ブラック・ブレット 漆黒の魔弾 (Chelia)
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序章

ブラックブレット…
アニメを見てて面白いなと思い執筆に挑戦しましたが、未だに話しの内容が上手く頭に入っておらずめちゃくちゃ緊張してます…
また、現在はアニメのみの知識で書いており、原作は放送終了次第読んでいく予定です。
ノリと勢いで書いていこうと思うのでよろしくお願いいたします!


西暦2021年、人類は敗北した。

 

突如世界中に出現した謎の寄生生物「ガストレア」によって。

奴らの持つガストレアウイルスは血液感染、あるいは口内接触によって次々と人類に寄生していった。

 

寄生を受けた人間は遺伝子を丸ごと書き換えられ、ウイルスの体内侵食率が50%を越えると元の性質を保持したまま巨大化・凶暴化する。

これにより、1体のガストレアが2体に、2体が4体に、4体が8体に…

人類が身の危険を感じた時にはもうすでに手遅れだった。

 

しかし、総人口の80%以上を失いながらも、人類は絶滅したわけではなかった。

常人よりも遥か上の戦闘能力を誇るガストレアに対して、抵抗できる手段が2つだけ残されていたのである。

 

一つは、バラニウムと呼ばれる黒色の金属。ガストレアが持つ強靭な再生能力を阻害できる性質を持っており、現在では常人がガストレアに攻撃することのできる唯一の手段となっている。

 

また、大量のバラニウムは近づくだけでガストレアを衰弱させる磁場を発するため、モノリスと呼ばれる巨大なバラニウムの石版(この物語での主な舞台となる東京エリアの物は幅約1km、高さ約1.6km)を建造することによって、生活エリアへのガストレアの侵入を防いでいるというわけだ。

通常は刀や銃弾など、武器に加工しガストレアと戦う。

 

そしてもう一つは、世界で初めてガストレアが現れ始めたのとほぼ同時期に、それに対抗するようにガストレアウイルス抑制因子を持ち、ウイルスの宿主となっている子供たちのこと。

その子供たちのことを人は「呪われた子供たち」と呼んだ。

呪われた子供たちはガストレアウイルスに接触してしまった母体から生まれる子供のことで、出生時に瞳の色がガストレアと同じ赤かどうかで識別する。

 

人間の体をベースとしているが、抑制因子が備わっていることによってガストレア化する進行速度が通常と比べ著しく遅いのに加え、体内のウイルスの力を操り超人的な治癒力や運動能力等、様々な恩恵を受けることのできる非常に優秀な性質を持つ。

 

この子供たちの出現時には救世主などともてはやされたものだが、呪われた子供たちでさえ例外はなく、力の開放や治癒を繰り返すことで徐々に体内侵食率が増加していき50%を越えればガストレア化する。

 

一定条件でガストレア化してしまうことや、人間離れしたその能力から現在は差別や迫害を受けている。

 

これら2つの武器とも呼べる力を上手く使い、人類は今もガストレアに抗い続けている。

 

このままガストレアに喰らいつくされるか?それとも、ガストレアを倒すのか?そのどちらでもない答えに行き着くのか?

 

誰にも予想する事なんてできない未来へ向かって物語が今、始まる。

 

 

 

 



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蛭子影胤編
主人公・回想


死体…死体…死体…死体

 

この物語の主人公である朝霧零(アサギリレイ)の歩いている道の周りには、それ以外のものは何もなかった。

 

時は2021年、零が9歳の年であり、人類がガストレアに敗北をした年である。

 

鳥の一匹も鳴かず、草木も枯れ、人は死ぬ。そんな生物のいない所を歩き続けている理由は至って単純。

 

零が朝霧家最後の生き残りであるからだ。

 

★敗戦日前日・回想★

 

ニュースでも目の前の現実でも、ガストレアが次々と侵食を続け世界を喰らいつくしているのは子供である零にもわかることであった。

しかし、周りの人々が次々と死んだりガストレア化していく中、朝霧家は家族の誰一人を失うことなく生存を続けていた。

 

このまま…もう少し耐えれば、きっと明るい未来がやってくる。

そう家族みんなが思っていたことだろう。

 

家族構成は4人家族。

父の朝霧優世(ユウセイ)

母の朝霧華蓮(カレン)

1人息子の朝霧零

養子で零の妹の朝霧紗雪(サユキ)

 

朝霧家は特殊な家系であり、現在になってようやく解明されたガストレアの対抗策である「バラニウム金属」をこの時代から所持し、両親2人を中心にガストレアを適度に退治しながら生活していた。

元々、町外れの方に住んでいたこともあり、人口が密集していなかったためガストレアの侵略数も、他の人間がガストレア化する数も都心に比べると著しく少なかった。

そのため、適度な逃亡と抵抗を繰り返すことで、そこまで困った生活はしていなかった。

 

この日も父の優世がガストレアを1体退治するのを見届けた後、普段通り食事をしていた。

 

「兄さん…おいしいね!」

 

兄と同い年であるにも関わらず自らを義妹と名乗る紗雪が零に満面の笑みをしながら話かける。

今日のメニューはあるものを有り合わせたシチュー。

ガストレアとの戦争を開始してからだいぶ月日が経っている上、食物の枯渇も進んでいる。

そのため、普段は食べないようなものでもとにかく鍋に突っ込んで胃を満たすしかない。

味付けはきちんとされているものの、お世辞にもおいしいとは言えないその食べ物を紗雪はおいしいと言った。

 

「毎回毎回同じものばっかで、俺はもう飽きちゃったよ…」

 

「うん… でも、みんなで食べてるから… おいしい!」

 

零が本音を出し文句を言うも紗雪は家族で食べるから美味しいんだという。

その言葉を聞いた母、華蓮もこんな料理しか子供に作ってあげられないという悔しさを通り越し笑顔を浮かべていた。

 

「ふふっ… 紗雪は良い子ね…」

 

「うん!私、お父さんもお母さんも兄さんも大好きだもん! だから、おいしい!」

 

「そう言われたら、俺までおいしいと感じるようになったよ…」

 

時折笑顔を見せつつ食事を楽しんでいると、周囲の状況を確認していた優世が帰ってきた。

 

「どうだった?」

 

「この辺りに大型のガストレアはいないようだ。食べ物のほうは…相変わらず厳しいな… 最悪明日からは草木の根を引っこ抜いて食べることになりそうだ…」

 

「そう…」

 

両親が何やら真剣な顔つきで何かを話しているが、難しい話は零にも紗雪にもわからない。

ただ、食糧難で困っているということだけはわかった。

 

「親父…探すのくらいなら俺も手伝うよ…」

 

「そうしてくれるのは嬉しいが、この辺りにはもう何も…っ!?」

 

優世が零の提案を断ろうと思った矢先、何か巨大な物が空から振ってきた。

ドカーンという物音と共に、寝るために立てておいたテントを破壊する。

 

「仮とはいえ、大切なものが詰まった我が家を… これは!?」

 

空から振ってきた物…それは何とバスだった。

しかし、こんな町外れの場所な上、資源が枯渇しているこの状況下にバスなんてどうやったらここに落ちてくるのだろうか…

 

異臭がした。

 

燃料の臭い…恐らくあのバスにはまだ燃料が入っているのだろう。

そんな物が空から振ってきた。もし、何処かしらが損傷していれば爆発の恐れがある。

可能性は決して低くない。

 

「貴方!あれ!」

 

華蓮が叫ぶと、空には巨大な飛行型ガストレアが浮遊していた。

 

「空母型…このバスは奴が落としたものか…」

 

空母型ガストレア。

鳥類や、羽を持つ昆虫類などを媒体とした空を飛ぶことのできる大型のガストレアで、中には自分の体内や翼の上に他のガストレアを乗せて飛ぶものもいる。

都心を破壊し尽くした後、こちらに飛んできたとしたら背中にバスが乗っていたとしても何ら不思議ではない。

 

「厄介だな… バスが爆発する可能性もあるし、あの空母がガストレアを落とす可能性もある。とにかくここは移動しよう。」

 

「えー!まだご飯残ってるのにー!」

 

駄々をこねる紗雪を強引に零が立たせると、移動を開始しようとする朝霧家族。

しかし、その対応ですらガストレアからすれば遅い以外の何ものですらなかった。

 

空母から黒点がいくつか落ちてきた。その黒点は自分達に近づくに連れて姿がはっきりとしていき、やがては気持ちの悪いその姿を家族の前に晒す。

大量のガストレアだ。タイプは二種類…モデル・スパイダーが4体に、モデル・モスキートが2体。

小型のガストレアとはいえ、家族全員を守りながら優世が1人で戦うには限界の数だ。

 

「零、紗雪、お前達2人は先に逃げろ!この場を切り抜けたら合流する!」

 

「ここは私達二人でなんとかするわ…お願い、生きて!」

 

抵抗手段を持っているとはいえ、この頃の朝霧家はとても強いとはいえなかった。

軍人ではないのでロクな戦闘訓練も受けたことのない素人。

恐らく、優世が時間を稼ぎ、華蓮が死角をつかれないようにガードする戦法なのだろう。

 

「え…わ、別れるのやだよ!」

 

「親父…絶対合流しよう…俺、頑張るから!」

 

「そのいきだ零… 私がいない間は、お前が紗雪を守るんだ… さあ、行け!」

 

涙を浮かべながら両親と離れるのを嫌がる紗雪の手を零が取る。

零とて、一時的にでも離れ離れになるのは嫌だったが今までの父や母の行動を何度も何度も見てきた零は今は自分が紗雪を守らなくてはならないことを重々理解することができていた。

 

「行こう紗雪、俺たち家族ならきっと生き延びられるさ!今までだってそうしてきたんだから!」

 

「絶対…絶対だよ? 私、明日もお母さんのご飯が食べたい!」

 

「それじゃあ、明日は紗雪が一番食べたいものを作りましょう… だから紗雪、走って?」

 

「うん!」

 

食材がないのに好きな物も何もない…

だが、紗雪は涙を拭うと零の手をぎゅっと握り締める。

母との小さな約束を叶えるため、父の思いに応えるため…

 

零は紗雪と共に走り出した。

 

「しかし、これだけの数…正直厳しいな… 華蓮、君だけでも…」

 

「そんなことできるわけないじゃない… 私は、ずっと貴方についてきた… 死ぬ時までついていくって決めてるんだから…」

 

地上に降りたガストレア6体は、2人を取り囲むように配置されている。

零や紗雪が逃げられたのが奇跡のように感じられるが、もしもの時のため予め優世が2人に通常採掘されたものではなく人口加工されたバラニウムを越えるバラニウム…「超バラニウム」を持たせていたため、自然とターゲットが残りの2人である優世達に向いたのだ。

モデル・スパイダーは俊敏な動きと蜘蛛の糸で敵の動きを止めるガストレア。

モデル・モスキートは巨大な羽で宙を飛び、口部分にある巨大な針でターゲットにガストレアウイルスを注入する厄介なガストレアだ。

 

どうするか攻めあぐねていると、空にはまた別の異音が…

今度やってきたのは、自衛隊のヘリのようだ。

 

「あの空母を落とすつもりか!」

 

下に人がいようがいまいが関係ない。

ただ、ガストレアを倒すようにだけ命じられた自衛隊は容赦なく実弾をガストレアに向けて乱射する。

しかし、それも無駄な足掻き。バラニウムでなければガストレアには大した威力を発揮することができず、倒す前に再生されてしまう。

だからこの時自衛隊が取った手段とは…

 

(翼を集中攻撃し、地面に突き落としてガストレアを殺す)

 

ヘリの機銃から放たれ続けるガトリング弾。

そのフルマガジンを全て左翼に打ち切ると、ガストレア空母の翼がもぎれ優世達の上に落下を始めた。

 

「まずい!逃げるんだ華蓮!」

 

それに気づいた優世は華蓮を連れて強引に逃走を図るが、周りのガストレアがそうはさせまいと行く手を阻む。

 

「クソおおおっ!」

 

素手で全力でスパイダーを殴り、弾き飛ばす優世。

そのまま強引に華蓮の腕を掴み脱出を狙うが…

 

「あっ…」

 

この状況で華蓮が躓き転んでしまった。

…絶望的だ。優世は勢い余って1人だけガストレアの包囲網から抜けてしまう。

 

その直後、落下してきた空母が2人を嘲笑うかのようにピンポイントでバスの上に落下する。

押しつぶされたバスはガストレア、…そして華蓮を巻き込み大爆発を起こす。

 

「嘘…だろ? 華蓮…華蓮! うわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

一瞬にして目の前が焼け野原になった優世は、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

場面は変わり、父、優世の指示を受けひたすらに走り続ける零と紗雪。

休むことなく、体力の尽きるまで走り続けた2人の前には既にガストレアの侵食を受け崩壊したと思われる廃虚街へと到着した。

ここまでくれば大丈夫だろう…ガストレアは愚か、あらゆる生物の気配すら感じない状況を不気味に感じるが、今は生き残ることが最優先だ。

 

「休憩しよう、紗雪…」

 

「うん…兄さん…」

 

ボロボロになった建物の陰に身を潜めると休憩を取る2人。

…それから何時間経っただろうか?深夜の時間帯なっても父と母が来ることはなかった。

紗雪は既に就寝しているが、零は不安で全く寝つけなかった。

このまま両親が来なかったらどうしよう…

そんな不安を胸に、紗雪を見つめていると結局一夜が明けてしまった。

零がそうはなって欲しくないと願っていた最悪の結末。…父と母は、零達のもとに来ることはなかった。

 

翌朝、目覚めた紗雪が声をかけてくる。

 

「兄さん…お父さんとお母さんは?」

 

「…まだ、来てないみたいだよ?俺達の足が速くて追いつけなかったんじゃないかな?」

 

適当な…いや、自分に都合の良い理由をつけて紗雪を安心させる。

両親がどうしてるかなんて零にもわからない。

むしろ教えて欲しいくらいだ。

 

「兄さん…お腹空いた…」

 

紗雪が泣きそうな顔をしてこちらを見てくる。

そういえば、あのガストレアのせいで残しておいた食料は全部ダメになってしまったんだっけ…

ここは完全な廃虚なので食料が落ちていたり、食べられる植物が生えていることは考えにくい。

移動しつつ食べ物を探すしかないようだ。

 

「俺もだよ… 一緒に食べられるものを探しに行こう?親父やおふくろの分も探して、喜ばせてやろうぜ!」

 

「うん… 一人じゃ寂しくても、兄さんと一緒なら…」

 

本当に可愛い妹だ。

紗雪は4親等の親戚に生まれた子だ。だから本来であれば従姉妹に値する。

生まれてから僅か2年…紗雪が2歳の時にその親が大罪を犯し警察に処罰された。

母も共犯者だったらしく共に刑務所に放り込まれてしまい、一人になる紗雪。

そんな時、零の馬鹿親父の優世が養子として引き取ったのだ。自我がしっかりした頃にその事実を知った紗雪であったが、私の本当の家族は朝霧がいいと強く希望し苗字を朝霧に変更。また、同い年にも関わらず自分よりも大人に見えた零を慕い、兄さんと呼ぶようになった。

今では紗雪もかけがえのない朝霧家の一員なのだ。

それだけではなく、このとても真っ直ぐで優しい性格。零が守りたくならない理由など何処にもない。

 

取りあえずと昨日とはまた違う方向に歩き始める2人。

森へ入り、食べ物を探そうとするとその入り口に1人の男がいた。

何か手掛かりが得られるかもと思い零が声をかける。

 

「あの…すみません… この辺で食べ物が手に入る場所ってどこかありませんか?」

 

「…たぁべものだぁ?」

 

パッと見中年の男は零達の方を振り返ることもなくブツブツと物を言う。

 

「ふん…それを食えば生きられるんだもんお前等はいいよなぁ? けどなぁ、俺はそんなもん見つけたって生きられないんだよ!何生きてやがんだよ!てめぇらも…死ねやぁぁぁぁ!!」

 

男が一気に振り返る。

零も紗雪も顔が青くなった。男の両目は充血し、全身傷だらけで所々から出血している。

そして何よりも特徴的なのは、男の右腕がなく、肩の部分から元腕があったと思われる部分にかけて明らかに人間の物ではない何らかの物体がうねうねと動いていた。

体内侵食率が50%を越えた人間の末路である。

しかし、そんな知識を持っていなく、人間がガストレア化する瞬間を一度も見たことのない2人にとって、それは恐怖以外のなにものでもなかった。

 

「に、兄さん!?」

 

「逃げよう紗雪、早く!!」

 

紗雪の手を取り猛ダッシュでUターンをしようとする零。

 

「逃さねぇよぉ!!」

 

男が上記を言った瞬間、ついにその時は来た。体のあちこちから気持ち悪い何かが出現し、巨大化を始める…そして、人間の姿ですらなくなった。

 

「こいつはモデル・スネーク?でも…何なんだこいつ…こんなの見たことない!」

 

零が驚愕するのも無理はない。

2人の背後でガストレア化した生き物…確かに胴体だけを見れば蛇そのものだが、この蛇…首が8本もあるのだ。

 

「怖い…怖いよぉ…」

 

「紗雪!!」

 

目に涙を浮かべる紗雪を引っ張り強引に走り出す。さっきまで隠れていた建物まで戻れれば、相手の目を撹乱させて振り切ることができるかもしれない。

だが、そんな場所に行くまで相手が待ってくれるはずもない。

追いかけてくる蛇、逃げる2人。

時折、尻尾による攻撃が飛んでくるのを何とかかわしきり、元の場所まで戻ることはできた。

 

「兄さん…もう無理… 歩けないよ…」

 

「もう少しだ紗雪!あの建物の中にさえ入れれば!」

 

「…っ!? 兄さん!危ない!」

 

突如、紗雪は何かに気がついたのか零を突き飛ばした。

その後、蛇の1つの口から紫色の液体の塊が2人を狙って襲い掛かる。

直前に突き飛ばされて場所を移動した零に当たることはなかったが、逃げ遅れた紗雪は全身にその液体を浴びてしまった。

 

「ぅ………ぁ………っ………」

 

視界が揺らぐ、体に力が入らない…否、自分の体を何かに持っていかれているような感覚。

立っていることができず、紗雪はその場に倒れた。

 

「紗雪!紗雪!!」

 

慌てて駆け寄る零。だが、それを紗雪は拒んだ…

 

「にぃ………さん… 私に触っちゃ…ダメ…」

 

「何言ってんだよ紗雪!一緒に逃げよう!」

 

そう、知識はなくとも本能でわかってしまうのだ。

紗雪が浴びた液体は蛇の猛毒液。

そこには、ガストレアウイルスの成分も一部含まれているのだろう…

そんな体の紗雪を零が触れれば、ガストレアウイルスが感染してしまう恐れがある。

蛇の持つ毒の能力がこのような形で応用され、遠距離攻撃を可能としたのだろう。

追いかけられている際に、打撃攻撃しかしてこなかったため、対策を練らなかった完全なるミス。

紗雪の思いを感じ取ったのか、零は紗雪に触れることはなかったが、目の前で崩れ落ちていく大切な妹から離れようとはしなかった。

 

「兄さん…あのね……… 私、朝霧のみんなに助けてもらえて嬉しかった……… 小さくて何もできない私に笑顔をくれて……… 本当の家族のように私に幸せを与えてくれたみんなが………大好き………だった………」

 

幼い紗雪では意識を保つことさえ難しいはずだが、最後の力を振り絞り自分の思いを伝えようとする。その目には涙が浮かんでいた。思えば、昨日の夜からずっと紗雪は泣いてばっかりだったな…最後の最後にすら笑わせてやることもできない…

それだけじゃなく…

 

「俺は…手を握ってやることも、頭を撫でてやることも、抱きしめてやることも…できないっていうのかよ…」

 

両手に握り拳を作るも、何も殴れるものもない…ただやり場のない怒りだけが残る自分の感情に耐えられなくなり涙を浮かべる零を安心させるかのように、紗雪は微笑みかける。

 

「大丈夫だよ兄さん……… 兄さんの気持ち、確かに受け取った… 兄さんは生きて………私の憧れで…大切なお兄ちゃんで…私の大好きな………たった一人の友達… 大好き…兄…さん………」

 

そう言い終えると、紗雪の意識は闇の底に沈んでいった。目を閉じ、顔を地面に伏せるともうピクリとすら動かない。毒の効果で体内侵食率が徐々に増加し、ガストレア化するのを待つだけとなった。

 

「そんな… 嫌だ… 紗雪!お願いだ…もう一度、もう一度だけでいい… 頼むから目を開けてくれよ!紗雪ぃぃぃ!!」

 

発狂する零。

その零の声を遮るかのように現れたのは、やはり自衛隊のヘリだ。

この蛇がガストレア化する前に駆除したかったんだろうが、手遅れだ。

こいつはただのガストレアではない…確実に何かが違う。

通常弾しか持たないヘリ1機ではどうしようもない話だ。

しかし、このヘリは違っていた。操縦席の下から出てくる謎の物質。

 

「………ミサイル?」

 

ヘリの位置からなら確実に零、そして倒れている紗雪の姿は見えるであろう。

しかし、ヘリは戸惑うことなくそのミサイルをガストレアに向けて放った。

多少の犠牲なんざお構いなしってわけだ。

 

ミサイルがガストレアに命中する。

俺は目の前にいた蛇を盾にすることで何とか爆風を凌ぎきるが、その爆風で倒れている紗雪が吹き飛ばされ、後方の廃虚の柱に激突した。

その建物は相当脆くなっていたらしく、その衝撃で柱が崩壊し紗雪は建物内へ…

そして、柱を失い不安定になった建物は倒壊を始めた。

 

ガラガラガラガラ…

 

紗雪を巻き込んだままその建物は元の原形を失い、瓦礫の山と化す。

 

「ぁ…ぁ………ぁぁぁぁっ!!!!」

 

その光景があまりにもショックすぎて、零はついにここで失神した。

零が最後に見たのは、ミサイルを受けてももろともせずに立つ蛇のガストレアの姿だった…

 

★回想 END★

 

その日の夜、零は一人、目覚める。

周りには何もなかった。恐らく戦闘は終了し、事後処理も済んだのだろう。

蛇のガストレアも、ミサイルを放ったヘリも、辺りに広がっていたはずの毒液も、崩れ落ちた瓦礫の山も………そして、紗雪の死体も…

本当に何もなく、無と言う言葉が非常に相応しかった。

ただ一つだけ理解できなかったのは、何故自分だけが処理の対象にならなかったのか…ということだが。

 

零は歩き続けた。道行く場所に沢山の死体の山が広がっていても、もはや何も感じはしない。

全てを失った今、彼にできることはただ歩き続けることだけなのだから。



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蓮太郎と延珠

ガストレア対戦で人類が敗北してから10年後…

今は2031年だ。

零が1人になってしまったあの日、戦争は集結した。

朝霧家だけでなく、都心の方でもバラニウム金属の存在が室戸菫という研究者により明らかになり、現在、この東京エリアの周りを囲っているモノリスが完成した日である。

 

ここは元東京都に位置している場所だが、何故東京エリアと呼ばれているかというと、元近隣県であった千葉、埼玉、神奈川の一部も含まれているからである。

しかし、その一部は殆どモノリスのせいで土地を持っていかれ、その先はガストレアの住む闇の世界。

なので、東京近辺の人類が住めるエリアを総称してこう呼んでいるわけだ。

 

そんな東京エリアの住宅街を、一人の少年が歩いていた。

茶髪で服装は黒服。赤色のマフラーを着用し口元を隠すことで、無表情のように見える。

このいかにも厨二病らしい服装と、170cm程度しかない身長によってまだ幼さを残す青年という感じが第一印象として見て取れた。

 

「さて…凌牙の奴がいうには、この辺りに厄介もんを抱え込んだガストレアが現れるって話だが…」

 

小声でボソッというと、この少年「零」はとあるマンションを見上げた。

下にパトカーとボロいチャリが止めてある。

警察が絡んでいる以上、ガストレアか呪われた子供たちに関する事件が大半だろう。

マンションに近づき、上の方に聞き耳を立てると案の定それだった。

 

「あぁん?お前が俺達の応援に駆けつけた民警だぁ?馬鹿も休み休みに言え!まだガキじゃねえか!」

 

「んなこと言われても仕方ねえだろ… 銃もライセンスもある、社長命令ってんで仕方なく来てんだ。疑うなら帰るぜ?」

 

3階で話しているようだが、1階まで声が丸聞こえだ。仮にも民警と警察なら、もう少し機密情報を使用する職場上、周りに気を配ったほうがいいと思うんだが…

 

話をしているのは民警と警察。警察の説明は要らないだろうが、民警の説明をしておこう。

ガストレア大戦終了時までは、自衛隊や警察が主としてガストレアの駆除を担当していた。

しかし、ガストレアに対する対抗手段であるバラニウムが発見されてからは、その金属を武器に変え、ガストレア退治を専門とするエキスパート「民間警備会社」という会社が次々と設立されていった。この会社のことを略して民警という。

それにより警察は事件の事前、事後処理を主に担当するようになり、ガストレア関連の事件では民警の応援なしでは手を出してはいけないという法律まで生まれている。

警察側からしてみれば、単純に自分達の仕事を奪われたのと同義…故に、警察と民警は仲の悪い場合が多い。

 

「最近はガキまで民警ごっこかよ…」

 

警察は民警のライセンスを確認すると、民警の顔をジロジロと見つめる。

民警の方は、自分の着ている学校の学生服を見ていた。

流石に、学生服を来た人間に私が応援ですと言われでもいい顔はできないだろう。

話を聞いていると、警察の方の名前は多田島、民警の方の名前は里見と言うことがわかった。

 

仕事内容は上の階から血の雨漏りがするんで確認して欲しいという電話をもらったとのことだ。

小さい事件…わざわざ自分が出るまでもないだろうと考えた零は、「一般の」民警の仕事でも見物していこうとぼーっと上を見上げ続けていた。

 

「情報を総合すると間違いなくガストレアだ。やっと中に入れるぜやっとな!!」

 

やっとの部分をわざと強調させて言う多田島。

民警と警察の仲が悪いのは今に始まったことではないが、ここまで露骨だと怒るというよりより呆れてしまうだろう。

早速中に入ろうとする多田島だったが、ふと気づき里見に声をかける。

 

「お前、相棒のイニシエーターはどうした?お前等戦闘員は二人一組で戦うのが基本だろ?」

 

「あ、あいつの手を借りるまでもないと思ってな!」

 

イニシエーター…通常民警は二人一組でペアを組むことになっている。一人は通常の社員だが、もう一人は特殊な能力を持つ子供…呪われた子供たちをパートナーにする。

呪われた子供たちの力でガストレア弱らせ、民警社員がバラニウム製の武器でとどめを刺す。これが彼等民警の基本戦闘スタイル。

この社員のことを加速因子(プロモーター)、呪われた子供たちのことを開始因子(イニシエーター)という。

どういうわけか、この民警はイニシエーターを連れていないので具体的説明ができないのが非常に残念な所ではあるが…

 

「何か変化は?」

 

多田島が他の警官に声をかける。

 

「すみません!たった今、ポイントマンが2人窓から突入!その後、連絡が途絶えました…」

 

「馬鹿野郎!どうして民警の到着を待たなかった!」

 

慌てる警官と怒る多田島。そんな2人をくだらないとスルーするかのように、民警里見は前へ出た。

 

「どいてろボケ共!俺が突入する!」

 

里見は拳銃を抜くと、そのまま室内に突入する。

…その瞬間、零はゾクリとした謎の感覚に襲われた。

背中から全身にかけて寒気が広がるような謎の感覚だ。

 

「なんだ………?今のは…」

 

こういうときの零の予感は大抵当たる。自分の仕事ではない(間接的にはそうかもしれないが)とはいえ、目の前で悲惨な状況を目にする可能性があるとすれば黙って立っているわけには行かなかった。

後続に続く警官を追うように、階段を駆け上がっていく…

そしてその部屋の中で見たものとは…

 

部屋の中は血があちこちに吹き飛び、真紅の海が広がっていた。

その部屋の中央には長身の男が佇んでいる。

身長は190越え、細すぎる手足に胴体、細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服にシルクハット…極めつけは舞踏会用の仮面という奇怪な人物。

ガストレア関連の事件ではなかったのだろうか?

その謎を解決するかのように仮面男が口を開く。

 

「民警くん、遅かったじゃないか…」

 

「何者だアンタ…」

 

聞きたい事を代弁してくれる里見。

 

「私はガストレアを追っていた者…しかし、君と同業者ではない。なぜなら、この警官隊を殺したのは私だからだよ…」

 

その言葉を聞き終わるか終わらないかのタイミングで里見は仮面に急接近し、掌打を繰り出した。

良いタイミング、良いスピードだ。確実に警戒心が薄らいでいる絶妙のタイミング。

しかし、仮面はそれを首を捻るだけの動作で悠々と躱した。

 

「ほう…中々やるね…」

 

相手も素人ではなく相当の手練だ。里見は警戒するが特に反撃の様子はない…あくまでもその男からは!!

 

「窓だ!」

 

隠れていたはずの零が咄嗟に叫ぶ。

 

「な、何だお前は!?」

 

部外者がいることに気づかなかった多田島は叫ぶが、里見は言われた通り窓に注意を払っていた。

…だが、コンマ数秒遅い!

 

バリンと激しい音がすると、1人の少女が窓ガラスを突き破り突入してきた。

その少女は両手に持っていた2本の刀を里見に向け、そのまま切り刻もうとする。

 

「邪魔だ!そこをどきやがれ!」

 

零は里見の前に立ちはだかるように立つと、その2本の刀をまとめて自分の右腕に突き刺さるようにすることで受け止める。

しかし、刀は腕に深く突き刺さることはなく、零にも痛がる様子は全くなかった。

 

「パパ…この腕切れないよ?なんで?」

 

戦闘に乱入してきたイニシエーターと思われる赤目の少女が首を傾げている間に、隙ありと言いたげに里見が再び接近し技を浴びせようとする。

 

「隠禅・黒天風!」

 

里見の持ち技なのだろう。そこにいる誰もがギリギリ目視で確認できるくらいの恐ろしい速度で接近し、仮面に鋭い回し蹴りを浴びせようとする。

零はこの二人の評価を改めずにはいられなかった。

小さな事件と軽く見ていたが、二人共相当やるようだ。

これならば奴も避けられまい…そう思っていたが、どうやらその予想を遥かに上回るような事態になってきた。

仮面の周りに青白いドーム状の光が現れると、まるで電子バリアのように里見の蹴りをはじいたのだ。

目の前の少女も、零の腕から素早く刀を引き抜くとバックステップで後退し仮面の横に並ぶ。

 

「やれやれ…ただの民警ではないのか。はっきりいって、瞬殺して帰る予定だったのだけれどね…」

 

「それはこちらのセリフだ…特殊能力者か…それとも機械化兵士の被害者か…果たしてお前はどっちなんだろうな…」

 

表情は読めないが睨みつける零と向き合う仮面。

 

「それはすぐにわかることだよ。私達はひとまず退散と行こうじゃないか…お目当てのものもここにはないようだし、君達もその方が都合がいいだろう?」

 

「馬鹿か!こんなことをしている奴をミスミス逃すなんて!」

 

里見は叫ぶが、零がそれを制した。

 

「お前の依頼はガストレアに関する事件だろ?この男を捕まえることじゃない。ガストレアの本体が見つけられなかった以上、最優先すべき事項は感染爆発(パンデミック)を防ぐことだ。」

 

「ちいっ!」

 

「ではまた会おう、里見君、そっちの硬い少年。」

 

舌打ちする里見を馬鹿にするかのように仮面はキヒヒと奇妙な笑い声を発しながら窓ガラスを突き破り落ちていった。

パパーと呼びながら少女も後に続く…何とも奇妙な光景だ…

 

「何だったんだ…一体…」

 

次々と想定外のことが起こり続け、全てが終わった後にただそう呟くことしかできない多田島。

 

「さて、状況を整理したいんだろうがそんな時間はない。この現場から逃げ出したガストレアの本体を叩き、事後処理をするまでが民警くんと刑事さんの仕事だろう?」

 

「アンタ…一体何者なんだよ…敵か?味方か?」

 

「…敵なら助けたりなんかしねぇよ。俺は朝霧零。お前と同じ民警だ。少々危険な雰囲気を醸し出していたから手助けしてやっただけだ。」

 

「そういうことなら助かったぜ… 俺は里見蓮太郎だ。珍しい奴だな…民警同士も、民警と警察も仲悪い奴ばっかりだからな… けど、俺も金欠だ。手伝ってもらったからといって、報酬を分ける気はないぜ?」

 

互いに自己紹介を終える零と蓮太郎。

蓮太郎の自己紹介を聞くと、零は突然マフラーをずらし口元を見せながら笑いはじめた。

 

「ぷっ…お前面白い奴だな… こんな状況の中で自分のお小遣いの心配かよ!なら、乗りかかった舟だ、最後まで付き合わせろ… 当然金はいらない。お前の戦いぶりを最後まで見れるだけでも、充分報酬なような気がしてるんだ…」

 

戦いを見るのが報酬とは、何なのだろうか…

戦闘データでも集めているのなら自分よりもっと手練のところに行くべきだろうと蓮太郎は思ったが、1円足りとも金はいらないと零が言うのでその要求を飲むことにした。

先程の剣激を片手で防いだ零の腕は、何事もなかったかのように元に戻っていた。

それを見逃さなかった蓮太郎は、その瞬間零を只者ではないと判断したのだ。

相手に自分の事を見せる以上、自分も相手のことを知っておきたい…そんな動機だ。

 

「ったく、民警だけで勝手に話進めやがって!俺も行くぞ。」

 

呆れたように多田島が言うと、三人はガストレアを探すために町にでた。

 

☆SIDE 延珠☆

 

「れんたろーの薄情者ー!!」

 

歩く度にひょこひょこ揺れるツインテールが特徴的で、蓮太郎のイニシエーターである藍原延珠は先程の事件が起こっていた場所と少し離れた所を1人で歩いていた。

蓮太郎と延珠の所属する会社「天童民間警備会社」は恐ろしいほど儲かっていなく、まさに倒産の危機に陥っていた。

社員も社長を除けば蓮太郎と延珠の2人だけという超のつく小規模。先程、蓮太郎が行っていた仕事はそんな小規模会社に奇跡的に潜り込んできた大事な仕事なのである。

何としても遅刻するわけにはいかず、オンボロチャリを飛ばしていたところ荷台に乗せていた延珠を蓮太郎が落としてしまい置き去りにされてしまったというわけだ。

イニシエーターは呪われた子供たち…故に、人間より遙かに強靭なためチャリから落ちた程度では大したダメージにはならないのだが、延珠の場合別の意味でのダメージを負っているようだ。

 

「蓮太郎…妾より仕事が大事なのか…仕事がだいじなのかぁ!」

 

両目にうるうると涙を浮かべていると、当然脇道から不審な男が出てくる。

 

「ここはどこだ?俺は…俺は!!うわぁぁぁ!!」

 

ブチブチとグロテスクな音がして人間の体を突き破ると、中から蜘蛛のようなガストレアが出てきた。

街中ではあまり見ることのないガストレア化現象が目の前で起こったのである。

 

「…っつ!?」

 

咄嗟に戦闘態勢を取る延珠。

 

「モデルスパイダー・ステージ1を確認!これより交戦に入る!」

 

延珠が身構えるのとほぼ同時に、背後から聞き慣れた声が聞こえると、黒い銃弾が蜘蛛の頭を撃ち抜いた。

先程の現場から駆けつけた零と蓮太郎である。

 

「君、大丈夫か!?」

 

「問題ない。妾はお主の後ろで銃を構えている男のイニシエーターだ。遅いぞ蓮太郎!」

 

一般人と予想していた零は若干慌てていたが、そんなことはなく延珠も蓮太郎達と共にガストレアに対して構えをとった。

遅いと文句を言われ、蓮太郎はすまないと謝っていたが…

 

「なるほど…この子が蓮太郎のパートナーか…」

 

「モデル・ラビットのイニシエーター、藍原延珠と言う。よろしく頼む!」

 

バラニウム弾を受けたガストレアは再生を阻害され、狂ったように暴れ始める。

通常ではありえないほどの速度と速さで跳躍し、三人まとめて押し潰そうとしてきた。

一番最初に避けたのは蓮太郎。左目の義眼が奇妙に起動すると、まるでガストレアの動きを察知したかのように左へ…延珠は流石モデルラビットとも言うべく恐ろしいジャンプ力で後方跳躍し躱した。

零は体重を利用して突進してきたガストレアをそのまま片手で受け止めた。

 

「…ステージ1なんざ、所詮はこの程度か。延珠ちゃん、やっちゃってくれ。」

 

「承った!」

 

片手でガストレアを持ち上げる零を見て、なんて馬鹿力なんだと蓮太郎は驚愕する。

延珠は先程跳躍した高さを生かし、まるでライダーキックとも呼べる高所から、地面に足をつくことができずに暴れるガストレアに向けて飛び蹴りを放った。

1バウンド、2バウンド…地面を跳ねながら20mほど吹き飛ばされた彼奴は最終的に頭を地面にめり込ませることで静止を遂げた。

こんな小柄な少女が、これ程の破壊力のある蹴りを見せたことに後から来てこの戦場を見ていた多田島は口をパクパクさせていたが、これがイニシエーターの強さというもの。

ガストレアもイニシエーターも、ほとんどのものは動物や昆虫、植物などを媒体としたガストレアウイルスによって力を得るため、その元々のモデルの能力を反映させて戦う。

延珠の場合は、うさぎのような強力な脚力と跳躍力を駆使して戦うというわけだ。

 

「まだ生きているな…蓮太郎、後は任せたぞ!」

 

先程ガストレアがいた場所…つまり、零の隣に相手を吹き飛ばして自信満々な延珠が立つと、相棒の蓮太郎にそういう。

蓮太郎はバラニウム製の黒い銃弾をガストレアに打ち込んでいき、完全に息の根を止めた。

 

「流石に、三人もいると楽なもんだな… 助けてくれてありがとう。」

 

「そういえば、お主は同業者か?そんな話は聞いていなかったが…」

 

素直にお礼を言う蓮太郎と、首を傾げる延珠。

多田島達警察はこの現場の事後処理があるのでここからが仕事の本番だが、民警の仕事はもうこれで終わり…

後は蓮太郎達と適当に話して、処理が終わるのを待っていればいいだけだ。

 

「紹介が遅れたな。俺は朝霧零。特に依頼を受けていたわけじゃないけど、さっき君のパートナーの蓮太郎君が苦戦していたみたいだったから、手助けさせてもらってたんだよ」

 

「全く!妾を連れていればそんな目には合わなかったというのに!」

 

「だからすまなかったって延珠…」

 

「うーっ…そんなことで許せるかぁ!!キスだキス!結婚を前提にお付き合いするという誓いのキスをしろおお!!」

 

「ばっか!そんなもんできるか!第一お前はまだ10歳だろうが!!」

 

「このー!待て待て待てー!」

 

何故か零の回りをぐるぐると回りながら蓮太郎と延珠が追いかけっこを始めた。

…目が回るんだが

それにしても随分と仲の良いプロモーターとイニシエーターだ。普通、プロモーターがイニシエーターを探す際、イニシエーターを専門とする特別な施設から送られてきた呪われた子供たちをパートナーとして選択する。

特別な指定等がなければ完全にランダムで送られてくるシステムだし、相性が合わなければ使い捨てのようにして新しいイニシエーターを請求することだってできる。

そのような制度と、呪われた子供たちへの差別的風潮からこのようにプロモーターとイニシエーターの仲が良好なのは極めて珍しい部類に入るのだ。

ある程度仲の良さそうに見えるペアでも、大抵は死んだらそれまでレベルの関係がほとんど…

しかし、目の前の2人。里見蓮太郎と藍原延珠からはそれ以上の信頼関係が見て取れた。

仕事の最中に隣でギャーギャー喚かれてイライラしている多田島が今にもぶっ殺しそうな目でこちらを見てきたが、まあ気にしない事にする。

 

「なあ、蓮太郎… お前に聞きたいことがあるんだが。」

 

「なんだ!?俺は今延珠から逃げるので忙しいんだけど…!!」

 

「おお、そうだ!」

 

キキーっと通常人が静止するのではありえない音がして延珠が旧停止すると、何かを思い出したかのように声を上げた。

 

「蓮太郎、タイムセールはいいのか?」

 

「………はっ!?しまった!忘れてたぜ!」

 

「おいおい…まだ俺の質問も仕事の事後処理も終わってないぜ?そんなに大切な用事なのか?」

 

「もやしが一袋6円なんだよ!!!!」  

 

蓮太郎は慌てて延珠の腕を掴むと、オンボロチャリを置いてきてしまったことに舌打ちしながらスーパーのあると思われる方角に猛スピードで走っていった。

何か、色々すっ飛ばしてて面白いとは思うが、こんなに中途半端に現場を残していいのだろうか…

いや、それ以前に大切な用というのが

 

「………もやし、だと?」

 

「なぁんだ、ガキと嬢ちゃんは行っちまったのか…」

 

事後処理があら方片付いたのか多田島が戻ってきた。

 

「やれやれ…これは元々俺の仕事じゃないんだけどな。」

 

零はポケットから超小型コンピュータのような端末を取り出すと、ピピピと素早く操作しそれを多田島に見せる。

 

「天童民間警備社所属、里見蓮太郎に藍原延珠。この二人に依頼成功のデータ送信をしてやってくれ。成功報酬は俺の方で預かっておいて、後で必ず渡しておこう。」

 

「おいおい、マジでアンタは報酬要らないのかい?お人好しだねぇ… それにその端末…次世代型のコンピュータか?」

 

「俺の仲間に、こういうのなんでもできちまう奴がいるんだよ…」

 

聞いておいて全く興味無さそうにする多田島。

ムカツクので最後に頭を下げさせておくことにしよう。

 

「で、アンタに報酬渡して信用できんのかよ?」

 

「俺のライセンスだ。見りゃわかるだろ。」

 

「なっ… く、黒いライセンスカードだと!? す、すいませんでしたぁぁぁぁ!!!!」

 

零のライセンスを見た瞬間多田島が土下座する。

現場に残ったのは多田島の謝罪声だけだった…




というわけで、10年後の本編を書き始めたわけですがその前に10年前の回想に登場したキャラクタープロフィールを簡単に紹介しておきます。

朝霧優世(アサギリユウセイ)
身長:185
体重:75
年齢:32(2021年時点)
容姿:零と同じ茶髪でトゲトゲしい髪型をしている。瞳の色は黒。
ガストレア大戦敗戦間近のため、この頃はボロボロの黒いタンクトップを着用。

詳細:朝霧家の大黒柱で、華蓮の夫。
理由は不明だがバラニウム金属の存在が明らかになる遙か前からバラニウムの存在を知っており、零と紗雪に超バラニウムの入ったペンダントを持たせていた。
今現在では全てが謎に包まれている男。
華蓮の死とともに行方をくらませる。

朝霧華蓮(カレン)
身長:162
体重:53
年齢:26(2021年時点)
容姿:透き通った緋色の髪で緑色の瞳を持つ美しい女性。髪型はセミロング。ドレスのような服装をしているが、結果的にこれが仇となり最悪の結末を迎えてしまうことになった。

詳細:夫を愛し続けるお淑やかな妻。バラニウムの存在を知って入るが、詳しくはなかった模様。ガストレア大戦終了前日にバスの爆発に巻き込まれ、死亡が確認されている。
胸はEカップと巨乳だった。

朝霧零(レイ)
身長:138
体重:30
年齢:9(2021年時点)
容姿:非常に父親似の子供で、髪色も外見もそっくり。完全に優世の小人のような容姿をしている。

詳細:本作の主人公。
優世、華蓮の間に生まれた一人息子で、自分の意見をしっかりと持ち、幼い頃から冷静な判断や態度を取ることが得意な少年。自己中心的で我儘なのがたまに傷。
何の力も持っていなく、大切な家族を守れない経験から自分が強くなるだけでなく、仲間を集め、ある物を憎むことで今は民警最強クラスと恐れられる程の圧倒的実力を手にするまでに成長する。
父のことを親父、母のことをお袋と呼ぶ。
重度のシスコン。

朝霧紗雪(サユキ)
身長:128
体重:24
年齢:9(2021年時点)
容姿:第一印象は小柄。白髪のショートヘアで、半袖ショーパンとラフな格好をしている。
赤い瞳を持つが、呪われた子供たちというわけではない。

詳細:幼い頃朝霧家に養子として迎え入れられた少女。
笑ったり泣いたりと、よく表情を表に出す子で、朝霧家の笑顔の元として一家を支えていた。
また、大の猫好きで家が残っていた頃は二匹の猫を飼っていたという。
両親のことも大好きだが、一番好きだったのは兄である零という重度のブラコン。
ガストレア大戦敗戦当日に死亡したと思われるが、死体処理が行われていたかどうかは不明。



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新たな仲間 蓮斗&結愛

ガストレアのステージのレベルは本来Ⅰ、Ⅱのように書きますが、文字化けを防ぐためにあえて算用数字で書いています。
ご了承ください。


☆SIDE 蓮太郎☆

 

「里見くん、死ぬ前に何か言い残すことはある?」

 

目の前にいるとってもお美しい美少女が満面の笑みで上記を言った。

さて、これは一体どういうことなのか…

状況の補足をすると、ここは天童民間警備会社の中で話しかけているのは社長の天童木更という人物である。

蓮太郎の幼馴染で、学生でありながらも親に頼ることを嫌いこうして会社を設立しているわけだが、前回にもお話したように色々と悪条件が重なって全く儲かっていない。

その理由の一つが、目の前で怒られている里見蓮太郎なのだ。

 

「待ってくれ木更さん!これには深い訳が!」

 

「はぁ?まさか、その深い訳がタイムセールのもやしとか言うんじゃないでしょうね?大体、依頼の事後処理全部すっぽかしてスーパーに買い物に行くってどういう神経してるの!?しかも、報酬を途中で受け取り忘れたのに気づいたくせに私にも警察にも報告しないなんて!」

 

「ぐっ…何も言い返せねぇ…」

 

目先の欲に目が眩むとロクなことがないぞ蓮太郎…

案の定、会社に戻った後多田島に連絡を入れたが、成功報酬?www何それwww俺、V…(ry

 

…ではなく、なぁんだ、受け取りに来ないからてっきり初回無料のサービスかと思ったぜガハハ!!と思いっきり笑われ報酬を受け取ることができなかったのだ。

 

「ぐっ…じゃないのよ!今回がどれだけ貴重な依頼だったと思ってるの!」

 

仰るとおりです。というか、これを逃した以上もう潰れるまでウチに依頼なんて来ないんじゃないか?

隣に座っている延珠が眠そうな顔をしながら欠伸をするとれんたろーは馬鹿だなぁという顔をしながらこちらを見てくる。

延珠は延珠でチャリから落として放置された事を根に持っているのか、全く擁護してくれない。

この会社に蓮太郎の味方は果たしているのだろうか…

そんなことを考えていると、ぎゅるるるるるという音が聞こえ現実に引き戻される。

鳴っていたのは木更さんのお腹だった。

 

「もういや………ビフテキ食べたい………」

 

社長机にバタンと倒れ込む木更。

透き通った黒髪でストレート、気品のある学生服に、大きな胸。これだけ容姿が整っていて美しい女性がこのザマである。

 

…誰のせいだ?

 

貴方のせいです。

 

「…アンタも食べるか?もやし…」

 

「そんなんでこの私が許すとでも?…はぁ、イニシエーターは優秀なのに何でこんなにダメダメなのかしらね、貴方は。」

 

民警個々の強さを測るものとして、IP序列というものがある。

IP序列はイニシエーター・プロモーター序列の略でIISOという組織により世界中の民警全てが戦闘能力及び戦果によってランク付けされる。

上位100位以内の組みには二つ名がつき、数値が上位に行けばいくほど「擬似階級の上昇」や「機密情報へのアクセス権」などが手に入る。

また、この裁定はかなり正確なもので結構アテになるため序列の高さがそのままそのペアの強さと認識して間違いはないだろう。

現在、世界中で民警のペアは約20万あるのだが果たして蓮太郎&延珠の序列とは…?

 

「序列123452位…雑魚中の雑魚ね。」

 

「そこまでいうか…」

 

全世界の民警の半分すら下回るという恥っぷりだ。

ただ、木更の言うとおり延珠は非常に優秀なイニシエーターである。

恐らく、延珠単体なら序列1000番代ランクまで行くことができるだろうが、蓮太郎のヘマのせいでこんな残念な順位にさせられている。

何とも勿体無い話だ。

 

「もーっ!こんな道のど真ん中で死なないでください!いーから、早く立ってくださいよ!!」

 

…おい、何か今物騒な言葉が外から聞こえたんだが。

 

「何やら外が騒がしいわね…」

 

窓は開けていたため、木更も普通に聞こえていたのか同じことを考えていたようだ。

 

「…こんなオンボロ通りに来る奴なんてどうせたかが知れて…って、おい!誰か倒れてるぞ!?」

 

「えっ!?里見くん、様子を見に行きましょう!」

 

窓から外を見ると、蒼緑の綺麗な髪をした小柄の少女が真っ赤な髪をした大きな男を必死に起こそうとしていた。

蓮太郎と木更は慌てて下まで降りて行くと、その少女達に声をかけることにする。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「え、ええっ!?人!?///」

 

木更が慌てたように背後からが話しかけると、その少女はビクッと体を震わせ、顔を真っ赤に赤面させながら振り返った。

 

「あ、いいんです!いつものことなんで!」

 

その少女は慌ててそう答えるが…

 

「す、すまねぇ…ゆあちー…」

 

バタッ。

大男の方は、そう言い残すと意識を失って倒れてしまった。

 

「って!うわぁぁ!本当に気絶しないでくださいよ!このバカぁ!」

 

何とか事態を穏便に済ませたかった少女だが、逆に空回りしてさっきから色々と叫ぶだけになっている。

こりゃ、ダメそうだな…

 

「…まぁ、何か色々と触れられたくないんだろうが、流石に道のど真ん中で倒れてたら目立つだろ?ここは、お兄さん達に任せておけよ。てなわけで木更さん、こいつ運ぶの手伝ってくれ。」

 

「軽々しくレディーに荷物持ち頼まないで!里見くんが一人で運びなさいよ!」

 

「…荷物って…否定できないのが辛いです…」

 

蓮太郎が少女に優しく声をかけると、ちょっと良いシーン作ってやろうかという所で木更がフラグをぶっ壊しにかかっていた。

少女は苦笑いしかできないものの、流石にこの男を1人で担ぐこともできないので、仕方なく2人の手助けを受けることにしたようだ。

 

蓮太郎は男を担ぐと、女性陣2人を連れて再び会社内に戻る。

延珠が驚いた顔をしていたが、少女が全く心配ないと言ったので多分その通りなのだろう。

簡単にソファーに寝かせると、少女を椅子まで案内した。

 

「すまねぇな、ボロい会社だからこんなんしかないんだ。」

 

「あ…いえ、私の方こそ皆さんにご迷惑を…」

 

「へー!しっかりしてる子じゃない!里見くんも見習いなさいよ!」

 

木更がニコニコしながら言うが、流石に小学生くらいの女の子を見習うってどうなんだと蓮太郎に突っ込まれていた。

少女が言うには、5分程度で目を覚ますとのことなので大人しく待っていると本当に5分ピッタリに目が覚めたので驚かざるを得ない。

 

「って、こんな所で寝てたらカッコよくねぇぜ!待ってろ!ゆあちー!!…ってあれ?」

 

男が飛び起きると、何やらカッコつけようと頑張っているがさっきと違う場所にいることに気づく。

 

「もういいです…少し黙っててください。」

 

「…ハイ。」

 

少女に言いくるめられ黙り込む男。

何か似たような光景をよく見るような気がする…この会社で。

まあ、きっと気のせいだろうから話を進めましょう。

蓮太郎達からしても色々と聞きたいこともあるだろうし…

 

「ええと、その人は大丈夫なのか?」

 

「はい、あまりの空腹に意識が飛んだだけです。」

 

少女が答える。

男の方は発言禁止を忠実に守っているのか後ろで無言で涙を流していた。

…こわいわ!というか、この年で大人に言うこと効かせてるこの子もこわいわ!

 

「空腹って、どんだけ食わないとそういう現象になるんだよ… アンタこれ食うか?」

 

蓮太郎が先程買ってきたもやしを男に見せると、物凄くキラキラした目でこちらを見てくる。

だからこわいわ!サイレントのお笑いじゃないんだから…

 

「…話しかけられた時くらい返事していいです」

 

「マジで!?くれんの!?」

 

表情だけでなく言葉の方もハイテンションだった。

もう少女の方は呆れてため息をついている。

 

「れんたろー…妾もお腹空いたぞ…」

 

若干放置気味にされて機嫌の悪い延珠もそういう。

 

「わかった、木更さんも食べるだろうし適当に炒めてくるから待っててくれ。」

 

そういうと、蓮太郎は奥の部屋に消えていった。

ここ、天童民間警備会社の内装は至ってシンプル。…というより、ボロマンションの1フロア部分なのでこれ以上どうしようもないというのが正解だ。

部屋の奥には社長用のテーブルと椅子が置いてあり、中央には来客用のソファーがある。ここだけ家具が豪華なのは恐らくお嬢様である木更の最後のプライドなのだろう。

木更が何故お嬢様なのにここまで貧乏なのかは敢えてここでは触れないでおく…

部屋の手前には、現在唯一の社員である蓮太郎と延珠の仕事机(という名の勉強机)があり、それ以外には何もない。

寝泊まりすることも考慮されており、キッチンやシャワーも設備はされてあるが寝泊まりするほど仕事が忙しくならないのと、料理できる人がいないためこちらはあまり使われていない。

蓮太郎だけは料理がある程度できるが、ここのキッチンを使うのは非常に珍しいといえる。

 

もやしを炒めるだけなので、すぐに蓮太郎は戻ってくるとそれを机の上に置いた。

 

「悪いけど、今はこれしかないんでな… まあ、好きに食べてくれ。」

 

報酬を受け取り忘れるほど全力で買いに行き、お一人様1パック(延珠と並んで2パック買った)のもやしを全て出す蓮太郎。

金が無い金が無いといいながら、困っている人を放っておけないのは彼の持つ人を魅了する最大の特徴といえよう…

 

「うお、美味そうだな!」

 

「里見くん、遠慮なくいただくわね!」

 

頂きますと元気よく言うともやしにがっつく三人。

延珠はまだ可愛げがあるから良いとして、残りの二人にはプライドというものがないのだろうか…

 

「す、すみません!お食事までご馳走していただいて… 何とお礼を言ったらいいか…」

 

蓮太郎の横で少女がペコペコと謝っていた。

 

「気にすんなよ… それより、アンタは食わなくていいのか?」

 

「私は大丈夫です… そういえば、怪しいお店があって少しびっくりしましたが、ここは民警なんですね。」

 

笑って遠慮する少女。無理をしているなら強引にでも食べさせたほうがいいのだろうが、初対面の女の子に食事を強制させるのもどうかと思い、蓮太郎はこの少女と会話をすることにした。

 

「まあな、ご覧の通り立地も最悪でな…社内もオンボロだしとにかく儲かってないんだ。」

 

「ここにいる途中にいたヤンキーのお兄さんやエッチなお姉さんは貴方の知り合いなんですか?」

 

「あー…この建物、一階はゲイバーで二階はキャバクラ、三階がウチで四階は闇金なんだ。って言って意味わかるか?」

 

「はい、わかりますよ?…けど、色々カオスですね… 苦労されてるみたいで。」

 

「そういえば自己紹介してなかったな。俺は里見蓮太郎。向こうにいるのが俺のパートナーの延珠と社長の木更さんだ。」

 

「私は結愛(ユア)といいます。あっちでもやしにがっついているバカは朝山蓮斗(アサヤマハスト)さんって言います。」

 

互いに自己紹介をすると、もやしにがっつく3人をみてクスクスと笑う2人。

蓮太郎から見てわかったことといえば、こちらの少女結愛がしっかりもので向こうの蓮斗がダメダメな兄貴といったところだ。

まるでプロモーターとイニシエーターだな…

 

「そういえば、結愛はどうしてこんな所を歩いてたんだ?」

 

「それが…」

 

ガックリ肩を落とすと結愛が話し始める。

 

この二人も俺達と同じ民警で、朝山民間警備会社という会社を設立し活動を行なっていた。

しかし、蓮斗のあまりの仕事のできなさに経営は悪く遂に本日倒産したという。

今日はその旨の書類を持って、民警をやめると政府に手続きに行くところだったそうだ。

 

「決して仕事がないわけじゃないんです…けど蓮斗さん、目の前に困った人とか面倒な事件があるとすぐそっち行っちゃって… それはそれで大切なことだろうとは思うんですけど、常にそればっかりだとまともに依頼もこなせない。完全に経営者向きじゃないんです… 私潰れないようにって頑張ったのに…頑張ったのに… うわぁぁん!」

 

…思い出し笑いではなく、思い出し泣きをしたのか結愛は泣き出してしまった。

いくらなんでも相棒を泣かせるほど仕事ができないとは余程のアホなのか?いや、倒産してる時点でアホなんだろうな。

大して話しもしていないはずなのに蓮斗への評価が物凄い勢いで下がっていく。

蓮太郎は結愛の頭を撫でてやった

 

「よしよし…大変だったな。」

 

「へっ…?」

 

涙を拭いて顔を上げると結愛は不思議そうにしていた。

 

「どうかしたか?」

 

「…いえ、蓮斗さん以外にもイニシエーターにこんなに優しいプロモーターがいるんだなって…」

 

そういえば、零の奴にも似たようなことを言われたな。

呪われた子供たちにも幸せな生活を送って欲しいというのは蓮太郎自身の願いでもある。

 

「そうだ!木更さん!」

 

思いついたかのように蓮太郎が叫ぶ。

 

「何よ里見くん、食事中よ?」

 

「この二人をウチで雇うってのはどうだ?民警を辞めちまったら序列も剥奪されるし、それじゃ結愛があんまりだろ…」

 

「話は私も聞いてたけど、ホントに大丈夫なの?タダでさえウチには里見くんってお荷物がいるのに、ダメダメプロモーターをもう一人抱える気?」

 

「うめえええ!!このもやしうめえええよおおお!!」

 

ボロッかすに叩かれている張本人は満面の笑みでもやしを食べ続けていた。

ロクな食材もないので、もやしにその辺にあった適当な調味料を突っ込んだだけで何も工夫はしていない。

普段何食ってんだこの人は。

 

「考えてくれるのは嬉しいですけど、私、人に迷惑をかけるのが好きじゃないんです… だから…」

 

結愛が丁重に断ろうとすると蓮斗がガタッと立ち上がった。

 

「ご馳走さん。そして天童社長、もし俺達を雇ってくれるんなら、是非お願いできないか?」

 

その目はさっきまで見せていたバカ面とは正反対で、真面目で真剣な目つきだった。

その顔を見た瞬間、延珠の目つきも変わる。

 

「蓮太郎、木更…この二人強いぞ…」

 

延珠はうさぎの生存本能を生かすことで、対峙した相手の大まかな戦闘能力を感じ取ることができる。

その延珠が、目の前の蓮斗、奥の結愛を強者と判断した。

…それだけではない、さっきまで感じ取ることができなかったということはある程度殺気や戦意を隠すこともできるということだ。

 

「…延珠ちゃんがそういうなら間違いは無さそうね。でも、倒産経験があるならちょっと不安かしら… 貴方達の実力、私に見せてもらえる?」

 

「構わないぜ、相手は蓮太郎達でいいんだな?」

 

いきなり戦えと言われて蓮太郎は焦るが、流石に木更に戦わせるわけにもいかず渋々承諾した。

木更も社長ながら恐ろしいほどの実力を持っているが、腎臓の持病で人工透析を受けているため長時間は戦えない。

それ以前に、ここで自分が出なければ男の名が泣くだろう…

試合をするために、場所は会社から少し離れた空き地へ移動。がしかし…

 

「ここじゃ正直全力は出せないですね… 200m先に民家があります…」

 

残念そうに言う結愛。

狙撃手なら話はわかるが、結愛が手にしている武器は一本の刀のみ…

一体どんな戦いをしようというのか。蓮斗のほうも、手にしているのは一本の刀のみだった。

 

「俺達は刀を使って戦うんだ。お前達との勝負、楽しみにしてるぜ!」

 

プロモーターとイニシエーター。互いのペアがセットになり互いに向き合うと、いよいよ戦いが始まろうとしている。

フィールドは完全な野原。空き地とそれ以外の場所を仕切るかのように周りはブロック塀で囲まれている。広さは縦横約200mで、戦闘を行うには充分な広さだ。

 

「序列12万over里見蓮太郎。」

 

「同じく、藍原延珠だ!」

 

「12万か…けど、実力の方はもっと上だろうな。手練の匂いがプンプンするぜ… 序列13720位、朝山蓮斗!」

 

「…同じく、結愛。」

 

互いに自己紹介を終えると延珠と結愛の瞳が真っ赤に染まる。

イニシエーターとして、ガストレアウイルスの力を解放するためだ。

そして、それは戦いが始まるゴング代わりにもなる。

ビュンと常人ではありえない風切り音が聞こえると二人は互いに突っ込む…

挨拶がわりにと延珠は回し蹴り、結愛は抜刀斬りでぶつかり合った。

その威力は…

 

「互角!?」

 

「お主もやるようだが、妾も負けんぞ!」

 

延珠は踵で結愛の刀を抑え込むとそのままくるりと体を反転させ襟を掴む。

そのまま地面に背負い投げを繰り出した。

 

「ぐあっ… 流石ですね…延珠さん。ですが!」

 

「!?」

 

素早く手を離すと距離を取る延珠。

立ち上がる結愛の周りには白い霧がオーラのように纏われていた。

 

「何なのだ…今の寒気は…」

 

蓮太郎の側まで警戒して引く延珠に蓮斗が答えた。

 

「なあ、蓮太郎。魔法や超能力って信じるか?」

 

「…そんな大層なもんがあるなら、とっくにこの世界はもっと良い方向に変わってるだろうよ。そもそも、機械化兵士や呪われた子供たちの存在がここまで公になることもないはずだ。」

 

「だな。けど、限りなくそれに近い域までいける人間がいるとしたら… 朝山式抜刀術・一ノ型・隼!」

 

「天童式戦闘術・一の型五番・虎搏天成!」

 

次はプロモーターである蓮太郎と蓮斗がぶつかり合う。

蓮斗は納刀状態のまま、蓮太郎に一気に接近し凄まじい速さで抜刀。そのまま真っ二つにしようと手加減のない一撃を放つ。

対する蓮太郎も、早業に合わせて早業で対抗した。目にも止まらぬ速さの拳で神速の突きを繰り出す。

この互いの技が真正面からぶつかり合った。

 

「刀相手に素手だと!?」

 

「あいにく、こっちにも仕掛けがあってな…!」

 

結果は先程同様互角、刀とぶつかり合っておきながら蓮太郎の腕は斬れることなく真っ黒の金属が露出していた。

 

「バラニウム…お前機械化兵士だったのか…」

 

「そういうこった、そして俺の義眼は常人の数倍のスピードで演算することで行動の先読みをすることができる。お前がスピード系の技を使うことも、結愛が最初に突っ込んでくることも読んでいたさ…」

 

「なら、手加減してやる必要はねぇな。ゆあちー、さっさと終わらせるぞ。」

 

「はい!」

 

蓮斗の合図で先程から結愛の周りを纏っていた白い霧の放出量が一気に上がり、それによりその正体がわかった。

それは細かい氷の集合体。本来なら氷点下でもかなり低い温度でしか見ることのできないダイヤモンドダストという現象が、真夏の今目の前で起こっている。

そしてその隣に立った蓮斗からは、それに対抗するように灼熱の炎がオーラのように纏われていた。

 

「な、何だこれは!」

 

「へへっ、さっきお前は超能力を否定していたけど俺達みたいに一定の条件を満たせばある程度の特殊能力を使うことのできる人間だっているんだぜ?今から、その技の一部を見せてやるよ。」

 

蓮斗の刀が赤くて、結愛の刀が水色だった理由はそういうことだったらしい。名前は煉獄刀・焔と氷刀・雪月花というそうだ。

まるで漫画でもみているかのように、二人の力が増大していくのがわかる…一撃で決めると互いにアイコンタクトを取ると二人は技を繰り出してきた。

 

「朝山式抜刀術・三ノ型・絶対零度!」

 

「朝山式抜刀術・四ノ型・緋炎!」

 

結愛は氷、蓮斗は炎を刀身にも纏うと一気に突っ込んでくる。

 

「これは練習試合のようなものだしな…正面から行くぞ延珠!」

 

それに対抗するように延珠と蓮太郎も正面から向かっていく…

 

 

 




題名新メンバー追加なのに文字数足りなかった;;

枠に入り切らなかった分は次回の前半やります。申し訳ないです。


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何のために戦う?

何が起こったのか。

答えは4人の戦士がぶつかり合った。

ではどうなったのか。

 

…目の前には、制服が焼き焦げ地面に這いつくばる蓮太郎と、全身が氷漬けになり身動きの取れなくなった延珠がいた。

木更は認めざるを得なかった。

抜刀術を使うものとしての剣さばきはもちろん、目の前の二人は通常みることのできない特殊な力を駆使することで蓮太郎と延珠を圧倒した。

 

「し、勝負あり!」

 

「ふふっ…やりましたね!蓮斗さん!」

 

木更の声に結愛が笑顔になる。

試合が終わるとわかると蓮斗が炎を使って氷を溶かし延珠を助け、結愛が蓮太郎を起こし火傷してしまった部分を冷やして介抱していた。

 

「驚いたよ…まさかここまでの威力とはな…」

 

「蓮太郎さん達も強かったです。言い忘れていましたが、私はモデル・イエティの超イニシエーターです。その私相手に互角に渡りあった貴方達はもっと誇っていいと思いますよ。」

 

超イニシエーターとは何か?

ガストレアウイルスは基本的に動物などの因子を使用することで、その力を開放する。

だが、稀に媒体とした人間の思考の中に存在する空想上の動物のデータを読み取り、それを現実に具現化してしまう強力且つ頭の良いウイルスが存在する。

そのため、感染者からしか生まれないという条件がつくが、ドラゴンや神、あるいは天使や悪魔など現実に存在するはずのない姿を見せ、現実ではありえないような特殊な力を使うことさえできるという。

その特殊な因子を持つガストレアを超ガストレア、呪われた子供たちを超イニシエーターといい伝説級の強さを見せるとされ最近噂になり始めているのだ。

 

「先生から聞いたことがあったけど、本当にいたんだな…」

 

「でも、超イニシエーターなどの存在が確認されたのはここ最近らしいですね?私は田舎育ちで時事には疎かったので少し驚きましたよ。」

 

「現在確認されている超イニシエーターの数は、全呪われた子供たちの中で僅か1%しかいない。そのうちの1人だって言われても正直実感わかないよ…」

 

「あはは…私は超イニシエーターの中ではかなり下級…残念ながらめちゃくちゃ弱いんですけどね…」

 

「こら二人共!いつまでも話してないでこっちにきなさい!」

 

蓮太郎と結愛か話し込んでいると、木更が向こうから叫んできた。

気づけば延珠も元気そうな表情に戻っており、蓮斗と話をしていた。

 

「おっしゃ!これで俺たちの新しい職場が決まったぜ!」

 

「それ程の腕前があるなら、雇わないわけにはいかないでしょう?剣術を使う私からみても、貴方達2人の剣さばきは見事なものだったわ。」

 

木更の承諾もあり、こうして2人は天童民間警備会社で働くことになった。

炎を操る蓮斗、氷を操る結愛。

2人の活躍はここからが本番です!

 

☆SIDE 零☆

 

蓮太郎達が激戦を繰り広げていた日の夜、零は夜道を1人であるいていた。

 

「やれやれ…もう少しちゃんと話しておくべきだったな。会社に行ってもいないし、蓮太郎の奴はどこにいるんだ…」

 

以前聞けなかった質問をするため、そして預かった報酬を渡すため、蓮太郎を探していた零だが、タイミングが悪く中々会えないようだ。

丁度空き地の方に移動してしまったタイミングで会社にきたのが仇となり、日が暮れた今になってもぶらぶらしている。

今日は帰ろうかと諦めかけた時、目の前で蓮太郎が走っていくのが見えた。

これだけ暇つぶししてようやくお目当ての人物がお出ましか…

零は蓮太郎を軽く追うと、後ろから声をかけた。

 

「よっ、蓮太郎。」

 

「うわっ!?な、なんだよ!びっくりさせんな!」

 

軽く声をかけたつもりなのに、過剰に反応する蓮太郎。

こいつ…もしかして怖がりなのか?夜道で声をかけられてビビるのは、子供か女性くらいだろうに。

 

「だったらもう少し簡単に見つかってくれ…お前を探すためだけにどれだけ時間を無駄にしたと思ってるんだ…」

 

「いや、知るかよ… とはいっても、俺も零にはお礼をしておきたかったしな。この間は助けてもらったのに事後処理放り出して悪かったな… 社長にこっぴどく叱られたよ…」

 

「そいつは災難だったな。けど、そこまで手を出されるほどは怒られてないだろ?俺の方で、お前達が依頼を達成したように手続きは済ませておいたし、ほら。」

 

そういって茶封筒を投げ渡す零。

 

「これは?」

 

「この間の報酬。俺は金は要らないって言っただろ?」

 

中にはこの間の報酬全額分が入っていた。

警察が払わなかったのは、既に報酬を納入した後だったからか…にしてもあの野郎(多田島)、もう少し言い回しを親切にできないのか…

本当に民警と警察が仲が悪いのを実感してしまう。

 

「俺は報酬を受け取り忘れた身だ…これはお前が使えよ。」

 

「あいにく、俺は金には困ってないんでな。お前の方は金欠だろ?貸しにしたりしないから見栄張るなって…」

 

「…本当に悪いな」

 

零の表情を読み取り、渋々受け取る蓮太郎。

 

「そういえば、蓮太郎はどこに行くつもりなんだ?」

 

「ああ…」

 

こんな夜に1人でどこに行くのかと零が尋ねると、とある病院と答えた。

そこの地下にある死体安置所には室戸菫という研究者が住みついている。

この人物は、四賢人と呼ばれ世界最高峰の頭脳を持つ1人であり、現在は廃止されている機械化兵士計画の元最高責任者である。

蓮太郎のように、体の一部をバラニウム金属に変換することで常人より強力な力を使うことのできる人間たちは、この計画の被害者と言うわけだ。

蓮太郎は自分のメンテナンスや様々な相談を聞いてもらうため、よく菫のいる場所に足を運んでいるという。

 

「室戸菫…まさか、こんな所にいたとはな…」

 

「…どうかしたか?」

 

思いつめたような表情をみると首を傾げる蓮太郎。

確か、機械化兵士計画の最高責任者だよな?と零が言うのでそうだと答えるとますます考え込む仕草をした。

 

「俺も連れて行ってくれないか?」

 

「先生の所にか?あの人、かなり人見知りの上に頭のネジがかなり逝ってるからちゃんと話を聞いてもらえるかわからないぞ?」

 

「構わないさ…意地でも聞かせる。」

 

何とも恐ろしいことを恐ろしい表情でいうものだ。

本人は要らないと言っていたが、仮が多くあるので蓮太郎は菫に合わせることを承諾した。

2人はラボのある地下までいくと、その扉を開けた。

 

「せんせー!ちょっと遅くなっちまった。せんせー!」

 

蓮太郎が声をあげるが特に返事はない。

いつもこんな感じなのだそうだ…

地下に一室、そしてこの奇妙な物とその配置。

確かに普通の常人ではないだろう

お香を炊いているのかあちこちから煙が立ち昇り、机の上の至る所には謎の生命体がうようよ動いてる。

部屋はかなり暗くて視界が良くない中、奥の方にあるカーテンの向こうでぶちゅっ…ぶちゅっ…とあまり聞きたくないような音が聞こえていた。

しばらくして生々しくてグロテスクな音が止むと、カーテンの向こうから白衣を着た女性が姿を現した。

 

「やあやあ蓮太郎君。君が男を連れ込むなんて珍しいね、ついに幼女だけでは物足りなくなってそっちの方向にまで手を伸ばしはじめたのかい?」

 

「ちげーよ!!つーか、初対面の人が来たんだから少しくらい真面目に挨拶しろ!」

 

「別に誰が来ようが私の知ったことではない。ここにくるのは、蓮太郎君のようなお馬鹿で変態で彼女もできないような残念な男か、私の居場所を掴んで研究関連の依頼をしにくる業者くらいのものだよ。」

 

予想以上の変人だなと苦笑いする零。

しかし、ふと思い出すとすぐに真面目な表情に戻った。

 

「アンタが室戸菫か… 俺は朝霧零。民警だ。」

 

「民警君が何の用かな?私は便利屋じゃない。何かの依頼とかならお引き取り願うよ…」

 

まるで先を読んだかのように釘を刺してくる菫。

零は相変わらず真剣な目つきのままだ。

戦闘時のような殺意は感じられないが、もっと別の敵…つまりは商談相手や交渉相手に使うような目をしていた。

これが、仕事ができる奴ということになるのだろうか…

零はしばらく無言のまま、睨みつけるわけでもなく、諦めて視線を逸らすわけでもなく、ただ真っ直ぐに相手の目を見続けていた。

 

「別に依頼に来たわけではない…ただ、専門家としての話を少しだけ聞かせて貰いたいんだ…」

 

「ほほう?それで、君の聞きたい話とはなんだい?蓮太郎君の性癖かい?それとも、私の今の彼氏の話かい?」

 

「前者は論外だし、後者はアンタの場合死体だろうが…」

 

呆れてため息をつく蓮太郎。

ここまで真面目な空気の中、全くブレずに自分を貫き通す菫にはいつでも頭が上がらないのがこの男だ。

 

「バラニウムとガストレアについてだ。俺は始めて蓮太郎を見た時から確信していた…こいつはイニシエーターを駒としてではなく、人としてみているってな…俺はそんな人間をずっと探し続けてきた。そして、そんな蓮太郎を影で操っているのがアンタだとすれば、必然的にアンタにもそういう感情があると期待してもおかしくはないだろう?」

 

「ふむ…残念ながら、私は呪われた子供たちを人としては見ていないね。気持ちがわからないでもないから、蓮太郎君にはアドバイスをしているに過ぎない。君を見たところ、一定以上の知識はあるようだし、バラニウムやガストレアの説明は要らないだろう?本当に欲しいものはなんだい?」

 

「………このデータを見て欲しい。極秘資料だから、他言無用で頼む。」

 

零はポケットから小型のチップを取り出すと、それを菫に渡した。

面倒ごとは嫌いなのか、やれやれと嫌そうな顔をしながらパソコンをつける。

データを読み込むと、イニシエーターと思われる小さな女の子の体が出てきた。

 

「解剖図…ではなく、生きている人間を特殊なX線を使って撮ったもののようだね。」

 

「流石四賢人だな… その通り、その子は実在して、今も生きている。それを見てどう思うか聞きたいんだ。」

 

その子の体内には、人間らしい臓器など殆どなく、真っ黒い金属と常に動き続ける気持ちの悪いウイルスで埋め尽くされ、体の90%以上を占めていた。

 

「ガストレアウイルスとバラニウム金属の共演…しかも体内侵食率は限界値の49.9%、人間としての臓器をすべて失っているのに人の体の状態を保ち続け、挙句の果てに君の言う事は聞く…とね。はっきり言って、次世代型の最終兵器を見ているようにしか思えないよ。この体内侵食率なら、呪われた子供たちとしても最高レベルの火力出すことができるし、バラニウム金属が体内を覆っているから侵食率があがることもない。脳の方はどうなんだね?そこだけは人間の物のようだが…!?」

 

そう言いかけて菫は目を見開く。

脳以外をバラニウム金属で構成するというのは、以前菫が携わっていた機械化兵士計画の最終段階。今まで何人もの人間を犠牲にしてでも達成することができず、呪われた子供たちの存在により必要性が重要視されなくなり、凍結されたあの計画…

しかし、目の前のデータに示されている子の体は脳以外をバラニウムで構成している完成体そのものといっても間違いではなかった。

それどころかバラニウムを極端に嫌い、共存不可能と言われているガストレアウイルスを同時並行で体内に宿し、発動できないはずの力を自由自在に扱っているのだ。

 

「そう…そんな状態の体を持ってしても、人として普通に過ごすこともできてしまうのがその子なんだ。ただ1つ問題なのは、その体の負荷により、脳の一部が欠落…感情がなくなってしまった…俺の言う事を聞くには聞くが、その表情に変化はない…俺は、その子の感情を何とかして取り戻したいんだよ…」

 

………

黙り込む菫。

しかし、こんな無茶なことを言ってどうしようもないのは零にもわかっている。

もしかしたらという藁にもすがりつくような思いで、このデータを提供したに過ぎないのだから。

 

「…はっきり言って、今の私にできることは何一つないだろうね。機械化兵士計画が私の知らない所で続けられ、あろうことか完成品までできていることにも驚きだし、この子の場合ガストレアウイルスの問題もある。というより、そろそろこの子が誰なのか説明してあげたらどうだい?蓮太郎君も読者の諸君も口をポカーンと開けて見ているぞ?」

 

メタをはるなよ…

本当に何でもありだなこの人は…

そう思うが、確かに菫の言う通り蓮太郎は途中から話についていけていなかった。

機械化兵士計画は元々、呪われた子供たちが発見される前に今で言うプロモーターに該当する普通の人間の臓器や体の一部をバラニウムに変えることでガストレアへ対抗する手段を持とうというのが本来の目的であった。それがイニシエーターに行われていることがまずおかしいし、何よりこの子の場合は臓器の一部なんてレベルを越えている。

バラニウム金属が固まって固体化したり、溶けて液状化したりして体中を血液のように循環しているのだ。

 

「この子の名前は朝霧紗雪。俺の………たった一人の妹だ。」

 

……………

 

しばらくの沈黙の後、蓮太郎と菫はほぼ同時に口を開いた。

 

「………お前、妹がいたのか」

 

「ふむ、なるほどね。これが君の民警として戦う理由というやつかい?」

 

「ああ。タダとは言わない。俺に提供できるものも、必要な研究費用、データ、素材も全てこちらで調達する…だから…」

 

「構わないよ。蓮太郎君のような厄介者が1人増えたようなものだからね…最も、結果はあまり期待しないで欲しいが…」

 

「充分だ、本人は後日連れてくる。それと、俺の体も提供させてもらうよ…自分で言うのも何だが、俺にはこの戦争の根底をぶち壊す力が宿っている。これも何かに使えるかもしれないからな。」

 

無事に商談が済んだからか、蓮太郎も菫をようやく口元が緩む。

今回はいつもふざけまくっている菫も割りと真面目なほうだった。

普段は蓮太郎をからかってばかりだか、蓮太郎の時も零の時も、人が大切にしている物が絡んでいる真面目な話の時はあまりからかってこない。

人が苦手で人見知り…それでもって研究所から一歩も出ない引きこもりの割りには、そういった人の心境をある程度読むことができるというのは羨ましいことこの上ないだろう。

零は聞きたかった質問をするために、今度は蓮太郎に向かって話しかけた。

 

「なぁ蓮太郎。単刀直入に聞くが、お前…俺と来る気はないか?」

 

「…どういうことだ?」

 

「さっきも言った通りだ…俺の戦う理由は、妹である紗雪が幸せに過ごすことのできる世界を作り、最終的には、誰もが願いし平和(ゼロワールド)を手にすることだ。その世界では奪われた世代も呪われた子供たちも関係ない…悲しむ人なんか誰もいない、そんな実現不可能な世界を強引にでも作ってやろうって集団だよ。それには、現時点で呪われた子供たちを偏見なく愛することのできる人間…お前が必要なんだ。」

 

「ゼロワールド…か… 俺の戦う理由は………」

 

そう言いかけて蓮太郎は固まった。今の自分の戦う理由は何だ?

立ち上がった当初の蓮太郎は、ガストレア大戦で死んだ父と母を探すという何とも無謀で子供じみた願いを持っていた。

蓮太郎も僅か6歳の時に、父と母を失っている。

しかし、疎開に先に逃げた蓮太郎の見た死体とは既に灰となってしまった粉と骨そのものだった。

まだ幼い子供にそんなものを見せて、これが両親だよと言われたところで信じられるはずもない。

流石に今では両親が死んでいることをわかってはいるものの、深く考え直してみると自分の戦う理由を咄嗟に答えることができなかった。

この世界は理不尽ではあるものの、木更がいて、延珠がいて、僅かながら現状に満足してしまっているのではないだろうか?

 

「いいじゃないか、蓮太郎君にそっくりで。」

 

そう口を挟んだのは菫だった。

第三者の目には、蓮太郎と零は似てるように見えたらしい。

 

「俺は目的のためならどんな物でも敵に回せる覚悟がある。それがガストレアであろうが人間だろうがな… お前は、この世界をどう変えたい?」

 

「そんなこと言われたってわかんねぇよ… それに俺は、そこまで強い人間なんかじゃない。会社を移動したり、延珠と引き離したりするつもりなら絶対にお断りだ。」

 

「…天童民間警備会社に特別な思い入れあり…か。」

 

「はいはい、話が済んだのならさっさと帰ってくれ。こんな面白い玩具が手に入ったんだ。私も当分はここに篭りっきりになるだろうしね。」

 

「アンタの場合最初からだろうが!!…まあ、俺の定期検診も大丈夫のようだし帰るとするか。またな先生。零も、俺の協力できる範囲であれば協力させてもらうからその時は声をかけてくれ」

 

「わかった。できれば、会社単位ではなくお前に個人的にお願いしたいからケータイの番号を教えてくれ。何か良い情報が手に入れば、こちらから連絡するよ。」

 

零と蓮太郎はアドレスを交換すると、菫に軽く挨拶をし帰って行った。菫は次の言葉を一言だけ呟くと、零に受け取ったデータを見ながら作業を始めるのだった。

 

「…こんな人間が実在するとはね。やはり、世の中何が起こるかわからないものだ。」

 

菫のラボでの会話が終わった後場面は変わり、時刻は夜の23時、場所は東京エリア第二区の地下施設。

四十三区制の東京エリアにて、そのトップである聖天子がいる場所を第一区とし、その周りから順番に2、3………と数字が大きくなっていく。

二区といえば、かなり場所的には良い所のほうだ。

そんな二区の一角に巨大な地下施設がある。

広さは全長約1kmでモノリスとほぼ同じ大きさ…巨大なショッピングモールの端から端と考えればわかりやすいだろう。

地下なのに必要以外の明かりは殆どつけられていないため、完全に場所を把握できていないと先には進めない闇が広がっている。

コツコツと1人の足音だけが響く…

移動しているのは僅かに1人だとしても、こんな静寂かつ真っ暗な地で足音を立てれば通常以上に大きく聞こえて当然だ。

1つだけ明かりの灯った部屋に足音の主が入ると、元気の良い女の子の声が聞こえた。

 

「あ、おかえりっ!零!」

 

「…ああ、ただいま桜。七星の遺産の回収には失敗したが、代わりに面白いものを見つけてきたよ。それも2つな…」

 

「ふーん…面白いものね… あ、流石にもうみんな寝ちゃってるよ?相馬さんだけは起きてカタカタパソコン打ってるけど…」

 

「凌牙の奴は放っておけ…そんなことより、俺の帰りを待っていたならお前も早く寝ろ。夜更かしはお肌の天敵だぜ?」

 

「えへへっ…バレたか…」

 

桜と呼ばれた女性の話ではもうみんな寝ているらしいが、別の声が二人の会話を遮ってきた。

 

「おかえりなさい、兄さん…」

 

「悪いな紗雪、起こしちまったか?」

 

「私に睡眠は必要ありません。強いて言うなら、唯一の人間器官である脳をスリープさせればいいだけの話ですから。」

 

「そうかよ………」

 

「………」

 

声をかけてきたのは妹である紗雪。しかし、その姿は10年前と全く変わっていなかった。

昔のように明るい性格を表に出し、元気一杯だったあの姿はどこにもなく終始無表情、無感情で話す必要のある時のみ、口を開くような感じだ。

 

こんなのは…俺の大好きだった妹なんかじゃない…

俺は必ず紗雪を元に戻してみせる…

 

そう思いながら、零は1人握り拳を作ったのであった。

 




ここまで読んでいただいてありがとうございます!
説明フェイズは疲れますね…

最後の場面の補足をしておくと、場所は零の所属する民警の会社となり、場所は東京エリア二区の巨大地下施設にあります。

蓮斗、結愛のプロフィールは次回紹介しますので詳細な容姿、持ち技等の情報はもうしばらくお待ちください。



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桜と夜桜

一番最初の回想シーン。
その後、零がどうなったのかをご覧ください(`・ω・´)ゞ


翌朝

 

場所は変わらず第二区の地下。仕事を済ませ帰った零はそのまま仮眠を取っていたが、布団の上に違和感を感じ目を覚ます。

 

「おっはよー!零!」

 

「………なんで俺の布団の上に乗っかってるんだお前は。」

 

朝から満面の笑みで桜が出迎えてくれたのは非常に嬉しいのだが、いい年した(17歳)の女の子が小学生のような行動を取るのはどうなのだろうか。

ましてや、民警ということで零達の周りにも年少者は多い。

見つかったらなんて言い訳をするのだろう…

 

「いいじゃんいいじゃん!最近仕事一緒にならなくてつまんないんだもーん!」

 

「ったくお前は…」

 

本名は舞姫桜(マイヒメサクラ)。

桜色の綺麗な髪をツインテールに整え、笑顔が持ち味の女の子だ。目は右目が緑、左目が紫のオッドアイで身長は160cmほど。

幼い頃からの零を全て知る、唯一の理解者である。

桜と初めて出会ったのは、零が全てを失ってから一年後…9年前のことだった。

 

☆零・回想☆

 

父がいない、母がいない…そして妹がいない。

歩き続けて都心まで辿り着いた零は、そこでガストレア対戦が終了したことを知った。

…後一日耐えていれば、あの一日を耐えていれば…自分たち家族はこれからも笑って過ごすことができたというのに。

しかし、涙を流しきってしまった零からは悲しみも、悔しさも、憎しみもいかなる感情も湧くことはなく、これから自分一人でどうすればいいのだろうという不安と虚無感が心を埋め尽くしていた。

 

東京都心といっても、とても綺麗なものではなかった。

ガストレアに敗北し、街はボロボロ…補給物資もままならなく街としての機能はおろか、道端に倒れている人もまだ多かった。

一通りの情報だけ手にすると零は再び町を外れ、サバイバル生活を始めた

小さい頃から紗雪に料理を作ることが多かったため、ある程度家庭的ではあったし、外れなら僅かながら食用の植物が生えている場所も残っている。

始めのうちは慣れずに腹を壊したりしていたが、慣れてくるとその植物を見ただけで食用か、毒があるのか見分けられるようになっていった。

時折都心に戻っては、捨ててある布団など生活に必要な物資を自力で運び、誰にも目を向けられないながらも1人生き抜いていた。

夏が過ぎ、秋が来て、冬が来て…

9歳の少年には非常に厳しい状況が続いていた。

 

あの日から約一年…あの日と同じ季節を感じることのできるようになってきた頃、大人の集団が零のねぐらを突然訪ねてきた。

 

「朝霧零だな。」

 

「…誰…だ」

 

一年間、殆ど誰とも会話することもなくこの男の声など当然知り合いの記憶にもいない。

よくみると、白衣を着た男が数人と、武装した男が数人いた。

 

「お前は選ばれた人間だ。自身に特別な力を宿している上に、幼いながらも大人のように冷静な判断ができる。朝霧家…お前の家系のことを知りたいなら我らの元へ来い。」

 

「親父達のことを知っているのか…?」

 

「………」

 

男は何も答えなかった。

いくら冷静な判断ができるとはいえ、特に断る理由はなかった。

自分はここで一人生活しているだけだし、罠だとしても両親や妹がどうなっているのか…そもそも父親の謎の力はなんだったのか…

それが知れる可能性が僅かでもあるなら、行ってみる価値はあると零は判断した。

 

「わかった…アンタらについてくよ…」

 

「良い返事だ。」

 

男達は、特に拘束したり、眠らせたりすることはせず零を自分の足で歩かせた。

途中からは目隠しをされ、車で運ばれた。

しばらく時間が経ち、降ろされた場所は大きな研究施設だった。

説明人のような男が一人来ると、残りの男達は去って行く。

 

「ようこそ、我が研究所へ…」

 

「俺は何もわからない…家族のことを聞けると知って、ここに来た…」

 

「お気持ちはわかりますが、まずは説明を聞いていただきましょう。歩きながらで構いませんね?」

 

案内人の男は、零に施設の中を一通り歩き案内をしながらバラニウムやガストレア、プロモーターやイニシエーター、そして現在の時事など難しい話をどんどんしていった。

 

「…これが、ガストレア大戦に敗北した現在の日本の状況です。といっても、10歳の君には難しかったかな?」

 

「専門用語を極力省いてくれただけで充分。大体の話は理解した…それで、俺にどうしろと?」

 

「簡単な話です。君には特別な力が宿っています。それを、これからのガストレアとの戦闘で活かすため我々に研究をさせて欲しいのです。その報酬として貴方の知りたい家族の情報と、充分な生活をすることのできる資金、環境を整えましょう。」

 

「なら先払いだ。腹が減ったから飯をくれ…それと家族の情報もだ…」

 

「ふふっ…本当に小学生とは思えんな…。 いいでしょう。」

 

説明人は、食券のような物を一枚渡すと朝霧家について説明を始めた。

 

朝霧の一族は、このガストレア大戦でバラニウムが有効だと人類が気づく前からバラニウム…そして超バラニウムを所持していた。

その理由は一族にしか知らされないため、不明な点が多いが問題なのはそこではなく、バラニウムの所持方法のほうである。

 

「朝霧はバラニウムを個体として所持しているのだけではなく、己の体内にも直接宿しているのです。」

 

「体の中に、金属を?」

 

「その通りです。そしてそれは、朝霧の血を引いている貴方も例外ではない。試しにやってみなさい。貴方の腕には血液ではなく液状化した硬い金属が流れている…その流れを想像し、自分の思うがまま鋼鉄な腕を形成するように金属を固体化させなさい。」

 

説明人はまるで催眠術をかけるかのような一定のペースでそんなことを言い始めた。

最初は半信半疑だったが、適当な理由で自分のことを知りもしない男がこんな施設に案内なんてするわけがない。

言われた通りに自分の腕を想像してみると、右腕が真っ黒に染まり始め、最終的には金属らしい光沢まででてきた。

 

「な、何だよこれはっ!!」

 

「落ち着きなさい。今度は、人間の血液を想像しない。流れる鮮血を…自分がいつも使っている右腕を想像するのです。」

 

何故この男が自分より自分の体のことを知っているのか。

気に食わないし気味が悪いので特に追求はしなかったが、言われた通りに想像をするときちんと自分の腕に戻った。

 

「これが、俺の力なのか…」

 

「一度やり方を知ってしまえば簡単でしょう?その力は今現在、ガストレアを倒すことのできる唯一の力。その力で、未来の人類を救ってはくれませんかね?」

 

子供の頃、誰しもヒーローというものに憧れはしなかっただろうか?

現実には存在しないスーパー戦隊や仮面ライダーなど…そういった英雄が活躍する番組を見ては、自分もあんなふうになれたらと思うこともあるだろう。

普通の人間にとっては所詮それは架空の想像にすぎないが、零の場合はやれると言われた。

 

もちろん零もまだ歳が若く、そういったものにある程度興味はあったし力が欲しいかと言われれば欲しいと即答するだろう。

両親を失い、目の前で大切な妹を失った零は二度とそんなことが起こらなくてすむような力を欲していたのだ。

 

「俺は最強になる… もう何も失いたくない…俺にその資格があるというのなら、自分の力でその座を手にしてみせるさ。」

 

その返事を待っていたかのように、目の前の説明人はニヤニヤと笑い出した。

 

「くくくっ…交渉は成立ですね。桜、後は君に任せますよ…」

 

「はーい!」

 

説明人は人の名前を呼ぶとどこから湧いてきたのか自分と同じくらいの年齢の桜色の髪を持つ少女が現れた。

それには驚いたのか、目を丸くすると先に向こうの方から声かけてきた。

 

「はじめまして!君が、朝霧零くん?」

 

「あ…ああ… 君は?」

 

「私は桜。舞姫桜!それじゃあ許可も降りたし、レッツゴーだよ!」

 

「あ、お、おい!!」

 

桜はいきなり零の腕を掴むと説明人を放置するかのように一気に走り出した。

施設の案内はある程度されたのでここがどういう場所なのかもある程度想像はできたが、連れて来られた場所はその想像とは全く異なっていた。

 

「………食堂?」

 

「うん!腹が減ってはなんちゃら!」

 

「あ、ああ…」

 

満面の笑みで言うが最後まで言えてない。

大人たちしかいないような場所で子供二人で行動していると本当に周りから浮いて見えた。

周りの人間がみんなこっちを睨みつけてくるが、桜は全くお構いなし。

こういうキャラなのだろうと自分の中で勝手に納得すると零も先程貰った食券で食事を取った。

 

「はーっ!おいしかったー!」

 

「何かお前、楽しそうだな… つまらなくないのか?こんな場所に閉じ込められて、色んなことされて。てっきり、俺みたいに悪魔に魂売るような奴しかいない場所だと思ってたんだけど…」

 

「うーん?私にも嫌なことはあるよ?でも、私は笑ってるって夜桜と約束したから!」

 

「………夜桜?」

 

「私は普通の人間とは違う、特殊能力者なの。ここは、そういう人達を集めて研究をしている施設。私達くらいの年齢の子がここにいたら、多分その人は何らかの異能の力を有していると見て間違いはない… てことで、君もそうなんでしょ?」

 

…否定できなかった。

おそらく、桜はこの施設については詳しいのだろう。

頬にケチャップをつけながら真面目な話をしているのは何とも滑稽だが、零は自分と同じ能力者であること、そして彼女の口から出た夜桜という言葉に興味を持っていた。

 

「その通りだ。流石に詳しいんだな…」

 

「私の能力はね、自分の体内の中であらゆる物質を生成することができるの。その種類はおよそ1000。物質を同士を合成して、薬を作ったり毒を作ったり…万能な能力でしょー!」

 

「すごいんだろうけど、イマイチ想像しにくいなそりゃ…」

 

「…でも、この能力が開花したてで制御できなかった頃の私は自分の体内に毒を作ってしまった。研究所内は大騒ぎだった…貴重なサンプルがーサンプルがーってね…」

 

「………」

 

サンプル。

話を聞いた時に検討はついたが、自分や目の前の桜。

こういった能力者は皆、実験動物のように扱われるのだろう。

今まで幸せな生活を送ってきた零は、ずっと研究所で育ってきたと答える桜をみてかわいそうだという感情を持った。

 

「でも、奇跡が起こった。その毒が私の中で回ると脳に異常反応を起こし、一つの意思が生まれた。…私は二重人格者になったの。私とは違うもう一つの意思…毒から生まれた桜。それが、夜桜だよ。」

 

「………なるほどな。能力者って、始めは嘘だと思ってたし使いこなせればかっこいいかもって思ったけど、そう簡単には行かないんだな。」

 

「ついておいでよ。君が求めてる場所に、案内してあげる。」

 

桜はそう言って席を立つと、食堂を後にした。

零もそれに続く。先程までの明るい雰囲気ななく、桜はずっと真剣な目つきをしていた。

お互いに会話はなく、目的地に辿り着くまで終始無言。

その空気を感じ取ったらしく、体が緊張を覚えていた。

かなり歩いたがまだつかない。階段をいくつも降り、施設の最深部と思われる場所に辿り着くとようやく桜は足を止めた。

 

「ここから先は夜桜に変わるね。私…こういうの苦手なんだ。逃げちゃってごめん… でも、零くんがこの絶望を受け入れて強くなって帰ってくることを祈ってるよ。」

 

「待ってくれ!それってどういう!」

 

零が止めようとした瞬間、目の前の桜の姿が変わっていった。

体型はそのままだが、桜色の綺麗な髪は紫色に変わっていき、オッドアイだった緑の瞳の輝きが消えると両目とも紫色の瞳になった。

どこから取り出したのか黒いマントをバサッと羽織ると、先程までの彼女とは丸で別人の…どこか怖い雰囲気の少女へと変身した。

 

「驚かせてしまったようですね…」

 

「アンタが夜桜ってやつか?外見だけじゃなく、口調も変わってるみたいだけど…」

 

「はい。…それと、先程までの桜との会話は私も聞いていたので説明は不要です。私達は二重人格者。表に出ていない方の意識は、起きて瞳の先の景色を見るか、眠って体力を回復するかの2つを選ぶことができます。私達は仕事の時、プライベートの時を約束を決めて使い分けているわけですね。最も、人格が表に出ていない者が脳に司令を出すことはできませんが。」

 

二重人格…

通常は、重い病などでもう一人の自分の幻覚や意識が見えたりするなど、1種の精神病であることが主だが目の前にいる1人(フタリ)は明らかに違う。それぞれがきちんとした意思を持ち、互いの存在を認めあい、1つの体を共有している…

それが、第一印象だった。光と闇というイメージが相応しい。

明るく元気な光の桜に対して、冷たく渇いた目をし冷静な様子が見て取れる闇の夜桜。

夜桜からは、人を殺し慣れている殺人者特有の殺気が感じ取れた。

 

「便利なもんだな… 桜は笑っているのが約束って言っていた。対してお前が支払っている代償はあれ(人の命)なんだろ?」

 

「…貴方の事は大体情報として知らされています。データではこういった場所とは縁のない生活をされていたようですが、この一年で何か変わりましたか?」

 

「俺は1人生き続けた。その中で色んな人間を見てきたさ…外周区のほうじゃ人殺しなんて日常茶飯事。今じゃもう驚きもしねぇよ…」

 

「そうですか… っと、今は私の話でも、貴方の過去話でもありませんでしたね。正直に言って、この扉の先は貴方が絶望するといっても過言ではない重要な人物がいます。見ても驚かない…先程、貴方はそう仰られましたが、その数十倍の覚悟が必要かと…」

 

「つまり、俺にとってその辺の人殺しなんかよりよっぽど辛いものって事だな?」

 

「間違いなく。」

 

夜桜は即答した。

この一年間、絶望しかしてこなかった零にとって、言われたところでピンときそうなものは何もなかった。

想像もできないような物が待っているとだけ聞けば好奇心もわくが、自分にとって良くないものだと予め聞かされればそんな余裕もなくなるだろう。

覚悟が決まれば夜桜が扉を開けると言うので承認すると、扉の横にあった電子パスワードを入力…すると、重そうな鉄の扉がぎぃぃと開きはじめた。

 

扉の先は何もない大きな空間が広がっていた。一番奥の壁際にだけ幾つかの物が置かれている。

夜桜は、ついてこいとジェスチャーすると部屋の一番奥にある何かの機械の近くに向かい歩きはじめた。零も続く。

機械の正体は人型くらいの大きさのカプセルだった。

 

「その中にある物…それを貴方の目で確かめてください。何度も念を押して言いますが、決して自我を忘れることのないよう…」

 

夜桜はそれだけ言い残すと、零を願うように目を閉じた。

 

「嘘…だろ………」

 

零は唖然とした。目を丸くした。言葉が出なかった。

何もできない、頭が真っ白になる…それらのどんな言葉もが当てはまるほど完全なるただの棒と化した。

カプセルの中身…それは、一年前に失った最愛の妹…朝霧紗雪の姿だった。

中は液体が敷き詰めてあるようだが、呼吸はできているらしく時折、紗雪の口元からはポコポコと液泡がこぼれ落ちていた。

 

「生きて…生きてたのか、紗雪っ!」

 

「喜ばないでください。言ったはずです、絶望と… その少女、確かに生存はしていますが体の中はガストレアウイルスに侵食された上、研究者達に魔改造されてしまっています。外見は確かに少女のままですが、とても人間と呼べるようなものではありません。」

 

自分でも、そんな説明をしなければならないのは嫌なのか夜桜は目を閉じたまま顔を逸らし、零の顔も紗雪のカプセルも見ようとはしなかった。

 

「…どういうことだよ。俺の目の前にいるのは俺の大好きだった妹だ…起きたらまた俺の前でいつもみたいに笑ってくれるんじゃないのか?紗雪は戦う力なんてもってない普通の人間なんだぞ?」

 

「ですが、貴方の知る一年前と状況は変わってしまった。その少女は、今や人間などではなく、ただの殺人兵器ですよ。」

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

夜桜は上記を言った瞬間、零は拳を振り上げていた。自分の大切な妹を人間ではなく殺人兵器と言われた。

それが完全に零の逆鱗に触れてしまった。

どこまでもどこまでも妹に一心だった零に取っての最大の侮辱、最大の悪口だ。

零は自分の右腕をバラニウム金属に変換させると、手加減抜きで容赦なく夜桜をぶん殴った。

その威力は鉄塊で殴られたのと同等の威力。

9歳の少女である夜桜の体など簡単に吹き飛び、宙に浮かんだまま壁に激突した。

 

「がはっ!?はぁ…はぁ…」

 

夜桜は吐血すると、殴られた腹を押さえながらその場に蹲ってしまった。

その状況を見て、始めて零は我に帰る。

 

「よ、夜桜!?」

 

「…いいんです。それに、ある程度予想はできていたのにも関わらず、躱せなかった私のミスですから。」

 

「ごめん…お前に当たってもなんの意味もないのに…」

 

「朝霧零…貴方には、この辛い現実と向き合って生きていく覚悟が必要です。それに、この研究所は生易しい所ではありません。毎日体を調べられ、人を殺す訓練を受け、最後には純粋で有能な兵士にされる…鬼畜の一言では収まり切れない場所です。悪いことは言いません。今ここで、何も見なかったことにして逃げてください…それが、貴方が唯一幸せに生きていく最初で最後のチャンスです…」

 

苦しそうにしながらも、目の前にいる夜桜という人間は自分の持てる最大限の笑顔を作りながら零の心配をしてくれた。

こんな思いで生活するのは自分達だけでいい、他の少年少女を巻き込みたくない。だから、自分は桜の分まで、他の研究対象にされた子供達のために多くの血を流し続けてきたのだと。

言葉で語らなくても伝わってくる夜桜の過去。

しかし、その夜桜の願いを零は聞き入れなかった。

 

「…それはできない。俺は、自分の為に誰かを犠牲にするのはもううんざりなんだよ。俺は紗雪を助けることができなかった。それに、俺がここで逃げたら友達を見捨てることと同じ…俺にはもうそんな真似二度とできないから。」

 

「…友達?」

 

「ああ、短い付き合いだけど友達に時間なんて関係ない。桜に夜桜。俺は今日、友達を2人も作っちまったからな…」

 

「何を言っているんですか?説明した通り、私などただの毒の塊…人間じゃ…」

 

夜桜が最後まで言い終わる前に零は止めた。

 

「じゃあ俺の目の前に立っているお前は何だ?1つの意思を持って立っているお前は何だ?確かに体は桜の物かもしれない… だからなんだよ、お前は俺の友達じゃないっていいたいのか?」 

 

「…私を、人間として見てくれるのですか?」

 

「………ったりめーだ。」

 

「私、人前で泣いたことなんてなかったのに…」

 

気づけば夜桜からはボロボロ涙が流れていた。

本当は自分が一番辛いはずなのに、気づけば目の前の女の子の心まで救っていた。

自由気ままな零らしいといえば零らしいが…

 

「良い事思いついたぜ…」

 

「え…?」

 

「夜桜、お前はある程度この施設について詳しいよな?」

 

「も、もちろんです…桜は生まれた時からこの施設にいますから。」

 

「なら、俺に協力してくれ…今から俺の考えを話す。」

 

「………桜もOKだそうです。私も、もちろん了承しますよ。貴方は、私を人として見てくれた初めての「友達」ですから。」

 

これが、桜と夜桜…二人との最初の出会いだった…

 

 




新キャラの桜、夜桜の登場です!
この作品はオリキャラメインの話となりますので零の中間を主にこれからもどんどん新しいキャラを出していきます。
覚えるのが大変だとは思いますが、どうかよろしくお願いします><
また、覚える手助けになればと思いキャラクタープロフィールを用意しました。
まずは、前回登場した蓮斗と結愛です!
二人は多くの技を使って戦いますので、ここで紹介する持ち技は全てのうちのほんの一部となります。予めご了承ください。

朝山蓮斗
身長:178
体重:70
年齢:20
容姿:普段は黒いコートのような服装、修行時は日本人らしい袴を着用する。
真っ赤な髪が特徴的でジェルを使ってガッチガチに固め、一見するとヤンキーのようだが実際は結愛の髪の色に対抗するためと染めているだけである。元の髪色は黒。
金色の瞳に白いハチマキ、食事時以外はタバコを加えていることが多いなど色彩バランスも色々カオスなのでとにかく目立つため、結愛からは何か削れないんですか?とよく突っ込みを受けているらしい。

詳細:三十五区出身で、朝山式抜刀術を使用、伝授できる最後の一人。
初登場時のIP序列は13720位。
7年前に道端に捨てられていた3歳の結愛を見つけ、家に連れ帰り育てた過去を持つ。
家は三十五区の外れにあり、そこで父、結愛と3人で修行をしながら楽しく暮らしていたが、父が二年前にとある事件で死亡。
行き場を失い、2人で会社を経営し民警を始めるが倒産。…その後は現在の通りである。
誰にでも等しく優しく接することのできる温穏和な性格を持つが、裏を返せば恋愛には疎い。
ヘビースモーカーで、暇さえあればタバコを口に咥えている。
好物は蓮太郎のもやしを食べて以来、完全にもやしに固定された。
ロリコン。

持ち技:
朝山式抜刀術という武術を使用する。武器は刀一本のみで、紅い装飾がベースで刀身は真っ黒のバラニウム製の刀「煉獄刀・焔」という武器を使う。

朝山式抜刀術…朝山家に伝わる戦闘方法で、人間の中に眠っている潜在能力を刀という武器を媒介とすることによって発動する。
使用するには、日本古来の武器であり、使用の難しい刀を扱えること、自分に潜在能力が備わっていることが最低条件として求められるため、修得するにはかなりの才能が必要になる。
潜在能力は個々により異なるため、全員共通の型は2つのみ。
三ノ型以降は、個人により技名・効果は異なる。

朝山式抜刀術・一ノ型・隼…納刀状態から技を使用する。目にも止まらぬ速さで敵との距離を詰め、下から上に斬り上げるように一気に抜刀する。

二ノ型・斬鉄…抜刀状態から技を使用する。目を閉じ、自らの剣先に意識を集中させることにより、どんなものでも両断することができる。ガストレアボディやバラニウム金属は愚か、超バラニウムでさえも真っ二つにすることができるが、発動までに10秒以上かかるのが弱点なため、対人戦では殆ど使えない。

四ノ型・緋炎…剣先に炎を纏わせ、敵を斬り裂く。また、纏わせた炎を集めて球体を生成し、それを相手に投げつける遠距離攻撃に変更することも可能。

結愛
身長:134
体重:31
年齢:10
容姿:蒼緑色の綺麗な髪、エメラルドグリーンの瞳を持ち、髪型は肩にかかる程度のストレート。
夏でも真冬用の白いコートと水色のマフラーを着用しているが、何故か下半身はミニスカートなので暑がりなのか寒がりなのかは不明。
頭に白いベレー帽を被っている。

詳細:初登場時のIP序列は13720位。
モデル・イエティの超イニシエーターで、氷を使った能力で戦う。
外周区に捨てられていた捨て子。奇跡的にIISOに引き取られる前に蓮斗に発見され、そのまま朝山家で生活を始める。
年齢に似合わないほどしっかりしている性格で、ダメダメな兄貴分の蓮斗ができないことは全て自分ができるようにするという意志の元、様々な知識、技術を取得していて家庭的な女子。
現在は料理を練習中で、天童民間警備会社に入社後は蓮太郎にしばしば料理を教わっている模様。
まだ自意識すら持つことができなく、呪われた子供たちである自分を大切に育ててくれた蓮斗、及びその父に恩義を感じており、2人の為に尽くすことが彼女の生き甲斐であった。
趣味は蓮斗のお世話がメインとなる家事全般で、好物はチーズケーキとピザ。

持ち技:
蓮斗同様、朝山式抜刀術の使い手で、現在唯一の弟子である。
武器は刀一本のみで、水色と蒼の装飾で刀身は真っ黒のバラニウム製の刀「氷刀・雪月花」という武器を使う。

一、二の型は蓮斗と同じ。

三ノ型・絶対零度…剣先にマイナス273℃の冷気を纏わせて敵を斬り裂く。命中すれば、相手は必ず氷漬けになる。

氷槍の雨(アイシクル・ペネトレイション)…朝山式抜刀術ではなく、結愛個人の持ち技なので刀を握り媒体としなくても発動することができる。
両手から大量の氷柱を放出する。一つ一つの大きさは小さいが、スピード及び飛距離はかなり高く全て命中すれば100m先のバラニウム金属でさえ粉々に粉砕する。





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戦闘への余興

今回は駄作です…
これは酷い


「………ってば!」

 

………?目の前から声が聞こえる。

 

「零ってば!!」

 

「…桜?」

 

「どうしちゃったのさ!いきなり無視決め込んじゃって…」

 

未だに布団の上に乗っかっている桜がプンプンと頬を膨らませた。

ふと時計を見ると結構な時間が経っていることに今気づく。

 

「悪い…昔のこと、考えてた…」

 

「あれから9年… 思えば、私達の関係も長くなったよね… 最も、やることは同じなんだけど?」

 

「だな。そういや、何か俺に用があったんじゃないのか?」

 

「相馬さんが呼んでたよー?時間経ってるから怒ってるんじゃない?」

 

「…どうだか」

 

「私も行くね!」

 

許可もなく布団から飛び降りると、ついて来る気満々の桜。

というわけで、軽く身支度を整えると零は寝室を後にした。

移動している間にこれから会う人物の説明を簡単にしておこう。

名前は相馬凌牙(ソウマリョウガ)。

身長は零より遥かに高く182cm、黒髪長髪で、筋肉ムキムキの男性の理想体型である。

非常に難のある性格をしているが、あらゆる面で驚異的な才能を発揮する、零や桜のなくてはならない仲間だ。

 

広い敷地内を歩き通常の会議室と同じくらいの大きさの部屋に二人は入っていく…

部屋の中には、対象の人物である相馬と、もう一人イニシエーターと思われる少女の姿があった。

 

「悪いな…遅くなった。」

 

「本当に悪い、俺が徹夜でパソコンいじってる間お前は爆睡、オマケに寝坊か?あ?」

 

「誰もそこまでやれなんて頼んでねーだろ… つかセレーネ、お前もいたのか…」

 

「クシクシ…私は凌牙様へお茶を出していたのですよ?おはようございます、零。」

 

奇妙な笑い方で相手に恐怖心を植え付けるような独特な笑顔を浮かべると、少女の方が返事をした。

名前はセレーネ・E(エターナル)・トルスタヤ。

零の会社のイニシエーターの一人で、相馬にデレデレの少女である。

透き通るような橙色の美しい髪をツインテールに結び、大きな緑色の瞳を覗かせている。

ドレスのような紫色の綺麗な衣装を着ていて一見するととても美しくお淑やかな女性に見えるが、残念ながらこの子は相馬異常の狂人である。

 

「今回もいい働きしたぜ?給料の代わりに桜のはじめてを寄越せ。」

 

「あのなぁ…仮にもこれR15なんだよ、主人公の俺にメタ発言させんな!給料で受け取れ!」

 

後ろで顔を真っ赤にしている桜は、かわいそうにもスルーされてしまい、零は相馬から強引にパソコンをぶんどると画面を見た。

書かれていた文字は七星の遺産。

先日、零が見つけられなかったブツのことである。

 

「七星の遺産… よく見つけたな…けど、これ俺達の権限じゃ見られないページだろ?」

 

「俺の力を舐めないで貰いたいな。時間がもったいないから単刀直入に話す。今日の午後、聖天子主催で大量の民警を集め七星の遺産回収へ向けての大規模な作戦を行うらしい。…当然、七星の遺産の正体については隠蔽されるだろうがな。」

 

「何か別の物と称して民警に回収させるつもりか… つまり、その作戦に乱入して奴らより先に遺産を回収すればいいんだな?」

 

「間違っても天童やその他権力者の手に渡っては面倒だからな… いつも通り、人選はお前がやれ。」

 

七星の遺産。

既に何度かこのワードが出てきているが、これが指す意味とはなんなのだろうか。

ガストレアには、その強さやウイルスの侵食度などを参考にステージ1からステージ4までの4種類で分類されている。

しかし、何事にも例外は付き物。通常のガストレアはバラニウム金属を嫌い、殆どがモノリスという名の壁に阻まれ東京エリアに入ることができないでいる。

その中で、バラニウムの影響を全く受けつけない特別なガストレアが現時点で数体確認されている。

それらの力はステージ4までのガストレアとは比較にならないほど大きく、呼び寄せれば街の壊滅は避けられないレベル…

そのバラニウムの影響を受けつけない例外ガストレアのことをステージ5と呼んでいるのだ。

七星の遺産は、そんな災厄をもたらすステージ5のガストレアを強制的に呼び出すことのできる力を持っている。

もし、これが悪用されたとすれば、最悪の場合世界が滅亡してしまうといっても大げさにはならないだろう。

 

「聖天子か… 今回は俺と紗雪、二人だけで行く。凌牙は引き続きバックアップを頼む。」

 

「…わかった。くれぐれも俺を退屈させるなよ?」

 

「ちぇーっ…また零と別々か… たまには私も頼ってよー!」

 

「…そもそもお前はプロモーターだろうが。とにかく、そういう事ならさっさと手は打つ。準備するからこの場は解散だ。」

 

パソコンを置き、くるりと体を反転させるとさっさと退出していった。

いよいよ、零達の組織が動きを見せる。

 

☆蓮太郎side☆

 

同時刻の午前10時頃…蓮太郎は街中を自転車で爆走していた。

同じ道を何度も何度も通る自分にイライラしながらもどこかに自分の求めている人物がいないかとどうしても期待してしまう。

 

「…なんでいなくなっちまったんだよ、延珠!」 

この日、いつも通り蓮太郎と延珠は学校に通っていた。

呪われた子供達は一般の人々から厳しい差別を受けていて、現段階では通常一緒に過ごすことは難しい。

しかし、蓮太郎は延珠に普通の子供と同じ生活を送って欲しいと願い、呪われた子供達である事実を隠し延珠を普通の学校に通わせていたのだ。

それが、何らかの原因で延珠が呪われた子供達であるという噂が漏れ、激しいいじめにあった延珠は学校を早退。

その後、行方不明のなっているのが現在の状況だ。

学校には当然いなく、家にもいない…街中回ったがそこにも延珠はいなかった。

そうすれば、いそうな場所は後1箇所しかない。

 

「…行くか?外周区に…」

 

モノリスにより近い位置に存在している外周区。

一応、延珠の故郷になる場所だ。

そんなことを考えていると黒いリムジンがこちらに向かって走ってきた。

蓮太郎の目の前で止まると窓が開き、中から他の天童民間警備会社のメンバーが顔を覗かせる。

 

「里見くん、仕事よ。」

 

「俺が今どんな気持ちでどんな状況がわかってて言ってんのか?」

 

自分が延珠を探していることは当然木更達も知っている。

しかし、そんな状況下でも仕事の話を持ってくる木更に蓮太郎は苛立ちを隠せなかった。

 

「け、喧嘩はよくないです!私から説明します…」

 

蓮太郎と木更の雰囲気が悪くなると、事態がエスカレートする前に止めようと後ろに座っていた結愛が車から降りてきた。

結愛のパートナーである蓮斗も一緒である。

 

「社長も蓮太郎さんの気持ちは重々わかっているんです…ただ、今回の仕事はどうしても蓮太郎さんに出ていただきたいそうで…」

 

「…どういうことだ?」

 

「それは私にもわかりません…ただ、今回は他の大手の民警企業の方々やお偉い様も同席することになるとか。」

 

「なんだよそれ…俺はそんな気分じゃないんだ…」

 

「ま、大事な相棒がいなくなればそう言って当然だな。俺だって、ゆあちーがいなくなったら死にものぐるいで探すし…」

 

会話に蓮斗が口を挟むと、蓮太郎の自転車に手を置いた。

 

「代わりになるかはわからないけど、俺が延珠ちゃんを探してくるよ。だから蓮太郎は仕事に集中してくれ…」

 

「けど、この街にはもういない…そうなれば、延珠の居場所なんて!」

 

「外周区…だろ?」 

 

「!?」

 

その答えを知ってて当然のように答える蓮斗に、蓮太郎は驚きを隠せなかった。

とはいえ、これを知ってても特に不思議なことはない。

民警である以上IISOのことは知っていて当然だし、大抵のイニシエーターは呪われた子供達として外周区で生まれていることが多い。

更に、蓮斗も結愛も出身地は外周区のため向こうの地形は蓮太郎より遥かに知り尽くしているのだ。

 

「…マンホールチルドレン。言ってわかるか?」

 

「三十九区か…オーケー任せろ!」

 

自分よりも知識のある人間であることを理解した蓮太郎は、渋々延珠がいると思われる場所を伝える。

自分が探してあげたいのは山々だが、延珠が確実に見つかることを最優先とすると共に、目の前の木更達を困らせたくなかったのだろう。

蓮斗は思い当たる場所だったのか元気よく返事をすると蓮太郎の自転車にまたがった。

 

「…ちょっと待て。チャリで行く気か?」

 

「おう!体力には自信あるからな!延珠ちゃん連れて日帰りで帰ってきてやるぜ!」

 

おいおいと蓮太郎は呆れてしまう。

ここから何十キロあると思ってるんだ…

さっきまで頼もしそうに見えたのに、急激に頼りなさそうに見える蓮斗。

確かに、ギリギリ日帰りで戻れるかもしれないが電車を使ったほうが明らかに早い。

蓮斗はやっぱり…

 

「心配しないでください蓮太郎さん。蓮斗さんは「アホ」ですから!」

 

「…だよな、知ってた。」

 

「アホの部分だけ強調して言わないでくれませんかねええええ!!」

 

結愛にダメ出しされて涙目になる蓮斗。

…こいつ、まさか10歳の子に怒られて喜んでるわけじゃないだろうな?

 

「あ、蓮太郎さん。そんなわけで蓮斗さんは延珠さんの捜索、蓮太郎さんは私達と一緒に仕事をお願いします。そこで、私が今日一日だけ蓮太郎さんのペアになろうと思うんです。…延珠さんの代わりにはなれないと思いますがご迷惑でしょうか?」

 

「俺と結愛が?今日だけの一日ペアってことだよな?」

 

「はい。今回の仕事では、大手の社長の他、それを護衛するために数多くの民警ペアがいると予想できます。ただでさえ私達は年齢が低く異質な雰囲気を醸し出してしまうでしょうし、形だけでも作っておくべきかと…」

 

「わかった。そういうことならよろしく頼むぜ、結愛。」

 

「はい、こちらこそです!蓮太郎さん!」

 

突然結愛と組むことになった蓮太郎。

今回の仕事は昼かららしく時間がないと木更に急かされると、蓮太郎と結愛は車に乗り込んだ。

 

「蓮斗、延珠のこと頼んだぞ…」

 

「そっちこそ、うちのゆあちーを頼んだぜ?」

 

長居すれば蓮太郎が不安になるのをわかっているのか、蓮斗はさっさと出発した。

良い体格で蓮太郎のオンボロチャリに乗っているのは滑稽ではあるが…

 

「…ごめんなさい二人共。少し寝かせてもらってもいいかしら?昨日からこの案件のせいで寝れてないのよ…」

 

出発すると欠伸をする木更。

どうやらかなりお疲れの様子である。

 

「気にしねーよ…木更さんはむしろ、そのくらい休んでくれたほうがいいんだ。」

 

「ごめんね…里見くん…」

 

それだけ言うとよっぽど疲れていたのか、木更からはすぐに寝息が聞こえてきた。

制服であるあたり、恐らくは一度学校に立ち寄っていたのだろう。

 

「ね、寝ちゃいましたね…」

 

「木更さんは元々良い生まれの人なんだ。だから、普段は人前で無様な姿を晒さないようにって見栄張ってんだよ。疲れないほうがおかしい。」

 

「…天童って、やっぱりあの…」

 

「おっと、それは俺や木更さんの前ではタブーだ。気をつけてくれ。」

 

「…聞いてはいけないことでしたか。あの…蓮太郎さんの隣…いってもいいですか?」

 

何を考えたのか結愛が突然そんなことを言い出した。特に特に断る理由もなかったので承諾すると、ニコニコしながら蓮太郎の隣に座り腕まで絡めてきた。

その可愛い仕草にドキッとさせられる。

車の中は流石高級車とも言うべきか広めにできており、シートベルトを外せば移動も不可ではない。

 

「…お、おい!」

 

「大丈夫です。熟睡しているようですし起きませんよ。それに、私だって10歳の女の子です…甘えちゃいけませんか?」

 

そう言われてもだな…といいかけるも蓮太郎はやめた。

隣の結愛はもう笑っていなかったからである。

蓮斗があんな調子では、甘えるにも甘えられないのだろう…

人の温もりを感じたのは果たしていつ以来なのか?

そういうところからも結愛の苦労が伺える。

 

「じゃあ、折角だし到着するまで2人で話すか。一日とはいえ今日はペアを組む。それに、同じ会社で働いていくことになった仲間でもあるし、お互いのこと知っていて損はないだろ。」

 

「ふふっ…私もそう言おうと思っていました。先程の件は触れないよう、蓮斗さんにも伝えておきますね?」

 

「わかった。…じゃあ、いきなりぶっちゃけた質問させてもらうが結愛は蓮斗のどこを気に入ってるんだ?あれ完全にネタキャラだろ…」

 

「あ、あはは…何も言い返せないです。でもあの人は私を救ってくれた大切な人です。それに、やるときはやりますから…その時の蓮斗さんはかっこいいんですよ?」

 

結愛はなんの躊躇いもなく、自分達の過去を話して聞かせた。

蓮斗との出会いも、2年前の事件の事も。

先程本人が言っていたが、それだけ蓮太郎達のことを信用しているという証拠になるだろう。

 

「それが結愛の戦う理由か?」

 

「えっ…何の話しです?」

 

「先日、友人に聞かれたんだ…お前の戦う理由はなんだ?って。けど、俺は答えることができなかった。俺が戦うきっかけになった理由と、今戦っている理由が全然違うんだよ… 結果、自分が何をしたいのかもよくわからないまま延珠にも迷惑をかけてる…」

 

「なるほど…それが、蓮太郎さんの悩みですか。でもそこに拘りを持つ必要はないと思いますよ?戦っているうちにその目的が変わる事は珍しいことではありません。私もそうですし…」

 

「悪いな…お悩み相談するつもりはなかったんだけど…」

 

「気にしないでください… 参考程度に私の戦う理由、お話しますよ?私の当初からの戦う理由…それは勿論蓮斗さんのお役に立つことです。私、蓮太郎さんが思ってる以上に蓮斗さんのこと大好きなんですよ?」

 

「それを堂々と言えるあたり、よっぽど好きなんだな…」

 

「い、いいいい言わないでくださいね!?/// あの人は誉めるとすぐ調子に乗るんですから!!」

 

微笑ましいのでついつい笑顔を浮かべながら蓮太郎が聞くと、言ったあとで恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしながら結愛がパタパタと両腕を振って否定した。

本人のことを大好きでありながら本人の前ではいつも怒っているようにみえる。

皆の衆、これがツンデレというやつだ!

 

「あはは!言わねえって!蓮斗はいじられてる方が似合うよ」

 

「…ですね。それは、当初からの目的で今も変わることはありません。しかし、先程お話した蓮斗さんのお父さん…私の師範が殺されたあの事件を境に、私の目的が1つ追加されてしまった…」

 

普段はニコニコしている結愛だが、こういう時は笑顔がふっと消えて瞬時に冷徹な表情に変わる。

本人が氷の使い手というのもあるのだろうが、冷たい…というのが非常に強く印象に残るのだ。

 

「答えは単純。「復讐」ですよ… 私は普段蓮斗さんと一緒に皆を守るために戦っていますが、奴だけは例外です… 私は…あいつを殺したくて殺したくてたまらない!!」

 

嫌なことを思い出したのか口調が荒れる結愛。

しかし、蓮太郎は臆せず話す。

 

「復讐は何も産まない…それをわかっててか?」

 

「はい。頭ではわかっています… けど、時には理屈を通り越して感情で動く。それが人間というものでしょう?」

 

この時、蓮太郎は知らなかった。

結愛が最初に蓮太郎達のタブーに触れてしまったのはまだお互いのことを詳しく知らなかったからだ。

しかし、それは結愛から蓮太郎だけの話ではなく。その逆もある。

蓮太郎も結愛のことを詳しく知らず、これが後々非常に大惨事になるということは、この段階での2人は知る由もなかった。

結愛の復讐対象が、蓮太郎の知る「あの人」であることに。

 

「まさか…年下に人間について語られるとはな… 師範はどんな人だったんだ? いつもは優しいお前がそこまで怒るなんて相当だろ?」

 

「師範は本当にエッチな人でしたよ… いっつも私のスカートをめくったりお尻を触ったり後ろから抱きついてきたりしてもう!!」

 

「お、おう…」

 

「けど、それが気にならなくなるくらい本当に優しい人だった… 蓮斗さんの良い面も悪い面もエスカレートした人だと思ってください。優しい時はどこまでも優しく、ふざけてる時はどこまでもふざける。修行は厳しかったけど、それでも3人で過ごしたあの日々は私は一生忘れない。それなのに…それなのにあいつは…!!」

 

「師範はどのくらい強かったんだ?」

 

「私は、師範より強い人を今まで誰一人としてみたことがないんです。朝山式抜刀術の天才…その力は、私と蓮斗さんが全力を出して100回挑んでも、その全てを瞬殺の一言で返り討ちにするレベルです。」

 

入社試験がてらの簡単な試合。

そこでは勿論、蓮斗も結愛も全く本気を出していなかったがそれでも蓮太郎と延珠は勝てなかった。

そんな二人が何度挑んでも勝てないと聞かされれば、それはもう次元の違う何かの話といっても間違いではない。

 

「言い方は悪くなっちまうが、そんな最強の師範が負けたってことだよな?」

 

「だからこそ私は信じられないんです… 恐らく、犯人を見つけたところで私は勝つことはできないでしょう。それでもやらなきゃならない。超イニシエーターとして、師範の弟子として、そして蓮斗さんが本当の意味で笑ってくれるその日まで… 私はこの2年、ずっと修行を続けてきましたから。」

 

「そういや、気になっていたんだが超イニシエーターって空想動物がメインとなるガストレア因子の上位種のことだよな?結愛みたいに特殊能力を使ったりってみんなできるのか?」

 

「それは人によって違うと思います。私は、私以外の超イニシエーターを1人しか知りませんし、詳しい事はわからないですが…」

 

「知り合いがいるのか?」

 

「はい、知り合いも知り合い、大親友ですよ!その子はモデル・デビル… 悪魔のイニシエーター何ですけど、不死という絶対無敵な能力を持つ上に、口からブレスを放てます。」

 

「…それ、化け物を通り越して最強じゃねえか。」

 

「だから言ったじゃないですかー!私は、超イニシエーターの中では下級も下級…ホントに大したことないって…」

 

「世界は広いってことか… なんだか、俺も超イニシエーターについてちょっと興味が出てきたぜ。」

 

「それはよかったです!あ、私からも1つ聞いてもいいですか?」

 

「お、おう…なんだ?」

 

「そんな真面目な話じゃないですって!力抜いてくださいよ…」

 

先程まで復讐だとか超イニシエーターだとか物騒な話が続いていたので蓮太郎は若干緊張すると結愛に笑われた。

 

「蓮太郎さんって、料理得意なんですよね?よかったら、今度私にも教えてもらえませんか?」

 

「別にいいけど俺は人並だぜ?まあ、蓮斗なら何食わせても喜びそうだし、結愛が作ったのなれば喜ぶだろうよ…」

 

「手料理と称して毒を持っておきますよ!ふっ、ふふふふふっ…」

 

「こえーよ…」

 

迫真の演技に騙される蓮太郎だが、結愛は冗談ですと舌をペロっと出してみせた。

今まで色々な家事をしてきたが、料理をする機会が少なかったので是非教わりたいとのこと。

今度から、会社のキッチンを使って蓮太郎が結愛に料理を教えることになったようだ。

 

「話し込んでいるうちに着いたようです。気を引き締めていきましょう…」

 

「ああ、よろしく頼むぜ結愛。」

 

だいぶ長々話し込んでいるといよいよ職場に到着。2人は木更を起こすと新たな仕事に取り組むのであった。

 

 

 



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漆黒の騎士団

投稿遅くなりました!
おまたせです!


「こりゃ…すげえな………」

 

入り口に立っていた黒服のガードマンのような男に案内される蓮太郎、木更、結愛の3人。

内装はとにかく明るくて広いといった印象だ。

ここですと言われ指定された部屋の中に入ると巨大な会議室が広がっており、既にかなり偉い社長と思われる人物が何人も座っていた。

 

部屋の奥には巨大なELパネルがあり、部屋の周りには真ん中で会議する社長達を護衛するかのように多くの大人、そして子供が見られる…プロモーターとイニシエーターであろう。

きちんとしたスーツを着こなす社長グループに対し、社員側はそれぞれが好き勝手な格好をしている。

誰も、周りに対して気を使う気などないかのように…

 

「んだ?最近は民警まで子供の遊び場か?」

 

「私達は正式なライセンスを持った民警です。

では…」

 

巨大な男が舐めるようにこちらに声をかけてくるが、木更はまるで相手にしないかのように無視を決め込んで椅子に座った。

周りがスーツなのに自分だけ制服で完全に浮いているが、全く気にする様子はない。

それだけしっかりしているといえるだろう…

男はその態度が気に食わないのか、残った蓮太郎を睨みつけてきた。

外見はとにかくでかいというのが印象的。

威圧感のある鉄板のような胸板がタンクスーツの上からでもよくわかる。逆立つ頭髪に、口元にドクロスカーフをつけている。

 

「何か用かよ…」

 

ずっと自分たちの前に立ちはだかってるのが気に食わないのか、蓮太郎が毒をこぼすとそれを待っていたかのように突っかかってきた。

 

「何が「何か用かよ」だ…見るからに弱そうな雑魚の癖にムカツクんだよ!」

 

何を思ったのか、その男は自分の背中に装備されている超巨大なバスターソードを突然抜くと蓮太郎に抜刀斬りを浴びせようとしてきた。

 

「なっ!?」

 

蓮太郎の方も、まさかこのような公の場で斬りかかってくるとは思わなかったのか目を丸くし完全に対処が遅れてしまっている。

いくら民警同士の仲が悪いとはいえ、ここまで常識欠如している人間がこのような神聖な場所にいることは想定外だったのだろう。

バスターソードが蓮太郎の首元まで接近した時、ガキンという金属音と共にその動きは停止した。

氷刀・雪月花を鞘から抜いた結愛が、その刀を斜めに倒すようにしてバスターソードを正面から受け止めたのである。

体も武器も圧倒的に大きい男に対し、体も武器も圧倒的に小さい結愛がその武器を容易く受け止めている構図はなんとも不自然だが、それがイニシエーターの力というものだろう。

 

「抜刀速度、技の威力、相手の不意をついた一撃… 確かに、私達を雑魚と勘違いできる程度の能力は備わっているようですね。」

 

「んだとてめぇ!」

 

「…しかし、難点も多々あります。まず振りが大振りすぎます。目の前の人間1人を殺すのに、貴方の武器ならここまでの火力は必要ありません。威力を殺し、コンパクトに振るべきです。そしてもう一つ…その知能の低さ…相手の態度が気に食わない。そんな感情的な部分で己の戦闘パターンを維持できない時点で貴方は三流です。同じ近接武器を使うものとして、よくその程度の実力で蓮太郎さんに手が出せましたね。私のプロモーターには手は出させませんよ。」

 

「さっきからゴチャゴチャとワケわかんねえこと抜かしやがって!死ねや!」

 

「やめたまえ将監!」

 

将監と呼ばれた男は余程の熱血馬鹿なのか、結愛の煽りを含めた考察を1つも理解せずに腹を立たせ追撃をしようとした所、流血沙汰になることを恐れたのか彼の社長と思われる人物が声を上げた。

 

「ちっ…命拾いしやがったな糞雑魚が…」

 

将監も彼には逆らえなかったのか、渋々引き下がった。

結愛は呆れてため息をついている。やはり、彼女の実力は相当のものなのだろう。

そして、会話の中に出てきた「私のプロモーターには手は出させません」という言葉…

即席ながらも自分のために一生懸命尽くしてくれる結愛を見て、蓮太郎は嬉しさを感じるのであった。

 

「すまなかったね…あいつは短気でいけない。」

 

「こちらこそ、目上の方に対してのご無礼…大変申し訳なありませんでした。」

 

向こうの社長がわざわざ席をたち、蓮太郎達に誤りにくると結愛は怒ることなく自分達の非を告げ、頭を下げた。

本当に10歳とは思えない…

そんな結愛に好意を覚えたのか、社長は自分の名刺を結愛に手渡すと自分の席に戻っていく。

さり気なくその名刺を横からチラ見すると、そこには背景にすかしの入った金字で「三ヶ島ロイヤルガーダー 代表取締役 三ヶ島影似」と書かれていた。

 

大手も大手。蓮太郎も知っているくらいの超大手だ…結愛はそれを知っていたからこそ先に謝ったのだろう。

 

「蓮太郎さん、彼は伊熊将監。序列1584位の優秀な民警ですよ… 私も少し、手が震えてしまいました。」

 

「気にするな。結愛はよくやったよ…助けてくれてありがとな」

 

「は…はい///」

 

相手の情報をコソッと教えてくれる結愛。

それに対して蓮太郎が心からの笑顔でお礼を言うと、顔を真っ赤にして目線を逸らしてしまった。

蓮斗以外に言われたことがないとすれば、初々しさもわからなくはないが…

 

いきなりの武器を使った騒動により気まずい空気が流れる中、いよいよといったように禿頭の人間が部屋に入ってきた。

木更を含む社長クラスの人間全員が立ち上がりかけた所で、それを男が手を振り着席を促す。

遠くて階級章がよくみえないが、恐らく相当位の上の人物であることは雰囲気で感じ取ることができた。

 

「本日集まってもらったのは他でもない。君たち民警に依頼がある。依頼主は政府のものと思ってもらって構わない。内容を説明する前に、依頼を辞退する場合は直ちに退席せよ。説明を受けてからの依頼破棄はできないことを先に伝えておく。」

 

入って開口一番上記を口にした。

話を整理すると、今回の依頼は完全非公開制にしたいということ。よほど今回の件が重いものであることを意味している。

周りを見渡しても特に退席者はいなかった。

蓮太郎も周りが気になって見渡してみると、1人の少女と目が合う。

その理由が、先程の伊熊将監の隣に寄り添うようにして立っているという事だ。

落ち着いた色の長袖ワンピースにスパッツ…

ぱっちりとした目元をしているが、どこか冷めた雰囲気を纏う少女。

恐らく彼女が相棒のイニシエーターなのだろう。

少女は何を思ったのか手でお腹を押さえ、悲しそうな目線を向けてくる。

口パクで「お腹すきました」と言っていた。将監と違い、中々面白そうな子だった。

 

「辞退はなし…では、説明はこの方に行ってもらう。」

 

入ってきた男はそれだけいうと直ぐに身を引いた。

説明人はこの人ではなかったのか?そんなことを考えていると、部屋の中で唯一印象的だったELパネルの電源がつく。

 

「ごきげんよう、みなさん。」

 

そこに映し出された人間にみんな泡を食ったようにガタッと立ち上がり、信じられないといった様子でパネルを見ていた。

雪を被ったような純白の服装と銀髪…聖天子。

現在の東京エリアの国家元首…すなわち統治者である。

つかず離れずの距離には天童菊之丞が立っていた。

 

「楽にしてください皆さん、私から説明します。」

 

聖天子が上記を言うが、当然ここで座るような愚か者はいない。

 

「といっても、依頼は非常にシンプルです。昨日、東京エリアに侵入したガストレアの感染源の排除、プラスそのガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください。」

 

後者のケースという言葉に皆が疑問を浮かべると、パネルの下に画像が表示された。その隣には今回の依頼の成功報酬がかかれている。

 

100,000,000

 

8つの0がかかれている。その額は、宝くじの1等などでしかお目にかかれないような1億という数字だった。

今回ターゲットとされるガストレアは、この間蓮太郎が倒したステージ1のスパイダーガストレアの感染源であるという説明がされる…

しかし、その程度の相手にこれだけ破格の額がつくというのは明らかに異常事態だ。

社長達が質問しようとすると、聖天子が先手を打つように口を開く。

 

「これだけの破格の額がついている理由…それは、これ以上の情報開示ができないという点にあります。」

 

「納得できません。」

 

その時点で木更が口を挟んだ。明らかに失礼な行為に、他の民警達も目を丸くしている。

 

「貴女は?」

 

「天童木更と申します。ターゲットのガストレアがステージ1程度の相手なら、わざわざこれだけ優秀な民警を集めなくても目標の達成は容易いでしょう。にも関わらず、破格の報酬で周りを釘付けにしてまで依頼の詳細を隠すというのは不自然ではないでしょうか?裏に何があるか推測されるのは当然のことと思います。」

 

「それは、貴女達の知ることではありません。そのための報酬額です。」

 

「確かに私達は会社として動いていますが、その全てがお金のために全てを捨てられる人間ではありません。それが原因でウチの社員が危険な目に遭うというのなら、ウチはこの件から手を引かせていただきます。」

 

「ここで席を立つとペナルティがありますよ?予め忠告はしたはずです。」

 

2人の間にピリピリとした空気が漂い始めると、それをぶった切るように奇妙な笑い声が部屋中に響き渡った。

 

「誰です?」

 

「キヒ…ヒヒヒヒヒッ!」

 

その不協和音に聖天子が睨みつけたような表情をすると、昨日蓮太郎達が出会った赤い燕尾服にシルクハット…そして仮面が特徴的なあの男が社長達が取り囲むテーブルのど真ん中から姿を表した。

突然の登場に社長達は驚き、中には椅子から転げ落ちる者も…

一方で民警達は警戒し、各々の武器を握っていた。

蓮太郎はホルスターのXDを、結愛も雪月花の柄を握っている。

 

「これはこれは無能な国家元首殿…単刀直入に言って、私は君たちの敵だ。」

 

そう目の前の仮面男が口にし終えた瞬間、蓮太郎は既に発砲していた。

前回同様体制を整える隙すら与えない一撃。しかし、前回同様あっさりと躱されてしまう。

 

「おお、これはこれは里見くん。まさか君がこのような場にいるとは想定外だったよ。」

 

「蓮太郎さん知り合いなんですか?」

 

「ああ…ちょっとしたな…」

 

「貴様!どこから入ってきた!!」

 

「どこから?勿論正面から、堂々とだよ。」

 

「わけわかんねーこと抜かしてんじゃねえよ!」

 

民警の1人が仮面に怒鳴ると仮面は正面からと答えた。

気づけば、いつの間にか扉が開いておりその先に見える廊下からは所々に血飛沫が見える。

どうやら嘘というわけではないのだろう。

そんな話などどうでもいい伊熊将監はバスターソードを抜くと早速飛びかかろうとしていた。

 

「おやめなさい!」

 

特攻しようとした伊熊将監を止めたのは以外にも聖天子だった。

 

「おや、敵は排除しなくていいのかい?」

 

「そうするにも情報が少なすぎます。私達の敵を名乗るのなら、何故敵の懐に単身飛び込んできたのか…よろしければ、詳細をお聞きしましょうか。」

 

「私にとってこんな場所は懐でもなんでもないよ…やろうと思えばここにいる人間を全員あの世に連れて行ってあげることもできるからねぇ… 私の目的はただ1つ。君達の欲しがっている七星の遺産。それは我々がいただくという事だ。」

 

「…七星の遺産?」

 

木更を始め、全員が首を傾げた。ここにいるメンバーにとっては初めて聞くワードである。

 

「おいおい、まさか箱の中身が何なのかもわからない状態で回収しろと言われていたのかい?それはあまりにも可哀想だ…そうは思わないかい?里見くん。」

 

「ちっ…」

 

蓮太郎はXDを仮面の頭に向けたままでいるが、聖天子が戦闘を止めたため発砲することができない。

画面越しではなく、生で煽られている民警達にはたまったものではない。

 

「名乗ろうではないか、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊所属…蛭子影胤。そして、私のイニシエーターを紹介しよう。」

 

影胤がそう言うと、先程の入り口から緑色でウェーブ状の短髪の女の子がくるくると跳躍しながら影胤の横に着地した。

その綺麗なドレスには多量の返り血がかかっており、ただ事じゃないことがわかる。

 

「蛭子小比奈。10歳。」

 

そう名乗ると小比奈は丁寧にお辞儀をした。

 

「機械化特殊部隊だと?」

 

「こいつ、機械化兵士なのか!」

 

周りがざわつく。機械化兵士は公にはされているものの、あまり評判はよくない。

元々イニシエーターの代わりにガストレアと戦うために作られた戦闘兵器なのだ。

影胤の言うことが本当だとするのなら、今ここにいる生身の体のプロモーターでは勝利はかなり困難と言えるだろう。

しかし、同じ機械化兵士である蓮太郎はまた別の所で驚いていた。

 

(こいつ…元部隊が俺と同じ?)

 

蓮太郎も陸上自衛隊の部隊に所属していた時期があったのだが、その所属場所が一語一句異ならずに同じ場所であった。

それが指す意味、それがどれだけ恐ろしいことかに気づけているのは蓮太郎を除いて他にはいなかった。

 

「さあ、ショーの始まりだ!!」

 

「っつ!?伏せろぉぉぉぉ!!!!」

 

蓮太郎は木更と結愛に抱きつくように飛びかかると、そのまま二人と共に地面に転ぶ。

その直後、影胤が指をパチンと鳴らすと彼の周りに青白いドーム上の光が現れそれがどんどん広がっていった。

その光は社長や民警達をどんどん押していき、壁にぶつかった人間から丸でプレス機に挟まれたかのように次々と潰され、死んでいった。

 

「こ、殺される!?」

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

その異常事態に気づくと、生き残っていて度胸のない会社の社長や民警は聖天子との約束など忘れ死にものぐるいで逃げていく。

影胤はそれをみてキャハハキャハハと奇妙な笑い声をあげ、楽しんでいた。

流石の聖天子も、この事態には唖然とするばかりである。

 

「き…さまぁぁぁぁっ!!」

 

一気に血生臭くなった会議室に吐きそうになるも、蓮太郎はそれを堪え死んでいった人たちの分も合わせて影胤達を睨みつけた。

先程の一撃で死んだ人数はおよそ10人。

元々この会議室にいた人間は、社長と民警合わせ40人程度だったので一撃で4分の1もの人間を一掃したことになる。

 

「あ、そうそう里見くん。私からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?」

 

「…プレゼントだと?」

 

「どうして君のイニシエーターが学校で呪われた子供達だという噂が流れ始めたと思う?キヒヒ…」

 

その先は目の前の影胤の笑いを見れば誰だろうとわかることだろう。

延珠…そのことだけが気がかりでこの場に来た蓮太郎にとって、その言葉は様々な思考を巡らせた。

そして、最終的に行き着いた蓮太郎の答えは?

 

「貴様だけは殺す!!」

 

それだけいうと、思考よりも先に体が動いていた。目の前の男への憎悪のみがその総てを突き動かし、戦略も何もなくただ突っ込んでいく。

しかし、それこそ影胤の思うツボだった。

影胤の目的は延珠を利用し蓮太郎を怒らせることで注意力散漫にさせること。

事実、突撃する直前に蓮太郎は影胤の横にいた小比奈がいつの間にかいなくなっていることに気づくことができなかった。

小比奈は待ってましたとばかりに、イニシエーター特有の小さな体を生かして蓮太郎の背後を奪うと素早く小太刀を抜いて左肩から右腰に掛けてバッサリと斜めに斬り裂いた。

 

「迂闊だったねぇ里見くん。君の終わりだ。」

 

勝ち誇ったように得意げになる影胤。

しかし、蓮太郎は特に痛がる様子もなくその場に立っていた。

この中で一番驚いていたのは小太刀を手に握っていた小比奈である。

 

「この状況下で盾になった?」

 

「ぐぅぅっ………あっ………」

 

蓮太郎の代わりに技を受けたのは結愛だった。

このまま影胤の作戦に乗っていたら受けていただろうその攻撃は結の左肩から右腰にかけてをばっさりと斬り裂いており、綺麗な白い服が鮮血で染め上がるように血が吹き出ていた。

一気に血が減り、立てなくなった結愛はその場に倒れてしまう。

 

「おい…嘘だろ?」

 

「嘘じゃないです…私のプロモーターには……手………出させないか………ら………」

 

「これは傑作だ!君は代用のイニシエーターかい?即席のコンビでいい盾になったじゃないか!!光栄に思い死んでいくことだね。」

 

この状況が面白いのか影胤はずっと笑いっぱなしだ。

 

「私は延珠さんの代用ではありません…蓮太郎さんのイニシエーターは延珠さんただ一人… でも、そんな蓮太郎さんが私を必要としてくれたなら、私はそれに答えるだけです。」

 

「結愛…確かにコンビを組むとはいったが、俺はここまでしろなんて!」

 

「いいんです…私はただのイニシエーターではありません。この程度の攻撃じゃ死なないですよ… ただ、流石に出血量が多すぎて自己再生が…っつ!?うっ………」

 

そういうと、結愛は意識を失ってしまった。

イニシエーターの回復能力がいくら高いとはいえ、小比奈の小太刀はバラニウムでできており、ガストレアウイルスの働きを阻害する。

超イニシエーターは、通常のイニシエーターと比較するとその全てのスペックを遥かに上回る。

それは回復力も例外ではないが、傷口が深い上、攻撃された武器がバラニウム製だったので即回復できなかったのは痛手ではあるが…

木更は結愛に駆け寄るとそのまま抱きかかえる。

 

「脈はあるし、心臓も正常に動いているわ… 里見くん、ここは私達も逃げましょう…」

 

「逃げるったってこの状況じゃ!」

 

「里見くんの言う通り… 残念ながらこの作戦の話を聞いてしまった君達は私たちの敵になった。申し訳ないけど1人残らず死んでもらうよ?」

 

そういうと影胤は奇妙なカスタムをしてあるベレッタを両手に構えた。

まさに絶体絶命である。もはや周りの社長や民警達は完全に怯えているのかその場に座り込むか伏せているだけ、あの伊熊将監でさえ、唖然として思うように動けていなかった。

まともに動いた蓮太郎達も結愛が重傷を負い、これ以上の戦闘は非常に困難。

しかし、小比奈の素早い攻撃、影胤の銃撃という名の遠距離攻撃、そして未だ謎に包まれた影胤の青白い光の攻撃…それら全てを躱し、逃げ出すのははっきりいって不可能であった。

蓮太郎の中で半ば諦めの感情が芽生え始めた時、影胤とは全く異なる聞き慣れた笑い声が聞こえてくるのであった。

 

「ふっ…おいおい、俺達が特別ゲストとしてかっこよく登場してやろうと思ったのにまさか先客がいるとは思わなかったぞ?」

 

黒いローブを着用し、その裾はマントのように長い。完全に素顔を隠している怪しい人だ。

しかし、それはその中身を知らない人間が思うことであり、蓮太郎にとってその声は頼もしいものだった。

 

「久しぶりだな…聖天子。」

 

「あっ!?貴方は!?」

 

画面越しの聖天子が驚いた顔を見せた。

ローブを外し、素顔を見せた男はやはり蓮太郎の想像通りだった。

 

「朝霧零。この場に参戦させてもらうぞ…!」

 

 

 

 

 

 

 




結構急展開になってしまい、ちゃんと書けてるか心配です…

次回、大量の新キャラが登場するので覚えるのが大変になってしまうとは思いますがよろしくお願いします!

零や桜などのプロフィールは次回以降に作成を開始するので、まだ時間がかかってしまいます。申し訳ありません。


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黒の七皇

「朝霧…だと?先日のあの硬い少年が朝霧?」

 

影胤は銃を下ろすと、まるで魂を抜かれたかのように机の上に立ち尽くした。

隣にいる小比奈がパパーどうしたのー?と脇をツンツンつついているが、それすら全く気にしていないようだ。

 

「蛭子影胤…元序列134位の絶対的な力を持ちながら、罪のない人間を殺傷しすぎたため序列を剥奪された愚かな兵士… そんなお前が、今度は七星の遺産を奪い世界を破滅にでも追い込むつもりか?」

 

「くっ…くくくくくっ!いやぁ面白い!実に面白いよ!確かに驚きはしたが君と殺りあえる日が訪れるとはね!」

 

影胤は零の話しなど最初から聞いていないのか、自分の中で自己解決すると先程までのように笑い出した。

 

「何がどうなってるんだ?」

 

「いい加減隠す必要もなくなったしな…いいぜ?蓮太郎。俺の正体を教えてやるよ…」

 

零がパチンと指を鳴らすと、会議室のあらゆる方向の壁及びガラスが物凄い音を立てて破壊されていく。

聖天子が移されているELパネルがある方向以外の6方位から、零と同じ真っ黒のローブで全身を隠した影が6つ現れた。

大きなものが3、小さなものが3…単純に考えて半数はプロモーター、半数はイニシエーターだろう。

 

「俺達の名は漆黒の騎士団。この東京エリアの治安を影で守る、最強の部隊だ。俺はその中のトップ…★1(ブラックナンバーワン)の朝霧零。影胤…お前は立った今、最重要危険人物として俺達のターゲットになった。逃しはしないぜ?」

 

零が上記のように名乗ると、周りにいる6人のメンバーも一人一人ローブを外し、名乗りをあげていく。

 

「★2、舞姫桜!悪いことはめっ!だよ!」

 

「★3、朝霧紗雪… 私は兄さんの命のまま、敵を殲滅する…」

 

「★4、相馬凌牙。ゲームを始めようぜ?ルールは、先に死んだ方が敗者だ。」

 

「★5、セレーネ・E・トルスタヤです。クシシ…凌牙様素敵ですわぁ///」

 

「★6、兵藤恭介!うぉぉ!!可愛いロリおっぱいはどこだぁぁぁぁ!!」

 

「★7、桐城氷雨です… 裁きを受けてもらいますよ。」

 

「漆黒の騎士団メンバー、全員集合だ!さぁ、七皇の名の元に跪いてもらうぜ!」

 

漆黒の騎士団。

先程の零の説明にあったように、この東京エリアで活動を行なっている組織名でリーダーは零。

民警にして民警にあらずのこの組織はIISOにも聖天子にも統括されておらず、完全に独立していて独自のルートで依頼を遂行したり、目的のために動いたりしている。

現在、所属する全ての人間が未成年という圧倒的平均年齢の低さだというのにも関わらず、その存在は東京エリアを越え世界中に知られ、認められているほど。

構成メンバーは計7人で、彼らには序列の代わりに★(ブラックナンバー)という称号が与えられている。

通常、序列はプロモーターとイニシエーター…2人の戦闘能力や戦績の合計によってきまるが、★は個人…単体の実力で表記される。

しかし、その実力は序列数値と互角。つまり★1の朝霧零は、単体で世界最強といわれる序列1位の民警ペアと同等の力を持つということになるのだ。

子供の戦いごっこなど政治を動かす材料にすらならない。そもそも、眼中にすらなかったであろう政府は彼らの力、強さを認めざるを得なかった。否、認めなければ自分たちが殺されてしまうから…

普段は表立っての行動はあまり行わないため、漆黒の騎士団全員の顔と名前を知っているものは少ない。東京エリアの裏で動きを見せることが主なことから、人々はこの7人を総称して「黒の七皇」と呼んだ。

 

「1…2…3…4…5…6…7… まさか、黒いライセンスカードを7枚同時に見る日が来るとはね…これは面白くなってきたよ。朝霧くん。…?おっと失礼。」

 

七皇の7人がそれぞれ手にしているライセンスカードは民警とは違うことを示すため、真っ黒のカードに白字で文字が刻まれている。

そのカードを見渡しながらも、臆することなく笑っていた。

すると、再び影胤のケータイが鳴り、前回同様敵前で堂々と電話に出る。

 

「今だ、奴をつかまえ………!」

 

零が指示を出そうとすると、七皇の1人である相馬がそれを止めた。

 

「その必要はなくなった。ここは彼を泳がせることにしよう。」

 

「どういうことだ?元々、俺と紗雪だけで行く予定をわざわざ全員出撃に変更させてまで影胤を捕らえるっていったのは凌牙だろうが…」

 

「それは、七星の遺産を欲している敵のトップがわからなかったからだ。それが分かった以上、ここで奴を止めるのは得策ではない。泳がせて彼らの繋がりを観察するべきだ。」

 

「この一瞬で敵のトップを見抜くとはな…流石はウチの頭脳だ。悪いなみんな…派手に登場させといて悪いが、出番はもう少しお預けらしい…」

 

「そうしてください…あなた方全員が暴れたらこの会議室は愚か、東京エリア全てが吹き飛ぶので…」

 

その様子を黙視していた聖天子も呆れてため息をつきながら口を挟んできた。

彼女からしてみれば、この7人がいて「会議室が全壊」程度で済んでいることが奇跡に近いのだから。

 

「それはこちらとしても好都合だよ。退けと言われてしまってねぇ…」

 

互いの裏方役は牽制しあっているのか、影胤の方も撤退の指示がでたようだ。

本当の実力者というのは、目の前の事象だけで全てを判断しない。

ただ喋っているだけのようにみえても、実は互いの脳内で戦いが繰り広げられていることなど普通である。

周りに残された民警や、怪我をして動けない社長達は何がなんだかわからない様子でポカンとしていた。

それは蓮太郎とて例外ではない。

 

「では朝霧くん、里見くん、また会おう… 最も、次に会うときはこれまでのように穏便に事は進まないだろうけどね…」

 

前半はいつものノリで明るく、後半は殺気のこもった声で脅すようにと言葉を放つと、影胤は小比奈を連れて去っていった。

残されたのは飛び散った鮮血や瓦礫と七皇…そして一部の社長や民警のみなさんだった。

 

「説明していただけるんですよね?」

 

一瞬のみ訪れた沈黙は直ぐに壊される。

口を開いたのは結愛を抱きかかえた木更だった。

 

「ここまで話が上がってしまった以上、隠すわけにも行きません… ケースの中身は七星の遺産。それ一つで、この東京エリアを壊滅させることのできる恐ろしい物です。」

 

「正確には、ステージ5のガストレアを呼び出すことのできるアイテムだ。そんな曖昧な発言で、そこの女性は納得しないと思うぜ?聖天子。」

 

「…できれば隠しておきたかったのですが、仕方ありませんね。」

 

聖天子のセリフに零がつけ足すと、周りはざわつき始めた。

ステージ5と聞けば流石に皆黙ってはいられないのだろう。

 

「ところで零さん…今回はどんな内容で?」

 

「悪いが俺達は中立の立場だ。七星の遺産を回収し、調べをつけた後なら物を政府に送っても構わないと思ってるぜ?」

 

「わかりました。私も、七皇を敵に回すような愚かな真似はしません。どうか今回も、私達に力を貸してください。」

 

「了解した。んじゃ、俺達はさっさと戻るとするか…」

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

聖天子との話も済み、戻ろうかというところで七皇の1人が零を止めた。

名前は桐城氷雨。★7の実力を持つ小柄な少女だ。

服装は何故か黒のメイド服で瞳はイニシエーターならではの真紅。光り輝くように美しい銀色の髪をツインテールにきちんとまとめているその姿は可愛い、美しい以外の何者でもない。

他に特徴的な部分といえば、アキバにいそうなコスプレメイドがつけそうなアクセサリーの1つである小悪魔の尻尾がお尻の部分でひょこひょこ動いていること。

さっきまで活発に動いていた尻尾が今はだらんと下に落ちてしまっている。

アニメ的な解釈をすれば、テンションが下がったのだろう。

 

「どうした氷雨?」

 

「え、えと…治癒能力のない私が言うのもなんですけど周りに怪我してる人たくさんいるので桜さんとセレーネは助けてあげたほうがいいんじゃないかなって…」

 

「クシシ…セレーネに命令するとはいい度胸ですね氷雨。」

 

「文句を言うなセレーネ、零がそれでいいなら俺に異論はない。」

 

「じゃあ、桜とセレーネはここに残して残りのメンバーは一度撤退、次の作戦を練ることにしよう。」

 

氷雨の発言に突っかかろうとするセレーネを相馬が止めた。

七皇の人間関係もまた特殊で、最も性格に難があるのがセレーネである。

影胤のように狂った思考回路を持ち、自分の尊敬する相馬以外の言う事は聞かない。

例外的にリーダーである零の言うことは聞くが、それでも相馬>零の優先順位であることは間違いないだろう。

ただでさえ事態がややこしくなっている今、これ以上面倒になることを避けた相馬は予めセレーネを諭しさっさと撤退していった。

他のメンバーも続く。

 

「私達も作戦実行に変更はありません。目的は影胤にケースを渡さないことに変更します。負傷した方もいるようですが、この場は一度解散とします。」

 

聖天子がそう言い終えると、ELパネルの電源も切れた。

 

「こんな訳のわからない状態でも続けろってか…」

 

「ゆあー!ゆあー!大丈夫!?」

 

そう蓮太郎が呟くと、先程意見していた氷雨が真っ直ぐこっちに向かって走ってきた。

後ろには桜も一緒である。

 

「えっと…確かアンタは…」

 

「私は桐城氷雨。ゆあの友達です!って、背中が斬られて…」

 

「はいはい、慌てないの慌てないの…それより、ひーちゃんはもう戻りなよ?みんな帰っちゃったし… この子にはよろしく言っておくから…」

 

「はい…じゃあお願いします、桜さん…」

 

心配そうな顔をしつつも、氷雨は帰っていった。

入れ違いにセレーネがやってくる。

 

「もう何がなんだか…」

 

「ふふっ…そりゃ、こんがらがっても仕方ないよね… 始めまして里見蓮太郎くんと、天童木更さん。私は桜。零から話は聞いてるし、ある程度調べてもいるからそっちの紹介はいらないよ?」

 

「質問、してもいいか?」

 

「そういうと思ったよーいいよ?何でも聞いてごらん?」

 

私もと木更。流石にこれだけのことがあれば、いくつもいくつも疑問点があって当たり前である。

隣にいるセレーネは相馬の命令なので仕方なくといった感じで不機嫌そうな顔をしており、結愛の服をいきなり脱がすと傷口周辺に縫合針をブスブスと刺し始めた。

 

「お、おい!」

 

「だーいじょうぶよ?ああ見えてちゃんとやってるから。セレーネはあの糸を中心として、どんな傷でも治しちゃう天才医術を持ってるの。どっちかというと、こんな場所で服を剥ぎ取ってる方が問題かな…」

 

差し障りない程度に結愛のコートを桜がかけ直すと、セレーネはやりにくいとブーブー文句を言っていた。

 

「里見くん、鼻の下伸ばしたでしょ?」

 

「怪我人相手に伸ばすか!!そんなことより、漆黒の騎士団って名前だけは聞いたことあったけどまさか零がそこのリーダーだったなんてな…正直驚いたよ…」

 

「まあ、ウチの組織を1から全部作り上げたのは零だからねー… 私はそんな零を素直に尊敬してるよ。まだ19歳なのに、これだけのこと普通はできないしね。」

 

「聖天子様と親しげにしていたのはどういうこと?」

 

「それは単純だよ、私達は政府の部下じゃないから組織を作る過程では当然国家元首ともぶつかる… 零は実力や知能等々全ての面で聖天子様を認めさせて、今みたいな関係になってるってわけだね。」

 

「お前達は俺達の味方なのか?」

 

「うん、基本的にはね。私たちの目的は誰もが願いし平和(ゼロ・ワールド)を作り上げることだから、あまり民警と敵対することはないよ?」

 

「今回の敵のトップがわかったって言っていた人がいたけど、あの仮面を使役してるのは誰?」

 

「えーっと…それは相馬さんクラスの頭脳を持ってるから気づけたことであって流石に私は…って!蓮太郎くんも木更さんも質問しすぎ!聞いていいとは言ったけど何この質問攻め!尋問!?」

 

蓮太郎と木更の質問攻めに桜がもう限界を迎えたようだ。

どうやらこういう難しい話は苦手らしい。

 

「ごめんなさいね?ウチのダメダメプロモーターは女の子に鈍感だから…」

 

「アンタも同罪だろうが!」

 

「あはは…仲いいんだね… っと、私の番みたい。」

 

セレーネが桜の裾を引いていて、見れば結愛の背中の傷口はどこにも見えずいつもの真っ白い綺麗な肌に戻っていた。

 

「なっ!?完治だと!?」

 

「縫い跡1つ残さずに治療をしたセレーネに感謝してほしいものです。では、まだ患者さんが多いようなのでセレーネはこれで…」

 

セレーネも立ち去っていった。

言葉通り、怪我を負ったのかどうかわからないほど綺麗で真っ白な背中に戻っている。

魔法でも使ったのかと言いたくなるようなその仕上がりはにわかには信じられるものではなかった。

 

「凄いのね…貴女のイニシエーターは…」

 

「あー…私のイニシエーターはひーちゃんであってセレーネじゃないよ?と言っても、私たち七皇は状況に応じてどんなプロモーターとイニシエーターの組み合わせになっても戦えるように訓練されてるから、正規の組み合わせってあまり意識しないんだよね…今みたいにさ…」

 

「どんな組み合わせでも…か… 結愛も、俺のイニシエーターじゃないんだ。事情があって俺のイニシエーターがいなくて、結愛がその間の代わりにって俺のイニシエーターを買って出てくれたんだ… なのに俺は守れなかった…傷つけちまった…」

 

蓮太郎は自分の無力さにその場で握り拳を作った。

結愛だけではなく、延珠に関することでもそうだ。

おそらく、影胤が自白しなければ今現在誰の仕業でこうなったのか手がかりすら得ることはできていなかっただろう。

今回の仕事を断り、蓮斗に頼らず自分の力で延珠を見つけたとしてそんな自分が傷ついた彼女に何を話してやることができるというのか。

今回の件を通じ、蓮太郎は以前零の言っていたこと…自分の戦う理由を強く持たなければならないということを痛感させられた。

なんとなく…とりあえず…そんな生半可な理由ではこの残酷な世界を生き抜くことはできない。

誰も守れやしないのだから…

 

「守るだけの力が欲しい…そういうこと?」

 

「………ああ。」

 

桜を見つめる蓮太郎の強い瞳。

その姿に、隣に立っている木更は安心し笑みを零した。

蓮太郎は機械化兵士として自らに備わった力を極力使おうとしない。

前回、蓮斗達と戦った時は相手の力量があまりにも上と悟ったためやむを得ず使用したが、普段は使用することをとことん嫌っているのだ。

常人とは違う力を振りかざすということは、恐怖政治の始まり。

蓮太郎はそんな人間にはなりたくないとずっと思っていた。

そんなわけで、延珠という優秀なイニシエーターがいながら低序列だったわけだが、今の蓮太郎はそれではダメだという事に気づき強くなろうと前を向いた…

ずっと一緒にいた木更にとって、それは喜ばしいことこの上ない。

 

「さっき私は★2って名乗ってたけど、正確には嘘。私は民警クラス相当すると序列8400位… 本気を出した蓮太郎くん相手なら、正直私の方が分が悪いよ。」

 

「…は?確かブラックナンバーはその数値が単体で俺達民警の序列とイコールレベルの強さなんだよな?」

 

「うん。それは嘘じゃない…けど、私の場合は完全にあの子に頼り切ってるから…」

 

桜は包み隠さず自分の事情を話してくれた。

桜は知っての通り二重人格者であり、桜と夜桜…2人の人格が1つの身体に宿っている。

体は同じ…つまりは身体的技能も本来は同じのはずだが、だからと言って2人の強さが同じというわけではない。

運動神経…戦闘能力の強さ…そういったものはその肉体を扱う人物が、その肉体の潜在能力をどこまで引き出すことができるかで決まる。

人間にはそれぞれ得手不得手がある。

勉強が得意な者、運動が得意な者、芸術に長けている者…個々人の得意分野は様々であるがそれはその人がその分野での潜在能力を上手く解放することができているにすぎない。

そんな話をしながら、桜は結愛の背中に触れると桜の手から緑色の光がで始めた。

自分の体内に存在する無数の物質を合成し、回復薬のような物を作っている。それを体外へ放出する過程で、混ぜた物質によってこうして色が出る場合もある。

 

「私の場合は、私のもう一つの人格である夜桜が私の体で★2と名乗れるほどの実力を勝ち取ってくれたにすぎない。私は何もしてない…名ばかりだけの役立たずな七皇なんだよ… だから、無力だって嘆く蓮太郎くんの気持ちはよくわかるんだー…」

 

「けど、それでもアンタは折れることなくその地位に居続けている… 周りの強さに自分だけがついて行けないのは苦じゃないのか?」

 

「確かに嫌だけど、私には私の役目がある。夜桜は戦闘に特化しすぎたのと、毒から生まれたってことがあって私が今使っているような回復系の薬品合成はできない。私は、1つの分野で他人に劣ってるからってそこで折れたりしないよ。蓮太郎くんも強くなりたいなら、単純技量だけじゃなくて心も強く持てるように努力したほうがいい… 2人のイニシエーターを守れなかったかもしれないけど、死んじゃったわけじゃないでしょ?なら、君のセリフは嘆きの言葉じゃないはずだから…」

 

「次は必ず守る…いや、守らなきゃならない!」

 

「合格♪」

 

強く放つ蓮太郎の言葉を聞くと、桜はニコッと微笑み結愛の肩をポンポンと叩く。

どうやら、治療の方はもう済んでいたようだ。

 

「聞かせてもらいましたよ…蓮太郎さん。」

 

「ゆ、結愛!?聞いてたのかよ!」

 

「えへへ…実は、桜さんに治療をしてもらい始めたあたりで意識はもう戻ってましたから…」

 

「あ、あのなぁ…」

 

先程叫んだ恥ずかしいセリフを聞かれていたと思うと、顔を赤くしそっぽを向く蓮太郎。

そんな姿がおかしかったのか、女性陣3人はクスクスと笑っていた。

 

「けど、もう俺は迷わないぜ… アンタらみたいな化物クラスになるつもりはないけどな… 俺は、目の前の人間を守れるくらいには強くなるさ…」

 

「蓮太郎さん!同じ天童民間警備会社の一員として、私も全力で手伝わせて頂きますので!」

 

そういって、元気よく立ち上がり蓮太郎と握手しようとする結愛だったが、治療のため上半身を脱がされており、桜が上着をかけていただけだったため、立ち上がった拍子に服が落ち裸体で蓮太郎の目の前に立ってしまう結果となった。

 

「…へっ?」

 

「うわぁぁぁ!!ダメダメ結愛ちゃん隠してー!!」

 

桜が叫ぶが時すでに遅し。

蓮太郎の顔は真っ赤になり、片方の鼻から鼻血が垂れていた。

 

「いやぁぁぁ!!///見た!見ましたね蓮太郎さん!!」

 

「いや!今のは明らかに事故だろ!」

 

「まだ誰にも見せたことなかったのに… ふ、ふふふ…そうだ…蓮太郎さんも私みたいに気絶してしまえば記憶があやふやになるはず…」

 

「ち、ちょっと待ってください結愛さん…記憶を吹き飛ばすレベルで気絶させるって、俺に何するつもりなんですかね…」

 

服を整えると、雪月花の柄を握りながらふふふと不気味な声をこぼしながら蓮太郎に接近する結愛。

 

「氷つけええええ!!ド変態がぁぁ!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

その後、ボロボロの会議室でお馬鹿なプロモーターとイニシエーターの鬼ごっこが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 



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蓮太郎&結愛vs将監&夏世

「ほんっとにもう! 蓮太郎さんは最低です…見損ないました…」

 

「だから悪かったって言ってるだろ…」

 

前回の一件の帰り道、蓮太郎と結愛は二人で道路を歩いていた。

桜は他の人達の治療、木更は何故か聖天子様直々に呼ばれることになったらしく、これからの作戦の準備をするために先に二人で帰ることになったのだが…

 

この気まずい空気の中、徒歩である。

リムジンなんて高級な物は当然ウチの会社で手配できるはずもなく、行きに乗った車は片道だけの物のようだった。お陰様でこんな長い距離をずっと結愛の説教を受けながら歩かなければならなくなった蓮太郎はどっと重いため息をついた。

 

「何ため息ついてるんですか… つきたいのはこっちなんですけど?」

 

ぷくっと頬を膨らませる結愛。怒ってる結愛ものすごく可愛いのだがそんなことを言えば自身も蓮斗的な扱いを受けるだろうし、木更や延珠に何を言われるかわかったものではない。

なのでとりあえず話を逸らすことにした。

 

「そういえば、何だか色々あって言いそびれたがお礼言っとかなきゃな。」

 

「………え?」

 

「俺の事守ってくれてありがとな… 将監の時といい、影胤の時といい、何だか結愛には守ってもらってばかりな気がしたからな。」

 

「それは、イニシエーターとして当然のことをしたまでで…」

 

「蓮斗に関してもそうだ。無事に延珠が見つかったのはあいつのお陰だろ?さっき電話が来た時、心底安心したからな… お前らのペアには感謝してもしきれねえよ…」

 

「ふふっ…同じ会社のメンバー同士、これからもよろしくお願いしますね? 私としては、何やらやる気になった蓮太郎さんがどんな活躍をしてくれるのか気になるんですけど?」

 

「おいおい…」

 

小悪魔的な笑みを浮かべる結愛。

何だかんだで恥ずかしいセリフを色々聞かれたからな…

そんなことを考えていると、一発の弾丸が蓮太郎の頬を僅かにかすめた。

 

「結愛、警戒しろ…」

 

「もうしてます… 頬、大丈夫ですか?」

 

「ただのかすり傷だよ。…っつ!?」

 

突然の襲撃者に警戒をする2人。

銃声から判断してアサルトライフルだろう…となれば、そこまで距離は離れていない。

蓮太郎と結愛。2人の関係はまだそこまで深くはないので、2人まとめての襲撃かもしれなければ、どちらか片方だけを狙っている可能性もある。

敵の正体を推測するのは一先ず破棄し、お互いに背中合わせになる形で死角を塞ぐ。

二撃目…今度はライフルではなく、手榴弾のようだ。

蓮太郎はピンの抜ける音を漏らさず聞き取ると、そこに向かってXDを突きつける。

銃口の先には意外にも先程の会議室で見かけたイニシエーターがいたのだから発砲を躊躇ってしまうのも無理はない。

 

「蓮太郎さん!!」

 

背中を預けている結愛に活を入れられると、慌てて発砲。

投擲された手榴弾は、何とかどちらにも被害を与えることなく破壊された。

心を入れ替えて頑張るとはいえ、結愛に叫ばれなければ咄嗟の判断でミスを起こしていた。

まだまだだな…それが蓮太郎の自分に対する素直な評価だった。

 

「にしても、アンタが俺を狙ってくるとは思わなかったぜ… 恨みでもあんのか?」

 

「いえ…里見さんのお命を奪いたいのは、貴方の後ろにいる方です。私は、その方の命令を受けたに過ぎません…」

 

「だらぁぁぁ!」

 

蓮太郎の質問に目の前にいる金髪の少女は答えた。

そう…聖天子様の演説の時に目があったお腹すいたの少女である。

 

そして、荒声をあげながら蓮太郎の後ろでバスターソードを振り下ろす男こそ伊熊将監であった。

会議室の時同様、結愛の雪月花が完璧にバスターソードを捕らえガードしているのが見て取れた。

 

「貴方も懲りないんですね…伊熊さん…」

 

「作戦決行、敵は1人… 立った一人を相手に何人もの奴で仲良しこよし戦うなんざ馬鹿のやることだ… 倒すのはこの俺!莫大な金額を手にするのは、この俺だけだ!」

 

要するに、報酬である1億を独り占めしたいがために、邪魔な一緒に戦う仲間を潰しに来たという事だろう。

民警同士が仲の悪くなるための原因とも言えるような奴だ。

 

結愛が刀の角度を変え、アームドブレイク(武器破壊)の構えを取ろうとすると、流石に知識があるのか重そうな外見に反して軽い身のこなしでバックステップを取り、距離をおいた。

 

「ホント…腐ってんだよこの世界は… 何でこんな奴らばかりしかいないんだよ… なぁ、伊熊将監!」

 

「口の聞き方には気をつけろよ小僧。この世界は何も腐ってなんかいねえ… 強い奴が正義、強い奴が最強のわかりやすい世界じゃねぇか!序列元134位だか黒の七皇だかなんだか知らねえが、あいつらを殺すのはこの俺様だ!金も名声も、全部俺様のモノなんだよ!!」

 

「その割には、真っ先に私達の元に来るんですね… さしずめ、七皇の方々には簡単に勝てないから、先ずは雑魚狙いといった所でしょうか?」

 

相手の民警ペアに挟まれているにも関わらず、堂々と煽っていく結愛。どうやら、このような血の気の多い人間の相手の仕方には慣れているようだ。

こう言った相手は怒らせれば自然と攻撃的になるので、持ち技を相手に好きなだけ使わせ、手の内が見えたところで隙を見てカウンターを入れるのがセオリーだろう。

 

「う、うるせえ!てめえ等は俺を怒らせたから真っ先に倒してやろうと思っただけだ!聞けばてめえ等、序列5桁と6桁のクソ雑魚らしいじゃねか… その程度の分際でこの俺様直々に殺してもらえるんだ。光栄に思いやがれ!」

 

詰まった辺り、図星だったのだろう…

こんな奴に協力する理由がどこにあるというのだろうか…

もう将監を煽るのを楽しんでいるようにすら見える結愛はさておき、蓮太郎の目線は目の前の少女に行く。

 

「千寿夏世といいます。序列1584位、伊熊将監さんのイニシエーターです。」

 

目線が合うと、先に自己紹介をしてくる夏世。

蓮太郎が聞くまでもなく先に名乗ってくるあたり、この状況下での必要事項は頭に入っているという事か…

 

「お前も金とか欲しいのかよ…」

 

「いえ、正直言って興味はありませんが、プロモーターの命令に従うのはイニシエーターの役目ですから。」

 

信じられなかった。

否、こういう事実から目を背けていただけだった。

呪われた子供達は現在差別的な扱いを受けているのはもはや周知の事実。

それはイニシエーターである彼女達も何ら変わりもなく、例外もない。

呪われた子供達が裕福な暮らしをするための唯一の道は、IISOに認められ、引き取られ、そこで裕福なプロモーターに自分を選んでもらうことだけ。

そうすれば、自然とプロモーターと同居し、外周区に住んでいる頃よりも生活はかなり裕福になる。

しかし、それは楽しいのだろうか?大抵のプロモーターは、使える奴隷を選ぶかのようにIISOに待機しているイニシエーターを選びに来る。

選ばれたイニシエーターは、プロモーターの命令は絶対であり、破る事は決して許されないと厳しく教育されているため、その制度、生活に何の疑問も抱くことはないであろう。

だから、目の前の夏世が将監の命令で蓮太郎に銃口を向けているのは不思議なことではない。

 

むしろ、延珠や結愛、氷雨など、プロモーターに寵愛してもらったり、二人仲良くやっているイニシエーターの方が異常なのだ。

 

「手が震えてる… 本当は嫌なんだろ?こう言うの」

 

「…だったら何ですか。私は将監さんの命令以外に生きている理由なんてない!」

 

「そうだ夏世。そんな雑魚の言葉に耳を傾けるな。お前への命令はただ1つ!」

 

……………『殺せ』……………

 

将監のその言葉が引き金となり、戦闘がはじまった。

現在、将監ペアが挟み撃ちにする形で背中合わせの蓮太郎と結愛の前に立ちはだかっている。

XDを構える蓮太郎とアサルトライフルを構える夏世が…そして、雪月花を構える結愛とバスターソードを構える将監が向き合っている。

本来、民警同士の戦いでは単純戦闘力ではイニシエーターがプロモーターを圧倒的に上回る。

しかし、イニシエーターは基礎教育に欠けていたり、プロモーターの命令でしか動いた経験のないものが多いため、プロモーターを失えばまともに機能しなくなる場合が多い。

つまり、どちらのイニシエーターが相手のプロモーターを先に討ち取れるかというスピード勝負になるわけだ。

 

先ずは夏世がライフルを連射する。

この道路は縦に一直線。横には民家があるため、簡単には避けられないだろう… ここで蓮太郎が回避行動をとれば、後ろにいる結愛に当たってしまう可能性もある。

地形を活かした攻撃だ。

 

「けど、それは基礎戦闘スタイルを逸脱してるわけじゃねぇ!」

 

蓮太郎はXDを素早く2発速射する。

狙いは2箇所で、先ずはトリガーを握る夏世の手元だ。手元の少し上に弾丸を当てることにより、ライフルの銃口が上を向き敵の弾丸を命中させない。

そして次は、敵のライフルの銃口である。まるでその位置に銃口が移動するのを読んだかのように発砲されたバラニウム弾は、夏世のライフルの銃口を容赦なく潰した。

これでライフルは使えなくなるだろう。義眼をフル活用した、蓮太郎ならではの戦い方である。

 

「貴方には痛い目を見てもらいますよ… 朝山式抜刀術…一ノ型・隼!」

 

目にも止まらぬ抜刀速度で一瞬で将監との距離を零距離に変える結愛。

将監はそれに何とか食らいつき近接武器同士がぶつかり合う音が再び聞こえた。

 

「こいつ…はええ!」

 

将監は接近戦になればなるほど不利と判断したのか、バスターソードを回転斬りのように大振りで振る。

そのリーチのあまりの長さに後退を強制される結愛は渋々元の位置に戻った。

小柄な体型を生かし、大振りを躱して攻撃を仕掛けてもいいが、相手がサブウェポンを隠している可能性が捨てきれない以上避けるべき一手だろう。

それ以前に…

 

「私は守備…いえ、防御を得意とするイニシエーターですので、攻撃は得意ではありませんしね…」

 

「何ブツブツ言ってんだよ!」

 

再び武器のリーチを生かして結愛にバスターソードを振り降ろす将監。

本来なら、体型も武器も小さい結愛が圧倒的に不利だが、超イニシエーターである結愛にとっては、そんなものハンデでも何でもない。

 

「貴方には心底ガッカリです… 救済の余地もないので、さっさと決着をつけてあげます… 朝山式抜刀術・四ノ型・護氷壁!!」

 

そう叫ぶと、結愛は自分の刀を地面に突き刺す。

すると、地面から巨大な氷の壁(どちらかというと山のような形に近い)が表れ、将監の一撃を無効…更には、時間差でもう一つ壁が表れると2つの壁でバスターソードをがっちりと挟み込み、使用を不可能にさせた。

 

「な、何だこれは!?抜けねぇ!」

 

「私と蓮太郎さんに2度も手を出した罰です。死んで詫なさい…」

 

結愛は慣れた様子で自らが生成した氷の壁をヒュンヒュンと登っていき、上から無様な将監を見下ろす。

さっさと武器を諦め、防御、或いは回避行動に移ればいいものの、バスターソードに未練があるのか将監は壁からソードを抜こうと必死だった。

結愛からしてみればただの的である。

 

「本来、朝山式抜刀術は刀と媒体とし、自らに眠る潜在能力を具現化させる戦闘術ですので、刀がなければ特殊技をつかうことはできません。しかし、私や蓮斗さんのように、自身の能力を理解し、一定以上の強さを併せ持っていれば、刀がなくともある程度の技が使えるようになります。…これが、貴方を倒す一撃の名!氷槍の雨(アイシクル・ペネトレイション)!!」

 

結愛は両方の手のひらを将監に向けると、そこから大量の氷柱の雨を浴びせた。1つ1つの大きさはそこまでではないが、その圧倒的な数、速さは、氷でできた散弾銃を連想させた。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

氷槍が次々と刺さり、血が吹き飛び、やがて耐えきれずに後方に吹き飛ばされる将監。

そのまま大の字に倒れ、完全な敗北となった。

 

「将監さん!?」

 

「夏世…お前は、もっと人間の明るさを見た方がいい… お前達の戦い方と俺達の戦い方の違いを見れば、理解出来ただろう。」

 

夏世はその後、サブウェポンで対応しようとしたが、蓮太郎の天童式戦闘術の前に敗れ、後ろから羽交い締めにされ、拘束されていた。

 

「貴方達は、最初から殺すつもりはなかったんですね… 結愛さんの方も、トドメの一撃はかなり威力を殺していました。」

 

「いつ俺達がお前等を殺すなんて言ったんだよ。」

 

「ごめんなさい夏世さん… できるだけ手加減したんですけど、気絶は免れなかったみたいで…」

 

戦闘を終えた結愛が罰が悪そうに蓮太郎質の方へ戻ってくる。

 

「何故ですか…私達はあなた方を殺そうとしたんですよ?敗北の場合、私は最悪あなた方に殺されてもいいと思っていました… なのに…」

 

「俺達は、別に他の民警を憎んでないし、殺す理由もなかった。それだけだ…」

 

「確かに、そういう人も大勢いるのは私達も知っています… でも、そんな人達だけが、この東京エリアを占めているとだけは思わないで欲しいんです… 私達みたいに、プロモーターもイニシエーターも関係なく、仲良くしている人だっているってこと、夏世さんも是非知ってください。」

 

蓮太郎は夏世を放した。

元々、少女を拘束して楽しむ趣味もないし、将監を失った今、彼女がどういう反応をするか見てみたかったのだ。

 

「撃ちたけゃ打て。でもな夏世… 俺はお前の本音と語り合ってみたい。銃口を突きつけてきた時、お前の手は震えていた。俺はそれを信じている。」

 

夏世は少し悩んだ後、身につけていたナイフ、ハンドガン、手榴弾を全て地面に置き、両手を上げて降伏の意を示した。

 

「降参です…私の負けですよ…」

 

「よかった…じゃあ!」

 

「はい、あなた方のお話を伺うことにします。結愛さん…」

 

結愛と夏世はお互いに微笑むと、握手をした。

どうやら、事態は良い方向に進んだようだ。

 

「里見さんは先程、この世界が腐っていると仰っていましたが、私も全くの同意見です。ただ、そう思っていたとしても自分の境遇も、ガストレアが世界を支配し、呪われた子供達が差別を受けている現状も変化することはありません。結局のところ、考えるだけ無駄という事なんですよ…」

 

夏世の言葉は、現状の日本、否世界全体の状態そのものであった。

そして、このような現状が続くことにより、呪われた子供達は幸せな生活、平和な暮らし…そういったものが存在しているということ自体を忘れつつあるのだ。

夏世の場合は、モデル・ドルフィン…イルカのイニシエーターで、10歳でありながらもIQは200を越えているという。

実体験ではなく、知識的な面で上記のものを記憶していたというわけだ。

ただ、知識だけだとしてもそういう存在があるということが理解できているだけ、今回の場合は運が良かったのかもしれない。

 

「確かに無駄かも知れない… けど、抗うことなく諦めちまったらきっと後悔する。俺も一度は諦めかけていたけど、今ならはっきり言える… 俺は奪われた世代も呪われた子供達も関係ない… みんなが幸せに暮らせる世界を作りたいってな…」

 

「無理です。貴方個人で世界を動かすなんて確実に…」

 

「俺だけじゃない。こういう目的で動いてる団体だってある… 今は差別主義だから、公にできないだけであってな… そして、その団体には漆黒の騎士団もいるんだぜ?さっき俺が話していた★2(ブラックナンバーツー)の桜も、心からそういう世界を願っていたよ…」

 

夏世はしばらく口をぽかんと開けていたが、やがてクスクスと笑いだした。

 

「れ、蓮太郎さんは本気ですよ!?それを笑うなら私!」

 

「いえ、ごめんなさい… ただ、素性がわからず、何をしてるかわからなかった漆黒の騎士団の目的が世界平和なんて…ぷっ あんなに真っ黒の格好してるので、私は悪の組織か何かと思ってましたよ…」

 

「あー、それ本人達に絶対言うなよ?ああいう厨二病全開の奴らはそれに気づいた時、本気で死にたくなるらしいからな」

 

「ふーん…やけに詳しいんですね!蓮太郎さん!」

 

「里見さんは元厨二病だったんですか?」

 

「そういうとこだけ食いついてくんな!」

 

美少女二人がキラキラした目でこちらを見てくる。

みるなぁ…そんな目で俺をみるなぁ!

 

「と、とにかくだ!なぁ夏世…どうせこんな生活を続けるんだったら、1回くらい抗ってもいい…馬鹿やってもいいって思わないか? 強力な味方もいるし、もしかしたらころっと世界が変わるかもしれない…例えそれが1%に満たない確率だったとしてもだ。」

 

「私が頭脳担当だという話は先程させていただいたと思うのですが、それでも尚、そういった非現実的な話で私を勧誘するなんて… 蓮太郎さんは確かに馬鹿のようですね…」

 

「おいおい…」

 

確かに馬鹿やってもいいとは言ったがそれは言葉のあやだ…何て言わなくてもおそらく夏世は理解しているだろう。

完全に馬鹿にされてしまっている…まあ、IQ200相手に話術で勝てるとは蓮太郎本人も思っていないだろうが…

 

「私も…その馬鹿の仲間に加わりたいです…」

 

「夏世さん…」

 

「ここでこの誘いを断れば、後悔することになると直感が告げているので… しかし、どうするつもりですか?イニシエーター1人の権限では何もできませんが…」

 

「そこは俺の方でなんとかするさ…三ヶ島ロイヤルガーダーには貸しもあるし、木更さん、最悪七皇のコネを使って何とかして夏世をフリーにさせてやるよ…」

 

「では、その辺は里見さんにお願いします… これが私の連絡先になりますので… その…これからよろしくお願いします。」

 

「こうして、里見蓮太郎はまた一人、美少女のアドレスを集めていくのであった… 続く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、何変な方向で纏めようとしてるんだお前は…」

 

「てへっ☆」

 

「てへじゃねえ…」

 

「ふふっ…天童民間警備会社には愉快な方が多いんですね…」

 

「俺と結愛がペアじゃないことに気づいていたのか?」

 

「いえ、あの後将監さんがあなた達のことを社長に聞いていて、その場に私もいたので… それより、仲間になる前に私のお願いを2つ聞いてください。」

 

真剣な目で夏世がいう。恐らくは、蓮太郎達の本気具合を見る試験のような物だろう。

 

「1つは、将監さんを病院に連れて行くのを手伝って欲しいんです…こんな人でも私のプロモーターですから… それが私のけじめです。 2つ目は、今回の蛭子影胤に関する事件。この一件を私に見届けさせてください。仲間になるとは言いましたが、私はそう簡単に三ヶ島ロイヤルガーダーを除籍するつもりはありません。里見さんは、恐らくそれ以上のことを望んでいるでしょうから、私の心を動かせるほどの判断材料を提供して欲しいということです。」

 

「…分かった。ステージ5は呼ばせないし、これ以上影胤の好きにはさせない。止めてやるよ…絶対にな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天誅ガールズ!

こうして、無事に夏世と殺し合いにならずに済んだ蓮太郎と結愛は、自分達を待ってるべく蓮斗と延珠に合流するため天童民間警備会社に向けて夏世と3人で歩いていた。

「延珠ちゃんは無事に見つかった。」

そう蓮斗からの連絡を受けているとはいえ、やはり自分の目で確かめるまでは不安にもなる。

そんな緊張した足取りで事務所の前まで来ると、そんな蓮太郎の緊張をぶち壊すような歌が流れているのが聞こえた。

 

『貴方のハートに、天誅!天誅!』

 

おそらくテレビの音だろう…いやしかし、ウチのボロ事務所にテレビなんかあっただろうか?

 

「答えは、中に行けばわかると思いますよ。延珠さんが待ってます!」

 

そう結愛に言われると、蓮太郎も覚悟を決めてドアを開けたのだった。

 

「ただいまー…」

 

「おお!天誅レッド敵陣に突っ込みすぎじゃね!?けど、これも含めてこの子の良いとこってな!」

 

「そうなのだ!天誅レッドは妾達のヒーローなのだ!」

 

「はーすーとさーん!!」

 

蓮太郎の空気をぶち壊したのと、どうみても仕事をサボっているようにしか見えないその状況をみると、結愛がプンプンと腰に手を当てて近づいていく。

 

「何呑気に子供と一緒にテレビ見てるんですか…」

 

「おかえりゆあちー。ま、これも延珠ちゃんのケアといえばケアなんだよ。さて、蓮太郎達が帰ってきたんだ、ちゃんということは言っとかないとな。」

 

「う、うむ…」

 

テレビを見るのをやめると、延珠は口篭りながら蓮太郎達の方を見る。

 

「れんたろー…妾はもう大丈夫だ!」

 

「あ、ああ…」

 

「ちげーだろ延珠ちゃん。それより先に言う事、さっき練習したろ?」

 

「心配かけて…ごめんなさい… うわぁぁぁぁん!!」

 

「…お前の帰ってくる家はここだ。おかえり、延珠。」

 

延珠は余程寂しい思いをしていたのか、蓮太郎に言いたいことが言えると、安堵と共に蓮太郎に抱きつくようにして泣き出してしまった。

 

(…蓮斗さん、ちゃんとやっててくれたみたい。私が口を挟む必要もなかったみたいですね…)

 

後ろにいる結愛や、事情を聞いた夏世もそんな2人を見て思わず笑みを浮かべた。

延珠がしばらくして落ち着くと、簡単なお互いの状況報告と夏世の紹介を済ませ蛭子影胤討伐に向けての作戦会議へと移るのだった。

 

「なるほどな…ゆあちー達も随分と大変な目にあったらしいな。背中は大丈夫なのか?」

 

「治療してくださった方の話によれば、縫合糸が完全に同化するには後2日かかると聞いています。それまでは激しい戦闘は控えるようにと…」

 

結愛の治療に使われたセレーネの縫合糸は様々な種類があり、縫いつけた後は糸が皮膚と同化を始め傷跡が残ることのないような仕組みになっている。

今回使われたのは呪われた子供達用の縫合糸で、ガストレアウイルスを使用して作られた一見すればかなり危ないものだったらしい。

 

一方、蓮斗の方はというと39区に行ったところで延珠は簡単に見つかり、その後は彼女を立ち直らせる為に様々な心のケアをしていたそうだ。

蓮斗の故郷である35区に行って、そこにいる呪われた子供達と会話をしたり、外周区の破壊された街を一緒に見て延珠に戦う理由を固めさせたりと、普段のアホタイプの蓮斗からは想像もできない腕っ節で延珠は完全に立ち直っていた。

テレビは、その過程で自宅に寄った蓮斗が家から持ってきたものらしい。

チャリにテレビと延珠を乗せてきたのか…パンクしてないだろうなと蓮太郎の顔が引きつっていた。

 

「にしてもすげえな蓮斗は…落ち込んでてもおかしくない延珠をいつもどおりに戻しちまうなんて。」

 

「蓮斗さんはカウンセリングみたいな事できるんですよ!「幼女」限定ですけどね…」

 

「一言多いぞゆあちー… 正確には呪われた子供達のケアだ… 俺は自分の故郷である35区に住んでる身寄りのない呪われた子供達を世話してるんだ。だから、こういったことに慣れてるってだけだよ…」

 

つまるところ、39区の松崎のような役割をしているということだ。

蓮斗の性格から考えれば、恐らく民警として働いて得たお金を子供達の食費や娯楽費にほとんどつぎ込んでしまったのだろう。

そう考えるとあっさり倒産してしまったのも納得がいく。

蓮太郎がそんなことを考えていると、事務所内に置かれているパソコンから音が鳴った。

 

「木更さんからのメールだ。みんな来てくれ。」

 

蓮太郎がそう言うと、メンバー全員がパソコンの周りに集まる。

内容を要点だけ抜き取って話せば以下の通りである。

一つ、木更は現在聖天子の聖居におり重要な作戦、情報を聞かされているためこの事件が終わるまでは事務所に戻れないと言う事。

 

二つ、現在蛭子影胤はモノリスの外で活動を行っているということ。東京エリアを囲むモノリスによってガストレアの進行を防いでいるというのはもはや周知の事実だが、未踏査領域と呼ばれるその外に出るということは即ちガストレアの巣窟に単身で突っ込んでいるということになる。

そこまでしてその場所にいるということは、十中八九ターゲットがそこにいるとみて間違いないだろう。

 

そして三つ、木更が天童民間警備会社の最後の資金を使いヘリを手配したということ。

一度感染者をみたことのある蓮太郎と延珠がいれば、空から探した方が早いと判断したのだろう。

しかし、これで現在持てるすべての資金は使い果たし背水の陣に…

絶対に一億稼いできてね!という木更の期待が込められていた。

 

「とまあ、メールの内容はこんなもんだな… 明日の朝、夏世も連れて5人でヘリに乗り込み、さっさと対象のガストレアを撃破する。途中で奴らに邪魔をされれば排除ってところか…」

 

「へへっ、単純でいいじゃねぇか。それに、今日は何もなくなったんだし自由にしてていいんだろ?」

 

「まったりしてるな…モノリスの外に出ることになるし、影胤は序列元134位だ。緊張しないのかよ…」

 

「して後悔するくらいならしない方がいい。こんな世界だ…俺たちだって、いつまで生きてられるかわかんねぇんだから、遊べる時は遊ぶのが俺の主義。てなわけで延珠ちゃん!遊ぶぜぇぇぇぇ!!」

 

「おう!妾は天誅レッドだ!」

 

蓮斗と延珠が狭い事務所内で暴れ回る。

できるだけ心配事を考えないようにする主義か…人にはいろんなタイプがいるんだな…

 

「いえ、何に緊張していいかわからないくらいアホなだけです。」

 

「うお!?って結愛!最近俺の心読むこと多くなってないか!?」

 

「?…何のことかよくわかりませんが… それより、そこに食材の入った袋が置いてあります。思えば私達も何も食べていませんでしたし、料理を作ってくれという蓮斗さんなりのアピールかもしれませんね…」

 

「そっか…じゃあ俺は飯作ってくるわ。」

 

「えへへ…蓮太郎さん、私との約束忘れてませんよね?手伝うので料理教えて下さい!」

 

「でしたら私も手伝います。将監さんが料理なんてしないのは考えなくても分かる通り、普段の家事全般は私がしていましたから…」

 

というわけで、蓮斗達が遊んでいる中、蓮太郎達は料理をすることになったわけだが…

蓮斗のセンスのなさには感心せざるを得ない。

というより、何を作って欲しいのかがイマイチわからなかった。

カレーのルーとシチューのルーが両方買ってあるし、と思えば人参が入っていないし、何故かもやしが5袋も買ってあるしで一般的な材料で作る料理はどれも無理そうだった。

 

「らっきょうが買ってあるあたり、カレーを作れってことか?」

 

「ぷっ…でもどう考えてもシチューのルーはいらないでしょう…」

 

「すいません…ホントにアホな人で…」

 

いつもは無表情なことが多い夏世ですらクスクスと笑っていた。

 

「そういや、結愛達は普段料理はどうしてたんだ?」

 

「作る人が誰もいなかったので殆どできたものを購入するか、外食で済ませていました。作るより費用はかかりますが、蓮斗さんが火事を何一つできないので私の方もそこまでみれなくて… 夏世さんは全部一人でやっていたんですか?」

 

「そうですね… ただ、将監さんは肉料理しか食べませんし、おいしいともまずいとも言わないのであまり苦労しなかったというか…」

 

「俺の周りも料理できる奴はいないからなぁ…延珠はダークマター作るわ、木更さんはまな板ごと切り刻むわ、先生に関しちゃもはや人間の食べ物じゃないし…」

 

何だかんだで、東京エリアには料理をすることのできる人口は少ないのかもしれない。

それが3人の率直な感想だった。

 

一時間ほど経過してカレーが完成すると、2人はまた天誅ガールズのテレビを見ていた。

 

「面白いんですか?」

 

夏世がそれを言ったが最後、熱弁を始める延珠。

かれこれ10分以上マシンガントークに付き合わされIQ200を越える夏世ですら表情が引きつり始めた頃、ようやく延珠の熱弁が終わった。

 

「どうだ!面白そうだろう!」

 

「は、はぁ…」

 

後ろにいた結愛はわけがわからないと目を回し、蓮太郎はいつものことと聞かないようにスルーしていた。

 

「とりあえずカレー食おうぜ?折角作ったのに冷めちまう」

 

「あ、私運んできます!」

 

蓮太郎が助け舟を出すと結愛が逃げるようにキッチンへ駆けていく。

蓮斗が一緒になってわいわい天誅ガールズを見ているということは、延珠のこの長ったらしい熱弁を聞いて興味が湧いたということだろう。

世の中色んな人がいるんだなと再び思う蓮太郎であった。

 

「お、いい匂いだ!」

 

「どっかの誰かさんのせいで、通常とは入ってる具材が明らかに違うんだけどな…」

 

「う、うるせぇ!食えりゃいいんだよ!」

 

「ちなみに蓮斗さんは炎の使い手なのに目玉焼きすら満足に焼くことはできません。」

 

「そんな貴方を結愛さんがずっと支えていたかと思うと…最低ですね」

 

「やめえててて美少女に罵られるの嬉しいけどみんなでいじめるのはらめなのおおおお!!」

 

…聞いちゃいけないセリフを聞いた気がした。

 

「ま、とりあえず食うか。いただきまーす」

 

蓮太郎の合図でみんなが食べ始める。

今回カレーに入っている具材はじゃがいも、もやし、ナス、豚肉、トマト、たまねぎの6種類。

夏野菜カレーだと言い張ればそんな気もしなくはないが、なんだか謎のバリエーションだった。

と思いきやみんなの反応は…

 

「うむ!最高においしいぞ!」

 

「…私が普段食べているものよりおいしいです。」

 

延珠と夏世からは好評だった。蓮太郎自身も割と悪くないと実感する。

対して蓮斗と結愛だが…

 

「は、蓮斗さんどうですか…?」

 

「どうって、蓮太郎が作ったのなら美味いに決まってるだろ?」

 

「い、いえ…そうじゃなくて、今回は私も一緒に作ったから…」

 

「ゆあちー俺の事馬鹿にしてたけど人の事言えないくらい料理できないもんな!足引っ張らなかったか?」

 

「………そんなこと聞いてないです!!この馬鹿ぁ!!」

 

パーン

 

豪快な張り手音の後に残るは怒って出ていく結愛と左頬を真っ赤に腫れさせる蓮斗だった。

 

「イダィ…」

 

「お前らいつもこんなことやってんのかよ…」

 

「モテない男の典型的なパターンですね…」

 

「ん?何がだ?」

 

答えは乙女心を察する力です。誰も答えはしなかったが。

 

「とりあえず蓮斗は結愛を迎えに行った方が良いだろ…下にいるし。」

 

窓から下を見下ろすと電柱の影に隠れている結愛がいた。

マフラーがはみ出ていてバレバレだが、彼女なりのいじけ方なのだろう。

 

「私も行きます。早く謝ってしまいましょう …」

 

「俺なんかしたっけかなぁ…」

 

夏世に連れられて蓮斗も出ていった。

延珠と蓮太郎だけが残ると若干気まずい雰囲気になる。

先に沈黙を破ったのは延珠だった。

 

「…れんたろーは妾のことどう思ってるのだ?」

 

「俺にとっての延珠はかけがえのないパートナーであり、大切な家族の一員だ。」

 

「うむ、ならいいのだ!」

 

ニコッと満面の笑みを浮かべる延珠からは悩みが取れた様子が伺えた。

呪われた子供達ということがクラスにバレた延珠。

全てを否定され、生きる意味があやふやになった延珠にとって、蓮太郎のその言葉だけが生きる意味なのだから…

 

「今まで悪かったな…延珠がいなくなって初めて分かったことが俺にもある。前に零にお前は何の為に戦うんだって聞かれた時、俺は答えることができなかった。けど今なら言える。俺は、木更さんや延珠…そして、俺の日常を守るために戦うんだってな。」

 

「なら、妾もれんたろーを手伝うのだ!妾もっともっとみんなといたい…だから妾も戦う!」

 

「ああ…これからもよろしくな延珠!」

 

蓮太郎と延珠が握手をすると、ちょうど残りの3人が戻ってきた。

 

「蓮太郎さーん…夏世さんが色々言ってくれたのに蓮斗さん酷いんですよぉ…」

 

「まあ、泣くなよ結愛… 蓮斗のことは、お前が一番よく知ってるんだからさ…」

 

「それにしたって一度くらいは答えてくれてもいいのに…」

 

「そうだ!結愛にお土産があったのだ!」

 

延珠が思い出したかのようにポンと手を叩くとガサゴソと荷物をあさる。

取り出したのは水色の和服のようなコスチュームだった。

 

「…一応聞きますが、買ったの蓮斗さんですよね?それは?」

 

「2人のお小遣いで全キャラ分買った天誅ガールズの衣装だ!これで友達が何人増えても天誅ガールズごっこができる!夏世にもあげるぞ!」

 

今度は黄色いコスチュームを取り出すがかなり小さい。

天誅ブルーとイエローのコスチュームである。

延珠曰く、天誅イエローはメンバーの中で一番ロリっ子なため、服のサイズもかなり小さいとか…

これを結愛と夏世に着せるのだろうか

 

「いいんですか?ありがとうございます」

 

会ったばかりの自分に対してプレゼントと言われ、きょとんとした表情をする夏世だったが延珠がニコニコしながら差し出すので笑みを返し受け取る。

てっきり恥ずかしがるのかと思ったが意外な反応だった。

 

「こ、こんなの着れるわけないじゃないですか!私がコ…コ…コスプレなんて///」

 

恥ずかしがるのは結愛のほうだった。

天誅ブルーのコスチュームは和服系だし、ミニスカートの短さに慣れている結愛ならそこまで大事レベルではないと思うのだが。

 

「そっかー…ゆあちーは俺と延珠ちゃんが選んだプレゼントを突き返すのかー 能力通り氷のように冷たいやつだなー」

 

「…ゆあは嫌だったのか?」

 

蓮斗がわざとらしく棒読みでいうと延珠が間に受けて悲しそうな顔をする。

 

「わ、わかりましたわかりました!着ますから!!」

 

「思い立ったが吉日ですよ結愛さん。早速着替えましょう。」

 

「えっ!?」

 

「妾も行くのだー!」

 

「えええっ!?いやぁぁぁ!心の準備の時間ー!!」

 

夏世と延珠に連行されて結愛は悲鳴を上げながら部屋を離れた。

 

「ビックリするよ…ウチの事務所にこんなに人が出たり入ったりするのは今日が初めてだ。」

 

「それが客ならいくらかよかったのになぁ…」

 

「だな…」

 

「にしてもゆあちーのコスプレかぁ…楽しみだぜ!」

 

「確信犯だろお前…」

 

「わかるか?小学校高学年になるに連れて少しずつ膨らみ始める絶妙なおっぱいがだな!」

 

「さっぱりわからん。後それ延珠や結愛の前で言ったら確実に殺されるぞロリコン。」

 

「ちぇっ… いつか誰かと腹を割って女の子(幼女)の話しをしたいもんだぜ…」

 

ロリコン。即ちロリータコンプレックスの略。

元々は、自分と年齢のかけ離れた少女に恋愛感情や性欲を持つという意味の言葉だが、最近ではその定義も曖昧になっている。

そういった感情がなくとも少女へ愛情を向ければロリコンと呼ばれるし、年齢が達している一般の女性であっても、体型が幼児体型ならばその人に愛情を寄せた人間はロリコンと呼ばれる。

蓮斗がどの程度のロリコンなのか知ったことではないが、胸だけでなく、ミニスカートから見える太もも、綺麗な肌、そして何より純粋無垢な心と目線… その全てがいいんだろうがぁ!と、ブツブツ言っているあたり、蓮太郎の想像通りかなり危ない側の人間であるのは間違いないだろう。

こんなんで大丈夫なのだろうかと結愛のことを少し心配したが、結愛の場合は逆に蓮斗のほうをいつも振り回しているので問題はないと自己解決する。

 

「よーし、ではこれが歌詞とセリフだ!いくぞ二人とも!」

 

扉の向こうから延珠の元気な声が聞こえてきたということは、そろそろ戻ってくるのだろう。

カメラを構えようとする蓮斗からそれを奪うと、なんとなくで蓮太郎も扉の先を見つめるのであった。

 

「貴方のハートに、天誅!天誅! Let me go!いつだって!最大のポテンシャルで!」

 

延珠と夏世は元気よく、結愛は恥ずかしそうにしながら出てくる。

こ、これは…可愛いぞぉぉぉぉ!!

さっきまで蓮斗のことを馬鹿にしていたが前言撤回だ!

相棒の延珠が可愛いのは言わずもがな、結愛はいつもと違う和服を着こなし、ミニスカートとは違った生足の出し方がまたエロい!

夏世に関しては元々の服のサイズがかなり小さいので出るとこが出てしまっている。

 

(俺、ロリコンになったらどうしよう…)

 

(何を悩む必要があるんだ蓮太郎!こんなに可愛い子達が3人もいるんだ!欲望に忠実になれよ…)

 

(くっ、だ、ダメだ!俺はこんなところで社会的地位を失うわけにはいかない!)

 

何故か心の中で蓮斗と会話した気がした。

 

「どうしたのだ?蓮太郎…すごい汗をかいているぞ?」

 

「うわぁぁっ!?え、延珠!?」

 

「何そんなにビビってんだよ蓮太郎は…3人ともよく似合ってて可愛いぜ?」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

さっきは褒めてもらえなかったので、蓮斗のその言葉を聞くとあからさまに嬉しそうな態度を見せる結愛。

 

「あ、ああ…俺もみんな似合ってると思うぞ?」

 

「ふっふー!ふぃあんせの妾は似合って当然なのだー!」

 

「お褒めの言葉は受け取っておきますが、里見さん、目線がとてもいやらしいですよ?」

 

「な、なんの話だ夏世…」

 

「そういえば、このコスチューム私にはちょっと小さすぎたようで後2センチもスカートが上にあがればパンツが見えてしまうギリギリのラインなんですよね?どうしたらいいと思います?」

 

悪魔の笑みを浮かべながら蓮太郎に接近する夏世。

この子、IQが高いだけあって毒舌かと思いきや、行動面に関しても中々のSのようである。

 

「んなもん知るか!自分で考えろ!」

 

「そんなこと言われてもー…ほらほらー」

 

「な、何やってるんですか夏世さん!///」

 

「れ、れんたろーは渡さないぞ!!」

 

挑発するようにスカートをチラチラと揺らす夏世。

それに気づいた結愛は顔を真っ赤にし、延珠は慌てて突っかかる。

 

「どうやら、結愛さんたちにはちょっと早かったみたいですね…」

 

この後蓮斗が悪ノリし、イニシエーター三人組は天誅ガールズのコスプレをしたまま暴れ回ったので、社内がカオスになったのは言うまでもない。

決戦前夜にも関わらず、騒がしい夜となるのであった。

 



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何のために戦う?2

プロペラの音がすぐ側で聞こえる。

翌日の朝、蓮太郎一行はヘリに乗り込み未踏査領域の上空を飛行していた。

目的はこの間見つけたガストレアの感染源を見つけ出し討伐。そして、七星の遺産を影胤より先に手に入れることである。

この間戦ったガストレアはモデル・スパイダーだったため、今回の相手もそれに似た姿をしていることが予想されるが…

 

「どうだ蓮太郎?見つかりそうか?」

 

「流石に樹海が広がってるから地面はほとんど見えないな… やりたくないけど、もう少し高度を下げてもらうしかなさそうだ…」

 

ちなみに、ヘリに乗る直前に菫と、蓮太郎と延珠が普段からお世話になっている司馬重工によって武器の補充は済んでいるので蓮太郎と夏世の装備はバッチリである。

それぞれが自分の武器を握り締め、戦闘態勢に入っていた。

 

「れんたろー?あれは何のガストレアなのだ?」

 

延珠が指差す先を見ると、ちょっど雲に隠れるように巨大な黒い塊が浮いている。

空母型ガストレアか…

そう思い軽く流そうとしていたが…

 

「なんだ…あいつは…」

 

良く見れば、明らかに飛行するに向いていない二等辺三角形型の体つき。飛んでいるのではなく、浮き袋のような物を使って浮いているように見える。

 

「そうか!あいつだ!」

 

何かを思いついたように蓮太郎が手を叩く。

蓮太郎は生物学を趣味としているため、生き物の生態にある程度詳しい。

延珠が見つけた対象は何本もの長い脚が使われていないかのようにぶらんと垂れ下がっていた。

あれは進化の過程で退化したものではないだろうか?

そう考え込むことでどんどん想像力が広がっていく。

南米の方に、蜘蛛の巣を絡ませ網を作り、風とともに飛んでいく小蜘蛛がいる。

なら、なぜパラシュートのような形でなく二等辺三角形なのか。

答えは浮遊ではなく滑空である。パラシュートではなくハンググライダーである。

その原理を応用し、上空での移動を可能にしているのだとしたら政府が発見できないのも納得がいった。そしてなにより…

 

「突然変異してるから、ステージ3以上なのは確定。ハンググライダーを人の脳からインプットしているのだとしたら最悪の場合、超ガストレアという可能性もありか…」

 

「空中ですし、長期戦はできませんよ?」

 

「何とかしてみんなの攻撃を一度に当て、一撃で沈めるのがベストだな。」

 

「お、なら俺の技にとっておきがあるぜ?」

 

蓮斗が立ち上がると自分の武器である煉獄刀・焔の鞘を抜く。

朝山式抜刀術・五ノ型・朱雀。蓮斗の持つこの技は、体内に眠る炎エネルギーを爆発させ、自らの背中に炎の翼を具現化する。

強風や雨の天候では使えないし、効果持続時間も一分間と極めて短いが、その間は鳥のように空を飛ぶことが可能だという。

 

「蓮太郎と延珠ちゃんは俺が抱えようか… これなら出し惜しみなくみんなが全力を出せるし、一撃決めてヘリに戻るくらいなら制限時間の心配もない。どうだ?」

 

「それで行こう。俺と延珠が本体を叩く。蓮斗はサポート、結愛は翼の破壊、夏世は頭を撃ち抜いてくれ。」

 

「「「「了解!」」」」

 

元気の良い返事とともに作戦が決行される。

結愛と夏世が共に床に寝そべり、スナイパーライフルのスタンバイを完了させ、蓮太郎達が蓮斗に掴まった。

 

「いいぞ!開けてくれ!」

 

蓮太郎の合図でヘリのハッチが開く。

それと同時に蓮斗が朱雀を発動させた。

 

「よっしゃいくぜぇぇぇぇ!」

 

「全力だ延珠!上下花迷子バースト!!」

 

「はぁぁぁっ!!」

 

「氷槍の雨(アイシクル・ペネトレイション)!」

 

「一発で…確実に!」

 

蓮太郎はカードリッジを3つ全て開放し、最大火力の踵落とし、延珠も蓮太郎に習い、バラニウム金属の錘の入った靴を使って踵落とし。

結愛は氷柱の雨を降らせて左翼を確実に破壊、夏世はきちんとヘッドショットを決める…と全員の技が一気に降りかかった。

ガストレアは短い悲鳴を上げると破裂し、中から銀色のケースが飛び出す。

蓮太郎がそれを掴むと、蓮斗が再び二人をキャッチし、ヘリへと帰還した。

 

「よっしゃ!作戦成功だぜ!」

 

「もっと苦戦すると思ってたけどあっけなかったな…あれ以上の硬質は滑空に支障を来たすのか…」

 

「とにかく、上手くいってよかったです!」

 

結愛をはじめ、イニシエーターの3人も笑顔を浮かべる。

しかし、世の中は上手くいかないように作られていて、みんなの笑顔も一瞬のものだった。

青白いレーザーのようなものが地上から放たれるとこのヘリに直撃。

エンジンは破壊され、真っ逆さまに墜落を始める。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

「落ち着け、パラシュートで脱出する。急げ結愛!」

 

「はい!」

 

蓮太郎が操縦者に活を入れると、結愛が全員にパラシュートを配る。

夏世は必要最低限の装備だけを持ち、残りを全て切り捨てると全員の準備が整う。

このタイミングを見計らい、延珠が蹴りでハッチを破壊し全員が脱出をする。

 

「ちっくしょー…どうなってんだ?一体…」

 

「十中八九影胤だろうな…そう簡単には帰らせてくれないか… って、やばい!」

 

蓮太郎が気づいたのも束の間、先程乗り捨てたヘリが勢いよく爆発した。

後1分遅れていたなら全員死んでいただろう…とはいえ、無傷と言うわけにもいかずパラシュートで浮遊してるだけのみんなは全員爆風で飛ばされてしまった。

方向は二手で、蓮太郎、結愛、夏世の3人と蓮斗、延珠、ヘリ操縦者の3人が北と南に飛ばされた。

 

★side 蓮斗★

 

上空80mから真っ逆さまの3人。よほど爆風が強いからか蓮太郎達の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 

「再発動か…あんましやりたくねぇんだけどな… 朝山式抜刀術・五ノ型・朱雀!」

 

焔を媒体として再び炎の翼を出現させると、1分という制限時間に間に合わせるため、延珠と操縦者を抱えて猛スピードで地上を目指す。

着地地点で木々に着火させないようにしなければならないので割りとギリギリになってしまった。

 

「ふぃー…危ねぇ危ねぇ…」

 

「けど、れんたろー達とはぐれてしまったぞ?」

 

「お、俺が未踏査領域に立つなんてどうすりゃいいんだよ!」

 

ヘリの操縦者はまさか自分が地上に降りることになるとは夢にも思っていなかったのか、かなり動揺している。

正直状況はよくない。

 

「とりあえず、運転手さんを安全圏まで送り届けるのが先だな… 蓮太郎達の安否も気になるし、向こうには時間差で延珠ちゃんが電話すればいいと思うぜ?」

 

「うむ!了解だ! ではモノリスの方に歩けばいいのだな?…っぐ!?」

 

「延珠ちゃん!?」

 

警戒を怠っていたわけではなかったが、何者かがこちらに接近していることに気づくことができなかった。

日が昇っているとはいえ、樹海の奥は薄暗い。

木の陰から手が伸びると、延珠の首を掴んで締め上げるように持ち上げた。

 

「同業者の民警か…殺す。」

 

「誰だてめぇ…」

 

「俺の名は伊熊将監… ここでの依頼を受けている一人だ…」

 

延珠を拘束した人間は蓮斗と同等、あるいはそれ以上の巨体。

その名は意外にも伊熊将監だった。

夏世のパートナーであることをこの二人は知らないし、初対面なので蓮斗は敵意を剥き出しにする。

 

「てめぇの事情は聞かねぇ… けど、一つだけ要求させてもらう。 延珠ちゃん、放せよ…」

 

そう話す蓮斗のオーラ、目つきには確実な殺気がこもっていた。

以前結愛が対峙していた時の煽りスタイルなんかよりも確実に恐ろしい。

鞘に手をかけ、余計な動きをすれば今にでも飛びかかる。

そんな猛獣のような瞳で将監を睨みつけた。

 

「ああん?何様だよてめぇ… この世界では強者が全てなんだ。つまり、つえぇこの俺がこのクソガキを生かすも殺すも自由ってことなんだよ!」

 

「がぁっ…」

 

将監は延珠を乱暴に振り上げると、投げ飛ばすようにして地面に叩きつけた。

地を引きずるようにしながら蓮斗の元に戻る延珠をみて、蓮斗の血管が浮き出る。

 

「朝山式抜刀術・一ノ型・隼!」

 

蓮斗お得意の速攻抜刀斬りが炸裂。確実に初対面の相手に行うことではないような行為を見て体が勝手に動いていた。

こいつがこんなことをする理由はなんだ?口では聞かないといいつつ、頭の中で予想はしてしまう。

 

「その剣技、その技名… お前があの小娘のプロモーターか… 」

 

「んだよ、さっきから偉そうに…」

 

将監は、その一撃をバスターソードを使ってきちんとガードする。そりゃ、一度見たのと全く同じ技なので対策も可能であろう。

蓮斗からしてみれば相手は可愛い女の子でもロリっ子でもなく、ただのむさくるしい男だ。ロリコン蓮斗の対象外である。

そういう奴には目には目を、歯に歯をだ。

手を出す相手には容赦はしない。しかし、この男を倒す理由が特になかったので今のところは自己防衛に留まる。

最も、その時間も非常に短く次の話を聞くまでの間ではあったが…

 

「俺はここでの報酬を独り占めするために同業者を潰していた…だが、俺の計画を邪魔した挙句俺の道具である夏世すら奪っていったゴミクズがいやがる!結愛だ結愛!あの小娘だけは俺が確実に殺す!!」

 

ぷっちーん。

元々、いきなり目の前に現れたこの伊熊将監という人間に苛立ちを隠せなかった蓮斗。

そして、今蓮斗の目の前にいるそいつは今自分の周りにいる大切な仲間である延珠、結愛、夏世の全員を否定し傷つけた。

特に結愛である。結愛は蓮斗のことが大好きであるように、蓮斗にとっても結愛は唯一無二のとても大事な存在…否、蓮斗の生きる理由そのものと捉えても間違いではないほどである。

その結愛に喧嘩を売る奴が現れたとなれば、蓮斗の怒りゲージがどれほどまで恐ろしく急上昇しているかなんて、わざわざ説明するまでもないだろう。

 

「てめぇ今なんつったよ?」

 

「…あ?」

 

「目の前で延珠ちゃんを傷つけただけでなく、ゆあちーやかよちーの事も侮辱したな… 挙句の果てに殺す?それを俺の前でよく言えたな!殺していいのは殺される覚悟があるやつだけってことをこの場で教えてやんよ!!」

 

「おもしれぇ…昨日も今日も、散々コケにされてむしゃくしゃしてんだ。この俺の「最後の」力、見せてやるぜ!」

 

「延珠ちゃんは操縦者さんのことを護衛しててくれ。こういう大人の喧嘩は、兄ちゃん一人で充分だからよ… 」

 

「…承知した。」

 

言われずとも、延珠は蓮太郎にイニシエーターは人間を倒すための兵士ではないときつく教えられ、蓮太郎の許可なしに人を襲うことを禁止されている。

本来なら、蓮斗も止めるべきなのだがコンビを組んでるわけでもなく、また問題が延珠だけでなく結愛や夏世も絡んでいるので強く言うことができなかった。

言われたとおりに少し距離を置くと、操縦者の前に立ち周囲を警戒する。

二人はというと、既に互いの武器を抜刀し戦闘態勢に入っていた。

 

「俺の隼が止められた時は驚いたが…なるほど、ゆあちーの技を見たってことか。」

 

森林や樹海など、木々が広がるエリアでの戦闘は蓮斗単体ではかなり不利となる。

理由は簡単で、周りの木に自分の炎が引火してしまうと山火事や森火事を起こしてしまうからだ。

いつもは隣に結愛がいるので、多少暴れても氷の力で事後処理は問題ないのだが、今回は結愛がいない。

そもそも結愛なしでの野外実践自体、蓮斗には初めてのことであった。

緋炎の遠距離バージョンや朱雀など、炎を使う大技や遠距離技は全て使えない。

相手の力量が只者ではないことは先程の2件で重々理解できているからこそ、蓮斗は攻めあぐねていた。

 

「こねぇなら、こっちから行くぞ!」

 

将監はバスターソードを振り上げると真正面から蓮斗に突っ込む。

その早さ、火力は先日結愛に見せた時よりも数倍まで跳ね上がっており巨大な武器の重さすら感じているようには見えない。

一日や二日でどうにかなる問題ではなかった。

 

「くそっ…はええな!」

 

あんな大剣と正面からぶつかり合えば自分の刀など簡単にへし折られてしまうだろう。

蓮斗はバスターソードの側面を狙って刀をぶつけると、剣先の軌道が自分、及び延珠達に向かないように逸らし、そのまま助走も何もつけずに側面すると将監の背後を奪った。

 

「そんな馬鹿でかい剣じゃ、小回りは効かねえよな… 終わりにしてやるぜ… 朝山式抜刀術・四ノ型・緋炎!!」

 

剣に炎を纏わせて敵を切り裂く強靭なる一撃。

それを無防備な背中に勢い良く叩き込む…

零距離の攻撃だし、命中すれば確実に一撃でノックアウトだろう…人間の体とは脆いものだ。

しかし、将監にその攻撃は届かない。

自身の武器を納刀するようにして、蓮斗の一撃を防いだのだ。

これも、前回結愛が将監に見せた技である。

憎いといいつつも、自分の記憶の中で見た技を確実に再現可能にしている。

これも、一日や二日でできるような芸当ではない。

 

「あめぇんだよ!」

 

将監はそのまま回転切りをするようにバスターソードを振り回す。

蓮斗は躱そうとするが、そのリーチのあまりの長さに完全に避けることはできず、左腕にかすり傷を負った。

 

「ちぃっ… 利き腕の損傷は避けたにしてもいってーなおい!」

 

そのまま距離をとり、一度体制を立て直す。

これだけ怒った蓮斗の戦闘だ…当然手加減などするわけがないが、正直ここまで蓮斗が苦戦することになるとは本人も、延珠も思ってはいなかった。

それ程までにこの伊熊将監は強いのだろうか?

 

「殺す殺す殺す殺す!!どいつもこいつもぶっ殺して、俺が最強だと言う事を証明する!こんなゴミみたいな世界で偉そうにしてる奴は気に食わねえ…俺が全部壊してやるんだよぉぉ!!」

 

「完全に頭が逝ってやがる… こりゃ、ゆあちーへの侮辱を取り消せって言葉で言ったところで聞きゃしないだろうな…」

 

「ふん!調子に乗るなよ雑魚が!今度は避けられるかぁ!?」

 

今度はバスターソードを槍のように突き立て、突進してくる将監。

面積が飛躍的に小さくなる分、避けることは容易ではあるが…

 

「だーれがそんなバカ正直に突っ込むかよ!」

 

「…っつ! そりゃそうだよな!」

 

零距離で接触するギリギリのタイミングで、突きから回転切りに攻撃変換する将監。

何とか食らいつく蓮斗だが、かなりの衝撃に無傷とはいかない。

そのまま互いに2、3度斬り合うと今度は蓮斗の方から動きを見せる。

 

「漆黒の煙幕(ブラック・スモーク)!」

 

刀を握っていない方の左手から、炭を利用した真っ黒の煙幕を周囲一帯に撒き散らすと、一気に視界から全ての物が消え、360度を漆黒の煙が覆う。

 

「道具を使わない煙手榴弾(スモークグレネード)だと!?」

 

「便利なもんだろ?俺は技を発動するために使う炎エネルギーの不要物を敢えて体内に蓄積して、こうやって刀媒体なしに発動することができんのよ… しかも、排泄物を体外に放出するのと同じ原理だから、発動したところで俺にはなんのデメリットもない。今度は俺の攻撃を受けてもらうぜ!」

 

上下左右、あらゆる方向から蓮斗の剣撃が猛攻する。

自らが発動する技だ。何度も使ううちに煙の中でもある程度動けるくらいの慣れは持っているのだろう…

何度も何度も武器同士がぶつかり合う音、どちらかの武器がどちらかの肉を断つ音が聞こえ、煙が晴れた時、傷だらけで対峙する二人の姿が見えた。

流石に、将監の方が圧倒的に傷が多く蓮斗が有利に立っている。

 

「ぐぁぁっ…」

 

「自分の欲しか見てない強さなんざ、所詮はそんなもんだ。人殺しは趣味じゃないが、ゆあちー達を襲う可能性があるならそうはいかねぇ… じゃあな、伊熊将監。」

 

片膝をつき、力尽きる将監の心臓を容赦なく蓮斗の刀が貫いた。

目の前で殺人が起こったことに延珠は目を丸くするが、ここは未踏査領域である。

ここにいる時点で死は覚悟するべきであるし、そもそも先に殺人宣言をし襲ってきたのは向こうだ。

蓮斗は刀を引き抜き、血を振り払うと延珠の方を向く。

 

「俺の行いが、変だという奴もいるんだろうな…」

 

「人を殺すことだけは絶対しちゃダメだって、蓮太郎は言ってたぞ…」

 

「確かにその通りだ。けど、俺は自分の一番大切なもののためならその禁忌を破る覚悟がある。ゆあちーを護るために戦う。これが俺の戦う理由であって、それを脅かす奴は誰であっても容赦はしない… それだけさ…」

 

「そうか…」

 

「ははっ!延珠ちゃんはマネしなくていいんだぜ?蓮太郎のやつが殺すなって言ってるんだ。それが正解だよ…」

 

「うむ、妾はれんたろーの役に立つために戦う!それが妾の理由だ!」

 

「オッケーオッケー!んじゃま、さっさと蓮太郎達に合流するか。もちろん、このことはゆあちー達には他言無用で頼むぜ?」

 

お互いの戦う理由を話し、すっきりしたところで本来の目的のために動き出そうとする蓮斗達。

しかし、事はそう単純なものではなかった。

血の海に沈んでいた死体が起き上がると、再び会話をはじめたのである。

 

「何勝手に終わりにしてやがる… 言ったろ?俺の「最後の」力を見せてやるってなぁ!」

 

「馬鹿な…俺の刀はお前の心臓を確実に貫通させたはず…」

 

「蓮斗!あれだ!」

 

延珠が指差す方向は将監の心臓だ。

そこからは、紫色の謎の物体が突き出ていて、恐ろしい速度で傷を再生させている。

なるほど…蓮斗達が出会った時には既にガストレア化が始まっていたというわけだ。

これなら、急激に強くなったというのも納得がいく。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

将監が吠える。

体中の皮膚が破壊され、中からガストレアのボディが現れる。

図体も更に巨大化し、全長4メートル程の巨大なガストレアへと姿を変えた。

 

「既に体内侵食率50%越えだったのかよ…やべえ…」

 

「蓮斗、こいつ強いぞ…」

 

うさぎの因子を使って相手の強さを感じ取った延珠が蓮斗の隣に並び立つ。

 

「延珠ちゃん…?」

 

「さっきまでは人の姿だったが、今目の前にいるのはガストレアだ。なら、妾が戦わない理由などない!一緒に戦うぞ!蓮斗!」

 

「…ったく、頼もしいねぇ!んじゃ、よろしく頼むぜ!」

 

お互いを見合うと息を合わせる2人。

スパイダーガストレアとの戦闘から連戦続きだが、文句など言ってられない。

第3ラウンド、スタートです!

 

目の前の将監が変化したガストレアはパッと見ゴリラ。元々体の大きかった将監の取り柄を最大限活かすかのような変化である。

しかし、良く見れば体のつくりがゴリラと多少違うことから、恐らくはモデル・エイプ…猿のガストレアだろう。

あるいは、その二つの多重因子持ちかもしれない。

とにかく、ステージ1、2で収まるような雑魚ではないことは明らかだった。

 

「ぐおおおおお!!!!」

 

ガストレアが再び吠えるのとほぼ同時のタイミングで、蓮斗と延珠が地面を蹴った。



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世界最強のイニシエーター

紗雪の説明がかなり長いですが、無理に全部覚える必要はないです。
細かい設定を気にしない人は飛ばし読みを推奨します。
あと、今回もメタばっかです(^_^;)


「先手必勝だ!」

 

相手は感染爆発したてで戦闘準備に入っている状態だ。

なら、今なら一方的に叩ける可能性もある。

蓮斗は真正面からのジャンプ斬りを選択し、ガストレアに襲いかかった。

技は命中、頭に刀が突き刺さるが全く貫通しない。

ガストレアの戦闘準備が整い、カウンターが来そうなのを予測すると追撃をさっさと諦め、後退する。

 

「くそっ… 外見に反して滅茶苦茶かてぇなこいつ…」

 

「はぁぁぁっ!」

 

延珠はというとその素早い速度を生かし、敵の注意が蓮斗に向いているうちに背後に回っていた。

後頭部目掛けて飛び蹴りを繰り出し、こちらも命中。

しかし、ダメージは与えているものの、どう見ても致命傷には見えなかった。

 

「延珠ちゃん避けろ!」

 

蓮斗の言葉から1秒もしないうちに、ガストレアの拳と言う名の鉄槌が振り下ろされる。

延珠は蓮斗の隣まで後退すると、唇を噛みしめた。

 

「ぐぬぬ…バラニウム製の武器を使ってるというのに、妾達の攻撃が全然効かないぞ…」

 

「スピードをある程度捨てて、攻撃と防御に特化したガストレアだな… ちくしょう…埒があかねぇ…」

 

ガストレアがその剛腕を再び2人に向けて振り下ろす。

蓮斗も延珠も軽々と躱すが、その一撃は木々を2、3本粉々に粉砕した。

あれを受ければ一撃で戦闘不能になるだろう。

 

(ちくしょう… 蓮太郎のイニシエーターを傷つけるわけにはいかないが、こんな堅物どうやって倒しゃいいんだよ…)

 

討伐方法が思い浮かばず、逃走も視野に入れた時、白と黒の銃弾がガストレアに命中し、後方に吹き飛んだ。

気づけば、蓮斗達の後ろから小さな影が1人歩いてくる。

 

「…誰だ?」

 

「天童民間警備会社所属、朝山蓮斗…同じく、藍原延珠で間違いはありませんか?」

 

身長は延珠ほど。

ショートカットの白髪が特徴的で、両手には先程の銃弾の色と同じ白と黒の二丁拳銃が、両足にはがっしりと重そうな白と黒のレガースが装備されている。

単身で乗り込んできたあたり、相当優秀なイニシエーターだろう。

 

「その通りだ。そういう可愛いアンタは何もんだい?これ以上の新手は勘弁なんだが…」

 

「私は★3(ブラックナンバ-スリ-)の朝霧紗雪です。★2、夜桜の命を受け、あなた方二人をとある場所に案内するのが今の私の任務です。」

 

「なっ、七皇だと!?」

 

「朝霧ということは、お主は零の妹なのか?」

 

「お察しの通りですよ藍原さん。詳細を説明したいのですが、生憎非常に時間が足りません。どうでしょう、そこのガストレアは私が始末するのでその代わり、あなた方にご同行願うというのは?」

 

「どーにも唐突過ぎて信憑性に欠けるな…こっちには蓮太郎のパートナーの延珠ちゃんがいる。迂闊にホイホイ聞いてやるわけには行かねぇ…」

 

「私が本当に七皇なのかどうかは、これから身を持って知るので問題ないでしょう。それに、私の依頼を蹴れば、間接的に貴方は貴方の一番大切なものを失う。貴方の身近に今いない最も大切なもの… 想像はつくでしょうが、この話を聞いた上で私の依頼を蹴れるほど、貴方は冷徹な人間ですか?」

 

「…ゆあちーに何かあったのか?」

 

少し考え、その結論に至った蓮斗が心配そうに尋ねるとその悪い予感が的中するかのように紗雪が無表情のままこくりと頷く。

 

「彼女を助けられるのは貴方しかいないと、里見さんはおっしゃっていましたよ…」

 

「蓮太郎も無事なのか!?」

 

「ええ、今のところは、ですが…」

 

「やれやれ…そんな話をされたら、俺は従うしかねぇな… けど、条件は呑んでもらう。七皇の力がどの程度なのか、俺に見せてくれよ?」

 

「………」

 

紗雪は返事をするわけでもなく、ただ黙って目を閉じガストレアの方を向いた。

ガストレアは先程頭を撃ち抜かれふらふらしていたようだが、丁度自動回復が済んだのか再び凶暴な雄叫びをあげ、3人の方に向く。

 

この少女は一体どんな攻め方をするのだろう…そう考えて紗雪を再び見ようとした蓮斗達の前には、既に対象の姿はなかった。

 

「き、消えた?」

 

「違う…あまりにもスピードが早すぎて妾達の目で追えなかったのだ…」

 

スピード型のイニシエーターである延珠がそういうのだ。恐らく彼女もスピード型のイニシエーターなのだろうが、その速度が延珠の比ではない。

しかも、足に仕込まれているバラニウムの重りも延珠の比ではない。

靴に鉛が仕込んであるだけならまだしも、紗雪の場合は足全体をレガースが覆っている。

あのサイズなら2つ合わせて30kgはくだらない。

自分の体重と同じ重さの重りをあの速度で軽々と操っているのだ。

 

紗雪は先程延珠がとったのと同じ戦法で背後を奪うと、後頭部にかかと落としを決める。

 

「スコール!」

 

右足に装備された白のレガースが金色の残像と共にガストレアに突き刺さると、あれだけ堅かったガストレアが玩具のように地面に叩きつけられる。

 

「なんなのだ…あの攻撃力は!」

 

「ステージ3… その程度ですか? これなら、私は銃弾を一発も撃たなくても勝負がついてしまいますよ?」

 

相手を雑魚と判断した紗雪は、左足で相手を回転するように蹴りあげると今度は体長4mの巨体が上空に吹き飛ぶ。

 

「といっても、手の内をある程度明かさなければ信憑性が得られなさそうなので…!!」

 

空中に浮いてしまえば回避することはできない。

紗雪はそこに二丁拳銃を向けると、トリガーをゲームのAボタンのように激しく引きまくり銃弾を速射する。

通常市場に出回っている拳銃とは明らかに違うようだった。リロードする様子もないし、何しろ銃弾の色が白と黒で、一発一発がレーザーでも放たれたかのように弾道線に白と黒のラインが数秒間残っている。

どういう原理でできているのだろうか…

 

空中で蜂の巣にされたガストレアは、もはや動くことも許されなくなったかのように地面に堕ちる。

それはもはや敵ではなく、ただの肉の塊だった。

 

「終わりにしましょう。」

 

紗雪はそういうと、両銃をクロスさせるように持ち高く跳躍する。

そして、白い銃からは白の、黒い銃からは黒のエネルギーが銃口に集まっていく。

よくゲームであるチャージショットのような構図だ。その様子からしてあれが紗雪の必殺技の一つであるのは間違いない。

 

「(うたまる…アルキメデス…行くよ…)福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)!!」

 

エネルギーの放出を今か今かと待ち望む2発の銃弾が放たれる。

光と闇。その二つを連想させる魔弾は空中でクロスし、そのままガストレアへと直撃した。

 

「ぐおおおおおおお!!」

 

(俺は結局…何がしたかったんだ…)

 

ガストレアは跡形もなく消えた。

伊熊将監の思考も誰にも伝わらないまま消えた。

しかし、彼の言葉を借りれば強いものが正義の世界。それを一番よく知っている彼は反論することなく、ただ自分の行ってきた行為を振り返りながら、この世界に別れを告げるのであった。

 

「さて、急いで向かいましょう… 全てが手遅れになる前に。」

 

「本物の強さだった… けど、なんで初対面の俺たちにこんなに親切なんだ?」

 

「依頼だからです。それ以上の私情は一切ありません。」

 

(本当は、兄さんに犯罪者になって欲しくないからなんですけどね…)

 

「そうかい…」

 

「蓮斗…妾はこの人を送ってくる。だから蓮太郎と結愛のこと、任せたぞ!」

 

「あ…お、おうよ!」

 

途中から現れた紗雪の圧倒的な印象によりすっかり忘れていたが、ヘリの操縦者をモノリス内に送らなければならなかった。

といっても、延珠の速度ならすぐに行って帰ってきてくれるだろう。

 

「なら、これをお持ちください。里見さんの座標が表記された端末です。藍原さんは、この場所に戻ってきていただければ結構ですので…」

 

そのくらい想定済みと紗雪が端末を渡すと、延珠は飛んでいった。

 

「では、私に捕まってください。あまり時間はありませんよ?」

 

「わかった… ………無事でいてくれよ!ゆあちー!」

 

こうして紗雪に連れられ、蓮斗も結愛の元へ向かっていく。

 

★side 蓮太郎★

 

※時間軸がヘリ爆発まで巻戻ります。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

悲鳴を上げる蓮太郎、ミニスカートの裾を抑えながら悲鳴を上げる結愛、無表情で落下していく夏世。

先程のヘリの爆発により、蓮斗達との距離がどんどん開いていく。

 

「仕方ないですね… 朱雀には期待できませんし、みんなで死にますか…」

 

「夏世!こんな時に無表情でそんなこというな!こええよ! お前の頭脳で何か策は思い浮かばないのか!?」

 

「そういう時はこう言うんですよ?助けてー!夏世モーン!」

 

「〇ラえもんかお前は!しかも語呂が悪すぎる!」

 

「助けてー!夏世モーン!」

 

「言うのかお前は!!」

 

泣きながら夏世の冗談に付き合う結愛。

どうやらパニック状態に陥り、冗談かどうかすらわかってないようだ。

 

「しょーがないなー!」

 

「…まだ続けるのか?そのくだり…」

 

「いえ、飽きたのでやめます。結愛さん。貴女が以前見せてくれた護氷壁、あれで生成できる氷の形はどれくらいの応用が効きますか?」

 

「え、ええと…私の知っている形なら何でも… 場所も目視可能距離であればどこからでも生成できます…」

 

「なら、地面からここまで続くように氷のジェットコースターステージを作ってください。滑って降りましょう。」

 

「けどそれじゃ、氷で滑る加速度と重力加速度で俺たちが潰れちまう …」

 

「その勢いを殺すのは、男である里見さんの出番では?」

 

そう言って夏世はバラニウム性のナイフを蓮太郎に渡す。

空中で渡せるのかって?

たまたま近くにいたんだよ!細かいことは気にするな!

とにかく、地面も近くなってきて文句を言ったり、代案を考えたりする時間はもうない。

IQ200越えの夏世の提案なので、成功率は少なくとも0ではないのだろう。

結愛は雪月花を抜くと、槍投げ選手のように地面に向かってその刀を投げる。

 

「朝山式抜刀術・四ノ型・護氷壁!!」

 

地面に刺さった刀の側から氷の滑り台が天へ向かってグイグイ伸びてくる。

 

「よし、飛び移るぞ! 結愛!夏世!俺に捕まれ!」

 

何とか空中で3人が固まると、蓮太郎が落下軌道を変え、アイススライダーに乗る。

ここからは、蓮太郎の技量次第だ。

強すぎたらナイフが折れる、弱すぎたら勢いが殺せなくて死ぬ。

現在の地点から落下地点までの距離を考え、スライダーにナイフを突き刺し、適度な力で滑る加速力を軽減していく蓮太郎。

流石と言うべきか、3人とも無事に地面に降りることができた。

 

「生還です!!」

 

「ふぅ… お陰で助かったぜ、サンキューな、夏世。」

 

「いえ、あなた方には色々酷いことをしてしまいましたし、お詫びの一つにでもなれれば幸いですよ…」

 

無事に生還はできた。

しかし、失った物も多い…

蓮斗達と離れ離れになってしまったことはもちろん、生存を優先する上で邪魔と判断した蓮太郎は落下中に七星の遺産を投げ捨ててしまった。

あれがなければ依頼達成にはならないので、次の目標は七星の遺産の回収と、蓮斗達との合流になるだろう。

爆発等が起こっていないことから、遺産の中身が爆弾などの危険物でないことが判明しただけでもプラスとしておこう。

 

「蛭子影胤に蛭子小比奈…あの二人は相当強いです…できれば先に回収して、戦わずに帰還したいところですね…」

 

「だな…急ごう!」

 

★side 零★

 

再び時間軸が巻戻ります。

 

未調査領域

 

ここで七星の遺産を手に入れるため、漆黒の騎士団メンバーも当然活動は開始していた。

零の人選により、今回のメンバーは零、桜、紗雪の3人。

相馬、セレーネのペアは今回の事件の真相を掴むため別行動。恭介一人に留守を任せればどうなるかわからないので、氷雨はお留守番である。

というわけで、蛭子影胤の動きを止め、遺産を回収するのはこの三人。

★(ブラックナンバ-)は序列に等しい強さを現しているが、現在のところナンバーが若い順に七皇へ加入している順ともなっている。

この三人は、漆黒の騎士団開設時から一緒の、超古参メンバーなのだ。

 

「わーい!零と仕事~♪零と仕事~♪」

 

「あのなぁ桜…ここはモノリスの外なんだからもう少し警戒をだな…」

 

「いいんじゃないですか?私たちや夜桜さんもついていますし…」

 

「紗雪、桜が一向に成長しない一番の原因は俺達がそうやって甘やかしてるからだ。できるだけ戦闘面も夜桜に頼らないで、多くの経験を積んで欲しいところなんだけどなぁ…」

 

「二人ともつまんない話しない!折角零がこの三人を選んだんだから、もっと楽しまないと!」

 

「確かに、この三人で動いてた頃は懐かしいな…けど、今は仕事中だしつもる話はまた後だ。」

 

「ちなみに、本作6話、桜と夜桜の回想シーンの続きは枠が足りないとのことで先延ばしだそうです。個人的にはここが入れどころだと思うのですが…」

 

「ん?6話?何のこと?」

 

「って、うぉいいいいい!!!!メタるんじゃねぇ!大体紗雪は今感情ない設定だろうが!」

 

「はい、ありませんよ?というより、設定とか言っちゃうあたり、兄さんも微妙にメタってる気がしますが…」

 

「感情はなくても悪意はあんのかよ… もう頭痛くなってきた… これ、番外編かなんかか?」

 

「2人ともさっきから何の話してるの?」

 

「お前は知らなくていい…」

 

「はーい!」

 

適当に桜をあしらう。

何だか戦っていないのに紗雪のせいでどっと疲れが溜まった気がする。

ウチの七皇は何でこんなにメタ野郎ばっかりなのだろうか…

そういえば、先程紗雪達は急いでいたようで大して手の内の説明をすることができなかったのでこの場を借りて少し補足しておこう。

 

朝霧紗雪。

 

彼女の最大の特徴は、世界でただ一人、人間によって生み出された人口のイニシエーターであるということ。

ご存知の通り、元々は普通の人間であったが、体内のほとんどがバラニウム金属、ガストレアウイルスの両方で埋め尽くされてしまっているため、脳の一部が欠落、身体の成長も止まってしまっている。

零のことは、記憶の鱗片に残っているのか零の言うことだけは本能的に従っているが、それ以上の感情はない。

尚、体内侵食率は限界値の49.9%である。

 

次に先程見せたバトルステータス。

プロモーターやイニシエーターには、大きく分けてアタックタイプ、ディフェンスタイプ、スピードタイプ、トリックタイプの4つのタイプが存在する。

 

今まで戦闘を行ったキャラクター達の一部を分類すれば、一撃に特化していて、逆に防御が薄い蓮太郎はアタックタイプ。

素早い動きで敵を翻弄する延珠はスピードタイプ。

護氷壁などの防御手段を多く持つ結愛はディフェンスタイプ。

頭脳を利用し的確に勝利を掴み取る夏世はトリックタイプである。

トリックタイプは様々なパターンがあるので一概には言えないし、相馬のようにどのタイプにも所属しない例外「オールマイティ」タイプというのも存在するが、ここではその説明は省こう。

 

さて、そんな様々ある戦闘スタイルの中で紗雪はスピードタイプに分類される。

体内侵食率やバラニウムうんぬんの話から推定できるように、彼女は世界最強のイニシエーターであって、彼女を越えるようなイニシエーターは恐らく一人もいないだろう。

 

モデル・キメラの因子を持つが、その因子はキメラだけでなく七つの超ガストレア因子が結合した七重因子結合…

超ガストレアウイルス因子を一つでも持っていれば結愛クラスまで強くなるとすれば、破格の強さであるのは言うまでもない。

紗雪の持つガストレア因子は以下の通りである。

・キメラ

・プレヤデス

・ガーゴイル

・スコール

・ハティ

・ヒドラ

・???

 

次に使用武器の説明です。

紗雪の武器は白い銃、黒い銃、白いレガース、黒いレガースの4つでこれら四つを華麗に使いこなすことから双銃双蹴(ソウジュウソウシュウ)のイニシエーターと呼ばれている。

 

白き銃の名は「うたまる」

プレヤデスの因子を利用していて、バラニウム弾を発砲しているにも関わらず白銀のレーザーのような弾が相手を襲う。

 

黒き銃の名は「アルキメデス」

こちらはガーゴイルの因子を利用していて、漆黒のレーザー弾が…

 

白きレガースの名は「スコール」

ハティと対をなす存在で、北欧神話に存在する狼の一匹。その圧倒的はスピードは太陽すらも追い越すと言われている。

 

黒きレガースの名は「ハティ」

スコールと対をなす存在。月をも追い越す速度。

このスコールとハティ、そして紗雪の技量…これら三つが揃った時、音速や光速などもっての外、万物の速度を凌駕する「神速」が生まれるのである。

 

簡単な設定、所持武器については以上。

紗雪に関しては他にも様々な設定がありますが…

眠くなりそうなので本編戻ろうね、うん…

 

未調査領域を歩く零達3人。

全く宛がなく適当に歩いているのかと言われればそういうわけでもなく、相馬からの情報によりこの樹海の北エリアにある湾岸に影胤の反応、またその奥に協会があり、恐らくそこでステージ5召喚の儀式がなされるのではないかという予想が立てられている。

というわけで、北を目指して歩いていると北の方から氷の滑り台が生成されていくのが視界に入った。

 

「うわー…すっごいねー… ああいうことできちゃう子がいるんだ…」

 

「…能力者。」

 

「だな。って!あれを滑ってるの蓮太郎達じゃないか!?」

 

大掛かりな作戦かと思いきや、単なるピンチだった事に驚愕すると、3人は慌てて走り始めた。

 

★零&蓮太郎 side★

 

ここで二つの視点が合併。

 

「落とした方向は確か北の方だったよな?」

 

「はい、上空から見たとき湾岸エリアが見えましたが、恐らくそこまでは行ってないです… おそらく、樹海のどこかかと…」

 

「対して延珠やさん蓮斗さんは南の方向へ飛ばされています。優先順位の悩みどころですね…」

 

「蓮斗さんなら大丈夫ですよ! ああみえて頑丈で粘り強いですから、きっと延珠さんを連れて戻ってきてくれると思います!」

 

「ま、結愛が言うなら間違いないか… んじゃ、俺達は先に遺産を回収しよう。」

 

そう言って、遺産が落ちた方向に向かおうとすると、後ろから何人かの声が聞こえてきた。

と思えば聞きなれた声である。

 

「おーい!蓮太郎ー!大丈夫か!?」

 

「零? あ、ああ… さっきのやつ見られちまったのか… 生き残るためとはいえ、ちょっとばかし目立っちまったな…」

 

「何かあったのか?俺たちでよければ相談にの………」

 

零が話終わらないうちに鈍い音がする。

見れば、零の背中から腹にかけて見慣れた刀が貫通しており、そこから血が吹き出ていた。

 

「零!?」

 

「兄さん!?」

 

「ふふふっ…み~つけた♪」

 

貫通した刀の名は氷刀・雪月花。

それを手に持ち、悪魔のような笑みを浮かべるのは結愛であった。

 



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世界最強のプロモーター

14話目にしてようやく主人公のまともな戦闘シーンに入れました( ̄▽ ̄;)


零の腹部から血が凄まじい勢いで吹き出る。

常人なら瞬殺されているだろう…

周りの人間が驚く中、1人笑っている結愛に対して蓮太郎は慌てて叫ぶ。

 

「何やってんだ結愛!そいつは敵じゃない!、今すぐ刀を抜くんだ!!」

 

「ふふっ… ダメですよぉ蓮太郎さん、こんな重罪人を放置しておけるわけないじゃないですか? そうですよね………なぁ、朝霧ぃぃぃ!!!!」

 

「嘘… この間結愛ちゃんは気絶してて零とは会ってないはず…なのになんで零の苗字を…」

 

血相を変えてブチ切れる結愛に驚く桜。

蓮太郎は以前結愛が怒った時と全く同じ表情をしていたことから、事態を推測する。

 

「…まさか、結愛の師範を殺したっていうのが」

 

「そうです、だから瞬殺なんて生ぬるい… こいつは…こいつだけは苦しんで苦しんで、絶対に耐えられないような辛い死に方をさせてやる!」

 

そういいながらグリグリと刀を体にねじ込む結愛。

自分の大切な人が目の前でこんなことになっている。桜は耐えられないと目を閉じ今にも泣きそうだ。

 

「がはっ… くっ…身に覚えが…ねぇな!」

 

「今更惚けるんですか? まさか、この世には似た人間が3人、なんて言い訳をするつもりじゃありませんよね?」

 

「とにかく、理由は細かく聞かせてもらう… 俺だって、覚えのない理由で殺されてはい、そうですかって納得できるわけないんだからな!」

 

零は自分の手を真っ黒に硬質化させると、結愛の刀の剣先を掴み、強引に背中に向かって押し返した。

 

「うおおおおおっ!!」

 

「なっ!?超イニシエーターの私が、普通の人間に力負けしてる?」

 

痛みが伴うので長期戦にするわけにはいかない。

零は全力で刀を押しぬくと、貫通してしまった腹部も硬質化させ、止血を一瞬で行った。

体を自由にバラニウム金属に変換できるこの能力。

10年前とは比べ物にならないくらい使いこなすことができているというわけだ。

 

「はぁっ…はぁっ… ったく、余計な力を使わせやがって… 桜、悪いが痛み止めだけ頼む。」

 

「あ、うん…」

 

呼ばれると慌てて零の治療をする桜。

それを見た結愛は、なお機嫌が悪くなる。

 

「ちっ、瞬殺しておくべきだったか…」

 

「こっちだってやろうと思えばこんな痛い思いしないでお前の刀ごと俺の体に取り込んじまえばいいだけの話だった。見たところ、市販で売ってるようなものじゃねぇみたいだし、命の危険に晒されながらもお前の武器の心配をしてやったこっちの身にもなって欲しいぜ…」

 

「ふざけるな!! 私は幸せだった…師範がいて、蓮斗さんがいて、3人で笑い合う毎日がどれだけ掛け替えのない大切なものだったか… でも師範が死んだあの日から蓮斗さんは変わってしまった… いつもふざけてて、何に対してもやる気がなくなって、私も事も結愛って呼んでくれなくなって… 私の、いや、私達の全てを奪ったお前だけは絶対に許すことはできない!!」

 

「話が噛み合っていませんね… 私には結愛さんがいきなり朝霧さんを刺したようにしか見えませんでしたよ?」

 

「夏世の言う通りだ、証拠はあるのか?」

 

流石に夏世も黙っていられなかったのか、状況を判断しつつ結愛に声をかけるが、それも全くの無駄。

 

「はい、あります… 師範を殺した犯人を私は二年前に目撃しています。その犯人とこいつはあまりにも瓜二つ。 それに、私が刺したのにはもう一つ理由があります。それは相手の力量を測るため。師範がやられた以上、犯人は相当の手練です。強いかどうかがわかればよかったんですが、それ以上の収穫が得られてよかったですよ…」

 

「…何?」

 

「犯人の使用した能力は、「自身の体の物質を金属に変換させて攻撃する」能力でした。 外見も能力も同じ。 ここまで一致していて、言い逃れしますか?」

 

「おかしな話だな… 俺の能力は特別なものだ。俺以外に使える人間は絶対に存在しない…」

 

「だから、お前が犯人だと認めればいいだけだ!!」

 

「ダメっ!」

 

「とにかく落ち着け結愛!」

 

刀を持って斬りかかる結愛の前に桜が立ちはだかり、蓮太郎は後ろから結愛を抱え押さえつける。

もし結愛の話が全て本当なら、犯人が零である可能性は非常に高いことは素人でもわかる。

しかし、零に自覚がないことや、結愛が今正常な判断ができていないことから信憑性は100%ではない。

しかし、普段から冷静な判断をしている結愛が嘘をつくとも思えない。

何とも判断が難しかった。

 

「そうかよ…」

 

それを聞いた零は目を閉じる。

すると、周りの空気が凍りついた。

 

『殺気』

 

この世の物質でないそんなものでは空気の温度は変化しない。

しかし、零がそれを放出した瞬間からその周りにいる人間全てが寒気を覚えた。

本当の強者の威圧。これがそれほどまでに恐ろしいということが痛感できる光景に、蓮太郎も夏世も唖然とする。

 

「桜、蓮太郎、もういい…離れろ…」

 

「ダメだよ!ここで私が退いたら、2人とも戦っちゃうんでしょ!?」

 

「うるせえな… これは「命令」だ。邪魔だっつってんだよこの役たたずが!!さっさと夜桜と代わりやがれ!!」

 

「…っつ!? 酷い…酷いよ零………」

 

ボロボロと泣きながら桜は2人のまえから離れた。

片目の緑色の輝きが消え、髪色が紫に変化。

どこから取り出したのかコスチュームが変化し、黒のマントを羽織ると、人格が変更され夜桜が現れる。

 

「あのですね零! 私なら何でもホイホイ言う事聞くと思わないでください!何で桜に酷いこと言うんですか!」

 

「こ、これが二重人格のもう一つの方ってやつか…」

 

夜桜は登場から物凄く不機嫌だった。

そりゃ、自分の片割れが酷い目にあえば当然そうなるだろう。

蓮太郎の存在に気づくとすぐに我に帰り冷静に戻るが、それでもやはり納得はしていないようだった。

 

「悪いな… けど、身内同士での殺し合いなんざ、桜には見せたくねぇ…それだけだ。」

 

「ホント不器用ですね…貴方って人は…」

 

「それをお前にだけは、言われたくねえな…」

 

「殺し合いって…嘘だろ?」

 

「夜桜、二人の動きを止めろ。」

 

「了解です。申し訳ありませんね、里見さん、千寿さん。少し大人しくしててもらいますよ。」

 

(本当に…何でいつも私がこんな役ばかり…)

 

夜桜の周りから黄色の気体が現れると、それがどんどん広がっていく。

 

「強力な神経毒ですか…」

 

「麻痺の霧(バインドミスト)といいます。大脳と運動神経の繋がりを一時的に全てシャットアウトする猛毒薬ですので、抗体のない人間が吸い込めば指一本動かすことはできません。ですが安心してください。首から上は動かせるように調整しておきましたから会話くらいならできます… 氷雨のように口からブレスを放てる化物なら話は別ですが、そうでないのなら暫くそこで寝ていてください。」

 

「くそっ… 目の前で止めなきゃ行けないことが起こるって分かってるのに、なんで…」

 

そのまま地面に倒れる蓮太郎と夏世。

結愛は夜桜が現れた瞬間するりと蓮太郎の包囲網を抜け木の上に飛び移り、気体を吸うのを避けていた。

零と紗雪には効かないのか、全く気にした様子はない。

蓮太郎は凄く悔しそうな顔をするが、夏世は特に何とも思ってなさそうな表情で床を舐めた。

短い時間だったが、結愛と仲良さそうにしていた蓮太郎の説得がミリ単位でも効果がないのだ。

自分が何をしても無意味なことが既に理解できていたのだろう。

 

「トップの命令は絶対ですから… とはいえ、零が戦闘をするなら私達は暇ですね… 紗雪は借りてても文句はないのでしょう?」

 

「………好きにしろ。」

 

ここで夜桜が初めて笑みを浮かべた。

恐らく、何かが上手くいったのだろう…

 

「そういうことですか、流石ですね…」

 

「まだ私は何も言ってません。にも関わらず、私の考えが読めたなんて相当頭が切れるんですね、千寿さんは…」

 

「どういうことだ?」

 

「私は里見さんと千寿さんを拘束しろと命令は受けましたが、私と紗雪はそのような命令を受けていない。つまり、私達は動いてもいいという事です。教えてください里見さん、誰ならこの状況を止められますか? 紗雪がいればどんな人間でもすぐに呼べますよ?」

 

「そんなやついるわけ……… いや、いる!」

 

「それは一体…」

「名前は朝山蓮斗。俺と同じ警備会社所属で、結愛のプロモーターだ… あいつならもしかして…」

 

「補足します。朝山さんは、現在この未調査領域のどこかにいます。特徴は赤い髪に赤い刀。身長は高めで、藍原延珠という里見さんのイニシエーターを連れているはずです。」

 

「他に手段がない以上、その人に掛けるしかないようですね。紗雪、私からの命令です。」

 

「兄さんからの命令さえなければ問題はありません… では、行ってきます。」

 

先程から殆ど会話に参加していなかった紗雪は夜桜の二言で信じられないくらいの速度で飛んでいった。

あれが紗雪の能力なのであろう… 速さを得意分野とする延珠と比較しても恐らく早い。

蓮太郎は最初夜桜に憎しみの感情を抱いたが、今はその真逆だった。

 

「アンタ…優しいんだな…」

 

「やめてください…恥ずかしいですから… 私は、これがベストだと判断したまでです…」

 

「できればこの毒も消してくれるともっと優しいんだけどな。」

 

「調子に乗らないでください。ダメですよ?命令なんですから… それより、二人の戦闘が始まるみたいです。こればかりは、避けられそうにありませんね…」

 

夜桜は視線を零と結愛に向ける。

その視線を追うと、今にもどちらかの命が消えるのではないかというほど凄まじい殺気を放つ二人が対峙していた。

あの様子だと、言葉での和解は不可能だったのだろう。

 

「俺は違うと何度も説明はした。これで聞けないってんなら、少々痛い目は見てもらうぞ?」

 

「貴方の言葉なんか聞きたくもない… 御託はいいですから、せいぜい私に瞬殺されないように足掻いてみてくださいね…」

 

結愛はそういうと刀を一度納刀する。

おそらく『あの技』の発動条件を満たすためだろう。

既に戦いのゴングは鳴った。どちらが先に攻撃を仕掛けるか分からない状態で結愛の方を見ると、僅かに手元が震えている。

対峙している以上、零の放つ威圧感がどれほど恐ろしいかは結愛自身が一番わかっているのだろう。

また、犯人だと断定している結愛にとっては、本人にとって最強の師範を殺した相手。

間接的にだとしても、最強のさらに上を行く存在だとするのならば、恐れずにいられるわけがないのだ。

 

「朝山式抜刀術・一ノ型・隼!」

 

モーション的に先に動きを見せたのはやはり結愛だった。

零は左腕を硬質化させると、小比奈の小太刀を受け止めた時のように自分の体に刀を刺して受け止める。

手加減しているのか、生身状態の右腕を使ってゼロ距離にいる結愛を弾き飛ばすことでカウンターをした。

 

「効きゃしねえよ… それが全力か?」

 

「くっ…」

 

相手の技を全て受け止め、尚且つ平然としている。

こうすることによって、相手は自分の持ち技が相手に通用しないのだと錯覚し、向こうから勝手に折れてくれる。

また、折れなかったとしても攻め方が単調になるなど何らかの影響で支障は出てくるだろう。

これが、ディフェンスタイプの戦闘スタイルの理想形。

能力からして想像はつくが、零もディフェンスタイプのプロモーターなのだ。

結愛は木を上手く蹴り、ノーダメージで地面に着地する。

隼はその恐ろしいスピードと自分の全体重をかけて攻撃するため、結愛の持ち技の中でも威力が高めの技。

これでダメージ0となれば、結愛の戦闘内容はかなり限られたものとなってくる。

 

「今度はこっちから行くぞ!黒龍棍!」

 

零の右腕が黒い鉄の棍棒に変化する。

すると、如意棒のようにそれが伸びて結愛に襲いかかった。

 

「この攻撃力クラスでこの速度なんてなんてデタラメな…」

 

結愛は抜群の反射神経でなんとか躱すが、零は一度しまい、また突き出す。

これを繰り返し、連続攻撃のように黒龍棍発動。

結愛に対し容赦のない猛撃を放つ。

 

「零の技は一体なんなんだ?」

 

「…そうですね。里見さんは零と仲が良いみたいなので教えてもいいでしょう。 彼の一番の持ち味、それは体内に宿したバラニウム金属を自分の思うがままに変形させ、武器とすることが出来るという点にあります。」

 

「体内にバラニウム!?…当然、機械化兵士なんて単純なオチじゃないんだろうな…」

 

「ええ、違います。その詳しい理由は私も知りませんので詳しいことは言えませんが… 彼の血は普段は赤いですが、硬質化する時はバラニウムと動揺真っ黒に染まるため、私達は黒血と呼んでいます。黒血は、バラニウムや超バラニウムなんかとは比較にならないほど強力…この世界であのバラニウム金属を持つ者は零しかいません…」

 

「右手だけしか変形できないわけじゃないぜ?」

 

「がぁぁっ!」

 

零は左手も同様に変形させると、追い込んだ結愛に挟み撃ちのように黒龍棍を命中させ吹き飛ばした。

技が命中した結愛はくの字に飛ばされ、後方の木に衝突すると、その木が玩具のように折れる。

破壊力は充分なんてレベルではない。超イニシエーターでなければ、一撃でノックアウトクラスだ。

 

「零しか持ってないってことか?」

 

「正確には、体内にバラニウム金属を宿すことのできる朝霧家の人間しか所持できないのです。とある研究所が、ガストレアを滅亡させる為に伝説の空想動物「ドラゴン」を作り上げました。そのドラゴンはガストレアの天敵であるバラニウム金属でできており、その金属は他でもない零から抜き取ったもの… そんな人口造龍バラニウムドラゴンの母体となった龍バラニウムこそ、零の持つ唯一であり、最大の武器というわけです。」

 

「龍バラニウム… それが、零の鮮血と混ざりあったことで黒くなり黒血として零の体内を循環している。 また、その成分量を自由に調節できるから、鮮血になったり、黒血になったり、今みたいな武器になったりするってことか…」

 

「はい、大正解です。長々と説明しましたが、要するに七皇の頂点に相応しい、ガストレア殺しのデタラメな能力と思ってください。あの成分は超バラニウムの数倍ガストレアが嫌いますから、あれを受けた結愛さんはたまったものではないでしょうね…」

 

夜桜の言う通り、一撃を受けた結愛は動きが鈍り、二撃、三撃と零の黒龍棍を受ける。

 

「うっ…ぐ……」

 

「お前にも思う所はあるんだろうが、生憎人違いだ。やめておけ、これ以上続ければ死ぬぞ?」

 

「それでも私は… 事件の犯人だけは許せない…例え刺し違えてでも貴方を殺す! 朝山式抜刀術・三ノ型・絶対零度!」

 

反撃の為に渾身の一撃を放つ結愛。

対延珠戦で使った、命中すれば相手は必ず氷漬けになるデタラメ技である。

その効果を知らない零は、左腕を硬質化させると先程同様技を受ける。

しかし、絶対零度は相手に致命傷を与えられずとも命中さえすれば効果は発動する。

その効果により零は氷漬けになり、結愛が有利のように見えた。

 

「よし、技が効いた… 人を舐めた戦闘スタイルなんかとってる罰ね…」

 

お前も人の事を言えないだろう…

蓮太郎がそう言わずとも、その言葉を代弁するかのように零を凍らせた氷にすぐにヒビが入る。

黒龍棍が氷を突き破る。変化させているのは両手両足で、その四本の棍棒が順々に氷を突き破ると、最終的に氷を破壊した。

 

「残念だったな… 俺の黒血はどんな手を使ってでも止められない。たとえそれが、マイナス273℃の冷気であってもな…」

 

「そんな… 絶対零度も効かないの!?」

 

「黒龍剣!!」

 

「四ノ型・護氷壁!!」

 

次に零が右手から生成したのは真っ黒はチェーンソーのような武器。

名前からして、あれが刀に該当するものだろう。

振りかぶって結愛に接近すれば、結愛は護氷壁を発動し、自身と零の間に巨大な氷の壁を生成する。

厚さはおよそ1m。常人ならヒビすら入れることは叶わない圧倒的な防御壁だが…

 

「………」

 

あって欲しくないと願った状況。

零のもつ黒龍剣は本物のチェーンソーのようにブイイイインと音を立てて回転を始める。

血の流れの変化を自由に変化させることのできる零にとってこの程度は朝飯前だが、夜桜達の会話を聞いていない結愛にとってはただの絶望。

その威力は言うまでもなく、僅か10秒も持たないうちに護氷壁を両断した。

 

「そん………な………」

 

「終わりだ…」

 

そのまま剣で一突きにしようとすると、我に返る結愛。

 

「やっぱり強い… でも、私は諦めない!もう一度、もう一度蓮斗さんが本当の笑顔を見せてくれるのなら、私はどんなことだって成し遂げてみせる!」

 

「初対面の俺でも、アンタがいい奴なのは充分わかるんだけどな… 和解できないのなら意味はない。俺にも俺の目的がある以上、敵と認識したものには容赦はしない…」

 

再び武器を構え合う2人。

 

「…時間の問題ですね。いつ結愛さんが負けてもおかしくない… 紗雪は何をしているんですか…」

 

「あの速度でも、見つけるのに時間がかかったり、何かトラブルに巻き込まれてるってこともあるだろ… 無事に間に合ってくれればいいが…」

 

そんな話をしていると、零達の戦闘している位置の遥か後方で夜桜にとっては見慣れた技を目撃した。

 

「福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)… やはり戦闘中でしたか…」

 

「もう来れそうなのか?」

 

「ええ… 零がもう少し手加減をしていてくれればいいのですが…」

 

しかし、夜桜の思いも虚しく事態は悪化する一方だった。

 

「ここまで殺意を向けられた相手の心を折るのに苦戦したのは始めてだな…」

 

「お褒めに預かり光栄ですね殺し屋… でも、表現に語弊がありませんか? 心を折る?殺すの間違いでしょう…」

 

「つくづくムカつく奴だな… お前、煽りの才能あるよ… その言葉に免じて、本気で潰してやるから覚悟しやがれ!!」

 

先程とは桁違いの殺気を零が放つ。

その戦闘シーンを何度も見てきているからか、夜桜はかなりまずいと呟き舌打ちをしていた。

 

「ブラッディ・バンカー…」

 

「なっ!?」

 

当然結愛の足元に穴が空き、落とし穴に落ちるかのように地面に埋まる。

こうなってしまえばもはや致命的。

脱出するにも上に敵がいるので簡単には行かず、穴の上から下に攻撃を注がれたら回避はできない。

 

「お前が俺の血を流したあの時点から、負けは決まってたんだよ…」

 

零の黒血の特性。

それは体外に放出されてしまっても、すぐには死滅せずその効力を維持し続けられる点にある。

自分の腹を刺された時に失った大量の血液を起爆材のように利用し、結愛がそこに近づいた瞬間巨大な針のように変形。

自分の受けたダメージすらも利用する計算された一手だ。

零は更に黒龍剣で自分の左手首に切り込みを入れると、そこから流れ出る血で針を生成していく。

 

「ブラッディ・ニードル!!」

 

結愛の氷槍の雨の如く、龍バラニウムの漆黒の雨が降り注ぐ。

穴にはまっている為回避は不可。護氷壁は自分の視界に地面が見えること、刀を地面に刺すことが発動条件の為、発動も不可。

打つ手のなくなった結愛は、その猛攻を直で受けるのであった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 



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復讐のその先に

「結愛ぁぁぁぁ!!!!」

 

結愛の安否を願い叫ぶ蓮太郎。

正直この状況ではどちらの味方をすればいいのかわからないが、命の危険が迫っている以上そんなことを言っている場合ではない。

すぐにでも彼女の元へ飛んでいってあげたいが、それを夜桜の麻痺の霧(バインドミスト)が阻害する。

 

「七皇のトップを相手にここまで粘ったのは褒めてやる。もういいからいい加減休め…」

 

「まだだぁぁぁぁ!!!!」

 

零はそれでも結愛を仕留めきっていないことに気づいているのかそう語りかけるが、結愛は服はボロボロに破れ、全身血だらけ傷だらけの状態で穴から飛び出し再び牙を剥く。

並大抵の精神力ではない。それほどまでに憎いのだ、二年前の事件の犯人が。

 

「朝山式抜刀術・五ノ型・幻氷!」

 

今度は忍術を唱えるように刀を横向きに倒し、上記を言う結愛。

すると結愛の体が分身していくようにみえ、2人、3人…その数が合計5人にまで増えた。

 

「なにっ!?」

 

流石の零もこれには驚く。

増えた5人の結愛は、それぞれが雪月花を握り次々と零に斬りかかる。

 

「ちっ… 破壊するのが先か、原理を突き止めるのが先か… 黒龍棍!」

 

接近させまいと闇雲に放つが、具体的に一体を狙って放ったわけではないので外れる。

幻氷。名前から察するに本体以外は全て虚像なのだろうが、衣類や怪我などまでもが完全に再現されているだけでなく質量までもが本人と差異がない。

目視で判断するのは少々無謀そうだ。

 

「だったら5人まとめて全滅させてやるぜ!くらいやがれ…俺の渾身の一撃!黒龍槍・寄進!!」

 

零は今度は右腕を槍状に変形させるとそれをマシンガンのように出したり引っ込めたりを繰り返し、百烈拳のような猛攻を繰り出した。

その速度は、そこらのサブマシンガンの発砲速度とさほど変わらない。

零の必殺技と呼んでも過言ではない百撃が5人の結愛を襲う。

結愛の分身たちは次々と破壊され、全滅した。

破壊されるときに氷の欠片が飛び散っていたことから、やはり生成物は氷。

その透明度を利用した光の反射と、ガストレアウイルスを使用することによって、自分と全く同じ姿の虚像を周りの人間に見せていたのだろう。

しかし、これが結愛の奥の手だとするならこれで勝負が決まったも同然………

 

「破壊した相手は1、2、3、4………4!?」

 

「ずっと待ってました… 隙のない貴方が隙をつくるこの瞬間を!! これが私の持てる最大で最高、最強の一撃!! 朝山式抜刀術・二ノ型・斬鉄!!」

 

零が本体を叩けていないことに気づいたときはもう遅く、零の背後で跳躍した結愛が既に標的めがけて飛びかかった後だった。

その手に握る雪月花の刀身は、氷の使い手には似合わない真紅に染まっている。

炎技というわけではなく、その色は刀鍛冶が鉄を溶接するときの色に酷似している。

朝山式抜刀術・二ノ型・斬鉄はどんな鋼鉄な物質すらも真っ二つに両断することのできる最高火力を誇る技。

しかし、両断する為には相手の物質の硬さの把握、斬り込む角度、斬り抜く角度、そして発動者本人の精神力、集中力が必要となるため発動までに最低でも10秒は硬直しなければならない。

ところが、結愛は自分の分身を使うことでそのチャージ時間を見事に短縮してみせた。

零は右腕を硬質化させ慌ててガードモーションに入るが、刀は腕をバターのように寸断し、零の上腕二頭筋よりしたが地面に落ちる。

鉄同様の物体なのでそこまでグロテスクではなかったが、その痛みは想像を絶するものであることは間違いない。

 

「ぐぁぁっ…あっぐっ…ぁぁぁぁっ!!」

 

悲鳴とも奇声とも取れる声で零が叫ぶ。

 

「零!」

 

流石にまずいと判断したのか夜桜が止めに入ろうとするが零はそれすらも拒絶した。

 

「邪魔すんな夜桜… これはこいつと俺の戦いだ… 誰かが間に入っちまったら意味がないんだよ…」

 

「わかってるじゃないですか… わざわざ私に殺される舞台を自分で作るなんて、少しは自覚が出てきたようですね… 次で終わりにしましょう。」

 

「勘違いするんじゃねぇよ… これは俺が殺される舞台じゃない… お前が今、自分がどれだけ愚かな行為をしているか自覚させるための舞台だ! ステージ4のガストレアの群れですら跡形もなく消し飛ばせる俺の持ち技… できれば使いたくなかったが、こうなっちまったらやむを得ないぜ!!」

 

最後の力を振り絞り、互いに構えをとる。

これが決まってしまえば確実にどちらかは死ぬだろう…

しかし、この場にいる誰もがそれを止めることを許されていない。

ゲームの体力で言えば、既にHPがマイナスに行っててもおかしくないくらいの蓄積ダメージのある結愛。

右腕が吹き飛び、想像を絶する痛みを伴っているはずの零。

そのどちらもが、まるで辛いことを感じさせないかのような表情で互いを睨みつけ、お互いの持てる最高の技の発動条件を整える。

 

「朝山式抜刀術・二ノ型・斬鉄!!」

 

やはり、先に動き出したのは結愛だ。

零に向かって最後の一撃を決めにかかる。

しかし、それに対抗したのは零ではなかった。

 

★side 零・蓮太郎・蓮斗★

 

いよいよ3つのサイドが合併します。

 

「朝山式抜刀術・四ノ型・緋炎!!」

 

突如零の背後から現れた蓮斗が零を飛び越え、そのまま上からの奇襲を結愛にかける。

刀…特に日本刀は、正しい角度で攻撃し、正しい使い方を維持していなければすぐにダメになってしまう扱いにくい武器。

蓮斗はそんな刀の特性を逆に利用し、刀を扱う者として禁忌とも呼べる角度から自分の全力を結愛の雪月花にぶつけたのだ。

焔と雪月花、炎と氷…相性でいえば圧倒的不利ともいえる雪月花は悲鳴をあげ、その刀身は光を失い真っ二つに折れた。

 

「あっ………あぁぁっ………」

 

自分の魂とも呼べる武器が消え去ると、絶望するかのように刀の柄を握り締めながら膝をつく結愛。

その時、横目で見た蓮斗の表情が怒り狂っていたのをみて、零が伝え続けようとしていた自分の行っていた愚かな行為をようやく自覚することができたのだ。

様々な思考、感情が押し寄せ、もはや立っていることも自我を保つことも出来なくなった結愛は地面にへたり込むと、そのまま子鹿のように震え出す。

 

「蓮斗…さん?」

 

「いい加減にしやがれ結愛!!俺がこんな結末を本気で望んでると思ってんのかよ!! 俺が…こんなことされて喜ぶと本気で思ってんのかよ!!」

 

結愛に対して怒鳴り散らす蓮斗は泣いていた。

蓮斗は辛かったのだ。結愛の小さい頃からずっと面倒を見て、事件を経ても2人仲良くやってこれていると思っていた蓮斗にとって、目の前の光景はただの屈辱だったのだから。

 

「私の方で、大まかな経緯は説明しておきました。後は2人次第でしょう…」

 

「よくやりました紗雪… ギリギリでしたけどね…」

 

蓮斗を連れて戻ってきた紗雪が言う。

戦闘など面倒ごとに巻き込まれていたにも関わらず、呼吸一つ崩していないのは流石だと言わざるを得ない。

夜桜は、不要と判断したのか蓮太郎と夏世の毒を解除した。

その直後、延珠もこちらに合流する。

 

「蓮太郎!!」

 

「よかった、無事だったんだな延珠…」

 

「うむ!…しかし、これは一体どうなっておるのだ?」

 

「少し黙って、成り行きを見守ろう… これは蓮斗達にとって、必要なことなんだと思うからな…」

 

「承知した…」

 

蓮太郎に延珠、夜桜に紗雪、夏世、そして、戦い、片腕を失った零。

その誰もが、安堵の笑顔で2人の成り行きを見守った。

 

「私は…いつもの蓮斗さんに戻って欲しかった… 師範が死んでしまったあの日から、蓮斗さんは人が変わってしまった… 何に対してもやる気がなくなって、私との接し方も変わってしまって…」

 

「俺がこの二年間、ただの馬鹿をやってただけだって本気で思ってたのか?勘違いしてるようだから言っとくけど、あの事件を通じて人が変わったのは俺じゃない。ゆあちー、お前だよ…」

 

「…私、ですか?」

 

「そうだ。復讐のために強くなろうと必死だったお前は、あれから無口になった。ただひたすらに強さだけを追い求め、修行に励んだ。俺と会話することさえ忘れてな…」

 

「そんな…そんなはずない! 私は…蓮斗さんが!!」

 

「人は、自分のキャパシティを越えたショックを受けた時、その対処法の1つとして逃避っつー選択肢があんだよ… それが重度化すると、今のゆあちーみてぇにありもしない記憶、自分の都合の良い記憶に脳が勝手に書き換えるケースがある。自分じゃ気づけないんだから無理もないだろうが、残念ながらこれが全ての真実だ…」

 

「じゃあ… 私はずっと一人で勘違いしてたってことですか?」

 

「だから俺は、お前と話すこと、お前を笑わせる事に必死だった。大切な者を失った俺たちに必要なのは復讐じゃない… 辛い過去を乗り越えることのできる勇気だ。 俺はただ、お前に笑っていて欲しかっただけなんだよ…」

 

蓮斗が呪われた子供達のカウンセリングを続けていた理由、そういった勉強をしていた本当の理由は、いつか結愛を元に戻してやりたいという願いがあったからなのかもしれない。

そして、今までは剣の道しか歩んでこなかった彼女に、普通の女の子として過ごして欲しいというのも蓮斗の願いだった。

 

「…私、やっと帰ってこれたんですね…復讐に囚われた偽りの人生じゃない、結愛としての私の人生に…」

 

「ああ…」

 

「じゃあ呼んでください… 今みたいなふざけたあだ名じゃなくて、昔みたいに私の名前を…」

 

「ああ…おかえりだぜ、「結愛」。」

 

「お兄…ちゃん……… うっ…うわああああああああああん!!」

 

これまで見てきた誰よりも激しく号泣する結愛。

そんな結愛を蓮斗は優しく抱きしめる。

ガストレアという一つの存在のせいで、人々は過酷な生活を強いられてきた。

だからこそ、必要以上に他者に気を配ってしまう… しかし、互いにその意思を上手く伝えることのできない不器用な人間が多いのだ。

それは何も零や夜桜だけではない、相手を思いやるが故に空回りをした蓮斗、自分の気持ちを素直に伝えられなかった結愛もまた不器用だったのだから…

 

「記憶の錯乱…ですか…」

 

「どうした紗雪?」

 

「いえ、何故かその言葉が思考に引っ掛かりを覚えたので… すみません兄さん、帰ったらメンテナンスですね。」

 

「いや、いいさ… 今のは聞かなかったことにしとくよ…」

 

しばらく泣いていた結愛が泣き止むと、蓮斗に抱きかかえられて零の前に連れてこられる。

 

「本当に…本当に申し訳ありませんでした!!」

 

「ま、土下座まではしなくていいけどよ… 戦った相手が俺じゃなければお前は殺人者になっていた。 これからは、その力を正しいことに使うことだ。 にしてもお前、結構見所あったぜ?」

 

「でも… 私、お腹や腕を…」

 

「過ぎたことを気にしたってしょうがねえだろ? 生憎俺は、腹の痛みは桜の治癒で止められるし、切断された腕もセレーネに縫合してもらえば元通りになる。そんな話より、俺はアンタらの経験した事件の方が気になる。 流石に俺と似た能力ってワードを聞いたら無関係とは思えないからな…」

 

結愛は蓮斗の方を向くと、蓮斗は自分のやりたいようにやれとただ頷くだけだった。

 

「ではお話します… 二年前のあの日、35区は武装したどこかの機関の襲撃を受けたんです…」

 

そう、この事件はそもそも朝山家だけの問題ではなく35区の問題。

答えから先に言うと、この機関の正体は以前零達が所属していた研究機関である。

そこの研究機関が35区の呪われた子供達や、現在では中々手に入れることのできない異能の力などを一網打尽にするため、大量の捕獲員を送ったというのが事件の真相である。

その時、蓮斗は世話をしていた呪われた子供達を守るために自宅を離れ、家には師範と結愛の2人がいた。

師範は結愛を隠すと、1人で捕獲員達を倒していく。

今まで私達に剣術を教えてくれた最強の師範が負けるわけがない。

結愛はそう信じ続けていた。事実、その辺の敵など相手にもならず師範が無双するかのように切り刻んでいる姿を伺うことができた。

このままなら撃退できる…そういった安心の思考は死亡フラグ。

研究機関も、それに気づいたのか研究機関最強の兵士… この事件の犯人を送り込んだ。

犯人は体をバラニウム金属で硬質化させると、尽く師範の剣術を無効にし、その心臓を一突きにする。

泣きながら結愛が近づいた時はもう遅く、師範は息を引き取った後だった。

そして、その犯人は結愛を襲うわけでも捕えるわけでもなくただこう言ったのだ。

 

「朝霧。それが、貴様の恩師を殺した名だ…」

 

と…

 

「これが、私が見てきた二年前の事件の全てです…」

 

「なるほどな… それで、色んな部分が俺に似てて後ろから刺したと…」

 

「本当にすみませんでした!! …私、なんてことを…」

 

「あ、いや… 責めるつもりじゃないんだ。ただ、話を聞いた限り、こっちの秘密を話してもいいと思ってな。俺がその犯人でない証明にもなる。」

 

「兄さん、その話をするのは私達の不利益とイコールになります。その女は愚か、天童民間警備会社の人間が外部に漏らすとも限りません。」

 

「いいんだ紗雪、俺の決めたことだ。それに俺が見てきた限り、ここでそんなことするやつは誰もいねーよ… 俺達の昔話も少ししてやるから、まあ聞けよ…」

 

そうして零は話し出す。

 

「今回1番知ってもらいたいのは俺達七皇は、恭介以外の全員がとある研究所のモルモットだったってことだ。そして、俺、桜、紗雪は7年前にその場所から始めて脱獄を企て成功させた最初の反逆者なんだよ…」

 

「ってことは、ひーちゃんも…」

 

「ああ、結愛は友達なのに氷雨が七皇だってことを最近まで知らなかったろ?俺達の情報は、研究機関に拾われることを避けるために必要最低限に留めてるんだ。だから、大抵の人間は漆黒の騎士団という組織名は知っていても所属者の名前や行動目的まで知っている人間はほとんどいない。」

 

「え………と、それが私の話とどう関係するんですか?」

 

「俺達の外見や持つ能力は全部そこにバレてる。つまり、その研究機関の誰かが俺になりすまし結愛という人間を間接的に刺客として送り込むことで七皇を潰すように企てた可能性が非常に高いってことだよ。」

 

「あ………」

 

結愛もこれで全ての納得がいく。

というより、この事実さえ知ってしまえば零が犯人でないことなど簡単にわかることだった。

そもそも、政府や世間にその圧倒的な力を示し認めさせるための活動を続けていた七皇のトップが人殺しをするということは、メリットどころかデメリットしかないからである。

更に、零達が研究材料にされていたということはそのデータは当然研究所に保管されている。

七皇の殆どのメンバーを容赦なく収容できるような恐ろしい場所なら、本人の充分なコピーを用意することも、そのコピーが本人と同じ技を使うことも不可能ではない。

 

「その研究機関の名前は「能力特別開発研究所」。機械化兵士から呪われた子供達、異能の力を持つ能力者に、超イニシエーター… これからの未来に活用できそうな有能な人間(モルモット)を集めては極悪非道の実験を繰り返し、多くの死者を出している恐ろしい場所だ。」

 

「能力特別開発研究所… そこの人間に私達の師範が…」

 

「ゆあちー。」

 

「わかってます、蓮斗さん。私はもう間違ったりはしません。」

 

「そういうことなら、話した俺も安心出来るってもんだ。けど、昔俺がいた場所のせいでアンタらの師匠がいなくなっちまったのは、心の底からお悔やみ申し上げるよ… できれば、助けてやりたかった…」

 

「ふふっ、それこそ貴方がさっき言った過ぎたことはしょうがないってやつです! 零さん、私が貴方にしてしまったことは取り返しのつかない大罪です… だから、微力でも貴方達の役に立ちたい…私にできることがあれば何でも言ってくださいね?」

 

「ははっ、いきなり下の名前かよ…」

 

「すみません… わかっていてもやっぱり朝霧ってワードを口にしたくなくて… 失礼ですよね?」

 

「いや、零でいいよ。それに、微力なんかじゃない… 結愛の力は対峙した時に充分感じさせてもらった。 素質もあるし、お前はもっともっと強くなれる… 天童民間警備会社っていう、今のお前の居場所、大事にしろよ?」

 

「あ………はいっ!!」

 

激戦の末、零と結愛はようやく和解することができた。

結愛は満面の笑みで微笑んだあと、力尽きてそのまま意識を失う。

それはそうだ…本来ならば零のブラッディ・ニードルを受けた時点で既に結愛は負けていた。

そこから先はHP0の状態で気力と復讐心のみで体を動かしていたのだ。それが安堵と共についに崩れ落ちたのである。

 

「アンタには本当に迷惑をかけちまったみてぇだな…」

 

「イニシエーターの暴走なんて珍しくもないだろ… ただ、それが超イニシエーターになると物凄く厄介になるのは俺もたった今学んだけどな…」

 

やはり下調べは済んでいたのか、零は結愛が超イニシエーターであることを知っていた。

蓮斗は零に深く頭を下げると、蓮太郎達に向き直る。

 

「わりいなみんな… 俺とゆあちーはここで戦線を離脱させてもらう。病院で治療しなきゃならないし、俺の方も連戦続きで力を使い過ぎちまってな… 俺達の技は体内の潜在能力を強引に引き出すものだ… 体がボロボロになるから本当はバンバン使っていいものじゃないんだよな。」

 

「いや、蓮斗と結愛がいなきゃ俺達はヘリから降りた時点で死んでた。感謝してるよ… 後は俺達に任せてくれ!」

 

「あー、モノリス内に戻るならついでに俺の腕も持ってっといてくれないか?流石に、こんなの持ち歩きながら戦いたくないしな…」

 

「俺は断れる立場なんかじゃねえよ… ついでに届けておくぜ。」

 

「このポイントに兵藤恭介という男を待たせておきます。この機械と兄さんの腕は彼に渡してください。」

 

紗雪は延珠からそれを回収すると、ポイントを表記しなおして蓮斗に渡す。

蓮斗は一刻も早く結愛を休ませたいのか、手を振ると戦線を離脱した。

さて、これでようやく本来の職務に復帰できるわけなのだが…

 

「兄さんまずいです… ステージ5召喚の儀式が始まりました。おそらく、遺産は回収されてしまったかと… 場所は北エリアの奥に隠されている教会です。」

 

「すげえ…そんなことわかんのかよ…」

 

「紗雪の体は特別でな… ガストレアウイルスを敏感に感じ取れるんだ。夜桜、紗雪その協会に行って儀式を止めろ。遺産は最悪破壊しても構わない。」

 

「零はどうするのですか?」

 

「俺は見てのとおり手負いだからな…あまり激しいことはできない。それに、お前達が教会を襲撃すれば、確実に影胤が妨害に入るだろう。俺はそっちの援護をする。てなわけで蓮太郎…影胤を倒すの、協力してくれるか?」

 

「当たり前だ!俺もあいつとは決着をつけなきゃ行けないからな。こっちこそよろしく頼む!」

 

こうして夜桜、紗雪は教会へ、残りのメンバーは湾岸エリアに向かう。

最後の戦いが今、始まろうとしていた…




★夏世ちゃんの文句コーナー!★

作者「ちょっと待て、誰だこんなの作ったのは…」

夏世「こんにちは夏世です。今日は日頃から溜まっている文句を一気にぶつけようと思ってやってきました。」

作者「ゑ?」

夏世「読者の皆様から私の性格がイメージと違う。というご意見を多々頂いていまして… これは俗に言う、キャラ崩壊というやつではないかと。 そこのところどうなんですか?」

作者「人聞きの悪い!元々夏世は原作であまり出番がなかったから私生活等々不明な点が多いんですよ。けど、IQが高いことから蓮太郎に毒を吐くシーンも多かったのも事実。なので、ウチの小説では口だけでなく行動もSっぽくしようという方針の元、今の夏世がいるわけですね。」

夏世「なるほど… 設定はちゃんと考えていたと…」

作者「( ・´ー・`)どやぁ」

夏世「うざい」

作者「ハイ」

夏世「私の文句はまだあります。今回の話、私ずっといるはずなのに…この7500文字の間なんで一言も喋ってないんですか!!」

作者「いや、だって夏世ちゃん諦めてたじゃんさ…」

夏世「確かに私では結愛さんのお力にはなれないと思いましたが、夜桜さんのように一言だけでもセリフを入れるとかそういう配慮があっても………あ。」

作者「ん?」

夏世「そういえば、原作だと私がそろそろ死ぬシーンだったと思うんですけど、そこのところどうなんですか?」

作者「」

夏世「あの………死なない…ですよね?」

作者「」

夏世「黙秘権使いだしました… 次回以降がすごく怖くなりそうですね…」




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戦い 戦い 戦い

湾岸エリアに到着すると、灰色のコンクリートと青い海が見えるかと思いきや、真っ赤なフィールドが広がっていた。

他の民警達の血だ。ざっと見た感じ、聖天子によって構成された蛭子影胤討伐部隊は影胤によって全滅させられてしまったのだろう。

その事実を象徴するかのようにその血だまりのど真ん中でもう見たくもないのに見慣れてしまった真っ赤な燕尾服と、ウェーブ状で緑の髪に2本の小太刀を構える少女の姿が目に入る。

これで会うのも3回目…そろそろ決着をつけなければならない。

 

「すみませんがみなさん、ここでお別れです。」

 

崖を飛び降り、影胤に奇襲をかけようと準備万端になったところで夏世がアサルトライフルのマガジンを差し込みながら唐突にそう言った。

 

「…夏世?」

 

「どうやら、先程の朝霧さん達の戦闘で興奮してしまったようです。未踏査領域中のガストレアの咆哮が聞こえませんか? おそらく、こちらに向かってきています。 私はここで引き返し、里見さん達の戦闘の邪魔にならないよう足止めしておきますよ。」

 

「一人じゃ危険だろ?俺も…」

 

零が加勢を申し出ると夏世は意外にもそれを断った。

 

「貴方は自分の発言を忘れたのですか?影胤を倒すために加勢に来たと… それに、手負いの貴方は対複数戦には向きません。 片腕で戦うなら、相手の数は少ないに越したことはありませんからね。」

 

「危なくなったら無理しないですぐ逃げてこいよ?」

 

「心配してくれてありがとうございます、里見さん… 私との約束、守ってくださいね? この世界を…救ってください。」

 

夏世は返事を待たず、それだけいうと来た道を戻っていってしまった。

この一件を私に見届けさせてください…

その約束を果たすためにも、蓮太郎は絶対に負けるわけにはいかない。

 

「…決着をつけよう。行くぞ延珠!零!」

 

「了解だ!」

 

「任せとけよ…」

 

3人は崖を飛び降り、その鮮血のフィールドに飛び込んでいく。

影胤はそれを嬉しそうに迎えいれた。

 

「キッヒヒヒヒ… 待っていたよ里見くん、朝霧くん…」

 

「蛭子…影胤!」

 

「にしても君の方は随分とボロボロだねぇ… 腕は食べられちゃったのかい?」

 

「ちょっとばかし腕のいいやつと戦ったからな… けど、お前を倒すのなんて片手もあれば充分だ。」

 

「もう互いに言葉は要らないね。里見くんは相棒をイジメられたケリをつけるために、私はこの戦いを楽しむために… 祭りを始めようじゃないか!」

 

影胤のその言葉をゴングに戦闘が始まる。

先制は影胤。その言葉とほぼ同時のタイミングで指をパチンと鳴らすと、青白いドーム状の球体を広げていく。

3人はフィールドの広さを利用し全力で後退するが、それは読めているとばかりに影胤の技発動のタイミングに合わせて小比奈も突っ込んでいた。

3人の中で最も倒しやすい相手…蓮太郎をターゲットに絞ると小比奈は連続斬りを浴びせようと2本の小太刀を振り上げる。

 

「やらせねえよ!黒龍棍!」

 

しかし、相手のその攻め方は零も予想できていること。

七皇のトップ、スピードタイプのイニシエーターと比較すれば蓮太郎は確実に仕留めやすい相手だ。

零は蓮太郎の目の前に腕を伸ばすと、初回同様小比奈の小太刀を止める。

 

「同じ手は食わない!」

 

「それはこっちも同じだ!隠禅・黒天風!」

 

小比奈は学習したのか、小太刀を深く突き刺してしまわないように予め威力と角度を調整していた。

そのため、小太刀を素早く引き抜くと零の腕を踏み台にしてバク転し体制を立て直す。

しかし、そこに蓮太郎がすかさず強靭な蹴りを叩き込む。

お互いに相手の能力をある程度知っているからこその読み合い、攻めぎ合い。

黒天風が決まり、最初の軍配は蓮太郎達にあがった。

 

「ぐぁぁっ…」

 

「ほう…前より戦闘能力も連携も強くなっているようだね。これは遊んでいる余裕はなさそうだ…!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

吹き飛ばされて自分の元に帰ってくる小比奈を片目に影胤が呟く。

延珠もそれに続くと影胤に向けて渾身の飛び蹴りを放つ。

しかし…

 

「私にはそんな攻撃は効かないのだよ…」

 

青白いドームが再発動されるとあっさり防がれてしまった。

 

「ちっ…あの技を攻略できないことにはあいつを倒すには難しそうだぜ…」

 

「おまけに奴は単純戦闘能力も高い。迂闊に近づけばカウンターを喰らって終わりだろ… 俺が出る。蓮太郎と延珠ちゃんは援護頼むぜ! うおおおお!」

 

今度は零が影胤に真正面から突っ込んだ。

 

「おやおや、馬鹿の一つ覚えかい?」

 

「お前のバリア如きじゃ耐えられねえ必殺技(いちげき)を浴びせちまえば問題ないんだろ? わざわざ戦う時間を長引かせる必要なんざどこにもないからな! 黒龍槍・寄進!!」

 

「マキシマム・ペイン!!」

 

この攻撃には影胤も全力だ。

延珠の時とは比較にならないほど色がはっきりした強力なバリアに張りなおす。

零の利き腕は右。左手では、流石に先程見せたほどの速度は出ないのか若干攻撃回数は劣る… それでも容赦なく4分の3である75発の突きは炸裂した。

その圧倒的な火力に影胤の斥力フィールドは25撃目でヒビが入り、50撃目で完全に破壊された。

残り25撃の龍槍が直撃し、体中のあちこちに傷を負った挙句、小比奈と同じ位置まで吹き飛ばされてしまう。

 

『圧倒的』

 

蓮太郎達だけでは相手にすらならなかった影胤、小比奈ペアが完全に押されている。

それも、手負いの人間たった一人の戦線加入によってだ。

 

「馬鹿な………」

 

「ご自慢のバリアを粉々にされた気分はどうだ?悔しくて耐えられないっていうなら、すぐにあの世に送ってやるから安心しろよ…」

 

「私のイマジナリーギミックはステージ4のガストレアの猛攻すら受け止めることのできる絶対防御壁… それを軽々と破壊されてしまってはたまったものではないね…★1!」

 

「パパをいじめるなぁぁぁ!!」

 

主が傷つき怒った小比奈が再び突撃する。

しかし、攻撃の単調さ、速度からして見切るには余裕の一撃だった。

 

「蓮太郎たちはやらせぬぞ!」

 

「邪魔をするな延珠!!」

 

小比奈の小太刀と延珠の両足、その4つが何度も空中で交差し、ぶつかり合い、火花が飛び散る。

こちらの実力はほぼ互角。スピードでは延珠が勝り、攻撃力や反応速度では小比奈が勝る。

相手よりも優れた部分をいかに活用できるか…それが勝利の鍵になるだろう。

 

対してプロモーター戦。

影胤は2丁の魔改造ベレッタを取り出し攻撃を仕掛ける。

零は全身をバラニウムに変換することで攻撃を防ぎ、それを利用し蓮太郎がXDを利用してカウンターを入れる。

やはり部が悪いのか影胤が押され気味だ。

しかし…

 

「こういうのはどうかね!!」

 

それは何とも意外な動き。攻撃を躱すことに重点を置いたり、斥力フィールドで敵の攻撃を無効化するのが得意なディフェンスタイプである影胤が、アタックタイプのように真正面から突撃するという戦法を取ったのだ。

 

「おもしれぇ… こいよ!返り討ちにしてやるぜ!」

 

零は笑みを浮かべると、体を硬質化させたまま相手を待つ。

そして影胤の攻撃が炸裂した。

 

「エンドレススクリーム!!」

 

それは影胤の持つ接近戦最強の技。

斥力フィールドを片手に集め、スクリューのように回転させながら相手にぶつける。

それはドリルのように食い込んでいき、万物を破壊することができる。

 

「ぐっ……… けど、これで俺達の勝ちだ… 今だ蓮太郎!!」

 

エンドレススクリームを受けた零の腹に再びヒビが入る。

結愛から受けたダメージが蓄積していたからか、苦い顔をするも零は上記を叫んだ。

零の真後ろから跳躍した蓮太郎は先程とは違う。

右腕、右足、左眼の全ての超バラニウムを開放し、全力の構えを見せていた。

零が前に出て影胤の注意を引いていたのは全てはこのため。

延珠も小比奈の注意を完全に引けている。

3人の見事な連携が、この戦いの勝利という欲しい結果を物にする!

 

「行くぞ影胤!!天童式戦闘術・二の型四番… 隠禅・上下花迷子!!」

 

「がぁぁっ…」

 

そのまま渾身のかかと落としをくらう影胤。

躱そうにも、先程技を発動する為に突き出した右腕を零ががっちりホールドして放さない。

完全に的になってしまっている。

 

「まだまだぁ!隠禅・哭汀!!」

 

上下花迷子により、首の角度が下がった影胤に向け、今度はオーバーヘッドキックのような蹴りで首の角度を上にあげる。

連続攻撃を受け、全身フラフラになった相手にトドメの一撃をかます。

 

「零!」

 

「あぁ!」

 

自分の相手の距離を取るために影胤をポンと軽く突き飛ばす零。

上下2回の蹴りを顔面に受けている影胤は、脳に強い衝撃を受けているためもはや立っているのもままならない。

外見通り、奇怪なお人形さんのような動きでフラフラと零の元を離れた。

 

「トドメだ!焔火扇!!」

 

3つのカードリッジ全てを開放した蓮太郎の全力のストレート。

その威力は音速をも越え、放たれた手からその名に恥じぬ炎が吹き出る。

その拳は正面から影胤の腹を捉え、吹き飛ばす。

吹き飛んだ彼奴はしばらく空中浮遊を楽しんだ後、廃小屋に突っ込んで戦闘不能になった。

 

「パパ!パパー!!」

 

「余所見をしたお主もここで終わりだな…」

 

影胤の敗北に泣き叫ぶ小比奈。

その隙をつき、延珠の回し蹴りが炸裂すると、こちらの戦闘も幕を閉じる。

 

それから数分…影胤を助け出し、2人に最低限の治療を施した3人は会話をしていた。

 

「完敗だよ…私達のね…」

 

「やったのは全部蓮太郎だろう… 片腕しか使えない俺は、対して何もしてねぇよ…」

 

「対峙してここまで身震いした相手は始めてだよ…全力の君と戦っていたら、2対1でも瞬殺されていただろうね… それにもう一つ驚いたのは里見くんが私の同士だったという事だ…」

 

「俺も名乗るぜ影胤。元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊所属…里見蓮太郎。」

 

「クッ…ククク… まさかこんな長い名称がピタリと同じとは… もはや運命すら感じるよ…」

 

意外にも影胤も小比奈も完全に戦意を喪失しており、再び襲いかかってくる…というようなことはなかった。

影胤個人の目的は結局の所不明なままだったが、恐らく戦いを楽しめればいいというような単純な理由だろう…

 

「れんたろー、これからどうするのだ?」

 

「ステージ5の召喚は止められない… 既に儀式は始まっているのだよ…」

 

「それなら、ウチの七皇が潰してるはずだ。俺達がそれに気づいていないとでも思ったか?」

 

「………かなわないね、とても子供のやる事とは思えない。」

 

「夏世が心配だ… 俺達は引き返そう。 零はどうする?」

 

「流石にちょっと傷が響いてな… 休憩がてらこいつらの処遇を政府側と相談してからお前たちを追うことにするよ…」

 

「わかった、行くぞ延珠!」

 

★side 夜桜★

 

「ここが協会…ですか。本当に周りの木々に隠されていて遠目ではわからない位置にありますね… なんとも不気味です。」

 

零の命令通り協会の前に来た夜桜と紗雪。

隠蔽されていたその場所の中からは禍々しい空気が漏れている。

一秒でも早く儀式を止めなければ、本当にステージ5が召喚されてしまうだろう。

そうなれば、いくら七皇といっても勝率は1%にも満たなくなる。

 

「います… 懐かしいですね、組織の連中とやり合うのは…」

 

紗雪が反応した。

儀式停止を拒否するかのように、協会の入口に大小2つの影が立ちはだかっている。

組織とは即ち能力特別開発研究所のこと。

零達が研究所を抜け出した当初は、それはもう毎日のように追手と戦っていたものだが最近ではその数はほぼ0。

今までその追手を全滅させていたことや、漆黒の騎士団として名をあげたことなどから、研究所の連中が恐れをなしたと零は判断している。

しかし、目の前に見える2つの影はイニシエーター最強である紗雪が身構えるほどのものだった。

 

「久しぶりですわね!朝霧紗雪!」

 

「………そうですね、ミッシェル」

 

いよいよ互いのペアが顔を合わせる。

紗雪の予想は当たったのか、やはり顔見知りの相手だった。

相手は黒い服を着た金髪の少女と、赤と黒のツートンで装飾された身長2メートルほどのロボットの二人組だった。

謎のロボットは初見であったが、イニシエーターの方は2人とも見覚えがある。

紗雪がミッシェルと呼んだその少女は研究所時代、高い能力を認められモルモット扱いではなく研究所の総長に可愛がられていたという珍しいタイプの実験体だ。

なので、普段から研究に非協力的にも関わらず、最強の強さを誇っていた紗雪を勝手にライバル視していたのだ。

モデル・ケルベロスの超イニシエーターで、実力は研究所のイニシエーターの中でも指折り。

厄介な相手であることは間違いない。

 

「それで…貴女の横にいるおもちゃは何ですか?」

 

「ふふっ… おもちゃではなくってよ? これは、超バラニウムで作られた自立起動型の超高性能ロボット。機械化兵士なんて中途半端な存在ではなく、純粋な超バラニウム兵士の完成形ですわ… 裏切り者の貴女達はその実験過程を知らないでしょうが、こいつの強さは恐ろしいですわよ?」

 

「なるほど… そういう実験もしていたのですね… 紗雪、『殺しなさい』。」

 

「了解。」

 

夜桜は容赦なく殺害命令を出した。

その真意はわからないが、とにかく戦闘は直ぐに始まる。

紗雪はレガースを装備すると一直線に突っ込み、ミッシェルに先制攻撃を浴びせようとする。

しかし、神速とも呼べるその攻撃は届かなかった。

 

「私(わたくし)も、あれから更に修行を積んでます… 無感情の貴女なんかに負けませんわ!」

 

「………!!」

 

攻撃を止めたのは彼女の武器。巨大なブーメランのように見えるが、基本戦術は手に持って戦うタイプの武器のようだ。

3方向から真っ黒の刃がS字型に伸びており、他にみない奇妙な形をしている。

 

「これが私の武器、トリニティですわ!ケルベロスの名に相応しい三つ首の刃、得とご覧あれ!」

 

トリニティでスコールを受け止めると、そのまま僅かに露出している生足の部分を狙ってカウンターを入れようとする。

紗雪はすぐに気づくと持ち前のスピードでその包囲網を抜け、すぐに後退する。

 

「…厄介。」

 

「厄介ついでに、こいつも起動させておきますわ。裏新人類創造計画自立起動型試作兵士第一号・エンズ!」

 

「Ennz start up!!」

 

先程までピクリとも動かなかったエンズと呼ばれた機体の両目が、呪われた子供達のように真っ赤に光ると起動を開始する。

背中の方から二丁のアサルトライフルを両手に装備するとそれを乱射した。

 

「くっ……… 全身が超バラニウムでできている… どう攻めますかね…!!」

 

紗雪と夜桜は共に躱すと今度は夜桜が出る。

ミッシェルと紗雪の戦闘スタイル、武器、所持能力は紗雪の方が有利なため、自分がロボットを止めるべきと判断した夜桜は敵同様二丁のアサルトライフルを抜くと発砲仕返した。

しかし、その銃弾を受けてもかすり傷1つつかないといった様子でエンズはその場に立ったままである。

 

「やはり通常のバラニウム弾では効きませんか… なら!」

 

夜桜の弱点は瞬間火力に欠けるという点。

毒で相手の動きを封じて戦うトリックタイプならではの戦闘もロボット相手では有効打にはならない。

しかし、それは10年前の夜桜だったらの話だ。

夜桜とて、零にただついていってたわけではなく、その隣に立ち共にその修羅場をくぐり抜けてきたのだ。

桜を守るために何百の人間を手にかけてきたその手は毒から生まれた副作用で回復ができない点を除けば、1000種類が限度だった生成可能物質も今じゃその10倍…10000種類もの物質を生成することが可能。

 

「こんなのはどうですか!!」

 

「………!?」

 

先程まで余裕な様子で立ち尽くしていたエンズが足についていたブースターを使って初めて回避行動を取った。

夜桜は自分の体内からとある液体を生成すると、それを周囲に飛ばしたのだ。

気体だけでなく、液体も生成できるようになったのも進化の証…そして、夜桜が飛ばした液体の正体は後にもう一度登場することになるバラニウム侵食液である。

バラニウム金属の天敵となる液体で、バラニウムは愚か超バラニウムでさえも跡形もなく溶かしきってしまう恐ろしい代物だ。

 

「例外的に零の持つ龍バラニウムは溶かすことはできませんが…その劣化版以下の貴方にはこれで充分です!」

 

夜桜は全身にバラニウム侵食液を塗った状態でアサルトライフルから、刀身50cm程の大型のツインダガーに装備しなおすとそのまま突っ込んだ。

エンズは足のブースターを使い、今度は空中へと逃げる。飛行可能なことに普通は驚くはずだが、残念なことにここで戦っているのは普通の民警ではない。漆黒の騎士団なのだ…

 

「逃がしませんよ…神速攻撃(ソニックエッジ)!!」

 

その速度はまるで紗雪の神速その物…

目にも止まらぬ早さで瞬間的に移動した夜桜は両手に装備されたダガーでの二連撃を与える。

そのまま体当たりをすると、バラニウム侵食液が付着しエンズの左腕が溶け落ちた。

更に蹴りの追撃により、エンズのボディに穴があく。

 

「機械なんて、所詮は脆いものです… こんなおもちゃでは私は倒せません。 ラピッド・ファイア!!」

 

トドメと言わんばかりに夜桜が技名を叫ぶと、腰の部分から飛行機のような機械の翼が伸びる。

そこには4つの穴が空いており、そこから飛び出したものはなんとミサイルだった。

4発のミサイルが同時に飛び出すとその軌道は夜桜の願うとおりに自動追尾し、2発はブースターを破壊するために両足に、1発はへし折った左腕に、そして最後の1発は先程空けておいた穴に叩き込むとロボットは呆気なく爆発し、跡形もなく消え去った。

 

「嘘………でしょ…?」

 

「残念ながらこれが今のわたし達の実力。命令を受けている以上、貴女にも死んでもらう。」

 

鉄の塊である味方の高性能ロボットが瞬殺され、唖然とすることしかできないミッシェルに、紗雪が容赦なく追撃する。

二丁拳銃(うたまる&アルキメデス)を抜くと連射。

トリニティを使い、銃弾を弾くもその頃には既に紗雪の姿はない。

 

「遅い………」

 

「なっ!?」

 

「ムーンサルト!!」

 

一瞬で背後を奪い取った紗雪がレガースであるスコールとハティを使いこなし4回の連続蹴りを浴びせる。

一度蹴る事にその足からでる金と銀の残像は、その圧倒的破壊力を物語っていた。

 

「あああああっ!!」

 

あまりのダメージの大きさに地面を這うミッシェル。

 

「彼に良いように利用されてその生涯を閉じる。それが貴女に与えられた人生… 人間の言葉を利用するなら、哀れという言葉が当てはまると判断…」

 

「くっ…馬鹿にして…!」

 

「Auf Wiedersehen(さ・よ・な・ら)……… 福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)!!」

 

気づいた時はもう遅かった。

交差する白と黒の魔弾が自身の体を貫き、ミッシェルの人生は幕を閉じる…はずだった。

 

 

 




★夏世ちゃんの文句コーナー!★

夏世「ふふっ…まさか前回のがただの気まぐれで今回はないとでも思ってましたか!? 毎度おなじみ夏世ちゃんの文句コーナーです!」

作者「何っ!?てかまだ続くのこれ!続編あんの!?」

夏世「警告はしたはずですが、今回も見事に私の出番を消しさってくれましたね… 覚悟はいいですか?」

作者「待て… そのナイフはなんだ!主催者権限によりこのコーナーは中止とする!!」

夏世「そんな社長みたいなこと言ってもダメです。いずれ私の出番がなくなってしまうなら… 私は最後の最後まで足掻いてみせる!!」

作者「かっこいい事言ってるように見えるけど、それ売れなくなってきて必死になるアイドルみたいだから。」

夏世「くっ…」←図星をつかれて必死な顔

作者「(。・ ω<)ゞてへぺろ♡」

夏世「そ、そういえば質問ですが、今回出てきたミッシェルさんとエンズさん。突然出てきて未だ理解が追いついていないのですが… 彼等は研究機関が用意した兵士ですよね?」

作者「ああ…あいつらモブだからもうでないっす。話しを逸らそうとしたってそうは行かんぞ!このコーナーは削除だ削除!」

夏世「うっ…ううっ…(涙)」

作者「反則!小さな女の子の涙目は反則!補足するとさっきのモブと言う話は本当です。儀式の邪魔をされないように見張っていた番人という所でしょうか? というわけで、今回の蛭子影胤による事件に能力特別開発研究所が絡んでいることは間違いなさそうですね… これでいいですか?夏世さん?」

夏世「これからも…千寿夏世を宜しくお願いします…」

作者「宣伝するならブラック・ブレット 漆黒の魔弾にしてください…」





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動き出す闇、迫り来る絶望

福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)が命中し、跡形もなく消え去ったと思われる相手は凄まじい回復速度で治癒を行っていた。

といっても、意識的に行っているのではなく体内のガストレアウイルスが生存本能を発揮させ暴走しているのだ。

手足は変形し、見たこともないような鉤爪が出現。それを見たミッシェルは驚いたような顔をするが、みんなにはもうこれが何を指すのか説明するまでもないだろう。

 

「あれ…? 私(ワタクシ)…私…」

 

「…なるほど、あれをまだやっていたとは。 ミッシェル、貴女ここに来る前に彼に薬を投与されたでしょう? 力が出る薬だとか、元気になる薬だとか言われて…」

 

「そう…ですわね… それが何ですの?」

 

「あれは彼ら研究所の連中が、モルモットを暴走させる時に使う激薬です。体内侵食率を10%以上引き上げ、通常では考えられないほどの力を発揮させる。しかし、あまりの副作用に使った人間は全員ガストレア化している… その薬を投与された時点で貴女も捨て駒だったんですよ。」

 

「そんな!ウソ…ウソだ!あの人がそんなことするはず… 大体、そんな危険な薬なら研究所にいるイニシエーター達も気づくはず………」

 

「気づくわけないじゃないですか。使用した人間は例外なくガストレア化して全員死んでいます。生還者0の状態で、一体誰が言いふらすのですか?」

 

「………おのれ夜桜… この私を愚弄しましたわね!」

 

「矛先は私ではなく研究所の連中でしょうに… もはやまともな判断も出来なくなっているようですね。 さよならです…」

 

「嫌だ…私は死にたくない…死にたくない!! ああああああっ!!!!」

 

ついに体内侵食率は50%を越え、人間体を維持出来なくなったミッシェルは体長3mほどの巨大なガストレアに変化した。

真っ黒な体に三つの首、その一つ一つの口元から流れ出る紫色の猛毒薬、そして最も特徴的な鋭い牙。

地獄の番犬モデル・ケルベロス、ステージ4の超ガストレアだ。

ステージ4の超ガストレアはステージ5を除けば最強と言われる程の恐ろしい力を発揮する。

流石の七皇2人でも一筋縄では行かないだろう。

 

「紗雪、全力で行きますよ!」

 

「…ステージ4の超ガストレアと殺りあうとなれば、いくら私達でも勝率は高く見積もって50%に落ちます。構いませんか?」

 

「どちらにせよ、私達以外に戦える人間は誰もいないでしょう… 一刻も早くこいつを倒し、儀式を止めます!!」

 

「了解!」

 

夜桜の命令を受けると紗雪が飛び出す。

紗雪のうたまる&アルキメデス(2丁拳銃)は、通常弾のみで比較すると実は他のバラニウム弾を使用した銃に劣るほど火力が低いのである。

だから、こうして圧倒的なスピードを用い接近戦を得意とすることで弱点を無くし、トドメの大技を確実に決められるようにしているのだ。

ガストレアはステージが上がる事にその皮膚が硬質化する。

外側のボディに射撃をしたところで決定打にならないと判断した紗雪はスライディングしてケルベロスの足の下に潜り込み、柔らかい腹部に強靭な蹴りを叩き込もうとする。

しかし、…

 

「ガルルルルッ!!」

 

ケルベロスはここでなんと宙返りをした。

そして、尻尾を使って紗雪に対し、下から上に突き上げるアッパーのような一撃を叩き込む。

あまりにも予想外の動きと、その速さから紗雪は躱すことができず、その攻撃を真正面から受けてしまい後方に吹き飛ばされた。

 

「うっ………」

 

「切り落としてあげますよ!!」

 

紗雪が吹き飛ばされたタイミングとほぼ同時に夜桜が飛び出す。

狙いは先程の尻尾。大型のツインダガーと持ち前のスピードを生かし、尻尾切断を狙う。

しかし、スピードという長所を持っているのは夜桜達だけでなく、敵も同様であった。

ケルベロスはすぐに体制を立て直すと、持ち前の三つ首を使い夜桜に襲いかかる。

一撃目…猛毒薬と鋭い牙を使用した噛み砕く攻撃。夜桜に毒は効かないが歯の1本1本が自分の持っているダガーと同じくらいのサイズなのだ。

当たってしまえば一撃で喰いちぎられるのは目に見えている。

ギリギリまで引き付けて躱す夜桜。しかし、すぐに二撃目がやってくる。2つ目の首は流石に躱しきれないのか、ダガーを用いて口元の軌道を逸らす。

三撃目も噛み砕く攻撃を仕掛けてくるのだろうと予想したが外れ。先程とは比較にならないような速度でなんと頭突きをしてきた。

対処する時間など与えないかのように夜桜を捉えると、そのまま後方に吹き飛ばす。

岩に激突した夜桜。ぶつかった岩が粉々に砕けちったあたりから、その圧倒的な火力は理解できるだろう。

 

「くっ…強い…!ろっ骨が数本逝きましたね…」

 

「私が時間を稼ぎます…その間に夜桜さんだけでも儀式の停止を…」

 

紗雪が囮になろうとするとその案を否定した人物は意外な人だった。

 

(やるよ夜桜…私が!)

 

「な、何言ってるんですか桜!?相手はステージ4の超ガストレア…序列8400位相当の貴女が勝てるわけないでしょう!」

 

(でも、私の持つ武器ならどんな相手でも一撃で葬れる。紗雪ちゃんが注意を引いてくれるなら当てられる!)

 

「ダメです。相手のスピードに貴女の動体視力では追いつけません。それに、仮にチャージして放てたとして回避されたらどうするんですか?」

 

(もうこれ以上、零に役たたずなんて言われたくないもん!それに、私は紗雪ちゃんのこと信じてるから…)

 

「………わかりましたよ。しかし、貴女は私と違って毒に対する耐性はありません。牙は愚か、あの液体にかすっただけでも死ぬと考えてくださいね。」

 

夜桜は渋々承諾した。

何だかんだ言って桜の我が儘には甘いのである。

 

「話し合いは終わりましたか?」

 

「ええ…ここからは、桜に任せますよ。」

 

「…正気ですか?」

 

「正気です。」

 

夜桜の片目が緑色に変化すると、髪色が変化し、桜光の光と共に桜が現れる。

 

 

「やっほー!桜再び登場だよ!」

 

「気をつけてください桜さん。敵は相当厄介です…」

 

「わかってるわかってる!紗雪ちゃん、あれ撃つから援護よろしく!」

 

「…了解。はぁぁぁっ!!」

 

夜桜と違い桜は非常に脆い。先程以上に注意をしなければならない紗雪は全力の全力だ。

ケルベロスに真正面から突っ込むも、その速度は先程と比較にならない。

桜の方はというと、明らかに本人の身の丈にあわないような桜色の大剣を取り出した。

こんな危険を犯してまで行おうとする桜の作戦とは何なのか…

答えは、桜の必殺技を当てるためである。

桜の持つ武器である『聖剣レーヴァテイン』は、あらゆる悪を滅する事のできる最強の聖の剣。

これにより、闇属性を持つガストレアや毒使いに対し絶大な破壊力を発揮することができる。

それ程強力な武器であるなら夜桜が使えばいいではないかとなるが、事はそう単純ではない。

この聖剣は、聖…即ち光属性を持つ者で、且つ心が穢れていない人間しか持つ事が許されないのだ。

毒を使う闇属性の夜桜が使えば、不適合反応を起こし体が溶けて消滅してしまうだろう。

そのくらい使用者を選ぶ特別な武器なのだ。

しかしその分威力は絶大。桜が大技を使うための間、紗雪が時間を稼ぐのが今回の戦法。

人間相手では成立しえない作戦だが、戦うことしか脳のないガストレア相手ならこれで充分だろう。

 

「まずは折れた骨を治してっと… リミットカットカウントダウン!」

 

お得意の治癒能力を使い終えると目を閉じ、聖剣を構えて集中を始める桜。

桜が時間稼ぎに指定した時間は60秒。

蓮斗や結愛が斬鉄を放つまでに必要な時間のおよそ6倍である。

戦場で棒立ちした人間を一分間も守るなど通常では考えられない行為だが、今目の前にいるのは世界最強のイニシエーターであり、★3(ブラックナンバ-スリ-)の朝霧紗雪だ。

彼女にできないことなど何もない!

紗雪の突進に対してケルベロスは三つの首で応戦しようとする。

 

「貴方も中々の速度を持っているけど、相手が悪い… 私は、世界中のあらゆる物質より速い速度、神速を持つ者だから… 瞬間感染換装(ブリューゲル・ブリッツ)!」

 

紗雪が技名を唱えると、紫色の爆発と共にその姿が消える。

ケルベロスが驚いた一瞬の隙。これが圧倒的優位を物にする為の好機!

まるでそれは瞬間移動。体内のガストレアウイルスを爆発させることで、瞬間的に神速を越えた神速を繰り出す紗雪ならではの技だ。

一瞬で背後を奪い取ると、そこから紗雪の連続攻撃が始まる。

 

「ムーンサルト!!」

 

スコール&ハティ(両足のレガース)を用いた蹴りが背中に炸裂。

その後、2丁拳銃を速射して追撃し、再び瞬間感染換装を使用しその場を離れる。

ヒットアンドアウェイの完全状態。あまりのその速度と連続攻撃の嵐に、ケルベロスは何もできない。

 

「福音の…魔弾!!」

 

続いて必殺技。うたまるからは光の銃弾、アルキメデスからは闇の銃弾が発砲されるとその銃弾は互いにクロスし、ケルベロスに炸裂する。

いくら皮膚が硬いとはいえ、これは効いたのかケルベロスは吹き飛ばされた。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

「後30秒!頑張って紗雪ちゃん!」

 

紗雪が押しているように見えるがそういうわけではない。

瞬間感染換装、福音の魔弾は発動するために大量の体力を消費する。

通常なら持久戦に対応するため、打ち所を見極めるのが基本だが現在では敵に攻撃という選択肢を与えてはならない…

コスパの悪い大技をバカスカ撃っていれば、紗雪の体も無傷というわけにはいかない。

ケルベロスはすぐに立ち上がると、反撃と言わんばかりに突進してくる。

しかもその後ろには桜がいるため躱せない。

紗雪は銃弾を再び速射。頭や足を狙い、少しでも突進の威力を弱めようと試みる。

しかし、その程度ではケルベロスは止まらない。

紗雪はついに、敵の攻撃を真正面から受けてしまう。

 

「ぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

宙に吹き飛ばされる。

しかもケルベロスの目の前には桜が…

 

「温存しておきたかったけど仕方ない… 破邪必滅の流星群(シュトゥルム・クロイツ)!!」

 

ついに紗雪が自身の必殺技であり、奥の手を発動した。

 

『破邪必滅の流星群』

この技名を唱えた瞬間、空いっぱいに紗雪が普段から放っている白と黒の魔弾が大量に出現した。

この銃弾は水銀、バラニウム金属を使用しているためどちらも金属。

これを紗雪の体内に眠っている『ある』金属を使用し特殊な磁場を発生させることで、放った銃弾を消失させずに『固定』させておくことができる。

そして、その『固定』を解除することで今まで貯めておいた銃弾を一気に降らせることができるのである。

この戦いにおいて、紗雪は既にかなりの銃弾を発砲している。

対モデル・エイプ戦での必要以上の発砲、そしてケルベロス戦でもかなりの弾を放った。

それら全てを戦ったり移動したりしながらも常に空中に『固定』し続ける。

いつ戦闘に移っても問題ないように、また戦闘中でも無駄な動きをしないように、こうやって準備をしているというわけだ。

紗雪が貯めておいた白と黒の魔弾が、上空から一気に襲いかかる。

 

「必中… 私の弾は外れない…」

 

「チャージエンド… いいよ、紗雪ちゃん!」

 

このタイミングで桜のチャージも完了した。

 

「なら、このあたりで奥の手その2…」

 

紗雪は爪を使って手首に切り込みを入れると、そこから出血した血をばらまいた。

この戦闘スタイル…つい先程もどこかでみたような気がするが、そのまさかである。

 

「私も直接血は繋がっていないにしろ朝霧家の人間… 兄さんから貰った血は、私の体にも適合する。 ブラッディ・バンカー!!」

 

紗雪はまき散らした血の一部を硬質化させる。

その位置はケルベロスの片前足。

四足のうちの1つを落とし穴に落としたケルベロスは完全に動きを封じられた。

この程度ならすぐに逃げられてしまうが、桜が技を命中させるだけの時間が敵から奪えればそれでいい!

 

「いっくよー! はぁぁぁぁっ!!」

 

桜の持つ聖剣から放たれる桜光の光がより一層強くなる。

そのまばゆい光と、圧倒的を思わせるそのエネルギーは大気を震わせた。

桜の必殺技が今放たれる。

 

「穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)!!」

 

聖剣を上から下に向けて思いっきり振り下ろすと、凄まじい火力の剣撃がケルベロスを襲う。

技が命中すると、まるで零距離で打ち上げ花火を見たかのようなまばゆい桜光と、圧倒的な爆音が未踏査領域中に響きわたる。

そのどちらもが消え、正面を見てみると目の前には真っ二つに両断されたケルベロスの姿が一瞬見え、それはそのまま流砂のように流れて消えてなくなってしまった。

 

「わーい!やったー!!」

 

「冷や冷やしましたよ…本当に…」

 

満面の笑みではしゃぐ桜を横目に疲れと心配で溜め息をつく紗雪。

本当にこれではどっちが大人だかわからない…

桜は再び夜桜に人格が変わると、夜桜は教会の方を睨みつけた。

 

「お疲れ様でした紗雪。ボロボロにしてしまって申し訳ありませんね…」

 

「私はメンテでどうとでもなります… それより、儀式を止めないと… 兄さん達が足止めしているのに私達が失敗したら意味がありません。」

 

「だから私がまたでてきたんです… 突入しますよ!」

 

そう言ってドアを蹴破り中に入る夜桜とそれに続く紗雪。

明かりなど当然ないのか、中は真っ暗だった。

2人とも夜目は聞くのでぼんやりと中の様子を見ることはできるが、それでもはっきりとはわからない。

ざっと見た感じでいうと、内装は普通の教会と変わらないだろう。

1つ違うところといえば、教会の最も奥の教壇の上からぼんやりと紫色の光が見えることである。

確実にあれが儀式の内容。そう確信して近づく2人が目にしたものはアタッシュケースの中に入った小さな三輪車に、何本かのコードが繋がれているものだった。

コードを目で追うと、紫色の光の発信源である機材が目に入る。

 

「恐らく、遺産は三輪車、儀式とやらは機材を使って行っているようですね。このパターンなら遺産は無傷で回収できるでしょう… 紗雪、機材を破壊してください。」

 

「了解。」

 

夜桜が遺産からコードを全て抜くと、紗雪がスコールを使い、かかと落としで一撃で機材を破壊する。これで儀式は止まったはずだ。

任務完了。意外とあっけないものだが、これ以上ここに留まる必要もない。

遺産をケースにしまうと教会をあとにしようとする2人。

その時、背後から不吉な声が近づき夜桜の耳元で囁いた。

 

「それを持って、どこに行こうっていうんだい?」

 

「………!?」

 

その言葉に反応した時は既に遅かった。

夜桜の背中から腹部にかけて、ナイフが貫通する。

 

「ぐっ… 紗雪?」

 

「残念ながら、お仲間はもうおやすみだよ… 夜桜さん…」

 

「そん……な………」

 

意識が朦朧とする中、夜桜が最後に見たのは全身血だらけで床に伏せる紗雪の姿であった。

 

突如現れ、夜桜と紗雪を瞬殺した影はこう呟く。

 

「………あのモルモット共がまさかここまで成長してるなんて正直驚きだよ… 僕直々に見にこなければ、遺産は奪われていただろうね。まあ、君たちも頑張っていたみたいだしここでステージ5を呼び出すのはやめておこう。…全知を手にするのはこの僕なのだから…」

 

★side 蓮太郎★

 

とにかく走る。延珠と共に走る。

影胤との決戦前、自分達の足止めをするために1人残った千寿夏世の姿を求めて。

後方に走っていく道中、何体ものガストレアの死骸と、撃ち尽した大量のバラニウム弾を見かけた。

他の部隊が全滅している以上、戦っている人間に心当たりがついてしまうため嫌な予感がする。

 

「れんたろー!夏世の匂いがするぞ!」

 

延珠がそう呼び止めたので走るのをやめる。

その場所は樹海の中でも木々が少なく、全方位を見て戦うには適した場所だった。

条件的にも、この近くにいる可能性は高いだろう。

 

「夏世ー!夏世ー!」

 

…蓮太郎も叫ぶが特に返事はない。

しばらく散策を続けると、大きな岩の後ろで一番見たくないものを見てしまった。

 

「………見つかって…しまいましたね…」

 

「嘘…だろ?」

 

一番会いたくない形で再会してしまった。岩陰には夏世がいたが、その体は全身血だらけであらゆる箇所からガストレアウイルスを注入されたのがわかるかのようにあちこちに獣に噛まれた跡がある。

手に持っていたアサルトライフルは真っ二つになり破壊されており、左手には使い切った大量の手榴弾のピンが握られていた。

ライフルの方に目をやると握っていたはずの右腕は既になくなっており、腕のちぎれた箇所から紫色の物質がうねうねと動いている。

体内侵食率が50%を越えたものの末路だ。

延珠の方は、その事実が受け入れられないというように口をあけ、完全に唖然としてしまっている。

 

「何で逃げなかった…」

 

「数が必要以上に多かったんです… ここで私が引けば、ガストレアの軍勢に襲われて死んでいたのは里見さんたちのほうでした。 里見さんも延珠さんも、私に違う生き方を教えてくれた大切な人… だから頑張った… それに、死ぬ前に私の守った人達の元気な顔が見れました… 私は今、とても幸せですよ…」

 

「何勝手に一人で納得してんだよバカ野郎!! お前はもう俺達の仲間だ! イニシエーターじゃなく、千寿夏世として延珠や結愛と友達になった夏世なんだろ!? こんな結末を、俺達が望むとでも思ってるのか!」

 

「かよぉ… しなないで…しなないでくれぇ…」

 

延珠はボロボロと涙を流していた。せっかく蓮太郎も延珠も戦う理由をはっきりさせ、これから頑張ろうという初陣がこれだ。

現実は何よりも冷たい…

 

「里見さん…せめて、ガストレア化する前に私を… 私を人のまま死なせてください…」

 

「くっ………」

 

言い返したいのに言い返せない蓮太郎。

いくら延珠が願おうとこの事実だけは覆ることはない。

蓮太郎は黙ってXDを抜くと延珠が泣きそうになり止めようとするが、そういうわけにもいかない。

ここで夏世がガストレア化してしまえば、影胤によって削られた今の体力で戦わなければならない。

延珠は夏世とは戦いたくないだろうし、夏世自身も自分が化物になることを恐れている。

しかし、蓮太郎にとって相棒の前でその友達を殺さなければならないのもまた事実。

非常に苦しい選択となってしまった。

 

「れんたろー…お願いだ… 夏世を殺さないでくれ… 妾はまたみんなで遊びたい…もっともっとみんなと一緒にいたいのだ!」

 

「お前だってわかってるだろ… こうなっちまったらどうしようもないことくらい… 俺だって辛いんだよ…」

 

「………っつ!?」

 

延珠だって本当はわかっているのだ。

蓮太郎にねだったところで夏世が治るわけではない。しかし、そう言わなければいられない程友達を目の前で失うのは嫌だった…

葛藤する二人に、夏世が急かすように最後の言葉をかける。限界なのが自分でわかったのだろう。

 

「里見さん… これから先、こういう辛いこと、苦しいことがたくさんあると思います… だけど、どうか絶望だけはしないでください。 私の思いも、そして、世界中の人々の思いも背負って戦い抜いてください… この世界を………救っ…て…」

 

夏世がそういい切ろうとしたところで、蓮太郎はXDの引き金を引いた。

 



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少女を救って、そして…

蓮太郎の持つXD拳銃から放たれた黒い銃弾は、千寿夏世の頭を撃ち……………抜かなかった。

目の前に立っていたのは先程別れたばかりで、夏世と同様に片腕を失っていた人物である。

 

「…やれやれ、危ないところだったな。危うく、延珠ちゃんの前で大事な仲間を殺しちまうところだった。」

 

「朝霧さん…何を……… 早くしないと、私………もう苦しいんです… お願いですから死なせてください…」

 

零はその現場に乱入すると、蓮太郎の銃弾を残った左腕を硬質化させて弾いた。

夏世はその現実に喜ぶわけでもなく、ただ事実を受け入れて消えていきたいと完全に絶望してしまっている。

 

「俺は延珠ちゃんのお願いを聞いてやろうと思って、割り込ませてもらったけだが…何だ、死にたいのか?」

 

「私は既に体内侵食率が50%を越えています… 選択肢は1つしかないんですよ…」

 

「じゃあ、生きるか死ぬか、2つの選択肢が用意されていたとしたら、お前はどうしたい?」

 

「………えっ?」

 

「正直な所、お前の足止めがなければ俺達は五体満足で戦うことはできなかった。 それに、あそこでお前が1人で戦うことを選んだ時、それを止めることができなかった俺のミスでもある。…だから俺は、千寿夏世という人間に生きたいのか死にたいのか、2つの選択肢を与えたいって言ってるんだ。」

 

「さっきから何言ってんだよ零… いくらお前が★1だろうが、人間がガストレア化する数値を変動させることは現在の医学では100%不可能だ! これ以上延珠や夏世を惑わせないでくれ!」

 

さっきから展開されるわけのわからないやり取りに蓮太郎は口を挟む。

しかし、零も夏世もそちらを見ることはなく、ただお互いの瞳だけを見つめ続けていた。

零ほどの人間であれば、今の夏世の状態を見れば体内侵食率が臨界点を越えていることなどとっくに理解しているだろう。

にも関わらず、そんな無駄な会話をするために自分の休息の時間を削ってまでわざわざここまで飛んでくることはありえない。

夏世は薄れ行く意識の中、零の伝えたい事を理解しようとしていた。

そして、自分の中での答えを決める。

 

「そうですね…もし、私に朝霧さんの言う通り生き残ることのできる可能性が1%でも残されているというなら、私は生きてみたいです… 里見さんの言った違う生き方をしてみたい…延珠さんの言った友達と遊んでみたい。…そして、普通の女の子として過ごしてみたい… よく考えたら、死ぬ前にやりたいこと…いっぱいありました。」

 

「ふっ…オーケー、なら、その願いを叶えよう… 千寿夏世。お前はここで死ぬべき人間じゃねぇ… だから助けさせてもらうぜ!」

 

零は軽く微笑むと夏世に近づき、その動いているガストレアウイルスに向けて手をかざした。

 

「死滅する疫病(ダ・カーポ)…」

 

零の左手から青白い光が流れ出る。

その光は、夏世に侵食を続けているガストレアウイルスをみるみるうちに破壊していった。

外側から見ても、固体化しているガストレアウイルスは死滅し、液体状の紫色の物質量も減少している。

おそらく、体の中でも同様の現象が起こっているのだろう。

顔の血色も元通りになり、まるでさっきまでの感染が嘘であるかのように夏世は目の前に座っていた。

 

「あっ……ぐ… 痛いです…」

 

「悪いが俺に治癒能力はないからな…それは我慢してくれ… ただ、お前は死なない。痛みを感じるというのは生きているって証だ。」

 

「どういうことだよ…」

 

蓮太郎は目の前の現実に唖然としていた。否、たとえ目の前の現実が本当であるなら、今までそれが原因で死んでいった多くの人々にかける言葉がないからだ。

夏世のガストレアウイルスによる侵食は完全に停止しており、先程まで固体化して膨らんでいたウイルスも今は跡形もない。

つまり、50%という臨界点を越えたにも関わらず目の前の少女は生きているのだ。

 

「これが俺の…俺だけの力、死滅する疫病だ。どういう原理かは知らないけどな… 俺は左手をかざすことで、対象としたガストレアウイルスを破壊する力を持ってるんだよ。今、夏世の体内侵食率を50%から40%になるように調整してガストレアウイルスを破壊させてもらった。痛みを感じるのは体内のガストレアウイルスが減少して、自然治癒が遅れているのが原因だよ。」

 

「じ、じゃあ… 私…生きられるんですか?」

 

「ああ…」

 

零が微笑むと、あの無表情でポーカーフェイスな夏世が泣いた。

今まで誰もが諦め、誰もが信じてこなかった奇跡が今、目の前で起こったのだから。

 

「…信じられるかよ。こんなの…」

 

「蓮太郎、お前の言いたいことはわかる。けどな、今は過去に消えてしまった人々への謝罪の言葉を考えるより、目の前で一命を取り留めた夏世を迎え入れる言葉を考えるほうが先だ。」

 

「すごいではないか零!これならみんな死なずにいられる!!」

 

「はしゃいでもらうのは勝手だが、俺の力とて万能じゃない。この力は未だどんな手を使っても解明することはできず、俺しか使えないんだ。だから、今はガストレアウイルスを消せるってことがわかってるだけで他にどんな効果があるかはわからない。それに、俺の目の前の人間しか救えない…そう考えるとちっぽけなもんだろ?」

 

それだけではない。未知の力というものは、世界から煙たがられるものである。

零が今こうして普通に民警としての活動を行っていられるのは、この力のことを同じ七皇メンバーなどの一部の関係者を除き、誰も知らないからである。

もし、体内侵食率を下げることができる…なんて事実が発覚した場合、零は世界中の医療機関から、世界中の呪われた子供達から、世界中のガストレア達から狙われることになるだろう。

あるいは、能力特別開発研究所のような闇の組織に捉えられ、モルモットにされてしまうかもしれない。

零本人としては、誰もが願いし平和を求めて今の活動を行っているため、是非ともこの力を世界のために使いたいのだが、今の段階ではそれすら許されない。

守る術があるのにそれを使えない…零にとって、これ程苦痛なことはないのだ。

 

夏世はしばらくして泣き止むと、蓮太郎達の方を見た。

 

「里見さん…私、生きてていいんですよね?」

 

昔のことを思い出し、表情が強ばる蓮太郎にそう訴えかける。

自分の身を利用してまで蓮太郎の心配をする…そんなことをすることのできるような優しい子が、生きてていけないはずがないのだ。

だから蓮太郎はこう答えた。

 

「ああ、もちろんだ。」

 

★side 凌牙★

 

時は遡り、零達が影胤と、夜桜達がケルベロスと戦闘を行っていた時とほぼ同時刻…

★4こと相馬凌牙、★5ことセレーネ・E・トルスタヤの2人は作戦通り別行動をとっていた。

場所は聖居のすぐそば、一区である。

零達の戦闘が、立ちはだかる敵を倒す表面の仕事だというなら、今相馬達が行っている仕事は裏面の仕事と言えるだろう。

一区の具体的にどこかと言うと、天童の屋敷に来ている。

聖居並に豪華な場所とはいえ、どこか和風をイメージさせる昔懐かしい仕組みになっている天童家の屋敷… 相馬のピッキングで簡単に鍵を開けると、2人は屋敷の中に侵入していた。

 

「凌牙様… まさか、今回の事件の犯人って…」

 

「お察しの通り天童だ。まさか、今の東京エリアの政治を筆頭として動かしているような家計が、事件の犯人だなんて誰も思わないだろう… 疑うやつなんて、俺達のように頭のとち狂った天才ハッカーくらいなもんだ。」

 

「具体的にどうすればよいのですか?」

 

「お前はただ、黙って俺のあとをついてくればいい…」

 

「………はい、凌牙さま♪」

 

真面目に答えてもらえないにも関わらず、幸せそうな笑顔で答えるセレーネ。

相馬はだだっ広い屋敷にも関わらず、まるで自分の家かのように真っ直ぐ進んでいく。目指すはこの屋敷の主であり、現東京エリア最高峰の地位に君臨する聖天子を補佐する人間、天童菊之丞の部屋だ。

不意打ちと言わんばかりに扉を蹴り破ると、セレーネの縫合針がその部屋の中にいた菊之丞の首元に一瞬で突き付けられる。

 

「チェックメイトだ…天童菊之丞…」

 

「…やはりお主が来おったか。相馬の小僧…」

 

「クシクシ… あまりセレーネを怒らせない方がいいですよ? うっかり手が滑って、縫合針が刺さってしまうかもしれません…」

 

お淑やかな物言いだが、その表情は明らかに狂っている。まるでそれを楽しんでいるかのような悪魔の笑み…相馬が止めていなければ確実に串刺しにしているという様子が表情から一瞬で読み取ることができる。

 

「ワシの所に来れたことは褒めてやるが、すぐに警備の者が来る… その短い時間に何ができる?」

 

「クッ…フハハハハッ!! 甘ちゃんかてめぇは… お前の屋敷に住んでる雑魚みたいな警備隊なんざ、みんなセレーネの毒で眠ってんだよ… さあ、俺とゆっくり話をしようぜ?当然、その状態でな…」

 

菊之丞は一歩も動けない状態だというのにも関わらず、全く慌てていなかった。

どうせ二人には自分を殺すことはできないという安心感か、あるいは別の何かか…

隠しても無駄と判断したのか、菊之丞はこう切り出した。

ここからは、政治家と頭脳派の頭の戦いになる。

 

「どうしてここがゴールだと判断した?」

 

「お前が蛭子影胤の依頼主であることは、会議室での奴のジャックの時点で気づいていた。 確信したのは電話応対時。 目の前で影胤が大掛かりな動きをすることにより、全員の注意は奴に向いた。当然だな?目の前にいる未知数の力を持った強者だ…しかも、通常の人間には考えられないような奇怪な動き… 誰も彼もが奴に注意を向けるしかなかったんだ。」

 

「ふむ… で、貴様は向けなかったと…」

 

「本来、付き人であるお前はずっと聖天子の側にいなければならない。しかし、奴が電話にでる直前、お前は席を外したな?影胤に電話を掛けたのは貴様だ菊之丞。七皇全員の横槍を受け、計画を変更せざるを得なくなったんだろ?」

 

「…お手洗いに行っていただけだ。」

 

「今時そんな嘘は子供でもつかない…」

 

睨み合う2人。元々、相馬と菊之丞は仲が良くないこともあり尚更だ。

理由としては、七皇のデメリットについてある。

漆黒の騎士団は、最強の強さを誇る独自の民警として、その存在を周りに見せしめていった。

その過程で、様々な他の民警や政治家なども認めていくことになるわけだが、ただ一つ、天童家だけはこれを認めなかった。

しかし、天童家のトップである菊之丞でさえ、聖天子の補佐という地位止まり…

聖天子が七皇を認めてからは表立って言うことはなくなったが、それでも自分が認めていない組織が自分の統括しているエリア内で好き勝手しているというのは気持ちのいいものではないだろう。

だからこそ、菊之丞は七皇に対してただ一つ、機密情報のアクセスキーだけは絶対に渡さなかった。

正規の民警であれば、序列10位以内の民警にはこの国の全てを知ることのできる最高の権限、レベル12のアクセスキーを手にすることができるわけだが、菊之丞の反対により、現在七皇は序列1000位相当の民警が手にすることのできるレベル3相当のアクセスキーしか持っていない。

表向きの理由は、10代しかいない若造達に最高権限を与えてしまうのは責任を取り切れないとのことで…

七皇の頭脳である相馬にとって、作戦を立てたり、情報を集める上で機密情報のアクセスキーは喉から手が出るほど欲しいものだ。

それをお預けされてしまえば、相馬とて仲良くできるはずもない。

 

「大体、聖天子様を守る立場にいる私がなぜステージ5なんぞを呼ばねばならん? それこそ、辻褄があわないだろう…」

 

「確かにその通りだ。俺も最初はそこが疑問だったが、そうでもない。零のやつが最近気に入って出入りしている民警について調べていた時、面白い事実を手に入れた。」

 

 

『天童木更』

 

 

その言葉が相馬の口から出ると、場の空気が凍りついた。

 

「お前達天童家と、その娘であるこいつには随分と深い因縁があるようだな… そして、今回聖天子主催の作戦には憎き天童民間警備会社も参加している。お前は早いうちに天童木更を潰したかった…」

 

「………」

 

「そして、決め手になるのはガストレア新法という法律だ… 確かお前は、これに反対派だったな?」

 

ガストレア新法とは何か?

これは、東京エリアのトップである聖天子がこれからの未来を生きる呪われた子供達のために作り上げようとしている新たな法律である。

その一番の目的は、呪われた子供達の差別化の撤廃。彼女達を人間として見て、共存していくというものだ。

しかし、ここ東京エリアだけでなく世界中で呪われた子供達は差別対象となっているし、そんな法律は奪われた世代が許すわけもない。

この法律は、零達の望む誰もが願いし平和(ゼロ・ワールド)とも一致することから、聖天子はこれからを生きる10代の人々の代表格、菊之丞は呪われた子供達に反対する奪われた世代の代表格となるだろう。

 

「なるほど… 慕っているように見せかけて、内側から潰していくタイプか… えぐいな。」

 

「馬鹿なことを言うな!聖天子様の事は敬愛している… あの様な素晴らしい方は他にはいない! 貴様達の方こそ、あの方を呼び捨てにするなど言語道断だろう!」

 

「くだらんな… 呼び方一つでそんなに気なんか使ってるから、階級制度はなくならないんだよ。その時点で差別撤廃なんて夢のまた夢だ。素直に答えてもらおうか… なぜ聖天子を敬愛しておきながらそれに背く行動を取る?」

 

「だからこそ許せぬこともある!!」

 

菊之丞は先程まで落ち着いた物言いで話していたにも関わらず、急に怒鳴り散らした。

その後、首元に針を突きつけていたセレーネの不意を突き一瞬で弾き飛ばすと、懐にしまっていたリボルバーを相馬の頭に向ける。

 

「これからの未来を担うお方が、こんなゴミクズのことなど気にかけてはならんのだ!! ガストレアは全て滅するに限る! 呪われた子供達だ? その赤目を持っている時点で、どこも化物と変わらないだろうが!! 汚い穢れた目だ!虫酸が走る!ワシの前から立ち去らんか!!」

 

セレーネの悪口を目の前で言われているにも関わらず、相馬は特に気にした様子もない。

蓮斗のようにキレるわけでもなく、そんなことを考える暇があるなら次の言葉を考える…そんな様子だった。

 

「………それがおまえの本性か。まあ、ぶっちゃけいえば、俺もこんな奴どうでもいい。俺の都合のいい駒であるならな。だが、お前のやってることは相変わらず気に食わないな。聖天子の考えが気に食わない… そんな小さな理由で東京エリア全てを巻き込むな! 貴様のやってることは家族内の痴話喧嘩を火種に世界戦争に発展するレベルの暴動を起こしたことだと深く反省しろ!!再起不能になるまで叩き潰してやる…」

 

「も、申し訳ございません凌牙様… それは少々難しいかと。」

 

本当に申し訳なさそうにセレーネが会話を阻む。

相馬が振り返れば、後ろには影胤・小比奈ペアがおり、小比奈の小太刀がセレーネの首に、影胤のベレッタが相馬の頭に突きつけられていた。

 

「ちっ…役立たずが…」

 

「お主は援軍は来ないと判断したようだが、残念だったな。」

 

「キヒヒヒヒ!中々興味深い会話を聞かせてもらって感謝しているよ相馬くん。それじゃあ、死んでもらおうかな?」

 

「セレーネ、やれ…」

 

「狂ったお茶会(クレイジー・ティーパーティー)…」

 

影胤が発砲しようとすると、相馬は短く命令する。

セレーネは小比奈の小太刀を利用すると右手と左手、合計10本の指に繋がれていた全てのワイヤーを切断した。

すると、屋敷中のあちこちでガラスが割れる音が次々に聞こえてくる。

その音の数は数え切れないレベルで、やがてこちらにも近づいてくる。

そして、この菊之丞部屋の天井に設置されていた四つのフラスコも破裂した。

それが破裂すると、中から赤、緑、黄色、紫の4色の気体が吹き出る。

 

「ほう…毒ガスか… だが、私の魔弾(銃弾)は毒より早く君を撃つ!」

 

影胤はベレッタを発砲するが、銃弾は相馬の目の前で粉々に砕け散る。

 

「凌牙様には指一本触れさせませんわ!」

 

「まさか…銃弾をワイヤーで切り裂いたっていうの!?」

 

セレーネのこの動きには小比奈も驚きである。

彼女の戦闘スタイルはトリックタイプ。無数のワイヤーを使い、攻撃と防御を同時に成すことのできる万能の兵士だ。

しかし、トリックというだけあって最も得意とする戦術は多種類の薬品を使った毒殺。

セレーネは常に大量の毒を携帯しており、それをフラスコや試験管などに入れ、それをワイヤーを使って好きな箇所に自由自在に配置し、罠を張るのだ。

狂ったお茶会はそんな配置した罠を全て同時に爆発させる技… 様々な毒が屋敷中に散布され、この部屋にいる人間以外は全て死んでいるだろう。

 

「俺は零のように優しくない… この部屋を除いた屋敷中の人間は今を持って全員殺害した。 さて、お前達が俺達を倒すのと、この部屋に毒が回るのどっちが早いだろうなぁ…」

 

「もうよい影胤…この場は奴らに勝たせてやるとしよう… 証拠になるもの、探したければ好きなだけ探すといい。最も、この屋敷にはさほど重要なものはおいていないがな…」

 

「キヒヒ…依頼主がそれでいいなら、私は失礼するよ。生憎、こんなところで死にたくはないのでね…」

 

「えーっ!パパつまんなーい!」

 

「小比奈、わかっておくれ… 私達は里見くん達にやられて手負いだ… 正直分が悪いのだよ… また彼らと出会った時、君には戦う最高の舞台を用意しよう。」

 

「はーい…」

 

影胤達も菊之丞も、撤退が決まればさっさと姿を消した。

ここは天童のメインともなる巨大な屋敷…ここを容易に手放せるというあたり、天童一族の強大さが伺える。

セレーネはささっと解毒剤を振りまくと、相馬の方に向き直る。

 

「しかし、凌牙様の命令とはいえ、屋敷中の人間を皆殺しにしてよかったのでしょうか? 報道されても、零達にバレても非常に厄介ですよ?」

 

「つまり、お前は俺のやってることが気に食わないといいたいのか?多人数殺せば足がつくとでも」

 

「そ、そんなことは…」

 

「お前は馬鹿なんだよ。俺のイニシエーターならもっと頭を磨け… 情報規制は勝手に菊之丞がやるさ。万一、この屋敷の騒動が周りに広まれば、奴がステージ5召喚の犯人であることがバレてしまう可能性が高まる。そんなリスクを背負うくらいなら、お得意の情報規制でさっさと隠してしまう方が、向こうにとっても楽だろうからな…」

 

「そこまで考えておられたとは…無能な発言、お許しください…」

 

「ふん、だから黙っていうこと聞いてろといつも言っているだろう… さっさと必要な資料を集めて俺達も撤収するぞ。」

 

「はい、凌牙様!」

 

漆黒の騎士団に所属しておきながら、ただ一人零とは全く違う思想を持つ相馬。

彼の目的は一体なんなのだろうか?

七皇1の頭脳ということもあり、ある程度彼を自由にさせてしまったことを、零は後に後悔することになる…

 

 

 



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ティナ・スプラウト編
新たなステージへ


皆さんお久しぶりです。
そして、蛭子影胤が起こした一件を中心とした影胤編は前回で終了。
今回からは第2章、ティナ・スプラウト編のスタートとなります!
…といっても、今回は殆ど次回以降の説明会になりますけどね^^;


蛭子影胤や天童菊之丞が起こした今回のステージ5のガストレア…ガストレア・スコーピオンに関する事件が解決してから約1ヶ月の時が過ぎた。

先の事件を以降蛭子影胤事件と呼ぶことにしよう。

蛭子影胤事件を解決するために依頼を受けていた多くの民警達は漆黒の騎士団、及び天童民間警備会社のメンバーを除いて全滅。

また、影胤を倒したのが蓮太郎、儀式を止めたのが夜桜達であることから、報酬であった1億はこの2つの組織に半分ずつ送られた。

これを報告し、報酬である大量の札束が目の前に来た時は、社長の木更も「きゃーっ!夢にまでみた大量報酬よ!」と騒ぎ立てていたものだが、この先来たるべき時が来ると意味深な言葉を残すと必要最低限の金額を除き、全て貯金してしまった。

そのため、会社自体で新しい武器を買ったり、会社の引っ越しやリフォームが行われることはなかったというわけである。

序列6桁の里見ペアが序列134位の影胤ペアを撃破した(正確には少し違うが)という事実は大ニュースになり、蓮太郎の序列は1000位まで上がった。

また、朝山ペアも非常に優秀な貢献をしたと評価され、序列が9200位まで上昇。

あちこちのマスコミで取り上げられたり、聖天子に呼び出されたりと蓮太郎も忙しかったが、この1ヶ月の間でようやく落ち着いてきたというところである。

今日は特に依頼もなく、会社のメンバーである木更、蓮太郎、延珠、蓮斗、結愛、夏世の全員が会社内に集まっていた。

 

★Side 蓮太郎★

 

「あー…暇だな。こんだけ暇だと依頼が全く来なかったあの頃を思い出すぜ。」

 

「蓮太郎はあちこちに呼び出されてて忙しいのに、英雄扱いされて指名系の依頼が殺到しておったからのう… 妾としては嬉しい限りだが、蓮太郎がちやほやされてるのを見るとちょっとムカつくの…」

 

「私としては、里見君のお陰で依頼も増えて知名度も上がったんだから万々歳だけどね。」

 

「勘弁してくれよ… 俺は英雄でも何でもないっつーの。 期待ハズレだって、追い返された依頼だって少なくないぜ? 俺を何だと思ってんだか…」

 

どうやら序列が上がろうが、蓮太郎が自身の力を使うことを嫌っているという事実が変わったわけではなく本気を出さない蓮太郎に対してのクレームも少なくなかったようだ。

 

「その度にフォローに入る私達の身にもなってくださいよ蓮太郎さ~ん… 別に私は蓮斗さんがどうなろうと構わないですが、依頼の多さに流石に私達もクタクタです…」

 

「っておい!ペアの俺に対する扱いと蓮太郎の扱いに何でそんな差があるんだよゆあちー!」

 

「いや、悪いな結愛… 確かに、お前たちにも結構迷惑かけてたかもしれない…」

 

「結構どころではないぞ蓮太郎? この間のガストレア討伐の仕事の時だって、蓮太郎は本気出さないわ、蓮斗はタバコ吸って仕事サボるわで、ほとんど敵を倒していたのは妾と結愛ではないか!」

 

「ぐっ… それを言われると何も言い返せないな…」

 

そんな話をしていると、会社の電話が鳴った。

木更はまた仕事の依頼が来たと嬉しそうに電話を取るが、電話の相手の声を聞いた途端表情が変わる。

それを見た面々も自然と静かになり、木更の電話が終わるのを待っていた。

 

「里見君、聖天子様から連絡よ。また来て欲しいって。」

 

「おいおい、もうマスコミの相手はたくさんだってこの間聖天子様にも説明したはずなんだが…」

 

「今回はそれとは全くの別件。里見君を直接指名しての依頼だそうよ。それも少人数。今回は朝山ペアの同行はなしで、2人だけで来て欲しいみたい。」

 

「… わかった。とりあえず行ってくるよ。」

 

「了解なのだ!」

 

「聖天子様はどんな様子でしたか…?」

 

蓮太郎と延珠が出かけると、入れ違いのように給湯室から正式に天童民間警備会社に所属になった新たな仲間、千寿夏世がお茶を持ってひょっこりと顔を出す。

先ほどの様子を見ていたのか、出際よく動きお茶の数が2つ減っていた。

 

「いつにもましてかなり真剣な様子だったわね。また何かが起こる…そんな気がするわ。」

 

「そうですか。里見さん達に何もなければいいのですが…」

 

「あ、そうだ!!」

 

いきなり大声でばっと立ち上がると、場の空気を粉砕する蓮斗。

ニコニコしているのでまた何かろくでもないことを考えているのだろうと予想をしておきながら敢えてそれを聞く。

 

「今社長さん達大事な話をしてるんですから静かにしててくださいよ蓮斗さん… それとも、何か大切な急用でも?」

 

「大事な話だぜ!社長、俺達に休みをくれ!!」

 

「「「・・・は??」」」

 

会話の前後が全く関係ない突然のセリフに一同が唖然とする。

流石の木更も反応に困るのか顔が引きつっていた。

 

「ま、まあ貴方はともかく結愛ちゃんはよく働いてくれてるし、最近は仕事も増えてきてるから会社に影響がない程度には休みを出してもいいけど、何か特別な事情があるのかしら?」

 

「いーや?最近働いてばっかりで疲れたしな。たまには家に帰ってゴロゴロしたいんだよ。あー働きたくないでござる働きたくないでござる。」

 

「も・う・す・こ・し、マシな理由を考えろー!!」

 

「ギャアアアアアアアア!!」

 

結愛の怒りが爆発し、大声と強烈な拳とともに蓮斗の姿は3階の窓から消えていった。

 

「すみません、うちのプロモーターが馬鹿で礼儀知らずで本当にすみません!」

 

「い、いえ…別に構わないけど…」

 

「朝山さんが死んでないか心配って顔をしていますね天童社長は」

 

「あー、いいですよ。そのうち何事もなかったかのように戻ってきますから。この間自分のこと「俺は絶対無敵の炎の不死鳥、フェニックス蓮斗だぜ!!」…とか言ってましたし。」

 

そういう問題ではないだろう。と突っ込む体力は最早木更には残っていなかった…

 

「けど、確かに忘れてたわね… 今までは、社員は里見君と延珠ちゃんしかいなかったし、依頼もほとんどなかったから考えたこともなかったけど、今はメンバーも増えたし、依頼も多くなってるから非番や休みを考える必要もあるわね。」

 

「本当にすみません… でも、正当な理由としては外周区のみんなの様子を見に行きたいんだと思います。」

 

「外周区の?」

 

「はい。以前にもお話しましたが、私と蓮斗さんは自分たちの家の他に、35区で暮らしている呪われた子ども達のお世話もしているんです。最近は中々会いに行ってあげられませんでしたし、きっと蓮斗さんはそれが心配なんじゃないかって…」

 

「なるほどね…。別にいいわよ? 今は依頼が里見君に対して殺到しているし、貴方達は今のうちに休んでおくのも良い判断だと思うわ。」

 

「では、私達は忙しくなりますね…」

 

「ごめんねー夏世ちゃん。貴女にはこれまで通り、事務作業の方頑張ってもらうけど、里見君が依頼で忙しくなって、結愛ちゃんが抜けると大変になっちゃうわね…」

 

「問題ないですよ。今の私は救われた命を皆のために使える… それだけで幸せですから。」

 

★Side 零★

 

「って待てええい!! せめて俺が戻って来る所までやってから場転しろよ!!」

 

★Side 零★

 

一方、漆黒の騎士団の方はあの事件以降も特に変化はなかった。

…最も、組織自体どこにあるかもわからず、メンバーの詳細がわからない謎の集団をマスコミが捜査するのは難しいからである。

聖天子が発表した「漆黒の騎士団が活躍した」という公のニュースは取り上げられるも、あくまでそれまでである。

ただ1つこの組織で変わったことがあるとすれば、現在戦力が大幅に激減しているということである。

 

「夜桜…紗雪…」

 

零は今、一人病院に来ていた。

儀式を止めろと命令したが最後、この2人は眠ったまま1ヶ月経った今も目覚めないのである。

あの後、政府が現場捜査を入れ、早々に2人を発見しなければ命は危なかったというが、現在も意識不明のまま目覚めないとなれば、このまま2度と目を覚まさないのではないかと心配になるのも無理は無い。

 

「朝霧さーん…お花、買ってきました。」

 

そう言って病室に入ってきたのは七皇の★7である桐城氷雨。

相馬、セレーネは最近忙しそうにしているのか組織内でもあまり姿を見せず、恭介は色んな意味でアホな為、実質今組織で一番零が唯一頼りにできる仲間と言っていい。

 

「サンキューな、氷雨。最近はお前ばっかコキ使っちまってすまない。」

 

「いえいえ… 朝霧さんだって大変なんですから、他人の心配ばっかりしないでくださいね。 それより、2人は今日も…ですか。」

 

「ああ… 不謹慎だが、本当に死んじまったんじゃないかってくらい目覚めない。」

 

「2人とも体を構成している物質が特殊なので詳しいことはわかりませんが、お医者様の話では、発見された日から2,3日で目を覚ます…という話でしたよね?」

 

「医者だけじゃない。俺の目で見てもそのくらいだろうと予想はしてたんだが、これは明らかに異常事態だ。」

 

「朝霧さん…やはり、天童民間警備会社の人達に連絡したほうが…」

 

「いってどうするんだよ。治るわけじゃない。それに、蓮太郎は今忙しい時期だろうからな… 余計な心配をかけるわけにはいかないんだ。」

 

唐突にこちらでもケータイが鳴る。

病院内なのでマナーモードにしていたが、バイブの方が鳴ったようだ。

 

「悪い氷雨、ちょっと出てくる。」

 

「はい、私はお見舞いしてますね…」

 

番号は知らない所からのもの。

目覚めない夜桜と紗雪のお見舞い中だった為、はっきりいって機嫌が悪い。

誰だ、こんな空気の読めない時に電話してくる非通知野郎は(当然態度には出さないが)と思いながら零は電話にでた。

 

「ちーっす、この間はウチのゆあちーが迷惑をかけたな。番号は蓮太郎から聞いたぜ?」

 

「…お前か、確か天童民間警備会社の朝山蓮斗…だったか?」

 

「あー、そうそう。さっすが七皇さん。調べてるね~」

 

「何の用だ?結愛の一件なら気にしてねえよ。俺も暇じゃないんだが…」

 

「実はウチのゆあちーの友達がそっちにいてさ、その子ご指名で依頼を出したいんだ。依頼主は俺。詳細は追って連絡する。」

 

「…氷雨に? 確かに、あいつは今は仕事なくて空いてはいるが、民警が他人に仕事を依頼するとは、随分と滑稽なマネをするな。」

 

「生憎、俺個人にはプライドのカケラもないんでね。…それに「そいつ」にしかできない依頼だったとしたらどうするよ?」

 

「………」

 

(そいつにしかできない…か。確かに、世界のどこかを探せば夜桜達の状態がわかる人間に出会えるかもしれない。 身内だけで何とかしようとしても無理…ね。まさか、こんな所でヒントをもらうことになるとは…)

 

「わかった。氷雨には俺から話を通しておく。ウチの仲間をよろしく頼むよ。」

 

「依頼了承サンキュー! それじゃあな。」

 

電話を切ると零はその場で立ったまま少し考え事をしていた。

蓮斗という人間…一件すれば恭介のようなただの馬鹿に見えるが、内心では何を考えているかさっぱり読めないタイプ。

零はこのような、相手の心の奥底を読むのが苦手だ。

相馬達は何を考えているのかさっぱりわからず、2人は大怪我…こんなバラバラになっていて、一統率者としてどうなのだろうか?

そんな自分に対する不安がこみ上げてきたのである。

 

「…って、何自信なくしてんだか。俺は俺にできることをすればいい…。そうだろ?桜…」

 

病室に戻ると、先の電話の内容を氷雨に伝える零。

 

「えっ!?ゆあちゃんと仕事!?」

 

「仕事かどうかはわからないけどな。詳細は追々だと。俺の方で許可は出したから、行ってきてくれないか?」

 

友達である結愛と一緒にいられること、零がそれを承諾したことに対して氷雨は心の底から嬉しそうな顔をするが、ここが病室であることを思い出すとハッ…と我に帰る。

 

「あ…すみません。私…」

 

「そんな顔するな。最近はお前頑張ってたしな。依頼を受けている間って制約はつくが、思いっきり楽しんでこいよ?」

 

「でも、私がいなくなったら朝霧さん実質一人で…」

 

「むしろ1人だから動きやすいってこともある。それにな、お前はそもそも10歳の1人の女の子なんだ。こんな難しい話とか、辛い現実を目の当たりにしてるほうがおかしいんだよ。だから許可した。お前は研究所をでてから、ロクに遊んだこともないんだから、結愛に最近の遊びの1つや2つ教わってこい。」

 

「…はい!」

 

零の好意を受け取ると、氷雨は再び嬉しそうに笑うのであった。

 

★Side 蓮太郎★

 

蓮太郎は再び聖天子のいる聖居を訪れていた。

この時代に相応しくない豪華な作りに、見るからに高級そうなスーツやドレスを着ている連中を見てしまえば、何度来たとしてもここに慣れることはないだろう。

聖天子は入り口の近くにいて、蓮太郎が中に入るとすぐに話しかけてきた。

 

「急にも関わらず来てくださってありがとうございます、里見さん。早速お部屋へご案内しますので、ついてきてください。」

 

口調こそ丁寧なものの、相変わらず無表情で淡々と話す聖天子。

これでも蓮太郎と同様の16歳なのである。

幼少期に両親を失い、苦しみから逃れるように力を手にした蓮太郎、王族として政治の勉強を続け、若いながらにこの東京エリアをまとめ上げる聖天子。

人間は生まれや、生まれてからの生活の違いでここまで変わるものなのかと思わず比較してしまいそうになる人間の一人だった。

 

案内された部屋は以前のような大広間ではなく、他の音を遮断するかのような大きな扉が待ち構える個室だった。

(個室といっても、天童民間警備会社の社内敷地より全然広いのが妙に悔しい)

白い机と椅子が用意されており、蓮太郎は聖天子の指示通りに向かい合って座る。

 

「では、お話を始めましょう。今回貴方を呼んだのは、私の依頼を受けていただくためです。」

 

「その話は木更さんから聞いた… けど、受けるかどうかは俺が決める。勝手に決定事項じみた話し方をするのは気に食わないからやめてくれ。」

 

「これは失礼しました。では、判断していただくために依頼の内容をお話しましょう。まず、受けていただく仕事のジャンルは護衛任務です。」

 

「護衛任務… 俺は誰を護ればいいんだ?」

 

「里見さんには、私を直属で護衛してもらうことになります。」

 

「…は?」

 

蓮太郎が驚くのも無理は無い。

聖天子の外出の際、周りには何人もの護衛隊がつくことになっているためわざわざ別の護衛を…それも、ガラの悪いと評判の民警を雇うことなどまずありえないからである。

しかし、聖天子は蓮太郎を個人指名してまで呼び出した。

蓮太郎は当然ともいえる疑問をぶつけていく。

 

「アンタは何か勘違いしている。前回の働きがどうだとか、マスコミ何かは商売のために持ち上げるが、アンタは王族、俺はタダの民警であることに変わりはない。そうやって特別扱いしていれば問題が発生することくらい、行政業務をこなしているアンタの方が詳しいはずだろ?」

 

「…確かに、そうかもしれません。しかし、今回ばかりはそうもいってられないのです。貴方を護衛につける間私がこなす業務…それは、大阪エリア代表斉武宗玄様との会談を行うためなのですから」

 

「なん…だと…?」

 

斉武宗玄。東京エリアの代表が聖天子であるように、別地区大阪エリアを代表する統治者である。

蓮太郎は以前から面識があり、その恐ろしさを知っていることから聖天子の言葉を聞き、驚いたのだ。

彼を一言で表すなら「独裁者」なのである。

聖天子とは正反対に、力で全てを支配し歯向かう者は全て力で迎撃する。

そんな方法を使っての統治を続けてきたことから、周りから恐れられている。

その事実を知っているというそれだけで、今回の会談でも聖天子が何かしらのミスをしてしまえば、それにつけ込み攻められることになる。

このくらいは、蓮太郎でも容易に予想することができた。

 

「だったら尚更俺は依頼を受ける気はない。あいつの抑止力としての用心棒を雇いたいなら、俺より強い人間なんていくらでもいるはずだ。それこそ、民警のような連中を雇うレベルまで切羽詰まってるんなら七皇にでも頼めばいいだろ…」

 

「あら、知らないのですか?漆黒の騎士団は今… いえ、今それは関係ありませんね…

私としても、貴方と斉武様との人脈を期待して貴方を推薦しているわけではありません。あくまでも、仕事に私情は挟みませんよ。」

 

「なら…!!」

 

蓮太郎は勿体ぶるような発言をする聖天子に腹を立てガタッと立ち上がるが、聖天子は冷静なままこれを静止する。

聖天子としても、序列1000位としての蓮太郎にどこまで話すべきなのか、話していいのかを吟味するとどうしてもこのような話し方になってしまうのは仕方の無いことだが、それをわかっていても尚、蓮太郎は苛立ちを隠せない。

それほどまでに厄介な人間なのだ。斉武宗玄は…

 

「私情抜きでも、貴方でなければならない理由があったので私は貴方を推薦している。ただそれだけのことです。この護衛任務が里見さんではなくてはならない理由… 最低限の強さをもっているのは当然の事、貴方の残した実績の意外な面を彼は評価したのです。」

 

聖天子の言う意外な面とは、今蓮太郎が英雄と騒がれている実績の政府側の面である。

一般人からしてみれば、凶悪なステージ5を撃退した英雄として祭り上げられているが、政府はそうではない。

特に斉武宗玄が今回の件で蓮太郎を高く評価したのは、ステージ5を倒すことのできる最終兵器「天の梯子」を使用せずに今回の事件を乗り切ったという事実である。

天の梯子は、超電磁砲を放つことのできる強力な巨大兵器だが、まだ未完成の状態で、1度放ってしまえば2度と使えなくなることは目に見えていた。

しかし、これを完成させれば人間に対してもガストレアに対しても協力な抑止力となる。

そのため、斉武宗玄は異常なまでにこれを欲しがっていたのだ。

この天の梯子はちょうど、前回の戦場であった未踏査領域に存在していたため、使われるのもやむなしとされていたが、結果的に儀式は未然に防がれ天の梯子は無事。

まだ自分の手に渡っていないにも関わらず、彼はこの件を大変喜んだという。

 

「つまり、あいつから見ても英雄扱いになっている俺を後ろに立たせておけば、それだけで会談を有利に進めることのできるカードになりうるわけか… 人を道具のように扱うな。アンタ…」

 

「気乗りしない…それは百も承知です。しかし、私は嘘偽りなく真実を貴方に伝えた。それは、貴方を信用すると共に、貴方はこの東京エリアの平和を心の底から願ってくれていると…そう思ったからです。私には、この国のためにこの身をどれだけ削っても守りぬくという強い信念と覚悟があります。…貴方は、どうですか?」

 

「延珠のため、みんなのために、自分を犠牲にする覚悟…か。俺もここらで変わらなきゃいけない…確かにそうは思ってたさ。この機会、利用させてもらうことにするぜ。」

 

「…!! ありがとうございます。では、改めてよろしくお願いしますね、里見さん。」



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