麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方  (37級建築士)
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(Ex.0) 先付けの一杯、ロアナプラ亭の手引書

まだ読まれてない方も、すでに読まれた方も、どちらも楽しんでもらえるように追加したプロローグの小話になります。





 麻薬産業の源流、その先に築かれた悪徳の都、名はロアナプラ。タイのとある港の地に彼の街は存在する

 

 21世紀まであと少しのこの時代、ネット社会が広がりつつあるこの世の中でかの地の存在はほんの少しずつ浮き彫りになりつつある。だが、未だその地に何があるか、どのような地獄があるか、それらは未だ知りえない。当事者たちは、等しく皆口をつぐむ

 

 街の詳細がニューヨークの記事に出回ることは無い。ロアナプラという舞台で、日々絶えることなく起きている闘争も何もかも、誰も知りえない、漏らすまい

 

 彼の地にて、悪人たちは自由を謳歌している。麻薬と暴力とセックスで彩られる欲望の坩堝で、最後の審判が来るその日まで皆自由を食らいそして死んでいく

 

 この街は、そんな風にできてしまっている。

 

 だが、そんなロアナプラの不思議な話。眉唾で、誰も信用しない奇妙な話

 

 

 悪徳の都、ロアナプラには

 

 

 

 

「いらっしゃいませーッ……って、昨日のお客さんだ!また来てくれたんですね…… ふふ、気に入ってもらえて何よりです。……さ、お席にどうぞ……美味しいラーメン、すぐに作ってあげますからね!」

 

 

 

 

 

 とてつもなく理解しがたい話、ロアナプラには日本人が経営しているラーメン屋がある。店の名はロアナプラ亭、店主の名はケイ・セリザワ。愛称はケイティ

 

 身長は150台、中性的で細身で安産型のお尻で、どうみてもスレンダー体系のボーイッシュ美少女にしか見えない、そんな愛され系男の娘の店主というこれまたロアナプラにはふさわしくない奇怪な人物

 

 これは、そんなケイティが治める麺処・ロアナプラ亭を中心に起きる、知られざるロアナプラの日常であり、非日常であり、そしてケイティという一人の人間の迷いの無い裏社会での生き方を映した物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

~某日~

 

 

 

 ラチャダストリートに面したとあるビルの一階に暖簾と看板が掲げられている。

 

 周囲にはローワンの風俗店をはじめとしたストリッパーハウスやらホテルやらが並び、さらに隣には怪しげな道具や薬に情報を売る店が並ぶ、そのような立地に異分子のごとく彼の店は成り立っている

 

 店の店主は暖簾を上げんと店前に出て、高くない身長で懸命に背伸びをして暖簾をひっかけようとしている。黒髪の短いポニーテールに、シャツとデニム。後ろ姿には一切の男要素は全くなく、丸みを帯びた触り心地のよさそうな臀部を無防備に揺らしている

 

 

「……ん~~、あと少し……って、うひゃあッ!?」

 

「よっすケイティ、今日も変わらず女っぽい声で鳴いてるな」

 

「れ、レヴィさん……うぅ」

 

 

 あいさつ代わりのセクハラ、上機嫌に高笑いをする女ガンマンはこの街で知らぬ者はいない。ラグーン商会のレヴェッカ・リー、通称レヴィ

 二挺拳銃を握れば向かうところ敵なし、そんな彼女もまたこの店の常連で在り、そして今日はそんな彼女の好きなホットでジャンキーなラーメンが出る日であった

 

 連れとして入っていくホワイトカラーの日本人、名はロック。二人して店に入りいつものごとく注文を言い、そして適当にだべりながら待っている

 

 その手には銃も出さず、店にいる間は何も起きないとでも思っているのか、ただ無防備に、気楽に、まさしく日本のラーメン屋にでも居ているような気構えで、二人は食事を待っている

 

 

 念のために、ここは日本ではなく、正しくロアナプラだ。

 

 

 一キロ先では銃撃戦で人の死が起きている。ここは依然悪徳の都

 

 だがしかし、出てくるラーメンは、まさしく日本のそれであった。本日のラーメン、豚骨ベースに台湾風の辛みそで調味したミンチ肉とニラもやしの炒め物を載せた品

 

 ベースはタンメン風、辛く痺れて濃厚で美味い。そんな逸品が早々と出来上がる。 

 

 

「……注文、台湾ラーメンが二人、台湾まぜそばはレヴィさんですね。本日のラーメンになります……はい、どうぞお二人とも……はい、お客さんもどうぞ。よく来てくれますね、ここ最近……うれしいです。では、どうぞごゆっくり」

 

 

 ついさきほどのセクハラも忘れているのか、その顔には元気いっぱいで爽快な笑顔が満面に咲いている。料理人として、ラーメンを振る舞うケイティはいつだって笑顔で接客が当たり前。

 スレンダーな体つきも相まって庇護欲に駆られる愛らしい姿、だが男だ

 

 

 

 

 

 

~そのまた某日~

 

 

「いらっしゃい、また来てくれたんですね……あ、でもごめんなさい。タイミングがその、一般客は少しだけ受け付けられないと言いますか」

 

 

 かしこまって、申し訳なさそうに言葉を連ねるケイティ。

 

 タイミングが悪い。その意味は入店してすぐに理解した。先約はマフィアだ、香港人のマフィアとなれば後にも先にもたった一つ、トライアド、三合会である

 

「……見ない顔だな、観光客か、それとも新参者の商人か……劉」

 

 リーダー格の男が懐から一枚の紙を取り出す。そして側近の、劉と呼ばれた男が自分に少し強引にそれを手渡してきた

 

「俺のツケで好きに遊んでくれ、席を奪った詫びだ」

 

「え、あの……そんな、勿体ない」

 

「悪いが、そういう謙遜をつついて壊すのは俺の趣味だ。一日だけのチケットだが、とりあえずナポレオンもシャブリもダースで飲み明かせる。ハイクラスの嬢もより取り見取りだ……言っておくが、一夜限りなことを忘れずに。見られないよう懐に収めておくといい」

 

「……ッ」

 

 

 それは、息を吐くように自然と行われた粋な計らい。断ることなどできるはずもなく、名刺は丁寧に名刺入れへと仕舞いこむ

 

 名は明かさない。階段を上がり二階の奥座席へと姿を消した、彼の名は張維新。黄金夜会に名を連ねる三合会の顔を務めるこの地のトップ

 

 そんな傑物もまた、この店の常連というのだから、なんとも信じがたく、だが真実。誠に奇怪な話だ

 

「お客さん、夕方の営業ならきっと食べられますから……あ、今日は豚骨ラーメンです。張さんの大好物の博多風豚骨ラーメン、是非食べに来てください。味は保証します!」

 

 

 またのご来店、心よりお待ちしております。ケイティの元気良い言葉に、また気分が爽快になる。

 丁寧で誠実、そんな彼女は実に男のツボを心得ている。だがしかし、男だ。彼女ではない

 

 

 

 

 

 

~そのまたの、もう一つまたの某日~

 

 

 本日のラーメン、魚介出汁の淡麗塩ラーメンなるものを食べた

 

 現在時刻は夜の1時、締めの一杯として食べるにはまさにちょうどいい品のあるラーメンであった。鯛の骨やアラでとった出汁がこれほど美味な料理になるとはすばらしい。店主ケイティの腕には感服するばかりだ

 

 仕事を終えて、気分良く酒を飲み終えて締めの逸品で腹を満たした。あとはホテルに帰るだけ、そう思いつつ便所を後にした

 店のトイレから顔を出した。そして目に映った光景は、気分良くほろ酔いだった頭を強制的に目覚めさせた

 

 

 

…………むにゅ、ふすん

 

 

 

「ぅ……っぷ……バラライカさん、だめ……はうぅ」

 

 

 そこには店主がいた。愛らしく、髪を後ろに束ねて今日も愛らしく尻を振る美少女の姿をしたトラップが立っていた 

 そして、そんなケイティはこれまた絶世の美女の豊満な胸に抱きしめられて大変うらやまけしからん光景を見せていた

 

 だがしかし、その豊満な乳房で愛をいっぱいに与えている張本人が、その顔に痛々しい火傷跡さえなければ、ちょっとした情事をのぞき込んでしまったハプニングで済んだであろうに

 

「……ケイティ」

 

「ご、ごめんなさい……気づかなくて、知らなくて、まだお客さんがいたなんて、その……へぶッ!?」

 

 

 胸の谷間に収まったその小さな頭に容赦なく五指が襲い掛かる。頬をつまみ、そしてまた胸の方へと圧迫して、幸せな気絶を女性は見舞いした

 

 金髪の長身、火傷跡の軍服、該当する人物は一人しかいない。というか名前を言っていた

 

 ホテルモスクワのミス・バラライカ、この世で最も恐ろしいマフィアの幹部様は、なんとも良いお趣味をお持ちのようであった

 

 

「……大尉、いかがしましょう」

 

「知られることは別に問題じゃないわ。そうでしょ、そこのあなた……理解してもらえるかしら」

 

 

 笑顔で、それはもうとびっきりの笑顔で大尉様は語り掛ける。提出した身分証をコピーされるだけで解放されたのが逆に恐ろしい

 

 不埒なことを働けば、容易に命の危険は無いと知らしめられた。酔いがさめたあとは、とにかく走ってホテルへと去るのみ

 

 あんなやばい女とパフパフをする、あのラーメン屋も相当にヤバイ。ロアナプラ亭おそるべし

 

 

 

……ケイティ、今日は私の部屋で寝なさい。異論はあるかしら

 

 

……な、ないです……はい、その、できれば優しく

 

 

……替えの下着は用意しておきなさい。お仕置きだもの、仕方ないじゃない

 

 

……え、エッチなことは良くないと思います。ひぐ、誰か助けて

 

 

 

 

 

 

 

~とある男の終着点~

 

 

 

 

~ケイティside

 

 

 

 

 麺処・ロアナプラ亭、不定期ではあるが基本週末には定休日を設けている。月に四回か五回の定休日、それが今日

 連日、目まぐるしく店を開きそして日替わりでラーメンを提供する。このロアナプラという地で、本場日本のラーメンの味を出すために日々研鑽と努力を重ねる

 だから、たまの休みの日も基本ラーメンを作っている。時間のかかる豚骨スープは一度に多量で作ってしまえばいいし、業務用の大型冷蔵庫で凍らせれば酸化の心配もない。まあ、それでも劣化はあるから基本すぐに使い切るようにはしている。

 

 そして、今日はそんなスープストックの補充を用意する日。だけど、約束の時間になっても業者から食材が運び込まれない

 

 

「……困った」

 

 

 厨房で溜息を一つ、吐きそうになるところをどうにか踏みとどまる。

 

 お客さんがいる前で溜息は失礼だから。気苦労耐えないこの街での日々、だけど失礼なことには変わりないから我慢

 

 

「少し待っていてください、もうできますからね」

 

 

 店の前には定休日の看板がかかったまま。店内には一人のお客さん

 

 アジア系、韓国か中国か判断はつかない。そんな男の人

 

 ここ連日、店に顔を出すようになった人、そんなお客さんが今カウンターの席に坐して僕を見ている。料理を作る所作を見て、頷くように視線を向けている

 

 どんぶりに注ぐ醤油スープ、麺を投入し具を散らし、その上から豪快に仕上げのトッピングを降らせる

 視線の主の胃袋が大きく泣き叫ぶ。空腹の音色にせかされ、お客はケイティが机に置くよりも先にどんぶりを奪い取った

 

 

……ずるる、ズルルルルッ!!!

 

 

「お熱いので、お気をつけて……あはは、すごくいい食べっぷりで」

 

 

 提供したのは、店で出すには簡素な一杯。チャーシューメンマものっていなく、あるのは麺とスープに薬味のネギ、それも京都の九条ネギをたくさん。そして大量の油の破片、ザルで荒く濾して散らした背脂。俗に言う背油ちゃっちゃ系というもの

 

 連日盛況で豚骨スープも鶏ガラスープも底をつきた。なのでスープのベースは保存のきく煮干しや昆布、カツオ節サバ節アジ節といった食材、魚介出汁によるベーシックな醤油ラーメンをケイティは提供した

 

 業者の仕入れが来ていない中、店にある在り合わせの材料で精いっぱい手間暇を込めて、コッテリ思考なお客の好みに合わせ背脂チャッチャ系の手法を取り入れて逸品となした

 

 今回に限った話ではない。お人よしな日本人、ケイティが時たまに作る、本日のラーメンには当てはまらないごく個人的な一品。

 

 相手を思い、たった一人のために作り上げた心の一杯。そのどんぶりには美味しさと合わせて、明確に込められた意図が存在する。

 

 

 

「……美味しいですか。本当になによりです、ここ半月、ずっとお店に来てくれてましたよね。それで、少し恥ずかしいところも見られたりしましたけど」

 

 

 極まりが悪そうにこめかみを指でかく。ケイティの言葉に男は耳を傾けつつ、麺をすする

 

 荒く細切れになった背脂のコクと甘み、濃いめの醤油スープに絡みマイルドで後を引くスープはいくらでも飲み干してしまいそうだ

 

 

「本当においしそうに食べてくれますね……材料も少なくて、本当ならもっと美味しいの、家系とか二郎とか、もっとがっつりコッテリで最高なラーメンを作れましたけど、でもごめんなさい。今は本当に材料が無くて」

 

 腰を低く、ケイティの謝罪はすこしばかりしつこいぐらいだ。そんなことはないと、お客は語り掛ける

 

「……そうですか。ご心配、痛み入ります……あ、替え玉はどうしましょうか」

 

 無論、男はお代わりを頼んだ。替え玉は二ドル、紙幣を二枚卓上に追加した

 

「ご注文承りました。お客さん、本当にラーメンがお好きですね……そう、すごく大好きなんだ……うん」

 

 背を見せる。茹で窯の前で麺を投入し、ザルと箸を手に麺ゆでへと意識を映す

 

 平べったいザルの上で麺をほぐしつつ火を入れる。じっくり、加減を見計らって

 

「お客さん、ラーメンは好きですか」

 

「……ッ」

 

 何をいまさらと、勿論だと回答した。背中姿は、その回答にすこしばかり震えていた

 

「……そう、ですね。そりゃそうだ、だから持ちかけで営業をするわけだ。こんな小さなラーメン屋に、食材の売り込みを仕掛けるなんて、よっぽどラーメン好きじゃないと考えられない」

 

 

……コト

 

 

 二杯目、追加の麺に背脂とネギ、そこへニンニクを追加してお客は麺を爽快にすする。気持ちのいい食事音、それは本当に麺料理が好きで、ラーメンが好きで

 

 そして、ケイティの味に惚れているという事実が伝わる。ケイティは、それが余計に辛く感じている

 

 

「鶏ガラ、豚骨……欲しい食材がいい値段で。とってもいいお話ですね、今すぐ飛びつきたいぐらいです……さっきの商談のお話の続き、食べながらでいいから聞いてください」

 

「……」

 

「僕のお店、こんな危険な街でよくやっていけていますよね……ほんと、変な話。ロアナプラでラーメン屋なんて……でもできてしまっている。理由はありますとも、見えますか? この写真、これとこれも」

 

 

 厨房の壁、そこにはいくつものツーショットが並ぶ。構図や角度、シチュエーションもまばら、だが等しく言えるのはそのツーショット相手はどれもすべてこの土地の名うての人物

 

 ホテルモスクワのミス・バラライカ

 

 三合会の張維新

 

 ラグーン商会の二挺拳銃、暴力協会のシスター、ヴェロッキオ、アブレーゴ、殺し屋のシェンホア、掃除屋のソーヤ、写真は多く、それらの役割はこの店の守護

 

 そう、麺処・ロアナプラ亭、その店主は愛されている。様々な経緯、事件、なれそめを踏まえて男女問わずケイティはこの地の住人の心をつかんでいた

 

 庇護欲を刺激する愛らしい見た目も、卓越した調理技術も、全てがこの土地の味方となり、愛されるがゆえにこの店は成り立つ

 

 

「皆さん、本当に優しいですよね……こんな僕に、力のない僕のために」

 

 感謝してもしきれない、だからそのお返しは必ずする。皆に愛された分だけ、自分もまた幸福なる口福で恩を返す

 

 それはある意味義理人情も同じ、マフィアのそれに劣らない心境で、誠意をもって仕事をこなす

 

 誠意は大事、とても大事だと知っているから、やはりというべきか

 

 

「お客さん……ここ二月前に来た新参者ですよね。それが理由ではないですけど……ええ、商談は……とても魅力的でしたけど、やっぱり受け入れられません」

 

「!」

 

 どうして、何故だ、何が足りない、男が荒々しく声を上げる中、ケイティは淡々と言葉を返す

 

 

「どうしてもなにも、貴方の仕事は誠実じゃない」

 

 見抜いた嘘、確信をもって言葉を続ける

 

「この半月、お店でラーメンを食べ続けて……あなたが本当にラーメン好きなのは理解しました。だけど、それでも駄目です」

 

 ダメだと、強く言い切る。ケイティの目には、相手への嫌悪が隠しきれていない

 

「おかしい? でも、それは無理な話ですよ。僕だって、普通に誠意をもって商談をかけるのなら……ちゃんと話を持ち帰って検討しますよ。美味しいラーメンが好きだから、僕と商売がしたいと話しかけてくれば、こんなことにはならなかったはずです」

 

 

 本心から、残念だとまゆをひそめた。ケイティは何処まで行っても料理人で、お客の喜びがなによりも優先されてしまう。味を好きでいてくれるなら、多少の悪人も受け入れられる

 

 だがしかし、その者が自分に、いや自分の周囲に危害を加えるものであるなら余計に、それは許すことができないと感情は冷たく見放しきってしまう

 

 

 

「……あなた、僕に断らせないようにしましたよね。既存の取引先を潰して、都合よく挿げ替えようとして……あ、嘘は意味ないです……もう知ってます。裏は取れていますから」

 

「————ッ」

 

 男の口がふさがる。返す言葉がないならと、続けて

 

 

 

「鶏ガラと豚骨を仕入れているお肉屋さん、そこの社長さんが殺されました。ワンマン経営の会社ですから、すぐにごたごたに会社は荒れてしまう。そんな状態で仕入れなんてすぐに再開できるはずもない……お肉屋さんのおじさんがいないあの会社は、もう僕の欲しい食材を手に入れることはできない……困った話です」

 

 

 悲報は突然に、材料が切れていき、仕入れを最も待ち遠しくなるタイミングに、その悲報は振って落ちてきた

 

 

「えぇ、タイミングが良すぎますよね。全く同じ流通ルートをもって、僕の欲しいものを熟知したうえで……あなたは意気揚々と商談を持ち掛けた。はい、偶然や運が良いで片付けられません。僕、人を見る目はあるつもりです……あなた、ウソつきですよね。それと、良くない血の匂いもします」

 

 

 淡々と、冷えゆく温度の空気で言葉は続く

 

 ケイティの落ち着いた言葉に、男の表情も薄ら笑いが消えていく

 

 

「……知ってますよね、僕のお店は守られているって。張さんなんですよ、僕のお店に仕入れ業者を紹介したのは……だから、何かが起きれば当然疑います」

  

「当然なんです、あの人はこういうことにはとにかく気が回るから。あ、でもそれは僕を守るためとかじゃないですよ。どっちかっていいますと、僕という餌に食いついた愚か者を捕まえておもしろおかしく楽しむのが目的です」

 

 

 

 

 

「はい、気づいてますか……もう、店からは出られません」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 店の周囲をぐるりと、黒服をまとった兵士が集う

 

 店の中は閉じたまま、相手を刺激しないように、ただ逃げ道を塞ぐだけ、そんなケイティの要望を聞いたうえで張は采配を下した

 

 その結果、今の状況は出来上がる。目に見えずとも、気配と殺気は伝わってしまう

 

 

「……ぁ、はぁ……くっ」

 

 

 噛みしめる音がする。恐怖の中、自分がどんな目に合うか考えたくとも想像は働いてしまう。

 

 後悔はとうに遅い。だがそれでもと、男は懐のそれに信頼を向けんとしていた

 

 

「ごめんなさい、きっとひどい目にあうのに……ぼくはあなたを助けられません。助けようともしません」

 

 刺激しすぎないように、冷静に言葉をかけ続けるケイティ

 

「でも、できる限りは擁護したい……死んでしまうのは、良くないから」

 

 おためごかしではない、ケイティは本心から、相手の存命を願い、口にした

 

「だって、あなたはラーメンが大好きなんですよね……そこだけは、本当なんですね……あぁ、やっぱりだ」

 

 

 首を縦に振る。男の呼吸は荒い

 

 状況を理解した今、平静を保とうとして水を飲む。不思議と、水の味に血の気を感じた

 

 無意識に、歯で強く口内を噛んでしまっていた。血はそのせいで。怯えすくみ、恐怖で歯をガクつかせて、それで口を切っていた

 

 血の味を舐めた。まだ生きている

 

「!!」

 

 死にたくない、そう男は意識した。その瞬間、行動は迅速に

 

 

「……ッ」

 

 

「う、動くな……動くんじゃないッ」

 

 

 早鐘を打つ心臓の鼓動、爆音で耳がおかしくなりそうになるも、男はケイティに銃を突きつける。

 

 安物のグロックの複製品、安全装置を外して銃口を向けたまま厨房へと入り、ケイティの服を掴んだ。

 首元を掴み、引き寄せて、その胸元に銃口をつける。何時でも心臓を打ち抜けるように

 

 

「……あの、やめましょうよ」

 

 

「う、うるせえ……女顔の癖に、罠にはめやがって」

 

 

「……ぼくのアイデアじゃあなくてですね、張さんの悪知恵というか、今後の教訓にするための演習といいますか」

 

 悪びれもせず本当のことを言ってしまう。男の気を逆なでするケイティである

 

「その、できれば投降してください……五体満足、はむずかしいですけど」

 

「……ッ」

 

「悪い人だけど、あなたは本心で僕のラーメンを好きになってくれました……だから、できれば死んでほしくない。お願いです、これ以上自分の首を絞めないで」

 

「ぁ、あぁああッ……う、うるせえ……おまえに、お前なんかに、心を奪われなければぁああああああッ!!!」

 

「!?」

 

 

 精一杯の説得、しかしそれは神経を逆なでする挑発でしかなかった

 

追いつめられたこの状況、周囲にはすでにマフィアと思しい集団の気配と殺意

 

 

「……ぁ、駄目!」

 

 

「はぁ、はあぁ……死ぬなら、せめて」

 

 

 絶体絶命の状況、男に思い浮かぶのはこの一月の、ロアナプラに来てからの記憶

 

 裏の世界で金をつかみ取るために踏み入った、そんなこの地で出会った運命ともいえる出会い

 性別の垣根を越えて、それでも手に入れたい者のために、男は姦計を企てて取り入った

 

 業者として関係を深めて、ゆくゆくは、そんな野望の出だしでくじかれ、そして夢半ばに息絶える

 

 それだけは、たとえイエスが許そうと自分だけは許すまいと心に決めた

 

 

「……ぁ、イヤ!だ、だめッ!!」

 

「!」

 

 

 甲高い、生娘の悲鳴が鳴り響く。厨房の床に背を預けるケイティに、追いつめられた男は不埒な欲望をぶつけんとした

 

「それだけは、駄目です……本当に、もう助からなくなる!」

 

「……ぁ、アァアアアアアアッ!!!??」

 

 

 

 

 牙をむき出し、ケイティの艶やかな肌に食いつかんとした。いっそ殺してしまうぐらいの勢いで、襲い掛かった。

 

 だがしかし、男の顎が開ききったタイミング

 

 

 

……パシュン

 

 

 

「アァアアアアアッ……ぐぶへッ!??」

 

 

「!?」

 

 

 それは、あまりにも予想通りという結果であり、阻止しようとした結果は最悪の形で現実となってしまった

 

 あぁ、やっぱりこうなるのか、服を破かれ今にもレイプされんとした少女の姿で、ケイティは溜息を漏らした

 お客はいない。もはや失礼は気にしないでいい。

 

 もう、お客だった男は、二度と口の閉じない顔で息絶えていたのだから

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 ストーカー商人によるとある事件。ロアナプラの悪党に守られて堅固な店であるここロアナプラ亭ではあるが、それでも時たまに事件は起こる

 

 大抵は、この街の流儀を、そしてロアナプラ亭の危険を知らないものが起こす事件

 

 そして、もう一つはそうした危険を踏まえてなお一人の料理人に心を奪われて、正常な判断ができず狂行に走る愚か者の事件、つまるところ変態案件、店主ケイティはトラブルを引き寄せる体質である

 

 

「……張さん、バラライカさん、助けていただいてありがとうございました」

 

 

 無事、事件は未然に防がれる。ケイティが無事であれば、ことは万事解決という扱い。多少、服を破かれてあららーな見た目になっているが、今はバラライカの軍服を羽織って体を隠している。

 

 襲われかけたことには変わらず、精神はボロボロ。その上、目の前で人の頭が対物ライフルでクラッシュする光景を見てしまったため、立っているだけでも限界寸前、そんなケイティを見て、二人の悪党は面白おかしくにやつくばかり

 

「まあ、これもいい教訓ということだ……命惜しければ、誘惑する癖をやめることだ」

 

「……誘惑なんて、別にしてない」

 

「しているさ、していないなら俺の顔を直視して見ろ……ほら、どうした?」

 

「…………い、じわる」

 

「はは、そうすぐに意識して赤面するところがなおさらだ。やはり誘惑上手だろうに……ケイティ、お前さんはバチカンの少年好きな変態がこぞって飛びつく別嬪顔だ。自覚がないなら教えてやろうか、ベッドの上でいいならの話だが」

 

 笑う、意地の悪いジョークで回りも笑わない。寒いジョークで楽しんでいる張を前にケイティは赤面するばかり

 

 そんなケイティに、手を差し伸べるはもう一人

 

 それは、向かいのビルより自ら対物ライフルを構え、此度の仕留め役を務めた彼女

 

 ミス・バラライカ、ケイティを守り、そして個人的な感情を深く向けている、そんなバラライカ

 

 

「……そろそろいいかしら、ミスター・張」

 

 冷え切った声、葉巻の煙を噛みながらバラライカが圧を放つ。軽く、飄々と雲のようにふるまう張も、その声を前に地に足をつける

 

 一触即発、とはならないが、それでも空気の重さに息がしづらい

 

 

「……ぅ」

 

 

 しづらい、しづらいのは、きっと物理的な理由も含めて

 

 

「そう、なるだろうな……なら、あとは任せるとしよう」

 

「……貴様の意思どおりに動いている、そう思うと気分が悪い」

 

「それは失礼……なら、せめてこの場の処理はこちらが引き受けよう。ケイティ、また食いに来る……出入り業者は任せておけ、うまい豚骨ラーメンを作ってもらわなきゃ俺も耐えられん」

 

「……ッ」

 

 押し付けるような詫び、バラライカは一瞥のみ済ませ、それにて二人の会話は終わる

 

 犬猿の仲、それはケイティもよく知ること、口出しはせず、そして黙って手を引かれていく

 

 

「……気に食わんな、やはりあの男は」

 

 

 

 ぼそりと、ケイティにだけ聞こえる声でバラライカは愚痴を吐いた

 

 

 

 

 

 

 

 

~ホテル、バラライカ所有ゲストハウス~

 

 

 

 シャワールームを後にする。バスローブをまとったケイティ、その肌には汗も返り血も一切残っていない。

 生娘のごとき、白磁を思わせる滑らかな肌に、そしてバラライカと同じシャンプーの匂い

 

 先にベッドで待つ彼女もまた、同じように身を清め、そして寝巻に身を包んでいる。

 

 ただし、ケイティと違い、その身にまとうはシースルーのネグリジェであり、つまるところ夜の女の正装であった

 

「…………」

 

 ロアナプラ亭、店主ケイティは悪党たちに愛されている。そして、深めた関係は時により深度を下げて

 

 密接に、夜の関係すら成立してしまう

 

 それは、例えば火傷顔の蔑称で恐れ敬われているかのミス・バラライカが相手であったとしても

 

 ケイティは、愛されて、そして満たさせる。庇護欲は母性を呼び起こし

 

 あのバラライカ相手に、甘やかされる夜を過ごす。

 

 

「疲れました、本当に今日は……ほんとう、に」

 

 

 ふわり、ふにゅり、包み込まれて、抱きしめられて、温められるケイティにバラライカはそっとキスをする。

 

 額に何度もキスをして、ぬくもりに満ちた言葉をかける。そんな夜も、決して珍しくない、そして異常でもない

 

 

 当事者にとって、これはただの恩返しのやり取り。守られた、美味しいラーメンを提供した、そのお返しとして甘やかしを提供する

 

 今日はバラライカ、明日以降は、また誰とであろうか

 

 

 

 

 

 

 目まぐるしく回るロアナプラの日々、今日もまたケイティは店を開ける

 

 時に荒々しい事件も、甘い関係も、日常と非日常を織り交ぜてラーメン屋の人生は回り続ける

 

 麺処・ロアナプラ亭、これは悪党たちに愛されたとある料理人の生き方の話

 

 

 




以上、作品紹介の意味も込めた要約編にてございました。感想・評価などあれば幸い。モチベ上がって執筆活動が捗ります


飯テロ、バイオレンス、おねショタ、要素入り混じる本編もどうぞお楽しみください




ケイティ「ロアナプラ亭の入店、誠にありがとうございます。お席に案内しますので、どうぞこちらに」


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(1) 営業開始

 ブラックラグーンの二次創作が書きたい。あまり日常もの的なのって無いなぁと思い、なので自分で書いてみました。

 この作品は、オリ主ラーメン店主がブラックラグーンの登場人物たちにラーメンを提供する、原作キャラとオリ主の関係をラーメンという要素で描いていくストーリーになります。




 とある場所、ロアナプラの繁華街の一角にその店は小さくたたずんでいる。四階建ての手狭なビルを丸々所有して、何を営業しているのかといえばその店は飲食店であった。

 

 ここ、ロアナプラは非合法組織の人間、現代のならず者たちがひしめく悪徳の都、愛すべき暗闇の都市だ。人の生き死にはbgmのアクセント、パーカッションが一つなるたびに魂は弾痕を抱えて地獄へと召されていく。ここはそんな街だ。

 

 戦争狂いのロシア人、地獄を取り仕切る香港の黒スーツ集団。ギャグの寒いイタリア人に、コカの葉のにおいが抜けきらない南米コロンビアのチンピラ達、そんな連中がひしめく街であっても、街が街である限りそこには営みがある。

 

 銃や売春、ドラッグだけでは悪人といえど生きられない。それらは悪人を悪たらしめる嗜好品であって、生きるための糧にはならない。

 悪党も人間、ゆえに飯を食わねば飢えて死ぬ。死なないためには食わねば、食う場所はどんな街にでも存在するのだ。生きる限り、人間は暖かい飯を口に放り込む、冷たい死肉では腹は膨れない。

 

 どんな人間にも料理は必要、そして料理を作る料理人も。

 

 

 

 

~ラチャダストリート~

 

 

 

 

 

「…………~~♪♬」

 

 陽気な鼻歌、奏でる曲は遠い故郷のアーティスト、ここでは誰も口ずさむことのない、平凡なJ-popを自分だけのメロディーにしたとしても咎められはしない。

 

 下手なアレンジ、陽気でのんきに、彼は大なべを抱えてガスレンジの前に立つ。

 

 

 

「ふぅ……あぁ、凝るなぁ」

 

 

 

 日々の調理という労働で慣れているはずが、体格の限界か手足は細くすらっとした体つきのまま。彼は自分の容姿があまり好きではない。

 

 大きな目、男にしては高い声、鼻は高く顔立ちも柔らか、セミロングのヘアーが余計に中性的な様子にしているが、以前短くしてみるとミスマッチ具合にうなだれて、以来髪型を変えることは諦めた。

 

 短くポニーテールに束ねて、エプロンもつけてしまえば正直疑いようがない女性的な姿。だが、調理場に立つ以上店員の姿なんてのは逆に気にならないもの、と思いたい。自分はただラーメンを作るだけだ。

 

 

 

「……さて」

 

 

 

 ラーメンを作る。いつものごとく、昼間に仕込みを始めて夕方の営業に間に合わせるのだが、作るラーメンは日替わり。

 

 だが、それは店主の趣向ではなく、単に仕入れが不安定ゆえに、だ。

 

 

……今日の材料じゃ、作れるのはオーソドックスな醤油ラーメンか。

 

 

「……ものたりない、かな?」

 

 

 彼は顎に手を、髭の一本も生えていない、なんとも美麗な肌で中性的な自分の顔を手でなぞり一人考える時間にふける。本人は何も見せる意識など持たないが、自然とその振る舞いは視線を集める仕草である。

 

 カーゴパンツにタンクトップ、荒っぽく仕上げたファッションも、その中性的な見た目ゆえにあまり意味をなさない。さらに身に着けたエプロンもかわいらしいマスコットが映っているという点も付け加えておこう。それも某有名な、アンクルサムのかわいいネズミは今にもかん高い笑い声をあげそうで不気味だ。

 

 

「今からだと、ろくな材料は売って…………はぁ、でもないよりはましか。仕方ないなぁ」

 

 

 店の火を落とし、男はバイクに乗り市場へと乗り出す。

 

 

 市場への買い出し、エプロン姿のまま男は町へ繰り出す。売春の娼婦、悪徳警官たちの横を平然と通り過ぎ、さらには道行くヤクザに声をかけられては適当に手を振る。男は町の住人に周知されている、ゆえにエプロン程度何も問題ではない。

 

 だが、男にはエプロン等の衣類よりも、

 

……ヘイ、ケイティ!!

 

 

……相変わらず良い顔だな!!

 

 

……部屋に呼んでいいか!最近あっちがご無沙汰でよぉ!!

 

 

 

「……うるさいッ」

 

 道行く皆は、彼を呼ぶ際にケイティと、その中性的で美人な見た目をからかうように女性的な名前で呼ぶのだ。ヘイ・キューティと、中にはそのままかわいこちゃんと揶揄するものもしばしば。

 

 

 

……苦手だ、本当に。

 

 

 

 この町に来て長くなる。だけど、まだ一向に慣れたりはしない。それはきっと、心のどこかでまだ日本に住む常識人だと心が日和っているからだろうか。

 

 まあ、いずれにせよ、自覚のあるなし関係なく自分はここで生きている。であれば、生きるために営みを続けなければ。

 

 そう、自分が今もシーメール専門パブで奉仕をせずにいられるのは、持ち前の腕でいっぱしの店主をやっているからだ。

 

 

……はやくしないと、開店に間に合わないっ

 

 

 アクセルをふかし、男は今日も食材を求めて市場へと赴き、そして店にこもり料理を仕上げる。

 

 彼の名はケイ・セリザワ、この地に住まう珍しい日本人であり、そしてロアナプラで唯一日本式のラーメンを提供するシェフである。

 

 

 ここはロアナプラ、人種入り混じる雑多な街では食べるものは多様、アメリカンなBBQやフライドメニューが並ぶ横でパクチーの匂いが強烈なフォーだって売っている。なんだって探せば見つけられる。

 

 食は土地を選ばない。選ぶのは人だ。求められる限り、彼ら作り手はそれを提供するのみ。

 

 

 ゆえに、その店もまた、この絶望的に狂った街で。

 

 

 

 来る客すべてに、最高の一杯を提供するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「よお、ケイティ……今日も相変わらずめちゃんこうまそうなにおいさせてんよぉ」

 

「……」

 

 開店にはまだ少し早い、日が落ちきる前にこの人は訪れる。

 

 アフロに派手なダンサー衣装、日本では本当に昔に流行ったバブリー世界の住人を思わせる出で立ち。一目見てかかわりたくない人ではあるが、これでも大事な付き合いのお隣さんだ。

 

 こんな風体だけど、風俗業ならここロアナプラではけっこうなやり手の経営者だ。名はローワン、店の常連客でもあるし、大量注文で気前のいいお得意さんだ。

 商売上、大切にしないといけない相手だ。だけど、

 

「……ローワンさん、その名前」

 

「おっと、機嫌損ねちゃったかな?けどなぁ、お前さんマジに男にするにはもったいない別嬪さんなんだけどなぁ……なあ、いっそダンサーやってみねえかい?うちの嬢もよろこぶとおもうけどよぉ」

 

「……冗談を」

 

 相も変わらず、自分に対してのその呼び方はやめない。というか、ケイティはもともとこの人が始めたあだ名だ。名前のケイにキューティを混ぜてケイティ。このあたりの娼婦、ダンサーのお姉さん方もこぞって真似をしてケイティと呼ぶ。

 

「……男ですから。変な勘違いされるじゃないですか」

 

「問題ねえと思うんだけどなぁ……あ、これ支払いね。んじゃ、今日もうまいラーメン頼むよ」

 

「あ、ちょっと………………ども、まいど」 

 

 雑に置かれた封筒、中にはそれなりに厚みのあるドル札が。仕出しで夜食に提供するラーメン代だ。

 

 失礼かもしれないけど、その場でお金を出して枚数を確認。きっちり値段通り、もらいすぎなぐらいだがそこはチップの分も入っている。

 

「いただきました、じゃあまた深夜に……」

 

「そうだな、じゃあ夜に皆で足を運ぶよ」

 

「はい」

 

「かわいい女の子、お前さんに会いたがってるむちむちな美女ばかり、うまい飯のお礼はしねえとな」

 

「……はぁ」

 

「店に顔出してくれって、あいつらもうるさくてな……お前さん相手なら特別サービスも割引!これがこれでこれもんよ、もうずっこんばっこんしちゃっていいのよ?」

 

「………………はあぁ、ん、ごほん……帰れ」

 

 声色を変えて、高い地声を抑えた低音ボイスで冷たく一言。こうでもしないとこの人は止まらない。壊れたジュークボックスに手足を生やしたような人間なのだ、このローワンという男は。

 

 ダルがらみ、心底面倒くさいダルがらみ。失礼ではあるがこうでもしないとこの人はひかないのだ。静かにしないと、いい加減調理にも集中ができない。これでも、この店は繁盛しているからたくさん仕込みがいるのだ。

 

 火にかけた鍋をかき回し、ローワンを無視して調理に集中する。そうしていれば、勝手に黙って外へ。

 

「お、そうそう、一個忘れていたのよ。面白い話、興味どうだい?」

 

「……」

 

 と思ったけど、今日は妙に食い下がる。

 

「……お帰りを」

 

「時間は取らせねえよ……ケイティ、お前さんの故郷、日本に関係する面白い話、聞きたくねえかい」

 

「……日本?」

 

 手が止まる。日本の話、つい視線を向ければローワンはしてやったりと楽し気にほほを吊り上げる。

 

 不覚、しかしこう反応してしまっては。

 

「……なんですか」

 

「お、気になるよなぁ……ここじゃ珍しい同国人だもの」

 

「……ええ、そうですね」

 

 からかいで上機嫌なローワン、出し渋るように間をとってから答えた。結局、ただの支払い手続きで30分もからかわれた。

 あの人も仕事があるだろうに。やはり慣れない、銃構えていなくてもこの街の住人は癖だらけだ。

 

 

 

 けれど、最後の話。

 

 

 

 

……同国人、か。

 

 

 

 

 

 今更、日本人に会えるだなんて思ってもいない。仕入れだって中国人等のアジアブローカー頼り、もう会うこともないだろうと高はくくってしまっていた。だから、そう。

 

 

 

「日本人、か…………まあ、面白い話だな、うん」

 

 

 

 




次回、客人をおもてなし




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(2) ロアナプラのラーメン屋

深夜投稿、眠い


 日没、風俗街の電光掲示板に光がともると同時にこの店にも明かりは灯る。

 

 盛況なことに、お客は次々と足を運んで注文は殺到。カウンター席だけでは足りず、外のテーブル席にもあっという間に客は埋め尽くされていく。

 

 変わらない、いつもの営業光景。客とラーメンで視線は往復を繰り返し、文字通り目まぐるしく働く中

 

「いらっしゃ……あ、ダッチさん」

 

「よお、ケイ……またしばらくぶりだぜ。今日は社員一同でごちそうになりに来たんだ」

 

「そうですか、すぐに注文を伺います……少々お待ちを」

 

 

 店に入ってきたのは黒人の偉丈夫、この人は常連ロアナプラで数少ない知り合いの一人、ブラックラグーンのダッチさんだ。苗字は知らない、素性もあまり、だけど仕事はこなせるし腕前も確か、僕とは正反対のナイスガイだってことはいつも痛感している。

 

 

……あんなに筋肉があれば、いやよそう。ないものねだりは不毛だ  

 

 

 考え事に浸る暇はない。調理手間を片付け、用紙を片手に注文を仰ぐ

 

「ラグーン商会の皆さんお久しぶりです。じゃあ、三名のご注文」

 

「ヘイ、ケイティよ……今日は四人だ。おい、ロック」

 

「呼び方……まあ、もういいです。四人ですか、なんです新入りでも入ったんですか?」

 

 新入り、口にしてはやはり違和感を覚える。気難しいとは言わないが、底知れない部分の多いダッチさんが言う新顔とは、一体どんな人物か、自然に興味は湧いてくる。

 

 調理を続けながら、ちらちらと客側を観察、入口の暖簾をくぐり、顔を出したのは黒髪黄色人種の肌。

 もしや、レヴィさんと同じアジア系のアメリカ人なのだろうか。そう思い、慣れた英語でそのまま

 

 

「いらっしゃい、初めましてダッチさんの社員さん。僕のことはケイとお呼びください」

 

 

 

 愛想よく、営業スマイルで顔も認識するより前にあいさつを済ました。眼を見開いていて、情けないことに反応に遅れた

 

 気づくのは、僕のあいさつに対して拍子抜けた返事を返すロックさんの言葉、その言葉が

 

 

 

『……はじめまして、その……ロックです。本名は岡島……って、あぁ今のは忘れて。ロックでいいですよ』

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

 言葉が、どう聞いても聞き覚えのある平坦な発音、そう日本語だった。

 

 ようやく気付き終えた。僕が相対しているのは、ローワンさんが言っていた件の人本人だと

 

 

 

『?……あの、最近ラグーン商会に入ったもので、これから顔を見せることも増えると思います。以後、お見知りおきを』

 

 謙遜が過ぎる振る舞い、初対面なのにこの腰の低さ

 

 間違いない。ローワンの言った通り、この人は

 

 

 

 

「嘘じゃ、なかった……へぇ」

 

 

 

……日本人、本当に来たんだ、僕以外にロアナプラへ

 

 

 

 紛れもなく、この人当たりはどう考えても日本人。日本で育ち、日本の価値観や気風が抜けきっていない、この街に来た新顔のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること六時間前

 

 

 

~ラグーン商会事務所~

 

 

 

 

「おいロック、うまそうなもん食ってんじゃねえか」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 唐突な絡み言葉、返事を返す間もなく俺の箸は所有権を奪われた。

 

 うかつだった。こんな堂々と、この町でも食べられない貴重なものを開くべきではなかった。アメリカ人とは言え、アジア人の血と肉を持つ彼女には、この匂いはトムを誘い出すジェリーの罠にも等しかった。

 

 だけど、アニメとは違って俺はジェリーのようにトムを面白おかしくなんて出来やしない。速攻でトムの胃の中に換金されて、明日の糞になっておさらばだ。こんなものキッズには見せられまい

 

「……ッ」

 

 仕方ない、そんな言葉を出せばいらぬ怒りを買うから、俺はため息にそっと含ませて吐き出した。

 

 レヴィに醤油ラーメンのどんぶりを渡した。  

 

「おっ、サンキュー」

 

「ちょっとだけだぞ」

 

 たかがラーメン、しかしされどラーメンだ。その醤油ラーメンは、いわゆる店の味というもので、袋詰めで具やスープに麺が小分けされた、要は家庭でも作れる本格ラーメンセット。

 そこらで手に入る日本製カップヌードル、のまがい物中国製インスタントよりもはるかに味がいい代物だ。

 

「……高かったんだぞ。一人前の袋ラーメンが、遠路はるばる海を渡ればいつの間にかプレミアムバリューだ。25ドルだぞ、イエローフラッグの隠し撮りアダルトビデオとどっこいどっこいだ」

 

「なに嘆いてんだ。純正品は高い、弾だろうが飯だろうが、ここじゃどこも闇市価格なのはあたりまえだ」

 

「そんなこと、俺にもわかってる……レヴィ、頼むから全部はよしてくれ」

 

「……」

 

「ヘイ、レヴィ……もしかして」

 

 不安がよぎる。何も言わず、レヴィはそっとどんぶりをテーブルへ置いた。

 

 多少量が減った中身、そして俺はないものに気づいた。俺はどうやら、野良犬にパテをかっさらわれてバンズとレタスだけの貧相なバーガーと相対している。この場合における、バーガーとはもちろん

 

 

 

「れ、レヴィ!!」

 

 

 昼下がり、ラグーン事務所で俺の声はよく響いて、そしてさらっと現れたダッチにそれよりも小さいのに迫力のある声でビークワイエットを食らった。

 

 俺が悪いのか、そう嘆くころにはレヴィは姿を消していた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 夕刻、仕事を終えた僕らは各々帰路に就く時間だが、今日は四人で車を乗り出し夜のロアナプラを駆ける。

 

 きっかけは昼に俺がさらしたヒス、それで何がどうなってかレヴィがおれに借りを返すなんて話になった。飯の借りを返す、だけどその話に俺は耳を疑った。

 

 

「なあ、ダッチ」

 

「お、なんだ」

 

「……さっきの話、本当なのかい」

 

 

 いまだに信じられない。まさか、このロアナプラで日本のラーメンが食べられるなんて

 

「ロック、レヴィの言葉を信じてないのかい。安心しなよ、ここにいる皆、レヴィもダッチも、そして僕も、あの店には夢中だ」

 

「ま、そういうこった」

 

 

 軽く皆はそう答える。はったりであるなら皆鼻の穴が大きく開いているものだが、どうやら違うようだ。

 

 

「しかし……なるほどな。昼間のヒスはそういうわけだったか、飯の恨みは時に鉛玉にも化ける。用心するこったな、レヴィ」

 

「は、ロックの鉛玉ならノープロブレムだ。目をつぶってじっとしてみろ、あたしは生きて、たまたま通りかかった運なし野郎が一人おっちぬ。そんな弾だよ、こいつのは」

 

「……言ってろ、銃は持たない主義だ」

 

 軽く小突かれて馬鹿にされる。ロックはそんなレヴィをあしらいつつ、前に座るダッチとベニーの会話に耳を澄ませる。

 

 ここにきて、酒に赴くことで上機嫌になる皆は嫌というほど見ている。けど、食事で気を躍らせる皆は初めてだ

 

 それが、ましてや自分の故郷のソウルフードとなれば一層に興味は尽きない。

 

「あ、そこは抗争があった場所だから避けたほうがいい。カルテルがばらまいた不発弾を、清掃業者が片付けている最中だ」

 

「おう、助言助かるぜベニーボーイ。せっかくグッドなディナーを前にアフガニスタンで地雷撤去なんざしたくねえ」

 

「だね、お気に入りの新車でファラリスの牡牛はごめんだ」

 

「あぁ、敬愛すべき俺のトンコツが待ってんだよ。あれだけは五体満足でかっくらうって俺は決めてんだ」

 

「ははは、僕もみそバターを食わずに審判の門を下るのは避けたいね」

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 いつものごとくスラングや海外的な語彙の混じる会話、なのにそこへ聞きなじんだ言葉が混じっているのは何とも奇怪だ

 

 これでは、あの頃を思い出さずにはいられない。遠い故郷、もうずっと味わっていない気がする本当のラーメンを

 

 空腹は警鐘を鳴らす。その音は幸いにも、グルービーな外車のエンジン音でかき消されてくれた。

 

 

「レヴィ、君は何味をご所望だい?」

 

「はいはい、ミソだの脳みそだの、論議は自由だけどよ、何が食えるかは行ってからじゃねえか」

 

「?」

 

「ああ、まだ言ってなかったな……ロック、今から行く店はな、日替わりで同じメニューはねえんだ。その日その日で出すものは違う。たまに、うちもあいつの店に食材を運んだりするぜ。豚の骨だの、お前さんの故郷が誇るダイヤモンドコーティングの魚もな」

 

「……鰹節、のことか。固いからって適当に言わないでくれ、ソウルフードなんだぞ」

 

「おっと、こりゃ失敬」

 

「……でも、ずいぶん本格的なんだな。まさか、ここの住人からここまで日本語の食べ物を聞くなんて……で、その店だけど……いつになったらつくんだ。もう結構走らせているけど」

 

「そう急がすな。ロック、見てみろ」

 

「?」

 

 

 ダッチが示す先、そこはローワンの風俗店がある場所だ。気づけば、何度も足を運んだことのあるラチャダーストリートに車を走らせていた。

 

 

 

……こんな、ところに

 

 

 

 ストリップクラブ見たさに店前で客や呼び込み娼婦がたむろする場所、適当に歩道側へ車を止めれば、みな何も迷わずぞろぞろと降りていく。少し遅れて、ロックも皆の後ろへ続いた。

 

 

 

「……ここに、なのか」

 

 

 

 歓楽街の人波に、いつもは車で通りすぎるぐらいで気づきもしなかったし、ましてや昼間は店だなんて気づきもしなかった。

 

 近づいて、人垣を通り抜けてようやく気付いた。売春宿とストリップクラブに挟まれるように、その小さなビルは明かりを灯している。

 雑多に並んだテーブル、中には立ったまま座ったまま、みな実に楽し気に麺をすすりスープを味わっている。野外で麺料理を食べる光景はそう珍しいものではないが、今漂う香りは紛れもなく日本の香り

 

 

「魚介と……醤油、醤油ラーメン?」

 

 

 漂う香り、即座に言い当ててしまったことに内心驚きながら、そして改めて驚きを繰り返す。まさか、この町でまたこれらの香りを感じられるとは、これでは本当に、あの東京で嗅いだ飲み屋街の

 

 

「……ッ」

 

 

「お、なんだ今日はトンコツの日じゃねえのか。ま、それも悪くねえがな」

 

「味噌バターは次のお楽しみだ。さあ、早く並ぼう…………あれ、どうしたんだいロック?」

 

 

 ベニーの呼びかけ、そこで意識は地に足をつける。何もかもが新鮮で驚愕ばかりのこの街で、すでに知っていることでこうも驚かされるとは、本当にいったいこの店は何だというのだ

 ゴロツキばかりのロアナプラで、皆好き好んで足しげく通うラーメン屋、俺の興味は留まるところを知らない。

 

 俄然湧いた興味、関心、だけどこれは果たして本当に好奇心からか

 

 それとも、ただ故郷のノスタルジーを刺激されているからか。その答えは、暖簾をくぐった先に

 

 

 

 

  

 次回に続く




今回はここまで、視点は切り替わってロックside、次回の食レポとちょっとした日常ををお楽しみに

ロックだけに限らず、ロアナプラの有名人たちに振舞うラーメンはいったい何か、それもまたお楽しみに





今作ではブラックラグーンの時代背景、1990年代より以降のラーメンも積極的に出していきます。次郎系いいよね、ダッチに豚ラーメン食わしたいんよ


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(3) 郷里の味

ロックいいよね、かっこいいよね。でも初期の頃の慣れきってない感じも惜しい


 

 

 ラーメン、何と懐かしい響きだろうか

 

 カップヌードルや、今日俺が食べた袋めんも、この暖簾の先から漂う匂いの前では霞んでしまう。ラーメン屋で食す本当のラーメン、それはかくも魅惑的で、食欲を刺激して空腹を誘うもの

 

 だが、俺はどうしてかこの感動を素直に受け入れていない。何故か、少し距離を置いて感情を抑えてしまっている。俺は、なぜ故郷の味を素直に喜べないのか

 

 

 

 

 

 

 

 

……日本人、しかもスーツ姿、いったいなんでこの街に

 

 

 

 この街には似つかわしくないホワイトカラーとネクタイ。黒い紳士は多くあれど、そのようななよなよしい出で立ちはあらゆる意味で危なっかしい。

 

 自分も、あまり大したことは言えないけど、この人は明日生きているかどうかも確信を持てない。そんな、そんな頼りない印象を覚えてしまう。話す英語はとてもインテリジェンスで、ダッチさんやレヴィさんに怖気づかない振る舞いは、うん中々だけど

 

 

 

「……ご注文を」

 

 

 

 いけない、久しく見た同郷の人を相手にどうして比べるような思考を。

 

 今するべきことを思いだそう。簡潔に注文を伺い、慣れた手順ですぐ調理を始める。調理場には盗品か正規品かは知らないが、故郷の本当のラーメン屋が使う設備はあらかたそろっている。たっぷりと湯の入った鍋に振りザルに麺を投じて、茹で時間のタイマーを押した。壁にはいくつものタイマーが用意してあり、それで茹で加減を調整する。

 

 客が注文するのは本日のラーメン、だが麺の量と茹で加減、スープの塩味と具の追加と、することは多忙だ。麺の茹で時間を待つ間にはラーメンのスープを温め直す。別鍋から小鍋にスープを移し、温めと同時に仕上げの調理。

 

 魚介の香りがふわっと鼻腔を撫でる。風味が飛び過ぎない程度に、しかしラーメンを味わうにはちょうどいい温度までスープを加熱。魚介系だけのスープ故に、風味のバランスには気を払う

 

 変わった客の到来、しかしやることは変わらない。お客が来ればラーメンを振舞う、いつでもだれでも最高の一杯を送るだけ

 

 

……日本人、ロックさんか

 

 

 来て日が浅い、そんなお方に今日のラーメン、少し心配になる。

 

 少なくとも、僕がまだここに来て日が浅い時に、今日のラーメンだけは絶対食したりしない

 

 

 

 

 

「お待ちどう! 煮卵とチャーシュー追加!大盛二人! 東京醤油ラーメン四人前になります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その器を受け取った俺は、一瞬自分がいる場所にノイズを感じた。見ている世界が実は仮想の世界で、本当の俺は業務用冷蔵庫ほどの巨大機械で偽りの世界を見せられていると、そんなSF世界観を本気で信じてしまいそうになった。

 知っている匂い、味、何より同郷の人から受け取るこの行為に至るまで、あの街を思い返させるには十分すぎる。

 嗅ぎなれた香り、魚介とだけ理解できたそれは紛れもなく鰹節であった。一番出汁の香りが強烈に胃を刺激する、こんな料理は世界広しと言えど日本だけ、なのに俺は今ロアナプラでそれを感じ取ってしまっている

 

 

「さぁて食うとするか。ベニー、ブラックペッパーとビネガーを取ってくれ」

 

「はいよボス……レヴィはラー油だったね」

 

「サンキュー……ケイティ、タイペイラーメンはいつやるかぐらい店前に貼っとけ」

 

「台湾ラーメンですね。レヴィさん、それは無理という奴です。仕入れが安定しないから日替わりなのに、無理言うならトンネルを掘ってくださいよ、ここから日本に直通の」

 

「は、そりゃいい……薬に武器に何でも売り飛ばせばぼろもうけだ。ジャパニーズエンはアジアの宝ってな」

 

 冗漫な会話を交えて、ラグーンの一同が日本人となごんでいる。

 

 そんな光景で一人、一人だけ空気のちがうものがいる

  

          

 

「…………」

 

 

 

 揚々と会話が弾む中、ロックはその会話には乗ろうとしない。日本を弄るレヴィの言葉にも、ツッコミも相槌もせず、むしろみているのはカウンターの側にいる同郷の彼女ケイティだ

 

 ロアナプラにいて、平然と日本の料理を作っている彼女は、はたまた一体どんな心境でこの料理と向き合えているのか

 

「……」

 

「ロック……食わねえのか」

 

「……あぁ、食うよ。食わないとな」

 

「?」

 

 すでに隣はずるずると麺をすすり食に没頭中、ベニーですら箸を使って音を立てながらラーメンに興じているのだ。本当に、この場にいる皆日本のラーメンに慣れているのだ

 

 立ち上る鰹節の香り、考えごとで注意がそれてしまったが、やはりこの匂いは日本のもの。思考はひとまず横に置き、俺も箸を割ってラーメンを、いやまずはスープをか

 

「……あの、レンゲを」

 

「は、手前の棚に……あ、そこにあります」

 

「え、ああこれか……悪いね」

 

「いえ、もしかしたらその……僕も、悪いかもですし」

 

……やっぱり、はるばる日本から来た人にいきなり東京ラーメンだなんて、郷里を思い出させたらどうしようボソボソ

 

「?」

 

「ああ、いえ……さあ、召し上がってください」

 

 顔を染め、店主のケイティは少し離れた位置へ

 

 同郷故か、それともまだ若い女性だからなのか、少し距離を感じる。背丈はレヴィの肩程度、起伏も少なく、なんともひ弱に見える

 

 小動物がちょこちょこと動き回るように、仕草は幼くあどけない。見ていて少しハラハラする。コメディなら今にも鍋をひっくり返さんものだ

 

 

 

「……あの、なにか」

 

 

 

「!」

 

 いけない、つい見過ぎてしまった。すまないと謝罪をつぶやき、急ぎ食事に戻る。我ながら何をしているのやら、いつまでどんぶりを受け取ってぼーっとしているのか

 

……まずは、食わないとな。せっかくの、故郷の味だ

 

 教えられた棚、箸入れの横にあるそこからレンゲを取る。悠然と琥珀色に輝くスープに匙を入れ、香味油とスープを混ぜてすくい、テイスティングをするように慎重に味わう。

 唇に触れ、熱気と共に口内を満たす強烈な風味、噛むように口中で味わって、そして嚥下する。

 

 鼻で息を吐き、風味の余韻も味わって

 

 

「――――ッ」

 

 

「?」 

 

 

 ロックの箸が止まる。というか、レンゲを握って、スープを一口で停止、そんな姿を見れば作り手は当然不安になる

 

 恐る恐る近づき、ケイはロックに

 

「あの、もしかしてお口に「ズルッズルルルルッ!!!」……合っているみたいですね。はは」

 

 

……大丈夫だったのかな、すごい気迫で食べてるけど

 

 

 

 ロックは食らい続ける。熱いスープに熱い麺に、果敢に挑み胃袋を満たしていく。

 

 横に並ぶラグーンの皆が、つい驚き目を奪われるほどに、それはもう気持ちのいい食いっぷりである。

 

「はっは、いい食いっぷりだ」

 

 ダッチが笑う、続けて皆もやれ日本人だからだのと、軽口を交え食事を楽しむ光景を見せるが、それがケイには少し不安であった。

 

 皆の食べるスピード、それを見てとりあえずケイは振りザルに麺を投じ替え玉の準備を始めた。

 

 

「…………」

 

 

 懸念していた。異国に来てまだ日も短い相手に、要らぬノスタルジーを与えてしまったのかと

 

 だが、この食いっぷりなら心配はない。杞憂と思い仕事に戻る。

 

 問題なく、一日は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~後日~

 

 

 

 

 

 

 

 

 過ぎていく、かに思えていたはずが

 

 

 

 

「すまない、少し良いかな」

 

「……?」

 

「話したいことがある。だから、少し良いかな」

 

 

 

 昨日の今日で、なぜかロックさんは僕の店前で待ち構えていた。

 

 

 

「…………はぁ(……どうして?)」

 

 




ラーメン食うだけの話でまだ続くのか、そんなツッコミが飛んできそう。もう少しだけお付き合いください。

次回は明日に

追記:難航中です、もう少しお待ちを


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(4) 東京醤油ラーメン

投稿が遅れて申し訳ない。これにてロックpartは終了です。


 突然の来訪、この街には似つかわしくない白スーツにネクタイの日本人、名はロックさん。そんなロックさんに僕は話しかけられた。

 

 用向きがあると、買い出しを終えたところで店前を待ち伏せ、まだ面識も浅いこの人を警戒するべきか、そう思いもしたけど

 

 

「……お昼、食べますか?」

 

「え、いいのかい」

 

「はい、昨日のラーメンなら」

 

 せっかく出会えた同郷人、警戒心よりも好奇心が勝り僕は店の戸を開放した。麺処・ロアナプラ亭、臨時のランチ営業である。

 

 

 

 

 

 

 

side~ロック

 

 

 

……また、来てしまったな

 

 

 店の中へ招かれた、クーラーはガンガンに利いて冷えた水も飲み放題。ひとまず、用向きは置いてご厚意にあずかることにした。

 

 汗ばんだネクタイを緩め、また昨日と同じ席でカウンターの彼女を、ケイさんを見ている。

 

 

「……へえ、東京で働いてたんですね。商社勤めですか?」

 

「ああ、そういう君はずっとロアナプラに」

 

「ずっとでは、ないですね。小さい頃にタイに引っ越して、それからは流れ流れてロアナプラに。あまり、過去の話はしたくないですね、あなたも同じでしょう」

 

「……それもそうか」

 

 世間話をしようにも、まだ互いに知らぬ身、唯一の共通点同郷について触れるとどうしてもナイーブなところに触れてしまいそうになる。

 

 あの平穏な街からどうしてこの悪徳の都に流れ着くのか、誰だって平凡な理由は持ち合わせやしない。暗黙の了解、詮索屋は嫌われるものだ。

 だが、こうも興味深い人間を前に、好奇心を抑えるというのも難儀なものだ。

 

 ここロアナプラに、彼女は東京の名を冠した一品を創り出して見せたのだ。立ち上るカツオと各種様々な魚介の出汁、チャーシューの煮ダレをベースに味を調え、最後に香味油を浮かべたあっさり醤油ラーメン。

 

 この味は間違いなく名店のものだ。手間暇をかけて、長い修行で身に着けた感覚が成せる逸品、複雑な魚介のうまみをまとめ上げ品のある味に仕上げたそれを、おそらく砕いた鰹節を揚げて作った香味油で絶妙なアンバランスさを演出している。

 

 小奇麗にとどまる味ではない。食すものにインパクトを与える、つまりは感動を呼び起こす味わい。強烈な魚介の香りが胃袋を叩き、空腹を呼び覚まさせる。

 

 けど、食べるモノによっては呼び出されるものは空腹だけにとどまらない。特に、俺のような日本人であれば

 

 

『……ズルルッ』

 

 

 あぁ、だけどこの味は本当にたまらない。強い魚介のうまみの中にある醤油ダレのうま味。スープには魚介しか食材を使用していないが、醤油ダレには煮豚のうま味、動物系の濃厚な味わいが詰まっている。いたずらにスープを混ぜ合わせてはこの味は成立しない。

 例えるなら、男性で構成された合唱団の中にピアニストの女性がソプラノボイスを添えるような、そんな補い合う味の作用が感じられる。

 

 下手に作れば壊れるギリギリを攻める加減、この味を前にしてはただ舌もうなることしかできない。

 

 

 

「……あぁ、うまいな」

 

 

 感嘆の息が漏れる。昨日と今日、俺はこのいっぱいに感動を与えられているのだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「……いや、お礼なんか。ご馳走してもらってる立場なんだし」

 

「でも、やっぱり残り物なので申し訳ないですね。チャーシューぐらいあれば、でもまだ仕込み中で」

 

 謙遜からそのように申してくる。確かに、どんぶりにあるのはスープと麺、そして薬味のネギに、糸唐辛子。これはこれで品の良い見栄えはしているが、確かに具材はあるに越したことはない。

 

「いや、それでも本当にうまいよ。東京にいた頃を思い出す味だね、けど鶏がらもトンコツも使ってないのは何かこだわりかな?」

 

 ロックが問う、すると少し考えこむ様子で、ケイは間をおいて口を開く

 

「こだわり、そう聞かれればこだわりですね。肉の出汁は日本じゃなくてもありますけど、カツオや煮干しといった、魚介の鮮烈な風味は島国の日本らしいものでしょう。だから、東京です……東京、あなたの故郷の味となります」

 

「……故郷、か」

 

 故郷、そう故郷だ。遠く離れた日本は、今の俺にはもう遠い場所。

 

 だけど、そう思ってしまうのは、ただ故郷に対する思い、捨てきれないノスタルジーを胸中の奥底に押し沈めているだけではないのだろうか、そう考えてしまうと怖くなる。

 

 飲む場所と、バッティングセンターがあれば世は事も無し、そんなすべてがどうでもよくなったはずなのに、おれのあの時のセリフはただあいつに対する反発だけだったのかと足元が危うく思えてしまった。

 

「……本当に、旨いラーメンだ。こいつは、確かに東京の味だよ」

 

 俺が育った故郷の味、そうぼやくとケイは少し顔を俯かせた。

 

 顔立ちに目も大きく、明るい風貌の顔は感情を色濃く映してしまう

 

「あ、すまない……君に対してあてつけたわけじゃない。」

 

「……でも、やっぱり悪いことをしましたよね。」

 

 だから、ごめんなさいと、食べかけのどんぶりを下げようとする手に、ロックは待ったをかけた。驚いた様子で、こっちを見るケイにロックは和やかに笑ってみせる。気を使う必要はない、ロックは本心から言葉を送る

 

 

 

「このラーメンは美味しかった。それと、どうしてか俺はそこまでセンチにもなっていない……おかしいな、故郷の香りをふんだんに乗せたラーメンに、俺の目は水一滴も浮かべたりしないんだ」

 

 

 

「!」 

 

 

 

「俺に、郷里を思い出させてしまうかも、そう心配させていたなら、それは杞憂だ……今日は、それが言いたくて」

 

 

 

「……ロックさん」

 

 

 

 席を立つ、迷惑をかけたと告げその場を去ろうとする。

 

 迷いは未だ心に消えきらない。

 

 

 

「……待って」

 

 

 

「?」

 

 扉に手をかける刹那、先にケイの手がロックの服の端をつまんだ。別れを惜しむ少女の様に、ケイはロックに言葉をかける。ただし、それは引き留める情けない懇願ではなく

 

 

 

「杞憂だなんて……そんな言葉で、自分を納得させないでくださいッ!曖昧なままにしないでくださいッ!!」

 

 

 

 心からの心配を、同郷でありこの異邦の地に来た仲間に、ケイは書けるべき言葉を、いらぬ世話を施すのだ。見返りは得られない、だが既に得たものはある。

 

 自分のラーメンを旨いといった客であるなら、また次もこの店に来てもらいたい。それが、料理人の求むる最上の願いだから。

 

 

 

 

「ロックさん、ラーメンとはなんですか、その定義とはッ」

 

 

 

 

「え、それは……急に、言われても」

 

 

 

 

「ええ、そうですよ。僕だってわかりません」

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

「あの、別にとち狂ってるわけじゃないですから……でも、それぐらい難解なんです。カツオや煮干しを使い、チャーシューの煮ダレでタレを作って、醤油の香りをさせて、かん水でぷつりとした触感を出せば、それはラーメンだと……でも、そうじゃなくてもラーメンは作れる。単純じゃないですよ、ラーメンは」

 

 一口に、料理というものはカテゴライズされるもの。ある程度の定義をもつ、定義されてこそ語られる品になる。だが、ラーメンをラーメンたらしめるモノ、それは作り手の技術でも材料や味付けにもよらない。だが、ラーメンというものは確かに存在する。

 

 では、ラーメンをラーメンたらしめる要素は

 

 

 

「定義なんて無いんです。ラーメンをたらしめるもの、それは作り手の意思です。曖昧で、偽物まがいの料理を真実にする。いわば、フェイクから真実を創り出す情熱そのもの。だから、どんな場所で、どんな材料で創ろうとラーメンはラーメン…………本質は、変わらない」

 

 

 

「本質……ッ」

 

 気づけば、まくしたてるようなその言葉に聞き入ってしまった。ケイは、そんなロックの手に自分の手を重ねて、今度は落ち着いた声で優しく語りかける。

 

 かつて、自分も故郷への想いで悩んだ身、そんなケイからすればロックの出で立ちは大変危うげにみえてしまったのだろう。だからこそ、このやさしさであった

 

 首を掲げ、目を見て、ケイはロックに語り掛ける

 

 

 

「寂しがらなくてもいいですよ。あなたは、ロアナプラという場所にきて、少しだけ変わっただけなんです。でも。何もかもが変わったりはしない。岡島緑郎がロックになっても、あなたはあなただ」

 

 

 

「……ッ!?」

 

 まさか、自分よりも年下から貰うと思わない励ましの言葉、驚き面食らったロックに、ケイは少し面白がったようで微笑みかける。

 

 

「その、生意気かもですけど。先輩として助言的なものです。すみません、本当に生意気を……でも、僕にはもう日本人の知り合いはいなくて、だから友達になってくれたら、その…………うれしかりけり」

 

「なんで古語?」

 

「は、恥ずかしいんです……あぁ、触ったりして、ごめんなさい」

 

 元来、さほどコミュニケーションに手慣れた正確ではないケイ、和やかにしていた顔はあわあわと羞恥で悶える感情をそのままに大解放。しっとりした空気は非常に軽くさっぱりした味に変わる。詰まった息がするりと抜けて、ロックは自然と表情筋を緩めてしまった。

 

 そっと、自分の頬に触れる。安堵から浮かべた笑み、頬には一滴たりとも涙腺は伝っていない。

 

 ノスタルジー、それはかくも甘くかぐわしい味。しかし、食すものをどん底までひきずるほどに蠱惑的な味。だれしも、好んで味わいたいものではない。特に、今いる自分に多大な影響を及ぼすものであれば

 

 

「……ハハ」

 

 

 だが、現にそんな心配はどうだろうか。少なくとも、自分にとってラーメンはラーメン。どこで食べようと、それが致命的な味にはならない。むしろ、ロアナプラで食べるモノこそ、今の自分にとって本当のラーメン、そう思えることだってできる。ノスタルジーに恐れる必要はなし、岡島禄郎はロックに変わって、これが覆ることはきっとない。今なら、そう確信をもって胸に抱ける

 

 レヴィに吐いたあの自分は、間違いなく本物の自分だ。シガーキスを交わした夕刻の車内、俺は何も間違っちゃいない

 

 

……俺は、俺が立っている所にいる。それ以外の何でもない

 

 

「……あぁ、まったくもってその通りだ」

 

「へ、あの……もしかして怒っていたり」

 

「はは、かもね……あぁ、いやすまない、冗談だからそんな泣き顔を見せないでくれ、ぶったりしないよ、ね」

 

「……うぅ」

 

 泣き顔、罪悪感に駆られてしまう前にロックはティッシュを数枚プレゼントする。

 

 いじめられた愛玩動物の様に震える様、本当にどうやってこの街に適応しているのか、まったくもって不可思議だとしか思えない。確かにローワンの店の隣で、比較的繁華街で表よりの場所に店があるとはいえだ。この街には平気で強盗も殺しに発展する喧嘩もそう珍しくない。なのに、この店には銃弾の痕も血痕一滴も見つからない

 

 

「!」

 

 

 見つからない、そう思いまわりを見渡していれば、その文言に目が触れてしまった。それも写真付きで

 

 

 

 

 

『食い逃げ、恐喝、店内で営業を阻害する行為等が見られた場合、以下の組織が適切な対応を施してしまいます。僕の意思に関係なく』

 

 

 

 

 

 そして、ケイが名だたる有名人達と共に肩を組んでいる。いや、組まされている写真がずらりと、まるで店に訪れたアイドル、芸人とのショットを自慢するように

 

 だが、その写真を見て覚える感想は、可哀想にが大半だ

 

 

 

「…………君、本当にナニモノ?」

 

 

「ぼく、僕は……」

 

 

 

 視線の先、ロックが驚く理由を察して、ケイは苦笑いを浮かべた。これが異様なものであるとの自覚はあるらしい

 

 

 

 

「そうですね、僕は…………ただの、ラーメン屋の店主です。麺処、ロアナプラ亭の二代目店主、ケイ・セリザワ……ただ、それだけです」

 

 

 

 

 最後は笑顔でそう言いきった。こんな果ての街で、真っ当な商売で生きる君は、いったいどんな生き方を歩んできたのか

 

 俺と同じ場所で、何が違って何を選んだのか、それを知るためにはもう少し関係を進めるしかない。

 

 

……また、今日の夜にでも

 

 

「しばらく、夕飯はラーメンか」

 

「?」

 

 気になることは徹底的に、それが自分にも関わり得るものならなおさらだ。都合のいいことに、彼女のラーメンは日替わりだし、何より旨い。

 

 飲めるところと、バッティングセンターが無くても、世はことも無し。だが

 

 

 世界の果てで旨いラーメン屋に出会えることは、素直に喜んで受け入れてもいいだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

~fin~

 

 

 

 

 

……ロックさん、良い人だよね

 

 

 

 立ち去った後、一人仕込みを始めてしばらく、ふと思い起こす。

 

 手を掴んで、説教じみたことを言って、失礼をしてしまったと思えどあの人はただ紳士に振舞うばかり。自分にはない年を重ねた結果、あのような振る舞いが出来るのか。

 レヴィさん達は軽く見ているけど、僕にはあのロックさんがただものじゃないように感じられる。

 

 この悪徳の都で、人のめぐりと天運が無ければとっくにくたばっているだろう僕と比べて、ずっとかっこよく鮮烈に思える。

 また会ってみたい。友達として、仲のいい同郷の友になれることを望む。

 

 だが、ただ一点

 

 

「……あの人、絶対勘違いしてる」

 

 

 去り際にも

 

 

……さん付けは嫌なのかい?

 

 

……でも、ケイちゃんだなんて馴れ馴れしい呼び方は、でもミスを付けても気味が悪いな

 

 

……君が良いなら、僕もあだ名呼びでいいかな。ケイティ、これから君のことはケイティと呼ぶよ。でも、さん付けになるのは許して欲しいな

 

 

「……タイミング、見失ったッ」

 

 

 女の子と勘違いされたまま、妙なことにならなければいいが

 

 

「……髪、いっそ染めてみようかな?」

 

 安易な考え、しかしそう簡単にその中性的で整った顔立ちは覆ることはしない。ローワンをはじめ、店の嬢たちからもその点はお墨付きである

 

 

 




 以上、ロックとオリ主の出会いでした。次回よりはまた違うゲストを招いて物語を勧めます。


 今作のラーメン知識、自分は料理マンガをそれなりに多く読んでいまして、知っている人は少ないかもですがネットで人気な通称ラーメンハゲが出てくる漫画に影響されています。実際にあるわけではないですが、自分なりにこんなラーメンもあるかもしれない、そう思えるようなものを創作していきます。


 感想・評価頂き大変ありがたく思います。投稿は気ままで遅いですが、地道に続けていければと

追記:最新話を12時に更新します


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(5) 姉御なる人

ロアナプラで最強のケツ持ちです。最強過ぎていつケツの皮がはぎとられてもおかしくない点はご愛敬

うらやましい?それとも不幸?


 

 うだるような暑さ、日本よりも赤道に近くモンスーンの恩恵もないこの土地で生活するならエアコンは必須、何をおいても必須だ。

 電気代はバカにできないけど、外をたっぷり歩いて帰った日ぐらい昼間から点けても罰は当たるまい。エアコンを、そうエアコンを効かせた部屋で伸びをしたい。昼飯を終えたらジンジャーエールとバニラアイスで腹の底からキンキンに冷やしてやるんだ、そんな不健康的な欲望を頼りにこの炎天下の遊歩を耐えしのぐ。

 

「……溶ける、というかもう溶けてる」

 

 いつも移動に使うバイク、その調子が悪かったのが、今日ついに天寿を全うした。なので歩きで市場に行って、半分溶けかけた体を押して僕は帰路をめざす。食材を入れたバックには保冷剤代わりの氷が、けどその氷も溶けて液体になってちゃぷちゃぷと音を鳴らす。暑い、本当にたまらなく暑い。

 

 陽炎立つアスファルトが目障りで仕方ない。反射する熱が僕に幻覚を見せてぐるぐるとまわして殺しかねない。今だって、目の前の先に屈強な男達が立ちふさがっていて、中央にはひときわ目立つワインレッドのスーツを着た大層麗しい女性が。

 

 意識も濁々とした状態、もしやお出迎えの天使だろうか。だとすれば、なんとも殺伐とした天使なものだ。天使の輪っかの代わりに軍帽を、そしてその手には強力なソ連製兵器。

 

 天国を見せてくれる?いやありえない、彼女の率いる軍が見せるのは地獄、徹底した地獄のみ。煉獄も無く直に縦穴を開けて髪一本たりとも現世に残すまい。落とす、文字通り地獄に落とすのだ。

 

 あぁ、なぜ。いったいどんな赴きで、厄介事でないことを望む

 

 

 

「…………あの、どんなご用件でせうか」

 

「用向きが無かったら駄目なの? あなたのお店はアポイントメンツと正装が必須だなんて、私知らなかったわ」

 

 ふざけたことを仰られるものだ。いったい何時僕のお店に星がついたのやら、しかしそれにしたって今日のバラライカさんは妙に上機嫌だ。

 

「……別に、そうは言ってませんよ。ロアナプラにミシュランが来たなんて初耳です。……バラライカさん、どうして遊撃隊と一緒に僕の店へきたのですか?」

 

 また、あの時の様なことが起こるのか、そうではないと信じたい。

 

「別に、あなたの店にボカチンかますわけじゃないの。まあ、ちょっとした私用よ」

 

「……私用、ですか」

 

 私用、はたしてこの人の言う私的な用事とはいったいどのようなものか。

 

 そう言えば、買い出しの帰りの時どこかで爆音が聞こえた。あの爆音は、きっとその私用なるものと関係はあるのだろうか。いや。考えるまでもない。あるに決まってる。

 

 この人たちはミュージシャンだ。そこらのロックやメタルよりもずっと過激なビートを、このロアナプラで何度も披露してみせた。どうせまた、この人たちが愉快痛快にセッションをしたに違いない

 

 

「……随分とクレイジーな曲選でしたね。ヨルダンまで誰かが吹き飛ばされでもしないとあんな音はしないですよ」

 

「そう、愉快痛快な名曲よ。あなたは好かないかもだけど」

 

「好きませんよ、僕はただのラーメン屋です」

 

「じゃあ、そのラーメン屋にお願いをしようかしら」

 

「願い……ぁ」

 

 

 

 

 

……ピタ

 

 

 

 

 

「ほんと、綺麗な肌ね……性別を疑うぐらいに」

 

 

 

……ピタ……ツツー

 

 

 

「!?」

 

 不意に、バラライカさんが近づき、僕の顔に触れた。持ち前の高身長、そしてヒールも合わさってこの人の目線はずっと僕よりも高い。そんな彼女が、逆光で暗くなる顔を近づけ何をするかと思えば、優しく丁寧に僕の顔を拭っているのだ。

 取り出したのはハンカチ、汗に濡れた額を噴き、まるで男が少女をかどわすように、顎を持ち上げる指の感触だけで魅了にかかってしまいそうだ。

 

「……あの、なにを」

 

「動くな、目をつぶしてしまう」

 

「……はい」

 

 はいと言うしかない。こんなに身近で、火傷痕の目立つその美貌を拝むこの状況、言った僕は何を想い何を返せばいいのか、怯えるにしてはその振る舞いは魅惑的であるし、ただ鼻を伸ばすには彼女の顔の右側が許しはしない。

 ただ受け入れるしかできない。余計なことを考えないように、僕はこのハンカチのクリーニング代をどうするべきかに思考をひとまず置くことにする。

 

 バラライカさんとはもう知らない間ではないけど、この人の底は未だ知ることは無いし、これからもできる自信はない。

 

 

「……ケイティ、バイクはどうした。なぜ歩いたりする」

 

 強い口調、逃げ場の無い僕にバラライカさんの圧が襲いかかる。精神をなぶる、恐れを込めた低い声を用いて

 

 目をそらすと、その手が頬を撫でる。弄らしい触りかた、まるでそこに操作ボタンがあると信じてしまう様に僕の視線が操作されてしまう。

 

 逃げ場はない。嫌が応でも向き合わなければならない。タバコと香水の苦くも甘い匂いは、僕の判断能力を底から奪ってくるのだ。

 

 

「ケイティ…………答えろ」

 

「……それは、故障して」

 

「ならん。危険にあってもお前の足ではすぐに逃げられんからな、すぐに直せ」

 

「……は、はひ」

 

 逃がすまいとしているのか、後頭部と頬を触れる指に力が入っている。

 

「最近は物騒だ。我々を軽んじたバカが場所もわきまえずクソをばらまいている……お前が聞いた爆音はそいつらのモノだ。穢れた匂いが移る前に、大事なモノは別の場所へしまわねばならんなぁ」

 

「……あ、あの……なんだか話が見えてきたんですけど」

 

「察しが良いな。察しが良いのは美徳だ……ケイティ、10分で身支度を済ませろ。ことが片付くまで、ホテルモスクワが貴公を保管する」

 

 保護ではなく保管、ものであるなら意志の確認は不要、つまり拒否権はない。

 

「は、はい……ぁ」

 

 頬を包む指の感触が少し恋しくて、つい声が漏れてしまった。これだけ身勝手にされていても、僕はどうしてかこの人を拒みきれない。

 酒に酔った様な心地になって、惚けたもやもやを振り払うように僕は顔をはたく

 

 そんな僕を見て、バラライカさんは和やかに笑ってみせた。嘲笑を込めた恐ろしい笑みとは違う、完全オフショットの笑顔だ。

 

 

 

「…………なによ、可愛がられたくて鳴いてるのかしら……我慢しなさい……мой милый питомец(私の可愛いペット)

 

  

 

「……ッ!?」

 

 

 流暢なロシア語、その意は理解こそできないものの、僕の心臓にひときわ大きい高鳴りを打たせるには十分すぎる。

 あぁ、本当に底の知れない人だ。人に恐怖を覚えさせる要素をこれでもかと詰め込んでいるのに、こんなにも胸と頬を熱くさせて酩酊させる魅力も併せ持っているなんて。

 

 敵と見ればこの世のだれよりも恐ろしい、だけどその腕の内にあれば、これほど安心できる場所があろうか。

 

 ミス・バラライカ、僕はこの人の武力に守られてこの街で生きている。遊撃隊率いる彼女の威を借りてしまったのは、今思い返してもひどく頭を痛ませる出会いからだ。

 

 そう、それは遡れば数ヵ月前、今日のように激しく爆音が絶えない、そんな今とたいして変わらない日々に起こった

 

 

 とても、とても運の悪い日のことだ。

 

 

 

 そう、なにせその日、僕は生まれてはじめて銃に撃たれて死にかけたのだから。

 

 それも他ならぬ、この、

 

 

 

「さ、急いで準備よ……軍曹、手を貸してあげなさい。高い物を落として首を折らないように、過保護に守ってあげてね」

 

 

 

 この世で最も恐ろしく美しい女性、ミス・バラライカに僕は銃口を向けられたのだから。

 

 

 

次回に続く

 

 

 




短めですが今回はここまで、ですがインパクトのある内容かと

バラライカを相手におねショタをするオリ主でした。うらやましいと思います?それとも同情しちゃう?




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(6) 懐かしい日々

昨日の昼二時から異様に伸びて、気づけばランキングのすぐ上に、内心ずっと戸惑いながら最新話投稿です。これで大丈夫だろうか

今回バラライカの姉御の話ですが少し主人公の過去編交えます。基本的に今作、各キャラクターをもてなす話をしながらオリ主の物語も進められればな方向性です。ヒロインと絡む話はだいたいおねショタ風味、愛される主人公を目指したい


オリ主スペック

身長152 体重47キロ 童貞 最終学歴不明 特技料理全般 コンプレックス、自分の容姿


~一年前~

 

 

 

「……フンッ……く、重ッ」

 

 持ち上げた荷物、ローワンさんの店から運び出したモノはこれで最後。

 

 ようやく引っ越しが終わる。空き家にしてた隣のビルに、また調理場の火が灯されるまでもう少しだ。

 

 

……ギシッ

 

 

「……っと、この椅子は替え時だな。まだ、やることも多いか……店、大変だなぁ」

 

 腰掛けた椅子の背もたれが折れかかっている。予備の椅子を買うか、ローワンさんの店に予備があればもらい受けるか、まあひとまずは休憩を終えてからだ。

 

 汗ばんだ体は冷風を求めるけど、ここのエアコンはずいぶんと掃除をしていない。体を冷やす風どころか肺を壊す黒煙がでてもおかしくない。今は、買ってきたこのスプライト缶で我慢するとしよう。クーラーボックスで冷やしておいたスプライト缶、痛いほどに冷えるそれを手に、心地の良い音を立たせて一気に甘みをあおる

 

 爽快感で声を上げた。そんなタイミングでヌルっと、黒い塊が視界に現れる

 

 

 

 

「……お、サボリかい?」

 

 

 

 黒い塊、ゴキブリかと見間違ってはいけない。彼はれっきとした人間だ

 

「休憩ですよ……休憩」

 

 ヌルっと現れてそのまま椅子にふんぞり返るローワンさん、暑苦しいアフロヘアーに僕はスプライトを投げつける。受け取ったローワンさんは柄名を見て、酒じゃないのかよと愚痴をこぼした

 

「酒ばっかりじゃダメですよ……まったく、ここの大人は本当に」

 

「だらしねえってか、そりゃお前文化の違いさ。アルコールはよぉ、常に入ってねえと動けねえのさ。バイクのオイルみてえに常日頃入れとくもんだよ……ん、だがわるかぁねえな。冷えててうまい」

 

「……何か、ご用件は」

 

「ねえよ、見送るわけでもねえ。ただ働く場所がチョイッとずれただけだ。しかし、本当にやれるのかい?」

 

「……やりますよ。自立しないといけないんで」

 

 自立、そう自立だ。ずっと、16の誕生日を迎えてから今まで、ローワンさんの店で下働きを続けてきた。嬢たちに囲まれて、面白おかしく働くのはそんなに悪くない。皆、家族みたいに接してくれて、本当に楽しかった。セクハラだけは、ちょっと勘弁してほしいけど

 ずっと、店でつまみを作って、お酒を出してカクテルも創作して、そうした日々は決して悪いわけじゃない。

 

 ただ、それでも店を、ラーメン屋を開きたかったのだ

 

 

「ローワンさん、暇なら手伝ってください……そしたら、僕から一杯奢ります」

 

 

「……えぇ、熱い中で肉体労働、俺は苦手だなぁ」

 

 

「じゃあスプライト分は働いてください。等価交換、貸し借りは均等に、甘えは無し……あなたが言ったことですよ」

 

 

「おまえ、昔のことを一々覚えてなくても……ま、女々しいのは昔からよな」

 

 

「……女々しいは余計です」

 

 

 へいへいと、適当に会話を流しながら再び作業を開始、愚痴りながらもこの人は本当に助けになってくれる。適当で胡散臭い見た目に反して、その実は非常に頼りになる人だ。そうでなければ、店のお姉さんたちはこの人について行かない。そう、僕もそんな嬢のお姉さん達と同じ、この人についてきた口なのだ

 

 そうなると、疑念を抱かせるのはまず僕とローワンさんの関係だ。決して、僕は雇われた男娼ではないことは先に提示しておきたい。

 

 

 僕とローワンさんの関係、それは雇用主であり、同時に育ての親のような関係、というのが正しい所か。僕を育ててくれた色んな大人の内の一人、この人から僕は主に……いや、教わったことはいいや。男の喜ばし方とか、知りたくもないことを何故か叩き込まれてしまった。

 忘れたくとも消えないのは子供の時代の教育故か。幼少の時代の吸収しやすさを恨んだ僕は、それでもなんとかこの人と良い関係を築いている。不思議なことに

 うさん臭く、見た目の騒々しいことこの上なし、だけどこの人は全面的に良い人なのだ。例えば、僕がお金を貯めるために働きたいと申したら、店での仕事を分けてくれて、しかも店に置いていない料理のサービスを僕の働き口とするためにわざわざ増やしてくれたりもした。まあ、その分お姉さん達にまかない飯を作ったりと時間外労働に駆られたり、随分便利に使われたものだけど

 そんなこともあって恨むことは少々あれど、ローワンさんは本当によくしてくれた。この人がくれた労働のお陰で、僕はついに念願の自立を、僕が店主となってラーメン屋を開くことを成し遂げられたのだから

 

 開く店の名前は麺処・ロアナプラ亭、捻った名前でもないけど、僕にはこれで十分だった。後にも先にも、ロアナプラでラーメン屋を開くバカは僕だけなのだから

 

 ここはラチャダストリート、ローワンジャックポッドピジョンの隣に隣接する四階建ての小ビル。僕がロアナプラに来て、ローワンさんの店で、ようやく独り立ちを決心して始める最初の第一歩、長い間お世話になったローワンさんの隣で、めでたく貯金を解放してラーメン屋を開くのだ。

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 目を見開く。ぱちんぱちんとシャッターを切るように瞬きを繰り返し、僕は自分の意識が冴えていることを自覚する。

 

 随分と鮮明な夢を見ていた気がする。普段慣れない良質なベッドで眠っていたから、逆に眠りが浅くなって夢を見ていたのだろう。

 

 

「……4時、変な時間に起きちゃった」

 

 店で料理を作っていた日々と違って、今は本当にオフの日々だ。疲労が無いから眠りが浅くなる。

 

 厨房を借りて料理を作ったりもして、けどネットサーフィンとゲームに読書、することもない僕は不規則に寝て起きてを繰り返す日々を送っていた。それで一週間、まだ店には戻れない

 ここは、ホテルモスクワが所有する高級宿泊施設のスイート、というバラライカさん達の本拠地である。なにがどうしてここに寝泊まりなんてしているのか、その理由は一に戦争に、二も三もなくてただただ戦争だ。バラライカさんが遊撃隊と共に、このロアナプラで硝煙むせかえる弾丸パーティーを

 

 

……今も開催中、じゃないな……もう、終わった後だ

 

 

 窓辺を見る。そこにはサイレンを鳴らしたパトカーが駆け付けている。袖の下を通す警官たちが動き出しているということは、すでにことは終わった後ということか。全てに片が付いて、嵐は去り街の皆はこのサイレンのけたたましい音に安堵を覚える。治安を取り締まらないこの街の警察の役目は、マフィア達の抗争が終わったことを告げる鐘の音と同義なのだ

 

 街は随所に破壊の痕が新しく見える。今日ここに来て三日目の夜、この窓から見る景色でいかに作戦が進行しているか目に見えてわかってしまう。この窓の景色こそロアナプラの現状を一望できる安全席、我ながらそんな席に座れることに違和感しかない。

 

 違和感、そう違和感だ。僕は未だに慣れることは無いのだ。僕という、大した価値もない料理人風情が

 

 

 

……コン……コン

 

 

 

「……」

 

 

 

 そう、ただの料理人風情が、なぜこの人に大切にされているのか、はたから見ても疑問この上ないだろう。

 

 はたまた、なぜバラライカなる悪党の頂点に僕が愛でられ守られる立場なのか、まったくもって僕自身が慣れたりしない。違和感はこの上なく、喉の途中で引っかかったままだ

 

 

 

次回に続く

 




次回、バラライカとお家デート


冗談に聞こえました? さあ、どうなるやら


ちなみに、自分は他作品で年上ヒロインに甘やかされるラブコメ書いてたり、だからまあ、期待してくれや


今日の夜には投稿します


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(7) 過保護に守られて

バラライカ可愛いよバラライカ

たぶん今回の話、どこのブラックラグーン二次創作でも見られないものだと自負してます。まあ普通書かないでしょうね、改竄きつくと思う方にはあらかじめ言っておきます、ごめんなさい


感想評価多くいただいています。また、誤字訂正のお知らせもいっぱい頂いて、お恥ずかしい限りです。指摘いただいたことこの場で感謝を申し上げます

長々と喋ってしまいました。それではどうぞ、バラライカ可愛いよバラライカ


 

 夜はまだ明けきらない。街の色は朝と夜の間で揺れ動いている。喧騒と静寂が入り混じる合間の世界、静寂が勝り完全に静まり返るまでもう少し、けどそれまでは日が昇りきるまで遠くの喧騒はまだ続く

 

 だけど、この部屋において僕は誰よりも先に静寂を感じきってしまっている。

 

 音を消し去ったのは、扉の先にいる彼女の第一声からだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、まだいいかしら……寝ているのなら後にするわ」

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 扉越しに聞こえる声、バラライカさんの声を聴いて僕の意識は100%を超えて目覚めきってしまう。この世で最も性能の高い目覚まし機能だ

 

 そんな冗談めいた思考をしてしまう。せわしない驚きを見せるべきか、でも感情は一周回って逆に落ち着いてしまうのだ

 

 

「……大丈夫です、どうぞ」

 

 

 冷静に落ち着いて返事をする。了承を得るやすぐに

 

 

 

……ガチャ 

 

 

 

 

 扉が開く、けどその音は僕が言いきってすぐ。どのみち許可なんてもらわなくても、この人は押し切って開ける腹つもりだったのだろう。

 

「あら、それはどうも」

 

「……ッ」

 

 丁寧に言ってくれる。どのみち拒否権は無いのだから、仮に拒んでも踏み入っていただろう。

 

 僕がベッドに戻り腰掛けると、バラライカさんは一人分スペースを開けてその隣に座ってくる。バスローブ姿の僕に対して、この人はワインレッドのスーツ姿に軍服のジャケットを羽織った出で立ち。つまり、夜の間ずっと仕事に駆られていたのだろう。

 身に纏う香りは煙草の苦みと香水の甘み、特に苦みは強い。眠気覚ましの兼ね合いなのだろうか

 

 漂う匂いは僕の意思に反して感じ取れてしまう。人よりもいささか機敏に働いてしまう僕の嗅覚、普段のバラライカさんの匂いと比べて、今はそう

 

 血と硝煙の、鼻を突くようなスパイシーな刺激が混じり合っている。

 

 

「……」

 

「ケイティ……あら、フフ」

 

 

 不敵に笑う。少しかがんで、下からのぞき込むような視線で、頬の端を吊り上げた

 

 

「……匂い、嗅いでいるのね」

 

「!」 

 

「図星ね、鼻先が動くからすぐわかるわ……ケイティ、失礼な子ね」

 

 指摘されて顔が真っ赤になる。これでも料理人、匂いには常に敏感になってしまうのだ。特に、存在感の大きい人は、それだけ情報に機微になる。意を酌み、失礼をしないように必死になるのだ。

 

 匂いを嗅ぐのは女性相手に良くは無い。でもそうしないとこの人に対して先手は取れない

 

「……怒っています?」

 

 聞いてみる。だが、その答えは聞くまでもない

 

「ノーよ。だから怯えなくていいわ」

 

「……だと思ってました」

 

 強がって返す。背筋を常に曲げるぐらいの虚勢が無ければ、誰もこの人を前で発言権を得られないのだ

 

「へえ、言うじゃない」

 

「……まぁ」

 

「嫌な匂いかしら、ごめんなさいね……シャワー、浴びて欲しいならそうするわ」

 

「それは……お好きに、僕は何も気にしてないです。匂いはその、癖なので、するーしてください。するーです、するー」

 

 

 言っていて恥ずかしくなる。堂々と人の匂いを嗅ぐ癖があると自白するのは中々に羞恥ものだ

 

 けど、こればっかしは仕方ないのだ。

 

 匂い、濃い匂いに交る人の感情の機微というのも、それを僕は感じてしまう。眼があるなら目をこらすし、耳があるなら耳は常に立てるもの、であれば鼻も同じだ。僕の意思に関係ない

 

 

「……匂い好き、ジャパニーズにはこんな言葉があったわね。HENTAI……ねえ、ケイティはヘンタイなのかしら?」

 

「バラライカさん……どうかそれだけはやめてください」

 

「あら、別に不快になったりしないわ」

 

「駄目です、どうか……じゃないと僕泣きますから」

 

 認めたくない。この鼻が変態的な性癖ゆえだなんて死んでも嫌だ

 

 まあ、本当にそんな意地の悪い呼び方なんてこの人はしないはずだけど、今もけらけら笑ってペしぺし僕の頭をはたいてくるけど、この人は敵でなければ悪い人……いや、悪い人だ、だめだ。この人を前に悪くないなんて表現は天地がひっくり返ってもあり得ない

 

 この人は悪い人、でも良い悪い人だ。

 

「……私はな、人を泣かせるのは嫌いじゃない」

 

「う、冗談はやめてください……あなたは、悪い人じゃない、とは言えないけど、良い悪い人ですから」

 

 

 

「良い?悪い人で、良い、か…………クク、はははッ……あぁ、まったくお前は、Вы забавный человек」

 

 

 

「あの、言葉……いえ、やっぱり英語に直さなくてもいいです」

 

 時たまに出る流ちょうなロシア語、何度も聞けば単語の一つや二つは覚える。滑稽だと謗られた。

 

 この人にそんな言葉を吐かれれば、後に来るのは弾丸か弾丸か、それとも弾丸か

 

 けど、一向に懐の銃は僕に向けられることは無い。あの日以来、もうずっと遠くなった銃口だ。代わりに来るのは、その大きく感じてしまう手の平の感触だ。ポンポンと叩くその手、どんな意図があってしているか、僕はその背景を感じられる。

 

 仕事を終えて高揚した気分をリラックスさせたい、そんな心境、つまりこの手は愛玩動物を撫でるようなもの

 

 

「……僕で、アニマルセラピーするのは」

 

「駄目よ。拒否権は無いわ」

 

「…………」

 

 食い気味に否定、意に逆らうことは決して許さない。それがたとえどんな上機嫌な時でも

 

「……随分機嫌がいいようで、仕事は終わりなんですか。聞きそびれましたけど」

 

「あら、そう言えば肝心な話なのに……まあ、仕方ないわね。仕事は、まだ残党の掃除が残っているから明日の夜まではかかる予定よ……だから、まだアナタはココ」

 

 ポンポンと、まるでペットに言い聞かせるように。ここはさしずめケージの中か

 

「……でも、これ以上は時間を要さないわ。明後日の朝に帰りなさい」

 

「!」

 

「あら、何よその顔……別にさらったつもりは無いのよ」

 

 あまりね、と最後に意味深な付け加え。さらりと髪を撫でてバラライカさんは優しく見つめてくる。

 

 目が合って、ドキドキすればいいのか少し悩んでしまう。今寄り添ってくれるこの人は本当に美人で、火傷で削れた肌を差し引いても、その美貌は逆に磨きがかかって彼女という人物を形容している。傷だらけの美しさ、その美しさゆえに人は彼女を恐れ、そして引かれもする。

 

 

「……バラライカさん、あの」

 

 

 

 

……シュル……スシュ……ル

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうござ……ん、ぁ」

 

 

 

…………クシュ……クシャリ

 

 

 

「あら、話の最中に駄目ね……もうおねむなのかしら」

 

「……だって……ん、あの」

 

「ケイティ、いけない子ね……お仕置き、されたいのかしら」

 

「……————ッ」

 

 仕置き、そんなもの拒みたいに決まっている。でも、うまく喋れない。声の、力が抜けていく

 

 それは何故か、理由は明解だ。

 

 悪戯をされている。その手は、後ろから回って、僕を

 

 

 

「ほら、もう少し近づきなさい……なに、取って食ったりはしないわよ」

 

 

 

 

 

…………ススッ……シュル

 

 

 

 

 

「…………ぁ」

 

 

 

 部屋の音は静かなまま、けど僕の耳には大きいノイズが響く。自分の髪がこすれあって音が鳴り、耳はその小さな音を拾ってしまう。

 

 バラライカさんの手、引き金を引き銃を構えるその指は、今僕の髪をやさしく漉いている。

 

 こめかみを撫で、後頭部を撫でて首部分に降りる。肌の分部を優しく撫でて、指先と手の平は頬を包む。硬くなった皮膚の皮、こびりついた葉巻の香り

 

 だけど、伝わる熱は砂糖漬けの様に甘くて、そして何よりも人肌なのだ

 

 

 

「……よく、ない……ですよ」

 

「それは、私が決めることだ……それに、ここにはお前と私だけだ」

 

「……ぁ、ん」

 

 髪を漉く音、頬を撫でて、顔の形をなぞって調べるように、徹底して触られる。手の平を通じて、バラライカさんの体温が僕の中に入ってくる。

 

 うつらうつらと、冷めた意識に眠りがまた戻る。熱を帯びて、夜の暗さに意識が溶けていく。

 

 

「…………ごめん、なさい」

 

 

「いいわ、私が好きでしてることなのだから」

 

 

 優しく、バラライカさんの声が耳を撫でる。僕の体の軸はとうに溶けてしまっている。人一人分のスペースは、倒れたことでその距離を消してしまった。

 

 顔を預けるのは柔らかい枕、恐れ多くも僕は優しく抱きしめれている。僕の額はバラライカさんの頬とくっついて、彼女の手で何度も何度も優しく撫でられ続ける。会話は次第に解けて消えて、ただ互いの体温を共有する時間が流れていくのだ。

 

 匂いを感じてしまう。彼女の匂い、あとから着けた香料の匂いに隠れた、彼女の精神の匂いだ。荒く燃え滾る心の波も今この時だけは見えやしない。バラライカなる彼女の心が、静かな森の湖畔の様に穏やかな波を見せる時

 

 誰も知らない、誰にも見せない、いわばこれは彼女のオフショットだ。そんなシーンを、あろうことかなんでもないただの料理人が傍で見て、触れて、感じてしまっている。

 

 これは幸福か、それとも身に余る不幸か、実の親のいない僕にはこの時間を不遜にも受け入れてしまいたいと思う。あぁ、本当に身に余る幸福だ

 

 ミス・バラライカ、危険で恐ろしい彼女はいわば夾竹桃のような、美しくも触れるすべてを毒で殺す危険な毒花のようなものだ。その身を置く土壌ですら己の毒で染め上げる、本当に恐ろしい花だ

 

 されど、その花は美しく、死を見てもその先の美しさは変わらない。死を見るか美しさを望むか、踏み込んだ僕はなんとも愚かな僕だ。

 

 

 

「バラライカさん……ありがとう、ございます…………あたたかく、してくれて」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ふわりと、体の重さの間隔が消える。意識が半分眠りに落ちたような、一層僕の体は彼女の方へ傾く。

 

 耳に響いた音、何かが倒れた音、けどすぐに静謐な暗闇が何事もなく続いていく。顔に触れる布は硬くごわごわとしているけど、その奥にある弾力は果てしなく柔らかくて、心地が良い

 

 

 

「……ケイティ、目を閉じなさい」

 

 

 

「もう、閉じて……ます」

 

 

 

「そう、ならいい子ね……目を閉じたまま、朝まで眠りなさい。それまでは、そばにいてあげるわ」

 

 

 

 可愛い子、そう口にした、英語ではなくロシア語で

 

 後頭部に感じる手の感触、優しく撫でる手の上下は二拍子のテンポで継続する。

 

 

「……ァ」

 

 

 息を吸った。バラライカさんの呼吸を感じた。

 

 話す会話はもうない。だから、今から発するのは、否

 

 

 

『…………Спи, младенец мой прекрасный』

 

 

 

 奏でるのは、彼女の遠い記憶から引き出すメロディ。ハスキーな美声に乗せて、溶ける温度で歌を送る

 

 入ってくる。彼女の温度が、歌声に乗って僕を満たし、そこから心地よく熱してくれる。

 

 

 

 眠れ、私の綺麗な子、愛する子に送る母性満ちた言の葉。どうしてそんな言葉を僕に送るのか、どうして聞くことが叶うだろうか。

 

 これは、与えられる施しか? いや、違う、そうじゃない。甘い心地も、溶ける夢も、全部ただの一方的なものなのだ

 

 

 

 この人は、ただ満たされたいだけ、なのだから

 

 

 

 

『Спи, мой ангел, тихо, сладко………………Баюшки-баю』

 

 

 

 口ずさむメロディ、施す快感を味わいながら、この人は僕を優しく包み込む。贖罪は建前、ただ与えるだけ

 

 この人は戦争を求める狂人。けど、人は生きている限り息継ぎなしには進めない。戦闘という血生臭い荒波を超える合間に、一服の煙草を求める程度のことだ

 

 

「バユシキバユ……コサックの子守歌」

 

 

 

「…………あぁ、そうだ。よく知っているな」

 

 

 繰り返すコサック子守歌、眠りなさい我が子よと、私の天使よと、静かで甘い眠りの幸せに居続けなさい……私の、私のバユシキバユ

 

 

 彼女は何度も僕を寝かしつける。遠い彼方の優しいビートは、何故か僕の心を掴んでしまうのだ

 

 

 あぁ、たまらない。この心地よさは、耐えがたく、幸せだ。

 

 

 

 けど、忘れてはいけない。今の行為は、この人の本心と捉えきることはできない

 

 興が乗った、きまぐれで、そんな枕詞なしでは、今のバラライカさんを説明できない。それを無しで言い切れば、彼女は一息に僕の息の根を止めてしまうから

 

 

 

「……ッ」

 

 少しだけ、歯を強く嚙合わせる。浮かれないように、自分を戒めるのだ。

 

 この関係は一方的だ。バラライカさんにとって僕は趣向品。気に入られていても、その価値は煙草やブリオリと変わらない。

 

 彼女が真に求めるもの、それはこの静寂ではない。彼女の求めるものは、この静寂だけでは決して満たせられない。

 

 

……僕は、あなたを満たせられない

 

 

 あなたの心は、ずっと戦場の篝火のそばだ。僕はただの趣向品、この時間は戯れでしかない

 

 

 日が昇れば、彼女はバラライカに戻る。なら、求めてはいけない。彼女の気まぐれを、僕は真に受けてはいけない

 

 

「……辛い、か」

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

「嫌なら、拒めばいい……お前には、いつだって選択肢を与えている」

 

 

 

 あの時から、ずっと変わらない。そう口にする

 

 

 

「……そう、でしたね……あぁ、そうだった」

 

 

 得心が行く。思えばあの時から僕とこの人の奇妙な関係は出来てしまった。今思い返しても、どうしてこうなったのだろうかと頭が痛くなる出会いだ。ちょうどいいことに、その出会いはあの夢の続きの先に

 

 

 

「…………ァ」

 

 

 ぷつんと、意識を繋ぐ糸が切れたのを感じる。意識は冷めていても、もうすぐに消えてしまう残り火。

 

 落ちていく夢の闇へ、僕は優しくバラライカさんの胸に抱かれて、眠りの闇に落ちていく。

 

 

 眠りに落ちる意識、もしさっきの夢をまた再生できるのなら、それはなんとも苦い夢になりそうだ。まだ店を開いて一ヶ月もしないうちに、あの運の悪い日に、僕は

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

……トン…………トン

 

 

 

 

 淡い音が等間隔に、60のbpmで優しく繰り返される。

 

 

 

 口ずさむ言葉、そこに力強さは無い。彼女の声は、今果てしなく弱弱しい音色になっている。

 

 

 

 

「…………バユシキバユ」

 

 

 

…………トン…………トン

 

 

 

 

 

 

「いい子ね……いい子、バユシキバユ」

 

 

 

 

……トン…………トン…………スルル…………トントン

 

 

 

 

「……いい子ね、バユシキバユ……子守歌なんて、どうして思い出してしまうのかしらね。バユシキバユ、あなたのせいよケイティ…………ケイティ、勇敢な子」

 

 

 

 バユシキバユ、繰り返す言葉。バラライカの静かな夜、果たしてそれは彼女の心の何を示すか

 

 

 

 表には出ない、聡い敵方も同胞もここにはいない。彼女の本意は、誰の目にもとどまらない

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、料理で日常の話のはずが何を書いてんだ、そう思われても仕方ない。

次回から過去編、本格的なバラライカとの出会いに移行します。いい加減進めないとラーメン描写が、料理テーマなのにラーメン要素が不足してしまう問題



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(8) 運の悪い日

重いかな?


 

 

 また、時をさかのぼる。店を開けてしばらく、開店して一週間の頃だ

 

 宣伝は人伝にすでに知れわたっていた。ローワンさんがお客を集めた成果もあり、それなりにリピーターも安定して客足は毎日途絶えなかった。

 

 店が軌道に乗っているか、その軌道は良いものか、見極めるには良い頃合い。あぁ、はっきりと言える。

 

 

 店は、最低の軌道に乗り上げている。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

……めでたく貯金を解放してラーメン屋を開くのだ

 

 

 

「と、そんな風におもっていた頃が僕にもありました」

 

 

 机に突っ伏してスプライトを自棄酒の様にあおりマイナス感情を吐き出している。情けないと思えば笑えばいい、否定なんてできないのだから

 

 

 

「おいおい、そう落ち込むなっての……ま、元気出しなよ」

 

「……」

 

 慰めの言葉、しかし今その言葉で満たされるものは無い。

 

 無事ラーメン屋は開業したものの、一週間で売り上げは2500ドル、まあ悪くはないだろうけど、ソレはあくまで稼いだ帳面上の数字だ。実益は、損害を差し引かねば出てこない。

 

 ローワンさんの店の隣、知り合いの伝手で店は広く知れ渡り、それなりに現地民の客も多く来てくれた。だけど

 

 そうした客入りとの中には、たいへん悪いお客も含まれているのだった。

 

 

「…………はぁ」

 

  

 深く吐いたため息、吐いた息は吹き晒しの良い入り口の風でかき消される。ガラスの引き戸で閉じるはずが、もう二度も乱闘で壊れてしまったため入り口は開けっぱなし。

 

 座って食べる椅子もあらかた壊れて、今や店内は立ち食いソバ屋。ローワンさんが立つカウンターも、一部は欠けていて傾いてしまっている。プロレス張りの乱闘でパワーボムが炸裂しているのだ。つい昨日の話である

 

 

「無銭飲食十回、レジの持ち逃げ五回、レジを持ち逃げしようとする者同士の喧嘩七件……もう、飲食業ってこんなに難しかったっけ……ハハ」

 

 

「……エイメン」

 

 

 十字架を切り、そっと多めに料金を払われた。ローワンさんは去り、一人空しく僕は店じまいをする。

 

 ロアナプラで店をやるのは、そこまで難しい話ではないはず。いくらマフィアが跋扈する街とはいえ、それなりに良識もあれが平穏な営みだって見られる。けど、それでも運のめぐりあわせは悪いことになれば、こうもなってしまう。

 

 せめてもの救いは、提供する味にお客方は満足していること。多少の悪報で客足が途絶える程この街は繊細ではない。客足は途絶えない。途絶えないからこそ、店は壊れて直して、その繰り返しだ

 

 イエローフラッグのバオさんの気持ち、今僕はそれがものすごく共感できる。 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 後ろ盾を見つける。店の営業を妨害する客を大人しくさせるにはこれしかない。

 

 ローワンさんも色々なマフィアと取引をして良好な関係を継続している。でも、マフィアだって商売的に考えるもの、僕の店はただの飲食店で普通の風俗経営に比べれば実入りは少ない。ローワンさんのつてを頼って何処か大きい所に頼るという手も考えたけど、いくら懇親ある中とはいえその頼みは受け入れられないものだ。たかが小さな飲食店の後ろ盾を頼むローワンさんは、果たしてマフィア側からしたらどう見えるだろうか

 私的な理由で、たいしてうま味の無い商売に人件費をかけて欲しい、そんな間抜けな願いをローワンさんにさせてはそれこそローワンさんの築いていた関係性に悪影響が出る。

 

 だから頼れない。この街で、僕は自分の力で生きないといけない。良好なマフィアを見つけて、良い関係を築けるかどうか、これは一種の博打だ。

 

 

 

 

「……さて、どうするべきか」

 

 

 

 

 バイクに積んだ資材、市場で仕入れたそれは店の修理用。壊れたカウンターテーブルぐらい直さなければ、そう思い出かける夕暮れのこと。

まだ比較的安全な時間に街を移動する際中、車の渋滞で遅くなる合間に考えることは後ろ盾、とにもかくにも後ろ盾のことだ。

 

ただ料理を作るしか能がない僕がどう話をつけたものか、まさかヤクザの事務所へラーメン片手に後ろ盾になって欲しいと、まあまともな目には遭うまい。笑いで済んで蹴飛ばされればいい方だ

 悩ましい、そうなれば思考はあることに傾く。今あるビルを離れて、チャルクワンストリートに屋台を構えて無難に店を始める、そうすれば少なくとも今の悪い客を遠ざけることはできるはず。この街でもアソコは警察の目が届く場所、警察の袖にお金さえ通せばある意味一番まともで安全な後ろ盾を得られるというものだ

 

 だけど、それを決断するには、僕はまだあの店を

 

 

……あの人の、師匠の店をないがしろにはできない

 

 

 いない人に想いを馳せて、行動が縛られるなんて良くないことは承知。でも、それでも僕は誠実さを捨てたくない。

 

 あの店には思い出がある。あの店で、あの人が料理を作る姿に僕は憧れを抱いた。だから、僕は

 

 

 

……まだ、あきらめたくない……僕の味は、あの店でこそなんだ

 

 

 

 そう、諦めるわけにはいかない。自立の道は難しいことは最初から承知していたはず、何よりまだ一月も絶っていない。

 

 もう少し、僕は自分の味を信じてみる。店を慕うお客が増えれば、きっと現状も変わる

 

 変わるはず、そう胸に誓い

 

 

 

「……よし、気を取り直して」

 

 

 

 

 

 

『――――――――――ッ!!?!?』

 

 

 

 

 

 

 がんばろう、そう生き込んだ僕の視界に、あまりよろしくないものが見えている。

 

 店の前、そこにはいくつもの装甲車が並んでいて、なにやら大層明るい光がいくつも散って、あぁ何を間抜けに静観しているのだろうか

 

 鳴り響く轟音、それはこの街では大層珍しくない騒音、つまりは銃声だ。そしてその銃声は、僕の大事な店に向けて惜しげもなく放たれている。まあ、つまり何が起きているかといえば

 

 

 

 

……逃げろ!!マフィアどもが抗争を起こしやがった!!!

 

 

 

 

……ばか、離れろ!!ロシア人たちだぞ!!!

 

 

 

 

……誰だ!ロシア人相手に喧嘩売りやがって!!疫病神を呼び寄せんじゃねえよ!!!

 

 

 

 

 

 

「…………は、ハハ」

 

 

 いっそ笑えて来てしまう。いったいどんな理由があって彼ら遊撃隊が僕の店を銃撃しているのか。

 

 わからない、わかるはずがない。思い出の詰まった店がRPGで吹き飛ばされて、ついぞビルは形を保てず崩壊する様を眺めては、どうして正気を保っていられてようか

 

 

 気づけば僕は逃げるようにバイクに乗り、現実逃避でその場を走り去らんとしていた。だけど、それを許さない屈強な兵士が気づけばすぐそばに

 

 

 

「■■■■▼▼■▼」

 

「▼■■……▼▼■■■▼」

 

 

「……へ?」

 

 

 聞き取れない言葉、どうしてか英語ではなくロシア語で、二人が会話を終えるやその手は僕の腕を掴み、あっという間に捕縛術でその場に組伏される。

 

 

「!」

 

 

 命の危機、それを感じた僕はどうにか逃げんと抵抗する。けど兵士二人の力ではどうあがいても逃げられず、どうにかならないかと必死に思考を回す。

 

 答えが無いか、だけど解答どころか数式を書くよりも前に、答案も座席も強制的に撤去されてしまった。真っ暗になった視界、荷物のように扱われ車両か何かに詰め込まれれば、すぐに時速何十キロかのGに体が襲われた。

 

 

 どこぞともわからない場所へ連れ去られていく中、聞こえる意味の分からないロシア語は今でも忘れられない。理解できない意味に、恐怖心がたいへん耳触りのよろしくない予想を当てはめてしまうからだ。埋める、バラバラ、バラバラにして埋める、ミンチにして埋める、色んな随所で聞いた生々しい報復やら制裁やら、そんなスプラッター好きな変態が喜んで金を払いそうなムービーの主役、それが僕になると想像してしまう。否定したいのに、今の状況が僕の否定をひねりつぶすのだ。

 

 帰りたい、気持ちが悪い、不安で意識も混濁とする中、不快感は肉体にも影響を及ぼして気分がどんどん悪くなる。吐きたい気持ちをこらえていると体の中身が溶けてドロドロになったみたいでより気持ちが悪い。

 時間の間隔も曖昧、そうこうしているうちに、僕の意識は押しつぶされそうな深いなんで次第に沈んでいく。

 二人の兵士に拘束されながら、僕は気を失い、時間は流れていく

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

…………ッ

 

 

 

 

……………………!!

 

 

 

 

 騒ぐ声、何もわからない、気持ちが悪い。眠るなんてやっぱりできなかった。生殺しの不快感で、いっそ殺してくれと思うほどに状況がキツイ。光が見たい、飲み水が欲しい

 

 助けて欲しい、死にたくない、祈る神を持たない僕は、日本人らしくやたらめったら信仰を掲げる。誰だっていいのだ、海を割った男でも奇跡の復活者でも、もうなんだっていい

 

 この苦しみから解放してください。そう乞い願うばかりだ。頭を下げる相手は、いったいどこに

 

 

 

 

……………………ッ

 

 

 

 

…………?

 

 

 

 

…………ッ…………!………………!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい」

 

 

「!」

 

 

 水が降りかかる。被り物が取れていて、僕の視界には光が満ちていた。

 

 眩しさに顔をしかめる。手で隠そうにも手を動かせば動かないし親指がちぎれんばかりに痛い。結束バンドの拘束は肉を裂かんばかりの痛みを生み出してくる

 

 痛みではっとなって、ようやく思考に活が入った。息をして、脳を動かす酸素の歯車をあてはめる。時間にして一分もかかっていたかもだ。そうまでしてようやく、僕はやっと状況を整理することが出来た。

 

 状況は依然変わらない。兵士が僕を囲み、いつでもその引き金が引ける状態であるということ、それすなわち逃げ場がないということ

 

 だけど、気にするべき点として、もう一つ

 

 

 

「……おい、馬糞女」

 

 

 

 

……はぁ?

 

 

 

 理解が追い付かない。僕の前には女性がいて、見ている限りその女性はこの場の兵士を束ねるトップに見えてしまう。けどそれも納得してしまった。その顔と胸元の凄惨な傷、この人は誰か僕でもすぐに察してしまった。

 

 ロシア人たちを束ねる棟梁、バラライカの名前を知らない者はいない。

 

 

「女……答えろ、大事な確認事項だ」

 

 

「…………ッ」

 

 

 女、そう女と言ったのか

 

 頭が回る。溶けかけた体内で急激に活力が満ち溢れる。生きる可能性が見えたのだ。

 

 勘違い、何かの間違い、誤認逮捕、そうであれば伝えなくては、この人達にこれが間違いだって

 

 

 

 

 

 

 

 

「……狙い、そんなのは知らない」

 

 

「ほぅ」

 

 

「聞いてください、僕は……何もッ」

 

 

 知らない、人違いだ、その言葉を吐こうとした。けど

 

 

 それよりも先に、彼女の引き金は役目を終えた。

 

 

 

 

 

 

……ぐじゅ、じわッ

 

 

 

 

 

 

「……へ」

 

 

 

 

 

 痛い、足が痛い。熱くて仕方ない、燃えているように熱く痛い。

 

 

 痛い、痛いイタイ……なんで、なんでこんな

 

 

 

 

「叫べ、愚か者が出来る最後の道化はな……殺す相手が愉快痛快になる、そんな慟哭をかき鳴らすことだけだ」

 

 

 

 

「――――――――――ッ!!?」

 

 

 

 

 

……ズダン、ダンッ!!

 

 

 

 

 




今回はここまで、前回との落差がひどい


感想・評価たくさんいただいております。感謝です。励みになります。


最近ブラックラグーンの文庫版を読破しました。シャドーファルコン、あいつおもしろすぎませんか?原作に逆輸入されて欲しい、知らない人はポカン


次の投稿は早ければ今夜の11時ぐらいか、完成間に合えば投稿します。投稿しなかったら明日に

追記:土曜に投稿のつもりでしたが、やっぱりもう少しかかります。気長にお待ちください


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(9) 冤罪

投稿が遅れて申し訳ない



 

 

〇 ホテルモスクワ(現在)

 

 

 

 

~sideバラライカ~

 

 

 

 

 

 夜が明けた。規定の時間の前に目を覚ませたのは行幸である、ここでの眠りはいささか快適が過ぎる。

 

 体を起こし、ふらつく頭に指圧で喝を入れた。冴えわたる視界、酒を入れたわけではないが、妙に体は疲労している。否、疲労を思い出してしまっている

 軍人である自分の張り詰めた気をほどく要因、それは今自分の隣にいる彼以外他にない。忌々しく思うことはないが、少し当てつけの様に額を弾いた。

 

 

「……——」

 

「幼子と変わらないわね……ケイティ、朝よ」

 

 頬に触れた。さらりとした肌はシルクのようで、20代というよりはまだ12~3ぐらいの子供の肌だ。中性的で体格も小さい、ジャパニーズが童顔だとしても、やはりこれは特異的なものだ。

 

 

 

「……——……————」

 

 

 

「……ネコね、首輪をつけるべきかしら」

 

 

 喉を鳴らして反応を示している。あどけなく、そして無垢な顔、だがそれも過ぎれば汚してみたいと思うのは人の悪い心だ。いっそ強くはたいて見て、マーキングを施せば彼は良く自分に従うだろうか。

 

 

 

「……鞭で叩いても、あなたは私を慕うのかしらね」

 

 

「――ッ…………ァ、ヤァ」

 

 

 寝ぼけている。起きてはいない

 

 

「……フフ」

 

 

 眠ったままでも自分の声の意味を理解したのか、少し不安そうにしかめた頬をそっと撫でて、元の安らかな寝顔に戻す。

 

 二度三度、バラライカは頬を撫でて、そして深く寝入っているのを確認するやその場で静かにベッドから離れた

 

 

 

「おやすみなさい、次に顔を合わせるのはまた日が沈んでから。いいわね、ケイティ」

 

 

 

 日が昇る。彼の体に毛布をかけて、自分は元の自分へと戻る作業へと移行する。

 

 その第一歩として、まずバラライカは部屋のシャワールームへと足を運んだ。そもそもここは自分の私室で、着替えもすぐそばに置かれている。まだ彼はココを使っていない

 プライベートな部屋に連れ込まれていると気づかれれば、きっと要らぬ心配をさせてしまうから、だからまだ知らせはしない。

 

 

……バサリッ

 

 

 脱衣の音、布の擦れる音は部屋には届かない。一糸まとわぬ姿になり、浴室へ踏み入り最後の扉を締めれば、これで音は隔絶された。

 二重扉で音は聞こえない故、たっぷりシャワーを降らして湯を浴びる。肌にまとわりつく眠気や疲労と共に、彼に触れて得られた名残も肌の温度の感触も、その淡く儚げな息遣いも、泡と共に排水溝へと流し捨て去る。

 惜しむ気持ちも全部まとめて、体の中から吐き出していく時間だ。

 

 

 両の手を胸の付け根に置いて、じっと体を動かさず降り注ぐ湯の雨に打たれながら、静かに熱すぎるぐらいの暖かさに身をゆだねる。感嘆の息は漏れ出て、内から温まる感覚には快感すら覚える。

 

 性別故に、シャワーというこの時間に良いものを心は得てしまうから。

 

 右の手のひらが乳房を撫で、火傷痕の刻まれた根元から、こそげ取るように乳房全体を撫でて泡を落とした。彼の頬を乗せて、吐息を受け止めた自分の肉を、遺恨を残して戦場に出ないように徹底して洗い流す。

 体に触れて、なぞり、肌の滑りや筋肉の形、そして植え付けられた傷跡、普通の肌よりも感覚が麻痺しているそれは自然と慎重に触れてしまう。 

 度重なる拷問でつけられた消えることのない傷、それが今となっては自分を取り戻すための証明の要素だ。触れて感じるもどかしさや痛みが、自分が兵士だと実感させるのだ。

 

 ケイティとの時間、それは余分なものを体に乗せる。それを理解しているがゆえに、丁寧に洗い続ける。この行為を知れば彼は無情と思うだろうか、だがこれは必要な行程だ。

 

 生にしがみつく理由を持てば死者は死者ではいられない。生死をかけた戦場に身を置く以上、彼との関係は所詮戯れ、優先すべきは同胞とその同胞達と共に駆ける戦場のみ

 彼との関係はいわば贖罪、そのついで程度に平穏な知人として関係を持っているだけに過ぎない。それを強く何度も言い聞かせる。今朝と言い、出迎えた時と言い、やはり自分は彼に思いをかけ過ぎている。

 

 自覚はある。故に、こうしてまどろっこしくとも執着を持たないように処置を施すのだ

 

 

 

 

……我ながら、矛盾だなこれは

 

 

 

 

 蛇口を締める。水を止めた音が浴室に響いた。

 

 火照る肌をタオルで拭い、裸のまま部屋に戻り着替えを始めた。ガラス越しに見えた自分の体は、なんとも男をかどわすには傷物が過ぎる。

 彼は変だ。普通のようで普通ではない。どうして、そうも目の前の者に捉われない性格なのか、あの時といい危うげが過ぎる。命の張りどころを間違えている甘ったるい少年だ

 

 だが、それ故に

 

 

「……お前は、生き残ったのだろうな、だからこそ」

 

 

 おもしろい、そう口ずさんだが最後にバラライカは表情を変える。軍服に袖を通せば、もう彼女はバユシキバユを想う優しき母ではなく

 

 ただのミス・バラライカ。火傷顔のバラライカになったのだ 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

  

 此度の、拿捕すべき対象は欧州で活動している名も知れぬ諜報員。どこの依頼かは知らぬが、ここロアナプラで誰かが領分をわきまえす不埒な活動をしている、そんな報告があり組織は動き出した次第だ。

 

 そいつはここロアナプラで好き勝手に情報をあさるだけでなく、さらには駄賃をねだるような気やすさで街の秘密にすらも手をかけようとしている。ロアナプラの実態、麻薬の流通ルート、及びここの恩恵にあずかる表側の存在、墓荒しにしても厚顔無恥がひどく目に余る手間。街が自然、この物をすりつぶす判断を下すのは当然の流れであった

 

 街には厳戒態勢がしかれる。ネット等の通信手段は即座に抑え、その上で街の出入り口も塞いだ。常識を知らぬ馬鹿な諜報員に後悔の泡を吹かせるために、街は牙をむき出しにした。

 

 この街では諜報員などの後ろ暗い人間も住み良く息の吸いやすい場所ではあるが、それは同時にそうした者共の隠れ家も暴かれやすいことも意味している。

 無法の中にも秩序はあるように見えるものの、それはマフィア達によりつくられた都合の良い秩序。文明が整った街ではなく弱肉強食が前提のジャングルの秩序、故に諜報員といえど逃げ場は無い。

 敵は街の流儀を知らず、欲をかいて好き勝手に乱獲をする不届き物、だがそれだけであればこの話は膨らむほどは無い。すぐに刈り取られて肉がすりつぶされた程度の世間話だ。だが、今もその諜報員は存命であり、己の身勝手で街を荒らし続けている。

 

 

 諜報員は愚かではあった。だが、その愚かさに見合う技量を有していた。

 

 

 

 諜報員はわざと自分の痕跡を残す悪癖があった。酒場で情報の痕跡を流し、人目の付く場所でそぶりを見せて、いかにもな程度の低い諜報員であることを敵側に見せつけていた。

 そうしてマフィア達は当たりをつけ、街の流儀を知らない愚か者を捉えて拉致し、そしてナッツを噛み砕くように気軽な気分で処分を下す。

 

 尋問の必要はなく、隠れ家にある証拠品をせしめて、それではれて仕事は終わり、とそのように思わせるここまでが、その諜報員のやり方である。

 

 諜報員は痕跡を残すが、その際その姿は必ず街の現地人、つまりは自分の死を偽装するために身代わりを毎回用意するのだ。代わりの現地人に諜報員というありもしない裏の顔を縫い付けて、死体が出来上がると同時にまた別の現地人に取りつき、そしてまた死体が積み上がる。この繰り返しだ

 マフィア達は怯え戸惑う無罪の被告を見て、決して考えを変えない。すでに積み上がった証拠、残る作業工程は見せしめの制裁のみ、そのようにマフィア達を誘導することに諜報員は慣れていた。それはロアナプラで通じるほどに、慣れ過ぎていた。

 

 マフィアを手玉に取る行為、個人が組織を相手に人形師を気取れるのはなんとも愉快なことだろう。だが、諜報員はそれ故に、気づかない。

 

 ここまで述べて、諜報員は優れた策と術を有している前提で、だが今回のこの件はそれでも些事に過ぎない。

 

 それは何故か、巧妙な手段をもって自らの痕跡を知らしめない諜報員を、なぜ恐れるに至らないと

 

 

 

 理由は何故か、それは明白。

 

 

『遊撃隊、各員に告ぐ……ドッペルゲンガーは網にかかっている。殲滅を敢行せよ』

 

 

 

 

 何故なら、ここロアナプラは、否

 

 

 

 ホテルモスクワのミス・バラライカは、既にその行為を経験して暴いているからだ。

 

 

 数か月は前になる話だ。

 

 かつて、まったく同じ手段で街を荒らす諜報員がいた。その者は女で、今ホテルモスクワに追われ逃げ惑う者と同様に現地人に化けて己の痕跡を押し付けていた

 

 そんな連鎖の中で、とある料理屋の店主がマフィアに疑念を向けられ変わらず同様に拘束、そして見せしめに処刑されるかに見えた。だが、ここから先二点、結末を変えた要因がある。

 

 一つは、ミス・バラライカの勘が違和感を覚えた。それ故に、すぐに殺さず隠した情報がないのか尋問を行おうとしたこと

 

 幸運故に料理人は、ケイティは命をながらえた。それは機会、己の命を懸けた運命の帰路

 

 時はまた遡る、死の熱を帯びた銃口と、温度の無い冷酷な視線を受けて、彼はバラライカに何を示したか

 

 

 結末を変えた二つ目、それは……

 

 

 

 

 

 

 




 今回はここまで、説明回を経て次で決着。

 序盤のシャワーシーンですが大丈夫かな?まあ映像でも乳〇だしてたし、シャワーシーンはセーフ。我ながら通る理屈ではないな

 字の文ばかりだと退屈ですよね、バラライカのサービスシーンは出来るだけ書きたい。今作の方向性として、オリ主とバラライカのカップリングを想定していますので、二人の関係性もラーメンのついでにお楽しみに






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(10) 示す覚悟

これにて過去回想は終わりです、お疲れさまでした

各話のサブタイを変更しました。ラーメン言いながらラーメン出さない話も多かったので、普通に異なるサブタイをこれからは考える方向で


  

 

 

〇 ホテルモスクワ(過去)

 

 

 

 

 ホテルモスクワの本部、そのどこかにある厳重な扉の先にある窓のない部屋。

 

 某、スプラッター映画のごとく、今にもアナウンスが知らされて倫理観を泥に投げ捨てたような命令が下されかねないこの状況。

 

 ゲームの主催、ジョン・クレイマーよろしくゲームの真ん中で彼女は、バラライカは彼を見ている。すでに引いた引き金は熱く煙を吹き、彼の右足に風通しのいい穴を開通させたところだ

 

 

「……質問をする。お前は」

 

 

 

 

 

……ピト………………ピチャンッ

 

 

 

 

 

「…………——ッ」

 

 

 痛み、長く続くその感覚は熱をもってまとわりつく。溶けた鉛を肉の内側に詰め込まれたような、はなはだ不快な感覚が精神を休ませない。

 

 縛られたことで、頭の方にあまり血が昇って行かないのか、とにもかくにも意識を持たせるだけで精いっぱいだ。虚構も方便も、こんな状態では使用できない。追いつめて追い詰めて、その果てに真実を暴こうとしている。

 

 真実、それはいったいなんだ。僕にはなんの覚えもない。ただ、この街で懸命に生きようとしていただけだ

 

 

 

 

 

 

「……答えろ。血は全て抜け切れればさすがに救う術は無いの、だから吐きなさい」

 

「し、しらない…………しらない、なにも」

 

「ええ、じゃあ知っていることだけ」

 

「……なにも、僕はなにも」

 

「へえ、そう」

 

 

 呆れ混じりの息を漏らした。するとすぐに撃鉄の音がまたも鳴った。

 

 重く熱い銃口が、僕の額を小突いて頭を上げさせる。

 

 

「!」

 

 

 息ができない。逆光を浴びて覗くその暗い容貌、冷徹な瞳の色だけが美しくも目に留まる。

 

 殺されるのか、僕はもう、この街で生き続けることはできないのだろうか

 

 

 

「……ぁ、はぁ……な」

 

 

 

 嫌だ、まだ死にたくない。生きたい

 

 唾液を嚥下しろ、言葉を吐け、引き金を戻す手段は僕の声だけだ

 

 

 

「……あ、あなた達は……何を、求めている」

 

「聞いているのはこっちよ」

 

「等価交換です……答えて頂ければ、僕はなんでも、あなたに言います」

 

 途切れず、なんとか言葉を紡げた。今にも膀胱が耐え切れず粗相をしてもおかしくない、それほどに歯は震え寒気も止まらない

 

 どうなる、分不相応の願いと見られれば迷いなく引き金は引き絞られる。命運を分けるその銃、だけど見るべきはこの人だ

 

 目を逸らすな。舐められたら終わりだ。この街で生きるなら、立ち向かわないと

 

 たとえ相手が、ホテルモスクワの火傷顔、ミス・バラライカだとしても

 

 

 

「答えてください……お願いです、バラライカさん」

 

 

 名を口にする。その瞬間、周囲の銃口がガチリとセーフティ解除の音を鳴らして視線を浴びせて来た。

 

 そんな中、震えながら瞳を見続ける僕に、この人は

 

 にやりと、悪い笑顔を浮かべて、一言。突きつけた銃口が顔をなぞり、頬を降りて唇に。反応を確かめるように、切っ先で口をこじ開け、口蓋に鉄の味を感じさせる。

 

 

 

 

「……おもしろいわ、あなた」

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 鉄の味、血の味を覚悟したが引き金は保たれたまま、抜かれた後に口は開いたまま、唖然としてしまっていた。

 

 理由はおそらく恐怖、と付け加えるなら

 

 恐ろしい彼女の顔に、僕はどうしてか美しいという感想を抱いてしまった。あぁ、我ながら、本当に気がどうかしている

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

……この女は何だ、いったい何をしたい?

 

 

 

 銃口を向けたまま、バラライカは思案を続ける。

 

 どうあがいても諜報員、ないしその正体でなくとも欲に駆られて協力をした愚か者、最悪その当たりを付けていた。拉致対象の女は、これまでロアナプラで確認はされておらず、つい最近に飲食業を開いた店主とのことであり、過去が無い分諜報員として疑う要素はこれでもかと出てくる。実際、ビルの中には我々を狙う罠も、そして街の情報を集めた資料に銃器等、証拠をいくつか見つけている

 

 ホテルモスクワとしてこれ以上の仕事は蛇足、それは誰が見ても明らかであった。だが、どうしてか

 

 

……これが演技ではないのは明らかだ。では、一体何をもって食いつかんとしている

 

 

 協力員に仕立てられているならすぐに自供をする。本当に悪いのは別だ、自分は悪くない、身の安全を欲して無様に命を乞うはずだ。実際、そうしなければ生きる術はない。それが真っ当な判断だ

 

 だが、この者はそうはしない。それが不可解で、故に乗ってみた。

 

 

 

「……諜報員の噂が始まったのは、今から数か月前だ」

 

 

 語り聞かせる。自分たちが何を追って、そしてどんな過程でここに至ったか。

 

 不自然な噂、怪しい行動、そうしたすべてが必然的に一つの回答に、ケイなるジャパニーズの女が、その諜報員のロアナプラでの身分であると、それは不自然化と疑うほどに速やかに特定に至った。

 

 

……不自然、そうだそれが引っかかるのだ

 

 

 まるで用意された解答へ導かれたように、だが否定する材料も、組織としてこれ以上に動く動機もない。

 

 全ては憶測、だがその憶測は今、この者の回答でもしやすれば

 

 

 

「……以上、これが私たちの知る全てよ。さぁ、その上で、あなたは何を聞かせてくれるのかしら?」

 

 

 

 

 覆るのであれば、それはなんとも

 

 

 

……あぁ、もしそうなら腹を抱えて笑う話だ、叶うので、あれば

 

 

 

 

「さあ、答えろ……女ッ」

 

 

  

 再度突きつける銃口、たっぷりのどす黒い圧を込めて、いたぶる拷問管で自分を染め上げる。

 

 顔色を見せろ、その顔に、一体どのような感情を映すというのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いいかげんにしろ、ふざけるなッ!!」

 

 

 

 

 

「?」

 

 

 理解に一瞬戸惑いが生じた。なぜ、なぜそうも

 

 

「愚か者……銃口を向けられて言うセリフかそれはッ!!」

 

 

「!?」 

 

 

 鈍い音が響いた。銃床で殴られた音だ

 

 ここまで引っ張って、引き出したモノがただの悪態、当然の怒りだ。躊躇いはもうなく、いつでも引き金は引ける。

 

 振り切った銃を持つ手、それが再び額に押し付けるよりも先に

 

 

 

「……違うものは、違う……僕は、諜報員じゃないッ!!」

 

 

 吠えた。盛りを見せる獣のごとく、勇ましくも吠えてみせた。

 

 苛立ちを煽る遠吠え、利き手ではないもう一方の手は自然女の喉元を掴む。か細い首だ、片手の握力でへし折ることも容易く思える。

 

「立場を忘れるな、今命を握っているのは私だ、この私なんだ……お前は、何を主張するべきだ?己の保身以外に賭けるものがあるのか……お前は、女…………」

 

 籠る力、骨の形を指に感じて、喉仏の形も

 

「……——ッ」

 

「なんだ、なぜそうも目を濁らせておらんのだ」

 

 苦悶の表情を浮かべながら、その眼は未だこちらを捉えて逃げる気を見せない。意地と気概だけで食いつながんとするその姿勢

 

 果たしてそれが功をそしたのか、いずれにせよ

 

 ケイティは、バラライカを揺らがせた

 

 

「……お前、男か」

 

 

 ざわつく声、周囲の者も疑わずに信じ切っていたようだ。またぐらをまさぐったわけではない、喉仏の形状を手で感じて、バラライカは確信をもった。

 

 

「軍曹、諜報員は女だと聞いたが」

 

「はっ……ですが、問題は無いかと。性別を誤魔化す程度なら、何も支障は」

 

「だな……女だろうがカマだろうが関係ない。では答えろ、貴様は何を主張する」

 

「……ッ」

 

 

「興味がわいた。貴様の命乞い、その先に何があるか、見せてみるがいい」

   

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 高圧的に言ってくれるものだ。けど、それが力あるモノの権利、弱肉強食に異を唱える程僕はのうたりんじゃない。

 

 僕は、まだ何も成していない。

 

 人身売買でこの街に捨て去られて、泥臭くも必死にあがいて生きて来た。14であの人に出会えて、そこから人生は大きく好転した。

 この流れに僕は乗っている。望む未来を、自分が正しいと思える生き方を選べた。

 

 欲深くあれ、諦めて掴めるのは土だけだ。雲を掴むような、意味のないあがきだとしても

 

 

 

「…………ぼく、はッ」

 

 

 自分を曲げて、泥を抱いて終わるよりはずっと、はるかにましな道だ

 

 

「……諜報員なんかじゃない。ただの、料理人、です」

 

「そう、それで……なに?」

 

「料理人にできることは……料理を作ること、だから」

 

 

 血が滴っていく、体の熱が消えていくのを感じる。

 

 あと一言、告げる、ぶつけてやるんだ

 

 

 

「厨房を、貸してください……僕は、ラーメン屋だ……あなたに、最高の一杯を作るッ」

 

 

 

 あとは、もうどうとでもなれだ

 

 

 

 

「あんたの満足いく逸品、僕が作ってやるって言ってんだ……それができないなら、殺せッ!!」

 

 

 

 

 冷えつく空気、静寂を保っていた聴衆たちはさしもの動揺を隠しきれなかったのか、らしからぬ統率の乱れたどよめきを示す

 

 そして、それは当の本人でさえも。バラライカは、ケイティの回答を冗談だと捨て去る。その為に、引き金に指をかけ続けていた

 

 だが、一向に撃鉄の絶叫は響かない

 

 

 

「……正気か、貴様」

 

 

 

「正気も正気だ……本気で、取りに来てるんだ。僕の無実を、そして生還も、全部勝ち取ってやる、だから

 

 

 

 

……バチンッ

 

 

 

 

 

「————ッ!」

 

 

 起き上る体、血にまみれた両の手、結束バンドが千切れ椅子の拘束から解放されている。それほどまでに、強引に逃れんとしていたのか

 

 起き上るその身、一歩二歩と、その足が前に進んで

 

 

 

「大尉ッ!!」 

 

 

 

 ボリスの銃口がケイティを捉える。だがそれを先んじて

 

 

 

 

「総員、動くなッ!!!」

 

 

 

 

 一喝、バラライカの声で皆は時を止めたように静止する。だが、その中で唯一動き続ける者が一人

 

 一メートルもない距離、撃ち抜かれて血が舌たる足を棒にして、蘇った死者のごとく歩を進める者がいた。

 

 

「————————ッ」

 

 

 絶叫を噛み殺し、ケイティはバラライカの元へ

 

 女と勘違いされ、幼さにあざけられる顔はそこにはない。

 

 バラライカは、銃口を下ろした。無抵抗のままに、諜報員と疑った相手を前にして、試すようにただ待っている

 

 

「……同志たちよ。今から行うこと、その一切に関心を持つな。私がいいというまで、その場で石になれ」

 

 

 使う必要のない銃を懐に、出血がひどく顔から生気を消していくケイティを

 

 近づく彼を、バラライカは

 

 

「——…………ッ」

 

 

「倒れるな、馬鹿者……男を見せているなら、最後まで立て」

 

 

 力なく、その場で屈しそうになる体を咄嗟にその腕が持ち上げ支えた。返り血で汚れることもいとわず、その両脇を抱え、その場で足をかがめる。

 

 ゆっくりと、膝をつかせて、同じ目線に

 

 見れば、ケイティの目は閉じていて、貧血と極度の疲労で気を喪失していることが見られる。もたれかかるからだ、胸に顔を預けさせ、その場でバラライカは傷口の縛りを強く締め直す。

 

「軍曹、この子を介抱しなさい……絶対に死なせるな」

 

「はっ!……おい、お前ら」

 

 意を察したボリス、この場において状況は覆る。

 

 バラライカの中で、わずかに抱いた可能性の話。記憶の隅に置くそれは思考の海で膨大に膨れ上がり、荒波を起こし思考は高速でかき乱れていく。

 

 自然、答えは見えていく。目の前の少年の言葉、物証も何もないその言葉が真実と仮定すれば

 

 応えは自然と見えていく。確信は無い、無駄な轍を踏むも承知

 

 

……だが、そうだとしても

 

 

 

「情報を集めろ、精査するのだ……クソッタレの成り代わりがいるッ、気取った怪盗アルセーヌを真似た不快な輩だッ……舐めるなよ、ホテルモスクワを欺いたこと、今際の先まで後悔の泡を抱かせてやるッ……我らの弾丸が生み出す血の泡で、二度とこの世の空気を吸えん体にしてやる……同志諸君、迅速に動けッ!!作戦は継続だ!!!」

 

 

 

 ホテルモスクワの行動が変わる。男を示し、バラライカに勇敢さを見せたケイティの確かな勝利だ 

  

 

 

「…………ぁ、ぐッ」

 

 

「!」

 

 

 その場で寝かされ、薬と止血の処理が行われている。そんなケイティを見て、バラライカは彼の顔に涙の雫が浮かんでいることに気づいた。

 

 気丈に振舞ってはいても、アドレナリンが尽きればこうももろく、そしてあどけなく見せて来るとは

 

 

……少年か、東洋人は若作りと聞いたが、それにしてもまだ子供だな

 

 

 衛生兵の部下が部屋に駆け込み、急ぎその場で完全な止血の治療が行われんとしている。輸血を繋ぎ、管を通されていく姿に不憫さを抱く

 

 贖罪の気持ち、罪悪感などこれまで持ち合わせることなど無いモノであった。

 

 押しとどめるのは簡単、しかしバラライカの気は思わぬ方向へ乗ってしまった。

 

 痛みを噛みしめ、悶ええづくケイティの胸にそっと手の平を置く。男のものらしい、平らで骨ばった胸だ。

 

 

「……期待してやる、故に」

 

 

 込める思いは敬意、尊敬すべき一人の男の子に、その両輪としての在り方も含めて、バラライカは言葉をかける

 

 

 

「借りを返すまで、絶対に死んでくれるな……お前の言う味、私が賞味するまで、決して死なせん…………これは、決定事項よ」

 

 

 

 

次回に続く




以上、オリ主とバラライカの馴れ初め(ハード)になります。料理で日常を語りながらなんでこんな重い展開にするのやら、我ながら物語の展開が右往左往してます。

次回ラスト、最後は実食で終わります。やっとラーメン出せる安心感


追伸:ジョンクレイマーは映画「ソウ」に出てくるデスゲームの主催者です。ブラックラグーンの年代とは違いますが、原作らしい海外色のある語彙を使いたかったので

 本作では少し年代を濁していく方向で、じゃないとラーメンの種類も限られてしまうので


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(11) 三ツ星淡麗塩ラーメン

これにて終了、オリ主とバラライカ馴れ初めでございました。バラライカ、今作でのヒロイン枠なのでね、まあ今後もいっぱい登場する予定です。


 

 

 

 約束の日、街の騒動が収束を迎えた日。

 

 ホテルモスクワが起こしたネズミ探し、それは街に大きな損害をもたらしたものだった。というのも、街で暴れていたのはこの街に住む現地人のほぼ全て、普段は荒事に加担などしない現地人のタイ人ですら慣れない銃をもったり、とにかく怪しいモノに片っ端から銃口を向け合うとんだバトルロワイヤル案件だったとか

 そうなった背景というのも、皆が追う諜報員とやらは現地人を装い自分の疑いをなすりつけるという、この街に住む者なら誰しも怒りを抱くような不届き者であったことも理由の大きなところだ。

 僕も依然似た手口の輩のせいで大層な目に遭ったから他人ごとには思えない。正直街は荒れてしまったけど得心は得てしまった。それはそうだ、無理もないと

 

 そんなこんなで、街は大騒ぎ、例にもれずイエローフラッグは半壊を通り越して全壊。街は平常運転である。トボトボと市場を歩くバオさんがこの世の全てを憎むような目の輝きをしていても、街は依然平常運転だ。酒場が倒壊しても街は回るように、世は多少のことで支障をきたすことも無し。

 

 ただ回り続けるのみ。コペルニクスの言う通り、世界は回り続けるのだ。この街で天動説を信じる者がいないのは、きっとそういった理由からだろう

 

 世界は回り続ける。神も人も関係なく、この地は回り続けるのだ。故に、世はことも無し、どこぞの暴力シスターお姉さんの請負である

 

 

 

 

〇 

 

 

 

~麺処・ロアナプラ亭~

 

 

 

 

 

 

「……ふ~ふふん、ふ~ふふん」

 

 

 街が物騒になる中、この店主といえばスイートなルームで惰眠を貪るばかり、と言う訳でもなく暇を消化するために料理をしていた。

 

 試作、研究に費やした一週間。休みで腕はなまっておらず、変わらず彼のかき混ぜる鍋からは極上の風味がただよい、それは店の外へ流れ出てしまう。

 

 まだ営業に早い時間、夕方でロアナプラが本当の顔を見せる前の時間

 

 

 

 

……ガララッ

 

 

 

「?」

 

 匂いにつられて入ってきたのか、申し出もなく開かれた扉からはヌルっと黒い塊が。決して間違っても新種のUMAではない

 

 

「……おい、ケイティおめえ……今までどこ行ってたんだよ」

 

 

「ローワンさん」

 

 

 開口一番にまず自分の聞きたい言葉を投げかける。そんなこの人は理もなくカウンターに座り、さっそく使い捨てのおしぼりで顔を拭いていた

 

 

「ローワンさん、店はまだ」

 

 

「いいだろべつに、おれたちのなかじゃねえか……で、お前さんこの一週間どこ行ってたのよ。知らぬ仲じゃねえんだし、心配ぐらいするぜ……嬢たちを宥めた苦労をわかってくれよ」

 

 

「……まあ、野暮用です」

 

 

 疑ってみてくる。しかし言ってどうなるというのだ。間違っても、僕があのバラライカさんと一緒の部屋で寝たことなんて、口が裂けても言えない。

 

 

「…………ま、深入りはしねえけどよ。事前に一言言えよ」

「そんな余裕があればですけど……あ、そうだ、今日はもう帰ってください。先約もうすぐ来るので」

 

「え~、腹減ってんだけどな」

 

「営業時間前に来てるだけ既に図々しいですよ……ほら、帰った帰った。じゃないと、怖いものを見ますよ」

 

「は? お前さんが怖いモノだって、こいつはお笑いだ……なんだぁ、ジグソーのジョン・クレイマーみてえに俺を震え上がらせてくれるのかよぉ。いったいぜんたいどんなスリルを見せてくれるってんだよぉ」

 

 

 真に受けずお茶らけている。ああ、そうこうしているうちに

 

 

 

 

「……ケイティ」

 

 

 

「お、おいおい……先約っつのはまさか娼婦デモォォオオオオオオォォオ!!?!?!?!?」

 

 

 

 叫んだ、それはもう電動ノコギリで寸断されてしまったのかと見まごうばかりに、椅子から転げ落ちて壁に背を向けた。ここは飲食店、頼むからズボンにデカいモノを産み落とさないで欲しい

 

 

「お待ちしていました、バラライカさん……先に二階でお待ちください」

 

 

「ええ、そうさせてもらうわね」

 

 

「な、なな……おぉぉ、お前さん、いったいなにを」

 

 

 僕とバラライカさんを交互に見て驚き腰を抜かしている。早く店を出るように言うべきだったか

 

 ローワンさんは本当にこの人が苦手なようだ。というか、こんな派手にしておいて内心は小心者、まあこの街で最も恐ろしい女性に、あろうことか娼婦といいかけたのだ。減る寿命もあるだろう

 

 

「……おい、ローワン」

 

 

「!?」

 

 

「やかましいぞローワン、静かに場を去れ……間違っても、貴様の汚いブツの匂いを私に嗅がせてくれるなよ」

 

 

「は、はいぃいぃぃ!!!!」

 

 

 冷ややかな一言、つんざくような声を上げるローワンさんは情けない四足歩行で逃げ出した。恐怖にはどうやら人から二足歩行の権利を奪う効果があるらしい。

 

 さらに店を出ては表を囲むように並ぶスーツ姿の遊撃隊の皆さん。二度目の悲鳴が遠ざかって、ようやく僕とバラライカさんだけの時間が始まる。店に残るのはバラライカさんのみ、外で待つボリスさんは、心なしか温かい目でサムズアップを一瞬だけしたような

 

 

「じゃ、先に上がらせてもらうわね……美味しいの、期待してるから」

 

 

「……ええ、もちろん」

 

 

 期待してる、その言葉を聞いたのは確かあの時、おぼろげな意識でも微かに記憶に留めている。

 

 あれから数か月、随分と待たせてしまったものだ。

 

 

「すぐに、用意しますよ……あの時の約束、ようやく果たせますから」

 

 

 そう、今日僕は約束を果たすのだ。日替わりのラーメンでリクエストは受け付けていないけど、今日はだけは特別。寸胴鍋いっぱいに満たされた師匠直伝の塩ラーメンスープ。バラライカさんを持て成すために作り上げた味、その一杯目をこの人に

 

 

「楽しみにしてください、まさに怪我の功名で編み出せたラーメンなんですから」

 

 

 考えに考えたラーメン、この人に食べさせるべき味、それは何かと考え続けて試行錯誤を重ねた。師匠曰く、ミシュランのガイドが食えば三ツ星を分獲れるに違いないと豪語していた故に名は三ツ星淡麗塩ラーメン。淡麗と名付けた割には傲慢極まりない考えだが、今はその傲慢さをお借りしたい。

 

 曲がりなりにも、この街のトップに坐する人の食すもの、高貴であればいいということではないけど、それでも今自分が作れる最高の味で挑むこと、これが大事なんだ。誤魔化しのきかない繊細な味、これでこそ僕のあの時の答えにふさわしいモノは無いはず

 

 

「心を込めて作りますよ、バラライカさん……」

 

 

 本心から、僕はそう言葉を送る。ちょっといい顔で、かっこつけた気分で言ってみた。すると。バラライカさんは微かに笑って

 

 

 

「じゃ、そろそろ上がるわ……美味しいの、待ってるわね」

 

 

 

 機嫌よく、その火傷痕の刻まれた容姿を和やかに微笑ませた。優しく、落ち着いた心地の良いトーンの声で、僕の聴覚だけにピンポイントで刺さる声色で返事を返してきた。

 

 

「……ッ」

 

 

 顔が熱くなる。顔を背け、調理に集中せんとして、そんな僕の様子にまたバラライカさんは軽く笑いを口ずさんだ

 

 

 

「…………せっかくだし、あなたも一緒に食べなさい……向かいの席で、嫌とは言わせないわよ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 足音がフェードアウトしていく。拒む言葉を受け付ける余裕などない、確定事項ということか

 

 少し悩んで、けどもうあの人の言葉なら仕方ないと納得して、僕は二杯目の器を用意した。

 

 

 

 

 

 

 

~バラライカside~

 

 

 

  

 部屋には簡素なテーブルが一つ、向かいに座る席を合わせて二人まで、遮光ガラスの飾り窓は南向きに、眩しい夕日を柔らかい明りに変えて部屋へ流す。

 

 様相は小奇麗なレストランといった所か。自分が指定して作らせたこの作り、しかし使うのはこれが初だ。

 

 約束のラーメン、それを今日やっと数か月ぶりに果たせるのと同じ理由、私的な用を取るためにこうも時間がかかってしまった。

 

 だが、長引かせたことも、今思えば

 

 

……続けたかった、ということなのか、私が

 

 

 彼との関係は贖罪、冤罪でその命を奪いかけた責任を果たすために、彼には必要以上に目をかけた。その結果店は繁盛し、そして後ろ盾という名の贔屓客には自分をはじめ多くの有力者が名を連ねている。彼はもう、この街で誰よりも滞りなく店を構えられる稀有な人間となった

 

 故に、一週間の保護も建前、何も問題ない。だが、自分の欲は彼を欲っして、結果あの明け方の軟弱な自分が出来上がった

 

 

……いかんな、これでは本当に

 

 

 甘ったるい時間は麻薬のようなもの、今でこそ抜け切れているが、いつかどうしようもなく没頭してしまい、オーバードーズを引き起こしてからでは遅いのだ。

 

 考えたくはないが、もし今彼との関係で自分に手ひどい支障が出るのであれば、いつかに躊躇った引き金を再度引くことがあるのだろうか。そんなことを思えば、ふと愚痴の一つでも漏れてしまう

 

 

 

「……年、取ったかなぁ」

 

 

 

「……?」

 

 

 

「……いや、何もない。流せ、たわごとだ」

 

 

 気が緩む、これも彼と二人でいるせいか。

 

 

「いかんな……いやなに、気にしないでいい。さあ、料理を出しなさい……今は食事を優先するわ」

 

 

 ケイティに話したようで、その言葉は自分に言い聞かせるようなものだ。

 

 

「……しかし、早いわね」

 

「ええ、ある程度は出来ていますから」

 

「……そう」

 

 

 二階に上がって五分も経たずにケイティは上がってきた。配膳トレイに乗せた二杯の器、ふたを閉めたそれを開けずにいるのは自分が口紅を落とすのを待っているから、どこまでも律儀というか、変に気の回る子だ

 

 

「……では、どうぞ」

 

 

 絞りで手を拭ったタイミングを見て、ケイティは二つの器を開け放った。立ち上る湯気、そこに含まれた香りは、筆舌に尽くしがたいものだと今は述べよう。

 

 嗅いだことのない匂い。ロシア料理にはない、だがアジア特有の癖のある風味でもない

 

 ただ純粋に胃を刺激する香り、刺激的ではるが過激ではない。ここロアナプラで興ずる料理というには、これはあまりにも品が良すぎたのだ

 

 

……日本のラーメンか、存外に悪いモノではないようだ

 

 

 箸を取る、そしてレンゲと呼ぶ匙を持ち軽くスープをすくってみた。それではまず一口を、と思うそんな時 

 

 

 

……イタダキマス

 

 

 

「?」

 

 ふと、ケイティが何か知らぬ日本語を一言を、その手は皿の前で経を唱えるような姿勢で合わさっていて、少ししてそれが東洋風の食事の作法だと理解できた。

 

 

……作法か、確か

 

 

 祈りをささげる行為はもう久しくしていない。だが、彼の前にいる手前、今はその作法を取るべきと考える。だが、興ずるものは神の恵みとは少し遠い異国のモノ、であれば

 

 

 

 

「……イタダキ、マス」

 

 

「!」

 

 

 

 驚いた顔を見せる。なに、同じことをしたまでだ。

 

 箸を手に、二三動かして感触になれたのを確認するや、空いた手で皿を手繰り寄せ麺を掴む。見様見真似、不器用な手ではない故にそう難しくはなくできそうだ

 

「……まずはスープから、でいいのかしら」

 

「え、はい……どうぞ、お熱いので気を付けて」

 

「ええ」

 

 匙を手に、掬い上げるスープに軽く息を吹きかける。冷ましながらも観察を続けて、夕日で色の判別に戸惑ったがこのスープ、色はほぼ透明。故に、日の光と混ざってシャンパンゴールドのごとく鮮やかに輝きを帯びている。

 澄み切ったスープ、味があるのかすら疑うほどに奥を映す。だが、漂う香りは上質な鳥のもの、まず確実に美味なるものだと理解できる

 

 唾液が湧く。料理を前に、期待を募らせ胃の衝動に突き動かされるとは、いったい何時ぶりだろうか。とにもかくにもまずは実食を

 

 

 

「………………スゥ」

 

 

 流し込む。舌にのせ、軽く口内で回し、喉へとやった。嚥下してなお感じる風味、鼻を通り抜けて感じるこの余韻 

 美しい味、上質なコンソメスープを飲んだような、この味には気品が強く漂っている。だが、それでいて野趣のような、力強さも共存している。

 

 美味い。そして興味が湧いた。

 

 

 

 

……ふぅ……ぅ…………ぁ、くッ……チュルッ

 

 

 

 

 

「……んッ、んっく」

 

 慣れない口の使い方。息を止め、慎重に麺を空気と共に口中へ運ぶ。熱と共に染み渡る味わい、瞬間に舌が唸った

 

 

……あぁ、いかんなこれは……想像以上だッ

 

 

 慎重な一口目、しかし二口目からは怒涛の勢いだ。染みついた食事作法が無ければ、今にも品の無い作法で丼を抱え貪り食わんとしていた所だ。

 

 箸を進める。匙でスープを飲み、否……味わい深いスープは飲むのではなく食む。故郷の味とは似ても似つかない、滋味深く淡い後口、それでいて深淵のごとく深い味わい

 豊かなうま味の先、だが微かに慣れ親しんだ味がある。それが一層に胃を刺激する

 

 

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

 

「!」

 

 

 箸が止まる。すでに麺を半玉ほど食したところで、ひとまず食欲の怪物は意思の力で押さえつける。

 

 息を整え、テーブルクロスの代わりに彼が差し出したハンカチで口元を拭った。一呼吸を置き、冷静に

 

 

「……これは、鳥だけではないわね」

 

 

 掬い上げたスープ、見た目からは特に目立つ情報は無い。ただ、漂う香りは気品に満ちてすらいて、そして

 

 

……ク…………ゴック

 

 

 

「…………ッ」

 

 

 

 舌にのせ、数秒味わってからゆっくりと胃に落とす。折り重なるうま味、その中で微かに舌が反応を示した。それは、覚えのある酸味

 

 

 

「……気づきました?」

 

 

 

「ぁ……あぁ、おそらくな。だが、どうやって」

 

 

 気づいた味、この澄み切ったチキンのスープ、しかし確かに感じたのは故郷のスープの決め手、赤いボルシチの味を決める食材。

 それは色付けのビーツではなく、確かなうま味をもって、味を高めるために入れられる野菜

 

 

「……トマトか、だがこれは」

 

「!」

 

「どうした、外れだったか」

 

「あぁ、いえ……正解です。まあ正確にはドライトマトです」

 

「ドライ?……あぁ、なるほどな」

 

「……スープは上質な鶏を丸々、それと各種香味野菜とスパイス。仕上げの際に、塩味と程よいうま味を付け足す調味液と混ぜ合わせるのですが、要はその液、塩ダレにドライトマトを使っています。動物系のイノシン酸と、トマトに含まれるグルタミン酸、これが調和することで奥深いうま味を作り上げます。」

 

「イノシン酸、グルタミン酸……まるで科学だな」

 

「ええ、突き詰めれば料理は化学です。慎重に組み上げれば、その味は確実に良いモノへ仕上がる。数式みたいに、美味しいという感想に根拠が生まれる……僕は確信をもって、この味をあなたに提供しました」

 

「……確信?」

 

「ええ、確信です」

 

 得意げにそう言って見せる。料理のこととなると饒舌になるようだ

 

「アジア色の強い味ではロシア人のバラライカさんには口に合わないでしょう。アジアの風味と癖を持つ醤油や味噌は味の決め手にしてはいけない。だから塩味、塩ラーメンが正解、味の方向性でこってりよりもあっさりを選んだのは、少し違う理由ですね。こうしたあっさり味のスープは、きっとロシア料理とは良い意味で遠い、斬新に感じるはず。だけど遠すぎもしない、トマトを旨味の根幹に置いたおかげで舌になじむ味になるず。ボルシチと同じ、肉とトマトでイノシン酸とグルタミン酸が調和する味のコンセプト、そこで共通点を感じてもらえれば」

 

「美味しいという答えに行き着くのね。なるほど……共通点、言われてみれば納得がいくわ」

 

 匙ですくうスープ、慣れ親しんでいないアジアの味ではあるが、日本食らしいこの品のいい味は舌に馴染むのもうなずける。

 

 品よく香るこのスープ、またかすかに感じる爽やかな香り、これはスープに浮かぶ柑橘の果物の皮か、葉巻で鈍っていた嗅覚に鮮烈な刺激が感覚の幅をこじ開ける。

 

 

……ズル、ズルルルルッ

 

 

 

「……良い食べっぷりで」

 

 

「ええ、どうも……美味しい料理だからよ」

 

 

……ズルルルルッ!

 

 

 すすり上げる麺は程よい触感を残しつつも歯切れよく、スープと調和して実にいい心地だ

 

 テーブルマナーで音を立たせないという文言、今はそれが馬鹿らしく思える。この料理と、この食し方を知ってしまえば、あぁちがうな……彼の前で無ければ、きっとこうはしない

 

 つくづく、ラーメンなる料理は魅力的だと痛感する。だが、それは同時に

 

 

「ケイティ……まちがっても」

 

「ええ、すすって食べてたなんて……口が裂けても言いません」

 

「……助かるわ」

 

 察しが良すぎる彼に素直な感謝を送る。

 

 今後、この料理を食するときは、彼と一緒の時だけ。そう心に決めた

 

 彼と一緒、今日のような日を、またいつか

 

 

……あぁ、いかんな

 

 

 抜け出せない。食欲以外のものを満たしすぎるあまり、本当に抜け出せない所まで至りそうだ

 

 

「……いかんな、本当に」

 

「ええ、ラーメンの魅力は麻薬ですから」

 

「…………」

 

「あれ、何か変なこと言いました?」

 

 的外れな答え、この天然さは時に狙っているのかと疑ってしまう。

 

「……いいえ、そのとおりね……たぶん、もう抜け出せないわ」

 

「?」

 

 あぁ、もうこの味からは逃れられない。

 

 この街で、どうしようもなく狂った生き方を選んだ私であったのに、まさか一杯の麺料理と武器も持たないただの料理人に心を奪われるとは

 

 あぁ、かくも人生は面白い。

 

 

「ええ、本当においしいわ……このラーメンも、そしてあなたも」

 

 

「ぼ、ぼくは食べられないですけど」

 

 

「大丈夫よ、その内わかるでしょうから」

 

 

「あの、いかがわしいのは僕苦手で……その」

 

 

「いかがわしい?……わたし、そんなこと言ったつもりはなくってよ」

 

 

「————ッ!?」

 

 

 ボルシチもかくやのごとく、その顔は真っ赤に染まる。ああ、なんとも食欲をそそられるものだ

 

 合縁奇縁な人生の味を、私はしみじみと噛みしめて嚥下する。味わい深い料理も、そして

 

 

 

「エッチなのね……ケイティ」

 

 

 

「ば、バラライカさんッ!?」

 

 

 

 ただの料理人である、この愛しい少年を私は最後まで味わい尽くすのだ。

 

 

 

 

 

…………ズルルッ

 

 

 




 読了お疲れ様です。ラーメンの元ネタは実際東京にある塩ラーメンで、あとドライトマトはラーメン西遊記から引っ張ってきました。わかる人にはわかる

 感想・評価等たくさん頂いてありがたい限りです。今まで書いてきた中で一番反響が良い作品なので、ほんと頂く声が嬉しくて仕方ないです。書いてよかったブラックラグーン、改めて読了感謝です。

 次回、またしばらく間を挟んでから執筆する予定です。オリ主の話か、それともまた原作キャラとの馴れ初めか、たっぱのでかいいい女を書きたい衝動が高まったら執筆するかもです。ではでは


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(12) 博多豚骨ラーメン

投稿はしばらく空くといいましたが、ちょっと気分が乗ったので執筆。


 

 

 深夜4時に店を閉めて、掃除と簡単な仕込みを済ませてから就寝。目を覚ました時刻は10時、5時間の睡眠でも肌が荒れず目に隈が浮かんでない姿にはすでに違和感を覚えない。慣れてしまえばそういうものだと、飲食業の平凡な日々はとくに代わり映えなく進行する。

 

 仕入れの時間、市場を利用することもあるけどやはり希少な食材に調味料の入手はお得意の仕入れ問屋に頼むしかない。醤油、鰹節、昆布、日本特有のものをはじめ安心で良質な食材を仕入れるとなれば、やはりこの街の市場では心もとないのだ

 

 以前も、食材探しで軽く一大事になりかけたこともあった。豚骨を切らしたある日、僕は市場を歩き回り、新鮮で状態のいい豚の骨はないか?……そう人に尋ねて回っていたら一軒だけ心当たりがあると言ってくれた人に巡り合って、けど連れていかれるのは見知らぬ場所。もうこの時点でお察しな展開である。

 僕は見知らぬ場所へ案内され、うすうす感じてはいたけどまあ案の定というか、たどり着いたのは13日の金曜日よりもとびっきりご機嫌な光景、というかライブショーであった。

 チェンソーと白衣、ディスイズ屠殺現場、トランクケースに収められたヤクザ風体の男が愉快痛快に鳴き声をスクリーム、僕より少し背のある白衣の人は機械的な声で『今、豚の骨を取り出すところ……ガガ、ちょっと待ってて、物珍しいお客さん……ザザ』これが僕と掃除屋ソーヤさんとの初めての出会いでもあった

 

 生きの良い豚の骨=殺されても文句のないチンピラの死体からはぎ取った骨、そう受け取られてしまうなんて、いったいどこの世界で起こるのだと、いやこうして起きているのだ。だってここはロアナプラだから。 

 うん、やっぱりここはロアナプラ、ちなみに筋ものではない僕を怪しんだ業者さんの方々にあやうく解体される寸前、これまたバラライカさんの伝手でどうにか事なきを得ている。本当にお世話になりっぱなしだ。

 

 うん、あぁ……話が逸れてしまった。ソーヤさんとの面白くも愉快でもない初の出会いはまた今度に、とにかくここロアナプラでまともに食材を調達するとなるとやはり方法は限られるわけで、もちろん非合法な密輸品だって含めれば手に入らないものはないけど、それでは全く採算が合わない。

 ラーメン屋をやる以上必須な食材の入手、店を開いて数か月の頃は本当に困っていたものだ。

 

 バラライカさんのおかげで安全に店を開けるようになった矢先、仕入れ先のルートが不運にも使えなくなり、結果方々をあたって高い密輸品との交渉に明け暮れる日々、あぁ今思い出しても胃が痛くなる。

 

 店の存続の危機二度目、そんなころのことを思いだしてしまった。でも無理もない、急にこの人が店に訪れれば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来客を二階に通した。仕込み途中、スープが出来上がったタイミングを見てあの人は店の戸を叩いた。

 

 ローワンさんの店に赴くついでに立ち寄ると言っていたけど、こうして訪問されては振舞わざるを得ない。今鍋でぐつぐつと匂いを立たせているのは強烈な豚骨臭、いつもは丁寧に処理をして且つ臭みを出さないように心掛けているけど、今日のラーメンはその臭みも個性、伝統を重んじて彼の地のスタイル、福岡シティの博多豚骨ラーメンだ。

 

 背ガラ、頭骨、各種香味野菜、それらを大きな寸胴で煮立たせて9時間、徹底して煮込んだスープは白濁色で匂いも強烈、しかし慣れ親しんだ者ならこの匂いで自然と胃袋が悲鳴を上げることだろう。

 

 最初、ロアナプラの住人もこの豚骨臭には嫌な顔をしていたが、今となってはそんな事を言う客は一人もいない。豚骨の魔力、それは人を惹きつける一種の中毒性、世間がマリファナやコカインで騒ぐ中、僕にとって一番ヤバい薬物はこの液体以外思いつかない。

 

 

「よし、いい具合かな。じゃ、麺の方も……」

 

  

 

 

 

 

……ガララ

 

 

「……」

 

 麺を掴み、鍋に浮かべた振りザルへ放り込む。麺茹でに集中する合間、僕は振り向かず来訪者に返事を返した。

 

 まあ、見ずとも声で理解できる。暇なのだろうか

 

 

 

「ようケイティ、店開いてっか?」

 

「……レヴィさん」

 

「んだよ、辛気臭え顔で……それでも客商売かよ。ほら、店開けてんなら一杯作れ」

 

「あの……ッ」

 

 

 ダンっと、粗雑にカウンターに腰掛ければそのまま肘をついて煙草の煙を口から吹かした。困る

 

 

「……あの、店はまだ準備中で」

 

「知ってる、けど今お前さんが持ってるのは? お前の華奢な体で二杯は食わねえと思うけどな。いいさ、先客のあとで」

 

 指を立てながらそう言い切った。この場合立てた指は人差し指、上の階を指して、全部わかっていると

 

 よく見れば、外で待つ人たちも特段騒ぐ様子もない。そういえば、この人をはじめラグーン商会とあの人の関係は良好なものだった

 

 レヴィさんの性格は知っている。あの人もレヴィさんのそれを知っているし、僕も知っている。

 

「……知りませんよ」

 

「ノープロブレム……ほら、出来たんならさっさと運びなよ、メイドみてえにかしづいて、ついでに愛想も振りまけりゃ旦那の鼻の下も伸びるかもな」

 

「……聞かなかったことにします」

 

 冗談を言うにしてはなんとも肝が冷えすぎる。バラライカさんに並んで、僕はあの人に対する恐怖を身に染みて知っている。間違ってもそんなことは言えないし、言っていましたとも告げ口すらできない。

 

 恐ろしい、けど恐ろしいがゆえに頼もしい、バラライカさんに次いで現れたもう一人のパトロン

 

 

 

「……戻ってきたら作りますから。タバコは吸わずにお待ちください、なんのために雑誌を置いてると思っているんですか」

 

 

 へいへいと、あしらうように返事を返される。こんどバラライカさんに頼んで尻をたたいてやろうかと、そんな言える勇気もないことを妄想のみで済まして、さあ階段を上って戸を開けた。

 

 お盆に乗ったラーメンを配膳して、ごゆっくりどうぞと告げて踵を返す。

 

 

 

「お、ありがとさん。相変わらず旨そうな飯を作る、夫の貰い手には困らなさそうだ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「はは、どうした顔が赤いぞ……悪い悪い、からかってすまないな。子供の相手は下手なんだ」

 

 

 

 軽口、からかい、ああこういうところが少し苦手だから足早に去りたかった。

 

 飄々としていて、けどつかみどころのない実態の曖昧な人、底の知れなさはやはりマフィアのトップ、この街の顔であり、そしてバラライカさんとの因縁の相手でもある人

 

 香港マフィア、三合会の張維新。かくも恐ろしき人に未だ僕は慣れない心地、けど同時に感心したり惹かれたりすることもある。

 

 男として、この人の出で立ち、振る舞い、あらゆる全てが粋だ。

 

 

 

……やっぱり、かっこいい人だよね

 

 

 

 決して口にはしない。だけど、僕は密かにそんな思いを胸に、いつかこの人みたいにしびれる魅力を手に入れたいと願ってみる。願ってみるだけなら、罰も当たるまい

 

 

 

 

 

 




張の兄貴参戦、博多豚骨ラーメンをすする兄貴は絵になる?ならない?

次回、また馴れ初め的な過去編挟みます。今回は短めにすませたい

あと、評価数が生まれて初めて三桁達成しました。普段はエチエチやクロスオーバーばかり書いてるのですが、こんなに評価貰えるとはなんとも未体験で戸惑いを隠しきれません。感想・評価等頂けて嬉しかりけり、モチベ上がって日々の執筆が捗ります。改めて読了感謝です


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(13) 副業 ※主人公含めてオリキャラの紹介

オリキャラ登場します


 

~過去回想~

 

 

 

 

 店を閉めた。理由は単純、材料不足だ

 

 豚骨も無い、鶏がらも昆布も鰹節も煮干しも、さらには醤油やみりん酒、日本から仕入れていた調味料も尽きてしまっている。

 

 代用品は手に入らないことは無い。だけどここはロアナプラ、こんなナリの僕が市場に仕入れに行っても門前払いもあるし、なによりまともな品質のものを求めたらまず見つかりはしない。安くて良いモノなんて贅沢、ここでは干し草の山から針を探すよりも難しいことだ

 

 元々、僕にラーメンを教えた師匠の伝手である仕入れルート、タイ人で日本の流通ルートを持っている人で、そこに頼っていたおかけでぼくは日本の食材を得られていたのに

 不運なことに、師匠の友達のおじさん(タイのバンコクに会社を置いてたからバンコクのおじさんとぼくは呼んでいた)は厄介なマフィアに目をつけられてしまった。

 

 バンコクのおじさんのもとへ、ある日マフィアを名乗る男が二人現れたとか。

 結論だけ言うなら、バンコクのおじさんはマフィアの不興を買い足を撃たれて現役を引退した。理不尽なことではあるがそんな悲運を覆すこともまた干し草と針である。

 

 あのホテルモスクワに並びこの街を納める悪の巨頭、三合会の怒りを買ったおじさんが悪い。だから、この話はここまでだ。おじさんは良い人だったのに、きっと不運だったのだろう

 

 

……法外な合併、ほとんど脅迫まがいの乗っ取り

 

 

 おじさんは齢60ながら運送行をほそぼそと続けていて、言うなら信用と実績で上手くやってこれていた町の中小企業みたいなもの。

 

 そこへがなりこんで、無理難題をふっかけて、首を縦に振らないおじさんにマフィアは銃を撃ち放った。計14発、七発入る拳銃の弾を再装填してまで撃ち込んだとは、正気とは思えない所業だ

 

 幸いにして命は助かったけど、もう仕事はできない。僕の仕事に迷惑をかけたと、謝りの電話を受けたときは思わず吐きそうになった。

 

 自分に対する理不尽はいい、他人の痛み、それも親しいものの痛みはどんなにこらえても拭えるものじゃない。

 

 三合会、ぼくなんかには決してどうにもできない相手、辛いからこれ以上抱くのは止める。止めないといけない

 

 けど、ああ心で思う分にはいいだろう。三合会なる組織、きっとろくでもない

 

 

 糞よりも劣る、汚物の巣窟だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 

 溜息が出る。おじさんの件で気が滅入るというのもあるけど、現実にどうしようもできない僕にのし掛かるのは己の店の経営に向けられた危機のみ

 

 仕入れにかかるお金が増えてしまったため、今の店の収入だけではどうにも心もとない。

 

 赤字を回避するため、唯一の休日である週に一回の閉店日、それを別の仕事に費やさないといけなくなった。安い仕入れ先が見つかるまで、このあまりしたくない金策に手を出さなければならないのである。

 

 

……おめーの頼みなら是非もねえ!ポールダンスで踊ってくれりゃあ文句ねぇが、まあ前みたいに働いてくれよ。お、もちろん衣装はあいつらの希望通りによ

 

 

 耳に障るローワンさんの声、嬉々として受け入れられるのはまたそれはそれで不愉快だ

 

 世は思い通りにいかないことばかり。仕入れ先のおじさんの不運も、僕に降りかかるこの不運も、仕方のない事と割り切らねば

 

 割り切らないと、そう割り切って、割り切って

 

 

 

 

「……わり、きって」

 

 

 また、割りきれるならぼくはここで悩んだりはしてないだろう。

 

 そう、例えば今僕の顔に近づく、このファンデブラシとスポンジ

 

 及び、それを持ち嬉々とした表情を浮かべる二人のお姉さんに対して、悩ましく思うことはないのに

 

 

 

 

「は~い、お目目閉じてくださいね~……あ、ファンデーション崩れちゃうから、くすぐったくても我慢我慢」

 

 

 

「そうそう、我慢我慢……我慢が出来るケイティはいい子よ……って、コリンナったらそれ雑よ、この子の肌は繊細なのに」

 

「はいは~い、でも私いつもこんな感じだし」

 

「減らず口……ていうか、いつもあんたのメイクしてんのアタシだからッ、たくいつまでたってもガキなんだから」

 

 

 

 

 

「……」

 

 また喧嘩してる。僕を間にはさんで喧嘩をしないで欲しい。

 

 ただでさえ姦しい楽屋裏、ローワンさんの店で働くお姉さんたちのにぎやかな歓声入り混じる空間、そこに異物として混ざり込む男の僕

 

 女の人の色気が色として目に映りこむ。着色した照明なんてなくても、ここの空気は化粧品とフェロモンで飽和したまっピンクに染まっているのだ。その上漂うそれを吸うことは一種の飲酒行為も同然、一呼吸だけで脳がシェイクされて酔いつぶれかねない。それほどに、人を酔わせる極上の酒気がただよっている。

 

 

……はやく、おわらないかな

 

 

 化粧台がずらりと並ぶ鏡代の前、僕は二人のお姉さんに挟まれて事実上の拘束状態。ローワンさんの店の嬢たちは皆僕を本当の弟と親しんでくれる良い人ばかりである。そこは良い。特にこの二人は昔から親切にしてくれていた。でも、それは少々度が過ぎるほどに、だが

 

 抱きかかえられて添い寝、お風呂だって連れ込まれたことも何度かある。恥ずかしい話、男としての初めてを奪われかけたこと、はさすがにないけど、本当にないんだけどッ…………まあ、それにしてもスキンシップやら距離感が普通じゃないのである。

 

 

 

「ガキって言う方がガキですぅ……コリンナよりおっぱい小さいのに」ボソ

 

「あんたのはデカすぎ、乳牛みたいに太って……少しはくびれってものを身に着けてから言いなさいな」

 

「ふっふっふ、むちむちは正義なのです……ねえ、おっぱい大きい方がケイティも好きだよねぇ」

 

 

「……こっちに、振らないでくださぃ」

 

 言葉が小さくなる。化粧の為に正面を向いているから、自然と二人の体も鏡の反射で見えてしまう。局部がギリギリ隠れるだけのドレス、悩ましいことこの上ない二人は特に距離感が近く、スキンシップが激しい。

 

 

「ケイティ、もっとこっち……あ、お膝載っちゃおっか……よっと」

 

「……拒否権は」

 

「むずかしいことはわからな~い」

 

 

 小脇から持ち上げられて膝の上、身長差は15㎝ぐらい、けど165㎝の体躯にはあまりあるほどに背中の質量はダイナマイト、ローワンさんの欲望が具現化して爆発したかのような人だ

 

 コリンナ・ウェスト(23)。ゆるふわな印象を醸すスパニッシュ系のお姉さんだ。妹気質というか、だからか年下の僕を相手に猫かわいがりな傾向が強い

 

 

 

「……ふふ、人形みたい」

 

 

「あの、見てないで助けてもらえればと」

 

 

 背中を圧迫する素敵すぎる感触の抱擁、けど目の前でこの人、コリンナお姉さんの実の姉である人、アーシェ・ウェストもまた僕を見てからかう側の人だ

 

 

 

「仕上げするから、そのまま抑えといてね……はい、動かない動かない、いい子ねケイティ」

 

 

 

「……うぅ」

 

 

 正面から覗く姿、黒のガーターベルトとレースのブラ、空けた衣装は扇情的なアンダーウェアを丸写しにする。身長がバラライカさんとも並ぶぐらいあるから、余計に綺麗さでドキドキしてしまう

 

 

 アーシェ・ウェスト、目元がきりっとして長身のモデル体型、肩までのセミロングは流麗にカールしていて手入れの行き届いてることがわかる。

 

「……見てていいのに」

 

「ご勘弁を」

 

 アイメイク中でもないのに眼をつぶる。そうでもしないと色々辛抱たまらないからだ。

 

 まあ、それはそれで、我慢して悶える僕を見てこの人は楽しんでいる。あからさまに言葉にせずとも自然に子ども扱いをして、抵抗しようにも色香だったり、大人の風格で意欲が抜かれる。悔しくてきっと睨もうものなら、それはそれでアーシェ姉さんの思うつぼだ

 

 

「か~わい~」

 

「よしなさい、照れてもっとかわいくなっちゃうじゃない……ケイティ、動いちゃだめよ」

 

 

「…………うぅ」

 

 

 無抵抗で弄ばれている。けど僕にはどうしようもない

 

 つくづく、僕は女の人には弱いと思う。まあそれを言うなら男だろうが何だろうが、きっと僕が勝てるのは子供相手、いやスラムの柄悪い子供相手なら普通に負ける気がする。あぁ、死にたくなってきた

 

 無抵抗、変に憤っても暖簾に腕押し、だから諦めて受け入れる。メイクのくすぐったい感覚に耐えながら、次第に完成していく僕の姿を鏡越しに鑑賞するのだ。

 

 

「ほうほう、今日もいいメイク具合ですなぁ……お姉ちゃん、おっぱいはどうするの?シリコン今から注射する?」

 

「馬鹿、そんなのは無粋よ。ローワンの趣味に引っ張られ過ぎ、アジアンビューティはスレンダーも美点なの……ね、ケイティ」

 

 

 そういい方をポンと叩いて、まるで僕がもとから胸の起伏で悩み苦しんでいるように接してくる。

 

 

「……知りませんよ、やだもう……ぼく、変態じゃん」

 

 

「「「「「「ないない、ただの可愛い女の子」」」」」」byその場にいる一同

 

 

「…………死にたい」

 

 

 こっちの気も知れず、みなみな思うことはを好き勝手言ってくれる。

 

 そんなことない、ぐっとくる、かわいいかわいいと外野が合唱。これが初めてでないとはいえ、未だに猫可愛がりも女装姿も慣れはしない。どうして厨房とホールで少し働くだけで、僕までこんな格好に、世の中にはボーイなる男の職種もあるというのに。

 

 

「ローワン! こっちは準備オッケーよ!」

 

「開店開店!ケイティも厨房にこもってばっかじゃダメだからね、気に入った男がいたらどんどん行くんだよ」

 

 行ってたまるかこんちくしょい、けどそんな僕の声はお姉さんたちの声にかき消されて無と化した

 

 仕事が始まる。ラーメン屋の仕事は一時休止、副業の水商売人、ローワンジャックポッドピジョンの料理人兼臨時の嬢(偽物)、眠らない夜のお仕事は肉体的にも精神的にも堪えるものだ

 

 

「…………」

 

 

 鏡に写る自分の姿。髪は長いからわりとそのまま、けどメイクと服装を整えて小物で飾れば完璧に雌。我ながら納得のいく女装である。フリル生地を使ったオフショルダーのメイド服、股の辺りがスースーして今にも風邪を引きそうだ。

 

 男らしさとはまったく無縁、試しにその場で来るっと回り、スカートの端を摘まんでお辞儀

 

 うん、絵になってしまっている。僕の女装は完璧である

 

 

 

「うん、死にたい」

 

 

 

次回に続く

 





 今回はここまで、序盤のシリアスからの落差がありすぎて、どうしてこうなったのか。でもオリキャラ書くの楽しい、ほとんど官能小説テイストだけど。通報されないか心配だ

【オリキャラ】

コリンナ・ウェスト(23) 声のイメージは佐倉綾音、あざとい感じ

身長165、スパニッシュで黒髪のボブヘアー、肉感的な体と愛嬌のある童顔が魅力。バストはJ、妹気質で甘え上手故に店でもかなり人気、たまに空気が読めないのが欠点。ダンサーとしての腕もかなりあり、SMショーなどの過激な場でも普段の振る舞いから豹変してみせたりと、意外にも仕事にはストイックに向き合うがんばりやさんでもある。


アーシェ・ウェスト(26) 声のイメージは甲斐田裕子、落ち着いたお姉さんボイス

身長172、妹のコリンナと同じくスパニッシュ系ながら顔立ちは切れ長でクールな美人、スレンダーな体つきはモデルさながら、しかし出るところは出ていてバストはFカップ。知的で余裕のある振る舞いは男性だけでなく女性からも目を引きつける。ポールダンスが得意で、時折妹とSMショーも引き受けることもあり、その際は以外にもM役を引き受ける側。曰く、自分のような気の強そうな女がやった方が客も喜ぶと、商売のためなら羞恥や躊躇いは一切抱かない、彼女もまたストイックな人種。ウェストの姉妹見たさ会いたさに店に来る客はかなり多い



【オリジナル主人公】

ケイ・セリザワ(20) 通称はケイティ

声のイメージは早見沙織、普通にかわいい女の子ボイス。丁寧なしゃべり方から幼女戦記のヴィーシャをイメージして欲しい

見た目は完全に黒髪ショートのボーイッシュな女の子。後ろ姿を見ると安産型の臀部で彼を慕う者達(性別問わず)曰くチャームポイントだとか。

突き詰めてもその能力はただの一般人、ただラーメンを含めた料理全般に長けていて、ただ可愛らしい見た目で愛され上手で、ただ悪運が強いがゆえに何故か10年間もロアナプラで行き続けている稀有な存在。



 以上、ざっくりと説明。

 ローワンの店で働く嬢も出したいなぁ、名前有るキャラ数人いた気がしたけど名前思い出せない。ブラックラグーンは漫画喫茶で全巻読破勢、手元にないから調べられんし、しゃあないオリキャラにしよ。そんなオリキャラ誕生秘話でござい


 


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(14) VIP

ラーメンではないですが、飯テロになればいいなぁ


 上納金を収める店に金を落とす、矛盾しているようだがこれもまたヤクザ者の仕事だ。腐った息のする輩を寄せ付けないために、張維新は部下たちを連れて店を訪ねた。

 

 ローワンの店は決して彼の趣味ではないが、別に気に障るものでもない。

 

 オフクロースの卑猥な衣装は彼の趣味ではない故、今宵は皆肌色を隠したドレスで張の接客に当たる。

 

 

「ミスター・張……今日は楽しんでくださいね」

 

 

「あぁ、そうさせてもらう……コリンナ」

 

 

 傍でかしづく嬢はコリンナ・ウェスト。この店でも特に人気な嬢の一人ではあるが、もう一人相棒といえる彼女は 

 

「アーシェはどうした。お前の姉さんにも挨拶をしたかったが」

 

「それはご丁寧に、ならもう少し後ですね、ちょうどいま……あ、ほら始まりましたよポールダンス」

 

 指示した先、舞台の上では黒髪を艶やかに振り払い、長く整った肢体を惜しげもなく披露している姿が目に留まる。

 

 遠目に、アーシェは張の方を見てキスを投げた。礼には礼を、張はグラスに注いだ酒を前に掲げて乾杯を送る

 嬢たちが騒ぎだした。寵愛を欲して、男を喜ばせる姿勢を示す振る舞い。しかし、品の無い要素は限りなく排して、皆利口に落ち着いた所作で媚びてみせる。ローワンの店の嬢とは思えない、なんとも教養の行き届いた娘達だ

 ただローワンの趣味でバストパーティーを開くだけであるなら、こうもこの店は繁盛はしない。故に、張たちも信用を置いて関係を結んでいるのだ

 

 席に坐して、上座の横には腕利きの接待上手が並ぶ。張の隣に坐したのは肉感的な愛玩動物、コリンナ・ウェストが酌を注ぐ。

 

「お酒はどうしますか」

 

「バカルディでいい、あとそこらに飾ってる高級瓶、適当に開けてくれ……せっかくだ、皆に振舞おう」 

 

 

 皆に、その言葉の意味はこの席に座る張の部下や嬢たちだけではない。広間に坐する全ての客に対してという意を含んでいる。少し離れたところで聞いたボーイたちは急ぎ動き出し酒を注いで客たちに配り始めた。

 

 

 皆に酒が行き届いたあのを確認して、張は音頭の合図を唱える。

 

 

「さあ、皆好きに飲んで食ってくれ。俺の財布に金を残すような恥知らず、そんな輩は間違ってもいないことを願う………………ま、その心配はないようだが」

 

 

 

 

 

 

 夜会は開かれる。無礼講という言葉がこの場にはふさわしい。

 

 

 

「大哥、馳走になります……おい、ボトルを開けてくれ!」

 

「大哥の酒に感謝、乾杯!」

 

 

 乾杯、何度目かわからないその合図でグラスが幾重もの音色を奏でた。

 

 注ぐ酒は年代ものの高級酒ばかり、張維新の金で飲む酒に嬢たちや部下たちも大いに騒ぎ満足げだ。

 

 

「……次に来る時は銀行員を連れてきた方がいいな。酒代も馬鹿にならん」

 

「大哥、馳走になります」

 

「劉、お前も飲んでいいぞ。迎えも来るからボディガードも心配いらん」

 

「いえ、そういうわけにも」 

 

「……たく、硬い男だ。おいコリンナ、そのマッカランを開けてくれ」

 

「は~い、旦那のお酒追加ですよ~。劉さんもほら、注ぎますからどうぞどうぞ」

 

「おい、コリンナッ……大哥も…………」

 

 謙遜は押されに押されて、コリンナと張に圧された劉は観念していただいた酒を手に取る。

 

 上物のスコッチウィスキー。独特の風味の前に喉が唸り、少し間を置くも男らしく一気に飲み干した

 

 

「……観念しましたよ。コリンナ、二杯目は水で割ってくれ」

 

「はいはい~い」 

 

 観念した劉は潔く酒宴に加わる。張はそんな劉を含めた皆を見ながら、背もたれにのけぞりグラスを手にふと考える。

 

 金を払い、応じた接待を受けるわけだが。こうして今広がる光景には少しながら違和感を覚えていた。

 

 酒に不満があるわけでもない。嬢の接客にも申し分なし。ただし、とある一点。

 

 このローワンの店にあるまじき、上質なサービスが一つ。

 

「…………劉」

 

「は……なにか」

 

 呼びかけに劉は静止した。その手には煙草とライターが、いつもなら酒と共に興ずるものだが、今はそれをするには忍びない。

 

「……失礼、意を酌めず」

 

「いいさ、ここでまさか……上質なディナーが出て来るとはおれも思ってなかった」

 

 そう、料理だ。先からずっと違和感を覚えていたのはこれだ。

 

 テーブルにずらりと並ぶ料理、それは覚えのある香港でも食べた本格の中華料理、酒と合わせてか軽めの前菜がこれでもかと並ぶ。どれも彩も豊かで、実に食欲を刺激してやまない。

 

 

「ローワン、フードデリバリーでも雇ったのか」

 

「いえ、そのようなことは」

 

「だろうな、そんな商売をする奴とも思えんし。ここらでこんなものを仕出す業者に覚えはない」

 

 そう、ここは酒と女を楽しむ場所。だが、今卓上に並ぶのは高級酒に勝るとも劣らない見目麗しい料理の数々。盛り付けに至るまで本場の高級レストランで見た光景と違和感なく重なってしまう。

 

 例えば今この皿にのったものはどうだ。レンゲに盛られた小籠包、今しがた蒸し上がったであろうそれを手に、箸でスープを匙に広げ薬味を乗せてあおる。上質な清湯スープのうま味、フカヒレや金華ハム等の高級食材は使っていないシンプルな点心、なのに後を引く味わいはすぐに卓上から姿を消した。

 

 前菜が次々と運ばれる。今度は蒸した鳥と野菜を興じた前菜、スパイスは本場の五香粉(ウーシャーフェン)を使っている。簡素でシンプルな味付けのものが多いが、どれも丁寧に処理がされたものでクラブの肴として出るにはあまりにも不相応だ。

 酒を楽しみに来たはずが、どうしてかいつの間にか会食の場となっている。嬢たちや部下たちは主菜の到来に声を上げているほどだ。

 

 中央に並べられた肉に魚と、蒸し物や揚げ物、どれも本場中華の品々でかなり高度な技術を要する品々である。

 

 

 

「ミスター、食べたいものをお取りします。ケイティの中華はすごくおいしいですよ」

 

「……ケイティ?」

 

 聞き覚えの無い名、新しいコックの名前であろうか

 

 

 

「……まあ、それはあとでいいな。紅焼肉(ホンシャオロウ)があるな、そいつをくれ」

 

 張が指定した料理、それは豚のバラ肉を塊ごと調理した品。

 コリンナに渡された取り皿にはスライスされたバラ肉が二切れ、豚の濃厚なうま味が香りとなって既に伝わってくる。

 

 箸を手に、厚く切られた肉をまずは一口。

 

「……ッ!」

 

 味に驚愕して舌が唸った。

 

 ゼラチン質が肉に溶け込んで、脂身と同じく歯に負担をかけず肉は口でほろりと砕ける食感。甘味塩味、濃厚に味付けされた豚の味わいは実に良い。そして鼻を抜ける風味は強めの香辛料、旨いホンシャオロウだとはわかっていたが、ここまで本場に勝るとも劣らないものとは

 

……だが、本場と違う点は

 

 

「……安い肉だな」

 

「ご不満ですか?」

 

「いや、不可解だ……本場で食った物よりも美味い。安い肉で、なぜこうも……料理人は何者だ?」

 

 不可解、だが味わうものは実に美味。見事という他に無いのだ。このホンシャオロウ、春節の祝いごとで食したものよりも材料の質は劣るはずが、何故か舌は感動を覚えてしまう。油は強く感じるがくどすぎず、酒の肴として興ずるにはちょうどいい品だ。強めの酒とも相性がいい

 

 舌がくどくなれば、酢と香辛料で味付けされたタケノコの細切りをかじる。確か、日式ラーメンの付け合わせで良く使われる麻竹の乾物だったか。丁寧に時間をかけて水でもどしてあるのだろう、歯触りもよい。口直しだけじゃなく、これ単品でも肴として通じるものだ。

 

「腹が空く……いかんな」

 

 気がつけば、酒と食事を普通に楽しんでしまっている。酒で胃袋を満たす場ではあるが、こうも美味な品々を胃に流し込んでしまえば空腹を煽ってしまうのも無理はない。

 

 

 

「あ、ご飯ものを頼みますか?」

 

「ますます酒の場から遠のくな……だが、まあいい。何か腹に溜まって、それでいて肴になるものも頼む」

 

「わかりました、ケイティに伝えますね」

 

「……ケイティ、それがここのコックか」

 

 そう尋ねる、するとコリンナは嬉しそうに破願して 

 

 

「……えへへ~、うちの臨時のコックですよ。とってもかわいい子なんですよね」

 

「ほう、かわいい娘ね……ま、人が足りているならいいことだ」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「よ、ほっ……っと、せい」

 

 勢いよく中華鍋を振る。客には見えない厨房で、ケイティはドレスにエプロンの風体で調理に励む。

 

 ローワンからの命令とはいえ、こうも大量の料理を作らされるとは少し想定外ではあるが、しかし昔取った杵柄というべきか、中華料理の品々はみるみると売れていて好調だ。といっても、注文しているのはVIP席のとある一角だけ、ようは接待だから特別なサービスをしろということだ。

 

 

 女性の振りをして酒を運んだり、一緒に酒を飲んだり、時にはセクハラに耐えたり、そういった業務から解放される分にはありがたいけど……

 

 

 

……けど、よりにもよって三合会の……

 

 

 

「……はあぁ」

 

 

 

「ケイティ、注文の炒飯は?」 

 

 

「……了解」

 

 

 

 ため息を吐く間もない。思う所はあるが、今は自分の仕事に集中しなければ。中華鍋を手に、勢いよく火力を上げて炒を始める。

 

 作るのはラーメン屋の炒飯、普段店で使う醤油ダレ、そして鶏油でいため上げて作る鶏チャーシュー入りの炒飯。

 

 特に難しい作りはしない。油と米、香ばしく香りを高めて、かつ水分は飛ばし過ぎないように最短で作り上げる。味は濃い目に、酒の肴としても頂けるように。

 

 

「……ッ」

 

 パラリと香ばしく炒め上がった炒飯の香り。店では手間的に出すことはないが、久しく作っても腕は鈍っていないようだと実感した。

 

「炒飯上がりました!配膳を…………ッ」

 

 大皿に盛りつける。配膳台において運ぶよう促すが、何故か返事は無い。

 

 ボーイさんの手が足りていないのか、厨房を出て店内を覗くと、どうやらストリップショーの舞台に客たちが押しかけて、ちょっとした大暴れのようだ。

 

 

……こらぁ、こっち来んな豚共ッ!!

 

 

「……今は無理かな」

 

 

 アーシェ姉さんがポールに上って脂ぎった男達の手から逃れんとしていて、そしてボーイさん達はそんな男達を組み伏せて、そんな光景を肴に他の客はバカ騒ぎと、なんとも混沌とした様子だ。

 

 偉い人達がVip席にいるのに、ここに来るお客は何を考えているのか、けどそれを僕が悩んでも仕方ない。

 

 

……運ばないと、冷める。

 

 

 問題は、今しがた作り上げたこの炒飯の方が重要だ。料理人として、作り上げたものを最高の状態で頂いてもらわなければ命を預かった食材たちに申し訳が立たない。

 

 配膳役がいなければ、僕がするしかない。

 

 

「……はぁ」

 

 溜息が出る。しかし、こういう時に備えて僕も綺麗な格好で身を飾っているのだ。

 

 不本意ではあるが、エプロンを外して皿を配膳台に乗せる。

 

 

「三合会のVip客か……あまり関わりたくないなぁ」

 

 

 

 

 




以上、次回オリ主と張の兄貴初の邂逅です。

感想・評価等頂ければ幸いです。モチベ上がって執筆が捗ります。


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(15) 三合会はろくでもない

時間がかかって申し訳ない。少し長めですがどうぞ

あと、小説タイトル変更しました。これで定着していきたいと思っています


 

 視線を感じる。胸元や臀部、全身くまなく注がれる視線は深く考えないようにする。料理を配膳しているおかげかあまりお触り等の悪戯が無い、それだけはせめてもの救いだ。以前ならセクハラ環境が平常使用、ガラの悪い男から、金回りのよさそうな恰幅のいい男と、僕を見るなりケツを触らせろ、そんな言葉が全身くまなく浴びせられていたのだから本当ひどい話だ。

 嫌なのに仕方なく側について接待しようものならケツを触らせろ、股間のポケットモンスターと君のスィートなヒップでチョメチョメ……コリンネ姉さんやアーシェ姉さんは面白がってギリギリまで止めないし、うん

 

 ああもう、逃げたい。仕事を放棄して家に帰りたい

 

 男なのに、どうしてこんなことにと嘆かない日はない。お客さんの方もなぜ気づかないのか、そう思ってはみても実際鏡で見るぼくの女装姿は遺憾なことこの上ないのだけども、仕上がりすぎているのです。 

 体のラインが出る服、僕の頼りない体躯は見事に女性的な姿を映してしまっている。とくに臀部はお姉さんたち曰く安産型だと、だからか妙に視線が痛い。早く厨房に戻りたい、もう家に帰りたい

 

 

 

「ケイティ、何立ち止まってるの?」

 

「……——ッ」

 

 項垂れる暇も与えてはくれない。

 

 盆に持った大皿、それを僕はテーブルに置く。すでに平らげられた皿は皆僕の中華料理を堪能してくれたと理解できる。

 

「ごゆっくりどうぞ……では」

 

 皿を片付けながら、少し視線をやる。U字のVIP席に並ぶ黒服たち、この人たちは皆三合会の人、中央に坐しているのは当然そのお偉いさん。

 

 マフィアの顔に正通しているわけでもないけど、なんとなくこのサングラスの人はただものではないと感じる。視線が合わないうちに、早く去らないと

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちな」

 

「!」

 

「つれないな、賛辞の言葉ぐらい言わせてくれてもいだろうに。なにせ、君がこの料理を作ったコックなんだ」

 

「……ッ」

 

 振り向くのが怖い、喉奥が引きつる。

 

 ただでさえ、今の格好であまり男の人に関わりたくないと思うタイミングで、しかもその中でもひときわヤバそうな人に目が留まるなんて

 

 

……お酌するだけ、変なことはコリンナ姉さんがサポートしてくれるはず

 

 

 

「確認だが……キューティ、君がケイティで間違いないか?」

 

「ケイティ、こっちでお話ししようよ……ほら、私の隣」

 

「……は、はい」

 

 頷かざるを得ない、コリンナ姉さんに誘われて、僕が着席したのはよりにもよってその男の隣、コリンナ姉さんは妙に面白がっていて、正気なんですかあなた

 

 

……女装だってバレたらどうなるか、胸もまっ平らなのに絶対バレる  

 

 

 視線がやけに増えている。周りの嬢のお姉さん達や部下と思しい人たちまで、皆ぼくをじろじろと

 

 

 

「ほう、ジャパニーズかいお嬢ちゃん」

 

「若いな、まさかエレメンタリースクールのガキじゃないのか?」

 

 

 

 

「し、失敬な! これでも今年で20歳で……ぁ、その、すみません」

 

 

 やってしまった、声が尻すぼみしていくけど時すでに遅し。関心は強く、皆の反応は、微妙で戸惑い大半

 

 すると、沈黙を破ったのは隣のこの人

 

「コリンナ、このキューティは嘘を付いているのか?」

 

「ついてないですよ。ケイティちゃんは、とってもかわいい合法幼女ですから」

 

「ほう、日本人の童顔ここに極まれりだな。ペドフェリアの金持ちに紹介状を出してやってもいいぞ」

 

「い、いやです!……な、何考えているんですかッ!」

 

 思わず叫んだ、ツッコミでつい大声で、でもこれは少しマズイ

 

「おい、女!」

 

「い、いえあの……すみませんッ」

 

 側近と思しい男の人、他に皆も、中には立ち上がって威圧を見せてきて

 

 

 

「おい、落ち着け……今のはあれだ、ジャパニーズマンザイのやりとりだ。だから本気にするな、真に受けるな、劉お前は特にだ」

 

 

「……ッ」

 

 

 黙らせた。助け舟を出した行為にも見えるが、どうも空気が固まってしまった。冗談と本音の境目がわかりにくい人だ。もしかしてジョークが下手なのだろうか

 

 

「悪かった、少しからかい過ぎたみたいだ……詫びとして、こいつはおれの奢りだ」

 

 

「……ッ」

 

 

 受け取った酒、それは既に空いているバカルディの水割り。酒気の強い酒を嬢に飲ませるのが客の常、だけどこの人は水で割った。

 これなら僕にも飲みやすい。手に取り、品よくもってのどを潤す。

 

 お酒が入る。少し暖かくて気持ちがいい

 

 

「…………」

 

「すまないな。慣れないことをさせたようだ」

 

「……いえ、これも仕事ですから」

 

 顔が向いて、グラスで口元を隠す。女装姿だからか、妙に近いのが気にかかる。同性ではあるが、僕よりもずっとダンディズムでそして紳士だ。

 

 触られてもおかしくない距離感。だけど、この人の手は酒を飲むのと、僕の作った料理を口に運ぶだけ。うん、結構食べてくれている。美味しそうに食べてくれる姿は、ちょっと嬉しい。見ていたくなってしまう 

 

 

 

「……熱い視線を感じるが、なにか言いたいのか」

 

「!」

 

 

 見透かされていた。指摘されると恥ずかしいから、僕は酒を煽って羞恥を無かったことにする。

 

 

「お、良い飲みっぷりだ……ほら、お代わりはどうだ」

 

 自然と注がれる酒、少しさっきよりも濃い気がするけど。まあ誤差だろう

 

「いただきます……えっと、その……呼び方は」

 

「?」 

 

 不可解な反応を示す。僕は耳元へ近づき小声で

 

 

『あの、お名前を伺っていなくてですね……どう、呼べば』

 

 

 失礼の無いように、すると少し間をおいてから男は

 

「……張」

 

「張?」

 

「旦那でも、ミスターをつけるでもなんでもいい……張維新だ。君の名は」

 

「……ケイ・セリザワ。皆、あだ名でケイティって呼びます」

 

「ケイ、なるほどそれでケイティか……日本人のようだが、妙に中華料理が上手だな。香港で、修行でもしていたのか?」

 

「……いえ、独学ですが」

 

「独学……本当にか」

 

「……ええ」

 

 頷く、するとなんとも拍子抜けしたような反応を見せる。匙と皿を手に、僕と料理を交互に見るようにして、それにしてもそんなに意外と思われるとは

 

 まあ、確かにそれは尤もかもしれない。僕の趣味とはいえ、我ながらそれなりのものは作れてしまうのだ。多種多様なラーメンを作る内に色んな料理の知識を取り入れようとしたおかげなんだけど

 

 

「お口に合いましたか?」

 

「……あぁ、今も痛感している。うまいな、久しく美味い故郷の味を食えた」

 

「それは、なによりで……あ、お酒が空いてますね……今」

 

 空いたグラスを手に、僕はロックアイスを入れてそこへバカルディを注いだ。

 

 強く冷えた酒、言われた所作を守って手渡しをする。

 

 

「……減点だな」

 

「へ?」

 

 てしっと、不意打ちに張さんの指が僕の額を弾く。あっけに取られて、そんな僕を置いて張さんはもう一つグラスを取り

 

「熱い料理に対して気を払ったのだろうが、悪いが酒の飲み方は曲げない主義なんだ。それに、蒸留酒の飲み方だが」

 

 手に取る、それはガラス瓶の水差し。空いたグラスに半分ほどバカルディを注ぎ、こんどはそこへ水を注ぐ。

 

 

「……水割りですか?」

 

 

「あぁ、常温の水で割った方がな、蒸留酒は味の花が開く。ようは好みの問題だが、嬢であるなら入れる前に先に伺っておくべきだ……だから、減点だ」

 

 

 減点、強く言いきる。妙に楽し気で、対してこっちは

 

 

 

「――ッ……ご、ごめんなさい……ぁ」

 

 

 恥ずかしさで、酒の気が回っているにしても顔が赤くなる。

 

 

「ま、気にするな……お前さん、別に接客が本職ってわけじゃないんだろう」

 

「……それは、そうですけど」

 

「やはりな。だが安心はしていい、お前さんの料理は絶品なんだからな……今食っているこれにしても…………ん、この炒飯だが、日本風のものだな。本場と多少違うが、味は実に良い。昔、フクオカシティのハカタで食べたものを思い出す」

 

「日本に行ったことが? あの、失礼ですけどどのような」

 

「気になるのか? いやなに、俺にはいろんな顔があるからな。三合会の顔役の張維新は神出鬼没の変面士だ。おっと、笑ってくれなくて結構。俺のジョークセンスが寒いのは周知のとおりだ。なあ、劉」

 

「た、大哥……さすがにそれは意地が悪いですよ」

 

「そうなんですか? えっと、ミスター劉」

 

「お、おい……君!」

 

「……ケイティ、天然はあざといよ」

 

「え、あなただけにはいわれたくわ……えっと、失礼ですよね。申し訳ございません」

 

「はは! いいさ気にするな、正直は美徳だ。無礼講を謙遜する奴ばかりだと面白みがない……いいか、面白いってのは重要だ。お前たちも肝に銘じておけ、なんで大事かおのおのの人生で理解できるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うっぷ」

 

 

 

……すこし、飲みすぎた

 

 

 

 

 手洗い場、少し席を外して僕は化粧台の前に。

 

 今、僕の座った場所にはアーシェ姉さんがいるから、しばらくは戻らなくてもいい。つまみを作る仕事に没頭しててもいいわけだ

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 グラスに注いだ氷水をちびちびと舐める。慣れない嬢をしてみた僕はいささか飲む量を間違えてしまった。そういう作法を学んだはずが、どうしてか乗せられているわけでもないのについつい飲んでしまったのだ。常温の水で割ったウィスキーは確かに美味しい

 

「……張、維新」

 

 

 口ずさむ名、あの場において世界の中心は彼にありと思わせるほどの存在感。ルックスだけじゃなく、内面もそれ以上に整った人間なのだろう。

 

 

 

……ちょっと、寂しい

 

 

 酒宴の場の経験は少なくない。ここで働かせてもらって体験したおかげで、でもその大半が嫌な記憶、我慢の経験だ。

 けど、あの人は、ミスター張の隣で飲むお酒は悪くないと思えた。もしかすると、慣れない僕の為に気を使わせてしまったかもだけど

 

 

……だとしたら、悪い事しちゃったよね

 

 

 性別を偽って、見た目こそ遺憾ながら女性的ではあるが僕はあくまで僕だ。騙して、それでお金を使わせているようなもの。

 

 三合会、バンコクのおじさんの件もあったからあまりいい印象は無かったけど、たぶんあの人は

 

 

「……いや、こんなのは希望的観測だ。バラライカさんだって、笑顔で平然と悪いことの出来る人だし、マフィアに期待しちゃいけない。期待、しない方がいい……うん」

 

 

 言い聞かせる。鏡越しの自分に勘違いするなと

 

 バラライカさんは別として、マフィアの外面でまんまと騙されるなんてこと、僕よりもあの人が許しはしない。この前だって、店の建てなおしの相談で顔を合わせた時も

 

 

……いい、ケイティ。わたしはあなたに負い目があるから決して危害は加えないけど、ほかのマフィアは違うのよ。理不尽なものはともかく、あなたが引き起こした要らぬ騒動はさすがに面倒を見切れないから、そこんところ忘れないでね

 

 

 

 

「……」

 

 

 気を抜いちゃいけない。相手はマフィアだ

 

 鏡に映る顔、少し酒の気で当てられたほほの赤み、気のゆるみをただすために少し強めにほほをはたく。

 

 ぱちんと、張りのある肌がいい音を鳴らした。けど、その音と重なるように

 

 

 

……ガチャッ

 

 

 

 

 

「お、いたいた……さっきのジャパニーズガールだ。ハロー、いいファックしてるか?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 誰だ、そう叫ぼうとした僕の口、男はその厚ばったい手のひらで押し付けて、体はそのまま壁際に追いやられた。

 

 入ってきたのは二人組、人相の悪い大男と、入り口をふさぐように子分のような男が一人。こんな状況なのに、頭は不気味なほどに冷静に状況を静観している。

 

 

「…………ッ」

 

 

「騒ぐな、いい子だからな……おい、見張ってろ」

 

 

 下卑た男の舌なめずり、空いた手は僕の髪をするりと撫でて、肌に指が触れた瞬間身の毛のよだつ感覚が全身に走る。

 

 ゆっくりと、男の手のひらが顔を離れる。呼吸を取り戻し、息を整え

 

 

……叫んだら、どんな目に合うか

 

 

「……ここは、スタッフ用の化粧室です。そ、それと、店内でこういう行為は」

 

「ああ、わかってる。そういう建前なんだよな。だからほら、黙って受け取れ」

 

 手渡したのは、たった20ドルのはした金。その意味は、安く見下している手合いだとすぐに理解した。

 

 聞いたことがある。嬢に安い金で行為を強制して、結果しぶしぶ受け入れて行為をするか、それとも歯向かうのを力づくで言い聞かせたうえで行為に及ぶか。

 

 

……嬢を相手に、品のない賭けをしてもてあそぶ輩、お姉さんたちが言っていた嫌な客

 

 

「……あの、あなたが思うような、僕は……ぁ、痛い痛いッ!!」

 

 

 痛い、髪をなでる手が前髪をつかみ無理やり持ち上げてくる。身長差で、つま先立ちになってどうにか立つこの姿勢、とてもじゃないが耐えられそうにない。

 

 どうして、いやだ。誰か、助けて

 

 

 

「キューティ、手荒なことはしたくないんだ……お互いハッピーになろって話なんだ。だからほら、受け取れ」

 

「おい、手ぇ出したら賭けになんねえだろ。お前、ずるいぞ」

 

「……知るか。こっちはもうスイッチが入っちまってんだ。女、そこで脱いで壁に手を付け……飯がうまい女はあそこもうまいってな」

 

 男の手が服をつかむ服の内側に入り込む指、その感覚が気持ち悪くて仕方がない

 

 

 

「……やだ、いやだ…………やめてッ」

 

 

 

 せまる、力の差が怖い。体が冷えて生きた心地がしない

 

 助けて、いやだ、こんなこと死んでもしたくないッ

 

 

 

 

「いやだ、だれか……誰か助け」

 

 

 

 視界がぼやける。涙が見たくないものを隠すのだ

 

 男たちは愉悦の笑みをこぼすばかり、楽しんで、より興が乗ってその手に力が加わる。

 

 服をはぎ取られる。その刹那、救いは

 

 

 

 

「そこまでにしておけ、ツァン」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

「…………無礼講とはいったがこいつはどんな催しだ? もう一度聞くぞツァン、俺たちの名でケツを預かった店で、お前は何をしている?」

 

 

 

 

 

 




次回の投稿もなるべく早めに、早くしないとオリ主の貞操が!




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(16) 三合会は度し難い

筆が乗ったので連日投稿、といっても前の話の半分程度の文字数、気楽に読んでください




「なにをしているツァン……お前は一体どういう了見で、その汚えブツを取り出そうとしている」

 

 

 空気が凍り付く。その低く落ち着いた声は、店の騒々しいBGMの本流に交じっていながら不思議と鮮明に、耳の奥で直接ささやかれているぐらいに、それはもう耳に届いて付着して、離れそうにない。

 

 粘着質というわけではない。この人の言葉の重みが、それだけ重いということだ。

 

 

「……大公」

 

「ガァルン、お前は口を出すな……ツァン、お前が誰とどこで遊ぼうと俺の知ったことじゃねえが。今日俺はここに慰労の名目で金を落としに来たんだ、店側にもお前たちにも羽目を外してもらえるように計らったつもりだ」

 

「……」

 

 入口に立つ男を端に、気づけば張維新と大男の距離は狭まっている。背丈こそ違うが、圧倒しているのはもちろん見上げる方だ

 

 

「……ッ」

 

 

 はたから会話を眺めている僕は、気づけば男の、張維新がツァンと呼ぶこの風体の悪い大男の小脇から逃れて、二人の真ん中の距離で、壁へと持たれた。

 

 この場を逃げるのは簡単だ。助けに来てくれたと解釈してもいいだろう。だけど、そうするには、いささかこの人の放つ威圧があまりにも大きい

 

 凍り付く空気、動けないでえづく声しか出ない。そんな空気で先に確かな言葉を放ったのは被告人側

 

 

 

「……大公、自分はただ嬢と遊んでいるだけで」

 

 

 弁明を述べる。だが反省の色など見えない

 

 やれ、自分はただ遊んでいただけと、誘ったのはこっちからだと。あぁ、しょせんマフィア、三合会の人間は

 

「……で、こんな場所でおっぱじめようと。なるほどな、ヤキを入れるにせよまずは聞かないとな。君はどうなんだ、ケイティ」

 

「!」

 

「こういうのは双方から聞くもんだ。君は、いったい何をされた」

 

 

 視線が、僕に集まった。

 

 答えるべきは大男の、ツァンの非。けど、それを言ってどうなるか

 

 

……この人に襲われて、僕は何もしていない

 

 

 そう言えばいいと、頭では理解している。しているけど、仮にそうした先には

 

 

「安心しろ。三合会はメンツを重んじるし、不届き物はしかるべき罰を与える。君はリベンジポルノも恐れなくていい。第一、うちは何のいわれもないカタギに、不当な真似は決してしない」

 

 

「…………ッ」

 

 

 やめろ、そんな言葉どうしていえる。

 

 

 

……なんで、そう堂々と嘘を吐けるっ

 

 

「……カタギには、何もしないですって、そんなこと、だったら」

 

「?」

 

 思い出す、電話口に聞こえた震える声。バンコクのおじさんが言った言葉、三合会だけには関わるなと

 

 

 三合会はろくでもない。なら、いうべきことは

 

 

「信用なんて……できません。あなたたち三合会は、度し難いッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

「ハハハ! ああそうだ、確かそんなこともあった」

 

「……張さん」

 

 腹を抱えて大笑い、対して相席にいつの間にか座っているレヴィさんも

 

 

「ケイティ、お前水商売なんかしてたのか! そいつはお似合いだ!入れるも入れられるのも自由、二度おいしい嬢ってか?」

 

「……レヴィさん」

 

「安心しな二挺拳銃、ケイティの体は清いままだ。ミス・バラライカが生きている限り、こいつの貞操はクレムリンより堅牢だ」

 

「張さんも……もう、早く食べて帰ってください」

 

 ドンブリには麺も具も残っていない。替えのお冷を継いで、もうそろそろ帰ってくださいと日本人らしく遠回しに伝えようとするが、此処の人間は皆基本アメリカ人並みに狭窄な脳みそだ。ストレートに伝えないと伝わらない言語体系の人種ばかりだ。

 

 

「というか張さん、ここは一応あなたたちのような人のために置いたVIPルームなんですから、いいんですかそこらへん」

 

「ケイティ、本音を言ってみろ」

 

「レヴィさんがいると二倍いじられるから、早く片方が帰るか二人とも帰ってください」

 

 

「「断る、替え玉追加だ……三ドル払うからチャーシューネギメンマ辛みそ追加。まだまだ居座るから安心しな」」

 

 

「…………くっ、まいど」

 

 

 無駄に息のあった返事。二人ともラーメンを食べに来たのか、それとも人を食いに来たのかどっちなのだ。

 

 まあでも、ラーメン自体はよく食ってくれている。作ったラーメンは博多の屋台風とんこつラーメン。替え玉システムも導入して、正直利益度外視な商売である。店を開ける前に麺を平らげてはくれるなと願うばかり

 

 僕の過去の話を肴に、途中から加わったレヴィさんはひどく僕を面白がって、だから余計に張さんも面白おかしく僕の赤裸々なエピソードを公開してくれたものだ。あの店で嬢の真似事をするのは決して少なくはないが、あまりそのことを知らしめないでほしい。まあ、もう手遅れなところもあるかもだけど

 

 

 張さん、やっぱりあの人は変わらない。からかうところだけならバラライカさん以上だ

 

 

 

「……でも」

 

 

 

 そうだ。でもあの人は悪い人じゃない。こんなことを思えばDV被害者である妻が夫を庇うみたいで気味が悪いけど、実際僕はあの人に助けられている。あの時の一回目と、そしてそのあとすぐ起きた事件の際。立て続けに二度救われたことを、今頃レヴィさんに嬉々として話しているのだろう

 

 あまりいい思い出じゃない。マフィアとの関係を得た経緯なんてろくでもないものばかりだ。けど、この話だけは少し身を積まれるような思いをした話、少しだけ自業自得なエピソードなのだ

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

……あなたがた、三合会を良く思っていません。僕の知り合いには、あなたの組織に足を撃たれた人がいます。その人は、ただのカタギだった!

 

 

 

「……」

 

「どうした、張の旦那……麺が伸びちまうぜ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「?」

 

 首をかしげるレヴィ、しかしすぐ食のBGMが部屋を包み込む。

 

 張の思考には、少しばかりノイズが走った。過去のことを懐かしむあまり、すこしだけ当時のセンチメンタルが昇ってきてしまったのか、そう己で解釈した

 

 

 

……ケイティ、お前の出会いは忘れられんな。まさか、助けたと思えば噛みつくとは

 

 

 

「……あいつ、ケイティは命知らずだな」

 

「ぁ、そりゃさっきの話の続きか?」

 

「あぁ、あいつがレイプ事件寸前のところで助け舟を出したら、どうしてか俺に対して一丁前に言葉ならべて噛みつきやがった。まあ、三合会(うち)に思うところがあって、いろいろとフラストレーションが爆発したんだろうな。馬鹿をとっちめるはずが、そのせいでトントンだ。いったい何がしたいのか」

 

「へえ、そいつはご機嫌な話だ……で、ケイティのそのあとはどうなったんだ?まさかあんたの部下がそのあとにリベンジポルノかましたってわけじゃあるまいし」

 

「……察しがいいな。その通りだ」

 

「は?」

 

 興味を釣れた、驚くレヴィに対して張はしてやったりとにやけ顔を見せる。箸をおき、興が乗ってか声色も喜色満面に

 

 

「さ、こっからが面白いところだ……この俺、張維新がボンド並みにハリウッドをかまして、ヒロインをみごと落としたメインシーン。ま、飯のついでに聞いてくれ。パーティーが終わってしばらく、話の続きは、そうこんな具合に……だ」

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




今回はここまで、次回より張の兄貴が決めます

張の兄貴はかっこいい、けど書いていると自然にオリ主がヒロインになってしまう。BLじゃないよ。こいつは寄ってこないよ、オリ主はバラライカルート→┌(┌^o^)┐



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(17) 三合会は……わからない

豚骨ラーメンが食いたくなるような文章、そんな目標をもっています。


~過去~

 

 

 

 

 数日前、ローワンさんの店に三合会のお偉いさんが訪れた。上客の接待、店にとって重大な日に僕は大ポカをやらかした。頭に血が上ったとはいえ、僕はマフィアの偉い人に啖呵を飛ばしてしまったのだ。

 

 ことの次第をローワンさんに話して、まあ当然青ざめてホーリーシットを天高く叫ばせてしまったわけで、それも無理もないこと。大変僕は愚かなことで、正直今こうして首がまだ繋がっていることの方がおかしい。けど、一応向こうにも非がある手前僕の言葉は聞かなかったことにされてしまった。らしい

 

 そう、張維新は僕へ丁寧に説明した

 

 

 

『お前さんの言い分はわかる。だが、それも俺達マフィアの仕事だ。善人が正義を振りかざす集団もあれば、その逆も然り』

 

 

『お前さんは運がいい。俺は飯の味に満足しているし、部下に品の無い真似をさせた責任も感じている。だからこの話はこれでオーバーだ。あんたは嬢、俺は客、ここを出れば元通りになるんだ。顔を見たくないならこのままバックヤードに下がってもいい、指名もしない』

 

 

『美味い飯には感謝する。できれば、お前さんの飯はまた食いたい。良い関係を築けるよう、落ち着くまで時間を置こう……ケイティ、いい子ちゃんならわかるな?』

 

 

 

「……誰が、いい子ちゃんだッ、誰がッ」

 

 

 苛立ち、けど言い返せるほど僕は利口でも無ければ愚行も犯さない。理不尽は飲み干して、飲み切れない分はフラストレーションとなって

 

 振り上げたハンマーを、一気に

 

 

 

 

……バキッ!?

 

 

 

 

「いっ……あぁ、かったいなぁ……電動ノコギリがあれば、こんなことしなくて済むのに」

 

 

 振り下ろしたのは、方々を探し回って見つけた豚の骨。へましたチンピラの骨ではない。正真正銘の豚の骨だ。

 背ガラ、頭骨、大腿骨。どれも状態が良く、割った断面はたっぷりと骨髄が詰まっている。血の付きは新鮮な証。我慢して水商売をしたかいがあったといものだ。

 

 嫌な思いをして働いたのだ。これほど見返りが無ければやってなんかいない。

 

 

「……さて、仕込みだ。とりあえず、これで一週間は持つ。けど、しばらくは豚骨ラーメンかぁ」

 

 

 出来るなら色んな味を作りたい。けど、商売をやる以上贅沢は言ってられない。慣れない豚骨の臭みに客が付くかどうか、純度の高い豚骨ラーメンは初めての挑戦だ

 

 けど、僕は知っている。遠い故郷の博多ではこの味を求めて多くの人間が虜になって、これなしでは生きられないジャンキーであるという事実を。

 

 張維新も言っていた。きっと彼も、この味を知れば

 

 

「……は、バカバカぼくのバカ、何考えているんだよもう」

 

 

 忘れろ。あの人はもう来ないし、こっちからも会いに行くつもりなんてない。関わるだけ危険だ

 

 

 

……美味いな、実に良い味だ

 

 

 

「———————―ッ」

 

 

 けど、妙にあの人の言葉が消えてくれない。僕の味に感想を言ってくれた人、そんな人は決していないわけじゃないのに

 

 どうして、僕は

 

 

 

「張、維新」

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏家業を終えて、無事お金が溜まった。おかげで一気に仕入れが滞りなく入ってきた。

 

 懸念していた白濁色の濃厚豚骨だし。これがどう受け取られるか、その結果は

 

 

……替え玉!

 

……こっちも頼む!

 

……スープも飲み干しちまった……10ドル払う、もう一杯くれ!

 

 

 皆、面白いほどにハマってくれた。

 

 

 

 客はとかく僕の豚骨ラーメンを求めて足を運んだ。店の前にも机やいすを並べ、足りない手は嬢のお姉さん達が手を上げてくれた。しれっと接客ついでに花を売るのも目的だろうけど、まあそれでも人手が増えたのは大助かりだ。

 

 麺処・ロアナプラ亭で初めて提供した博多豚骨ラーメン。その売れ行きは絶好調、を通り越してもはや狂気じみているものすらあった。

 

 行列はもちろんのこと、無料で替え玉システムを導入してしまったのは確実に失敗だ。皆一杯のスープで平気に3~5杯は麺を平らげてしまうのだ。豚骨スープの魔力に魅入られたお客は、はたから見てもはや死人。ウォーキングデッド、いやもはやバタリアン。店ごと食いきってしまいかねないほどに客たちは足しげく通ってきたここ連日

 

 

……鍋の数も増やして、麺のお代わりも値上げ、なのにそれでも客足が絶えない。これじゃあ

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 嵐のような営業が終わり、厨房で一人椅子に腰かけて僕は項垂れている。そばにある鏡に見た自分の顔、疲れ切っているせいか目に隈も出来かけている

 

 店が繁盛するのは良いことだ。だけど、それでまた別の問題が

 

 

 

「また、食材が……あぁ、どうしよう」

 

 

 稼ぎがあれば食材は手に入るものの、いくらなんでも度が過ぎる。供給と需要のバランスが不釣り合いだ。

 

 冷凍庫にしまっていた豚骨はストック切れ、明日からまた入手ルートの模索に難儀しないといけない。それを想うと、必然的にため息が出てしまう。

 

 

 

「……今の仕入れ先、前の方なら……あぁ、お金が消えていく。黒字のはずなのに、超黒字だったはずなのに」

 

 

 

 寸胴鍋三つが空っぽになるまで売っても、手元に残るのは微々たるもの。その上豚骨を煮込む労働の時間を考えれば、人件費で赤字になるところを無理で押し通している。セルフブラック営業とは恐れ入った、主に自分に

 

 疲れている、その自覚はある。ひとまず、火を落として仕込みを済まして、はやく床につかねば。暖簾を降ろしに、厨房を出ようとした

 

 けど、そんなタイミングを見計らったように

 

 

 

……ガララ

 

 

 

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 

 反射的に、店に入ってきたお客に声をかける。営業スマイル。顔の疲れをはたいて奥に潜める

 

 お客は、金髪の外国人観光客? だろうか

 

 カウンターに座るや、無言で指を立てて、一杯という意味だろうか。10ドル札と1ドル札二枚、机に置いて終始無言のまま……何か奇妙だ。

 

 

……店終いだったのに、言うべきかな?

 

 

 一人、スープは火こそ落としているが、一応無いわけじゃない。最後の寸胴鍋にはちょうど一杯分、夜食にでもと思っていたがこうなれば振舞わざるを得ない。

 

 

「お客さん、一杯分ですけど……いいですか?」

 

「……あぁ」

 

 

「はい、では少々お待ちを……(喋るんだ)」

 

 

 顔を見た。青い目に、金髪の髪。けど顔つきはアジア系、ハーフなのだろうか?ベビーフェイスと少し丸みを帯びた鼻は、どこか見覚えがあるような

 

 しかし、アロハシャツが似合わない人だ。雰囲気も妙に大人しすぎるというか、あぁいけないいけない。詮索屋は嫌われる

 

 調理に集中する。小鍋に取ったスープを温め、麺の茹でを始めた

 

「茹で加減は……初めてでしたらノーマルでいいですよね」

 

「あぁ……まかせる」

 

 確認をとれた。慣れた手つきで麺を茹で機の中へ、タイマーは一分弱

 

 薄口しょうゆと昆布、ザラメで作った醤油ダレを温めておいている丼へ、次にスープを、そして麺と具材

 

 具はシンプルにチャーシュー、ネギ、紅ショウガだけ。単純で複雑な要素はいらない。このラーメンの前では、シンプルで力強い要素が持ち味であり個性となる。

 

 

「おまたせしました、博多豚骨ラーメンです……お熱いので、気を付けて……」

 

 

 

 どうぞ、そう言い切る刹那、またもやタイミングを見計らったように

 

 

 

 

……ガララ

 

 

 

「あ、すみません……もうラーメンは」

 

 

 

 

『ズダンッ!!』

 

 

 

 

 入ってきたのは、客というにはあまりにもおっかない。なんともこの店の中には似つかわしくないものを携えた

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

「ハロー、ケイティちゃん……会いたかったぜ」

 

 

 

 どこからどう見ても不届き物、けど僕には面識があった。背の高い男の名は、確かツァン

 

 男の放った銃弾は、僕の頬すぐ隣をかすめて後ろの鏡を砕いた。

 

 

 

 

 

 

~現在~

 

 

「へえ、そいつはご機嫌なシーンだ……で、ケイティはぶるって漏らしたのかい」

 

「品が無い言葉を吐くんじゃない……ここからがいい所なんだ、とにかく黙って聞け」

 

 饒舌な語り、物語はラストパートへ

 

「いいか、ツァンはタイ語に長けていた奴でな……主に外での仕事を任せることが多かった。あれで営業の知識と技術もあって、結構重宝していた人材だった。うちのシノギになる事業を増やして上納金をあげる奴を、俺自身も有能と見てきた……まあ、それも過去の話だ」

 

「三合会で名を挙げるために、随分とあくどいことをしていたらしいな。噂は聞いたことがある、三合会に恥さらしの悪目立ちがいたってな」

 

「あぁ、まったくもって愉快な話だ。当事者であることが恨めしくなる」

 

 端から聞けば愉快痛快であったはず、しかし引き金を引いたのもゴミを捨て去ったのも自分たち。張にとってツァンはおもしろくないの一言に尽きる輩だ

 レヴィはというと、知った話になったからか気を良くして話を広げだす。 

 

「醜聞は噂の波にのってゆらゆらと……口に戸は立てられないもんだ。一時期は酒の肴にあたしも口にしていた噂、けどな……旦那自らが始末したって話は初耳だな」

 

「戸を立てたつもりもねえが、どうやらそこは広まっていなかったようだ。あいつに、ケイティに面倒をかける噂は自然と検閲がなされる。あいつは良くも悪くも愛されがすぎる」

 

「バラライカの姉御、エダ、あんたの所のデスダヨ……なんで、あいつが男娼をしてねえのか未だに理解できねえぜ」

 

「言うな、あれはあれで気にしているらしいからな……ま、俺もその疑問は抱いてないとは言わん」

 

 

 

……クシュンッ……ウゥ、カゼカナ?

 

 

 

 

「……話が逸れたな。で、どこまで話した?」

 

「ケイティがツァンにディックを向けられて、貞操の危機のついでに命の危機、ってところまでか」

 

「そうだ、そこからだ…………あいつは色んな奴に愛される一方で、ハプニングや不運ともよろしくやっているからな。ツァンはファックと殺しもセットであいつを手込めにしようとした。だが、そうはならなかった。さ、話を続けよう…………俺はあの時」

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 




時間がかかってしまう。難航中デスダヨ

現在の張エピソードは次回で終わらしたい所、終われたら良いなあ。終わらしてそろそろ原作ネタを絡めたい

感想、評価たくさんいただき嬉しい限り。平均評価も少しずつ上がっていて楽しくなってきました。目指せ評価値バーの赤色


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(18) 三合会はチョー最高!だけど……

長文、前回よりも長めの内容です。


 

~過去~

 

 

 

「動くなよ、叫ばれても面倒だからな」

 

 

 開口一番、銃口と共に向けられた脅迫の言葉、バラライカさんに比べればいささか劣る怖さではあるが、僕は大人しく従った

 

 確か、あの場にいたツァンと呼ばれた大男、二メートルある身長の癖に、やることはレイプ犯の小物、クソ外道。三合会の張さんに諫められてからは流石に大丈夫かとたかをくくって、安心していたのに

 

 

 

「……いいんですか? マフィアなのに……あなた、カタギに手を出そうとしているんですよね」

 

 

 問いかける。マフィア巣くうこの街に入れば最低限のことは理解できる。銃を持つ人間が人を殺めるのは今更のこと、けど彼が本当に三合会という看板を掲げるのであれば、きっとその行動には制限が付くものだ。この街は無法ではあるが、無法なりの作法というものはある

 

 街の巨塔の名を汚す真似はしないはず。では、なぜこの男は

 

 

「お前よぉ、張の前で啖呵切ってたな」

 

「……それが、いったい何の関係が」

 

「おおありだ。あの後誤魔化すのにどれだけ大変だったか……なあ、わかるか? 俺は組織では名うてのビジネスマンとして通ってんだ。組に利益を生むシノギを増やすために、多少乱暴なこともするが……それは上の知る必要のない事なんだよ」

 

「……ッ」

 

 思考が巡る、男の言っている意味、それらがすべてつながる

 

 三合会はろくでもない、この男こそがバンコクのおじさんを。師匠の友人を

 

「確かに、俺は三合会の名を背負っている。カタギに手は出さねえ、ちょっと火遊びするならまだしも、銃を向けるなんざ」

 

 

……パリンッ!!

 

 

「!」

 

 

 引かれた引き金、背後で割れる鏡の音が響いた

 

 

「けどな、保身のためなら仕方のねえことだ」

 

 

「……保身」

 

 

「…あの場で切った啖呵、あれには焦ったぜ。まあ、張の野郎にはうまく誤魔化せたことだしよ、あとは余計な口をふさぐだけだ。なあ、ミス・ケイティ」

 

 

 

……カチャリ

 

 

 撃鉄が起きる、シリンダーが回る。男の銃は、僕の命を捉えている

 

 

「……殺す気、ですか」

 

「殺すさ。犯して殺すか、殺した後に犯すか、あとはそれだけの……とってもイージな展開だ」

 

 

 ぐにゃりと、男の頬が気味悪く吊り上がる。

 

 唾液を飲み干す音、生理的な嫌悪が背筋をよぎる。

 

 

……助けを、バラライカさんには

 

 

 焦る、心臓の高鳴りが思考の邪魔だ。銃口の距離、今走って二階へ逃げ込んで、駄目だそんなことをする間もなく

 

 

「おら、媚びてみるか? なあ、ガゥルンと俺のものを喜ばしてみろ」

 

「……い、いやだ」

 

「そうか、なら交渉「ズルルッ!!」……決裂、だな」

 

 

……ズルルッ、ズルルルルッ!!

 

 

「……おい」

 

「!」

 

 銃口が離れた。けど、それは僕からもう一人へ

 

 

……お客さん、まずい

 

 

 

 逃げ遅れたのか、それとも腰が引けているのか、さっきラーメンを出したお客さんに銃口が向く。

 

 けど、何か変だ。この人、どうして

 

 

 

「ズルル……ズル……」

 

 

「おい、てめえいつまで食ってんだ……状況、わかってんのかああぁあッ!!」

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 引き金が引かれる。飛び散るであろう血しぶきを想像して、僕は目を背けた

 

 そしてすぐ、ズダンと火薬が爆ぜた音が響いた。

 

 撃たれてしまった。僕のせいで、関係の無い人が犠牲になった

 

 

「……やっぱり、三合会なんてろくでもない……三合会なんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ろくでもない、確かにそうだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 目を見開く、低く重い声色が僕に呼び掛けているみたいで

 

 反応して、見開いた視界を認識して、そしてようやく理解する。

 

 銃弾は放たれた。ただし、その向き先は

 

 

「……ぉ、おぁ……あがぁああああッ!!?!??!」

 

 

 大男、銃を握る本人、ツァンの右肩に風穴があいていた。

 

「へ?」

 

 

 何が起きている、理解が追い付かない

 

 アロハ男の金髪男性、さっきまでラーメンをすすっていた男が、今は箸を持つ方の逆の手に黒光りする拳銃を握っている、そんな光景、いったいどうやって理解が追い付こうものか

 

 

 

「つ、ツァン!! てめえ、何を……ぐぺッ!?」

 

 

 傍に立つガゥルン、ツァンの腰巾着が銃を取り出す。だけど、その銃口はこの人に向くことは無かった。

 

 撃ち放った。今度は右肩じゃなく、ガゥルンと呼ばれていたその男の顔面に情け容赦なく鉛玉はぶつかり、そして真っ赤な花を壁に散らせた

 

「役者は増やすな……話がややこしくなる」

 

 

 返り血を付けた銃口、男はようやく箸をおき、そしてまるで帽子を下ろすように、その金色の頭髪を地に落とした。

 

 男は黒髪だ。そして懐から取り出したるはサングラス、見せびらかすように男はそれを取り出した。見覚えはある、証拠はもう十分だ

 

 

「あ、あんた……いや、あなたは」

 

 

 尊大な態度が嘘のように、ツァンは後ずさりながら男から離れる。そして、思い出したように銃を手に、震える手で懸命に照準を向けて

 

 

「おい、ふざけんじゃねえよ……なんで、あんたがここにいんだよッ」

 

 叫ぶ、そしてとんでもないことを口にした

 

「張、維新ッ」

 

「やっとか、意外とバレないもんだな」

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 見間違い、ではない。こうして声と顔を重ね合わせれば、間違いなく記憶の張維新と重なった。というか、素顔そんなに爽やかなイケメンだとは

 

「張、さん……なんで、ここに?」

 

「なんでか、理由を聞くのかケイティ? そんなもの、飯を食いに来ただけだ」

 

「め、飯?」

 

「あぁ、お前さんの本業をアーシェから聞いてな……こうして目立たないようにこっそりお楽しみと来たが、なんて運の悪いことに。なぁ、そう思うだろう、ツァン」

 

「……ッ!」

 

 視線が変わる、わずかにのけぞって、もしかして注意が向いていないうちに逃げようとしていたのだろうか。大男の癖に、中身は小心者だとは

 

「お互い運が無いな。面倒ごとに会っちまったもの同士、スマートに事を運ぼうか」

 

「な、なにいって……おぉ?

 

 張さんは席を立ち一歩二歩と距離を詰める。銃口は向いたまま、手に持っていた銃は。

 

 そのまま、食べ終えた丼の傍に置いたまま

 

 

……銃を、使わない?

 

 

「あんた、なんのつもりだ……銃は」

 

「さあ、そんなものはなくてもいい……俺はな、話がしたいんだ」

 

「……ッ」

 

 

 戸惑い、震え、ツァンは張の前で立ち上がる。身長差ゆえに張は見下される位置にある。

 

 だが、震えるのはツァンの方だ。向けた銃口は優位の証、なのにどうしてか何もかもが劣勢に見えてしまうのだ

 

「……嘘の弁明、俺が聞きたいのはそれだけだ」

 

「嘘、んだよ……そんなもん聞いてどうする!」

 

「どうする、そんなことは考えなくていい……わからないか、お前は今試されているんだよ。わかりやすく言えば、瀬戸際って奴だ」

 

「……くっ」

 

 舌を打つ音があからさまに聞こえる。けどそれはもはや負け惜しみも同然、張維新はツァンを見て頬を吊り上げている。

 

 

「ツァン、お前はつまらない男だ……金を稼ぐ敏腕男の裏が、ただの脅し一本のチンピラときた。三合会、この名はそれほどに軽いものか? なあ、お前の口から教えてくれ」

 

 

「……ぁ、あぁ」

 

 

 サングラスの奥に隠れたベビーフェイス、その容姿は整っている顔だ。だから、その顔はすごく怖い

 

 命の権利を手に掴んで、最後を笑って看取る狂気の顔、張維新は間違いなく悪だ。

 

 

 

 

「教えてくれ、三合会は……張維新の名は、お前程度に汚されていい名前か、さあ聞かせて見ろ……俺を楽しませろ、道化をやってみせろ」

 

 

 

 言葉は重く、見えない圧がツァンをじりじりと追い詰める。息苦しく、目の前が暗くなりそうなほどの威圧感が彼を襲う

 

「おもしろいってのが大事だ。俺は確かにそう言った……お前のしてきたこと、神もイエスもブッダも、誰だってくすりともしねえ。お前はつまらない男だ。だから、最後もつまらなく終わる」

 

「……く、ぐぬッ」

 

「仕事も適当、私生活も品の無い……第一、男と女の区別もつかなくオッ起てる奴に手籠めにするなんて大層なこと、できるとは思わないことだ。そいつは曲がりなりにも、あのミス・バラライカのお気に入りだ」

 

 

「!」

 

 

 男の顔が青ざめる。衝撃の事実、それは無理もない、いや待て、

 

 え、どっちだ。いったいどっちに、というか

 

 

 

 

……張さん、気づいていたの?いつから??

 

 

 

 

「なあ、ここが最後だ。まだ残りの人生を面白く生きたいなら、罰を受け入れて半殺しでも生き続けろ……いいか、これが最後の」

 

 

 慈悲だ、そう呟かんとした張に先んじて

 

 

 

「ダァアアアアアッッ!!?!?!抜かせやぁあああァアアアアッ!!?!?」

 

「……あ、あぶない!?」 

 

 怒号、己を奮い立たせる声なのか、ツァンは撃鉄を再度起こし引き金を引かんとした。

 

 シリンダーが回る。その刹那、僕は本能的に動いた。見ているだけの、観客のままの僕は、とっさに近くの鍋を掴んだ。

 

 けど、そうした瞬間音を立たせたのが良くなかった。男は振り向いて、僕を見た

 

 

 

「!」

 

 

 マズイ、とっさにそう思った時にはもう遅い。男の銃口はこっちを向く、そう右手が動いていく

 

 引き金は引かれる。情け容赦なく、銃口からは死をもたらす鐘の音が、鉛玉に乗せて放たれた。

 

 

 

……ズダンッ!!

 

 

 

「……ッ」

 

 

 終幕の音、目に映るのはショッキングな光景

 

 ツァンが笑っている。笑いながら、昂ぶった感情がそんな表情をさせているのか

 

 死に顔としては、あまりよろしいとは思えない顔だ

 

 

「!?」

 

 

「ツァン、よくないな……お前はとことんつまらない奴だ、だからそんな奴はこうなる」

 

 

 飛び散った血しぶき、それは張維新の顔に付着している。彼は、その手でツァンの腕を掴んで、さながら逮捕術の様に立ったまま組み伏せて、結果腕の向きを曲がってはいけない方向へ向いている

 

 煙を噴く銃口は、ツァンの額の風通りを良くしてしまった。それがどれほどに早業でかつ力業で成されたこと、驚きを隠せない。

 

 

 

「覚えておけ、手前の視界から消えたモノはな、もう獲物とはいわねえ。銃だろうがナイフだろうが、牙だろうが爪でもだ」

 

「…………ご、ぐプッ……がァ」

 

 吹きこぼす赤色。まだわずかに息が残る。されど虫の息

 

 苦しみからの解放、引き金は彼の指で起こされ、そして引き金も彼自信の指で引かれた

 

 

……ズダン

 

 

「だから目を背けるな、そうしないと……敵に奪われるか、もしくはこういうことになる」

 

 

 

 命は容易く消える。ツァンは張さんの手から離れ、巨体はどしんと音を鳴らしたのを最後に二度と音を発し無くなった。

 

 静まる店内、少しずつ動き出す思考の中で、僕は真っ先に一つの正解を感じた。

 

 ここロアナプラ、悪党たちが蔓延るローグタウンの集大成ともいえる場所で、僕はまた新たに守られる関係を得てしまったのだ。

 

 僕を気に入ったのは張維新、ろくでなしと信じて疑わなかった三合会の大幹部

 

 認めざるを得ない、張維新はクールでハードボイルドで、そして日本風に言うなれば、粋であるのだ

 

 

「ケイティ、どうだった?」

 

 

「!」

 

 

「誤解は解いておきたかった。確かに、マフィアはろくでなしの吹き溜まり、それは認める……けどな」

 

 

 サングラスをつける。もったいぶって、似合わないアロハ姿で、張さんは小気味良く、決め台詞のように言い放つ

 

 

 

「三合会は、チョー最高だ。俺の目の届く限り、お前にもう不義はさせない……誓って、この言葉は裏切らない。俺の名に懸けてな」

 

 

 

「————ッ」

 

 

 胸を撃つ言葉、何かに撃ち抜かれたような錯覚すら覚える。

 

 乱れる心音、上から無理やり抑え込み、僕は必死に頭を回す。言われっぱなしは癪だし、というかなにより

 

 

……まって、僕変な勘違いしてない? 錯覚?? 気の迷い???

 

 

 

「……惚れたか?」

 

 

「へ、変なこと言わないでくださいッ!!」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 その後、張さんが呼んだ業者さんが遺体を片付けに来るまで、僕と張さんは建設的な話し合いというものを続けた。

 

 仕入れ先を失くしたことの責任、特に仕入れルートの模索についてはかなりいい話を聞かせてくれた。三合会の張維新の紹介、それを得られただけでも恐れ多いのに、張さんは今後僕の店に不義を働かせないように自分の名前を壁に置いた。

 

 バラライカさんに続けて二人目、この街で力を持った人の名前が僕の店に飾られた。バラライカさんにどう説明したものか

 

 遠慮して断るのも手だったけど、そうはさせないのが張さんであって、というか僕はどうも押しに弱く、結局何だかわからないうちにほだされて判を押してしまった。

 確かに、サングラスの下の甘いマスクは同性であっても惹かれるものが、僕もあの人みたいに

 

 

 

 

……惚れたか?

 

 

 

 違う。だんじて違う。けど、そう言い切るには僕の顔は羞恥に脆すぎる。

 

 押しに弱い自分が恨めしい。そんな僕の弱所を見ぬき、この人はたびたびこっちの心をかき乱す意地悪を多用してくるのである。

 

 僕と張さんの関係、それは始まったこの時点をもって決まってしまって、後にも先にも覆ることのない。張さんは僕をからかって楽しむ。僕は顔を真っ赤にして、懸命に反抗するが、それがまた彼の興をもたらしてしまう

 

 

 三合会はチョー最高、これは認める。だけど、張さんは違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

「あぁ、ありましたねそんなこと」

 

 気乗りしない返事、ケイティの態度に対し張は首をかしげる

 

「おいおいどうした? 良い話じゃねえか、俺とお前さんの熱い物語の一ページ目、そこから目くるめくる男女の睦言を「捏造です!」……たく、冗談が通じねえ」

 

 呆れた振る舞い、けどそれはこっちの方だ

 

……仕事相手としてはいい人、だけどなんでこの人

 

「怒るなケイティ、シワが増えたら困るだろうに。お前のきれいな顔が曇っちまう」

 

「ぐ、ぐぬ……」

 

 本気か、いやからかいなんだろう。けど、そんな殺し文句をからかいに交えていってくると本気にも思えて、つまりは乱れる。

 

 

……この人だけは、本当に度しがたい

 

 

 一度は本気で焦がれた。今だって、この人のカッコよさに心酔するときはある。認める。

 

 けど、これは別件だ

 

 

 

「で、旦那……そのあとはどうなったんだよ、まさかそのまま何もないってわけはねえよな

 

「もちろんだ。ケイティはな、それから夜な夜な俺のホテルに足を運んだわけだが……そこではメイド服を着てオールドブラックジョーもかくやとばっかしに」

 

「あぁ、なるほど。ご主人様、ミントジュレップはいかがでございましょうか?……て、か、きゃはは!!ハッハハハハ……そいつはいい!」

 

 

「…………二人、ともッ」

 

 

 

「で、でよ、どっちがケツの穴開いたんだよ。フロンティアスピリッツでゴールドラッシュ引き当てたのはどっちだよ、きゃははははッ!!!」 

 

 

「レヴィさんッ!!」

 

「ま、きっついが入らないことはなかったな……気分はローマ法王だ。あれじゃあバチカン奴等が軒並み少年好きの変態になる理由も納得だ」

 

「ブフッ……ギャハハハ! ファッキンクライスト様々だぜジーザス!!」

 

 

 

 

 

 

 

「————————ッ」

 

 

 

 響き渡る二人の笑い声、こっちを忘れて二人は僕のネタを肴に頬を吊り上げて下ろす気はないようで

 

 張さんのサングラス越しの視線は時折こっちを伺うように、バレていないとでも思っているのか

 

 

……三合会はチョー最高

 

 

 一度は心のそこから思ったこと。だけど、僕をからかって楽しむ彼ら彼女ら、とくに張さん!

 

 口にすれば負ける、だから頭の中で、精一杯の皮肉と負け惜しみを込めて

 

 

 

……この胡散臭いイケメン!からかい好きのろくでなし!

 

 

 

 

「……ケイティ、どうした?」

 

 

 

「うっ……な、何も……ないでしゅ」

 

 

 

 噛んだ。恥ずかしくて顔が真っ赤になる、バラライカさんの膝が恋しい

 

 甘えたい、今度会った時には恥ずかしがらずハグを願おう、そう僕は心に決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 




 以上、張の兄貴とオリ主の出会いでした。最後勢いで書ききったかも?もしかしたらそのうちサイレント修正するかもです

 張の兄貴、男の娘オリ主の関係は書いてて難しい。なんか、自然にオリ主を本気でヒロインにしてしまいそうなるので、ボーイズラブはさすがにやりすぎ。でも自然とそうなってしまいそうになる。ヒロイン過ぎるオリ主を作ってしまって後悔

 後にバラライカと三角関係になるのか。オリ主の貞操は未だ危機かもしれない。あれ、ラーメン要素どこ行った?



今回はここまで、次回よりまた新たな味を探求します。次回はシンプルにラーメン回、あのラーメンでロアナプラの住人をジャンキーに染め上げます


……ニンニク、入れますか?


 投稿は気ままに


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(19) 幕間:スリーピングビューティ①

張維新エピソードの補填、次章に移る前にちょっとした幕間劇です

時系列は張の過去編のすぐ次、バラライカにまだラーメンを振るう前です。時系列が少々ややこしくなっていますが、なにとぞお付き合いください


 

 

 

 少し過去にさかのぼる。時系列は、張維新がケイティと関係を築き、賠償と合わせて商談を結んで間もない頃

 

 

 

 

 ちょっとした話をしよう。それは麺処・ロアナプラ亭に置かれた二つの写真についてだ。

 

 一つは、なんでもない風景画のような写真だが、それはこの街に住む住人ならだれもが知るホテルモスクワ所有の建物の正面玄関を撮影したもの

 

 置いてある意味は客に対する警告だ。不埒な行いをするものあれば、この建物から怖いお兄さんたちがあなたを〇しに向かっちゃいますと、そんな深い意味を込めているそれは写真でありながら抽象画。意味を知る者は震えが止まらないほどに感動を覚えてしまう。

 

 と、まあ……ようはケイティの店には魔除けの写真が貼られている。そのおかげで彼の店は安心安全、皆お利口に飯を食って金を払うようになっていたはずが、最近起こった馬鹿な香港人の問題だ。

 

 当然、これにはバラライカも聞き耳を立てていた。しかし、処することもなく問題は解決。不埒者は適切な処理が為され

 

 そして、店の写真の横にもう一つの写真が貼られた。

 

 その写真はツーショット、眼鏡をかけたスーツの男とケイティが肩を組む写真、一見か弱い少女を手籠めにしているような写真にも見えなくもないそれに、ある人物は異様なフラストレーションを覚えたもちろん大尉のこと

 

 

 店主はのんきに張維新の行為に甘え、今日も気を良くして日々料理人を満喫中。そんなある日、ふと店を閉めようとしてシャッターに触れていたケイティは

 

 

 

 

 

 

……ふ~んふ~ん~~ふ~……ふぐおッ!?

 

 

 

 

 バタン、倒れる音とそしてすぐエンジンとタイヤの音が響いてあとは何もなく静寂。

 

 以上の経緯を踏まえて、彼の視点より物語は動き出す

 

 

 ケイティ、グッドラック

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

……目が覚めたら、そこは見知らぬホテルの一室

 

 

 

「……夜景」

 

 横を見た。ロアナプラの景色を一望できるホテル、そんな場所ここではまず限られる。指折りの高級ホテルにどうして僕が、夢を見ていると思いたいけど

 

 

 

 

「……ハァイ、おはよう寝坊助さん」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 声のする方を向けばあら不思議、そこにはワインレッドのスーツが素敵にセクシーでクールで、アバンギャルドで、いや最後は余計か。古すぎる表現を無かったことにして

 

 うん、バラライカさんだ。どこからどう見ても

 

 

「……えっと」

 

 確認、質問を待ってくれている。

 

 あの事件以来事務的な連絡ばかり取る間柄、こうして顔を合わすのも久しぶりで、そしてあまりにも突飛な展開

 

 でも、不思議と僕は動じていない。だから、平然とこの質問が出来るのだろう

 

 

「拉致した要件はいったい……なにか、機嫌を損ねることをしましたでしょうか、その……でした、ごめんなさい」

 

 

 バラライカさん、と付け加えて。反応を伺えば、バラライカさんはクスリと笑って見せる。落ち着いた物腰、少し可愛らしく見えてしまう

 

 

 

「あら、さすが拉致経験があると貫禄があるわね……話が早くて助かるわ、ケイティ」

 

 

 

「……話、ですか」

 

 

 

「ええ、お話……ていっても、大体予想は出来るでしょ。あの男との件、三合会とのいきさつについて少し聞かせて欲しいの」

 

 

 バラライカさんが丁寧に申す。僕は軽く相槌を打つ返事をして、するとその浅い了承の返事がきっかけに部屋の玄関が開き

 何事かと身構えて、けどそれはすぐに理解が得られた。ホテルのボーイと思しいスタッフが入り、その運ぶカートには料理と思しいモノがちらほらと

 

「ようやく、今自分がどんな状況に置かれたか理解できたようね」

 

「ごはん、ですか?」

 

「ええ、ロシア料理はお嫌いかしら?」

 

「……」

 

 

 質問の問い、少し考える。ロシアの料理なんて名前ばかり、ウォッカを使ったカクテルを少し嗜むぐらいしか覚えがない。それに関しても飲み物で固形物ですらない

 

 断るつもりは毛頭ないが、展開に戸惑い少し判断が滞っていた。だからすぐにうなずくなり返事をすることを僕はしなかった

 

 だから、そんな逡巡のタイミングを見計らったように、僕はその匂いを

 

 

「!」

 

 

 鼻先に感じた。濃厚なスープの匂いを、トマトの酸味と甘みが漂う風味を

 

 バター、肉、野菜、寒い国の料理らしく濃厚で食べ応えのある料理が皿に並ぶ。色鮮やかで、見るだけで自然と胃が刺激される。

 

 

……ぐうぅ

 

 

「た、食べます!」

 

 

 空腹が先行して食い気味に返事、そんな自分をすぐに察して顔が熱くなる。バラライカさんに恥ずかしい姿を見せてしまった。

 

 

「……милый(可愛い)」 

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 いじらしく、人をからかうように楽し気に笑う。

 

 バラライカさんのいじらしい笑み、意味は分からないがその言葉は自然と理解できてしまう。

 

 

 

……なんだか、調子が狂う

 

 

 

 熱くなる、体まで熱くなって、何だか恥ずかしいとしか言いようがない。

 

 撃たれた時の恐怖、病院で顔を合わして話し合いをした時、それまでにこんなことは無かった。

 

 軍服姿に血と硝煙の匂いを纏う彼女しか知らなかった。だから、きっと僕はバラライカさんに戸惑ってしまうのだろうと推測する。

 

 

「さ、一緒に食べましょう。話し合いは、またそのあとでいいわ……サワークリームはお嫌い? ウォッカは薄めて出した方がいいようね」

 

 

「……は、はぃ」

 

 

 戸惑いを、隠し切れない。

 

 葉巻や火薬のにおいを感じさせない。漂うのは色香を含めた香水の芳香

 

 身に纏うスーツにしてもそうだ。エレガントな代物を堂々と着こなす様、そして男であるなら目を背けられない肌色の誘惑、ボタンを留められるはずなのにあえて開け放ち余裕を見せつけている。そう感じられる

 

 出で立ち、振る舞い、物腰、何をとっても過去とは類似しない。一人の、魅力ある大人の女性として対峙するバラライカさんは、現段階の僕の人生において最もの障害である。間違いない

  

 

 

 

 




今回はここまで、次回はもう少し長めに仕上げたい予定&願望


補足の解説、この幕間ではオリ主とバラライカのその後、姉御なる人で見せたあの甘々な関係、そこに転じるに至った最初のきっかけを記したモノを想定しています。

 感想・評価をたくさんいただいて感謝感激バラライカ。

 感想で言われるように、飯テロな文章とあまあまなオリ主の展開をこれからも続けていきます。ブラクラの日常系二次創作を今後もお楽しみに


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(20) 幕間:スリーピングビューティ②

時間がかかって申し訳ない、バラライカとの甘いシーンをご堪能あれ

ラーメンのあとには甘いデザートを


 僕がバラライカさんと対峙したあの日から数日、失血死しかけていた僕がどうにか山を越えてそして息を吹き返し意識を覚ました頃のことだ。

 

 病院の清潔な天井やシーツを見ながらふとその人は僕の傍にいた

 

 バラライカさんと目が合った。

 

 殺意や怨恨に満ちた深い底のような目ではなく、あくまで平時の感情の色を示した目。本来なら僕は損害請求なり慰謝料なりを求める立場であったはずなのに、その目を見てしまった故かただ普通に起床の言葉を語り掛けてしまった

 

 おはようございます、そう言い放った僕を見てバラライカさんもまたあっけに取られていた。

 

 それ以降は、バラライカさんが気を使いカーテンの隔て越しに会話をしていた。事後報告等やその後の予定を話し合ったり、事務的な会話に時折平穏な日常会話を混ぜる程度で、気づけば怒りを覚えていたことすら僕は忘れてしまっていた

 

 不思議なことに、ただ普通に話をして 

 

 世間話をして、笑ったり相づちをうったり

  

 ただただ、普通に会話をしていた

 

 

 結果的に言えば良好な関係、だけど今宵のこの展開はいささか飛躍しすぎではないだろうか。けど、それも元をたどれば僕のせい、僕が招いた厄介ごとが彼女の気に障ったのであれば、僕にはどうしようもない。

 

 機嫌を取らないと、とにもかくにもまずはこのディナーを乗り切らなければ

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 ロシアの品々、汁物はボルシチで主菜はブリヌイを纏った魚の焼き物。他にもバターたっぷりのペリメニ、というかペリメニなるこの料理どこからどうみても水餃子だ。

 

 知っている味、知らない味、ライ麦パンをかじって胃袋も満たされる。合間に挟むウォッカ、果実の汁で割ったものは飲みやすい

 

 ケイティは食事を楽しんでいる。ほどよく酔いの気が周り、彼の頬は少し明るく染まっている

 

 表情は朗らかに、バラライカを前にして緊張はもうなくなっている。ケイティは笑い、バラライカも釣られて微笑む

 

 

 

 

「……で、あの男はあなたを助けたと」

 

 

 

「ひっく、えぇ……とっても、かっこいいだったでしゅ。じぇーむずぼんどみたいに……こう、パン!シュシュ、どーんッ……かっこいいなぁ、えへへ」

 

 

 気を許し、自白剤を入れられたも同然にケイティの口は柔らかい。その口から語られる情報、バラライカにとって面白いものではあまりないだろう

 

 表情には出さない。だか、こめかみがピキリと血管を浮かべる前に

 

 

……クッ…………ダンッ!!

 

 

 グラスにいれたウォッカ、それをストレートで喉奥へ流し込む。強い火の気、しかしバラライカには慣れたもの

 

 

「わぁ、すごいなぁ、おさけ強いですねぇ……かっこいぃ」

 

「……私が言うのもあれだけど、ほんと無防備に気持ちよくなってるわね」

 

「無防備? だいじょうぶですよぉ、怖い人から守ってくれるんですよね……バラライカさん、約束してくれたから」

 

「……その、怖い人に私たちも入るはずなのに、あなた私に撃たれたこと忘れちゃったのかしら」

 

「覚えてますよ。ここ、足にチクってされました」

 

 えへへと、笑いながら指差して答える

 

「注射器を射たれたみたいに言ってるけど、あなた血を流しすぎて倒れたのよ」

 

「……?」

 

「だめ、飲ませすぎたわね」 

 

 焦点の合わない視線、なにもしなくてもふらふら揺れる頭。

 

 気持ちがいい、そんな感覚に陥るのは久しぶりだ。酒は決して嗜む方ではないケイティ、夜の店の仕事でも酒は飲ませる側で飲まない技術は有していた

 

 だから、こうも無防備に酒を飲むことは久しくないものだ。あるとすれば、アーシェやコリンネらの私邸に呼ばれ飲まされて弄ばれる時ぐらいか、目が覚めたら女装姿でさらにはポートレートでとられた己の痴態を収める写真の数々、そんなことも珍しくない

 

 ケイティは酒に対して警戒的だ。だが、今はそれがない。気を許して、バラライカを喜ばせるようにケイティは酒を次々とあおる

 

 

 

「……ん、ぷは…………ん、げぷ」

 

 飲み干す、もう何杯目だったか

 

「あなた、お酒強いの?」

 

「弱いれす、でも結構飲めます……のめます、ます……えへへ~」

 

 ゆらゆら揺れる、ケイティの頭に花が一輪咲いている。

 

 能天気で無警戒、ご飯を口にして美味しいといってはお酒を飲む

 

 底なし、だが弱いのは確か。これが嬢であるなら男にとっては最高な相手であろう。

 

 

「……困ったわね、あなた」

 

「?」

 

「あなた、一人で帰れるかしら。家までは送るつもりだけど、今のあなた」

 

 じーっと見る、バラライカに見られてケイティはにへぇと口角を吊り上げた。

 

 試しに手を振れば、同じくケイティも手を振る。

 

「……出来上がってるわね。あなた、自分の部屋のベッドまでたどり着けるの?」

 

「はい、できましゅ」

 

「無理よ、そんなべろべろで」

 

「よってない」

 

「嘘…………証明してあげようかしら」

 

「?」

 

 

 席を立った、そして部屋の壁際においてあるソファへと移動した。クッションをどけて、隣に座るスペースを作る

 

 興が乗った。バラライカはそんな想いで、とあることを試してみる

 

「……ケイティ」

 

 

 パンパン、手を二回叩いた。すると、何を言ったわけでもないが

 

 とろんとした瞳を見せるケイティは頷くように

 

 

「……ワン」

 

 と、短くぼやく。そしてふらふらと怪しい足取りで、そのままふらぁ~っと

 

「ケイティ、おすわり」

 

「……おすわり、ます」

 

 言う通りに、バラライカの隣にぽふんと座る。

 

「お手」

 

「……ウィ」

 

「なんでフランス語なのかしら……ま、かわいいからいいわ」

 

 言われるまま、されるがまま、バラライカの思い通りにケイティは従う

 

 出された手の平に己の手を置き、そのまま招かれるままにバラライカの膝の上に倒れ込む。大型犬が膝の上に座り甘えるように

 

「ほんと、気持ちいぐらいに酔ってるわね」

 

「……よって、ません」

 

「あら、嘘はだめよ。そんな子はもう撫でてあげない」

 

「……ッ」

 

 いたずらで言ってみる。すると、面を上げてケイティはその目に涙を浮かべる

 

 うるうると、切なさを一杯に

 

「駄目よ、ケイティ……だめ、だめなのよ」

 

「……や、やぁ」

 

 伸ばす手、気づけば態勢は膝枕へ仰向けに寝転ぶ態勢。バラライカの手は、少し離して焦らすように宙空に

 

 バラライカは焦らして待っている。心から甘えて縋り付く様を見るために、己に気を許すこのか弱くも愛らしい小動物を自分色に染めるために

 

「……ケイティ、何が欲しいのか正直に言いなさい。態度次第では、私も」

 

 考えて上げなくもない、そう上から言い切る。

 

 ケイティは震えている。Sッ気のある女性に対して弱いがゆえに、その手の女性からは容易に弄ばれる。ケイティが最も警戒するべきは異性である。そのことを薄々バラライカも気づき出す

 

 

……この子は、本当に不思議な子

 

 

 己を撃った相手と平気で食事をする、酒を飲む、そして心を許す

 

 騙されて不幸な目に落ちるのが見え見えであるのに、改めてケイティなる人物がロアナプラで生存が適うことが奇妙で仕方ない

 

 

……奇妙だ、だがそれ故に興味深い

 

 

「……他の者に、取られるのは面白くない」

 

「!」 

 

「ケイティ、ほらケイティ……甘えなさい」

 

 差し出した人差し指、ネイルも塗っていないただの指で良かった。そうであれば、このようなことも気兼ねなくできる

 

 バラライカの差し出した手、その手をケイティは掴む。掴んで引き寄せて、指先に舌を

 

 

「……はむ、ん……っく」

 

 

「ぁ……いい子ね、ケイティ」

 

 

 甘い、甘い感覚に浸される。内から湧きたつこの感覚をバラライカは今の段階では形容できない。

 

 酔っているのは、決してケイティ一人ではない。彼女もまた、複雑な物事で酔いしれて思考に痺れを帯びている。

 

 

 

……くちゅ……ちゅ

 

 

 

「吸うのが、上手なのね……そんなに美味しいのかしら。私の指が」

 

「……ぁ、うぅ」

 

「あらあら、恥ずかしいのね……いいわ、気にしないで」

 

「……や、やぁ……ごめん、なさぃ」

 

 真っ赤な顔、そのままぐるんと顔を背ける。バラライカの膝の上から頭をどけるつもりはないようで、寝返りを打ってお腹側に息を沈める。

 

 乳房の起伏に隠れて顔は覗けない位置、吐息や温もりが腹の皮膚に感じられる。不失礼極まりない行動ではあるが、バラライカはただそんなケイティの側頭部を撫でるだけ

 

 いっそ、このまま服を脱ぎ捨てて乳房でも与えてみればいいのだろうかと、少し考えてみたがすぐに失笑してしまった

 

 

……らしくないな、私がそのような

 

 

「本当に……どうかしてるわね、私も」

 

「……へ」

 

「いいわ、あなたは気にしなくて……ほら、ご飯を食べてもうおねむなんでしょうに。いいわ、寝ちゃっても」

 

「……家、かえらないと」

 

「大丈夫よ、ここは貴方の家よ」

 

 嘘を吐く、判断が弱くなっている故にそれでもいいと

 

 だが、意外にも

 

 

 

 

「……ちがう」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ここは、バラライカさんのおうち……です」

 

 

 

 

 顔を見せる、そしてそう言った。恥じらいの顔で、震えながらそう言った

 

 少しだけ考えてみる。バラライカはケイティの頬を指でなぞりながら、その感情の色を知ろうとするようにして

 

 

 

 

「……訂正するわ」

 

 

 

 

 求める回答は、すぐに理解できた

 

 己の家といった。ケイティは今夢うつつな状態、だが優しくまともな性格のケイティには当然の思考があり、故に否定した

 

 

 

 

「そうね、ここがあなたの家なら私は帰らないといけないわね」

 

 

 

 欲しい回答は、嘘でなくてもよい

 

 

 

「そうね、ここは私の家……ケイティ、あなた私の家に居たいのね」

 

 

 

「……――ッ」

 

 小さくうなずく、顔の動きを下腹部で感じた

 

「私のベッドで、一緒に眠りたいのね……欲張りな子、どうしてあなたって子は私に殺されないのかしら。不思議ね、本当に不思議だわ」

 

 不思議、だがその答えは内心理解している

 

 不快感はない、怒りも何もない、ケイティとふれあいそばにいる時間はただただ気が穏やかで

 

 

 

……この子は、私をただの年上の異性程度にしか見ていない

 

 

 

「本当に、不思議な子……ケイティ、抱っこしてあげましょうか」

 

「……ふぁい」

 

 

 求める、するとバラライカはケイティの背中と膝裏に両手を通して、そのまま胸で預かる形で抱きかかえる。

 

 体は軽く、男であることは体格や硬さでどうにか解かる程度。改めて性別の曖昧加減、そして幼さが過ぎる育ち不足を想わされる

 

 

「……顔、苦しい」

 

 

「あら、嬉しくないの」

 

 

「……いいの?」

 

 

「構わないわ、どこであろうと息は吸いなさい」

 

 

「…………すぅ」

 

 

 静かな呼吸音、その位置はバラライカの右乳房の、ちょうど中央。

 

 微かに感じる熱、湿り気、それが下着を越して敏感な部位を撫でる。狼藉甚だしい行為ではあるが、バラライカは不思議とその熱が誇らしく、むしろ心穏やかに感じている

 

 腕に抱きかかえ、胸に受け止める小さな温もり、ロアナプラにいる己に感じるとは夢にも思わなかったこの感傷

 

 

 

……そうか、私は

 

 

 

「ケイティ、わたしはあなたに……」

 

 

「?」

 

 

「いいえ、なんでもないわ……さ、部屋へ行きましょう」

 

 

 

 口にはしない。まだ直接言葉にするにはどうにもむず痒い

 

 

 

 火傷顔(フライフェイス)が少年を愛でて母性に興じているなどと、口が裂けても認められはしない

 

 

 

 

 

 

次回に続く




以上、ケイティとバラライカのあまあまなシーンでした。指舐めは健全? 普段はR18で色々書いてるものでついつい筆が乗ってしまいがち

感想・評価など頂ければなにより。モチベ上がって捗ります


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(21) 幕間:スリーピングビューティ③

幕間はこれにて終了


 

 

 

 

 

 甘い、とても甘い味を感じた

 

 良い匂いをいっぱい吸って、暖かくて気持ちが良くて気づけば体は楽になっていた

 

 水を飲んだのは誰の手でか、催したくなった僕はどうやってそれを済ましたのか。何もわからない、ただ暖かく包まれている夢心地のまま

 

 暗い、暗い闇の中で安心を感じていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 スリーピングビューティ、と形容するのが正しいのだろうか。眠れる美しい姫君、今のあなたはそう言い切ってもいいぐらいに朝日をまとって麗しく映っているのだから

 

 向かい合って吐息の触れ合う距離、白磁のような肌と荒野を思わせる傷跡の褐色。

 

 唇はグロスを落としているから薄いピンクの色になっていて、けれど潤いは保たれている。きれいな唇だ

 

 等間隔の呼吸音、生きている証を示す音色、抱きしめる温度は熱いぐらいで、けれどそれが心地よくて抜け出せない。

 バラライカさんに抱きしめられていることに気づき、目が覚めてそのまま数分が経つ。いい加減、そろそろ起きないと

 

 けれど、そのためにはまずこの拘束から逃れなければ

 

 

「……バラライカさん」

 

 呼んでみる。けど、寝息は静かに等間隔

 

 

「……どうしよう」

 

 

 悩む、見知らぬ部屋で、冷房の効いた部屋で、互いにバスローブを纏った姿で寄り添い密着しているこの構図、人に見られてはいけないとだけは理解できる

 

 

……起こさないと、このままじゃ

 

 

 人が入ってくる、とはさすがに思わない。ここがこの人の私室であるなら、部下や関係者が不躾な真似をするとは思わない

 

 

「起きてください、バラライカさん」

 

 

 声をかける、できれば手で肩なりを揺さぶりたいが、今はそれも出来そうにない

 

 

 

……動けない、力すごい

 

 

 

 背中に回る感触、左の手が背中を掴んで右手は僕の頭をその豊かな胸部へと、二つの膨らみが僕の顔を包みこむ。

 できれば、息をすることも避けたい。男としては嬉しすぎる状況ではあるが、今は興奮よりも困惑が勝る

 

 谷間から香る良い匂い、石鹸と香料と、人の暖かい生きた匂い。バラライカさんの匂いがいっぱいに吸えてしまう場所

 

 眠くなって、溶けてしまう。このままじゃ、次は目覚められるか自信はない。

 

 

 

……どうして、この人は

 

 

 昨日のこと、覚えているのはあまりない。食事が美味しくて、お酒も美味しくて、気分が良くなって気づけば横になっていた

 

 介抱してくれたのならいい、だけどベッドで一緒に寝ているということ、それがどうにも

 

 まさか、してないよね……ハハ、ないない

 

 

 

 

 

「……………………ァ」

 

 

 

「!」

 

 

 

 声がした。艶の入った淡い声

 

 声を出したのならそれはただ一人、僕の目の前。見れば少しばかり目が開いている。目と目が合う、すこし心臓がどきりと震えた

 

 と、同時に腕の力がさらに増した

 

 

「!!」

 

 

 空気が押し出される音、僕の視界は一瞬で真っ暗闇。身動きは、首ががっちりとロックされて取れない

 

 甘い匂い、ボディーソープの匂いがする温めの空気をいっぱいに吸った。

 

 

「……すぅ、ぁ……あぁ」

 

 

 いけないとはわかっている。けど、それも僕はこの柔らかさの奥で呼吸を繰り返す。暖かい夢心地、けど肺に入れれば入れるほど心が切なくなる

 

 

「……いけない子、ね」

 

「ぁ……ばららいかさん」

 

「おはよう、ケイティ……あら、あなたこんなに幼かったかしら」

 

 くしゅり、ふわり、言葉をかけならその手は僕の頭や耳の裏に

 

 やさしく、櫛をかけるように指でやさしくなでる

 

「……ん」

 

「あら、ここがいいのね……どう、気持ちいかしら」

 

 くしゅくしゅ、音が鳴る。気持ちのいい音

 

 グルーミングの心地よさ、そして髪をかく手の動きがより柔らかさへと顔を招く。

 

 

……動けない、いや……もう、動きたくない

 

 

「さん……バラライカさん…………だめ、ほんとよくないのに……ぼく、いけないこと」

 

「ええ、とてもいけないことね。けど、いいのよ。私がしたいから、だからいいの…………ぁ、暖かいわねあなた。それに、いい匂いよ」

 

「……よく、ないですよぉ」

 

「なら抵抗しなさい……いいわ、私の胸から離れたいのなら」

 

「うぅ……いじわる」

 

「あら、知らなかったかしら?」

 

 くすくすと笑って、また手のひらが頭をやさしくなで続ける。

 

 額の上、吐息が頭に当たっている。バラライカさんの声も、生々しいぐらいに密着して

 

「————ッ」

 

「いい子ね、おとなしく甘えられるのは美徳よ……あら、また寝てしまいそうね。子守唄でも歌ってほしいのかしら」

 

 からかうように、しかしやさしい声色でつめよる。

 

「……うぅ」

 

 暖かい、腕に抱かれて胸で受け止められて、逃げ場はどこにもない

 

 心も幼く帰ってしまう。眠りに落ちて、きっと僕は愛でられ続けると思うと余計に心が揺らぐ。想定外だ、バラライカさんがこうも積極的で、けどこんなこともうやめないと

 

 

「……子守唄は、いかが?」

 

 

 ささやく声、艶色を載せて耳元に吹きかけられる

 

 

 

「ひゃ……うぅ」

 

 

 

「ごめんなさいね、けど安心していいわ。こんなこと、そう繰り返したりしないもの。あなたも恥ずかしいようだし、今日だけ、今だけ。だから安心しなさい」

 

 

「……ほんとう、ですか」

 

 

「ええ、子ども扱いは嫌なのよね。大丈夫、だから今だけは甘えていいの……バユシキバユ、でいいかしら」

 

 

 バユシキバユ、確かロシアの伝統的な子守唄

 

 抱きしめられて、子守唄を聞かされながら二度寝。よくないとはわかっていても、こうも追い詰められては逆らえない甘美な誘惑

 

 

 

……今日だけっていうなら、もう

 

 

 

「わかり、ました……じゃあ、今は」

 

 

「ケイティ、いい子ね」

 

 

「い、いまだけ……うぅ、こんなこと今日だけなんですから」

 

 

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

 

 

 とある日、何でもない日、だけど見上げた天井は知っているものだけど違う。

 

 張さんが昔話を語りながらとんこつラーメンを召して、それからすぐ何故かバラライカさんに誘いを受けて食事とお酒を楽しんで

 

「……で、酔いつぶれた僕はまたこの部屋で」

 

「あら、起きたのね寝坊助さん。コーヒーはいかが」

 

「そして、当たり前のようにバラライカさんがいて……あぁ、またですか」

 

 何度見た光景か、夢で初めて部屋に誘われた日の事を思い出したお陰で改めて気づかされる

 

 バラライカさんは嘘つきだ。今日だけ、その今日はこれで何回目だ

 

「……かわいいから、いいじゃない」

 

「よくないですよ。ぼく、可愛がられてばっかりで、全然男らしくないですよ。……これでも二十歳なのに」

 

「ケイティ、冗談ならあとにしなさい……さ、エレメンタリースクールの準備をしないと」

 

「そのからかい文句、何回も聞かされました」

 

「あら、そうだったかしら」

 

 可笑しいわねと、くすりくすりと微笑んで

 

 こういうふうに、あどけなく笑うバラライカさんが見られるのは、少しだけ特権に思える。

 

「……でも」

 

 冷静になって、酔いの気も覚めている今、やっぱり良くないと考える。

 もう少し、僕はこの人に対してかっこいいと見られたい。せめて、男として認識して欲しい

 

「ケイティ、砂糖とミルクは?」

 

「……両方、それと」

 

「?」

 

「……そろそろ、服を着てください」

 

 目を背ける。今のバラライカさんは無防備が過ぎる。シャワーから上がってすぐなのだろうが、だからとはいえ

 

「……お嫌いかしら?」

 

「こ、コメントは控えさせて」

 

「ダメよ、嘘は許さない」

 

 近付き、上から見下ろして圧をかけて、怖い笑みを見せてくる。

 

 扇情的な下着姿、ほほが暑くなって息もしづらい

 

「……気にしないでいいわ。ここには、あなたと私だけよ」

 

「うぅ、絶対わかっててやってるッ」

 

 近い、顔も近ければそれも近い

 

 赤の派手な下着一枚、タオル一枚首にかけて胸を辛うじて隠している姿。傷があろうと異性の裸には変わりなく、そしてこの世でもっとも艶やかな肢体である。

 

 異性として認識されていないのか、からかってか、おそらくは両方か

 

 朝ゆえの辛さ、どうしてそれをわかってくれないのか

 

「……ケイティ、顔色が悪いわ。また、包んであげましょうか?顔か、それともその毛布の下の……好きな方を選ばせてア・ゲ・ル」

 

「結構です……ほんとうに、結構ですッ」

 

 

 あら残念と、わざとらしく残念がるバラライカさんはどこまでも魔性だ。

 

 いけない、この人の甘い扱いは本当に危険だ。身をもって実感しているからこそ断言できる。

 

 

……ほんとうに、どうしてこうなったのか

 

 

「……甘やかしすぎです。バラライカさんは僕をダメ人間にしたいんですか?」

 

「ふふ、それもいいかもね」

 

「やめてください。別に、全部が全部嫌って訳じゃないですけど……でも、やっぱり過剰です」

 

 そうだ、ここでしっかり言わないと。

 

 頼れる大人になるため、立派に自立した人間になるためにもストイックにならないと

 

 

……僕だって男なんだから。それをわかってもらわないと

 

 

「……バラライカさん!」

 

「?」

 

「その、僕も男です。だから、女性に頼ってばっかりじゃダメだと思うんです」

 

 おそるおそる、伺いながら言葉を

 

 聞き耳は立ててくれているようで、そのまま続けて話す

 

「僕、もっとかっこいい男になりたい……それこそ、かっこよくて堂々としていて、粋な伊達男に」

 

「……例えば?」

 

「それは、それは…………」

 

 

 しっかり目を見て、そして息を整えてはっきり力強く

 

 僕が憧れる人、この街で一番尊敬する人。意地悪でからかわれてばかり、けれどその粋な出で立ちには心底震える

 

 

「もちろん、張維新!! 張の兄貴のように僕も……」

 

 

……パリンッ!!

 

 

 

「かっこうよく……て、あれ、バラライカさん? なんで近づいてって、へ!? どうして掴んでッ……あ、押し倒し!? あ、あの! ひゃ!?…………ん、んんンンンッ!!?!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……コンコン

 

 

「いいぞ、入れ軍曹」

 

 

 

「は! 大尉、ブリーフィングの時間ですのでお呼びに参りました…………その、そこにいるのは」

 

「ええ、ケイティよ……寝坊助さんだから、まだ目覚めないようなの」

 

「……はぁ」

 

 生返事のような返し、失礼といわれても仕方ないものだがそう反応してしまうのも無理なし。

 

 ボリスの視界に映るのは二人、一人はベッドで奇妙なぐらい静かに眠るケイティ。そして、妙に肌艶が良く少し機嫌が良くなって、まるで何かしらのストレス解消をしたあとのような自分の上司の姿

 

 ふと、鼻腔によぎるのは清涼な香料の匂い。濃く鼻につくそれは、まるで何かの痕跡を消し去るために撒かれたような

 

 

「…………ッ」

 

 冷や汗を堪える。平常を保って、バラライカに悟られないようにボリスは立っている

 

「軍曹、用意は出来ている。行くぞ」

 

「……は!」

 

 バラライカに促され、ボリスは共に部屋から離れる。ただ少し、頭の奥に先の疑問を続けたまま

 

 部屋でケイティはまるでスリーピングビューティーのごとく深い眠りに落ちていた。姫を眠りに落とした悪い魔女がいるのなら、それはおそらく

 

「…………ッ」

 

 口が割けても言えない正解、ボリスは喉奥へ答えを流し込んだ。 

 

 二人の関係を感づいているものの、ボリスに干渉する権限もましてや意思すらない。ただ見守るのみ。主にケイティの方を

 

 

 敬愛する上官のためにもこの関係は続けてもらわねば、そう思いボリスは

 

 

……がんばれ、強く生きるのだ少年

 

 

 せめてものエールをと、心のなかで深く敬意を称して礼を送るボリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、バラライカ×ケイティの幕間劇でござい

感想・評価等頂けると幸い、反応が知れると今後の為になります。

次回、予定通り新しくラーメンを提供します。にんにくいれますか?

二郎系いいよね、夢を語れ大好き




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(22) ニンニクいれますか?

ニンニクマシ、肉とヤサイマシ、チーズがあればなお良し


 

 

 連日に続く大盛況、食材の供給を増やして対応に明け暮れる日々

 

 ロアナプラ亭の新しい試み、一週間の期限を決めて僕は新ラーメンを作った。日本でもまだ知れ渡っていない特異的な逸品、日替わりな僕の店だが反響が良すぎることを想定して一週間は同じラーメンを続けると店さきに貼っておいたが、これが我ながら大正解だ。

 

 朝早くからの仕込み、営業に間に合わせるためにも休む暇はない。いっそ調理の勢いに食材の供給が追い付かないほどである。スープの仕込みは9時間、そのたもろもろの仕込みも並行して、日中はほとんど調理に追われる日々

 

 ふと時計を見れば短針はあっという間に過ぎている。そんな日が今日で三日目

 

 今日も変わらず火の番と下ごしらえ、そんな作業中店の外でエンジン音が近づきそして停止した。張さんの紹介で契約した業者の搬入である。

 

 

 

「よお、景気はどうだ?」

 

 

 だが、いつも顔を出すいかつい顔の業者と思えば顔を出したのはサングラスのナイスガイ

 

 

「張さんおはようございます。でもまだ準備中ですよ」

 

 

「それなら安心しろ。今お前さんが用意しているまかない飯で間に合わせる……おいおい、そんな目で見てくれるな」

 

 

 当たり前のようにたかる行為、だが知人に昼飯を振舞うぐらい別に問題でもない。まかないは簡単に作れるから時間もかからないし、僕も別に文句は言わない。ただ、先にこっちの善意を見透かしてくるのは止めて欲しい。

 

 まるで、一人で食べるのは味気ないからむしろいて欲しいぐらいだとか、そんな本音を吐露しているみたいで恥ずかしくなる

 

「……意地の悪い人だ」

 

 口では非難する。だが張さんは面白おかしく受け取るだけ。カウンターに坐して、そのまま新聞を片手にしたまま無言

 

 

「……お前さん顔色大丈夫か」

 

 

「?」

 

 

 と、思えばいきなり口に出したのはこっちを心配する物言い。ふと、僕は傍にかけてある鏡で顔を見る。エプロン姿にバンダナで髪をまとめ上げたいつもの出で立ち。

 

 だけど、自分の目の色が我ながら少し曇っているように見える。うん、そう言えばここ三日は毎日4時間睡眠で休みなく働いているから、まあ仕方ない

 

 

「……盛況なんですよ。だから、まあ仕方なしです」

 

「そうか、だがそれにしてもだ……栄養は足りているか?」

 

「……しつこいですね」

 

 三日、たった三日でそんな心配をされるなんて

 

 あれ、でもそういえば三日前といえば。確かバラライカさんに介抱されて朝を迎えた日

 

 

……そう言えば、不思議と疲れてる気もして、三日前の時点から腰とか関節も痛かったような

 

 

「……なにかあったんですかね?」

 

「なんでそれを俺に聞くんだ。逆だろ……『タンッ』っと、もう出来たのか?」

 

「はぁ、もういいですこの話は……まかない食べたら帰ってくださいね」

 

 話を切るように出した丼料理、切れ端のチャーシューと野菜くずで作ったどんぶり飯。あとは出汁のガラでとった二番出汁のあっさりスープ。

 

 ザ・男の昼飯。チャーシューは毎日死ぬほど作っているから切れ端は捨てるほど出てくる。かなりボリューミーなスタミナ定食となってしまった。

 

 

「男の胃袋を掴む良い飯だ。ケイティ、お前は良い嫁さんになるぞ、俺が保証する」

  

 

 反応に困るコメント、しかし丼を片手にかッ食らう姿は様になっている。素直に飯の感想だけを述べて欲しいと思っても

 

 

「そう言えば、お前さん四日前に随分飲み明かしたとか……お相手は確か、麗しの姫君だったか、それとも傷だらけの王子様だったか」

 

 

「……ッ」

 

 次なるからかいネタで息をするように僕をからかう。本当に食えないお方だ

 

「バラライカさんとは何もないですよ。ただ、ちょっと飲み明かして潰れた僕が介抱されて……されて…………あぁ、ひどく酔ったせいかな、僕もあまり覚えて」

 

 

……朝は起きて、少し話をしていて……あれ、でも急にそこからの記憶が、何かあったようななかったような

 

 

「……忘れっぽくなったのかな。なんだか、すごい体験をした気が、でも思い出せない」

 

 背中に感じるベッドの感触、ばねがきしむ音、情熱的な一時、天井のシミは三桁を超えた数で

 

「オーケー、この話は無かったことにする」

 

「?」

 

「よせ、首をかしげるな……からかい遊びで火傷はしたくない。くわばらわくわばら」

 

 

 

 

 

 

 

 

~ラグーン商会~

 

 

 

 昼間、事務所の中で響く音はラジオのノイズ混じりの音楽、そしてデスクワークに励むベニーとロック二人のタイプ音だ。

 

 オーナーが紳士な人柄である故に、事務所で無駄にバカ騒ぎする者はいない。だが、今だけは不興和音が盛大に響き続ける。

 それは足踏みの音、苛立ち貧乏ゆすりから始まってまるでビデオの激しい行為にも負けず劣らずな激しいビートで床を叩くレヴィの足音

 

 

「おいレヴィ、いいかげんうるせえぞ……病院でひまし油飲む列に並んでるガキじゃねえんだ。ちったぁ大人しくしろ」

 

 

「……ぁぁ、ダッチ……ダッチよ、いいかげん我慢の限界だぜ。あんたも、ベニーも、そんで手前ロック」

 

 

「ん……って、てて……蹴らないでくれ計算が狂う」

 

 

 

 椅子に座るロックの頭を足の裏で小突く。不機嫌そうにレヴィは振る舞い、そんな彼女の顔には白い詰め物が二つ。

 

 鼻の穴をふさぐチリ紙の栓。彼女は不機嫌に事の詳細を明かす

 

 

「へいへい、野郎ならイカの死臭が漂うのは無理もねえ。それなら我慢は出来る……けどな、いくらなんでもてめえら、臭えんだよ」

 

 臭い、それは主にこの部屋の中、そして三人から漂う者。三人は三人とも自覚がある故に、すぐ押し黙る。最初に注意したダッチもそっぽを向き英字新聞で顔を隠した。

 

 皆触らぬ神にたたりなしと、大人しく静かに口を閉じていようとしたが

 

「……レヴィ、足をどけてくれ」

 

 ロック一人にだけ、レヴィのブーツは向けられている。

 

「ロック、お前はとくにだ……口向けんな、ガーリック相手にオーラルプレイでもしたのかッ、アアッ!!」

 

 乱暴な物言い、いつもであれば違うだのなんだのとつっこみか冷静な返しが出るものだが

 

 ロックは静かに

 

「……悪い、口臭消しはしたんだけど、まだ消えてないみたいだ」

 

「ロック、ていうか全員アタシの知らない所で何して来たんだ。連れとはいえ、この匂いは駄目だろ」

 

 少し冷えたのか、言い方が少しだけ大人しい。だが、そこは呆れ混じり

 

 おそらく、レヴィの予想では僕らがニンニクを丸かじりでもしたのかと思っているだろうと、ロックは推測する

 

 

……まあ、じっさいそうだし、否定はできないな

 

 

 

「レヴィ、最近はケイティの店に行ってないのか?」

 

「あ?」

 

「そっか、なら仕方ない」

 

「……ちょっと待て、ケイティの野郎が原因なのかよ。あいつ、日替わりのネタが尽きて変なもんでも作ったんじゃねえだろうな」

 

「レヴィ、憶測でモノを言っちゃいけない……ケイティさんは真面目だよ」

 

「その真面目の結果がこの毒ガス部屋かよ、フィールソーライクアウシュビッツ……ファック(まじに、アウシュビッツだぜ……クソッタレ)」

 

 足でロックの頭を小突き、レヴィはそのままソファにふんぞり返り煙草をふかした。ヤニの匂いで責めて紛れさせようとしているんだろうか

 

 

 

「……ロック、レヴィの言い分は確かだよ。確かに、ちょっと匂うね」

 

「だな、マシで止めとけって俺の忠告を破ったのはどこの営業マンだったか?」

 

「よしてくれダッチ。それに、あんただって濃いめだのと、血管の寿命を心配した方がいいんじゃないか?」

 

「は、吹かすなロック……俺たちは英語を話す人間だぜ。アメリカの悪い病気が抜けきらねえんだ。ジャンクフードはメイドの土産にもってな」

 

 

 

 

「…………だぁあああッ、クソッタレッ!!?!

 

 

 

 

 あ、キレた。そう誰かが言った

 

 

 

 

「んだよ、三人だけで勝手に話勧めやがってッ」

 

 

 

 切れるレヴィ、男三人でのけ者にする罪故の結果、三人は目配せをして、そして同時に頷く。

 

 

 

「……レヴィ、すまない。省いたわけじゃなくて、出来れば薦めるべきじゃないと思っていたんだ。一応、レディなんだし」

 

「あ?」

 

「ケイティの新作だよ……二郎系ラーメン、俺の故郷で一番ぶっ飛んだラーメンだ」

 

 ロックは時計を見る。夕方を過ぎる時刻、間もなく黄昏を過ぎて夜は訪れる

 

「ニンニク臭で迷惑をかけたなら謝る。けど、これは仕方ない事なんだ……なんせ、俺たちは」

 

 

 

……ジロリアンだからな×3

 

 

 

「……とにかく、しばらくは許して欲しい。二郎系が食える機会なんてそうそうないんだ」

 

「は、言っている意味がとんちきだぞ……というか、さっきからそのジローって奴は何なんだ。エルヴィスみたくいかれたメニューに自分の名前でも付けたってのか」

 

「エルヴィスのサンドイッチか。ありゃ常人の食いもんじゃねえ、俺でも胃が持たれちまうよ」

 

 ダッチが呆れて言って見せる。その言いぶりは一度食したことがあるのだろう。エルヴィス・プレスリーのサンドイッチ、ジャムやベーコンを挟んだサンドイッチを揚げてシュガーをまぶしたジャンクフード。エルヴィスの不審な死の原因はともかく、いずれ短い命であったことは明らかである

 

 

「たくよ、エルヴィスでもジローでもなんでもいいけどよ、肝心な時に頭の血管がプッツンってなことにはなって欲しくないね。ダッチ、舵輪を握るあんたが飛んじゃアタシ達も飛んじまう。帰国予定の無い永遠のバカンスなんざごめんだ」

 

「レヴィ、心配しているのかい」

 

「ロック、煙草のキスマークが欲しいならそう言え。じゃねえなら黙ってろ」

 

 素直じゃない。そう三人は思うが口を噤む。

 

「……もう、7時か。ディナーには良い時間だと思う」

 

 そう切り出したのはベニー。その手には車のキーを弄ぶようにくるくると

 

「レヴィ、せっかくだし試してみないかい?」

 

「あ?」

 

「だな、議論していてもジローの魅力は一切伝わらねえ」

 

「安心していい、ジローは初心者にもやさしいから。麺の量もニンニクの有無も選べるんだ」

 

「ちょ、おいおい……なんで行く流れに……って、さっき頼んだピザは」

 

 さあ行くぞ、三者三様に顔色が変わる。どこか覚悟を決めた趣、空気が少しだけ鉛のように感じられた。

 

 レヴィはあっけにとられたまま、三人に遅れて動き出す。

 

 

……なんだよ、ケイティの野郎いったいどんなもん売りさばいてやがんだ?

 

 

 

 

 

 




次回、実食

感想・評価等あれば幸いです。モチベ上がって執筆が捗ります


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(23) 二郎系、豚ラーメン400g(並盛)

飯テロを目指して頑張って書いてます。読者のお腹を空かせたい


 

 

 ラグーン商会のレヴィ、彼女は生まれて初めて食べ物というものに対して畏怖を感じた。

 

 未知の文化、知らない領域、それはラーメンというにはあまりにも大きすぎた、なんてどこぞのネットミーム構文で例えてしまうほどに、それは馬鹿らしく不健康なジャンクフードであった

 

 

……ニクヤサイマシ、ニンニクマシマシ

 

 

……メンアブラカタメ

 

 

……カラカラチーズ、ナマタマゴ

 

 

「……んだよ、これ」

 

 

 

 車に乗って移動、路上に止めるのも一苦労なほどに店先は人の大群。見れば隣のローワンの店からの応援かコリンネやアーシェをはじめとした嬢たちまでも運びに駆られている。

 

 待つこと30分、そして店内に入りカウンターに座ってもなおレヴィは衝撃を受けてしまった

 

 すでに食してる客たちのどんぶり、そのボリューム量はもちろん漂う匂い

 

 

「……ケイティさん、豚ラーメンを四人分頼むよ」

 

「はい、ロックさん……って、今日はレヴィさんも一緒なんですね」

 

「……お、おぅ」

 

 厨房であくせく働いているケイティ。厨房の中にはローワンすら見られる。でかいアフロも今はバンダナの中に収納されていると思うと少し笑えた

 

 忙しさゆえか、店の名物嬢であるアーシェやコリンネの姉妹ですらエプロンとバンダナ姿でピンク営業なしのガチ飲食業に駆られている

 

……うへぇ、忙しすぎるよぉ

 

 

……グチこぼす暇あるなら皿洗え!

 

 

……ちくしょう、店を閑古鳥にしやがって。ケイティてめえよぉ

 

 忙しさに明け暮れる店内、話しかける余裕もないほどに必死なワーキング。だが文句はたれていても手はとまらない。大量のニンニクを刻む音、洗い物に洗い物に、そして洗い物、とまたニンニク

 

 いつもなら仕込み十分で目の前でこうも忙しく包丁やらなんやらとせわしくしていることはない。どうみても、忙しさでキャパシティがオーバーしているのだ

 

 

「おい、ニンニク追加だ!」

 

 

 客が叫ぶ。そしてコリンネが厨房を出てすぐ、レヴィから見て右斜め後ろの逆に  

 

「!」

 

……アブレーゴ、あんたまでもかッ!?

 

 思わず叫びそうになるがこらえた。この地におけるマニサレラカルテルの頭、それが大量のニンニクと脂に埋もれた山盛りのモヤシをかっくらい、ついでにと酒までのんでなんとも愉快だ

 

「普通、酒のアテにはしないけど……あの人はここのファンで守り手の一人だ。だから許される。麺少なめニクヤサイマシのビールセット、最近腹が出てきたって店の外で愚痴ってたよ」

 

「お、おう……んだよ、どんだけジャンキーがいんだよ」

 

 いったいぜんたいなにがどうしてこうなったやら、理解が追い付かないゆえに悲観的に振る舞うレヴィ

 

 だが、それも無理のないことだ。あのロアナプラの住人が丼をはみ出さんばかりの大盛りラーメンを貪っているのだから。それも注文や追加の最低限の言葉は除いてそれ以外の会話は一切無く、皆が皆鬼気迫る表情で食に没頭しているのは、この町ではまずまず見られない光景である。

 

 彼らのような人種にそんな顔をさせる行為と言えばオーバードーズ寸前のドラッグハイぐらいだ。つまり、この品はそれほどまでに過激な何かということだ。

 

 故に、レヴィは言葉を飲み込んだ。これ以上疑問を投じても無駄だと、そして

 

 

「……ッ」

 

 喋らず、必死に夢中に麺と肉をかっ食らう状況。

 

 いつのまにか、自分もその空気に飲まれていることに気づく。レヴィは無意識に背中に力を入れてしまう

 

 そう、今から自分もこの場にいるジャンキー達と同じ場所に行こうとするのだから

 

 

「ご注文は?」

 

「は? さっき頼んで」

 

 

 

「大盛、ニクヤサイマシ、ニンニクマシマシ」

「並盛、辛め、あと脂を別皿で頼むよ」

「俺もロックと同じ、マシとマシマシだ。それと、生卵もつけてくれ。もちろん、日本産のだ」

 

「…………は?」

 

 

 早口で矢継ぎ早に告げられた呪文詠唱。三人の言った言葉に疑問を投じる暇も無い。まるで一流のコメンテーターのようにスラスラと不可思議な言葉を吐いてみせたのだ。

 

 

……マシマシ?……ていうか脂別ってなんだ?……てかダッチ生の卵とか正気か!?

 

  

「ご注文を承りました。レヴィさんは?」

 

 

「……ま、まかせる」

 

 

「まかせる、それじゃあ変更は無しで……普通の並盛でいいですね」

 

 

「あぁ、できればそうしてくれ」

 

 

~10分後~

 

 

「おまちどう、ごゆっくりどう「ケイティッ!!」……ぁ、なんですか急に怒鳴って」

 

 

 待ったをかけるレヴィの声、拳でカウンターを叩き荒々しくもの申したもうた。

 

ふつふつと血管を沸かせるレヴィの視界に映るのは、漂う香りは

 

 

……んだよこれ、なんだこのバカみてえな飯は!?

 

 

 

 並盛り、確かにケイティはそう口にした。しかし、この店での並盛りは通常のそれとはズレている

  

 普通の並、とはおおよそ100gからなるのに、ここではそれが400gである。故に丼も相応のサイズだ

 

 しかも、その上には山のように盛られたモヤシとキャベツ、そして肉。

 豪快にぶつ切りにされたバーベキュー肉のようなサイズが見えるだけで7塊。そう、単位は塊である

 

 仕上げに、漂う香りの爆心地ともいえる刻みニンニクが山の中でさらに山を築き、背脂の欠片がマグマのように傾斜を垂れる

 

 ニンニク、肉、脂、醤油、肉、ニンニク、脂、ニンニク、ニンニク

 

 

「!」

 

 

 思わず鼻を摘まんでしまった。未体験の領域、ジャンクフードに慣れているとはいえ、本格的な日本のラーメンに慣れているとはいえ

 

 

 

「にんにく、嫌いでした?」

 

 

「……いや、大丈夫だ。なんでも、ねえ」

 

 たじろぎ、懸命に痩せ我慢。想像を越える品を前にしたレヴィに余裕など無いのである

 

「冷めるぞ、温かいうちに食っちまおう」

 

 

「いや、食うっていうけどよ……ッ!?」

 

 

 箸を持ち、あと一歩が踏み出せないレヴィ。そんな彼女を置いて三人は各々のペースで食を開始する。

 

 慣れた手つきで天地ガエシ、麺をしたから持ち上げ具とスープを合流させる。油、スープ、ニンニクが混ざる特濃な味をひとすくい。

 噛みしめて味わい、そして怒涛の勢いで食を加速させる。

 

 

「……ッ」

 

 レヴィは見ている。自分よりも量も味も趣向も濃いラーメンをかッ食らう姿は鬼気迫る者、言葉はいらない、ただ一心不乱に食い続けるだけが正解。

 

 もやしを肉を麺を咀嚼し、あまり噛まず飲み込んでスープを流し込む。脂でギトギトの麺へ更に別に取った脂へディップ、それをすすって恍惚な笑みを浮かべる。

 

 異なる食文化である生の卵にも一切怖気つかず、まろやかでねっとりとしたコクにこれまた舌をうつ。

 

 

……ゴク

 

 

「!」 

 

 気づけば、彼らの姿にレヴィは一種の共感を抱いた。そう自覚した

 

 漂うにんにくの臭気は否応にも空腹を刺激する。普段ではそこまでの量を食べることはないラーメンのチャーシュー、トロトロで食いごたえもある肉塊を頬張りスープを流し込む。歪で太い麺は歯を跳ね返すほどに弾力に富んで、濃厚なスープに負けず食の満足感を満たすだろう。

 

 

 止まった手は動き出す。

 

 

「——……ァ」

 

 天地ガエシ、たっぷりとスープ、脂、ニンニクを絡めて、口に運びすすり上げる

 

 脳天を突く香り、舌に響く爆撃のごとき衝撃、咀嚼し口中調味を経て胃の奥へと流し込む

 

 満足感、満たされる心地

 

 

「!!?!?」

 

 

 その瞬間、レヴィの中で何かが変わった。

 

 箸は止まらず、鬼気迫る表情で肉と野菜と麺に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 ~数日後~

 

 

 ダン、ダン、ダン

 

 静かなラグーンの事務所の中で、うっとうしい足踏みの音が続く。

 

「くそ、くそッ あぁ、んだよざけんじゃねえっての!」

 

 ソファーを陣取りふんぞり返って、レヴィは苛立ちを隠しきれないご様子である。青筋を立てて、目もどこか正気ではない血走り具合、皆視線を背ける。

 ストレスフルな狂犬に手を差し伸ばして、わざわざ噛まれる轍は誰もおかしたがらない。

 

 とはいえ、その原因には自分達の趣味に巻き込んでしまったことも起因している辺り、本当に文句は言えない。

 

 そう、レヴィはハマってしまった。特濃トンコツ醤油スープとがっつりもやしに豚、ニンニクと脂のインパクトに舌を支配された。それはもう、はじめてドラッグをキメたティーンのごとく我を忘れるほどに熱中した。

 

 さんざん注意していたニンニク臭を己が放つようになって、親しいか腐れ縁かよく会う知人のエダにひどい言われようであやうく銃撃戦になりかけたりと

 

 二郎を食しながら雑談にふける輩にブリッツぶちこんで中指を立てたり、それはもう立派に染まっていた

 

 二郎を愛し、二郎を信望する敬虔な信徒の出来上がり。

 

 レヴィはジロリアンとなった。いや、堕ちたのだ

 

 連日通い続けるロアナプラ亭、マシマシの呪文も躊躇いなく唱えるほど立派に染まった

 

 そんな、そんな矢先のこと

 

 

 

 

『臨時休業』

 

 

 

 の、張り紙が店の扉を閉じていた

 

 

 

……好評なあまり、材料不足はもちろん重労働で腰をやってしまいました。しばらく休みます、ごめんなさいbyケイティ

 

 

 

 

「サノヴァヴィッチ!! アッスホール!! マザーファック!!」

 

 

「……レヴィ、頼むよ落ち着いてくれ」

 

 レヴィは怒った、ジャンキーで暴力的な愛する二郎を失った悲しみでひどく激昂、それはもう手のつけられないクソガキか野生の肉食獣がごとく怒り狂って、もはや鎮静剤を頼みたいほどであると三人は思った。

 

「だあぁ、クソ!」

 

 地団駄、喫煙、酒、放っといておいたらそこらの露天でマリファナかヘロインでも買いだしかねない。

 

 さすがにこれ以上は見てられないと、三人はアイコンタクトで意見をまとめる

 

 

 

……ダッチ、この際なんでもいい。荒事、銃をぶっぱなせる仕事を引き受けてくれ。ホルスターのカトラスがいつこっちに向くか気が気じゃない

 

 

……了解だ。今回ばかりはホイットマンにでもなってもらわねえとヒスが収まりそうにねえ。ベニー、なにかご機嫌な仕事は入ってねえか

 

 

……了解、直近でマニサレラカルテルの仕事が入っていたから、難しいけど当たってみる

 

 

 

 

 

 うなずく三人、そしてすぐにも行動を始める

 

 だが、悲しきかな。ケイティはこの臨時休業を終えても、当面二郎ラーメンを提供することは無いのである。

 

 その事を知り、またレヴィがヒステリックで爆発してしまうのだが

 

 

……ケイティ、頼むから早く二郎を!×3

 

 

~某所~

 

 

……ケイティ、もう町をパニックにするラーメンは作っちゃだめよ

 

 

 

 祈りはむなしくも届かず。作り手は怠惰に、彼らの心配を知ることもなく柔らかい枕で安眠にふけっているのだから

 

 届かない、届かないのである

 

 

……はい、わかりましたよぉ(はあぁ、ふともも枕気持ちいいなぁ)

 

 

 




今回はここまで、読了おつかれさまでした。感想、評価等あれば幸いです。モチベあがって執筆がはかどります。

次回、こってりラーメンのあとはデザート、ケイティとバラライカ、もしくはエダの幕間劇でも書こうかしら

気長にお待ちください


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(24) 締めの一杯

今日がラーメンの日と聞いて慌てて執筆しました。シェンホアのお話です

中華ドレスのスリットから覗く生足は世界で一番美しい生足、異論は認める


 

 

 

 

 

 

 

 

 ラーメン屋とお酒は縁深いものだ。古来より、飲んだ後の締めに食べるものはラーメンだと、そう声高に決めているのは僕の国の良い文化である

 

 そんな僕の店では時折締めの一杯のラーメンを裏メニューとして提供することがある。この裏メニュー、本当は店で売るには簡素でまず本日のラーメンにはならないものなのだけど、とある事があってかその拉麺を売ることになって、そして一人のお客さんはその拉麺を楽しみに僕の店へ足を運ぶようになった。

 

 常連の名はシェンホアさん。これは彼女がお気に入りの一杯と巡り合った話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日のことだ。いつものごとく仕入れ業者から豚骨を注文しようとしたところ、来るはずの業者の代わりにスリットがセクシーなチャイナドレスのお姉さんがトランクケース持参で

 

 

 

 

……やあや、遅れました遅れました 頼まれてた豚の骨、ここでよろしいないか?」

 

 

……くぁwせdrftgyふじこlp※※※※×※××※ッ!?!?!?!?!

 

 

 とまあ、明らかに何か知らん勘違い+犯罪臭が立ち返るイベントが起こってしまった。

 

 

……違います

 

……やや、それはおかしいです……ちょっと電話借りるよろしい?

 

 

 こんな出会いから始まって、なんだかんだと縁が出来た人がいる。名はシェンホアさん、職業は主に殺し全般

 

 張さんとも深い仲であるから、そんな縁もあって街で見かければ挨拶をするし夜店でご飯を食べていてばったり出会えば席を合わせもする。

 

 だから今日も

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「……ヒック、夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る……お、あれに見えるは若茶じゃないか、早く摘むしないと婆様に尻を叩かれマス」

 

「お水、飲みますか」

 

「お、茶摘みの合間に飲む水は最高ね……唉呀、武夷岩茶が透明よ」

 

「ただのお冷です」

 

「ヒック、冗談ね。酔っ払いの話真に受けるの良くないヨ……ふふ、可愛い坊やたぶらかされちゃロシア人が黙ってないね、多一事不如少一事」

 

 流ちょうな中国語、意味は知らないがロシア人の話で良くこの言い回しをしているから覚えてしまった。触らぬ神に祟りなし、トラブルは少ない方がいいと言っている。

 

「気持ちよく酔ってますね、いいことがあったようで」

 

「あったですよ、いいこと……サクッと刃が入ったからスムーズに仕事片付いたネ。背骨の関節からぷっつん、上半身と下半身分けましたからスーツケースにも収まりよくデシタ。何事もコンパクトが一番ね」

 

「……聞かなかったことにします」

 

 食材のある場所で想像したくない。なまじ豚骨の解体する立場だから変な想像と知識を植え込まないで欲しい。イメージできてしまうから  

 

 けど、しかしまあ随分と気持ちよくなっておられる。ヒック、エップ、気持ち良く酔ってふらふらと、シェンホアさんは上機嫌でカウンターに肘をついている。整然と美しく舞う死の舞踏家のごとき彼女もオフであればこうもだらしなくなるものか

 

 道でふらふら陽気に歩く彼女はこの街では格好の獲物にみえるだろうが、ここまで店に来る道中一切襲われていないのはきっと背に背負った二対の青龍刀のおかげだろう。鞘に収まっているとはいえ匂うものは匂う。血の匂い、死の匂いだ

 

「飲みすぎでは?」

 

「今日はもうオフね、あんまり口うるさいと舌取るマス」

 

「物騒に言わないでください。あと短刀も仕舞ってください。ここじゃ武器は禁止です」

 

 箸を持つようにくるくると手の中で弄ぶ黒い刃物、気を良くしているとはいえ達人である彼女はすっぽ抜けるなんてことは無いと思うけど、それでも目のまえで刃物を向けられるのは落ち着かない

 

「……何しに来たのですか?」

 

 改めて、今更な質問をする。もう店の扉にはクローズの看板を掲げているのに、この人はふらっと入ってきてそして茶を頼んできたのだ

 

 ここでは珍しい陶器の湯のみで緑茶を飲む姿は、チャイナドレスと相まって様になる。茶を飲み駄弁るならそれでいいが

 

「あぁ、もちろんご飯食べに来たネ。お前さんの日式拉麺は不思議と口に合うのヨ、酔っててもお金はちゃんと払うマス……ケイティ、おしぼりくださいナ」

 

「……」

 

 手渡した暖かいおしぼりでシェンホワさんは手を拭く。使い捨てだから、それで口紅を落とした。薄ピンクの、潤った綺麗な唇にはドキッとなったけど、そういうのは見慣れてしまっているからすぐに気を落ち着かせる。

 

 拉麺を頼む、そういうシェンホアさんの願いは別に困ることじゃない。だけど

 

「……ないです」

 

「诶?」

 

「スープ切れです。具もタレも残ってないです」

 

「……」

 

「いやあ、今日のラーメンは良く売れましてね……上質な鳥が入荷で来たから結構贅沢に作ったんですよ。

 

 今日のラーメンは鳥白湯の醤油ラーメン、上質な丸鶏を仕入れて鶏づくしなラーメンを作った。以前、バラライカさんの為に鳥出汁でラーメンを作った時とは逆、あっちが淡麗ならこっちは濃厚だ

 

 濃厚な白湯スープに、魚介系は入れず各種香味野菜と干しシイタケの出汁とスープはシンプル。

 

 塩ラーメンという手もあったけど濃厚な味に塩ダレではいささかパンチに欠けるし、とはいえそのまま醤油ダレを使えば濃い風味に濃い風味で少し野暮だ。だからタレは昆布ベースの塩ダレにザラメと薄口醤油で割って特製の淡い醤油ダレを作った。鳥のスープを微かに引き立てる醤油の風味、だからスープも茶褐色になっていないから見た目もよく美しい。

 

「…………」

 

「具もこだわったんですよね」

 

 自慢げに語る、なんだか楽しくなってきた。

 

 普通なら具は豚肉チャーシューやメンマといったものだが、今回は鶏もも肉のローストに、ボンジリや砂肝に心臓に手羽先等をじっくり炭火で焼いた各種焼き鳥、そして同じく炭火で焼いた白ネギ。歯ごたえ合ってボリュームもある具材、だけど狙いは口中調味である

 

 麺をすすり、スープを飲むだけで味は完結しない。鶏モモのローストのジューシーなうま味、ボンジリの脂の甘み、心臓と砂肝と長ネギのメリハリある食感。

 炭火で焼き上げている具材は立ち上るスープの風味に香ばしさを加えもする。具も含めてラーメンはラーメン足り得る。我ながら非凡な発想であると思うが、出どころは師匠の教えであるからあまり出しゃばってはいけない

 

 とにかく、鶏の味わいを広く味わえる逸品に客受けは絶大。日替わりラーメンは多く提供してきたが今回は大当たりだった。なのでこの夜の営業も少し早めに終わってしまったわけで

 

「というわけで、今日はもう店じまいです。お茶ぐらいは出しますけど、お腹が減っているのならまた今度に」

 

「………………」

 

「?」

 

 どうしたのか、シェンホアさんと声をかけようとしたその時

 

 

……ググ

 

 

「は?」

 

 声を遮る低音が部屋に響いた。その音、料理人であるなら聞き覚えはそれなりにある故にすぐ理解

 

 空腹を告げる鐘時、だけどその音色は人に聞かれるにはとても恥ずかしい音色だ。それも、女性が発するものであればなおさら

 

「……ぁ」

 

 気まずく、そっと声をかけるべきか逡巡。俯いているシェンホアさんがどんな顔をしているか、想像するのは怖い

 

「……ケイティ」

 

「はいッ」

 

「怒ってないですだよ、けど……あぁ」

 

 冷えつく表情、前髪で隠れた顔半分にどんな般若が隠れているか、身が竦み腹の奥がきゅっとなる。情けない粗相だけはしたくない

 

 酒も程よく抜けて、腹も好く頃合いだ。飯テロの罪は重いということか

 

 背中に冷や汗を貯めて、殺意のような何かに震えながら思考を回す。そして編み出した解答は

 

 

 

「あ、ありあわせですけど……夜食のラーメン、ご相伴預かりますでしょうか」

 

 

 

 恐る恐る聞いてみる。服のスリッドのホルスターに収めた短刀、そこに触れている手がゆっくりと

 

 

 

「……ッ」

 

「……頼みます」 

 

「!」

 

 

 ゆっくりと、離れてテーブルの上に。両肘をつく顔の前で合わせてどこぞの会議で圧をかける上役みたいに重く口を開いた

 

 

「頼みます、けど……まずかったらお仕置きヨ」

 

 

「……ちなみに、どんな」

 

 

「お前さん、尻の皮が綺麗って聞いたね……小物のバッグを作ってもよいないな?」

 

 

 冗談とも本気とも受け取りがたい冷えつく台詞、とっさに両の尻を庇って鷲掴んでしまった

 

 

 

……ありあわせ、でもどうしようか

 

 

 

 スープもないし具もないしタレもない、あるのは麺ぐらいか

 

 頭を回せ、あるモノはある。そう言えばこの前調べたあの料理、あの食材、いや

 

 あの飲み物で、締めのラーメンを作ることは

 

 

「……よしっ」

 

 

 

 

 

 




次回の投稿は明日か明後日に、まだ続きます

感想・評価等頂けると精神衛生的によろしいです、安心します


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(25) 茶漬け風緑茶ラーメン

ゲテモノかと思われるかも、けど漫画で実際に紹介された品なんで、どうか看過していただければ


 

 

~現在~

 

 二郎系を廃止して数日、今は変わらず本日のラーメンを売りさばいている頃。腰の痛みを我慢して、どうにか営業を続けている僕の店に最後の客は二人、二人とも女性だ

 

 一人はゴスロリの服を着た見るからに病んでそうな人。人口声帯で機械的な声で喋る彼女はソーヤさん

 

 そして、その隣に

 

 

「ヤアヤ、遅くなった遅くなった……ヒック、まだ灯ついてるならよろしいナ?」

 

 

「シェンホアさん」

 

 

 黒髪に切れ目のお姉さん、中国人らしいスリット付きの白服は扇情的でありながら凛々しく品がある。立ち振る舞い、化粧、ハイヒールといったそれらに細かく気が回っている。

 殺し屋でありながら、粗雑な見た目を良しとしないのはこの人の性格なのだろう。気持ちよく酔いが回っているがふらつく様な足取りは無い

 

 カウンターに静かに座して、慣れた手つきで口紅を落とす。紙のおしぼりで紅をわざわざ落とすのは、当然ここで食事をするため

 

 シェンホアさんには日本食はどうも合わないはず。普通の食事ならともかく、日本的なもの、茶漬けの様にご飯にお茶をかけて食べる文化なんて向こうにはないから。だから、忌避感を覚えてしかたないはず

 

 だけど、それはあの時より以前。すっかり、シェンホアさんは緑茶にもなれてしまった。だからこうしてよく足を運ぶ

 

 

「すぐに用意します」

 

「オーケーよ」

 

 

 簡単な返事、出したお冷をちびちびと含みながらソーヤさんと駄弁っている。

 

 僕が持つ緑茶の袋にも一切疑問を浮かべず、そのまま看過するあたりもう違和感は無いのだろう。料理に茶を使うことに

 

 そう、僕の手には急須がある。そして用意した緑茶は日本から取り寄せた既製品、けど質のいい京都産だから問題ない。

 

 あの時と同じ、スープも具もタレは無いけど、ラーメンは作ることはできるのだ

 

 まず、緑茶を入れる時間に合わせて麺を茹ではじめ、そして具はこれまた既製品のフライドオニオン、塩昆布、シジミの佃煮

 ドンブリ皿には少量のごま油を垂らし、湯がいた麺と絡めてその上に具材を乗せる

 塩味は塩昆布で、トレイにどんぶり、小皿に盛られた塩昆布、そして急須には緑茶、これでもうオーケーだ。 

 

 締めのラーメン、名付けて茶漬け風緑茶ラーメン

 

 安易な名前とか、ゲテモノかなとか言ってはいけない、これが無ければ僕の尻の皮は今頃シェンホアさんに剥がれていたかもなのだから

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

『で、シェンホアはケイティの尻をどうしたの……あまってるなら頂戴ね、可愛いお尻だから私も見てみたい』

 

「……ソーヤさん、本人の目のまえで怖いことやめてください」

 

『ごめんなさいね、でも可愛いから見てみたいかも……こんど、うちの屠殺場に来るといいわ』

 

「はぎ取る気ですか? 鳥皮かなんかじゃないんですよ!?」

 

 

 

 さえずるケイティの甲高い声、尻を抑える姿には愛嬌しか感じない

 

 本人はコンプレックスな安産型の桃尻だと揶揄されるそれ、シェンホアはそれを弄るのが癖になっている

 

 

 

「……ズル」

 

 

 

 ソーヤとケイティの会話およそに、シェンホアは茶漬けラーメンをすする。緑茶の風味はさわやかで、そして口に運べばそれはうま味豊かなスープである

 茶と一緒に麺をすする、そんなものがどうしてこれほど美味なのか、改めて不思議でならない。だが、飲みの後に食するこれは実に染み渡る味だ。

 

 文化の違い、そんなものは些事に思える程度には、この料理は美味なのだから

 

 

 

「……ホ」

 

 

 暖かい緑茶スープに息が出る。酒で失いがちな水分と塩分、そしてこの小さなむき身の貝から感じる滋味深いうま味。

 フライドオニオンとごま油で適度にこってり感もありながら、体に障る要素はほぼ感じさせない。

 

 日本の緑茶、そのフレッシュな風味と苦み、そして甘みとうま味、飲み物であるはずの茶が塩身と油分で極上の淡いスープに変わっている。

 

 そういえば、初めて食した時にケイティが言っていた。茶にはうま味成分がいっぱいに含まれているとか。つまり茶を野菜と考えて、淹れた茶も野菜の出汁と考えれば確かに納得は得られる

 

 茶漬けも、このラーメンも、決してゲテモノなんかではない素晴らしい日本食である。偏見を捨てて、今はそう受け取っている

  

 

「……いかがですか?」

 

 

「!」

 

 食べ終えたと同時に、湯のみにそそがれた薄めのお茶。シェンホアはそれを受け取り、そして良く冷えた温度に心遣いを感じた。

 

 

「谢谢」

 

「それはなにより」

 

 火照った口内と腹の熱を冷ます。味の余韻を苦みと冷たさで洗い流す。

 

 紹興酒、蒸留酒、高いアルコールで毒された臓腑が清められていることをシェンホアは感じ取った。普通の人間ならまず感じるようなものかと思うが、そこは武の達人であるからだろう

 

 

「……ごちそうになりました、けどすっかり酔いがさめてしまったヨ」

 

「酔い覚ましですからね。あ、お茶のお代わりはいります?」

 

「ええ、頂きマス」

 

 

 湯のみを差し出して、ケイティがお茶を入れる。見た目の愛らしい少年の入れるお茶、どこかそう言ったサービスとも思えなくもない

 酔いが覚めていく。美味な味を終えて、今は茶のカフェインで気も和やかに

 

「今度、時間開いているなら」

 

「?」

 

「日本の茶を堪能させてもらいました。なら、今度は中国式の茶でお返しするヨ」

 

 月餅でも買って、茶は烏龍の武夷岩茶。威厳ある年上のお姉さんとして、この愛らしい少年と和やかな一時を過ごしてみたい、そう思う程度にシェンホアは欲を自覚している

 

 飯も旨い、性格も見た目もかわいらしい。手元に置いておきたくなるこの少年に女として魅了されるのは無理ない事。そう思うと、不思議と笑みがこぼれて頬がつり上がる

 

「……ロシア人が好くわけネ、お前さん男娼でもした方がヨイないか?」

 

「いえ、もうこりごりです」

 

「おや、経験あったか?」

 

「無理やりです、無理やり……お酌とかだけで、けっしてそう言うことはしてないです。興味もないですから、からッ!」

 

「無理に否定すると怪しいデスヨ……ま、苦労人ってことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は12時、夜の街であるこの場所ではまだ全然静まり返らない時間だ。

 

 今度こそ店の火を落として、クローズの看板に変える。ビルのすぐ隣の非常階段で三階に上って私室に戻るから明かりも消した。

 

「おや、お前さんもどこか出かけるカ?」

 

「あ、送って行こうかと」

 

「そんなことしないでよろしい。それに、お前さん腰痛いままじゃなかったか」

 

「……まあ、それは」

 

「ふぅ、日本人はお人好し聞いた、お前さんは特にネ……ちょっと」

 

「?」

 

 

 ふと、二歩三歩と近づいて何をするかと思えば

 

 

『シェンホア、大胆ね』

 

 

「!」

 

 

 気づけば、顔に押し付けられるたわわな感触。声をあげる前に両腕が僕の体に巻き付いて

 

 そのまままさぐるように、背中からお尻に当たりに指先が

 

 

「―——―ッ!?」

 

「暴れるないね、えっと……ここね、ここ」

 

 

 ぐいっと、いきなり両の手が両尻をガシッと掴んで、というか結構痛い。骨が、骨盤あたりがグラグラと

 

 

……まさか、暗殺!

 

 

「違うね、何思ってるか知りませんデス……けど、ホッ!」

 

 

 掛け声と同時に、力がこもる、それはもう路地に響き渡るぐらい大きな音が鳴った。ように感じるぐらい、骨がぐいっと

 

「!?」

 

 拘束が外れて、僕は飛びのくように離れた。後ろに後ずさって、何かと自分で尻に触れて

 

「もう、腰は大丈夫か?」

 

「へ、ぁ……あれ、痛くない? なんで、何したのッ? ていうか僕、今骨すごい音」

 

 混乱が収まらない。試しに数度跳ねてみたが痛みどころか爽快な感覚しかない。いまならスパイスガールもスリラーもなんだって踊れそうだ

 

「じゃ、体は大事にネ」

 

『お元気で』

 

 

 

「へ、あぁ……はい、さようなら」

 

 

 去っていく二人の背中に手を振る。とにかく、シェンホアさんなりに気を使ってくれたということだろうか。しかし、だとしてもいきなりあんなこと

 

 

……良い匂いした、お尻触られるのってあんなドキドキするんだ

 

 

 どぎまぎする思いを一方的に植え付けられて、どこか締りの悪い終わり方だ。

 

 けど、これでもう営業は終わり思うことはあれど、今は感謝を胸に一日を終えること、それでいいはず

 

 

「……はぁ、もう寝よう」

 

 

 汗もかいた、風呂でも浴びて、耳かきして眠って、それで

 

 

 

……ジリリリリ

 

 

 

「…………」

 

 携帯が鳴っている。こんな時間にかけてくる相手といえば、僕には一人しか思いつかない

 

 というか、最近買ったばかりのこれは、あの人が僕を呼びたてるために買い与えたものだから、まだ番号自体広めてもいないし

 

 けどまあ、まずは画面を開いてみれば

 

 

……call from Jane Doe

 

 

 ジェーンドゥ、念のためにとあの人が指定した名前だ。もはや確定事項、すでにベルは四度目になるから急いで出た

 

 

「……バラライカさん、ですか」

 

『ケイティ、今空いてるかしら』

 

「12時です、子供は寝る時間ですのね」

 

『すぐ迎えをやるわ。寝る場所は安心しなさい、ベッドは大きいから』

 

「……」

 

 確定事項、拒否権は無い。そんなバラライカさん流な会話に僕は不安を、いやもう出る前からすでに抱いた不安に確認を取る。

 

 質問を考えて、けどその前にバラライカさんの方から

 

 

『ラーメン・オブ・ジロースタイル、随分と盛況だったみたいね』

 

「…………」

 

『沈黙は肯定と受け取るわ。もう、あなたの一杯で街が騒然とするものだから、びっくりするよりも呆れちゃったわ。葉巻、減らすつもりだったけどしばらくは無理ね』

 

「ストレスだった、ということですね。もしかしなくても、僕がお困りにさせたようですね…………怒ってます?かなり?」

 

 恐る恐る聞いてみて、そしてすぐ咳払いをしてから

 

「夜会に変な話を持ち込むわ、馬糞男のニンニク臭い香りに鼻が曲がるわ……ええ、ちょっと街を臭くし過ぎたわね。ケイティ、ほんとよくやってくれたわ……ね」

 

 愛嬌を込めたイントネーション、しかし聞く側としてはガクブルだ。治った腰がまたいわしかねない。精神的なショックでがっくりと折れそうだ

 

「説教ですか、お仕置きですか……それとも」

 

「お楽しみは取っておきなさい……もう、着いたから」

 

「!」

 

 

 急に声の位置が変わると思えば、そこからはいつものごとくすごい力で引き込まれて、そして上下もわからないままに狭い空間へ放り込まれて、そして着地、というか確保

 

 

 

 

「本当に、あなたは私の神経を逆なでさせる子ね」

 

 

 

 

「……ァ」

 

 こんばんわと、のんきな言葉で挨拶をしてくる。まじかな距離でだ

 

 頭と背中が抱きかかえられて、座るバラライカさんの顔を横目に見上げる態勢。足元で扉がバンっと強く締まり、そしてすぐ車が発進する

 

 

「ケイティ、お座り」

 

「……はい」

 

 

 飼い犬よろしく、言われるままに姿勢を直して座る。少し距離を開けて座ったけど、バラライカさんはそのままこっちに迫って身をくっつける。

 

 右太ももに置いた左手、力は込められていないけど、決して逃がさないという意思がこもっているそれは決して外れない楔だ。

 

 まず間違いなく、機嫌を損ねていると理解した。

 

 

「……あ、の……他にも、何かしましたか?」

 

 

 尋ねてみる、もしや癇に障ることをしたのかと。けどバラライカさんは表情を一切変えず、そのまま柔和に微笑んで

 

「腰、良くなったようね」

 

「……え、えぇ」

 

「けど、匂いがついちゃってるわ……上書きしておかないと、ね」

 

「?」

 

 上書き、一体どんな意味か。言葉の意味を問うてみようとするけど、その前に車が停止。

 

 ホテルモスクワの本部はそう遠くない。結局、意図を聞く前に僕は部屋へと招かれ、いや連行されるのだった

 

 

 

……ほんと、何でこんな目に、バラライカさんなんで怒ってるの?なんで??

 

 

 

 





 感想・評価を新しくいただき谢谢。シェンオアのキャラうまくつかめているか難しでした、けどなんとか最後は甘いオチに持っていけてよかったデス。
 
 ですがまあその結果は、次回をお楽しみに

 また幕間劇書きます。締めの逸品のあとにもデザート、バラライカとケイティの無駄に甘い日常をご堪能ください

 耳かきっていいよね、膝枕いいよね

 つまり次回はそういうことデスダヨ


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(26) 幕間:キスと綿棒とバイノーラル

ギリギリを攻めていくスタイル。甘いデザートをご賞味あれ


 

 曰く、大事な会合や取引等の場所でニンニクの匂いを嗅いだ。塩分と油分の過剰摂取で病院送りになるものが増えた。そして、二郎を愛するあまり町人同士でいざこざが起こっていた、とのことだ 

 

 店の休業自体は僕の腰痛からではあるが、いずれにせよお偉い様の意見でストップがかかるのは目に見えていたとのこと

 皆が美味しそうに食べる光景は嬉しくあったけど、でも結果的に見ればこれで良かったのだ。だから二郎は封印

 

 

 

……てめえ口が臭えんだよッ

 

 

 

 通り道、ふとした喧嘩で死人が出ることもなくなる。僕の作ったラーメンを好んでくれるのは嬉しいけど、いささか愛が強すぎるのだ

 

 

 

……こいつ、二郎をバカにしやがったぞ! 異端者狩りだ!!

 

 

……お、おい、何だお前らいきなりぞろぞろと、関係ないだろうが!

 

 

……ダンダン、ズダンダン、ズダダダダダダダ!!!

 

 

……ぎゃ、ギャァアアアアアッ!!!??

 

 

 

 そんなワンシーンを、道端で見かけることも珍しくない

 

 ドンパチが増えたおかげで銃器に弾の売れ行きが良くなったとか、そんな嬉しくもない報告をエダさんから聞くこともあったり。とにかく、僕はいささかやりすぎてしまったということだ

 

 二郎系ラーメン、魔性の魅力をもつかのラーメンはかくして封印されるに至った

 

 そして、そんなラーメンを世に出した僕に下された罰は

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 二人だけの寝室、逃げ場のない部屋、そこで行われた刑罰。

 

 

 

 

……ぬちゅ…………くちゅッ

 

 

 

 

「はぁ、もう……勘弁して、んむぐッ」

 

 

 

 

 身動きもできず、ただ与えられる刺激的が過ぎる感覚で脳が沸騰していく

 

 

 

 

……くちゅ、はっぷ、じゅる……ちゅぅぅ

 

 

 

 

「んんンッつ!?」

 

 

 

 

……ヂュゥゥッ……ポンッ!!……ぬちゅ、ぬるく、ぐちゅる

 

 

 

 

「ひぅ、ん……ばららいか、しゃん……だ、めぇ」

 

 

 

 

 下された罰、愛情ある行為ともいえるがだとしても凄まじすぎる。もとより、こういう経験は女性に囲まれる人生を送っていたこともあってないわけではない

 

 だけど、その行為をバラライカさんという人物から受けるとなれば話は別。甘く、苛烈で、逃げ場なく襲うその行為、背徳感やらいろいろと心をかき乱して正常ではいられない

 気が狂いそうだ。天国も突き進めば地獄となるのだと気づかされた。あぁ、恥ずかしい。とても恥ずかしい。

 

 喘いで、泣いて、けど気持ち良くて幸せで、満たされてしまっている自分自身が情けない。見ないで欲しいと、懸命に涙と喘ぎで訴えるが、それでもバラライカさんは行為を止めない

 

 時計の長針がようやく半周を迎えても、まだ行為は

 

 

 

「……き、キスは……もう、やぁ……ぁ、んッ」

 

「駄目よ。まだ30分しかたってないじゃない……さ、舌を出しなさいケイティ。仕置きはまだまだ続くぞ」

 

「…………うぅ」

 

 

 

 泣いても叫んでも、バラライカさんのキスは止まらない。もう何度やられたことか、けど何度であろうとこの感覚に慣れはしないのだ。バラライカさんのキスは少し甘くてビター、熟成された葡萄酒の様に高貴で大人の色気がたっぷり詰まった味なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、下着を変えないといけなくなった僕は着替えもシャワーも済まして部屋に、おそるおそる慎重に戸を開けて

 

 

 

「おかえりなさい、ケイティ」

 

「…………」

 

 

 

 バスローブ姿、ベッドに坐してショットグラス片手でまどろんでいるバラライカさん。先にシャワーを浴びているから肌が少し火照っている。それでいて、どこか肌艶もピカピカしていて、うんそこは理由が明快だ。

 

 以前も、張さんの話をしたら何故か怒られて、気絶するまでキス攻撃にあった時もすごくきれいになってたことがあったから。たぶん、この人は比喩とかそう言うの抜きに本当に人の生気を吸っているのだと思う。

 キスをするたびに綺麗になるのだから、この先年が経ていけば僕の方が先に老けるかもだ

 

 

「ケイティ、ケイティ」

 

「!」

 

「つっ立っていないで、早くこっちにおいでなさい……ほら、ここ」

 

 手をポンポンと叩くのは足の上、膝枕を誘っている。子犬を呼ぶのとあまり変わらない心境なのか、黙っていると口笛でも吹いて読んできそうだ。

 

「……はい」

 

 断る理由もない。傍に座って、そしてそのまま頭を預ける。ゆっくりと、支えられながら頭を柔らかい場所においてくれた。

 

 

……落ち着く、柔らかい、気持ちいい

 

 

 あれだけお仕置きされて、それでもこうしてグルーミングされてしまえば簡単に心を許してしまう。犬であると断定されても否定しようがない

 

「ワンちゃんみたい、可愛いわ」

 

「…………」

 

 早速言われた。偶然だろうけど、うんやっぱり否定できない

 

「……甘えん坊さん、赤ちゃんだと恥ずかしいでしょうから子犬かしら、子犬がいいわね」

 

「お好きにどうぞ」

 

「あら、否定しないのね……素直な子って私好きよ」

 

「……どうも」

 

 受け流すつもりが、好きという言葉には顔色を隠せない。少し傾けて顔を見せないようにした 

 

 バラライカさんの太もも、バスローブの布地越しとはいえその柔肉に頬をうずめている。ボディソープの良い匂いを感じながら、膝枕で頭を撫でられて

 

 本当に、僕は何と良い身分だろうか

 

「……いまさら」

 

「?」

 

「今さらですけど、ぼくってすごい立場なんじゃ」

 

 頭をあげて、バラライカさんの顔を見てそう告げる。

 

 何を今さら、みたいなきょとんとした顔で見下ろしてくる。いや、この感じは理解してくれていない

 

「別に、すごい事でもないんじゃない? ケイティ、あなたってば自信過剰なのね」

 

 変なことを言う子、そんな感じであしらわれて、そしたらギロっとこっちを見返して。火傷顔の様相でいじらしく口の端を吊り上げた

 

「じゃあ、嫌なのかしら?」

 

「!」

 

「ケイティ、嫌ならいいなさい……止めてあげるわ、お望み通り」

 

「いや、違っ……そういうわけじゃなくて、その一般論の観点からでして」

 

 言いよどむ、するとバラライカさんは仰向けになった僕にこれ幸いと手を伸ばす。頬に触れて、指先が顔のパーツをなぞって、首の顎裏あたりを撫でまわしてきて

 

「素直ね、素直なのは美徳よ」

 

「……ッ」

 

「別に、なんでもいいじゃない。一般論なんていうその 辺に転がる定規持ち出して、そんなものはなくていいのよ。ええ、人に言いふらしでもしないかぎり、この程度ただのじゃれ合いみたいなもの。正しい正しくないとか、まったく気にすることなんてないわ」

 

「お仕置きで、いっぱいキスされて……それでもじゃれ合いでしょうか?」

 

「だって、痛いお仕置きはできないでしょ……わたし、もうあなたに怖い人って思われたくないのよね」

 

「けど、それにしても……一時間もディープキスされるなんて、思ってなかった」

 

 思い出すだけでも恥ずかしい。口の中では今でも蠢いている感覚が残っている

 

 顔を背ける、お腹に後頭部を向ける形に、バラライカさんの手が離れるけど、また僕の頬に伸びて、髪もわしゃわしゃと撫でる

 

 

……気持ちいいから、やめてって言いきれない

 

 

「拗ねても素直なのは隠しきれていない、あぁ、ほんと可愛い子……私、あなたに触っていると時間を忘れちゃうわ」

 

 

 満面の笑み、少し酔いの気が回っているからそれもあるのだろう

 

 

「……誤解されますよ、ほんといいかげんに」

 

「その心配はいらないわ。皆、理解のある部下よ」

 

「……それは、まあ確かに」

 

 理解のある部下、そういえばボリスさんは僕と目が合うとどこか暖かい目で見てくるし、今日みたいに車で拉致……送迎してくれる時も決まってボリスさんだ。

 理解がある、というよりは同情されているのだろうか

 

「影響を受けているのかしらね、皆老後はペットを飼うか相談をしていたわ」 

 

「ぼく、はたから見たらコーギーとかプードルみたいに見られているのですね」 

 

「ポメラニアンの間違いじゃないかしら? 依存度の高い、甘えん坊の子犬」

 

「……もう、お好きに」

 

「ふふ、また拗ねちゃって……ほら、頭を撫でてあげるからもう少しこっち。顔も隠さないで、私に見せなさいな」

 

「……はい」

 

  

 

 言われるまま、なされるがまま、僕はバラライカさんに見を預ける。太ももの柔らかさを感じながら、安心してされるがままに

 

 くしゅり、くしゃり、乾かした髪を優しく指の櫛で梳いてくれる。逃避を刺激されるから、マッサージみたく気持ちよさが感じてしまう

 

 声が出そうになるのをこらえるように意識を沈めて、まどろんで眠ってしまおうとする。

 

 こめかみ、耳の裏、バラライカさんの指先が気持ちいい。

 

 

「……ケイティ」

 

 

「?」

 

 

「なんでもないわ、ただ呼んでみただけよ……ケイティ、ほんといいあだ名ね」

 

 

「……最初は嫌だったんですけど、もう慣れました」

 

 

「ええ、私が慣れさせたのよね……ケイティ、ケイティ…………ケイティ、ふふ、ケイティ」

 

 

 繰り返す、静かにその色香に満ちた声で僕の名を呼ぶ。ぞぞっと、耳元でささやかれているようなもどかしさ、それが背中にまで走ってびくっと震える

 

 くすぐられているようで、照れくさい感情は僕の顔を赤く熱く染め上げる。

 

 目を閉じて、手で口元を隠すようにして、撫でられる快感に合わせて今度はささやきも添えて、されるがままの無抵抗

 

 震える感覚、すると、耳の奥にふと

 

 

 

「………………ん、んッ」

 

 

「?」

 

 

 身をよじる、痒みで体が震えた。ささやきによる表面的なものとは質が違う

 

 耳の奥、左耳と思ったけど痒いのは下側の右耳の奥

 

「……すみません、綿棒とかってありますか? 」

 

「あるけど、どうするの」

 

「ちょっと耳を……すみません、一回置きます」

 

 そう告げて、体を起こして綿棒を探さんとしたら、僕の体は起きるはずがまたも横になって

 

「へ?」

 

「大丈夫よ、綿棒ならここにあるわ」

 

「……ぁ」

 

 確かに、明かりに照らされる手元には白い綿棒がある。もう片方の手には綿棒がいっぱい入った容器、しかも日本語だから日本製だ

 

 わざわざ用意してくれていたのだろうかと、そう思えた。ベッドすぐ横の机にアメニティよろしくおいてくれていたのか

 

 けど、今それを持っているバラライカさん、何故かそれを渡そうとはしない

 

 

……というか、引き戻されたってことは

 

 

 導かれる解答。僕もこの人とそれなりの時間を過ごしてきたのだから、することは想像できてしまう

 

 

「……ケイティ」

 

 

「!」

 

 

 

 ぐるりと、僕の体が仰向けからまた変わって、今度は顔の向きがバラライカさん側になる。ベッドライトからは影になるから薄暗いけど、視界に映るのはバスローブの布地

 

 と、思っていると、そのまま視界が広がって

 

 

「……んッ」

 

 

「はいはい、動いちゃだめよ……手元、狂ったら危ないわ」

 

 

 顔をうずめている、バラライカさんのお腹で、今僕は呼吸をしている。視界の端、右を向いて顔を仰ごうにも豊満なふくらみで顔は拝めない。それほどまでに密着した位置

 

 息を繰り返す。ボディーソープの香りと、そして暖かい人のぬくもりの香り

 

 バラライカさんの匂いが、僕の思考を蕩かしてく

 

 

 

 

「耳かき、してあげましょうか?」

 

 

 

 

 もはや実行寸前、拒否権は無いだろうにそれでも聞いてくる。蛇足ではなく、きっと僕からの回答が聞きたいから故なのだろう

 

「……ッ」

 

 耳の痒み、そのもどかしさは依然拭えない。して欲しいかと聞かれれば、それもちろん肯定でしかない。

 

「痛く、しないでくださいね」

 

「もちろん、絶対に痛くなんてさせないから……安心して、私に甘えていなさい」  

 

「……はい」

 

 了承の意を受け取って、バラライカさんはほんの少しだけ席払いをした。意を決したような感じか、そこからすぐに指先の感触が耳のあたりに伝わってきた

 

 綿棒の先が、耳の手前に触れて軽く表面をこすりだす。馴染ませながら、丁寧にゆっくり、慎重に耳掃除は始まっていく

 

 

 

……もしかしなくても、けっこう上手

 

 

 

 ぞぞ、ずず、反響する立体的な音が響く。痛みは無く、かゆみが気持ちよさに変わって、そして不快感が消えて爽快感が生まれてくる

 

 丁寧に、決して痛くしないように、少し湿った耳の中を綿棒で丁寧に綺麗にされていくのは、うん、気持ちがいい。上手だ

 

 

「……ん、はうぅ」

 

 

 吐息が漏れる。密着したまま、バラライカさんのお腹に息を吐いてしまう

 

 

「こら、いやらしいことしちゃ……めっよ」

 

「すみま、せん……声、出ちゃう」

 

「そう、気持ちがいいってことかしら……ここ、痒いのね」

 

 耳の奥から手前まで、押し付けてこそげる取るように何度も綿棒があたる。少し強めにして欲しいと、口に言わなくても指先は自動で読み取ってくれる

 

「……いいわ、気持ちがいいのなら仕方ないわよね。ケイティ、気にせず楽にしていなさい」

 

「ふ、ふぁい……ん、ふうぅ……ぁ、はうぅ」

 

「あらあら、もう本当にくすぐったいわね……イケない子、そうよいけない子よ、ケイティ」

 

「…………」

 

 

 よくないわ、いけない子ね、そんな言葉は文字だけ。バラライカさんの優しいは依然止まらない

 

 耳かきの音色、心地よくてすっきりして、そんな雰囲気に落ち着かされると心が溶けてしまう

 

 甘やかされて、素直にされて、だらしないぐらいに自分があまあまになって、バラライカさんに依存してしまう

 

 

……良い匂い、バラライカさんの匂い

 

 

 お腹に顔をうずめて、息を繰り返して、ふとしたら眠気であくびをしていることに気づく

 

 

 今日の所は子守歌もいらない。この終わることなく奏でてくれる立体音響の安らぎの音色で、ただされるがままに

 

 

 

 どこまでも都合のいい受動態で、暖かい幸せに浸かっていくだけ。

 

 

 

 

「……ケイティ、いい子ね」

 

 

 

 

「………………うぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




以上、デザートの幕間劇でした。お会計はあちらに、バラライカの姉御の甘々耳かきASMR(定価1000ドル)

キスのくだり、前回の幕間でやったかやってないか疑惑ありましたが、今回はその解答になります。

バラライカとケイティはまだ一線を越えてません。けど、まあそれも、いつまで、フッフッフ


感想、評価等あれば幸い。次回はまた少し間隔開けて、投稿する話はエダかそれとも本編の話か、色々と考えて決めていきたい感じです。


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(27) ヤンキー系シスター参上

久しぶりの投稿、書いていくのは予告した通り彼女の出番です。尻とたっぱと、そして胸のでかいお姉さんはお好きですか?


 

 

 

「……♪~♪♪」

 

 

 午後零時、昼時を告げるラジオのせわしないトーク、タイ語の饒舌なスラングを聞き流しながら朝のルーティンを流していく

 

 起きた時間は8時、いつもなら店の掃除をしてまた仕込みを始める時間。けど、今日のロアナプラ停は休日の看板を掛けていて、そして今ぼくは調理用のエプロンをしてもいない。私服を着て、出掛けの準備をしている。

 

 いくつか荷物を携えて、しっかり施錠をして店の外に出る。

 

 気持ちの良い朝、ぼくの予定はちょっとしたお出掛けだ。

 行き先は景色の良い、このロアナプラの岬にある場所。徒歩でいくには少し遠い。でもバイクは使わない。

 

 ビルの裏の小さなガレージにはバイクがおいてあるけど、今日はお役ご免だ。だって今日は迎えが来る

 

 迎えが来る、ここで使うには正しい表現だけど、でも来る人が来る人だから、なんだか不吉に考えてしまう

 

 

 

『ブォン!ブォオオオン!』

 

 

「……ジャスト」 

 

 そんなこんなで、考え事に更けていたら時間通りにやって来た。文字通り迎えに来た、これが願わくばダブルミーニングでないことを願いたい

 

 

「……お早いですね、エダさん」

 

 

 以外にも時間通り、そんな彼女に挨拶をした。けど、エンジン音で聞こえないのか、エダさんはこちらを見ながらバイクを止めて、そして近寄る

 

 近づくエダさん、僕よりも大きい背丈で、本人も曰く尻とたっぱのデカい良い女とのこと

 修道服を着たバイカーの女性というだけでキャラが濃いのに、その上小脇にはちらほらと見える銃のホルスター。極めつけにサングラスでロックンロールな出で立ちとまできた。

 

 はっきり言って、その服が表す偉大な父様への信仰心、その逆を行くような出で立ちだ。でも、それがかっこいい、ロックンロールは僕の好きなジャンルだったりする

 

 

 

 

「時間通りなんて珍しいですね、アメリカ人は時間にルーズだと聞きましたよ?」

 

「ふかすんじゃないよ、シスターの頼みで仰せ仕ってんだ。たく、ケイティお前さんが妙に好かれてなけりゃこんなガキのお使いの手伝いなんてせずによ」

 

「優雅にポーカーでも出来ていた、ですか?」

 

「はぁ、そうだよ……たく、あとでその尻揉みしだいてひいひい言わせるから覚悟しておきな」

 

「セクハラ発言は訴えますよ……っと、ヘルメット?」

 

 渡されたのはフルフェイスのヘルメット。でも、こんなものこの街ではまずめったに付けることはない、そんな役立たずのアイテムだ。

理由は明解、視界が狭まれば背後からひったくってくださいと言っているようなものだから

 

「早く乗りな」

 

「……」

 

「あんたがそれ被らねえとよぉ、お前さんの怖い飼い主からお咎めが降りるかもしれねえだろ」 

 

 なるほど、その言葉には頷いてしまった。バラライカさん、直接は指示していないけど、いつのまにか僕に対する扱いのルールが徹底されているのか

 

 でも、きっとあれだろう。僕を守るため、というよりは面倒を避けるためか。僕みたいな普通でしかなく悪に溶け込めない住人、篭でもなければすぐに騒動に巻き込まれてひき殺されるかだ

 

 

……可愛がる相手がいないと、バラライカさんも寂しいのかな?なんて

 

 

「……ほら、さっさと乗りな」

 

「ぁ、うん」

 

 

 変な考えは抱くだけ不穏でしかない、頭を振って思考をポイ。僕はエダさんのバイクの後ろに乗った。座る部分は小さいから、かなり密着してないと安定しない

 

「おい、そんなんじゃお前さん振り落ちちまうよ」

 

「……はい」

 

「心配すんな、こっちは自由の国のナイスバディなお姉さんだぜ。パイの一つや二つ、ただで売ってやってもいいぐらいだよ。試しに食ってみっか?」

 

「……お腹に掴まります、ご心配なく」

 

「あらら、良い子ぶっちゃてよぉ」

 

 

 息を吐くようなセクハラ発言、慣れたものだけど未だに顔の色は防御力ゼロだ

 

 

 

 

 

 

「あ、エダがケイティを乗せてる!抱き着かれてる!ケイティ可愛い!!エダはズルい!!」

 

「エダ、あんたケイティに変なことすんじゃないでしょうね!!犯したらあんたのケツ穴にポールぶっ刺して一曲躍るからねッ!?」

 

 

 

 

 

「!」

 

「アーシェにコリンネか、朝っぱらから元気の無駄使いだね。ヘイ!ビッチ共は汚れた股の掃除でもしてなってんだ!アタシとこいつはよぉ、ちょ~~っといいことする予定なんだぜ!邪魔しちゃウマに蹴られちまうってもんだ!!」

 

「え、エダさん!?」

 

 

 あばよ、と三下溢れる去り際の言葉と同時にフルスロットル。後ろで二人の抗議を込めた罵声が聞こえるもすぐに遠ざかる

 

 速い、バイクはエンジンを吹かして緩やかな坂道を駆け下りていく。早朝は人通りも車の行き交いもないとはいえだ、首都高を攻めているのじゃないのだから安全運転にして欲しい

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん、時間通りだ。久しぶりだね、お嬢ちゃん」

 

「おはようございますシスターヨランダ……あとお嬢ちゃんはよしてください」

 

 開口一番から吹っ掛けてくる。この人はシスターヨランダ、エダさんの上司に当たるような方で、この教会を治めている重鎮

 ちなみに、教会という立場の裏で怪しいシゴトもしているけどそこにはあまり触れない。張さんがケツ持ちをしている黒いおもちゃの販売も、その裏でこっそりしている良くない運び事も含めて

 

 

 

「ヨランダさん、ではさっそく」

 

「おや、朝食を食べていかないのかい?」

 

「はい、ですから手伝うのですよ。料理人なので、それぐらいは」

 

「おやおや、けど残念だね。朝食はもう作ってあるんだ」

 

「……そうですか、お手伝いできればと思っていたのですが」

 

「その気持ちだけで十分だよ。お前さんの料理はまた今度、プライベートで楽しませてもらうさね」

 

「はい、では楽しみにしてください。お好きな味の日はお知らせします」

 

「それは嬉しいね、坊ちゃんは本当にいい子だよ。説法もいらない本当にいい子だ」

 

 

 

 

 

…………ボソボソ(話が長ぇよ)

 

 

 

 

 

 久しくあったヨランダさん、ついつい田舎のおばあちゃんにあった時みたく肩の力が抜けて、それでつい話が長引く。

 

 エダさんは退屈そうに、しかしヨランダさんはそんな僕とのお話を楽しんでくれているのかそのまま世間話に、終わろうとしたはずがつい長引いて、そして

 

 

「それでそれで……ぁ、んぐっ」

 

 

「馬鹿ケイティ、ちょっとは口を閉じろ」

 

 

 いきなり、エダさんの指に鼻をつままれた。強くつまんで、そのまま上に引っ張り上げるように二回三回、痛い

 

 

「エダ、子供を苛めるんじゃないよ」

 

「シスター、気が乗って楽しんでるところ悪いですけど……バルジ作戦じゃないんだ、トイレ休憩は勘弁してください」

 

「……ふん、まあ仕方ないね」

 

 

 

「ぬぐぐ……ぷはッ、あうぅ……鼻、取れるかと思った」

 

「とるつもりでやってんだよ。ほら、やることは山積みなんだから動いた動いた」

 

 パンパンと手を叩く、その音に促されて僕もようやく本当の目的を思い出した

 

「そうだった、えっとじゃ……どこか着替えの部屋を貸してくれませんか」

 

「奥を使いな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 深く謝辞、そして足早に教会の奥の扉を開けて、そして指示された部屋。まえにも更衣室代わりに使った部屋を僕は開けた

 

 鞄の中には着替え、あとは色々な雑貨。今日僕は店を休んでまで来た理由、それは教会で懺悔をするでもなければ、エダさんの暇つぶしで飲みやポーカーの相手を、そして名残惜しいけどヨランダさんとの世間話だけに来たわけじゃない

 

 今日の予定、言うなればそれはボランティアだ

 

 

 

「よし、着替えよ」

 

 

 

 物置の部屋、そこで衣類を脱ぎ捨てて以前ここで受け取った服に袖を通した。

 

 時刻は九時前、休日の朝から気持ちのいいお掃除の始まりである

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 




短いですが今回はここまで、教会でちょっとしたイベント
 
お着換えするケイティ、教会の服と言えば、そして昨今流行りの男の娘シスターのブリジットきゅん、やりたいことは見えてくるはず。お楽しみに

感想・評価等頂ければ幸いです。モチベ上がって執筆が捗ります


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(28) シエスタの午後

男の娘シスター、ヨランダの趣味






 

 

 

 古い教会、建てられたのは第一次世界大戦ぐらいか

 

 礼拝堂や食堂、それと各種教会関係者が使う部屋等々に、掃除する場所は山ほどある。見習いのリカルドさんをはじめ、教会の方々と一緒に僕は箒や雑巾をもっていっちにっさんし、汗を流して爽やかな時間を過ごしている

 

 

「ケイティちゃん、そこ変わるよ」

 

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 

 脚立をもって、高い所を拭こうとした僕にリカルドさんは声をかけた。褐色肌に黒髪、爽やかな出で立ちと振る舞いは好感触。ただし、僕に対して妙に気を使い過ぎる

 

 ボランティアを買って出たのだから、少しはこき使ってくれても構わないのに

 

「ここはいいよ、それより君の得意な掃除の方をお願いしたいな」

 

「でも」

 

「まあまあ、ここは俺に任せてよ。力仕事はこの俺にお任せあれ

 

「……じゃあ、厨房の方の掃除に行きますね」

 

 

 ぺこりと例をして僕はその場を後に、リカルドさんは手を振って上機嫌だ。

 

 でも、名前を呼ぶときのちゃんづけ、それが妙に引っかかる。エダさん、もしかして性別のこと伝えてないのかも

 

 勘違いされたままというのも捨て置けないけど、でも面と向かって告げるのもなんだか恥ずかしい。ロックさんにも未だに言えてないし

 

 今さらだけど、自分の容姿が普通じゃないことが悩ましい

 

「…………うん」

 

 とことこ歩く廊下、ふと立ち止まった僕は視線を横に、そこには置き場所に困って雑に置かれたのか姿鏡がある。

 と言ってもそこまで大きくない、僕ぐらいの低身長には、案外ちょうどいいぐらいのだ

 

 そして、そんな鏡に映るのは、今朝用意をして私服に着替えた僕の姿、ではなく

 

 以前、ヨランダさんに貸し与えられた教会での正装。僕に合う唯一のサイズ、それは

 

 

 

 

……この格好、やっぱり慣れないなぁ

 

 

 

 

 淡い青を基調とした修道服、完全な女物のそれは丈も短くて足も膝から下が出てしまっている。

 

 本当に教会においてある服かと聞いたけど、ヨランダさんはたまたまそれしかなかったとの一点張り

 

 ヨランダさん、普段がどうかは知らないけどよく僕に優しく話しかけてくれる良いおばあちゃんだから、変なことは考えていないだろうと思う

 

 

 

……足が出てるから動きやすいし、まあ問題は無いんだけど

 

 

 

 前職のおかげか、女性物の服装にはあまり抵抗感がない。むしろ、ちゃんと布地がしっかりしている分こちらの方がましかもだ。服の隙間から死に物狂いで胸を覗こうとする変態も防げる布地の量、これは本当に大事だ

 

 まあとにかく、修道服を着ていようと見た目なんて関係ないのだ。掃除に必要なのは根気と丁寧さ、僕は僕らしくあればいい

 

「よし、がんばろう」

 

 気を切り替えて颯爽厨房へ向かう。ヨランダさんからは午前中だけでいいと言われているボランティア、でもやるならちゃんときっちり綺麗にしたい

 厨房は料理人の戦場、腕前にかけて最高に綺麗な厨房にしてびっくりさせたいと僕は意気込む。

 

 だって、そのあとには最高のご褒美が待ってるから

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

Side~エダ

 

 

 

 

 

 

 

 クソ面倒くさい掃除、そこに手をあげたあいつはやはり奇妙な人間だ

 

 前日、電話でケイティから連絡を受けた。直前まで仕事をしていたせいか、アタシは私の状態で電話に応対した

 

 けれど、そんな私に違和感も口にせず平然とケイティはこう返した

 

 

 

……ああ、きょうはそっちなんですね。すみません、お電話に出させてご迷惑でしたか?

 

 

 

 さも、口調が違うのが当然のようにケイティは言った。そう、ケイティはアタシの一人称が私でもあることを知っている。

 

 古い、少し古い話。といっても年を跨ぎはしない。何月か前になる話のこと。私がアタシで、アタシが私である、そんな二重の生き方をしていることを見抜かれた日のことだ

 エダ、その名前の裏にあるアメリカCIAの職員としての自分、そこのことを知っているわけでは当然ない。親しむ中とはいえ、そんな重要なことを酒の場で漏らすチンピラのような愚かさを見せたりはしない

 

 だが、それでもケイティは見抜いてきた。

 

 シスター・エダが隠す、ここロアナプラの裏側に立つ悍ましい顔を、その人格を知ることになった

 

 だが。問題はそこじゃない。私の時のアタシがあることを知って、ケイティが今平然と生きていること。

 そして、アタシにとって私にとって、このロアナプラに生きる奇妙な少年との関係性、最も疑問を浮かべる箇所があるならそこが一番のテーマだ

 

 シスター・エダとケイティの関係性、そのなれそめ、それが無ければ少なくとも今の、自分は無い

 

 人には言えないこと、誰にも打ち明けることもない、内側に出来た苦しみ。それを払ったのは、たった一杯のラーメンなる料理であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 風が吹く、風が吹いて、そして潮騒の音が足元で叫んでいる

 

 昼食を終えて、何もなくふらふらと敷地内を歩いて、そしてここに坐した。ここ、教会は岬の上に立つ建物、その外周に、ちょうど建物の陰になって、且つ風が強く吹き続けず、且つ快晴でも気温がちょうどよくなる場所がある

 仕事をサボるにもちょうどいい。モクを隠れてやるのも一興

 

 敷地内の隠れた憩いの場。しかし、そこには先約がいた

 

 

「ケイティ、おまえなにしてんだ?」

 

 

「…………」

 

 

 エダの見下ろす先、建物と木陰でできた涼しげな場所、そこにランチマットをしいてのんきに昼寝をしている見習いシスターがいる

 見習い、そう付けるのは背丈が小さいから。子供が修道服を着て遊んでいて、そのまま疲れて眠りこけている、そんな印象が感じられる

 

 

 

「……ん、はぅ……ばりゃりゃいかしゃん、もっとやさしく」

 

 

 

「たく、なんつう寝言ぼやいてんだ」

 

 

 

 いっそ録音してパパラッチにでもばらまけばニューヨークタイムズの良い表紙になることだろう。まあ、そうなれば世界は三次大戦で火の海になること間違いなし。魔が差すことはありえない

 

 

 

「うにゅ、だめれすよぉ……そこ、びんかんだからぁ、いひひ」

 

 

 

「あぁ、だめだ。聞いてらんねぇ……おら、目え覚ましな」

 

 

 

「……ふゅ、ぬがッ」

 

 

 

 エダはケイティの鼻を指先で押し潰す。息苦しさで即目を覚ますケイティ、そしてむず痒いのか盛大にその場でくしゃみをした。

 

「な、なにするでふか……んんッ、もうエダさんのいじわる」

 

「知るか、核ミサイルの発射番号並みの危険情報撒き散らしやがって、お前さんの責任さ」

 

「……なに、言ってるのですか?」

 

「わからねえならそんでいいんだよ。ほら、それよりもお前」

 

「ん……あの、これ」

 

 ケイティに押し付けられたのは三枚の100ドル札、手に取りつかんで良く見てみても、それはただのお札だ。偽札みたいな犯罪臭もしない、ただのお金だ

 

 

「給金だよ、黙って受け取りな」

 

「……ボランティアですよ」

 

「そんなもん、この街には存在しない言葉だよ。それと伝言、そっちがその気でもこっちは必ず銭を持たせてから帰らせるってな。掃除婦として一流と思われてんだよ」

 

「……そう、ですか」

 

 一流、つまりプロの仕事なら代金はあるべき。そんなメッセージを受け取ったケイティはくすりと笑った。

 

 ケイティがお金を仕舞うと、その場で軽く背伸びをする。昼寝の邪魔が入ったせいか、そのまま坐して海を眺め出した。

 

 のんきに、午後のバカンスでもしてるのかと、内心でエダは呆れため息を漏らす

 

 

 

……ほんと、こいつはなんだってこんな

 

 

 

 ヨランダの口車に乗せられて愛らしい女装を身に付けさせられた。その上で、ケイティはのんきに、というか無防備に、建物の裏という人に襲われてしまえば誰も助けが呼べそうにない場所で、こうも無防備に昼寝まで

 

 ダルがらみをする人間出来ていないエダですら、どこか掴みようのないケイティのマイペースさに調子がくるっていた

 

 いっそ、セクハラ発言でもして無理やりからかうべきか、そうとも思ったが妙に手が伸びない

 

 ただ、ケイティの隣に腰掛けて、そしてケイティを視界に入れて同じように海を見ていた。そんな自分自身にはっとなって自覚するも、そのまま思考をぼやけてまた眺めるだけに戻った

 

 がやがや喋らなくていい。荒っぽく振舞わず、ただ自然の音に耳を澄ませる

 

 

「……」

 

 

 風は心地よく、瞼は次第に重さを帯びていく

 

 目の前にはランチマットが敷かれていて、今日の天気は程よく風も強すぎない。木陰で眩しくないから、シエスタにはまさにうってつけである

 

 一度自覚した睡魔に抗う理由、それをエダは見いだせなかった。否、最初から捨て去った

 

「……ぁ、駄目だ」

 

 

「?」

 

 

 

 ケイティはエダを見た。何かボヤいたと思えば、そのままケイティの座るランチマットに身を寄せて、そして肩と肩がくっつき

 

 

 

「……ちょいっと、ご相伴頂くよ」

 

 

「え、ぁ……でも、はみ出てしまいますよ。これ一人用だから」

 

 

「近づきゃあいいんだよ。ほら、もっとこっち来なって。足ははみ出てもいいからさ、それに修道服は作業着だ、汚れても問題ねえから」

 

 

「……はぁ」

 

 

 強引な添い寝、チェック柄のランチマットに二人は向かい合って横になる。エダはサングラスを外して上に置き、そして抱き寄せるようにケイティを胸元に近づけた

「……狭いね、もっとデカいのを買いな」

 

「え、じゃあ今度からはエダさんも一緒にってことですか……二人分、結構大きいの買わないと」

 

「……本気にしやがった」

 

「?」

 

 なんでもねえとぼやいて一蹴、エダは狭いスペースで身をよじり結果ケイティと密着をする体勢を選んだ

 

 二人の修道士が身を寄せ合い、互いに目を閉じている。その光景は仲睦ましい姉妹のようで、また同時に宗教絵の様に神々しさすら感じ得る

 

 

「……エダさんも、眠かったのですね」

 

 

「かもね……とにかくそうさ、そう言うことにしておくさ」

 

 

 軽いあくび、エダはいつもの粗雑な振る舞いは何処へ行ったのか。

 

 

「そうですか」

 

「こちとら不良シスターだ、昼寝なんざ鼻ほじるより簡単だよ」

 

「もう、汚いですよ」

 

「…………」

 

「……あの」

 

「?」

 

「もう少し、そっちによっても良いですか。やっぱり、この服足が寒いです」

 

「……好きにしな」

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

……休みの日に、お前さんはほんと何してんだか

 

 

 

……僕は日本人だから、ついつい働き過ぎちゃうから、たまにはダラダラしないと

 

 

 

……身ぐるみはがされても知らねえよ

 

 

 

……だからです。ここ、教会の敷地だから

 

 

 

……教会でも男はいるんだ。あんまし信用すんな、ここは暴力教会なんだ

 

 

 

……はい、だから、ぼくはシスターエダは信用します

 

 

 

……おまえ、本当に変わりもんだね

 

 

 

……知ってます、でもそれが僕のしたいことだから。だから、少なくとも今の僕は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建前も、繕いもない、ただただ無垢なる心で打ち出した本音

 

 

 

……エダさんと一緒に、気持ち良くお昼寝がしたいです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………間抜け、どこまで汚れしらずなんだい」

 

 

 

 

 一人、エダは聞く相手もなくその言葉を発した。

 

 目の前は横転した視界、見下ろす先には修道服のフードが脱げて少し長めの黒髪が特徴な、無防備に眠りに落ちているケイティに視線を向ける。

 

 顔は見えない、それはエダの有する豊満な肉体の性でもあった。寄り添う、くっついてくうくうと息を繰り返すケイティはエダの胸の中で安らかに

 

 ケイティのように改造されていない、モノホンの修道服故に足元まで布地は大きいから、それがちょうどケイティを覆うブランケットのように包み込んで、密着して風が障らないようにケイティの身を守っていた

 

 

「……ぅ、すぅ」

 

 

「もう寝ちまった、働きすぎだよジャパニーズ」

 

 

 そっと、眠りを壊さないようにエダは指先で額に触れた。目を隠す前髪をはらい、そのまま耳の上や後頭部と、髪の毛がするりと無抵抗に指を透過させるからついつい触り続けてしまうのだろうか

 

 

「あたしよりもずっと綺麗な髪だ。女みたいに、壊れちまわないように、守ってやりたくなる」

 

 

 普段から見せているケイティの中性的な出で立ち、そして今はなまじ女性の服装をしているから女性に傾いている。見せる生足は異性の色気を、ほどいたセミロングのヘアーはただのショートカットのあどけない少女としか映らない。

 

 唇さえ、グロスを入れていればもはや男と思う人間はいない。まるで作り物、そうなるべく作られた至極の逸品である

 そう思えばこそ、ロシア人が躍起になってケイティに構う理由も理解できる。陰に聞くバラライカの噂、誰もが口にするのもたばかれるそれだが、不思議と認知されていない。バラライカとケイティの関係を知るのは少数、情報に聡く、また軽率に漏洩しない者に限られる

 

 危険な秘密、ケイティのプライベートには軽率に触れるべからず。それはいつからか成立している不文律だ

 

 

……あのロシア人が躍起になる相手、普通じゃないよお前さんは、本当に

 

 改めて、あの戦争マシーンが人らしい感傷に浸ってしまう人間がいることに驚愕を隠せない。それがエダだけに止まらず知る者全ての総回だ

 

 

 しかし、こうして今見て触れている限り、あのバラライカが魅了されるに至ったのもエダは腑に落ちてしまうもの。

 

 

「……ほんと、おかしな子だね。見ているこっちがまともになっちまいかねない。このままじゃぁ正常位でイっちまう体に戻っちまうっつの、あぁ……どうしてくれるんだぁ、責任取れっての……なあ、ケイティ」

 

 問いかける、だが当然返答はない。

 

 ケイティは無防備に、エダという人間のぬくもりに身を預けている。静かに、聞こえる音は風と潮騒、そして微かに響く寝息の音だけ

 

 

 

「…………ったく、仕方ねぇ」

 

 

 

 髪を撫でる手、それが下に降りて、手の平は背中についた

 

 子守歌はいらない、必要がない。青々しい岬の環境音が、ケイティの耳を心地よく撫でているから

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回よりいつもの回想です。

エダとケイティの関係、これまでとは少し毛色が違うのでお楽しみに


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(29) 富山ブラック×排骨麺 ※挿絵

排骨麺、パーコーメンと読みます。知ってる人は知ってるかな?

※あとがきにておまけ要素あります


 

 

 これは、エダとケイティの仲がそこまで深くなかった頃の話

 

 二人の出会い、そして馴れ初めを語るにはまず時を年単位で遡らなくてはならない

 

 

 

 

 

~数年前~

 

 

 

 12歳、誕生日ではなく入荷の日で年齢が増えた初めての年

 

 不快な気持ちを押し殺す日々、慣れない行為に懸命になってしまう日常、ただ唯一そんな日々にも救いはあった

 

 目隠しで車に乗せられて、向かう先はどこともしれず。

 

 目を再び開けるとき、ぼくはいつも教会を見ていた

 

 そこは岬の教会、言葉を知らないからそこが暴力協会と呼ばれていることを当時は知らない。

 

 この地に来て、まだ何もわからないこと尽くめで、ただ言われるままに奉仕をすることでしか生きる術を知らなかったあの頃

 

 言葉も理解できないぼくではあったけど、この連れてこられた場所がどういう目的で用意されたのかは理解した。そして、ほんのすこしすがってみた

 

 暗闇の世界で、その教会だけがぼくの救い、導いて教えを授けくれる場所。でも、授けられたのは聖書の読み方でも讃美歌の歌い方でもない。

 

 教会は、ぼくにこの地で生きる術を教えてくれる場所。つまりは、かつて通っていた学校と重なる場所であった

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

『……じゃあここ、アタシの真似して繰り返し。今夜、アタシを買いませんか? 店を通してくれ、それは別料金だ……まあ、こんなところだろうね』

 

 

「……コク」

 

 

 

 週に一回、それでぼくはここで言葉を学ばされた。日本語の言葉しかつかえないのに、耳に入れられる英語は奇々怪々。

 周りを見てもみんなやる気はなさそうで、けだるげにシスターさんの声を聞き流している

 

 教会の日曜学校、皆求めるものは問題の解き方よりも配られるパンとスープが目当てか

 

『……たく、やる気のねえ奴は布施して帰れってんだ』

 

 そんな生徒を前にしてか、教壇に立つシスターさんはやけに不機嫌で力が抜けきっている。

 初等教育のテキストを開く者すらいない場所で、どうして文法の最低限すら授けられようか

 

 やる気のなさが伝播して、いよいよその手に持つモクを咥えようとする、そんな時

 

 

「……」

 

『あ?』

 

 唯一、真面目そうにテキストを開いて眠そうな顔もせず面をあげているケイティにエダは目があった

 

 

『なんだい?あんたは真面目に聞いてんのか? たく、ガキにしては殊勝じゃねえかよ。おら、ならちゃんとしたのいくぞ』

 

 

「……yes」

 

『へぇ、そうかい……』

 

 少し考える間を置いて、そして面白いと感じたのかエダはタバコをしまい教鞭を手に取った。

 

 教鞭をとる。ケイティの目のまえに置かれたボロボロの教科書、そこにかかれたイラストと台詞

 意味は分からずとも台詞の意味は理解できるだろう。そう踏んで、あとは言葉の読み方だと

 

 

……See you later,my sweetie

 

 

「?」

 

『繰り返しな。意味、わかるだろ』

 

「……しーゆ、れいたー……まい、すいーてぃ」

 

 

『ああ、まあ発音はおいおいだな……いいか、また会おうって意味で、そんで』

 

 

「?」 

 

 

 指をさす、ケイティに向かい手を伸ばし、そのぼさつく長髪を撫でた

 

『東洋人、それも日本人か。なんでそんな奴がいるかは知らないが、まあここで学びに来る奴は一応あたしの生徒だ』

 

「……ぁ、えっと」

 

『通じなくても良いさ、その内しゃべれるようになる。言葉なんてそんなもんさ』

 

「?」

 

『……たく、にしても通じてねえな。ほら、名前ぐらいは言えんだろ。アタシはエダ……わかるか、エダだ』

 

 

 自分を指差して繰り返す。次第に意味は通じて、ケイティはエダの名を繰り返す

 

 

『そうだ、シスターエダだ……あんたは、ケイねぇ……日本人の名前にしては言い易い』

 

「……エダ」

 

『あぁ、どうせやる気のある奴は他にいねえしな。ま、これからもよろしく頼むぜケイ。ハハ、しばらくは退屈しなさそうだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数ヶ月前~

 

 

 シエスタの午後、二人が体を寄せ合うほどに、その中が深くなる前

 

 エダとケイティ、この二人の仲がまだ店主と客であった頃のこと

 

 

   

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 店が賑やか、今日も今日とてラーメンを売る日々。そんな当たり前の日々

 

 この店もすっかり常連が増えた。バラライカさんに張さん、特に大きな二人に目を付けられてから他の有力な方々に、気さくな付き合いができる人で言えばラグーンの皆さんにシェンホアさん。そして、これも張さんのつながりというべきかな

 

 岬に建つ有名な不可侵勢力、この街で武器を商う暴力協会の人たちだ

 

 

 

……ガララ

 

 

「いらっしゃいエダさん、それにレヴィさんも」

 

 

 

 

「よっすケイティ、でもなんでこいつが先でアタシが後なんだ?おまけじゃねえぞタコ」

 

「ふかすなよレヴィ公、せっかくの飯がまずくなるだろ」

 

 

 

 

 静かだった店のなかが一気にせわしくなる。この二人がいるだけで喧騒さだけは満員だ

 

「あはは、いつもの調子ですね相変わらず。あ、カウンターにどうぞ」

 

 

 粗雑な会話、合間にファックを挟まないと間が持たないかと思ってしまう、そんな常連二人のやり取り

 

 一方はホルスターまったく隠さない堂々としたガンマン、そんなレヴィさんに連れそうはおなじくチューブトップにホットパンツでなんとも扇情的なお姉さんだ。サングラスの悪人っぷりが余計に不良具合を加味している

 

 

「よっすケイティ、相変わらずいい尻してんな」

 

「はいはい、セクハラですよエダさん」

 

 

 いつものやり取り、後ろを向いてフライヤーの前に立つからエダさんはそう揶揄した。店に来た時、必ずこの人は僕のお尻を弄ってくる。別に、そんなでかいわけじゃないはず

 

 

「たく、この色情魔は……ケイティ、今日のラーメンは何だ?なんかフライでも作ってけどよ、てかここ熱くねえか?」

 

「エアコン、利かせてるんですけどね……あ、お冷どうぞ。氷入りますか」

 

「「くれ」」

 

「はい」 

 

 

 調理場から反転、新しいお冷のポッドを出して氷の入ったグラスを置く。

 

 今日はあまり客の少ない日、入れ替わりで途絶えることはないけど今はお二人だけ、なら少し位サービスはする。

 冷たく冷やした麦茶、頼まれれば出すそれを二人に渡した

 

「サンキュー……で、さっきの話どこまでだっけ」

 

「あぁ、味噌っ歯ジョニ―の奴だろ。なんだったか、抱いた女がどーのこーのほざいてよ、奴さんの玉が……」

 

 

 聞こえる会話、二人に背を向けて揚げ物に集中する。ジョニーさんの妙な話が聞こえてくるけど、まあ二人の下世話なトークは今に始まったことじゃない。

 

 

……食事処なんだから、下ネタは無いよ下ネタは

 

 

 愚痴りたい気持ちをこらえ、ケイティは隠れてため息をこっそりと

 

 高温の油の前で立つのだから、変に悩ましいことを考えてこれ以上熱を増やしたくない。汗ばんだ皮膚、髪を結った紐が湿って、絞れば雑巾の様に絞れそうだ

 

 

「……ッ」

 

 

 集中、揚げ物は普段は作らないが。今日作るラーメンには欠かせない具材だ

 

 浮き沈み、気泡、あげているのはもも肉の一枚揚げ、ニンニク等でかなりパンチの強い下味をつけたチキンカツ、それを菜箸で掴み一度バットにあげた

 

 脂を切りつつ、そのまま余熱で最後の過熱。その間に最後の仕上げへと移る

 

 二つ取ったどんぶり、底に敷くは真っ黒な醤油ダレと特製鶏油、そこに鶏がらスープを注ぎ軽くかき混ぜる。富山ブラックラーメン並みに濃い色合いのスープ、そこへ薬味のネギとメンマを乗せて、そこにざく切りにしたチキンカツを贅沢にも全部乗せ

 

 濃厚な醤油ラーメンの香りに乗る揚げたてのチキンカツの芳香、そしてニンニクとショウガを効かせたことで香りは大きくより刺激的に、胃袋をダイレクトにブッ叩く強烈な魅惑を放つ

 

 揚げ鶏を乗せた中華の麺料理、排骨麺

 

 そして日本の富山でローカルに人気ブランドを持つ真っ黒な醤油ラーメンとの合作

 

 一杯12ドルにしても少々原価ギリギリなお店泣かせな本日のラーメン、でも今日は鶏肉が安かったから問題なし。  

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

「そろそろ出るか、じゃあなケイティ」

 

 

「はい、ご来店ありがとうございました」

 

 

 手を振るレヴィさん、引き戸が閉まると店内は誰もいなくなった

 

 時刻は11時ぐらい、いつものことだからもう少ししたら大きい客の波が来る。合間の閑古鳥は次の準備のためにも必要な時間だ

 

 

……二人とも、よく食べてくれたなぁ。うん、たまには良いよね、こんなラーメンも

 

 作った一杯に自画自賛、しかしその代償で体は汗だく。今すぐお風呂に入りたい

 

 

「……ふぅ、少し休憩……ていうか、熱い、死ぬ」

 

 

 客に食べさせたことへの充足感で喜ぶも体はひいひい言ってしまっている。

 

 エプロンを外し、タンクトップ一枚の姿になって団扇を仰いだ。体はべとべと、スープを煮出す寸胴のせいで熱いのはもちろん、今は油場に立たないといけないため余計に辛い

 

 当然、揚げ物なんてものこんな熱帯地域で作ろうものならこうなるのは明解、しかしお客の為には仕方のない事

 

 

……レヴィさん、自分で言ってて忘れてるんだものなぁ

 

 

 以前ラーメンを振舞った際、駄々をこねるようになんかがっつりしたものを作れと連呼して、それで気が乗って今日のようなラーメンを作ったが嬉しいの一言もない。

 

 みみっちいと思われればそれまで、けど少しぐらいは感謝の言葉は欲しい。

 

 

「ごちそうさまぐらい言って欲しいかな」

 

 

 少しだけ愚痴ってしまう。そういえばエダさんもあまりしゃべらずに帰っていった。

 

 好いているとはいえ、この町の住人にとって食の喜びは二の次か、そんな風に考えてしまう

 

 

「……お皿洗おっと」

 

 考え事はひとまず他所に、客がしばらくはいないとはいえこのままではよろしくない。

 

 カウンターに回って、空になったどんぶりを持つ。麺は見事に完食、濃厚な醤油スープが半ば残っているだけの器 

 

「?」

 

 客の満足具合を知るために残った器の様子を確認、二人とも最後まで完食はしているのは確か

 

 肉も麺も残ってはない。スープは飲み干す必要はないけど、でも

 

「……レヴィさんはこっちだから、エダさん?」

 

 エダの食した器、そこから察する意図にケイティは考えを巡らせる

 

 わざわざする必要の無いお節介、ケイティはどこまでもお人好しな性格であった。

 

 

次回に続く

 




今回はここまでで、揚げ物とラーメンの組み合わせは無敵。読む人のお腹を空かせたいと何時も思いながら執筆しています。飯テロになればいいなぁ

【おまけ】

ケイティのイラストをカスタムオーダーメイドでと作ってみました。イメージの参考になれば幸い



【挿絵表示】
 立ち絵、きょとん顔



【挿絵表示】
 アップ、ぎこちない笑い



【挿絵表示】
 ベッドイン、恥じらい


本当は絵を描きたいけど、画力はいつも無い物ねだり。イラスト描ける人はほんますごい頭上がらない



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(30) 下準備 ※挿絵

色々と準備会、過去の開示等色々あって雑多な話になります。


~数年前~

 

 私が教壇の前に立ち、教師の真似事をしていた頃。どうしようもないカスだまりが食うものの為に時間をつぶすような、そんな場所に一人ポツンと異質な存在がいた。あの子の事は未だに覚えている

 明らかにその手の店に売られたような身なり、言葉も知らず文化も理解できない、そんな子供が懸命に授業に向き合っていれば嫌でも目に留まるし。気が変になって、ほんの少しやる気を起こしてしまうなんてことも起こったりする。

 黒髪の子供、その子に身振り手振りで言語という意図を注ぎ入れ、そしてある程度満たされていけば簡単な質問の応酬が頻繁になり、そして会話が出来れば今度は互いに笑いあう時間も増えていった。

 

 気が付けば二人だけのマンツーマン、その頃には食事目当ての乞食すら来なくなり、施しの一環で行っていた日曜学校はそのこと私だけの時間になっていた。

  

 夢中だった。日本から売られこの地で買われた子供に言葉から始まって社会での生き方を教えるようになっていて、そんな行為に私はどこかで責任感を帯びていたのだろう。故に、自分の教えは大事なことだと、プライベートでも仕事でもないこんな時間に私は心血すら注いでいたのだった。

 

 そんな自分に気が付いた時はさすがに笑ったものだ。はるばる祖国の利益の為にこの地に潜り込んだ工作員がいったいぜんたいなにをしているのやらと。確かにこの地で小金稼ぎを楽しんだり、時には賞金稼ぎの真似事に荒野のガンマンの決闘までやってみせたりと、だがそんな自分が心惹かれ夢中になったことがティーンの教え子の為にティーチャーときたものだ。まったくおかしい話だ

 

 この地に来て、私もすっかり変わってしまったのだろうが、この子との出会いは特にである。元々、仕える主が複数の頭を持つ怪物なだけに、自分は異なる二つの顔を持つオルトロスであった。だがその時だけ、私にはその子の為に先生であり続けた顔があった。つまり三つ目の顔があった

 オルトロスではなくケルベロス。しかし、はたから見ればそれはなんとも間抜けな怪物である

 

 意外と楽しんではいたのだ。ロアナプラに潜む工作員の私、暴力協会に所属する不良シスターのアタシ、そしてあの子の、ケイの先生であり続けた三つ目のワタシ。この三つが入れ替わることに違和感を抱くこともなくなっていた

 

 だが、そんな矢先のこと

 

 一年と半年、ケイは日曜学校に来なくなった。それを期に、自分の中には私とアタシだけになった

 

 自分が一つ消えた。そんな体験をしてしまったせいか、私はふと妙な感覚を覚えるようになった

 

 私とアタシ、使い分ける二つの顔

 

 今自分はどっちの顔をしているか、果たしてどっちが本当の自分、エダなのか

 

 欠けた心はセンチに陥っているとは思いたくない。だが、少しばかり危惧してしまうのだ。

 

あの子と別れ用無しとなり消えていった三つ目の顔、もし、本当の自分というものがあるのなら、あの時見せた顔が自分の本意であったなら

 

 エダという人間の本意、それがどれかにあるなど正解はわからないし、不正解も知りえない

 

 解けない問題が淡く心の中で不快感を持つ。うざったいと隅にやり、何処ぞへ捨ててしまったと思い込んでも残滓は残り、そしてふと蘇る

 

 答えは出ない、そうして時間だけは過ぎ去り数年

 

 求めた答え、それは……と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数ヶ月前~

 

 

 

 

 

「知りたい、エダのこと?」

 

「……うん」

 

「そうね、まあ知らない仲じゃないしね」

 

 

 日が落ちる少し前、ラーメン店に劇場も営業の看板はまだ掲げるにはまだ早い午前の時刻、外で見かけた二人に僕は声をかけた

 

 

「ケイティ、あんたエダのこと調べて何がしたいの?」

 

「詮索屋は嫌われるよ」

 

「うん、でも少しだけ……ほんの少しだけでいいから」

 

 二人に頭を下げる。詮索というこの地では争いの下でしかない行為、だけどそれでも気になることがあるし、知りたいのだ

 

「……具体的に何が知りたいの」

 

「アーシェ、いくらケイティでもいいの?」

 

「事情があるんでしょ。で、どういうことが知りたいのかしら」

 

「……ッ」

 

 頼みづらい願い、アーシェの優しさに甘えてしまうことには罪悪感を抱く。しかし、それでもしないといけないのは二人がエダさんともそこそこ親しい間柄だから

 

 二人が昼間カフェテラスのような場所で駄弁っている時もあれば、夜に飲み屋で一緒に酒を飲んでいることもあるし、というかそういう場に混ざったからこそ知っているわけで

 

 とにかく、二人は意外とエダさんと仲がいい。だから僕の知らない顔も知っているかもしれない。そんな淡い期待、でも少しでもいい

 

 お節介と言われればそれまで、でもいい加減僕もはっきりしたいのだ。初めて会って、それから惰性で続いた知人程度の関係、それを変えたいからこそ多少のタブーに踏み込むのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 方々を歩き回り、ようやくついた店で今度は受話器と相対する。固定電話でかける相手は少々恐れ多い

 

 けど、頼れる人ではあるから仕方ない。問題は、その対価

 

 

『……あぁ、こんな昼間からいったい何の用でしょうかマドモアゼル。ダンスの誘いならいつでも歓迎だが』

 

 

「…………」

 

 

 開口一番にさっそくからかわれる。下手に返せば揚げ足を取られてからかい倒されるだけ

 

 冷静に、息を整えてまず張さんのジョークをスルー。本題に移る

 

 

「……あの、少しお願いしたいことがありまして」

 

 

『お願いか、お前さんの頼みというのも聞くのが怖いが、まあいいさ。で、なんの用だ?』

 

 

「……もしかして怒っています?」

 

 

『さあな、だが非常時に助けを求められるように渡した番号で一体全体何を頼むやら、お前さんの頼みに俺は興味津々で仕方がない。あぁ、本当だとも、品の無い言い方だが震えて股座がどうにかなりそうなぐらいだ』

 

「ま、またぐッ……うぅ、あの本当になんというか、たいしたことじゃなくてすみません」

 

『はは、謝らせたいように聞こえたか?そいつは失礼、気にせず答えてくれ。例え中身がなくとも女の要求を受け止めるのは男の甲斐性ってもんだ』

 

「…………ぬぐ」

 

 切りたい、今すぐ受話器を叩きつけてガチャ切りしたい。でもそうしたって得られるものはないし、どうせ向こうでシャイだのなんだの振られただのと笑って片足組ながら煙草をふかすだけだ。

 

 うん、容易に想像できてしまう。悪の親玉だからだろうか、

 

 

「本題に入ります」

 

『……あぁ、いい加減そうしないとな。俺だって暇じゃないんだ、手短に頼む』

 

「…………ッ」

 

 

 暇じゃないのにからかう暇はあるのか、そんなツッコミが喉の手前まで登ってきたけどどうにか嚥下する。うん、頑張った、僕頑張りましたよバラライカさん

 

 

 

「……紹介された仕入れ業者、そこで対応してくれなかったから困っていることがありまして」

 

 

『食材か、なんだまた新しいメニューでも作るのか?』

 

 

「……まあ、そんなところです。欲しかった食材をいくつか頼んだんですけど、どうにもそれはできないって、なんとかならないかそれか他に心当たりがないか伺ったんですけど。そうしたらすごく不機嫌で、今後の取引は無いぞって、困って……でも、お金を払えば許してくれて欲しいモノも取り寄せてやるって……とまあ、大体そんな」

 

 

『?』

 

 

「張さんが紹介してくれた業者、苦情というわけじゃないんですけどどうにか説得を……あぁ、でも出来れば穏便に。その、あまり痛いことも無しで平和的に解決してほしいなって」

 

 お願いできないでしょうか、そう電話越しに見えてないけど僕は頭を下げる。

 

 いつもの業者、取り寄せの相談をする人が別の人に変わったせいかあまり話が通じなくて、かといってほかに話せる人にも変わってもらえない。だから、一応直属の上司になる人に相談しかないと思ったけど、僕の知る限りそれが張さんしかいなくて結果こんな告げ口みたいになってしまった。

 

 うん、我ながら何だか嫌な予感がする。でも、一応僕と張さんだってそれなりの関係を築いてきたわけだし、意を酌んでくれるはずだと信じたい

 

 

「あの、そのぉ……軽くで、ほんと軽めの方法でいいんです。業者の方に、前の人に変わってもらえるかどうか」

 

 

 尻すぼみする言葉、一応これで問題なく伝わったかと思った。だけど

 

 

『…………えんな』

 

「?」

 

 受話器を持つ手に汗がにじむ。さっきまでおちゃらけていた張さんの声色、今その温度が冷たく変わった、様な気がする

 

 

『まったく笑えんな、その男』

 

 

「……ッ」

 

 

 マズい、直観的に察した。

 

 

『その業者はな、俺が指名してお前さんの為にあてがったんだ。以前のことでお前に対して三合会は不当な行為を働いてしまった責任がある。それもとびっきりの責任、ミスバラライカのお気に入りであるお前さんに傷をつけかけたこと、こいつはかなり厄介なことだ。だから俺はお前さんに気をかける。そして、同時に俺自身お前に最高の飯を食わせてもらっている借りが頻繁に重なっている。業者に良い仕事をさせるのは最低限、したりないぐらいなんだ。責任の重さを思えばこれは当たり前のこと、それはわかってくれるなケイティ」

 

 

「そう、だったのですね。僕の料理、そんな風にまで…………あの、でもですね。やっぱり穏便に」

 

 

『俺自身の名をかけた責任だってある。特別な料理人を丁重に扱えと、だがケイティお前さんは不当な扱いを受けた。俺が目をかけたお前に対して、その業者の人間は何を勘違いしたかお前を軽視した。これがどういう事か……あぁ、その男キムだったか。今しがた資料はそろったが、こいつにはその件についてよく知ってもらう必要ができたわけだが。どうしたい?』

 

「……ぁ、えっと……そこまでひどいことは……その、軽く叱っていただければきっと十分なはずですよ、ええ、だって張さんですし」

 

『あぁ、それでなんとかなるかもしれん。だがケイティ、こいつはな……俺の、張維新の名を背負ったお前に痰を吐いたんだ。お前が良くてもな、やはりこれは笑えん。笑えんのさ』

 

「………その、えっと……えぇ」

 

『そんな面白くないモノを内に置いていたとはまたまた恥だ。いかんな、ツァンのバカで終わりにしたはずだが、どうやら俺の名も落ちたのか、軽んじられているのか? ハハ、それなら笑い話だ。なあケイティ』

 

「…………」

 

 マズイ、なんだかよくないスイッチを押してしまった。

 

 

……業者、そんなに怒っているわけじゃなかったのに。ちょっと話を通して欲しかっただけなのに

 

 

 

『とまあ、長々と喋ってしまったが、相分かった。ケイティ、お前さんの要求は全部叶えてやる……そして処分もスムーズに執行する』

 

 

「いや、だからそこまでしなくても……どうか話し合いで、張さん!張さん!!」

 

 

『安心しろ、俺たちは紳士だ。野蛮な真似はしない』

 

 

「ほっ」

 

 

『よろこべ、たった今キムが網にかかった!』

 

 

「返して!今吐いた安心の溜息を返して!」

 

  

『ハハハ、悪いがそろそろ切るぞ。今後のことで掃除屋ソーヤとご相談しないとな、もちろん心配することはないし野蛮なことは微塵も起こらない、なんせ紳士と淑女の話し合いだ。土産は腸詰とミートローフか好きな方を選べ…………プツン』

 

 

 

「信用できません、あなたとあのソーヤさんが組んでなにが……え、待って、何その選択肢??……笑えない、笑えませんって! 張さん! 張さぁんンッ!?」

 

 

 

 電話の切れた音が無機質に響くだけ、僕は何もできずそっと受話器を戻した

 

 後日、業者に頼む予定だった食材は無事届いた。そしていつも相談をしていた業者の人が電話に出て、電話越しなのにものすごい勢いで謝罪の言葉を並べて来た

 

 そのまた後日、張さんが店に来て何事もなくラーメンを食べに来た。昼間に来たから冷凍した残り物で以前作った排骨麺を提供した。大きな揚げ鶏が乗ったラーメンを見て

 

 

……気が利くな、しばらく豚の肉は食いたくなかったんだ。ひき肉は特にな

 

 

 ハハハと高笑いをする張さん、隣の劉さんや取り巻きの人達もつられて笑っていて、改めてこの街に異常者しかいないことが良く分かった。

 

 

 

 

次回に続く

 




今回はここまで、次回をお楽しみに。


【おまけ】


前の話で乗せたケイティのビジュアルの続きです。今回はドレスアップしたケイティの姿、張の兄貴との回想で出てきた夜の店の嬢のケイティになります。イメージの参考になれば幸い

 
・ドレスアップ、立ち絵


【挿絵表示】


・ドレスアップ、上半身


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・ドレスアップ、ベッドイン


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(31) 精進式醤油ラーメン

時間がかかってしまった。挿絵を作るのに使ったカスタムメイド、あれに夢中で執筆が止まってました。自由に女の子作るの楽しい、でもバラライカはうまく作れない。火傷顔の需要ってあるはず、誰か作らんかなモッド?


「探られている、あんたがかい?」

 

「……ええ、シスターヨランダ」

 

 神妙な空気、窓辺から注ぐ夕日の光が二人を照らしている。切り出した会話、それはエダが察知した自分を探るとある人物の行動であった

 

 その人物は一見無害でありながらここロアナプラにおいて異様な立ち位置にある。この街の有力者に個人的感情から庇護下に合い、そして時に守るために武力さえ辞さないというからなんとも信じがたい話である

 

 しかし、ケイ・セリザワは異様ながらその庇護を現実に得ている。守られている当人が何をしているのか、裏が無くとも裏があるように疑念を抱いてしまう。多くの住民が抱く一般的な行動だ。それは、エダも同じく

 

 

 

 

 

「で、確信は得たのかい?」

 

「いえ、私の国も我らの関係も、何も得ようとしていない。ただありきたりな会話の中で、私という人間そのものを探っているようにも思えました」

 

「そうかい、なら推論と憶測でしか危険性を測れないわけだが……そっちはどうするんだい?出る所まで出るのなら好きにしな」

 

「そうならば、好きに致しますとも」

 

「そうかそうか、で……話は変わるがね」

 

「?」

 

 

 おもむろに、ヨランダが取り出したのは一通の封筒、否手紙か

 

 

「……なんですか、それは」

 

 

 訝し気に、エダはヨランダよりその手紙を受け取った。それはご丁寧にも蝋で烙印までされていて、宛名には丁寧で綺麗な文字が書かれている。

 

 指令書の類に偽装でも施しているのか、そう適当に考え破いて開けようとしたが

 

「おやおや、せっかくの大事な贈り物なんだ。破いちまったら可哀そうだろうに」

 

「……送り主、知っているのですか?」

 

「あぁ、とっても可愛い子だったよ」

 

「はぁ……それは、またって……は!?」

 

 声色が変わる、CIAのクールな振る舞いが壊れて荒っぽい不良シスターのエダが飛び出てしまった

 

 渡されたナイフで封を切り、おそるおそる出してみればそこにはフロム・ケイティの文字があった

 

 

 

 

 

 

親愛なる常連さんへ

 

 

 僕は貴方の秘密を知っています。あなたも僕の秘密を知ってます

 

 いい加減けりをつけましょう。約束の日時を記しておきました。

 

 都合が悪い場合はおっしゃってください。適宜、調整は致しますので

 

 ケイティより

 

 

 

 

「……………………はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 手紙を見てあっけにとられた日のすぐ、夕方の時刻

 

 エダは約束通りケイティの店に足を運んだ。いつものごとく荒くれ者の出で立ちで、ホルスターには銃をしまい込んだまま

 

 

「いらっしゃいませ……すみません、急にお呼びして」

 

「……いいよ、別に」

 

 

 重い空気、それはエダのせいでもあるが、そして感じているのはエダだけか

 

「まってくださいね、すぐに作りますから」

 

「……」

 

 のんきに料理を再開するケイティ、時折見せる後ろ姿には無警戒にも程がある。引き金を引けば綺麗に片はつくだろう。この場に顔を出したエダにとって、念頭にあるのは手紙に記され秘密とやらのみ

 

 

……まったく、一体どんな腹積もりだってんだ

 

 

 心中穏やかではない。秘密、エダにとってそれはこの地における最も秘すべきシークレット、そこに爪を立てるような存在、聞き逃せない発言があるのなら当然の対応をしなければならない

 しかし、目の前にいるケイティは非常に厄介だ。前提として、ここロアナプラにおける有力者にコネがあり、例え自分がどれだけ大きなバックを持っていたとしてもこの街に混乱を及ぼすきっかけになってしまえば元も子もない。扱いに困る生ける火薬、ロシア人にさえ影響を及ぼす存在、判断次第では本国の危険人物に登録してもいいほどだ

 

 なので、真意を確かめるまでは強行は不可。エダはただ座して待たねばならない

 

 真意を知るために、その為の会話の切り口を思考の海で模索する中

 

 

 

「あ、そういえば」

 

「!」

 

 ガタっと、つい反応して椅子が浮足立ち音が立った。しかし、ケイティは特に気に留めず

 

「先に聞きますけど、嫌いな食べ物ってありましたっけ?」

 

「…………」

 

「あの、エダさん?」

 

「……別に、とくにないよ」

 

「そうですか、なら安心」

 

 踵を返し、またも無警戒な背中を見せて調理に戻る。鼻歌混じりでご機嫌に、ケイティが何かを刻んでいる姿を見ながら

 

「……ッ」

 

 そっと、エダはホルスターに収めた銃へ手を置いた

 

 

「……ケイティ、お前さん何を考えている」

 

「?」

 

 声色は重く、ようやくエダは切り出した

 

 待っていても答えは出ない。曖昧にはできない故に、エダは

 

「詮索屋は嫌われるって知ってたか?レディの秘密をしって浮かれでもしたか? ケイティ、なあケイティ」

 

「……エダさん」

 

「よく考えな。秘密ってもんがどうして隠されるか、それが激毒だからだよ。特にアタシのはね、アラバマ生まれの不良アメリカ人で通せばいいのさ。そうすれば皆ハッピー、引き金も引かず、セーフティーもかかったままだ」

 

 だがなと、付け加えたエダはホルスターに置いた手をそっと前に、ゆっくり向けた切っ先は重く黒い銃口であった

 

「ケイティ、外したのはお前だ……さ、言うならさっさと言いな。その掴んだ情報、それがガセならあんたは助かる、だけど」

 

「……」

 

 

……ピピピ

 

 

「よし、ゆで上がった」

 

「……は?」

 

 空気を理解しないケイティの独り言、エダは銃を持ったまま固まっている。

 

 銃口は依然向いたまま、しかしケイティは我関せずと言った具合に、テキパキと調理の仕上げを始めていた

 

「……あぁ、えっと、まさかなんだ、お前さん……バカか?」

 

「失敬な、バカとは何ですかバカとは」

 

「バカ以外あるかよ! こっちは命突き立てて尋問してんだッ!!」

 

 何を勝手に軽く扱っているんだ、まくしたてるもエダはケイティの妙な落ち着きに歯切れを悪くする。

 

 そうこうしている間に、目の前にはドンブリが置かれてしまった

 

 漂うスープの匂い、先までのやり取りを無視して語感がその良さを拾ってしまう。

 

 

「冷めますよ」

 

「……いや、はぁ?」

 

 この状態で食えと、そう迫るケイティにエダは戸惑う。そこに畳みかけるように

 

 

「麺処・ロアナプラ亭……ここでの訓示」

 

 

 ケイティはエダを振り回す発言を止めない。それどころか、銃が目の前にある場所でも、堂々と振る舞いは変えず

 

 

「銃は置いて、まずはラーメンを一杯……美味しいうちに食べてください。話は、それからでも遅くないですよ

 

「…………はぁ??」

 

 ただ真正面から、エダに対して笑みを向けはなった

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 注文の品は無事届いた。それは方々の市場から集めた新鮮な野菜、そして上質で希少なキノコ類

 

 スープを作るうえで、僕は今回一切の動物系食材を使っていない。それは海外で言う所のベジタリアン専門の料理、だけどそこには確かな文化と実績もある。

 

 僕の故郷、仏教である故の制限で発達した食文化、それは精進料理。言うなれば、今回作るラーメンは精進ラーメンといった所だ

 

 スープは昆布だしをベースに、各種キノコ、野菜、そして豆類、濁りの無い黄金のスープに乗せるはこれまた野菜の具材だ。はっきり言ってかなりあっさりしているスープで、複雑な風味とうま味こそあれど奥行と満足感は物足りない

 

 だけど、そこで動物系の食材を使っては面白くない。精進料理とは規則に縛られた不満足な料理ではなく、限られた条件で巧みに技巧を巡らし独自に昇華されていった高度な料理文化なのだから

 

 だから、僕は徹底してそのやり方にこだわった

 

 あっさりしたスープ、コクを足すには脂が要る。米から抽出した油は癖が無く、香味のある野菜を揚げることでいい香りとコクを加味する。タレはシンプルにこれまた昆布とシイタケの乾物で仕上げたモノ

 

 複雑な奥行きは具の相乗効果で発揮すればいい。使ったのは根菜類に葉物野菜、そしてタケノコやキノコに大豆製品、どれも細かくさいの目に刻んだうえで、各種異なった調理を施す。

 

 生で浅漬けにしたもの、出汁で茹でたモノ、素揚げして、炙って、漬けこんで火を通して、甘、辛、塩、苦み、渋み、そして旨味、複雑な奥行きは麺と一緒に啜り込むことで口に運ばれる多種多様な細切れ具材によって演出が成される。

 

 複雑であり、しかし食欲を減衰させる重さは無い。軽く、いくらでも食べられる鮮烈でさわやかなうま味、滋味深く、体に染み入る味わいには決して不足さなど感じさせない魅力がある。

 

 制限されてこそ生まれる味わい、清々しいまでのこの一杯

 

 悩み、迷いを抱える人の曇りを晴らすことさえきっと可能、そう信じて僕はこの一杯をエダさんにぶつけるのだ

 

 彩り豊かな具材を乗せた精進式醤油ラーメン、モザイクアートのような野菜の具材、そこに乗るは揚げた巻き湯葉の煮物、穂先メンマも大きいまま乗せて、薬味もちらして完成。ロアナプラ亭非売品の特別メニュー、ヘルシーなラーメンなんて荒くれ者たちの街ではまず売らないし、売れるとも思わない

 

 

 だけど、だからこそ僕はこれをエダさんに出した。話すべきことは、まずこの一杯を味わってもらってから

 

 

 

 

次回に続く




今回はここまで、シリアスパート次回も続きます。まあ実食シーンも挟むので飯テロ、になるかなぁ?ヘルシーなラーメンの需要次第




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(32) 旧知の縁

投稿ペースが落ちてきた。モチベーション維持って難しい


 

 

 定休日、クローズの看板が下げられた店の中に明かりが灯っている。

 変わらぬロアナプラの夜の時間、外は繁華街の騒々しさが羽虫のごとく蠢いている。静けさには程遠い場所だ

 

 気が休まらない場所、ここでは皆酒に酔って暴れるか死んだように眠るか、穏やかな日々を求めたくても求められない。それこそ大金を積んでセレブ御用達のセーフスポットでも見つけなければ

 

 したいことに我慢をするほどストレスをためることはない。ストレスは体にとって有害この上ない。だから、ストレスが一番の毒であると僕は思う。

 不健康でも食べたいものを食べるのがいい。体には悪かろうが、一方で精神にはとても健康的な食べ物、それこそがラーメンであり、僕はそのラーメンでお客たちのストレスを治してきた自負だってある。お客様の喜ぶ顔、というのはそういうものだ

 

 満足して欲しい。美味しいは身分年齢関係なく平等で、誰もが持っている当たり前の権利だ。食と不満は切っても切れない関係にあるからこそ、僕もそこに気を配る

 富山ブラック風パーコーメン、あの料理にもそんな僕の想いがいっぱいに込められていた。凝った料理にはない単調でインパクトのある味わい、塩分も濃く風味も強く油と肉汁で胃にどっしりとくる食語感、それがレヴィさんをはじめ張さんやいろんなお客さん達のストレスを吹き飛ばしてきた、はずだった

 

 でも、一人。あの場でエダさんは違った

 

 スープに浮かぶ衣、あの場では何事もないように振舞っていたが、そのドンブリは明らかな意図が見えていた。僕にはわかった

 

 食べることでストレスを解消するはずが、エダさんはその逆になっていた。スープを吸った衣を剥がして、最低限麺と肉を完食した器には明らかに不満の痕跡があったのだ

 

 僕は失敗したのだ。僕の作った一杯は、エダさんを満足させてストレスを払い落とすことが出来なかったのだ

 

 そのために、僕は動いた。知るべきことを深めて、そして必要なものもそろえた。エダさんに振舞うべき、エダさんの為の一杯

 

 あぁ、我ながらなんともむきになって行動してしまったものだ。少し暴走ぎみだったと思う

 

 自覚はある。でも、それでも僕はエダさんのために行動したかった。したいことは、二つあった

 

 一つは、エダさんが望む本当に食べたい味を。そして、もう一つは打ち明けること。

 

 エダさんと出会ったあの日、そして今に至る日々の中でしなかったこと、気づけなかったせいで言葉を吐き出さず飲み込んでしまったこと、それが今となっては後悔となっている

 エダさんの秘密、それを僕は知っている。だから、もうこの関係を変えるべきだ。これは、そのきっかけでもある。であるからこそ、故に目的は二つ

 

 その第一歩として、まずはこの味を提供した

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

……ズルルル

 

 

 店に響く気持ちの良い音、麺をすすり上げる所作もこの人には一切問題はない  

 

 ぎこちない空気はとっくに薄れ、今はその慈味深い味わいにエダさんの箸は止まらない

 

 

「よかった、良い食べっぷりで」

 

「……ふん、言ってな」

 

 しかし、よく食べてくれている。

 

 麺も具もスープも空になった器を見て、僕は少し満足気になっている。

 

「良かった、やっぱりエダさんはこういうのが食べたかったんですね」

 

「……」

 

「気にしませんよ。別に、荒くれ者たちの居る街だからって、新鮮な野菜たっぷりでヘルシーな料理を食べても気にしません。いいじゃないですか、オーガニックで健康的なものを食べるのは金持ちだけの権利じゃありません」

 

「……余計なお世話だよ」

 

「余計、でもです。アメリカ人だからって、ジャンクフードばかり好き好んで食べているわけじゃありませんから」

 

「……からかわれるだけさ。いいさ、適当に広めればよ、アタシがセレブ気取りのいけすかないビッチだってな」

 

「しませんよ、そんなことをしたら引き金を引く指を軽くしてしまう」

 

「へえ、言うじゃねえか」

 

 笑った、いつもの砕けた振る舞いが少し出ていて、つられてこっちも気が落ち着く

 

「……たく、いったいなんなんだよ。あたしのご機嫌取って、それでどうしたいんだ?」

 

「さあ、機嫌取りが出来るほど僕は器用じゃありません」

 

「謙遜かい、本気で言ってるから質が悪いね」

 

 おもしろくない、そんな事をぼそっとぼやくけどエダさんの雰囲気にさっきまでの恐れはない。胃が満腹になって落ち着いて、どうにも気分が良くなってしまうせいで調子がくるっているのだろう。

 

 秘密について話がしたい、そう呼ばれたエダさんはかなり身構えていたから。うん、思い返せばもう少しやり方があったかもしれない。ちょっともったいぶって、変に演出をして招待したのは失敗だったかも

 

 

「……ま、それでもいいや」

 

 

 どのみち、こうして二人きりで話をしたいと思ってしまったのだ。

 

 

「……ま、旨いね。しみじみと、染みる味だ」

 

「それはどうも、そんな味が欲しいと予想したんで」

 

「聞いて回って、あたしが疲れてるって予想したのかい」

 

「疲れを愚痴っているのに、連日酒場でどんちゃん騒いで……その上乱痴気騒ぎ。その上、見栄を張って迎え酒をして、そんな夜にがっつりしたラーメンなんて、僕でも嫌です」

 

「……本当によく調べたね」

 

「だいたいはアーシェ姉とコリンネ姉さんからです。お二人、口は悪いですけどエダさんのこと大好きですよ」

 

 夜の店で売れっ子の嬢をやる二人、だからこそ人を見る目に長けている。見る人物の人柄だけじゃなく、体調や気分の程度まで読み取ることができる

 

 エダさんに足りないのはビタミン等の体の調子を整える成分。このラーメンにはふんだんにその栄養素が詰まっている。具材はもちろん、使わなかった野菜の皮や食せない硬い部分等を網に包んでしっかり出汁を取ったのだ。

 

 滋養に満ちた旨味、前回のラーメンとは違う。食べれば食べる程胃が、腸が、体そのものが喜ぶ味。健康は食と切り離せない要素だ。

 

 不健康な料理はストレスを解消する。でも、エダさんに今本当に必要なのはその逆、でもそれだけじゃ足りない。不健康で美味しいより、健康でまずいでもなく、本当に健康的で且つ美味しい料理が今のエダさんに必要だった。

 

 

……でも、そんな事は思わない。普段の、荒くれ者のシスター・エダを見るものからすれば、そんな風には思わない

 

 

 エダさんに似合わない。でも、エダさんのもう一つの顔を知っていれば、きっとそういう面もある。そう気づくことはできる。

 

 僕は、エダさんのもう一つの顔を知っている。だから、今日これを振舞うことが出来たのだ。エダさんは人に隠している顔があると知っている、僕だからこそ

 

 

 

「……知っていますから」

 

「!」

 

「僕は、ちゃんと覚えています……エダさんのこと、不良シスターなエダさんのもう一つの顔を」

 

「……へえ」

 

 

 言い切る、と同時にエダさんは箸をおいた。話を聞く態勢、というにはその手はあまりにも無粋なものを掴んでいる

 

 

「なんだい、本題にでも戻ろうとしてんのか?」

 

「ええ、でもその口調は……ぁ、別にいいか」

 

「ぁ?」 

 

「……先に言っておきます。僕、張さんから忠告を受けています」

 

「張の……へえ、そうかい」

 

 この日に至る前、仕入れ業者とのコメディがあった際に張さんはそれとなく僕に通告をしたのだ

 

 暴力協会、そこの不良シスターとの関係はあくまで表面的にと。裏を抱えるロアナプラの住人の中でとりわけ、あいつの存在は不可侵だと

 

 もはや答えとばかりに、張さんは僕にエダさんの注意事項を告げてきたのだ

 

「そうか、だがそれじゃあ話が通らないね」

 

「…………」

 

「あんた、いったい何が言いたい」

 

 

 低く、短くつぶやいた声色、そこには安堵の色を感じた。ホルスターに納まった銃が、ようやく静かに息をひそめてくれたようだ

 

「ええ、ですから……エダさんのこと、僕が知っているのは今の荒くれ者なあなた。そして、もう一人」

 

「ぁ、何言ってんだ……ケイティ、変な探りはやめな。第一、女の顔はいくつもあるんだからよ、アタシ自身自分の面の皮に覚え何てあるかわかんねえぜ」

 

「いいえ、あなたはそういうタイプじゃないでしょ。そういのは、アーシェ姉さんやコリンネ姉さんみたいな、一流の夜の女性だけです」

 

「じゃあ話を戻すのかい」

 

「いえ、だから最初からずれているんです。僕が言っているあなたの秘密、それは僕の知らない怖いナニカではないです…………もう、忘れてしまったのですか」

 

「?」

 

「…………なら」

 

 

 呼吸を整える。ちゃんとエダさんの顔を見て、僕ははきはきと発音をした

 

 

 

 

『……See you later, my sweetie』

 

 

 

 

「!」

 

 

 

「おぼえていますか。あなたが最初に教えてくれた言葉」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 ティーチャー・エダ、今となってはそう呼べないけど、それでもエダさんは僕にとってあの頃の優しいエダさんなのだ。このロアナプラで出会えた初めて優しい、そして暖かい人だった。

 

 でも、再会したあなたはとても荒っぽくて、だから違う人じゃないかって思って、気づけば初対面で関係を再構築してしまった。

 

 でも、やっぱりあなたです、エダさんなんです。

 

 信頼して、笑って、自分に心があると思いだせたのは貴方がいたからなんです。

 

 貴方は僕に言葉をくれた。生き方をくれたにも等しい借りがある。そして、その上で僕は貴方に救われた。かつての故郷では出会ったことも知ったこともない修道服の女性、そんなあなたがただただ暖かく満たしてくれる存在だったから、僕はあの酷い時代を生き残ることが出来たのだと思う

 

 辛かったあの頃を支えてくれたエダさん、ローワンさんの店に拾われたのだってあなたに教養を付けてもらえたから、この恩義を僕は決して忘れない

 

 初めて信頼したお姉さん、数年時が経ったとしてもこの思いは変わらない。なのに、僕は覚えていなかったことに戸惑い、恥ずかしがり、一歩引いて諦めてしまった。

 

 やっと再会したのに、ずっと忘れたままでいるのはもう嫌だ

 

 だから、僕は

 

 

 

 

「……先生、エダ先生」

 

 

 

次回に続く




過去回想はこれにて終わり、次回はデザートであまあまなエダ×ケイティを提供します。ご賞味あれ


次回の投稿は明日の夜に


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(33) ディア・マイ・シスター

以上、エダとのなれそめエピソードになります。

愛されオリキャラ、ケイティを求める構図がこれにて完成したと自分的には思っています。ロアナプラの危険なトライアングル、書いてて楽しくなってきましたw


 

 

 

 

 

 

……お久しぶりです、エダ先生

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 パイプベッドの上、下着姿で天井を仰ぐエダ。だが、その顔は休みで落ち着いているものではなく、ただ腑に落ちないと言った感じか 

 

 昨日の今日で、未だ思考は穏やかではない。危うく、CIAの身分がバレてしまうかと持っていたが、結果は全くのすれ違い

 

 

……ケイ、あの時のみすぼらしい子供

 

 

 思い返せば、確かに面影はあった。ぱっちりと大きい目、丁寧な仕草から振る舞いから、かつて若い自分が接していた相手であると理解は出来てしまった

 

 まだ、自分がロアナプラで荒れ狂うアタシでもなければ、本国でスーツを纏いセレブ御用達のレストランで会食が似合う“私”でもなかった頃

 

 いつかに来る指令の為に、ただの一NPOとしてタイの辺境に派遣されたシスター見習いとして活動していた頃

 

 

「……クソ、顔に火が付きそうだ」

 

 

 未熟で、まだどうしようもないティーンのませた女であったわたし、それで幼く拙いケイティに情が湧き、仕事も放りっぱなしで夢中になって教師の真似事をしていた。その上、優しいお姉さんとしても、いい顔をしていた

 

 今の自分が持つ二つの顔、そのどれにも当てはまらない。言うなれば、人には見せられない、力の抜けた情けないわたし

 

 あの子を愛でるうちに気づかず創り出していたもう一人の自分、他人と一緒にいて安らいだり、他人に優しくすることで満たされる、そんな、つまりはケイティの為のわたし 

 

 

 

 

……そんな顔、他の奴らには見せられない

 

 

 自分の最も恥ずかしい側面を見られてしまった。それが、今のエダにとっては度し難い心境にさせるのだ

 

 

 

「……なのに、あいつ」

 

 

 憎らしいあの可愛いお顔、思い浮かべるはここ数日のこと

 

 

 

……あ、エダ先生

 

 

……げっ

 

 

 

 街で会えば普通にその呼び方で話しかけて

 

 

 

……見てください、ヨランダさんから服貰いました

 

 

……あんた、それ女ものだろ

 

 

……エダさんとペアルックみたいです。仲良くなりたいって相談したらくれました

 

 

……ぐ、返却してこい!あたしもまとめてからかいやがってあのバb……しすたぁッ!!

 

 

 

 勝手に教会に乗り込んで、しかもボランティアなんて妙なことで近づいてきて

 

 まるで、ちょろちょろと後ろをついてくる末っ子みたいに、適当にあしらうだけですぐ涙目になって

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 馬鹿みたいに人のことをいい人だと信じて疑わない。かつての気の迷いに、どうしてそこまで信用が置けるのか

 

 一度、聞いてみたことがあった。そうしたら、ケイティは

 

 

 

 

……信用、もちろんします。だって、僕が笑うと、エダさんも笑ってくれますから

 

 

 

 へらへらと、嘘とも思えない無垢さでそう言って見せた

 

 あっけに取られてしまった。だけど、その言葉におべっかも繕いも無かった。ケイティは真実を言っていた

 

 

 

 傍にいて、くっついて、時に触れあってたわいない会話に時間を割いて

 

 ただ、ただそれだけの時間を過ごしている。それが良いものだと、わたしは気づかなかった。

 

 ケイティに触れられて、ようやく気付いたのだ。自分の口角が上がっていて、言う通りわたしは

 

 

 

 

 

……笑っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現在

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 瞼が開く、金色の御髪が額に降りて前が遮られていた。そこに、何者かの指が優しく顔の皮膚に触れて、そして前髪を払いのけた

 

 徐々に、冴えわたる思考はまず波の音を拾い、そして天地が横になっていることを実感して、最後に顔を乗せる温もりと柔らかさに気づかされた

 

 

 

「……ぁ、おきた」

 

 

 

 にやけた顔、嬉しそうにしていて、しかし少しだけ恥ずかしそうに

 

 エダはケイティの顔を見上げている。いよいよもって気づき出した

 

 

「あんた、何してんだい?」

 

「なにって……先に起きちゃって、それで」

 

「……で、足を貸したってわけか」

 

 

 なるほどねと、そう言いながらエダはちらちらとケイティを見て、そして自分が頭を預けた足を見る

 

 ケイティの取る態勢、それは胡坐ではなくいわゆる女の子座りというもの。スカートの布に覆われた太ももにエダは頭を預けている。

 

 シスター服に身を包み、自分に膝枕をするケイティの姿。見るものが見ればそれはきっと聖母とも思える光景かもしれない。むしろ、こんな不良シスターである自分なんかよりもずっと清楚であるから、まあ確実な予想であるとエダは確信した

 

「……ありがとう、って言えばいいのかい?」

 

「ご自由に。僕はエダさんにお返しをしているだけですから」

 

「……それで膝枕か」

 

「ええ、柔らかい枕で僕もよく眠れましたから……アハハ、だから僕も柔らかい場所で、太ももで良かったでしょうか。やっぱり、硬いですか?」

 

 心配そうに尋ねるケイティ、だがその心配は杞憂だとすぐにエダは勘づく

 

 

 

……硬いねえ、本当に男か疑いたくなるような足をしておいて

 

 

 

 硬い、という感触はない。弾力のある故筋肉もあるのだろうが、どうも脱力の加減かそれとも体質か、ケイティの膝枕は実に良い枕だ。それこそ、自分が宿舎で使っている羽毛枕よりも、ずっとこっちの方が寝心地が良かった

 

 人のぬくもりがあるにせよ、体にフィットする感触はまさに相性がいいとしか言いようがない。エダはそっとケイティの足に触れ、そのふくらはぎから膝裏に伸びるラインに指を這わした

 

「……ん、くすぐったいです」

 

 抵抗は、あまりしない。毛の一本の感触もない足を撫でると、その滑らかさは自分の手の方がはるかに荒れていると自覚してしまうほどに

 

 エダは興味本位で、その少し冷たくなった肌を撫でて、そして徐々に指先は上へと伸びていった

 

 エダは伸ばした手でケイティの太ももに触れた。スカート部分は短く、ニーソとの間に隠れた絶対領域ともいうべき柔肌に指を置いたのだ。

 

 

 

「あの……それ以上、先は」

 

「……何か問題でも?」

 

「うぅ、いじわる……足なら、良いですから。そこは、ダメ」

 

「はいはい、わたしも硬い枕は御免だからね」

 

「……セクハラ」

 

 悔し涙、唇を噛んでいる顔は実に愉快。エダは笑みをこぼす

 

 結果的に、妥協とはいえ足を好きにできる権利を得た。そうとなれば、エダはケイティの生足に指を這わせる。

 

 

「……綺麗な足だね。手入れとかてんのかい?」

 

 

「し、してませんけど……でも、毛とか生えない体で」

 

 

「へえ、本当にあんた男かい?……ま、その服が似合う時点でお察しだね」

 

 

「もう、バカにして……ぼくだってすこしは、は……はひゅッ!」

 

 

 

……するり、しゅるり 

 

 

 

「あら、内腿が敏感かい?」

 

「……ふぬ、ひぅ……あの、くすぐったいです、から」

 

 

 ぞくぞくと目で見てわかりやすく震えている。嫌なら逃げれば良いモノを、その場で耐えて涙目で、こうも嗜虐心を刺激するものは他に無いなとエダは内心納得してしまった

 

「……下着、短パン履いてんだね」

 

「そ……そりゃ当然ですよ。ぼく、男だから」 

 

 照れながら口にした。どうにも男と言い切ることに恥じらいを覚えているようだ

 

 女性の服を着ているのであればいっそ女性として振舞った方が恥ずかしくない。そんなケイティ独自の思考から生じたのだったが、それを特にエダが知る由は無い

 

「あたしのショーツでも交換するかい? 花のレースが入った青い奴だよ」

 

「そんなこと言って、ひゃ……もうやめ、あははは! く、くすぐるのも禁止!!」

 

 膝裏、腿裏、敏感そうなところにとかく指を這わしてくすぐる。身をよじらせ倒れたケイティに、エダはそのままマウントを取る

 

「ひゃ、もうギブアップです……こ、降参!」

 

「残念だね、ここにはレフェリーはいないよ……おら、次脇腹行くよ」

 

「な、何で急に……ひゃぅう!?」

 

「知るか、なんか気分が悪いのさ……多分、寝ているうちにかったるい思い出でも浸ったんだろうね」

 

 深い、とても深い安眠を得ていた成果。過去の記憶の映像だけでなく当時のもやついた感情までフラッシュバックした。 

 故に、貯まったフラストレーションは解消せねばならない。エダはケイティをおもちゃにする。それはもう、溺愛するからこそ執拗に、ある意味仲睦まじい姉妹のごとく

 

 

「……に、にゃぐ……も、もうらめ、へんに、へんになっちゃ…………や、やぁ」

 

 

「ふぅ、一丁上がりだね」

 

 

 

「……うぅ」

 

 

 ビクンビクン、といった擬音がぴったりな具合にケイティは骨抜きに仕上がった。乱れた修道服、わずかな隙間から覗く柔肌は汗ばみ上気していてなんとも官能的だ

 

 エダのいたずら、というより完全に犯罪なセクハラ。しかしエダもなれた手前、ある一定のラインで止める

 

 ライン、少なくともそのラインを越えてしまえばケイティはシャワールームに駆け込むことになる

 

 

「…………ひぐ、えっぐ……えだしゃんの、いじわるぅ」

 

 

 しかし、ラインを越えないは越えないで、それはまた別の意味で辛いもの

 

 わかってて、あえて寸止めか

 

 

「いじわるさ。けどよ、そういうのは別の女に頼みなっての。アーシェやコリンネのバカなら喜んで口を開くだろうにさ。下も上も」

 

「……く、くち! え、エッチ!!」

 

「ハハ、酒がありゃあ良い肴になってるねえこりゃ」

 

「……ばか、エダさんのバカ」

 

 拗ねたケイティ、わざとらしくそっぽを向いてうじうじしだす。

 背中を見せて、女の子座りでいる様に改めて修道服が似合っている。清楚で、清廉で、ある意味この土地で最もシスターらしい人材かもしれない

 

「……なあ、ケイティ」

 

「…………フン」

 

「よせやい、拗ねても愛想振り撒いてるようにしか見えないぜ。それより、お前さんその服……なんで、いちいちここにいる時はそれなんだよ?」

 

「…………」

 

「答えろってさ、もう苛めたりしねえよ……奇跡の男に誓ってな」

 

 そう言い、目の前で十字架を切って見せた。信仰心なんてもの本当か怪しいものだが、落ち着いた声色に嘘は感じさせない。

 

 警戒しつつも、ケイティはそっと振り向き顔をうかがい。そして座ったままケイティはエダのもとへ

 

「……なんだい?」

 

「ダメとは、言わせません」

 

「ま、いいけどよ」

 

 しれっと、並んで座りケイティはエダの肩に頭を預ける。三角座りで、自分よりも体格も大きく体幹のあるエダに

 

「……ま、好きにしな。減るもんじゃないしね」

 

「…………」

 

「で、さっきの質問だけど」

 

「……ん」

 

「あんた、女扱いは恥ずかしいんだろ。なのに、そもそもなんでその服は着るんだ。シスターヨランダもジョークさ、無理強いはしてないだろうに」

 

「……ヨランダさん、優しいですよ」

 

「そこを疑えつってんだよ。なんだい?お前さんの故郷では年寄りの言う事に絶対服従する文化でもあんのかい? 

 

「おばあちゃん子かもしれません。この前うっかりおばあちゃんって呼んじゃいましたけど、ヨランダさん怒らなかったですし」

 

「まあ、あの人もそのあたりはおおらかだろうさ。伊達にあたしの四倍は年を重ねてないからね。……まあいい、この話は終わりだ。今さら、お前が女物の服を着ようが着まいが、そんなことは語るまでもないさね」

 

「……気には、してますよ」

 

「説得力が無いよ。あそこの毛を生やしてからそれを言うんだね」

 

「……死ぬまでには生えますかね」

 

「期待するだけムダかもな」

 

「……ひげ、憧れてはいるんですけど」

 

「無理さ」

 

「断定が早いですよ」

 

「それよりも、お前はもう少し身長を伸ばしな。ミルクが足りないぜ、ミルクが」

 

「牛乳、毎朝飲んでますよ?」

 

「あぁ、そっちじゃねえっての。そっちじゃ……ぁ、いや、やっぱなしだ。止めておく」

 

「?」

 

「足りないからってねだられても困るよ。デカいのは自慢だけどね、出るように仕込まれるのはごめんだよ」

 

「……仕込む、デカい、何を?」

 

「ひひ、察しが悪いねぇ……さ、耳かしな」

 

「?」

 

 

 興が乗って、またエダはケイティをおもちゃにする。

 

 仲睦まじい姉妹の遊び、二人は感情が色彩豊かに移り変わる時間を楽しんでいた。普段は見せない、肩の力を抜いて接することができる関係。

 

 会話は続く。たっぷりと費やした昼寝の時間は二人の脳をリフレッシュさせていた。

 会話は続く、それこそおやつ時の時間もあっという間にすぎ。眺める海の先に黄昏の灯が落ちるまで

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 時刻もすでに遅い。陰になって居心地のいいこの教会の裏手、そこに今朱色の光が大量に流れ込んでいて、しかも海に反射している分なお強い

 

 日が落ちる瀬戸際、熱帯の場所とはいえこんなところに居続けては体を壊す。

 

 良い時間は確かに過ごせた。しかし、そろそろ

 

 

「……起きな、起きなって」

 

「…………ン」

 

「このままじゃ風邪引くよ。ほら、家に帰んな」

 

「ん、ほわぁ……クッ」

 

 背伸び、寝起きは良くその場で立って腰や腕を回す。軽いストレッチと伸びをして

 

「ん……家で寝ます。まだ眠い」

 

「帰れるのかい?まあ、いいさ……ほら、アタシがバイクで送るからよ」

 

「それは、願ってもないです。ありがとうございます」

 

「そんじゃ決まりだ。来な、納屋に置いてある」

 

「……はい」

 

 一緒に行く、そう促すやケイティは笑みを浮かべる。

 

 いそいそと、その場で片づけを始めだしてランチマットや水筒等を畳みリュックの中へしまう。そして着ている服、修道服に手をかけるが、すぐにやめた

 

「服、今度クリーニングしてから返しに行きます。今日はこのままでいいですかね?」

 

「あ、そうしたいならそうすればいいんじゃねえか?ていうか、シスターもそれお前さんにあげるつもりでやったのによ」

 

「それでいいんです。でも、今日はもう少し着たい」

 

「?」

 

「……なんでもない」

 

 機嫌良く、口角を吊り上げ楽しげに笑う。なにがそんなにたのしいのかと、釣られてエダも笑みを浮かべてしまった。

 

「……そうかい、まあ好きしな」

 

「あと、エダさんさえよければ」

 

「……飯か?」

 

「おぉ、ご明察……言いたいこと先に言われました。さてはエスパーですね」

 

「何言ってんだい。ていうか、なんかさっきから妙に上機嫌じゃねえかよ?」

 

「?」 

 

「自覚なしか」

 

 顎に手を置き考える仕草、その場でゆらゆら揺れて、そして思い出したように面を上にあげる。今にも頭の上に白熱電球でも浮かび上がりそうなコミック感、何ともわかりやすい身振り手振りな振る舞いだ

 

 着ている衣装のせいもあるのだろう。自然と振る舞いがスカートの動きに出て楽し気な感情は丸見えである。

 

「エダさんがよかったら店に来てください。美味しいラーメン、一緒に食べましょう!」

 

「…………」

 

 明るく振舞う小さなシスター、エダの反応を伺うように、しぐさはまさに爛漫な少女だ

 

 意図してやってるわけではない。自分とケイティの関係上、二人きりになるとケイティはよくなつく。無警戒で、なついて、それでいて笑顔を絶やさない

 

 好意を示せば当たり前に好意で返ってくる。そんな前提が当たり前の良好な関係、すれた姉とポジティブな妹の対照的な組み合わせ、まるでそのような関係を思わせる二人

 

 

 

「……まあ、好きにしな」

 

 

 

 しかし、それ故に二つはかっちりとハマり合う。

 

 

 

 

「……よし、やったやった!」

 

「ああもう、一々喜んだからって飛ぶんじゃないよ。ウサギじゃあるまいしさ、ああもう早くいくよ」

 

「はい……って、待ってくださいよエダさん!」

 

 

 

 

 歩み出すエダの後ろを小さなケイティがとことこと詰め寄る。

 

 エダはそんなケイティを一瞬見て、そして少し意地悪に歩幅を広めた

 

 

「……エヘヘ」

 

 

「たく、緩み好きだよ……阿呆」

 

 背中を照らすは黄昏時のバックライト、二人が歩く道を陰にして示すように、光は包み込んでいっぱいに輝いている

 伸びた影が重なって、離れてはくっついて、そしていつか闇に溶ける。溶けた二人は、鉛の様に硬く離れない。

 

 すれた姉とおおらかな妹、ここロアナプラで二人は平凡な、ただただ微笑ましいだけの関係を気づいている

 

 

 知るものは少ない。ただ一人、シスター・ヨランダぐらいか

 

 

「エダさん…………あ、先生もつけたほうがいいですかね?」

 

 

「もう教師は店仕舞いだ、しつこいと怒るよ」

 

 

 暴力教会のシスター・エダ、ロアナプラ亭の店主ケイティ、二人は意外にも旧知の縁

 

 

 

 

「また、今度はお店で会いましょう……エダ先生」

 

「ッく……あんた、その呼び方はやめな、顔に火が付きそうだ」

 

 

 

 親しく、気の置けない間柄、二人はとても仲良しであった。

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




以上、エダとケイティは仲良しなお話でした。

読了お疲れ様です。感想、評価等あれば幸い


【次回】


 投稿はまたしばらく空きます。幕間等を書くかもしれませんが本筋はしばらく先になる予想。そろそろ原作エピソード踏み込むのでね、プロット練らないと



次章、メイド服襲来



何食べさせようか悩むなぁ


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(34) 幕間:隙あればお仕置き

久しく投稿、ロベルタ編に入る前にまずはいつものデザート

バラライカのあまあまが書きたくて仕方ない病があるのです。


追伸、サブタイ変更と内容の訂正しました。


 

 危機的な状況、それはいつだって前触れもなく訪れるもの

 

 例えば交通事故、自分が気を付けていても運転するものがスクールカーストのティーンだったり重度のヘロイン漬けアーティストだったりすれば、こちらの注意も関係なく鉄とタイヤで粉微塵にされてしまう。

 

 本当に、危機というものは厄介だ。むしろ、人は生きている限り危機というものと寄り添って生きていかないといけない生き物かもしれない。なるほど、そう思えば保険会社はウハウハだ

 危機に遭いたくないのは皆同じ、だから搾取される形でも契約を交わして保険なり警備なり、例えばメンテナンス業者にも金を払い続ける、すごく大事なことだ。その点では、堅気もマフィアも違いはない。皆、安全は身銭を切ってでも欲しいものなのだ

 

 でも、ここまで言っておいてなんだけど、はたして危機というものはお金を用いても絶対に安心といえるだろうか

 

 そう、危機から救う神のご加護でもないかぎり、それはあり得ないのだ。保険会社にかかっていても事故は起こる。身の不幸は避けられない。

 

 事故そのものをなくそうと、そういった業者等にお金を渡しても、あくまで確率が減るだけ。結局のところ、危機は前触れなく現れてしまうもの、神様に直談判でもしない限りそれは取り消せないものだと割り切らなければいけないのだろう

 

 

 唐突になんだその話は、そう思われても仕方ない。けど、実際そんなことを思ってでもいないと退屈で死にそうなのだ

 そう思ってしまうのも、なぜなら今ぼくは

 

 

 

「困ったわね」

 

「……ええ」

 

 

 

 絶賛、前触れもなく訪れた危機さんと出会ってかれこれ一時間。連絡はまだとれない

 

 ここは、バラライカさんの組織が持つ高級ホテルの特別エレベータ。一般の客は乗れない、最上階のスウィート御用達の直通エレベータだ

 

 荘厳な見た目、絨毯の張られた床に手すりに、赤と黄金色でとにかくリッチなワンルーム。居心地は悪くないかも

 

 ただ、出入りが不可という状況を取り除ければ

 

 

……うん、でも思ったとおりかな

 

 

 本当の危機は、一切の前触れもなく訪れる。大事なのは、どうやってこの危機から乗り切るかなんだ。さあ

 

 

 

「……どうしましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バラライカさんと会う予定、それは急に決まった。エダさんと昔を懐かしんでお昼寝をした次の日、なぜかバラライカさんから店に電話がかかり、そして会えないかと話をかけられた。声色は落ち着いていたけど、なんだか少し不機嫌であった。いったいなぜ

 

 そう思いつつ日は流れ、今日僕は店を早めに閉じてすぐ迎えの車に乗りバラライカさんのいるホテルへと向かった。

 ついた場所は、新しく建てられたロアナプラの高級ホテル。どうも、そこのスウィートルームである最上階のフロアに私邸を移したらしく、まあそこのちょっとしたお披露目なのかなと思いながら面と面を合わせた

 

 晩遅く、こんばんはを言ってバラライカさんの顔をうかがう。おっかなくて、でもかっこいい、美人なお顔は僕を見て笑顔になった。でも、なんだか嫌な予感がした。舌なめずりを一瞬したようなしてないような

 

……ケイティ、今日は泊っていきなさい

 

……泊り、いいですけどどうして

 

……強制じゃないわ。これは提案、だって帰れるかわからないもの?

 

……え、まさかまたお仕置き、ぼくなにかしました?

 

…………はぁ、ケイティあなた本当に鈍いのね

 

……??

 

 

 お楽しみ気分が一転不安、しかしもう長い付き合いだからそこまでひどいことはされまい、ちょっとからかっているだけかも、そう思考を切り替えて僕はバラライカさんの後に続く

 横を歩いて、そしてエレベーターに乗った。そこで、トラブルは起こった

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「……退屈ね」

 

「不安です」

 

 

 エレベータの中、いくら豪華な作りとはいえ5m四方の面積にずっと閉じこめられていては気も滅入る

 

 今いる階はちょうど最上階に届く手前、そんなところでストップし、しかも緊急連絡ボタンも動かない。携帯の類はジャケットと一緒に部屋の中に、思わず起こってしまったクローズドの脱出ゲームである

 

 これが何らかのドッキリでバラライカさんが示し合わせてやっていたとかならどれだけよかったか

 

 けど、どうも本当にそうではないのだ。止まってすぐ、緊急ボタンを押して、そしてつながらないうえに連絡手段もないと知るや、バラライカさんは強く壁を蹴った。鉄なのに、ちょっとへこんでいる。

 

 そうこうして、自然に誰かが気付くのを待たないといけない状況で、僕らは一時間ここにいる。どうやって脱出したものか、連絡を取る方法は、緊急ボタンは直らないか

 

 最初のうちはそれらを模索して、そしてできることがないと知れたら自然に気付くのを待つしかないから暇をつぶそうと、しかし時は経てど何も起こらずしゃべるのも疲れて、だんだん呆然としている内に腕時計の単針は一周目をむかえてしまったのだ

 

 そうして、今に至って、少し疲れてきた。効きすぎる空調で肌冷えもする

 

 温まりたい。お風呂にでも入りたい

 

 

 

「……あの」

 

「?」

 

「エレベータの上から脱出するのって、よく映画でありますよね」

 

「……そうね」

 

「じゃあ」

 

「フィクションと違って、そういう扉はボルトでガチガチに止められているのよ。工具や専門の道具もなしにできることじゃないの。おわかり?」

 

「……」

 

 浅知恵が一蹴された。ちょっとへこんだ、お風呂は当分お預けのままだ

 

 しかし、繰り返すけどもう一時間もこのままだ、僕も気が滅入るし、さすがのバラライカさんも気が立っているのかもしれない。

 

 きっと、今はこのエレベーターを作った業者やメンテナンスをする業者、とにもかくにも責任者と思しい人間への制裁で頭がいっぱいか、苛立ちは静かに、そして南極よりもはるかに冷たく恐ろしく蓄積されている。この人の怒りはそういうものだ

 

 マフィアの冷徹な怒り、最近そういう話が多いなぁなんて思ってしまった。うん、やめよう。あの仕出し業者の一軒でしばらく肉が食べれなくなったのだから。また思い出して肉を調理したくなくなるなんて大問題である

 

 

 

「……ごめんなさいね」

 

「!」

 

「ふふ、少し気が立ってたみたい……謝るわ、ごめんなさい」

 

「……いや、そんな気にして」

 

「いいの、私あなたのことは甘やかすって決めてるから。だから、嫌な思いはさせたくないの……ほら、立ってないであなたも腰掛けなさいな。疲れちゃうわ、足もむくむし」

 

「……っ」

 

 

 態度が軟化して、落ち着きを見せたバラライカさん。ヒールを脱いで、そのまま絨毯の床に坐した。

 

 そして、手をまねき、自分の横に来るようにと

 

 

「横に来なさい。何もすることはないのだから、楽にしましょう」

 

「……ぁ」

 

「ごめんなさいね、私が座らないものだから気を使ったのね。忘れてたわ、あなたがヤポンスキーだってこと……ほんと、いい子なのねあなた」

 

 優しく、そう僕に言いかける。実際そうで、でも誉め言葉を織り交ぜられると面はゆい

 

「ケイティ、一緒に座りましょう。ほら、立っていたらクーラーもつらいでしょうに」

 

「気づいていたんですね」

 

「ええ、だから横に来なさい……少しは、暖かいはずよ」

 

「……」

 

 

……スッ

 

 

 

「いい子ね、素直で偉いわ」

 

「……ッ」

 

 なんでもないことで褒められる、うれしいようででもやっぱり恥ずかしい、そんな甘い言葉を受けながら僕はバラライカさんのそばに坐した。

 

 ちんまりと、壁に背をつけて足を抱いて座る。あまり意識しないようにしていたけど、この状況どうもよくない

 

 明るい場所で、二人狭い中、バラライカさんと二人きりだ

 

 

……緊張、するなぁ

 

 

 いくらかわいがられ、僕自身甘える気持ちにあらがえない関係、だとしても

 

 やっぱり、照れるものは照れる

 

 

「不安かしら?」

 

「……あまり、考えないようにしています」

 

「そう、頑張り屋さんね。えらいわ、えらいえらい」

 

「……ん、ぅ」

 

 撫でられた。撫でる手で、そのまま体を寄せてくる。肩に預けた頭、呼吸の音が耳をくすぐる

 

「ふふ、もうスイッチが入ったのね……甘えん坊さん、そういうところは好きよ。かわいいし、それとかわいい……本当にかわいい子ね、ケイティは」

 

「……あの、あまりそういうこと」

 

「いい子ね……ほら、力を抜きなさい。もう少し、私にもたれて、膝枕でもしてあげましょうか?」

 

「あの、あの……その、ちょっと早くないですか……いつもは、こういうこと、その、ベッドの上で一緒に、おやすみなさいもまだ言ってません」

 

 展開の速さに困惑する。さっきまで、どう助けを呼ぶものかできることはないかと模索していたはずが

 

 なんだか、完全に趣旨が変わってしまった

 

「仕方ないじゃない……はぁ、することもないし暇なのよ。それに、上書きも必要でしょ」

 

「上書きって、なに?」

 

「わからないならそれでいいわ」

 

「えぇ……なに、なに?」

 

 意図が分からず、何を怒っているのか困惑するうちに、バラライカさんの手が僕の頭をつかんで

 

「……むぐっ!?」

 

「あらら、お痛をしちゃってまあ……いけない子ね、ケイティ」

 

「!!??」

 

 それは言った誰のせいか、そう僕はあなたの右手に言いたい。

 

 隣り合って座っていたはずが、今はバラライカさんの両腕両足に絡みとられて、そして身動きができない姿になってしまった

 

 出来損ないの四つん這いで、真正面から胸に顔を埋められて息が詰まる、そんな体制 

 

「ちゃんと匂いを覚えさせてあげる」

 

「……ん、んン~~ッ」

 

 

 押し付けられる質量、鼻腔を伝うはドキドキする香り。甘い花の匂いにビターな葉巻のにおい、バラライカさんの匂い、大人の女性の匂い

 

 

「あ、あの……むぐ、ここから出る方法とか、そういうのは」

 

「別にいいわ、そのうちだれか気づくでしょうし……それよりも」

 

 声色が変わる

 

 押し付けられた顔が浮上して、息を吸いなおしてそして、僕は顔を見た。笑っているけど、でもやっぱり怒っている顔

 

 どうして、なんで、そう思うも迫るそれは容赦なく

 

 

「閉じ込められたエレベーター、ある意味都合はいいわね」

 

「ひっ!」

 

「逃げ場、無いわねケイティ」

 

「……ッ(ブルブルブルブル)」

 

「……別に、あの男との絡み以外はいいのよ。あなた、本当に皆から愛されているもの。お世話になった嬢達でも、修道服のアメリカ人でも、ね」

 

「え、えぇ……別に、ぼくなにも、むぐ、ん、んンッ!!!??」

 

 

…………クチュ……チュ、ポンッ

 

 

「……ぁ、はあぁ……んっく、っぁ……でも、ごめんなさいね。私、自分が思っているよりもわがままかもしれないの。匂い、芯まで染みついた匂いはどうしても許せない。そう、冷えたブリヌイやKGB上がりのクズ幹部と同じぐらい、それは耐え難く、許せない」

 

「ひゃ、ひゃめ……いや、へんなのきちゃう……やぁ、ごめんなしゃ……んん、ンンン」

 

 

 

 

……だ、誰か助けて

 

 

 

 

 

 願いはむなしく、いつものごとくケイティのお仕置きは執行されてしまった。

 

 

 状況から考えて、脱出の方法を模索するべきではあるが、どうにもしばらくは二人の時間が優先されるのであった。是非もなし

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 




以上、バラライカとの幕間、その前編でした。

今更だけどキスシーンがセーフかどうか不安、でも書きたいから仕方なし。バラライカの甘やかしやイチャイチャがないと死んでしまう人類も存在するので(自分)。致し方なし

感想等頂けると幸い、モチベ上がって執筆がはかどります。次回の投稿は明日か明後日には



【リクエストボックス】


https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=286460&uid=255636

置いてみました。良ければ暇つぶしにどうぞ


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(35) 幕間:密室と甘々

まずは謝罪を二点

投稿遅れて申し訳ない、予定日言ってしまったのに時間がかかってしまった。

幕間劇、本来は脱出トリックといちゃらぶなほのぼのを混ぜた話にするつもりが脱出要素が難しくなったので放り捨てました。密室で普通にいつものあまあまバラライカする話に変更です。

修正点は前話のサブタイと、文末で乗せた意味深な擬音の消去です。読み返すほどでもないと思うのでこのまま読み進めても構わないはず



以上説明終わり、構わない方はこのまま読み進めてどうぞ




背中掻いてくれるのって、いいよね




 

 

 

 

 

「……ひぐ、ぐすん」

 

 

 

 すすり泣く声、ケイティは部屋の隅で顔を真っ赤に蹲る。一方で、バラライカはいつものごとく、その肌艶が妙なほどにてっかてかで、生気的なエネルギーを吸い干して機嫌も解消されている様子

 

 閉じ込められて二時間に迫る中、ようやく冷静にバラライカは状況を始めた。

 

 危機的状況で何を有徴にしているのだとか、そう思われてしまう今回の彼女の行動、しかしバラライカもまた人であればこそ、たまには欲に突き動かされたりもする

 

 

……閉じられた場所で二人きり、悪くないわね

 

 

 

「今何か変なこと思って……」

 

「さあ、そんなことよりも脱出方法を探しましょうか。お互い座って休んだことだし、んッ……でも汗かいちゃったわ。早くシャワーを浴びたいものね」

 

「……」

 

 スルーされて少しすねる、ぷいっとそっぽを向くケイティにバラライカは楽し気に迫る

 

「あら、機嫌を損ねちゃったのね……そうね、こんな所じゃ退屈よね」

 

「……別に、なにも」

 

「わかるわ、どうせなら……ちゃんとベッドの上、が良かったのね。ケイティ、お耳が真っ赤になってるわよ」

 

「…………いじわるぅ」

 

 

 いじらしいバラライカさんのおもちゃにされる。ある意味、こんな時にでも平常運転である。

 

 キスの味、直前に召していたのはイチゴのジャムと紅茶の風味、バラライカさんのキスの味は甘酸っぱくて、少しほろ苦い

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 時計を見る、といってもバラライカさんのつけている腕時計だ。短針も長針も綺麗にぴったりと真上に向いている。一日が経ってしまったのだ

 

 

 

「……ふぅ、それにしてもまだ気づかないのかしら」

 

「いっそ、叫んでみます?」

 

「試してみれば」

 

「じゃぁ……ん、ゴホン」

 

 

 深く息を吸って、僕は大きく金切り声のような声をあげた。見知らぬおじさんにお尻を触られたことがあったから、その時を思い出して耳に届きやすい甲高い悲鳴を上げてみた

 

 二度三度、枯れる声で叫んで

 

 

「キャーーーーッ!!!……ぁ、アァアアアアアッ!!?!?……けほ、ごほ、ああぁ、んっ……あれ、全然効果ない?」

 

 

「随分可愛らしい悲鳴だこと。でもそうね、防音の工事だけはしっかりしているみたいだわ……ケイティ、ご苦労様」

 

「……水、飲みたい。ちょっとでいいから」

 

「飲み物は無いわ。残念、でもあったとしておすすめはしないわね」

 

「?」

 

「わからないかしら、ここには駆け込めるトイレは無いわよ」

 

「……非常用の、その」

 

「簡易トイレ、そこの開きにあるけど……あなた、それ使いたいかしら? 私は気にしないけど」

 

 指さす先、注意書きのシールが張られた部分を開けてみれば中には確かに簡易トイレらしき詰め合わせ、あとは消化器だったり救命道具だったり

 

 

「頼りたくはないでしょ。まあ、本当にダメなときは構わず使いなさい……ケイティ、なにをしているのかしら」

 

「……脱出に使えるモノ、ないか」

 

「そう……で、脱出に使えるものはあるかしら?」

 

「……僕には思いつきません」

 

 フィクションの主人公、天才エージェント的なダンディだったら即興で出る方法を思いつくのだろうが、残念ながらここにそんな機転の利く人間はいない。都合よく、フィクションのようにうまくいく展開なんてのは無いと知った

 

 時刻は既に日にちを過ぎた。こうなってしまえば、もうだれかが偶然見つけてくれるなんてない。そもそも、ここはVIPが使える専用エレベーター、普通のホテル客はもちろんこのホテルに在中する構成員の方々も無暗に利用はしない

 

 というか、きっとみんなバラライカさんに気を使って僕と二人きりにしてくれているのだろうか

 

 

 

 

「救出は先延ばし、朝まで先延ばしよ」

 

 

 

「……」

 

 溜息が出た。動き回るのも疲れて、僕はとぼとぼとバラライカさんの隣に座る。

 

 肩に頭を置いた。そしたら優しく撫でてくれた。前髪を掻き分けて、おでこをくしくしとくすぐるように

 

 

「……ゃ、ちゃんとして、ください」

 

 

「あら、ご不満かしら」

 

 

「くすぐったいのは、苦手です」

 

 

「なら、かいてあげましょうか……ほら、足を延ばしてあげたからここにごろんなさいな」

 

 

「……」

 

 

 足の上、底に僕はうつ伏せでしだれかかる。魅力的な提案、断る道理はない

 

 飼い猫が膝の上で丸くなるように、そんな態勢を自然と僕は取った。そうしたら、バラライカさんの手は僕の背中を撫でた。

 

 

「……ペットみたいね、軽くて可愛いわ」

 

「ん……人間、です」

 

「あら、人間でもペットはいるものよ。たっぷり愛情をこめて背中をかいてあげるわ……だから甘えなさい、私の可愛いペット……くすす、ひどい女ね……私は」

 

「……ぅ」

 

 体の力が抜けてしまう。

 

 ひどい女、そんな言葉は到底呑み込めない。

 

 

……やさしい、暖かい、きもちがいい

 

 

 気づけば、体は溶けて感覚も曖昧。うつ伏せで太ももに頬をあてがって、そして背中をこしこしと指で掻いてもらっているこの態勢、背中のツボが刺激されるのは気持ちがいい

 

 体が痒いわけじゃないんのに、刺激で血が巡るせいか掻いて欲しい願望が溢れる。

 

 

……くし、シュリ、シュリリ

 

 

「……ん、ふぁぅ」

 

 

「ここね、ここがいいのね……細かく掻いてあげるわ、手の届きにくい所は気持ちいのね……あら、欠伸までしちゃって、無防備でいけない子」

 

「……無防備、です。かまいま、せん」

 

「ふふ、警戒しないのね……本当になついちゃって」

 

「……誰が、こんなにしたと思って」

 

「こんなに人の母性を訴えてきたのは、いったい誰なのかしらね?」

 

「…………腰、少し強く」

 

「はい、了解しました……素直でいい子ね」

 

「……」

 

 

 無言、返す言葉を出しても結局赤面するだけ。敵わないから、そのまま力を抜く

 

 さっきの苛烈なお仕置きから違って、今はただ暖かく緩やかな時間が過ぎていくだけ。出られない不安、そんな状態で夜を明かすことの億劫さ

 

 今は、そんなことを忘れて

 

 

 

……しゅる、スシュシュ……クシュ、グシグシ

 

 

 

「……はあぁ、うぅん……んっ」

 

 

 声が出てしまう。気持ち良くて、安心して、掻いて欲しい箇所へと背中をよじらせてバラライカさんの手に訴えかける

 

 肩甲骨、へこみの側面、小刻みにかかれるのが気持ちいい。すこししたら、全体がむずむずとふるえてくるから大きく上から下へ往復して掻いて欲しい

 

 伝える言葉は喉元まで来ている。でも、そんなことをしなくても先回りしてバラライカさんはやってくれた

 

 

「……ここ、気持ちいかしら」

 

「はい、すごく」

 

 脇腹手前、背中の継ぎ目、上下に動く爪と指先の感触がいい。移動する痒みを追って、立てた五指が肩甲骨に上って、今度は右肩のうしろあたり、稼働する付け根の所を重点的に

 

 

「ぁ……んぅ、そこいい……そこ、もっとして、くださ……はあぁ、バラライカさん」

 

「ふふ、なにかしら」

 

「……あたま、なでてほしいです」

 

「欲張り屋さんね、でもいいわ」

 

「……やった、んっ……はふぅ、ンッ」

 

 

 右手、左手が背中を掻いてくれて、右手が頭を撫でてくれる

 

 我ながら、なんと情けない態勢とは思う。でも、それでも心地よさには抗えない 

 

「まったく、私は貴方の女中じゃないわよ……くす、くすす」

 

「女中だなんて、そんなおっかないことをおもって……ぁ、もう少し上……そこ、そこが、あぁ、ほあぁ……ばららいかしゃん、きもちいれふ」

 

「くす、グルーミングも手慣れてしまったわ。はぁ、することも話すこともない、救助も来ない、このまま夜を明かしそうね……ケイティ、おねむならこのまま寝てしまってもいいわ」

 

「……うぅ、でもそれはさすがに」

 

「いいのよ、こういう時は大人を頼りなさい。万一があっても、私があなたを助けてあげるわ」

 

「……助ける、ですか?」

 

「ええ、信用ないかしら?」

 

「そんなこと、ないです……でも、ぼくばっかり助けられて、甘やかされて」

 

 その上、背中を掻いてもらって

 

「……いいことずくめで、贅沢ですね僕」

 

「いいのよ、私がしたくて施しているのだから……それより、そろそろ横になりましょうか」

 

「……横に?」

 

「ええ、枕は私の服でいいかしら。くっついて寝れば、何も問題は無いはずよ」

 

「……」

 

「少し離れなさい。用意をするわ」

 

「……はい」

 

 

 名残惜しい感覚、起きた僕は少し座ぐりながら離れて、そしてバラライカさんは傍に脱いでおいていたワインレッドのスーツを畳、そして

 

 

 

「……へ」

 

 

 

……ふぁさ

 

 

 

 

「!」 

 

 

 

 おもむろに、その来ていたワイシャツまでも脱ぎ捨ててしまった。

 

 ルージュカラーのレースブラ、扇情的で一部透過する布地が乳房の肌を露出している、そんな扇情的な大人の下着姿

 

 

「え、なに……なにして」

 

 

 顔を隠して僕は問う。指の隙間から、少しだけ覗く顔、バラライカさんは特に驚く顔もあきれる顔もなく、ただ平然と

 

 

「別に、構わないでしょ……バスローブもランジェリー姿も同じ、あなたの好きな私の姿よ」

 

「それは、でもいきなり……そんな姿」

 

「ふふ、いつまでたっても初々しいわね。でもねケイティ、空調の冷房はもう切れるわ……ほら、もうすぐにも」

 

 そう言うや、バラライカさんの予言通りともいうべきか

 

 

 

……ぶつん

 

 

 

「!?」

 

 

 

 切れた、そして同時に照明も落ちた

 

 換気の音だけがわずかに響く、光の無い空間で僕は恐れから肩を抱いて震えた

 

 けど、すぐに

 

 

 

「……ッ」

 

 

「ごめんなさいね、先に言っておくべきだったわね」

 

「?」

 

「消灯時間よ。個室以外は当然電気を落とすわ……ま、幸い空調の換気システムだけは止まってないみたいね」

 

「……暗い」

 

「そうね、だからこうして抱いてあげてるのよ。あなた、そうしないと落ち着かないものね」

 

「……こと、べつに」

 

 無い、とは言い切れない

 

 でも、こうして抱きしめられて眠ることの良さを知って、どうして抗えるか。むしろ聞きたいぐらいだ

 

 

 

「横になりましょうか」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 引き込まれる力、委ねてそのままに、体を柔らかい絨毯の床に倒す。

 

 

「……ぁ」

 

 

 そして、顔の近くには少しだけ硬い質感。だけど、その隔ての先にある柔らかさが顔を包み込む。鼻先をつまんだ谷間から、暖かい人の温もり吸い込んだ

 

 

 

「これでいつものね……添い寝、お嫌いかしら?」

 

 

「……うぅ」

 

 

 嫌いなはずがない。安心感が、とっても心地いい

 

 おまけに、後ろに回った手が背中を優しく掻いてくれている。強すぎず、弱すぎず、慣れる手の延長で気持ちいい刺激が体に染み入る

 

「……やっぱり、贅沢ものです、ぼく」

 

「いいのよ、私だってあなたを可愛がる時間を楽しんでいるよ。それでもイーブンじゃないというのかしら?」

 

「……返さないと、イーブンじゃな……ぁ、くぁ、そこ、肩甲骨の所……ひゃ、だめ……いき、でちゃう」

 

「いいのよ、胸を預けたのだから好きに息を吐きなさい。息を吸って、吐いて……貴方の好きな場所で呼吸を楽しみなさいな」

 

「うぅ……だめになる、ダメ人間に、な…………ひゃぅ、んん」

 

「あなた本当に溶けやすいわね。イーブン? 気にしないでいいのよ。したくてしているのだから…………だから、もう少し胸に顔を、そういい子ね」

 

「……うぅ」

 

「抗えないのは変わらずね……あなたの故郷では遠慮は美徳かもだけど、ここはロアナプラなのだから気にしなくていいの」

 

 

 

 低く、そして甘くてビターな声、顔で感じる柔らかさと良い匂い、背中の心地よさ、手の平に感じるお腹の温もり、冷房が切れて温くなる部屋でどうしてこうも密着して、でも逃れられない心地よさに僕は負けてしまった

 

 

「……ッ」

 

 

 イケない匂いをいっぱい肺に取り入れて、ニコチンを得たように脳はとろけて思考は粘つく。どろっと形が無くなって、そのまま重力に引かれ落ちていく

 

 柔らかくも、弾力もあってちょうどいい上質な枕、そこで得られるは何処までも都合の良い甘やかし

 

 

 

……良くない、よね……僕、ばっかり

 

 

 

 真っ赤に染まる頬と耳、少し意地悪に接してくる言葉は不可避の弾丸だ。全弾で心をハチの巣にしてくる

 

 

 

 

「……背中、気持ちいかしら」

 

 

 

「はい……ふぁい…………ぁ、ぃ」

 

 

 

「いい子ね、いい子……甘え上手な子、息を吸う場所までこんな甘えん坊だなんて、本当にいい子ね」 

 

 

「…………」

 

 

「あなたにだけね、こんなことをしてしまえるのは。らしくないとは思うのよ、でも仕方ないわよね、あなたがこんなにも上手なのだから」

 

 

「……じょうず」

 

 

「えぇ、甘えるのが上手よ……こんなおばさんでも、あなたの為なら生肌も乳房も好きに差し出せる、本当にたまらないわね」

 

 

「そんな、こと……ねらって、なんて……ぁ、そこ…………そこ、つよくがいい……もっと、こまかく……ふんん、ひゃぅ」

 

 

「ほら、言った通り」

 

 

 

 溶ける声、とろんとした目、暗いせいではあるけど、でもきっと今見る能力は僕にはない

 

 溶けている。このまま、背中の心地よさに溶けながら、堕ちていきたくなる

 

 

「……く、ぁ……ん」

 

「?」

 

「だめね、私も引っ張られているわ……ケイティ、もう寝ましょうか」

 

「……」

 

「背中、まだ掻いて欲しいのね」

 

「……うん」

 

 

 頷く、すると頭を撫でて

 

 

「そうね、ええ……なら、良いことを思いついたわ」

 

 

「?」

 

 

「贅沢と言ったでしょうに、ならあなたが私に贈り物を届ければ……貴方の言う所のイーブン、になるんじゃないのかしら?」

 

 

「……送り?」

 

 

 

「なんでもいいわ、私が寝てしまわないように……貴方のこと、少しだけ話して欲しいのよ」

 

「……僕のこと?」

 

「ええ、別に昔からの付き合いに嫉妬だなんて思わないでほしいわ……でも、少し共有しておきたいのよ」

 

「…………」

 

「話せることだけでいいの。まだ、私があなたと出会う前、その話を少しだけ」

 

 おねがい、できないかと

 

 吐息が頬をかすめた。バラライカさんの声に乗って、艶やかな低音で言の葉がしみ込んできた。少し耳の奥がくすぐったくなる声に戸惑うも

 

 

……いいかな、少しなら

 

 

 ややこしい、複雑な過去を持つ自覚はある。言いたくないこともある。でも、何もかもが悪いとは言っていないし、もう時間で解決して気にならなくなったことが大半だ

 

 

 

……いいかな、いい、よね

 

 

 暗い部屋、密着しあったこの状況、以前のホテルで共に添い寝している時とはまた違う

 

 

「……少し、だけなら」

 

 

「えぇ、もちろん」

 

 

 

 心のハードルが下がる。過去の苦み混じりの思い出、でも眠気冷ましにはちょうどいい

 

 

 

「背中、ちゃんと……その」

 

 

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

 

「……ありがとぅ、ございましゅ」

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




バラライカに背中を掻いてもらえるサービス、需要ある?ない?甘やかしの新しい境地を開くのが私の使命です。

次回、ちょっとシリアスで締めくくり。それからロベルタ編に移行できれば、いいなぁ

10月は忙しいから9月の内に書かないと、頑張れ自分

次回は、なるべく早めにしたい気持ち、気持ち大事


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(36) 幕間:傷つけないと決めたから

幕間これにて終了、甘やかし成分多めでお送りします




 

 

 背中、気持ちがいい。絶妙な力加減で掻いてくれる指先がツボを刺激しているのか、どこかマッサージのようで気分が良くなる。安堵の息、心地よさで漏れ出る淡い声、意思とは反して出してしまうそれがバラライカさんの胸に触れてしまう

 

 背徳的で、申し訳ないようで、でもそんな僕の気を知らずか、それともあえて無視してかあなたの手つきにストップはかからない。顔が見えないけど、もしかしたらとてもいじらしい笑みを浮かべているのかもしれない

 

「…………ぁ」

 

 

 

 

……する、しゅるる……くしゅ、ぐく、っく……すり、ずりり

 

 

 

 

「……ぁ、はぁ…………ぅ」

 

 隙間なく、あなたの胸に抱き寄せられた顔は安らぎで包まれている。包まれた顔は淡く静かに呼吸を唱えて緩やかに目を閉じて、鼻から得られるあなたの匂いが内側の渇きを満たす

 

 イケないとはわかってはいても、やはり耐えがたい魅力がここにはある。色んな質感を知っているけど、この感触が一番だと僕は思う

 

 バラライカさんの胸の中が好きだ。

 

 本当に心地よくて、何もかもが蕩けて駄目になってしまうような、堕落とわかってはいてもそれが良くて耐えがたい。

 

 逆らえない。この人の優しさや、母性と言ったものに包まれる心地よさに僕はひどく飢えてしまっている 

 

 

「……柔らかい、暖かい」

 

 

「そう、それはなによりだわ」

 

 

「……」

 

 

「なにか、して欲しいことは無いかしら……甘えさせてあげる、あなたの願いを聞かせてくれないかしら」

 

 

「…………」

 

 

 十分すぎる程の幸福、それでもこの人は施しを止めない

 

 願い、そう聞かれてもこれ以上に値すること、そんなことすぐには思いつかない

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

「思いつかないのかしら。あら、チャンスを逃してしまったわね……なんて言っても、無垢なあなたは首をかしげるでしょう」

 

「?」

 

「なんでもない、なんでもないわ……ケイティ、して欲しいがないならあなたのされたくないことを…………して欲しくないあなたの嫌なこと、それを教えてくれないかしら?」

 

「……嫌なこと、ぼくが」

 

「そう、それを知っていればあなたを悲しませずに済むでしょ。今後の為にも聞かせてちょうだい」

 

「……」

 

 少し考える、嫌なこと、自分の欲望を探るよりもずっとそっちの方が明確だ。

 

 思いつく嫌なこと、それはずらりと脳内で整列した。例えば、今この状況だってそれに入る。

 

 一面闇の閉鎖空間、目を空ければきっと体は震えでおかしくなる

 

 暗いのは正直言って苦手だ。窓もない部屋で、一切の光無い空間なんて、正直不安でしかない。

 

 

「……い」

 

 

「?」

 

 

「くら、い……暗いのは、きらいです」

 

 

「…………そう」

 

 

 目の前のふくらみに顔を埋め、安心感に包まれながら告白を始める。恥じらいがまぎれて、舌が上手に回ってくれる

 

 

「船も、あまり好きじゃない……」  

 

 

「……へぇ」

 

 

「酸っぱいのも、嫌い……実は、体の大きい男も怖い」

 

 

「そう、他には何かあるかしら」

 

 

「……あと、実は葉巻も」

 

 

「…………そう、そうだったの」

 

 

「ぁ、最後の二つは……違いますから。バラライカさんのことを言いたい訳じゃなくて、その

 

 

 思い出す記憶、この地に来て間もない頃

 

 最初の数年は本当に嫌なことばかりで、そのせいで今でも苦手なことがいくつか残っている

 

 どうせだから、一度はこういう弱音も誰かに吐いてみたかった。眠る、ほんの少し前の合間。暗い夜更けの闇に紛れて、僕は顔も見えないことをいいことに弱音を吐く。

 

 顔を合わせては、きっと恥ずかしくて情けなくて口には出せないこと。嫌いな暗闇も、それだけは感謝してもいい

 

 

「……言ってなかったこと、昔の僕のことです。聞いてくれますか?」

 

 

「ええ、構わないわ」

 

 

「……10歳の誕生日、ぼくは海の上で迎えました……日本から、ここにくるまでの旅の間に」

 

「……」

 

 聞いてくれている。無言で、ただ頭と背中を撫でる手つきは変わらず優しいまま

 

 額に淡く触れるバラライカさんの吐息、胸の柔らかさに顔を預けさせて、優しく僕の背中を押してくれた。

 

 口を開く。吐く息とともに出した微かな声、それが下着越しに柔肌へと染みこんで溶けていく。

 

 二人分の熱が混じり合って、接触しているからそれが直に感じられる。僕とバラライカさん、二人の熱が溶け合った温度

 

 

「…………日本に、あまり良い思いでもない。ぼく、捨てられたから」

 

 

 悲しい記憶を紐解くように告白、温もりの癒しが無ければきっと心は絶えられない

 

 

「理由は知らない。でも、きっと借金とかそんな理由……ヤクザの人たちが僕を見て、外で高く買ってくれるって、何もわからないまま連れていかれて、気づけば暗い箱の中にいました。揺れて、うるさくて、すごく気持ちが悪かった」

 

 コンテナを運ぶ輸送船に詰め込まれたのだろう。揺れる感覚に耐性の無い僕は酷く酔って、なんども自分の胃液の味に苦しんだ

 

「すっぱいものも嫌い、苦いのも嫌……暗いのは、辛い」

 

「そう、なら今はどうなのかしら?」

 

「……少し慣れました。得意ではないから、だからこうして……甘えて、目を閉じています」

 

「そう、なら匂いはどうなのかしら?葉巻の臭い、嫌いだって言ったわよね」

 

「それも、もう昔のことです。この地に来て最初に僕を所有していた男の人、体も力も声も、何かもが大きくて、それで葉巻の臭いが全部に染み付いていた。教育の度に、その臭いを感じていたから、だから臭いといっしょにトラウマが染み付いていた、それで……そう、昔は本当に嫌いだった」

 

 

 暗い部屋、痛いのと熱いのと、そして気持ち悪いのと、なにも光景は見えてなかったけど感覚だけは今も肌の奥に染み込んで消え去ってはいない。

 

 背中の痕も、まだ少し残っている

 

……ぁ、そういうことかも

 

 

 背中を撫でられて気持ちがいい。そう思ったのはどうしてか、今少しだけ理解が得られた気がする

 

 もう痕は無い。けど、痛みを与えられた場所は覚えている。幻痛が残っているわけじゃないけど、でも上書きされるから安心するのだろう

 

 

 

「あなたの、おかげなんですね」

 

 

 

「……どういう意味なのかしら?」

 

 

 

「背中、バラライカさんに掻かれるのが気持ちいいってことです……あなたがくれる安心が、とっても嬉しいから」

 

 

 

 苦手な葉巻が、今は好きな人の大きな要素になっている。

 

 おっかないけど、格好良くて優しいバラライカさん。苦くて甘い大人のお姉さんの匂い

 

 

 

 

「……贅沢ですよね。背中を掻いてもらって、抱きしめられて、良い匂いもして、本当に贅沢だ」

 

 

「ケイティ、あまり匂い匂いってあなた……はぁ、まあいいわ。教えたのはわたし……いいわ、好きなだけ味わって」

 

 

「はい……そうします」

 

 

 

「……好きなのね、本当に変わり者」

 

 

 

「変わり者、かもしれません」

 

 

 

「かもしれない?そうに違いないの間違いでしょうに……まったく、あなた自分がいったい誰に甘えているのかわかっているのかしら?」

 

 

 

「おかあ…………バラライカさん、です」

 

 

 

「……ふふ、貴方じゃなかったら銃弾が飛び出てるわ」

 

 

 

「そうですか」 

 

 

 

「ええ、そうよ……またズドンなんてこと、無いことを祈るわ」

 

 

 

「…………はい」

 

 

 

「あなたぐらいね、撃った相手でもう撃ち抜きたくないなんて思う相手は……もう痛みは無いのよね?」

 

 

 

「……無い」

 

 

 

 言い切る、それに関しては偽りなく完治している

 

 太ももを貫通した銃弾。血をいっぱい流して、冷え切っていく音頭は中々に忘れられない体験だ

 

 

 

「……触っていいかしら?」

 

 

 

「あの、それは」

 

 

 

「服の上からよ……くす、胸に甘えきりなのに今更ね。ほら、動かないで、ここかしら?」

 

 

 伸ばした手、指先が太ももの表面をなぞる。もどかしい感触、くすぐったさに体少し震えた

 

 背中の跡と違い、そこはまだ新しい。若干あざの様な、隆起した感触、バラライカさんの指はそこを捉えた

 

 

「……ッ」

 

 

「あら、敏感なのね?」

 

 

「……それは、その、はい」

 

 

「そう、でも痛くは無いのね……なら、よかったわ」

 

 

 

 手が離れた。ほっと息をついたのもつかの間、今度は大きな感触が足を襲う

 

 

 

「!」

 

 

 むぎゅう、そんな擬音が暗闇に響いた。

 

 密着度が増した。上半身だけじゃなくて、今はバラライカさんの左足が僕の下半身を引き寄せている

 

 腕と足で抱き着いて、より密着して柔らかさを感じる顔の肌

 

 

「……熱く、ないかしら」

 

 

「ぅ……ん、んん」

 

 

 違う、熱くはない。否定の伝えるように、首を微かに横に振る。あまり動かなくても、触れあっているからそれで十分に伝わる

 

 

「急にごめんなさいね……でも、今はどうしようもなく、あなたを抱きしめていたい。ケイティ、苦しいなら言いなさい……そうじゃないなら、いっぱい暖まって、匂いに包まれなさいな」

 

 

 とろけるような言葉が耳を撫でる。少し、眠気が混じってるのか、バラライカさんの声色に柔らかさがより生じている

 

 抱き着きに不満は無い。暖かいのは本当に大好きだ

 

 ただ、今は

 

 

 

「……少し、痛い」

 

「!」

 

「その、硬いのが……その」

 

 

 

 絞り出すように訴えた。顔に触れる金具、それが鼻頭にかすれて、少し痛い

 

 

 

 

「……そう、そうなのね」

 

 

 

「はい……だから」

 

 

 

 

 逡巡、互いに止まる会話

 

 

 睡魔に溶け落ちかける頭でも、その行為の躊躇いは理解できる。だけど、バラライカさんは容易に

 

 

 

 

……カチャ

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 暗い、とっても真っ暗な空間

 

 見えはしない。何も見えない。感じるのは良い匂い、そして温もり

 

 けど、なんといってもこの感触は

 

 

 

 

 

「……ァ、んぁ…………ぁ、あぁ……身をよじって、本当に好きなのね」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「いけない子ね……本当に、いけない子」

 

 

 

「……」

 

 

 

 遮る者が無い。ほんの少し、額を、鼻先を、口元を押し付ける場所が変わる。少しじっとりと蒸れた肌、聞こえる音に吐息の音ともう一つ

 

 等間隔、聞こえる、心音の音

 

 

 

「…………おと、きこえる」

 

 

 

「ええ、そんなに埋めれば聞こえるでしょうね……外したこと、誰にも言っちゃだめよ」

 

 

 

「はい…………ぁ、ぃ……あぅ、この匂い、すきかも…………はぅ」

 

 

 

「……ケイティ、あなたちょっと大胆」

 

 

 

「だめ、ですか」

 

 

 

「……顔だけ、手は駄目」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「まだ、今はまだ……まだ、もう少し」

 

 

 

「……はい、バラライカさん」

 

 

 

……ぐ、する……じと

 

 

 

「ぁ、もう本当に……いけない子、いけない子よケイティ」

 

 

 

 

「…………すぅ、ぁ」

 

 

 

 

「……ない、子…………いけない子、あぁ……駄目、でも」

 

 

 

 

……………………ピク

 

 

 

 

「…………ぁ、いい子……いい子ね…………よし、よし………………ねむって、深く……吸って、吐いて…………そう、上手ね……上手な、いい子……いい子よ、ケイティ」

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 心地いい、とても心地い夢の中

 

 暗闇に包まれながらも、体を余すことなく包み込むあなたの温度、感触、それが僕の不安を消し去って満たしてくれる 

 

 でも、そんな幸福な満腹感は、少しだけ、いやとっても僕には身に余る。当然だなんて思えない

 

 バラライカさんの甘やかしに報いることを僕は返せているか、あなたが抱きしめて甘く囁いてくれる見返りを僕は払えているか

 

 恩は募っていく一方、それでもいいとあなたは言うのだろうけど

 

 

 それでも、だとしても

 

 

 ぼくにだって、あなたに返せること

 

 

 分不相応とはわかってはいるけど、支えてくれた恩に報いるためにも僕はあなたの役には立てないだろうか

 

 

 

……役に立つ、こんな僕が言っても

 

 

 余計なことだと、笑顔でアナタはそう言うだろう。目一杯の心配する気持ちを込めて、何の憂いもいらないと語り掛けながら、また僕を優しく抱きしめてくれる

 

 優しく、胸の柔らかさも心音の機微も、全部間近で感じさせて、たっぷりと甘やかしに浸してくるのだろう

 

 

 

 

 

 

「………………」 

 

 

 

 

 

 思考が一区切り、瞼をこすり頭を少し振った

 

 よく眠れた頭は、起きて早々に思考をスムーズに回してくれた

 

 

 

 

 

「……ぼく、バラライカさんにあんなに……はぁ、また甘えっぱなしだ」

 

 

 

 

 冷静に、我に返った頭。気分は、ひどい昨夜の酔っぱらった自分に辟易するような、とにかく非常時という状況とはいえなんとも情けなく甘えてしまったものだ

 

 甘える行為を喜んでしまっているけど、まったく恥じらいが無いわけじゃないのだ

 

 

 

 一人、バラライカさんがいなくなった後、部屋に一人残された後になって僕は思い出したように顔を赤くする。

 

 今が、まさにそうだ

 

 

 

 

……背中掻いてとか、あれを外してなんて……ぼく、本当に何言ってたんだろう

 

 

 

 

 熱くなる顔を押さえて天井を仰ぐ、綺麗な天井、見下ろした部屋はキングサイズのベッドから一望出来て、そしてなんとも広いものだと唖然とした

 

 

 

……連れてこられた、みたい。寝ている間に全部済ましたんだ

 

 

 

 

 今いる場所、そこは閉じ込められたエレベーターとは程遠い場所、ベッドから見渡せる情報だけでもバラライカさんが言っていた私邸の最上階スウィートだと理解できる。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 オーシャンビューが一望できる丘の上の高級ホテルのビル、なんとも居心地のよさそうな場所だと思う。その一方で、このままどうしていればいいのかと思った。

 

 でも、大抵こういう時は

 

 

 

「……あった」

 

 

 

 ベッドのすぐそば、水の入ったコップと、あと一枚のメモ書き、書かれている内容はいつも同じ

 

 バラライカさんの部屋に止まって朝を迎えた時は一人、そんな時はこういう風に書き置きをしてくれている

 

 書かれている内容は、変わらず自由にしていいと、好きな時にホテルを出ればいいと、チェックアウトも自由、値段はただ

 

 そして、連泊もただ

 

 

 

「……戻るのは、夜か」

 

 

 

 ひとり呟く、だだっ広い部屋に一人、ガラス窓に淡く映る自分の姿はいつの間にか着替えさせられたバスローブ、本当に金持ちになった気分だ

 

 一人ここで待って、また夜にバラライカさんと会う、それだけはわかっている

 

 このまま帰ってもいい、でもそれで本当にいいのだろうか

 

 

 

「…………」

 

 

 

 昨日の施し、それに報いることを、少しはしてみせたい。

 

 トロトロに溶かされて、甘やかされっぱなしで依存心しかみせてない僕が何を言っているのだと、内心自分で自分に突っ込んでしまうけど

 

 

 

 

 

……ガチャリ

 

 

 

 

 

「あ、結構そろってる……肉も魚も野菜も、小麦粉も卵もあるから麺は自家製手打ちで、一日使えば……うん、それなりのは作れるな、よしッ」

 

 

 

 

 できること、それはやっぱり料理だ。ラーメンだ

 

 施されっぱなしで、甘えっぱなしなぼくだけど、バラライカさんにお返しをする方法に見合うかどうかは言い切れないけど

 

 

 

……今できること、それだけは最低限、しないよりはずっといい

 

 

 

 一杯の甘やかし、不安を消し去って幸福に上書きしてくれたあの夜に報いるため

 

 僕は今から精一杯の料理を始める

 

 できること、それは二つ

 

 心を込めた料理、それでもって

 

 

 

 

「おかえりなさいって言おう。バラライカさんだって、きっと嬉しいはずだよね」

 

 

 

 

 ほんの少しでもいい。くれた分に報いるためにも、僕なりの誠意を尽くすのだ

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




以上、次回よりロベルタ編に移行します。

予定では、少し改変多め、ケイティに活躍させるお話にできればいいなぁ、投稿は気ままで

最近、また評価やコメントを多くいただき恐悦至極、ランキング効果のすごさを改めて痛感しました。これからも精進、料理の描写もあまあまもよりよく書けるよう努力していきます。


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(37) 相席、和歌山ラーメンまるわし

和歌山県のまるわしラーメン美味しかった。鯖の棒寿司も美味


 

 深夜、夜遅く営業を続けるいつものこと。店の暖簾を下ろすまであと一時間を切った、そんなちょうど今のこと

 

 店にいるお客は二人、それもただのお客様じゃない。お得意、常連、そんな言葉では足りない、そうケツ持ちだ

 

 

「……おまちどうさま」

 

 

 コトっと、二つのどんぶりを置く音が静かに鳴った。一つ分の席を空けて、二人は談笑するでもなく無干渉で、そして箸を割ってレンゲを取ろうと、共有のカトラリーボックスに手を伸ばして

 

 

「ど、どうぞ!」

 

 

「「……すまんな」」

 

 

 手が重なる、一触即発になるかもしれない寸前、僕は先んじて二人の手にレンゲを渡した。

 

 受け取った二人、張さんと、もう一人

 

 

 

「気が利くな、ミス・ケイティ……危うく色男の利き腕がはじけ飛ぶところだった」

 

 

「……は、あはは」

 

 

 マニサレラカルテル、その幹部でありここロアナプラのにおいた橋頭保で頭を張る存在、黄金夜会に顔を出す代表役の男、そうミスター・アブレーゴさんだ

 

 

 

……笑えない、冷えつくジョークはもうジョークじゃないんですよッ

 

 

 頼むから穏便に、そう願うがしかし二人のやり取りはこっちの期待を無視。二人の間には火花や静電気がやたらめったに飛び交ってしまう。いつ、火薬に引火するかわかったものじゃない

 

 

 

「今のジョーク、笑えるなアブレーゴ」

 

「そうか、お前さんよりはセンスがあるってこった」

 

「ああ、センスの無い俺ならきっとこう言ってただろうな。危うく、小心者の首が南米彼方まで吹き飛んでいた所だった、なんて言ってたかもしれんな」

 

 

……ピリッ

 

「……ッ(ガタガタ)」

 

 

 冷えつく空気、しかし二人のジョークはまだ続く

 

 

「……そいつは、ナンセンスだな」

 

「怒るなよセニョール。センスが悪いんだからな、それぐらい許してくれ。なあケイティ、俺のジョークはいつもこんな程度だ、知ってるだろ」

 

「…………は、はは、そうでしたっけ???(ガクガクブルブル)」

 

 

 笑えない、それはジョークのせいじゃないと声高に叫んで説明したい。あの、二人とも本当に止めてください。というか、早く食べて帰って欲しい

 

 

「……美味いラーメンが台無しになる。寒いジョークは懐にしまえよ、ミスター・張」

 

 

「ああ、しまうともさ。お互い、懐のモノはここでは仕舞っておこう」

 

 

 懐、それの意味するものは言わずもがな

 

 

 

 

……ほんと、なんでこんなことに

 

 

 

 いつもなら、二人は事前に一報を入れて店に訪れる。けど、今日はたまたま気分で寄ったみたいで、そしてたまたま顔を合わせて、こうして均衡状態が出来上がっている

 

 来るものは拒まず、文句は言えないしまして追い返すなんてできるはずがない。怖いけど、食べたい気持ちで訪れたお客を無下に返すことは、僕もしたくない

 

 ラーメンは出す。美味しいラーメンが食べたいなら、振舞わなくては料理人失格だ。 

 

……空気、変えないと

 

「……お味は」

 

 

 適当な会話、アブレーゴさんは器用に箸を使い、麺を一息に食す。

 

 

「あぁ、イケる……塩加減も俺好みだ」

 

 

 返すアブレーゴさん、味を誉められて少し頬が緩んでしまう。

 いつの間にか箸使いもすすり食いも上達している。ラーメンが似合う南米出身者は、やはり珍しい光景かもだ

 

 

「……豚骨スープ、しかし今日はクセが強いな。ケイティ」

 

「はい、今日は豚骨醤油ラーメン、それもちょっと変わった作り方です」

 

「ほう……それはどんなだ」

 

 

 アブレーゴさんの質問、今日のラーメンは茶褐色のスープにチャーシューとメンマ、ネギに、そして花かまぼこのスライスが乗っている。知っている豚骨醤油ラーメンとは、少しだけ違うはずだ

 

 

 ジロリアンであるアブレーゴさんは普通の豚骨醤油スープは知っている。けど、今日作ったのはマルワシラーメン、俗にうご当地ラーメンという奴だ。日本の、和歌山県発祥の美味しい豚骨ラーメンである

 

 

「醤油、ソイソースで直に豚骨を煮込みます。保存を利かせる手段ですけど、それが独自の癖、醤油の強い風味と味の一体感が生まれるんです」

 

「……なるほど」

 

 納得、調理方法を知って府に落ちたようだ。食べる手は止まらない、醤油の風味に慣れ親しんだ二人はずるずるとラーメンを食らう

 

 

「張さん、お味は?」

 

 

 話し相手を変えて、サングラス越しで表情は少し隠れぎみだけど、その食べっぷりは十分満足している人のそれだ。

 聞くまでもないかもだけど、承認欲求に駆られつい感想を催促してしまう

 

 

「張さんの好きな博多ラーメンと比べると、すこしくせの強い味ですよね……どうでした?」

 

 

「……いや、これも悪くない。美味い、絶品だ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……」

 

 

 

……ズルルルル

 

 

 気持ちのいい音、ピりついた空気も薄れようやく落ち着いた時間が流れる。ことは起きず、相席は何事もなく済む。つい安堵の息が出てしまう

 

 

 

 

「ケイティ、お勘定だ」

 

 

「……え?」

 

 

 

 ドンブリを見てみる。そこにはまだスープはなみなみと残っているのに、いつも替え玉でスープが枯れるまで食べてしまうぐらいなのに

 

 

 

「……今日は一杯でいい。ほら、受け取ってくれ」

 

「ぁ、はい」

 

 

 食べた時間、五分も満たない時間。張さんはいそいそと店を出る準備を始めている。壁にかけた背広を取って、席にまだ座っているアブレーゴさんには目もくれず

 

 アブレーゴさん、この人に気を使って席を外す、そんな事かと思ったりもしたが、果たしてあり得るだろうか。

 

 

「……じゃ、また来るよ」

 

 

 二人の関係、何かあるのかとか、少し考えてしまう。対立する別勢力のトップ、それがどうしてそもそも相席なんか

 もしかすると、何か二人には縁があるのか、それとも考え過ぎか、推測は答えを求めて迷走してしまう。

 

「……ケイティ」

 

 

「は、はい……またのご来店をお待ちしております」

 

 受け取った12ドルを手に、僕は深々と礼をする。外ではまたしている部下たちがぞろぞろと動き出し車のエンジンもかかった。静かな均衡状態、それはあっけなく静かに終わる、かに見えた

 

 

 

「……ミスター」

 

 

 呼びかける張さんの言葉、それはラーメンを食しているアブレーゴさんに向けて。箸使いになれたその手が、掴んだ花かまぼこをスープに落っことした

 

 

「……なんだ」

 

 

「さっきの言葉の詫びだ。冗談でも、小心者だなんて言うべきではなかった……詫びだよ。受け取ってくれ」

 

 

「……そうかい」

 

 

 

 会話は終わる。互いに目も合わせず、静かにドアが閉まる。

 

 アブレーゴさんと、残るは僕とで二人

 

 

 

…………ずる、ずるるる

 

 

 

 静かな空気、余計に静寂さが浮き立つように、そのすする音が店の中で響く。

 

 

 

 

「……」

 

 

 会話もない、そう思って僕はいそいそと店終いの準備進める。ガスの火を落とし、黙って張さんの器を回収し洗いものを始める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ずるる、ずず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソッタレ、張の野郎」

 

「!」

 

「小心者だと、言ってくれやがる……ようケイティ、お前さんはどう思う」

 

「!?」

 

 

 急に、低い声で始めた会話の第一声がそれとは、返す言葉、その成否を考えて答えを出そうとするも難解でもどる。えっと、あぁ、が繰り返す

 

 そんな僕を見て、アブレーゴさんは怒るか呆れるか、そう思っていたら

 

 

 

「……畜生、当たりだよ」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 出た言葉は、なんとも情けない自虐と自嘲、サングラスを外したアブレーゴさんはとても悪者とは思えない情けない表情をしていた

 

 強張って悪者ぶった表情をしていたが、それが崩れて、一気に年を取った感じだ

 

「……アブレーゴ、さん」

 

「くっそぉ……なんだよあいつ、まじこえぇよ。本気で銃なんか出されたら勝てるわけねえだろがぁ……くそッ!くそッ!」

 

「あ、アブレーゴさん??」

 

「あぁ、笑ってくれ……俺は小心者、少なくとも張の野郎相手に肩ひじ張ってやっと虚勢を張れる、そんな程度さ。はは、笑えよ、ケイティ」

 

「……ッ」

 

「反応に困ってるな、まあいいさ……一応、シークレットにしておいてくれ。お前さんなら、こういうことも愚痴ったっていい。ロアナプラの連中相手じゃねえ、お前さんなら」

 

 ロアナプラじゃない、その言葉は妙に引っかかる

 

「ぼく、ロアナプラの住人ですよ……ちゃんと」

 

「ちゃんと、だなんて付け加えてる時点でちげえよ。お前は、お前さんのこの店ひっくるめてロアナプラじゃねえ。けど、それでいいんだ、ロアナプラを忘れられる」

 

「……意外、ですね、そんなこと言うだなんて」

 

 ロアナプラを否定する、間違ってもそんな言葉、黄金夜会の顔役が言っていい言葉ではないはずだ

 

 まるで、この人は嫌々この悪徳の都にいると言っているようなもの

 

 

「……本気で、言ってます?」

 

 ロアナプラの利権を牛耳る一角、その一声、指先の動き一つで途方もないお金と人の命を好き勝手出来てしまう、そんなお人のはず

 

 

 

「け、そう思ってくれるなら俺の虚勢も大したものだな、捨てたモノじゃねえみたいだ」

 

 

 

「……」

 

 そうだったはず、なのに、これはいったい

 

「虚勢って、あなたはロアナプラの」

 

「ああ、ここの不文律、世界で最もイカれた場所を知り、その旨味を吸って生きているすげえ奴、ってふりをしている道化さ」

 

「……」

 

 言葉にならない、というか反応に困る。道化なんですね、ピエロなんだすごーいとか、そんな返しをすればいいのだろうか。

 

「張の野郎、そんでロシア人のイカれ共はいいなぁ。あいつらはよぉ、好き好んでここにいてやがる……イキイキしてんだ、真似は出来ねえ、根っこの器とか、才覚が違うんだ」

 

 イキイキしてる、まあ確かにその通りだ。

 

「イタ公は別だ。イタ公はのんきで天然だ、話にならねえ。あれは手前の瀬戸際になって自分の愚かさを知るって相場が決まってる」

 

「……それは、偏見では」

 

「いや違いないさ、あのゴリラ顔は絶対何かやらかす……断言するね、よくかいてバカする。きひ、ひひひ……いいなぁ、腹抱えて笑えるぜ」

 

 にじみ出る性格の悪さ、底にある陰湿さがもう隠せていない

 

「……じゃあ、あなたはどうなるのです?」

 

「?」

 

「黄金夜会ですよね、すごい人なんですよね……アブレーゴさん、もっと自信持ってください、えっと、その、がんばれ!ファイト!」

 

 なんだろう、不憫に思えてくると自然にこんな言葉が出てしまう。失礼極まりないのに、からかってるのかと因縁付けられてもおかしくないのに

 

 

 

「……ぉ、おぉ、ぐすッ……俺は、俺だってなぁ」

 

 

 

 けど、なんだか心に刺さってしまったようだ。アブレーゴさん、涙がスープに落ちてます

 

 

 

「俺か……俺は、そうだな」

 

 

 

 ずずっと、スープを飲む。話しながらも食していたラーメン、今器の中はその一口で空っぽになった

 

 満足そうに食後の一息もつかず、ダウナーな調子でアブレーゴさん話を続ける 

 

 

 

「俺だって、やろうとすればやれる……ここまで、やってきたんだ。出来る男、のはずだ、多分……あってるか?」

 

 

 聞いてくる。聞かれても困ります、とにかく声に出すと心に無い言葉とバレそうだからひたすら首を縦に振る

 

 しかし、その甲斐空しく、アブレーゴさんは勝手にまた落ち込んでいって

 

 

 

「……俺は、ただの落胆者だ。わざわざこんな地獄にまで来てやっていることは、逃げなんだ」

 

 

 

「に、逃げ……そんなこと、ないです、えっと、その……あ、がんばれ!ファイト! アブレーゴさん偉い、かっこいい!!」

 

 

「うるせえ!お前、鬱の人間に一番やっちゃいけねえことだぞそれ!」

 

 

 

「え、鬱なんですか?」

 

 

 

「たぶんな、くそったれ!」

 

 

 

 やけっぱちになっている。というかここまで来ると何だろう、いっそ面白くなってきた。

 

 アブレーゴさん、ちょっとだけ親しみのレベルが上がってきた気がする。

 

 

 

「……おい、ケイティよぉ」

 

 

 

「は、はい」

 

 

 

「おまえ、ちょっと付き合え……飲み直しだ。飲まなきゃやってられねえ」

 

 

 

「え、えぇ……まあもう閉店にしますけど、じゃあイエローフラッグでも?」

 

 

 

「ばか、んな所じゃ本音の愚痴がこぼせねえだろ。内の系列のホテルに俺専用のバーがある、そこに行くぞッ!」

 

 

 

「え、ええ!?」

 

 

 

 

 拒否権は無い。アブレーゴさん、酔ってないのにめんどくさい酔い方をしてる。うん、なんだか他人に振り回されるのは慣れているから妙に冷静だ。

 

 ひとまず結論、アブレーゴさんは見栄っ張りで、その実はなんとも不憫なネガティブ苦労人おじさんである。

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




久しぶりの投稿、現在新人賞向け作品の執筆で忙しいですが12月よりまた投稿再開予定

アブレーゴ、ロベルタ相手に色々不憫な立ち回りしかしてない彼ですが今回はあえてピックアップ。ロベルタ編では何気にちょっと活躍させる予定です。たまには野郎相手にラーメンを振舞うのもいいよね。

ヒロインとの話があまあまならかっこいい男キャラとの話は渋みのある話、にしていきたい。アブレーゴ、不憫な男ですが憎めない男なんです。そんな独自解釈でお送りします




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(38) 不憫な人

筆が乗ってたので連続投稿、最新話はお間違えなく


 

 

 アブレーゴさん、その正体はマニサレラカルテルの幹部候補、しかし本人の認識は違うと言う。いったいなぜか

 

 間違ってもそうじゃないと、聞く者は皆否定するはずだ。世間的に考えて、裏社会での彼はそれなりの大物であるし何より黄金夜会に顔を出す代表なんだ。カルテルの幹部レースから外れるも、その本心は虎視眈々と上を目指すために僻地のロアナプラでシノギを得んと裏社会の前線に立つ男。それが裏社会で下された正当な評価

 

 しかし本人の認識は違う。違うらしい

 

 

……カルテルは地獄だ。幹部候補は共食いの泥沼、食い殺される前に俺は体よく島流しにあった。志願者が被害者を装ってな

 

 

 

……ここの均衡は裏社会の趨勢にも大きく影響を及ぼす。けどな、上がる利益はほとんど本国行き、陣頭に立って得られる利益とリスク、こいつは噛み合わねえ。

 

 

 

……安易に欲をかいて羽目を外すにはここは地獄すぎる。均衡こそしているがここはな、やり方次第だが三度目の世界大戦すら引き起こせる。それだけの爆発を秘めている、それだけの火薬庫ってことだ

 

 

 

 

……そんな場所、知ってる連中はまず関わりたくないって思うのさ。知らないバカは勝手に自滅する、そう言う場所さロアナプラは。だから、俺がここにいる限り本国の奴らの干渉は受けねえ。

 

 

 

……味方に背中を撃たれない場所、そこはここだけだ。地獄から逃げた俺はまた別の地獄で安住の地を見出した。笑え、俺は所詮大バカ者の小心者さ。張の野郎はビンゴだよ、商品はキャンディ一年分だってか、クソッタレ

 

 

 

 

 

 

 

    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

「……えっぷ、クソッタレ。張の野郎、ひっく」

 

 

 ダンっと、その手のグラスがテーブルを叩く。腹いせに力を込めたせいで、グラスは粉々に割れてしまった。ああもう危ないなぁ

 

 バーテンダーの初老のおじいさんは心配そうに見ている。いつもここで愚痴っているんだろうか、もはや見慣れた光景なんだろうか

 

 

「あぁ、もうなんてことを……すみません、すみません」

 

 

 おじいさんに何度も頭を下げる。おじいさんは手慣れた様に割れたグラスを片付けて新しいお酒をグラスで出した。今度は金属製だ

 

 

 

「ひっく、酒をくれ……酒だけだ、俺には酒が必要なんだぁ」

 

「もうダメですよ、元気出して」

 

「……うるせえ、慰めんじゃねえ」

 

 不憫すぎてつい頭を撫でてしまった。すると余計に涙が洪水だ。のんだ液体が全部目から溢れているのかと思うほどに、泣き上戸はめんどうだ。確かに、これは人には見せられない

 

 

……不憫だな、本当にこの人

 

 

「……あ、何でケイティ、お前さんここにいんだ」

 

「あなたが連れて来たんでしょうが、あなたが……もう、敬語使うのもバカバカしいよ」

 

 思えば、なんでこんなすんなり誘いに乗ってしまったのか。そうだ、店の中で断ったけど、そうしたら土下座でもするのかとばかりに縋り付いて来たんだ。

 

 で、結果断り切れず僕は誘いに乗った。間違っても、この人は危害を加える人じゃないと思って、一応バラライカさんにも連絡を送って、そして今僕はここにいるわけなのだけど

 

 

……本当によかったのかな、こんなことして

 

 

 今、結果として僕とアブレーゴさんは二人だけでバーにいる。流されるままにここカルテル傘下の企業が経営するホテルへ、その最上階のVIPルームでお酒を飲んでいる。

 

 アブレーゴさんは既にベロベロ、酔っ払いの得意先を相手に接待だ。自分でも思う、本当に何をしているんだと、僕は

 

 

……怒られないかな、バラライカさんに

 

 

 ホテルに連れ込まれている。そう思われてもおかしくない状況だ。実は以前、ホテルに連れ込まれかけたこともあったりする。お客さんとして接してきた人の中に良くない人がいた。

 無理やり店から連れられていかれて、危うくいかがわしいホテルへと運ばれかけたこと。あれは今思い出してもすごく不快だ。

 

 今でこそ軽い不幸話で流しているけど、やられたことはレ〇プ未遂。貞操の危機、バラライカさんに慰められてなければ今も心の傷が癒えてなかっただろう。お尻や胸板をまさぐられて、肌を舐められて、すごく不快で、泣いて泣いて助けを求めていた。

 

 しかし、案の定というべきかこの事件は無事解決済みだ。こういった事件が起きた時、ケツ持ちのあの人たちの行動は早い。

 

 結果だけ言えば、張さんの情報網で僕の窮地は特定されて、そこから秒単位で遊撃隊が救助という名の蹂躙を実行した。目隠しされていたから何も見えてなかったのがむしろ良かったことだろう。突然の叫びと共に銃声がわんさか響いて、助けられた後は許しを請う男達の断末魔だけ。

 ことが終わってからすぐ、バラライカさんから謝罪の連絡が来た。ごめんなさい、あの日はスナイパーを配置してなくてと、前提が色々おかしい謝罪の言葉で僕は理解させられた。どうやら、僕の安全は僕の意思とか全く関係なく保証されてしまっているらしい。

 

 

……なのに、また

 

 

 ホテルに入っていく姿、見方によっては僕とアブレーゴさんが密会をするようにも見えなくもない。男同士で何言っているんだと思いたいけど、悲しきかな僕は世間的に襲われるがわの人間である。

 

 

 

 

「ひっく……でよ、俺はな、こんな場所でよぉ」

 

 

「……は、あはは、それは大変ですね。ええ」

 

 

 新しいグラスにお酒、ではなくこっそりと水を注ぐ。ベロベロに酔ったアブレーゴさんに介抱をしながら、こっそり携帯電話をぱかっと開く。

 

 ことが起きてしまっては笑えない。ケツ持ちであるアブレーゴさんが店前でいきなり眉間を狙撃されては笑えない。だから事前に連絡だけはして、おそるおそる伺いを先んじて立ててみた。すると、意外にもバラライカさんは特に意見はせず、好きにしなさいとの返事が来た。

 

 けど、今思えばあれは不機嫌の表れかもしれない。念のために

 

 

from:ケイティ

 

 

……アブレーゴさんとお酒を飲んでます。心配することは何もありません、ただの愚痴聞きですので

 

 

 

「……大丈夫、なはず」

 

 

 連絡を送る。すると、返事は思いのほかすぐに

 

 

「!」

 

 飼い主、バラライカさんを意味する登録名だ。ちなみに僕が付けたわけじゃない、バラライカさん自ら指定した。名前をそのまま載せてはいけないのはわかるけど、よりにもよってなぜ飼い主、まあ否定はできないけど

 

 

from:飼い主

 

 

……なにもされていないでしょうね?

 

 

from:ケイティ

 

 

 

……はい、問題ないです

 

 

from:飼い主

 

 

……ならいいのよ。安心させて頂戴ねケイティ、銃弾って安くないのよ

 

 

「……ッ」

 

 

 飼い主様は、心配で今にも引き金に指をかけてしまいそうだと。すぐに返信、問題ないと、もうすぐ帰ります。そうメールを送る

 

 

 

from:飼い主

 

 

……そう、ならいいわ。けど、おいたをしたことには変わりないわね。ケイティ、今日は私のベッドに直帰しなさい。少しだけお話をしましょうか

 

 

 

 立て続けに、また着通

 

 

from:飼い主

 

 

……明日のお店は休みにしなさい。たぶん、そうしないとモタナイカラ

 

 

 

「……ッ(ブルブル)」

 

 

 少々お怒り、無断で顔役の男の誘いにみるみる乗って、しまって、そしてホテルという危なっかしい場所で二人きり。いくら何も起こらないと論理的に説明しても感情はままならない

 

 優しくされているうちが花、従って甘んじて受けるとしよう。うん、明日はお休みだ、アハハ……はは

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 溜息、失礼かもしれないけどもう今更だ。アブレーゴさんの本性、それを知った今この程度で憤ることは無いと確信してしまった

 

 

 

 

「……水、酔いが覚めちまった」

 

「そうです、冷ましてあげました」

 

 

 こっそり渡していたチェイサーの水、早く帰るためにはお開きにしなければならない。

 

「……余計なことしやがる」

 

「…………」

 

 

 ぐいっと、出された水を素直に飲んでいる。アブレーゴさん、本音を打ち明けてからなんとも、親近感というか妙に接しやすくなってしまった。

 

 張さんのあの言葉、それが無ければこの人の内心はきっと、これから先見えてこなかったかもしれない。

 

 ミスター・アブレーゴ、化けの皮がはがれたこの人は、ちょっとだけ面白い。だって、今までにいなかった人だ

 

 ロアナプラ、そこで活き活きとして暴れまわる悪漢たちの中で、この人は割と一般人より、かなり凡人的だ。

 ロアナプラに染まっていない。狂っていない、そう言う意味では共通項がある

 

 

 

 

……バラライカさん、心配はいりません。この人は、本当に

 

 

 

 

 

 

「ああもう、飲みすぎですよ……って、もう……はいお水」

 

「ひっく、くそったれ……悪酔いもできねえての」

 

 

 飲み干す水、しかし素直に聞いてくれるものだ。アブレーゴさん、この人は危険じゃない。

 

 

 腹を割って接すれば、案外いい人なのだろう。ちょっと同情しちゃうし、だから介抱もしてしまう。なんだろう、頑張れアブレーゴさん、そんな言葉が止まらない。失礼だと思うけど、なんだか応援したい。だって不憫だし

 

 

 

「……ケイティ、悪いな」

 

 

「いえ、お得意さんですし……ほら、歩けますか」

 

 

「……お、おう……うっぷ」

 

 

 

「はいはい、吐くならトイレで……ほら、もう少し」

 

 

 

 

「お、おぅ……んっぷッ」

 

 

 

 

……なんだろう、本当に不憫な人なんですね

 

 

 

 

 連れて行ったトイレ、見るのは忍びないからドアは閉じて、そして聞こえてくる音は耳を塞いで聞かないでおく。締めのラーメンで食べた後にまた酒をしこたま流し込んだのだ。しかし、水も多めに飲ませて、今吐いてしまえばあとはすっきりだ。

 

 

 

  

「……ッ」

 

 

 扉が開く、顔色は悪いが酔いの気はすっかり抜けている。

 

 店主おじいさんを呼んで、口直しの水を貰い手渡す。いっぱいの水を飲み干して、ようやく顔色を取り戻した

 

 

「もう、お開きですね……部屋は」

 

 

「ここの、下だ」

 

 

「じゃあそこまで、店主さん……失礼します」

 

 

 肩を貸しながら、振り向いて礼をする。そしてエレベータを使い、下へ

 

 

 

 

「……わるい、な」

 

 

 

「いえ、別にこれぐらい……それに、見せたくないでしょ。アブレーゴさん、側近にも隠してますよね、自分の本性」

 

「……まあな」

 

「知ってるのはあのマスターぐらいですか。肩身が狭いですね、ちょっと不憫です」

 

「……言うな、結構ずばっと、傷つくぞおめえ」

 

「そうですか、でも……そういう相手の一人や二人、いないと息が詰まりませんか?」

 

「…………」

 

「無言は肯定と受け取ります」

 

 

 そんな会話をしながら、ゆっくりと歩を進めて間もなく目的の部屋に着く

 

 マフィアのボスというにはなんと簡素な、私邸はホテルのスウィートの一つ。といっても、中は汚く服や避け瓶が散っていて、その上、その手の行為の、あの避妊具的なものの空き箱まで

 

 

……見て良いモノじゃないよね、あまり

 

 

 嫌悪感を抱くより、不憫な気持ちの方が勝ってしまった。部屋に運び、僕は最低限のベッドメイキングを済ます。そして、そこでアブレーゴさんを横にしてあげた

 結構限界のようだ。まるで老人の介護をするように、アブレーゴさんも任せっぱなしだ

 

 

「……すま、ねえ」

 

 

「いえ、でもこれで終わりです。ぼく、そろそろ帰らないと、バラライカさんに呼ばれてますから」

 

 

「……フライフェイスにか、それはなんともお熱いことで。俺は何もしてねえ、それだけは伝えてくれ」

 

 

「心配いりません。あの人は、そう言うの関係なくお仕置きが大好きなので……えっと、まあとにかくこれにて」

 

 

 寝ているアブレーゴさんに礼、踵を返し部屋を出んとする。

 

 

 

「……るかった」

 

 

 

「!」

 

 

 

 けど、呼び止める言葉に後ろ髪を掴まれた。アブレーゴさんはひどく疲れて身動きできない、けど確かな声で、振り絞るように、告げた

 

 

 

 

「ラーメン、吐いて悪かった……すまなかった、詫びだ」

 

 

 

 

「……ッ」 

 

 

 

 

「美味かった、それだけは……伝えたかった。じゃあ、そんだけだ」

 

 

 

 

 もう帰れ、その最後の言葉だけ、情けない姿のアブレーゴさんじゃなくて、ちゃんとマフィアのボスのかっこいい声だった。

 

 

 

 

……不憫、失礼だったかな

 

 

 

 

 かっこ悪い所を、弱い所を見せてばかり。

 

 でも、果たして本当にそうだったか。

 

 

 

 

 

「……アブレーゴさん」

 

 

 

 

 失礼を働いたのは僕、本人はどんなに卑下しようと、でも僕だけは違うと思うべきだ

 

 マフィアのこと、裏社会のパワーバランス何て所詮カタギである僕にはにわか、わかったふりしても理解しきれない。

 

 僕が見るのは、カルテルの幹部のアブレーゴさんじゃない。麺処ロアナプラ亭、そのお得意であり、僕が作る味の理解者である、ただの良いお客様だ

 

 尊敬には尊敬、卑下する言葉がどれだけあろうと、その言葉があるなら何も問題ない

 

 敬意を払う。僕のラーメンを美味しいと言ってくれたあなたに、当然の敬意を払うことは何も間違ってはいない

 

 

 

「ミスター、ミスターアブレーゴ」

 

 

 踵を返さず、僕はアブレーゴさんを見て、深々と頭を下げる。両手を膝につけ、丁寧に腰を低く、そして

 

 

 

「またのご来店、快くお待ちしております」

 

 

「…………」 

 

 

「……はい、それではまた」

 

 

 

 礼儀は済ました。あとは去るだけ

 

 麺処・ロアナプラ亭、本日もご愛敬、誠にありがとうございました。

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

~バラライカの住まい~

 

 

 

……ひ、何する気ですか!やだ、お仕置きヤダ!

 

 

……大丈夫よ、痛いのは最初だけ。さ、ケイティ、いい声で鳴きなさい

 

 

……だ、だれかたすけてッ!!!…………………ひゃ、くぅ……そ、そこは……ぁ……ッ

 

 

 

fin




 以上、ロベルタ編に入る前のちょっとしたお話でした。先に言っておきますがアブレーゴとケイティの間に妙な関係は始まりませんので、変なBLが始まったりはしませんのでご安心を。

 ケイティがバラライカにやられたお仕置き、ロベルタ編を優先しますので何があったかは省略。ナニがナニでナニをされてナニなってしまったか、それは皆さまのご想像に任せます。健全ですよ、ケンゼンデスヨ



※ 次回投稿について


 次回より、予定では12月からロベルタ編がはじまります。原作と同じ流れではなくちょっとだけアレンジしたお話になる予定です。じゃないとケイティがストーリーに介入できないのでね
 変なアンチ・ヘイト、原作キャラの活躍を奪うお話にはしません。ロック達が頑張っている一方で、ケイティもまた人知れずこんなことをしていた、そんなお話を目指したい。

 お楽しみに





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(39) 不穏な気配

久しく投稿、書く期間が開くとどうにも衝動的にエッチなネタが書きたくなってしまうようです。よくない、よくない


 

 店舗兼自宅、僕の住んでいるぼろビルの四階の部屋のドアには名字である芹沢の表札が掲げている。ぼろではあるけど住み慣れた我が家だ。これはその証明だ

 バラライカさんのベッドで寝起きするイメージがあるかもだけど、基本僕はここで住んでいるのだ。誰に説明しているのだって話だけど、なんとなく提示しておかないと誤解されそうだし。

 

 

……見慣れた天井が見慣れなくなってきた、ちょっと危機感だよね

 

 

 早朝、目覚ましを叩いて止めて体を起こす。早起きは苦手じゃない、側にバラライカさんがいない場合に限るけど

 カーテンを開けて仕切りの無いワンルームを日光で満たす。どうにか人の住める場所に仕立てた空間、粗雑な住まいに見えるし、一見どこぞの事務所と変わらない。ただこのベッドスペース周りの畳だけは人に誇れる自慢だ。

 い草の香りは実家の証、日本人として生まれた以上遺伝子レベルで親しんでしまう匂いだ。いっそこの匂いで料理に応用なんてできないだろうかとか思ってしまったり、そんなふざけたことを考えてしまう。

 

 頭はぼやけている。二度寝でもしようかと考えたけど、でも今日も明日も店を開かないといけない。たるんだ気は頬をはたいて取り払う。少し痛い

 

 

……シャワー、浴びよ

 

 

 湿気の多い空気、肌に張り付く不快感を払うために僕はふらふらと立ち上がる。夢遊病かくありといった感じに、欠伸を吐き出し寝ぼけ眼をこすりながらシャワールームの前に

 

 立って、そして

 

 

 

「…………ん」

 

 

 

 部屋に取り付けられた箱型のシャワールーム。傍の篭には明らかに僕のモノではない衣類が乱雑に置かれていた。それも女性服、服の上にブラとショーツが重なっていたからすぐ察した。それも大きいサイズ、とくにブラは

 

 

 

……家の鍵、閉めてたよね?

 

 

「あぁ、安っぽいカギだったからね……つい好奇心で開けちまったのさ」

 

 

「!」

 

 

 心の声を聴いたかのような的確な返事、そして開かれた折りたたみ扉。ガララっと音を立ててそして湯気がブワっと顔に降りかかった

 甘い、花の香料を含んだシャンプーやソープの香り、そしてそこに大人の艶美な魅力を飽和するぐらいに乗せて

 

 何も身に着けていない、ぼやけた空気の中で堂々と裸を晒すエダさんがそこにはいた。

 

 斜に構えたポーズ、見せつける様に髪をかき上げる仕草と、見るこっちが蕩けるぐらい艶やかな瞳を美しい尊顔に際立たせて

 

 あぁ、本当にすごい、なんて綺麗な

 

 

「……ッ」

 

 

「シャワー借りたよ……ケイティ、あんたはどうする?」

 

 

「は、や……うぅ、使いますから、でも早く着替えてくださいッ」

 

 

 とっさに、傍に畳んでおいてあったバスタオルを叩きつけるように投げ渡す。横目に、にまにまとにやけるエダさんの表情と目が合って、また恥ずかしくなって顔が赤くなる

 

 

「なんだいなんだい、別にヌードぐらいで今更……そんなもん、あのおそロシア人でいくらでも見てんだろ」

 

「……ッ」

 

「無言は肯定だぜ」

 

 

 

 渡されたタオルで体を隠すでもなく、そのまま平然と頭を拭って、未だフルヌードを保ったまま。見えてはいけないものが一杯見えてしまっている。

 うん、立てば発禁座っても発禁、歩く姿は18禁。色情魔と揶揄されるエダさんの本懐を見てしまった。それにしても、しれっとバラライカさんの関係を弄って、ほんとなんということを言うんだ。僕はあの人に、うん……まだ、そこまでは、あれ自信がなくなってきた。反論、出来るかな 

 

 

「ほら、シャワー浴びるならどうぞだよ……アタシは楽にさせてもらうさ」

 

 

「うぅ、そもそも、そもそも不法侵入とか……い、色々言いたいッ」

 

 

 言いたいことは山々、しかしこのままにらみ合いでも僕が一方的に顔をやけどするだけだ。仕切りの無いワンルームの部屋、僕は逃れるようにシャワールームへと駆け込み扉を閉じた

 

 

「ケイティ、服ぐらい脱ぎな」

 

「人前で脱げませんッ」

 

「ニプルとプッシィまで見たんだ。あんたもコックの一本や二本晒せばいいんだ、男らしくね」

 

「……え、エッチ!」

 

「はぁ、野郎の言葉とは思えねえなぁ」

 

「…………ッ」

 

 軽口をたたかれて、反論はできず悔しさを噛みしめる。エダさんはというと愉快に鼻歌を奏ではじめて、それと金属同士が噛み合うような音がして、たぶんブラの金具の音かな?とりあえず、服は着てくれるようで安心した。

 

「はぁ……ぁ…………ん、うッ」

 

 シャワールームに背を預けて、少し息を整えようと呼吸する。けど、吸った空気にはたっぷりと他者の面影が残っている。咄嗟に口をふさぎ、まるで異臭に鼻を曲げるようなしぐさだけど実際は真逆、あまりにもよすぎる匂い故に毒だ、防毒の化学マスクが必要になるかもしれない。それぐらい、エダさんの色気の存在感が濃い

 

 普通にシャワーしていただけなのに、いったいなんでこんな

 

 

……変なこと、考えちゃだめだ、というか負けだ

 

 

 しかし、今更シャワー室を出てもまた何か変なことを言われるかもだ。やっぱり一緒がいいのかとか、運そんな感じに

 

 想像は容易に出来てしまう。なぜなら、基本僕は年上の異性に負け続ける身の上だからだ

 

 敗北しか知らない。悲しきかな、それに慣れてしまったのだ

 

 

 

「……」

 

 

 衣類に手をかけ、取り合えず脱衣を済ませる。裸になって、まとめた服を扉の隙間から外に

 

 

……ガララッ!

 

 

「へ!?」

 

 

「ケイティ、アタシのサングラス中に置きっぱなしで…………ぁ?」

 

 

 開けたドアは、僕じゃない力で必要以上に開かれた。それはもう全開で、立場は場所を変えてデジャブ状態に

 

 青い瞳が目一杯に見開いた。

 

 

「あぁ……ひゃぁ……な、なな、やぁあああッ!!!」

 

 

 とっさに隠してしゃがみ込む。下着だけ纏った姿のエダさんは無言で見続けて、急いでドアを閉じようとするけども何故か力が込められていて、え、なんで、怖い!

 

 

「ひ、エダさん閉めて……ぼく、裸ッ」

 

 

「……あるんだね」

 

 

「何を言ってるんですかッ 当たり前でしょッ!!」

 

 

 一瞬、力が抜けたすきをついてバタンっと強く閉じた。ついでに中から鍵もかけて開けられないようにした。そうだ、最初から鍵を閉めていればよかった

 

 そうしていれば、そのことに思いが至っていれば

 

 

 

「……み、見られたッ……うぅ、死にたい」

 

 

 

 こんな、全身が火傷しそうなほどの赤っ恥にもだえ苦しむことなんてなかっただろうに。

 

 しかもタイミングも悪い。早朝、そしてさっきの逆セクハラ露出、条件はそろい過ぎてしまっている。見られたのは、つまりはそういうこと

 

 火照る体、妙なことを心のどこかで考えっしまって、考えないようにすればするほどそれはより明確になる。熱くなる、それこそ火が付きそうなぐらいに

 

 

「もう、なんなのさぁ……エダさんのばかぁ、ひぐ」

 

 

 気づけば涙が流れてしまった。情けなくてかっこ悪くて、僕はそっとシャワーの栓を回して湯の中に体を消した。今だけは湯舟が欲しい、溺れるぐらいのお湯に浸って、このまま溶けてしまいたい。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

「……ケイティ」

 

「…………」

 

 コトコトと湯が沸き立つ鍋、洗ったお米を流し込みかき混ぜながら火を通す。朝はおかゆだ、朝食の準備中、何かうるさいけど気にしない

 

 

「ケイティ、ケイティさんよぉ」

 

 

「……ふん」

 

 

 突然の訪問、事前に連絡でも一報入れてくれていれば僕もこんなそっけない態度は取らない。うん、やっていてちょっと申し訳なくなるけど、今は心を鬼にして遂行せねば。

 

 さて、おかゆと一緒に食べるおかずはっと

 

 

「……ケイティ、ああもう拗ねちまったか。ぁ、どうしたらいいんだ、そんな悪いもん見せてないだろ」

 

 良いとか悪いとかじゃない。どちらかとなれば良いだけど、いや違う、まどわされちゃいけない

 

 

「火を使ってるんです。わかりませんか?」

 

 

「……ああそうかい、わかったわかった。あんたの言いたいことはあれだ」

 

「もう、なんですか……もう、いい加減に帰ってくださいよぉ」

 

 

 

「アンダーの手入れは忘れるなってことだろ」

 

 

 

 

「ほんと、ほんとうにいい加減にしてください! この金髪痴女シスター!!」

 

 怒り心頭、今てに持っているこの熱々お玉を放り投げてやろうか、エダさんはそんな僕を見て知ってか知らずか楽しげに笑ってるだけ。うん、ほんとうにお粥かけてやりたい

 

「というか、まだいるんですか? ぼく、これから朝食なんですけど」

 

「あっれぇ、ご相伴いただけるんじゃないのかい?」

 

「……うぅ、そこのお布団片付けて!ちゃぶ台拭いて!」

 

「はいよ、きびきび働きますよワイフ様」

 

「……誰がワイフですか誰が、ほんともうッ」

 

 愚痴を溢し、大きくため息も出てしまう。味気ないお粥に苦味がついてしまいそうだ。

 取り敢えず、朝食を食べればさすがに帰るだろう。

 

 うん、言われた通り代わりに用意をしてくれている。ちゃぶ台を出して、布団も隅に畳んでくれている。それに散らかっていた料理本も、こういうところは律儀なんだと感心したり

 

「……怒るとシワが増えるぜ、ケイティ」

 

「誰のせいだと」

 

 

 出来上がった朝食、トレイにのせたそれをちゃぶ台に並べていく。中央にオカユの入った土鍋、それとかゆに合わせて食べる各種作りおきのおかず達

 

「なんだい、結構うまそうじゃないかい」

 

「病人が食べるポリッジか何かと思いましたか?ここはアジアですよ、濃い味付けのおかず無しじゃ味気ないでしょうに」

 

「まあ、そりゃそうだね……どうも、ありがと」

 

「……いただきます」

 

 お椀に注いで渡して、そして自分の分も前に置いてから手を合わせる。エダさんはもう食べはじめていて、さっそく味の濃そうな鶏そぼろをどかどかかけて、他にも色々てんこもり、子供みたいで少し笑ってしまう

 

「……機嫌は直ったかい?」

 

「さあ、どうですかね」

 

「……うまい、良い味だ。毎日ご相伴に預かりたいぐらいさ、住んでいいか?」

 

「…………逆セクハラはこりごりです。でも、どうも」

 

 

 にやける顔は、どうもうまく隠せない。わかってはいても、料理を誉められるのは嬉しくて、うん

 さっきのこと、

あれだけイライラな感じに振る舞っていたのに、何でこうも簡単に

 

 あれか、僕程度が抱える怒りなんて誉め言葉ひとつで簡単に解消される程度、ということか

 

 うん、なんでわざわざこう、自分で自分にとどめを指すようなこと思い付いているんだろう僕。バカなんだろうか、いや賢くは無いけど、 

 

 

「……ま、アタシもからかいすぎたね。わるい、姉ちゃんも反省してるよ」

 

「しれっと姉ちゃんて、まあいいですけど……あ、漬物良い感じ、我ながらよく作ったなこれ」

 

「そういうお前さんは自画自賛かい、これだからカリスマシェフは……お、このエビの炒め物イケるじゃねえか」

 

「?」

 

 エビ、そんなものは買った覚えもないけど、あぁ  

 

 

 

「それ、虫ですよ……エビじゃなくてコオロギです」

 

 

「!!」

 

 

 固まった、ちょっとおもしろい

 

 

「……お口に合いませんか?」

 

 聞いてみるもどうやらすぐに答える余裕はなく、なんというか新鮮な光景だ。見ていてちょっと痛快なのは内緒だ。うん、一応ここはタイなんだし、東南アジアなんだから虫ぐらいもう経験済みかと思っていたけどどうやら違ったみたいか

 

 

「……合いませんか?」

 

「笑顔で聞くなよ、性格悪ぃな……あぁ、そのあれだ……納得はした」

 

「ならなによりで、栄養もあって味もいいですよ。最近はまってるんです」

 

「……さっきの仕返しって訳じゃないみたいだね。たく、飯でびびらせんじゃないよ。こっちは、わざわざ心配して訪問したってのに」

 

「?」

 

「話、戻すけどよ……これでも愛しい弟の身を案じて訪問したわけなんだ。なあ、ケイティさんよ」

 

「その結果があの……やめてください、変な空気なるじゃないですかもう」

 

「自分で掘り返しちゃ世話無いぜ。初な生娘さん」

 

「……うぅ、だれが」

 

 誰が生娘だ、僕は男だ。そんな言葉が喉奥まで出掛けるがすぐ勢いをなくして胃に落ちていく。言っても無駄だと悟ったのだ。どうせからかわれる

 

 それにしても、先ほどのこと。やはりというか中々に消えてくれない。これからしばらくエダさんの裸で悶々とすると思うとちょっと悩ましい。

 

「話、逸れましたね」

 

「?」

 

「心配のくだり」

 

「……あぁ」

 

 言った本人まで、しかし心配だのなんのって、いったいまたなんでそんなことをわざわざエダさんは。

 

 ここはロアナプラなのに、今更なことだ心配なんて

 

 物騒なのはいつものこと、幸いというか不幸と言うべきか、僕は色々と守られる立場にある身だ。その辺の話なら別に

 

 

「……問題ないかと」

 

「バックにマフィアしこたま抱えて、鼻につくぐらいの余裕さね……けど、話はそこに関わんだよ。カルテルとモスクワが不穏だ、気を付けな」

 

「……アブレーゴさんとバラライカさん、喧嘩でもしたのですか」

 

「喧嘩って、んな可愛い程度ならこんな話しねえさ……たく、惚れた相手なら呑気でいいこった」

 

「……喧嘩かぁ」

 

「話聞いてんのか?」

 

 

「…………」

 

 

 

 思い返す、バラライカさんとアブレーゴさん、どっちも黄金夜会の場に立つ組織の顔役だ。でも、別にあの二人で仲が悪い話なんて、そんなこと

 

 いや、でもそう言えば最近

 

 

 

 

……ケイティ、無断で夜遊びした罰よ

 

 

 

……バラライカさん、そこだめ弱いッ あはは、だめ、くすぐらないで、息できないからッ

 

 

 

……あの伊達男以外にも、不愉快な男に唾をつけられんようにな。ケイティ、賢く生きなさい

 

 

「……ッ」

 

 

 

 思い返すのは、精々それぐらいか。いっぱいくすぐられてよくない空気になったことは、別に関係なと思いたい。あの程度で因縁深まるだなんてことまずありえないし

 

 でも、マフィア同士のことなんて僕には全くわかることじゃないから

 

 二人がもめるとするなら、確かに良くない予感も街では伝播するかもしれない。エダさんがそれを察知してわざわざここにきて伝えに来るのも、納得はいく

 

 ロアナプラの住人はそういう空気には敏感だ。それこそ、ただのカタギの飲食店なら早々に店をたたんでシャッターを閉じるなりすれば問題ない

 

 

 

「……まあ、気を付けますよ。僕だってここの流儀はわかってます」

 

 

「へえ、ならいんだけどよ」

 

 

「……新作ラーメン、ちゃんとお披露目したいんです。心配なら遊びに来てください。守ってくれるんですよね、エダお姉ちゃん」

 

 

「はッ……ナマ言ってんじゃないよ。このバカ弟」

 

 

 姉弟のふざけたやり取り、そんな軽口を交えながら朝を過ごした。

 

 とりあえず、エダさんの忠告通り気を付けて一日を過ごさないと。といっても、最近は店で変なことするお客さんもいないし、杞憂だろうなぁ

 

 

 

「……うん、コオロギ炒め美味しいな」

 

「なあ、ゲテモノキワモノに興味持つのはいいけどよ、変なラーメン売っちまって客離れても知らねえぞ」

 

「さすがに虫は、まだいれませんよ」

 

「まだ、なのかよ」

 

「はい、でも今は……ちょっとだけ、冒険した料理に手を出してますね。気になるなら、今夜食べに来てはいかがですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夕方~

 

 

 

 

 日没まであと一時間と少しぐらい、ぽつぽつと客が訪れ始めるには良い頃合いだ。

 

 仕込みを十分に済ませた材料、一杯を作る流れをスムーズに済ませるために並べた食材に道具問うの配置、今日も変わらずいつも通りのルーティンを実行している。

 

 ただ違うのは、その日に作るラーメン。今日は少し攻めたメニューだ。普段は出さなかったけど、激辛系のラーメンに挑戦してみたのだ。

 

 

……美味しくは作った、あとは受け入れられるかどうか

 

 

 普段なら店の中は醤油や豚骨、それに鶏がらや魚介の風味、そう言った香りが漂うけど今日だけはいささか刺激的だ。仕入れた生の唐辛子、香辛料、刺激的な香りで鼻を付く。でもこれが食欲を刺激する

 

 作るこっちも唾液が湧いて結果空腹が刺激される。我ながらよくできたと自分的には賛辞ものだ、お客さんが来るのが待ち遠しい

 

 店を開ける。クローズの看板を表に返して、返して……

 

 

……別に、大丈夫、だよね

 

 

 ふと、掴んだ手が止まってしまった。エダさんから言われたこと、心配のし過ぎだと思うけど、妙に引っかかる

 

 別に、街に不穏な気配もない。通りは静かで、今いるここラチャダストリートの様子に代わり映えも無い

 

 心配のしすぎたと自分の中で結論を出す。幸いなことに、守ってくれる人にはこと足りないなんてことはないのだから

 

 

 

「……あ、とと」

 

「!」

 

 不意に、振り返り様に誰かにぶつかった。というか、弾かれた。あれ、これちょっと危ない?

 

 天を仰いで、まるで車にでも跳ねられたかのように、足は地面から離れて遠く

 

 

 

 

 

「……失礼」

 

 

 

 

「へ……ぬ!?」

 

 遠くに飛ばされる、かに見えた。けど、今度は逆の方向へとまた強い力が働いた。引っ張られたのは瞬間的に理解して

 そして、何事もなかったかのように着地。

 

 

「へ、はえ?……いま、僕跳ねられた??」

 

 

 

 一瞬、終わってみれば刹那のこと。いったいどんな怪奇現象にでも見舞ったのかと思ったけど、どうもたいして変なことは起きていなかった。

 

 僕は人にぶつかっただけだ。そして、ぶつかった人は体幹が凄まじかったのか僕だけが一方的にはね除けられたのだろう

 

 

「お怪我は……無いようですね」

 

 

「……え、はい」

 

 

 のんきな返事、目線は僕よりも高い。うん、いつもながら思う。僕はきっと、高身長の女性とよく縁があるのだろう

 

 ぶつかったお人、丸眼鏡に黒髪で、トランクケースと上品な日傘を持っておられる。うん、あれだな、人にぶつかっただけだなんて、そう簡単に言い表せることじゃなかったね

 

 

……変なことでも、起きなきゃいいんだけどよ 

 

 

 今朝エダさんが言っていたこと、それがこうも的中するとは思いもしなかった。僕もそれなりに長くロアナプラに在住していたけど、まさかそんな、こんな道端で

 

 

「……め、メイド?」

 

 

 嘘か真か、それともドラッグの幻影か、縁の無い僕に最後は全くあり得ないけど、でも例えでそれを出すぐらいにはこの出会いは異質だ。

 まさか、こんな冥土に最も近い場所で、どうしてメイドに出会うことがあるだろうか。なんて……はは

 

 

 

 

……なにも、ほんとうになにもおこりませんようにッ!

 

 

 

 

 

次回に続く

 




以上、エダとのセクハラ込みの日常回、そして最後に不穏な空気です。

次回はメイドに激辛ラーメンの回です。投稿は、モチベ次第。年内には投稿するつもり

感想・評価等いただけると幸いです。色々と励みになります


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(40) 四川風毛血旺つけ麺

料理紹介



 大口コンロに寸胴鍋が二つ、一つはシンプルな豚骨ベースのスープ

 けどもう一つは白に対してなんとも相反した赤黒いスープ。今日作るラーメンはダブルスープ方式、激辛スープのつけ麺である

 

 つけ麺の麺は加水率高め、プッツンとした食感の良さに加えてアクセントに太めの春雨を交えてゆで上げる。麺が茹で始めに入れば、スープの方も仕上げていかなければいけない。

 今日の日替わり麺はいつも作るラーメンと違い仕上げの行程は複雑だ。麺をいつでも茹でにはいれるように、出来立てを迅速に提供するためにもここからがスピード勝負だ

 

 調理の手順はいささか多い。まず、刻んだ生の唐辛子と乾燥唐辛子を丸のままいくつか、そして生の新鮮な花山椒を適量用意。

 

 仕上げ調理用のコンロには小さな石鍋を置いて油を投入、温度が上がる前に先に刻んだ香辛料とニンニクを丸のままひとかけら、過熱が進んでいくとと一気に強烈な香りが鼻腔に炸裂する。

 

 刺激的で食欲をそそる香り、けど行き過ぎてちょっと痛いぐらいだ。

 でも、今日作るラーメンは激辛、これぐらいしなくては看板に偽りありである。

 

 

……焦げる手前、辛みと痺れが油に溶け込んできた。ここでスープを投入

 

 

 入れるのはまず豚骨スープ、アツアツに熱した脂がスープと混ざり、立ち上る風味に旨味が伴う。これだけでも十分美味しい激辛ラーメン、だけで本領は二番目のスープだ。

 

 投入するのはこれまた真っ赤な四川の激辛スープ、そうこの激辛スープこそがこの料理の肝心な要素、言ってしまうとこれは血で作ったスープだ。

 新鮮な豚の血と魚介、そして生の唐辛子で作った赤いスープ。毛血旺(マオ・シュエ・ワン)を応用した激辛ラーメンのスープ。旨さの根幹は血にある。

 

 

……麺の茹で、ここからがスピード勝負だ

 

 

 石鍋の中ではスープと油は完全には混ざり切らず層になる。スープ上面は脂が覆われぐつぐつとまた火のごとく荒々しく湯だってい。

 アツアツのスープの上に油の蓋、そこへ具材である豚のモツと薬味の野菜、そしてダメ押しに粗く刻んだ生の唐辛子、最後に別でカンカンに過熱していたラー油を薬味の上に振りかける。

 

 薬味の水分と高温の油、それがぶつかり合い激しい音がスープの上で響いた。

 食欲の沸き立つ良い音、香菜と刻んだ白ネギが香ばしく油の火に炙られて一気に風味が際立つ。臨場感のある調理、このままスープは加熱を維持

 スープは完成まで一分を切る。そしてそのタイミングでストップウォッチがベルを鳴らす。

 

 今度は麺茹での鍋の前に立ち振りザルを取る。いつもならこの場で湯切りしてドンブリへ、だけど今日はつけ麺だ。麺の味を楽しむためには一気に冷やしてシメるのが一番。広いシンクには大きなボウルに氷と水、そこへ振りザルに麺を入れたまま投入。麺を一気に冷却して、ここで水を切る

 

 麺とスープも万全、ここから盛り付けに入る。

 

 お盆の上にまず麺を乗せる平皿、皿の中に砕いた氷、その上にザル蕎麦用の竹すのこを敷くことで水気を与えずに麺を十分に冷やす。

 つけ麺のスープはコンロにかけた石鍋を、木製の鍋敷きを敷いてお盆の上にそのまま置いた。熱々のスープ、未だずっと煮えきったままで良い具合だ

 

 ぐつぐつと煮えたぎる毛血旺、そして反対に歯が染み入り程に冷え切った中華麺。

 十分に熱く、そして十分に冷たい、温度の差がしっかりしているほどつけ麺は美味しくなるのだ

 

 

 

 

「よし、出来ました……お待ちどう様です。マオ・シュエ・ワン、四川風毛血旺(もうけつおう)つけ麺です」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 お盆をもって、お客様の前まで配膳する。まだ誰も食べたことのない新作ラーメンを食べる栄えある一人目、お客様は表情が硬いようだけど僕にはわかる。その目が、丸眼鏡の奥に隠れた瞳が目の前の食に反応していることを

 

 

 

「すごく辛いです、それにアツアツですから気を付けて召し上がってください。箸、チョップスティックは」

 

 

「……いえ、お構いなく」

 

 

「左様で……では、ごゆっくり」

 

 

「……ッ」

 

 

 不慣れな手つき、然し数度手に持って動かしていくうちにその手は箸を使いこなしてしまった。紙ナプキンをとり、丁寧な所作で身に着け、そして眼鏡を置き手袋を外す。メイド服で、この激辛ラーメンを食す様はなんとも異質

 

 

 

 

 

……ず、ずずずッ!ズルルッ!!

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 激辛、熱くて辛くてしびれてそして辛い、そんなスープに一切躊躇せず麺をディップ、スープを纏わせてすすり食って見せた。

 

 すると、その黒髪と肌の合間、額のあたりは一気に汗がにじみ出て、心なしか肌も厚く火照ってきて体からも異様な圧を感じる。料理に込めた辛みと熱さが全部流れ込んでいくような、そんな異質な光景を感じ取って見てしまう。

 

 

 

……ほんと、なんだろうなこの人

 

 

 

 メイド服を纏い、こんなロアナプラで何をしているのやら。この奇妙なメイド服のお姉さん、名はロベルタさん。彼女はいったい、どんな理由でここロアナプラに来たのだろうか

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

~夜

 

 

 

 

 

 時刻は過ぎていきロアナプラは夜の顔を見せる。ネオンライトの光がけばけばしい、所々で酒と暴力と、そしてドラッグの香りが鼻を付く

 

 この街の本当の姿、けっして日向の場所にいる人間には見せてならない世界

 

 それが、ましてや子供であるならなおさらに

 

 

「……渋滞に掴まった。もう少しかかるよ、悪いね」

 

 

 他人を気にかけて発した言葉、渋滞の真ん中で止まる赤い車用の車を運転する彼、ラグーン商会のベニーが発した言葉

 

 その言葉はロックか、レヴィか、会話の相手は身内ではない。今、彼らの車には人質がいる。

 

 ラグーン商会、彼らは今カルテルの曰く付き案件を抱えて行動中であった。その内容とは荷物の受け取り、だが受け取った荷物はただの子供

 

 しかし、ロックの疑念から推測は進み、一応は心を開いてくれた少年の言動により現状は把握に至った

 

 車の後部座席、ロックを真ん中に挟みレヴィから遠ざけられた彼の名はガルシア。彼は南米ベネズエラの名家の跡取りであり、そしてカルテルから因縁をつけられこのロアナプラに飛ばされるに至った身だ

 

 

 

……本当に、面倒なことになった

 

 

 

 後部座席の真ん中、ロックはふとそんな愚痴を頭でぼやいた。それは右隣の少年へ向けたモノではなく、あくまで左の暴れ馬に対してだ。

 

 レヴィと子供、その相性の悪さを噛みしめてストレスから煙草を取り出しかけるが、それはいけないと理性が止める

 

 

「……クソ、ロックおら……火出せよ、火!」

 

 

「レヴィ、子供がいるんだから控えてくれ」

 

 苛立ちを解消することなく、タバコどころか車ごと火をつけかけないレヴィを諌めつつ空気をなごませんと考える。

 

 カルテルの嘘、厄介ごとに巻き込まれた際の保険。そのためにもまずはホテルモスクワと連絡をとる必要がある。

 

 そして、その場所に行く前に

 

「……ベニー、まだ渋滞は続くだろ」

 

「ああ、そうだろうね……ラッシュが終わるまで適当な店で時間を潰しても良いんじゃないか」

 

「なら、ここからラチャダストリートに入らないか?あそこには有料の駐車場もある。待ち合わせにも時間はあるし、ついでに」

 

「……あぁ、なるほどなるほど」

 

 バックミラーに映るベニーの顔、ロックから見て彼の表情は明らかに食欲を刺激されて唾液を飲み干した顔をしていた

 ラチャダストリート、この言葉だけで彼らは共通の答えを得る。一人ガルシアを除いて 

 

 

「ケイティの店で飯か、わざわざなんでまた」

 

「……レヴィの機嫌、この子の安全、天秤にかければ」

 

「なるほど明解だ」

 

 男達三人が納得しうなずき合う

 

 

 

「おめえら、あたしが空腹でヒスかましてるってか?ああッ!」

 

 

 

 当然と言うべきか予想された反応を示す。なんにでも噛みつく野犬、しかし

 

 

 

「じゃあ車で待つ?」

 

 

 

 素のテンションで訪ねるロック。対してレヴィは

 

 

 

「ロック、お前に罰金だ。あたしの癪にさわった罰だぜおら。飯おごれ」

 

 

「……いた、わかったって、そんな小突くなよ」

 

 

 がしがちとロックを拳でたたくレヴィ、軽くのつもりだろうがいかんせんスペックが高すぎる。ちょっと車が揺れだした

 

「二人とも、車を揺らさないでほしいな……この車直したばっかなんだ。ぶつかって塗装でも剥げようものなら僕もヒスになるよ」

 

「ああなってみろさ、そん時はこのレヴィ様が顎カチ割ってストップをかけてやる」

 

「……ッ」

 

 

 強い言葉、暴力的な会話、しかしケイティの店の話を経てからレヴィの顔は少しはましになっていると察した。

 

 和やかな空気は流れる。

 

 

「ダッチ、ヘルプだ。僕はハンドルを持っているから君に預ける」

 

「荷が重い、誰か頭痛薬を用意してくれ……頭に穴を開けて直に流し込みたいぜ」

 

 

 

 

 

 ジョーク混じりの会話、くだらない会話を交えながら彼らは目的地へと目指していく

 

 目指す場所はイエローフラッグだった。が、しかし予定を修正してまず訪れるのはディナーの場へ

 

 

 

次回に続く




以上、新作ラーメンとロベルタ、そして動き出す原作ストーリでした。次回はもう少し原作要素を進めたい

激辛ラーメン、知っている人は知っているかな?ラーメン西遊記という漫画で出てきたラーメンが元ネタです。激辛要望がリクエストにありましたが一応これで達成かな?
 


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(41) 激辛フルスロットル

ケイティ「昨年に引き続き、今年も美味しいラーメンを提供いたします。ロアナプラ亭への来店、心よりお待ちしております」


 

 

 

 夜も更けてきた頃、客足は絶えず店へと駆け込んでくる。今日のラーメン、四川風毛血旺つけ麺のうわさが広まっていき、店の中は混雑になってきた

 

 いささか刺激の強い料理だと思ったけど、腐ってもここは激辛料理のあるタイ国なのだから、みな辛い食べ物はむしろウェルカムであったようだ。

 辛い辛いと文句を言いながら食べる手は止まらない。刺激の中にあるこってり濃厚で複雑な味わいは現地の料理にもきっと負けてない。ここでしか食べられない激辛料理のうわさで、普段日本食のラーメンを毛嫌っていた人ですら一心不乱で麺を食らっている

 

 

 

「————」

 

 

 

 辛い辛いと、客たちが騒がし気に食べる店内で、その人もまた同じように一心不乱で麺を貪っていた。綺麗な黒髪に汗を滴らせ、厚く着込んだメイド服からはどこか熱気のようなものすら出ているようにも見えてしまう

 

 

「……店主、替え玉と、次のスープを」

 

 

「え、もう三杯目ですよ……大丈夫ですか?」

 

 

 信じられない、そんな驚きを隠せず僕は聞き返してしまった。周囲に座っている客たちも、この人の食べっぷりとさらにお代わりを求める胆力に、驚きを超えてちょっと引いている

 

 無論、メイド服姿の彼女の出で立ちに違和感を抱いているというのもあるけど、ともかくこの人は今お客さんで、今この激辛ラーメンを最もおいしそうに食べていることだけは確かだ

 

 本当に、いったい何者なのか。このラーメン、作った僕でさえ二口でギブアップするぐらいきついのに

 

 

「……どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 

 卓に置いたアツアツのスープ、キンキンに冷えた麺と絡めて、むせるのも恐れず一気に食べる。ほんと、体内が鉄でできていると疑ってしまう。さっき、ぶつかったときも軽々とあしらわれたし、この人もしかして軍人さんか何かなのか

 

 女性だから、綺麗な見た目だからと決めつけることは絶対にない。この街において、見た目の美しさ、そしてバストの大きさが女性の強さに直結してしまうという謎の原理があるのだから。

 バラライカさんにも、口酸っぱく注意されていた。綺麗な女ほど恐ろしいと、最も恐ろしい女性のお言葉だ、まず間違いはない

 

 

 

 

……ずる、ずるるるるッ

 

 

……ズズ、はぐ、がっつがっつ

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 

 それにしてもいい食べっぷりだ。麺を食べながらスープを飲み、具のホルモンやトウガラシまでも咀嚼して飲み干している。

 

 

 

「この料理は、本当にすばらしい……店主、お見事です」

 

 

「え、あ……ども」

 

 

 褒められた。顔を上げてこっちを見る目は、とっても優しい目だ。うん、綺麗な顔立ちだし、ちょっとドキッとした。

 

 

「臓物、そして豚の血、これがここまで美味とは。あぁ、世界は広い、私一人だけが知るのは、いささか申し訳が立たない」

 

「……は、はぁ」

 

「しかし、豚の血に臓物、野良犬の私にはまさにふさわしい食事であること。ありがとう店主……そして、申し訳ございません」

 

「……?」

 

 

 話が変わり、急に謝罪。食べきったどんぶりの上に箸を置いて、ロベルタさんは席から立ち上がる。

 

 いったいなにか、そう思ったときに僕は周りの異変にようやく気付いた。店の中の客が動かず、一点を見ている。それは入り口に立つ、彼ら。

 

 彼らは、順番待ちをしているお客さんなどではない。名前を知らない人たちだけど、風体ですぐ職種だけは想像できる

 

 けど、それでも店に来れば客であるから、だから僕はいつものように

 

「……あの、いらっしゃ」

 

 

 いませ、最後の三文字まで言い切ろうとした、その瞬間に

 

 

 

 

……ズダンッ!!

 

 

 

 

 

「いませ…………へ?」

 

 

 

 その音は、確かな響きと硝煙の香りを伴って、僕の顔のすぐ横を通り抜けた。

 

 集団のリーダー格が放った弾丸、それは店の中に飾っているいくつかの写真、それもバラライカさんと僕が映っているツーショットの写真を打ち抜き、額縁とガラスは砕けて、落ちた。

 

 はらりと、部屋の空気で無造作に舞い落ちる写真は不運にもガスコンロの火に触れる位置に落ちて、見るも無残な黒焦げの灰に変わっていく

 

 そんな様子を、僕は茫然と眺めていた。何を言うべきか、どんな反応をするべきか、困惑していたら、またも

 

 

 

 

「……に、逃げろ!!地獄が始まるぞ!!?」

 

 

 

「……バカ野郎、ここをどこだと思ってんだ!!」

 

 

「……ふざけんな、巻き添えで死んでたまるか!! 外のみんなも逃げろ、ロシア人がマジ切れですぐ来るぞ!!」

 

 

 

 

 ドドドドド! 机やいすを翻して蜘蛛の子を散らすように客たちは店から出ていく。入口のガラス戸も押し倒して、一瞬で店内がぐちゃぐちゃで営業不能になってしまった

 

 うん、ここまでくれば僕もわかる。だって、似たような件を知っているから

 

 

 

……ケイティ、お前は良いよな、店が壊れなくてよぉ

 

 

……バオさん、またお店が壊されたんですね

 

 

……くそったれ、お前さんは良いよな。パトロン様のおかげでここは禁足地だ。メッカやエルサレム並みにガードが堅い

 

 

……ははは、でももし何かが起きたら本当に大変ですから。これはこれで怖いですよ

 

 

……てめえ、俺の店が壊れるのは大したことじゃねえってか! くそ、その通りだ。お前さんの店が壊れるなら、俺の店を半壊させた方がいい。誰だって、そう思うさ

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、あわわわわ」

 

 一気に、恐怖は背骨をがくがくふるわせて僕は両手を口に突っ込んだ。ガクつく口を押えながら、ただその場で立ちすくんで、あの、本当にまずい、なんでこんな

 

 

 

……アブレーゴさん、なんでこんなこと!!

 

 

 

 そう、気づいた。今銃弾を放った連中、みんな南米人だ。コロンビアマフィアなんて、ここじゃあ一つ、マニサレラカルテル以外他にない

 

 

 

「よう店主、おめえさんには悪いがこっちも仕事なんでな……おいメイド服、俺の名はペドロス、ボスの命令だからな悪く思ってくれるなよ。全員、構えろ」

 

 

 

「!」

 

 

 

 ボスの命令、その言葉からアブレーゴさんの指令だと証明されてしまった。いったい、なんでまた、あの人がこんな愚かな指令をするなんて思えない。だって、アブレーゴさんだから!

 

 でも、現実にこの人たち銃を向けている。ロベルタさんに対して、いや、まて

 

 銃口、ぼくにも向けているッ

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 配膳中、話しかけられた僕のいる場所は厨房ではなくカウンター席の前。そう、このままじゃあ

 

 

 

 

「撃て」

 

 

 

 

「!!」

 

 光、火薬の爆ぜる光が目に刺さった。厨房へ飛び込んで逃げようにも、僕は目をつぶってしまった。ああ、もう終わりだ。バラライカさん、きっと悲しむなぁ

 

 うん、でもこんなのんきな思考をしているなんて、ちょっと待って、今僕どうなってる?

 

 

 音は激しい、銃声がやたらめったら店内で響き渡る。恐る恐る目を開けてみたら、そこにはなんともきれいな顔立ちの女性が、というかロベルタさんだった。あれ、もう死んだのか、そう思ったけど違ったのだ。眼前に迫ったのは、向けられた銃口から放たれた鉛玉ではなく、それよりも近い場所にいた、ロベルタさんだった

 

 というか、ロベルタさんの、豊満なモノであった

 

 

「!?」 

 

 

 こんな状況で、いったい何をしているのやら、そう呆れてしまうのがきっと普通の反応。それか無神経なスケベなら鼻の下を伸ばしているかだ

 

 でも、今の僕にはそのどちらも取れない。うれしいはずの、ちょっと大胆な接触が、感触よりも先にその異常な体温の高さに驚いてしまった。

 

 

……なにこれ?溶鉱炉? あっつ! あっつい!!

 

 

 心音も、ヘヴィメタルロックのベース音みたいに重く強く、歪んだ爆音のごとく響いている

 

 この人、本当に人間なんだろうか?

 

 

「……巻き込んでしまい、まことに申し訳ございません」

 

「へ?」

 

「彼らを引き付けるために、のちに酒場にて始めるつもりでしたが。どうやら、彼らもまた想定外な行動をとったようです。店主、あなたのような良き方を巻き込んでしまったこと、重ねて謝罪いたします。です、が」

 

 

 

 

……ジャコンッ

 

 

 

「おい、なんだこいつ……傘!?」

 

「回り込むぞ、さっさと撃って殺しちまえ!」

 

 

 

  

……ジャキンッ

 

 

 

「————ッ!??」

 

 

 

 ありのままに、見えているモノ、聞こえている情報を整理しよう。

 

 突然、現れてきたカルテルの連中に銃撃に合って、そして今僕は謎のメイドさんの不思議な傘。メリーポピンズもびっくりな魔法の傘で鉛玉の雨が一つもこの身に当たらずに済んでいる。

 

 でも、メリーポピンズと比べて決定的に違うのは、それを飛ぶことでも銃弾をはじくことよりも

 

 その、黒光りする銃の存在、であろう

 

 

「美味なる食事で、いささか血が先ほどから沸騰して冷めないままにございます。しかし、訪ねごとを吐かせるまでは生かさねばなりません。なので、なにとぞ」

 

 

「……ま、ロベルタさんッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……カチン

ズダァアンッ!!

 

 

 

 

「……なッ」

 

 

 傘の内側で見えていた、その重々しい黒光りのショットガンから火が噴いて、そして傘の穴か人が吹き飛んで血が噴き出す様が見えてしまった。うん、見て後悔した

 

 

 

「みっともなく、泥を這いずってでも生き延びなさいッ でないと、噛み殺してしまうからッ!!」

 

 

「ひッ!?」

 

 

 さっきまで、綺麗な顔立ちを保っていたはずが、一瞬で見るもおぞましいナニカ二へと変貌した。おじけづく僕の前に立って、ロベルタさんは仕込み傘の銃と、そして傘と同じく銃弾を防いでいたトランクケースから、あり得ないほどの轟音と火薬臭をまき散らした。

 

 

……やばい、やばいやばいこの人やばい!!??

 

 

 店が壊れていく、人が死んでいく、とにかくもう本当にヤバイ

 

 まちがいない、ここまで来たら断定できる。ここはもう現実じゃない、ハリウッドの世界、そして

 

 

 

「め、メイド姿の……ターミネーターだッ(ガクブルガクブル)」

 

 

 

 絶対そうだ、間違いないと、ここにいるのはシュワルツネッガーよりもシュワルツして、スタローンも混ぜて、もうなんでもござれだ。血管に溶けた鉛が流れていると言われても信じてしまう

 

 

 

……助けて、バラライカさん助けて、超たすけてッ!!!

 

 

 

次回に続く




 今回はここまで、荒っぽい話は書いてて楽しい。

 原作改変ポイント、酒場ではなくケイティのお店にて、そしてアブレーゴ本人は来ていない、独自展開で進めていきますので何卒ご理解を

 感想を拝読して、アブレーゴの好感にうれしく思います。原作視点ではこの話はロベルタの話、しかしケイティの視点で描くこの二次創作では、彼アブレーゴに視点を当てて楽しく書いていく所存です。

 次回、できるだけ早めに。今年もよろしくお願いします

 


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(42) ターミネーター・カムイン・ロアナプラ

サクサク進みます。アニメ見ている前提でちょっと省略しながら進んでいきますので、ご了承を


 

 

 

 執務室に腰掛け、バラライカは部下からの報告を待っていた。

 

 ラグーン商会からの頼み、マニサレラカルテルの裏を取ってほしい。その頼みを聞き入れ、そして動くべく時を待っていた。

 

 火薬に火が付く、それは経験からすでに察していた。未来予知といってもいいほどに確定された未来を察して、彼女はひとまず昂る神経を落ち着けんと最近は控えていた葉巻に手を伸ばす

 

 愛でる彼を思って、実は苦手と告白した時より控えるようにしたニコチン、それが久しく肺を満たすと手足に熱が回る。

 

 

……禁煙、たまにはいいかしら

 

 

 本数を抑えて、たまに吸う。それもまた良い楽しみだと。灰を落として、半ばまで吸いきって堪能していた。

 

 

「……入れ」

 

 

 至福の時間、ノックの音に答える。バラライカは横目に、ボリス軍曹を見て、その怪訝な表情に異を感じた

 

 何かあったのか。察して、すぐに吸いかけの葉巻を押しつぶして消した。

 

 

「大尉、厄介なことになりました」

 

「あら、そう……カルテルの連中、いったいどんなことをしたのかしら? もちろん、事を構えるにはうってつけの火種だろうな」

 

 

 期待を込めて、怪しく微笑みながらおもむろに席を立った。

 

 もとより、カルテルとホテルモスクワの間には緊張感が強く走っていた近日、多少なりの抗争は起きるのも想定済み

 カルテルとの利権争い、せいぜい土地や流通ルートのいくつかをせしめとる程度の争い。それで決着がつく程度の軽い騒動のはず。

 

 銃弾を放ち、勝利を悠々と手にして酒宴を開くまで容易に想定できていた。それは慢心ではなく、当たり前の常識範疇。

 

 だが、世は時に常識を超えてしまうこともしばしば。そうした時には決まって、頭が痛くなるほどに愚かな馬鹿が過ぎた行いをしたせいだと相場は決まっている。その事実を、今宵バラライカは深く、深く、痛感してしまう

 

 

 

「大尉……カルテルが、ケイティの店を襲撃しました。ラチャダストリートは今、スターリングラードの攻防戦が再演されています」

 

 

 

「…………」

 

「……それと、その争乱に一役買っているのが、どうやらメイドだとか。その、大変言いにくいのですが、ケイティはその奇怪なメイドに連れまわされている状態で、渦中に、その……大尉?」

 

 

 言いながら、ボリスの表情は引きつっていく。先ほどまで余裕を見せていたバラライカの表情に、不自然なまでに暗い影が落ちていった

 

 ふつふつと、無言故にその感情のすごみを感じ取れてしまう。怒り、それもストレスで最高に脳がキレてしまった、そんな地獄レベルのヒステリー

 

 憤り、何かを壊すでもなく、叫ぶこともなく、ただいつものように軍服をその身にまとい、執務室の扉を静かに開いた。

 

 

「……軍曹、配備は」

 

「す、すでに、現地にいた数名で偵察を続けています。突入は」

 

「いらん、我々の目的はあくまでカルテルだ……一般人は優先順位にならない」

 

「…………了解です」

 

 

 冷えつく言葉で、当たり前のように突き放す。バラライカの背を追うボリスは、その判断が正しいものと理解はしている。

 

 だが、その言葉を発するために、どれだけの感情を押し殺しているか、それはきっと、バラライカに深く踏み入った彼にしかわかりえない、そう思いを抱いた

 

 

「目的はカルテル、だがラグーンの件も引っかかる。軍曹、お前は私と残り情報を精査だ……では、総員」

 

 

 

 

『撃鉄を起こせ』

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不穏な影がうごめく中、鉄火場の最深部では現在進行形で血と硝煙がバーゲンセールだ。ブラックフライデー並みに人がこぞってうごめくさまは壮観ですらある。

 すでに一般客、周辺の露店や通行人、ローワンも財産を嬢に担がせて安全圏まで逃走中だ。ここにいるのは、応援で駆けつけるカルテルの兵士と、完全に巻き込まれたラーメン屋の店主、そして、最も危険な人型兵器、それもメイド服着用

 

 

 

「言え! 言って死ね! 若様は、どぉぉおおこおおにぃいいいいいッ!!!!??」

 

 

 

 叫びがこだまする。そして人が吹き飛んで、爆発して、血と臓物がスプリンクラーの様にまき散らされる。メイド服の中は火器、重火器、炸薬、なんでもござれ、その上獣のごとく素早く俊敏に、しかも三次元的に飛び回る超人じみた身体スペックで接近戦から銃弾見て避け余裕でこなす。もはや面白くなるほどに彼女ロベルタはキリングマシーンを披露している

 

 カルテルの襲撃犯リーダー、ペドロスは死体と車だったがらくたに隠れて応戦をしている。カルテル側も逃げればいいものの、執着はひどく死体を築いてもまだ懲りずに応援を呼んだ。機銃のついた装甲車が四台、しかしそれでもロベルタは死なない。

 

 

「くそったれ、野郎どももっと突っ込め! こいつを取れば一攫千金、本国での絶対的な地位が手に入んだぞ!! 撃ち込めッ殺せッ!!」 

 

「ミスター・ペドロス、だがこれ以上は」

 

「火薬が尽きりゃあただの女だ! ぶち殺せッ!!」

 

 

 激励を飛ばし、なおもしつこく戦闘を激化させる。

 

 愚かしいまでの光景。これが映画ならポップコーン片手に大笑いしながら鑑賞しているだろうが、現場にいる者達にとっては笑い事ではない

 

 しれっと、厨房に隠れてびくびく震えるケイティしかり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベルタ、どうしてあんな風に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼のメイドのご主人である、ここロアナプラへの不運な来訪者。ガルシア・ラブレスを含めた一行たちにとって、この状況は全く笑えない。

 

 

「ロック、提案がある」

 

「もしかしてこの子をこの場で捨てるっていうのか? 」

 

「ぼくは賛成だ。ここはもうじき独ソ戦最高の山場と同じになるだろうね、ユダヤ系のぼくには面白い末路だが、包囲される側にまでなりたいとは思わない」

 

「スターリングラードか、言いえて妙だ。出口があるうちに逃げるぞ、ソ連に包囲されて死ぬのはナチ党だけで十分だ」

 

「そしてこのガキは置いていく。ロック、いい加減にしな……アタシも姐御にブリッツぶち込まれんのはノーサンキューだ」

 

「ちょっと、みんな正気なのか!」

 

 

 ロックの懸命な訴え、しかしこの場にいる大人たちは現実主義だ。怯えるガルシアよりもわが身を、それは当然であり、そしてバカ真面目よりもはるかに懸命である。

 

 

「とにかく逃げるぞ、ガキを置いて車へ戻る」

 

 

 船主の命令は絶対、ロック一人の意見では決して動かないラグーン一行。しかし、そんな彼らがこのまま逃げおおせる展開、なんてものは

 

 

 

 

「ロベルタ……ロベルタ!!」

 

 

 

「ばか、手前ごらッ叫びやがって……ほらほら見ろくそったれが!!」

 

 

 

 

 もし、この世界に脚本家がいるとするのなら、当然見逃すはずもなく

 

 たった今、ロベルタの眼鏡越しの眼光はラグーン一行を捉えてしまった。恐ろしい目の光で、そして銃口もまた

 

 

 

「ロベルタ、そんなことしちゃだめだよ! 僕は、いつものロベルタが……ムグッ!?」

 

 

「馬鹿野郎!死神に口笛吹いて手招きすんじゃねえ!!」

 

 

「レヴィ、ガキは置いていけ!」

 

 

「この状況でガキを置いただけで済むはずがないだろダッチ!! 人質にして今は……伏せろッ!!」

 

 

 

 過激化する闘争、放たれたグレネードは着弾。これもまた、決められた運命をなぞるように

 

 神が仕組んだ、嫌がらせのような運命のシナリオで彼らは踊らされる。愉快痛快に、ロアナプラは今日も通常営業であった。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

~ケイティ視点

 

 

 

 

……何か、話している

 

 

 

 厨房の陰に隠れて、ひっそりと耳を立てている。さっきまで響いていた火薬の音も少し止んでいて、だから顔を出してみた

 

 そこには、真っ白なエプロンに焦げた黒と返り血をべっとり付けたメイド服の…………メイド服の……うん、人かな、人だよね、うん……メイド服の多分人間、ロベルタさんが立っていた

 

 カルテルは、すでにスクラップの中で死屍累々。では、今は何を見て、誰と対立を

 

 

 

「!」

 

 

 

……あれは、ラグーンの皆さん

 

 

 

 常連である顔、遠目にピンときた。そして、ダッチさんとレヴィさんが前に構えているのは、見知らぬ少年

 

 少年、メイド服、その二つで僕の頭は珍しくさえてしまって、ぐるぐると推測は回った。もしかして、あの子がロベルタさんの

 

 

 

……うん、厄介ごとの匂いしかない。このまま、息を潜めて

 

 

 

『————————ッ!!!』

 

 

 

……うん、やりすごさないと

 

 

 

 厨房の中にまた身を隠した。秘密のバックから飛び出た魔法は一切容赦なくリアリティ抜群な爆発を道に咲かせた。悲鳴は多い、もしかして殺られた? そんなことを考えてしまう

 

 うん、でもきっと大丈夫、レヴィさんだっているんだから、大丈夫?

 

 

「……今は、自分の身を」

 

 

 心配している暇はない。今は、一刻も早くこの場を去らないと。僕は四つん這いのまま手さぐりに大事なものを、その場に合ったエコバッグへ詰め込んでいく。

 

 レジのお金、それと、あれとこれも、一応、持ち逃げたいものは山とあるけど、今はえり好みしている暇はない。もう、これだけでいいや

 

 

「よし、逃げよう」

 

 

……ラグーンの皆さんごめんなさい、ケイティ二等兵は脱走兵になります

 

 

 腰が抜けた体に鞭を打って、こっそりこっそりと店の外へ。

 

 店内の中から裏の倉庫に回って、ビルの裏口のガレージを開ける。バイクを出すために、せーのっと

 

 

 

 

デデンデンデデン

 

 

 

「?」 

 

……あれ、なんだか悪寒が

 

 

 体の震えのせいか、変な耳鳴りが聞こえる。ガレージのシャッターを持ち上げようとする手に、本能的な拒絶反応が

 

 

「!?」

 

 

 瞬間、シャッターの前でしゃがんでいた僕の体は吹き飛んだ。急な爆音と衝撃は、転がってそのまま倉庫奥のバイクに激突。すごく痛い

 

 

「……な、なにが……なッ!?」

 

 

 驚きつつ、面を上げていったい何が起こったのか見ようとして、そして網膜に映った映像に僕の心は砕け散った。ショッキングが過ぎる

 

 

「あわ、はわわわわ……た、たすけて!!」

 

 

 悲しきかな、助けを呼ぶ電話は最初の銃撃で粉みじん、頼みの綱の携帯電話も、とっくに騒ぎで無くしている。助けなんて来やしない

 

 怖い、本当に怖い。恨みつらみ、銃口を向けられる理由はないし、多分殺されはしないだろうけど、それでも怖い、僕の今まで経験してきた恐怖体験、その一位であるバラライカさんの足撃たれ体験が変動してしまった。じゃあ一位は、当然メイド服姿の人型兵器との遭遇だ。

 

 

「や……ゃぁ……ひぎ、こな、来ないでッ!?」

 

 

 悪夢だ。今僕は最悪のシナリオ、くそったれな映画の世界に迷い込んでしまった。タイトルは? きっと、こんな感じだ

 

 

……ターミネーター・カムイン・ロアナプラ

 

 

 そんな映画はない? いやある、現に今こうして見ている。この映画、なんと驚きノンフィクションなんです

 

 

 

 

 

『私の使命は、若様を守ること……ッ』

 

 

 

『若様を奪ったやつらを追うッ 服とブーツはいらないからッ……バイクを、そのバイクをよこしなさいッ!!』

 

 

 

 

 

 

「…………ゃ、ぁぅ」

 

 

 

 ついぞ耐え切れず、ぶわっと涙腺が崩壊、せめてもの救いは履いているデニムズボンの奥、下着の中で暖かい水が零れ落ちていないことだけだ。でも、それもあとどれほどに持つだろうか

 

 

 

 

……助けて、バラライカさん助けて、張さんも助けて、めっちゃ助けてチョー助けてッ

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 




はぁはぁ、ケイティいじめるの楽しい。次回も楽しく執筆します。次の投稿も明日の夕方、遅くて夜の10時には投稿するつもりです

感想と評価コメント拝読しています。ロベルタというかターミネーター好きがなんと多いこと、まあロベルタもターミネーターも同音異語みたいなものですもんね。メイド服ヤバイよマジやべえ、レヴィ勝てるかな?


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(43) メイドマックス怒りのデスロード

タイトルは勢い


 深い、とても深い眠りに落ちたプリンセスを抱えて彼らは風情のない鉄の荷馬車に乗り込み夜を逃げて駆け抜ける。

 

 ラグーン一行、彼らの内戦えるのはダッチ一人、しかし彼も相当の腕利きといっても、それは相手が人間である場合だ

 迫りくるのは、人間を超越した怪物。怪物を倒すには怪物をぶつけなければならない

 

 だが、残念ながらその怪物を倒しうる可能性は今しがた述べたように眠りに落ちた姫様となっている。

 元の悪辣した性格と凶暴さも眠ってしまえばなりを潜めてしまう。器量のいい顔はなんとも愛らし気すらある。これがプライベートであったならと、しかし今この時においてそれは全く無用のもの

 

 必要なのは、プリンセスなどではない。ただ、悪鬼羅刹に戦い続ける狂戦士だけだ。

 

 二丁拳銃、レヴェッカ・リーはいまだ目覚めないまま。愛らしい寝顔は誰も及びでない

 

 

「レヴィ、起きろ起きてくれ!!頼む!!」

 

「まずいダッチ、バイクが来た!このままじゃ追いつかれる!?」

 

「ええいクソったれがッ!!」

 

 港へ続く6車線の公道を走る。プリマスは法定速度も当の昔に無視してベニーの熟練テクニック走法がアスファルトに焼き跡を刻む。

 

 だが、それよりも派手に、まるで死霊が燃えたバイクで走っているのかと錯覚するような走法で、アスファルトに焼き付けて煙と火花を絶たせながら疾走して迫ってくる。

 火花の正体は、どこで調達したか対物ライフの銃床、それを背負ったまま走るせいで時折接触するから火花が散るのだ。

 

 メイド兵器、ロベルタ。そしてその本名ロザリタ・チスネロス。彼女はさらに武器を補充して逃走劇を開始した。手に入れたのはバイク、そして、そのバイクの本来の持ち主であった者の形見の武器

 そしてそして、ついでに現所有者で預かりをしていた、今回の騒動の一番の被害者。

 

 

 

 ケイ・セリザワこと通称ケイティ

 

 

 

 彼女、ではなく彼はバイクの座席に座してその両手はハンドルを強く握っていた。というか握らされていた。

 

 

「ケイティ、なんで彼女が!」

 

 未だに勘違いしたままのロック、だがそこに突っ込むものは誰もいない。皆、現状で手一杯だ

 

「なあダッチ、あの子も僕たちを追いかける死神と見るべきかな」

 

「んなわけあるか、あれは完全に被害者って顔だ。ダイハードも真っ青なマクレーン顔で不幸丸出しだろうが! というか、あいつあんなにバイク乗れたのか!?ロック!!同じ日本人なんだろ説明しろ!!」

 

 クールで紳士が売りのダッチですら困惑を言葉に出してしまった。助手席より身を乗り出し、マグナムをぶちかますはずが引き金にためらいが出ている。

 こんな状況であるが、ケイティに手出しすることの危険性は骨身で理解していた。どこぞのすでにおっ死んだ南米人とは違って、だ

 

 

「お、俺に振らないでくれ!!日本人だからってみんな仮面ライダーかAKIRAの金田と思うのは間違いだ!!とにかく、そう……起きろ、レヴィ起きてくれ!!?」」

 

 

「……ベニー、右だ!!急げ!?」

 

 

『ズダァアアンッ!!?』

 

 

「ちくしょう!騎乗しながら対物ライフルだと!!イカレテやがるにも限度があるだろうが!??」

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 昔、僕の師匠が生きていたころだ。僕の師匠であるミスター・セリザワ、日本語のファミリーネームだけしか名乗らない師匠は見た目筋骨隆々、スキンヘッドで性格の悪い謎の人物であった

 出自は不明、経歴も不明、ただ日本文化が大好きで趣味でラーメンをしているうちに古今東西の料理全般に精通してしまった奇妙な変人、というか天才

 そんな天才に教えてもらったものに料理以外でもう一つ、バイクの乗り方がある。免許センターにも通わずにバイクに乗れる僕は、そんな師匠からのしごきで実はものすごくバイクが上手なのだ

 

 でも、そんなスキルをやたらめったらに披露するつもりもないし、普通に生活する分に法定速度を破ることなんてしやしない。

 かっこいい、爽快だから、そんな理由で400cc超えのモンスターマシンに乗りたいとも思わない。師匠のお古バイクは整備こそすれ乗ろうとは思わない。スクーターで十分、だけど今は久しく乗ってしまっている。無論、僕の意思じゃあない

 

 僕はただ、運が悪かっただけ。この街を知っていて、かつラグーンの皆さんとも顔見知りで、彼らの行きそうなところに気が付いてしまうという条件、そしてバイクを乗れるということも相まってしまって

 

 結果、僕は背中にとんでもないものを背負ってハイウェイを駆け抜ける、夜風を切り裂きながら、テールライトで赤い文字を描いていた。

 

 帰りたい

 

 

「そのまま、追跡なさい」

 

「は、はいぃ……うぅ」

 

 体を横に、軽い体ではバイクに体が負けてしまう。けど、背中に感じる二つの豊満なふくらみ、の感覚を上書きする恐怖の人間兵器の質量、それがバイクと僕を無理やり一体化してしまう。ハンドリングにも無理がきいて、混雑した道も苦にせずカーチェイスは白熱を増すばかり

 

 ラグーンの皆さんには本当に申し訳ない。たぶん、この人の狂気はきっと僕も関係している。本当に申し訳ないと思う

 

「飛び移る、スピードをもっと!」

 

「!」

 

 前のめりで、もうそのままあなたが運転すれば良いのにとも思ってしまう。ロベルタさんの胸に圧迫されて僕は大きくハンドルを傾けた。垂直のカーブをドリフトで走行。蛇行しながらも師匠の形見であるごついライフルを何度も放った。当たりこそしていないが、ラグーンのプリマスは進路を狭められてますます悪路へと追いやられてしまう。

 

 みるみる距離が縮まって、そして目算で7~8mぐらいまで近づいていく。向こうのテールライトの光を掴めそうな間合い

 と、そんなことを思っていたら、後頭部の感触がふっと消えて

 

「な!?」

 

 瞬間、重さが減ったことでバイクが蛇行する。何が起こったのかはすぐ理解した。撃てる、撃てる、爆破する、狙撃する、そんなロベルタさんだ。

 

 飛べないわけがない

 

 

「あの人、いったい何で動いているの!?」

 

 人ではない、機動兵器、機動戦士?もうなんでもいい。たぶん、この人の常人場馴れ具合はどんな突飛な形容でも通じてしまう。

 

 

「なんてもんデリバリーしやがる、ケイティッ!」

 

「違います、商品が勝手に!」

 

「伏せろ!!」

 

 後部に取りついたロベルタさん、ダッチさんは躊躇いなく銃口を後ろへ向ける。射線には僕も入る、咄嗟にスピードをおとして体勢を低くブレーキを入れる

 

 まるでアニメ映画のカネダの真似事。でも死ぬ気でやったら意外とでき、いやだめ、足が溶ける!

 

 

「ーーーー……ぬがぁあ!??」  

 

 

 左足が燃えるようで痛い。けど、どうにか止まれた、いや止まりきれない

 

 

……あ

 

 

 捕まりきれず僕の体はバイクから離れて宙を浮く。そして、走馬灯を見るようなスローで衝撃映像を見てしまった。

 ついぞ、無茶な走行で無理が来たバイクが、一度地面にワンバンして火花吹き荒れる危険物質に変わったバイクが

 

 

 

…………ハリウッド映画だ

 

 

 

 それは奇跡的な連鎖だった。振り払われて、宙を浮くロベルタさん、そして火のついたバイク。ロベルタさんにぶつかってバイクはガソリンに引火したのか盛大な光と音を放って、爆発

 

 メイド大爆発、そんなタイトルの映画は無い。でも、ノンフィクションではあった

 

 

 

「……あわ、わわわ」

 

 

 

 故意ではない。しかし一端はありそうな、バイクから弾かれて結構痛いコケかたをしたけどそんなことは後回し

 

 とにかく、無事かどうか。あれ、ちょっとまって、無事と言えば皆は

 

 

 

「生きてる、よね? うん、動いてる、よかったぁ」

 

 

 

 気づけばもうここは港の集積所。コンテナが積まれた大きな壁にぶつかる絵図でプリマスは停車、けど見る限り皆黄泉にフライトした様子はない。

 

 無事だ。そう思い安堵したのもつかの間

 

 

……見える、あれメイド服?あぁ、そうか

 

 

「人間じゃない、あの人やっぱり未来から来たんだ」

 

 

 

 僕と、壁際のプリマス、その中間の位置に、ロベルタさんが倒れて、いや立ち上がろうとしている姿を見る。

 

 焼け焦げた服、しかし五体満足、ふらふらとしながらも

その手にはぶっそうなナイフを構えている

 メイド服は死なず。もうキアヌリーブスでも誰でも良い、彼女を止めないと、このロアナプラすらどうなるかわかったものじゃあない

 

 

……ほんとう、なんでこんなことに、というかバラライカさんも張さんも、いったい何をしているの?どうしてここにいないの??

 

 

「僕のケツ持ち様方は、いったいいずこに……」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時を同じくして、ロアナプラのとある場所に焦点は移る

 

 ケイティ達がハリウッドムービーさながらのアクションを興じている最中、そこでは一触即発のにらみ合いが続いている

 場所は、以前にもケイティが足を運んだホテル、その入り口前では黒塗りの改造車でバリケードよろしく威圧的な駐車光景が作り上げられている。 

 それらの車の前にはこれまた同じく黒のスーツで身を固めた紳士達。手には彼らの紳士足る姿をこれでもかと貶める恐ろしい銃火器でより威圧さを醸している

 

 この場、カルテルのビルには多くのアブレーゴ配下の兵士達が緊張感をもって待機、そしてホテル前に陣取るはこの町の同じく支配者、三合会の腕利きぞろい。そして、そんな彼らはホテルではなくホテルの外方向。この場には姿こそ見せていないが、すでに十分すぎるほどに闇に紛れてホテルモスクワの兵士達が突入の合図を待っている

 

 そう、この場には三組織で緊張感が形成されて硬直状態にある。カルテルを狙うホテルモスクワ陣営、しかしその動きを抑制するように三合会は壁を築く

 

 兵士達は命令を待つ。先に協定を破ったカルテルはともかく、張維新率いる三合会とでは今もなお協調体制は継続

 

 ことの真意がわかるまで決して引き金は引けない。煮え切らない苛立ちを押さえながら、じっと待つしかないのだから

 

 

 

 

 

 

「張、あなたどういうつもりかしら?」

 

 

「ひとまず話をしよう、ミス・バラライカ……カルテルについて、そして、我らが愛しいラーメン屋について」

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで

次回と次々回でロベルタ編は落ち着く予定。姉御のストレスケアしないといいかげん怖い



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(44) アブレーゴ、地上で最も不憫なマフィア

アブレーゴ書くのが楽しい。自分で自分の独自解釈にハマってしまった


 

 

 どうしてこうなった、何度アブレーゴはこの言葉を唱えたことか、数えだしたらきりがない。

 

 

「ちくしょう、ちくしょうが……なんでこんな、また胃が……ぐ、おぼろぉ」

 

 

 辛すぎてゲロってしまった。彼は今自室のトイレで絶賛リバースタイム。というのも、彼の直参の部下である者から届いた報告があまりにもストレスフルであったから

 

「ペドロス、あの野郎人の言ったこと全く理解しねえで……バカなのは知ってたけどよぉ、限度が、限度ってもんがあんだろうがぁ」

 

 ここ数時間、彼アブレーゴの耳に届く情報の全てが想定外。彼は自分の過去の命令をいくら掘り返しても間違いがあったようには思えない。アブレーゴは事を穏便に納めんとむしろ神経を巡らしていた側だ

 そもそものきっかけ、本国の幹部連中のひとりがしでかした憂さ晴らし、南米の名家ラブレスに地上げ屋をしようとした連中の腹いせを押し付けられたわけだが、アブレーゴはすべて承知で穏便に納めんとしたのだ。

 本国より依頼が来て、すでにラグーン号が荷物の受け渡しで動いていることも知ってから、そこからの彼の動きはこんな感じだった

 

 

~数時間前、電話中~

 

 

 

……ミスター・アブレーゴ、コロンビア人を探している奇妙なメイドってのはいったい何者なんですかい。

 

 

……ロザリタ・チスネロスだ。お前もブラックリストの最優先候補だから知ってるだろ

 

 

……まじですかい! カルテルの賞金首、なら始末を

 

 

……始末はいらねえ、いいか! 俺たちはあのガキもそんな女も見なかったことにする。本国の奴等には知られるな、そんな奴らはこの街には来ていない、そういうことにするんだ

 

 

……はぁ、それはつまり

 

 

……うるせえ、こっちで色々考えてんだ。お前は言われた通り積み荷を回収する仕事を完遂しろ、いいな!余計なことはするな、俺の命令通りだ

 

 

……アブレーゴ、それはいったい。本国の命令は

 

 

……黙れ!てめえら暴れるしか脳の無いのは言われた通り動きゃあいいんだ!頼むから、頼むからッ!!あのロザリタ・チスネロスなんていう化け物を、カルテルのいざこざでここに招いたなんてことは避けたいッ!

 

 

……えっと、つまりどういう?

 

 

…………いいか、とにかくだ。本国の思想バカ共なんざ知ったことか、奴等はこの街には来なかったことにする、だから言うとおりに回収しろ!!いいな、回収だ!!

 

 

 部下を前に劇場的なふるまいをするアブレーゴ、しかし通話中の声色とは対照的に顔色は土色で不健康そうだ

 メイド服、その正体ロザリタ・チスネロス。彼女の存在をアブレーゴはかねてより知っていた。カルテルのブラックリストに載る存在、そして腕利きの猟犬、そんな彼女はラブレス家のメイドをしていることを。

 

 つまり、アブレーゴはラブレス家が手出し無用のやばいところであると事前に知っていた。秘密をなぜ知っているか、それは彼がマフィアの幹部でありながら小心者、肉食獣を装った草食獣であるからだ。かかわってはいけない存在、そういうものには特に神経を張り巡らしている彼はまだ本国にいた頃だ、すでにラブレス家の危険性を悟っていた。

 だが、彼がここロアナプラにきて月日が経ち、本国に残る幹部が目ざとく資源を見つけて今回の事件が起きてしまったわけだが、この時点でアブレーゴは早々に悟ったのだ。まずい、とばっちりだと。

 

 苦労人、不憫な彼だが物事の嗅覚には鋭い。故にすぐ伝達、こうして部下に命令を下し全て平穏に、平和に片付けようとしていた、はずだったのに

 

 

 

~数時間前、通話中~

 

 

……結局、俺たちはその賞金首をどうすれば

 

 

……居場所は?

 

 

……ラチャダストリートにいると、のことです

 

 

……よりにもよってそこか、ならどうするかはわかるな

 

 

……ボス、それはつまり

 

 

……とっとと問題を片付けろ!たく、本国のバカ共が、厄介なものを誘いやがって、厄介事ははやく消えてくれってんだくそったれッ

 

 

 

 と、そのような会話を部下とし、最後に八つ当たりぎみに受話器を叩きつけて通話を終えた。そして、そこからしばらく

 

 まず、前提としてアブレーゴだが、繰り返しになるが彼は此度のことを穏便に片付けるつもりであった。それは間違いない

 

 彼はガルシアラブレスを保護し、そしてロベルタことロザリタ・チスネロスに受け渡し、その後身の安全を保証して密かにロアナプラから追い出す、はずであった。

 

 なのに

 

 

「なのに、なのにあのバカ野郎共!!ロザリタ・チスネロスどころじゃねぇ! ペドロスのバカ野郎が、いやそれだけじゃねえ、なんで俺の下にはドンパチしか頭にねえノータリンばっか集まるんだ!!ふざけんなッ!!?」

 

 

 

 最初の報告、ペドロスから来たのはターゲットの保護をしたとか逃げられたとかではなく

 

 

 

……ボス!大変だ、全員やられちまう!

 

 

 

……おまえ、いったい何をしやがったッ?

 

 

 

……くそったれ、あのロザリタがいるラーメン屋ごとぶち壊すぐらいに銃弾ぶち放ったのによぉ!あのメイド女手こずらせやがる!!ロシア人とも相手しなきゃならねえのに、くそったれ!!

 

 

……おまえ、なに、言って

 

 

……命令どおり、ボスの狙い通りデカい抗争を起こす火花にしなきゃならねえのによぉ、あの女強すぎだ!頭がおかしいぜ!なあそう思うだろ、ボス!!

 

 

 

 

 

……おか、しい、のは……てめえの、オツムだイカれぽんちが!?……ぁあああああなんでこんなことにぃいいいい!!?!?

 

 

 

 

 

 

 あろうことか、彼はアブレーゴの命令をニュアンスで把握、というか最後の問題を片付けろを拡大解釈。怒りぎみに感情を荒げて会話していたのも、あぁ俺たちのボスは抗争をやるつもりなんだと好意的解釈

 

 具体的には、以下のようなやり取りがアブレーゴの知らないところでやっていましたとさ

 

 

~以下、部下達だけで行われた会話~

 

 

 

……ラーメン屋だぜ、ロシア人達も来るんじゃ

 

 

……ボスは何て言ってたんだよペドロス

 

 

……問題を片付けろ、女は見なかったことにする、とかなんとか

 

 

……女?待てよ、それってつまり、ロシア人のクソ女のことを言ってんじゃねえか

 

 

……そういや、見たくねえ女だって前から愚痴ってたし

 

 

……いやいや、話が違うだろ。この場合の女はそのメイド服だけだって、ってペドロスの兄貴、どうしたんで?

 

 

 

 部下のつぶやき、ペドロスに電流が走る

 

 

 

……なるほど、そうか!賞金首もロシア人も、何もかも全部やっちまえってことか!!そういえば本国がどうのこうの言ってた、応援も来るのか!?……こいつはやべえ、俺たちのボスがついに天下を取るつもりだぜ!!

 

 

 電流が走った結果、変な解釈でとんでもないことを言い出した。突っ込むべきだが、しかし周りの連中も

 

 

……なに!?そんなことまさかッ

 

 

……いや、間違いないぜ、きっと今日この日を本国に飛ばされてから以来待ち続けていたんだ!俺にはわかるッ、俺たちのボスはそういうお人だったんだ!!

 

 

……なるほど、こいつぁ面白ぇことになってきたぜ!!そうだよな、わざわざ自分からこのロアナプラに飛び込んできたボスだもんなッ、それぐらいするにきまってるぜ!!

 

 

……ミスター・アブレーゴ、俺たちはあんたについていく!さあ野郎共、カチコミだぁあああッ!!!

 

 

 

 上司に確認を取らず、彼らの勝手な解釈は止まるところを知らない

 

 

 

……おおおおッ!!(大勢のお馬鹿)

 

 

 

……野郎共、マニサレラカルテルの力、見せてやろうぜ!!(核弾頭級のお馬鹿) 

 

 

 

 以上、部下に恵まれないアブレーゴの顛末の原因、そのすべてである

 

 そして、それらを事が終わってもう手遅れな状態で知ってしまったアブレーゴであるが

 

 

「おおんおおおんおおおおおんんッ!!?!?!?」

 

 

 現在、彼はひどい頭痛で奇声を上げてベッドの上をバインバインと悶え苦しんでいる。

 

 ドンパチしかできない楽観的でやる気だけある部下たちを抱えて、ここまでどうにかうまくやってきたアブレーゴだったが。ついにどうしようもないぐらいの状況に行きついてしまったのだった。なればこそ奇声も上げるし血の涙も流す、当然のことだ

 

 

「死んだ、こんどこそ死んだ……ごばはッ」

 

 

 目から、鼻から、そして口から、ずっと赤い液が垂れっぱなしだ。ストレスで血管やら粘膜がズタボロボンボンなのである

 

  

 

「……田舎に、平和な田舎で畑耕していてえよぉ。生まれ変わったらカナダのマリファナ農家の次男がいいなぁ。ブスでいいから心根の優しい女に毎日慰めてほしいよぉ」

 

 

 

 現実逃避から来世レベルで理想の生活を想像しだしてしまった。現在進行形で続く包囲網、鳴りやまない内線電話のベル。アブレーゴは不憫な男である

 

 だが、そんな不憫な男にも味方はいた。彼が真っ黒で陰気なオーラで部屋を埋め尽くす中、此度のことを抑え込まんと一人の伊達男が矢面に立っているのだが、それはまだ知りえないこと

 

 がんばれアブレーゴ、まだチャンスはあるぞアブレーゴ、そして部下の教育はより徹底しよう。勝手な判断厳禁、まずは上司に一言、何を置いても上司に連絡、これを徹底させるのだ

 

 

 

 

 

 

 

 一方、港の集積場では

 

 

 

「ダッチ、もしもレヴィが負けた時は君の銃に頼るつもりなんだけど」

 

「よしてくれベニーボーイ、その時はガキを置いて尻向けて逃げるしかねえさ。最悪、穴が増えて締まりの悪いケツになるだけで済むだろうさ」

 

「二人とも、笑えないよそのジョーク」

 

 

 動かない車両の中、男たち三人は暗い顔で窓越しにただ見守ることしかできない。そして、出る言葉はなんとも卑屈なものばかり

 

 そう、彼らの視線の先にはコンテナの上で激しく銃撃戦と格闘戦を織り交ぜてドンパチを繰り返す勇ましすぎる女性が二人、片やメイド服と片や用心棒のガンマン。意識を取り戻したレヴィはそれはもうアドレナリン溢れかえって鬼神のごとく戦ってみせるが、それ以上にロベルタことロザリタの戦いは彼女の上を行く修羅っぷりだ

 

 それはもう、見守る若様が応援の言葉を喉奥に引っ込めるぐらいに。弾丸を見て避けるは序の口、その辺の鉄骨を片手で掴んで振り回したりと明らかに人の領域をスキップして進んでしまっている。

 

 普段の彼女も十分に並はずれであるが、そんな彼女には今もなお腹の中で熱くたぎる異様なエネルギーが秘められている。片や、レヴィはここ数時間食事もろくにとっていない。

 

 火事場のなんとやらで持ちこたえられるのはあとどれぐらいか、だがそれを待っていては次の獲物は自分たち

 

 

 

 

「……なんとか、しないと」

 

 

 

 事の原因、知れっとロック達がいる場に回って観戦中のケイティはおもむろにバッグから道具を取り出す。逃げ出すときに詰め込んだ貴重品やその他もろもろ

 

 何かをしだすケイティにロックがまず気づく

 

 

「え、ケイティさん……君、いったい何をしているんだ?」

 

「見てわかりませんか!料理です!」

 

「は?」

 

「このままじゃレヴィさんが負けちゃう……だから、作ります!勝負飯!レッツもぐもぐタイムです!!」

 

「……ごめん、ほんと何言ってるかわからない」

 

「説明はあとでしますから、暇なら手伝ってください……これ、僕たちの命にかかわりますから」

 

「……あ、あぁ」

 

 いまいち要領を得ないロック、しかしケイティの熱意に押し切られて。手伝いを買って出ることに

 

 戦闘はまだ続いている。怪物を相手にするなら怪物でなければならない

 

 

 

……もう、これっきりで激辛料理はやめよう、ドーピング料理になるなんて想定外すぎるッ

 

 

 

 ロベルタを狂暴化させた原因は自分にあると反省するケイティ、二郎に続き封印するべき二杯目でのラーメンになるが、今一度だけその味を作り出す。これが最後の激辛クッキングだ、おそらく

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 




以上、アブレーゴがメインのお話でした、ホウレンソウって大事

感想・評価いただいて本当にうれしい限りです。特に感想とかで独自解釈アブレーゴに好意的な意見貰うのうれしい。苦労人っていいよね、存在しない設定だけど

次回の投稿はできるだけ早めに

 

追記


執筆に苦戦してます。しばらく投稿は無理そうです、一度プロットを見直していますので、また気長にお待ちを。忘れられない程度の頃には戻ってきます


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(45) トゥーハンド・リベリオン

反撃開始的な意味でこんなタイトル

ブラックラグーンの銃使い達はみんなガンカタ習得しているかってぐらい動き回る。そこがいい


 気絶から目覚めたレヴィ、暴走状態のロベルタを相手に果敢に挑むもその勝負は劣勢

 

 腕利きのガンマンである彼女の弾はメイド衣装に穴を開けるだけ、走りながら互いに打ち合う攻防は将棋の対局の様に、じりじりと退路を断たれていきそして銃弾から拳の距離感になれば大砲のような近接攻撃が骨身に叩きつけられた。

 

 コンテナに囲まれた立体迷路、レヴィは走り、銃を放ち、そして銃床でロベルタの頭部を殺す勢いで叩きつける。しかし沈まず、表面的には血を流し、痛々しい姿を見せていても一向に攻撃は止まらない

 

 反撃を貰い吹き飛ばされ、追撃を躱し身を隠して背後を取り、奇襲の乱れ打ち。だが死なず

 

 逃げて、追われて、食らって、逃げて、繰り返しの攻防は均衡状態ではない。確実にレヴィの命をしとめるまであと数手

 

 追いつめられている。これまで相対してきたどんな敵よりも、今確実な死を実感させる敵がそこにいる。それが、レヴィの得た答えだった

 

 

 

 

 

「……くそ、ったれ……あいつ、なんで死なねえ」

 

 

 

 

 息も絶え絶え、その表情には余裕はない。カトラスの弾倉を交換する手に焦りからか、うまくはまらずいら立っている。

 

 

 

「なんで、あたしが負けるってのかよ……くそ、ふざけんじゃねえよ。カトラス掲げれば天下無双のレヴィさまが、どうしていったいメイド様なんざに負けなきゃいけねえってんだ。くそ……笑えねえ、マジにヤバイ瀬戸際だってのかよ。あぁ、まじふざけんな、くそったれ」

 

 

 戦いで優位に立てない苛立ち、メイド相手に自分が勝てないことへの憤り

 

 しかし、レヴィのストレスはまた別の問題から生じていた。

 

 

……最後に食ったのは、船でスナック一袋、だけ

 

 

「……腹が、力が出ねぇ」

 

 

 惜しむらくは、船でガルシアに食わせようとしていたピザ。彼にピザを投げつけられ苛立ったレヴィは昼食を食べずに時間が過ぎた

 そしてロアナプラに寄港してからもろくに固形物を食っていない。日々、たばこと酒の快楽で規則的な食事を怠る不健康な生活が災いしてしまった。食事のタイミングはいくらでもあったが、今この時に至るで結局レヴィは食を後回しにした

 

 本来の予定なら、ケイティの店でロベルタと同様に同じ激辛つけ麺にありつけるはずであったがそれもかなわず

 

 空腹状態、こんなどん底の鉄火場で贅沢なこと思っている点は承知、餓えていようと引き金は引ける、ならば出来ないは甘ったれだと言ってのけるのが通例

 だが、現実にはその空腹が、餓えた体が言い分け無用の敗因となってしまっている。

 

 泣き言は、今この時だけは正当だ。文句をつける輩がいるのなら、この状況になってみろと中指を立ててやる

 

「……食いてえ、なんでもいい。腹に貯まって、力がつくもんが」

 

 空腹の音色は欲求をそのままに自覚させる。お預けを食らった、だからこそ余計にあの味が望ましい

 

 濃い塩味、濃厚な油分、その上で奥行きのある味

 

 

「……ラーメン、食いてえなぁ」

 

 

 心の底からでた独り言、生きるか死ぬかの瀬戸際だが空腹はそれよりも優先されてしまった。

 生きることにとらわれない、それがロアナプラの殺し屋の流儀。だが、好物の一つで死んでも死にきれなく感じることも時にはある

 

 生きて、ラーメンを食らえば。その時はまた、死者の気になって無限の闘争に明け暮れてみせるというもの

 

 

 

「腹へった、なんでもいい……いや、なんでもは違う。あたしは、ラーメンが」

 

 

 

 

 願う思いはよりストレートに、食いたい食いたいと言葉に出してしまう。

 

 せまる人間兵器の足音が聞こえてきて、それでも思考はラーメンばかり

 

 そんな、レヴィの抱く無理難題はきっと神様イエスさまであっても首を縦には振ってくれない

 だが、もし叶える存在があるとするなら

 

 

 

 

……ゴン、カンカン

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 願いを叶える者がいるとしたら、それは全知全能の神ではない。ただの、凡庸な地上の人間

 

 それも、馬鹿みたいなお人好しで、そして世俗の常識にとらわれない、我が道を行く危険知らずなお人好しだ

 

 

 

   

 

 

~一方その頃~

 

 

 

 バカな考えと思われても、やってみるだけまずはやってみないことには始まらない

 

 そんな思いから一念発起、僕がやりだしたのはその場で即席調理、店から持ち出せたリュックの中身でちゃちゃっと作った激辛スープ

 

 ロベルタさんが食べたものと同じ、唐辛子、花山椒、血をベースにした旨味たっぷりのスープ、そして隠し味の特性スパイスミックス。ちょっとずつ持ち出していたそれらを火のように熱したエンジンの上でじっくり暖めて雑ではあるがラーメンスープに仕上げて見せた。

 

 そうして出来上がったスープ、水筒に入れてレヴィさんがいそうな方向にポイ、ちなみに投げたのはダッチさんだ

 

 

「たく、こんなことしてあいつがパワーアップってか、どこぞの配管工の親父じゃねえぞ」

 

「今は信じましょう。現に、僕の激辛料理でロベルタさんはあんなに」

 

「……なあ、ケイティさん」

 

 神妙な顔でロックはケイティに問い詰める。顎に手をやって、なにか心当たりか気付きのある様子で

 

「激辛、と言ったね……もしかして、チャルクンワンの市場の、チャイナボールとグリルチキンの間にある、香港人のおじさんの店で買ったりとか」

 

「え、あぁそうですよ。といっても、八角とかシナモンとかウイキョウ、陳皮に山椒、ちょっとしたスパイスの買い出しで…………なにか、まずかったり?」

 

 

 言葉に発しながら、ロックだけでなくダッチやベニーまでも顔色を変えて俯いたり天を仰いでジーザスと言ったり

 

 

「……あの店、漢方薬の屋台売りなんだけどさ、あそこの粉末にはドラッグが混じってるんだ。それも粗悪な合成ドラッグ、塩よりも安いヤバイ粉を混ぜて水増しで売ってるって結構有名なんだよ」

 

 

「は、初耳です」

 

「だろうね。だから、これは俺の推測の域なんだが」

 

 いいかい、つまりは、そう切り出した瞬間、合わせたタイミングで爆発と光が注意を惹く。

 

 

「!?」

 

 

 遠く、コンテナの上で何かが駆け抜けて、そして爆発、電線が断ち切れて放電が火を放ち、鉄塔は倒れクレーンも横倒しになる。

 

 明らかに、先ほどよりも激しさを増した戦闘音。耳をふさがねば鼓膜がイカれかねないそんな衝撃、見舞った体は耐え切れず尻もちを付く。いったい何かと驚く顔を横目に、ロックは興奮気味に続けて語った

 

 

 

「ケイティさん、君はきっと、奇跡的に生み出したんだろう! 粗悪なドラッグ、刺激的な料理、栄養とか、成分とか、何もかもが奇跡的に混ざり合って、結果生みだしてしまったんだ。マリオのキノコなんか目じゃない、もっとハイなブースタードラッグを、劇薬ドーピングラーメンを貴方は作り出したんだッ!!」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 弾丸が交差する。互いに構えた二丁の拳銃、近づきながら引かずそれず肩やわき腹を射抜かれても止まりはしない。

 互いに引かないデッドレース、弾丸は急所をそれるも血まみれになる二人の体が衝突。トラック同士の衝突を思わせるような鈍い音が響いた。

 

「死ねッ!死ねえッ!!」

 

 弾かれて転ぶ二人、だが射撃態勢を先んじてとったのはロベルタ

 右手のベレッタがレヴィの足を、脇腹を肩を、そして顔面に

 

 死んだ。そう思い止まってしまった。思考の隙間を狙ったかのように

 

「!」

 

「ラァァアアアアッ!!!??!」

 

 反り返り、そのままハンドスプリングで飛び起きて、水平に跳躍 

 四足獣を思わせる俊敏な機動でロベルタの首に牙を立てた。利き手じゃない左の五指がロベルタの首に血を吹かせて食いつく。

 

 

「ガァッ……ッ…………き、ざまぁ、ァァアアアアッ!!?!?」

 

 

「……消え、ろッ」

 

 

……ジャキン

 

 

 

「!?」

 

 

 

 組み伏されるロベルタ。彼女の視界にはレヴィの右手に握るカトラスがある。とっさに掴み、銃口を反らすが、かする。

 

 ダンダンダン、放たれた弾丸は頬の皮を巻き込んでアスファルトに穴を穿つ。

 

「離れろ、女ぉッ!!」

 

「殺したあとならなぁッ!!?」

 

 三発で弾が底をつく。ならばと、銃床で頭蓋を砕く勢いで殴打、皮膚が裂け血しぶきが飛び散る。

 

 

「……離れろぉおおッ!!」

 

 

 迸る出血、揺れる脳、だがそれでも叫びは強くレヴィを気合で跳ねのける。柔術の巴投げの要領で、腕力のみで組み伏された態勢にもかかわらず遠くへ投げ飛ばして見せる。

 人体に負荷をかけることに一切ためらいなく、筋繊維が無残に引きちぎられる叫びと痛みを無視してロベルタは吠え続けた

 

 再度銃を広い、またもラン&ショット。すでに互いの体は血まみれ、銃創で開いた穴からはとめどなく血が溢れているが一切気にせず。もはや死の寸前であることが当たり前と受け入れているのか

 

 両者ともに、その肉体と思考のブレーキは壊れていた。

 

 

 

……熱い、腹の中で火が付いちまったみてえだ。あぁ、やべえ、さっきからずっとイっちまってるッ

 

 

……発散しねえと気が済まねえ。誰でもいいから殺さねえと、アタシがアタシを殺しちまうッ

 

 

 

「獣が、しぶといッ」

 

 

 銃弾、顔面寸前で首を振り交わす。三発目が足を貫くが、疾走は止まらず

 

 早業でカートリッジを交換、逃げるロベルタめがけてカトラスの火を乱れ撃つ。狂気にまみれた笑いを交えて、レヴィは死をばらまいていく。

 互いの銃弾は確実に肉体に届いているはずなのに、どうしてか死なない。死の道理が意味をなしていない。

 すべては奇跡的なブースタードラッグの効果、ロベルタもレヴィも両者脳と臓器にもらわなければ死にはしない。加えて、今の体なら多少風穴があく程度、何も問題はない。血をまき散らし、筋肉も骨も銃弾で貫かれてなお渾身の殺意を振りぬく。

 

 二人の戦いは過熱の一途をたどる。元より鉄火場に慣れた彼女たちの戦いは荒々しさを伴うもの、だが今はそこに加えてさらに輪をかけて怪物っぷりが掛け合わされているのだ。

 

 

 

……殺す、殺す、こいつだけはッ!!

 

 

 

……殺されるのは、てめえだッ!!

 

 

 撃ち合いの牽制、距離を詰めれば銃持つ両腕でCQC、近距離でまるで格闘技をするように銃を放つ、そんなガンカタを自然にやってのける二人の戦いは場所を変え、高さを変え、そして今はコンテナの上に登り立って、銃撃を交えた拳と蹴りの応酬、インファイトの戦いへと移行する

 

 

「……ッ、邪魔だぁああッ!!」

 

 

「死ね、クソメイドぉおおッ!!」

 

 

 打撃、銃撃、劇薬で強化された脳がリミッターを壊した。ロベルタのコンバット術にレヴィは粗雑な防御で半分以上はもらい続けるも、それでも反撃の手は止めない。それは防御というよりは最短で次の反撃を取るための構えでしかない。

 ノーガードで顔面に拳を、肋骨に蹴りを、肩や腕に銃弾を、だが、痛みは感じず反撃は即座に放たれる。

 

 銃を持つ手で、銃口を突きさすように攻撃を差し込む。メイド服の白はすでに返り血と出血で半分以下の面積だ。

 

 コンテナ上の攻防、押しているのはレヴィ。ロベルタも反撃に出んと予備の銃を取り出して額を狙う。だが、先んじてレヴィは跳躍し、そのままロベルタごとコンテナを飛んで地面へとダイブ

 落下しながらロベルタと組み合い、叩きつけるだけに飽き足らず空中でもなお銃弾をねじ込まんとする。そうなれば当然、ロベルタも抵抗

 

 銃を向ける、捌く、拳を打ち込む、防がれる。蹴りで上下が入れ替わり反撃をしのぐ、それらすべて空中での応酬

 

 早業ゆえに、戦闘の興奮故に、すべてがスロータイムで流れていく。

 

 

「しぶといッ!! はやく、くたばれぇええッ!!!」

 

「くたばるのは手前だッ イカれたメイドが、あたしの上になるんじゃねえッ!!」

 

 

 

 空中で組み合う二人、回るように落ちる彼女たち

 

 あと数メートル、だが地上にキスをするよりも先にもみ合う二人は積まれたコンテナの壁に衝突、カトラスの発砲の反動を利用してレヴィが仕掛けたのだ

 

 勢いは薄れ、そのまま回転しつつ二人は離れて不時着。アスファルトに血を刻み込み、これで終わるかに見えるが、まだ死なず。

 

 起き上がり、なおもまた格闘の殺し合い。大ぶりの拳が眼鏡を砕き、返しの拳で頬骨を貫く。

 

 

……殺す、殺すには銃が……どこに、どこにッ!!

 

 

……打ち殺す、この女の脳みそを引きずり出してやる!心臓を引き裂いてやるッ!!

 

 

 交差する拳、その最中に見渡す視界で、両者ともに一点を見る。

 

 

「「!?」」

 

 

 きづけば、そこはいつの間にかケイティとロック達ひきいる観覧者たちの視界の先、その間に落ちている一丁の銃を見た。だが、一方で銃ともう一つ、追い求めていた最も大事な彼を、ロベルタは見てしまった

 

 

「……わか、さまッ」

 

 

 

「————————ッ!!」

 

 

 一瞬を分けたのは、その差だった。先に走り出したレヴィは、ロベルタよりも先に、ほんの数センチの結果であったが先に制したのはレヴィだった

 

 銃を構え、チャンバーに銃弾を落とす。愛銃のカトラス、一丁を右手に構えて、振り返りながらロベルタを見た。

 

 

「駄目だ、レヴィッ!!」

 

「止まって、レヴィさんッ!!」

 

「逃げて、ロベルタ!!」

 

 観客の声は悲痛に響くも、獣の耳には届かない。

 

 にやりと、冷えつく恐ろしい笑みを一つこぼして、レヴィはためらいなく引き金を引いた。

 

 撃鉄が落ちる、火薬に熱が灯る、銃口を駆け抜けて鉛の一矢が空気を焦がした。

 

 

 すべてが刹那、秒をさらに細分化した世界、沈黙を破るものがあるとするな、それもまた鉛の一矢。

 

 

 

 

 

『アスタヌヴィーチェスッ!!』

 

 

 

 

 

 降り注ぐ銃弾、暗闇を払う照明、刹那の世界を割り込み強引な幕引きを下して見せた。凍土に積もる雪よりもはるかに冷えつく静かな睨みで、火傷顔がこの場の全てを黙らしてみせたのだ。

 

 

 

 

 




以上、原作展開の山場でした。次回より独自展開、アブレーゴの最高裁判を開廷します。

投稿が滞って申し訳ない。次回は、できるだけ早めに、したいなぁ


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(46) バラライカVSアブレーゴ、24時間後の極刑


ロベルタ事変はひとまず収束、ここからオリジナル展開に移行します。


 

 

 早朝、街に活気が見られていく中人々の様子がおかしい。 

 

 騒がしいことに変わりはないが、皆どうにも落ち着かない様子で表情も引きつっている。やけ酒も交えて昨夜のことを少ない情報から誇張して吹聴しまわる者もちらほらとみられる。

 それだけ昨夜の出来事はロアナプラ中で未だ鮮烈で色あせない事実なのだろう。

 

 すでに日付は変わり日も登った。ラチャダストリートに転がる空薬莢も死体も、鉄くず拾いや人身バイヤーといった拾い稼業の者たちに全て回収されたか、痕跡は血痕と焼け焦げた道路だけ、あとは、見るも無残なロアナプラ亭の店構えだけ

 

 ストリートを通る者は皆総じて悟った。昨夜に起きたことはドラッグトリップの夢なんかじゃなく、現実のショウタイムであったことを

 

 未だ騒乱の兆しは消え去っておらず、こうして日が昇り朝粥を煮込んでいる今でさえ、この街の支配者達はにらみ合いを続け一歩間違えれば核戦争手前だということを、街の皆々は理解せざるを得ないと溜息を漏らしている。

 

 

『逃げるべきか、それとも残るか……行く当てなんてないのにな』

 

 

『ホテルモスクワがカルテルを全滅させてすべてが終わる、それまでおとなしく引きこもっていればいいさ』

 

 

『横入りした三合会、イタリア人も加わるかも? この街は爆心地になるかもしれない、いやなるに決まっている。酒でも飲んで寝ていりゃいいさ。起きたらそこは』

 

 

 街を巡る話題は大抵そんな感じだ。マニサレラカルテルとホテルモスクワ、そしてその間を取り持ち両者の接触を防いでいる三合会、日常を送りながらも皆気にしているのは結末、このままホテルモスクワが指をくわえ続けているとは誰も思わない。この街でひときわデカい花火を上げるのは決まって奴ら危険な軍人崩れ達だと

 巻き込まれて死ぬのはもってのほか、だからといってとりわけできることもなければ、やれることはお祈りぐらいだ。敬虔なものは神に祈り、あるものは自らの信条に、それが酒でも女でも心酔して現実に目を背けられれば誰でもいい。祈れるものにとかく祈るだけ

 

 だが、事の始まりのきっかけを知る者は別だ。此度の起きた騒動、全てを解決できるカギはたった一人のみ、故にこの街の数名だけはそのたった一人にこそ祈りをささげる。

 

 ミス・バラライカに感情的な行動を取らせた要因、ロアナプラに合って奇妙に歯車を狂わす異端者。ロアナプラ亭、店主ケイティにあえてベットする。

 

事の終息を彼の細い、料理以外にとりえのないその腕ぷしにかかっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……シャァァァァ

 

 

 

「……」

 

 昨日ぶり、まだ昨夜のドンパチのせいで耳が痛い。無茶にバイクを乗り回したりもしたから少し腰と背中も痛めている。

 

 ストレスから、湯を浴びている今でもそのままふらっと倒れてしまいそうだ。昨夜の深夜にこのホテルへ連れていかれて、そしてこの昼時までずっと眠っていた。10時間以上も眠っていたけど、まだ体の疲れは取り切れていない。洗い流してもわずかに震えがこびりついている。

 昨夜のこと、ロベルタさんの襲撃事件は、一応の終息は得たけど、まだまだ問題は継続中だ。それもきっと心労にたたっているのだろうか

 

「……ぁ」

 

 ため息が出る。シャワーを終えて部屋着に着替えて、部屋に戻り大きすぎるベッドに転がって仰向けになる。

 大きすぎるこの豪華な部屋で、僕は何をするでもなく、またあの人がいつ帰ってくるかも知らず、半ば軟禁であると再び理解するだけ

 

 そう、ここはバラライカさんの私室。ホテルの最上階フロアを丸々使ってしまったトップスウィートのお部屋、けどその家主は今も作戦会議室かどこかにか、聞くこともできないしただここにいれば安全だと言われて扉を閉められただけ

 

 昨日のことから状況は変わっていない。

 

 

「……バラライカさん、怒っているのかな」

 

 

 

 昨夜のことは今でも鮮明に覚えている。レヴィさんとロベルタさんが一騎打ちをしていて、その最後の刹那に突如として姿を現したバラライカさんのことを

 

 遊撃隊の人の放った弾丸はレヴィさんの右手を打ち抜き、そして数に囲まれた二人は抵抗をするも結果は取り押さえられて拘束されて、そして強引に事態は収束に導かれた。

レヴィさんまだ待遇は良いだろうけどロベルタさんは不安でしかない。遊撃隊の手際の良さ、そして相手に対して一切容赦なく襲い掛かる仕打ちはどこか既視感を感じた。その既視感は、かつて僕が体験したものと同じ

 ある事件の冤罪で僕が遊撃隊に拉致された時のように、今バラライカさんの命令でロベルタさんはきっと暗く寒い地下の部屋に軟禁されているかもしれない。僕にはそう思えて仕方ないのだ

 

 

「バラライカさん、止めないと……でも、どうすれば」

 

 外にも出られず、通話もできない。与えられる食事と娯楽で時間を潰せと、そんなのは酷でしかない。まだラーメン屋の営業を再開していた方がずっといい

 このまま、誰かが不幸になって終わる結末は望ましくない。アブレーゴさんも、ロベルタさんも、誰も常連には消えてほしいと望んでいない。

 

 きっと、ロベルタさんの癇癪だって僕の激辛料理がなければ、アブレーゴさんにしてもきっと何らかの誤解があって昨夜の暴挙が起こったはず。あんな一夜の出来事が策略や謀略で起きた事象だなんて思えない。 

 

 

「……バラライカさんに伝えないと、外に」

 

 

 ダメと分かっていても我慢できない。僕は扉をたたいて見張りの遊撃隊の人に食って掛かる。どうせ殺されはしないんだし、ハリウッドの俳優のティーン娘並みにうざったい我が儘で首を縦に振らしてやるんだ。

 

……ローワンさんのお店で働いていたんだ、男を困らせるしぐさの一つや二つ、心を殺せばやれないこともないッ!

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

~某所~

 

 

 

 沈黙は葉巻に火をつける間、交わす言葉はナイフよりも鋭く銃弾よりも重い

 

 夜を明かしてまた会談につく。軍服と黒服、部屋中に煙が充満する中で酒も飲まずに両者言葉のせめぎあいは今日も継続する

 

 

 

「張、いい加減貴様の駄々はもううんざりだ。そこまでして、どうしてあの男を庇いたてる」

 

 

 冷ややかな問い、張もまた表情は変えず、サングラスの奥の底が見えない黒でお返しとばかりにビジネススマイルを返す。

 

 

「かばうも何も、アブレーゴとはこっちが先に抗争中だ、たまたまあの事件の直前に抗争に発展していたなんて、無視のいい話だが、信じてくれミス・バラライカ……他人の抗争に口を出さない、敵にもならなければ味方もしない、俺とあんたとの間で交わした約束だ」

 

 毅然と、余裕のままに返す。言葉の形こそ変えているが、結論はずっと変わらず。張とバラライカの階段は平行線を保つ

 

 此度、ホテルモスクワは明確にカルテルの戦争意思を受け取り抗争が始められんとした。だが、そんな彼女の動きを止めているのは張であった。協定を盾に、バラライカからすれば実に癪に障る行為をやってみせたのだ

 口約束ではあるが、張とバラライカの間には深く結ばれた協定がある。それをやり玉に挙げて、張はバラライカとアブレーゴの対面を妨害している。

 

「何を考えているか知らんが、邪魔するのなら貴様もろとも焼き払うだけだ」

 

「……」 

 

 無言、バラライカの威圧に張は表層を崩さない。あくまでも協定を盾に邪魔をする、といった身構えを続ける

 

 苛立ちは確かに募る。面にこそ出さないが、バラライカは無意識に葉巻を潰していた。灰皿へ捨てるように放られた葉巻、火は消えずクズになったたばこ葉をじりじりと燃やしていく。

 

 灰になって消える。火はすでについてしまっているから

 

 

「今から24時間後、我々は包囲した武力を持って、この街の地図に空白を作る。それまでに尻尾を巻いて巣穴に帰れ、でなければ……殲滅対象を増やす」

 

 

 席を離れる。ヒールの細い足音が妙に、強く重く響いてくる。扉が閉じ、ようやく事務所の中に安堵の息が漏れた。

 

 

「劉、お前あからさまだぞ」

 

「……失礼」

 

「息が詰まるのは俺も同じだ。たく、換気をしてくれ、葉巻の匂いにミス・バラライカのにおいも強く混じって、これじゃあどうも落ち着かん」

 

 部下に言って聞かせ、すぐに窓が開けられ清らかとは言えまいが空気は流れていく。甘ったるさと苦みの強い匂い、痕跡を洗いすすいでようやく張は深呼吸をした

 

「……以前とは違う、ミス・バラライカの不機嫌は俺の予想を超えている。これは、どうしたものか」

 

「大公、それはどういう意味で」

 

「お前らは気づかんだろうな。今回の件は相当にお冠ってことだ。ミス・バラライカの気を静めるためには生贄が必要なわけだが、それが意味することを……劉、お前から言ってやれ」

 

「……は、自分がですか」

 

 目配せ、急に投げやりな、しかし劉は大公の意思をくみ取りその場にいる数名、この場を取り繕う幹部やボディーガード数名に、此度の事態の危険性をまとめだす

 

 

「……第一、此度のことはアブレーゴの失態、そしてカルテルの本拠地のとばっちり、そう認識できる」

 

 

 紐解く、すでにバラライカたちがロザリタの正体を暴いたように三合会でも調査は完了している。

 

 

「ホテルモスクワとカルテルは緊張感が走っていた、そして今回のメイド騒動、カルテルの阿呆どもにはロシア人達をと、明確に敵意を向ける発言と行動も見られた。ホテルモスクワは結果動き出し、結果今の拮抗状態が作られた」

 

 

「劉、ならここで俺たちが身を引けばどうなる?」

 

 

「……最悪の事態が、始まります」

 

 

 考えられる最悪の事態、それは今回の騒動すら生ぬるい、張が留意しているのはこの地のカルテルの連中ではなく、その本拠地

 

 解説は引き継がれ、張が続けて語りだす

 

 

「マニサレラカルテルは少々特殊な組織だ。反政府ゲリラの思想集団に非合法のマフィア組織が癒着し、混ざり切らず混沌なまま一つの塊として成り立っている。こいつが厄介な点だ」

 

 

 反政府、思想主義、共産主義社会主義、いつの世も狂気ではびこる危険集団、革命軍(FARC)はマフィアと手を結ぶも溶け合うわけではない。二匹の蛇は頭を残したまま解けないほどに絡まり合っている。つまり、革命軍は何処まで行ってもその某弱無人な思想の暴走を捨て去りはしない

 

 張が予期する結末、それは破滅ないしロアナプラの分裂、それをもたらすのは革命軍、南米より悪神テスカトリポカがこの居心地よき悪党の巣を踏み荒らし慣らしてしまうのだ。

 

 

「アブレーゴがここを収める間、革命軍はここに手出しはしない。だが、今奴が消えればその穴を誰が埋める? 正解は革命軍の思想バカだ。香港に身を置く俺たちには、奴らコミーの思想を掲げる武力集団のたちの悪さは、簡単に想像できる。流儀もくそもなく、思想仲間たちのごっこ遊びでロアナプラが荒らされるんだ。それは簡単に、容易に、想像できてしまう結末だ。奴らは何処まで行っても思想集団、マフィアじゃない……お呼びじゃないんだ、ゴミ共はな」

 

 

 言い切った、その張の表情に先ほどのポーカーフェイスはない。ことを重く受け止めて、胃に力を込めた身構えを見て取れる。

 

 バラライカは間違いなく動く、もとよりこの街の均衡にさほど執着もない彼女にとってこの危機は共有できるものではない。戦場が広がるのならそれを受け入れる、戦争ジャンキーであることは前提、覆らない

 

 だが、もしも踏みとどまる者があるとすれば、それはきっと合理的な理由ではない、もっと逆

 

 合理を取ったうえで、さらに私情に後押しされた結末だけ、期限を損ねない解決方法は思い付きこそすれ張の手には実行できない

 

 

「大公、では我々はどう動けば、このまま火傷顔と事を構えるべきなのでしょうか?アブレーゴ、あの無能を守るために?」

 

「劉、そいつは違うな。アブレーゴは臆病者ではあるが無能ではないさ。いずれにせよ、南米由来の輩は陽気な無鉄砲が多い。知的で現実主義、ネガティブでリスク回避を優先する、そんな奴にはこれからも是非この地でトップにいてもらわなきゃ困る。奴の意思がそれを拒もうと、そうじゃなきゃ困る現状がいまここにはある」

 

 アブレーゴは死ぬべきじゃない。あくまでもそこは絶対だと強く置いた

 

 時計の針は動いている。現在夕刻、また日が黄昏に落ちて紫雲が浮かぶ頃合い、それまでに策を講ずることは必須

 

 

「……命令を、大公」

 

 

 劉をはじめ、その場にいる皆々は張の声を待つ。この状況、ロアナプラの先を維持するために、望まない乱入者を食い止めるために

 

 

 

「あぁ、待機だ……というか、お前ら全員休んでいいぞ」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 声を上げたのは劉だけじゃない。その場にいる皆あっけにとられて声が重なった。そんな様子を面白がってか、ふんぞり返ってたばこをふかす張

 

 

 

「なに、どうせ俺たちに出来ることはない。なら適当に時が過ぎるのを待てばいい。時期に風は吹く」

 

「……は、いやいや、そんな適当な。大公、事態は重いはずでは」

 

「あぁ重いさ、だが実際問題できるのは時間稼ぎだ。そして、時間なら十分に稼いだ……あとは、うまくやってくれる」

 

「……誰か、すでに」

 

「俺の口からは語れん。だが、すでに動くことは承知だ。俺は連絡を受けてないが、予測はできる。現に、こうして最善は尽くした……24時間、すでにデリバリーは向かっている」

 

「…………あの、いったい何を」

 

 理解しがたい、伏せられた情報で何もわからない一方で、張はすでに納得気にしている。疑うわけではないが、それでも理解は得たい。

 

 自分たちを置いて、此度の事態を収拾できるものがいるとして、それはいったい何者か、興味を抱かない方がおかしいというもの

 

「大公、いったい誰を動かしたのですか?」

 

「言わなかったか、俺は何も動かしていない。ただ、動くものがいるだけだ」

 

「ですから、それはいったい」

 

 回答にならない返答、張は深く煙を吐きながら少しだけ思案して、そしてこぼすように正解を伝えた

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 聞いた一堂に納得はいったかと聞かれればそれはノー。はぐらかす楽しさで張はまた意地の悪い笑みを一つ浮かべるだけ

 

 

 張の言葉に偽りはない。実際、すでに動くものは行動に移っている。

 

 

 その狙い通り、事務所で語らう一方とある場所にて、彼女たちは計画を進めるのだった。

 




今回はここまで、もろもろ説明会でしたが理解してもらえると幸い。カルテルにはアブレーゴが残ってもらわないとより大変なことになってしまい的な感じです。Second Barrageまで見ていると納得はしてもらえるはず

ひとまずロベルタは安静に、ガルシア君はロック達と一緒なのでご安心を。問題はあくまでアブレーゴ、アブレーゴ危機一髪、首はどこまで高く飛ぶのかな?結末をお楽しみに


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(47) セクハラお姉さん三銃士を連れてきたよ

可愛い男の娘にはエッチなお姉さんにセクハラをさせよ


 豪華絢爛、フロア一面全てを利用したスイートルーム、その寝室のキングサイズのベッドにて陰気なオーラを全開にしている小さな体が一つ

 

 

「……あぁ、どうして僕は生きているんだろう」

 

 

 家主の帰りを待つケイティ、その姿はまるでしなびたスルメや乾物のようである。といっても、そんな自己嫌悪の原因はもっぱら自業自得であった。

 

 少し時間をさかのぼる

 

 

~数分前~

 

 

 

……ここを出よう、バラライカさんに会いに行こう

 

 

 この半ば軟禁状態の中、ケイティは意を決して行動に出た。しかしそのための第一行動はあまり頭のいい方法とは呼べないものであった。

 決意をしたのはいいが、あくまで一般人である彼は映画の影響か思い切りだけでバカなことをしかけた。つまりは、誘惑でお外に出してもらう作戦である

 

「……あー、ぁ……はぁ~、うん……よっし、わたしはかわいい、わたしは誰よりもかわいい。暗示完了」

 

 ボイス調整、精神統一、ローワンの店に身を置いていた時から続けていた心を殺してビジネスに徹するためのルーティーンである

 

 心の次は装い、現在のケイティはミリタリーカーゴパンツに白の半袖服、髪も後ろにくくっているためギリギリ中性的である

 故にまずはヘアゴムを解き、くくった髪をはらりと降ろす。カーブをかけて緩くふわりと中性的な髪型から女性的な印象に変える。

 部屋にあった着替えでカーキ色のボトムズをスリムフィットなジーンズに履き替えて、シャツはへそまでまくって端を結ぶ。元の容姿と華奢な体つきが相まってそこには可愛らしいスレンダーな小柄女性の姿が鏡に見える。しなを作った態度をとってみる、我ながら完璧すぎて頭が痛い。しかし心を殺して、いざ出撃

 

 

……お店のお姉さんたち直伝、男にお願いをするときの鉄則。上目遣い、ボディッタッチ、そしてウソ泣きッ

 

 

 無駄にテンションが上がってきた。ここに至るまで中々にノリノリである

 

 

 

『コンコン』

 

 

 ノックを鳴らす。頭の中、お姉さんたちから半ば強引に身に付けさせられた誘惑四十八手の記憶が高速で巡っていく。最適な回答を導き出し、そして身構える

 

 

 

「あの、すみません……あのッ」

 

 

「……あ、ミスター・ケイティ。え? ぁ、いや……すみませんそのッ な、何用で?」

 

 

 何をお求めかと伺う遊撃隊の兵士は一瞬戸惑いを見せたのちバッと面を食らって驚愕を晒した

 

 ドア前に立つケイティ、2mある金髪の紳士に、そっと指先を伸ばした腹筋に指を這わした。

 

 

「!?」

 

 

「……はしたない、と思わないで」

 

 

 

 さりげないボディタッチ、少女の恥ずかしそうな顔と、うまく言い出せない照れた様子……ぁ、その……えっと……焦らすような恥じらいフェイスで相手はまるで自分を意識してしまっているのではと錯覚させるテクニック

 

 

『……ごめん、なさい。わたし、お外に出たい……ねえ、出して、おねがぁいッ!!』

 

 

 

 とびっきりの嘘を込めて、涙目に恥じらい顔、ケイティの男の娘マジックで名も知れぬ兵士Aはというと

 

 

 

「たまらなくクるが、がッ……やめてくれ、俺が大尉に殺されてしまうッ」

 

 

 

……バタンッ!!

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

~お化粧直し~

 

 

 

 

「……はぁ、僕なにやってるんだろ」

 

 

 以上、そのようなこともありケイティは自分に嫌気がさして意気消沈中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は過ぎていく、知らぬところでタイムリミットが過ぎていく一方なのだがそれも知るすべもない。

 

 運ばれたルームサービスの食事をとり、入浴をすましてまたベッドにつく。バラライカは、帰ってこない

 

 

 

「……匂い、もう薄いや」

 

 

 ベッドから感じるあの人の匂い、香水やシャンプー、そんな色々な匂いがここには残っていた。もうすぐ日付も変わってしまう

 

 何も知らされず、ただ時間が過ぎていくのが怖い。

 

 

「絶対、何かしているよね……僕、邪魔なのかな」

 

 

 誰もいない、独りごとはつい口から出でてしまう。もしかすると外の見張りさんが聞いているかもしれない、そう思うと恥ずかしくなって顔を枕に伏せてしまう

 

 

「……ん」

 

 

 まだ、ここにはバラライカさんの匂いを感じる。金色で、さらさらのいい匂い

 

 ベッドに入るときには、その身にまとう火薬や葉巻の苦みはすっかり花の匂いで洗い流されている。残るのは、優しくて甘いバラライカさんのいい匂い

 

 きっと、僕だけが知っている、あの人の秘密

 

 

「……会いたい、説明してほしい」

 

 

 

「じゃあ会っちゃえばいいじゃん」

 

 

 

「それができればこんな悩んで……へ?」

 

 

 

 独り言、なのに僕は返事をした。そんなはずないのに

 

 

 

「え、はへ……なんで」

 

 

 

 いるはずがないのに、そこには見知った

 

 

 

 

「しー、ほらすぐに行くよ……服、そのままでいいから」

 

「それにしてもいい部屋ね、この贅沢者め」

 

 

 

 

「……アーシェ姉さん、コリンネ姉さん」

 

 

 

 

 そこには、古くから僕の面倒を甲斐甲斐しく見てくれていた二人がいた。ローワンジャックポッドピジョンズの人気キャストのコンビ、アーシェ・ウェストとコリンネ・ウェスト。あでやかなドレスをまとう二人だが、今はなんというか

 

 

……スパイ?それとも怪盗?

 

 

 エナメル質な上下黒のライダースーツ、スパイというよりは美しき女怪盗といった感じかもしれない。なんだか日本のアニメビデオで見たものとデジャブを感じる。

 二人ともスタイルがいいから、アーシェ姉さんは高身長モデル体型ですらっとしていてでも出るところは出ていて、コリンネ姉さんは反対で上も下もむっちりして肉感的、つまり何が言いたいかというとどちらも艶めかしいたりゃありゃしない

 

 

「もう、むらむらして見惚れるの後で、さあ行くよ」

 

「……え、あぁ、うん」

 

 どうにも状況が飲み込み切れない。謎とエロスで思考が混乱している僕の手を二人は引いていくのだった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

~ホテルモスクワ所有ホテル、から少し離れたどこか~

 

 

……出られた、本当に出られちゃった

 

 

 

 間は省略、ケイティ自身何がどうなってここまで来れたか理解に追い付けていない。

 

 突如現れたアーシェとコリンネ、夜の店の嬢である二人が何故かホテルの中とその内情を熟知しており、何故か巡回する兵士をアクションとドラッグで次々と眠らせることが出来て、もう、なんでもありでした。 

 時に床下をくぐりダクトを下って、さらにはガラス張りのビルの壁をロープ伝いでするりと降りて、まるで洋画を早送りで見ているような気持ちだった。

 

 きっと、今頃ホテルの中はパニックで、一応書置きで戻りますと書いておいたけどそれで納得はするまい。大尉に殺されると震えていた見張りの兵士さん、ごめんなさい。処罰される前には帰る、ことができるといいなぁ

 

 と、そんな感じで気づけば僕は外にいる。どこかの裏路地、街灯の下でようやく二人は走るのを止めた

 

 

「……ッ」

 

 

 久々に走る筋肉を使った気がする。疲れて膝に手をついていると、二人も熱いのか、その場でジッパーを下した。黒のエナメル布に覆われた上半身が一気に肌色に変わって、でも下着は付けていた。当然だ、残念なんて思っていない

 

 

「あぁもうあっつい……このスーツ蒸れ蒸れ」

 

「太り過ぎよ、まったくむちむち脂肪ばっかつけて」

 

 

「……うぅ」

 

 悩ましい姿、色々とRの横に駄目な数字が付きそうだけど、今はそれより疑問にこそ目を向けるべき

 

 いったいどうしてそんなライダースーツ着用でオーシャンズやボンド映画ばりにハリウッドなアクションができるだなんて聞いてないし思いもしなかった

 

 

「あの、説明をそろそろ……二人とも、いったい何者ですか」

 

 

 黒のライダースーツ、エナメルの表皮ので包まれた上半身、けど今は首元のジッパーをお腹まで降ろして大胆に肌を晒している。夜の街灯に照らされて熱気がむわっと火照る様子は目の毒が過ぎる。

 

「ブラ、付けるんじゃなかったねアーシェ」

 

「ニップレスの買い置きを失くしたあんたのせいでしょうに」

 

「……うぅ、もうなんなんですかぁ」

 

 恥じらいに耐え切れず後ろを向いてしまった。きっと二人は楽し気にニマニマとしているに違いない、そんなに見せつけるのがお好きか

 

 結局説明ははぐらかされている。そんな様子で今度は

 

 

……もにゅん、じとぉ

 

 

「!!」

 

「あらら、助けた恩人によくない態度……ねッ」

 

「ひゃ、あたたかぬるむわって……ちょ、アーシェ姉さんだめ、これ色々だめですって」

 

 嗅覚を刺激する、味覚的にいえば香水の匂いもあるけど今は塩味と酸味が、そう、なんというか、良くない趣味に目覚めそうな危険な香り

 

「アーシェずるい! だめだめ、蒸れ蒸れスーツフェチをケイティに仕込むのはコリンネの夢なんだからぁ!」

 

「ひゃ、なにいって……人を変態にする計画とか、そんなの駄目、って、やぁ……あ、だめって、言ってるのに……うぅ、はわわ…………ぁ、はふぅん」

 

 

 気づけば、顔全てが二人の悩ましいふくらみでサンドイッチ。結局なんなのだ、この人たちは僕にセクハラがしたいがために救出劇をしたのだろうか

 

 うん、バラライカさんの優しい匂いが、蒸れたスーツのいけない匂いで上書きされて、だめ、脳が壊れる、こわれた

 

 

 

……カンッ

 

 

 

「!」

 

「いたっ……ちょいエダ、今いいところだってのに」

 

「うっさい痴女どもが、人を待たせて何やってんだい!」

 

「……エダ、さん?」

 

 

 突然の投擲、谷間に包まれた僕はアーシェ姉さんの額に缶が命中する瞬間を見てしまった。普通に痛そう、大丈夫かな

 

 

「心配すんな、アーシェもコリンネも頑丈だよ。お前さんはいったい何を見てきたんだ」

 

「……ぁ、ん」

 

「ベトベトじゃねえか、痴女どもめ……審判の日を楽しみにしておけよ。このあばずれども」

 

「エダさん……ん、すみません」

 

 

 近づいて、おもむろに取り出したハンカチで僕の顔を拭いてくれる。首元を持って優しく、その手つきが気持ちよくて安心してしまう

 

 

「綺麗になったかい?」

 

「あ、ありがとうございます……でも、アーシェ姉にひどいですよ」

 

 後ろを見る、ちょっと痛そうに手鏡で当たった場所を見ている。たんこぶができてると愚痴っている。さては中身が入っているビール缶を投げたのだろう

 

 

「大丈夫だって言っただろうに、あいつらは夜の嬢だが腕利きなんだよ。見たろ、ホテルから脱出するまでの手腕」

 

「……全部、おっぱいと汗の匂いで上書きされました」

 

「あぁそうかい。今度あたしのでまた上書きしてやる、それよか……ほら、全員乗った」

 

「……え、はい?」

 

 

 促されるまま、エダさんに手を引かれてすぐそばにある乗用車、その助手席へ放りこまれる。続いて、置いていかないでと慌てて二人も乗り込んできて、そしてエダさんは車を走らせる。

 

 世も更けた頃合い、公道に出てハンドルを切る。通りに並ぶ店、標識が示す数字と名前を見てすぐに気づく

 

 

「……あの、どこに行くつもりですか?」

 

 察してしまう。ホテルモスクワの本拠地から、この進む方向にあるのは

 

 

「南米人たちのコミュニティがあるバラック、それと歓楽街に賭場、そうさね、今からマニサレラカルテルの縄張りに行くんだよ」

 

「え、ちょっとまって……僕は、アブレーゴさんのことも心配だけど、今はバラライカさんに会いたくて」

 

「だからさ、その様子だと火傷顔は説明をせずって感じだね、アーシェ、コリンネ、教えてやんな」

 

「!」

 

 そう言うや、クラッチを引くようなしぐさで勝手に僕の座席のリクライニングを倒してきた。いや、エダさんじゃない、やったのは後ろの悪いお姉さんたちだ

 

「ケイティ、後ろにおいでなさいな……ほら、いい子いい子してあげるから」

 

 その対価に色々と良くないことをされるのは明白だ

  

 天井を見るように後ろを見ると、二人のスパニッシュ系黒髪美人さんが舌なめずりで僕を見下ろしている。よろしくない状況である

 

「ちょっと、シートベルトあるから動けない……あ、近いですって、コリンネ姉さん!!」

 

「まあまあ、気にしない気にしない」

 

「そうね、説明するにしてもまずはそう……」

 

「普通に、普通にお話すればいいですからッ ひゃ、アーシェ姉さんも変なところ触らないでッ」

 

 

 

 姦しい車内、呆れて悪態をつくエダさんもしれっと左手を伸ばしている。そんなよろしくないドライブは、深夜の渋滞で思いのほか長く続いてしまった。

 

 説明はちゃんとしながら、事態の重さを受け入れてするべきことはわかった。とりあえず、僕はこのままバラライカさんの元ではなく、アブレーゴさんの元へ行かねばならない。

 

 期限は明日の、日付はもう過ぎているから厳密には今日の朝10時ぐらい。それまでに僕がアブレーゴさんの元へ赴き、説得をしなければならないのである

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

……や、もうだめ、くすぐったいですって……はふ、押し付けないでぇ

 

 

 

……はぁ、こうしてケイティにセクハラ出来てほんと安心したわ。あんたが心配でアタシ昼しかセックスできなかったのよ

 

 

 

……大丈夫?コリンネのおっぱい使う?返事がないってことは同意だよね、ぎゅぅ~

 

 

 

……た、たふへて、エダひゃん

 

 

 

……アタシも心配してたんだぜ。てなわけだぁ……ちょっと失礼、天井のシミでも数えててな

 

 

 

……ち、痴女どもめぇ~~ッ

 

 

 

 精いっぱいの悪態、だがむなしく背丈とお胸の大きいお姉さんには敵うはずもない、それがロアナプラで学んだ多くある真理の一つであるから

 

 でも、心配をかけたのは本当に申し訳ないと思っている。

 

 だから、三人だけじゃない

 

 バラライカさんにも、みんなにも

 

 

 

 僕はごめんなさいを言わないといけない。だから、そのためにもまず

 

 

 

 

 

 

 

 次回に続く

 

 

 

 




以上、ケイティとその過保護お姉さんたちでした。オリキャラの出番を増やしたかったので設定を追加、行ってしまうと二人はエダの正体を知ったうえで密接なつながりです。現地協力者的な?今後も三人で登場する機会は多いかもです


次回、ケイティとアブレーゴのターンがはじまります。感想でバラライカの献上品解決方法が予測されていますが大事なのはここから、本作品らしい解決展開を目指していきます。お楽しみに


感想・評価等あれば幸い。モチベ上がって執筆の励みになります


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(48) デリバリーサービス ※挿絵

今回は短め


 現在深夜の2時、男は部屋に籠り鍵を閉めて布団をかぶっている。

 

 照明を切った部屋の中、ブラウン管の怪しい光がピコピコパチパチと目優しくない。不健康極まりない、そんな引きこもりスタイルで現実から目を背けている男がいる。そして信じられないかもだが、男はマフィアの頭目であった

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

『……てれれれーてーててってれー』

 

 

 時刻を告げる針は淡々と過ぎていく。しかしアブレーゴの手は止まらない

 

 その顔は諦め、どうせ死ぬならやり残しを残さずくたばろう、そんな思いから部屋を見渡して、そして見つけたのは買ったはいいもののやらずに腐らせていた日本のテレビゲームであった

 

 

……酒も切らしていた、女を抱く気も起きねえ、ゲームは良いなぁ。誰とも話さないでいい

 

 

 足元の無能な部下のバカでとばっちりを食らい、明日にもなれば抗争という名の一方的な蹂躙、アブレーゴは完全に腐っていた。半日にして熟成度数十年の引きこもりダークオーラをその身にまとっている。

 

 

……おれはぁ、いったいなんのために、こんな所まで来て

 

 

 思い返せばそれは逃げの繰り返し。幼少期、中流家庭で生まれ稼業があるもそれを継がずに逃げたのが最初のきっかけだったか

 

 ギャングになって、身を落として、いい目を見たいと思えどその場所が、カルテルが内部衝突の激しい毒巣と気づく頃にはもう逃げられず終い。

後悔を重ね、さらに逃げを続けているうちに背負いたくないものまで背負って、そして気づけば幹部コースに乗り上げて、最後には命惜しさにこのロアナプラまで逃げてきて

 

 だが、それも最後は無様に終わる。

 

 今思えば、もっと部下に日頃命令を聞くしごきをすればよかったのだろう。だが、あの時はそこまでここでのマフィア活動にも没頭する気にもなれないし、また今も下のフロアで騒いでいる部下たちに言い聞かせる気力も起きない。

 

 上に立つ、リーダーとして指導する日々ではなく、常にバカをいさめる苦労役を押し付けられた日々。やりがいはない、日々何のために自分がマフィアの頭になったのかもう訳が分からない。

 

 

「……くそ、エンディングだ。達成感あるじゃねえか、ジャパニーズRPG」

 

 

 ふと、目頭に涙があふれてきた。それはゲームのストーリーに感動したのか、いやきっと違う。ゲームを閉じて、ふとブラウン管テレビの液晶に映った自分の顔に嫌気がさしたのだろう。

 

 

「チクショウ、チクショウ……くそったれカルテル、くたばりやがれマフィアども」

 

 

 もはや中指を立てる気力もない。布団を頭からかぶったままアブレーゴはベッドにふて寝。

 

 せめて眠っている間に全て終わって呉れれば楽だろう。そう思い、しかしかといってすぐ寝られるものではない。手さぐりに酒瓶を、だが空っぽ。汚い部屋には空いた瓶と缶ばかり

 

 

「……どっかの部屋に買い置きがなかったか、くそ」

 

 もそりのそり、芋虫のようなけだるい動きでふらふらと立ち、ドアへと歩いていく。

 

 だが、アブレーゴがドアノブを握るよりも前に

 

 

 

……ガチャリ

 

 

 

「!」

 

 

 扉が開く。もう来てしまったか、そう悟り、アブレーゴは目をつぶった。

 

 受け入れて、もう眠ってしまおう。それで楽になる。そう身構えて、ただ待って

 

 

 

 

「………………ぁ」

 

 

 

 

 だが、何も起こらない

 

 

 

 

 

「もう、何しているんですか?引きこもりの中学生ですか??……しっかりしてください、アブレーゴさん」

 

 

 

 

 声は、自分よりも低い位置、目を見開くとそこに居るはずのない相手がいて、驚きから膝をついてしまった。

 

 

 

「おめえ、なんで……ここに」

 

 問いかける、相手は恥じらった顔でこっちを見下ろし、いじいじと自分の髪の毛を触っている

 

 恥ずかしいくせにその衣装なのか、そんな指摘が脳内をよぎるが、しかしまずは返答を待ってみた

 

 

 

「ノックしたのに出ないから開けました。その、用件というのは……そう、なんというかですね」

 

 

 

「……ケイティ、おめえ」

 

 

 

 

 緊張感がただよう、といってもケイティ側の一方的な羞恥心で、一体全体何がどうしてそのような格好をしているのか、いつものポニーテールに男物の服装でギリ性別を男に寄せている姿が、今の姿は完全にメスに振り切ってしまっている

 

 それはかつてローワンの店で働いていた頃に身に着けていたドレス。体のラインを隠さない、スレンダーな魅力を余すことなく伝えてしまう夜の姿

 

 ふわりと降ろしている頭髪、薄いピンクで飾ったネイルに愛らしいパンプス、色白な肌を晒す姿は、果たしてどんな目的でアブレーゴの前に見せているのか

 

 回答は、本人の口からストレートに

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「デリバリーです」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわすっご、包囲ってすごいね」

 

「そりゃ三勢力集まって、圏外にもイタ公がいるし、まあ壮観ね」

 

「戦争かな、本国のチケットはどうする?さよならしないといけないかもね、ローワン泣くかな?」

 

「不吉なこと言わないで、あんたとあたしと、そんでエダ、いざという時は連れ出せばいいから」

 

 この距離からね、そうつげるアーシェの手には背丈ほどあるごついライフルに、さらには対戦車用と思わしいロケットランチャーまでそのそばに、公園の土管のような気軽さでいくつも積まれている

 これらすべて、暴力協会からの追加物資、そして彼女達二人に指示を出すのもまた協会のシスター

 礼服をまとってはいるが、今の彼女の手に十字架のロザリオは決して握られることはない。その手に取るのは車のハンドルと、そしてホルスターにしまったグロックぐらいだ

 

 目標より離れて数百メートル、既に展開されたホテルモスクワの死角に潜み、贈り物の成果を彼女たちは待っている。

 張維新の計らいより、意図的に開けられた隙間を利用してケイティを送り届けるのには成功。三人はこの雑居ビルの屋上で身を潜め、いざという時には強硬に映る準備をしている

 信じて送り出したケイティ、此度の騒動はエダの背景、つまりはこの街の本当の支配者にとっても面白くない結果を及ぼす。故に、アブレーゴには命を捨てる諦めをさせるわけにはいかない。だからこその、ケイティであった

 かつて、自分の心だけじゃなく、この街の顔である大物の心を開かせた非凡な性質、魔性の魅力に頼ってエダは待っている。

 

 押し付けたわけではない。信じているからこそゆえに、その背中を送り出したのだ

 

 

 

「……痴女ども、ケイティの様子はどうなんだい」

 

「コリンネ、音は拾える」

 

「だめぽよ、ジャミング張られちゃってる……サーモで見る限りは、一応無事っぽい」

 

「そうかいそうかい、なら信じて待つしかねえなこりゃ」

 

 

 瞳の見えないサングラスの奥、そこにどんな表情を隠しているか。エダはたばこを取り出し深く一服をすませる。

 

 残り時刻、タイムリミットの針が過ぎていく。アブレーゴの処刑まで残り8時間

 

 

 

 




以上、次回はもう少し長くなる予定ですのでちょっと短めでした。挿絵はおまけ


感想・評価等あれば幸い、モチベ上がって執筆が捗ります。次回もお楽しみに、ケイティのアレがアブレーゴに見舞われます。


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(49) 処刑当日、迫るタイムリミット

タイトルは不穏、けど内容は平穏


 

 

「デリバリーです」

 

 

 月夜の光も入らない窓の閉じられた部屋。薄暗いブラウン管の灰色ノイズが照らす部屋。ドアを開けて入ってきたケイティは見目麗しい装いで、そして色気を醸すしぐさと共に、その言葉を言ってのけた。

 

 厳密には、彼女もとい彼の足元には何らかの食材が入っているクーラーボックスがあるのだが、そんなものはアブレーゴには見えていない。

 

 

「お、おま……ぁ、ぬぅ」

 

 

 生気の抜けきったアブレーゴの体に力が巡る。目の前の獲物に対して、体がむくむくと反応して、ご機嫌に

 

 

「……なんて、そんな風に言っちゃうと紛らわしいですね。食事を運びに来ましたよ、大変そうだって聞きましたから」

 

 

「け、けけ、ケイティ」

 

 

「そうです、ケイティですよ。何でここにいるかって聞きたそうな感じですね」

 

 

※ 否、貞操の危機一髪である

 

 

「ある人たちの計らいです。ここに入るまでは、一応そういう設定で身分を偽りました。これ、さっき部屋に来るまでかぶってた金髪のカツラです。カルテルの人たちにはデリバリーの嬢だと嘘ついて来たんですよ。やっぱり、僕ってこういうのは得意みたいで」

 

 説明と言いながら愚痴をこぼすかたわら、ケイティの言葉なんてまったく耳に入っていないアブレーゴ、その目がだんだんとケダモノのそれに、もとよりシャツにパンツとだらしない恰好。局部を押さえつけて隠すには頼りない出で立ちだ。加えてすぐ全裸になれるのも、今は良くない要素である

 

 猫背の態勢からむくりと背を伸ばす。どうせ死ぬのだから、だったらさいごぐらい女を抱いて死んでやろう、そんな思考が能ではなく下半身の副脳によって強制奮起

 

 

 

A.ケイティの性別はいったいどっち?♂OR♀

 

 

 

 

Q.「問題ねえ、イケるッ!!」

 

 

 

 

 結論はイエスでありそしてゴーであった。

 

 目の色を変え黒いオーラ―をはなつアブレーゴが両手を上げてケイティに覆いかぶさろうとした。視線をそらしていたケイティだが、大声に振り向いてその真っ黒な威圧を見るやすぐ

 

 

「キャ! おっきなゴキブリッ!?」

 

 

 

 その手に取るは護身用に持たされていた魔法のアイテム、引き金一つで人間の体にサンダガを叩き込むお手軽な、そう俗に言うテーザー銃であった

 

 

 

……パシュン

 

 

 

 間の抜けた音、碌に銃も撃たない習慣のケイティが放つそれは的外れのエイム、だがこうも至近距離では外す方がおかしい。命中した。

 

 至近距離が幸いして、さらに心臓よりも遠い体の場所に針は刺さったから命に影響はない。 

 

 影響はない、はずだが

 

 

……グサ

 

 

 

 今後の性生活に多少の後遺症は出るかもしれない場所に命中してしまった

 

 

「ぬ、なんか刺s……『カチ』アババァバババババババァアアアア」

 

 

 

「わ、アブレーゴさんだった……あれ、勢いで撃っちゃった。どうしよ、あぁスイッチどこだっけ、エダさんのメモは」

 

 

 おどおどあわあわ、のんきに貰った取扱説明書を見ながら丁寧に30秒ぐらいかけてテーザー銃の電源を切るケイティ、暴力協会提供の改造テーザー銃は見事アブレーゴに炸裂。さながらブレイクダンスを踊るような激しいのたうち回りで感電による衝撃を見事演出してみせたのだった。

 

 ぷすりぷすりとコミカルに煙を噴くアブレーゴ、プルプル震える姿を見て若干申し訳なさそうにするケイティ。

 

 

「えっと、とりあえずベッドに運ぼう……口から泡吹いてるけど、まあビール大好きな人だし大丈夫だよね。うん。しらんけど……しらんけどってほんと便利な言葉だなぁ」

 

 

 関西人の万能フレーズで事を簡単に流してしまうケイティ、しかしこれにて不貞を働きかけた件は帳消し、責められる理由を言いふらすつもりはないので口を紡ぐことにした。

 

 

「もう夜も遅いし、まあ寝かせたほうがいいよね。とりあえず、目覚ましは6時にセットして……よし」

 

 

 引きずり、粗大ゴミを扱う気軽さでアブレーゴをベッドにゴロン。一応布団をかぶせてあげて、そして自分の方はと、ケイティは持ってきたクーラーボックスに注意を向ける。

 

 

……やることやらないと、一応ロアナプラの未来がかかっているらしいし

 

 

 

 エダ、CIAの捜査官であるとは知らないが少なからず現状のロアナプラが抱える危機をケイティは車内で説明された。ロアナプラの存続を危ぶむカルテルの革命軍がこの地で幅を利かせることを避けるため、アブレーゴにはバラライカとの対話を望ませること。

 そも、抗争を仕掛けたカルテル相手に、バラライカが許す道理もあるかどうか怪しいものだが、一部の数名はケイティであればと突破口が開くと信じるに足る根拠を確信している。

 

 やり方次第ではあるが、ケイティがアブレーゴを助けられると信じて、そんな後押しがあってケイティは今ここにいるのだ

 

 

 

「……キッチンあるね。じゃ、仕込みやりますか」

 

 

 荷物の中よりエプロンを取り出し、ドレスの上から着用。まくる袖はないが、気持ちを切り替える感覚で腕や首を回す。食材を取り出して、そして思案

 

 

 

「よし、決めた」

 

 

 

 持ってきた材料、そしてこの場にあるものを用いて、ケイティはアブレーゴのための一杯を考え出す。

 

 残りタイムリミットは8時間、まあなんとかなるだろうと前向きに調理を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~早朝~

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ふが」

 

 息の詰まる声、目覚めの一声にしては気分の良いものではない。アブレーゴは体を起こし、そしてふらつく頭で時計を見る。時刻は朝の六時

 

 

 

……処刑まで、あと四時間か

 

 

 

 現実を忘れることはなく、アブレーゴは静かに今を受け入れる。

 

 このまま気持ちよく二度寝を決めようかとも思ったが、妙に体が重くかったるい。寝汗もじっとり、そして局所に謎の痛み

 

 

 

「思い出せねえ、酒の飲み過ぎか……む、迎え酒」

 

 

 手探りに、バンバンと布団をたたきながら酒瓶を探す。だが、手元に触れる瓶の感触はなく、代わりに触れたのは

 

 

「……は?」

 

 

 触れた瞬間、そのふわっとした感触に思わず腕がこわばり磁石の反発がごとく跳ねのけられた。ベッドの縁に、その黒髪はあってさらには端麗な寝顔まで見えてしまっている。

 

 装いはエプロン、しかしドレスを着用している。そして、見る見るうちに消えかけた記憶のピースがつながり昨夜のことが思い起こされていく。

 

 

「……俺は、なにしてんだ。ホモじゃねえのに」

 

 

「ひゃ……あれ、アブレーゴさん」

 

 

「すまねえ、つい触っちまった……おはようだ、ケイティ」

 

 

「おはようです、よっと……電気付けていいですか?いいですよね。あ、シャワー先どうぞ、僕お食事の準備しますから」

 

 

 告げるだけ告げて、起き抜けであるのにサクサクと動き出す。エプロン姿のまま、備え付けのろくに使ってないキッチンでコトコト何かを煮込んでいる。

 

 

 

……こいつはいったいなにをしてんだ?

 

 

 

 時刻の針を見る、もうじき抗争がおっぱじまるかもしれない、そんな爆心地の最も中心にいるにもかかわらずのんびり料理までして

 しかも、いつの間に部屋を片付けたのか。まとめられたごみ袋に分別された生活の名残が見えている。閉じ切った部屋なのによい香りまでして、ここが本当に自分の私室かどうかも疑わしくなってしまったアブレーゴであった

 

  

「料理しないんですね。でも調理器具はちゃんとある、意外」

 

 

「……」

 

 

「会話してくださいよ。黙々と料理作るだけなんて、僕は家政婦か女中ですか?お給金取っちゃいますよ」

 

 なんて、けらけら楽しそうに笑うケイティ、状況が状況であるのになんだそれは、と本来なら罵詈雑言や八つ当たりの暴力でも飛ぶのが正しい行動、ごく自然な流れなのだろう。

 

 しかし、処刑まで時間を切っているこの状況なのに、どうしてか昨日のような絶望感がない。ことこと鍋が湧く音に、包丁の音、そして料理をする後ろ姿、それで心が安らいでしまっている。

 

 なぜか、わからない、かぶりを振って思考を巡らす。

 

 

「……ッ」

 

 

 鼻歌交じり、楽し気に運転をする後ろ姿は

 

 

 

「じっくりことこと、こと……ん、んにゃ」

 

 間抜けなねこが一匹、だが声を発しているのは人間であった。二本足で立ってはいるが、猫が手足を伸ばすような雰囲気で

 

「ん、くぁ…………あぁ、ほわ……疲れたまってる、はわぅ……ねむい」

 

「……のんきにしやがって」

 

「まだ疲れが取れてない。お互い大変でしたね、色々と……全部終わったら温泉でも入りたい。でも遠出は遠出で疲れるし……また教会でお昼寝でもしよっかな」

 

「眠りたいってか、あと数時間で永眠ができるぜ……おめえの好きな火傷顔が丁寧にこんがり焼いてくれるってわけだ」

 

 永眠ついでに死体の焼却も請け負ってくれる、そんなギャグだが冗談ではないことを思い、少し気がまた落ち込む

 

「……暗いこと言ってないで、シャワーでも浴びたらどうです」

 

「いや、別に……そんなことしても」

 

「……アブレーゴさん」

 

 調理する手を止める。振り向き、近づいてその肩をつかみベッドから引っ張り上げる。

 

 やせ型、だが身長のある男のアブレーゴ、非力なケイティを見てアブレーゴは仕方ないとベッドを立つ。そのせいでふらつくケイティ、ほんの少しのやり取りではあるが相変わらず危うさしか感じさせない

 

 

「っと……やっと動いた、ほらほら行ってください。部屋の掃除はしましたけどあなたを洗うことまではできませんでしたから。ちょっとは綺麗になって匂いを落としてください」

 

 

「……あぁ、そうするよ」

 

 

「マフィアのボスなんですからね、ちゃんとかっこよくしないともったいないですよ。臭いのはタバコとお酒だけにしなきゃいけないんですから」

 

 お節介の押し売り、しかし拒む意思はどこにもない

 

 促されるままに足が進む。

 

 

「……」

 

 

 ふと、振り返ってみるケイティの姿、そこにアブレーゴは何か既視感を得てしまう。

 

 それは、いつかに見た、だがすでに遠く昔のことか

 

 

 

……忘れちまったな、もう

 

 

 

 

  

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 アブレーゴを見届けたのち、ケイティは自らの頬を叩く。眠気を叩き落として、調理に集中するため

 

 持ってきた食材の仕込みはすでに前日の夜中にすまして、今は冷蔵庫に。

 

 

……煮干しと干し貝柱、スルメに干した鱈の切り身バカリャウ

 

 

 前日の仕込みでそれらは水けを取り戻してふやけ、元の大きさとまではいかないけど大きくなっている。

 

 それらをじっくりコトコト、弱火で時間をかけて煮詰めてじんわりとうまみを引き出していく。上品で濃密な魚介のコク、本当ならもっと時間をかけて作りたいけど一晩でやるから仕方ない

 

 スープにつかったこの飲み物の都合上火を強めて出汁を取る調理は取れない。でもそこは創意工夫

 

 

 

「付け合わせは、味噌漬けにした鶏肉のソテー。薬味はパクチー……よし」

 

 

 ラーメンのタレはいつも店で使う醤油ダレ、けどそこに甘めの味噌ダレを混ぜたものを使う。本当ならたまり味噌、味噌を作る過程で出来る味噌の上澄み液を使いたかったけど中々手に入らないものだから我慢。醤油ダレと味噌ダレを合わせて調整。

 

 面は中太、ちぢれ麺で触感の良い、そしてスープが程良く絡むものを使う。

 

 

「アブレーゴさん、やっぱり落ち込んでる……無理ないや」

 

 

 独り言つる。ラーメンを作るときは常に食べる相手を思って手を動かすから、そして今はたった一人のためにこの一杯を提供するから

 

 自分のしたいこと、その思いを巡らしているうちに自然と出てしまう

 

 

「……ラーメンしか作れない。だから、僕はあなたのための最高の一杯を作るだけです。楽しみにしてくださいね、むせかえるほどおいしいラーメン、作ってあげますから」

 

 

 独り言、だが扉一枚隔てただけのこの部屋で、きっとこの声は聞こえてしまうだろう。

 

  

「……さあ、仕上げだ」

 

 

 

次回に続く

 




もう少し引っ張ります、次回で実食。どんなラーメンを作るかはお楽しみに、知ってる人はすぐわかるかも


感想・評価、多く頂いて大変うれしくございます。ロベルタ騒動終結まであと少し、勢い大事、頑張って書いていきます。次の話もお楽しみに


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(50) むせ返るほど美味しい、オレンジワインラーメン

祝50話到達


 

 

 ホカホカの体、つい長湯ではないが、しっかりと汗を流して綺麗さっぱりと仕上がる体、こんなにも落ち着いてシャワーを堪能するのも久しぶりだ。

 

 時刻の針は、現在9時、あと一時間でタイムリミットである

 

 

「……スン、こいつは」

 

 

 時計を見て焦るより、頭は、というか鼻はうまそうな匂いに気がそれてしまった。

 

 部屋の、キッチンの前に立つケイティ。その手元には見慣れたラーメンボウルがあって、匂いの元はそこだと理解する。

 

 

「出来上がりです。そこ、机の前で座って待っててください」

 

 

 言って指し示す先。この部屋には食事をとるようなテーブルとイスもない。あるのは灰皿や酒とつまみを置くだけの小さな机一つ、それをきれいにしてベッドの前に置いている。

 

 

「……ささ、どうぞどうぞ」

 

 

「お、おぅ」

 

 

 流されるまま、座って目の前に興じられたいっぱいのラーメンと対峙。そこにはチキンのグリルが四切れほど乗って、そして刻まれた薬味の緑

 

 スープは、濃いめの琥珀色で美しい

 

 見た目は上々、食欲をそそるうまそうな一杯がそこにはある。だが、それよりも

 

 

「……おま、これ」

 

「ふふふ、まずは一口飲んでからです」

 

 自身気に、いつの間にか体面に段ボール箱を椅子代わりにして座っているケイティ。食べる姿をまじまじと見る姿に多少うっとうしさを感じるが

 

 今は、この疑問を取り払う一口が優先される。

 

 

……ズズ

 

 

「……うまい」

 

「それはなにより」

 

「うまい、うまいんだがよぉ……こいつは、酒か」

 

「ご名答」

 

 

 おもむろに取り出してみせてきた。ケイティが机に置いたボトル、それは秘蔵の

 

 

「お、俺のワイン……おま、勝手に」

 

「ええ使いましたとも。持ち込みの食材だけじゃあ面白みがなくて、掃除中に漁ってみたらいいものを見つけましたので」

 

「……それ、一本何ドルか、いやもういいわ。あぁ、お前さんに常識で語るのは疲れる」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

   

 

 

 ワインと聞いて思いつくのは銘柄よりも先に白か赤か、だが世界にはこの二色に加えてもう一つ、オレンジ色のワインというものがある

 それがジョージアの約千年前からはぐくまれてきた伝統的なワイン、ルカツティリである。

 

 ルカツティリの製法は白ブドウを原料に、赤ワインと同じように皮も種も使って発酵させて精製させる作り方を取る。その上土に埋め込んだ甕で長期熟成させることで強いうまみと風味を持つのがこのワインの個性、そしてその大きな特徴にワインで在りながらアジアの料理とも親和性が高いという面白いものがある。

 

 輸入物で、まだ世の中には知れ渡っていないこともあり使ってみたいとは思うも叶わなかったものだった。けどアブレーゴさんの秘蔵酒の中から見つけ出した時僕はピンと来てしまった。よし、これでラーメンを作ろうと

 

 

「……というわけで、作ってみたわけなんです」

 

「なにが、というわけだこの野郎」

 

「え、でも美味しく作ったでしょ」

 

「……否定しねえ」

 

 自慢げにノックアウト、実際作ったケイティ自身も関心の出来であった。

 

 スープの食材に魚介を使いはしたが、実際のところベースであるオレンジワインがこのラーメンのベースである。

 

 

……うまみの強いワイン、合わせるのは主張の強い魚介の乾物。それと濃い味噌味をベースに、パクチーでさらにアジア色を強めて。うん、はっきり言って

 

 

「美味しいですけど、人は選びますよね。ちなみに僕は三口で限界でした」

 

 自分で言って自分で笑う、そんなケイティにアブレーゴは呆れてしまう

 

「おま、作っておいてそれかよ……てか、この酒こんな度数強かったか。煮込んじまったらアルコール飛ぶだろうに」

 

「そこは調整ですよ。このラーメン、三日間食材を漬け込んだワインにじっくりこっくり火を通して、アルコールを飛ばさないように作るんです」

 

「あ、そりゃおかしいだろ。三日って、お前これ一晩で」

 

「はい、時間がなかったですからね。ですから火は強めで煮込んで出汁を取りました。アルコールは飛びましたから、その分は別のお酒で、スピリタスで調整してます」

 

「……ッ」

 

 スピリタス、その言葉で目が見開いて、そして食べている最中だったからかむせた。アルコールが入っているからむせるのも無理もない

 

 

「身構えなくても大丈夫です。計算して入れてますから、だいたいその一杯に度数は15~6%ぐらいです」

 

 

 スピリタス、純度ほぼ百パーセントのアルコールであるこのお酒はまともな神経なら一気飲みしたりしない。はっきり言って危険なお酒、だけどその高純度な強い火の気はカクテルなどで味を薄めずに度数を足すなどで利用ができる。

 一晩で一気に煮出して作るオレンジワインラーメン、正直アルコールは完全に飛ばしても美味しいし、なんならそっちの方が食べやすくていいまである。でも

 

 

 せっかくお酒を使うラーメンなのに、酔えないラーメンなんて面白くない 

 

 

 

「……ごっほげほ、ずるる……ぐっふ、あぁ……うまいはうまいな、えっほ」

 

 

 

 

 ずるる、麺をすすりスープを飲む。むせる声も交えながら、箸とレンゲは止まらない。癖の強いオレンジワインの深いうまみ、濃厚で主張の激しい魚介のうまみとぶつかり合っても負けるどころか引き立て合う。こってり感は鶏油で演出、パクチーのさっぱり感で朝から食べても美味しくはできたつもりだ

 

 

「……替え玉、あるか?」

 

 

「はい、今用意しますからね~」

 

 

 顔に生気が戻っている。美味しいと思ってくれたことにケイティはご機嫌だ

 

 

「……」

 

 

 楽しく明るくふるまうケイティの姿をアブレーゴは見ている。こんな状況、時期に処刑が始まるのにもかかわらず、なぜか心は穏やかになる

 

 この、酔いしれる美味なラーメンがそうするのか、それともケイティのせいか

 

 

……ロアナプラを忘れられる

 

 

ふと、思い返したのはマルワシラーメンを食べた夜のこと、こいつなら別にいいかと本音をこぼして、そして今も自分の情けない姿を全てばらしてしまっている

 

ロアナプラらしからぬふるまい、いでたち、うまい飯を人に食わせたいだけでどこまでもまっすぐ素直に生き続けてしまっている。そんな奇妙な相手に心を許してしまった

 

だから、こんなにも

 

……満足だな、もう十分

 

 

 時計の針を見る。もうタイムリミットまで一時間を切っていた。

 

 最後の晩酌は、実にうまい酒であり、ラーメンであった

 

 

「……ケイティよぉ、お前さんもう帰れ」

 

「え、もう替え玉茹でちゃってます……それに」

 

「もういいさ、説得に来たんだろうが俺はもう……もう、疲れたんだ」

 

「……なんですか、それ」

 

 

 

 遠い、もう遠い過去のことになる。アブレーゴは思い出した。

 

 逃げる選択肢をとってきた自分を唯一勇めたのは、母親代わりに飯を食わしてくれた使用人の老婆、ロザリアを手にマリア様の言葉で語りかけていた彼女、幼いアブレーゴはマリアそのものと感じ取っていた。

 もう、今となっては彼女の言葉も朧気、だが青年期を生きていく間ずっと彼女の言葉が、マリアの教えがあったからここまで来れてきたはずだった。

 

 逃げることを諫める言葉、そしてもう一つ、それが何だったか

 

 

……思い出せねえ、けど見えはしたんだよな

 

 

 そう、自分のために料理を作るケイティ、その後ろ姿にどこかマリアを感じていた。

 

 男を相手にそんなことを思う自分はなんと愚かか、キリスト的価値観から見てもやはり自分はおろか、何者になれない、マフィアにもなり切れなかった愚か者であった

 

 だが、その最後は、せめてうまい酒と飯で飾られた。

 

 

「やっと終わりにできる。おれはよぉ、もう疲れたんだ……時間も時間だ、さっさと帰れ」

 

  

 時刻の長針は真下を指し示す。律儀にタイムリミットを守るとは限らない、お気に入りとはいえ、本物のマフィアである火傷顔は信用しきれない

 

「おめえは俺にいい思いをさせてくれた。死んでほしくねえんだ……おら、もう行ってしまえ。部下の件は、心から謝罪する。補償は俺の骸から拾ってくれ」

 

 

 吐き出す言葉は下を向いて後ろ暗い。しかし、言い切る本人の顔はつきものが取れて安らいでいる。

 

 

 

「……アブレーゴさん」

 

 

「行けよ、行っちまえ……最高の料理人」

 

 

 うつむいて目をつぶり、気取った言葉で手を振る。そんなアブレーゴに、ケイティは

 

 

 

「アブレーゴさん……あなたって人は」

 

「……ッ」

 

 

 あしらおうとするその手をつかんで、無理矢理にその顔を引っ張り上げた。

 

 サングラスもかけてない、不健康そうなおじさんの顔

 

 まっすぐに相貌を睨んで。そして

 

「本気なんですか、本気でもう死んでいいなんて……言ってるんですか」

 

 悲しい目で、慈しみをもって両手を重ねた。アブレーゴの手を取り、隣に膝をついて寄り添うように近づく。

 

「……未練は無い。俺はもう疲れたんだ」

 

「でも、そんな風にあきらめてしまったら」

 

「お前にはわからねえよ。俺がどんなに神経すり減らして生きてきたか、女を抱いても酒を飲んでも、結局は周りに振り回されて貧乏くじだ。今回だって仮に乗り越えられたとしても、次は絶対来る。俺はもう疲れたんだ、ただそれだけだ」

 

「そんな、悲観的になるのはあなたらしいけど……でも、命をあきらめるのは」

 

「なら、お前さんが支えてくれるってか? は、できねえだろうが」

 

「できますよ。それぐらい」

 

「……死ぬ前に、お前を抱かせろって言ってもか」

 

「!」

 

 突然の言葉、面食らうケイティにアブレーゴは悪く笑みをこぼす

 

「ほら見ろ、できもしねえこと言うんじゃねえ。それに、今更抱こうがナニしようがあきらめは取り下げねえ。俺はよぉ、未練はねえんだ」

 

 お前のおかげでな、その言葉だけはあえて言わずに

 

 さあ、もういいだろ、そう言ってのけてアブレーゴはベッドを立つ。立ち歩いて、閉じ切った窓を開いた。日の光が燦々と部屋を照らし出す。

 

 

……終いだな

 

 

 窓際の傍に、無造作に置いてある灰皿置き、そしてそのそばにタバコと空き瓶と、そして拳銃。一服は余韻を殺すから選ばない。アブレーゴは拳銃を手に取り、薬きょうをシリンダーに込める

 

 未練を残さず、綺麗に現世を去る最後の儀式だ

 

 時刻の針は40分を告げる

 

 

「……本気、なんですね」

 

「言ったろ。未練はねえってな」

 

「…………じゃあ、未練があればどうなんです」

 

「?」

 

 振り返り見る。自分の影の先に立つ、ケイティは徐に首と腰に巻いた紐をほどき、エプロンを外した。

 

 昨日と変わらない。ブルーの扇情的なドレスの装いで、恥じらい顔を浮かべてしなをつくる

 

 

「オッケーですよ。抱きたいなら、どうぞ」

 

「……冗談、だよな」

 

 

 耳を疑うセリフ、だが撤回する様子もない。

 

 

「知りませんか。僕はもともと娼婦になるべくしてここに来たんです……できないなんて、それはあなたの決めつけです」

 

 

 もとより高い音域の声色、だが今は余計に艶っぽく性別の実態が揺らいでいく

 

 ケイティはアブレーゴ影を踏む。一歩、半歩、その足先はアブレーゴの姿の、ちょうど下半身の中央をやさしく、なでるように踏みつけた

 

 

「未練がないなら、ぼくが作ってあげます。できること、ちゃんとありますから……ねえ、もう一度だけ来た時の言葉、言ってあげますね」

 

 

 にまり、口角を釣り上げて余裕の笑みを構える。恥じらいでおののく姿はどこにもない。それは、まぎれもなく男を食らう側、媚びず従わず、威風堂々とした娼婦の覇気であった

 

 

 

「……デリバリーです」

 

 

「!」

 

 

 あっけにとられ、思わず銃を手から離した。セーフティーはかかったまま、だが安心する暇は与えてくれない

 

 

 

「座ってください、そして目をつぶって待っていてください」

 

 

「は、いや……おま、本気で言ってんのかよケイティ、俺は」

 

 

「言ったじゃないですか。そして僕も言いました。未練は、僕が作ってあげます……だって」

 

 

 

 

 

……デリバリー、ですから

 

 

 

 

次回に続く




ケイティとアブレーゴのターンはまだ続きます。な~んか変な流れですねぇ。さあ、次回どうなるやら、デリバリーとはいかに


昼間見たらランキング乗ってました。あそこに名前乗ると嬉しい、モチベ上がって励みになります


次回は明後日ぐらいに


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(51) しっかりしなさい、アブレーゴ!

映画のトゥエンティーフォーにちなんだタイトルをつけるべきか悩んだ。


 24時間、そのタイムリミットは刻々と過ぎていく。自身の終わりを告げる鐘の音がなるのだ、無視している瞬間は無かった。

 

 現に、一時間を切り残り20分と少しの今も時計から意識はなさないでいた。はずだった

 

 しかし、今目の前にある垂涎の美の前に、もはや数分程度のしがらみは不要ではないかと判断が下される。下したのは紛れもなく本能だ、理性ではない

 

 理性が働いているのなら当然選ばない選択だ。アブレーゴは重々、その点は理解していた。だが

 

 

「さ、目をつぶっていてください」

 

「……お、おぅ」

 

 

 現に、理性でないがゆえにきっと流されてしまっている。性別以前に自分の半分と少ししか生きていない小僧相手に、こうも振り回されてしまっているのならこれはもう本能故の過ちだ。

 

 自分は悪くない、そう結論付けることにためらいはない

 

 いい思いをして終われる。その点にだけ焦点を置いて、まずは優しく甘い唇にでもすがりつこうか、そう期待から思案してしまっている。

 

 それもすべて、本能ゆえの過ち。だから、致し方ない

 

 

……まあ、悪くはねえか、ナリだけはそこらの女よりもずっといいしな

 

 

「……アブレーゴさん」

 

「お、おう」

 

 

 近づいてくる。声色が震えて、そしてなにより色気で湿りがある。

 

 呼気と呼気が混ざり合う距離、焦らすようにゆっくりと

 

 

「……はぁ、ぬッ」

 

 

 

 精一杯振りかぶり、思いのたけを込めて

  

 

 

「なあ、もうそろそろベーゼの一つでも『バチンッ』をぶるぅあぁああああああああッ!!!?!!?

 

 

 

 

「………………バカッ」

 

 

 

 思いを込めた、重い一撃が、アブレーゴの頬を打ち抜き顎をガクつかせた。

 

 ケイティ渾身のビンタ、無抵抗なアブレーゴはベッドから転げ落ちてその辺に積み重ねたゴミ袋へ突入。ストライクである

 

 

「バカ、変態、痴漢……ひっく」

 

「お、おま……なにしやがる、てか酔ってんのか」

 

「……酔って、なんかいない」

 

 否、それは酔っている人間の常套句であった。

 

 ふらつく足取り、そしておぼつかない視線の先。色香を放っていたのは勝機ではなかったから。

 

 味見と称して何度か口にしたスープ、そして調理中に開けたスピリタスの揮発するアルコールを吸引、部屋自体もどこか酒の気を帯びている。 

 酒に慣れたアブレーゴには何も感じないが、すでにケイティが酔っぱらう条件は整い過ぎていたのだ。

 

 酒に弱いケイティ、酔う時は決まって気持ちよく酔うタイプではあるが。

 

 時に、ケイティが俗に言う悪酔いをするタイミングがある。それは他人を心配し、必要以上にお節介を焼くとき、そうまさしく今である

 

 

「正座、アブレーゴさんそこに正座……正座ッ!」

 

 

「てめ、調子乗って何命令して「正座!」……あ、はい」

 

 

 語気の強い口調。先ほどよりもさらに酔いが回っている。叫んだせいか、のどの渇きでもいやそうとしたのか、その手には見慣れたボトルが一本。調理で使ったオレンジワイン、空いたそれを直にラッパ飲み、ふひーと息を吐き散らし、そしてギっとにらんで一喝

 

「お説教です、僕はあなたに言いたいことがある……だから、だから正座、正座でしゅッ!!」

 

「いや、もう正座」

 

「してますか、ならいいです。偉いですよアブレーゴさん、花丸あげちゃいます……えっぷ」

 

 面倒くさいダルがらみ。しかし抵抗する気も言い返す気も起こさない、有無を言わさぬダルがらみ。

 

 それは以前自分が絡んだ時の報復か、しかしすでに時刻は、のこり15分を切っている

 

 無駄なこと、早く帰れと言いたい。だが

 

 

「未練たらたら、これから安らかに死ぬ人がエッチな誘いに流されたりしますか? ハードボイルドを気取っているあなたなら、どうして最後までかっこつけないんですか?」

 

「は、いや何言って」

 

「だーかーらーッ……ぼくは、あなたに死んでほしくないって言っているんですッ!早くバラライカさんに電話して、ごめんなさいをいいましょう!!」

 

 自分の膝をバンバンと叩きながら声高に叫ぶ「ほら、携帯」投げ渡すように手に握らせた携帯電話を、その着信先には飼い主と名がある番号が 

 

「……もう、いい」

 

 しかし、そのようなことを願われてもと、強情にアブレーゴはノーを突き付ける。あきらめの境地でプライドがひりつく、結局自分がどうしたいか、これでは揺らいでしまう。

 

 

……やめてくれ、もうあきらめさせろ、うんざりなんだ、俺は疲れたんだッ

 

 

 マフィアのボスでいることに疲弊してしまった。とはいえ今更カタギにも戻れないところまで自分はいる。

 望むべくして死刑台に立った。だが、ケイティはそんなアブレーゴに未練を引き出そうとする

 

 いばらの道を歩んででも生きろと

 

「やめろ、おれは……もう」

 

「死にたい、ですか?」

 

「そう言ってんだろ、俺はこんな所に立つべき人間じゃねえ。器足らず、分不相応」

 

「……いや、嘘ですね」

 

「嘘なんざ言ってねえ」

 

「じゃあ、聞きますけど……」

 

「……!」

 

 ほほに触れたぬくもり。下を向いていた視線が正面に引っ張り上げられる。

 

 目が合った。焦点が合ってない酔った瞳、だがどうも直視ができない。まばゆい光、まっすぐな思い、自分に向けられた情や悲哀がこれでもかと入ってくる。

 

 

……やめろ、それ以上は

 

 

「嘘です、確かにあなたは情けない不憫な人だ。でも、気づいてないかもだけど、すっごく前向きな人なんです」

 

「だから、そんなわけが」

 

「しぶとく生きてきた、執念たらたら。あのね、言わせてもらいますけど逃げるって簡単じゃないですからね! 自分を過小評価しないでください!あなたがやっていることは、すでにその辺のチンピラじゃあできないデカいことなんです!」

 

「……やめ、おまやめろ、まじに」

 

 

 両頬を掴むケイティの手、視線をそらそうとするアブレーゴを逃がそうとしない。

 

 向かい合って正座で向き合う態勢から、ケイティは膝立ちに、そして立ち上がって首をもたげさせた。見下ろす視線で、陰の中にアブレーゴを包んでしまいこむ

 

「おっさんの癖して恥ずかしがっちゃって……あぁ、きっとちゃんと目を見てほめられたことがないから内気なんでしょうね。それか、もう忘れてしまっているか」

 

「!」

 

 強気で不遜なケイティの言葉、だが異を唱える言葉はかすりも出ない。

 

 アブレーゴの中で、抑えていた何かがあふれ出す。湖底に沈めた要石が、何かのはずみでずれてしまったかのように

 

 泡が一つ、二つ、水面へと昇って波が乱れる。

 

「だから僕が言ってやります…………すぅ」

 

 

 息継ぎ、深く深く、そして吐き出す。呼吸を整えて、両手で包んだ照準に

 

 

「すごいすごい、あなたはえらい!!とってもがんばり屋さん、アブレーゴさんは頑張ってる、すごくがんばってる!!」

 

「……ッ」

 

 波が揺らぐ、沸き立つ泡で湖面がかき回され、さながら大海のごとく

 

「や、やめろ……もうやめろ、それ以上はまず……よく、ねえぞ、おまッ」

 

「じゃあいいんですね、もうラーメン食べられなくて! うそおっしゃいな!! 毎回毎回スープ一滴残さないほど満足げに完食して、本当に満足してないとあんな幸せそうな顔をしないでしょうに……縋りつくものがない、そんなわけないッ!!」

 

 ダン、手を離したと思えばそのままアブレーゴの両肩を叩く。次弾を放つ、今度は目線を合わせて膝立ちで肩をつかみ、決して逃がさぬように 

 

 

 

「美味しいものに感動出来て、そのうえお礼も言える人間が駄目なわけない!!あなたはすごい人だ、偉い人だ、大きな人間だ!! なのに、死にたいなんて言っちゃダメ、おばか!!」

 

 

 

「生きがいが無いなら僕のラーメンにしてしまえばいい!!心が辛くて落ち込んだらいっぱいほめてあげるからッ!! えらいえらい、アブレーゴさんはえらい!! かっこいい!かっこいい!!アブレーゴさんかっこいい!!」

 

 

 

「がんばれがんばれ! がんばれがんばれがんばれがんばれッ!! えらい子すごい子元気な子、アブレーゴさんはとってもえらい子ッ!!!」

 

 

 

 息継ぎ、速射砲のごとく畳みかける言葉の薬。幼稚で、感情的で、大の大人に向けるものとしては不適格もいいところ

 

 だが、どうしてか、アブレーゴは何も言い返せなくなってしまった。

 

 

「……マリア」

 

 

 言ってしまった、口にしてしまった。それは、かつて同じように、誰にも関心もなく見放された幼少期に、たった一人自分を戒める言葉を、暖かさをくれた女性の名前だった。

 

 シスター名、マリアと、その先が思い出せない。だが、経験だけは明確に今呼び覚まされていく。

 誰かに認められ、肯定され、背中を押されることの喜び。ついぞ忘れてきたが、今、ようやく

 

 

「だから下なんて向かない、ちゃんと前を向きなさい! あなたはマフィアのボスなんだから」

 

 

 

「しっかりしなさい、アブレーゴ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~AM 10:05

 

 

 

 

 

 ホテルモスクワが勧告したタイムリミット、その時刻は過ぎている。なのに、銃声は何も聞こえない。

 

 周辺の通り、建物からは民間人たちはさっそうと立ち去り、そこには火事場泥棒の一人もいやしなかった。始まる闘争の規模を恐れて戒厳令が敷かれたがごとき有様であった

 

 そんな沈黙の時間、だが沈黙が続いていることにおかしいと気付きだす者もちらほら。試しに通りに出てみれば、そこには黒塗りの車も装甲車も無く、ただ閑散としているカルテルの本部周辺の様子があるだけ。

 

 

 

……ホテルモスクワは手を引いた、ってことでいいのか?

 

 

 

……ミスター・アブレーゴがうまくやったってことか。さすが、カルテルを率いるだけはあるんだな

 

 

 

……カルテルがロシア人たちに跪いただけだ、泣きながらべそかいてな。賭けてもいいぜおれは

 

 

 騒動が起きたのにもかかわらず何もとばっちりの来なかったイエローフラッグにて、そんな噂話がちらほらと聞こえてくる。カードは圧倒的に不利、賭けにもならない事態であったが、どうしてかこれが綺麗に収まってしまった不思議は、皆の想像の及ぶところではない。

 

 すべては世はこともなし。神も後ろ髪も見せるこの不浄の地にて、いったいどのような奇跡が起こったか。真相を知る者はごく少数。

 

 たった一人のへべれけが一人の男の心を打ち、結果下を向き続けた男はこの街で強く生きようと気分を変えたことも

 

 しぶとくあがいて泥臭く這いずって、それでも前を向こうと決断するにたるに至った経緯なんてものは、誰も知りえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ローワンジャックポッドピジョンズ、店前~

 

 

 

 

 

 

 

 店前に停められた黒塗りの車、そこより姿を現した黒服の紳士は、これまた紳士にお似合いな可憐極まる少女をお姫様抱っこで抱え、そして入口より迎えの二人は顔を出す。

 

 示し合わせたタイミングで姿を現したのはアーシェ、すでにその服は娼婦らしい華美な装い、すでにもう一つの顔は姿を潜めている

 

「あら、張維新自らお運びだなんて、ケイティったらいい御身分ね」

 

「欲しいならいつでも抱きかかえてやる、俺の懐は広いからな」

 

「ええ、ぜひとも。でもその時は、抱きかかえるじゃなくて、抱いていただけるとうれしいわ……ミスター」

 

 リップサービス、夜の嬢らしい会話を交えながら、その手に抱きかかえられたケイティを受け取る。すやすやと、その寝顔はなんとものんきで平和的だ。まさかロアナプラの戦争を止める大きな貢献をしたとは誰も信じないだろう

 

「……ん、ぁぅ」

 

「お疲れ様、ちゃんとベッドで寝なさいよね」

 

 起き上がらず、抱えられた体はアーシェの手でまたお姫様抱っこを繰り返す。張と変わらない高身長だとしても、やはりその華奢な体つきは性別を間違えている

 

 寝顔を見れば幼く、出で立ちを見れば少女、しかしその存在は

 

 

「……薄々感じてはいたが、やはり異端だな。ケイティはこの街をかきまわす」

 

「この子は何もしてないわ。ただ」

 

「あぁそうさ、ただ当たり前のように料理をして人に尽くす。それが誰であっても、ネームドのギャングであろうと、それは異常だ、異端なんだ」

 

「……悩ましいですか?」

 

「さあ、それも今後の課題だ。近々黄金夜会も開かれるだろう」

 

 

 張維新は視線を横に切った。そこにはローワンの店と隣り合うビルが、無残な姿で今にも倒壊しそうなビルがブルーシートにイエローテープで囲まれている。

 

 店は休業を余儀なくされる。そしてその責任は

 

 

「ケツ持ちとして、当然やるべきことはする……だが、その前にはまだ一つ」

 

「ん……ゃぁ」

 

 張の指先が髪をなでる。触られて眠りを妨げられたのか、赤子の様にうなって、そのままアーシェの胸へと顔をそらす。

 アーシェの冷ややかな視線、すまないと謝罪を口に、そして間をおいて張は続ける

 

「今回の一件、振り回されて不快を負ったのは誰か、それはもちろんミス・バラライカだ。夜会が始まるまでまだ期間もある、それまでにどうにか、彼女のストレスを晴らしてもらわねば俺たちもおちおち議席に座ることもできんさ」

 

「……あの女に、ケイティに何をするか」

 

「大丈夫だ。この街で一番こいつにご熱心なのは」

 

「けど、火傷顔は何も動かなかった。ケイティのために、連絡をよこすこともしなかった……それで今更」

 

 怒気を込めて言い放つ。危険な会話、しかし気持ちは推して察せられる故に張は止めず

 

「あぁ、ひどい話だ」

 

「……ほんと」

 

「だからこそ、次は話し合う時間が必要だ。誰にも邪魔されず、二人きりで」

 

「……ッ」

 

「不快か? だが、察してやってくれ。彼女は誰よりも、ケイティを慈しむジレンマに苦しむ立場にあるんだからな。無条件に愛でられるお前たちとは違う」

 

「……それは、どういう」

 

「…………その先はシークレットだ。いやなに、俺も口は軽い方だが、これ以上は野暮だとは理解している」

 

 

 意味を問う。だがそれ以上は口が過ぎると張は止める。

 

 

 残された問題は二人の間のみ、であれば横入は馬に蹴られて首を折られるだけだと

 

 

 

 

 

「あとは当人たちの問題だ。アーシェ、ケイティには……まあ今は寝かし付ければいい。だが、起きてからは伝えておけ。ミス・バラライカに花束を贈るようにとな」

 

 

 

 

 

次回に続く




以上、これにてアブレーゴとのエピソードは終了です。いっぱい褒められてよかったね、アブレーゴ君、教育番組版ロアナプラ

次回からエピローグ、ようやくバラライカとの対峙です。さあ、ケイティはどうなるやら




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(52) 幕間:ミス・バラライカに花束を①

前回が長かったので今回は短め
 
タイトルは思い付き、アルジャーノンに花束をとはあまり関係性はありません。つけてから知りました。まあ知ってる人がいたらなお話、というか弁明

甘いシーンを書きたい


 

 

 此度の騒動の発端、ガルシア・ラブレスとその従者ロベルタ、二人はあの夜より離れた場所にいた。

 

 ドーピング反応がひどく、興奮状態が収まらないロベルタはミス・バラライカの手によってワトサップ管轄の警察病棟に収容された。一方でガルシア少年はそのままラグーン商会の預かり、ひいてはロックが面倒を見ていた。

 当然ラグーン商会はこれに良い顔はしていない。商会として面倒ごとは放り捨てたいと、ダッチとベニーで2体1の大変民主主義的な相違が得られたのだが、依然預かりは継続。今度はカルテルからではなく、ホテルモスクワからの依頼、という体を取った事実上の脅迫をいただいた故。

 騒動が終わった夜、レヴィもまた薬抜きのために収容されていた。ラグーン商会としてはレヴィが人質にされてるも同然。袖の下を通した警察相手に奪還もできず、ただミス・バラライカに従わざるを得ないのであった。

 

 此度の騒動、骨を折って収集を付けたのはホテルモスクワの尽力であった。アブレーゴとの敵対をしながら、事件関係者をこれ以上のトラブルに巻き込まぬようにと管理、そしてここからがまた面倒ごと

 

 ケイティがふるまった激辛毛血旺つけ麺、それを食べたほかの客にも実は異変が

 

 

 

……ヒャッハー!!激辛にハイってやつだぁああッ!!!

 

 

 

……なじむぅ、スパイスがなじむぞぉおおッ!!!

 

 

 

……URYYYYYYYYYYYYYYYYッ!!?!?!?

 

 

 

 

 ケイティがバラまいてしまったドーピングラーメン、それを食した客たちは騒動に紛れて時間差でまた騒動を起こし始めたりした結果、ロベルタ事件の陰にまぎれて大規模な混乱が危うく起こりかけたのであった。

 露店で売られていた粗悪ドラッグとの奇跡的な化学反応、不死身か不老不死か、スタンドパワーか、まるでコミックの超然とした悪役のような有象無象を相手に遊撃隊は鎮圧に駆られた。その甲斐あって被害は最小限に、朝日に照らされる頃には暴徒の毒気も消え去った。

 つまり、まとめるとホテルモスクワは大変頑張っていたのだ。それはもう連日目まぐるしく働かされて、百戦錬磨の兵士達も此度の一件が終わった日には真剣に連休の届を出そうかと思案したぐらいである。

 

 疲弊と気苦労とドンパチを重ねて、結果的に事件は収束に至った。兵士たちの尽力と、指導者の采配もあり抗争は起こらず死人も最小限。世は事も無し

 

 

 

 

 

 

 

 

~空港~

 

 

 

 

「……ロベルタ!」

 

 

 

 

 

 空港のロビー、比較的人がいない時間帯にて少年はボリスの元から離れた。先に着いていた彼女の元へ走る姿を見届けて、遊撃隊は任務を終え転進する。

 

 

 

 

 

「若様、この度は誠に……」

 

「いいよ、ロベルタはがんばってくれたんだ……もう、終わったことなんだから、僕も無事だから」

 

「……若様?」

 

「ロックさん達から話は聞かされたよ。カルテルのことはもう安心していい……少なくとも、あのアブレーゴっていう人はラブレス家に敵対はしないって。本国でも、もう小競り合いは無くなるって」

 

「それは、信用して……良いものでは」

 

「……多分大丈夫、ちゃんと会って話をしてきたから」

 

「!」 

 

 知らぬ間に主がとった行動力にロベルタはついていけない。心なしか顔つきも立派になって、なにやら精神的な成長が得られたのか

 うれしく思う反面腑に落ちない。ましてやカルテルを相手にしてそのように建設的な話し合いがあっただのと

 

 アブレーゴの実態を知らないロベルタにとっては想像ができない話だ

 

 

「いっぱい話をしよう。僕も、ここに来て知ったことはいっぱいある。ロベルタの過去も、敵についても、これからすべきことを考えたい」

 

「……は、はい」

 

 あっけにとられ流されてしまう。いつの間にかつかまれた手、振りほどくことは許さない勇ましい男の顔、ロベルタの頬にはなんとも微笑ましい桜色が灯っていた

 

 このような空気では、きっとお役御免を申し上げることはできない。できたとしても決して許さないだろうと、内心で得心を得てしまった。

 

 

「……ロベルタ、その顔」

 

 

「あ、気になさらないでください若様……これぐらいのこと」

 

 

「いや、でもこの傷……ちょっと新しい、もしかして誰かに」

 

 

 指摘する打撲跡、それはレヴィとの戦いで負ったものではない

 

 

「……いえ、本当にお気になさらず」

 

「でも」

 

「いえいえ、本当に……これは、受けて当然の罰にてございます。あの女性の心中は察して当然」

 

「?」

 

 ほほに触れる、殴られたのは病院を発つ前

 

 

 

 

……私のモノを汚すな、アレは、私にだけ権利があるッ

 

 

 

 

「……くす」

 

「え、どうして笑ってるの?痛いはずじゃ」

 

「いえ、ただ本当に申し訳ないことをしたと、だって」

 

「!」

 

 

 朗らかになる表情、ロベルタはガルシアの手を取り、触られたお返しとばかりに熱い抱擁で返す。

 

 自身の胸に沈み込む小さな体躯、慈しむ思いはきっと、彼女もまた同じ

 

 

「彼女は、きっと同類ですから……此度のことが無ければ、案外仲良くなれたかもしれません」

 

「??」

 

「守るモノがある同士、気が合ったかもしれないということです……坊ちゃま、さあ帰りましょう」

 

 

 

 和やかに、気をよくして手を握る。上機嫌なロベルタはガルシアの手を優しく、しかし話さぬようにと気持ちは強く握りしめる。

 

 首をかしげる主、しかし握られた手の感触は心が安らぐ魔法がある。

 

 嵐のように訪れて、去るときは凪のように、二人はロアナプラのゲートをくぐった。帰るべき家へ目指して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ホテルモスクワ所有、ヒルズホテル最上階~

 

 

 

 

 

 丘の上に立つハイクラスな居住地と商業区、最悪な地上の肥溜めにおいてそこだけは清廉で潔白で、そして汚れを寄せ付けない高さに在る

 

 ホテルモスクワが所有する三ツ星級のホテル。警備も頑丈、武力は大隊規模、頼めばボルシチからガトリングまで呼び寄せられるサービスの徹底っぷり、しかし利用できるのはその庇護下に在り、また最上位の位置にある者だけ

 

 護衛任務を終え、ボリスたちが帰還する中ホテルモスクワは最後の仕上げを行う。と言っても、それは具体的に何かをするわけではない。むしろ逆、何もしない、関与しないことが求められる

 

 

 

「……」

 

 

 ロビーに立つ、コンシェルジュもおらず、足を進めてエレベータの前に立つ。一般客も来賓も利用できない、それは直通の専用エレベーター。 

 最上階に居る者だけが使えるそこで、カメラの前で許可を待つ。セーフティーロックのマンションと同じ、許しを得て初めてエレベーターが降りる。

 

 

「……おじゃまします」

 

 

 恐る恐る、足を踏み入れた

 

 

……今度は、大丈夫みたい

 

 

 以前のことを思い出す。あの時は不慮の不具合で一日夜を明かした場所。でもそれで最後、もう何も壊れることはないとお墨付きになった。その裏でいったいどのような荒事があったかは知らず

 

「服、へんじゃないよね……よし、問題はない、はず」

 

 備え付けの鏡を前に出で立ちを見る。エレベーターの中に鏡がある利点は、きっと今の自分の様にあの人に見せるモノに不遜はないか最終チェックをするためにだろう。

 

 けど、悠長に化粧直しをする暇だけは用意されない。途中止まることのないエレベーターは一気に目的地へ、止まる瞬間の浮遊感に若干の酔いを感じる。

 

 

 

「……行こう」

 

 

 覚悟を決めて、ほほをはたきたいところだけど今は崩してはいけないから、自分のお尻を叩いた。布越しだけどいい音は鳴る。

 

 気合も充填、さあ進め

 

 

 

 




 今回はここまで、さらっとロベルタたちは帰していく。もっと掘り下げるべきかとも思いましたが、そろそろ進めないとバラライカがね、どうなるかね、書いている僕もわからない。次回早ければ明日にはまた、遅れたらその分だけケイティの尻を叩きます


PS



 感想読んで励みになります。皆さんケイティとバラライカを心配してくれているようで、でも同時にセクハラお仕置きが見たいという意見もちらほら。みなさん、そんなにえっちなバラライカさんが見たいのかい?



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(53) 幕間:ミス・バラライカに花束を② ※挿絵

ククルカンが来てくれない。広江礼威先生の描かれた星5で、胸と尻とたっぱのでかいお姉さんとか、欲しくないわけがない。

辛いね


 

 ローワンさんのお店のバックヤード、仮眠室としてつかうスペースで僕は目が覚めた。随分と酔いが気持ちよく回っていたのか、かなりぐっすりと眠ってしまっていて、気づけば街の様子も元通り。適度に喧嘩と殺し合いでにぎやかないつも通りのロアナプラに戻っていた。

 ただ、壊れた店の外観はどうしようもなく、これからやることは大積だと理解させられた。店に関してはビルの基礎そのものがだいぶ危うく、いつ倒壊してもおかしくないまさにゲーム終盤のジェンガみたいなもの

 なくなった調理器具、製麺機や各種貯蔵用の業務用機械も、ただ住処を戻すだけでは足りない。一から店を立ち上げる手間、やることは山積みだ

 

 だけど、その前に僕は一つ、やらなければいけない大事な課題ができてしまった。というか、教えられたのだ

 

 

 

……ミス・バラライカに花束を、張維新の伝言よ

 

 

 

 着飾ったドレス、整えた化粧は時間をかけて丁寧に。アーシェ姉達から指導を受けて、自分なりに頑張って着飾ってみる。本来ならそれが出来たのだけど、生憎そうはいかない事態に陥ってしまった。

 

 というのも、僕が一張羅として使っていたドレスはクリーニング、すぐには戻ってこない。前にアブレーゴさんの部屋で一晩明かしたために匂いが染みついてしまったのである。あの時は言わなかったけど、控えめに言ってアブレーゴさんの部屋は良い匂いではない。というか臭い、酒とたばこと女とその他もろもろ、ゴミも片ついていない汚部屋ということもあって、染みついた匂いは珍味ゲテモノ食材にも勝るとも劣らない。食えない分こっちの方がたちが悪い

 仮にもそんなドレスであの人の前に立とう者なら、その時はきっと悲惨な末路があるに違いない。僕はバラライカさんの匂いを知っているし、バラライカさんもまた僕の匂いは重々知っている。たがいに、鼻が利く関係性だ。直前に張さんとあっているとすぐあの人は指摘してくる

 

 と、そんな訳からいつものドレスは使えない。そもそもドレスなんか着る必要があるのかと思われるかもだけど、あの人不機嫌にさせてしまった場合ぼくは自主的にそういう装いをしないといけないのだ。偏と思うなかれ、そういう関係性に仕上がってしまったのだから。さもないと、どんな服を着せられるか分かったものじゃない

 そして話は戻る。バラライカさんの前で見せる綺麗な一張羅、そもそも店が壊れて服も取りに行けないから、ローワンさんの店でサイズの合う服を探さないといけない。けど、あの店は基本グラマラスな体系のお姉さんたちが身に着けるものばかり、店にあって僕の華奢なサイズに合う服、バストAAでも着られる服がないか、正直望み薄だったのだけど、けど

 

 

 

……一着だけあった。それもとっておきの一張羅

 

 

 それは昔、ローワンさんが外国より取り寄せた衣装で、けど発注したサイズとは違いどの嬢も袖を通さず、かといって高価故に箱にしまったまま今日まで開けなかった代物

 

 コリンネ姉さんが上機嫌な顔で持ってきて、けど披露していざ着てみてその姿に皆はほほを緩めてくれた。でも、アーシェ姉だけはやめておけと進言してくれた

 

 今回のことが無ければきっと喜んでくれたかもしれない。だけど、普通の出で立ちで赴いて誠意が伝わるとは思えない

 

 

 

……仕方ないよね、きっとバラライカさんも

 

 

 

 バラライカさんの機嫌は基本的に不安定だ。でも、僕が綺麗な装いをするときは決まって機嫌がよくなって小一時間膝の上で抱きしめられる。

 だから、それを狙って僕は女装をしないといけない。まともじゃないと思うなかれ、繰り返すがそういう関係性なのだから仕方ない

 

 

 

 

……さあ、進め

 

 

 

「失礼します」

 

 

 慣れないパンプスで歩幅が慎重になる。ワンフロア丸ごと使ったVIPルーム、いくつかある部屋を抜けて、僕が目指したのはベッドルーム

 

 街を見下ろす夜景が見えるガラス張りの部屋。キングサイズのベッドを置いてなおスペースがあまりある間取り

 

 扉を開ける。そして、視線を一面の窓辺に向ける。明かりをつけてみると、椅子に座ってくつろいでいるバラライカさんがいる。

 

 

「……ッ」

 

 

……いた、待っている

 

 

 無言、視線だけを向けて眼光に背中が震えた。ベッドには雑に脱ぎ捨てたスーツが、今の出で立ちは下着姿、お酒のボルドーを思わせるダークワインのカラー。レースの入った扇情的で挑発的なデザインのショーツ、その上にコルセットのような布が腹部を隠し、そしてその上にはちきれんばかりのトップを支えるブラがある。

 

 垂涎者の下着姿、だけどその手にはライフル銃があって、油汚れを気にしてその姿なのか、僕の呼びかけにも答えず銃のメンテナンスを続けている。

 

 話しかけるべきか、僕は扉を閉じて、ただじっとその姿を見ていた。銃を整備するバラライカさん、AKだったか、ロシア製だと思うその銃を手に、構えてそっと何もない虚空に銃口を向けて、カシュンっと間の抜けた音を鳴らした。

 

 

「……バラライカさん」

 

 沈黙に耐えかねて、挨拶よりも先に名前を呼んだ。

 

 胸中を察そうとする僕の思考、今まで何度も聞いたバラライカさんの声で僕を責める言葉がたくさん脳内をよぎる。言葉がないゆえに、勝手に不安になって、震えて、涙腺が熱くなってくる

 

「…………ら、さん、ばららいか、さん……その、えっと」

 

「————」

 

 銃を置いた。そして、テーブルの前においてある葉巻を手に、火をつけて煙を噛みしめる。

 

 

「何をしに来た、帰ったのではなかったのか……忘れ物でもしたのか?」

 

 

 低く、ゆっくりとした言葉で空気を震わした。どなるでもない、けど心は身構えて後ろへとかかとが引っ張られそうになる。

 

 

 

 

 

「……ただいま、バラライカさん」

 

 

 

 こんばんわではなく、ただいま。帰るべき場所というのを強調している言葉、意図して媚びへつらったわけじゃないと思いたい、けど気づけばその言葉を選んでしまった。

 

 

「迷惑、いっぱいかけてごめんなさい……でも、ちゃんと帰ってきました」

 

 

 精一杯、見せるべきは誠意。僕は深く頭を下げた。

 

 事情はすでに聴いている。バラライカさんはすごく頑張ってくれていた。片や、僕は僕の作ったラーメンで事件をかき回しただけだ

 

 怒られるのは覚悟している。

 

 

「……何をしに来た、かと聞いている」

 

「怒られに、です……ごめんなさいを、いいに」

 

「なら、なぜその服を選んだ」

 

 

 頭が痛い、そんな素振りをしてみせた。バラライカさんが指摘した僕の出で立ち、指摘されると恥ずかしくて涙目になってしまう

 

「恥じらって泣くならなぜ着た」

 

「……だって、かわいい服着た方が喜ばれると思いまして」

 

「ジャパニーズのおもてなしという奴か、だとしてもよ……馬鹿なの?」

 

「うぅ」

 

 悩んで決断した結果、僕は阿呆認定を貰ってしまった。

 

 喜んでもらいたい、そんな思いで恥じらいを我慢して可愛い女の子の服を着てきたけど、でも、メイド服姿はやはりまずかったみたいだ

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「なぜ、よりにもよって」

 

「……これしかなくて、お気に召しませんか?」

 

 

 

 そう、今日の僕はメイド服装備。贈る花束は僕自身である。ちょっとしたユーモアのつもりでもあったけど、さっそく後悔は脳内をしっちゃかめっちゃか暴れまわる。脱ぎたい

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……シャワーを浴びるわ、ベッドで良い子にしていなさい

 

 

 

 

「……」

 

 

 言い残した言葉、最後に付け加えるつもりだった一言は想像できてしまう。

 

 逃げたこと、何も言わずに、許可を得ずに、勝手に動いて心配をかけたこと、良くは思っていないだろう。

 

 

「…………はぁ、どうしよう」

 

 

 ベッドの上、ニーソとパンプスを脱いではだし、パタパタとシーツの上で足踏みして、なんだか切なくなってそのままうつむいて寝ころんだ。

 

 

「……ん」

 

 バラライカさんが寝ているベッド、髪の匂いが移っている。でも、それと同じぐらい葉巻の匂いも感じる

 

 

 

……いっぱい、吸っていたんだ

 

 

 

 葉巻を控えると言った。胸の中で抱きしめられていたエレベータの一夜、僕の苦手な匂いだと知って、そこから控えると告げてからバラライカさんの匂いは甘い花の香りが強くなった。

 

 別に、前の匂いが嫌いなわけじゃあない、そんな匂いもバラライカさんらしいから、でもこうして強くなる苦みはそれだけストレスをためさせた証なのだろう。

 

 

……負担、なのかな

 

 

 小手先の媚びへつらい、こんな浅はかなもてなしで心の疲れが取れるだなんて、僕の安易な一方通行だったのだろうか。

 

 ロベルタさんのことがあって、なのにメイド服姿で姿を現して、そんな行為が馬鹿なことぐらいぼくでもわかる。でも、それでも冷静な思考をかざしてこれが正しいと貫いたのは、そこには紛れもなく僕自身の欲望があったからだ

 

 叱ってほしい、なぶられてもいい。僕は求めていた。一心不乱に、それも寵愛を求める愛玩動物のように

 

 ペットと飼い主の関係、でも、僕はすこし調子に乗っていたんじゃないだろうか

 

 

 

「…………ッ」

 

 

 

 遠く彼方に置いてきた思い出、欠けた十代以前の記憶。

 

 我慢して、表面的は恥じらって跳ねのけてみせて、でも結局僕は情けない己の欲に抗えていない。承認欲求はいつも狂っている

 

 認められたい、褒められたい、肯定されて存在を受け入れてほしい。

 

 甘えたい、甘やかされたい。そんな僕を受け入れてほしい。僕の浅ましさはそんな言葉で容易に表現できてしまう

 

 

 

 

「……でも」

 

 

 

 

 迷惑をかけた。身勝手に動いて、やったことは結局周りを振り回しただけ、アブレーゴさんのことにしても、僕という存在が無ければ果たしてこんな結果になっただろうか。

 

 僕がいるせいで、みんなに駄目な影響を与えてしまっているのだろうか。

 

 僕が、ラーメン屋なんて、このロアナプラで始めてしまったから

 

 

 

 

 

……ポツ

 

 

 

 

「………………ぁ」

 

 

 

 雨が降る。部屋の中だけど、大雨が僕を覆いつくしている。見える世界は、もうぼやけて見えない

 

 

 

「……う、グス……どうしよう、どうしたら」

 

 

 

 考えてしまう。このまま迷惑をかけてしまっていいのか、かかわりを断つべきか

 

 でもそんなことは望んでいない。僕自身が、こうして感情を溢れさせてしまっているのがいい証拠だ

 

 

 

……自分が、いやになる。どうして僕は、こんなに依存したがるんだッ

 

 

 

 バラライカさんを求めて、縋って、でも迷惑はかけたくない、けど求めてしまう、そんな堂々巡りが自分に嫌悪感だけを残していく。

 

 涙は止まらない。自分を嫌う涙は、どうしたら止められるのだろうか

 

 

 

 

「…………ごめん、なさい」

 

 

 

 謝る。情けなく、縋りつくしかできない。やはり、求めてしまうのだ

 

 

 

 

「……ケイティ」

 

 

 

「ごめん、なさいッ……こんな、見せてしまって…………バラライカ、さんッ」

 

 

 

 足音で気づいた。すぐそばに、バラライカさんは僕を見ている。情けない姿を見てしまっていて、でもそうしているとまた優しくしてくれるのではと、あさましい僕は縋ってしまっている

 

 見せたくない、見ていて欲しい。心が、裂けそうだ

 

 

 

「めん、なざい……ひぐ、あうぅ……ぁ、ああぁ……うわぁぁ」

 

 

 

 涙腺が壊れる音がした。引き金を引いたかのように、くるってあふれかえる涙の洪水。

 

 せっかく用意した服が台無しになる。整えたチークはきっと意味をなさない。ルージュも、何もかも意味はない

 

 僕は何をしに来たのだろうか。こんな情けない姿を見せてまで、そうまでして

 

 ぼくはバラライカさんに、甘えたがっている

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に二人の男女がいる。片や愛らしい少女の、見習い女中を思わせる出で立ち、そしてもう片方は服の類は全く身に着けていない。対照的に比べるのも違う、とにかく異質な二人が並んでいる

 

 泣きじゃくるケイティを前に、バラライカはシャワーを浴びるのも中断し、髪も拭かないままに今ここにいる。

 一糸まとわぬ姿、長髪の金色がわずかながらに乳房を覆い隠すだけ。夜景の逆光に記された姿の、黒だけのシルエットでさえ艶めかしさが如実に伝わる。

 

 部屋には一台のカメラがある。警備上付けてはみたが、用途は隠し撮りのポルノムービーを作るぐらいしか利用できない代物だ。

 ただ、バラライカはおもむろにこれを試しに起動させてみた。ケイティが来ると、いけ好かないサングラスより通知が来た時から、ずっとこのカメラは起動されていた。無論、それは音声を拾う

 

 本来なら、ケイティの独り言から本音でも探れば程度の思案、しかし耐え切れずバラライカは動いてしまった。動くカメラのことも忘れて、全てを晒した姿で、ケイティの前に立ったのだ

 

 

 

 

「……下を向くな、そう言っていたのはあなたじゃなかったのかしら」

 

 

 

 口にした。重く、とげのある言い方。ケイティは泣いている。かぶりを横に振って、ただ否定して

 

 

 

「あぁケイティ……そうね、これはそう…………もう、面倒なのよ」

 

 

 

「!」

 

 

 

 カメラは捉えている。胸元をつかみ、バラライカはベッドの奥へとケイティを放り投げた。力任せに、そして自身もベッドへ乗り込んで、上回る体躯を生かして強引に迫っていく

 

 

「私を見ろ、その涙を……全部、隠すな」

 

 

「……やだ、見せたくないッ」

 

 

「駄目だ、全て表に晒してやる……ケイティ、口を開いて舌を出せ」

 

 

 命令を告げると同時に、バラライカは行動に移していた。馬乗りになり、手首をつかんで、そして開いた口に自身のそれを重ねて、交ぜ合わせた

 

 音が震える。ベッドがきしむ。唾液と唾液が混ざり合い、そしてこすれる布の音が一枚一枚と減っていく

 

 

「……勝手に動いた挙句、勝手に自暴自棄に陥って、身勝手な飼い犬はうんざりだ!」

 

「でも、だって……僕のせいでバラライカさんは」

 

「迷惑をしている、そんな言葉は天地がひっくり返ろうと、米ソが交じり合おうと決して許可しないッ……今の私はどうだ? どんな姿だ、ケイティ貴様には私がどう見えるッ!!」

 

「……ッ」

 

「言ってみろ! 嫌悪に陥るのが貴様だけだと思うな、このたわけがッ!!」

 

 

 

 明かした本音、交わす言葉はまだ終わらない。夜は、まだ始まったばかりだ

 

 忘れられない夜、かけがえない夜、決して消せない告白の夜、カメラは全てを収めている。逆光で白と黒に分けられたシルエットの映像劇がテープに刻まれていく、二人だけの夜の褥も、そしてその先に行われる営みも全て

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 




 全年齢でできるギリギリを攻めていきたい。もとい、責めてイきたい。次回より三人称、隠しカメラ君が頑張って皆様に描写を映していきます。
 エッチなバラライカさんが見たい、その成果はカメラ君にかかっています。カメラ君を応援してあげてやってください



 感想・評価等あればよろしくお願いします。次回の投稿もできるだけ早めに



追記 

投稿は明日の夕方か夜に


再・追記

バラライカとケイティの夜のストレッチを書いていたのですが、普通にR18でしかない感じになってしまいました。エロ過ぎたので書き直します。もう少しお待ちを


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(54) 幕間:ミス・バラライカに花束を③

アウトかセーフで言えば、アウト。R-15でどうにか見逃して欲しい。


 

 

 

 

 カメラが回っている。激しくベッドがきしむ音とともに、水気の籠ったサウンドで夜が深くなる

 

 

 上にまたがり、踊る姿が夜景に照らされる。逆光で黒に染まるシルエットは蠱惑的で、実に悩ましい

 

 

 ミス・バラライカ、火傷跡と畏怖に染められ鳴りを潜めるその美貌が、グラマラスが、あられもなくベッドの上で踊りを舞う

 

 

 愛を叫ぶ言葉もない。ただ、感覚に応じて声が上がる。酒はないが、酔いしれる快楽に二人はもう止まらない

 

 

 

 

……ギシ、ギシギシッ……ダン、ガガッ

 

 

 

 

 力任せにちぎられはぎ取られたメイド服は床に散らばる。その下に身に着けた女性ものの下着も何もかも、色の無い影の姿に裸の二人を見いだした

 カメラは交わりを記録していく。ミス・バラライカにより手折られる瞬間を連続のフレームで一連の物語へと変えていくのだ。

 

 

 

……だ、だめだよ……こんな、だめ

 

 

…………止まって、バラライカ、さ

 

 

…………ァ

 

 

 

 

 

 押さえつけられる。腕力にまかせて一方的に、無抵抗なケイティをさらに屈服させんとする。

 その首の下、華奢で平らな胸元に顔を近づけて。牙を開いた。

 

 カメラに映る二人の影が密着して重なり一つになる。響く音は、貪る獣の舌使い、そして食われる喜びを隠しきれない被食者の喘ぎを重ねて

 

 夜の二重奏、イントロからすでにトップへと、荒々しいセッションがケイティの理性を壊していく 

 褥は交わす。だが、主導権は常に上に取られる。対等ではない。 開いた口で肌に唾液が溶け込み、そして犬歯の針が傷跡を残す。

 

 痛みの声は上がる。だが、あくまでも声色は艶やかなまま

 

 

 

 

……や、やめない、で

 

 

 

……もっと、強く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ、ちがう……そんなこと、求めてッ ァ、かぁは……なッ……ひ、はひ……ひぐぅ」

 

 

 

 

 すすり泣く声で、痛みを感じてなおさらに被虐を求めてしまう。

 

 与えられる感覚、それ全てが愛をもたらす。より素直に、欲望のままに

 

 本能は、ずっと素直に心を伝える。思案して組み上げる言の葉よりも、ずっと如実に受け取らせてしまう

 

 

 

「そそらせる、お前の声はいつだって……わたしの渇きを満たす。だが、それは更なる渇きももたらした」

 

「……だめ、バラライカさん、だめ、だよ……ひゃ」

 

「心配して、押さえて堪えてきた……だが、もう我慢ならんのだ…………はぁ、すぅ…………ッ、あァ」

 

 

 音が響くひときわ深い音が、混ざり会う二人分の影から奏でられた。

 

 カメラとマイクは見逃さない。だが、これ以上先は二人を覆う毛布の中。

 光の届く場で行うにはあまりにも業が深い。息をするように唇が重なる行為の連続、ブレーキは無い。本能のアクセルがピストンでエネルギーを生み続ける。

 

 包まれた世界の中で、いったい二人は何を得て、そして何を失うか

 

 

 

「……包んでやる、誰の目にも見えなぐらいッ 抱きしめ、てッ……染めて、溶かして……ッ……ぁ」

 

 

 

……ギシギシシッ、ガタ! ガタッ、ガ……ザッ!ガガッ!

 

 

 

「ぁ……――――ッ!!?? あ、ァ……はあ、ァ……ケイ、ティ…………わたしの、バユシキバユ」

 

 

 

 黒い影が大きく動く。ブランケットは二人を包み込み、音だけが密に響き渡る。

 

 瑞々しい声が、艶やかな叫びが

 

 混ざる。溶けあう。夜の全てが記録の轍を残していく。

 

 決して明かすことのならないパンドラの箱が、ピンホールサイズの穴の開いた陶器の中に出来上がってしまった

 

 夜は、騒がしいまま徐々に明けていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――――ッ」

 

 

 騒々しい、何かの音でまどろみから抜けてしまった。

 

 目覚ましの音ではない。けど、どうせどこかでドンパチが起きた時の音だ。ロアナプラの生活音でしかない発砲音、でも妙に過敏だ。

 

 一連の事件でまだ神経が過敏なままか、それとも服を着てないから

 

 日が昇る前まで行い続けていた行為のせいなのか

 

 

「……ッ」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

「大尉、失礼しま……ケイティ、君か」

 

 

 僕よりもずっと背の高いボリス軍曹、バラライカさんの片腕の位置にあるかっこいい大人だ。

 そんなお人に僕は気まずい顔をさせてしまった。もうしわけない、というかばれてしまっている。急いで着替えたこのメイド服、何もないわけがないのだ

 

 

「疑問はあるが、聞かない方がいいこともある。大尉に繋いでくれないか?一応、お耳に入れなくてはならないことが」

 

 

 ある、そう言い切る前に顔つきに異変が出る。何かを察した顔、そして驚きを押し殺して平静を保たんとする、そんなご様子

 

 

……あぁ、ばれてる

 

 

 エレベーターの音が鳴り、急ぎ着替えてこうしてエントランス前まで来たはいいものの、この部屋を漂うピンク色の香気までは消しきれなかったとみるべきか

 ボリスさんは明らかに気を遣おうとしている。急いで見に付けたこの出で立ちも、見苦しいだけで何もごまかせていない。

 

 

「……ケイティ、大尉をよろしく頼む」

 

「は、はいッ」

 

 

 律儀に起立して頭を下げてきた。思わず反射的に体が動いて、不格好で不慣れな敬礼をする僕はきっと滑稽なのだろう。苦笑いでボリスさんは部屋に入ることなく下へと降りて行った

 

 

「…………」

 

 

 廊下を進み、また元の部屋へと戻りベッドに上がる。

 

 きしむベッド、一夜だけでこのベッドの耐久年数はいかほど減ってしまったのだろうか。

 

 

「……ッ」

 

 

 忘れられない夜、決して消えない夜、拝み続けた姿も今はブランケットに覆われて一見何もないように。だが起きたことは決してないことにはならない。失って、そして得たのだ。もう、僕は子供じゃない

 一線を超えないように踏みとどまっていた今までがあったから、より色濃く刻まれてしまった。バラライカさんの前に僕は貪られるだけであったから、けどこの手で懸命にあなたを悦ばそうと頑張った。次は、もっとうまくできると信じたい

 

 

 

「……バラライカさん」

 

 

 

 

 伸ばした手のひら、呼吸で上下する膨らみにそっとおしあてる。

 

 布越しに、その弾力と柔らかさを感じ取って、ほんの少し優越感のようなものを感じてみたり

 

 

 

 

「……失礼します」

 

 

 

 

 もぞりもぞり、毛布の中へ忍び込んで、今度は素肌で柔らかさを感じる。

 

 

 

……熱い、まだこんなにも

 

 

 

 

 女性の肌は冷えつくものだ。けど、今のバラライカさんはどこもかしこも温まっている。さりげなく、ブランケットの中で手を伸ばして、触れた。いたずらをするように寝ていて無防備なバラライカさんの柔らかいを堪能するのだ。

 

 バラライカさんのお腹から、ゆっくりとあがって膨らみとお腹のつけね。毛布に隠れているからまるで服の内に手をいれて不敬を働いている

 指を這わして、力を込めて感触を知って、気分はますます良くないものになる

 

 

 

 

……筋肉もある、でも柔らかい

 

 

……お腹も、胸も、いつも顔を埋めているから知ってた。でも、何か違う

 

 

 

 触られることは数多く、だけど自分から手を出して触る行為は数える程度。今、まさにその回数を噛み締めながらに刻んでいる

 

 出るものは何もない。けど、ここからしか得られないものがあるから

 

 口もとが寂しくなる。日が上った時間なのに、心は切なくて安眠を求めている。満たされる暖かさ、包容の甘さを欲してしまう。

 

 イケない。本当によくない

 

 

 

 

 

「……ケイ」

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 呼び声に表をあげる。左胸あたり、鎖骨に額を押し当てていたから、上目使いでバラライカさんの顔を見る

 

 切れ目は半分だけ、まだまどろんでいるのか目を閉じている時間が多い。

 

 

「…………ーー……ッーーーー」

 

 

「?」

 

 

 

 おぼつかない口元、何か言葉を発したかもだけど良くわからない。けど、何か提案するような問いかけだったのは何となく伝わる

 

 のそりのそりと動く体、仰向けの態勢から右足をあげて、そのまま僕の方へと倒れるように

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 背中にまわる右手と右足、横向きになる寝返りの中に引き込まれて、態勢はいつもの状態になってしまった

 

 バラライカさんの豊かな胸の中で、世界で一番危険で、しかして耽美な空気を頂く

 

 ただ、いつもの違うのは、さえぎる下着もバスローブもないこと

 そして、もう一線を越えてしまっているから、僕は空気だけじゃなく直に優しさを求めてしまって、そしてそれは許されてしまうということ

 

 

 

 

 

「……すぅ、ふぅ……ん…………す、ぅ……あ、んっく」

 

 

 

 

 母性に包まれた昼のまどろみ、誰にも見られないように深く顔を埋めて、ブランケットからはみ出るあなたの上半身を僕は覆い隠す

 不敬にも手のひらで乳房に触れて、そして顔で、そんな僕にあなたは優しく髪を撫でて歌をささやく

 

 バユシキバユを、母の子守唄を口にしながら。僕の口にあなたは愛を注いでくれる

 

 胃を満たすものは何もないけど、不思議と心は満たされる。盃に注がれる甘い水が、溢れかえってもまだ注がれ続ける。満たされ続けてもなお欲してしまう

 

 

 

 

「……ん、コク…………ぁ、あッ…………ァ…………ん……コク」

 

 

 

 情けない自分の音、我に帰れば身もだえしてしまう。耳に届くのは、あなたの子守唄だけでいい

 

 バユシキバユ、コサックの子守唄

 

 眠って、私の美しい赤ちゃんと、あなたはいつも語りかけてくれる。

 

 眠りなさい、私の天使、静かに、甘く、バユシキバイ

 

 忘れないで、あなたの母を、眠って、私の美しい赤ちゃん

 

 

 

……ケイティ

 

 

……わたしの、バユシキバユ

 

 

 

 

「……おかあ、さん」

 

 

 

 

 不敬な言葉を一つ、撫でられる頭が心地よくて欠伸を二回

 

 寂しい口は優しさで塞いでくれる。着ている服がいっそ煩わしい 

 

 心がせつない。子守唄を聞かせて欲しい。あなたが私の母を語るなら、ぼくは喜んでコサックの兵士にもなろう

 

 僕はバユシキバユでいい。あなただけの、ミス・バラライカの美しい宝、バユシキバユで在り続けたい

 

 だから、もっと強く抱き締めて欲しい。壊れるぐらいに、強く、強く

 

 

 

 

 

 

次回に続く




これにてストレス発散、ただ幕間はもう少し続きます。

次回、打ち上げ

感想、評価などいただければ幸いです。読者の皆さまの反応がロアナプラ亭の力になります。新しいアイデアも湧きます。読了、誠に感謝です



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(55) 打ち上げパーティ




サブタイ変更しました


 

 ホテル、スタークレイドル。星の揺り籠で快適な夜を過ごす、そんな謳い文句をするだけあってこのホテルはロアナプラからもっとも高い位置に、そして安全な立地で地上から離脱、そして清らかな夜空を見上げている。

 

 ここはホテルモスクワが所有するフロント企業所有の高級リゾートホテル、その最上階と屋上は基本的にミス・バラライカの私有地で、別荘で、そしてゲストハウス。なお、最後の用途はたった一人にだけ適用される。ビジネス街にあるさびれた事務所のビルにも変わらず顔を出すが、彼が、ケイティが住む場所もなくなった今ホテルを寝床に往復するのが日課となるは当然

 帰りを待つ愛し子の為に、バラライカはただいまを言い続ける。いたって、当然の帰結だ

 

 

 

……バラライカさんおかえりなさい、ご飯できてますからお風呂入っちゃってください

 

 

 

 

……寝る前にトランプしませんか、ポーカー勉強したんですよ。なんなら賭けたっていいぐらい

 

 

 

 

……ひぐ、えっぐ……あぅ、もう許して、もう剥ぎ取る服も無いのに

 

 

 

 

 前々からケイティと夜を明かすことはあったが、それにしても関係は振り切ってしまったものだとバラライカは内心でおのが行動を呆れてしまう。

 自分自身、結局こうなることを見越してはいたが、なってしまって改めて今の環境の異常さにめまいが起こる

 

 ケイティと出会う前、こんな日々を過ごすことなど永遠にないと思っていた。

 

 母性を感じて時たまに女を楽しむ程度の火遊びが、もう戻れない関係性に至ってしまったことは、まったくもって想定外である。

 

 

 

 

 

 

……すごく、激しかったですね。こんなの、癖に

 

  

 

 

 しかるべき準備はしてことを済ます。だが、それもいつかはおざなりになって、この関係は引き時を見失う

 

 ミス・バラライカは肌を晒した。衝動的に、怒りや嫉妬、そんな感情を認めたくないと押し込めていたが、我慢を打ち砕いたのはケイティの無配慮な無防備、そして誘惑だった

 

 仕置きと称して捕食した。男でありながら、華奢で丸みを帯びていて、そして生娘のような肌の柔らかさはまさしく絶品であったのだ

 

 

 

 故に、これも致し方のないこと。全て、ケイティのせいだと

 

 

 

 

 

 

~ケイティside~

 

 

 

 三ッ星ホテル暮らし、だけど慣れてしまえば実家のような安心感も生まれてしまう。台所はすでに僕好みの領域、アイランドキッチンは便利で良い、これは本当に素晴らしい。いっそここで二郎系ラーメンだって営業できる。そうした場合碌な目に合わないことは容易に想像できるけど

 

 ここで暮らしはじめて、気づけばもう一週間。結局、僕の家であり店であるビルのダメージはひどく、また老朽化からそもそも駄目になっていることもあって、修復よりも完全に取り壊しするべきと判断が下った。今も騒々しく工事が進んでいる

 お客さんにラーメンを振る舞えない日々には物寂しさを感じてしまう。正直、ラーメン屋を始めるならどこぞの居抜き物件を借りるなり、また屋台でも引くなり手段はあった。けど、あそこは師匠の置き土産で、そして僕が初めて持った城でもある。簡単にあきらめてポイは嫌だった。

 どのみち修繕費はマニサレラカルテル全持ち、アブレーゴさんの迷惑料も併せていくらでもビルは建てられる。だから元通りに一から復元、ついでに良くできるところは良くしていく。だから、今は優雅にバカンスのひととき それで、今こうして僕は優雅なバカンスに打ち解けている。それはもう、ラグジュアリーに

 

 朝はフィットネス、昼は屋上のプールで水泳、夜はバラライカさんと優雅なディナー。外に出る用事が無い日は決まってそんな感じだ。贅沢ではあるものの、やはりこうして思い返してみると妙に生活感がある。言ってしまえば専業主婦、それもかなり贅沢なご身分の。リゾートでバカンスというにはやはりこのロアナプラでは少々難しいのだろう。うん、こんな考えをする時点で請託に麻痺している証拠だ。普通の専業主婦はキングサイズのベットで寝ないし、あと、そもそも僕は専業主婦じゃあなかった

 すこし逸れてしまった。とにかく、僕は今贅沢を飲み干して溢れかえっていて、このままではぽっちゃりぶくぶくと、物理的にも精神的にもだらしない体になってしまいかねない。まあ、やせこけたことはあっても太ったことって一度もないから、心配は杞憂かもだけど。 でも、食生活が変わったせいか、僕ではないんだけど、バラライカさん方には、実は変化がある。

 一緒になってから、というかあの日の夜から、バラライカさんの体は少し丸くなったような気がするような、肌ツヤがよくて、くびれは保たれているのに、その、一部分がやけに

 

 

「……はい、こっち」

 

 

 

……ポフン、ふゆん

 

 

 

「ぁ……はふぅ」

 

 

 

 顔をうずめた場所、いつものごとく就寝前のちょっとしたスキンシップ。気のせいか、バラライカさんのお胸様が、以前よりもそう、なんというか、大きい

 

 お歳を召しているはずなのに、なぜ成長したのかはあまり考えない。太ったなんて問いかけているようなものだし、不敬はお仕置きでわからせ案件だから

 

 

「ケイティ、あなたったら本当に好きなのね……ベイビー、ミルクはまだ出ないのよ」

 

「……ここ、ここで息をするだけで、十分ですから」

 

 だから、この秘密は僕の中だけにとどめておく。柔らかくて、あたたかくて、ここでずっと息をしていたい

 

 時刻は夜の一時、お風呂も入って歯磨きもした。スキンケアも一緒にされて、こうして今はベッドの上で向き合って座って、座高や身長の差で僕の顔はちょうどよく彼女の谷間に収まってしまう。素肌の滑らかさを感じられる装い、寝巻というにはやはり扇情的なシースルーのベビードール、セクシーなランジェリーを身にまとうバラライカさんはずっといつも艶めかしい

 

 

「……もう、くすぐったいわね。ケイティ、あなたとっても助平よ。わかる?」

 

「でも、でもぉ……だって、その」

 

「言い訳はナンセンスよ。ジャパニーズさん、ちゃんと本音を言いなさい……ケイティ、ほら」

 

「……お胸、好きです」

 

「そう、甘えたいのね……素直な子」

 

 

 柔和に微笑む顔をしている。見えないけど、想像は容易い

 

 バラライカさんの谷間で息を吸う、ここでしか得られないものがあるから、僕は寝る前に堪能しないといけない。

 会えない寂しさを埋めるように、帰宅してすぐ満たすのではなくこうして夜の時間が来るまでしっかりと我慢して、最後に与えられて心地よく眠りに落ちるのだ

 

 変わらない。バラライカさんと過ごす夜は結局変わらない。

 

 あなたは僕を甘やかしたくて、僕はあなたに甘えたい。

 

 苦いのは嫌、痛いのも暗いのも嫌い、甘いがずっと欲しい。甘いだけで生きていたい

 

 

「……横になりましょうか。その方が、あなたも求めやすいでしょうに」

 

「は……はぃ」

 

 

 

 明かりが消える。一面張られた窓はカーテンで閉じられる。

 

 よく聞かせた空調、少し肌寒いぐらい利かせた冷房、ぬくぬくの毛布に包まれて、その中でさらにバラライカさんの肌が僕を包む。捕らえている、というのが正しいかもだ

 

 安らかに眠るか、少し激しい夜更かしが始まるか、二択を選ぶのはバラライカさんの気まぐれ

 

 一日は終わり、そして朝が来る。

 

 以上が、僕の日常である

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

「……打ち上げをしましょうか」

 

「?」

 

 

 唐突な提案が告げられる。今僕はバラライカさんのお腹に顔をうずめて耳掃除の真っ最中なのに。

 

 すべすべなバラライカさんの足やお腹に手を伸ばしながら、まったりと耳掻きをしてもらって夜を過ごすそんな時間、そこでなんの脈絡もなく、敏感な耳にバラライカさんの声が降ってきたのだ。唐突が過ぎる

 

 

「……ホテルモスクワで打ち上げ、どこかで飲みにでも?」

 

「それもいいわね、けど今回は大変だったから……どこかのおバカさんが、訳の分からないドーピング剤を売りさばいてしまったもの。暴徒鎮圧、結構大変よ。無能な警察には任せられないから仕方ないけど」

 

「……その節は」

 

「あら、わたしあなたのことを言ってないわ。ケイティ、どうして罪悪感があるのかしら……ねえ、聞かせてくれるか、ケイティ」

 

 語気を強めて、頭をつかむもう片方の手がちょっと痛い

 

 綿棒を持つ手が怖くなる。さっきまで安心感と心地よさを与えてくれるはずが、もう恐怖でしかない

 

 

「そ、その節はまことに……ひゃ、ごめんなさぁい」

 

 

 おびえる僕はとっても弱い。敏感になってちょっと疲れるだけですぐ涙が出る。はい、弱虫ですよ。虫程度の防御力しかない僕はあなたの手の平でコロコロされますとも

 

 

「な、なにかプランすればいいのでせうか……えっと、料理全般、満漢全席なんでもござれですから、どうか鼓膜だけは」

 

「あら、怖いこと……そんなことしないわ。でも、そうね、あなたが美味しいディナーを用意してくれるならとっても素敵ね。でも、中華はやめなさい。口に合うことは無いわ」

 

「え、でもラーメンは「あれは日本食よ、違う」……はぁ」

 

 ラーメンは日本か中国か、論議の尽きないこのテーマにロシア人が横槍を入れるケースなんてきっとレアだろう。まあ、ともかく

 

 遊撃隊の皆さんをねぎらいたい、そんな思いなら当然僕も動くというものだ。うん、提案は乗る。久しぶりに大人数へ料理をふるまいたい。

 

 

「えっと、会場は」

 

 

「この上を使えばいいわ。好きにやって頂戴」

 

 

「……なら、考えてみます」

 

 

 首を振ってうなずく。バラライカさんのお腹に顔をうずめて、すると感謝の言葉をが聞こえて、そして頭を優しくなでてくれた

 

 何を作るか、ラーメンだけに限らず思考を巡らしてみる。どうせ優雅なヒモ暮らしであるなら、しっかり考えてみんなが満足できる最高のプランニングをしなければ

 

 

「がんばり、ます……ですから、その」

 

「……何が欲しいかしら」

 

「背中、掻いてください……その、このまま膝の上で」

 

「……ほんと背中をされるのが好きなのね。いいわ、猫になりなさいケイティ」

 

 もそりもそりと、僕は女の子すわりをするバラライカさんの上でうつぶせになる。

 

 頭だけじゃなく、上体をほぼ預けて。うつぶせのまま、ゆっくりとそれを待つ

 

 

 

……くしゅ、くしし、くし、ぐっ、こし

 

 

「……ぁ、はわぅ」

 

 

 猫になる、その言葉通りに僕は従う。バラライカさんの指先で背中に刺激が、ツボを押しながら血流もめぐって、つまり、背中をかいてもらうのは気持ちがいい

 

 不潔で洗ってないから疼くのではない。綺麗に洗われて、ダニの一匹もいない清潔な服を身にまとっても、時折こうして背中が欲しくなる。疼いてしまう

 

 猫になりたい。バラライカさんが僕の背中をかいて、頭をなでて首も触ってくれて、気づけば瞼は重くなる。

 

 とろりとろけて気づけば横に、一番柔らかい場所に顔が包まれていて、とってもいい空気を吸いながら、またまどろんで甘い眠りに落ちていく

 

 これはとってもいい。中々やめられないし、バラライカさんもやめてくれない。だから、猫になるのは仕方ないことである

 

 いったい誰に向けて言い訳をしているのだろうか

 

 

 

 

「ケイティ、甘えてとろけるのは良いけど、お願いを忘れちゃ駄目よ」

 

 

 

「……ふぁ、ふあい、へにゃ」

 

 

 

「あら、もう駄目ね……ん、服は脱いでおいた方がいいわね。さ、召し上がって、おやすみなさい」

 

 

 

 毛布にくるまれる二人。今日の二択は、夜更かしであった。

 

 

 

……ギシ

 

 

 

 

次回に続く 

 

 

 

 




次回、打ち上げパーティー、飯テロ予定

前回がエッチすぎたので今回は控えました。ノンエッチ、健全です。往年のバスタードや漫画のデビルマンレディ、あとスクエアに移行したToloveるぐらい健全です。

幕間はあと二話ぐらいで終わりです。最後はちゃんとシリアスな話し合いをさせたい。次回の投稿は、月曜ぐらいになりそうかもです。気楽にお待ちを




感想、評価などいただければ幸いです。読者の皆さまの反応がロアナプラ亭の力になります。新しいアイデアも湧きます。読了、誠に感謝です




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(56) 水着と牛肉とナイトプールパーリー

投稿が遅い理由、ホグワーツレガシーが面白すぎたから







 

 直近の騒ぎも落ち着いた影響か、最近のこの街はドンパチが控えめだ。今は先日の余韻を肴にどこも酒宴を開くばかり、汚ならしく騒ぐがそれはそれで治安も整っているとすら言えてしまう

 

 そんな騒がしい皆々だか、愉快痛快にハメを外したあまり厄介ごとが行きすぎないよう、レフェリーを勤めるのはこの街の支配者、マフィア達の勤めであるわけだが

 皆、気づいていないのか。そのマフィア達の様子がおかしい

 

 メイド騒ぎを馬鹿話にして酒をかっ食らう連中達を見張る通りの兵隊達、張維新率いる三合会、彼らが妙に目を光らしているのだ。

 張の命令で劉が人頭に町を見回る。町人達はそんな彼らをお勤めご苦労と、見回りご苦労です看守様だのと笑って指を指す

 指を指す。ただそれだけで彼らの意識はどこかへ消える。だから、気づかない。

 

 町を回るのは三合会の兵隊達ばかり、通りや店の中、どこにとロシア人達がいないことに

 

 ロシア人、バラライカ率いる遊撃隊の兵士達の姿が見えないのだ。スーツ姿で景気はどうだと集金したり、どこぞのバカを凝らしめて武力を示すことも、今日は何故か見当たらない

 

 ロシア人達が町の表にいない、そんな背景にとある一通のやりとりがあるとか

 

 

 

 

……ケツは、いやこの言い方は失礼だな。貴君の背後はこちらで預かる、だからそっちは気兼ねなく、最高の前戦を楽しんでくれ

 

 

……今度は企みもなにもない。威圧行為とはいえ矛を向けた詫びだ。ケイティにもよろしく言ってくれ。では、良いパーティーを

 

 

 日中、事務所にかかった電話から告げられた、とても一方的なお返しであった。

 

 癪に触るバラライカ、彼女は通話が終わるやコツンと電話機を指で押した。床に落ち、壊れた音が響く。

 

 粋な計らいとわかっていても、それを素直に賛辞することができない故、しかし張の計らいは結果的に言えば受け入れられた。

 

 歴戦の兵士達ですら浮き足立たせてしまう勝利の宴。無礼講に水を差すのはナンセンス、故に

 

 

 

……まあ、仕方ないわね

 

 

 

 クローゼットケースを開く。開いた奥に、バラライカは一着の水着を手に、鏡の前に立つ

 

 

 

 

「……バストがはみ出るか。ま、仕方ないわね」

 

 

 

 

 ハイレグタイプの白い水着をそっとしまう。夜までまだ時間はある、バラライカは一人車を出し仕立て屋へと顔を出すのだった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 屋上のプールサイド、そこには炭焼きのBBQコンロがいくつも設置されている。今日のために、ラグーン商会に頼み数を揃えてもらった。

 会場の準備は遊撃隊の兵士達も設営に協力してくれるからかなりスムーズに整った。野営に慣れている兵士だ、こういう集団の催しは得意なのだろう。けど、それ以上に皆楽しみにしてくれて、本当に乗り気で良い顔をしてくれていた。

 

 今日やる催しは日々の労働に対する慰労。僕から休んでくださいとお願いしても兵士たちは皆積極的で気を使わなくていいと、なんだから事件が終わってから僕に対して皆さん優しい。そして息を吐くような頻度で

 

 

 

……大尉をよろしく頼む。あの方の穏やかな笑みを、俺は初めて見たよ。

 

 

……肌艶でわかる。葉巻と酒も減って、健康的でなによりだ

 

 

……何がとは明言しないが、計画的な営みをするように頼むよ

 

 

 サムズアップと綺麗な笑顔を見せて、皆そんな言葉をこっそりと伝えてくる。少々意味深な言葉もあったりしたけど、そこはまあ、うん

 

 

 準備にかられる数日の間微妙な心境に駆られていたけど、でもようやく今日、手間暇をかけて用意した打ち上げパーティーが開催できる

 

 ラーメン屋なのに焼肉、料理人として趣旨替えかと思われるかもだけど、ラーメン屋たるもの肉に関しては一日の長がある。

 そして僕の師匠は変態レベルで料理の天才だ。そんな師匠から日式焼肉から本場韓国の焼肉までちゃんと履修済みである。まあ、本場で食べたり本場の人から評価を貰ったわけじゃないけど、自分なりによい焼肉パーティーができると自信はある。

 それに、この日のために牛一頭丸々、健康的な和牛を卸してもらった。お酒もバオさんとローワンさんから良いのを回してもらった。

 プールには装飾でライトを照らし、淡くBGMでボサノバをうるさくない程度に。ナイトなプールで良いお酒と美味しい料理で無礼講、ちゃんと水着だって用意している。いかがわしいパーティーにするつもりはないけど、水着の解放感というのは理屈抜きで語れない良いものがあるのだ

 

 ロアナプラの街に日が落ちれば、あとはぞろぞろと今日のために非番を取った皆さんが足を運ぶ。

 

 さあ、ロアナプラ亭、出張版。お疲れ様焼肉パーティーの開催だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レモンが合うな」

 

「ゲテモノかと思ったけど、これはいいな……ビールが進む」

 

 焼き肉の定番、ネギと塩のタレで絡めた薄切りの牛タン。アジア人以外にはキワモノ部位、けど一口食べればその食間と味わいに皆夢中だ

 

 コースみたく順番にするわけじゃない。皆食べたいように好き勝手食べて欲しい。けど、皆事前に調べてか、いくつも卓上に並べたお肉の皿からまず牛タンを選んだ。それから、ロースとかカルビとかにも手を伸ばしている

 

 

……皆ロシア人なのに、お箸がお上手

 

 

 肉を取るトング、それとフォークや串も用意した。けど皆が迷いなく選んだのはチョップスティック。水で湿らした割りばしを手に、網の上で焼き上がる肉を皿に取っていく

 

 今日のパーティーの形式は立食。ビーチサイドのフロアで、皆水着を着用してお酒とお肉で盛り上がってくれている

 厳しい上司もくだけて酒を楽しんでいる。今日は無礼講、皆酒の場の流儀を心得てくれていた。

 

 楽しんでくれるか、日式焼き肉よりもBBQの方がとか、ロシアの伝統から何か、そんな風に悩んでいたことが全部杞憂に終わった。

 

 安心していたら、どんどん網の上がスカスカになっていく。どんどん焼いていこう

 

 

「タレが良い味してるよ、ウォッカの辛さとも合う」

 

「肉がうまい、和牛ってもっとこってりしてるかと思ったけど、これはいいな」

 

 

 カルビ、ハラミ、ロース、網の上で次々と肉が焼き上がっては捌けていく。

 牛タンは片面だけで15から20秒、カルビやロースは厚めの薄切りだから30秒。美味しい焼き加減は片面八割、なんならひっくり返さなくても良いぐらいだ

 

 目の前で焼いてあげて、ノウハウを掴んでくれたら皆あとは勝手に焼いて楽しんでくれる。最悪生焼けでも全然問題ない

 

「皆さーん、お肉はまだまだありますから、どんどんいっちゃってくださいね!あ、そのレバーはちゃんと焼いてください!」

 

「え、レバーの刺身?ダメです、生食用はこっちで用意してます。ポンポン壊しても知りませんよ! はい、そっちはこっちのテーブルで」

 

「ユッケにセンマイ、ナムルにキムチ、一品料理も出していきますから。お酒にも合いますよ…………サワークリーム、ボリスさん以外にも欲しい人、あぁ全員ですね。ほら、持ってけドロボー!」

 

 ボトルに入れた手作りクリーム、事前に用意していてよかったと安堵。投げ売りするように渡してやった。焼き肉に乳脂肪と砂糖、まったくロシア人はカロリーの過剰摂取だ。

 

 

……ほんと、悲鳴があがる。嬉しい悲鳴でキャーキャー鳴きそうだ

 

 

 プールサイドに用意した簡易調理所、そこでクーラーボックスから次々と肉を出して切り分けて皿に盛り付ける。時にはレバ刺、ユッケ等の一品ものも皿に盛り付けて、兵士の皆さんが積極的に配膳や片付けもかって出てくれるからだいぶ楽にできる。けど、それでもやはり繁盛この上ない

 

 高級ホテルの屋上は、あっという間に焼けた肉の臭いとお酒の臭い、そして楽し気に笑う声がいっぱいだ

 

 

……よかった、皆満足そうだ

 

 

 肉は北海道から、健康的な和牛を丸々一頭分仕入れた。けどこの調子ならすぐにでも方がつきそうだ。牛タンとか、少ない部分は余計に注文していて正解だった。みんな、本当によく食べてくれる

 

 

「ケイティ、カルビをもう二皿頼むよ」

 

「メニショフさん、配膳助かります」

 

「ああ、けど調理ばかりで悪いよな。君も折を見て食べてくれ」

 

「おきになさらず、これはこれで楽しんでいます」

 

「はは、さすが料理人だ…………水着」

 

「?」

 

「……似合ってるよ、それと、やっぱりそっちだったんだな。安心したよ」

 

 視線に気を使わなくて良い、そんな言葉が聞こえたような聞こえなかったような

 皿をもってメニショフさんはパーティーへともどる。追加に肉に歓声があがって、その声ではっとした

 

 

「そっち、て…………男物の水着ですよ、ぼくは」

 

 

 指摘されたのは着ている服装。兵士の皆さんには屋上のプールサイドでパーティと伝えたから、当然水着着用だと勝手に勘違いして、まあ流れで僕も水着を着ることにした

 

 髪はくくってポニーテールのまま、男姿の時の髪型だ。ここ最近女装ばかりしてたから、今日ぐらいは避けたい。流石にビキニやら女性の水着を着用するのはバラライカさんの頼みといえど困る。

 だから今日の水着は男物のトランクスタイプ。

 

 そして、その上にパーカーを羽織ってジッパーを上げている。どこからどうみても男にしか見えない姿だ

 

 

「……ふぅ」

 

 包丁を置いて、額にたまった汗を拭う。熱帯夜で、近くで火も焚いているから仕方ない

 できれば、僕と皆みたいに下一枚がいい。でも

 

 

……まあ、いいかな別に

 

 

 不思議と、男なのに上半身を見られることに抵抗を感じてしまう。生き方のせいか、でもそう感じてしまう自分が自分で嫌になる

 

 どうせ、みんなご飯に夢中だし、前を開くぐらい

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 

 

 

 清風が吹く。冷たいプールで冷やされた空気がパーカーをひらひらと揺らす

 

 気持ちが良い。着込まなければ、今日は良い夜だ

 

 

 

 

……ぼくも、お腹減ってきたな

 

 

 

 

 

 切り揃えた骨付きカルビ、皿に持ったそれを手に僕は焼き場の方へと

 

 食事と談笑に夢中なみんながこっちを見る。間を譲ってくれてありがたい

 

 

 

「焼きますね、あと僕もいただきます……お皿を」

 

 

 

 

「…………ぁ、ゴホン」

 

 咳払い、視線が明後日の方向に

 

 

「……ど、どうも」

 

 

 くださいを言われる前に皿を受けとる。なんだろう、皆ちょっと

 

 

「もう、のりが悪いですよ……気にせずどうぞ、ほら焼きますから」

 

 

 網に肉を並べていく。皮を剥くように薄く長く開いた骨付きカルビ。

 一枚の帯肉を焼いていくとタレの焦げる香ばしい香りが漂う

 

 

「……あの、みなさんどうしました?」

 

 

 良い匂い、なのに沸き立つ声もない。みんな、どうしてそっぽを

 

 

「……?」

 

 

……パチパチ……チ……ッ、バチンッ!

 

 

「ぁアッ!…………いっ、ぁ」

 

 

 油が跳ねた。パーカーの隙間を塗って、胸板に当たってつい声が出た

 

 変な声が出ちゃった。恥ずかしい

 

 

 

「……だ、大丈夫か?」

 

「は、はい……ちょっと熱くてびっくりして…………なんで、目を背けて」

 

「……前を、隠してもらえると」

 

「?」

 

「すまない、頭ではわかっていても、な…………君の、は、脳が混乱する」

 

 

 

 

「「「「「「「「……ブンブン(無言で頷く遊撃隊諸君)」」」」」」」」

 

 

 

 

「??」

 

 

 

 

 

 

 

 次回に続く

 

 

 

 

 




以上、水着回で飯テロで色々なお話でした。

次回、星5URの水着バラライカが登場します、たぶん。美味しいとえっちを同時に提供したい



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(57) 宴もたけなわ

幕間が想定以上に長くなってしまった。ロベルタ編で別行動&浮気させてしまった反動がここに来て、不覚

バラライカ成分が足りないと不健康になってしまう病。新しいバラライカのフィギュア欲しい


 

 

 自身の見た目に変化を感じた時、真っ先に抱いた感情は自嘲であった。我ながら、なんと単純な構造だと

 

 こんな私にも、女としての肉体的、精神的な生々しさがあったのかと、内心思ってしまうと自然に笑いが込み上げた。

 

 傷だらけの肌、血と火薬の匂いに汚れた肢体。それをごまかす様に美を保つ最低限をしてはいたが、それも最近は妙に力を入れて、具体的には特定の一人に見られることを意識して肌ツヤを磨いていた。

 グロスを入れるリップも、褥を交わす情景を描きながら一筆を入れていた。

 

 裸を晒して、快感も交換した。はじめは気の迷い、火遊び、いつでも踵を返せると軽く考えた行動。だが、結果今の自分はどうにも戻れない、いや戻りたくないと執着する自分で在り続けている

 

 ケイティを思うと、心臓が異常をきたす。熱くなった思いが思考を惑わして、気づけば抱擁で胸の中に吐息を感じてしまっているのだから、やはり私は重傷だ

 

 

 

「……ァ…………ふふ、くす」

 

 

 

 仕立て屋に用意させたいくつもの水着、ビキニタイプからハイレグにスリングショット、扇情的なものから可憐なものまで、中にはかなり際どい夜の趣向を思わせるものすらあった。いくつかはプライベートで着るとして、皆の目がある故に選んだのはシンプルなチューブトップのビキニ

 

 深紅の布地に金のリングのトップ、幅の狭い大胆な布で豊満な胸を晒しながら支えている。腰にはレースと文様が雅さを演出するパレオを装着。シースルーの布地は肉感的な太腿を魅せつつ、レースの模様が傷跡を濁して目立たせない。

 

 バラライカのプロポーションは控えめに言っても悩殺の部類だ。故に、仕立て屋はそんな彼女の傷跡を考慮しつつ、隠すべき場所は隠し、しかし一方で魅せる部分は強調している。

 視線を集めるトップスには彼女の豊かなバストがあるからこそ、その腹部や鼠径部、胸の表面にも残る火傷跡は彼女だけが持つ好戦的な美を表現してくれる。

 

 鏡の前に立つバラライカ、その姿を鏡面に映し出し軽く斜に構えてみる。腰に手を着き、自らの魅力を俯瞰で分析する。

 

 恥じらいはない。思い浮かべるは、この姿を見せる彼の頬

 

 染め上げる色はどんな風で、私の心をいかに満たしてくれるか、楽しみから口角が吊り上がる。たくらみをする悪い笑みを手で降ろし、ミス・バラライカは着替えを終わらして会場へと足を踏み出した

 ヒールではなくビーチサンダルに足を通して、夜の風を浴びながら会場へと

 

 

 

「……た、大尉ッ」

 

 

 

 何やらにぎやかなテーブル周辺、そんな中目が合った一人が敬礼をする。

 

 

 

「構わん、楽にしろ……それより、これはいったいなんだ?」

 

 

 

 すでに主演でにぎやかな空気なのは更衣室からも聞こえていた。しかし、今は賑やかとは言えない、妙な気まずさの空気が流れてすらいる

 

 原因は、早々にそんな原因を作る心当たりが真っ先に思いついてしまった

 

 

「その、我々は何も……大尉から、指摘していただけると」

 

 

 恐る恐る、部下の謹言にバラライカは顔をしかめてしまった。無論それは事情を察したから、すでに彼女の視線の先には

 

 

「あ、バラライカさんいらっしゃい……って、お店じゃないのに何言ってるんだろ、あはは」

 

 

「……」

 

 

「お肉美味しいですよ。だからバラライカさんも、それにほら皆さんも、どうしたんですか?」

 

 

 キョロキョロと周りに視線をやる、そんな仕草で体が左右に揺れて、前が開かれたパーカーは彼の平らな胸板をあらわにする。

 バラライカの目には、何度も夜の営みで見て、触れて、口にもしたケイティの柔肌。男のくせに柔らかい肉付きを帯びて、先端の薄桜色はあどけない未熟な少女のものとすら誤認させる

 

 

 

……脳が、おかしくなる

 

 

 

……性別っていったい

 

 

 

……第三の性別

 

 

 

 ぼそりと漏らす周囲の言葉、だが本人には聞こえていないのか全く気にせず肉を焼いては舌鼓。おいしーとほほに手をやってのんきに楽しくしている。

 

 そして、日の前にいるからか熱いと言って、その場でパーカーの袖から手を抜いて

 

 

「……あっつ、涼しいなぁ……あ、バラライカさんも食べますか?このカルビとサワークリームが意外にもあ……ぅングッ!??」

 

 

 

 視線を明後日の方向へそらす遊撃隊諸君、そして音よりも早くケイティを担ぎ上げて女子更衣室へと強制連行するバラライカ

 

 遠く、閉じられた更衣室の方角からバラライカのハスキーな声で説法が飛び交う。と、そんなタイミングで誰かが安堵の息を漏らして、次々と皆会話を戻す。

 

 説教と着替えが終わるまで、皆焼ける肉が焦げる前に箸を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ケイティ視点~

 

 

 

 

 

 

 いかに、自分の胸板が男のものとは程遠いか、それをいやというほどわからされてしまった。

 

 

 

「……ぐす」

 

 

 

 怒られて、痛いことはされてないけど代わりに痛くない以外の罰はしっぽりとされてしまった。でも、正直言われて仕方ないとは思う。あまり認めたくはないけど

 

 着替えた僕の姿は先ほどと同じトランクスタイプの水着、だけどそれも女性向けのスポーティーなタイプのモノ。下にはショーツを思わせるビキニのアンダーで腰の紐の結び目が蠱惑的なアクセントになっている

 そして上にはビキニ、というのは流石に困るから、間を取ってラッシュガードのようなへそより上を全部隠すタイプ。だけど柄は可愛いし、上下合わせてみると正直子供の水着を思わせる。まあ、身長が低いから仕方ないかもだけど、だけど

 

 

……安心感すら感じる

 

 

……違和感がないというのはいいものだ

 

 

……脳が混乱しない、君はやはりそっちでいい

 

 

 

 と、目にした皆々からそんなコメントを貰うのがどうも腑に落ちない

 

 うん、まあもうそういう見た目で生まれ落ちた自分が悪いとはわかってる。でも、本当の性別的な、ね、男のプライドってどこで拾えるかな。

 

 

「……」

 

 

 調理場で料理をしながら、ふと視線を向こうにやって、そこで談笑を交わすバラライカさんが見えた。プールサイドの立ち食いパーティーではあるが、あの人の毅然とした振る舞いというか、余裕さからまるで社交界の中心をのぞき込んでいる気分だ

 

 ボリスさんや、遊撃隊の皆さんがバラライカさんと知らない話をしている。戦場の話、ジョークを交えた小話だったり、思い出話、友軍の愚痴だったり、近況のことも交えて

 

 

……ロシア語、知らない言葉

 

 

 英語と日本語、タイ語は簡単な会話程度、ロシア語はまったくチンプンカンプンなまま

 少しの単語なら知ってるけど、まだ文法もろくに知らない。

 あんな風に砕けた会話をする光景を見ると、ちょっと惜しいなって思う。きっと、英語よりもずっとまっすぐに言葉は感情を伝えるのか、なんて考えてしまったり

 

 バラライカさんをもっと知りたい。ごめんなさいを言ってからここで暮らす数日、前から抱いていた思いだけど余計に強く

 

 

 

 

「……」

 

 

「輪に入りたい、そう思ってるなら気にせずに行けばいい」

 

 

「……ッ」

 

 

「はは、驚かせて済まない。空いた皿を片付けに来ただけだ」

 

 

「は、はぁ…………」

 

 調理の手が止まる。遠くを眺めていた僕の意識を覚ましたのはボリスさんだ。

 

 その手には空になった大皿に、たくさん用意していたはずのサワークリームが入った空瓶、受け取ろうかとしたけどそのまま使用済み食器を入れる箱に重ねてくれた。

 

「……ぁ、すみません。その、軍曹さんにこんな雑用」

 

「いや気にしないでくれ、馳走になっているのはこちらだ。ふむ、それにしても……大尉は随分と柔らかくなられたものだな」

 

「へ?」

 

「少し離れた、この調理場から見てもそれはよくわかる。いや、むしろ離れてみるからわかるのだな」

 

「……離れた方が」

 

「あぁ、客観的に見てということだ。あの人は、本当に良い顔をするようになった……この地に来て、君を得たのは良い傾向だと思う」

 

「え、はぁ……その、なんて返せばいいか」

 

 

 今にも感謝と共に頭を下げてきそうなボリスさんを前に、僕は言葉に詰まらせてしまう。

 

 遠回しに褒められている。しっかりした大人の人に褒められるのが、なんとも背筋に響いて落ち着かない。

 

 僕の周りにいる大きな大人の男の人といえばだいたい

 

 

ローワン『胸がデカくてなんぼよ!これもんよ、これもん!』

 

 

ミスター・張『尻の形が今日もセクシーだなケイティ、ローマ法王も職務を放棄して飛びつくほどの逸品だ』

 

 

アブレーゴ『……部下が無能で日々が辛い』

 

 

「…………」

 

「む、どうした急に遠い目をして」

 

 

 いえ、なんでもないです。思えば普通じゃない人ばかり周りにいるなあと、異性問わず普通じゃない人ばかり。ロアナプラの平常運転だからマヒしていた

 

 だからってボリスさんが平凡というわけじゃない。けど、この人は本当によく人を見てくれている気がする。張さんはいじわるとからかい混じりで、ボリスさんはなんというか、本当に親切で頼れる目上の人で

 

 周りのことに目が行き届いているか、だからきっと

 

 

「ふむ、何か困っているなら遠慮せず言いなさい。君の頼みには皆首を縦に振るともさ、横や斜めに振ることは絶対にない」

 

「……ぁ、その、大丈夫ですよ、はは…………ぁ、でも、お気持ちは感謝します」

 

 

 さりげなく、こっちの気を楽にさせる言葉を使ってくれるのだろう。

 

 本当に、気の回る良い人だなって思える。言ってしまえば、学校の優しい先生なのかなって思ったり。

 失礼かもしれないけど、この人の実直さ、誠実さを例えるならそんな感じになってしまう。

 

 そんな風に思えるから、思えるから故に、やはりどこか後ろめたさが心の奥でちらついてしまうのか

 

 自分のせいで変な負担を強いているからというのが主な理由なんだけど。例えば、バラライカさん絡みのことだったり

 主に、朝バラライカさんの部屋から出てすれ違う時とか。毎回良いサムズアップだったり励みの言葉をくれるからなお申し訳なさが募るというものだ

 

 

「……はは、は…………ぁ」

 

 

 そういえば、こうしてフラットに話をするのは初めてかもしれない。なんというか、いつもは見られてしまうと恥ずかしいことがすぐそばにある時だったりするから

 

 ちゃんと目を見て会話するの、あまりなかった

 

 

  

「……その、いつもなんといいますか」

 

 

「私の顔を見ると申し訳ない、そういうことを言いたいのようだな」

 

 

 見透かされてズバリ当てられた。ズバリと当たり過ぎて、少し申し訳なさそうにしてらっしゃる

 

 

「そ、率直に言いますと、はい」

 

 

「……あぁ、そこに関してはもう慣れてしまったからな。まあ君は気にしてしまうだろうが、言ってしまえば君と大尉の関係は、多くは察している故にな。心配も何も手遅れではある」

 

 

「……なんか、本当にすみません」

 

 

「ははは、謝れと言っているように聞こえたならすまない。君は被害者側だ、存分に気にせず自由にすればいい。良い思いをする権利を君は持っているからな……我々もプライベートに干渉する気は無い、好きにしたまえ」

 

 

「……そ、そんな被害者側だなんて、もう終わったことだし」

 

 

「いいさ、大尉はそれを望んでいる。君は当たり前の権利を行使すればいい」

 

「……ッ」

 

「ウィンウィンなのだから、罪悪感なんぞ持たなくていい。持っていても煩わしいだけだろう」

 

 

 

 だから、気にしなくていい、そういいながら笑っている。少し、お酒も回っているのだろうか、どうも饒舌にな調子だ

 

 

 にしても、かける言葉が前向きで面食らう。軍人だからか、歴戦をこなしているからメンタルも屈強なのか、そんな風に思えてしまう。

 

 おおらかが過ぎませんかボリスさん。さすが、バラライカさんの片腕ポジション

 

 

 

「すごいですね、ボリスさん……皆さんも」

 

「なにをもってすごいかは問題じゃない。ただ、我らはあの人と共に戦い、あの人の幸福も並行して願っている……それだけだ。賞賛されるほどじゃない、それが我らの在り方だ、当たり前なんだ」

 

「……」

 

「当たり前故に賛辞は不要だ。だから、君も気楽にしていい……ほら、せっかくだから君も大尉と歓談すればどうだろう」

 

「…………気楽に」

 

 

 グラスを持つ手で向こうを指し示す。皆愉快に酒を交わす中、ふとバラライカさんがこっちを見た

 

 ウォッカを注いだショットグラスで、乾杯を刷る仕草を示した。不意のコミュニケーション、恥じらってつい顔をそらしてしまった

 

 

……気楽になんて、難しいですよボリスさん

 

 

 どれだけ関係が深まっても、やはり変わらないことはある。ボリスさんはというと、そんな僕を見て苦笑しつつ励ましの言葉をかけてくれた。

 

 

 

「……軍曹、何を密会している?」

 

 

「大尉、手厳しいお言葉ですね……罰則はいかようにでも」

 

 

「ふむ、では貴官のグラスに私の酒を入れよう。ヴェルベデールの初年物だ……無論、割らずにイケるな」

 

 

「……いいでしょう」

 

 

 はたから見て、そのやり取りは罰とは思えない遊興を感じた。ヴェルデール、確かウォッカ発祥の地のブランドだったか、前に舐める程度にもらったことがある。甘くかぐわしいフレーバーは気品のある味わい、まさに秘蔵酒という奴だ

 

 

……バラライカさんも楽しんでくれている、ってことかな

 

 

 歓声の中心がいつの間にか調理場の前に集まっている。注目を浴びる中、ショットグラスに注いだ酒をボリスさんは手に、そして相対してバラライカさんもグラスを手に持っている

 

 注目を浴びる中、互いに腕を絡めて一気に酒をあおった。同胞と交わすお酒、というものなのだろう。一瞬の光景だけど激しく熱く、酒の火に充てられる盛り上がりを見て飲んでないこっちにも酒が回った気がしてしまう。

 

 

 

「————ッ!!」

 

 

 

「——……ッ!?」

 

 

 

「……ッ――――ッッ!!」

 

 

 

 盛り上がる席、みんな酔いも回ってきて、良い感じに顔も赤い。

 

 お酒で赤く染めた顔、兵士たちと同様に、バラライカさんの顔もお酒の火がともっている。深紅のパレオとビキニで飾った、熱に染まる美しい人に魅せられる。

 

 激しく踊ることも、艶やかにしなだれるわけでもない。ただ、その場に立っているだけで、燃え上がるほどに華美に人の目を集める

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 もう時間も経ってしばらくなのに、ちゃんと見たのは今な気がする。バラライカさんの水着姿を

 

 

 

「……おーい、みんな!」

 

 

 

「!?」

 

 

 突然の声、手拍子をしながらボリスさんが音頭を取る。

 

 

 

「肉も酒も十分に楽しんだ。酔いつぶれて倒れるのもいいが、まだ立つ足が残っているなら部屋で倒れるべきだ。総員、異論はあるか!」

 

 

 

 問いかける、するとまわりも口々に同意の声を上げていく。

 

 

 

「?」

 

 

 

 せっかくの酒宴に水を差すような行為、だけどみんな反対はしない

 

 

 

「……え、その……え?」

 

 意図が読めず、訪ね聞こうとするが皆さんもう動き出してしまっている。問いかける言葉は、感謝の言葉で先手を取られてあしらわれていく

 

「え、あの……え??」

 

「片づけは業者を手配している。だから、気にせず楽しめばいい」

 

「はっ……え、ボリスさん、ちょっと」

 

「大尉、ケイティ、うまい酒と馳走に感謝を……では、良い夜を」

 

 ボリスさんの敬礼に倣い、皆ふらついたり声が大きかったり、けどちゃんと礼をしてから屋上を去ってホテルの中へ

 

 ボリスさんを含め、その去り際に皆さんまたも優しい何かを向けてきて、ぼそりと何かを言ったりサムズアップしたり

 

 

 

「……え、えぇ?」

 

 

「まったく、勝手な部下を持ったものね」

 

 

「あ、その……バラライカさんは?」

 

 

「わたし? わたしはまだ飲みたいりないわよ。それに、部下の好意を無下にするのもね」 

 

 

「……ぁ」

 

 

「ようやく理解したようね」

 

 

 呆れた、そう笑いまた酒をあおる。察しが悪い僕の反応はさぞ良いつまみなのだろう。

 

 

 

 

……気を使われた、ってことだよね、たぶん

 

 

 

 

 夜、といっても日付をまだ跨いでもいない。けど、皆僕とバラライカさんにこの場を譲った

 

 

 

「二人きりね、水着が似合っているわよケイティ」

 

 

「……ッ」

 

 

 状況はシンプル、なのにすぐ行動に出ない僕にしびれを切らして、バラライカさんは僕の間合いに踏み込んだ 

 

 ハラリと、腰に巻いたパレオが目に止まる。

 

 

 

「……二人きりなのよ。わかりやすくていいわね、シンプルで」 

 

 

……ふゆん

 

 

「ぁ……」

 

 

 視線が外れた隙間に、幽霊のごとく踏み入って、いつもの距離感に僕を仕舞い込む

 

 慣れ親しんだ圧迫間、甘い空気を吸って体に電流が走った

 

 

……気楽に、なんて簡単には行きませんよ。ボリスさん

 

 

 

 僕の理解が遅いから、いつだってリードするのはバラライカさんだ。ステップもターンも、僕のできないことを代わりに示して導いてくれる

 

 甘美で、ダメになってしまうようで、だから躊躇う。なのに、この関係はウィンウィンだというのだからタチが悪い

 

 

 

「……気楽って、難しいですね」

 

 

「ケイティ、あなたもう酔ってるのかしら」

 

 

 何も飲んでないのにと、さらっとこちらのことをちゃんと見てないと言えない台詞を吐いてくる

 

 

 

「……酔ってる、かもです」

 

 

 

 気楽にだとか、そんな風にさっぱりと開き直るのは難しい。だから、素面を捨てれば問題は無くなる

 

 気楽になれるよい方法、ここでしか吸えない空気に頼れば、すぐにも、そして快適に

 

 

 

……甘い、お酒よりもふらふらする

 

 

 

「もう、ケイティ……くすぐったいわ」

 

 

「柔らかくて、甘い……けど」

 

 

「……けど?」

 

 

「焼き肉の匂いが少し」

 

 

「少し、谷間に溢したからかしら……味付けにはちょうどいいわね」

 

 

「……ッ」

 

 

「食べたいならお好きにどうぞ」

 

 

 

 

 

 

次回に続く 

 

 

 

 

 




今回はここまで、ボリスとの会話は何気に書きたかったシーンだったり。良識ある大人のかっこよさっていいよね。

次回、ケイティとバラライカがイチャつきます。あと飯テロ

健全に書きます。水着は脱がさなければ何しても、ナニしても健全


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(58) 冷やし牛コンソメラーメン、モヒート仕立て

締めの一杯、今回短め

※ サブタイ変更しました。


 

 熱帯の地、夜も暑さはじっとりと肌を伝う。熱い肉にお酒も入れてしまえば体の火照りは煩わしいことこの上ない

 

 焼き肉の最後、締めの一杯には清涼感ある料理が好ましい。デザートのアイスも考えたけど、お酒とお肉で口の中は濃厚な甘みとコクで飽き飽きしていることだ。それに、僕はどこまでいってもラーメン屋だから、最後は美味しい麺料理で締めて終わりたい

 

 今日の日中、焼き肉の仕込みをする傍ら厨房でじっくりとスープの仕込みはしていた。材料はくず野菜にヒレ肉やロース肉等をグリルで香ばしく焼きを入れたもの。

 それらを鍋にいれて味に濁りがでないように時間をかけてゆっくりと火を入れる。香草を足し、余分な雑味になる灰汁を取りながら、そうやって上品であっさりとしたコンソメスープを作る。

 

 そうして仕込み終えたスープは一度徹底的に冷やし、今度は油分を完全に取り除く。そうして出来上がるのは上品であっさり、しかし丁寧に抽出した牛肉の旨味で奥行きもある冷やしスープが完成する

 

 締めの冷やしラーメン、スープの味は各種香辛料と塩を合わせた自家製シーズニングスパイスで整えて、具と薬味を散らして完成だ

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

 

 プールサイドのテーブルに腰掛けて、向かい合ったぼくたちは同時にその言葉を唱えた。手を合わせて、食への感謝を込める所作、僕と一緒の時は必ず合わせてやってくれる

 

 久しく食べるラーメン、焼肉の後の締めの一杯。本当なら遊撃隊の皆さんにもふるまう予定だったけど、そそくさと退散してしまったから仕方ない。明日、朝食にでもふるまえばいいだろう。

 

 このラーメンなら締めの一杯だけじゃなく、朝餉にもちょうどいい。悪い酒も抜け切る清涼な一品だ

 

 

…………チュル、ル

 

 

 加水率の低いストレート麺、つるつると滑りよく口へ流れていく。シャキシャキと歯切れのいい面は程よくスープの味を吸って、且つ麦のうま味を携えている。

 冷たいスープに細い面、けどラーメンの麺であるからその触感にはプッツンとした歯切れの良さがある。冷やしラーメン故に麺の醍醐味がよく伝わり、あっさりとしたスープに力強い食べ応えを与えてくれる。物足りなさは感じさせないはずだ

 

 バラライカさんのお気に召すかどうか、口にした瞬間を失礼ながら見て探ってみる。

 

 食べる所作、片手で髪をかき分け、器用に箸でチュルルと麺をすすっていく。レンゲでスープをさらに口へ、口元を隠しながら咀嚼、そして嚥下。喉を伝う瞬間そのほほに嬉しさの色が見えた。

 

 煌びやかな水の光は下からバラライカさんの顔を照らす。宝石のようにまばゆい光を受け止めるあなたの頬に、美味しさの喜びでかすかな赤色が灯るのが見て感じられた

 麺を食らい、腹に落ちてたまる炭水化物の喜び。そして、深く味わいスープへ感心し頷いてくれる。

 手間暇をかけた牛コンソメスープはバラライカさんの、ロシア人の舌に馴染んでいるようで安心できた。よかった、成功だ

 

 

「……いかが、です?」

 

 

 手ごたえを感じつつ、僕はさらなる喜びを欲張って引き出さんとしてしまう。褒めて欲しい、そんな下心を隠しきれない僕に、バラライカさんは和やかに微笑んで返してくれた

 

 

「……ぁ、えへへ」

 

 

……くしゅ、しゅしゅ

 

 

 頭をなでられた。髪に触れられる嬉しさ、無言で呆れたような顔をするけど笑みは全く隠しきれていない。

 

 

「美味しいわ、本当に美味しいラーメンよ」

 

 

「……よかった、です」

 

 

 撫でる手が伝いながら降りて、ほほを触って、首を撫でた。首と顎周り、犬を褒めるような手遣いの撫で方に疑問を持つことは、もうとっくにやめてしまっている。

 自分が人間でよかったと思えた。きっと犬か猫であったなら、僕は尻尾で感情の震えを余すことなくバラしてしまっていただろう。

 

 

「品のいいコンソメスープ、具のローストビーフもジューシーで美味よ……それに、このスープに入っているハーブ類」

 

 

「……ぁ、それは」

 

 

「ええわかるわ、ペッパーミントにレモングラス、ルッコラにパクチー、それと日本のハーブねこれは……モヒートなんでしょ、参考にしたのは」

 

 

「おぉ、ご明察」

 

 

「面白い試みね、嫌いじゃないわ」

 

 

 指摘はご明察、見透かされた僕は素直に驚いてしまって、そんな顔が面白いのかバラライカさんは微笑を向ける。

 

 そう、このラーメンはお酒のモヒートを参考にした逸品だ。ジンやウォッカなどの透明なお酒にハーブがミックスされたお酒、それをラーメンに取り入れてみたのがこの品。今言い当てたように、ラーメンには各種ハーブ、紫蘇やレモングラス等香りの強いものをスープに散らしたことで、爽やかな後味が僅かな肉の臭み、味の重さを消し去ってくれる。後に残るのは品の良い味わいだけだ

 アブレーゴさんのところでワインラーメンを作った影響か、少しお酒への興味や料理意欲がわいてきたからちょっとチャレンジだ。ちなみに、スープには少量ウォッカを混ぜてかすかにアルコールを付与している。

 

 酔うほどじゃない。けど、夜に水着で二人きりだから、火照る肌の温度はちょうどいい重ね着になるはずだから

 

 

「気に召しましたか?」

 

「ええ、でも今度は普通のモヒートも頂けるかしら」

 

「ハーブは、余ってる……バラライカさんのウォッカで割りますね。ヴェルデール、薄くならないように炭酸水は少なめ、いいですか?」

 

「よくわかってるじゃない、じゃあ入れて頂戴……一緒に酔って、気持ちいい夜にしましょう」

 

 

 微笑み、料理を頼むやり取りに心が躍る。求められるまま、僕は望んでバラライカさんへお酒を提供する。麺でお腹も満たされて、ほど良く酔いの火を灯す。

 

 さっきまで、あんなに大勢との時間を楽しんでいたのに、今はそれ以上に二人きりの時間を楽しんでいる。

 

 今日は、本当に良い夜になりそうだ

 

 

 

 

 




あっさりした逸品、次回はケイティとバラライカのちょっと大事なお話回。甘々で終わらせます。健全に、もちろん健全に



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(59) 気持ちのいい夜

サブタイとは真反対、健全な内容です。健全ですとも


 

 

 

 

 

 たくさん食べた、お酒も飲んだ。気分がよくなっていくのはいい、だけど体の火照りが少々辛い。忘れた頃に熱帯の暑さを思い出す

 

 プールサイドのカップル用ベンチで二人並んで夜景を眺めていた。たわいもない話をしながらお酒を舐める、そんなひと時にふと、泳ぎましょうかとあなたがささやいた

 

 深紅の水着を身にまとって、傷跡が優美に惑わす艶やかな姿で僕を誘う。光の中へと、手を取って連れていかれてしまう

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 

「深いわよ、気を付けて、そう」

 

 

 

 忠告の通り、急に傾斜が来て水位が上がった。昼間泳ぐとき、奥まで伸ばしたりしなかった。僕は泳げないから、沿で適当に力を抜いて体を浮かせるだけ。

 

 

「大丈夫よ、私がいるのだから溺れるなんて心配は」

 

 

「……足がつかなくなったら怖いです」

 

 

「ならこっちへ来なさいな。抱きしめていれば、そんな心配もないでしょうに」

 

 

「……じゃあ」

 

 

 遠慮せず、省略した言葉を飲み込み、ぐっと足の親指へ力を入れて前へと飛んだ。

 

 ふわりと、水の抵抗を受けながら、深い場所へと、足の先は水の中で浮いて底につかなくなった。

 

 

……柔らかい、やっぱり安心する

 

 

 

 受け止められて、支えられて、顔の置き所はいつもここになってしまう。恥ずかしいけど、定位置になってしまったことは嫌じゃない。実際、どんな枕よりも低反発なのだから。

 

 

「気持ちいいわね、夜の暑さを忘れられるわ」

 

 

「……ッ」

 

 

「あら、顔に水がかかるかしら」

 

 

「……はい」

 

 

 深くて、おぼつかない足取り。そんな僕を支えるように、バラライカさんは腋下に腕を差し込み持ち上げてくれた。

 

 

「子供みたいですね、というか赤ちゃん」

 

 

「それは悪いことをしたわ……なら、もう少し浅い所へ移動しましょうか」

 

 

「は、はい」

 

 

 抱きかかえられて、顔の位置は変わらず柔らかい場所に。ゆっくりと水に波紋を作りながら僕たちは移動する。

 

 バラライカさんにつかまって、後ろ歩きで牽引される形で水を這う。胸に預けた顔で、横目に水面の光を見るとお腹の奥が甚割と暖かくなる心地がした。

 

 

「綺麗な夜、ですね」

 

 

「ええ、綺麗な夜ね」

 

 

 月のない、曇り空の重い空、ここにいれば暗さは輝きで遠く彼方だ。

 

 光の中が気持ちよくて、足がつくはずなのに僕の体は浮いてしまう。されるがまま、運ばれるまま、僕はバラライカさんの鎖骨に額を預けて、不敬ながら豊かな柔らかさに頬をくっつける。これは、とっても贅沢なことだ。

 

 肌を見るのは数度、水着を見るのは今夜が初めて。下着姿と変わらない布面積なのに、その感動は全く違う。どちらかが上とかはない、ただどちらも心が崩れるほどに鮮烈で蠱惑的なのだ

 

 

……綺麗なのは、夜よりも、あなたが

 

 

 

 傷跡が残る肌、美白と痕のコントラストはどんな肌よりも美しく気高だ。素直にそんな感想を何度も抱いてしまう。水着のあなたも本当に素敵だから

 

 役得というべきなのだろうか、水着のバラライカさんはほんとうに綺麗だ。深紅の水着で支えられた胸元は、意思とは反して視線が固定されて逃がさないなにかがある

 

 見ることはとうに許可された。触ることも、良くないことをするのもバラライカさんはとうに許してくれた。なのに、未だ僕の心は慣れない、叶わない

 

 リードされるまま、それがずっと心地よいから。 

 

 

 

「ここなら、ちょうどいい深さね。ケイティ、ほら」

 

 

「……」

 

 

「離れたくない、そう言いたいのね?」

 

 

「…………ッ」

 

 

 頷く、それだけでバラライカさんは納得したと呆れの溜息を吐いて。そして、揺らぐ僕の体を保ったまま、バラライカさんもまた力を抜いていく。 

 

 倒れていく、水の中へと、その行為に不安になったけど、上を向いてバラライカさんの表情を見ればそれが杞憂だと知った

 

 

「溺れる心配はないと言ったでしょ。それに、抱きしめていれば、もっと大丈夫よ」

 

 

「……ッ……ぁ」

 

 

 

 向かい合って、肩や僕は見上げてあなたは僕を見下ろしている。プールサイドに持たれて、足を延ばして楽にしている。

 

 僕は浮いたまま、脇の下から腕を通されてバラライカさんに抱きしめられたまま。抱擁、あなたの豊かな優しさに顔を預けて、水がかからないように力を抜いて体を浮かせる。

 

 

「……きもちいい、です」

 

 

 水が触れる境目の肌の感覚、濡れた肌と夜の空気が心地いい

 

 肌と肌で触れあって、冷たい中で火と肌を感じて安堵を覚える。暖かくて冷たくて、矛盾した快感が神経を優しく撫でてどうにも力が抜けてしまう。

 

 

「…………料理も、酒も、全てにおいて不満はない。今日は良い仕事をしてくれたわ、ケイティ」

 

 

「……?」

 

 

 唐突な賞賛、素直にお礼の言葉を返すよりも僕は疑念の音で鳴いてしまった。

 

 

「別に、どうもそういう気分なのよ。あなたに、良いことをしてあげたい。そんな思いでいっぱいなのよ」

 

「……過保護、ですよ」

 

「知っているわ。それでも、今はね……奉仕の気持ちだなんて、ティーンの頃に丸めて捨てたはずなのにね。あらあら、いったい誰のせいなのかしら」

 

「……」

 

「あなたのせい、よね。ええ、きっとそう……」

 

「……ぁ」

 

 

 

……ちゃぷ、ぴちゃ

 

 

 

 後ろ髪の感覚。水をすくった手で髪を撫でる。押し付けるように、引き寄せてしまいこむように、何度も名で手を繰り返す

 

 

 

「……この大きいだけの胸も、あなたの為なら捧げてしまえる。恐ろしいわ、わたしはいったい、どうしてこうなったのかしらね」

 

「それ、は……ぁ、あっく、ぁ」

 

 

 吐息が漏れた。密着して、谷間の中へと不敬にも息を吹きかけてしまった。それが濡れた肌に跳ね返ってより湿り気を帯びて帰ってくる。官能的で、生々しい温度になって僕の顔を熱くする。

 

 夜のプールで二人きり、何をするでもなく、ただこうして近くで寄り添うだけ。そんな夜で甘んじるのは、どうやら僕の方だけ

 

 夜を鮮やかにすることがお望みなのか、徐々にバラライカさんに変貌が見える。抱きしめて引き寄せて、胸に埋めたのは優しさではなく、何か別の意図をもって

 

 この距離が一番心地いい。無理なく、負担のない、女性の暖かさと柔らかさに酔いしれてしまう。だから油断して、気づけば退路を失ってしまっている。バラライカさんの抱擁は甘やかしだけじゃない。何か、たまった感情を開け放つときに、僕が後ろを向かないように、獣のように四肢を封じて逃げ場をなくす方法。そんなときは、何時だって目的は一つ

 

 

 

 

「ケイティ、あなたのせいよ、私が変わったのは、何もかも全部、あなたの」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 逃げ場も無く、快楽で骨も抜かれて、そうして準備を設けてまですること、それは告解だ。そのときはいつだって暗くした時か、何も見えないほど強く深く抱き締めあった時、つまり今

 

 

 

 

 

 

「いい夜ね。あなたと過ごす夜を、私は心底欲してしまっている」

 

 

 

「…………ッ」

 

 

 かける言葉が固まらない。告解はまだまだ出し切っていない

 

 

 

「あなたを思わない日は無かった。打ち抜いてしまった日から、ずっと私はあなたに酔っている……ひどい泥酔よ。脱水を起こした船乗りが浴びるほどラム酒を飲んだぐらいに、これはひどい酔い方なのよ」

 

 

 

 抱きしめる、胸で抱き留めたあなたの腕に力がこもる。感情で起きる震えを抑え込もうとして

 

 手放したくない、そんな切実な感情をこめて、背中に爪を立てていた。

 

 

「触れてしまえば、二度と離したくないと心が裂けそうになる。なのに、私はな……今回の騒動の最中、あなたを視野にも入れようとしなかった」

 

 

 

 

「……ぁ、いッ」

 

 

 

 

 強く、指先が食い込んでくる。苦しいほどに、抱きしめて、抱きしめて

 

 

……震えて、る

 

 

 静かに吐露する言葉にも、隠しようがない感情の真実が加味されてしまう

 

 

 

 

「私はな、あのメイド騒ぎの時も、アブレーゴの下へお前が踏み入った時ですら……この手には銃を握り大勢を殺すことだけを考えていた」

 

 

「ば、バラライカさん……落ち着い、て」

 

 

「落ち着けるものか、私はお前を犯したひどい女だ……八つ当たりだった」

 

「!」

 

 

 ショックだった。間違っても、そんな言葉は聞きたくなかった

 

 交わした夜の回数は、思いが通じて行われた神聖な行為だと信じたい。なのに、あなたはそれを贖罪だと言うのか

 

 だとすれば、それは

 

 

「……どうして、そんな」

 

「…………」

 

 

 突き放すわけでもなく、未だ触れ合った距離感のまま

 

 言っている言葉とは矛盾している。それが余計に混乱を生む。わからない、どうして、そんな言葉を吐こうにも気力がついていかない

 

 

「……嫌悪していた」

 

 

「!」

 

 

 言い出せない僕の声に変わって、バラライカさんは告解を続けていく

 

 

 

「事件が起きた時から収束するまで、私はな、本当に何も感じていなかったのよ。なのに、終わった後になってからそんな気丈さはボロボロと崩れ落ちたわ」

 

「……じゃ、じゃあ」

 

 

 思い出す。それは初夜を迎えたあの日のこと、激情に駆られたバラライカさんの口から発せられた言葉、それが今明瞭に記憶の前線に躍り出る。

 

 

「ケイティ、私は自分自身を嫌悪したのよ。あなたの危機に何もかもを放り捨てて、ただ感情のままに助けに行くことをしなかった、そんな合理的な判断を下す私自身を嫌悪したのよ」

 

 

「……————ッ」

 

 

 自己嫌悪、言ってしまえばそんな言葉で説明がついてしまう。だけど、そんな単純な思いに至らしめるほど、あの鉄のごとき頑強なあなたを変えてしまったのは誰か

 

 それは紛れもなく僕が戦犯であると、僕自身が即座に理解してしまった

 

 なのに、僕といえば

 

 

 

……メイド服姿で顔を出して

 

 

 

……添い寝をねだって、甘えてばかりで

 

 

 

……耳掻きや爪切り、背中をかいて貰ったり

 

 

 

 心配をかけさせた。なのに当の相手から寵愛ばかり甘んじて受けて

 

 

 

 

「……ひぐ、ばららいか、さんッ」

 

 

「…………バカね、どうしてあなたが泣くのよ」

 

 

「で、でも」

 

 

「……軍曹も言っていたでしょうに。そう、あなたはずっと、被害者の側よ」

 

 

「ぐす、ひぐ……ぁ、あぁあああッ」

 

 

「……泣くな、この愚か者」

 

 

 

 

 

 告解は、嗚咽を交えて雫を降らしながら、情けないことに打ち明ける側じゃない僕の方が感情で溺れて涙を呑んでしまう。

 

 気持ちのいい夜に、光が揺らぐ綺麗な水面なのに、僕は情けなく涙を落とす。泣くべきじゃないとは頭でわかっていても

 

 大切で、大好きな人だったからこそ、その心に負担をかけてしまったことが、とてもじゃないけど許せない

 

 

「……ぼく、僕が悪い、です……し、心配をかけちゃったから、バラライカさんは悪く、ないッ」

 

 

「そうね、けど…………って、水着取れそうなのだけど」

 

 

「————……——…………ッッ」

 

 

「駄目ね。もう、馬鹿な子ね…………ふふ」

 

 

 

 次回に続く 

 




実年齢こそ20ですが、ケイティは過去の経緯や諸々含めて精神年齢は低めです。

今更だけど、年齢言わない方が良かったかな。まあ、脱法男の娘兼ショタということで



次回の投稿は、まあできるだけ早めにできたらいいなぁ。

今後の執筆、お話回を別件でやって、落ち着いたらシンプルなラーメン回やりたい

家系っていいよね


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(60) ハードドランカー

ちょっと汚い言葉を使ってるから食後を見計らって投稿

ブラックラグーンらしい海外ネタ、ブラックジョークがほんと難しい。伝われば御の字、そんなつもりで書いてます


 

 

 騒々しい事件が終わる。熱烈で鮮烈で、時にまどろんで行き過ぎればインモラルにもプラトニックもなんでもあり、そんなバケーションにもいつか終わりは訪れる。

 

 ラチャダストリートより、建設業者の作業音が鳴りやみ最低限住まいのスペースは復元されるに至った。宿なしではなくなった以上、滞在し続ける理由は無くなってしまう。もとより、何時何時までと期間を決めた滞在

 互いに思い、共依存する背徳的な関係ではあるが、適度に距離を置けばそれだけ逢瀬が味わいも深くなる。

 

 今は、互いにそう理解をしあった

 

 

 

 

 

……お世話になりました。また遊びに来ますね、では

 

 

 

 

 

 

 名残惜しそうに手を振るケイティ、出立の際はなんども玄関前で抱擁を交わし合い、後ろ髪をひかれる思いも晴れないまま、どうにかこうにかさよならの言葉を告げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ラチャダストリート、ロアナプラ亭前~

 

 

 

 

 店が壊れてしばらく、外見はすっかり新調された商業ビルだ。ただ、暖簾のかかる入口はあんぐりと大口を開いたまま、ガラス戸も張られていない。スケルトン物件という状態だ。

 

 ビルの一階と二階はお店、三階は倉庫、そして住まいは四階。裏手には小さな納屋が付けられている。テトリスのカギカッコみたいな形をした僕の城。そして、元は僕の師匠のモノ

 

 崩壊寸前のビルから運び出された家財一式も元通りだ。僕のものから師匠の置き土産まで、まとめて運び出して、そちらはもうある程度部屋に備えられて、残る小物は箱詰めで置かれている。

 引っ越し業者もとい、今回の事件のやらかし戦犯なアブレーゴさんに頼めば部屋のレイアウトから床暖房工事までなんでも叶っただろうけど、あまり欲張っても気持ちよくはならないのが自分の生まれ持った性、国民性というものだ。日本人は遠慮をする生き物である。 立て直しやらで十分働いてくれたから、これぐらいは自分でしようと思いたった所、そして今日帰宅をして、今に至る

 

 もとよりモノをため込むくらしはしていなかったから。テレビより重い家財も無いのでやることは少ない。

 

 

「……まあ、こんな感じかな」

 

 

 部屋は前と変わらずワンルームに生活スペースを押し込んだ形。新調された畳を敷いた居間にテレビを置いて、衣装ケースに着替えをしまって、あとは

 

 

「何か、作ろっかな」

 

 

 部屋に備え付けた冷蔵庫、中身にはバラライカさんのホテルで試作のために買い込んだ材料がそのまま詰め込んでいる。一階に置いていた業務用調理器具こそないけど、一般家庭用の調理器具もあるから、何か作ることもできる。

 たくさんのお客さんにふるまうのは無理だけど、工事の人たちに差し入れぐらいなら問題ないかもだ

 

 

「……鶏ガラ、醤油ラーメン、何か他に」

 

 

 冷蔵庫には詰め込んだ冷凍の材料たちとにらめっこ、頭を回して何を作るか考える。

 

 

「……元気の出るラーメン、何がいいかなっと」

 

 

 久しく、多数にふるまうラーメンに胸が躍る。安らぐバケーションも最高ではあるが、やはり料理人冥利を味わうのが自分の本望であると、ケイティは一人納得するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~時刻、深夜~

 

 

 

~某ホテル、バーラウンジ~

 

 

 日付をまたぐ。夜が深くなるこの時間、ロアナプラは本来の顔を見せる。

 

 乱痴気騒ぎが起こる地上とは違い、ここ丘の上のハイクラスな地区においてはその限りに及ばず。ラーメン屋が夜なべをして仕込みをする一方、昨日まで閨を共にしていた彼女はというと、少し寂しい夜を過ごしていた。

 

 

……カラン

 

 

 

「……氷はいらないわ。グラスだけ」

 

 

 

 夜、バラライカは一人誰もいない自室へ帰ることなく、夜の酌で渇きを潤していた。そこはホテルモスクワが後ろ盾を受け持っている高級バーのカウンター

 

 寡黙なロシア人がグラスを磨く中、バラライカは一人静かにグラスを傾ける。深紅のドレスコードは誰の為か、それとも単にいつもの習慣か

 

 見せる相手もいない。しかし何故かその服に袖を通してしまった。銃も隠せない扇情的な社交場にも赴けるドレスコード、だがしかしシャルウィーダンスははるか下に

 

 

 突き放した結果でもない。バラライカの我儘で、ケイティの生き方は拘束できない故に、もとよりこれも想定されていたこと。決別ではないと重々承知ではあるが、それでも酒は必要以上に喉を通ってしまう。

 

 

「………………ッ」

 

 

 コンポから流れる淡いクラシック。レディが夜に一人酒をたしなむ姿はひどく寂しいものだ。誘いをかける言葉を待つのならその姿は正当だろう。しかし、それは誘いかける者がいるならのこと、隣に座るはずの誰かさんがいれば、この場はさぞ魅惑的なムービーのワンシーンであっただろうに

 そんなわけから、彼女バラライカ美に影がかかるのは無理もない。願わくば、そんな彼女に手を差し出す者がいれば望ましいが、ミス・バラライカの来訪で他の客は蜘蛛の子を散らすように去っていったのが直近の出来事。誰も彼女に勇気を奮うことはない

 

 共に夜を過ごす誘いは誰も告げることなくバラライカは一人夜を明かす、これは、本来ならただそれだけの、語るまでもないワンシーンでしかない話だった

 

 だが、そうはならなかった

 

 

 

……カタ

 

 

 

 蜘蛛の子を散らす客の中でたった一人、バラライカの腰かけるカウンターによりにもよって

 

 不遜にも、主の愛を身にまとう彼女は悪魔を恐れず、しかし十字架を構えることはなく

 

 ホルスターをしまうスペースに頼れる相棒も置かないまま、ハンズアップで彼女の隣に無言で席についてみせたのだった。

 

 

 

「……何用だ、尼を呼んだ覚えはないのよ」

 

 

 語気を強めて、酒で焼いた低い声を前にエダは気丈にふるまってみせる。サングラスの奥、その瞳の奥には若干の身構えをしまい込んで

 

 シスター・エダは、ミス・バラライカと対面を果たしたのだった。

 

 

 

「さすがロシア人だ、火のつく酒を平気で飲み明かして屈強なようで」

 

 

「……太鼓持ちを呼んだ覚えも無い」

 

 

「本音さ。あんたの喉が永久凍土で出来てるって言われても、あたしはきっと信じちまうね」

 

 

「……腐れ尼め」

 

 

 一人、この世で最も恐ろしい女性のトップワンを前に、平然と普段のアウトローを隠さない修道士崩れが一人

 

 シスター・エダ。どんな因果か、はたして策略なのか、彼女はバラライカの隣に坐した。そしてあいさつ代わりにいつもの軽口を飛ばす

 

 そんなエダにバラライカはひるまず、何も言わずにマスターへアイサインを送る。意図を察したマスターがエダの前に空のグラスを置いた。

 

 注がれたのはバラライカがたしなんでいたヴェルデールのウォッカ。ロックアイスと水で割られた酒を前にエダは正直な驚きを見せていた。

 

 

「……邪険にされると思いましたが、これは懐の拾いことで……感謝しますわよ、フライフェイス様」

 

 

 頂いた酒には素直に感謝を、バラライカは怖い笑みでエダを見る。品定めをするように

 

 

「穴をあけるのは簡単よ。けど、あなたを含めて……貴様らは不愉快だ。気に食わない、だけど心が広い私はね……今は、口は紡いであなたを見るとする。ただ、それたけだ。」

 

「……ご配慮、痛み入ります。痛みすぎて胃薬が必要だよ、ホリーシット」

 

「お互い様だ。こっちは米国の繕う顔に反吐が出てしまう。配慮なんていいから、付き合いなさい……癪には障るけど、ここに来たことには感謝をするわ」

 

「……はい?」

 

「あなたにはね、前々から少し興味があるのよね。もちろん、プライベートの、あの子のことでよ」

 

「…………あぁ、ははは、そっちかよ」

 

 

 

 悪態、しかし状況は変わらず。気丈さが崩れものおじした振る舞いが隠し切れなくなるエダに対しバラライカは威圧をもって畳みかける。

 

 いつの間にか、彼女の足はエダのつま先にふれていた。それはいつでも踏み抜けるという意味か、会談の席はすでに退路がなくなっていた

 

 

 

 

 

……上等、これぐらいじゃなきゃ面白みがないってもんさ

 

 

  

 

 

「……言うまでもなく、あの子のことだろうね。あたしの、そう……ディア・マイ・シスター(アタシのケイティ)のこったろ」

 

「あら、察しが良くていいわ。そうよ、私が所有権を持つ、バユシキバユ(”わたし″のケイティ)について」

 

 

 爪でカラんとグラスを鳴らした。人を殺す闇の深い笑みを載せて、一気に場の空気が凍り付いた。まるで、そのグラスに浮かべられた氷のように

 

 相対して、エダは引きつりながらも笑って返してみせる。硬直状態では場は動かない、故に彼女たちがとった選択は

 

 

 

……ダン

 

 

 

……トプトプ

 

 

 

……グビ

 

 

 

「……さあ、レディ」

 

 

 

 ふるまう酒、エダはバラライカと同様にストレートのウォッカを前に、臆することなく、そして迷うことなく一気に喉に火を流し込んだ

 

 

 

 

 

「貴様を酔わせて潰す。そして私は優雅な夜を過ごすわ」

 

 

「へえ……言うじゃねえかよ」

 

 

 まるで場末の酒場の遊戯、しかし静寂な場でたぎる闘気は抑えどころを間違えれば一大事だ。

 

 立場も同じ、違うのは順番程度、血生臭くない分この選択は筋が通っていて納得がいく。フェアに、共にキツイ酒を飲み合う。つぶし合ったからといって何も得られるものはないが

 

 

 

……気に食わない奴を潰せれば、それでいい×2

 

 

 

 共にそのような見解の一致がある故に、この勝負は誰に求められることはない。それは外で待つ遊撃隊にとっても、例えるならレバノンの戦場並みに

 

 

 

「安心なさい、潰れてもベッドぐらいなら用意してあげるから。裏手のゴミ箱なら暖房いらず、生ごみが程よく腐っているから暖かくて風邪をひくこともないでしょうね」

 

「……はは、刑務所よりは快適で、ありがたいことで」

 

 

 

……ダンッ!!

 

 

 

……トププ

 

 

 

 

「強い酒だね。嫌いじゃない味さ」

 

「そう、それは良かったわ。あの子も気に入った酒なのよ、天にも昇る良い酒というわけ」

 

 

 わざと強調した言い方。対してエダもひるむことなく次なる皮肉を返す

 

 

 

……ダンッ

 

 

 

「いい酒ねぇ、だが天に昇るっつーのはさすがに過言だろ。良い酒だが、こいつじゃ神を拝むことはできねえ。シスターのあたしが保証する。……神に会いたきゃ布施をしろ。それが嫌ならロケットにでも乗りな」

 

「敬虔な信徒の意見らしい、立派な見解ね。けど、金を積もうと宇宙に行こうと神には会えんよ。あのガガーリンですら神を拝んではいないのだからな。真空に神はおらんということだ。神は蒙昧な人間の頭蓋骨の中にだけ現れる、酒はその切符だ。覚えておけ」

 

「見解ならそっちも御大層なものだ、けど反論を言うなら、あんたのところの船乗りが神とご対面できなかったのはお国の怠慢だろうに。反対に、神の大地に降り立ったアームストロングなら神を感じたかもしれねえだろ。おっと、ソ連様にはもちろん二番目を譲るつもりさね。ま、たどり着くならの話だけどな」

 

 

 

 皮肉、さらに皮肉の応酬。酒をあおって空のグラスを置き返すついでに

 

 ダンダンとグラスを叩きつける音には隠し切れない苛立ちがこもってしまう

 

 

 

 

……ダン!!

 

 

 

……ダンッ!!ダンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「……米ソの喧嘩はまだ終わってないようだな」

 

「リベンジマッチなら受けて立つぜ……さ、もう一杯」

 

「後悔するなよ、私は貴様を必ず潰す。貴様の吐くモノで、御大層なクソ星条旗を汚濁で染め上げてやる」

 

「言いやがる、ならあたしはあんたのところの書記長様の頭にあんたのを……」

 

 

 皮肉は続くどこまでも

 

 ボトル二本目、夜はまだまだ終わらない

 

 

 

 

次回に続く




今回はここまで、次回二者面談は続投。エダとバラライカ、原作では接点が意外にもない二人、慎重に書いていきたい。

感想、評価など貰えれば幸い。モチベ上がって執筆が捗ります


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(61) 炎のニンニクラーメン

UA増えてるなと思ったらランキングに乗ってました。ランキング効果ありがたや、評価くれた読者ニキに感謝


 時刻は遡る。日没後、二人のオオカミが一触即発の状態になる少し前のことだ

 

 ロアナプラ亭の工事は未だ続いている。残る店の部分を改装を含めて施工するため、工事業者とケイティは打ち合わせをしつつ店内のレイアウトをああでもないこうでもないと言い合い図面に線と数字を追加する

 

 工事は休憩を挟む。その際に取り付けたばかりの調理場の試運転も見込んで、ケイティは昼食を振る舞うのだった

 

 そうして、直に日が暮れていく

 

 

 

 

 

 

「ローワンさん、お店はまだ改装中ですよ」

 

「うるせえ、うまそうな匂いぷんぷんさせやがって何が改装中だ」

  

 夕刻、日が落ちていく通りからぬっと男は姿を現した。派手な装い、アフロとサングラスで派手に決めた装いは改めて悪い趣味だと思う。舞台の上のロックシンガーじゃないのだから

 

「……店はいつになるんだ」

 

「たぶん、このまま予定通りにいけば今週中には……セレモニーでもしますか」

 

「タダメシ振る舞うってか、そいつはいいこった……またジロウラーメンでも作ればどうだ。客はこぞって金を落とすぜ」

 けらけらと笑うローワンさん、適当に言っているだけ、でもそれは間違ってない

 

 お金はたくさん落としてくれる。そして同時にバラライカさんもゲンコツを落とす。想像に容易い

 二郎系の騒動も激辛つけ麺の時ほどじゃないけど大概な事件である。ニンニクハラスメント、二郎信者の暴走、街を騒がせるのは飲食店としては望ましいことだけど、実際売り上げは十倍近く上がったし

 

 

……二郎か、また作りたいよね。みんな、とっても喜んでくれたし

 

 

 売り上げがあるに越したことはない。だけど、大事なのは食べて喜ぶお客さんの反応だ。承認欲求に駆られた愚かな僕はダメだと言われてもついつい破ってしまいたくなる。美味しいと言ってくれる反応さえ見られれば、正直売り上げなんてどうでもいい。だから、日替わりで飽きることなくラーメンを作り続けられるのだと我ながら思う、というか呆れてしまうぐらいだ

 

 街をにぎやかす刺激的なラーメン、激辛つけ麺だってそんな延長から編み出したと今では思う。ラーメンは常識や決まりにとらわれず、作り手の自由な発想でなりふり構わずうまさを追求するのが王道だから

 

 ラーメンは自由、師匠の教えだ

 

 

「……作りたい、ですね」

 

「俺も食いてえな。ガツンっと脳にまでクるラーメンが……って、あんなもん始めりゃまたこっちの店が立ち行かねえよ」

 

「嬢の皆さんも食べますからね、ニンニク臭で接客どころじゃなくなりますし」

 

 思い出した。二郎を始めた初日にまずコリンネ姉さんが全マシマシを平らげて、そして夜の業務は無理だと店から放り出されて、そして店内で働いた。

 

 そのあと他のお姉さんたちもローワンさんから禁じられたけど我慢できず食べに来て、そして働けなくなって結果ローワンさんはお店を休業。ついでに皿洗いやら接客やらで人手が足りない僕の店を仕方なく手伝うことに。

 あの時は通り一面に机や椅子を置いて、それで足りなくて、路上で無心になってどんぶりの豚ラーメンを貪り食うお客さんだらけになってしまった。

 

 今思い返してもあの時の光景は異質だった

 

 

 

……ぐるるぅ

 

 

 

「ローワンさん」

 

 

「二郎の話すっからだ……まだか」

 

 

「もうすぐです……あ、ニンニク入れますか?」

 

 

 話をしながら調理、もう完成間近だ。煮豚のシンプルなチャーシューとメンマにネギ

 

 

「おう、今日はもう店に顔を出さねえ……どーんと入れてくれよぉ、女も野郎もぶっ飛んでいくぐらいヤっちまってくれ」

 

 

「……らじゃ」

 

 

 了解は得た。すでにたれとスープ、そして麺と具も入れた醤油ラーメンにこれでもかとニンニクスライスをばらまく

 

 突然の奇行、ただの醤油ラーメンに乗せるにはあまりにもアンバランス、それもおろしたのではなくスライスした生ニンニクだ。

 

 このままでは生の辛さと歯触りで食べても調和しない出しゃばった薬味過多のラーメンだ

 

 

「……顔、引いていた方が良いですよ」

 

「は?」

 

「アフロ燃えても知りませんからね」

 

 

 ろくな用意もなく、在り合わせで作ったシンプル醤油ラーメン

 

 だけど、今から行う仕上げでこのラーメンは店で売り出すだけのインパクトある品に変わる。

 

 スープは鶏ガラ、醤油ダレは昆布と鰹節、そこへ大量に乗せたニンニクスライスの山。ガスコンロでは小鍋にラードを入れ、油から焦げる匂いが発するぐらいカンカン熱して、それをお玉一杯分を躊躇なく

 

 

 

 

――――バチバチバチバチッ!!?!?

 

 

 

「おわッ……おま、こうなるなら先に言えっての!!」

 

 

「アハハハハッ!!」

 

 

 突然舞い上がるラードの炎、それは一瞬にして大きな火を灯して、けどすぐに火はスープの温度で一定に下がる。

 スープの上のニンニクは高温のラードで見事火が入って香ばしい色合いに変わり、そしてラーメンからは当然最高の食欲そそるニンニク風味がガツンと胃を殴りつける。

 

 殴られたのは当然ローワンさんだ。驚いて、危うくアフロが燃えるところだったとかなんだと怒っているけどその表情は笑いで吊り上がって、もう興奮しっぱなし

 

 

……見ているこっちもお腹が空くよ

 

 

 いざ店でやるなら注意しないと、火事騒ぎで消防車が突っ込んできたら笑えない

 

 

「は、箸をくれ……こんなもん、冷ましちまったらイエスを殴るより罪が重いぜ」

 

「言い過ぎですって……お熱いのでお気をつけて、っと」

 

 

 渡した箸は奪い気味に取られた。

 

 レンゲを手に、アツアツのスープに臆することなく一口。シンプルな鶏ガラのスープだから、揚げたて作り立てなニンニクラードの風味とコクが際立って感じられるはず

 

 

 

「ん……おぉ、こりゃ……ズルルッ!!??」

 

 

 

 口にしたスープを舌で回し、味わい嚥下。飲み干すやすぐ次は麺を食らう。すする音が小気味良い

 麺は中太のちぢれ麺、むせかえるほどのニンニク風味を堪能しながらみるみるとラーメンのかさが減っていく

 

 気持ちの良い食音、狙いは的中ご満足なようでなにより。ただ、懸念するべきは

 

 

 

「……熱くないのですか」

 

 

「水、お冷くれ……喉にッ!!」

 

 

 ほら、言わんこっちゃないと。氷を入れたお冷を渡してローワンさんは一気に飲み干した。

 

 スープには熱した油、温度こそはスープで冷まされてだいたい70°前後に留まっている、とはいえだ。

 油の保温機能もあってラーメンは常にその熱々が継続。食べ終わる最後までアツアツ、それはそれでいいことだけど、代償に口の中の粘膜にはあまり優しくない結果になってしまう。

 

 額に汗を浮かべて、ローワンさんは熱いスープを飲み、麺に息を吹きかけては一気にすする。熱さとニンニク、味のインパクトはその味だけに限らず。アツアツというのも食べる側にとって刺激的な要素になる。

 

 

『ズル、ズルルルッ!! ズズッ、ズルルルッ!!!』

 

 

 熱々のラーメンと格闘するローワンさん、店の中を響かせるすすり音は君の悪い音じゃない。僕にとって、オーケストラへ送る拍手喝さいがこの音と同意犠打。

 欧米ではヌードルハラスメントだって、すする音に抵抗があるけどここはアジア圏だし、ここにいる白人の人たちも抵抗なくすすってくれる。

 

 すすり食いは実益のある食べ方だ。空気と混ぜて麺を口に入れる食べ方は食べ物の風味が鼻腔を抜けてくれる。

 今のローワンさんみたいに、強烈なニンニクの香ばしい風味が鼻を突き抜ける心地は想像に容易い。

 

 今、目の前で見ているだけでニンニク風味を感じるのに、食べているあなたにはたまらなく、それこそガツンと来る快感なのだろう

 

 

 

「ケイティ!ラーメンはよぉ!! ニンニク風味でなんぼってもんよ!! 俺が許す、またジロウでもなんでも作っちまえ!!」

 

 

「あはは、ローワンさんにどんな権限があるんですかって……まあ、でもそれもいいですね」

 

 刺激に飢えたロアナプラの住人、ニンニクの香ばしい風味は需要にダイレクトなのだ。需要と供給の観点から見ても、ニンニクを前面に出した味はベストアンサーのはず

 

 街が騒がしくなるほどの刺激はよろしくないかもだけど、こういうニンニクを強みにしたラーメンを増やしていけばそのうち皆も慣れてきて順応する。かもしれない

 

 結局、大事なのは段階を踏むことだ。段階さえ踏めば

 

 

……今度は家系ラーメンとか、熊本ラーメンもいい、背脂チャッチャ系にセルフニンニクをいっぱい用意なんかしたり

 

 

……見えてくる。二郎系へと至る本日のラーメンロードマップが、見えて、くる!

 

 

 思考を巡らせる。要は刺激の強いラーメンにお客さんが慣れていけばいい、そうやって刺激に慣れればまた二郎系のラーメン屋、なんなら激辛つけ麺だって出しても問題にされなくなるはずだ

 

 

……もう、ロアナプラの住民全員がニンニク臭くなればいい。そうなれば、なにも問題なんてないのでは?

 

 

 

「あ、そうか……これが真理かもしれない」

 

 

「ズル! ズルル!! くっそ、バチクソにニンニク利かせやがって……おめ、なんも反省してねえじゃねえか!ギャハハッ!!?」

 

 

「……反省?」

 

 

「なんでもねえ!!……いいぞもっとやれ、ケイティやっちまえ!!」

 

 

「これ、店で出したらまた騒ぎになりませんか?」

 

 

「知るか!!……うまけりゃいいんだようまけりゃッ おかわりだ、替え玉をくれ!!」

 

 

「はい、ですよね!替え玉了解です!」

 

 

 

 興奮してお代わりを言うローワンさんから器を受け取る。替え玉というけど、もうスープだってほとんど飲み干しているではないか、やはりニンニクは正義か

 

 おかわり分はニンニクに加えてネギも増量。またラーメンの上に大きな火を灯すとローワンさんは大興奮、ファックだのホーリーだのゴッドなんたらと汚い言葉でもう理性崩壊気味だ

 

 ニンニクの効果は絶大。次はぜひ大勢のお客さんにも振る舞いたい。繰り返すけどやはりニンニクは正義、多少騒ぎになってもそんなの知らない

 

 なんだか、食べてないのに作ってるこっちも楽しくなってきた。もっと激しいラーメンを作りたい

 

 

 

 ロアナプラ全部ニンニクで染めること、直近の目標は決まった

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ジリリリ

 

 

 

 

 

「?」 

 

 

 ふと、鳴り響く家の固定電話。シャワーを浴びて、さあ夜更かしのまんがタイムとしゃれこもうとしたタイミングだった。

 

 いったいなんなんだと、ちょっとふてくされた僕は受話器に手を取る。手を取る、その際に見た番号は、見覚えのあるものだった。

 

 

……連絡用の、バラライカさんの

 

 

 

「……なにか、あったのかな?」

 

 

 

 




次回で合流。ケイティ、バラライカ、エダ、三人の絡みをお楽しみに



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(62) 大岡裁き

タイトルでお察し


 

 電話の相手はバラライカさんの番号、だけど受話器を持つ手には不安がよぎる。

 

 昨日の今日で、いったいどんな用事があって、しかもこんな夜中に

 

 

 

……まさか、エッチな誘いとか

 

 

 

 すでに、言い訳のできないぐらいに、関係は至ってしまっている故に、うん、あるかもしれない。

 

 恋のcまで達成した手前、期待じみた思いを抱いてしまうのは致し方のないこと。僕からねだることはないけど、バラライカさんから誘われてしまえば、きっと断ることなんてできない。

 

 無下にするのは、失礼だから、うん、一般論として、世間的な常識として断るのは、良くない、から 

 

 

「…………」

 

 

 

……ガチャリ

 

 

 

 

「ケイティ、ケイティか?」

 

 

 

 もしもしを言うよりも先に荒々しい声が聞こえてきた。

 

 心が躍る。そんな熱烈な誘いをする相手は、そう、野太い声の、聞き覚えのある男の

 

 

「……ボリスさん」

 

 

「ああ、そうだ……すまない、急な連絡を入れてしまって悪いが、君にどうしてもしてもらいたいことがあるのだ」

 

 

「…………うん」

 

 

「ぁ、なんだ……大尉の電話を使ってかけたから、誤解を生んだのだな。すまない、謝罪する」

 

 察するに容易だったようだ、浅はかな期待を見抜かれたのが恥ずかしい

 

 

「いえ、別に期待だなんて、はは……」

 

 

 悲しくない。ただ、空回りした自分ほど思い返すたびに痛々しくなるものはない。早急に忘れるべき記憶だ、お酒を飲む予定を立てないと

 

 

「はは…………ぁ、それで、いったいどうしてまた」

 

 

 用件、冷静になって考えてボリスさんがわざわざ僕を呼び立てるなんて、確かに店の電話はまだ工事中だし、僕個人に連絡しようものなら携帯電話番号を控えているバラライカさんの携帯しかない。

 

 どうして、ボリスさんはいったいぜんたい、僕に何をさせるつもりなのか

 

 

「……その、なんですか? その、僕を呼び出す用件なんて、いったい?」

 

 

 

 

 

 

 

 時間は戻る。

 

 ケイティが日中に工事関係者にラーメンを振る舞い、そして日が暮れてバラライカはバーラウンジで飲み明かさんとし、そこへさらにエダが相席ついでに喧嘩を売った。

 二人がストレートでウォッカの飲み比べをはじめ出して小一時間経過、何事かと様子を見るボリスはのっぴきならない二人の凄みを確認

 

 何かが起こる、一触即発の危険地帯。火を収めるための何かを思案して、打ち出した策は、二人にとって共通の弱みともいえる存在

 

 

 

……丸投げしてすまない、戦闘のプロである我らとて、手を出せない戦場はある

 

 

……米ソ、二か国の間を取り持ってくれたのは君の故郷だ。荷が重いかもしれんが、期待しているよ

 

 

 

 口々にそんな言葉をかけられた。バーラウンジへと続く扉の前で、遊撃隊の皆さんが僕を待っていて、そして状況を提示してくれて、うん、ちょっと呆れた

 

 どうして僕を呼ぶのか、なんだか理不尽に思えた。けど

 

 

 

「気持ちはわかる。だが、大尉とシスターの会話は君のことなんだ。我らはな、大尉の戦場には望んで赴く。だが、プライベートは不可侵なのだ。それだけ、君の立つ場所は他の者にとって触れがたい禁足地ということだ」

 

「いや、だからって……ぼくをメッカやエルサレム扱いしないでください」

 

「するともさ。君が懇意にしている女性がどんなに大物か、自覚しているのか?」

 

「……それは、確かに普通じゃない」

 

「そういうことだ。この扉の先はもはや聖櫃、目を開けて灰になるのはレイダーズの作品の中だけでいい……触れていいのは君だけだ。この扉も、二人の関係にも、な」

 

 

 申し訳ない、心の底からと額に汗を載せてボリスさんは頭を下げる。それほどにのっぴきならないのか、有無を言わさない調子に僕は唾を飲み込んでしまった。飲み込まざるを得ない、そんな状況に自分がいると理解できてしまった

 

 扉の先では、特に騒がしい様子はない。だからといって、聖櫃の置かれた間へと続く扉は触れがたい

 

 用意がいる。そして、都合のいいことにここは、このホテルはスタークレイドル、僕とバラライカさんが閨を共にしたホテルだ

 

 装備がいる。屈強な兵士に充実した近代兵装がいるように、僕にも適切な装備が必要だ

 

 

 

 

「……ドレスコードが必要です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM 02:34

 

 

 

「……――――ク、グっく……あぁッ!!」

 

 

 

……ガシャン

 

 

 

「……ァ」

 

 

 

「どうし、た……なに、を」

 

 

 

「いやなに、ヒック……数字の列がよぉ、ゼロで始まってんのにぃ……イチ、イチだけ無ぇんだ、壊れてんだ……直さねえ、と」

 

 

 

「……そ、うか……あぁ、それは、名案だ……ッ」

 

 

 

 

……ガシャン、パリンッ!!

 

 

 

 

 二人だけのバーカウンター、店主はすでに裏から姿を消していない。カウンターの席には大量の、未開封と開封済みのウォッカやウイスキーが並んでおり、そして突っ伏す様に酩酊している二人が、もはや正常な判断もできず奇行に走っていた。

 

 卓上に飾られていたモダンな置時計をエダがつかんで床に叩き落とし、そこへバラライカがこれまた卓上のデザイングラス、およそ数十万はする調度品を片手で持ち上げ叩きつけてご満悦な顔をしている。

 

 酔っている、すでにかなりの本数を開けている二人、しかしそんな二人に酒で苦しくなる様子も無ければ、未だ

 

 

……とぷぷ、ダンッ!!

 

 

「ぁ……何杯目だっけ、こいつで」

 

「知らんな、20を超えてから数えるのはやめた……で、どうする、貴様は、私に勝ちを譲るつもりか?」

 

 焚きつける言葉、エダはというとサングラスをかけなおし、ふらつく上体でなおもショットグラスを受け取った

 

 なみなみに注がれたグラス、少しこぼしながらも、酒に唇をつけて一気に喉奥へと流し込んだ。リップのグロスも剥がれてしまった、口をつけたグラスは勢いよく机で挑戦の音を鳴らし続ける

 

「グリンゴにしてはガッツが、ある……ぁあ、はあぁ、ぐ、っく……く、あ”ぁッ!! もう、一杯ッ」

 

「ひひ、ひゃはは……あたしはよぉ、あいつにとって、最高の姉貴なんだぜ? なら、これぐらい屁でもねえさ……あいつの為なら、あたしは……あたし、はぁ」

 

 言葉にならない言葉、明瞭な言葉で己の意思表明をしているつもりだが、実際その言葉はほとんど相手に届いていない

 引かぬ思いを前に差し出して、二人はなおも己の肝臓を傷めつける。

 

 強靭なロアナプラの女ではあるが、そんな彼女たちとは言えこれ以上はレッドシグナル、いやすでに信号は点滅を超えて情事点灯してしまっていてもおかしくない

 

 手の施しようがない、そんな事態に陥ってしまっては元も子もない。ヴィクターフランケンの手にかかってまで治さなくてはいけない事態はもってのほかだ

 

 レフェリーがいる。この事態を止めることができる存在が

 

 故に、なにが言いたいかといえば

 

 

 

……ガシャ

 

 

「ひゃ、なんか踏んじゃった……ガラス??」

 

 

 

 ボリスの編み出した打開策は、まさしく的確な采配であった。

 

 そう、現に

 

 

 

 

「……――――ぁ、あぁ」

 

 

「ヒック、くぷ……ぉ、おぉ」

 

 

 うつろな視線、しかし二人の顔は彼の姿を認識して捉えている。

 

 扉を開け放って、堂々と足を踏み入れた彼の姿。その服は、ケイティの一張羅ともいえる青のドレスコード

 ぴっちりと張り付くことで浮き出るくびれとヒップ、平らな胸板から除く綺麗な美肌は幼さとあどけなさを醸す、開花前の触れがたい少女の花を匂わせる

 

 チェイサーの一滴も入れずに続けた飲み比べ、今初めて、二人はアルコール以外の液体を、自分たちの生唾という形で喉奥へ流し込んだ

 

 

 

「あ、あぶない……と、あの、二人とも何をしているのですか。いくらなんでも、これは羽目を外し過ぎです!!」

 

 

 

 一喝、砕けたガラス片を避けて、パンプスを履いた足が飛び石をまたぐように跳ねて、二人の背後へと周り、近づいた

 

 

 

「お二人ともいい加減にしてください! 外で心配している方々のことも考えてあげ……うわ、もう散らかして、やりたい放題だよもうッ! お店を持つ者としてこれは抗議案件です!怒ります!!」

 

 

「「…………」」

 

 

「いいですか、僕は今お二人に説教をしてます! ドレス姿で締まらないですが、こんな光景見せられたら黙ってられないよッ! エダさんも、バラライカさんも! 少しは壊される店側の気持ちを考えなさい! この……えっと、その……うぅ、おバカッ!!」

 

 

 精一杯の罵倒、二人を前にして要らぬ生真面目さを発揮したケイティは妙なスイッチが作動

 

 状況こそ聞いたが、二人がなぜ今こうして荒れてしまっているか、その経緯を知らぬまま、ケイティの調子、ケイティ節は止まらない

 

 

「バオさんとたまに愚痴を言い合って、それでいつも思うわけです。壊すのは簡単だけど、壊して困るのは誰だって……お酒やご飯、それらを供してくれる相手に敬意をですね! 武器商人もマフィアの頭目もその点は同じです、ちゃんと理解してください!!」

 

 金切り声で、ぴーぴー吠えるケイティの説法。

 

 二人はというと、椅子に座したまま回転椅子を後ろに、振り替えってそのままケイティをじっと見続けて

 

 ただ、それだけである

 

 

「まったくほんと……けほ、ごほ……ちょっとお水、目の前にあるのに、お二人も飲んだ方が良いですよ。酔いを冷まさないと」

 

  

「「————」」

 

 

 二人の間に割っては入るように前へ、卓上のミネラルウォーター瓶を手に水を一杯、注いで飲み干す。

 

 二人の間で、ケイティは水を飲み終えて

 

 

「…………ケイ」

 

 

「ケイティ…………ぁ」

 

 

 虚ろな瞳、二人の思考は未だ麻痺しているも同然

 

 手を伸ばすまでもなく触れられる距離に立つケイティ、添い寝で知った肌の滑らかさと女のような高めの人肌、酩酊した思考ではあるが彼女達の体は確かに反応を示す

 

 愛しい感覚、ケイティを直に感じることでしか得られない感覚、次第に体は動きを見せる

 

 のんきに水を飲むケイティに、二人の母性愛の手は着実に距離を積めていた

 

 

 

「ふぅ、これ以上飲んだらおトイレ近くなっちゃう。それにしてもおいしい水、さすが高級バー」

 

「「…………」」

 

「美味しいお酒も飲みたいですけど、もう今日はお開きですね。バラライカさん、エダさん……今日はもう終わりです。二人とも、もうおやすみの時間ですよ」

 

「「…………ッ」」

 

 

 部屋に行く、その言葉に二人は明らかな反応を示す。

 

 片や、その言葉は最上階のスウィートルームでの、キングサイズのベッドで添い寝の記憶を思い出し、ケイティの手を掴む

 

 そして、もう片方は、潮騒の音が心地良い教会の立つ丘の上、日陰の涼やかな草のベッドで肌を擦り合わせながらシエスタの時を過ごす、その記憶を思い出し、これまたケイティの手を掴む

 

 

 

……ガタッ×2

 

 

 

「わ、お二人とも……急にいったい?」

 

 

 

 席を同時に立つ夢遊病患者二名、共にケイティの手首をつかんで、さながらその光景はエイリアンを捕縛するモノクロの写真のようだ

 

 うろめくケイティ、しかしそんか反応も知らず

 

 二人は、二人のなかにいる夢想のケイティを見ていた

 

 

「え、あの……ちょっと、なんで二人とも立って、僕は火星人じゃありませんよ。インディペンデンスデイでもありませんから……え、ちょっと、ひっぱらないで!僕は宇宙人じゃありませんって!!」

 

 

 無言、うつろな瞳、しかし触れて感じる二人の握力やら筋力やら、二人とも逆方向へと引っ張ってこれでは牛裂き、レイジングオックスだ

 

 

 

……ダンダン

 

 

 

『ケイティ、いったいどうした、何が起こっている!!』

 

 

 

「!?」

 

 

 

 遠く、扉を隔てた先から聞こえてくる声、しかしのっぴきならない状況、両の手がスポンと体から引っこ抜かれてしまいかねないというのに

 

 

「え、エダさんッ」

 

 

「……部屋に、行くんだろ……一緒に寝てやる、ただしあんたもアタシもオールヌードだ。あの火傷顔の匂いを上書きしてやる」

 

 

 本人を前にして、やはりどうも見えてないというか理解しきってない。これが素面同士で言い合ったセリフなら一触即発すら飛び越して引き金だ。冷や冷やする言葉に尿意が危うくなってしまう

 

「……ケイティ、アタシはな……あんたを、なあ……こっちに、来いッ!!」

 

 

「い、イタッ……ぁ、ストップストップ!! ……って、バラライカさんも引っ張らないで、裂けちゃうからッ!!」

 

 

「ケイティ、あなたの泣き声を聞かせなさい……さあ、大丈夫よ……いま、引っ張ってあげるから」

 

 

 

……ギリ、ギリリ

 

 

 

「い、いたたッ!!どっちも引っ張らないでッ!!?」

 

 

 

 つかむ手の痛み、そして引っ張られる力で肩が猛烈に痺れてきた。酔っているから全力じゃないのだろうけど、それでも振りほどけないし、なんなら徐々に力が強く

 

 

……怖い、僕これ以上もたないッ

 

 

 グイングインと、右に左に引っ張られ振り回され、たまに拮抗すれば引き裂けそうな痛みで脳に電撃が走る

 

 助けを求める声を出したい。今すぐボリスさんを呼びたい、けどその場合

 

 

……エダさん、まずいよね

 

 

……ぼく以外、味方がいないのに

 

 

 二人の喧嘩を見て、余計にこじれる事態は避けたい。だから必死に訴えるしかない。幸い、こっちを見てくれている。認識しているのだ

 

 訴えかけないと、起こさないと

 

 

『どうした、大尉に何があったのか!ケイティ!!』

 

 

「な、何も! 遊んでいるだけです!!ちょっとアグレッシブな遊びに興じているだけです!!」

 

 

『……普通じゃない声で叫んでいたではないか、悪いが押し入らせてもらうぞ!』

 

 

「ち、ちがいます……こ、これはその、あれです!!」

 

 

『あ、あれとはなんだッ!?』

 

 

「…………ッ」

 

 

 問われて、早々に返答を返せなくて悩む。今いうべきこと、この状況で踏み入らせない言い訳、嘘、建前

 

 僕とバラライカさん、僕とエダさん、この関係を、ボリスさんがプライベートに踏み入るのを避けると言わせきった僕らの関係

 

 それ故に、使えるワイルドカード

 

 

 それは!!

 

 

 

 

 

「あれとは、あれですッ……あれとは、つまり、えっちなことッ!!なんですッ!!? だから、その、邪魔しないで! 今、まさに、エッチなことの真っ最中なんですからッ!!!」 

 

 

 

 

 

『——————ッ』

 

 

 

 

 押し黙るボリスさんの声、そのまま畳みかけるように、僕は嘘を、証拠に基づく嘘を並べていく

 

 日々のセクハラ体験、エッチなことをされるのは僕の日常だから、きっと信じてもらえる、かもしれない

 

 

「いま、その……あれです、エッチなことをしているんですてばッ!! とてもエッチなことを、今三人ですごくエッチなことをしているから!! とにかく、エッチだから!!だから、開けたらだめです!!?」

 

 

 エッチだから!エッチだから!! 顔が熱くなってきた

 

 喉を枯らす勢いで、体が熱くなる羞恥に悶えながら恥ずかしいセリフをポンポンと張り上げる。轟く声で一瞬二人までもぴたりと止まってしまった。

 

 というか、扉をだんだんと叩く音も止んで、シーンと静まり返ってさっきまでの喧騒が嘘のようで、望んでいない静謐の中神妙に反応を待つ

 

 

……通じたかな

 

 

 返答を待つ。気丈なボリスさんは、果たして僕の魂からの叫びを解釈してくれたのだろうか

 

 

 

『……ケイティ、君』

 

 

「は、はい!」

 

 

『…………そんなわけが、あるか』

 

 

「————ッ」

 

 

 賢明な判断と自信を感じられたと思った矢先、その当たり前すぎる理性的な返答に僕は何も言えなくなってしまった。嘘をつくならもっとましな嘘をつけ、言ってないけど言葉が続いていたならそんなお叱りを受けていたに違いない。

 

 つまるところ、おバカは誰ですかというと、うん、僕でした。はい、最終学歴小学校低学年ですとも、おつむは弱い方です

 

 

 

 

『……悪いが、開けさせてもらう』

 

 

 

「————ッ!?」

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 




エッチなことをしている、このセリフが言わせたくて

飯テロ、エッチ、おふざけ、この三要素でブラックラグーンを表現していきたい。読了お疲れ様です



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(63) 羞恥

久しく最新話更新。だけど短め


今回のお話ですけど、ちょっと下品です。苦手な人はごめんなさい、でもケイティを泣かせる展開を考えていたらこうなってしまいました。


 

 

 

 

 開けられてしまう、二人が争っている姿を見てしまえば余計こじれてしまう

 

 痴話げんかなのに、五回ねじれて銃撃シネマパラダイスなんて起こってしまえばどうだ。なんとかしないと

 

 

 

「……ッ」

 

 

 開ける、そう言い放つも迷いが降り切れずタイミングを見計らっているのか、ボリスさんは沈黙の待機をしているが次何か音が経てば突入、そういう状況にある

 

 

「………………くっ」

 

 

 

 

……どうもできないよ、ぼくただの一般人だし、非力だしなよなよだし

 

 

 

 

 格好良くシリアスに振る舞おうとするがそれも持たず、二人に引っ張られてグワングワン揺れるケイティは色々辛くて涙がほろり

 

 

「……泣いているの?貴方って子はそうやって人を惑わすのだから。いいわ、惑わされてあげる……ケイティ、ハグしましょう……フェイストゥバストで」

 

 

「むぐッ!!」

 

 

 しかし、そんなうかつに涙を落とせばママライカも即時即決の過保護を発動。引き寄せられたケイティが沈み込む、顔が半分消えたトリックの種はいったいどうして、奇怪なり

 

 

「ぁ、たく……面倒がかかるねぇ。ほら、バストを貸してやんよ。姉貴は弟の傍にいてやるもんだからな、フェイストゥバストだろ、もちろん……異論はファックだぜ、なぁ、マイスウィーティ」

 

「ふぶッ……ふぬ、んむむッ」

 

 

 埋まった顔が掘り起こされ、そしてまた別の谷間で顔が半分飲み込まれる。バラライカに抱きしめられたケイティをさらにエダが抱きしめる、二人に抱きしめられたケイティは身もだえするも捉える力は万力の様に強固でほどけない

 

 頭部をがっちりとホールドされて、その上で腹部も抱きしめられる。

 

 そのような体制に陥ったことで、この状況でさらに新たな危機が生じてしまう

 

 

 

 

「ぬが……ふほぉ、ぉ……あ、まずいッ……ちょっと、二人とも、エダさんバラライカさんッ!!」

 

 

 

 

 伏線はすでに張られていた。冷えつく薄いドレス一枚をまとい、そして激しく動き続ければ、その上で圧迫されて刺激されれば

 

 

 

……さっき、お水飲んじゃったから

 

 

 

 コップに3杯、高級なミネラルウォーターの味に感動してついつい飲み干してしまったケイティの体は水分が飽和していた

 

 少々下品な話、飲めば当然出るものは出る

 

 

 

 

>>緊急ミッション・トイレに行け<<

 

 

 

 

「お、花を摘み……いや、ちがう。雉を撃たないと……ひゃ、だめだめ!バラライカさん締め付けないでッ!!」

 

 

「……すぅ、良い匂いね……ケイティ、ぬいぐるみみたい」

 

 

「くぅんンッ!? み、みたいに……ぬいぐるみみたいに抱きしめないで……で、出ちゃうッ」

 

 

 

 決壊寸前のダム、雄大な自然にそびえたつダムにヒビが入る。そんな脳内イメージで危険を認識する

 

 

 

……せめて、体を起こしてまっすぐにしないと。うつむくと余計に圧迫される

 

 

 

「……ぁ、駄目だよぉ」

 

 

「むッ!?」

 

 

 

『ビキッ!(ダムにひびが入る音)』 

 

 

 

 

「大丈夫さ、あたしがついてやる……ほら、力抜いて甘えておけっての。姉ちゃんのおっぱいでリラックスしな」

 

「————ッ!!」

 

 

 力を抜け、それをしてしまえばもうダムは瞬時に爆発四散だ。そんなことできないと脳内で突っ込むケイティであった

 

 

……だめ、これだめ……もう、ほんとうに

 

 

 

 前傾姿勢のまま腹を圧迫されて、身動きできないまま体温が上がっていく。

 

 腰から下はガクガクふるえっぱなし、足先から電流が脳天まで登る感覚で全身がもはや形を保てない心地だ

 

 

「……た、助けてッ」

 

 

 

 悲痛な叫び、その声に酩酊した二人の顔に一瞬の覚醒が見える

 

 本気で辛いケイティの声に、二人はとっさに力を解いた

 

 

「!」

 

 前傾姿勢のまま、拘束が解かれたケイティは数歩進んでそこで停止した。

 

 

 

……まだ、希望はあるッ

 

 

 

 1から100で言えばすでに99、のこる1が足される前に慎重に歩を進める。

 

 あと数歩、そこまで進めば全てが解放される。勝利の女神はケイティに微笑んだ

 

 

 

……間に合え、あと少し

 

 

 

「あと、すこし……おねがい、それまででいいから耐えて、ぼくのお腹ッ」

 

 

 

 

『バタンッ!!?』

 

 

 

 

「助けてと聞こえたぞ、大丈夫かケイティッ!!」

 

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 だが無情に、女神は微笑むも救いの手を差し出すことは無かった

 そも、ここは悪徳の地。女神なんて気の良いものはまず存在しない。あるとすれば、ドエスでチクショウのアバズレ女神で上々だ

 

 もしも、そのような女神がいるならさぞ滑稽だと笑い転げていただろう。それだけの光景が、今ここにはある

 

 

 

 

『……ポタ、ポタ』

 

 

 

 

「なんだこの散らかりようは、大尉にケイティも……状況を、説明、し」

 

 

 

 

 途切れる言葉、色々と見渡して最後に視線は部屋の中心にいるケイティに

 

 

 

 

「……ひぐ、ぐすん」

 

 

 

 ぺたりと、その場に女の子すわりで着席したケイティ。その足元には、薄暗く黒いバーラウンジの床故に色は不明だが、液体が広がっていることは見受けられた

 

 溢したお酒か、散乱する瓶の破片からお酒だということにしてやって、それで知らぬ振りをしてやる温情も見る皆々には当然ある。だがしかし、その姿、その泣き顔で、いったいどうやってフォローすればいいのか、誰がどう見ても失禁としか言えないこの光景、それを知らぬフリとははなはだ難題で何も言葉をかけられなかった

 

 

 

「ひ、くッ……ぐす、うぅ……うわぁ、あぁぁあああ」

 

 

 恥ずかしい、その一心で泣きじゃくるケイティ。実年齢に値しない精神年齢と見た目の幼さも相まって、むしろその泣く姿に違和感はない

 

 子供が泣いている。大人たちの心に後ろ暗さを抱かせるには十分すぎるほど純粋であった

 

 

「……すまない。その、あれだ……正式な謝罪は後日改めて、では」

 

 

 

 ばたり、気まずさに加え想定外が過ぎる状況にボリスは撤退。実際何ができるわけでもないから下がって正解。これ以上、ちゃんとした素面の、それも普段から尊敬している立派な大人相手に恥をさらしたくないケイティにとって大正解。

 後日、菓子折り持参でちゃんと謝りに行くボリスであったが、それはまた別の機会に

 

 

 

「ふぇん、なんだよもう……二人とも、ばかぁ、おばかあぁ、ぁあああッあああぁあああッッ」

 

 

 

 年甲斐もなく、下着もソックスも全部汚してしまったケイティは泣きじゃくるばかり

 

 そんなケイティに、ようやく正気を取り戻した二人は何も言わず介抱を始める。結局、今宵の騒乱はケイティの手柄で収まったのであった。一応

 

 どんな悪酔いも、子供の本気泣きの前では薄まってしまうのである

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

……ぐすん、ひく、ひっく、えぇん、うぅう

 

 

 

 

……汚れてもいい、アタシが背負うよ

 

 

 

 

…………わかったわ。けど、教会ではなく私の部屋につれていきなさい。業腹だけど風呂と寝床は貸してあげる

 

 

 

 

……うぅ、ぐす……ひぐ、くッ

 

 

 

 

 

 扉を開くこと数回、汚れた衣類を脱ぎ捨てて、生まれたままの姿で湯あみを始める三人

 

 ランドリーが回る音、シャワーから出るお湯が排水溝に流れる音

 

 騒々しくも沈黙、そんな空気を破る短い一言

 

 

 

 

「……酔い、覚めちまったな」

 

 

 

 

 何の気なしに、そんな語り掛けをエダは発した。

 

 

 

 

 バラライカもまた、エダの簡潔な言葉に対してシンプルに返す。たった一言、そうねと

 

 

 

 

 最低限の干渉、仲睦ましくかわす言葉を持ち合わせていない。だが、それでいいと二人は言わずとも同意があった

 

 二人の関係、ホテルモスクワの大幹部であるミス・バラライカ。そして、暴力協会のシスターで在り、ほんとうの顔はこの街ロアナプラを牛耳る大国の手先であり監視者であるCIAのエダ。

 

 その二人が交わることは無い。あるとすれば、それはずっとはるか先のこと

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回で二人とケイティのお話はひと段落。黄金夜会を経て、そしてまたキャラにラーメンを振る舞うお話、の予定

お漏らしネタは完全におにまいの影響です。可愛い娘がお漏らし羞恥を晒す。良くない趣味です、良くない……でもまた書きたい

ソーヤと絡む話とか書ければまたお漏らしさせられそう。ごくりんこ


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(64) 閉幕

ロベルタ編から始まり、アブレーゴ、幕間、焼き肉、そしてバラライカとエダ、ここまで引っくるめてロベルタ騒動は終幕となります

お疲れ様でした!


 

 気がつけば他人のベッドで目が覚める。とくに珍しくないことだ

 

 目を開けて、寝返りを打てば顔が柔らかいもので包まれる。そしてそのまま腕にホールドされて息苦しくなる。これもよくある、珍しいことでもなにもない

 

 

……この張り、弾力、匂い

 

 

 料理人ゆえに鼻が機敏、最後が決め手になって相手が誰か判明する。

 

 ブロンドの髪をたなびかせ、暴力的なまでに豊満なバストをお持ちになられる相手

 

 ここは、バラライカさんと僕が寝泊まりしている部屋。だけど、相手は

 

 

「……エダさん」

 

 

 ぼそりと、胸の中で言葉を発した。くすぐったいのか、少し身悶えして。体を自由にしてくれた

 

 肩に手をつき、顔を離して、話ができる距離を保つ

 

 フェイストゥフェイス、まどろむ貴方はいつもの粗野さはどこに見えない

 寝起きの麗人を盗み見ているような、少しの背徳感が背中をくすぐる

 

 

「あの、んッ……そこ、は」

 

 

 くすぐられている。それはもう、物理的に

 

 

「ひゃの、しょこは……ひう、あわわ」

 

 

「……んだよ、朝のじゃれあいは嫌いかい?」

 

 

「……き、きもちよく、なっちゃいますからぁ」

 

 

「わかってんじゃねえかよ、辛いならまた漏らせばいいぜ……ケイティ」

 

 

「!」

 

 

 

 脇やお腹、お尻に内腿をくすぐられるケイティに電撃が走る。

 

 それは昨夜のこと。人生一番ともいえる大恥を

 

 

 

「……ぅ、記憶喪失になりたい、ぐすん」

 

 

 

 思いだし、そしてガチ泣き。エダはそんなケイティを待ってましたとばかりに胸に抱いて撫であやす

 

 愛玩動物が、溺愛する弟が、素直になって胸に甘える姿、行動に達成感を感じている

 久しく、騒動から始まって今に至るまで、お預けになっていたエダはたっぷりとケイティを味わうのだった

 

 

 なお、ケイティは指摘しなかったが。エダの衣類はランドリールームの乾燥機の中にある

 

 

 キングサイズのベッドで、ケイティを抱きながら別の抱き上げる行為へと移行するのもごく、自然の流れ

 

 

 

 エダは全裸だった

 

 

 

「……へ、エダさん待って!超待って!!」

 

「んだよ、あのロシア人とはよろしくやったんだろうに」

 

 

「それは、でもだからこそですね、あの人を怒らせないほうが、ね、ねッ」

 

 

「馬鹿言ってんな、それぐらい……当の本人が了承したよ

 

 

「!?」

 

 

「……驚いてんな、けどまあ、そういうこった」

 

 

 

 

……もぞ、にゅる

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

「安心しなベイベ、あんたのことはあたしが守る……そういう約束なんだ」

 

 

 

 本当に、取り返しがないほど失う前に

 

 

 

「痛いほど気持ちはわかる。だから、これでいいのよ……って、なんであたしが言わなきゃなんねえんだ。あのバカロシア」

 

 

 

 

 ふさがれた唇。吐息を流し込まれてしまえばあとはされるがまま

 

 日は登って朝になった。だが、部屋はカーテンを閉ざされ朝日を拒絶して闇に閉じ込められる。せめて行為は部屋を暗くして、ケイティの願いである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

~某所~

 

 

 黄金夜会、街の支配者である四勢力が一同に会する場所。そこは張維新が所有するとあるホテルのラウンジであった。中央には円卓代わりに待合席が四人分。だが、いまだ席は空白のまま

 

 時刻は予定された時をまだ示していない

 

 

 

 

「……良かったのか、これで?」

 

 

 

 開口一番、人払いをした二人の会話は、張による不躾な問いかけから始まった

 

 声を届けた相手は。当然バラライカ

 

 

「噂なんだが、昨晩ゲストを招いてパーティだったとか……そしてケイティとゲストがそろって留守番と」

 

 

「……何が言いたいのかしら」

 

 

 不機嫌そうに、葉巻の煙を咀嚼する。足元には深く吸いすてた吸い殻がいくつも散っている。

 

「もうじき夜会だ、くだらない世間話なら部下としなさい、張」

 

「いやはや、焚きつけた俺にも責任は感じているんだ。ケイティは元気か、それさえ聞ければ問題はない」

 

「……」

 

「ただ、ついでだが……シスターはどう動いている?」

 

 

 ついでの問いかけにしては、妙に語気が強い

 

 シスターエダ、彼女の存在は張にとって大きい。そして、その大きさの知るところは誰であろうと口外はできない

 

 この町の裏を知るゆえに、触れずの不文律で動いていた。だがしかし、此度の騒動ではそれが大いに揺らいだ

 

 シスターエダ、CIAのエージェントが現地協力者を用いてまで私情で動いた。本来なら、起こりえないイレギュラーに、自分たちも身を巻き込んでいた

 

 では、そのようなことが起きたすべての原因は誰か。そう、ケイティである

 

 イレギュラーを生む存在、そんなケイティと近しくあるバラライカと、そしてエダ。ここが共通項を得て接触することは、本来なら起こりえない。ありえないことだ

 

 

「……今夜の夜会の議題はメイドとマニサレラカルテルだが、少なからずケイティのことについて触れる」

 

 イレギュラーをもたらす異分子

 

 その扱い、非情な結論が下るのはとうぜん避ける

 だが、今後予測される事態ぐらいは言及するだろう。いざというときは、選ぶことも起こりうる

 

 

「ミス・バラライカ。一つ、推測を立てよう」

 

「……」

 

 煙を噛み、静かに聞き流す。了承を得たと受け取り、続けて張は語る

 

 

 

「ゲストのシスターの接触は、失礼ながら盗み聞きで知った。そのうえで聞くが、なぜ勝負を受けたか」

 

 

 

 不文律を知る、それは張以外にも少なからず知る者はいる。そして知りえなくとも、鑑賞するべきでない闇があることはこの町の有力者であれば理解できる

 

 シスターエダ。アメリカ人であり、そしてこの町の中でどの勢力にも関わらず自由気ままに動く彼女に、ある一つの背景による意思があることは、予測できないことではない。

 

 ましてや、米ソの歴史を踏まえれば、触れずに去ることも選択肢にあった。だが選ばなかった

 

 バラライカは、エダの接触を許した

 

 エダは、バラライカとの接触を望んだ。

 

 両者には同意があった

 

 

 

「……ケイティを守らせる。いざというときは、このロアナプラからケイティを連れ出す。そういう保険を作りたかった。だから、寝させた」

 

 違うかと、長々と説明を終えて息継ぎのついでに一服を済ませる。

 

 煙だけが宙を踊る。言い当てられたことで、バラライカに感情の揺らぎはない

 

 

「張……あなた、つまり何が聞きたいのかしら?」

 

「ふ、遠回しな言い方になったな。聞きたいこと、それ自体はシンプルだ」

 

「なら、勿体ぶらずに言え」

 

 

 流石にか、若干の苛立ちを声色に滲ませる

 

 そんなバラライカを見て、張はほんの少し表情を落とした。率直に、誠実に

 

 同じ守るものを持つ者同士、そんなフラットな気持ちから心配事を一つ

 

 シガレットの煙とともに吐きこぼした

 

 

「ケイティを守るために、他人に頼る……これでいいのか?」

 

「…………心配、あなたらしくないじゃない」

 

「……らしくないのはお互い様だろう」

 

 

 言い切る。その言葉に対しバラライカの返答はない。吸い殻になった葉巻を捨て、また新しく火を灯す

 

 いっぱいの煙を肺に入れる行為は、どこかやりきれなさからくる苛立ちをぶつけているようだ

 

 かみしめた葉巻は、ほぼ吸いきることもなく地面に落ち。ヒールの靴に踏みつぶされる

 丹念に、粉になるまで、強く、強く

 

 

「あの子を守る、それさえ保てるならいいのよ」

 

「……嫌な質問をしてしまったかな」

 

「傲るな、ただつまらない質問だ」

 

 

 踵を返し、バラライカは張の前を横切る。時間を無駄に費やした、気丈なまま嫌味だけをはいて、何も問題はないと自分に言い聞かせるように

 

 

 だが、だがしかし

 

 

 

「……これでいいわ。見捨てることができる私には、あの女が必要なのよ」

 

 

 

 吐き捨てるようにして、バラライカは苦言を漏らした

 

 最後の声色だけは、張維新を相手に向ける色にしては、少々威圧が物足りない。ただの、素の心が垣間見えてしまっていたことは、張も黙して気づかないふりをするだけ

 

 

「……罪作りだな、お前は」

 

 

 一言だけと、諸悪の根源である憎み切れない阿呆へと愚痴をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金夜会を経て、ロアナプラはメイド騒動及びカルテルのことに完全な区切りをつける

 

 ケイティ本人も、ロアナプラ亭にもどり通常の営業を再開する。日常は滞りなく進展する

 

 

 

 

 ただ、そうなる前のとある一夜を境に、ケイティのもとに二人の女が手を結んだことは後々になって大いに意味を持つ。

 ロアナプラの異分子、悪党にすら踏み入るその非凡な存在、それ故に起こる新たな騒動が起きるまで、今はただ平穏が続いていく

 

 イカれた世界、銃弾が飛び交い命が路傍で転がるこの悪徳の都で、ケイティは今日もラーメンを作り、そして愛される日々を送る

 

 ひとまずは、次なる驚異が現れるまでは

 

 

 

 

 

NEXT>>Goat, Jihad, Rock'N Roll

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 




綺麗に終わっているようで終わらせない、そんな終幕です。とにかく、これで次の原作エピソードに移れる

予定通りなら文書争奪戦。さあ、どうアレンジしたものか。竹中は旨そうにラーメン食べそうだから食べさせてあげたいんよね


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(65) 冷やし中華はじめました

久しく投稿、暑くなったらやっぱりこれ


 熱帯であるタイの港町、ここロアナプラは類に漏れず暑さが辛い地域だ。

 海から来る風のきまぐれで時たまに涼しく過ごしやすい時(教会のお昼寝スポット限定)もあるけど、基本は汗にまみれて湿気に嫌気が指すことばかり。長袖の服を着るのも一苦労する、張さんやバラライカさん達をはじめ、マフィアな人たちは暑くないのだろうか。なんてことを時々思う

 

 まあ、とにもかくにも年中サマーシーズンがこの土地の宿命。暑さに文句を言っても今さらだし、だけど暑いものは暑い

 

 あいにく僕にはあの人たちみたいに暑さに耐える度量も足りない。エアコンが恋しくてエアコンなしでは生きていけない。

 エアコンに依存するめんどくさい奴、女々しくて情けないだろうが知ったことか。暑さなんて大嫌い、あついのはラーメンと人肌で十分

 

 だから、今日もエアコンはガンガンに利かせて、涼んで暖かい緑茶でも飲もうと、思っていたのに

 

 

「……くうぅ、はにゃぁぅ」

 

 

 今現在、手に持つのは冷えた瓶コーラ。だけど、もう冷たかったのはさっきまで。あと少しで手の温度に負けてしまいそう。うん、負けた

 

 

「……あ、つ、い」

 

 暑い、熱い、厚い、脳が解けて言語機能が故障するぐらい、今日はとかくホットなのだ

 

 その上、頼みの綱のエアコンはちょうど一刻前にご臨終なされたばかり、このままでは店を開いたところで

 

 

……誰も食べない、熱いラーメンなんて誰も

 

 

 エアコンのきいた店内でなら問題ないけど、こんな異常気象の日にラーメンなんてとんだ罰ゲームだ

 

 そして、エアコン亡きあとの弊害はまだ続く

 

「……材料買いなおさないと」

 

 

 本来の予定なら北海道ラーメンを作るつもりで仕込みを前日にしていたのだけど、この暑さでは絶対に受けない。作るは旭川スタイルの醤油ラーメン、鶏ガラと魚介ベースのスープに鮭節を揚げて風味付けしたラードを浮かべて、そこへ多めの湯で野菜に七味唐辛子。そんな寒いお国のラーメンを作るだなんて、まずまず相反しているにもほどがある

 

 うん、熱帯地域で何雪国のラーメンだなんて思われそうだけど、でも夜はそれなりに涼しくなるのがこの街だし、エアコンガンガンに利かせてるのにみんな薄着だから逆にあったまるラーメンも美味しいかなって、はい、空回りでした。大量のラード、使い道考えないと、最悪火炎瓶にでもして張さんに買い取ってもらうべきか、

 

 と、馬鹿なことを考える時間もほどほどに

 

 そろそろ

 

 

 

「……エダさ~ん」

 

 

 

 おもむろに外へ出るケイティ、手を振って迎えると

 

 

 

『……キキィイイッ!!!』

 

 

「……バザールまで」

 

「タクシーじゃないよ、馬鹿たれッ」

 

「怒ってます?」

 

「こんな暑い日にツーリングしろって言われて、くそったれ……さっさと後ろ乗りな」

 

 

 早くしろと催促、そんなエダさんはいつものシスター衣装ではなくホットパンツにチューブトップでアメリカンなお姉さんだ。ヒッチハイクでお尻と胸を強調してボードを持っているときッと似合うだろう。

 というか、昨日そういう映画を見た。金髪でスタイルのいい女優さんを見ちゃうとついつい見てしまうのは、悪いことだろうか癒し方ないはず

 うん、だけど罪悪感は消えない。心の後ろからいつも怖くてきれいなお姉さんが銃口を向けているのです

 

 

「……痴漢じゃないですから、ね

 

「いいから、早く乗れ」

 

「…………はい」

 

 

 念のための確認、しかしそんなことは良いからとエダさんは僕を引っ張り上げる。後部座席に乗った僕は、当然ながら振り落とされないためにしがみつかないといないわけで

 その場合、今のエダさんにつかまらないといけない

 

「……暑苦しいけどしゃあねえだろ。ほら、体くっつけな」

 

 そういわれ、言われることが最後の後押しになりぼくも腹をくくった

 

 おそるおそる、許しを得たとはいえ触れがたい魅惑の肌。汗でじっとりと蒸れた背中の熱気、お腹の柔らかさの奥に隠れた腹筋の硬さ

 

 手のひら、顔、伝わる情報の全てが生々しい

 

 

「なあ、ちゃんと捕まれって。いいんだよ、今更おめえに触られてもこっちはなんともねえんだから。ていうか、お前の方も慣れていろよ」

 

「な、慣れません……刺激、強すぎです」

 

「……たく、ファックした相手にとる態度じゃねえよ」

 

「————ッ」

 

「はいはい、熱くなんのは結構だが……勝手に熱中症になんじゃねえぞっと」

 

 

 ブルン、大きく揺れるエンジンの音と同時にバイクが一瞬上を向く。

 

 赤面して悶絶する暇も与えてはくれない。走り出したバイクの勢いに飛ばされないように、僕は必死にエダさんのお腹にしがみつく

 汗ばんだお腹、香る匂い、ゆだった頭のせいか思考が纏まらない

 

 良くない気持ちが沸き立つ、だけど熱い。熱い、やらしい、熱い、やっぱりあつい、あつい

 

 

 

 

「……あつい」

 

 

 

 

「いうんじゃねえよ、余計熱くなるだろ」

 

 

 

 

 熱気に囲まれて逃げ場のない道半ば、車が混む中信号を待つ間が辛い。

 

 こんな町でも信号を守るルールがあるから仕方ないことなんだけど、うん、ローグタウンのくせになんで交通ルールなんてあるんだと思うけど、実際道路上の無秩序は悪党にとっても都合が悪いのだ

 

 

 

「……あついよぉ」

 

 

「あちぃなぁ」

 

 

 

 気が付けば、二人共に熱いの一言ばかりがむなしくループする。溶けた思考でバイクを走らせる仲良し姉妹二人がたどり着くのは目当てのバザール、に行くために通らないといけない道半ば

 

 小回り効くバイクとはいえショートカットには限界がある。というか、やけに車の行き来が激しい今日この頃なことにロアナプラで何か起こる予兆が見えてはいるが、そこまで二人の思考はまわらず

 

 夏、熱帯ではあるロアナプラで降り注ぐ快晴と熱帯気温。そして海風が運ぶ湿度が、さながらとある島国の夏の気風を模している

 

 

 

……ちりーん

 

 

 

「————」

 

 

 遠く彼方の記憶、エダの汗ばんだ背中に顔をうずめ、色香と塩味を含んだ梅雨で唇をふやかしていたそんな折

 

 異性に抱き着く際の本能でか、染みついた癖でエダの豊かなバストにぶれて、手の甲をつねられた痛みが解けた脳に電気を流す

 遠い記憶の彼方、ケイティはふと記憶にない情景を脳裏に浮かべた

 

 体験したわけではない。だが、日本人として生まれた以上遺伝子に刻まれた季節の慣例

 

 暑い夏が来た、そうだ京都に行こう見たいなテンションで、ふとつぶやいてしまった

 

 

 

 

『ひやしちゅうか、はじめました』

 

 

 

 

「What?」

 

 

 

 ふとこぼした日本語にエダが首をかしげる。めったに聞かないケイティの日本語、するとべったり抱き着いていたケイティが急に体を起こし

 

 

「……戻って」

 

 

「あ?」

 

 

 燃えるような暑さに浮かれて、ケイティの中で何か妙なスイッチが起こる。時折起こす無茶なバイタリティが、この暑さで妙な方向で発揮されていく

 

 

「ケイティ、おめえ」

 

 

……もにゅぅ

 

 

「ほわぁあ!??」

 

 

 

「……こおぉぉぉ」

 

 

 何を思ったか、ケイティはエダの胸に開いた指をねじ込んだ。つまり、背後から揉みしだいた

 

 特異な呼吸音。一子相伝の拳法家か、それとも未来のコミックで有名になる剣士の特殊な呼吸か、とにかく変な息づかいで妙な気配を匂わしたケイティはエダに対しておねだりを開始する

 

 

 

「行って、バイク戻って、向こう」

 

 

 

「は、はぁあ??」

 

 

 

 揉みしだかれる胸の感覚はもちろん、豹変したケイティにこそエダは戸惑う

 

 ケイティの暴走はさらに加速する。全ては、夏の魔力のせい。まあ別に夏ではないのだけれど

 

 

 

 

 ケイティの心は、ここではない極東の島国の夏に染まり切っていた

 

 

 

 

『いいから、食材よりも必要な物があります確か港の盗品市場で見かけました思い出しましたなんであの時に買わなかったんだ悔しいでも今ならまだ間に合うかもしれないだからほら早く今すぐ行ってください超速く行ってくださいおねがいおねがいおねがいおねがいオネエチャンオネエチャンオネエチャンオネエチャン』

 

 

 

「!?」

 

 壊れたジュークボックスの方が幾分かマシ、そう思われるほどにケイティはおかしくなった。というか壊れた

 

 後ろを見てその顔を見る。汗に濡れて艶を帯びた黒髪の少女がどことも眺めているかわからない目をして、なのに瞳孔の奥に異様な光を浮かべているのには素直に気味悪さを感じた

 

 夏、夏、夏

 

 ケイティは何かにとりつかれていた。完全にエクソシスター案件である

 

 

「おま、なんだよ英語でしゃべれっての……あ、こら、胸を揉みしだくな!!ひゃぁああ!?? 背中でしゃべるな、んだよ日本語知らねえよ!?!?」

 

 

『※※※※※※ッ!!!!』 

 

 

 路上で繰り広げる奇怪なやり取り、暴走したケイティは背後よりエダの胸を揉みしだき、そして彼女の耳元で高速日本語夏語録を読経のようにリピート。周囲でそれを見るドライバーやバイカーをはじめ、現地民やマフィア者たちはみな等しく目を背けた

 

 一見それはエダというナイスバディ痴女が乱れ乱れるサービスシーンではある。しかしその後ろに乗るケイティとかいうSランク要注意人物のせいで

 

 

 

……見るな、かかわりを持ったらヤバいBy一同

 

 

 

 見たい光景も拝むことはできず、皆何事も無いように目を背けた。

 

 そんなことも知らず夏の亡霊に取りつかれたケイティはエダに日本語で要求を通そうとし続ける

 

 

 

 

 

「オネエチャンオネエチャンオネエチャン!!!」

 

 

 

 

 ぐにゃぐにゃもにゅもにゅ、揉みしだく手の巧みさはいったいどこで身に着けたのか、くすぐったいと叫ぶエダも次第に良くない声を上げてしまう

 

 だから、怒るよりも、銃を抜くよりも先に、腰が引けて倒れそうになる寸前で値を上げた。

 

 ケイティのおねだりに屈服してしまった。

 

 

「わ、わかった言うとおりにする! だが、ケイティ……ぁ、くぅ……ァ、ぁあ、ふぐぅ……てめ、おぼえておけよ、終わったら腰が砕けるまでお仕置きだぞバカシスター……ッッ」

 

 

 

 湿った声、乱れた姿に目の恥に雫も一つ。猛暑の暑さに加えてまた別の熱さが籠った頬は実に色香を放っていた。

 本来ならばグロック取り出しブリッツで額をぶち抜かれてもおかしくない所業であるが、そこはシスコン気味なエダの弱所、ケイティに求められてしまえば首を横に触れないどこまでも甘い溺愛お姉さん故

 

 おねえちゃん、そう呼ばれてせがまれてしまえば何も抗えなくなってしまう、エダとケイティの関係は今日も平常営業であった

 

 

「夏休み、河原で虫取り、冷えたスイカ、宿題やりたくない……あ、そうだ、冷やし中華はじめなきゃ」

 

 

「会話にもならねえ。くそ、いい加減バストから手を離せっての……視線がむず痒い」

 

 

 

 ひとまず、エダの降参で収まる暴走ケイティ、転進するバイクの向かう先は支持された泥棒市場の方向

 

 

 ケイティは求めていた。冷やし中華を作るために必要なアレのこと

 

 

 かつて、ケイティに料理の道を指南した今はいない師匠が伝授した冷やし中華。そのために必要な、あの愛らしくも素晴らしい夏のアイテムを

 

 

 

「ひやしちゅうか~~~~~」

 

 

 

「おま、揺らすなバカッ……ん、ふぁあッ 胸揉むんじゃないっての、そんでどこ摘まんでんだおめぇはよぉおおお!!!?!?」

 

 

 

 

 

 賑やか姉妹がバイクで向かう。

 

 そしてその日の夜、ケイティはトラウマになるほどにエダよりお仕置きを貰う。当然の帰結である

 

 

 

 

 

 

 

    ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、後日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んだよ、これ?」

 

「日本語の張り紙だ」

 

「へえ、またなんで?」

 

「で、なんて書いてんだよロック……まさか店じまいじゃあるまいし」

 

「このホットな天候じゃ無理もねえな……で、なんて書いてんだロック」

 

 

 

 ふらり立ち寄ったロック達ラグーン一行

 

 唯一読めるロックはその一文の奇妙さ、少なくともこのロアナプラにおいて見ることのない張り紙に首をかしげるが、しかしここがケイティの店であったことを思い出し腑に落ちてしまった。

 

 

 

「あぁ、これはね……うん」

 

 

 

 少し試案、日本独自というか他国に理解されにくい名前である故に言い換えるべきか考えて、しかしまあいいかとそのままに、この場の外国人三名に伝える

 

 

「冷やし中華、俺の国の……夏場に食う麺料理だ。一応、日本食だよ」

 

 

「「「…………」」」

 

 

 眉をしかめられた。想像通りの反応、しかしまあ、仕方ない。冷えた中国とはなんぞや?と

 ロックは自身の故郷の誇らしくもある文化、されどいい加減な文化、そんな二面性ある部分を再認識したのだった。

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




冷やし中華を出すだけのシンプルなお話、だけど久しく書くもんだから導入で濃い描写入れちゃう。よくない、よくない

エダにナニされたかは読者ニキの想像で補ってください




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(66) 冷やし中華?

冷やし中華はゴマダレ派閥


 

 ロアナプラ亭の入り口に張り紙が付いた。現地民ではまず読めない一文で、冷やし中華始めました、と

 

 

 

「またなんぞ変なもんでも作ったんじゃねえだろうな」

 

 

 ボヤくレヴィ、その言葉に他もうなずく。美味なるラーメンを作るケイティではあるが、以前その味でとんだパニックを起こした原因の一つになったことは、まだ忘れられそうにない

 

 とくに、レヴィは原液でドーピングスープを飲み干したわけであり、彼女の手足にはまだ拘束用のバンドの痣と傷が残っていたりする。早々に帰宅したロベルタと違いレヴィは彼女以上にスパイスを煽ったのだから、その後遺症は長く続いていた

 

 

「警官共が目線を外しやがる。まあ悪いことはしちまったがな、警察病院じゃ何人か素手で顎カチ割ったしな」

 

「4~5人は総入れ歯って聞いた。痛み止めにヘロインを買ってるポリスを見かけたよ」

 

「ほぅ、まじか……悪いことしちまったな」

 

 

 さらっと語る会話にケイティは冷や汗を浮かべる。非常時で仕方がなかったとはいえ、原因の一端である故

 

 

「えぇ、ごほん……ほら、もうその話は止めよう。飯を食うんだ、まずい流動食を想起させないでくれ」

 

 気を使ってかロックが話題を変える。ちょうど調理も大きく動き出していた

 

 日本の夏の風物詩、冷やし中華の味、それはもうずいぶんと味わっていなかった。格別な高級料理でもない、安い一皿、だがロアナプラであろうと日本流の涼みを味わえること、それがロックには格別であった

 

 

「冷やし中華だし、変なものは作らないはず、だよね?」

 

 

 言いながら、少し不安になってしまった。望むのは、シンプルな冷やし中華

 

 冷たい麺にさっぱりした醤油ダレ、錦糸卵とキュウリにハムもしくわ焼き豚

 

 ついでにそこへ冷たいビールでも加われば、このうっとうしい猛暑の粘つきも綺麗さっぱり洗われるだろう 

 

 

 

「冷やし中華4人前、あ、注文前に」

 

「?」

 

 身を乗り出し、4人に問いかける。屈託ない商売スマイルで、端正な黒髪美少女は、艶ある唇をこんな具合に震わした

 

 

 

「ロックさんは大丈夫かと思いますけど、お三方……生魚は大丈夫ですか?」

 

 

 

 

「…………な、生?」

 

 

 

 

 間の抜けた声が出る、そんなロックを置いて

 

 

「腐った魚を出す店じゃないのは確かだ、ここロアナプラで生の魚……まあ信じてみるよ」

 

「ベニーが食うなら俺も構わねえ。物は試しだ」

 

「……ま、あたしもいいぜ。けどまずかったら顎カチ割るからな」

 

「あはは、さっきの話聞いたら冗談になりませんよ。怖い」

 

 

 

 返すケイティの言葉、冗談を交えながらその手に持つ刃物が皆の注目を集める。包丁だ、それも日本の、和食の為の包丁

 

 

「サムライソードみたいだ、綺麗な刃物だね。細いし」

 

「柳葉です。刺身を引く時はこれじゃないと……ね」

 

 

 引く、その言葉通りにケイティはまな板の上で長方形にそろえられた魚の身を薄く揃えていく。白身魚が3種、赤いのはおそらくカツオか

 

 ロックは刺身が出来上がっていくのを眺めていた。本物のすし職人もかくやとばかりに、ケイティはおつくりを仕上げていく

 どれも新鮮な、角が立った刺身。サイドメニューか、そう尋ねようとした

 

 

「なあ、これは」

 

 

 

 

『ダン!!』

 

 

 

 

 

「……なんだ?」

 

 

 尋ねる、疑問符をつけて。しかし疑問の対象は刺身から変更された

 

 ケイティが取り出したのは、ナニカの道具。それはなんともコミカルでキュートで、そう

 

 

 

……ぺ、ペンギン?

 

 

 

 どこからどう見てもペンギン、ペンギンを模したデザインのそれは何か。疑問は浮かび、そして答えが出て、また疑問になる

 

 胴体のあたりにどんぶりが入るぐらいの空間があり、そして頭の上にハンドルがある。夏の風物詩、実家の物置にもまだ残っていただろうか

 

 

 

「か、かき氷機……だよね、それ」

 

 

 そう、かき氷機。だが、何故のかき氷機か

 

 

「え、それ以外何があります?」

 

 素の反応。どこかがずれている

 

「もう、冷やし中華なんですから当たり前じゃないですか……ほら、そろそろ出来ますから、待っててくださいね~♪」

 

 ドンブリを手に、冷やした麺を入れて上から醤油ダレと思われるものをかけまわす。麺の上に刺身とこれまた冷やした茹でアスパラにくし切りにしたトマト。

 

 冷やし中華ができる。楽し気に歌いながら、ケイティは当たり前のようにどんぶりをかき氷機の下にセット

 

 

「冷やし中華、随分と面白い料理だね。変な名前の割には随分と楽しいものじゃないか」

 

「えへへ、そうでしょうそうでしょう。日本の夏はこれが風物詩ですからね、師匠から聞きました」

 

「…………師匠?」

 

 

 

 意味深な、最後の言葉が引っかかる

 

 

 

 

『ガリ、ガリガリ!!』

 

 

 

 

「師匠から教えてもらったんです。日本の夏は冷やし中華に始まり冷やし中華で終わる、なんでも平安時代から、つまり1000年近く前から受け継がれた伝統ある夏の麺料理ですって。当時にもかき氷機なんてあったのですかね?」

 

「ヘイアン、もしかしてオンミョウジとかいう日本の魔法使いがいた時代の話かな。昔掲示板で聞いたけど、不思議な術で氷を削ったのかもね。札を張ったら死体も動き出すみたいだし」

 

「へえ、すごい時代があったのですね……まるで映画見たい」

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 

 そんなわけがない、あるはずがない。もはやどこから突っ込んでいいのかわからず腕組頭から煙を噴かす。

 会話が盛り上がる中、ケイティは次々と氷を削っていき、気が付けば4人分のどんぶりには山盛りのかき氷が積みあがった。薄く茶色い色のついた氷が山とかかった冷やし中華、らしき逸品

 

 

 

「ふぅ、一苦労だなぁこれ……はい、お待ちどうさまです。よく氷と絡めてご賞味あれです」

 

 

 

 

 いただきますは言わない。受け取った端から皆々箸を突き立てかき氷と麺を口に運ぶ

 

 そんな光景を横目に、ロックはまじまじとその淡い茶色をした雪山を見る

 

 

 

 

「……ぇ、冷やし中華、なんだよね」

 

 

「溶けちゃいますよ」

 

 

「あ、うん……それもそうか、じゃあ」

 

 

 意を決して、箸を付き入れた。これまでも美味なラーメンを作り続けてきたケイティの腕前を思えばこれはおかしな料理であってもまずいものであるはずがない。そう思えば、あとは口にするだけ

 

 

「……いただきます」

 

 

 麺を持ち上げ、かき氷と共にかッ食らう。冷たい氷が口の中でさっと溶けて、まず感じたのは複雑な魚介の風味とうまみ

 ずるると、イキな音を立てて麺をすする。咀嚼し、飲み干し、余韻に浸る

 

 

 

……うまい、これはすごくいい

 

 

 

 山と盛られた氷はやはり凍らせた出汁を削ったものだった。カツオ節、煮干し、アジ節、他にもきっとあるのだろうが、ざっとわかるのはその三つ

 

 乾物特有の魚介風味が鼻を抜けるのがたまらない。溶けたうま味が醤油ダレと絡んで口の中で味が多層的に広がっていく。

 

 

「ずる、ずるるる……ぐ、っく」

 

 

 清涼感ある味わいに強烈な魚介の味。醤油ダレにはオイスターソースを使ったのか牡蠣のうま味がこれまた出汁氷とよく合う。しゃっきり新鮮な刺身に瑞々しい野菜の触感も実にうれしい

 

 夏の暑さでよどんだ膿が一気に洗い流されていくこの感覚、まさに快感を覚えると言ってもいいぐらいだ

 

 

 

……うまい、確かにうまい、うまいけれど

 

 

 

 

「ケイティ、こいつはいけるな……生の魚ってのも、案外悪くねえ」

 

「それはどうも、というかダッチさんもう空っぽですか。頭痛くなりません?」

 

「……ああくそ、誰かアルミホイル持ってねえか。頭に巻かねえと、ッく……ああくそったれ。ヘロインジャンキーの電波が移ったみてえだ」

 

「レヴィ、それはアイスクリーム症候群だ。安心して欲しい、君は正常だ」

 

 

 

 

「……」

 

 

 皆楽し気に、この冷やし中華を気に入って、そして満足している。冷やし中華だと思って、だ

 

 

 確かに美味しい。暑い日に食べる麺としてはうってつけの品、斬新で味もいい。だけど、だけども

 

 

「ふふ、ロックさんはどうでした?」

 

「……うまかった」

 

「それはなによりで」

 

「けど、これ冷やし中華じゃない」

 

「…………へ」

 

 

 申し訳なさそうに、ロックが申し出るとケイティは素の反応見せる

 

 いやまさかと、だがロックはうそをついていない

 

 

 

「……えっと、ローカルな違い」

 

「それもない、ゴマダレと醤油ダレぐらいだよ。これは、もはや根底から違う」

 

「…………まじですか」

 

「うん、まじなんだよ」

 

 

 間の抜けた空気が流れる。

 

 

「でも、師匠はこれが」

 

 

「冷やし中華ではない、ね」

 

 

「……じゃあ、これっていったい」

 

 

 

 なんなのだ、そう言って、返す言葉にロックは悩む。悩んだ結果、箸を置いた

 

 

 

「ごちそうさま、じゃ」

 

 

 

「……ま、まいど、おおきに」

 

 

 答えに詰まった者同士、先に逃げるロックにすら投げつける言葉も無く。茫然とケイティはドル札を手にする、妙な京都弁をつぶやいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は経過する。冷やし中華の一日を終えて、すっかり日付をまたいだ時間にケイティは入浴していた。それも長い入浴だ。考え事をしたままに、時間だけが過ぎていきすっかり温くなった湯で足を伸ばしていた

 これは、そんな夜更けの時間に起きたこと

 

 

 

 

 

 

 

~ケイティの部屋~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……コン、コン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックを二回、ただし鍵が締まっていなかった

 

 不用心だと愚痴をこぼす。しかし、これ幸いと忍び込むように体を滑り込ませた。音を立てないように、慎重に扉を閉めて、慎重に歩を進める

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

……ガラララ

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 

 

「よっす、なに湿気た顔して湯につかってんだおまえさんは」

 

 

 

 

 無作法に、音もたてずにいたエダは浴室のドアを勢いよく開け放った。

 

 改装でおおきくなり、湯船が取り付けれた日本製の家用お風呂がそこにはある。そして、湯船につかっているのは、当然家主の彼、ケイティ

 

 

 

 

 

「……エダさん」

 

 

 

「なんだよ、まさか昨日のことで落ち込んで……ってのはねえな。お前さんに褒美みてえなもんだし。で、なんでまた電気消して浸かってんだ……え?

 

 

 

「あぁ、特にその……なんでしょうね?」

 

 

 

「聞いてんのはこっちだっての……たく」

 

 

 

「……」

 

 

 

 押しかけてきた私服姿のエダ。ケイティは湯船につかっているとはいえ裸を晒している。だが、以前のように動じることも無く、またボケっと物思いの時間に戻る

 

 どうにも考えが纏まらない。そんな思考がいっぱいで、恥じる反応やその思考まで意識が向かず

 

 そんな、そんな反応に

 

 

 

 

「……てめえ、なんだよバカたれが、失恋でもしたってのか?ええ? ああくそ」

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 煮え切らない反応、そんな様子を見てエダは何もせず扉を閉めるほど人間出来ていない奴ではなかった。

 

 故に、服を脱ぎ捨てるまでの判断に時間はほぼなかった

 

 

 

 

「……あ、あの」

 

 

 

 

 パタンと、浴室の扉が閉まり、明かりが消えた。わずかに扉の曇りガラスからは明るさが入る者の、それは窓から部屋へと入る月明かりがどうにか届いている程度

 

 姿は見えない。見えない分、音と気配で存在感は感じられてしまう

 

 

 

「ちょっと湯を借りるよ。あたしも汗かいてんだ、どっかのバカ妹が心配かけやがるからだぜ」

 

 

 

 ピシャリと、肌を叩く音が浴室で反射した。裸のエダが自分のすぐ目の前にいる、その事実はさしもの考え事に耽るケイティにも無視することは叶わず。ただ、赤面した顔でシルエット姿のエダを夢中で見続けていた

 揺れる陰の大きな二つ、泡起つ肌は想像力で色が灯され鮮明にシルエットを暴く。暴いてしまう

 

 

 

「……で、出てって!」

 

 

 

「今更過ぎるっつの……ほら、もうどっちも裸なんだぜ。観念してアタシの体洗うの手伝いな。じゃないと昨日の続き、ここでやろうか?」

 

 

 

「……う、うぅ」

 

 

 

 拒めず、昨夜のことはあまり思い出したくないケイティであった。ほんとう、昨夜はいったいナニをされたというのか

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、冷やし中華じゃない料理でした。そして流れるように入浴シーンへ

日常回ですがちょっとしたシリアスパートです。今まで触れてこなかった師匠について、そろそろ明かしていきたい。冷やし中華はきっかけに



感想・評価等あれば幸い。モチベ上がって日々健康に過ごせます








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(67) 風呂上がり

改めて67話です。削除したエダとのがっつりお風呂シーンはまた別の機会のお楽しみ、ということで。ご理解していただけると幸い


 

 

 

 お風呂に浸かって呆けていた。随分と長く浸かっていたら、急にそこへ裸のエダさんが入ってきたのだ。まあ、いまさら驚くことじゃない。

 

 バラライカさんと過ごしたあの日より以降、忙しいのかバラライカさんとはあまり会う機会は無い一方で、エダさんと過ごす時間はとても増えている。教会の宿舎よりもこの部屋で寝起きすることも増えて、お風呂場にはエダさん用の手入れ道具なども置かれて、そして冷蔵庫にはビール缶もダースで常設されてしまった。場所取りで困る

 

 ちなみに、エダさんと入浴する際は明かりを消している。流石に見えている状態だとどうも切なくて辛いから

 

 

 

 そして、今日もそんな感じか、いつものように扉を開けて押し入ってきて、背中を流し流されて一緒に浸かった

 言われるまま、拒むことはできず僕はエダさんの体を綺麗に磨いた。どこか挑発的で、そして蠱惑的に振る舞うエダさんに振り回されながら、でも入浴はあくまで入浴で、普通に一緒に浸かって、世間話をして、そしてお風呂から上がった。

 

 下着を身に着けて、パジャマに袖を通す。ホテルで使っていたバスローブも気持ちいけど、安っぽいこのナイトキャップが似合いそうな服がなんだかんだと落ち着いてしまう。馴染むのだ、庶民的なものが

 服を着替えて、湯上りの熱を冷まそうとクーラーの風が当たる場所に腰掛ける。火照った熱が抜けて出ていくのが気持ちいい。

 

 

「……テーブルとイス、やっぱりお願いして正解だった」

 

 

 部屋は相変わらず仕切りのないワンルーム。だが改装に当たって部屋の無機質な床はフローリングに変わり、そして畳スペースも適当に安物を敷いたわけでなく新品のモノで和室スペースが作られている。

 

 和洋折衷の部屋。というか、少しモダンな旅館のような部屋。以前の事務所を無理やり住まいにした時よりも違って圧倒的に住みやすさを感じる。文明的で、そしておしゃれ

 

 

……日本風な建築材の調達、高くついただろうけど、まあ構わないって言ってたし

 

 

 あの事件の後に、アブレーゴさんは日を改めてから僕の前に来て謝罪を告げた。そして全面的に修理修繕改装なんでもござれとお金を出してくれて、僕が止めなかったら屋上に露天風呂だの地下にサンダーバードの基地だのと、何でもやりかねない勢いだったのは今でも忘れられない。

 

 うん、アブレーゴさんとは親しくしているつもりだったけど、なんだかサービスが濃くなったというか。なのに視線を合わそうとすると目を背けてやけに早口になってすぐ立ち去ったり、なんだか妙だ。

 事件が凄まじすぎてうつ病を悪化させたのかもしれない。

 

 

「アブレーゴさん、あまり店に来ないしなぁ……また部屋に行って作ってあげようか……アタッ」

 

 

「……やめとけバカ」

 

 

「叩いた、ひどい」

 

 

「人助けだっての」

 

 

「?」

 

 

 叩かれた上に理由が意味不明だ、エダさんもしかして酔っているのだろうか

 

 

「……ビール、飲み過ぎでは?」

 

 

「うるせぇ、こんなもんピスみてえなもんだって……それに、風呂上りだ。熱を抜かねえとメルトダウン起こしちまう」

 

 

 だから冷えたビールを飲むと、でもアルコールだから余計に火照るのでは、なんて言おうと思ったけど即セクハラ攻撃を食らう未来が見えてお口にチャックを付けた。僕って賢い、たぶん

 

 

……ゆさ、ゆさ、たっぷん

 

 

「ん、かあぁッ……ふぃ、ああぁ……あ?何見てんだよ、興味深々か?」

 

 

「……服、着てください」

 

 

 閉じたチャックだが結局開いてしまった。僕は服を着ているけど、エダさんはまだ下着一枚、タオル首掛けでかろうじて胸の先を隠しているだけ。最近になってショーツを履いてくれるようになったけど、それでも裸族癖は止められないみたい

 

 うん、バラライカさんの時もアレだったけど、もうこれはそういうことなのかな?

 

 お胸の大きい女性は皆タオルブラでショーツ一枚が入浴後の基本なのかもしれない。そういえば、バラライカさんにも指摘したら、なんでも胸に熱がたまるから仕方ないとか、誰のせいで胸が大きくなって余計に熱をため込むようになったのかと、何とも返しがたい台詞に赤面したことを思い出す

 

 あれ、なんだか疑わしくなってきた。熱いって言いながら、そのあとに抱き着いて来たし、今のエダさんも

 

 

「ふぎゅ!」

 

「あぁもう熱いねえ……着替えるからさ、もう少しこのままでいいじゃねえかよ」

 

「や、当たってます当たってます!!後見えちゃいます!!」

 

 

 椅子から転げ落ちるように逃げて、けどつかまってそのまま畳スペースに敷かれた布団へと不時着

 

 クーラーの風で冷たくなった布のヒンヤリした感触が気持ちいい。エダさんはほぼ裸だから、余計に気持ちよさを感じるのだろう。背後から抱き着きながらだから、耳元にイケない声が入ってきた

 

 背中に感じる質量、そして人肌。うん、風呂上りに服を着たがらない、そんなことをする人の本当の狙いは、結局僕を揶揄いたいだけかもしれない。いや、かもしれないじゃないや、たぶんそうだ

 

 

「……濡れた髪の匂いがするな」

 

「あの、ドライヤーで乾かすのは」

 

「いや、面倒だ……このまま自然にまかせちまおう」

 

「…………」

 

「嫌か、わかったわかった……しゃあねえ。じゃ、ちょっとそこで座ってな」

 

「いや、僕は」

 

「乾かしてやる、ちょっと来な」

 

「……自分で出来ます」

 

「いいっての、あたしがしてやりてえのさ……ほら、座れって」

 

「えっと、順番は」

 

「安心しな、ちゃんと自分用に持ち込んでんだなこれが……二人同時にやっちまおう」

 

「お風呂の洗いっこじゃないのですから、でも……それもいいですね」

 

 

 

 互いに濡れた髪に触れる。相手の髪に触りあって、互いに濡れた髪の匂いを感じ合う

 

 淡く甘い花の香りが付く一本一本、色も長さも違うけど、匂いだけは一緒なことに嬉しさを感じたのだ

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 スイッチが入る、清風が柔らかく頭皮をくすぐった

 

 冷たい風、徐々に温度は上がっていく。ヘアドライヤーで徐々に乾燥させる一方で、空いた手は頭皮をほぐす様に指を立てる。押し込み、回し、髪を漉いて、ふわりと持ち上げて

 

 

 そして、結果

 

 

……ブツン

 

 

 

「あ?」

 

「ひ!」

 

 

 

 突然消える灯に異なる反応。向かい合っていたから飛びつくケイティをエダは優しく胸に抱き留める。無論、むき出しの乳房でだ、しかし明かりが無い以上何も見えない

 

 しかし、冷静になって家電を一気に使ったことが原因と気づき、ならばブレーカーを探そうとエダがケイティを抱えて動く。落ちたレバーを戻し、これで電気もついて、さあ元通り

 

 

 と、なればよかったのだが

 

 

 

「……エダさん、エダさんエダさん!!」

 

 

 

 涙目のケイティ、その手にはリモコン

 

 そう、エアコンのリモコンは正常に動いている。だが、肝心の本体は

 

 

 

「……はぁ」

 

 

「十字架切らないで!」

 

 

 死んでしまった。熱さでうだる夜の中、部屋の唯一にして絶対な希望が、今ご臨終を迎えた

 

 だが、考えてみればそれも仕方なきこと。改築に当たって買いなおす家電類の中、これはまだ使えるからと貧乏性で以前のエアコンをそのまま流用させたケイティの判断ミスである 

 

 

 

「……どうするか」

 

 

 

「どうしましょう、ぐすん」

 

 

 

次回に続く

 




エダとの日常シーン、まだ続きます。一応飯テロ予定


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(68) シスターズ・ホリデイ

久しぶりの投稿

前回の続きでラーメン要素少ない日常パートです。


 クーラーが壊れた、これから暑い夜を過ごすというのに困ったものだ。何より風呂上がりで火照った熱を冷ましたかったところだったのに

 

 しかし、こんな時間に修理業者も呼べない。かといって、このまま熱さに溶けるのもやるせない

 

 せめて、この暑さの中、少しでも涼を取れないものかと考えた結果

 

 

 

 

……シャリシャリシャリ

 

 

 

「はぁ……ひゃっこい」

 

「夜中に不健康なこった」

 

 

 

 エダさんといっしょにかき氷を食べることにした。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 かき氷と言えば、遠く日本で聞くのは細かく削った氷に人工着色で色を付けたシロップをかけるだけの代物

 

 けど、それじゃあ味気ないということで、日本好きの師匠は別のかき氷を僕に食べさせてくれた。

 

 だから、僕にとってすぐに思いつくかき氷というのは、こういった台湾風の具沢山のかき氷だ

 

 

 

……乗せるのは、果物と白玉、小豆

 

 

 

 あらかじめ練乳入りの牛乳と豆乳の氷を作っておいた。削った真っ白な山にはあらかじめ作っておいた特性のシロップ。人工甘味料や着色料じゃない、ちゃんと果汁と果肉、お茶や小豆

 ちょっとした贅沢と思い、買い集めて用意していたこのかき氷セット。味の組み合わせだけで何万通りも成立する。我ながらスウィーツ欲の業が深い事

 

 

「太るぞおめえ」

 

「あいにくやせ衰えたことはあっても太ったことはありません。しいて言えば、ちょっとお尻と太ももがむちっとするぐらいです」

 

「効果あんじゃねえか、しかも下半身が太るとか……男誘うならやり方は教えてやるぜ?」

 

「……」

 

「おいこら、無言で皿を下げんなって……アタシにもくれよスウィーティ」

 

 わざとらしく背中に大きな塊を押しつぶしてきた。クーラーが消えているせいか、歓喜をしていても互いに肌は汗ばんでいる。じっとり、むわっと、変な気分にさせる良くない感触だ。自覚を持って欲しい

 

「セルフです」

 

「冷たいねぇ」

 

「かき氷ですから……っと、かけ過ぎた」

 

 

 ガラスの平皿に盛った練乳の氷、そこへ抹茶のシロップと甘く煮詰めた小豆の赤いソース、果物、白玉団子、ちょっと盛りすぎぐらいかもだけど、これでいい

 

 具沢山のかき氷、卓上に乗せた色んなトッピングで自分好みのかき氷を作る、それが台湾風の醍醐味だ。

 

 

「夜中に罪深いねえ。汝両の頬を差し出せってな、虫歯がねえか聖書片手にチェックしてやってもいいぜ?」

 

「ロアナプラの虫歯治療とは如何に?」

 

「爆薬でドン」

 

「……」

 

「嘘だよ、ドル札積めばちゃんと詰め物されるさ……気にしねえで食え、溶けちまうぞ」

 

 ケラケラ笑いながら、エダさんは自分の豆乳ミルクかき氷、柑橘系の果物山盛り、ソースをかけて白とオレンジ色のコントラストが綺麗なかき氷をかきこむ

 

 甘くて冷たいひと時

 

 虫歯は嫌だけど、目の前の甘みの誘惑には抗えないし、なにより涼を取らなければこの熱帯夜を乗り越えられないから

 

 

「……はむ、今夜から毎日一時間歯磨きします」

 

「冗談真に受けんなって、ちゃんと金払えれば地雷踏んでも死にゃしねえ。ケイティ、お前さん金まわりは良い方だろうに」

 

「お金、まあ食いっぱぐれないぐらいには……連日にぎわってますし」

 

「最近は臨時休業もねえしな……っと、まずかったか?」

 

「……別に」

 

「そうか、ならいい……はぐ、っくぅぅぅぅッ……染みやがる」

 

「…………はむ、むぐ」

 

 

 涼を取るために食べ始めたかき氷

 

 台湾風と豪勢に用意したためか一杯では我慢できず、団子やタピオカ、タロイモ、お腹にたまる具材もてんこ盛り、甘みを飽きるほどお腹に詰め込んでかきこんだ。

 

 

 

 

 

 

~翌朝~

 

 

 

 

 目が覚めて、時計の針は10時過ぎ

 

 結局、昨日の夜は夜更かしをしてしまい寝入ったのは午前の4時ぐらい。一緒の布団で互いに汗だくになりながら目を覚ました。汗だくになったのはエダさんが僕を抱きしめて寝ていたから。

 だから、目が覚めて真っ先に口の中の塩味を感じた。谷間の汗を無意識に舐めてしまっていたからだろう。

 

 

「……ふぅ、工事が終わるまで暇ですね」

 

「適当に歩いてりゃいいさ」

 

 

 朝飯を食べるには、昨夜の夜食が消化しきれていない。自堕落に目が覚めて、僕とエダさんは一日の目的もなくとりあえずバイクに駆けた。市場と屋台街が隣接している観光向けの地域、そこに足を運んだ。

 

 時刻は11時と半ば、適当に歩いていれば昼飯を食べられる腹具合に落ち着くだろう。

 

 

「冷たいものばかり食べてますね、出来立ての暖かい料理が食べたい……お姉ちゃんは何が食べたい?」

 

「馬鹿シスター、お前財布忘れたな」

 

「うん、ごめんなさい」

 

 誤魔化せなかった。

 

 カーゴパンツのポケットに入れる財布の重さが無い。スられたかなッと思ったけど、店を始めた当初はともかく今その手の犯罪においてはまず逢うことは無い。スリをする人たちに僕の顔は危険リストに数えられているからだ

 

 まあ、それでも逢う時は逢うけど。といってもその場合は金銭目的じゃなくて、後先の危険なんて考えられないHENTAIさんだけだ。女性なら注意喚起、男なら……撃たれるか、ソーヤさんの……

 

「……何考えてんだ」

 

「僕に痴漢してしまった、哀れな変態さん達の断末魔を、少し思い出しました」

 

「あぁ、そういやあったねんなこと……って、飯前に食欲下げる話すんなっての」

 

「すみません、お金も忘れてその上」

 

「手前に手を出した馬鹿野郎は大抵ミンチだからな……あぁクソ、ひき肉料理の食う気が消えちまった」

 

 ちょうどよく目の前に焼き饅頭の屋台があったが、今の話では食欲がそそられない。

 

「……鶏肉でも食べますか」

 

 食欲を下げることにはなったが食べたいものの方向性は無事決まった。さあ、どこに行こうか、そう思っていたら

 

 

「!」

 

「馬鹿、こっち来い」

 

 

 人の流れが速くなった。遠くで喧嘩が聞こえる、トラブルを避けようとして流れが変わったのだろう

 

 少し、立ち止まって話をしていたから、流れに巻き込まれる前にエダさんの体の内に僕は収まっていた。

 

 顔いっぱいに素敵な感触があって、うん、流石にここで鼻の下を伸ばした顔は見せられない。

 半歩下がって見上げると、呆れのため息を吐く顔に視線があった。

 

 

「……ぁ、お前さんに対してじゃないさ。だから、ほら、泣きそうになんじゃないよ、弱々しい顔も晒すんじゃねぇ」

 

「ご、ごめん、なさい……ぅ」

 

 顔についた汗をぬぐう。ぶっきらぼうな優しさがこわばりをほぐし

 

 掴んだ手のひらが、心に安心感の熱をともす

 

 

「……エダさん」

 

「財布忘れた罰だ。手ぇ繋いでずっと離れんな……ほら、人込み多いから肩くっつけとけ」

 

「……熱い、むちむちしてる」

 

「喜べっての」

 

 悪態を吐きながらも握る手は心強い。膨らみに時折頭が当たるぐらい密着して、今は人込みの流れに逆らって端を歩く。

 

 チューブトップとホットパンツ、私服のエダさんと密着して歩く。周りの視線が少し痛い

 

 

「適当に落ち着くぞ、カオマンガイでいいな?」

 

「……はい」

 

 

 ふらり立ち寄って、目の前に見えた屋台食堂。空いている席に坐して、待ってる間にエダさんが料理を取りに行った。

 

 ここはカオマンガイのお店、メニューは一品だけ。チキンスープの染み込んだご飯と焼き目を付けたもも肉、野菜と特製ソースを添えて提供される。ワンコイン程度の値段で腹にたまるし味もいい。良いお店だ

 

 

「……ぁ」

 

 

 久しく訪れた屋台街、まかないで昼食をすますことが多くて利用する機会がなかった。

 

 屋台街の店は乱雑で、どこに何があるかなんて全く覚えていなかったはずなのに、ここは、覚えていた。

 

 ここで食べたカオマンガイ、僕は知っている。

 

 

「…………ぁ」

 

 少し呆けていたら、隣に大きな膨らみがドカンと現れた。というかエダさんだ。

 

「となり座るよ」

 

「……はい」

 

 向かいの席が空いてるのに、とりあえずお尻を横に、そしてエダさんが肩をくっつけてきた。

 

 目の前にカオマンガイを二皿置いて

 

 

「……何悩んでんだ」

 

「?」

 

 

「昨日からだ、急に呆けやがって……何を思ってっか知んねえけどよ、取り合えず冷める前に食え」

 

「……うん」

 

 

 卓上のスプーンを取る。がつがつと横でかっこむエダさんを見て、自分のお腹が鳴っていたことを思い出した。

 

 

「……いただきます」

 

 

 パクチーともも肉、ご飯、甘辛くて濃厚で美味しい熱を胃に流し込む。

 

 考え事を整理するのは、空腹を満たしてからでいい。ここ最近、ずっと頭をよぎっていること

 

 久しく会っていない、僕の師匠のこと

 

 

 

「ん、美味しい……炊いたチキンスープ、丸で煮込んだ鶏肉なんだろうけど、良い味してる」

 

「……飯代の利子は高くつくからな」

 

「エダお姉ちゃんは優しいから」

 

「お前、こういう時だけ姉呼びしやがって……この馬鹿シスター、」

 

「ん、むぐ……お姉ちゃんのいじわる」

 

「甘えるなら後にしな、ここじゃ脱げねえっての」

 

 何をするつもりだ、と突っ込むべきか悩んだ。

 

 けど、ついお姉ちゃん呼びしてしまったから人肌恋しい思いが出てしまった。お昼寝は膝枕が欲しい、うん、して欲しい。

 

 

「言い当ててやる、膝枕して欲しいって思ったろ」

 

「……ッ(コク)」

 

「素直だ。素直で可愛い馬鹿シスターだよ……くす、飯さっさと食っちまうぞ」

 

「はい……ん、んっく……コク、うん……おねえちゃん」

 

「?」

 

 

「なんでもない、呼んだたけ」

 

 

「…………スウィーティ」

 

 

 痛いぐらいの加減で頭を撫でられた。

 

 

 

「…………ん(コク)」

 

 

 昼食のカオマンガイを堪能した。エアコンの修理が終わった頃合い、僕らは店に帰るとした。

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 




姉妹の日常的なお話でした。二人でいると高確率でお姉ちゃんと馬鹿妹のごっこが始まります。そんなエダさんとケイティの関係

浮気じゃないよ。乗り換えでもない、バラライカの姐御とのパートも触れたい

本編に至る展開に中々進めないぜ。次回も気ままに投稿


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(69) 師匠

色々詰め合わせ。文書争奪編の流れも進みます。そして存在を示唆していたあの方もついに登場。セリザワの名を持つ者、その正体とは如何に

ぶっちゃけ賛否別れるかもだけど許してクレメンス。気に入らなかったらケイティのお尻にイタズラして気を紛らわしておくれ。

それではどうぞ


 

 

 

 

 

 その昔、まだあの店がロアナプラ亭じゃなかった頃のことだ

 

 誰も間借りしていなかったビルに、突然人が住むようになって、そしてその人はローワンさんの店に足しげく通っていた。

 

 

「手前、また金払わねえで来やがって……おい、おめえらも歓迎すんな! 金のない客に接待してんじゃねえよ!!」

 

 

……え~、ローワンったら恩知らずね

 

 

……ミスター、あたいを買ってくれよ、サービスするからぁ

 

 

……見てぇ、注入してまたバスト大きくしたのぉ、ベッドの上で全部見せてあげるぅ

 

 

 

 

 

「盛んな!そんで、おいおい!セリザワの旦那よぉ、いい加減何しに来たか言いやがれっての、なあおい!!」

 

 

 

 

 

「……ヘイ、ローワン」

 

 

 

 

 賑やかな夜の店でらしくない狼狽を、あの時のローワンさんは見せていた。はっきりいって苦手だったのだろう。わかる、実際今でも師匠は奇人変人の類だと思うし、関わるだけトラブルに身を投じるも同じだ。

 

 

 

 

「こいつを置いてく、飲み尽くした酒代はこいつが支払う」

 

「は、はぁあああッ!??」

 

 

 

 店に顔を出したのは頭髪のなくガタイの良い奇妙な人物、おそらく日系の類なのだろうが、眼鏡の奥に見える瞳の色は欧米らしい水色だ。

 そしてそんな男の一歩後ろを歩く、長い髪をしている少女が一人。

 適当にあしらわれたのか、似合っていないし、サイズも若干違う中古の服を身にまとわされていて

 

 

「————ッ」

 

 

 少女は、セリザワなる人物とローワンの間でなんども視線を往復して、不安げに表情を曇らしていた。

 

 そんな、かつてのケイティ、16歳になったばかりの彼に、そっと頭に手を置いて。

 

 

「すぅ、うなれ大リーガーボール!! くたばれ!!!」

 

 

 

 首根っこを掴んで、ケイティはローワンめがけてぶん投げられた。

 

「キャッチしろよローワン」

 

「片手で人間投げんじゃねえ筋肉だるま!」

 

「お前が触ったからそれお前のもんな!あとは知らね!!」

 

「いや、ちょ、おま!」

 

 

 踵を返す。セリザワはしれっと店に飾られている高級酒をいくつか拝借し、そしてクラウチングスタートの構えをとる。

 

「そいつには飯の作り方を仕込んでおいたから適当に働かせておけ!!じゃあピアノのお稽古あるから帰る!!」

 

 

……パリィイイイン

 

 

 終始ハイテンション、その場の勢いとノリと思い付きだけで行動した結果、かつてケイティの師匠であった男は窓を突き破り逃走した。

 

 後に残るのは、そんな奇人の背を見て間違ってか目を蕩けさせている頭お花畑な嬢たちと、この中で唯一まともな感性を持つゆえに顎を落として呆れかえっているローワン、そして全てをあきらめてその場で起き上がり埃を払うケイティがいた。

 

 

 

「……えっと、その……僕、一応あの人の弟子です。と、取り合えず……ここで働かせてください」

 

 

 

 ペコリと、礼儀正しく挨拶をするケイティ。

 

 

 

 それから四年間、ケイティはローワンの店でお世話になり、そして20歳になりようやく自立し店を建て

 

 今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

~ロアナプラ亭~

 

 

「……」

 

 視線の先には交換したばかりのクーラーがある。

 

 ゴウゴウと風を吐き出し、部屋の温度を快適な涼しさに変えてくれる。なんとも頼りになる現代文明の必須アイテムだ。

 

 リモコン一つで快適、涼しい風で汗を乾かしてくれる。あぁ、なんと良いものだろう。

 

 それが、ちゃんとオンオフの出来るものだったならば

 

 

「あ~らら、運がねえな」

 

「窓開けて調整しましょうか」

 

「よせよ、せっかく涼しいんだ……このままだらけていようぜ。外は風呂みてえな状態だしよ、肌寒いぐらいいいじゃねえか」

 

 そういうエダさんは先んじて布団を出して寝転がった。外出で着ていた服は脱いで、下着とシャツだけのラフすぎる姿で寝床に手招きしている。

 

「寒いなら身を寄せ合うもんさ……ほら、だからこっち来な」

 

「……」

 

 轟轟と冷風を吹き荒らすエアコンさん。オンオフできない以上、部屋の温度は少し肌寒いぐらいになってしまう。

 

 かといって、部屋の窓を開けて暖かい風を取り入れれば、それこそエアコンに負担をかけてとどめを刺すかもしれない。

 

 だから、だからこのままに

 

 

 

……言い訳、だよね。

 

 

 

「自覚はあるって顔だな」

 

「……心読まないで」

 

 

 互いに部屋着になって、昼食も終わって二時ごろ。

 

 することもない。あるのは外を歩き回った疲れ、そして満腹感。シャワーで体を綺麗にして、湯上りというコンディションもあって、眠さはひとしおだ。

 

 柔らかく包み込む、エダさんお布団

 

 

 

……もぞ、するる

 

 

 

「……悪く無いね、直に敷く布団も」

 

「はい……好き、です」

 

 

 

 綿の詰まったふんわり掛け布団

 

 旅館の宿で使うような代物、家を新築するにあたってアブレーゴさんがたくさん置いてくれた日本製の家財道具、適当なのか狙ったのか、こんなあったかお布団まであった。

 

 冷房をたくさん利かした部屋はちょっとした冬のお部屋だ。

 

 温まって、肌を寄り添わせて、それが心地よい

 

 

「……ッ」

 

 

 お腹に回る腕、背中に感じる暖かさと柔らかさ、エダさんを感じる。

 

 

 

「…………昼寝すっか」

 

 

「うん」

 

 

「顔、こっちに向けなくていいのか? 好きなんだろ、遠慮すんなよな」

 

 

「……」

 

 

 お言葉に甘えてしまった。

 

 寝返り、そして目の前の黒布を押し上げる大きすぎる膨らみ。ぽふんと顔を預けて、ゆっくり息をした。

 

 暖かい布団の中、少し熱いぐらいに熱を与えられる。

 

 

「寝ちまおう……寝て、そっから……そうだな、なにをしようか」

 

 

「……思いつかない」

 

 

「ぁ、ほわ、あぁ、ぁ……ぁぁ、ん……何でもいいさ、なんでも……コミックでもゲームでも、膝の上にお前さんを乗せられりゃ、あたしは満足さ」

 

 

 もぞり、と

 

 布団の中でエダさんの足が僕の上に覆いかぶさる。内に、内にと引き寄せられて、苦しいぐらいに胸の枕に顔が埋まる。

 

 息苦しい。どうにか息ができる様に顔を上に上げて、そして目が合った。和やかな目で僕を見るエダさん

 

 前髪を払い、額を撫でて、そっと

 

 

 

……ちゅ

 

 

 

「うっし……良い子だ、逃げんなよケイティ」

 

 

「…………ッ」

 

 

 面白おかしく僕を弄ぶ、そんな姉のスイッチが入ってしまった。

 

 布団の中で寄り添い合う互いの体、部屋は強めにエアコンの風が吹き荒れる。窓を開けて温度を上げる必要はなかった。

 

 もう、十分暖かい。

 

 

 

「あぁ、やば……抱き合ってるだけで、なんかこう、満たされる」

 

 

「ぬいぐるみですか、ぼく」

 

 

「かもしんね、だからほら……匂い嗅がせろ」

 

 

 頭に触れるエダさんの呼気、むず痒くて体にしびれが走った。

 

 

「……あたしと、同じシャンプーの匂い」

 

 

「うぅ」

 

 

「すぅ、はぁ……ぁ………………ぅ、はあぁ…………ケイティ、暖かい」

 

 

「……ッ」

 

 

 抵抗できずにされるがまま、エダさんの腕と足が僕の体を横から覆って、布団に縫い付けている。身動きできない、動けば余計に体と体が密着してしまう。

 

 顔に感じる素敵な柔らかさ、そしてエダさんの匂い。セクシーで甘い匂いが心を溶かす。

 

 

「……ぁ、はわ……ふゆぅ」

 

 

 眠たい、寝てしまいたい

 

 

「夢を見るならあたしの胸で見な……おやすみ、ケイティ」

 

 

 

 導入剤もいらない。たやすく意識は刈り取られて、体は闇に落ちていく。

 

 

 

 

「……——————」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 眠って、寝汗をかいたからまたお風呂に入って、エダさんと過ごすお休みの日はそんな感じにだらだらと過ぎていく。

 

 膝枕をされて、耳かきをされた。添い寝してお腹から腕を回して抱きしめられながら本を読んだりもした。

 ずっとくっつきながら一日をだらだらに過ごす。そんな日を送ると、悩みの相談も結局しないまま僕はエダさんを見送ってしまった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 部屋に一人、少し寂しくなった部屋を見渡す。

 

 壊されて作り直したこともあって、部屋の様相はあの頃とも違う。殺風景じゃないし、家財道具も整って内装も綺麗。

 あの人のいた痕跡は、今はもう箱の中にしまって物置部屋にだ。

 

 

「……師匠」

 

 

 

 エダさんが気にかけてくれた悩み、それはたいして悩みという程じゃない。カテゴライズすれば頭を悩ませる事柄ではあるけど、だからって人に相談するほどのことじゃあない。

 

……師匠の間違った冷やし中華、かき氷

 

 

 自分にある日本人としての自覚、それが他人から与えられたことで芽生えた自意識であることを、先日のロックさんとのやりとりで内心思い出した。

 

 それからだ。自分のことに意識を向けている内に、あの人についての考えがずっと頭をよぎる。

 

 

 ただ、これは僕の中に現れた、ほんの少しの寂しさの話だから。

 

 

 

 12歳、エダさんから言葉を学んで一年、僕は13になってからは夜のお仕事をしていた。

 

 

 暗い部屋で、光を見せられることもない。縛られて目隠しをされて、世話役の他人に体を清められた後は、その時々で違う相手に、嫌なことをされる。それを耐えて、また閉じ込める部屋に戻されるのを待つだけ

 

 そんな日々を送っていたのが僕の15歳までの記憶。三年間、僕は顔も知らない相手の慰み者になっていて、そんな日々に慣れてしまっていた頃

 

 あの人は、とっても乱暴な手段で僕の環境を変えてみせた。

 

 

 

 

 触れがたい、僕の忌まわしい三年間。そして、忘れられない一年間。

 

 

 

 

 人に語るには、どうも負担が重すぎる語りだ。やはり、話すのは憚れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~某所~

 

 

 

 

 同時刻、ロアナプラにてケイティがエダと休日を謳歌していた時のこと

 

 東南アジアのとある地域、戒厳令が敷かれた危険な場所に、その集団は拠点を構えていた。

 

 

 

 ガジュマルの木が織りなす迷宮が侵入を妨げる、樹上に建てられた集落と思われる家屋群は、その本来の持ち主達とは異なる者達が寝床に使っている。

 

 湿気の多い家屋は通気性を良くしている。故に虫が入り、そこから蚊を媒介にした病を感染をしてはたまらない。

 

 家屋の中、日本人の男が虫よけの煙を炊いていた。

 

「ライターはどこしまったかなっと……まあ、こいつでいいか」

 

 

 男は吸っているタバコの火を線香に押し付けて火をつけていた。市販の丸線香、ただし日本製のもの。

 

 

 

 

「……イブラハ、薬はどうだ。皆に回っていると良いが」

 

「安心しろ、同志達もこれで息を吹き返す。被害が増えれば行軍にも差し障るからな……お前が手配してくれた裏の商人のおかげだ。一応は」

 

「含みのある言い方だねぇイブラハ、何も問題は無かっただろ……俺の目を信じろって」

 

 

 気のいい中年の顔で、タケナカは同士イブラハの肩を叩いた。

 

 表面上は無害な人相であり、好印象な男だ。そんなタケナカの内実を知っているからか、それとも単に彼が短気だからか、おそらくは後者で背を背け窓際に移る。

 

 

 

「……あれはなんだ、あの輩の差し出したものか?」

 

 

「あぁ、たまたま持っているって話だから買い取った。俺のポケットマネーさ、日本の夏は線香の匂いが縁側からただよってくるもんさ」

 

 

「……俺から頼んだのは黄熱ワクチンだけだ」

 

 

「虫よけはあるに越したことは無いだろ。いいもんさ、日本製の蚊取り線香は、何より趣があっていい」

 

 

「…………そういう、そういうことを言っているんじゃあないッ。俺が指摘しているのは虫除けの香なんかじゃあなく、あれだ!あれについてだ!!」

 

 

 感情的になるイブラハ、すぐそばの椅子を蹴り倒す。

 

 

「俺が言いたいのは、ワクチンのことでも虫よけでもないッ……あれのことだ、なぜあれに好き勝手させているッ!何故兵士達に素性も知れぬ輩の飯を食わしている!!!」

 

 

 窓より、指さして示す先、そこには潜伏中でありながら賑やかに食事をする兵士たちの声が聞こえてくる。

 

 兵士たちが手に持つのはそれぞれ用意した飯盒やら水筒、中には壊れたヘルメットに防水フィルムを張り即席の器にしているものもいた。

 

 食しているのは、彼らの食文化には存在しない、それは遠く海を越えた極東の島国で発展して洗練された麺料理、つまるところラーメンだ。

 

 

 

「別にいいだろ、あれも俺からの差し入れだ……中々イケるだろ」

 

「食ってなどいない」

 

「食えばいいさ、お前さん達の口に合うように出来ている。あの料理人、良い腕してるぜ」

 

「……何者だ、あの輩はッ」

 

 

 頭を悩ませる。実際問題、蚊を媒介とした病のせいで行軍が止まってしまった中だ、タケナカが都市部より連れて生きた裏の商人、を自称する男は人数分の医薬品を提供しただけに飽き足らず、栄養失調で弱った兵士の為に食料の提供とさらに調理まで勝って出た。

 

 崇高な目的のために集まった、ここ理想の最前線にて、こうも平穏な空気が流れることに虫唾が走る想いにはなるが、彼の男は部隊に益になる行動しかとっていない。

 

 故に、タケナカを責めきれず、苛立ちをイスにぶつけるしかなかった

 

 

「おいおい、いい加減俺の目を信じてくれ」

 

 

「信じてはいるさ、お前はなタケナカ。だが腑に落ちん。あいつは何者だ!何か裏があって潜り込んできたとしか思えん!」

 

 

「だが、そんな証拠はない……。あいつは裏の商人、そしてお人好しなだけさ。単に、うまいものを食わしてくれている、それだけだ。なあイブラハ、そういう奴も世の中にはいるもんさ」

 

 

「……ッ、勝手にしていろ……俺は次の移動先に進んだ班と合流する。タケナカ、お前が責任をもって奴を処分しろ!」

 

 

 穏やかになる空気に耐え切れず、イブラハは足早に部屋を去っていく。

 水上の上に立つ幾つの物小屋、すぐ下に降りればボートがあり、イブラハがイラつきながら小舟に乗船した音はわかり過ぎるほどに響いてきた。

 

 エンジンの音としぶきの音が響いて遠ざかっていく。

 

 

「……たく、固い奴だよお前さんは」

 

 最後まで悪態を散らす同士に、タケナカは溜息と煙草の煙を同時に吐き散らした。

 

 

「さってと、俺は気にせずおかわりでも食うかな」

 

 

 腰掛けたイスを揺らし、タケナカは部屋を出て連絡路を行く。集合する家屋の中で一番大きなソレはもともと学校の教室らしく、今は兵士達の食堂となっている。

 

 久しく味わう文明的な食事、滋養を得られて消化の良い、そんな味に英気を養う兵士たちを見てタケナカは笑った。

 

 

「兵糧に金をかけるのは無駄じゃねえ。兵士は生き物だ……そのところを軽視する上官にはなりたくないもんだ」

 

 

 見渡す、簡易的に作られた厨房では今もなお料理に勤しむ人の姿がある。

 

 

 

『よう、大将……調子はどうだ?』

 

 

 

 久しく使う日本語で、暖簾をめくりながら入店する素振りする。

 

 

 

「あぁッ!?食いたいなら列に並べ!!」

 

「客は神さまだろ?」

 

「マルクス主義なら神を語るなバカタレ!……薄っぺらい神さまなんざに食わせるラーメンは無いねッ!!それよか座っとけ、客なら黙って冷水飲んでな!!」

 

「……お前、相手がテロリストってわかってんのかよ」

 

 

 言いながらも笑いを我慢できず、二人のフランクな日本語の会話は周囲に理解されることなく、穏便に流される。仮にもイスラム系の集団、神の存在を問う発言は如何に旨い飯を振る舞おうとタブーは避けられない。

 

 店主セリザワ、彼の人物の自由勝手気ままで奔放な性格に、タケナカは一層に好感を抱いた。

 

 

「食ったばっかだろうに、体に悪いぞ」

 

 

 毒を吐きながらも手際よく麺を茹で上げスープを注ぐ。すでに出来上がっているものを盛りつけるため手間はかからない。

 

 イスラム教徒の為に作られた豚骨風のラーメン。タケナカが手渡した飯盒の陽気に白濁したチキンスープが注がれる。

 スープは各種野菜と香辛料、鳥を骨ごと砕いてエキスを抽出しきったスープに野菜の甘みとうまみが溶け込んだどろどろのベジポタスープ。昆布とザラメと醤油で作ったシンプルなタレで味をまとめ上げ、仕上げに炙った鳥チャーシュー、薬味にはその辺で取ってきたネギ科の野菜のみじん切り

 

 

「……ありがたいねえ、豚骨スープなら文句なしだったが」

 

 

「文句言うな、近い味にはしている……冷めないうちに食いな」

 

 

「はいよ、ふぅ……ずる、ずるるるる!!」

 

 

 

 粋に麺をすすり食らう音、周りのフォークで食べる兵士たちは一瞬タケナカに視線を集めてしまう。そんなことは気にせず、タケナカは夢中でこのラーメンを胃に流し込む。

 

 かつて、東京で食した味とは違う。日本を脱して以来、遠く離れた故郷で発展していく濃厚な濁色のスープ。

 

 麺に絡むほど濃いスープはタケナカのリクエストだ。周りがあっさりや中間の味で楽しむ中タケナカはコッテリを好んだ。

 

 

「……一度だけ、博多の豚骨ラーメンを食ったことがある。匂いは慣れないが、アレもこんな感じでがっつり響く旨さだった」

 

 

「今の日本じゃ珍しくないがな」

 

 

「らしいな、もう随分と帰ってないから、俺は知らん……たく、なんで純粋な日本人じゃねえ大将に教えられてんだよ俺は」

 

 

「まったくだ、こっちはオタクなだけだぜ。しっかりしろよジャパニーズ」

 

「指名手配、の枕詞が抜けてるぜ」

 

「いいさ別に、その点はこっちも似たようなものだしな」

 

 

 

 日本語の会話でまた二人して笑う。

 

 出されたラーメンに、タケナカは満たされた気持ちになる。話は置いて、この味の分の礼をしなければ、そう思い至った。

 

 これによって、本来起こりえた歴史が、違った歯車と噛み合うことになるのだが、それを知りえる者はいない。 

 

 

「はぁ……旨いラーメンだ。礼をはずみたいが、あいにく形のある金は重荷になるから置いてきている。金以外でもよ、何か出来ることは無いか?イブラハはいろいろ言ってはいるが、身の安全は保証する。」

 

 

「このキャンプから逃がして、都合が悪くなるとか思わないのか?」

 

 

「どのみち移動はする予定だ。へまはしねえ」

 

 

「……なら、一つお礼を要求したい。といっても、アタシを解放する場所を指定したいだけなんだがな」

 

 

「ほう、タクシー代わりならお安いもんだ。好きな場所を言ってくれ。バカンスでプーケットか?それともラーメン求めて日本までか?」

 

 

 

 砕けた物言いで尋ねる。店主は、筋肉質で体躯の良い体で勢いよく麺の湯きりをしていた。

 

 その姿は雄々しく、だが隠しきれない丸みと曲線が絶妙な案配でマッチしている。

 

「なに見てんだ?」

 

「いやなに、別嬪さんに見惚れてただけさ。セクハラで訴えないでくれよ」

 

「安心しろ、法に頼るほどやわな鍛え方をアタシはしてねえ。昔は弟子を投げて肩を鍛えたもんだ」

 

「はぁ、そいつはひどい話だな」

 

「ガキなんざ叩きつけるぐらいでちょうどいいんだよ。あのガキは甘ったれだからな、今頃女の胸に抱かれて間抜けな顔してるだろうさ。てなわけで、タケナカの旦那には連れていって欲しいわけさ」 

 

「どこに?」

 

 

「ロアナプラだ」 

 

 

 頭に巻いたタオルを外す。女の頭には癖が強めの黒髪が生えていた。

 

 黒髪の短髪に、顔立ちは荒々しくも整った容姿。女兵士としても通用する見た目の、鍛えられた体に豊かな胸と尻を乗せて、彼女はタケナカのもとへ近づき握手を交わす。

 

 兵士であり男であるタケナカにも引かない、屈強な彼女の握手にタケナカも強めの握力で返す。

 

 彼女は悪そうな笑みを見せ、先の要求を続けて語る。

 

 

「盗んだ薬の代金、そんで飯代もまけていい。だから安全なエスコートを頼みたい。ひと悶着あってな、見つかると不味い連中もいるんだ」

 

「はぁ、そうまでしてロアナプラに行ってどうするつもりだ?さっき話した愛弟子に会いたさって、のは思えねえな」

 

「バカ野郎、弟子を愛してるから会いに行くんだ。ま、くだらないラーメン作ってたらケツ蹴り上げるがな、ぎゃははははッ!!」

 

 

 

次回に続く




 
今回はここまで、感想評価等貰えれば幸いです。モチベ上がって健康になれます。来年はインフルかかりたくない




【ミスター・セリザワ(♀️)】

 CVのイメージ、ご自由に


 ついに登場しました。ケイティの師匠、自称セリザワな謎のゴツい強キャラ女性です。
 見た目のイメージはヨルムンガンドのバルメの黒髪を癖っ毛にした感じ。中身は多作品の色んな暴虐武人なキャラをミックスさせてます。グリザイアの日下部麻子、男ならはじめの一歩の鷹村、色んなイメージを重ねて作りました。

 
 日系の外国人で傭兵経験あり。趣味料理全般、とある日本の料理コミックの影響でラーメンに没頭し名前も解明しました。一時期はスキンヘッドに眼鏡だったが、今は髪を伸ばしている。
 恋愛対象は性別問わず、基本理不尽で人の指図受けない。無駄に強いこともあり基本敵を作りまくる。




 と、ざっくり設定を保管。本編でも色々説明します。続きをお楽しみに


 本編エピソードだけどまた改変多くなるなぁ、しゃあない


 


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(70) 悪い娘ケイティ

久しく投稿、時系列的にはタケナカのお話が始まってます。一方その頃で、的な展開です


 

 

 

 

 開店まであと数時間、仕込みの準備で駆られる頃合いケイティは厨房で鍋の前で立つ。今日のラーメンに使うスープは比較的ベーシックな代物だ。

 

 

「そろそろ、良い感じかな」

 

 ぐつぐつと煮ているのは鶏ガラと豚骨のスープ、そしてそこに今カツオ節と煮干しを投入、そして火を緩める。

 

 動物系の食材は煮出すのに時間がかかるから昨夜の営業時間中から火入れして、味が落ちないように急速冷却して鍋ごと冷凍庫に収めていたものを、今こうして火にかけて沸騰させている。

 昨夜と今日でたっぷりと骨のうまみを引き出して、そこへ魚介系のうま味を足す。動物系の食材と違い、魚介系食材は味を出し切るのに時間はかからない。だから当日に仕込む際にスープへ入れるようにしているのだ。

 火を入れて小一時間も立てば、厨房はラーメンスープの良い匂いで充満していくだろう。

 

 ラーメン屋の香りというものは魚介の風味と肉の風味が混ざった匂いだ。この匂いこそが基本的な味わい、ベーシックなラーメンらしい風味がアイデアを巡らせる頭に活を入れてくる。

 

 

「あっさりか、こってりか……ふむ」

 

 

 シンプルにあっさり醤油ラーメンか、それとも濃厚な醤油ラーメンか

 

 ここから強く煮込めば濃厚なラーメン、背脂を浮かべて野菜炒めなんかも載せてガッツリな二郎風のタンメンにしてもいい。あっさりで仕上げるなら上品で複雑な香味油なんかを浮かべてみてもいいし、やれることはたくさんある。

 

 そろそろ今日のラーメンを決めてしまわないと。だけど、だけど決め切らないままこの時間まで来てしまった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 鍋に火をかけたまま、ケイティは厨房を離れた。向かった先は部屋の一角、固定電話を置いてある場所。

 

 厨房に目をかけながら、ケイティはまた電話をかけるのだ。これで、今日何回目になることやら

 

 

 

 

……ぷるぷるぷるぷる、つー、つーつー

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 

 

 通算五回目のコール。時間を空けてかけてみたが、一向に出る気配が無い。

 

 かける先は三合会の事務所だ。

 

 

「やっぱり、かからないなぁ……無理かな、もう」

 

 いったいどうしたものかとため息を吐いて、そして視線は大量にあるそれらに向けられる。

 いつも変わらぬ仕込みの作業中、ラーメンのアイデアを練っている僕は、そろそろこれらをどうするか考えなければならない。

 

 仕込みをしながら何度も電話をかけたりしたが、結局返答は無し。置き電からの折り返しもない。

 

 繋がらない。三合会の事務所に電話がつながらないのだ。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 今日のロアナプラ亭は少し問題を抱えているのだ。といっても、別に人死にがどうとかこうとか、激しい問題は起きる様子はない。

 

 ちょっとした、商品の誤発送が起きているのだ。

 

 

「どうしよう、せっかくいい食材なのに……悪くなっちゃうなぁ、勿体ない」

 

 

 冷蔵庫の中で大量に鎮座している、各種夏野菜の数々。

 

 青々しい大地の色合いをしていて、まだ朝露をその表面に残していて新鮮この上ない見た目をしている。

 本島にとっても美味しそうなお野菜だ。ドレッシングなんて要らない、丸かじりするだけで全身の毒気が消え去りさわやかな気分になれること間違いなし。

 

 それほどに良い野菜が、無駄にその鮮度をすり減らしている。ここには、野菜の新鮮さを補完できる繊細な保冷機械は無いし。出来ることと言えば雑に冷蔵庫に保管するだけ。

 普通の野菜ならそれだけでいいかもだけど、せっかくの夏野菜がその新鮮な味わいを台無しにしてしまう。刻一刻と、味を損ねていくのは料理人として中々に辛いものがある。

 

 そんな、とっても上質なお野菜が、箱いっぱいに届いたのだ。

 

 

「……勿体ないよね、いやほんと」

 

 

 中身を確認せずに受け取ってしまった僕も悪い。伝票を見れば新鮮野菜、都市部のレストランであろう宛先が書いてあったし、ミスなのは誰が見ても明らかだ。

 

「何度も電話したし、かからないから……うん、これは仕方ない。業者の連絡先はもってないし、うん……うんうん、やっぱり仕方ないよね」

 

 連絡を入れて返品すればいいんだろうけど、実はそう簡単に事は行かない。食材の業者と依然問題があってから僕は直接連絡を取らないようにしている、業者はあくまで三合会の依頼で商品を指定の場所に置くだけ。

 間違っても、またあの時みたいな、張さんと掃除やソーヤさんによる特性ミートローフは作らせてはいけない。

 

 とまあ、一応理由としてはそんなところ。とにかく、商品の搬送ミスという問題が起これば、それを解決するために三合会とお電話をしないといけないのに、ないのにだ。

 

 繋がらない。もしかして大変なことでも起きているのかも?

 

 

 

……朝から街も騒がしかったし、何かあったのかな?

 

 

 

 三合会の事務所に行ってみるかとも考えた。けど場所を知らないし、もし忙しい時に訪問すれば迷惑をかけるかも。

 

 そうこう悩んでいるうちに、仕込みの準備を急がないといけない時間にまでなってしまった。

 

 繋がらない電話、駄目になっていく良い食材。

 

 

 

 

 

「……ごくり」

 

 

 

 

 

 いよいよ、ケイティに悪魔がささやく。

 

 

 

 

「はあぁ、ラーメンを作らないといけないし、野菜を腐らせるのはもったいないし~(棒読み)」

 

 

 

 じろじろと野菜を入れた冷蔵庫を見る。

 

 

 

「あぁもう、本当に勿体ないなぁ(棒読み)……でも、勝手に使ったら駄目だよねぇ(棒読み)」

 

 

 ケイティ以外誰もいない店内で、いったい誰に向けての弁明なのか

 

 独り言は続く。

 

 

「うん、やっぱり良くないよ……新鮮なお野菜、お野菜たちの声が僕には聞こえる!美味しいうちに調理して欲しいって叫んでいる声が、料理人の僕には聞こえる、気がするッ(棒読み)

 

 

 勢いよく冷蔵庫を開く。

 

 ドンっと、料理場に置いた箱から各種野菜を取り出す。

 

 

「うんうん、仕方ないことだなぁ……こんなに美味しそうで新鮮な野菜、腐らせるぐらいならいっそラーメンの食材にしてしまっても、仕方のないことだよねー(超棒読み)」

 

 

 トマト、セロリ、アスパラ、ズッキーニ、ソラマメ

 

 軽快なリズムで適当なサイズに切っていく。そして取り出してしまったミキサーへ、放り込んではペーストに変えていく。

 

 濃厚な野菜のうま味、甘み、苦味、渋み、果肉も繊維もドロドロにしてスープの中へ投じていく。

 

 濃厚×野菜の濃厚。今日のラーメンはこってり野菜ラーメンだ。

 

 

「いやぁ!もう本当にこれは不慮の事故だなぁ!(棒読み&笑顔)」

 

 

 テンション爆上げ、日本産の生鮮食品、それもとびっきり新鮮な食材の数々。値段の高さから手が届かず諦めていたケイティはちょっとおかしい高テンションで調理に勤しんでいく。

 

 悪徳の都ロアナプラ、ケイティもまた欲望渦巻く街の空気に飲まれて悪事に手を出してしまったのだ。

 悪い子ケイティ、なんてイケない子なんだケイティ。

 

 知らずにやっているが、それら食材の本来の発送先は

 

 

 

 ホテルモスクワがフロント企業として経営している高級ホテルに配送予定の食材だったのだ。

 

 

 

 

「いやぁ、いいよね?……す、少しだけ……少しだけだから、うん……ちょっとぐらいならいいよね~!……お客さんに喜んでもらうためなんだし……アハハハハ」

 

 悪い子ケイティ、少しずつ調子に乗っていく。それは些事ではあるが悪事に手を染めた背徳感から来るのだろう。

 初めて手にしたパソコンでポルノサイトを検索して閲覧するような、そんな子供の無垢な背徳感。次第にそれは増長させ、ケイティの頭の中を有頂天に変えていく。

 

 

「い、いいよね……ふふ、ふふふふ……や、やっりぃ!……いやぁ、こんなラッキー乗らない手はないよね!きゃっほーい!!」

 

 厨房で左右にゆらゆらと、足踏みしてだらしない笑みを浮かべて、その場で陽気に小躍りしたり、小動物の兎が元気よく振る舞っている様な光景だ。

 

 

 そして、何を思い立ったか今度は厨房を飛び出した。ルンルンとした足取りで向かう先は部屋の固定電話の置き場所。

 

 電話の相手は大好きな姉のいる教会だ。

 

 

「ヨランダおばあちゃん、お久しぶりです……はい、えへへ……うん、また遊びにいきますね……え、新しい服、また女の子の服ですか?……もう、どうして……え、ゴディバのチョコ?……いいの、やった!……行きます行きます!!」

 

 

 出た相手は暴力協会の顔役、シスターヨランダである。ここ最近、エダと一緒にいる時間が増えたからか、教会に訪れるやヨランダと話をしたり趣味の相手にされたりと交流が増えた。その結果、ヨランダおばあちゃんという、なんとも耳を疑う言葉が飛び交っている。

 

 

「はい、はいはい……わかりました、じゃあそれはまた今度に……あ、切らないで、エダさんに取り次いでくれませんか?……うん、ありがとうおばあちゃん……えへへ、ヨランダおばあちゃんとっても優しいから大好きですよ……もう、お世辞じゃないよ……うん、また遊びに行くね」

 

 すっかり呼び方が定着してしまった。おばあちゃんと呼ばれた眼帯の老婆は優しく言葉をかける。

 

 電話越しとはいえなんとも危険な会話をしているが、これが全く問題にならないのだから不思議なことだ。だがケイティだから、ケイティなら仕方ない事。

 

 このロアナプラで彼女にフランクな接し方、それもおばあちゃんだのと呼んでいいのは後にも先にもケイティだけである。ケイティだから仕方ない、大抵の驚きはこれで説明できてしまう。

 

 

「あ、もしもしエダさん、すみません急に電話して……あ、いえ……そんなに大変なことじゃなくて、ちょっとしたお誘いです」

 

 

 通話先の声は急になんだと呆れている模様、しかし楽し気に語るケイティに憎み切れない感じで佳巌始める。

 

「今日の夕食にラーメンはいかがですか?……ん、はいはい……実はとってもラッキーなことがありまして……ん?」

 

 

 少し声色を下げて、エダは率直に問うてきた。

 

 

「何ですか変な予感って……もう、何もありませんって……あはは、ちょっと浮かれてるからって変な前触れを疑わないでください。何も起きませんよ、僕は美味しいラーメンを作っただけです」

 

 

 この時点で色々と突っ込んでおけば、後の結末は変わっていたかもしれない。

 

 

「美味しくてヘルシーなラーメン、エダさんが好きそうなラーメン作りましたから、是非来てください……じゃあ、また夜に」

 

 

 

 

 

 丁寧に、そう丁寧にフラグを踏んでいくケイティであった。

 

 

 

 

 

次回に続く

 




次回飯テロ予定。といってもヘルシーラーメンなのであまりかもですが




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(71) 悪い娘ケイティの特性こってり野菜ラーメン

新人賞作品も落ち着いたので色々と執筆再会、久々の投稿なのでちょっと短め

でも飯テロにはいい具合の出来かと思われ。夜中に届け、ラーメン食いたい欲求無差別乱射


 

 

 野菜というのは強烈な食材だ。油脂のコクに頼らずとも甘味酸味苦味渋み、奥行きある複雑な味わいを料理にもたらす。

 肉と魚を引き立てる優秀な食材だ。豚骨ラーメンにも香味野菜を入れるし、中には野菜の出汁で旨さの構造を複雑にするやり方もある。

 

 けど、本当に良い野菜が手に入ったなら、そんな使い方はもったいない。

 

 濃厚な旨さと鮮烈さを持った野菜なら、出汁だけに飽き足らず丸ごとすべて食べさせなきゃ勿体ない。

 

 濁った動物系のスープにだって負けない。野菜を丸ごと磨り潰して繊維も果肉も全部食らわせる。

 

 濃厚な味なのに後味すっきり、食事満足度も高い。

 

 そんな野菜ラーメンを作りたかった。今日僕はなんて運が良い、本当にラッキーガールじゃないラッキーボーイだ……うん、ボーイだ。絶対にボーイのはずだ

 

 

 

 ロアナプラ亭、今日のラーメンは濃厚濁々なあっさり醤油味。矛盾していないよ、野菜こってりラーメンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう、くそったれがよぉ……俺の酒場を何だと思ってんだこの街の奴らはぁ」

 

 

「バオさん、泣かないでください……せっかくのスープが薄まります」

 

 

「……ちくしょう、染みやがる。健康的で旨いぜくそったれがぁ」

 

 

 

 今日も今日とて店を壊されてやけ酒、そして締めのラーメンを泣きながらすするバオさんを見る。この人、いつも負のオーラ全開でラーメン食べてる。

 

 

 

「いっそ張り紙で武器の持ち込みを禁止すれば、とか」

 

「ロックさん、そんなことすれば銃弾乱痴気パーティーが連日大騒ぎです」

 

「……だね、すぐ想像できた」

 

 

 カウンターで麺をすする姿が実に良く似合う。ホワイトカラーの姿で、濃厚なスープで白を汚さないか心配になってしまう。

 

 それにしても、今日はいろんな顔見知りが足を運んでくれた。今だって、この二人もだ

 

 野菜ラーメンは思いのほか口コミを呼んだ。皆、ジャンクなものばかり食べてると頭の血管が飛ぶのが怖いのかもしれない。

 

 野菜補給という名の塩分過多供給をしに、今日もロアナプラ亭は大賑わいだ。

 

 ちなみに、アメリカン女性なくせにあっさり健康志向な味がお好きなエダさんも味に満足してくれた。ヨランダおばあちゃんは辛さマシマシにして三杯も食べて帰って行った。相変わらずかっこいいおばあちゃんだ

 

 あとは、店のお姉さんたち。知り合いの商人。

 

 殺し屋、ごろつき、常連客も足しげく通った。

 

 そして、今はもう二人だけ。バオさんが泣きながらラーメンをすすって、ロックさんと僕はおしゃべりしている。

 

 年上の、それも日本人のお兄さんだから、なんだか話をしていて落ち着くんだよね。

 

 ただ、妙に僕のことを丁寧に扱い過ぎているきらいがあるから、そこだけは引っかかる。

 

 そういえば、この前買い出しに行く際に荷物を持ってくれたり、足場悪くて躓いたら率先してかばってくれたり。

 

 妙に紳士だった。僕、そんなに弱っちいように見えているのかな?まあ華奢だし、否定できないけど。

 

 

 

 

「くそが、ケイティお前さんが羨ましいぜ……ひっく、俺の店にもケツモチはいるはずなんだがなぁ……なんだよ、酒場が壊れるのは日常茶飯事ってか?」

 

「ひどく壊れるといえばイエローフラッグ、ですね……ロックさん、替え玉はいりますか?」

 

「あぁ、もらうとするよ……今日は酒を入れてないから食事の気分だ」

 

「くそたれがぁよぉ……酒代もバカになんねぇのに」

 

「はい、替え玉どうぞ……バオさんは強く生きてくださいをどうぞ」

 

 

 今日も今日とていつもの深夜営業だ。

 

 それにしても、冷蔵庫に収めた野菜。誤発注で送り返すこともできないあの新鮮な野菜たち、そのほとんどが消えてしまった。

 

 流石にまずいかな?

 

 

 まあでも、今日は売り上げもいいし、最悪お金返せば、うん、張さんも許してくれるはず。

 

 

 

 

 

 

    ×     ×     ×

 

 

 

 

「ご来店ありがとうございました。またのお越しを」

 

 

 

 

 時刻はAM1:23

 

 閉店まではまだ早い。けど、もうスープが残っていない。出せて、何とか一杯程度。

 

 冷蔵庫に残る野菜も少ない。

 

 

 

……これぐらいなら、明日のまかないにカレーライスでも作ろうかな

 

  

 

 ラーメンスープをベースに煮込み料理を作ると結構おいしい。ポトフだったりおでんだったり、カレーなんかもありありだ。

 日本食をエダさんに振る舞う。普段ラーメンばかり作るけど、基本料理は全般好き。

 

 エダさんに喜んで欲しい。そんな思いから昼食や昼食を振る舞うそんな日々。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 時たまに思う。エダさんは大好きだ、いじわるで優しい、本当のお姉ちゃんみたいな、そんな人

 

 全幅の信頼を預ける相手、このロアナプラにて、僕の過去の恥部を明かしている数少ない異性。

 

 でも、最近の僕は少し、甘え過ぎだ。我ながら自覚がある。必要以上に、構ってもらえるために行動している自分がいる。

 

 エダさんからくるけど、結局迎えられる準備をしているのは僕の方だ。

 

 そして、そうなる理由は単純明快

 

 

 

 

 

 寂しい、から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ガララ

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、センチに浸っている傍から

 

 

 

 

 

 

 

「い、いらっしゃいませ……って、てて……どうして、連絡」

 

 

 

「……あら、予約がないと入れないのかしら?」

 

 

 

 来てしまった。見間違いではなく、幻でもなく

 

 

 

 久しぶりの、肉眼で見るバラライカさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「——————……ッ」

 

 

 

 

 

 

 バラライカさん、母の如く僕に接して、甘く暖かく包み込んでくれる、とてもうれしいお姉さん。

 

 だけど、あの夜以降からは、すっと温度が冷めて距離を置かれていた。なのに、なのに今

 

 

 

 

 

 

「ばら、バラライカさん……えっと、あぁ……いらっしゃいませ、今用意しますね」

 

 

 

 

 

 店じまいを取り消し、すぐに冷蔵庫から鍋を取り出し、火にかけて暖めなおす。

 

 

 うん、おもうことはいっぱいありすぎる、けど

 

 

 店に来た以上、することはただ一つ、だ。

 

 

「……」

 

 

 珍しく、カウンターに座った。二回の個室ではなく、すぐ目の前に

 

 よくよく見ると、妙に落ち着きがある。それと、自分の鼻は人一倍においに敏感だから、わかってしまう。

 

 

 

 

……匂い

 

 

 

 

……葉巻と、香水

 

 

 

 

 苦くて甘い、大人の色気の匂い。だけど、今はただただ匂いが焦げている。火薬の匂いが、甘さを消している。

 

 だから、いつもなら傍で眺めるだけで体の力が抜けて心が落ち着いてしまうのに、今だけは、妙だ。

 

 身構えている僕がここにいる。

 

 

「あの……バラライカさん」

 

 

 なにか、ありましたか

 

 そんな疑問符を並べる前に、先んじて

 

 

 

「……構わないわ、作りなさい」

 

 

 

「は、はい……————————」

 

 

 

 優しく、ともとれる。低く、そして震えの少ない平坦な言葉。

 

 苛立ち、葉巻を吸いつくすわけでもない。艶やかに優美に、僕を見て微笑む魅力ある女性として振る舞う様子もない。

 

 ただ、そこにバラライカさんが居座っている。

 

 お客として、最低限の振る舞い以外決して見せないように

 

 

 力を込めて、自分を律しているように

 

 

 

……いや、考えちゃ駄目だ

 

 

 

 

…………約束、満足させる一杯を作る

 

 

 

 

 

 今出来ることに集中しよう。僕は、温めたスープに仕上げの行程を加える。

 

 野菜をミキサーで潰して、それらを煮干し鶏ガラ豚骨カツオ節、ベーシックなラーメンスープに溶け合わせてひと煮立ち。そんな単純で力強い作り方のラーメンを、今から作るのだ。

 

 

 

……シンプル、だけど気を付けないといけないのは、野菜の火加減

 

 

 

 過剰に熱して土の風味を壊さないように。とくに、野菜は熱を加えると味わいが甘味に突出するからその点は注意しなければならない。

 

 だからこそ用意する鍋は二つ。

 

 ズッキーニ、アスパラ、ピーマン、悪の強い出汁は動物系スープで強く煮立たせる。油脂のコクと苦みを調和

 もう一方で、魚介の出汁は煮立たせ過ぎず、そこへソラマメ、インゲン、皮を剥いたナスとトマト。フレッシュな甘みと酸味を飛ばさないように軽く煮立たせる。

 

 野菜は固かったり色合いを損ねるモノは下処理、それ以外は可能な限り丸ごと投入。ミキサーで磨り潰して、繊維も果肉も全てスープに煮溶かして創り上げる。

 

 そうしてできた温度差のある二種の野菜スープ、魚介と動物、ダブルスープが出来上がればすぐに仕上げだ。

 

 たまり醤油をベースにまろやかでコクのある醤油ダレをドンブリに注ぐ。そこへ熱々の動物系スープ、その上から被せるように魚介。

 

 最初に香り立つは新鮮な野菜の風味と魚介の香ばしさが混じった風味。食べ進めていく内により癖のある野菜の風味と鶏ガラ豚骨のコクが合わさっていく。

 

 食べ進めるたびに、複雑さが増していく。強烈で鮮烈な旨さを持つ野菜があってこそ、このラーメンは成立するのだ。

 

 

 

 

「……よし、出来ました。どうぞです、バラライカさん」

 

 

 

 

 具はチャーシュ二枚、そこへ薬味にネギと、ミョウガを置く。

 

 具も野菜ラーメンらしく仕上げている。メンマに変わる触感の良い具材に茹でたアスパラと炙って熱したパプリカの細切りを添える。

 

 バラライカさん好み、あっさりしつつも奥行きのある、ボルシチの濃厚な味わいにも負けない味わい。立体感ある味の構成。そして旨さの柱にトマトを際立たせている。

 醤油ダレにはドライトマトを採用した。三ツ星淡麗塩ラーメンと同じようにだ。

 

 

……さあ、どうなる

 

 

 奇しくも、今日食べさせられるラーメンはバラライカさんの舌に合いやすい条件だ。

 

 

 だから、きっと満足してもらえる。

 

 

 そう願って、固唾を飲み実食する姿を注視する。

 

 

 

 

…………ずるるる

 

 

 

 

 きっと満足してもらえる、そう思う以外他にない。

 

 そして、これまでの経験からして、きっと満足してもらえると心の底では確証に近い安心感もある、あっていいはずなのに、だ。

 

 なんだか、妙だ

 

 

 

 

「…………あぁ、美味しい味ね。とても新鮮な野菜の風味、うま味」

 

 

 

……ずるるる

 

 

 

「混ざり合ってより複雑になるスープ、たまらないわね……ほんと、あなたの料理は格別……褒めてあげたいわ」

 

 

 

 

「え、やった……えへへ~」

 

 

 

 

「これが盗んだ食材じゃなければね」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁寧に

 

 フラグ踏み抜く

 

 僕のバカ

 

 

 byケイティ

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 




今回はここまで、野菜ラーメン作って有頂天ケイティは即落ち2話。無事撃沈です

次の回でバラライカの姐御がどうしちゃうのか、お楽しみに



感想・評価等貰えると幸い。モチベ上がって執筆の励みになります。あとケイティが逆セクハラされる因果律も上昇します。


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(72) 不器用者のシャルウィーダンス

望んだ展開ではないかもです。悪しからず


 

 

 

 

 ホテルモスクワのフロント企業、タイの富裕層が住まうハイエンドなリゾート区に築かれたホテルの数々、そこへ卸すための食材の一部が誤配送されてしまった。

 

 誰かの思惑があるわけでもなく、たんに、ほんの少し帳面に書く数字やら小文字が汚いせいで読み違えてしまった。

 アルファベットの小文字のdがαに読まれてしまった、その程度の偶発的な事象。

 

 ただ、それでもあの子の店に流れつき。

 

 そして、その食材が無断で使われてしまったことが報告に上がれば、足を運ばざるを得ない。

 

 ここ、ロアナプラにおけるバラライカという人間と、ケイティの結んだ契約上、行わなくてはならないこと

 

 

 

 私が、あの子に顔を見せることを避けると決めた。なのに、結局こうして顔を見に来てしまった。

 

 

 

 荒くれ者の慣例、そんなものを建前に、結局抗えず顔を見せに来てしまった。

 

 

 

 柔らかくなった魂の強度に嘆く。随分と、余分なものを背負うことに慣れてしまっていたみたいだ。

 

 

 

 離れている期間が多くなれば、それは如実にわかる、わかりすぎて、渇きが喉を障らせる。

 

 

 

 

…………ケイティ

 

 

 

 

 

    ×     ×     ×

 

 

 

 

 

 誤配送だった。そして、それがホテルモスクワの運営する系列のホテルに納品予定の物だと聞かされた。

 

 聞けば聞くほど、うん、僕は普通に良くないことをしてしまった。

 

 この街の悪に染まって来たななんて、子供みたい浮かれていた自分が情けないし恥ずかしい。

 

 というか、普通に犯罪だ。うん、それこそ今更な概念だけど

 

 

 

「……ケイティ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 身構える、僕は今厨房から出て、カウンターの椅子を反転させて座るバラライカさんの前で正座中だ。

 

 僕は悪いことをしました。そんな紙を首からぶら下げて、絶賛お叱りを受けている。

 

 ケツモチ関係であるマフィア様に対して、こんなことをすれば首が飛んでもおかしくない。法外な賠償を吹っ掛けられても文句は言えない。

 

 言われていることは、全部正しい。

 

 正しいけど、でも、それこそ今更だ

 

 

 なぜ、バラライカさんがそんなことを僕に言うのか

 

 

 

 それが、謎だ

 

 

 

 

……悪いことをしたのはわかる。だけど、いつもなら

 

 

 

 

 

 遡る記憶

 

 アブレーゴさんに連れられて、ホテルのラウンジで夜飲みをした際は

 

 

 

 

『……これ、恥ずかしすぎて死んじゃうッ』

 

 

 

 裸で宙づり、その状態でいっぱい、色々と、うん

 

 

 

『ケイティ、返事はワンよ』

 

 

『ワン、ワンワンッ(許してください、お願いしますッ)』

 

 

『適応が早いわね、いいわ……いい子よ、痣を残すのは止めてあげるわね』

 

 

『キャウゥンンッ!?!?』

 

 

 

 敏感な場所に、そっと指先と、後色々と、気持ちよくて死にそうになるのに、意識を消すことも許されない、そんな特別なマッサージをされた。

 

 犬になったり猫になったり兎になったり

 

 散々な目に合わされてきた。

 

 だから、今回もそのはず、その系統のはずだと思いたい。だけど

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 謝罪、その一言

 

 それだけで、バラライカさん

 

 あなたは、僕の頬を、そっと撫でた。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 包み込む両の手、誘うように僕を立ち上がらせて、顔の位置があなたの胸にとどく。

 

 平坦な感情、機微すら起こさない鉄皮の面で、僕一瞥。それだけだ、それだけをして、そっと優しく

 

 いや、無機質に頭を撫でてくれた。

 

 

「これに懲りたら、もう気を付けなさい」

 

 

「……ぇ」

 

 

 

 お仕置き、バラライカさんが僕に行う、愛玩動物とのふれあいの様なひと時。

 

 痛いことは無い。あるのは、しつけ程度の刺激。そして、与えすぎるほどの甘い体験。

 

 らしくない、味気なさすぎる。

 

 

「バラライカさん……」

 

 

 

 やはり、律している。

 

 理由も聞かさず、ただ一方的にエダさんに託して、それから連絡を怠ったまま。

 

 不自然なぐらいに、バラライカさんは凪の心で迫っている。

 

 

 

 触れられる距離だ。今すぐ抱きしめることができる距離

 

 

 

 

 なのに、遠い。遠く突き放す貴方が、今飛び込む僕を受け止めてくれるか、自信を持てない。

 

 

 

「連絡はできたはずよ、今後同じことは無いようにしなさい」

 

「……はい」

 

「キリル文字を読めなんて無茶難題は言わないわ。けど、伝票のロシア語を見て…………ホテルモスクワの事務所に一報を入れるぐらいは、するべきだった。今度からは、そうしなさい」

 

「…………」

 

 無機質な会話、途切れさせて、バラライカさんは僕の隣に一歩を踏み出した。

 

 通り抜ける。去ろうとしている。

 

 卓上には百ドル札が一枚置かれていた。

 

 

 

「……あ、あの」

 

 

 

 追った。玄関口の扉に手をかけた、バラライカさんの後ろ姿を、その服を掴んだ。

 

 払い過ぎたお金、それを返す。それだけの言葉を言う為に、何もかも衝動的に動いてしまった。建前だと、踏み出した数歩目で気づきながら、止めなかった。

 

 この勢いが必要だから

 

 

 

「…………寂しい、です」

 

 

 

「!」

 

 

 

 間違えた。故意に間違えて、本音を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロベルタさんの事件、あの件は完全に僕の危うさが起爆剤になって、終始かき回した事件だ。というかやらかし案件だ

 

 巻き込まれてしまっただけに飽き足らず、能動的に動いてマフィア間の争いの中心に降り立ったりもした。アブレーゴさんを助けるために、勝手に単身乗り込んで、庇護から離れたりして、心労をかけたことはひどく反省している。

 

 僕は街のしがない料理人でしかないのに、踏み込む必要のない危険地に踏み込んでしまった。

 

 怒りを受けるのは、もっともだ。

 

 バラライカさんの言わんとすること、関係をフラットにして以前よりも平坦な距離を置いた理由も理解している。僕だって馬鹿じゃない。

 想う故に、遠ざけたことは、間違っていない。それを否定すれば、バラライカさんの優しさを否定してしまうから。

 

 僕を守ってくれるからこそ、バラライカさんは手元に置かないようにした。行動を諫めた。

 

 それを、どうして否定できようか

 

 

 

……寂しい

 

 

 

 きっと正しい。現実問題、バラライカさんが足を運ばなくなって、ただその力の影響だけを誇示するようになってからだ、僕の周りで起きるトラブルは幾分か減った。

 

 バラライカさんの力の影響は何も言い風に働くわけじゃないし、深く繋がりを知れ渡らせることで僕をバラライカさんの急所と見て狙う人もいた。だから、これは間違っていない。

 

 敵を作りやすいバラライカさんが、過度に僕と接触しないことに、意味はある。理解しろと言われて、納得せざるを得ない正論がそこにはあるのだ。

 

 だから、僕は

 

 

 

…………寂しい

 

 

 

 

 求めてはいけない。頭では理解しているから、だけど……「……バカ妹、おいッ」

 

 

 

 

 

――――ザバァアアアンッ!!?!?

 

 

「のぼせてんじゃねえかおいおいおいッ!?ローマ人じゃねえんだ、長風呂のし過ぎだバカタレ!!」

 

 

 

 

「……————ぇ」

 

 

 たくさんの言葉で渦巻く思考の中、急に戻った手足の感覚についていかない。

 

 裸の僕に水をかけて、タオルで包んで甲斐甲斐しく世話をしてくれているのは、エダさんだ。

 

 裸のエダさんだ。また、貰い湯でもしにきたのだろう。

 

 

 

 合鍵、渡したんだ。

 

 

 

 バラライカさんにも渡したけど、結局使ってくれていない。

 

 

「重症が、このマザコン野郎。どうせならシスコンにしておけっての」

 

 

「……」

 

 

「漏れてんだよ、思った言葉全部……壊れたジュークなんざ現実で見たくねえよ。チャッキーよりおっかねえ」

 

「……ごめん、おねえ、ちゃん」

 

「いいっての」

 

 

……ぐし、くしゃくしゃ

 

 

 

「……」

 

 

 

 乱暴な手つきで、ふわふわのバスタオルで僕をもみくちゃにする。

 

 濡れた髪を拭いて、全身を拭いて回る。裸なのに、今は恥ずかしくない。

 

 寂しい心に、親しむお姉ちゃんの乱暴さが、今は良いと感じる。

 

 

「……ッ」

 

 ずるいとは、わかっている。

 

 今の僕は、すぐエダさんに頼って、泣いて、慰めてもらいたがっている。

 

 ずるい、本当にずるい男だ。

 

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

 

 長く、お風呂で考え事をしていた。熱くして、アツアツのお湯につかって、そうやって切ない子ことを無理やり暖めようとしたから、我ながらバカなことをした。

 

 面倒をかけて申し訳ない。

 

 エダさんは、いつもいつもそばで支えてくれているのに。

 

 

「……手を焼かせるな、うじうじすんならアタシのバストでやりな」

 

 

「————……ッ」

 

 

「いいさ、都合が良くて……なあケイティ、お前は乾いてんだよ。だから、遠慮なんかしなくていい……今いない奴の分まで、アタシに求めとけ」

 

 

「……エダ、おねえちゃ、ん」

 

 

「だから、あの火傷顔が正気になったらでいいさ……気が済むまで離れて、どうせまたくっつくだろうによぉ。ケイティ、お前さん本気でこのままだと思ってんのか?」

 

 

「?」

 

 

「あの過保護女がいつまで我慢できると思ってんだ。ダイエットコーク片手に通販番組に嚙り付くデカ尻のワイフみたいなもんだよ……すぐかなぐり捨てて砂糖漬けになる」

 

 

「……言い方、悪い」

 

 

「知るか、心配かけさせる方が悪い。だから、さ……なあ、ケイティ……ケイティ…………ほら……なあ、ほら……………ケイティ」

 

「……————」

 

 

 頭の上に置かれた顎、顔は、全部柔らかいものに受け止められている。

 

 

「こうなるさ、デカいバストに埋もれてクークーしてらぁ……ケイティ、今だけだよ。あの女の胸でむせび泣く、そん時を楽しみにすりゃあいい。利子付けて取り立てんだ……思う存分絞ってやりな」

 

 

「……————はい」

 

 

 

 熱が抜けていく。

 

けど、抜ける傍から人肌の熱が注がれる。

 

時刻は、まだまだ夜の刻。朝を迎えるまで、迎えてもお腹が空いて寝ていられなくなるまで

 

 

「甘えてろ……マイ・スウィーティ」

 

 

「——————」

 

 

一緒の布団で、一緒に添い寝

 

 包まれるやさしさの中で、ずるい僕はバラライカさんに会いたい思いを募らせる。

 

 ずるいぼくと知って、優しく迎えるエダさんの優しさに甘えて、心地よい快眠を得た。

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、煽った僕も悪いですがこれが現状です。

ミス・バラライカとケイティ、二人が以前の熱を取り戻すまで、あともう少し




次回、また飯テロ予定。創作系の変わったラーメン提供します。



感想・評価などあれば幸い。モチベ上がって執筆の励みになります。


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(73) 具沢山タンメン

久しぶりの投稿、深夜飯テロは楽しいぞい。


 

 

 知らぬ間に、どうやらロアナプラで乱痴気騒ぎがあったとか

 

 

 

「うわぁ、ひどいものですね」

 

 

 

 訪れた先は三合会の事務所があった場所。今も立て直し中で、土建の作業員がせわしなく働いている中、僕は昼食の差し入れに馳せ参じた。

 

 今日は、というかここ連日僕は張さんに呼ばれ続きだ。フードトラックを借りてランチを売る。僕は車も運転できるのだ。まあ、免許はないけども

 

 

「おい、俺が先だろ!」

 

「うるせえ、手前より俺の方が働いてるだろうがッ」

 

 行列が出来ている。おかわり自由ということにしたのがまずかったかも、とにかくたくさんのいい大人がお腹を空かして麺を食らっている。ちょっと壮観で、気分はいい。

 

 

 

「……お客さん、量はありますから……いい子にしないと怖い人に食べられますよ!これ、比喩じゃないですからね!!」

 

 忠告むなしく怖いお兄さんの銃声が響く、鴨撃ちの鴨になってローストされたいならガーガー叫べ、ほら鳴いてみろ、血抜きついでにハートを射抜いてやる。

 

 張さんの時の声というか銃声でみんな大人しく列に戻った。作業着なのに皆囚人のように見えてしまった。綺麗な列だった。

 

 

 

 ま、でも列を守れないぐらいには、今日もラーメンの味は好調らしい。

 出張ロアナプラ亭、今日の味は塩ラーメンスープをベースにした具沢山のタンメンである。

 

 

 炎天下の中、働き詰める人達に提供するラーメンは食べ応え抜群で、栄養もとれて且つ消化吸収の早い麺料理がちょうどいい。

 塩スープは旨味を引き出しながらあっさりしつつも力強い味わいの、軍鶏のガラで取ったスープを使用している。

 濁らせないでじっくり出した旨味が今日のポイントだ。

 

 髄から出る脂に気を付けて、浮き出る脂も取りながらじっくり旨味を出す。

 昼間の熱いロアナプラで食べるのだから、過剰に油分と塩分のキツい物は胃が受け付けない。パイタンスープにしても美味しいけど、ランチという点を考慮してあっさりにしたわけだ。

 まあ、熱い土地関係なくそういう食事をする人もいるけど、せっかく張さんの事務所を工事するのだから良いしごとをしてもらわないとだ。作業中に頭の血管がプツンは笑えない。 

 

 

 まあ、そんなわけでスープはあっさり軍鶏のガラのみ。しかし、具となる野菜炒めは白菜ネギクウシンサイニンニクの芽キクラゲ豚肉カマボコ、たくさんどころだ。

 軍鶏の脂で炒めた具にオイスターソース紹興酒塩であっさりめに味付け。

 

 濃すぎない程度に、あくまでもラーメンの塩味を薄めない程度の味付け。

 

 そして、出来立ての具を汁ごとラーメンに乗せて、完成。

 

 スープはあっさりしているけど、軍鶏を使ったから芯の強い旨味がある。

 

 そこに野菜の甘味、肉のコク、中華風のエッセンスが加われば複雑に織り混ざり良い味に仕上がる。

 

 

 見た目は量たっぷりで体に悪そうだけど、食べれば野菜と肉も程よく取れてカロリーも少なめ、塩分も調整しているから健康的な仕上がりだ。 

 

 足りない塩分はうま味や風味で補えば物足りなさは感じさせなくて済む。

 

 

 実に健康的で、食べ答えのある逸品だ。

 

 

 

「完食、皆良い食べっぷり」

 

 

 帰ってくるどんぶりはどれも空っぽ。皆スープも飲み干している。

 

 使い捨てのどんぶりをビニール袋に詰め込む。あとで集計して売り上げを確認しないといけないからだ。そうこうしているとまたオーダーが来て、麺湯で、野菜炒め、作って出して作って出して、決まった作業といえど大変だ。中華鍋を振るうのは腰にクる。

 

 ワンオペ作業だ。車の中をああ忙しい忙しい、というか作業員以外にも客がちらほらと。

 

 ここは作業場と道路の境目にあるわけで、なんだか普通に客の導線が外に繋がっている。

 

 いいのか?一応ここマフィアの敷地なのに?

 

 

 

「張さん、いいんですか?変な人が紛れても知りませんよ」

 

「すまんがそれは出来ん相談だ」

 

 

 トラックにもたれて、しれっとラーメンを食べている気配

 

 体を乗り出して覗いてみると、伊達男さんがやけに似合った箸使いでラーメンをズルズル。

 

 

「こそこそ隠れる趣味はない」

 

「だからって」

 

「町で人気のラーメン屋を独占してる風に思われるのは面白くない。悪いが、三合会が良い顔を見せる手伝いをしてくれ」

 

「それで無償の炊き出しですか?」

 

「金は払う、お前は損しない」

 

「……なんか、回りくどい」

 

 

 言葉にはしないが、つまりはアピールをしたいのだろう。

 

 張さんはロアナプラの外でちょっとしたドンパチをしていたらしく、そのせいで事務所は吹き飛び今こうして工事の真っ最中。

 

 何がどう転んだかは僕ら含め市民には知らぬところだが、結果的に三合会は敵を出し抜き意を示した。そういうことにしたいらしい。

 

 事務所が吹き飛んだことも大したことないって、懐は傷ついてないし呑気に町の住人にただ飯を食らわしているぐらいだから問題ないのだろうって、思わせたいのだ。

 

 現実、見せつけなくても別に余裕はあるのだけど、わざわざ見せつけないとイケないのはマフィア故か。

 

 余裕を見せたい。見せて当然、そういう、つまりは面子の問題なのだろう。

 

 まあ、張さんのもとの性格から、というのもありそうだけど

 

 

 ラーメンを食べてくれる、お金を払ってくれる、こっちには損はないから問題はないんだけど。

 

 

 

 特に思うところは無い。こちらとしても、料理に専念できるのはちょうどいい。

 

 最近は、プライベートで思い悩むことばかりだから、料理に専念したい。

 

 目まぐるしい忙しさがありがたい。

 

 

 

……ズルルルッ

 

 

「旨いな、いやはや絶品だ」

 

 本当に、ラーメンを食う様が絵になる人だ。

 

「うまいな、スープが実にうまい。玄妙且つ奥深い」

 

「それはどうも」

 

 

 褒められると悪い気がしないから困る。困る、困る

 

 張さんはタンメンを完食して、今はおかわりの二杯目 

 

 

「大変なことがあったのに、呑気にたべられるものですよね」

 

「からかうなキューティ、神経の図太さでお前の上は行けんさ。ま、酷い目にあったのは確かだがな」

 

 

「張さん、お怪我はないですか?」

 

 

「一張羅に素敵なパッチワークを施しちまったよ。仕立て屋に頼まなきゃならねえ、事務所に弾台にと、金は溶けるばかりだ」

 

 

「懐は火傷まみれということですか。じゃあなんでランチ振る舞ってるんですか、って話になりますよ」

 

 

「ねぎらいは必要経費だ。というわけで、だ。替え玉をくれ」

 

 

「……了解です」

 

 

 気軽な口調で、けれどもこびりつく硝煙の匂いはまだまだ新しい。

 

 どうやらここだけではなくラグーンの事務所も吹き飛んで、本人自ら銃を取って大立ち回りをしたと言う。

 

 なのに、この人はどうも伊達が過ぎる。

 

 焼け焦げた瓦礫が散らかる中、ラーメンをすする姿は堂々としすぎだ。

 

 本当、いい男だと関心が絶えない。

 

 

「……しかし、中々うまいな。今日のラーメンは」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「美味いな、だが豚骨ではないな……これは」

 

 

「軍鶏出汁です」

  

 

「軍鶏、鳥か。そういえば昔にフクオカシティーでも旨いチキンスープを飲んだな。あれを思い出した」

 

「あぁ、水炊きですね……師匠が作ってくれました」

 

「また食いたいな、あれは旨い、実に旨い」

 

「作りましょうか、今度」

 

「……お前に頼むと古今東西なんでも飯が食えそうだ」

 

「何でもは無理ですよ、出来る範囲でなら何でも作ります、というだけです」

 

「…………至れり尽くせりだな、全くお前は」

 

「良い嫁になれる、なんて冗談で言うんでしょ」

 

「……いや、いい料理人だっていうつもりだったが」

 

「…………ッ」

 

 

 

 サングラスの奥で意地悪に笑う。

 

 

 

「自覚があるのはいいことだ、精進するといい」

 

 

 

 

 

 

 墓穴にハマった僕の頭をポンポンと叩く。優しく、丁寧な触られ方でまた悔しさが募る。

 

 何を言っても負け惜しみだから、これ以上は言わない。

 

 

 

 

「また店にも顔を出す」

 

 

 

「……待ってます」

 

 

 作り笑いでお答えした。接客業は笑顔が欠かせない。シット

 

 

 

 

 

 

 夜の営業、店に顔を出す客を裁き、夜中の閉店時間。

 

 シャッターを下ろし、四回の自室に戻ってさあ寝ようとした。

 そんな頃合い。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

「……はぁ、はわぁ……あぁ、寝ちまおう。ほら、こっち来な」

 

 

 最近はもう毎日、この部屋で寝食を済ましているエダさん。

 肌着姿で一緒の布団で眠りに落ちる。

 

 ちょっとお酒の匂いがするエダさん。

 

 

「寂しいか?」

 

 

 聞いてきた。寝る前の、ほぐれた状態だから取り繕うこともない。

 

 素直でしかいられない。

 

 エダさんは優しく僕の後頭部を撫でてくれる。

 

 脹らみで、安心する空気を肺に入れさせて、本音を言わせてくれる。

 

 

「バラライカさんに会いたい」

 

 

「そうだね、バカに真面目なんだよ」

 

 

「……前みたいに、もっと、一緒が良い」

 

 

 日中では言えない言葉を胸に預けて、少し楽になって眠りに落ちる。

 

 バラライカさんと距離が開いた日常が今日も終わる。

 

 明日は、少しぐらい変わってくれたら、うれしい。

 

 

 




今回はここまで、次回から大きく動く予定です。タケナカに食わせるラーメンが未だに決まらないぜ。

感想、評価等頂けましたら幸い。モチベ上がって日々の健康が向上します。



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(74) 転調

連日投降、久しぶりに書くと楽しい。


  

 

 ストリップクラブらしくBPM高めなEDMが気分を高める。皆談笑して酒を飲み、隣に座る女性に手を添えて甘い言葉を交わす。ここはそういう場所だ。ローワンジャックポッドピジョンズはビッグバスト好きの為の理想郷と言ってもいい。

 

 だけど、今日は少しばかりそのムードは大人しい。それはなぜか、貸し切りだからだ。

 

 騒々しいBPMは大幅に下がってがボサノバ流れる。クラシックなバーのような雰囲気を思わせる曲調でジュークは統一されていた。

 

 シックな夜のムードを醸している。うるさすぎず、静かすぎない。

 

 女の色香と酒の味を素面で楽しめる程度に、今日は品が良いストリップクラブだ。

 

 普段はトップレスの衣装やシースルーが基本の姉さんたちも布面積を増やして現世のクラブ程度に抑えた露出の衣装で身を飾っている。まあ、それでも綺麗所ばかりでボディバランスに富んだお姉さんたちばかりだから、客の皆の視線は決まって肌色の曲線ばかり

 

 品を保ちつつも艶やかに、今宵のクラブは張維新を持て成すための作法で彩られている。

 

 食事を振る舞い酒を楽しみ、中央の舞台で魅せるショーはポールダンスだけ。SMショウはもってのほかだ。

 

 

 舞台の上ではコリンネ姉さんが豊かな肢体を振り回してダイナミックにダンスを踊っている。

 

 

 肉付きの良い、グラマラスな体ではあるが引っ込むところは引っ込んでいる。アーシェ姉さんにも劣らず、そのダンスは見るものを性別問わず誘惑する。

 蠱惑的なダンスに目を向けて、皆が視線をこちらに向けていない。

 

 今がチャンスと、僕は料理の配膳に向かう。

 

 運ぶ先は、そう、ここでの上座でふんぞり返っている伊達男様だ。

 

 

 いつかに時みたいに、僕もお姉さんたちと同じく可憐な衣装を身に着けて、デジャブを噛みしめながら配膳のお盆をもっている。

 

 接待はほどほどに、料理をしに来ただけだ。間違っても男の人を誘惑してこの後のお楽しみなんてするつもりはない。化粧中にやたらと背中を押されたけど、絶対ない。そもそも男の人を自分から誘惑したことなんて

 

 

……あったね、一度

 

 

 嫌なことを思い出したので頭をふり記憶を消去。それにしてもどこのテーブルでも黒服の紳士が品よく女性を口説かんとしている。以前は一般客もいたからどんちゃん騒ぎだったけど、マフィアの人達だけだとこうも落ち着くものかと、感心。

 

 流石と言うべきか、三合会の、それも張さんの側近以下周辺の人達だ。

 

 遊び方を心得ている人達ばかり。以前の、あのこともあってかそのあたり徹底したらしいから、間違っても変なハメ外しは起こらないだろう。

 

 

 

 

「ケイティ、料理はほどほどでいいのよ……ほら、あなたもこっちに来なさい」

 

 

「……いや、火加減が……あ、お肉追加しないと」

 

 

 ドレスを着用した上にエプロン着用して、ああ忙しい。

 

 今日はというか、今回も接待料理担当で助っ人に来ただけで、嬢として接客するつもりなんてさらさらない。というか嬢じゃないし、うん。

 

 踵を返して厨房へ、逃亡

 

 

 

 

 

 

「……逃がすなアーシェ」

 

 

 

「仰せのままに」

 

 

「あぅ……うぅぅ」

 

 

 逃げようとしたら、通せんぼする豊かな膨らみでホールドされてしまった。

 

 長身モデル体型なアーシェ姉さんだけど、決してスレンダーとは言えない。ちゃんと、ある所に膨らみはある。

 

 スパニッシュ系の黒髪美形な顔が見降ろして、なんとも楽し気だ。楽し気ついでに額に淡くキスをされてしまった。

 

 

「いろいろあったけど、張大哥はあんたにとっていい相手なんだ……ちゃんと接待しな」

 

 そして、そのままぬいぐるみよろしく抱えられて席へと運搬。あぁ、止めて欲しい。

 

 張さんが見てる。ニヤニヤと笑みを浮かべて酒が進んでらっしゃる。

 

 

「はい、ケイティはここね……張大哥、今日のケイティはいかがですか?」

 

「お前さんには青のドレスが似合う。髪を結ったのか、似合っているな」

 

「私が結いました……この子、髪長いのに遊ばないから勿体ないですよね」

 

「……あぅあぅ」

 

 

 大きなお姉さんと大きな大人の男性に挟まれて遊ばれる。

 

 隣に見目麗しい女性がいるのに、僕なんかで揶揄って遊ぶこの人は本当に、良い趣味をしている。

 

 でも、触られたりしないし、料理は美味しいって言ってくれる。

 

 嫌いになりきれない、悔しい。

 

 

 

「水炊き、約束通り作りました……いかがですか」

 

 

 

「美味いな、シンプルに美味い……しかし、この味は日本酒か発泡酒が欲しくなるな」

 

 

 

「あ、じゃあ取ってきま「アタシが行くから、あんたは大哥の膝を撫でな」……」

 

 

 

 遮られてしまった、そして二人きり。

 

 離れるわけにもいかず、僕はスカートの裾をつまんで、生足を隠す様に顔を背ける。

 

 ちょうどダンサーも交代、セクシーなお姉さんのポールダンスに目を向ける。

 

 

 

「……お前も踊ればいい。チップの額は期待していいぞ」

 

 

「それで本当に踊ると思いますか?」

 

 

「思わんな、はっは」

 

 

 酒を煽る、笑いをつまみに酒が進んでいる。

 

 けど、グラスを置いて、急にトーンを変えてきた。

 

 

 

「ミス・バラライカとはどうなんだ?……あれから、何か変わったか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 問いかけに、帰す言葉が思いつかない。

 

 言えば、それは自分の中の寂しさを吐露するからだ。

 

 

 答えにくいのは、聞いた本人がわかっているはずだろうに

 

 

 

「……張さん」

 

 

 

「いや、お前さんがご発注の品を無断で使ったと話を聞いた……揉めたんじゃないかとな」

 

 

 

 

「そのことですか……何も無かったです」

 

 

 

 何もない、マイナスも無ければプラスも無い。

 

 

 

「バラライカさんは、距離を置いたままです……寂しいですけど、でも仕方ないです」

 

 

 

「あぁ、彼女は今そうしないといけない考えだからな。こればかりは他人にはどうこうできん……できんが、な」

 

 

 含みのある間。

 

 グラスに残るラムを飲み干して、お代わりを注ごうとした。

 

 

「あのご発注だが……確認したがフロント企業のホテルはロシア料理しか扱っていない。あんな注文は、お前の店でしか使わないだろう。疑問は無かったのか?」

 

 

「!」 

 

 

 注ぐが、仕損じた。落としたグラス、ラム酒が張さんのズボンを汚す。

 

 

「あ、ごめんなさい……その、えっと……ごめん、なさい」

 

 

 

 いそいで、おしぼりを押し当てて拭く。

 

 張さんは、何も言わない。伺って、見上げるもその顔はサングラスに飾られて鉄皮なままだ。

 

 

「……僕に、どうしろと」

 

 

「さあな、だが知って良い情報だ……お前さんの好きにしろ」

 

 

「…………好きに」

 

 

 張さんのお節介ともいえる報告、反芻しても頭はうまく回らない。相も変わらず堂々巡りを続ける頭はついぞ耐え切れず沸騰してしまった。バラライカさんを思うも、踏ん切りもつかなければ諦めることもできない。ため息を一つ、張さんの膝でつっぷしてしまった。

 

 

 その光景を、たまたま見てしまったコリンネ姉さんが叫んで、皆が僕と張さんを見て変な疑いをかけられたりして、今日という日も流れて終わりが来る。

 

 

 

 

 

 

 

    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 心配して布団を一緒にしてくれるエダさんにおやすみを言う。

 

 相変わらず過保護に僕を甘やかして、暖かくしてくれる。そんなエダさんに頼ってしまって、今日も包まれて眠りに落ちる。

 

 バラライカさんのいない寂しさを埋めながら一日を終える。エダさんには失礼だけど、それでも僕は、どうにもならない。

 

 

 会いたい。

 

 

 どうして距離を置くのか、もっとわがままを言いたい。情けなさを噛みつぶす夜ばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴の翌日、最近は出張サービスだったり昨日のことだったりと、店の方を空けてしまった。

 

 店舗でラーメンを食べたいお客さんもいる。やっぱり店を開けないとだ。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 一人目の客、アジア人と思われる風体、それに

 

 

 

 

「大将、ラーメンを一つ……って、子供かいお前さんが?」

 

 

 

「子供とは失敬な、背は低いですけど店主です」

 

 

 

「っと、そりゃすまなんだ……いやぁ、しっかしラーメン屋か……話は本当だったわけだ」

 

 

 

「?」 

 

 

 

 やけに気さくな調子、一方的に驚いて、そして今は常連もかくやとばかりに新聞片手にお冷をまるで冷酒みたいに舐めている。

 

 妙に慣れている、というか落ち着いてる。

 

 

 

「ニホンジン、なんですか?」

 

 

 思い切って訪ねてみた、するとお客さんは

 

 

「ご名答だ、よくわかったじゃねえか」

 

 

「?」

 

 

 まるで繕ったかのように満点な笑みだ。気さくなおじさんだなぁと、なんだか感心する。

 

 それにしても日本人、あれ、なんだからどこかで聞いた名の気がする。

 

 

 

 

「嬢ちゃん、ラーメンだが……いったいどんな味だ?」

 

 

 

「それは、出てきてからのお楽しみです。」

 

 

 

 妙に気に刺さるところはある。

 

 しかし、お腹を空かしてくれているラーメン好きな日本人ときた。それはなんともいいことだ。同居人の舌をうならせられれば、これほど作りて冥利に尽きることはない。

 

 どうにも、なんだか縁を感じる。

 

 

 

「……少々お待ちを」 

 

 

 

 

 

 次回に続く

 

 

 




今回はここまで、タケナカ編というか、タケナカ絡めたオリエピ。早く双子編に行きたい。


感想・評価など貰えると幸い。モチベ上がってケイティの顔にぱふぱふが炸裂します。


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(75) トンコツスープ

深夜投稿、夜食食べたい時間帯が一番良く書ける


 

 

 

 トンコツラーメンの日だ。

 

 豚の大腿骨、ガラ、そこに香味野菜を入れて寸胴をカンカンに煮立たせる。作り方はシンプル極まりない。

 

 味の決め手は薄口しょうゆに昆布、ザラメ。九州の醤油が甘めだからそれを意識してザラメでスープの甘みを調整する。

 

 師匠から習った本場の豚骨スープに近付ける。

 

 厨房も店内も、美味しそうなラーメンスープの匂いで充満してきた。良い匂いだ、臭みを極限まで取って、うま味と風味だけを綺麗に抽出したスープ。正直作っている自分もお腹が空いてしまう。

 

 張さんにも連絡した方が良いかな、トンコツラーメン好きなロアナプラ民は多い。二郎ほどじゃないけど、それなりに発狂して列をなす程度には人気で中毒性がある。

 

 トンコツラーメン、かくも魅惑的な料理は他に見られない。

 

 暖簾をかけて、さあ今日も開店だ。替え玉ラッシュでくたびれる夜が待っている。たっぷり疲労を背負った日に浸かるエダさんとのお風呂は最高だ。

 

 

 

 

 

 

 細麺タイプの面を茹でる、振りザルに麺を投じて数えで一分。

 

 湯につけて暖めて置いたドンブリに醤油ダレを注ぎ、そこへ熱々の豚骨スープを注ぐ。

 

 麺を入れてほぐし、チャーシュー、ネギ、すりごま、きくらげ、紅ショウガを添えて、完成だ。

 

 

 

「どうぞ、お熱いので気を付けて」

 

 

 

 お客さん、タケナカさんと名乗った日本人のお客。

 

 珍しい同郷の、気のいい雰囲気のおじさんは器用に箸を取り、麺を持ち上げてすすり食う気風の良い音を響かせる。

 

 日本人だから、すすり食いがお上手だ。

 

「お味、いかがですか」

 

 

 

「ん、うまい……臭みが無くてうまいラーメンだ、何杯でも食えそうな味だな」

 

 

 

「そうですか、良かった」

 

 

 

 ズルルルル、いい音が鳴る。

 

 お腹を空かしていたのか、ちょっと鬼気迫る勢いだ。

 

 

 

「ん、ぐ……旨い、旨いなぁこれ。こいつはなんだ?」

 

 

「え、お客さん……トンコツラーメンですけど、知りませんか」

 

 

「お、そうか……これがか、いや長い事海外勤めでな。俺にとっちゃ普通のラーメンは煮干し鶏ガラの屋台のラーメンだな。こういうのは、慣れてねえな」

 

 

「そうですか」

 

 

「だがよ、トンコツラーメン自体は知ってるぞ、いつか食おうと思っていたが……期せずして叶っちまったな」

 

 

「……国に帰る予定は無いのですね」

 

 

「あぁ、当分な……なあ嬢ちゃん」

 

 

「あの、僕男です」

 

 

「そうかい、なら嬢ちゃんよ」

 

 

「だから男……まあ、いいや」

 

 

 

 この人は失礼だな、初対面のお客さんに心の壁が一枚隔てられた。

 

 

 

「お前さんのこともこの店のことも、人から聞いたんだ……旨いラーメンを食える店ならそこに行けってさ」

 

 

 

 常連さんか誰かが教えたのか

 

 ロアナプラ亭、なんだかんだ騒ぎもあったりしてこの店はそれなりに名が通っている。外からくるお客に知られているならそれは誇らしい。

 

 

「なら、お客さんはラッキーでしたね」

 

「?」

 

 

「美味いトンコツラーメンを食べられた、ウチは日替わりですけどトンコツラーメンはとくに人気なんです。」

 

 自慢の逸品だ、我ながら師匠の作るラーメンの中で、このシンプルなトンコツラーメン程完成度の高いものはない。

 といっても、トンコツラーメン自体がシンプルな作り方だから、丁寧にミスなく、そして同じ味を提供するのが大事なわけで、味の完成度はほぼ据え置きだ。

 

 いい品質の豚の骨を注文しているけど、豚骨の髄の質は割って煮てみないとわからないことが多い。うま味たっぷりでも次の日はうま味が少なかったり匂いがきつかったりする日もある。

 

 だから基本的に豚骨スープは複数用意して、都度作るたびに味を平均化している。

 

 

 

「……トンコツラーメン、もっと匂いのキツイもんだろうに。これは、そんな匂いがしないな」

 

 

 

「はい、下処理は念入りにしてますから。血抜きはもちろん、状態を見て悪い骨は覗いたりしてますし、なによりウチはスープを平均化してますから……スープへの注意はお墨付きです」

 

 

 

「平均化?」

 

 

 

「一度に三つ仕込むんです。説明するのは大変ですけど、味のブレを防ぐための処理と思ってください」

 

 

 

 

 トンコツラーメンを提供するうえで味の平均化は大事なポイントだ。

 

 割った骨を入れてただガンガンに火を焚いて煮ればいいわけじゃない。博多風のトンコツラーメンは反響があるから一週間は同じで提供することにしている。

 

 だから、今こうして提供している今も鍋では豚骨を煮込んでいる。

 

 鍋は三つ、煮込みながら鍋のスープの材料を入れ替える。三つ並ぶ寸胴鍋の中で豚骨は左から右に移動している。

 

 さらにはスープも左から右に移動して、そうやって何週かすると味は平均化されるのだ。

 

 一週間、完全に平均化とはいかないけど、これで安定してブレない味を提供できる。臭みの少ない、上品ともとれる食べやすいトンコツスープが出来上がる。

 

 

「スープに気を使っているからこそ、ここまで臭みのないトンコツスープになるんです。管理がずさんだと臭くて酷い代物になっちゃいますからね」

 

 とにかく、作り慣れてるから自慢の品ですよと言いたい。自慢しているかと聞かれれば肯定だ。

思えば、ロアナプラ亭の窮地を救ったのもトンコツラーメンだ。

 

 基本のスープで豚骨は多用するし、トンコツラーメンは日替わりロアナプラ亭の中で頻度が多い。

 

 トンコツスープが自慢の店、そんな肩書を付けても問題はない。うん、ちょっと傲慢かな?

 

 

……ずるるるるッ

 

 

 

 麺をすする、どんぶりをもって、残ったスープも平らげた。自慢の品が完食されることに驚きはないが、それでも満たされる心地はたまらない。

 

 傲慢とはいかなくても、自慢気になるぐらいなら罰も当たるまい。

 

 

「お、お客さん良い食べっぷり……お代わりはどうですか?」

 

 

 

「うれしいが遠慮させてもらう。中年親父はこのぐらいにしておくさ……腹が出ちゃいけねえ、いい女が寄り付かなくなっちまう」

 

 

「気にしなくてもいいですよ、お客さんみたいな人が好きな嬢の姉さんはいます。アンジュ姉さん、サラ姉さん、コリンネ姉さんもそうだし、他にも結構色々いますね」

 

 

「なんだ詳しいな」

 

 

「隣の店、知り合いだらけなんです……紹介しましょうか、お客さん人がよさそうだし、名前出せばサービス良くなるかもです」

 

 

「なら、今日の俺はラッキーだったわけだ……ははは、勘定置いておくよ」

 

 

 満面の笑みを見せる。

 

 

 満足してくれたようだ。作ったこっちも鼻が高い。

 

 

 

「またのご来店をお待ちしています……うちは日替わりですが、ここ一週間はトンコツラーメンウィークです」

 

 

「そうか、それは……残念だな」

 

 

「え、残念って……お客さん」

 

 

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

 

 笑っている、気のいいおじさんが手を振って去ろうとする。

 

 いや、待て

 

 

 

 待て待て

 

 

 

 

 

 

「また来る、今度は醤油ラーメンを食べに来るかな……おじさんも胃が弱る年頃だ」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 失言だった。

 

 申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべて去る。

 

 

 

 

「待って!」

 

 

 入り口で立ち止まる、タケナカさんはこっちを見る。笑っている、人のいい顔で笑っている。

 

 タケナカさんは笑っている。

 

 笑った顔のままだ。

 

 

 

「あの、満足していただけなかったのですか」

 

 

「……失言だった、忘れてくれ」

 

 

「いや、でも……何か不手際があったなら」

 

 

「そういうのじゃないんだなぁ……個人的なことだ、忘れてくれ。悪かった」

 

 

「理由、構いませんから……教えてください」

 

 

「……」

 

 

 

 食い下がる僕に、タケナカさんの笑みが崩れる。

 

 崩れたのだ。

 

 人の良い笑いは、取り繕うモノだったと知った。

 

 

 

「美味いラーメンだ。だが、惜しいな」

 

 

 

 

 麺を完食して、スープも飲みほした。

 

 それでも、何が足りない?

 

 

「まって、待ってください」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 呼び止めて、厨房から出る。タケナカさんは申し訳なさそうに頭をかいていた。

 

 

 

「悪いな、こればっかしは俺個人の問題だ……お前さんは気にするな」

 

 

 

「でも……お願いです、不満があるなら教えてください」

 

 

 

 この通りと、頭を下げて願う。

 

 久しく、というよりもうずっと味わってなかった悔しさだ。

 

 僕が、僕の作るラーメンが物足りないと言われた。はいそうですかと、そのまま終わらせるわけにはいかない。

 

 

「気を悪くさせちまう」

 

 

「それでもです、お願いします」

 

 

 頭を下げて願う、我ながら強情なことをしている。

 

 タケナカさんにも迷惑だ。それは重々承知だ。

 

 それでも、何故か

 

 

 

 

……駄目だ

 

 

 

 

……この問題を放置したら駄目だ、駄目な気がする

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、ふっかけたこっちも悪かった。納得するかは保証しないが、それでもいいなら」

 

 

「構いません、どうか教えてください」

 

 

「……美味いラーメンを食いに来た。それは叶った。だが、トンコツラーメンそのものには満足できなかった」

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 自信のある品だからこそ、その本音は心をえぐる。

 

 笑いを消した、作り笑いで落胆を隠していたタケナカさんの顔を見て、僕は恥ずかしさと至らなさで息ができなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美味いラーメンを食べに来た、タケナカさんはそう言った。

 

 それに対して、意気揚々と間違いなく美味いといったのは僕だ。僕の言葉だ、ロアナプラ亭の店主の言葉だ。

 

 このまま、引けるわけがない。

 

 

 

「……で、毎日店開きながら研究ってか」

 

 

「はい、すみません」

 

 

 時刻は夜、営業が終わった深夜。

 

 ほぼ住んでいるぐらいのペースで家に来るエダさん。そんなエダさんと一緒に入浴をしている。

 

 全身、泡に包まれて、いい匂いのする香油で肌を磨かれる。染みついたトンコツ臭が取れるように。手淫亭に丁寧に、エダさんの手と体でだ。

 

 明かりは付けていない。付けると見えてしまうから、だから全部手探りで事を行う。

 

 開いた指が太ももを撫でて、立てた爪先が肌をくすぐる。点と面を背中や腰に感じて、優しく優しく滑らかな触れ合いで垢と汚れと匂いを削り落とす。湯にすすがれて、泡を塗られて、綺麗にされる。

 

 すっと密着したまま、エダさんの気遣う想いを知りながら。

 

 言わずとも、無理をしていることを察せられている。

 

 

「目ぇつぶってな……頭洗うよ」

 

 

「はい、エダさん」

 

 

「にしても、わざわざ気にする必要あるのか?……ケイティ、そいつはよぉ、お前さんの人の良さに付け込んで騙したか、それとも適当に揶揄われただけじゃねえかって、あたしは思うわけさ……汝、申し出があるなら吐き出しちまいな」

 

 

「タケナカさんはそんな人じゃない」

 

 

「初対面だろうが、このバカシスター……流すぞ、口閉じろ」

 

 

 連日、トンコツラーメンの研究に駆られてしまい、エダさんの手を借りて体を綺麗にする日が続いてもう6日。

 

 明後日だ、明後日タケナカさんは店に来る。

 

 僕が言ったんだ、あなたが満足する最高のトンコツラーメンを食べさせると。

 

 

 

 

 トンコツラーメンは師匠から授かった自慢のラーメンの一つだ。それを、満足できなかったで済ませるわけにはいかない。

 

 あの時は夢中で張り合ったけど、結局は子供っぽい意地が理由だ。

 

 師匠の看板に泥を塗ったままにはしておけなかったのだ。

 

 

 

 

「というわけで、僕は明日も……んぶ」

 

 

 

「はいはい、ラーメンの研究にえっちらほっちら明け暮れて……そんでトンコツ臭くなって帰ってくるわけかい。一緒にいるあたしも臭っちまうだろうが、レヴィ公にからかわれてんだよこっちとら」

 

 

 

「それは……一緒にいるからで」

 

 

 

「先上がる」

 

 

 

「や、ごめんなさい……一緒が良いです」

 

 

 

「……素直だ、褒めてやる」

 

 

 

 深く、一段と強く抱きしめられる。暗いし、後ろだから見えないけど、二ヤついた笑みは何となく浮かぶ。

 言葉ではこう言っているけど、悩み立ち止まっている僕のやりきれなさを理解してくれている。僕よりも、理解をしているかもしれない。

 

 

 

 

 

……————————ッ

 

 

 

 

 

 湯につかって頭をフリーにしよう。

 

 いつも通り、エダさんの上に座って、背中を寝かせて頭を乗せる。浮島の間に頬を預けて、お腹はエダさんの腕がかっちりと抑えて湯に浮かばないようにしている。ぷかぷかと湯に浮かんで体を冷やさないように。

 

 脚の間に入って、お尻と背中と頭をエダさんにくっつけている。密着して、湯に浸かりじんわりと体を暖める。

 

二人だと、いつもこうだ。

 

 湯と体温で体を暖めている。

 

 

「肩、寒くないですか?」

 

 エダさんは座っているから、足を伸ばしていないから肩が出てしまう。

 

「いんや、十分満たされてる……あたしはこれでいい」

 

「……」

 

「枕が気持ちいいからって寝るなよ、寝たら聖書で頭叩いてやっからな」

 

 

 本気か冗談か、まあ冗談なんだろうけど、声色が低いとどっちとも取れないからややこしい。

 

 

 

「……ん」

 

 

 抱きかかえられて、頭を預ける柔らかい枕、目に見えないのをいいことに、少しだけ頼る。

 

 湯の揺れる音、反響して増幅する呼吸の音。

 

 目を閉じていると頭がクリアになる。次第に音も消えて、思考が回りだす。

 

 

 

 

 タケナカさんが満足しなかった、それは僕がトンコツラーメンうまく作れていないから、ではない気がする。きっと、本質の問題だ。

 

 タケナカさんが満足するトンコツラーメン、真に求めているものは、もっと強く個性的な魅力を意味していたのではないか。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 煮込み時間、下処理、入れる骨の種類、香味野菜、醤油ダレ、これ以上出来ることは無いと思った。けど、方法はある。

 

 お金がかかるし、都合のいい道具が見つかるとも限らない。

 

 第一間に合うかどうか、でもそれが叶えばきっと作れるはずだ。

 

 今よりもっと強い豚骨スープが作れる方法。それでタケナカさんにも一度挑戦してみる。次こそは、うまくいく。

 

 その為にも、まず明日朝一から

 

 

「張さんに電話、お願いしないと」

 

 

「何か思いついたのか?」

 

 

「少し、お金はかかるかもですけど……思いつきました」

 

 

 全てはラーメンの為に

 

 

 

「はぁ、お節介にもほどがあるねあんたって子は……たく、バカ妹」

 

 

「……バカですよ、ラーメンバカです」

 

 

 やることは決まった、だからひとまず今日とう時間の残りはゆっくり休もう。

 

 湯に浸かって、疲れを抜いて

 

 お風呂上りは、エダさんの手で化粧水やら塗ってもらって、髪も乾かして

 

 背中をかかれながら、抱きしめられて眠りにおちよう。つまりは、いつものことだ。

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回は未定。

しばらく料理漫画みたいな展開で続きます。


双子編を書くのが楽しみ、年内に書けるかな?描いたところで書き終われるかな?不安しかない問題。

まあ、無理ないペースで書いていく定期。



次回もお楽しみに、感想や評価などあれば幸いです。


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(76) 火

タイトルで察した人は生粋の頭ロアナプラ民です、誉れ


 タケナカさんとお話をした。

 

 タケナカさんを満足させるラーメンを作る為に聞き込みをしたわけで、けれどあまり良い回答は得られなかった。

 

 

……国を出る前に食べたんだ。あれは凄かった、今でも忘れられない味だ

 

 

 そんな言葉を頂けた、でもその味を具体的には説明できないみたいだ。

 なにぶん昔だし、かなり美化されているからこそ詳細を欠いている。

 

 場所は東京の屋台。だけどそれだけ、それ以上もない。

 

 昔からあるトンコツラーメンとしかわからない。

 

 トンコツラーメン、豚骨を用いて作るシンプルなラーメンならば間違えようのないはずだけど、それでも僕の出したものはタケナカさんのしるトンコツラーメンではないと言い切られてしまった。

 

 過去に食べたものに比べればインパクトに欠けるという理由からだ。何をもって欠けるかは、タケナカさんにもわからないということだ。

 

 

 

 

 なので、作るべき味は決まった。

 

 

 

 

 

 

 約束に日に来てくださいと取り次いだ。タケナカさんだけど、なんでも次の仕事の準備のためにしばらくロアナプラで滞在しているらしく、仕事が無い時間はもっぱらお酒を飲んで気楽に飲んだくれ親父をしているとのこと。アーシェ姉さんから聞いた。

 ローワンさんの店に入り浸り、仕事相手と思われる誰かと楽し気に歓談していたとか。それに、嬢の皆との遊び方も紳士的で、一部の姉さんたちは逆に入れ込んで夜の誘いをしているとか。

 

 謎なお人だ。しかし、それを明かしたいとは思わない。ロアナプラにいる人間で、それも日本人なんてなれば碌な人はいない。うん、ブーメランだ。頭に刺さって痛い。

 

 

「おい、お前さんちゃんと歩くね……ここ、か弱い女子の尻なんかあっというまに剥がされちゃう場所ね……ちゃんとついて来るしないならボディーガード意味ないよ」

 

 

「すみません」

 

 

 シェンホアさんの言葉を聞いて速足、そうだ。考えことばかりしてたらダメだ。

 今、僕がいる場所は危ない場所だ。ロアナプラ自体が危ない街ではあるけど、それでもここは来たいとは思わないイカれたゴロツキの集まる場所。掃除屋ソーヤの住まいがあると言えば、誰もが納得するだろう。

 

 下町の雑多なビル群を抜けてちょっと治安の悪い場所に足を運ぶ。そこは薄暗い通りで、妙に音が静かだ。

 

「……あの、ここって」

 

「妙に静かだって言いたいね?そりゃそうなるます、ここは変人ばっかよ……変な癖やら思想やら、まともな殺し屋いないよろし」

 

「なるほど、アウトローのなかでもイレギュラーの人たちが集まる場所ですか」

 

「そういうことヨ、ですから迷子なるは死ぬ思うネ……死体はバラす、犯す、食べる、だいたいそんな感じで無くなるから葬儀屋要らずネ」

 

「……あの、くっついていいですか?いいですよね。」

 

 

 シェンホアさんの腕に抱きついて、この恐ろしいサイコパスの吹きだまりに来たことを早々に後悔。

 

 娼婦売春関係の人達がいっぱい集まる場所なら散歩できるぐらいには慣れてるけど、ここは毛色が違いすぎる。

 

 往来で並ぶ酒場にはその手の依頼の交渉や支払いをするやり取りやら喧騒やら、そのまま銃を抜いてバンバン殺し合っていたりして、とにかく荒っぽい。

 荒っぽいだけではなく、とにかくおぞましい。

 

 道端でうずくまる浮浪者も、ギラギラした目で通行人を見ている。僕も視線をたくさん浴びるけど、そこはシェンホアさんの隣ということもあってどうにか安全を維持できている。もしなければ、考えたくないッ

 

 危ない場所だ。来たくない場所だ。

 

 

 でも、仕方ない。取引先の相手の要望でちゃんと顔を見て物を扱いたいと言うから、仕方ない。

 

 気の合う人としか商売をしないらしい。

 

 

 

 

「まったく、お前さんいったいどんなつもりでこんな場所に……ケイティ、お前欲しいもの、本気か?」

 

「はい、火炎放射を」

 

「……お前さん、商売替えでもするつもりならやめておくよろし」

 

 

 変な勘違いをされてしまった。間違っても僕は人殺しを商売にするつもりはない。

 

 あくまで料理に必要なのだ。だから、張さんを頼み火力の高いものをと頼んだら、数珠つなぎで結果ここに至ったわけである。

 

 

 

 

「……ここね、ここのモーテルにそいつはいるます。危険を感じたらすぐに連れ去るからわかった言うよろし」

 

 

 

 太腿のスリットの布をずらす、扇情的なラインと艶やかな肌に目が行くと同時に投げ短刀の刃が光る。背中が震える。

 

 一応は守ってくれる、とのことだ。そういう契約だ。

 

 

「わかりました、シェンホアさん……守ってくださいね」

 

 

「可愛いお前さん死んだらこっちも不都合ね……無理するは駄目よ、子は長生きする大事ね」

 

 

 そっと頭を一撫でされる。常連のお姉さんは皆等しく頭を撫でてくる、レヴィさんを除いて。

 

 自分ではあまり好きになれない容姿と背丈だけど、良い印象を持ってもらえるのはありがたい話だ。だから、これから会う初対面の人にも、それが通用してもらえると助かる。わりと、切実な話。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

~アブレーゴ~

 

 

「鍋ならなんとかなりそうだが、ソレは難しいな。取り付けの際に一番性能が良いレンジを用意させた、それで足りないってなりゃ、難しい話だな……そこまでして必要なのか?」

 

 

 

 

 ビル丸ごと新調してくれたアブレーゴさんが言うのだから、きっと無いのだろう。業務用のガスレンジでは足りないのだ、火力が必要なのだ

 

 見つからない。しかし、今から業者を探して急で用意してもらって間に合うのか?もっとすぐに、約束の日は近いのだ。このさい、レンジに拘らなくてもよいのでは?

 

 

「……火炎放射なら、ガスレンジより火力のあるもんは手に入りそうだが」

 

 

「あ、じゃそれで」 

 

 

「おいおい、冗談で言ったんだが……」

 

 

「ありがとうございますアブレーゴさん、今度お店に来たらよしよししてあげますね」

 

 

「————ッ!?」

 

 

「なんて、冗談です。えへへ~、じゃあ切りますね、今度はお店で会いましょう」

 

 

「ま、マリアッ……俺の、母に……はッ、今のはちがッ!忘れ」

 

 

 

 電話を切る際に何か言っていた気がするけど、良く聞こえなかったしいいや。

 

 

 

~張維新~

 

 

 

 

「火力の高い火炎放射器か、そんな物をお前に渡してミス・バラライカが良い顔をすると思うか?」

 

 

 

「……無理ですか」

 

 

 

「そんなものは勝手に手に入れろ……だが、教会あたりなら何か知っているかもな。武器の話はあそこに集まるだろうが、問題は顧客の個人情報だな……お前さんには色々と甘いはずだ、なんとか頼み込んでみるんだな」

 

 

 

「おばあちゃん、頼んだら教えてくれるかな」

 

 

 

「ヨランダ婆さんのことか、末恐ろしい孫娘だ……とにかくだ、殺し屋相手との交渉ならボディーガードを付けておく」

 

 

 

「殺し屋……確かにこの街ならいてもおかしくない、放火魔の殺し屋、物騒な話です」

 

 

 

「料理の為に火炎放射を注文する奴も大概だと思うがな」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 人伝に人伝、最終的にたどり着いた場所はとあるモーテル。殺し屋達が好き好んで住む場所だ、碌な人はいないと覚悟してドアベルを鳴らした。

 

 

 

「やぁ、話は聞いてるよ……どうぞ中へ入りなさい」

 

 

 

 中肉中施、白人社会で見かけるおじさん、おっさんの類の人。そんな印象の、とにかく普通の外見の人だ。一般人にしか見えない。

 

 それもタケナカさんと並ぶぐらいには人当たりが良い、そんなお人だ。

 

 

 

「初めまして、麺処・ロアナプラ亭の店主のケイ・セリザワです……皆からはケイティって呼ばれてます。本日は商談を受けて頂き誠にありがとうございます」

 

 

 

 思いつく限り丁寧な言葉で、丁寧な振る舞いで接する。礼をして表を上げると、相手もまた

 

 

 

 

「クロード・トーチ・ウィーバー……しがない殺し屋だ。よく来てくれたね、ミス・ケイティ」

 

 

 

「すみません、僕男です」

 

 

 

「そうか、失礼したねミスター」

 

 

 

 笑顔を見せる。殺し屋と名乗る割にはまったくそうは見えない。血の匂いはしないし、代わりに焼け焦げた匂いばかりだ。

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 シェンホアさんが僕の肩に触れている。まるで、何時でも背後に逃がせるようにしているみたいだ。

 

 

 

「立ち話もなんだろう、奥に来て欲しい……見せたいものがある」

 

 

 

 

 

    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 部屋の奥に進む、一人で住むには妙に広いのは仕事道具の置き場所の為だと理解したけど、それにしても壁紙や天井にに焼け焦げた跡が多い。

 

 部屋のいたるところに危険物と思われる道具が置かれている。可燃物だろうに、無造作だ。ここが火元で街に大火事が起こってもおかしくない、というか部屋が燃料臭い。

 

 

「煙草は厳禁で頼むよ」

 

 

「吸いませんのでご安心を……これは?」

 

 

 

 なんとなく目の前に置かれている瓶の様な水筒の様なものを見る。飲み物、ではなさそうだ。

 

 

 

「これは昔趣味で使ったテルミットだよ。初恋の彼女へ選別に使った残りをね、インテリア代わりに置いてあるんだ」

 

 

「はぁ」

 

 

「こっちは妻との思い出だ……良い火力を出してくれる、今でも仕事道具にしているよ」

 

 

「……思い出」

 

 大きなタンクと繋がった火炎放射器、シェンホアさんが警戒してしまった。

 

 リアクションに困る。しかし、ここで狼狽しても仕方ない。

 

 

「お前さん、本気で交渉する気か?」

 

 

「そうですよ、その為に来たんですから」

 

 

 自分をサラリーマンと思い込んで、僕はクロードさんの話に耳を傾ける。

 

 

 

「これはガソリン、こっちは鯨油をつかっている……色々と試行錯誤していてね。良い火力を出すためには燃料から厳選しないといけない」

 

 

「良い火力、それは……なんとなくわかります」

 

 

「ほぉ」

 

 

 

 顔がパッと明るくなる。

 

 火の話となると嬉しいのか

 

 

 

「熱を通すモノによって必要な火力は変わりますが、やっぱり強い火力は魅力的ですね。一瞬で表面を高温にして全体を包みこむ」

 

 

 

 うま味を逃さないように、遠火の強火、焼き物の基本だ。

 

 

 

「そうかそうか、いやあ確かにそうだ……火が大きければ良いというわけじゃない。見た目の美に甘んじて肝心な熱を伝えなければ意味がない……わかる、わかるとも」

 

 

 

「長時間火を通す際も常に安定に温度を与えたいですから、良い火力、そして安定した火加減……求めればきりがないですが、こだわりますよね(揚げ物なんかを作る際はとくに)」

 

 

「そうとも、そうともそうとも!妥協はできないんだ!!……火は繊細だッ……使うモノが浅慮では火も浅くなるッ……芯から熱を灯して一瞬で焼き上げることが出来た時の快感は実に艶やかだ!……あぁ、君は良い趣味をしているね……仲良くなれそうだ」

 

 

 

「僕も火は使いますからね、火加減に関しては常考えることはあります。アツアツでぎゅっと引き締めて、中からじんわりと熱を入れる……焼きすぎず、かといって焦がしたら意味が無いです(焼き豚のチャーシュー)」

 

 

「焦がしてはダメなのか?」

 

 

「えぇ、表面だけに焼きを入れて、そうしてじっくり火を通す……内側がジューシーになって良い仕上がりになるんです。(チャーシューは)実に艶やかな見映えですよ」

 

 

 

「最初は高温で、そして後は低温でじっくり……なるほど、それは盲点だった。いや、若いのに教えられたね」

 

 

 

「え、何か役に立つこと言いました?」

 

 

 

「殺しの役には立たないけどね、良い情報だったよ(半殺しの方法のね)」

 

 

「そうですか、仕事が違うから余計な話かと思いましたが……そうですか、それは良かったですね(チャーシューでも作るのかな?)」

 

 

 

 和やかな空気が流れる。怖い人のようだけど、案外気のいいおじさんかもしれない。

 

 後ろでシェンホアさんが何かを言いたげに見ているけど、どうしたんだろうか。

 

 

 

「よし、君のことが気に入った。商談は成立だ!」

 

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 固い握手を、ちょっと痛いぐらいの握手を交わした。

 

 

 

次回に続く




次回、実食


火炎放射おじさんは本来もっと後の登場ですが、一足先にロアナプラで移住していることにしました。常連客にしてラーメン食べさせるかまでは未定

キャラの濃いモブキャラは積極的に出していきたい。


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