ!?」

 

「黙れ塵芥が。俺がこれまでに受けたものを全て返してやる」

 

「全て……?貴様は一体何を言っているッ!!」

 

「怒り。憎しみ。焦燥。そして……痛み。これらを全て()()()変換する。これは莫大だぞ?魔力と感情は密接な関係があるからなァ?さぞや変換効率が高いことだろう。痛みとてそうだ。お前は満身創痍の俺をこれ見よがしに殴って蹴ってくれた訳だが、この俺が唯一方的にやられて終わると思うか?全てはこの時の為に用意した工程の1つでしかない。故にお前は、唯々己の首を絞め続けていたのだ。さて、もう説明は要らんよなァ?潔く死ね」

 

「何度も言わせるなッ!!諸共殺すつもりかと言っているのだぞッ!?」

 

「フハハ……俺がオリヴィアを殺すものかよ」

 

 

 

 賢明にオリヴィアを人質として確保して、リュウデリアに攻撃態勢と、くろのせかいの解除を求めている。当然そんなものを受け入れるつもりが欠片も無いと示すが如く、負の感情と痛みによるダメージを魔力に変換し、凝縮させている魔力に加えていった。途方も無い莫大な魔力に、変換した莫大な魔力を混ぜていく。

 

 そのまま解き放てば十分殺せるというのに、何もかもを出し切って絶対に殺してやるという気概を示す。逃がさないし逃げられない。外さないし外させない。デヴィノスからしてみれば、止まることの無い死の恐怖を与えられ続けているのだ。

 

 凝縮させている純黒なる魔力の球体を口を開けて囲い、今にも解き放とうとしている。もう死は目の前まで来ている。オリヴィアを盾にしているのに攻撃態勢は止められない。何故目的の彼女を人質に取られて止まらないのだと、焦燥と憤りに支配される。

 

 そんなデヴィノスに拘束されて人質にされているオリヴィアは、リュウデリアが何かを既に施している事を確信していた。絶対に何かをしていて、自身には影響を及ぼさないようにしている。なのに、ソレが何なのか解らないのだ。焦っているデヴィノスにいい気味だ、死ね。と、思っている傍らで、その何かを考えている。

 

 自身が死なないように何をやったのか。それを考えていると、懐が暖かい事に気が付く。関節を決められている右腕は使えないので、左手で懐から暖かい物を取り出す。それはリュウデリアに貰った御守りだった。自身の身を案じて、態々創ってくれた大切な御守り。純黒な御守りに指を這わせていると、小さく凹んで幾何学模様を作っている事を知る。

 

 御守りには魔法陣が刻まれていたのだ。オリヴィアの為に創られた御守りは、いざという時に効果を発揮する代物で、その効果は()()()()()()()()()()()()()()()魔法である。その代わりに媒体となる御守りは破壊される。一度きりのもの。純黒の空間でそんなものは発動しないと思われるが、純黒の空間では純黒だけが例外となる。故に、御守りを持っているオリヴィアは死なない。

 

 それに気が付いたオリヴィアはハッとしたようにリュウデリアの事を見て、気付いたのだと察した彼は小さく頷いた。微笑みを浮かべる。本当にすごいなと。ありがとうと。彼だけにしか向けない愛の籠もった微笑みを贈るのだ。

 

 

 

「これが俺の全力全魔力の──────」

 

「やめろッ!!それを我に向けるなァッ!!!!」

 

 

 

「やってしまえリュウデリア──────こんな奴は殺してしまえ」

 

 

 

 口内から外へ溢れるリュウデリアの全魔力。百余年生きてきて初めてとなる、正真正銘の全魔力解放。どれだけの威力になるかは本人にも解らないが、最高神デヴィノスを消し滅ぼすだけのものは持っている。

 

 最早オリヴィアは盾の役割をしていない。あれだけ我の妃だと言っておきながら弾き飛ばし、踵を返して後ろへ逃げ出した。どこまでも続く純黒の空間で逃げ場は無く、そして解放される魔力を防ぐ手立ても無い。決別の時である。

 

 

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 

 

 視界の中には収まりきれない大きさをした純黒の光線が、デヴィノスに向けて解き放たれた。

 

 

 

 走って逃げられる訳がなく、刹那の内に追い付いて呑み込んだ。抵抗も無く、まるで最初から存在していなかったように純黒の下に消し飛んだ。完全な根底からの消滅。神界を統べる最高神デヴィノスは、リュウデリアによって殺された。

 

 そしてオリヴィアも光線に巻き込まれた。突き飛ばされて座り込んでいる状態だが、手に持った御守りが発動し、球状の障壁が展開されて純黒の光線を防いでくれていた。やはり彼が救ってくれて、彼が護ってくれていた。本当にすごい奴だと、目尻に浮かんだ涙をそのままに微笑んだ。

 

 純黒な空間である、くろのせかいが崩壊する。罅が全体に広がり、砕け散っていく。景色が変わり、元の宮殿内部の玉座の間に戻ってきた。しかし解き放っている純黒の光線はまだ健在であり、デヴィノスの為に創られた玉座を消し飛ばし、壁を破壊して神界の無限の彼方へと突き進んでいった。

 

 神々はその日、目にした。あまりに大きすぎる純黒なる魔力による光線が世界樹の頂きから真横に飛んで行き、衝撃の余波を届けてくる。そして理解した。あれは死だ。何もかも、総てを呑み込む絶対の死だと。

 

 万人ならぬ万神に恐怖を与えた純黒の光線が少しずつ細くなっていき、最後は掻き消えた。玉座の間では純黒の結界から現れたリュウデリアの光線の威力に体を屈め、皆で身を寄せ合って耐えていたオリヴィアの友神の酒の神レツェル。料理の神リーニス。智恵の神ラファンダと、デヴィノスに従わせられていた女神達が居た。

 

 光線が止むと恐る恐る顔を上げ、デヴィノスが居なくなり、リュウデリアとオリヴィアが帰ってきたことを確認すると、レツェル達はあのデヴィノスに勝ったのだと察してオリヴィアの元へ駆け出して、一斉に抱き付いた。全員で来られたオリヴィアは驚いた表情をしながら、耐えきれずに後ろへと倒れてしまう。

 

 

 

「良かったぁあああああああああっ!良かったよオリヴィアぁあああああああああああああっ!!」

 

「オリヴィアの気になる子は強いわっ!!本当に強いっ!!あのクソゲスゴミ野郎を本当に斃しちゃうんだものっ!!」

 

「怪我は無いかしらっ!?大丈夫っ!?」

 

「ぅわっぷ……っ。大丈夫だ、私は大丈夫だっ!心配を掛けてすまなかった。リュウデリアのお陰で私は何ともない。ありがとう。それにリュウデリアも本当にありがとう。……リュウデリア?」

 

「………………………………。」

 

「……っ!?えっ……っ!?なになにっ!?」

 

 

 

 驚いた声を出すレツェル。それもその筈。底まで大した身長差が無かったリュウデリアの体が、大きくなっていくのだから。だが実際は元の大きさに戻っていると言った方が良い。何せ、()()()()使ってしまったのだから、小さなサイズを維持できる筈も無い。

 

 見上げるほどの、約30メートルの巨体になり、足場になっている宮殿が崩壊していく。幸いオリヴィア達が居るところは崩壊しなかったが、その他の部分は殆ど崩れてしまった。そして、上から大量の血が滝のように流れてくる。全てリュウデリアの血だ。

 

 流れようとする抉られたり、斬られて負った傷を凍らせた純黒の氷が魔力不足によって消失したのだ。よって傷口が剥き出しになって血を流している。鉄臭い血が降り注いでオリヴィア達は頭かから掛かる。レツェル達が悲鳴を上げている中、オリヴィアだけは呆然としていた。致死量の出血だ。声を掛けたときも何の反応も示さなかった。まさか……。

 

 そう思った時に、神界から地上へ渡るときに使うゲートが開いてリュウデリアを吸い込み始めた。当然だ。魔力が無いから存在証明も出来ないのだから。オリヴィアは彼にしっかりしろと、血を浴びながら叫ぶ。しかし彼の残る右腕はだらりと垂れており、返事は来ない。顔がかくりと下を向いた時、息を呑んだ。黄金の瞳が、殆ど光を宿していなかったのだ。

 

 

 

「リュウデリア────────────ッ!!!!」

 

 

 

 オリヴィアが必死に叫ぶ中、彼の体は倒れるようにゲートに呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の遙か上空で、リュウデリアは落下していた。地上に背を向けた状態で墜ちていく。体は動かない。頭も働かない。何もする気がおきない。思考には靄が掛かったようになり、視界も霞んでいる。これはもしかして死ぬのかと思うと、すんなりと胸の中に嵌まった。

 

 そうか。出し尽くしたのか。リュウデリアはそう思った。だがまあ良いかとも思う。一緒に生きていくことが出来なくなってしまったが、オリヴィアを救うことが出来たのだから。最後の最後で心残りが出来てしまったが、これ以上の事を求めても仕方ない。

 

 

 

「……今…日……は………良……い………天…気……だ……な……────────────」

 

 

 

 薄らぼんやりとだけ覚えている、両親に捨てられて大空を独りぼっちで落下した時に見た光景。青空が広がり、真っ白な雲があり、太陽が昇っている。ありふれた光景で何度も見たものだが、何だか懐かしい気持ちになった。

 

 遙か上空から落下し続けた黒龍はたった一匹、受け止められる事も無く、そのまま固い大地に激突した。地が揺れ、草木は衝撃波に煽られ、砂塵が舞う。黒龍は地に墜ちた後、動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────リュウデリアッ!!あぁ……ぁあああああ……っ!!リュウデリアぁっ!!」

 

「…………………………。」

 

 

 

 急いで神のゲートを潜って地上にやって来たオリヴィアは、リュウデリアの事をすぐに見つけた。だがピクリとも動かなかった。左腕は無く、翼も右側が無く、体には穴が開いていて、深くて大きな切り傷がある。血はもう出し尽くしたとでも言いたいのか、思いの外出ていなかった。

 

 涙がぽろぽろと零れ落ちるのを拭いもせず、両手を向けて純白の光りを発した。治癒の力だ。懸命に治そうとしているのに、傷付いたリュウデリアの肉体は、一向に治らない。例え部位の欠損だって治癒してしまう筈の自身の力は、全く彼を治してくれない。どうして、どうしてだと叫びながら続けていると、リュウデリアの瞼が少しだけ開いた。

 

 まだ生きている。光りが殆ど失われている、くすんだ黄金の瞳だが、自身の事を捉えて見つめている。だから、涙を流しながらだが安心させるように無理して微笑んだ。

 

 

 

「だ、大丈夫だぞっ。わ、わたし……っ…私が綺麗にっ……治してやるからなっ」

 

「……む………だだ…………」

 

「な、治ったら何が食べたいっ?腕によりをかけて美味いものを食べさせてやるぞっ」

 

「もう………て…お……くれ……だ……」

 

「私が攫われて行けなかった街に行くのもいいな!もしかしたらそこにしかない美味しいものがあるやも知れんぞっ!」

 

「……意味……が……な……──────」

 

「──────言うなッ!!!!お前は死なせないッ!!私が絶対に治してやるッ!!だから弱音を吐くなッ!!いつものお前はどうした!?傲岸不遜に嗤い!胸を張って自信を抱き!気高き龍の魂を持つお前はどうした!?お前は死なないッ!!絶対に死なないし、死なせないッ!!」

 

 

 

 オリヴィアは叫んだ。リュウデリアの否定する言葉を更に否定するために。言わせないために。でないと、頭では解っていることを実感してしまいそうで、堪らなく怖いから。しかし治癒の力を使っていても治らないことは変わらない。

 

 治癒とは、生きている者に対して有効な力だ。死んでいる者の傷は治すとは言わない。治すという範囲に居ないのだ。彼は満身創痍に見えて、本当は限界だった。玉座の間に着いた時には殆ど肉体は死にかけ、デヴィノスからの攻撃で肉体は一時的に死んでいた。それを魔力で無理矢理魂と繋ぎ合わせ、気休め程度の時間稼ぎをしていたに過ぎない。

 

 

 

「すま……ない……お前と……もっ…と……ともに……生きた……かった………」

 

「やめてくれ……なんで今そんなことを言うんだ……っ」

 

「一緒に……過ごし……て………1年……も…経って……いない……が………お前を……愛しく……思っ……て……いる……」

 

「わ、私もっ……私もお前を……リュウデリアを愛しているっ!だから、な?これからも私と一緒に生きよう?そんな別れの言葉みたいなことは言わないで……なぁっ?」

 

「愛して……いる……心から……オリヴィア……を………今……まで……──────」

 

 

 

 ──────ありがとう。

 

 

 

「リュウデリア……?」

 

「…………────────────。」

 

「なぁ、返事をしてくれ。リュウデリア、もう一度愛していると言ってくれ」

 

「────────────。」

 

「ぁ……ぁぁ……ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!ダメだダメだダメだダメだっ!!起きろリュウデリアっ!!死ぬなっ。死なないでくれっ!!」

 

 

 

 オリヴィアは何も言わなくなって、瞼を閉じ、血も流れなくなったリュウデリアに向けて只管治癒の光を与えた。だがやはり傷は治らず、それは単純な死を意味していた。

 

 認めない。絶対に認めない。頭では理解していようと納得は絶対にしない。そして諦めない。治癒を施す純白の光りを与え続ける。全力で。これ以上無い程に。すると、リュウデリアの肉体が少しずつだが治っていった。オリヴィアは瞠目したが、すぐに気を取り直して治癒を施し続けた。

 

 

 

「リュウデリアっ!!目を覚ませっ!!リュウデリアっ!!」

 

 

 

「──────オリヴィアっ!!」

 

「……っ!!リュウデリアから……気配が消えている……魔力も感じられない……クレアッ!!」

 

「任せろッ!!お前は赫雷で心臓を刺激しろッ!!オレは魔法で酸素を無理矢理肺にぶち込むっ!!オリヴィアッ!!気持ちは解るが少し下がってろッ!!コイツの肉体は生半可な電気ショックじゃ反応しねェからバチバチにやっから危ねェぞッ!!」

 

「ぁ……クレア……バルガス……っ」

 

 

 

 肉体は傷一つ無い状態に戻った。なのに息は止まったままで、心臓も動いていない。そこへ、全身傷だらけのクレアとバルガスが駆けつけた。オリヴィアの気配を感じて飛んできたのだ。そして動かないリュウデリアを見てすぐさま察して心肺蘇生に入った。

 

 バルガスの赫雷が胴体に流し込まれて心臓を刺激し、クレアは魔法で無理矢理開けた口の中から肺へと酸素を送り続ける。本当は2匹とも立っているのが辛いくらいの重傷の筈なのに、懸命にリュウデリアを蘇生させようとしてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアは言われたとおりに離れたところで見守りながら、両手を合わせてリュウデリアの無事を祈る。どうか、死なないでくれと。それだけを。

 

 

 

 

 

 

 






 リュウデリア

 玉座の間に着いた時には肉体が死にかけていて、デヴィノスとの戦闘で肉体が先に力尽きた。だが魔力だけで魂と肉体を繋ぎ合わせ、どうにか戦っていた。




 オリヴィア

 リュウデリアの肉体を治癒することに成功するが、心臓が動き出してくれなかった。今はもう見守ることしか出来ない。歯痒い気持ちが有るが、死なないでくれと、心の中で祈っている。




 クレア&バルガス

 先に帰ってきていて、少し休憩していると地上にオリヴィアの気配を感じたので真っ先に飛んできて、心停止しているリュウデリアの蘇生に取り掛かった。体中が痛くて、正直言うとかなりしんどいし魔力も少ししか回復していないので心許ないが、全力で救おうとしている。




 レツェル&リーニス&ラファンダ

 正直リュウデリアがデヴィノスを本当に斃すとは思わなかった。だが超嬉しい。

 リュウデリアの血に塗れているが、オリヴィアが血相変えて地上へ行ってしまったので、自分達は取り敢えず崩れそうな宮殿から、愛神にされていた女神達を連れて脱出した。




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第83話  想い

 

 

 

 どくん、どくんと心臓が鼓動を刻む。生きている証。死んでいない証明。生き物として当然の事を、今ほど感謝したことはない。

 

 

 

「リュウデリア、見てみろ。木の枝の上に栗鼠(リス)の親子が居るぞ。小動物が戻ってきているんだ」

 

「…………………………。」

 

 

 

 莫大な全魔力を使い果たし、神界より強制的に地上へ戻されたリュウデリアは死に体だった。幸いオリヴィアの治癒を施す事ができ、駆けつけたクレアとバルガスの懸命な延命措置によって息を吹き返した。

 

 しかし目は覚まさない。心臓は正常に動いている。肺が酸素を取り込んでいる。魔法で調べたクレア達が、口を揃えて問題ないと言っていた。ならば間違いないだろう。なのに目を覚まさない。

 

 体のサイズは元の巨大なものとなり、横を向いて丸くなって眠っている。オリヴィアはリュウデリアが目を開ければすぐ見えるところに座り、目元の近くに背中を預けている。手を伸ばして瞼を撫でる。早く起きて欲しいと思いながら、何かしらを語り掛けるのだ。

 

 

 

「──────オリヴィア様」

 

「どうした?スリーシャ」

 

「お昼ですので、果物をお持ちしました。どうぞお食べ下さい」

 

「……もうそんな時間か。ありがとう、いただく」

 

「はい……」

 

 

 

 触れ合いながら話し掛けるオリヴィアに声を掛けたのは、リュウデリアの義母であるスリーシャだった。何とこの場所、スリーシャが宿っていた大樹からそう離れていない場所だったのだ。何の偶然か、神のゲートのこの真上に展開され、彼が真っ直ぐ墜ちてきたのだ。

 

 墜ちた衝撃に気が付いたスリーシャが、何事かと血相変えてやって来たところで、クレアとバルガスに心肺蘇生されているリュウデリアと、無事を祈っているオリヴィアと鉢合わせたというわけだ。まるで母親のスリーシャのところに癒されに来たようだと口にすれば、照れたように笑みを浮かべていた。

 

 だがやはりスリーシャも心配している。リュウデリアの強さは知っているからこそ、こんなになるまで戦って、傷が治っているのに一向に目を覚まさない事から、もう目を覚ます事は無いのかと最悪なケースを考えてしまうのだ。

 

 持ってきてくれた食べられる果実を少しずつ口に入れていく。リュウデリアがこうなっている以上、食欲は底まで湧いてこないのだ。結局果実の半分くらいを食べて終わってしまい、スリーシャに折角持ってきてもらったのにすまないと謝罪した。

 

 滅相もないと慌てて返すスリーシャであるが、気分は同じだ。精霊なので食べ物が絶対に必要という訳ではないので食べていないが、ずっと取り組んでいる人間が攻めて来て焼かれた森の部分の再生も、今は進まない。自身も心配だろうに、小さい精霊が頑張ってくれている状態だ。

 

 

 

「……もう5日か……」

 

「はい……5日が経ちました」

 

 

 

 神界から戻ってきて5日が経つ。クレアとバルガスの傷はリュウデリアの心肺蘇生が終えたら治癒した。助けに来てくれてありがとうと言うと、友達なのだから気にするなと言われた。あれだけボロボロになってまで来てくれたのに、返せるものが無いので、何時か必ずと約束した。

 

 心肺蘇生に成功して、オリヴィアに傷を治してもらった2匹は、すぐにその場から去って行った。完全に治されて、状態も安定しているから万が一は無いだろうとのことだった。唯念の為に、気配で察知しているから、有事の際は駆けつけると言い残して。

 

 

 

『オリヴィア、いいか?リュウデリアの肉体は元通りだ、それはオレ達が保障してやる。だけどな、魂の方はどうなってるか解らねェ』

 

『魂……?』

 

『肉体が死に……魂を魔力で……無理矢理繋いでいたと思う……ならば……治癒が終わり……私達が駆け付ける前の……一時的に……死んでいた時に……一気に……魂が白紙化しても……おかしくない』

 

『肉体が無事なのに魂が抜けるなんて事があるのか……?』

 

『普通は無ェな。だからそれだけの無茶をしてたってこった。だから本当に目を覚ますかは解らねェ。コイツなら、相手の魂がどうなっているのか見抜けるンだろうが、オレ達には出来ねェ』

 

『後私達に……出来るのは……リュウデリアが目を覚ますまで……待つこと』

 

『そう……か』

 

『……悪ィな。あんま役に立てねェわ』

 

『私達にも……出来ないことが……ある』

 

『……ふふ。何を言っているんだ。お前達は私を助け出してくれたじゃないか。リュウデリアのことも。駆け付けてくれなければ肉体だけ治って心臓が止まったままで、いずれ本当に死んでいたかも知れない。だからありがとう』

 

 

 

 最初の日に2匹と会話した内容を、目を瞑って思い出す。出来るのは、リュウデリアが自ずと目を覚ますことを待つこと。他に出来ることは無い。魂の問題ともなれば、治癒は意味無いのだろう。治せるのはあくまで生きとし生けるものの傷だけ。

 

 それでも、自身が何かやってあげているのだという実感が欲しくて、純黒の鱗に触れながら純白の治癒の光りを出してみる。魂に干渉する方法なんて知らないし、出来ないかも知れないが、何もしないでずっと待っているだけなのは堪らなく怖い。

 

 背中で寄り掛かりながら目を瞑り、治癒の光りを与えていると、彼の静かな息遣いが聞こえる。生きていると確認出来る少ない情報。早く起きてくれ。そして一緒に旅をして、色々なものを見て触れて、食べて、共に居られる時間を享受しよう。愛する純黒の殲滅龍よ。

 

 

 

「愛してるよ、リュウデリア。私の黒龍……」

 

「………………………。」

 

「……オリヴィア様」

 

 

 

 少しずつ治癒の光が弱くなっていき、代わりに静かな吐息が聞こえてきた。涙を流しながらリュウデリアに寄り掛かったまま眠ってしまった。スリーシャは葉を集めて作った布団を掛けてあげた。片時も離れようとしないオリヴィアに、クスリと微笑む表情は母親のようであり、しかしふとした時には悲しそうなものへと変わる。

 

 閉じられた瞼に触れる。数ヶ月前には人間に痛めつけられて数日間眠っていた自身を護りながら、目を覚ますまで待っていてくれたリュウデリア。今回は逆ですねと心の中で思いながら、もっと近づいて体を押し付ける。額を付けて祈る。早く目を覚まして、数ヶ月振りとなる声を聞かせてと。オリヴィア様とどんな日常を送ったのか、教えてと。

 

 

 

「私は……私達はずっと待っていますよ、リュウデリア。私やオリヴィア様を助けておいて自分だけ勝手に死んだら、怒っちゃいますからね。だから……早く目を覚まして下さい。そしていっぱい、あなたのお話を聞かせてね」

 

 

 

 眠り続けて5日目。この日もリュウデリアが目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ……はっ……ふぅ……」

 

「オリヴィア様は武器を使えるのですか?」

 

「あぁ、これは前にリュウデリアが試しにやっていた槍術の動きを真似しているだけだ。私はこれといって武器を持って戦ったことは無いぞ」

 

「それにしては……サマになっていると言いますか……」

 

「そうか?ならやっている甲斐があるかも知れないな」

 

 

 

 手頃な長さの棒を振り回しているオリヴィアを見ているスリーシャは、治癒の女神なのに戦える力を持っているのかと思ったが、どうやらお遊び感覚でリュウデリアがやっていた槍術の動きを真似しているようだった。手の中で回転させて、体の周りでもぐるりと廻して棒の先を前に向けて突いた動きをしている。

 

 初めてやるのに、前にやっていたリュウデリアの動きそのものであることを誰も知らない。スリーシャはそもそもその時のリュウデリアの動きを見ていないので知るはずがなく、オリヴィアはそこまで完璧に出来ているとは自惚れていないからだ。

 

 もしリュウデリアが起きていて、今のオリヴィアの動きを見ていたら、自身の動きそのままではないかと感嘆とすることだろう。それに気が付かないまま、何もやらないのはどうも落ち着かないので、リュウデリアに治癒の光りを当てたり、こうして体を動かしている。

 

 棒を振り回しながらチラリとリュウデリアの方を見て確認しているが、目が開く様子はない。変わらず規則正しい静かな吐息が聞こえて、少し俯き気味になる。それを察してスリーシャが色々と話をして間を持たせる。結局6日目も目を覚ますことはなかった。

 

 

 

「はぁ……リュウデリア……」

 

 

 

 次の日。眠ってたままの7日目。オリヴィアはずっとリュウデリアの傍に居たのだが、偶には少し離れて独りになろうと思い、迷子にならない程度の場所へ来ていた。スリーシャと小さな精霊が面倒を見ているからか、生えている木々は元気だ。幹も太くて立派なもの。光合成で空気も澄んでいる。

 

 しかしそんなことも気付かないくらい気分は沈んでおり、沈痛な表情を浮かべている。後どれくらい眠ったままなのだろうか。神には悠久の時間があるので寿命を考えなくてもいいし、どれだけでも、それこそ何千何万年だろうと待っている心積もりではあるが、だからといって悲しくない訳ではない。

 

 声を聞きたい。話をしたい。笑い合いたい。ずっとその事だけが頭の中に流れ続ける。手で触れられるところに居るのに、遠い。どうしても手の届かないところに意識がある。故に何も出来ない。オリヴィアは勝手に流れる涙を指で拭う。

 

 

 

「──────オリヴィア様」

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 呼び方はスリーシャと同じなれど、種族は別。突然背後から声を掛けてきたのは……神だった。

 

 

 

 全身に甲冑を身に纏った、騎士のような姿をした男は、恍惚とした表情をしながら何度もオリヴィアの名を呼び、その目には情欲を滾らせている。何故こんなところにと思う前に、早く逃げないとという思いが出て、脇目も振らずに駆け出した。しかし急ぎすぎて木の根に足を取られて転倒する。

 

 男神は転んでしまった時に捲れて見えているオリヴィアの綺麗な脚に視線をやり、下劣な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。狙いなんてものは言わなくても解るだろう。四天神を正面から殺し、最高神すらも殺したリュウデリアが居るというのに、こうして来る神が居るとは思わなかった。

 

 

 

「あぁ……オリヴィア様。あなたはなんと美しいのでしょう……あなたの全ては私にこそ相応しい……ッ!!」

 

「ふざけるなッ!!私の全てはリュウデリアのものだッ!!そもそも、私に手を出そうとして最高神が殺されているというのに、貴様はどういうつもりだッ!!」

 

「あっははッ!!笑わせないで下さいよオリヴィア様ぁ……──────その龍はもう死んでいるじゃありませんか」

 

「…っ……死んでいないッ!!決め付けるなッ!!」

 

「目覚めていないのでしょう?ならばもう死んだも同然ですよ。それより、そんな汚らわしいものなんか放って置いて、私の妻になって下さい。大丈夫、私の妻になればあんなものすぐに忘れさせてあげますよ……ふっふふふふふふ……ッ!!」

 

「……貴様のような者が居るから、私は男神に興味を一切持たなかったのだ下衆が。指1本でも触れようものならば自決してやる」

 

「また復活するというのにですかな?そんなに無下にせずとも、すぐに気持ちよさで私を求めるようになりますよ。さぁ……邪魔者は居ません。思う存分愛し合いましょうッ!!」

 

 

 

 男神はオリヴィアを追い掛けて地上へやって来ていた。あれだけ派手に暴れて何万という神を殺した龍が居る地上に行こうという神が居ない中、オリヴィアを妃にしようとしていた最高神が殺されたことをチャンスだと思い、こうして性懲りもなくやって来たのだ。

 

 転んでいるオリヴィアに躙り寄って来る男神から後退るオリヴィア。触れてきたら絶対に自決して、復活した瞬間にまた自決を繰り返して誰の手に触れられないようにしてやると覚悟を決めた。こんな気持ち悪い奴に犯されるくらいならば、その位いくらでもやれる。

 

 涎を垂らして舌舐めずりをしながら手を伸ばす男神に、殺意を込めながら睨み付けながら、舌を噛もうとすると、ずぐり……と嫌な音が聞こえた。口の端から血を流す男神は、何が起きているのか解っていないようだ。だがオリヴィアからは見える。

 

 男神が身につけている甲冑の胸から、尻尾が背中から貫通して出て来ていた。尖った先端から男神の血が滴り落ちている。そしてその貫通している尻尾は……純黒の鱗に覆われていた。

 

 尻尾が刺さったまま上に持ち上げられて、背後に居る尻尾の持ち主と顔合わせになる。男神は先程までの恍惚とした表情を潜めて恐怖に染まり、オリヴィアは口を両手で覆いながら止め処なく涙を流した。

 

 

 

「ぎ……ぃ……貴…様……はァ……っ!?」

 

「──────俺の番に何の用だ塵芥風情が。最高神を殺されてもまァだ解らん阿呆は居ると思ったが、典型的だなァ?で、言い残す言葉は?」

 

「わ──────」

 

「そうか──────死ね」

 

「────────────。」

 

 

 

 男神は言い残す言葉を言えることも無く、純黒の炎に灼かれて死んだ。復活することは無い。根底からの死であり完全消滅だ。尻尾に付いた血を振り払って飛ばし、ふん……と鼻を鳴らして不愉快そうにしていた。

 

 しかしその表情はすぐに変わり、倒れたままのオリヴィアに向けられる目は愛しい者を見る甘いものだった。生きている。立っている。言葉を話して、縦に切れた黄金の瞳で見つめている。人間大のサイズになったリュウデリアが、そこに居た。

 

 

 

「待たせてすまなかったな、オリヴィア」

 

「リュっ……ウ……っ…デリア……リュウデリア……っ!!」

 

「何だ?」

 

「本物……なんだな……?私の知る……私のリュウデリアなんだな……?」

 

「そうだ。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。お前を……オリヴィアを愛する龍だ」

 

「ぁあっ……ふぐっ……うっ……りゅうでりあぁ……っ」

 

「すまなかった。そしてありがとう。オリヴィアのお陰で俺は死なずに済んだ」

 

 

 

 決壊したダムのように大粒の涙を流して嗚咽するオリヴィアを立たせる。すると絶対に話したくないと言わんばかりの強さで抱き締めてくるので、自身も囲い込むように抱き締め返した。

 

 自身のことを想って泣いてくれている。心配を掛けさせたというのは自覚していて、不謹慎だろうが泣いてくれているオリヴィアが愛しい。奪い返す事が出来たことよりも、こうして抱き締めて触れ合える事が嬉しい。

 

 まだまだ止まりそうにない涙を流しているオリヴィアと、コツリと額を合わせる。そして共にクスリと笑い合った。

 

 

 

「ただいま、オリヴィア」

 

「おかえり、リュウデリア」

 

 

 

「心の底から愛している」

 

「私も……心の底から愛している」

 

 

 

 意識を取り戻し、助けに来てくれたリュウデリアを抱き締め続けたオリヴィアは、少しだけ体を離し……彼の口先に触れるだけのキスをした。顔はほんのりと赤く染まり、上を向いたまま、涙で潤んだ目を閉じる。

 

 意図を理解しているので、次は自身からオリヴィアの唇に口先を付けた。人間と同じ姿のオリヴィアとのキスは、口の構造の違いから少し不自然な……触れるだけのものになってしまう。しかしそれを気にした様子も無く、彼女は何度もキスを求めてきて、自身はそれに応えた。

 

 

 

 

 

 

 種族が全く違う女神と龍。だが両者との間には確かな愛があった。オリヴィアはこの時間を享受する。愛しい者が戻ってきてくれた、この幸せな時間を。

 

 

 

 

 

 

 






 スリーシャ

 リュウデリアを短い間とはいえ育てた義母。大きな落下音が聞こえて、また人間が攻めて来たのかと思って向かってみれば、心肺蘇生さているクレア達と、動かないリュウデリアを見つけた。

 スリーシャが居る森に墜ちてきたのは偶然であり、彼女は意図せず再会をした。ただし、ハラハラさせてくる嫌なタイプの再会。




 小さな精霊

 リュウデリアが心配だが、スリーシャの方が心配しているだろうと察して、代わりに焼かれた森の再生を担っている。2人分の働きをしているので大変だが、リュウデリアの傍に居てもらうために一生懸命やってる。とても良い子。




 オリヴィア

 リュウデリアとしっかり再会することが出来た。助けてくれたクレアとバルガスにも感謝の念が尽きない。

 このあと、リュウデリアとめちゃくちゃキスをした。幸せ過ぎて頭の中がどうにかなりそうだった。

 初恋は実らないという諺があるのに、純黒の殲滅龍を一本釣りして両想いになった強か女神。彼女に手を出そうとするならば、まず怖い黒龍を真っ正面から殺す必要がある(無理)




 リュウデリア

 目を覚ましたらスリーシャが居て、離れたところにオリヴィアと神の気配がしたので文字通り飛んで行き、ぶち殺した。

 絶対に死んだと思ったが、皆のお陰で生き返ったことに感謝している。

 本を読んでキスというものは知っているが、人間同士のように深いのは口の構造の問題で出来ない。


 ただし、長い舌をこれでもかと突っ込んで口内を掻き回せるものとする(まだしない)




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第7章
第84話  軽いリハビリ








 

 

 

 

 

「──────良かった……本当に良かったです、リュウデリア」

 

「スリーシャ、お前にも心配を掛けたな」

 

「もう!本当ですよ!すごい音がしたと思ったら、あなたが墜ちてきていたんですよ!?それも心肺蘇生されてましたし!」

 

「その時は仮死状態だったから記憶に無いがな」

 

「軽く言う事じゃないでしょう!?」

 

 

 

 オリヴィアと共に眠っていた場所に戻ると、宙に浮遊しながら頬を膨らませて少し怒っているスリーシャが居た。リュウデリアが目を覚ました時、目の前に彼女が居たのだが、離れたところにオリヴィアの気配があり、そして男神の気配もあったので一目散に駆け付けたのだ。

 

 なので一言も会話が無いまま離れてしまい、少し怒っていた。オリヴィアが襲われていたことを話せば、近くに居れば変な思いをさせずに済んだのにと悔やんでいたが、他でもないオリヴィアが気にしなくて良いと気を遣ってくれたので謝罪だけで終わった。

 

 そして、改めてスリーシャとリュウデリアはしっかりと顔を合わせた。数ヶ月振りとなる再会である。長命の種族である両者にとっては、数ヶ月というのは殆ど一瞬の時間に過ぎないが、スリーシャはしっかりやっていけているのか心配で、リュウデリアはまた人間に何かされていないか気になっていた。

 

 辺りを見渡して、此処が大樹があった場所からそんなに離れていない事を知り、人間に燃やされてしまった部分が少しずつ直ってきているのを見ると、順調なようだとリュウデリアは感じた。それを察してか、スリーシャは少し得意気にしていた。

 

 

 

「さ、リュウデリアは7日も眠っていたんだからお腹が空いているでしょう?果物しか無いけど食べて下さいね。オリヴィア様も」

 

「確かに……言われてみれば腹が減ったな」

 

「私も安心したら腹が減った」

 

「ふふふ。いっぱい食べて下さい」

 

 

 

 手を繋いでいるリュウデリアとオリヴィアに微笑ましそうな表情をしてから踵を返して案内した。スリーシャに連れられてやって来たところには果物が生っている木々があり、好きなように食べてくれということだった。

 

 早速とリュウデリアが飛んで、一つ一つ手でもぎ取っていく。魔力でやれば良いのにと一瞬思ったオリヴィアだったが、そういえば自身の力で傷を治す時には右の翼が根元から断ち切られていたことを思い出す。つまりこれはリハビリだ。だからスリーシャも果物だけを持ってくるのではなく、生ってある木のところまで案内したのだ。

 

 ばさり、ばさりと翼を羽ばたかせ、飛んでいる。特に鈍っているということは無さそうだ。本人も気にしているのか、採った果物は右腕で抱え、左腕を伸ばしている。肩から斬られていた左腕の調子を確かめていて、完璧に治したつもりだが、もし違和感があったらと思うと手に力が入る。

 

 やがて果物を右腕で持ちきれないほど採ったリュウデリアは降りてきて、適当なものをオリヴィアに手渡した。受け取って齧り付くと、瑞々しい果肉が口の中で転がる。咀嚼すればしゃくりと新鮮な音を奏でて、果汁が広がっていく。

 

 何口も齧り付いて一つ食べている間に、リュウデリアは一つ丸々口の中に放り込んで食べていく。抱えていた果物はあっという間に無くなり、また採りに飛んでいった。やはり飛んでいる姿に問題は無く、左腕も問題なく動いているように見える。斬られた左眼も正常に動いているし、見た限りでは問題無さそうだ。

 

 

 

「採ってきたぞ」

 

「ありがとう。なぁ、リュウデリア」

 

「何だ?」

 

「左眼はしっかりと見えているか?視力の低下とか、左腕に違和感は無いか?飛ぶときに翼に問題は?」

 

「大丈夫だ。前と全く同じ視力に、違和感の無い左腕。指先もしっかりと動く。翼も問題ない。流石は治癒の女神の力だ」

 

「そうか……ふぅ。良かった」

 

「気になっていたのか。あぁ……だからか。ずっと視線を感じていたのは。くくッ。そんなに心配することか?お前の力は確かなんだから治って当然くらいには考えて良いだろうに」

 

「そうはいかないだろう。片目が見えなくなっていたでは、私はどれだけ悔やんでも悔やみきれない」

 

「……ふむ。まあ、実際大丈夫だったんだ、気にするな」

 

 

 

 完全に元に戻った事に気を良くして、口の中に果物を放り込んで食べていく。オリヴィアはあと1個食べれば十分なので、受け取った後に他は全部食べて良いと言っておく。リュウデリアは何十個もの果物を食べても食べる速度は変わらず、また果物を採りに行った。

 

 見ているだけで腹がいっぱいになりそうなくらいの食べっぷりを見せたリュウデリアだったが、それでもまだ足りないようで、辺りを見渡した。そしてピクリと反応してある方角を見る。一緒に旅をしているオリヴィアには、その反応だけで何を見つけたのか解った。

 

 恐らく、リュウデリアが見つけたのは魔物だ。果物はヘルシーで良いと思うが、どうやら肉が食べたいようだ。翼を広げて飛び立つ準備をしているので向かうのだと察して近くに行くと、腰に腕を回されて抱えられる。スリーシャは行くかと問えば、小さい精霊に任せっきりだから見に行くと言って断った。

 

 和やかに行ってらっしゃいと言うスリーシャに頷き、翼を羽ばたかせた。オリヴィアの重さなんて感じさせない浮上をし、飛んでいった。飛んでいると風を感じることが出来、飛んでいるのだと実感できる。落ちないように腰に回された腕は力強くて頼りになり、安心して身を任せられる。

 

 胸元に顔を寄せて純黒の鱗に頬擦りをしながら目を閉じる。ほんのりと体温が感じられて、ほうっと息を吐いた。抱き締められるだけで幸せを感じてしまう自身は、絶対もう末期だなと自覚する。そんな幸福に溺れているオリヴィアを余所に、目的の場所へ着いた。

 

 少しだけ開けた場所で、そこでは落ちている果物を食べている魔物のボアが4匹居た。親のボアだろう2匹が大きく、残りの2匹は小さい。親の方の体長は2メートル位に対して、子供の方は1メートルにも満たないので見れば一目瞭然だろう。

 

 10メートル程度離れた場所に降り立った。オリヴィアの前に出て進むと、気が付いたボア達が前脚の蹄で地面を蹴り、鼻息を荒くして警戒しながら威嚇してくる。親は子の前に。子は守られるように後ろ側に。やはりその陣形になるかと、頷きながら歩む脚は止めない。

 

 

 

「そういえ、オリヴィアを取り戻す為に四天神を殺している時、言葉の神の権能を受けて新たな魔法……魔法?を会得した。少し見てくれるか?」

 

「……何だと?四天神の権能を再現出来るのか!?」

 

「あぁ。魔法陣は要らないが──────『止まれ』」

 

「「──────ッ!!」」

 

「……すごいな」

 

 

 

 一言発しただけで、前に居るボア4匹が動かなくなった。これは確かに四天神の言葉の神が使用する権能だと納得した。これは既に1回は使っているのだが、そこをオリヴィアは見ていないので、折角ならば見せてやろうと思ってやっている。

 

 ボアに向かい、近付きながらリュウデリアがオリヴィアの為に説明してくれる。神のみが使える権能を奪い取って行使することは出来ないので、魔法で再現することにしたのだが、これには魔法陣は必要とせず、言葉に魔力を乗せることで現実を言葉の通りに捻じ曲げるのだそうだ。

 

 魔法陣を必要としないので、理論上は普通の魔法よりも発動速度は早いとのこと。唯でさえ強いというのに、更に力を手に入れてしまったなと、オリヴィアも苦笑いだった。しかしやられた側としては堪ったもんではない、言葉を使った魔法……『言霊(ことだま)』。体が動かない事に困惑しているボア達は、目の前まで来たリュウデリアに体を震わせていた。

 

 

 

「体の小さいボアの子供は見逃すか。親だけ喰うことにする」

 

「もしかして言霊で……あー……」

 

「うん?何だ?」

 

「……いや、何でもない」

 

 

 

 もしかして言霊を使って『死ね』とでもやるのかと思ったが、殺す方法はとても原始的で、ボアの親の片方の側面へ向かい、貫手を首に突き刺した。太い血管を断ち切ったからか、血が噴水のように噴き出てきた。それを全身に浴びながらべろりと舌舐めずりをした。

 

 雄か雌かは解っていないが、取り敢えず親のボアを殺された事で、残ったボア達が叫び声だけで騒ぎ始めた。それを聞きながらもう1匹のボアの親の側面へ移動して、同じように首へ貫手を入れて血を噴き出させた。ここで言霊の効果を切ると、子供のボア2匹は血塗れで倒れる親のボアの傍に寄って鼻先を付けて鳴いた。

 

 しかし反応することは無い。親のボアは出血死しているのだから。リュウデリアは親のボアから離れない子供のボアを鷲掴み、適当な方へ投げ捨てた。放物線を描いて地面に落ち、数度バウンドした。脚を震えさせながら立ち上がり、2匹は身を寄せ合って睨み付けてくる。親を殺されたのだから当然だろう。

 

 まだ小さいながらも、魔物らしく殺意のある視線を送ってくる子供のボアを見ているリュウデリアは、本当に少しだけ殺意を向けた。すると敏感に感じ取った子供のボア達は、脚だけでなく全身を強く震えさせ始めた。

 

 

 

「喰うところが少ないお前達は見逃してやる。失せろ」

 

「「──────っ」」

 

「だが、それでも向かって来るというのならば……殺すぞ」

 

 

 

 言葉は解らない。だが、此処からあと一歩でも踏み込めば殺されるということは理解してしまったのだろう。子供のボア達は倒れて動かない血塗れの両親達をチラリと見てから、その場から去って行った。開けた場所から木々が生えている森の中へ姿を消したボア達を見送ったリュウデリアは、血抜きがある程度出来ているボアの体に手を這わせた。

 

 鋭く鋭利な指先で毛皮を撫でると、それだけで皮膚が裂けた。それを鷲掴んで引っ張ると、びりびりと毛皮だけを剥いだ。そして剥き出しとなった肉にそのまま齧り付いた。ぶちゅりと生々しい音が聞こえてくる。今回は焼くことも調理することもなく、そのまま食べるようだ。

 

 人間の国に行かず、自然の中で生きていく龍らしい、生々とした食事風景だ。オリヴィアはリュウデリアが普通に生きていた百余年の姿を見ていたので、こういった光景に慣れており、唯眺めるだけだった。そうして少しの時間が経つ頃には、2メートル程の体長をしていた大きなボアの肉は食い尽くされていた。

 

 食事を終えたリュウデリアは、全身に浴びた血を洗い流すために水を大気中から集め、頭から被って血を洗い流した。鼻先に腕を近付け、臭いを嗅いで血の臭いが取れたことを確認するとオリヴィアの元へ戻ってきた。

 

 

 

「満足したか?」

 

「少しはな。暇じゃなかったか?」

 

「ん?いや、お前を眺めているだけでも十分楽しいから大丈夫だぞ」

 

「……そうか?まあ、それなら良いが。さて、次はスリーシャのところへ行って小さい精霊を労うか。ついでにお前に創ってやったローブをまた創らないとな」

 

「……っ!それは楽しみだ。あれは気に入っていたから創ってくれと何時言うか迷っていたんだ」

 

「ふはッ。気に入っていたならば良かった。うむ、では行こう」

 

「あぁ」

 

 

 

 リュウデリアが差し出してくる手に、自身の手を乗せて指を絡める。恋人繋ぎをして2人でスリーシャの居る方へと歩みを進めた。一緒に居るだけでも幸せを感じているオリヴィアは、手を繋ぐだけで蕩けるような笑みを浮かべて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 リュウデリアは完全に復活した。失っていた体の部位も前と同じように動き、支障なんてものは無かった。その感謝を伝える為に、彼はオリヴィアの頬に鼻先を擦り付けた。

 

 

 

 

 

 

 





 言霊(ことだま)

 言葉の神との戦いで生み出した魔法の亜種。発した言葉に魔力を乗せることにより、現実を放った言葉の通りに捻じ曲げる。扱う言葉によって消費する魔力は変わってきて、範囲によっても変わってくる。世界の消滅などは出来ない。言葉で、言葉が存在する世界を消すという、言葉による言葉の否定になるからだ。

 ただし、言葉を発して魔力を乗せるときには、頭の中で明確なイメージをしなければ、同じ言葉でも違う意味のものと混合してしまう。




 オリヴィア

 リュウデリアを見ているだけでも幸せな女神。魔物を生でぶちぶちに喰らう場面を見ても動じない。もう見慣れているから。ついでにボアが可哀想だとも思わない。彼に感化されすぎである。




 リュウデリア

 自身からオリヴィアと手を繋ごうとしたりするようになった。当然それは大切な存在であるから。見ているだけで幸福を感じるというのは同意する。彼もオリヴィアを眺めているだけでも十分幸せを感じている。




 スリーシャ

 リュウデリアとオリヴィアが両想いなのを微笑ましそうにして眺めている。番の相手は龍ではなかったけれど、オリヴィアならば彼を幸せに出来ると解っているので祝福している。というか既に幸せそうにしているので問題ない。




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第85話  過剰








 

 

 

 

 

「──────おかあさんしんぱいしてたんだからね!」

 

「分かった分かった。すまなかったと言っているだろうに」

 

「ちゃんとはんせいしてね」

 

「あぁ」

 

「……いきててよかったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

「すまんすまん」

 

 

 

 スリーシャの気配がするところに、小さな精霊の気配もあった。リュウデリアとオリヴィアが近付いて、彼の姿を視界に収めると、泣きながら飛んできて鼻先をポカポカと叩きながら心配したのだと抗議してきた。

 

 母親のようなものであるスリーシャが心底心配しているから、自身も心配だが近くに居るのは譲り、ずっと森の再生という仕事をしていた。不安もあったが、リュウデリアならば大丈夫。お母さんを人間の国から助け出してくれたし、すごく強いからと考えて信じていた。

 

 怒り終わった後は、また涙を滝のようにダバーッと流しながら抱き付いてくる。小さいので誤って潰さないように気をつけながら背中を撫でてあやしてやった。スリーシャとオリヴィアが微笑ましそうに見てくるのに若干の居心地の悪さを実感しながら、宥め続けた。

 

 

 

「うぅっ……ぐすっ……」

 

「スリーシャの居ない間、良くやった。お前も逞しくなったな」

 

「ずずっ……えへへ……そうでしょ!おかあさんだけにやってもらうだけじゃ、だめだからね!」

 

「うむ。……さて、ではオリヴィアが着ていたローブを創るとするか」

 

「おぉっ、待ってたぞ。私の元に返ってくるのを」

 

「神族様はリュウデリアの創ったローブを破壊することが出来るのですね。流石は神といった具合でしょうか……」

 

「はッ。今度はそうはいかん。神剣でも斬れんような本気で防御性能が硬いものにしてやる」

 

 

 

 やはり自身の創ったものが、易々と斬られて破壊されたのが気に食わないのだろう。それもオリヴィアを攫って行った神が相手ともなると更に気に食わないらしい。なので今から創るのはまた防御性が強いローブなのだと思っているが、実際彼の頭の中で構築されている魔法陣は過剰も良いところだった。

 

 愛し合う番の関係となったオリヴィアを、今度は絶対に攫わせないという確固たる思いの元、魔法陣を展開して莫大な魔力を注ぎ込みながら創造していく。見た目は前回と全く同じ、フード付の足元まで全身を覆い隠せる純黒のローブだ。

 

 しかし今回は魔力と魔法で創造しただけでなく、あるものを組み込む。その為に、リュウデリアは右手で左腕に鋭い指先を立てて、鱗が生えている方向とは逆の方へと引いていった。力で無理矢理やっているので、びきびきと嫌な音を出しながら、純黒の鱗が剥がれて落ちていく。だがそれは肉から引き千切るのと同様の行為。故に鱗が剥がれたところからは血が流れ始めた。

 

 

 

「リュウデリア……っ!?一体何をしているっ!?」

 

「今回のローブには俺の鱗をふんだんに使う。その為に千切って剥がしているところだ。気にせんでも、剥がした鱗は数日でまた生えてくる」

 

「その前に私が治癒してやるに決まっているだろう!?まったく……目的を最初に言ってくれ。流石に驚いたぞ」

 

「オリヴィア様の言う通り、私まで驚いたじゃないですか!」

 

「ちがいっぱいでてる!もう!」

 

「ならこの血も使うとするか。龍の血は魔力の巡りを効率的にする事にも使える代物だからな。龍の鱗と血を使ったローブか……龍だけでも計り知れない価値があるが、俺のものとなると価値はまた跳ね上がるぞ。ははッ」

 

 

 

 突然自傷行為をすれば驚くだろう。そういったものとは無縁のものであろうリュウデリアがやれば尚更に。剥がれ落ちた鱗と、流れ出てくる血を魔力が浮かせて、ローブに組み込んでいる傍らで、オリヴィアはリュウデリアの左腕を治癒する。純白の光りを浴びると、忽ち傷は治り、剥がした鱗が生えてくる。

 

 ものの数秒で完治した腕を見て、流石だなと言うと、最初はジトッとした視線を向けていたオリヴィアだが、仕方ないなと溜め息を吐いてから微笑んだ。止めることは出来ないだろうから、出来ることといえば傷付いたところを治癒してやるだけだと判断したからだ。

 

 そして、体のサイズを小さくしている事で鱗もそこまで大きなサイズをしていないが、掛けている魔法を解けば1枚1枚が大きな鱗へと変わった。それを浮かせ、純黒の魔法陣が鱗の下に展開されると、名剣でも業物でも傷付かない硬度を持つ純黒の鱗が、創造されているローブに組み込まれた。

 

 魔法で組み込んだので、ローブは前と全く同じ柔らかさでありながら、純黒の鱗と同等の硬度を持つという不思議なものになった。そこへ常時発動型の魔法で、魔法と物理の威力の殆どを削る効果を作った。しかしここで、リュウデリアは目を細めた。前回は9割を削る効果を付けられたのだが、神々との殺し合いで実力が向上したのか、頭の中により高度で複雑な魔法陣が構築された。

 

 

 

 ──────何だ、やけに頭が冴えるな。全力で戦いながら複雑な魔法陣を構築し、弱点を見分けるために思考を止めなかったことが原因か?それとも死にかけたことか?何れにせよ、俺は()()したのか。

 

 

 

「どうかしたのか?リュウデリア」

 

「……いや、何でもない。良い魔法陣を思い付いただけだ」

 

 

 

 より複雑で高等な魔法陣を組み込んでいくリュウデリアは、今創っているローブが、前回創ったローブよりも性能が遙かに上がっている事を実感する。これは本当に相当な手練れでないと、オリヴィアに傷を入れることすら有り得ない代物だ。

 

 物理攻撃と魔法攻撃の9割を削るという性能は、10割削るものへと変わった。つまり与えられる攻撃を完全に無効化してしまうという恐ろしいものに。そこに、何らかの方法で完全無効化を破った物理攻撃と魔法攻撃を10倍にして返すというものを設定し、任意で行うことも出来るようにした。

 

 そして外から与えられる炎などによる熱への耐性として炎の完全耐性。他にも水、氷、雷、土、等といった複数属性への完全耐性を組み込んだ。最早このローブを破壊することはほぼ不可能となっている。だがこのままでは神が扱う神剣で斬られてしまうかも知れない。なので、ここでクレアとバルガスが構築した神殺しの魔法陣を使う。

 

 一瞬見ただけだが、どういったものであるのかを解析するのはその一瞬があれば十分だ。なのでその神殺しの魔法陣に少し改良を加えて、神耐性とも言うべきものを編み出した。これならば神の力が入れられている神器の神剣で斬られようが、神耐性を獲得したローブはそう簡単には斬れないし破壊されない。

 

 当然神殺しの魔法陣も刻み込むので、魔法で神を殺す事も出来る。純黒なる魔力でも普通に殺す事は出来るが、念には念を入れておく。注ぎ込む魔力も前回より膨大にしてあるので、魔力を使い切るということは無くなったのだ。

 

 

 

「出来たぞ。前のものよりも色々な意味で頑丈にしたからな。物理も魔法も無効化し、任意で10倍にして返す事も出来る。あらゆる属性への完全耐性を整え、暑さと寒さにも強くしている。神にも破壊できない神耐性も与えた」

 

「とんでもないな。普通に」

 

「リュウデリア、それ本気で創ったでしょう……」

 

「だれにもこわせないよ……」

 

「ついでにお前達が着ている服に掛けた防衛の魔法も強化し、魔力も更に注ぎ込んでおいた」

 

「わぁ……かじょうせんりょく」

 

「まだ1回も使っていないのに、本当に過剰ですね」

 

 

 

 呆れるほどの物を創り出しているリュウデリアは、ふふんと胸を張って得意気にしている。素直にすごいなと褒めれば、尻尾が左右に揺れた。分かりやすいなぁと思っても口には出さない。もう少し得意気になっているところを見ていたいから。

 

 創造の全工程を終えた純黒のローブが、リュウデリアの手からオリヴィアの手に渡される。手放してから2週間も経っていないのに、やっと戻ってきたという気持ちになる。それに今回のは鱗と血が使われているからなのか、前の物よりもより濃くリュウデリアを感じられているような気さえした。

 

 受け取ったローブを羽織って全身を覆う。肌触りも良く、本当にあの硬い鱗を使ったのかと疑問に思ってしまう程だ。物作りで良い腕をしていると頷き、手の平を上に向けてイメージをする。考えているのは小さな、掌サイズの炎の球。すると掌の上にイメージした通りの炎球が形成された。

 

 

 

「うむ、問題無さそうだな」

 

「私のイメージ通りのものが出たから、完璧だな」

 

 

 

 オリヴィアが頭の中でイメージしたものがそのまま形成されたので、満足そうにしていた。それを見てリュウデリアも満足そうだ。あっという間に創ってしまったローブではあるが、絶大な力を宿しておきながら、使用者であるオリヴィアを護ってくれる盾にもなる。

 

 このローブは伝説に記される勇者が身に纏っていたものと説明されても、確かにと納得してしまうだろう。スリーシャと小さな精霊の着ている服にも、イメージするだけで魔法が発現するものは組み込んでいないが、攻撃されたら過剰とも言えるカウンターを叩き込むようにはされている。

 

 リュウデリアと、彼と親しい者に手出しする者には大きな返しが待っている。知らず知らずの内に手を出そうものならば、もしかしたら国ごと消されてしまうかも知れない。

 

 

 

「オリヴィア、此処にはどの程度滞在する?行こうと思っていた国境の検問所から最寄りの街への方角は覚えているから何時でも良いぞ。飛べばすぐだ」

 

「そうだな……」

 

「私達の事は気にしなくて大丈夫ですよ。お話は聞かせてもらいましたし、行くところがあるのならば構いません」

 

「そうだよー!またあえるもん!」

 

「だ、そうだがどうする?」

 

「……なら、本当に道半ばで私が連れて行かれてしまったから、行ってみるか」

 

「分かった」

 

 

 

 次の街のことは気になっていたのだ。治める国が違えば、売っているものや生息している魔物も違ってくるだろうから。それにスリーシャ達も精霊なので悠久の時を生きる。リュウデリアが居れば飛んで会いに来ることも可能なので今生の別れという訳でもない。

 

 オリヴィアにどうするか決めてもらい、発つことになったのでこらだのサイズを元に戻す。見上げる大きさになったリュウデリアが掌を地面に付けると、その上に乗り込む。スリーシャと小さな精霊は手を振って見送りをしてくれている。

 

 偶然神界から弾き出された場所が、彼女達の居る森の真上であったので再会になったが、そんなに長い滞在とはならずに出発となってしまったので、次来るときは何か手土産でも持って来ようと決めた。

 

 オリヴィアを乗せた掌が持ち上がり、黒い半透明の障壁が球状に展開される。折り畳んだ翼を広げて一度羽ばたき、二度三度と羽ばたけばリュウデリアの巨体が持ち上がった。見上げながらも手を振り続けているスリーシャと小さな精霊に手を振り返し、別れの挨拶をする。

 

 

 

「世話になったな。また来る時は何か手土産を持ってくるから楽しみにしておくが良い」

 

「この数日ありがとう。お前達のお陰で、私は不安の重圧に潰されずに済んだ。心から感謝する」

 

「ふふっ。いえいえ。私達はリュウデリアとオリヴィア様に出来ることをしたまでです。どうかお気を付けて。また怪我をしないようにね」

 

「ばいばーい!またきたらあそぼうねー!」

 

 

 

 スリーシャと小さな精霊に見送られながら、リュウデリアとオリヴィアは大空へと飛翔した。元に戻った翼を存分に使い、少し上空で円を描いて旋回してから、目的の街がある方角へと飛んでいった。

 

 高度を上げて、街や国が小さく見えるくらいまで来ているが、念の為に姿を誤魔化す魔法を掛けておく。世界最強の種族である龍が上を通っただけでも、人間の国は大騒ぎになると踏んだからだ。

 

 

 

「国を跨ぐのは初めてだからな。もしかしたら違う種族に会えるかも知れないな」

 

「国によっては受け入れていないところもあるが、受け入れる体制を整えているのならば獣人が居るやも知れん。俺も見たことがないから、居れば良いのだが……そこらは行ってからの楽しみに取っておくとしよう」

 

「まあ、私はお前とならどんなところでも楽しめる自信があるがな」

 

「俺も、お前が居てくれれば何であれ楽しめる」

 

「……ふふっ」

 

 

 

 両想いになってから時間が経っていないので、オリヴィアはリュウデリアからのストレートな物言いに照れて、ほんのりと頬を赤く染めた。それに気が付いた彼は、面白そうに目を細めて笑った。

 

 

 

 

 

 

 神界での戦いがあって行くことが出来なかった、国境を越えて最寄りの街へ向かうリュウデリアとオリヴィア。1匹と1柱は、また新たな出会いを果たすのだろうか。まあそれは、着いてからのお楽しみなのだろう。

 

 

 

 

 

 






 純黒のローブ

 オリヴィア専用に創られたローブ。暑さと寒さに耐性を持つだけでなく、魔法の属性に対して完全耐性を持っている。その他にも物理攻撃無効化と魔法攻撃無効化を獲得し、任意で受けた攻撃を10倍近くにして返すことが出来る。内包された魔力も莫大なものとなり、なんと神耐性も持っている。神剣でも斬ることは出来ない。

 リュウデリアの鱗と血を組み込んでいるので、ローブらしくひらりとしていても、純黒の鱗と同等の硬度を持っている。魔力の流れも滑らかになり、魔法発動も早くなっている。人間が手に入れると一般人でも『英雄』に至れる程の代物。




 スリーシャ&小さな精霊

 数ヶ月ぶりの再会なのに、1週間やそこらでまた別れとなるが、長命の種族なので残念には思っていない。次はいつ会えるかと楽しみにしている。

 リュウデリアがオリヴィアを奪還するために神々を殺し回ったという話を聞いてえぇ……となったが、仲の良い同じ突然変異の龍と友達になったことを知ったら、自分のことのように喜んだ。




 リュウデリア&オリヴィア

 早速訪れる筈だった街へと向かっている。治める国が違えば見たことのないものがあるのではと楽しみにしている。リュウデリアの飛ぶ速度は速いので、10分やそこらで着いてしまう。




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第86話  最寄りの街

 

 

 

 

「──────身分証の提示を」

 

「私は冒険者だからタグを提示するとしよう」

 

「……確認した。ようこそ、領主様が治める街、クランカーへ」

 

 

 

 空を駆けるリュウデリアに乗って国境を越えたオリヴィアは、門番をしている2人の兵士の内、片方に身分証として冒険者のタグを提示し、許可を得て街の中へと入っていった。上げることが出来る橋があるのでそれを渡り、入っていくようになっている。下には深い堀があるので、魔物が街の中に入るのを防いでいる。

 

 外壁は石造りで、厚さは50センチ程度だろうか。剛腕を持つオーガ等が手に持つ武器を叩き付けない限りは壊されることはないだろう。やはり人が住む以上はある程度の外からの攻撃に対する防御の手段は持っておく必要があるだろう。故に、街や国といった大きな組織は、外壁を防壁としているのだ。

 

 街の中に入ったオリヴィアと、彼女の使い魔として肩に乗っているリュウデリアは、街の中は平和を享受していると感じる。圧制を受けている様子も無く、道行く人は笑顔だ。まあ仮に、圧制を強いられて民衆が貧富の差によって苦しんでいたとしても、彼等は何とも思わないのだが。

 

 

 

「さて、何か食べるか?それとも冒険者ギルドの方へ行くか?」

 

「ボアを喰ったばかりだから、取り敢えず冒険者ギルドの方へ行く。変わった依頼があるかも知れん」

 

「そんなに変わるものか……?まあいい。じゃあ冒険者ギルドへ向かうぞ。……あぁそこの者、すまないが冒険者ギルドはどこにある?」

 

「ん……?あぁ、この街にやって来た人かな。冒険者ギルドならこの通りを少し行ったら左側にあるよ」

 

「分かった。助かったぞ」

 

「いえいえ!では良い日を」

 

 

 

 先ず何をやろうかという話になり、取り敢えずの方針として冒険者ギルドへ行くことにした。場所が分からないので近くを歩いていた若い男性に声を掛けて場所を聞き出す。やはり国境を越えて一番近くにある街であり、訪れる者達が多いからか質問に慣れている感じだ。

 

 大通りを真っ直ぐ進んで行けば見えてくるとのことなので、オリヴィアは悠々と歩みを進めた。因みになのだが、冒険者であると証明するためのタグは、前まで首に掛けていたのだが、今は手首に掛けている。理由としては、首に掛けているとフードを外すかタグを一々外さなくてはならないためだ。

 

 無くさず持っていて、提示を求められたら見せれば良いだけなので、付ける場所はこれといって指定は無い。それに手首に巻いておけばすぐに見せられるので便利だ。攻撃を受けたら外れてしまうという理由で、殆どの冒険者は手首には巻かないが、オリヴィアに今更攻撃を与えられる者は居ないだろう。仮に居たとしたらリュウデリアが出て来るので結局は同じ事だ。

 

 純黒のローブを着ているオリヴィアはかなり浮いているが、冒険者で魔導士をしている者がローブを着て大通りを歩いていたりするので、住民は特にこれといった反応は示さなかった。それどころか、あまり見ない奴であり、街に来たばかりだと判断した店の者達が呼び込もうと声を掛けてくるくらいだ。

 

 適当に手を上げて拒否しながら歩いて行き、冒険者ギルドの看板が見えてきた。冒険者ギルドの名前は『金色の甲虫(ゴールデンビートル)』といい、2階建ての木造建築である。入口の扉を開けて中に入ると、昼間なのに騒がしい雰囲気だ。大体の冒険者ギルドは静かなときが無いので、騒がしいのがデフォルトと言っても過言ではない。

 

 

 

「おぉ……?こりゃまた真っ黒な奴が来たなぁ?」

 

「ここは冒険者ギルドだぞー?ママのおつかいならこんなところに来ちゃいけねーぜ!わっはははは!」

 

「ご用件はナニかなー?んー?」

 

「弱い者イジメは良くねーぜ!」

 

「いいぞいいぞー!喧嘩しろー!はははははは!」

 

 

 

「……あの純黒のローブ……もしかして……っ!?」

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアが入ってくると、洗礼のようなものを受ける。この程度で怖じ気づく程度ならば到底命の危険が付き纏う冒険者なんてものはやってられないからだ。だがこの洗礼というのは、冒険者登録をしていない気の弱い者達に効果のある洗礼だ。登録を済ませて、虚仮にされるのを嫌う者にすることではない。

 

 バカにした様子で笑っている冒険者達。その殆どが男であり、チラホラと女が見えるが助ける様子は無く、呆れたような表情をしているだけだった。そんな中で、受付嬢をしている20代くらいの女性がオリヴィアの格好を見て、何かに気付いたようでカウンターから出て来る。

 

 しかし遅かった。依頼が貼られている掲示板に向かっているオリヴィアの進行方向に出て来た男が居た。腰に付けた剣には細かな傷が目立ち、身につけている鎧にも使ってきたという証が刻まれている。身長は180程でオリヴィアよりも大きく、見下ろしている。顔に浮かべるのは笑み。出方を窺っているような目をしている。

 

 

 

「よぉ、何しに来たんだ?依頼でも受けに来たのか?言っちゃ悪いがお前みたいなひょろい奴は魔物にすーぐ食い殺されちま──────」

 

「邪魔だ。退け」

 

「……何?」

 

「退けと言っている。あと3秒以内に退かなければ、診療所に厄介になることとなるぞ」

 

「へぇ……そりゃ楽しみだなァ?」

 

「そうか──────精々後悔するがいい」

 

 

 

 男は挑発的な笑みを浮かべていたが、周囲の空気が変わった事を肌で感じ取った。騒がしかったギルド内が一気に静かになった。殺意……ではないが、身の毛もよだつ何かが流れている。このままだとどうなるか解らない。そんなものだ。

 

 見下ろしている純黒のローブを着た、声からして女だろうコイツから不穏な気配が向けられる。肩に乗っている見たことのない使い魔らしい魔物が黄金の瞳で見つめてきて、尻尾がゆらりと揺れた。その瞬間、男は恐ろしい程強大な攻撃的気配を感じた。

 

 変な脂汗を額に掻き始め、無意識の内に腰に付けた愛用の剣に手が伸びていて、本気で……殺す気で振るおうとしている。少し度胸を見るつもりで声を掛けただけなのだが、大変な事態になっていることを自覚した。静まり返った空気の中、男は使い続けている愛剣を引き抜く。

 

 

 

「──────そこまでです!」

 

 

 

「──────っ!!」

 

「……………………。」

 

 

 

 だが、男の愛剣が抜かれることはなかった。睨み合う両者の間に駆け付けた受付嬢が滑り込み、両手をそれぞれに向けてストップを掛けたのだ。殺伐とした空気が緩和されていく。男は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめて戯けている。だが内心では割って入って来てくれた受付嬢に感謝していた。

 

 恐らく、このまま剣を抜いていれば()()()()()死ぬことになっていた。別にそこまでやり合うつもりはなかったので、正直助かったと思っていた。その件の受付嬢は眉間に皺を寄せて怒っています!という表情をし、男の鍛えられた胸筋に人差し指を突き付けているのだが。

 

 

 

「トラバさん!あなたは今、とっても危なかったんですからね!」

 

「悪かったよ。そこの黒い嬢ちゃん傷つけちまうところだった」

 

「はい?……あぁ違いますよ。トラバさん()本当に危なかったんです!この人はオリヴィアさん。Dランク冒険者でありながら、隣国を襲った魔物の大群で多大な活躍をし、更にはその中に居た推定Sランク相当の突然変異オーガを単独で斃したというとんでもない実力者です!」

 

「は……はぁ!?Sランクの魔物を単独!?何かの間違いだろ!今ヒナちゃんがDランクだって言ったじゃねーか!」

 

「オリヴィアさんは飛び級のランク上昇を拒否しているので、普通の速度でランクを上げているだけです!冒険者協会からはAランク冒険者の3人を一度に再起不能にしたという記録もあります!正当防衛が成り立っていますが、相手は四肢を斬り落とされる重傷……今剣を抜いて斬り掛かっていれば、トラバさんは今頃冒険者を続けられない体になっていましたよ!反省して下さい!バカにしていた他の方々もです!」

 

「こ、コイツが……そんな奴だったとは……」

 

 

 

 受付嬢の介入によって、絡んできた男であるトラバは信じられないものを見るような目でオリヴィアを見ていた。周りに居た冒険者達も、サラッとやって来た奴がそんな大物だったとは知らず、もしかしたら受付嬢が話した四肢を斬り落とされて再起不能になったAランク冒険者みたいになっていたかも知れないと思うと生唾を飲み込んだ。

 

 ということは、あの時感じた不穏な気配というのは、割と本気で危険な状態だったのかと反省したトラバと、素直に謝りながら頭を下げる彼に、腰に手を当てて怒っている受付嬢の構図がある。それを尻目に、オリヴィアはその横を通り過ぎていき、さっさと依頼が貼られた掲示板の前まで行ってしまった。

 

 最早トラバの事など眼中に無いという行動に少し思うものがあるが、次絡みに行けば十中八九ぶちのめされると解ったので、何も言わずに座っていた席へと戻っていった。謝罪も受け取ろうとしていない感じなので、先までのやりとりのすぐ後で話し掛けても嫌がられるだろうと考えて近付くのをやめた。

 

 トラバの冒険者ランクはA。ベテランと言っても良いほどの実力者なのだが、同じAランク冒険者が3人同時にやられたともなれば、自信に勝ち目は殆ど無いだろう。引き際を見極めるのも、冒険者をやっていく上で必要なスキルなので、それに従うのだ。

 

 

 

「ゴーレム3体の討伐。誰かが造ったのか……?……土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した存在がゴーレムか。なるほど……変わった魔物だからこれにするか」

 

「あの……オリヴィアさん?」

 

「……先の受付嬢か。何用だ?」

 

「えっと、先程は勝手にオリヴィアさんの事を話して申し訳ありませんでした!……いくらトラバさんを止めるのと、他の方々の牽制するためだとしても個人情報を勝手に漏洩してしまったので謝罪をと思いまして……」

 

「既に情報を漏らしてしまった以上、どうしようが意味は無い。ならばもう良い。咄嗟であり、意図していないならば赦す。だがまた同じ事をした場合は故意によるものと判断してそれ相応の罰は受けてもらう。良いな?」

 

「はい……ありがとうございます。そして本当にすみませんでした……っ」

 

「解ったからもう良い。それよりこの依頼を受ける。手続きをしろ」

 

「あ、はい!お任せ下さい!」

 

 

 

 (わざ)とではないにしても、冒険者の個人情報を勝手に他の者達に話してしまったので誠心誠意の謝罪をした。深々と頭を下げる受付嬢に、1つ溜め息をして赦してやった。だが同じ事をすれば、それは故意であったものとみなすと警告を入れておく。別に喋られて困るものでもないが、勝手に喋られるのは不快だ。

 

 掲示板から依頼書を千切って頭を上げた受付嬢に渡すと、パタパタと急いで受付カウンターの方へ行って手続きを始めた。他の冒険者達は、相当な実力者だと解ったオリヴィアの事を遠目に見てさり気なく観察しているので、受付はスムーズに進んだ。

 

 ゴーレムを討伐する依頼は冒険者ランクDから受けられるものなので、オリヴィアが受けられることを受付嬢は知っている。なのでタグの提示はせずに手続きは完了した。その旨を受付嬢が話すと、その場から踵を返して扉から出て行ってしまった。

 

 彼女達のことを見ていた冒険者達は、はぁ……と息を吐き出した。Aランク冒険者を歯牙に掛けず、Sランク相当の魔物を斃す存在が、血気盛んだったらどうしようかと警戒していたのだ。あとバカにした事への報復を恐れていたという節もあるが。

 

 

 

 

 

 

 手を出したりバカにするのはやめよう。そう心に誓った冒険者達とは別に、オリヴィアとリュウデリアは仲良く笑い合いながら目的のゴーレムの元へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 






 街・クランカー

 辺境伯が治める街で、国境を越えた者達が大体寄る。レッテンブルと同じくらいの広さを持ち、魔物が居るので外壁の外側は堀がある。出入り口は2箇所あり、北側と南側に設置されている。上げることが出来る橋が架かっているので、いざという時は上げて誰も中へ入れないようにする。




 受付嬢・ヒナ

 冒険者協会からのお達しで、オリヴィアの特徴等を把握していたので、絡みにいくと重すぎる返しが来ることを察し、殺伐とした雰囲気の中に入り込んだ女性。受付嬢歴は6年。なので冒険者達の全員と顔馴染みであり、冒険者達は彼女の言うことにはちゃんと従う。

 年齢は20代であり、彼氏は居ない。良いかも……と思っている男性が居る。同じ20代の細身で筋肉質な男性。笑顔が素敵らしい。




 オリヴィア

 ギルドでトラバに絡まれた時は、自身が四肢を斬り落としてやろうと考えていたが、受付嬢が止めたのでやることは無かった。だがしつこく絡んでくる奴が居れば遠慮なくやる所存。




 リュウデリア

 トラバがオリヴィアに斬り掛かろうとした時、密かに尻尾の先に純黒なる魔力で形成した刃を用意していた。抜剣していたら確実に達磨にしてた。



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第87話  偶然








 

 

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「3体目だな」

 

「ゴーレムも脆いんだな。風の刃で一刀両断だ」

 

「一応核を破壊せねば何度も再生するのだが、良く核の位置が解ったな?3体それぞれ違う場所にあったというのに」

 

「……?勘だ」

 

「勘……」

 

 

 

 えぇ……勘でイケるものなのか?と微妙な気分になるリュウデリアに、オリヴィアは胸を張ってフードの中でドヤ顔をした。ふふんと言いたげな表情に、やはりセンスがあるんじゃないか?と疑問に思いながら、肩から降りて倒れて崩れたゴーレムの元へ飛んで行く。

 

 ゴーレムというのは、土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した魔物の事である。本体は『核』と呼ばれる半透明の小さな球体が体の何処かに存在し、それを破壊することによってゴーレムは機能を停止する。核を破壊されない限り、周りにある土塊を吸収して欠損した部位を修復する。ただし、それには魔力を使うので、ジリ貧になるだろうが部位を欠損させるダメージを与え続けて魔力を空にすることでも機能停止させることも出来る。

 

 飛んでゴーレムの元へ行くと、リュウデリアは崩れた土塊の一部分に腕を突き入れ、中から半透明の球体である核を取り出した。風の刃で真っ二つになっており、それは中心をしっかり捉えている。魔力を精確に感知できる自身からすれば、魔力が最も集中している箇所が視えているので問題ないが、魔力が無いオリヴィアには苦労するものだろう。

 

 だがオリヴィアは、ゴーレムの核を捉えている。ど真ん中を確実に。それも集中して位置を決めるのではなく、見つけてから殆どノータイムで魔法を撃ち込んでいる。端から見れば勘でやったというよりも、核がどこに存在しているのか解っていたかのような動きなのだ。

 

 目を細めて手の中にある真っ二つになった核を眺めていたリュウデリアは、まあいいかと肩を竦めて異空間に仕舞った。受注した依頼の目的はゴーレム3体の討伐であり、今のが最後の1体だったので依頼は終了した。あとは街に戻ってギルドで報告するだけだ。

 

 ゴーレムは唯の土の塊なので食べられるところは無い。なので何時ものように依頼で指定されている量よりも多く斃して換金もせず、自分達で食べるということは出来ないのだ。より多く斃して追加報酬を貰っても良いが、金に困っている訳ではないので、今日はここまでにしておく事とする。

 

 

 

「1時間くらいで終わってしまったな」

 

「たったの3体だ。普通はこれ程簡単には終わらんだろう」

 

「んー、時間も余っているし、帰って宿探しをして、その後適当に食べ歩きでもしようか」

 

「そうだな。それで良いと思う……何だ?」

 

 

 

 足下が揺れた。地震が起きる時の初期微動のような細かな揺れが突如として発生する。攻撃的なものは一切感じ取れなかった。天変地異とも思いづらい。オリヴィアも突然のことで警戒していて、いつでも何かが来ても良いように、上に向けた掌の上に純黒の炎を灯した。

 

 一方リュウデリアはその目で魔力の流れを視ていた。大地に流れている自然の魔力が何処かへ流れている。それを追い掛けていくと、10メートル程離れたところの1箇所に集まっていた。それなりの魔力だ。誰かが意図的に集めているのだとしたらすぐに解る。それが感じ取れないということは、それも自然的であるということ。

 

 1箇所に集まった魔力が形を為していき、土が隆起して入口らしきものへと変貌した。人が横並びに3人入っていけるような大きさをしている。地揺れが起きてから現れた下に続く入口にオリヴィアは興味を持ち、肩にリュウデリアを乗せながら近付いていった。

 

 中を覗き込めば暗闇に包まれていて、奥がどうなっているのか見えない。しかし下に向かって続いていることは解るので洞窟のようなものだろうか。壁も人の手で掘っていった通り道のように無骨なものだった。

 

 

 

「これは一体……」

 

「運が良いな。これは“ダンジョン”だ」

 

「ダンジョン?」

 

「大地に張り巡らされている龍脈から魔力が流れ、地下空間を形成することがある。中は部屋のようなものがあったりする。魔物も存在するが、それはダンジョン内でのみ生きることを許された、謂わば魔物の記録だ。殺しても死体はダンジョンに吸収される」

 

「普通の魔物ではないということか……しかし、生き物でもないダンジョンが何故魔物を内部に発生させるんだ?」

 

「ダンジョンは本物の生き物ではないが、生き物と同じようなものだ。突如として生まれ、内部の最深にダンジョンの核がある。それを破壊されれば数日の内に崩壊するらしいぞ。魔物はそれを護る為に配置されている、謂わば侵入するウイルスを殺す為の抗体みたいなものだ」

 

「ふむ、態々中に入って核を壊す必要はあるのか?中に蔓延る魔物はダンジョン内部でしか生きられないのだろう?放って置いても良いと思うが」

 

「実はそうでもない。ダンジョンは其処らに転がっている誰かの武器やら消耗品を巻き込んで生まれる。武器や防具は魔物に装備させる。となれば、魔物を殺したらダンジョンに吸収されるから意味が無いにしても、装備している装備などは吸収されずにその場に残る。つまり、掘り出し物を狙えるかも知れんそれらを狙って潜る者達が多く居る。冒険者とは違い、ダンジョン一筋でやっていく者達を探索者と呼ぶらしいぞ」

 

「本の知識か?」

 

「うむ。大きなものは国が管理して1つの名物にしていることもあるとも書かれていた」

 

 

 

 本を読んで得た知識をオリヴィアに伝えて説明するリュウデリア。それを聞いて、近くにダンジョンが発生したのは偶然かと頷くオリヴィア。本当に偶然生まれただけなので、今日は運が良い日だなと笑みを浮かべた。

 

 入らなければ危険が無いと解ると、恐る恐る中を覗き込んでいた体勢から、堂々と中を覗き込む。しかし暗いので中を奥まで覗き込むことが出来ない。そこでオリヴィアは明るく発光する光の球をイメージして創り出し、中に向かって投げ入れた。明かりがあれば中が見えるので、20メートル程の斜め下に続く通路となっていて、その先は広い空間が広がっていることが解った。

 

 さて、このダンジョンは街に報告すべきものなのだろうかとリュウデリアが考えていると、人差し指の上に小さな光の球を浮かべたオリヴィアが中へと入ってしまった。早速行くのかと横を向いてみると、今は必要ないと判断したのか被っていたフードを外し、ソワソワとした顔をしている彼女を見た。

 

 

 

「すまんが、探索させてくれ。折角のダンジョンなんだ。良いだろう?万が一強い魔物が居てもお前が居るんだ。な?」

 

「……まあそうだな。俺が居れば万が一も無いだろう。どうせ街に戻ってもそこまでやることは無いんだ。ならば暇な時間はこのダンジョン攻略に当てるか」

 

「ふふっ。話が分かるなぁリュウデリアは。愛してるぞ」

 

「まったく……俺も愛している」

 

 

 

 ふんふんと鼻歌を歌いながら進んで行くオリヴィアの肩に乗りながら、リュウデリアは魔力を超音波状に飛ばしてダンジョン内を瞬時にスキャンした。全体の大きさに、生み出された魔物全ての数と配置。広場の数に階数。そして核の位置すらも把握した。

 

 リュウデリアを相手に迷路は意味が無い。答えを教えているようなものなのだ。全てが筒抜けだからこそ、彼を連れていれば最速でダンジョン攻略をすることが出来る。だが彼はオリヴィアに道を教えない。何故なら、折角楽しみながら潜っているのだから、答えを教えたらつまらないだろうと考慮したからだ。

 

 経験した事の無い新しいものを知れて、オリヴィアはご機嫌そうだ。歩く速度も速く、口の端が持ち上がって笑っているのが解る。普通ならば武装を整えて中に入るのだろうが、このダンジョンはそんなに大きくなく、強い魔物も居ないので大丈夫だろう。純黒のローブを身に纏っていれば過剰も良いところではあるが。

 

 

 

「む、魔物だ。あれは……なんだゴブリンか」

 

「最初だからな。所詮は一番最初に会敵するだけの存在だ」

 

「少し拍子抜けだが、燃やしてしまおう」

 

 

 

 傾斜の通路を降りて少し広い空間に出ると、錆びた果物ナイフを手に持ったゴブリンが5匹待ち構えていた。ダンジョンに入ってきたオリヴィア達は、謂わば侵入者以外の何物でもないからか、ゴブリン達は気付いた途端に向かってきた。錆びたナイフで裂傷を負えば、鋭いナイフで斬られるよりも重傷となるだろう。

 

 早々と斃そうとして向かってくるゴブリン達に、オリヴィアが向けるのは純黒の炎の津波だった。左右いっぱいの逃げ場を与えない炎の津波が襲い掛かり、意気揚々と向かってきていたゴブリン達は呆然としたまま呑み込まれた。

 

 残っているのはゴブリンだった黒い焦げた何かが5つだけだ。それを少し眺めていると、地面に溶け込むように消えていった。リュウデリアの言う通り吸収されていった場面を目撃したオリヴィアは、おぉ……と、小さく感嘆とした声を出した。死体で、それも真っ黒に焦げて小さくなったものなのに、それすらも吸収するのかと。

 

 因みに、ゴブリンが手に持っていた錆びた果物ナイフは、ダンジョンが回収した代物なのでお宝扱いなのだが、どう考えても要らないので転がっているのを無視した。ゴブリンの殲滅を終えたので奥へ続く道へ入る。死体が残らないと邪魔にならないのでスッキリして良い気分だと感じる。

 

 斃して部位を剥いでも、その部位は時間が経つと砂のように姿を変えてダンジョンに吸収されてしまうので、会敵した魔物を真面目に相手するだけ無駄とも言えるだろう。下手に逃げれば追い掛けてきて、逃げた先に居る魔物と合わせて戦闘する羽目になるので、全部が全部無駄とは言い切れないが、少なくとも討伐したと報告することが出来ない。

 

 ダンジョン内の魔物は斃しても明らかなメリットにならない。しかしそれでもオリヴィアは楽しそうだった。元々金が目的ではなく、興味本位の探索なので何も無くても経験できているだけで楽しいのだ。

 

 

 

「次の広い空間に出たな。護っている魔物は……またゴブリンか」

 

「くくッ……ゴブリン率が高いな」

 

「武器は薪割りに使う斧か?……もう少し良い武器を持たせれば良かろうに」

 

「ここらには落ちていなかったということだろう。まあ仕方ない。こればっかりはな」

 

「むむ……じゃあ、今度は槍を使おう。魔力で形成したものだがな」

 

 

 

 リュウデリアが乗っている肩から飛んでい退いた。恐らく槍を投擲するんじゃないかと思ったからだ。その予想に正しく、オリヴィアは掌に純黒なる魔力で形成した槍を握り、右腕を振りかぶりながら左脚を前に出して踏み込んだ。

 

 2階の広い空間に居たのは柄の短い斧を持った3匹のゴブリンだった。1階に居た5匹のゴブリンよりも少し筋肉質になったこと以外は特に変わっておらず、ナイフが斧に変わったぐらいだ。当然武器の斧は錆びていて回収しても使い物にならないだろう。

 

 3匹のゴブリンは駆け出した。侵入者を討ち取る為に。それに対するはオリヴィア。距離を開けた状況で投擲された純黒の槍は、3列に横並びにして駆けるゴブリンの内、真ん中の眉間に吸い込まれるように飛来した。世凝る間もなく槍は頭を貫通し、半ばで止まった後光を放ち大爆発を起こした。

 

 魔力爆発で純黒なる魔力がドーム型になって広がり、両隣に居たゴブリンを容易に巻き込んだ。手に持つ戦利品に成り得た斧も消し飛び、ゴブリン達も当然の如くこの世から消えた。ダンジョンに吸収される死体も無いほどの徹底的な消滅であり、地面も円形に抉れ飛んでいる。リュウデリアは体のサイズを人間大にして、オリヴィアの隣に降り立った。

 

 

 

「投擲の技術が随分と上がったな。やはり戦いの才能があるぞ、オリヴィア」

 

「本当か?見様見真似でやっているだけなんだが……引き出しが増えたようで嬉しいな」

 

「今度槍だけでなく他の武器の扱いも慣れたらどうだ?他の奴等からすれば、強力な使い魔を持つ魔物使いの魔導士でありながら近接も熟す存在となるぞ」

 

「別に他の者達がどう思おうと興味は欠片も無いが……リュウデリアが教えてくれるならやるぞ?」

 

「……俺は龍だから武器の扱いを覚える必要は無いのだが……」

 

「もしかしたら使うようになるかも知れんだろう?折角クレア達を除いた他の龍には無い、恵まれた姿なんだぞ。使えるものは使ってこそだと思うが?」

 

「そう……か?……そうか。そうだな。使わないにしても覚えて損することは無いか。ならば後で練習するとしよう」

 

「頑張ってな。リュウデリアならば何の武器だって扱えるようになるだろうさ」

 

 

 

 曇り無く、全幅の信頼を寄せるオリヴィアに、ニコリと微笑みながら言われたのでは頑張らない理由が無い。龍だからと特別な技術は必要ないと考え、興味本位で振った槍以外は手を出していなかった。使い方は本を読んだのである程度理解している。となると、後は練習あるのみだ。

 

 隣を歩くオリヴィアの為ならば、少しの練習くらいどうということはない。頭の中で武器を扱う自身の動きを思い浮かべてシミュレーションを繰り返しつつ、次の階を目指した。

 

 

 

 

 

 あとどのくらいの階層があるのかと、リュウデリアの手を握りながら楽しみにしている横で、このダンジョンは残り2階層しかないんだよな……と、微妙な気持ちになっている彼に気が付かないオリヴィアだった。

 

 

 

 

 

 






 ゴーレム(土)

 土塊に魔力が宿り、少しの自意識を獲得した魔物の事である。本体は『核』と呼ばれる半透明の小さな球体が体の何処かに存在し、それを破壊することによってゴーレムは機能を停止する。核を破壊されない限り、周りにある土塊を吸収して欠損した部位を修復する。ただし、それには魔力を使うので、ジリ貧になるだろうが部位を欠損させるダメージを与え続けて魔力を空にすることでも機能停止させることも出来る。

 謂わば核に宿る魔力が動力源なので、時間経過だけでも自壊するのだが、薄らぼんやりとした自意識を持つが故に、近くに居る者に襲い掛かったりするので、魔物として討伐対象となる。




 龍脈

 大地に張り巡らされた魔力の流れる道のこと。簡単に言うと地球の血管みたいなもの。




 ダンジョン

 龍脈に流れる魔力が漏れ出て形を為し、地下空間を広げているものを指す。広さは1つ1つ異なっており、大きければ大きいほど、内部にある掘り出し物のお宝に期待が出来る。発生する魔物は生き物ではなく、記憶にすぎない。討伐されて死んだ死体が土に還り、龍脈を通じて記録されてダンジョンに使われる。

 地中に埋まっていたりする武器や防具、消耗品などが存在するのでそれを狙って潜る冒険者も居る。当然お宝が殆ど出ないようなダンジョンもあるため、そこら辺は完全に運との勝負。

 一番最深の場所にはダンジョンの核が存在し、それを破壊すると勝手に自壊する。すぐに崩壊はせず、数日掛けて崩壊していくので壊したからといって生き埋めになることは無い。だが間に合わないと生き埋めになるので注意が必要。




 探索者

 冒険者とは違い、ダンジョンに潜ってお宝を発見し、売却したりすることで生計を立てている者達。探索者のギルド等も存在している。

 ダンジョン一筋でやっていっているので、金目の物が目当てで不定期に潜る冒険者よりも経験が上で手慣れている場合が多い。




 オリヴィア

 ダンジョンというものを知らず、偶然近くにできたのは運が良いと良い気分になり、どんな感じなのかワクワクしながら潜っている。だが残念なことに、このダンジョンは小さくて全4階層しかないし、部屋から部屋へは一直線である。




 リュウデリア

 魔力を使ってダンジョンの全体像を早々に看破した。そしたら思ってた以上に小さくてえ!?と内心驚いて、めっちゃ楽しみにしているオリヴィアを見て微妙な気持ちになっている。教えてあげたいけど……なぁ?みたいな。

 オリヴィアが武器を扱えるようになりたいとのことなので、まずは自分が武器の扱いを覚えることになった。龍なので体と魔法が武器であるのだが、愛する者の為ならば是非も無し。



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第88話  貧弱








 

 

 

 

「何故またもゴブリンなんだ……っ!!」

 

「あー、偶然だろう偶然」

 

「まさか、これから先の階層も全部ゴブリンなんじゃないだろうな……?」

 

 

 

 少し錆びただけの剣を手にしたゴブリン3匹と対峙しながらオリヴィアは納得いかないと吠えた。折角ダンジョンに入ったのに、出会う魔物が今のところゴブリンで皆勤賞だからだ。もう見飽きたから出て来なくて良いとすら考え始めている。

 

 因みに、リュウデリアは魔力を使った察知で次の階層にもゴブリンが居ることは知っていた。傾斜の通路を進んで3階層目の広い空間に出ると、待ち構えているのが武器が変わっただけのゴブリンであると。強いていえば2階層よりも、より筋肉質な体付きになっているといった具合か。まあ結局ゴブリンなのだが。

 

 流石のオリヴィアでも苛つきが見て取れた。内部を照らす明かりをリュウデリアに任せ、カツカツと苛立たしげに靴底と地面が叩き合う音を出して前に進み、腕を軽く広げて両手の平を上に向け、直径15センチ程の純黒なる魔力で形成した球体を浮かべた。

 

 

 

「ゴブリン、ゴブリン、ゴブリンと……3回目だぞ!?いい加減に(くど)いわッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 1階層と2階層は、向かってくるゴブリンに魔法や魔力の槍を放って迎撃し、一撃の下に殲滅した。しかし今回は違った。剣を持ってニヤリと嗤うゴブリンが、あたかも強者感を醸し出している事に苛つき、無表情のままビキッと額に青筋を浮かべたオリヴィアが駆け出した。

 

 最初こそ突如向かってくるオリヴィアに動揺していたゴブリン達なのだが、すぐに剣を構えながら前に進んだ。駆けて両者の距離が近付くと、ゴブリン達が剣を無雑作に振り上げて、跳躍しながら振り下ろした。体重を載せた一撃で、防御したとしてもその防御ごと斬ろうという魂胆なのだろう。

 

 振り下ろされる剣がほぼ零距離まで来た時に、オリヴィアは対するが如く左手を前に突き出した。純黒なる魔力で形成された球体と剣がぶつかり合い、剣をへし折りながらゴブリンの上半身を爆発で消し飛ばした。元から爆発する予定の魔力の球体を、押し付けたのだ。例え剣越しだとしても、発生させた爆発の威力はゴブリン程度の肉体を消すのも容易だった。

 

 先頭を走って斬り掛かった仲間のゴブリンが下半身だけにされて大きな動揺が生じた。その隙を突いてオリヴィアから見て右側に居るゴブリンの顔に、右手の平に形成した魔力球を押し付けて爆発させた。頭部が完全に消し飛び、頭を無くした体は剣を取り溢しながら力無く倒れた。

 

 

 

「……ッ!!──────ッ!!」

 

「あとはお前だけだッ!!」

 

 

 

「おぉ……」

 

 

 

 2匹目もやられてしまった。もう浮かべるのは動揺ではなく、仇を討つとでも言いたげな覚悟だった。だから、ゴブリンがそう人間くさい事をするなと心の中で罵倒しながら、オリヴィアは背後から襲い掛かるゴブリンを顔だけ振り向かせながら睨み付けた。そして体を振り返りさせ、後ろ回りになりながら右脚を持ち上げた。

 

 顔面に向けての上段後ろ回し蹴りだった。完璧な軌跡を描いて、ゴブリンの横面に吸い込まれるように踵が叩き込まれた。普通の回し蹴りならば昏倒する程度の威力はあるのだが、決定打に欠けていただろう。しかしオリヴィアは、魔力で全身を覆って肉体強化をしていた。つまりこの回し蹴りには、見た目以上の威力が籠められている。

 

 ゴブリンの頭は、回し蹴りだけで首から千切れ飛んだ。ぶちりと肉が千切れて頭が飛んでいき、壁に激突して柘榴のように弾けた。ばしゃりと血が飛び散った後は、ダンジョンに吸収されて何も無くなってしまった。少しずつゴブリン達の死体が溶け込んでいく様を見て、ふんッと鼻を鳴らして視線を切り、次へ続く通路へと向かっていった。

 

 リュウデリアはそんなオリヴィアの後に続きながら、随分と美しい回し蹴りだったなと思い返していた。あの動きはやったことが無いから、恐らく彼女が独力でやったのだろう。それにしては動きが完璧だったと、どこで覚えてきたんだかと疑問を抱きつつ感嘆とした。

 

 

 

「……っ!リュウデリア、見てみろ。今度はゴブリンではないぞ!いや待て……あの背後の半透明な球体はなんだ?」

 

「……さぁな?」

 

「あの魔物が護っているようだが。つまりは重要な物なのだろう。それに他の階層に続く通路が無い。此処で終わりに見える」

 

「ふむ、かも知れないな?」

 

「…………──────4階層しか無いではないかっ!」

 

「………………ぶふッ」

 

 

 

 ちょっと噴き出して笑ってしまったリュウデリアに振り返り、ジトッとした目を向けてくるオリヴィアに手を振って誤魔化す。楽しみにしていたダンジョン攻略が、通路と広い空間が繰り返し繋がっただけの一本道で、たったの4階層しかないことに気付いたのだ。

 

 彼女の頭の中では、枝分かれした通路などを迷ったりしながら少しずつ進み、何十という階層を突破して、最深に居るだろう魔物を倒し、ダンジョンの核を破壊して達成感に満ちながら出て来るという想像が広がっていた。結果がこんなショボいダンジョンだったともなると、想像と現実との落差が酷すぎて笑えない。

 

 だが、最後の最後でオリヴィアはホッとすることがあった。それは最後の階層の、壁に埋め込まれたダンジョンの核を護る魔物が、ゴブリンではなかったからだ。甲冑に身を包み、地面に直剣を突き刺し、柄頭に両手を置いて侵入者を待つ、騎士のような姿をした魔物だった。

 

 背丈が高いので、背丈の小さいゴブリンではないと察し、流石に全部ゴブリンだけということは無くなった。これが皆勤賞ものだったら、魔力にモノを言わせた魔法を叩き込んでダンジョンの核ごと諸共に消し飛ばしていたに違いない。

 

 4階層目に到達してオリヴィア達が近付くと、地面に刺していた直剣の柄を握って引き抜き、中段に構えた。如何にも人間の騎士と戦おうとしている気分になる。これは最深に居るのだから前までのゴブリンとは戦闘力が違うだろうと期待して、オリヴィアは風の刃を横一閃に放った。

 

 結果、甲冑を着た魔物は腰辺りから直剣ごと真っ二つになって地面に転がった。は?とオリヴィアが呆然とした声を漏らし、リュウデリアはその一幕を後ろで眺めながら、ぶふッ……と再び噴き出した。

 

 

 

「な、何故今のだけで……?」

 

「手にしていた剣で斬り払おうとしたはいいが、風の刃が鋭すぎて諸共両断してしまったという訳だ」

 

「避ける暇も無かったと……?」

 

「うむ」

 

「……こんな呆気なく終わるなんて……」

 

「まあ、こんな小さいダンジョンなのだ、配置されている魔物が弱くても不思議ではあるまい。だがそれよりも……甲冑の中身を見せてもらおうか」

 

 

 

 口を尖らせてつまらなそうにしているオリヴィアの横をクツクツと笑いながら通り、真っ二つになって動かなくなった甲冑の傍による。しゃがみ込んで、頭部を護るフルフェイス型のヘルムに手を伸ばし、雑に正面から掴んで力を籠めた。みしりと金属が拉げる音を出しながらヘルムを無理矢理握力だけで千切って毟り取る。

 

 オリヴィアからはリュウデリアの背中しか見えず、ヘルムを毟り取ってから彼が動かないので何かあったのかと思い近付くと、彼の肩が細かく震えている事に気が付いた。何かあったのは間違いないようだと思い、近付いてくるオリヴィアに、彼は立ち上がった。

 

 甲冑を着た魔物の後頭部を掴み、上半身を宙吊りにしながら、やって来たオリヴィアに見せつけた。ヘルムを毟り取った事で中身である顔が見えるようになっていた。人差し指の先に灯した光がそれを映し出す。何度も見た、今となってはもう見たくないと思っていたもの。そう、ゴブリンだ。

 

 

 

「結局ゴブリンだったのかっ!!」

 

「ブフォ……ッ!!」

 

「なんだこのダンジョンは!出て来るゴブリン……じゃなくて、出て来る魔物はゴブリンだけか!何の嫌がらせだ!それに此奴……明らかに8頭身はあるぞ!?気持ち悪い!」

 

「…っ……ククッ……はっははははははははははッ!?ま、まさか……っ!甲冑の中身までゴブリンだったとは!?それに……ぶふッ……このゴブリンは随分と脚が長いな……っ!スタイルが良すぎて変に気持ち悪い……っ」

 

「私の初ダンジョン制覇が……ゴブリンダンジョンになってしまった……っ!」

 

「ははははははははははっ!!はぁ……はぁ……はーッ。これは逆に運が良いと言って良いのではないか?ふふ……」

 

 

 

 掴んで宙吊りにしていたスタイルの良いゴブリンが砂と変わり始めたので、リュウデリアは適当に放り投げて捨てた。そして面白くて腹を抱えて笑う。尻尾が地面をバシバシと叩いて罅を入れていき、背中に生えている翼がバッサバッサと羽ばたいた。目尻に笑いすぎて涙を浮かべて、それを指で拭ってまた笑う。

 

 オリヴィア的には全く面白くないので、眉間に皺を寄せてムッとしながら足音を鳴らして、笑うリュウデリアの横を通り過ぎて半透明の、壁に埋まったダンジョンの核の前までやって来て、魔力で形成した槍で一思いに刺し貫いた。びしりと罅が全体に広がって砕け散る。思い入れも何も無い、つまらないダンジョンの核を破壊したオリヴィアも、つまらなそうだった。

 

 暫く笑って落ち着いたリュウデリアは、ダンジョンを形成している、壁や地面に張り巡らされた魔力の筋が不安定になっているのを視て、崩壊速度から4日辺りでこのダンジョンが完全に自壊すると当たりをつけた。

 

 その後、最早居る意味は無いということで一本道を戻っていき、地上に出た。リュウデリアは面白い事を見れたのか上機嫌で、オリヴィアは全く面白みが無かったからムスッとしている。街に帰る為に歩きながら、機嫌が悪そうなオリヴィアに苦笑いして、後ろから頭を撫でた。

 

 

 

「そう機嫌を悪くするな。笑いすぎた事は謝ろう、すまなかった」

 

「……もう気にしていない。だが……尻尾を貸してくれ」

 

「良いぞ。ほれ」

 

「……街に入るまでこのまま。周りには幻覚の魔法か何かで誤魔化して」

 

「あぁ。了解した」

 

 

 

 歩きながら尻尾を差し出すと、オリヴィアは両腕を使って抱き締めた。まだ少しムスッとしているが、尻尾を抱き締めた事で幾分か和らいだように見える。機嫌が直るならば尻尾を差し出すくらい軽いものだ。

 

 尻尾を抱き締めながら、尖った先端の部分を指でクルクルと絡めたり、指先でぴちぴちと弾いて弄ったり、純黒の鱗を指の腹で擦ったり、頬擦りしたりとやりたいことを自由にやり続けた。街へはそんなに離れている訳でもないので数十分歩いて到着し、ギルドへ直行した。

 

 リュウデリアは体のサイズを落としてオリヴィアの肩に乗っている。ギルドの中へ入り、冒険者達が入室したのがオリヴィア達だと解ると少し静かになった。カウンターへ真っ直ぐ歩みを進めていても、途中で絡んでくる者は居なかった。四肢を斬り落とされるリスクを態々負おうとは思わないだろう。

 

 個人情報を勝手に漏らしてしまった受付嬢のヒナは引き攣った笑みを浮かべていた。まあそこら辺はもうどうでもいいので、早速依頼の討伐対象だった壊れたゴーレムの核を3つ分カウンターの上に置いて確かめさせ、本物だと判断したヒナは報酬の5万Gをトレイに置いて渡した。

 

 ゴーレムの核と、金を入れるための内部が異空間になっている袋を、何も無いところから取り出すときにざわめいたが、オリヴィアから膨大な魔力が膨れ上がるのを感じ取ると途端に黙った。そして報酬を受け取るついでに、近くにダンジョンが発生して攻略したことを報告した。

 

 

 

「あ、はい。畏まりまし……はい?えっ、ちょ……ダンジョン攻略終わったんですか!?」

 

「……4階層しかなく、出現した魔物はゴブリンだけ。それも3匹から5匹のみ。本当に下らない攻略だった」

 

「えぇっと……ではダンジョン内にあった宝物とかは……」

 

「無い。錆びた果物ナイフと薪割りに使う斧。私が両断してしまった直剣ぐらいだ」

 

「それは……稀に見る小さなダンジョンですね……。報告を受けたのでオリヴィアさんからいただいた情報は書き記して保管しますが、他に何かありませんでしたか?」

 

「何も無い。話は以上だ。もうこの話はするな。良いな?」

 

「あ、はは……」

 

 

 

 受付嬢のヒナは、オリヴィアさん機嫌悪いなぁ……と思いながら引き攣った笑みを浮かべながら対応をした。ダンジョンが発生したことは記録して領主などに報告することが決められているので、ヒナはオリヴィアが話した内容を紙に書いていった。

 

 達成した依頼の報告を終えて報酬を受け取り、ついでにショボいダンジョンの詳細を話したオリヴィアとリュウデリアは、もう今日のところは依頼を受けるつもりは無いのでギルドを出て行った。

 

 

 

 

 彼等は泊まる宿を探すために散策をし、使い魔同伴可のところを見つけ、仲良く食べ歩きをしてその日を終えた。眠る頃にはダンジョンの事は頭の中から捨てたオリヴィアだった。

 

 

 

 

 






 ダンジョン

 全4階層しかなく、核を護るために配置された魔物はゴブリンオンリーだった。強さも全く大したことはなく、冒険者の初心者でも頑張れば普通に攻略出来る。




 オリヴィア

 初めてのダンジョンなのでテンションが上がっていたのだが、蓋を開けてみればとんでもなくショボいダンジョンだったので一気に気分が下がった。




 リュウデリア

 まさかまさかのダンジョンがゴブリンオンリーだったので腹を抱えて笑った。その所為でオリヴィアを不機嫌にさせてしまったが、尻尾を差し出すことによって機嫌を直してもらった。




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第89話  快楽








 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「…………………。」

 

 

 

 ──────うぅっ……昨日はついベッドに入ってそのまま眠ってしまった……ッ!!リュウデリアと両想いになれたというのに……ッ!!折角、風呂で体を隅々まで洗ったというのに……ッ!!夜の営みに(ふけ)ることが出来なかったッ!!

 

 

 

 ゴブリンしか出なかったダンジョンを攻略して翌日の朝。オリヴィアはリュウデリアの腕の中で目を覚まし、両手で顔を覆って今日に声を出さず叫んだ。

 

 体は洗った。隅々まで丁寧に念入りに洗った。もうめっちゃ洗った。宿に備えられているバスローブのみを身につけて、心臓をばっくばっくに鼓動させてベッドに横になり、熱を帯びた真っ赤な顔をしながらリュウデリアを待った。そして寝た。

 

 いや違うのだ。そこまで疲れていた訳ではない。言っては何だが攻略したダンジョンはダンジョンとは言えないくらいつまらなくて思い出したくないものであり、何と言っても階数が少なかった。ちょっと歩いただけで最深まで行ってしまった。疲れる要素なんて皆無だった。

 

 では何がいけなかったか。ベッドだ。ベッドの柔らかさが悪い。リュウデリアが瀕死の重傷を負って眠る7日間は固い地面に草を敷き詰めてベッド代わりをしていた。彼に寄り掛かっても寝ていた。でも固いし硬いのだ。寝づらかった。なのにいきなりふわっふわのベッドの上で横になったらどうなるか。寝るだろう。普通に。

 

 

 

「は、初めての交わりだと緊張してたのに……私が寝てしまったばかりにお預けになってしまった……布団を掛けて抱き締めてくれているし…………好き」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……ふふっ。かわいい……」

 

 

 

 自身を両腕でしっかり抱き締めながら、静かな寝息を立てて眠るリュウデリアを正面から見つめる。黄金の瞳が見られないのは残念だが、気を許してぐっすり眠る姿は可愛い。そして凛々しくてかっこいい。純黒が今日も一段と純黒だ。

 

 頬に手を伸ばして撫でても起きる様子は見られない。そこで鼻を指先でくすぐってみた。ちょっとしたイタズラをしてみると、くすぐったかったのか、ふんッと鼻息を立てた。それが面白くてクスリと笑う。

 

 次は恐る恐るといった感じで口に手を這わせ、上と下に引いてみる。大きな口が開かれて鋭い歯が並ぶ口内が見えた。噛まれれば一溜まりもない、肉に食い込んで引き千切る鋭利な歯。歯磨きを欠かすことなくやらせているからは真っ白で健康的だ。

 

 

 

「──────わっぷ」

 

「──────はひおひへえうんあ(何をしているんだ)……」

 

「あ、えっと……これは……んんっ、おはようリュウデリア」

 

「はぁ……おはよう。まさか口を無理矢理開けられて目を覚ますとは思わなかったがな」

 

 

 

 奥の歯も覗き込んで確認していると、長い舌が動き、口の中を覗き込むオリヴィアの顔をベロリと舐めた。舐められたところに唾液が付いてしまい、口を離して袖で拭うと、起きたリュウデリアが呆れた目線を向けていた。前にも寝ているリュウデリアにイタズラをしたから、またやっていると思われているのだろう。

 

 可愛くてイタズラをしたと言ったら、尚更呆れた視線を向けられてしまうだろう。なのでここは、虫歯が無いか確認していたところだったと言って誤魔化した。まあ、嘘だなとノータイムで看破された訳なのだが。

 

 

 

「さて……ふあぁぁ……さっさと飯を食って図書館にでも行くぞ。昨日確認した限りでギルドに出されている依頼で特に良いものは無かったからな」

 

「あ、うん。分かった。着替えるから少し待ってくれ」

 

「急がんでも良いぞ。……あぁ、オリヴィア」

 

「うん?なん……んむ」

 

「──────隙ありだ。くくッ」

 

「ぁ……うぅ……~~~~~~~~~っ!!!!」

 

 

 

 外に出る為にバスローブから着替えようとしたオリヴィアを呼んで振り向かせ、目線が合うと同時に彼女の唇へ口先を付けてキスを贈った。意識していなかったので不意打ちとなり、キスされた後少しだけ呆然としていたが、状況を理解すると顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 首から耳まで真っ赤になっているのが見えるので、仕返しを出来たリュウデリアは満足げだ。純白の髪の間からチラリと見てくる朱い瞳を見つめ返すと、ハッとしたように恥ずかしさをぶり返してまた深く俯いた。可愛い反応にクツクツと笑いながら、顔を覆う両手の手首に尻尾を巻き付けて離させ、両手を頬に当てて顔を合わせる。

 

 真っ赤になった顔と、潤んだ瞳と視線が合って口の端がモニョモニョと動いている。顔を隠したいのに尻尾で両手を捕らえられて隠せないのだ。両手で顔を固定させているので、逸らすことも出来ない。上から覗き込みながら近付いていくと、体をもじもじとさせ始めた。

 

 

 

「俺は龍だからキスという行為をそこまでするものとは捉えていないが、オリヴィア……お前は違うだろう?」

 

「ま、まあ……キスはするのもされるのもイイと思うしな……種族の違いによる捉え方が差異があるから、リュウデリアにしろと強制はしなんむっ!?……ん……んんっ……は…ぁ……んむ……」

 

「口の構造上、人間達がするような唇を合わせるキスは出来ないが、人間には無い舌の長さを利用することは出来るぞ。こんな風にな」

 

「んんっ!?んーっ……んんっ……はぷ……んぁ……んちゅ……っ」

 

 

 

 身動きが取れないし顔も動かせないオリヴィアの唇へ口先が触れるだけのキスをした後、口を少し開けて長い舌を出して彼女の唇に這わせて舐め、最後は唇を割って舌を捻じ込んだ。口の中にリュウデリアの長い舌が這いずり回って蹂躙される。前歯も奥歯も、上顎の平らな部分や頬の裏側も存分に舐められた。

 

 自由自在に動く長い舌が次に捉えたのはオリヴィアの舌だった。上から擦り合わせてぬちゅりと音を立てて舐められたかと思えば、巻き付いて根元から先まで扱かれた。口の中で舌と舌が濃密に絡み合うぬちゅぬちゅとした水音が頭の中に響いてきて、感じたことのない快楽と一緒に思考を蕩けさせた。

 

 初めての深くて濃厚で濃密なキスに、反射的に体が動こうとするが、尻尾に囚われて動けない。顔も手が添えられていて動かない。出来るのは、エロチックな口の中の音を聴きながら快楽で顔を蕩けさせるだけだった。

 

 リュウデリアの口内の蹂躙は5分程続けられた。生理的な涙を流しながら体を震わせて、口の中いっぱいに入り込んだ長い舌の感触を味わいながら、いつの間にかもっともっとと強請(ねだ)るように自分からも舌を絡ませていた。膝がガクガクと震えて、これ以上は自力で立っていられないと、快楽で塗り潰された頭の端で考えた時、ぐちゅりと鳴らしながら長い舌を抜かれた。

 

 絡み合った唾液が口の端から溢れており、舌を抜かれた時などは唾液の橋を作った。口内を蹂躙した舌は抜かれているのに、口は開けられたまま荒い息を繰り返した。そして口の中に残った、自身とリュウデリアの唾液を舌で更に混ぜ合わせて、口を閉じながらゴクリ……と、喉を鳴らしながら飲み込んだ。

 

 嚥下が済むと、荒い息をするために口を開ける。まるでそれは、しっかりと飲み込みましたと報告するような仕草に見えた。艶めかしい舌が唇を舐めて、付いている唾液を舐め取る。リュウデリアがそれを目を細めながら眺めて尻尾から手を解放すると、よろりとフラつきながら抱き付いてきた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ぅんっ……はぁ……なんて、えろいキスをするんだ……っ」

 

「嫌だったか?」

 

「……イヤじゃ……ない。けど……もっとっ」

 

「──────では図書館に行くとしよう」

 

「…………………………えっ」

 

 

 

 嘘だろう?あれだけ、深いキスをして体を火照らせておいて、今から図書館に行くのか?と、オリヴィアは呆然とした。普通はそうなるだろう。それを訴えるような目を向けるのだが、肝心のリュウデリアはどうしたと言わんばかりに首を傾げていた。

 

 器用に指をパチンと鳴らす。すると、バスローブだけを身につけていたオリヴィアの服装が何時ものものへと切り替わっていた。しっかりと純黒のローブで体を覆っていた。まさかの早着替えの魔法である。それも着替えが出来ているのを確認すると、部屋を出て行ってしまった。

 

 幻覚の魔法で人外には見えないようにされている宿の従業員や、街の人はリュウデリアに視線を向けることはなかった。指を絡ませた恋人繋ぎをしながら引かれて図書館へ向かう。彼は既に魔力を使って街の全体像を把握していた。

 

 しかしオリヴィアはそれどころではなかった。先程のキスが後を引いており、歩くことすら儘ならなくなっていた。履いている下着が気持ち悪い。一歩歩く毎にぬちゅりと音を立てて張り付いてくるのだ。生理的反応によるそれが立てる音を、他の者に聞かれていないか気が気ではなかった。

 

 深く被ったフードの中で、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、どうにか図書館へとやって来たオリヴィア達。リュウデリアは早速読んだことがある本を除いて、端から順番に読み始めた。後ろでオリヴィアが体をもじもじとさせているのに気が付きながら。

 

 

 

「あの、リュウデリア……っ」

 

「何だ?」

 

「いや……その、な……なんでもない……」

 

「そうか?……それにしても、この街の図書館は一般人も入館出来るというのに人間が全く居ないな」

 

「そ、そうだな。私とお前で2人っきりに見え……きゃっ」

 

「くくッ。ならば俺に少し付き合え」

 

「えっ……リュウデリア……?」

 

 

 

 可愛らしい声をオリヴィアが出したのは、振り向いたリュウデリアに突然横抱き……お姫様抱っこをされたからだ。フードの中で目を白黒させていると、自身を抱えたまま彼は歩き出した。チラリと背後の方を見ると、何冊もの本が宙に浮いて後を追い掛けていた。

 

 歩く先には図書館に設置されているソファがある。前の街でも最高神の事が記されている本を読んでしまったことで自分でも不機嫌になり、リュウデリアに甘えたという記憶がある。

 

 腰掛けたリュウデリアの膝上に横抱きのまま降ろされ、軽く抱き締められながら読書を続行されている。少し見上げれば彼の横顔が見える。胸の前で両手を合わせて小さくなっていると、彼の口から長い舌が蛇のようにチラリと出た。それだけで先程のキスを思い出してしまい、体が熱くなってしまった。

 

 最早顔を見るだけで恥ずかしいので、目をギュッと瞑った。すると体に笑った時の振動が伝わってきた。何だと思いながら目を開けて見れば、彼がこちらを見ながら笑っていた。確信犯であると悟ると、唇をムッとした形にした。

 

 

 

「……いじわるだぞ、リュウデリア」

 

「すまんすまん。それよりも、腹は減っていないか?結局朝飯を食わずに此処まで来てしまったからな」

 

「私は大丈夫だ。……あんなキスされてそれどころではなかったし」

 

「気に入ったか?」

 

「……ばか。わかっている癖に……んっ」

 

「流石に図書館だからな。()()これだけだ」

 

「うぅ……っ」

 

 

 

 フードを深く被っているので、普通ならば真っ暗で顔も見えないのだが、目の良いリュウデリアには見えているので、正確にオリヴィアの唇へキスをした。触れるだけのものなので深いキスよりは恥ずかしくない。というよりも、今日はとても積極的なので嬉しい。

 

 ほんのりと頬を赤くして、大人しくなっているオリヴィアの顔に頬を擦り付けてから読書に戻った。リュウデリアが本を読んでいる間、彼女はその横顔をポーッと見つめているだけだった。その後は昼間で読書を続け、時間的に頃合いになると昼食を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────実に有意義だった」

 

「まさか今日だけで図書館の本を全部読んでしまうとは思わなかったぞ」

 

「読んだことがある本がそれなりにあったからな。本当に全部読んだ訳ではないから、今日だけで読み終わった」

 

 

 

 夕方。オリヴィアとリュウデリアは図書館から、2泊3日の前払いで泊まっている宿に帰ってきた。朝に乱されていたベッドが綺麗になっている。宿の従業員が掃除をして整頓をしてくれていたのだ。なので帰ってくるとスッキリした気持ちになれる。

 

 オリヴィアは、図書館で膝の上に乗せてもらいながら一日を過ごした事が嬉しくてニヤけるが、少し思うことがある。自身達の他に図書館へ来館する人間が居なかったのだ。誰1人も来なかった。まあ2人っきりになれたから文句は無いのだが、今となっては不思議だ。

 

 小さな疑問に首を傾げて、純黒のローブを脱ぐ。今日は恥ずかしいことがあったので少し汗を掻いてしまったので、すぐに風呂に入ろうと考えた。サッパリして、今度こそ先に眠らないようにしよう……と、心臓の鼓動を激しくさせながら、期待で胸を膨らませる。しかしその期待は、驚きで一瞬消えた。

 

 

 

「……っ!?リュウデリア、何を……して……」

 

「何だ?」

 

「ぁ……いや、えっと……この体勢は……?」

 

 

 

 純黒のローブを椅子に掛けた時、後ろから押されてベッドの上に倒れ込んだ。それも倒れきる瞬間に腕を掴まれて反対を向かせられ、背中から倒れたのだ。そして上からリュウデリアが覆い被さってくる。殆ど零距離となって、顔が目の前にある。吐息すらも肌に触れて感じられる。

 

 どうしたのかと問うたが、オリヴィアは無意識に生唾をゴクリと飲み込んでいた。自身を見つめる縦に切れた黄金の瞳に、情欲が宿っているのに気が付いたからだ。まさか……と、思ったが、心の中では多大な期待をしていた。しかし思い出す。まだ風呂に入っていないと。

 

 

 

「リュウデリア……っ!その……お風呂に入っていないから、先に入らせてほしいのだがっ」

 

「ふむ……」

 

「今日は少し……汗を掻いてしまってな?流石に洗い流したいんだ。それにまだ夕食を摂っていないだろう!?だから……」

 

「そんなものはどうでも良い」

 

「えっ」

 

 

 

「──────俺はお前を食いたい」

 

 

 

「…………………………………はぅ」

 

 

 

 オリヴィアは全身が赤くなった。言ってもらいたい言葉ベスト10に堂々とランクインしている台詞を、目を見ながら言われたのだ。これを言ってもらった事は1回しか無いので耐性が無かった。しかもそれは、リュウデリアがクレア達と会って酒を飲み、酔っ払った時にどさくさに紛れて言ってもらった時だけだ。

 

 その時、オリヴィアはハッとした。まさか、酔っていてもその時の記憶があったのではないか?と。その事に思い至った自身に気が付いたのか、リュウデリアは面白そうに目を細めた。全力でこの場から消えたくなった。

 

 しかし状況は変わらず、寧ろ悪化しているように思える。オリヴィアが倒れ込み、覆い被さる時に両脚の間に体を滑り込ませていたのだ。それ故に彼の腰が押し付けられていく。しかも感触が素肌に直接触れているようだった。そこで視線を下げると、自身の全裸が目に映った。

 

 

 

「~~~~~~~っ!?ぁ、まって……リュウデリア、本当にあの……お風呂……っ」

 

「俺は気にしない。それよりも、今のお前と交尾がしたい。いや、交尾ではなく性行為と言った方が良いか?それともセックスか?」

 

「ぁ……ぁあっ……お、お願いだっ。お風呂に入らせて……んむぅっ!?んちゅ……んはっ……はぷっ!?んんっ……ん……ちゅっ……んはぁっ」

 

「断る。さぁ──────お前を抱かせろ」

 

 

 

「………………………………………………………はぃ」

 

 

 

 オリヴィアは堕ちた。それはもう綺麗に堕ちた。というか抵抗らしい抵抗もしていないので、堕ちかけているところにトドメを刺しただけに過ぎないものだった。服は魔法によって剥ぎ取られてしまい、防御力の無い全裸となり、筋力的に絶対勝てないのに覆い被されている。

 

 最後の一言が決め手となって、オリヴィアは静かに目を閉じた。完全に目が閉じる刹那、彼女の瞳に桃色のハートマークがあった気がしたが、その事については触れなくても良いだろう。今更な感じがするので。

 

 最初は唇に触れるだけの軽いキス。その後は朝にされたような深くて口内の全てを蹂躙するキスが与えられ、今度は傷付けないように配慮された力加減と触り方で胸を揉まれた。一度に2箇所から快感が押し寄せて、キスされながらくぐもった声を上げた。

 

 治癒の女神オリヴィア。生まれてから何千年という時を過ごした彼女は今日は、濃厚な攻めを受けながら、最愛の彼に初めてを捧げたのだった。

 

 

 

「ぁっ……おっ……きいぃっ……ま…って……っ!やさしく……して……っ…ぁんっ……そんなに強く……抓ったらっ……あっ、あっ、あっ、あっ、あぁっ………んあぁぁぁぁぁぁっ!!んちゅっ!?……ん、んんっ……ちゅっ……愛してる……リュウデリア」

 

「あぁ、俺も愛している……オリヴィア」

 

「はぁ……はぁ……あっ……お腹が……熱い……ふあぁっ!?また……奥っ……までぇっ……っ!」

 

 

 

 頭がどうにかなりそうな程の快楽を叩き込まれながら、オリヴィアはその果てしない幸福感を感じて笑っていた。何をされても、どれだけ激しくされても、彼女はずっと幸せそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 因みに、オリヴィアはリュウデリアに全然離してもらえず、一睡もしないまま朝日を拝む羽目になった。

 

 

 

 

 

 






 リュウデリア

 オリヴィアが情欲の宿った目で見てきていた事に気が付いて抱こうと思ったが、先にぐっすり眠っていたのでやめて、明日でいいかと考えて抱き締めて寝た。結局翌日に抱いた。

 龍の性行為は()()()ぶっ続けで行われる。子供を確実に作り、子孫繁栄を謀るためである。

 しかしオリヴィアにそんな日数も相手にさせると壊れてしまうと解っているので、次の日の朝までにしておいた。




 オリヴィア

 念願だった、最愛のリュウデリアとの性行為が出来た。処女は初めての時が痛いと、経験のある女神に聞いた事があったが、叩き付けられる快楽で痛みなんて全く感じなかった。

 7日間交わっていたら流石に頭がおかしくなるので、夜が明けるまでにしてもらったことを今は知らない。すっごい精力絶倫なのだと勘違いしている。

 途中快楽に負けて気絶したが、行為の最中だったので強制的に起こされて続行。また気絶というのを繰り返した。途中からはもう自分で腰を振っていた。

 まさか性行為がこんなに気持ち良くてとんでもないものだとは思わなかった。だからといって控えるつもりはない。


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第90話  護衛依頼








 

 

 

 

 

「うっ……歩くのが……つらいっ」

 

「龍の交尾は1週間掛かるぞ」

 

「……死んでしまう。そして確実に孕む……っ」

 

 

 

 翌朝。オリヴィアが目を覚ましたのは昼過ぎだった。寝すぎに思われるかも知れないが、実際は彼女が寝た時間は朝の9時である。宿に帰ったのが5時くらいで、そこから彼女とリュウデリアの初めての性行為が始まったので、彼女は16時間は離してもらえなかった事になる。

 

 起きたときにはぐちゃぐちゃでベトベトだったベッドは新品のような触り心地になっており、体も汗やら何やらの体液で触れたものではなかった筈が、風呂上がりみたいな滑らかさだった。隣で自身のことを抱き締めて眠っているリュウデリアを見て、あぁ、彼がやってくれたんだなと察して、嬉しそうに微笑みながらキスをした。

 

 その後、しっかりと寝顔を堪能してから起こし、朝飯ならぬ昼飯を食べながら冒険者ギルドを目指した。だがその途中、オリヴィアは何時ものように歩けなかった。初めてを迎えたからなのか、股が痛くてひょこひょことした歩きになってしまうのだ。

 

 幸いにして純黒のローブが体を覆い隠せるので、変な歩き方が周りの者達に見られることはないが、歩く速度は何時もよりも遅かった。治癒の力で治せば良いと言ったが、リュウデリアと愛し合った事での痛みなのだから、自然に治るまでは感じていたいと彼女自身が言っていた。

 

 

 

「俺との子供ができるのは嫌か?」

 

「い、嫌ではないが……私はリュウデリアさえ居てくれれば十分なんだ。例え自分の子であっても、お前との幸せな時間を邪魔されたくないというか……その……」

 

「無理に作るぞとは言っていない。要らないというのならば、別に作らない。俺も、お前が居てくれればいい。魔法で避妊なんぞいくらでも出来るからな」

 

「……今の、私だけでいいというのをもう一回っ」

 

「オリヴィアさえ俺の傍に居ればいい」

 

「……っ……今日はもう元気いっぱいだっ」

 

「そうか?」

 

「も、もちろんだっ」

 

 

 

 フードの中ではにかんだ笑みを浮かべて嬉しそうにしているオリヴィアに、そうか……と言いながらご機嫌に肩の上に乗りながら尻尾を左右に振るリュウデリア。朝……昼から甘い雰囲気を醸し出す人外カップル。当然周りには解らないだろう。まさか使い魔が相手であるなど。

 

 幸せの痛みを感じながらリュウデリアにデレデレしているオリヴィアは、フードの中で顔をゆるゆるに緩ませながら、着いた冒険者ギルドのドアを開けて中に入った。やはり彼女達が入ると少し静かになるが、もう慣れてきたのか完全に静謐な空気にはならなかった。

 

 やって来たのがオリヴィアだと解ると、この街の冒険者ギルドに初めて来て対応してくれた受付嬢のヒナが手を振っていた。因みに、他の受付嬢は、冷酷であると聞かされているオリヴィア達を怖がっているので、代表してヒナがほぼ専属の受付嬢をしていた。

 

 

 

「おはよう?ございます、オリヴィアさん。今日は依頼ですか?」

 

「いや、少し聞きたいことがあってな」

 

「答えられることならばいくらでも答えられますよ。それで、どのような件でしょうか?」

 

「この街にダンジョンは無いだろう。此処の近くに大きなダンジョンがある街や国はあるか?」

 

「あぁ、なるほど。大きいダンジョンに潜りたいんですね。それならピッタリの場所がありますよ?」

 

「ほう……。どこにある?」

 

「此処から北東に向かった所にある国で、ミスラナ王国という場所です。そのミスラナ王国周辺ではダンジョンが形成されやすいと有名で、とっても大きいものもありますよ!」

 

「歩いてどのくらいで着く?」

 

「歩いて4日間くらいですかね……あっ、ちょっと待ってて下さいね」

 

 

 

 質問に答えていたヒナは、オリヴィアに待っていてくれと言ってカウンターから出て、依頼が貼ってある掲示板の所へ行った。何かを探しているようなので、素直に待っていることにする。

 

 これはオリヴィアとリュウデリアで決めたこと……というかオリヴィアの希望なのだが、どうしてももっと階数があるダンジョンに行ってみたいのだそうだ。まだ諦めてなかったのか……と思ったが、流石に攻略したダンジョンがゴブリンオンリーで4階層だとかわいそうだと思い、他の場所に行ってみようという話になった。

 

 なので街や国には大抵置かれている冒険者ギルド繋がりで、何か情報が無いか探す為に訪れたのだ。するとダンジョンに関する情報がすぐに入った。それもかなり大きいという。そこまで大きいものがあるならば、是非とも潜ってみたいというのが話を聞いた後の感想だった。

 

 大きいダンジョンというのは、どんな感じなのだろうかと想像しているオリヴィアに、お待たせしましたとヒナに声を掛けられた。掲示板の所へ行っていたヒナは、手に1枚の依頼書を持って戻ってきていて、カウンターの上に置いて見せながら話し始めた。

 

 

 

「これは先程話したミスラナ王国までを目的とした護衛の依頼です。報酬は4万Gなのですが、護衛中の食事等は依頼者が持つとのことです。馬車での移動となりますので、2日3日で着くと思います。途中魔物に襲われた場合には護衛であるオリヴィアさんに戦闘をしていただくのですが、その倒した魔物の所有権はオリヴィアさんに全て譲られ、ものによっては買い取るという話です。どうでしょう?昨日出されたばかりの依頼ですが、ミスラナ王国まで行かれるのならばついでに受けられては」

 

「まあ、普通に歩いて向かおうと思っていたから私は構わん。受けても良いぞ」

 

「ありがとうございます。では手続きをしますね。護衛依頼は証明書を渡しますので、依頼を完遂したら依頼者に直筆のサインを貰ってギルドに提出して下さい。それで依頼は完了となります。依頼者は先程依頼の状況を聞きにいらしていたので、受けたと報告すれば恐らくすぐに発つ事が出来ますが、どう致しますか?」

 

「すぐに発ちたい。依頼者は何処に居る?」

 

「大通り居る荷馬車で、革の服等を売っているジーノという男性が依頼者です。では、短い間でしたが、お気を付けて!」

 

「ありがとう。世話になったな」

 

 

 

 ヒナが手続きを済ませ、証明書を受け取った。短い滞在であり、数回だけの顔合わせだったが頭を下げて送り出してくれたので、礼を言ってから踵を返した。ダンジョンという存在を知らなければもっと滞在をしたのだろうが、残念ながら今はこの街の滞在よりダンジョンの方が優先度が高い。

 

 ギルドから貰った証明書というのは、ギルドがどんな依頼を受けたのか記載されていて、最後の所に依頼者が依頼を達成してもらったという事を証明するための名前を書く欄がある。それに名前を書いて貰えば、依頼を受けたギルドで報告しなくても、他のギルドで報告すれば報酬を貰えるのだ。

 

 無くしてしまえば達成報告が出来なくなってしまうので、無くすことは厳禁である。まあオリヴィア達は異空間に物を収納するので無くすことは絶対に無いのだが。それはそうと、ヒナに教えてもらった特徴を探して大通りを歩いていると、割と近くに目当ての人物が居た。荷馬車を使って簡易的な皮を使った服の店を開いている、40代程の男性の元へ行き、声を掛けた。

 

 

 

「お前がジーノか?」

 

「……?はい。私は確かにジーノですが……何かご用で?」

 

「私は冒険者ギルドでミスラナ王国までの護衛依頼を受けたオリヴィアだ。証明書も持っている」

 

「おぉ!こんなに早く受けて下さる方が来るとは思いませんでした。オリヴィアさんはパーティーを組まれていないソロの方ですか?一応魔物も出るのですが……」

 

「私はソロだ。心配せずとも護衛は遣り遂げる。私もミスラナ王国に用が有るからすぐ発ちたいのだが、行けるか?」

 

「あ、はい。店は荷車を使っているので仕舞ってしまえば行く準備は整います。少々お待ち下さいね!」

 

 

 

 簡易的な折りたたみのテーブルの上に広げて乗せていた売り物の服を畳んで、布を被せて壁と天井を付けているタイプの四輪駆動の荷車に載せていき、荷車の一番前に依頼者のジーノが座って馬の手綱を握れば準備が完了だ。荷車を引く馬は一頭だけだが、荷物もそこまで多い訳ではないので大丈夫そうだ。

 

 もう行けるようになったジーノが、ずっと歩かせるのも忍びないから荷車に乗ってくれと言ってくれたので、遠慮せずに乗り込んだ。ジーノが手綱で馬に合図を送ると、ゆっくりと歩き出した。大通りで人が居るので、速度は出せないのだ。

 

 依頼を受けなかったら、リュウデリアに乗せてもらって飛んでいこうと考えていたが、荷車に乗ってのんびりと移動するのも良いなと思う。一番後ろで脚を投げ出す形で座り、膝の上にリュウデリアを乗せて撫でる。時折街の住人の子供がオリヴィアに気が付いて、笑いながら手を振ってくるので手を振り返してあげた。

 

 街の入り口を通って橋を渡り、街の外へと出た。ジーノはミスラナ王国までの道を知っているので止まることなく進んで行く。石などを踏んでカタカタと小さく揺られながら、晴れ故の太陽の光を浴びて日向ぼっこしているリュウデリアを撫でて癒される。上を見上げると白い雲が流れていて、時折太陽を隠して陰を作った。

 

 

 

「平和だな。魔物の気配はしないのか?」

 

「周囲500メートル以内に魔物は居ないな。当分は暇になるぞ」

 

「では、リュウデリアを撫でていてもいいか?」

 

「いいぞ」

 

「ふふっ。ありがとう」

 

 

 

 では遠慮なく……と、陽の光を浴びて温かくなった純黒の鱗を撫でる。背中の次は翼。手で広げて付け根から骨のある部分を触れていき、空気を受け止める膜の部分を押したりして感触を楽しむ。左右の付け根を両手で持ってパタパタとやって遊ぶと、それだけで風が吹くので、重い巨体を持ち上げるだけの事はあるなと感心した。

 

 翼の次は肩、そして人間に比べて長い首を伝って頭を撫でる。優しく触れていると、目を閉じて気持ち良さそうにする。顎の下を指先でくすぐるように撫でてあげれば、勝手に首が持ち上がっていき、翼がパタパタと動いた。気持ち良いのだと解りやすくて、クスリと笑ってしまう。

 

 龍を膝に乗せて好きなように撫でる事が出来るのは、恐らくオリヴィアくらいのものだろう。護衛とは言ったが、ここら辺に出てくる魔物は少ない。他の冒険者にとっては相手するのが面倒なゴーレムも、彼女達にとっては一撃で斃せる。つまり、とても簡単な依頼でしかないのだ。

 

 

 

「思ったのだが、リュウデリアが気配を撒き散らすだけで、そこらの魔物は寄って来ないのではないか?」

 

「確かにそうかも知れんが、そうなるとこの荷車を引いている馬は暴れるぞ」

 

「あぁ……なるほどな」

 

「だが、魔物だけが逃げる魔法を掛けることは出来るぞ。やるか?」

 

「いや、そこまですると暇で仕方なくなってしまうから大丈夫だ。ありがとう」

 

「気にするな。会敵しそうな魔物が居たら教えてやる」

 

「うん」

 

 

 

 今はまだ魔物が襲ってくるような場所じゃないので、オリヴィアとリュウデリアはゆっくりとしていた。偶に荷車を引いている馬の疲労を癒してやるために休憩等を挟んでミスラナ王国を目指す。大きなダンジョンはどれだけ広いのか、そしてどんな魔物や宝物があるのか、まだ着かないのに楽しみになってくる。

 

 

 

 

 

 今回はとても簡単な依頼である護衛依頼を遂行しながら、未だ見ぬダンジョンが数多くあるというミスラナ王国へと向かうオリヴィア達だった。

 

 

 

 

 

 






 オリヴィア

 リュウデリアが朝まで離してくれず、最後は気絶しながら眠って昼過ぎに目を覚ました。初めてだったので股に違和感をまだ感じており、歩くときにひょこひょことしたものになってしまっていた。

 違和感や少しの痛みは自分の力で治癒可能だが、愛のある初めての行為の結果なので、自然に治るまではそのままにしたいと言って治癒していない。

 愛し合ったことで、リュウデリアに対する愛は元からカンストしていたが、めでたく天元突破した。最早眺めているだけで幸せを感じて何時間でも過ごせるくらい。好きすぎるのは自覚しているが、嬉々として溺れている節がある。




 リュウデリア

 歩きづらそうにしているから治癒すれば良いのにと思ったが、愛し合った結果なのだからもっと感じていたいと言われ、黙るしかなかった。普通にオリヴィアの事は愛しているが、オリヴィアが自身に向ける愛の強さを把握し切れていない。

 膝の上に乗って撫でられていると幸福感を感じられ、眠くなってしまう。けど何かの気配が近付けばすぐに起きる。寝首を掻くのはオリヴィア以外には不可能。




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第91話  ミスラナ王国到着









 

 

 

 

「いやーはっはっは!オリヴィアさんはお強いですな!最初は1人で大丈夫なのかと少し不安になりましたが、いやはや杞憂も良いところでした!」

 

「ゴーレムとハイウルフ、マジックゴブリンが襲い掛かってきただけだろう。大したものではない」

 

「いやそれぞれ5体は下らない数でしたからね!?ちょっとした大群でしたよ!」

 

 

 

 荷車の先頭部分に乗って馬の手綱を持ち、馬を操っているジーノが興奮したように話し掛けてくる。それを後ろの方で脚を投げ出して座りながら適当に聞いて返答するオリヴィア。王都で本物の大群を相手にしたので、ほんの十数体の魔物を相手にするだけでは何とも思わない。

 

 今日は街を出発して2日目。もう少しでミスラナ王国へ着くといった時に、魔物が襲い掛かってきたのだ。最初はジーノが絶叫した。こんな数の魔物には手も足も出ないと。しかし魔物が荷車から500メートル圏内の距離に入り込んだ時には、リュウデリアが察知しているので攻撃態勢は整っていた。

 

 近付いて来るよりも早く、オリヴィアの煉獄の炎であったり黒雷であったり、氷の刃による雨などが降り注ぎ、数多くの魔物は蹴散らされた。魔法を撃ち込んでくるマジックゴブリンも懸命に魔法で攻撃してきたが、放った炎の塊は荷馬車を取り囲んだ魔力障壁に阻まれて一切届くことが無かった。

 

 攻撃はオリヴィアに任せ、遠距離で飛んできた攻撃にはリュウデリアが対応した。それだけで魔物は完封されてしまい、残らず狩られて異空間送りとなった。ハイウルフの毛皮は欲しいとジーノが宣言したので売って、それ以外の全てが異空間だ。

 

 オリヴィアとリュウデリアの戦い振りを目の当たりにしたジーノの、戦闘が終わってからも興奮が収まらぬといった感じだ。流石に鬱陶しくなってきたので無視していても、勝手に話しているので賑やかな道のりになったものだ。

 

 

 

「そこの荷馬車、止まれ」

 

「身分証の提示と荷馬車に載せているものの確認をさせてもらう」

 

「入国料は1人につき4000Gだ。使い魔の分は構わない」

 

「では……ほら、4000Gだ」

 

「……4000Gあるな。確かに受け取った」

 

 

 

 ジーノと共に入国料を払い、入り口に立っている兵士に荷物の確認をしてもらい、中に入るための許可証のタグを貰ってミスラナ王国中に入っていった。この国は一番その側を見上げる壁に囲わせ、上には兵士達が賊などが居ないか監視をしている。

 

 迎撃用なのだろう、大きく長い矢を放つことが出来るバリスタと、大きな鉄の弾を放てる大砲が設置されている。今まで見た国にはない壁の厚さと、設置された武器から、比較的魔物が襲って来やすいのだろうと解る。その証拠に、オリヴィア達はたった一つの荷馬車に群がる魔物を斃した。

 

 外壁は白く塗られているが、所々凹んでいる部分があったり、補修が終わっていないようで傷跡がついている。割と攻められやすいようだと思いながら中に入ると、入ってすぐの所にもバリスタが設置されている。入り口を門で閉めたのに、万が一魔物が入って来てしまった時に備えているようだ。

 

 外壁の上に居る兵士の数も結構居るので、王都よりも兵士の数は圧倒的に上だろう事は窺い知れる。それ故の平和なのだろう。バリスタが並んでいる場所を抜けて通りに出ると人が多く居た。目的の場所に到着したという事を実感し、一緒に入ったジーノに異空間から取り出した証明書を手渡した。

 

 

 

「名前ですね、もちろん書かせていただきます。……はい、出来ました」

 

「うむ。確かに」

 

「いやぁ、本当にありがとうございました!ご縁がありましたら、またよろしくお願いしますね」

 

 

 

 証明書に名前を書いたジーノは和やかな笑みを浮かべてオリヴィア達と別れて大通りを進んで行った。店を開く場所を探しに行ったのだろう。これにて護衛の任務は終わりとなる。あとはギルドへ行って報告をするだけだ。

 

 オリヴィアとしては宿を決めて早くダンジョンに行きたいところではあるが、現在の時刻は13時少し過ぎたくらいである。昼飯はまだ食べていないので、先に何かを食べるところから始めることにした。

 

 大通りを歩いていると、多くの店が並んでいる。中には良い匂いを飛ばしてくる見せもあるので空腹には絶妙なスパイスとなる。肩に乗っているリュウデリアも楽しみなようで、尻尾が揺れているのがローブ越しに分かる。それにクスリと笑って、透明な入れ物に氷の入った水が注ぎ込まれており、その中に魚を入れている店があったので、何の店だろうかと疑問に思い、足を運んでみた。

 

 新鮮な状態を保つために氷を張った水に魚を入れているのは分かる。だがそのまま魚を売っている様子ではないので、どういう店なのか尋ねてみることにした。店主だろう白いタオルを首に掛けた男性に声を掛けると、興味を持ったのだと察して笑みを浮かべながら教えてくれた。

 

 

 

「この店は刺身を出してんだぜ。鎧魚(よろいうお)のな」

 

「刺身?それに鎧魚とはなんだ?」

 

「刺身っつーのはな、魚を捌いて生のまま食うこったよ。鎧魚は、表面が包丁じゃ切れねぇくらい硬い魚のことなんだが、その反面中身はぷりっぷりで美味いんだ!どうだいねーちゃん、初めてだろうからおまけして安くしとくよ!」

 

「ほう……では1匹貰おう」

 

「まいどあり!400Gのとこ300Gでいいよ!」

 

 

 

 小さな袋から300Gを取り出して渡すと、店主は水槽から鎧魚を1匹取り出して手慣れた手つきで捌き始めた。外側が包丁でも傷付かない硬さを持つことから鎧のような魚ということで鎧魚と呼ばれている魚は、エラに包丁を入れて、内側から切っていくことで捌くことが出来るのだ。

 

 内臓と頭を取って、鎧のように硬い鱗を残して身の部分を切り離し、一口サイズに切っていって紙の皿に盛り付けると、上からレモンを掛けて出来上がりだ。店主からまた来てねと言われながらその場を後にして、途中もう一軒で豚の串焼きを購入して噴水のある場所まで歩いて腰掛けた。

 

 リュウデリアを膝の上に乗せて、豚の串焼きは尻尾で持ってもらった。最初は取り敢えず食べたことがないものからということで、刺身から食べることにした。付いている爪楊枝で一切れ刺し、リュウデリアの口元に持っていくパクリと口に入れると爪楊枝を抜き、もう一切れに刺して自身も食べてみた。

 

 

 

「んんっ、身が甘いな。レモンの酸味も合う。噛んでいると口の中で蕩けるようだ」

 

「おぉ……これは美味い。氷に付けていたから冷たくて良いな」

 

「生はどうかと思ったが、これは良い。ほら、あーん」

 

「あー」

 

 

 

 食べ終わった様子のリュウデリアの口に、鎧魚の刺身を入れて食べさせて自身も食べるというのを交互にやっていく。冷たいところに入れて新鮮さを保っていたお陰で、刺身は冷えてとても美味かった。垂らされたレモンも効いてスッキリした味わいの中に、刺身の鎧魚の本来の味が口の中に広がる。とても美味いと満足した。

 

 あとは他にも買った串焼きをそれぞれが食べて終わりだ。オリヴィアはもう要らないが、リュウデリアはまだまだ食べるだろうから、宿を探しながら色々と買って食べさせてあげることにした。

 

 もう慣れたので宿探しはお手のものであり、幸いなことに見つけた宿は使い魔の同伴が許されていて、空きの部屋もあったので泊まるところの確保が出来た。すぐに見つかったので、何かを買って食べることが出来ず、今から散策と一緒に買うことになった。

 

 サンドウィッチの店で肉が挟まれた物を買って、野菜スティックというのもあったのでそれも買って食べた。野菜スティックはヘルシーなのでオリヴィアもいくつか貰い、2人でボリボリと音を出しながら食べて歩き、散策を続ける。

 

 

 

「──────おい!何で今回の取り分で俺のだけ少ねぇんだよ!不公平だろうが!」

 

「お前が止まれって指示を聞かずに魔物に突っ込んで危ない目に遭わされたことでのペナルティーだ!仲間を危険に晒すんじゃねーよ!」

 

「行く道は1本で、その道の前に魔物が居んだから戦う必要あっただろ!」

 

「戦う準備が整っていないのに勝手な行動をしたことを攻めてんだよ!」

 

「なぁお前ら、此処で言い争いするなよ……」

 

「ほら、人の視線集めちゃってるからよ……」

 

 

 

 子供を連れて買い物をしているのも確認出来る、通りの真ん中で言い争いをしている男2人と、止めようとしている男2人を見つけた。話している内容から察するに、報酬の分配で揉めているらしい。片方は仲間を危険に晒したという理由で取り分を下げて、もう片方はそれが気に食わない様子。

 

 彼等が冒険者なのかは分からないが、こういった揉め事は冒険者間でもよくある話だ。4人一組のパーティーで、受けた報酬の分配は4等分と大体は決められるのだが、中にはペナルティーとして分配を意図的に減らすという手を使うこともある。まあその手を使えばどうなるかなんて、火を見るより明らかなのだが、それはパーティーによって違うだろう。

 

 冒険者というのは、あまりに幼い子供でない限りは誰でも登録してなることが出来る。いや、なれてしまうと言った方が良いだろうか。たったの2000Gを払うだけなのだ。荒くれ者だろうが短気な者だろうが、過去に人を殺した事がある者だろうが自由なのだ。それ故の、喧嘩には一切関与しないし責任も持たないというルールがあるのだが、荒くれ者が多い冒険者にとってはそんなことはどうでも良かった。

 

 気に入らなければ絡んで、喧嘩をすれば大怪我をするまでやめない。それが日常茶飯事であることから、血の気が多い者が多いという証明になってしまうだろう。今喧嘩している男2人もその内に入るようで、道の真ん中で、それも一般人が居るという状況でそれぞれの得物を取り出した。

 

 

 

「お前にはいい加減イラついてたんだよ!リーダーぶりやがってよォッ!!俺より弱いクセに目障りなんだよ!!」

 

「リーダーぶりやがってってなんだよ!実際皆で決めて俺がリーダーをやるって話しになっただろ!それに、それを言うなら俺だってお前が気に食わなかったぜ!向こう見ずの矢みたいに突貫しやがって!フォローしてやってる俺達の身にもなってみろ!」

 

「あーあーうぜぇうぜぇ。もうめんどくせぇからここでお前ぶっ飛ばすわ。んでしっかりと俺の分の分け前を貰っておさらばだ」

 

「誰がお前みたいなクソ野郎に金渡すかよ。寧ろ俺がお前をぶちのめしてやる」

 

「こんな場所で剣を抜くなよ2人とも!」

 

「マズいって!完全に2人とも頭に血が登ってる!」

 

 

 

 腰や背中に差していた剣を抜いて鋒を向け合う2人に、仲間らしい2人の男も必死にやめさせようとしている。しかしもう言葉は届いていないようで、完全に戦う気に満ち溢れていた。流石にこれはマズいのではと感じている一般人達が憲兵を呼ぼうとしている。

 

 こんなところを見つかって捕まれば、暫くは拘留されて仕事が出来なくなってしまうだろう。それを理解してか、止める側で冷静な2人の男は顔を青くして更に必死に静止を試みた。だがやはり、言葉は届かず……力尽くで振り払われて転倒してしまった。

 

 折角なので見世物として見ていこうという野次馬根性を出したオリヴィアとリュウデリアは、完全に観客の1人だ。血が出るかも知れないし、巻き込まれるかも知れないと思った子連れの主婦はその場からいち早く去って行き、どうなるのか見守る者達はその場に残った。

 

 そして、喧嘩をしている男達は雄叫びを上げながら得物の剣を両手で強く握って振り上げ、仲間であるはずの相手に振り下ろした。悲鳴が上がったり、仲間達の制止する声が上がる中、オリヴィア達の脇を何かが通り抜けていった。

 

 

 

「ぐは……ッ!?」

 

「があぁ……ッ!?」

 

 

 

「こんなところで剣を振り回そうとするな」

 

 

 

 肩辺りで切り揃えられた金髪に、動きやすさ重視の服装に、脚に巻き付いた武器を差しておくための帯。両手に持っているのは短い短剣。顔立ちは整っており、大きめの胸が動く度に揺れる。そんな美人な女性が、今まさに血を流そうとしていた現場に乱入し、瞬く間に2人を打ちのめして地面に転がした。

 

 振り下ろされた二本の剣を、両手で持つそれぞれの短剣で受け止めた後に受け流して地面に叩き付け、飛び上がって両者の横面に蹴りを空中で入れた。2人の大の男が背中から転がり、美しい女性は音も無く着地して太腿にある帯ついた収納スペースに短剣を差して納めた。

 

 

 

 

 

 一般人からの感嘆とした声と感謝の言葉、拍手を受けている美しい女性は、そんなものは興味が無いと言わんばかりに人の輪から抜けて消えてしまった。相当腕が立つのだろうなと思いながら、オリヴィア達もその場から去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 






 鎧魚(よろいうお)

 ミスラナ王国から30分位にある湖に生息している魚で、鱗が鎧のように硬く、剥がすのも一苦労。捌き方はエラから包丁を入れ、内側から切り開いていく。外は硬いが、中の身はぷるっぷるでとても美味。焼いても美味いが、刺身で食べるのが好ましい。




 オリヴィア

 初めて魚を生で食べる刺身を経験した。刺身は新鮮で美味かったので、是非また食べたいと思っている。リュウデリアにあーんをすると、抵抗も無くやってくれたのですごく嬉しい。

 謎の美しい女性、動きは見えていた。見えていたが、軽い身のこなしだなぁ……くらいにしか思っていない。つまりそこまでは興味ない。




 リュウデリア

 オリヴィアからのあーんは普通に受けるようになっている。最初の頃は自分で食べられるのに……と渋々とした感じで食べていたが、今ではすっかり身を任せるようになっている。

 乱入した女性から、そこらの者達とは違う魔力量を感じ取っていた。一般的な冒険者が4だとすると10くらい。




 謎の女性

 プロポーションがとても良く、顔立ちも整っている。切れ長で鋭い目をしていて、クールに見えるが不機嫌にも見える。だがとても美人なことは変わらない。身のこなしは軽やかで、武器は太腿に差した短剣を2本使っている。



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第92話  最深未踏








 

 

 

 

「起きろリュウデリア」

 

「んん……」

 

「天気も良くて体調も完璧。今日は絶好のダンジョン日和だとは思わないか?」

 

「……それよりも……ふあぁ……ギルドへ行って、昨日結局報告しそびれた護衛依頼を片付けなくてはならないぞ……」

 

「分かっているとも。それも兼ねて早く行こう」

 

「……分かった分かった……」

 

 

 

 体を揺さ振られて、リュウデリアはベッドから上半身を持ち上げて伸びをした。翼も大きく広げて伸ばし、大きなあくびを一つ。時刻は朝の7時。冒険者ギルドは6時からやっているのでもう開いているのだ。

 

 結局、リュウデリア達は喧騒が鎮圧されたあと、散歩をして宿に帰った。報告は何時でも良いだろうと考えたからだ。無理して行かなくても、明日ダンジョンへ潜りに行くついでに提出して報告すれば良いと話し合って決めた。

 

 一刻も早くダンジョンへ行ってみたいオリヴィアは、眠たげにしているリュウデリアにサイズを落とすよう言って小さくし、持ち上げて肩に乗せて部屋を出て行った。あくびをして眠そうにしながらずり落ちそうになるのを手で抑えて元の位置に戻した。

 

 ミスラナ王国にある冒険者ギルド『黄金の洞窟(ゴールドケイブ)』へ足取り軽く向かった。この国の冒険者ギルドは石造りで建てられていて頑丈そうなイメージが湧きやすい。扉を開けてさっさと中に入ると、早朝なこともあってそこまで冒険者達は居なかった。パーティーで来日し、どの依頼を受けるか相談しているところだったり、単に暇潰しに来ている輩も居る。

 

 そんな中で突然やって来た黒一色のローブを着たオリヴィアの存在は、多少なりとも冒険者達の注意を引いた。まあ絡んでくることはなかったので視線は無視して、朝早くから出勤している受付嬢の居るカウンターに行き、護衛依頼の証明書を提示した。

 

 

 

「Dランク冒険者のオリヴィアだ。ジーノの護衛依頼を昨日終えたことを報告したい」

 

「オリヴィアさんですね。今確認させていただきます。……はい!確認しました。お疲れ様でした。これが護衛依頼報酬の4万Gです。お確かめ下さい」

 

「……確かに。あと少し聞きたいのだが、この国の名物として存在するダンジョンの中で、一番大きなものは何処にある?」

 

「それだと『最深未踏』のことですね!此処から東へ歩いて30分。現在の攻略階数は36階で、それより先は現在も探索中になっています!次の階数までの道を示した地図を販売していますが如何なさいますか?価格は2000Gです」

 

「いや、大丈夫だ。というよりも、地図があるということは、36階層より下へ到達した場合マッピングした方がいいのか?」

 

「はい!他の方のためにもマッピングをされた方が感謝されますし、報酬も出ますよ!」

 

「仮にそのダンジョンを攻略したら何かあるのか?」

 

「国に登録されている未到のダンジョンを攻略された場合、その攻略された方々の名前を冒険者ギルド又は探索者ギルドに登録することが出来ます。そして国より攻略した者へ報酬が用意されますよ!攻略は早い者勝ちなので、狙うならば頑張って下さいね!」

 

 

 

 受付嬢は親切にダンジョンに関することを教えてくれた。その他にも、ダンジョンへ潜る者達の荷物持ちやマッピング等といった手伝いをする探索補助者という者達を、探索者ギルドで雇うことも出来るのだという。金額はその者達との交渉次第なのだが、役割が減るだけで幾らかの違いは生まれるだろうとのこと。

 

 ただし、探索補助者は戦闘向きではなく、あくまで補助者であるということを考えなくてはならない。つまり戦力になるとは考えない方が良いということだ。

 

 粗方のことを教えてもらったオリヴィアが、ギルドを後にしようとすると、受付嬢が忘れていたことを思い出したから待ってくれと言ってきた。何なのだろうかと用件を聞くと、オリヴィア達の冒険者ランクの引き上げがギルドに流れているとのこと。なのでタグを預かるという。

 

 少しの手続きを終えて、冒険者を証明する新たなタグを手に入れた。Cランク冒険者の証。ランクアップおめでとうございますという言葉を貰い、軽く礼を言ってからその場を後にして、今度こそギルドから出て行った。和やかに笑いかけて手を振り、見送った受付嬢はふと思い至る。

 

 

 

「オリヴィアさん……地図を買っていかなかったけど大丈夫かしら。まあ、ちょっとした腕試しに行く程度だろうから要らないか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、では人間達が踏み入った36階層までは一気に行ってしまおう。リュウデリア、頼んでも良いか?」

 

「任せろ。頭の中で、既に全階層の全容を把握している」

 

「頼もしいな」

 

 

 

 魔力が肉体を強化して、ものの数十秒で土が隆起して形成された入口に辿り着いた。気付きやすいようにするための配慮なのか、看板が地面に突き立てられており、『最深未踏』と書かれている。人の出入りも多いので、付近には多くの足跡が残されていた。

 

 中に入ると、降りるための階段があり、それを使って降りていくと広い空間が広がり、5つの穴が開いている。4つの内1つが先に繋がる穴なのだろう。間違えた道に進めば、違う広場に出て魔物と鉢合わせになるように作られている。

 

 階段を降りて第1層目にも、時間が経って復活したのだろう魔物が居て、入ってきたオリヴィア達を威嚇している。相手はウルフ6匹だ。彼女達が攻略した4階層のダンジョンは、ゴブリンが3匹とかしか居なかったが、このダンジョンは最初から6匹も発生している。難易度も高いのだろう。

 

 だが、残念なことにオリヴィアとリュウデリアには何の意味もなかった。特に彼には。魔力を使ってダンジョン全体をスキャンして全階層を把握してしまった。そして体のサイズを人間大にして、オリヴィアの背後に立って抱き締めると、翼を広げて飛翔した。飛んで魔力障壁を展開すると、ウルフに向かって飛んで行った。

 

 魔力障壁に当たったウルフは、その衝撃から肉塊に変貌し、その後も何の迷いもなく右から2つ目の穴へ入っていった。流石に通路の中は大きな翼を広げた状態では通れないので、自身とオリヴィアの体を包み込むように翼を折り畳み、飛んで加速した速度だけで通路の中を突き進んで、次の広い空間のある階層へ辿り着く。あとはその繰り返しだ。

 

 リュウデリアの飛翔する速度は目にも止まらぬ速度であり、周囲に影響を及ぼす一歩手前で抑えられている。展開している魔力障壁に魔物が当たれば粉々になる程度ではあるだろう。それ故に、冒険者や探索者が辿り着いたとされる36階層にはあっという間に辿り着いてしまった。

 

 

 

「──────37階層目だ」

 

「ありがとう、助かった」

 

 

 

 この日は泊まり掛けで探索をしている者達は居ないようで、途中に会ってしまうということはなかった。仮に居たのだとしても、リュウデリアが気配でも解っていたし、魔力によるスキャンでも解っていた。なので会わざるを得ない場合だったら飛翔をやめていた。

 

 地図が無かろうと、彼等には一切関係ない力があるからこその特権。一瞬で他の者達が到達できた階層までやって来たオリヴィアは、土で形成された内部に蔓のような植物が生えて、所々の壁に張り巡らされているのに気が付いた。

 

 下に向かっていくので、てっきり土だけに囲まれているのかと思っていたが、そんなことはないらしい。新たな発見だな……と、これからの探索に思いを馳せていると、リュウデリアが異空間から紙を取り出して宙に浮かべ、魔力を使ってインクを使わず、焼いて何かを書き込んでいた。

 

 

 

「何をやっているんだ?」

 

「この階層の図を書いている。他の人間共がどうなろうが知った事ではないが、最低限の情報はくれてやろうと思ってな。報酬も出ることでもあるし」

 

「そうか。態々ありがとう」

 

「簡単だからな、構わん」

 

 

 

 見てもいない場所のところも描き込んでいくリュウデリアに礼を言って、オリヴィアは歩き出した。やって来た植物も生えた空間には3つの穴が存在する。どれか1つが正解だ。だがまだ37階層の最初なので、正解の道を選んだからといってすぐに下の階層へ行ける訳ではない。

 

 ダンジョンは蟻の巣のような構造になっており、広い空間から通路が伸びて次の広い空間へ繋がっていて、正解の道を進み続けることで、どこかで下の階層へ行けるようになるのだ。なので合っているかどうかは全く解らない。その為のマッピングである。

 

 そして時には散々進んだ挙げ句に行き止まりという線も有り得るので根性が必要になってくる。中にはマッピングを間違えて迷ってしまうという事件も起きているので気をつけなくてはならないことが山とある。まあ、リュウデリアが居る以上、そんなことは有り得ないと言って良いのだが。

 

 

 

「ん?……あんな、どう見てもあからさまなものがあるのか?」

 

「時にはあるんじゃないか?」

 

 

 

 道順の答えを知っているリュウデリアには聞かず、勘で進む道を決めているオリヴィアが4つある穴の内、一番左の道へ入っていった。通路を進んで行くとやはり広い空間に出て、その中央に剣が1本刺さっていた。両刃の西洋剣である。錆は見当たらず、刃の刃毀れも見えないので使えるだろう。

 

 だがそれを護ったりする魔物はおらず、ただ剣が突き刺さっているだけ。気配はどうかと言う意味でリュウデリアにアイコンタクトをしてみると、左右に首を振った。潜んでいる訳でもないらしい。ならばもう引き抜いてしまってもいいかと考えて、剣に近付いて柄を握り引き抜きに掛かった。

 

 しかし抜けなかった。オリヴィアは軽い気持ちで抜こうと思ったのがいけなかったのか?と疑問に感じ、今度は両手で握って引き抜きに掛かる。だがやはり抜けない。ピクリとも動かなかった。今度は魔力で肉体を強化して試みてみると、ガタガタと動きはすれど、抜けなかった。

 

 

 

「……っ……くッ!ダメだ。私では抜けない」

 

「なら、俺がやってみるぞ」

 

「あぁ。かなり重いから気をつけて──────」

 

「抜けたぞ」

 

「いや早いな」

 

 

 

 頑張ってみても抜けなかった剣を、リュウデリアは片腕だけで抜いてしまった。彼が宙に飛ばしている光の球によって刀身が輝いて見える。何で抜けなかったのかと、原因をオリヴィアが聞くと、単純にこの剣は重いのだという。

 

 適当に振ってみて重さを確認すると、恐らく800㎏はあるのではないかという答えが返ってきた。流石に驚いてしまうオリヴィア。そんな普通の剣に見えるそれが800㎏もあったのかと。それならば抜けないわけだと変に納得した。

 

 興味深そうにリュウデリアが持つ剣を眺める。彼からの説明によれば、これは魔剣という武器に分類されるものらしい。魔剣とは、何かしらの力をその武器が宿しているものを指す。この場合ならば重量がかなり重くなるという力だ。なので普通の剣だと思って抜こうとしたら、全く抜けなかったのだ。

 

 そうやって説明を受けていると、リュウデリアが何かに反応した。オリヴィアに手を伸ばして抱え込むと、何も無かったその空間の地面から魔物が形成されていく。その数何と30。囲い込むようにして現れた。正体はトレントという木に化けて人に襲い掛かる魔物だ。

 

 木々が鬱蒼と生えたかのような光景だが、幹の部分には刳り貫いたり削って作ったような目と口がある。少しずつ根っこの部分を動かして歩み寄ってくる。どうやら偶然今発生したという訳ではなさそうだと、リュウデリアはオリヴィアを背に隠しながら考えた。

 

 

 

「どうやら(トラップ)のようだな」

 

「剣を抜いたからか?」

 

「それが起点として発生させるものだったらしい。まあいい。丁度この剣の切れ味と、武器を使った戦いの練習が出来る」

 

「では任せていいか?」

 

「うむ。さて──────残らず斬り倒してしまうとするか。伐採が如くなァッ!!」

 

 

 

 リュウデリアから放たれる殺気に気が付いて躙り寄るのをやめて静止し、次は後ろへ下がろうとした瞬間、彼は一歩踏み込んでその場から消えた。トレント達が消えた彼に困惑している間に、彼はもうトレント達の背後に抜けていた。両手で握った剣の鋒を地面に向けて、振り下ろした後の格好をしている。

 

 気配で背後に居るのだと察知したトレント達が、背後へ振り返ろうとした瞬間、10体のトレントが真ん中から断ち切られて真っ二つにされた。それも同時に。あまりに速く斬ったので、少し遅れて真っ二つになったのだ。

 

 残りが20となったトレントがザワつきを見せ、リュウデリアは最も危険だと判断したのか、その場で立ったまま観戦しているオリヴィアに襲い掛かろうとした。それに何の反応も見せないのを良いことに手の形をした枝を振り下ろそうとするが、枝は細切れになり、視界も幾つもの線が入ってから体ごと細切れになった。

 

 細切れにされたトレントは12体。残るはたったの8体。丁度一カ所に固まっているので、その方向に向けて使っていた剣を投擲した。剛速で飛んでいく剣を、先頭のトレントが掠らせながらどうにか避けることに成功した。どうだと得意気な様子。しかしそれは明確な油断でしかない。

 

 投擲された剣が固まっているトレントの中央に差し掛かったところで、忽然とリュウデリアが現れた。剣は既に彼の手の内にあり、空中で体を捻って回転しながら剣を振り回した。軌跡を描いて斬撃が叩き込まれ、1体を残してトレントは細かい木の破片へと変わった。

 

 そして7体殺されて最後の1体となったトレントには、顔の横側から左から右へ尻尾を突き入れて貫通させ、脚の役割をしている根っこが浮かぶくらい宙に浮かべた。トレントは木なので尻尾が貫通してもまだ死にはしない。だが木っ端微塵にされたら確実に死ぬ。

 

 トレントを固定したまま剣を地面に突き刺して手放し、左脚を前に出して腰を落とす。シィ……ッと息を吐き出してから少し間を開け、右脚を踏み込んで右腕を前に突き出した。トレントの眉間に右手の指を掌側に曲げた掌底を、左側に捻り込みながら打ち込んだ。

 

 

 

「──────『流塵(りゅうじん)』ッ!!」

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「おぉ……っ!」

 

 

 

 衝撃波も無く、大それた爆発音も無しに、打ち込まれた全衝撃がトレントの体に行き渡るように奔らされ、次の瞬間には欠片も残らず消し飛んでいた。衝撃だけで打ち込んだ相手の肉体を消し飛ばす掌底に、オリヴィアは楽しそうにパチパチと拍手を送った。

 

 リュウデリアは掌底を打ち込んだ右手を見つめて感触を確かめた。初めて殴るや鋭い指先で切り裂くといった攻撃以外のものをした。そして手放した剣をもう一度手に取って、適当に振るった。風を斬り裂く鋭い音を奏で、誰が見ても剣を初めて振ったものの手捌きではなかった。

 

 

 

 

 

 なんだ、出来るか解らないと思っていたが、案外簡単ではないか。そう心の中で愚痴りながら、すごいじゃないかと褒めながら抱き付いてくるオリヴィアを受け止めたのだった。

 

 

 

 

 

 






 探索補助者

 探索者ギルドに登録されている者達で、基本的にダンジョンに潜る者達に付いていって雑用等といった手伝いをする。マッピングや荷物持ちをしてくれるので、雇う者達も多い。




 魔剣

 何かしらの力を宿した武器のこと。今回リュウデリアが引き抜いた剣は、剣そのものを超重量にする力が宿っている。なので見た目の割にとんでもない重さになっているということだ。




 オリヴィア

 マッピングは全てリュウデリアに任せて、行き先を決めている。迷いそうになったら助言をしてくれるので、とてもイージーモード。

 剣を使うリュウデリアの動きを初めて見たが、初めて使う者とは思えない動きで実に素晴らしく格好良かった。思わず見惚れていた。拍手は心からの喝采である。




 リュウデリア

 初めて真面な武器を使った。今までは魔力で形成した槍を投擲することにしか使わなかったので、使えるかどうかは解らなかった。頭の中でイメージはしていたが、実際にやってみるのでは違うと解っていたから。

 結果は頭の中のイメージ通りの動きができた。因みに、四天神との戦いを経て編み出した魔法を使っているのだが、何処の部分か解るかな?

 剣の使い方はもちろん、本から貰った。




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第93話  一旦帰国







 

 

 

 

 

「─────♪──♪─────♪49階まで来たが、まだ続いているな。本当に大きいダンジョンだ。リュウデリアにはマッピングをさせてばかりですまない」

 

「いや、剣を使った戦いや拳に技術を組み込んだ戦いが出来ているから十分だぞ。強いて言うならば雑魚ばかりということくらいか」

 

「お前が強敵だと認める奴が居たら、それはそれで問題だぞ……?」

 

 

 

 朝早くからダンジョンに潜り、順調に下の階層へ降りて行くリュウデリアとオリヴィア。進む道は彼女の勘によるものなので、時には行き止まりに差し掛かることもあれば、(トラップ)の空間に入り込んで数多くの魔物を呼び込んでしまったりした。

 

 大きいダンジョンなだけに魔物も種類が多々とある。獣系から植物系。中には屍系のものまでいた。魔法も使ってくるが、魔法のスペシャリストが居るので意味がなく、仮にオリヴィアに撃ち込んでも純黒のローブが物理も魔法も無効化してしまう。

 

 圧倒的力、暴力による殲滅。正規の魔物の記録でしかないダンジョン内の偽物の魔物は、一方的に消されていた。向かえば悉く消されていく。例外はなく、淡々とした作業のようなもの。魔物を魔物とすら見ていなかった。

 

 目的がダンジョンを突き進んでいくことだけなので当たり前ではあるが、最早破壊される為だけに湧いてくるオブジェクト扱いの魔物達がかわいそうになってくるくらいだ。

 

 

 

「次は……う~む……右だな!」

 

「それは何故?」

 

「ふふっ、勘だ」

 

「そうか」

 

 

 

 ──────これで7回目の正解ルートを引いた。運が良いだけか?それとも勘が鋭くなっているのか……まあどちらでも良いか。

 

 

 

 ご機嫌に鼻歌をしながら歩いて道を選ぶオリヴィアの後ろで、リュウデリアは正解のルートを選んでいる事に少なからず驚いている。2回3回ならば偶然と言えるだろう。だがそれが7回目も続いているとなると少しだけ話しが違ってくる。コツでも掴んだのか、続く通路が5本6本とあろうが、一発で正解の通路へ行くのだ。

 

 魔力を使って最深までの正解ルートを知っているリュウデリアだからこそ解る、オリヴィアの正解率。まあ、別に正解を選んだからといって悪いわけではないし、勘が鋭くなるのは良いことなので、まあ良いかと放って置いている。

 

 そうやって正解の通路を通り続け、行く先々で待ち構える魔物達を蹴散らして30分。2人は扉の前に辿り着いた。何故ダンジョンに扉?と疑問に思う。両開きで幾何学模様の装飾が入っているこの扉は、如何にも中にボスが待っていると物語っている。

 

 50階へ至るためには必ず通らなくてはならない場所なので、引き返す訳にはいかない。というより、世界を滅ぼす~等といった殺し文句を持つ存在でないと、リュウデリアを止めることは出来ないので普通に扉は開けた。

 

 5メートルはある両開きの立派な扉なので、重いだろうからとリュウデリアが両手を置いて押し込んだ。上から砂をパラパラと落としながら重々しい音を立てて開いていく。中は今までと変わらない広い空間。その中央に異彩な存在感を醸し出す魔物が居た。

 

 ティラノサウルスという恐竜をご存知だろうか。最大全長約15メートル。全高約6メートルという巨体を持つ肉食の存在である。退化して小さくなった腕や手の代わりに発達して太く長い脚を持った恐竜だ。扉を開けて中に入った先に居たのは、それに似た姿の魔物だった。

 

 しかし姿は部分的に似ていても殆どが違う。頭は2つ付いており、尻尾は3本生えている。脚は4本もある。どう見てもティラノサウルスとは言えないが、ベースとなっていると言われれば何となく頷けるだろう。この魔物の名はサグオラウスといい、生粋の肉食でありながら獰猛さと沸点の低さを併せ持つ、相手にするには勇気が必要な魔物だ。

 

 

 

「初めて見た。如何にも肉食だと言わんばかりの姿だな」

 

「サグオラウスだ。単体で良い魔力量をしていて、魔法を積極的に使ってくるから冒険者でもかなり手を焼く奴だ」

 

「ランクで言うとどのくらいの奴だ?」

 

「んー、AからSといったところだな。大したことはない」

 

「人間からしてみれば絶対大したことあるぞ」

 

「この程度に手こずる時点で程度が知れる」

 

 

 

 はッ。と、鼻で嗤う。この程度も満足に殺せないのかと。Sランクともなれば、冒険者の階級で上から3番目に位置する存在だ。普通に戦えば全滅することは必須。それどころか街に誘導しようものならば、忽ち崩壊した街だったものが生まれる事だろう。プロの冒険者が複数人で掛かっても斃せるか解らないものでも、龍からしてみれば塵に同じ。

 

 サグオラウスが2つの大きや口をがぱりと開けて咆哮する。扉を開けて侵入したリュウデリアとオリヴィアをしっかり敵として定めたからだ。動きが鈍そうに思える体を持っていても、筋肉に塗れたサグオラウスの出す移動速度は非常に速い。加速の魔法を使っても追い付いてくる程だ。だが、この時はその速度を使わずに、体内に内包する膨大な魔力を鼓動させた。

 

 2つの頭。故の2つの口に中に膨大な魔力を集束させていく。広いこの空間が小刻みに揺れていると錯覚するほどの魔力だ。それに集束しているのは2つ。この2つを同時に解放すれば、国を護る外壁を残さず消し飛ばす程の魔力の奔流が放たれることだろう。

 

 リュウデリアからしてみれば雀の涙程度のしょぼくれた魔力。迎撃するまでもないもの。だがあることを思い付いてオリヴィアの背後に回って盾にし、クツクツと面白そうに嗤った。

 

 

 

「折角の機会だ。俺が創ったローブに組み込んだ反射の機能を使ってみるか」

 

「私は構わないが、どうやってイメージすれば良いんだ?」

 

「お前の前に何でも跳ね返す透明な壁があるとイメージすればいい。倍率は1から10まで変えられる。好きな倍率を思い浮かべろ。それだけでローブが読み取り、効果を発揮してくれる」

 

「解った。……ふぅ。良し、来いッ!!」

 

 

 

「……ッ!!■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「──────『現象反転(リフレクション)』」

 

 

 

 口から放たれた2本の魔力の奔流は途中で混ぜ合わさり、1本の巨大な魔力の塊と変貌した。狙うは侵入者2人。跡形も無く消し飛ばすつもりで放った渾身の魔力の奔流。それは正面から受けてしまえば、大怪我ではすまないものだろう。

 

 対してオリヴィアは、頭の中でイメージをするだけだった。リュウデリアに言われた通り、自身の前方に何もかもを跳ね返す透明な壁を想像し、倍率は手始めの4倍を思い浮かべた。

 純黒のローブがイメージを汲み取り作動する。害有る攻撃の全反射。向けられた攻撃を受け止め、定められた倍率にして来た方向へ撃ち返す。

 

 魔力の奔流が目前まで迫り、純黒の魔法陣が顕現した。撃ち込まれた魔力を受け止めて、4倍の威力に増幅させる。放たれた魔力はサグオラウスが放てる限界量だった。その魔力の4倍が自身に襲い掛かるとなれば……無事で済む訳もない。

 

 向かってきた時よりも膨れ上がった膨大な魔力が跳ね返り、全て返されるとは思ってもみなかったが故に虚を突かれ、回避行動が遅れたサグオラウスの全身を呑み込んだ。断末魔も上げる暇はなく、自身で放った魔力で、自身の体を消す飛ばす羽目となった。

 

 広い空間の向こう側の壁に到達してしまった魔力で爆発が起きて衝撃波が向かってくる。背後に控えていたリュウデリアが覆い被さり、翼で全身を包み込んで防御態勢に入った。凄まじい風圧が襲い掛かるが、オリヴィアには微風すらも届かない。衝撃波による暴風が止まって中から出してもらうと、サグオラウスは完全に消し飛び、壁も大きく抉れていた。

 

 

 

「道が塞がってしまったな……」

 

「その心配はない。砕けた壁は勝手に修復される。ダンジョンは龍脈から得た魔力を使用して破壊された箇所を元に戻すんだ」

 

「そうなのか……おぉ……っ!」

 

 

 

 言われた通りに直るのかと見ていれば、生き物のように壁が動いて抉られた部分が修復されていった。通るための通路の入口も直されて、しっかりと進めるようになる。これは便利だと素直に感じた。つまりは間違って通路を塞ぐ破壊を撒き散らしても、時間が解決してくれるという事だからだ。

 

 反射した魔力の影響で半円に抉った地面も修復されて元の状態に戻る。では次の階層である50階層へ行ってみようと歩き出すオリヴィアの背後を、リュウデリアはついていきながら反射がしっかりと発動したことを満足そうにしていた。不発に終わる可能性は無いと思っていたが、まだ反射するところを見たことが無かったのだ。

 

 流石は丹精込めて全力で創造したローブなだけはあると、心の中で自画自讃する。ご機嫌な感情が尻尾に表れて左右に大きく揺れた。つい壁にぶつかって粉砕してしまったが、ダンジョンが自力で直してくれるので問題はない。

 

 

 

「さて、オリヴィア」

 

「うん?どうした?」

 

「これで50階層に到達した訳だが、まだ進むか?それともキリが良い数字だから一旦戻るか?外は18時くらいだが」

 

「そうだな……楽しくて先に進みたい気持ちもあるが、そのペースで行くとあっという間に攻略してしまいそうで怖いからな……よし、今日は此処までにしよう。それで明日はマッピングしてくれていたリュウデリアを労って食べ歩きと図書館だな」

 

「……っ!良いのか?」

 

「勿論だとも。今日もありがとう、リュウデリア」

 

「気にするな。お前が楽しそうで何よりだ」

 

「ふふっ。大好きだぞ」

 

「俺もだ」

 

 

 

 優しく包み込むように抱き付いてくるオリヴィアに、リュウデリアも抱き締め返して応えた。互いに背へ腕を回す。体の前面を隙間無く触れ合わせる抱擁は互いの体温を合わせているようでとても気持ちが良い。オリヴィアが上を向いて目を閉じると、求めているものを察して顔を近づける。

 

 ふるりとした色づきの良い唇に口先をつけると、オリヴィアがゆっくりと目を開けてほんのりと頬を朱に染めながら嬉しそうに微笑んだ。リュウデリアに唇は無いので口先だけをつけるキスになるが、彼女はとても嬉しそうだ。

 

 愛おしいものを見るリュウデリアの瞳と見つめ合って、少し恥ずかしそうにしている。そんな彼女が外しているフードを持って被せてやり、自身は体のサイズを落として肩に乗った。そしてパチンと指を鳴らすと、オリヴィアの見ていた光景はダンジョンの中ではなく、ミスラナ王国の入口から見えない、壁を伝って少し離れた場所だった。

 

 

 

「──────ッ!?リュウデリア、これは……?」

 

「四天神との戦いを経て新たに開発した点同士を繋げた移動方法──────『瞬間転移(テレポート)』だ」

 

「……すごいな。何処へでも行けるのか?」

 

「いや、点同士を繋げて移動するという空間系魔法の最上位技術である以上、制約として俺が一度目にした場所でなければ跳べない。だが逆を言えば一度見た場所ならばいくらでも行けるぞ」

 

「流石だな、リュウデリア。本当にすごいぞ」

 

「ふふん」

 

 

 

 誇らしげな声を漏らして尻尾を振るリュウデリアにクスリと笑い、顎の下を指先でくすぐってやりながらミスラナ王国の入口に向かって歩き出した。変な噂を持ち上げられないように、入口で控えている門番の兵士に見られない場所へ跳んだのだ。

 

 しっかり配慮してくれていると分かり、オリヴィアは横を向いて不意打ちでリュウデリアの口先にキスを落とした。突然だったので目を丸くしている姿にクスクスと笑い、門番をしている兵士に入国許可証を見せて中に入った。

 

 もう暗くなってきているので、大通りにはそこまで人は居ない。魔道具である光を発する電灯に光が灯り始めている。暗くなる事を見越してかランタンを手に持っている者も居た。楽しいことをしていると、時間はあっという間に過ぎていくんだなと感慨深そうにして、大通りを歩いて冒険者ギルドを目指した。

 

 少し歩いて目当ての冒険者ギルドに到着すると、さっさと中に入って騒いでいる他の冒険者達の間を縫い、受付嬢の居るカウンターまでやって来た。オリヴィアが入ると酒を飲んで酔っ払っている男が絡もうとするが、素面の冒険者がソイツに絡むのはマズいと羽交い締めにする光景が見られた。

 

 触れようとするものならば、忽ちリュウデリアが両腕を斬り落としていただろう事を考えれば、実に賢明な判断と行動力だと言えるだろう。Aランク冒険者を戦闘不能にしたり、魔物の大群を無傷で殲滅したり、Sランクの魔物も討ったオリヴィア達の話は冒険者の間で広まりつつあったのだ。

 

 目撃したり目にした冒険者が、護衛依頼などを受けて別の街などに移動し、その話を冒険者仲間にするので広まっていくということだ。まあそのお陰で安易に絡んでくる阿呆が居なくて清々しているのだが。

 

 

 

「あ、おかえりなさいオリヴィアさん。ダンジョンはどうでした?地図を使わないで自力での探索なので2、3階層くらいまでは行けましたか?」

 

「いや、キリが良い50階層まで行ってきた。36階層から先の階層の途中で蹴散らした魔物が持っていた装飾品や武具を売りたいのだが、良いか?」

 

「はい!では一度お預かり……して……──────え?す、すみません、今なんて言いました?」

 

「……?36階層から50階層で手に入れた物を売りたいと言った」

 

「え……あ……えぇ!?今日だけで50階層まで行ったんですか!?オリヴィアさん単独で!?地図も持たずに!?」

 

 

 

「「「「────────────ッ!?」」」」

 

 

 

 程よい時間帯のこともあって酒を飲んで騒いでいる冒険者達が、受付嬢の悲鳴混じりの叫びを聴いて騒ぐのをやめた。シンッ……とした空気が場を包み込み、飲んでいる酒を余所に受付嬢とオリヴィアの方へ視線を向けた。まさか、そんなことが有り得るはずが無い。そんな気持ちを抱えながら。

 

 絶対に嘘に決まっている。適当な嘘をついているだけだ。そう心の中で唾を吐き捨てて罵倒している傍ら、酒を口に含んでいる訳でもないのに、喉をごくりと鳴らした。最深未踏のダンジョンは、大きさもさることながら発現する魔物の強さも高いと有名だ。だからミスラナ王国に滞在する冒険者と探索者が多く居ながら、未だに36階層しか進んでいないのだ。

 

 なのにオリヴィアは、今日行って、単独で地図も持たずに誰も到達していない50階層まで行って来たというのだ。彼女の事を深く知らない者達にとっては嘘っぱちだと思っても仕方ない。だが証拠はいくらでも存在する。

 

 聞いて驚いている受付嬢の前に、戦利品として回収した銀の首飾りや金のロザリオ、宝石が埋め込まれた指輪に凝った装飾がされている短剣。他にもカウンターに乗らない、大男が使いそうな大剣。西洋風の両刃の剣に、騎士が身につけている甲冑。腕を守るための篭手等といったものが異空間より吐き出された。

 

 ゴトゴトと重い音を響かせながら、回収したものをあらかた出して、最後にリュウデリアが行ってくれた誰も進んでいない36階層から50階層までのマッピングをした紙を手の中に出した。受付嬢は目を白黒とさせ、冒険者達は響めいていた。

 

 

 

「うそ……だろ……っ!?」

 

「マジで50階層まで行きやがったのか!?」

 

「ソロで地図も持たずにか!?そんなことが可能なのか!?」

 

「わっかんねーよ!!けど、今使った空間系魔法に、あの回収された物……信じねぇ方が無理だ」

 

「手に持ってんのはマッピングされた紙か!?アイツ……何者だよ……っ!!」

 

 

 

「え、あの……本当に50階層まで行かれたので……?」

 

「チッ……先からそう言っているだろう、(くど)いぞ。まあ信じる信じないはもうどうでも良い。マッピングはしてくれると助かると言われたからやっただけだ。要らんなら構わん。私も要らないから燃やして捨てる。精々己の脚で攻略していくことだな」

 

「えっ……えぇっ!?ちょっ、待って待って!燃やすのはやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

 本気で燃やしてしまおうと、右手に持った紙の束に左手に出した純黒の炎を近付けると、折角マッピングしてくれた未踏の階層の全体を書き記した紙を燃やされてしまうと焦った受付嬢が、カウンター越しから急いで出て来て炎を出す左腕にひしっと抱き付いて止めに掛かった。

 

 まさか少し疑っただけで本当に燃やそうとするとは思ってもみなかったので、受付嬢は半泣きである。ちなみに後ろに居る冒険者達も止めようとして殆どの者達が座っていた椅子を倒しながら立ち上がり、駆け寄ろうとした姿勢になっていた。

 

 縋り付いて止めてくる受付嬢に鬱陶しそうな表情をフードの中で浮かべたオリヴィアは、炎を消して腕を振り払った。そして右手に持つマッピングした紙を受付嬢に押し付けるようにして渡した。さっさと受け取れと言わんばかりの雑な渡し方だが、半泣きだった受付嬢はホッと安心した風に溜め息を溢し、大切そうに紙の束を両腕で抱えた。

 

 

 

「それで、この物品は買い取ってくれるのか?どれもこれも要らんから、私としては買い取ってもらわねば困るのだが?」

 

「は、はい!急いで鑑定しますのでお待ち下さい!」

 

 

 

 他の受付嬢や従業員が手伝って、多くの物品をカウンターの奥にある扉の向こうへ持っていって鑑定を急いだ。その間に担当をしている受付嬢は、オリヴィアから渡されたマッピングの紙を1枚1枚丁寧に読み込んでいき、正確性を判断していた。しかしリュウデリアが変なところで手を抜くわけもなく、受付嬢が見たことがないくらい正確で綺麗な図だった。

 

 壁の凹凸まで細かに描き込まれたそれは、とても見やすくて信じられないくらい良い出来の地図だった。階数もしっかりと記されており、魔物が居た場所も描き込まれ、ダンジョンに居るわけでもないのに現地の状況が伝わってきた。

 

 

 

 

 

 鑑定を終えて、トレイの上にかなりの枚数な金貨を載せた受付嬢が来て渡されたので、鑑定結果で換金された金を袋に詰めていく。その姿を、冒険者達は口をあんぐりとして見つめていた。

 

 

 

 

 

 






 オリヴィア

 取り敢えず50階層までにしておくことにした。それ以上進んで行っても楽しみが減ってしまうと考えたから。

 マッピングした紙を燃やそうとしたのは本気だった。折角リュウデリアが描いてくれたのにと思われるかも知れないが、他でもないリュウデリアが要らないなら燃やして良いと言っていた。持っていても意味がない為だ。




 リュウデリア

 マッピングなんてお手のもの。壁の凹凸まで超細かく描いた。誰が見ても美しいと言うくらいの出来栄えで、魔物が居る場所も示しているので、この地図さえあれば接敵しなくて済むくらいのもの。

 重さ800㎏もある魔剣はどうしようかと思ったが、別にこの魔剣じゃないといけないという訳でもなく、気に入っている訳でもないのでギルドに出した。複数人でどうにか持って行くのを見て非力だな……と思っていた。


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第94話  勧誘








 

 

 

 ダンジョン、最深未踏が突如50階層まで攻略されという情報は、探索者ギルドへすぐに届いた。探索者は生活の全てをダンジョンに捧げている者達だ。冒険者のように依頼を受けて報酬を得るのではなく、ダンジョンに潜ってまだ誰も回収していない物品を手に入れ、それを売りに出すことによって金を得るのだ。

 

 故に探索者はダンジョンの情報に目が無い。冒険者ギルドの者が1階層進めたならば、探索者達はすぐに新たなマッピングされた地図を購入して、階層を進めた者の事も調べるのだ。どんな奴が居てどんなパーティーを組んで、どんな攻略の仕方をしていったのかを。

 

 今日も朝から50階層まで攻略された話で持ちきりだ。それも、攻略した冒険者が書いたものを複製したというマッピング地図に、50階層へ行くための49階層に扉があり、サグオラウスが待ち構えているという情報も提供されている。そうなればすぐに行って通れる訳がない。

 

 どうしたら勝てる。冒険者ギルドの者達と連携するか?大人数で挑むならば陣形は?必要なものは?魔道具は?そんな話で盛り上がっている。しかしそんな賑わいを見せる探索者ギルドの中で1人だけ、他の者達が気付いていないところに着目していた。

 

 

 

「AランクからSランクに分類されるサグオラウスをソロで倒す冒険者……オリヴィア。会わないと……」

 

 

 

 美しい曲線美を描く体に目を引かれる美貌。全身から醸し出す強者の気配。探索者ギルドの中でも異質な何かを発する女性は、太腿に装着された帯に付いている収納スペースに納まった二振りの短剣。肩辺りで切り揃えられた金髪を揺らしながら、その場を後にした。

 

 どこをどう取っても美人と言う他ない彼女が歩いても、誰1人として声を掛けない。それどころか通るための道を開けるくらいだ。高嶺の花か?違う。話し掛けるのも烏滸がましい?違う。道を開ける理由は、眉を顰めて汚らわしいものを見る目で睨む、周囲の者達を見れば大体の立ち位置を理解するだろう。

 

 

 

「うっわ、早速行きやがった」

 

「この単独で50階層まで行っちまったオリヴィアって冒険者に、誰か忠告した方が良いんじゃねーか?」

 

「まったくだ。アイツと潜った奴はひでぇ目に遭わされるからな」

 

「ほら、お前オリヴィアって奴に教えてこいよ」

 

 

 

「──────『骸剥(むくろは)ぎ』が来るぞーってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ。鎧魚の刺身は美味いなぁ……ふふっ、リュウちゃんも美味しいだろう?はい、あーん」

 

「……んむ」

 

「まだ少し生で食べるのは抵抗があるが、食べていると忘れてしまうなぁ……気に入った。店主、後3匹分貰おう」

 

「…………………。」

 

「おっ、あいよ!気に入っていもらえておっちゃん嬉しいよ!今捌くから待っててな!」

 

 

 

 冒険者ギルドでも探索者ギルドでも噂になって騒がれているオリヴィアはというと、しっかり刺身を満喫していた。一昨日に食べたのが忘れられず、珍しくこれを食べようと提案してきた彼女に、肩に乗っているリュウデリアは静かに頷いた。

 

 そうしてやってきた大通りにある鎧魚を捌いて刺身を提供してくれる店に一直線で向かい、朝から堪能しているというわけだ。爽やかなレモンの風味に鎧魚のそのままの味が、噛めば噛むほど味が出る。フードの中で、オリヴィアは頬を緩ませて美味しそうにしていた。

 

 そうして頼んでおいた3匹の鎧魚の刺身を受け取り、何時でも食べられるように異空間へリュウデリアに送ってもらい、次の店を探す。ぶらぶらと適当に歩いて、2人のデートを楽しんでいく。昨日はダンジョンに潜って探索が出来たので、翌日の今日も機嫌が良いオリヴィアに、リュウデリアは静かにクツクツと笑った。

 

 朝から元気な声で呼び込みをする果物を売っている女性に呼び込まれ、林檎を2つ買って2人でそれぞれしゃくしゃくと齧って食べる。瑞々しくて果汁が溢れて美味しい。ヘルシーなものしか今のところ口にしていないオリヴィア達は、次は肉でも食べるか?と話し合った時だった、背後から道行く人に声を掛けている者が居ることに気が付いた。

 

 

 

「すみませーん、通りまーす。少しだけ道を開けてくださーい」

 

 

 

「あらやだ、こんな朝っぱらから()充《・》だわ」

 

「はい、あなたはまだ見ちゃダメよー?もっと大人になったらねー」

 

「えー?」

 

 

 

「あれは……」

 

「──────奴隷だな」

 

「奴隷?」

 

「何かしらの理由で人権を剥奪された者達のことだ」

 

「……それにしては、身なりが整っているというか、汚れが無いが……?」

 

「競売に賭けられるのだろう。見た目が汚ければ買い手がつかんからな」

 

 

 

 2頭の馬に引かれているのは、鉄格子が嵌め込まれている檻のような荷台だった。手綱を引いている御者が声を掛けて道を開けてくれるように頼んでいるのだ。大通りを歩いていた住人達は、声を聞いて脇に避けて道を譲った。パカパカと馬が石造りの地面を歩いて蹄を鳴らしながら前を荷馬車が通っていく。

 

 鉄格子が嵌め込まれているだけの荷台なので、中に居る奴隷の姿が見える。普通の格好というよりも、布切れのような物を着させてもらっていて、肌に汚れは無かった。髪も整えられていて、とても奴隷には見えない。だがリュウデリアが言うには競売に賭けられるのだそう。

 

 奴隷とは、格式の高い名家であろうと、落ちぶれてしまって身分を奴隷のそれに堕としたものや、借金を抱えて払う目処が無くなってしまった者、または家族に売り飛ばされてしまった者達がなる、人権なんてものは存在しない位だ。いや、人権すらも無い者に位は存在しないのだろう。

 

 誰に買われて、どんな扱いを受けようが拒否は許されない。勝手な行動や発言すらも一切許されないのだ。飯を与えなかろうが、暴力を振るおうが、性的に犯そうが全てを購入した者に一存される。人ではなく物。それが奴隷の全てだ。

 

 鉄格子のある荷台に乗せられた奴隷達のことを、オリヴィアは前を通る一瞬だけ眺める。男、女、子供、中には年寄りすらも居た。そして皆に共通するのは、誰もが俯いてジッとしており、何も喋らず瞳に希望という光を宿していないということ。それぞれが理解しているのだ。これから先は地獄しかないのだと。

 

 

 

「前の街や国には無かったが……」

 

「奴隷制度を推奨しているところとされていないところがあるからな。奴隷には人権が無いから物の売買に過ぎないと唱える者も居れば、人道に反すると声を上げて奴隷制度を否定する所もある。この国は推奨している場合だったという訳だ。国境を越えればこんな光景が突然目に映る。俺も初めて見たが、あれ等は買い手が下賎だと気付いたら舌を噛む勢いの気配だぞ。くくッ」

 

「ふーん?まあ私達には関係無いか。欲しいとも思わんしな」

 

「使い方は様々だろうな。料理をやらせたり、戦わせたり、性処理を行わせたり、単純にコレクションしたりと」

 

「金の無駄だな。戦わせるにしても、私達の場合だと喜んで荷物を背負っているようなものではないか」

 

「あぁ。だから奴隷なんぞ何の役にも立たん。所詮は自力でどうしようもなくなってしまっただけの塵芥だ」

 

 

 

 普通はかわいそうだとか、どうにかしてあげたいと思うのだろう。だが生憎なことに、オリヴィアとリュウデリアにそういった者達へ憐憫の感情は動かない。つまりは極めてどうでもいい。欲しいとも思わないし助けようとも思わない。例え奴隷が目の前で暴力を振るわれていたとしても、彼女達は視界の端にすら映さないだろう。

 

 奴隷に興味を失せたオリヴィア達は、食べ歩きを再開させた。眺めながら齧っていた林檎は芯まで食べ終わり、手の中で燃やして消した。さて、次は何を買おうかと考えていると、彼女達に近付いてくる気配が1つ。リュウデリアは覚えのある気配であり、此方に向かって一直線に近付いてくるのでオリヴィアの肩を叩き、背後からの存在を報せた。

 

 

 

「冒険者ギルドから純黒のローブで全身を覆った者がオリヴィアだと聞いた。あなたがそうだろうか」

 

「……確かに私はオリヴィアだが、誰だお前は」

 

「失礼。私は探索者ギルドでBランク探索者をしている“ティハネ”という。すまないが少しだけ私に時間をくれないか。話がしたい」

 

「ならば今此処で話せ。名前以外何も知らん奴に時間を割いてやる程、私はお前に興味を抱いていない」

 

「…っ……頼む。食事でも奢ろう。だから此処ではないところで話をさせて欲しい」

 

「ほう……?ならば奢らせてやる。ただし、話がつまらん内容ならば途中で帰るぞ」

 

「少しだけでも話を聞いてくれるならば、構わない」

 

 

 

 ティハネ。金髪に動きやすい服装。脚には帯と納められた短剣二振り。人目を引く美貌を持つ女性だ。探索者ギルドでオリヴィア達の話を聞き、冒険者ギルドへ一度寄ってどんな風貌をしているのかを教えてもらい、虱潰しに探しているところを見つけたので声を掛けたのだ。

 

 オリヴィアはティハネが何処の誰なのか全く興味が無く、どんな女性なのか分かっていないが、リュウデリアは気付いている。彼女が探索者だと思われる4人パーティーの、喧嘩によるいざこざを止めた、謎の女だということを。

 

 しっかりと顔を見た訳ではないので外見的な判別は出来ないが、内包する魔力の高さと気配は覚えている。だから彼女があの時に仲裁した人間だとすぐに解ったのだ。まあ、それを知っているからと言って何かがあるわけでもないので何も言わないが。

 

 目的はまだ何か判明していないが、リュウデリアはティハネが緊張している事を気配で察して目を細める。必ず探索者ギルドの者から接触されるとは思っていたので、誰かが来ることには何とも思っていない。しかし接触してくる目的は解る。十中八九パーティーの誘いだ。

 

 話を聞いてくれる事になったので、ティハネが食事が出来るところに案内してオリヴィア達を連れて来た。個室を頼んだので、他の者にはあまり聞かれたくない話なのだろうと察せられるが、もう既にパーティーを組まないかという打診なのは解りきっているので構える必要もない。

 

 店員が水を持ってきて、一緒に適当な料理を1回で10人前頼んでティハネが頬を引き攣らせた辺りで、本題が出された。

 

 

 

「オリヴィアさん。私とパーティーを組んで『最深未踏』の攻略に協力して欲しい」

 

「断る」

 

「……何故だろうか」

 

「第1に、お前の事を何も知らないのにパーティーを組もうとは思わない。第2に、お前の手を借りなくてもあの程度のダンジョンを攻略するのは容易なことだ。第3に、足手纏いは要らない。普通に邪魔だ。第4に、お前は私達をこの上なく利用しようとしている。実に不愉快だ」

 

「……っ」

 

 

 

 話の内容はやはり勧誘だった。パーティーを組んで欲しいと言われた瞬間、リュウデリアは気付かれないように溜め息を吐いて、オリヴィアの肩からテーブルの上に降り、コップの中の水を浮き上がらせて口の中に運んで飲んだ。全く興味が無く、言わなくてもオリヴィアが断ると分かっていたからだ。

 

 断られたティハネは唇を噛んで俯く。ファーストコンタクトで話した時、彼女は簡単に頷かないと察することが出来たからだ。オリヴィアが男だったら、自身の容姿で釣ることも出来たが、声や細い指からして女だと分かる。そして冷淡な口調なので理性的だろう。見ず知らずの自身が話があると言っても、その場で言えと言ったのが証拠だ。

 

 こちらに対して心の底から興味が無いというのがありありと伝わってくる。この人にどうやって協力してもらうか、それを考えていた。そもそも協力というのがもう既におかしいのだが、ティハネは気付いていない。彼女の存在が無くても攻略なんて時間の問題だからだ。ましてや、他の者達はサグオラウスで詰まるだろう。それに時間を掛けている間に、オリヴィア達は攻略が完了する筈だ。

 

 

 

「わ、私が怪しいというのは分かる!だが、私には『最深未踏』を攻略しなくてはいけない理由があるんだ!」

 

「そうか、それは大変だな。私が数日中に攻略しておくから他のダンジョンに賭けた方が賢明だがな。……あ、そのステーキは私だ。ん?5枚全部だ。あぁ、ありがとう。さてリュウちゃん、私と一緒に食べよう。この1枚は私が切っておくから、そっちの4枚は任せるぞ」

 

「……っ!その使い魔は……」

 

 

 

 話している最中に店員が料理を運んで来たので受け取り、オリヴィアがステーキ肉1枚をナイフとフォークで切っている間に、リュウデリアは尻尾の先に形成した魔力の刃で一口大に斬った。その動きはティハネにも残像しか捉えられず、魔力の刃に使われている魔力に戦慄した。

 

 唯の使い魔が使用している魔力が尋常ではなかったからだ。彼からしてみれば全く大した魔力を使っていないのだが、ティハネからしてみれば十分膨大なのだ。そしてその横で当たり前にステーキ肉を切っているオリヴィアは、何とも思っていない。当然と認識しているからだ。つまり、この魔物使いと使い魔は、魔力も実力も他とは一線を画しているということだ。

 

 ティハネがごくりと喉を鳴らす。もしかしたら、もしかしたら本当にあの『最深未踏』をすぐに攻略出来るかも知れない。そうなれば、自身の目的を簡単に達成することが出来る。だがその為にはまず、この人にパーティーを組んでもらうことを了承してもらわねばならない。

 

 

 

「オリヴィアさん──────私の目的をお話しします」

 

 

 

 だからティハネは、率直に自身の目的を話すことにした。初対面で何をするか解らない相手とは絶対に組んでくれないと思ったから。これを聞けば、()()()()()()()何かしら思うものを感じて、パーティーの了承に漕ぎ着ける事が出来るだろうと考えたとも言える。

 

 

 

 

 

 ティハネは語る。何故オリヴィアの元に来てパーティーを組み、『最深未踏』の攻略を頼むのかを。だが彼女は少し浅はかであり知らない。相手は人間や人間の私情に一切の興味を抱かない神と龍であることを。

 

 

 

 

 

 






 ティハネ

 探索者ギルドに所属しており、Bランク。人目を引く美貌を持っているのだが、ギルドの者達からは『骸剥(むくろは)ぎ』と呼ばれていて近寄られない。パーティーは組んでおらず、ソロで活動している。

 ある日50階層まで一気にダンジョンが攻略されたという報せを聞いて、いち早くオリヴィア達に接触してきた。目的は彼女達と一時的なパーティーを組んでダンジョン攻略をすること。




 オリヴィア

 ティハネに対して全く興味を抱いていない。そもそも攻略に協力とか何様のつもりだ?くらいしか今考えていないし、ステーキ肉を1つ1つ大事に食べているリュウデリア可愛くて仕方ないという思いが大半を占めている。

 相当な理由が無ければ、彼女のことを説得できない。ただし、出来た場合は必然的にセットで付いている殲滅龍が動く。




 リュウデリア

 心の底から興味が無いので話を聞いていない。ステーキ肉に夢中になっている。一口サイズにして食べていると、オリヴィアにあーんされるので、それも食べている。それでオリヴィアが愛しさに内心悶えていることを……まあ当然知っている。

 リュウデリアが話を断ることは無い。そこら辺の話はオリヴィアに任せているから。つまり、オリヴィアを説得できれば殲滅龍が動くことになるので、勝ち確が発生する。


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第95話  論外な提示








 

 

 

 

 

「──────私の目的をお話しします」

 

 

 

 接触してきた探索者ギルドのティハネは、覚悟を決めた目でオリヴィアを見つめた。何の覚悟だろうか。それは当然、自身の知られたくない過去を他者に話す覚悟だ。

 

 オリヴィアは相手が誰であろうが純黒のローブに付いたフードを取らない。あまりに美しい容姿から、周囲の者達から浴びせられるだろう視線や、それに伴う厄介事を避けるためだ。故にティハネは彼女の目があるだろう場所に当たりをつけて見つめるしかない。

 

 膝の上に置いた手が強く握られる。意識せずとも、勝手に力が入ってしまう。本当は知られたくない。知っている者は居ない。だから初めて他者に話す。会ったばかりで信頼も何も無い相手に。けど仕方ない。もうこれしか方法が無いのだから。

 

 

 

「端的に言ってしまえば、私が欲しいのは『最深未踏』を攻略したという実績でも、名声でもない。どうしても欲しいのは、攻略した際に国から支払われる攻略報酬だ」

 

「金だけか」

 

「……そうだ。私には多くの金がいる。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()金だ」

 

「身内でも売られたか」

 

「……母が……私の母が奴隷になっている。幸いまだ買い手はついていない。女といえどそれなりに歳を重ねているからな。だがいつ買い手が決まるか分からない。だからその前に私が買い取りたいんだ。その金さえ用意すれば母を自由にすることができる」

 

「ほう……。因みに、私は攻略報酬というのがどのくらいなのかは知らないが、お前が必要としている金はどれ程のものなんだ?」

 

「……歳は重ねてもまだ美しさが損なわれていないという事から……1500万G。『最深未踏』を攻略した際に出される報酬は2500万Gだ」

 

 

 

 更に言わせてもらうならば、1階層攻略してマッピングした報酬は1万Gである。なのであとどのくらいの階層が残っているかは定かではないが、報酬を分けて全てを合わせても、その母親を買うための金はまだ少し集まらない。

 

 貯金がある程度あるならば分かるが、そこら辺に関しては話されていないので判断できない。だが今のところ分かっているのは、ティハネには奴隷に堕ちてしまった母親が居て、どうしてもその母親を救い出すために大金が必要であるということだ。

 

 何故、人権すらも発生しない奴隷の身分に身を堕としたのか。そう興味本位で聞けば、父親が原因なのだそうだ。ティハネの父親はロクでなしで酒に溺れたクズ……という話だ。何でも母親を働かせておきながら自身は仕事をせず、酒に溺れる毎日。稼いだ金も勝手に持っていって酒に使うか賭け事に使う。

 

 果てには利息が高いその道の者達からも金を借りて、かなりの借金もあるのだという。しかもその借金は未だに少ししか払い終わっておらず、残りは2000万。つまり総合的に見て必要な金は3500万Gであるということだ。父親は既に、家にあったなけなしの金を全て持ち出して消えたという。

 

 首が回らなくなってしまったティハネとその母親は、膨大な借金の返済時期を延ばす代わりに奴隷という道を突き付けられた。売れればその金を返済に当てればいい。そんな考えだ。人道に反していようと、借りた金を返せない借りた奴が悪い。完全なとばっちりだとしても、借りた奴の身内ならば連帯責任が発生する。

 

 ティハネの母親は、自ら奴隷に堕ちることを決めた。まだ若く、将来もこれからであろう愛する娘を、奴隷なんかにさせたくなかったからだ。そうして奴隷にされてからはいつ買い取られるか戦々恐々としている毎日で、どうにか奴隷商に金は近い内に用意するから売らないでくれと頭を下げているのが現状。

 

 話の分かる奴隷商だったので、今のところは客に紹介せず待ってくれているが、それも今月までということ。残り日数は13日で、既に2週間を切っていた。もう形振り構っていられないということだろう。

 

 

 

「だから、頼む。攻略に協力して欲しいっ!!」

 

「……思ったのだが、3500万Gが結局必要になるのだろう。優先順位で言えば、期限がまだあるとはいえ、誰かに買われる可能性がある母親の方が高い。だが仮に1500万Gで買い取り、自由にしたとしても残る借金の所為で、また奴隷に堕とされるのがオチではないのか?」

 

「借金の返済も今月末にある。前の返済時からどうにか貯められたのは500万Gだ」

 

「攻略報酬を分けたとして約1200万G。足りないのは2000万G弱か」

 

「あぁ。……そして、頼みがある」

 

「既に頼みを話しているのに重ねてか?神経が図太い奴だな」

 

「……っ……『最深未踏』の攻略報酬を全額私に譲ってくれないか。それからダンジョン内で回収できるだろう物品を売却した金。そしてそれでも足りない分の金を貸して欲しい」

 

「……??」

 

 

 

 少し理解力が足りなかったのだろうかと、オリヴィアは思った。ダンジョン攻略をした際に国から下賜される報酬を全額無償で渡し、そこに手に入れた物品を売却した金も足し、更にはそれでも足りない場合の金を出さなくてはならない。

 

 何だこれは。口先だけで愚弄されているのか?少し混乱した頭を冷ますために、愛しの黒龍に目を向ければ、目を細めながら鋭い指先でテーブルに傷をガリガリとつけている姿が映った。それを見て、どうやら理解力はしっかりと備わっていたということが判明した。備わっているから、理解できて、何を言っているんだこの人間は?となったのだ。

 

 最初はどういう事なのかと首を傾げていたが、噛み砕いて内容を把握し終えると、ステーキ肉を食べ終えているリュウデリアを腕に抱いて立ち上がった。やはりというか、自身でも何を言っているのか理解しているティハネは立ち上がってその場を去ろうとしたオリヴィアの前に急いで回り込み、中腰になって手を前に出して制止を謀りながら焦った様子を見せた。

 

 

 

「じ、自分でも言っていることのバカさ加減は分かっている!何のメリットも無いどころか、寧ろデメリットしか無いことも!でもっ……そうしないともう……後が無いんだっ!」

 

「お前の母親が奴隷として買われてどんな目に遭わされようが、お前がどうなろうが私には一切なんの影響もないというのに、私はお前の我が儘に付き合った挙げ句、金まで渡さなくてはならないのに、この話に乗って欲しいと?お前、ダンジョンに潜る前に診療所で頭でも診てもらったらどうだ?恐らく中身が腐っているぞ」

 

「それでも、最早私には頼み込む事しかできない!私の体だって好きにしてくれていい!荷物持ちでも何でもやってみせる!憂さ晴らしに殴ってくれても一向に構わない!だからお願いだ!私を……助けてくれ……っ」

 

 

 

 本気なのだろう、顔中に焦りからくる汗を掻きながら、腰を直角に折って頭を下げる。提示できるのは大した事ではない。相手が男で女に目が無いならば体を好きにさせることで協力してもらえた。お人好しならば、母親を救うためだという理由で協力してくれた。だが相手は生憎の人外だ。普通の人間と同じ価値観を持っていない。憐憫の感情すらも抱いていない。

 

 同じ生物学上の女であるオリヴィアは、美しい肉体を持っていようとティハネの体に興味が無い。荷物はかなりの量があるが、残念なことにリュウデリアが全て異空間に跳ばしているので持つ人を必要としていない。憂さ晴らしも何も、リュウデリア以外の奴に触れたいとは思わない。

 

 可哀想だとは一切思わず、そうなのかで済ませられるだけの気持ち。知り合って30分も経っていない浅い関係。引き受けたところで、こちらには一切のメリットが存在しない条件。明らかにローブを使っているだけのオリヴィアよりも弱い戦闘力。傍に居られれば2人っきりのダンジョン内デートができないという致命的な理由。

 

 オリヴィアがティハネの話に乗ってやる理由が、何一つとして存在していないのは確実だった。

 

 

 

「──────精々身を粉にして足りない金を稼ぐが良い。2週間を切った期限以内にな」

 

「ぁ……まって、待ってくれ!わ、私にはもう……っあなたしか頼る人が……っ」

 

 

 

 まだ来ていない料理があるのだが、これ以上聞いても仕方ないので店を出た。背中にティハネの悲痛に塗れた懇願した叫びがぶつけられるが、オリヴィアが背後を振り返ることはなかった。それも当然だろう。興味も無い相手からデメリットだらけの話を持ち掛けられて、よし乗った!という奴は居ない。居たとしたら、お人好しを極めた相手だけだろう。

 

 ティハネは去っていき、大通りを歩く人混みの中に紛れて見えなくなったオリヴィアを、最後の瞬間まで見ていた。姿が見えなくなると、膝からその場で崩れ落ちる。道行く人が突然膝を付いたティハネに好奇な視線を向けるが、そんなことは気にもならなかった。

 

 無茶な願いなのは百も承知だ。仮に自身が言われても何を言っているのだと訝しみ、憤慨する事だろう。探索者にとって、ダンジョン内で手に入れた物品は己の生活の要だ。大きなダンジョンの攻略なんて夢として語れる。それだけ大きな事を、全て無償で譲って欲しいと言っているのだ。

 

 バカも休み休み言え。普通ならばそう言って無下にする。だからこれは仕方のない事なのだ。それだけのことを口にした。相手には自身に対して信用も信頼も無いのだから。

 

 

 

『ティハネ』

 

「母さん……」

 

『あなたは立派に生きてね。私のことは気にしないで。あなたが元気に生きてくれれば、私は幸せよ。愛してるわ。私の可愛い娘、ティハネ』

 

「母さん……っ」

 

 

 

 笑顔で話し掛けてくれる、大切で大好きな母親を幻視する。手を伸ばしても、あるのは虚空だけ。向けられているのは愛しい娘に対する慈しみの視線ではなく、座り込んで手を伸ばす自身に訝しむ好奇な視線だ。

 

 自身はこの上なく惨めなのだろう。父親の裏切りで生活費も無い状態からスタートし、探索者としてどうにか食いつなぎ、()()()()()金を稼ぎ、奴隷の身分に堕とされた母親を救うためと大義名分を出しながらデメリットだらけの条件を提示し、断られて泣き崩れている。

 

 

 

「だがそれでも──────私は母さんを救うためならば何でもしてみせる。例え『骸剥ぎ』と呼ばれようとも」

 

 

 

 もう汚いことに手を染めている自身にこれ以上堕ちるところはない。後は目に見えて到達しなくてはならない目標まで、形振り構わず走るだけだ。

 

 大切な母親を取り戻すためならば、呆れられようが、軽蔑されようがどうだって良い。後に引く事ができないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、とんでもない事を(のたま)う人間だったな」

 

「あれでは了承する者は居らんだろう。実に下らん。良かったことはステーキが食えたことだけだな」

 

「はぁ……気分を害した。そんな気はしていたが、やはりつまらん話だったか。どうする、図書館に行くか?」

 

「いや、今日はもう良いだろう。宿に戻ろう。下らん話をさせた詫びに労うぞ。()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!?そ、それは……ごくっ」

 

「何故喉を鳴らした??」

 

 

 

 ちょっと言葉では表せないピンク色のことを頭の中で思い浮かべ、フードで顔が見えないことを良いことに蕩けた表情をするオリヴィア。残念ながら両腕で抱えられているリュウデリアには見えているので、何をさせるつもりなのかとジト目になった。

 

 他者との話し合いはオリヴィアに任せているので、リュウデリアはアドバイス等をするだけだ。しかし今回は何も言わなくても話が終わった。論外。話にならない。下らない。故の断り。こちらを愚弄しているとしか思えない条件に、リュウデリアは魔法を撃ち込みそうになった。

 

 まあ、断ったのだからもう関係がないので気にする必要もない。リュウデリアは泊まっている宿に到着して、オリヴィアと一緒に風呂に入り、ベッドの上に丁寧に置かれながら、身に纏ったバスローブをはだけさせるオリヴィアの手を、体のサイズを人間大にしながら引いて押し倒しながら覆い被さった。

 

 

 

「ぁ……あの……だな……少し激しめで攻めて欲しい。それで、こう……ちょっとだけイジワルを……」

 

「まさかそんなことを考えて此処まで帰ってきたのか?ははッ……随分と肉欲に塗れた頭の中だな?俺の女神様は」

 

「はぅっ……」

 

「少し激しめ……か。だがイジワルもしろと言われている以上、その言葉に従ってやる必要は無いだろう?お前は俺から与えられる刺激に身を悶えさせていれば良い」

 

「あっ……」

 

 

 

 まだ何もしていないのに蕩けてトロンとした表情をしたオリヴィアは、このあと気が済んでも情事が終わることはなく、頭がどうにかなりそうな快楽で攻められて思う存分に啼かされた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、全身色々な体液でぐちゃぐちゃにされたオリヴィアは、気絶しながら、それはもう幸せそうな表情をしていたとかなんとか。因みにその日はダンジョンにも行けず、起きたらまた存分に抱かれて快楽に溺れた。

 

 

 

 

 

 






 ティハネ

 どう考えてもティハネしか得しない条件を提示し、当然のように断られた。しかし諦めてはいない。諦めたら大切な家族が奴隷として誰かに買われてしまうから。

 必要な金の総額は3500万G。今持っているのは500万G程度。残り3000万Gを工面しないといけない。




 オリヴィア

 少し話を聞いたが、これ以上は聞いても仕方ないなと判断して店から出て行った。利用しようとしている……というか、寄生しようとしているだけなので首を縦に振る訳がない。

 前回はリュウデリアに優しくじっくりと、時々激しく抱かれたので、今回は全体的に激しめで抱いてもらおうとして、もうリュウデリアの事しか考えられないくらい徹底的に抱かれた。無理と言っても口の中に舌を突っ込まれて却下され、休憩したいと言ったらもっと激しくされた。

 次の日は気絶して泥のように眠ったが、起きたらまた抱かれた。右も左も分からないくらいやられたが、本人はめちゃくちゃ幸せそうだったとだけ言っておく。




 リュウデリア

 ティハネとオリヴィアが話している最中、あまりにも自分達をバカにしていると思い、魔法で消し飛ばしてやろうかと密かに考えていた。良いことがあったとすれば、ステーキ肉が食べられたことくらい。

 オリヴィアに少し激しめに抱いてほしいと言われたので、()()激しめに抱いた。自身にできるテクニックは全て使って犯し……じゃなくて抱いた。結果、途中から言葉を忘れていたオリヴィアに少し焦った。

 次の日も、どうせ今日はもう昼過ぎたし、あまりオリヴィアも動けないだろうからという理由で起きたところをまた抱いた。本来ならば龍の子作りは最低でも1週間掛かるので、めっちゃ手加減してる方。

 オリヴィアの体のことで知らないことはない。全てを知り尽くしている唯一の存在。



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第96話  瀕死の賭け








 

 

 

 

「どうだ?読んだことのない本はあるか?」

 

「……あまりないな。む、右上の緑の表紙をした本を取ってくれ。それは読んでいない」

 

「わかった」

 

 

 

 ティハネの申し出を断ってから翌々日。つまり2日後。リュウデリアはオリヴィアの肩に乗りながら本を読んでいた。この国の図書館は大きく人気があり、昼間でも人が居た。なのでバレない声の大きさで会話をしながら、読んだことのない本を探している。

 

 因みに、昨日はオリヴィアがリュウデリアに一日中抱かれていたので動けず、何も出来なかった。本人は幸せそうな表情で完全に意識を飛ばしていたのので大丈夫だろう。今も少し体が怠いが、幸せの怠さだと受け入れて幸福感を享受していた。

 

 宿で出される軽めの朝食、スクランブルエッグと焼いたハム、ふんわりとした焼きたてパンを食べて、城上町を適当に歩いて散策してから、図書館が会館されると同時に入って行った。読んだことがある本は飛ばして色々と見ているのだが、リュウデリアのお眼鏡にかなうものは見つからない。

 

 仮にあっても10秒もあれば読み終えてしまうので何とも微妙な気持ちにさせられるが、オリヴィアはいくらでも付き合う所存だった。現に自身が見ている風で彼に読ませているという行為を、かれこれ3時間はやっているのだが、退屈のたの字も出さない。

 

 

 

「あぁ……リュウデリアに一日中抱かれた余韻が、まだ体に残っている……思い出すだけで抱かれている気持ちになれる……っ」

 

「それは……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫。最高の気分だ」

 

「……そうか」

 

 

 

 それで良いのかと思ったが、声色が幸せそうなので納得しておくことにした。そうしてオリヴィアの手助けもあって本を探すが、全部読んでいたということで棚を1つ飛ばししたり、分野別になっているところそのものを飛ばしたりしていき、結局午前中に図書館の本を制覇してしまった。

 

 まあ、国や街を渡るだけで全てが全て新しい本になるということはないので仕方ないのだろうが、新たな知識を得ることができると思っていただけに残念な気持ちにさせられた。

 

 目的を達成した2人は図書館を出て昼飯を食べるために、国に入る時に使った入口とは逆の、謂わば国の奥の方へ進んで行った。町並みは差して変わらないが、色々な店が建ち並んでいる。客の呼び込みも昼時なので行われており、笑い声の楽しそうな声や話し声で賑やかだ。

 

 

 

「おっ!真っ黒の人は見ない顔だね!まあ実際顔見えないけど!どうだい、刺身丼は!ガッツリ食えるし、今なら大食い企画もやってるよ!」

 

「刺身丼?」

 

「あちゃーっ!食いついちゃったかー!刺身丼はね、刺身を丼の中にこれでもかって敷き詰めたものなのよ!味は保証するよ!」

 

「大食い企画というのは?」

 

「白米は元の3倍!刺身はてんこ盛り!今まで食えた奴は居ないぜ!制限時間内に食えたらお代はタダだよ!」

 

「ほう……。面白そうだな。やってみるか」

 

「よしきた!1名様と1匹様入るよ────っ!!」

 

 

 

 元気な男性が案内してくれる店に入ると、見える厨房では40代くらいの女性3人が忙しそうに、でも皆が笑顔で料理作っていた。ウェイターの係をやっている若い男性も忙しそうだが、笑顔で対応していて楽しそうだ。そんな店員だからか、店の中も人が多く居て繁盛している。良い店を引き当てたようだ。

 

 厨房から香ってくる料理を嗅いで、リュウデリアが肩の上で尻尾を振っているのを見て、クスリと笑いながら楽しみだなとフードの中で微笑んだ。空いている2人席に座り、メニュー表を見て何にするか決めていく。リュウデリアは間違いなく大食い企画だろうから見せなくて大丈夫だ。

 

 サッと左から右へメニュー表を見ると、()(うお)の刺身丼というのがあり、何となく目に止まったのでそれにすることにした。傍を通ったウェイターの店員に注文していくと、大食い企画はオリヴィアがやると思われたようで使い魔がやると言うと、大層驚かれた。まあ肩に乗るサイズが大食い企画をやると言ったら驚くだろう。

 

 テーブルの上で水を浮かせて口に運び、水分補給をしているリュウデリアを眺め、両方の人差し指を突き出して手押し相撲をしたりして遊んでいると料理が運ばれてきた。最初はオリヴィアの跳ね魚の刺身丼で、身が薄桃色をしていて、お好みでこの店手作りのタレを掛けて食べるのだそうだ。

 

 特製タレを入れた容器を受け取って中央に向かって行くように円を描いて2周りくらい掛けると、スプーンを刺し込んで持ち上げた。炊きたての白米の上に新鮮な跳ね魚の刺身がぷるりと乗っかり、掛けた醤油が彩りを与えていた。刺身は美味い。それを知っているから、ごくりと喉が鳴る。

 

 

 

「……っ!美味い……っ!身がしっかりしていて程良い弾力だ。タレも少し甘めで白米とのバランスもいい。んーっ。美味いっ!ほら、リュウちゃんもあーん」

 

「あー。……っ!?」

 

「ふふっ。美味しい?」

 

「……っ!」

 

 

 

 大きめに切られた跳ね魚の刺身を探してから、白米と一緒に持ち上げてリュウデリアに食べさせた。一口でパクリと食べて、口の中から溢さないように少し上を向いて咀嚼して飲み込むと、黄金の瞳をキラキラと輝かせていたので美味しいと分かっていながら、美味しいかと尋ねると力強く首を縦に振った。

 

 フードの中で、それは良かったと微笑みながら自身も二口目を食べると、やはり美味しいと頬に手を当てて味を噛み締めた。するとそこへ、ウェイターの若い男性がリュウデリアの頼んだ大食い企画の丼を持ってきた。

 

 

 

「いや、大……きいな?すごく」

 

「…………………。」

 

「白米10合に刺身は全種類をトッピングして、全部で約12キロ!圧巻でしょう?使い魔くんはたべられるかなー?食べられなかったら5万Gだよー?しかも制限時間は30分!」

 

 

 

 楽しそうに話し掛けてくる店員が勝ちを確信するのは当たり前だ。とんでもない大きさのどんぶりに白米が10合も盛られていて、その上に10キロの刺身が山となって盛りつけられているのだから。大きな体で大食漢と男でも逃げ出す量だろう。普通ならば。

 

 リュウデリアは見た目肩乗りサイズの使い魔だが、本来は30メートル近い巨体である。サイズを落として食べられる量にも変化を与えているが、それでも人間の100人前は余裕で食べる。つまり、この量は全く問題ないということだ。

 

 

 

「私の使い魔を舐めるなよ。この程度ぺろりと食べるぞ」

 

 

 

「いやー、流石にあの小さな使い魔がうっそーん……?」

 

「食い始めて30秒くらいなのに6分の1は無くなってるぅ!?」

 

「魔法で浮かせて食べてを延々と繰り返して食ってる……」

 

「いや食べるの止まんねーな!?」

 

「胃の構造どうなってんだ!?」

 

 

 

 白米と刺身を浮かび上がらせて口の中に流し込んでいく。速度は変わらずむしゃむしゃと延々に続けていた。刺身と白米の橋が架かり、周りの客もいつの間にか我が目を疑いながら見ていた。バクバクと食べ進めていき、制限時間は30分と言われたが、そのままの速度でいけば時間内は余裕だろう。

 

 とんでもない量の刺身丼を食べながら満足そうにしているのを眺めながら、オリヴィアも自身の分の刺身丼を食べ進めていく。最早彼女ではなく、てんこ盛りにされた刺身丼を食べていくリュウデリアに、誰もが釘付けである。そうして5分が経過した頃、大きなどんぶりの中は米粒1つ残っていなかった。

 

 

 

「ふぅ……げっぷ」

 

 

 

「いや5分で食っちまったんだけど!?」

 

「あの黒い使い魔大食らいじゃすまねーよ!?」

 

「腹膨れてねーしどうなってんだよ!!」

 

 

 

「私もちょうど食べ終わった。会計を頼む」

 

「あ、はい。けど、使い魔くんが全部食べたからあなたのも無料でいいですよ……」

 

「おぉ。ついでで昼飯代が浮いたな。さ、行こうかリュウちゃん」

 

 

 

 沢山食べられて満足しているリュウデリアに、テーブルを指先でコツコツと叩いて促すと、手から腕を伝って肩の定位置に着いた。料金は無料だということで悠々と外へ出て行く。その後ろ姿を、他の客達が後光が差す勇者を見ているが如く、眩しそうに眺めていた。とんだ茶番である。

 

 余談ではあるが、今まで数々の挑戦者を返り討ちにしてきた大食い企画が、小さな使い魔1匹に制覇されてしまったので、もっと量を!と画策されて内容を追加していった結果、ただでさえ多かった丼が2倍の量に膨れ上がった。結果、リュウデリアが最初で最後の制覇者となった。

 

 

 

「美味しかったな」

 

「実に満足した。他のところで大食い企画をやっていたら、またやりたい」

 

「ふふっ。じゃあ今度からそれも探していこうか」

 

「あぁ」

 

 

 

 尻尾を振ってご機嫌なリュウデリアを眺めて自身の機嫌も良くなっていくオリヴィア。今日は平和な1日だなぁと、晴れて水色の広がる空を見る。釣られて彼も同じく空を見上げ、視線を降ろして互いに顔を合わせると、同時にクスリと笑いあった。

 

 この日は冒険者ギルドにも行かず、城上町の散策もせずに、単なる散歩をして楽しみ、頃合いの時間になると予約している宿に帰って、くっついてイチャついてその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、オリヴィアとリュウデリアは再びダンジョンに潜るためにやって来た。他の者達は潜るにあたって準備や心構えがあるのだろうが、彼女達にそんなものは必要ない。行こうと思った時に行けば階層を突破していけるからだ。

 

 外壁の外に出て、人目につかないところへ行くと、リュウデリアの魔法で一気に50階層まで跳んだ。『瞬間転移(テレポート)』は一度見たところにのみ転移できるので、ダンジョンで最後に見た、到達した中で一番最深の階層に到着する。

 

 階層が多くなればなるだけ、奥まで行くのに時間が掛かる。ましてや発生する魔物との戦闘をも熟していかなくてはならないので尚のこと時間が掛かることだろう。それを1秒以内で到達してしまうのだから魔法は万能なのだ。因みに、瞬間移動は誰でもできるわけではない。

 

 

 

「さて、今日も進んで行こう。何階層まで行けるか楽しみだな」

 

「一応魔力で把握を……なんだ?」

 

「どうした?」

 

「……サグオラウスが構える扉の前で、人間一人が20匹以上の魔物と戦闘している」

 

「ほう……押しているのか?」

 

「いや──────死にかけている」

 

「49階層まで来てか……?いや待て、1人?もしかしてその他の人間は死んでいるのか?」

 

「死体も無いな。単独だ」

 

 

 

 50階層に到着すると、背後の方で多くの気配が密集しているのを感じ取った。何故だろうかと思って魔力の波動は放ってみれば、人間が1人だけで20匹以上の魔物と戦っているのが解ったのだ。いや、戦っているというよりもどうにか逃げ回ってその場凌ぎをしていると行った方が良いだろうか。

 

 無謀だなとしか思わなかった。探索者も4人パーティーまで組めて、連携すればもっと多くの人数で来ることができるのにと。しかしリュウデリアは魔物と人間をスキャンした時に、その人間のあることに気が付いた。

 

 目を細めて何かしらに反応していると読んだオリヴィアは、50階層の奥へ向かうのではなく、踵を返して上に上がっていった。到着すれば、また再発したサグオラウスが居て、背後から現れたオリヴィア達に驚きながら唸り声を上げて威嚇をしてくる。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「お前に用は無いから──────死んで良いぞ」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 サグオラウスは魔力の塊を2つの口から吐き出した。膨大な魔力だ。しかしオリヴィアが身に纏っている純黒のローブは物理と魔法を無効化する。放たれて迫ってくる膨大な魔力の塊は、突き出した掌に触れて消失した。抵抗も無く魔力が消された事に固まったサグオラウスに、突き出した掌に形成した純黒の槍を投擲した。

 

 思い切り振りかぶった槍が投擲されて、サグオラウスの胴体の真ん中に向かっていく。驚きで固まっている間に槍は到達してしまい、槍の先が触れた途端に魔力爆発を起こして胴体を円形に抉って消し飛ばした。残ったのは立った状態の脚と、頭2つだけであり、頭は支えるものが無くなってぐしゃりと地面に落ちた。

 

 砂のように変わってダンジョンに吸収されていくサグオラウスの横を歩いて通り過ぎ、扉をリュウデリアの魔力操作で開いてもらった。重々しい音を響かせながら扉が開くと、ゴブリン、オーク、ウルフ、トレント等といった魔物がたった1人に向かって襲い掛かっていた。

 

 扉が開いてオリヴィアが現れると、一様にそちらを見て動きが一瞬止まった。その瞬間を突いて脚を持ち上げてから降ろし、コツリと鳴らすと20匹以上の魔物達が純黒の色に凍てついた。例外なく1匹残らず凍り付き、その上に純黒の槍が形成されて雨霰のように降り注ぐ。当然生き残れる者は居らず、一瞬にして殲滅を完了させた。

 

 

 

「さて、どんな人間が居るのか……お前は……」

 

 

 

「ふ、ふふ……わた……しは……賭けに……勝っ………た……──────」

 

 

 

「この程度の魔物に死にかける戦闘力は塵芥だが、1人で此処まで到達することだけは評価してやろう」

 

「まったく……諦めていなかったのかこの小娘は」

 

 

 

 魔物に囲まれて死にかけていたのは、なんとティハネだった。両手に持った短剣は刃毀れがしていて、着ている服も所々が攻撃によって破けて下着すらも露見している。小さいながらも生傷が体中に刻まれていて血が流れている。頭からも出血していて、片目をレッドアウトさせていた。

 

 肩で息をして、今にも膝から崩れ落ちそうだ。それでもどうにか動いて魔物の攻撃を回避してやり過ごしていたのだろう。魔物が全てオリヴィアに殲滅されたのを見届けると、安心したようにその場で崩れ落ちて倒れた。

 

 

 

 

 

 

 たった1人。誰ともパーティーを組まず此処まで来たティハネは、オリヴィアの手によって命からがらのところを救われたのだった。

 

 

 

 

 

 






 ()(うお)

 小さな翼を持っていて、水面から飛び上がって1分くらい水面の上を飛んでいられる魚。身が引き締まっていて美味しい。見た目はトビウオみたいなもの。




 大食い企画

 ある食堂で出されている、食えるなら食ってみぃ化け物丼。無論今まで完食できた者は居なかった。10キロ以上あるのに制限時間が30分というクソ仕様。

 リュウデリアが全部食べてから量が2倍になったので、完食できた者はリュウデリアが最初で最後。




 オリヴィア

 リュウデリアが大食い企画に挑戦しているとき、一緒に食べていたが時々特製タレを掛けて味変をしてあげていた。味に飽きないように。

 自分の跳ね魚の刺身丼をあげるときも、態々大きい刺身を探して食べさせてあげる、めっちゃ良い(女神)

 サグオラウスを瞬殺して魔物の塊を一掃した。




 リュウデリア

 大食い企画良いじゃん……ってなった龍。全部食べてもまったく腹は膨れていない。まだまだ食べられた。まあ元の大きさを考えればね。

 ダンジョン50階層に瞬間移動したら背後から人間1人分の気配と20匹以上の魔物の気配がして訝しげにし、人間から感じ取れる魔力がティハネのものだと気付いて少し驚いた。




 ティハネ

 2日前から単独で潜って、どうにか49階層の扉の前まで来た。方法は単純に疾走して。なので途中で連れてしまった魔物を相手する羽目になった。

 既に2徹していて眠気も疲労もMAXだった。



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第97話  許可








 

 

 

 懐かしい気配がする。前までは自身の近くにあるのが当然だったもののような気配だ。突如として奪われてしまい、取り戻すために汚名を被ってまで手を伸ばす理由。それが近くにある。

 

 ぼやけたような視界の中、無我夢中で手を伸ばす。その気配があると思われる方向に。右へ左へと、手探りで探し当てようと必死になった。無くしたくないから。またずっと傍にあってほしいから。だから……。

 

 

 

『──────ティハネ』

 

「母……さん?」

 

『ティハネ。私の可愛い娘。私はあなたが無事なら良いのよ。無理しないで。元気にしてらっしゃい』

 

「そんなっ……母さんも一緒に行こう!私が必ず借金も全て返して、母さんを奴隷から救い出してみせるッ!!」

 

『大丈夫よ。私は……大丈夫……だから──────』

 

「母さん……?母さん……っ!!母さんっ!!」

 

 

 

 声が聞こえる。大切な母親の声が。ぼやけた視界ではしっかりとした形の輪郭を捉えることはできないが、声のする方向には慣れ親しんだ母親の姿がぼんやりと映っている。しかしそれは少しずつ遠くなっていってしまう。

 

 何故か感覚の無い脚を前へ前へと動かしているが、開いていく距離を縮めることはできない。こちらに向かって両手を差し出しているのが何となくわかる。だからその腕の中に飛び込みたくて進むのに進めないのだ。

 

 奴隷に落ちた母親を、自力では救うことができない。最早自身とパーティーを組んでくれる探索者は居ない。だから足掻いているのに、まだまだ遠い。ティハネは己の無力さに苛まれながら、母親を呼んだ。

 

 

 

「──────母さんっ!!ぶっ……っ!?」

 

 

 

「ん?起きたか」

 

「え……?わ、私は……ぶはっ……っ!?」

 

 

 

 ティハネは目を覚ました。今まで眠っていたようで、上半身を勢い良く起こした。前に見えるのは土の壁。見渡してもそれ以外には見えない。するとそこへ、何の掛け声も無しに大量の水を被せられた。相当な量だったのに意識していなかったので少し飲んでしまった。

 

 しかもその後、オリヴィアを視界に収めたかと思えば、手に持った純黒の色をしたバケツの中身を正面からぶちまけられた。中に入っていたのは水だったようで、髪も体もびしょ濡れだった。ぽたぽたと前髪の先から雫が落ちていくのを眺めていると、思ったよりも肌寒いことに気が付いた。

 

 視線を下に下げると、あったのは傷だらけの肌色。着ていた服は一切無く、生まれたままの姿だった。一糸纏わぬ裸体を晒していることを理解すると、顔を赤くして大事な部分を腕で隠した。胸は右腕で、股は左手でどうにか。まあ最も、気絶している間に全て見えてしまっていた訳なのだが。

 

 

 

「何で私は裸に──────ぶべっ!?」

 

「んー。あと3回くらいは掛けておくか」

 

「も、もう大丈夫だ!というよりも何故私は水を掛けられぶふっ!?」

 

「汗やら尿やらの臭いがして敵わん。率直に言ってお前はものすごく臭い」

 

「そ、そこまではっきり言わなくても……ぶふっ!?」

 

「……もう掛けるのが面倒になってきた。リュウちゃん。滝のように大量の水を頭から掛けてやれ」

 

「えっ……ま、待っごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……っ!?」

 

 

 

 水責めとか拷問か何かだろうか。そんなことが頭を(よぎ)るくらい、徹底的に水を掛けられた。瞼も開けられない水圧に耐えきれず、前のめりにべちゃりとうつ伏せになって背中に水が押し寄せてくる。

 

 どれだけの水をどれだけの時間掛けられていた事だろうか。考える事を放棄し始めた頃になってようやっと水の勢いが止まり、自由になった。石鹸などで洗った訳でもないので清潔感は出て来ないが、何もしないよりはマシだろう。少なくともある程度の汚れは落とせた。

 

 魔法での創られた水により、再び全身ずぶ濡れになったティハネは大事な部分を隠す気力もなく、全裸で呆然とその場に座った。うつ伏せから解放されて座り込むティハネに、オリヴィアが近付いて服を投げて寄越した。脱がされていた服である。

 

 

 

「あ、ありがとう……。だが、できれば拭くものとかを……」

 

「贅沢を言うな。服が濡れるのが嫌ならば自然乾燥でもさせていろ」

 

「……我慢するか……」

 

 

 

 服は濡れていなかったが、全裸でいるわけにもいかないので渋々着ることにした。水が服を張り付かせて着るのに苦労したが、どうにか着ることができた。しっかりと着付けても下着が見えてしまうのは、損傷が多い所為だと納得してそのままにする。どうせオリヴィアは同性なのだからと。

 

 それよりもと、ティハネはチラリとオリヴィアの方を見た。腕を胸の前で組んで、爪先で地面をコツコツと打ち合わせている。如何にも不機嫌だと言っているようなものだ。心なしか肩に乗っている使い魔の視線も冷たい気がする。

 

 

 

「それで?」

 

「え?」

 

「……はぁ。何故扉の前に1人で居た?あの魔物はどこから引っ掛けてきた」

 

「あ、あぁ……あそこに行けば、あなたに会えると思って形振り構わず走って抜けてきたんだ。幸い道は地図に書いてあるからな。だが途中で地図を落として、追いかけてきた魔物を引き連れる羽目になり、結局あそこで逃げ回っていたんだ」

 

「私が来るまでずっとか?阿呆かお前は。他の探索者とパーティーを組んで地道に来れば良いものを。私が近い内に来る保証は無かったろうに」

 

「だから賭けだったんだ。来てくれたならばどうにかなる。間に合わなければ死ぬ」

 

「何の為のパーティーだ」

 

「それは……」

 

「ふん……──────『骸剥ぎ』」

 

「──────っ!!」

 

 

 

 肩が跳ねて反応した。オリヴィアの口から出てきた単語は、最近言われるようになってしまった汚名である。周囲の探索者の間ではすっかり定着してしまった不名誉な二つ名。だが実際のところはその通りである。言い逃れできない名前なのだ。

 

 何故、その単語のことを知っているのか……と、問おうと思ったが少し考えれば自然と解ってしまう。自身がどうにか金を得ようとしている事は探索者達が知っている。ならばダンジョン攻略で得られる報酬に目をつけると思うのは当然。そして単独で、それも1日で十何階層攻略した者が現れれば警告でも何でもするだろう。

 

 そんな諦観に似た感情を持った事が瞳にも表れたようで、黙り込んだティハネに察してオリヴィアが何故知っているのかを話し始めた。

 

 きっかけは、今日ダンジョンに向かう途中、大通りを歩いていた時だった。国の外行きで身なりを整えた男が話し掛けてきたのだ。探索者をしている者だが、同じく探索者をしているティハネという女には気をつけろと。それに何故かと返せば、奴は『骸剥ぎ』のティハネと呼ばれていることを教えてくれた。

 

 更に詳しく聞くと、『骸剥ぎ』と呼ばれるようになったのは、ティハネとパーティーを組んだ者がダンジョン内で死に、身につけていた筈のいくつかの装備が剥がされていた事に起因する。死んだとしたら、所属している探索者ギルドが一旦預かる決まりとなっており、殉職した者に家族が居る場合、預けられた物が渡されるのだ。

 

 それが無いということは、近くに居た誰かが剥ぎ取ったということであり、事実ティハネは剥ぎ取った持ち物を売却していた。その事の繰り返しをしていれば、必ず誰かが気づく。それにより疑いが確信に変わっていって、誰もティハネと組む者は居なくなった。組めば偶然を装って殺され、剥ぎ取られる事になるから。

 

 今ティハネが捕まっていないのは、その殺したという証拠を掴んでいない為だ。剥ぎ取られているのも防具や武器といった分かりやすいものではなく、個数がいくつかあって無くなっても注意しないと気づかないものだからだ。小さな魔道具や回復薬といったものだ。

 

 

 

「お前は、仮に私とダンジョンを攻略した後、適当に殺して攻略報酬を全て奪い取り、尚且つ私の持ち物も売り捌くつもりだったのか?」

 

「そんなことはしない!確かに死んでしまった探索者の小物はいくらか売るような真似はしてしまったが、そこまでの事はしない!」

 

「信用ならんな」

 

「そんな……」

 

「それだけの事をしていたんだ。信じてもらえると、本気で思っていた訳ではあるまい?」

 

「…っ……っ!」

 

「お前を襲っていた魔物は全て私が殺した。後は接敵しないよう登ってダンジョンを出るんだな」

 

「──────っ!!」

 

 

 

 パーティーを組んでくれた探索者の事を実際のところ直接は殺していない。後ろから不意打ちで殺そうとは何度も思ったが、人をその手に直接掛けたらそれこそ終わりだと自覚して、直接殺してはいないが、戦闘になれば死ぬだろう魔物のところへは誘い込んでいた。

 

 B級探索者ではあるが、実力はAでもやっていけるほどのモノを持っているので、気配で大きく強い魔物を察知して、どうにかその方向へパーティーを誘い込むのだ。疑いが掛けられて自身の言うことを信じてもらえなくなれば、居ない方を示せば自ずと警戒して逆の方向へ歩みを進める。そういった手を使ってきた。

 

 直接殺してはいないが、間接的に殺している。限りなく黒に近いグレーの行為を繰り返し、500万Gという金を貯め込んだ。全ては目的のため。最早直接手に掛けること以外ならば何でもするという意気込みだった。

 

 故にオリヴィアに拒否されるのも当然だ。殺されることはまずないと考えても、そんな奴と一緒に居たいとは思わない。というよりも、そもそもリュウデリアと2人っきりでダンジョン攻略をしたいので、ティハネは邪魔でしかないのだ。

 

 自身を連れて行くつもりは毛頭無い。それが解ってしまうくらい軽い足取りで隣を抜け、ダンジョンの先へ向かおうとするオリヴィアを見て、どうにかして縋らないと無理だと判断し、ティハネはその場で額を地面に擦り付けて頭を下げた。

 

 

 

「頼むっ!私を連れて行ってくれ!自力で行くから魔物に襲われても助太刀しなくていい!命以外なら何でも差し出すからっ……頼むっ!!」

 

「連れて行ったら常に前か後ろを警戒していなければならないのだが?それにお前は何の役にも立たないしな」

 

「…っ……何か不審な行動をしたら殺してもいい!進む道に意見を一切口にしない!数歩分離れたところにも居よう!邪魔はしない!」

 

「ダンジョン攻略した際の報酬が半分になってしまうのだが?見つけて回収した物品の金もだ」

 

「そ、それは……」

 

「……ふん。もういい。扉の前まで自力で、それも1人で来た根性と阿呆さ加減に免じて連れて行ってやる。ただし。私の意に反した行いをすればその場で殺す。目障りなことをしても殺す。言っておくが、私は本気で殺すからな。脅しなんかではない。殺して、発生した魔物の餌にする。パーティー申請をギルドに通していないから元々ソロとなっている私には、何の疑いも掛けられないからな。……金がそこまで欲しい訳でもないし。何より勝手についてきそうだしな」

 

「……………………。」

 

「──────っ!!わかった!それでいい!ありがとう……っ!本当にありがとうっ!あなたに対するこの恩は絶対に忘れ──────」

 

「喧しい。黙れ」

 

「……っ」

 

 

 

 不機嫌そうに、ふんッと振り返ってダンジョンの奥へ進んで行くオリヴィアの後を、機嫌を窺うようにそっとついていく。黙れと言われてしまったので、口を手で覆いながら懸命に何度も頷く。もしそれでも話してうるさくしていれば殺されていたのは、肩に乗っている使い魔からの魔力で十分伝わっていた。

 

 自身の魔力もそこらの者達と比べれば相当に多いと自負していたのだが、オリヴィアの使い魔にすら負けているともなると、彼女との魔力差及び実力差は隔絶とした壁を設けられているのだろうと思う。

 

 一時は置いて行かれそうになったが、連れて行ってもらえるようになったので、ティハネは10歩分の距離を離しながら小さくガッツポーズをした。金も恐らく半分分けてもらえる。そうすれば取り敢えず母親を奴隷から解放するだけの金は集まる。残りの借金は、返済日までに何とか幾らかの金を用意して、返済能力があるのだと示して少し待ってもらえばいい。

 

 それにもしかしたら、『最深未踏』には未だ見ぬすごい品が眠っている可能性すらもある。それを売ったときに得られる金をほんの少しでも分けてもらえれば、大分借金の返済に当てられる。そこはもうオリヴィアに頼み込むしかないが、きっとやりきってみせると気合いを入れた。

 

 

 

「そういえば、お前の武器は刃毀れしていて使い物にならないと思うが、どうやって戦うつもりだ?」

 

「いざとなれば素手で戦う。もしくは魔物が持っている武器を奪ってでも戦う。だからあなたは私のことを気にしなくていい。ついて行かせてくれればそれだけで十分なんだ」

 

「ほう……?()()()()()()()()()なんだな?その言葉、精々後で悔やめよ」

 

「……?」

 

 

 

 オリヴィアがどこか含みのある言い方をして、クスクスと笑った。まるで何が起きるのな分かっているかのような物言いに、何だか少し嫌な予感を感じながら、ごくりと喉を鳴らして後をついていく。

 

 空中で紙とペンが独りでに動いてマッピングしているところを見て驚いたりしながら、ティハネは軽くなった肩にホッとしている。だが彼女はまだ重要なことに気が付いていない。

 

 

 

 

 

 このあと、オリヴィアが言っていたことを大いに理解して、大いに自身の発言に後悔することとなるとは、この時は知りもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 






 ティハネ

『骸剥ぎ』の不名誉な異名で呼ばれている美しい女性の探索者。今回どうにかしてオリヴィアの同行を許してもらえた。邪魔をしたりすると殺されるので、10歩後をついて歩いている。

『骸剥ぎ』と呼ばれるようになった由来は、彼女とパーティーを組むと彼女を残して全滅してしまい、持っている小物などを剥ぎ取られて売られてしまうから。

 直接手を下せば心が押し潰されてしまうので、魔物に任せた間接的な殺人を行っていた。腕は確かなので他の者達が全滅しても、彼女だけが生きてその場をやり過ごすことができる。

 臭いと言われて結構ショックだった。




 オリヴィア

 ティハネの諦めない心と、根性に少し思うものがあったので、今回特別について行って良いと許可を出した。ただし、意に反した行動や不審なことをすれば即座にその場で殺す。躊躇いはない。

 パーティー申請をギルドで行っていないので、現時点でオリヴィアとティハネはソロ同士が一緒に行動しているだけという扱い。なのでティハネが死んだとしても疑われる心配がないので余裕で殺せる。それに死体は魔物に食わせて証拠隠滅するか、魔法で跡形もなく消し飛ばす。




 リュウデリア

 なるほど、連れて行くのかと思っていた。仮に殺しに来てもあくびをするように簡単に殺せるので問題はないと考えている。けど、人間大のサイズになって技を試したりすることができないという欠点に思うところはある。まあオリヴィアが決めたことなので反対はしないが。

 マッピングは通常通りやっているが、ティハネがその事に驚いて観察している事に気がついている。はッ、見て観察したところでお前程度の人間にはできんわ。と頭の中で罵倒している。実際とんでもない魔力操作技術が必要なのでできない。



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第98話  変貌した国王








 

 

 

 

 

 

「はい、リュウちゃん。あーん」

 

「あー」

 

「うぅ……」

 

 

 

 使い魔とイチャついている傍ら、ティハネは羨ましそうな目で2人を見ていた。というのも、オリヴィアとリュウデリアは小腹が空いたということでお茶の時間に入ったのだ。

 

 異空間に仕舞っていたティーセットとテーブル、椅子を出して紅茶とケーキを楽しんでいた。魔物渦巻くダンジョン内だというのに、お茶会みたいな雰囲気になっている。異質なことこの上ない。この上ないが、テーブルの上に設けられた蝋燭の火が、2人を照らして妖しく儚いものに思わせる。と言っても純黒の使い魔に、純黒のローブを着た女が見つめ合ってるだけなのだが。

 

 完全にティハネは蚊帳の外だった。どれだけあの使い魔が大切なんだと少し思うものの、彼女が見ているのはそれではない。テーブルの上に置かれている紅茶とケーキだ。助けられて同行を許されてから4時間、階層は56階層へ到達している。だがその間、彼女は水一滴すらも口にしていなかった。

 

 何階層まであるか分からないダンジョンに籠もる必要があるため、探索者はある程度の食べ物と水を必ず用意していく。当然ティハネも用意していったのだが、疾走している途中で魔物に背負っていたバッグを攻撃されて落としてしまい、武器と服につけていた明かりを入れる為の小さなランタンの魔道具しか持っていけなかった。

 

 つまり、ティハネは水分補給すら儘ならない状況だったのだ。そこでオリヴィアがおやつの時間にしようと言いだし、今の状況に至っているというわけだ。普通ならばティハネにも分けてあげるのだろうが、彼女達は普通ではないので与えることはしなかった。

 

 

 

「その……オリヴィア、さん?」

 

「何だ。私はリュウちゃんと愛を育むのに忙しい」

 

「……一杯でいいんだ。その紅茶をくれないか?」

 

「断る」

 

「……え?」

 

「当たり前だろう。持ってこなかったお前が悪い。それに言っただろう、他でも無いお前が。『つれて行ってくれるだけで十分』だと。ならば、私がそれ以上の施しをしてやる必要はあるまい?」

 

「そんな……」

 

 

 

 ティハネは小さく震える声で呟いた。喉が渇いて水を欲している。唇も水分が足りなくてカピカピになっていた。変に水分補給を怠ると脱水症状を起こしてしまう。だから水分を求めるのは当然なのだが、それこそ知らないと断られてしまった。

 

 腹も減った。胃が空腹を訴えて音を鳴らしている。女としてあるまじきと思って頬を赤くしながら急いで腹部を押さえるが、チラリと見たオリヴィアは全く気にした様子は無く、使い魔に甲斐甲斐しくケーキをあーんさせて食べさせていた。居ない者として扱われていることに肩を落として我慢することにする。

 

 ここで無理に叫いて要求しても、待っているのは死だけだろう。フードが邪魔をして表情を見ることができないが、邪魔をすれば殺すと言っていたとき、嫌な説得力を感じさせた。それにより、あぁ……この人は本当に殺すだろうなと納得してしまった。

 

 金を集めて母親を解放するまで、どんなことがあろうと絶対に自身は死ぬ訳にいかない。そしてそれは、どんな汚い手を使おうともと置き換えることができる。何度も汚いことはしてきたのだ、もうやるやらないは言ってられない。やったからには救い出さなくてはいけないのだ。

 

 

 

「ふぅ……美味しかったなリュウちゃん。さぁ、後少しだけ進もうか」

 

「……………………。」

 

「あ、待ってくれ!」

 

 

 

 紅茶を飲んでケーキも食べ終えたオリヴィアとリュウデリアは立ち上がった。用意された一式の家具は上から魔法陣が降りてきて呑み込み、忽ち異空間へと送られていった。先程までの緩い空間が跡形もなく無くなり、さっさとその場を後にしてダンジョンの奥へと進んで行く。

 

 使い魔であるリュウデリアもオリヴィアの肩に乗っていて、ケーキを食べて満足したのか目を閉じている。こちらは飲み物すら貰えないのに、何故使い魔とはいえ魔物なんかに……と考えたところで頭を振って邪念を飛ばす。これ以上良くないことを考えるのはマズい。今の自身は連れて行ってもらっている立場だ。不興を買うのは避けなくてはならない。

 

 その為ならば、少し喉が渇いて腹が減った程度などどうということはない。駆け出しの頃は3日も飲まず食わずで過ごしたこともあるのだ。まだまだ余裕がある。それにこのペースならば攻略だって早いはずだ。

 

 頑張れティハネ。目的まで後少しなんだから。そう頭の中で自身を鼓舞しながら握り拳を作って気合いを入れている彼女のことを、目を開けて黄金の瞳を妖しく光らせたリュウデリアが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……このッ!!」

 

「さて、私は拳で戦ってみるとするか……なッ!!」

 

「……『砕けろ』」

 

 

 

『最深未踏』第62階層中間地点。降りてきた場所から次の階層に下がる為のところまで、ちょうど中間だという場所まで来て、オリヴィア達は少し強めの魔物と戦っていた。

 

 ダンジョンがこの場所で再現したのは、ハイオークとハイオーガ。そしてマジックゴブリンとハイゴブリンだった。普通の個体よりも上位に存在している『ハイ』がつく魔物達。姿形はそれ程変わらないのだが、筋力がより強かったり作戦を立てて襲ってきたりするので明らかに総合的な強さが違うのだ。

 

 オリヴィアは魔力で槍を形成しようとしたが、リュウデリアに少し教えてもらった体術を試すために拳で向かっていった。使い魔の振りをしているリュウデリアは、聞こえないくらい小さな声で『言霊』を使って魔物を粉々に砕いていた。そして問題はティハネだった。

 

 持ってきた二振りの短剣は使い物にならなくなり、現時点で武器を持っていないので素手での戦いになるのだが、相手が大柄のオークやオーガが相手となると、魔力で肉体強化をしようにも元がひ弱な女である彼女にはキツいものがあった。

 

 ハイオーガともなれば筋力が尋常ではない。なのに手にしているのは無骨な斧ときた。オークは落ちている木をそのまま少し削って作ったような棍棒だった。しかしオークも力が強く、蓄えられている脂肪が邪魔をして打撃が効かないのだ。

 

 

 

「…っ……はぁっ!!」

 

「■■■■■■ッ!!」

 

「ぐッ……っ!!」

 

 

 

 身軽な動きで接近して拳を打ち付けても、ハイオーガの筋肉の鎧にダメージを満足に与えることはできず、ハイオークの脂肪の鎧には衝撃が奥まで伝わらない。そうして少しずつ追い詰められていっているというのに、一旦引いて態勢を立て直そうとすればマジックゴブリンが魔法で攻撃してくるのだ。

 

 連携をして追い詰めてくる。これでは自身は……と、思いながらオリヴィアの方を見てみれば、見事な体運びでハイオーガとハイオークを肉薄にし、拳や掌底を叩き込んでいた。ハイオーガには硬く握り込んだ拳を腹に叩き込み、腕を貫通させてみせた。

 

 白目を剥いて倒れた腹を貫通されたハイオーガの後ろから、ハイオークが走り寄ってきて、勢い良く棍棒を振り下ろしてきた。大きな体で凄まじい筋力で棍棒なんて振り下ろせば、普通の人間は肉塊と成り果てるだろう。だが、そんな攻撃にも慌てず、オリヴィアは体をくるりとその場で回転させて脚を振り上げた。

 

 

 

「せェりゃァッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

「彼直伝──────『流塵(りゅうじん)』ッ!!」

 

 

 

 左後ろ上段回し蹴りが振り下ろされる棍棒の側面に綺麗に叩き込まれ、爆発するように粉々に粉砕した。そしてそのまま驚いて固まったハイオークの懐に接近し、脇を締めて引き絞った右拳を腹に打ち込んだ。

 

 分厚い脂肪に覆われた腹筋のあるハイオークの腹には、打撃系の武器や技は通じにくい。だがリュウデリアから教えられたこの技ならば有効だろう。打ち込まれた膨大な魔力によって強化された拳から、多大な衝撃波が体の隅々まで伝えられていき、最後にはハイオークの大きな肉体を木っ端微塵に破壊した。

 

 肩に乗っているリュウデリアは、たった1度見せてコツを教えただけなのに、ぶっつけ本番で完璧に模倣してみせたオリヴィアの腕に感嘆としながら尻尾をゆらゆらと揺らした。一方でオークが粉々に弾け飛ぶ瞬間を目撃したティハネは、瞠目して驚嘆していた。

 

 ローブの中から見える腕は細くしなやかで、到底武術や体術を体得しているようなものには見えなかったのだ。その思い違いの振り幅が大きくて驚嘆させられた。魔法で20匹以上の魔物を蹴散らしたと言っていたから、典型的な魔法主体の魔導士タイプだと思い込んでいただけあって驚きの値は高い。

 

 連れている使い魔も、何をやったのか分からない手を使って魔物を粉々にしている。乗っている肩から一切動かずにだ。この人は他とはあまりにも実力が違いすぎる。それを実際に目の当たりにしてこれ以上無く確信した。だが、オリヴィアが強くてもティハネの今の状況が好転するわけではない。

 

 

 

「……ッ!!武器があれば……っ!」

 

「私達が相手にしていた魔物は全て殺したから先に行かせてもらうぞ」

 

「────ッ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 

 

 明らかにオリヴィア達へ群がる魔物の方が多かったというのに、もう魔物達は殲滅されていた。砂のようになってダンジョンへ吸収されていく魔物の横を悠々と歩いて先へ進んでいく。その後ろ姿を見て、つい大声で呼び止めてしまった。それに反応してティハネを襲っていたハイオークとハイオーガが反応してしまった。

 

 振り向いて他の魔物を一掃したオリヴィアを視界に収めると、ハイオーガの方が向かって行ってしまった。荒々しく駆け出しているので、背を向けていても近付いているとすぐに解る。故に、はぁ……と溜め息をついて右手の中に魔力で武器を形成した。

 

 振り向きながら一閃。左下から右上へ向けて、袈裟に軌跡を描いた。手に持つのは、リュウデリアから聞いてイメージした刀。嘗て神界の世界樹周りの秩序を守る四天神の1柱が使用していた武器だ。それを純黒なる魔力で形成して向けた。結果、ハイオーガは斜めに両断されて崩れ落ち、その奥に居るティハネを襲っていたハイオークまで両断した。

 

 飛ぶ斬撃が土の壁を引き裂きながらハイオークに向かい、斜めに斬り裂いたのだ。握っている魔力の刀を消して、オリヴィアは何も無かったように踵を返して先へ進んでいった。その後をティハネが急いで追い掛けていく。

 

 

 

「やはり足手纏いだな」

 

「ぐふっ……す、すまない」

 

「すまない?」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 引き攣った笑みを浮かべてどうにかその場をやり過ごした。もしかしたら、次に同じようなことをしたら殺されるかも知れない。その事実に怯えながら、空腹を無視して進んで行くことしか、ティハネにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンが近くに発生されやすい国、ミスラナ王国。そしてそんな国を治めて人々を平和に導いているのが、ミスラナ王国国王、ファン・ローニウス・ミスラナビムその人である。

 

 性格は極めて温厚。妃との間には5歳になる娘の王女が居り、その下には未来の国王になるだろう2歳の息子であり王子が居た。まだ小さい娘と息子、そして愛する妃に囲まれて順風満帆な生活を送っている。家臣にも恵まれて、例え他の者が家臣だったとしても、今の国は無いだろうと言えるくらいの優れた者達に助けてもらった。

 

 大きなダンジョンが近くに発生しやすいということで、ダンジョン目当てでミスラナ王国へやって来る者達も多く、それに伴い店が繁盛して国財が潤っていく。それを使って城下町の壊れた建物の修繕や新しい公園。娯楽施設などの建設に税金を使っていた。とどのつまり、国王はとても優れた人格で周りの者達に慕われていた。

 

 

 

 ──────()()()()()

 

 

 

「──────チッ!この単独で『最深未踏』を十何階層も攻略したという冒険者はどういうつもりだッ!!まさか我が国が保有するダンジョンの中で最大のダンジョンを一刻も早くにと攻略するつもりではあるまいなッ!?」

 

「お、落ち着き下さい陛下!その冒険者は他の国で、突如襲ってきたという魔物の大群を無傷で生還しながら魔物を最も討伐し、推定Sランクの突然変異のオーガを単騎で屠ったという、最近に噂になっている腕利きの冒険者なのです!実力を考慮すればそのくらいの攻略速度は予想の範疇かと……っ!」

 

「他の国……?まさか、その国の王の命で我が国のダンジョンを早々に攻略している不埒者か!?」

 

「……っ!?ち、違います陛下!彼の者は冒険者ですので特定の国には所属していませ──────」

 

「黙れッ!!私の言うことを否定するつもりか!?貴様なんぞ極刑にして処してやっても良いのだぞッ!?」

 

「へ、陛下……っ!」

 

 

 

 執務室で大声で怒鳴り散らしているのが、温厚で家臣や皆から好かれているという国王だった。今では見る影もないくらいに短気な様子となっている。毎日召使いに整えられていた髪や髭は無情な状態となり、手入れをしようとすれば近づくな不敬者と怒鳴られる始末。

 

 御年46という若さでこれだけの統治力を見せていた国王は、独自の偏見で物事を捉えるようになってしまい、それは間違っていると忠告する家臣達を鬱陶しそうにしていた。今まではこんな事無かった。機嫌が悪いというレベルの話ではない。まるで人が変わってしまったようだった。

 

 どうにかダンジョンを順調に攻略しているという冒険者から注目を逸らすために、他のことが記載されている紙を前に出して話題を変える。しかしそれがいけなかったのか、国王は執務室のテーブルの上にあったものを乱雑に払って全て床にばら撒いてしまい、苛立たしげに部屋を出て行ってしまった。

 

 使用人等と手分けしてばら撒かれた、国王が目を通さなくてはならない書類を集めて整え、元あった場所へと戻していく。テキパキと熟していく使用人達に礼を言って溜め息をつく国王の家臣は、どうしてこうなってしまったのかと眉間を指で揉み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!チッ!チィッ……ッ!!どいつもこいつもこの私に意見しおってっ!私は国王であるぞ!不敬な阿呆共めがっ!」

 

《────?──────、─────────。》

 

「あぁ……あなた様だけが私の味方です。どうかこの私めに助言をお与え下さい……っ!」

 

《──────……────、────────。》

 

「なるほど……なるほどなるほどなるほどっ!!流石でございますっ!!邪魔ならば排除すれば良いのですねっ!何故気がつかなかったのか……っ!助言ありがとうございましたっ!!」

 

 

 

 自室に籠もって内側から鍵を掛けた国王は、何も無い虚空に向けて喋り掛けていた。そしてその時の彼の目は、薄黒い靄のようなものが渦巻いているように見えた。

 

 誰がどう見ても正気ではない。しかしそれを口にすれば、正気ではない国王の然りの言葉を吐きかけられ、ことと次第によっては処刑すると言い始めてしまうので誰もどうしようもないのだ。

 

 

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアがダンジョンに潜っている間に、ミスラナ王国では異変が起き始めていた。

 

 

 

 

 

 






 オリヴィア

 ティハネが水や食べ物を欲しがっていると分かっていながら分けなかった。理由は持ってこなかった自分の責任だから。これからも水の一滴だってあげるつもりはない。野垂れ死ぬなら勝手に死ねばいいというスタンス。

 リュウデリアとのイチャイチャ時には全てを無視している。




 リュウデリア

 オリヴィアがまさか『流塵』を一発で決めるとは思わなかった。それに回し蹴りも完璧だった。やはり戦う才能があるな……と密かに思っている。

 後をついてくるティハネの邪念には気がついている。オリヴィアが許可した手前勝ってに殺すのはマズいと思って見逃しているが、不用意な動きを見せたら普通に殺すつもり。

 ケーキをあーんしてもらっているときは、嬉しくて尻尾ブンブン。翼パタパタだった。




 ファン・ローニウス・ミスラナビム

 ミスラナ王国国王。御年46であり、威厳が欲しいということで髭を伸ばして立派なものを持っている。周りからは良いと思いますよと言われて結構自慢だった。性格はとても温厚で、政略結婚だったが妃のことは心から愛しており、娘と息子もとても可愛がっている。

 だが、ほんの2週間程前から様子がおかしくなってしまい、周りの者達の声が届きづらくなってしまった。皆がどうにかしようと動いているのを、大変鬱陶しく思っている。



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第99話  忍び寄る影








 

 

 

 少しだけ目眩がする。太陽の光を取り入れられないダンジョン内では時間の感覚が分からない。時計は背負っていたバッグに入っていたので今は持っていない。体内時間は既に狂っている。なので今、先に進んでからどれだけ経ったか分からない。

 

 発生した魔物との戦闘で、偶然短剣を二振り手に入れる事ができたのは僥倖と言えるが、長く持つかは解らない。太腿に巻いた二振りの短剣を納める為の帯から抜剣して歩きながら眺める。少しだけ刃毀れがしているが、使えないことはない。まだ生きている。

 

 短剣を納めて前を見る。自身の先を歩いて適当な道を進むのはオリヴィアと、その使い魔。どちらも純黒の色をしていて、辺りの暗さも相まって混じっているように見える。

 

 大分前にやったように思える休憩を兼ねたお茶会以外、休憩は一切取っていない。ずっと歩き通しだ。足の裏が流石に痛くなってきている。無視して歩き続ければマメもできてしまうことだろう。歩くのに支障が出てしまうのでなるべく避けたいが、意見を言うわけにはいかない。

 

 

 

「……『砕けろ』」

 

「よし、今日は此処までにするか。75階層でキリがいいしな」

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……わかった」

 

「私は一旦ミスラナ王国へ戻って宿に泊まる。お前はこのまま此処に居るがいい」

 

「……は?戻……る?何を言って……」

 

「朝の7時にまた此処に来る。それまでにお前が居なくても、私は先に進む。この場を離れたいならば勝手に離れるがいい」

 

「ちょっ──────」

 

 

 

 気付かれないように、75階層に降りて最初のフロアでリュウデリアが『言霊』を使って魔物を一掃し、オリヴィアはうんと体を伸ばして欠神した。キリの良い階層に来たので、今日は此処で終わりにするのだ。外の様子が分からないと思うが、ちょうど良い時間帯なのだ。

 

 だからティハネは置いていく。一緒に帰るという選択肢は無い。ついてきたいと言ったのは彼女なのだから、どんな状況になろうと文句は言えない。どうやって帰るつもりなのかと思いつつ、手を伸ばしたところでオリヴィアとリュウデリアは瞬間移動した。ミスラナ王国の人目がつかない外壁元へ。

 

 現在の時刻は18時を過ぎた辺り。何食わぬ顔で帰ってきたオリヴィア達は、宿に行く途中にあるギルドへ向かった。ダンジョンの攻略を報告しておく為だ。扉を開けて中に入れば、最早噂の渦中となっているオリヴィアが来たとなって少しザワついた。そしてこちらを見る目には、確かな期待が滲んでいるのが何となく解る。

 

 期待というのも、賭けをしているからだ。オリヴィアがダンジョンを攻略しようとしているのは把握しているので、今回は何階層攻略したかという題で賭けをしているのだ。他にも、攻略している最中に回収した武器防具が売りに出されるのにも期待しているのだ。

 

 しっかりとした競売の店に出さない限り、回収した物品は冒険者ギルドで競売に賭けることができる。ギルドが一旦品物を預かって競売に賭け、提示された金額を支払われると、それぞれを競売に出した者、買い取った者に渡す。そして利益の1割が仲介役としてギルドに回されるのだ。因みに、重さが変わった魔剣は200万で売れた。

 

 競売を仕切る店で魔剣を売れば、そういった物をコレクションする金持ちなどが参加し、更に高額の値段がつけられるのだ。当然魔剣などを手に入れた者達はそっちに売りに出す。だから冒険者が手を出す事が中々できないのだ。

 

 しかし、そこでオリヴィアの存在だ。金なんかに執着していない彼女は、持っていくのが面倒だからという理由で、ギルドの仲介による競売に出してくれる。つまり自分達の財布事情次第では魔剣を手に入れることすらもできるのだ。

 

 

 

「こんばんはオリヴィアさん。今日は何階層まで行って来たんですか?」

 

「75階層だ。そしてこれが、51階層から74階層まで全て記したマッピングの地図になる」

 

「はい!ありがとうございます!早速確認させていただきますね。回収された物などはありますか?」

 

「あぁ。また適当に競売に出しておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 

 

 受付嬢に分厚くなったマッピングをしてある地図の束を渡し、回収していた物品をカウンターの上に並べた。首飾り。指輪。イヤリング。頑丈な革の手袋。鉄製の篭手。ブレスレット。腕輪。短剣。直剣。等といったものが異空間より出され、他の冒険者達の視線を釘付けにした。

 

 競売で出た金は後程取りに来ると行ってオリヴィア達が出ていった後、ギルドの中は大賑わいを見せていた。その騒がしい声を聞いて、あんな物のどこが良いんだかと呆れていた。まあ掘り出し物があるかも知れないので買い取り、質屋に出すのもまた楽しみの1つなのだろう。

 

 晩飯はパンにしようとその場の気分で適当に決め、サンドウィッチを売っている店に並んで5種類買うと、大通りにある広い場所に設けられたベンチに座り、2人で仲良く食べた。

 

 

 

「はい、あーん。美味しいか?」

 

「んむ、美味い。ほら、俺からもやろう」

 

「あー……んんっ。挟んである野菜が瑞々しくていい音が出るな」

 

「5種類を2つずつ買ったのだから、オリヴィアは全種類少しずつ食べていけばいい。残ったら俺が全部食べる」

 

「ふふ。ありがとう」

 

「うむ」

 

 

 

 明かりが灯る魔道具である電灯からの光を受けて、薄暗いベンチに腰掛けているのに、2人はとても楽しそうだ。人があまり居ないということで、使い魔サイズのままでベンチに普通に座って脚を投げ出し、今のサイズでは大きめのサンドウィッチをしっかりと両手で抱えながら食べていた。

 

 大きく口を開けて食べていっても、サンドウィッチはそこまで多く減ることはない。一生懸命抱えながら食べているリュウデリアの横で、オリヴィアは微笑ましそうに頬を緩ませながら同じように食べていった。

 

 美味しさからくる尻尾のゆらゆらとした揺れに、ちょっとしたイタズラ心から人差し指を向けてクルクルと巻き付ける。回して巻き込むスパゲッティとフォークのように。絡んだ尻尾をそのまま指に絡んで遊んでいると、ギュッと固定されてからすごい力で引き寄せられた。

 

 見た目は小さくても力は従来のものなのでオリヴィアの体を尻尾だけで引き寄せるのは造作もない。バランスを崩して近付いてくる彼女の口に自身の口を寄せ、舌でペロリとソースが付いた唇を舐めて綺麗にした。オリヴィアは突然のことにバッと元の位置に戻り、サンドウィッチを持っていない方の手で唇に触れ、頬をほんのりと赤くした。

 

 

 

「……っ!?」

 

「っぷ……ははッ。俺が食べているのにイタズラするからだぞ」

 

「…っ……もういっかいして」

 

「ダメだ。まだ食べているからな」

 

「うぐっ……」

 

「宿に帰ったらいくらでもしてやるから。今は我慢だ」

 

「……わかった」

 

「ふふ……愛してるぞ」

 

「うん。私も愛してる」

 

 

 

 本当は此処でキスしたいが、帰るまでの我慢だと言われてしまえば仕方ない。今日も沢山愛してもらおう。その事を想い、胸をドキドキと高鳴らせ、熱い吐息を1回だけ吐き出してから、早鐘を打つ心臓を、熱の集まった頬を誤魔化すようにサンドウィッチに齧り付いた。

 

 恥ずかしそうに黙々と食べるオリヴィアに愛おしさを感じながら、リュウデリアは静かに目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……りゅ…でりあ……んん……すぅ……すぅ……」

 

「……おやすみ、オリヴィア」

 

 

 

 宿に帰り、風呂に入って清潔な体になったあと、リュウデリアはオリヴィアを愛を籠めて抱いた。艶やかな声を漏らし、訪れる快感と愛しさに美しい裸体をしならせながら果てた。もう無理だという言葉とは裏腹に、抱き付いて離れない四肢に笑って、リュウデリアは彼女が満足して眠るまで快楽と愛を贈った。

 

 やがて寝息が聞こえてきた頃になると、リュウデリアは魔法で2人の体液によって濡れたベッドのシーツを清潔な状態に戻し、高価な宝石を曇らせる、オリヴィアの至高の肉体に掛け布団を敷いてやった。

 

 ベッドに腰掛けながら、立ち上がれば腰まで届く長い純白の髪に指を入れて梳いていく。一度も引っ掛からず、さらりとした最高の髪質。自身の純黒とは対を為している純白の髪に鼻先を寄せて匂いを肺一杯に吸い込む。少しの汗と女の何とも言えない芳しい香りに目を閉じて余韻に浸る。

 

 髪の次は顔を覗き込む。あまりに美しすぎる造形美をした美貌は、何の警戒心も無く寝顔を晒している。手の甲で頬を擦ってやると、眠りながら自身の手を取って頬擦りをし、チュッと口付けをする。それには目を丸くして、ふっ……と笑うと、無防備な唇に口先をつけてキスをした。

 

 

 

「んっ……ぁ……もっ……と……んん」

 

「……眠っていても俺と交わっているのか?まったく。仕方のない、俺の女神様だな」

 

 

 

 呆れているような言葉とは裏腹に、彼の黄金の瞳には巨大な愛の影がチラついていた。逃げるつもりは絶対に無いだろうが、オリヴィアはもう彼の愛から逃れられることはないのだろう。それだけの、強くて大きい愛を、たった1柱の女神に抱いていた。

 

 最後に前髪を少しだけ避けて額に触れるだけのキスを送ると、頬に自身の頬を擦り付けて小さな唸り声を上げてから離れた。そして部屋に取り付けられている窓のカーテンを開き、月の光を浴び、窓を開けて手摺に足を掛けた。

 

 夜のそよ風が入り込み、カーテンをひらりと靡かせる。頬を撫でる風にんんっ……と反応して、起きないまま寝返りを打って眠りについているオリヴィアを見てから、背中の翼を大きく広げた。

 

 

 

「少し用事で出て来る。ゆっくり眠っているんだぞ。俺の女神よ──────」

 

 

 

 羽ばたく時に生じる筈の風も一切無く、窓辺にはリュウデリアの姿は既に無かった。窓も閉められ、カーテンも閉じられている。部屋に彼の姿がない事以外は、何も起きていなかったような光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の10時に建物の屋根を伝って移動する5つの影があった。向かっている場所は同じであり、不穏な気配を漂わせている。動きが早く、屋根から屋根へ飛び移る際に出る着地音は極めて小さく、殆ど無音に近い。

 

 夜の暗闇に紛れ込めるように黒い装束に身を包む彼等は、王命によりある目的のために動いていた。魔法で視覚を強化し、仲間達と手話でのやりとりをして意思疎通を行う、目的のものがある場所はとある宿屋。そこで今頃眠っている者の始末を仰せ付かっていた。

 

 夕方の6時辺りの大通りで見掛けているという情報は入ってきている。その情報から更に、泊まっているだろう宿の場所を聞いて、部屋の明かりが全て消えたのを見計らい動き出したのだから。失敗は許されない。失敗すれば、お前達を消すとまで言われているからだ。

 

 

 

「──────今宵は良い夜だ。そう思わんか?」

 

 

 

「「「──────ッ!!!!」」」

 

 

 

 声が聞こえた。明らかに自分達に向けて放たれた言葉だ。移動していた者達は一斉に進行を止めて陰になる場所で身を隠す。どこから聞こえてきたかまでは把握しきれなかったが、姿をそのまま晒しているよりかはマシだろう。

 

 今声を掛けてきたのは誰だ。何者だ。そう頭の中で疑問を抱いていると、ばさり、ばさりと何か羽ばたく音が聞こえる。翼を作り出す魔法?それとも翼を持った魔物が入り込んだ?色々な臆測が頭を駆け巡る間に、陰に身を潜める男の1人に向けて、何かが放られた。

 

 ごとりと音がして警戒心が跳ね上がり、腰に差していた短剣を抜いて構える。魔法による攻撃かと思われたそれは違った。魔法で視覚を強化してその全容を露わにする。そしてそれは、情報を集めて自分達に流すよう命令されていた筈の男の生首であった。

 

 

 

「気配が張り付いていてな、不快だったから殺した。お前達の仲間だろう?なァに、案ずることはない……()()()()()()()()()()

 

 

 

「……ッ!!~~~~~~~ッ!!!!殺──────」

 

「──────されるのはお前なんだがな?聞いていなかったのか?他者の話は良く聞くべきだぞ」

 

 

 

 仲間の1人が殺されていた。隠密に長けた奴だったのだが、あっさりと見つかって殺され、剰えその生首を仲間である相手に晒すという外道の行動。命令された事を忠実に実行しようとしている自分達の行動を棚に上げ、激昂して魔法による攻撃をしてやろうとした瞬間、何処からともなく現れた謎の存在に、その男は腹に腕を突き入れられ、心臓を握り潰されて死んだ。

 

 5人いる内の1人がやられた。今確実に殺された。どこに居るのか解らない状況で闇雲に攻撃しようとした奴が、一瞬の内に殺された。びちゃりと大量の血を吐き出す音が聞こえてきて、残る4人の中で一番小心の者は、陰に隠れながら膝を抱え、奥歯をガチガチと鳴らした。

 

 

 

「おいおい。俺の女に手を出そうと……暗殺しようとしておいて恐怖を抱くのか?当然の死だというのに?それは見当違いだろう。殺すと決めた以上、返り討ちで殺される可能性も考慮していたのだろう?ならば良いではないか。潔く死ねば。お前達自身()()()()()()()()()?」

 

「……お前は一体何者だ……っ!!」

 

「最後の1匹になったら教えてやろう。特別だぞ?くくッ」

 

「……っ!!その前にテメェを殺して──────」

 

「──────無理だな」

 

 

 

 残り2人。1人は陰に隠れていたのに、その陰の向こう側から魔力の刃を貫通させ、心臓を一突きで斬り裂いた。もう一人は小心の者で、その場から逃げ出そうと立ち上がったところで、胸部に打撃が打ち込まれて内部に届いた衝撃によって心臓が止まった。

 

 ばたりと倒れる音で2人がやられたと察知し、任務の続行は不可能と判断して即座に撤退を開始する。しかしその内の1人が動き出した瞬間に、側頭部への謎の一撃で頭が100度以上回って首の骨がごきりと粉砕し、呆気なく絶命した。

 

 さて、残ったのは最後の1人だ。絶対に逃げ延びて、この謎の存在のことを国王に報告しなければならない。例えその国王に殺されるとしても、微かな情報だけでも届けなければいけないのだ。だがその為の動きができない。指先1つさえ動かない。それも屋根から屋根へ飛び移る途中の空中で止まった。

 

 ゆっくりと体が上に浮遊していく。体は大の字にされて、口も動かない。瞼も閉じられない。眼球だって動かない。その状態で空中へ持ち上げられていき、襲ってきたのだろう存在と対面した。夜の暗闇よりも黒く、深淵よりも黒く、黒よりも黒い完璧な純黒。そしてこちらを見つめる黄金の瞳。夜を照らす月を背後に、純黒の鱗に包まれた人型の何かの前に出されてしまった

 

 

 

「俺はリュウデリア。『殲滅龍』と言えば理解(わか)るか?」

 

「──────ッ!?」

 

「お前達のような塵芥を虐めの如く殺すのはつまらんからあまりやらないのだが……俺のオリヴィアを狙った以上は殺す。何の目的があってオリヴィアを狙うのかは知らんが、潔く死ね。死して悔い改めろ」

 

「……っ……っ!!………っ!!」

 

「あぁ、お前達の死体については気にしなくて良い。俺が見せしめとして()()()()()()

 

「──────ッ!!」

 

 

 

「ふ、ふふふ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 

 

 宣言通り、最後の1人となった謎の集団の男は、ケタケタと嘲り嗤いながらゆっくりと、鋭く尖った指先を額に押し付けられ、じわじわと頭蓋を貫通し、脳を弄くられ、白目を剥いて全身を痙攣させながら死んでいった。

 

 

 

 

 

 

 夜の城下町にどこまでも見下す嘲りの嗤い声が響き渡る。狙うならば覚悟しなければならない。彼に慈悲なんてものは存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 

 






 ティハネ

 ダンジョン内の第75階層目で放置されている。瞬間移動したところを目撃しているが、水分不足と空腹でそれどころではない。起きているとどうにかなりそうなので、再び発生した魔物に見つからない場所で寝ている。




 オリヴィア

 リュウデリアにいっぱい愛してもらったあと、彼の濃い匂いに包まれてぐっすりと眠っている。実は夢の中でまだ愛し合っているのだが、結局最後は気絶するまでやられる。時折ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。

 布団の中に潜り込んで帰ってきたリュウデリアを、しっかりと抱き締めて抱き枕にしている。




 リュウデリア

 張り付いてくる気配にはサンドウィッチを食べた時から気が付いていた。ずっと視線を感じて不快だったので窓から出てすぐに背後に回り込み、頭を掴んで引き千切った。

 謎の集団は国王の命により秘密裏に募られた暗殺集団で、目的はオリヴィアの暗殺。なので当然最強のセコムが発動して迎撃した。彼を出し抜いて近付ける訳がない。当然の結末。

 ちょっと良いこと考えている。元ネタは図書館で読んだ『人の手で行われた残虐な行為について』という本。


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第100話  見せしめ


『カクヨム』でも投稿している作品です。そちらの方がメインですので、フォローや評価などをしていただけると嬉しいです。



https://kakuyomu.jp/works/1177354055409133225



上のURLが、『カクヨム』のこの小説に飛ぶためのものです。よろしくお願いします。




 

 

 

 目覚めの良い朝だ。小鳥のさえずる声が窓の外から聞こえてきて、早朝故の眩しい陽の光がカーテンの隙間から室内へ入り込む。陽の光に照らされて部屋の中で舞う少量の布団から出た埃が映し出される。

 

 身動ぎをして温い布団の中でもう少し熱を求める。目を閉じたまま寝惚けているので、近くに何があるのか分からない。でも、手を伸ばせばすぐに硬い何かに触れた。鱗が生え、人型の龍。愛するリュウデリアだ。

 

 ゆっくりと目を開けて、最初だけぼやける視界に映るのは、やはり愛しの彼だ。彼の腕の中に閉じ込められ、彼の脚と尻尾に自身の脚を絡ませていた。寝ている間に抱き枕にしていたところを、今度は自身が抱き枕になっていたらしい。背中に回された逞しい腕にうっとりと表情が蕩ける。熱い吐息が漏れるのも仕方ない。

 

 閉じられた瞼に触れないように、枕に置いている頭の頬へ手を伸ばす。起こさないように優しく撫でてあげれば、喉から小さな唸り声が響き、少しだけ身動ぎをして自身の体をより強く抱き締めた。隙間なんて存在しない、ぴったりとくっついた体。抱き寄せられて顔がちょうど胸元の位置にあるので、胸板に頬をつけて耳を澄ませた。

 

 どくん。どくん。と、力強い鼓動が聞こえてくる。とても安心する音だ。ずっと聞いていても飽きないだろう。催眠術に掛かってしまったのかと思うくらい、彼に夢中だ。絶対に手放したくない。いや、手放さない。彼さえ居てくれるならば、他はどうでもいい。どうなったっていい。それだけの強い想いが胸の内に燻る。

 

 その燻る想いに、胸が締め付けられるような感覚を覚え、少しでも発散するために顔を上げた。上にあるのは彼の顔。その口先に唇を触れさせた。朝一番の愛の籠めたキス。でも1回では満足できず、何度もついつい口づけてしまう。すると、体が突然仰向けになり、黄金の瞳と視線が合ってしまった。起こしてしまった。あっ……と、口から声が漏れる。

 

 

 

「──────早朝からお盛んだな」

 

「す、すまないっ。リュウデリアが……その、愛おしすぎて……胸が苦しくなって、それを紛らわす為に何度もキスをしてしまった。起こしてしまってすまなんむっ……!?……ん……んんっ……」

 

 

 

 指の間に指を入れた、恋人繋ぎを両手にされて顔の横で固定され、身動きが制限された状態でキスが降ってきた。口先だけが唇に触れるキス。人間同士のように柔らかいもの同士を合わせたものではなく、少し不格好になってしまうが、これが良い。

 

 2度3度とリップ音を響かせていた口づけは、リュウデリアの口から伸ばされた長い舌によって激しい水音に変わった。口の中いっぱいになるまで伸ばされた舌が唇を割って入り込み、歯を前から奥、上も下も全部舐め上げ、自身の舌に絡み付いて(ねぶ)った。とぐろを巻いて巻き付き、ずちゅずちゅと淫らな音を奏でるディープなキスは、オリヴィアの表情を蕩けさせるのに十分過ぎた。

 

 口から与えられる快感と、淫らな音が頭の奥まで響いてきてどうにかなりそうだ。生理的な涙を目の端に浮かべ、何かを我慢するように足の指に力が入り、ベッドのシーツを脚の動きだけで乱す。そしてそんな染み一つ無い美脚に、長い尻尾が絡み付いて真っ直ぐに揃えられ、尻尾が巻き付きながら先端が脚を這い上がっていく。

 

 脹ら脛から太腿に差し掛かり、寝ている間に彼に着せられたバスローブの裾へと入り込んでくる。目指すのは1箇所だけとでも言いたげな動きに、もうすぐそこまで迫っていることを自覚し、顔をほんのり赤くしながらぎゅっと目を閉じる。何をされるか読んで決心した彼女は、口の中を蹂躙されながら覚悟を決めた。

 

 

 

「──────きゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

「……っ!?んちゅっ……はぷ……ん、んんっ……りゅ、リュウデんむっ!?んーっ……リュウデリアっ……はぁ……はぁ……」

 

「何だ?」

 

「今の声は……っん……はぁ……何なんだ?」

 

「……あぁ。やっと()()()()みたいだな」

 

「……っ?」

 

 

 

 リュウデリアの下で呼吸を乱し、荒い呼吸を繰り返しながら何事かと問うた。口から抜かれた長い舌が自身の口から大量の唾液で作られた銀の橋を架けるのを見て顔を赤くし、顔ごと目線を逸らしながら。問われた彼は、やっと見つけたのかと呆れた口調で話しながら窓の方を見て、オリヴィアの唾液を大量に絡めた舌を口の中に戻してごくりと嚥下した。

 

 唾液を目の前で飲まれ、喉が嚥下したことにより動いているところを見てしまったオリヴィアは、顔を真っ赤にしてしまった。手はまだ囚われたままなので、顔を隠すことすらできず、彼の下で赤くなることしかできない。

 

 自身の上から退いたリュウデリアは、ベッドから降りて立ち上がり、うんと背伸びをして欠神をしながら翼を広げた。部屋いっぱいに広がった純黒の翼に惚れ惚れとしていると、綺麗に畳んで振り返った。手を差し出してくるので、手を重ねると引き上げられる。その頃には自身の格好は外行きのものへと変貌していた。魔法は便利だなと素直に思う。

 

 フードはまだ被っていないので自身の手で被ろうとすると、リュウデリアが手を伸ばしてきた。両手で頬を包み込み、右手の親指の腹で唾液に塗れた唇を優しく拭われた。そして顔が降りてきて触れるだけのキスをされてから、優しくフードを被せられて頭を撫でられる。

 

 

 

「気になるのだろう?一緒に見に行くとしよう」

 

「……うん」

 

 

 

 使い魔としてではなく、幻覚の魔法で姿を眩ませながら人間大のサイズで行くようで、自身の左手を右手で取られ、恋人繋ぎをしてきた。心が温かくなりながら、頭を優しく撫でてもらったことが何だか気恥ずかしくて、でも嬉しくて、繋いでいない方の右手でフードの先を摘まんで降ろし、赤くなった顔を隠したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると大通りの先で人集りができていた。国の秩序を守る憲兵が何人も2人の前を慌てた様子で走って横切り、その人集りへと向かっていく。チラリと見えた表情は焦っているようだった。何なのだろうか、寝ている間に何かあったのか?と首を傾げる。

 

 先導するように歩き出したリュウデリアに手を引かれて横並びに手を繋ぎながら向かうと、悲鳴だったり苦々しい声だったりと聞こえてくる。本当にこんな朝から何なのだと思っていると、人集りの一番後ろまで辿り着いた。結構な人が居るので目当てのものが見えない。背伸びしてもダメだ。

 

 すると繋いでいる手を離したリュウデリアがオリヴィアの体を抱き締め、翼を広げて飛んだ。周りの人々は幻覚の魔法を施されているので彼等の姿が見えない。ローブを着てフードを被る意味は、このままダンジョンに行くと思ったからであって、顔を隠すためではない。

 

 兎にも角にも、人集りの上を飛んで、一番前までやって来た。憲兵が懸命に人を一定以上近付かせないように複数人で手を伸ばし、押し留めている。そしてその奥に、人々が騒ぎ立てている原因のものがあった。中央に槍が1本突き立てられ、その周りに置かれている。

 

 全身が無理矢理球状に捏ねられ、骨を粉々にして形成された人の肉団子の上に、その肉団子にされた者だろう男の引き千切られた生首が上に置かれている。

 

 皆が使えるようにと設置されていたベンチに、上半身、下半身、腕、脚、頭とパーツ毎に千切られており、ベンチの背もたれには脚が立て掛けられ、腕が投げ出される形でベンチの座面に配置され、頭は中央に置かれている。上半身と下半身は頭がある左右の場所に飾られていた。

 

 頭が真後ろに向くよう捻られた体が、そこらの仕切として使っていた鉄の棒のフェンスの一部を使って立たされていた。棒は4本使って背中の両方の肩甲骨、前の鎖骨に腕を巻き込んで突き刺さってバランスを取らされている。腹は裂かれ、中に入っていた筈の臓器が全て取り出されている。心臓は鎖骨へ刺さった棒で固定された右手に乗せられ、左手には肺が、腕には長い腸が乱雑に巻かれていた。

 

 大通りの石造りの道に寝かせられた体は、四肢が千切られていた。肩から先には太腿の付け根から毟られた脚が足首まで繋がっているように見せ掛けられ、腰のところからは手首までの腕が繋がっているようにされている。取られた手と足は腹の上に置かれ、口の中に一輪の花が刺し込まれて生けられていた。

 

 上半身が裸にされた状態で、魔道具であり夜の暗闇をほんのりと照らしてくれる、電灯に括られた縄に首を縛られ、吊されていた。自重によって首の骨の関節が外れ、元よりも長くなっている。そして服を剥ぎ取られた上半身の前面には、肉を抉ってつけられたメッセージが彫り込まれていた。

 

 

 

『命を捨てし勇敢なる者達は死を以て理を得た』

 

『未だ見ぬ者には結末を』

 

『怨念抱く者には罰を』

 

『与えし者には終劇を』

 

 

 

「なんて……なんて惨いことを……っ!」

 

「ひどい……誰がこんな事を……っ!!」

 

「さいってー……っ!!」

 

「うっ……ぷっ………!?」

 

 

 

「あー……私が寝ている間に何かあったのか?」

 

「少し遊んだだけだ。どうだ?良くできているだろう?本で読んだ中に見せしめとして死体を弄び、晒すというものがあった。メッセージも残したんだぞ」

 

「……そうだな。察するに私が狙われたのか?なら、お前にこうされても仕方ないか」

 

 

 

 ありがとうという想いを籠めて、自身を抱き締めて飛ぶリュウデリアの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。眼下では人間の死体を使った地獄絵図が広がっているのだが、オリヴィアが思うものは無い。自身を何の理由か知らないが襲ってきたのを、彼が返り討ちにした結果なのだから。

 

 寧ろ細胞一つ消し飛ばされなくて良かったじゃないかとさえ思う。惨く殺された者達の母だったり妻だったりが駆け寄ろうとし、憲兵に止められてしまい、泣き崩れているところを見ても興味を持たなかった。

 

 頭を撫でられているリュウデリアが、何かを思い出したようにあ……と声を漏らした。どうした?と首を傾げて問うオリヴィアに、最後の仕上げをしようとしていたのを忘れていたと呟き、左後ろにある建物を指差した。そこには頭の千切られた死体が屋根の上に乗っており、彼が指を差すと宙に浮かび上がる。

 

 魔力操作によって浮かべられた死体は、死体達の中央に突き立てられた槍の元へ落とされ、股下から首まで一気に串刺しにされ、最後のトッピングが如く、体を貫通して出て来た槍の先端に生首を突き刺した。

 

 突如降ってきた死体が槍に突き刺さるという光景が目の前で繰り広げられ、集まっていた住人達は絶叫した。恐怖で泣き叫んだり、嘔吐したり、犯人を捜そうと周囲を見渡す者達も居た。憲兵も呆然としたが、職務を全うせんがために犯人を見つけようと周囲を探し始める。

 

 これ以上人が多く通る大通りに、弄ばれた死体を放置するわけにはいかないからと、急いで撤去されていく光景を眺めてからその場を去った。少し離れた大通りにリュウデリアが降りて、ふんわりと着地する。体のサイズを落として肩に乗ると幻覚の魔法を解除した。

 

 

 

「腹が減ったな」

 

「早朝だから、まだどこもやっていないだろう。異空間に仕舞ったもので適当に食べようか」

 

「そうだな」

 

 

 

 あれだけの惨苦な死体現場を見ておきながら、食欲はいつも通りの2人はイカレていると思うだろうか。しかしその考えは間違っている。普通の人ならば、食欲の1つや2つ損なって当然であり、例え大丈夫でも思うことはあるだろう。だが、彼は普通でもなければ人でもない。

 

 人ではないから人間の死体をいくらでも弄くるし、死んだ者達に何も思わない。憐憫の感情は抱かない。それどころか襲ってきたのだから殺されて当然だと思う。完全な弱肉強食。所詮は負けた奴が悪いのだ。

 

 殺されてしまった彼等は、王の命令とはいえオリヴィアを狙った。狙ってしまった。だから彼の手によって無惨な死体へと変えられてしまう。当然の帰結。当然の報い。手を出す相手を間違えたとしか言えないだろう。

 

 

 

 

 

 これを惨劇を報告される、変貌してしまった国王が何を思うかは、まだ分からない。だがこれでも止まらないならば……彼の行動も止まることはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 






 オリヴィア

 朝にディープなキスをされて腰が抜ける寸前までいった。けど、何度も激しくたっぷりと愛してもらっているので少しだけ耐性がついた。ほんの少しだけ。なので不意打ちでキスされたり頭を撫でられると赤くなる。まだまだウブ。

 まさか寝ている間に何者かが襲ってくるとは思わなかった。私が何かしたか?と思い返しているが思い当たる節が無い(当然)

 リュウデリアが自身の眠っている間に動いてくれていたと気付いてしょんぼりしたが、気にしなくていいと言って撫でてもらったので元気になった。殺された人間はどうでもいい。




 リュウデリア

 本で読んだ、残酷な見せしめの方法を試してみた。これ以上やるならばそれ相応の覚悟をしろというメッセージを残した。最後に槍に突き刺したのは様子を窺って情報を流していた男。なので時代の見せしめは全部で6つ。

 一番のお気に入りは心臓と肺を持たせて小腸大腸で着飾らせたやつ。

 首を吊らせていた死体にメッセージを彫っている時は、これを見た人間達はどんな反応を示すのかと、少し楽しみにしていたのでご機嫌でやっていた。



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第101話  異様な階層








 

 

 

 国王の命令によって眠っているオリヴィアを暗殺しようとした者達が、気配で察知していたリュウデリアの手によって殺され、見せしめとして死体を玩具のように弄くられて大通りに飾られた。

 

 目撃してしまった住人達は、犯人がまだ見つかっておらず、捕まっていないということを憲兵達の様子から察し、いつも通りの日常に恐怖を抱いた。軽い気持ちで外に出れば、同じ目に遭わせられるかも知れない。それが何より恐怖を煽った。

 

 総じて同じような黒い装束を身に付けていた死体達から、何かの組織だろうことは解る。でも、だからといって一般の住人に魔の手が掛からないとは言い切れない。メッセージにも、怨念抱く者には罰をと記されていた。つまり、この行為に憎しみを抱けば同じ目に遭わせるということだ。

 

 嫌悪感や怒りは感じたりするだろうが、赤の他人が殺されたからといって憎しみは抱かない。だが殺された者達と親しい仲の者達はどうだろうか。妻や子供は?無惨な死体にされていたのに、憎しみの一つでも抱かないとでも言うつもりか。

 

 そんなはずない。親しい者が殺されれば、憎しみの1つや2つは抱いて当然。だからこそ、ミスラナ王国では無惨な時代を設置した犯人を探そうと、探し出して牢屋にぶち込み、死刑にしてやろうという動きがある。しかしそれは小規模だ。賛成できない、見て見ぬフリする者達は恐れている。同じ目に遭わされることを。

 

 そうして、ミスラナ王国では犯人探しが行われている一方で、その犯人と連れはダンジョンにやって来ていた。

 

 

 

「……ん?あぁ、あなたか。私の準備はできているぞ」

 

「何だ、死んでいなかったのか」

 

「死んでいて欲しかったのか!?」

 

「当然だろう?足手纏いを視界の中に入れなくて済む」

 

「うぐっ……」

 

 

 

 最後に到達した『最深未踏』の第75階層。リュウデリアの魔法で瞬間移動して瞬時に辿り着く。ダンジョン泣かせの移動方法をして来てみれば、置いていったティハネが既に目を覚まして行ける準備を整えていた。

 

 相も変わらず、所々が破けた見窄らしい格好に、オリヴィアに助けられてから水を浴びられていないから目立つ汚れ。彼女達の足音を聞いて来たと悟り、再び発生した魔物に襲われないよう隠していた姿を現したのを見て舌打ちをする。

 

 足手纏いが消えれば良かったのにと、隠すことなく悪態をつくとティハネがツッコミを入れてきた。まあ死んでもどうでもいい存在なので少し話したら76階層に向けて進んでいった。のだが、ティハネの横を通り過ぎた時、オリヴィアとリュウデリアが顔を顰めた。

 

 

 

「……おい」

 

「な、なんだ?」

 

「また臭いぞ、お前」

 

「そこまではっきり言うか!?」

 

「鼻が曲がる。酸味の強い生ゴミが陽の光に当たって腐──────」

 

「そ、そこまではっきり言うかっ!?魔物の血などが付着して臭いだけ残ったり掻いた汗が発酵しているからだ……っ!!私の体臭じゃないっ!!」

 

「ダメだ。吐き気がしてきた」

 

「ひ、ひどい……」

 

「リュウちゃん。この生ゴミを水で洗ってくれ」

 

「……っ!水はありがたごぼぼぼぼぼぼっ!?」

 

 

 

 汚れが目立つティハネの上に純黒の魔法陣が発生し、大量の水が降り注いだ。水と聞いてティハネが喜色を示し、よっしゃ来い!と言わんばかりに両腕を広げて上を見上げた。

 

 落ちてくる水の壁に顔から浴びて、体の表面にこびり付く汚れが圧力で落ちていく。それと同時に口を目一杯広げて水を飲み込んだ。本来、魔法で作られた水は本物の水ではなく、空気中に漂う魔素を魔導士が取り込み、体内で自動的に魔力へ変換し、魔法として発現させる。つまり本来の水のような実体がない。だが濡れるし溺れる。

 

 普通の魔導士が生み出した魔法による水を飲むと、魔力に変換されてしまうので腹は膨れない。それに、飲み込んだ水を形成する魔力に体が負けて体調を崩すという線も有り得る。なのでティハネの行動は一般的に推奨されない。

 

 しかし彼女は気付いていた。リュウデリアが何となくやっている魔法陣から生み出す水の特別性に。普通の魔導士がやれば魔力の塊である水だが、魔法を意のままに扱う彼がやると一味違う。それは純粋な水の創造。魔力で本物の水を創造しているのだ。

 

 魔法の技術力が高すぎて何となくでやっている単純な水の創造。ティハネは最初の水浴びの時に口に入った水をそのまま飲み込んでしまった。だから体調を崩すかと思ったのたまが、そうならなかった。腹にも溜まった感覚もある。だから察した。あの水は飲めると。だからこの時を待っていた。寧ろ、この為に態と汚れるようにしていたところさえあった。

 

 大量の水を浴びながら体を手で洗っている……と見せ掛けながら、水をごっきゅごっきゅと飲んで水分補給していく。まるで生き返ったような感覚を覚え、カラカラだった体が瑞々しさを取り戻したように感じる。

 

 

 

「──────ぷはぁっ……ありがとう。私はまだ戦えるッ!」

 

「何だ此奴」

 

「……………………。」

 

 

 

 いやにキラキラした表情でサムズアップしてくるティハネに、少しイラッと感じながらフンッと鼻を鳴らして先に進んで行く。固形物の食べ物を食べた訳ではないのである種空腹感は否めないが、その代わりにこれでもかと水を飲んだ。たらふくだ。人間に必要な水は確保できたので十分だ。脱水症状にならなくて済む。

 

 服も濡れて肌に張り付き、水が地面に落ちた事で一歩一歩踏み込むことでぐちゃりと不快な感覚が足の裏から伝わってくるが、今はそれすらも気持ちが良いと感じる。水があるとは斯くも素晴らしいものだったかと。普段常に身近にあっても、無くなると困るものの第1候補になる水のありがたみを知った瞬間である。

 

 それからオリヴィア達は順調にダンジョンの奥へと進んでいった。発生する魔物はここら一帯に出てくる魔物の記録を使っているので見たことがあるようなものが多いが、奥に行けば行くほど強くなっていく。50階層からはそれが顕著だろう。その証拠に、Bランクとそれなりに高いランクに就いている、ティハネが苦戦一方になっていた。

 

 

 

「魔物が……強い……っ!!」

 

「どこが強いんだか。殴ったら木っ端微塵に砕けるではないか」

 

「気になっていたんだがその打撃は何なんだ!?普通の打撃は魔物が粉々にしないぞ!?」

 

「黙って手を動かせ。限界が来たら潔く死ね」

 

「本当にストレートな物言いをするな!?」

 

 

 

 ティハネに対して全く興味が無いからである。だから別に死んでくれて良いのだ。複数の魔物に襲われて逃げたりしてどうにかやりくりをしている彼女に対して、オリヴィアは体術のみで魔物を屠っていた。武器を振り下ろされれば間合いを計ってギリギリのところまで下がり、隙を見せれば絶死の一撃を叩き込む。

 

 どれもリュウデリアに教えられた動きだった。腰を落として脚をしっかり踏み締め、自身の力を十全に相手に伝える。魔力で肉体強化をしているが、それだけだ。それだけで一撃必殺と成り得るのだ。

 

 今はまだ『流塵』だけしか教えられていないが、その内にもっと技のレパートリーが増えていくことだろう。ただ、今このダンジョン内に湧いて出てくる魔物達にはこの1つだけで足りているだけだ。まあ最も、どうしても斃せないとなればリュウデリアが出張ってくるのだが。

 

 

 

「今は……85階層か」

 

「休憩は……はぁ……しないのか……?」

 

「まだいらんだろう」

 

「そう……か……」

 

 

 

 流石にキツくなってきた。進み始めてから4時間が経過していて、今の時刻は11時だ。それでもオリヴィアに疲労の色は見られない。ティハネは空腹が祟って動きが鈍くなっていき、逃げる動きすらも儘ならなくなっていく。

 

 最早オリヴィアに気が付いて襲い掛かってきたのを、彼女が斃し、ついでに鬱陶しいからという理由で他の魔物も全滅させるという形になってきている。完全に恐れていた足手纏いの状態だ。なのでティハネは、いつオリヴィアが面倒になって自身を殺しに掛かるのかと怯えていた。

 

 邪魔にならないように10歩分後ろを歩いているのだが、今にも振り返って殺しに来そうで怖い。ただついて行くことしかできず、殺しに来られたら絶対に抵抗らしい抵抗はできない。戦っているところを見ていれば解る。あまりの実力差が。そして体調の状態だって頗る悪い。

 

 だがティハネは運が良かったのか、オリヴィアが次の階層への正解ルートを連続で当てていき、あっという間に98階層までやって来た。魔物もそれ相応に強くなり、ティハネが斃すことはできなくなっていた。一撃貰うだけでも致命傷となる。しかし凌いだ。どうにか凌いだ。

 

 驚異の98階層。他の者達は未だに30や40辺りを攻略しているというのに、もうこんなに差が開いていた。まだ先があるかも知れないのだから油断はできないが、キリの良い100まで後少しなのである。

 

 そうして98階層から次の階層へ行く道を見つけて降りていく。次は99階層だ。100階層に王手を掛ける階層となる。だが、この階層は他のよりも毛色が違いすぎた。まず壁は土ではなかった。それに蟻の巣のように枝分かれもしていない。完全に1つの広々とした空間だった。それも緑がよく目立つ。つまり緑化された階層だった。

 

 

 

「なんだ……これは……っ!?こんなの、見たことがないっ!?」

 

「ほう……こんな事もあるんだな」

 

「……っ!?水が流れている!?まさか……しゃくッ……た、たべりゃれりゅ!?」

 

 

 

 足の踏み場には全て草が生えていて草原のようになっており、草むらがあり、木々があり、小さく浅いが川も流れていた。地下水だろうか、小さな川が進む先には壁に開けられた穴があり、吸い込まれるように流れていた。木の実や果実が生っている木が生えていて、この場所で生活ができそうだ。

 

 そして、驚くべきはティハネがやったように、生っている果物を食べることができるということだ。所詮はダンジョンが龍脈から取っている魔力で形成した物。魔力である以上採取した瞬間からダンジョンに吸収される筈なのだが、採取した果物は砂のようにならず、食べても問題なかった。

 

 腹が減っているティハネがそこらに生っている林檎やオレンジなどといった果物を採取し、貪るように食べていっている。それに知識として頭に入っているのか、毒の無い生えたキノコも川の水で洗って食べていた。最後に川に顔を浸け、水分補給をしたら満足したように顔を上げ、満たされた腹の余韻に浸った。

 

 

 

「はぁあぁぁぁぁぁ……生き返ったぁ……」

 

「此処は一体どうなっているんだ……?食べられる実が生っているとは……。それに……」

 

 

 

 オリヴィアは奥へ進んで行くと、大きな足跡が草原にくっきりとつけられていることに気が付く。深さからして相当な体重がある。足跡の大きさからしても想像ではあるが体も大きいことだろう。その体の大きさあっての体重。

 

 しかし、この緑が鬱蒼としている99階層にそんな大きな魔物が居るようには見えない。姿が何処にも無いのだ。それどころか何かが動いている気配すらない。極限状態で変に気配に敏感になっているティハネも何の反応も示さないのも後押ししている。

 

 

 

「食べ物と水はありがたかったが、本当にどうなっているんだこの階層は?食べられる実が生るなんて……珍しい事例だ」

 

 

 

「リュウデリア。お前はこの階層や足跡をどう見る?」

 

「……っ……ぶふッ」

 

「……なんで笑っているんだ?」

 

「んんッ……いや、何でもない。強いて言うならば、次の階層に行けば解るぞ……くくッ」

 

「リューウーデーリーアー?」

 

「いや待て、答えを教えたらつまらないだろう?俺が教えんでも次の階層に行けばすぐに解るんだ。それで良いではないか」

 

「……はぁ。仕方ないな。では気になるからさっさと行ってみるか」

 

 

 

 何かを意図的に隠しているリュウデリアにジト目をして話すように促してみるが、次の階層に行けば自ずと答えが解ると言われた。はぁ……と、仕方ないなという意味を込めて溜め息を吐き、歩みを進めた。緑で占領された広々とした空間なだけで、魔物すら1匹も出ないのでのんびりと歩いて行けた。

 

 自分達が来た方向と、単純な反対方向に向かって歩いていけば、大きな足跡が多くなり、果実が生っていた木と同じ木には木の実なんて一つも無かった。察するにこの足跡の持ち主が食っているのだろう。

 

 足跡やそういった何かを食べた形跡を見ていって、次に戦うかも知れない相手の規模を察してティハネが静かになった。どこか緊張したような固い表情をしている。だが進む歩みは止められることなく、今までと同じように傾斜となった道に入り、第100階層に到達した。

 

 

 

 

 

 強敵が居た50階層から考えれば、再び強敵が表れる確率が高い100階層。そこへ到達したオリヴィア達が見たものは……想像の斜め上をいくものであった。

 

 

 

 

 

 






 ティハネ

 空腹がヤバいのに、魔物との戦闘でますますヤバいことになっていたが、奇跡的に99階層にある食べ物を食して生き返った。動けなくならない程度に腹いっぱい食べて、水分補給をしたから完璧。だけど大きな足跡を見て明らかに図体の大きな魔物だと察して緊張している。




 オリヴィア

 魔物が他の階層へ跨いで移動するとは……と思いながら、足跡から解る体の大きさでどうやって通路を渡ってきたのか首を捻っている。でも、もう答えが解るので大丈夫だろう。その疑問はすぐに解決されることになる。




 リュウデリア

 実は魔力でスキャンした時に彼も99階層にある生い茂った自然に何で?と思っていた。壁も天井も足下も全て土のダンジョンだったのに、1つだけでめちゃくちゃ広くて木まで生えていれば驚く。

 そして100階層に居るだろう魔物のことも当然把握済み。だがそれについては笑ってしまう。



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第102話  攻略完了








 

 

 

 

 オリヴィアは100階層に到達し、その目で見たものは……何とも困惑するものであった。

 

 

 

「──────ぐがーっ……んがーっ……ん゛ごっ……んぁ?……え゛??」

 

 

 

「何をやっているんだ──────ウィリス」

 

「くくッ……ぶわははははははははははははっ!!!!」

 

 

 

 ウィリス。ウィリス・ラン・エレクトヴァ。忘れた者も多いだろう事なので補足しておくと、リュウデリアがまだオリヴィアと結ばれず、一緒に行動するようになってまだ日が浅い頃の話だ。

 

 まだ同族に会った事が無いリュウデリアが初めて同族として会った雷龍であり、街を襲うきっかけを作るために街の領主に並々ならぬ恨みを抱いた受付嬢を唆した張本人である。

 

 雷龍王の末の息子であり、同族に初めて会ったリュウデリアがテンションを上げてしまい、決闘でもない手合わせでこれでもかとボコボコにした相手だ。そんなウィリスが、龍の巨体のまま横になって、大いびきをかきながら気持ち良さそうに眠っていた。100階層のフロアはここだけしか無く、そしてそこまで広いわけではない。龍5匹入ったら押しくら饅頭になりそうな広さだけだ。

 

 最初からウィリスが居ることを知っていたリュウデリアは、彼の姿を見て困惑しているオリヴィアの肩の上で、腹を抱えて笑っていた。ゲラゲラと笑っていると、フードの中でジト目をしたオリヴィアに、笑って大口開けている口を親指と人差し指で摘ままれて塞がれた。

 

 

 

「……あ、あの小娘のことを忘れていた」

 

「───っ!──っ!んばはっ……はぁ。その人間ならば催眠の魔法を掛けて眠らせた。見た光景も記憶から消した」

 

「流石だな」

 

 

 

 見慣れているオリヴィアにとっては何の反応も示せない龍だが、ティハネからしてみれば違う。世界最強の種族が、何故かダンジョンの100階層で眠っていたのだから。無駄に騒ぎ立てることだろう。それにウィリスと会ったことがあるような、旧知の仲のような反応をしてしまったので、マズいと思ったが、リュウデリアの魔法によって事なきを得た。

 

 立ったままその場で白目を剥き、眠っているというか……気絶して目撃した情報を消されているティハネを放っておき、オリヴィアはウィリスを見上げる。気配で眠っていた状態から目を覚ました彼は、オリヴィア達のことをしっかりと覚えているので、此処に居る事に驚いて目を丸くしていた。

 

 

 

「なんっでテメェ等が此処に居るんだよ!?」

 

「それはこっちのセリフだ。何故お前がダンジョンの中に居る。それも態々最深に」

 

「ん?此処は最深なのか?」

 

「あぁ。そうだぞ。『最深未踏』は全100階層だ」

 

「おぉ……っ!とうとう踏破したということか!」

 

「あー、この場所ってダンジョン……?っつーのか。何となく潜ってみたら深くてよ。一番奥の此処に来たら食い物も水もあるわで居心地が良いから仮の住処にしてたわ」

 

 

 

 実はウィリスがこの100階層に来たのは、ほんの一月前だった。適当に飛んでいたところにダンジョンの入口を見つけ、興味本位で中に入ったのだ。1度リュウデリアに体を小さくする魔法を掛けられたことがあるので、それを真似して魔法を独自の力で創り、サイズを変えた。

 

 中に入ってからは、微弱な雷を放電して通路の先に何があるのかを探り、下の階層へ続く正解のルートを只管進み、50階層のボスを瞬殺し、この100階層に辿り着いたのだ。そしてこの上にある99階層には食べ物も水もあり、ダンジョンの最深部という性質上誰も来ることはない。つまり安息の場所だった。

 

 つい居心地が良くて一月もこの場に居座ってしまった。だがそれももう終わりだろう。オリヴィアとリュウデリアがやって来た以上、ダンジョンの核を破壊してダンジョンそのものを破壊してしまうのだから。何となく、奥の壁にめり込まれている半透明の水晶の形をした核が、このダンジョンで重要なものであるということは、魔力を視れば解る。故に彼は残念そうに嘆息した。

 

 

 

「しかし──────最深部に居るボスはウィリスか」

 

「…………………………ゑ?」

 

「オリヴィアでは荷が重いな。仕方ない、俺がやるか」

 

「……ちょっとタンマ。オレ50階層の奴みたいなんじゃねぇよ?確かにデケェスライムは居たけどオレが消し飛ばしてる。だからオレは関係ねぇの」

 

「神共を散々殺してから激しく動いていなかったからな。どの程度肉体が強化されたか確認できる。楽しみだ」

 

「神を……殺した……?お、オイオイ。ちょっ、待てよ。マジで1回待ってくんね?オレあれから見違えて強くなった訳じゃねーから、今のおテメェとやったら……ッ!!」

 

 

 

「さてウィリス──────俺と(たわむ)れようか」

 

 

 

「嫌に決まっ──────」

 

 

 

 オリヴィアの肩から飛んで離れると、体のサイズを元に戻した。見上げる程の大きさ。天井に頭をぶつけて鬱陶しそうにしながら、逆に体のサイズを小さくしてその場から逃げようとするウィリスに手を伸ばして肩の部分に触れ、2匹はその場から忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぉご……から…だが……痛ぇ……めっ…ちゃ……痛ぇ……ふざけ……やがっ…て……ぇ………」

 

「……前はウィリスの雷を受けて少しの痛みを感じていたが、最早何も感じん。肉体が勝手に強くなってしまった。神々に散々鱗を破壊されたからか?また更に鱗が硬くなったな」

 

「元から強いのに、とんでもない速度で強くなっていくな。リュウデリアは」

 

「伊達に世界最強の種族と謳われていないからな」

 

 

 

 瞬間移動で何処かの遙か上空に行ったリュウデリアとウィリスが、久しぶりの手合わせをしたのだが、血塗れで鱗も殆ど砕けているウィリスと、無傷のリュウデリアがダンジョンに帰ってきたのを見て、オリヴィアは圧倒的な力で歴然の差を見せ付けて勝ってきたのだと察した。

 

 ただダンジョンの奥で悠々自適に過ごしていただけなのに、リュウデリアが来たと思ったら早速ボコボコにされたウィリスは泣いていいだろう。鱗も殆ど砕け、血塗れになっている。こちらは全力で攻撃しているし魔法まで使っているのに、リュウデリアはまさかの魔力すら使わないノーガードだった。

 

 前回ならば少しのダメージは入っていたらしいのに、もう全くダメージが通らなくなっていた。というより、何の理由があったかは知らないが、神を殺しているという時点でもう嫌な予感がしていた。だから絶対に戦いたくなかったのに、無理矢理何処かに連れて行かれ、戦いを始めさせられた。

 

 意識が飛びそうでぐったりとしている満身創痍のウィリスに、オリヴィアが近づいて純白なる光で治癒を始めた。リュウデリアの手によってボロボロにされた傷が瞬く間に治っていく。激しい痛みが引いていき、その事にホッと溜め息を吐いた。

 

 

 

「助かったぜ。あんがとよ」

 

「気にしなくていい」

 

「さて、ある程度の再確認ができた。ダンジョンの核を破壊してしまおう」

 

「あーあ、もったいね。折角“御前祭”まで此処に居ようと思ったのによォ……」

 

「……御前際?何だそれは」

 

「……?知らねーのか?」

 

 

 

 傷を完治してもらったウィリスがポツリと口にした言葉、御前際。何のことか知らないリュウデリアが問うと、特に隠すことでもないからという理由で話して教えてくれた。

 

御前祭(ごぜんさい)”とは、龍の住まう遥か上空に存在する浮遊する大陸、スカイディアで行われる祭りのような行事だ。100年に1度開催されるそれは、我こそはという龍がスカイディアに集まり、七大龍王達が見ている前で御前試合をするのだ。

 

 あくまで試合であるので決闘とは違い、命の奪い合いではなく、参ったと口にするか、動けない状況になる戦闘不能になるかで決着する。そうして勝者を他の勝者とぶつけていき、優勝した者を優勝者とする。そしてその優勝者は、大変な褒美を貰う事ができるという。

 

 大変な褒美。それは2択の報酬。一つは龍王の身辺を守護する精鋭部隊に入る。もう一つが……龍王への挑戦権。本来龍王になるには、龍王に実力を認められ、挑んでも良しとされた者だけが決闘に臨む事ができるのだ。その栄誉を御前祭で勝ち取る事ができる。それだけ重要な祭りだ。

 

 

 

「光龍王はそんなこと言っていなかったが……何時に開催される」

 

「あーっと、確か一ヶ月後くらいだと思うぜ。オレはこう見えて雷龍王の末の息子だからよ。一応御前祭には顔出さねーといけねぇんだ」

 

「その強さで龍王の息子……?」

 

「悪かったなザコくてよォ……ッ!!テメェみてぇに化け物染みた力はねぇし、兄弟の中で落ちこぼれ様だわ舐めんな……ッ!!会う度に弱いだの何だの言われて肩身が狭い思いしてんのがオレだし……ッ!!」

 

「情緒不安定か」

 

 

 

 まさか龍王の息子だとは思わなかった。言われてみれば、謁見した時に居た雷龍王の気配に近いものを感じるが、龍王の気配は途轍もなく大きく、逆にウィリスからはそこまで強い気配を感じなかったから気が付かなかった。本人も言っているとおり、弱いので気が付かなかったといった具合だ。

 

 弱い弱いと何度も言われているのだろう、逆ギレして吠えるウィリスにジト目をしたリュウデリア。だが考えることは彼の言っていた御前祭についてだった。光龍王から龍に関することは大体聞いたのだが、そんなものがあるとは聞いていない。初めて聞いた単語だった。

 

 言い忘れていたのか、意図的に隠していたのか。何となくリュウデリアは後者なのではないかと思っている。自身が強くて龍王である光龍王が戦いたくないから教えなかった……という線は無い。そんな肝っ玉の小さいことをするような奴ではないことを知っているから。つまりそれ以外の理由だ。

 

 恐らく、所詮は推測になるのだが、自身が行って御前祭に出場し、他の集まってきた龍達を完膚無きまでに戦闘不能にすることを危惧しているのではないかと考える。自身の強さが相当上位であることは自覚している。つまり、勝負が見えている戦いをさせたくないから教えなかったと思っている。他にも、単純に興味を抱かないと思ったからとか。

 

 まあ兎に角、御前祭のことは頭の片隅にも入れて、今はダンジョンの核を壊すことが先決だろう。少し腕試しを挟んでしまったが、元々の目的は核なのだから。

 

 

 

「はーあ。じゃあなリュウデリア。次会っても勝負挑んでくるなよ。体が幾つあっても足んねぇよ」

 

「あぁ。また会ったら頼むぞ」

 

「虐めかよッ!!」

 

 

 

 これ以上此処に居ると何をやらされるか分からないと判断したウィリスは、説明は終えたのだからずらからせてもらうと言わんばかりの去りを見せた。体のサイズを小さくして通路を進み、自力でダンジョンの外へ向かっていった。

 

 リュウデリアは軽い返事をして同じく体のサイズを元に戻し、オリヴィアの肩に飛んで行って定位置に着き、指を鳴らした。すると立ったまま白目を剥いていたティハネが、ハッとしたように目の色を元に戻し、辺りを見渡して疑問符を頭上に浮かべた。記憶が適当に飛んでいるように思えたのだろう。事実、リュウデリアは適当に記憶を消したので、一部分がゴッソリ無くなっていることになる。

 

 

 

「わ、私は何をしていたんだ……?」

 

「この100階層に居た巨大なスライムを見て立ったまま気絶していたんだよマヌケ」

 

「立ったまま気絶していたのか!?それにもう何も居ないところを見ると……」

 

「戦闘は終わっている。お前が立ったまま気絶している間にな」

 

「…………………………。」

 

 

 

 お荷物すぎて今から殺されないよな?と、少し怖くなって静かに顔を蒼白とさせているティハネを置いて、オリヴィアは100階層のフロアの奥へと歩みを進めた。

 

 目的はダンジョンを構成している半透明の壁に埋まった水晶のような核。それを破壊すれば、速やかな攻略完了となる。長かったような短かったような攻略をして、オリヴィアはとても楽しむことができた。最初はゴブリンしか発生しないダンジョンだったので嫌気をさしていたが、本物のダンジョンに潜ってみると冒険をしていると感じられてワクワクした。

 

 1人完全なお邪魔虫が途中から増えたが、殆ど無視していたので居ないものとして扱って良いだろう。結局、大型のダンジョンと言われていて、納得するだけの100階層もあったが1週間も掛けずに攻略することができた。

 

 オリヴィアが核の方へ歩いて行って、手を伸ばせば触れられる距離まで来ると、右手で拳を作って無雑作に殴った。魔力を伴った殴打なので見た目以上に威力があり、核はガラスのように砕け散った。攻略の完了。ついでに割れたガラスみたいな核の一部を証明する為の物として回収したので、本当に完了した。

 

 

 

「良し。もう此処に用は無い。さっさと出るぞ」

 

「流石に私も一緒に連れて行ってくれ!」

 

「チッ」

 

「し、舌打ち……」

 

「言っておくが、瞬間移動できることを他者に漏らした場合、誰にも気付かれないような手を使って殺してやるからな」

 

「絶対に言わないと誓う!!」

 

 

 

 面倒だなと思いながらティハネの肩に手を置くと、景色はダンジョンの外になった。それもミスラナ王国の人目が無い壁の近くである。ティハネはやはりスゴいと、目を白黒させているが、オリヴィアは気にした様子は無く入口に向かって歩いていった。

 

 服がボロボロで下着も見えているティハネは、門番に羽織れる物を貰って探索者ギルドを向かう……前に言及してきた。あまり言いたくはないが、ダンジョン攻略の報酬については頼むと。とことん卑しい奴だと思いながら、大切な母親の為だからとそれらしい言い訳を述べている彼女に適当に手を振って答え、冒険者ギルドへ向かうのだった。

 

 

 

「あっはは……。オリヴィアさんなら攻略する頃だと思ってましたよ……」

 

「いや『最深未踏』攻略すんの早すぎだろ」

 

「潜ってから1週間経ってねぇじゃねーか……」

 

「流石は詐欺レベルのCランク冒険者」

 

「もうSで良くね?」

 

 

 

「要るかは知らんが、マッピングした地図だ。それとダンジョンの核の実物。その破片だ」

 

「は、はい。確認しました……」

 

 

 

 受付嬢に、リュウデリアが最深の100階層までマッピングした地図を明け渡した。実際核を破壊してしまったので、数日中にはダンジョンが自律崩壊を開始する。潜っても良いが、深く潜りすぎると崩壊に巻き込まれてしまうので自己責任になる。

 

 しかしそれでもより深い階層に行き、残っているかも知れない物品に期待を乗せて向かう探索者も居る。故に全く以て要らないという訳ではない。他にも攻略した証明として保管するという意味もある。

 

 報酬等といった金は明日受け取りに来るから用意しておけ。それだけ言ってオリヴィアとリュウデリアはギルドから出て行った。彼女達が強いということはもう知っているので、他の冒険者達はそこまで驚くことはなく、苦笑い気味だった。

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドから出て行ったオリヴィア達は、いつものように食べ歩きをして宿に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『最深未踏』を攻略しおってェ……ッ!!おのれおのれおのれおのれおのれェ……ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 






 御前祭

 スカイディアで100年に1度行われる祭り。力に自信があるものだけが望み、勝ち残れば精鋭部隊に入るか、龍王への挑戦権を得る。ただし龍王に挑むということは決闘を意味し、どちらかが必ず死ぬことになる。だが勝てれば、その者が新たな龍王となる。




 ウィリス

 リュウデリアが初めて戦った同族の雷竜。雷龍王の末の息子。ダンジョンに興味本位で潜ったところ、最深部が居心地が良いと気付いて住み着いていた。

 神々を殺したというリュウデリアに嫌な予感を感じたが、案の定ボコボコにされた。




 オリヴィア

 まさかウィリスが居るとは思わなかった。最初見たときは普通に驚いた。けど居た理由を聞いて納得した。確かに食べ物も何もかもがあって、邪魔する奴も居なければ居座りたくなるな……と。

 治癒の力はウィリスにもう見せているので、まあ治してあげるかという軽い気持ちでリュウデリアにやられた傷を治してあげた。




 リュウデリア

 前回は少しだろうとウィリスの雷で痛みを感じていたのに、もう一切何も感じなくなっていることから、肉体が勝手に強化されていることを自覚する。ついでに元から硬かった鱗も硬くなっている。つまりまた一段と強くなっている。




 ティハネ

 とうとう『最深未踏』を攻略したと、核を破壊するときにドキドキしていた。これで母親を救い出すことができる。でも正式にパーティーを組んでいるわけではないので念押しをした。卑しい奴め。




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第103話  総意








 

 

 

 ミスラナ王国の国王に仕える家臣の1人である男は、最近寝不足に陥っていた。今の国王よりも年上である家臣の男……ヤムハは、国王が戴冠をして国王という地位に就いた時から家臣の位に就いていた。

 

 とても穏やかな人だと思った。前国王から穏やかな性格であると聞かされていたし、王城で見掛けたときは本を読んだりするのが好きな人だった。だが聡明で、人当たりも良くて、臣下達には本当に愛されていた。政略結婚で妃を貰い、子供も居るが、家族という繋がりを大切にしていた。つまりとても良い王だった。

 

 民からも信頼され、民に愛された国王をしていた。故にヤムハは分からなくなってしまった。何が国王をこうさせてしまったのかが。

 

 

 

「不埒者の分際でダンジョンを攻略しおってェッ!!許さん……何があろうと許さんッ!!」

 

「陛下っ!彼の者はマッピングも全階層行い、途中で回収した物品も冒険者ギルドで正規の手続きをして売りに出していますっ!咎められることは何一つしておりませんっ!大通りで見掛けている民達も、しっかりとお金を払い、一緒に居る使い魔と仲睦まじく過ごしているとの話ですっ!決して不埒者なんかでは……っ!!」

 

「うるさい黙れっ!!他の国が寄越した回し者に違いないっ!!其奴を殺せと命令した暗殺者共も見せしめの如く殺されていたっ!!人間を殺すことに躊躇せん奴が善人である筈が無いっ!!」

 

「……っ!?なん……ですって……?殺せと命令した……?あの昨日の事件はまさか……っ!!」

 

「もう良い面倒だッ!!死刑に処すッ!!この私を……私の国を愚弄し、剰え『最深未踏』を勝手に攻略したことの罪により死刑だッ!!兵士を集めろッ!!私の国に居る殺戮者を見つけ出して火炙りにしてしまえッ!!」

 

 

 

 ──────あぁ……もうダメだ。私達では止められない……。それに人間を殺すことに躊躇しない者が善人である筈が無い……陛下、その言葉に則るのならば、罪のない者を冤罪で処刑しようとする今の貴方様も……っ。

 

 

 

「何をボサッとしておるかッ!!国王である私が兵を動かせと言っておるのだぞッ!!命令に従わないのならば、貴様等も反逆者として死刑にするぞッ!!あぁっ!?」

 

 

 

「畏まり……ました……っ」

 

 

 

 近くに居た兵士長は苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべながら、頭を下げた。周りに居る家臣達がどうにか宥めようと、国王を説得しようとしているのは分かっている。片膝を付いて頭を垂れる姿勢で居ようと、話し声だけで十分伝わってくる。しかし国王は止まらなかった。

 

 全く聞く耳持たず。他者の言葉は全て戯れ言。己の言葉こそが真実であり、正義。それを信じて疑わない様子。何時もの理性的な瞳は、まるで躾を受けていない猛獣か野獣のようだ。不敬だとは思いつつも、少し顔を上げて覗いた国王の瞳が変わってしまったことに、兵士長はやるせない気持ちを抱いた。

 

 命令が降りたら従わなくてはいけない。ましてや国王の言葉である。反故にすれば自身が死刑にされてしまう。今の国王ならやりかねない。現に何の罪も無いだろう冒険者を死刑にしようとしているのだから。

 

 兵士長には家族がいる。2つ年下の妻と、子供が3人。息子が2人で娘が1人。上の息子は自身のような兵士長になると言って剣の稽古を毎日頑張っている。次男は学者。末の娘はこの前自身のお嫁さんと言ってくれた。愛する家族だ。だからこの場で死ぬわけにはいかない。

 

 本当に冒険者を死刑にはしない。どうにか理由をつけて牢の中に入ってもらい、国王が乱心しているという説明をして謝罪と共に納得してもらう。もう……自身にできるのはそれしかない。それしかないのだ。

 

 

 

「さっさと行けえぇえええええええええええッ!!!!」

 

 

 

 国王の怒号を浴びながら、血が滴るのではないかという程手を握り締め、その場を後にした。だが兵士長は知らない。このあと、収拾のつかない状況に陥ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この国の兵士達だ……」

 

「隊列を作ってどうしたのかしら……」

 

「もしかして昨日の惨殺事件の犯人を見つけたんじゃ……」

 

「それなら良いがこんなおおっぴらに動くのか……?」

 

 

 

「……っ。兵士長……俺達は一体何を……」

 

「……黙って進め。案ずるな。本当に死刑にするわけじゃないんだ。独断だが、牢に入ってもらって陛下の目につかないところに居てもらう」

 

「そう……っすか……でも、それでも……正しい事ではない……っすよね」

 

「……あぁ……ッ」

 

 

 

 国王に声によって冒険者ギルドへ派遣されるは兵士300人。どんな手を使っても逃がさず、必ずや捕らえて死刑にしろと命令され、罪状の記載された証明書まで持たされた。それも国王の直筆のサインが書かれた代物である。つまり、国の長である国王の言葉であるが故に、国の総意となった。

 

 足音を踏み鳴らし、盾と槍、剣、弓を携え、防具も全て揃えて戦争をしに行くような完全武装態勢を整えていた。それを見れば住人が何らかの反応をするのは明白。つい先日、6人の惨殺事件が起こっており、その犯人逮捕の為に動いていると思っている住人も居るが、彼等とて馬鹿ではない。

 

 真っ昼間から大通りで隊列を為して進んで行く者達が、誰の目にも止まらず事件を起こした犯人を捕まえられるかと言われれば首を傾げるだろう。つまり、多少の疑念を抱かれている。まさしくその疑念は正解だ。国のために身を捧げた兵士達は、冤罪で人を裁こうとしているのだから。

 

 兵士達も不安を露わにしている。いや、その他にも住人達のような疑念。冤罪に対する罪悪感。懐疑心。負の感情が胸の内に燻り、意図せずとも表情に出てしまっている。そしてそんな負の感情は動きにも影響を及ぼし、歩みの踏み込みにばらつきを見せた。とても訓練された兵士とは言えない、そんな歩みだった。

 

 

 

「……っ……──────冒険者ギルドに所属しているオリヴィアという者ッ!!居るならば速やかに表へ出ろッ!!これは王命であるッ!!従わない場合は武力行使を以て目的を果たさせてもらうッ!!」

 

 

 

 冒険者ギルドに着いた兵士達の内、その中で一番偉い兵士長が一番前に出てギルドに向けて叫んだ。叫ぶ前に少し躊躇してしまい、額に嫌な汗が伝うが、受けた命令を遂行しなければならない。彼の声が周辺にも響き渡り、中から聞こえてきた冒険者達の騒ぎ声が無くなり静かになった。

 

 次いで聞こえてくるのは困惑とした声。そうして少しの時間が経ちら2度目の声を上げようとした瞬間、扉が開いて中から純黒のローブを着て使い魔を肩に乗せた者が現れた。オリヴィアだ。そしてそれに続いて細く引き締まった肉体を服の中に持った、風格のある男性が出て来た。ギルドマスターだ。更にはオリヴィアがやる受付を主にやっていた受付嬢も出てくる。

 

 ギルドマスターは気付いていたのだ。何百という人の気配が大通りを歩いているのを。何事かと思っていれば、まさかのギルド前で止まり、いきなり冒険者の1人を求めるではないか。何だか嫌な予感がするということで、忙しくて滅多に執務室から出て来ないギルドマスターも一緒に出て来たというわけだ。

 

 

 

「……兵士さん方、こんな数を集めて一体何の用ですかな」

 

「……冒険者オリヴィアがミスラナ王国に対して侮辱したということで侮辱罪に問われている。他にも回し者であり、不正を行って『最深未踏』を許可無く攻略したことの罪。先日の惨殺事件の被害者達である、情報の収集員を殺したという殺人罪。それらによってオリヴィアを王の命により死刑とする」

 

「…………………は?侮辱……?この国に居る冒険者達の行動は報告書として提出されているが、このオリヴィアが何かをしたという話は無い!それにダンジョン攻略に不正?逆に何をしたら不正になる!それは不正とは言わず己の力による攻略と言うんだ!それに許可無く攻略って……お前さん達はいったい何を言っているんだ……?ダンジョン攻略は許可制なんかじゃねぇぞ!それに殺人罪だ!オリヴィアは宿に帰っていった筈だ!いきなり言いがかりをつけるな!おいオリヴィア、昨日宿に帰ってから1度でも外に出たか?」

 

「いいや。1度も出ていない。宿に帰った後は部屋に居たし、その事は宿の従業員に聞けば分かる。魔法で真偽を調べられても構わない」

 

「だとよ!王の命令だか何だか知らねぇが、冒険者は街や国の内部に設置されているだけで住民じゃねぇ!勝手に国が裁ける奴等じゃねぇのは知ってんだろ!裁くのは冒険者協会だ!冒険者協会から判断を下されて国が裁く!これは立派な違反行為だぞ!?」

 

「王の命令は絶対だッ!!従わない場合は武力行使も厭わず、我々に敵対行動をする者も同じく死刑にして良いとの事だッ!!異を唱えるなッ!!」

 

「わっけの分からねぇことペラペラとォ……ッ!!」

 

 

 

 ギルドマスターは訳の分からない事を言う兵士長に青筋を浮かべている。あまりに清々しいほどの冤罪だ。侮辱どころか、それらしき言動は一切していない。何かを買うときもしっかりと代金を支払っている。ダンジョン攻略に不正というのも頭が痛くなる話だ。

 

 入口は一つしかなく、下の階へ行くための正解ルートも一つ。魔法を使って魔物を寄り付かなくさせたりしたとしても、それは術者の実力で会得した魔法だ不正にはならない。そもそも、定められた方法なんて存在しないのに、どうやれば不正となるというのか。

 

 極め付けは許可無く攻略したということだ。ダンジョン攻略は早い者勝ち。だからダンジョンに命を賭けている探索者達は何泊もして泊まり込みで攻略したりするのだ。目的は違えど、ダンジョン攻略をしたというのは一種のステータスになるからだ。それも攻略したダンジョンが大きければ大きいほど。

 

 殺人も言いがかりだろう。前の街等に置かれているギルドで喧嘩が起きて四肢欠損ダメージを与えたとはあるが、命までは取っていない。しかも終始冷静であったと聞く。それに宿に帰ったという本人きっての言葉もあるし、真偽を確かめる魔法を使っても良いとさえ行っている以上、宿から出ていないことは確実だろう。

 

 冒険者は住人ではない。なので国などが独自で裁く事はできない。なので先ずは冒険者協会本部に連絡し、然るべき裁きを受けさせても良いという言葉が下ってから、国が裁くのだ。しかしそれは相当凶悪なことをした者達だけだ。他はギルドマスターの権限によって裁くこともできる。なので、国王の言葉と言えども違反行為なのだ。それを承知で国の内側に設置しても良いと国王や領主が許可を出すのだから。

 

 

 

「……ここだけの話だが、陛下はご乱心気味だ。だから本当に死刑にするわけではない。しかしそれを陛下の目に入れるわけにもいかないから、一先ずは形だけ牢の中に──────」

 

 

 

「──────兵士長。何時までやっている。さっさとその他国の回し者を死刑にせよ。今すぐにッ!!」

 

 

 

「な……んで……陛下が此処に……ッ!?」

 

 

 

 何と、兵士達を左右に避けさせて表れたのは、身の回りを他の兵士に守らせている国王その人だった。突然の登場に兵士長は頭が真っ白になる。本人が居る以上、密かに牢へ入れて説明と謝罪をするわけにはいかない。もう……死刑にするしかなくなる。

 

 馬車を使って此処まで来た国王がやって来ると、ギルドマスターが顔を顰めた。勝手に裁くことは違反行為になると言っても、一国の主である国王と冒険者ギルドのマスターとでは位が違いすぎる。それに、聡明で心穏やかと聞いていた国王とは思えない、黒いナニカが渦巻く黒い瞳にたじろいでしまう。

 

 兵士達に囲まれて姿が見えないとはいえ、兵士長の言葉で住民は国王が此処に居るということを知ってしまい、それ程のことを仕出かしたのだと思い始めている。マズい傾向だ。罰するのが当然となっている国王を相手にして、何も言えない。ギルドマスターも、力尽くでは止められない。どう考えても正常な目をしていないからだ。

 

 そうして国王がヒステリックに叫び、兵士達が頷かざるを得ない状況になり、オリヴィアは連行された。連れて来られたのは大通りの中で一番広い場所。そこに荷車で持ってきた木を上に立てるように設置した土台を置き、オリヴィアに背中を付かせ、鎖で体を縛りあげた。使い魔は鉄の小さな檻の中に入れてオリヴィアの足元に敷かれた藁の上に置いている。

 

 

 

「他国の回し者風情が、王であるこの私を愚弄しおってッ!!貴様のような下賎なゴミクズは燃やして然るべきッ!!疾くと死ねッ!!」

 

 

 

「………………………。」

 

「ぁ……オリヴィア……その、私は……っ。すまないっ!私は母を救い出さねばならないんだ!だからダンジョン攻略と金に関しては感謝している……だが……私ではあなたを救えない……っ!!すまないっ!!」

 

 

 

 国王が唾を撒き散らせながら怒鳴っているのを横目に、自身をぐるっと囲んで見ている観衆の内、ティハネに目をやった。冒険者ギルドにまで朝早くから来て金だけ取りに来た彼女は、視線を感じていることに肩をビクつかせ、言い訳を述べてから群衆に紛れて奴隷商の居る所へ走っていった。

 

 まあ別に、ティハネにこの場から助けろと言うつもりは無い。だって役立たずだから。だが、それを抜きにしても金を貰った事には感謝しているからさようならは本気で頭にくる。

 

 ビキリとフードの中で額に青筋を浮かべながら、大きく深呼吸して気を落ち着かせた。そして正面で距離を取ってこちらを睨み付けている国王に視線を向け、極寒の冷たさを孕んだ瞳で睨み付けた。

 

 

 

「今、間違いであったと反省して額を地に擦り付けながら懺悔するならば、許してやらんこともない。だが言葉を撤回し、私を解放しないならば……相応の結末が齎されると知れ」

 

「額を地に付けろ……だとォ……っ!!この私に向かって何と浅ましい言葉を吐くのだゴミクズの分際でッ!!もう良いッ!!炎をつけて殺せッ!!死刑執行だッ!!」

 

 

 

 

 

 

「……そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということで良いのだろう?ならば──────」

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアの足元に転がっていた小さな鉄の籠がばきりと破壊され、中から出て来たナニカが彼女を縛っている鎖を擦れ違い様に両断して自由にした。

 

 空に現れたのは、純黒の色に彩られた龍。噂になっている『殲滅龍』である。翼をはためかせて宙に浮き、オリヴィアの真上を陣取る。黄金の瞳に浮かべるは底知れぬ黒い憤怒の炎。全身から迸らせる莫大な量の純黒なる魔力は、周囲の建物を純黒に侵蝕し始めた。

 

 怒り心頭となっている『殲滅龍』のリュウデリアが飛んでいることで発生する風で、オリヴィアの被っているフードが外される。見たことも無い美しすぎる美貌と長い純白の髪が広がる。しかしその美貌に浮かべるのは、どこまでも冷たい表情一つであった。

 

 龍が現れたというのに、その中心に居るオリヴィアに観衆の全ての目線が釘付けとなる。あまりに美しすぎるその姿の一挙手一投足が気になって仕方ない。そして、そんな彼女が右腕を持ち上げ、人差し指を立てて正面に居る国王を指し、声高らかに咆哮した。

 

 

 

 

「──────皆殺しだッ!!1匹も逃がさず殲滅しろッ!!」

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

「な、何という……龍を従える……者だったというのか……っ!?」

 

 

 

「……もうお終いだな。俺達は」

 

 

 

 国王はオリヴィアの言葉を聞いて、耳を劈く咆哮を上げるリュウデリアに腰を抜かして座り込んで失禁し、ギルドマスターは静かに終わりを迎えることを察して呆然と上を見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 国を護ろうというのならば武器を取れ。折れぬ意志を持つならば吼えよ。護る存在が居るならば目を逸らすな。これは、お前達が選んだ選択である。

 

 

 

 

 

 






 オリヴィア

 リュウデリアに命令を下せる存在。全員で頭を地に擦り付けて懺悔をするならば、それ相応の罰を与えて終わりにしてやったが、聞かなかったので皆殺しにすることにした。例外はない。

 可哀想だからとか、そんな理由で赤ん坊を助けてあげたりは絶対しない。読んで字の如く、皆を殺すように命じた。




 リュウデリア

 予想通りになると思っていたので、鉄籠の中でスタンバってた。

 皆殺しというオーダーが入ったので、これから人間を料理してハンバーグにするとこ。皆殺しとのことなので絶対に逃がさない。というより逃げられるならば是非とも逃げてみて欲しい。




 ティハネ

 朝早くから冒険者ギルドに来て金を受け取りに来たマジで卑しい奴。冤罪だって分かっているのに反論は一切せず、ギルドの中に居た。いざオリヴィアが処刑されそうになったら、母親の方が大事だからと言って奴隷商の元まで走っていった。




 ギルドマスター

 毎日が多忙なので滅多に顔を出さないが、兵士達の数多くの気配で何事かと出て来た。そしたらオリヴィアに冤罪がふっかけられたので普通に違うだろと反論したが、国王にまでは意見できない。

 リュウデリアを見て、一発で『殲滅龍』と気が付いて早々に諦めた。どう考えても勝てる相手ではないと察したから。




 国王

 オリヴィアを死刑にして高笑いする予定だったが、見事滅殺一直線のレールの上に自分から乗りに行った。素晴らしい手筈だ。加えて現場まで来るという徹底ぶり。

 龍の気配に当てられて腰を抜かし、しっかりと漏らした。お前が逃げられる道なんて無いことを、読者は皆知っている。



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