【助け】悪の組織の人質にならない方法【求む】 (鷲野高山)
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悪の組織の人質にならない方法

1:名無しの人質

というわけでヘルプミー

 

2:名無しの一般人

というわけで、じゃないが

 

3:名無しの一般人

あー、最近色々な組織が活発だもんねー

不安になるのもわかるわかる

 

4:名無しの一般人

そんなもんあるんなら、むしろこっちが教えてほしいわ

 

5:名無しの一般人

家から出るな

 

6:名無しの一般人

一生引き篭もってればいい

俺みたいに

 

7:名無しの一般人

よし、解決だな!

終わり!!

 

8:名無しの一般人

ニート最強?

 

9:名無しの一般人

俺は最強だった…?

 

10:名無しの人質

>>5

>>6

そういう現実的じゃないのは無しで

 

11:名無しの一般人

ほぅ……家から出ないのは現実的じゃないと?

 

12:名無しの一般人

これはやっちまいましたねぇ

 

13:名無しの一般人

イッチは俺を怒らせた

 

14:名無しの一般人

ニートさん、チッスチッス

 

15:名無しの一般人

働け

 

16:名無しの一般人

自宅警備員も立派な仕事だ

いつ悪の組織が家に来るかも分からないからな

 

17:名無しの一般人

俺はニートじゃない

引き篭もりだ

 

18:名無しの一般人

買い物で外出する機会のある俺には関係ない話だな!

 

19:名無しの一般人

違う、俺は奴らに見つからないために隠れているだけだ!

 

20:名無しの一般人

中二病が紛れてて草

 

21:名無しの一般人

一応話を戻すと、現実問題、そんな方法なくないか?

それこそ、気を付けるくらいしかできないぞ

 

22:名無しの一般人

諦めろ、ただそれだけだ

 

23:名無しの一般人

あ、でも、悪の組織でも「ブラック・マーベラス」のアンフェア様の人質にならなってもいい

むしろなりたい

 

24:名無しの一般人

わかるわー

是非ともあのおみ足で拘束されたい

踏みつけられたい

 

25:名無しの一般人

下僕になりたい悪の組織の幹部、女性部門ランキングの常連だからな、アンフェア様は!

 

26:名無しの一般人

「ブラック・マーベラス」なら、俺は断然ディザスター様だ

女性ながらあの腹筋、たまらんですたい

 

27:名無しの一般人

禿同

あの筋肉で締められたい

 

28:名無しの人質

ドMになれと言ってるなら、それもNGで

 

29:名無しの一般人

なんだよ、文句ばっかりだなイッチは

 

30:名無しの一般人

そうだよ

 

31:名無しの人質

今日も捕まってる身としては、そろそろ本当にどうにかしたい

 

32:名無しの一般人

ん?

 

33:名無しの一般人

んん?

 

34:名無しの一般人

はい?

 

35:名無しの一般人

え、今人質になってるってこと?

現在進行形で?

 

36:名無しの人質

はい

 

37:名無しの一般人

 

38:名無しの一般人

いや、はい、じゃないでしょそこは

 

39:名無しの一般人

ヤバすぎワロタ

 

40:名無しの一般人

嘘乙

 

41:名無しの一般人

本当に人質になってるなら、ここに書き込めるわけねーだろ

 

42:名無しの一般人

まじなら、証拠ハラデイ

書き込めるなら写真もとれるでしょ

 

43:名無しの一般人

そうだな、画像があるなら信じてやろう

そして真面目に考えてやる

 

44:名無しの人質

うーん、ちょっと聞いてみる

 

45:名無しの一般人

うん?

 

46:名無しの一般人

聞くって、誰に?

 

47:名無しの一般人

バカスwww

 

48:名無しの一般人

往生際が悪いぞ、諦めろイッチ

 

49:名無しの一般人

そうだ、そして俺を怒らせたことを謝罪しろ

 

50:名無しの一般人

ニートは黙ってろ

 

51:名無しの一般人

今北産業

 

52:名無しの一般人

イッチ

現在

人質の身?

 

53:名無しの一般人

おk、把握

 

54:名無しの一般人

ええ……

仮にもうなってるんだとしたら、ならない方法は意味なくないか

 

55:名無しの一般人

まあまあ

本当なら、ヒーロー組織に連絡してあげないと

 

56:名無しの人質

許可とれた

『XXX_XX1.jpg』

 

57:名無しの一般人

は?

 

58:名無しの一般人

ふぁっ!?

 

59:名無しの一般人

あらー

 

60:名無しの一般人

綺麗でえちちな衣装の女の人だこと

でもなんか、見たことあるような……

 

61:名無しの一般人

はぁーっ!?

お前これ、「ブラック・マーベラス」のアンフェア様じゃねーか!!

 

62:名無しの一般人

ブロマイド?

でも、こんなアングルの見たことないぞ

しかも超接写だし

 

63:名無しの一般人

待て待て、これ本当の本当にアンフェア様か?

 

64:名無しの一般人

ふっ、イッチよ

凡愚共の目はごまかせても、この俺の目はごまかせんぞ!

なぜなら、アンフェア様は常に、ゾクゾクとさせる氷のように冷たく笑う御方

こんな風に、満面の笑みを浮かべるなど有り得ぬっ!!

 

……でもコスプレだとしてもこれはこれでいい

本当にありがとうございます

 

65:名無しの一般人

なんだ、やっぱコスプレか

でもレベルが高いことには同意

 

66:名無しの一般人

ということは?

 

67:名無しの一般人

やっぱ釣りってことか

 

68:名無しの一般人

騙されかけたわ

でも、綺麗だからよしっ!

 

69:名無しの一般人

いや、待った

俺はイッチを信じるぞ

というか信じざるを得ん

 

70:名無しの一般人

どゆこと?

 

71:名無しの一般人

今入ってきた情報によると、悪の組織の一つである「ブラック・マーベラス」が動いているみたいですね

そして出てきたのは、幹部の一人であるアンフェア

 

72:名無しの一般人

>>71

様をつけろ、様を

 

73:名無しの一般人

た、たまたまでは……?

 

74:名無しの一般人

いや、俺は見た、というか今見てるぞ

商店街でアンフェアが一人の男子――中学生? いや、小学校高学年か?

を人質にしてて、その人質が携帯をいじってるのを

 

『XXX_XX2.jpg』

 

75:名無しの一般人

おおー、まじだ

 

76:名無しの一般人

人……質?

あれ、おかしいな

俺にはアンフェア様が後ろから抱きしめてるように見えるんだが

 

77:名無しの一般人

同じく

これは人質なのか?

 

78:名無しの人質

>>74

高校生です

 

79:名無しの一般人

そんなことはどうでもいい

イッチ、至急そこを代わるんだ!

その役目、引き受けてやるっ!!

 

80:名無しの一般人

そうだ、イッチはその場所を俺に譲ることだけを気にすればいい

恐いが、本当に恐いが人質としてこの身を差し出そう

 

81:名無しの人質

どうでもよくない

 

あ、ヒーローが来た

落ちます

 

82:名無しの一般人

待て、俺は見逃さなかったぞ!

さっき、今日もと言ったな!?

答えろ、イッチ!!

 

答えろぉぉおおっっ!!!!

 

 

 ――――

 

 

「――そこまでだっ!!」

 

 勇壮さを纏った、若い男の声が場に響き渡る。

 夕焼けに煌めく白銀のマントをはためかせ、同じく白を基調としたボディスーツと顔半分を覆うマスクを身につけたその出で立ちは――端的に表すのであれば、さながらヒーローのよう。

 業腹ながら、露出している口元と目だけでも、所謂恰好いい部類の顔立ちであると分かる。つまりなんちゃってイケメンヒーローである。

 いやまあ、ぶっちゃけると一応本物のヒーローであったりする。

 ヒーロー名を、ハートビート。ヒーロー組織『スターライト』に所属するヒーローの一人だ。

 

「ふんっ、現れましたわね」

 

 それに相対するは、露出度の高い漆黒の鎧のようなものを纏った女。

 こちらは、一応目元を隠すようなアクセサリーがあるものの、ほぼ顔は丸見え。

 吐き捨てるような声色と同じく冷笑を湛え、数十歩ほど先に立つ男――ヒーローを見やっている。

 業腹ながら、こちらもこちらでその容姿に関しては美しいものであると認めざるをえない。

 例えその中身が、ぶっとんでいると知っていようとも。

 

「…………」

 

 そして、そんな彼女に後ろから抱きつかれるように拘束されているのが、無言の僕である。

 恐らくは、生気のないような、死んだ目をしていることだろう。

 

 取り敢えず、この後に続く展開を予想し、先程まで書き込んでいた掲示板の画面を消して携帯端末をポケットの中にしまう。

 

「悪の組織ブラック・マーベラスの幹部、アンフェア。シュウ――い、いや、その人質を今すぐ解放するんだっ!!」

「お生憎様。解放しろと言われて、そうするとでも?」

「くっ、卑怯だぞ!」

「なんとでも喚きなさいな」

 

 ここまでは、まだまともな言葉の応酬だった。

 人質をとる悪の組織と、それを救出しようとするヒーロー。

 なんだったら、人質たる僕は震えて声が出ないか、諦めた絶望の表情を浮かべているか。或いは必死にヒーローに助けを求めるようにすれば、場面に一花添えられるのかもしれない。

 

 が、残念なことに僕は恐怖に震えるわけでも、生を諦めるわけでも、助けを懇願するわけでもない。

 なんでかって? なにせ、そんな状況にならないことを知っているから。

 加えて言うなら、そんなことをすればこの変態共に更なる燃料を与えかねない。

 いや、諦めているといえば諦めてはいる。ただし、それは――。

 

「だいたい、何度同じ人質をとれば気が済むんだ、この年増が! その人質の少年の気を引こうとしても、無駄だといい加減に気付くんだな。醜い執着は見苦しいぞ!」

「はぁ? わたくしのような、美しく年若い女を、言うに事欠いて年増と? ……大体、アナタの方こそ、毎度毎度わたくしの邪魔をして。同時に他に起きている事件には見向きもせず、率先してこの子を助けに来ているじゃありませんか。醜い執着を抱いているのはどちら?」

「そんなの、決まっている。その子には、お前のような年増ではなく、俺の方こそ相応しいっ!!」

「あらあら、無様ですわね。一般的に考えれば、男のアナタをこの子が受け入れることは到底ありえないのではなくて? ……そして、また年増呼ばわりしましたわね」

 

 この馬鹿みたいな流れにだが。

 

「「……潰すっ!!」」

 

 互いに煽り煽られ、激高してぶつかり合う二人を一瞥だけして、ようやく解放された僕は彼等に背中を向ける。

 激しい戦闘音が繰り広げられているが、そんなのは無視に限る。

 

「よぉ、坊主。また今回も(・・・)ご苦労なこったな」

「一般戦闘員の皆さんも、まあ……毎度毎度お疲れ様です」

 

 すると後ろにいるのは、ズラリと並んでいる黒スーツの集団。

 ブラック・マーベラスの一般戦闘員、幹部であるアンフェアの部下の皆さんだ。

 近くにいた、渋みがありつつも朗らかな声の男――ただし顔も黒い覆面で見えないが――と軽く言葉を交わし、ふぅと息を吐く。

 

「ご苦労だと思うなら、アンフェア(あの人)に、毎度毎度僕を人質にとるなって言ってくれませんかね?」

「わははは、悪いな。坊主を人質にしてる時のあの方は機嫌がいいんだ。大人しく人身御供になってくれや」

「せめて考える素振りぐらいしてくださいよ」

 

 ちくり、と言ってみるがにべもない即答。

 もっとも、はなから期待はしてなかったが。

 ちなみに、何度も人質になっているため彼等とはもはや顔馴染みであるともいえる。まあ、スーツで顔も覆ってるから顔は知らないんだけどね。

 

「それじゃあ、僕はこれで……」

「まあ、ちょいと待ちな」

 

 僕を人質としていた悪の組織の女幹部(アンフェア)は、まだヒーローと戦っている。

 つまりここにいる必要もないので、家に帰ろうとしたところ、呼び止められた。

 

 ガサガサッと音がしたかと思えば、百までとはいかなくもかなり数の多い彼等、アンフェア配下の一般戦闘員達が、その両手にビニール袋を提げている。

 

「……今回の作戦は成功したわけですか」

 

 見せつけられるようなその光景に、思わず僕は恨み節を放つ。

 悪の組織である彼等、ブラック・マーベラス。その幹部であるアンフェア及びその配下がこの商店街にいる理由。その作戦とはつまり――。

 

 ――商店街の全ての店の夕方の値引き品を買い占めること。

 

 それこそが悪の組織であるブラック・マーベラスの作戦にして。同時に、僕がこの商店街に来た目的でもある。

 とはいえ結局目的の物は買えず、加えて人質にされたという踏んだり蹴ったりな結果だ。

 後者はともかく、前者の部分には、あっちの方で遠巻きに見ている商店街の皆さん及び野次馬の一部にも僕と同種の恨みをもっている人間がいることは間違いない。だってほら、皆一様に憤りを浮かべて……。

 

 ……いや、よく見たら手を合わせて拝んでいる人もいるな。

 お店の制服を着ており、いくつか見覚えのある顔の彼らは、店員だったり店主だったり店の関係者の皆さんだ。

 よく考えれば、値引き品が売り切れたのだから殊、店主にとっては迎合すべきことに違いない。

 くっ、まさか商店街の皆さんも敵に回るとは。

 

 地味だが、非常に効果的な嫌がらせだ。流石悪の組織、やることがえげつない。人道に背いている。ちゃんとお金を払っているとはいえ、こんなことがあっていいのか。

 くそぅ、値引きの弁当や惣菜が……。

 

「で、作戦の成果を僕に見せつけて、なんなんです? 喧嘩売ってます?」

「まあ、落ち着けや。見てみろ、肉に魚に野菜、選り取り見取りだ」

「やっぱ喧嘩売ってるんですね? 一般人だからって舐めてると――」

「いや、好きなやつ選んで持って帰っていいぞ」

「……ブラック・マーベラス、最高っ!!」

 

 戦闘員さん達がどうぞどうぞと袋を差し出してきて、僕は狂喜してそれに飛びつくのだった。

 

 え? 悪の組織にしては、やることがバカげてる?

 本当に悪の組織がそんなことしているのかだって?

 

 残念ながら、誠に残念ながらこれは小芝居でも意味不明な劇でもなく、正真正銘、現実のできごと。

 悪の組織は一つ二つだけでなく全国各地に存在し、それに対抗するヒーロー組織も一つ二つどころではない。

 

 それはそうだろう。

 だって、この世界は、そんなバカみたいなゲームの世界の中なのだから。




掲示板形式の作品を書く練習も兼ねて投稿してみます。


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春に蝉は鳴かない

本作は、掲示板パートと普通の小説パートが入り混じる形式となります。
よろしくお願いします。


 春は、蝉の鳴く季節である。

 

「み~ん、み~んっ!」

 

 朝の柔らかな日差しによって僕の意識は微睡から浮上する。

 眩しくも、心地の良い暖かさ。思わず目を閉じ、二度寝したくなるというもの。

 春のいいところだ。もし夏だったら暑苦しくてたまらない。

 これが夢の世界ならば、時間を気にすることなく遠慮なくベッドに入ったままでいられるのに、と若干惜しみつつ僕は身体を起こす。

 

「み~ん、み~んっ!」

 

 ……まぁ、夢だったらよかったのにね。

 

 当然、春に蝉が鳴くわけはない。

 僕の頭は正常であり、ただの現実逃避に過ぎない。

 そもそも、これは蝉が鳴いているのではなく、蝉の鳴き真似をした人間の声だ。町内中に響き渡るということはもちろんないが、静かにしていれば近隣程度には聞こえそうな程度の声量の。

 となれば、人によっては苦情を訴えてくるだろう。気性によっては怒鳴り込んでくる人すらいるだろう。

 だけど、今日に関しては僕はあまりその心配をしていない。

 

 いやあ、夕べにお隣さんを懐柔しておいてよかった!

 

 情けをかけられたとはいえ、値引き品(戦利品)値引き品(戦利品)。自分で買えなかったとはいえ、貰ったのだからそれはもう僕のもの。

 調子に乗ってあれこれ貰いすぎてしまったが、我に返ったのは。家に帰り、渦高く積み上がって部屋の一角を占拠する値引き品の山を見てからだった。

 

 そもそも値引き品というのは、その期限が近いから値引きされるのである。つまり、今日か明日に消費しなければならない。最終奥義として冷凍庫に突っ込むにしても、家にあるものでは到底入りきらない。

 だって仕方がない、好きなだけくれるっていうんだもの。そんなの調子に乗って然るべきだ。

 ちなみに、どうやってそんな量を持って帰ったかというと、黒スーツの一般戦闘員さん数名に協力してもらって運んだ。彼らは快く家まで着いてきてくれた。いい人達である。

 

 家にまで着いてきてもらってはそのままハイさよならでは申し訳ないと、麦茶を振る舞い、戦闘員さん達を見送った後。

 僕はその事実に気付いて愕然としたね。ヤバい、どうやって処理しようかと。

 で、思ったわけ。あ、お裾分けで配ればいいじゃんって。

 

 頑固なおじいさんに、噂好きなおばさん。

 滅多に外に出ないせいで何かと死亡説が浮上する痛いお兄さんに、悪の組織ファンクラブなるものの自称重要人物らしいおっさん。

 周囲に住む人たちに色々持っていけば、それはもう喜んでくれた。

 多少五月蠅い程度なら、目を瞑ってくれるだろう。

 ……何人かは、本物の蝉と勘違いしてくれるような気がするけど。

 

「み~ん、み~んっ!」

 

 では、どこのヤバい奴が朝っぱらから蝉の鳴き真似などしているのかというと。

 

 そいつは何が楽しいのか、僕の部屋の窓に外から張り付いている。

 それも、蝉の着ぐるみをその身に纏って。

 

 もう一度言う。全身、蝉の着ぐるみを着て僕の部屋の窓に張り付いているのだ。

 

「……はぁ」

 

 だが、不審者じゃない。いや、恰好を見れば完全に不審者なんだけど、露わになっているその顔は知っている。

 何が楽しいのかニコニコとしながら喧しくみんみん鳴いてる彼女は、顔だけ見れば美少女だ。

 恐らくほとんどの人はそう答えるだろう、きっと。なんだったら、僕もそう答える。答えるしかない。

 

 溜息を吐き、窓に近づく。

 途端、それはもう嬉しそうに自己主張するように、一層みんみんと五月蠅くなり。同時に、興奮するようにくねくねと窓に張り付きながら器用に全身をもじもじさせる彼女。

 その頬は朱に染まり、何かに期待するように目は輝いている。満面の笑みだ。

 

 僕も、ニコリとその視線を受けて微笑んだ。

 そして迷うことなく、シャッとカーテンを閉めた。当然だよね。

 

 しかし刹那、まるで咎めるように鳴き声は早くなる。

 カーテンの、窓の向こうで、まるで抗議するようにそれは聞こえてくる。

 

「みんみんみんみんっ!!」

 

 いや本当、夢だったらよかったのにね。

 

 

 

 

「――もう、駄目じゃないのシュウちゃん! 蝉さんが張り付いてたら、窓を叩いて追い払わないと!!」

「よし、取り敢えずそのおかしい頭を叩こうか?」

「っ! おだてようったって、そうはいかないんだからっ!!」

「……今のどこを聞いてそう受け取れるのかなあ」

 

 高校への通学路に向かう僕の後ろを、ちょろちょろと動く影。

 朝の蝉の着ぐるみの女であり、高校のクラスメートでもあり。もっといえば、僕の幼馴染でもある彼女の名は、神川(かみかわ)ミリナ。

 

 何を隠そう、この朝っぱらから頭のネジが外れたようなコイツこそ、僕を何度も人質として捕まえてくる、悪。悪の組織であるブラック・マーベラスの女幹部、アンフェアその人である。

 確かゲームの設定では、戦闘スーツの謎パワーで大人化してるだとかなんとか。

 よって、この高校生の少女が素の姿なのだが、悔しいことに今の状態でも僕より大分身長が高い。

 ちなみに変身前の今と、変身後の大人の姿で口調も性格も大分違うのだが、それはもう慣れたというか慣れざるをえなかったというか。

 

「あ、ミノル君だ」

 

 と、そんな鬱陶しい彼女に纏わりつかれながらも歩いていると。

 ミリナが、前方を見てポツリと声を上げる。

 

 周囲には、僕達と同じように学校への道を歩く生徒達。

 そんな彼らの中に、ポツンと一人で歩くその背中はあった。

 

 和田木(わだぎ)ミノル。

 背が高く、若干癖のある茶髪。

 顔立ちは俗にいう整っている部類にあたるが、その切れ長の目はどこか近寄りがたい空気を放っており。

 いうなれば、クールなイケメンという印象を第三者は抱くことだろう。

 まぁ、僕から言わせれば孤高のイケメン(笑)なんだけど。

 

「おーい、ミノル君ー!」

 

 そんな彼に、ミリナは手を振りながら元気に駆け寄っていく。

 しかしやっと解放された……なんて一息吐くことも僕はできない。

 なぜなら、もう片方の手で僕の腕を引きづるようにしているから。

 悲しいかな、僕は彼女より背も低ければ力も弱い。だから大抵のことはされるがままだったりする。

 

 さて、それではミリナに声をかけられたミノルはというと。

 

「……ちっ」

 

 あからさまな舌打ちを一つ。こちらを一顧だにせず、歩き続けている。

 反応はしたものの、ほぼ無視に近い。むしろ単純な無視より悪い。

 しかしそれは今日に限ったことではないので、ミリナは気にせずニコニコとしている。

 何も知らない人が今の僕達を見れば、あまり関係がよくないものかと邪推することだろう。

 

 が、僕は知っている。

 

 本当に鬱陶しいのであれば時刻をずらせばよいのに、それをしないことを。

 走るなり歩く速度を上げるなりしてもよいものを、むしろ逆に僕とミリナに歩く速度を合せていることを。

 前に一度、僕とミリナが声をかけずにそのまま通り過ぎて登校したことがあった時、その日学校で何も言わずに一日中ジッと僕の方を見ていたことを。

 そして、このミノルの正体が、ヒーロー組織『スターライト』に所属する『ハートビート』であることを。

 

 つまり。

 紛うことなきツンデレである。あまり言いたくないが、若干そっちの気があるような気がしないでもない。

 が、あくまでも気がする程度。そして後々それを気にする必要がなくなるのも僕は知っている。

 何故なら、原作(・・)にはツンデレ描写はあっても、そっち系の描写は一切無かったのだから。

 

「はぁ……」

 

 とはいえ、これが普段の僕の朝の一幕。

 悪の組織の女幹部である幼馴染その一に朝っぱらから付き纏われ。

 ヒーローである幼馴染その二に見たくもないツンデレをかまされる。

 

 ちなみに、僕の名前は、蕪木(かぶらぎ)シュウヤ。ただの一般人。

 悪の組織は勿論、ヒーロー組織とも直接的な繋がりはなく、本来この物語に名前すら登場しない、モブの一人。

 

 この馬鹿馬鹿しいゲームの世界、おおまかな筋書きはこうだ。

 偶にとんでもないことをやらかすものの、大抵は割とどうでもいい悪事を起こす悪の組織が全国に点在する世界。それに対抗するためにヒーロー組織も全国に展開し、日夜悪と戦っている。

 主人公、和田木ミノルはとあるきっかけでヒーローとなり、成長していく。

 その過程で、実は幼馴染の神川ミリナが悪の組織の幹部であることが判明するのだが、ルートによってはその正体を知らぬまま彼女を倒したり、最終的に正体を互いに知った上で彼女と結ばれたりする。

 

 で、どういうわけか僕はそんな主役二人の幼馴染という立ち位置となっている。しかも高校生には明らかに見えないショタというおまけつき。

 そんな人物は一切登場しなかったはずなんだけども。

 

 ……いや、一回ショタコンの某悪の組織のボスが起こした事件で主人公(ミノル)の知り合いのショタがどうのっていう話はあった気がするが。

 

 にしても、イレギュラーな存在。

 当然僕はこの二人の正体を知っているが、当の二人は僕がそれ(正体)を知っていることを恐らく気付いていない。

 でもって、まだ物語の展開的にお互いが敵対関係にあることをこの二人は知らない。

 悪の組織の超技術か何かで成長した姿になるアンフェア(ミリナ)はともかく、ヒーロースーツで力を得ただけのハートビート(ミノル)にはある程度感付けそうなものだが。

 

 そんなわけで超簡単にまとめれば、ミノルが主人公、ミリナがメインヒロイン。

 序盤は、二人はただの幼馴染であったが、物語が進むにつれてお互い立場を異にしながらも、徐々に惹かれ合っていくという物語。

 メインヒロインであるミリナによく絡まれているような気がするが、身長面諸々、あちらにとって僕は弟のような感覚なのだろう。まったくもって不本意だが。

 だって、正規ルートなら二人はくっつくし、それ以外のどのルートでも互いに恋愛感情はあったはずだし。

 だから、放っておいても問題はないのだ。この点に関しては。

 

 が、どうにかしたい点が一つだけある。

 それは、どういうわけかよく人質にされることだ。

 ミリナ――もとい、悪の組織であるブラック・マーベラス、その幹部であるアンフェアに。

 大人モードでも弟感覚なのか知らないが、しかし表立って本人に直接人質にしないでくれとも言えない。正体を知らない体で通しているわけだし。

 

 何かいい方法はないかネットで聞いてみたものの、解決にはまだ遠そうである。

 早く展開が進んで、二人が恋仲になればいい気はするんだけども。

 

 とまあ、そしてそんな世界で、名前すら出ないモブとして生まれたのに何故かよく人質にされる僕。

 目下、当面の困りごとはそこなのであった。

 

「やっぱり時代は、ミノ×シュウでしょ! 涙目のショタがクールイケメンにぶち込まれるんだわ!」

「何言ってんの、生意気ショタがクールぶった気弱イケメンを押し倒して、それで……っ!」

「あの三人、同い年だってのに、まるで家族みたいな身長差だよなー」

 

 ……そこなのであった!



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悪の組織は出会いがない(ただし幹部に限る)

1:名無しの悪の女幹部

最近、出会いがない

 

2:名無しの悪の女幹部

同じく

もう何連敗してることか

数えたくもない

 

3:名無しの悪の女幹部

ムキーッ!!

なんで、ヒーロー組織の女ばかりがモテるのよ!!

結婚してヒーローを辞めるって、舐めてんの!?

そんな甘い覚悟でこの世界に入ってくるんじゃないわよ!!

 

4:名無しの悪の女幹部

別に、全然、全く興味なんかないもん

悪の組織を寿退社なんかしたくないもん

 

5:名無しの悪の女幹部

おかしいなあ……

悪の組織の女幹部って男に人気があるって聞いたから、頑張って戦闘員から幹部にまでなったのになあ……

 

6:名無しの悪の女幹部

くっそがぁぁああ!

こちとら、部下の戦闘員に、何度結婚報告をされたことかぁぁああ!!

何故そこ同士でくっつく!? 何故こっちに来ない!?

アタシだって結婚したいぜぇぇええ!!

 

7:名無しの悪の女幹部

>>6

全く、許せん奴らだ!!

もう何度、ご祝儀を出したことか……

 

8:名無しの悪の女幹部

こうなったら、最終手段です

――ヒーローと一線を越えましょう

 

9:名無しの悪の女幹部

本気?

 

10:名無しの悪の女幹部

しかし、それしかあるまい

 

11:名無しの悪の女幹部

とうとうこの時が来たか

 

12:名無しの悪の女幹部

ウェヘヘ

 

13:名無しの悪の女幹部

とはいえ、そう簡単にはいかないだろう

そこで提案だが、ここにいる我々で一時的な同盟を組むのはどうだ?

勿論、組織間ではなく個人間とはなるが

 

14:名無しの悪の女幹部

ヒーロー共とは違い、悪の組織にとって、敵の敵は敵

それを覆すってか?

 

15:名無しの悪の女幹部

苦渋の決断ですが、止むを得ないでしょう

ただし、あくまでも共闘することだけです

 

16:名無しの悪の女幹部

へっ、倒したその先は……ってことか

 

17:名無しの悪の女幹部

うむ。では早速、各々目標をここで宣言してだな……

 

18:名無しの悪のメスガキ幹部

あーら、お姉さま方

随分と湿っぽい話をしてらっしゃるのね

 

19:名無しの悪のメスガキ幹部

プークスクス、売れ残りのオバサン達は大変だね~

 

20:名無しの悪のメスガキ幹部

BBA達が必死すぎて草

 

21:名無しの悪の女幹部

は?

 

22:名無しの悪の女幹部

なんです、貴方達は

 

23:名無しの悪の女幹部

クソガキ共が、調子乗んなよ!

 

24:名無しの悪のメスガキ幹部

きゃー、こわぁーい

 

25:名無しの悪のメスガキ幹部

そんなんだから行き遅れになるんじゃないのー?

 

26:名無しの悪の女幹部

行き遅れじゃないが?

逃げられていないが?

出会いが無いだけだが?

 

27:名無しの悪の女幹部

そうだ、決して私達がモテないわけじゃない

 

28:名無しの悪のメスガキ幹部

またまた~

 

29:名無しの悪の女幹部

何を言う、若い余裕は今の内だけだ

これが貴様らの未来の姿だっ!!

 

30:名無しの悪の女幹部

…………

 

31:名無しの悪の女幹部

…………

 

32:名無しの悪のメスガキ幹部

…………

 

33:名無しの悪のメスガキ幹部

…………

 

34:名無しの悪の女幹部

おい、黙るな

 

35:名無しの悪の女幹部

何とか言え、おい

 

36:名無しの悪の女幹部

言ってください、お願いします

 

37:名無しの悪の勝ち組女幹部

あらあら、随分と騒がしいことですわね

 

38:名無しの悪の女幹部

む、何だ貴様は

 

39:名無しの悪の女幹部

えぇ……

 

40:名無しの悪の女幹部

随分切り替えが早ぇな

 

41:名無しの悪の女幹部

やかましいのはさておき、随分余裕があるみたいじゃないの

まさかアンタ、既に抜け駆けしてるんじゃ……?

 

42:名無しの悪の女幹部

何だと、けしからん奴だ!

 

43:名無しの悪のメスガキ幹部

痩せ我慢だとしたらダサイよ~?

 

44:名無しの悪の勝ち組女幹部

そんなこと言っていいのかしら?

折角、あまりの無様さを見兼ねて知恵を授けにきてあげたというのに

 

45:名無しの悪の女幹部

知恵だと?

怪しいな

 

46:名無しの悪の女幹部

同感です

組織の違いはあろうと、ここにいるのは各々相応の地位にまで上り詰めた面々

容易く引っかかると思わないでいただきたい

 

47:名無しの悪の女幹部

全くだぜ

 

48:名無しの悪の女幹部

アタシ達を舐めんじゃないわよ!

 

49:名無しの悪の勝ち組女幹部

そう、余計なお世話でしたわね

だったら元通り、醜い言い争いを続けなさいな

 

50:名無しの悪の女幹部

待って!

それがここの総意だと思わないで!

 

51:名無しの悪の女幹部

そうです、この際借りを作ってもいい!!

 

52:名無しの悪の女幹部

もうこうなったら藁にでも縋りたい

こっそりでいいから私だけでも教えて

 

53:名無しの悪の女幹部

何を言ってやがる!

テメエら、悪の組織としての矜持はねぇのか!

 

54:名無しの悪の女幹部

黙らっしゃい!

矜持で結婚ができるものか!

 

55:名無しの悪の女幹部

……さっきから、なんか情緒がおかしいのがいない?

別人? 大丈夫?

 

56:名無しの悪の女幹部

流石悪の組織の幹部、汚い

 

57:名無しの悪の女幹部

まぁ、そりゃあ悪の組織だからな

 

58:名無しの悪のメスガキ幹部

あれあれ~、オバサン達同士で喧嘩が始まっちゃった

 

59:名無しの悪のメスガキ幹部

ふふっ、それはそれで面白いけれど

その、知恵とやらには少し興味があるわ

 

60:名無しの悪の女幹部

ま、まあ、聞くだけ聞いてやってもいいわ!

聞くだけならね!

 

61:名無しの悪の女幹部

さあ、遠慮はいらない

カモン

 

62:名無しの悪の女幹部

ハリー! ハリー!

 

63:名無しの悪の勝ち組女幹部

まあ、いいでしょう

では、お聞きなさい

 

64:名無しの悪の女幹部

わくわくどきどき

 

65:名無しの悪の女幹部

そわそわ

 

66:名無しの悪のメスガキ幹部

うわぁ、BBA達キッツ

 

67:名無しの悪のメスガキ幹部

あの堅物がそんな反応をしてると想像したら吐き気がしてきたわ

……まぁ、ここにはいないと思うけど

 

68:名無しの悪の勝ち組女幹部

ズバリ、人質をとることですわ!

 

69:名無しの悪のメスガキ幹部

へ?

 

70:名無しの悪の女幹部

人……質……?

 

71:名無しの悪の女幹部

む? そんなの、どこの組織でもやっていると思うが……

 

72:名無しの悪の女幹部

一応確認だけど

人質って、あの人質だよね?

 

73:名無しの悪の勝ち組女幹部

想像している通りのもの、とだけ言っておきましょうか

 

74:名無しの悪の女幹部

チッ、的外れもいいとこじゃねーか

 

75:名無しの悪の女幹部

スーツ脱いで損した

 

76:名無しの悪の女幹部

返してよ!

私の期待を返してよ!!

 

77:名無しの悪の女幹部

解散ですね

 

78:名無しの悪の女幹部

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

79:名無しの悪の女幹部

発狂してるのいて草

……草

 

80:名無しの悪のメスガキ幹部

アハハハ!

期待してたオバサン達、残念でしたぁ~

 

81:名無しの悪の勝ち組女幹部

まあ、待ちなさいな

貴方達、人質をとる時はどのようにしていますの?

 

82:名無しの悪の女幹部

どのようにって、それは……

作戦行動時に近くにいる一般人を適当に、だな

 

83:名無しの悪の女幹部

重要人物を拉致する作戦であれば、無論その対象が人質ですね

 

84:名無しの悪の女幹部

細かく考えたことはねえな

オレはそんな手段よりも暴れる方が好きだからよ

 

85:名無しの悪のメスガキ幹部

おじさん達に任せてるから知らな~い

 

86:名無しの悪の勝ち組女幹部

やはり、愚かですわね

 

87:名無しの悪の女幹部

喧嘩売ってんの?

いや、売ってんのね

何処の組織の幹部か知らないけど、覚悟はできてるんでしょうね

 

88:名無しの悪の女幹部

このオレを虚仮にするたぁ、いい度胸じゃねぇか

 

89:名無しの悪の女幹部

少し落ち着きましょう

とはいえ、こちらも気分がよいものではありません

言いたいことがあるならハッキリとしてください

 

90:名無しの悪の勝ち組女幹部

ふふん、いいでしょう

よろしくて?

 

人質をとる

――それ即ち、好みの異性と合法的に密着できるということです!

 

91:名無しの悪の女幹部

!!!

 

92:名無しの悪の女幹部

!!!!!

 

93:名無しの悪の女幹部

その発想はなかった

 

94:名無しの悪のメスガキ幹部

ふ~ん、なるほどねぇ~

 

95:名無しの悪の女幹部

……分からん、どういうことだ?

何故人質をとることと、好みの異性がどうだという話が繋がるんだ?

皆分かっているのか?

 

96:名無しの悪のメスガキ幹部

オバサンになるってやだな~

つまり、いいなって思う男の人を人質にすればいいってことでしょ~?

 

97:名無しの悪の女幹部

なるほど、そうか!!!

 

98:名無しの悪の女幹部

密着できるだけじゃない、上手くいけばあんなことやこんなことだって……ゴクリ

 

99:名無しの悪の女幹部

けどよ、好みの男が人質候補にいなかったら意味が無くねえか?

 

100:名無しの悪の勝ち組女幹部

そんなの、決まっているじゃありませんの

狙っている殿方が現在いる場所で適当に作戦を展開すればいいだけですわ

 

101:名無しの悪の女幹部

つまり作戦のために人質をとるのではなく、

人質をとるために作戦をするということですね

 

102:名無しの悪の女幹部

本末転倒だ!

でも悔しい、納得しちゃった!

 

103:名無しの悪の女幹部

ふむ、そうか

なるほど、そうか

そうか……

つまり、『人質から始まるラブストーリー~~犯人は私~~』

ということだな!!

 

104:名無しの悪の女幹部

やっぱ情緒がおかしいのがいるわね

大丈夫?

 

105:名無しの悪の女幹部

ともかく、試してみる価値はありそうですね

 

106:名無しの悪の女幹部

うし、丁度気になってるガキがいたんだ

 

107:名無しの悪のメスガキ幹部

ふ~ん面白そうだからしてみよ~っと

さ~て、あの小っちゃいお兄ちゃんは、どんな反応してくれるかな~?

 

108:名無しの悪の女幹部

情報感謝する!

早速、あの少年に関する情報を集めねば

 

109:名無しの悪の勝ち組女幹部

ええ、健闘を祈ります

 

110:名無しの悪の女幹部

なんだ、ショタコンの巣窟かここは?

とはいえ、悪の組織は全国に散らばっているからな

流石に同一人物に狙いが重なることはないと思うが

 

 

 

 ――――

 

 

 

「……ふふふっ、これで多少の陽動となってくれそうですわね」

 

 パソコンを前に、一人の女がそう笑った。

 彼女は立ち上がると、コツコツと静寂とした空間にヒールの足音のみを響かせて、部屋を出て歩いていく。

 

 漆黒の鎧に身を包み、美しくも冷え冷えとした微笑を浮かべる彼女の名――組織から与えられたコードネームは、アンフェア。

 悪の組織の一つ、ブラック・マーベラスにて幹部を務める者。

 そして先程まで、悪の組織の女性幹部のみが閲覧及び書き込みのできる掲示板にて知恵を提示した者でもある。

 

「これでヒーロー組織の動きを攪乱できれば、邪魔されないで、この姿でもシュウちゃんと一緒にいれる時間が増える」

 

 ほんの一瞬、頬が赤く染まり、冷笑が喜悦を多分に含んだそれへと変わる。

 だが、刹那のこと。世間や彼女の手下が見たことのないその表情は、再び元に戻った。

 

 ここは、彼女が所属する悪の組織――ブラック・マーベラスのメインとなるアジト内。

 

「アンフェア様だ……いつ見てもお美しい」

「ああ、あの冷たい美貌、ゾクゾクするよな」

 

 すれ違い、或いは遠目からこちらを見るいくつもの視線。組織の下級戦闘員達。

 彼らにとっては、ヒソヒソとした小声で聞こえていないつもりだろうが、丸聞こえだ。 

 

 ……ふん、くだらない。

 

 だが、そんなものに微塵も興味を示さず、彼女は進む。

 

 人質(知恵)のことを教えたのは、何も親切心からではない。

 各地の悪の組織が活発となれば、ヒーロー組織も慌ただしく対応せざるをえない。

 しかも、人質という状況の性質上、早期解決は難しくヒーロー側は慎重となるだろう。無理をすれば人質に危害が加えられかねないのだから。

 そしてそれは、その分解決までの時間がかかることに繋がる。

 

 つまり、彼女が事件を起こしても、他で似たような人質事件が起きていれば。

 邪魔者――つまりヒーローが来る時間を遅らせ、お目当ての人質とのスキンシップをその分長く楽しむことができるのである!

 

 ――流石わたくし、完璧ですわ。

 

 彼女は、そう自賛する。

 

 ……この前に至っては写真を欲しがられた。確実にアンフェアとしての距離も縮められている。

 

 あの時は、それはもう胸がキュンキュンさせられた。

 つい嬉しくなって満面の笑みを浮かべたが、バッチリとれていることだろう。

 大いなる一歩だった。次の目標は、あちらからスキンシップをとってくれること。

 

「あの子以外は何もいらない……折角教えてさしあげたのですから、せいぜい、わたくしの役におたちなさいな」

 

 そうして彼女は今日も、意中の人とのスキンシップのための作戦を計画する。

 内心はウキウキしながらも、決してそれをおくびにも出さず。

 

 だが、彼女は知らなかった。

 まさか彼――蕪木(かぶらぎ)シュウヤに目をつけていたのが己だけではないと。彼女が余計な情報を教えたせいで、これから目をつけ、ちょっかいをかけ始めた者がいることを。

 そして、それは何も悪の組織だけではないことを。

 

 そんな事態に歯噛みすることとなるとは露知らず、神川ミリナ――もとい悪の組織ブラック・マーベラスの女幹部アンフェアは今日も行く。

 『悪の組織の人質にならない方法』のスレが初めて立った、少し後の話であった。



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全僕が泣いた

『――近頃、全国各地にて悪の組織によって人質をとられるという事案が多発しております』

 

 ショッピングモールを歩いていると、ふとそんな音声が耳に届いた。

 

『一部ではヒーローをも人質とする動きもあり、ヒーロー組織本部は一般人及び所属するヒーロー達に向けて警戒を呼び掛けています』

 

 他人事とは思えない、その内容。

 思わず足を止めて壁から吊るされた大型スクリーンを仰ぎ見れば。そこではニュース番組が放映されており、男性のニュースキャスターが原稿を読み上げている。

 

『なお、人質が負傷したという報告はなく、最終的には全員無事に救出または解放されている模様です。各地の悪の組織の今後の動向に注意が必要です』

 

 その報道に、全僕が泣いた。

 もう何回と人質となり、ついこの間状況をなんとかできないかと掲示板に書き込んだ身としてはタイムリーすぎる話題。

 

 ……そうか、自分だけじゃないんだ。

 

 ホロリと内心涙を流しつつ、今この瞬間にも人質となっているかもしれない誰かの存在を知って少し安堵してしまう。

 褒められたものではないが、自分以外にも同じ悩みを抱えている人がいるかもしれないと思えば、多少気が軽くなった。

 

 願わくば、その調子で僕以外の誰かが人質となりますように!

 

 この世界はバカゲーの世界である。

 正義と悪という対立する組織間の抗争はあり、何気にヤバいレベルの戦いも繰り広げられている世界観だが、そのくせ大量に人が死んだり怪我をしたりっていう展開はほとんどなかったりする。

 馬鹿馬鹿しくも、ギャグ調、コメディ寄り。故にこそバカゲーと呼ばれていたわけだ。

 

 しかし、こんな展開(人質事件)あったっけ?

 既に何度か首を傾げつつあるが、それはそれ。大きく物語に波及しているわけでもないので、単純にゲームでは語られなかった話なだけなのかもしれないと考えれば一応納得できなくはない。

 実際、人質となっているのが僕だけでないのなら、十分あり得そうだ。

 

 というかぶっちゃけ僕の場合は、ただ一人にばかり人質にされているわけで。

 そして、その元凶はといえば。

 

「シュウちゃん、どうしたの? いきなり立ち止まって?」

 

 今まさに、隣にいるわけだが。

 色々考え事をして立ち止まったままでいると。それを不審に思ったのか、一緒にショッピングモールへ来ていたミリナが顔を覗き込んできた。

 全く、誰のせいなんでしょうねー。

 

「いや、あのニュース」

「え? ……あ、全国で悪の組織が人質をとってるって事件? 怖いよねー、私も気をつけなくっちゃ!」

 

 白々しくも、そう宣ってくる。

 知ってるからな?

 僕をよく人質にとってるアンフェアが目の前のお前だってことを知ってるからな?

 下手に口を滑らせたら変なことになりそうだから黙ってるけど。

 

「……ミリナは、どうすれば人質にとられないと思う?」

 

 かまをかける、とは違うが思い切って尋ねてみる。

 もしかしたら、何か回避のヒントが得られるかもしれない。そうでなくてもどう答えるかには興味がある。

 

「うーんと、そうだなあ……やっぱり、刺激しないように抵抗しないで素直に言うこと聞いて。あ、あと従順な態度をしてくれたらいいと思うなあ。抱き着いてきてくれたら、もう最高!」

「……僕が聞いてるのは、人質になってからどうするじゃなくて、そうならないためにどうするって話なんだけど」

「何でそんなこと言うの!? シュウちゃんには、人質になってもらわないと――ごほんごほん、えっと、そうじゃなくって!」

 

 隠す気があるのか甚だ疑問である。

 僕を執拗に狙って人質にするのは相変わらず謎だが。彼女の正体が悪の組織の女幹部というのは、単純に僕がゲームの知識として知っていただけだ。

 直接言われたわけではないし、普段の振る舞いからして正体を明かすつもりがないのは間違いないと考えている。

 

「そ、そういえばシュウちゃんて、何度か悪の組織のアンフェアって人の人質になってるよね? その人のこと、どう思ってるの?」

 

 下手な誤魔化しでわざとらしく咳払いをしたかと思えば。

 わくわく、と瞳を輝かせながらそんなことを聞いてくる始末。

 その質問に、僕は恐れ慄いた。

 

 なんというマッチポンプ……なのかは微妙だが。

 人質にしてくる人間をどう思っているか、などまず普通の人ならしてこないであろう質問だ。そのくせ、実は質問をしているのがその本人であるというのもたちが悪い。

 そしてそんなことを聞かれても、はっきり言って困る。

 

「別になんとも」

「ええー!? もっとこう、ないの!? 綺麗なお姉さんとか、胸が大きいお姉さんとか、抱き着きたいお姉さんとか、お姉さんと結婚したいとか!!」

「…………」

 

 仮にも自分を人質にとって拘束してくる人物に、そんなことを思うとしたらそれは余程奇特な人間ではなかろうか。

 むしろ被害を受けていることからマイナスの感情になるのが普通だと思うが、そうではないと答えるだけ感謝してほしいものである。

 が、絶対に納得しないであろうことは目に見えており。

 案の定、彼女は不満から口を尖らせる。

 

「ねーねー、シュウちゃんたらーっ!」

 

 そして無視しているにも関わらず、喧しく纏わりついてきた。

 あまりにも鬱陶しいし、ショッピングモールということで人の目もある。

 実際、道行く何人かからの視線を感じるので、仕方なく答えることにする。

 

「まあ、凶暴な人(・・・・)とか男の人(・・・)に比べればまだマシなんじゃない」

「もう一声! 美人でスタイル抜群とか!」

 

 酔っ払いのコールか?

 

「……はいはい、もういいよそれで。アンフェアは美人、美人」

 

 適当ではあるが、一応嘘ではない。世間一般的に整った容姿というのは認める。不本意ではあるが。

 それに、期待する答えでなければ、五月蠅いのは変わらないのだろう、きっと。

 

 しかして、反応は劇的であった。

 

「ち、ちょっと、お手洗い行ってくるから待っててね!」

 

 ミリナは、顔を真っ赤にさせて小走りに駆け去っていく。

 自分から煽ったくせに、全く理解不能だ。

 

 やれやれと僕はこれみよがしに溜息を吐きつつ、手持無沙汰となったので大型スクリーンへと視線を戻す。

 気付けば、ヒーロー組織の関係者やら専門家やらが画面に映り、意見を求められるコーナーへと移っていた。

 議論されているのは、その(人質)目的について。

 やれ何かの陽動だとか、何かをしでかす前触れだとか議論されているが、どうしてだろうか。そんな複雑な話じゃないような気がするのは。

 

「まあ、今日は一緒にいるから、人質にされるってことはないだろうけど」

 

 今更ではあるが、僕が何故ミリナと一緒にいるか。

 それは僕なりに考えた予防策である。いや、一応幼馴染の仲である以上、今まで一緒にいたことがないわけじゃないんだけども。 

 

 僕を人質に狙う犯人は確定している。

 なので、その犯人たるアンフェアとミリナが同一人物だと分かっているのであれば、一緒にいれば戦闘員を引き連れて僕を人質にとってくることはないんじゃないか、ということだ。

 

 掲示板では活用できそうな案は出なかったが、正直これはかなりいい線いっていると思ってる。

 というか、あの時は真剣に受け止めてくれる人が少なかったので、もし次があれば再トライしたい。

 とはいえその次が無いことを祈っているものの、四六時中一緒にいるのは無理だから、完全には阻止できないだろう。となれば、いずれあっちが飽きるのを待つしかない。いわば耐久戦だ。

 

 よって、今日は僕を人質にしようとする悪の組織はおらず、この身は安泰に――。

 

「キャーーーッ!!」

「大変だっ!! 何処かの悪の組織がこのショッピングモールを……」

 

 どこからか不穏な叫び声が響いた。

 騒然となり、慌ただしくなる周囲。

 

「……逃げろ!!」

 

 誰かのそれが引き金となった。

 ショッピングモールにいた人達は、我先にと出口へ向けて殺到していく。

 

 ……あれ、おかしいな?

 

 そんな中で僕は馬鹿みたいに呆然と立ち尽くしている。

 不発。結構考えた、自信のある策だったんだけどなー。

 だって、普通に考えて一緒にいれば、それこそ目の前で変身されない限りアンフェアが現れることはありえない。

 そして正体を露見させる気がないのであれば、絶対にそうしない。そのはずだったのだが。

 

 ……まさか、トイレに向かったのはこのためか?

 

 思惑が外れ、邪推する。

 なんてこった、一緒にいれば動かないと思っていたのだが完全に読みが外れた。

 そうまでして何で人質にとってくるのだろうかはやはり謎だが。

 

 それなりの人はいたはずだが、気付けばあっという間に場が閑散とし、静寂が訪れている。

 つまり完全に出遅れてしまっていた。

 

 逃げるか、隠れるか。

 誰もいない以上、不用意に動けば目立つし、嫌な予感しかしない。

 ならば隠れるのが無難。そう判断し、周囲を見回す。

 

 まず目に入ったのは、左手にあるフードコート。

 数百席は余裕であるであろう広大なスペースだが、しかし身を隠すのは不向きだろう。

 テーブルの下に隠れても見方によってはもろバレだし、流石に店のバックヤードに隠れるのはマズイ。

 誘惑に負けて勝手に何か食べているところを見つかれば言い逃れできない。

 

 ――いや、待てよ。

 

 隠れようとするから駄目なのだ。いっそ、開き直って堂々と座っているのはどうだろうか。

 誰かが来ても、「よう」とか「おっつー」とか手を上げてそれっぽく挨拶すればワンチャンごまかせるかもしれない。

 念には念を入れてどこかから呼び出しベルを拝借したのなら、あら不思議。どこからどう見ても注文を待つ客に早変わり。完璧だ。中々鳴らないベルにやきもきする演技をしていれば、もはやそうとしか見えない。

 ということで、一旦保留。

 

 さて、そんなフードコートから僕のいる大通りを挟んで反対側にあるのは洋服店。

 男性女性どちらの商品も取り扱っており、面積では流石にフードコートより劣るが豊富な品揃えのそこそこ大きい店舗だ。

 だが、洋服店という店の種類的、構造的に隠れ場所は限られる。

 

 試着室に隠れるなんて安直がすぎるし、それ以外となると陳列棚ばかりで些か難しいだろう。

 店内から服やら下着やらを掻き集めてその山に埋もれれば完璧だが、生憎、僕はそんな変態じゃない。それに後々商品を駄目にしたとかで損害請求されても困る。

 

 ――いや、待てよ。

 

 その時、視界に救世主が映った。マネキンだ。マネキンに擬態すればいいのではないか。

 店内に数体いるマネキンは、幸いにもよくある白一色のそれではない。リアル寄りの――ともすれば、今にも動き出しそうなほどに人間味あるマネキン。

 

 ハゲた小太りのおっさん型のマネキンが二対、いい笑顔で僕に向かってサムズアップしている。

 いい、実に素晴らしい。店長のセンスが光り輝きまくっている。その神々しい頭頂部の如く。

 服を着ていないで男物の下着だけというのも、最高だ。

 遠くから見たら、パッとは半裸の人間にしか見えない。

 

 え、クレームが来ないかって? 全く、ただのマネキンに何を言ってるんだか。

 未だかつて、こんなに頼もしいおっさんのマネキンがあっただろうか。

 

 ……いや、実際には女性客からは大顰蹙らしいんだけどね。

 けれども、それを上回る熱烈な男性客の固定ファンがたくさんいるらしい。その土壌にこの店は成り立っているのだ。

 

 ともかく、僕もあの真ん中に入ってサムズアップすれば、たちまち彼らの仲間入りできるだろう。例え誰が来ようと、見抜けないに違いない。

 だからここも一旦保留だ。

 

 最後。

 そのおっさん型のマネキンが客を出迎える洋服店に隣接するのが、雑貨屋。

 規模としては前者二つに大きく劣るものの、所狭しと商品が並び充実はしている。

 うーん、流石にここは難しいんじゃなかろうか。隠れられるところはなさそうだ。

 刹那、思考をすぐに打ち切ろうとした僕の脳裏に電撃が走る。

 

 ――いや、待てよ。

 

 いっそのこと、僕も陳列されてみたらどうだろうか。

 なにせ、雑貨屋だ。色々な物が売られている。

 お洒落な木製食器を初め、子供向け玩具に手帳にカレンダー。

 埴輪や禍々しいお札、ヒーローのパチモン人形、悪の組織成りきりセット(戦闘員ver)などなど、それはもう多種多様なラインナップが。

 

 だったらほら、僕が売られていてもおかしくないのではなかろうか?

 ……問題があるとすれば、購入されてしまったら後戻りできないことだが。

 

 さて、どの店にしよう。

 そうそれぞれを見回していると、候補の一つである雑貨屋の店先にある大きめのダンボールが目に入った。

 成人男性が入るには少し小さいが、僕なら入れそうだ。

 よし、そこにしよう。

 三つの隠れ場所よりはバレやすそうだが、まさかそれを捨てて一番バレる可能性が高いところに身を潜めているとは思うまい。

 

 ダンボールの箱を開けてみれば、幸いにも中身はない。

 好都合だ、と僕はダンボールを持ち上げると、ひっくり返して自分に被せて床に座り込む。

 案の定、それは僕を完全に覆った。この時ばかりは、身長の低いこの体に感謝である。

 

 僕の行為を咎める声はない。なにせ、ショップの店員も逃げ出しているのだ。当然といえば当然だが。

 もっとも、防犯カメラで記録されているかもしれないが……なにせ悪の組織が出たという緊急事態。その時はその時。責任者の良心に賭けるしかない。

 みっともなく泣き喚いてジタバタと床でも転がれば、許してくれないだろうか。

 

 とはいえ、まずは今を切り抜けることに専念しなければならない。

 すっぽりと身を隠したことで、視界が真っ暗になる。それは仕方ない。

 だが、悪くない隠れ方だ。これで、仮にアンフェア(ミリナ)が僕を探そうとしても絶対にバレることはないだろう。

 天才か、僕は。

 

 そうダンボールの中で体育座りをしながら、内心自信満々であった時。

 

「――あれれ~、見失っちゃった? 何処行っちゃったのかな~、お兄ちゃん」

 

 声が聞こえた。

 幼さ特有の甲高さを残した、女の子の声だ。

 もはや聞き慣れてしまった、アンフェアのものではない。それよりも確実に齢が一回り以上は下であろう、それ。

 

 ……あれ、僕以外にも逃げ遅れた子がいたのかな?

 

 ふと、そんな疑問が浮かぶ。

 だとすれば、助けなければ。少なくとも、迷子を放っておくほど、僕は人間捨てていない。だって、僕は常識人なのだから。

 そうとなれば早速、とダンボールを持ち上げようとして。

 

 ふと、違和感に気付いた。

 言葉の内容からして、彼女は兄とはぐれてしまったのだろう。きっと兄妹か、或いは両親含め家族でこのショッピングモールに来たのかもしれない。

 だけど、そうだとしたらもっと不安そうな声になるのではないか?

 妙に落ち着いているというか、達観しているというか。

 

「……クスクス、なぁ~んて」

 

 コツ、コツと。

 足音がよく響き、近づいてくるのが分かる。

 ごくり、と僕は喉を鳴らした。

 

 少なくとも、僕のことをお兄ちゃんと呼ぶ人物に心当たりはない。

 じゃあ、一体誰が。

 

 ……ロリ化か!? まさかのロリ化なのか!?

 

 謎技術で、大人の姿になれるのだ。その逆の、幼児の姿になれてもおかしくはない。

 まさか奇をてらって、ミリナがロリになって襲ってきたんじゃないだろうな、と身構えていると。

 

 足音が、すぐ近くで止まる。

 そうして、僕の隠れているダンボールが無情にも持ち上がり――。

 

「は~い、見つけた~。突然だけど、お兄ちゃんには今から椅子(・・)になってもらいまぁ~す」

 

 ――えっと、どちら様ですか? ……ん? 椅子?




次回は安価スレです。


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〇〇〇〇~それは、魔法の言葉~

問題:サブタイトルの〇に当てはまる文字は何でしょうか?
分からなかった方は、評価と感想の方よろしくお願いします!

※冗談です、読んでいただけるだけでもありがとうございます。
評価と感想もいただけるとすごく喜びますが。
ぶっちゃけノリと勢いだけで書いてますが、どんな評価であれ色ついたのは嬉しいですね。
今までに評価、感想くださった方も、読んでくださっている方もありがとうございます!
今回は掲示板形式、主人公視点、メスガキ幹部視点でお送りします。
ではどうぞ。


1:名無しの人質

助けてクレメンス

 

2:名無しの一般人

嫌です

 

3:名無しの一般人

うーん、なんか見覚えあるような……

 

4:名無しの一般人

あ、もしかして人質にされてる最中に書き込んでたニキか?

 

5:名無しの人質

>>4

はい

 

6:名無しの一般人

まだ人質になってんの!?

よく生きていられたな

 

7:名無しの一般人

イッチ、まさかお前もう実は……

 

8:名無しの一般人

ヒェッ

頼むから成仏してクレメンス

 

9:名無しの人質

>>8

死んでないです

解放されたけど、今日も人質にされてるだけ

 

10:名無しの一般人

なんだ、またアンフェア様に捕まってるのか?

羨ましい奴め

 

11:名無しの一般人

とはいえ、何故か最近悪の組織、それも女幹部によって人質がとられる事件が各地で急増してるらしいぞ

まあ、俺はなったことないんだけどな(白目)

 

12:名無しの一般人

人質になりてえなー、俺も

拘束してほしい

 

13:名無しの一般人

で、今度も抱き着かれてんの?

 

14:名無しの人質

>>10

違う

 

>>13

座られてます

 

15:名無しの一般人

???

 

16:名無しの一般人

(´-`).。oO(……この人また訳わかんないこと言ってる)

 

17:名無しの一般人

待て待て、整理しよう

まず、誰に捕まってるんだ?

 

18:名無しの人質

>>17

分からないけど、ピンク髪のロリっ娘

周囲を配下らしき戦闘員に囲まれてるから、多分どっかの悪の組織の幹部っぽい

 

19:名無しの一般人

ロリ……だとっ!?

 

20:名無しの一般人

ピンク髪のロリっ娘幹部かー

なんか絞れそうな気がするけど、どうだろう?

 

21:名無しの一般人

いや、難しいでござるな

『ショタロリ大連合』、『女王の大号令』、『肉壁☆お兄ちゃんズ』……

それ以外にも、その特徴で思い当たる幹部のいる悪の組織の候補は考えられる故

 

22:名無しの一般人

ええ……

 

23:名無しの一般人

ヤバイ(確信)

 

24:名無しの一般人

最後のなんて全く聞いたことない組織名だぞ

 

25:名無しの一般人

それでは、拙者が説明させていただくでござる

 

まずは『ショタロリ大連合』

ボス及び幹部は全て子供、男女混合にして日本全国に支部が存在する超巨大な悪の組織でござる

あまりにも有名故、詳しい説明は不要ですな

 

次に『女王の大号令』

悪の組織としては中堅でござるが、侮ることなかれ

いかに理不尽にして身に覚えのない罵倒や暴力が彼らを襲おうとも、構成員達は喜んでそれを受け入れる屈強の猛者ばかり

悪の組織逆くっ殺やメスガキブームの火付け役、コアな需要を全国クラスにまで押し上げた功績は計り知れないでおじゃる

なお一部BBAもいるのが玉に瑕

 

最後に『肉壁☆お兄ちゃんズ』

こちらは今最もホットにして、拙者の一推し!

歴史は浅いながらも、性別問わず童児の肉壁になりたいという熱い思いを持った者達により設立された、新進気鋭の悪の組織でござる

その肉壁を突破するのは、どんなヒーローであろうと苦戦は必至ですぞ

 

26:名無しの一般人

マジかよ、日本終わってんな

 

27:名無しの一般人

>>25

同士!

概ね同意だが、『女王の大号令』の一部を敵に回すような発言は危険だ!

 

28:名無しの一般人

>>27

フフ、心配御無用

何者にも忖度せず、己の主張を貫くことが我が道なれば!

 

29:名無しの一般人

……同士!!

 

30:名無しの一般人

情報量が多いけど……

取り敢えず、悪の組織逆くっ殺って何?

 

31:名無しの一般人

悪の組織に捕らえられ、己が死を望むシチュエーションでござる

 

32:名無しの一般人

じゃあ、逆じゃないのは?

 

33:名無しの一般人

悪の組織の構成員がヒーローまたは一般人に捕らえられ、死を望むシチュエーションですな

無論、幹部や組織のボスも含みますぞ

 

34:名無しの一般人

…………

 

35:名無しの一般人

流石ジャパンだ

 

36:名無しの一般人

おい!

今テレビつけてたら、なんか何処かのショッピングモールが悪の組織に占拠されたってニュースがやってるぞ!

現場が上空から生中継されてて、ピンク髪のロリっ娘が映ってる!!

 

37:名無しの一般人

うわぁ、他でも事件が起きてるなんて大変だな

……ん? ピンク髪のロリっ娘?

 

38:名無しの一般人

なんだっけ、最近そのワードを見た記憶はあるんだけど

 

39:名無しの一般人

まさか

 

40:名無しの一般人

え、イッチがテレビに映っちゃってる感じ??

 

41:名無しの一般人

そんなことある?

 

42:名無しの一般人

……なるほど、座られてるの意味が分かったわ

確かに座られてるな

 

43:名無しの一般人

ああ、男の子の膝に座ってんな

これがイッチか? 身体の大きさそんなに変わんないみたいだけど

どういう状況だ?

 

44:名無しの人質

>>43

逃げ遅れて隠れてたら捕まった

で、なんか椅子になれって命令された

ちなみに、特に意味もなくショッピングモールを襲ったらしい

あと僕は高校生

 

45:名無しの一般人

なるほど、分かったでおじゃる

このお方は『女王の大号令』の幹部の一人、チェリーエンジェルたんですな!!

 

46:名無しの一般人

嘘乙w……と思ったら、本当だった

テレビの方もたった今テロップが出たぞ

 

47:名無しの一般人

タッチの差で報道より早くて草

 

48:名無しの一般人

で、イッチはどうしたいわけ?

というか、前も思ったけどよくその状況でこんなことできてるな

 

49:名無しの人質

>>48

状況をどうにかしたい

なんか慣れちゃったし、前に座られてるから視界的にこの子には多分気付かれてないし

 

50:名無しの一般人

いや、周りをがっつり戦闘員達に囲まれてんじゃねえか……

 

51:名無しの一般人

誠に羨ましい限りですぞ!

イッチ殿、チェリーエンジェルたんの椅子の栄誉を与えられた気分を教えてくだされ

 

52:名無しの人質

あんまり辛くはないけど、なんかこの子がさっきからしきりにお尻をもぞもぞ動かしてくる

 

53:名無しの一般人

エッッッッッッ

 

54:名無しの一般人

ヌゥッ!!!!!

 

55:名無しの一般人

ふむ、何やら盛り上がっておるのう

一体何事じゃ?

 

56:名無しの一般人

こんにちは

 

57:名無しの一般人

イッチが人質にされてテレビ中継されてて祭りの予感

 

58:名無しの一般人

ほう

 

59:名無しの一般人

これはもう安価しかないだろ

 

60:名無しの一般人

待て!

下手をすれば人質が危険になるぞ!!

 

61:名無しの一般人

いいんじゃねえの、その人質がイッチしかいないんだから

 

62:名無しの一般人

ぐう畜すぎて草

 

63:名無しの人質

>>59

うーん、そうだよなー

このまま何もしないでもしょうがないし

それじゃ、まあ3つくらいでお願いします

>>68

>>70

>>72

 

64:名無しの一般人

いいのかよwww

 

65:名無しの一般人

命乞い

 

66:名無しの一般人

逆にその子を人質にして包囲を突破する

 

67:名無しの一般人

〇〇る

 

68:名無しの一般人

罵倒するのじゃ!

 

69:名無しの一般人

泣き喚く

 

70:名無しの一般人

抱きしめる

 

71:名無しの一般人

下僕になる

 

72:名無しの一般人

耳元で「へぬぽぅ」と囁く

 

73:名無しの一般人

死んだふり

 

74:名無しの一般人

つまり、

罵倒して

抱きしめて

耳元で「へぬぽぅ」と囁く

なんだこれ……

 

75:名無しの一般人

何だ最後のは

 

76:名無しの一般人

意味不明すぎてワロタ

 

77:名無しの一般人

大丈夫?

これ、イッチ殺されない?

 

78:名無しの一般人

我のが選ばれたのじゃ!

 

79:名無しの一般人

前二つだけみれば、洗脳っぽい手法で草

最後は知らん

 

80:名無しの人質

まあ、よく分かんないけど取り敢えずやってきますー

 

 

 ――――

 

 

「ふん、ふん、ふふーん♪」

 

 携帯を胸ポケットにしまった僕は、膝の上に座っている少女を見た。

 何やら彼女はご機嫌な様子で、鼻唄を歌っている。しかも、両足をパタパタさせているというおまけつきだ。

 

「君、ちょっといいかな?」

 

 そのピンク色の後頭部に、声をかける。

 すると少女は鼻唄を止め、顔だけを僕の方へと振り向いた。

 その鳶色の双眸が僕を見つめ、僅かに細められる。

 

「あれあれ~? どうしたの、お兄ちゃん。疲れちゃった?」

 

 舌足らずが抜けきっていない、甘ったるい声色。

 言葉だけは、こちらを気遣うようなそれであったが。

 

「そ・れ・と・も~。――もしかして、興奮しちゃった?」

 

 刹那、クスリ、と幼いながらも妖艶さを漂わせる笑みを浮かべ。

 フリフリ、とわざとらしくそのお尻を僕に意識させるように擦りつける。

 

 大きなお友達の一部にとっては大興奮必至かもしれないが、生憎と僕の女性のタイプは真逆。

 よってただのロリだろうが小生意気なメスガキだろうが興味はなく。その所作をとっても、小さい子供の背伸び以上には思えなかった。

 

「立って」

 

 端的に告げる。そうしないとこの後の行動に移せないためだ。

 しかし言ってから気付いたが、体勢の指定は無かったし、今のままでもできなくはなかったのではないか。

 とはいえ、やっぱりいいと訂正もできないでいると。

 

「ん~? 別にいいけど、変なの~」

 

 言うことを聞いてくれるかは確信がなかったが、それでも少女は不思議そうな顔をしながらも、こちらに従って立ち上がってくれた。

 続いて僕も立ち上がり、少女と相対する。

 

 改めて彼女を見てみれば、誠に遺憾ながら背丈はそれほど変わらなかった。明らかに年齢差はありそうなのに。

 だが、僕の方が若干高い。そこでまずは胸を撫で下ろす。

 服装を見れば、何と言えばいいのだろうか。

 所謂、ゴスロリと呼ばれる部類の黒い服を着ている。ただ、何故かお腹の辺りは露出しているへそ出しルック。

 悪の組織っぽいといえばぽいし、そうでないっぽいとも言える恰好だ。

 

「お兄ちゃんは本当に小っちゃいね~。ざぁこ♪ ざぁこ♪」

 

 あちらを観察している間に、相手も僕を下から上に見ており、揶揄うようにそんなことを言ってきた。

 分かってはいたけど、面と向かって言われるとイラっとする。

 

 ……最初は、罵倒だったか。

 非常に好都合だ。この生意気な少女にわからせ(・・・・)てやろうじゃないか。

 

「それで~? 小っちゃくてかわいいお兄ちゃんは~、いきなり、どう――」

「うるっさいなあ」

 

 話の途中で割り込み、バッサリと切り捨てる。

 瞬間、周りを囲っていた戦闘員達が殺気立った。

 肝心の少女はといえば、え、と思わずといったように声を漏らし呆然としたようにこちらを見ている。

 

「……お兄ちゃん、生意気だね~。いいのかな~、そんな態度を取っちゃって」

 

 しかし、流石は悪の組織の幹部といったところか。

 彼女は何を言われたのかを理解すると、ついさっきまでの小馬鹿にしたような顔はどこへやら、すぐさま冷徹な仮面を被った。

 横溢する敵意。欠片も向けられていなかったそれが、ヒシヒシと僕の身体に突き刺さるのが分かる。

 だが、その程度で止まる僕じゃない。

 

「こちとら、小さくなりたくて小さいんじゃないんだよ!! おかしいだろ、高校生だぞ僕は!? 初対面の人に、一度も高校生と思われたことなんてない、酷いときには小学生扱いだっ!!」

「……っ、そんなの知らな――」

「ああ、知らないだろうさ! だいたい、ショタってなんなんだよ!? そんな奴元々いなかったじゃないかぁぁっ!!」

 

 ビクリ、と眼前の少女が身を竦ませた。

 じり、と周囲の戦闘員達が円を縮めてきた気がする。

 だがそんなので怒れる僕は止まらない。

 

 あれ、これって罵倒なのか?

 自分で言ってて、ふと思った。……なんか、惨めになりそうだから話題を変えよう。

 しかしそう考えれば、罵倒って案外難しいな。

 取り敢えず、僕もだがショッピングモールも被害にあってるからそっち路線で行くか。

 

「だいたい、さっきここを襲ったのに意味は無いって言ってたよね!? 百歩譲って、何か目的があるならいいさ! いや、全然よくないけど、まだマシさ!」

「……それはお兄――」

「君みたいなお子ちゃまや引き篭もってる人達には分かんないかもしれないけど、休みの日だってショッピングモールの皆さんは働いてるんだ、連休は書き入れ時なんだ!! こんなことされたら、ショッピングモールの売り上げが落ちるじゃないか!!」

「悪の組織がそんなの気にっ――!」

シャラップッ(shut up)!!」

 

 反論しようとするのを、尽く封殺する。

 最初こそ気丈に振舞っていた少女は、段々とその仮面が剥がれ落ちつつあった。

 顔色は年相応の困惑、そして怯えを含んでいるのが感じられる。

 

 いいぞ、もう一押しだ。

 丁度いいから、あのポンコツも纏めて成敗してくれる。駄目押し喰らえっ!

 

「大体、人質にとられたところで、僕が悪に屈すると思ったか!? 素直に言うことを聞くと思ったか!? とんだ甘ちゃんだ、甘すぎるっ!!」

「…………」

「いいか、僕が悪の手先に成り下がることはありえないっ!! これは絶対だ!!」

「…………」

「そもそも、その年で、そんな小っちゃい身体でこんなことして危ないじゃないか!」

「……ふぇっ」

 

 最後のは、些細な意趣返し。散々僕のことを小さいと言ったんだ、こっちだって言ってやらないと気が済まない。まあ、危ないのは主に今まさにこうして巻き添え食ってる僕なのだが。僕に関わらないのなら好き勝手やってよろしい。

 

 ともかく、これで言いたい事は言い切った。

 

「常識人代表として、言わせてもらったよ。この位で勘弁してあげようじゃないか」

 

 僕がそう宣言して指を突き付け、改めて少女を見れば。

 

「……うぅ、ぐすっ……ひっく……」

 

 泣いていた。

 余裕さはもはやそこに完全に無く、ボロボロと涙を流して。

 つまりはガチ泣きである。悪の組織の幹部とはいえ、幼女を泣かせている。絵面としては最悪だった。

 

 ……やっば。

 

「「「――我らが天使を泣かせた者は、万死に値する」」」

 

 周囲の戦闘員さん達も大層お怒りである。謝っても許してもらえなさそうだ。

 まだ距離はあるが、今にも飛び掛かってきそう。しかし、まだ間に合う。

 次だ、次。次は、そう――。

 

「――っ!」

 

 抱き着く。いや、抱きしめるだったか?

 ええい、もうどっちでもいいや。とにかく、少女に近寄って正面からその小さな身体を両腕に抱いた。

 少女が息を呑み、身を硬くしたのが感じられる。

 

 そうして、僕は彼女の耳元で、こう囁くのだ。

 きっとそれが、この状況を切り抜ける魔法の言葉だと信じて。

 

「――へぬぽぅ」

 

 ……いや、なんだこれ。

 本当に、なんなんだろうね?

 もうどうなってもしーらない。

 

 

 ――――

 

 

 ――叱られたのは、初めてだった。

 

 私は、裕福な両親の元、一人っ子として生まれた。

 けれども、お父さんもお母さんも仕事だなんだと、家にいないことばかり。

 ハウスキーパーのおばさんが面倒は色々と見てくれたけど、結局その人とてただの仕事。

 本当の家族ではなく、些細なことでも距離を感じた。

 構ってもらいたくて悪いことをしたこともあったけど、一度として。両親にも、誰にも叱られたことはなくて。

 

 ――心配されたのは、初めてだった。

 

 学校から一人で帰っている時に、よく分からないおじさん達に囲まれた。

 今となっては悪の組織への勧誘だったと知ってるけれど。当時は、いきなり自分達の上に立って欲しいって言われてもっとよく分からなくて、ただ凄く必死だったから可哀そうになって着いていったのを覚えている。

 その時までは、もしかしたら帰りが遅かったらお父さんもお母さんも私のことを気にかけてくれるかもしれない、と淡い期待を抱いていた。

 でも、そうはならなくって。私は悪の組織に入った。

 きっと今も、私が悪の組織の幹部であることを二人共知らないだろう。

 配下のおじさん達も、私のことは崇めるだけだ。心配されたことはない。

 

 ――泣かされたのは、初めてだった。

 

 泣かせたことはある。

 学校のクラスメート、ちょっかいかけてきた男の人、敵対したヒーロー、配下のおじさん達。

 陰口を叩かれていたからやりかえした。

 気持ち悪かったから適当にあしらった。

 向かってきたから叩き潰した。

 罵ってほしいって言われたからそうした。

 

 誰もいない家も、そういうものだと当たり前のように思えてしまった。

 寂しかった時ですら、涙は出なくって。

 おじさん達に無茶なことをいっても、皆は私の言うことを喜々として聞くだけ。私を泣かせた人はいない。

 

 ――抱きしめられたのは、初めてだった。

 

 両親も、ハウスキーパーのおばさんも、学校の先生も、配下のおじさん達も。

 肌と肌の接触はあったような気はする。

 それは例えば、握手だったり、頭を撫でてもらったり、膝に座らせてもらったり。

 けれども、面と向かって抱きしめられたことはなかった。

 私に熱をくれた人はいなかった。

 

 だから、拭っても拭っても涙は止まらなかった。

 だから、その温もりは私にとって未知のものだった。

 

 お兄ちゃんに抱きしめられた時。

 耳元で何かを囁かれたが、初めての感情に戸惑っていた私は、それを聞き逃してしまった。

 でも、きっと素敵なことを言われたに違いない。

 好き? ううん、きっと愛してるって言われたんだ!

 えへへ、だって彼は私のお兄ちゃんなんだから。

 

 最初にお兄ちゃんのことを知ったのは、噂だった。

 

 ――高校生だけど、私達と同じくらいにしか見えない男の人が近くの学校に通っているって。

 

 仲がよくもないクラスメートがそんな話題で盛り上がっているのを偶々聞いた私は、最初はバカみたいって思った。そんな人いるわけないって。

 でも、気まぐれで見に行ってみた。いなくてもそれはそれでよかった。

 

 ……でも、貴方はそこにいた。

 

 だから今回も、気まぐれで掲示板で聞いたことをやってみたけど。

 今となっては本当にあの書き込みに感謝している。

 

 血が繋がっていないのは当然分かっている。

 でも、そんなことは関係無い。

 ようやくわかった。お兄ちゃんこそが、本当の家族だったんだって。

 お父さんとお母さんも、配下のおじさん達も、ただのごっこだったんだって。

 

 叱ってくれて、心配してくれて、抱きしめてくれて。

 そんな人は、今まで私にいなかった。

 だから、今まで寂しかったのは当たり前だった。

 私の、ワタシの、大事な大事なお兄ちゃん。

 

 そっと、私は両腕を彼の身体に回す。

 お兄ちゃんがやってくれているように、お互いに抱きしめ合うように。

 

 ――やっと、見つけたよ。

 

 

 

 怒り狂ったアンフェア(幼馴染その一)と、ヒーローハートビート(幼馴染その二)が乱入してくるまで、後三秒。




というわけで、正解は『へぬぽぅ』でした
適当に私の頭に浮かんだ単語です。

なんか書いてる内に、何書いてるんだろうと思わず自問するほどに変な方向に行きました。
次回は、この騒動をテレビ中継越しに掲示板の面々から見た内容+αです

読んでいただきありがとうございます、次話もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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自称常識人を見守る IN 掲示板/ぷらすあるふぁっ!

前話の掲示板視点からの続きです。
それと現場の様子をテレビを見ていた……


81:名無しの一般人

さて、イッチは逝ったか

 

82:名無しの一般人

おかしい人を亡くした……

 

83:名無しの一般人

しかしどうなるか全く予想がつかん

 

84:名無しの一般人

お、リポーターが現場付近に到着したってよ!

流石、逞しいなぁ

 

85:名無しの一般人

つまりイッチの行動どころか発言も全国中継されるわけか

放送して大丈夫か?

 

86:名無しの一般人

オラ、わくわくしてきたゾ

 

87:名無しの一般人

我もわくわくしてきたのじゃ!

 

88:名無しの一般人

さあ、イッチが立ち上がったぞ

まずは罵倒だが、何を言うんだ?

 

89:名無しの一般人

しかしあのロリっ娘、めっちゃ可愛いな

生意気そうな美幼女で、挑発的なへそ出しルック

ゴスロリ衣装も似合ってるし、ちょっと目覚めそう

 

90:名無しの一般人

>>89

同士は大歓迎でござる

 

91:名無しの一般人

やめろwww

 

92:名無しの一般人

さあ、両者見合って見合ってー……

 

93:名無しの一般人

言ったぁぁああ!!

……けど、これって罵倒か?

 

94:名無しの一般人

いや、自分の身長が低いことに怒ってるだけだな

つまり罵倒ではなく、単なる逆ギレだ

 

95:名無しの一般人

うむ

 

96:名無しの一般人

次はショッピングモールを襲ったことに文句つけ始めたぞ、コイツ

 

97:名無しの一般人

おーい、聞いたか引き篭もりにニート共

お前達には分からないってよ

 

98:名無しの一般人

どうやら、本当にイッチは俺を怒らせたいらしいな

 

99:名無しの一般人

全くだ

 

100:名無しの一般人

処す? 処す?

 

101:名無しの一般人

罵倒がこっちにきてて草

 

102:名無しの一般人

おさえるでござる

拙者とて、本来なら許されないチェリーエンジェルたんへのイッチの不敬を歯を喰いしばりながら我慢して見ている故

 

103:名無しの一般人

つーか、これも別に罵倒じゃなくね?

 

104:名無しの一般人

ただの正論じゃねーかwww

 

105:名無しの一般人

おいおい大丈夫かよ、これ

 

106:名無しの一般人

最終的に説教になってて草

 

107:名無しの一般人

もう駄目だろこれ……

 

108:名無しの一般人

悪に屈しない宣言と、ロリっ娘の心配までしはじめたぞ

なんかカッコイイな、このイッチ

ショタだけど

 

109:名無しの一般人

そして終わったwww

 

110:名無しの一般人

この安価踏んだ人いる?

判定は?

 

111:名無しの一般人

ふーむ、我の想像していたものとは違うのぅ

 

112:名無しの一般人

つまり?

 

113:名無しの一般人

アウトじゃな

 

114:名無しの一般人

ギルティ入りましたーっ!!

 

115:名無しの一般人

おい、何かふざけたこと言ってるぞwww

 

116:名無しの一般人

は? 常識人代表?

 

117:名無しの一般人

勝手に俺達の代表名乗られてて草

 

118:名無しの一般人

こんなことするやつが常識人なわけねえだろ

 

119:名無しの一般人

いや、ここにいるのも大概……

 

120:名無しの一般人

>>117

いつから自分が常識人だと錯覚していた?

 

121:名無しの一般人

てか、あれ

俺の見間違いじゃなければ、あの子泣いてね?

 

122:名無しの一般人

ほんとだ

 

123:名無しの一般人

せんせーい!

イッチ君が女の子泣かせてまーす!

 

124:名無しの一般人

ああああああああああああああああああああ!!!!!

我らが天使たんになんたることをおおおおお!!!!!

 

125:名無しの一般人

フーッ! フーッ!

 

126:名無しの一般人

ロリコン共は落ち着け

 

127:名無しの一般人

やばくね、周りの戦闘員達が完全に戦闘態勢に入ったぞ

 

128:名無しの一般人

次は抱きしめるだが、どうなる?

いけるのか!?

 

129:名無しの一般人

行け、イッチ!

そして死ね!

 

130:名無しの一般人

ごくり

 

131:名無しの一般人

さあ、どうだ???

 

132:名無しの一般人

行ったあああああああ!!

 

133:名無しの一般人

おおおおおおおおおお!!

 

134:名無しの一般人

やったのじゃああああ!!

 

135:名無しの一般人

ビックリしてんのか、戦闘員達が固まったぞ

 

136:名無しの一般人

まあ、ある意味上司が相手の手の中にあるわけだからな

 

137:名無しの一般人

そう考えてみれば、これ以上ない動きではある

後でどうなるかに目を瞑れば

 

138:名無しの一般人

で、最後は耳元で「へぬぽぅ」と囁くだが……

 

139:名無しの一般人

まあ、流石にそれは聞こえないからやったか分からんわな

つーか、マジでこれ言った奴誰だよ

 

140:名無しの一般人

やってるの想像したら草

誰がやられても困惑しかないわ

 

141:名無しの一般人

取り敢えず、やったってことでいいんでねーの?

 

142:名無しの一般人

そうなると、失敗、成功、成功か

 

143:名無しの一般人

アーフ!

 

144:名無しの一般人

それでこっからどうすんだよ

 

145:名無しの一般人

知るか

 

146:名無しの一般人

よくて袋叩き、下手したら拉致されんじゃねーの?

真っ向から喧嘩吹っ掛けたわけだし

 

147:名無しの一般人

二人共、抱き合ったまま動かねーな

 

148:名無しの一般人

なんでだろう、ちょっと微笑ましくみえてきた

 

149:名無しの一般人

絵面だけ見れば、子供同士が抱き合ってるだけだもんな

イッチは高校生みたいだから確実に事案だけど

 

150:名無しの一般人

んんんっ!?

よく見たら、ロリっ娘もイッチを抱きしめ返してるぞ!!

何があったんだ!?

 

151:名無しの一般人

どういうことなの……

 

152:名無しの一般人

流石にテレビ中継されてるレベルだから、ヒーロー組織が動いてんじゃねーの

知らんけど

 

153:名無しの一般人

って、なんだっ!?

いきなり、戦闘員の一角が吹っ飛んだぞ!?

 

154:名無しの一般人

ふぁっ!?

 

155:名無しの一般人

乱入キターッ!!

 

156:名無しの一般人

悪の組織『ブラック・マーベラス』の幹部アンフェアと、

ヒーロー組織『スターライト』のヒーローハートビートだ!!

 

157:名無しの一般人

何か、どっちも滅茶苦茶怒ってねえか?

 

158:名無しの一般人

テレビ越しなのに寒気がするんだが

 

159:名無しの一般人

いやいや、ヒーローはまだしも、何で別の悪の組織の幹部クラスも来るんだよwww

 

160:名無しの一般人

そのまま、三つ巴の乱戦が勃発だーっ!!

 

161:名無しの一般人

あれ、イッチは何処行った?

 

162:名無しの一般人

黒スーツの戦闘員達の波に飲まれてる

 

163:名無しの一般人

どうしてそうなった?

 

164:名無しの一般人

チェリーエンジェルが配下に指示出してたっぽい

『お兄ちゃんを盗られないで!』って

 

165:名無しの一般人

おかしいな、なんか戦闘員同士も争ってるように見えるんだが……

 

166:名無しの一般人

確かに

……なして?

 

167:名無しの一般人

多分だけど『坊主を守れ!』って声が聞こえたような気がする

 

168:名無しの一般人

坊主?

それってイッチのことか?

 

169:名無しの一般人

つまり、チェリーエンジェルの配下と、アンフェアの配下がイッチを巡って争ってるってこと?

 

170:名無しの一般人

www

 

171:名無しの一般人

おかしいだろ、なんでそうなるんだよwww

 

172:名無しの一般人

すげえ、こんな映像初めて見たわ

 

173:名無しの一般人

チェリーエンジェル VS アンフェア VS ハートビート

チェリーエンジェル配下 VS アンフェア配下 VS? イッチ

てことか

 

174:名無しの一般人

イッチの場違い感がパない

 

175:名無しの一般人

あ、ほぼ同時に乱入してきたから勘違いしてたけど、別にアンフェアとハートビートは共闘してるわけじゃないのね

 

176:名無しの一般人

そら(悪の組織と正義のヒーローなんだから)、そう(敵同士)よ

 

177:名無しの一般人

おお、チェリーエンジェルもやるな

意外と拮抗してる?

 

178:名無しの一般人

当然でおじゃる

伊達に悪の組織で幹部を任されておらぬということでござろう

そして、イッチは許さぬ

 

179:名無しの一般人

>>178

ロリコン、無事だったのか……

 

180:名無しの一般人

いや、それもそうなんだろうけど

うーん、何て言えばいいんだろう

 

181:名無しの一般人

お互い倒そうとしてるっていうより、邪魔しあって思うように動けてないって風に見える

 

182:名無しの一般人

>>181

そう、それ

 

183:名無しの一般人

あっ! イッチが逃亡したぞっ!!

 

 

 

 ――――

 

 

 

「――素晴らしいデース」

 

 とある場所にて、ソファーに座りながらテレビを見ていた人物はそう呟いた。

 

「悪の組織の戦闘員に周囲を囲マレ、幹部を前にしてあの胆力ネ」

 

 それは、女であった。

 彼女は徐に携帯電話を手に取ると、そのままどこかへとコールをする。

 

「ワタシデース。ヒーロー候補として組織にウェルカムしたいと思える人物を見つけましタ。デスガ、少し場所が遠いでーすノデ――」

 

 浮きたつ心を押さえ、冷静ながらも率直に切り出す。

 

「――OK、OK。スグに空港へ向かいマース。彼の調査はお願いしマースネ」

 

 少しばかり会話した後、女は電話を切り。

 そうしてすぐさま出立の準備を始める。

 手は動かしながらも、しかし考えるのは先程テレビに映っていた少年のこと。

 

 自身も被害にあっているというのに、それに構わず他者のことを思いやれる心。

 己が危険な立場にあろうと、悪には屈せず、その尖兵にならないと断言できる勇気。

 そして、襲ってきた悪の組織の幹部にすら寄り添い、心配できる優しさ。

 

 女は確信した。

 

 ――きっと、素晴らしいヒーローになれること間違いなしデース。

 

 何たる度胸、何たる信念。

 それになにより――。

 

「――ウヘヘ、好みの外見にもほどがありマース! もうこれは、運命といっても過言ではないデース!」

 

 だらしなく相好を崩し、女は笑みを浮かべる。

 

 

 それと、ほぼ同時刻。

 

「――イカしてるじゃねぇか」

 

 また別の場所にて、寝そべりながらテレビを見ていた人物は笑い声をあげた。

 

「前々から目を着けちゃいたが、丁度いい」

 

 こちらも、女であった。

 彼女はのそりと身を起こすと、携帯電話で通話を開始する。

 

「オレだ。以前から調べさせてた、例のガキ――そいつを人質にするって作戦は一旦ストップだ。それよりも、いいことを思いついた。金はいくらかかってもいい、奴の家の近くで拠点を確保しろ」

 

 予てから計画していた作戦の中止を宣告し、別の命令を下す。

 

「――ああ。今すぐ動け、オレがそこに住む」

 

 手短に用件を告げ、女は電話を切る。

 再び寝そべりながら、しかし考えるのは先程テレビに映っていた少年のこと。

 

 戦う力もないくせして、悪の組織に面と向かって啖呵を切れる蛮勇。

 決して悪の組織に靡くことはないと宣言する生意気さ。

 己の立場も弁えず、悪を諭すという傲慢。

 

 女は確信した。

 

 ――きっと、イカした悪になれるだろう。

 

 堕とすなら、そういう奴の方が化ける。

 それになにより――。

 

「――元より、狙ってたんだ。コイツを逃す手はねえ」

 

 拳をギュッと握りしめ、女は口角を吊り上げる。

 

 

 

「――あの子こそ、正義のヒーローに相応しいデース」

「――アイツこそ、悪の組織に相応しい」

 

 正義と悪。

 立場が正反対の二人は、しかし奇しくも目的を同じとし、動き出す。

 

「マズは、ご近所さんになるのがよさそうデースネ。親密になってからお話した方が信用してくれるに違いアリマセーン!」

「まずは、近所付き合いから始めっか。仲良くなってから切り出した方が話やすいからな」

 

 そしてワタシ(オレ)好みに育てて、ゆくゆくは――。

 

 無論、それを当人達は勿論のこと、他の誰も知ることはなかった。




次話はちょっと寄り道回を予定してます。
『悪の組織の総帥だって人気になりたい!(仮)』
よろしくお願いします。


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悪の組織の総帥だって人気者になりたい!

今回は少し短め(まあそれでも3,000字程度ですが)


悪の組織の総帥じゃが質問ある?

 

 

1:名無しの悪の総帥

なんでも聞くがよいぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

 

 

 

 ――――

 

 

 その日、悪の組織『肉壁☆お兄ちゃんズ』及びその下部組織である『萌壁☆お姉ちゃんズ』に所属する戦闘員達は困惑していた。

 

「……むぅ」

 

 何故なら、組織の総帥たる男児がこれ以上ないほど不機嫌だったからである。

 だが、朝から不機嫌だったわけではなかったのだ。

 むしろ午前はうきうきとしていて、逆に機嫌がよかったのである。

 

 しかし時間が経ち、あるタイミングを境に一気に急降下した。目に見えるほどに。

 

 とはいえ、である。

 今まで総帥が不機嫌になったことがないわけではなかった。

 むしろそれなりにあった。

 

 例えばそれは、組織の作戦が失敗したり、ヒーローが攻めてきたり。

 招集に幹部が集まらなかったり、眠かったり、好物のシュークリームが売り切れだったり。

 理由は、それはもう多岐にわたる。

 

 しかし、昼寝をしたり、ジュースやお菓子を口にすればたちまち機嫌は回復し、戦闘員達の癒しとなる天真爛漫な笑顔を見せていた。

 だが、今日はどうしたことか。

 なにやら先程から携帯端末の画面を見つめて、むすっと顔を顰め。

 いくらジュースやお菓子を勧められても、首を横に振り口にしない。

 

 それはそれで素敵、と陶酔するお兄ちゃん(戦闘員)及びお姉ちゃん(戦闘員)もいたが、ごく一部。

 総帥と幹部の笑顔を日々活力の源とする大半にとっては、衝撃的であったのである。

 

「――総帥ちゃま、ご気分が悪いのですか?」

 

 最側近たる男がおずおずと問いかけるが。

 総帥である男児は、無言のまま首を振り、答えを返さない。

 だからこそ、戦闘員達は困惑しているのであり。そして都合数度、これが繰り返されているのであった。

 

「もう下がってよいぞ」

 

 心配ではあったが、直々に命令を下されては、側近の男も従わざるを得ない。

 男児一人を残し、失礼します、と静かに彼は部屋を後にする。

 

「…………」

 

 豪華絢爛な部屋である。

 黄金に輝くキッズチェアがあり、天井からはシャンデリアの如く吊り下がる玩具の数々。部屋の隅にはプールが設置され、温かい季節には冷水が、寒い季節には温水が常時流れている。無論底は浅い。

 壁際には巨大な冷蔵庫があり、中には大量のジュース。お菓子も山のように積み上げられ、多種多様なパッケージが顔を覗かせている。

 

 男児は、この部屋の主であった。

 

「……何故、誰も反応せぬのじゃ」

 

 一人となった部屋で、ポツリと男児は呟く。その言葉を聞く者は、声を発した自身以外にない。

 

 本日、彼はとある一つのスレを立てた。

 それが『悪の組織の総帥じゃが質問ある?』のスレである。

 きっかけは先日、悪の組織の人質となった者が立てていたスレ。当初はふとしたきっかけで辿り着き、興味本位で書き込んでみただけであったが。

 端的に言えば、盛り上がった。もしかしたら糞スレに成り得た未来もあったかもしれないが、まさかのテレビ中継されるというのに加え、第三勢力(悪の組織)第四勢力(ヒーロー)乱入という予想外にして波乱の展開。

 

 イッチが現場からの逃走を試み、それを察知したその場の全勢力が彼を手中に収めようと追いかけ、勇敢なリポーターもまたそれに続き、掲示板でもその模様を実況。

 最終的にイッチが逃げ切って全勢力を振り切ったという大金星で幕を閉じた。

 

 楽しかった。今まで経験したことのない楽しみであった。

 ついでに言えば、罵倒の安価はこの男児である。

 

 だから今度は自分が主役になりたいと、男児は喜々としてスレを立てた。

 午前に機嫌がよかったのはそのためである。

 

 しかし、しかしだ。

 何でも聞いていいとしたのに、反応はなかった。

 嘘偽りなく対応するつもりであったのに、興味を持たれなかった。

 

 その結果。

 

 ――Dat落ち。

 

 一定期間に書き込みがないと、書き込みや閲覧が不可になることである。

 過去ログ倉庫に格納されたという物悲しいシステム的な文言を以て、男児のスレは終わりを告げた。否、始まりすらしなかった。

 

 つまり、これが男児――もとい『肉壁☆お兄ちゃんズ』の総帥たる彼が不機嫌な理由であった。

 

 仮に、その事実を側近の男に伝えていたら、きっと彼はこう答えただろう。

 もう一回やってみましょう、と。今度は必ずや誰かが反応してくれるでしょう、と。

 

 けれども、想像するまでもなかった。そうなれば、側近を初め組織の戦闘員達がスレを盛り上げようと書き込むだろうと。人数を考えるに、それこそ余裕で次スレが立つかもしれない。

 

 だが、それでは意味がない。

 求めているのは、そんな茶番ではない。

 男児は、人気者になりたかった。あのスレのイッチのように、見も知らぬ者達から。

 

 しかし、誰ぞ思おうか。

 よもや本物の悪の組織の総帥がスレを立てるなど。

 きっと釣り、騙りに違いないと。相手にしなかったわけである。

 

「……むぅ」

 

 口を尖らせるのは、本日もはや何度目か。

 悲しいかな、いくら画面を見返そうと、Dat落ちはDat落ち。

 この先書き込まれない未来が確定した、虚しく憐れなスレ。

 

「――よいじゃろう。主らがそのつもりであるなら、我にも考えがある」

 

 それは、子供らしからぬ覇気のある声であった。

 男児はその瞳に鋭い光を灯らせて、手中の携帯端末を、その映し出された画面を見る。

 

 刹那。

 グシャッ、と男児の手にあった携帯端末が粉砕された。

 液晶が四散し、跡形もなく塵となる。

 

 子供では――否、一般の成人男性でも有り得ない握力。

 いや、そもそもそれは本当に、物理的な力が加わったものなのだろうか。

 

「――待っておれ」

 

 メラメラ、とその声色に熱が宿った。

 

 もしも、もしもだ。何も知らぬ一般人が、第三者がこの場所にいたとして。

 先程までであれば、確実に侮っていただろう。

 贔屓目に見ても、いいところのお坊ちゃん。親が権力を持つ悪ガキ。

 その正体が悪の組織の総帥だと知らされたところで、不機嫌そうな男児を前に鼻で笑ったに違いない。

 だが、今の男児を前にしたとすれば、どうか。

 恐らくは――。

 

 ――皆一様に震えあがり、機嫌を損ねまいと頭を垂れたことだろう。

 

 それほどまでの、威圧感。

 空間が軋み、悲鳴を上げる。

 パァンッ!! と、天井に吊り下げられていた玩具達が、触れることなく一斉に爆ぜた。

 

「――待っておれ」

 

 金色に光るキッズチェアから立ち上がる。

 間を置かず、一歩。また一歩。ゆっくりと歩む。

 踏み出す毎に、気炎が高まる。

 その胸中を満たすは果たして、いかなる感情、激情か。

 

 異変に気付いた側近の男が、不測の事態が起きたかとノックも忘れて慌てて部屋に飛び込んできて。

 彼はしかし、男児の顔を見てその口を噤む。

 

「待っておれよ――イッチ!!」

 

 紡がれるは、総帥にとっての怨敵の名。彼にとっての先人であり、ライバルの名。

 

 その容姿を知っている。

 テレビに出ていた。声も聞いたし、どんな人物なのかも雰囲気を理解している。

 

 その容姿を覚えている。

 高校生ながらも、小学生と間違えられることのある幼さ。

 凡庸凡人ならいざ知らず、映像越しながらもそのある意味特徴的な存在は滅多に忘れられるものではない。

 

「人気者になるのは、この我じゃあっ!!」

 

 対抗心を燃やす。

 立ち塞がる壁として、或いは超えるべき壁として。

 

 まずはその素性を詳らかにし、接触する。

 なんなら、こちらとて悪の組織。あのスレのように人質にしてもよい。

 そうすれば、主役ではないが準主役として楽しめる。

 そこから秘訣を探り、盗み、追い抜いてみせるとも。

 

 頑張れ総帥、負けるな総帥!

 人気者への道は、まだまだ先だ!

 

 

 

 

 その頃、当のイッチこと僕はそんな事は露知らず。

 

高校生(・・・)のお兄ちゃん、ありがと~」

「HAHAHA! いいともいいとも、何せ僕は、高・校・生! だからね。存分に頼るがいいさ!!」

 

 謎のおじさん二人組に追われていたこれまた謎の美幼女を助け、すっかり懐かれてたりしていた。

 なお、その幼女の正体は――。

 

(チョロいな~、お兄ちゃん。これからは、家族(・・)の私が側にいてあげないとね♡)




次回!
追われていた謎の美幼女を助け、仲良くなった少年。
そんな彼の近所に、
身長2mに届かんばかりの金髪美人外国人と、
同じく高身長にして腹筋バキバキの褐色肌の美人が引っ越してくる。

引っ越しの挨拶として自宅を訪れてきた彼女達に。
少年は、瞳に涙を湛えて言った。

「――僕、貴方の子供になりたかった」

刹那、鮮血が、宙に舞う。

※次はすぐ更新できるか分からないので取り敢えず予告だけしときます。
GWが終わるー。。


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悪と正義がお隣さんの家があるらしい

ちょっと修正した箇所のお知らせです。
『自称常識人を見守る IN 掲示板/ぷらすあるふぁっ!』
の掲示板形式後の一人目の視点の口調を変更しました。
今回はその一人目が登場。
本当は二人目も出す予定だったんですが、視点変更が繰り返されるので話を分けることにしました。
よろしくお願いします。


「それじゃあ高校生のお兄ちゃん、今日はありがとう! また明日ね~♡」

「気を付けて帰るんだよー」

 

 いかにも怪しげなおじさん二人組に追われていた幼女を助けた僕は、彼女に別れを告げて帰途につく。

 少し歩いた後に何となく振り返ってみれば。彼女はまだこちらを見ていて、振り返った僕に向かってブンブンと大きく手を振ってきた。なのでこちらもバイバイ、と手を振って応えて、そうして今度こそ踵を返して家に向かう。

 

「いやあ、本当にいい子だったなぁ……」

 

 同じ町に住んでるみたいだし、その内また会うかもしれない。

 また明日と言っていたのも、あの子の年代にとってはある意味決まり文句みたいなものだろう。それこそ、公園で初めて遊んだ見知らぬ子にすらでも言うような。

 

 珍しいピンク色の髪だったし、出会い方にしても助けを求めながら僕に駆け寄ってきたというものだから、すわ何事か、と思わず最初は身構えてしまったが。

 性格は元気であり、また純真無垢と言ってよいだろう。危険が去ったことを理解し、満面の笑みでお礼を言われた時は、癒されたものだ。

 それに、その後軽く話したのだが、上目遣いも実に可愛いかった。そう、上目遣いである。僕より小さくないとできないそれに、思わず頭を撫でてしまったが幸いにも喜んでくれた。

 僕は子供扱いされるのは嫌だが、別に子供が嫌いなわけではないのである。

 

 何より、一目見て僕が高校生であると分かって呼んでくれたことが素晴らしい。

 自慢になりゃしないが、初見で僕を高校生だと見抜いた人は皆無だ。中学生ならまだマシ、大抵は小学生呼ばわりされるという屈辱である。

 

 ――誰かに高校生と呼ばれることが、こんなにも心地よかったとは!

 

 全く、同じピンク髪にして身長も同じくらいの、どこぞの悪の組織のメスガキとは大違いである。

 とはいえあのメスガキは、罵倒した上に泣かせまでしたのだ。それも彼女の部下の前であったのだから、面目丸潰れであったことだろう。

 だから、きっと今後接触は無いと思いたい。とはいえ、復讐される可能性は無きにしも非ずだが――まあ、その時はその時だ。

 いずれにせよ、すぐにどうこうはされないはず。

 

 ちなみに、その子を追ってきていたおじさん達は、僕を見て睨むように、同時に物言いたげではあったものの、結局何も言わずにどこかに行った。

 子供同士ならまだしも、追いかけていた対象が高校生の僕と接触したのだ。ならば諦めるという選択肢をとったのも納得である。

 

「あれ、引っ越しのトラックだ。……もしかして隣のおじいさん、引っ越すのかな?」

 

 などと幼女との邂逅のことを思い返しながら家のすぐ側まで来てみれば、隣家の路上にキャッチコピーが有名な引越し業者のトラックが停車しているのに気付いた。

 よくよく見れば、そこから少し離れたところで、近所のマダム達が屯している。

 所謂、井戸端会議という奴だ。何回か、僕も交じったことがある。

 誰々の引っ越しの話題など、噂好きの主婦にとっては見逃せない内容。何か知ってるかもしれない。

 

「ここのおじいさん、昨日までは普通に生活してたのにねぇ。何でも、今朝にはもぬけの殻で、空き家になっていたらしいわよぉ」

「まあ、本当? 夜逃げでもしたのかしら?」

「私、見たわよ! ここ数日、妙な人達がこの家の近くをうろついてるの!」

 

 ……中々にアレな内容だった。

 

 近づいてみればそんな会話が聞こえて、何とも言えない気持ちになる。

 おじいさん、そんなことになっていたのか。隣なのに全く気付かなかった。

 すると、そんな僕の姿を認めてか、マダム達の一人がこちらに向かって手招きをしてきた。

 

「こんにちは、皆さんお揃いでどうしたんですか?」

 

 そんな彼女達とは、実はちょっとばかりの顔見知りではある。

 とはいえ、多少立ち話をしたことがある程度で名前を知っているとかそこまで深い仲ではないのだが。

 ともかく近づいて挨拶をしてみれば、彼女達は早速情報をくれた。

 

「いえねぇ、この家に新しい人が引っ越してきたみたいなのよぉ」

「へー、引っ越しですか」

「そうそう、随分急よねぇ。今度の方は、まともな人だといいのだけどぉ」

「ですねー」

 

 不満、というか期待に便乗しつつ、僕はトラックに視線を向ける。

 その家に住んでいたのは、近所でも有名な頑固なおじいさんだった。とんでもなくヤバイ人でもないが、その頑固さと偏屈さで付近の住民から多少煙たがられてはいた。

 

 僕としても、時折怒鳴り声とかが聞こえる程度でそこまで大きく害はなかったのだが、一つだけ大層迷惑した点がある。

 それは、大量に入手した値引き品を、処理の一環として近所にお裾分けした時のこと。

 それ以降、早朝や真昼間、深夜とあたり構わず僕の家に突撃してきては、値引き品はまだかと要求されていたのだ。

 その度に僕は、「おじいさん一昨日あげたでしょ」と追い返したものである。それがなくなるのであれば、とても有難い。

 

 特に大した近所付き合いをしていないので、寂しくはない。むしろ、本音を言えば迷惑していたので助かった面すらある。

 

「……あれ、そういえば今日はあのおばさんはいないんですね。こういう話題には、真っ先に飛びついてきそうなのに」

 

 近所でも有名と言えば、この家から僕の家を挟んだ向こう。

 僕にとってのもう一つの隣人である、噂好きのおばさん。喜々として現れそうな人物が、マダム達の輪にいない。

 そのことを、僕が意外そうに指摘すれば。

 

「ああ、実はねぇ。あの人も、どうやら引っ越したらしいのよねぇ」

「そうそう、私もびっくりしちゃった。ほら、向こうにも引っ越しのトラックが見えるでしょう? あちらの家にも新しい人が来たみたいなの」

 

 何とも予想外な返答。そんなことがあるだろうか。

 しかしマダムの指差す方向を見れば、確かにロゴマークが有名な引越し業者のトラックが停車しているのを確認できた。

 

「へー、昨日までは元気に噂話してるの見ましたけどね」

「そうなのよ! でも私、見たわよ! あっちの家の近くで、スーツ姿の人たちがうろついてたのを!」

 

 こことは反対の隣家には、近所でも有名な噂好きのおばさんが住んでいた。その人はともかく噂話が大好きで、マダム達の路上の集まりには必ずといっていいほどその姿があったものだ。

 言うなれば、井戸端会議のリーダー的存在だったと言っても過言ではない。

 

 その人は、どこから仕入れたのか知らないが色んな噂を知っていた。

 真実味のあるものから、明らかに嘘だと疑うようなものまで。

 

 ――悪の組織の幹部が住む家と正義のヒーローが住む家に挟まれた家があるらしい。

 

 例えば、こんな噂もそう。それを聞いた時、内心鼻で笑ったのを覚えている。

 全く、馬鹿馬鹿しい。バカゲーの世界といえど、流石にそんなのはないだろう。全国各地に悪の組織や正義の組織があるといっても、それでも一般人の方が全然多い。一体どんな確率だ。もしもあったとしたら、バカゲーここに極まれりである。

 そんな家があるなら、是非ともそこに住んでいるの人の顔を拝んでみたいものだ、と当時の僕は思ったほどである。

 とまあ、そんな馬鹿みたいな噂を発信する程度には信憑性は保証されなかったわけで。

 

 ちなみに、何度か井戸端会議に参加したことある僕にとっては、まだおじいさんよりもおばさんの方が親交があった。

 明らかに嘘みたいな噂でも、面白いものもあったから少し寂しくも感じられる。

 

「そういえばあの人、君のことを『高校生というのは実は嘘で本当は小学生』って噂してたわねぇ」

「あ、それ私も聞いた聞いた!」

「そうそう、あちこちで言ってた気がするわ」

「……何ですと?」

 

 前言撤回。なんてとんでもない嘘を流布してやがるんだ。

 

「違いますからっ! 僕は正真正銘、高校生ですから!!」

 

 半信半疑、といったようにこちらを見つめるマダム達に必死に弁解する。

 全く、何ておばさんだ。もっと早く知っていれば、雪辱を晴らしてくれようと考えたと思うが、しかしその機会は失われたということになる。

 でも、今度は自分が噂される立場になったわけだ。そう思えば少し溜飲が下がった。

 

 どんな人が新しく住むのか微塵も興味がないわけではなかったが、詮索も野次馬もするつもりはない。取り敢えず変な人じゃなければいいな、と思いつつマダム達に会釈して、僕はその場を離れる。

 いずれにせよ、二軒同時にお隣さんが入れ替わるのである。

 偶然もあるものだなと思いつつ、僕は家の鍵を開けるのだった。

 

 

 

 ――ピン、ポーン。

 

 夕方、家でくつろいでいると、インターホンが来客を知らせた。

 

「はーい」

 

 誰だろうか、と玄関を開けるとそこには。

 とても背の高い、金髪の外国人の女性がいた。

 見上げれば、サファイアブルーの瞳と目が合う。

 

「……ワオッ! やっぱり、ベリーベリーキュートネ」

「あの、どちら様ですか?」

 

 見覚えはなく、知らない人だ。

 仮にこんな知り合いがいたとしたら、間違いなく忘れはしないだろう。

 

「ハーイ、コンニチワー! ワタシ、今日からお隣に引っ越してきた、エレナと言いマース!」

 

 どうやら、例のお隣さんらしい。かなり快活な人のようだ。

 うん、パッと見た感じはまともな人そうでよかった。律儀に挨拶に来てくれたというのは好印象である。

 

「どうも、隣に住んでる者です。……なんでも、今日お引越しされたとかで。わざわざ、ありがとうございます」

「ノープロブレムデスネー! ウフーフ、ワタシもこの時を楽しみにしていましたデース!」

 

 その言葉は嘘ではないようで、傍目からも分かるほどに彼女――エレナさんはわくわく、きらきらと顔を輝かせて僕を見下ろしている。心なしか頬が紅く、それは夕陽のせいなのか、はたまたそれほど高揚しているということなのか。

 確かに、新しい環境での生活というのは心躍るものだろう。経験したことはないけど。

 と、そんな風に僕が彼女の事情に思いを馳せていると。

 

「オー、ソウデシター! コチラ、引っ越しのご挨拶のプレゼンツデース! お近づきの印に受け取ってクダサーイ!」

 

 エレナさんがその手に持っていたものを、ずいと僕に向かって差し出してきた。

 ……いや、ずっと何だろうとは思ってたんだ。もしかすると荷物の整理中で、ついそのまま挨拶に持ってきちゃったお茶目な人の可能性を考えていたけど。

 

 なにせ、彼女が引越しの挨拶として渡そうとしているのは――壺である。

 それも僕の身長の半分ほどありそうな、大きな壺だ。警戒を抱くには充分だった。

 

「……あの、これは何ですか?」

「とろろデース!」

 

 もしかしなくても怪しい商売筋の人間なのではないか。

 そう訝しんだ僕であったが、しかし返ってきたのは思いもよらない返答だった。

 

「……とろろ?」

「そうデース! 白くて粘り気のある、最高のどろどろジャパニーズフードデース!」

 

 引っ越しの挨拶であれば、引っ越し蕎麦というのが定説だが。

 まさかの、トッピングの方。

 壺の中を覗いてみれば、成る程。確かに白くて粘り気のある物体というか流動体というか――ともかくとろろらしきものが壺いっぱいに揺らいでいた。

 

 考えてみれば、とろろというのは意外と実用性が高い。

 蕎麦やご飯にかけるのは勿論、肉や魚、汁物にだって使える。

 面倒な一手間要らずで、ただかけるだけであら不思議。違った一品の完成だ。

 

 ――なんて、素晴らしい人なんだ。

 

 感心する。なんなら怪しく思っていた少し前の自分をぶん殴りたいくらいだ。

 引っ越し当日に挨拶に来てくれたことに加え、実用性のある贈り物。

 改めてエレナさんを見上げれば、日本人とはまた違った美貌が、一切の悪意なくニコニコと僕を見つめている。

 それに何といっても、身体の大きさ。男性でも高い部類に入るであろうほどの身長に、肉付きのよい恵体、街中を歩いていれば嫌でも周囲の視線を引き寄せてしまうであろうボンキュッボンな胸部と臀部。

 まさに、アメリカンなダイナマイトボディ。

 

 翻って、己の矮小さときたら。

 嫌でも痛感させられる、この小学生と間違われる身体。

 そう考えると、意識せずとも目の奥が熱くなるのを感じた。

 

「ど、ど、どうしまーしタカ? もしかして、とろろ嫌いでしタカ?」

 

 そんな僕の様子を不審に思ったのか、彼女は少し屈むようにして近づいてくる。

 

「い、いえ……すみません。大丈夫です、何でも」

「そんなワケありまセーン! 遠慮することなく言ってくだサーイ!」

「……でも、こんなこと急に言ったら、きっと困らせてしまう」

 

 そうだ、こんなことは言えない。

 ああ、神よ。何故、どうしてこんな不条理が罷り通るのですか。

 

「ノープロブレムデース! 何を言われてもワタシは構いまセーン!」

 

 エレナさんの顔が、僕に近寄る。

 心なしかその鼻息は荒い。それほど心配してくれているということだろう。

 そこまで言うのならば、仕方がない。僕だって、この思いを胸に秘めたいわけじゃないのだ。伝えられるなら、この不条理を誰かに伝えたいのだから。

 

 だから僕は訴える。涙が零れ落ちそうになるのを堪えながら。

 

「――僕、貴方の子供になりたかった」

 

 だってそうすれば、高身長が約束されていたといっても過言ではないのだから。ついでにイケメンになるであろうことも。

 

 

 ――――

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、女――エレナはガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。

 

 少しばかり俯いた顔。

 キュッと口元は何かを我慢するかのように固く結ばれ。その瞳は堪えるように涙を湛えて潤んでおり、今にも流れ出しそう。

 

『貴方の子供になりたかった』

 

 そのような言葉を、これまでエレナがかけられたことは当然ない。

 故に、その事実を脳が理解するまでに数秒を要し、その意味を考えるところから彼女は始めなければならなかった。

 

 普通に考えれば、叶わぬ願いである。

 既にこの世に生を受けている以上、産まれなおすというのは不可能で。だからこそ、当人もなりたかったと形容しているのだろう。

 

 ……では、どのような意図を以てその言葉を紡いだのだろう?

 

 貴方の子供。つまり、それほど私を好きであるということ。

 子供になりたい。けれど、それはどうあっても実現できることではない。

 貴方の子供になりたい。それは、つまり。

 

「……っ!」

 

 せめて――貴方の子供を産みたい。

 

 エレナの身体を、スパークが走り抜けた。

 リーン、リーン、と教会のベルの音が壮大に脳裏に鳴り響く。

 

 彼女は理解した。理解してしまった。

 その言外に込められた、少年の願いを。

 そう、それこそは。

 

 ――プロポーズですネーー!

 

 つうっと、鼻の奥から熱い何かが伝ってくるような気がした。

 それを認識した彼女は、すぐさま右手で鼻と、ついでにニヤけた口元を覆い隠すようにして慌てて上を向く。

 そして気合で、流れ出てこようとするそれを抑え込んだ。

 

 今はプライベート、変身していないとはいえ、ヒーローたる己が無様を晒すわけにはいかない。

 その一心である。

 そしてそれが功を奏し、溢れ出ようとしていた彼女の一部は止まった。

 

 そうか、だから彼は口籠ったのだ。

 

 遅まきながら理解する。

 お互い何も知らない初対面――少なくとも少年にとっては――であるにも関わらずの求婚。

 言い淀みもするだろう。勇気がいることだろう。

 可愛い見た目ながら、なんと情熱的。だが――実に彼女好みだ。

 

 その間、数秒とも無い僅か一瞬の出来事。

 すぐさま彼女は、何事もなかったように返事――つまりはYESを告げようと少年に向き直り。

 

「……眼福デース」

 

 ――ブパッ!! と。

 

 抑え込めたはずのそれが、今度こそ噴水のように勢いよく飛び出した。

 何故なら少年の全身には、真っ白で粘り気があってどろどろとしたものが付着していたのだから。

 その正体は、なんのことはない。エレナの持ってきたとろろが、彼女の大きな動きの反動で壺から飛び出して降りかかってしまっただけである。




次は、二人目の隣人編です。
その次は、正義視点と悪視点の掲示板形式の話を予定してます。

とはいえ、本作は割と適当なノリで書いてまして。
メインで書いてるのは別作品の投稿なので、こちらは不定期更新になりますがよろしくお願いします。


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正義も悪も割と似た者同士

前回の投稿からお気に入りの数が結構増えていてびっくりしました。ありがとうございます。
評価もいただいたようで、こちらもありがとうございます。
欲を言えば、前話と今話の鼻血の如く評価バーが真っ赤に染まると嬉しいですが。。
赤いバー見たいですねー(チラッ、チラッ)

というのはまあ一部冗談で。
反響あると執筆の気分とペースに直結する単純な奴なので、高評価いただけると凄く喜びます。
よろしくお願いします、ではどうぞ。


 世の不条理を嘆き、悔しさに打ちひしがれていたら、ひんやりとしたものが肌にかかったのを感じた。

 俯かせていた顔を上げてみれば、そこには――。

 

 ――豪快に空中へと鼻血を吹き上げるお隣さんの姿が。

 

 おお、流石アメリカン、鼻血もアメリカン。

 

 そんな光景にわけの分からないことを思いつつ、僕が目を点にしていると。

 

「――せ、せ、戦略的撤退デース!」

 

 金の長髪を振り乱し、血に塗れた手で鼻を押さえながら、外国人の美人さんはシュバババっと物凄い勢いで去っていった。

 そんな姿でもそれっぽく絵になるのだから、高身長の美形は羨ましい。

 仮に僕が人前で鼻血を出そうものなら、「僕、大丈夫~? はい、チーンしようね~(笑)」とティッシュ片手に子ども扱いされること必至である。

 

 しかしそれはそうとして、戦略的とはいったい。

 

「…………」

 

 地面を見れば、真新しい鮮血がポツポツと染みており、つい先ほどの光景が嘘でないことを物語っていた。よくもまあ鼻血でここまでの量が出たなとある意味感心してしまう。

 そして残されたのはそれだけでなく、彼女が手土産として持参したとろろ入りの大きな壺も置かれており。

 そこまで見て、そういえばと自身に降りかかったひんやりとしたものの正体に目をやってみれば。

 

 白く、粘り気のあるどろどろとしたもの。

 壺の中身のとろろがかかったのだと理解するまで、そこまで時間はかからなかった。

 

「……あ、結構美味しいかも」

 

 指で掬い試しにぺろっと舐めてみれば。冷たくて割といい感じ。

 これなら、他と合わせればもっと美味しいに違いない。上質そうなとろろである。

 結局何が何だかだったが、鼻血が出たということはいきなり体調が悪くなったのかもしれない。或いは、元々体調が悪かったにも関わらず挨拶に来てくれたのか。

 それは今度会った時にでも聞くことに決め、取り敢えず貰ったものはありがたく受け取ろうと、壺を玄関の中にまで運び入れる。

 

 折角だから、早速今日の晩御飯にでも使わせてもらおうか。

 そう考えながら、浴室へと足を向ける。

 身体にかかったとろろを流すためだ。まさか全て舐めとるわけにもいかないだろう。

 時間も夕方、今日はもう出かける予定もない。

 丁度いいのでシャワーで身体も洗ってしまおうと僕は服を脱いで洗濯機に入れるのだった。

 

 

 ――ピン、ポーン。

 

 本日二度目のインターホンが鳴ったのは、シャワーを浴び終えてパジャマに着替えたタイミングであった。

 上がった直後なので髪はまだ少し濡れたたままだが……まあいいだろう。

 もしかしてさっきのお隣さんが戻って来たのかな、思いつつ扉を開ける。

 

「はーい」

 

 瞬間、僕の眼前に飛び込んできたのは、バキバキに割れた褐色の腹筋。

 その見事さに一瞬目を奪われつつも、目線を徐々に上げて行けば。お腹をかなり露出させた、もはや下着の一種のようにも見えてしまうようなタンクトップが映り。更にその上の銀髪のショートヘアの女性の顔が見えたところで、視線を固定する。

 

「っ!! ――落ち着け、落ち着くんだ、アタシ」

「……えっと、どちら様でしょう?」

 

 予想に反し、さっきのお隣さんではなく知らない人であった。

 なんだか、僕が顔を出した途端にビクッとしたような気がするが、どうしたんだろうか。

 ともかく特徴的な人なので、知り合いでないのは間違いない。

 

「……よし。……よ、よぉ! オレは隣に越してきた、立華(たちばな)ってんだ!」

 

 耳障り、とまではいかないが、そこまで出す必要があるかと思う程度には少し大きめな声。

 どうやら、例のお隣さんその2らしい。

 今のところ若干挙動不審さを感じられるが……まあ、隣人がどんな人か知らないことを考えれば緊張するのも仕方ないだろう。

 挨拶に来てくれたというのは、それだけで好印象である。

 

「どうも、隣に住んでる者です。……確か、今日お引越しされてきたんですよね? わざわざ、ありがとうございます」

「っ!? な、なんでそれを知ってるんだ!? まさか、アタシのことを――」

「ん? えーっと、普通に引っ越しのトラックを見かけたからですけど」 

 

 後はマダム達に聞いたというのもあるが。

 それにしても、そんなに驚くことだろうか。何か後ろめたいものがあるならばともかく。

 

 ……いや、まあ女性だったらそういうのは割と気にするのかもしれない。確かに、知らない人から今日引っ越ししてきたんですよね、と聞かれたら警戒の一つもするのも分からなくない。これは僕の落ち度だ。

 まだそうとは分からないが、もし女性の一人暮らしなら色々とあって過敏になるのだろう。

 そう思い、深く考えないことにした。

 ふっ、流石は僕、気遣いもできる男である。

 

「……あ、ああ。なんだ、そうなのか」

 

 それを証明するかのように、彼女――立華さんは、ホッとしたかのように息を漏らす。

 ほら、やっぱりそうだった。しかし、心なしか残念そうにも見えるのは僕の思い過ごしだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、お互い無言となる。

 立華さんは所在なさげに視線を彷徨わせ。時折僕の顔を見るものの、目が合ったかと思えばすぐさま逸らされる。

 夕陽に照らされたその横顔は赤い。

 

 何だか変な空気になってしまった。

 僕の方から話題を出せなくもないのだが、しかし言い出せない。

 つまり、その両手に持った紙袋は何ですか、である。

 もしかすると、引っ越しの挨拶で中身の一部を僕にくれるのかな、と思っているのだが。

 だがそんなことを口にしてしまえば、催促しているととられかねない。卑しい扱い待ったなしである。その上、推測が間違っていた場合は最悪だ。

 

 そんな時、ふと立華さんの視線が、地面に点々と付着している血の跡を追っているのに気付いた。

 先程訪れてきた隣人その1、エレナさんが残していった血痕である。まだそれほど時間も経っていないため、実に紅々しい。

 

 ……あ、それは無言にもなるわ。

 

 僕だって誰かの家を訪れた時に玄関先に真新しい血痕があれば無言にならざるをえない。下手をするとそのままUターンして帰るレベルである。

 だから、慌てて弁明をしようとして。

 

「ああ、それは僕の血じゃなくてですね……」

 

 そこまで言いかけて、気付く。

 自分のものではない真新しい血痕が玄関先に付着している家。なにそのヤバイ家。

 

 何を言おうかと、ぐるぐると思考が渦巻く。

 正直に、先程隣人が鼻血を吹いていったと言うか? いや、間違いなく信じてくれないだろう。だって、僕だって実際の光景を見ていなければ全然イメージできないし。隣人に責任転嫁する最低人間のレッテルを貼られかねない。

 じゃあ実は赤いペンキだって言うか? いや、血という単語を出してしまった以上、嫌でもその連想は拭えないだろう。今更ペンキです、と言っても取り繕っているようにしか見えない。

 

 くっそ、身体じゃなくてそっちを綺麗にするのが先だったか。

 通報されたらどうしよう。そうでなくとも、引かれるのは固い。ご近所さん付き合いとしてそれはマズイ。

 取り敢えず、僕の中でエレナさんの好感度が下がった。

 

「――ははっ、そうかお前の血じゃねぇのか。そんな見た目して中々やるじゃねえか、増々気に入ったぜ!」

「ほ?」

 

 だが、ミラクルが起きた。

 何がどうしたのか、隣人その2――立華さんは少し興奮したように歯を見せて笑ったのだ。

 そんな彼女に、僕は呆気に取られていると。

 

「ほらよ、これはほんの引っ越しの挨拶だ」

 

 両手に持った2つの紙袋。その両方を、彼女は僕に向けてそのまま差し出してくる。

 そう、まさかの2つ共だ。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 血への反応からして、ヤバイ人かもしれない。

 そんな疑惑を内心抱いていた僕は、その事実に加えて渡された量の多さに少し驚き、遠慮がちにお礼を言って受け取る。

 持ちきれなくはないが、ズシリとしていて中々に重い。

 

「いいってことよ。こういうの、引っ越し蕎麦って言うんだろ」

「お蕎麦ですか! でも、こんなにいただいていいんですか?」

 

 そして中身はまさかの――いや、そこまでまさかではないが、蕎麦。

 一体、何人前あるのだろうか。重さから考えて、2桁に届く可能性も有り得る。

 蕎麦は好きなので嬉しくなりつつ、しかしこれを本当にもらっていいのかと戸惑いつつ尋ねてみれば。

 

「い、いや、気にすんな。こういうの初めてなもんで、どん位渡せばいいのか分かんなくてよ。……だったら、その、なんだ。量が多い方が喜んでくれるかなって……」

 

 恥ずかしそうに、照れたように、そっぽを向きながら頬を掻いて立華さんは答える。

 

 ――なんて、素晴らしい人なんだ。

 

 感心する。ヤバイ人だと思っていた少し前の自分をぶん殴りたいくらいだ。

 引っ越し当日に挨拶に来てくれたことに加え、定番の贈り物。

 蕎麦である。同じ定番であっても、タオルだの石鹸だの嬉しくないわけではないがそこまで大喜びはしないものとは違う。

 改めて立華さんを見上げれば、カッコよさを孕んだ端麗な横顔が、僕を気にするようにチラチラと視線だけを向けている。

 それに何といっても、身体の大きさ。隣人その1のエレナさんよりは少し劣るが男性の平均以上はあるであろう身長に、鍛えているのが分かる健康的で丈夫そうな褐色の肉体、露出が多い上に周囲の視線を釘付けにしかねない豊満な胸部と臀部。

 まさに、アスリート的なグラマラスボディ。

 

 翻って、己の矮小さときたら。

 よもや同じ日、しかも時間を置かずに二度も痛感させられるとは思わなかった。

 そう考えると、またしても目の奥が熱くなるのを感じる。なんて涙腺が緩いんだ僕は。

 

「お、お、おい。どうしたんだよ? ……もしかして、迷惑だったか?」

「違います、むしろ大好きです!」

 

 そうだ、迷惑なんてことはない。蕎麦は僕の好物だ。だからそれをくれた立華さんを邪険に思うはずがない。

 だから誤解を解こうと、涙を堪えながら僕は己の心境を告白する。

 お隣さんその2の反応を見る余裕なんてない。

 

「――僕、貴方の子供になりたかった」

 

 二度目だからか、ある意味吹っ切れたのかその言葉はすんなりと出てしまった。

 だってそうすれば間違いなく身長は保証されたし、イケメンマッチョマンになれた確率が高かったのだから。

 

 しかし、流石に気恥ずかしい。というか、こんなことを初めてあった人に言うのはよくよく考えればおかしいのでは。

 そう思った僕は、ちょっと待ってくださいと立華さんに告げて、家の中に入り、落ち着くように深呼吸。

 その時、まだ玄関入ってすぐに置いていた大きな壺が目に入った。

 

「……そうだ」

 

 先程エレナさんから貰ったとろろ入りの壺と、今しがた立華さんから貰った紙袋の蕎麦を台所にまで運ぶ。

 そして戸棚から大き目のタッパーを取り出して、とろろを注いでいく。

 

 立華さんは気にするなと言ってくれたが、やはり貰いすぎである。

 そこで考えたのが、とろろをお裾分けすることであった。貰い物を一部とはいえ別の人に贈るというのはあまり褒められたものではないが、しかし、しかしである。

 とろろといえば、やはり蕎麦。とろろ蕎麦は鉄板だ。

 ともすれば、彼女の自宅にもまだ蕎麦は余っている可能性は充分あるだろう。

 

 とろろをタッパーに移し替えた僕は、蓋をして玄関に戻った。

 幸いにも立華さんはまだそこにいてくれて、扉を開けた僕に、最初と同じようにビクッと反応する。

 

「あの、これお返し――というわけじゃないですけど、食べてください!」

 

 とろろ入りのタッパーを差し出す。

 

「…………」

「あの、立華さん?」

「…………」

「もしもーし? 立華さん?」

「……あ、わ、悪い。……えーっと、何だ?」

 

 無反応、というか何故か硬直していた立華さんに数回声をかければ。

 彼女は少ししてから、どこかぎこちない様子で反応を返す。

 

 何だ、というのは中身のことだろうか。

 率直にいえば、とろろだ。エレナさんから貰った。

 しかし、お隣さんその1からの貰いものだと直球に言うわけにもいくまい。

 とはいえ貰ったのだから、それはもはや僕のだと言っていいだろう。

 と、なればである。

 

「――僕のとろろです!」

 

 あれおかしいな。今度のお隣さんも鼻血を噴き出したぞ?

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――違います、むしろ大好きです!

 

 

 その言葉を聞いた時、女――立華はフリーズした。

 彼女はとある悪の組織の女幹部である。だが常識についてはさておき、疎いものにはとことん疎い。

 挨拶は引っ越し蕎麦がいいと部下から教えられ、しかしその量については言われなかった彼女は、悩んだ末に少ないよりは多い方がいいだろうの精神で蕎麦を用意した。

 しかし渡したものの様子がおかしく、もしかすると迷惑だったのではないかと恐る恐る尋ねた際の返答がそれだ。

 

 ――大好きです!

 

 脳内にそのワードがリフレインする。

 言われたことのなかった言葉であった。同時に、いつか言われることを望んでいた言葉であった。

 もしもそれを意中の異性に言われた暁には、返事をできるように散々一人陰でこそこそ練習を重ねた程度には。

 

 ……それを実は部下である戦闘員達は知っており、彼女は気付いていないのだがそれはさておき。

 

 しかしそのような関係となる異性は長年現れず半ば諦めていただけあり。まさかそれが今この瞬間に到来するとは夢にも思わず。

 だからこそ、彼女はフリーズした。

 陰からこっそり様子を伺っていた彼女の部下達――野郎共やお姉さま方――の半分は予想外の展開に大興奮しつつも練習のようにいかずフリーズする己達の上司にこっそり溜息を吐く。チキンが発動したか、と。

 そして残り半分は、いや蕎麦に対して言ったんだろと冷静を保ち内心突っ込みながらハラハラと見守る。

 

 そんな彼女達の部下が興味津々に窺っているとも露知らず。

 いや、本来であれば幹部たる彼女が周囲に潜む気配に気付けないことはないのだが、極度の緊張に支配されたためにそんな余裕はなく。

 

 ――僕、貴方の子供になりたかった

 

 フリーズ最中に、追撃がやってくる。

 もはや、フリーズを通り越して彼女の思考はショートした。

 

 ……コドモ? アナタノコドモ?

 ……ダイスキ、コドモ。

 

 いや、違う。それは自身の好みである。

 身も蓋もない言い方をすれば、彼女はショタコンだ。

 しかしそれを初対面の人物が言い当てるのはおかしい。

 

 ……ダイスキ。

 ……アナタノコドモ。

 

 繋がった。

 だが、待ってほしい。自分は子供どころか結婚すらしていない。結婚どころか彼氏もいない。彼氏どころかそういう雰囲気になりそうな男もいない。目を着けている男――もとい少年は眼前にいるが。

 では、どうして自身の子供という話になるのか。

 刹那、彼女の脳に電撃が走り、どうでもいいミラクルが起きてショートが復活した。

 

 ――まさか、これは。

 

 浮かび上がる、一つの可能性。

 好意を伝えられ、いないはずの己の子供、その存在を言及するということは。

 つまり子供が欲しいということ。他ならぬ、自身との。

 それ、即ち。

 

 ――求婚じゃねーかっ!!

 

 ゴーン、ゴーン、と神社の鐘の音が壮大に脳裏に鳴り響く。

 

 理解してしまう。

 直球でありながらも、しかし肝心な部分をぼかした、その言外に込められた少年の願いを。

 

 繰り返して言えば、立華は生粋のショタコンである。

 だがそれは幻想を追うことと同義であると理解はしており。世間一般の女性と同程度には結婚に憧れ、望む気持ちはあった。

 それでも、婚活は惨敗。男は何故か自分から離れていく。

 

 だが、そこに彗星の如く現れたのが、我らがショタ主人公である。

 どうみても小学生にしか見えない、彼女好みの容姿に身長。正真正銘の高校生であるというのは調べがついている。

 先日の騒動を通じて、その性格も把握した。こちらも彼女好みの生意気さ。

 大歓喜だった。だから逃すまいと半ば無理矢理引っ越しもした。そして挨拶に来てみれば、まさかの求婚。

 

「――ば、馬鹿野郎、んないきなり言われても……も、勿論、OK……に決、まって……」

 

 ふと我に返って、気付く。

 眼前にいたはずの、そして求婚してきたはずの少年の姿がないことに。

 彼の家先に、ポツンと一人突っ立っている自分の現状に。

 

 ……まさか、夢だったのか?

 

 ありえない。あんなリアルな夢があっていいはずがない。

 

 ――だとすると。

 

 自分はまた、勘違いしていたのか?

 自分はまた、一人勝手に舞い上がっていたのか?

 

 自分はまた――逃げられてしまったのか?

 

 ガチャリ、と扉が音を立てる。

 そのことに咄嗟に身を竦めてしまえば、続いて中から少年が出てきた。

 

 よかった、戻って来た。逃げられていない。

 思わず、ボーっとして少年を見つめる。

 彼はその手に持ったタッパーをこちらに差し出していた。遅れて、呼びかけられていることに気付く。

 全く聞いていなかった。故に、問い返せば。

 返って来たのは、求婚をも凌駕する衝撃であった。

 

 ――僕のとろろです!

 

 とろろ。白く、粘り気があって、ネバネバしているもの。

 誰の? 少年の。

 ――少年のとろろ!!!!!(迫真)

 

 嗚呼、なんて響き。

 力が抜け、後ろに倒れこみながら、しかし立華は満足気な笑みを浮かべていた。

 心の奥から、身体の奥から何か、熱い何かが湧き上がってくる。

 そしてそれは彼女の鼻を通してこの世に顕現する。

 

「「「――姉御っ!!」」」

 

 最後に、彼女の部下達の声が聞こえた気がした。




隣人その2の一人称が『アタシ』と『オレ』が混在してるのは誤字ではなくそういう設定です。
普段はオラオラ系だけど精神状態でポンコツ乙女モードになる的な。

そのあたり含めた女幹部の情報は、もうちょっと先で予定している戦闘員視点の掲示板回『戦闘員は辛いよ(仮)』にて。

次回は隣人二人がそれぞれの組織側の掲示板でイキリ散らす回。
『プロポーズ(求婚)されましたが(たが)何か?(仮)』を予定しています。
掲示板形式だけど幼馴染ーズ出る予定。
幼馴染その2はまだしも、その1がまだほとんど出てないのでね、そろそろ。。

次回もよろしくお願いします。


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プロポーズされましたが何か?

なんと評価バーが赤く鼻血に染まりました。
前話の前書き見て評価してくださった方も、そうでない方も、評価いただきありがとうございます!
おかげ様でモチベーションが上がって今日も投稿できます。
とはいえ、低評価いただいたら速攻色変わりそうですが。。

元々両者の掲示板回の予定でしたが、量がそこそこになったので分割。
今回は正義側の掲示板形式です。


1:名無しの求婚ヒーロー

最高の気分ネ!!

 

2:名無しのヒーロー

嘘はいけませんよ、嘘は

 

3:名無しのヒーロー

気持ちは分からないでもないがな

とはいえ、ヒーローが見え透いた嘘をつくとは

 

4:名無しのヒーロー

嘆かわしいことです

 

5:名無しのヒーロー

妄想乙

 

6:名無しのヒーロー

極々稀に、結婚を発表して祝福されながら引退していくヒーローもいるのは事実だけど

あんなの一握りだし、都市伝説だし

 

7:名無しのヒーロー

イメージ操作ですね

世間からのヒーローのイメージを少しでも身近なものにさせようという

 

8:名無しの求婚ヒーロー

フフーン、何とでも言うがいいネ!!

どうあっても、ワタシがプロポーズされた事実は変わらないデース!!

 

9:名無しのヒーロー

目出度いことじゃないか、俺は祝福しよう

 

10:名無しのヒーロー

そうだな、何処のヒーローかはここでは聞かないが、組織が違えど我々は同じ志を持った仲間だ

おめでとうを言わせてくれ

 

11:名無しの求婚ヒーロー

ありがとうございマース!!

 

12:名無しのヒーロー

はいはい分かったわよ、乗ってやろうじゃないの

で、イッチは男よね?

だったらまだなんとか納得するわ

 

13:名無しのヒーロー

それなら私も許すから是非友達を紹介してほしい

 

14:名無しの求婚ヒーロー

>>12

>>13

女デースwww

 

15:名無しのヒーロー

フザケンナ

 

16:名無しのヒーロー

許サナイ

 

17:名無しのヒーロー

まあまあ落ち着け

ヒーローたるもの、いついかなる時も冷静にだな

 

18:名無しのヒーロー

そもそも、相手はイッチをヒーローだと知っているのか?

 

19:名無しのヒーロー

相手がヒーローというだけで、萎縮してしまう男性は多いですからね

もう何度、ヒーローを辞めようかと思ったことか

 

20:名無しのヒーロー

>>19

分かる、分かるわ

……でも、ヒーローを辞めることは、皆を裏切ることはできなかったっ!!

 

21:名無しのヒーロー

ヤメテ、それ以上言わないで

今でも夢でうなされるの

ヒーロー活動をしていると告げた途端、強張る表情

気持ち程度の、心が籠っていない頑張って

そそくさと逃げるように帰られて、それ以降繋がらない電話

 

22:名無しのヒーロー

泣きたい

 

23:名無しのヒーロー

まあ、男としては気持ちは分からんでもない

自分より妻が格好いいとなると、複雑な気分になりそうだからな

 

24:名無しのヒーロー

ウチの彼氏は一般人だから、参考までに聞きたいわね

 

25:名無しのヒーロー

まあ、もう一人可哀そうな妄想をしてる方が

 

26:名無しの求婚ヒーロー

>>18

あちらは、ワタシがヒーローであることは知らないはずデース!!

 

27:名無しのヒーロー

なんだ、じゃあまだ絶望を踏み越えてないじゃん

 

28:名無しのヒーロー

これからプロポーズを撤回されるに一票

 

29:名無しのヒーロー

とっとと正体を告げろ

そして逃げられるまでがワンセットだ

 

30:名無しの求婚ヒーロー

それはノープロブレムですネー!

何故なら、ワタシは彼をヒーローへとスカウトしようとしているのですカラ!!

 

31:名無しのヒーロー

ん? 話がいまいち見えないんだけど

ただのプロポーズされたって妄想じゃないの?

 

32:名無しのヒーロー

こらこら、もうややこしいから現実の話として向き合おうじゃないか

しかし、よく分からないのは同意だ

プロポーズされたという話ではなかったのか?

 

33:名無しの求婚ヒーロー

彼が好みのタイプというのはそうデース!

ただし、最初はヒーローへとスカウトしに会いに行きましタ!

その時に初対面ながらもプロポーズされたのデース!!

 

34:名無しのヒーロー

ほう、それは余程男気があるというか……

 

35:名無しのヒーロー

初対面でか?

なんというか、情熱的な男性のようだな

 

36:名無しのヒーロー

無理にフォローしなくてもいいでしょ

ただの冗談か、それともよっぽど調子がいいだけの男なんじゃないの?

その気にさせてポイ、とか

 

37:名無しの求婚ヒーロー

>>36

それは有り得まセーン!

身辺調査は完璧、絶対にそんなことをする子じゃないデース!!

 

ンフーフ、夫婦でヒーロー……胸が躍りマース!!

 

38:名無しのヒーロー

舞い上がるだけなら誰でもできるわ

後で裏切られて虚しい気持ちになるだけよ

 

39:名無しのヒーロー

スレタイで殺意を抱いたけど、開いてみたらただの同類で草

 

40:名無しの求婚ヒーロー

ノー! そこらの節操のない男と一緒にしないでくだサーイ!

 

あの子は、立派で強い子デース!!

昔に、両親が悪の組織の事件絡みで消息不明扱いとなってしまった、悲しい事情を持つ子デース!!

けれども挫けずに、今は高校生となって頑張って一人で生活してマース!!

 

41:名無しのヒーロー

……なるほど、悪の組織の被害者か

 

42:名無しのヒーロー

少し言いすぎたわね、ごめんなさい

 

43:名無しのヒーロー

本当に、悪の組織は許せないわね

なんであんなに一定層に人気があるのか理解できないわ

 

44:名無しの求婚ヒーロー

大丈夫デース!!

これからは、ワタシが家族になりマース!!

そしてプロポーズの言葉である子供ダッテ……必ず幸せにしマース!!

 

45:名無しの幼馴染ヒーロー

なんか、他人事とは思えないな

俺にも似たような境遇の幼馴染がいるんだ

 

そいつも悪の組織のせいで両親が――まあ行方不明扱いになっててよ

俺ともう一人の幼馴染は子供ながら、昔からよく分かんないまま側にいてさ

けど、そんなお節介がなくてもアイツは昔から笑ってて、むしろ助けられたのは俺の方だった

高校生になった今でもそうだ

 

でも、俺とそいつは男同士だからよ

くそっ

 

46:名無しのヒーロー

なんか、お姉さん涙出てきちゃった

 

47:名無しのヒーロー

>>44

頑張って幸せにしてあげてね、応援するから

 

>>45

辛いよね、苦しいよね。無責任なことは言えないけど、きっといいことあるから

 

48:名無しのヒーロー

見てみたら、なんか思ってたのと違った

流石にこれは茶化せない

人間として、何より正義のヒーローとして

 

49:名無しのヒーロー

全くです

 

50:名無しの求婚ヒーロー

ありがとうございマース!!

 

51:名無しの幼馴染ヒーロー

いきなり変な話しちゃって悪かった

でも、サンキューな

 

52:名無しのヒーロー

……正義のヒーローが他人の異性関係の話題をボロクソに言うのはいいのだろうか(困惑)

 

53:名無しのヒーロー

>>52

シーっ!!

 

54:名無しのヒーロー

>>52

それは思ってても言っちゃ駄目

 

55:名無しのヒーロー

さて、そもそも話題はプロポーズされたというお目出度いものだったな!

同じ男として気になるが、なんてプロポーズされたのか聞いてもいいのか?

 

56:名無しのヒーロー

ぐぬぬ、でも羨ましいものは羨ましい

 

57:名無しのヒーロー

悔しい、でも祝福しちゃうっ!!

 

58:名無しの求婚ヒーロー

>>55

オフコース!!

ズバリ――『貴方の子供になりたかった』デスネー!!

 

59:名無しのヒーロー

ほう、それはまた直球というかなんというか……

……ん?

 

60:名無しのヒーロー

いいなあああああああああああああああ!!

私もそんな言葉かけられたいいいいいい!!

 

61:名無しのヒーロー

ちょっと、そんなこと言われたら正気を失う自信があるわ

 

62:名無しの幼馴染ヒーロー

俺は悪くないと思うぜ!

くそ、俺だってアイツにそんなことが言えりゃあな……

 

63:名無しのヒーロー

漫画ならまだしも、リアルでそんなプロポーズした男の人って聞いたことないわ

 

64:名無しのヒーロー

しかも、初対面でしょ?

本当に?

これでやっぱり妄想とかいったら張り倒すわよ

 

65:名無しのヒーロー

で、イッチは何て返事をしたんだ

 

66:名無しのヒーロー

これまでの流れからみるに、オッケーしたんだろ?

 

67:名無しの求婚ヒーロー

もちろんOKデース!! いきなりでビックリしましたガ、そんなアナタも大好きデース!! 式はいつにしますカ? ワタシは教会が嬉しいですガ、日本のスタイルに合せるでもノープロブレムネ!! いっぱいいっぱい子供を作りまショー!!

 

68:名無しのヒーロー

ふーん

 

69:名無しのヒーロー

へー

 

70:名無しのヒーロー

ほー

 

71:名無しのヒーロー

で、実際は?

 

72:名無しの求婚ヒーロー

……鼻血が止まらなくなっテ、戦略的撤退をしたデース

 

73:名無しのヒーロー

知ってた

 

74:名無しのヒーロー

もしそれも現実って言われたら、今までの全部嘘だと疑ったわ

 

75:名無しのヒーロー

いや、にしても鼻血はないなーwww

私だったら失神だけで済んだのになーwww

 

76:名無しのヒーロー

ヒーロー失格なんじゃないか?

 

77:名無しのヒーロー

プロポーズに対する返事が鼻血……

それもう、駄目なのでは?

 

78:名無しの求婚ヒーロー

ちちち、違うんデース!

その時は、なんとか鼻血を堪えることに成功しましたネ!!

 

79:名無しのヒーロー

見苦しいから諦めた方がいいと思う

 

80:名無しのヒーロー

やっぱり同類だったわね

慰めてあげるから大人しくこっち側にいらっしゃい

 

81:名無しの求婚ヒーロー

聞いてくだサーイ!!

その子、何故だか白い液体塗れになっていたのデース!!

どろどろネバネバしたものを、全身に被ってマシター!!

 

82:名無しのヒーロー

白くて、どろどろネバネバ?

 

83:名無しのヒーロー

白液塗れの高校生?

高校生ってことはそういうのが多感な時期だから……

 

84:名無しのヒーロー

エッッッ

 

85:名無しのヒーロー

成る程、それは仕方ない

 

86:名無しのヒーロー

むしろ鼻血だけで済んだのは紛れもなくヒーローの証

 

87:名無しのヒーロー

てか今更だけど、相手は高校生かよ

イッチは何歳だ?

 

88:名無しの求婚ヒーロー

乙女に年齢の話はNGデース!!

 

89:名無しのヒーロー

乙女(笑)

 

90:名無しのヒーロー

乙女(鼻血)

 

91:名無しの求婚ヒーロー

ともかく、ワタシとあの子が相思相愛なのは間違いありまセーン!!

きっとまた、改めてプロポーズしてくれるはずデース!!

その時はしっかり返事をしマース!!

 

92:名無しのヒーロー

今度も鼻血を出さないといいわね

 

93:名無しのヒーロー

色々言ったけど、頑張んなさい

 

94:名無しのヒーロー

そういう男がいるって知れただけ収穫だわ

 

95:名無しのヒーロー

そういうプロポーズの仕方が受けるのか

男として、勉強になった。ありがとう

 

96:名無しのヒーロー

こっちだって頑張らないと

負けてられないわ

 

97:名無しのヒーロー

決めた。絶対にプロポーズされて、ここで報告してやるんだから

 

98:名無しの幼馴染ヒーロー

俺も、アイツを守るために頑張んないとな

ったく、あのしつこい悪の組織の年増め

加えてこの前は変なガキも絡んでやがったし

 

99:名無しの求婚ヒーロー

次こそバッチリ決めて、ここに勝利報告しにきマース!!

 

100:名無しのヒーロー

……え?

それって本当にプロポーズなのか?

当たり前のように受け入れられてたが……俺がおかしいのか?




雑に掲示板で明かされる主人公設定。

次回は悪側。
よろしくお願いします。


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求婚されたが文句あるか?

1:名無しの悪の求婚女幹部

最っ高の気分だぜ!!

 

2:名無しの悪の女幹部

そういえば例の人質作戦、思ってたよりいいわね

癖になりそうよ

 

3:名無しの悪の女幹部

控えめに言って、最高

 

4:名無しの悪の女幹部

ええ、物は試しで実行してみましたが、これは盲点でした

他の方々も順調そうでなによりです

 

5:名無しの悪の幼馴染女幹部

わたくしの話に耳を傾けて正解だったでしょう?

……まあ、そのせいであんな小娘に余計な手を出されたのは誤算ですが

 

ともあれ、さあ、わたくしを賛美なさい!!

 

6:名無しの悪の女幹部

ははーっ!

 

7:名無しの悪の女幹部

ありがたや、ありがたや

 

8:名無しの悪の女幹部

我が忠誠は、総帥ちゃまだけのもの

……しかし、例外としてお前に感謝は伝えよう

 

9:名無しの悪のメスガキ幹部

やるじゃない、オバサン

 

10:名無しの悪の妹系メスガキ幹部

おかげでお兄ちゃんに会えたから、お礼は言っておくわ

 

11:名無しの悪の女幹部

……そうか、皆、成功しているのか。

人質にも逃げられる私は、一体。。

 

12:名無しの悪の女幹部

以降、このスレは

>>11を励ますスレとなります

 

13:名無しの悪の求婚女幹部

待て待て待て待て!

スレタイをよく見ろ!

求婚だぞ? 俺が求婚されたんだぞ!?

 

14:名無しの悪の女幹部

それで、>>11は何回挑戦したのかしら?

まさか、二、三回で諦めたわけではないでしょう?

 

15:名無しの悪の女幹部

数回、数十回でめげていたら駄目よ!

それ以前に何度も失敗していたのが、私達でしょう!!

 

16:名無しの悪の女幹部

……100回だ

 

17:名無しの悪の女幹部

 

18:名無しの悪の女幹部

ひゃ、ひゃく……?

 

19:名無しの悪の女幹部

予想よりも桁が多かった

 

20:名無しの悪の求婚女幹部

お、おい! お前ら、人の話を聞けって!

求婚だぞ!? 結婚だぞ!? 夫婦だぞ!?

 

21:名無しの悪の女幹部

イッチは少し黙ってなさい

 

22:名無しの悪の女幹部

そうです、イッチには人の心というものがないのですか?

この極悪非道がっ!!

 

23:名無しの悪の幼馴染女幹部

 

24:名無しの悪の妹系メスガキ幹部

ウキウキとスレ立てたのに、相手にされない可哀そうなオバサンw

 

25:名無しの悪の女幹部

(……とはいえ、どうすんのよ。誰か何か言ってやりなさいよ)

 

26:名無しの悪の女幹部

(い、いや、しかしですね。あまりに気の毒すぎて励ましの言葉が見つかりません)

 

27:名無しの悪の女幹部

(言い出しっぺの法則……)

 

28:名無しの悪の女幹部

……全部見えてるぞ

気を遣わずとも結構だ

なあイッチよ、どうやって成功して求婚までこぎつけたのか、是非とも教示いただけないか

 

29:名無しの悪の女幹部

ほ、ほら、ご指名よ、イッチ!

発言を許可するわ!

 

30:名無しの悪の求婚女幹部

……なんだよ、俺は黙ってた方がいいんだろ

 

31:名無しの悪の女幹部

空気を読むべき。今なら可

 

32:名無しの悪の女幹部

そうだよー!

イッチの話、聞きたいなー?

 

33:名無しの悪の女幹部

頼む! この通りだ!

どうか、どうか……!!

 

34:名無しの悪の求婚女幹部

…………

 

35:名無しの悪の女幹部

あーもう、面倒臭いわね!

黙れって言ったのは謝るから!

 

36:名無しの悪の女幹部

こちらも謝罪します

人の心を持ち、求婚された幸福で素晴らしいイッチです

 

37:名無しの悪の女幹部

よっ! イッチこそ正しく、悪の鑑! 本物の悪の大大大女幹部!!

 

38:名無しの悪の求婚女幹部

……そ、そこまで言うんだったら、しょうがねえな!!

いいぜ、大大大幹部にして、求婚マスターのこの俺様が、アドバイスしてやろうじゃねーか!

 

39:名無しの悪の女幹部

あら、大きく出たじゃない(ちょろいわね)

 

40:名無しの悪のメスガキ幹部

お姉さん、頼もし~(ちょっろwww)

 

41:名無しの悪の女幹部

キャー!(求婚マスターってなんだろ)

 

42:名無しの悪の女幹部

おお、神よ!

それでは、人質作戦から、どうやって求婚されたのかを教えてもらえまいか!?

 

43:名無しの悪の求婚女幹部

あー……まず初めに言っとくと、俺は別に人質の関係からそうなったわけじゃねーんだ

いや、最初は人質作戦をやろうとはしてたんだけどな?

 

44:名無しの悪の女幹部

なんと!?

 

45:名無しの悪の幼馴染女幹部

そういうことなら、わたくしも大いに気になりますわね

 

46:名無しの悪の求婚女幹部

簡単に言えば、そいつの家の隣に引っ越したんだ

そんで、挨拶をしに行ったら、求婚されたってわけだな

 

47:名無しの悪の女幹部

ほえ?

 

48:名無しの悪の女幹部

そうか、そんな可能性が……っ!

だが、もう少し! 何があったのか、もう少し詳細に教えてくれ!

 

49:名無しの悪の求婚女幹部

つってもな、本当にそれだけなんだよな……

まあ、あれか。これが少女漫画で王道の、一目惚れされたってやつなんだろうな!

 

50:名無しの悪の女幹部

大丈夫です、イッチはできる子

なにせ、求婚された求婚マスターなのでしょう?

 

51:名無しの悪の女幹部

いや、だから求婚マスターってなんなの。。

 

52:名無しの悪の求婚女幹部

>>50 分かった、よく思い出しながら書いてみるぜ

あの時は……そうだ、手土産として蕎麦を渡したんだ。引っ越し蕎麦ってやつだな

そしたら、言われたんだ。「大好き!」ってな!!

 

53:名無しの悪の妹系メスガキ幹部

お蕎麦が?

 

54:名無しの悪の求婚女幹部

ハッ、俺のことがに決まってんだろ?

これだから、世の中を碌に知らない未熟なガキは困るぜ

 

55:名無しの悪の女幹部

そうだぞ、どう考えたってそこで蕎麦が出てくるわけないだろう

それが分かるのが大人の女というものだ

 

56:名無しの悪の女幹部

……まあいいわ、続けて

 

57:名無しの悪の求婚女幹部

ああ。それでな、続いてこう言われたんだ

俺の子供になりたかった、てな

 

58:名無しの悪の女幹部

素晴らしい、なんという情熱的な求婚だ!

 

59:名無しの悪の幼馴染女幹部

…………

 

60:名無しの悪の妹系メスガキ幹部

…………

 

61:名無しの悪の女幹部

…………

 

62:名無しの悪のメスガキ幹部

…………

 

63:名無しの悪の女幹部

うーん……

 

64:名無しの悪の女幹部

……あのさ、それって本当に求婚されてる?

 

65:名無しの悪の求婚女幹部

何言ってんだよ、これが求婚じゃないならなんなんだ?

 

66:名無しの悪の女幹部

そうだぞ! これほど情熱的なアプローチが求婚でないなら、それは求婚に失礼だ!!

それにしても、そんなことが現実で起こるとは……おかげでまだ希望が持てた

ありがとう、求婚マスター!

 

67:名無しの悪の幼馴染女幹部

まあ、思うのは個人の自由でしてよ?

……しかし、成る程。赤ちゃんプレイというのも中々

今度、試してみましょう

 

68:名無しの悪の妹系メスガキ幹部

実際どうかは別として、そう考えてるなら好きにすれば~?

けど、年下プレイか~。やってみたいけど、一筋縄じゃいかないかな

絶対にお兄ちゃん怒りそうだから、上手くやらないと

 

69:名無しの悪の女幹部

まあ、>>66がそれでいいなら、いいんじゃない?

 

70:名無しの悪のメスガキ幹部

勘違いだって分かった時のオバサンの顔が見れないのが残念だわ

 

71:名無しの悪の求婚女幹部

ははーん、さてはお前ら、嫉妬してんだろ?

なら、そんなお前らに駄目押しだ

その後に、決定的なことがあったんだが――何が起きたと思う?

 

72:名無しの悪の女幹部

なんと! まだそれ以上何かがあったというのか!?

 

73:名無しの悪の女幹部

はいはい、どうせ一緒に食事したとかそんなんでしょ

 

74:名無しの悪のメスガキ幹部

見え透いたお世辞でも言われたんじゃないかしら

 

75:名無しの悪の女幹部

蕎麦のお返しに何かもらったとか?

 

76:名無しの悪の女幹部

うーん、うーん

ハッ! ま、まさか口づけか!?

 

77:名無しの悪の女幹部

いえ、これまでの書き込みを見る限りそういった方面に期待はできなさそうですね。。

 

78:名無しの悪の求婚女幹部

なんだお前ら、散々人のこと言っといて、発想が貧困だな?

正解は――白くてネバネバしたものを、タッパーに入れて俺にくれたんだぜ

僕のとろろです、ってな!

 

79:名無しの悪の幼馴染女幹部

まあ

 

80:名無しの悪の女幹部

ほえー

 

81:名無しの悪の女幹部

ぬうっ……!?

 

82:名無しの悪の女幹部

>>81の気配が、消えた……っ?

 

83:名無しの悪の女幹部

本当だとしたらその男、ただの変態なんじゃないの?

 

84:名無しの悪の女幹部

類は友を呼ぶ

 

85:名無しの悪の求婚女幹部

>>83

聞き捨てならねえな

アイツは、この俺が見込んだ男だ

 

昔に、どっかの馬鹿の組織のせいで両親が消息不明扱いになったらしいが、生意気に生きてやがる

まだ若いが、見込みはある。育てれば、立派な悪になれる素質はあるはずだ

 

……もしもお前が、お前達がその馬鹿共と同じなら。こいつを笑うなら。

その時は、俺が相手になるぜ?

 

86:名無しの悪の女幹部

>>85

舐めないで頂戴

ウチの組織のモットーは、適度な混沌を世にもたらすこと

だから一般人の生死に関わるようなことは絶対にしないし、無粋な者共の被害者を笑いはしない

 

変態は言いすぎたわ、少し変わった男の人なのね

 

87:名無しの悪の女幹部

そんな、悪の組織の風上にもおけないような輩と一緒にしないで

 

88:名無しの悪の幼馴染女幹部

他人事とは思えませんわね

わたくしにも、同じような境遇の幼馴染がいますの

 

当然、わたくしの正体は知りませんが

 

89:名無しの悪の求婚女幹部

へっ、そうかよ

……なんか、しけてきちまったぜ

 

90:名無しの悪の女幹部

ハッ!? わ、私は何を?

一瞬、意識が遠のいていた

 

91:名無しの悪の求婚女幹部

>>90

そういうわけだ、後は自分で何とかするんだな

俺は、先に高みで待ってるぜ? 結婚生活という、高みでな!

 

92:名無しの悪の女幹部

おお、なんと神々しい……

ありがとう、求婚マスター!

私も、その背に続こうぞ!!

 

93:名無しの悪の女幹部

…………

 

94:名無しの悪の女幹部

…………

 

95:名無しの悪のメスガキ幹部

……茶番は終わったかしら?

滑稽すぎて笑いを堪えるのに必死だったわ

 

96:名無しの悪の女幹部

まあ、どう考えても求婚ではないでしょうね

 

97:名無しの悪の女幹部

いやぁー、なんというか

でもあそこまで突き抜けてると、少し羨ましくはあるかな。人生が楽しそうで

 

98:名無しの悪の女幹部

自分よりあれな人を見ると落ち着くって、本当だね

 

99:名無しの悪の女幹部

我々は我々で、着々と人質作戦を進めていきましょう

 

100:名無しの悪の女幹部

さんせーい!

でも、人質も警戒されつつあるし、次なる案も出さないと……




相対的に悪の組織の方がまともという
次回は恐らく幼馴染回
更新は不定期ですがよろしくお願いします。


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学校が悪の組織に襲われるという妄想……え、妄想じゃない?

「……行ってきまーす」

 

 朝、学校へ行くために家を出て、扉に鍵をかける。

 出かける挨拶に、返事は返ることはない。一人暮らしなのだから当たり前。それは承知であり、けれども声を上げているのはただの習慣のようなものだ。

 

 僕の両親は、幼い頃に何かの事件に巻き込まれて行方不明となっているらしく、僕が高校生となった今もそれは変わらない。だから、今更それについて思うことも特に無いし、両親の顔だったりどんな人だったかという記憶はほとんど無い。

 実は、僕自身もその事件に巻き込まれていたらしいのだが……まあ昔のことなのでそれも全然記憶にない。

 

 そう――らしい、だ。

 このことは全部、おばさ……もとい、お姉さん(・・・・)に聞いた。

 ヒーロー、ではないとは思う。ただ、事件に巻き込まれていた僕を助けてくれた人物。本人曰く、親族なのだそうだ。金銭面含め、今を特に不自由なく暮らせているのは、その人の支援も結構大きい。

 海外を飛び回ることが多い生活? 仕事? らしく、最近は会っていないが、元気にしているだろうか。

 

 そんなことを考えながら、自宅の鍵を鞄にしまい、歩き出そうと足を踏み出した時だった。

 

 ――むにゅっ。

 

 足裏を、靴を通して伝わる、妙に柔らかい感触。確実に地面ではない。

 その正体が何なのか、下を向いて確認する前に。

 

「あ~ん♡」

 

 足元から、そんな悩まし気な声が耳に届く。

 

「…………」

 

 体勢をそのままに無言で視線を落とせば、そこには人型の黒い物体。

 頭には二本の触覚。人間でいう尻の部分は、異様に大きく突き出ている。

 その少し上、つまりは背中にあたるところを、僕の右足が踏んでいた。

 僕に踏まれたまま、その黒い物体は身を捩るようにもぞもぞと動く。大きさを度外視するならば、それこそ人間に捕まった蟻が、逃れようと抵抗するかのように。

 

「あ~ん……」

 

 足を退かせば、数瞬前と言葉こそ同じでありながらも、物足りなさや残念そうな響きを含んだそれが再び足元から発せられる。

 ふと視線を感じ、そちらに首を回せば。地面に伏したまま唯一外気に晒され剥き出しになっている紅潮した顔、期待に輝く瞳が、僕を見ていた。

 

 ニコリ、と僕は微笑み、片足を持ち上げる。

 途端、彼女(・・)は破顔し、その時を待つかのようにくねくねと身体を震わせ出した。その場で身を捩るだけで、逃げようともしない。踏みつけた時の抵抗はなんだったのか。

 

 そうして、僕は振り上げた足を――普通に地面に踏み出し、黒い物体を避けて歩き出す。

 当然、相手にするわけないだろう。

 さ、学校、学校。

 

 

「――もう、駄目じゃないのシュウちゃん! 蟻さんが地面にいたら、踏んであげないと!!」

「……いや、それは流石にどうなのさ」

「大丈夫、大抵は靴の凹みとか地面の窪みで死なないから! だから、思い切り踏まないと!」

「靴どころか、僕より大きいんだよなぁ」

 

 僕の家の前の道を、そんな力説が響く。

 まるで小学生でもするか――いや小学生ならそれはそれでバイオレンスチックだが――どうかといった、中身の無い会話。

 

 言うまでもなく僕と、その幼馴染の神川ミリナだ。本日は、蟻の着ぐるみを纏っての登場である。

 ちなみに、その着ぐるみはと言えば、僕の家の庭に置かれている。なんでも、予備はあるので僕に是非着て欲しいとのこと。……いや、持って帰ってください。

 普段であれば、そんな馬鹿みたいな話を繰り広げ――もといぞんざいに相手にしながら、高校へと向かうのだが。

 

「――ハーイ、シュウヤ! グッドモーニングデース!!」

 

 隣の家の前を差し掛かった時、そんな声が僕達の会話を中断させる。

 ついこの前引っ越してきた、エレナさん。彼女が玄関から、こちらに手を振りながら近づいてきていた。

 

「あ、おはようございます、エレナさん」

 

 隣人付き合いというのは、非常に大切だ。立ち止まり、挨拶を返す。

 すると彼女は、近づいてきた勢いそのまま、ガバッと僕に抱き着いてきた。

 

 オーゥ、アメリカーンデスネー。

 

「な、なんですか?」

「ンフーフ、挨拶のハグデース!」

 

 少し濃い目の体臭、なによりそのダイナマイトボディーの感触に、ちょっとドギマギしてしまう。

 まぁ、欧米ではよくある習慣らしいし、本人も言っている通り、ただの挨拶なのだろう。それにいくら高校生といえど、成人女性からすればまだ子供扱いか。決して僕が小さいから子供扱いなわけではない。絶対に。

 

 ……にしても、少し長い上に密着しすぎではないだろうか。

 ハグって、もうちょっと軽めの印象があったんだが。

 

「――シュウちゃん、何してるの?」

 

 そう感じ始めた時。冷ややかな声がすぐ側から発せられた。

 刹那、僕に巻き付いていたエレナさんの腕が乱暴に取り払われ、身体が自由になる。

 アーン、と零された切なげな喘ぎは、声こそ違えどついさっき聞いたような。

 

「……誰、この人?」

「最近隣に引っ越してきた――えーと、エレナさん」

 

 取り敢えずミリナに彼女のことを紹介しようとして。

 ふと、エレナという名前は挨拶の時に聞いたが、彼女の苗字を聞いていなかったことに気付く。

 

 ……あれ、そういえば、こっちは名乗ったっけ?

 

 まあ、彼女が僕の名前を知っているということは、無意識に名乗ったのだろう。

 そんなことを僕が考えていると。

 

「いい大人が、往来でみっともなくないですか?」

 

 さっきまでのパッパラパーな態度はどこへやら、非難するようにミリナが言う。

 お前もさっき似たようなことしてたろうが、というツッコミは無しかな? ……無し? あ、さいで。

 

「ノンノン! ワタシタチのカントリーでは、当たり前のことヨ!」

「…………」

「それでええと、アナタは――ああ、シュウヤの幼馴染ちゃんデースネ! アナタにも、挨拶デース!」

 

 明らかに喧嘩腰のミリナに、エレナさんは僕にやったように、ギューっとハグをする。

 ほら、やっぱりただの挨拶だ。僕が小さいからって訳じゃない。

 というか、多分僕の時より顔の距離が近いな。やっぱり、同性同士の方が気安いのだろう。

 

 ……しかし、ミリナが幼馴染ということまで知っているとは。

 凄いな、どうやら僕はそんなことまで無意識に言っていたらしい。

 

「――っ!? なっ、シュウちゃん! この人とどんな関係なのっ!?」

 

 ハグに驚いたのか、ミリナは慌てたようにエレナさんと距離をとり、僕にそんなことを聞いてくる。

 いや、どんな関係って言われても……。

 

「……いいとろろをくれた、お隣さん?」

「オゥ、あの時は眼福デシタ……」

 

 今のところ接点らしき接点もなく、引っ越しの挨拶の時のことぐらいしか言いようがない。

 あ、それで思い出したけど。

 

「そういえば、鼻血は大丈――」

「オー、そういえば、とろろは足りましたカ?」

「え、ああ、足りてます。むしろ貰いすぎな位ですよ。それで、鼻血――」

「オー、それはヨカッタネ! お口に合いましたカ?」

「あ、はい、とても美味しかったです。あの、鼻――」

「オー、嬉しいネ! あのとろろは、ワタシもお気に入りなのデース!」

「……体調は大丈夫でしたか?」

「心配してくれるなんて、感激ネ! けれど、つわりを気にするのは、まだ早いヨー! 元気一杯なので、とろろはいつでもウェルカムデース!!」

「……??」

 

 早口の上に片言交じりだったものだからよく聞き取れなかったが、まあこの感じだともう大丈夫なのだろう。鼻血を噴いて帰っていったものだから心配していたけど、あれは一時的なものだったに違いない。

 だが、元気溌剌としていたエレナさんは、次の瞬間。

 

「……そ、それでデスネー? シュウヤ、ワタシに何か言うことはありませんカ?」

 

 なぜかモジモジとし始め、照れたように顔を逸らし、しかし時折チラチラと横目で僕の様子を伺うように見てきた。

 

 言うこと。……言うこと?

 はて、一体なんのことだろうと首を傾げる。しかし、いくらそうしたところで思いつかず。

 だが、そんな僕を見て、エレナさんは頬を染めつつも口を尖らせるばかりでそれ以上何も言わない。

 

「……シ、シュウちゃん、早くしないと学校に遅れちゃうよっ!」

 

 そんな時、横から慌てたようにミリナが口を挟んできた。

 学校……そうか、分かった。

 その一言で、僕はポンッ、と手を打つ。

 

「行ってきます!」

 

 きっと、そういうことだろう。行ってきますの挨拶。ご近所さんで年上の知り合いに言うことといったら、これしかない。

 グイグイ、とミリナに背を押されながら、僕は笑顔でエレナさんに言う。

 

「も、勿論デース! ……What?」

 

 変わった送りの言葉だなーと思いつつ、まあ文化の違いもあるからとさして気にせず僕は歩く。

 とはいえ、そんなにギリギリに登校しているわけじゃないから、数分立ち話をしたところで遅刻にはならないんだけどね。

 

「朝のお見送り……ンーッ! これはこれで最高ネ!! Oh,Yes!!」

 

 何やら後ろが盛り上がっている。超盛り上がっている。

 歩きながら振り返れば、両頬に手を添えて、エレナさんがぶんぶんと頭を振っていた。彼女の綺麗な金色の長髪も激しい動きに合わせて揺れている。

 いや、元気すぎるでしょ。

 

 そんな風に暫しエレナさんを眺めていた僕だったが。ふと、誰かに見られているような気がしてキョロキョロと首を振る。

 

「ん、あれは……」

 

 かなり先――エレナさんとは逆に位置するもう一方のお隣さんの、その家の前に。

 塀に半身を隠すようにしてこちらを見る、お隣さんその2――立華さんがいた。

 はて、何をしているんだろうか?

 そう思いつつ、試しに手を振ってみれば。彼女は小さく、ほんの小さくこちらに手を振り、さっとその身が塀の内側に引っ込んでいった。

 

「……シュウちゃんって、ああいう人がタイプだったの?」

「え、タイプ? まあ、そうといえばそうかもね」

 

 ミリナに声をかけられて視線を前に戻し、適当に相槌を打つ。

 羨ましいのは否定しない。だからといって、嫌いなわけじゃない。むしろ羨ましい分、特に大きい身長というのは憧れであり好きである。

 もっとも、好きと言えば好きだが、そんなこだわりがあるわけではないけども。

 すると、ミリナは真剣な顔で少し思案するようにした後。

 

「ハーイ! マイネームイズ、ミリナ・神川!」

「馬鹿じゃないの」

 

 人通りもちらほらあり、突然の大声での自己紹介に、周囲の視線が僕達に集まってくる。

 いや、流石に恥ずかしいんですけど。

 とはいえ、狂っているのは元から承知の上、一緒にいると恥ずかしい行動をしてくるのも今に始まったことではないのだが。

 少しばかり早足になる僕であったが、お構いなしにミリナはそれに着いてきて「ナイストゥミ―チュー!」だの「ハウアーユー?」だの英語を習いたての中学生かと言わんばかりに連発してくる。

 

 そんなミリナに辟易する僕であったが、救いは現れた。

 見慣れた背中に見慣れた茶髪。幼馴染のミノルだ。

 

 普段は絶対に、絶対にそんなことしないのだが、僕はダッシュでミノルの前に回り込む。

 それはあちらも同じ認識だったのか、ミノルは少しビクッとしながら足を止めた。

 そこに、奴はやってくる。

 

「グッドモーニング! ミスターミノル!!」

 

 ポカンとしてミリナを凝視するミノルの顔は、実にレアであり見物(みもの)であった。

 それもそうだろう。幼馴染であり、知己であり、ハーフでもないただの日本人がいきなり、発音のいいとは言えない英語を引っ提げてやってきたのだから。

 

 いつもであればミリナの挨拶など一顧だにもしないミノルであったが、今日に限っては困惑しつつ僕を見てくる。

 だが、そうされても僕だって困る。

 そのため、じっとミノルの目を見返すことしかできない。

 

 ……そっちの将来の伴侶なんだからなんとかしてください。

 

 そんな懇願も込めて。

 いや、確定したわけではないが、ゲームのハッピーエンドルート――正規ルートとなれば、この二人はくっつくのだ。

 だから、間違っていないのだ。うん、誰が何と言おうと間違ってない。

 

 あちらがじっと見つめれば、こちらもじっと見つめる。

 ここは負けるわけにはいかない。負けたが最後、敗者があの馬鹿(ミリナ)の相手になるだろう。

 

 数秒、数十秒が経っただろうか。

 ミノルが、ついと僕から視線を逸らした。

 よし、僕の勝ちだ。一瞬、そう思った。思ったのだが――。

 

「……っ!」

 

 ねえ、何で赤くなってるわけ? 照れてるわけ? 僕をちらちら見てくるわけ?

 ホモENDなんかこのゲームには無いんだよ! お前はさっさと、ミリナとくっついて僕を安心させろ!?

 

 

 ――――――――

 

「えー、では教科書を開いてください。今回から、平家物語を……」

 

 結局あの後、通学路どころか学校に到着してからも、ミリナの暴走は留まることを知らなかった。

 そのため、僕とミノルは最終手段を取ることにした。

 早い話、実力行使である。二人で協力して、ミリナの口を押えにかかったのだ。

 といっても、身長差で負けている僕では、屈んでくれない限りミリナの口には届かない。かといってミノルが手で口を塞ごうものなら、暴れに暴れる始末。

 

 面倒臭いから、口で塞いでしまえ、と僕はミノルを煽った。それでついでに二人の関係を進めてくれればこっちに被害が出る可能性が少なくなるかもと思い、一石二鳥だ。

 上手くいかなくとも、これで照れるなりして少しでもミノルがミリナを意識してくれれば万々歳だったのだが。

 ミノルはそれを拒否した。それも一切躊躇することなく真顔で。

 なんでも、初めてはとってあるとかなんとか。その際、潤んだ目でこちらを見ていたのが気になったが……え、まさか僕にじゃないよね?

 

 何か嫌な予感がしたので、試しに僕が塞いでみたのだ。勿論口ではなく、手で。ジャンプすれば、一瞬だけだが届く。

 すると、あら不思議。ミリナは借りてきた猫のように大人しくなった。でも僕の手を舐めるのは止めて欲しい。

 ともあれ解決策も見つかったので、それで行くことにした。どうやって常時塞ぐかというと、僕をミノルに抱えてもらってである。あまり取りたい方法ではないが、背に腹は代えられないというやつだ。

 

 だから、クラスメート達――というよりクラスに入った時点では、ミリナの奇行は周知されていない。ただ、口を押えているのをガン見はされたが。

 

 しかし昇降口でそんなことをやらかしたものだから、その場に居合わせた生徒には目撃されてしまっている。思えば、傍から見れば僕は女子生徒の口を無理矢理押えている男子生徒なわけだけど……大丈夫だよね? 変な噂になってないよね?

 

 ともかく、そうなると授業中が休憩時間だ。

 流石のミリナも、まさか授業中にやらかしはしないだろう。しないでください、お願いします。

 

「……では、神川さん。教科書を読んでください」

 

 そんなことを考えていたら、古典の担当であるおじいちゃん先生が、よりにもよってミリナを指名した。

 

 ――っ!

 

 緊張が、僕とミノルに走る。

 無論、それは僕達二人にだけだ。おじいちゃん先生とクラスメート達にとっては、それはありふれたただの授業の一コマに過ぎないだろう。

 

「はい!」

 

 どうやら、僕の願いは届いたらしい。

 ミリナは普通に返事をして、教科書を手に立ち上がる。その普通の、何と素晴らしいことか。

 僕とミノルは、安心してこっそり視線を合わす。

 いかにポンコツといえど、流石に授業中はわきまえて――。

 

ぎーぃおん(祇園)しょうじゃー(精舎)の、ベルズボイス!!」

 

 瞬間、空気が凍った。

 おじいちゃん先生は呆気にとられたように教科書を取り落とし、クラスメートの視線はミリナに集中する。

 パサッ、と落ちた教科書が乾いた音を立てる。

 僕達は机に崩れ落ちた。

 

しょぎょーう(諸行)むっじょー(無常)の……響き、Yeah!!」

 

 なーにがイェアだ、英語にできないなら最初からやるんじゃないよ。

 

「――ちょ、ちょっと待ってください、神川さん。今は英語の授業ではないのですが……」

 

 我に返ったのか、おじいちゃん先生が眼鏡をずり落ちさせながら声を上げる。

 元々物腰穏やかな先生だから、注意も控えめだ。いや、唖然としすぎていまいち現状を理解できていないというのが正しいのか。

 

「HAHAHA! 何を当たり前のこと言ってるんデスか、ティーチャー! そんなのオフコース!」

 

 そんな先生を前に、ミリナは気にした様子もなく高々に笑い飛ばす。

 ざわざわと、一拍遅れてざわつき出すクラスメート達。

 

 嗚呼、僕達の苦労が……。

 

「え、えーと……わ、分かりました。神川さん、ありがとうございました」

 

 分からないなりに、取り敢えず元凶を黙らせることを選択したようだ。流石は経験豊富なおじいちゃん先生、英断である。

 

 センキュー! といって、着席するミリナ。ああ、もう滅茶苦茶だよ。

 

「で、では、次の部分を……蕪木君、お願いします」

 

 おっと、ここで僕が来たか。

 先生はなんとか落ち着いたものの、クラスメート達がまだざわついている。

 ここは、僕がビシッと決めねば。

 

 今まで確実にかけたことのないであろう情熱を胸に、僕は立ち上がる。

 大丈夫、できる。僕にはきっとできる。

 

「沙羅双樹の――フラワーカラー!!」

 

 …………。

 

「「「…………」」」

 

 沈黙。

 や、やってしまった。意識しすぎて、つられてしまった。

 ざわつきを止めることには成功したが、逆に異様なくらいの静寂がクラスを包み込む。

 

「やっぱり、シュウちゃんは――これは新発見だわ!」

 

 否、一人だけ目を輝かせてる馬鹿がいるが、それは除外だ。

 さて、どうしてくれようか、この空気。

 

 今すぐ何か起きてくれないかなー。

 何でも、何でもいいんだ。校庭に隕石が落ちてくるとか、学校に悪の組織が攻めてくるとか。

 こういう時なら、大歓迎なのに。

 

 と、そんなことを妄想しながら立ち尽くしていると。

 

「――全員、大人しくするのであーる! この学校は、悪の組織である、我ら『非モテ最強軍』が占拠したのであーる!」

 

 ……あれ、僕何かやっちゃいました?




次も大体出来上がってるので、今日投稿予定です。
よろしくお願いします。


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まただよ(クソデカため息)

 僕は――というより、僕を含むクラスメート、及びおじいちゃん先生は、学校の校庭に集まっていた。

 ある意味窮地を救ったともいえる、あのどこからか響いてきた宣言の後。

 白いピチピチのスーツに身を包んだ戦闘員達がクラスに突入してきて、言われるがままに連れ出されたのである。

 

 校庭にいるのは僕達のクラスだけでなく、同学年の別のクラスもいれば、他学年もいる。

 占拠した、という言葉に偽りはなく、どうやら本当に悪の組織が学校を襲撃してきたらしい。

 

 今、僕達学校の生徒は整列して校庭に座らされ、その四方を囲うように配置された白スーツの戦闘員が、その動向を監視するため目を光らせている。

 

「オーゥ、シュウチャン、恐いネー!」

 

 ……いや、まあ僕の隣にも悪の組織の人がいるんだけどね。それも幹部級の。

 

 悪の組織『ブラックマーベラス』の女幹部は、しかし変わらず、日本人が想像するような外国人チックな口調で僕の腕に引っ付いている。それを許しているのは、僕と接触していると比較的静かになることが分かったからだ。

 まったく、そう言うのであればもっとそれらしい態度をしてもらいたいものである。

 

「――あー、あー、テストであーる。こちら『非モテ最強軍』総帥であーる。繰り返す、こちら『非モテ最強軍』総帥であーる」

 

 いや、まあ言うて僕もそんなに怖くはないんだけど。

 むしろ、その組織名を聞いて震えあがる人なんているのだろうか。

 

 僕達生徒が座る眼前、校庭の開いたスペースには、移動された朝礼台とその上に立つ一人の男。

 陽光を受けて、他の戦闘員よりも一際キラリと光る白一色の装束。同じく、テカリと光る禿げ頭。

 

 悪の組織『非モテ最強軍』の総帥を名乗る男は、拡声器片手に声の確認を終えた後、僕達の方を向く。

 

「えー、生徒及び教員の諸君。諸君達には悪いであーるが、この学校は悪の組織たる我ら『非モテ最強軍』が掌握したのであーる」

 

 途端、飛び交うブーイング。

 勇気ある生徒と教員による決死の抵抗だ。

 「禿げ頭ー!」とか「チビデブー!」とか一部罵声も飛んでいるのはほんのご愛敬。

 

「う、うるさいのであーる! 同士よ、黙らせるのであーる!」

 

 壇上で顔を真っ赤にして、総帥の男は唾を飛ばす。

 刹那、パァン、という銃声が校庭に響いた。皆、それに驚いてブーイングを止める。

 誰かが打たれたわけではない、空に向けての発砲のようだった。

 

「お、おほんっ! さて、我ら『非モテ最強軍』は、とある崇高な目的のために動いているのであーる。この学校の掌握も、そのための一歩。……何、その目的とはなんであーるかと? ぐふふ、仕方がない、特別に教えてやるのであーる」

 

 仕切りなおすかのように咳払いをすると、彼は演説をするかのように手を広げて喋り出す。

 ちなみに、誰も合いの手は入れていない。ずっと一人で話しているだけだ。

 

「その目的とは――学生諸君の青春の剥奪! 自由な青春時代があるからこそ、格差が生まれ、それは大人になっても尾を引くのであーる! 誰もが暗い青春を送れば、皆平等なのであーるっ!!」

 

 パチパチ、と戦闘員達からの拍手喝采が起こった。中には涙を拭うような仕草をしている者もいる。

 だが、それ以外の空気は割と白けている。いや、まあ言ってることは分からなくはないが、暴論というかなんというか。

 ……あれ、よく見れば生徒と教員の一部にも共感するように、猛烈に頷いてる人がいるぞ?

 

「そういうわけで、以後、この学校内での恋愛禁止令を発動するのであーる! 勿論、異性と二人きりになること、身体的接触をすること、遊びに行くことも禁止なのであーる!!」

 

 アイドルかな?

 しかし、恋愛か。別に今の僕には困らないというか。

 何故なら、好きな人がいるかって言われると、まあいない。いい雰囲気の女の子がいるわけでもない。

 なにせ年の近いの女子にとっては、完全に僕は子供扱いだ。

 

 図書室に行けば「本取ってあげようかー?」と声をかけられては最終的に何故かその場にいるミリナに取ってもらい。

 掃除の時間になれば「代わりに机運んであげようかー?」と声をかけられては最終的にミリナが運ぶ。

 

 ……いや待て、僕はよくてもマズイかもしれないぞ?

 

 言わずもがな、本来の主人公(ミノル)ヒロイン(ミリナ)のことである。

 ただでさえ進展らしき進展がないというのに、恋愛禁止になんてされようものなら、それ以上に望めない。BADENDルートは正直後味が悪かった記憶があるので、是非とも二人にはくっついてもらってGOODENDルートに入ってもらいたいのだが。

 

「反論は無駄なのであーる! ぐふふ、しかし不公平だと思うことはないぞ? なにせ、吾輩達は、この学校を契機として、近隣は当然、果ては全国の学校を――をっ!?」

 

 今まで考えたことがなかったというか、ゲームの流れ的になるようになるだろうと思っていた。

 だが、僕という本来世界に存在しないはずの異物がいてしまうことでそうならない可能性があるのでは?

 

 これは、僕が何とかして二人をくっつけなくちゃいけないパターンか?

 しかしどうすればいいのかさっぱり思いつかない。

 取り敢えず、どうすれば上手く恋愛ができるか誰かに聞いてみることから始めようか。知り合いに会ったら片っ端から聞いてみよう。うん。

 

 そう心に決めた僕であったが。

 気付けば、意気揚々と流れていた演説が止まっていた。

 あれ、終わったのかな? そう思った、瞬間。

 

「――い、言った側から、身体的接触をしているのであーる! そこの男女、許さないのであーるっ!」

 

 怒りからか声を震わせ、男が壇上からビシッと指を突き付ける。

 その指は僕のいる方向に向いている。けど、前方にはそれらしき生徒はいない。

 となると、後ろか。

 おいおい、こんな時にイチャイチャしてるのは誰だよ、とやれやれという思いで振り返れば。

 

 後ろにいる全員が、僕のことを凝視していた。

 正確に言えば、僕と僕の腕に引っ付いているミリナを。

 

 ……あ。

 

「見せしめであーるっ! 戦闘員達、直ちにそやつらを離れさせるのであーる!」

 

 号令により、近くにいた数人の戦闘員達が僕達に向かってくる。

 

「ねえ、ミリナ、離して……ねえってば!」

「ノー! ワタシ怖いヨー!」

 

 慌てて離れるように言うが、しかしイヤイヤと彼女は首を振る。

 いや、本当に恐がっているなら一考の余地はあったんだろうが、そうではないことを僕は分かっているから容赦なく身体を押す。

 

「もうそういうのいいから! 早く!」

「オーゥ、シュウチャン、強引ネ! 普段もそれくらいワイルドでOKヨ!」

「うがぁぁああ!!」

 

 だが、体格差でも力の差でも負けている身。

 この状況でも余裕すら浮かべて馬鹿言ってくる馬鹿を、僕は破れないでいた。

 ……僕は非力だ。

 

 そう思ったのも束の間、援軍はやってきた。

 

「坊主、手伝ってやる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 戦闘員さん達だ。

 その頼もしい声に光明が見えた僕は、思わずお礼を言った。

 だが、戦闘員さん達は何故かその全員が僕の身体に手をかける。

 

「いや、何で全員僕の方に来るんですかっ!? ミリナ(あっち)も引っ張ってくださいよ!」

「「「い、いや、女子高生の身体に触れるのはちょっと……」」」

「……すみません」

 

 その声色からは迫真の緊張が感じられ、僕は迷わず謝ってしまう。

 

「オゥ、力比べデスカー? 何人来ようと負けないネー!」

「……な、何だコイツ? あれか、帰国子女ってやつか!?」

 

 いいえ、ただの馬鹿です。もう本当に黙っててほしい。

 

「行きますよ、せーのっ!」

 

 僕のかけ声で、一斉に戦闘員達が僕を引っ張り上に持ち上げる。

 だが、それで手を離すミリナではなかった。

 戦闘員に持ち上げられる僕、それを離すまいとぶら下がるミリナ。

 

 ふと周囲を見れば、クラスメートのみならずその場にいる全生徒が僕達をガン見していた。

 

「ミリナ、後で好きなだけくっついていいから! だから、離して」

「リアリー!?」

 

 こうなったら、最終手段。

 ミリナの耳元にそっと囁けば、彼女は顔を輝かせて僕を見た後、あっさりと手を離した。

 

「て、手間かけさせやがって。……だ、だが見ただろう、坊主? 我ら『非モテ最強軍』にかかれば、男女を引き離すのも朝飯前ってことが!」

 

 戦闘員さん達も大分お疲れである。

 ここで真実を伝えるのは酷だと思い、僕は黙って目礼した。

 

 だが、これでようやく落ち着いた。

 いや、まぁ先程からやらかしてるからもう遅いってのは無しで。

 

「戦闘員達、よくやったのであーる! 諸君、見たであろう? 我らに背いた者はこうなるのであーる! ……ぐふふ、しかしこれで終わりではないのであーる!」

 

 その光景に満足したのか、壇上から戦闘員達に向けて労いの言葉がかけられる。

 

「禁止令を破った見せしめであーる! 罪人をここまで連れてくるのであーるっ! 人質であーるっ!」

 

 男の命令で、再度戦闘員達が近づいてくる。

 だが、指定されているのは確実にミリナだろう。

 だって、僕はくっつかれた側――いわば被害者だ。先程の茶番も男からは見えていただろうから、どっちが引っ付いていたのかは一目瞭然。

 

「許さないのであーる! 後悔しても遅いのであーる!」

 

 どうやら、あちらさんは中々お怒りのようだ。

 しかし、人質か。

 正体を知らないとはいえ、悪の組織の人質に、別の悪の組織の人間がなるってどうなんだろうね?

 この感じだと、危険はないとは思うけども。そもそもミリナ強いし。

 散々人の事を人質にしてくれた分、人質になることを思い知ってほしいものだ。

 

 取り敢えず、精々これで少しでも懲りてくれると助かるんだが。

 

「――男の方、覚悟するのであーるっ!」

「……なんでだっ!?」

 

 だが、僕のそんな淡い期待はすぐに吹っ飛んだ。

 納得いかず、突っ込む。

 

「じぇ、JKと……しかも帰国子女の上にそんな可愛い女の子が近くに来るのは、吾輩耐えられないのであーる!」

 

 だから違うって。

 

「オーゥ、シュウチャン、聞きましたカー? キュートですッテー! ほら、シュウチャンも、セーイ(say)?」

 

 君は本気でもう黙ってて。

 

 同情してくれるかのように、ポンポンと肩を叩いてくれる戦闘員さん達。

 それでも彼らは擁護してくれるわけでもなく、壇上へと僕を連行する。

 

 ミリナはどうやら、先程の僕の言葉を聞いてから夢現のようで、だらしない顔をしている。美少女が台無しだ。

 理不尽に肩を落としつつ、数多の生徒から好奇の視線を受けながら、僕はさながら囚人のように歩く。

 

 だが、この時僕は気付いていなかったのだ。

 整列する生徒達――その極々一部が、監視する戦闘員達の目を搔い潜り、携帯端末をいじっていたことを。まさに僕が人質となったこの瞬間に、とある一つのスレが立ったことを。

 

 それが、後の惨劇(笑)を引き起こすことになることを。

 あんなことになると分かっていたら、敵であるはずの戦闘員達に大声で知らせてまで止めていたというのに。

 間抜けなことに、この時の僕は知らなかったのである。




次回! 「クラスメートが悪の組織の人質にされてるんだがwww(仮)」
モブの同級生による掲示板回です。


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クラスメートが悪の組織の人質にされてるんだがwww

あけましておめでとうございます。こちらの作品はあまり更新頻度高くありませんが、よろしくお願いします。


1:名無しのクラスメート

うはwwwワロスwww

 

なお、俺も似たような状況だったりする

 

2:名無しの一般人

どういうこったよ

 

3:名無しの一般人

本当に学生なら遊んでないで勉強しろ

今日は平日だぞ、授業はどうした?

まったく、これだから近頃の若いのは……

 

4:名無しの一般人

社会人だとしても働いてる時間では?(ボソッ)

 

5:名無しの一般人

ここの住人がまともな社会人がいるとでも?

 

6:名無しの一般人

平日休みの俺に喧嘩売ってんのか、オラァン!?

 

7:名無しの一般人

べ、別に仕事中でも見れるし

仕事がない社内ニートじゃないし(震え声)

 

8:名無しの一般人

それ以上はいけない

 

9:名無しの一般人

取り敢えず、どったの?

 

10:名無しのクラスメート

学校を悪の組織が襲ってきて、全校生徒が校庭に集められてる

で、生徒の一人が前に出されてその組織の総帥の人質になった

 

11:名無しの一般人

>>10

はいはい、妄想乙

 

12:名無しの一般人

黒歴史がネットに残るほど怖いことはないぞ

 

13:名無しの一般人

やめろ、それは俺に効く

 

14:名無しの同学年

>>10

オマイはオレかwww

 

15:名無しの先輩

>>10

お前は俺かwww

 

16:名無しの後輩

>>10

偶然だな、俺もだよ

 

17:名無しの同学年

ん?

 

18:名無しの先輩

は?

 

19:名無しの後輩

え?

 

20:名無しの一般人

なんだなんだ

 

21:名無しの一般人

他の学校でも同じような事件が起きてんのか?

 

22:名無しのクラスメート

>>14

>>15

>>16

ちょっと確認させて

襲ってきた悪の組織の総帥の特徴は?

 

23:名無しの同学年

ぽっちゃりピチピチ白スーツ

 

24:名無しの先輩

眩しい頭

 

25:名無しの後輩

変な語尾

 

26:名無しのクラスメート

人質になった生徒の特徴は?

 

27:名無しの同学年

本当に同学年かを疑うレベルで小さい

それとカップリングで度々論争が起きてる

 

28:名無しの先輩

一学年下の有名人トリオの一人、飛び級が疑惑が出てる

別にウチは普通の学校なんだけど

 

29:名無しの後輩

ショタなことで有名

他の高校や中学、小学校でも噂になってるらしい

 

30:名無しのクラスメート

……襲ってきた悪の組織の名前は?

 

31:名無しの同学年

非モテ最強軍

 

32:名無しの先輩

非モテ最強軍

 

33:名無しの後輩

非モテ最強軍

 

34:名無しのクラスメート

同じ状況じゃねーか!

何で呑気にこんなとこに書き込んでんだ!

 

35:名無しの一般人

おまいう

 

36:名無しの一般人

ブーメラン乙

 

37:名無しの一般人

となると、本当なのか?

本当ならヒーロー窓口に連絡してやるけど……釣りじゃないんだよな?

 

38:名無しの一般人

画像はよ

 

39:名無しの一般人

いや、状況が本当なら写真は難しいんじゃ……

 

40:名無しの悪の戦闘員

『XXX_X14.jpg』

ほれ

 

41:名無しの一般人

お?

 

42:名無しの一般人

本当だ

ピチピチ白スーツに眩しい頭のおっさんと小っちゃい男の子

 

43:名無しの一般人

つーかおい、また一人しれっと増えてんぞ

 

44:名無しのクラスメート

>>40

サンクス、よく撮れてる

こっちは、隠れて文字打つので精一杯なのに

 

45:名無しの同学年

同じく

流石に写真はカメラ音でバレそう

 

46:名無しの悪の戦闘員

だって、こっちは囲ってる側だしな

 

47:名無しの一般人

……あんだって?

 

48:名無しの悪の戦闘員

だから、人質を見張ってる側だって

シャッター音で同僚に何してるか聞かれたが、

総帥の雄姿をどうしても写真にとりたかったとか適当放いてたら納得してたし

 

49:名無しの一般人

おい、悪の組織側がいんぞ

 

50:名無しの一般人

何やってんだwww

 

51:名無しの一般人

つーか、スルーしてたけど

何その組織名

どういう目的で学校を占拠してんの

 

52:名無しの一般人

非モテ最強軍だっけ?

初めて聞いたんだが

 

53:名無しの悪の戦闘員

えーと、あれだ、あれ……忘れた

 

54:名無しのクラスメート

なんか、学生の青春の剥奪とかなんとか

 

55:名無しの先輩

異性との交流を禁止とか言ってたっけ

 

56:名無しの一般人

なんで人質側がまともに覚えてるんですかねぇ。。

 

57:名無しの一般人

素晴らしい、一票入れるぞ!

 

58:名無しの一般人

俺もだ、そんな理念を掲げる悪の組織があったなんて……!

 

59:名無しの同学年

そうわよ

しかも私、気付いちゃったわ

 

60:名無しの後輩

……一応聞いとくけど、何を?

 

61:名無しの同学年

禁止しているのは異性間のみ!

つまりっ――同性間の恋愛は禁止していないっ!!!

これは投票せざるをえないわ!!!

 

62:名無しの一般人

その調子で選挙も行って、どうぞ

 

63:名無しの一般人

>>53

純粋な興味なんだが、なんでそこに入ったの?

 

64:名無しの悪の戦闘員

引き篭もり中に、寝て起きたらいつのまにか拉致されてた

そのままなし崩しに

 

65:名無しの一般人

いや草

 

66:名無しの一般人

ニートの社会復帰に貢献してるとは、いい悪の組織だな

ただ、ウチには来ないで結構です

 

67:名無しの一般人

社会復帰できてますか……?

 

68:名無しのクラスメート

話が弾んだところで、この状況どうしたらいいと思う?

別に恋愛禁止がどうとかはどうでもいいんだけど、校庭に座りっぱなしでケツが痛くなってきた

 

69:名無しの先輩

こっちもどうでもいいけど、受験を控えてるわけだから授業に戻りたい

 

70:名無しの同学年

むしろ推進派

ああ、これからはめくるめく漢の楽園が――

 

71:名無しの後輩

いや、自分は彼女いるんで普通に困るんすけど

 

72:名無しの一般人

>>71

 

73:名無しのクラスメート

>>71

 

74:名無しの先輩

>>71

 

75:名無しの同学年

>>71

貴様ァッ!!

 

76:名無しの一般人

やっちまったなぁ

 

77:名無しの一般人

ここでそんなことを言うとは、命知らずな奴だぜ

 

78:名無しの一般人

罰として、安価の刑に処す

 

79:名無しの一般人

イッチ、やれ

 

80:名無しのクラスメート

よしわかった

>>88

 

81:名無しの後輩

えー。。。

 

82:名無しの一般人

彼女と別れる

 

83:名無しの一般人

彼女と別れる

 

84:名無しの一般人

人質を代わる

 

85:名無しの同学年

総帥と濃厚なプレイ

 

86:名無しの同学年

戦闘員を誘う、勿論男の

 

87:名無しの同学年

 

88:名無しの一般人

質問する

 

89:名無しの同学年

祭り開催

 

90:名無しの一般人

動画で実況

 

91:名無しの一般人

>>88

なんだこの糞安価!?

 

92:名無しの一般人

>>87

>>89

これは痛恨のミス

 

93:名無しの同学年

……オイ

……オイッ!!

 

94:名無しの一般人

>>93

ごめん、笑った

 

95:名無しの一般人

にしても、面白みがないというかなんというか

 

96:名無しの一般人

そもそも誰に、何を

 

97:名無しのクラスメート

じゃあ、それも安価で

まずは、誰に

>>101

 

98:名無しの一般人

人質の子

 

99:名無しの一般人

人質

 

100:名無しの同学年

人質ショタ

 

101:名無しの一般人

人質の男子生徒

 

102:名無しの一般人

人質の子

 

103:名無しの一般人

満場一致で草

 

104:名無しの同学年

しゃあっ!!!

 

105:名無しの一般人

アナタ踏んでないでしょ

 

106:名無しのクラスメート

次は質問内容

>>111

 

107:名無しの一般人

年いくつ

 

108:名無しの一般人

何でそんなに小っちゃいの

 

109:名無しの一般人

好きな人

 

110:名無しの同学年

攻めか受けか!

 

111:名無しの一般人

好みのタイプ

 

112:名無しの同学年

ぶちこみたいか、ぶちこまれたいか!!

 

113:名無しの一般人

人質に、好みのタイプを質問する、に決定!!

 

114:名無しの一般人

無難なの来たな

 

115:名無しの同学年

アアアーーーーーーーーーーーッ!!!!

 

116:名無しの先輩

で、誰がこれを質問するんだ?

 

117:名無しの一般人

それは勿論罪人……

ところで、もう一人何処行った?

 

118:名無しの一般人

現場勢は挙手

 

119:名無しのクラスメート

 

120:名無しの同学年

 

121:名無しの先輩

 

122:名無しの悪の戦闘員

 

123:名無しの一般人

…………

 

124:名無しの一般人

まさか……

 

125:名無しの一般人

逃げたな、賢い

 

126:名無しの一般人

なら仕方ない、連帯責任で全員だ

 

127:名無しの同学年

えー

 

128:名無しのクラスメート

そんなー

 

129:名無しの先輩

ま、待った、仮にも相手は悪の組織

いきなりそんなことしたらどうなるか……

 

130:名無しの一般人

気持ちは分かる

なにせ、ハイリスクノーリターンだ

 

でも悲しいことに、これ安価なのよね

 

131:名無しの一般人

安価は絶対

 

132:名無しの悪の戦闘員

しょうがない、何とかしてやるか

 

133:名無しの一般人

お?

 

134:名無しの一般人

元引き篭もりらしからぬアグレッシブさ

 

135:名無しの一般人

お前、本当に元引きニートか?

 

136:名無しの先輩

>>132

お願いします、神様仏様、戦闘員様!

 

137:名無しのクラスメート

>>132

代わりにやってくれるならこれほど心強いことはない

もしやらかしても、組織の仲間同士なら大変な目に合わない……はず?

 

138:名無しの同学年

>>132

悪の組織の罰ってどんななのかしら?

もし男同士なら、是非とも動画に録って見せて欲しいわ

 

139:名無しの悪の戦闘員

いや、やるのはお前達だぞ

質問しやすい環境を整えてやるって言ってんだ

 

140:名無しの一般人

どうやって?

 

141:名無しの一般人

質問内容が内容だからなぁ

ぶっちゃけふざけてるとしか思えんし

 

142:名無しの悪の戦闘員

いや、あの総帥馬鹿だから適当に言いくるめられると思う

ちょっと待ってろ

 

143:名無しのクラスメート

お?

 

144:名無しの同学年

本当に、一人動いたわね

 

145:名無しの先輩

マジでやるのか……

 

146:名無しの一般人

超見たい

 

147:名無しの一般人

配信できないのん?

 

148:名無しのクラスメート

いや、流石に危ないかなって

 

149:名無しの一般人

スレ立てもほぼほぼアウトな件

 

150:名無しの一般人

偶にヤバイ状況でやる奴いる定期

 

151:名無しの一般人

そもそもクラスメートが人質になったからって、せやスレ立てたろ、とはならんやろ

 

152:名無しの一般人

自分が人質になってる状況でスレ立てしたヤベーのもいましたねぇ……

しかも今回みたいに大勢の中の一人じゃなくて、自分だけが人質の時に

 

153:名無しの悪の戦闘員

よし、上手くいった

 

154:名無しの一般人

おかえりー

 

155:名無しの一般人

段取りは?

 

156:名無しの悪の戦闘員

活動の賛同者を増やすために、質問タイムを設けてみたらどうだと言った

一方的な通達じゃなく、相互理解の上でなら理念に共感する生徒や先生もいるかもしれない、と

 

157:名無しの一般人

ほうほう

 

158:名無しの一般人

やるやんけ

 

159:名無しの悪の戦闘員

合図は出してやる、いくぞ

 

 

せーの




前回から期間が空きましたが、読んでいただきありがとうございます。
次回は主人公サイドです。

どこかに書いた気はするのですが、本作品はサブ投稿?といいますかなんといいますか。
メインで投稿してる作品を優先して書いてるので、すみませんがこちらの投稿は遅いです。
もしも両作品読んでいただいてる方がいらっしゃいましたら嬉しいですね。

久しぶりの更新でしたが、楽しんでいただけたら幸いです。
読んでいただきありがとうございました。


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