ウマ娘に転生したけど影も踏めなそうな娘と同世代だった件 (アザミマーン)
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【怪物】と【獣】の会合

n番煎じネタですまんな。

思いついてしまったためここに供養しときます。

追記:連載にしたので1話目を分割します。長すぎますしね。


 五月も終わり頃、気候は夏に入りかけているこの日、東京レース場に何十万という人が詰めかけている。晴天が照らすレース場は満員で、そこからあぶれた人による喧騒が、今日のレースに寄せる期待を感じさせていた。

 

 今日このレース場で行われるのは日本ダービー。クラシック級のウマ娘たちが競い合うレースであり、一生に一度しか機会のない大舞台であり、そしてナリタブライアンにとってはクラシック二冠のかかったレースでもある。

 

「フン…分かってはいたが、騒がしいものだ」

 

 控室で開始を待っているナリタブライアンは呟く。群れることを好まないブライアンだが、バ群という名の群れから抜け出せるレースは好きだ。

 そして何より、飢えを、その身を焦がす渇望を満たすためのたった一つの方法。ウマ娘は走ることを本能的に好むとはいえ、ブライアンのそれは常軌を逸していると言ってもいいほどだ。

 しかし、この飢えは、いつの日かあの白い後ろ姿を追い抜くまで満たされることはないのだと、ブライアン自身も分かっていた。

 

 眉を顰めるブライアンの言葉に、同行していたトレーナーは首を振る。トレーナーはチームリギルのサブトレーナーであり、ブライアンのトレーナーでもある。

 何人もの有力ウマ娘を輩出してきたリギルに数年所属しているサブトレーナーだが、ブライアンほどの才能を持つウマ娘は、これまで見てきた中でも片手で足りるほどだ。

 そしてレースに対する渇望の度合いもまた同様だった。

 

「諦めなよブライアン。日本ダービーというだけでも注目度は高いのに、君は皐月賞を勝っている。つまりクラシック二冠がかかった状況だ。君のファンが集まるには十分な理由だ」

 

「そんなものか。まぁ、どうでもいい。私は私の走りをするだけだ」

 

「レースが楽しくないというわけじゃないんだろ?」

 

「当然だ。この身に宿る飢えを満たせるのは、レースで走ること以外にない」

 

 トレーナーは少し笑うとぽそりと呟く。

 

「特に最近は、かな?」

 

 トレーナーは独り言のつもりだったが、ウマ娘であるブライアンにはしっかりと聞こえていた。

 

「そうだな…そうかもしれん」

 

 ブライアンはここまでの道程を思い起こす。最初の選抜レースを勝ちトレーナーもついた。

 しかし、その後のデビュー戦は勝利したものの、始まったトゥインクルシリーズのレースでは五戦二勝と見込まれた実力に反して結果は振るわなかった。

 そして一度レースと距離を置いた方がいいというトレーナーの方針と合わず、チームを辞めた。

 ブライアンが持つ走りに対する飢えは、走らないという選択肢を失くすほどに強烈なものだったのだ。

 

 フリーになったブライアンは選抜レースに再び出て、敗北。レースでは見せ場もなく、本番のレースで二勝しているとは思えない不恰好な走りだった。

 思うような走りが出来ず、ブライアン自身やきもきしていたところに現れたのが、今のトレーナーである。

 

『君、随分とぎこちなそうに走るね。何というか、フォームに拘りすぎて上手く力が引き出せてないように見えるよ』

 

『…! そうか』

 

 トレーナーの言うように、ブライアンはフォームに拘ることをやめて好きなように走った。重心は低く、まるで獣のよう。

 ウマ娘のスパート姿勢はヒトが走るよりも前傾気味になるが、ブライアンのそれはあまりにも低く、倒した体と地面が平行になっているのではないかと思うほどだった。

 普通のウマ娘では、そんな無茶な体勢で走ればバランスを崩してしまう。

 しかし、ブライアンの筋力、体幹、バランス感覚といった天性の才能が一見無茶な走りを可能にした。

 

 その走りを体得し、トレーナーの所属するリギルに参入してからと言うもの、ブライアンは連戦連勝し、ジュニア級のG1の冠をも戴いた。

 また、トレーナーの質だけでなく、リギルは設備もそれを使ったトレーニング自体も一流だった。

 メイントレーナーの東条ハナからトレーニングを見てもらうこともあり、ブライアンは自分の実力がメキメキと伸びていくことを実感していた。

 

 クラシック級になってからも、ブライアンの快進撃は続いた。皐月賞へのステップレースであるスプリングステークスを軽々と制し、皐月賞へと駒を進めた。

 もはやこの世代にブライアンに比肩できるウマ娘などいない。そう確信させるほどの強さを見せてきたブライアンは、皐月賞でも当然のごとく一番人気に推された。

 

 勝つべくして勝つ。

 

 周囲がどんな走りをしようが知ったことではなく、ブライアンは自分の走りをすれば勝てた。

 そして、それはクラシック三冠の一つである皐月賞でも同じ。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 あのウマ娘が出てくるまでは。

 

 

 

 

 

「ウルサメトゥス。寒門…というより、もはや一般家庭出身。彼女が出るレースでは何故か毎回展開が乱れて、実力が思うように発揮できないウマ娘が多い。そして彼女はそこをすり抜けることで偶然勝ちを拾っている運がいいだけのウマ娘。そういう前評判だったんだけどね」

 

 皐月賞には三つのトライアルレースがあり、そこで好成績を残すことで優先出場権を得られる。

 ブライアンはスプリングSを勝利したが、他のレースである若駒Sと弥生賞には出ていない。

 トレーナーが口に出したウルサメトゥスというウマ娘は、弥生賞で一着を取って皐月賞への出場権を得た。

 

「実際、弥生賞のレース映像を見ただけじゃあのウマ娘の脅威は分からないね。確かに、レース展開が乱れて勝手に他のウマ娘がペースを崩し、その隙をついていつのまにか前に出てゴールしていたように見えた。運がいいだけのウマ娘と言われるのも納得のレースだったよ」

 

「だがそうではなかった。あのウマ娘…ウルサメトゥスはあの状況を作り出していた。そして、ヤツはそれを巧妙に隠したまま皐月賞に来た」

 

 ブライアンは皐月賞で味わった感覚を、ついさっき起きた出来事であるかのように思い出すことができる。

 いつものように先行策を選択し、後半隙をついて前に躍り出る。

 そんな考えが甘かったと思い知らされたのは、レースがちょうど残り半分を切った頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────後ろから恐ろしい『何か』が来る! 

 

 いつも通りの先行策で、いつも通り他のウマ娘をちぎる。そんな考えは、突然現れた暗い世界の前で吹き飛んでしまった。

 

 ウマ娘の走行音ではあり得ないほどの重い足音。

 殺気。

 一瞬でも速度を緩めたら死ぬ、そう思わせるようなプレッシャー。

 

 じわじわと距離を詰めてくる真っ黒な重圧。それが確かに後ろから来ている! 

 

 振り向くことはできない、振り向くために速度を落としたら殺される。これまでに尋常ではない飢えに身を焦がされてきたブライアンだったが、未知のものに恐怖して追い立てられる、という経験は初めてだった。

 

 身に降りかかる衝動のまま、逃げ道を探すために周囲を見ると、どうやらこの現象がブライアンだけに起きているわけではないことに気づいた。周りにいるウマ娘が、皆必死の形相で前へ前へと向かっている。

 追われる感覚を変わらず受けつつも少し冷静になったブライアンは、この事態がウマ娘によって引き起こされているのではないかと理解した。

 

『さぁかなり速いペースでレースが展開されています! 先頭の1000メートルのタイムは58.5秒! しかし先頭集団のスピードは衰えない!! 掛かってしまっているのでしょうか、これは後半に脚が残っているのか?』

 

『とんでもないですねぇ。クラシック序盤、2000メートルのレースとは思えないペースです』

 

(なるほど、これが『領域』とやらか!)

 

 一部のウマ娘だけが到達できるという、自分の心の内を写し出すモノ。それが『領域』である。

 上位のレースでは、ウマ娘が突然不可解な加速をしたり、速度を上げたりする現象が見られる。レースを外から見ている人には分からないが、レース中のウマ娘たちは、『領域』によって世界が塗り替えられ、引き込まれるような錯覚を覚えるのだという。

 

『領域』の存在は基本的にその位階に達したウマ娘にしか伝えられない。しかし、ブライアンは将来そこに達する可能性が高いこと、また姉のビワハヤヒデが既にその段階に達しているので伝えられる可能性があることを考慮され、既に『領域』の存在を教えられていた。

 

 教えられていたとはいえ、ブライアンが『領域』を受けるのは初めてである。だがそれは無理もないことだ。決してクラシック序盤のウマ娘が使ってくるようなモノではないし、『領域』に至れるウマ娘など上位でも一握りである。ブライアン自身その上位のウマ娘が多数存在するリギルに所属しており、模擬レースなどで既に『領域』に至った格上のウマ娘と競う機会はある。

 

 しかし、模擬レースで『領域』に達していないウマ娘相手に『領域』を使うような者はいない。そんなことをすれば、あまりに隔絶した『領域』の強さに心を折られてしまうウマ娘が出るかもしれないし、『領域』に取り憑かれ、習得しようと無理なトレーニングを繰り返してしまうかもしれないからだ。

 

 改めて周囲を見れば、後ろから追い立てられる恐怖により、全員が掛かってしまっている。実況の言うように異常なまでのハイペースで、これでは最後まで持たないと確信できるほどだった。ただ、実況がおそらく分かっていないのは、これが故意に作られた状況であるということ。

 

 掛かりからいち早く立て直したブライアンは周囲のペースにある程度合わせつつも脚を溜めようとする。無理に付き合ってしまうと、これを仕掛けた張本人の思う壺である。そう理解していた。

 

 

 

 理解はしていた。しかし、体は勝手に前に進み続ける。

 

 

 

(何だ、コレは…!? 体が言うことを聞かん!)

 

 まだ自分の『領域』を持たないブライアンは知らないことだが、完成された『領域』は簡単に破れるものではない。その強固さは格別だ。例えそれが『領域』の効果によるものだと分かっていても、抜け出せないというほどには。

 

 そうこうしているうちに終盤に差し掛かる。何者かの引き起こした恐怖によって支配され、超ハイペースで進んだこのレースで、スタミナを欠きながらそれでもウマ娘たちは懸命にスパートをかけようとする。

 

 すると、これまで続いていた強烈なプレッシャーが、暗い空間が無くなるとともに急に止んだ。

 

 理由は分からないが、これまでウマ娘たちを苦しめてきたものが無くなり、自由に走れるようになっていた。圧力から解放されたウマ娘たちは、気を取り直して一斉にスパートをかけようとした。その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、いなくなったはずの死の気配が真後ろに出現する。

 

 

 

 

 

 真後ろのソイツが腕を振り上げる。見えもしないはずなのに、その光景が明確に分かる。

 

 

 

 

 

 そして振り下ろされた鋭い爪は、狙い違わず首を切り裂き────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮遊感の後、ぐるぐる回る視界が、頭を失い崩れ落ちる自らの体を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおっと! ここでウマ娘たちが揃って速度を落としたぁ! やはり前半に飛ばし過ぎたのか?!』

 

「ッ?!?!」

 

『どうしたのでしょうかねぇ。こうも一斉に走りが乱れるとは…』

 

 ターフに飛ぶ実況の声。それによりブライアンは意識を取り戻し、そして即座に加速しつつ状況を確認した。

 

 首は取れていない。後ろに死神もいない。

 周りはまだショックから立ち直っていないのか、走りに身が入っていない。

 何秒意識がなかったのか? 分からない。

 まさかプレッシャーをわざと解いて、油断を誘った直後を狙ったのか? それも分からない。

 

 分からないことだらけだが、ブライアンは自分が他のウマ娘よりも早く立ち直ったことだけは分かった。今はそれでいい。ただゴールを目指してスパートするだけだ。

 

 明らかにフォームの崩れた走りをする周囲のウマ娘を避け、スパートをかける。掛かってはいたが、スタミナは持つ。怪物と呼ばれるほどの身体能力を持つブライアンは、元々スタミナに自信があった。

 

『ナリタナリタナリタ! ここでナリタブライアンが速度を上げた! 本性を現した怪物が!! これまでのハイペースを物ともせず、バ郡から一気に抜け出し加速していく!!! やはり強い、強いぞナリタブライアン…』

 

 コーナーで外に出て、直線で一気に差す。これまでの勝ちパターンだ。意識せずとも練習通りに体は動く。極限まで体勢を低くし、更に力任せに速度を上げていき…

 

 

 

『そしてもう一人! 他のウマ娘が速度を落とした隙をついたのか!? 最後方から一気に上がってきた!! ウルサメトゥス、ナリタブライアンの一人旅に待ったをかける!』

 

 瞬間、自分の真横に別のウマ娘が並んでいることに気づいた。

 

「何?!」

 

 いつの間に? 先程までは居なかった。あの幻覚から立ち直ったのか? 

 どこから? 前にいなかったなら後ろから来たに決まっている。

 

「勝たせてもらうよ! ナリタブライアン!」

 

 美しい青鹿毛。よく通る声。小柄な体躯だが、それを感じさせないほどのパワーがある。

 ブライアンは知る由もないが、首を落とされる幻覚を見たのは一瞬のことだ。最速で立ち直ったブライアンは、ほんの一、二秒ほどしか意識を逸らされていない。

 

 そしてそのたった一、二秒のうちに爆発的なパワーで最後方から追い込みをかけてきたのが、今並んでいるウマ娘だ。

 

 ブライアンは直感で理解した。この小さなウマ娘こそ、今回の『領域』を仕掛けてきた張本人なのだということを。

 今回のレースでも敵なんていないと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば、『怪物』すら喰らわんとする恐ろしき『獣』がいたのだ。

 

『ウルサメトゥス、どこにそんな脚が残っていたのか! ナリタブライアンをかわしてトップに立つか!?』

 

 青鹿毛のウマ娘は驚愕するブライアンをジリジリとかわしていく。パワーだけではない、才能の塊と称されるブライアンのスピードにも比肩しうるモノを持っていると、はっきりと理解させられた。

 

「ぐっ…だが!」

 

 しかし、才能の怪物は伊達ではない。

 

「! まだ伸びるの?!」

「舐めるなあああアアアア!!!!」

 

『しかしここで終わらないのがナリタブライアン!! 伸びる伸びる!! 開いた差を瞬く間に差し返した!!!!』

 

 一瞬差されるも、ブライアンは全力を発揮して即座に開けられた僅かな距離を差し返す。

 

 その様、正にハヤテ一文字。

 

 ブライアンはその勢いのまま速度を伸ばして最後の坂を登り、一気に勝負を決めた。

 

『ナリタブライアン、一着でゴール!!!! タイムは1:59.0、皐月賞のレースレコードどころか、中山レース場のコースレコードを記録しました!!! 強い、強すぎるナリタブライアン!! このウマ娘に勝てるウマ娘はいるのか!!!!』

 

『二着は1 1/2バ身差でウルサメトゥス、三着は…』

 

 ブライアンは息を整えつつ、観客席に手を振る。そして後ろを振り返り、疲労のあまり仰向けで倒れている小柄なウマ娘を見た。悔しさからか、目から溢れる大粒の涙を、拭うこともなくボロボロと流している。

 ウルサメトゥス。この身に並んだウマ娘。

 ブライアンはその名をしっかりと頭に刻んだ。

 

(…ウルサメトゥスか。クラシックなど勝って当たり前、姉貴と戦う前の通過点に過ぎないと思っていたが…存外、退屈しないで済みそうだ)

 

 ブライアンはフッ、と小さく笑みをこぼしてターフを去る。

 

 

 それがブライアンの皐月賞。そして、【影をも恐れぬ怪物】ナリタブライアンと、【影より出でし獣】ウルサメトゥス、今世代を代表することになる2人のウマ娘の出会いだった。

 

 

 

「…ちょっと待って?! 何その厨二病みたいな二つ名!!」

 

 

 

 そんな叫びが聞こえたとか聞こえないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 




続かない…と思っていたのですが、感想をもらってしまったため続きます。


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ウマ娘になりました(テンプレ)

1、2話目は短編部分を分割しただけです。悪しからず。


【悲報?】ワイ氏、ウマ娘に転生する【朗報?】

 

 そんなスレが頭の中に立ちそうだった。

 

 はい、というわけでね。ウマ娘に転生しました。前世は一般男性アプリトレーナー、アニメは未視聴で完全にゲームからウマ娘に入った。

 最初は某パワ○ロのパクリゲーかな? と思って始めたが、これが中々面白く、サービス開始から一ヶ月も経つ頃にはどハマりしていた。昼は派遣社員としてあくせく働き、夜はトレーナーとして推しの育成に励む。

 そんなこんなで、他人からどう見られていたかは知らないが、自分としては割と充実した生活を送っていた。

 

 そんな日々の中、事件が起きた、というか死んだのは、とある年のゴールデンウィーク真っ只中。勤めていた先もゴールデンウィーク中は誰もいなくなるとのことで、自分も休むことに。折角だからと友人のいる北海道に遊びに行ったのが運の尽きだった。

 

 

 いやぁ、まさかハイキングに行った先の山で飢えたヒグマに遭遇するとは思わんて。

 

 

 ハイキングコースを歩いていたら、歩き慣れた友人は遥か先。それでも自分のペースで歩いていたところ、クマさんに出逢ったというわけだ。

 

 いや、俺も最初は定説通りクマの目を見て後退りしようとしたよ? でも、クマ側がガン無視で襲ってきたら流石にこっちも全力で逃げるしかないって。現実はネットの記事通りにはいかないと思い知ったよ。

 

 で、襲われて逃げているうちにハイキングコースを外れて無事遭難。どこまでも追ってくるクマ相手に必死に逃げていたけど、夜目が利く動物相手に、しかも山中という完全にアウェーな状況で夜通し逃げ回るのは流石に無茶だった。

 

 最期は呆気なく追いつかれて、後ろからの爪の一撃で首と体が泣き別れになったわ。あ、死んだなって確信したね。だって一際大きな踏み込みの音が聞こえたと思ったら、視界が急に回転して、更に首から勢いよく血を吹き出して崩れ落ちる自分の体が見えたんだぞ? そりゃ死んだことを確信するでしょ。

 

 すぐに視界がブラックアウトした。

 

 どのくらい時間が経ったかは分からないんだが、気づいたら真っ白な空間で目の前になんかめっちゃ後光が差してる女の人が立ってた。

 

「あー、今回もハズレかー。違うんよなー、もっとこう、輝くような英雄の魂を欲してるのよこっちは」

 

「あー、ここは?」

 

「そっちに質問する権利はない。ただまぁ転生の輪からこっちの都合で外したんだし、適当ではあるけどガワは作ってあげるわ」

 

 そして女性は適性はランダムでーとか、脚質もランダムでーとかブツブツ呟いたあと、こっちを指さした。

 

 

「はい、終わり。んじゃ適当に頑張ってね」「何を────」

 

「質問は受け付けないって。あ、名前はウルサメトゥスね」

 

「は?」

 

「行ってらっしゃい〜」

 

 そして俺は再び意識を失った。

 

 そして3歳くらいのときに俺は全てを思い出し、自分に生えたウマ耳ウマ尻尾、そしてテレビに映るウイニングライブを踊る女の子たちを見て、ここがウマ娘世界で自分がウマ娘に転生したことを知った。

 

 

 

 

 いやー、キツいっす。

 

 

 

 

 自我を獲得してすぐ、自分がウルサメトゥスという名前であることを確信した。それを両親に相談したところ、ウマ娘はウマソウルと呼ばれるものが宿っているらしく、それが目覚めたときに自分の名前を自覚する。

 そのため、ヒトとしての名前とは別にウマ娘としての名前を持ち、ウマソウルが覚醒した後はウマ娘としての名前を名乗るそうだ。

 

 そんなわけでその日から名前がウルサメトゥスとなった。

 あの適当な女の人が付けた名前を名乗るのは癪だったが、覚醒が他の子より早いとかなんとかで喜んでいる両親を見て、まぁいいか、という気持ちになった。

 

 今世の両親は、二人の子供からの発言としてはちょっとおかしいが、その、とてもいい人達だと思う。

 

 俺ははっきりと自我を持つ前からあまり子供っぽくなかったようで、乳児時代に必要以上に泣かなかったり、それからも変に大人しかったりと、なんともテンプレ転生者みたいな感じの子だったらしい。

 自我を取り戻してからは異変が更に顕著になり、大人しかったはずが急によく喋って色んなことを聞き始めるわ、口調が敬語になるわ、そのくせ親に遠慮し始めるわで、自分で言うのもなんだがめちゃくちゃ気持ち悪い子供だったと思う。

 

 そんな俺に、両親は精一杯の愛情を注いでくれた。子供らしくなく新聞を読んで情報収集していても、不気味、ではなくもう新聞を読めて偉いわねと言ってくれたり、明らかに未就学児が知らないようなことを話しても、俺の子は天才だ! なんて喜んでくれたりした。

 

 俺が練習コースで走っているウマ娘の子どもを羨ましそうな目で見ていれば、口に出さずともすぐさま察して走らせてくれた。

 

 トレセン学園の制服を着たウマ娘を見て、

 

(入学金も学費も高いし無理だな)

 

 なんて思っていると、入学したいならお金の心配はしなくていい、と言ってくれた。

 

 両親は謎に行動力があり、練習コースで走った次の日には子供用のトレーニングシューズと蹄鉄を買ってくれた。トレセン学園の話になったときには、入学するとも決めていないのに専業主婦だった母がパートを始めた。

 

 俺としては、こんなに不自然な子供を育児放棄せずに育ててくれるだけで有り難いと思っていた。俺が親だったら絶対気味悪がってネグレクトしていたと思う。

 自分だったら絶対にあり得ない、そう思ったからだろうか。どうしても俺はその理由を聞きたくなってしまった。

 聞くのは怖かった。クマに襲われたとき、これ以上の恐怖はないと思ったが、また別ベクトルで同じくらい怖かった。否定されたら。本心では違うことを思っていたら。

 

 お前は不気味だ。

 怖い。

 変。

 

 そんなネガティブな言葉が出てくるんじゃないか。でも、聞かなかったら俺はこの先、一生両親を信じきれないと思った。もし否定されたら、そのときはまた考えようかなんて強がっていた。

 

「俺の子は天才だとしか思わんな!」

「あら、そんなこと考えてたの? 気味が悪いなんて、思うわけないじゃない。だって可愛い我が子よ? 愛する以外ないわ!」

 

 これが答えである。面と向かっていい笑顔で言われ、正直なところ小っ恥ずかしかった。別に前世で愛されなかったというわけじゃない。でも、こうも直接的に言われたら照れる。

 

 同時にとても暖かかった。あの光る女の人に適当に作られた体に無理やり魂だけ捩じ込まれた俺も、存在して良いんだと思った。何故か涙が止まらなかった。両親はそっと抱きしめてくれて、余計に泣き止めなくなった。

 

 ここまでされて、親孝行しないなんて男が廃るってもんじゃないか。いや、今世の性別は女だけど。前世では親孝行する前に死んでしまった。なら、その分まで今世の両親に返したい。心からそう思った。そしてまずは一歩ということで、敬語も遠慮もやめた。

 

 俺は両親の想いを聞いたその日に、トゥインクルシリーズのレースに出て賞金を稼ぐことを決めた。受けた恩をお金で返す。

 もちろん、恩返し=金ではないとは思う。浅はかな考えかもしれない。でも、一番分かりやすいだろう? 感謝の気持ちだけじゃない。明確な形として何かを返したかった。

 トレセン学園の学費とかで負担をかけることは理解していた。

 だが、オープン戦で一度でも勝てれば学費くらいにはなるし、もし重賞で勝つことができれば、学費どころかサラリーマンの生涯年収の四分の一に匹敵するほどの額を貰える(この時は税金のことは頭からすっぽ抜けていた)。地方でのデビューはこの時点でハナから考えなかった。賞金が違いすぎる。

 

 トレーニングを始めるとき、自分の出すスピードに怖くなってしまうんじゃないかと最初は二の足を踏んだ。だが、始めてしまうとそんなことはなく。不思議と走ることに恐怖は憶えなかった。ウマ娘に生まれたからなのか、本能が走りたいと叫ぶのだ。だから、自分が車の速度で走っても怖くなかったし、寧ろ快感すら覚えた。

 

 怖くはないが、そもそも勝てるのか、そんな才能あるのかとは勿論思った。周囲に仲のいいウマ娘なんてものはおらず、比較することもできない。

 ただ、ネットや図書館でトレーニング方法を調べ、体を壊さないように鍛えていくうちに、自分について幾つかのことが分かってきた。

 

 

 まず、この体はとても頑丈であること。

 

 あの光る女の人は適当に作ったと言ったが、明らかに調べたことより多くの負荷をかけてもこの体は余裕だった。当然限界値はあるが、それは考えていたより、調べたより遥かに上だった。

 

 

 次に、走ってるうちに自分の適性が頭に浮かんできたこと。

 

 これは多分あの女の人の仕込みなのではないかと思うが、トレーニングしていると、あるときから自分はこのくらいの距離が得意なのではないか、この脚質が適正なのではないかというのが頭に浮かんできたのだ。調べたが、そんなことはどこにも載っていなかったので、俺個人の特異な体験だと思う。

 

 何となくだが、中〜長距離が得意なのだと思う。その辺で行われている子供限定レースに出たときも、短い距離よりも長い距離で走ったほうが走りやすく感じた。

 今はトゥインクルシリーズで言う短距離〜マイルのレースにしか出たことはないが、これからスタミナが付くと多分もっと長い距離のほうが得意になる、ような気がする。

 

 脚質は追込だった。というか、それ以外走れない。クマに襲われた経験がトラウマになっているのか、自分の後ろから長時間追われるということが苦手になっていた。他の脚質も出来なくはないが、確実に集中力が持たないだろう。

 

 また、トレーニングしていると、スピードよりスタミナ、そしてスタミナよりパワーがどんどん上がっていくのが分かった。

 これが分かった瞬間、俺はスピードを重点的に鍛えることにした。所詮はアプリゲームの知識だが、如何にパワーがあってスタミナが高かろうが、最高速度が遅ければ何の意味もない。そう考え、速度を伸ばすことを意識したトレーニングを行っていた。

 

 

 最後に、この世界には、アプリゲームだった頃と同様、ウマ娘ごとに固有能力があること。

 

 気づいたのは偶然だった。

 ある日、トレーニング器具のある公園で練習していたところ、暴走した犬がこちらに向かってきたのだ。

 中型犬だったが、大きさに関わらず制御されていない犬は凶暴である。ただ、前世でヒグマに襲われて死んだ身からすれば、小さな自分より更に体高の低い生き物が向かってきたところで何も思わなかった。

 ましてや、今世はウマ娘。本格化していない小学生の俺でも既に成人男性に匹敵する、もしくは超えるほどのパワーがある。いざとなれば鎮圧する自信があった。

 

 だからか、思考には余裕があった。

 

 そんな俺が犬に襲われつつ考えていたのは、前世の最期、クマに襲われた時のこと。

 あのときのクマがどのように俺を襲ってきたかは、今でも明確に、鮮烈に記憶に残っている。

 まぁ死んだ時の記憶だからね。しかも殺されてるからね。当然といえば当然かもしれない。

 そして記憶に想いを馳せていると、自分でも何故かは分からないが、無意識のうちにクマの動きを真似ていた。

 

(あのときは、そうだな。クマが俺と同じ動物だとは思えない、ドスンドスンって物凄く重苦しい足音を立てながら迫ってきて)

 

 ドスン!!! 

 

「ワゥッ?!」

 

(距離はまだある筈なのに、心臓を握り潰されるんじゃないかと思うほどのプレッシャーは届いてて)

 

「キューン…」

 

(実際自分の心臓が異常にバクバク鳴って)

 

 ドクンッ! ドクンッ! 

 

「キャィ…」

 

(クマが気配を一旦消して俺の真後ろに立った後、急に殺気を全開にして俺の動きを止めて…)

 

「ヒィン」

 

(そんで最後に、俺の指より長い爪で俺の首を…)

 

「刈り取った」

 

 シャッ! 

 

「ピッ?! クゥーン…」

 

 気づけば、目の前で犬が気絶していた。

 

「あれ?」

 

 思い出しているとき、俺は自分の周囲が真っ暗な空間に包まれているような錯覚を覚えていた。そしてクマが俺にやったように、犬に向かって腕を振り下ろした。そうしたら犬が倒れた。

 

「もしかして…これが『固有能力』か? 現実になってもあるのか?」

 

 半信半疑だったが、何度も繰り返すうちに、固有能力(後に知るがウマ娘の間で『領域』と呼ばれるもの)が存在することを確信した。犬や猫、鳥に対してこれを使い、動物たちがなすすべなく気絶していくのを見て、冷や汗をかいた。

 

(これ、めちゃくちゃ危険だな…もしレース中にウマ娘に対してやって、気絶でもしたら怪我どころじゃない。時速七十キロで走るウマ娘が突然気絶して受け身も取れずに倒れたら…ゾッとする)

 

 そう、あまりにも危険すぎるのだ。ゲーム版ウマ娘プリティーダービーの固有といえば、自分に対して効果のあるものが殆ど。数少ない例外としてマンハッタンカフェの固有は前方にいるウマ娘に干渉するが…その効果は微々たるものだ。俺のように思い切り他人に危害を加えるものではない。

 あ、もしかして俺が固有を使えるのは転生特典ってやつかもしれない。ウマ娘が皆、最初からこんなのを使えたらヤバいだろうしね。実際、ゲームでも固有は才能開花しない限り最初はレベル1だし。特典説は濃厚だな。

 

「でも、これは調整できなきゃ使い物にならないね」

 

 こうして俺のトレーニングメニューに、固有能力の出力調整の項目が加わったのだった。

 

 そして試行錯誤して数ヶ月……何とか出力を抑えて発動させることで、レースで使えるレベルに落としこむことができるようになったのだった。

 出力も段階分けして、何となくプレッシャーに感じるレベル、イメージが流れ込んでくるレベル、明確に首を飛ばされる錯覚を覚えるレベルとバリエーション豊富になった。

 最終手段として最大出力もあるが、これはレースで使ったら事故とかいうレベルではなくなるので封印した。

 練習台になった動物たちにはとても申し訳なく思う。君たちの犠牲は無駄にはしない(殺してはないが)。

 あ、模擬レースでは最低出力しか使ってないよ。もし怪我でもされたら後味悪いし、何よりウマ娘にレースを走りたくない、なんてトラウマを植えつけたくない。

 

 トレーニングと並行して勉強も進めた。ただ、目指すのはトレセン学園の中等部の試験であり、人生二周目としては歴史以外は余裕だった。

 歴史はウマ娘が入っていることで割と前世と異なる部分も多く、しっかりと勉強した。ただ、歴史の変化は小学校の授業を受けるうちに分かっていたことだったので、トレセン学園の試験勉強で戸惑うことはあまりなかった。

 なお、信長とヒトラーはしっかりウマ娘化していた。

 まぁ…フリー素材だからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 時は流れ、俺はトレセン学園の寮にいた。試験は無事合格した。まぁ、筆記は余裕だった。前世では派遣会社に勤めていたが、大したことない学力の所とはいえ大学を出ている身だ。流石に中学入試レベルの問題で躓いたら人生二周目として話にならないだろう。

 

 実技は…どうなんだろうか。周囲にウマ娘の友人はおらず、比較対象がなかったので自分がウマ娘として速いのか遅いのか分からないのだ。

 実技は模擬レースだけではなく、身体能力を測られたり、反射神経、判断力を調べられたりした。

 一応模擬レースでは一着だったが、他の娘を観察しながらレースを進めたため、ぶっちぎって一位になったというわけでもない。多分後ろとは一バ身差も無かったと思う。

 

 寮は相部屋で、同室になったのはシャドウストーカーという娘だ。一年先輩のウマ娘で、昨年同室だったウマ娘が引退し、俺が入ってきたのだという。

 トーカちゃん先輩と呼ばせてもらうことにした。

 トーカちゃん先輩は既にデビューしており、今はクラシック級のマイルから中距離を主戦場にしているらしい。オープン戦を勝利し、桜花賞のステップレースであるチューリップ賞で三着と結果も残している凄いウマ娘だ。

 

「よろしく、トーカちゃん先輩!」

「うん、よろしくねウルちゃん。入学したばかりで大変だと思うけど、分からないことがあったら遠慮なく頼ってね」

 

 うーむ、クールそうな外見からは想像できないほどいい娘だ…。俺の同室には勿体ないよ、ホント。

 

 トーカちゃん先輩は頼って良いと言ってくれたが、彼女はこれから桜花賞に向けて忙しい。俺は俺でデビューに向けて動かなければ。

 入学したばかりだが、俺の体は既に本格化の兆候が出ている。先日まで小学生だったこともあり、俺の体格は優れているとは言えない。というか小さい。145cmしかない。

 体格で有利は取れないが、本格化が始まってしまったからにはデビューするしかないのだ。まぁ、体格で勝敗が決まるなら、重賞に出てくるような強いウマ娘は長身モデル体型だけ、みたいになってしまう。

 

 そうならないのがフシギなウマソウルパワーというやつで、前世のスポーツでは大きな有利要素になっていた体格も、ウマ娘のレースではそこまで大きな要素とはなり得ない。

 

 本格化は、年齢差はあるが、どのウマ娘も春くらいに兆候が見られる。そして秋頃に完全に本格化する。何故生まれた時期が違うウマ娘の本格化する時期が決まっているのかは未だ解明されておらず、研究も進んでいないらしい。

 

 中央でデビューするには、本格化の兆候があると病院で診断書を貰い、学園に申請しなければならない。本格化すれば身体能力が大幅に向上するので、デビューを1年遅らせて本格化してからデビューするということはできない。

 本格化していないウマ娘と本格化した後のウマ娘では、大抵の場合は話にならないほどの力の差がある。それらを一緒くたにデビューさせてしまえば、本格化してないウマ娘はデビュー戦で勝てなくなってしまう。

 俺は入学初日にデビューに必要な書類を持って事務に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、やってきました選抜レース。ここ数週間でこの学園での生活にも慣れ、調子は上々。速く本番のレースに出るためにも、ここで勝ってささっとデビューしなきゃな。

 

 選抜レースはデビュー前のウマ娘が、チームやトレーナーと契約するために自分を売り込むためのレースだ。ここで良い成績を残せればトレーナーたちの目に止まり、契約できれば無事デビューというわけだ。

 選抜レースは四回ある。今回は一回目、つまりはまだ強いウマ娘が山ほど残っていて、最も勝つのが難しく、そして最もトレーナーたちの注目が集まるレース。ここで実力を示せなくてもまだあと三回あるが、回を追うごとに良いトレーナーは少なくなっていくし、出涸らしみたいな扱いを受けてしまう。

 選抜レースでなくても模擬レースなどでトレーナーの目に留まればスカウトされることもあるが、経験豊富なトレーナー達は選抜レースを重視する傾向にあるらしい。

 

 俺は周りに集まったウマ娘たちやトレーナーたちを見回す。皆ピリピリしていて、これから始まるレースに燃えている。ただ、今年デビューするウマ娘が全員集まったわけではない。

 

 その理由は単純で、選抜レースは距離によって開催される日が違うからだ。一昨日は短距離、昨日はマイル。明日はダート、そして今日は中距離のレースだ。メイクデビューに長距離がないからなのか、選抜レースにも長距離はない。

 俺が今日出るのも中距離、芝のレースだ。その第三選抜レースで距離は2000。選抜レースはメイクデビューと同じく九人で行う。

 出走表はレースに参加するウマ娘には既に公開されていて、俺は4枠8番、かなり外側だ。三レース目でそこそこ芝も荒れていると予想されるので、外枠なのはそこまで悪くない。あとは出走するウマ娘だが、少なくとも俺が知っている名前はない。

 

 俺は今回第一レースから見るために早めに来ている。出走表はそのレースに出るウマ娘と、レースを見に来ることを表明しているトレーナー達にしか公開されないため、俺は第三レース以外のレースに出るウマ娘が分からないのだ。

 早い話が敵情視察、これから選抜レースに出るのに余裕だなと思われても仕方ない行為だが、今後ライバルになるであろうウマ娘達だ。誰が手強そう、というのは知っておいて損はない。

 

 さぁ、もうすぐ第一レースが始まる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの…見間違えじゃなければ、第一レース出走者にナリタブライアンがいるんですけど…

 

 

 

 

 

 

 

 これ詰んだのでは?????

 

 

 

 



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未来の【怪物】登場

感想を受けて急遽作成。

荒いわ短いわであれですが…よければどうぞ。

そのうち修正するかも


 え、いやぁ、ほん、ええ? (困惑)

 

 え、本当にナリタブライアン? あの? 

 

 待て待て、落ち着け。be cool、そう、クールになれ俺。冷静になった後、もう一度見直すんだ。見間違いだった可能性が微レ存(死語)。

 

 俺は改めて、既に1枠2番に収まっているウマ娘を見た。

 

 そのウマ娘は、美しい黒鹿毛の長髪を後ろでひとつ結びにしている。

 背はそこまで高くないが、威圧感からか、周囲のウマ娘よりひと回り大きく見えた。

 鼻につけた絆創膏。元はシャドーロールから来ているんだっけか。

 そして何より、ギラギラとターフを凝視する、猛禽類のような黄金の瞳。

 

 いやあんなウマ娘が他にいてたまるかァ!! 絶対ナリタブライアンだよ! むしろもう違う可能性の方が微粒子レベルだよ! 

 

『1枠2番、ナリタブライアン』

 

 あ、今この瞬間確定したわ。

 

 はい。

 

 間違いなくあれはナリタブライアンです…

 

 ナリタブライアンの名前が呼ばれた瞬間、集まったトレーナーたちがザワザワと騒ぎ始めた。

 

「あれがナリタブライアンか」

 

「今クラシック戦線を沸かせているBNWの一角、ビワハヤヒデの妹だな」

 

「ビワハヤヒデは素晴らしいウマ娘だからな…彼女にも期待が持てる」

 

「噂じゃ、ビワハヤヒデ本人が、才能の塊だと称したらしい」

 

 どうやら今のクラシックではBNWでお馴染みの三人、ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンが既に暴れているらしい。そうなのか。

 自分の体を鍛えることに手一杯で、ここ最近活躍してるウマ娘の情報を全然仕入れられてなかったな。反省しなければ。

 過去のレースとか名門の家とかは調べたんだけどな…

 

 さて、ナリタブライアン、長いからブライアンでいいか。

 ブライアンはビワハヤヒデの妹である。で、ビワハヤヒデが優秀なのでブライアンにも注目が集まっているってわけだな。

 

 まぁ注目だけならいいんだけどね…実際とんでもなく強いからなぁブライアンは(白目)。

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 

 これら三つのレースは、それぞれがクラシック級のG1レースだ。前世では三歳馬のみが出走できるレースであり、今世のウマ娘世界においてはデビュー2年目のウマ娘のみが出ることのできるレースだ。

 

 シニア級とは違い一度しか挑戦できないため、このレースで勝つことは、それだけで今後の歴史に名が残るレベルの偉業である。賞金もすごい(小並感)。

 

 これらのレースを目標としてクラシック級を戦うローテーションを「クラシック路線」なんて言ったりする。中長距離を得意とするウマ娘は、だいたいこの路線を目指す。一応俺もその予定だ。だった。

 うん。どうしようかな。

 

 そして何が問題かというと、ブライアンの元になった馬は、皐月賞、日本ダービー、菊花賞を全て勝利した『クラシック三冠馬』なのである。そして、前世ではアプリゲーム版ウマ娘のストーリーにおいても、ブライアンはクラシック三冠を達成している。

 

 クラシック三冠というのは、それはもう凄いことなのである。どのくらい凄いかというと、八十年以上続いている前世の日本クラシック競馬界でたったの八頭しかいないくらいには凄い。

 ちなみにゲーム版ウマ娘で登場しているキャラの中にクラシック三冠は三人しかいない。ミスターシービー、シンボリルドルフ、そしてナリタブライアンだ。

 

 しかも前世では、ブライアンは元となった馬もウマ娘も、クラシック三冠のうち、皐月賞と菊花賞を、レースレコードを出して勝っている。皐月賞に至っては当時の中山レース場2000mのコースレコードでもあった。レコードではない日本ダービーも、ブライアンは大外枠スタートで勝っており、この時点でもう強いとしか言えない。

 

 別に他の馬たちが弱かったわけではない。ブライアンが強すぎただけだ。実際皐月賞で二着でブライアンに敗れた馬も、当時のレースレコードまであと0.1秒というタイムまで迫ったのだ。まぁ、ブライアンはその馬に三馬身半差をつけて圧勝したわけだが。

 

 うーん、ブライアンと同じ距離適性で同世代とか、もう今の時点で吐きそうだよ…

 

 さて、そんなことを考えていたら第一レースが始まるようである。先ほどアナウンスで流れていたようにブライアンは1枠2番、内枠だ。

 まだ荒れていない状態のしっかり整備されたターフ、今日は晴れていてバ場も良好だし、内枠有利だろう。

 

『選抜レース中距離2000m、第一レースが今スタートしました!』

 

 お、始まった。

 一人出遅れたな。でも初回の選抜レースで緊張もあるだろうし、一人出遅れなら良いほうなのか? 

 

『綺麗な、いや3番ストレートバレット出遅れた。その横4番リバイバルリリック、ハナを取りました』

 

「出遅れは一人か。今回は中々集中できてるウマ娘が多いな」

 

「ああ、ナリタブライアンだけじゃなく、この組は期待できるかもしれん」

 

 トレーナーの間ではそんな感じの評価なのね。俺は今日の中距離からしか見てないけど、選抜レースのスタートってバラバラなんだろうか? 

 

 出走者の脚質は、逃げ2、先行3、差し2、追込1、出遅れ1だな。

 出遅れた娘は追込の娘と同じくらいのところにいるけど、前目の脚質だったら無理にでももっと前に行くだろうし、元々差し追い狙いだったのかもしれない。

 

 追込でやってる俺としては、それでも出遅れはダメだと思うけどね。

 遅れたことで心理的に不利になるし、何よりスタートを速くして前のウマ娘たちに一瞬でも並べばプレッシャーを与えられるしな。そこから自分で下がるのと、最初からアクシデントで遅れるのでは全然違うのだ。

 

『先頭が1000mを通過しまして、タイムは0:59.9』

 

「リバイバルリリックが引っ張ってるな。かなり早いペースだぞ」

 

「ナリタブライアンを意識してるのかもな。掛かっているのかもしれない」

 

 逃げを選んだ一人であるリバイバルリリックちゃんがかなり早いペースでレースを進めている。

 だが、表情や走るフォームを見るに焦ってはいない。苦しそうではあるけど、どうやら想定通りの展開に持っていけているように見える。

 焦るともっとフォームが乱れるもんだ。前世で焦りすぎて最期は死んだ奴が言うんだから間違いない。

 

『残り600m、おっと後続のウマ娘たちが上がってこようとしているぞ! その先頭にいるのはやはりこのウマ娘、ナリタブライアンだ!』

 

「仕掛けどころ、やはり上がってきたな。ハイペースで進んだというのに、ここから伸ばす脚を持っているか!」

 

「見ろ、息一つ乱れていないし、フォームも綺麗なままだ。走る姿はビワハヤヒデに似ているな…」

 

 ウマ娘たちがスパートを掛け始めた。その先頭にいるのは予想通りブライアンなのだが…なんか違和感があるな。…ん? 走りがビワハヤヒデに似てる? 

 

 あ、そうか。この頃のブライアンは、まだあの沈み込むような走りを身につけていないのか。

 綺麗なフォームの走りだけど、逆にそれが違和感の正体だった。

 

 ブライアンといえば、極端に低い姿勢からの爆発的な加速。

 怪物の走りの象徴。

 

『ナリタブライアン、逃げる二人のウマ娘を次々とかわしてゴール! タイムは2:01.3、二着に二馬身差をつけて完勝です!』

 

『二着はストレートバレット、三着リバイバルリリック…』

 

 ただ、それがなくても元々持ち合わせてるスタミナ、抜け出しのセンスといった部分が違いすぎる。トレーナーの付いていない未デビューウマ娘という同じ条件の中じゃ、力の差が有りすぎたな。

 

 お、出遅れたはずのストレートバレットちゃんが二着だ。

 出遅れてなかったとしたらブライアンとももう少しいい勝負になったかもな。今後要注意かも。

 リバイバルリリックちゃんも、作戦は悪くなかった。最後もう少し粘れる根性があれば、二着になれてたかもな。

 

 あ、ブライアンだけじゃなくて好走したウマ娘たちにもトレーナーたちが群がってる。

 やっぱり一着じゃなくても良い走りを見せれば、将来性を見込んだトレーナーが来るって噂は本当なんだ。

 

 第一レースが終わって次はすぐに第二レースだ。それが終われば俺の出番。ブライアンは気になるけど、今は情報収集と自分のレースに集中しなきゃ。

 特に次の第二レースには、たった今出された電光掲示板の名前を見ただけでも名門が多いとわかる。

 リボン家、リズム家、ジュエル家にステップ家…どの家も重賞ウマ娘を何人も、コンスタントに輩出している。

 これから手強い競争相手になるだろう。しっかりと実力を見極めねば。

 

 

 

 でもやっぱり気になるなぁ…

 

 ナリタブライアン

 

 同期

 

 う、頭が…

 

 




書き溜めはそもそもないため次話は未定です。


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波乱の第三レース、開始

なんかお気に入りがすごい勢いで増えてて驚愕しました。

若干怖くもある。この期待に応えられるのでしょうか…

ではどうぞ。


 あっという間に第二レースまで終わり、次は俺が出走する第三レースだ。

 

 さっきの第二レースの内容も濃かった。

 

 ジュエル家のジュエルアズライトちゃんともう一人の逃げウマ娘がレースを牽引していたが、差しにヴィオラリズムちゃん、サルサステップちゃん、リボンオペレッタちゃんと、残りの名家が集合したせいで、一人先行を選択した娘が後ろからのプレッシャーで非常にやりづらそうにしていた。

 差しの三人は名家なだけあり、技術が他のウマ娘に比べて秀でている。フェイントや駆け引き、斜行にならない程度の妨害でバチバチにやり合っていた。

 

 最後はそのやり取りでスタミナを消費したのか、差し組は思ったほど伸びなかった。

 そして後ろから全員オイシイパルフェちゃんにごぼう抜きされていったのだった。

 

 それでも序盤中盤の技術の高さに、名家ということも相まり、何人ものトレーナーが差し三人組のところに向かった。

 オイシイパルフェちゃんは見事な差し切りを見せたためか、10人くらいのトレーナーに囲まれていた。

 切れ味のいいスパートだったな、俺も追込脚質として負けてられない。

 

『第三レースに出走する生徒はゲートに集合してください』

 

 第二レースの出走ウマ娘やトレーナーが掃けると、アナウンスが俺を含む次の出走者を呼んだ。

 

 ゲートに向かうと俺が最後だったようで、先に集まった娘たちは準備運動などで時間を潰していた。

 

「遅れてごめんなさい!」

 

「いえ、まだ時間まで少しあるので大丈夫ですよ。今日は前の2レースが早く終わったのでちょっと余裕があるんです」

 

 俺が早々に謝ると、選抜レースの監督をしていた職員の方がそう言ってくれた。ありがたい。

 ブライアンの出たレースはかなりハイペースだったし、名家組のレースもかなり早かった。そういうこともあるか。

 

 周囲に集まったレース出走者と電光掲示板に映る名前を見比べ、顔と名前を一致させる。

 うん、事前に出バ表で知っていた通り、ゲーム版ウマ娘に出てくる有名な娘はいないし、この世界の名家出身の娘もいない。

 今日は第五レースまであるが、もう前の二レースで名家はかなり出たんじゃないかと思う。

 第一レースにはブライアンがいたし、それに埋もれてはいたが他にも名家の出の娘はいた。三着だったリバイバルリリックちゃんもどこかの分家だった記憶がある。

 第二レースには多くの重賞ウマ娘を輩出している名家から四人も出ていた。

 選抜レースに出るウマ娘がそんなに名家ばかりなわけでもないし、いたとしても、今回は様子見した可能性も十分ある。

 

 なんせ選抜レース自体がまだあと三回開催されるし、そもそも第一回である今回も別に今週だけじゃない。選抜レースは二週間に渡って開催されるため、同じ日程で来週にもレースはあるのだ。第一回選抜レース二週目ってな感じで。

 ただ制限として、開催される二回のうちどちらか片方にしか出られない。例外として別の距離なら出られるが、みんな自分の一番得意な距離で出るため、あまりやる娘はいない。

 

 あれ? もしかしてこの組って前の組の出涸らしになってない? 有力なウマ娘いないし。

 あ、そこのトレーナーさんたち! 帰らないでえ! 

 そっちの記者さんたちも、明らかに休憩入るみたいな感じになってる! 

 

『時間になりましたので、出走者はゲートにお入りください』

 

 時間だ。注目されてないかもしれないという懸念はあるが、始まるもんは始まるし仕方ないか。

 俺はさっさとゲートに入った。狭いゲート内が苦手だというウマ娘は結構いるが、元人間なためか、俺はそうでもない。トイレの個室とか、狭いところって落ち着かない? 俺は落ち着く派なんだが。

 

『では出走ウマ娘の紹介です。1枠1番…』

 

 紹介が始まった。野良レースしか参加したことない俺としては、この時点でもう新鮮である。野良レースは紹介とかないしね。なんならゲートが開くタイミングも若干ずれてることあるし。

 さて、入学試験以来久々のレース。ここのところ基礎トレばっかりで出られてなかったし、勝負勘は鈍ってないかな? 

 追込脚質である俺は、序盤は足を溜めて、後半で前に進出し、終盤で一気にちぎる。そういう走りを得意とする。

 ただ、俺の才能としてはパワーとスタミナに寄っていて、スピードは多分そこまで優れていないんだと思う。所詮は自己評価だけどね。どこまであってるのかは分からん。

 では追込は後半までじっと我慢しなきゃいけないのか? 

 

 まぁ基本はそうなんだけど。別に何かしちゃいけないってわけでもない。

 前半から前にいるウマ娘たちをバテさせてもいいわけだ。できるならの話だが。

 

 

 さて、俺と同じレースに出ることになってしまった不幸な諸君。

 申し訳ないけど一着は貰っていくよ。

 是非俺の世界の一端を楽しんでいってほしい。

 何、本気で使う訳じゃないから許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 あ、凄いイキリ転生者っぽい。

 

 

 ───────────────────

 

 選抜レース一週目、中距離の部。

 

 その第三レースが始まろうとしているが、先ほどまでトレーナーや取材に来た記者で一杯だったはずの場所は閑散としていた。

 

 理由としてはいくつかある。

 

 まず、第一レースと第二レースに名家のウマ娘が集中したこと。ベテラントレーナーはそれらのレースに出たウマ娘のスカウトに向かってしまった。

 名家でも凡走したなら話は別だが、今回のレースに出走したウマ娘たちはナリタブライアンを除いたとしても好走しており、十分にスカウトの価値があった。

 

 次に、今回のレースに出走するウマ娘の中に注目株がいないこと。名家でなくとも、地方から中央にスカウトされて来たようなウマ娘がいれば、十分レースを見る価値はある。また、入学試験の模擬レースで派手な結果を出せば注目も集まる。しかし今回の出走ウマ娘には、せいぜい後続と一馬身差で一着だったウマ娘がいるくらいで、その娘も別段タイムが秀でているわけではなかった。

 

 他にもお昼時が近かったとか、近場で行われる重賞レースの時間が近づいていてそちらに向かったなど色々理由はあるが、大きなものに関してはそのくらいである。

 

 今この場で残っている者など、名家のスカウトに行っても断られてしまうような新人トレーナーや、毎年選抜レースは全部見て記事にします! と言い張っている物好きな記者くらいな者だった。

 

 メモを片手にレースを観戦している中森トレーナーもそのうちの一人だった。中森は昨年トレセン学園に来たばかりの新人トレーナーである。

 昨年はベテランのチームにサブトレーナーとして所属しウマ娘への指導やトレーナー業務を手伝いながら学ぶ立場だったが、今年はそれを卒業し、一端のトレーナーになるためウマ娘をスカウトしに来たのだ。

 

 ただ、中森はまだ新人で実績も信用もないため、今日までのスカウトは全て断られていた。有力なウマ娘ばかりに声をかけていたこともあり、そのようなウマ娘たちは先輩たちに取られてしまうと先ほどようやく気づいたのだった。

 

 そこで、先輩トレーナーたちが見向きしないような寒門のウマ娘を見てみようと思い、ここに残った。周囲には彼と同じ考えの新人トレーナーが複数いた。

 しかし、中森も含め、あまり真剣に見ていなかった。寒門ということは、これまでのレースで見たような競い合いは見られない。そう考えているのだ。

 実際、寒門と名門では、トレセン学園に来る前から教えられる知識や鍛え方、学ぶ技術に大きな差が出る。それを考えれば当たり前の反応だった。

 

 中森もあまり期待していなかった。電光掲示板に並ぶのは見たことのない名前ばかりだし、レース慣れしていないのか、ゲートに入ったウマ娘たちの表情は硬いものばかりである。

 

(…ん? なんだこの違和感。確かに表情は硬い。でも、ただレース慣れしてないから硬いというわけでもないような。うまく表現できないけど、なんか、ピリピリしてるというか。危険を感じる? みたいな…)

 

 中森はこの光景に違和感を感じていた。周囲を見渡すが、つまらなそうに見ているものばかりで、中森のように何かを感じた、という表情をしているトレーナーはいない。…一人、異常なまでに目を輝かせている記者ならいたが。

 

(気のせいなのか? いやでも、だんだん強くなってる…か? 昔、でっかい犬に追われて命の危機を感じたときに若干似ているような、気もする)

 

 考えているうちにも、違和感は強くなる。一度そう考えてしまうと、このピリピリした空気も、ウマ娘が選抜レースに緊張しているのではなく、別の要因で緊張しているのではないかと思ってしまうほどだ。

 

 そして、緊張が最高に達した瞬間、レースが始まる。

 

 

『スタートしました…っておおっと! いきなり全員、いや八人出遅れた!? いったいどうしてしまったというのか!!』

 

 中森の感じた違和感に応えるように、スタートからほとんどのウマ娘が出遅れてしまった。逃げ先行を選択しようと思っていたウマ娘たちが焦って前に出ていく。そして、一人だけ綺麗にスタートを決めたウマ娘は、一瞬だけ逃げウマ娘たちと並ぶように加速した後、他のウマ娘の進路を塞ぐことなく速度を落とし、まるで定位置に戻るかのように自然に最後尾へと下がっていった。

 

 

 いきなりアクシデントで始まった波乱の第三レースは、まだ序盤も序盤である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────レースはゲートが開く前から始まっている、なんてね。

 

 

 




感想、及び誤字報告ありがとうございます。

非常に助かります。

感想は時間があるときに返信します。


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潜む影

昨日帰ってきて見たらお気に入りが爆増していて仰天しました。

どうやらランキングにも乗っていたようで、ちょっと理解が追いついていないです。
本当にありがとうございます。

評価もとても励みになります。

そしてまた急造したのでどうぞ。書き溜めなど、できていないのです…


 

 ウマ娘たちが揃って出遅れるという異常事態から始まったレース。

 

 普通のレースならば、出遅れはレースへ与える影響がかなり大きい。しかし、ほぼ全員が出遅れているならば、不利はそこまで無い。

 唯一出遅れなかったウマ娘も、50mほどは先頭を進んでいたが、何故か有利を維持しようとはせず、ハナを取り返そうとして上がってきた逃げウマ娘に抵抗することなく下がった。

 そしてそのまま先行、差しのウマ娘に順に抜かされ、ずるずると下がって最後尾についた。

 

 最初の出遅れにさえ目を瞑れば、レースは既に平常を取り戻しているように見えた。

 レースを外から見ていたトレーナーたちも、最初だけ驚いたが徐々に落ち着きを取り戻す。

 

「出遅れには驚いたが、一週目の選抜レースだしこういうこともあるか」

 

「おいおい、集中できてないんじゃないのか?」

 

「まぁどうやらウマ娘たちも自分たちの位置に取り付けたようだし、ここからだな」

 

 しかし、落ち着きを取り戻したのは外野だけだった。

 観戦していたトレーナーたちは、先頭が最初のコーナーを抜けたところで、出走中のウマ娘たちの異常を知ることとなった。

 

『さあ先頭は第一コーナーから第二コーナーを抜け最初の直線へ向かうが…まだ加速している?! 掛かってしまっているのでしょうか? 後続も置いていかれまいとそれに続く!!』

 

「おい、ペースが速すぎるぞ。これじゃ最後まで持たない」

 

「ああ。いくら出遅れたからって気にしすぎだ。足が残らないだろう」

 

 逃げウマ娘たちは後続を引き離すために、スタート後の直線だけでなく最初のコーナーでも膨らみつつ加速していた。それ自体は、出遅れたことを考えると選択肢に入らないわけではない。

 しかし、逃げウマ娘たちはコーナーを抜けて直線に入ってもまだ速度を上げ続けていた。

 先行策を選択していたウマ娘も、引き離されすぎては最後追いつけないと考えたのか速度を上げる。差しを選択したウマ娘も同様だった。

 

 それはまるで、何かに追われているような、怯えているようにも見える走りだった。

 

 少し冷静になれば、これほどのペースで走り続けるなど不可能だと分かるし、それに気づけば脚を溜めることもできたはずだった。

 だが、走るウマ娘たちは、そんな選択肢など毛頭無いと言わんばかりにハイペースの展開を続ける。

 

『先頭が今1000mを通過し…タイムは0:59.6!? 出遅れでタイムロスしたことを考えると、破滅的なペースだ! 本当に大丈夫なのでしょうか?!』

 

「第一レースの中間タイムより速い…これで走り切れるなら将来有望どころの話じゃないな」

 

「本当にな。まぁ、そんな訳は無いんだが」

 

「ほら、もう一人脱落してるぞ」

 

 新人トレーナーたちの言うように、このままのペースで逃げ切れたのならゴールタイムはナリタブライアンより速くなる。しかし、今年デビューする、まだ本格化しきっていないウマ娘たちにそれほどのスタミナは無い。

 先頭から八番目までは10バ身ほどだが、一人スタミナが切れたのか、そこからさらに5バ身ほど離れたところに最後尾がいる。

 

「ここからどれだけペースが落ちるかな」

 

「やっぱり掘り出し物なんてそうそう無いわな」

 

 何人かの新人トレーナーは、完全に見る気を無くしている。そうでない者も、あまり集中して見ていないのが殆どだった。

 

 ただ一人、最初からこのレースに違和感を持っていた中森を除いては。

 

 

 

(あのシンガリを走ってる娘…最初に唯一出遅れなかった娘だ。最初あっさり先頭を譲り渡して最後方についた)

 

 中森は他のトレーナーが脱落したと評したそのウマ娘にこそ注目していた。

 

(途中、他のウマ娘の動きが激しすぎで良く見てなかったけど、もしかしてずっと後ろにいたのか?)

 

 スタートに成功したはずのウマ娘があっさりと後ろに下がり、そのまま後方待機している。それは、典型的な追込脚質のウマ娘の走りだった。

 そして、追込が最後尾で足を溜めているのだとすればそれは作戦であり、疲労で後ろに下がっているわけではないはずだ。

 

(離れてる距離から考えると…追込脚質として見るなら、いいペースだと言える。デビュー前のウマ娘として考えるなら、むしろかなり速めなくらいだ。でも、あの娘は多分掛かってるわけじゃない。その証拠に、フォームも前との距離もずっと一定だ)

 

 遠くてしっかりと確認することはできないが、体力が切れはじめたのか、前を走るウマ娘たちは段々とフォームが崩れて来ているように見える。

 そしてそれとは対照的なのが、最後尾のウマ娘だ。一人だけずっと一定の走りを続けている。

 独特なフォームで、あまり綺麗な走り方とは言えないが、それは寒門の出ということを考えれば別段おかしなことではない。

 

 レースは後半に入った。トレセン学園の模擬レース場は複数あるが、選抜レースに使用されるコースはその中でも最も平坦なコースである。起伏も、角度あるコーナーもなく、走りやすいがその分地力の高さが求められる。

 

 そして、前方を走るウマ娘たちは、坂でもないのに減速し始める。スタミナが切れたということは誰の目から見ても明らかだった。

 

『おおっと、ウマ娘たちが最終コーナーに差し掛かるが、速度が落ちていく! やはり前半の超ハイスピードなレース展開が堪えてしまったか!』

 

「言わんこっちゃない。身の丈に合わないスピードを出すからだな」

 

「前走、前々走に影響されたか。あのハイペースの展開を見て自分たちもって思ってしまったのかもしれない」

 

 周囲が既に見るべきところは無いと総評を始めるが、中森の耳にそれらの音は入っていなかった。目に映るのは、未だ最後尾にいる青鹿毛のウマ娘のみ。最後尾なことに変わりはない。変わっているのは前との距離だ。

 第三コーナーに入ったとき前のウマ娘と5バ身開いていた差が、今は全く無くなっていた。ピッタリと後ろに付いている。

 

(前の集団も距離が詰まってきている。コーナー前まで先頭から八番目まで10バ身開いていた差が、今は6バ身くらいだ。そして、全体のスピードは確かに下がって来てはいるが、さっきまでが異常だっただけだ。今も逆噴射というほどに遅くなっているわけじゃない)

 

 スピードは下がっている。しかし、スタミナの切れたウマ娘たちはそれでも必死の形相で走っている。距離が近づいたことで表情が見え、ウマ娘たちが歯を食いしばって無い脚を回していることが良く分かる。

 

(それなのに距離が無くなった。つまり、あの娘はここに来て自ら速度を上げ始めたということだ。同じペースで走っていただけならここまで距離が詰まっていないはずだ。やはり、序盤は一人冷静に脚を溜めていたんだろう)

 

 最終コーナーを抜け、残り400m。殆どのウマ娘が息も絶え絶えに気合いと根性だけで走っている。もはや集団に差はなく、ひと塊となって直線を走り始めた。

 

 そんな中、青鹿毛のウマ娘はコーナーの終わりでスッと外に抜け出す。意識の外を突くような移動に、中森は目を見張る。一瞬の出来事であり、もし中森が瞬きしていたら、最初から外側にいたと勘違いしていただろう。それほど機敏な動きだった。

 外から見ている中森ですらそうなのだ。同じコースを走っているウマ娘は気づけないはずだ。それを証明するかのように、青鹿毛のウマ娘は誰にも邪魔されることなく、外側からゆっくりと進出していく。

 

『残り200m! この塊となった状態で、いったい誰が抜け出すのか! これは…外だ! 外から少しずつ上がって来ている! 8番ウルサメトゥス、ジワジワと前に出ていく! 前半のハイペースを超え、最後まで脚を残せていたのか!? ウルサメトゥス、そのまま差し切ってゴール!!!』

 

「終わったか。最後は根性勝ちって感じか?」

 

「ま、勝つ気持ちが強かった娘が勝ったってことだな」

 

『タイムは2:04.1、二着は1 3/4バ身差で…』

 

 レースを碌に見ていなかったトレーナーたちが口々に適当なことを言う。中森が(何故か記者の一人も)そんなトレーナーたちを冷めた目で見るが、すぐに視線を戻した。

 あのレースを見て何も思わない有象無象より、このレースを作り出した者の所へ向かわなければ。

 

 中森が見る先のウマ娘、ウルサメトゥスは一着だったことを喜ぶように満面の笑みだ。そして、周囲のウマ娘が疲労で歩くのも覚束ない中、一人軽く息を整える程度で済んでいた。

 

 レースを終えたウマ娘がコースから出てくる。中森は急ぐ気持ちそのままに、駆け足で一人のウマ娘の元へ向かった。

 

 中森は半ば直感で理解していた。今回のレースを作り出し、支配していたのがこのウマ娘だったのだと。違和感の正体も、異常なハイペースも。

 もしかしたら、最初の出遅れすら手のひらの上だったのかもしれない。

 

 ここでスカウトできなければ、もう中森にチャンスはないだろう。

 今は見向きされなくとも、いずれこの娘は実力を認められ、誰かに取られてしまう。

 その前に、自分が。

 

「キミ、ちょっと時間を貰えないか? まずは、選抜レース一着おめでとう。僕はトレーナーの中森という者なんだけど…」

 

 そして中森は知る。

 目の前の小さなウマ娘が、自分の想定をはるかに超える異質な才能を持っているということを。

 

 すぐに身をもって思い知らされることになるのだった。




また後でちょいちょい直すかもしれません…


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追われる恐怖を知る者

やべー勢いでお気に入りが増えてた…

ウマ娘すごい。そう思いました。

改めて、感想、評価、お気に入りありがとうございます。

モチベになります。

例の如く急造ですが、良ければどうぞ。



 みんな緊張した表情してるなぁ。いや俺も緊張してない訳じゃないんだけどね。

 さて、レースはまだ始まってないけど盤外戦術を始めさせて貰いますかね。

 

 目を閉じ、あのときのことを思い出す。

 他でもない、俺が死んだときのことだ。

 ハイキングコースのカーブを曲がった先、バッタリと出くわした茶色の毛皮。

 

 嫌につぶらな瞳と目が合って…

 

「ッ…!」

 

 思い出しただけで俺の心臓がバクバクと鳴り始める。

 

 これで準備完了だ。

 何をしたか? 俺の『固有』の発動条件の一つを満たさせて貰ったのだ。

 

 前世であんな死に方をしたからなのか、俺は今でも、あのときのことを思い出すだけで心臓が異常なほど拍動してしまうようになった。

 今のところこれで悪影響があったことはない。一応医者にも見てもらっているが、どうやら心臓が一般的なウマ娘と比べてもかなり強靭らしく、この状態が続いても多少疲れやすいくらいだ。ただ、非常にうるさい。

 

 

 ところで話は変わるが、前で走るウマ娘がどうやって他のウマ娘の居場所を把握しているかご存知だろうか? 

 全然把握していないなんてことはない。仕掛けどきを見極めたり、相手のコースをそれとなく妨害したりするためにも、最低でも大体の距離感くらいは分かっておく必要がある。

 

 目で見て把握している? 

 もちろん、それが一番確実だ。コーナーに差し掛かれば後ろの方で脚を溜めるウマ娘が見える。

 ただ、ウマ娘は馬じゃない。目はヒトと同様に顔の前面に付いているし、視野はほぼ180°。馬のように視野が350°あるなんてことはないから、近くにいるウマ娘も振り向かないと見えない。だから目から得られる情報だけじゃ不足する。

 

 前世の競走馬も視野を道具で制限していることはあるだろうって? あるが、前世の競走馬には、ウマ娘にはない決定的なモノがある。そう、ジョッキーの存在だ。

 彼らは走る馬の代わりに後方の目となり、そして頭脳となり仕掛けどきを判断し、馬に伝える。

 

 ウマ娘にジョッキーはいない。

 だが、ウマ娘たちは、その代わりとでもいうように、他の感覚を発達させている。それは聴覚、それに触覚だ。

 もっと言うとウマ耳とウマ尻尾のことである。

 

 ウマ娘のウマ耳はとてもよく聞こえる。例えば、ヒトがボソッと呟いたような独り言でも、10メートル以上離れたウマ娘が簡単に聞き取ってしまう。

 

 ウマ尻尾は、他のどの部分よりも敏感だ。集中すれば、微細な空気の振動すら感じ取れてしまう。

 

 

 これを踏まえて、ウマ娘が他のウマ娘の居場所をどのように把握しているか。

 

 それは、非常によく聞こえる耳で他のウマ娘の足音を聞き取り、更に超敏感な尻尾で空気を介して伝わる振動を感じ取って、距離を察知しているのだ。

 

 

 

 ではここで話を戻そう。

 俺の心臓は、クマに襲われたことを思い出すと非常にうるさくなる。

 どれほどうるさいかというと、ヒトでも隣にいれば余裕で聞こえるし、ウマ娘の優れた聴覚なら、俺の半径10m以内にいれば聞こえてしまうくらいにはうるさい。

 そして、ゲートの広さは約2~2.5m。

 つまり、4枠8番という今の俺の位置からなら、今回出走するウマ娘は全員俺の心音が聞こえる範囲内というわけだ。

 

 そして、この「俺の心音が聞こえる状況」こそ、俺の『固有』発動のキーとなりえる。

 

 トレセン学園入学前のトレーニング中に、固有の発動条件は一通り調べた。

 そうして分かったのは、俺の固有は発動条件が複数あり、効果が二つあるということ。固有が二個あるという訳じゃないと思う。なぜなら一個目の効果がかかっていない相手には二個目の効果が発動しないからだ。

 

 一つ目の効果。それは、相手を掛からせる効果だ。

 

 最初の条件は、「相手が動揺すること」。

 レースに集中している相手を動揺させるには、普通なら技術が必要だ。

 だが、何度も言うように俺の心音は爆音だ。

 普段なら他人の心音が聞こえても「こいつ大丈夫か」で救急車を呼ぶくらいで済むかもしれない。でも俺がこれをやるのはレース中。

 自分の心音すら雑音として排除してしまう程の集中のさなか、突然無視できないほどの大きな心音が聞こえてくるとどうなるか? 

 その心音を自分のものだと勘違いしてしまうのだ。もちろん、実際の自分の拍動とは差異が発生する。それにより呼吸が乱れる。集中も乱れる。

 そこで極め付けに、俺がクマ仕込みの殺気を放ってやれば? 

 

『スタートしました…っておおっと! いきなり全員、いや八人出遅れた!? いったいどうしてしまったというのか!!』

 

 こうなる。

 俺が綺麗にスタートさせて貰う中、見事に(?)他は全員出遅れだ。さて、君ら今動揺したな? 動揺したよな? 

 ここまで上手くいくことは珍しいんだが、そこはラッキーということでね。

 

 逃げ先行の娘は立て直そうとして加速してくる。

 俺はちょっとだけ加速して、並んでやることでさらに動揺を誘うかな。小細工だが、出来るならやった方がいいだろう。そんである程度で下がると。

 

 さぁ、ここが仕掛けどきだ。

 

 他のウマ娘たちは、動揺からくる焦りで、立て直すのに普段より大きくスタミナを使う。これだけで結構有利を取れた。

 そして少し冷静になって今の状況を把握するために感覚を集中させると、感じ取ってしまうのだ。

 

 ドスン、ドスンという追ってくるような大きな振動を。

 

 これこそ俺の固有発動条件の二つ目。「相手が俺の足音をはっきり認識していること」だ。

 そう、俺の固有は相手に作用するだけあり、発動条件が相手依存なのだ。

 しかも個別。だからかかる相手には効くし、かからん相手には何のこっちゃなのだ。

 足音が聞こえる範囲が効果範囲。だが俺は独自に開発した「足音が大きく聞こえる走り方」を習得している。

 

 その範囲は約半径40m弱。大体15バ身くらいだ。

 それ以上遠くなると、流石に周囲の音や他のウマ娘の足音の中に埋没してしまう。ただ聞こえているだけじゃダメなのだ。

 だが狙いは一緒に走るウマ娘。

 最後尾から先頭まで、範囲が15バ身もあれば十分(つーか、それが限界)。

 動揺してなおかつこの範囲に入ったウマ娘たちは、もれなく俺の固有にご招待という訳だ。

 

 さあ掛かれ掛かれ! 

 スピードに劣っている(と思われる)現状、俺の勝ち筋は他の速い娘に遅くなって貰うしかないのだ。

 スタミナを使え。脚を消費しろ。最後にスパートできないほどに消耗してしまえ! 

 

 

 その先に俺の勝利がある。

 

 

 

 

 

『先頭が今1000mを通過し…タイムは0:59.6!? 出遅れでタイムロスしたことを考えると、破滅的なペースだ! 本当に大丈夫なのでしょうか?!』

 

 ここからは後半。そろそろ疲れてきただろう? 

 俺は先頭から15バ身以内の位置、且つ最後方で脚を溜め続けている。

 

 俺の固有は、一度動揺してしまうと、それからは足音が聞こえる範囲にいる限り永続だ。

 だから今回のように前半からかけ続けられると最高、と思うかもしれないが、これ、こっちも結構疲れる。

 相手との距離を保ったり、走行姿勢を維持するのにかなり気を使ってしまい、普通に走るより疲れるのだ。

 

 で、固有を序盤から使うと、第二の効果が使えなくなる。第二の効果は、体力に余裕がない状態で発動すると俺が自滅してしまうのだ。

 何故体力が必要か? まぁ、それは使うときにまた。

 今回は最初から第二の効果を使う気がなかったからね。

 使う気がないというか、使えないというか。最低出力だと効力が低く、第二の効果を使っても発動しているか分からないくらいまで効果が落ち込んでしまうのだ。

 

 序盤から使って相手を消耗させ続けるか、それとも中盤以降に使って第二の効果まで発動させるか。

 今後はレース前にしっかり相手を研究して、どっちを使うか決めなきゃな。

 

 レースはここから第三コーナー、他のウマ娘の速度も落ちてきたし、俺は距離を詰めさせてもらいますか。

 

『おおっと、ウマ娘たちが最終コーナーに差し掛かるが、速度が落ちていく! やはり前半の超ハイスピードな試合展開が堪えてしまったか!』

 

 ごめんそれ俺のせいだわ。

 理不尽? うんそうだね。まさか選抜レースに出てくるウマ娘が、最低出力とはいえ固有を使ってくるとは思わんわな。

 

 でもこれ競争なんだよね。悪いとは思ってるけど、使えるものは使わせてもらう。

 戦争ではないから最高出力は一生封印してると思うけど。

 

 前から八番目の娘の後ろにピッタリと張り付き、隙を伺う。選抜レースとはいえ、ここにいる時点で入学試験を突破した猛者たちだ。油断なんてしない。

 前の娘たちが気力と根性で走るが、やはり速度が落ちて位置がどんどん固まっていく。塊になる。ゴールまで残り、400m。

 

 ────ここだ!!! 

 

 俺は最大の武器であるパワーを使い、コーナーで一気に外に抜け出す。

 これまでとは逆に音ができるだけ響かないように気を使った足運びだ。多分、俺が横に飛び出したことに誰も気づけなかっただろう。

 

 残り200m。他の娘も必死にスパートをかけるが、速度が上がらない。

 当たり前だ。全てはこの瞬間のために、俺が仕掛けた罠。

 かかったら最後、誰も逃れられない! 

 

 200mしかないのに最後方からなんて大丈夫かって? 

 十分だ。なんせもう先頭から後ろまで3バ身くらいしかない。しかも他の娘の脚はズタボロ。

 そんな中、一人だけ脚が残っていれば結果は明白だ。

 阻むものもない。

 

『残り200m! この塊となった状態で、いったい誰が抜け出すのか! これは…外だ! 外から少しずつ上がって来ている! ウルサメトゥス、ジワジワと前に出ていく! 前半のハイペースを超え、最後まで脚を残せていたのか!? ウルサメトゥス、そのまま差し切ってゴール!!!』

 

『タイムは2:04.1、二着は1 3/4バ身差で…』

 

 俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 アクシデントもなく、順当な勝利だった。

 

 いやぁ、笑いが止まらないな!! 

 まだスタミナに余裕はあるし、固有も全力じゃない。

 

 この固有は相手を妨害する類のものだし、試してないけど何回も同じ相手に見せたら効果が薄れる気がするんだよね。

 だから最低出力にした。今回一緒に走った娘もここで諦めるとは思えない。また対戦することもあるだろう。その時に慣れられてたら困るのだ。

 

 しかし…トレーナーがいねぇ! 

 いや正確に言えば数が少ない。そしてこっちを見もしない。

 

 そんなに不甲斐ないレースしたかな? いや、確かに前二つのレースに比べたら見どころはなかったかもしれないけどさぁ。

 一着取ったんだよ? 一人くらい来ない? 普通。

 

 お、そんなこと考えてたらこっちに来る人がいる。

 凄い早足だ。

 早足ってより駆け足だ。

 

 いやなんか目が血走ってるんだけど。

 怖いよ! 

 

 え、もしかして俺の固有バレた? 

 そんで他の娘応援してて、勝った俺に文句ないし危害を加えようとしてるとか? 

 

 ああ、茶色のスーツがクマの毛皮に見えてきた。俺を殺した憎きアイツ。

 一度そう思ってしまったら、俺の心臓は高鳴り始める。

 大きな身体。あれはクマか? いや違う。でもこっちに血走った目で駆け寄ってくる。やっぱりクマか? 

 

 

 来るな…来るなよ! 

 

 もうなんでもいいよ、俺に近づくな! 

 

 こっちに来るな!!! 

 

 

 

「キミ、ちょっと時間を貰えないか? まずは、選抜レース一着おめでとう。僕はトレーナーの中森という者なんだけど…」

 

『来るなぁ!』

 

 全力で固有を発動した。

 

 この固有の元になったクマには効かないかもしれないが。

 

 衝動のままに、無我夢中で腕を振り下ろす…

 

 

 

 

「あ」

 

 眼前の男性が気を失ったところで我に返った。

 

 やべ、これクマじゃなくてトレーナーじゃん。

 

 周りの目が痛い。

 

 と、とにかくこのトレーナーを保健室に運ばなきゃ! 

 

 

 

 

 うぅ、土下座で許してもらえるかな…

 

 

 




今回少し難産だったので、後で矛盾が見つかるかも…
見つかったら直します。

あ、タグに色々と追加しました。予防線ですね。


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掲示板回:今年デビューのウマ娘たちを見守るスレ

祝!総合評価1000pt達成!

応援ありがとうございます。お気に入り700件越え…本当に恐縮です。
感想、評価、誤字報告もありがとうございます。励みになります。

そんな中割と洒落にならない設定ミスが発覚しました。
でももうここから変えるのはアレなのでそのまま行きます…

あ、でも修正しなきゃいけない部分は修正しております。

そして何の設定ミスをしたかは…今回の話の中にそういう設定として盛り込みました。

気になった方は(探さないで欲しいけど)探して見てください。

それではどうぞ。



今年デビューのウマ娘を見守るスレその4

 

 

 

255:名無しのウマ娘 ID:Kitt+4rpC

今年も選抜レースが始まるわけだが

 

257:名無しのウマ娘 ID:4l7utbdn4

まぁ俺らはUmatubeのトレセン学園公式が流すレース映像からでしか状況が分からないんだけどな!

 

258:名無しのウマ娘 ID:DyZYgLCpl

>>257 分かるだけ良いと思わんかい

 

259:名無しのウマ娘 ID:RA9HuBV8q

それはそう

 

260:名無しのウマ娘 ID:8ZtL5wUhL

短距離からだよね?

 

263:名無しのウマ娘 ID:oGoPQnh/c

明日から短距離→マイル→中距離→ダート(マイル)の順で行う

で、第一回選抜レースは今週と来週の二回

 

264:名無しのウマ娘 ID:xa48oX4gI

注目株はいる?

 

267:名無しのウマ娘 ID:qpRE8WTCu

>>263 捕捉すると、第二回は来月にやる。そっから一ヶ月ごとに一回ずつやって、8月の終わりから9月の頭でラスト

 

270:名無しのウマ娘 ID:D9TpM1jlK

今年もいつもの名家軍団から何人も出てるぞ

 

272:名無しのウマ娘 ID:Y+OWEC4rR

分家からも何人か出てるな

 

274:名無しのウマ娘 ID:BxHCbmHhv

俺のジュエルアズライトちゃんのことか?

 

277:名無しのウマ娘 ID:HqDCtjyzC

いつもの名家軍団というパワーワード

 

278:名無しのウマ娘 ID:KL/TLuMx+

もう聞き慣れたけどよく考えたらすごい言葉だよな

 

279:名無しのウマ娘 ID:kUtkRRo+q

ジュエル家、ステップ家、リズム家、リボン家?

 

282:名無しのウマ娘 ID:ms61pRnlR

>>274 お前のではない

 

俺のだ

 

283:名無しのウマ娘 ID:0V2yOZatz

あとはナリタブライアンだな

 

284:名無しのウマ娘 ID:fqbsQXQN5

ナリタブライアンかな

 

285:名無しのウマ娘 ID:xYsayB+lg

>>279 が言ってるのは四大名家な。

あとアクア家とかグリモア家とかもいつもの軍団に入る

 

286:名無しのウマ娘 ID:tZFhGBrDg

>>274

>>282

現実を見て?

 

288:名無しのウマ娘 ID:+SYMw/NCi

ナリタブライアンはビワハヤヒデの妹だっけ?

 

289:名無しのウマ娘 ID:oTNSEtSCo

>>279 ちなみにその四家、今年は全員中長距離路線らしいですよ!

 

290:名無しのウマ娘 ID:uiUYtq0rF

そう、ビワハヤヒデの妹にして、ビワハヤヒデが「才能の塊」と評したらしい

 

292:名無しのウマ娘 ID:2IX8al4UA

>>289 それどこ情報?聞いたことないんだが、本当なら来年のクラシックは荒れそうだな

 

293:名無しのウマ娘 ID:9UPnTaTVu

今年は差し追いのパルフェ家から一人出てるってマ?俺あそこのファンなんだが

 

295:名無しのウマ娘 ID:N8WVjB1XI

才能の塊ってのは聞いたことあるな。朝日杯の取材後の本人のUmatterだっけ?

 

297:名無しのウマ娘 ID:oTNSEtSCo

>>295 そうですよ!

>>292 詳しくは今日発売の月刊トゥインクル5月号をご購読下さい!

 

298:名無しのウマ娘 ID:3n9xcptTi

なんにせよ楽しみだ

 

 

 

 

 

790:名無しのウマ娘 ID:2wdo8AEx0

ほらお待ちかねの中距離来たぞ

https://www.umatube.com/watch?…

 

792:名無しのウマ娘 ID:ibNkOU5/i

待ってたぜぇこの瞬間(とき)をヨォ!!

 

793:名無しのウマ娘 ID:z7QSv7VMq

来ちゃうのおおおお

 

794:名無しのウマ娘 ID:9JiCL5qog

きも

 

796:名無しのウマ娘 ID:Y3+9GoIkA

ペース速いなー

 

797:名無しのウマ娘 ID:CP2KOrE90

>>793 通報した

 

799:名無しのウマ娘 ID:fuejYKbmX

注目のナリタブライアンは先行か

 

800:名無しのウマ娘 ID:ry+Y4p6pw

走りがビワハヤヒデと似てる気もする

 

801:名無しのウマ娘 ID:0cUC2Nks6

速いのか?よく分からんのだが

 

802:名無しのウマ娘 ID:p0SEWGO2f

ビワハヤヒデの方がデカそうだな

 

803:名無しのウマ娘 ID:hYAh1dQED

>>802 誰の顔がデカいって?

 

804:名無しのウマ娘 ID:48FnuinJa

2000mのレースで半分過ぎて一分経ってないんだぞ。速いよ

 

805:名無しのウマ娘 ID:BEQP7Vptm

リバイバルリリック掛かってる?

 

807:名無しのウマ娘 ID:4KKIgvpg0

残り600mで仕掛けてきたな

 

809:名無しのウマ娘 ID:NvhGHInsL

>>804 でも2000mで良バ場なら普通じゃん?

 

810:名無しのウマ娘 ID:ONn+X/Ahk

ナリタブライアン抜け出したな、良いセンスだ

 

811:名無しのウマ娘 ID:v+4S1Z/WV

>>805 掛かってなさそう。焦ったような表情じゃない

 

813:名無しのウマ娘 ID:iy4m0XORg

出遅れたストレートバレットがアガってきてる!

 

814:名無しのウマ娘 ID:ZMRW5hEA/

>>809 デビュー前やぞ

 

816:名無しのウマ娘 ID:a+5qT9GCo

>>809 まだトレーナーも付いてないんだぞ

 

818:名無しのウマ娘 ID:vjF+lMWlp

一着はナリタブライアンか。順当だし、強い走りだったな

 

820:名無しのウマ娘 ID:04HLMWhFu

リバイバルリリックもよく健闘したわ

 

821:名無しのウマ娘 ID:EsBjIpI2p

ストレートバレットォ!!お前出遅れなかったらワンチャンあったやんけ!次は期待してるからなぁ!!!

 

822: ID:clDE6++MD

>>800 フォームが綺麗だもんね、ビワハヤヒデは

 

823:名無しのウマ娘 ID:Iw2qRiG35

>>814

>>816

そうだった…

 

825:名無しのウマ娘 ID:D96nyqKdj

よくこのハイペースでスタミナ持つなぁ

 

826:名無しのウマ娘 ID:NO1THoykY

才能は身体能力がってことか?

 

827:名無しのウマ娘 ID:aoEp4VJpP

レース運びも丁寧で良かったぞ

 

829:名無しのウマ娘 ID:V2g7M6Y+0

>>821 ツンデレかな?

 

830:名無しのウマ娘 ID:e1B9yeDe+

デビュー戦いつ?

 

831:名無しのウマ娘 ID:6HGuKCwqS

最速で6月

 

832:名無しのウマ娘 ID:DqsHKLsl+

第二レース来たぞ

https://www.umatube.com/watch?…

 

 

 

 

 

52:名無しのウマ娘 ID:oR1FE1NFg

めちゃくちゃ盛り上がったね

 

53:名無しのウマ娘 ID:BMaVVs1xE

各名家のファンが出てきて誰が一番強いかでずっと争ってたからな

 

54:名無しのウマ娘 ID:I47OiHPah

まぁ結局最強は全員まとめてぶち抜いたオイシイパルフェちゃんなんですけどね

 

56:名無しのウマ娘 ID:6iDGFub/u

>>54 お、戦争か?

 

59:名無しのウマ娘 ID:8vjChEmKN

>>54 中盤の仕掛け合いでスタミナ使ってなかったら俺のリボンオペレッタちゃんが勝ってたんだよなぁ…

 

62:名無しのウマ娘 ID:y11Fqx9e2

>>54 それ以上はまた争いになるからNG

 

63:名無しのウマ娘 ID:Uv56w21ZR

あの、質問していい?何で今回のレースは8枠まで使っとらんの?

 

66:名無しのウマ娘 ID:Znq5QTaqK

おい第三レース始まるぞ

 

67:名無しのウマ娘 ID:tZFhGBrDg

てか急に過疎りすぎだろ

>>59 あとお前のではない

 

69:名無しのウマ娘 ID:R7Dm0rbVL

>>63 その質問もう3回目なんだが…Umatubeの選抜レース概要に書いてあるだろちゃんと読めや

いいか、確かに通常のレースでは出走人数が何人だろうと8枠になるように均等な人数のウマ娘が割り当てられる。

だが、選抜レースではこれから鍛えるウマ娘たちの基礎能力や判断力を見ることを重視してるんだ。

だから枠番での不利という運要素がなるべく少なくなるように枠を詰めて使ってるんだよ。

 

72:名無しのウマ娘 ID:fQZICcOsh

そりゃ掲示板映された瞬間注目株誰も出ないこと分かったし…

 

74:名無しのウマ娘 ID:SVPbM5fU8

>>69 それでも説明してあげるの優しい

 

75:名無しのウマ娘 ID:mfnekxtVI

トレセン学園の公式Umatterに次走の出走者の名前出るぞ

 

77:名無しのウマ娘 ID:rqRLWS3nL

>>75 そう、だからレース見てすらない

 

79:名無しのウマ娘 ID:wp3hxsomh

第三レースいきなり八人出遅れたぞwww

 

80:名無しのウマ娘 ID:FTlEHFnmP

流石に草

 

83:名無しのウマ娘 ID:+RpcjQrI4

 

86:名無しのウマ娘 ID:h7O38I5Ko

てか周りのトレーナー達ほとんどいなくなってるwww

 

88:名無しのウマ娘 ID:LiM0f7Fli

どんだけ注目度低いんだよw

 

89:名無しのウマ娘 ID:IbDJmaPIM

ここまでくると走ってる娘がちょっと可哀想だな

 

90:名無しのウマ娘 ID:e5pNJ0uN1

おいペース速すぎねぇか

 

92:名無しのウマ娘 ID:PIj3RoMIf

出遅れたのに1000mタイム0:59.6?自殺か何かか?

 

93:名無しのウマ娘 ID:QF+rmDWCb

既に一人脱落してね?めっちゃ後ろにいるけど

 

95:名無しのウマ娘 ID:podUvtC6a

前二つのレースに引っ張られたかね

 

97:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

これは…いやまさか…

 

100:名無しのウマ娘 ID:r+6pRM5Cs

あーコーナーでペース落ちてきた

 

101:名無しのウマ娘 ID:DnbYwKe52

>>97 知っているのか雷電

 

104:名無しのウマ娘 ID:/OEfwkZp9

あれ?さっきまで後ろにいた娘は?もうカメラの外か

 

107:名無しのウマ娘 ID:7pbGWgWUW

コーナー抜けたらもう団子状態やんけ

 

108:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

雷電ではないが…少し心当たりがあっただけだ

 

109:名無しのウマ娘 ID:tCtP4Eyf7

知り合いの娘でも出てたか?

 

111:名無しのウマ娘 ID:lSFF9Lf6j

一着のタイムは2:04.1。最後落ちたからやっぱ遅いな

 

113:名無しのウマ娘 ID:BKVh6bdBu

この一着の娘って中盤でめっちゃ後ろにいた娘と同じじゃね?

 

114:名無しのウマ娘 ID:IOKINiFX0

いやデビュー前でトレーニングもしてないウマ娘として見たらそこまで遅くないよ

 

115:名無しのウマ娘 ID:CxtB3fHlu

一着の娘ちっさ

 

117:名無しのウマ娘 ID:RRgWmclGF

まぁナリタブライアンとかのレース見た後だとな…

 

118:名無しのウマ娘 ID:9HrrxM2/G

この世代出来がいい娘多い魔境だし、この中のどのくらいがデビューできるかな…

 

119:名無しのウマ娘 ID:+elLH59ah

>>113 マジで?いつの間に前に来てたんだ

 

120:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

さて、もしかしてキミは既にこちら側なのかい?

 

121:名無しのウマ娘 ID:RnuK7d/Ax

>>120 厨二病の方かな?

 

 

 

 

 




競馬にわかがバレてしまう、いや隠してはないですけど…


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専属契約締結

いつも応援ありがとうございます。

お気に入りが1000件の大台に乗りそうです…本当に恐縮です。

感想、評価もありがとうございます。誤字報告も助かってます。

今回少し難産でした。あとで後半はばっさりカットするかも。

それではどうぞ。

-追記
後半が気に入らなかったので三人称にして書き直しました。



 

 

 

「大丈夫ですよ。おそらく、過労でしょう」

 

「ソ、ソウデスカ。ヨカッタデス」

 

「多少すり傷なんかはありましたが、そのくらいです。トレーナー業は体が資本ですからね。トレーナー資格の課程にはウマ娘に蹴られたときの受け身の取り方なんてものもありますし、大抵のトレーナーは頑丈なんです」

 

 そう言ってくれるのはトレセン学園の保健医さんの一人。

 俺が目の前でぶっ倒れた(倒した)トレーナーを保健室まで連れてきて、対応してくれたのがこの人だ。ちなみにウマ娘ではない。

 大丈夫だったか…顎に一発もらったボクサーみたいに膝から崩れ落ちたから心配したんだけど。

 あとはこの人が目が覚めてから土下座するだけだな! 

 

「この中森トレーナーも同様ですが、最近新人トレーナーたちがウマ娘を獲得するために結構残業するケースが増えてましてね。大事な業務ですが、無理はしないで欲しいものです」

 

「そうなんですか…」

 

 やばい、罪悪感が…そんな頑張ってるトレーナーに俺がした仕打ちよ()

 てかやっぱりトレーナー業は過酷なんだな。アプリ版のトレーナーを見てれば多少は分かるが。

 とにかく、今はこの中森トレーナー(?)が起きるまで待ってますか。

 もう今日は授業もないしね。第四レース以降に出るライバルたちの走りが見られないことが、残念といえば残念か。

 

 まぁ、中長距離路線の時点で最大のライバルがブライアンになることは確定してるも同然なんだけどね…

 

 

 

 

「ここは…」

 

「あ、起きましたか? はい、どうぞ」

 

 お、暇すぎて商店街で買ってきた林檎むいてたら起きた。

 ほら、美少女(気絶させた張本人)が切った林檎やぞ。食え。

 状況が掴めていないのか、中森トレーナー(仮)は上体を起こし、素直に受け取って頬張る。

 

「ここは保健室ですよ。保健医さんは今出かけてていませんが…」

 

「あれ…僕は選抜レースを見ていたはずだが…」

 

「それなんですが…本当にごめんなさい! 許してください!」

 

 初手土下座だぁ! 

 さぁ許せ! いや許してください! 

 ここでトレーナーを気絶させたなんて噂を広められたら、俺の選手生命は始まる前から終わっちまうんだよォ!! 

 危害を加える固有を自在に使えるなんてことが分かったら、最悪、退学になってしまう! 

 

 中森トレーナー(仮)は俺の全力謝罪に何故か困惑している。

 いや、キミを気絶させたの俺だからね? 

 

「と、とりあえず頭を上げてくれ。キミみたいな小さい娘を土下座させてるなんて、他の人に見られたらどうなるか…」

 

「いやでも、あなたを気絶させたのは私ですし…」

 

「…そうだ。僕は第三レースが終わった後、キミに声を掛けようとして…突然、何か恐ろしいものを見た、ような気がする」

 

 あれ、もしかして俺がやったって気づいてなかった? 

 墓穴掘った? 自白しちゃった?? 

 

 い、いやいやいや! 正直に言った方が後でバレるより結果的にダメージが少ない! 

 どうせ今後はレースで使ってくわけだし、見れば分かっちゃうことだしな!! 

 

「…それ、私のせいです。実は、私にはちょっと不思議な能力がありまして…」

 

 かくかくしかじか。

 他人に改めて話すとやっぱ俺の固有ヤベーな。

 全力ぶっぱしたら人を気絶させるレベルとか。

 

「…なるほど。そういえば、先輩から少しだけ存在を聞いたことがある。それに至ったウマ娘は、レース中、突然説明できない加速をしたり、息を入れてもいないのにスタミナを回復することがあると」

 

「あ、多分それです」

 

「それは、『領域』と言うらしい。でも、キミのようなデビュー前のウマ娘が使えるだなんて、有り得るのか? いや、有り得るのか。なんせ、キミという実例がいるんだからな」

 

 中森トレーナー(仮)は手を顎に添えて少し考えた後、俺を見て頷く。

 へー、『領域』って言うのか。

 かっこいい言い方だな! 今度からそっちの呼び方を採用しよう。

 

 しかし、やっぱデビュー前から使えるのはいないんかな。

 シンボリルドルフ会長とかマルゼンスキー先輩とかならデビュー前から使ってたとしても驚かんがな。

 って、今はそんなことより許してもらうのが先決だ。

 中森トレーナー(仮)も怒ってるのか、黙り込んじゃったし。

 

「その、私もヒト相手には使わないって決めてたんですけど、驚いた拍子に使っちゃって…わざとじゃないんです! 許せないのは当然だと思いますが、何卒、ご容赦いただけませんか?!」

 

「ああ、怒ってるわけじゃないよ。というか、そんな難しい言葉よく知ってるね。いや、そんなことはどうだっていいんだ」

 

 重要じゃない、と中森トレーナー(仮)は首を振る。

 そして、体だけ起こした状態からベッドの縁に座る体勢になり、俺に手のひらを差し出す。

 何この手。お金? カツアゲなの? 

 それは勘弁してくれないかな…

 

「改めまして、僕は中森と言う。キミは、ウルサメトゥスだったよね?」

 

「は、はい」

 

「単刀直入に言う。僕と専属契約を結んでくれないか?」

 

「お金は勘弁して…え?」

 

 え? 

 俺と? 

 専属契約?? 

 

「専属契約って、あの、私をあなたのパートナーウマ娘として、トゥインクルシリーズを一緒に走りたいってことですか?」

 

「そうだ」

 

 まぁぁぁぁじでぇぇぇ??!! 

 

 やった! やった!! 

 大逆転勝利じゃね?! 

 何? 一体何が中森トレーナーを駆り立てたの?? 

 

 俺に本気の『領域』をぶつけられてキュンってきちゃったの?! 

 

 それ吊橋効果ってやつだと思うよ! 大丈夫?! 

 でも言わんでおこ。

 勘違いしてくれてるかもしれんしね? 

 

「あのレースには初めから何かを感じていたけど…多分、それはキミが違和感を感じさせていたからなのだろう。はっきり言って、キミの走りに惚れたんだ。どうか僕と一緒にトゥインクルシリーズをかけ抜けてほしい」

 

「はわわわ…」

 

 ヤベぇ、両親のときもそうだったけど、やっぱはっきり言われると照れるね。

 いや元男だから惚れないが??? 

 今も女の子のほうが好きだが? 

 

 でも、契約の話は素直に嬉しい。

 あんなに注目の集まらないレースで、それでも俺をきちんと見てくれたってことだろ? 

 こんなの、契約するしかないでしょ! 

 

「わ、私でよければ、よろしくお願い致します…!!」

 

「よろしくお願いします。この手を取ってくれて、本当嬉しいよ」

 

 え、こんなに簡単にトレーナーゲットしていいの? 

 トレセン学園で専属契約できるなんて一部のエリートだけだと思ってたよ。

 よっしゃーこれでまず第一関門クリアだ! 

 待っててねお父さんお母さん! ウルは立派にお金を稼いでみせます! 

 いや、もう一回確認しとこう。

 

「本当にいいんですか? 私は、領域だけで他人を気絶させる危険人物ですよ?」

 

「キミはそれを分かっていながら、それでも理性で抑えつけられるのだろう? そうでなければ、レース出走者を全員病院送りにしてでも勝ちを狙っていたはずだ。それをしない時点でキミは十分優しい、スポーツマンシップにあふれたいい娘だよ」

 

 はわわわ…

 

 ────────────

 

 

 中森が目を覚ますと、そこは見慣れた自室の天井とは明らかに違う場所だった。

 

(ここは…保健室か?)

 

 見慣れてはいなかったが、見覚えはあった。

 以前サブトレーナー時代に登校中のウマ娘に撥ねられた時も、ここで目覚めた記憶がある。

 

「あ、起きましたか?」

 

 声のした方を向くと、果物ナイフで林檎をむいている小柄な青鹿毛のウマ娘と目が合った。

 

「はい、どうぞ」

 

 青鹿毛のウマ娘は、四等分に切った林檎を渡してきた。

 中森は状況が掴めなかったが、食べ物を認識すると急に腹が減ってきた。

 素直にそれを受け取って齧ると、旬が過ぎているのか少し酸っぱい。しかし逆にそれがぼんやりしていた脳を起こす手伝いをした。

 中森は寝ていたベッドから体だけ起こし、目の前のウマ娘を見据える。

 

 かなり小柄で、座っているが立ち上がっても身長は150cmもないだろう。

 青鹿毛に揉み上げだけ茶色のメッシュ。

 透き通るような碧眼。

 

(最近どこかで見たことがある…か?)

 

「ここは保健室ですよ。保健医さんは今出かけてていませんが…」

 

 中森の考えは当たっていたようだ。

 保健医は呼び出されることも多いため、そのことに疑問はない。

 ただ、目の前のウマ娘が看病じみたことをしている理由には繋がらなかった。

 

「あれ…僕は選抜レースを見ていたはずだが…」

 

 どうにも怪しい中森の記憶が正しければ、今日は中距離の選抜レースが開催されていたはずである。

 中森もトレーナーの例に漏れず、有望なウマ娘をスカウトしに選抜レースを見に来た。そこまでは覚えていた。

 それがどうして保健室にいるのか、その記憶がはっきりしなかった。

 

「それなんですが…本当にごめんなさい! 許してください!」

 

 突然、目の前のウマ娘が中森に対して土下座する。

 理由は不明だが、中森に対して若干怯えているようにも見える。

 

「と、とりあえず頭を上げてくれ。キミみたいな小さい娘を土下座させてるなんて、他の人に見られたらどうなるか…」

 

「いやでも、あなたを気絶させたのは私ですし…」

 

「…そうだ。僕は第三レースが終わった後、キミに声を掛けようとして…突然、何か恐ろしいものを見た、ような気がする」

 

 中森は思い出す。

 

 あの時。

 他のトレーナーに取られないうちにと、真っ先にかけ足…もはや全力疾走とも言うべき勢いでこのウマ娘に声を掛け…

 

 感じた殺気

 重苦しいプレッシャー

 異常な鼓動を発する心臓

 

 それらが最高潮に達し、腕が振り下ろされ…

 

 中森は思わず首に手を添えた。まだ首は繋がっている。

 

(あれが幻覚だったというのか? 真に迫り過ぎているだろう。僕は首から血を噴き出して崩れる自分の体をはっきりと認識した)

 

「…それ、私のせいです。実は、私にはちょっと不思議な能力がありまして…」

 

 青鹿毛のウマ娘…名前がウルサメトゥスだったということも中森は思い出す。

 ウルサメトゥスは椅子に座り直し、少し俯いて話し始めた。

 

「私は…以前から、恐ろしい夢を見ることがあります。それは、何か大きくて茶色の恐ろしいものに夜通し襲われ続けるというものです。そして、最期は必ず、そのモノの鋭い爪によって首を切り裂かれ…くるくると回る視界の中、大量の血を首から噴き出す自分の体を見る。そこで目が覚めます」

 

「それは、僕が見たのと同じ…」

 

「はい。そして私はいつからか、その幻覚を他の人にも鮮明に見せることができるようになってしまったのです」

 

 ウルサメトゥスはその力をレースで使えないか試行錯誤したと話す。

 

「危険だとは思いました。この力は一歩間違えば、レース中のウマ娘を…こ、殺してしまうかもしれない。でも、使わないという選択肢はなかった。私にはどうしても叶えたいことがある。そのためには、この暴れウマとも言える力を使いこなさなければ、きっと叶えられない」

 

「そこまでして、キミは何をしたいんだい?」

 

「それは…いえ、これは私の願いなので…」

 

「いや、無神経だった。出会ったばかりのウマ娘に聞くことではなかったね」

 

 中森はかぶりを振って訂正した。

 担当でもないウマ娘から無理に話を聞くなど、マナー違反どころの話ではない。

 

 ウルサメトゥスは数年の試行錯誤の後、その力を使いこなせるようになったと語る。

 中森は、おそらくその力が『領域』と呼ばれるものだと当たりをつけた。

 それに関しては、中森もサブトレーナー時代に先輩から少し聞いただけだ。

 

『ウマ娘がレース中に不可解な挙動をとることがある。それは、『領域』と呼ばれるものをウマ娘が使っているから、らしい』

 

 中森の指導を担当していた顔の厳つい先輩は、神妙にそう話していた。

 それをウルサメトゥスに伝えると、納得したような表情になった。

 

「でも、キミのようなデビュー前のウマ娘が使えるだなんて、有り得るのか? いや、有り得るのか。なんせ、キミという実例がいるんだからな」

 

 『領域』を使っているウマ娘など、トレーナー歴一年の中森は見たことすらない。

 それでも中森がはっきりと感じたのは、このウマ娘が相当な逸材であるということだ。

 

(聞いた限りでは『領域』は上位の、それも天才と呼ばれるような一握りのウマ娘たちが使えるらしい。それをこの娘は、ジュニア級どころかデビュー前で扱え、しかも出力すら自在だという)

 

 中森には既に分かっていた。

 自分がスカウトしようとしたこのウマ娘が天才と呼ばれる部類であり、次世代の中心になりうる逸材だということが。

 

(よしんば僕の話を受けてくれたとして、僕の手に余るんじゃないか? 他の敏腕トレーナーの方が、この娘の才能を伸ばしてあげられるのではないか?)

 

 中森が無言でそんなことを考えていると、ウルサメトゥスが必死になって訴えかけてきた。

 

「その、私も一般人相手には使わないって決めてたんですけど、驚いた拍子に使っちゃって…わざとじゃないんです! 許せないのは当然だと思いますが、何卒、ご容赦いただけませんか?!」

 

 謝らせたいわけではないと、中森は思う。

 未来あるウマ娘にそんな表情をさせてしまったことに対し、中森は罪悪感を抱いた。

 

「ああ、怒ってるわけじゃないよ。というか、そんな難しい言葉よく知ってるね。いや、そんなことはどうだっていいんだ」

 

 そんなどうでもいいことに思考を割いている場合ではなかった。

 新人とはいえ、中森もトレーナーである。

 逸材を前に挑戦もせず諦めでもしたら、なんのために中央のトレーナーになったか分からなくなってしまう。

 中森は覚悟を決めた。

 

「改めまして、僕は中森と言う。キミは、ウルサメトゥスだったよね?」

 

「は、はい」

 

「単刀直入に言う。僕と専属契約を結んでくれないか?」

 

「お金は勘弁して…え?」

 

 先輩のようにカツアゲを行いそうなほど怖い容姿に見えたのだろうかと、中森は若干心にダメージを受けた。

 

「専属契約って、あの、私をあなたのパートナーウマ娘として、トゥインクルシリーズを一緒に走りたいってことですか?」

 

「そうだ」

 

 中森は伝わっているのか懸念したが、どうやらしっかり伝わっていたらしい。

 多少の混乱は見られるが、中森はここぞとばかりに畳み掛けることにした。

 

「あのレースには初めから何かを感じていたけど…多分、それはキミが違和感を感じさせていたからなのだろう。はっきり言って、キミの走りに惚れたんだ。どうか僕と一緒にトゥインクルシリーズをかけ抜けてほしい」

 

 思いを全て吐き出すように伝える。

 口がうまくないことを自覚している中森には、これ以上の言葉が出てこない。

 中森は祈るように返事を待った。

 

「わ、私でよければ、よろしくお願い致します…!!」

 

「よろしくお願いします。この手を取ってくれて、本当嬉しいよ」

 

 中森は安堵で息を吐く。

 これまでにも何度かスカウトしては断られてきた中森だったが、ここまで緊張するスカウトは初めてだった。

 

(きっとキミなら、どんなトレーナーも選び放題のはずだ。今は僕しか気づいていないのかもしれないが、近い将来、キミの凄さに皆気づく時が来るだろう)

 

 目の前で顔色を忙しく変化させながらあたふたするウルサメトゥスを見て中森は思う。

 しかし、だからこそ目の前のウマ娘が、中森を選んでよかったと言えるよう、できることはなんでもやると誓う。

 

 

 この小さなウマ娘が作り出す、伝説の見届け人として。

 

 

 




ようやくトレーナーがついた…

あ、鬼ゴルシモードクリアしました。推しの子で。

(ブライアンではないです。いやブライアンも推しだけど)


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トレーナーの力

祝、お気に入り1000超え!

本当にありがとうございます。
日に日に増えるお気に入りに若干恐怖しましたが、私は元気です。

毎度のことながら、感想に評価、嬉しいです。誤字報告も助かっております。
いや本当に支えられてますね…重ねてお礼申し上げます。

それでは本編をどうぞ。


 

 

 

 中森トレーナーとその日のうちに契約を交わした俺は、次の日から早速トレーニングを見てもらうことになった。

 まず、初日は現状での身体能力を見てもらった。

 学園側から入学時の身体測定データはもらっているらしいが、そこから今日までのおおよそ一ヶ月の間、どの程度変化しているかを知る必要があるらしい。

 

「ふむ。自己申告してもらった通り、メトゥスはパワーが他の娘の平均より伸びやすいみたいだね。スタミナも少し伸びやすい傾向にある。他は平均と同じくらいかな?」

 

「はい、自己流のトレーニングでもそんな感じはしてたので、スピードが伸びやすいと言われるトレーニングを重点的にやってました」

 

 あ、呼び方はメトゥスにしてもらった。

 ウルでも良かったんだけど、両親やトーカちゃん先輩と被るしね。

 トレーナーとウマ娘ってなんか他とは違う関係だと思うし、呼ばれ方も変えてメリハリをつけたかったってのが理由だ。

 決して、いつものあだ名で呼ばれるのが気恥ずかしかったわけではない。いいね? 

 

「なるほど。ただ、これはトレーナーにとっては初めに教わる話なんだが、ウマ娘の身体能力は一つの能力を鍛え続けると、すぐに頭打ちになってしまうんだ。だから、ある程度は満遍なく鍛えなくては効果が薄いんだ」

 

「それは知らなかった…」

 

「まぁ、まだデビュー前だし、キミは一般家庭の出身だ。これから少しずつ、そういったことも学んでいこうか」

 

 中森トレーナーが苦笑して言う。

 なるほどな、アプリ版ウマ娘では特化させた育成でも能力が上限値まで行っていたものだが…言われてみれば確かにそうだ、スピードばかり伸ばそうとして、それを支える筋力や体幹がなかったら伸びるわけないよな。

 ここはゲームではない。

 分かっていたつもりではあったんだが、どうやら本当につもりだったらしい。

 未だにゲーム知識を信用し過ぎてしまっているな。

 

「次はタイムを測って適正距離を知ろうか。既に選抜レースに中距離で出ているから、多分中距離が得意なんだろうと思うけど一応ね」

 

 切り替えていこう、これからは情報を吟味すればいい話だな。

 よっしゃ、そうと決まればとりあえず走るか! 

 

 

 

 

「お疲れ様、もう19時になるし、今日はここまでにしよう。あとはクールダウンをしっかりやろうか」

 

「しょ、承知しました…」

 

 キッツ! 

 いやキッツい!! 

 トレーニングがね? 

 

 契約してから時が流れ、今日で二週間経った。

 そんで中森トレーナーの指導の下、トレーニングを続けているんだが…これがキツいんだわ。

 

 トレーナーに手伝ってもらいながら整理体操をする。

 なんというか、限界量ギリギリを絶妙に攻められているような感じだ。

 

「メトゥスは体がかなり頑丈だというのが、先週のトレーニングで分かったしね。徐々に負荷を増やさせてもらったよ」

 

「そうですか…道理で日々トレーニングがキツくなるはずです」

 

 なるほどね、つまり俺はいじめに遭っていたということだな? 

 いや強くなるために必要だと言うことは分かってる。

 俺も自己トレーニングをしていたときはかなり頑張ったと思っていたのだが、やはり本職の考えるトレーニングは違う。

 

 うまく言葉にするのは難しいが、あえて一言で表すなら、ひたすらに効率が良いのだ。

 

「しかし、キミの体は本当に頑丈だね。今日やったトレーニングなんかは、クラシック戦線を走るウマ娘とほとんど変わらないような質と量をやったんだが…実はまだ余裕があるだろう?」

 

 ぎく。

 …まぁなんだ。実の所、これだけ練習しても俺にはまだ少し余裕がある。

 あの光る女の人は適当に作ったなんて言ってたが、これに関しては感謝してもいいかもしれない。

 そもそもそんなに恨んでないけどね。今の両親に出会えたのはあの人が転生させてくれたおかげだし。

 

「自分で練習してた頃も、出来る限りのトレーニングをしていたはずですが…」

 

「僕もトレーナーの端くれだからね。効率の良いトレーニング方法なんかは一通り学んでいるよ。特に、僕は去年一年間はサブトレーナーとしてベテラントレーナーの下で学んでいたからね」

 

 いやー、その知識は確実に活かされてるよ。主に俺にな。

 

 しかし、まだ二週間だけど、着々と自分の実力が伸びてる感じがするね。

 確かにスパルタではあるんだが、俺に合わせたトレーニングを研究しているのか、どんなに厳しいトレーニングをしたときも、トレーナーのマッサージを受けてから寝れば次の日に疲れが残らないのだ。

 

「キミはなんというか、羞恥心が薄いよね。年頃のウマ娘なんだし、僕が言うのもなんだがもう少し気にしたらどうなんだ?」

 

「年頃といっても中学生ですよ。しかも三月までは小学校に通っていましたし、年頃というほど情緒が発達していないのです」

 

「キミの言葉遣いなんかはかなり大人っぽいけどね」

 

「言葉がどうであれ、体はこんなちんちくりんです。トレーナーはロリコンさんなんですか?」

 

「そういうわけではないが…」

 

 なら問題ナッシングじゃん? 

 まぁ羞恥心的なものは、前世が男の時点でそんなにないのよね。

 別にマッサージって言っても裸になるわけでもなし、ただ足とか腕とか背中を揉まれるだけだ。

 こちとら元三十路男性やぞ。なんとも思わんわ。

 

 というか、トレーナーって色々複合的な資格必要だよな。

 按摩の技術はもちろん、毎日昼飯は栄養バランスが偏らないように作ってくれるし、多分管理栄養士かなんかの資格もあると思う。

 ウマ娘が暴れたときに取り押さえるために、合気道なんかも専門学校では任意で習うらしい。

 やっぱ中央のトレーナーになるだけあって、新人って言っても優秀だなぁ。

 テレビで合格率10%未満とか最初見たときマジかって思ったね。

 こんだけ必要項目があるなら納得かもしれない。

 

「これだけの疲労を抜く技術とトレーニング調整能力があるなら、練習がスパルタになってもおかしくないというわけですか」

 

「僕の施すトレーニングがスパルタなのは指導をしてもらった人譲りかな。…まぁ確かにスパルタかもしれないけど、これでも元いた所のベテラントレーナーの人に比べたらマシにはしてるけどね。キミもまだジュニア級なわけだし」

 

 マジっすか。

 どうやら俺のトレーニングにはまだまだ先があるらしい。

 まぁ、伸びるために必要ならやるさ。

 仮想敵は覚醒したブライアンなわけだからね。どれだけ強くなるか想像もできん。

 

「…覚悟だけはしておきますよ」

 

「無理をさせるつもりはないから、そんなに身構えなくて大丈夫だよ」

 

 トレーナー、多分俺がやってる練習量は他の同期ウマ娘から見たら虐待レベルだと思うぞ。

 

 

 

 

 

 それから更にひと月ほど経ち、今日はメイクデビューである。

 

 いやー酷かったね。

 担当になって三週目くらいからは、俺の体力を完全に把握されたのか、完璧な調整だった。

 

 俺が倒れるか否か、の調整だ。

 

 練習後、整理運動をしてからトレーナーにマッサージしてもらうのだが、毎回そこで寝てたね。

 で、三十分くらいしてマッサージが終わったら起こしてもらってた。

 同室のトーカちゃん先輩にそのことを話したら、警戒心がなさすぎると怒られたが…こんなぺったんこのガキに何をするというのか。

 

 今日俺が出バするのはメイクデビュー、中距離2000m・芝・右回りの第二レース。良バ場発表だ。

 例の如く出バ表はもう手元にあり、有名どころはいない。

 

 なんというか、俺の出場レースには有名どころがいないっていう決まりでもあるんかね? 

 ちなみに第一レースにはまたブライアンが出ており…あ、今勝った。

 うん、普通の勝ち方だった。まだ覚醒はしていないようだ。

 

 このまま覚醒しなければ多少は楽になるんだろうかねぇ…

 

「メトゥス、次が出番だぞ」

 

「あ、トレーナー。分かってますよ」

 

 さっきまで敵情視察のためにコースの真前に陣取っていたトレーナーが帰ってきた。

 俺? 俺はウマ娘だからここからでも見えるんよ。

 わざわざ人混みに突っ込む必要もない。

 じゃあそろそろ行きますか。トレーナーにもせっつかれちゃったしね。

 

「では行って参ります」

 

「あ、メトゥス。今日のレースについて、一つ作戦というか、相談がある」

 

「なんですか?」

 

「このレース、『領域』は使わずに走ってきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 なんで???? 

 

 

 




中森トレーナーの所属していたチームは、黒沼トレーナーのチームです。

あ、今回のチャンミに向けてブライアンを作り始めました。

中距離Sつかない…


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メイクデビュー

お気に入り、評価、感想ありがとうございます。

誤字報告も、毎度ながら助かっています。いや誤字するなって話ではあるのですが…

今回は三人称視点です。

ではどうぞ。


 

 

 

「何故ですか?」

 

 ウルサメトゥスは心底不思議そうに、中森へ疑問を投げかけた。

 それを見て中森は確信した。

 未だにこのウマ娘は、自分には『領域』しかないと思い込んでいるということを。

 

 確かに領域は強力無比なものであるし、ウルサメトゥスにとって切り札であることは間違いない。

 しかし、切り札というのは簡単には切らないからこそ切り札足り得るのだ。

 情報が割れれば対策を取られやすくなってしまう。

 

「メトゥス、キミは一度今の自分の実力を正確に把握するべきだよ。そのために、今回は『領域』というハンディキャップを相手に課さずに走ってごらん?」

 

「…分かりました。トレーナーがそこまで言うのなら、意味のあることなのでしょう」

 

 ウルサメトゥスは露骨に納得してなさそうな顔をしているが、それ以上の反論はせずにターフへと向かった。

 これまでの二ヶ月弱、なんだかんだと言いながら中森の指示に従ってきた。

 おそらく今回も従ってくれるだろうと中森は思っている。

 

(メトゥス。キミは本当にすごいウマ娘だ。それは、『領域』なんてものを抜きにしたって変わらないことなんだよ)

 

 中森はウルサメトゥスと出会ってから今日までの間、他所から見たら虐待とも言えるほどのトレーニング量を課してきた。

 そしてウルサメトゥスは文句を言いつつそれをこなしてきた。

 

(それがどれほどのことなのか、キミはきっと分かっていないのだろう)

 

 ウルサメトゥスは、本人の自称通り体が頑丈だ。それに関しては中森もとっくに知っていることであり、頑丈さを加味した指導をすでに行なっている。

 しかし、体の頑丈さだけならば、珍しくはあるが他に例がいないわけでもない。

 異常なのはその精神性である。

 

(メトゥスがやってきたトレーニングは、クラシック級のウマ娘が根を上げて逃げ出すほどのものだ。実際、去年似たようなことをした先輩の所からウマ娘が逃げるように移籍した)

 

 中森のスパルタ具合はサブトレーナー時代に教わっていた先輩トレーナー譲りのものである。

 ウルサメトゥスに話したことはないが、中森は当初、肉体的ではなく精神的な限界がどこかを見極めるために、量の多いトレーニングメニューを課した。

 

(結果として、キミは精神的な限界が来る前に、体の方がこれ以上のトレーニングに耐えられないという状況になってしまった。自他ともに認めるほど頑丈な体が、だ)

 

 ウルサメトゥスはクラシック級のウマ娘が泣いて逃げ出すほどのトレーニングを毎日行っていても、精神的にはまだ余裕がある。

 それは、体が耐えうる限りどこまでもトレーニング内容を増やすことができるということである。

 

 そんなこと普通は不可能である。

 競技に出るウマ娘たちは多感な時期の少女であり、ずっと練習などさせていれば、精神面に異常が出る娘は多い。

 中森もトレーナー養成校でよく言われたことだ。

 ウマ娘のメンタルが万全な状態でレースに出られれば、実力を100%以上に出すことが出来ると。

 

 しかし、そう上手くはいかない。

 サブトレーナーとして一年間様々なウマ娘を見てきたが、ウマ娘の調子は非常に上がり下がりが激しい。

 それこそ、練習ばかりではなく息抜きもさせなければ、すぐに不調になってしまうほどだ。

 

 中森は視線の先、一人だけさっさとゲートに入ってしまった担当ウマ娘を観察する。

 これからレースだが、必要以上に気負うことはなく、自然体に近い。

 調子はかなりいい。というより、良い状態から変化がない。

 理由は不明だが、ウルサメトゥスは調子を下げることがほとんどないのだ。

 

 中森が気分転換の外出を提案したときも、

 

『それ要ります?』

 

 とバッサリ切られた。

 

(キミは大して見てもないんだろうが…周りとキミの体を見比べてみろ。仕上がりが違う。キミは小柄だが、はっきり言ってそれが意味をなさないほどの実力差が既にある)

 

 毎日限界までトレーニングを行える頑丈な体に、それに拒絶反応を起こさない強靭な精神。さらに、中学生という心が乱れがちな時期であるにも関わらず、調子の下がらない特異な心の持ち主。

 

 それらが合わさり、今のウルサメトゥスを形作っていた。

 

「中森。上手くやっているか?」

 

「先輩! お疲れ様です!」

 

 ウルサメトゥスを確認する中森の下にやってきたのは、昨年中森を指導していた黒沼トレーナーである。

 スパルタ指導で有名だが、その分ついてこられれば強くなることでも知られている。

 彼の下には毎年多くのウマ娘がその指導を求めて集まり、そしてほとんどが耐えきれずに去っていく。

 …去る原因にその厳しい顔つきとサングラス、筋骨隆々な漢らしい体が関係しているかは、定かではない。

 

「次がお前の担当が走るレースか。どの娘だ?」

 

「一番調子のいい娘です」

 

 黒沼の問いかけに、中森は迷いなく答える。

 わざわざ指差して見せる必要はない。

 黒沼ならば見ただけで分かると中森は思っているし、簡単に分かるほど他とは実力差があるウマ娘なのだと確信していた。

 

「…ほう、あの青鹿毛か。良い娘を見つけたな」

 

「ええ、僕には勿体ないくらいです」

 

「そう思うなら俺に寄越してくれねぇか? 今年は骨のあるやつが少なくてな。まだ一人しか残れてないんだよ」

 

「あげませんよ。あの娘は僕が育てると決めました。それに、先輩のとこのウマ娘って、選抜レースであのナリタブライアン相手にいい走りをしたストレートバレットでしょう? 十分じゃないですか」

 

 中森は黒沼をジト目で見る。

 人が集まらないと言いつつ、ちゃっかり有力株の確保に成功している。

 

「ストレートバレットはいつデビューするんですか?」

 

「あいつはまだ少し仕上がりに手間取っていてな。今回のメイクデビューは無理だ。おそらく、来月になるだろう」

 

『スタートしました!』

 

「始まったか。お前の担当の娘は綺麗にスタートしたみてえだな」

 

「メトゥスは僕が担当する前からスタートが得意なんです。練習はするのですが、正直必要はないと思います」

 

 他のウマ娘が少しバラけたスタートをする中、ウルサメトゥスは集中した綺麗なスタートを見せる。

 そして追込の定石通り後方へと下がっていく。

 最後方で目の前のウマ娘にピッタリと張り付き、圧力を与えている。

 

(序盤の動きは完璧だ。あとはじっくり脚を溜めて終盤で前に出る。それを今のキミの実力でやれば、着いて来れる娘はそういない)

 

 全体のペースは、今回はウルサメトゥスが『領域』で操作していないのもありそこまで速くない。

 ただ、先頭から最後方までは8バ身ほどとあまり先頭が引き離せていないレースとなっている。

 

『2コーナーを抜け中間点を通過、タイムは1:01.4です。先頭がここで少し加速したか? 後続をあまり引き離せていないのが気にかかるか』

 

「あの逃げの娘はここで距離を離せないと詰みだと気づいたか。いや、少し判断が遅かったか」

 

「ええ。2000mで中盤から引き離そうとしても、ここから息を入れずに走ることはできない。もう少し早く引き離して、中盤は少し息を入れるタイミングを作るべきですね」

 

 中森の言葉を証明するかのように、残り600mほどで先頭の速度が少し鈍くなる。そして、後続がそれを見逃さず距離を詰め始めた。

 

『最終コーナーで前を走るウマ娘の速度が落ちたか? それを見たのか、後続が距離を詰め始めたぞ!』

 

「お前の担当もアガり始めたが…前のウマ娘に張り付いているのは変わらんな。スリップストリームか」

 

「僕もまだ少ししか教えてないんですけどね」

 

 残り400m、逃げを打っていたウマ娘がバ群に飲み込まれる。

 前を走るウマ娘が、垂れてきたウマ娘をかわすためにそちらに意識を割いた瞬間、ウルサメトゥスはパワーに任せてバ群の横に飛び出した。

 

「! あれは…とんでもないな。隙を見つけることの上手さも、その一瞬で飛び出せるパワーも」

 

「メトゥスは元々パワーに優れた娘です。今までは自己トレーニングで鍛えていたためか、鍛えきれていなかったようですが」

 

「…あれでか?」

 

「特にスピードはあまり速くなかった。ただ、それは鍛え方を間違えていただけでした。正しい鍛え方を教えてやれば…」

 

 横に飛び出したときに少し速度を落としたが、2000mを走った程度でウルサメトゥスのスタミナは切れないということを中森は知っている。

 

 ウルサメトゥスはそこから大外を一気に駆け上がり、残り200mで最高速に達し、残り50mで先頭を奪った。

 

『ウルサメトゥス、大外から一気に捲ってゴール! お見事、これぞ追込バの醍醐味か!』

『一着は7番、ウルサメトゥス。タイムは2:02.1。二着は1 3/4バ身差で2番…』

 

「やるじゃねぇか。いったいあんな娘どこから見つけてきたんだ?」

 

「僕は先輩に教わったトレーニングを課しているだけです。ほら、先輩が去年逃げられたあの娘にやってたトレーニングとあんまり変わらない内容です」

 

「…本当かよ。それに耐えうるのか? いやでも、無理してるようには見えんし、疲労もなく体の状態もいい。まさに逸材ってやつか」

 

「僕がしていることは多くありません。あの娘の才能です。さて、僕はあの娘を迎えに行きます」

 

 中森はレースを終えて不思議そうにしているウルサメトゥスに向かって歩き出す。

 そんな中森に、黒沼は後ろから声をかけた。

 

「行ってこい。また今度飲みにでも行こうや。戦うのはどうやらオープンクラス以降のレースになりそうだしな」

 

「先輩とその担当ウマ娘が相手だろうと、僕とメトゥスは勝ちますよ。先輩も覚悟しておいてくださいね」

 

「言うようになったじゃねぇか。期待して待っとくぜ」

 

 そう言って去る黒沼に、中森は軽く頭を下げた。

 そして今度こそ自らの担当ウマ娘の下に向かい、まずはその結果を讃えたのだった。

 

 

 




これからは、主人公以外は全て三人称で書くことにしました。
二つ前の話でなんか変だと思ったのは、中森トレーナーの一人称視点で書いたからでした。

一人称視点難しいんであんまり得意じゃないんですよね…

-追記
「専属契約締結」の後半部分を三人称に変更しました。


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デビュー後、走る理由

いつもご覧くださりありがとうございます。

今回は最初主人公視点、後半三人称視点です。

三人称の方が楽ではあるのですが、文字数が無駄に増えがちですね…

それではどうぞ。


 

 

 

 なんか勝った。

 いや本当にそんな感想しか出てこない。

 普通に最後方で脚を溜めて、後半で前との距離を詰めて、終盤で差す。

 多少はトレーナーから教わった技術を使ったが、そのくらいだ。

 

「一着おめでとう、メトゥス。不思議そうな顔をしているね?」

 

 狐につままれたような気分でターフを後にすると、トレーナーが迎えにきた。

 表情は何の驚きもないように平静で、この結果が当然のことだと本気で思っているようだった。

 

「トレーナー、私は何故こんなにもあっさり勝てたのでしょうか? 今回は指示通りに『領域』を使わず走りました。確かに、私の『領域』は何度も見せれば効果が衰えると思われます。なので、使わないに越したことはないのですが…」

 

「使わずに走ったから、もっとギリギリのレースになるはずだと?」

 

「端的に言えば、そうです」

 

 俺はこの二ヶ月弱、トレーナーの指示通りにしっかり体を鍛えてきた。

 その結果、自分でも分かるくらいに成長したと思ってるし、そこはトレーナーを信用してる。

 

 だがそれは他のウマ娘だって同じ。

 メイクデビューに出るウマ娘は既にトレーナーが付いていて、トレーニングを開始している。

 特に、今期最初に開催されるメイクデビュー戦である今日に出バしてくるということは、仕上がりに自信があるということを示唆している。

 もちろん、俺を含め、だ。

 

「それに対する答えは簡単だよ、メトゥス。キミは今回出バしたウマ娘のなかで、最も仕上がっていた。そして適切にその実力を発揮した。それだけだよ」

 

「私が、ですか?」

 

「これが何か分かるかい?」

 

 トレーナーは手帳を見せてくる。

 そこには二つのタイムが書かれていた。

 

「2:04.1と2:02.1…」

 

「一つ目は、キミが選抜レースを走ったときのタイム。そして二つ目は、今のレースのタイムだ。コースは同じで、バ場の状態もほぼ同じ。違いは『領域』を使ったか否かだが…キミの『領域』は他のウマ娘に作用するモノであり、自分の走りにはほとんど影響はない。つまり、キミはたった二ヶ月弱のトレーニングでタイムを2秒縮めたことになる」

 

 2秒。

 時間だけ聞くとあんまりと思えるが、俺たちは車ほどの速度で走るウマ娘。

 最終タイムでの2秒差とは距離にして約25m、10バ身だ。

 これが、俺が本格化する前とした後の結果の見比べだったらそんなに驚くこともなかったが、俺は二ヶ月前も今もまだ本格化しかけの状態で変わっていない。

 それがたったこれだけの期間でタイムを2秒も縮めるなんて、自分の身に起きたことでなかったら信じられなかったかもしれない。

 

 そうか。

 何というか、俺はこの二ヶ月で、自分が思っていたよりも大きく成長していたらしい。

 

「選抜レースでは『領域』を使ったことで疲れていたから参考にならない、なんてことはないだろう? 実際キミは選抜レースの直後も、肩で息をする他のウマ娘とは対照的に余裕の笑顔だったはずだ」

 

「…よく見ていますね」

 

「もちろん。あのレース、特に中盤以降はキミのことしか見ていなかったからね」

 

「! も、もう! そこまでは聞いていません!!」

 

「そうかい?」

 

 そ、そんな気恥ずかしいことよく真顔で言えるな! 

 あの閑散としたレースでそこまで俺に注目してくれてたことは嬉しいけどね。

 全くトレーナーは…これは天然たらしってやつなのかな。

 気をつけないと、何とは言わんが色々危ないかもしれん。

 いや俺は惚れないが? 

 

「さて、メトゥス。これで晴れてキミはデビューウマ娘となったわけだが…まだキミには、トレーナーを変更する権利がある」

 

「いや、ここまでされて契約を切るなんてことはしませんよ…」

 

「それはよかった。けど、キミのトレーナーとして聞いておきたいことがある」

 

 ? 何だろう。

 なんか聞かれてないこととかあったっけ? 

 スリーサイズとか? いやそれはトレセン学園からトレーナーが貰う資料に書いてあるよな。

 

「それは、キミが走る理由だ。キミはどうしてこの学園に入り、トゥインクルシリーズで何を為さんとする?」

 

 あー、そういえばまだ話したことはなかったな。

 初めに聞かれたけど、あんときは初対面で俺のトレーナーじゃなかったし。

 うーん、どうしよう。

 金のために走りますとか言ったら幻滅されちゃうかな。

 でも嘘をつくのは違うよなぁ。

 

 うん、やっぱ怖いね。仲がいいと思ってる人から幻滅されるかもしれないってのは。

 両親にいろいろ聞いたときも然りさ。

 社畜やってたときはここまで弱くなかったと思うんだけど…

 精神が体に引っ張られてるってやつなのかね。

 精神年齢はともかく、体は12歳の女の子だからなぁ…

 

「分かりました。お話ししましょう。ただ、その前にカフェテリアにでも移動しませんか?」

 

「そうだね、キミのクールダウンもまだだったし、それも終わらせてしまおうか」

 

 まぁ、ここで話すことじゃないわな。

 軽く整理運動して、いい時間だしおやつになんか食おう。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、呼ばれてるよメトゥス」

 

「?」

 

「ウイニングライブだよ、まさか忘れてたってことはないだろう?」

 

「……」

 

 ────────────────────

 

 

 中森はコーヒーを二つとカフェテリア名物のデラックスパフェを注文する。

 ウルサメトゥスの担当になってはや二ヶ月弱、彼女がウマ娘の例に漏れず甘党で、そして歳に似合わずブラックコーヒーを好んで飲むことを知っていた。

 

「ありがとうございます、私の分まで…」

 

「パフェもキミのだからね?」

 

「え? いや、流石に悪いですよ」

 

「デビュー記念とでも思って受け取ってくれ」

 

「…まぁ、そういうことなら」

 

 ウルサメトゥスは少しバツが悪そうにするが、何か理由をつければ素直に受けとることが多い。

 これも中森が彼女と接する中で知ったことだ。

 トレーニングの研究だけでなく、ウルサメトゥスの嗜好や性格も中森がトレーナーとして知るべきことだった。

 

 そして今、中森がウルサメトゥスを担当する上で最も知っておかなければいけないモノを知ろうとしている。

 

「じゃあ、キミがパフェを食べ終わったら話を聞こうか」

 

「いえ、今お話ししましょう。場合によっては、パフェを受け取れないかもしれませんしね」

 

 ウルサメトゥスはそう言って姿勢を正す。

 中森としては、あまりにおかしな理由でない限り、ウルサメトゥスを手放そうとは思っていない。

 走る理由を知りたいのは、これからの方針を決めるために必要だからだ。

 クラシック三冠を目指すならこれまでの方針に加えてスタミナを伸ばしていく必要があるし、トリプルティアラを獲りたいと言うのならこれまで以上にスピードを伸ばす必要がある。

 目標にしているレースがあるのならそれに合わせたトレーニングをするし、大きな目標がないのならこれから決めたっていい。

 

 流石に『領域』を使って出場するレースをめちゃくちゃにしたい、などという理由だったら考えなければいけないが…

 中森はこれまでの短い付き合いで、ウルサメトゥスがそんなことをしたがるような性格ではないと確信していた。

 ウルサメトゥスは少しだけ俯いて言う。

 

「私が走る理由は、お金のためです」

 

「お金? 確かにレースに勝てば賞金が出る。だが、キミはお金に困っていたのか?」

 

 中森の知る限りでは、ウルサメトゥスにそういった様子は見られなかった。

 ウマ娘としては平均だがよく食べるし、欲しいものは躊躇わずにお金を出す。

 一般家庭出身だが両親は共働きで、少なくとも貧困というわけではないと中森は思っていた。

 

「はい。別に困窮しているわけではありません。ただ両親への恩を、お金という分かりやすい形で返そうと考えただけなのです」

 

 そして、ウルサメトゥスはポツポツと自らの生い立ちを話し始めた。

 中森に聞かせているというよりも、自ら確認している…まるで独白のようだった。

 

「私は…自分で言うのも何ですが、小さな頃からおかしな娘でした」

 

「生まれたばかりなのに泣かないわ、教わってもいないのに流暢な敬語を話し出すわ…とにかく、気味が悪い娘だったことは間違いないです」

 

 

「両親はそんな私を邪険にせず、たくさんの愛情を注いでくれました」

 

 

「私は、それが奇跡なのだということを理解していました」

 

「普通なら育児放棄してもおかしくない。私が両親の立場だったらそうしていたと思います」

 

「けど、両親はそうしなかった」

 

「こんな私を、出来損ないの私を愛していると。そう言ってくれたのです」

 

 そう語るウルサメトゥスの目には涙が浮かんでいた。

 しかし、表情は対照的に笑顔だった。

 

「私はそれに救われました」

 

「ならばこそ、その恩を返そうというのは普通ではないでしょうか?」

 

 疑問系ではあったが、強い断定の口調でもあった。

 決して譲れない強い思いなのだということが、中森にははっきり伝わった。

 

「それがキミの走る理由か」

 

「はい。これだけは変えられないのです」

 

「そうか…」

 

 中森は目の前のウマ娘を見据える。

 

(初めは、少し驚いたが)

 

 自分の課す異常とも言える量のトレーニングをこなせるモチベーションが、そんな理由から来ているのかと。

 しかし、続く生い立ちを聞き、そして何よりウルサメトゥスの強い意志を目の当たりにし、考えを改めた。

 

(本当に強くそう思っているからこそ、あの練習量にも耐えられるのだろう)

 

 中森は思う。

 自分は両親にそこまでの感謝を抱いたことがあっただろうか。

 答えはすぐに出る。否だ。

 だからこそ、自分とひとまわり近く歳の離れた彼女の想いに、素直に尊敬できた。

 

「あの、ダメだったでしょうか…?」

 

 ウルサメトゥスは不安そうに中森を見上げている。

 中森は首を横に振り、それを否定した。

 

「いや、キミの想いは十分伝わった。僕は、キミの意志を尊重しようと思う」

 

「それでは…」

 

「ああ、改めて、これからも正式によろしくね。まぁ元々、あんまりな理由じゃなければ、キミを手放そうなんて思っていなかったけど」

 

「ちょっと! 私がこんなに詳しく話したの、バ鹿みたいじゃないですか!」

 

 ウルサメトゥスは中森の言葉に憤る。

 しかし、彼女の恐ろしい『領域』からは考えられないほど迫力が無く、そのギャップにまた中森は笑い出す。

 

「もう!」

 

「ごめんって……僕は、その意志をとても美しいと思うよ。お世辞抜きにね」

 

「!!」

 

 臆面もなく言い放つ中森に、ウルサメトゥスは顔を赤くする。

 このタラシ…と呟いた言葉は、残念ながらウマ娘ではない中森には聞こえなかった。

 

「とにかく、契約は続けるということで! バンバン勝って賞金を獲得しにいきますから、覚悟の準備をしておいてください! いいですね?!」

 

「何だよ、それ。まぁ覚悟?しておくよ。キミこそ、僕の覚悟を無駄にさせないでくれよ?」

 

「それは大丈夫です」

 

 ウルサメトゥスは少し溜めた後、にひ、と笑って中森に言う。

 

「なんせ、私には優秀なトレーナーがついていますから!」

 

 そんな見事な殺し文句返しに、中森は面食らって固まった。

 それを見て得意げな顔をし、ウルサメトゥスは運ばれてきたパフェに手をつけた。

 

 

 




そろそろ精神的BLタグとか保険でつけた方がいいかな…

それはそれとしてパカチューブに推しが出演して無事死亡しました。


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幕間:メイクデビュー後の日常

いつも応援ありがとうございます。

今回の話は多分話の本筋には関わらないので、読まなくても大丈夫です。

あと、GWが終わったので更新頻度は落ちます。すでに落ちてますが…

それではどうぞ。


 

 

 

 

 メイクデビューからそれなりに経ち、明日から夏休みである。

 期末テスト? 中一の問題でつまづくのは流石にね…

 それでも満点は取れないんだけど。ケアレスミスと、単純に数学苦手なのが響いてるな…

 

 まぁ問題はない。

 座学だけなら学年でもかなり上位にいるし、実技でも最近はかなりいい感じだ。

 それもこれもトレーナーの考案してくれるトレーニングメニューのおかげだな! 

 

 

 

「坂路、あと三本! 最後まで気合い入れろ!」

 

「ッはい!!」

 

 

 

「五分休憩、その後インターバル走。急走1000m二分、緩走400m同じく二分のペースを三セット。フォームを意識しながらね」

 

「はい!」

 

 

 

「今日はこれでラスト、50mダッシュ二十本。インターバル10秒。始め!」

 

「…ぁい!」

 

 

「お疲れ様。クールダウンに移ろうか」

 

「……」

 

 ……

 

「メトゥス?」

 

「はっ…」

 

 意識失ってた気がする。

 だが体は無意識下でも染み付いた動きを繰り返していたようだ。

 いつの間にかクールダウンの最後の動きを終えていた。

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫です。いつものことですので」

 

「まぁそうだね。マッサージするよ」

 

「お願いします」

 

 あ゛あ゛〜効くぅぅぅぅぅ

 やっぱ練習終わりにはこれがなきゃな、疲れが取れるぜ。

 いつものこと、そういつものことなのだ。

 最後は返事もままならなくなるほどの練習、そしてクールダウンをする頃には半ば意識が飛んでいる。

 

 毎日こんな感じだ。

 午前は授業、午後はぶっ倒れるまで練習。

 日々成長はしている、それは間違いない。

 先週よりダッシュが一本多くできるようになったり、徐々にインターバル走の緩急が短くなったり。

 めちゃくちゃキツいのだが、確かな効果がある。

 

「う゛ぅ゛あ゛ぁ゛〜」

 

「毎回だけど、すごい声出すよね…」

 

 トレーナーも俺の能力を満遍なく鍛えつつ、こうして練習終わりには態々俺を癒してくれている。

 いやこのマッサージ本当に凄いんだよ。

 あ、段々意識が…

 

 

「起きなさい、メトゥス」

 

「…ああ、眠っていましたか」

 

 寝ていたみたいだ。とは言っても、トレーナーは毎回寝てから三十分くらいで起こしてくれる。

 そうすると大抵19時半くらい、カフェテリアで夕飯食べるのに丁度いいくらいだ。

 

「今日は終わりだよ。明日からは夏休みだし、初日はオフにしておいた。キミの同室のシャドウストーカーから僕に連絡が来ていてね。一緒に遊びに行きたいそうだよ」

 

「トーカちゃん先輩が? それなら仕方ないですね。明日はリフレッシュに当てるとしましょう」

 

 週に一度はオフなのだが、普段練習しすぎて何をすれば良いのか分からん。

 今回みたいにトーカちゃん先輩やクラスメイトが遊びに誘ってくれればホイホイ着いていくのだが…そうでない時は引きこもってUmatubeでレース映像をひたすら見ているかイメトレしている。

 先輩方のレースはとても勉強になるし、たまに『領域』が発動しているのが分かると面白い。シンボリルドルフ会長の『領域』とか、映像越しでも雷がビリビリしてるのを感じ取れるくらいだ。

 イメトレの方は、ただ自分の記憶に没入してクマに殺されまくってるだけだ。

 俺だって自分が殺されるところなんてそう何回も思い出したくはないのだが…定期的にやらんと、いざというときにイメージが曖昧で発動しない、なんてことになったら困るし。

 

「キミはオフなのにオフしてないことが多いからね。精神を緩めるのも体調管理のうちなんだから、自主練もほどほどにしなさい」

 

「体は…」

 

「体は動かしてない、なんて言い訳は使わないね?」

 

「ハイ…」

 

 平気なんだけどな…と言いたいが、ウマ娘の体に関してはしっかり勉強しているトレーナーの方が詳しいだろう。

 トレーナーの言う通り、オフの日の過ごし方は見直したほうがいいかもな。

 ま、まぁそれはまた今度考えよう。

 今考えるべきは明日のトーカちゃん先輩とのデートだ! 最近予定が合わなくて寝る時くらいしか顔を合わせないんだよな…

 出会った当初からお世話になりっぱなしだし、俺とお出かけしてくれるし、可愛いし…頭が上がりませんなほんと。

 あ、いい機会だし一ヶ月くらい前に買って渡せてないプレゼントを持っていこう。

 

 オークスを優勝したトーカちゃん先輩に相応しいかは分からんけどね。

 

 

 

 ──────────────

 

 夏休み初日、シャドウストーカーは寮の同室であるウルサメトゥスと一緒に近くのショッピングモールに遊びに来ていた。

 仲はかなり良い方だとシャドウストーカーは思っている。

 同部屋になったばかりの頃からウルサメトゥスは何かと頼ってきた。

 末っ子のシャドウストーカーにとっては、ウルサメトゥスの態度は妹が出来たようで新鮮だった。

 

「トーカちゃん先輩、あれなんて似合うんじゃないですか? トーカちゃん先輩、勝負服はミニスカだし普段着もスカート多いから、たまにはパンツスタイルも良いと思うんですよね!」

 

「そうだね…確かにあんまり持ってないし、ちょっと試着してみようか」

 

 最近はウルサメトゥスにトレーナーがついて毎日遅くまでトレーニングするようになったので夜に少し話す程度しかできず、予定が合わないためこうして出かけることもあまりしていない。朝はシャドウストーカーが起きるより早くウルサメトゥスが散歩に行ってしまうため会うことすらない。

 ただ、遊べなかった理由はそれだけではない。

 

 最大の原因はシャドウストーカーがオークスを勝利したことだった。

 

 シャドウストーカーは桜花賞のトライアルレースであるチューリップ賞で三着と入賞したが、桜花賞では結果が出ず七位。

 オークスに出場するために再びトライアルレースに出場し、再び三着をとってオークスに出場は叶ったものの、桜花賞での凡走を加味されたのか、オークスでは11番人気だった。

 

 しかし、走ってみればシャドウストーカーは二位に2バ身半差をつけて完勝。見事にティアラの一冠を戴いたのだった。

 

 そこからは、毎日毎日取材の日々。

 人気の低かったウマ娘が勝利したというのは、人目を引くし記事も書きやすい。

 とにかく多くの記者、テレビ局すら来た。

 トレーニングの時間は何とか取れていたが、シャドウストーカーのトレーナーが対応に追われていることでトレーニングの質は下がり、さらに慣れない取材のためか精神的にかなり参っていた。

 時間に追われ、当然遊ぶ暇もない。

 

 そんな日々がひと月ほど続き、当然の如くシャドウストーカーは調子を落とした。体調も崩し、丸一日寮に引きこもって休む日こともあった。

 

(私、なんでオークスで勝っちゃったんだろう)

 

 それでも入り込む取材の依頼に、ついそんなことすら考えてしまう。

 

 秋華賞には出走するのか

 オークスでの強い走りの秘訣は

 桜花賞での走りはブラフだったのか

 

 同じような質問ばかり。

 トレーナーやトレセン学園も対処しようとしているが、如何せん数が多すぎるし、何よりトレセン学園は今話題のBNWの記者たちの対処に追われていた。

 そのため、シャドウストーカーに群がる記者軍団への対処が遅れてしまっていた。

 

 

 もう走るのをやめてしまおうか。

 

 

 精神的な限界に、妹分であるはずのウルサメトゥスにそんなことを話してしまったのが、今から二週間ほど前の朝。

 すると、ウルサメトゥスは小さな体を震わせて猛然と怒りだした。

 

「私のトーカちゃん先輩になんてことを! マスゴミ共め、絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 普段は絶対に聞かないような汚い言葉遣いで、ウルサメトゥスは吐き捨てるように言い、そのまま部屋を飛び出すとどこかへと走り去っていった。

 シャドウストーカーはしばらく呆然としていた。そして、ウルサメトゥスに心配をかけてしまったと落ち込んでいると、トレーナーから電話がかかってきた。

 また取材の呼び出しか。

 うんざりしつつ電話を取ると、そこで予想外のことを言われた。

 

「シャドウ、今日入っていた取材は全部キャンセルだ」

 

「え?」

 

「こっちから何を言っても聞く耳を持たなかったマスコミが、さっき急に謝罪してきてな。限度を超えた取材をして申し訳なかった、だそうだ」

 

「なんでそんな急に…いや、私としては嬉しいんだけど」

 

 突然態度を変えた記者たちに驚くが、久しぶりに取材のない日となりシャドウストーカーは上機嫌でトレーニングに行った。

 何日かそんな日が続いた。

 その頃には記者の数がトレーナーだけで対処できるほどになり、シャドウストーカーの異常なまでに忙しい日々は終わった。

 

 そして、普段通りの日々を取り戻し、シャドウストーカーは徐々に調子を上げ、今ではすっかりオークスに出場した頃と変わらない体調を取り戻していた。

 走る意味すら見失っていたあのときとは違う。

 今はただ、自分を応援してくれるファン、鍛えてくれるトレーナー、期待してくれる家族のために。

 次の目標である秋華賞を、全力で走りたいと思っていた。

 

「しかし、一体なんだったんだろうなぁ」

 

 トレーニングの最中、ふとトレーナーがボヤく。

 記者たちの態度の急変にトレーナーは首を傾げていた。

 しかし、シャドウストーカーはとある噂を耳にしていた。

 

 あるウマ娘曰く、校門前に集まっていたシャドウストーカー目当ての記者たちが突然蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 他のウマ娘曰く、シャドウストーカーやそのトレーナーを出待ちしていたテレビ局の取材班が、話しかける素振りを見せた瞬間に失神して運ばれていった。

 他にも色々な噂が出ていた。

 そして必ず、最後にはこう言った。

 

『小柄な黒い影を近くで見た』

 

 手段に関しては全く分からない。

 ただ、あの可愛い青鹿毛のウマ娘が、自分のために何かしてくれていたのだとシャドウストーカーは直感していた。

 

 

 

「トーカちゃん先輩? 大丈夫ですか?」

 

「あぁうん。ちょっとぼーっとしてたかも」

 

 掛けられた声に、意識が現実に引き戻される。

 昼食のためにレストランに入ったことは覚えているが、少し意識が飛んでいたようだ。

 

「毎日トレーニングで疲れてますもんね…良かったんですか? せっかくのオフを私とのお出かけに使っちゃって」

 

「それはもちろん。ウルちゃんとデートしたかったからね」

 

「デッ!? ももももちろん私も同じ気持ちですよ?!」

 

 少し気障ったらしく言うと簡単に赤面してしまう。

 こういう言葉に全く耐性がないことも、シャドウストーカーは好きだった。

 

「あ、そうだ」

 

「何?」

 

 ウルサメトゥスは動揺から立ち直ると、持ってきた肩掛けカバンから何かを取り出した。

 綺麗にラッピングされたそれは、どう見てもプレゼントだ。

 

「トーカちゃん先輩、オークス優勝おめでとうございます! ちょっと遅くなっちゃいましたけど…受け取ってもらえますか?」

 

「…もちろん。開けてもいい?」

 

「どうぞ!」

 

 もうすでに散々言われてきた祝いの言葉だが、不意にウルサメトゥスから言われ、シャドウストーカーは若干涙ぐむ。

 包装を解くと、中に入っていたのは耳飾りだった。

 

「オークス優勝バのトーカちゃん先輩にはちょっと格が足りないかもしれないんですが…良ければ付けてみてください」

 

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

 

 イメージカラーである赤や黒ではなく、黄と紺のシュシュ。

 ワインレッドの髪色にもよく映えるだろうそれは、よく考えて選ばれた代物であることがすぐに分かる。

 

「トーカちゃん先輩、秋華賞も頑張ってください。私には応援しかできませんが…何かあったら、愚痴を聞く相手くらいにはなれますので!」

 

「うん」

 

「はい! って、あれ? ちょ! トーカちゃん先輩?! 何で泣いてるんですか!?」

 

「ううん…何でもないよ。大丈夫」

 

「どこが?!」

 

 あたふたする可愛い後輩の姿に、涙を流しながらも笑いが込み上げる。

 あのとき、走るのを辞めないでよかったとシャドウストーカーは思う。

 そして、秋華賞を走る理由が増えてしまったとも。

 

「ウルちゃん、私頑張るね。秋華賞、獲るよ」

 

「応援してます!」

 

「ふふっ…」

 

 拳を握ってむん、と力を込める後輩の姿に癒されつつ、シャドウストーカーは改めて秋華賞に向けて調子を上げていくのだった。

 

 

 

 

 その後、秋華賞にてシャドウストーカーが二着に4バ身差をつけて圧勝し、ティアラ二冠を達成したのはまた別の話。

 

 

 




アイネスフウジン可愛いですね…

ミスターシービーのサポカと合わせて石が溶ける溶ける


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一戦目・芙蓉ステークス

いつも応援ありがとうございます。

チャンミの育成してたら書くのが遅くなってしまいました…
ですが、割といい出来のブライアンが作れました(目覚まし40個くらい吹き飛びましたが…)。

あと今回少し長くなってしまいました。分割した方がよかったかな。

それではどうぞ。

-追記

不要ステークス「芙蓉ステークス!芙蓉ステークスです!」


 

 

 

 メイクデビューを無事勝利した俺だが、当然そこで終わりなわけではなく次のレースへ目標を定めなければならない。

 夏休みも終わり既に9月、早い娘はもう出ているが、俺もデビュー戦以降のレースに出る時期である。

 ちなみに、レースに出るのが早いウマ娘筆頭がブライアンである。

 あの娘メイクデビュー以降もう8月に二戦してるんだよね。

 夏は練習が忙しすぎてブライアンのレース内容まで見られていないが、二戦一勝らしい。

 

 そう、夏休みの間に俺は、それはもう練習した。

 なんせ授業がないのだ。練習し放題、中森トレーナーうきうき、俺のトレーニング量も爆増である。

 本当に、よく体を壊さなかったものだ。これが一番の転生チートかもしれん。

 何度か他のトレーナーたちが練習を偵察に来たが、中森トレーナーの指導をしていたという黒沼トレーナー以外全員ドン引きしてたぞ。

 特に中森トレーナーと同じ新人トレーナーたちは露骨にヤバい奴を見る目だったよ。

 え? 俺にも向けられてた? やかましいわ。

 

「メトゥス、キミの初レースが決まったぞ」

 

 授業が終わり、いつも通りカフェテリアでコーヒーを飲んでトレーナーを待っていると、PC片手にトレーナーがやってきた。

 そして懐から何かの紙を取り出す。

 

「9月後半の芙蓉ステークス。場所は中山、距離は2000mだ」

 

「私の得意な中距離ですね。望むところです」

 

 持ってきた紙は芙蓉ステークスへの出バ届けだった。既に俺の名前を書く欄以外は埋まっており、あとは俺がサインするだけだ。

 俺はトレーナーから紙を受け取り、ささっとサインして返した。

 コーヒーを啜って返答を待っていると、トレーナーがポカンとしている。

 

「どうかしましたか? 空気の足りない魚のようになっていますよ」

 

「ああいや…よかったのかい? 僕が勝手に決めてしまって。メイクデビュー後初めて…いわば、ここからがキミのトゥインクルシリーズの始まりだ。その大事な初戦ともとれるレースだよ?」

 

 ああ、俺が自分で決めたいとか言い出すと思ったのか? 

 まぁ確かにその気持ちもなくはないんだが…

 

「トレーナーが今の私の実力なら勝てると考えているのでしょう? それならば、その期待に応えるのが担当ウマ娘としてやるべきことです」

 

 てか芙蓉ステークス自体は俺も出ようかなと思ってたレースの一つだし、噛み合ってもいたわけだな。

 

「というか、芙蓉ステークスへの参加条件通ってたんですね」

 

「ああ、メトゥスはあんまり自分の人気ランキングとか気にしない派だったね。ほら、ファン人数1000人超えているだろう?」

 

「本当ですね。まだデビュー戦しか走ってないのに多くの人に応援されていますね…」

 

「デビュー戦に勝利できれば大抵1000人くらいは付くよ。キミは追込ウマ娘だし、容姿もいいからもっとファンが付くと思ったんだけど…そこまで伸びなかったね」

 

「ブフっ…まぁ、同期に名家がたくさんいますし、ナリタブライアンもいますからそちらに票が流れたのでしょう。私も特に印象に残る勝ち方をしている訳ではありませんしね」

 

 急に変なこと言うなや。コーヒー噴いただろ。

 気を取り直そう。

 

 この世界でレースに参加するには、規定以上の収得賞金とファン人数が必要となる。

 

 ファン人数はどうやって見ているのかというと、URAの公式サイトに好きなウマ娘に投票する場所があり、その投票数がファン人数となるのだ。

 投票できる数は、一人のウマ娘につき一回だ。投票できる最大人数もあり、ジュニア級は三人、クラシック級、シニア級は五人までとなっている。一年に三回まで投票し直すこともできる。なので減ることもある。

 ちなみに身分証明書のコピーを送らないとサイトに登録できないため工作もほぼできない。

 

 他にも、分かりやすく鮮やかな勝ち方をすることが多い逃げ追込のウマ娘はファンが増えやすかったり、ウマ娘の中でもさらに美人な娘とかはデビュー戦に勝利する前からファンが多かったりする。

 

 もちろん本来のレースではファン人数だけでレースには出られず、収得賞金も必要なのだが…ジュニア級のみ、収得賞金は関係なしにファン人数だけでレースに出場することができる。

 

 で、ジュニア級のオープン戦における参加条件はファン人数1000人以上。先程トレーナーが言った通りであれば、メイクデビューに勝利できていれば参加条件は達成できるらしい。

 アプリ版では芙蓉ステークスに参加条件はなかったと思うが、そこは現実との違いか。

 

「ここで勝って弾みをつけると同時に、クラシック級での足切りをいち早く突破しておきたい。今回は『領域』を使ってでも勝ちにいって欲しいんだが…行けるか?」

 

「勿論です。最近は使っていませんが、その程度で衰えるような鍛錬はしていないつもりです」

 

 ジュニア級のレースで勝つことができると、クラシック級で発生する収得賞金の足切りから逃れることができる。

 具体的に言うと、ジュニア級のオープンクラス以上のレースに勝てば、クラシック級ではG2クラスまで参加権を得られるのだ。勿論抽選や収得賞金の多寡による優先はあるが。

 

 クラシック級になると収得賞金額で出られるレースが変わってきてしまう。具体的に言うと、クラシック級のオープン戦に出るには、メイクデビューもしくは未勝利戦を勝ち上がった一勝クラス、その次のプレオープンクラスのレースを勝たないと出ることができない。

 これでも前世の競馬よりはマシだが…

 

 馬もだが、ウマ娘だって毎週レースに出るなんていう強行軍は体を壊すのを早めてしまう。ウマ娘の脚は消耗品だなんてのはよく聞く話だし、実際練習で頑丈なウマ娘でもレースでは怪我をしてしまった、なんてことも少なくない。

 だが、クラシック級のG1を含む重賞は、少なくともオープンクラスで入着しないと出場すらできない。なので、クラシック級で一勝クラスから始めるとなるとレーススケジュールが過密になりやすい。

 G1のトライアルレースまで見るなら、かなりの頻度でレースに出なければならない可能性もある。そんな強行軍では当然、故障する可能性も上がる。

 

 しかし、オープンクラスであるこの芙蓉ステークスに勝てば、俺は次のレースに皐月賞のトライアルを選ぶことすら可能となる。間が空きすぎるので流石に他のレースにも出ると思うけどね。

 ジュニア級唯一の中距離G1であるホープフルステークスにも出たい。賞金高いし。

 

「よし、それじゃトレーニングに行こう。芙蓉ステークスで勝つためにもね」

 

「はい。ですが、先にその紙を提出してからのほうがいいと思いますよ。確かメイクデビュー後の一戦目のみ、出バ届けを一緒に出しに行かないといけないはずですよね? トレーニング後だと忘れそうですし」

 

「あ、そうだね」

 

 忘れる、主に俺がな。

 

 

 

 

 時は流れ9月も後半。

 俺は芙蓉ステークスにやってきて、現在パドックで顔見せしているが…流石にオープンクラスになって無名の娘ばかりとはいられないわな。

 名家の娘たちが出ている。

 リボン家のリボンオペレッタちゃんに、リズム家の分家出身のリバイバルリリックちゃん。そして俺は初めてみるがアクア家のアクアラグーンちゃんか。

 

 パドックを出て控室に戻ると、トレーナーがスポーツドリンクを渡してきたのでそれを受け取って一口飲む。

 

「リボンオペレッタとリバイバルリリックはキミと同日に選抜戦に出ていたが、知っているか?」

 

「ええ。ナリタブライアンさん相手に逃げで勝負したリバイバルリリックさんに、デビュー前から走りの技術が高かった差しのリボンオペレッタさんですよね。当然覚えています」

 

「もう一人、アクア家からアクアラグーンも出ている。あの娘はキミが出た次の週の選抜に出ていて…脚質は追込だ」

 

 ほう、俺と同じか。

 

「では私はアクアラグーンさんの後ろにつく形ですかね?」

 

「そうなる。『領域』の発動タイミングはキミに任せる。僕もキミから聞いているから本当は指示したほうがいいんだろうが…こればっかりはキミの方が詳しいだろう」

 

「そうですね。伊達に小学生の頃から使っていませんよ」

 

「頼もしいな。じゃあ…行ってこい。キミなら名家だろうと勝てる。僕はそう確信しているよ」

 

 俺の背中をポン、と押してくれたトレーナーに笑顔を返す。

 なら、その期待に応えないとな。

 

 

 

 

 ゲートに入る。

 俺は今回1枠2番、内枠だ。そんで14番人気だってさ。まぁそれはいい。

 フルゲート18人で始まるこのレースでは、俺の位置から大外枠までの距離はおおよそ20m…流石に自慢の心音も届かないだろう。

 更に悪いことに、『領域』を掛けたい名家の娘はリバイバルリリックちゃんしか範囲内にいない。

 内枠も追込にとっては有利という訳でもないし。

 

 だが…今回は元々『領域』を初っ端から使うつもりじゃなかったからね、関係ない。

 

『三番人気は4番リバイバルリリック。勢いのある逃げに注目です』

 

『二番人気は16番アクアラグーン。デビュー戦でも見せた追い上げに期待が持てます』

 

『そして本命、一番人気は15番リボンオペレッタ。先日週刊トレーナーズでも紹介されていましたが、高い技術が売りのウマ娘です』

 

 勝負は中盤から、追い立てて追い立てて──────その首を貰う。

 

『スタートしました!!』

 

 バッとゲートが開く。

 スタートダッシュはいつも通り上手くいった。ちら、と横を見た感じでは露骨に出遅れた娘はいないかな。

 流石にオープンクラスに出てくるような娘は違う。

 では俺は後ろに下がらせてもらうとするかな。この位置じゃあんまり周りが把握できないしね。

 

『さあ各ウマ娘綺麗なスタートを切りました。先陣を切ったのはやはり4番リバイバルリリック。他の逃げウマ娘を牽引するようにぐんぐん前へ進んでいきます』

 

『先頭は4番、すぐ後ろに7番、10番、1バ身離れて11番、その後ろ9番、12番、3番と続きます。更に1バ身離れて1番、17番、18番、その後ろ2バ身離れて15番リボンオペレッタここにいた。そのすぐ後ろ5番、6番、14番並びかけてきた。更に2バ身離れて13番、8番、16番アクアラグーン、その後ろ最後方2番が続きます』

 

 解説どうも、先頭から俺までは現状12バ身くらいか? でも逃げ組はまだ差を開かせるだろう。

 俺はちょっと小細工かな。同じ追込である目の前のアクアラグーンちゃんに、その前の二人。

 この子達のスタミナを少しでも削っておきたい。

 まずは真後ろにピッタリと付いて…

 

「! っこの…」

 

 へへ、ごめんね。

 俺が張り付くのを嫌ったのか、アクアラグーンちゃんは前の娘を抜きにかかる。

 いいね、思ったより効果出たな。

 なら次はこの8番の娘だ。

 さて、キミは耐えられるか? 後ろから追われる恐怖に。

 

「ひっ…」

 

 お、ペースを上げたな。

 なに、ほんのちょっと殺気を出しただけだよ。あ、13番の娘も巻き添え食らってる。

 現在丁度コーナーに差し掛かるところ、ここ中山レース場なら坂だ。

 その速度で走ったらスタミナが削れちゃうんじゃないかい? 

 

 

 さぁ、次は誰かな。

 

 

 

 

『さぁ先頭は二コーナーを周りまして向こう正面、4番リバイバルリリックが依然レースを牽引しています。中団の先頭には15番リボンオペレッタ、16番アクアラグーンはその二つ後ろ…少し前に出始めているのか?』

 

『いえ、後方集団全体が早めに仕掛けてきているようです。先頭から最後方までは9バ身程度…いえ、最後方に2番がいるので12バ身程度の開きですね』

 

 擬似『領域』ってな。

 いや、少し大きめの足音とか殺気とか心音とかで前を走るウマ娘たちを揺さぶってただけなんだが。

 夏前の俺なら、こんなことして終盤に体力が残るはずもないんだが…今の俺は夏休みに鍛えに鍛えたのだ。

 たかが二ヶ月と思うなかれ、今の俺のスタミナは既にクラシック級を走るウマ娘と比べても遜色ない(中森トレーナー談)。

 

『先頭が1000mを過ぎタイムは1:00.9。中々の好ペースです』

 

『そうですね、このまま最後まで押し切れれば最終タイムにも期待できそうです』

 

 ここからだな。

 有り余るスタミナに物をいわせて、さぁ、覚悟はいいか? 

 

 オラァ!! 

 

「「「!!!!」」」

 

『おっと、中盤ですが先頭のペースが上がったか? それに引き摺られたのか後ろのペースも上がっている!』

 

『仕掛けどころには少し早すぎると思いますが…何かあったのでしょうか』

 

 俺が何をしたか? 

 

 まず足音を普段以上に抑え、気配を消す。

 そのままペースを上げ、最後尾に引っ付いてできるだけ前との距離を無くす。

 

 そして持ちうるパワーの全てを注ぎ込み、全力で地面を蹴る。

 同時に、鮮明な(首刈られ)イメージにより心音を超爆音に。

 最後にダメ押し、クマ仕込みのプレッシャーだ!! 

 

 動揺したろ? 

 じゃあ、俺の世界にご招待だ。

 

『さぁ予想外の展開になってきました! 先頭は三コーナーへと差し掛かり、尚もスピードを上げている!』

 

『掛かってしまっているのでしょうか。どこかで息を入れるタイミングがあればいいのですが』

 

 ぐ、でもやっぱりキツいわこれ。

 トレーナーには「雷鳴のよう」とまで評されたこの全力足音に、スタミナが余ってないとそのまま不整脈になりかねない心音爆発。プレッシャーも地味に体力が削れる。

 だが、許容範囲だ。少なくとも、前半から俺にスタミナを削られ続けた追込の娘に比べたら余裕も同然。

 

 

 俺の『領域』には効果が二つある。

 一つ目は相手を掛からせること。恐怖でレースを支配し、ペースを上げさせ、脚を残させない。

 

 そして二つ目の効果。

 前半から『領域』を使っていると疲れてしまって使えなくなるこの効果。

 

 さて、現在はレースも終盤、最終コーナーだが…この『領域』をレース後半に使う最大のメリットが、これだ。

 

『最終コーナーに入り、各ウマ娘、更に速度を上げるか? スパートの体勢に入る…』

 

 

 思う存分味わうといい。

 俺の感じた恐怖の真髄を!! 

 

 

『おおっと?! これはどうしたのか? ウマ娘たちが速度を落としてしまったぞ! ハイペースがここで響いたか!!』

 

『明らかに走りに身が入っていないように見えます。集中力を欠いてしまったのでしょうかねぇ…』

 

 最終コーナーを抜け、先頭までの距離は8バ身。

 中山の直線は短い、本来なら厳しいと言わざるを得ない場面だが…

 

『領域』の二つ目の効果。

 それは、過ぎた恐怖による萎縮だ。

 

 

 あまりにも隙だらけだぜ? お嬢さん方。

 

 

『さぁ誰が抜け出すのか? ここでアガってきたのは2番! いつの間に外に抜け出したのか? 速度の落ちたバ群を尻目に、一人外を行く!』

 

 お、俺の世界から帰ってきたか? 

 だがもう遅い。

 そこからじゃ俺の加速に付いて来れないだろうし…何より足が残ってない、だろ? 

 

『2番が今先頭に替わり、最後の坂もその勢いのまま走り抜けゴール!! 追い縋るウマ娘をものともせず、今一着でゴール板を駆け抜けました!!』

 

『順位が確定しました。一着は2番ウルサメトゥス、タイムは2:01.6。二着は2バ身差で4番リバイバルリリック。三着は3/4バ身差で15番リボンオペレッタ』

 

 俺の勝ちだ! 

 好タイム、万全の『領域』、まだ余裕のある体力。

 完勝と言って差し支えないだろう!

 

 見たかトレーナー、これが貴方の選んだウマ娘の実力だ。

 期待に応えられたかい?

 

 

 

 さぁ、ウイニングライブ行くぞー!! 

 

 

 

 

 

 

 

 一緒に踊るリボンオペレッタちゃんとリバイバルリリックちゃんから若干距離を感じるんだが…

 

 なんで? 

 

 

 




設定を練るのにも時間がかかり、かなり難産でした。
矛盾を見つけたら修正します。


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掲示板回:今このウマ娘がすごいスレ

いつも応援ありがとうございます。

感想と評価が50件超えていました。
本当に嬉しい限りです、これからも頑張ります。

今回は(作者の)息抜きで掲示板回です。
時系列的には、前回(芙蓉ステークス)から少し時間が経っています。

芙蓉、芙蓉ステークスです。

それではどうぞ。


 

 

【最前線】今このウマ娘がすごい17【活躍中】

 

223:名無しのウマ娘 ID:y4Q4W8QnG

シャドウストーカー秋華賞優勝おめでとう!!!

 

225:名無しのウマ娘 ID:f8ZC1LRJ2

シャドウストーカーおめでとー!

 

227:名無しのウマ娘 ID:YsnoCTLdv

俺のシャドウストーカーちゃんがやった!!

 

230:名無しのウマ娘 ID:u6Tty3sTZ

【速報】シャドウストーカー秋華賞勝利

 

233:名無しのウマ娘 ID:cvFlPVh4F

おめトーカー

 

 

 

 

以下暫くシャドウストーカーを祝うレスが続く

 

 

 

311:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

オークス優勝のときフロックとか言ってた奴wwwwww

 

 

俺ですごめんなさい

 

314:名無しのウマ娘 ID:FrI7GafrK

内枠寄りで若干有利だったとはいえ、王道の先行策で圧勝したな

 

317:名無しのウマ娘 ID:6SyUjxNaq

>>311素直でよろしい、トレセン学園の外周10周で許してやる

 

320:名無しのウマ娘 ID:bexDO05Fu

4バ身差はもう文句のつけようもない

 

322:名無しのウマ娘 ID:jZ9zvQAAH

むしろなんで桜花賞で着外だったんだってレベルの強さだったな

 

323:名無しのウマ娘 ID:vFpZpva9W

>>317トレセン学園の外周って軽めに見積もっても一周10kmくらいあった気がするんだが…

 

326:名無しのウマ娘 ID:o8TQ8Rnfg

一時期マスゴミが騒いでたって話な

 

328:名無しのウマ娘 ID:3he3pw0sI

桜花賞はマイルでオークスと秋華賞は中距離、つまりそういうことでしょ

 

330:名無しのウマ娘 ID:KlQbeTTXn

なんでオークスより距離が短くなってるのに差が広がってるんですかねぇ

 

331:名無しのウマ娘 ID:zZy1LsB5e

>>323付属施設含めるともっとあるぞ

 

332:名無しのウマ娘 ID:vpB6WBvXq

桜花賞のときはパワー足りてなさそうな走りしてたしな、全然抜け出せなくてそのまま沈んでた

 

334:名無しのウマ娘 ID:YyD6sOrgE

あーひどかったよね。まぁオークスのときは11番人気で勝っちゃったからいい意味でも悪い意味でも注目集めちゃったんかな

 

337:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

>>317走ってきます…

IMG_0000.gif

 

340:名無しのウマ娘 ID:b0n/DuoP7

地味にティアラって複数取ることあんまないよね

 

341:名無しのウマ娘 ID:oTNSEtSCo

秋華賞とったときのコメントで「勝ちたい理由が増えたのでキツい練習も頑張れました」って言われてましたね

詳しくは今日発売の『月刊トゥインクル特別号外』をご購読ください!!

 

343:名無しのウマ娘 ID:dbrFqtQhG

>>332実際桜花賞の時と今回の秋華賞で立ち姿見比べると仕上がりが素人目で見ても違うぞ

 

344:名無しのウマ娘 ID:wNbLKJkx4

ダイマ乙

 

346:名無しのウマ娘 ID:eRjMpqXnX

なんかマスゴミどもが一斉に大人しくなったよな

 

347:名無しのウマ娘 ID:UhOmtJFTx

>>337お前トレセン学園の近所かよwww羨ましくもあるw

 

349:名無しのウマ娘 ID:6AV/ykcPV

>>337今日中に走り切れればいいなw

 

351:名無しのウマ娘 ID:KzT3d7Pqa

このままエリ女とか出るんかね

 

352:名無しのウマ娘 ID:0t4EvQfHe

>>343俺トレーナーだけど、どんなトレーニングしたんだよってくらい違う。桜花のときはクラシック級らしい体つきだったけど、オークス超えて夏に何があったんだって感じ。明らかにシニア相手でも戦えそうな体してる。

 

355:名無しのウマ娘 ID:ff5iur3Y8

>>341彼氏でもできたんかな?

 

357:名無しのウマ娘 ID:iVU7Dua1l

マスゴミどもはそのまま沈んでて、どうぞ。菊花賞近いってのにBNWに対するインタビューの問い合わせ止まんないらしいし、自重しろよ

 

358:名無しのウマ娘 ID:Hjmk8yixQ

今のシャドウストーカーマジで誰にも負ける気配ないよね

 

359:名無しのウマ娘 ID:hwAhC/7it

エリ女で優勝で変則三冠だしな、狙ってくるんじゃね?

 

362:名無しのウマ娘 ID:6GDW446Fb

>>341秋華賞のとき頭に見たことない飾り付けてたし、案外あるかもね

 

364:名無しのウマ娘 ID:LF+7K3qps

シャドウストーカーの夏合宿のメニュー、あの黒沼トレーナー監修って噂もあるくらいだしな

 

367:名無しのウマ娘 ID:QBv9sy2QO

>>346ソレなんだけど、なんか一時期マスコミがシャドウストーカーに近づくと原因不明の体調不良に侵されるって噂があったよ

 

369:名無しのウマ娘 ID:xQ87MqQR5

>>358いやほんとに強い。オークスで競り合ってた娘すら完全に置き去りにしてたし

 

370:名無しのウマ娘 ID:kL469O+df

脱線してきてるぞ、ここは今活躍してるウマ娘について語るスレだ。噂話とかは別スレで

 

372:名無しのウマ娘 ID:CguM7oBkM

>>355俺のシャドウちゃんに彼氏なんているわけないだろ

 

375:名無しのウマ娘 ID:tZFhGBrDg

>>372お前のものではない

 

376:名無しのウマ娘 ID:hEroDGTaNN

同室の娘からプレゼントされたという話も…ヒョォおぉぉおぉ尊すぎますぞ

 

377:名無しのウマ娘 ID:Im2xK34CM

もうすぐ菊花賞だしやっぱBNWも気になるな

 

380:名無しのウマ娘 ID:poGyK9Syb

黒沼トレーナー監修の夏合宿とか地獄かな?

 

381:名無しのウマ娘 ID:/St2fW/Yo

エリ女に出てシニアと争うシャドウストーカー見たいねぇ

 

384:名無しのウマ娘 ID:yOaENAIx0

ビワハヤヒデー!!お前が勝つと信じてるからな!

 

385:名無しのウマ娘 ID:+O5BdLHoQ

やっぱダービー勝ってるチケゾーでしょ

 

388:名無しのウマ娘 ID:fG6pgjBLf

タイシンに決まってるんだよなぁ…

 

391:名無しのウマ娘 ID:FLe0lEyAm

そこでウチのドカドカちゃんがですね…

 

392:名無しのウマ娘 ID:oA9ARhw49

やっぱクラシックがいつも一番盛り上がるねぇ

 

 

 

 

 

610:名無しのウマ娘 ID:i+Hu/c7JR

ジュニア級はどんな感じなん?

 

613:名無しのウマ娘 ID:ZcN4CDV19

やっと落ち着いてきたな

 

615:名無しのウマ娘 ID:GFWonoEbO

ジュニアは今の所名家がいつも通り順当にとってる感じ

 

617:名無しのウマ娘 ID:5Tn6vIyA8

菊花賞の前だし嵐の前の静けさでしょ

 

618:名無しのウマ娘 ID:6dcpng6ol

どっかでまとめられてなかったっけ?

 

619:名無しのウマ娘 ID:TZsL/YFDL

まとめられてたよ、今持ってくるわ

 

620:名無しのウマ娘 ID:5BRniYuHD

ナリタブライアンは?

 

621:名無しのウマ娘 ID:GpUixLLO6

ビワハヤヒデの妹が出てるんだっけ

 

623:名無しのウマ娘 ID:C0m6LyICm

戦績だけ(メイクデビューその他全て含む)

 

ステップ家サルサステップ3戦2勝

ジュエル家ジュエルアズライト3戦2勝

リズム家ヴィオラリズム3戦2勝

リボン家リボンオペレッタ3戦1勝

アクア家アクアラグーン2戦1勝

グリモア家ヴァイスグリモア3戦2勝

パルフェ家オイシイパルフェ2戦2勝

ナリタブライアン4戦2勝

 

くらいかな

 

624:名無しのウマ娘 ID:G8k6iN5ya

有能

 

626:名無しのウマ娘 ID:+Nch22jsC

これ一勝クラスのレースとかも入ってる?

 

628:名無しのウマ娘 ID:UObQRuS8J

>>628入ってるよ

 

630:名無しのウマ娘 ID:S5uiescSr

プレオープンとかオープンとかで勝ってる娘はどのくらいいるの?

 

631:名無しのウマ娘 ID:BC9QR8I2J

いやー仲良く分け合ってますねぇ

 

634:名無しのウマ娘 ID:2JOmgxuxS

これは魔境

 

636:名無しのウマ娘 ID:J/z94sTPl

>>630リボンオペレッタ以外の四家は取ってるよ。あとオイシイパルフェも

 

638:名無しのウマ娘 ID:yobTrJkPH

芙蓉とかはどうだったん?

 

641:名無しのウマ娘 ID:a7f/wviQU

オイシイパルフェいいよな…あの末脚、最高だぜ

 

642:名無しのウマ娘 ID:tOCpYjbx2

技術ではサルサステップが飛び抜けてるよ

 

644:名無しのウマ娘 ID:2Nf/5SmEi

芙蓉はアクアラグーンとリボンオペレッタと、あとリズムの分家のリバイバルリリックが出てたよ

 

646:名無しのウマ娘 ID:1RZ6eMaYe

>>623おや、四大名家で一人だけデビュー戦以外勝ててない娘がいますねぇ

 

647:名無しのウマ娘 ID:wFQiW/EW+

>>644ガチの魔境になってて草

 

650:名無しのウマ娘 ID:Udij/Oiuw

ちなみにリバイバルリリックは現在3戦2勝

 

653:名無しのウマ娘 ID:Osatjccu0

ナリタブライアンあんまり勝ててないんだな

 

654:名無しのウマ娘 ID:bm5+seyrO

芙蓉勝ったのはリバイバルリリックか、他二人はデビュー以降勝ててないみたいだし

 

656:名無しのウマ娘 ID:+QW9rLanF

>>646お前戦争な、明日の夜8時トレセン学園正門前で待つ

 

658:名無しのウマ娘 ID:POHNp87LX

ナリタブライアンは言われてるほどでもなかったみたい

 

661:名無しのウマ娘 ID:QSbhO+LhG

>>654芙蓉勝ったのは全然関係ない娘だぞ

 

662:名無しのウマ娘 ID:iUS+OwA+9

この世代魔境すぎんか?いつもの名家とはいえ今回多すぎやろ。いつも三家くらいなのに

 

663:名無しのウマ娘 ID:roKp1C8k7

ヴァイスグリモアはマイル路線っぽいけどね

 

666:名無しのウマ娘 ID:DMQiaAEQW

ナリタブライアン走りは綺麗なんだけどな…いまいち噛み合ってないというか

 

668:名無しのウマ娘 ID:6Yh40AjAm

>>661じゃあ誰?勝ったの

 

671:名無しのウマ娘 ID:QSbhO+LhG

分からん、少なくとも寒門だと思う。聞いたことない名前だったし。

あと現地で見てたけど、なんかその娘が強いってわけじゃなくて他が勝手に崩れた感じ

 

674:名無しのウマ娘 ID:5TeNVvtNz

ヴァイスグリモアはこの中で一人マイル路線とか勝ち組か?

 

677:名無しのウマ娘 ID:oTNSEtSCo

名家出身のウマ娘さんたちはみんなマイルも走れるという話ですよ!

 

680:名無しのウマ娘 ID:hGuhO0NGV

ウルサメトゥス?だって、やっぱ聞いたことないね

 

683:名無しのウマ娘 ID:ysAARcsiX

>>677やっぱ魔境じゃん

 

686:名無しのウマ娘 ID:CUu7JJ2h5

まぁまだジュニア級もあと二ヶ月あるし、ここからでしょ

 

687:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

芙蓉ステークスに名家は不要…ふふ

 

689:名無しのウマ娘 ID:v7rLMrbNv

>>687うーん、10点

 

 




活動報告にも書きましたが、専属契約締結の話の中森トレーナーの一人称を三人称に変えました。
内容は変わっておりませんので、読み直さなくても大丈夫です。


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燻る心

いつも応援ありがとうございます。
感想評価お気に入り、励みになっています。

前回の掲示板では無事仕込んだネタを拾ってもらえて安心しました。
多分今後も掲示板回では少しづつネタを挟みます。

それではどうぞ。


 

 

 

「おお…」

 

 俺は自分の通帳を眺め、ついうっとりとした声が漏れてしまう。

 先日優勝した芙蓉ステークスの賞金が振り込まれたのだ。

 一、十、百…一介の中学生が持つ金額じゃないなこりゃ。

 

 芙蓉ステークスの賞金は1600万円。

 

 ここに税金がかかったり、トレーナーと分けたりはしたけどそれでも三桁万円が通帳に刻まれている。俺の前世の年収の倍くらいあるんだが…

 

「ウルちゃん、どうしたの?」

 

「トーカちゃん先輩、見てくださいこの貯金額! ほら!」

 

「あー最初は驚くよね、ホント」

 

 驚きを共有したくてトーカちゃん先輩に見せるが、苦笑されてしまった。

 そうか、トーカちゃん先輩はオークスウマ娘だったな…

 このくらいの金額じゃ驚かないか。オークスって優勝するとどのくらい貰えるんだっけ? 

 

「オークスの優勝賞金は1億4000万円だよ」

 

「いっ…」

 

 顔に出てたのか、トーカちゃん先輩が俺の疑問に答えるように言う。

 ちょっと想像もつかないな。もはや生涯年収すら見えてくる金額なんだが…

 

「ウルちゃんもすぐこのくらい稼ぐようになるよ」

 

「そうなれるよう、精進します…」

 

 そしてその数週間後、トーカちゃん先輩が秋華賞を優勝したことでその背中はさらに遠くなるということをこの時の俺は知らない。

 

 あの、本当にそこまで強くなれます? トーカちゃん先輩。

 

 

 いやー、キツいっす。

 

 

 

「ということがあってですね…」

 

「はは、シャドウストーカーは今のティアラ路線で一番ノっているウマ娘だからね。僕もこの前練習しているところを見かけたけど、桜花賞の頃とは見違えたよ。僕が見た限り、最後のティアラである秋華賞…彼女に勝てるウマ娘はいないんじゃないかな」

 

 練習前、いつも通りカフェテリアに集合した俺はトレーナーにそんな話を振った。

 おお、そんなに強いのかトーカちゃん先輩。

 毎日部屋で顔を合わせているから変化に気づきにくいのかもしれないけど、以前のレース映像を見たらわかるかな。

 

「さて、同室のシャドウストーカーが気になるのは分かるけど、キミはキミの目的のために頑張らなきゃね。今回の賞金で何か両親に贈り物でもしたかい?」

 

「当然です。そのために私は戦っているのですから。とりあえず、ペアの温泉旅行券を送っておきました。直接お金を渡したり、あまり高価なものだったりすると受け取ってもらえなそうだったので」

 

 その辺は抜かりない。

 俺は子を持ったことがないのでなんとなくの判断だが、少なくともいきなり数百万の賞金を振り込まれたり、高額なアクセサリーをたくさん贈られても遠慮してしまうのではないかと考えたのだ。

 今は温泉旅行券なんて小さなものからだが…段々慣らせていき、最終的には車とか別荘とかプレゼントしたい。

 

 まぁ賞金が多すぎてその程度で使い切れるものでもないので、俺も個人的に使ってはいるが。

 強くなるための必要経費ってやつだよ、うん。

 

「恩返しのためにも勝たねば」

 

「キミの願いには、勝利は必須ではないはずだ。愚問かもしれないが、それでも勝ちに行くのかい?」

 

 トレーナーがふと思い出したかのように俺に問いかけた。

 トレーナーの言うことには一理ある。

 レースの賞金は、何も一着だけに贈られるものではない。半分以下になってしまうが、二着以降にも贈られる。

 たった半分? いや、そんなことはない。

 今回の芙蓉ステークスで考えても半分で800万円。これがG1にもなれば、トーカちゃん先輩のように一着の賞金が1億円を超えることもある。その半分でも大金であり、恩返しには十分とも思える。

 

 しかし…なんというか、自分でもよく分かっていないのだが、勝ちを狙いたくなってしまうのだ。

 賞金が一着の方が高いとか、走ることがウマ娘の本能だとか、まぁ色々考えたがしっくりこない。

 ぼんやりと、一着がいいと思うのだ。

 

「そう、ですね。そうだと理解しています。しかし、私は…」

 

「勝ちたい?」

 

「ええ。はっきりとした理由はないのです。一着がいいと、ぼんやりと思うだけで」

 

「そうか…」

 

 トレーナーは俺のことを見透かすように眺めた。

 なんとなく居心地が良くなく、身をよじる。

 

「今は見つからないのかもしれない。僕がアドバイスできるものなのかもしれない。でもきっと、キミが自分で見つけるべきなのだろうと思うよ」

 

「そうですか…なら、自分で見つけようと思います」

 

「それがいい。さて、次のレースに向けてトレーニングしようか」

 

 次の目標は10月後半のアイビーステークス。

 距離は1800mと俺の得意な中距離ではないが、それでもマイルの中では最も長い距離だ。そこまで不利というわけでもないだろう。

 うし、気合入れていこう! 

 

 

 

 

 ドドドッという重音が響く。

 アイビーステークス当日、俺は真ん中寄りの枠順でスタートした。

 距離は1800m、マイルだが走れないというほど苦手な距離でもない。

 俺は最後方からレースを進めていたのだが、順調とはいかない展開となっていた。

 

(速い! 200m違うだけで、こんなにペースが速いか!)

 

 俺はこの試合がトゥインクルシリーズで初めてのマイル戦だ。どのくらいの速さが適性のペースかなんて分からない。

 分からないが、今まで中距離しか走っていなかった身としてはこの速さに驚く。

 

(残り半分…仕掛けるか!)

 

 レースは既に中盤、先頭が半分を通過したところで俺は『領域』を発動する。

 

(ぐ、先頭と距離が開きすぎて先頭とその次の娘に掛かってない!)

 

 しかし、距離が短いせいなのか先頭が思ったほど垂れておらず、また俺も前に出られていないせいで『領域』が届かない。

 完全に仕掛けどきを間違えた。少なくとも、距離が短いんだからもっと早い段階で前に詰めておくべきだった! 

 

 残り400m、『領域』の第二の効果が発動するが、前を走っていたウマ娘はそのまま走り続けている。

 当然だ、俺の『領域』は第一の効果が掛かっていないウマ娘には効果がない。

 

「ぐ、うおおおおおお!!!」

 

 力任せにスピードを上げる。

 残り距離は少ない、まだ、まだだ諦められない! 

 俺は『領域』に飲まれたウマ娘たちを次々と追い抜き、前を走っていた逃げウマ娘たちに迫る。

 

 しかし、詰めきれない。

 壁があるかのように、それ以上距離が縮まらない。

 アキレスと亀? 俺たちは直線上を走ってるんじゃないんだぞ。

 そのままレースは最後まで進み…

 

『3番が今一着でゴール!! 今回のレースは、最初から最後まで逃げウマ娘が主役のレースとなりました! 一着は3番ドリーミネスデイズ、タイムは…』

 

 俺は三着で敗北した。

 

 

 

「メトゥス、お疲れ様」

 

 ウイニングライブを終えた俺は、控室で中森トレーナーに迎えられた。

 考えてみれば、トレセン学園に来て初めての敗北か。

 けど三着、得意距離ではないマイルでしっかりと入着している。

 俺としては中々の戦績だと思う。

 

「…ええ、お疲れ様です」

 

 だからさ。

 

「すまない、キミを勝たせてやれなかった…」

 

 そんな顔するなよトレーナー。

 

 三着だぞ? 普通に考えれば十分な成績だ。

 しかも中距離じゃなくてマイルだ。いい経験にもなったと思う。

 渋面浮かべちゃってさ、似合ってないぜ。

 

「ほら、目を冷やすといい。赤くなってしまうよ?」

 

 トレーナーが俺の目元に冷やした濡れタオルを当ててくる。

 

 え? 

 

「いつもと勝手の違うマイル戦、仕掛けのタイミングが違うことくらい僕が伝えておくべきだった。キミは優秀だから、僕は勝手に教えたつもりになっていた」

 

 俺が、泣いてるのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの敗北から約1ヶ月。

 俺は京都ジュニアステークスに来ていた。

 

 ジュニア級中距離で初めての重賞ということもあり、周囲にいるウマ娘たちも錚々たるメンツだ。

 いつもの名家は全員出場、さらにリバイバルリリックちゃん、オイシイパルフェちゃん、そして黒沼トレーナーのところのストレートバレットちゃんもいる。

 

 そして、ナリタブライアンもいた。

 

 うん、そうだね、知ってた。史実通りっちゃそうなんだけどさ。

 最重要警戒対象がついに現れてしまったか…

 

 ナリタブライアンのここまでの戦績は5戦2勝。正直、そこまで良いとは言えない戦績だ。

 2勝なら俺もしているし、ここにいる名家のサルサステップちゃんは唯一3勝している猛者だ。

 普通ならブライアンだけを警戒するなんてあり得ないだろう。

 

 しかし。俺は知っている。

 ブライアンが先日、元いたチームを辞め、新しくリギルに入ったということを。

 その際、あるトレーナーからもらったアドバイスのおかげで信じられないような走りを見せたということを。

 

 今回のレースは、ブライアンの実力を見るいい機会になるだろう。

 できれば、『領域』をぶつけてみて反応を知りたかったんだが…

 

「雨、か」

 

 12月も近くなり、寒さが目立ち始めた京都レース場には、少なくない雨が降っていた。

 バ場発表は重バとのことだ。ただ、見た感じでは不良に近いようだ。

 

(コンディションは最悪、だな)

 

 ザーという雨の音がよく聞こえる。

 雨の音が大きく聞こえるということはつまり、他の音は聞こえづらくなる。

 

 おそらく、俺の『領域』はほとんど効果を発揮しないだろう。

 

 俺の『領域』は相手を動揺させないと発動しないし、足音を意識してもらえる距離にいないと効果を発揮しない。

 この雨では動揺させるために心音を大きくさせようが、多少足音を大きく響かせようがそこまで効果がないだろう。

 

(実力勝負か)

 

 実力は少しずつ伸びてきている。

 だからあとは発揮するだけだ。それは分かっているのだが…

 

 ゲートの中で開始を静かに待つ。

 結局、アイビーステークスで俺が泣いた理由は自分でもよく分かっていない。

 負けて悔しかったのか、それとも他の理由か。

 もやもやとした思いを抱えたまま、レースに挑む。

 

 

 

『1000mを先頭が通過しましてタイムは1:00.3! 雨の中とは思えないペース、ウマ娘たちが激戦を繰り広げています!』

 

『先頭から最後方までそこまで離れていませんから、誰にでもチャンスはありそうです』

 

(くそ、やっぱり誰もかからないか!)

 

『領域』を発動するが、誰にもかからない。

 距離は十分近く、先頭から最後尾の俺まで10バ身程度だろう。

 だが、この雨と重賞で普段より多く人の入った京都レース場に迸る歓声が、俺の出す音をかき消してしまう。

 重バにも関わらずペースは速めで、スタミナ消費も多い。

 俺は『領域』の発動に失敗した分、他のウマ娘よりも無駄にスタミナを使ってしまった。

 

(仕掛けどきだ!)

 

 仕掛けのタイミングは、アイビーステークスの後に散々練習した。

 追込である俺は、他の娘よりも少し早めに仕掛ける。

 最終直線で勝負にするためにも、位置を上げていく。

 

 俺が動いたのを皮切りに、前を走るウマ娘たちも仕掛けていく。

 俺を含む追込ウマ娘や、その先を走る差し集団が速度を上げ始めた。

 先行集団も速度を上げ始める中、しかし、ブライアンだけが動いていなかった。

 

(なんだ? まさか疲れたってことはないと思うが…は?)

 

 ブライアンと前の差が少し広がり、ブライアンの後ろを走るウマ娘たちが速度を上げる。

 その中で、ブライアンは一瞬だけ誰にも囲まれていない状態になった。

 

 その瞬間、鳥肌が立った。

 後ろ姿しか見えない黒鹿毛、しかし猛禽から睨まれたような錯覚を感じた。

 

 

 瞬き一つ、ブライアンは既に横に抜け出していた。

 呼吸を一つ、不自然なほどに低い姿勢が圧倒的な加速を生み、一歩で前の集団に並んだ。

 足踏み一つ、その頃にはブライアンは先行集団を置き去りにしていた。

 

 

 この雨で周囲の音も定かではない中、あの絶妙なタイミングをどう判断したというのか? 

 まさに怪物的な直感としか言いようがない。

 

 そして身体能力。

 俺自身加速しているはずだというのに、まるで差が縮まらない。

 前との差は少しずつ詰まっている。だがブライアンだけが遠い。

 

(あぁ…これは無理だ、勝てないわ)

 

 俺はもう負けを確信していた。

 ここから俺が最高速度に乗ったとして、あの背中に追いつくビジョンが見えない。

 それどころか、『領域』を無理にでも使おうとしたからなのか、脚が残っていない。

 他の名家のウマ娘たちを追い抜くことも難しいだろう。

 

(そう、勝ち目なんてない。…だってのに、俺はなんでこんな必死になって脚を回してるんだ?)

 

 意識に反し、スタミナに反し、俺の脚は未だ全力で回っていた。

 

(まだ走れるってか。俺だって負けたくなんてないさ。だがもう距離が…)

 

 ゴール板までもう100mもない。

 

 負けたくない

 負けたくない

 

 ────どうして? 

 

 この後に及んではっきりとしない、負けたくない理由。

 もはや独立して回る俺の脚は最後まで全力でターフを蹴り、ゴール板を突き抜けた。

 

 

 

 京都ジュニアステークス、六着。

 

 

 再び悔しそうな顔で出迎えたトレーナーを見て、俺は胸が痛んだような気がした。

 

 

 

 

 




今回は少し急展開かも?
好き嫌いも分かれそうです。

ただ、必要な話だったので…


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勝ちたい理由は

いつも応援ありがとうございます。

今回は特にいい感想をいただけたと思っています、いや本当に。
自分の文章力をもっと上げたいと思うと共に、しっかり呼んでもらえているんだなぁと嬉しくなりました。
本当はこの話と次の話を一緒にしたかったのですが、書きたいことが増えたので分けました。

まだまだ未熟ですが、お付き合いいただけたらと思います。

ではどうぞ。




 

 

 

 

 負けて悔しい。

 

 当たり前の感情だ。

 俺だって別に遊びでレースに出ているわけじゃないしな。高い賞金を得るためにも一着を取れるなら取ったほうがいいに決まってる。

 

 だが、涙が出るほど? 

 そこがよく分からない。

 気持ちがスッキリしないのもそれが原因だとは思うんだが、なんというか、『今更?』というのが正直なところだ。

 

 俺は今世でウマ娘として生まれ変わったわけだが、前世は一般人だったし、負けることなんて珍しくもなかった。

 というか、勝ったことのほうが珍しいんじゃないか? 

 子供の頃は運動で同級生に負け、受験して入った高校でも大して勉強していないやつに成績で負け。大学は志望校に入れなかったし、就職も別に上手くいったというわけじゃない。

 

 だから、今更レースの一つや二つ負けたくらいで泣くほど悔しがるような人生を送ってきていないのだ。

 負けて悔しくないわけはない。

 ただ、それが原因なら感情の振れ幅が大きすぎじゃね? という話だ。

 これも精神が体の年齢に引っ張られているせいなのか? 

 

「メトゥス、メンタルの状態がトレーニングに影響しないのはキミの凄いところだとは思うが…今日はこれで終わりにしよう」

 

「え…まだ余裕がありますが」

 

「いや、どちらにせよ週末にはホープフルステークスがある。今日あたりから調整しようと思っていたんだ」

 

「そうですか」

 

 確かにレース前は調整するが、まだ一週間近くある。

 直前でも良かったはずだが…どうやらトレーナーに気を使わせてしまったみたいだ。情けない。

 

 この前の京都ジュニアSでは入着すらできなかったが、ホープフルSの抽選にはなんとか通った。

 ブライアンが朝日杯の方に出たことで枠が一つ空いたからかもしれないな。

 あ、ブライアンは朝日杯をぶっちぎり一位で勝ちました。まぁ、そうだろうねって感じだ。

 

「メトゥス。キミの悩みに関して、僕がアドバイスできることは多くない。僕はトレーナーだけど選手じゃないからね」

 

「ええ。これは私が乗り越えるべき問題です」

 

「だから、シャドウストーカーにでも相談してみたらどうだい? 仲がいいんだろう?」

 

「そうですね…一理あるかもしれません」

 

 トーカちゃん先輩に相談か…いいかもしれんな。

 同じウマ娘だし、競技者として先輩でもある。いいアドバイスが貰えるかもしれない。

 よし、早速聞いてみよう。

 あ、その前にマッサージおなしゃす! 

 

「お゛お゛あ゛ぁ゛〜気持ちいい゛〜ですぅ゛〜」

 

「…」

 

 そこ、おっさんくさいとか思わない。

 

 

 ──────────────────

 

 

 

「トーカちゃん先輩は、なんのために走っているのですか?」

 

 風呂から上がったシャドウストーカーは、先に就寝準備を済ませていたウルサメトゥスに突然そう問いかけられた。

 少し驚いたシャドウストーカーだったが、冴えない顔色から、ウルサメトゥスが近頃何かに悩んでいるのは知っていた。

 かわいい後輩のお悩み相談。シャドウストーカーも頼られたい年頃だ。

 シャドウストーカーはドライヤーを当てて髪を乾かし終わると、ウルサメトゥスに向き直った。

 

「それは勿論、勝つためだよ」

 

「では、なぜ勝ちたいと思うのですか?」

 

 食い気味とも言える、即座の返答。本当に聞きたかったことは最初の質問ではなくこっちなのだろうと察した。

 シャドウストーカーは、ウルサメトゥスの悩みがなんとなく分かった。

 だから、参考になればと自分の考えを話すことにした。

 

「最初はね、見返したかったんだ。私は強いんだって、私に期待しなかった人たちに」

 

 シャドウストーカーの勝ちたい理由は、その出自に関係する。

 シャドウストーカーは、それなりの名家の分家出身だ。四大名家やいつもの名家集団に匹敵するほどの家ではないが、関係者にはそこそこ知られている。一般人は知らない。その程度の家の、分家の出だ。

 そして、そこまで期待されたウマ娘ではなかった。

 本家の娘のように充実した設備で幼少期を過ごしたわけではないし、技術を教え込まれたわけでもない。寒門よりはマシだったと思うが、明らかに贔屓があった。

 

『私の方が速いのに』

 

 シャドウストーカーはそう思っていた。だからいつも不満があった。

 本家の娘が同期だったということも贔屓に拍車をかけていた。

 最近は、あの家程度の大きさでは、同時に多数のウマ娘を育成する余裕などなかっただけなのだということがシャドウストーカーにも分かってきていた。

 しかし、当時の自分がそれを知っても不満が抑えられることはなかっただろうとも思う。

 

 トレセン学園に入学し、できる限りの努力をした。

 本格化するまでは、座学、教官からの指導を誰よりも真剣に行った。

 本格化してからは、練習し、レースに出て、勝ったり負けたりした。

 才能を見込まれベテランのトレーナーが付いたが、それに対する本家のリアクションは皆無。

 チューリップ賞で三着だった時も、本家は何も言って来なかった。本家の娘がオープン戦で二着だったときはあんなに褒めていたのに。

 

 勝ちたい、勝って見返したい。私の方が強いんだということを、あの連中に突きつけてやりたい。

 本家の連中、そして何より大して強くもないのにチヤホヤされるいけすかない本家の娘が、自分の成績に何も言ってこないことに腹を立てた。

 

 シャドウストーカーの中でその想いは膨れ上がり、ついにオークスで爆発した。

 

「では…もう見返すという目標はオークスで達成していたのではないのですか? しかし、先輩は秋華賞でも勝つことができた。勝ちたい理由を見失わなかったのですか?」

 

「うーん…確かに一時期はそうだったよ。でも、また走りたいと思ったから」

 

「それは…?」

 

 身を乗り出して聞こうとするウルサメトゥスを少し笑って抑えつつ、シャドウストーカーは言う。

 

「単純だよ。勝ったことで、私のことを強いって思ってくれる人が増えたから。もっと見て欲しいと思ったの。もっと勝ちたくなったの。子供っぽくてごめんね」

 

 それは、子供のような承認欲求。

 もっと私を見て欲しい。もっと応援してほしい。私は強いんだと、知って欲しい。

 

 だから、勝つ。

 

 見返すという理由の延長線上かもしれない。しかし、今シャドウストーカーが勝ちたい理由はそれだった。

 

「幻滅した?」

 

「いえ、先輩はもっと人気が出るべきです。日本国民全員が先輩のファンになるべきです」

 

 即答する後輩に苦笑いする。

 このウマ娘は、シャドウストーカーのことになると少し過激になるきらいがあった。

 

「そうなったら楽しいかもね。それでウルちゃんの走る理由は、なに?」

 

 ウルサメトゥスに逆に問い返す。

 自分の想いは語った。

 力になるためにも、今度は後輩の想いを聞きたい。

 

「私は…両親に恩返ししたいのです。そのために、レースの賞金を獲得したい」

 

「でも、賞金は一着じゃなくても貰える。だから、勝ちたい理由が分からなくなった?」

 

「はい。いえ、勝ちたいとは思っています。私も競技者ですので。でも、負けて泣くほど悔しいか? とも思うのです。なんというか、頭と心が一致していないような、そんな不快感があるのです」

 

「そっか…」

 

 シャドウストーカーとてまだ十代半ば。

 的確なアドバイスができるほど、人生経験が多いわけではない。

 しかしだからこそ、常識に囚われた大人にはない柔軟な発想ができるということもある。

 

「勝ちたい理由なんて、分からなくてもいいんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「理由なんてなくても、一着を取りたいから取る。それでもいいと思うよ。後から理由がついてくるかもしれないし」

 

 シャドウストーカーは、目の前の小さなウマ娘が必死になって勝つ理由を探していること自体が不思議だった。

 そんなものなくてもウマ娘は走る。本能で勝ちたいと思ってしまうのだ。

 だから理由なんて、『勝ちたいから』でいいと本気で思っていた。

 

「そんな! それじゃどうして私はこんなにも負けたく──────」

 

 無責任とも取れるシャドウストーカーの発言に言い返そうとして、ウルサメトゥスは目を見開いて動きを止めた。

 不自然な硬直にシャドウストーカーが様子を見ていると、一分ほど間を置いて動き出した。

 

「…すみません、ちょっと電話してもいいですか?」

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 目の前で急に電話をかけ始めるという失礼な行為に、シャドウストーカーが腹を立てることは無い。

 この小柄な友人が突飛な行動をし始めるのは割と慣れているからだ。

 それに、普段朝早く出て夜も早く寝てしまうこの友人の、起きている顔を長く見られるのも悪くない。

 

「…あ、もしもしお母さん? 私だけど。うん…一つ聞いてもいい? …凄いね、何も言ってないのにお見通しってわけだ。うん、うん。ありがとう。私、頑張るよ。あ、次の日曜日、私ホープフルステークスに出るから。良ければ見にきて。それじゃ、おやすみ」

 

 どうやら母親に電話をかけたようだ。

 内容についてはシャドウストーカーには分からなかったが、ウルサメトゥスの目を見れば、悩みが半ば解決してしまったことくらいは察せた。

 自分が直接悩みを解決してやれなかったことにシャドウストーカーは少し悔しく思ったが、ウルサメトゥスの顔が晴れたことは素直に嬉しかった。

 

「悩みは解決した?」

 

「ええ、先輩のおかげでもあります。アドバイスありがとうございました。このお礼は必ず」

 

「私は何もしてないけどね。お礼なんていいんだけど…そうだね。じゃあ、私に対して敬語、やめよっか?」

 

「!?」

 

 何もしていないとは思っていたが、貰えるものは貰っておく。

 ティアラ二冠にしてエリザベス女王杯優勝ウマ娘であるシャドウストーカーは、とても強かな娘だった。

 

 

 ──────────────ー

 

 

 ありがとう、トレーナー、トーカちゃん先輩、そして父さん母さん。

 よく分かったよ。

 俺は本当にバ鹿だ。

 

 勝ちたい理由じゃない。

 そんなもの無かったんだから、探しても分からないはずだ。

 

 あったのは負けたくない理由。

 俺のちっぽけなプライドと臆病な心が生み出したありもしない幻想。

 そんなものに怯えて、本当に下らない。

 それが分からなかったことにも腹が立つ。

 

 でも、もう大丈夫。

 

 幻影の重圧から逃げるのは終わりにしよう。

 

 負けたくない理由は妄想で、勝ちたい理由も呼んだ(・・・)

 

 

 なら、あとは勝つだけだ。

 

 

 




次話はホープフルステークスです。

感想欄で書きたいことを先に言われてしまいどうしようかと思いました笑


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ホープフルステークス:寒空と、温かい涙

いつも応援ありがとうございます。

今回の話は割とすんなり書けました。
書きたい部分だったのと、キャラが勝手に動く現象が同時に発生したせいですね。

この次くらいでジュニア級は終わりです。

それではどうぞ。


 

 

 

 勘違いしていたんだ。

 俺は、自分の心の中に燻る感覚が、『勝ちたい』とか『一着を取りたい』という気持ちから来ていると考えていた。

 

 

 でもそうじゃなかった。

『勝ちたい』ではなく、『負けてはいけない』が正しかった。

 

 

 結局のところ、俺は負けて自分が失望されることが怖かったんだ。

 

 

 これまで自分のために身を粉にして尽くしてくれた両親に。

 俺の目標のために睡眠時間を削ってまでトレーニングメニューを考えてくれたトレーナーに。

 何より、前世でもしたことがないような努力をして、全力で挑んだ自分に失望したくなかった。

 

 だから、負けてはいけない。

 負けて両親やトレーナーに見放されたくない。

 自分に失望したくない。もっとやれるんだと思い込みたい。

 

 そんな考えがいつの間にか出来上がり、肥大し、体を縛っていた。

 俺は両親から、トレーナーから期待されている。

 無意識にそう思っていたからこそ、負けたときに怖くて涙が流れた。

 

 勿論、勝ち続けろなんて両親やトレーナーから言われたことなんて一度もない。

 全く、俺は度し難いほど傲慢だった。

 

 

 自分の力を過信して、負けたら失望されると思い込んで、挙げ句の果てには自滅して。

 

 

 俺の両親は一度や二度負けたくらいで失望するような人たちか? ありえない、そのくらい分かっているはずだ。そもそも両親は俺に見返りなんて求めていないだろう。

 

 俺のトレーナーは一度や二度負けたくらいで俺の担当を辞めるような無責任な男か? 違うだろう! 俺の負けを自分のせいだと言い張るような奴だぞ。

 

 俺はどんなに努力したからって、無敗で物事を続けられるような完璧な人間か? それが一番ありえない。転生しても何も成長してないじゃねえか。

 

 俺は負けることで自分が失望される、見放されるなんて思い込んで、負けることに恐怖していただけだった。

 我が身可愛さ、どこまでも自分中心な人間、いやウマ娘だったってわけだ。

 

 勝ちたい理由なんて大層なものじゃなかった。そんな前向きな感情じゃない。

 俺の心のもやもやなんて幻想に過ぎなかった。バ鹿すぎて呆れ返る。

 

 芙蓉ステークスまで勝ち続けていたのも原因の一つだな、完全に天狗になっていたんだ。

 子供特有の根拠のない全能感? おい、前世含めたら中年なんだぞ、いい加減現実を見ろよ俺。

 恩返しを走る理由にするのはいい。

 だが俺はそれをあろうことか不調の原因にしようとしていた。

 

 一抹の不安を振り切るために電話をかけたら何て言われたか? 

 

 

『…あ、もしもしお母さん? 私だけど』

 

『あら、どうしたの? いつもなら寝てる時間じゃないの?』

 

『うん…一つ聞いてもいい?』

 

『なぁに? 例えレースで負けても、あなたは私たちの可愛い娘よ。手放してなんてあげないわ』

 

『…凄いね、何も言ってないのにお見通しってわけだ』

 

『娘のことだからね。最近、元気なさそうだったし。レースの映像からだけでも分かるわ、私も、お父さんもね。それに、ウルはちょっとネガティブなところあるじゃない』

 

『うん…』

 

『また色々考え込んで、もしかしたら不調の原因が自分でも分かってないんじゃないかって、お父さんも言ってたわ』

 

『うん』

 

『全く、あなたは頭がいいのに変なところを心配するんだから。大丈夫よ、誰もあなたを見捨てないわ。だから、そんなこと気にせず走りなさい!』

 

『…ありがとう。私、頑張るよ。あ、次の日曜日、私ホープフルステークスに出るから。良ければ見にきて』

 

『もう客席のチケット予約してあるわ』

 

『…っふ、それじゃおやすみ』

 

『はい、おやすみなさい』

 

 

 親って凄い。

 最近電話すらしてないのに、レースの映像を見ただけで分かっちゃうんだってさ。

 やっぱり、俺の両親は最高だよ。

 そしてそんな最高の両親が来るからこそ、今日のレースは頑張らないとな。

 

 大丈夫、これは体を縛る重圧じゃない。

 

 俺の背中を優しく押し出してくれる、追い風なんだ。

 

「メトゥス、入ってもいいか?」

 

「ええ、準備はできていますので」

 

 控室に中森トレーナーが入ってくる。その手には温かいお茶があった。

 もうすぐパドックに行かなければいけないが、どうやら俺のために温かい飲み物を買ってきてくれたらしい。

 相変わらず気の利く人だ。

 

「はい、熱いから気をつけて」

 

「ありがとうございます」

 

「…うん、朝見たときから調子は良さそうだと思っていたけど。どうやら完全に調子が戻ったみたいだね」

 

 ここのところずっと俺を気にかけてくれていたトレーナーは俺の顔を見て安心したように笑う。

 うう、すまぬ。心配かけてしまったな。

 貰ったお茶をちびちび飲んで俯きそうな顔を隠す。

 

「その節はご迷惑をおかけしました…」

 

「迷惑だなんて思わないでくれ。僕はキミのトレーナーだ、もっと頼ってくれていいんだよ」

 

 うーん、タラシ! 

 よくそんなキザなセリフ素面で言えるな! こっちが恥ずかしくなるわ。

 だがもう大丈夫だ。弱気な自分にサヨナラってな。

 

 お茶飲んで水分補給も十分。

 さぁ、パドックに行こうか。

 

 

 

 

 今日も今日とて凄いメンツだ。

 ブライアンこそいないけど、大体京都ジュニアSに出ていた娘たちと同じ。

 さらに京都のときはいなかった、ミニ家のミニコスモスちゃんとかもいる。

 新興のミニ家だけど、その実力は他の名家に劣るものではない。

 

 みんなこのレースに合わせてきたようで、調子は良さそうに見える。

 一番調子が良さそうなのは…ストレートバレットちゃんかな。黒沼トレーナーのところの。

 選抜レースでは出遅れながらもあのブライアンに迫った差し脚を持つウマ娘。要警戒だな。

 勿論ほかの娘も強豪ぞろい。油断なんて欠片もできない。

 

 天気は…うん、見りゃわかる。

 

 雪だ。

 

 まぁ12月も半ば過ぎて、さらに寒波が来て気温も0℃近い。

 雪も降るってもんだ。

 

 ただ…悪くないな。

 バ場は不良、そりゃそうだ。

 で、足場が悪いってことは、パワーのある俺のようなウマ娘にとっては有利要素だ。

 そして天候は雪。雨ではなく雪だ。

 

 雪は音を吸収する性質がある。

 だから、音を起点とする俺の『領域』とは相性が悪い…とでも思ったのか? 

 確かに雪は音を吸収する。雪の日に静かなのはそのせいだしな。

 だけどそれは距離に応じて変わる。

 雪だけで目の前を通り過ぎたトラックの音が小さくなるか? という話だ。

 つまり…俺の『領域』くらいの範囲なら大して変わりはない。

 むしろ遠くの歓声なんかは小さくなるだろうし、足音も聞こえやすくなるかも? 流石にそれは期待し過ぎか。

 

 

 返しを終えて控室に戻り、濡れてしまった服を着替える。

 そう、今日の俺は勝負服だ。ホープフルSはG1だからな。

 このときのために既に作ってあるのだよ。

 

 黒い髪に合わせ、色は黒を基調とした。

 狩人を彷彿とさせる身軽な上着に、口元を覆う生地の薄いベール。

 下はブーツイン型のすらっとしたズボン。ブーツは革のブーツ。

 ロビンフッドハットをかぶる。

 

 おっと忘れないように、仕上げに茶色のファーケープを羽織って完成だ。

 俺の『領域』の象徴、あの恐ろしいケモノ。

 これを羽織ることで、あいつの力を身につけるって意味を持たせた。

 

「メトゥス、どうだった?」

 

「ストレートバレットさんは調子が良さそうでしたね。他の方々も強敵揃いです」

 

 俺が着替えている間外に出ていたトレーナーが帰ってくる。

 トレーナーも概ね同意見のようで頷くが、途中で首を振る。

 

「いや、今日一番調子が良くて、一番仕上がっているのはキミだ」

 

 …そうだな。こんな余裕の上から目線で対戦相手を評価できるのも、自分が一番調子がいいと分かっているからかも。

 

「そうですね。間違い無いかもしれません」

 

「間違いないよ。キミのトレーナーである僕が言うんだから間違いないさ」

 

 言ってくれる。

 だが、いい激励になったぜトレーナー。

 

「トレーナー。今日は勝ちます。見ていてください」

 

「勿論。最高の席を確保してある。ゴール前で待っているよ」

 

 その言葉を背に、俺は控室の扉を開けた。

 

「そうだメトゥス」

 

「?」

 

「勝負服、似合っているよ」

 

 …俺は惚れないからな!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートに入り、ファンファーレが鳴る。

 俺は7枠15番、外寄りだ。最初から『領域』を使おうとしても、ここからだと内枠のウマ娘にまで届かない。

 今回は中盤から使うつもりだから関係ないがな。

 人気のウマ娘が紹介されていくが、なるほど確かに音が小さく聞こえる。

 少し積もってもいるし、これが雪が音を吸うということなんだろう。

 ちなみに俺は9番人気。芙蓉Sを勝ったとはいえ、直近の成績はそうでもない。名家でもないし、まぁ妥当だろう。

 

 解説による紹介が終わり、いよいよレーススタートだ。

 

『スタートしました!』

 

 ウマ娘たちが綺麗なスタートを見せる。

 流石G1、出遅れなんてしないか。

 ハナを取りに行ったのはいつも通りリバイバルリリックちゃん。

 見惚れるほどのロケットスタート、他の逃げウマ娘たちを牽引している。

 

『ハナを取ったのは1番リバイバルリリック。もはやお馴染みの光景と言えます』

 

『内枠が幸いしたのか、今日はいつにも増して勢いがあるように見えますねぇ』

 

 ただ、雪道のせいかあんまり速度が出せていないように見えるな。

 よし、俺も序盤から圧力かけちゃうぞ。

 

 ほら、聞こえるだろう? 迫り来る足音がさ! 

 

『逃げウマ娘たちが後続を引き離します…いえ、あまり距離が開いていないように見えますね?』

 

『今日は雪が降っていますし、コースにも少し積もっています。あまり速度を出せないのかもしれません。それに、後ろのウマ娘たちもそれを見たのか序盤からペースを上げているようです。逃げウマ娘にプレッシャーをかけたいんでしょうね』

 

 その通りだが、プレッシャーをかけたいという意思は多分俺だけだと思うぞ。

 俺が圧力をかける前は別に前に出ようとしてなかったしな。

 というか、思ったより遠くまで足音が届いたのか? なんか差しウマ娘たちまで若干ペースが上がっている気がする。

 

『ウマ娘たちが坂を登り、最初のコーナーへと走って行きます。先頭から最後尾まではおおよそ9バ身といったところでしょうか』

 

『逃げウマ娘からしたらもう少し差を広げたいですね。ここで離しておかないと、後半でキツくなりそうです』

 

 実況解説の声が届いたのか分からないが、逃げウマ娘たちのペースが少し速くなる。

 よし、それでいい。この調子でスタミナを減らしてくれ。

 

『2コーナーを回り直線に向かいます。先頭から1番、7番、8番、16番、二バ身離れて11番、2番、4番、5番と続きます。一バ身離れて3番、18番並びかけてきた。半バ身離れて17番、6番、9番、10番、14番。更に半バ身離れて12番、13番、最後尾に15番です』

 

『先頭から最後尾までは12バ身といったところでしょう』

 

『只今先頭が1000mを通過しまして、タイムは1:00.6。不良バ場にしてはかなり速いペースです。ウマ娘たちのスタミナ残量が気になりますね』

 

 全く良いペースだ、感心感心。

 だが、俺も後ろからプレッシャーをかけ続けていただけあって、この距離なら『領域』の射程圏内だ。

 

 残り1000m。

 初のG1の舞台、今日の俺は一味違う。

 なんせアイツの毛皮を纏ってるからな。

 手に入れるのには苦労した。芙蓉Sの賞金を結構使ったくらいには。

 だがその甲斐はあったかな。昨日トレーナーに了解をとって試し打ちしたら威力が増してたらしいし。

 

 俺を殺したことを許すことはないが…今だけは力を貸せ、クマ公!! 

 

「さぁ…畏れろ、私を!!!」

 

 雪が音を吸収する? 

 関係ないね。

 だって今日の俺は絶好調なんだ。トレーナーも言ってたし間違いない。

 足音も届く。心臓も万全。毛皮効果で威圧のパワーもマシマシだ。

 それなら、効かないはずもないだろう? 

 

 ほらその証拠に、肉食獣に追われる草食獣たちが一斉に逃げ出したぞ! 

 

『先頭が第3コーナーを回りますが…ペースが速い?! 仕掛けるには早すぎるのではないか!?』

 

『後ろが慌てたようにそれに続いて行きますね…初のG1の舞台、緊張して仕掛けどきを誤ってしまったのでしょうか?』

 

 前を走るウマ娘たちが弾かれたようにペースを上げる。

 確かに効果が上がっているかも? 俺の思い込みかもしれないけど。

 まぁいい。重要なのは、ライバルたちが全員かかったという結果だ。

 

 ほらほら、まだ後ろから追ってくるぞ。

 そんなんじゃ追いついてしまうが、大丈夫か? 

 

『かかってしまっているのでしょうか、一息吐くことができればいいのですが』

 

『残りは500m。そうもいかない距離ですねぇ…』

 

 本来の仕掛けどきはこのくらいだからな。

 掛かってしまって仕掛けどきよりも300mは早くペースを上げてしまっただろう。

 脚は残っているか? プレッシャーも消すし、スパートしていいぞ。

 

 出来るもんならな。

 第二の効果、発動だ。

 

 

 夜ではないけど、天候のせいで空も暗い。

 まるで俺が殺されたときみたいじゃないか。

 

 だからさ、みんなも俺と同じ恐怖を味わってくれよ。

 

 

 なぁ!! 

 

 

『残り400m、しかしウマ娘たちのペースがここで落ちた!!』

 

『不良バ場に速いペース、それに最後の掛かりが牙を剥きましたね』

 

 ライバルたちの足並みが乱れたのを見て、力任せに横に飛び出す。まっすぐ行ったらバ群の中、埋もれて詰みだ。

 地面はぐしゃぐしゃで、先頭までは大体10バ身。かなり距離がある。

 なんかちょっとデジャブだな。

 そうか、芙蓉ステークスも中山レース場で、状況もこんな感じだったんだっけ? 

 それなら同じことが言えるな。

 

 ここから最終直線で残りは310m。普通なら間に合わない。

 だが…

 

 

 お嬢さん方、あまりにも隙だらけだぜ? 

 

 

『さぁ速度の落ちたバ群、根性で抜け出すのは誰だ! 中山の直線は短いぞ!』

 

『これは…大外、大外です! 一体いつからその位置にいたのか、バ群に邪魔されることもなく、そして雪道に足を取られることもなく! 駆け上がって行きます!!』

 

 キッツい。

 苦しい。

 脚が回らなくなりそう。

 滑らないように気をつける必要もある。

 俺がパワーが売りだからといって、この不良バ場を簡単に駆け上がれるわけはない。

 

 

 ああ。

 だけど。

 

 

「ウルー!! 頑張れえええ!!!」

 

「ウル!! 走り抜けろ!!!」

 

「いけえええええメトゥスぅぅぅぅぅうう!!!!」

 

 

 そんな声が聞こえたらさ、頑張るしかないじゃん? 

 

 

 隣を走るウマ娘がハッと我に返る。

 お、俺の世界から帰ってきたか。

 けど悪いね。もう伸びないだろう? 

 脚も残ってないだろうし。

 

 そして何より、今日の俺は、世界で一番速いんだ。

 

『15番並ぶか?! いや並ばない! 並ぶことなく抜き去った!! そのままの勢いでゴール!!!! 15番ウルサメトゥス、ペースを崩したウマ娘たちの中、ただ一人冷静にレースを制した!』

 

 

 勝った。

 勝ったのか。俺は。

 

 観客席に手を振る。

 気温は低いってのに、体が熱い。

 

 最前列に両親とトレーナーがいた。

 って、隣同士の席だったのかよ。そりゃ応援の声が同時に聞こえるわけだ。

 声を出そうとしたが、なぜかこえがでない。

 

 

 

 ああ、おれ、ないてるのか。

 

 

 

 でも、俺の心に恐怖なんて無い。

 

 これは、嬉し涙なんだ。

 

 

 

 




次を投稿したら、少し間が開くかもです。


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掲示板回:G1勝利ウマ娘を語るスレ

少し遅くなりました。チャンミやってたらこれですよ。

今回は掲示板回です。
主に、G1を勝った主人公がどんな風に見られているかの説明となります。

この話の中のウマ娘世界では、名家やそれに連なる出身というのはあらゆる面においてとても大きなアドバンテージです。
また、この話の中では、ネームドウマ娘も設定で明確に貧乏や田舎出身と書かれていない場合、それなりの名家や知られた家の出身としています。

ではそれを踏まえた上で、どうぞ。


 

 

 

ホープフルステークス終了直後

 

【12月G1】G1勝利ウマ娘を語るスレ24【多すぎ】

 

 

442:名無しのウマ娘 ID:30qC4xtiB

ウルサメトゥスホープフル優勝おめでとう!

 

443:名無しのウマ娘 ID:gJUkPTgKB

ウルサメトゥスおめでとう!

 

444:名無しのウマ娘 ID:jUI4fBLvP

ウルサメトゥスちゃんおめでとう!

 

445:名無しのウマ娘 ID:JJpDSGys6

おめでとー

 

447:名無しのウマ娘 ID:q2B+ffsV8

おめおめ

 

449:名無しのウマ娘 ID:ehlmhdkKP

おメトゥス!

 

 

 

しばらくお祝いレスが続く

 

 

466:名無しのウマ娘 ID:xBzntV7OJ

(で、誰だよウルサメトゥス)

 

467:名無しのウマ娘 ID:J/vaWBxLE

(知らん)

 

468:名無しのウマ娘 ID:KjvA8qkpJ

(ウルサメトゥスis誰)

 

470:名無しのウマ娘 ID:zxU6Ck28f

(名家ではない)

 

471:名無しのウマ娘 ID:Qs/UNz6ww

(寒門か?)

 

472:名無しのウマ娘 ID:XIRfUe4rL

(こいつら…脳内に直接!?)

 

473:名無しのウマ娘 ID:827WpIwTO

(お前らエスパーかなんかかよ)

 

474:名無しのウマ娘 ID:2sxxh6XvF

(誰か知ってるやつおらんのか?)

 

475:名無しのウマ娘 ID:Go1Den564

(ちくわ大明神)

 

477:名無しのウマ娘 ID:p+IGYr8qa

(芙蓉ステークスで優勝した娘だぞ)

 

479:名無しのウマ娘 ID:GCpLIKrjo

>>473お前もエスパーじゃん

 

481:名無しのウマ娘 ID:5OtyAt+AV

今回のホープフルまとめ

中山 芝 2000m 右回り 雪 不良

タイム 2:08.9

一着15番ウルサメトゥス

二着6番ストレートバレット(1/2バ身)

三着3番サルサステップ(クビ)

四着1番リバイバルリリック(クビ)

五着11番ミニコスモス(ハナ)

 

483:名無しのウマ娘 ID:mD+3hDm0k

誰だ今の

 

484:名無しのウマ娘 ID:hcSwBe8El

ようやくエスパーやめたか

 

485:名無しのウマ娘 ID:I2SdH+iTI

>>481有能

 

486:名無しのウマ娘 ID:mAO5O2yvb

>>481分かりやすい

 

487:名無しのウマ娘 ID:vW1kmsliu

>>481タイムおっそwwwww

 

488:名無しのウマ娘 ID:yCs6/tZpw

なんかこう…タイムと着差だけで分かるこの泥試合感

 

490:名無しのウマ娘 ID:UacD2MM24

現地で見てたけどもうみんな最後の方バテバテだったよ

 

491:名無しのウマ娘 ID:+2IbMZKV2

不良バ場にしても遅すぎw

 

492:名無しのウマ娘 ID:tpzaD6PON

今映像見てきたけど、なんかよくわからんレースだったな

 

494:名無しのウマ娘 ID:CH8O8vgRc

>>490わざわざ雪の中現地まで行って見たのかお疲れさん

 

495:名無しのウマ娘 ID:VIwhSdHZG

序盤は不良バ場にしては速かったけど、後半ペース上げすぎて持たなかったって感じだな

 

497:名無しのウマ娘 ID:1s69sJY0j

残り400mくらいからペースガタ落ちしたな

 

498:名無しのウマ娘 ID:bYI5crT49

まぁここに出てたメンツはマイルG1の方に出てなくて初のG1出走だろうし、緊張してたんじゃない?

 

500:名無しのウマ娘 ID:bOEdXYfxj

そんな中一人だけ抜け出して優勝できるってことは…このウルサメトゥスって娘、さては猛者じゃな?

 

502:名無しのウマ娘 ID:d3iZc9iH8

>>490なんか皆掛かってたよな

 

504:名無しのウマ娘 ID:zQobLERI7

あーあーみんな勝負服がぐしょぐしょで…じゅるり

 

505:名無しのウマ娘 ID:HRpfwRrnD

>>504通報した

 

506:名無しのウマ娘 ID:6SyUjxNaq

>>504お前トレセン学園の外周10周な

 

507:名無しのウマ娘 ID:BqsMXAh8U

>>500いやーこれだけ見るとさぁ…実力ってよりはアレじゃない?

 

509:名無しのウマ娘 ID:jLkTU3uqs

タイムおっそw

 

510:名無しのウマ娘 ID:JjDGpw++Q

ストレートバレット勝ったと思ったんだけどなぁ

 

511:名無しのウマ娘 ID:rXUYWUJar

>>507フロック?

 

513:名無しのウマ娘 ID:4wYZo9EpQ

芙蓉も今見てきたけど、なんか同じ感じだったけど

 

514:名無しのウマ娘 ID:BqsMXAh8U

>>507そうそれ

 

515:名無しのウマ娘 ID:knan6gO4f

こんだけ名家がいる中で無名の娘が優勝か。すごいじゃん

 

516:名無しのウマ娘 ID:5OtyAt+AV

わかってる範囲で今回優勝ウマ娘のウルサメトゥスちゃんの情報まとめたよん

名前:ウルサメトゥス

所属:中央トレセン学園中等部

得意距離:中距離

脚質:追込

成績:メイクデビュー一着

   芙蓉ステークス一着

   アイビーステークス三着

   京都ジュニアステークス六着

   ホープフルステークス一着

 

518:名無しのウマ娘 ID:hV9UhowzL

>>515すごいけど、寒門でこんな走れるかって疑惑が今浮上してる

 

520:名無しのウマ娘 ID:rEUAGxfcn

まぁフロック説もわからんでもない。この競技世界マジで名家出身かそれ以外かだし

 

522:名無しのウマ娘 ID:Btw9p3jtM

>>516有能すぎ

 

524:名無しのウマ娘 ID:wV4F7PkdS

あんま知られてない娘でも勝つウマ娘は大抵名家の分家とかだしな

 

525:名無しのウマ娘 ID:MYmFzc+T8

>>516お前にはウルサメトゥスちゃん情報まとめ役の称号を与えよう

 

527:名無しのウマ娘 ID:TKEEx+Hwn

なんか…いや、五戦三勝だし弱いわけないと思うんだけど

 

528:名無しのウマ娘 ID:0phxJNdqZ

調べたけど、この娘寒門どころか一般家庭出身っぽいぞ。どこの家との繋がりもなさそう

 

529:名無しのウマ娘 ID:PR33aVB3g

>>513どゆこと?

 

531:名無しのウマ娘 ID:w6OVrdSAy

>>529芙蓉もホープフルも、周りが勝手に崩れてる。勝手にペース上げて自滅して、その隙を縫って勝ちって感じ

 

532:名無しのウマ娘 ID:B/F532iKf

>>528マ?これは…もう活躍は見られないかもしれませんね汗

 

533:名無しのウマ娘 ID:NuqO3UpZI

トレセン学園ホームページのウマ娘情報欄で得意距離:中距離って書いてあるし走れてもおかしくないんじゃないの?

 

534:名無しのウマ娘 ID:mQKWmDuFu

出てるレース全部俺も見たけど、ちょっと運勝ち感が拭えないな

 

535:名無しのウマ娘 ID:8/mcFm6Co

>>533アイビーはマイルだから負けててもおかしくないけど、京都ジュニアSは2000だぞ。で、芙蓉は名家はあんま出てなくて一着、京都は名家いっぱい出てて六着。つまり…?

 

537:名無しのウマ娘 ID:JgmhAiOls

芙蓉はともかくホープフルは着差もあんまないしな

 

539:名無しのウマ娘 ID:JZzfzWQII

特に今回はペース激遅だしなー、誰が勝ってもおかしくはなかった

 

540:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

この娘が勝ったときに涙を流してたのを見て、私も少しウルっと来てしまったよ。ウルっとね…

 

541:名無しのウマ娘 ID:UAtiAIB9W

>>540やめとけ

 

543:名無しのウマ娘 ID:RMaQvT+p/

同じG1勝者だってのに、ナリタブライアンとはえらい扱いの差だなぁ

 

544:名無しのウマ娘 ID:gmE7roD5G

そりゃ、ナリタブライアンはビワハヤヒデと同じ家の出身だし、何より圧倒的な勝ち方してるからな

 

546:名無しのウマ娘 ID:ezFDdnwGw

あの勝ち方は魅せられる

 

547:名無しのウマ娘 ID:2mifcAYzQ

こう、本能!って感じの走りだよな。かっこいい

 

549:名無しのウマ娘 ID:eTqLMnyNF

京都ジュニアと朝日杯の走りで一体何人のウマ娘ファンが堕とされたのか…

 

俺もソーナノ

 

550:名無しのウマ娘 ID:y+MtR/nm2

てか急に過疎りすぎじゃね?

 

552:名無しのウマ娘 ID:n0hXvx/H5

そりゃこれから有記念の出走者で会見するんだからそっちに人流れてるんでしょ

 

554:名無しのウマ娘 ID:WUJYIPP+3

あ、そうじゃん。俺も行くわ

 

555:名無しのウマ娘 ID:NSgLQ4DM1

今回の有はクラシックから半分くらい出るからな…楽しみだ

 

556:名無しのウマ娘 ID:hYAh1dQED

これは…そういうことなのか?いや、確信できないことを言うべきではないな

 

557:名無しのウマ娘 ID:e0mOXMVyF

これでほんとに才能の原石だったら面白いけどなw

 

559:名無しのウマ娘 ID:JX/XBtHxu

そしたら皆手のひらドリルするから

 

560:名無しのウマ娘 ID:YlMThgAxM

今年の有ってBNWにシャドウストーカー、ちょっと適正外だけど桜花賞優勝のミニローズとかも出るよな?楽しみだわ

 

561:名無しのウマ娘 ID:GL7ajQ4I8

まぁビワハヤヒデが勝つでしょ

 

562:名無しのウマ娘 ID:NxQumAjFs

だからチケゾーだって

 

564:名無しのウマ娘 ID:ua50NpHzs

タイシンだっつの

 

565:名無しのウマ娘 ID:InNgpapic

来年はナリタブライアンとの姉妹対決も見られるかもな

 

567:名無しのウマ娘 ID:g04dNa7+X

シャドウストーカーちゃん推しです(隙自語)

 

568:名無しのウマ娘 ID:QFgV3mDC4

姉妹対決!そういうのもあるのか

 

569:名無しのウマ娘 ID:um5HujnxL

まぁなんというか、ジュニアのG1見た限りじゃ来年のクラシックはナリタブライアン一強な気はするわな

 

570:名無しのウマ娘 ID:NkfHkr4+s

>>565(そこにウルサメトゥスちゃんの席はありますか…?)

 

571:名無しのウマ娘 ID:kFJv3yB3B

(多分)ないです

 

572:名無しのウマ娘 ID:sLYyWpdUx

無慈悲

 

573:名無しのウマ娘 ID:hMSRfzTuO

ブライアンくらい圧倒的に勝ってくれたらまだ擁護のしようもあったんだが…

 

574:名無しのウマ娘 ID:7NRs+ncbX

優勝(五着まで2バ身差以内)

 

575:名無しのウマ娘 ID:MymY+kiss

あの娘分かんないなー

 

576:名無しのウマ娘 ID:vnH8g1hi8

運も実力のうちだから(震え声)

 

578:名無しのウマ娘 ID:CuW12d11M

ファン人数が全てを物語っている

ブライアンファン人数→朝日杯翌日10000人増

ウルサメトゥスファン人数→ホープフル翌日5000人増

 

580:名無しのウマ娘 ID:53rJqJPLu

勝負服のデザインは好き

 

582:名無しのウマ娘 ID:RCpMbWMq3

マスコミもどう扱っていいか分からなくて困惑してるのは流石に草

 

 




次で多分ジュニア級は終わりです。
主人公視点に戻ります。


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鋼の意志とは

いつも応援ありがとうございます。

感想、お気に入り、評価どれも励みになります。
2000お気に入り、10万UA達成!本当にありがとうございます!

前回の掲示板回に隠れたネームドは無事みんな見つかったようで嬉しいです。
お馴染みのカイチョー、黄金船さん、顔でか姉貴、天才ちゃんでした。

あと今回ちょっと長いです。誤字も多いかも。
誤字を見つけたらそっと報告してやってください…

ではどうぞ。


 

 

 

 ホープフルステークスを優勝したのが昨日。

 

 あの後ウイニングライブを無事に終え、両親とトレーナーに胴上げされた。高く上げすぎてこえーよ! 3人ともウマ娘でもないってのにどこにそんな力があるんだ? 

 俺が小さすぎるだけ? やかましいわ。

 レース後も特に忙しいこともなく。取材とかあるのかなーって身構えてたけど、なんか簡単な受け答えだけで終わっちゃったんで拍子抜けしちゃったよ。

 

 明けて月曜の今日、俺は普通に授業を受けている。出待ちとかもなしだ。トーカちゃん先輩とかはオークス優勝してから取材でてんてこ舞いだったみたいだけど、あれはトーカちゃん先輩が知られた家の分家出身だからだったっぽい。俺は実に平和なものだ。

 トーカちゃん先輩やクラスメイトからはめっちゃお祝いされた。嬉しいね。

 トーカちゃん先輩にG1を獲ってお揃いだね、なんて言われたりもしたが、いやクラシック級でG1三勝と比べたら流石に比較にならないっすわ…

 クラスメイトにサイン書いてーとか言われることもあり、なんか自分が有名人になった気分になった。

 

「ウルサメトゥスさん、教科書の朗読の続きをお願いします」

 

「はい、『しばらくじっと僕を見つめていたが…」

 

 当てられたので該当部分を読み上げる。考え事をしていても授業を聞いていないわけじゃない。

 今は国語で教科書の朗読をしているのだが…

 とりあえず、この世界でも「君はそういうやつ」なことが分かった。

 

 

 

 

 授業が終わり、いつも通りカフェテリアでトレーナーを待つ。

 今日は練習はしない。レースの次の日は反省会をすると決めていて、それを口実にというかトレーナーからトレーニングを禁止されているのだ。

 いつも練習しすぎだから? 否定はしないけどね。

 

 ブラックコーヒーを飲みながらUmatterを眺めて時間潰しする。エゴサとかはしない。そもそも俺の本アカウントほぼウマートしてないしな。

 眺める時も別アカウントを使っている。芙蓉を勝ったときにめちゃくちゃフォロワーが増えてからというもの、なんか怖くてそれ以来本アカを見てすらいない。通知も全部切った。

 

 昨日の有の会見について色々言ってるウマ娘が多いな。

 …ビワハヤヒデ先輩の「今日の朝刊は異常だ。新聞社は反省するべきだな」ってなんだ? 俺も新聞読んだけど、特におかしな事が書かれてた感じはなかったと思う。

 

「お待たせ、メトゥス。遅れてしまったね」

 

「いえ、せいぜい五分と言ったところですので、問題ありません。今日はトレーニングもありませんしね」

 

 有に出るメンツのウマートを眺めてたらトレーナーが来た。

 待ち合わせの時間から五分遅れているが、その程度気にすることはない。

 ただ、時間を守る性格のトレーナーが遅刻なんて珍しい。

 なんか様子がおかしいような。顰め面してるし。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああいや…キミは今日の朝刊を見たかい?」

 

「見ましたが」

 

 今日の新聞? ビワハヤヒデ先輩に続き、トレーナー、お前もか。

 有記念に出るウマ娘たちの会見の様子が一面に取り上げられていたな。皆有に出るだけはあり、強気の発言が多い。

 トーカちゃん先輩も載ってた。「私を応援してくれる全ての人へ勝利を捧げたい」だってさ! いやーかっこいいね。

 あ、俺も取り上げられてたぞ。俺、というよりはホープフルがだけど。

 俺がウイニングライブをセンターで踊ってる写真が載ってた。自分で言うのもなんだけど、可愛く取れてたぞ。カメラマングッジョブ。

 

「キミは疑問に思わなかったのか?」

 

「何をです?」

 

 トレーナーはそんな俺の様子を見て、なんというか怒っているようだった。

 俺に怒っているわけじゃなく、新聞に怒っているのか? 

 

「そうか、そもそもキミは知らないのか。いいかいメトゥス、基本的に、G1があった翌日の新聞では、そのG1を一面に取り上げるのが慣例なんだ。よほどのことがない限りはね」

 

 そうなのか。

 確かに言われてみればG1があった次の日にはそのG1のことが書かれてたかも? 

 ああ、だからホープフルじゃなくて有のことが一面に載ってたのがおかしいってことね、把握。

 でも有だしなぁ。よほどのことじゃないの? それは。

 

 俺がそんなことを考えていると、トレーナーは俯いて拳をキツく握りしめ、吐き捨てるように言う。

 

「キミは昨日G1のホープフルステークスで優勝した。だから今日の新聞には、一面記事にホープフルSのことが書かれているはずなんだ。なのに、どの新聞を見てもホープフルSのことが一面に載っていることはなかった…!!」

 

 

 ガン、と大きな音が響いた。

 

 

 トレーナーがカフェテリアの机を目一杯殴りつけたんだ。

 おいおい、少ないけど周りにいたウマ娘たちがめちゃくちゃビビってるじゃん。

 どうどう、落ち着けよトレーナー。

 

「これが落ち着いていられるか!? 昨日のレース後の取材があまりにあっさりしすぎていたことから訝しんではいたが…こんなもの、侮辱にも等しいんだぞ!!」

 

 宥めようとするが、トレーナーの激昂はおさまらない。

 ええ、どうしよ。そんな怒ること? 

 ほらカフェテリアにいた娘たちみんな逃げちゃったじゃん。いや、なんでか店員さんがこっちを注意してくることもないんだけど。

 

「挙げ句の果てには! 昨日ホープフルの後にやった有の会見を一面に持ってくる新聞社もある始末だ! …これがもし、キミ以外のウマ娘がホープフルを獲っていたらこんなことにはならなかっただろう」

 

「どういうことですか?」

 

「キミは一般家庭の出身だ。名門やこの業界で知られた家とはなんの関係もない。そんなウマ娘が、周囲を名家に囲まれたG1で優勝した」

 

「何か問題があるのですか?」

 

「問題なんてあるわけない。キミはキミの全力を尽くし、実力でG1の冠をもぎ取った。褒められるべき立場なんだ。問題は、マスコミがそれを認めていないことだ」

 

 認めてないってなんだ。昨日勝ったのは間違いなく俺だぞ。いや色々幸運な条件とかあったし、二位との着差もあんまなかったし、もう一回同じことやれって言われたら微妙だが。確かに優勝したのは俺だ。

 

「要は、キミの勝利をマスコミはフロックだと思っていて、それを世論にしようとしているんだ」

 

 あーなるほど、見えてきたかも? 

 つまりあれか? 名家の出身がこんなに集まってG1やったのに勝ったのがよく分からんやつだったから上の方の人たちが情報操作しようとしてるんか? 

 G1の次の日は必ずその記事を一面に載せるなんてルールがあるこの世界の新聞社なんて、絶対名家の人たちと結びつきあるだろうし。

 名家としては、同じ名家に負けるならともかくどこのウマの骨とも分からんやつに実力で負けたなんてことにしたくないわけだ。

 まぁ面子もあるだろうしそんな不思議なことじゃないな。ウマ娘中心で回ってるようなこの世界だし、さもありなんって感じ。

 

「そうですか」

 

「僕はそれを理事長に伝え抗議しようとしていたんだ。理事長も納得してくれて、正式に抗議を申請しようとしたんだが…」

 

「上に止められた?」

 

「…そうだ。今回だけは抗議を見送ってほしいと。URAも複数の名家、新聞社から圧力をかけられているらしい」

 

 へー、名家と新聞社が集まるとURAも一回くらいなら言うこと聞かせられるんだな。

 確かに名家って毎年URAにすごい額の寄付金出してるらしいし、そのくらいの権限ありそう。

 

「それで遅れたというわけですか」

 

「メトゥス。悔しくないのか? キミの勝利に泥を塗られたんだぞ…!」

 

 そう言われてもな。実感湧かないんよね、実害ないし。

 

「トレーナー」

 

「…なんだい」

 

「私がなんのために走っているのかは、以前にお伝えした通りです」

 

「両親への恩返し、だよね」

 

「その通りです。別に名誉のために走っているわけではないのですよ。もちろんあったほうがいいとは思いますし、貰えるなら貰いますが」

 

 極論誰にも注目されてなくてもいいんだよね。

 俺の最終目的はレースでたくさんお金を稼いで両親に恩返しすることだし。

 怖いのは両親とかトレーナーに失望されることだけど、そんなこと俺の妄想でしかないってのがこの前はっきりしたしな。

 

「そうでしょう? 私のトレーナーさん」

 

「あ、当たり前だ。キミを見限ることなんて、手放すことなんてない。キミから見限られたらその限りではないかもしれないけど…」

 

 それはないと思うから大丈夫だよ。これでも信頼してるんだぜ。

 てか思ったんだけど、フロックって思ってくれるならそれはそれでよくね? 

 

「その評判は私に有利に働くかもしれませんね。私の『領域』は警戒されればされるほど効果が薄くなると思いますし。偶然私が勝ったと思ってくれるなら、むしろ好都合ですね」

 

 どうせ文句言ったところで結果は覆らんと思うしさ。

 あ、流石に結果を変えられたら俺も文句言うよ? 貰えるお金減るしね。

 

「キミは…本当に強いな」

 

「私なんてまだまだです。この『領域』を使っても、ナリタブライアン先輩に勝てるかは分からないのですから」

 

 そこだよなぁ問題は。

 京都ジュニアSで実際に戦った感じと、朝日杯の映像。

 あれに『領域』だけで追いつけるとは思えん。俺は俺の実力をそこまで信用していない。

 ブライアンに勝つには、俺自身の身体的な意味での成長が不可欠だ。

 

「これからですよ、トレーナー。私たちはまだ道半ばなのです。周りからの評判なんかに気を遣っている暇なんてないはずです」

 

 あと数日で今年も終わる。

 そしたら俺たちはクラシック戦線に突入するんだ。

 ホープフルに勝ったことは嬉しいけどさ、その評判までに拘ってる暇なんか無い。

 マスコミの工作? だからどうした。むしろ内容考えると俺に有利じゃん。

 実害もないそれへの抗議? 対応? 

 

「それ要ります?」

 

 まだ次の目標レースも決めてないし、昨日の反省会だって終わってない。

 やることなんて山積みなんだぜ、トレーナー。

 

「しっかりしてください。私をバンバン勝たせてくれるんでしょう? 覚悟の準備をしておいてほしいと言ったはずですよ?」

 

 そのためにも、まずは昨日の反省会からだ。

 

 いいですねッ!! 

 

 

 

 ──────────────────

 

 ホープフルステークスの翌日。

 

 中森がその日の朝刊を手に取って、それを引き裂かずにいられたのは奇跡に等しかった。

 一面を飾っていたのは、有記念の会見のこと。有に出走するウマ娘たちのコメントが細かく載せられている。

 

「何だ…これは!!!」

 

 新聞を持つ手が怒りに震える。

 それもその筈である。通常、G1があった次の日の朝刊には、そのG1の記事を一面に載せて大きく取り上げるものだ。

 その慣習は、トレーナーやウマ娘に深く関わっている人ならば常識的に知っていることであり、ウマ娘にそこまで詳しくなくても知っている人は知っている。

 

 そのはずが、ホープフルステークスが載せられていたのは三面記事。

 それも優勝したはずの中森の担当、ウルサメトゥスが注目されているわけでもなく、ホープフルSに出走したウマ娘たちに広く浅くインタビューしたもので、ひどく薄っぺらい内容だった。

 

 中森は即座に他の新聞社の記事も調べた。もしかしたら、中森の取っている新聞社のみがこんな巫山戯たことをしているのかもしれないと考えたからだ。

 しかし、大手新聞社は全滅。それどころか、中堅の新聞社まで同じような有様だった。

 

 許せない。

 

 中森の頭に浮かんだのはそれだけだった。

 中森は優勝したウルサメトゥスの担当だ。彼女がこの結果を得るためにどれだけのトレーニングを積んだか、どれだけ苦悩したのかをよく知っている。

 それら全てに泥を塗るような狼藉に対し、怒り狂わないはずもなかった。

 

 

 身支度もそこそこに中森はトレセン学園に向い、理事長室まで走って行った。

 既に来るまでの間にアポイントメントは取ってある。中森が理事長室をノックもなしに開いたそこには、眉を吊り上げた秋川やよい理事長が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「歓迎ッ! よく来たな、中森トレーナー」

 

「中森トレーナー、お急ぎなのは分かりますが、ノックはしてくださいね」

 

「ああ、すみません」

 

 一緒にいた駿川たづな理事長秘書にたしなめられる。

 しかし、それで中森が止まれるわけでもなかった。

 

「理事長、今朝の新聞のことですが…」

 

「承知ッ! こちらでも把握している!」

 

「単刀直入に聞きます。どう思われましたか」

 

 中森は理事長に問いかけた。答えによっては、理事長すらこの出来事に噛んでいるということも考えられる。そうなった場合、中森はトレセン学園、ひいてはURAを敵に回す可能性があるのだ。

 

「…醜悪ッ。まさに下衆の所業と言えよう。こんな非道が罷り通るとはな」

 

 その言葉に中森はひと安心する。理事長も今回の件に関してはかなり思うところがあるらしい。隣にいる駿川も、口に出すことはないが、かなり不愉快そうな表情をしている。

 

「理事長。今回の件に関して、正式に抗議したいのですが」

 

「当然ッ! 我々もそう思って既に行動している! URAには連絡済みだ。あとは返答を待つだけ…」

 

 そのとき、理事長室の電話が鳴る。駿川がいち早く電話を取り、理事長に繋いだ。

 

「もしもし。はい、そうです! 我々は断固として…何だと?」

 

 途中までは比較的冷静に話を進めていた理事長だったが、雲行きが怪しくなる。

 

「そんなことが! あっていいはずがないだろう!! その横暴を認めるというのか?! ……いえ。そうですか。分かりました。ですが、納得はしておりません。それでは」

 

 電話が切られる。

 意気消沈した理事長の様子から、中森はこの抗議の結果が既に分かっていた。

 

「…謝罪ッ。今回だけは、怒りを飲み込んでほしいとのことだ。どうやらURAにも圧力がかかっているらしい。十中八九新聞社、それに名家上層部の連中だろう」

 

「そうですか…いえ、こちらこそ無理を言いました。メトゥスには私から伝えます」

 

 

 理事長で無理なことを、中森に何かできるはずもなく。中森は頭を下げる理事長にそう返し、理事長室を後にした。

 

「たづなよ。…私は、無力だな」

 

「理事長…」

 

 分厚い扉が閉まった後の会話は、中森には当然聞こえなかった。

 

 

 

 中森がいつも通りカフェテリアに向かうと、既にウルサメトゥスはコーヒーを飲みながら待っていた。

 今回は中森が遅れていたので当然とも言える。中森の知る限りでは、そもそも彼女が待ち合わせの時間に遅れたことは一度もないが。

 

「お待たせ、メトゥス。遅れてしまったね」

 

「いえ、せいぜい五分と言ったところですので、問題ありません。今日はトレーニングもありませんしね」

 

 ウルサメトゥスはスマホをポケットにしまいながらそう答える。

 あまりにも普通すぎる態度に、中森はウルサメトゥスがこの異常な状況を知らないのだと考えた。

 それを聞いてみると、彼女はそもそも新聞でのG1の扱いを知らなかった。一般家庭出身であることを考えれば、特段珍しいことでもない。

 

「そうなんですね。ああ、だからホープフルではなく有のことが一面に載ってたのがおかしいということですか」

 

 その事実を伝えてもウルサメトゥスの表情は一切変わらない。まるでどうでもいいと思っているかのようだった。

 しかし中森は怒りの表情をウルサメトゥスに見せたくなく、俯いていたために彼女の表情は見えない。

 

「キミは昨日G1のホープフルステークスで優勝した。だから今日の新聞には、一面記事にホープフルSのことが書かれているはずなんだ。なのに、どの新聞を見てもホープフルSのことが一面に載っていることはなかった…!!」

 

 中森は悔しさのあまり机を殴りつけてしまう。拳が軋むが、中森は痛みを感じられるような精神状態ではなかった。

 

「お、落ち着いてくださいトレーナー! 周りに迷惑ですよ!」

 

「これが落ち着いていられるか!? 昨日のレース後の取材があまりにあっさりしすぎていたことから訝しんではいたが…こんなもの、侮辱にも等しいんだぞ!! 挙げ句の果てには! 昨日ホープフルの後にやった有の会見を一面に持ってくる新聞社もある始末だ! …これがもし、キミ以外のウマ娘がホープフルを獲っていたらこんなことにはならなかっただろう」

 

 きょとんとして明らかにその理由が分かっていないウルサメトゥスに、中森は一つ一つ説明していく。

 

 この記事がホープフルの結果を良く思わない人々によって操作されていること。

 一般家庭出身であるというだけで軽んじられていること。

 何より、ウルサメトゥスの実力が不当に過小評価され、それが事実とされてしまっていること。

 

 ウルサメトゥスは目を閉じて中森の説明を静かに聞いていた。

 そしてたった一言、

 

「そうですか」

 

 と言った。

 

 中森は既に抗議を試みて、失敗したことを告白する。

 URAにまで圧力がかかっていることも含め、全て話した。

 しかし、ウルサメトゥスの表情はそれでも変わらない。

 

「トレーナー」

 

「…なんだい」

 

「私がなんのために走っているのかは、以前にお伝えした通りです」

 

 もちろん中森は知っている。その問答をしたことも記憶に新しい。

 

「両親への恩返し、だよね」

 

「その通りです。別に名誉のために走っているわけではないのですよ。もちろんあったほうがいいとは思いますし、貰えるなら貰いますが」

 

 そしてウルサメトゥスは言う。

 

「誰にも注目されていなくても構わないのです。ただ、両親に、そしてトレーナー。私の親しい人たちが、私を応援してくれるなら。私に失望しないでいてくれるなら。それだけでいいのです。あなたは私に失望しませんよね? そうでしょう? 私のトレーナーさん」

 

「あ、当たり前だ。キミを見限ることなんて、手放すことなんてない。キミから見限られたらその限りではないかもしれないけど…」

 

「それなら大丈夫ですよ。これでもトレーナーのことは信頼してるんです」

 

 ウルサメトゥスは、この状況も悪いことばかりではないと言う。

 確かに『領域』のことを考えればそうかもしれない。しかし、とても中学生とは思えないほど彼女は冷静であり、そして強かだった。

 中森は激昂していた自分が少し恥ずかしくなる。彼女への仕打ちに対し怒っていたことに後悔はないが、ウマ娘よりもトレーナーである自分が冷静でいるべきだったのも確かだからだ。

 

「キミは…本当に強いな」

 

「私なんてまだまだです。この『領域』を使っても、ナリタブライアン先輩に勝てるかは分からないのですから」

 

 ウルサメトゥスは苦笑するが、中森が言いたいのは身体的な話ではない。

 

(キミは本当に、心が強い。同年代のウマ娘の中でなんて狭い括りじゃない。僕たち大人を含めてもその心は頑丈だ。鋼の意志、ってやつなのかな)

 

 抗議している暇なんて無いと。

 そんな時間があるなら自分を強くしてくれと。

 

 目を離したら置いてきぼりにしてしまうぞと、そんなふうに言われた気がした。

 

「しっかりしてください。私をバンバン勝たせてくれるんでしょう? 覚悟の準備をしておいてほしいと言ったはずですよ?」

 

 いいですね? なんて冗談めかして言う小柄な青鹿毛の少女に対し、この娘こそが最高のウマ娘なのだと中森は思ったのだった。

 

 

 




幕間を挟むかもしれませんが、今回で一応ジュニア級は終わりです。

次の投稿は間が空くかもしれません。


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幕間:年末の日常

いつも応援ありがとうございます。

イベントほぼ完走しました。
次回のチャンミは根性育成が強いとか?まぁサポカ弱者である私には関係のない話でした…

今回は幕間のお話なので、見なくても本編には影響ないと思います。


それでもよければどうぞ。


 

 

 

 世間は年末。俺は久々に実家に帰ってきていた。

 夏休みは結局帰らなかったしな。

 年末も別に帰るつもりはなかったんだけど、直近に予定してるレースもないしトレーナーに帰らされた。

 

『年末くらい帰ったらどうだい。ただでさえ、キミは練習しすぎだ。精神面、身体面共に問題がないことは僕も分かっているけど、クラシック級になる前に心機一転すると言う意味でも一度帰りなさい』

 

 とのことだった。

 まぁ俺としても久々に両親とゆっくりした時間を過ごすのも悪くないと思ったし、トレーナーの言葉には逆らわずに帰ってきたってわけだ。

 

「ただいまー」

 

「あら、お帰りなさい。寒かったでしょ?」

 

「いや、お母さんがくれたセーターのおかげでそんなでもないよ」

 

 玄関を開けると早速母のお出迎え。

 外の気温は0℃近いが、しっかり防寒しているのでそこまで寒くない。せいぜい顔が冷たいくらいだ。

 

「お父さんは?」

 

「予約してたお節料理受け取りに行ったわ」

 

 トレセン学園の冬休みは二週間ほど。

 生徒の中には遠方から来ている娘もいるため、里帰りするウマ娘が不便しないように冬休みは少し長めである。

 デビューしていたらレースもあるので帰ることが叶わない娘も出てくるが、我が家はトレセン学園にそこそこ近いのでこうして帰ることもできる。

 ちなみに電車で30分くらいだ。

 

「期末試験は大丈夫だった?」

 

「はい、成績表」

 

「まぁ、心配はそんなにしてなかったわ」

 

 一学期は学園生活が始まったばかりということもあり少し成績が乱れたが、二学期は慣れてきたこともあり全て最高評価だ。

 数学が少し苦手なのだが、トーカちゃん先輩が優しく教えてくれた。

 二人っきりで! これはもうお部屋デートと言っても過言ではないのでは? 

 まぁ現実はそんな甘いものではなくただ勉強会しただけなんだが…しかも少しやれば俺も前世の知識を思い出してスムーズに解けるようになったし。

 トーカちゃん先輩が微妙な顔をしていたことは忘れられない…

 

「ただいま!! ウル帰ってるか!!?」

 

「おーおかえりお父さん。そしてただいま」

 

「おかえりウル! 父は会いたかったぞ!!」

 

「ぐえ」

 

 父が帰ってくるなり抱きついてくる。いくらウマ娘とはいえ大人の男が全力で抱きついてきたらちっとは苦しいぞ。

 とりあえず手に持ったおせちは冷蔵庫に入れとけ。

 

「ほら、ウルちゃんが困ってるじゃない」

 

「うお?!」

 

 べり、という効果音がつきそうな勢いで父が剥がされる。

 それをやったのは勿論母だ。どんなパワーしてんだ。あれ? 母は普通の人間のはずなんだが…

 

「お母さん…また力ついた?」

 

「あらあら、そんなことないわよ〜?」

 

 俺のパワーは母譲りなのかもな。

 何はともあれ、一家全員揃った。

 

「いい時間だし、ご飯にしましょう」

 

 そうしてくれると助かる。

 時刻は18時。燃費の悪いウマ娘としてはお腹が空いてくる時間なんだ。

 

 

 

 

 夕飯での話題はもっぱら俺の話だった。そりゃそうか。

 

「ほら、ウチで取ってる新聞にも載ってたのよ! ホープフルステークスの記事!」

 

 そう母が見せてくるのは俺も見た記事。おお、こんな感じだったな。俺はこの時怒り狂うトレーナーを鎮めるのに必死だったからあんま覚えてないが。

 両親はウマ娘にそこまで詳しいわけではないため、G1レースの新聞での扱いについても知らないようだ。俺も知らなかったし無理もない。

 もし知られてて怒り出されても対応できないからむしろありがたいな。

 

「私も見たよ。まぁ、なんか不思議な気分だったよ。自分が新聞に載ってるなんてさ」

 

「俺なんて社長から直々に褒められたぞ! 『キミの娘さんは素晴らしい才能を持っているようだね。君たちには期待しているよ』だってさ!」

 

 おお、思わぬところに影響が。悪影響じゃないっぽいしいいか。

 父が会社での心証アップに繋がったなら俺も嬉しい。

 

 話題は学園で関わる人たちへ。

 

「中森トレーナーはいいトレーナーだよ。私のことを気にしてくれるし、無理はさせないし。何より有能だしね」

 

「私たちもお話ししたけど、まだお若いのにしっかりした方だったわね〜。イケメンだし!!」

 

「ぐ…ウル、トレーナー殿に変なことはされてないよな?」

 

「ないない。むしろ私が変なことしてないか心配なくらいだから」

 

「そ、そうか」

 

「お父さんは心配性ねぇ。それに、もし何かあったとしてもあのトレーナーさんなら責任とってくれそうだしね〜」

 

「責任!? いかんぞウル! そういうのはまだ早い!!」

 

「何言ってんだか…」

 

 まずは当然トレーナーの話題。

 以前から電話では話したことがあるはずだが、この前ホープフル後に一緒に食事したのが初めての会合だ。

 トレーナーはいつもよりさらに丁寧な調子で俺の普段の練習の様子を話していて、両親はいちいち大袈裟に反応していたようだった。

 両親は中森トレーナーに対して概ね好意的だったが、好意的過ぎたのかなんか別の心配をされている。

 こちとら中身は元男だぞ。全く無駄な心配だな。

 

「はいこれ、トーカちゃん先輩のサイン入り色紙」

 

「ありがと〜! お母さん大ファンなのよ!」

 

「こっちはドカドカ先輩の」

 

「おおこれが! 家宝にしなければ…」

 

 両親は俺がトレセン学園に通い始めてから真剣にトゥインクルシリーズのレースを見るようになった。結果、二人とも推しのウマ娘ができたのだった。

 母は俺と同室でお馴染みのトーカちゃん先輩。父は菊花賞で二着、有記念で三着と長距離ウマ娘として頭角を現しているドカドカ先輩のファンだ。

 

「クラシックでG1を3つ取ったウマ娘と長距離で最上位争いしてるウマ娘のサインなんてそうそう手に入らないんだから感謝しなよ?」

 

「勿論!」

 

「当然だとも!」

 

「全く二人とも調子がいいんだから…」

 

 トーカちゃん先輩は言ったら普通にくれた。ドカドカ先輩のはトーカちゃん先輩が貰って来てくれた。まったくトーカちゃん先輩は最高だな! 

 お詫びというかお返しとして今度一緒に映画に行くことになっているが、俺が一方的に得しているのでは? まぁトーカちゃん先輩が納得してるならいいか。

 

「有は二人とも惜しかったね」

 

「俺たちもテレビで見ていたが、本当に誰が勝ったか分からないレースだったな」

 

「大接戦だったものねぇ」

 

 有記念はビワハヤヒデ先輩が優勝した。二着はシニア級トップクラスの実力を持つロングキャラバン先輩、三着がドカドカ先輩、四着ウイニングチケット先輩、五着ナリタタイシン先輩だった。トーカちゃん先輩は六着と惜しくも入着を逃した。

 前世ではBNWの時代の有ってトウカイテイオーが奇跡の優勝した年じゃなかったか? と思ったが、まぁ所詮は前世の記憶。この世界とは違って当然か。

 なお今年の有は一着から六着までがほぼ団子状態、写真判定の連続という超激戦だった。現地でトーカちゃん先輩を応援していた俺も誰が勝ったか分からなかったくらいだ。

 何の因果かブライアンと席がめっちゃ近くて微妙に緊張した。ブライアンはこっちを欠片も気にしていなかったが。そりゃそうか。

 そのブライアンはウマ娘たちがゴールした直後、フッと笑ってそのまま会場を後にして行った。今思えば、姉のビワハヤヒデ先輩が優勝したことが分かっていたのだろうと思う。

 

「来年はウルもあの舞台に立っているのかしらねぇ」

 

「おいおい、俺たちの娘だぞ? いるに決まっているだろう!!」

 

「それもそうね!」

 

 …ほんと、調子のいいこと言っちゃってさ。

 ま、期待しててくれよ。

 あなたたちが応援してくれるなら百万バリキだ。

 ブライアンがなんだ、クラシック三冠全部もぎ取ってそのまま有も優勝してやるよ! 

 

 

 

 ────────────────

 

 

「ユウ。ウルは寝たか?」

 

「タクマさん。うん、今日は練習してから帰って来たみたいだし、普段も寝るの早いみたいだから」

 

「そうか…」

 

 ウルサメトゥスが眠った後も、ウルサメトゥスの両親、タクマとユウはリビングで杯を傾け、静かに話していた。

 暖房をかけた室内は暖かいが、部屋に流れる空気は同様ではない。

 

 二人とも娘の手前、表情に出さないようにはしていたが、ホープフルSの新聞の話題が出たときは顔が引き攣りそうだった。

 怒りで、だ。

 

 ウルサメトゥスは両親が新聞でのG1の扱いについて知らない、と判断したが、実際には知っていた。

 大事な一人娘のことだ。調べないはずもないし、何よりホープフルSの直後に中森トレーナーから直接聞いていたのだ。

 翌日、中森トレーナーからわけを聞いたときは、思わず二人とも声を荒らげてしまったほどだ。

 もしその様子をウルサメトゥスが見ていたらとても驚いただろう。自分の両親がそこまで感情的に怒る姿を彼女は見たことがないからだ。

 新聞の件からしばらくの間、特に母であるユウは怒髪天を突くという表現が似つかわしいほど怒り狂っていたが、ウルサメトゥスが帰ってくるという知らせを聞き、何とか普段通りの表情を取り戻していた。

 

 まだ若干眉を顰めたままのユウがぽつりと言う。

 

「あの娘は、気にしてなさそうだったわね」

 

「ああ。まぁ、そうだろうとは思っていた。あの娘は昔から自分のことに関して、特に知らない他人からの評価に対して酷く無関心だからな」

 

 タクマは幼少期のウルサメトゥスを思い出す。

 以前から出来た娘だった。

 他の子の親が言うような苦労を自分たちは殆どしなかった。同年代の子どもが自分の思うように振る舞う中、一歩引いた場所から観察しているような娘だった。

 精神的に成熟していた、という表現が正しいかもしれないとタクマは思う。

 

 子どもらしくない、しかしかわいい娘だった。

 娘に、自分は変じゃないかと直接聞かれたことがあるが、そんなこと考えたこともない。

 不気味? 実の娘にそんなこと思う親がいるか。

 教えてもいない敬語を話す? 天才じゃないか! 

 急に活動的になった? いいことじゃないか。

 

 何を不安に思っているかすら分からないとタクマは思った。

 自分たち両親や祖父母のような近しい人に嫌われるのを酷く恐れる娘だったが、そんなのは子どもとして普通の反応だ。

 その態度こそが、ウルサメトゥスを救っていたということをタクマは知らない。

 

 そんな娘だったが、一方で、同級生や学校の先生なんかに対しては、常に一定の距離を保っているというか、端的にいえば非常に淡白だった。

 だから、今回の件で中森トレーナーから娘の様子を聞いたときも、『そうだろうな』という感想しか出てこなかったほどだ。

 

「あの娘を見ていると、自分の器が小さく感じるよ」

 

「でも、あの新聞で怒らなかったらそれはもう親ではないわ」

 

「勿論だ。たとえウルが何とも思わなくても、それで俺たちが怒っちゃいけないってわけでもねぇ」

 

 本人が気にしていないのにその両親が怒るのはどうなんだと思わないわけでもなかった。

 しかし、親として譲れないものはある。

 

「私たちには、あの娘の心が潰れてしまわないように安心させてあげることしかできないのかしら」

 

「ユウ…だが、トレセン学園の理事長でもどうにもできなかった以上、そっちの方面で俺たちに力になれることはないよ」

 

「だけど…!」

 

「少し落ち着きなさい。ウルが起きてしまう」

 

 溢れそうになる感情をぐっと堪え、言葉を飲み込む。

 親であるが故に愛娘には何でもしてやりたいが、何ができるのか分からないのだ。

 実際、タクマやユウが今、娘に出来ることは多くない。

 しかし、その数少ない”してやれること”の一つ、『無償の愛情』こそがウルサメトゥスに唯一必要なものであるということも、両親には分からない。

 

「結局、俺たちにできることはこれまでと変わりない。あの娘が助けを求めて来たときに、それに応えてやることくらいだ」

 

「そう、ね…」

 

 ウルサメトゥスが両親を想うように、両親もまた、娘のことを想っている。

 そして両親が娘に対して何の見返りも求めていないのと同じように、ウルサメトゥスもまた、両親に対してこれ以上の見返りを求めていない。

 彼女は、両親が愛してくれているということだけで十分なのだ。

 それは両親にとっては当たり前のことであり、だからこそ彼女が既に満たされているということだけが伝わっていないのだった。

 

 両親はそれでも娘にしてやれることを模索し、年末の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもこれからもし私たちにあの子に関する取材があったら断りましょう!」

 

「当然だ! 手のひら返しなんて許さんからな!」

 

 そんな相談があったとかなかったとか。

 

 

 

 




次回からクラシック編に入ると思います。


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明けまして、これからもよろしく

いつも応援ありがとうございます。

久しぶりに評価欄を見たら10評価がついててめちゃくちゃびっくりしました。
いや、本当にあるんですね。都市伝説だと思ってました()

皆様の応援のおかげでモチベが保ててます。感謝しかない。

それではどうぞ。


 

 

 

 年末年始を家族と楽しく過ごし、俺はトレセン学園に戻ってきた。

 まだ数日冬休みではあるが、今日からトレーニング再開だ。あんまり長い間体を動かしてないと鈍るしな。

 とはいえ、年末年始も別に寝過ごしていたわけではない。

 トレーナーから毎日送られてくる筋トレメニューをこなしたり、家の近くを軽く走ったりしていた。

 過剰なトレーニングにならないように報告もした。

 

「明けましておめでとうございます。トレーナー」

 

「明けましておめでとう、メトゥス。今年もよろしく」

 

「ええ、よろしくお願い致します」

 

 まだ授業がないので朝からトレーニングに充てられるが、初日からそこまで重いトレーニングをしたら俺の体を壊してしまうかもしれないとトレーナーに言われたため、今日の午前中はミーティングだ。

 いつものカフェテリアでトレーナーと待ち合わせ、新年の挨拶を済ませる。

 

「伝えていた通りだけど、今日は軽めのメニューにしよう。冬休みが終わると同時に前と同じくらいのトレーニング量ができるように調整しようか」

 

「分かりました」

 

 熱いコーヒーを啜り、返答。

 冬の朝に飲む淹れたてコーヒーは最高だぜ。

 目覚まし的な意味でも、体を温める的な意味でも。

 

「ではまず、今年からクラシック級に入った訳だけど…キミの目標を聞きたい。キミの適性は中長距離だが、マイルも走れないことはないと思う。それを踏まえて、どの路線を行きたい?」

 

 トレーナーの話を聞き、コーヒーカップから手を離し、顎に手を添えて考える。

 そうか。

 無意識にナリタブライアンと激突するんだと思っていたが、トリプルティアラを目指すなら回避できるのか。

 ちなみにブライアンは朝日杯後のインタビューで姉のビワハヤヒデ先輩と同じ路線を行くことを表明している。

 名家の同期も中長距離路線が多いのか、ホープフルでは名家に囲まれていたし、ティアラ路線ならそこの対決も回避できる? 

 

 うーん、でもアイビーステークスで負けてるから、マイルはちょっと苦手意識があるんだよね。

 それに…得意な中距離で負けっぱなしってのも、なんか気に食わないじゃん? 

 俺だって前世じゃ考えられないくらい頑張ってるし。何より、ウマ娘に生まれたからには世代最強を目指したいじゃん。

 

「クラシック三冠路線で行きます」

 

「そうか。まぁ、キミならそう言うんじゃないかと思っていたけどね。なら、それを前提としたトレーニングメニュー、ローテーションを組もう」

 

「…疑問に思わなかったのですか? 私が当初話していた方向性とはズレています」

 

 トレーナーは特に驚くこともなく俺の意思を受け入れた。

 あれ、もう少しなんか言われるかと思ったよ。

 俺はトレーナーと契約するときに、お金のために走ると明言していた。

 なのに、こんな強力なライバルが多い路線をわざわざ選んだ。負ける可能性だって低くないのに。

 

「まぁ、こう言ってしまうとあれだけど、別に勝てなくても賞金は出るからね。キミの目的とは矛盾していない」

 

そうだった。G1ともなると入着するだけで結構な賞金が入るんだった。

 

「それに、僕はキミを勝たせると決めたんだ。この前のホープフルの一件で、その思いは強くなるばかりだ。だから相手が誰であろうと、キミを勝たせて見せる」

 

 おおう…熱烈。

 

「他にも、キミはクラシック三冠路線で行くと宣言したナリタブライアンのことを意識していたじゃないか。この前も、キミは自分の『領域』がナリタブライアンに通用するかどうかだけを気にしていた」

 

 言われてみれば確かに、この前の俺はブライアンをどう捉えるかだけを考えていた。『領域』だけじゃ怪しいとか言ってたわ。

 

「確かにナリタブライアンは圧倒的な力で朝日杯を制し、今最も注目されているウマ娘だ。だが、今年の中長距離には他の名家も多い。注意すべきはナリタブライアンだけではないはずだ。そんな中キミは、ナリタブライアンが頭角を現す前から意識していただろう?」

 

 バレバレじゃん! え、俺そんなに分かりやすいか? 

 

「目線や耳の向きで大体分かるよ。まぁ普通はそんなところまで見ないんだろうけど、僕はキミのトレーナーだからね」

 

 ふ、ふーん。よく見てるじゃん??? 

 まぁ俺のトレーナーだし? 当然? というか?? 

 

「ナリタブライアンの強さを支えているのは、何よりもあの身体能力だ。抜け出すタイミングなんかのセンスも優れているけど、それを可能にしているのがあの圧倒的なスピード、パワーだ。キミも言ったように、今のキミでは基礎能力にまだ差がある。『領域』でも追いつけるかは微妙なところだろう」

 

「ええ。だから当面は基礎能力の向上に努める。そうですよね?」

 

「そうだ。レースも極力控えよう。まぁこれは、キミの情報を隠すという意味もあるけど。せっかく舐めてかかってくれてるんだ。利用しない手はないさ」

 

 そう言うトレーナーの表情は、笑顔だが明らかに目が笑っていない。こえーよ。

 トレーナーは簡単には怒らないんだが…そういう人ほど怒らせると怖いって言うよな。その通りだと思うわ。

 

「ではそのようにしましょう。次のレースは…弥生賞といったところでしょうか?」

 

「そうだね。皐月賞のトライアルレースで、条件も皐月賞と一緒だ。ナリタブライアンも出てくるかもしれないし、トレーニングの成果を試すには丁度いいレースだろう」

 

「全く、G2のレースを試金石にするとは…贅沢なものです」

 

 まだ入学から一年も経ってないってのにな。

 去年までは自分がG1の舞台で有力なウマ娘と争うなんて…いやちょっとは思ってたけど、夢物語だった。重賞で一回でも勝てれば、なんて思ってた。

 

「キミの実力を考えればこその判断だよ。では今後のトレーニングの予定だけど…」

 

 平然としたトレーナーの態度に、この人についていけば大丈夫だと安心させられる。ほんと、有能なトレーナーだよ。

 今年だけじゃなく、今後ともよろしくな、トレーナー。

 

 

 

 

 

 

 冬休みも終わり、トレーニングはさらに激しさを増している。

 冬休みの間にトレーナーは新たなトレーニングをいくつも仕入れてきていて、それらは俺の体をいじめるのに非常に良く役立っていた。

 トレーニング器具も一新されている。トレーナーが理事長に相談したら経費で落ちたらしい。それ、理事長のポケットマネーじゃないよね? 

 

 今も俺はクソでかタイヤを縄で括って、根性で引っ張っている。

 

「ぐ…」

 

「ラスト一本、いけるな?」

 

「も、勿論です」

 

 重…何キロあんだよこのタイヤ! 

 俺みたいな小柄で華奢な乙女に引かせるもんじゃねーぞ!! 

 

「ただ引っ張って歩くだけじゃなく、どの筋肉を鍛えてるかをしっかり意識するんだ! 体の内部に意識を向けろ!」

 

「はい!」

 

 タイヤの上に乗っているトレーナーがメガホンで俺に声掛けしてくる。

 くそぅ、高みから見下ろしやがって…

 いやタイヤの重量からすればトレーナーの体重が加わったところで大差ないんだが。

 もしかしてこのタイヤ、理事長の持ってるダート整備用ロードローラーのタイヤか? 

 

 タイヤ引きが終わり、タイヤから降りたトレーナーが俺にドリンクとタオルを手渡してくる。

 

「ありがとうございます」

 

「よし、前半はこれで終わりだ。30分休憩、その間に僕はちょっとやることがあるから待っててくれ」

 

「分かりました…?」

 

 やること? なんかあったか? 

 弥生賞の出バ届はまだだし、健康診断は再来週だ。

 俺のトレーニング関連かな。

 新しいトレーニング器具でも借りにいったか? 

 

 俺の予想は少し当たっていた。

 戻ってきたトレーナーは、隣にもう一人連れてきていた。

 

「あなたは…」

 

「お待たせ。まぁメトゥスもよく知っているだろう。今日からしばらくの間、彼女に併走を頼むことになったんだ。よろしく頼むよ、シャドウストーカー」

 

「よろしくお願いします、中森トレーナー。ウルちゃんも、よろしくね?」

 

「は、はい! よろしくお願いします!!」

 

「敬語に戻ってるよ、ウルちゃん」

 

「あ、いや、し、仕方ないでしょ? 急に来たんだから、驚いたんだよ」

 

 トレーナーが連れてきたのはトーカちゃん先輩だった。

 今年からシニア級に突入した彼女の実力は俺よりもだいぶ上で、併走相手としては申し分ない。

 でも、俺の相手してて、トーカちゃん先輩の練習になるのか? 

 

「問題ないよ。シャドウストーカーのトレーナーにも許可をとっているし、キミのトレーニングメニューはシニア級のウマ娘でも顔を顰めるくらいにはきついものだからね」

 

「トレーナー、それは笑顔で自慢することではありませんよ。トーカちゃん先輩も何か言ってやってよ」

 

「まだウルちゃんの練習風景を見てないからなんとも言えないかな」

 

 トーカちゃん先輩はにっこりと笑う。可愛いぜ。

 いやそうじゃなくてだな。実際の練習風景を見なくてもそこに置いてあるクソでかタイヤとか見れば察しは付かない? 

 それとももしかしてシニア級ともなるとこのタイヤ引きくらいの練習はやってて当然なの? 

 

「元々併走に関してはそのうちやろうと思ってたんだ。ウマ娘のトレーニングは、併走相手がいたほうが効果が高いという学説もある。ただ、同期を相手にしたらせっかく隠しているキミの情報が流出しかねない。色々考えて相手を見繕って、最終的に声をかけたのがシャドウストーカーだったという訳だ。キミと同室で、相性が良くて実力は高い。これ以上ない条件だ」

 

「トーカちゃん先輩はそれでいいの?」

 

「うん。ウルちゃんには普段からお世話になってるしね」

 

 お世話になってるのはこっちの方だと思うんですが…

 まぁ、トーカちゃん先輩が納得してるならいいのか? 

 

「それに、私からも是非お願いしたいって言ったの」

 

「トーカちゃん先輩から?」

 

「うん。ウルちゃん、『領域』を使えるでしょ?」

 

 ! なるほど、トーカちゃん先輩は見抜いてたってことか。

 トーカちゃん先輩は直接俺のレースを見にきていないはずだから、映像からだけで察したってこと? 流石ですな。

 

「私、有記念でビワハヤヒデ先輩たちと対決して…そこで初めて『領域』を知ったんだ。あのときは完全に飲み込まれて、言い訳みたいだけど自分の実力を発揮できなかった」

 

 有記念でトーカちゃん先輩が六着だったのは、適性距離が少し外れてるってだけじゃなかったってことね。

 いや待て待て、有があったのはホープフルの後。

 ということは、有で『領域』を知って、そこから俺のレースを思い出して『領域』を見抜いたってこと? 化け物かな? 

 G1三勝は伊達じゃないな本当に。

 

「私は大阪杯に出る。でも、そのときに『領域』の対策が出来てなかったら、また飲み込まれるだけだと思う。自分で『領域』が使えるようになれば一番いいとは思うけど…せめて飲み込まれないくらいにはなっておきたい」

 

「それで、私に『領域』の練習台になってほしいと」

 

「うん。『領域』が切り札で、他の人に極力見せたくないっていうのも、分かってる。だから、これはお願い。もしウルちゃんが見せたくないって言っても、併走はする。それとこれとは話が別だからね」

 

「いいよ」

 

「ウルちゃんがこの話に乗るメリットは…って、え? いいの?」

 

 即答だよ、即答。

 トーカちゃん先輩の力になれるなら、たとえ火の中水の中。あ、クマの前は勘弁してくれ。

 けど、この忌々しいクマ野郎の力が少しでもトーカちゃん先輩に恩恵を齎せるなら、是非も無い。

 協力させて貰います! 

 

「確かに、『領域』は隠すべきだし、トーカちゃん先輩とは今後レースで戦うことになるかもしれないから尚更だね。でも、それは恩人を助けない理由にはならないんだよ」

 

「ウルちゃん…」

 

「それに──」

 

「それに?」

 

「私の『領域』を、何度か見たくらいで無効化できると思わないでね?」

 

 なんだかんだ言っても、俺は『領域』を何度も使ってきているし、一度や二度、いや三度くらいまでなら効果はそこまで落ちないかなって思っている。出力も調整すればいいしな。

 まぁ、今見せてもトーカちゃん先輩とレースで戦うとしたら今年の後半も後半だろうし、そこまで間が開けば効力も戻るだろうって考えもある。

 

「トーカちゃん先輩に色々手伝ってもらうのにこっちは何も無しなんて不義理だしね」

 

「ありがとう、ウルちゃん!」

 

「むぎゅ!!」

 

「大好き!」

 

 いきなり抱きつかないでください! トーカちゃん先輩! 

 あ、何か柔らかいものが当たって…あー、いけませんお客様! あー! 

 トレーナーも見てないで助けろよ! 

 

 おい、目線をそらすな! 

 

 

 どっか行くなー!!!

 

 

 




追込キング育成難しすぎんか??


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先輩の実力、影を覆う影

いつも応援ありがとうございます。

祝・お気に入り3000件突破、めちゃくちゃ励みになってます!
もちろん、感想・評価も励みになってます!10評価もありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。

書いてたらちょっと長くなってしまったので少しキリが悪いですが一旦投稿。
続きは近いうちに上げます。

ではどうぞ。


 

 

 

 

「大丈夫? ウルちゃん」

 

「だ、だいじょうぶ…」

 

 トーカちゃん先輩が心配そうに俺に声をかけてくる。

 咄嗟に大丈夫とか言ったけど、全然大丈夫じゃないわこれ。

 膝に手をついて息を整えようとしているが、まだ回復には少し時間がかかりそうだ。

 

「少し休憩だな。メトゥスの消耗が激しい。まぁ、2000mを続けて2回走ればそうもなるだろう。慣れないこともしたしな」

 

 そう。俺はトーカちゃん先輩と模擬レースをやってたのだ。

 タイマンで。

 まぁ他に併走するウマ娘もいないしね。

 

 最初は互いの得意脚質通りに俺が追う側、トーカちゃん先輩が追われる側だった。

 厳密にはトーカちゃん先輩は先行なので追う側であり追われる側なのだが、試しってことで好きなように走っただけだ。

 2回目は逆で、俺が先行してトーカちゃん先輩が追う側。いい機会だし、普段俺がやってるのと逆のこともしようってね。

 

 で、走って見た感想だが。

 

(トーカちゃん先輩強すぎぃ!?)

 

「?」

 

 なんとか顔だけでトーカちゃん先輩を見上げる。

 内心俺が恐れ慄いているのを全く分かっていないようで、トーカちゃん先輩は首を傾げている。可愛い。

 いやそうではなく。

 

「メトゥスも走ってみて分かっただろうが、僕がシャドウストーカーを併走相手に選んだのは何もキミと仲が良くて強いからってだけじゃない。もちろん1番の理由はそれだが、追うことと追われること、両方を常にこなしている先行脚質のウマ娘だからというのも理由の一つだ。これによってキミは普段できない、幅広い経験をできるようになる」

 

「ええ…よく分かりましたよ」

 

 トーカちゃん先輩は強い。分かっていたことなんだが、見てるのと実際に走ってみるのとでは全く違うということを思い知らされた気分だ。

 

(トーカちゃん先輩はこんなことを普段からやってるのか…)

 

 ニコニコとこちらを見る様子からは全く想像もできない。

 いやはや、改めて尊敬の念しかないわ。

 

 

 まず、俺が追う側のときのこと。

 俺は前世で運動とかあんまりやってなかったので、ウマ娘になって初めて走りを競技として体験している訳だが…実際にレースをすると分かってくることがある。

 

 レースでは、基本的に追う側の方が有利だということだ。

 追う側は、当然ながら前を走る相手の後ろを走る。

 真後ろにいればスリップストリームを使って体力を温存できるし、温存した体力を使って後ろから並びかけ、前にプレッシャーを与えることもできる。

 前を走るウマ娘は並ばれれば抜かされまいと速度を上げることが多いし、最悪それがなくても心理的に焦りを与えられることが多い。

 

 俺なんかは普段それらをレース中にやって相手のペースを乱したり、自分の体力を温存したりしてレースを終始後ろから自分の思い通りの展開に運んでいる。

 

 しかし、トーカちゃん先輩とタイマンして、終わったあと地に伏しているのは俺だけだった。

 トーカちゃん先輩は軽く息を整えているだけ。

 俺も結構スタミナには自信がある方だが、たった2000m走っただけでスタミナを削り切られてしまったのだ。

 それも俺が追う側でだ。

 

 何をされたのか? 

 

 トーカちゃん先輩は、後ろを振り向くこともせず、常に俺の位置を正確に把握できているかのようだった。

 具体的には、俺が加速してプレッシャーをかけようとしたタイミングでトーカちゃん先輩が加速したり。そのせいで俺はタイミングを外され逆に追いつくのに多くスタミナを吐かされた。

 外から回ろうとしたタイミングでコースを若干塞がれたり。内にも入れない絶妙のコース取りで、結局大回りすることになった。

 いくらウマ娘は尻尾のおかげで感覚が人より優れているとはいえ、流石にタイミングがドンピシャすぎる。後ろに目でもついているんじゃないかと疑ったほどだ。

 トーカちゃん先輩はエスパーだった??? 

 

「流石にレースではこんなに上手くいくことは少ないよ。今回は相手がウルちゃんだったからできただけ」

 

 それは俺が分かりやすいってことなのか? いやさっきのレース中は普段の足音を大きくする歩法とは逆の消音の方もやってたんだけど? 全然通用しなかったが。

 

「ウルちゃんのことはよく知ってるし、よく見てるからね」

 

 なるほど? 同室で性格とか走りとか知ってるから、なんとなくタイミングも分かるってか。いや分かるか! それだったらトーカちゃん先輩のレースを欠かさず見てる俺も分からんとおかしいだろ? 

 ん? 待て、レース中にここまで上手くいくことは少ない? 少ないだけでそこまで知らない相手でも出来たことあるんかい! 

 

 そしてトーカちゃん先輩は俺の位置を正確に把握しているだけではない。もう一つ捉えられなかった理由がある。

 それは走法。ステップというのが正しいか? 

 後ろに付いて観察すると分かる。

 朧げ、という表現が近いだろうか。次に踏み出す足がどこに着地するのか全く予想がつかない幻惑のステップ。

 アプリ版ウマ娘のスキルに「幻惑のかく乱」というものがあったが、もし実際にスキルとして存在するならこんな感じなのだろうと思ってしまったほどだ。

 とにかく捉え所がないのだ。加速するタイミング、コース取り、それらがトーカちゃん先輩の脚を見ていると全く分からなくなってしまう。普通の走法と折り混ぜてくるからタチが悪い。

 ウマ娘たちの仕掛けのタイミングは、脚を見るのが一番分かりやすい。力を入れて筋肉が膨張したり、歩幅が変わったりするからだ。

 しかしトーカちゃん先輩の脚は見ると幻惑される。

 駆け引きしたりプレッシャーをかけるのに脚を見る必要があるのに、脚を見るとこちらが乱されるという。なんというか、分かりやすい無理ゲーをやっている気分だった。

 

「結構難しいし、走り方との相性もあるからこれをやってるウマ娘はあんまりいないけど、それなりに知られた家なら教えられる走法だよ。ここまで露骨なものじゃなければそこそこ使ってるウマ娘はいると思うよ」

 

 まぁ私はほぼ独学で覚えたけどね、と自慢げに言うトーカちゃん先輩。可愛い。

 いやこんなの使えたらそりゃ自慢げにもなりますわ。

 

 

 そして次に、追われる側のときのこと。

 元々俺は追われる、ということ自体がトラウマ気味であり、得意ではない。

 しかし今後必ずしも最後尾でずっとレースを進められる、なんて楽観的な考えはできない。

 今は(色々あって)無名の俺だが、この先レースで良い成績を残せばマークされることだってあるだろうし、走りを研究されることもあるだろう。『領域』の条件がバレることだってあるかもしれない。

 そうなったときのために今からトーカちゃん先輩相手に練習しようとしたのだが…

 

「しかし、ここまで苦手とはね」

 

「面目次第もありません…」

 

 ギリギリ1000mくらいなら集中力が持つ。

 しかしそれ以上になるとダメだ。後ろが気になりすぎて走りに集中できない。

 トーカちゃん先輩が追うのも上手いというのもあるだろうが、1000mを超えたあたりから別にトーカちゃん先輩は何もしていないのに俺が勝手に掛かってしまう始末。

 

「メトゥス」

 

「…なんでしょう」

 

「シャドウストーカーが併走に付き合ってくれている間は、追われる練習を欠かさずやろうか」

 

「そうですね…」

 

 ほんと、不甲斐なくてすまん。

 

 で、とりあえず最初のまともに思考が働いてた1000mの走りから得られた情報だが。

 なんというか…俺の上位互換といった感じだ。

 俺が普段やっていることを、さらに高レベルにした感じ。流石に足音や心音、殺気で圧力をかけてくることはないが。それをやられたらもう俺いらないしな。

 並びかけることでのプレッシャー、真後ろにピッタリ付けてスリップストリームを受けることで気配をわざと察させて焦らせるなんてのは序の口。

 俺はトーカちゃん先輩ではないので、正確な位置を知るには基本振り向くしかないんだが、トーカちゃん先輩は俺が振り向くといつも距離を縮めようとしているところなのだ。

 振り向いたタイミングで距離を詰めようとしているのが見えたら、前を走る身としては焦るし、距離を広げようとする。

 しかし、後から映像を見ると実際にはトーカちゃん先輩との距離はそこまで縮まっていないのだ。

 つまり、こっちが振り向くタイミングを察して加速し、俺が焦ったのを見て減速していたということになる。化け物かな? 

 

「どうやって振り向くのを察知しているんですか?」

 

「耳の向きとか、あとはコーナーを走るときは後ろを確認しやすいでしょ? そのタイミングで加速すれば自然と相手がこちらを見るタイミングで視界に入れる。要は工夫だよ」

 

 なるほどなぁ。

 耳の向きは流石に参考にならない気がするが、コーナーの話は今からでも実践できる。

 やっぱり格上のウマ娘と走ると得られるものが多い。

 

「メトゥス、そろそろ大丈夫かい?」

 

「ええ、休憩は十分です」

 

「では次は『領域』を使った模擬レースだ。距離は先ほどと同じ2000m。ここからはいつも通りの脚質で行こう」

 

「ウルちゃん、よろしくね」

 

「任せて!」

 

 よし、貰ってばっかりじゃな。次は俺の番だ。

 お世話になってる先輩にあの『領域』をぶつけるのは少し気が引けるが…その当人からのお願いなら、遠慮する方が失礼か? 

 いい機会だと思うことにしよう。

 明確な格上にも通用するのか、試させてもらおうじゃないか。

 

 ──────────────

 

 シャドウストーカーに併走の話が来たのは、ちょうど彼女が『領域』の対策に悩んでいたときだった。

 有記念でビワハヤヒデの『領域』を見たとき、初めて『領域』を見たということもあり完全に飲み込まれてしまった。

 シャドウストーカーの次の目標レースである大阪杯は中距離であり、有で対戦した面々が出てくる可能性が高い。ビワハヤヒデもその内の一人だ。

 故に早急な対策を必要としていたのだが、年が明けても何も思いつかないでいた。

 

「『領域』に慣れるには、『領域』を何度も受けるか自分の『領域』を作り上げるしかない」

 

「トレーナー、でもそんなに急に『領域』を作れるとは思えないし、『領域』を使ってくれる相手なんて…」

 

 冬休みのある日、シャドウストーカーは自身のトレーナーと『領域』に関しての対策会議をしていた。シャドウストーカーの担当トレーナーは既に何人ものウマ娘を育成してきた暮林トレーナーと言い、『領域』のことも教えていなかっただけで知っていた。

 暮林トレーナーは俯くシャドウストーカーに明るい表情で提案する。

 

「そこでだ。シャドウ、キミと同室のウルサメトゥスから併走の話が来ている。正確には彼女のトレーナーからだがな」

 

「ウルちゃんから? 併走の話と今の話に一体なんの関係が?」

 

「これを見ろ。今のキミなら分かるはずだ」

 

 暮林トレーナーが言う『領域』への対策と、ウルサメトゥスとの併走に関連性が見られない。シャドウストーカーとしてはウルサメトゥスに助けられていると思っているため、話は受けたい。しかしそれが自身の成長に繋がるとは考えていなかった。そう考えるのは当然のことである。昨年度のクラシック級で上位の実力を持つシャドウストーカーとクラシック級に上がったばかりのウルサメトゥスでは、力の差がありすぎるからだ。

 

 しかし、この話を持ってきたのが暮林トレーナーであるので、シャドウストーカーは余計に混乱した。ベテランである彼にも力の差は分かっているはずだったからだ。

 混乱したまま、トレーナーが見せてくる映像を見る。ウルサメトゥスが優勝したホープフルSの映像だ。

 正直、これを見ると可愛い後輩が勝って嬉しいという感情と共に、メディア各社と名家に対し抑えられないほどの怒りが湧いてくるため、シャドウストーカーとしてはあまり見たくない。

 今更何なんだと思いつつも映像を見進める。

 

 映像の中のレースは後半に突入する。そこでシャドウストーカーは、トレーナーが今このタイミングで映像を見せてきた理由を理解するのだった。

 

 

 

 

「では次は『領域』を使った模擬レースだ。距離は先ほどと同じ2000m。ここからはいつも通りの脚質で行こう」

 

 中森トレーナーが指示を出す。

 ウルサメトゥスと一緒に走ってみて、シャドウストーカーは感心していた。

 先日までジュニア級だったとは思えないほどのパワー、そして前を焦らせる技術。もちろん、シャドウストーカーと比較したら流石に完成度は低い。

 レース歴が一年違う上に、ウルサメトゥスは一般家庭出身。技術的にも身体能力的にも非常に不利であるはずだ。

 しかし、ウルサメトゥスは一年前の自身よりもよく走れているとシャドウストーカーは思った。

 

(これでまだクラシックなりたて。凄いよウルちゃん、将来有望だね。それに、ここから『領域』を使うの? そりゃ、並の名家じゃ敵わないわけだ)

 

 そう、ウルサメトゥスには『領域』という切り札がある。ここまでの走りにそれが加わったとき、果たして自分の走りを保っていられるのか。シャドウストーカーは身構えずにはいられなかった。

 

「メトゥス、今日はあと2回ほど同じことをしてもらうが、最初はどうする?」

 

「では、初めはいつもの出力で、スタートから使うことにします」

 

「何の話?」

 

「私はこれでも『領域』には自信があるんだ。出力調整も使うタイミングもお手の物なんだよ」

 

 シャドウストーカーは『領域』を使うウマ娘とあまり走った経験がないのでそんなものかと思っていたが、話を聞いていた彼女のトレーナーは別だった。

 

(『領域』がジュニア級で使えるってだけでそもそもおかしいのに、出力調整? タイミングも自由自在?! 異常にも程があるだろう!)

 

 そんなウマ娘は聞いたことがない。それなりに長いことこの職業をやってきたが、ここまで驚いたのは初めてかもしれないと暮林トレーナーは思った。

 

 

 二人のウマ娘はスタート位置に並べられたゲートに入り、中森トレーナーの合図を待つ。

 集中を研ぎ澄ませる中、シャドウストーカーは異変に気づいた。

 

(心音が、大きく聞こえる?)

 

 集中すればいつもは心音なんて聞こえなくなってしまうのだが、今はやけに心臓がうるさい。自然と集中力が欠け、呼吸も少し乱れる。

 

(静かにしてよ…ッ!?)

 

 そのとき、原因不明の悪寒がシャドウストーカーの背筋を駆け巡る。

 

(なん…)

「スタート!」

 

 気を取られた瞬間、中森トレーナーのスタートの声が響く。

 すぐに反応してスタートするも、明らかにウルサメトゥスと比べて出遅れてしまった。

 

「くっ…」

 

 出遅れで焦り、さらに追込のはずのウルサメトゥスが引き離そうとする自分に並んでくることでさらに動揺してしまう。

 

「トーカちゃん先輩、大丈夫?」

 

「大丈夫に決まってる!」

 

 横にいるウルサメトゥスがシャドウストーカーに話しかけてくる。

 心の乱れを気を取られないように毅然と返すが、しかしこの問答に意味はなかった。

 

「嘘。私には分かっちゃうんだよね。嘘つきな先輩にはお仕置きしないと」

 

「何を…?!」

 

 なぜなら、シャドウストーカーは既に動揺してしまっていたからだ。

 言葉と同時、ウルサメトゥスが後ろに下がる。

 シャドウストーカーが身構えるが、か弱い抵抗だった。

 

 

 大きな音が鳴り響く。

 それと同時に、シャドウストーカーの視界は昏い影に飲み込まれた。

 

 

 




チャンミはB決勝でした。
準備期間無いのに皆さんよく仕上げられますねほんと…すごい。


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その感情の名は

いつも応援ありがとうございます。

近いうちと言いつつそんなに早く更新できませんでしたね。すみません。
推敲してたらなんか思ったより長くなってました。一話が3000字以内に収まる日は来るのか…

ではどうぞ。


 

 

 

 

 影に飲み込まれたシャドウストーカーは、しかしこの状況を把握していた。

 

(これが…ウルちゃんの『領域』!)

 

 一度『領域』を受けたことがあるからか、これがウルサメトゥスの『領域』によるものだとすぐに理解した。

 しかし、有記念で受けたビワハヤヒデの『領域』とは全く違う。

 ビワハヤヒデの『領域』は計算し尽くされた勝利への方程式、それが頭の中に流れ込んでくるようなものだった。そして、あっという間にビワハヤヒデの描く方程式の中に組み込まれ、自分はその中の駒の一つになってしまったのだ。

 

(あの『領域』はビワハヤヒデ先輩のイメージを具現化したもので、先輩自身を強化するものだった。でも、これは…?)

 

 真っ暗な視界の中、目の前にあるコースだけがはっきりと見えている。それにより、暗くても転ぶことはないし、コースアウトすることもないだろう。

 暗闇を観察する。何を仕掛けられたのか、シャドウストーカーは冷静に思考していた。

 

 ビワハヤヒデの『領域』は計算尽くの心象の具現。

 

 ではウルサメトゥスの『領域』は? 

 

(何の意味が、え?)

 

 何も起こらない、シャドウストーカーがそう考えた瞬間だった。

 

 

 

 背後から強烈なプレッシャーを感じる。

 それも、レース中に真後ろでウマ娘が圧力をかけてくるようなものとは全く違う。

 

 

(────殺される)

 

 

 殺気。

 シャドウストーカーは生まれてこの方そんなもの感じたことなどなかったが、この背骨に氷柱を差し込まれたかのような、そんな冷たい圧力を他の言葉では表現できなかった。

 この時点でシャドウストーカーは、直前まで考えていたことも、今がレース中であることすら頭の中から吹き飛んでしまった。

 

 

(逃げなきゃ)

 

 

 いる。

 自分の真後ろに、いる。

 恐怖が、この世のものとは思えないナニかが、重苦しい足音を立てて追いかけてくる! 

 

 

 幸いなのか、周囲は暗いのに前は見えている。

 振り向くことはできない。

 隙を見せたら、その瞬間に食い殺されてしまう。

 

(来ないで、来ないでこないで!!!)

 

 恐怖が焦りを生む。

 焦りはシャドウストーカーのペースを乱し、フォームを崩し、体力を削る。

 シャドウストーカーの走りに、もはや技術など残ってはいなかった。

 

 心臓が跳ねる。

 足音なのか地響きなのか、振動で体が揺れる。

 

 どれほどの時間追い回されていたのか。

 どこまで逃げればいいのか。

 シャドウストーカーが永遠に続くかとさえ思った逃避行は、しかし突然終わりを告げた。

 

(あれ…)

 

 不意に、殺気が消える。

 視界も暗黒の中から晴れた空に戻り、元に戻っていた。

 

(! そうだ今はレース中…)

 

 そして唐突にシャドウストーカーは今自分が何をしていたかを思い出す。

 そう、今は模擬レース中であり、ゴールまでは目算で残り500mほど。

 対戦相手は────

 

「隙あり」

 

 シャドウストーカーの意識が戻る一瞬の隙をつき、ウルサメトゥスが大きく横に飛び出した。

 

「あっ!」

 

「私の勝ちだ、トーカちゃん先輩!」

 

 ウルサメトゥスは持ち前のパワーでグングン加速していく。

 しかしシャドウストーカーとてシニア級のウマ娘、それに負けじと脚に力を込めるが…

 

(脚が、残ってない!)

 

 レース開始直後から殺気を当てられ、焦らされ、崩され、散々に追い回されたシャドウストーカーには、当然の如く脚など残っていなかった。

 ウルサメトゥスとの差はどんどん広がっていく。

 

 シャドウストーカーが必死に脚を回すも、ゴールしたときには既に3バ身半もの差が付いていた。

 

 

 

 

「どうだった? トーカちゃん先輩」

 

 膝に手をついて息を整えているシャドウストーカーに、ウルサメトゥスが声を掛ける。

 大して息は乱れておらず、まだまだ余裕の表情だ。

『領域』を使う前の模擬レースとは真逆の状況に、荒い息ながらシャドウストーカーは少し笑ってしまった。

 

「正直、想像以上だったよ。何というか、確かにあれは外から見てるだけじゃ分からないかもね」

 

「いやいや、トーカちゃん先輩一人に対して使ってたのに、最後まであの速度で走ってたことにこっちはびっくりだよ。この『領域』の性質上、一緒に走ってる人数が少なければ少ないほど効果が高いはずなんだから」

 

 ウルサメトゥスは本当に驚いているようだ。その証拠に、ウマ耳やウマ尻尾が少し荒ぶっている。

 

(しかもこれって、私が他の『領域』を見たことがあったからここまではっきり感じ取れたんだろうね。もし初めて見る『領域』がこれだったら、何をされたかすら分からないままスタミナを削り切られてたんじゃないかな)

 

 シャドウストーカーの推測は当たっている。

 彼女はビワハヤヒデの『領域』を体感していたからこそ今回のウルサメトゥスの『領域』をはっきりと感じ取れていた。

 はっきりと感じ取れてしまった分、効果が少し上がってしまってもいたが、何が何だか分からないままスタミナを削り切られ次の対策もできない、という状況よりは幾分マシである。

 

「シャドウ。勉強になったか?」

 

「トレーナー、うん。この話受けて良かったよ」

 

 休憩中、暮林トレーナーがスポーツドリンクを手渡しながらシャドウストーカーに感想を聞く。

 暮林トレーナーにはウルサメトゥスの『領域』を感じ取ることはできないし、ウルサメトゥスとシャドウストーカーの会話が聞こえていたわけでもない。しかし、先程のレース中のシャドウストーカーの必死の形相や、その後ろのウルサメトゥスのキレたナイフのような雰囲気から、何が起きていたのかは少しだけ分かっていた。

 

(今まで聞いたこともないが…おそらく、ウルサメトゥスの『領域』は自分ではなく対戦相手に作用するもの。今回はシャドウしか一緒に走ってなかったからだろうが、レース映像を見るにこの『領域』は走っている相手全員に効果を発揮するのだろう。全く、恐ろしい娘だ)

 

 小さな体躯からは想像できない物騒な効果に、暮林トレーナーは慄く。

 暮林はホープフルSの映像から『領域』を持っているだろうと当たりをつけて今回の併走を受けたが、はっきり言って想像以上だった。

 

(シャドウと同期じゃないことが救いだな。もしこの娘がシャドウの対抗バとしてティアラ路線を走っていたら…シャドウの冠は半分以下、下手したら無くなっていたかもしれんな)

 

 

 

「じゃあ次は、中盤から使うことにするよ。心の準備をしておいてね?」

 

「安い挑発だね。でも、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 再びゲートに入り、言葉を交わす。

 先ほどはウルサメトゥスの言っている意味がよく分かっていなかったが、一度体感した今なら分かる。

 あの恐ろしい『領域』の発動タイミングを自在に操れるということが、どれほどの脅威かということがだ。

 

(初めて受けたときは訳も分からないまま、体力を削り切られる。そして、二回目以降に対処しようとしても、いつ来るか分からない『領域』に怯え続けることになる。いつ発動しようと、肉体的か精神的、どちらかの有利を取れる。何より…アレを数回受けた程度で、慣れることができるとは思えない)

 

 スタートのために集中する。

 先程のようにシャドウストーカーの心音が異常になることはない。

 正確に言えば、心音が聞こえる現象はシャドウストーカーの心音が異常になったわけではないのだが、それを知る術は無い。

 

「スタート!」

 

 中森トレーナーの合図と共に二人はゲートを飛び出す。

 出遅れることなく揃ったスタートで、シャドウストーカーも動揺していない。

 

(ウルちゃんは中盤から仕掛けてくると宣言した。その言葉通りなら、最初から『領域』を使われたさっきより終盤の脚は残るはず。だったら、今のうちにウルちゃんの余裕を削る!)

 

 シャドウストーカーは先程のレースの反省を生かし、序盤からウルサメトゥスのことを翻弄しにいく。

 ウルサメトゥスの仕掛けタイミングを完璧に読み、コースを妨害し、逆に消耗させる。脚技による幻惑もしっかり行い、ウルサメトゥスに前からプレッシャーを与える。

 実際に、感じるウルサメトゥスの気配はとても走りづらそうにしていることが分かる。呼吸は若干乱れ、フォームも少し崩れたのか足音が乱れている。

 

(いける! これなら中盤から『領域』を使われたとしても、ウルちゃんも最後に余裕はあまり残っていないはず。地力での勝負になれば、私に有利になる!)

 

 もうすぐ中間地点に差し掛かる。

 シャドウストーカーは来たる『領域』に備え、努めて冷静であるよう自分に言い聞かせた。

 

 しかしシャドウストーカーは知らなかった。

 ウルサメトゥスが「中盤から『領域』を使う」ということの意味を。

 

 中森トレーナーがメガホンで叫ぶ。

 

「残り1000m!」

 

(来る?!)

 

 果たして、シャドウストーカーの予想通り、またはウルサメトゥスの宣言通りに『領域』は展開された。

 視界が暗闇に包み込まれる。

 同時に緊張感が高まり、真後ろから尋常ではない殺気を感じた。

 

(…っ嫌!! 来るな来ないでっ、こっちに来ないで!!)

 

 分かっていても逃れられない。

 シャドウストーカーの覚悟も虚しく、自身の頭は恐怖で一杯になり、勝手に脚が後ろの存在から逃げようと空回る。

 

(でもさっきよりは短い時間のはず、それまで逃げれば…)

 

 そんな中でも、先ほどよりは余程思考できていた。

『領域』の支配から抜けることはできていないが、視界は暗闇から戻り、しっかりとターフが見えている。

 これはウルサメトゥスの2回目の『領域』にシャドウストーカーが慣れたというよりも、シャドウストーカーが無意識にウルサメトゥスの『領域』の一部を理解したからである。

 常人より鋭い感覚を持ち、なおかつ現役ウマ娘の中でも上位の実力を持つ彼女にしかできない芸当だ。

 

(きっつい! 自分のペースで走れないのがこんなにキツいなんて! でも、残りは600mってところ? この距離なら走り切れる)

 

 最終コーナーを回り、レースも最終局面に入る。

 その時、ふと真後ろの気配が消えた。

 恐怖という鎖から解放され、体に力が戻る。

 そしてスパートをかけるには絶好のタイミングだ。

 

(いける、これなら────!)

 

 まだ余裕のある脚に力を込める。

 しかし、やはり『領域』は確実にシャドウストーカーからスタミナを削っており、思考を狭めさせていた。

 

 絶好の仕掛けタイミングで『領域』の支配がなくなるという()を見抜けなくする程度には。

 

 

「──えっ?」

 

 瞬き一つ。

 それだけのはずが、シャドウストーカーの目の前は真っ暗になっていた。

『領域』内で見えていたはずのコースすら見えない。

 

 直後、暗闇で走るシャドウストーカーの真後ろに、消えたはずの恐怖が出現する。

 

「ひっ」

 

 息が詰まる。

 呼吸ができない。

 なぜなら、先程『領域』で受けていたものとすら比較にならないほどの殺気を、後ろの存在が放っていたからだ。

 

 

 思考が止まる。

 

 

 同時に後ろの存在が腕を振り上げる。

 

 

 見えてもいないのに、シャドウストーカーにはその腕の先に鋭い爪が並んでいることが分かった。

 

 

 腕が振り下ろされる

 

 

 爪が首に食い込む

 

 

(あ? これ私死ん────)

 

 

 

 次に目に写ったのは、回転する視界に、首のない自分の体だった。

 

 

 

 

「…っは?!」

 

 視界が現実に戻る。

 どれほど意識がなかったのか。

 無意識下でも、シャドウストーカーの体は走っていた。

 しかし、走っていることと、レースをしていることは話が別だ。

 

 残り400mも無い。

 ウルサメトゥスの姿は、とっくにシャドウストーカーの前にあった。

 

 シャドウストーカーも僅かに残った脚を総動員して加速するが、元々パワー自慢のウマ娘であるウルサメトゥスの加速には追いつけなかった。

 

 

 シャドウストーカーがゴールする。

 ウルサメトゥスとは5バ身もの差が付いていた。

 

 

 

 

「今日はありがとう、トーカちゃん先輩。色々と勉強になったよ」

 

 練習後、整理運動をしながらウルサメトゥスが言う。

 ニコニコと笑うその姿からは、あの恐ろしい『領域』を使っていたとは想像もできない。

 

「う、うん。私こそ参考に…参考に? なったよ。少なくとももう他のウマ娘の『領域』に飲まれることはないかな」

 

 シャドウストーカーはウルサメトゥスの顔を直視することができなかった。

 あの『領域』を見た後から、ウルサメトゥスの顔を見ると心臓がドキドキと強く主張し始めるようになってしまったのだ。

 

「ならよかった! 私だけがいい思いをするわけにはいかないしね。まぁ、暫くは併走練習するんだし、明日からもよろしくね?」

 

 ウルサメトゥスはシャドウストーカーの様子には気づいていないようで、シャドウストーカーと併走練習ができることを素直に喜んでいる。

 

(どうしよう…ウルちゃんを見るとドキドキする。もしかして、これが恋?)

 

 危険や不安を強く感じる状況で恋愛感情を抱いてしまう現象。

 吊り橋効果と呼ばれるそれを指摘する者は、残念ながらこの場にはいなかった。

 

 

 




チャンミはB決勝1位でした。
キングが勝つかと思いましたが…最推しの娘が頑張ってくれました。

最推しの娘もそのうち登場します(多分)
まぁ既に登場自体はして?いますが


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『領域』の価値

最近たくさん感想がいただけて嬉しいです。
返信が遅れることもあるのですが、どうか待っていただければと思います。

今回でトーカちゃん先輩との併走はおしまいです。

ではどうぞ。


 

 

 

 

 トーカちゃん先輩と併走練習を始めてから早二週間。

 既に一月も終わりかけで、俺が出走予定の弥生賞まで残り一ヶ月強といったところだ。

 トーカちゃん先輩は大阪杯に出る前に一度レースに出るらしく、その調整があるので併走練習もそろそろ終わりだと言われた。寂しいね。

 

 で、今日は健康診断。トレセン学園全体でやるのだが、レースに出るウマ娘たちの都合などもあり数日に分けて行われる。

 さーて俺の体は去年と比べてどのくらい成長してるかなっと。

 

 

「…」

 

「あ、ウルちゃん。今日もよろしく、って、どうしたの? 凄い渋い顔してるけど」

 

「トーカちゃん先輩。いや、なんでもないよ」

 

「なんでもないってことはなさそうだけど…」

 

 いつものカフェテリアでトレーナーを待っていると、トーカちゃん先輩が来た。

 

 今年に入ってから(いや去年もだが)お世話になりっぱなしのトーカちゃん先輩だが、併走練習を始めた頃は何故か俺の顔を見てくれなかった。

 同室だし併走練習をしているから毎日顔を合わせるのだが、俺の顔を見るとそっぽを向いてしまうのだ。

 俺があんな怖がらせるような『領域』を仕掛けまくってるから嫌われてしまったのかと思ったが、他でもないトーカちゃん先輩から嫌いになったわけではないと聞いた。

 よく見たら顔が赤くなってるし熱でもあるのかと額を合わせたりもしたが、慌てた様子で熱はないと言われてしまった。

 まぁ自分の体調は当人が一番よく分かっていると思うので、その後は心配しつつも気にかけるだけに留めたんだが。

 

 一週間くらいすると以前のように顔を合わせてくれるようになった。

 結局原因は分からず終いだったが、女心と秋の空って言うしな。所詮女もどきの俺じゃ本当の女の子の気持ちなんて分からないってことだ。

 

 なんか代わりに視線が妖しくなった気もするが…気のせいだろう。レースでもない時の俺の直感なんて信用ならんしな。

 

「あ、もしかして健康診断のこと? ウルちゃん背が低いの気にしてたしね。…伸びてなかった?」

 

「…」

 

「私は156cmだったよ」

 

 聞いてないです(怒)

 

 そうだよ、身長は一ミリも伸びてなかったよ。145cmぴったりのままだよ。

 体重は増えてたが、これは筋肉がついたからだろう。

 はぁ…そんなに大きいわけじゃないトーカちゃん先輩にダブルスコアつけられてしまったよ。

 一年しか年齢は変わらないはずなんだが、何が違うのか…

 

「だ、大丈夫だよウルちゃん! まだこれから伸びるって! 私もまだ伸びてるし!」

 

「トーカちゃん先輩は、去年の今頃、どのくらいでした? 身長」

 

「えぇと…153cmくらいかな」

 

「はい、この話終わり。今日は特別強力なやつをお見舞いするので、覚悟しておくように」

 

「ええっ!! と、特別強力なやつ…?」

 

 なぜ顔を赤らめる? 

 とにかく、今更謝ったって許さんからな。

 いくらお世話になっている先輩だからって、俺は怒る時は怒るんだ。

 

「わ、私は小さいウルちゃんも好きだよ!」

 

 なんのフォローだよ!!! 

 

 

 

 

 

「…ヒュー……コフッ…」

 

「ふんっ」

 

 ぶっ倒れているトーカちゃん先輩を見下ろし、鼻を鳴らす。

 人のコンプレックスを刺激するからこうなるんだ。

 横を見ると中森トレーナーが渋面を浮かべ、暮林トレーナーは苦笑している。

 

「メトゥス…やりすぎだ」

 

 仰向けになって呼吸を整えているトーカちゃん先輩を見やる。

 ううむ、確かに少しやりすぎたかも? 

 中等部の少女の些細な失言には、重すぎる仕打ちだったかな。

 

「…そうですね。流石に大人気なかったとは思います」

 

「いや、歳はキミの方が下だろうに」

 

 そうだった。

 いや精神的な話だよトレーナー。

 まぁ精神的にトレーナーの年齢よりもだいぶ上だなんてことは言えるはずもないんだが。

 

「シャドウ。いくら気のおけない友人だからって、限度があるんだからな? 気性難のウマ娘を怒らせたらどうなるか、よく分かっただろう」

 

「そうだね…」

 

 トーカちゃん先輩が起き上がってこちらにフラフラと近づいてくる。

 

「ごめんね、ウルちゃん」

 

「いや、私こそ怒りすぎたよ。まぁ、今日のは怒りだけじゃなくて実験も入ってたんだけど」

 

「え?」

 

 そう、今回の『領域』は特別強力なもの、つまりレースで出せる最も強い出力を仕掛けた。

 まだレースでは一度も出したことはない。

 レース中に事故が起きたら怖いし、それで対戦相手が走れなくなるほどの大怪我を負ったり、最悪死んでしまったら俺は悔やんでも悔やみ切れないだろう。

 

 だから、ある程度俺の『領域』に慣れたウマ娘や、『領域』そのものに慣れた格上に対してだけ使おうと思ってたんだ。

 その点、トーカちゃん先輩はこの二週間、毎日俺の『領域』を受け続けていたし、俺より実力のあるウマ娘でもある。

 実際ここ一週間くらいは俺の『領域』が発動しても最初の頃の半分ほどの効果しか得られなくなっていたしね。丁度いいと思ったんだ。

 

 それを伝えると、トーカちゃん先輩は納得した表情になった。

 暮林トレーナーは先程の苦笑とは打って変わって真剣な表情で言う。

 

「事前に話は聞いていたし許可も出したが…これほどとはな」

 

「私は止めた方がいいと言ったはずですが…」

 

「中森トレーナーはまだ二年目だったか? このトレーナー業をそれなりに長くやっていると嫌でも分かることだが、『領域』を持ったウマ娘と対戦できる機会なんてそうそうないんだ」

 

 俺は今日の練習前に両トレーナーに確認を取っていた。正直止められると思っていたのだが、意外なことに暮林トレーナーが食い気味で許可を出したのだ。

 

「『領域』。ウルサメトゥスは簡単に使ってみせるが、本来その域に達することができるウマ娘すら一握りだ。発現するための条件だって簡単ではないと聞く。俺はトレーナーになって15年ほど経つ。シャドウ以外の担当ウマ娘をG1で勝利させたことだってある。だが、それでも『領域』を持つウマ娘を育てたことはないし、レースでぶつかった事すらそこまで多くない」

 

 確かにアプリ版ウマ娘でもネームドウマ娘以外は固有スキルを持っていなかったしな。いや、クライマックスシナリオでライバルとして出てくるウマ娘くらいしか持ってなかったことを考えると、もっと少ないのかもな。

 

「そして、俺のこれまでのトレーナー人生で最高のウマ娘と断言できるシャドウが、今『領域』を使ってくる相手にぶつかっている。あの不可解な速度の上昇、ビワハヤヒデが『領域』持ちだということはすぐに分かった。これでもそれなりの時間トレーナーをやってきているしな。だが正直、対策なんて思いつかなかった。『領域』持ちに対する情報が足りなさ過ぎるんだ。俺が知っているのは、何度も『領域』を受ければ慣れてくる、ということくらいだった」

 

 暮林トレーナーが俺の方を向く。

 

「そんな中キミを見つけた。『領域』の情報を求めてジュニア級のレースまで探した甲斐があったよ」

 

「私が『領域』を持っていることには、暮林トレーナーが気づいたんですね。そんなに露骨だったでしょうか?」

 

 さすがベテランといったところか。

『領域』の効果がアレだし、一応それなりに情報を隠しているつもりなんだが。今のところ誰にも気づかれてないと思ってたから意外だ。

 トーカちゃん先輩のトレーナーだし、同じように感覚が鋭いのかな? 

 

「いや。あのホープフルの映像、俺だってシャドウのために血眼になって『領域』に対する手がかりを探してなかったら分からなかっただろうな。キミの『領域』は外から見ている分には効果が非常に分かりにくい。しかも『領域』を知っているトレーナーほど気づかないだろう。『領域』をジュニア級のウマ娘が使うなんて前代未聞だし、何より『領域』は心象の具現。必然的に自分に作用するものが殆ど、というよりキミを見るまで他者に作用する『領域』があるなんて知りもしなかった。俺だって半信半疑で、何度も映像を見直したよ。まぁ、シャドウはレース映像を二度見ただけで気づいてしまったが」

 

 お、トーカちゃん先輩がちょっと恥ずかしそうにしてる。

 めっちゃ持ち上げられてるからね。でも正当な評価だよ。

 その恥ずかしげな表情、エモいね…ぐへへ。

 

「メトゥス、変なことを考えているだろう」

 

「…そのような事実はありません」

 

 鋭すぎない? ちょっと怖いよトレーナー。

 暮林トレーナーは俺たちのやりとりを見て朗らかに笑っている。

 

「気安いやりとりができるのは、トレーナーとウマ娘でいい関係が築けている証拠だ。…話が逸れたが、とにかくキミとの併走はこっちにとっても渡りに船だったし、『領域』をシャドウが感じ取れるだけでもありがたかったんだ。全力を出して使ってくれるなんて、願ってもない。これで今後シャドウはどんな『領域』を受けようとも易々と動揺することはなくなっただろう」

 

「そうだね。それに、ウルちゃんのアレを受けた今なら分かるけど、ビワハヤヒデ先輩の『領域』はなんか…まだ完成しきってないように感じる。ウルちゃんのに比べたら、粗があるって言うのかな?」

 

 一応これでも幼少期から練習してるからね。練度に関してはそうそう負けないよ。

 あ、でもシンボリルドルフ会長の『領域』は映像からしてヤバかったから、もし対戦したらどうなるか分からないけど。

 それ以外だったら、よほど相性が悪いとかいうことがない限りは出力負けとか塗り替えられるとかはないと思う。そもそも他の『領域』持ちと対戦したこと無いし『領域』がぶつかった時にどうなるのかなんて分からんのだが。

 

「これでウルちゃんとレースで対戦しても、次は勝てるね?」

 

「私の『領域』は人数が多い方が効果が落ちるし、実際のレースだったらトーカちゃん先輩に対する効果はさらに減るよ。でも、一度見たくらいで対処できると思わないでね」

 

「メトゥス。キミのことは信用しているが、ほどほどにな」

 

「分かってます。フルパワーの『領域』なんてやりませんよ」

 

「え?」

 

 トーカちゃん先輩が信じられないようなものを見た、という顔で俺を見ている。

 どうした? 

 

「全力じゃないの? あれで? 私、確実に自分が死んだと思ったんだけど」

 

「ああ…私の『領域』は非常に攻撃的だから、全力を出してしまうとあまりにも危険なんだよ。だから、事故を極力起こさないためにもレース中に全力で使うことはしないって決めているんだ」

 

 忘れもしない、中森トレーナーと出会った日のこと。

 トラウマに負けた俺が手加減無し、正真正銘全力の『領域』を放ってしまい、結果トレーナーは気絶した。

 一歩間違えれば容易に他人を傷つけてしまう。そのことを俺は常に分かっていないといけない。

 

「ちょっと待て、キミはレース外でも『領域』が使えるのか?」

 

 あ、そうじゃん。普通はレース外で『領域』なんて使えないよ! 

 やべ、どうしよ。俺の『領域』めちゃくちゃ危ないし。

 他の人に知られたことが原因でレース出られなくなるかもしれん…

 

 そう考えていると、中森トレーナーが俺の一歩前に出た。

 

「暮林トレーナー、どうかご内密にしていただけませんか。メトゥスが『領域』をレース中ではなくても使えると知られたら…僕に彼女を守るほどの力はないのです」

 

「わ、私からもお願いします!」

 

 中森トレーナーが直角に腰を折る。

 俺も追従して頭を下げた。俺の失言をカバーするために相棒が頼んでくれてるんだ、当人である俺が頭下げなくてどうするんだ。

 それを見た暮林トレーナーは困り顔で少しおろおろしている。

 

「い、いや。元より他言することはない。『領域』を惜しげもなくシャドウに見せてくれた君たちには誠実でありたいしな。そもそも『領域』への対価が払えていたかも怪しいところだ。シャドウの技術を見せたが…技術が高いウマ娘なら、正直シャドウでなくても大勢いるはずだ。『領域』をみせることを対価にすれば、すぐにでも食いつくウマ娘は多いだろう、我々のようにな」

 

「しかし何もなしというのも…」

 

 暮林トレーナーは一息吐き、俺を真剣な目で見る。

 え、何? やっぱダメ? 

 

「では、ウルサメトゥス、キミに頼みたいことがある」

 

「な、なんでしょうか」

 

 な、なんだろう。もしかしてえっちなこととかお願いされちゃう?! 

 だ、ダメだぞ。俺の中身は男だし、トーカちゃん先輩だって中森トレーナーだっているし! 

 

「俺に全力の『領域』を使って貰えないか?」

 

「…は?」

 

 マゾか??? 

 

 

 

 

「俺はトレーナーだ。担当ウマ娘に対し、あのウマ娘が『領域』を持っているから気を付けろ、と言うことはできる。しかし、自分で『領域』を体験できることはないから、具体的なことは何も言えなかった。今まではな」

 

「それで私の『領域』を受ければ何か分かるかもと?」

 

「そうだ」

 

 そういうことらしい。

 そういうこと…なのか? 

 

「いや、私の場合確かに全力で発動させる時に限っては条件は必要ありませんが…」

 

 全力でやると俺の心音と足音と特に絶大な殺気を受けることになるからか、事前に掛からせてなくても第二の効果まで行ってしまうようなのだ。

 でも、うーん?必要かなぁ…その体験。

 中森トレーナーだって俺の『領域』を受けたからって『領域』に対する理解が深まったわけじゃないと思うが…

 

「頼む、この機会を逃したら、俺は一生『領域』を体験することはできないだろう。この通りだ!」

 

「えぇ…」

 

 俺は助けを求めるようにトーカちゃん先輩の方を見るが、首を横に振られてしまった。

 

「ウルちゃん…残念だけど、諦めてやってほしいな。こうなると止まらないから」

 

「いやでも…」

 

「いいの、トレーナーの経験にもなるだろうし、結果的に私のトレーニングの強化にも繋がるかもしれないし」

 

「…分かりました、そこまで言うならやりますが。後悔しないでくださいね?」

 

「男に二言はない」

 

 まぁ…そこまで覚悟が決まってるなら大丈夫か? 

 俺も積極的に使いたいわけじゃないんだがなぁ。暮林トレーナー、いい人だし。

 でも頼まれちゃったしな。忠告もしたし。

 一応中森トレーナーに目配せして、何が起きてもいいようにしておく。

 

 では、気は進まないけどやりますか。

 

「さぁ、やってくれ!!」

 

「ではいきます…『追われる恐怖を知れ』!!」

 

 

 

 

 

 その日、二人のウマ娘に担架で保健室に運ばれるトレーナーが目撃されたそうな。

 

 

 

 




次のチャンミは宝塚ですが…誰を出そうかまだ悩んでいます。
推しの娘は確定として、あとは誰にしようかな…
せっかく引いたしチアネイチャでも育てようかとは思ってます。


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インタビュー

お気に入り4000件突破!いつも応援ありがとうございます!

そんな中サンブレイクとチャンミでリソースを取られて投稿が遅くなったのはドイツだ?
私です…申し訳ない。

そして今回そんなに中身がない、本当にすみません。

それでもよろしければ、どうぞ…


 

 

 

「それでは、よろしくお願い致します!!!」

 

 シワ一つない白いスーツ姿の女性が、電話先に向かって腰を折る。

 オフィスに隣接する廊下で電話をしていたため、彼女の大きな声が周囲に響き渡るが、それを咎める者は誰一人としていなかった。

 自分たちの仕事が忙しくて気にしている余裕がないというのもあるが、最大の理由はこれが彼女の周囲の者にとって「いつものこと」だからである。

 

 女性は電話先の相手が電話を切るのを待ってから自身も通話を切ると、かけ足にならないギリギリの早歩きでオフィスに戻る。

 

「失礼致します、編集長! 今お時間よろしいでしょうか!」

 

「ああ。それで、上手くいったんだな?」

 

 眉間の皺が特徴的な50代の男性が応える。

 彼女が向かった先は、上司である月間トゥインクルの編集長の元だ。

 確認を取るまでもなく、編集長は彼女の要件を察していた。というか聞こえていた。

 

「はい! 来週の月曜に取材のアポが取れました!」

 

「そうか。なら、今回の取材はお前に一任する。元々お前が見つけたウマ娘だ。で、くれぐれも暴走しないようにな。苦情があったらどんなに出来が良くても記事は取り止めにするから」

 

「承知しております!」

 

「分かってるならいい。頑張れよ」

 

 編集長は彼女に期待しているが、同時に危険人物だと考えていた。

 取材力や書く記事の面白さ、そして何よりウマ娘への知識が異常なまでに豊富。しかし取材先から、

 

『担当ウマ娘を見る目がギラギラしすぎて怖い』

 

『こちらの情報に詳しすぎる。部室に盗聴器でも仕掛けているのではないか?』

 

『インタビューの最中、突然白目を剥いて気絶しかけた。担当ウマ娘が気味悪がっているので二度と来ないで欲しい』

 

 など様々な苦情が何度も寄せられている。

 最近では入社直後よりは遥かにマシになっているが、それでもまだ苦情の電話が来ることはあるため油断ならない。

 

 そんな問題児たる彼女だが、優秀なことは間違いなく、苦情云々のことを加味しても記者三人分の働きをする。それに彼女はまだ入社二年目だ。なんだかんだと言われつつも、編集部全体で可愛がられていた。

 

「あ、そうだ乙名史」

 

「なんでしょうか?」

 

 編集長が思い出したように言う。

 取材準備のために自分の席に戻ろうとした白スーツの彼女──乙名史悦子は用件を聞くために振り返った。

 

「お前、今年分の有給1日も取れてねぇぞ。三末までにちゃんと五日間使っとけよ、最近厳しいんだからな」

 

 働き者なのは結構なのだが、取るべきものを取れていないのは問題である。それに、全然休もうとしない乙名史を、(疲れているようには見えないが)編集長は心配していた。

 そんな上役としての義務と配慮が入り混じった言葉に、乙名史は笑顔で返す。

 

「はい! 有給を使って来年デビューしそうなウマ娘たちに目をつけておきますね!!」

 

 そう言って去る乙名史に、編集長や近くにいた先輩社員は皆一斉にこう思った。

 

 違う、そうじゃない、と…

 

 

 

 

 乙名史悦子は記者である。

 趣味はウマ娘のレースを見ることで、仕事もウマ娘に関する情報を発信すること。

 自他ともに認めるほどのウマ娘オタクであり、そして乙名史もそれなり(・・・・)にウマ娘に対して知識を有していると思っている。実際はそこらの新人トレーナーなど鼻で笑えるほどの専門知識を有しているのだが。

 

 そんな風に、乙名史自身と他人との間で認識がずれているからこそ、乙名史は過度にトレーナーを尊敬しており、自分では思いもよらないような育成をしていると思っている。

 結果として、乙名史が期待を持てると思ったウマ娘やそのトレーナーのことを記事にした際、多少(・・)の尾鰭がついてしまうのが、乙名史の悪い癖だった。

 ただ、乙名史の記事がウマ娘やトレーナーを過大評価気味に書いても、彼女が目をつけたウマ娘たちは大抵結果を残すため、『記事に書かれていたことが本当かもしれない』と思ってしまう層が一定以上存在するのは確かである。

 

「月曜、しっかり準備しないと!」

 

 そんな乙名史が今回目をつけたのは、先日クラシック級に上がったばかりのウルサメトゥスというウマ娘だ。

 

 

 乙名史は月間トゥインクルという高い人気を誇る月刊誌の記者だ。(本人は若干大袈裟な記事を書くが)そこらの三流ゴシップ雑誌の記者ではないため、記事にはそれなり以上に精度の高い情報が求められる。

 また、乙名史自身が他人がつけた評価というものをあまり信じない。それらの事情が合わさり、乙名史には自分の目で物事を確認する癖がついていた。

 

 乙名史がデビュー前のウマ娘を自分の目で見に行くのもその一環である。

 デビュー前のウマ娘というものは評価が難しく、ウマ娘関係の情報の中でも他人の評価が特に信用できないことで知られている。

 そのためなのか、トレセン学園で行われる選抜戦には、まともな新聞社や出版社からはベテランの記者が見極めに来るのが通例となっている。

 

 しかし乙名史は昨年も今年もそれについてきた。新人であるにも関わらず、だ。新人にデビュー前のウマ娘を見せるのは、難易度が高すぎて見極め切れないばかりか、変な癖がついてしまうことがあるためご法度であり、普通はついてくることすら許されない。

 だが、乙名史の類稀な観察眼、そして大学で四年間研究室に居座り、ウマ娘を研究し続けて学会に論文を出したこともある実力を見込まれ、特別に許可されていた。

 

 実際、昨年度の選抜戦では、そこまで知られた名家とは言えないウマ娘であるドカドカをいち早く見出した。

 ジュニア級ではそこまで芽が出なかった彼女も、距離が伸びるにつれ評価を上げていき、今では今年の天皇賞(春)の優勝候補として名前が上がるほどになっている。

 それを誰よりも早く見つけ、真っ先に独占取材を成功させた乙名史の評価は鰻登りだった。尤も、本人は気にした様子もなかったが。

 

 今年度の選抜戦でも、乙名史は観察眼だけで様々な有力ウマ娘を見出し、記事に貢献してきた。

 そして注目が集まる中距離の選抜戦になり、同行するベテランの記者がナリタブライアンや各名家の取材に行く中、乙名史はレースの観戦を続けていた。

 

 ナリタブライアンは確かに逸材であり乙名史も興味を惹かれたが、ナリタブライアンが有力であることは昨年度から既に分かっていたことである。

 そのためそちらにはベテラン記者が確実な情報収集と取材に回り、乙名史はまだ見ぬ原石を発掘する業務を任されたのだった。

 

 

 そんな中、誰も注目していなかった中距離第三レース。

 乙名史は、巨大なダイヤの原石の姿を目にしたのだった。

 

 

 

 

「本日はお忙しい中、取材の許可を頂きありがとうございます。私、月刊トゥインクルの乙名史と申します。よろしくお願い致します」

 

「ああこれはご丁寧に。中央トレセン学園所属、ウルサメトゥス専属トレーナーの中森です。こちらこそよろしくお願い致します」

 

「トレセン学園中等部一年のウルサメトゥスです。よろしくお願い致します、乙名史さん」

 

 来る月曜日、乙名史は目的の人物たちと会合していた。

 昨年度のジュニア級で乙名史が最も注目していたウマ娘とそのトレーナーだ。

 

「乙名史さん。いきなりで申し訳ないのですが、この取材内容は…」

 

「中森トレーナーが許可を出すまでは公開しない。もちろん分かっております」

 

「電話でも言いましたが、しつこくてすみません」

 

 実の所、中森は誰の取材も受けるつもりはなかった。

 弥生賞、そしてそれに続くクラシックG1を前にした今、ウルサメトゥスの情報を隠しておきたいというのが本音だ。

 ウルサメトゥスもその方針に納得しており、取材の依頼を片端から断っていた。

 

 しかし、乙名史があまりにも粘り強く何度も中森に声をかけ、それに根負けした中森が、ウルサメトゥスが良いと言ったらという条件で許可を出した。

 当のウルサメトゥスは月刊トゥインクルの乙名史記者の名前を聞いた途端、二つ返事でOKを出した。

 あまりにも早い返事に中森が訝しんでいると、

 

『あまり変なところでなければ、どこの記者でも同じでしょう。それに、我々が許可するまで情報を出さないと約束させればいいのです』

 

 という言葉が返ってきた。

 中森は担当ウマ娘の冷静な対応に感心していたが、本人はアプリゲームに登場していたメインキャラとも言える乙名史記者からの取材に内心テンション爆上がりして、勢いのままに承諾しただけだった。

 

「では…取材の前に」

 

 乙名史は直角に体を折る。

 

「この度は我々メディアの行いで、ウルサメトゥスさん、中森トレーナー及び関係者の皆様に大変不快な思いをさせてしまいました。誠に申し訳ありませんでした」

 

 そう謝罪した。

 

「…頭をあげて下さい、乙名史さん。確かにあの件は不愉快でしたし、許すことはできません。しかし、乙名史さんはそれに参加していたわけではないのでしょう? あの新聞の件に全ての出版社が関わっていたわけではないことは僕も知っています。実際、月刊トゥインクルは表立ってそういった行動は取らなかった」

 

 中森は乙名史を擁護した。

 乙名史が先日のホープフルS後のインタビューの際にその場におらず、またこの件に月刊トゥインクルも関わっていないことを知っていたからだ。

 そもそも、そうでなければいくら乙名史が熱心にインタビューを申し込んでもバッサリと断っていただろう。

 ウルサメトゥスに対するメディアの扱いには未だに怒りが込み上げてくるが、それを個人への感情と一緒にするほど中森は狭量な人間ではないつもりだった。

 

「いえ、我が社も圧力をかけられ、本来ならば2月号に入れるはずだったホープフルSの情報がほとんど載せられませんでした。それに、私の謝罪は月刊トゥインクルを代表するものではありますが、この件に関わった多くのメディア各社を代表するものではありません。つまり、この謝罪は所詮自己満足でしかないのです」

 

 しかし乙名史は月刊トゥインクルにも関係のあることだったと話す。

 そしてこれが無意味なものであると、自分たちの自己満足であるということを言い切った上で謝罪した。

 乙名史は、取材する相手には可能な限り誠実でありたいと考えている。

 自分たちのやったことを考えれば、自己満足と誹られようと、謝罪もなしに取材するなんてことはできなかった。

 たとえこの場で取材を断られることになろうとも、だ。

 

 重い空気が会議室を覆う。

 沈黙を破ったのは、それまでただじっと聞いていたウルサメトゥスだった。

 

「謝罪を受け入れます、乙名史記者。確かに、あなたの謝罪に意味はないのかもしれません。しかし、別にこの取材に月刊トゥインクルの裏事情を明かす必要なんてないのに、乙名史記者は素直にそれを話してくれました。それを言えば、その場で取材を断られてもおかしくないというのに。私は、そんな誠実な乙名史記者のことを好ましく思います」

 

 ちょろいと言われてしまうかもしれませんが…とウルサメトゥスは茶化す。

 そんな担当ウマ娘の姿を見て、中森も口の端に笑みを見せた。

 

「まぁ、そんなわけで、そもそもこの子がこんな感じなのでね。乙名史さんがそこまで責任を感じる必要はないんです。さて、謝罪もいただきました。時間も無限ではありませんし、取材に移りませんか?」

 

 乙名史はそんな二人を見て、叫び出しそうになる己をグッとこらえる。

 乙名史は知っている。この件で一番頭にきているのが中森トレーナーであるということを。電話での会話でも、それはひしひしと伝わってきており、ホープフルの後に取材のアポを初めて取ろうとした時は即座に電話を切られたほどだ。

 そんなトレーナーの心情を慮り、自ら沈黙を破ったウマ娘。そしてそのウマ娘の内心を正確に察し、怒りを飲み込んで取材を促すトレーナー。

 まさに一心同体、以心伝心。

 少なくとも乙名史にはそう見えていた。事実とは異なるかもしれないが。

 

「すっ…!!」

 

「す?」

 

「いえ、なんでもないです!」

 

 口から漏れそうになる情熱をなんとか押し戻した。

 それを見た中森は不思議そうな顔、そしてウルサメトゥスは何故か少し残念そうにしていた。

 

 乙名史はここまで少し暗かった表情をしていたが、二人の言葉でそれも無くなった。そして乙名史は顔に会心の笑みを浮かべ、

 

「では、取材に入る前に…まずは、ウルサメトゥスさん、ホープフルステークス優勝おめでとうございます!!」

 

 ずっと言いたかった言葉を口に出したのだった。

 

 

 




感想への返信なのですが…鋭い読者様が多くて返信どうしようかなと思ってます。
いや、もうバレても仕方なくはあるのですが。散々匂わせてますしね…


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止まらない乙名史記者

いつも応援ありがとうございます。

乙名史記者に自由に喋らせてたらアホほど長くなりました、なおこれでもカットしている模様。
かと言ってこれ以上インタビューを引き伸ばしたくなかったので分割はしませんでした。

ではどうぞ。


 

 

 

「素晴らしいッッッッ!!!! つまり中森トレーナーは例え火に炙られようが猛獣の前に身を投げ出されようがその首を切り裂かれて胴と泣き別れようが必ずウルサメトゥスさんの身を第一に考え担当ウマ娘のために文字通り死して尚体を酷使してその夢を叶える!!! そういうことですね?!!! なんという気概、なんという情熱!!! この乙名史、感動せずにはいられません!!!!! そしてウルサメトゥスさんもトレーナーの身を案じつつも彼ならば必ず自らの『領域』を乗り越え新たな装いでの『領域』の威力を伝えてくれると信じ全力の『領域』を打ち込んだということですね!!!! 極限の信頼と互いの覚悟がなければ到底できない所業…そんなことを聞いてしまったら私はもう…もう…!!!!」

 

 俺の目の前で乙名史記者が白目を剥いて気絶しようとする。

 俺はそこに微弱な殺気を放って強制的に乙名史記者の目を覚まさせた。

 

「…はっ! 申し訳ありません取材中に! 綺麗な川が見えたと思ったら向こう岸に恐ろしい化け物が見えました、おかげで戻ってこられました。ありがとうございます、ウルサメトゥスさん!」

 

「いえ」

 

「では次の質問に移ります! オークスの後なのですが、同室のシャドウストーカーさんに付き纏っていた取材陣が突然気絶したという話について…」

 

 ハイテンションを維持したまま鼻息も荒く俺に質問を重ねる乙名史記者。

 ちなみに先程の気絶は既に4回目である。まだ取材始まってから1時間しか経ってないのに。当然トレーナーはドン引きしている。

 

 

 どうしてこうなってしまったのだ…

 

 

 

 

 

 

 最初は普通の取材だったんだ。

 

「普段ウルサメトゥスさんはどのようなトレーニングをされているのですか? 差し支えないようならお教えいただきたいのですが…」

 

「そうですね…今やっているトレーニングを教えることは流石にできませんが、少し前のものなら構いませんよ」

 

「おお、ありがとうございます!」

 

「ええと…あった。これが、昨年の夏に行っていたトレーニングですね」

 

 トレーナーがPCを操作して乙名史記者に見せる。乙名史記者はそれを見た後、驚いたように顔を上げた。

 

「これは…一日のトレーニングメニューですよね?」

 

「ええ。驚いたでしょう? しかし事実です。メトゥスはこの量のトレーニングを今から半年前には既にやっていた。そして、これは一週間のメニューです」

 

 トレーナーは少し意地悪げな顔で乙名史記者にPCを見せる。

 そうだ、もう日常すぎて何も思ってなかったけど、俺のやってるトレーニングは同年代のウマ娘から見たら虐待レベルのメニューだった。

 おいトレーナー、自慢げにしてるけどそれ下手したら乙名史記者に勘違いされないか? 俺に酷い扱いしてるって。

 

「ウルサメトゥスさんはこれに同意しているのですか?」

 

 ほら、ちょっと訝しげな表情になってるぞ。

 

「ええ。どうやら私の体は少し頑丈なようなので。できる限りのトレーニングを、とこちらからお願いしたのです。ただでさえ私は一般家庭の出身です。学園に来る前のトレーニングなどないに等しい。それを考えれば、同世代の名門たちに追いつくにはこれくらいは必要なことだと理解しています」

 

 仕方ないので俺から少しフォローを入れる。流石にまずいと思ったのか中森トレーナーがアイコンタクトで謝ってくる。全く、もっと感謝しろ? 

 

「夏休み中のオフが二週に一回しかありませんが…」

 

「ああ、それは私から断りました。夏休み期間中は授業がないし、丸一日トレーニングに当てられる貴重な期間です。活用しない手はありません。本当なら一日も要らないと言ったのですが、中森トレーナーから休み無しは許さないと言われてしまったので」

 

 いやーほんとこの体はずるいと思うよ。

 なんせトレーナーにマッサージしてもらって寝れば次の日には体力完全回復だ。

 休みを挟まなくてもトレーニングできるというのは、他のウマ娘に比べて圧倒的なアドバンテージだ。

 

「いえ、そういうことではなく…練習続きで、調子を落としたりなどは…?」

 

「? なぜトレーニングで調子を落とすのですか? 別に疲れが残っている状態でトレーニングしているわけではありませんし」

 

 体力残ってて練習失敗したわけでもないのに調子が下がるわけなくね? 乙名史記者も変なこと聞くなぁ…

 乙名史記者が俺を見て「信じられません」とか呟いてるけど全部聞こえてるぞ。何が信じられないのかよく分からんが。

 

 そんな乙名史記者を見てトレーナーが苦笑して言う。

 

「メトゥスはこんな娘なんです。私が遊びに行くことを提案したときも『それ要ります?』とバッサリ切られてしまいましてね。最近は同室のシャドウストーカーやクラスメイトと遊びに行くこともあるようなのですが」

 

「調子を崩しづらい特殊な精神性…なるほど、それがこの強行とも言えるトレーニングスケジュールを可能としているというわけですか」

 

 乙名史記者が俯いて何かを堪えるようにプルプル震えている。

 お、あれが出るか? 

 

「…ふぅ。ありがとうございます。では、質問を続けます」

 

 出ないか。元アプリトレーナーとしては結構楽しみにしてるんだが…

 その後もいくつか質問が続き、俺とトレーナーが出会ったときの話になった。

 

 

 そして乙名史記者がおかしくなったのもこの辺からだった。

 

 

「中森トレーナーとウルサメトゥスさんが出会ったのはいつですか?」

 

「ああ、それは選抜レースのときですね。忘れもしません、四月の最終週、選抜レース一週目中距離の第三レース。そこで彼女と出会いました」

 

 なんか懐かしく感じるが、まだ一年も経ってないんだったな。今考えるとあの頃の俺はまだ弱かったなぁ。

 

「第一レースにはナリタブライアンを含む有力選手が多数、第二レースには四大名家の全てが出場するというどちらも注目の集まるレースでした。そしてメトゥスの出場する第三レースは…こう言ってはなんですが、はっきり言って重要視されるようなウマ娘が誰も出場していない、トレーナーも記者も殆ど見ていないようなレースでした」

 

 そうそう、前二組に有名どころが集まりすぎて俺の組は出涸らしだったよな。

 記者は休憩に入るしトレーナーたちは帰るしで誰も見とらんのかと思ったわ。

 中森トレーナーもよく見てたもんだ。

 

「しかし、中森トレーナーはそのレースを見ていた」

 

「そうですね。まぁ…正直に言ってしまうと、僕もそんなに期待していたわけではないんですよ。名家や知られた家からの出場は誰もおらず、前二組ほどのレースは見られないと思っていました。残っていたのも、先輩たちが見向きもしないようなウマ娘の中から掘り出し物が見つからないかとダメ元で観戦していただけです」

 

 あ、そうなんか。まあそりゃそうだよね。こんな一般家庭出身とか寒門ばっかのレースに期待する奴なんておらんわ。

 トレーナーがそう話す中、乙名史記者が鋭い表情で語り出す。

 

「…実は、あの選抜レースは私も現地で見ていました。もちろん、第三レースもです。しかし、あの場にいてウルサメトゥスさんをスカウトしに行ったのは中森トレーナー、あなただけでした。一体何故、ウルサメトゥスさんをスカウトしようと?」

 

「あー…僕も別に、しっかりとした根拠があった訳ではなかったんです。ただ、あのレースは始まる前から違和感を感じていたから、真剣に見ようと思ったんです」

 

「レースが始まる前に、違和感? 開始後、ウマ娘たちがみんな出遅れたからではなく?」

 

「ええ。なんというか…開始前のウマ娘たちの表情が硬かったんですよ。それも初レースでの緊張からくる硬さというより…命の危険を感じる、みたいな。僕もあのレースを最前列で見ていたのですが、背筋が寒くなるような、恐ろしいものに睨まれている感覚を味わいました」

 

 ほぇー、トレーナーも俺からの圧力を感じてたんだな。でもゲートからトレーナーたちのいる場所まではそれなりの距離があったし、俺も全開でプレッシャーを放ってた訳じゃないから…トレーナーはかなり感覚が鋭いんだな。ウマ娘でもあそこまで離れてたらそうそう気づかんぞ普通。

 

 俺がそんなことを考えていると、急にガタンッという音がして机が揺れた。

 乙名史記者が立ち上がった音だった。

 え、何? 

 乙名史記者は立ち上がっても俯いたまましばらく震えていたが、何かを我慢できなくなったのかいきなり正面を向いて叫び出した。

 

「…素晴らしいッッッ!!」

 

 で…

 出たあああああ!! 

 

 乙名史記者の生「素晴らしい」いただきました! 

 やっと聞けたよ、さっきから我慢してるのは見えてたけど、別に我慢しなくてよかったのに。

 隣のトレーナーは思いっきり後ろに身を引いてるけど。

 乙名史記者はそんなトレーナーの様子は見えていないようでその勢いのまま語り出す。

 

「さすがはG1ウマ娘を育成するトレーナー、一般的なトレーナーとは目の付け所が違うということですね?! 私も少しばかりウマ娘に対して詳しいと思っていましたが、私はあのレースが始まるまではそんな違和感など気づきもしませんでした!! この感覚の鋭さでこれまでも何度もウルサメトゥスさんを導いてきた、そういうことなんですね!!!!!」

 

「いやそういう訳では…」

 

「素晴らしい!!! それほどに鋭い感覚をお持ちならばレースの際にもどのウマ娘が手強いか、調子が良いかなんて立ちどころに分かるはず!! ウルサメトゥスさんにもそれを伝えることで強敵を事前にマークし、レースを有利に進めることができる!! もはやウマ娘並の知覚力と言っても差し支えないでしょう!!!」

 

「あの」

 

「素晴らしい!!!!!!」

 

 やべぇこの人止まらねえ。

 あ、白目剥いてる。気絶した? 

 

「乙名史記者? あの…もしかして気絶してます? どうしようかな…メトゥス、ちょっと起こしてあげてくれないか」

 

 トレーナーがおろおろしてる。珍しいものを見られたな。

 まぁこんなでも乙名史記者は美人な女性だし、男性のトレーナーが起こすのはハードル高いか。

 

「分かりました。…『起きてください』」

 

「?!」

 

 お、ちょっと殺気ぶつけたら帰ってきた。

 乙名史記者はハッと意識を取り戻すと周囲を見回す。

 

「申し訳ありません、少したかぶってしまいました」

 

(少し…?)

 

「しかし、今何か恐ろしい気配が…? まぁ、それはさておき。続けましょう」

 

 再び真面目な表情に戻って取材を再開する乙名史記者。トレーナーはドン引きしているが、それを気にする事もない。それでいいのか…

 

「中森トレーナーはレース後、すぐにウルサメトゥスさんをスカウトしに行きましたよね?」

 

「ああ、見られていましたか。そうですね。あのレースはメトゥスが制しましたが、僕は直感的にメトゥスがあの状況を作り出したのだと考えたのです」

 

「あの状況というと…ウマ娘たちが掛かってしまってペースを乱した事ですね?」

 

「それもですし、もしかしたらウマ娘たちが一斉に出遅れたことすら、メトゥスが作り出したものなのかもしれないと思っていました」

 

 おお、もうこの時点でトレーナーにはお見通しだったってわけか。

 さすが、今年初めてウマ娘を持ったトレーナーの中で最も優秀と囁かれるだけはあるな(暮林トレーナー情報)。

 

 そして乙名史記者は明らかに今の短いやり取りから得られる以上の情報をノートに書き込んでいる。記事になったときに一体何を書かれているのやら…

 

「なるほど…そして、ウルサメトゥスさんをスカウトしに行った、と。その後中森トレーナーはウルサメトゥスさんの前で倒れられましたよね? 一体何があったんですか?」

 

「! それはですね…」

 

 来たか。

 いや、乙名史記者を想定していた訳ではないのだが、いつか聞かれることはあるだろうと思っていたんだ。

 人は少なかったがあの場にはレースに出ていたウマ娘もいたし、記者も数人残っていた。そんな中ウマ娘をスカウトしに行ったトレーナーが倒れたんだから、それを覚えていて聞かれる事もあるだろうと想定していた。

 あれは俺の『領域』が暴発した結果が顕著に現れている、他人に知られるわけにはいかない。知られてそれを周囲に吹聴されるだけで俺の選手生命は終わりかねない。

 

 そしてそれに対する回答は二人で相談してある。中森トレーナーはウマ娘をスカウトしようと頑張りすぎたあまり、過労で倒れてしまったのだと。

 実際あのときの中森トレーナーはスカウトのために寝る間も惜しんで資料を読み込んだり情報を集めていたりしていたらしいし、保健医さんも過労だって言ってたしな。目も血走ってたし。

 

 中森トレーナーは事前に用意してあった台詞を言おうとした。

 しかし、乙名史記者がそれを遮る。

 

「『領域』ですね?」

 

「なっ!!?」

 

 嘘だろ?! あれを見ただけで『領域』に繋げたってのか? 

 それとも俺のレースを見て総合的に『領域』だと判断した? いや、ベテランの暮林トレーナーですら、トーカちゃん先輩のために『領域』に関する情報を詳しく集めていたから気づけたって言ってたんだぞ。いくら乙名史記者が敏腕だからって、そう簡単に行き着くわけ…

 

「『領域』を知っているのですか?」

 

「はい。幸いにも大学でウマ娘を研究する機会が少々ありまして。その時にそういった存在があることを知りました」

 

 絶対少々じゃない…四年かけてがっつり研究してるよ…

 乙名史記者に限ってウマ娘のことに関して中途半端で終わらせる訳ないもん。

 

「私は、あの第三レースが始まったときにウルサメトゥスさんが『領域』を使ったことに気づきました。お恥ずかしながら、中森トレーナーのように開始前に違和感を感じられた訳ではないのですが」

 

 いやあのレースだけでバレたのかよ! 想定の5倍くらい上をいかれたわ!! 

 しかもレースが始まってからの情報だけで気づいたとか、そっちの方が凄いだろ! 

 

「そして、先程の中森トレーナーのお話を聞いた後で考えると、おそらくウルサメトゥスさんは、相手を恐怖させることで強制的に掛からせる『領域』を使う。そうですね?」

 

「…」

 

 もう全部バレてる…乙名史記者恐るべし…

 そしてトレーナー、その沈黙は正解ですと言ってるようなもんだぞ。

 

「だから、あのとき中森トレーナーが突然倒れたときも、ウルサメトゥスさんに『領域』を使われたのだと思ったのです」

 

「…そうですか。しかし、仮にメトゥスが相手に作用するような『領域』を使えたとして、あれはレースが終わった後のことですよ? ウマ娘がレース外で『領域』を使えるわけないんじゃないですか?」

 

 その言い方だともう『領域』に関して認めているようなもんじゃないか? ちょっと迂闊すぎるぞトレーナー。しかし俺は今回援護できない、俺が口を挟んだらかなり必死さを感じるし余計に乙名史記者に確信を与えかねん。

 ただ話の方向性としては間違ってない。『領域』がバレるのは、まぁよくはないが珍しいだけでいなくはないしな。

 問題なのはレース外で『領域』を使えて、それがさらに他人に危害を加えられるというのが発覚することだからな。常識的に考えてあり得ないという方向に持っていけば…

 

「今までそういったウマ娘がいなかっただけで、ウルサメトゥスさんが最初なのでしょう。どの事例でも、『最初の事例』というのはそれまでの常識を破壊するものです」

 

 だめだ、考えるまでもなく、この人は常識はずれという言葉の具現みたいな記者だった! 

 どうする、記者にバレるなんて最悪の事態だぞ…こうなったらもう最初の約束を全面に押し出して、この部分だけは永遠に公開しないようにお願いして、あとは乙名史記者の良識に賭けるしか…

 

「中森トレーナー」

 

「…なんでしょう」

 

 トレーナーの顔が青い。それはそうだ、俺の弱みを握られたようなもんなんだから。多分俺の顔色も土気色になっていることだろう。

 じっと乙名史記者の言葉を待つ。

 

「ウルサメトゥスさんの『領域』を受けて、あなたは倒れられました。想像でしかありませんが、とても恐ろしいものを見て、ショックで気絶したのではないですか?」

 

「…」

 

「中森トレーナー?」

 

 これは…もう無理だな。

 乙名史記者は俺の『領域』に関してある程度効果を把握していると見て間違いない。

 言い逃れは難しいだろう。

 

「乙名史記者。確かに私は『領域』を使えます。そしてそれは、相手に恐ろしいものの幻覚を見せて恐怖させ…最後には幻覚内で相手の首を飛ばす、というものです。選抜レースで使ったのは、その一部です」

 

「なんと!」

 

「メトゥス?!」

 

「いいのです、トレーナー。もう乙名史記者に誤魔化しは効かないでしょう。そして私は、あのとき迫り来るトレーナーに恐怖して咄嗟に『領域』をトレーナーにぶつけました。トレーナーが突然気絶したのはそれが原因です」

 

 乙名史記者に正直に話して、ここから交渉する。もうそれしか道はない。

 トレーナーが心配そうな表情でこっちを見ているが、任せとけって。伊達にトレーナーより長い人生送ってきてないんだ、経験の違いを見せてやるよ。

 乙名史記者は俯いている。人間に危害を加えることのできる『領域』、ショックを受けないはずもないだろう。

 

「それで乙名史記者、今回の取材、申し訳ないのですがこのことは…」

 

「すっ」

 

「え?」

 

「素晴らしいッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 え???? 

 

 

 

 そして何故か乙名史記者の暴走が始まった。

 

「相手に恐怖を与える幻覚を見せる『領域』?! 聞いた事もありません! それだけでも凄まじいというのに、最後には首を落とす幻覚を見せる!? そんなことをしたらレース中に中森トレーナーのように気絶してもおかしくないというのに、これまでのレースで一度もそうなっていないということはウルサメトゥスさんは『領域』を完全に操ってレースで事故が起こらないような調整をしているということ!! 素晴らしい!!! なんというスポーツマンシップ!! 一般家庭の出であり、勝つためにどんなことをしてもおかしくないはずなのにそれでも対戦相手のことを考えた威力の『領域』を使っている!!! 私は今猛烈に感動しています!! こんなにも優しいウマ娘がいるとは!!!!!!」

 

「え──」

 

「そして中森トレーナー!! こちらも素晴らしいとしか言いようがありません!! 自分が殺される幻覚を見せられたというのにも関わらずあっさり水に流した上にそれを才能と見做して自分を気絶させた張本人であるウマ娘をスカウトするというプロ根性!!! まさにトレーナーの鑑!! あなたがウルサメトゥスさんを見出さなければ彼女はG1を獲るどころか多くのありふれたウマ娘として埋没していたに違いありません!!! そうですよね!! これほどの才能を見せつけられて、スカウトしないなんてトレーナーとしてあり得ない!! 中森トレーナーにとってはウルサメトゥスさんの才能の前では自分の死など些細なことであるという証拠!!!!!」

 

「あの」

 

「重ねて! すっっっっっばらしいいいい!!!!!!!!」

 

 

 あ、また気絶した。

 

 そして乙名史記者の暴走は止まらない。

 

 

 

「自分があれほどのトレーニングを行っていて、疲れているにも関わらず!! それでも普段お世話になっている先輩のために長い時間をかけて選んだプレゼントを渡し!!!! そしてその先輩はウルサメトゥスさんが苦しい時に力になってくれた!! まさに友情、情けは人の為ならず、シャドウストーカーさんに返した恩が、さらにウルサメトゥスさんに帰ってきてその身を助けた!!!! これだけでもう涙が止まりません!!!!!」

 

「そうですか」

 

 

 

「ご両親のために走り、敗北の恐怖に怯えるもそれすらご両親やトレーナーからの激励で乗り越え! そして全てを出し切り見事G1ホープフルステークスで優勝という最高の結果を生み出したのですね!!! まさに親孝行の極み!!! 私がウルサメトゥスさんのご両親だったらもう昇天しているでしょう!!!!」

 

「あなたは私の親ではありません」

 

 

 

「日々のトレーニングメニューを考え、新しいものをどんどん取り入れていく! 寝る間も惜しんでトレーニングの効果を吟味しそれをまた新たな糧とする!! そして担当ウマ娘のマッサージを自らこなし、昼食まで用意するなんて、こんなに甲斐甲斐しく担当ウマ娘の面倒を見るトレーナーはそうはいません!!! 素晴らしい!!!!!」

 

「あ、そうなんですね」

 

「いや、まぁ…うん」

 

「伝えていなかったのですね?! 担当に余計な心配をかけさせないために!!! 素晴らしい!!!!!」

 

 

 

 取材は昼過ぎから始まり、18時まで続いた。

 その間、乙名史記者はずっと叫び続けていた。

 帰る頃には俺たちはげっそり、そして乙名史記者はツヤツヤした表情だった。

 なんかもうよく分からなかったけど…乙名史記者が乙名史記者だということだけは分かった。

 こう…すごく、すごいです。

 

 

 あ、レース外で『領域』が使える件に関しては内緒にしてもらえることになった。

 結果論だけど、乙名史記者がウマ娘を傷つけるようなことはしないか。

 とりあえず一安心…でいいのか?

 いいや。

 

 

 




感想は時間がある時に返します。少々お待ちを…


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先輩を頼る

なんと今回初めてメッセージをいただきました。
それもただの応援メッセージではなく、しっかりお話を読み込んだ上での批評でした。

もうめちゃくちゃ嬉しかったです。
ちゃんと読んでいただけてるんだな、と実感しました。

こんなメッセージなら大歓迎なので、気になった点があるけど感想じゃちょっと…と言う方がいらっしゃいましたら是非メッセージを寄せてください。

ただ、返信やそもそもご指摘いただいたことをお話に反映させるかは私の判断となってしまいますが…
それでもよければ、よろしくお願いします。

ではどうぞ。


 

 

 

「昨日は僕の慢心だ。すまない、メトゥス。謝罪で済む問題ではないのは分かっているが…」

 

 乙名史記者襲来の翌日。

 授業が終わりいつも通りカフェテリアでトレーナーを待っていたら、開口一番に謝られてしまった。

 うーん、確かにトレーナーの返答にも難はあったが…正直あれは相手が悪すぎるだろう。

 そして慢心してたってのは俺も同じだしな。相手はあの乙名史記者。レース外でも危険な『領域』を使えるという特異性から、俺の場合『領域』バレが即選手生命の終了に繋がりかねない以上、もっと警戒するべきだった。

 特に、俺はトレーナーと違って乙名史記者が有能だって知ってたんだから、もっと警戒すべきだったんだ。

 

「それは私も同じことなので、トレーナーだけの問題ではありません。まさかあの限られた情報だけでレース外でも『領域』を使えることを見破るなんてあり得ないだろう、という考えは私にもあったのですから。それに、記者に『領域』が分かるわけない、なんて考えもあったかもしれません」

 

「しかし…」

 

「中森トレーナー、貴方が嘘をついたりごまかしたりするのが苦手だということは私も承知しています。でなければ普段から私に対してセクハラにもなりかねないことを言ってませんでしょうし。それを知っていて対策を大して練らなかった私にも問題があります」

 

「せ、セクハラ」

 

 容姿がいいとか告白まがいの発言とか普通にセクハラじゃね? いや俺は嬉し…元男だしそんくらいは気にしないが。

 

「必要なのはこれからの対策です。今回は乙名史記者がアレだったのでどうにかなっているだけです」

 

 そう、重要なのは今回の失敗を次に繋げることだ。

 本来ならあの時点で俺たちは詰んでいた。その後乙名史記者が暴走し始めたから有耶無耶になっただけ。

 俺はゲーム知識で乙名史記者を知っていた、暴走するが誠実な記者だと。優秀だということも。

 ゲームと現実(ここ)は違う。また過信していたのかも知れない。

 

 もし、アプリ版では優秀であることを示唆されていた乙名史記者も、この世界では標準だったとしたら? 

 選抜レースではあの場にいなかった記者たちも、あの場にいたら乙名史記者のように『領域』を見抜いてきたのでは? 

 

「私たちには危機感が足りませんでした。こんな『領域』なのですから、どこまでが話していいのか、どこからが悪いのか、突っ込まれた質問に対してどう対応するか、しっかり考えておくべきでした。トレーニングも必要ですが、こっち方面の対策が疎かだったという他ありません」

 

 他の記者まで同じようなレベルだったとしたら、次に俺に取材が来た時点で『領域』についてバレてると言っても過言ではないだろう。なんせこれまでのレースでも何度も使ってるんだ。

 まぁベテランの暮林トレーナーが気づかなかったって言ってたくらいだし、可能性的には低いと思うが…俺はそれが判断できるほどこの世界の記者事情について詳しくない。

 

「でも、実際問題どう対策するかですね。乙名史記者が異常なレベルで鋭いだけなのか、それとも他の記者も同様なのか、私は知りません。おそらくですが、トレーナーも知りませんよね?」

 

「ああ。僕もまだ新人トレーナーだし、取材を受けるのは今回が初めてだ。ただ、それなら分かる人に相談すればいいんじゃないかい?」

 

 分かる人とな? 

 

 

 ────────────────

 

「…というわけでして」

 

「なるほどなぁ…」

 

 中森の説明に、暮林は眉間に寄ってしまった皺を伸ばすように揉み込む。

 中森とウルサメトゥスが呼んだのはベテラントレーナーの暮林だ。

 これまで何人もの重賞ウマ娘を送り出し、何度も取材を受け、そしてウルサメトゥスの『領域』を受けた経験を持つ。

 相談にはこれ以上ないくらいの相手だった。

 

(しかし記者相手にその対応はなぁ…今回ばかりは悪手と言わざるを得んな)

 

 優秀なウマ娘とトレーナーだから暮林も忘れていたが、ウルサメトゥスはまだクラシックに入ったばかりの中等部生で、中森はトレーナー二年目。経験が圧倒的に足りないのだ。

 

「まぁ、『領域』がバレたことに関しては、その記者が異常だっただけだ。これは断言できる。そもそも『領域』を知ってる記者なんてそういない。雑誌の編集長レベルでもないとな。だから、そこは安心してもいい」

 

「そうですか…」

 

 中森はあからさまにホッとした表情になる。

 そういう分かりやすいのも記者を相手にするには向いてないんだよな…と暮林は思いつつ言葉を続けた。

 

「だが、あの『領域』を直接受けた身からすれば、バレるべきじゃない。コントロールできているとはいえ、ウルサメトゥスの性格を知らない人間からすれば、危険な『領域』をいつでも展開できるなんて脅威でしかないんだ。今回担当だった乙名史という記者は本当に誠実なようだな。話さないという約束を守っているようだし」

 

「え?」

 

「ウルサメトゥス、中森トレーナー、記者を信用するな。少しタチの悪い記者だったら、今頃ウルサメトゥスの力について記事やSNSでばら撒かれているだろう。約束を守るなんて思うな。そんな誠実な記者なんてのは一部だ。ウチのシャドウストーカーへの執拗な取材、それにホープフルでの対応を忘れたわけではないだろう? 全てとは言わん、だがああいうことをするのが記者なんだ」

 

 ウルサメトゥスが信じられないという顔をしているが、暮林や長年トレーナー業をやっているトレーナーからすれば当たり前の話だった。

 

「今回はこちらでもおかしな出版社ではないか調べてから受け入れていましたが…」

 

「そんなものいくらでも誤魔化せるんだ。表は綺麗ぶってても裏では別の出版社と手を組んでるとかな。相手は情報戦のプロだ、だからこそ取材対応は神経質なくらい警戒していい」

 

 暮林はオークスのときにシャドウストーカーを襲撃した大量の取材陣を思い出しつつ言う。あのときは暮林ですら選別、精査に手間取りシャドウストーカーの練習時間を減らしてしまったほどだった。

 だからこそ、おそらく今後そういった目に合うことのなる後輩やその担当ウマ娘に、今ここで色々話しておくべきだと考える。

 

「本来なら先輩から教わるものだが…そうか、中森トレーナーの教導をしていたのは黒沼トレーナーか。流石に直接的なライバルに情報を与えられないか」

 

「はい。説明するにはどうしてもメトゥスの『領域』を話す必要がありますし…」

 

「しかし、中森トレーナーも知っているとは思うが、黒沼トレーナーは誠実な方だ。どこの者とも知れない記者に話すよりは余程マシだっただろう。インタビューの話が来た時点で一度相談するべきだったな」

 

「返す言葉もないです…」

 

 項垂れる中森トレーナーに、ウルサメトゥスは心配そうな視線を向けている。

 しかし、暮林からすれば今回最もまずい対応をしたのはウルサメトゥスの方だ。

 

「何を他人事のような顔してるんだ、ウルサメトゥス。話を聞く限り、今回一番ダメな対応をしたのはキミだ」

 

「私、ですか」

 

「ああ。今話した通り、記者などそうそう信用すべきではない。そして、『領域』について口を濁らせた中森トレーナーに対し、キミは素直に『領域』の効果、そして最も話してはいけない、レース外で『領域』を使えるということを話してしまった。俺の話を聞いた今なら、本来キミがどういった対応をすべきだったか分かるか?」

 

「…私は『領域』の話が出た時点で知らないとシラを切るべきだった。そうですね?」

 

「そうだ。言質を取られなければ、向こうが勝手に推測しているだけだと言い張れる。今回だったら『領域』の話になった時点で知らないと言えばいいし、中森トレーナーが倒れたことを突っ込まれたら、事前に用意していた言い訳である「過労だった」でゴリ押せば良かったんだ」

 

 短い付き合いだが、ウルサメトゥスが賢いウマ娘だと暮林は知っている。だからこそ、今回記者に対して簡単に口を割ってしまったことに関して少し疑問だった。

 しかしよく考えなくてもウルサメトゥスは中等部生であり、取材慣れもしていないのでそこまで不自然ではないと考えた。

 前世から乙名史記者のことを知っていて油断していたなんて微塵も考えなかったのは当然である。

 

「ここまでの話で記者に対してどう対応すべきか、どこまで話していいのかは大体分かったな? 答えは「必要なこと以外は何も話さなくていい」だ。特にウルサメトゥスの場合、『領域』についてはな。ただ、取材を断りすぎるとそれを弱みとして突いてくることもある。…いや、キミらの場合はホープフルでの一件を盾に断ることはできるか」

 

「はい、今までも取材は断ってきましたし、その言い訳も何度も使ってます」

 

「まぁ、向こうからしたらそれを出されたら引くしかないだろうな。URAも一度は引いたようだが、次は流石に強く出るだろうしな。いくらURAが甘くても、次は切る。確実にな」

 

 暮林は何かを思い出すように遠い目をしながらそう言った。

 

 その後も暮林による取材対策は続いた。

 契約書は必ず二人以上で確認すること、記事を出す前にこちらが先に内容を確認すること、見せられた記事の下書きは書類として提出させ、必ず記者本人の手書きサインを書かせること等々…

 

 対策が概ね片付いた頃、暮林が思い出したように言った。

 

「ああ、トレーナーたちに『領域』を看破される可能性だが…まぁ、そこまで心配しなくていいんじゃないか」

 

「と、言いますと?」

 

「この前も少し言ったが」

 

 そう前置きして暮林は語る。

 

「『領域』を知らないトレーナーはそもそも警戒する必要がない。そして『領域』を知っているトレーナーだが…『領域』について詳しいほど、ウルサメトゥスの『領域』を見破るのは難しい。『領域』は心象の具現。つまり内容として、自分の理想の走り、または勝った先にある自身の夢になるはずなんだ。スーパーカーのように速く走りたいとか、全て計算され尽くした勝利とかな。だからこそ、『領域』は自分に作用する」

 

 例外として『領域』慣れしていないウマ娘を動揺させると言う効果はあるがな、という発言は、ウルサメトゥスたちに先日のシャドウストーカーを思い起こさせた。

 

「キミのように他人にのみ影響を及ぼす『領域』など、俺も見たことも、存在を聞いたことすらない。『領域』=ウマ娘の強化と捉えているトレーナーがほとんど、そして、その常識が邪魔をして見抜けなくなるんだ。俺の経験が浅いだけと言われてしまえばそれまでかもしれないが、それでも概ね間違った認識じゃないはずだ」

 

「でもトーカちゃん先輩はすぐに分かったんですよね?」

 

「あのな、実際にレースに出て『領域』を受けたことのあるウマ娘と、レースに出ることもできないトレーナーを一緒にするんじゃない。それにシャドウは感覚がウマ一倍鋭い。キミのことをよく知ってもいるしな。だから気付くのも早かったんだろう」

 

そのとき、学園のチャイムが鳴り、暮林が時計を確認する。

 

「お、もうこんな時間か。じゃあまたな、キミたちには借りがあるし、八百長以外の相談ならいつでも頼ってくれていい」

 

 暮林が冗談めかしてそう言い立ち去ろうとするのを、何かを考えていた中森が顔を上げて引き留める。

 

「…待ってください。では、僕たちの取材を担当した乙名史記者は…?」

 

「最初に言っただろう。その記者は異常だとな。少し聞いただけでもおかしいと分かる。大学で四年ウマ娘を研究した? その程度で『領域』を見抜くなんぞ普通は不可能だ。それに今年二年目? それもおかしい。新人記者は目利きに変な癖がつかないよう、デビュー前のウマ娘を見せることは本来タブーのはずだ。月刊トゥインクルなんて有名どころがそれを知らないはずもない。なのに今年も去年も選抜戦に来ていた? もう何もかも異常なんだよ、その記者は」

 

 それを聞いた中森は唖然とし、ウルサメトゥスは遠い目をしている。

 暮林は楽しげに笑った。

 

「…ああ、そうだ。先輩トレーナーからの助言だが、有能な記者とは仲良くしておいたほうがいいと思うぞ。誠実なら尚更な。俺はこれからその乙名史とかいう記者に話を聞いてみようと思うが…キミたちも、今回のことで縁ができたんだ。活用しない手はないと思うぞ」

 

 暮林はそう言い残して去っていった。

 中森とウルサメトゥスは顔を見合わせ、早速乙名史に連絡を取るためにPCを開いた。

 すると、一件のメールが中森に届いていた。

 


差出人:乙名史記者(私用)

宛先:mnakamori@torecenchuoh.ac.jp

件名:大変申し訳ございませんでした


中森 道之 様

 

昨日は大変申し訳ございませんでした。

取材に行ったはずが、途中で暴走し、あろうことか個人情報となり得ることまで話させてしまいました。

 

<中略>

 

したがって全ての責任は私にあります。

お詫びとしてはささやかになってしまい申し訳ないのですが、私に協力できることがあれば全力でご支援いたします。

 

重ねての謝罪となりますが、この度は大変ご迷惑をお掛け致しました。

恐れ入りますが、今後ともよろしくお願いいたします。

 

乙名史 悦子


 

「…こちらから連絡するまでもありませんでしたね」

 

「そうだね。まぁ、得したと思っておこうか」

 

「弱みに付け込むようで少し申し訳ないですね」

 

 ウルサメトゥスはそう言ったが、中森は容赦無く乙名史に今後の活動での全面協力をメールで要請した。

 ウルサメトゥスは若干引いた。

 

 

 

 

なお、5秒で了承の返事が来た。

 

 

 




ところで次回は短距離チャンミですが、皆さんはもうどの娘を出すか決めましたか?
私は全員嫁編成で行こうと思ってます。


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その走りに魅せられて

いつも応援ありがとうございます。

今回ちょっと雑かも?そのうち少し改稿するかもしれません。
その時はまたお知らせします。

ではどうぞ。


 

 

 

 乙名史記者の件からしばらく経ち、2月も中旬になった。

 今日は休日なので普段なら1日をトレーニングに当てられるのだが、今日は俺がトレーナーに頼んで午後を休みにして貰っている。

 次の目標である弥生賞まで約一ヶ月、この辺で一度休みを取って英気を養う…というわけではない。

 

 俺はトレーナーの運転する車に乗り、東京レース場に来ていた。

 

「はい、コーヒー。いくら上着を着ているとはいえ、スカートじゃ寒いだろう」

 

「ありがとうございます。わざわざ併設のカフェまで行ったんですか? 自販機の缶コーヒーでもよかったのに。それに軽食まで…」

 

 前の方の空いていた席で待っていると、トレーナーがレース場の隣にあるカフェでホットコーヒーを買ってきて俺に手渡してきた。それだけじゃなく、おそらくそのカフェで売っていたであろう出来立てホットドッグも。ウマ娘用の特別仕様で、大きいし、ソーセージだけでなくデカい人参も挟まっている。

 

「目的のレースはまだ先だろう? お腹が空くかと思ってね」

 

「相変わらず気が利きますね、トレーナー。ではありがたく頂きます…はむ」

 

 うん、美味い。

 人参も良いもの使ってるみたいで、噛むと口の中に自然な甘みが広がる。大きめのソーセージにしっかりした生地のパン、食べ応えもあって文句なしだ。この体になってから甘いものが美味しく感じるんだよなぁ。前世では甘党じゃなかったんだが。

 

「トレーナーは要らないのですか?」

 

「僕はウマ娘じゃないからね…お昼も食べたばかりだし、コーヒーだけで良いかな」

 

 トレーナーはそう言ってコーヒーを啜った。

 こうも寒い日にはやっぱコーヒーに限るよね。

 

「まぁそれはそうですね…あ、始まる」

 

 目の前では1勝クラスのレースが始まろうとしていた。

 レース自体は午前中からも行われており、今は第6R。目的のレースは11Rなのでもう少し先だが、重賞ではないとはいえレースはレース。見て学ぶことも大事ということで早めに来たんだ。

 

 最近練習しすぎだからトレーナーが午後まるまる休みにしただけで、本当なら直前まで練習しようとしていたことは内緒だ。

 

「仕掛けが早すぎましたね。後ろからのプレッシャーに耐えられなかったのでしょうか」

 

「メトゥスが圧力をかけてるわけじゃないし、プレッシャーに負けて飛び出すなんてことはそうそうないよ。今のは純粋に前との距離が気になって焦ってしまったんだと思う」

 

「なるほど…私は最後方から仕掛けますし、なんなら強制的に萎縮させますからね。ああいった先行脚質の心理状態を知れるのは収穫ですね。これだけで来た意味があります」

 

「今まであまりレースの映像を見せてこなかったからね…『領域』の情報を隠すためにもレースを片端から走ることは出来ないし、もう少し勉強の時間を増やしたほうが良いかもしれないね」

 

 レースが終わる毎にトレーナーと感想戦をしていく。

 今まで自主練として過去のG1レースとかシンボリルドルフ会長の出ているレースとかはUmatubeで見たことがあるが、やはり実際にレース場に来ると得られる情報量が違う。

 ウマ娘たちの走る際の表情や足音に振動、仕掛け時の足の筋肉の動きなど、近くで見ているからこそ分かることもある。

 

 そんなこんなで時間は経過し、もうすぐ目的のレースである第11Rだ。

 10Rの感想戦も終わり、暇なのでUmatterを眺めていると、コーヒーのおかわりを買って戻ってきたトレーナーが突然俺のウマ耳の近くで囁いた。

 

「メトゥス」

 

「うひゃっ?! …なんですかトレーナー」

 

 セクハラだぞ。

 

「あ、ごめん。いやそれより、向こうを見てごらん」

 

「向こう…? ふむ、そういうことですか」

 

 トレーナーの視線の先、距離にして50mほど。

 俺の同期、四大名家の一人であるヴィオラリズムちゃんだ。

 それ以外にも、探してみれば見たことのある顔がちらほら。俺が来た当初はいなかったから、後から来たってことか。みんな考えることは同じだな。

 見えないウマ娘たちは本当に来てないか…これから出るかってとこか。

 

 そして場内アナウンスが響き渡り、第11Rの開始を告げた。

 

『これより第11R、GⅢ共同通信杯を開催いたします。選手の皆様はパドック裏にご集合下さい』

 

 そう、この共同通信杯こそ俺が今日ここに来た主目的。

 

「キミだけじゃなく、みんな見に来たということだね。ナリタブライアンの走りを」

 

「ええ。注目しているのは私だけではない。みんな、この世代最強と目されているナリタブライアン先輩を少しでも研究しておきたいのです」

 

 共同通信杯、朝日杯から沈黙を保っていたナリタブライアンが、暫くぶりに出場するレースだ。

 

 

 

 

 

 

『1枠2番ナリタブライアン、一番人気です』

 

『昨年の朝日杯では圧巻の走りを見せ、今回も堂々の一番人気です。闘志が滲み出ているように見えますね。調子は良さそうです』

 

 ブライアンは1枠2番か。今日最後のレースで芝が多少荒れているとはいえ、晴れているし良バ場だ。内枠もそこまで不利じゃないだろう。めくれた芝が飛んでくることに気をつけるくらいだろうか。

 

 それよりも、重要なのはブライアンの様子だ。今日はそれを見るために来たんだ。

 

「…これは」

 

「凄いな。朝日杯の映像でも分かっていたが、体つきが他のウマ娘と既に一線を画している。何より、朝日杯よりもさらに仕上がっている」

 

 ブライアンもウマ娘なので、ぱっと見はそこまで筋肉がついているようには見えない。しかし、ウマ娘やトレーナーの視点で見てみると、その柔らかそうな脚はしっかりと筋肉が詰まっており、少しでも力を入れれば筋肉の動きが見えるだろうことが察せる。

 

「他のウマ娘たちも悪いというわけではない。クラシック序盤としてみるなら、むしろよく仕上がっていると思うよ。ただ…ナリタブライアンはこの前併走したシャドウストーカーにすら比肩しているかもしれない」

 

「トーカちゃん先輩に…」

 

 トーカちゃん先輩はシニア級、それも上位争いをしている実力者だ。

 それに並ぶというだけで凄まじさが分かるというものだ。

 

 パドックと返しが終わり、ウマ娘たちがゲートに並ぶ。

 先ほどまで歓声に包まれていたレース場も、今は開始を待ちわびて静まりかえっていた。

 

『各ウマ娘ゲートに収まりました…スタートです!』

 

『真っ先に飛び出してハナを取りに行ったのは9番ブラボーアール、序盤のハナの取り合いに強いウマ娘です。追従するのは5番ジュエルアズライト、言わずと知れた名家であり、このレースでも有数の実力者です。今回のレースはこの2人の逃げウマ娘が牽引する形になりそうですね』

 

『少し離れて6番、その後ろ1番、半バ身離れて2番ナリタブライアンここにいた。そこから1バ身離れて4番、8番、10番、13番と、ここまでが先行か。更に2バ身離れて3番、7番、11番、15番。そして後方2バ身離れて16番、14番、12番と続きます』

 

 ちなみに今回出ているウマ娘たちで、俺が対戦したことがあるのは、2番のブライアンと5番のジュエルアズライトちゃん、7番のストレートバレットちゃん、11番のミニコスモスちゃん、14番のアクアラグーンちゃんだ。

 ブライアンだけでなくどの娘も実力者で、なんなら一度負けてる娘もいる。

 

 さて序盤は割と落ち着いた展開だ。ペースもそこまで速くない。

 

『只今先頭が2コーナーを通過して中盤といったところですが…そこまで速くないように見えます』

 

『実際タイムから見ても高速とまではいかないペースですね。どのウマ娘も様子を伺っているようです』

 

 しかし逃げの2人とそれを追うウマ娘たちの間にはそこそこ距離ができている。

 これ、様子を見てるんじゃなくて先行を選択したウマ娘たちがブライアンを牽制しまくってるな。

 だから自然とペースが少し遅くなって、逃げとそれ以外の間に距離ができてるんだ。ブライアン走りづらそうにしてるし。

 牽制はいいけど、距離が開きすぎてこのままいけば最後まで脚を残した逃げがそのまま逃げ切る感じになると思うが…まぁ、そうはならないんだろうなぁ。

 

「このまま逃げ切れると思うかい?」

 

「ジュエルアズライトさんはかなりの実力者ですし、もう1人の逃げの方も相応の実力を持っているのでしょう。普通なら逃げ切ると言いたいところですが…」

 

 そんなことを言っている間に集団は坂を下りながら3コーナーへ。

 まだ固まっている。逃げの2人が4コーナーへと差し掛かり……!!!

 

 俺の直感が最大限の警笛を鳴らした。

 

「動きます」

 

「何…本当だ」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、前との距離を気にしたウマ娘がブライアンから意識を逸らして囲いが空いた。

 

 そしてそれをブライアンは見逃さなかった。

 

『ここで動いた! ナリタブライアンが集団から抜け出し、猛然と加速していく!』

 

『それを見た後ろのウマ娘たちも加速していきますね。先頭まではまだ差がありますが、これを返せるのでしょうか?』

 

 返すさ。

 だって初めは5バ身あった差が、もう3バ身になってる。

 京都ジュニアSで対戦した時もそうだったが、ほんの一瞬でも隙を晒せばブライアンはそこを突ける。

 耳は前向きだったし、あの位置から真後ろの様子が見えているとも思えない。つまりは完全に感覚頼りなんだろうが、本当にあり得ないほど直感が鋭いな。

 いや…こうして観戦してると異質さがよく分かるな。

 

『速い速い! ナリタブライアン圧倒的! みるみるうちに差を詰め、今先頭に立った!!』

 

『後ろから他のウマ娘たちも懸命に追いますが…これは、厳しそうですね…』

 

『一陣の風となり、ナリタブライアン今ゴール!! タイムは1:47.5!! レースレコードです!!!』

 

『二着は5バ身差で5番ジュエルアズライト、三着ストレートバレット…』

 

 まさに圧倒的。

 1800mのマイル戦で5バ身差とは…怪物の名は伊達じゃないってか。

 思わず体が震える。

 これは、圧倒的な走りを見せられたことによる恐怖? 

 

「メトゥス、どうだった?」

 

「…そうですね。世代最強と言われるのも納得の走りです。身体能力、抜け出しのセンス。分かっていたことですが、この世代の中では頭ひとつ、いや二つくらい抜けているかもしれません。…私が『領域』を使っても、確実に勝てるなど口が裂けても言えないでしょう」

 

 そう、そんなことは去年の時点で分かってるさ。なんなら選抜レースの時からな。路線変更しようかと考えたこともあったくらいだし。

 

「けど、勝てるさ。勝たせて見せる。根拠がないわけじゃない。朝日杯の頃のナリタブライアンの身体能力と、今日のレースの能力。この場では概算しか出せないけど、概ね予想通りの伸び方だ。そしてそれをキミの成長と照らし合わせれば…勝率はかなり現実的になる」

 

「トレーナー…」

 

 だが、俺のトレーナーがこう言ってくれてる。その言葉だけで自信100倍だ。

 何より、俺が勝ちたい。

 両親への恩返しのため、トレーナーへの恩返しのため。

 いや、それだけじゃない。京都で負けて、それきりなんてな。

 やっぱ勝ちたいよね、相手が最強だって分かっててもさ。

 

「私は、勝ちたい。いえ、勝ちます。負けっぱなしは性に合わないのです」

 

 それになんだかんだ言って…俺もこうして前世から知っていた、好きだったウマ娘と勝負できるのが嬉しい。

 こうしてブライアンの走りを見て。体が、心が疼いて、はっきり自覚したよ。

 走りを見て体が震えたのは、武者振るいだ。

 

 そして、勝負するからには勝つ。

 トーカちゃん先輩が言ってた通りだな。勝ちたい理由なんてなくても、本能が勝ちたいと叫ぶんだ。

 

「表情から闘気が伝わってくるようだ。でも、今日はトレーニングしないからね?」

 

「分かっています。ただ、軽いランニングくらいは許してくれませんか?」

 

「まぁ、そのくらいならいいかな。キミも治まりがつかなそうだしね」

 

 ブライアンの言う「飢え」ってこんな感じなのかな。

 とにかく走りたい。あんなのを見せられちゃね。

 今は視界にも入ってないんだろうが…すぐにでも振り向かせてやるよ。

 

 

 

 

 

 しばらくして、この時の思考が『推しに認知されたい厄介オタク』と同レベルとなっていることに気づき悶絶するのはまた別の話。

 

 

 




チャンミですが、今回は嫁グルーヴがうちのエースになりそうです。


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弥生賞・前編

流石にお盆休みに一度も投稿しないのはな…ということで投稿。
そして1話で弥生賞を終わらせるつもりが長くなり…といういつものパターン。
まるで成長していません。

ではどうぞ。


 

 

 

 弥生賞。

 俺の転生前の世界では「弥生賞ディープインパクト記念」なんて改名されてたが、この世界では弥生賞のままだ。

 権威あるG2のレースであり、このレースで好成績を残せばクラシック三冠の一つである皐月賞へ優先的に出ることができる。

 このようなトライアルレースはG1によっては複数存在することがあり、皐月賞では弥生賞の他に若葉ステークスやスプリングステークスが該当する。

 若葉Sは昨日終わっており、スプリングSは再来週。そして3月最初の日曜である今日行われる弥生賞に、俺は出場する。

 

 改めて出バ表を確認した。

 最大出バ人数である18人、その中に名家はあれど警戒していたナリタブライアンの名前はない。

 共同通信杯の後のインタビューで、ブライアンは次の出走をスプリングSとすると明言していた。だからその情報自体は知っている。

 俺はそれを回避するためにもう一つの弥生賞に出バする…というわけではない。弥生賞に出ることは前からトレーナーと決めていたしね。ただ、不思議に思っただけだ。

 弥生賞は皐月賞と同じコース、同じ距離で行われるレースだ。優先出場権という意味だけでなく、そもそも皐月賞の前に走るレースとして、力を試す場としても優秀なのだ。

 ブライアンの最も得意な距離は中距離以上のはず。だから弥生賞を選んでくるかと思ったんだが…少し予想が外れたか。

 

「メトゥス、どうしたんだい? 今更出バ表なんて見て。キミのことだ、もう今回のレースに出る要注意のウマ娘なんて全て覚えているだろう?」

 

 中森トレーナーがお茶を汲んで戻ってきて、俺に渡してくる。もはやレース前のルーティーンと化しているな…トレーナーが飲み物を渡してくるの。

 ただ、ちょっと遅かった? 

 いやまぁ俺はトレーナーの彼女じゃないし束縛したいわけでもないんだけど少し気になっただけでそうなんとも思ってないから別にお茶だって義務じゃないしそもそもパドック前にトレーナーが何していようが自由なんだけどでもなんかあったとしたらモヤッとしなくもないというかその

 

 うん。

 なんでもないです。

 

「ええ、いや。ナリタブライアン先輩がなぜ弥生賞ではなくスプリングSを選んだかを考えていました。普通に考えれば、次のG1である皐月賞と同じ条件であるこのレースを選ぶのではないかと。実際、かなりの名家が今回出場していますし」

 

 今回、ホープフルに並ぶんじゃないかと思うほど名家が出場している。これが皐月賞の前哨戦であるとみんな理解しているからだろう。ブライアンとの対決を避けて出バを決めたって娘もいるかもしれない。

 ただ、ストレートバレットちゃんやジュエルアズライトちゃんはいない。2人ともスプリングSに出場すると表明していた。

 ジュエルアズライトちゃんはあまり関わりがないが、ストレートバレットちゃんはトレーナーが中森トレーナーの師とも言える黒沼トレーナーなので、中森トレーナーが練習内容をたまに相談するときとかに喋ったりする。

 優しそうな見た目をしているが、めちゃくちゃ負けん気の強いウマ娘だ。今回も共同通信杯でブライアンに負けたからやり返すためにってのもあるかもな。

 

「うーん、確かにそうだね。まぁ、スプリングSも距離は違うけど中山レース場で行われるし、全く参考にならないわけじゃない。開催される日程も二週間とはいえ皐月賞に近いわけだし、今は季節の変わり目。より皐月賞当日の気候に近い日にやりたかったとかじゃないかな」

 

「なるほど、確かにそういう考え方もありますか。ナリタブライアン先輩はマイルも強いですし、距離の差はそこまで気にならないと」

 

 というかむしろブライアンはまだ中距離レースは一回しか走ってないし、マイルの方が得意と思われてる可能性もある?前世での印象が強すぎてその可能性は考えてなかったな。

 いや、ブライアンのことだから、もしかしたら皐月賞という滾るレースの前に、レースを走らない時間というのをできるだけ減らしたい、とかいう理由だったりしてな。ありそう。

 さて、そろそろ招集がかかりそうだし先んじてパドックに向かいますか。元社会人としては遅刻はヤなんだよね。

 

 俺が立ち上がるとトレーナーが声をかけてくる。

 

「そうだメトゥス」

 

「なんですか?」

 

「ゆっくり戻ってきてもいいからね」

 

 なんだそりゃ。

 

 

 

 

 

 パドックに集まり、顔見せを行う。弥生賞はG2なので勝負服ではなく体育着だ。ちなみにハーフパンツです。前世はオスだからね。

 まだ3月で寒い日が続いている。今日も寒く、みんなウォーミングアップは少し念入りにやっていた。

 天候は晴れ、良バ場発表だ。なんかこれまで俺が出場したレースは既に二回も悪天候に見舞われているが…そんなことはそうそう無い。特に冬なんて晴れの日の方が多いしな。

 

『3番人気、9番ウルサメトゥス』

 

『ホープフルステークスでは悪天候の中、見事勝利を掴んだウマ娘です。最近はレースに出場していなかったため3番人気となってしまいましたが、今日はホープフルと同じコースに同じ距離。好走が期待できそうですね』

 

 俺は今日は3番人気。天気やバ場以外は全く同じ条件で行われたG1で優勝しているのだから1番人気でもおかしくなかったんだろうが…まぁ勝ち方がアレだったし、三ヶ月くらいレースに出てなかったからね。仕方ないかもね。

 なお1番人気はサルサステップちゃん、2番人気はヴィオラリズムちゃんだ。どちらも四大名家であり、強力なライバルと言える。残りの二家のうちジュエルアズライトちゃんはスプリングSに出場、リボンオペレッタちゃんは既に若葉Sを優勝している。

 

「あの、ウルサメトゥスさん。ちょっといい?」

 

「はい?」

 

 パドックと返しを終えて控室に戻るところを、サルサステップちゃんとヴィオラリズムちゃんに呼び止められた。なんだ? 

 

「本当はレース前に言うことじゃ無いと思う。でも、どうしても言いたくて」

 

「なんでしょう。準備もありますし、手短にお願いします」

 

 サルサステップちゃんが真剣な表情で俺に言う。レース前にちょっとトイレ、いやお花を摘みに行っておきたいんだが…

 

「「本当にごめんなさい!!!」」

 

「…へ?」

 

 深々と頭を下げられた。なぜ? 

 

「ホープフルで私たちの家があなたにやったこと、私たちも知ってるの。止めるべきだった。でも、レースが終わった次の日に、気づいたらもうああなってて…」

 

「結果に納得しなかった一部のバ鹿どもが暴走して…私たちや当主たちが収めようと動いたときには、もう遅かったんだ。…いや、これは言い訳だな。結局弁解することができなかった私たちも同罪だ」

 

「あー…」

 

 なるほどね? 

 あの件は名家の総意じゃなかったのか。まぁ集まればURAにすら意見できるような大きな組織が一枚岩なわけないわな。それに一生懸命走った選手からしたら「負けたけど今回は運が悪かっただけだし揉み消しといたよ!」って言われてるようなもんか。あのレースに勝った俺が言うのはあれだが。

 

 俺としては特になんとも思ってないけどね。

 むしろ情報を隠すのにちょうど良かったまであるし。

 

「今言うのはダメだと思った。あなたに精神的な揺さぶりをかけるようなことはしたくなかったし、せめてレースが終わった後にしようって。でもこのままレースに挑んだら多分私たちはまともに走れないと思ったの」

 

「だから、失礼だけど先ほどウルサメトゥスさんのトレーナーにだけ伝えたんだ」

 

 あ、さっきトレーナーが戻ってくるのが遅かったのはそのせいね。ちょっとしたモヤモヤが晴れましたわ。いやー喉に刺さった魚の骨みたいな感じだったから気分が良くなるよね。

 

「そしたら…」

 

 そう切り出してサルサステップちゃんはトレーナーと話したことを俺に伝えてきた。

 

 ────────────────

 

 パドックへの招集がかかる前、サルサステップとヴィオラリズムは中森を探していた。

 

 目的は、ホープフルSの後に起きたことについての謝罪である。

 

 あの件は彼女たちにとっても寝耳に水の話であり、状況を把握したのは全てが終わった後だった。ホープフルSの記事はねじ曲げられ、新聞社にURAをも巻き込んで大事となってしまった。

 結局記事が撤回されることはなく、暴走した本人たちも形だけの反省。当主たちは怒り心頭だったが、ここから更に事を大きくすれば、身内を制御できていないということで家の評判にも関わってしまう。どう見ても反省していないバ鹿共にも、謹慎程度で大した制裁はできなかった。

 

 他にできることと言えばレースを行った本人たちが内密に事情を話しに行くことぐらいだったが、サルサステップたちは皆高等部であり中等部のウルサメトゥスとは接点がほぼ無い。また、練習を邪魔することもできず、アポイントを取ろうとしても中森は警戒して電話をすぐに切ってしまう。

 それに、まだ高校生になったばかりの子供が、謝るためだけに大人の中森に話しかけに行くというのはかなりハードルが高く、ずるずると引き延ばしてしまい今日となってしまった。

 

 そんな中、中森が1人でお茶を汲んでいるところを見かけたため、声をかけた。

 

 本来ならばウルサメトゥスもいるところで、二人に同時に伝えるべきことかもしれないが、今はレースの直前。確実に平常心ではいられなくなってしまうであろう精神攻撃のようなことを、レース前の選手に行えるほど彼女たちは汚れていなかった。しかし、罪悪感を抱えたまま本人のいるレースに臨み、普段通りの実力を発揮できるほど彼女たちは大人ではなかった。

 なので、中森が1人でいるのはむしろ好都合だった。

 

『あの、中森トレーナーですよね?』

 

『ん? ああ、僕は確かに中森だけど…キミたちは、サルサステップとヴィオラリズムだね? どうしたんだい、レース前に。今日はキミたちも出場するんだろうし、こんなところにいていいのかい?』

 

 中森の態度は普通に見える。

 サルサステップとヴィオラリズムには、特に表情を変えずに話す中森が、自分たちに対してどのような感情を抱いているのか、少ない対人経験ではさっぱりわからなかった。

 ヴィオラリズムが意を決して話を切り出す。

 

『実は…』

 

 中森はヴィオラリズムが話し終えるのを静かに聞いていた。

 そして、話が終わるのを待ってから、落ち着いた調子で二人に話しかけた。

 

『まず結論として。名家に対して思うことはもちろんある、が…それでキミたち選手に対して何か悪い印象を抱くことは無い。別にキミたちが悪いわけではないようだしね。それにキミたちはまだ未成年の子供だ。できることは多くないだろうに、こうして謝りに来てくれた。それだけで好印象だよ』

 

 中森は先日の乙名史の取材のときもそうだったが、名家という大枠への悪感情とそこに所属しているだけの選手への感情を一緒にするほど狭量な人間ではないと自負していた。その考え方からすれば、精一杯の実力を発揮してレースを走っていた彼女らに対し、尊敬の感情はあれど怒りなど湧くはずもなかった。

 思わずホッとした顔つきになる2人に中森は但し、と付け加えた。

 

『メトゥスにもこのことを言ってやるといい』

 

『え、でも…』

 

 たった今、中森がひとりになったタイミングを狙った理由を話したばかりなのになぜそんなことを言うのか。そんな表情をする二人に対し、中森は平然と言った。

 

『顔を見ればわかる、君たちの罪悪感は本人に言わなければ全ては拭えないんだろう? 僕に言っただけではまだ心にしこりがある、と。しかし、それは無用な心配だ。メトゥスはその程度のことで心が揺らぐことはないよ。彼女は中等部とは思えないほど精神が強いからね。むしろ、それを黙っていたことでキミたちが実力を発揮できなかったとして、それを後から知ってしまったら逆にそのことを気にしてしまうほど優しい娘だ。だから、メトゥスに変な心配をかけさせないためにも、本人に言ってくれ。返しが終わったタイミングにでも声をかければいいよ』

 

 中森はウルサメトゥスの心の強さを知っている。一部の状況には非常に弱いことも。しかし、それは今回該当しない。だからウルサメトゥスがこの話を知ったとして、なんともないと分かっていた。

 また、彼女らが精神的に完全ではない状態でレースが行われたら、また言い訳の余地を残してしまう。今回本気で走ってそれでもウルサメトゥスが勝てば、それもなくなる。そうなれば、ウルサメトゥスへの不当な評価がなくなるのではないかという打算もあった。

 ただ、どの考えも最終的には自分の担当ウマ娘がその程度で揺らぐことはないと信頼しているからできることだ。中森は言葉だけでなく、態度からもそれが滲み出ていた。

 自らの担当に絶対の信頼を置くその姿を、2人のウマ娘は少し羨ましいと感じた。

 

 

 ────────────────ー

 

「ということがあって…」

 

「なるほど」

 

 うーん、信頼が厚い! 

 今日はキザなセリフを吐かないと思ってたらこれかよ! あのトレーナーはイケメンな行動を取らないと死ぬ病にでもかかってるのだろうか? 

 だが、実際その通りだ。そんな話を聞いたところで俺のメンタルが揺らぐわけもなく、サルサステップちゃんたちが全力で走ってくれなくなる方がモヤッとするよね。

 どうせならお互いなんの憂いもなく、全力で走ろうぜ? 

 まぁ俺は妨害するけどな! 使えるものは全部使うってだけだし、それも正々堂々のうちってことで。

 

「事情は把握しました。トレーナーの言う通り、それについて私が思うことは何もありません。感情がないというわけではないのですが…どうにもこの業界の常識には疎くて。ああすみません、皮肉ではないです」

 

「いえ、ならいいのだけど…」

 

 言い方が悪かったかな? これじゃ一般家庭出身ということを盾にしたように聞こえちゃうかも。

 まぁいいって言ってるし良いか(適当)

 

「とにかく、今日はお互い全力で頑張りましょう。まぁ、今日も勝つのは私ですけどね」

 

 ちょっと挑発的に笑う。

 最近色っぽいトーカちゃん先輩の真似だ。いやほんと前から可愛かったんだけど最近理性を揺さぶってくる方向で可愛いというか…恋でもしたんかね? 

 この笑い方は相手をお手軽に挑発できる方法がないか探してたときに、その当人から教わったんだが…自分に使って欲しいって強請ってくるんだよなぁ。トーカちゃん先輩を挑発する意味なくね? あと少し目が怖かったんでやらなかった。

 まぁトーカちゃん先輩にはレースでかち合うことがあったらやるとして…効果はどうかな? 人に対して初めてやるからこれで挑発できるかは分からんが。

 

「ッ上等! 私だって、あのホープフルの実力が全てじゃないって分からせてやるんだから!」

 

「私も火がついたよ。あの時から実力だって上がってるんだ。今日はあの日の焼き増しになんてさせない!」

 

「楽しみにしています、先輩方。そちらこそ、泣いて謝ってももう遅いですからね? 覚悟しておいてください」

 

 おーおー顔赤くしちゃってさ。

 挑発には成功、これで変な憂いも消えたかな? 

 先輩方には本気になってもらわないと、それより強いと思われるブライアン相手の予行演習にならないかもしれんしね。

 

 さて、俺も気合い入れよう。

 これまでのトレーニングの成果を今日この場で発揮しようじゃないか。

 

 

 




レオ杯はA決勝に行けました。
環境のタイキオグリに対抗できるか心配していたのですが…カレンが強敵をバッタバッタと薙ぎ倒してくれました。

そして投稿が遠のいていたのは7割方チャンミに勤しんでいたからという。


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弥生賞・後編

祝・お気に入り5000件達成!

いつも応援ありがとうございます。
皆さんのおかげでモチベが保てています。
お気に入りが0件にならない限りは更新すると思います。完結すれば別ですが。

自分にお祝いということでコパノリッキー出るまで引きました!天井しました!

ではどうぞ。


 

 

 

 今回の弥生賞は皐月賞への試金石だ。

 俺もトレーナーもそのつもりでこれまでトレーニングしてきている。

 

「メトゥス、今日のレースだが…」

 

「使います」

 

「なるほど。キミがそう言うなら、僕としては異存はないよ。ただし、それなら絶対に勝つこと。そして、キミの今の実力がどの程度なのかしっかり掴んでくることが条件だ」

 

「ええ」

 

 トレーナーとの事前の相談では、今日のレースでは他のウマ娘の地力を把握するために『領域』は使わないという話をしていた。

 だが、先輩たちに向かって「お互い全力で頑張りましょう」なんて言っておいて俺の全力の象徴たる『領域』を使わないなんて失礼にも程があるだろう。

 

「たった三ヶ月弱とはいえ、クラシック級になり他のウマ娘たちもジュニア級の頃よりも強くなっているはずです。私と同様に」

 

「それはもちろんそうだ。そして、そのウマ娘たちが皐月賞でどのくらい走れるかを測るためにも『領域』は必須。そういうことだろう?」

 

 そうだよ(便乗)。

 そう、啖呵を切ったからじゃない。今回弥生賞に出てくるウマ娘たちの多くは皐月賞にも出てくるはずだ。だからこそ今日『領域』を使って、強くなったライバルたち相手に通用するか、皐月賞でも通用するかどうかを見たいってことだ。

 そういうことにしておこう。

 

「『領域』の情報を隠すことばかりに気を取られていた僕とは違うな。全く、キミにはいつも驚かされてばかりだよ」

 

「そ、そうですか。では私はそろそろ行きます。ライバルたちの分析は任せましたよ」

 

 なんかごめん…そこまで考えてなかったよ…

 

「ああ、任せてくれ。ただ、ライバルたちを見るだけじゃなく、キミの応援が一番だ。だから少し情報が抜けるかもしれないが…未熟なトレーナーですまない。そこは後で一緒に映像を見直そう」

 

「…そういうとこですよ」

 

「ん? 何か言ったかい?」

 

「何も言ってません!」

 

 バーカ!! 難聴系主人公!! 

 

 

 

 

『快晴の中の開催となりました今回の弥生賞。皐月賞と同条件で行われるこのレース、勝利して皐月賞の有力ウマ娘として名をあげるのは一体どのウマ娘になるのでしょうか?』

 

『実力の高いウマ娘たちが集うレースとなりました。重賞で勝利した経験のあるウマ娘も多いですね、レベルの高いレースが予想できます』

 

 続々とウマ娘たちがゲートに収まっていく中、今日のレースに対する解説が行われる。解説の人の言う通り、今回の弥生賞は他の皐月賞トライアルに比べて多くの名家が集まったため、少しも気の抜けないレースになりそうだ。

 

『三番人気、5枠9番ウルサメトゥス。ホープフルとは違い晴天良バ場の中、実力を発揮できるか?』

 

『二番人気はヴィオラリズム。鋭い差し切りが魅力のウマ娘、今日もその末脚に期待です』

 

『そして一番人気はサルサステップ。今期のクラシック随一の技術を持つと噂される注目のウマ娘です』

 

『私イチオシのウマ娘でもあります。頑張って欲しいですね』

 

 ほーん、解説の人はサルサステップちゃん推しか。

 薄紅色の背中まで伸ばしたストレートロングの髪に引き締まった体。長めのウマ耳もチャームポイントだ。いいよね。

 

 おっと、全員ゲートに入ったか。

 

『ウマ娘たちがゲートに収まります』

 

 今回は最初から『領域』を使うつもりだ。

 2000mという中距離としては一般的な長さのレースで、最初から『領域』を使ったときにどうなるか。

 選抜レースのときは同じ距離で最初から使ったが、あの時とは戦うウマ娘たちのレベルが違う。だからこそ試す価値があるんだが。

 まぁあのときは最低出力でやったんだけどね。今回は容赦なく中くらいの出力で使う予定だ。

 

 あれ、そういえば名家のウマ娘たち相手にレースの最初から『領域』を使うのは何気に初めてか? まぁいいか。

 

 さぁ。

 イメージに没入しろ。

 俺の前には何がいる? 

 

 赤い眼光、自分の倍はあるかのように見える体躯、見るものを恐怖させる鋭い爪。

 

 ああ、今日も俺の心臓は絶好調だな。慣れることも許されないか。

 今日の俺の枠順は真ん中、おそらく全員に聞こえていることだろう。

 

 ガタ、という音が聞こえた瞬間に殺気を全開にして放つ!! 

 

『スタートしました! っと?! ウマ娘たちが出遅れたぁ! 集中を欠いたか?!』

 

『何人かしっかりスタートをきれたウマ娘たちもいますね。9番ウルサメトゥス、一際綺麗なスタートダッシュです』

 

 いい感じだ。

 ちらっと見た感じ俺が一番前に出られてるかな? ここで加速するか。逃げウマ娘たちにプレッシャーをかけよう。

 

『9番がぐんっと加速したぞ。出遅れたウマ娘たちは必死に追いかけている!』

 

『逃げウマ娘たちは序盤のリードが命ですからね。ここで前に出られなければ勝ち筋はありませんよ』

 

 来たな逃げウマ娘たち。

 リバイバルリリックちゃんが俺に並んでそのまま追い抜かす。それに追従するようにもう2人俺を抜かしていった。

 じゃあ俺は後ろに下がろうかな。イヤらしく内側から下がっていってやろ。わざわざ外に避ける義理はないしな。

 

 で、ここで『領域』発動だ。

 大きく足を踏み込め! 

 良バ場晴天、だけど視界は暗闇の中ってな。

 

 周囲の足音のリズムが乱れる。

 俺が速度を少し下げると、邪魔そうに、焦ったように俺を抜いていく。

 

『出遅れたウマ娘たちが遅れを取り戻すように加速していきます。それとは対照的に、先頭を走っていた9番ウルサメトゥスが後ろに下がっていきます』

 

『彼女は追込のウマ娘ですからね。下がったのは作戦のうちでしょう』

 

 流石にG2に出場するウマ娘、俺の心音を聞いても動揺しなかった娘が数人いた。

 ただ、大多数の周囲が焦って速度を上げる中、少数の方が平静を保っていられるか? 

 

 答えはNOだ。

 その証拠に、今や全員俺の『領域』に取り込まれた! 

 

『集団が坂を駆け上がって最初のコーナーへ向かいますが…速度が衰えませんね?』

 

『はい、そろそろ加速をやめて脚を少しでも溜める段階に入る頃なのですが…』

 

 まだまだ、脚を使ってもらおうか。

 目の前にいるのはアクアラグーンちゃんにオイシイパルフェちゃん。アクアラグーンちゃんは毎度ごめんね。

 まぁ手を緩めることはしないけど。

 そら、『領域』に加えてプレッシャーをかけて追撃だ。

 

『11番アクアラグーンと4番オイシイパルフェが上がっていきます』

 

『それに追い立てられたのか、その前を走るウマ娘、いやさらにその前を走るウマ娘たちも上がっていきますね』

 

 とりあえずこのまま付かず離れずの距離を保っておくかな。

 俺の『領域』の範囲は約15バ身、このまま加速されたら先頭付近のウマ娘たちは『領域』の範囲外になるかもな。

 

『先頭は2コーナーを抜け、ようやく少し速度が落ち着きましたか?』

 

『そうですね。逃げウマ娘たちはかなり頑張って距離を開いたのか、先行ウマ娘たちとの間にはパッと見でも5バ身差はあるように見えます』

 

 そんなこと考えてたら逃げウマ娘たちが、『領域』の範囲内である俺から15バ身という距離を抜けたようだ。おー遠いな。頑張ったね。

 でも、随分脚を使っちゃったんじゃない? 

 

『しかし後続のウマ娘たちはその距離を良しとしないか。じわりと距離を詰めているように見えます』

 

『ええ、徐々にですが逃げウマ娘たちとの距離が縮まっていますよ』

 

 まぁそんなこと許さないんだけど。

 俺はピッタリとオイシイパルフェちゃんの後ろにつき、スリップストリームを受けて体力を温存している。

 そしてそのオイシイパルフェちゃんは強引に速度を上げ、アクアラグーンちゃんを抜いた。

 なら俺はアクアラグーンちゃんに標的を変えるだけだな。

 それを繰り返していると、後ろから徐々に集団が進出し、距離が詰まっていく。

 

『先頭が1000mを通過して58.2秒! かなり速いペースです! 終盤のための足は残っているのでしょうか?!』

 

『一体何が起きているんですかね…最初の出遅れが気になっているのでしょうか?』

 

 中間を超えたか。いい感じのハイペースでレースが進んでるな、感心。

 俺は最後尾だしずっと風よけしてるんで、ハイペースとはいえ周囲ほどスタミナを使っていない。

 で…逃げウマ娘さんたち、大丈夫かい? 

 後続がだんだん迫って来てるってことは、俺との距離が縮まるってことだ。

 

 一度視界から外れたからって、逃げ切れると思うなよ。

 

 どこまでだって追いかけて…最後は仕留めるのさ。

 

『先頭が3コーナーへとさしかかり…おっと加速し始めた! ここから勝負を決めるつもりか?!』

 

『流石に早すぎます、この距離のロングスパートは無茶ですよ』

 

『いやペースが落ちて…また上がった?! 一体どんな意図があるんでしょうか?!』

 

『領域』から出て、また入って。

 そんなことをしてたら余計にスタミナが削れるに決まってる。

 あの調子ではもうラストスパートのための脚なんて残っていても僅かだろう。

 

 直線に入る前には集団の横に出たいが、そのためにはウマ娘たちの脚を見てタイミングを掴まなくてはならない。

 残り700m弱…そろそろだな。

『領域』を切り、前に進出する。

 他のウマ娘たちもプレッシャーが消えたことに気づいたのだろう、それぞれが仕掛け始める。

 俺は一人余裕のあるスタミナに任せ加速していく。

 アクアラグーンちゃんたち追込を抜き去り、次はサルサステップちゃんたちがいる差しのグループ。残り500m。

 他の脚質に比べ余裕があるのか、ここに来てフェイントや脚技で妨害しにかかっている。特にサルサステップちゃんの脚の動きは見事で、こちらを撹乱しようとしてくる。

 ただ…

 

(それはもう見た、散々ね!)

 

 スタミナを削って疲れさせ、技が若干雑になっていたというのもある。

 しかし、こちとらこの上位互換みたいな脚技にずっと苦戦させられて来たんだ。

 たとえサルサステップちゃんが万全の状態でも、トーカちゃん先輩には及ばなかっただろう。

 

 隙を捉え、強く脚を踏み込んで横に出た。

 ちょうどコーナーが終わり残り310m! 

 

『さぁウマ娘たちが最終直線に躍り出たぞ! 序盤のハイペースを乗り越え、勝利を掴むのは誰だ!』

 

 追い抜いたウマ娘たちも後ろからスパートをかけて来ているのが足音で分かる。

 差しグループとは1バ身も離れていないだろう。

 先行集団に追いつく。

 前を走る逃げウマ娘たちは2バ身半先。スタミナを削り切ったと思っていたが、まだ全然粘ってくる。流石に根性があるな!

 残り200m。ウマ娘にとっては僅かな距離だ、追いつけるか? 

 いや、十分だ! 追いつく!! 

 

(伊達に毎日ぶっ倒れるまでトレーニングしてないんだよ!!)

 

 坂道に入る。キツい? 逆だ、これはチャンス。

 前の速度が落ちるんだ、ここで一気にブチ抜け! 

 

『最後の坂を駆け上がる! 逃げウマ娘たちが必死に粘るがこれはどうだ! 差し追い集団が差し切るか?! じわじわ迫り残り50! 並んだ! 抜くか?! 抜いた! 今9番が先頭でゴール!!!』

 

『大接戦を制したのは9番ウルサメトゥス! タイムは2:01.0! 昨年のホープフル優勝ウマ娘が、またしても中山を制したあああ!!!!』

 

『二着はクビ差でサルサステップ。三着、四着五着は現在写真判定中です』

 

 観客席に手を振りながら軽く息を整える。

 うーん、もう少し早く仕掛けても良かったかもな、まだスタミナに余裕があるわ。

 あ、両親見つけた。今回は最前列じゃなかったのね。

 トレーナーもいるわ。だからなんで隣同士なんだよ。

 よく見たらその後ろにトーカちゃん先輩もいる! 見に来てくれたのか! 

 自分も大阪杯が近いってのに、ありがたいことだ。

 

 後ろから足音、これは…サルサステップちゃんかな。

 

「おめでとう、ウルサメトゥスさん。敵ながらいい走りだったと思う」

 

「サルサステップ先輩、ありがとうございます。そちらも、ナイスファイトでした」

 

 合ってた。まぁ最後ずっと斜め後ろに付かれてたからね。

 サルサステップちゃんは大きく息を吐き出して呼吸を整えた。

 

「最後、先輩が後ろにずっと付いてきてるの分かりましたよ。結構プレッシャーでした」

 

「悔しいけど私の負けね。最後もうひと伸びできれば勝てたんだろうけど、そう上手くはいかないか。久しぶりの重賞で緊張したのかな…いや、これは言い訳ね」

 

 ちょっと歓声で最後のほうが聞こえなかった。カクテルパーティー効果仕事しろ。

 

「はい、過程はどうあれ私の勝ちです。…宣言通りに、なっちゃいましたね?」

 

 サルサステップちゃんに近寄り囁く。

 歓声で会話が聞こえづらかったから配慮したつもりだったんだが、仰け反らせてしまった。やべ、驚かせちゃったかな。

 

「先輩? 大丈夫ですか? 顔が赤いですが…ああいや、レースが終わったばかりでしたね」

 

「え、ええ。大丈夫よ、そう、私は大丈夫。じゃあ、私は先に行くね。次は勝つから!」

 

「あ、はい。望むところです!」

 

 サルサステップちゃんはそう言ってこちらに手を振ると、そそくさと控え室に戻っていってしまった。なんか急に会話を切り上げられたな…嫌われちゃったかな。 

 

 まぁ俺も戻るか、ウイニングライブもあるし。

 

 

 

 

 寮に帰ったら笑顔のトーカちゃん先輩にめっちゃ詰め寄られた。

 いや、誤解だって! 

 サルサステップちゃんとは何もないから!!!

 

 

 




チャンミは先行ガチャに負けて3位でした。
まぁでもやりたいことはできたのでいいかなって感じでした。
新シナリオ楽しみですね。


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反省会と、空を飛ぶ猛禽

新シナリオ始まりましたね。

賛否両論ですが、私としてはあのアイドルを育てている感が楽しくて好きです。
そんなことより次のチャンミはダート中距離。
せっかく天井したリッキーは使うとして、キャラが足りない…

そんな嘆きとは全く関係の無い本編をどうぞ。


 

 

 

『波乱の弥生賞 魔獣の潜む中山レース場』

『リボンオペレッタ会心の走り 若葉S制す』

『ウルサメトゥス 中山レース場○』

 

 弥生賞の翌日、新聞はこんな感じのことが2面か3面に載っていた。

 流石に連続で俺のことを無視するような記事は書きづらかったのか、それともG1ではないレースで労力を割くのを避けたのか。はたまた今度こそ名家当主が全力で止めたのか。

 真相は分からないし知ったことではないが、俺の勝利を書く記事が三分の一くらいの割合で存在したのは事実だ。

 レース直後の勝者インタビューもホープフルのときと比べたら聞かれること多かったしな。ただ、皐月賞トライアルの勝者として後日インタビューって話になったとき、

 

『インタビューは月刊トゥインクルの独占取材のお話を受けておりますので、他社からはお断りします』

 

 なんてトレーナーがキッパリ断ってた。

 本来なら横暴もいいところなんだろうが、悪いことをした自覚はあったのか、取材陣も特に何を言うでもなく引き下がっていた。もしかしたら、月刊トゥインクルが裏で何かやってたのかもな。

 

 まぁ何も起こらないならそれに越したことはない。

 トーカちゃん先輩は珍しく俺より早起きしていくつも俺の記事が載ってる新聞を買ってきて褒めてくれた。もっと褒めて〜。あ、おさわりはNGです。ちょっと目が怖いよ。

 Umatterでも異常はないみたいだし、これが普通ってことでいいんかな。

 で、レースの翌日である今日は、いつも通り練習は休みで反省会なのだが。

 

「これとかいいんじゃないか?」

 

「こっちの方がよく撮れてますよ!!」

 

「なるほど、さすがルームメイトといったところか。だが、これならどうかな?」

 

「な…! こんな悩殺笑顔いつの間に?! 私にもしてくれたことないのに!」

 

 レースの反省会をすべくカフェテリアに来た俺を待っていたのは、テーブルの上に写真をいっぱいに並べたトレーナーとトーカちゃん先輩だった。トレーナーは分かるが、なんでトーカちゃん先輩がいるんだ? そんでその写真は?

 

「あの…何してるんですか?」

 

「ああ、メトゥス。昨日の写真だよ。シャドウストーカーもたくさん撮ってくれていたみたいだから、交換しようという話になってね」

 

「ウルちゃん、私が教えた笑顔なのに、なんで私じゃない娘に最初に使ったの? ちょっとお話したいなぁ」

 

 俺は反省会をしに来たんだが…そしてトーカちゃん先輩、やっぱり目が怖いよ。なんか光が無い。

 俺が呆然としていると二人はまた写真談義に戻ってしまう。というか、ターフに出ていた時間って合計10分くらいしか無いと思うんだが、どうみても写真が100枚はある。撮りすぎだろ。ちなみにウイニングライブ会場では写真撮影禁止です。それは専門の業者か、事前に許可をとったメディアだけってことになってる。

 

 とにかく、このままじゃトレーナーとトーカちゃん先輩の写真談義で日が暮れる。トレーナーが机を殴りつけてブチ切れるなんてことが無いのはいいんだが、また別の方向で暴走してないか? 周りに人はいない。そりゃそうか、こんな異質な空気の中に居たいとは思わんわな。店員さんも困ったような笑顔だし、どうやら他のお客さんは追い出しちゃったみたいだ。

 

 一旦状況をリセットするか。

 

 目の前の二人に向かって殺気を飛ばす。

 

「「………!!!」」

 

「少し、落ち着きなさい。そして写真を仕舞いなさい。私は反省会をしに来たんですし、何より他のお客さんに迷惑です」

 

「「はい」」

 

 少しは反省したか? 俺のレースの反省会だってのに、なんでレースに出ていない二人を反省させなきゃならんのだ。

 

 …別に、遠目から見たらトレーナーとトーカちゃん先輩がイチャイチャしているように見えたから思うところがあった、なんて事実は無い。

 

 無いったらない。いいね?

 

 

 

 茶番はさておき、反省会である。

 トーカちゃん先輩はトレーニングのため暮林トレーナーに連れて行かれた。ドナドナが流れたような気もするが、気のせいだろう。

 トレーナーのPCでレースの映像を一通り確認し終え、ため息を吐いた。

 

「…結局、2000mではスタミナを削りきれませんでした」

 

「いや、最後の方はみんな根性でなんとか走っていたように見えたよ。少なくとも余裕は全くなかったはずだ」

 

「でも、それでナリタブライアン先輩に通じるかは分かりません」

 

 そう、昨日の弥生賞で、俺はレースの序盤から『領域』を使って相手のスタミナを削っていったわけだが…名家のウマ娘たちはみんな、最後の直線でラストスパートできる足が残っていた。

『領域』から出たり入ったりを繰り返し、一番スタミナを削っていたであろう逃げウマ娘たちですら俺が抜かせたのは残り50m地点。それまでに稼いだアドバンテージがあったにせよ、ギリギリだったことに変わりはない。

 そして、俺が戦うのはそんな名家のウマ娘たちを上回る身体能力を持つブライアンだ。身体能力ってのはパワーやスピードだけじゃない、スタミナだって同様のはずだ。実際、アプリ版でのブライアンはスタミナの成長補正が一番高かった。鵜呑みにすることはできないが、これに関しては大きく違うことはないだろう。

 

「そうだね。共同通信杯の後のインタビューでも、彼女は息一つ乱していなかった」

 

 俺の『領域』が無い状態だったとはいえ、1800m走って息が全く乱れていないなんてこと普通はあり得ない。ましてやあのレースはブライアンがレコードを出していた。つまりハイペースだったのは確実だったにも関わらず、ブライアンは大して疲労していなかったことになる。

 

「やはり、皐月賞では中盤から『領域』を使って、怯ませることが勝ち筋になりそうですね」

 

「そこで『領域』の出力を上げると言い出さないところを僕は本当に尊敬しているよ」

 

 まぁそれやったら最悪死人が出るしな…できるかいそんなこと。

 まだ俺の『領域』に十分慣れているウマ娘はいないし、出力を上げるのは最速でもシニアになってからだな。

 

「あとは…私ももう少し早く仕掛けても良かったかもしれませんね」

 

「いや、仕掛けるためには『領域』を切らないといけないんだろう? 見ていて分かるよ、フォームが少し違うしね。早く仕掛けたらその分『領域』の効果が少なくなってしまうだろうし、差しきれなかったかもしれない。だから仕掛けはあのタイミングで良かったと思うよ。それよりも、途中の妨害のために足を使っても良かったかもね」

 

「なるほど。それにしても、バレていましたか」

 

「流石にね。多分、暮林トレーナーにもバレていると思うよ」

 

「それは…どうでしょうね」

 

 まぁ隠しているつもりではなかったんだけど。気づかれるとも思ってなかったな。

 俺の『領域』は、足音が聞こえる範囲がそのまま『領域』の範囲となる。なので、俺は足音ができるだけ大きく聞こえるように少し特殊な走り方をしている。特殊とは言っても足を地面につけるときに少しだけ普段と違う足のつけ方をしているだけなんだが。トレーナーはよく気づいたな。

 

 ただ、その少しの違いでも影響が出るところがあり、それが顕著なのがスパートだ。

 スパートをかけるには普段よりもさらに走り方が前傾姿勢になる。そうなると、踏み込みに必要な力やそもそものフォームが変わり過ぎて、足音を立てる走り方と両立することができなくなってしまうのだ。なので、正確には仕掛けの際に『領域』を切るのではなく、仕掛け始めると『領域』を維持できなくなるが正しい。

 

「皐月賞で『領域』関係なく相手のスタミナをより多く削るために、追い立てる練習を多くしたほうがいいな」

 

「それと、一気に加速する練習も多くしたいです。『領域』の第二段階で相手の意識を逸らせているうちにどれだけ前に出られるかが勝負になりますから」

 

「ふむ、ではそれを考慮したメニューを組んでおくよ」

 

「お願いします」

 

 皐月賞まであと一ヶ月、どこまで仕上げられるかだな。忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 あれから2週間、俺たちは再び中山レース場を訪れていた。

 理由はもちろん、ブライアンのレースを見るためだ。

 スプリングS、中山・芝1800m。皐月賞トライアルの最後のレース、ブライアンがどんな走りをするのか。俺はそれに勝てる実力なのか。

 

 天候は晴れで良バ場、前日に雨が降ったとかも無く、走りやすい状態だろう。

 前半はおかしな展開もなく、むしろゆっくり目に進んでいた。

 ブライアンは前から4番目、先行ウマ娘たちを率いるような位置にいる。

 

『先頭を進む4番ジュエルアズライトが今半分を通過しました。レースも中盤を過ぎ、ウマ娘たちがどこで仕掛けるのかに注目です』

 

『今のところは可もなく不可もなくと言ったペースですね。まだお互い力を溜めているのでしょうか…おや?』

 

 異常が起きたのは残り800mを切った頃。

 不気味なほど沈黙していたブライアンが動き出した。

 

「ナリタブライアンが加速し始めた…? まだ半分を少し過ぎたぐらいだ、仕掛けるには早過ぎないか?」

 

「いえ…これは、もう仕掛け始めています!」

 

 俺やトレーナーが気付くのとほぼ同時、実況と解説が俄かに騒めき出す。

 

『ナリタブライアンが上がっていく! どうしたというんだ? まだ残り800mはあるぞ!』

 

『かかってしまったのでしょうか?』

 

 違う、あんな冷静な目をしているウマ娘がかかっているわけがない。

 まさか本気で、1800mのレースで800mのロングスパートを決めるつもりなのか?! 

 残り距離700mを切ったところで他のウマ娘たちが慌てて加速し始めるが、本来ならそれでも仕掛けるには早いだろう。

 そしてブライアンが先頭に立ち、残り500mの標識が見えたところで、ブライアンは体勢を低くし、さらに速度を上げ始めた。

 

『残り500m、ナリタブライアンがさらに速度を増す! 後ろのウマ娘たちも加速しているが、これは届かないか?!』

 

『コーナーを膨らむこともなくあれほどの速度を出すなんて、パワーに自信がないとやろうとも思わない所業ですね』

 

 実況の言う通り、後ろのウマ娘たちも加速しているはずなのにどんどん差が広がっていく。ストレートバレットちゃんやジュエルアズライトちゃんが必死に後を追うが、明らかに間に合っていない。

 

『さぁ最終直線に入りますが、ナリタブライアン余裕の一人旅! 他の追随を許さぬ独走です!! こんなに強いウマ娘がいて良いのか!?』

 

『まさに圧倒的…既に覆らないほどの差が開いています』

 

『ナリタブライアン、他のウマ娘を置き去りにして今ゴール!! タイムは1:48.6!! 2位に9バ身もの差をつけ、『怪物』が圧倒的な力でスプリングSを勝利しました!!!』

 

 距離の短いマイル戦で9バ身差の1位。

 前回よりさらに強くなってる、2位のストレートバレットちゃんがまるで相手になっていない。あんなのを相手取ろうとしてるのか、俺。

 

「凄まじいですね」

 

「ああ、だけどそれだけじゃない。メトゥス、気づいたか? 今のナリタブライアンの走り」

 

「なんです?」

 

「残り800mからの仕掛け、そして残り500mからのラストスパート…確かに、今回のスプリングSの条件だから異常に見える。だが、これが別のレースだったとしたらそうおかしくもない」

 

「別のレース…ですか?」

 

 別のレース…皐月賞か? いや、皐月賞でも残り800mからのスパートは早すぎる…まさか?! 

 

「気づいたかい? そう、これが日本ダービーを前提にした走りだったとしたら、条件が合うんだ。残り800mは、距離が2400mのダービーだったとしたらもう終盤だ。仕掛けのタイミングとしてそう早いものではない。さらに、残り500mのラストスパート。ダービーが行われる東京レース場は最終直線の長さが525m、ほら、ピッタリだろう?」

 

「つまり、ナリタブライアン先輩は、今回ダービーを見据えた走りをしたと。皐月賞など既に眼中にないと。そういうことですよね?」

 

「…まぁ、大袈裟に言うならば、そういうことだろうね」

 

 ほう。

 なるほど? もう皐月賞に敵はいないと。

 俺たちなんて相手にすらならないと、そう言いたいんだな? 

 

 

 舐めやがって。

 

 

「…良いでしょう。そっちが油断してくれているならば、私には好都合です。遠くのダービーばかり意識して、足元を掬われないと良いですね?」

 

「メトゥス、殺気が漏れてる。抑えなさい」

 

「ああ、これはすみませんでした」

 

「気持ちはわかるけどね。僕もキミが怒っていなかったらもっと怒っていたかもしれない」

 

 確かにブライアンは怪物の二つ名に相応しいほどの力を持っている。

 だが、それがどうした。

 そっちが怪物なら、こっちは人食い熊だ。

 

 地を這う獣でも、空高く飛ぶ猛禽を落とせるんだってこと、証明してやるよ!!! 

 

 

 




特別なライブ良かったです。
サイゲの本気を感じましたね…


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幕間:大阪杯

いつも応援ありがとうございます。

今回は幕間で、大阪杯のお話です。
見なくても多分そんなに問題はない筈です。
そして一話以来となる原作キャラ視点。

ではどうぞ。


 

 

 

 クラシック級ではナリタブライアンがスプリングSを圧倒的な力で制した。

 そんな激走があった次週、今度はシニア級で激走を予想させるレースが開催されていた。

 

 春シニア三冠のうちの一冠目、大阪杯である。

 

 中距離芝2000mという条件は、距離適性という意味ではかなり多くのウマ娘たちに当てはまるものである。それはつまり多くのウマ娘からの出走願いが出るということで、選ばれるのは必然シニア級でも屈指の実力を持つものたちだけということになる。

 

 そんな大阪杯に、ナリタタイシンは4番人気で出場していた。

 

「タイシン、聞くまでも無いと思うけど、準備は万端だね?」

 

「当たり前じゃん。…今日のために調整してきたんだ、準備も調子も万全に決まってる」

 

 控室の中で、ナリタタイシンはいつも通りの仏頂面を崩さない。見る人によっては不調とも取られかねない表情だが、ナリタタイシンのトレーナーは彼女が精神的に安定していることを察していた。

 

(うん、調子は良さそうだ。これなら良い走りができそうだな。本気で調子が悪いと悪態すら無くなるからなぁ…)

 

 実際昨年は、菊花賞で調子を落とし惨敗していた。

 そのときのナリタタイシンは全く覇気がなく、悪態どころかずっと無言だった。

 トレーナーはそれを知っているため、今日のナリタタイシンには安心感すら覚えていた。

 

「さっきのパドックの感じだと…今日やばそうなのはやっぱりハヤヒデかな」

 

「そうだね。彼女は調子も良さそうだったし、有のときよりも更に体が仕上がっていた。強敵であることは間違いない」

 

 ナリタタイシンはトレーナーの言葉に、有記念のことを思い出して顔を顰めた。

 実力的にはそう離れてはいなかった。それが有後の反省会の結論である。

 しかし、実際にはナリタタイシンは一着のビワハヤヒデに4バ身差をつけられての五着。では自身とビワハヤヒデで何が違ったのか。

 

「『領域』…。前回はあれが初めてだった。だけど、2回も同じ無様を晒すわけには行かない」

 

「その意気だ、タイシン。今回は来ると分かっている、それなら心構えもできるしね」

 

『領域』。

 それは才能あるウマ娘のさらに一部のみが開花させることのできるモノ。一度『領域』を発現すれば、自身の心象を昇華させて現実に干渉することでレースを有利にする現象を引き起こすという。

 研究の進んでいないウマ娘の中でも不可思議の最たるものである。

 研究者の中では、『領域』にはウマソウルが大きく寄与するとされる。ウマ娘がレースで経験を積むことで自分の理想像をウマソウルに刻み、それにウマソウルが応えることで発現するという説が定説である。

 また、理論上非常に強固な心象が生まれつきウマソウルに刻まれていれば、レース経験のないウマ娘でも発現することが出来るという説もある。しかし、心象を固めるためには経験を積む必要があると考えられているため、レースに出ないうちからの発現というのは現実的ではなく、この説はほとんど知られていない。

 

 ナリタタイシンは有のときの、自分が一つの駒にされてしまったかのような感覚を思い出す。初めての感覚に戸惑い、仕掛けどころを見失って、気づけば手遅れな状況になっていた。

 

「どうやらあの『領域』はビワハヤヒデの速度を上げるもののようだね。条件はまだ確定ではないけど…有の映像を見返した限りでは、ビワハヤヒデが前のウマ娘を追い越したときに速度が不自然に上がっていたように思う」

 

 ナリタタイシンのトレーナーがPCで有の映像の終盤を眺めながら言った。ナリタタイシンのトレーナーもベテランの一人であり、『領域』について多少のことは知っている。発動にはなんらかの条件を満たすことが必要だということも長年の知識の一つだ。

 

「それに、相手を抜かしたらいつでも使えるというわけでも無いはず。おそらくだけど、終盤にしか使えないんじゃないかな」

 

「(もう10回は聞いてる話だけど…)まぁ、改めて頭に入れとくよ」

 

 既に散々聞いている話だが、今のトレーナーの話は念押しであると分かっている。あまり口の良くないナリタタイシンでも、わざわざそれを指摘するようなことはしなかった。

 

「そうだ、タイシン」

 

「何?」

 

 勝負服の一部である桃色の上着を羽織っているところに、トレーナーが声をかけた。

 

「調子が良さそうだったのはビワハヤヒデだけじゃない」

 

「チケットのこと? いつでも調子良いし参考にならないんだけど…」

 

「いや、ウイニングチケットもだけど、僕が言ってるのはシャドウストーカーの方だ」

 

「ふーん…」

 

 シャドウストーカー。

 ナリタタイシンにとってそこまで関わりのあるウマ娘ではない。

 学年も離れているし、クラシック路線だったナリタタイシンとは違いシャドウストーカーはティアラ路線。ぶつかったのも有記念のときが最初で最後だ。

 ただ、昨年度のクラシック級で最も多くのG1を勝利したウマ娘として知られている。

 

「同じ芝2000mの秋華賞で圧勝したことくらいしか知らないけど」

 

「ああ、彼女は昨年度に三度も中距離G1で優勝している。今回も難敵だろうと思っていたんだが…」

 

「その言い方だと、なんかあったの?」

 

「上手くは言えないんだが…体の仕上がりは勿論、雰囲気がね。一皮剥けたというか、何というかそんな感じなんだ」

 

「なるほどね…アタシの位置からだと警戒しようもない気がするけど」

 

 ナリタタイシンの覚えている限り、シャドウストーカーはビワハヤヒデと同じ先行脚質のウマ娘である。追込のナリタタイシンはレース中にそこまで関わらない。

 

「その娘が『領域』を使ってくるくらいに思っとけばいい?」

 

「ああ、警戒しておいてくれ」

 

 レース直前にトレーナーが警戒を促してくることはこれまでにもあり、そして大抵それは当たっていた。有のときにもビワハヤヒデに対し同じようなことを言っていたが、活かすことができなかった。

 ナリタタイシンはトレーナーの言葉をしっかりと胸に刻み、気を改めた。

 

「分かった。…そろそろ行く。じゃあまたレース後に」

 

「ああ、頑張れ!!」

 

 トレーナーの応援を背に、ナリタタイシンは少しだけ口角を上げてターフへと向かった。

 

 

 

 

 

『今日の阪神レース場には多くの観客が詰めかけています。晴天の中、これから春シニア最初の冠である大阪杯が開催されます』

 

『春シニア三冠の中でも最も参加しやすい距離である2000m、ウマ娘からの出走願いも多く、それだけにここに集まることのできたウマ娘たちは選ばれし強者のみとなっています』

 

『バ場は良での発表です。風もなく、好レースが期待できますね』

 

 ゲートに収まったナリタタイシンは静かにターフを見つめ、レースの開始を待つ。

 3番人気から始まるウマ娘の紹介に、4番人気である自身の名はない。

 ただ、それで消沈することはない。これまでも3番人気以下になったことは何度もあるし、人気はあくまで人気。それが強さとイコールではないということをナリタタイシンはよく知っていた。

 ただ、一定の指標になることも分かっている。

 1番人気がビワハヤヒデであることがその証明とも言えた。

 

『さぁウマ娘たちの準備が整いました…スタートです!!』

 

 ゲートから一斉に飛び出す。

 出遅れるウマ娘などもはやこのレベルのレースにはいない。出遅れたように見えることもあるが、それはそのウマ娘が出遅れたのではなく、スタートが得意なウマ娘がいち早く前に出るため、相対的にそう見えることがあるだけだ。

 

 そう、今真っ先に飛び出した臙脂色の髪を持つウマ娘のように。

 

 

「っ!」

 

『素晴らしいスタートを見せたのはシャドウストーカー! 真っ先にゲートから飛び出し、先頭を奪った!』

 

 シャドウストーカーはそのまま逃げウマ娘たちより前に出て、全体を牽引していく。

 ナリタタイシンはその飛び出しに少し驚いたが、落ち着いてペースを保ち、自身の定位置である後方へと下がった。

 

(シャドウストーカーは先行脚質のはず…これはブラフか? そうだとしたら後ろに下がると思うけど)

 

 果たしてナリタタイシンの予想通り、最初のコーナーに差し掛かると同時、シャドウストーカーは少し速度を落とした。そしてそのまま下がっていく。

 最終的にはビワハヤヒデのすぐ前に位置取った。

 

『ハナを取った6番シャドウストーカーでしたが、先頭を譲りましたね』

 

『彼女は逃げウマ娘ではないですからね。ただティアラ路線のウマ娘だったにも関わらず2500mを走れるスタミナがありますからね、今回は先頭を取り、余ったスタミナでペースを引っ掻き回しにきたということも考えられますよ』

 

(なるほどね、少しでも他のウマ娘のペース…特にハヤヒデを崩しにきた感じか)

 

 前を走るウマ娘に少しプレッシャーをかけつつ解説を聞いていたナリタタイシンは、解説を聞いて納得する。

 そして聞いてはいるがレースに集中していないわけではない。しっかり後方から前を監視し、距離を測り、付かず離れず脚を溜めることができている。

 

 チラリとビワハヤヒデを確認する。

 真っ白な髪を持ち、なおかつ長身のビワハヤヒデはレース中でもよく目立つ。

 コーナーを走っていれば、後方からでもその走りが良く見えた。

 

(いつ見てもお手本みたいに綺麗なフォームで走ってさ、羨ましいよ全く…ん?)

 

 ビワハヤヒデはいつも通りの美しいフォームでターフを駆ける。

 一切の狂いのないその走りは、彼女の性格をよく表していた。

 しかし、ビワハヤヒデをよく知るナリタタイシンは気づいた。

 

(なんか…顔が硬い?)

 

 一見冷静な表情のまま走っているようだが、よく一緒に走っていたことがあるウマ娘ならすぐに分かるほどには硬い表情だった。

 その証拠に、ナリタタイシンの4バ身ほど前を走るウイニングチケットも、ビワハヤヒデの方を見て不思議そうな顔をしていた。

 

(チケットのやつも気付いてるってことはアタシの勘違いってわけじゃなさそうだ。でも、今は心配してる場合でもない。ハヤヒデの『領域』に飲み込まれないためにも、よく見とかないと)

 

 ナリタタイシンはレースを進めつつも、ビワハヤヒデをよく観察する。

 トレーナーの言う通りなら、ビワハヤヒデの『領域』が発現するのは終盤にウマ娘を抜いた時。現状なら、ビワハヤヒデがシャドウストーカーを抜いたときに発現するはずである。

 両者をしっかりと視界に捉えつつ、後半に向けて脚を溜めていた。

 

 

 ビワハヤヒデを監視すること以外は、ナリタタイシンはいつも通りにレースを進めていた。

 しかし、中間地点を超えた頃に異変は起きた。

 

(なんだ…いつもより足が重い、ような?)

 

 走るのに支障があるほどではない。

 スパートのための脚もしっかり残っている。

 ただ、1000mを走ったとは思えない疲労が蓄積していた。

 

 疑問を残しつつも、レースは後半を迎える。

 

『さあ先頭が中間地点を走破して残り1000m! レースはまだまだここからが本番です!』

 

『そう速いペースではないですし、まだどのウマ娘も様子を見ている段階のようですね。これは終盤一気に勝負が決まるかもしれません、誰が抜け出すかに注目です』

 

(マジ? ペースが速くないなら、この疲労感は一体…)

 

 考えつつもナリタタイシンは冷静に前との距離を詰め、プレッシャーをかけ続ける。少しでも前との距離を縮めるためだ。

 

(残り800m…少し早いけどちょっとずつ詰めておくか)

 

 緩やかに速度を上げつつ、周囲の様子を確認する。

 視線こそ前に向いているが、気配だけで皆ビワハヤヒデに注意を向けていることが分かった。

 

(この隙に、と言いたいとこだけど、それこそそんな隙を晒したらハヤヒデに意識ごと持ってかれかねない!)

 

 ウマ娘たちの意識がビワハヤヒデに向いているが、ビワハヤヒデから意識をそらした瞬間に『領域』を発動されればそれがそのまま決着になりかねない。

 有でビワハヤヒデが見せた『領域』を知っているウマ娘たちは、それを知るが故に迂闊に加速できず、じっとビワハヤヒデの動きを注視する。

 

 奇妙な膠着状態が生まれていた。

 

(くそ、時間がゆっくり流れているように感じる! あと何mだ? ハヤヒデはいつ動く?!)

 

 極限の集中、スローの景色の中でナリタタイシンは、ふと別のことを考えた。

 それは普段のレースだったら致命的な隙になっていたかもしれない。

 しかし、今回はそれが良い方向に働いた。

 

《警戒しておいてくれ》

 

 レース直前のトレーナーの言葉。

 それが今のタイミングでなぜか鮮明に頭に浮かんだ。

 

(警戒…そうだ、シャドウストーカーは何をして…!?)

 

 ナリタタイシンが、ビワハヤヒデの前を走るシャドウストーカーに意識を向ける。

 その瞬間から、ナリタタイシンはシャドウストーカーの脚が朧げに揺れているような錯覚を覚えた。

 

(なんだアレ!? まるで幻みたいなステップ、アレじゃ脚がどこに着地するかすら………!!!!)

 

「しまった!!!」

 

 ナリタタイシンは思わず声を荒らげ、そのまま全力で加速し始めた。

 気づけば残り距離は600mを切っていた。

 なりふり構わず加速していくナリタタイシンに、周囲のウマ娘は驚いたような気配を見せる。

 

 ナリタタイシンの視線の先では、後ろの動きにいち早く気付いたシャドウストーカーがナリタタイシンとほぼ同時に加速し始めた。

 幻惑のステップが止まり、それにワンテンポ遅れてビワハヤヒデがようやく加速し始める。しかし、高レベルなレースにおいて加速の出遅れはそれだけで致命的だ。

 

(最初から狙ってたのか! この状況を!!)

 

 ナリタタイシンはシャドウストーカーの作戦を今になって見抜いた。

 

(ハヤヒデが『領域』を使った有は、あのレースに出ていたウマ娘なら目に焼き付いてる。皆飲み込まれた。だから、次はそうならないように研究して、実際のレースではハヤヒデをずっと観察する! それを利用したんだ!!)

 

 ナリタタイシンは状況についていけないウマ娘たちをどんどん追い抜いていく。

 ウイニングチケットは持ち前の勝負勘で他のウマ娘よりも早く加速することができたが、それでも最初に加速し始め、今も猛烈な勢いで加速していくナリタタイシンには追いつけない。

 

(最初にスタートダッシュでハナを取って、先行の位置に戻る。一見ただの牽制に見えたこの行動は、全部ハヤヒデのすぐ前に付くためだけにやってたんだ)

 

 ナリタタイシンは先程のシャドウストーカーの脚技を思い出す。

 一瞬見ただけで幻惑されかけたあの脚を、すぐ前でずっとやられていたら? 

 仕掛けのタイミングどころか、相手を牽制することも、息を入れるタイミングすらも分からなくなってしまうかもしれない。

 想像するだけで身震いしてしまう。

 

(あんな脚をずっと見てたら、いくらハヤヒデでも走りは少しずつ乱れる。それだけじゃない。ハヤヒデの『領域』の発動には前のウマ娘、つまりシャドウストーカーを抜く必要があるけど、あんなことやられてたら仕掛けのタイミングなんて分かる筈ない。つまり、シャドウストーカーがあの脚技を止めたときに抜くしかない。問題は、あの脚技がいつ止まるかだけど…)

 

 加速する際にあんな複雑なステップをすることはできない、とナリタタイシンは考えた。つまり、最後の加速のときには普通の走りに戻る。

 しかし、それはビワハヤヒデがシャドウストーカーより早いタイミングで仕掛け始めることができないことを意味していた。

 

(普通はそんなことしても、真後ろのウマ娘以外にはそこまで効果はないはず。他のウマ娘が抜け出して終わりだ。けど、今回はその前提が違う…!)

 

 今回は、どのウマ娘もビワハヤヒデの動向に注目していた。ビワハヤヒデが仕掛け、ウマ娘を抜くタイミングをしっかりと把握するために。

 しかし、そのビワハヤヒデはシャドウストーカーより早く動くことができない。

 

(つまり、誰もシャドウストーカーより早く仕掛けることができない状況にされていた!)

 

 してやられた、とナリタタイシンは臍を噛む。

 

(途中で脚が重く感じたのは、ハヤヒデのことを見るうちにシャドウストーカーの脚を無意識に見て惑わされていたからか…その時に気づいていれば)

 

 ただ、誰よりも早くシャドウストーカーの思惑に気づいたナリタタイシンだけは、まだ追い抜くチャンスがあった。

 

(これからあの二人が逃げウマ娘たちを抜く。そうすれば、ハヤヒデの『領域』が発現する)

 

 ナリタタイシンは、ビワハヤヒデの『領域』発現に伴うウマ娘たちの動揺に目をつけた。

 

(もちろんアタシだって無傷とはいかないだろうけど…それでも抜く瞬間を目視できる分、タイミングは掴みやすい。アタシの方が被害は少ないはずだ)

 

 シャドウストーカーが前を走る逃げウマ娘を追い抜き、2バ身半ほど遅れてビワハヤヒデが追従する。

 

(今!!)

 

 ナリタタイシンは体に力を入れる。

 その瞬間、ビワハヤヒデの『領域』が発現し、ビワハヤヒデが書き記した計算式、そして自分がその計算の通りに動く駒になったかのような錯覚を覚える。

 

(ぐっ…けど、前回よりは…?!)

 

 ビワハヤヒデの『領域』が効果を発揮し、ビワハヤヒデの速度が上がる。そこまではいい、あの速度ならナリタタイシンは抜かすことができる。

 問題はその先を行くシャドウストーカーだった。

 

(なんで、そんなに前にいる!? まさか…)

 

 シャドウストーカーはナリタタイシンの想定の1バ身は先にいた。

 

(まさか!)

 

 それはまるで、『領域』に対し一切動揺していない(・・・・・・・・・)かのようで。

『領域』に対し動揺しないことすら作戦に入っている、完璧に練られた走りだった。

 

(それでも…!)

 

「届けえええええ!!!」

 

 失速した逃げウマ娘を、そしてビワハヤヒデすらも追い抜く。

 

 全身全霊で走るナリタタイシンは、

 

『ゴォォォォル!!! 春シニア最初の一冠目、制したのは昨年度クラシック最多G1勝利ウマ娘!! シャドウストーカーだあああああ!!!!』

 

『2着は1/2バ身差で9番ナリタタイシン、3着は1バ身差で2番ビワハヤヒデ…』

 

 それでも臙脂色の後ろ姿にあと一歩届かなかった。

 

 

 

 

 

 観客席、それもなぜか一点を見つめて手を振るシャドウストーカーにナリタタイシンは声をかけた。

 

「ねえ、シャドウストーカー…さん?」

 

「はい? あ、ナリタタイシン先輩! どうかしましたか?」

 

 ナリタタイシンの方に振り返ったシャドウストーカーは、それでも先ほどまで手を振っていた方を気にしている。

 そんな姿に苦笑しつつ、ナリタタイシンはシャドウストーカーを讃えた。

 

「悔しいけど、今回は完敗だった。まさかハヤヒデのアレに一切反応なしとはね、恐れ入ったよ」

 

「…そうですね。確かに、有のときのままだったら、最後ナリタタイシン先輩に抜かれてたと思います」

 

「タイシンでいいよ。なんだ、何か秘訣でもあるの?」

 

 不自然ではないように、それでもシャドウストーカーの秘密を探ろうとするナリタタイシンに、シャドウストーカーは蠱惑的に微笑む。

 

「えへへ、秘密です!」

 

 中等部とは思えないほどの色気を放つシャドウストーカーにナリタタイシンは慄く。

 しかし、畏れつつもシャドウストーカーの視線の先にいた一人のウマ娘の姿はしっかりと捉えていた。

 

(あれは…?)

 

 視線の先、シャドウストーカーに向けて手を振る小さな青鹿毛のウマ娘。

 

(まぁ、ちょっと調べてみるかな)

 

 そして来る皐月賞、そのウマ娘の走りを見たナリタタイシンは、更なる衝撃を受けることになる。

 

 

 




グランドライブ楽しいですね。
短いし。ストレスもあんまりない。

あ、感想は時間がある時に返します。気長にお待ちください。


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皐月賞・前編

どうもです。
コパノリッキー育成難しすぎて絶望してますが私は元気です。

前後編に分けるつもりはなかったのですが、インタビュー描写だけで3000字を超えてしまったのでこれは無理だなと察しました。

というわけでレース自体はまた次回です。今回はそこに行くまでのあれこれ。

ではどうぞ。


 

 

 

「ナリタブライアンさん、何か一言だけでもお願いします!」

 

 トレーナーとトレセン学園の両方から、皐月賞トライアルに勝利したことのインタビューを受けることを了承させられたナリタブライアンは、目の前に群がる大量の報道陣に辟易していた。

 

(さっさと終わらせてトレーニングに戻りたい…)

 

「ナリタブライアンさん! 皐月賞への意気込みは?!」

 

「注目しているウマ娘などはいますか!」

 

「名家のウマ娘といった有力なウマ娘も出場しますがそれについては!」

 

 照射されるカメラの光に何度も響くシャッターの音。

 メディアなどどうでもいいと思っているナリタブライアンにとって、これらの人垣は練習を邪魔する障害でしかなかった。

 

「ブライアン、何か言わないと永遠に終わらないよ」

 

 隣で佇むトレーナーは、目を閉じて眉を顰めているナリタブライアンに苦笑する。

 トレーナーは、この硬派なウマ娘の内心を正確に察知していた。不機嫌ですと言わんばかりの態度が別にポーズでもなんでもないことも、半年程度の付き合いで分かっている。

 ナリタブライアンは面倒臭そうに報道陣に向き直った。

 

「一言でいいのか」

 

「はい! 何かコメントだけでも…」

 

 記者たちは全く捕まらないナリタブライアンがようやくインタビューに応じたとあって、なんの収穫もなしには帰れない。ただし、本当に一言で済まそうという気もさらさらない。

 何か一言だけでも貰えれば、そこからどんどん話を繋げていこうと、チャンスを虎視眈々と狙っていた。

 しかし、これまで取材班が捕まえられなかったナリタブライアンは、やはり一筋縄とはいかなかった。

 

 

「全員ブッちぎって勝つ。以上」

 

 

 本当に一言だけ言い放ち、颯爽と立ち去ってしまった。ナリタブライアンのトレーナーもそれに追従してトレーニング場へと向かう。

 あまりの早業に取材班はしばらく呆然としていた。そして我に返って追いかけても時すでに遅く。トレーニング場への立ち入り禁止をリギルのメイントレーナーである東条ハナに言い渡され、途方に暮れるのだった。

 

 ──────────────────

 

 取材を快く受け入れたリボンオペレッタは、トレセン学園の多目的室にて自身のトレーナーと共に取材班の質問にテキパキと答えていた。

 

「では、最大のライバルはやはりナリタブライアンさんということに?」

 

「はい。同じ名家出身のサルサステップさんたちも強敵ですが…彼女たちと私は、実力的には互角だと思っております。しかしナリタブライアンさんだけは、明確な格上だと思っておりますわ」

 

 丁寧な口調で、しかしはっきりとコメントする。

 普段友人たちにはタメ口で、どちらかというと適当な性格のリボンオペレッタだが、そんな彼女も四大名家の一員である。公の場では名家のお嬢様に相応しい言葉遣いになるのだった。

 リボンオペレッタが猫を被っているということなど露程も知らず、記者たちは質問を重ねる。

 

「それでも勝つ自信はあると?」

 

「勿論です。たとえ相手が格上だろうと、それが勝てない理由にはなりません。それに、私もトライアルの一つである若葉ステークスを勝利しました。格上とはいっても、そう隔絶した差があるわけではない筈です」

 

 小さな二つ結びの髪を揺らしながら大きく頷く。

 しかし、言いながらもリボンオペレッタ当人は勝率はそこまで高くないと考えていた。

 

(確かに私も若葉を獲ったけどさー…あの時はめちゃくちゃ調子良かったし、それに有名な娘もそんなにいなかったしねぇ。それでも2000mで4バ身差、1800mで9バ身差で大勝したナリタブライアンと比べたら分が悪いっしょ)

 

 そんなことは微塵も表面に出さずに笑顔で応対する。

 若干表情が硬いことは、横にいるトレーナーくらいにしかバレていないだろう。

 

(まぁでも、勝てない理由にはならないってのは本心だよねぇ。勝負は水物。どんなに差があろうと可能性はある。それにここで諦めたら、ホープフルで私たちに正面からぶつかって勝ったあの娘にだいぶ失礼だし)

 

 受け答えしながら、小さな青鹿毛のウマ娘を思い出す。

 一般家庭出身でありながら名家集団と互角に渡り合い、ついには勝利を掴み取った。

 その後の仕打ちに関しては自分たちの不徳の致すところであり、あのウマ娘には本当に悪いことをしたと思っている。

 

「サルサたちの話では一応許して貰ったらしいけど…」

 

「え? 何かおっしゃいましたか?」

 

「いいえなんでもありませんわおほほ」

 

(あぶねー素が出かけやがりましたわ)

 

 チラリとトレーナーを見るとジト目でリボンオペレッタの方を見ている。

 冷や汗を流しつつ、とりあえずはインタビューに集中することにした。

 

 そしてほとんど質問も出切り、最後に一言。

 

「四大名家の一員として、リボン家の代表として、恥ずかしくない走りを見せられると思います。どうぞ、応援よろしくお願い致しますね」

 

(あの時は6着で負けたけど。今回こそ負けるつもりはないからね、ウルサメトゥスさん)

 

 リボンオペレッタはカメラに向けて微笑みつつ、内心では闘志を燃やしていた。

 

 ──────────────────

 

 大阪杯の翌日。

 中森はこの日のウルサメトゥスの練習を休みにし、乙名史記者からのインタビューを受けることにしていた。

 本当ならインタビュー後もトレーニングに当てるつもりだったのだが、シャドウストーカーの大阪杯優勝祝いで門限ギリギリまで騒ぎ倒し、そして寮に帰った後も二人で遅くまで起きて遊んでいたらしい。

 昼食時に合流したウルサメトゥスは態度こそ常日頃とそこまで変わらなかったが、目の下に若干隈があったり、反応が鈍いことがあったりと調子が良くなさそうだったので、中森の判断で休みとしたのだ。

 

 そして、それは正解だった。

 

「素晴らしいいいいいい!!!!」

 

 ああ、もう何度目だろうかと中森は思う。

 横でインタビューを受けているウルサメトゥス本人も、頬が引き攣っている。

 昼過ぎにインタビューが始まってから既に2時間ほど経過しているが、全くテンションが下がらないのは最早才能だろうと中森は内心褒めて(どくづ)いた。

 

「そんなにも前からナリタブライアンさんのことを意識していたのですね!!! 芙蓉ステークスの頃といえばナリタブライアンさんが調子を崩しておられたときの話ですよね?! それでもブレずにご自身の『領域』がナリタブライアンさんに届くか否かだけを考え、強化していったなんて!!!」

 

「そ、そうですね」

 

「京都ジュニアSで圧倒的な力の差を見せつけられ敗北し、それでも心折れることなく今回の皐月賞でリベンジに挑む! 素晴らしい、なんて熱い!! 感動で目から炎が出そうです!!」

 

「出てますよ」

 

「最初から一貫して最強の敵をナリタブライアンさんと見定め、それを超えるために努力されてきたということは、もうウルサメトゥスさんの半分はナリタブライアンさんで出来ていると言っても過言ではないのでは?!」

 

「過言ですし、それをトーカちゃん先輩に万が一にも聞かれたらやばいので絶対に口外しないでください」

 

「シャドウストーカーさんといえば昨日大阪杯を見事制しましたよね!! 素晴らしい!!! 私も現地で見ておりましたがウイニングライブが終わった後真っ先にウルサメトゥスさんに飛びついたとの情報が…」

 

 止まらない。

 止める暇すらない。

 今日のトレーニングを休みにして本当に良かったと中森は思った。

 こんなインタビューがあった後では、体力も気力も残っていないだろう。

 それでも、悪質な記者が大勢来るよりは、まだ乙名史記者一人の方が良いはず。中森はポジティブに考えることにした。そう思わなければやってられないとも言える。

 

 そしてインタビュー開始から4時間後、ようやく締めの、皐月賞に向けた一言となった。

 

「それでは、最後に皐月賞に向けて一言お願いします!!!」

 

「ああ、ようやくですか。…そうですね。色々考えてはいたのですが、ここまでのインタビューで全部吹き飛んだので本当に一言だけ」

 

 ウルサメトゥスは心底疲れたという雰囲気だったが、居住まいを正してしっかりと乙名史記者を見据える。そこには、先ほどまでの疲労は一切無かった。

 

「私が勝ちます。今度こそ、誰にも文句を言わせない。以上です」

 

 それだけ言うと、ウルサメトゥスは失礼しますと言って応接室から出た。

 中森もそれを追って外に出る。

 

「いつになく強気だね」

 

「ええ。この前の走りは流石に私も頭にきましたから。それに、勝算はあるのでしょう? トレーナー」

 

「勿論だ。たとえマイルで9バ身差をつけたナリタブライアン相手でも、キミなら勝てる。その実力が、君には既に備わっている」

 

 中森は自信を持って言う。

 ウルサメトゥスには毎日過酷なトレーニングを課してきた。

 彼女はそれに文句を言いつつも手を抜くことはせず全てこなしてきた。

 最近では様子を見に来た黒沼トレーナーや暮林トレーナーですら若干引き気味になる練習量だったが、ウルサメトゥスの精神力と回復力と最近さらに増した頑強さを鑑みればそうおかしくはないと中森は考えていた。

 

「とはいえ、確実に勝てるとは口が裂けても言えないがね」

 

「現実的な勝率があるのなら、十分です。あとは私がそれを実現するだけなので」

 

 ふふんと鼻を鳴らす相棒に、中森は頼もしさを覚えるのだった。

 

 

 直後、応接室から轟いてきた叫び声は聞かなかったものとした。

 

 ──────────────────

 

 入学式も先日終わり、俺は中等部二年生となった。

 最近まで春休みだったこともあり、充実した…そう、実に充実した練習を行えたと思う。許さんぞ中森。

 だがその鬼のようなトレーニングもあり、自分で言うのもなんだが俺の体はかなり仕上がっていると思う。昨日トレーナーから今の写真と去年の選抜レースのときくらいの写真を貰って見比べたのだが、筋肉量とかもはや別人レベルだった。

 ウマ娘は筋肉量が増えても体型がそこまで変わらないはずなのだが…最初の頃は見た目が変わらなくなるレベルまで行ってなかったってこと? もしかして、俺のスタートライン、後ろすぎ…? 

 まぁいい、とにかく今は名家のウマ娘と比べても身体能力は互角。ひょっとすれば上を行っているかもしれない。

 

 でもブライアンには及ばないんですけどね。

 

 なぜそんな確信めいたことを言えるか? 確信したからだよ、今。

 

 そう、俺は今、これから皐月賞が行われる中山レース場に来ている。

 そしてパドックでお披露目しているのだが…

 

「おい、見ろよナリタブライアンの身体。皐月賞に出てくるウマ娘のものとは思えん」

 

「ああ、他のウマ娘もクラシックのG1に出てくるだけあってレベルが高いが…ありゃ別格だな」

 

「ママーあのウマ娘さん強そうー」

 

「そうねー、一番人気だからねー」

 

「なんか迫力あるな…かっこいい!」

 

「ブライアン可愛いよブライアン」

 

「姉のビワハヤヒデと違って黒鹿毛なんだな。あんま大きくもないし」

 

「誰の頭が大きいって?」

 

「ちょっとハヤヒデ、やめてよ恥ずかしい」

 

「これはナリタブライアンで決まりか?」

 

 などなど、いろんな声が聞こえてくるが概ねブライアンが強いって見解でいいと思う。一部変なのはいるが。

 実際、隣にいるブライアンは見事と言う他ない。

 これが目に入ってしまったら他のウマ娘が有象無象と言いたくなるのも分かる気はする。

 …うん、隣にいるのである。なんの因果か枠番が隣同士なのだ。ブライアンは3枠5番、俺は6番。

 ブライアンの次に紹介されたが、一個前のインパクトが強すぎてあんまり印象に残らなかったような気はするよね。一応三番人気なんだが。

 

 あ、トーカちゃん先輩の応援は聞こえた。声大きすぎィ! 

 

 

 

 

 返しを終え、いつも通り控室で精神統一していると、いつも通りトレーナーがお茶を片手に帰ってきた。

 

「はい、メトゥス。状態はどうだい」

 

「言うまでもありませんが、万全です。少し喉が渇いていましたが、今こうしてお茶も貰いましたしね」

 

「役に立ったなら良かったよ」

 

 お、今日は麦茶か。

 いつも持ってくるお茶の種類が違うんだが、これもしかしてわざわざ家から持って来てるのか? 

 

「ナリタブライアン先輩ですが、やはり強敵ですね。体の仕上がりもいいですし、何より隙が無い。自分がこの場で最も強いことを自覚しているのに、全く油断していません」

 

「前走ではダービーを意識した走りをしてたけど、あれは別に皐月を軽く見てたわけじゃなくて、『自分が完全な走りをすれば勝てる』という圧倒的な自負からやっていたってことか。きっと本人には煽っていた自覚もないんだろう」

 

 油断してくれていれば良かったんだけどなぁ。

 前走で皐月よりダービーを意識した走りをしたけど、それはそれとして皐月を全力で勝ちに行く、という圧倒的な実力がなければやろうとも思わない強欲スタイル。

 目の前の皐月に集中しないと勝ちの芽がなくなる俺みたいな弱小にも少し才能を分けて欲しいくらいだ。

 

「しかし」

 

「そう、油断も隙もなくてもだ」

 

「ないなら作ればいいのです。そこを起点に勝ち筋をこじ開ける」

 

 たとえ油断も隙もなくとも、俺ならそれを作り出せる。

 纏った黒い勝負服、そして全ての元凶とも言える茶色の毛皮のケープに目をやった。

 本当は、毎回いけすかないお前の力を借りるのは癪でしかないんだが、そうも言ってられんわな。

 悪いとは思わん、今日もその暴虐の威を借らせてもらうぜ。

 怪物だって、恐怖しないわけじゃないだろう? 

 ならいくらでもやりようはあるはずだ。

 

「行ってきます」

 

「ああ、勝ってこい」

 

 トレーナーの応援を背に控室を出た。

 

 さぁ、今日もひと暴れさせてもらいますか。

 

 

 

 

 身長が伸びるかと思って勝負服に少し余裕を持たせていたのに、全く意味を為さなくて半ギレだったのはまた別の話。

 

 

 




やめて!クリオグリの固有『聖夜のミラクルラン』をスリセ起動で使われたら、それまで広げてたリードもアンスキも関係なくまとめてブチ抜かれちゃう!
お願い諦めないでアザミマン!あんたが今ここで育成を諦めたら、毎回チャンミには好きなウマ娘だけで行くって誓いはどうなっちゃうの?
まだチャンミまで日はある。リッキーが完成すれば、あとはデバフマヤとファル子を作るだけなんだから!

次回、「諦めてクリオグリ作成」。レーススタンバイ!!


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皐月賞・後編

コパノリッキー最強!(挨拶)

というわけで今回は皐月賞の続きです。
連休だからといって投稿ペースが上がる訳ではありません。すみません。

まぁ皐月賞の結果自体は一話でやってるので、今回はその主人公視点のお話ですね。

ではどうぞ。


 

 

 

『さあ間もなく始まります、今期クラシック路線を走るウマ娘にとって初めてのG1となる皐月賞。勝利を掴むのは一体どのウマ娘なのか!!』

 

『今は晴れていますが、今朝の雨の影響が抜けきっていないのかバ場は稍重での発表です。レースへの影響は少なそうですが、地面を踏みしめる感覚がいつもと少し違うかもしれませんね』

 

 さっさとゲートに入り、スタートを待つ。

 バ場は稍重か。その程度なら『領域』に影響はないかな。ターフを踏んだ時に水が跳ねて音がするとかじゃない限りは変わらない。

 横を見るとブライアンも今ゲートに入ってきた。腕を組んで仁王立ちしてる。立ってるだけなんだがプレッシャーがヤバい。

 

 まぁそれに呑まれるほど俺もやわじゃない。なんなら普段はプレッシャーかける側だし。

 

『では人気上位のウマ娘の紹介です。三番人気、3枠6番ウルサメトゥス。皐月賞トライアルである弥生賞を大接戦の末に制したウマ娘です』

 

『昨年の12月に行われたホープフルステークスを制したウマ娘でもあります。後ろからじわじわと追い詰めていくような追込のウマ娘ですね』

 

 お、俺か。一応観客席に向かって軽く手でも振っとくか。忘れずトーカちゃん先輩にも。

 しかし歓声がすごい。俺にもファンがついたって認識でいいのかな? この前弥生賞が終わった後にURAのホームページを見たときは、ファン人数がまた増えていた。これまでのを合計して25000人行かないくらい。

 

『二番人気、7枠13番リボンオペレッタ。こちらも皐月賞トライアルである若葉Sを制したウマ娘です。僅差でしたが、二番人気となりました』

 

『高いレース技術を持ちながらも、ここ一番での思い切りの良さに定評のあるウマ娘です。差しウマ娘ですが、前回の若葉Sでは早仕掛けで見事な勝利を収めました』

 

 二番人気はリボンオペレッタちゃん。俺が紹介されたときよりも大きな歓声が上がる。知ってた。

 四大名家の一人で、選抜レースでは他の四大名家とフェイント合戦をしてた。そしてそのフェイント合戦を始めたのは見てた限りこの娘だった様に思う。結果、最後オイシイパルフェちゃんに全員抜かれたというちょっとギャグみたいなことをしてたウマ娘だ。

 しかし実力のあるウマ娘だということは、若葉Sを5バ身差で勝利していることからも明白で、警戒は必須だ。

 しかし、分かってはいても今日のレースで警戒できるかは話が別だ。

 

『そして一番人気、3枠5番ナリタブライアン』

 

 実況がそう告げた瞬間、レース場が揺れるほどの大歓声が沸き起こった。

 これだけでブライアンがどれほどの期待を寄せられているか分かるってもんだ。大丈夫? ターフ上にいる俺ですらちょっとビクってなったのに、客席にいるウマ娘とか気絶してないだろうな。

 

『本レースでは他のウマ娘に大きな差をつけての一番人気。皐月賞トライアルのスプリングSでは1800mのマイルでありながら二着に9バ身差をつける圧倒的な勝利を飾りました』

 

『まさに大本命と言ったところですね。身体能力、レース感、技術の全てが高い水準で備わっているウマ娘です。中でもその身体能力には目を見張るものがあります。正直なところ、クラシックに出ているのが不思議なほどの実力を持っています』

 

 これで紹介は終わりだ。その間にみんなゲートに収まったし、いつスタートとなってもおかしくない。

 

 今回、心音で揺さぶりをかける戦術は使わない。あれは序盤から『領域』を使いたい時に、出遅れを誘発して相手を動揺させるためのものだ。

 中盤から『領域』を使う予定の今回では必要ない。いやアドバンテージは取れるかもしれないが、あれも何度も使ってるとそのうち効かなくなりそうだしね。今回使ってここぞというところで効かなくなっても困る。

 

 さて、そろそろ始まるか? 

 

 場内が静かになる…

 

 今! 

 

『スタートしました!! ウマ娘たちが綺麗なスタートを切ります』

 

『目に見えて出遅れたウマ娘はいませんね。差がない中、これからどのようにレースを展開していくのかに注目です』

 

 出遅れは無し、と。まぁ俺は確認することもなく誰より早くスタートしてハナを奪ったから分からんのだが。

 

『前に出たのは逃げ・先行のウマ娘に加えて、6番ウルサメトゥス。彼女は追込のウマ娘ではなかったでしょうか?』

 

『まだレースは始まったばかりですから、勢いで前に出ただけかもしれませんね』

 

 そうそう、勢いだよ勢い。

 少しの間、気持ち速めのペースで先頭で走る。う、ちょっとキツいが…まぁ俺はすぐ下がるからね、大丈夫大丈夫。

 後ろから抜かしてくる気配がしたので息を入れながら素直に譲る。まぁ内側から下がっていくんだが。邪魔してごめんね。

 さて、少しはペースが上がった状態で進むかな? 

 

『先頭が10番ジュエルアズライトに代わります。それを追走するのは14番リバイバルリリック。6番ウルサメトゥスは下がっていきます』

 

『通常通りの走りに戻るのでしょう。先頭に出た二人はグングンとそのまま伸びていきますね。ジュエルアズライトにリバイバルリリック、二人とも名の知れた逃げウマ娘です』

 

 そのまま最後尾へ。ほら、俺、遅いでしょ? 抜かしちゃっていいよ、一思いにさ。いや別に心苦しくはないか。

 

 今何をしたか? 

 最序盤だけ前で速めに走れば、そのペースを超えるスピードでレースを展開してくれるかと思ったんだよ。スタミナ勝負になれば、俺は『領域』で相手の体力を削れるから有利になる。

 それが上手くいってるかは…走りながら確認するとしよう。

 

『先頭が最初のコーナーに差し掛かります。現在先頭から10番、14番、一バ身離れて1番、7番。二バ身離れて11番、8番、5番ナリタブライアンここにいた。更に一バ身離れて2番、4番並びかけて来た。三バ身離れて18番、13番リボンオペレッタ追走、3番、一バ身離れて15番。そこから三バ身離れて16番、17番、9番、12番。最後尾に6番ウルサメトゥスという順番になっています』

 

『現状はどのウマ娘も予定通りといったところでしょう。しかし、流石に「最も速い」ウマ娘が勝つレースとされているだけありますね。全体的にペースが速い』

 

 目の前にいるアクアラグーンちゃんを追い立てながら実況と解説を聞く。お、ペースが速くなってるか、いいね。最も、それが俺の小細工によるものなのか、皐月賞のペースがもともと速いのかは分からんが。

 どちらにせよ、スタミナ勝負にしてくれるなら大歓迎だ。もっとペースあげてもいいよ? 俺は目の前のウマ娘…アクアラグーンちゃんが逃げたから今度はオイシイパルフェちゃんだな。それを風除けにして走ってるからさ。

 いやー二人とも毎度ごめんよ。でも追込で走る限り俺の妨害からは逃げられないから、是非これからも一緒に頑張って行こうな!

 

『先頭が2コーナーを回ります。順位に大きく変化はありませんが、後続が若干詰めて来ているように見えます』

 

『実際、後方集団が前に寄って来ていますね。列が少し短くなっています。先ほどまではかなり縦に長い展開でしたからね、いくら中距離と言っても2000m、ここである程度詰めておかないと最後間に合わないと判断したのでしょう』

 

 それもあると思うけどね。俺が焦らせたのもあるよ、外から見てる分には分かりづらいと思うが。

 足音を立てる、逆に足音を消す。これを繰り返すだけでも、すぐ前にいるウマ娘は俺の位置が分からなくなって混乱するし、そのまま並びかけてやれば驚きもする。

 

 で、先頭が2コーナーに? ならちょっと加速して…

 お、何人かこっち見てたかな? 加速したのが見えたぞ。

 よし、いい感じに勘違いしてくれたかな。トーカちゃん先輩ほど上手くはできないが、多少焦らせることはできたか。

 名家のウマ娘も何人か引っかかったな。リボンオペレッタちゃんなんて顕著に加速したぞ。コーナーは後ろを見やすくていいよね。ただそっちから後ろが見えるってことは、こっちも前の様子が見えるってことなんだ、よく覚えときな。

 まぁ肝心のブライアンはこっち見てませんでしたけどね。そう上手くは行かんか。

 そして並びかけられた目の前のウマ娘は焦ったように前へ、おっとこれは完全に二次災害、いや俺にとっては一石二鳥か。

 

 さて、序盤の小細工はいい感じだな。追い立ても成功して、前との距離は現在17バ身といったところ。十分射程圏内だ。誰が? ブライアンに決まってる。

 逃げウマ娘には悪いけど、最悪ブライアンだけでも『領域』に入れられれば勝ちの目はあると思ってる。

 それほどまでに、ブライアンと他のウマ娘たちの差が顕著だ。

 

 もう少しすると先頭が1000m、中間地点に差し掛かる。

 今回は第二の効果である、「終盤の萎縮」を使うために『領域』は中盤から使う。序盤から『領域』を使ったときは、第二の効果は使えない。理由は疲れている時に第二の効果を使うと俺が自滅するからだ。

 では自滅とは何か? 

 

 スタミナが足りないと『領域』による幻覚が俺をも対象にしてしまうのだ。

 

 いくら『領域』として昇華しているとはいえ、元々俺のトラウマだ。

 体力的に余裕のある状態でないと持ち主である俺にも爪を立ててくる。

 いいように使うことは許さないってか? らしいと言えばらしいのだが、いい迷惑だよちくしょう。

 だからこれまでは中間地点を超えてから使っていたわけだ。それ以上はスタミナが持たなかったからね。

 

 ただ逆に言えば、最終的にスタミナが足りるなら少し早く発動することもできる。

 

 

 こんなふうに、な!! 

 

 

『さぁかなり速いペースでレースが展開されています! 先頭の1000メートルのタイムは58.5秒! しかし先頭集団のスピードは衰えない!! 掛かってしまっているのでしょうか、これは後半に脚が残っているのか?』

 

『とんでもないですねぇ。クラシック序盤、2000メートルのレースとは思えないペースです』

 

 まぁそれでもそこまで早くはならないけど。

 今回は10バ身程先を走る先行のウマ娘たちが1000mの標識を抜けたところで『領域』を展開させて貰った。

 うん、先行というかブライアンメタだよね。

 今回は元々のレース展開が速くてスタミナが心配だったから、多少早く発動させる程度にしか出来なかったけど…もう少し前倒しでも良かったかもな。案外俺に余裕がある。

 というか、いつの間に距離が少し縮まったのか逃げウマ娘たちも『領域』に飲まれてるな、これはラッキー。

 

 さて、前を走るウマ娘のペースが上がっていく。

 俺もその真後ろにピッタリと張り付いて走る。スリップストリームを十分に受ける形だ。

 前のウマ娘がかかってペースが上がったら、結局自分のスタミナも消費が早くなってしまうんじゃないかって? 

 いやいや、違うんだなこれが。

 自分で制御したペースの変更と、かかったことによる焦りでペースが上がってしまったのとでは、消費するスタミナに天と地ほどの差がある。

 レース中の精神状態というものは、それほどまでに体に与える影響が強い。

 それに加えて、今ウマ娘たちは俺の『領域』に補強されたかかりを受けている。

 ちょっとやそっとじゃ抜け出すこともできないはずだ。

 

 残り800m。

 まだ仕掛けには早い。第二の効果を使うには早すぎる。普通ならな。

 でもブライアンならやらかしかねない。

 だから目を、耳を、尻尾を、感覚を全部ブライアンに向けろ。

 仕掛けのタイミングを正確に把握するんだ。

 

 残り700m。

 まだ早いか? 

 ブライアンに動きはない。

 ただ忘れるな、俺は追込の位置、最後方。

 俺自身の仕掛けのタイミングも把握しとかなきゃいけない。

 

 残り600…っ! 

 

 今! 

 

 ブライアンに仕掛けの兆しが見えたその瞬間、一時的にプレッシャーを切り、足音も消す。

 さぁ、殺気が無くなっただろ? 暗い空間も、恐怖も消えた。

 スパートする絶好のチャンスに感じるはずだ。

 名家だろうが怪物だろうが関係ない。生き物ってのはな、チャンスだと感じて行動するときに一番隙が出来るようになってるんだよ! 

 

 残り500! 

 第二の効果、存分に食らいやがれ! 

 

『おおっと! ここでウマ娘たちが揃って速度を落としたぁ! やはり前半に飛ばし過ぎたのか?!』

 

『どうしたのでしょうかねぇ。こうも一斉に走りが乱れるとは…』

 

 実況を聞いている暇もない。

 持ちうるパワーの全てを使って前に出る。

 一向に加速しない追込勢を、身の入らない走りをする差しウマ娘たちを、一瞬にして置き去りにする。

 

 あとは先行、貰ったぞブライアン…?! 

 

 

 あと数歩で追いつく、そう思った俺の目が捉えたのは、急激に加速し始める『怪物』の姿だった。

 

 

『ナリタナリタナリタ! ここでナリタブライアンが速度を上げた! 本性を現した怪物が!! これまでのハイペースを物ともせず、バ郡から一気に抜け出し、加速していく!!! やはり強い、強いぞナリタブライアン…』

 

 しかし、これを予想していなかったわけではない。

 お前のことだ、そんくらい仕出かしてもおかしくないと思ってたよ! 

 意識が戻ったって言ってもほんの少し前だろう? 

 まだ加速しきれてない今なら、まだチャンスはある!! 

 

『そしてもう一人! 他のウマ娘が速度を落とした隙をついたのか!? 最後方から一気に上がってきた!! ウルサメトゥス、ナリタブライアンの一人旅に待ったをかける!』

 

「何?!」

 

 思わず、ってか? 声が漏れたぞブライアン。

 敵なんていないと思ってたか? 

 そうだろうな、皐月賞トライアルでダービーを見据えた走りをするくらいなんだから。

 けど、そうは行かない。

 京都ジュニアSのリベンジだ。今日こそは…

 

「勝たせてもらうよ! ナリタブライアン!」

 

『ウルサメトゥス、どこにそんな脚が残っていたのか! ナリタブライアンをかわしてトップに立つか!?』

 

 ジリジリと差を開けていく。

 俺の方が先に加速してたってのに、こんなにも差が広がらないか?! 

 ブライアンの身体能力を舐めてたわけではないが、これほどか!! 

 だが、俺の考えは完全に甘かった。

 

「ぐっ…だが!」

 

 そう後ろから聞こえた瞬間、俺の真横に抜かしたはずのブライアンの姿があった。

 

「! まだ伸びるの?!」

 

「舐めるなあああアアアア!!!!」

 

『しかしここで終わらないのがナリタブライアン!! 伸びる伸びる!! できた差を瞬く間に差し返した!!!!』

 

 嘘だろ?! まだギアが上がるってのか?! 

 だが俺だってまだ終わるわけにはいかないんだよ!! 

 脚を回せ、速度を上げろ! 

 まだ100mはある、まだ間に合…!? 

 

 

「しまっ…!」

 

 

 スローで流れる景色の中、視界に入ったのは芝の緑ではなく、茶色くなった地面。一周目で捲れたのか? 

 

 咄嗟に足の踏む位置を変えることはできず、剥き出しになった地面を踏み抜く。

 

「くっ」

 

 芝を踏みしめるつもりで蹴った脚の感触が異なり、若干体勢が揺れる。

 倒れるなんてことはないし、遠目に見ても分からないほどの変化だろう。

 

 

 しかし、この場においてはあまりにも致命的だった。

 

 

 たった一瞬で前を走る背中が遠くなる。

 

 ああ、俺はまた…

 

『ナリタブライアン、一着でゴール!!!! タイムは1:59.0、皐月賞のレースレコードどころか、中山レース場のコースレコードを記録しました!!! 強い、強すぎるナリタブライアン!! このウマ娘に勝てるウマ娘はいるのか!!!!』

 

『二着は1 1/2バ身差でウルサメトゥス、三着は…』

 

 負けたのか。

 

 

 疲労と無力感からターフに倒れ込む。

 涙が止まらない。

 ああだめだ、邪魔になっちまうな。

 俺は涙を拭うこともせずに立ち上がり、ターフを後にした。

 

「メトゥス! お疲れ様、大丈夫かい?」

 

「トレーナー…」

 

 控室に戻るところを、トレーナーが駆け寄ってくる。

 タオルを受け取り、それで顔を乱暴に拭った。

 

「大丈夫、とは言えませんね。大口を叩いておいて、あの様です」

 

「僕の分析が足りなかったんだ、キミが気に病む必要はない」

 

 そうは言ってもな、負けは負けで、実際に走ったのは俺だ。

 気にもするさ。

 けど…

 

「まだです」

 

「え?」

 

「まだ終わってません」

 

 そう、まだクラシックは始まったばかりだ。

 皐月は負けた。それは覆しようのない事実だ。

 だから、次は勝つ。

 もう既に一回負けてるんだ。また負けたくらいでへこたれていられるか。

 

「そう、だね。そうだ。その意気だメトゥス。次に活かそう」

 

「ええ」

 

 トレーナーにタオルを投げ、鏡を確認する。

 うん、ちょっと目元は赤いけど、これくらいなら化粧で隠せるか。

 目が充血してるのは仕方ない。このままで。

 

 さて、ウイニングライブに行こう。

 今回はセンターを譲ってやる。

 レースは負けたが、それはそれ。

 センターが一際目立つように、完璧な歌と踊りを披露してやるよ。

 

 

 溢れそうな涙は、一旦仕舞っておいてな。

 

 

 




なんとか育成は間に合い、逃げリッキーを育成することができました。マヤも。
ただファル子は間に合わず、ネイチャを使うことに。いや手は抜いてませんけどね。

そしてスタミナを舐め舐めしたクリオグリを封殺することはできました。
なんとかA決勝、ただ3位だろうなぁ…

今回のチャンミはそんな感じでした。


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掲示板回:弥生賞〜大阪杯

コパノリッキー最強!

というわけで、ヴァルゴ杯Aグループで優勝しました。
居並ぶUGオグリたちを薙ぎ倒し、リッキーがやってくれました。

今回は掲示板回、最近無かったのは皐月まで主人公があんまりレースに出てなかったからです。

弥生賞から皐月まで…と思ったけど分量が多くなったため分割。大阪杯までの掲示板模様をどうぞ。
皐月の掲示板はまた次回。


 

【四大名家】今期のクラシック戦線を語るスレその10【頑張れ】

 

 

132:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

俺は信じてたからなリボンオペレッタ

さすが四大名家だぜ

 

134:名無しのウマ娘 ID:b7B1rSeZd

堅実な展開かと思ったけどあそこで仕掛けるかって感じだったね。

他のウマ娘もえ?って感じの顔してたし

 

135:名無しのウマ娘 ID:mNC8NGcbQ

まぁ結果自体は妥当なところだな。知られた家もあったけどリボンに比べたら言い方は悪いけど劣るし

 

136:名無しのウマ娘 ID:7H61YO0g+

身体能力・技術ともに一番人気に恥じない走りだった

 

137:名無しのウマ娘 ID:vz7YN8CCp

年が明けてからどの四大名家もいい感じに仕上げてきて、さぁ皐月のトライアルだってところで共同通信杯のあれだもんな…

 

139:名無しのウマ娘 ID:6SyUjxNaq

>>132 ナリタブライアンに浮気したことがないと三女神に誓えるか?

 

141:名無しのウマ娘 ID:LdA/Pe2Ai

実際上手いレースだったよな、途中の仕掛け合いとかも一方的に他のウマ娘を翻弄してたし

 

142:名無しのウマ娘 ID:xs4i3ndre

今日の弥生ではどのウマ娘が勝つかな

 

144:名無しのウマ娘 ID:5fgmTMKJU

>>137 ナリタブライアン、ジュエルアズライトに5バ身差で圧勝

 

145:名無しのウマ娘 ID:PKEvhQ55Y

リボンは技術、身体能力ともにバランスのいい家だからな。技術ではステップが、身体能力ではリズム。ジュエルはその年によって変わるけどレース感がいいウマ娘が多いイメージ。

 

146:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

>>139 浮気しました

 

148:名無しのウマ娘 ID:cb8lnA6aB

他のウマ娘が家格的に下だったとはいえ、皐月のトライアルで5バ身差は凄いよ。

 

149:名無しのウマ娘 ID:dul+n3NwU

>>137 あのレース現地で見てたけど、出場しない名家が軒並み見にきてたのは面白かったw

 

150:名無しのウマ娘 ID:ZaAXtTWqI

弥生は無難にサルサステップだと思うなー。なんだかんだ今期の名家軍団で一番強いのはあの娘だと思うよ。

 

151:名無しのウマ娘 ID:6SyUjxNaq

>>146 素直でよろしい、だが許さん。罰として今日の弥生で誰が一着を取るか予想して、外れたら一番近くにある学校の外周10週で。

 

152:名無しのウマ娘 ID:itG8rm6DE

共同通信杯は凄かったな。マイルで5バ身差つけるとは予想できんて

 

154:名無しのウマ娘 ID:XhLt7F00E

個人的にはリズム家のファンなのでヴィオラリズムに勝って欲しいところ。

 

156:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

>>151 えーまた俺トレセン学園の外周走らされんの…

予想としては、うーん、迷うけどウルサメトゥスちゃん。ちっちゃい体を泥だらけにして走る姿を見てファンになったので。

 

158:名無しのウマ娘 ID:Prhp0VzX9

サルサステップいいよね、クラシック級なのに走りが高レベルなのが

 

160:名無しのウマ娘 ID:+kbPIg31d

>>156 なんか前も罰ゲームでトレセン学園の外周走らされてた奴を見たことがあるがまさか同一人物か?

 

161:名無しのウマ娘 ID:TSSq63Zoi

ウルサメトゥスって誰?

 

163:名無しのウマ娘 ID:QT8HEbHGE

>>161 は?www

 

165:名無しのウマ娘 ID:AGM/JyOA1

>>161 さすがにホープフル獲ったウマ娘を知らないのは草

 

166:名無しのウマ娘 ID:Li5e0amSI

>>161 よく知らない、なら分かるが名前も知らないは情弱としか言いようがない。

 

168:名無しのウマ娘 ID:EomzGLmBE

メディアに顔出さないからあんまり人気も出ないし、パッとしない勝ち方が多くはあるけどね

 

169:名無しのウマ娘 ID:FEWq1x7CV

>>161 さてはアンチだなオメー

 

171:名無しのウマ娘 ID:TSSq63Zoi

は?だって仕方なくね?パッとしないんだろ?

 

172:名無しのウマ娘 ID:mcFbY+nMy

情報が無さすぎて今まで名前が上がらなかっただけで、今日の弥生賞も前回のホープフルと同じ条件だから普通に優勝候補なんだよなぁ…

 

173:名無しのウマ娘 ID:ynNdIhAIT

>>171 仕方なくないんだよなぁ…悪いけどG1とった時点で詳細はともかく名前は全国に知られるレベルだから。

 

174:名無しのウマ娘 ID:jdKlF+kcc

>>156 ウルサメトゥスとはなかなか渋いとこ行くね

 

175:名無しのウマ娘 ID:TSSq63Zoi

フロックだろあんなん。新聞にも載らなかったし

 

177:名無しのウマ娘 ID:ifInZvKgx

>>175 アッ…

 

178:名無しのウマ娘 ID:xZvErG3wJ

>>175 はい関係者もしくはアンチ確定

 

180:名無しのウマ娘 ID:89RxuunMX

俺の予想では一番人気サルサステップ、2番人気ウルサメトゥス、3番人気ヴィオラリズムとみた

 

181:名無しのウマ娘 ID:fnxJ4s6l7

>>175 あーあ言っちまった、俺らは知らんからな

 

182:名無しのウマ娘 ID:jtxbZl/yz

なんかあったん?

 

184:名無しのウマ娘 ID:Bon6PVWBe

お、発表された。

 

185:名無しのウマ娘 ID:E1fssL2eG

知らん人は知らんままでええんや…業界の闇は深い、探らない方がええ

 

187:名無しのウマ娘 ID:bbnnbi4J7

あっ(察し

 

189:名無しのウマ娘 ID:Gv3ZJbYTo

>>180 惜しかったな。ウルサメトゥスは3番人気

 

190:名無しのウマ娘 ID:389RxuunMX

あー、やっぱ最近レースに出てないのが人気に影響してるか

 

191:名無しのウマ娘 ID:OjK5cTNBF

さてパドック。さすがにG2、皐月賞トライアルだけあってみんな良い体してんねぇ

 

193:名無しのウマ娘 ID:qOSUyB7lB

なんか、ウルサメトゥス前より体がしっかりしてる気がする

 

194:名無しのウマ娘 ID:mYVdrrLmG

天気もいいし好走が期待できそうやな

 

196:名無しのウマ娘 ID:1EeoWxwIG

>>175 がすっかり黙っちまったな。詳しい話を聞いてみたくもあったがw

 

198:名無しのウマ娘 ID:5fbcDmD8Q

やめとけってw

 

 

 

 

250:名無しのウマ娘 ID:DEWsEUyD5

始まるぞオイ

 

252:名無しのウマ娘 ID:o3/5dM0Uw

サルサステップのあの長いウマ耳が俺を狂わせる…

 

253:名無しのウマ娘 ID:1W0gAoEvs

解説わかってんな

 

254:名無しのウマ娘 ID:Q3VgrBZow

スタート!

 

255:名無しのウマ娘 ID:9a3zL9q2s

っておい!!?

 

257:名無しのウマ娘 ID:rD09jJTlS

何が起きたんや?仕事中だから誰か説明してくれや

 

258:名無しのウマ娘 ID:KgiF0swnR

>>257 日曜に仕事とはお疲れさん…と言いたいところだが仕事はしろ

 

260:名無しのウマ娘 ID:/w7ebQRTK

簡単に言うと、なんかめっちゃ出遅れた

 

261:名無しのウマ娘 ID:PxAJC7Mqz

実況書き起こし

『スタートしました!っと?!ウマ娘たちが出遅れたぁ!集中を欠いたか?!』

『何人かしっかりスタートをきれたウマ娘たちもいますね。9番ウルサメトゥス、一際綺麗なスタートダッシュです』

 

263:名無しのウマ娘 ID:mPceOuVqE

大丈夫か?これ

 

265:名無しのウマ娘 ID:vvkG83NEi

大丈夫じゃないだろ…現に逃げウマたちは必死に加速してるし

 

266:名無しのウマ娘 ID:po+rSbr+k

なんかウルサメトゥスめっちゃ前に出てね?追込じゃなかったっけ

 

268:名無しのウマ娘 ID:LU+KMeiIo

みんなが出遅れる中で前につけたか

 

269:名無しのウマ娘 ID:SnHsiSaAz

わからん、あのウマ娘に関しては情報が少なすぎる

 

271:名無しのウマ娘 ID:Bzg30x0JZ

『出遅れたウマ娘たちが遅れを取り戻すように加速していきます。それとは対照的に、先頭を走っていた9番ウルサメトゥスが後ろに下がっていきます』

『彼女は追込のウマ娘ですからね。下がったのは作戦のうちでしょう』

追込であってるっぽい

 

272:名無しのウマ娘 ID:kdMJrB+DQ

解説は流石に知ってるのか

 

273:名無しのウマ娘 ID:/8mnbigBF

掛かってたんかな?いや周りが出遅れたから思わず前に出ちゃった感じか

 

274:名無しのウマ娘 ID:Tm5KlqcFL

てか、ペース早くね?もうコーナー入ってるぞ

 

276:名無しのウマ娘 ID:HEA5aAgZ8

出遅れてみんなかかり気味なんだろ

 

277:名無しのウマ娘 ID:By8ItRrN9

にしては落ち着いてる娘がいなさすぎる気もするが

 

278:名無しのウマ娘 ID:g0be6hWiy

レース始まった途端にそっちに集中してレスが少し遅くなるこの感じ嫌いじゃないよ

 

279:名無しのウマ娘 ID:OnRMuRAgE

めちゃくちゃ縦長になってるw

 

280:名無しのウマ娘 ID:slA6QMJ/R

先頭が2コーナー抜けた時点で15バ身以上差がついてんのは草

 

282:名無しのウマ娘 ID:vXrmy3HxM

1000mで58.2www速すぎwww

 

284:名無しのウマ娘 ID:4Pv5e3lL/

解説も言ってるけどそんなに出遅れが気になっとるんかね

 

285:名無しのウマ娘 ID:SN5yIH4fg

あ、でも先頭がちょっとペース落ちた?実況の声が聞こえたんかな

 

287:名無しのウマ娘 ID:4Up4OgLBT

後続も詰めてきてるぞ

 

289:名無しのウマ娘 ID:fAD1Nzb6v

と思ったら3コーナーに入ってまた加速し始めた。なんだこれ

 

291:名無しのウマ娘 ID:OkvG9f1Va

流石に仕掛けには早すぎるな、まだ800m以上あるぞ

 

292:名無しのウマ娘 ID:m9PcUGDL3

いやペース落として…また上がった?!

 

293:名無しのウマ娘 ID:YtvE76Mwq

フェイントのつもりなんかな

 

295:名無しのウマ娘 ID:ydxI4hk+Y

そんなことしてる体力があるとは思えんが

 

297:名無しのウマ娘 ID:wmHqx8e5t

!動いた!!

 

298:名無しのウマ娘 ID:Q7RXKbioi

おおみんな前に上がってくけど…ウルサメトゥスちゃん?!どこにそんな足が?!

 

299:名無しのウマ娘 ID:Dru7ufH8A

他のウマ娘が必死の表情の中、明らかにひとり余裕綽々である

 

300:名無しのウマ娘 ID:yDB+1uD6n

サルサステップが凄い足捌きでフェイントかけてるけど全く効いてないな…なんで?

 

301:名無しのウマ娘 ID:2idqcKdaZ

ちょっと動きが鈍いし、疲れてるんじゃない?

 

303:名無しのウマ娘 ID:wHDNj5c5O

残り200m!

 

305:名無しのウマ娘 ID:+gYKnXJ0z

抜くか?抜くか?

 

306:名無しのウマ娘 ID:vtgG/1m1b

抜けええええ

 

307:名無しのウマ娘 ID:CEa9x9xvy

粘れえええ

 

309:名無しのウマ娘 ID:0wTej0Dm8

これは?!

 

310:名無しのウマ娘 ID:kRHPNJoCx

抜いたあああああ

 

312:名無しのウマ娘 ID:LIZmfya9G

『大接戦を制したのは9番ウルサメトゥス!タイムは2:01.0!昨年のホープフル優勝ウマ娘が、またしても中山を制したあああ!!!!』

これは実力勝ち、間違いない

 

313:名無しのウマ娘 ID:HjAF1fe2R

いったいどこにそんな脚が残ってたんだ…

 

314:名無しのウマ娘 ID:FC8s2xbLh

おめでとう!!

 

316:名無しのウマ娘 ID:FNCbVY77P

凄い!おめでとう!!

 

318:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

よくやった!!俺の罰ゲームも無しや!

 

320:名無しのウマ娘 ID:ug0d/lf4l

実力…勝ち?

 

321:名無しのウマ娘 ID:NV0MYqzpN

なんか他が勝手に崩れたようにも見えたけど…まぁヨシ!!

 

323:名無しのウマ娘 ID:Y2UKJeIuF

勝ったからヨシ!

 

324:名無しのウマ娘 ID:/j1CFm7Er

1/2バ身差か。いや5バ身とか離れる方がおかしいとは分かってるけど…

 

 

地味だよね()

 

325:名無しのウマ娘 ID:Y+KAZQ1tF

言ってしまった

 

326:名無しのウマ娘 ID:2Tph6fDoG

誰も言わんようにしてたのに()

 

327:名無しのウマ娘 ID:+83vbXUxp

お?ウルサメトゥスとサルサステップがなんか話してる

 

328:名無しのウマ娘 ID:IB1OTVYMX

讃えあってる感じかな

 

330:名無しのウマ娘 ID:DyR2y7exA

てか全然息乱してないなウルサメトゥス。スタミナありすぎだろ

 

332:名無しのウマ娘 ID:ciuW094Mn

あっいけませんお客様

 

333:名無しのウマ娘 ID:iXqkzbjp0

ウマ娘同士がイチャイチャしてるのを見ることでしか得られない栄養がある

 

335:名無しのウマ娘 ID:JM32lgJO8

今のウルサメトゥスちゃんの顔えっちすぎません?カメラに写ってますよ

 

336:名無しのウマ娘 ID:2FfTkqWRu

めっちゃ乙女な顔してるサルサステップもいいものだ…

 

338:名無しのウマ娘 ID:BelTPt22G

ウルサメトゥス…魔性の女よ

 

339:名無しのウマ娘 ID:ozLp1211M

激マブね…

 

341:名無しのウマ娘 ID:yUyMMDilZ

流石に古すぎるやろ…

 

 

 

【やっぱり】今期のシニア戦線を語るスレ20【ビワハヤヒデ?】

 

555:名無しのウマ娘 ID:xeUxQUkWO

一番人気ビワハヤヒデ

 

556:名無しのウマ娘 ID:vud52Aibt

当然の結果である

 

557:名無しのウマ娘 ID:gHBKVJFZh

タイシン4番人気かー、最近振るってないからなぁ

 

559:名無しのウマ娘 ID:9uJIgfzLL

ビワハヤヒデつよスンギ、この前のレースでも一着だったっしょ

 

561:名無しのウマ娘 ID:ik4XZBcgX

まじで負ける気配ないな

 

562:名無しのウマ娘 ID:77utSbrt9

2番人気シャドウストーカー、これも妥当

 

564:名無しのウマ娘 ID:JevIjNRtc

チケぞー3番人気、俺はお前が好きなんだよ!!

 

566:名無しのウマ娘 ID:dVBEbXiCk

妥当か?有六着だったじゃん

 

568:名無しのウマ娘 ID:+kGVBBbn9

はシャドウストーカー初の長距離なんですが…

 

569:名無しのウマ娘 ID:ElqGlv1UU

そもそも去年のクラシック最多G1タイトル保持者が弱いわけないという

 

570:名無しのウマ娘 ID:97OM5CJ4L

始まるぞ

 

572:名無しのウマ娘 ID:OZA399VPq

スタート!!

 

574:名無しのウマ娘 ID:23p5OpZ63

シャドウストーカーいいスタート

 

576:名無しのウマ娘 ID:OfzArjoKr

逃げだっけ?

 

578:名無しのウマ娘 ID:AJzlOJrsn

みんな綺麗なスタートやな、さすがシニア

 

580:名無しのウマ娘 ID:InDZuRp35

それぞれの位置をキープしていくぅ

 

582:名無しのウマ娘 ID:8tG6/0BZa

>>576 いやシャドウストーカーは先行。だけどそのトレーナー曰くどの脚質でもある程度走れるそうな

 

583:名無しのウマ娘 ID:FkQk7QRuU

みんな露骨にビワハヤヒデ警戒してるな

 

585:名無しのウマ娘 ID:tP84E4CbX

ってことはペースを乱しにきた感じかな?あ、下がった

 

586:名無しのウマ娘 ID:RYzsDZ9Md

解説の言ってる通りだと思うよ。シャドウストーカーは2500mを走れるスタミナがあるんだし、少しでも有利取ろうとしてるんでしょ

 

587:名無しのウマ娘 ID:6DK+frQgb

ビワハヤヒデの前に付けたな

 

 

 

601:名無しのウマ娘 ID:F7OBsBPww

1000m過ぎてタイムは0:59.9、普通くらいか

 

603:名無しのウマ娘 ID:SAMVkvCCz

なんか、みんな表情が硬くね?疲れてる?

 

605:名無しのウマ娘 ID:J5L9/3ik1

別にペースは早くないのにな。ビワハヤヒデを警戒して気を張ってんじゃねーの?

 

606:名無しのウマ娘 ID:Ho3BcpZd/

お、タイシンがちょっと上がってきた。距離を詰めにきた感じかな

 

608:名無しのウマ娘 ID:0XXGGeYwW

残り700、まだ動かんか

 

609:名無しのウマ娘 ID:KZ4pqMYvT

おいおい、後方脚質はそろそろ動かんとまずいんじゃねーの?

 

610:名無しのウマ娘 ID:Tc3F74eCf

>>605 そのビワハヤヒデも表情が硬いように見えるんですがそれは

 

611:名無しのウマ娘 ID:DHfnSWdBz

悲報:ワイ氏、目がおかしくなる

現地で見てるんやが、シャドウストーカーちゃんをずっと見てたら脚が7本くらいあるように見えてきた

 

613:名無しのウマ娘 ID:NB8hs9Kpn

お、タイシンが加速した!

 

614:名無しのウマ娘 ID:58junSyEh

それに釣られてみんな加速し始めたけど…ちょっと遅いか?

 

615:名無しのウマ娘 ID:A3iXApsM6

>>611 それは草

 

616:名無しのウマ娘 ID:hjkyk0AeX

>>611 最初は四本足、それから二本足になって最後は七本足になる生き物ってなーんだ?

 

617:名無しのウマ娘 ID:tQz17mmco

>>616 バケモノやんけ

 

618:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

ふむ…あんなことをやられ続けてたら私でも動揺してしまうかもしれんな。私も同様にな…っふふ

 

620:名無しのウマ娘 ID:oTOFetRWK

>>618 は?

 

621:名無しのウマ娘 ID:4J3Mt1Qb3

ビワハヤヒデも加速してる、けど!

 

623:名無しのウマ娘 ID:hz2YGnrbH

シャドウストーカーの方が先に加速し始めた!

 

624:名無しのウマ娘 ID:2Ad9OjDUX

!?なんかビワハヤヒデが突然速度上げた?

 

626:名無しのウマ娘 ID:Wr/r2f8fs

のときもあったような気がするな

 

627:名無しのウマ娘 ID:IzGPhaOYI

いやそれでも…

 

628:名無しのウマ娘 ID:1BeswaYCf

後ろからタイシンとチケゾーが来てる!!

 

629:名無しのウマ娘 ID:Lts2TJs5M

タイシン間に合うか?!

 

631:名無しのウマ娘 ID:upXpyDNEO

ハヤヒデ抜いた!

 

632:名無しのウマ娘 ID:Xrt0az1GY

いくか!?

 

634:名無しのウマ娘 ID:xmitOE0Ko

ゴオオオオオル

 

636:名無しのウマ娘 ID:YXShUzX4E

シャドウストーカーおめでとおおおおおお

 

637:名無しのウマ娘 ID:XGjkpiJ2e

シャドウストーカー1着!!!

 

638:名無しのウマ娘 ID:G+3rnitxY

【速報】大阪杯を制したのはシャドウストーカー

 

640:名無しのウマ娘 ID:bFCGu+l+/

やってくれますこのウマ娘!!

 

641:名無しのウマ娘 ID:p4VYdP7vi

あのビワハヤヒデに勝つか!

 

642:名無しのウマ娘 ID:mkgTv1LhC

激アツやんけ!!!

 

643:名無しのウマ娘 ID:3DczWtZrq

シャドウストーカーのファンになりました

 

644:名無しのウマ娘 ID:LSLSVNaHh

G1これで4勝目?凄すぎ

 

645:名無しのウマ娘 ID:oLqu3me/O

タイシン惜しかった、よく頑張った!

 

646:名無しのウマ娘 ID:xuWznQIhj

これは…全部読んでたとしたらシャドウストーカーはめちゃくちゃ計算高いウマ娘だな

 

648:名無しのウマ娘 ID:8dKT46u0G

ビワハヤヒデ呆然としてる

 

649:名無しのウマ娘 ID:XMU+yRtQb

お、ナリタタイシンと話してる

 

650:名無しのウマ娘 ID:b4xp/gMc8

ヌッ(絶命

 

652:名無しのウマ娘 ID:ShXMj2RCb

その笑顔は反則やんけ

 

653:名無しのウマ娘 ID:sSVTlHWPp

これは魔性のウマ娘

 

 

 




実はサービス開始からやっててプラチナとるの初めてという…めっちゃ嬉しかったです。
本当は最推しの娘で優勝したかったのですが…ダートでは致し方なし。
でも今回も活躍はしてくれたのでね。デバッファーとして。

次回のチャンミに出すウマ娘はもう既に決めてます。
秋シチー、夏ドーベル、そして最推しのあの娘。

対戦よろしくお願いします(来月)


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掲示板回:今年の皐月賞について語るスレ

いつも応援ありがとうございます。
今回のチャンミはマイルなのでスピードを限界まで伸ばしたいのですが、スピ補正が無い娘だとやっぱり難しいものがありますね。
そして継承相性も良く無いからマイルSが安定しないという…
まぁできる限りやろうと思います()

今回は予告通り皐月賞の掲示板回となります。
次回からはまた本編ですかね。

ではどうぞ。


【一番人気】今年の皐月賞を語るスレその9【やっぱりあの娘】

 

70:名無しのウマ娘 ID:IrNgA9k9D

あと1時間か

 

71:名無しのウマ娘 ID:C264CzNyZ

楽しみで昨日も17時間しか寝られなかったわ

 

72:名無しのウマ娘 ID:ysXlEztEw

やっぱナリタブライアンよ。あの娘ならクラシック三冠達成できる。

 

73:名無しのウマ娘 ID:35A+k+L1y

圧倒的一番人気ナリタブライアン

 

74:名無しのウマ娘 ID:6KZjGlRHA

かっこいいんだよなあ

 

75:名無しのウマ娘 ID:+cFLYThfZ

>>71赤ん坊かな?

 

76:名無しのウマ娘 ID:YmYo5eQ4+

俺も楽しみであんま寝付けなかったわ。休みの日でよかった

 

77:名無しのウマ娘 ID:uRLl2Mbos

そういえば見た?トライアルで一着とったウマ娘たちのインタビュー記事

 

78:名無しのウマ娘 ID:b/M0E5kGD

2番人気のリボンオペレッタに倍近い差をつけての一番人気だからなぁ

 

79:名無しのウマ娘 ID:N42NnF2Xk

スプリングSでの9バ身差は忘れられない

 

80:名無しのウマ娘 ID:VrmVrLAI3

>>77見た見た。全員ブッちぎって勝つ、ってやつでしょ?

 

81:名無しのウマ娘 ID:rTFCwFrb4

リボンオペレッタも5バ身差でいい線いってると思ったんだが…マイルの距離でそこまで差をつけられたらねぇ

 

82:名無しのウマ娘 ID:NCbzv5yk1

>>77個人的にはリボンオペレッタがめっちゃ猫被ってるのに草生やしてた

 

83:名無しのウマ娘 ID:E1p2hl4Os

爆発的な加速、他を置き去りにするスピード。どう考えても皐月賞勝ち確。

 

84:名無しのウマ娘 ID:S/v0A3tIf

今期のクラシックは四大名家も全部揃ってるし波乱の展開が予想されたはずなんだが

 

85:名無しのウマ娘 ID:KJwvsDqT8

>>77あれかっこよかった。痺れるよね。

 

86:名無しのウマ娘 ID:mKVXsBAAY

>>77あのナリタブライアンのインタビュー、それしかコメントが無かったのはナリタブライアンが面倒くさがって逃げたからって説めっちゃ好き

 

87:名無しのウマ娘 ID:FP+ENjnbn

ナリタブライアン一強

 

88:名無しのウマ娘 ID:OM/szWjRN

正直デビュー戦とかその後の走り見てた時はここまで伸びると思ってなかったんだが、化けたよな

 

89:名無しのウマ娘 ID:IKWLC37ct

>>82え、あれって猫被ってるの?リボンオペレッタもだけど四大名家のウマ娘はみんな礼儀正しいお嬢様って感じで好きなんだが…

 

90:名無しのウマ娘 ID:zHfi3Z5mj

ただあのリボンオペレッタの若葉勝利については他の四大名家でも同じこと出来てただろって結論出てたよね?

 

91:名無しのウマ娘 ID:YecnVur3b

今日こそはサルサステップがやってくれる。四番人気だが人気が全てじゃないと分からせてやんよ。

 

お願いします!やっちゃってくださいサルサステップさん!!

 

92:名無しのウマ娘 ID:QCHrdt8Um

>>82詳しく

 

93:名無しのウマ娘 ID:WOfwhd9I2

マイルでそこまで差をつけて勝ったやつこれまでにおる?って感じだしな

 

94:名無しのウマ娘 ID:0ZMFaTALQ

>>86それ俺も知ってるわ。慌てて追いかけた記者が東条トレーナーに止められて涙目ってやつでしょ?草生えたわ

 

95:名無しのウマ娘 ID:NCbzv5yk1

>>92別に界隈ではそこそこ有名な話だけど…四大名家のウマ娘たちは公式の場ではああやって言葉遣いを正すように教育されてるからね。

今期の四大名家で素もちゃんとお嬢様言葉なのはジュエルアズライトくらいじゃね?

 

96:名無しのウマ娘 ID:tHXzDY4uX

公開されている今回の枠順

1枠1番:エフェメロン

1枠2番:リトルトラットリア

2枠3番:サルサステップ

2枠4番:バシレイオンタッチ

3枠5番:ナリタブライアン

3枠6番:ウルサメトゥス

4枠7番:フローズンスカイ

4枠8番:ミニコスモス

5枠9番:オイシイパルフェ

5枠10番:ジュエルアズライト

6枠11番:リードポエトリー

6枠12番:アクアラグーン

7枠13番:リボンオペレッタ

7枠14番:リバイバルリリック

7枠15番:ストレートバレット

8枠16番:テューダーガーデン

8枠17番:ダルマティアン

8枠18番:ヴィオラリズム

 

97:名無しのウマ娘 ID:liiFzsae3

>>91他力本願やんけw

 

98:名無しのウマ娘 ID:/79HgAX0Q

>>96定期サンクス

 

99:名無しのウマ娘 ID:Rhnk69LMJ

>>96定期乙

 

100:名無しのウマ娘 ID:oJQ1TtaZL

猫被りまじか。でもそれでもいいと思ってしまう。

 

101:名無しのウマ娘 ID:hLvLmbyBH

>>89それがええんやろがい

 

102:名無しのウマ娘 ID:tvKL6+Il/

あの…ここまで3番人気ウルサメトゥスちゃんの話題がひとつも無いんですが…ファンのワイ号泣

 

103:名無しのウマ娘 ID:+3PBD6tWW

ジュエルアズライトをすこれ

 

104:名無しのウマ娘 ID:fDCVEVrzO

>>102ああうん…そうだね(汗)

 

105:名無しのウマ娘 ID:sPoShNJ3D

有能定期

 

106:名無しのウマ娘 ID:pZfv2fc11

>>102あの娘はなぁ…賛否だからなぁ

 

107:名無しのウマ娘 ID:f1LmrRDgX

弥生賞やホープフルでの勝ちが実力なんだと信じたい気持ちもある一方、一般家庭出身という一点だけでフロックを疑わざるを得ない

 

108:名無しのウマ娘 ID:4yGfgVlcR

勝ち方も毎回ギリギリだからね…

 

109:名無しのウマ娘 ID:SsaY0zi9G

公式サイトのファン人数が全てを物語っている

ナリタブライアン:108000人

四大名家:40000~50000人

その他有力ウマ娘:10000~25000人

ウルサメトゥス:17000人

 

110:名無しのウマ娘 ID:hYAh1dQED

個人的には期待しているんだがね。おそらくジュニア級時点であの域に至っているウマ娘はあの娘くらいだろう。

ブライアンの良きライバルになってくれればいいのだが。

 

111:名無しのウマ娘 ID:6P2Zn9fUN

ギリギリな勝利を毎回狙ってやってるんだとしたら怖いけど、そうでもなさそうだしね。

 

112:名無しのウマ娘 ID:xohKJlUSA

>>102ホープフルで注目され始めてからまだ一回しか走ってないんだからどう評していいか分からんのだ

 

113:名無しのウマ娘 ID:7I5+X2/fX

>>109おおう…そんなに差があるんか

 

114:名無しのウマ娘 ID:dq9WvLHpx

G1勝ってるのに不思議なもんだ

 

115:名無しのウマ娘 ID:mwZgNHxAZ

いやむしろ一般家庭出身でここまでファン人数がいるのはすごいよ。以前も重賞勝ってた一般家庭出身の娘もいたけど、結局その後は鳴かず飛ばずで最終的なファン人数は20000人くらいだったし

 

116:名無しのウマ娘 ID:z2vJpcJq3

>>110ブライアンのライバルは夢見過ぎ

 

117:名無しのウマ娘 ID:iIwMm6t3O

今回の皐月賞でどれだけ走ってくれるかな

 

118:名無しのウマ娘 ID:bJPLeoBM6

笑顔がえっちなことは知ってる

 

119:名無しのウマ娘 ID:59EWuaJZz

>>109あれ、弥生勝ってもう少し増えてなかったっけ

 

120:名無しのウマ娘 ID:vZscG5j0k

もし皐月で優勝したらフロックじゃないってなる?

 

121:名無しのウマ娘 ID:RYMVvQzXU

>>119すまん訂正

ウルサメトゥス:24000人

 

122:名無しのウマ娘 ID:zquJKGf89

優勝どころか入着でもできたらもうフロックなんて誰も言わんやろ

 

123:名無しのウマ娘 ID:SHad0WsG14

>>122流石に舐めすぎ。ウルちゃんは今までのレースで入着逃したこと一回しかないんだけど?舐めてると潰すよ

 

124:名無しのウマ娘 ID:e/ApSWhdU

リズム家推しとしてはそろそろヴィオラリズムにもG1の冠が欲しいところ

 

125:名無しのウマ娘 ID:7omvoIJwX

>>121そうそう、確か増えたよねって

 

126:名無しのウマ娘 ID:xw+CBz3Gr

早く始まって欲しいという気持ちといつまでも終わらないで欲しいという気持ちが入り混じるこの時間好き

 

127:名無しのウマ娘 ID:qEcWN3MNg

>>123即レス怖すぎやろ、厄介ファン通り越してストーカー味を感じるレベル

 

128:名無しのウマ娘 ID:eYB2rHzxf

ブライアンに全てを破壊し尽くしてほしい()

 

129:名無しのウマ娘 ID:EDHpS1As9

物騒だな…

 

 

 

 

243:名無しのウマ娘 ID:Go1Den564

ッしゃー始まるぞオラァ!こういう空気になると祭りをやりたくなるよなぁ?

 

244:名無しのウマ娘 ID:4RUv1KGn8

うおっすげー身体

 

245:名無しのウマ娘 ID:OxmcBPVZ+

仕上がってんなーブライアン

 

246:名無しのウマ娘 ID:cuAKUDbbA

これは決まりですわ

 

247:名無しのウマ娘 ID:gLwRnMX6I

勝負服、なんか番長みたいでいいよね

 

248:名無しのウマ娘 ID:ZT5FQ/FGH

隣にいるウルサメトゥスが余計に小さく見えるな

 

249:名無しのウマ娘 ID:U/wFB7LKl

圧倒的なパワーはこの身体から出るんですね…興奮してきた

 

250:名無しのウマ娘 ID:qlVVM5bqv

>>249通報した

 

251:名無しのウマ娘 ID:qUeENOaks

>>249通報だこのたわけが

 

252:名無しのウマ娘 ID:jmLd1mbEN

まじで他が霞んで見えるな

 

253:名無しのウマ娘 ID:6bvgVv3nb

雰囲気がね、もう何かやらかしそう

 

254:名無しのウマ娘 ID:YrgHqPKmn

これは1着

 

255:名無しのウマ娘 ID:WlHHMgUVb

3バ身半差と見た

 

256:名無しのウマ娘 ID:dkR/k22nB

予想

1着ナリタブライアン

2着リボンオペレッタ

3着ストレートバレット

 

257:名無しのウマ娘 ID:0kHBZRFxl

調子も良さそうだしな

 

258:名無しのウマ娘 ID:/Cuoriij9

調子が良さそうだった他のウマ娘がブライアンを見た瞬間からちょっと元気無くすの芝

 

259:名無しのウマ娘 ID:OQUqhI1K0

威圧レベル

 

260:名無しのウマ娘 ID:uRXYAZsXl

予想

1着ナリタブライアン

2着サルサステップ

3着ヴィオラリズム

 

261:名無しのウマ娘 ID:rSilCyCMJ

予想

1着ナリタブライアン

2着ジュエルアズライト

3着リバイバルリリック

俺は5バ身差と見た

 

262:名無しのウマ娘 ID:8hj1mi15W

なんかシニアとクラシックが一緒に走ってるみたいな

 

263:名無しのウマ娘 ID:WlqYWOaeA

予想

1着ナリタブライアン

2着オイシイパルフェ

3着アクアラグーン

間をとって4バ身差

 

264:名無しのウマ娘 ID:d2QlauR1d

みんなブライアン1着は外せないのねw

 

265:名無しのウマ娘 ID:N7Yu0azCF

当然のようにブライアン1着

 

266:名無しのウマ娘 ID:Vb+aAcs+L

>>264そりゃ、あれ見てからでも他が1着なんて予想したら目が腐ってるなんてレベルじゃないだろ

 

267:名無しのウマ娘 ID:5d5wry7xh

正直どう足掻いても3バ身より着差を詰められる気がしない

 

268:名無しのウマ娘 ID:MHCofFEee

あの娘…後ろに何か恐ろしいモノが見えますね

 

269:名無しのウマ娘 ID:bUduNidA5

また勝っちゃうんだろうなー(異世界転生ウマ娘並感)

 

270:名無しのウマ娘 ID:NIqQ0SiMY

>>264ブライアン以外を押したら目が節穴でしょ。そんくらいかけ離れてるよ実力が

 

271:名無しのウマ娘 ID:CV6LaTICw

調子が悪いとかならまだワンチャンあったんだろうが、なさそう(絶望)

 

272:名無しのウマ娘 ID:qNcJAqPBe

もう仁王立ちしてるだけで画面越しに圧力が

 

273:名無しのウマ娘 ID:dfZwg2bup

現地で見てるけどブライアンの紹介の時だけ歓声やばくて解説の声何も聞こえんw

 

274:名無しのウマ娘 ID:MZWQX/3wr

予想にも入れられないウマ娘、ウルサメトゥス

 

275:名無しのウマ娘 ID:rPU3EDdkg

実況の声が遮られないのはテレビのいいとこだよな

 

276:名無しのウマ娘 ID:n+IAH5JJB

>>271どう見ても絶好調です、本当にありがとうございました

 

277:名無しのウマ娘 ID:DDFHmL+p/

>>274隣がナリタブライアンだから余計存在感が…

 

 

 

 

301:名無しのウマ娘 ID:GxkSQGP30

スタートォ!!

 

302:名無しのウマ娘 ID:Cj8CqZdLs

スタート!

 

303:名無しのウマ娘 ID:O9JCgEKKD

始まっちゃ

 

304:名無しのウマ娘 ID:Mz5iWU5o9

誰かテレビ見られない俺のために実況してくれええ

 

305:名無しのウマ娘 ID:Xx3k1W9xN

出遅れなし。ヨシ!!

 

306:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

実況しまーす

『スタートしました!!ウマ娘たちが綺麗なスタートを切ります』

『目に見えて出遅れたウマ娘はいませんね。差がない中、これからどのようにレースを展開していくのかに注目です』

 

307:名無しのウマ娘 ID:5zXAlXtZe

おお?

 

308:名無しのウマ娘 ID:GEcDdjFwW

>>306乙

 

309:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『前に出たのは逃げ・先行のウマ娘に加えて、6番ウルサメトゥス。彼女は追込のウマ娘ではなかったでしょうか?』

『まだレースは始まったばかりですから、勢いで前に出ただけかもしれませんね』

 

310:名無しのウマ娘 ID:nEqm8wNLZ

なんで前でとん?気い張りすぎたか

 

311:名無しのウマ娘 ID:0Ff8RFoFE

実況も言ってるけど勢いだろ

 

312:名無しのウマ娘 ID:ge6Z8VtxT

もしくはなんかの作戦

 

313:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『先頭が10番ジュエルアズライトに代わります。それを追走するのは14番リバイバルリリック。6番ウルサメトゥスは下がっていきます』

『通常通りの走りに戻るのでしょう。先頭に出た二人はグングンとそのまま伸びていきますね。ジュエルアズライトにリバイバルリリック、二人とも名の知れた逃げウマ娘です』

 

314:名無しのウマ娘 ID:m3u1W4+h0

これで大体定位置

 

315:名無しのウマ娘 ID:l4qZ7ky/6

てか速くね?

 

316:名無しのウマ娘 ID:eFW9zflJC

早い

 

317:名無しのウマ娘 ID:oj7pkZZmE

速いな

 

318:名無しのウマ娘 ID:SSZseNTou

でも私の方が速いです

 

319:名無しのウマ娘 ID:k7yI89mwH

ペースが速い!!

 

320:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『先頭が最初のコーナーに差し掛かります。現在先頭から10番、14番、一バ身離れて1番、7番。二バ身離れて11番、8番、5番ナリタブライアンここにいた。更に一バ身離れて2番、4番並びかけて来た。三バ身離れて18番、13番リボンオペレッタ追走、3番、一バ身離れて15番。そこから三バ身離れて16番、17番、9番、12番。最後尾に6番ウルサメトゥスという順番になっています』

『現状はどのウマ娘も予定通りといったところでしょう。しかし、流石に「最も速い」ウマ娘が勝つレースとされているだけありますね。全体的にペースが速い』

 

321:名無しのウマ娘 ID:aZk4bEPWq

まだ加速するか。さっきのウルサメトゥスの行動でペース乱されたか?

 

322:名無しのウマ娘 ID:+ArcMHLxi

>>320よく追いつくなw

 

323:名無しのウマ娘 ID:EHPFB3k8K

いや焦ったような表情じゃないしペースを乱されたってわけじゃなさそうだが

 

324:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『さぁ逃げウマ娘たちはどこまで序盤でリードを取れるか。そして後続のウマ娘たちはこのハイペースの中どれだけ前と離されずに且つスタミナを保てるかが見どころです』

『既に差しウマ娘たちの間では駆け引きが始まっていますね。そこも注目ポイントですよ』

 

325:名無しのウマ娘 ID:jJOPNfs9F

ナリタブライアンは ちからを ためている!

 

326:名無しのウマ娘 ID:7eufEUPuE

速い以外はそんなにおかしなところもないか

 

327:名無しのウマ娘 ID:3akkq07h5

レース始まると掲示板そっちのけで静かになるのほんと好き

 

328:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『先頭が2コーナーを回ります。順位に大きく変化はありませんが、後続が若干詰めて来ているように見えます』

『実際、後方集団が前に寄って来ていますね。列が少し短くなっています。先ほどまではかなり縦に長い展開でしたからね、いくら中距離と言っても2000m、ここである程度詰めておかないと最後間に合わないと判断したのでしょう』

 

329:名無しのウマ娘 ID:QtfPiEDTK

もう2コーナー?速すぎんよー

 

330:名無しのウマ娘 ID:uAwE4ofqs

なんか、後ろから追い立てられてるようにも見えるよね笑

 

331:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『注目のナリタブライアンは現在前から6番手。先程よりひとつ順位を上げましたが、まだ様子見といったところか』

『息を乱している様子は欠片もありません。彼女の身体能力には目を見張るものがありますから、この程度は余裕なのでしょう』

 

332:名無しのウマ娘 ID:JzmPHL+rN

マジで眉一つ動かさん

 

333:名無しのウマ娘 ID:4Q3+4DzT8

後ろを確認する様子もないな。その必要もないってか

 

334:名無しのウマ娘 ID:YJHXo5YKm

もうすぐ1000m、半分だな

 

335:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『さぁかなり速いペースでレースが展開されています!先頭の1000メートルのタイムは58.5秒!しかし先頭集団のスピードは衰えない!!掛かってしまっているのでしょうか、これは後半に脚が残っているのか?』

『とんでもないですねぇ。クラシック序盤、2000メートルのレースとは思えないペースです』

 

336:名無しのウマ娘 ID:azaTLBInS

58.5?!

 

337:名無しのウマ娘 ID:yBRTG8SOt

やべーな

 

338:名無しのウマ娘 ID:bUld45IZ+

しかもペースがさらに上がってない?気のせい?

 

339:名無しのウマ娘 ID:MkIzbyiJG

いや気のせいじゃないわ

 

340:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『これは…半分をすぎ、またペースが上がっている?!息を入れるどころか、さらに速くなるというのか!!』

『大丈夫でしょうか。かかっていないといいのですが…』

 

341:名無しのウマ娘 ID:LuSC5NX9v

表情が強張っているように見える

 

342:名無しのウマ娘 ID:+n6qL2lmt

こんなペースでレースが展開してたらそりゃあ顔も強張るでしょ

 

343:名無しのウマ娘 ID:4epYdBvy8

前のウマ娘は後に引けず、後ろのウマ娘も万が一を考えたらついていくしかないと

 

344:名無しのウマ娘 ID:O7H/bd0I4

お?

 

345:名無しのウマ娘 ID:D/gchxKuz

やっぱりダメか?

 

346:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『おおっと!ここでウマ娘たちが揃って速度を落としたぁ!やはり前半に飛ばし過ぎたのか?!』

『どうしたのでしょうかねぇ。こうも一斉に走りが乱れるとは…』

 

347:名無しのウマ娘 ID:FaFnpZRZ1

こんな一斉にスピードが落ちるなんてある?

 

348:名無しのウマ娘 ID:UMa2pRInc

フゥンこれは…こんなクラシック序盤のレースで見られるとは、研究を中断した甲斐があったというものだねぇ

 

349:名無しのウマ娘 ID:pYLogYR0c

しかしブライアンは平常運転である

 

350:名無しのウマ娘 ID:cNI8hIp3m

無慈悲、だがそれがいい

 

351:名無しのウマ娘 ID:as7ZbLpaL

待て、まだ終わってない!

 

352:名無しのウマ娘 ID:hbQ2EEd2S

!?

 

353:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『ナリタナリタナリタ!ここでナリタブライアンが速度を上げた!本性を現した怪物が!!これまでのハイペースを物ともせず、バ群から一気に抜け出し、加速していく!!!やはり強い、強いぞナリタブライアン。そしてもう一人!他のウマ娘が速度を落とした隙をついたのか!?最後方から一気に上がってきた!!ウルサメトゥス、ナリタブライアンの一人旅に待ったをかける!』

 

354:名無しのウマ娘 ID:Li1JTqgNL

ええええええええ!!!!

 

355:名無しのウマ娘 ID:ViEs7l3Fj

マジかよここで?!

 

356:名無しのウマ娘 ID:zmRjNmaDI

かわすか!!

 

357:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『ウルサメトゥス、どこにそんな脚が残っていたのか!ナリタブライアンをかわしてトップに立つか!?』

 

358:名無しのウマ娘 ID:yOeeMBAua

かわした!

 

359:名無しのウマ娘 ID:Q7z+4za+I

ウルサメトゥスやったか!?

 

360:名無しのウマ娘 ID:BWz+SfxAE

あっ…

 

362:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『しかしここで終わらないのがナリタブライアン!!伸びる伸びる!!できた差を瞬く間に差し返した!!!!』

 

363:名無しのウマ娘 ID:/WJX5WQdW

つよスギィ!!

 

364:名無しのウマ娘 ID:i+8HWwezR

これは決まったな

 

365:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『ナリタブライアン、一着でゴール!!!!タイムは1:59.0、皐月賞のレースレコードどころか、中山レース場のコースレコードを記録しました!!!強い、強すぎるナリタブライアン!!このウマ娘に勝てるウマ娘はいるのか!!!!』

 

366:名無しのウマ娘 ID:kMk5NARhu

レースレコードやんけ!!

 

367:名無しのウマ娘 ID:7U2Sx60Gn

ゴオオオオル

 

368:名無しのウマ娘 ID:sXy0R7EOF

おめでとうナリタブライアン!!

 

369:名無しのウマ娘 ID:Bo0f5hmK3

ブライアンおめでとう!!

 

370:名無しのウマ娘 ID:E3MMo6ELd

おめでブライアン!

 

371:名無しのウマ娘 ID:8VaozRwMu

【速報】ナリタブライアン皐月賞優勝

 

372:名無しのウマ娘 ID:mSevC9Ax7

最強!

 

373:名無しのウマ娘 ID:FuPrW7N8x

やっぱブライアンよ

 

374:名無しのウマ娘 ID:VB6qxVVrV

『二着は1 1/2バ身差でウルサメトゥス、三着は2バ身差でサルサステップ』

宅配きたんで実況終わります。誤字ってたらごめん

 

375:名無しのウマ娘 ID:bB603XruK

>>374乙

 

376:名無しのウマ娘 ID:62FGrtiwO

待て待て、ウルサメトゥス1 1/2バ身差?じゃあこの娘もレコードじゃね?

 

377:名無しのウマ娘 ID:f7E7Y4tgz

ウルサメトゥス二着やるやん!もうフロックなんて言わないわ

 

378:名無しのウマ娘 ID:+6h0m7WYC

やりますねぇ!

 

379:名無しのウマ娘 ID:AyvR94WTv

ブライアン優勝オメー!

 

380:名無しのウマ娘 ID:MUlzzQ+Wk

強い(確信)

 

381:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

これで終わりじゃないだろう?まだまだこれからだよ、ウルサメトゥス。期待しているよ。

 

 




関係ないですけどメイドインアビスのゲーム買いました。
面白いですね。ちょっと難し目ですが。
でも三層は許さん。


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皐月賞反省会

マイルSつかねぇ!(挨拶)

どうも、お世話になっております。
連休ですが、いかがお過ごしでしょうか。
私はここぞとばかりに育成していますが、完成するそぶりがありません…

今回は通常回です。というか掲示板回は基本主人公のレース後にあるので、次回はダービー後ですかね。

ではどうぞ。


 

 

 

「皐月激震 ナリタブライアン完勝」

「怪物爆誕、向かうところ敵なし」

「まず一冠 ナリタブライアンv」

 

 皐月賞の翌日、俺は購買で売っていた新聞をいくつか買って読んでいた。

 ふむ、まぁブライアンのことが中心に書かれている。当たり前か。

 

『領域』をもってしても届かなかった。

 

 その事実は確かにちょっと、いやかなり俺に精神的ダメージを与えていたが、昨日トーカちゃん先輩にめっちゃ甘やかされて復帰した。頭がフットーしちゃいそう…! なことをされたのは秘密だ。

 

 現状クラシックでは俺だけが使える『領域』を使って、それでもなお上回ってくるブライアンは恐ろしいが…そもそもそう簡単に勝てるなら苦労しないわな。

 

 そして、マゾではないんだが、負けたことが少し嬉しくもある。

 

 いや悔しいよ? 悔しいんだけど…やっぱり前世ではウマ娘ファンだったからさ。『怪物ナリタブライアン』の強さをこの身でしっかり味わえたというかなんというか…

 うまく言えないけれど、勝ちたいという気持ちと、簡単に超えられる壁じゃなくて良かったという気持ちが混在してて…なんかアグネスデジタルみたいだぁ。

 

 今日はレースの次の日なので休み。

 いつものようにトレーナーと共に反省会だ。で、いつものカフェテリアでやろうと思ってたんだが…今日は別のカフェにいる。

 なんでも皐月賞に合わせてカフェテリアで花火祭りの敢行を目論んだウマ娘がいたらしく、カフェテリアが一部損壊して現在補修中だそうだ。何考えてんだ。

 

「メトゥス、お待たせ」

 

「いえ、時間通りです」

 

 お、トレーナーも来たな。…ん? 

 

「トレーナー」

 

「なんだい?」

 

「目が赤いですよ」

 

 PC片手に俺の正面に座ったトレーナーだったが、目が充血しててクマも出来ている。

 これは…俺の勘違いでなければ、泣いてくれたんかな? 俺が負けたことに。

 そうだとしたら…申し訳なくもあるけど、嬉しい、な。それだけ俺のことを真剣に考えてくれてるってことだろうし。

 やべ、顔が熱くなってきた。やめろよ、感動系にはあんま強くないんだから。

 

「…よく気づいたね。これでもできるだけ治してきたつもりなんだけどな」

 

「トレーナーが私のことを見てくれているように。私もトレーナーのことをよく見ているんですよ」

 

「あはは、敵わないな。そう言うメトゥスも目元が赤いよ?」

 

「まぁ。隠すことでもないですが、帰ってから大泣きしましたからね。今回ほど寮の防音環境が整っていることに感謝したことはありません」

 

「そ、そう」

 

 いやー本当に大泣きしたよね。泣き声140dBくらいあったんじゃない? トーカちゃん先輩も耳伏せながら俺の頭撫でてたしな。そういやトーカちゃん先輩のスマホがつきっぱなしだった気がするけど。〜音中という文字が一瞬見えたが…詳しくは分からん。そもそも気のせいかもしれないしな。

 

「じゃあ早速反省会に移ろうか」

 

「はい、お願いします」

 

 おっと別のことに思考を割いている場合じゃない。しっかりレースを振り返って、次こそ奴に勝つんだ。

 

 

 

 

「今回の皐月賞で負けた原因だが…まずは僕の解析のミス。ナリタブライアンの成長速度が僕の想定よりも上をいっていた。ああ、これは僕の自責の念とか、キミに対する配慮とかではない。ただ客観的に今回の敗因を探った結果、こう考えただけだよ」

 

「まぁ、それは確かに要因の一つではありますね」

 

 全部が全部トレーナーのせいというわけではもちろん無い。走るのは俺だし、俺もトレーナーの想定通りの動きができるわけじゃない。

 ただ、トレーナーは俺の成長速度と仮想敵であるブライアンの成長速度を比較して、勝つためにどのくらい俺をトレーニングすれば良いかを考えている。だから、今回ブライアンに勝つための身体能力を想定よりも低く見積もってしまっていたと言いたいのだろう。

 

「これを踏まえて明日からは相応のトレーニングを予定している。当然これまでよりもさらに厳しい練習メニューになってしまう」

 

 そうなるよなぁ…。

 でもこれは仕方ない。今のトレーニングで足りないというなら、もっと練習を増やすしかないのだから。

 幸い俺の体はかなり頑丈だ。現在進行形でかなり厳しい練習をしていると自負しているが、それでも壊れる様子は微塵もないしな。

 この点だけはホント光る女の人様様だよ。

 

「けど…キミの体をしっかり見ながらメニューは組むから、怪我はさせない。何より、キミならついて来てくれると信じている」

 

「トレーナー…」

 

 全く頼もしい限りだ。信頼も重いくらい厚いしな。その調子で頼むぜ。ただ、一つ言うなら、だ。

 

「セクハラです」

 

「ええ?! これでもかい?」

 

 しっかり体を見ながら、は完全にアウトやろがい。

 

「ま、まぁそれは一旦置いておこう」

 

「私だから良いですが、他のウマ娘に絶対言わないようにしてくださいね? 担当トレーナーがお縄とか笑い話にもなりませんよ」

 

 頼むからしっかりしてくれよ…ただでさえ年頃のウマ娘たちなんだ。扱いは慎重すぎるくらいでいい。

 まぁ俺はそんなに気にしないけど。俺の担当が終わったり、他のウマ娘を担当するようになったらそうはいかんからな。

 他のウマ娘を担当する中森トレーナー…? 想像したら、なんかちょっと、イヤだな。

 

「肝に銘じておくよ…それで、話を戻すけど」

 

 おっと、反省会の最中だったな。

 

「身体能力の向上に関しては今言ったとおりだ。もちろん、新しく効率の良いトレーニングを見つけたら積極的に取り入れていく」

 

「分かりました」

 

「では次に、身体能力以外の敗因だ。まずこれを見てほしい」

 

 トレーナーがPC画面を操作し、皐月賞のレース映像を見せてくる。これは序盤の終わりかな? 

 

「ここだ。このコーナーでキミは加速して他のウマ娘を牽制し、スタミナを使わせようとしている。何人かのウマ娘はここで引っかかって前に出ているが…一番引っかかってほしいナリタブライアンはこっちを見ていないから、そこには効果がなかった」

 

 ここは覚えてる。ブライアンが引っ掛からなかったことも。

 

「もちろんナリタブライアンだけを見るわけにはいかないし、引っかかっているウマ娘もいるからこれに意味がないとは言わない。有効ではあるわけだし。ただ、こっちを見ないナリタブライアンにも有効な手が欲しいのは事実だ」

 

 それはそう。

 俺は年明けにやったトーカちゃん先輩との併走練習で相手を焦らせるために色々な技術を教えてもらった。コーナーで相手がこっちを見ているだろうときに加速して焦らせる、というのもその技の一つだ。

 ただ、これは欠点として相手が後ろを全く気にしないウマ娘だった場合意味をなさない。

 他に教えてもらった技も、相手の真後ろでしか出来ないものが多い。追込の俺からでは、先行のブライアンに届かないものが多いんだ。

 

「他にも、最後のここだ」

 

 見せられたのは、レースの最後。芝がめくれた部分を俺が踏んで、ほんの少しバランスを崩したところだ。

 普通だったら見逃すような場面だが、そこは流石に俺の専属トレーナーだな。俺をずっと見てる発言をしただけはある(一部捏造)。

 

「レース開始前にはなかったバ場の荒れだ、おそらくは一周目に出来てしまったものだろう。運で片付けることもできるが…気をつけることもできるはずだし、なんならそれを踏まないようにする練習だってできるかもしれない」

 

「そうですね、私も同じミスはしたくありません」

 

 トレーナーの言う通り、運が悪かったと片付けることもできるだろう。しかし、それではまた同様の状況になったとき、「運が悪かった」で済ませるのか? 

 答えは否。一度目は仕方ないにしろ、極力防げるものは防ぐべきだ。

 

「これらを総合すると、メトゥスには経験が足りないということになる。レースの経験もそうだし、もっと言うと他のウマ娘と競って走る経験だ。これに関しては、今まで『領域』を隠す方向だったから仕方ないとも言えるが…」

 

「今回大々的に使ったことで、隠す意味も無くなったから経験を積みたいと」

 

「そうだ。経験の浅いトレーナーはともかく、今回の皐月賞でベテランのトレーナーにはメトゥスが『領域』を使えることが、対戦したウマ娘越しに伝えられているだろう。あの『領域』がそう簡単に対策できるとも思えないが…とにかく、もう隠す意味は殆どない。しかし、隠さなくなったからこそできることもある」

 

「と、言いますと?」

 

「他のウマ娘と積極的に併走練習ができる」

 

 なるほどな。これまでは『領域』が他のウマ娘にバレないように立ち回っていたから併走できる相手があんまりいなかったと。まぁ同期は元々併走相手には出来ないし、先輩方はこんな一般家庭出身のウマ娘を相手にしないしな。

 だが、俺が『領域』を使えるとなれば話は別だ。

 

「暮林トレーナーも言っていたように、『領域』を使えるウマ娘なんてそういない。それに、『領域』を使えるウマ娘は多くがシニア級。シニア級になって『領域』もちの相手とぶつかっても、対策が出来ない。なぜなら、同じシニア級同士、レースでぶつかるかもしれない相手に『領域』の情報を晒すウマ娘なんていないからだ。必然的に、『領域』持ちと併走練習ができるのは東条トレーナーとかの大規模なチームくらいになる」

 

「しかし、そこに突然、クラシック級で『領域』の使える私が現れたと」

 

「そうだ。レースでしばらくぶつかることはないから併走を頼める。向こうは『領域』の対策を、こっちはレベルの高いウマ娘との併走で経験の積めるWin-Winの関係だ。現に、昨日の今日だが、僕宛に併走練習をしないかという提案が何件か既に来ている」

 

 大人気じゃん俺。

 それなら不足していた経験を補えるかな? 

 

「ここからピックアップしてメトゥスのためになりそうなウマ娘との併走練習を組む。ダービーまでそんなに時間がないから併走練習ができるのは一人か二人になるだろうが、それでも良い経験になるはずだ。少し先の話になるけど、菊花賞までにはまだ時間があるから、そこまで見るなら相当な経験になるはずだ」

 

 ありがたい。『領域』を晒すことにはなるが、ブライアンに勝つためだ。そのくらいは妥協、必要経費ってやつだな。ブライアン以上の実力を持つであろう先輩ウマ娘と併走し、しっかり経験を積むとしよう。

 

「それじゃ最後に…『領域』に関してだ」

 

「はい」

 

「これを見てくれ」

 

 トレーナーが俺に見せたのはレースの終盤場面。俺が『領域』の第二段階を発動し、ウマ娘たちを萎縮させたところだ。

 

「明らかにナリタブライアンだけが早く復帰している」

 

「ええ、それは私もよく分かりました」

 

 あのとき。

 満を持して発したクマ仕込みの『領域』を、ブライアンはほんの一瞬で解除した。

 

「理屈は分からない。だが、ナリタブライアンにメトゥスの『領域』の第二段階が効きづらいことは分かった」

 

 そう、それが事実だ。ブライアンにどうして萎縮が効きづらかったのかなんて分からないし、『領域』が不可思議なものである以上、今後分かることもないのかもしれない。

 重要なのは、あいつに効かなかったという、ただそれだけ。

 

「それを踏まえた上で、この映像を見てくれ」

 

 そう言ってトレーナーが見せてきたのは、今回の皐月賞のレース直後の映像だった。

 レース中なら分かるが、レース後? 

 

「これは?」

 

「いいから。ナリタブライアンの様子はどうだい?」

 

「どうって…あれ?」

 

 皐月賞のブライアンを見る。

 俺がぶっ倒れているのを尻目に、他のウマ娘と同様に息を整えてから(・・・・・・・)ターフを去った。

 …息を整えている? 

 これは前世の記憶になるが…アプリ版ウマ娘のストーリーでは、ブライアンは日本ダービーを勝った後、息一つ切らしていないことをゴールドシップに言及されていた。皐月よりも400mも長いダービーを走った後でだ。

 しかし、この映像ではたった2000mで息を切らしている。俺の『領域』でかかっていたとはいえ、『領域』第一段階の効果があったのは、レースの残り1000m強~残り500mくらいまでの約500mほど。

 いくら皐月から一ヶ月後で身体能力が少し強化されているとはいえ、日本ダービーの2400mを息も切らさず余裕で走り切れるほどのスタミナを持つブライアンが、短い時間の『領域』くらいでここまで息を乱すか? 

 

「気づいたと思うけど、皐月賞後、ナリタブライアンはかなり息を切らしている。これはスタミナがギリギリだったということだ。僕の想定していた身体能力では、スタミナを切らすなんてことは無いはずだったにも関わらず、だ」

 

「つまり…ブライアン先輩が想定よりもスタミナが無かった、もしくは私の『領域』が想定以上に効いていた」

 

「そういうことになる。そして、ナリタブライアンの身体能力が僕の想定以上だったことを考えると、スタミナが無かったということは考えづらい。従って、何故かはわからないが、メトゥスの『領域』の第一段階が他のウマ娘よりも効いていたという可能性が高い」

 

 なるほど。

 なら、ダービーでは最初からかからせる方針で行ったほうが良いってことか? 

 

「ダービーでは最初から『領域』を使うようにしますか?」

 

「キミの『領域』だから僕に確実なことは言えないが、そのほうが勝率が高いと僕は思うよ」

 

「それなら、ダービーでは最初から使うということにしましょう。少なくとも、今のところは」

 

「そうだね、様子を見ながらだけど、とりあえずはそうしようか」

 

 よし、だいぶ対策も煮詰まってきたな。

 しかし…こうなると『領域』もなんとか強化できないかなぁ。

 でも出力を上げたら下手すると大変なことになるし、どうにか大きく出力を上げずに調整できないもんかね…

 

 俺が悩んでいると、目の前にコトリとコーヒーが置かれる。

 少し前に注文していたブレンドコーヒーだ。俺の容姿を見てか、コーヒーを持って来てくれたウマ娘は、砂糖とミルクも持って来てくれている。使わないけど。

 

「…どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ずず…うむ、うまい。

 いつものカフェテリアのコーヒーよりも少し苦味が強いが、コクがあり、深みを感じる。俺的には酸味の強いコーヒーより苦味が強いほうが好きなので、こっちの方が好みかも。

 

「これ、美味しいですね」

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

「…もしかして、これ、あなたが入れたんですか?」

 

「ええ」

 

 美しい漆黒の髪に、小柄な体躯。俺と同じ中等部か? 

 金色の瞳には何故か光がないように見え、少し陰気な印象を受けるが、それを鑑みても一般的なウマ娘より容姿がいいと断言できるだろう。

 

「アルバイトさんですか? このコーヒーいいですね、通っちゃうかも」

 

 俺が本心からそう言うと、漆黒のウマ娘は少しはにかむ。

 

「まだ未熟ですが…精進します。…あの、さっきの話が少し聴こえてしまったのですが」

 

「え?」

 

 げ、しまった。

 店員が近づいているのが分からないほど熱中して話しちまったか。

 幸い、見た感じは本格化してなさそうだしまだレースには出ていないだろう。口止めできるかな…

 

「あの、キミ。申し訳ないけど、このことは内密に…」

 

 トレーナーが店員のウマ娘に頭を下げる。店員のウマ娘は少し驚いたように目を見開き、首を横に振った。

 

「い、いえ。そんなつもりはありません。ただ、もしかしたらお力になれるかも、と」

 

「私たちの、力に?」

 

「はい」

 

 店員のウマ娘は俺をしっかりと見据え、話し始めた。

 いや…よく見たら俺の後ろを見ている? 

 

「あなたの後ろにいる子…」

 

「え?」

 

「もしかして、見えてないのに使っているのですか?」

 

「…何がですか? というか、あなたは?」

 

 不思議ちゃん発言を繰り返す眼前のウマ娘に少しイラつき、語調が強くなってしまった。

 しかしそんなことは全く気にせず、店員のウマ娘は自己紹介し始めた。

 

「これは、失礼しました。初めまして、私は中央トレセン学園中等部2年生の、マンハッタンカフェと申します。別のクラスですが、あなたのご活躍はよく存じています、ウルサメトゥスさん。それで先程の話の続きですが、あなたの後ろの子、コントロールしたいならお力になれるかもしれません」

 

 え? 

 

 あのマンハッタンカフェ??? 

 

 なんか小さくね? 

 

 店員のウマ娘改めマンハッタンカフェは、様々な驚愕で動きを止めた俺にゆっくり首をかしげたのだった。

 

 

 




シチー難しすぎて諦めました。無理…
代わりにブライアンを育て始めました。
めっちゃ踊るブライアン可愛いですね。違和感は否めませんがw


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現役最強の追込ウマ娘

祝・お気に入り6000件!

いつも応援ありがとうございます。
チャンミ始まりましたね、ニシノオグリにボコボコにされてますが…
まぁ今回みたいなクリオグリの強さはいいです。限定的ですし、強さに見合った労力もありますし。
いつも777だけで強いのが問題なのです。

あ、前回は最多感想でした。ありがとうございます。返信はゆっくり待ってやってください。

ではどうぞ。


 

 

 

 日が変わって翌日。

 皐月賞が終わっても授業は平常運行だ。いつも通り午前中は勉学に励んだ後、昼食を挟んでトレーニングだ。

 

『今日は仕事がまだ終わらないので、後ろの子についての話は後日にしましょう。ウルサメトゥスさんのご都合に合わせますので、あとで連絡を下さい』

 

 昨日意味深な言葉を俺たちに告げたマンハッタンカフェは、俺に連絡先をよこして業務に戻っていった。結局後ろの子とは何だったのか…と、本当に見当がつかないならまだ良かったかもしれない。

 けどなぁ…アプリゲーム知識になるが、マンハッタンカフェは、いわゆる『見えるウマ娘』だ。そのマンハッタンカフェが俺の後ろを見て、なおかつ「後ろの子をコントロールする方法」だもんなぁ。大体予想は付くよねって。

 

 そのせいなのか、昨日は非常に夢見が悪かった。なんの夢を見たかは…言う必要もないだろう。

 

 それはさておき。

 昨日、マンハッタンカフェ襲来後もトレーナーとの話し合いは続いた。

 その中で俺たちは最初の併走練習の相手を決め、早速今日から一緒に走ることとなったのだ。

 というか、決めてトレーナーがメールを送ってから僅か2分で返事がきた。なんでも近く行われる春の天皇賞までに『領域』の対策が欲しいらしく、出来るだけ早く併走練習をしたかったそうだ。

 

 15分ほど前、俺が昼飯を食べ終わってから、練習相手とそのトレーナーを中森トレーナーが迎えにいった。なのでそろそろこっちに来てもおかしくないのだが…

 と思ったら中森トレーナーが併走相手のウマ娘を連れて店に入ってきた。

 

 おお、あれが…こんなに近くで見るとやっぱちょっと興奮するよね。有記念とか大阪杯で遠目から見たことはあったけど。

 

「メトゥス、お待たせ。こちらが今日からしばらくの間、一緒に併走練習をする木原トレーナーとナリタタイシンだ。お二人とも、よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく、中森トレーナー、ウルサメトゥス。クラシック級序盤にして早くも『領域』を使うウマ娘に、新人にして担当ウマ娘にG1を獲らせる期待の新星トレーナー。楽しみで昨日はあまり眠れなかったよ」

 

 中森トレーナーの紹介に、即座に反応したのはナリタタイシン先輩の担当トレーナーである木原トレーナー。この道10年のベテラントレーナーで、年齢は30代前半のはずだが年齢よりも若々しい。ぶっちゃけ中森トレーナーと並んでもそんなに年齢差があるように見えないな。髪を染めてるからか? 

 

 そして、そんな中一言も言葉を発さずじっと俺の方を見ている小柄なウマ娘が、併走相手のナリタタイシン先輩だ。

 アプリゲームに登場した育成可能なウマ娘であり、同世代のビワハヤヒデ先輩、ウイニングチケット先輩と並んでBNWなんて言われたりする。

 この世界でも高い実力を持ち、クラシックでは皐月賞を勝利、シニアに上がっては先日の大阪杯でトーカちゃん先輩に次ぐ2着。

 脚質は追込だ。現役の追込脚質の中では最強のウマ娘であり、現状俺の併走相手としては最上のウマ娘と言っても過言では無いだろう。本来なら俺の併走なんて引き受けるどころか一蹴されてもおかしくない。

 

 そんなナリタタイシン先輩が、何も喋らずにこっちをガン見している。

 

 眼力つよっ! 怖いんですけど?! 

 

「こら、タイシン。挨拶しなよ」

 

「…あ、ごめん。あの物騒な雰囲気の『領域』を使ってたウマ娘がどんなやつなのか気になってさ。もう紹介されたけど、アタシはナリタタイシン。少しの間だけど、今日からよろしく」

 

 そう言ってナリタタイシン先輩はこちらに手を伸ばしてくる。え、何? カツアゲ? いや握手か、ちょっと混乱しすぎた。

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします、ナリタタイシン先輩」

 

「あー、タイシンでいいよ。一緒に練習するんだし、後輩相手に威張り散らす趣味は無いし」

 

「では、タイシン先輩と」

 

 俺は緊張でしっとりした手のままタイシン先輩の手を握り、タイシン先輩はそのことには言及せず俺の手を握り返した。

 

 

 

 

 

「うん、まぁ皐月が終わったばっかならこんなもんでしょ」

 

「……」

 

 練習が始まり、ストレッチと準備運動を終えた俺たちは、まずお互いの実力の把握ということでとりあえず2000mで模擬レースを行った。

 最初は俺が追う側、次は追われる側で一回ずつだ。

 トーカちゃん先輩と練習したときも最初に競走したなーと思いつつ、あの頃よりも成長した自分がタイシン先輩という最上位の追込ウマ娘にどれだけ対抗できるか試したんだが…

 

 

 無様に地に伏しております。もちろん俺が。

 

 

「タイシンはああ言ってるけど、素直に褒められない性格だから気にしなくていいよ。ウルサメトゥスはよく走れているよ、ナリタブライアン相手じゃ無かったら『領域』無しでも名家のウマ娘相手にいい勝負ができるくらいには仕上がってると思う」

 

「ちょっ、そんなんじゃないから!」

 

「そう言っていただけるとありがたいです。何分、新人トレーナーなので正しい育成ができているかも不安なんです」

 

「いやいや、それは流石に謙遜がすぎるって。実際にウルサメトゥスは強くなってるんだし、自信持っていいよ」

 

 トレーナーたちがなんか言ってる。正直、息を整えるのに必死で何を言っているかまでは分からない。

 

「…ほら、ドリンク。まだこれからが本番なんだから、飲んで頑張りなよ」

 

「ありがとうございます…ツンデレ

 

「なんか言った?」

 

「何も」

 

 タイシン先輩がスポーツドリンク(ニンジン味)を手渡してくれたので、素直に受け取ってがぶ飲みする。内心が漏れた気もしたが、聞こえてないのでセーフ()

 

「メトゥス、一気に飲むとお腹を壊すし吸収も良くない。少しずつ飲みなさい」

 

「ああ、すみません。つい」

 

 そんな注意を受けつつ、今の競走を振り返る。

 とりあえず、言うことは一つ。

 

(タイシン先輩強すぎィ?!)

 

「?」

 

 内心俺が恐れ慄いているのを全く分かっていないようで、タイシン先輩は首を傾げている。可愛い。

 あれ、なんか前にもあった気がするな。いやそうではなく。

 

「昨日も話したことだが、ナリタタイシンを真っ先に併走相手に選んだのは、キミが得られるものが最も多いと思ったからだ。現シニア級最上位の実力を持つウマ娘にして、キミと同じ追込脚質。走ってみてどうだった?」

 

「トーカちゃん先輩と走ったときもそうでしたが…実力差というものを思い知らされますね。ここまで差があったら、併走練習なんて受けないのも当然ですね」

 

 タイシン先輩は強い。トーカちゃん先輩も強かったが、それとはまた別ベクトルで強いのだ。トーカちゃん先輩はよくこんな相手に勝ったな。

 

 まず、その身体能力。

 スピード、パワー、スタミナ。何一つ勝てるものがない。

 はっきり言ってあのブライアンですら、今の状態でタイシン先輩とレースを走ったら手も足も尻尾も出ずに負けるだろう。

 年明けにトーカちゃん先輩と併走したときもここまで絶望的な差はなかったはずだ。やはりアプリに出てくるようなウマ娘は成長率が違うってことなのかな。原作ウマ娘こわ…

 

 次に技術。

 タイシン先輩自身が追込をやっていることもあるだろうが、俺のフェイントに引っかからないわ、追い立てにも冷静に対応されるわで何もさせてもらえなかった。タイシン先輩曰く、

 

「フェイントはもう少し真に迫るようにやんなきゃダメだよ。追い立ても、もっとギリギリまで近づいてさ、それこそ相手に自分の息がかかるくらいまで。耳元でなんか囁いてやるのもアリだよ。もちろん暴言とかは無しだけど」

 

 とのこと。

 そして追い立てられる側になって実際にやられた。最近は追われる側でも1500mくらいまでは平気になってきたはずなのに、あっさり1000mくらいで集中力が切れた。

 ただ、やられたおかげかフェイントとか追い立てのコツを少し掴めたかもしれない。

 とにかく相手の呼吸を意識するんだ。タイシン先輩は走り始めてから300mくらいで俺の呼吸のタイミングを掴んで、それに合わせて駆け引きをしていたように思う。

 俺にはまだそこまでの技術はないが、練習すればできるようになる、かな? ダービーに間に合うかは微妙なところだが…そこはこれからのタイシン先輩との練習で頑張るってことで。

 

 で、最後。

 これは身体能力と技術の合わせ技なのかもしれないが…合計4000m走ったにしては、タイシン先輩のスタミナが残りすぎているように見える。

 いくらシニア級のウマ娘とはいえ、こんなに息が全く乱れないなんてことあるかね? 

 

 俺が息を整えながら不思議そうにタイシン先輩を見ていると、視線に気づいたのかタイシン先輩がこっちを見た。

 

「ん、何?」

 

「ああいえ…4000m走ってよくそんなに余裕があるなと感心していたのです」

 

「あー、これ? …まぁ教えてもいいかな。いい? トレーナー」

 

「そうだね…とりあえず、ウルサメトゥスの『領域』を見てからにしないか? 今のところ、こっちが教えるばっかりになってるし。ちょっとそこまで秘密というか、踏み込ませるのはまだ考えたい」

 

 なるほど、それもそうだな。

 現状タイシン先輩はなんの得もしてない。俺とタイシン先輩が同じ脚質で、タイシン先輩が俺の上位互換である以上、俺から学べることは殆どないはずだ。

 

「そうですね。では、本番と言ってはなんですが。私の体力もそれなりに回復しましたので、今度は『領域』ありでやりましょう」

 

「ではそこの線に並んで。合図は僕がやろう」

 

 やるか。

 練習用コースに引かれた線に二人で並ぶ。

 まずは最初から使うかな。出力は普通で。

 憎きアイツのことを思い浮かべようとしたところで、マンハッタンカフェの話が頭をよぎる。

 

『あなたの後ろの子』

 

 …そっかー憑いてきちゃったかー。

 俺お前になんかしたか…? むしろヤられたのは俺の方なんだが。

 夢にまで出てくるんじゃねーよバ鹿! 

 

 いつも通り心臓が高鳴る。

 もういい、この件に関してはマンハッタンカフェに相談するまで保留だ。幸い今週末に相談の予定入れられたしな。

 今はこの模擬レースに集中しよう。

 

「よーい」

 

 殺気を放つ!! 

 

「スタート!」

 

 力を貸せ、こん畜生!! 

 

 背後から恐ろしい唸り声が聞こえた気がした。

 

 

 ──────────────────────

 

「タイシン、ウルサメトゥスとの併走にOKが出たよ」

 

「…! そう」

 

「いやー良かった。僕たちだけじゃないだろうしね、同じこと考えてるの」

 

 ナリタタイシンは木原トレーナーの言葉に内心で同意する。

 世間では皐月賞をレコード勝利したナリタブライアンにばかり注目が集まっているが、あのレースを見たウマ娘たちの一部…とりわけ、最上位と言われるほどの実力を持つウマ娘たちは、ナリタブライアンよりも、二着だったウルサメトゥスを注目していた。

 

(ウルサメトゥス。昨年のホープフルステークスを勝利したがあまり注目を浴びなかったウマ娘。あの時は正直こっちの有でバタバタしててなんとも思わなかったけど…調べたら、報道規制がかかってた)

 

 名だたる名家が出走する中、ただ一人一般家庭出身という異色のウマ娘。それがホープフルを勝利し、皐月賞でも二着というだけでかなり驚きだった。

 しかし、そんな事実を霞ませるほどの話題が件のウマ娘にはあった。

 

(あれは『領域』だ。『領域』を受けたことのある、もしくは『領域』を持っているウマ娘ならすぐに気付いたはず。効果まではちょっとよく分からなかったけど…雰囲気からして間違いない。なんか物騒な気配はしたけど)

 

 それは皐月賞のレース中盤のことだ。現地で見ていたナリタタイシンにはすぐさま分かった。

 

 空気が異質になる。

 

 言葉では言い表しづらいが、ビワハヤヒデの『領域』を二度受けているナリタタイシンはその変化に敏感だった。

 後ろで見ていたトレーナーは気づいていないようだった。ナリタタイシンとてレースを支配する空気から感じ取れたのであり、『領域』の効果は分からなかった。不自然に速度が上がるような分かりやすい変化はないので、トレーナーたちが気付かなかったのも無理はない。なので、今回ウルサメトゥスに併走を頼んだトレーナーたちの多くは、レースを見ていたウマ娘から『領域』の存在を伝えられていた。

 

『領域』であることは間違い無いだろう。

 しかし、ビワハヤヒデのものを受けた時とは違う寒気(・・)がナリタタイシンの背筋に走った。

 嫌な予感はする。それに対しての不安はあったが、それでもナリタタイシンは木原トレーナーに頼んで併走練習を依頼した。

 

(あのウマ娘が鍵だ。大阪杯で気になったのはただの直感だったけど)

 

 大阪杯のとき、シャドウストーカーが手を振っていた先にいたウマ娘。

 

 ナリタタイシンは確信した。

 あのウマ娘、ウルサメトゥスこそが、シャドウストーカーの『領域』耐性というべきものを鍛えたのだと。

 

(春の天皇賞まで、時間は残されてない。一刻も早く、『領域』の対抗策を)

 

 他のウマ娘たちも、気づいたならばナリタタイシンと同じことを考えるだろう。しかし幸いというのか、ウルサメトゥスはナリタタイシンと同じ追込のウマ娘である。そしてナリタタイシンはシニア級でも上位のウマ娘であり、それを交渉材料とすれば優先的に併走練習ができる可能性が高い。

 

 ナリタタイシンはビワハヤヒデとウイニングチケットの顔を思い浮かべる。

 G1という大舞台の勝ち星を一つ先行されているビワハヤヒデに、自分と同様ビワハヤヒデを追いかけ鍛えているウイニングチケットに、ナリタタイシンは再び勝ちたかった。

 

(アタシは、まだアイツらのライバルでいたい。アイツらと戦って勝ちたい。そのために、やれることはなんだってやってやる)

 

 たとえそれが、後輩を踏み台にする行為であろうとも。

 

 少し痛んだ心を無視し、ナリタタイシンは木原トレーナーのPCを見る。

 そこには併走依頼を快諾する内容のメールがあった。

 

 




なんだかんだブライアンもドーベルも最推しの子も勝ててはいますが、まぁA決勝は無理ですね。
そういえばメイドインアビスのゲームクリアしました。
個人的には結構楽しめました。
世界樹で難しいゲームに慣れたからかな…


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認識の結果

いつも応援ありがとうございます。

チャンミ、A決勝にはなんとか進みましたが優勝はできませんでした。
そして唐突に始まる死体蹴り。
絶対に許さん。

また次回がんばりましょうということでね。

では本編をどうぞ。


 

 

 ナリタタイシンは寒門出身である。

 正確には名門の分家だが、実家はウマ娘関連の仕事ではなく花屋を営んでいる。

 本家のように幼少期からのトレーニングなどはほとんど無く、それでも幼い頃は走りに対する渇望から自己流のトレーニングを続けていた。

 それを見かねた両親が本家に打診して専門のトレーニングを受けたのが小学校高学年の頃。名家のウマ娘と比べたら非常に遅いスタートだった。しかも本家も期待していなかったのか、教官がくるのは月2回ほど。劣悪までは行かないが、恵まれない環境でトレーニングしていたことは間違いない。

 また小学校では同級生が、小柄な体格や少食というアスリートに向かない体質を理由に「自分でも勝てる」などと言い、ナリタタイシンをずっと下に見ていた。

 

 トレセン学園に入学してからも、ナリタタイシンの才能を見抜く人間は現れなかった。本格化の兆候がありデビューの申請をしても扱いは変わらず。それどころか、一部のトレーナーや記者まで元同級生と同じような理由で嘲笑うものが現れる始末だった。

 

 ──────どいつもこいつも、バカにしやがって!!! 

 

 絶対に見返す。最初はそんな反骨心から始まった。

 今のトレーナーに才能を見出されてから、ナリタタイシンは必死で走った。

 皐月賞で同期の注目株であるビワハヤヒデとウイニングチケットを破り、一躍最前線に躍り出たナリタタイシンだったが、一時はビワハヤヒデの強さに心を折られかけたこともあった。

 菊花賞では散々な結果で、一矢報いるために挑んだ有でもやはりビワハヤヒデには勝てなかった。

 

 

 自分はもう二度とビワハヤヒデに勝てないのではないだろうか

 こんな、不純な動機で走っているからだろうか

 

 

 元々ネガティブなところのあるナリタタイシンがそう思うまでに時間はかからなかった。

 それからはトレーニングも疎かになり、現実逃避する日々がしばらく続いた。

 

 もう諦めよう。

 どうせ勝てない。

 本心からそう思った。そう思いたかった。

 

 しかし、なぜか。こんなにも自分の心は燻っている。

 

 走らなくなったナリタタイシンの心を炙ったのも、結局のところ「走りたい」という気持ちだった。

 

 

 そして紆余曲折あったが、ナリタタイシンは心の調子を取り戻して再起した。

 その結果が、先日の大阪杯での二着だった。

 

 

 練習用コースに引かれた線の後ろに二人横並びになる。

 中森トレーナーが準備をしている間に、ナリタタイシンは隣に立つ後輩のウマ娘を一瞥した。

 

 美しい青鹿毛の髪、晴天を思わせるような碧眼に、幼さの強い顔立ち。

 一目見た限りでは名家と変わらないような鍛え方をされた脚。

 そして、自身と同じくらいの小柄な体格。

 

 ウルサメトゥスのことを調べ、そして実際に会って、走って、ナリタタイシンは彼女のことをかなり気に入っていた。もっと言えば、親近感を覚えていた。

 ナリタタイシンは考える。

 ウルサメトゥスは一般家庭出身であり、他のウマ娘に比べ圧倒的に不利な状態から始まった。入学時には誰にも期待されず、おそらくレースで勝ってもフロック扱いされていたはずだ。

 実際調べた限りでは、ホープフルステークスを優勝したにもかかわらずその記事は揉み消されたに近い扱いを受けている。そのせいで知名度は上がらず、ほぼ同じ条件のレースである弥生賞では三番人気。挙げ句の果てには、皐月賞で圧倒的一番人気のナリタブライアン相手に、1 1/2バ身差まで食らい付いたのに、それに触れた新聞はほとんど無かった。

 

(アタシと似てるんだ、この娘は)

 

 期待されず。

 不愉快な扱いを受け。

 同期には圧倒的な実力を持つライバルがいる。

 

(でも、アタシとは違う。心が強いんだ)

 

『領域』というアドバンテージを持ちながら、それでも届かないナリタブライアンという怪物。

 ナリタタイシンは思う。自分だったら、ウルサメトゥスと同じ状況に置かれていたら、どうなっていたか。

 

(あれで折れないのは、すごいと思う)

 

 答えは簡単だ。自分だったら折れている。特に、クラシック序盤の頃の自分なら。

 自分にはできない。だからこそ、それでも勝つことを諦めない隣の後輩がナリタタイシンには眩しく映る。年下をここまで尊敬したのは初めての経験だった。

 しかし。

 

(それとこれとは別。アンタを利用してでも、アタシは強くなる!)

 

 ナリタタイシンはもう決めたのだ。どんな手を使ってでも、今度こそビワハヤヒデとウイニングチケットが出る大舞台で、あの二人に勝って優勝すると。

 大阪杯では確かに自分の方が順位は上だった。しかし、あれは全てシャドウストーカーというウマ娘の掌の上で行われたこと。自分の実力で勝ったとは言えないし、そもそも優勝できていない。

 

(…もしかしたら、今日この娘の『領域』を受けて、それでもアタシが勝ったら。何度やってもアタシの勝ちで終わったら。今度こそ、この娘は自信を失って心が折れてしまうかもしれない)

 

 ナリタタイシンの心が痛む。

 全ては想像に過ぎない。ナリタタイシンの考える限り、ウルサメトゥスは強い心を持つウマ娘だ。自分に負けたところでなんともないかもしれない。逆に反骨心で食い下がってくるかもしれない。

 だが、先程2回走った限りでは、『領域』があったところでナリタタイシンに及ぶとは考えづらかった。

 

(たとえウルサメトゥスの『領域』がハヤヒデと同程度だったとして…それでも、そのくらいじゃ負けない)

 

 2度走り、両方とも10バ身近い差をつけて終わった先程の模擬レース。どのタイミングで加速しても、それでウルサメトゥスがナリタタイシンを抜かすビジョンは無い。

 

(…ごめん)

 

 心の中だけで謝罪する。

 高確率で先程の考えが起きてしまうとナリタタイシンは思っていたが、今だけはその考えに蓋をした。

 

 全部終わったら、謝りにこよう。

 

 ナリタタイシンはそう決め、レースに集中する。

 しかし集中しきれていないのか、心音が大きく聞こえる気がした。

 

(くそ、悩むのは後にしろ、アタシ!)

 

「スタート!!」

 

「っ!」

 

 中森トレーナーが合図する。

 ウルサメトゥスは綺麗にスタートしたが、ナリタタイシンはシニア級とは思えないほどの無様なスタートだった。

 

「くっ」

 

 すぐに加速し、ウルサメトゥスに追いつく。上手くスタートを切れなかったことに多少動揺(・・)したが、レースはまだ始まったばかりだ。

 勢いのままウルサメトゥスの横を抜ける。その時、一瞬彼女の表情が垣間見えた。

 

 

 

 その目は見開かれ、真っ赤な口内が見える口は、大きく弧を描いていた。

 

 

 

 先程尊敬の目でナリタタイシンを見ていたウマ娘と同一人物とはとても思えない、狂気を孕んだ顔。

 そして、それに一瞬怯んだナリタタイシンの耳元で囁いた。

 

 

 ────動揺しましたね? 

 

 

 その瞬間。

 ナリタタイシンの視界は昼の太陽が照らすターフから一転し、真っ暗な闇に包まれた。

 

 

 

 

 

(『領域』か!)

 

 視界すら奪うほどの異常。

 そんなもの、ナリタタイシンは『領域』以外知らない。

 一変した風景に、ナリタタイシンは最大限警戒する。

 

(ハヤヒデのときは、アタシは盤上の駒になるような感覚を覚えた。これもその類か? なら、すぐに終わる…?)

 

 全ての『領域』がそうなのかは知らない。しかし、ビワハヤヒデの『領域』しか知らないナリタタイシンはそう予想した。そして、その予想は一部正しかった。すぐに終わったのだ。

 

 何も起こらない時間が。

 

「え」

 

 突然、ナリタタイシンの後ろに何かが出現した。

 そして、背筋が凍るような感覚を覚える。

 

「いや」

 

 レース中に後ろのウマ娘がプレッシャーをかけてきたときに僅かに似ている。

 しかし、それとは比べ物にならないほどの、圧。

 ナリタタイシンはこれまでのウマ生で感じたことのないそれ(・・)を、『殺気』と名付けることしかできなかった。

 

「あああああああああああああ!?!?!?!?」

 

 死に物狂いで走る、走る、走る! 

 そうでもしないと殺されてしまう!

 後ろに迫る何かが、重い足音をたてて猛追する何かが、恐ろしい唸り声を上げる何かが!!

 

 自分を食い殺すために追いかけてきている!!

 

 もはやナリタタイシンの脳内にこれが『領域』の効果だの、ウルサメトゥスとレースをしているだの、そんな些細なことを考えている余裕は一切なかった。

 後のことは考えず、ただこの場を生き残るために、全身全霊で走っていた。

 

 ナリタタイシンにとって不幸だったのは、ビワハヤヒデの『領域』を2度受け、『領域』を感じ取る力が強くなっていたことだった。

 もしこの『領域』が初めての『領域』だったのなら、ここまで強い効果を受けることはなかった。

 そしてもう一つ不幸があった。

 それは、この『領域』の主(ウルサメトゥス)が、誰かさん(マンハッタンカフェ)の入れ知恵により、ナニカを認識してしまったことだ。

 使う本人も無自覚のうちに強化されてしまった『領域』が、本来なら周囲にいる多数のウマ娘に同時に効果を発揮するソレが、ナリタタイシンただ1人に対して文字通り牙を剥いていた。

 

「うわあああああああああ!?!?」

 

 恐怖のあまり、ナリタタイシンの目には涙が浮かび、視界がにじむ。

 助けを求めるため、または意味もなく叫ぶ。

 普通ならこの異常に気づいた周囲の人間が、レースを止めるだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 

 なぜならここは『領域』、具現化された心象の内部。それも、以前よりも強まってしまっている。

 

 結果として、外から見たナリタタイシンは一言も発さず、ただ顔色だけが変化して、非常に早いペースでターフを走っていた。

 

 一体どれだけの時間走り、叫んだのか。

 既にナリタタイシンの体力は擦り切れ、声も枯れていた。

 

「いやあぁぁ…助けて、トレーナー…ハヤヒデ…チケット…」

 

 自分はここで死ぬのかもしれない。

 一向に距離が離れない後ろの気配に、ナリタタイシンが生を諦めかけたそのときだった。

 

 急に視界が開ける。

 暗闇が消え、空に色が戻る。

 後ろにいたはずの恐ろしい怪物の気配も消えていた。

 

 そして唐突に、ナリタタイシンは自分の置かれた状況を思い出した。

 

(そうだ、模擬レース中だった!!)

 

 永遠にも思えたあの空間で過ごした時間は、僅か1分半ほど。

 残り距離は500m。

 ナリタタイシンは知らないが、それはとある赤毛のウマ娘が初めてウルサメトゥスの『領域』を受けたときの状況に酷似していた。

 違うのは、ナニカの影響で『領域』の効果が高くなっていたこと。

 

「なんか、ごめんなさい…先に分かっていたら威力を落としたのですが」

 

 そしてそれを明確に感じ取っていた元凶のウマ娘は、非常に申し訳なさそうな表情でナリタタイシンを抜き去っていった。

 

「待て…!?」

 

 当然ナリタタイシンはそれを追おうとする。

 しかし、『領域』によるスタミナの減少か、それとも心があのバケモノに屈してしまったからか。

 

「あっ…」

 

 ナリタタイシンに、ラストスパートする力は残っていなかった。

 

 3バ身半。

 

 それがナリタタイシンとウルサメトゥスの着差だった。

 

 

 

 

「本当にごめんなさい!!」

 

「ああうん、いいよ…」

 

 目の前で90°に腰を折るウマ娘が本当に先程の凶悪な『領域』を使ってきたのかと、ナリタタイシンは信じられない気持ちでいた。

 

 曰く、いつも通りの出力で使ったつもりが、一段階強い出力になってしまったとのこと。

 

(???)

 

 ナリタタイシンは、そもそも『領域』に出力とかあるのかとか、あの強烈な殺気の正体はなんだったのかとか、様々な疑問に襲われていた。

 

(よく分からないけど…踏み台にするどころか、油断したらこっちが再起不能にされそうだってことは分かった)

 

 改めて気を引き締める。

 その上で、ウルサメトゥスの『領域』について考えた。

 

「アンタの『領域』は、他のウマ娘を恐怖させることでかからせ、スタミナを削る。これで合ってる?」

 

「はい。あの威力の『領域』の中しっかり効果を見破るなんて…さすがですね」

 

「まぁ…状況証拠というか」

 

 普通に2000m走っただけでは、ナリタタイシンのスタミナが切れることはありえない。それはナリタタイシンの持つ高い身体能力もさることながら、独自の走法がスタミナを保つことを可能にしていた。

 にも関わらず最後に脚が残っていなかったということは、冷静さを強制的に失わせ、独自の走法を使えなくさせられていたということに他ならない。

 

「恐ろしい『領域』だよホント。けど、種が割れれば構えることくらいはできる。次もこう上手くいくとは思わないでよね」

 

 結局はビワハヤヒデの『領域』と同じ、慣れればいいのだとナリタタイシンは考えた。

 

「はい、さっきので出力は掴みましたので、次はいつも通りの出力で行けそうです。…次も出力が上がってたら今度は洒落にならないですし

 

「? よく分かんないけど、時間は有限なんだからさ。さっさとやろうよ」

 

「はい! あ、タイシン先輩」

 

「何?」

 

「次は中盤から使いますね」

 

「なに、タイミングまで自在なの? まぁいいよ。教えてくれるんなら今度は怖くないね。アタシにハンデなんてつけたこと、後悔させてあげるんだから!」

 

 後輩に気を使われ、ナリタタイシンは気色ばむ。

 今度は思い通りにはさせない。

 強い意志を胸に、ナリタタイシンは練習用コースに向かった。

 

 

 その意志が無惨にも散ったのは、僅か二分後のことだった。

 

 

 




今回は時間がなかったので色々荒いし修正するかも。
と言いつつも修正したこと一回しかないんですけどね笑

あとナリタタイシン持ってないから描写が難しい…


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誠実なトレーナー

いつも応援ありがとうございます。

前回はぶっちぎりで最多感想でした。やっぱタイシン人気ですね。
そして全然返信できていない…もう少々お待ちを…

あ、そういえばこの小説を投稿し始めてから半年経ちました。早いものですね。
こんな見切り発車の元短編小説がこんなに多くの人に見てもらえるとは、半年前の私に言っても信じないでしょう笑

これからもよろしくお願いします。

ではどうぞ。


 

 

 

 首筋に冷たいモノが食い込んだ。

 

「かっ…」

 

 そんな断末魔未満の掠れ声がナリタタイシンの口から漏れる。

 回転する視界は、崩れ落ちる小さな体とそれを成したであろう巨大な影を捉え、そのままブラックアウトした。

 

「っは!? またか!」

 

 意識の空白が生まれ、息を吸い込むことで景色が回復する。

 ナリタタイシンは既に数度行われつつ、一向に慣れる気配のないこの現象への対処に四苦八苦していた。

 

「待てっ!」

 

「待ちません」

 

 その数秒の思考の寸断はレース中では当然ながら致命的だ。

 仕掛けるタイミングを強制的に遅らせ、気づいたときには身体能力の差を以ってしても追いつけない位置にウルサメトゥスがいる。

 

「また負けた! どうなってんの本当に…」

 

「あはは…まぁ、私の取り柄ですので」

 

 そのままウルサメトゥスがリードを譲らずに勝利した。悔しがるナリタタイシンに、ウルサメトゥスは少し照れたように笑う。

 

「褒めてないから!」

 

 ウルサメトゥスとナリタタイシンが併走練習を始めてから五日。いまだにナリタタイシンはウルサメトゥスの『領域』を崩せずにいた。

 

 正確には一部は攻略している。特に最初から『領域』を使うパターンに関しては、もうナリタタイシンが抵抗することの方が多くなっていた。

 ウルサメトゥスは最初から『領域』を使用する場合、自身の心音で相手を揺さぶり、それでも足りないときは殺気を放つことで相手を動揺させる。何度も受けない限りはそうそう慣れることもないが、既に併走練習も五日目であり、ナリタタイシン側の慣れにより心音による崩し(・・)が通用しなくなってきていた。

 

(問題はあの首切りの幻影…あれをどうするか)

 

 ナリタタイシンを苦しめ続けているのは中盤から使われる『領域』の方だった。掛からせる効果のほうは耐性が出来始めており、使われても独自の走法を忘れることなくスタミナを保つことができる。しかし、終盤の仕掛けどきにナリタタイシンを襲うバケモノの幻、首切り体験はいつまで経っても慣れることができなかった。

 ただ、ナリタタイシン自身、最初の頃よりは復帰が早くなっているような気はしている。その証拠なのか、負けるときの着差も少しずつ縮まってはいる。

 しかし、それが意識を飛ばしている時間が短くなったことによるものなのか、それとも意識を復帰させてからの立ち直りが早くなったことによるものなのか、はたまた自身やウルサメトゥスのそのときの調子によるものなのかは分からなかった。

 

(来るのは分かってるのに)

 

 ナリタタイシンが調べた限りでは、シャドウストーカーがウルサメトゥスと併走練習をしていたのは2週間ほど。その程度の練習期間で大阪杯でのビワハヤヒデの『領域』には全く動揺しなくなっていた。そして、ナリタタイシンに与えられた練習期間も2週間だ。

 

(シャドウストーカーは出来たんだ。なら、アタシだってできるはずだ!)

 

 自身と同格のウマ娘ができたのならと、ナリタタイシンは奮起する。そして再びウルサメトゥスに模擬レースを仕掛けに行った。

 ビワハヤヒデの『領域』に動揺しなかったシャドウストーカーも、ウルサメトゥスの『領域』を完全攻略できたわけではないなど夢にも思わなかったナリタタイシンだった。

 

 

「中森トレーナー」

 

「? 木原トレーナー。なんでしょうか?」

 

 数度の模擬レースで疲弊したウマ娘たち(主にウルサメトゥス)の休憩中。中森がPCになにかしら書き込んでいるところに木原から声がかかった。

 

「今回は本当にありがとう。これで春の天皇賞では、『領域』に飲まれて終わるなんてことはなくなりそうだ」

 

「それは良かったです。こちらとしても、メトゥスがナリタタイシンの技術をどんどん吸収して成長しているのが良く分かります。なので、お互い様ですよ」

 

「まぁこの調子じゃタイシンがあの『領域』をいつ攻略できるかは分からないけどね」

 

 木原は休憩しながらウルサメトゥスに色々と質問されているナリタタイシンを見て苦笑した。仏頂面をしているが、あれはいつものことだ。機嫌が悪いわけではない、むしろ良いのは、木原にはお見通しだった。

 

「メトゥス…質問はまとめて書面で送るように言ったのに…」

 

「いいよいいよ、タイシンも満更じゃなさそうだし」

 

「そうですか? いやでもなぁ」

 

「それより、あの『領域』の攻略法とかないのかい? 僕もタイシンに聞いてこいと言われててね。まぁ、そんなこと言われてもって感じなんだけどさ」

 

 木原はダメ元で中森に聞いた。しれっと言ったがナリタタイシンは木原にそんなこと一言も頼んでおらず、これは木原の独断だった。一向に攻略できない『領域』を前に、少しでもナリタタイシンの助けになればと思ったのだ。

 まぁダメだろうな。そう考えていた木原に返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「攻略法と聞かれても僕に言えることはそこまで多くないですが…そもそも、もう半分くらいは攻略してますよね?」

 

「え?」

 

「これを見てください」

 

 中森がPC画面を見せる。

 そこにはこの併走練習が始まったばかりの模擬レースと先程のレースとを比較した動画があった。

 

「これさっきの動画だよね? 編集早いなぁ…」

 

「PCの扱いはそれなりに得意でして。まぁそれはともかく」

 

 中森がPCを操作する。映し出されたのは、最終コーナーを回るところだ。

 

「メトゥスの『領域』は相手に働きかけて、少しの間レースから意識を逸らすことで仕掛けのタイミングを遅らせ、さらに副産物として若干速度も落ちます。なのでナリタタイシンが減速したタイミングが『領域』の効果発動タイミングと同じであり、そこからナリタタイシンが再加速したタイミングまでの時間が、ナリタタイシンの意識が逸れていた時間となります」

 

「なるほど」

 

「それを知っていただいた上で、ナリタタイシンが減速したタイミングを合わせたのがこれです」

 

 比較映像の中で走るナリタタイシンが同時に減速する。そして1秒、2秒と経過し、3秒ほど経ったところで、先程のレースのナリタタイシンが再加速した。一方で併走練習初期のナリタタイシンは、『領域』で減速してから5秒を過ぎたところでようやく復帰していた。

 

「ナリタタイシンは確実に『領域』に慣れてきています。その証拠がこれで、メトゥスの『領域』の効果が明らかに半分程度まで減らされています。だから、攻略という意味では近いところに来ているんじゃないですかね」

 

「うーん、でも最初の頃の着差が3バ身程度で、今は2バ身。半減というなら、もっと差が縮まっていてもおかしくないんじゃないかい?」

 

 木原が指摘するが、中森は当然といった風に返す。

 

「それはメトゥスの成長の方ですね。この五日間の併走で、ナリタタイシンの仕掛けタイミングを正確に掴んできたのでしょう。実際、映像を見ると『領域』のタイミングが初期と先程とで違います」

 

 中森が映像を操作すると、ナリタタイシンの減速タイミングが時系列順に並ぶ。木原が確認すると、確かに減速タイミングは少しずつズレていった。

 中森はこともなげに言うが、ズレと言っても微細なもので、映像を十数個並べてようやく分かる差だ。木原は中森の分析力に感嘆する。

 

(これは…噂以上だな。有能なトレーナーが一般家庭のウマ娘を勝たせた。隠れた才能のウマ娘が新人トレーナーを導いた。両方の噂が出ていたけど、まさか両方合わさった結果だったとはね。うーん、僕より優秀だなぁこれは)

 

 木原が中森に感心しつつ苦笑する。木原は自分が才能に溢れたトレーナーだとは思っていないが、それでもこの道10年のトレーナーだ。高々三年目のトレーナーに色々と負けている事実に少しやさぐれたが、落ち込んでいる暇はないと気を持ち直す。

 

「なるほど。でも、いいのかい? そんな詳しい『領域』の情報を僕に教えてしまって。まだ少し先だけど、タイシンは今年の有にも出ると思う。そのときに、不利になってしまうとは思わない? ちょっと口が軽すぎるんじゃないかな?」

 

 木原が詳しい分析をできなかったのは、『領域』の情報がなかったところによるものが大きい。

 中森は優秀なトレーナーだが、脇が甘いところがある。そう判断した木原が少し意地悪な質問をするが、中森はそれに対し苦笑と共に返答した。

 

「実は、シャドウストーカーを担当している暮林トレーナーにも、似たようなことを言われました。僕もそれからは結構情報には敏感になっています。皐月賞で大々的に使ったとはいえ、おそらく詳しい効果までは知られていないでしょう。なので、今回もそちらに効果が見破られない限りは黙っていようと思っていたんですが…」

 

「ですが?」

 

「メトゥスの方から許可が出ていまして」

 

 中森は頬を掻きながらウルサメトゥスとの昨日のやりとりを思い出す。

 

 

 ──────────────────────

 

「分析のためなら教えていい? 『領域』の効果を? なんでまた。それは今後ナリタタイシンにぶつかったとき、不利になると分かって言っているんだよね?」

 

 中森はウルサメトゥスの唐突な申し出に、少しだけ怒りを込めて話す。

 確かにウルサメトゥスが『領域』を使えるということは、あの皐月賞に出たウマ娘、もしくは見ていた上位のウマ娘にはバレてしまっただろう。しかし併走練習したシャドウストーカーやこれまで何度か対戦してきたウマ娘たちから察するに、詳細な効果はこちらから話さない限り知られることはない。

 これまで中森は何度か情報の取り扱いを間違えてきた。それ故に簡単に明かそうとするウルサメトゥスに怒りを覚えたのだが、対するウルサメトゥスも真剣な表情だった。

 

「ええ、分かっています。でも、その上で許可します。まぁ、木原トレーナーやタイシン先輩が聞いてきたらの話ですが」

 

「…理由を聞いてもいいかい」

 

 中森は一旦怒りを落ち着け、ウルサメトゥスの目を見て話す。大したことがない理由なら、いくらウルサメトゥスの提案でも一蹴する。中森はそのつもりでいた。

 

「…似ているんですよ、タイシン先輩と、私は。だから、応援したくなってしまったんです」

 

 しかし、憂いを含む表情でそう語るウルサメトゥスに、一気に気勢を削がれてしまった。

 ウルサメトゥスはナリタタイシンから彼女のこれまでのことを本人から大まかに聞いていた。そして、自分の持つナリタタイシンに関する前世の知識が概ね正しいことが分かり、強く共感してしまった。

 

「誰にも期待されず、周囲からは不愉快な扱いを受け、同期に強力なライバルがいる。なんか、ここまで似ていると少し運命的なものを感じてしまいます」

 

 ウルサメトゥスは思う。自分は中身が女学生ではない。とっくに成人した男で、精神的にも成熟している。それに当初の目的は金稼ぎだったので、注目などどうでも良かった。だから中森以外のトレーナーやメディアからどんな扱いを受けようが平然としていられたが、ナリタタイシンの場合はどうか。

 高校生になったばかり、精神的に不安定な時期の少女が、人並みに自己顕示欲もあるだろう子供が、自分と同じような環境になったら。

 心が折れてしまうだろう。現に、ナリタタイシンは一度挫折を味わった。

 

 それでも再び立ち上がったナリタタイシンに、ウルサメトゥスは強い尊敬を抱いた。

 

「それに、あんな凶悪な『領域』をぶつけても、態度を変えず、怯えることもなく、先輩は私に自分の持つ知識を惜しげもなく教えてくれます。そんなカッコいい先輩に、少しサービスしてあげてもいいかなと思いまして」

 

「全く…分かったよ」

 

 悪戯っぽく笑うウルサメトゥスに、なんだかんだ担当ウマ娘に甘い中森は肩の力を抜く。ただ、木原がもし悪質なトレーナーだったら、決して教えないと考えていた。その心配は、この後徹夜で色々な方面から調べた結果、杞憂だと分かったが。

 

「それに…」

 

「なんだい?」

 

 ウルサメトゥスは少し誤魔化すように言う。

 

「今回の練習で強い出力の『領域』を使うつもりはありません。実戦でそれを使ったら、効果的だとは思いませんか?」

 

「なるほど、サービスはここまでってことだね。まぁ、メトゥスなら色々考えてると信じてるけどね」

 

「あはは…」

 

(言えない…この前から強い出力で『領域』の第二段階を使おうとすると威力の調整が上手くいかないから使いたくても使えないなんて言えない…)

 

 ウルサメトゥスがそんなことを考えているなど全く気づかない中森だった。

 

 ──────────────────────

 

「そんなことが…」

 

「はは…」

 

 軽く笑って答える中森に、木原は同じく笑いつつ内心で自らの心の汚さを突かれたような思いだった。

 

(僕が新人だった頃は、中森トレーナーのように誠実な人間だっただろうか。もう覚えてないな。誠実なだけじゃこの世界で生きてはいけないけど…だからこそ誠実な人間は貴重だし、ここまでされたら、って思っちゃうんだよね)

 

 木原は中森と、そしてナリタタイシンと戯れているウルサメトゥスを見やる。ウルサメトゥスがナリタタイシンを持ち上げ、ときにはその逆が起こる。二人の仲はかなり良好に見える。その様子を見て、自身も情報を提供することに決めた。

 木原は思う。自分は中森トレーナーほど優秀なトレーナーではない。そして、中森トレーナーほど甘くもないし、誠実でもない。

 だが、受けた恩を返すくらいの誠実さはあると思っている。

 

「中森トレーナー、重ねてになるけど、今回の話を受けてくれてありがとう。お礼と言ってはなんだけど、僕の権限で、最新トレーニング設備を使う権利を貸してあげるよ」

 

「最新トレーニング設備…ですか?」

 

 中森が怪訝そうに聞き返す。中森とて情報収集は重視しており、自分で調べたり、乙名史記者に聞いたりして日々効率の良いトレーニングを行っているつもりだ。特にトレセン学園は最新の設備が揃っていて、実績によって優先度は左右されるが、それを使ったトレーニングもできる。G1を勝利しているウルサメトゥスは、優先的にそれらの設備を使うことができた。

 だからこそ、木原の言う最新のトレーニング設備に見当がつかない。

 

「ここだけの話、タイシンの疲れにくい走法もそれを使って習得したんだよね。まぁ、思いついたのは僕なんだけど。サービスだ、それも教えてあげよう。この練習方法まだ公表してないからね? 他の人にはオフレコで頼むよ」

 

「それは勿論ですが、そんな設備がトレセン学園にあったんですね…」

 

 木原が得意げに言う。木原の知る設備は運用が開始されてから一年も経っておらず、あまり知名度がない。運用されて時間が経っていないというのもあるが、知名度がないのはそれを利用したトレーニングがあまり上手くいっていないからだ。それを有効的に活用してウマ娘の強化に成功している時点で、彼の手腕の程は証明されていた。

 木原は自らを優秀なトレーナーだとは思っていない。しかし、周囲にどう思われているかは全く別の話である。

 

「いいんですか? 僕らに教えてしまって」

 

「しつこいって。いいよ、いつかは誰かに教えると思うし。少し早まっただけだ。それに、君たちだから教えたいって、僕は思ったんだ。気が変わらないうちに聞いておきなよ」

 

 木原は機嫌よく答え、手元の端末を操作する。そして目的の画像を見つけ出し、中森に見せた。

 中森が奇妙なものを見るような目で端末の画面を見る。それを面白そうに観察しながら、木原は中森に聞いた。

 

「VRウマレーターって、知ってるかな?」

 

 




そしてまた中距離、よりによって2200m…
誰出そうかな。たまには赤テイオーとかも面白そうですね。


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コーヒーとご相談

いつも応援ありがとうございます。

中距離チャンミのいいところは、推しの子の適性が中距離で相性がいいウマ娘が多いから適正Sを作りやすいこと。
悪いところはクリオグリ。

今回長いです。おかげで一回で終わらせようと思ってたカフェ回を2回に分けることになってしまいました…予定通りにいかないことばかりですね。

ではどうぞ。


 

 

 

 タイシン先輩との併走が始まってから初めての休日。

 普段の休日はレース動画を見たりイメトレしたりで殆ど部屋から出ない俺だが、今日は予定があるため珍しく朝から外に出ていた。

 そう、俺の後ろに憑いているという存在について、マンハッタンカフェに相談しにいくのである。

 なお、トーカちゃん先輩にお出かけに誘われたのだが、泣く泣くお断りした。こっちの都合でマンハッタンカフェを振り回すわけにもいかないしね。残念そうな顔をするトーカちゃん先輩…うう、ごめんね。

 

(ここか。そういや美浦寮は来るの初めてだな)

 

 マンハッタンカフェの部屋で話をすることになっているため、美浦寮まで来たが…うん。見た目は栗東とそんなに変わらんな。そらそうか。

 ちなみにトーカちゃん先輩にはマンハッタンカフェの部屋に行くとは言っていない。理由? なんとなく嫌な予感がしただけだ。

 

 玄関にある管理人室でマンハッタンカフェに連絡を入れると、すぐに返事があり、管理人さんに案内されるがまま部屋へ。自分が所属していない寮には基本的には入れないのだが、こうして寮内のウマ娘の許可があった場合は、管理人さんに部屋まで付き添われることを条件に入ることができる。生徒間の不要な衝突を避けるためらしい。

 なお、生徒会の役員等一部のウマ娘は許可無しで入ることができる。まぁ俺は生徒会とか興味ないし入ることもないだろうから、関係ない話だな。

 部屋の前のインターホンを押す。

 

『はい』

 

「あ、ウルサメトゥスです。本日はお招き頂きありがとうございます」

 

『今開けますね』

 

 扉の中から控えめな足音がして、直後扉が開く。

 扉の隙間から顔を覗かせたのは、漆黒の長髪に黄金色の瞳、マンハッタンカフェだ。

 俺と管理人さんの姿を確認し、大きく扉が開かれる。

 

「ようこそ…こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「では私は管理人室に戻りますね」

 

「あ、ありがとうございました」

 

 管理人さんが踵を返す。簡単にお礼だけ言い、改めてマンハッタンカフェの姿を見た。

 うーん…やっぱり前世で育成してたときよりも小さいよな? 俺とそんなに変わらない、もしかしたら俺より小さいかも? それはないか。まぁ学年も俺と同じって言ってたし、これから本格化して身長も大きくなるんだろうか。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでもないです。それより、本当にお部屋を借りてもよかったんですか? こちらはある程度機密性があるならどこでもよかったのですが」

 

 場所を指定したのはマンハッタンカフェの方だ。『領域』に大きく関わる話だし、俺としては誰にも聞かれないであろう寮の部屋は都合がいいのだが。あ、ルームメイトがいるか? 

 

「ルームメイトの方は?」

 

「ああ…実は先日、怪我で引退されまして…そのまま、学園を去ってしまわれたのです。なので今は、私が一人で使っています。それも含めて私の部屋の指定、そして…この時間に来ていただきました」

 

「ああ、それは何というか…」

 

 怪我、か。俺が今まで怪我とかしたことないからちょっと遠くの出来事だったが、そういうこともやっぱりあるんだよな…

 

 俺を部屋まで案内しながらマンハッタンカフェが少し表情を歪ませて場所と時間を指定した事情を話す。

 

「…私の知り合いに、私が言うのもなんですが少々変わった方がいまして。普段はご自分の趣味? に没頭しているのですが…神出鬼没な方なので、迂闊に外で話すと出会ってしまう危険性があるのです。その方は、趣味? を行っている間はその専用の部屋に詰めています。それで、昨日から徹夜で今日の午後までじっけ…趣味に没頭すると先日言っていました。なので今日の午前中、私の部屋を指定させて貰いました」

 

「? それを聞くとその方と私をどうしても会わせたくないように聞こえますね」

 

 なんでそんな工作を…。というか、そこまでして会わせたくないなんて一体? いや、一人だけ思い当たるな…カフェが刺々しい態度で当たる相手。

 

「それはですね…タキオンさん、あぁ、その方はアグネスタキオンさんというのですが…タキオンさんが貴女に興味を持っていまして。私の判断で申し訳ありませんが、それが少し危ないと思ったので、こうしてできる限り遭遇させないようにしたのです」

 

 やっぱりアグネスタキオンか…

 

「それは…ありがとうございます、でいいんですかね?」

 

「はい。…私と貴女が一緒にいる所をタキオンさんに見られたら、研究と称して何をされるか分かりませんので…。そして、タキオンさんはどこからか情報を得るのが非常に速くて…研究に没頭している間じゃなければ、きっと見つかってしまいます」

 

「そ、そうですか」

 

 マンハッタンカフェは大きな溜息をついた。ああ、タキオンってこの世界でもやっぱりそんな感じなのね。ご苦労様です。

 

 部屋に着くと、俺の部屋と同じように二つのベッドがあり、概ね真ん中で空間が仕切られている。ただ、荷物が置いてあるのは片方だけであり、先程カフェが言っていたことは真実であると分かる。

 

「マンハッタンカフェさんが使っているのは左でいいんですよね?」

 

「はい…まぁ、分かりますよね」

 

「そうですね」

 

 落ち着いた雰囲気で、謎のオブジェが棚に置かれ、外国語で書かれたコーヒー豆のラベルが壁に貼られている。部屋の半分を使う人はもう誰もいないというのに、カフェが使っているのはきっちり左半分だけだ。性格が出ている。

 

「ウルサメトゥスさん…私のことは、カフェでいいですよ」

 

「そうですか? ではカフェさんも、私のことは適当に呼んでください」

 

「それでは…ウルさんと。少し待っていて下さい…今、コーヒーを淹れます…コーヒーでいいですか?」

 

「はい、コーヒー好きです。あ、何も入れなくていいですよ」

 

「そうですか…ウルさんとは、話が合いそうです。…あ、そちらの椅子に座って下さい」

 

「淹れるところを見学してもいいですか? 私も最近凝っていまして。あの喫茶店で頂いたコーヒーはとても美味しかったです。それほどの腕前を持つカフェさんの技術をちょっと見てみたくてですね」

 

「そこまで評価して貰えて嬉しいです。…どうぞ、ゆっくり見ていって下さい」

 

 カフェはそう言って台所へ向かう。黒い尻尾や耳が揺れている、どうやら機嫌がいいようだ。

 いやーカフェがコーヒーを淹れるところを現実で見られるとは…おっと、せっかくのチャンスなんだ。俺のコーヒーの腕前を上げるためにも、しっかり目に焼き付けておこう。

 

 

 

 カフェの淹れてくれたコーヒーを貰い、今日の本題に移る。

 

「それで、相談ですが…今も、いますか?」

 

「はい。心なしか、先日見たときよりも姿がはっきりしてきている気がします」

 

 カフェが俺の後ろに視線を向けた。分かってはいたけど、離れてるわけないよなぁ…

 俺は後ろを振り返ったが、やはり何も見えず。

 

「カフェさんにはどう見えていますか?」

 

「そうですね…黒い大きな靄のように見えています。この前はそれ以外何も分からなかったのですが、今日は…大きな爪と牙、そして四足歩行の獣のように見えます」

 

 そっか…(諦観)

 もう間違いないわな。ヤツだ。何でかは分からんが、俺が死んだ後も付け狙うのか…。てか、本当に何でいるんだよ。俺が死んだ後にお前も死んだの? いや、そりゃ人殺しのクマなんて行政からしてもほっとくわけにはいかないんだろうが、死んだからって俺のとこに来るんじゃないよ。

 

「見え方が変化したということは、あの後に何かありましたか?」

 

「…そうですね、何もなかったと思いますが。強いて言えば、何かがいる、と認識したことくらいですかね」

 

「多分、それでしょう。…『彼ら』は、認識されることで影響力を増すことがあるので…」

 

 え、そんなことでパワーアップすんの? やめてくれよ…

 もしかして高出力の『領域』が安定しないのってコイツが強くなったせい? 

 前世とかクマのことをぼかしつつ『領域』が安定しないことを話すと、カフェは神妙に頷いた。

 

「聞いた限りでは、ウルさんの『領域』はその子が大きく関わっているようですし、ありえない話ではないかと」

 

「そうですか…」

 

 そうですか…勘弁してほしいです…

 いやでもいなくなられたら『領域』使えなくなるのか? それならいて貰った方が…しかしクマが…でも…うーん。何で俺は前世の死因に悩まされなきゃならんのだ。思い出の中でじっとしていてくれ(切実)

 あ、『領域』と言えば。

 

「そういえば、カフェさんはどこで『領域』を知ったんですか? こう言っては何ですが…まだデビューもしていないウマ娘に教えられるようなことではないと思いますが」

 

 ちょっと気になっていた。前回カフェとあったときは後ろの子云々で半ばパニックだったので思いつきもしなかったが、そもそも俺たちの話を聞いて『領域』が話題に出たとしても、その言葉の意味を知らなければ何も思わないはずだ。

 だがカフェは『領域』という言葉を聞いて俺に話しかけた。つまり、俺たちの話を聞く以前から『領域』について知っていたということだ。なら、『領域』を教えた人がいるはずだ。

 もし、『領域』をその辺のトレーナーがカフェに教えてたんだとしたら、場合によってはそいつを理事長に突き出さなきゃならんかもしれない。なんせ『領域』は基本的には隠されていて、その域に達した、もしくは『領域』を見たウマ娘にトレーナーから伝えられるものだ。隠されている理由は、『領域』の存在を知ったウマ娘がその強さに取り憑かれ、習得しようと無理なトレーニングを繰り返してしまうかもしれないから…らしい。俺も中森トレーナーに聞いた話だ。

 ともかく、カフェはまだデビュー前で、身体的に負荷の強いトレーニングができるようなウマ娘じゃない。そんなウマ娘に『領域』を教えたトレーナーがいたとしたら…

 

 うん、一発くらいぶん殴るか、全力の『領域』をぶち当てるかするかもな。

 クズトレーナーを想像して肩を怒らせていると、カフェは少し返答に迷っていたようだが、最終的には呟くようにぽつりと話した。

 

「…それなら、私は『お友だち』…いつも一緒にいる『彼ら』の一人に教えて貰いましたから…」

 

「…なるほど」

 

 あー、うん。なるほどね??? 

 心配してた俺が馬鹿だったわ。いや本当に。

 

 そうじゃん、カフェはその線がありえるじゃん!! 完全に盲点だった…

 

『お友だち』に教えて貰ってたんなら知ってても何もおかしくない。

 むしろなんで思い付かなかったんだって話だよ。前世の記憶息してるか? そして仮に『お友だち』が教えなくてもカフェは『彼ら』が見えるんだからそこから情報がもたらされる可能性があるわけで。気づけよ俺。

 まぁ、無垢なウマ娘に色々と吹き込む悪徳トレーナーなんていなかったんだな…良かった…

 カフェの返答に納得してうんうん言っていると、今度はカフェから俺に質問が飛ぶ。

 

「あの…」

 

「うん? なんですか?」

 

「ウルさんも『彼ら』が見えているのですか?」

 

「いや、見えませんよ」

 

 見えてるならカフェに相談しにこないよ。いや、振り返ったら死因が見えるとか冗談でも勘弁してほしいから見えなくていいんだが。

 

「…それなら、私の話を聞いておかしいと思わないんですか…?」

 

「何を?」

 

「『彼ら』とか、『お友だち』とか…ウルさんは、意味を分かっていますよね?」

 

「ああ、そんなことですか」

 

 まぁ普通に考えたらおかしいんだろうが…あいにく、こちとら色々経験してる身でね。前世でカフェのことを知ってるってのもあるが、それ以上にそういう存在(・・・・・・)を信じても驚かないくらいの体験をしてるからな…。

 前世の記憶とかゲームの世界に転生とかに比べたらなぁ。幽霊くらい、まぁいてもおかしくないかって反応になるよ。

 それを曖昧に伝えると、話を聞いたカフェが目を見開いて驚き、そして花が咲いたような笑顔を見せた。

 

「っふふ、そう、ですか…」

 

 あーーー、可愛い可愛い!! はい可愛い!! ずるいですよ不意打ちは! クールでミステリアスな娘がいきなり見せる満面の笑み…良い…! そこからしか摂取できない栄養素がある、俺は詳しいんだ。

 俺がコーヒーを吹き出すのを必死で堪えていると、カフェが何事もなかったように表情を戻す。いや、ちょっとだけ口角が上がったままだな。うん、かわいい。

 

「話を戻しましょうか。ウルさんは、その子をコントロールしたいんですよね?」

 

「え、ええ。そうですね、できれば。このまま暴発されても敵いませんし」

 

 だいぶ脱線していた気がするが、今日の本題はそれだったな。正直さっきのカフェの笑顔で色々吹き飛ばされた気がするが…

 

「では、私が少しお話ししてみます」

 

「え…危険では?」

 

 それは流石にやばくないか? いやでもアプリ版のストーリーでもカフェはトレーナーが惹きつけた『彼ら』を追い払ってたし、大丈夫、か? 

 いやいや、やっぱり危険だ。今のところ大人しく? しているとはいえコイツはそもそも危険物。いくら対処に慣れているかもしれないとはいえ、カフェを危険な目に合わせるのも…

 そんなことを考えていたら、いつの間にかカフェが俺の後ろに声をかけていた。

 やべ、出遅れた。

 

「…その、少しお話をしませんか…?」

 

「カフェさん、やっぱり危険なのでやめたほうが…」

 

 俺が止めようとしたその瞬間。

 

 カフェは突然意識を失い、体から力が抜ける。

 

 

「ちょぉッ?!」

 

 崩れ落ちる寸前に抱き抱えることには成功したが、これは不味いんじゃ…?! 

 

「息してない…?!」

 

 咄嗟に耳を澄ませるが、呼吸音が聞こえない。心音は聞こえるので心臓が止まったわけではないようだが…

 

「どうしよう…!」

 

 救急車? AED? いや人工呼吸か?! 

 

 

 ────────────────────

 

「ああ、そんなことですか」

 

 自身の問いに対し、ウルサメトゥスはこともなげに答える。その態度にマンハッタンカフェは目を見開いて驚愕した。

 

 

 喫茶店で見かけたウルサメトゥスについ声をかけてしまったが、マンハッタンカフェはウルサメトゥスが本当に自分を頼るとは考えていなかった。

 何せ声をかけた理由が『ウルサメトゥスの後ろに何か見える』というものだ。

 マンハッタンカフェは生まれつき霊が見えるが、他の人には見えていないことは知っているし、自分が虚空に向かって話しかけていたら他人からよく思われないことも知っている。これまでにも同じようなことはあり、その殆どの場合でマンハッタンカフェは不思議な娘、悪い時は不気味な娘と言われてきた。今回も一応声は掛けたが、自分が何かすることはないだろう。そう思っていた。

 

『マンハッタンカフェさん。先程の件ですが、最速でいつ予定が空きますか? 私は日曜なら行けます』

 

 なので、その日の夜に早速連絡が入っていた時は非常に驚いた。

 

 

 アグネスタキオンがウルサメトゥスに興味を持っていることを本人から聞き、確実に会わないように予定を組む。

 ウルサメトゥスが本当に自分の言ったことを信じたのか、それとも信じていないがとりあえず話を聞くだけ聞こうと思ったのか。それはマンハッタンカフェには分からないが、話を聞く気があるのなら、こちらから声をかけたこともあるし最低限の配慮はしておく。そう考え、アグネスタキオンを遠ざけた。

 

 そして日曜。ウルサメトゥスが部屋を訪ねてきた。

 

(本当に来た…)

 

 真っ先に反応した『お友だち』を追いかけ、玄関に向かう。インターホンが押されるまでまだ半信半疑だったが、実際に来てしまっては対応するしかない。

 

 ウルサメトゥスを部屋に招き入れ、軽く会話する。

 互いにコーヒーが好きということもあり、他人から遠ざけられる傾向にあるマンハッタンカフェとしては久しぶりに同年代と楽しい会話ができた。会話が弾み、互いを愛称で呼び合うほど仲良くなったことに、マンハッタンカフェ自身が驚いていた。

 

 そして本題であるウルサメトゥスの後ろの存在についての相談が始まる。初めて会った時からそうだったが、ウルサメトゥスはマンハッタンカフェの話をなぜか全面的に信じている様子で、後ろの存在がパワーアップしていることを伝えると非常に嫌そうな顔をしていた。

 

 難しい顔をして唸っているウルサメトゥスを見て、マンハッタンカフェは考える。

 

(もしかして、ウルさんにも『彼ら』が見えている?)

 

 もしウルサメトゥスも『彼ら』が見えているとしたら、その反応もおかしくない。相談してきたのも、見えているが彼女には対処できる力がないと考えればそこまで不自然でもない。

 しかし、ウルサメトゥスから帰ってきた答えはノー。彼女には『彼ら』は見えていなかった。

 

(それならどうして、私の言ったことを信じられるの?)

 

 マンハッタンカフェはこれまでの人生で、自分の特異性が信じられたことは非常に少ない。少ないというより、信じて貰えたのは家族くらいである。アグネスタキオンも信じているような発言をしているが、彼女の場合は正確には『見えている発言をするマンハッタンカフェ』に興味を抱いているだけであり、おそらく直接的に『彼ら』の存在を信じているわけではない。

 しかしウルサメトゥスは明らかにマンハッタンカフェの言っていることを真に受けており、存在する前提で話を進めている。

 今も、『領域』の存在を『お友だち』から聞いたと話しても、納得した様子を見せるだけだった。

 

「…それなら、私の話を聞いておかしいと思わないんですか…?」

 

「何を?」

 

「『彼ら』とか、『お友だち』とか…ウルさんは、意味を分かっていますよね?」

 

 つい、口から溢れてしまった。言うつもりは無かったのに。

 言ってからマンハッタンカフェは顔を顰めた。ウルサメトゥスが話を合わせているだけかもしれないと言うのに。せっかく仲良くなり始めた同年代のウマ娘だ。しかし、この一言が決定的なものとなり、もう交流することはなくなってしまうかもしれない。

 

【でも、いつかはぶつかる問題だろう?】

 

 背後から声が聞こえる。『お友だち』の声だ。

 それはそうだ。仲良くなれば、いずれこの特異性について聞かれることになるだろう。そのときに仲良くなった友人にそれを否定されて平然としていられるほど、マンハッタンカフェは精神的に大人ではない。

 ウルサメトゥスが返答しない。いや、時間を長く感じているだけだろうか。

 

 マンハッタンカフェの感覚ではようやく、ウルサメトゥスとしては即座に、口を開いた。

 

「ああ、そんなことですか」

 

 ウルサメトゥスは何でもないことを話すように答え、コーヒーを美味しそうに啜る。実際、ウルサメトゥスにとってマンハッタンカフェに霊が見えることも、霊が実在することも何でもないことだった。

 

「まぁ確かに改めて言われると多少おかしいことかな? とも思いましたが…私も大概、現実では考えられないようなことを経験しているんですよ。例えば、例えばですよ? 別の世界から転生したとか、巨大な化け物に殺されたとか、創作にあったことが現実に起きたとか。まぁ、そういったレベルの、他人に本当のことを言ったら確実に頭おかしいだろうと言われるようなことを、私は経験しているんですよ。だから他人に見えないものが見えているとか、実際にいるとか…そのぐらいなら、まぁいてもおかしくないかなってなるんです。だから、カフェさんが言ってることは全部本当のことだと思ってるし、私の後ろにはヤバい化け物が本当にいるんだろうなって思ってます」

 

 ウルサメトゥスはそう言ってまたコーヒーを啜る。

 それを聞き、自分が心配していたことが全て杞憂だったことを知り、マンハッタンカフェは思わず笑みをこぼした。

 

「っふふ、そう、ですか…」

 

「っ! 可愛すぎ…

 

 これからも仲良くしたい。マンハッタンカフェがそう思ったのは初めてのことだった。

 

(力になりたい)

 

 自分のことを完全に信じて付き合ってくれる友人の得難さは、マンハッタンカフェ自身が一番よく知っている。だからこそ、自分にしかできないことで悩んでいる眼前のウマ娘を助けてあげたいと、強く思った。

 ウルサメトゥスの後ろの存在を見る。相変わらず強力な気配を漂わせていて、恐ろしいことこの上ない。

 しかし、この不思議な友人のためならば、少しくらいは危険なことも許容できる。それに、今まで自身より強力な力を持つ存在には会ったことがない。その事実がマンハッタンカフェを勇気づけ、体を動かした。

 

「…その、少しお話をしませんか…?」

 

 真っ暗な影に声を掛ける。しかし、影は少し揺らいだだけで、マンハッタンカフェが期待するような反応は見せなかった。

 

「あの、聞こえて──────」

 

 直後。

 

 真っ暗な影から、さらに黒い空間が溢れ出す。

 

 

 

 マンハッタンカフェの視界はあっという間に覆い尽くされ、気づけば『お友だち』すらいない暗闇にひとり、ポツンと佇んでいた。

 

 

 




すずめの戸締り楽しみだなぁ(チャンミから目を逸らしつつ)

てかウマ娘アニメ3期決まりましたね。これを機にアニメちゃんと見るか…


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山の神

祝・総合10000pt達成!

いつも応援ありがとうございます!
おかげさまでこのお話も10000ptです!ちょっと未だに信じられません。
いやほんとびっくりですね…

それで今回のお話なのですが…プロット通りのはずなのに、違和感がすごい。
また書き直すかもしれません。

カフェメインですが、どちらかというと主人公の秘密に迫る回です。

ではどうぞ。


 

 

 

 マンハッタンカフェの視界が黒に染まる。まるで目が見えなくなってしまったかのような錯覚を覚えたが、自分の手を目視できたことでそれは否定された。

 

「ここは…」

 

 先ほどまで目の前にいたウルサメトゥスも、話しかけていた黒い影もいない。それどころか、いつも一緒にいる『お友だち』の気配すらないことは、マンハッタンカフェを動揺させるには十分だった。しかし、『お友だち』が消えたわけではないことは分かる。それだけは、マンハッタンカフェの直感が告げていた。

 

「…もしかして、ウルさんの『領域』の中でしょうか」

 

 マンハッタンカフェはウルサメトゥスの『領域』の内容について、詳しくは知らない。しかし、彼女の口ぶりにあの黒い靄、そして『お友だち』から聞いている『領域』の内容を合わせて考えてそう判断したのだった。

 異常事態も、内容が予想できれば精神的に余裕が持てる。それにマンハッタンカフェは、『彼ら』関連で今回と同じくらいの異常事態に遭遇した経験もある。少し落ち着いたカフェは、じっとしていても埒が明かないと考えた。

 

(とりあえず歩き回ってみましょうか)

 

 立っているということは何かを踏みしめているということであり、つまりは歩けるということだ。周囲はどこまで広がっているか分からない暗黒だが、確かめる必要はある。

 デビュー前ではあるがスタミナにはそれなりに自信があったマンハッタンカフェは、歩き疲れるまでは移動してみようと思い、この空間から脱出するための一歩を踏み出した。

 

「…え?」

 

 マンハッタンカフェはその一歩目で足を止めることとなった。

 

 じゃり、と地面を踏みしめる音がする。

 鳥の鳴き声がする。

 視界が開け、明るくなる。

 

 

 周囲は先程の暗黒から一転、木々が生い茂る場所だった。

 

(は?)

 

 少し前に落ち着けたはずが、マンハッタンカフェは再び混乱の中に追いやられてしまった。

 

(ここは、どこ? さっきまでの暗闇は?)

 

 しかし状況はマンハッタンカフェを待ってはくれなかった。マンハッタンカフェが思考の渦に飲み込まれそうになるが、勝手に動き出した足がそれを止めた。

 

(え、え)

 

 視界は前方に固定され、足が勝手に前へと進み出す。操られているようで、自分で動かしている感覚もある。今まで体感したことのない現象だった。

 

 

 

 しばらくの間、体が進むまま、されるがままになっていたマンハッタンカフェはようやく気を取り直した。

 状況は一切分からないが、少しでも現状を理解しようと、マンハッタンカフェは五感から得られるものを解析し始めたのだ。

 

(…整備されてはいますが、曲がりくねった道に、生い茂る木々。傾斜した地面、横に見える風景。それらから考えると、ここはどこかの山の中でしょう)

 

 たまに顔が横を振り向き、そこからは自分が高い位置にいることが分かる。木々が生え、直線ではない道に、剥き出しの地面。登山が趣味のマンハッタンカフェは、この場所がどこかの山中であると確信していた。

 さらに、霊感のあるマンハッタンカフェだからこそ分かることもあった。

 

(この山全体に満ちる空気…おそらく、霊峰ですね)

 

 空気全体から力を感じる。

 マンハッタンカフェが登ったことのあるどの山にも一致しなかったが、特有の清浄な気配に、内側に流れ込んでくるような力があることからして、この山が霊峰であることは間違いないと考えた。

 

 しばしの間、異常な事態に巻き込まれているということも忘れ、マンハッタンカフェは霊峰の空気感を楽しんだ。最近登山に行っていなかったこともあり、久々の山を全力で満喫していた。

 差している太陽の角度から考えて、現在は昼を過ぎた頃だろう。歩みを進めていると、道半ばに設けられた休憩用のベンチを見つけた。すると体がベンチの方に向かい、座って背負ったリュックの中からおにぎりを取り出して食べ始めた。

 

(…小さい)

 

 マンハッタンカフェはウマ娘であり、ウマ娘の中ではそこまで食べる方ではないが、それでもヒトよりは多く食べる。なのに、今食べているおにぎりはマンハッタンカフェがいつも食べているようなものよりも大分小さく、数も3つほどしかない。

 水筒からお茶を取り出しつつささっとおにぎりを食べ終える。これで足りるはずがないのだが、なぜだかお腹がそれなりに一杯になっていた。

 

(あれ、そういえば…)

 

 ここでマンハッタンカフェは違和感を覚えた。

 足で地面を踏みしめている感覚はあるし、小鳥の鳴き声は聞こえるし、おにぎりは美味しかったし、空気は澄んでいて山の匂いがするし、美しい木々も見えている。

 

 だというのに、尻尾の感覚がない。

 

(…尻尾が?!)

 

 生まれ持った体の一部が消滅している。あり得ない。

 しかし考え直す。あり得ないことではあるが、そもそも今起きていること自体があり得ない異常現象だ。

 

(もしかして…この体は、ウマ娘じゃない?)

 

 自分に起こったことはないが、似たような事態に出会ったことがあることを、マンハッタンカフェは思い出す。あれは、ウマ娘の霊に体を操られてしまった女性を助けたときだったか。

 そしてマンハッタンカフェは漸く事態を概ね把握した。おそらく自分は誰か別の人物になっているのだと。そして体が勝手に動くことから、自分は精神、もしくは魂だけこの体に居候している状態にあるか、もしくはそもそもこの人物の記憶を追体験している。そう考えた。

 

(しかしそうなると、対処法が思いつきませんね。直感的には追体験の方な気はしますが…もし憑依だったとき、強引に出たら、私の魂もこの体の持ち主もどうなるか分かりませんし…ひとまずは様子見、『あの子』が帰ってくるのを待ちましょう)

 

『お友だち』が自分を探しているのが、何となくマンハッタンカフェには分かっていた。だからこそ、今は動かず、『お友だち』が合流してから二人で今後を相談しようと思った。

 

 そうしてじっと辺りを観察したり、山の雰囲気を楽しんだりしていると、周囲の様子がおかしいことに気づいた。

 

 鳥の鳴き声がしない。

 虫のざわめきも無い。

 というよりも、周囲から生き物の気配が消えていた。

 

(…よくないですね。こういう時は、大抵碌でもないことが起こるのですが…)

 

 鳥の鳴き声すら聞こえないときは、無視すべき音が聞こえるときだ。

 マンハッタンカフェの直感は今すぐ引き返し、この場から去るべきだと全力で警鐘を鳴らしている。

 しかし、そう感じているのはマンハッタンカフェであり、この体の持ち主ではない。

 そして、行動しなかった結果はすぐに出た。

 

 ずん、と重苦しい音がする。

 ここで体の持ち主も気づいたようで、ゆっくりと進めていた足を止めた。

 

 耳を澄ます。

 

 音は断続的に響き、これが足音であると理解するのは容易だった。

 しかし、マンハッタンカフェはこんな重い足音を立てるような体重を持つ生き物と遭遇したことはない。

 

 

 音を聞くことに集中しているか、足は動かない。

 

 注意深く目を向けた前方。

 曲がった道の向こうに、ソレはゆっくりと姿を現した。

 

 

 

 まず気づくのは、その大きさ。

 マンハッタンカフェが知る同じモノよりも、明らかに大きい。

 4mはあるだろうか。

 

 次に、その巨大さに見合った大きな爪。

 口に生え揃った鋭い牙。

 絶対的な捕食者であることが一瞬で分かる。

 

 最後に、圧倒的なプレッシャー。

 物理的な圧力すら伴っていると勘違いさせるほどのソレを、マンハッタンカフェは知っていた。

 

 これは、殺気だ。

 

 

 化け物と称されても当然。

 茶色の毛皮で身を包んだ、規格外に大きいソレは。

 一般的には『熊』と呼ばれるイキモノだった。

 

 

 体が硬直する。

 汗が止まらない。

 空白が埋め尽くす頭をなんとか働かせる。

 

 体の持ち主は、恐怖に震える体をなんとか動かし、熊の目を見てゆっくり大きく手を振りながら後ずさる。その対処法は間違っていない。通常、熊に遭遇した時に推奨される逃げ方だ。

 熊は急に動いた生き物を獲物だと考えて襲うことがあるため、熊が動いていない場合やゆっくり近づいてきている場合は後退りながら距離を取ることが鉄則である。

 また、熊は人を認識すると逃げていくことが多く、全く動かないのは逆効果である。手を振ることで人間であると認識させ、ゆっくり動くことで反射的に攻撃させることも防ぐ。

 この体の持ち主の対処はお手本のようなものであり、恐怖に駆られながらも冷静な対応をしたことにマンハッタンカフェは少なからず驚いていた。

 

 対応は最善と言えるものだった。

 

 しかし、それは安全を確約するものではない。

 熊も一般的とは程遠い個体だ。

 

 止まっていた熊が動き出す。

 それは期待していた行動ではなく、こちらに向かって勢いよく突進してくるというものだった。

 

 

 熊が迫る! 

 

 体は咄嗟に横に飛び、そこを熊の巨体が通り過ぎていく。

 ボッという鈍い音が聞こえ、熊の速度がどの程度かを如実に表した。

 

(まずい)

 

 マンハッタンカフェはこれが記憶の追体験の可能性が高いことなど最早頭になかった。

 

(逃げなきゃ)

 

 体の動きとマンハッタンカフェの意思が一致し、この時のマンハッタンカフェは自分が体を動かしているのだと錯覚していた。

 尤も、それが良いこととは限らないが。

 

 整備された道を全力で逆走するが、走る速度は人よりも熊のほうが圧倒的に速い。

 直線を走るだけでは必ず追いつかれてしまうだろう。

 一瞬確認したスマホは圏外、山の中では助けを呼ぶこともできない。

 

(こうなったらもう!)

 

 マンハッタンカフェの考え通り、体は山道を逸れ、斜面を駆け降り始める。

 見上げると熊もそれを追おうというのか、道から一歩踏み出していた。

 

(くっ!)

 

 追いつかれるわけにはいかない。

 追いつかれれば、絶対に殺されてしまうだろう。

 おそらく今後は振り返っている暇もない、その隙に追いつかれてしまう。

 

 今はただ、一刻も早く麓へ降りて助けを呼ばなければ。

 

 こうして長い逃走が幕を開けた。

 

 

 

 

 荒い息を少しでも整えようと、肺に懸命に空気を送る。

 ここまで何度も転倒し、体は傷だらけだ。足を怪我していないことは不幸中の幸いか。

 熊の追撃を避け、逃げ、時には回り込まれ。

 

 

 もうずいぶん前から周囲は真っ暗で、足元さえ覚束なくなっていた。

 

 

 道もない山の中を走ったことで方向は完全に失われ、ただ下へと向かっている。

 食料も水もない。元々暗くなる頃には下山できる予定だったため昼食しか持ってきていないというのはマンハッタンカフェには分かるはずもないことだが、もしあっても無意味だっただろう。

 常に熊に追われ、一息つくこともままならない。

 それに、先程熊から受けた爪の攻撃でリュックは粉砕され、中身は全てなくなってしまった。

 その際に吹っ飛ばされたことで熊がこちらを見失ったことだけが救いだろうか。

 

(寒い)

 

 これもマンハッタンカフェは知らないが、気候は5月の頭であり、夜はまだ冷える。

 

(怖い)

 

 常に命を狙われている極限状態であり、緊張が解けない。

 

(痛い)

 

 突進で吹っ飛ばされて体の側面から木にぶつかり、左腕がずっと悲鳴を上げている。

 

(死にたくないよ)

 

 絶望的な状況。それでも諦めることなく、なんとか足を進める。

 

(まだやりたいことが沢山ある。レースに出たいし、『あの子』の顔をまだ見てないし…)

《発表された○ケモンの新作やりたいし、新しく出来たカフェ〇〇のコーヒー飲みたいし…》

(それに近所に出来た新しいカフェにも…え?)

 

 マンハッタンカフェは自分の思考に別のものが混ざり始めていることに気づいた。

 考えるまでもなく、それはこの体の持ち主の思考だ。

 それはマンハッタンカフェとこの体の持ち主が極限状態で思考を一致させていたことによる影響だった。

 

《それに…あの娘にまだチャンピオンズミーティングのプラチナを獲らせてやれてないってのに、こんなところで死ねるかよ》

 

 チャンピオンズミーティング。

 それを聞いたマンハッタンカフェは、あまりの衝撃に思考が止まる。

 知らない単語ばかりの中で、マンハッタンカフェが唯一理解できた言葉。

 高レベルのウマ娘を集めたチーム戦、チャンピオンズミーティング。プラチナとは、おそらく優勝したチームに送られる優勝杯の色。

 それはマンハッタンカフェが『彼ら』から聞いた極秘情報であり、しかし参加条件が厳しく、水準に達するであろうウマ娘が少なすぎてずいぶん前に無くなった話のはずだ。

 

(この人はなんで知って…)

 

 マンハッタンカフェが思考を止めている間にも、考えが流れ込んでくる。

 ウマ娘。

 ゲーム。

 そこに登場するキャラクターたち。

 

 マンハッタンカフェはそれらの情報に、ウルサメトゥスが言っていたことを思い出した。

 

『例えば、例えばですよ? 別の世界から転生したとか、巨大な化け物に殺されたとか、創作にあったことが現実に起きたとか』

 

(ウルさん、あなたは…)

 

 マンハッタンカフェは理解した。

 ウルサメトゥスが言っていたことが全て事実だったことを。

 この体は、おそらくウルサメトゥスのものだということを。

 そして話が事実だったというのなら、この後────

 

《空が…》

 

 空が少し白んでくる。

 それに伴い、周囲の景色がはっきりしてきた。

 視界に入った風景は随分低いところからのもので、麓までそう距離がないことが分かる。

 

《あと、あともう少しだ!》

 

 安堵から目に涙が溢れる。

 破れた服の袖でそれを乱暴に拭う。

 明るくなってきた空が、安心感を肯定しているように感じた。

 

《やった、生き延びたんだ、これで────》

 

 意気揚々、一歩踏み出す。

 

 しかし、そこまでだった。

 

《え》

 

 突然。

 

 真後ろに途轍もない殺気が膨れ上がる。

 

 今まで気配を消していたのか、近づかれていることすら分からなかった。

 

 後ろの存在が、大きく腕を振りかぶるのが何故か鮮明に分かった。

 

(やめ…!)

《嘘だ嫌だやめ…》

 

 振り向いた。

 

 視界が回転する。

 

 ぐるぐるぐるぐる、()に回転する。

 

 

 

 最期に目に映ったのは、二本足で立ち腕を振り抜いた熊と、首から夥しい量の血を噴き出す自分の体だった。

 

 

 

 

 

「はっ!!!??」

 

 マンハッタンカフェが意識を取り戻し、思わず首に手を当てる。

 

「生きてる…? じゃあ、あれはやはり記憶の…」

 

 マンハッタンカフェの考えを肯定するかのように、首には傷一つない。

 周囲は再び暗闇に包まれていた。

 

「戻ってきた、ということでいいのでしょうか」

 

 マンハッタンカフェが周囲を見渡すと、すぐに目に入るものがあった。

 

「ひっ」

 

 巨大な黒い靄。しかし正体を見破ったことで靄は晴れ、その姿を鮮明にした。

 そこにいたのは、紛れもなくあの記憶の熊だった。

 後ろ向きでこちらを見ていないが、大きさからして間違いない。

 

「ッ!」

 

 マンハッタンカフェは即座に構えをとる。先程は記憶の中だったため抵抗もできなかったが、今は違う。いざとなれば、攻撃も辞さないと考えていた。

 しかし、熊がいつまで経ってもこちらを見ない。

 マンハッタンカフェは動きがないことを訝しみ、意を決して距離をとりながら熊の正面の方向に回り込んだ。

 

 

 首のないウルサメトゥスの死体があった。

 

 

「…ウルさん?」

 

 当然、首無し死体は答えない。

 直後、死体は煙のように消え去った。

 

「一体何が起きてるんですか…」

 

 マンハッタンカフェが混乱していると、今度は熊の前に正常なウルサメトゥスが現れる。

 それを見たマンハッタンカフェは、ウルサメトゥスに声を掛けようとする。しかし。

 

「■■!!!」

 

 熊が叫び、腕を振るう。

 ウルサメトゥスの首は呆気なく吹き飛んだ。

 偶然、首がマンハッタンカフェの足元に転がってくる。

 

「嫌…」

 

 ごろりとマンハッタンカフェの方を向いたウルサメトゥスの顔は、恐怖に歪んでいた。

 それも、すぐに煙のように消える。

 

『やめんか。その娘は我が呼んだ客であるぞ。驚かせてどうする』

 

 突然マンハッタンカフェの横から声がした。幼い少年のような声だ。

 声のした方を向くと、そこには小熊が鎮座していた。

 

「…???」

 

『遊ぶのはやめろと言ったのだ。…もう一度は言わぬぞ』

 

 どうやら巨大な熊に向かって言っていたようで、熊はそれを機に動かなくなる。まるで金縛りにでもあっているように。

 

「あの…全く状況が掴めないのですが…」

 

『おお、すまぬな。呼んでおいて構いもせず。我としたことが客人に失礼した』

 

 小熊はちょこんと頭を下げ、顔を上げて言った。

 

『我はキ■■■ム■。山の神と言われている。む? 聞こえぬか、まぁ力ある名だから仕方あるまい。キムとでも呼ぶがいい』

 

「…そうですか。ではキムさん。単刀直入に聞きますが、ここはどこですか? ここから出る方法は? さっきの記憶は? ウルさんは、『あの子』は大丈夫なんですか? そして、私はなぜ呼ばれたのですか?」

 

 相変わらず状況は掴めていないが、マンハッタンカフェは矢継ぎ早に質問する。おそらくこの神を自称する小熊、キムが元凶であり、全ての質問に答えられると思ったからだ。

 

『ふむ、まぁ答えよう。ここはウルサメトゥスと呼ばれているあの娘の心の中…のようなところだ』

 

「心の中?」

 

『そうだ。正確には少し違うが、その認識でいい。ここは我やそこの阿呆が最も形を保てる場所でな。だからここに呼んだのだ。其方を呼んだのは用があったからだ。出る方法は心配しなくていい、用が終わったらすぐに帰そう。そんなことしなくても、じきに其方の『お友達』が迎えにくるだろうがな』

 

 キムは一息にそれを説明し、大きくため息をつく。

 そして硬直している大熊をギロリと睨んだ。大熊はびくりと体を震わせる。

 

『…先は、あの阿呆が其方を敵と勘違いして攻撃したのだ。恐ろしい記憶を見せてな。我が呼んだということも理解せずだ。全く、山を任せられるのはいつになるやら…』

 

「山を任せる?」

 

『ああ、あやつはあれでも我が後継者候補なのだ。本来ならもっと経験を積み、格を高めてから召し上げるつもりだったのだが…あの子を殺したせいで人間たちに危険視され、撃ち殺されてしまった。この阿呆が!!』

 

 キムが吼え、大熊に雷が落ちた。

 轟音を鳴り響かせて直撃した雷は、熊の毛皮を黒く焦がした。

 

『…そんなわけで、あの子が死んでしまったのは我の管理が甘かったせいでもある。だから、力を貸しているのだ』

 

「力を貸す、とは、やはり『領域』のことでしょうか」

 

『そうだ。ただ我が直接力を貸すのは流石に難しいのでな。あの阿呆に償いも兼ねてやらせているのだ。まぁ本熊はそもそも戯れていた程度の考えなんだろうがな。まぁあの阿呆も悪いとは思っているようだった。お気に入りのおもちゃを壊してしまった罪悪感のようなものだろうが』

 

 マンハッタンカフェはキムの語る言葉に絶句する。

 内容も信じ難いが、最も信じ難いのはあの殺気すらもお遊びの範疇だということだった。

 

「あの殺気が、遊び?」

 

『そうとも。そもそも、あやつは阿呆だが我が後継者足るほどの力はある。そんなモノが本気で殺気を放ったら、生き物などそれだけで死んでしまうわ。だから、ウルサメトゥスに力を貸しているのも、頸を刈る部分だけに留めさせている』

 

 生物が即死してしまうほどの殺気。マンハッタンカフェは考えたくもなかった。

 そして、今の問答で新たな事実が判明した。

 

「ウルさんは、『領域』の発現は自力でやっているということですか?」

 

『ああ。そもそも其方らが『領域』と呼んでいるあの中でしか、あの阿呆も力を出せぬ。殺してしまったのは悪いとは思ったが、只人に力を貸すほど彼奴も格が低くない。…あの女も何かしたようだが、『領域』には寄与していないはずだ』

 

「なるほど。…あの女?」

 

『いや、こちらの話だ。心象が塗りつぶされてしまうほどの心的外傷を与えてしまうとはな…可哀想に。…む?』

 

 キムが視線を上に向ける。同時に、ズズンと空間が揺れた。

 

『おおっと、其方の『お友だち』が大層お冠のようでな。さっさと用件を話して其方を帰すとしよう』

 

 キムは居住まいを正し、マンハッタンカフェを見据える。姿は小さいが、まさしく神の威厳を備えているようにマンハッタンカフェは感じた。

 

『用件というのは、あの子への伝言だ。本来ここで起こったことは、現実に帰ると共に忘れてしまうのだが…其方なら、本当に重要なことなら覚えていられるはずだ』

 

「だから、私なんですね」

 

『そうだ。伝言は三つ。どれも重要だから、しっかり覚えて帰るように。

 一つ、最近首刈りの幻影が安定しなかったのは、助力しているあの阿呆が認識されて張り切っていたからだ。暫くすればまた安定する。出力は上がるかもしれんがな。

 一つ、阿呆はあの子のために助力させているが、それだけではない。あの子が経験を積めば、阿呆の格も上がるし、時間を経てあの子に力が馴染めば、細かい操作や新しい効果など、もっと多くのことが出来るようになるだろう。受け入れ、精進することだ。

 一つ、…一応、あやつも悪いとは思っているのだ。これ以上あの子を害する気はないし、そう邪険に扱わないでやってくれ。

 伝言は以上だ。違えず伝えてくれることを期待しよう』

 

 直後、上から崩れるようにして暗闇が消えていく。

 

【大丈夫か?!】

 

「あ、うん…大丈夫だよ」

 

『お友だち』がマンハッタンカフェを抱え、上へと飛んでいく。

 

『…小山神(メトトゥシカムイ)を、よろしく頼む』

 

 最後にそう聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 マンハッタンカフェが目を覚ますと、視界いっぱいにウルサメトゥスの顔が広がっていた。

 

「起きた! 大丈夫ですか?! 息してます?!」

 

「大丈夫です。…どういう状況ですか?」

 

「急に倒れて息もしてないので、人工呼吸しようと思ってたんです。まぁカフェさんが起きたので未遂ですが」

 

 ウルサメトゥスは安堵したように息を吐いた。マンハッタンカフェが気絶してから10秒と経過していないが、無呼吸状態だったのだ。

 そう説明され、マンハッタンカフェは驚く。長い間気を失っていたように感じたからだ。

 

「カフェさん、念の為病院に行くか、保健室で見てもらって下さい。今は異常がなくても、何かあるかもしれませんし」

 

「分かりました。…あ、ウルさん」

 

「なんですか?」

 

「お話ししてきましたよ」

 

「え?!」

 

 今度はウルサメトゥスが驚く番だった。マンハッタンカフェが気絶したのはおそらくあの熊に話しかけたからであるとウルサメトゥスは思っているし、実際概ねその通りだ。だからこそ、この短時間で話ができたということに驚いた。

 

「沢山お話ししたような気がするのですが…覚えているのは一部の重要なことだけです」

 

「そ、それで、何を聞いたんですか…?」

 

 ウルサメトゥスが恐る恐る聞く。彼女にとっては恐怖の対象であり、自分に力を貸してくれているかもしれない存在だ。気になるのは当然と言える。

 

「そうですね…まず、(もう)悪気はないらしいです。お気に入りのおもちゃを壊してしまって悪いと思っている、だから邪険にしないでほしい…みたいな?」

 

「!?」

 

「次に、時間が経てば出力はまた安定するとかどうとか。…あ、でも、上がるかもしれないとも言ってた気がしますね」

 

「!!?」

 

「最後に…ウルさんに助力しているが、それはウルさんのため(だけ)ではなく自分の格を上げることにつながると。時間が経てば(ウルさんに)馴染んで、経験を積めば(『領域』の効果として)細かい操作? 動作? も出来るようになると。だから受け入れろ、だったと思います」

 

「!!?? …きゅぅ」

 

【カフェ…それは流石にないだろう】

 

 ウルサメトゥスは卒倒した。

 マンハッタンカフェは介抱しつつも自分の言い方に問題があったとは欠片も考えなかった。

 

 

 




関係ないのですが、読者にエスパー多すぎません?
感想欄で際どいことを予想されるとドキッとしますよね笑

まぁ当てたところで景品はないのですが…


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VRウマレーター

ポケモン楽しい!!

内容が薄い言い訳は以上です。

ではどうぞ。


 

 

 

【悲報】俺氏、前世の死因が今世の死因にもなりそう【助けて】

 

 そんなスレが頭の中に立ちそうだったが、俺は元気です。

 

『わ、私は結構今まで『領域』を乱用してたのですが、大丈夫ですか?!』

 

『? 危害を加える気はないそうですし、大丈夫なんじゃないですか?』

 

『では、私が侵食されているとか、現時点でそういうのはありますか?!』

 

『侵食…? されていないと思いますけど』

 

 あの後カフェとそんな会話があった。

 これまでかなりの回数『領域』を使ってきて何の影響もないということは、まだ暫くはこのペースで『領域』を使っても問題ないのだろう。カフェのお墨付きももらったしな。

 それでも心配なことに変わりはないので、カフェとは定期的に会って後ろのヤバいのから影響を受けてないかを見てもらえることになった。ほんと助かります…

 また、カフェ曰く余程強い力を持った霊でない限りは何とかできるらしいので、最終手段として追い払ってもらうことになっている。カフェは今まで自分より強い霊力を持った怪異と出会ったことはないそうで、神に近しいほどの力を持っていなければ少なくとも撃退くらいはできるとのこと。頼もしい限りだ。

 てか、カフェはそんなに何度も怪異に出会っているってこと? カフェも大概人生苦労してるよな…

 

 とりあえず、カフェを信じて俺は今まで通り『領域』を使っていこうと思っている。

 命に関わりそうなほど危険になってきたら考えるが…『領域』を使った今でもブライアンに勝てていないしな。『領域』抜きで勝てるとも思えない。『領域』を使うことで起こる影響の方はカフェに何とかしてもらおう。流石にアイツも神に近しい力なんて持ってないだろうしな。

 

 今日は月曜、タイシン先輩との併走練習の後半なのだが…俺と中森トレーナーは、木原トレーナーに連れられて練習場ではない別の場所を訪れていた。

 

 VRウマレーターのある専用部屋である。

 

「ここだよ」

 

「おお…これが」

 

 木原トレーナーの示す先には、ずらりと並んだ複数の大型機械。ここだけ近未来になってしまったような光景に、俺と中森トレーナーは揃って圧倒されていた。

 

「これこそが、最新の機材が揃うこのトレセン学園でも少数しか使用を許可されていない『VRウマレーター』だ。このポッド型の機械に一人一人入り、ヘッドギアをつけて開始するのさ。もう先にタイシンには入ってもらっているよ」

 

 木原トレーナーが自慢げに言う。彼の話では、今このVRウマレーターの使用権限を持っているのは20人ほど。多くのウマ娘が通うトレセン学園でたった20人、その中に担当ウマ娘が入っているとなれば自慢もしたくなるだろう。

 

「これを、メトゥスが使ってもいいと?」

 

「ああ。理事長には僕から話を通しておいたよ。理事長だって、君達みたいな有望なコンビが使うんだったら文句なんて言わないだろうさ」

 

 全く有難い話だ。中森トレーナーも頑張って練習メニューを考えてくれているが、一人だと内容が偏ってくるかもしれないしな。こうやって他の有力なトレーナーの考えた新しい練習をやるのは、俺にも中森トレーナーにもいい刺激になりそうだ。

 

 俺たちが木原トレーナーからVRウマレーターの使用方法を説明されていると、プシューと音がして目の前のポッドの蓋が開く。

 中から出てきたのは当然タイシン先輩だ。

 

「タイシン先輩、今日もよろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく。一昨日まではアタシが一方的に教えて貰ってるばっかりになってたからさ、今日はやっとウルに返せるよ」

 

「とんでもない、私の方こそ色々と教えて貰っていたというのに…」

 

 タイシン先輩は『領域』の練習のことを言っているのだろうが、それを含めても俺の方が貰っているものが多いと思う。

 俺はこの一週間で追込として覚えておくべき仕掛けのタイミング、焦らせ方、圧のかけ方…様々な追込のコツ(・・・・・)と言えることを散々タイシン先輩から学んだ。きっとタイシン先輩がこれまでの競技生活で学んできたであろう技術をだ。

 それでいて、タイシン先輩が俺から得られたのは『領域』に対する耐性だけ。釣り合ってなくない? と思うのは俺だけではないだろう。

 

「それだけ『領域』の対策にはみんな飢えてるんだよ。ほら、あんまり長い時間使えるわけじゃないんだから、さっさと入りな」

 

 タイシン先輩が俺の背中を軽く叩いて話を切り上げた。これ以上何か言うのは無粋ってやつか。さすが、かっこいいっす。

 俺もタイシン先輩の隣のポッドに乗り、説明通りヘッドギアを着ける。これでこのスイッチを押して、スタートだ。

 

<『ゲスト』さま、没入型シミュレーショントレーニング機『VRウマレーター』へようこそ>

 

 そんな文字が視界に広がり、同時にアナウンスが流れる。

 

<アカウント名『ナリタタイシン』さまから、『レース用シミュレーターv1.21』への招待が届いています。受けますか?>

 

 事前に木原トレーナーに説明されていたが、タイシン先輩から招待が飛んできた。これに『はい』を選択、と。

 

<招待を承認しました。それでは、『レース用シミュレーターv1.21』の世界へ、いってらっしゃいませ>

 

 これソフト名が入ってるんだろうが、この名前だとかなり無機質な感じがしてちょっと嫌だな…

 そんなことを考えていると視界が暗転した。

 

 

「おー、これがVRの世界ですか…本当に近未来的というか何というか」

 

 俺が目を開けると、そこには綺麗に整備された芝のコースがあった。軽くジャンプしてみたり、芝を踏みしめてみたりするが、現実と遜色ない。違和感がないことが逆に違和感になるレベルだなこりゃ。SA◯もこんな感じだったんだろうか? 

 

「お、来た。どう? VRは」

 

「正直驚きですね。ここまでとは…」

 

「だよね。アタシも最初はめちゃくちゃビックリしたよ」

 

 タイシン先輩が駆け寄ってくる。凄い、足音まで再現されてるのか。これならもしかして『領域』まで再現できるのか? 

 俺が『領域』を発動しようとすると、目の前に『警告!!』という赤文字が飛び込んできた。

 

「うわっ!」

 

「何これ? ウル、アンタ何したの?」

 

「すみません、少し実験を…」

 

 警告の下には、『不明なエラーが発生しました。持続的にエラーが発生する場合はシミュレーションを終了します』と書いてある。やっぱ無理か。

 

「何やってんだか…ほら、練習するよ」

 

 タイシン先輩が空中で何か画面のようなものをいじっている。あれを見ると本当にここがシミュレーターの中なんだと実感するな。

 

「これで決定っと」

 

 タイシン先輩がそう言うと、周囲が一瞬真っ暗になり、コースが変容する。先ほどまではトレセン学園の練習用コースの上に立っていたのだが、今はどう見ても東京レース場のコースの上に立っていた。

 

「ここは…東京レース場ですね?」

 

「そう、ウルが出る次のレース、日本ダービーが行われるのはこの東京レース場。今からやる練習は、場所は正直どこでも良かったから」

 

「私としては願ってもないですが…タイシン先輩が次に出る天皇賞・春は京都レース場ですよね? 私に合わせていいんですか?」

 

「アタシはもう何回もこれを使って京都レース場で走ってるから。…それに、別にアンタのためって訳じゃない。アタシはそこまで東京レース場で走ってないから、アタシも十分練習になるし…何笑ってんの?」

 

「いえ、何も」

 

 ツンデレじゃん。

 戯言はさておき、合わせてもらえると言うのならお言葉に甘えよう。

 

「…まぁいいや。それじゃ、今日の練習について説明するけど」

 

 そう言ってタイシン先輩はターフを指さす。それに釣られて俺もターフを見るが…なんか、でこぼこしてる? 

「気づいた? これは、ターフの微妙な芝の長さの違いや地面の凹凸を大袈裟に再現させたものなんだ。ウルは普段、こういうのを意識して走ってる?」

 

「いえ、してませんね」

 

「まぁ、それが普通だからね。でも、芝の長さとかその下の地面の形は、走る時間が長くなるにつれて体力や足の負担なんかへの影響が大きくなる。だから、それらに合わせた走りができると、体力温存につながるんだ」

 

「なるほど。つまり、タイシン先輩の言っていた走法というのは」

 

「これで覚えたんだ。ターフを見て瞬時にどこにどのように足をつけるか。どのくらいの強さで踏むか。それらを地面に合わせて変えることで、極限までスタミナ消費を減らす。それがアタシの身につけた走法の正体だ」

 

 併走練習の当初、模擬レースで合計4000mも走ったのにタイシン先輩が全く疲れていなかったのもこれがあったからか。

 言うのは簡単だが、とんでもなく頭を使う走り方だ。これを駆け引きと同時にやっていると? タイシン先輩は化け物か? 

 

「アタシも最初からすぐにできるようになった訳じゃない。今は無意識でもできるけど、初めは100m、次は200m…みたいに、できる距離をだんだん伸ばしていったんだ」

 

「これを無意識下で…」

 

 一体どれほどの練習をしたのか想像もつかないな。だが、それだけの価値はある。

 

「皐月賞の最後」

 

「!」

 

「体勢を崩して勝機を失ったでしょ? あれは多分、変なところを踏んじゃったからじゃない?」

 

「…よくお分かりで」

 

「同じ経験をしたことがあるってだけ。そして、一度したミスをもう一度するわけにはいかない」

 

「その通りです」

 

 俺の事情まで知ってこの練習を提案したのか。恐ろしいなタイシン先輩、いや、これを分析したのは木原トレーナーの方か? どっちでも変わらないか。どちらにせよ、この練習が俺の益となるのは間違いない。

 今からやっても日本ダービーには間に合わないだろう。だが、次の菊花賞には? 十分時間がある。

 そして、俺の場合は少しでもこの走法ができるようになれば、更に応用が利くかもしれない。

 

 軽く足音を立てる。芝の長い部分と短い部分の両方で。

 

 モスッ ドスッ

 

 ほう、なるほどね。

 これは、100mだけでもこの走法ができるようになれば『領域』を強くすることもできるかもしれないな。

 

 大きな可能性を秘めた走法に、俺は隠しもせず口角を釣り上げた。

 

 




今後しばらくの間ポケモンに魂を引っ張られて更新に影響が出る可能性があります。ご了承ください。


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Nemesis

ポケモンやめられねぇ。

フェアリー統一という趣味パを最初に作ってしまった…
今作可愛いフェアリー多いんだもの…

それでは全く関係のない本文をどうぞ。


 

 

 

 ウルサメトゥスとナリタタイシンが併走練習を始めてからしばらく経ち、練習も残すところ今日で最後となった。

 午後の最初の1時間をVRウマレーターで練習した後に、外で練習するというのがこの一週間のルーティーンとなっている。今日もその例に漏れず、たった今ナリタタイシンはVRウマレーターでの練習を終えて練習場に到着したところだ。

 先に練習場へと走っていき、色々と道具の準備をしているウルサメトゥスを見て、ナリタタイシンはひっそりとため息を吐いた。

 

(この一週間、戦績が落ちてきている)

 

 月曜日、VRウマレーターの練習の後。先週と同じように模擬レースをしたときから、明らかに負けが増えていた。勝てるようになっていたはずの最初に『領域』を使われるパターンでも、負けることがある。

 ナリタタイシンとて、ここまで使われればウルサメトゥスの『領域』の発動条件に感づいている。それは、相手を動揺させること。ウルサメトゥスが心音を大きくすることで相手の動揺を誘っていることも分かっており、分かってしまえば動揺もしないですむ。流石にレース中盤のいつ使われるか分からないタイミングの崩しは対応しきれなかったが、初手から使われるパターンで負けることはもう無いと思っていた。

 

(強化しちゃったか…VRウマレーターで)

 

 ウルサメトゥスも、ナリタタイシンに心音による崩しが効かなくなったことにはナリタタイシンより早くに気づいている。ただし、気づいても更なる崩しを思いついていなかったので、試行錯誤している途中だった。

 

 そこに新たにもたらされたのが、VRウマレーターによる練習である。

 

 ナリタタイシンはその練習で、ターフの踏む場所によって入れる力を変えたり、そもそも走りやすい部分のみを踏むことで体力の消耗を抑える走法を習得していた。長い時間をかけて。

 しかし、ウルサメトゥスは踏む場所を見極めるというところのみに注目した。ナリタタイシンの走法は確かに有効だが、習得までに時間がかかってしまい、間違いなく日本ダービーには間に合わない。

 その代わりのものとして、ウルサメトゥスは芝の長さによって踏んだ時の音が大きく違うことに注目した。

 

 ナリタタイシンとウルサメトゥスが横並びになり、中森トレーナーの合図を待つ。

 

「では、よーいスタート!!」

 

 同時にスタートを切る。

 ナリタタイシンに動揺はない。ウルサメトゥスは心音による崩しを仕掛けてきたが、既に散々やられてきた戦法であり、ナリタタイシンに効果はない。両者とも綺麗なスタートを切ることができた。しかし、平穏なのはここまでだった。

 

 

 ドゴォン!!! 

 

 

「うぐぅッ!?」

 

 ナリタタイシンの真後ろで雷のような轟音が鳴る。

 ウルサメトゥスが持ち前のパワーで思い切りターフを蹴りつけたのだ。

 

 以前のウルサメトゥスにはできなかったことだ。いくらウルサメトゥスがパワーに優れても、大きな音に対して身構えたウマ娘を動揺させるほどの大きな音を、脚の力だけで出すことは不可能だったからだ。

 しかし、ウルサメトゥスはターフの状態を一瞬で看破する技術を身につけた。ターフを確認し、一番大きな音が鳴る部分を一瞬のうちに見つける。そこにピンポイントで最大のパワーを叩き込むことで可能となった『猫騙し』である。

 

 まだ完全ではないため不発することもあるし、スタミナも余分に使う。さらに、そもそも極限の集中が必要なスキルであり、今のウルサメトゥスがこれを持続できるのはたったの30mほど。ウマ娘なら2秒で駆け抜けてしまう距離だが、それでもウルサメトゥスには十分だった。

 

 元々人間よりもはるかに聴力に優れるウマ娘たちは、分かっていても真後ろで起こる轟音で動揺することを防げない。

 ナリタタイシンもその例に漏れず、あっさりと動揺することを許してしまう。

 

 本来、こんなことをしても得られる動揺は一瞬のものであり、G1に出てくるような一流のウマ娘たちならば体勢を立て直すのに0.5秒とかからない。習得しても役に立つ場面が殆どない技術だ。それを起点に『領域』を発現するウルサメトゥスを除いては。

 

 ナリタタイシンの視界が暗闇に染まる。もはやこの二週間で見慣れてしまった光景である。

 

(…くそッ、分かってても怖いもんは怖いんだよ!!)

 

 ナリタタイシンの真後ろに強烈な殺気とプレッシャーが突如発生した。

 走法を忘れるほど怯えて泣きながら逃げていた最初の頃よりは余裕があるが、それでも迫り来る影の化け物の存在を全く恐れないということはない。

 影の圧力は確実にナリタタイシンのスタミナを削っていく。

 さらに、先週にはなかった現象も起こり出す。

 

(コイツ、横に並んできやがった?!)

 

 影が生臭い息をこぼしながらナリタタイシンの真横に並ぶ。あまりにもリアルなその感覚に、ナリタタイシンは本能的にペースを上げ、距離を取らざるを得なかった。

 

(考えてたペースが乱されていく!)

 

 そうして影は弄ぶかのように位置を変えながらナリタタイシンを追い込んでいく。時に横から、後ろから、逃げ道を塞ぐように前に回り込むことすらある。

 その度にナリタタイシンは加速し、少しでも化け物から距離をとる。しかしどんなに速度を上げて距離を離しても、一度捕捉されてしまうと逃げることはできない。対抗策は無い。唯一の対抗策は、そもそも『領域』を使わせないことだ。

 

 視界から暗闇が消え、同時にプレッシャーも消える。

 後ろの気配は化け物からウマ娘のものに変わり、そのウマ娘、ウルサメトゥスが一気に追込をかけてきた。

 

「負けないっ…!」

 

「なんでスタミナが残ってるんですかタイシン先輩!!」

 

「アタシにも意地ってもんがあるんだよ!」

 

 ナリタタイシンがスタミナを抑える走法を用いても、なお削り切られてしまうほどの効力。日本ダービーを意識した2400mで、最初の頃のレースよりも距離が400m長いとはいえ、ナリタタイシンからすればインチキもいいところな『領域』だった。

 

「「うおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 残り400m、最終直線での鍔迫り合い。

 ウルサメトゥスには十分なスタミナがある。

 ナリタタイシンにはもうあまり残されていない。

 

 しかし、最後は根性と素の身体能力が物を言う。

 

 ナリタタイシンはシニア級でも屈指のフィジカルでウルサメトゥスをジリジリと引き離していく。ウルサメトゥスも負けじと速度を上げるが、『領域』の効果が既に切れている以上、不利なのは明白だった。

 

 ウルサメトゥスはそのまま引き離され、結果として2バ身差でナリタタイシンが勝利した。

 

「負けたー!!」

 

「ゲホッゲホッ…あーしんどい!! でも勝った!」

 

「あれでも勝てませんか…」

 

「シニア級がクラシック級にそう簡単に負けるわけにはいかないでしょ」

 

「それはそうですけど…これでも結構強化されてるんですけどね」

 

 ウルサメトゥスが微妙そうな表情で言う。マンハッタンカフェとの一件以来、ウルサメトゥスは今までよりも『領域』のコントロールができるようになっていた。たとえば、今までは背後からしかかけられなかった圧力を、横から前からかけられるようになったことがそうだ。

 出力を上げずに強化することができて嬉しい反面、馴染みすぎると体が乗っ取られるかもしれない。ウルサメトゥスが微妙な顔をしているのはその懸念があるからであり、彼女はここ最近毎日マンハッタンカフェのところに寄って状態を確認して貰っていた。

 ウルサメトゥスとしてはマンハッタンカフェに負担をかけていないかが心配だったが、マンハッタンカフェも友人との会話を嬉しそうにしているのでそのうち気にしなくなっていった。

 

「でも、まだあの第二段階は攻略できてないに等しい」

 

 ナリタタイシンは思わず俯いた。

 ウルサメトゥスの『領域』の第二段階、それは首を跳ばす幻覚だ。

 併走を始めてから二週間経つが、未だに勝ちを拾えたのは両手で数えられるほどだ。

 勝った時も復帰が早くなったことによる身体能力のゴリ押しであり、『領域』の効果を受けなくなることが攻略だと考えているナリタタイシンには不満の残る結果だった。

 

「いや、『領域』が効かなくなったら困るのでやめて欲しいんですけど…それに、勝ってるならよく無いですか?」

 

「いい訳ないでしょ。今後ウルみたいに初見殺しの、相手に干渉する『領域』が出てこないとも限らない。受けなくなるに越したことはないんだから」

 

「まぁ、それは確かに」

 

 一定の納得を見せるウルサメトゥス。

 ナリタタイシンはそんな反応には目もくれず考え込んでいた。

 

 

 

 休憩の終わり際、ナリタタイシンはふと思ったことをウルサメトゥスに問う。

 

「『領域』ってさ、心象の具現だって話だけど」

 

「そうですね」

 

「ウルの心象ってヤバくない?」

 

 相手の首を跳ばす心象とは一体なんなのか。

 一体どんな心象を持っていたらそんな物騒な『領域』になるのか。

 ここ二週間の付き合いで、ウルサメトゥスがそんなことを思うウマ娘ではないと確信しているナリタタイシンには、不思議でたまらなかった。

 

「ま、まぁそうですね。ただ、私の場合は色々と特殊なのであんまり参考にしない方がいいかと」

 

 ウルサメトゥスは若干顔を青ざめさせながら答える。

 地雷を踏んでしまったかとナリタタイシンは思ったが、ウルサメトゥスが表情を変えたのは一瞬のことであり、すぐに続きを話し始める。

 

「『領域』は心象の具現です。私見ですが、一番強く思っていることや、印象に残っていることなんかが起点になりやすいんじゃないかと思います」

 

「ウルはどうだった?」

 

 聞いてはいけないかもと思いつつも、結局は好奇心が勝った。

 ウルサメトゥスも気にしていないようで、なんともなさそうに言う。

 

「先ほども言いましたが、私のはちょっと特殊なので参考にはならないかもしれませんが…私の場合は、最()に見えた光景、ですかね」

 

「最後に見えた光景か…」

 

 最後に見えたのが、自分の首を飛ばされる光景。

 

(分からない…)

 

 ウルサメトゥスの謎は深まるばかりだった。

 

 

 

 模擬レースを再開しても、ナリタタイシンの頭には先程のウルサメトゥスの言葉がリフレインしていた。

 

(最後に見えた光景。素直に考えるなら、心の中の邪魔なものを消していって…それで最後に残るものって意味だよね)

 

 ウルサメトゥスが本当に首を飛ばされた記憶があるなど夢にも思わないナリタタイシンは、ウルサメトゥスの話をそう捉えていた。

 

(アタシの心に、最後に残るものってなんだろう)

 

 何度目かも分からない模擬レース、そしてウルサメトゥスの『領域』の中。

 相変わらず襲いくる恐怖の中、『領域』への慣れから発生した余裕でナリタタイシンはそんなことを考えていた。

 

 模擬レースとはいえ、レース中にそんなことを考えていれば隙だらけになる。

 そのせいで第二段階を使われた今日の模擬レースの結果は散々であり、昨日よりも悪くなっていた。

 

 

 

 

 今も、隙を見せるナリタタイシンにウルサメトゥスが容赦無く『領域』の第二段階を使った。

 絶大な恐怖に、思考が吹き飛ぶ。

 

 

(天皇賞・春、大阪杯、有記念)

 

 真後ろの存在が腕を振りかぶる。

 ナリタタイシンの頭に色々なものが浮かんでは瞬時に消えていく。

 

(菊花賞、挫折、ダービー、敗北)

 

 並んだ長大な爪がきらりと光る。

 記憶はどんどん過去のものへと遡っていく。

 

(ハヤヒデ、チケット、トレーナー…皐月賞での勝利)

 

 大きな音をたてながら腕が振われる。そして冷たく鋭い爪がナリタタイシンの首に食い込み…

 

 

(そうか、アタシは)

 

 

 そして原点にたどり着く。

 ナリタタイシンが直前で体勢を深く沈め、爪の一撃をかわした。

 

 

(速く、速く、誰よりも速く走って!)

 

 

 ナリタタイシンを中心に、暗闇が一部だけ塗り替えられる。

 ナリタタイシンの周りだけが、木の生い茂る森へと変わっていた。

 

 

(アタシが本気(マジ)だってことを、アタシをバ鹿にした奴らに思い知らせてやりたかったんだ!!!)

 

 爪で対象を切り裂こうと、影が追いかけてくる。

 しかし、ナリタタイシンはチラリとだけそれを確認し、猛然と走り出した。

 

 

 後ろから迫り来る存在も、目を青く光らせ、力強く走るナリタタイシンには追いつけなかった。

 

 

「ウル、ありがとう」

 

「なっ?!」

 

『領域』から抜け出したナリタタイシンに、ウルサメトゥスは驚愕というこれ以上ない隙を晒した。

 

「おかげで、アタシも原点を思い出したよ」

 

 ナリタタイシンの速度がなんの前触れもなく不自然に上がる。

 

 それは紛れもなく。

 

「これがアタシの『領域』…Nemesisだ」

 

 ウマ娘たちが『領域』と呼ぶものだった。

 

「待って!!」

 

「待たないよ!」

 

 圧倒的な速度を得たナリタタイシンは追い縋るウルサメトゥスを軽々と置き去りにし、4バ身という圧倒的な差をつけて完勝した。

 

 こうしてナリタタイシンはウルサメトゥスとの併走練習を終えた。

『領域』への耐性と、『領域』の習得という大きな戦果を抱えて。

 

 

 




年末はやっぱり有馬でしたね。

私は今のところ推しの子とカフェを入れようと思っています。
あと誰にしようかな…


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幕間:天皇賞・春

いつも応援ありがとうございます。

今回なんですが、描写にいつもより力を入れようとしたら無駄に長くなるわ投稿遅くなるわで散々でした。でもレースの回はまたこんな感じになるかも。
ま、まぁ不定期更新タグついてるから…

そんなわけで天春のお話です。

ではどうぞ。


 

 

 季節が段々と夏に向けて移り変わり始める5月。その最初の週、世間がゴールデンウィークと呼ばれる大型連休で賑わう中、京都レース場は多くの人で賑わっていた。

 

 今日ここで行われるのは、日本で行われるG1レースの中でも最もタフなもの。スタミナ自慢のウマ娘がこぞって競い合う、天皇賞・春である。

 出バ表を見れば錚々たる名前が並ぶ。どのウマ娘も、長距離レースで名前をよく見る者たちばかりであり、今シニア級を走るウマ娘でも有数の実力者だ。

 

 この中から映えある天皇賞・春の優勝を掴み取るのがどのウマ娘なのか。人々は悩みに悩みながら、自分のイチオシのウマ娘を挙げるだろう。しかし、その強さの予想というものには、これまでの実績から生じる差がある。それは人気順として明確な数字となり、電光掲示板に表示されていた。

 

 ナリタタイシンはその電光掲示板の自分の名前を確認する。

 

 2番人気。

 

 ナリタタイシンは前走の大阪杯で2着だったことを考慮され、2番人気に推されていた。それでも1番人気であるビワハヤヒデに及ばなかったことに苦笑する。しかしナリタタイシン自身、大阪杯で3着だったビワハヤヒデが1番人気であることに疑問を持っているわけではない。ビワハヤヒデのことはライバルだと思っているが、世間一般的に見て、菊花賞、有記念を制したビワハヤヒデが、長距離に対し高い適性を持っていることは明らかだからだ。

 むしろ、菊花賞で惨敗した自分がここまで評価され、4番人気であるウイニングチケットや3番人気であるロングキャラバンよりも推されていることに感謝していた。

 

 控え室の扉がノックされる。

 

「タイシン、入ってもいいかい?」

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

 控え室に入ってきたのは、ナリタタイシンにとっては見慣れた茶髪。一緒にいない日は殆どない、家族同然の存在であるナリタタイシンのトレーナーだった。

 

「今日は晴れてくれてよかったよ。雨で重バ場の中、この3200mなんてレースを走らせなきゃいけないのはトレーナーとしてぞっとしない話だからね」

 

「何、そんなこと言いにきたの?」

 

「いやいや、緊張しているかと思ってね。雑談でもして気を紛らわそうかと」

 

「今更そんなガチガチの緊張なんてするわけないでしょ…」

 

 おどけて話すトレーナーにナリタタイシンは表情を呆れさせる。ただ、ナリタタイシンが緊張しいな性格であると知っているトレーナーは、半分は強がっているだけだということを見抜いていた。言ったら蹴りが飛んできそうなため心の中だけで言葉を抑えたトレーナーは間違いなく賢い。

 

「まぁ、気遣いは受け取っとく。…ありがと

 

「はは、どういたしまして」

 

 なお、木原トレーナーはどこぞのトレーナーと違って難聴ではない。

 ナリタタイシンの小声の感謝をしっかりと聞き取って軽く返していた。

 

「それよりも、アレの調子はどうだい? 彼女との併走練習で感覚は掴めたかな?」

 

「うん。…条件も多分だけど大体分かったし、今日は使えると思う」

 

 ナリタタイシンは少し考える様子を見せたが、すぐに顔を上げて答えた。

 一ヶ月前の、大阪杯での敗北。それは『領域』と呼ばれるごく僅かなウマ娘たちだけが発現できる能力、それへの耐性の差が勝敗を分けた。

 ナリタタイシンもそれからすぐに対策を立て、先達(シャドウストーカー)に倣い、なんとか『領域』への耐性を得ることが出来た。

 

 そしてナリタタイシンはそれだけでは無い。彼女の才能は過酷な練習の中で更に磨き上げられ、自分の『領域』を体得するという離れ業すら達成してのけた。

 

 その『領域』の名は、【Nemesis】。

 

 条件は、最終コーナーで前にウマ娘が存在すること。

 しかしこれが全てではないとナリタタイシンは思っている。いや、教えられていた。

 

『『領域』の発動条件は、効果が強いほど発動条件が厳しくなるように感じます。前に追い抜き対象のウマ娘が存在する、というだけでは発動条件が緩すぎる。だからタイシン先輩の『領域』には、もう一つくらい条件があると思いますよ。例えば、自身が全体の後ろの方にいる、とか』

 

 それは『領域』の師匠とも言える後輩の意見であり、ナリタタイシン自身その意見に納得してしまっていた。おそらくそうだろうという謎の確信と共に。

 木原トレーナーはナリタタイシンの微妙な表情の変化から、その情報にナリタタイシン自身が気づいたのではないということを察した。

 

「あの娘が言っていたのかい?」

 

「うん、そう。でも間違ってるとも思えない。『領域』に関しては、あの子の方が先輩だしね。アタシもまだ、あの子の『領域』ほどの完成度が無いってことは感覚的に分かるし」

 

「まぁそれはね、習得したのもあの子が先なわけだしね…」

 

 そう言いながら、木原トレーナーは当然だと思っていた。それは感覚の話ではない。ナリタタイシンの『領域』の師匠である彼女、そのトレーナーにある映像を見せられたから、完成度の違いを客観的な事実として理解しているのだ。

 

(中森トレーナーから見せてもらった、選抜レース(・・・・・)の映像…つまり、あの娘はトレーナーがつく前から既に。タイシンにはちょっと教えられないな…)

 

 それを知ったとき、木原トレーナーは戦慄した。あの娘──ウルサメトゥスの才能にもだが、それを一眼で見抜いた中森トレーナーの観察眼にもだ。

 

(中森トレーナーは、あのときまだ2年目。ペーペーも同然で、『領域』に関しても殆ど情報を持っていなかったはずだ。そして、あのレースは普通に見れば平々凡々、勝手にかかったウマ娘たちが自滅した、そんな見どころのないレースだった。それを…違和感というものだけで察知できる才能は、僕にはないな)

 

 天才はいる、悔しいが。

 木原トレーナーはかぶりを振り、今は目の前のレースに挑むナリタタイシンだけに注力することにした。

 

「トレーナー、気をつけるべき相手は?」

 

 ナリタタイシンのその言葉に、木原トレーナーは手に持っていた資料の束をナリタタイシンに渡す。木原トレーナーが今日のために用意した手作りの資料だ。ナリタタイシンがそれに目を通したのを確認してから木原トレーナーは話す。

 

「タイシンも分かっているだろうけど、ビワハヤヒデにウイニングチケット。どちらも強敵だ。他にも、有で2着だったロングキャラバンとかね」

 

 資料を見ながらも、ナリタタイシンの耳はしっかりとトレーナーの方へ向いている。その他にも注意する点や対策などをいくつも並べた木原トレーナーだったが、不意に言葉を切った。不審がったナリタタイシンが顔を上げる。

 

「ただ、それら強敵の情報と最近のタイシンの成長を鑑みて言わせてもらうと…」

 

「何?」

 

「今日、キミより強いウマ娘なんていない。断言できるよ」

 

 木原トレーナーは笑顔で言う。

 確信に満ちたその表情に、ナリタタイシンは照れから少し顔を赤くし、それを見せないようにそっぽを向いた。

 

「…あっそ。どうでもいいけど」

 

「今日は勝たなきゃね。あの娘も応援しに見に来てるんだし」

 

「ふん、そんなことされなくても勝つけど」

 

 いつも通りの仏頂面に、そっけない言葉。

 しかし木原トレーナーは、それに隠された喜色を容易く読み取る。仲の良い後輩が出来て、しかも応援にきてくれている。ナリタタイシンが張り切っているのは明確だった。

 

「そう? それじゃ、頑張ってね!」

 

「ニヤニヤすんな!」

 

 ムカつくトレーナーの顔に向けて、ナリタタイシンは持っていた紙の資料をぶん投げた。

 

 

 

 

『カラッとした気持ちのいい快晴。ゴールデンウィーク序盤の今日、この京都レース場には観客席に入りきらないほどのお客さんが詰めかけています』

 

『春シニア2冠目、春の天皇賞。3200mという国内G1で最もタフなこのレース、制するのは一体誰なのか』

 

 出走するウマ娘たちが次々とターフに入場し、ゲートへと収まっていく。ナリタタイシンも同様で、自分の番号である15番へと入っていった。

 今回の天皇賞・春では出走するウマ娘が18人に満たず、16人で行われる。ナリタタイシンは殆ど大外と言っていい位置だったが、幸いナリタタイシンの脚質は追込。元々、ある程度走ったらさっさと後ろに下がる予定だったので、そこまで不利というわけでもない。

 

 ナリタタイシンはチラリと横を見る。

 真ん中付近にウイニングチケット、内枠寄りの位置にビワハヤヒデが見えた。

 差しであるウイニングチケットはともかく、先行であり前めにつける必要のあるビワハヤヒデは、ゲート運すらも味方につけていた。

 

(強いウマ娘は運もいいって? いや、ハヤヒデのことだし、どこからスタートしようと関係ないか。走る時のプランが変わるだけで)

 

 ビワハヤヒデは別に枠順に恵まれなくとも強い。そんなことは分かっている。ただ、今回は枠順に恵まれたことで更に強敵となったというだけの話だった。

 

『3番人気、5枠10番ロングキャラバン。シニア2年目のウマ娘です。昨年の有記念でも2着を獲っており、確かな実力があります』

 

『特に終盤でのレーン移動、仕掛けどころの見極めが優れています。差し脚質ならではの末脚にも期待できますね』

 

 褐色肌に桃色の長髪をたなびかせているのは、有記念で二着だったロングキャラバン。木原トレーナーも注意していたが、長距離の有力なウマ娘の一人である。

 

(最後抜け出す時に前を塞がれないように気をつけないと)

 

 ナリタタイシンが心の中で対策を思い浮かべていると、名前が呼ばれる。

 

『2番人気、ナリタタイシン。今年からシニア級に参戦したウマ娘です。しかしその実力は折り紙付、既に春シニア一つ目の大阪杯で2着を獲る、小柄ながらも実力派のウマ娘です』

 

『今のシニア級を走るウマ娘の中でも屈指の実力を持つウマ娘の一人ですね。終盤の爆発力は他の追随を許さない、追込脚質のウマ娘です』

 

(一言余計なんだよ実況め)

 

 ふと木原トレーナーの方を見ると、ナリタタイシンの方を見てニヤニヤしている。

 それを思い切り睨みつけて牽制し、最後の紹介に耳を傾けた。

 

『そして1番人気、ビワハヤヒデ。こちらもシニア級1年目のウマ娘です。しかし、その実力は既にトップクラス。昨年は菊花賞、有記念を制しており長距離の適性をこれでもかと見せつけています』

 

『今世代の長距離最強とも言われているウマ娘ですね。王道の先行脚質、お手本のような美しいフォームに、優れた身体能力を併せ持ったウマ娘です。鬣のような銀色の髪をはためかせて走る姿に魅了された方も多いのではないでしょうか』

 

 一際大きな歓声が上がった。ナリタタイシンはそれを予想していたため驚くこともない。それは周囲の、このレースに出走しているウマ娘も同様だ。

 ビワハヤヒデはその歓声を受け、さも当然のように微動だにしない。彼女にとって、その期待は重圧ではなく自信なのだということをナリタタイシンはよく知っていた。

 

(ハヤヒデ)

 

 レース前で集中しているのか、ビワハヤヒデが視線を正面から逸らすことはない。

 見ればウイニングチケットもビワハヤヒデを見ている。ナリタタイシンの位置からではウイニングチケットの表情を伺うことはできないが、闘争心に満ちた表情を浮かべているのだろうと想像した。

 

(チケット)

 

 ナリタタイシンも視線を前に戻す。頬を一度軽く叩き、気合を入れ直した。

 

(今日は、勝つ。アンタたちに勝って、今度はアタシが追いかけられる側になってやる)

 

 この大舞台で勝てば、ビワハヤヒデにG1の勝ち星が並ぶ。ただ、少しだけ残念なこともあった。

 

(シャドウストーカーは出てないけどね…)

 

 先程解説がビワハヤヒデの紹介で、「長距離」最強と限定した理由。それはシャドウストーカーの存在があったからだ。

 

 シャドウストーカー。現時点でG1を4勝している怪物。

 

 元々ティアラ路線を走っていた彼女は、流石に距離の問題で今回の天皇賞・春には出ていない。有は走り切れたとはいえ、それよりも更に700mも長いレースは見送らざるを得なかったようだ。

 

(大阪杯の借りはすぐにでも返してやる。けど、今は目の前のレースだ)

 

 いつの間にか大歓声は止んでいた。

 集中力が高まっていく。先日まで日常的にあった謎の音(しんおん)による妨害もない、ナリタタイシンは邪魔されることなく集中できた。

 

 ガタッ

 

『ス』

 

 実況の声が聞こえる前に、開きかけのゲートをこじ開けるようにして飛び出した。

 

『タートです!!』

 

『いい反応を見せたのは15番ナリタタイシン。素晴らしいスタートダッシュです』

 

 ウルサメトゥスとの併走を続けるうちに、自身までスタートダッシュが得意になってしまった。

 

(少しくらいは牽制になるでしょ?)

 

 ウルサメトゥスのように相手の動揺から何かしらのシナジーが発生するわけではないが、長距離レースでは一瞬の動揺で消費されたスタミナもバ鹿にならない。

 後輩に倣って少しの間先頭を取り、追込のはずのナリタタイシンが逃げよりも前に出るという異常を相手に見せつける。

 

(もちろん、ただのブラフだ。でも、万に一つの可能性を考えたら?)

 

 逃げウマ娘にとって、先頭でペースを掴むことは最重要だ。ナリタタイシンがこのまま逃げを打つなど可能性としては殆ど無いだろう。しかし、万一を考えると、ペースを上げざるを得ない。

 

『おおっとナリタタイシン、先頭のまま譲らない?! 逃げウマ娘たちがそれを追いかける!!』

 

(いやいや、譲るわ。外枠でこのまま内側に入るのは面倒だしね)

 

 内側を行く逃げウマ娘たちがペースを上げたのを確認し、ナリタタイシンはするすると後ろへ下がる。これも後輩が良くやる戦法だ。

 

(思ったより効果がありそう。距離が長いと更にね)

 

 ペースが上がり、バ群が伸びる。

 ナリタタイシンは最後方付近に位置付け、レースを俯瞰する。

 

(後ろがついていかないな。発破かけるか)

 

 わざと最後尾に下がり、前のウマ娘の真後ろにピッタリと張り付く。

 この僅かな時間で相手の呼吸を読み切り、ペースを完全に合わせたのだ。

 そしてそこからジワジワと圧力をかけ、強引にペースを上げさせていく。

 

(もう少し様子を見てからアガっていくつもりだった? そんなの許さないから。存分に掻き乱されてよ)

 

 しばらくそうしてプレッシャーを巧みに使い、後方集団のペースを上げさせていたが、何度もやっていると相手も慣れてくる。

 ナリタタイシンのペースコントロールには付き合わないとばかりに、目の前のウマ娘が少しだけペースを落とす。

 

「…へぇ、そういうことする? ならアタシは先に行こうかな」

 

 ナリタタイシンは相手の耳元でそう囁き、ペースを上げる。

 前に出ることを嫌うウルサメトゥスとは違い、ナリタタイシンは後ろに他のウマ娘がいても集中力を掻き乱されることはない。故に、様々な駆け引きが出来る。

 

「ッ!」

 

「アタシを抜かす気? 自発的にペースを落としたヤツに前を譲ってやるほどアタシは優しくない」

 

 時に走りで、時に言葉で相手を惑わす。多方面から仕掛けられた後方のウマ娘たちは、まだ1000mを通過したところだと言うのに既に疲労を蓄積させていた。

 

 追込集団の先頭で後ろを牽制しつつ、視線は前へ。

 ビワハヤヒデは相変わらず呆れるほど美しいフォームで走っている。表情はまだまだ余裕といったところか。

 

(まだだ、まだ仕掛けには早すぎる。けど、少し焦ってもらわないと困る)

 

 ナリタタイシンが次に目をつけたのは差し集団。

 とはいえ、ナリタタイシンが序盤から追込集団のペースを上げていたため、追込の先頭であるナリタタイシンと差しの最後尾との差が殆どない。

 

(差し集団をけしかけるか)

 

 レースはまだ中盤に入ったところであり、縦に長い展開は最初と同じだ。後方集団も普通ならこの時点から詰めようとはしない。スタミナがもたないからだ。

 しかし、だからこそナリタタイシンは列を詰めようとする。このまま一般的な展開が続くということは、すなわちビワハヤヒデの思い通りということになるからだ。

『領域』を習得したとはいえ、それを持つのはビワハヤヒデも同じ。条件が同じならば、有利な状況で終盤を迎えたビワハヤヒデを捉えることはできない。

 

 ナリタタイシンはビワハヤヒデの強さを誰よりも信用している。

 

(だからこそ、ハヤヒデに勝つにはいくつもの想定外を作るしかない)

 

 ナリタタイシンは手始めに目の前のロングキャラバンに圧力をかけはじめた。

 

 

 ────────────────────

 

(タイシンが仕掛けてきたか)

 

 ビワハヤヒデがコーナーを曲がるときに目に入ったのは、後方でナリタタイシンが差し集団にプレッシャーをかけて焦らせている場面だった。

 

(流石に、完全に予定通りとは行かせて貰えないな)

 

 このまま予定通りの動きで終盤を迎えられれば、そのまま自分が勝つ。

 自惚れではなく、ビワハヤヒデはそう思っていた。事実、それを成せるほどの実力がビワハヤヒデにはある。

 

(だからこそ、それも予想通りだ)

 

 現在1200m地点。位置は先頭から数えて4番目、先行集団の先頭だ。スタミナはまだ十分、ビワハヤヒデの卓越した身体能力ならば、このペースならば最後まで走り切ってもまだ余裕が残るだろう。

 

 ここでビワハヤヒデは、走りのペースを僅かに早めた。僅かな差だからこそ、後ろを付いてくる先行のウマ娘たちは気づかない。気づかないからこそ、同じスピードで走るビワハヤヒデよりも多くスタミナが奪われていく。知らずのうちにペースを乱され、勝ち筋が消えていく。

 逃げウマ娘も、余程正確な体内時計を持っていない限りは後ろとの差でペースを概ね把握する。ほんの少し差が縮まっているとなれば、反射的に同様に速度を上げる。そうして、逃げウマ娘たちもまた知らずのうちにスタミナが奪われていく。

 

(そして後方のウマ娘は、少し離れたところから見ている分、逆に変化がわかりやすい、はずだが。タイシン、キミが追い立てている、焦らせられているウマ娘たちが、それを把握できるほどの余裕があるかな?)

 

 軽く後ろを確認すると、やはりその余裕はなさそうだった。追い立てられているのに逆に差が広がるという違和感に気がついているのはナリタタイシン、それに直感的に気づいているウイニングチケットくらいのものだ。

 ナリタタイシンはこのままでは差が縮まらないことを察したのか丁度加速している(・・・・・・・・)ところで、ウイニングチケットもその気配に気づいたのか速度を上げ始める。

 他のウマ娘たちは気づくこともできずにペースを上げ、いたずらにスタミナを消費する。自分の行動の効果を確認したビワハヤヒデはほくそ笑み、ペースを元に戻した。なぜならば、現在地はスタートから1300m地点。そう、京都レース場名物、淀の坂だ。100mに及ぶ坂道で、高低差は驚異の4.3m。普通に走るのも一苦労だ。

 

 そこで、前と広げられてしまった差を巻き返そうと速度を上げたら? 

 

(差が縮まらないだろう? 速度を上げているはずなのに。精神的にも肉体的にも苦しくなる)

 

 いくら長距離レースが得意なウマ娘たちでもそんな暴挙をしてしまえばスタミナ消費は加速する一方だ。坂道で速度が出ないことに気づいたところで、既に加速体勢にはなってしまっていて、使った力は無駄になる。更にしばらくの間差が縮まらないことに気づき、焦りが生まれる。どう転んでもビワハヤヒデには得しかなかった。

 

(序盤で体力を使わせてしまえば、差を返す力は残らない。指を咥えて見ているだけなら、そのまま私がリードを維持する)

 

 坂を登り終える。消費した体力は想定の範囲内。

 

(全て予定通りだ。このレース、私が貰うぞ)

 

 

 

 

 レースも終盤になり、残り1000mを切った。

 ビワハヤヒデの想定よりも少しだけ後方集団との距離が近いが、予想の範囲内ではある。何より近いということはその分だけ速度を上げ、スタミナを消費したということ。ビワハヤヒデには歓迎すべき状況だった。

 

(方程式に陰りなし。…今だ!)

 

 最終コーナーに差し掛かる。それと同時、ビワハヤヒデは加速して目の前の逃げウマ娘を抜かした。

 

 その瞬間、ビワハヤヒデを中心として世界が塗り替えられる。

 

 周囲のウマ娘、そして自分をレース場に駒として置き、導き出した数式から完全な勝利を得る。

 

 それこそがビワハヤヒデの『領域』、【∴win Q.E.D】である。

 ビワハヤヒデの走りの理想にして、完成形の具現。

 

(さぁ、勝利を掴むぞ──)

 

『領域』の発現により少し萎縮したウマ娘たちを、速度を上げたその恵体で追い抜こうとした。

 その瞬間だった。

 

「ッ?!」

 

 周囲が暗い森へと移り変わる。

 

(これは…まさか!)

 

 木々の隙間から、浮かび始めた太陽が顔をのぞかせる。

 そしてその木々を縫うように走る、小柄な体躯。

 

 その身に纏う蒼き炎は、内に秘めた闘争心の現れ。

 

「誰よりも速く」

 

(キミもここに至っていたか)

 

 炎は集まり、一点へ。

 

「甘く見て、あとで吠え面かかないでよね」

 

 暗闇を照らすように、ナリタタイシンの両目に宿る。

 

「アタシが本気だってこと、教えてあげる!」

 

 ビワハヤヒデに、後方からの刺客が迫ってきていた。

 

「タイシンを甘く見たことなど一度もないが…そう簡単に抜かさせるわけにも行かないな!」

 

「逃がさない!!」

 

 前を走っていた逃げウマ娘などとうに抜かし、最終直線へと突入する。

 他のウマ娘たちも仕掛け始めてはいるが、序盤からナリタタイシンとビワハヤヒデに削られたスタミナでは、どうしてもスパートが遅れてしまう。

 結果として、ビワハヤヒデとナリタタイシンが抜け出していた。

 

(残り300m! だが、タイシンとて相応にスタミナを消費しているはず…?!)

 

 左斜め、2バ身後ろ。

 ビワハヤヒデに迫ろうとするナリタタイシンは、欠片ほどの疲労も見せていなかった。

 

(バカな?! そんなはずは…少なくとも私はこの目で坂前で加速したのを確認して…)

 

 そこまで思い至り、ビワハヤヒデはハッとする。

 

(ブラフか! あの加速は私がコーナーで後ろを確認すると踏んで、作戦にかかったと誤認させるための!?)

 

(そう、アンタが考えてる通りだよハヤヒデ! それだけじゃない。ここ最近はギリギリまでスタミナを削られる機会が多かったもんでね!)

 

 ナリタタイシンが更に加速する。ビワハヤヒデとの差は1バ身。

 しかし、そんなものあってないようなものだと、ビワハヤヒデはよく知っていた。

 何故なら、ナリタタイシンの爆発力は現役ウマ娘の中でも最高峰。

 

 今まで何度も追込をかけられてきたからこそ、ここから返せる手がないことを察してしまっていた。

 

「それでもっ…!」

 

「ああ、簡単に勝たせてもらえるなんて思ってないよ!!」

 

 ついにナリタタイシンはビワハヤヒデに並び、そのままジリジリとリードを広げていく。しかし、広がり方は微々たるもので、いつ先頭が入れ替わってもおかしくないような差だった。

 

「「おおおおおおおお!!!!」」

 

 最後に勝敗を分けたのは、根性。

 この2週間、得体の知れない化け物に追われ続けて鍛えられた精神力がリードを保ち、勝利へと繋げた。

 

『ゴォォォォォル!!!! 1着は15番ナリタタイシン!! 1番人気ビワハヤヒデを、半バ身差で制したぁぁぁぁァァ!!!!』

 

『その爆発力に偽りなし! 春シニア2冠目、天皇賞を獲ったのはナリタタイシンだぁぁぁ!!!』

 

 爆発的な歓声が鳴り響き、ナリタタイシンを祝福する。

 それに応えるようにナリタタイシンは手を振り、応援に対する礼を返す。

 

 ナリタタイシンは観客席を見回し、目的の人物たちを見つけた。

 

 木原トレーナー、ウルサメトゥスだ。

 

 まず自身のトレーナーにピースして勝利を喜ぶ。

 そして、口の形だけで後輩に一言。

 

 “ウル、次はアンタの番だ”

 

 ウルサメトゥスは、それに対しはっきりと頷いた。

 ナリタタイシンは満足そうに笑い、向かってくる足音の方へ体を向けた。

 

「タイシン、今日は完敗だったよ。まさかキミも『領域』へ至っているとはね、想定外だった」

 

「ハヤヒデに負けっぱなしでいられないから」

 

「いい勝負だった、次は宝塚記念で勝負といこう」

 

「こっちだって、望むところ」

 

 両者は握手し、それを見た観客から一際大きな歓声が上がる。

 ナリタタイシンは注目されていたことに気づき顔を赤くして手を離そうとするが、にこやかな笑顔のビワハヤヒデが強引に手を掴んだまま地下バ道へと連れていく。

 

 こうして、春の天皇賞はナリタタイシンの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「アタシは…また、2人に勝ちたい…!」

 

 それを遠くから見つめる者が、ひとり。

 

 

 




今回のイベントのストーリーを今更見たんですが、ついにサクラローレルが出てきましたね。
お、ブライアンのライバルポジになるのか!これはマンガが楽しみだな…ん?

うちの子と役割被ってね???

う、うちの子はクラシックからのライバルだから…ローレルはシニアからだから…

劣化じゃないから…クレッフィとザシアン並に役割違うから…


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幕間:怪物の気持ち

ついに感想が500件!いつもありがとうございます!!

感想はしっかり見てます。そのうち返すのでいつも通り気長に待ってください。

今回は連続幕間となってしまいましたが、ブライアンサイドのお話。

主人公が打倒ブライアンを目指す中、当のブライアンは何を思っているのか。

ではどうぞ。


 

 

 

 皐月賞直後のインタビューにて

 

 

 ウイニングライブが終わり、勝者インタビューの場には数多の記者が集まっていた。

 壇上に姿を現したのは、今期のクラシック路線で早くも最強だと噂されているウマ娘であり、その大方の予想通りに皐月賞を優勝したナリタブライアンだ。

 

 記者の視線やシャッター音に全く臆することなく堂々と仁王立ちし、ナリタブライアンはインタビューの開始を静かに待っていた。

 少しして写真を一通り撮り終えたのか、記者たちのざわつきが少し納まる。そのタイミングを見逃さず、司会がインタビューを開始した。

 

「まず、この度は、皐月賞優勝おめでとうございます!!」

 

「…ああ」

 

 司会の賛辞に、呟くように返答が一つ。

 その様に、記者の間で動揺が起こる。ナリタブライアンの態度はあまりに淡白で──まさに、『勝って当然』と思わせるようなものだったからだ。

 クラシックG1の一冠目、栄誉ある皐月賞を制したにも関わらず平然としている。記者たちの多くは、そこに強者の余裕を見た。

 

 一方で、一部の記者たちはナリタブライアンがどこか心ここに在らず、といった風に感じられた。あのシンボリルドルフですら、皐月賞を制した際にはもう少し興奮していた。それが、ナリタブライアンには情動が無さすぎる。

 

「それでは質問をどうぞ」

 

 司会の言葉を皮切りに、記者たちの手が一斉に挙がる。パッと見ただけで30人はいるであろう質問者に、司会は目に見えた範囲で速かった順に当てていく。

 

「皐月賞を勝利された今、ご気分はいかがですか?」

 

「気分は良い」

 

「今回のレースを振り返り、反省点などはございますか?」

 

「…そうだな。想定外の出来事に対し、もう少し心構えが出来ていたら良かったかもしれない」

 

「次走はやはり日本ダービーでしょうか?!」

 

「ああ。ダービーを予定している」

 

 次々と質問が飛び、それに対しナリタブライアンは淡々と、簡潔に応えた。

 一度質問した記者も再び手を挙げていく。集まった記者の半数ほどが質問したが、内容が被ることはない。記者たちがどれだけナリタブライアンに注目し、事前に質問を考えていたかがそれだけで分かる。

 

「事前のインタビューでは、『全員ブッちぎって勝つ』と仰られていましたが、目標は達成できましたか?」

 

 その質問がされたとき、そこまで全く表情を動かしていなかったナリタブライアンの眉がピクリと動く。

 そして正面で固定されていた顔が記者の方を向いて、面倒そうに言った。

 

「…逆に聞くが」

 

「なんでしょう?」

 

「アンタは、今回私がその言葉を達成したと思ったのか?」

 

 形容し難い圧力が降りかかる。対峙している記者には、『そんなことも分からないのか?』と言葉裏に聞かれているように感じた。

 

「違うのですか?」

 

 記者の回答に、静かな溜息が一つ。ナリタブライアンのものだ。

 

「…少なくとも、私にとってはな」

 

 そしてナリタブライアンは酷くつまらなさそうにそう言い、それきり会話を打ち切ってしまった。

 記者は追加の質問をしようとしたが、ナリタブライアンはそれ以降、質問をした記者に反応しなくなった。

 会場の雰囲気が若干悪くなる。

 それを素早く察した司会は、これ以上の雰囲気の悪化を防ぐため、かなり時間を使っていることを理由に質問を変えた。

 

「で、ではここで最後の質問とします! 僭越ながら私から。ナリタブライアンさん、次走に向けて一言お願いいたします!」

 

 強引な幕引きだったが、会場から不満の声が上がることはなかった。そこにいた記者たちの殆どが、今回のレースでナリタブライアンは前言通り完勝したと思っていたからだ。そしてたった今当人によってその前提条件が覆された。

 これ以上ナリタブライアンに質問することは、ナリタブライアンの機嫌を著しく損なう危険性がある。それを避けたい記者たちは、一度時間を置こうと考えたのだ。競合しているはずの者たちが奇妙な内心の一致を見せたことにより、束の間、場が平静状態になったように見えた。

 

「一言か」

 

 ナリタブライアンの考え込む素振りに、記者たちはメモを片手にしんと静まり返る。

 十秒、二十秒と時間が過ぎる。そこまで長い時間ではないはずが、緊張状態にある記者たちには酷く長く感じられた。

 そして一分ほど間が空き、ナリタブライアンはようやく口を開いた。

 

「今回のレースは、これまでになく滾るレースだった。だから、次回も楽しみにしている」

 

 それだけ言い放ち、ナリタブライアンはさっさと壇上から降りた。そのまま自身のトレーナーを連れてインタビュー会場を出て行った。

 主役の消えた会場は静寂から一転して俄かに色めき立ち、記者たちは記事を書くために得られた言葉から更なる情報を書き連ねていった。

 

 

 ──────────────────────

 

 皐月賞からひと月ほど経ち、ナリタブライアンは今日も今日とて日本ダービーに向けてトレーニングしていた。

 そこに、ナリタブライアンのトレーナーがスポーツドリンクとタオルを持って駆け寄ってくる。

 

「不機嫌そうだね、ブライアン」

 

 ナリタブライアンは自身のトレーナーの声に反応し、筋トレを止めて振り向く。

 もう三時間はトレーニングをしているというのに、その顔にさほど疲労は見られない。しかし、ナリタブライアンをよく知らない人が見ればいつも通りに見える表情も、担当トレーナーである花咲にはナリタブライアンが不機嫌だということがよく分かった。

 

「そうかもな」

 

 ナリタブライアンは少し曖昧に返す。しかしそもそも、なんともないのなら担当トレーナーに声をかけられたところでトレーニングを中断することはない。トレーニングしながら会話しているはずだ。

 花咲からすれば、声に反応して練習を中断した時点で、掛けられた言葉を肯定しているも同然だった。

 

「今日これからやるインタビューが原因かな?」

 

「それ以外にないだろう」

 

 今期未だに負け知らずのナリタブライアン。その圧倒的な強さに、既に『怪物』というあだ名が付けられており、クラシック路線を走るウマ娘の中で最も注目を集めていた。

 それ故に、次走である日本ダービーに向けた会見の予定がトレセン学園側から組まれた。ナリタブライアン自身、面倒だとは思いつつも避けることができない。その合同インタビューが行われるのが今日の夕方であり、トレーニングする時間が潰されたナリタブライアンとしては面白くない。

 しかしインタビューは、例年最も注目されているウマ娘にトレセン学園が予定を組む。昨年のこの時期には皐月賞を制したナリタタイシンが同じようにインタビューされていた。だから、ナリタブライアンとしてもインタビューされることに関しては仕方がないと思っている。

 つまるところ不機嫌なのは、インタビューがあるというだけが原因ではなかった。

 

「それ自体は仕方がない、が。どうしようもない奴らをまた相手にするのは億劫だというだけだ」

 

「…もう少しオブラートに包んで、と言いたいところだけど、今回に関しては俺も同意見かな。あの皐月賞を見て、ブライアンが他をブッちぎって完勝した、なんて言葉が出るような記者たちじゃなあ」

 

 花咲はナリタブライアンに同意する。

 当時のやりとりを思い出したのか、ナリタブライアンの眉間に皺が寄り、明確に不機嫌そうな表情となった。それを揉みほぐしながら、ナリタブライアンはため息をつく。

 そのあからさまな顔を見て花咲は苦笑する。

 

「あの時、ウルサメトゥスがバランスを崩さなければ、少なくとも後1バ身は距離を詰められていただろう。勝敗がどうなっていたかは分からないけど、もっとギリギリの差になっていたはずだ」

 

「ああ。だが、あれだけの人数の記者がいて、それに言及したのはただの一人もいなかった。質問をしたのはあの記者だけだが、反対意見が出なかった時点であそこにいた全員が同じようなことを思っていた、ということだろう。もし違う意見を持っていたとしても、はっきりと口に出せるほどの確証はなかった、と言ったところか。…そんな奴ら相手に話すことなんて、な」

 

 ナリタブライアンは、端的に言って記者たちに失望していた。圧倒的な力を持ち、姉であるビワハヤヒデが「才能の塊」とまで賞したナリタブライアン。それにあと一歩のところまで迫ったウルサメトゥスに関する言及がないだけで、あの場にいた記者集団を見限る理由としては十分だった。

 

 ナリタブライアンは皐月賞の走りを思い出す。

 

 これまでにない充足感だった。

 常に飢え、焦がれていた心が、あの一時だけは満たされていたのだ。

 

 獰猛な殺気、物理的な圧力を伴っているかと思うようなプレッシャー、そして最後の幻覚。

 どれを取っても今まで経験したことのない感覚だった。一瞬でも気を抜けば即座に飲み込まれてしまうような緊張感が最後の最後まで続いていた。

 

 そして、それらを打ち破って優勝した時、ナリタブライアンはこれまでのレースが全てお遊びだったのではないかと思えるような満足感を得た。

 レース後のインタビューの際にぼうっとしていたのはその感覚を噛み締めていたからだった。

 

 その後に腹が立つ質問をされて冷めてしまったことも思い出し、ナリタブライアンはさらに機嫌が悪くなる。

 

「『次も楽しみにしている』って言ったのは、ウルサメトゥスに向けてだったか?」

 

「それ以外に何がある? 確かに、名家の連中も精鋭であることには間違い無いだろう。だが、それだけだ。精鋭というだけなら、私が勝つ」

 

 ナリタブライアンは無造作に、当たり前のことのように言う。傍から見ればそれは傲慢に見えるが、ナリタブライアンとしては事実を口に出したに過ぎない。

 名家のウマ娘たちは全員が全員優秀であり、身体能力も技術も一流だ。しかし、それはあくまで『クラシック級で』という注釈が付く。身体能力がクラシック級を超え、既にシニアの域にあるナリタブライアンにとっては有象無象も同然だった。それに加え、ナリタブライアンは身体能力だけの脳筋というわけではなく、レース技術も一流で、勝負勘も歴戦のウマ娘に引けを取らない。

 

「皐月賞も、本来なら私は宣言通り他のウマ娘をちぎって勝てたはずだ」

 

「そうだね。俺もそう思うよ。多分だけど、最低でも3バ身差はつけられていたと思う。なんなら三着のサルサステップには3バ身半差をつけていたし」

 

「あの『領域』でスタミナを削られていたとはいえ、削り切られていたわけでは無いからな。…最終直線での凌ぎ合いは、思い出すだけで熱くなる」

 

 スタミナが残っていたということは、最終直線で自分が遅くなっていたわけではなく、ウルサメトゥスが自分の身体能力に身体能力で対抗したということだ。

 後からそれに気づいたとき、ナリタブライアンは思わず口角を上げてしまった。

 

「随分褒めるね。そうだ、『領域』といえば、ビワハヤヒデに併走を頼んでみた?」

 

 花咲はふと、ウルサメトゥスの『領域』対策としてビワハヤヒデに協力してもらえないか、妹のナリタブライアンから打診するように言ったことを思い出した。

 ウルサメトゥスは強力な『領域』を使ってくる。それに対抗するには、『領域』そのものに慣れることが一番早い。しかし、『領域』を使うウマ娘は──ウルサメトゥスを除けば──シニア級のごく一部にしかいない。いくらナリタブライアンがシニアでも通用する実力とはいえ、相手もシニア級だ。『領域』と引き換えに並走するほどのメリットは相手側には無い。

 しかし、ナリタブライアンの肉親であるビワハヤヒデならば、併走を受けてくれる可能性がある。なんだかんだ妹に甘いビワハヤヒデにナリタブライアンが自ずから頼めば或いは、と花咲は考えていた。

 

「ああ、そのことか。断られた」

 

「やっぱりダメか」

 

「姉貴も今は宝塚記念に向けて鍛え直したいそうだ」

 

 ナリタブライアンは、先日ビワハヤヒデに併走を頼んだ時のことを思い出す。

 天皇賞・春でナリタタイシンに敗北した彼女は、悔しそうにしながらも獰猛に笑っていた。

 

『すまないが、私も現役のウマ娘で、勝ちたい相手がいる。言い方は悪くなるが、今は格下(・・)との練習に時間を割いている場合ではないんだ』

 

 そう話す姉に、ナリタブライアンも不敵に笑って返した。

 昨年の秋以降、新たなトレーナーの元でナリタブライアンは強くなった。しかし、それを「格下」だと一蹴した姉に喜び、頼もしさすら覚えた。

 

(そうでなくてはな。このまま私が強くなれば、拍子抜けするほど簡単に姉貴を追い抜かしてしまうのでは無いかと考えたこともあったが…杞憂だった)

 

「そっちはどうだったんだ? 東条ハナに協力を打診したんだろう」

 

「こっちもダメだったよ。今のリギルに所属しているウマ娘で『領域』が使えるのはシンボリルドルフとマルゼンスキーだけど…どちらからも断られた」

 

 花咲は、『領域』の対策として真っ先にチームリギルのメイントレーナーである東条に相談した。そして、東条からは許可を貰えたものの、当ウマ娘たちに断られてしまったのだ。

 

「理由は?」

 

「シンボリルドルフは、『解答を与えられてばかりではつまらないだろう?』と。マルゼンスキーは、『お姉さんが『領域』まで使ったら心が折れちゃうかもしれないから…』だそうだ」

 

「ふん…。まぁいい。どちらにせよ、聞いた限りでは他のウマ娘の『領域』とアイツの『領域』は性質が違いすぎる。対策にはならないような気もするしな」

 

 チームからの援助は受けられなかったが、ナリタブライアンとしてはあの恐怖の『領域』に対し、他の『領域』を受けることが有効的な策であると考えていなかったため、そこまで頓着していなかった。

 強いて言えば、本気の強者たちと対戦できなかったことに対しては非常に残念に思っていた。

 

「まぁ『領域』について分かったこともある。能力としては、スタミナを削る能力と、最後に萎縮させる能力か」

 

「ああ。それと、発動タイミングも2パターンあるみたいだ。皐月のように中盤から発動するパターンと、弥生のように序盤から発動するパターンだ」

 

「何か違うのか?」

 

「情報が少なくてまだ確定では無いけど、萎縮は中盤から使うパターンでないとできないみたいだね。ほらこれ、ホープフルと皐月、そして弥生賞の映像だ。弥生ではウマ娘たちは萎縮してないだろう?」

 

 花咲が見せる映像では、確かにその通りのように見えた。それを前提とした上で、花咲は日本ダービーでウルサメトゥスが取るであろう戦法を予測する。

 

「多分だけど、ダービーでは最初から『領域』を使ってくると思う。皐月でキミと他のウマ娘で萎縮している時間を比べてみたけど、明らかにキミだけ復帰が早い。だから、ウルサメトゥスがキミを意識するなら最初から『領域』を使ってくるはずだ」

 

『領域』の発動条件とかは分からないから対策できないけどね、と花咲は言うが、ナリタブライアンにはその情報だけでも十分だった。

 

『勝たせてもらうよ! ナリタブライアン!』

 

 レース中、そう言ってきたあのウマ娘が自分を意識していないはずがない。ナリタブライアンはウルサメトゥスが自分をピンポイントで狙ってくるだろうと半ば確信していた。

 

「ならば、私はスタミナを重点的に鍛える。そうだな?」

 

「うん。明確な対策ができない以上それしかないね」

 

 それからしばらくの間、練習しながらああだこうだと日本ダービーについて話し合っていたが、花咲が腕時計を確認したことで唐突に会話が終わる。

 

「あ、ブライアン。あと一時間でインタビューの時間だ。今のうちに汗を流して着替えてきなさい」

 

「もうそんな時間か。面倒だな…」

 

「そこはしっかりしてね、キミも女の子なんだから」

 

「分かっている。身だしなみを整えないと姉貴に色々言われるしな」

 

 ナリタブライアンは踵を返してチームの部屋へと戻っていく。

 これから行われる不毛なインタビューを思ってか、花咲にはその背が心なしか煤けているように見えた。

 

 ナリタブライアンはシャワーを浴びて体を冷ましながら、小柄なウマ娘を想う。

 

(本当に、楽しみだ。次回のレースも期待しているぞ、ウルサメトゥス)

 

 冷たい水で体は冷やせたが、心の熱はしばらく冷めそうもなかった。

 

 

 

 

 

 なお、不毛なインタビューによりあっさり心の熱も冷めた。

 一時間を予定されていたインタビューは、ナリタブライアンが途中退席したことにより二十分で終了した。




あの、育成終わらないんですけど…


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日本ダービー(前編)

いつも応援ありがとうございます。

投稿遅れてすみません。いや一応不定期ではあるんですが…
書いては消し、書いては消していたら投稿できなかったという。
いろいろ考えましたが、悩むのはやめてもう潔くダービーに入ることにしました。

というわけで投稿!睡眠時間はゴールにシュー!!

ではどうぞ。


 

 

 

 パシャリ、と控えめにシャッター音が鳴る。

 日本ダービーを翌週末に控えた今日、同レースの現時点での人気上位3人が一堂に会する合同会見が行われていた。

 壇上の席の中央には、一番人気であるナリタブライアン。その左右に、二番、三番人気であるウルサメトゥスとサルサステップが並んでいる。

 まだ会見の開始前であるが、例年ならばこの時点でシャッター音が絶えない会見になっていた。今期クラシックの上位ウマ娘3人が集まっている場面など滅多になく、言うなれば会見中全てがシャッターチャンスだからだ。

 しかし、今年は違った。例年とは比較するまでもなく、異常なほど空気が重い。

 

 理由は幾つかある。

 

 まず、二番人気であるウルサメトゥスとメディアの折り合いが悪いこと。ホープフルステークスでの彼女に対する仕打ちは記憶に新しい。唯一味方した大手の月刊トゥインクルが裏で各社を牽制していることで、皐月賞で活躍した彼女への取材は未だにトゥインクル以外のどの雑誌も出来ていないし、話題に出すことすらできない。

 この会見はその謎の多い彼女に質問する良い機会でもあったのだが、折り合いの悪さがここで響いてくる。この会見が行われるにあたって彼女のトレーナーから『トゥインクル以外からの質問は受け付けない』という連絡が来たのだ。

 

 ただ、それだけならば力の強い各社が強引に質問することも視野に入れていた。所詮は新人トレーナーと一般家庭出身のウマ娘であり、何かあっても握り潰せると考える者も一部にはいた。

 

 しかし、そうできなかったのは三番人気であるサルサステップがこの場にいることだ。サルサステップはウルサメトゥスと同期、つまり勝ちを争うライバルだが、プライベートでは仲がいいことが彼女のSNSで確認されている。休日は一緒に出かけることもあるし、トレセン学園のカフェテリアで一緒に昼食を取ることもある。

 そんなサルサステップは四大名家のステップ家、それも本家のウマ娘である。ウルサメトゥスに対し強引な質問を行えばサルサステップの気分を害することは想像に難くない。元はと言えば名家が主導してウルサメトゥスを干した筈だが、いつの間にかいくつかの家はその干し上げから降りていた。ただ、メディアとの意思疎通が上手くいっていない家も多く、その点ではメディア各社も混乱していた。

 

 そして最大の理由が、一番人気のナリタブライアンだ。

 先日のインタビューでは二、三質問に答えた後、「皐月賞は完勝でしたね!」という褒め言葉が出た瞬間、ナリタブライアンは自身のトレーナーを引き摺って帰ってしまった。

 そして今日の会見でもナリタブライアンからは常にプレッシャーが放たれている。そして、彼女の視線は何故か隣にいるウルサメトゥスにずっと向けられていた。

 一言も発さずにじっとウルサメトゥスを見つめており、視線を向けられているウルサメトゥスは冷や汗をかいている。

 写真を撮ればナリタブライアンから物凄い睨みを効かされる。先程シャッターを切った者はその行動力と蛮勇を称えられ、後に各社から写真を売るように頼まれた。

 

 司会が会見を始めるまでにかかった時間は10分弱だったが、一部を除いた記者たちには永遠に感じられるほど長かった。

 

「で、では時間も限られていますし、会見を始めましょう!」

 

 司会の号令でようやく会見が始まった。ここまで来れば記者たちも重い空気に抗い表情を引き締める。司会の言うように今回の会見は時間がかなり短い。ウマ娘たちの練習時間に配慮し、たったの30分しか用意されていなかった。しかし、その僅かな時間すらも、ダービーに向けて必死に鍛えているウマ娘たちにとっては長い。30分は、ウマ娘たちがメディアに用意できる最大の時間だった。

 

 しかし、それすらも長いと思うウマ娘がいた。

 

「まずは各ウマ娘の皆さんに、今回のダービーに向けての抱負を────」

 

「いいか?」

 

 司会を遮り、ナリタブライアンが声を発する。その視線は変わらずウルサメトゥスの方を向いており、記者たちには一瞥もしない。

 司会が許可を出す、もしくは遮る前に、ナリタブライアンはそのまま続けた。

 

「まず、私からアンタら記者に話すことはない。意味もないだろうしな。…だが、言っておくべき事はある」

 

 常識的に考えて暴挙なのだが、この場の空気はナリタブライアンに支配されていた。誰も口を挟むことなどできず、また考えもしなかった。

 

「何を仕掛けてこようが、どんな策があろうが、私は正面から受けて立つ。だから全力で来い。そうでなければ面白くない。そして、その上で私が勝つ」

 

 ナリタブライアンは立ち上がる。立っても変わらずウルサメトゥスの方を向き、彼女に話しかけているのは誰の目にも明白だった。

 ナリタブライアンはそこまで大柄な方ではない。しかし、小さくはないし、普通のウマ娘には無い圧力があるため、ナリタブライアンは身長以上に大きく見える。

 そんなナリタブライアンと、元々小柄な上に座っているウルサメトゥスが並んでいると、大人と子供のように見えてしまう。

 しかし、ナリタブライアンがウルサメトゥスに向かって話し始めてからは、ウルサメトゥスは平静を取り戻しているように見えた。会見開始前に浮かべていた汗も今は無い。大の大人である記者たちが余波だけで身を竦めてしまうような圧力にも、ウルサメトゥスはどこ吹く風だった。

 ウルサメトゥスがナリタブライアンの言葉を全て聞いてから話し出す。

 

「元より全力で向かう所存です。皐月のように行くとは思わないでください。あの時よりも400m長いのです。ナリタブライアンさんにはこの意味が分かりますよね?」

 

「ああ」

 

「そこまで啖呵を切るからには、終了後のインタビューで『影に怯えて負けた』なんて情けない答えはしないでくださいね、ナリタブライアンさん」

 

「フッ…当然だ。熱いレースを期待しているぞ、ウルサメトゥス。今日はそれだけ言いに来た、もう帰る。それと…」

 

「なんです?」

 

「ブライアンでいい。さんも敬語も要らん」

 

 ナリタブライアンは展開について行けないメディアとサルサステップをそのまま置き去りにし、会見場を後にした。

 

「さて…」

 

 ウルサメトゥスが立ち上がり、記者たちを一瞥する。たったそれだけだったが、肉食獣に捕捉された餌のような、そんな悪寒がその場にいた者たちの背筋を襲った。

 

「主役であるナリタブライアンさんが帰ってしまいましたし、私もこの辺で失礼致します。…まぁ、どちらにせよ皆さんは私に質問することなど無いかもしれませんが」

 

 実際にはそんな事はないのだが、ウルサメトゥスから発せられる正体不明の存在感が記者たちの言葉を鈍らせる。

 

「質問よろしいですか!」

 

 しかしそんな中でも背筋を伸ばし、ビシッと手を挙げる記者が一人。真っ白なスーツを着た長髪の女性だ。

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。聞きたいことはたくさんあるのですが、ここでは我慢して一つだけ! ダービーに向けて、一言お願い致します!!」

 

「一言ですか。そうですね」

 

 空気を読まないインタビュアーにも、ウルサメトゥスが気分を害した様子はない。そこからは確かな信頼関係が見てとれた。他の記者が羨ましく思うのは、その関係が喉から手が出る程欲しく、しかしもはや永遠に手に入る事はないものだからだろうか。

 

「皐月の焼き増しになってしまいますが、私が勝ちます。ナリタブライアンさんにも、サルサステップさんたち名家の方々にも」

 

 そう言い残し、ウルサメトゥスは会場を去った。言い方は努めて冷静だったが、乙名史記者はその言葉に込められた感情を正確に読み取り尊死した。

 

「えー、皆さん帰られてしまったので私も一言で終わりにしますね」

 

 サルサステップは若干気まずげにしながら席を立つ。それを咎める記者はいなかった。

 

「ナリタブライアンさんはどうやら一人しか見えていないようですが…私や、他の名家も自分たちを精鋭であると自負しています。足元が見えていないようなら、そこを掬って差し上げようと思います」

 

 サルサステップが一礼して会場を去り、これで主役であるウマ娘は全員退場してしまった。

 会見が始まってから僅か10分のことだった。

 

 記者たちは記事にどう書こうかと頭を抱えるのだった。

 

 

 ────────────────────────

 

「ん…」

 

 もぞり、と体を動かし、目覚ましを止める。確認してはいないが、おそらく6時の10分前くらいだろう。

 いつも通りの時間、そしてこれから朝のランニングに行く予定なのもいつも通りだ。

 一つ違うのは、今日が俺にとって、いや今期のクラシック戦線を走るウマ娘たちのとってとても重要な日であるということ。

 

 今日、日本ダービーが開催される。

 

 いつものルーティーンを崩さないのは、これから行われる本番レースでいつも通りの力を発揮するため。変にいつもと違うことをして調子が出なかったら洒落にならないからな。緊張はほどほど、戦意は高く、そして体はいつも通りに。

 てか、なんか暗い? もう5月になるし朝はそこそこ日が登るのが早い筈なんだが、雨でも降ってるんだろうか。それは『領域』に関わるから止めてほしい、昨日の天気予報は晴れだったんだが…

 

 そう思って目を薄く開ける。

 

 

 そこには俺の上にウマ乗りになったトーカちゃん先輩がいた。

 

 

「おはようウルちゃん」

 

 あーなるほど暗かったのはトーカちゃん先輩の顔が俺の目と鼻の先にあって光を遮ってたからねそういうことか…

 

 

「うわああああああああああああ!?!???!??」

 

 

 部屋が揺らぐほどの大音量の叫び声を上げた俺は悪くないと思うんだ。

 トーカちゃん先輩は小揺るぎもしてなかったけどな。

 

 

 

 

「勘弁してよ…」

 

「えへ、ウルちゃんの寝顔が可愛かったからつい…」

 

「ついじゃないよ」

 

 ダービーは午後、なので午前は少し体をほぐす程度に運動してからレース場に向かう。てか調子狂うところだったんだからトーカちゃん先輩はもう少し反省しなさい。

 

「私と一緒にヤってきた成果が今日ついに出ると思うといても立ってもいられなくて…」

 

「言い方ァ」

 

 とんでもない誤解が生まれそうな言い方をされたが、要は昨日までトーカちゃん先輩と併走練習してたってだけだ。いや格上のウマ娘と一緒に練習出来るのはこっちとしてはありがたいんだけれども。

 ただ、トーカちゃん先輩からしたらそんなに練習になったとも思えない。トーカちゃん先輩が直近で目標にしていたヴィクトリアマイルは1600mで、俺の目標であるダービーは2400m、距離が噛み合わない。他にも、『領域』を使ったとはいえ、トーカちゃん先輩は既に『領域』を使われることへの耐性は完全だ。なんなら俺の『領域』も中盤から使うパターンでなければもはや通用しない。

 先日は、

 

『なんで効かないの…』

 

『最初は怖かったんだけど、ウルちゃんが私に全意識を割いてくれてるって思ったら嬉しくなっちゃって』

 

『ええ…(困惑)』

 

 という一幕があった。

 俺が申し訳なさそうにしているのを察知したのか、トーカちゃん先輩が笑顔で頭を撫でてくる。

 

「大丈夫だよ、気にしなくて! 実際、私は大丈夫だったでしょ?」

 

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 そう、なんとこの先輩、俺のダービーの練習に付き合っていたというのに先日行われたヴィクトリアマイルでは二着に5バ身半差をつけて圧勝した。ヤバい(確信)

 これでトーカちゃん先輩はG1を5勝した。世代最強じゃんもう…中距離マイルでトーカちゃん先輩に勝てるウマ娘いんの? 

 

「? どうしたの、遠い目して」

 

「いや、私がトーカちゃん先輩に並ぶ日は来るのかなぁと…」

 

「すぐに来るよ! だって私のウルちゃんだもん!」

 

 トーカちゃん先輩からの評価が異常に高い。そして俺はあなたのものじゃないからね? 

 

 そうしてトーカちゃん先輩と一緒に長い時間軽い運動をしてウォーミングアップを済ませる。これで準備完了だ。

 見計らったかのように中森トレーナーが来る。暮林トレーナーも一緒だ。

 

「メトゥス、準備はいいね? そろそろ移動しよう」

 

「分かりました。トーカちゃん先輩たちも一緒に移動ですか?」

 

「ああ、応援に来てくれるみたいだからね。キミも心細くなくていいだろう?」

 

 緊張をほぐすためか、トレーナーが揶揄ってくる。心配しなくても過度に緊張はしてないよ。

 

「そうですね。行きましょう」

 

 

 皐月から今日まで、2ヶ月もなかったが濃い毎日だった。

 

 練習はそれまで以上に厳しくなり、俺の肉体が悲鳴を上げるほど。トレーナーの適切なマッサージと練習量の見極めがなきゃ、どこかで怪我していただろう。

 カフェと出会い、後ろのやべーやつと話をつけて? 貰ったりもした。カフェの話では魂の侵食とかは今のところ起きてないらしいが、本当に大丈夫なんかこれ。いや現状使わない選択肢はないんだが…俺もどこかで一回こいつと腰を据えて話さなきゃダメかもな。

 そしてタイシン先輩やトーカちゃん先輩との併走練習。いろんな技術を習得し、タイシン先輩には練習機材の提供までして貰った。もう先輩方には世話になりすぎて足を向けて寝られない。でもトーカちゃん先輩は俺のベッドに潜り込んでくるのは止めてね。

 

 出来る事はやった、と思う。

 

 それでも不安になる事はある。

 これでもブライアンに届かなかったら? 今以上に練習を増やす事はできない。これ以上は俺の体が壊れてしまう。『領域』を強化しようにも、危険だしそもそもいつ俺に牙を剥くのか分からない。シニアが近くなってくれば、もう先輩方も力を貸してくれないかもしれない。

 そんな不安たちが俺の心に暗い影を落とすことは何度もあった。でも。

 

「行くよ、メトゥス」

 

「行こう、ウルちゃん!」

 

 でも、俺には先導してくれる(トレーナー)がいる。励ましてくれる友達(トーカちゃん先輩)がいる。

 

「あ、電話鳴ってるよ?」

 

『ウル! 東京レース場に着いたぞ! お前の出番はまだか!?』

 

『あなた、ウルちゃんの出番は午後よ』

 

『何ィ?! 待ちきれんぞ!!』

 

 応援してくれる両親(おや)がいる。

 

「ふふ…」

 

『どうした?! 面白いことでもあったか!!?』

 

「いや、なんでもないよ。それより、今日は勝つから。一番良い席のチケット渡したんだし、しっかり応援してよね」

 

『任せなさい!』

 

 だから、勝って報いたいと思うし、何度負けても立ち上がって見せよう。

 

 

 ブライアン、首を洗って待っているといい。

 その綺麗になった怪物の首、今日こそ俺が食い破ってやる。

 

 




チャンミはB決勝で1位でした。キタサン最強!
そしてロブロイ来てあーブライアンの新衣装もヘリオスも来なかったかーじゃあ安心してサポカ回せるなーと天井したら

このタイミングでブライアン新衣装(しかも超かっこいい)

ええい、回さずにいられるか!私は回すぞ!
幸い50連で来てくれました。ありがとうブライアン。次の長距離チャンミで使うね。


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日本ダービー(中編)

応援ありがとうございます。

後編…ではなく中編です。続けて書こうとしたら多分書き切れそうもなかったので。

ではどうぞ。


 

 

 

「調子はどうだい?」

 

「聞かれるまでもなく最高ですよ、トレーナー」

 

 

 

「そんなに嬉しいのか?」

 

「ああ。奴との鍔迫り合いを想うと心が期待で震える」

 

 

 

 大歓声が迎える中、ウマ娘たちの一生に一度の戦いが始まった。

 

 

 ────────────────────

 

 天気は快晴、気温は25℃。良バ場。

 文句なしのコンディションだ。

 それは俺にとっても、他のウマ娘たちにとっても、だ。

 

『大歓声が東京レース場に響き渡ります。これから開催されますは日本ダービー、その名を知らない人など存在しないと断言できる大一番です。レースに対する期待の現れでしょう。客席は満員御礼、レース場の外にも大勢のお客さんが集まっております』

 

 実況の言う通り、客席は人で一杯だ。俺の応援に来てくれている両親やトレーナー、トーカちゃん先輩たちは固まってるはずだが…どこにいるか分からんな。

 俺自身の調子は最高だ。練習で出来ないことは本番でも出来ないなんて言うが、今日の俺なら今まで出来なかったことでも出来そうなくらいだ。やらんと思うが。

 

『そろそろ今日出走するウマ娘たちの紹介に移りましょう。まずは3番人気、4枠7番サルサステップ。表情がキリッとしていて、気迫に溢れています。調子は良さそうですね。前走の皐月賞では3着と好走したウマ娘です』

 

『素晴らしい脚技を見せてくれるウマ娘です。四大名家の一角ステップ家のウマ娘でもあり、確かな実力があります。今日のレースでも見惚れるような足捌きに期待できます』

 

 3番人気はサルサステップちゃんだ。ダービーのトライアルである青葉賞とプリンシパルステークスでは、優先出場権は四大名家の残りのメンツが埋めた。流石に譲れないといったところか。でも皐月で3着になったサルサステップちゃんが3番人気なあたり、四大名家の中でも期待されているのだと思う。

 

『続いて2番人気、2枠4番ウルサメトゥス。今日出走しているウマ娘の中で唯一、一般家庭出身のウマ娘です。しかしその実力は名家に劣るものではなく、皐月賞で二着だったことからもその力が伺えます』

 

『皐月賞トライアルの弥生賞までは知る人ぞ知る、と言う立ち位置にいたウマ娘です。ジュニア級のG1であるホープフルSを制していながらあまり知られていないウマ娘でしたが、先日の弥生、皐月で大きく知名度を上げました。最後方からの追込には目を見張るものがあります』

 

 おおう…俺の紹介だったが、なんか前よりも長かったな。めっちゃ持ち上げてくれるじゃん。確かに実力で劣ってるつもりもないけどね。練習で忙しくて最近公式ホームページ見てなかったけど、もしかして結構ファン人数増えてる? 

 観客席に手を振る。

 凄い歓声が返ってきた。うーん、これを機にSNS再開するか…? いややっぱ怖いからやめよ。

 

『そして皆様お待ちかね、1番人気、6枠11番ナリタブライアン』

 

 うおっ?! 

 思わずウマ耳を伏せるほどの大歓声。あ、ブライアンはちょっと迷惑そうな顔してる。贅沢な奴め。

 

『クラシックに入ってから未だ無敗。G1も朝日杯、皐月賞と制してきました。他の追随を許さない圧倒的なスピード、パワー。深く沈み込むような姿勢から繰り出される爆発的な加速に魅せられたという方も多いのではないでしょうか』

 

『本日も大本命のウマ娘です。先行という王道の脚質ですが、それを思わせない派手さがあり、人気にも繋がっています。皐月賞では一度抜かされてから再度差し返すというバイタリティも見せ、今回の日本ダービーを含め既にクラシック三冠を期待されているウマ娘です』

 

 そうだね、実際に三冠したからね()

 でも、この世界ではそうはいかない。なんせ、今日は俺が勝つからな。

 乙名史記者が調べた情報によると、ブライアンとそのトレーナーは俺の領域の効果を解析してスタミナを重点的に鍛えたらしいが…まぁ、俺のやることは変わらん。最初から『領域』を仕掛ける。トレーナーと相談して決めたんだ、間違ってるって事はないはずだ。

 効かなかったら? その時は実力勝負だ。

 

 さてウマ娘たちは全員ゲートイン。

 今回は事前に決めていた通り、中距離で最も距離が長い2400mということを活かして最初から『領域』を使う。相手、特にブライアンのスタミナ切れを狙う戦法だ。何故かは分からんがブライアンは『領域』のスタミナを削る方の効果が良く効くみたいだしな。

 で、最初から『領域』を使うときは毎回やっていることだが、心音を大きくする。死因を心に思い浮かべれば、エンジン起動ってな。ほら聞こえるだろう? 俺もうるさいと思ってるからおあいこってことで許してくれ。

 ただ、相手に心音を聞かせることで自分の心音と勘違いさせるこの方法だが、残念ながら効かない相手には効かない。実際、弥生賞でも何人かのウマ娘には効いてなかったしな。最大の標的であるブライアンに効かない可能性も十分に考えられる。

 

 だがその心配は既に過去のものだ。俺はタイシン先輩との練習で新たな可能性を手にした。

 

 さぁ集中しろ。いつも以上に。

 このスタートで、今日のレース結果が全て変わると言っても過言じゃない。

 

『各ウマ娘、準備が整いました』

 

 いつでもいいぞ。早く、開け。早く、早く──

 

 ガタ

 

 飛び出せ!! 

 

『スタートしました!! 素晴らしいスタートを見せたのは4番ウルサメトゥス! おっと、複数のウマ娘が出遅れてしまっています!』

 

 おっと、引っかかった娘たちはドンマイ。もうキミたちに逃れる術はないよ。

 そして、綺麗にスタートを切れて動揺していない皆様にも、俺からプレゼントだ。

 

 目を見開いて瞬きを止める。

 感覚を研ぎ澄ませ。

 耳を、尻尾を、前まで無かったということを理解している俺なら、他のウマ娘たち以上に新たな感覚器官を有効利用することが出来る筈だ。

 トーカちゃん先輩は練習の中で言っていた。何かを探すときは、一部を見つけるのではなく、全体を見て違和感を感じるのだと。

 思いだせ、あの仮想現実の中の感覚を、瞬時に違和感を感じる術を…

 

 カチリ、と切り替わる。

 

 視界に映るものがスローモーションに、そして鮮明になる。1秒が10秒に、1mが10mに感じられる。画素数の少ないカメラからいきなり超高画質の映像に変わったような感覚だ。

 あまりの情報量の多さに、短時間の使用すらも覚束ないこの状態、しかし効果は絶大だ。欲しい情報、薄い(・・)場所を見つけるのなんて訳もない。

 

 

 …見つけた、20m先、踏む足は右! 

 

 今だ!!! 

 

 

『…? 何か音がしたような、気のせいでしょうか』

 

『マイクが何か音を拾いましたかね? 大変失礼しました。解説に戻ります』

 

 轟音は離れた実況席でも聞こえてしまったようだ。ビックリさせてすまんな、これぞ猫騙しならぬウマ騙し。タイシン先輩がウマレーターを使わせてくれたことで出来るようになった技だ。

 極限の集中により感覚を鋭くし、ターフの薄いところを瞬時に判断して最大パワーで蹴りつける。やってることはそれだけだが、これがバカにならない効果を生み出す。

 ウマ娘のウマ耳は敏感だ。それこそ、ボソッと呟いた独り言を、10m先のウマ娘が拾ってしまうくらいには。

 ではスタート直後で距離がそう開いていない中、雷のような轟音が聞こえたら? 

 シニアトップクラスのタイシン先輩にすら攻略できなかった贅沢な猫騙しの完成だ。

 

 もういいか? じゃあ、俺の世界にまとめてご招待だ。

 いらっしゃい、そして、御愁傷様だ。そこに例外はない。例えブライアンであっても、だ。

 

『先頭が最初のコーナーを回りますが…加速し続けているように見えますね?』

 

『ええ、ちょっと掛かってしまっているのか…いや、これと同じ光景を弥生賞で見たような気がしますね。あの時も、距離を進めているのに脚を貯めようとしない展開だったような…』

 

 解説さん、鋭いね。他のウマ娘たちも、初見はともかく、殆どはもう既に俺の『領域』に呑み込まれたことに気づいただろう。視界が暗いんじゃないか? 

 でも残念、気づいたくらいで逃れられるなら『領域』なんて大層な言葉は使われないんだな。まぁこれはタイシン先輩とかカフェのおともだち情報なんだが。

 

 まだまだ、ここから更に詰めさせてもらう。

 

 俺の位置は現在最後方、まぁいつものことだな。で、前にいるのはこれまたいつものメンツ、オイシイパルフェちゃんにアクアラグーンちゃんと…後は知らない娘だな。大丈夫? 俺の被害者の会とか作られてない? 

 前に行くように圧力をかける。タイシン先輩直伝の、真に迫るプレッシャーだ。新しい技だけじゃない、元からやってたことだって、さらにレベルアップさせて今日に臨んでるんだ。そう簡単に逃れられると思うなよ。

 

「ぐっ」

 

 お、今日初めて見た知らない娘はこれで前に行ってくれた。この調子で他の娘も詰めてくれるといいんだが…そうもいかないか。オイシイパルフェちゃんとアクアラグーンちゃんはもう何回も対戦してるだけあって、なかなか前に出てくれない。なら他のアプローチだ。

 

「ほら、前に行かないと間に合わなくなってしまいますよ」

 

「っ!」

 

 耳元で囁いてやる。こういう言い方はアレだが、キミ、耳元でなんか言われると気が散るタイプだろ? オイシイパルフェちゃん。

 他にも二、三言呟いてやると前に出てしまう。これでさらに一人。

 で、残るはアクアラグーンちゃんだが。

 

「その手には乗らない…! あなたが最後方から出てこないのは、追われたくないからでしょう? 前に出たいなら、勝手に出ればいい!」

 

「…ふぅん」

 

 そう。まぁ、確かに俺は今まで一度として前に出なかったし、苦手だってのも間違っちゃいない。追われるとトラウマを思い出して集中できなくなってたからな。

 だが、いつまで経っても追われる側ができないなんて思うなよ? 

 

 タイシン先輩との併走が終わってからずっと、今度はトーカちゃん先輩との併走をやってた訳だが…

 

「なら、前に出させていただきますが」

 

「!?」

 

 その時に主にやっていたのは、追われる練習だ。

 トーカちゃん先輩は先行のウマ娘で、追う側も追われる側も慣れている。両方のスペシャリストと言ってもいいくらいの熟練度だ。

 トーカちゃん先輩は自分の練習を放り出して俺に付き合ってくれてた。本当に頭が上がらない。まぁ結局練習に関係なくヴィクトリアマイルは獲ってしまったが…それはともかく。

 

 そんな高レベルの指導を受けたんだ。今更クラシックレベルの追い技術で2400m追われたところで、集中力は切れないんだよ。

 

「それで…私に一度抜かされておいて、もう一度抜き返せると思わないことです」

 

「なに?」

 

 そしてこっちは教わったわけではないが、あれだけ近くで何回も見せられたんだ。劣化は激しいが、その真似事くらいは出来るようになるさ。

 

「脚が…?!」

 

 まだトーカちゃん先輩のようなクオリティも持続時間もないが、普通の走法に織り交ぜるだけで効果抜群だろ? 

 まぁ練習では追われる側だとギリギリ2400m走れるくらいなんだが…今日は調子良いし行けそうな気はする。

 

 さて、これで一人脱落だ。レースはまだ序盤、今はとにかく距離を詰めてブライアンを仕留められる範囲に収めよう。

 

 

 

 

『先頭が残り1000mの標識を通過しました! レースは後半戦へ、依然ハイペースの展開が続いていますが、ウマ娘たちはスタミナが持つのでしょうか?!』

 

『先程通過した1200m地点のタイムは1.12.1。日本ダービーの平均ラップタイムが1.13.3あたりであることを考えると凄まじいペースだということが分かります』

 

 残りは1000m。

 そろそろスパートをかけるタイミングを考え始める距離だ。

 俺の現在位置は…先行集団の手前。差し集団のトップだ。他のウマ娘たちを急かし、時には追い抜き、時には抜かれ、前から後ろから脚技で妨害を重ね…としていった結果今の位置まで進出してしまった。

 時折あの化け物の影が頭をチラつくが…大丈夫、まだ集中力は持つ。そして何より、今集中力を切らすわけにはいかない。

 先行集団の一番後ろ。つまり俺の前にいるウマ娘は。

 

 ブライアンだ。

 

 手が届く位置にブライアンがいる。

 コーナーで覗いたブライアンの顔はいつになく苦しそうだった。つまりは、俺の『領域』が効いているということだ。

 いける。抜かせ。

 そう逸る心を抑え、冷静にレースを進める。

 

 まだだ、まだ。今仕掛けても俺の方が先にバテる。

 機を見極めるんだ。だが、そう遠くない。

 

 残り900m。

 

 踏む足を強める。少しずつギアを上げろ! 

 だがまだ最大加速はしない、『領域』を維持したまま、できる限りでいい。

 ブライアンのスタミナを限界まで削る。

 

 大丈夫だ、その証拠にほら、ブライアンは反応できていない! 

 

 速度を上げられないブライアンと、その前にいたウマ娘をまとめて抜く。

 そこでブライアンは漸く俺の存在に気づいたようだった。だが、もう遅い! 

 

 残り800m。

 ブライアンの足音が強くなる。加速し始めたか? 

 いや、このまま押し切る! 

 緩い加速じゃダメだ、ここで最大パワーに切り替えろ!

 

 俺が完全にギアを切り替え、『領域』を切る…その時だった。

 

 

 ウマ生で鍛えられたレース感が、生存本能が、悪寒が。

 その全てが、俺の脳内で全力の警鐘を鳴らす。

 

 

 

 ビシリ

 

 

 

 真っ暗な空間に、真っ白なヒビが入った。

 

 

 




次で日本ダービーは終わりです(多分)

良いお年を!


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日本ダービー(後編)

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします…と言いたいところなのですが。

何と今回で考えていたことをほとんど吐き出しました。
これ以降はほぼノープロットとなります()
まぁ見切り発車でよくここまで持ったというべきなのか…

そんなわけで多分今回以降は本当に不定期更新になります。のんびり待ってやってください。
クラシックの終わりまでは書くと思いますので。

ではどうぞ。


 

 

 

 

『スタートしました!』

 

「!」

 

 実況の言葉を待たず、ナリタブライアンは勢いよくゲートから飛び出した。

 スタートダッシュは上々。スタート前には形容し難い違和感を感じたナリタブライアンだったが、集中力を切らすには至らなかった。周囲に出遅れるウマ娘たちが出る中、比較的綺麗にスタートを切れていた。

 しかし、中でも一際良いスタートを切ったウマ娘が見える。

 

(ウルサメトゥス…!)

 

 ナリタブライアンが睨みつけるようにしてその位置を確認したのは、真っ先に飛び出したウマ娘。美しい青鹿毛の髪と背負った毛皮が風に靡く。

 追込ウマ娘でありながら初手は逃げよりも前に出て、ゆったり後ろに下がることで後続にプレッシャーをかける。これがウルサメトゥスのいつものやり方だということを、彼女の出たレースを穴が開くほど見たナリタブライアンは知っていた。

 ウルサメトゥスよりも外枠に位置するナリタブライアンは、外の位置をキープすることで下がってくるウルサメトゥスを自然に躱す。その姿を圧力を込めてじっと見るが、当のウルサメトゥスは極度の集中状態にあるのか、ナリタブライアンの睨みには気づかない。

 

(大した集中力だ…だが、少しはこっちを見ないか? 普通)

 

 少し、面白くないと思った。

 ウルサメトゥスはそのまま下がり、丁度ナリタブライアンの後ろ辺りに来た。ナリタブライアンが空いた内側にレーン移動する。

 ナリタブライアンが目の前の位置にいるというのに、ウルサメトゥスからのアクションは何もない。会見であれほど意識した発言をしていたにも関わらず、不気味なほど静かだ。

 

 このまま何事もなくレースが展開されるのか。ナリタブライアンがそう思った時だった。

 

 

ドゴォンッッッ!!!! 

 

 

「!!!! ぐぅっ…」

 

 ナリタブライアンの真後ろに雷が落ちたかのような、そう錯覚させるほどの轟音が鳴り響いた。ウマ耳でなくとも聞こえてしまうような音の暴力に、いやでも気が逸らされ、動揺する。ナリタブライアンの真後ろでそれが起こったのは偶然だったが、やられた本人は当然そう思わなかった。

 

(間を置くことで油断を誘ったか!)

 

 そしてそこから瞬き一つ、既に景色は切り替わっていた。

 

(『領域』だ!)

 

 快晴だったはずの周囲は暗闇に包まれ、ターフだけがはっきり見えるという異様な光景。尋常のウマ娘なら脚が竦んでしまうような暗い視界に、ナリタブライアンの口角は思わず吊り上がっていた。そしてその期待に答えるように、ナリタブライアンの後ろに恐ろしい存在が出現した。

 

 あまりの恐怖に心臓が激しく鼓動しだす。

 追い立てられる焦りでフォームが乱れる。

 そして何より、はっきりと分かるほどにスタミナが削られていく。

 

 まだレース開始直後、1ハロンも走っていない段階での発動だ。皐月のように1000mの中間地点ではなく、今回はここから終盤までこの真後ろの化け物にスタミナを削られ続けなければいけない。ナリタブライアンがスタミナを重点的に強化していたとはいえ、最後まで持つか分からない。

 

(ギリギリの勝負になるな)

 

 ナリタブライアンは闘志を漲らせ、そして額に流れた冷や汗を袖で乱暴に拭った。

 

 

 

 

 

(…あと、どれだけ走ればいい?!)

 

 レースが始まってから、そして『領域』に取り込まれてから一体どれほどの時間走っているのか。濃密な殺気に晒され気勢を削がれ続けたナリタブライアンは、既に距離感も時間感覚も失っていた。

 皐月賞でナリタブライアンが『領域』の効果を受けていたのは、レースの半ばから終盤までの500mほどだ。その後に首を刎ねられる幻覚を見たとはいえ、そこまで長い時間スタミナを削られていたわけではない。

 しかし、この日本ダービーでは、ウルサメトゥスは最初から『領域』を仕掛けている。最初の100mほどは『領域』を使っていなかったと考えても、半分である1200mまでで既に前回『領域』を使われていた距離を超えている。また、もし皐月賞と同様に終盤で『領域』が解除されるとしても、一般的に終盤と言われる残り800mまでは1500mある。つまり、皐月賞の3倍の距離、スタミナを削る『領域』に晒され続けるのだ。

 

(ここまでとはな!)

 

 残り1000m。ナリタブライアンは分からなくなっているが、終盤までは残り200mほどだった。しかし、例え分かったとしても、ナリタブライアンには何の慰めにもならなかっただろう。

 

(私は、本当にここから出られるのか…?)

 

 身体的、そして心的疲労から、普段では考えられないほどナリタブライアンは弱気になっていた。判断力は低下し、曇った目に打開策は見えない。

 途中からウルサメトゥスがナリタブライアンの後ろに陣取ったことも、『領域』の効果を上げていた。極限状態にさせられたナリタブライアンには、1秒が10秒に、100mが1000mに感じられる。そんな状態で残り距離が分かっても、絶望感が増すだけである。

 

 迫り来る足音に追われ、時折影の化け物に並ばれて生臭い息を吹きかけられ、恐怖に思考を汚染されながら走る。

 永遠に続くかに思われた拷問に、突如変化が訪れた。

 

(なっ!)

 

 ナリタブライアンの横を、ウルサメトゥスが抜いていったのだ。

 最高速ではない、しかし確かに加速しながらナリタブライアンとの距離を離していく。

 

(私も加速を…?!)

 

 当然追い抜かれたままではいられないナリタブライアンは、姿勢を低くして加速しようとする。しかし。

 

(脚が)

 

 脚が重い。スタミナを食い尽くされたナリタブライアンは、思うような加速が出来なかった。いつものような爆発的な加速は無く、ナリタブライアン自身じれったく思う様な緩やかな加速。ウルサメトゥスとの距離は縮まらず、むしろ離れていく。

 

 

 

 

(このまま、影に飲み込まれるのか)

 

 相変わらず真っ暗な視界の中、絶望からナリタブライアンは心までもが暗く染まっていくように感じていた。足元が揺らぎ、真っ直ぐ走ることすら困難になり始める。

 

(負けるのか)

 

 周囲が暗闇で侵食される。見えていたはずのターフすら、影で覆われていく。

 

(何もできず、影の化け物を恐れ)

 

(沈んでいくのか…?)

 

 一緒に走っていたウマ娘たちや先にいたウルサメトゥスの姿すら闇の中に消えてしまう。

 

 

 ナリタブライアンは、気づけば暗い荒野にたった一人、ぽつんと佇んでいた。

 

 

「ここは…」

 

 周囲を見渡す。

 草木は枯れ、地面は乾いて亀裂が入り、吹き荒ぶ風は乾燥して埃っぽい。

 見覚えのない景色。先ほどまでいたターフでも、ウルサメトゥスの『領域』でもない。

 しかし何故だか、ナリタブライアンはここが何なのか分かっていた。

 

「私の、心の中」

 

 いつからだったか。

 ナリタブライアンの心は、常に渇いていた。

 潤わず、満たされず、飢えていた。

 レースという水が一時的に大地に降り注いでも、渇き切った地面はすぐに水を吸収し、また渇いてしまう。

 

 干上がる。

 堪らなく渇く。

 また欲して、またすぐに乾く。

 薬物中毒者の様だった。

 

 その渇望は、苦しみは、姉の背を追い抜かすまではきっと終わることがないのだろうと、ナリタブライアン自身諦めていたものだ。自身を襲う飢え、それを象徴する風景に、ナリタブライアンは顔を顰める。

 しかし、その景色に変化が起こった。

 

「あれは…」

 

 果てない地平線の向こうから、真っ暗な何かがこの渇いた世界を覆っていく。

 

 影だ。

 

 影は空を覆い、草木を飲み込み、大地を埋め尽くしていく。

 渇いた亀裂に染み込む様に、隙間なく。

 

「ああ、そうか」

 

 いつしか、影はナリタブライアンの足元まで迫ってきた。

 しかし、その表情に焦りは無い。

 

「お前が、私を満たしてくれたのか」

 

 塗りつぶされる。

 渇いた世界が、心が、体が。

 もたらされた影で潤っていく。

 

「ならば、もはやこの心象(かわき)に苦しむことはない」

 

 ナリタブライアンが体に、脚に、拳に力を込める。

 ギリギリと音が出るほどに引き絞られたそれは────

 

「待たせてしまってすまないな。今行くぞ、ウルサメトゥス!!!」

 

 ────世界そのものに叩きつけられた。

 

 拳から伝播するように、暗闇に真っ白なヒビが入り、そのまま砕け散る。

 

「【Shadow Break】」

 

『領域』の発現。

 闇を砕き割った先、光の中にナリタブライアンは駆け出した。

 

 

 

 

 

(体が軽い!)

 

 目の前のウマ娘を抜き去り、圧倒的な速度で前を走るウルサメトゥスに迫る。

 ウルサメトゥスの『領域』は完全に破壊され、暗闇の景色はない。恐れさせてくる影の化け物の気配もない。それはつまり、ナリタブライアンを止められるものがどこにも無いことを意味していた。

 

『ここでくるかナリタブライアン!! 皐月賞を制したウマ娘が、今年未だ無敗の怪物が!!! 自身を抜き去ったウルサメトゥスに迫る!! あっという間に距離を詰めた!!!』

 

『先ほどまでのじわじわとした加速が何だったのかと思うような加速ですね。急に速度が上がった様に見えましたが…』

 

 ウルサメトゥスに並ぶ。

 その顔は下を向き、長いもみあげに邪魔されて見えなかったが、走り方がまともではなく、少しふらついている様に見えた。

 

(『領域』を壊された影響か? …悪いとは思わない。だが次は、最後まで万全なお前と勝負できることを期待している)

 

『領域』を破壊されて走りが覚束ないウルサメトゥスとは対照的に、ナリタブライアンの体は不思議なほどに軽かった。まるで鳥になったかのよう。先ほどまでスタミナを削られて苦しんでいたとは思えない軽快な走りだった。

 

 もはや決着はついた。

 

 自身の今の調子と、最大の敵であるウルサメトゥスの様子。それらの要素からナリタブライアンは確信し、最後にチラリと後ろを確認した。

 ナリタブライアンは、目を疑った。

 そして自分が壊してしまったのが何だったのかを知ることとなる。

 

 ナリタブライアンの『領域』を受けたことで、暗闇の世界が、影が壊される。

 それは同時に、影のヴェールに包まれていた『化け物』も、その正体を隠していたものが剥がされることを意味していた。

 

 ウルサメトゥスの後ろ。四つ足にも関わらず顔の位置がウルサメトゥスの上にある。

 茶色の毛皮に、巨大な体躯。

 半透明の大熊が、ウルサメトゥスに纏わりついていた。

 

 下を向いていたウルサメトゥスが前を見る。

 その鋭い眼光は、どう見ても勝負を諦めた顔ではなかった。

 

(そうでなくてはな!!)

 

 小柄なウマ娘とは思えない重音を響かせながら追いかけてくるウルサメトゥスを、ナリタブライアンは全身全霊で迎え撃った。

 

 

 ──────────────────────

 

 何十枚ものガラスが一度に割れたような音、衝撃。

 俺の作り出した暗い『領域』が砕け、真っ白な光が溢れ出した。

 

「ぐっ…?!」

 

 視界が明滅する。

 意識が飛びそうになる。

 それでも何とか前へ走ろうと、光の中に駆け出して────

 

「…あ?」

 

 その白い空間から出られていないことに気づいた。

 

「どこだよ、ここ」

 

『領域』が砕けたとして、普通はそのままターフに帰ってくるんじゃないんかね? 

 それがどうして、こんな訳の分からない空間にいる? 

 

 

 何が起きたのかは、大体分かっている。

 おそらくブライアンの『領域』で俺の領域が壊されてしまったのだろう。

 

 前世情報になってしまうが、奴の固有スキルは【Shadow Break】。なんかもう、名前からして俺の『領域』に特攻を持っていそうである。その性能が全く同じかまでは分からないけどな。

 タイシン先輩が『領域』で俺の『領域』に対抗した時から、この可能性は考えていた。

 前世の死の心象という半分チートの様なものがあるとはいえ、元一般男性の魂が入ってるウマ娘()の俺ですら『領域』を使えるのだ。怪物と称されるに相応しい才能を持ったネームドウマ娘のブライアンが使えないわけがない。

 だから、皐月からダービーまでの間に『領域』が発現することも、最悪レース中に覚醒されることも覚悟していた。されないに越したことはないんだけどな。

 まぁレースの最中にそんな都合よく覚醒するなんて普通ありえない…のだが、相手はあのナリタブライアンだ。何が起きてもおかしくない。

 

 で、俺は今ブライアンに『領域』を破られたとして、一体何がどうしてこんな謎の場所にいるんだ。早くレースに戻らなきゃいけないんだが…

 

「周りは真っ白で何もないし…て、は?」

 

 今更気づく。

 

「体が男に戻ってる」

 

 見間違うはずもない。華奢で小柄なウマ娘の体じゃない。

 これは、前世の俺の体だ。

 

「てことは、ここは…」

 

「其方の想像通り、ここは其方の心の中である」

 

 真後ろから威厳のある低い声がして、振り返る。

 

 そこには、クマがいた。

 そしてソレは、四足歩行のままでも明確に俺を見下ろせるほどの大きさだった。

 

「ひっ…」

 

 俺を殺した化け物クマでもここまで大きくはなかった。

 あまりに大きすぎて全体像は分からないが、顔だけで俺の体よりも大きい。

 さっき辺りを見回したときはこんなのいなかったはずだ。それが気配もなく、一体いつ俺の後ろに? 

 

「おお、すまぬな。驚かせてしまったか」

 

 巨大熊がそんなことを言うと、ボンッと煙を立ててその姿が見えなくなる。

 煙が晴れた時には、俺の膝下ほどの体高もない子熊が鎮座していた。

 

「…??」

 

「自己紹介が遅れたな」

 

 声も少年のようなそれに変わっている。

 

「我が名はキムンカムイ。しがない山の神だ。まぁ、キムとでも呼ぶといい」

 

 困惑する俺に、自称山神はそう告げたのだった。

 

 

 

 

「…というわけだ」

 

「…」

 

「許して、貰えないだろうか。彼奴も反省しているのだ」

 

「……」

 

「それに、彼奴を受け入れれば其方にもメリットがある。どうだ?」

 

「………」

 

 俺が落ち着いた後、キムンカムイから、あの例のクマについての説明を受けた。

 とりあえず、誤情報を俺に植え付けたカフェは後でしばくとして。

 アイツはどうやら俺を殺したことを申し訳なく思っていて、今は力を貸してくれている…らしい。

 

「キムさん…でいいか?」

 

「ああ」

 

「とりあえず、アイツを呼んでくれないか? 多分俺が怖がらないように見えなくしてくれてるんだと思うんだが…近くにいるんだろ」

 

「其方が大丈夫だというなら呼び出すが…おい」

 

 キムさんが呼び掛けると、その小さな体の隣に大きなクマが現れた。

 

「っ…」

 

 相変わらず、怖い。

 体はデカいし、牙は鋭いし、手足は太いし、爪なんてまだ俺の血で染まってるんじゃないかと思うくらいだ。

 その表情から何かを読み取ることはできないが、一応反省しているらしい。頭を下げている。

 

「なぁ、クマ公」

 

「…?」

 

 名前が分からんからクマ公と呼んでしまったが、どうやら通じたようだ。首を傾げている。通じた、のか? キムさんの方を確認すると頷いているので言葉は通じているようだ。まぁ最悪キムさんが伝えてくれるだろう。

 

「正直なところ、力を貸してくれているからといって、それで全部チャラにできるほど俺は人間ができていない。一回殺されてんだ、そこは理解してくれると助かる」

 

「…グルル」

 

 返事? があった。それが理解なのか反論なのかは分からない。だが襲ってこないところから、話を聞く気はあるのだろう。

 

「全部は許せない。…でも」

 

「?」

 

「少しは、歩み寄ろうと思う」

 

 俺はクマ公の頭に触れ、目を合わせる。

 完全に許すことはできない。あんなに恐ろしい目に遭って、死んで、何なら今でも夢に見るしな。

 でも、伝わってくるのだ。こいつは、本当に反省していて、凹んでて、俺に申し訳なく思ってるんだと。俺の心の中だから感情が伝わりやすくなっているのかもしれない。まぁ、気持ちが伝わってくるのは確かだ。

 それに、山の神で保護者だというキムさんがこんなに低頭でお願いしてくるのだ。本当なら、俺に力を貸す必要なんてないはずだし、その神としての力で無理矢理俺を従わせることもできるはずだ。何というか、多分出来るんだろうなって雰囲気を醸し出している。

 

 俺は出来た人間じゃない。でも、人間なんだ。獣じゃない。言葉で歩み寄られたなら、少しは対応を改める。

 

「それに、今の俺はウマ娘だ。そんで、レースに勝ちたい。勝って今世の両親に楽をさせてやりたいし、何より、俺自身がブライアンに勝ちたいと思ってる。そのためには、まだお前の力が必要だ」

 

「ガゥ」

 

 そう、今更だが俺はもうウマ娘になってしまったんだ。口に出すと、はっきり分かる。ああ、そうか。俺はもう、前世に戻ることは、出来ないんだ。知っていながら、本心では自覚していなかったのかもしれない。だから、心の中の俺の姿が男のままなのかもな。

 そう思っていたら、俺の体に変化が起きた。

 目線が低くなり、クマ公に乗せていた手が小さくなる。

 

「あれ…」

 

 もう見慣れてしまった、女の子の手。

 尻尾の感覚。頭の上にある耳。

 

「どうやら、自分の現状が認識できた様だな」

 

「…俺は、まだウマ娘になれてなかったってことなのかな」

 

「だから、今なったということでいいのではないか?」

 

「そっか」

 

 キムさんは俺の歪さに気づいていたようだ。流石に神といったところなのか? 

 キムさんがクマ公の頭に飛び乗る。

 

「それでは■■改め、ウルサメトゥスよ。今の其方なら、此奴、小山神(メトトゥシカムイ)を受け入れられるか?」

 

「まぁ、少しなら」

 

「今はそれで良い。では、その気持ちを込めて、此奴に祈れ。本当に少しでも受け入れられる気持ちがあるなら、それを呼び水として此奴ももう少し力を貸せるだろう」

 

「…分かった」

 

 もう一度小山神、長いからやっぱクマ公でいいわ。クマ公と目を合わせる。

 

(俺に、力を貸してくれ。頼む──)

 

 心の中で祈る。

 すると、クマ公はキムさんを頭に乗せたまま、後ろ足で立ち上がった。

 

「グオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「おお、嬉しそうに吠えおって。…契約は完了した。ではウルサメトゥスよ、現世へと帰るといい。またそのうち話そうではないか」

 

 視界が白く染まっていく。

 感覚が現実に近づいていく。

 

「【小山神への祈り(メトゥシカムイノミー)】だ。使いこなせるよう、励めよ」

 

 最後にそんな言葉が聞こえた。

 

 ────────────────────ー

 

『さぁ勝負は最終直線へ!! 先頭はナリタブライアン、既に2番手との差は5バ身はあります! このままブッちぎるのか!?』

 

 ナリタブライアンが先頭で最終直線へと入る。東京レース場の直線は525.9m、数あるレース場の中でもかなり長い。だからこそ、終盤まで脚を残せているウマ娘が有利になる。しかし。

 

『足が残っていないのか?! どのウマ娘も前に出られません!!!』

 

 ウルサメトゥスの『領域』により、ウマ娘たちは疲労困憊だった。懸命に足を回して加速しようとするが、気持ちに体が追いつかない。

 

『ナリタブライアン独走、これは決まったか────』

 

 実況が叫ぶ。大歓声が上がる。このまま圧倒的な力でナリタブライアンが勝つ、殆どがそう思っていた。

 思っていなかったのは、当のナリタブライアンだった。

 

『いやまだだっ!! まだ終わっていない!!!』

 

『どこにそんな足が残っていたのでしょうねぇ、彼女は』

 

『ウルサメトゥス、集団から滲み出るように、ナリタブライアンの影に迫ってきたあああ!!!』

 

(そうだ、まだ終わらんよな!!)

 

 最終コーナーを抜けるときに目に入ったウルサメトゥスの表情が焼き付いている。

 

 ────ここから追い上げる。

 

 燃えるような闘志が伝わってきていたのだ。来ないはずがない。

 ナリタブライアンは、過去最高に滾っていた。

 

『何という加速力!!! あっという間に差が詰まる!!! 高低差2.7mの坂を物ともせずナリタブライアンを追い詰めていくううう!!!』

 

「抜けるか! 私を!!」

 

 脚を回す。

 なけなしのスタミナを費やす。

 しかしそれでも、ウルサメトゥスは差を縮めてくる。

 

『残り100! 並んだ!!!!』

 

「抜く!! 今日こそは!!!」

 

 ついにウルサメトゥスがその体をナリタブライアンの横につけた。

 その体には、半透明の獣が纏わりついている様に見えた。

 

『残り30!!! 勝利を掴むのはどちらだ!!??』

 

 一歩も譲らないデッドヒート。

 

(負けない)

 

(勝つ)

 

((お前に勝つ!!!))

 

 永遠に続くかに思えたその競り合いに、ついに終わりが訪れた。

 

 ナリタブライアンの脚が限界を迎える。スタミナを使い果たしたのだ。

 

(しまっ、こんなところで──)

 

 それと同時だった。

 

『ゴォォォォル!!!!!! これは、どちらだ?! 勝ったのはどっちだぁぁぁ!!??』

 

『えー、写真判定となります。もうしばらくお待ちください』

 

 ナリタブライアンの体勢が崩れ、並んでゴールとなった。

 傍目からは同時にゴールした様にしか見えず、勝敗は写真判定に委ねられた。

 

 ナリタブライアンがターフに倒れ込む。それはウルサメトゥスも同様だった。

 二人並んで倒れたまま、結果を待つ。

 

「ブライアン」

 

「…なんだ」

 

 先に起き上がったのはウルサメトゥスだった。倒れたブライアンに手を差し伸べる。

 

「ほら、立ちなよ」

 

「ああ」

 

 震える脚を踏ん張り、手を借りたナリタブライアンが立ち上がる。

 荒い息のまま、ナリタブライアンが呟くように言った。

 

「…最高のレースだった」

 

 正直な感想だった。最後に体勢を崩してしまったが、いつ途切れるか分からない暗黒の『領域』、それを打ち破ったときの高揚、そしてひりつく様な最終直線での競り合い。そのどれもがナリタブライアンの心を満たしていた。

 最高の勝負が出来た。全力を出して戦い、途中で覚醒し、それでなお届かなかった。ナリタブライアンはそう思っていた。

 

「そう」

 

 そっけない返事に、ナリタブライアンがウルサメトゥスをジロリと見る。自分が最高だと思った勝負を淡白に返され、少し腹が立ったからだ。しかし、ナリタブライアンは直ぐに目を見開くことになった。

 

「次は負けないから」

 

 ウルサメトゥスが、大粒の涙を流していたからだ。

 

「私のハナがあと1cm高かったら、勝ってた。…次は、3000m走れる体力を付けてきてよね」

 

 ウルサメトゥスはそう言い、地下バ道へ降りて行った。

 それと同時に結果が出る。

 

『写真判定の結果が出ました! 一着は11番、ナリタブライアン!! 激戦をハナ差で制したああああああああああ!!!!!!!』

 

 ナリタブライアンは信じられなかった。

 最後に自分はスタミナを切らして体勢を崩した。しかし、勝ったのは自分だという。

 映像では、確かに最後体勢を崩した瞬間、ナリタブライアンの体の方がほんの僅かに前に出ていた。

 ナリタブライアンは呆然とし、観客席に手を振ることも忘れてターフから降りる。

 

(もし日本ダービーが2401mだったなら)

 

 ナリタブライアンはあり得ないと分かっていても考えてしまう。

 

(負けていたのは私だった)

 

 そして無意識の内に、口元が吊り上がっていく。

 

(お前はどれだけ私を滾らせれば気が済むんだ…?)

 

「次は負けない、か。それは私のセリフだ。次こそは完膚なきまでに勝つ」

 

 聞こえないとは分かっていても口に出してしまう。

 それは自身の(ライバル)への、最大の賛辞だった。

 

 

 




次回は掲示板回になると思います。

あ、正月ガチャは何とか里芋確保しました。


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掲示板回:天皇賞・春(+おまけヴィクトリアマイル)

祝・お気に入り7000件!

いつも応援ありがとうございます。
ダービーの掲示板回だと思った?残念、先に天春(+ヴィクトリアマイル)です。いや、あれだけ焦点を当てたタイシンの掲示板回が無いのはなぁと思い。
まぁなんの掲示板回とは言ってないから…

前回の前書きでプロットが無いとか言って不安にさせてしまい申し訳ありません。
一応超大枠のプロットは決めてあるので安心(?)してください。
その辺は活動報告にちょろっと載せてるので興味ある方はどうぞ。なければ大丈夫です。

ではどうぞ。


 

 

 

42:名無しのウマ娘 ID:Fz6hqtbrg

ルドルフの圧倒的な強さがなぁ

 

43:名無しのウマ娘 ID:ec3gMTj5K

始まる…今年の盾争奪戦が始まる

 

44:名無しのウマ娘 ID:TklHxmyyD

大阪杯優勝のシャドウストーカーは流石に出られないか

 

45:名無しのウマ娘 ID:GlW24xhVD

出走ウマ娘一覧定期

1枠1番:インペリアルタリス

1枠2番:ビワハヤヒデ

2枠3番:プライムシーズン

2枠4番:ドカドカ

3枠5番:マルシュアス

3枠6番:フリルドグレープ

4枠7番:ステイシャーリーン

4枠8番:ウイニングチケット

5枠9番:ザンバーハ

5枠10番:ロングキャラバン

6枠11番:キーカード

6枠12番:オーボエリズム

7枠13番:クレセントエース

7枠14番:コサックステップ

8枠15番:ナリタタイシン

8枠16番:ミニベロニカ

 

46:名無しのウマ娘 ID:QHg4ZK7Y8

ドカドカ可愛い

 

48:名無しのウマ娘 ID:5hMna2HEi

>>43 まだ木曜やぞ

 

49:名無しのウマ娘 ID:pOeJNjZ1+

誰が勝つかねぇ

 

51:名無しのウマ娘 ID:rmf/lRskg

有能定期

 

53:名無しのウマ娘 ID:2p2EA1MmI

>>44 シャドウストーカーは流石にね、元々ティアラ路線のウマ娘だし

走り切っただけでもすごいよ

 

54:名無しのウマ娘 ID:8uqENdcX3

ビワハヤヒデ以外有り得んだろ

 

56:名無しのウマ娘 ID:okblXXFhS

>>42 ルドルフが走ったのはもう2年くらい前なんだが…

 

57:名無しのウマ娘 ID:+JR2o3592

ビワハヤヒデといえば、この前の雑誌にBNWが大阪杯の後3人で大阪散策してたって書いてたな

 

58:名無しのウマ娘 ID:Oc9O1G1Vz

シャドウストーカーが春天出てきたら応援の前に心配するわ

 

59:名無しのウマ娘 ID:TM0pr2000

天皇賞…なんて甘美な響き。王の舞台に相応しいじゃないか!

 

61:名無しのウマ娘 ID:kTt7TUM8d

それでも俺はロングキャラバンに頑張って欲しい。去年の天春もいいところ行ってたし今年こそ…

 

62:名無しのウマ娘 ID:hEroDGTaNN

>>57 尊すぎて見た瞬間尊死して復帰してまた尊死しましたぞ…

ウイニングチケットさんからたこ焼きアーンされて嫌がりながらも満更ではない表情のナリタタイシンさん…ウッ

 

64:名無しのウマ娘 ID:LQeocnXeE

>>57 ほんと月刊トゥインクルはいい仕事する

 

66:名無しのウマ娘 ID:Xf4mjbBvu

推しに勝って欲しいのはみんな一緒

俺もソーナノ

 

68:名無しのウマ娘 ID:T3m1RweLv

>>59 なんだコイツ

 

69:名無しのウマ娘 ID:KDCVX1QA7

一番長いG1だからなぁ

 

70:名無しのウマ娘 ID:Yz8g2R9wV

もっとだ…もっとウマ娘同士のイチャイチャが見たい…

 

71:名無しのウマ娘 ID:Xpb/V8LW3

>>62 成仏してクレメンス

 

72:名無しのウマ娘 ID:wh1teTamA

たこ焼き機はやっぱ直火やな。他はアカンわ

 

73:名無しのウマ娘 ID:EOEwn0AsO

レースではライバルでも日常では親友…いいな、そういうの

 

74:名無しのウマ娘 ID:bG3jrD50v

実際3200m走るのってどんくらいキツいんだろ。教えてウマ娘の人

 

75:名無しのウマ娘 ID:utv8WdJg7

タイシンは推しなんだけど、長距離だとあんまいい成績残してないから不安なんだよなぁ

 

76:名無しのウマ娘 ID:WlCHneZtS

>>74 そりゃ3200m走るくらいキツいんだろ

 

77:名無しのウマ娘 ID:VzxCJtm70

>>76 草

 

78:名無しのウマ娘 ID:4zsGZ57Xk

>>76 まんまやんけw

 

79:名無しのウマ娘 ID:Go1Den564

>>74 そこのお前!京都芝3200mを走るのに必要なスタミナは、京都芝3200m分だぜ!!

 

80:名無しのウマ娘 ID:8uzTuJMXe

もうめちゃくちゃや

 

81:名無しのウマ娘 ID:fUYS9lw8Y

>>73 俺にもそんな友達が欲しかった

 

83:名無しのウマ娘 ID:LWx2OuWbI

直前インタビューでナリタタイシンのトレーナーが「今回は期待しておいてください」って言ってたし大丈夫なんじゃない?

 

85:名無しのウマ娘 ID:NBBkUW+Yu

距離不安があるのは別にナリタタイシンだけじゃないしな

 

86:名無しのウマ娘 ID:00CA2faDv

でもインタビューで不安が残るとか言わなくね?

 

88:名無しのウマ娘 ID:Clux/ju2j

それはそう

 

89:名無しのウマ娘 ID:+g5+yzHvn

そもそも友達がいません

 

91:名無しのウマ娘 ID:o/+rwDzgS

名家も結構出てるし楽しみだな

 

93:名無しのウマ娘 ID:aFyuePFS2

>>89 ひとりぼっちは寂しいもんな…

 

94:名無しのウマ娘 ID:/GN95Sv2Q

チケゾーがんばえー

 

 

 

 

344:名無しのウマ娘 ID:QSSW2BwS8

始まるぞー

 

346:名無しのウマ娘 ID:tiK0fNZl+

今日もいい天気

 

347:名無しのウマ娘 ID:kv+YtyOIg

パドックの感じだと注目のメンツはみんな調子良さそうだな

 

349:名無しのウマ娘 ID:bnIg0rruY

お、人気発表された

 

351:名無しのウマ娘 ID:QOpE2IEgR

毎年のことだけどこの天皇賞の空気大好き

 

352:名無しのウマ娘 ID:Br1teME46

>>346 ピクニックに行きたくなってしまいますね〜

早速今から準備してきますね〜

 

354:名無しのウマ娘 ID:McdoJZ74X

1番人気ビワハヤヒデ

2番人気ナリタタイシン

3番人気ロングキャラバン

 

356:名無しのウマ娘 ID:yDVKnhMPV

まぁ大体予想通りか?強いていえばロングキャラバンとナリタタイシンの順番は逆だと思ってた

 

358:名無しのウマ娘 ID:u45oDsWwh

>>352 いやレース見ないんかい

 

360:名無しのウマ娘 ID:x3HOEO1Dl

客も満員だな

 

362:名無しのウマ娘 ID:5BcHsBs5F

そんな中今日も仕事

 

363:名無しのウマ娘 ID:UZzYhACWI

一番人気ビワハヤヒデは、それはそうって感じ

 

364:名無しのウマ娘 ID:560vqh9kY

>>356 大阪杯の2着が評価された感じかな?

 

365:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

>>362 可哀想な仕事兄貴のために実況してやるよ

 

366:名無しのウマ娘 ID:cs5xsaE7s

ドカドカは4番人気か

 

367:名無しのウマ娘 ID:NdtPqEUhF

距離が長くなると見る顔振れも変わってくるよな

 

369:名無しのウマ娘 ID:+PHVQR3d9

>>365 マジかよクソ助かる

 

370:名無しのウマ娘 ID:1objGjPJi

いつも思うけど実況ほんと分かってるな。ロングキャラバンなんて距離長いレースにしか出てこないのに

 

372:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

実況開始

『カラッとした気持ちのいい快晴。ゴールデンウィーク序盤の今日、この京都レース場には観客席に入りきらないほどのお客さんが詰めかけています。春シニア2冠目、春の天皇賞。3200mという国内G1で最もタフなこのレース、制するのは一体誰なのか』

 

374:名無しのウマ娘 ID:Hb/ZeS9nR

>>369 クソとかいう汚い言葉を使うな

 

375:名無しのウマ娘 ID:E8Gm7msWt

気温26°F湿度55%、いい天気だな

 

376:名無しのウマ娘 ID:+PHVQR3d9

お排泄物助かるわよ

 

378:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『3番人気、5枠10番ロングキャラバン。シニア2年目のウマ娘です。昨年の有記念でも2着を獲っており、確かな実力があります』

『特に終盤でのレーン移動、仕掛けどころの見極めが優れています。差し脚質ならではの末脚にも期待できますね』

 

379:名無しのウマ娘 ID:3XjlM8oEg

>>375 -3.3℃?!死ぬ(確信)

 

381:名無しのウマ娘 ID:TPg7vEEmf

華氏と摂氏間違えるな

 

382:名無しのウマ娘 ID:n0rTHreee

>>351 祭りみたいで良いですよね!わっしょい!

 

384:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『2番人気、ナリタタイシン。今年からシニア級に参戦したウマ娘です。しかしその実力は折り紙付、既に春シニア一つ目の大阪杯で2着を獲る、小柄ながらも実力派のウマ娘です』

『今のシニア級を走るウマ娘の中でも屈指の実力を持つウマ娘の一人ですね。終盤の爆発力は他の追随を許さない、追込脚質のウマ娘です』

 

386:名無しのウマ娘 ID:w8w4b2dUn

>>376 芝生え散らかした

 

388:名無しのウマ娘 ID:B1dQd562+

タイシン小さいって言われた瞬間実況席睨んでて草

 

389:名無しのウマ娘 ID:0OPjx7mEe

実際小さい

 

390:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

今現地にいるんだけど、推しのウマ娘が隣にいる…

 

391:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『そして1番人気、ビワハヤヒデ。こちらもシニア級1年目のウマ娘です。しかし、その実力は既にトップクラス。昨年は菊花賞、有記念を制しており長距離の適性をこれでもかと見せつけています』

『今世代の長距離最強とも言われているウマ娘ですね。王道の先行脚質、お手本のような美しいフォームに、優れた身体能力を併せ持ったウマ娘です。鬣のような純白の髪をはためかせながら走る姿に魅了された方も多いのではないでしょうか』

 

392:名無しのウマ娘 ID:8kGfIS4Ug

ハヤヒデぇぇぇがんばれえええ

 

394:名無しのウマ娘 ID:LBx5LIZKd

お前が推しなんだよ!

 

396:名無しのウマ娘 ID:e4ogV3pV5

>>390 誰?

 

397:名無しのウマ娘 ID:ch3h5XBpl

あれ、ビワハヤヒデ見て「大きいな」って言ったらビワハヤヒデがこっち見たんだけど偶然?

 

399:名無しのウマ娘 ID:0CIvKa377

>>396 言うわけないだろ。一生懸命タイシン応援しててめっちゃ可愛い

 

400:名無しのウマ娘 ID:uDlt0JtMm

ビワハヤヒデの紹介の時の声援がすごい

 

401:名無しのウマ娘 ID:yezCcxZFJ

推しが隣とか裏山

 

402:名無しのウマ娘 ID:B8AyHCzGW

>>397 流石に偶然だろ。客席からゲートまでかなり距離あるしいくらウマ娘でも拾えるわけない

 

404:名無しのウマ娘 ID:fP1UtJlib

ああ、シャドウストーカーがいるから「最強」とは言えないのか

 

406:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『どのウマ娘も相応の実力者ですね。誰が勝ってもおかしくありません』

『緊張感がレース場を満たしていくようですね。先ほどまで大歓声が包んでいたここも、いつの間にか静まりかえっています』

 

408:名無しのウマ娘 ID:ch3h5XBpl

>>402 そうだよな。偶然だよな…

 

409:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『各ウマ娘、準備が整ったようです』

『スタートです!!』

 

411:名無しのウマ娘 ID:26VGiJMSm

始まったあああああ

 

413:名無しのウマ娘 ID:H0ee6yt4o

がんばれ!

 

414:名無しのウマ娘 ID:F7nic+LvA

前出ろオラァン!!

 

416:名無しのウマ娘 ID:ORUzlTj8F

いけー!!!

 

417:名無しのウマ娘 ID:iIjbzlIQn

おおおおおおおおおおおおお

 

418:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『いい反応を見せたのは15番ナリタタイシン。素晴らしいスタートダッシュです』

 

419:名無しのウマ娘 ID:ytz90/6o7

タイシン良いスタート!

 

421:名無しのウマ娘 ID:PSMI+q/wh

このまま差を広げるか!?

 

423:名無しのウマ娘 ID:TmSy6BqzP

いや追込のウマ娘だしそんなわけ…

 

425:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『おおっとナリタタイシン、先頭のまま譲らない?!逃げウマ娘たちがそれを追いかける!!』

 

426:名無しのウマ娘 ID:PAXkiBed1

ってえええええええ?!

 

428:名無しのウマ娘 ID:LF5ZQR7Nj

いやブラフだろ。…ブラフだよな?

 

430:名無しのウマ娘 ID:1/fZntJ2e

十中八九ブラフでも、残りの一がブラフじゃない可能性があるなら逃げウマ娘たちはそれを追い越すしかないと

 

431:名無しのウマ娘 ID:5fWCXqiFl

あ、下がってきた。まぁそりゃそうか

 

433:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『ナリタタイシン、段々と下がっていきます』

『やはりブラフでしたね。しかしそうと思えないほど迫真の逃げ様ですね』

 

434:名無しのウマ娘 ID:hq2BwfCvM

でも逃げウマたちには圧力になったんだろうなぁ

 

435:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『現在先頭から、13番、続いて9番、半バ身差14番ここまで逃げ集団です。続く先行集団2バ身離れて2番ビワハヤヒデ、その後ろ5番、1バ身差12番、1番、6番と続きます。1バ身半離れた差し集団、8番、1バ身離れて3番、4番と続き、半バ身離れて11番、そして10番ロングキャラバンここにいた。その後ろ追込集団は7番、16番、最後方15番ナリタタイシンと続きます』

『まだ始まったばかりですからね。ここからどう動くのか注目です』

 

437:名無しのウマ娘 ID:ruJOegJwd

よく書けるな

 

438:名無しのウマ娘 ID:a6NN1kN5k

みんな見入って書き込み減る定期

 

440:名無しのウマ娘 ID:Gc+W8GNNv

お、タイシンがミニベロニカ抜いたな

 

441:名無しのウマ娘 ID:YJk3AJcvE

なんか喋ってる?流石に内容はわからんね

 

442:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『先頭が1000mを通過しました。これでもまだ1/3も過ぎていないと言うのですから驚きです』

『後方集団が少し距離を縮めてきたように見えますね。圧力をかけてきたのでしょうか』

 

443:名無しのウマ娘 ID:IoGB92i4d

圧力をかけてるというか…かけられてるというか

 

445:名無しのウマ娘 ID:4O4hWObD5

ビワハヤヒデが速度上げた?

 

446:名無しのウマ娘 ID:tb9+WLV1c

よく分かるな

 

447:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『坂を登った先行集団が速度を上げましたかね…?』

『ええ、ですが後ろはまだ坂の途中です。この差を取り戻そうとしてもすぐには縮まらない、後方のウマ娘たちは焦るはずです。これを計算しているというなら、やはり恐ろしいウマ娘ですね、ビワハヤヒデ』

 

448:名無しのウマ娘 ID:0s2D8u+Af

ひえーレース中にそんなこと考えてんのか

 

450:名無しのウマ娘 ID:BA9O4jA68

いやでもシャドウストーカーもこの前の大阪杯で全部計算してたってインタビューで言ってたじゃん

 

451:名無しのウマ娘 ID:5wQlJdgD4

シャドウストーカーはレース前に作戦を組み立ててその通りにやってたって言ってただろ?

ビワハヤヒデはレースの展開を見てその場で考えてんだぞ多分。しかもこの長丁場で

 

453:名無しのウマ娘 ID:T+7dG4Bom

…こわっ

 

454:名無しのウマ娘 ID:7j8AZMS9A

しかも表情的にまだまだ余裕である

 

456:名無しのウマ娘 ID:8a1ce1ZA9

…ん?今なんか

 

458:名無しのウマ娘 ID:uvdjfKhuQ

みんな苦しそうな顔してる中な

 

459:名無しのウマ娘 ID:SEyIHdcQ2

>>456 どした?

 

460:名無しのウマ娘 ID:8a1ce1ZA9

いや、ナリタタイシンが笑ったように見えた

 

461:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『先頭が中間地点を通り過ぎてタイムは1:37.0。かなり好ペースです!!』

『後半で垂れないか心配ですね』

 

 

 

 

490:名無しのウマ娘 ID:8P0baB3xf

 

491:名無しのウマ娘 ID:Pf85noyO2

仕掛けてきたか!!

 

492:名無しのウマ娘 ID:U32QQLzD0

ハヤヒデが速度上げた!!!

 

493:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『ここでビワハヤヒデがアガってきた!残り1000mを切り、決めにきたか?!』

『前のクレセントエースを颯爽と抜き去り…何だ?スピードがさらに?!』

 

494:名無しのウマ娘 ID:J2nk+Vg+q

おお?おおお?!なんだなんだ!!

 

495:名無しのウマ娘 ID:dqMBR3gBJ

おいおいもう2000m以上走った後だってのにどこにそんな脚が

 

496:名無しのウマ娘 ID:SuZQHGkPj

めっちゃ加速するゥー!!

 

497:名無しのウマ娘 ID:Zi9Q3o8ar

これは決まったかな

 

499:名無しのウマ娘 ID:9exgbkQWB

まだだッ!!

 

500:名無しのウマ娘 ID:d90TuIuTP

タイシンが?!

 

501:名無しのウマ娘 ID:Ubo7nPA9D

いつの間にそんなところまで!!!

 

503:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『ビワハヤヒデが加速していく!!どこにそんな脚が残っているのか!逃げウマ娘たちをどんどん抜き去り、これは決まったか…いや!後ろから追走!!!!ナリタタイシンだ!!』

『この数秒で差し集団の位置から一気に追込をかけてきましたね。差し、先行をあっという間に追い抜いてビワハヤヒデに迫っています!』

 

504:名無しのウマ娘 ID:OPZkA2R4/

追いつくぞオイ!

 

505:名無しのウマ娘 ID:niNTaD+Jc

追いつくゾイ!

 

507:名無しのウマ娘 ID:MHCofFEee

流石は、あの影を一度は振り切ったほどの力の持ち主ですね

 

509:名無しのウマ娘 ID:uVPyX6unH

すげー末脚だ!!

 

511:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『勝負は最終局面、ビワハヤヒデとナリタタイシンが直線に入るぞ!ナリタタイシンはビワハヤヒデの2バ身後ろですが…?!』

『まだ速度が上がりますねナリタタイシン、一体どこで息を入れたんだ…?』

 

513:名無しのウマ娘 ID:s3yQd5Gg4

解説放棄すんなww

 

514:名無しのウマ娘 ID:1GrVHyats

それを考えるのがアンタの仕事やw

 

515:名無しのウマ娘 ID:pmf5WNH/a

並んだ!!

 

516:名無しのウマ娘 ID:NtI7NLjrs

どっちも譲らねぇ!!

 

518:名無しのウマ娘 ID:Ag4ZoVTcz

なんだこれアツすぎんだろ!!

 

520:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『一歩も譲らない!!!完全に並んだ?!いや、ナリタタイシンが差を広げているか!?』

『最後まで分かりません、これはもう根性勝負ですね』

 

522:名無しのウマ娘 ID:vN6JITQFo

いけええええええええええ

 

524:名無しのウマ娘 ID:t4p9t9bZt

勝てハヤヒデ!!

 

525:名無しのウマ娘 ID:Lv1/QQeji

夢を見せてくれえええタイシン!!!

 

526:名無しのウマ娘 ID:71JqIHEvO

うおおおおおおおおおおお

 

528:名無しのウマ娘 ID:d0iLyrhVl

おおおあああああああああ?!

 

530:名無しのウマ娘 ID:i8fzYTysr

決まったああああああああああ

 

532:名無しのウマ娘 ID:UX9bmTof6

タイシンンンンン信じてたぞおおおお

 

534:名無しのウマ娘 ID:lPzQVBigc

【速報】天皇賞・春を制したのはナリタタイシン

 

536:名無しのウマ娘 ID:3hcPghBUO

やったああああああああ

 

538:名無しのウマ娘 ID:xgVA8mxxu

うわあああああ悔しいいいいでもよく頑張ったぞハヤヒデえええええ

 

539:名無しのウマ娘 ID:Ny5o4MnQa

『ゴォォォォォル!!!!1着は15番ナリタタイシン!!1番人気ビワハヤヒデを、半バ身差で制したぁぁぁぁァァ!!!!その爆発力に偽りなし!春シニア2冠目、天皇賞を獲ったのはナリタタイシンだぁぁぁ!!!』

『タイムは3:17.9!見事レースレコードを叩き出しました!!』

 

540:名無しのウマ娘 ID:YpYDLiboV

レコード?!

 

542:名無しのウマ娘 ID:lBp19PPdE

速いと思ってたけど最後まではやスギィ!!

 

543:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

見事だ。きっと、ナリタいていの努力ではなかっただろう…ナリタだけに。ふふっ

 

544:名無しのウマ娘 ID:1wqKdjOwu

>>543 は?

 

546:名無しのウマ娘 ID:IzZPmRLpG

やりますねぇ!!

 

548:名無しのウマ娘 ID:/qQIDzJnS

今夜はパーティーだ!!

 

550:名無しのウマ娘 ID:B622OounZ

ドン勝つだ!

 

551:名無しのウマ娘 ID:Yc8phWlte

最高!これがあるからレース観戦はやめられねぇぜ!!

 

553:名無しのウマ娘 ID:08+NCX4I9

おお、健闘を称え合ってるのかな

 

554:名無しのウマ娘 ID:utSkiONpm

尊い

 

555:名無しのウマ娘 ID:kWdruioTy

ああ^〜

 

556:名無しのウマ娘 ID:aQYh9b9Sb

これが見たかった

 

557:名無しのウマ娘 ID:R68k6zPeH

タイシンww赤くなってるw

 

559:名無しのウマ娘 ID:vKV3edzNp

それを無慈悲に引き摺るビワハヤヒデ。どっちが勝ったかわからんなw

 

560:名無しのウマ娘 ID:mAq1NME46

素晴らしい勝負でしたわ!ポップコーンを食べる手が止まりませんわ!!

 

561:名無しのウマ娘 ID:8r1dc7Enq

それは止めろ

 

 

 

 

 

 

 

774:名無しのウマ娘 ID:QUa3gYNtA

でもシャドウストーカーはマイルG1勝った事ないじゃん

 

776:名無しのウマ娘 ID:gYF+qAge3

スタートした!

 

778:名無しのウマ娘 ID:b1vSp6/w5

え?!

 

779:名無しのウマ娘 ID:IARbZHH8W

>>774 でも一番人気ってことはそんだけ期待されてんでしょ

 

781:名無しのウマ娘 ID:H/qfxMHMl

シャドウストーカー逃げ?!?!

 

783:名無しのウマ娘 ID:WLrUPwGqY

ウッソだろお前www

 

784:名無しのウマ娘 ID:hBl+pM4u4

しかもブラフとかじゃなくてガチの逃げだー?!

 

786:名無しのウマ娘 ID:b7C3yTRHm

初めて見た!!

 

787:名無しのウマ娘 ID:N9acdWUBh

実況も困惑しとるやんけw

 

788:名無しのウマ娘 ID:lH+kCTZXw

おいおい、大丈夫なのかよ?

 

789:名無しのウマ娘 ID:pEcHaj/Vg

2コーナー過ぎても先頭のままだな

 

791:名無しのウマ娘 ID:WPt5nAA2u

待て待て展開についていけない

 

792:名無しのウマ娘 ID:ppnuk/YFH

本当に逃げ切るつもりなんか??

 

793:名無しのウマ娘 ID:9MWJbwTVg

あの…シャドウストーカー見てたら脚が10本くらいに見えてきたんだけど…

 

794:名無しのウマ娘 ID:f9P3P52pB

じゃじゃウマ娘とはこのこと

 

795:名無しのウマ娘 ID:eODsKoGrf

>>794 奇遇だな、俺もだ

 

797:名無しのウマ娘 ID:EORrzMrCm

もう中間地点過ぎたぞ

 

798:名無しのウマ娘 ID:AMazNm1Ho

いいねぇ、いつかタイマンしてみたいもんだ!!

 

800:名無しのウマ娘 ID:mEwbvTTat

やべー、本当にこのまま行くんか!?

 

802:名無しのウマ娘 ID:HN5/pldP6

おい、2番手との差が今の時点で3バ身くらいあるんだが…

 

803:名無しのウマ娘 ID:PJCgtHkZY

しかもだんだん広がってるという

 

804:名無しのウマ娘 ID:nLMbMMt9M

もう最終直線入るぞ

 

805:名無しのウマ娘 ID:RoH6Yie5C

後ろが差を詰めようとしてるんだが…

 

807:名無しのウマ娘 ID:zpYpsKXWA

あの…縮まってません…

 

809:名無しのウマ娘 ID:Y5jRKZip2

そしてさらに差が広がっていくという絶望

 

811:名無しのウマ娘 ID:Lj6Pp8W99

そりゃ2500m走り切れるスタミナがあれば1600mなんて余裕なんだろうけど…

 

813:名無しのウマ娘 ID:xxDN6bEad

シャドウストーカー「有り余るスタミナでずっと先頭走ればいいや」

 

814:名無しのウマ娘 ID:90J5l/CLI

そうだけどそうじゃねぇんだよなぁ

 

816:名無しのウマ娘 ID:YWOV56JTc

それができれば苦労しない

 

817:名無しのウマ娘 ID:tQf/qQcTw

【速報】シャドウストーカーがヴィクトリアマイルを制してG1を5勝

 

818:名無しのウマ娘 ID:T6v70RTbH

まだ終わっとらんわ

 

820:名無しのウマ娘 ID:CQWveplr4

いやでももう決まったよ

 

822:名無しのウマ娘 ID:46rgdn+E9

おおおお

 

823:名無しのウマ娘 ID:RBv2UF+pE

圧 倒 的

 

824:名無しのウマ娘 ID:KPlV1aN+I

これぞまさに圧勝

 

825:名無しのウマ娘 ID:6J2Hc6QDa

5バ身半差wwwww

 

827:名無しのウマ娘 ID:zDHA/sBk5

おい1600mのG1だぞ…

 

828:名無しのウマ娘 ID:GEh/h2lsO

ヤバすぎィ

 

829:名無しのウマ娘 ID:V0dkaDRiV

か…カッケー!!!なんだあれ!!すげーなオイ!!俺もいつかあんな風に圧倒的に…

 

831:名無しのウマ娘 ID:DSCreDacE

かっこいい…あんな一番に、なってみたい!!

 

832:名無しのウマ娘 ID:l0NO30hy+

シャドウストーカーのファンになりました

 

833:名無しのウマ娘 ID:5QFWsb+zl

実際かっこいい

 

835:名無しのウマ娘 ID:orK9oXI0z

最後まで先頭のままかーすごいな

 

837:名無しのウマ娘 ID:SSZseNTou

先頭は譲りません

 

838:名無しのウマ娘 ID:3BnfRu50c

いやーいいもん見せてもらった

 

840:名無しのウマ娘 ID:e2xcn7B81

つえー

 

841:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

日程を調整して彼女とも競ってみたいものだ。そうだな…トーカ後なんてどうだろう。ふふ…

 

843:名無しのウマ娘 ID:QbkjgjYUo

>>841 ウマくない

 

845:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

!?

 

846:名無しのウマ娘 ID:1RPshA/T7

鬼のように強いな…誰が勝てるんや?

 

847:名無しのウマ娘 ID:H89Yg7Khh

次が宝塚なのか安田記念なのか分からんが楽しみだな!

 

849:名無しのウマ娘 ID:aebNbuQP2

そこはハヤヒデが勝つから…

 

850:名無しのウマ娘 ID:4IJN4TAgY

いやタイシンが

 

851:名無しのウマ娘 ID:4A0zSfVYf

今度こそチケゾーだよ

 

852:名無しのウマ娘 ID:pt6uvZFVT

戦争か?

 

853:名無しのウマ娘 ID:UdooUOHQA

推し活だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

312:名無しのウマ娘 ID:j4bAikIID

【悲報】シャドウストーカー、故障のため安田・宝塚断念

 

 

 

 

 




次回こそダービーの掲示板回です。

あ、チャンミは推しの娘、嫁カレン、チアキングで行きました。
とりあえずAグループには行けました。あとは決勝残れるか。

中長距離適性の娘を短距離用に作ると天春とか菊花賞の目標で詰みかねないのが辛い…
円弧自前で持ってるだけマシとも言えますが、その分スキルポイントを無駄にしているとも言う。


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掲示板回:日本ダービー

いつも応援ありがとうございます。

前回の掲示板回に潜むウマ娘たちは全員見つけられましたか?なんて言いたかったのですが割と直ぐに全員発見されて嬉しくもあり悔しくも(?)あり…
ヴィクトリアマイルの方にはあまりネタを仕込めなかったのが少し残念です笑

ちなみに天春の掲示板に出現したデジたん以外のウマ娘には共通点があります。

今回はダービーの模様を掲示板でお送りします。

ではどうぞ。


 

 

 

【一番人気】今期の日本ダービーを語るスレ その9【ブライアン】

 

 

100:名無しのウマ娘 ID:fuJnsisTR

ダービーの時期になると東京レース場近くの八百屋さんが人参セールしてくれるから助かるの。遠くても走って買いに行く価値はあるの

 

101:名無しのウマ娘 ID:UHX2heFra

結局会見のブライアンはなんだったんやろな

 

102:名無しのウマ娘 ID:tUaJajmB4

もう待ちきれねえぜ

 

104:名無しのウマ娘 ID:SAcbcxg/w

この前街中で四大名家のヴィオラリズム見たけど良い体してた。皐月の時より明らかに仕上がってる

 

106:名無しのウマ娘 ID:S0xagYthb

なんで今回のインタビュー記事トゥインクルのやつ以外スカスカなの?

 

108:名無しのウマ娘 ID:IVuELEYZS

>>101 ウルサメトゥスガン見してたやつなw

 

109:名無しのウマ娘 ID:ju0b17+uH

トゥインクルのダービー記事やけにテンション高くない??

 

111:名無しのウマ娘 ID:oVFedGcTV

出走表定期

1枠1番:ミニコスモス

1枠2番:ストレートバレット

2枠3番:リバイバルリリック

2枠4番:ウルサメトゥス

3枠5番:アクアラグーン

3枠6番:イミディエイト

4枠7番:サルサステップ

4枠8番:アキナケス

5枠9番:ヴィオラリズム

5枠10番:ダルマティアン

6枠11番:ナリタブライアン

6枠12番:リボンオペレッタ

7枠13番:ジュエルアズライト

7枠14番:エフェメロン

7枠15番:バシレイオンタッチ

8枠16番:ウカルディ

8枠17番:ジャラジャラ

8枠18番:オイシイパルフェ

 

113:名無しのウマ娘 ID:obq+lnC7w

>>100 走っていくのか…

 

115:名無しのウマ娘 ID:OdGtcZM1M

街中で有名ウマ娘見かけるとか運良すぎんか?

 

116:名無しのウマ娘 ID:NdZI532uz

>>106 ナリタブライアンが途中抜けしてそのまま他のウマ娘もみんな帰っちゃったかららしい

 

117:名無しのウマ娘 ID:csZipKJWq

>>111 定期サンクス

 

119:名無しのウマ娘 ID:RqsRdDED2

なんか今回じゃなくて前回のインタビューで記者陣が失礼な質問してナリタブライアンが怒って帰ったんだって聞いた。

それを今回も引きずってるとかなんとか

 

121:名無しのウマ娘 ID:G+QpT5uhA

ナリタブライアンが宣戦布告したってマジ?

 

123:名無しのウマ娘 ID:Snk4sor+A

無能メディア

 

124:名無しのウマ娘 ID:6Ow5T76YG

サルサステップがめっちゃ苦笑いしてて芝

 

126:名無しのウマ娘 ID:MS9FVmMrp

睨まれてるウルサメトゥス冷や汗流してるじゃねぇかw

IMG_0001.pdf

 

127:名無しのウマ娘 ID:gC9bmhT4O

>>111 相変わらず錚々たる顔ぶれ。それでもナリタブライアンに勝てる気がしないのはなんでだろうな

 

129:名無しのウマ娘 ID:lOrC7dK6F

ブライアン最強!!

 

130:名無しのウマ娘 ID:xoJns3Bfh

>>126 ウルサメトゥス「こっちみんな」

 

131:名無しのウマ娘 ID:Xo85+5oGH

ファン人数もぶっちぎりでトップだしな

ナリタブライアン:150000人

サルサステップ:79000人

ウルサメトゥス:53000人

その他四大名家:60000人

その他有力ウマ娘:25000〜30000人

 

133:名無しのウマ娘 ID:CnG9d9N0Y

ブライアンにはこのままクラシック無敗で突っ走ってほしい。

 

134:名無しのウマ娘 ID:knpmOMfUv

もうブライアン三冠確定…と、皐月見るまでなら思ってたんだが

最近皐月で二着だったあの子がめっちゃ気になってるんだよね

 

135:名無しのウマ娘 ID:0NCZwUULT

>>131 あれ、ウルサメトゥスファン人数めっちゃ増えた?

 

136:名無しのウマ娘 ID:QZE9f7iAG

皐月前から人気を倍以上増やしてるウマ娘がいますね…

 

138:名無しのウマ娘 ID:A0RUyR8PB

一般家庭の星

 

139:名無しのウマ娘 ID:yKpcR0mdr

なんでウルサメトゥスにインタビューしねーんだよマスコミ

ウルサメトゥスに言及してるのトゥインクルだけじゃん

 

140:名無しのウマ娘 ID:007MtiZcb

>>131 皐月前は25000人くらいだったことを考えるとめちゃくちゃ増えてる。実際アツい勝負だったからな最後、惜しかった

 

142:名無しのウマ娘 ID:JTV0OSbOM

>>131 ホープフルがフロックじゃなかったことを皐月で見事証明したからな。

 

143:名無しのウマ娘 ID:H6ViuUpSZ

ウマ娘プリティーダービー!!!

 

144:名無しのウマ娘 ID:vkH48EdyU

ワイ職業狩人、あの皐月の映像見た時にヒグマに真後ろをとられた時と同じ死の気配がしたんやが誰か詳細知らん?

 

146:名無しのウマ娘 ID:tKr46rC82

でもブライアンが勝ったじゃん?皐月賞。

 

147:名無しのウマ娘 ID:teIOhsTEp

>>140 あの二着の子、最後少し体勢崩してたよ。天才であるワガハイは見逃さなかったけどネー!!

それがなかったらもっと良い勝負だったんじゃない?

 

148:名無しのウマ娘 ID:94nhSd2ED

>>144 よく死ななかったな…

 

149:名無しのウマ娘 ID:Yb//LsIW4

ウルサメトゥスに言及できないのはほら、察して()

 

150:名無しのウマ娘 ID:5PCxY9GdT

マスコミは本当に惜しいことしてるよなぁ…

 

152:名無しのウマ娘 ID:xGHteI4ES

>>147 マジかよ俺は見逃しちゃったね

 

154:名無しのウマ娘 ID:OgUr1IdoL

彼女は私たち一般家庭のウマ娘からすると本当に希望の星だ。だから個人的に応援している。

食費が多く掛かるせいで現地にいくお金を捻出できないのが残念でならない…

 

155:名無しのウマ娘 ID:fPJfMQWCP

狩人兄貴ヤバすぎw現代で野生動物の殺気とか気絶もんだろww

 

157:名無しのウマ娘 ID:NIemvhv7b

明日が楽しみすぎて寝られねー

 

158:名無しのウマ娘 ID:aXQGSMnau

>>154 やっぱ一般家庭のウマ娘って大変なんか…補助制度とかあるとはいえ、食費もバカにならんみたいだし

 

160:名無しのウマ娘 ID:1nhCHYQjA

ブライアンの圧倒的身体能力も好きだし、ウルサメトゥスの最後の爆発力も好き

俺はどうしたら良いんだ…

 

162:名無しのウマ娘 ID:OgUr1IdoL

>>158 いや、どうやら私は他に比べても食べるようなんだ

 

164:名無しのウマ娘 ID:wh1teTamA

太るでホンマ

 

165:名無しのウマ娘 ID:RYqOo0j+I

両方のファンになったらいい

 

166:名無しのウマ娘 ID:a9R1G1Wc6

ウルサメトゥスはナリタブライアンのライバルになり得るか

 

167:名無しのウマ娘 ID:sS/dNPeNx

正直ウルサメトゥス好き、あのちっこい体でめっちゃ速いのがたまらん。興奮する

 

168:名無しのウマ娘 ID:shADowSg15

>>167 通報した。逃がさないから

 

169:名無しのウマ娘 ID:Z4qTD5LAi

まだどっちに投票するか迷ってる。キメラれねぇ!!

 

170:名無しのウマ娘 ID:awJkAWkFf

>>168 即レス怖スギィ!!

 

172:名無しのウマ娘 ID:hYAh1dQED

二人が互いをライバルとして認識しているようだしな。どうやらいい関係になれているようだ

 

173:名無しのウマ娘 ID:tAwdxjCiH

今のところネット人気だとやっぱブライアンが一番人気だな。ただ、皐月ほど圧倒的ってわけでもなさそう

 

175:名無しのウマ娘 ID:dBAG2lwIc

ブライアンに見下されながら踏まれたい

 

176:名無しのウマ娘 ID:PgufCLVzx

キモE

 

178:名無しのウマ娘 ID:BxF45UKIw

まずパンツを脱ぎます

 

179:名無しのウマ娘 ID:Y94pcCwYU

変態しかおらんのかこの時間

 

180:名無しのウマ娘 ID:8lPDGNgu4

今回は現地に見に行けるぜ

 

182:名無しのウマ娘 ID:jwNc2oMrx

羨ましい

 

183:名無しのウマ娘 ID:bvDr+lUL3

あーこがーれのちーへー

 

184:名無しのウマ娘 ID:TaiSnmess

あんだけ練習しといてあっさり負けないでよね

 

 

 

 

 

 

303:名無しのウマ娘 ID:F4kSQ0cfU

来たぜ…ぬるりと

 

304:名無しのウマ娘 ID:8AiWUNe2r

やべー東京レース場外まで人でいっぱいだわ

 

305:名無しのウマ娘 ID:n1i1hyor+

ざわめきで会場アナウンスすらあんま聞こえないぞ

 

306:名無しのウマ娘 ID:cHiYokinG

憧れの先輩の車で東京レース場に来たのですが…車酔いで吐きそうです…

でも背中をさすってもらって少し元気が出ました!

 

307:名無しのウマ娘 ID:w3VrhIEZn

気温はちょうどいいはずなのに熱気がすごい

 

309:名無しのウマ娘 ID:Ss/BQmcU2

晴れたなー

 

310:名無しのウマ娘 ID:hEroDGTaNN

>>306 青春んんんんんんん(断末魔)

 

311:名無しのウマ娘 ID:jFXb+dbFG

うおー、あっちいいいい

 

313:名無しのウマ娘 ID:BruB0n116

ステータス『高揚』を感知。

?何故かPCから煙g

 

314:名無しのウマ娘 ID:AICQ+XnVj

始まるぞー

 

315:名無しのウマ娘 ID:xe3VlfqY5

待ってたぜぇ(略

 

317:名無しのウマ娘 ID:Bw1w9MhE2

職場で見てるわ

 

319:名無しのウマ娘 ID:fyJTWQNir

みんな見てるよ

 

321:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

でも実況するよ

『大歓声が東京レース場に響き渡ります。これから開催されますは日本ダービー、その名を知らない人など存在しないと断言できる大一番です。レースに対する期待の現れでしょう。客席は満員御礼、レース場の外にも大勢のお客さんが集まっております』

 

322:名無しのウマ娘 ID:CVs77TjgE

助かるよ

 

324:名無しのウマ娘 ID:mdXKJ1xb9

まじで一杯だよ、外のモニターの前まで人で溢れてる。警備員さんお疲れ様です

 

325:名無しのウマ娘 ID:kaESJih0Z

あ、シャドウストーカーいる

 

327:名無しのウマ娘 ID:kpuTCyyfh

あ、ナリタタイシンいる

 

328:名無しのウマ娘 ID:s5SpPWSn8

あ、シンボリルドルフいる

 

330:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『そろそろ今日出走するウマ娘たちの紹介に移りましょう。まずは3番人気、4枠7番サルサステップ。表情がキリッとしていて、気迫に溢れています。調子は良さそうですね。前走の皐月賞では3着と好走したウマ娘です』

『素晴らしい脚技を見せてくれるウマ娘です。四大名家の一角ステップ家のウマ娘でもあり、確かな実力があります。今日のレースでも見惚れるような足捌きに期待できます』

 

331:名無しのウマ娘 ID:NV6BjDxBH

ちょっと有名どころ見つけすぎじゃない???

 

333:名無しのウマ娘 ID:H/rZdq6Mx

うおおおおおサルサステップうううう

 

335:名無しのウマ娘 ID:ntaPZJry6

がんばれええええ

 

337:名無しのウマ娘 ID:1m0Dq/zyK

好きだ!

 

339:名無しのウマ娘 ID:Zc8zDmM9/

今日もその魅惑の脚技を見せてくれ

 

341:名無しのウマ娘 ID:1vZsI3h9d

おーすごい歓声、さすが四大名家筆頭

 

342:名無しのウマ娘 ID:iBzTmmjMl

トライアルには出てないんだけど、やっぱ期待度がね。皐月三着は強い

 

343:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『続いて2番人気、2枠4番ウルサメトゥス。今日出走しているウマ娘の中で唯一、一般家庭出身のウマ娘です。しかしその実力は名家に劣るものではなく、皐月賞で二着だったことからもその力が伺えます』

『皐月賞トライアルの弥生賞までは知る人ぞ知る、と言う立ち位置にいたウマ娘です。ジュニア級のG1であるホープフルSを制していながらあまり知られていないウマ娘でしたが、先日の弥生、皐月で大きく知名度を上げました。最後方からの追込には目を見張るものがあります』

 

344:名無しのウマ娘 ID:PtsOsWS/5

ウルサメトゥス!!きた!手ェ振ってる!!俺にか!?

 

346:名無しのウマ娘 ID:PlvIBtGwC

俺に向かって振ってるんだよ!!

 

347:名無しのウマ娘 ID:shADowSg15

私だよ目が合ったし当たり前だよねそうだよね

 

349:名無しのウマ娘 ID:57jzsVfiQ

前回の皐月での追込は痺れたよなぁ、あと一歩だったんだが

 

351:名無しのウマ娘 ID:Z4qTD5LAi

結局ウルサメトゥスに投票しました。がんばれー!

 

352:名無しのウマ娘 ID:yPphIzmto

今日は勝ってくれえええええ

 

353:名無しのウマ娘 ID:aYVs0MLie

あの毛皮…もしかして結構ふわふわなのかしら…

 

354:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『そして皆様お待ちかね、1番人気、6枠11番ナリタブライアン。クラシックに入ってから未だ無敗。G1も朝日杯、皐月賞と制してきました。他の追随を許さない圧倒的なスピード、パワー。深く沈み込むような姿勢から繰り出される爆発的な加速に魅せられたという方も多いのではないでしょうか』

『本日も大本命のウマ娘です。先行という王道の脚質ですが、それを思わせない派手さがあり、人気にも繋がっています。皐月賞では一度抜かされてから再度差し返すというバイタリティも見せ、今回の日本ダービーを含め既にクラシック三冠を期待されているウマ娘です』

 

356:名無しのウマ娘 ID:YlUVuch1o

うるさっ?!

 

357:名無しのウマ娘 ID:1r4B8Myt8

おおおおおおおおおおおお

 

358:名無しのウマ娘 ID:owmsgx4P0

お前がナンバーワンだああああああ

 

360:名無しのウマ娘 ID:QSSRH2YUV

三冠とってくれええええ

 

362:名無しのウマ娘 ID:IW2z/KMnp

なんも聞こえなくなったゾ

 

364:名無しのウマ娘 ID:vjTt9P1bN

今期の強すぎウマ娘がこちらになります

 

365:名無しのウマ娘 ID:4EJkd248a

正直書いてくれなかったら実況が何言ってるかわからんかったから助かる。

 

367:名無しのウマ娘 ID:GdCjyg9L/

この圧倒的人気よ

 

368:名無しのウマ娘 ID:cHar1sUMA

ハッ、強さに御託なんざいらねぇんだよ!

あの怪物が強いことなんて一目見りゃ分かるだろ?

 

370:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

ブライアン…ライアンのように強い怪物…ふふ、ふ

 

371:名無しのウマ娘 ID:cHar1sUMA

>>370 は?

 

372:名無しのウマ娘 ID:Ig3rlS4Qr

かっこいいなーブライアン

 

374:名無しのウマ娘 ID:nOV7PTbpj

当のブライアンはちょっと迷惑そうなの草

 

376:名無しのウマ娘 ID:4dBOtTapC

聞こえなくなったニキは病院行って

 

377:名無しのウマ娘 ID:GRUer6kX5

でもみんなウマ娘たちが準備整ったら静かになるのな

 

379:名無しのウマ娘 ID:t6QNE/dBd

なんだかんだお行儀のいいお客さんたち

 

381:名無しのウマ娘 ID:ZHQzH9Tng

それはそう

 

382:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『各ウマ娘、準備が整いました』

 

384:名無しのウマ娘 ID:pcKyxBmSZ

あー見てるこっちが緊張するー

 

386:名無しのウマ娘 ID:xpfoC9ukP

俺だったら絶対出遅れるわ

 

387:名無しのウマ娘 ID:lxW+CwMIM

どきどき…

 

389:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『スタートしました!!素晴らしいスタートを見せたのは4番ウルサメトゥス!おっと、複数のウマ娘が出遅れてしまっています!』

 

390:名無しのウマ娘 ID:LoLWKy+6X

始まったあああああ

 

392:名無しのウマ娘 ID:0/E3eNy27

ってえええええええ?!

 

393:名無しのウマ娘 ID:Dvn3FzoQ1

半分くらい出遅れてね??

 

395:名無しのウマ娘 ID:PQJ2GOZ6D

こんなことあんのか

 

396:名無しのウマ娘 ID:hzgILwfd6

なんか…前も見たような…

 

398:名無しのウマ娘 ID:vkH48EdyU

うーんやっぱり殺気が…

 

399:名無しのウマ娘 ID:JrMYa5Sr7

でも四大名家とかブライアンとかウルサメトゥスとかは出遅れてないな。やっぱレースへの慣れ?

 

401:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『一体どうしてしまったのか、ダービーという大舞台で緊張したのか?!』

『…それだけでも、ないような気がしますが…』

 

402:名無しのウマ娘 ID:WispAsrNo

てかはやっ

 

403:名無しのウマ娘 ID:VPRrnHX1N

この世代は最初から最後までフルスピードがデフォなのか?

 

404:名無しのウマ娘 ID:E5QXMgk18

って、ん?なんか音が

 

406:名無しのウマ娘 ID:rKhQvj94U

なんか音した?

 

407:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『…?何か音がしたような、気のせいでしょうか』

『マイクが何か音を拾いましたかね?大変失礼しました。解説に戻ります』

 

409:名無しのウマ娘 ID:kAkbKuKYz

実況席でも拾ったのか

 

410:名無しのウマ娘 ID:sN0KJXYzq

なんかあったんかね。ターフは見た感じ問題なさそうだけど

 

411:名無しのウマ娘 ID:aORiH2XQ4

いやウマ娘たちが一瞬びくってしたから問題なくはないと思うけど…

 

412:名無しのウマ娘 ID:vkH48EdyU

ものすごい殺気が

 

413:名無しのウマ娘 ID:QvztfHHPr

ウルサメトゥスが一旦前に出てから後ろにするする下がるのはもはや様式美だな

 

414:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『先頭が最初のコーナーを回りますが…加速し続けているように見えますね?』

『ええ、ちょっと掛かってしまっているのか…いや、これと同じ光景を弥生賞で見たような気がしますね。あの時も、距離を進めているのに脚を貯めようとしない展開だったような…』

 

415:名無しのウマ娘 ID:CQ7r8q6bM

奇遇だな解説、俺も見たことあるぞ

 

417:名無しのウマ娘 ID:0PtI3gzQ5

ハイペースのキワミ、アアアアアアアア!!

 

418:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『先頭が2コーナーを回ります。ここで順位を振り返っていきましょう。先頭は13番、その後ろ3番、16番、14番、17番とここまでが逃げ集団。1バ身半離れまして1番、6番、半バ身離れて15番、8番、更に半バ身離れて11番ナリタブライアン、先行集団の最後。2バ身離れて7番サルサステップ差し集団の先頭、続いて10番、12番並びかけてきた。その後ろ9番、2番です。2バ身離れて18番、ピッタリ後ろに4番ウルサメトゥス、最後方5番となっております』

 

420:名無しのウマ娘 ID:GIiX29XzW

毎度のことながらよく書けるな、タイピング早すぎでしょ

 

422:名無しのウマ娘 ID:OBYogXFFD

文字になると分かりやすいな

 

423:名無しのウマ娘 ID:178x7Wr6K

あれ、ウルサメトゥスが一番後ろじゃない

 

424:名無しのウマ娘 ID:TsvUro0ty

ほんとだ

 

425:名無しのウマ娘 ID:M1zg+SjUs

珍しいこともあるもんだ

 

 

 

 

 

 

 

445:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『先頭が残り1000mの標識を通過しました!レースは後半戦へ、依然ハイペースの展開が続いていますが、ウマ娘たちはスタミナが持つのでしょうか?!』

『先程通過した1200m地点のタイムは1.12.1。日本ダービーの平均ラップタイムが1.13.3あたりであることを考えると凄まじいペースだということが分かります』

 

447:名無しのウマ娘 ID:KWiMttCS2

速すぎんか?余裕でレコードペースなんだが

 

449:名無しのウマ娘 ID:agMVaeRul

最後持つのかこれ

 

450:名無しのウマ娘 ID:LCzJJMdye

差し集団は割と余裕そう。特にサルサステップはまだまだ脚色衰えてないね。表情も変わってない

 

452:名無しのウマ娘 ID:Ygbq/Yxq1

ウルサメトゥスもだな…って、え?

 

453:名無しのウマ娘 ID:hdIquPobh

あの、見間違えじゃなければウルサメトゥスがいつの間にか差し集団の先頭にいるんですけど…

 

454:名無しのウマ娘 ID:P4WWi6VoR

お前ら何見てたんや。さっきまでサルサステップとバチバチにやりあってたやろ

 

456:名無しのウマ娘 ID:ParkamanN

流石に技術はサルサステップに軍配が上がるな

 

457:名無しのウマ娘 ID:meGaneMan

でもサルサステップが他のウマ娘の妨害のために一瞬ウルサメトゥスから気を逸らした瞬間、スルッと前に抜けた。見事としか言いようがない。

 

458:名無しのウマ娘 ID:4uEfw/OXL

お前らは何もんなんや…よく見えるなそんなの

 

459:名無しのウマ娘 ID:Yvw9FP+fL

おいおいおいおい!

 

461:名無しのウマ娘 ID:PNQoWGmQu

抜くか?!

 

463:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『動いた!残り900m、ここで動いたぞウルサメトゥス!ジリジリと距離を詰めていく!!』

『このハイペースの中、ここからスパートをかけるスタミナが残っているというのでしょうか?』

 

464:名無しのウマ娘 ID:7npZP7uik

マジで?!

 

465:名無しのウマ娘 ID:V/KcgRWR9

ブライアン反応できてない?

 

467:名無しのウマ娘 ID:ALUEvWX4p

なんかめっちゃ苦しそう

 

468:名無しのウマ娘 ID:NK7jVXRmN

これ勝つのか?!

 

470:名無しのウマ娘 ID:5VhjU80VL

抜いたぞオイ!!

 

471:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『ナリタブライアン、ウルサメトゥスを追って加速しますが…?』

『いつものような強烈な加速ではないですね。どうしたのでしょうか』

 

472:名無しのウマ娘 ID:QHG/1LHh2

大番狂わせあるぞ!!

 

473:名無しのウマ娘 ID:OAz5UkO8p

これ来ただろ!

 

475:名無しのウマ娘 ID:NU8uSbIPe

やったか?!

 

477:名無しのウマ娘 ID:F2ygowfw9

あっ…

 

478:名無しのウマ娘 ID:zXeQ6tynJ

ン゛ン゛?!

 

480:名無しのウマ娘 ID:ChMK77C/X

なんか今割れなかった?

 

482:名無しのウマ娘 ID:G2s3PqRez

いや別に…

 

484:名無しのウマ娘 ID:F7lh/5hkw

いやまだだ

 

485:名無しのウマ娘 ID:tnrwxQRxj

来たキタキタきたあああああああ!!!

 

487:名無しのウマ娘 ID:5fRQKxPe3

このまま終わるわけねーよなぁ?!

 

488:名無しのウマ娘 ID:4iw6t3IF/

ブライアンが来たあああああああ!!!!

 

489:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『ここでくるかナリタブライアン!!皐月賞を制したウマ娘が、今年未だ無敗の怪物が!!!自身を抜き去ったウルサメトゥスに迫る!!あっという間に距離を詰めた!!!』

『先ほどまでのじわじわとした加速が何だったのかと思うような加速ですね。急に速度が上がった様に見えましたが…』

 

490:名無しのウマ娘 ID:48ndgokBs

なんかブライアンの加速と同時にウルサメトゥスが体勢崩した?気のせい?

 

492:名無しのウマ娘 ID:pWoTtmHOW

やっぱやべええええええええ

 

493:名無しのウマ娘 ID:Sm4ZwpYZ2

この加速よ

 

494:名無しのウマ娘 ID:jodwF9g33

一人だけ性能イカれてるだろwww

 

495:名無しのウマ娘 ID:zeQtw7dS7

終わったな、風呂入ってくる

 

496:名無しのウマ娘 ID:QorQcgU2z

勝ったな、風呂食ってくる

 

497:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『颯爽と並いるウマ娘たちを抜き去り!ウルサメトゥスをも抜き去り!今トップに立ちましたナリタブライアン!!』

『凄まじいですね。一人だけシニア級のウマ娘が混ざっていると言われても驚きませんよ』

 

499:名無しのウマ娘 ID:zDgKJS3YR

い つ も の

 

500:名無しのウマ娘 ID:TaiSnmess

いや、まだだ。アイツがこんな簡単に負けるわけない。だよね?

 

501:名無しのウマ娘 ID:MHCofFEee

ここで諦めるような軟弱な魂に、あの方達は力を貸しませんよ

 

502:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『さぁ勝負は最終直線へ!!先頭はナリタブライアン、既に2番手との差は5バ身はあります!このままブッちぎるのか!?足が残っていないのか?!どのウマ娘も前に出られません!!!』

 

503:名無しのウマ娘 ID:Zp7KCyPIr

終わりやろ

 

504:名無しのウマ娘 ID:tXvZYuQMA

ガンバえー

 

506:名無しのウマ娘 ID:aa+atjutc

!?

 

508:名無しのウマ娘 ID:8suoeC+sy

うせやろ?

 

509:名無しのウマ娘 ID:A0Tg5InE0

おいここからまだギアが上がるのかよ?!

 

511:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『ナリタブライアン独走、これは決まったか、いやまだだっ!!まだ終わっていない!!!』

『どこにそんな足が残っていたのでしょうねぇ、彼女は』

 

512:名無しのウマ娘 ID:obu8Smfex

ホントだよ!!

 

513:名無しのウマ娘 ID:Z1zxtPhxM

アツすぎィ?!

 

514:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『ウルサメトゥス、集団から滲み出るように、ナリタブライアンの影に迫ってきたあああ!!!』

 

516:名無しのウマ娘 ID:buqNiHFXB

おおおおおおおおおおおお?!

 

517:名無しのウマ娘 ID:Jr043puQm

なんだこれ!なんだこれ?!

 

518:名無しのウマ娘 ID:RPuoIWZgU

おい坂道だぞ?!どんなパワーしてんだ

 

520:名無しのウマ娘 ID:tiBFxGZJn

やべええええええええええええ

 

521:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『何という加速力!!!あっという間に差が詰まる!!!高低差2.7mの坂を物ともせずナリタブライアンを追い詰めていくううう!!!』

 

522:名無しのウマ娘 ID:i70jqblSG

これあるぞ!!

 

524:名無しのウマ娘 ID:dUgkzEP7n

がんばれえええええブライアンんんんん

 

526:名無しのウマ娘 ID:XsySKZPla

負けんなあああああウルサメトゥスううううううう

 

527:名無しのウマ娘 ID:9lCQnzgoU

まさにデッドヒート!!

 

528:名無しのウマ娘 ID:y+YTHWqF8

並んだ!!

 

530:名無しのウマ娘 ID:Rb73LKdgq

おい!!!

 

532:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『残り100!並んだ!!!!残り30!!!勝利を掴むのはどちらだ!!??』

 

534:名無しのウマ娘 ID:IEC7VSNZN

おおおおああああああああ?!!?!?!?!?

 

536:名無しのウマ娘 ID:pKZt5a64o

どっちだああああああああ!!!!

 

537:名無しのウマ娘 ID:HX9Z14u+w

ブライアンだろ!

 

539:名無しのウマ娘 ID:2HDgR89Xg

ウルサメトゥスだよ!!!

 

541:名無しのウマ娘 ID:5HAyCxQCs

なんだよこの激戦!!!!

 

542:名無しのウマ娘 ID:LAmd653TC

去年のダービーにも劣らぬ凄まじいレース

 

544:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『ゴォォォォル!!!!!!これは、どちらだ?!勝ったのはどっちだぁぁぁ!!??』

『えー、写真判定となります。もうしばらくお待ちください』

 

546:名無しのウマ娘 ID:rr5UNMy3n

おおおおおおおおおおおおおお

 

547:名無しのウマ娘 ID:SgA9+RqQN

ごおおおおおおおおおおる

 

548:名無しのウマ娘 ID:UOOOOOOON

うおおおおおおおおおおん!!!この感動!!!やっぱりダービーは最高だよおおおおおお!!!!

 

550:名無しのウマ娘 ID:VP0VRHlqF

マジでわからん

 

551:名無しのウマ娘 ID:sb95LAVNE

これどっち??

 

552:名無しのウマ娘 ID:YMOWRpv4s

ブライアンは最後体勢崩したように見えたが…

 

554:名無しのウマ娘 ID:NvDFco0F/

もう同着でいいよ…

 

555:名無しのウマ娘 ID:fLaSHplanN

まるで閃光のような走り。素晴らしいです。

ダービーを勝つための計画に少し変更が必要かもしれませんね。

 

556:名無しのウマ娘 ID:GraT84mvU

あのー、まーだ(写真判定の)時間かかりそうですかね〜?

 

558:名無しのウマ娘 ID:/BRMsM2LZ

せっかちやな

 

559:名無しのウマ娘 ID:TSfQULWWW

あれ、ウルサメトゥスが地下バ道の方に行っちゃったけど

 

560:名無しのウマ娘 ID:xiHbDW9ri

なんで?

 

562:名無しのウマ娘 ID:ThOIq/poV

あ、結果出た

 

564:名無しのウマ娘 ID:oX8tiJrgO

ブライアンんんんんやっぱおまえがナンバーワンや!!!!

 

566:名無しのウマ娘 ID:PS+CloQZW

『写真判定の結果が出ました!一着は11番、ナリタブライアン!!激戦をハナ差で制したああああああああああ!!!!!!!』

 

567:名無しのウマ娘 ID:hxK0jcbdP

やったあああああああああああ

 

569:名無しのウマ娘 ID:3VmIs7ggp

マジかああああああああああ

 

570:名無しのウマ娘 ID:8QJ8Lt3vs

すげえええええええええ二冠だあああああああ

 

572:名無しのウマ娘 ID:iIaBV0bgs

なるほど…ウルサメトゥスは自分が負けたことが分かってたから先に地下バ道に降りたのね

 

573:名無しのウマ娘 ID:xAzzBmMbB

【速報】日本ダービーを制したのはナリタブライアン

 

575:名無しのウマ娘 ID:yke/ml5EN

おせーよホセ

 

576:名無しのウマ娘 ID:TxZaXgrjt

『タイムは2:24.9!!!レコードを記録しました!!!!』

『二着はハナ差で4番ウルサメトゥス、三着は4 1/2バ身差で7番サルサステップ』

疲れたから終わります。間違ってたらごめんね

 

578:名無しのウマ娘 ID:KePParuBE

凄い…!あれが、日本一のウマ娘!

 

580:名無しのウマ娘 ID:+XkIvITYp

>>576 乙ー

 

581:名無しのウマ娘 ID:6/wlWbvdI

>>576 次もよろしく

 

583:名無しのウマ娘 ID:RunADAjar

さて。君が十分実績を作ってくれたから、私もようやく動けるというものだ。窮屈な思いをさせてすまなかったね

 

584:名無しのウマ娘 ID:eRHFlsfz1

8888888888888

 

585:名無しのウマ娘 ID:PMWSZZBD3

なんも言えねー

 

587:名無しのウマ娘 ID:WAoon1kDR

両方すごかった!お疲れ様!!

 

588:名無しのウマ娘 ID:WE4W8uyBG

ウルサメトゥス好きになりました(手のひら返し)

 

589:名無しのウマ娘 ID:h8YVYnIQC

ワシも(くるくる)

 

590:名無しのウマ娘 ID:/9EA+rSPt

ネット民すぐ手首ドリルするから…

 

591:名無しのウマ娘 ID:VrU2L5/sa

熱い勝負をありがとう!

 

592:名無しのウマ娘 ID:Ak9LNfQDG

ああ^〜かわいいなぁウルサメトゥスちゃん^〜

 

593:名無しのウマ娘 ID:MymY+kiss

二人ともキラキラしてたけど…やっぱり分かんないのはあの娘の方かなー?

よーし、決めちゃった☆

 

 

 

 

 




なげえ!

あ、チャンミはA決勝3位でした。いやーみなさんお強い。まぁ出遅れたししゃーない感はありましたが。

そしてここでヘリオス実装。鬼か?
当然の如く天井しましたが何か。でも次のバレンタインはタキカフェだと予想してるから引きたい…でも2周年が…
サイゲは鬼(確信)


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日本ダービー反省会

いつも応援ありがとうございます。

前回の掲示板回に出現したネームドの皆さんも無事(?)全員見つかったようですね。作者としては嬉しい限りです。
掲示板回は賛否ですが、まぁ基本は主人公がレース出た後の回しかやらない予定なので…

今回は反省会、説明が多くなってしまいました。
記者とか妨害名家とかは幕間作って次回書きます。

ではどうぞ。


 

 

 

「どうして…言ってくれなかったの…」

 

 俺の言葉に、トーカちゃん先輩は俯いた。

 違う、トーカちゃん先輩が悪いわけじゃないのに。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。トーカちゃん先輩は俺のためにやってくれたのに。

 だが、その気持ちとは裏腹に、俺の口から出るのはトーカちゃん先輩を責める言葉だった。

 

「こんなことになるなら、私に一言言ってくれればよかったんだ…!」

 

「ウルちゃん…でも」

 

「聞きたくない!!」

 

 トーカちゃん先輩の言葉を遮る。そしてトーカちゃん先輩が何かを話す前に、続け様に声を荒げてしまう。

 

「何で、無茶だったなら、無理だと思ってたなら! 何で相談してくれなかったの?! 私は、わたしは!!! こんなことになってまでトーカちゃん先輩に無理してほしくなかったよ…」

 

「…ウルちゃん」

 

 感情が昂り、涙が溢れる。

 ダメだ、泣きたいのはトーカちゃん先輩の方だろう。俺が泣いてどうするんだよ。

 ほら、トーカちゃん先輩まで目に涙を浮かべ始めてしまった。

 最低だ、俺。

 

「ごめん、ウルちゃん…ごめんなさい…」

 

 トーカちゃん先輩が本当に消沈した様子で謝る。それを見て俺の中の怒りが急激に萎み、反比例するように怒ってしまった罪悪感が膨れ上がってきた。

 

「…私の方こそ、ごめんなさい。こうなったのは私のせいでもあるのに、一方的に怒鳴って…」

 

「ううん、わたしが悪いんだ。わたしが勝手にやったんだから」

 

 トーカちゃん先輩が涙を拭う。

 

「それと、ありがとう。わたしのこと心配してくれたんだよね?」

 

「それは、そうだけど…」

 

「じゃあ、お互い様ってことにしよう?」

 

 トーカちゃん先輩がへにゃりと笑う。それがあまりにも力の抜けたものだったから、それまで泣いていたことも忘れて、俺も釣られて笑ってしまった。

 

「ふふふ、ふ」

 

「あはは!」

 

 全ては結果論だ。

 トーカちゃん先輩が無理をしなければこうはならなかったかもしれないし、俺が異変を察知してトーカちゃん先輩に聞いていれば避けられたかもしれない。でも、起こってしまったことは変えられない。

 

 なら重要なのはこれからどうするかだろう。少しでも早く、以前の状態に戻れるように。トーカちゃん先輩だけに頑張らせるなんてしない。俺も手伝うんだ。

 

「ウルちゃんが怒ってくれて、わたしも少し気が楽になったよ。こういうとき、誰も怒ってくれないのは逆にちょっと辛いんだよね」

 

「それは分かるかも。まぁ、それは置いておこう。とりあえず今は…」

 

 俺は目の前の光景を改めて見る。

 

 

 

 散乱した道具。

 爆発した電子レンジ。

 飛び散った生クリームのようなもの。

 荷物まで汚してしまっているチョコレート。

 丸焦げになったケーキのスポンジの残骸。

 異臭のするキッチン。

 

 

 

「片付けようか」

 

「そうだね」

 

 全て、俺の誕生日兼ダービー二着お祝いパーティーを企画したトーカちゃん先輩がやらかしたものだ。

 何で俺やトレーナーに相談しなかったんだ。料理が得意なわけでも無いだろうに…。「サプライズをしたかった」などと供述しているが、これじゃサプライズも何も無い。

 気持ちは嬉しいのだが、思いつきだけで始めるのはどうかと思うよトーカちゃん先輩…

 これは片付けで1日潰れるな。トレーナーとかカフェに応援頼むか。ついでにせっかくだからそのまま誕生日祝ってもらおう。

 

 

 

 あ、トーカちゃん先輩の故障は腱鞘炎だそうだ。流石に頑張りすぎてしまった、というか併走で俺と同じトレーニングをやっていたら体が追いつかなかったらしい。だから無理しなくていいと言ったのに…

 全治一ヶ月ほどとのこと。大事をとって安田記念や宝塚記念は回避するそうだ。俺もレースでトーカちゃん先輩と対戦することを楽しみにしてるし、ぜひゆっくり休んで早く治してほしいところだ。

 

 

 

 

 

『二冠目 ナリタブライアンV』

『激走日本ダービー ハナ差決着』

『ライバル出現?! 波乱の日本ダービー』

 

 ダービーの翌日の朝刊はこんな感じだった。購買に売ってたやつの幾つかを読んだが、今回はブライアンのことばかりじゃなかった印象だな。メインにブライアンのことを持ってきつつ、二着である俺のことも結構がっつり触れている新聞が多い。

 実はダービーの後、俺にもインタビューがあった。ダービーが終わってトレセン学園に戻った後のことだ。レース直後じゃなかったのはおそらくブライアンにインタビューしてたからとかだと思う。

 弥生や皐月の時はトレーナーが断ってたんだが、今回は後ろで見ているだけだったのでかなりの数の記者に囲まれた。ただ、記者たちにあんまり元気がなかったように見えたが、何かあったんかな。

 

 ともかく今日は反省会。昨日やるはずだったのだが昨日は誕生日会騒動で一日潰れてしまったので今日になった。いつものカフェテリアでトレーナーを待っていたのだが…

 

「ねぇ、あの娘って…」

「写真より可愛い…」

「一般家庭出身なのにすごいわよね…」

 

 ひそひそ、ひそひそと。

 あの、俺もウマ娘だってことを忘れてないか? そこで見てる生徒さん達よ。全部聞こえてるんだが。

 さっきからカフェテリアを使ってるトレセン学園の生徒達の小声が聞こえてきてコーヒーの味に集中できない。くそ、こんなこと今までなかったんだが。今回のダービーでブライアンと接戦を演じたからか、昨日から視線を凄く感じるし何かを言われているのも聞こえる。別に批判的なものではなくむしろ好意的な声や視線が多いのだが、俺としてはそっちの方がむず痒くて気になる。

 

「メトゥス、お待たせ…いや、場所を変えようか?」

 

「トレーナー、お疲れ様です。そうして頂けると有り難いですね…」

 

 結果、トレーナーが来るまでの10分程度の時間で俺が無駄に消耗、それに目敏く気づいたトレーナーからの提案で場所を変更することに。難聴系のくせに無駄に気が利くなホント。

 

 カフェがバイトしている喫茶店に移動した。今日も働いていたカフェの案内で店の奥のスペースを貸してもらうことになった。

 

「ありがとうございます、カフェさん。コーヒーも美味しいです」

 

「いえ…困っている友人を助けるのは…当然のことですから…。それよりも、私ではなくここのマスターに…お礼を言ってあげて下さい」

 

 俺がカウンターの方に視線を向けると、筋骨隆々なマスターがこっちを見てサムズアップする。俺はそれを見て軽く頭を下げ、マスターは厨房の奥へと下がっていった。おお、大人の対応って感じでかっこいい。でもあのマスターさんは何者なんだ、頬に傷があるんだが…ヤーさんじゃないよな? 流石に失礼か…

 

「では私は仕事に戻りますね…。追加の注文がございましたら…そちらのベルを鳴らして…お知らせください」

 

「分かりました」

 

 カフェがキッチンの方へ行き、洗い物を始める。この水音の中ではいくらウマ娘といえど会話が聞こえることはないだろう。気を遣ってくれたっぽいな。

 

「では反省会を始めようか。でも毎回こんな感じだとこれから困るかもしれないね。申請して学園のどこかの部屋を借りるか、いっそ部室申請するかな…」

 

「担当しているウマ娘が一人でも部室を借りられるものなんですか?」

 

「普通は無理だけど、キミは自分が何をしたのか覚えていないのかい? ジュニア級G1のホープフルSを優勝し、クラシックに入ってはG2の弥生賞を優勝。さらにはクラシックG1の皐月賞と日本ダービーでどちらも二着、ダービーに至ってはハナ差での決着だ。そんな有望なウマ娘のためなら部屋くらい理事長も快く貸してくれるさ。メトゥスは知らないかもしれないが、シャドウストーカーだって自分の部室を持っているよ」

 

「そうなんですね」

 

 それは知らなかったな。まぁでも確かにトーカちゃん先輩ほどのウマ娘が作戦会議とかするための個室を持ってないってのも変な話だな。

 

「それと今回のダービーを機にメディアへの規制を緩めたから、取材の申し込みとかが暫くは頻発すると思う。学園や乙名史記者が協力してくれるから悪質なところからの取材は来ないけど」

 

「なるほど。ではスケジュールに無い取材は?」

 

「その場で断っていい。何かされそうだったら、キミは最悪『領域』を使ってでも逃げてくれ。その後で僕や学園に通報して貰えればあとはこっちで対応するよ」

 

「了解です」

 

 トレーナーが断言してるんだし、その辺に関して俺が何か心配することはないだろう。俺は予定に入った取材だけ対応して、あとはトレーニングに集中しろってことか。いざとなったら『領域』ぶちかまして気絶させるが…できればやりたくはないな。

 

「じゃあ反省会だ。今回のレースで、ミス…というよりは一点だけ気になったところがある。映像の…ここだ。ここで君は何故か体勢を崩した。別にバ場が荒れていないにも関わらずだ。そして、その瞬間後ろにいたナリタブライアンが急激に速度を上げている」

 

 映像はダービーの終盤。それまで前を走っていた俺が急に体勢を崩し、ブライアンがそれを追い抜かす。他にも、ブライアンはそれまでの消耗した様子から一転して余裕を取り戻したように見える。

 

「予想だが…ここでナリタブライアンは『領域』を発現した。それも、キミの『領域』に干渉するような形でだ。違うかな?」

 

「流石の観察眼と言ったところですか。ええ、間違いないです。私が体勢を崩したのはブライアンの『領域』…それも『領域』を壊す『領域』を受けたからです」

 

【Shadow Break】とはよく言ったものだ。

 名前からして俺の影の『領域』を壊しそうだし、実際壊してくれやがった。相性最悪だな。しかも、ダービーの動画を見返すとブライアンは速度を上げるだけでなくスタミナを回復させているように見える。前世のアプリゲームの固有の性能超えてるじゃん…

 だが、過去の動画の『領域』や前世のゲームの知識、そして実際に長年『領域』を使っている俺の経験上、あれだけ強力な『領域』の発動条件が緩いなんてことは無いはずだ。他人の『領域』を無効化しつつ速度を上げてスタミナを回復するなんて効果の『領域』なら、相応に厳しい発動条件があるのでは無いかと睨んでいる。

 

「ブライアンの『領域』は、発現すると他人の『領域』を破壊し、自分の速度を上げつつスタミナを回復させる。そんな効果のようですね」

 

「成程。…なんというか、キミの『領域』に対抗したような効果だね…」

 

「ええ、本当に。ただ、これほど強力な『領域』がなんの条件もなく発現できるとは思えないんですよ。相当強い制限があるはずです」

 

 俺の『領域』を含め、ウマ娘達が使う『領域』にはなんらかの発動条件がある。

 過去の動画ではシンボリルドルフ会長が終盤で3回相手を抜かした時にすごくスピードが上がっていたし、最近ではビワハヤヒデ先輩が有記念や天皇賞・春で、終盤にウマ娘を抜かした時に速度を上げていた。

 しかしその二人では会長の『領域』の方が効果が高かった。例が少ないのではっきりとは言えないが、発動条件が厳しい方が効果が高いと考えられる。アプリの固有もそんな感じだったしな。

 …最強の固有といえばクリスマスオグリキャップの固有を思い出す。しかし、アレも現実のレースで考えればかなり厳しい発動条件だ。実際レースを走ってみると思うが、レース中に3回も息を入れるなんて不可能に近い。そんな暇がないのだ。

 

 それを思うと、今回のブライアンの『領域』もかなり厳重な制限があるのでは? と考えたわけだ。

 

「それこそ、『終盤に他のウマ娘が『領域』を発現している最中でないと使えない』なんて条件でも不思議ではありません」

 

「成程ね、そこまで自由なものではないということか。『領域』に関してはメトゥスの方が圧倒的に詳しいだろうし、考察は任せるよ。それで、対策は?」

 

「対策というほどのものは現状では無いですね。ただ、今回崩されたのは初めて『領域』を破壊されたからです。次はそこまで動揺しないでしょう。それに、一応収穫もありました」

 

「収穫?」

 

 そう、収穫。俺だってタダでやられた訳ではない。

 俺は動画を少し先に進める。

 

「ここです。トレーナーは不思議には思いませんでしたか?」

 

「正直に言うと、思った。しかし、あり得るのかい? 一度のレースで2度別種類の『領域』を使うだなんて…」

 

「正確には、元から持っていた物の進化ですね。細かい検証はまだやってないので分かりませんが、私も新しいものが掴めたようです」

 

『領域』が破壊された後。

 俺はクマ公の力を借りて新たな『領域』に目覚めた。キムさんは【小山神への祈り(メトゥシカムイノミー)】とか言ってたな。

 映像をもう一度確認すると、明らかに速度が急激に上がっている。体感だが、最高速度も加速力も上がり、スタミナも回復していたと思う。

 

「かなり強力な『領域』です。ただ…」

 

「ただ?」

 

「これは、言ってしまえば借り物の力です。自由に使えるものではないと思います」

 

「ふむ…よく分からないけど、キミがそう言うなら、極力作戦に組み込むのはやめようか」

 

 強力なのは間違い無いのだが、これに関してはクマ公の協力が必須だ。それにまだ試してはいないが、相応に厳しい条件もあるだろう。あまり頼りにはできないかもな。

 どこかでもう一度山の方々と話したいところだが…あいにく俺はカフェのように霊感がある訳ではない。ダービーの時みたいな状態にでもならなければ話すことすらできないと思う。

 

「体勢を崩した原因については分かった。ただ、その対策は現状どうにもできないな…。僕も考えてはみるけど、あまり期待しないでくれ」

 

「ええ、私の方でも何か対策を練っておきます」

 

「よし、それはひとまず置いておこう。とは言ってもあとは細かいところだな。見てる限りで少し思ったのは…ナリタブライアンの後ろに付くまでのところか」

 

「ええ、今までは前後から挟まれる経験が無かったので…そこは練習が必要ですね」

 

 動画を見返すと、中盤の競り合いでサルサステップちゃんやヴィオラリズムちゃん、リボンオペレッタちゃん達に押されているのが分かる。あの『領域』の中で冷静にフェイントや位置取りをできるのは流石としか言いようがないな。

 

「追われることに多少慣れたとはいえ、ここで必要なのはそれを前提とした部分。経験豊富なウマ娘の方に併走練習してもらえるのが一番いいのですが…」

 

「今回必要なのは…そうだな。ナリタブライアンに追いつく前だから、差し集団に突っ込んだところか。先行や差しのウマ娘と併走練習をしたいところだね」

 

 こうなるとトーカちゃん先輩が故障してるのが悔やまれる。流石に怪我人に併走させるわけにはいかないし、早く治して欲しいしな。

 

「併走相手についてはこっちで探してみるよ」

 

「お願いします」

 

 反省会としてはこんなところか。

 コーヒーがなくなったのでベルを鳴らしてカフェに追加注文する。

 

「そういえば、そろそろトレーナーと契約してデビューしてから一年ですね」

 

「ああ、もうそんなに経つのか。キミとの時間が濃密すぎて、時が経つのが速く感じるよ」

 

またそんな歯の浮くようなセリフを…。トレーナーは今年は選抜レースとか見に行かないんですか?」

 

「僕もトレーナーだし興味がないわけじゃないけど…今はメトゥスだけで手一杯かな。専属契約もしているしね」

 

 ふ、ふーん。別に嬉しくなんて…いや嬉しいです。

 俺は知っている。専属契約していても他のウマ娘と契約できないわけじゃないということを。十分な実績と双方の同意があれば可能だということを。ただ同じ世代に複数人の専属契約は不可らしいが。

 だからトレーナーはやろうと思えば今期デビューのウマ娘と新たに契約することができる。でもそうせずに俺のことに注力したいと言ってくれたんだ。嬉しくないわけない。

 いや俺は惚れないが。

 

「ふふ、そうですか。なら、今度選抜レースの様子を見に行きませんか? 息抜きになりますし、一度練習から離れればいい案が浮かぶかもしれませんしね。未来のライバルの偵察にもなります」

 

「まぁ、キミは練習しすぎだし、次の目標レースの菊花まではだいぶ時間が空く。そのくらいなら良いよ。じゃあ、次の選抜レースが行われる日は一緒に見に行ってみようか」

 

「ええ、是非」

 

 たまには息抜きもいいよね。トレーナーも契約しないって言ってるから安心して見てられるしな。

 

 あれ、これってもしかしてデート? しかも俺から誘った? 

 

 

 

 …そのような事実はありません。

 

 

 




次回チャンミはダートマイル。
うーんリッキーと推しの子は確定かなぁ…あとはデジの助でも入れるか。

しかしダートマイルともなると因子がさらに地獄になりそうだ…


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幕間:後始末

お嬢おおおおおお電光石火くれえええええええ

はい、忙しかったというのもありますが、大体デジたんが完成しないせいです。
あ、ぼざろ見てたせいでもあります。面白かった…

今回は幕間です。カイチョーのお掃除回です。
ざまぁ展開とかあんまり得意じゃないので上手くかけているかは分かりませんが…

ではどうぞ。


 

 

 日本ダービー前日

 

 

 

「分かった」

 

 生徒会室のソファーに腰掛けた中森トレーナーが了承する。

 シンボリルドルフは、自分が話を持ちかけたとは言え、やけに素直な中森トレーナーに困惑していた。

 

「よろしいのですか? 中森トレーナーも思うところがあるでしょう。メディアへの規制を緩めるなんて…」

 

「うん。…正直なところ、僕自身の気持ちとしては一生許したくはない。名家からの圧力がかけられていたとはいえ、それに応じたのはメディア各社だからね。もしメトゥスが普通のウマ娘だったら、あのまま潰されていたっておかしくはなかった」

 

 シンボリルドルフに問われた中森は、頷きつつも心情を吐露する。

 ホープフルで新聞社がウルサメトゥスに対してやったことは中森にとって到底許せるものではない。腸が煮え繰り返るような思いをしていたというのは、話に聞くだけだったシンボリルドルフでも容易に想像できたことだった。もしそれをやられたのが自分だったとしたら、きっと自らのトレーナーは黙っていなかっただろう。

 

「でも、このまま情報を封鎖したとして。それで最終的に不利を被ってしまうのはメトゥスだ。皐月まではナリタブライアンが今期のクラシックで最も注目を浴びていて、実際に最強だった。だから裏でメディアに圧力がかかっていても一般の方々にはそこまで不自然に思われていなかっただろうね」

 

「しかし皐月であの子は実力を見せつけた」

 

「そうだ。そしてトゥインクル以外、そのことに不自然に触れていないメディア。ダービー前の記事でも同じだね。流石にメトゥスが書かれていないとおかしいと思う人も出てくるはずだ。その中には、こちらの事情なんて知らない人も居る」

 

 中森が何を言いたいのか、マスコミや名家をよく知るシンボリルドルフはすぐに理解した。

 

「なるほど、マスコミにその何も知らない人たちを利用されることを避けたいと」

 

 中森は再び頷いた。

 ホープフルの新聞の件を知っている関係者たちは、メディアがウルサメトゥスに触れられない理由も知っているか察している。だからウルサメトゥスが触れられていなくても何も言わない。

 しかし一般人はそうもいかない。何故実力があるウマ娘がインタビューされないのか。その理由をマスコミの問題と捉えてくれればいい。それをウマ娘側の問題と捉えられてしまうと、途端に厳しくなってしまう。

 

「メトゥスも僕も、なんの後ろ盾もない。マスコミや名家が協力して僕たちの悪い噂を流したら? いくらトレセン学園やシンボリ家で止めても、もはや流れは止められないだろう。世論を味方につけるのは、彼らの得意技だろうから」

 

「だから今のタイミングでそうなることを止める。向こうの不満が爆発する前に」

 

「うん。というか、シンボリルドルフもそれを見越して僕にこの話を持ちかけてきたんでしょ?」

 

 察しの良いトレーナーだと、シンボリルドルフは感心した。

 確かにシンボリルドルフはそのつもりだった。しかし中森はトレーナーの名門出身というわけではないので、そこまで理解されているとは思わなかったのだ。

 

「その通りです。しかし、中森トレーナーもそこまで予想できているなら、この後の展開も分かっているのでは?」

 

「そうだね…。爆発を止められるなら今が限界だけど、マスコミがどうしてもメトゥスに食いつきたいくらいに話題性がないと、止められないってことかな」

 

「ええ。彼らも鬱憤は溜まっているでしょう。今回の日本ダービーでウルサメトゥスが結果を残せなければ、土台からひっくり返る」

 

 皐月賞でナリタブライアンに次ぐ二着を獲り、ナリタブライアンからも注目されているウルサメトゥスは、今はメディアも注目している。

 しかし続く日本ダービーで大敗したり無難な結果に終わってしまえば、マスコミはウルサメトゥスを叩くことも考えられる。これまでの扱いに対して逆恨みし、さらに世論を味方につけて。

 

「そうなれば今度こそ彼らは調子に乗り、我々でも止めることは難しくなる。一番無難な対応は、ダービーの結果が出る前である今、これまでの対応をお互い様として、各社に『仲違いは無かった』という通達をすることです」

 

「そうだね。まぁメトゥスはマスコミの対応に関して特に何も思っていないから、それもアリだとは思う」

 

 シンボリルドルフの提案に対し、中森は一定の理解を示す。

 ただ、出した回答は別のものだった。

 

「でもそうはしない。これを機に付き合い方は変えるけど、どうせならこっちが有利を握っていたいしね」

 

「しかし、先ほども言いましたがそれはウルサメトゥスが好成績を残すことが前提の話です」

 

「メトゥスはやるよ」

 

 あくまで論理的に話を重ねるシンボリルドルフに、中森は断言した。

 そこには、担当ウマ娘に対する絶対的な信頼と自信があった。

 

「別に何の根拠もないわけじゃないよ。ここ最近のトレーニングとあの子の成長を見て、他のウマ娘たちの成長の予想と比較してね。…そうだな。メトゥスなら確実に二着以内に入ると断言できるよ」

 

「そこは一着じゃないのか?」

 

「ナリタブライアンの爆発力だけはちょっと読み切れないからね…。僕の贔屓目だけなら確実にメトゥスが一着なんだけど」

 

 言い切れないことに中森は苦笑した。そして表情を真剣なものに戻し、シンボリルドルフに確認する。

 

「そういう訳だ、メトゥスはやる。そして…後のことは、頼っても良いんだね?」

 

「勿論だ。ウルサメトゥス君が結果を残した暁には、シンボリ家が後ろに付こう。理事長にも話を通してある、トレセン学園も今までよりもっと力を入れてくれる」

 

「そうか。…これで僕も、少しはトレーナーとしてメトゥスの役に立てたかな」

 

 安堵の息を吐く中森に、シンボリルドルフは内心呆れる。

 

(貴方ほどのトレーナーが役に立っていないならば、中央に所属するトレーナーですら大半が役立たずになってしまうのだが。まぁ、ではこちらもウル君が良い結果を残すことを前提として動くか。一応ダメだった時の案も考えておこう)

 

 口には出さず、茶を啜りながらシンボリルドルフは次の一手と新たな駄洒落を考え始めた。

 

 ────────────────────────

 

 かくして、ウルサメトゥスは中森の宣言通り日本ダービーを二着という好成績で終えた。それも大差ではなく、ハナ差の激戦だ。

 その十分な功績を手に、マスコミ方面を任された秋川理事長と秘書の駿川たづなは嬉々としてマスメディア各社に交渉(おど)しに行った。

 

(考えていたプランの片方は無駄になったな。まぁ、中森トレーナーの言った通りだったということか)

 

 そしてシンボリルドルフは、一連の元凶である名家の主犯格たちを一堂に集めていた。

 

「皆様、この度はお集まり頂きありがとうございます」

 

 シンボリルドルフは礼儀正しく、しかし表情は全く動かさずに招待者たちを歓迎する。集められた面々はそんな不穏な空気には気づかず、笑顔でシンボリルドルフを迎えた。

 

「おお、シンボリルドルフさん。今回はお招き頂き有難うございます。して、我々に何か用でしたかな? 実は何も伺っていないのですが…」

 

 朗らかな笑いにも、シンボリルドルフはやはりピクリとも表情を動かさない。

 流石に不審に思ったのか、名家の一人が問いかける。

 

「シンボリルドルフさん…?」

 

「本当に分からないのですか?」

 

「はぁ、さっぱり…」

 

「そうですか…」

 

 シンボリルドルフは、ここに集まった者の中で誰か一人でも要件を察し、謝罪してきたならまだ更生の余地はあると思っていた。しかし、シンボリルドルフの大方の予想通り、誰も何も分かっていなかった。

 だから、シンボリルドルフも予定通り、ことを進め始める。

 

「では。単刀直入に言わせて貰います。これは私個人の言葉ではなく、シンボリ家の当主代行としての言葉です」

 

 シンボリルドルフの雰囲気が一変する。それは先程までの一人のウマ娘の気配ではない。

 多くのレースを制してきた、皇帝の姿がそこにあった。

 

 バチリ、バチリと稲妻が光り、音を立てて足元を通り抜ける。実際にはそんなもの発しているはずがないのだが、ここに集まった全員がそれを認識していた。

 シンボリルドルフが懐から封書を取り出し、中身を読み上げる。

 

あなた方には今後、ウマ娘に関連するあらゆる仕事、指示を禁じます。当主であるものは次の当主を立て、即座に隠居すること。

以上です」

 

「なっ!?」

 

 その一言に、全員がどよめく。そして事態を認識したものたちから怒号が上がった。

 

「ふざけるな!」

「何の権利があるんだ?!」

「認められる訳ないだろう!!」

 

五月蝿(うるさ)い」

 

 決して大きな声ではない。しかし、ドスの効いた低い声は、シンボリルドルフの怒りを如実に表していた。

 

「先に言ったはずだ。シンボリ家の当主としての言葉だと。貴様らはこれで終わりだ。これは名家を取りまとめるメジロとシンボリ、その両者で協議した結論だ。決定事項だ。覆ることはない。

 繰り返すぞ。

 貴様らは、ここで、終わりだ」

 

 断言するシンボリルドルフに、抗議の声が止まる。止めたくて止めたのではなく、殺気に近い強烈なプレッシャーのせいで止めざるを得なかったのだ。

 声が、動きが、息すら止まる。

 しかし、伊達に名家というわけではない。集められた名家の中でもリーダー格の男が屈せずに声を荒げた。

 

「何を言っている?! 我々がこれまでどれだけこの界隈に尽くしてきたと思っているんだ!! 第一、理由も分からずにそんな一方的な勧告が受け入れられる訳ないだろう!?」

 

「理由か…それに、尽くしてきた、ねぇ」

 

 大の大人の男の詰め寄りにも、シンボリルドルフはどこ吹く風で呆れた表情を崩さない。挙げ句の果てには目の前の男を嘲笑するように態とらしいため息をこぼした。

 その様子にリーダー格は思わず手を振り上げた。

 

「貴様っ…!」

 

 しかしそれも、シンボリルドルフの一言で止まる。

 

「このウマ娘業界に多大な不利益をもたらしかけた。それが理由では不十分か?」

 

「…何だと?」

 

 シンボリルドルフは前に一歩踏み出す。それと同時に、リーダー格の男の目の前に轟音を立てて雷が落ちる。

 へたりこむ男を見下ろしながら、シンボリルドルフは言葉の一つ一つに怒りを込めて、しかしそれでいて静かに話す。

 

「貴様らがマスコミに圧力をかけてまで妨害していた、ウルサメトゥスというウマ娘を覚えているか? …覚えていないか。貴様らが一般家庭出身のウマ娘を妨害しているのは今に始まった事ではないから仕方ないか。何故知っているか? そんなもの調べればすぐに分かるからに決まっているだろう愚か者どもが。シンボリを無礼るなよ。

 …まぁ、今までは表に出なかったからね。一般家庭出身のウマ娘たちに連続して結果を出せるほどの実力がなかったから、こちらとしても手を出し辛かったというのはある。貴様らも一応名家だからね、下手に手を出して潰すような事態はできるだけ避けたかったんだよ。そう、できるだけね。だが、逆に言えば貴様らが生かされていたのはそれだけの理由だ。もし妨害していたウマ娘が利益を生みそうならばそちらを優先する、当然のことだろう? 

 そしてあの子、ウルサメトゥス君はお前たちの妨害も全く気にせず、淡々と結果を積み重ねてきた。ホープフルで一着、皐月で二着、そして今回のダービーであのナリタブライアンを相手にハナ差の二着。分かるかい? 今、世間があの子に注目している。あの子を起爆剤にすれば、汚い話だが多くの金が動く。この業界に利益しかない。つまり、それを邪魔するような輩はこの世界に要らないんだ。

 

 よくもまぁこれでこの界隈に尽くしてきたなんて妄言が吐けたものだ。

 

 今までは、言うなればちょっとしたおいた(・・・)だったから見逃してきた。だが今回はそんなレベルの話ではなくなったというだけだ。

 

 そういうわけで既に貴様らの居場所はない。さっさと後続に席を譲れ」

 

 シンボリルドルフが言葉を放つたび、重ねるたびに雷が迸り、時に聴衆を貫いていく。話が終わったとき、最早シンボリルドルフに反抗できるような気概を持った者はいなかった。

 

「私からは以上だ。さっさと帰るといい」

 

 返ってくる言葉は無い。全員が放心状態だった。

 シンボリルドルフは冷めた目でそれを一瞥し、場を後にした。

 

 

 

「これで少しはキミの競技生活が良くなることを祈っているよ、ウルサメトゥス君。()技生活が、今日(・・)からね…ふふ…」

 

 

 




リッキーは完成、推しの子も一応完成、あとはデジたんだけ…あぁお嬢が電光石火くれれば完成してたのに…塩対応。

ぼざろ二次とかメイドインアビス二次とかも描きたみはあるけど何もアイデア思いつかんね。


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