デート・ア・ライブ feat.仮面ライダーセイバー (SoDate)
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Data Archive

ここは資料集のような設定集のような場所です
本編には何ら影響ないので無視して頂いて構いません

ここに記載されている精霊、聖剣、ワンダーライドブックの対応は新たな精霊の力が封印されるたびに追加されていきます


Character Data

 

 トーマ

 識別名:フェニックス

 

 本作の主人公

 本編開始の5年前に天宮市にやってきた青年

 大火災が発生する数か月前に天宮市へとやってきたがそれ以前の記憶はなく、天宮市にやってきたのも霊力の反応を追ってきたから

 

 天宮市に辿り着いてからは空腹で行き倒れていたところをおっちゃんに拾われ、美九の霊力を封印するまでは店で働きながら二階の空き部屋に住まわせてもらっていた

 そして本編開始前の一年前に宵待月乃時代の美九、或美島で八舞姉妹と出会い。半年前には再会した美九の霊力が封印され、それ以降は彼女と共に暮らしている

 

 それから本編開始までは平和な日常を送っていたが、〈プリンセス〉夜刀神十香と五河士道の出会いをきっかけ精霊との対話による空間震災害の平和的解決を目指し結成された組織”ラタトスク”と遭遇、組織の有する空中戦艦”フラクシナス”と協力関係になる

 

 

 そんなトーマの有する力は”無銘剣虚無をはじめとする聖剣及びワンダーライドブックの能力の行使”

 いたってシンプルで無銘剣虚無をはじめとする聖剣、そして精霊の霊力を封印した際に出現するワンダーライドブックの力の使用

 

 聖剣の切り替えは無銘剣虚無に”ワンダーワールド物語”の名を有する本をリードすることで切り替える。切り替わった聖剣はそれぞれ独自の能力を有しており、ファルシオンやセイバー、バスターなど剣士固有の姿に変身することが出来る

 

 

Item Data

 

 

-無銘剣 虚無-

 トーマの使用する漆黒の刀身にオレンジのエンブレムが装飾されている聖剣

 

 本作ではワンダーワールド物語という特殊な本をリードすることで他の聖剣へと変化する能力を有している。それ以外にも相手の能力を無効化するという能力を持っており精神干渉系の能力は無銘剣の状態であれば無効化できる状態になる

 

 無銘剣虚無が聖剣の切り替え能力を得たのは本作における無銘剣虚無が”抜け殻”であるから

 本来であれば一本の剣にその力が宿っているのだが本作の無銘剣虚無は聖剣本来の力を発揮することのできない”抜け殻”状態。この抜け殻状態になっている無銘剣虚無にワンダーワールド物語を流し込む事で他の聖剣へと姿を変化させることが可能

 

 

 

-聖剣-

 現在は無銘剣虚無にワンダーワールド物語のライドブックをリードすることで出現する剣

 その能力は様々で火炎剣烈火、水勢剣流水のようにシンプルな一刀だが火や水と言ったエレメントの力を付与できるもの、土豪剣激土や風双剣翠風のようにその聖剣独自の形状をしているものなどが存在する。

 そして、聖剣には共通の能力として精霊の肉体と霊力を切り離し、ワンダーライドブックへと封印する力を持っている。この力によって封印された霊力は、封印した精霊本人や霊力を封印する力を持った人間が触れることでパスを繋ぐことが出来る

 

 

 

ダー

 さまざまな神獣・生物・物語を内包し、強大な力を秘めた手のひらサイズの本

 本来であれば全知全能の書という世界の全てを記している一冊の本に内包されているものだが現在は一つ一つが単独の本として存在しており、根幹にある全知全能の書はどうなっているのか不明

 

 現在ワンダーライドブックの力は精霊の力と一体化しており、その力を認識さえすれば精霊でもワンダーライドブックの持つ固有の能力を行使することが出来る

 但し士道の能力や聖剣の力によって霊力が封印されることで、ワンダーライドブックは精霊から分離し、本来の形状である本の形になる

 

 

 

-精霊と聖剣、WRBの対応-

 

〈??? 〉???? 

聖剣-【?? ???】

 

〈??? 〉???? 

聖剣-【?????】

 

〈ナイトメア〉時崎狂三

聖剣-【?????】

WRB

 ・トライケルベロス

 ・昆虫大百科

 

〈ハーミット〉四糸乃

聖剣-【水勢剣流水】

WRB

 ・オーシャンヒストリー

 ・天空のペガサス

 

〈イフリート〉五河琴里

聖剣-【火炎剣烈火】

WRB

 ・ブレイブドラゴン

 ・ニードルヘッジホッグ

 

〈??? 〉???? 

聖剣-【?????】

 

〈ウィッチ〉七罪 

聖剣-【?????】

 

〈ベルセルク〉八舞耶倶矢/八舞夕弦

聖剣-【風双剣翠風】

WRB

 ・ストームイーグル

 ・こぶた3兄弟

 

〈ディーヴァ〉誘宵美九

聖剣-【音銃剣錫音】

WRB

 ・アメイジングセイレーン

 ・ブレーメンのロックバンド

 

〈プリンセス〉夜刀神十香

聖剣-【土豪剣激土】

WRB

 ・ジャアクドラゴン

 ・玄武神話

 ・キング・オブ・アーサー

 

 

【不明】西遊ジャーニー



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序章, いつかの時の、1ページ。

青年が訪れたのは住宅街の中に存在する一軒家の玄関を開けると、二階からやけに騒がしい声が聞こえてくる

 

「朝から元気だなぁ」

 

そう思いながら青年が部屋の扉を開け……すぐに閉じる、理由は単純で自身の目の前に広がっていた光景を受け入れることができなかったからである

 

「ふぅ…さてと、朝食の準備でも――」

「待ってくれ!誤解しないでくれ!」

「…わかってる、安心してくれ真士、弟分がどれだけ重い罪を背負おうと…俺はいつまでもお前を待ってるから」

「わかってない!全然わかってない!」

「あっ、冬馬兄さま、おはようございます」

「うん、おはよう真那。それで、一体何があったんだい?」

 

竹刀を自身の兄に向けっぱなしの少女の挨拶に言葉を返した後、青年は事情を聴くことにした…彼の弟分である少年は決して犯罪に手を染めるような人間であると知っているからだ。そしてYシャツ一枚羽織っているだけの少女からは、普通の人間とは違う、不思議な感覚があったからという理由もある

 

「えっと、この子…あの爆発があった場所にいたんだ」

「……えっ?」

「それ、どういうこと?」

「そのまんまだよ。さっき俺があの爆発に巻き込まれたとき――見つけたんだ」

 

少年から一通り事情を説明される、一応納得は出来るものの妄言言ってるとしか思えないなどと考えているといつの間にか隣に来ていた少女がちらりともう一人の少女の見る

 

「なるほど、兄様が頭を打ったか幻覚を見たかしてねーことを前提に考えると…」

「後、変な薬でも飲んで頭がおかしくなったって事も除外してね」

「そうですね」

「二人とも、嘘を吐いてる可能性っていうのは考えないんだな」

「兄様が真那に嘘を吐くわけねーでしょう」

真士が俺達に嘘を吐くわけないからね」

 

少年の問いに二人はきっぱりと答えた

 

「とにかく、その前提を考えた場合、異常が多すぎます。その子は一体何者で、なんでそんなところにいやがったんですか?」

「さ、さぁ……そんなこと俺に言われても」

「…まさか、この子があの爆発を起こした、なんてことはねーでしょうね」

「可能性の一つとしてはあり得るかな…不可解なのに変わりはないし」

「は……?ば、馬鹿言うなよ。人間にあんなこと出来るわけが――」

 

少年が言葉を続けようとしたところで、少し後ろからかわいらしいくしゃみが聞こえてきた、考え事に没頭しかけていた三人はあの少女がYシャツ一枚だったのをすっかり忘れていた

 

「だ、大丈夫か?」

「俺、下であったかいもの入れてくるよ」

 

少年にそういうと青年は階段を下り台所まで向かっていった

これは、いつかの時代に存在した始まりの記憶――すべてが始まる前に起こった出来事のワンシーンである



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第Ⅰ章, 十香デッドエンド
第1-1話, 邂逅


『今日未明、天宮市近郊の──』

 

 とあるマンションの一室、紫銀の髪を揺らす少女―誘宵美九はテレビを見ながらつまらなそうに言葉を発した

 

「また空間震ですかぁ、最近多いですねぇ」

「口ぶりが随分と他人事だな」

「だって実際他人事ですし」

「他人事って、お前も一応”精霊”だろうが、美九」

 

 美九の話相手をしながらフライパンを動かしていた男―トーマ(本名不詳)は、完成した目玉焼きを皿に移すと同じタイミングでトースターから食パンが排出された

 目玉焼きの皿とトーストの皿を両手で運び美九の前に置く

 

「ほれ、出来たからさっさと食べて学校に行け」

「お兄さんは食べないんですか?」

「オレは後で適当に食うから良いよ」

「えぇ、一緒に食べましょうよぉ」

「はぁ……いいからさっさと食え、遅刻するぞ」

 

 自分の言葉が適当にいなされてることに気づいた美九は不服そうにしながら朝食を食べ始める。トーマはそれを確認しながら必要最低限の荷物がまとまったカバンを片手に持って玄関の方に向かう

 

「どこか行くんですか?」

「あぁ、空間震の場所が結構近いからな、一応確認しに行ってくる」

「はぁーい、いってらっしゃい」

 

 美九のその言葉を聞きながら、トーマは玄関から出ていった

 

 

 

 

 マンションから出たトーマはその足で空間震の起こった場所まで向かっていると、自衛隊の隊員に呼び止められる

 

「キミ、ここから先は立ち入り禁止だよ」

「入っちゃダメですか? この先にある職場を確認しに行きたいんですけど」

「空間震の影響で地盤が不安定になってるかも知れないから、流石に許可できないよ」

「やっぱりそうですか、それじゃあ職場の方には電話かけて聞いてみます」

 

 来た道を戻り自衛隊員の視界から外れると、さっきまでの雰囲気を一変させ壁に背中を預ける

 

「自衛隊が来てるとなると、今回も空振りか……空間震の起こる場所でもわかりゃ苦労しないんだがな」

 

 そう言いながらポケットから取り出したのはオレンジと黒で構成されている手のひらサイズの本

 

「こいつの事をもっと知るためにも、もっと精霊と接触する必要があるんだがな……物事はそう簡単にうまくいかないもんだ」

 

 

 

 それから二時間後、トーマは少し寂れた外観の定食屋でフライパンを振るっていた

 

「坊主! 次は野菜炒め定食一つな!」

「はいっ」

 

 昼前だというのに次々とくる注文を捌きながら、額に浮かぶ汗を拭う。そこそこ忙しい状況が一時間程続き、ようやく一息つくことが出来たトーマは厨房から出て席に座る

 

「いっつもわりぃな、坊主」

「気にしないでよ、おっちゃんには恩があるしこれくらいならいくらでも手を貸すって」

 

 トーマがこの定食屋の手伝いをしているのは、住む場所の無かった彼を色々と助けてくれたのが定食屋の店主とその奥さんだからだ。

 彼が初めて目を覚ました日、自分の事を一切覚えておらず空腹で行き倒れているところを助けられ、美九のマンションで世話になるまでの間この定食屋の二階を間借りして生活していた、その為トーマは定食屋の二人には返しても返しきれない程の恩を感じているのだ

 

「そういや坊主、最近あの嬢ちゃんとはどうなんだ」

「あの嬢ちゃんって……美九の事?」

「おう、いい加減二三歩前には進んでんだろ?」

「美九とはそんなんじゃないし……まずはアイツの人間不信を治さない事にはどうしようもないから」

「勿体ねぇな、あの嬢ちゃんも──」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

 警報が鳴った、空間震の発生を知らせる警報が

 

『──これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予想されます。近隣住民の明さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返します──』

 

「おいおいマジかよ、流石に急すぎんだろ」

「とりあえず避難しましょう、奥さんは?」

「今日は友達と買い物だ、流石に大丈夫だろ」

「わかりました、とりあえずオレ達も行きましょう」

 

 トーマは店主を連れて近くシェルターまでやってくると、先に店主を行かせる

 

「坊主、お前は乗らないのか?」

「すいませんおっちゃん、少し忘れ物が……絶対に戻ってくるんで!」

「……わかった、気を付けろよ」

「はい」

 

 シェルターの場所から離れ、建物の影に向かう

 

「ラッキーだな、接触できるならしたいが……考えるのは後か」

 

 ポケットから本を取り出すと、腰にベルトが出現する。ベルトに本を装填すると、グリップを握り……引き抜く

 

――抜刀』

 

 炎を纏ったトーマの身体は変化していく。炎が晴れるとその場にいたのは仮面の戦士──ファルシオン

 

『虚無 漆黒の剣が、無に帰す』

 

 身体に炎を纏ったファルシオンが鳥の形になり、その場から飛び立った

 

 

 

 

 空間震が起こった場所の近くに降り立ったファルシオンは、眼下に広がる光景を見ると精霊以外にもう一人……どこかの高校の制服を着た少年の姿が目に入った

 

「あいつは──ッ!?」

『──兄さん』

「……何はともあれ、関係無い奴なら助けた方が良いか」

 

 再び炎の鳥になったファルシオンは一直線に精霊の元まで向かい、剣を振った。金属同士のぶつかる甲高い音の辺りに響き渡る

 

「お前は──」

「──お前、いたいけな一般人に刃を向けるとかどういう神経してる?」

「私は──ただ私を殺しに来たものを追い払っているだけだ」

「あぁ、そう……因みに、話し合いに応じる気は?」

 

 ファルシオンの問いに対して、目の前の少女は剣を向けるだけだった。それが返答だと受け取ったファルシオンもまた、剣を構える

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「──?」

「……」

 

 少年は二人の間に割って入ると、改めて少女の方を向く

 

「そのままでいいから聞いてくれ、俺は──君を殺しに来たんじゃない」

「──何?」

 

 少年のその言葉を聞いたファルシオンは、構えていた剣を下げかけて……途中で止めた。視界の端に映ったミサイルを切り裂く為に、ベルトに剣を戻しもう一度抜刀する

 

「無粋な奴等だ」

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

「う、うわぁぁぁぁぁッ──!?」

「あんまビビんな……って言う方が無理か」

「貴様……何故」

「別に──ッ!」

 

 これ以上ここに来るのは不味いと感じたファルシオンは少年の首根っこを掴み後ろに後退してすぐ、迫ってくる攻撃を剣で受け止める

 

「鳶一──折紙……?」

「五河士道……?」

「なんだ、お前ら知り合いか」

「……ッ!」

 

 折紙と呼ばれた少女は、ファルシオンから距離を取ると……次は少女の方に向かっていった。二人の少女による剣激を見ていると、首根っこ掴んでたはずの少年がいないことに気づく

 

「あれ? ……あーあ、伸びちまってる。とりあえず、ここで寝かしとくととばっちり受けそうだし今回はさっさと移動するか」

 

 その言葉と共にファルシオンは炎の鳥となり、その場からいなくなった





変身する時の歌?ですがあえて省略して『抜刀』の部分だけ残しています


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第1‐2話, フラクシナス

 戦闘区域から離れた場所にやってくると、ファルシオンは変身を解きトーマの姿に戻る

 

「ふぅ、目標達成ではないが接触出来た分まだマシか……ってなんだ?」

 

 変身を解いたトーマは、いつの間にか黒服達に包囲されていた

 

「お前ら、一体なにもんだ?」

「詳しいことは追って話す……今は我々と一緒に来て欲しい」

「そう言われてはいそうですかとは行かないと思うけど」

「……」

「まぁいいや、そんで……何処についていけばいいの?」

「……いいのか?」

「あなた達が一緒に来てくれって言ったんでしょ、いいよ……その代わり、こいつは治療してやってくれ」

 

 首根っこ掴んだまま伸びている少年を黒服達に投げて渡す、その際に潰れたカエルの断末魔みたいな声が聞こえた気もするが……気にせず話を進める

 

「それでは、行きましょう」

「あぁ」

 

 その言葉の後、変な浮遊感と共にトーマたちはその場から消え、気が付くと近未来的な施設の中にいた

 

「これはまた、随分と未来的だな」

「ひとまず、彼を医務室に」

「わかった」

 

 とりあえず少年を医務室に置き、近くにあった椅子に座っていると一人の女性が入ってくる。その女性はトーマの事を見た瞬間少し目を見開いたもののすぐに元の表情に戻る

 

「君は……」

「オレはトーマ……一応今は”中村透馬”って名乗ってます」

「名乗っている……とは?」

「記憶がないんですよ、天宮市(ここ)で目を覚ますより前の記憶がない……というか俺の事はどうでもいいでしょう。それより、あなたは?」

「……そう言えば、私も名乗っていなかったね。村雨令音だ」

「村雨さんねぇ」

 

 トーマは彼女に少し引っかかりを覚えるものの別に話をすることもないという事で、そのまま診察されている少年の事を眺めていた

 

 それから程なくして、少年が目を覚ます

 

「…………はっ!」

 

 目を覚ました少年は困惑したようにそのまま、情けない声を上げたが……まぁ仕方ないだろうとトーマは思う

 

「……ん? 目覚めたね」

「だ、だだだだダレデスカ」

「何故片言?」

「……ん、あぁ」

 

 結構近くにいた令音は一定の距離を開けると、改めて少年に話しかける

 

「……ここで解析官をやっている、村雨令音だ。あいにく医務官が席を外していてね。……まぁ安心してくれ。免許こそ持っていないが、簡単な看護くらいならできる」

 

 医務官でないという言葉を聞いたトーマは少し驚き、少年の方は固まりっぱなしだったが、どこかに引っかかりを覚えたのかようやく思考を再開したらしい

 

「―ここ?」

 

 再開した思考であたりを見回すが、少年にとっては見知らぬ場所に見知らぬ人ばかりという事もあり、だいぶ混乱している様子だった

 

「ど、どこですか、ここ……」

「……あぁ、”フラクシナス”の医務室だ。気絶していたのでそこの彼と一緒に勝手に運ばせてもらったよ」

「フラクシナス……? ていうか気絶って? ……、あ──」

 

 混乱していたらしい思考がようやくまとまり、気絶する前までどういう状況だったのかを思い出したらしい。それを確認したトーマも彼に近づいていく

 

「少しはまともに考えられるようになったか?」

「は、はい……そ、それより、質問いいですか。ちょっとよくわからない事が多すぎて──」

 

 少年のその言葉にも応じず、令音はトーマたち二人に背を向ける

 

「あ──ちょっと……」

「……ついてきたまえ。君たちに紹介したい人がいる。……気になることはいろいろあるだろうが、どうも私は説明下手でね。詳しい話はその人に聞くといい」

 

 それから、少年と令音のコントのようなやり取り聞いた後、医務室から出ると、医務室に来る途中にも見た近未来的な通路が目に入る

 

「なんだ、こりゃあ……」

「流石にビビるよな」

「は、はい……えぇっと、あなたもこの場所の関係者何ですか?」

「いんや、オレも今日初めてここに来た」

「その割には……随分と落ち着いてるんですね」

「まぁ、こういうのは順応性が大事だと思うし」

 

「……さ、何をしているんだ?」

 

「おっと、行こうか……えぇっと」

「士道です、五河士道」

「士道ね、覚えた。俺の名前はトーマ、よろしく」

「よろしく……お願いします」

「敬語じゃなくていい、堅苦しいのは嫌いだし」

「わかり──わかった」

 

 等と話していると通路の突き当たり、一つの扉の前で彼女は足を止める

 

「……ここだ」

 

 次の瞬間、電子パネルが軽快な音を上げると、扉がスライドする

 

「……さ、入りたまえ」

 

 令音の後を追うように二人も中に入ると、その光景に思わず息をのむ

 

「……っこりゃあ……」

「……マジかい、これ」

 

 目の前に広がっていた光景は、ロボットアニメでよく見る船の艦橋のような場所だった。ビックリするくらい近未来な光景に少し圧倒される

 

「……連れてきたよ」

「ご苦労様です」

 

 令音が報告をすると、艦長席と思われる場所の横に立っていた金髪の男性が軽く礼をした。

 

「初めまして。私はここの副指令、神無月恭平と申します。以後お見知りおきを」

「は、はぁ……」

「司令、村雨解析官が戻りました」

 

 その言葉と共に艦長席がゆっくり回転する

 

「歓迎するわ──ようこそ、〈ラタトスク〉へ」

「……琴里?」

 

 目の前で踏ん反り返っている少女を見た士道は、その言葉を返す

 

 

 そこから士道に行われたのは精霊と呼ばれる存在と精霊にミサイルをぶち込んできた連中のマシンガン講義だった

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「何、どうしたのよ。せっかく司令官直々に説明してあげてるって言うのに。もっと光栄に咽び泣いてみなさいよ。今なら特別に、足の裏くらい舐めさせてあげるわよ?」

「ほ……ッ、本当ですか!?」

 

 その言葉に何故か反応した神無月の臑に琴里は蹴りを入れると、彼は恍惚の表情を浮かべながら倒れこんだ

 

「……おい、アレがお前の妹なのか?」

「いや、俺の知ってる琴里はもうちょっと素直と言うか……少なくてもあんな女王様みたいな性格じゃない筈」

「そこ! 聞こえてるわよ!」

 

 琴里に聞かれていたらしいことを知った士道は、意を決した様子で彼女に尋ねる

 

「こ、琴里……だよな? 無事だったのか?」

「あら、妹の顔を忘れたの、士道? 物覚えが悪いとは思っていたけど、さすがにそこまでとは予想外だったわね。今から老人ホームを予約しておいた方がいいかしら」

 

 彼女のその言葉を聞いた士道は頬に汗を垂らし、トーマはそれに若干引いていた

 

「……なんかもう、意味がわからなすぎて頭の中がワニワニパニックだ。おまえ、何してんだ? ていうかここ、ドコだ? この人たち、なんだ? それに──」

「落ち着きなさい。まずはこっちから理解してもらわないと、説明のしようがないのよ」

 

 そう言いながら琴里がスクリーンに映し出したのは精霊の少女と、機械的なスーツ? を見に纏った少女、そしてトーマの変身したファルシオンの姿だった

 

「ええと……精霊……って言ったっけ?」

「そ。彼女は本来この世界には存在しないモノであり──この世界に出現するだけでおのれの意思とは関係なく、あたり一面を吹き飛ばしちゃうの」

「……悪い、ちょっと壮大すぎてよくわかんね」

 

 琴里が士道の言葉に反応するよりも先に、トーマが彼に説明する

 

「つまり、空間震ってのはあの子みたいな精霊が起こしてる現象って事だ、精霊がこの世界に現れるときの副産物だな」

「な──」

「まぁ、彼の言う通りよ……小さければ数メートル程度、大きければ──それこそ、大陸に大穴が開くくらい」

 

 彼女の言った大陸に大穴とは、三十年前に起きたユーラシア大空災の事を言っている

 

「運がいいわよ士道。もし今回の爆発規模がもっと大きかったら、あなた一緒に吹っ飛ばされてたかもしれないんだから」

「……っ」

「そういえば、お前はどうして外にいたんだ? 避難警報は出てたろ?」

 

 トーマも今まで遭遇したことのなかった一件だけに、それはずっと気になっていた。どうして士道が空間震の中、外にいたのか……良い機会だと思いここでそれを聞いてみることにする

 

「いや……それは、これ」

「位置情報?」

「ん? あぁ、それ」

 

 琴里はそれを見て何かを理解したように携帯を取り出し、見せてくる

 

「あ……? なんでおまえ、それ」

「なんで警報発令中に外にいたのかと思ったら、それが原因だったのね。私をどれだけ馬鹿だと思ってるのかしらこの阿保兄は」

「いや、だって……え、ていうか、なんで──」

「簡単よ。ここがファミレスの前だから」

「は……?」

「そう言う事か……」

 

 困惑している士道とは正反対にトーマの方はこの場所に来るときに感じた謎の浮遊感を含めたピースが一つにまとまりこの場所が何処なのかを理解する

 

「ちょうどいいわ。見せた方が速いでしょ──一回フィルター切って」

「な、なんだこりゃ……ッ」

「何って、どっからどう見ても空の上だな」

「えっ、空って……それよりなんでトーマはそんなに落ち着いてるんだよ!」

「言ったろ、人間適応力が大切だって……それより、ここは何処なんだ?」

「……ここは天宮市上空一万五千メートル。──位置的には丁度、士道と待ち合わせしてたファミレスのあたりになるかしらね」

「ここ、って……」

「そう、このフラクシナスは、空中艦よ」

 

 そこから謎の兄弟の会話が挟まる事数分、神無月の本性(ドM)がバレるという事件もあったがそれは関係ないだろう

 

「次はこっちね。AST。精霊専門の部隊よ」

「こいつら、ASTって名前だったのか」

 

 本題に戻った琴里が続いてスクリーンに映したのは機械的なスーツを纏った一団体

 

「……精霊専門の部隊って──具体的には何をしてるんだよ」

「簡単よ。精霊が出現したら、その場に飛んで行って処理するの」

「処理……?」

「要はぶっ殺すってこと」

「……ッ!」

 

 その言葉を聞いた士道は胸が締め付けられる……いや、心臓が絞られるといった感覚に陥っているようだったのでトーマはここで口を挟む

 

「まぁ、精霊と人間じゃ土俵が違い過ぎて殺すなんて無理だけどな……それでも、どうしてあの子があんな態度だったのかは理解できたか?」

「あ、あぁ……」

 

「まぁ、普通に考えれば死んでくれるのが一番でしょうからね」

「見た目が女の子ってだけで、精霊は一般人から見たら純粋な怪物だからな……出てくるだけで空間震って言う災害を引き起こす怪物を、野放しにしておく方が無理って事だ」

「でも、空間震は、精霊の意思とは関係なく起こるんだろ」

「そうね、少なくとも現界時の爆発は、本人の意思とはかかわりないというのが有力な見方よ。──まぁ、そのあとASTとドンパチしたは悔恨も空災被害に数えられるけどね」

「……それは、そのASTって奴等が攻撃するからだろ?」

「まぁ、そうかもしれないわね。──でもそれはあくまで推測。もしかしたら、ASTが何もしなくても、精霊は大喜びで破壊活動を始めるかもしれない」

「それは……ねぇだろ」

 

 琴里のその言葉を聞いた士道はそう答えると、彼女は首を傾げた

 

「根拠は?」

「好き好んで街をぶっ壊すような奴は……あんな顔、しねぇんだよ」

 

 その言葉を聞いたトーマは笑いそうになるが、それを抑えて士道の紡ぐ言葉を待つ

 

「本人の意志じゃねぇんだろ? それなのに──」

「随意か不随意かなんて、大した問題じゃないのよ。どっちにしろ精霊が空間震を起こすことに変わりはないんだから。士道の言い分もわからなくはないけど、かわいそうって理由だけで、核弾頭レベルの危険性物を放置しておくことは出来ないわ。今は小規模な爆発で済んでるけれど、いつユーラシア旧の大空災が起こるかわからないのよ?」

「だからって……殺すなんて」

「数分程度しか接点のない、しかも自分が殺されかけた相手だって言うのに、随分精霊の肩を持つじゃない。……もしかして、惚れちゃった?」

「っ、違ぇよ、ただ、もっと他に方法があるんじゃねぇかって思うだけだ」

 

 その言葉を聞いた琴里は、軽く息を吐く

 

「それじゃあ聞くけれど、どんな方法があると思うの?」

「それは──」

「精霊の力を奪い取る」

「──え?」

「奪い取るは少し違うか、精霊の持つ力の受け皿を別のモノに移す……殺す以外にもこのやり方があるが、接触しない事にはどうしようもないから無理だけどな」

 

「……とにかく、どんな方法があっても、一度……ちゃんと話をしてみないと、わかんねぇだろ」

 

 トーマの言葉に対して呆気に取られていた様子だった琴里だが、士道の言葉を聞くとニヤリと口角を上げる

 

「そう。──じゃあ、手伝ってあげる」

「は……?」

「私たちが、それを手伝ってあげるって言ったのよ。〈ラタトスク機関〉の総力を以て、士道をサポートしてあげるって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、トーマは士道がきれいに誘導されたのだと理解する

 

「な、なんだよそれ。意味が──」

「最初の質問に答えてあげるわ。私たちが何なのか、を」

 

 士道の言葉を遮った琴里は、二本……いや、三本の指を立てる

 

「いい? 精霊の対処法は、大きく分けて二つ……いえ、さっき彼の言ったものを含めると三つあるの」

「三つって、トーマの言った奴以外にも方法があるのか?」

「えぇ、一つはASTのやり方。戦力をぶつけてこれを殲滅する方法」

 

 最初に琴里の言った方法はシンプルだが難しい方法

 

「そしてもう一つは彼の言った力そのものを別の器に移す方法」

 

 トーマの言った、机上の空論ともいえる方法

 

「そして最後は……精霊と、対話する方法。──私たちはラタトスク。対話によって精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織よ」

 

 最後の方法も机上の空論でリスクも圧倒的に高い……だが、少なくとも精霊は苦しむ事の無い方法

 

「……で、なんでその組織が俺をサポートするって話になるんだよ」

「ていうか、前提が逆なのよ。そもそもラタトスクって言うのは、士道の為に作られた組織だから」

「は、はぁ……ッ!?」

「ッ!?」

 

 流石にその返答にはトーマも驚かざる得なかった、この組織が士道の為に結成された……それは士道が精霊に対して有効な”何か”を持っているという事実の証明でもあったのだから

 

『これは、思わぬ拾い物かもな』

 

 トーマは心の中でそう思う、彼の目的は自身の持っている本―ワンダーライドブックが一体何なのかを知るために精霊と接触し、その力を手に入れることだから

 

「ちょっと待て。今まで以上に意味がわからん。俺のため?」

「えぇ。──まぁ、士道を精霊との交渉役に据えて、精霊問題を解決しようって組織って言った方が正しいのかも知れないけれど。どちらにせよ、士道がいなかったら始まらない組織なのよ」

「ま、待てって。どういうことだよ。この人たちが、全部そんなことの為に集められたってことか? ていうかなんで俺なんだよ!」

 

 士道の問いに対して琴里は言葉を濁して返事をする

 

「んー、まぁ、士道は特別なのよ」

「説明になってねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 それに対して琴里は肩をすくめる仕草を取ると、改めて話し始める

 

「まぁ、理由はそのうちわかるわ。いいじゃない。私たちが、全人員、全技術を以て士道の行動を後押ししてあげるって言ってるのよ? それとも──また一人で何の用意もなく精霊とASTの間に立つつもり? 死ぬわよ、今度こそ」

 

 ここで口を挟もうかと思ったトーマだが、この組織のバックアップのある方が色々と便利そうなので事の成り行きを見守る

 

「……その、対話ってのは、具体的に何するんだよ」

「それはね」

「精霊に──恋をさせるの」

 

 沈黙、そして後悔……トーマは後悔した、そんなトンチキな方法を取るくらいならオレが守ってる間に精霊と話をさせて士道に力を奪ってもらう方がよかったのではないかと

 

「……はい?」

 

 流石の指導もその言葉は予想外だったのか思考が止まりかけてる

 

「……すまん、ちょっと意味がわからん」

「だから、精霊と仲良くお話ししてイチャイチャしてデートしてメロメロにさせるの」

「……えぇと、それでなんで空間震が解決するんだ?」

「んー、武力以外で空間震を解決しようとしたら、要は精霊を説得しなきゃならないわけでしょ?」

「そうだな」

「そのためにはまず、精霊に世界を好きになってもらうのが手っ取り早いじゃない。世界がこんなに素晴らしいモノなんだーってわかれば、精霊だってむやみやたらに暴れたりしないでしょ」

「なるほど……でも、それならトーマの言った方法でもいいんじゃ」

「俺の方法だと半分の確率で精霊消滅するけど」

「よし、却下で……すまん琴里、続けてくれ」

「……まぁ、ほら、よく言うじゃない恋をすると世界が美しく見えるって──というわけでデートして、精霊をデレさせなさい!」

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 まぁ、確かにぶっ飛んだ理論だとトーマも感じていたが、敢えてスルーする

 

「おっ、俺はそういうやり方じゃなくてだな……」

「黙りなさいこのフライドチキン」

 

 士道の反応を琴里が叩き潰す

 

「ASTが精霊を殺すの許せましぇ~ん、もっと他に方法があるはずでちゅ~、でもラタトスクのやり方はイヤでちゅ~、半分の確率で失敗するならトーマの案も却下でちゅ~……って? 甘えるのも大概にしなさいよこのミイデラゴミムシ。士道一人で何が出来るって言うの? 身の程を知りなさい」

「ぐ、ぬ……」

 

 因みに琴里の言ったミイデラゴミムシは、コウチュウ目・オサムシ上科・ホソクビゴミムシ科の昆虫であり、実在する昆虫である

 

「──腹の底では全部に賛同しなくたっていいわ。でも、あなたがもし精霊を殺したくないっていうのなら……手段は選んでいられないんじゃないの?」

 

 琴里の言う事も最もである、精霊を殺すか、半分の確率で精霊の死ぬ方法を取るか、危険度は高いが見返りの大きい方法を取るかのどれか……精霊を助けたいのなら、とれる方法は一つだ

「……っ、わかったよッ」

「──よろしい、今までのデータから見て、精霊が現界するのは最短でも一週間後。早速明日から訓練よ」

「は……? くんれん……?」

 

 訓練と言う言葉を聞いた士道は呆然としていたが、今日の所はここら辺で解散することになった

 

 

 

 

 

 琴里に残るよう言われたトーマは、士道が帰った後もフラクシナスの艦橋に残っていた

 

「まさか、あの二つ以外にも方法があるとは思わなかったわ……”フェニックス”」

「”フェニックス”ねぇ、俺ってそう言う名前で呼ばれてたんだ」

 

 今までこういった組織との接触がなかったトーマは、自分がどういった名前で呼ばれているのか知らなかった。だからこそ少し新鮮な気分で琴里の言葉を待つ

 

「それで、あなたの目的はなに?」

「オレの目的?」

「えぇ、あなた──フェニックスは空間震の起こった場所に必ず現れ、精霊とコンタクトを取ろうとしていた……その目的はなに?」

「強いて言うなら探し物を手に入れることだな」

「探し物?」

「そう、精霊が霊力を封印された時に現れる副産物──この本を俺は集めてる」

 

 そう言いながらトーマはエターナルフェニックスのワンダーライドブックを取り出す

 

「精霊にどれだけ種類がいるのか分からないし、霊力を封印すると副産物としてこの本が現れることをオレが知ったのもつい最近だ」

「そう……それで、わざわざ私たちの方に士道を誘導するような言動を取ってたわけね」

「そう言う事……半分の確率で精霊が消滅するってのも嘘、士道がお前らのバックアップを受けるのが……オレにとっても最善だと判断しただけ」

「その口ぶりからすると、あなたも私たちに協力すると考えていいのかしら」

「そう考えて貰って構わないよ……それに、平穏に事が収まるならそれに越したことはない」

「そう、それじゃあ精々頼りにさせて貰うわ」

 

 その言葉を聞き終えてすぐに、トーマも艦橋を後にした




現在の目的

・AST → 精霊の殲滅
・ラタトスク → 精霊との対話
・トーマ → 霊力封印に伴う副産物(ワンダーライドブック)の回収

大雑把にですが各々こういう目的で動いています


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第1-3話, 特訓

 翌日の朝、トーマが朝食用の鮭を焼いているのだが、一向に美九の起きてくる気配がない

 

「おかしい」

 

 時刻は七時前、この時間には大体起きてくるはずだと考えたトーマは、美九の部屋の扉をノックする

 

「おーい美九、起きてるかー」

 

 返事はない、軽いため息の出たトーマは扉を開けて部屋の中に入ると、美九は布団にくるまった状態で寝息を立てていた。日頃の疲れが溜まっているのだろうとも思ったが今日は平日、部屋のカーテンを思いっきり開いて朝日を部屋に呼び寄せる

 

「んー」

「美九、起きろ、朝だぞ」

「ぁーい」

「全く、ほれ起きろ!」

 

 布団を無理やり引き剥がすと中々に扇情的な格好の美九が目に入るが、トーマは動じず壁にかかっていた制服をぶん投げる

 

「朝飯もうすぐ出来るから冷める前に起きて来いよ」

 

 それだけ言い残してトーマは未来の部屋から出ていく、一応火を止めて起こしに来たが今のトーマにとっての最優先事項は美九よりも朝食の支度である

 それから程なくして、少し不機嫌そうな顔の美九が出てきた

 

「むー」

「なんだその顔……それより早く食え、冷めると飯のうまさが半減だ」

「……お兄さん、寝起きの反応見てもう少し反応があったんじゃないですかー?」

「反応って、別に今更だろ……いただきます」

 

 今日は昨日程時間に追われていなかったトーマも手を合わせて朝食を食べ始める

 

「私、結構スタイルには自信あるんですけど……」

「スタイル良くても毎日見てりゃ慣れる」

「なーんか複雑ですぅ」

 

 チクチク言ってくる美九の言葉を気にせず、焼き鮭、白米、味噌汁のルーティンを作りながらトーマは朝食を食べ進めるが、いい加減視線がうざくなって来たのか一度朝食を食べる手を止めて再び美九に視線を向ける

 

「目線がうざい、後冷めないうちに飯を食え、何をするにも体が資本だ」

「今はアイドル活動も休業中ですしぃ、いっそ体調崩したほうがお兄さんに看病して貰えてラッキーかもしれませんしぃ」

「バカなことを言う暇があったら自分の人間不信を……治す方法は後でもいいから飯食って学校にいきなさい……ごちそうさまでした」

 

 残りわずかだった朝食を食べきって食器を水につける

 

「あぁ、それと……しばらく帰れないから夕食は自分で作るなりどっかで買うなりしてくれ」

「どういうことですか!?」

「空間震……と言うか精霊関連で色々あってな、付き合った方が本集めも楽そうだし」

「私聞いてませんよっ!?」

「……まぁそう言う事で、それじゃ、いってきます!」

「ちょ、ちょっと!! もぉー! 帰ってきたらしっかり聞かせて貰いますからねー!」

 

 そんな美九の声を背に受けながらそそくさと洗い物を済ませてマンションから出て行った

 

 

 

 

 若干逃げるようにマンションを出たトーマのやってきた場所は来禅高校(らいぜんこうこう)、士道たちの通っている高校である。彼が今日この場所を訪れたのは今日の六時頃に琴里から連絡があったからである

 

「あ! とーまさんだー!」

「……ん?」

 

 手続きを一通り終えて、校舎に入ったトーマに声をかけてきたのは、中学の制服を着ている琴里なのだが……昨日とは違う様子にトーマは少し怪訝そうな顔を浮かべる

 

「あのぉ、もしかして五河君の妹さんのお知り合いの方ですか?」

「え、えぇ、まぁ……そんな感じです」

 

 どう返したものかと若干返事に困っていると、琴里があ! と大きな声を上げて男子生徒に突撃する。そして彼女のタックルをもろに受けた男子生徒──五河士道はビックリするくらい情けない声を上げる

 

「はがぁ……っ!」

「あはははは、はがーだって! 市長さんだ! あはははは!」

「……大丈夫か?」

「こ、琴里にトーマ……っ!? なんだって高校に……」

「まぁ、ちょっとした野暮用だ」

 

「あ、五河くん。妹さんが来てたから、今校内放送で呼ぼうとしてたんですよぅ、でもその途中でお知り合いの方にあってぇ」

「は、はぁ……」

「まぁ、そう言う事だ」

 

 そう言うと、琴里はぶんぶんと手を振っていた

 

「おー、先生、ありがとー!」

「ありがとうございました」

「はぁい、どういたしましてぇ」

 

 それに対して先生もにこやかに返す

 

「やー、もうっ、可愛い妹さんですねぇ、もう一人の男の人もしっかりしてますし」

「はあ……まぁ」

 

 その言葉に対して士道は頬に汗を垂らしながら苦笑いしていた、先生は改めてバイバイと琴里に手を振り、チラリとトーマの方に目を向けると職員室の方に歩いていった

 

「……なんだ、少し寒気が」

「大丈夫か?」

「大丈夫……だと思う、健康管理はしっかりしている筈なんだが……」

「……で、琴里」

「んー、なーに?」

「おまえ……昨日のあれ、ラタトスクとか、精霊とは──

「その話はあとにしよーよ」

 

 無邪気な口調であるがその中になんともいえない圧を感じた

 

「……早かったね、琴里、それにトーマも」

「うん、途中で、フラクシナスに拾ってもらったからねー」

「俺は走ってきた、約束の時間の十分前には事前準備を完璧に……だからな」

「それよりほら、おにーちゃん。はやく行こ? とーまさんも」

「っとと……ちょ、わかったから走るなって」

 

 琴里に引っ張られていく士道の事を見ながら歩き出すと、令音がトーマの隣までやってくる

 

「……不思議かい?」

「……まぁ、昨日はアレで今日はコレってのは、変な感じです」

「……勘違いしないで欲しいのだが、昨日の姿と今日の姿はどっちも本物の琴里だ」

「でしょうね……演技であそこまで出来るとは思えないですから」

 

 そこから特に話もなく、四人がやってきたのは東校舎四階、物理準備室と書かれたプレートのある部屋だった

 

「さ。入ろー、入ろー♪」

「ハイ・ホー、みたいに言うんじゃねぇよ」

 

 そして、スライド式のドアを滑らせるのだが……そこには記憶の無いトーマでもこれは物理準備室にはないだろ、と思われる光景が広がっていた

 

「……ちょっと」

「……何かね?」

「なんですか、この部屋」

「少なくとも物理準備室ではないだろうな」

「……部屋の備品さ?」

「いやなんで疑問形なんですか! ていうかそれ以前に、ここ物理準備室でしょう? もといた先生はどうしたんですか!」

 

 少なくとももうこの場所にいることはないのだろう、とトーマは考える

 

「……あぁ、彼か。うむ」

 

 令音はあごに手をやって小さくうなずき……しばらくの沈黙が続いた

 

「……まぁそこで立っていても仕方ない。入りたまえ」

「うむ、の次は!?」

「真実は闇の中って奴だな」

 

 令音のスルースキルに感心しつつ、教室の中に入っていく。令音は部屋の最奥に置かれた椅子に腰を掛けた。その後に琴里が部屋の中に入ってきて白いリボンをほどいて黒いリボンで髪を結び直した

 

「──ふぅ」

 

 リボンを結び直したことで雰囲気の変わった琴里は近くの椅子に座り込みチュッパチャップスを口に入れる

 

「いつまで突っ立ってるのよ、士道。もしかしてカカシ志望? やめときなさい。あなたの間抜け面じゃあ、烏も追い払えないと思うわよ。あぁ、でもあまりの気持ちの悪さに人間は寄ってこないかもしれないわね」

「……」

 

 余りの妹の変貌ぶりに士道は頭に手を置いた

 

「……琴里、おまえどっちが本性なんだ?」

「嫌な言い方するわね。そんなんじゃ女の子にもてないわよ。──あぁ、だからまだ童貞だったんだっけ。ごめんなさい初歩的な事を指摘して」

「……おい」

「統計だと、二十二歳までに女生徒交際できなかった男の半数以上は、一生童貞らしいわ」

「まだ五年以上猶予あるわ! 未来の俺を舐めるなよ! ……って、どうしたトーマ」

「いや……別に」

「猶予と可能性ばかり口に出す人間は、結局明日から頑張るしか言わないのよね」

「ぐ……」

 

 士道は口喧嘩では敵わないと悟り、ぐっとこらえてドアを閉める。一方のトーマも、まさかの流れ弾によりダメージを受けていた

 

「……さ、ともかくシン。訓練を始めよう。ここに座りたまえ

「……了解」

 

 トーマは言われるがままに腰を掛ける士道の事を後ろから見守る体勢に入る

 

「さ、じゃあ早速調きょ……ゲフンゲフン、訓練を始めましょう」

「てめ今調教って言おうとしたな」

「気のせいよ。──令音」

「……あぁ」

 

 琴里の言葉に、令音は足を組み替えながら首肯する

 

「……君の真意はどうであれ、我々の作戦に乗る以上は、最低限クリアしておかねばならないことがある」

「何ですか?」

「……単純な話さ。女性への対応に慣れておいてもらわねばならないんだ」

「女性への対応……ですか?」

「……あぁ」

 

 士道の問いに対して令音は頷く

 

「……対象の軽快を解くため、ひいては行為を持たせるためには、まず会話が不可欠だ。大体の行動や台詞は指示を出せるが……やはり本人が緊張していては話にならない」

「女の子と会話って……さすがにそれくらいは」

「本当かしらね」

 

 そう言いながら琴里は士道の頭を令音の胸に押し付けた。豊満なバストに押し付けられた士道はすぐに琴里の手をどかし、パッと顔を上げた

 

「……ッ、な、ななななにしやがる……ッ!」

「はん、ダメダメね」

「……いや、急にやられて対応しろと言う方が無理なんじゃ……」

「うるさいわよトーマ、とにかく、このくらいで心拍を乱してちゃ話にならないの」

「いや、明らかに例がおかしいだろ!?」

「ホント、悲しいまでにチェリーボーイね。やだやだ、可愛いとでも思ってるの?」

「う、うるせぇ」

「……まぁ、いいじゃないか。だからこそ私たちがここに来たのだから」

 

 結局の所、そう簡単に慣れるのは無理なのではと思いつつ、これ以上流れ弾が来ると怖いのでとりあえず黙っておく

 

「生唾飲み込んじゃって。いやらしい」

「……! い、いや違うぞ琴里ッ! お、俺は別に……」

「……まぁ、早いところ始めようじゃないか」

「は──―っい、いやまだ心の準備が……っ」

 

 士道の勘違いしているのを見ながら、琴里たちの方に視線を移す

 

「……成る程、訓練とはこれか」

「そう言う事よ」

「え……?」

 

 目を開けた士道も画面に表示されているものを見る

 

「こ、これは……」

「……うむ、恋愛シミュレーションゲームというやつだ」

「ギャルゲーかよ!」

「ギャルゲーだな」

「やだ、何を想像してたの? さすがもう総力だけは一級品ね気持ち悪い」

「……っ、やっ、そ、それは……」

「お、俺はただ、本当にこんなもんで訓練になるのかって……」

「訓練になるかはともかく、案外面白かったぞこれ」

「えっ、やったことあんの?」

「あぁ、同居人からもう少し女心を理解しろと押し付けられてな」

「まぁ、これはあくまで訓練の第一段階さ。それに市販品ではなく、ラタトスク総監修によるものだ。現実に起こりうるシチュエーションをリアルに再現してある。シンは前位にはなるはずだ。ちなみに15禁」

「あっ、ほんとだ……少しタイトルが違う」

「……エロゲではないんですね」

 

 日常会話の流れで士道は何となく行ったのだろうが、琴里から向けられていた視線が変わった

 

「やだ最低」

「……シン、君は十六だろう? 18禁のゲームができるはずないじゃないか」

「いやおまえらさっきと言ってること微妙に矛盾してね!?」

「言っても無駄だ、諦めろ」

 

 トーマのその言葉を聞いた士道はがっくりと肩を下ろした

 

「……ん、では始めてくれたまえ」

「はいはい……っと」

 

 士道が画面に向き合いゲームを開始したのを確認して、トーマは琴里に話しかける

 

「そういえば司令官殿、どうして俺はここに呼ばれたんだ?」

「琴里でいいわよ気持ち悪い……まぁそうね、トーマには士道のサポートに回って貰うことになるわ。見た感じ士道よりも年上みたいだし、私たちとは別の視点からのアドバイス要員ね」

「成る程、それじゃあ俺は士道のゲーム攻略をサポートすればいいわけだ」

「そう言う事、物覚えがはやくて助かるわ」

 

 とりあえず自分がやる事を理解したトーマも士道の進める画面に視線を向ける

 

「おはよう、お兄ちゃん! 今日もいい天気だね!」

 

「ねぇ──────よ!!」

 

 士道、開幕大絶叫である

 

「……どうしたねシン。何か問題でも?」

「いや、これ実際にありそうなシチュエーションを再現とか言ってませんでした!?」

「……そうだが、何かおかしいかね」

「おかしいも何も! こんなふざけた状況現実に起こるわ……け……」

「心当たりアリと言った表情だな、士道」

 

「……何でもないです」

 

 そう言うと士道はゲームに意識を戻しテキストを進めていくと、画面の真ん中に文字が現れた

 

「ん……? なんだこれ」

「何って、選択肢よ。この中から主人公の行動を一つ選ぶの。それによって好感度が上下するから注意するのよ」

「ふーん……なるほどな。これのどれかを選べばいいんだな?」

 

➀「おはよう。愛してるよリリコ」愛をこめて妹を抱きしめる

②「起きたよ。というか思わずおっきしちゃったよ」妹をベットに引きずり込む

③「かかったなアホが!」踏んでる妹の足を取り、アキレス腱固めをかける

 

「……って、なんだこの三択は! どこがリアルだ! 俺はこんなんしたことねぇぞ!」

「なーんか誰かの願望混ざってる気がするな」

「……何でもいいけど、制限時間つきよ」

「は……ッ!?」

 

 琴里の言葉を聞き画面の脇……と言うより選択肢の下あたりを見たトーマは確かにそこに表示された数字が減っていってるのを確認する

 

「士道、とりあえず自分の一番いいと思った選択肢を選んでみろ」

「……っ、仕方ねぇ」

 

➀「おはよう。愛してるよリリコ」愛をこめて妹を抱きしめる←SELECT! 

②「起きたよ。というか思わずおっきしちゃったよ」妹をベットに引きずり込む

③「かかったなアホが!」踏んでる妹の足を取り、アキレス腱固めをかける

 

「おはよう。愛してるよリリコ」

俺は妹のリリコを、愛を込めて抱きしめた。

すると、リリコは途端顔を侮蔑の色に染め、俺を突き飛ばしてきた。

「え……ちょっと、何、やめてくんない? キモいんだけど」

 

「リアルだったー!」

「確かに、思春期の女の子の複雑な心境を的確に表現してるな」

 

 下面に出ていたヒロインの好感度が一気に下落する

 

「あーあ、馬鹿ね。いくら妹でも、突然抱きついたらそうなるに決まってるじゃない。──まったく、ゲームだからいいものの、これが本番だったら、士道のお腹には綺麗な風穴が空いてるわよ」

「じゃあどうしろってんだよこれッ!」

 

 士道の問いに一切答えることのなかった琴里は液晶ディスプレイと点灯させた

 

「あ……? 何やってんだ?」

「訓練とはいえ、少しは緊張感持ってもらわないとね」

 

 そこから琴里の指示と、スタンバイしていたらしいクルーによって、士道が若かりし頃に厨二病(とある病気)に冒され、したためたポエム『腐食した世界に捧ぐエチュード』の朗読が行われた

 

「うわぁ……」

「な……っ、何しやがる!」

「騒ぐんじゃないわよみっともない。精霊に対して対応を間違ったらこんなもんじゃ済まないのよ。士道自身はもちろん、私たちも被害を被る可能性があるんだから。──というわけで、緊張感をも持ってもらうためにペナルティを設定させてもらったわ」

「重すぎるわぁぁぁぁッ! ていうか被害被ってるの俺だけじゃねぇかッ! トーマは!」

「彼に関しては何にも情報出てこなかったのよ、叩いて出てくる埃もなかったわ」

「まぁ、俺は昔の記憶一切ないし、当たり前だな」

「……しかし、そうだね。確かにシンの言う事にも一理ある」

「……そ、そうでしょう!?」

 

 令音の思わぬ助け船に、士道は顔を明るくするのだが、何故か白衣を脱ぎ始めた令音にあたふたするという事態になったが、琴里が発破をかけた事で何とかゲームに起動修正をした

 

「そういえば、さっきの選択肢。トーマならどれを選んだの?」

「俺は基本的に朝食の下ごしらえをするために五時には起きるから、選択肢は④だな」

「ないわよそんな選択肢……まったく、仮にでいいのよ仮にで」

「仮に、か……それなら③だな」

「……どうして?」

「変に甘い言葉をかけると調子に乗るのが目に見えてるからな」

「……アンタの私生活どうなってんのよ」

 

 それから、②、③と選んだ士道は両方のバッドエンドを回収した

 

「これ、➀で正解だったんじゃねぇの!? ていうか普通妹はこんな技使わねぇよ!」

 

 こんな技とは、③の選択肢を選んだ際にリリコが主人公に放った技、サソリ固めの事である。因みにこの技は琴里も習得しているため士道にサソリ固めをかけていた

 

「ぎい……ッ!?」

「ふん、ぎいだって。せいぜいママンママン言ってなさい」

「お、お前、どこでこんな技を──」

「淑女の嗜みよ」

「……とりあえず、ゲームに戻った方がいいんじゃないか?」

「ててッ……そうだな、というかこれ結局どうやるのが正解だったんだよ!」

「まったく、最後は出題者に応えまで聞くの? 情けないわね」

 

 リセットしたタイトル画面からさっきのところまで進めると、琴里はそこで操作を止めた

 

「……? 何してんだ? 早く選ばないと──」

 

 琴里が選択肢を選ばないままカウントがゼロになる

 

「んー……あと十分」

「だめー! ちゃんと起きるのー!」

 

「な……ッ」

「成る程、とち狂った選択肢はあえて選ばず放置をするのも手の一つか」

「あんなおかしな選択肢選ぶなんて、どうかしてるんじゃないの?」

 

 至極ごもっともな意見である

 

「特別にこの続きからやる事を許してあげるから、早く進めなさい。次の選択肢からはペナルティありだからね」

 

 腑に落ちない様子の士道はコントローラーを握り、ストーリーを進めていくと、新しい攻略対象と思われる先生が出てきた。百センチオーバーのバストを持つファンタジー生物だが、今の士道にとってそんなものは路肩の石ころに過ぎない

 

「きゃあっ!」

 

 女教師は悲鳴を上げながらすっころび、主人公の顔に胸を押し当てながら倒れてきた

 

「だから、ねぇと! こんな……」

「そうだな、普通は窒息するな」

「そこじゃないでしょ……って、どうしたのよ、士道」

「……や、なんでも」

 

 また何か思い当たりがあったのか大人しくゲームを続ける

 

➀「こんなことされたら……先生のこと好きになっちゃいます」おもむろに抱きつく

②「ち、乳神様じゃあー!」胸をわしづかみにする

③「隙ありぃぃッ!」腕ひしぎ十字固めに移行する

 

「っ、そうか……!」

 

 ハズレにしか見えない選択肢を目の当たりにした士道はコントローラーを放置する

 

「……ッ、きゃぁぁぁ! 何してるの!? 痴漢! 痴漢よぉぉ!」

 

 教師の好感度が下がった

 

「なんでだよッ!」

「そんな長時間、避けることもしないで胸の感触を楽しんでたら、当然そうなるわよ」

「そうだな、基本的に退ける方法を模索するか相手の意識を刈り取る方向にシフトするのがいいだろう」

「普通の人間は相手の意識刈り取れねぇと! というかどうしろってんだこの選択肢!」

「選択肢前のテキスト読んでなかったの? 彼女は女子柔道部顧問・五所川原(ごしょがわはら)チマツリ。寝技に持ち込むことによって、意識を胸から勝負に持っていかないといけなかったのよ、という訳でトーマは惜しいところまでいったわね」

「わかるかそんなもぉぉぉぉん!」

「──ま、失敗は失敗よ。やりなさい」

 

 画面越しに男が了承した声が聞こえてくる、次に暴露された黒歴史は士道が昔作ったオリジナルキャラの設定資料。基本的にこの手の設定には自分の好きを盛りまくってるためポエムより破壊力があるかも知れない

 それから、令音がモゾモゾと動きブラジャーを抜き取るという出来事があったものの、何とかゲームを再開する

 

 次のイベントは同級生と思わしき女の子が、廊下の曲がり角で主人公と激突、綺麗にM字開脚でパンツが丸見えになると言うものだった

 

「──!」

 

 記憶を探った士道は何かを確信したように高らかに声を上げた

 

「ねぇよ! これは、こればっかりは絶対にねぇよ!」

「……そうかな? 意外とあると思うのだが……」

「そうだな、日常のハプニングとしてはある部類に入る気がする……」

 

 令音とトーマの言葉に対して、士道は自信をもって首を横に振った。のだがその直後に琴里に椅子を蹴られる

 

「別になさそうなシチュエーションにツッコミを入れるゲームじゃないの。ちゃんとやりなさい。次の選択肢を間違ったら──これよ」

 

 琴里の言葉と共にコンピューターが操作され、画面に動画が表示された

 

「上裸の士道、だが今より幼い気が……」

「こ……れは……」

 

 トーマは不可解そうに首を傾げ、士道は顔を青くした

 

『奥義! ・瞬閃轟爆破ぁぁぁぁッ!』

 

 奥義・瞬閃轟爆破(おうぎ・しゅんせんごうばくは)──士道が作り出したオリジナル必殺技である。あの病にかかった男の子の多くは自分専用の必殺技が欲しくなるものだから別段おかしいことではない。分類としては某超次元サッカーを見た小学生男子がキャラクターの必殺技を練習する……それの延長戦である。

 だが、高校生になった士道にとって、オリジナル必殺技を考える当時の自分の動画は致命傷だった

 

「っいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!?」

 

 そして、今日一番の悲鳴を上げた

 

「琴里! ヤバい! これだけはヤバい!」

「ふふ、じゃあ次はちゃんと選択を成功させることね。……あぁ、途中で放棄なんてしたら、動画サイトに投稿するからね」

「…………っ」

「士道、俺も協力する……一緒にこのゲームを完全攻略するぞ」

「トーマ……おうっ!」

 

 記憶の無い、経験のないトーマにとっても士道の悲痛な叫びは心に届いた

 そして、これ以上の悲劇を生まない為の……男たちによる長い戦いが幕を開ける




オリジナルキャラの設定資料、世界を憂う時期、必殺技の練習est.
多かれ少なかれ誰にでも存在する黒歴史は、時に宿主に牙を剝き、襲い掛かってくる
だからこそ、人は自身の黒歴史を封印し、忘れようとするのである

次回!更なる悲劇が士道に襲い掛かる!


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第1-4話, 実地訓練

「どんなもんじゃーいッ!」

「ついにやりきったな……士道」

 

 士道は左手のコントローラーを掲げながら宣言し、その様子を見ていたトーマもかなり疲れた様子でそれを見ながら一言かけた

 この訓練を初めてから、休日も含めて既に一週間と少しの時が経っていた

 

「……ん、まぁ少し時間はかかったが、第一段階はクリアとしておくか」

「ま、一応CGコンプしたみたいだし、とりあえず及第点かしらね。……とはいっても、あくまで画面の中の女の子に対してだけだけど」

 

 一応及第点には達しただろうという様子の琴里と令音の様子が、二人の目に入った

 

「じゃ、次の訓練だけど……もう生身の女性にいきましょ。時間も押しちゃったし」

「……ふむ、大丈夫かね」

「平気よ。もし失敗しても、失われるのは士道の社会的信用だけだから」

「何さらっと不穏なこと言ってんだてめぇ」

 

 流石に士道が口を挟む

 

「やだ、盗み聞ぎしてたの? 相変わらず趣味悪いわねこの出歯亀ピーピング・トム」

 

 酷い言われようである、因みにピーピング・トムとは覗き魔と言う意味である

 

「目の前で喋ってて盗み聞ぎもあるかっ!」

「はいはい……それで、士道。次の訓練なんだけど」

「……びっくりするほど気が進まんが、なんだ?」

「そうね……誰がいいかしら」

「あ?」

 

 士道が首を傾げてる横で、令音がコンソールを操作し始めると机の上に並べられたディスプレイに学校内の映像がいくつも映し出された

 

「……そうだね、まずは無難に、彼女などどうだろう」

「──あぁ、なるほど。いいじゃない、それでいきましょう」

 

 琴里が邪悪な表情を浮かべていることに気づいたトーマだったが、今までの疲れもあり会話に参加することもできない

 

「……シン、次の訓練が決まった」

「ど、どんな訓練ですか」

「……あぁ。本番、精霊が出現したら、君は小型インカムを耳に忍ばせて、こちらの指示に従って対応して貰うことになる。一回、実践を想定して訓練しておきたかったんだ」

「で、俺にどうしろと?」

「……とりあえず、岡峰珠恵教諭を口説いてきたまえ」

「はァっ!?」

 

 まさかの出来事、失敗したら社会的信用と同時に学校での信用も失うことになる大博打である

 

「何か問題でもあるの?」

「大ありだろうが……ッ! んなッ! できるわけ……っ!」

「本番ではもっと難物に挑まなきゃならないのよ?」

「──っ、そりゃ、そうだけど……っ!」

 

 そんな士道の様子を見た令音は少し頭をかいた

 

「……最初の相手としては適切かと思うがね。恐らく君が告白したとしても受け入れはしないだろうし、ぺらぺらと言いふらしたりもしなさそうだ。……まぁ、君が嫌だというのならば女子生徒に変えてもいいが……」

「う……ッ」

 

 確かに普通の女子生徒に比べると、教師であるならば社会的な問題もあるし安易な返事はしない……筈である。複数のケースを想定して色んな女子生徒を口説いた結果、士道の学校で何股もしているクソ野郎みたいなレッテルを貼られるのが目に見えている

 

「で、どうするの? 本番での失敗はすなわち死を意味するから、どっちにしろ一回予行練習するつもりだったけど」

「……先生で頼む」

 

 琴里の言葉に対し、士道はイヤな汗をかきながら了承する

 

「……よし」

 

 小さくうなずいた令音は机の引き出しから小さな機械を取り出し士道に渡す。それに続いてマイクにヘッドフォン付きの受話器っぽいものを机の上に置く

 

「これは?」

「……耳につけてみたまえ」

 

 言われるがままに機械を右耳に付ける

 

『……どうかね、聞こえるかな?』

「うぉっ!?」

「ッ!?!?」

 

 士道は耳の中に突然響いた令音の声によって声を上げ、意識が夢の中に向かいかけてたトーマも士道の声で体を跳ねあがらせた

 

『……よし、ちゃんと通っているね。音量は大丈夫かい?』

「は、はぁ……まぁ、一応」

「……ん、うむ。こちらも問題ないな。拾えてる」

 

 机の上に置かれていたヘッドフォンを耳にあてた令音は確認を終えたらしくそう呟いた

 

「え? 今の声拾えてたんですか? こっちにはマイクっぽいのついてませんけど……

「……高感度の集音マイクが搭載されている。自動的にノイズを除去し、必要な音声だけをこちらに送ってくれるスグレモノだ」

「はぁー……」

 

 感嘆している士道に対して、机の奥からもう一つの小さい機械部品を取り出しピン、と指ではじく

 

「な、なんですかこれ」

「……見たまえ」

 

 令音が捜査したコンピュータの画面には士道たちのいる物理準備室の様子が映し出されていた

 

「これって……」

「……超小型の高感度カメラだ。これで君を追う。虫と間違って潰さないようにしてくれ」

「はぁー……すげぇな、こりゃ」

「なんでもいいから早く行きなさい鈍亀。ターゲットは今、東校舎の三回廊下よ。近いわ」

「…………あいよ」

 

 力なく首肯した士道は物理準備室を出て行った。それを見届けた琴里はトーマの元に近づいていく

 

「ほら、あなたも仕事よ」

「……ん? あぁ……了解」

 

 若干意識が朦朧としているトーマだったが、頬を軽く叩いて画面の前まで行くと、士道に付けられている高感度カメラの様子が映し出されていた

 

「これ、今どうなってんだ?」

「士道に付けた高感度カメラの映像よ、今は訓練第二段階の最中って感じね」

「なるほど……」

 

『あれ、五河君? どうしたんですかぁ?』

『……っ、あ、あの──』

「──落ち着きなさいな、これは訓練よ。しくじったって死にはしないわ」

 

 少し緊張していたらしい士道に対して、マイク越しに琴里がそう言う

 

『んなこと言ったって……』

『え、なんですか?』

『あ、いや、なんでもありません……』

「士道、トーマだ……とりあえず深呼吸だ」

 

 返事はしないまでも了承したであろう士道は軽く深呼吸をした

 

「とりあえず無難に、相手を褒めてみなさい」

 

 このままじゃ埒が明かないと思ったのか、琴里が指示を出した。少しの間考えていた様子の士道だっただついに口を開く

 

『と、ところで、その服……可愛いですね』

『え……っ? そ、そぉですかぁ? やはは、なんか照れますねぇ』

『はい、先生にとても似合ってます!』

『ふふ、ありがとぉございます。お気に入りなんですよぉ』

『その髪型もすごくいいですね!』

『え、本当ですかぁ?』

『はい、それにその眼鏡も!』

『あ、あははは……』

 

 流石にやりすぎである

 

『その出席簿も滅茶苦茶格好いいです!』

「士道、そろそろブレーキかけろぉ」

「やり過ぎよこのハゲ、生ハゲ」

 

 とりあえずストップをかけると次の話題が見当たらなかったのか会話の間が空く

 

『ええと……要は終わりましたかぁ?』

 

 流石にこのままじゃまずいと思ったのか令音が口を話し始めた

 

「……仕方ないな。では私の台詞をこのまま言ってみたまえ」

 

 令音の指示に従って士道が話を始める

 

『あの、先生』

『なんですか?』

『俺、最近学校来るのがすごい楽しいんです』

『そぉなんですか? それはいいことですねぇ』

『はい……先生が、担任になってくれたから』

『え……っ?』

『な、何言ってるんですかもぅ。どうしたんです急に』

『実は俺、前から先生のことが──』

『いやはは……駄目ですよぉ。気持ちは嬉しいですけど、私先生なんですからぁ』

 

 流石は教師、公私混同はしていないようだ

 

「……ふむ。どう攻めるか」

「大まかな口説き方は分かっただろうし、そろそろ止めてもいいんじゃないか?」

「士道は一番重要な告白を経験してないわ、だから続行よ」

 

 言われてみればそうなんだが、それでいいのだろうか

 

「確か彼女は、今年で二十九歳だったね。──ではシン、こう言ってみたまえ」

『俺、本気なんです。本気で先生と──』

『えぇと……困りましたねぇ』

『本気で先生と、結婚したいと思ってるんです!』

 

 とある二文字を聞いた瞬間、岡峰教諭の頬が微かに動いた

 

『……本気ですか?』

『え……っ、あ、はぁ……まぁ』

 

 急に雰囲気の一変した岡峰教諭に対して、士道も少し困惑気味だった

 

『本当ですか? 五河君が結婚できる年齢になったら、私もう三十歳越えちゃうんですよ? それでもいいんですけ? 両親に挨拶しにきてくれるんですか? 婿養子とか大丈夫ですか? 高校卒業したらうちの実家継いでくれるんですか?』

『あ……あの、先生……?』

 

「結婚は流石にこれは禁じ手だったんじゃ……」

「……ふむ、少し効き過ぎたか」

 

『ど……どういうことですか?』

 

 目の前で暴走する彼女に聞こえないくらいの声で、士道は令音に聞いてくる

 

「……いや、独身・女性・二十九歳にとって結婚と言うのは必殺呪文らしい。かつての同級生は次々と家庭を築き始め、両親からせっつかれ、自分に関係ないと思っていた三十路の壁を今にも超えそうな不安定な状況だからね。……にしても、少々彼女は極端すぎるな」

「……よっぽど焦りがあるんだろうなぁ」

 

 士道の様子を見ていたトーマは、だんだんと自分がプロレス中継を見ているような気分になって来ていた

 

『そ、それはいいんですけど、どうしろってんですかこれ……っ!』

『ねぇ五河くん、少し時間いいですか? まだ婚姻届を書ける年齢ではないので、とりあえず血判状を作っておきましょうか。美術部から彫刻刀でも借りてきましょうね。大丈夫ですよ、痛くないようにしますからね』

 

「あぁー……これはガチだな」

「必要以上に絡まれても面倒ね。目的は達したし、適当に謝って逃げちゃいなさい」

『す、すいません! やっぱりそこまでの覚悟はありませんでした……! どうかなかったことに……!』

 

 叫びながら駆け出した士道の事をモニター越しに見ながら、トーマは心の底から思った

 

「……今期と三十路で板挟みになった人って、あそこまで怖いもんなんだな」

「いや、流石に彼女は極端な例だと思うわよ……それにしても、なかなか個性的な先生ねぇ」

 

 トーマに対して冷静に突っ込んだ琴里はのんきに笑っていた

 

『ざっけんな……っ! 何を呑気な──』

 

 士道が何か言いかけた瞬間、前から歩いてきた生徒とぶつかって転んでしまった

 

『っつつ……す、すまん、大丈夫か?』

 

 そう言いながら身を起こした士道が見たのは、転んだ時にM字開脚の体勢になってしまった鳶一折紙の姿だった

 

「彼女。確か精霊と戦ってる中にいたよな」

「そうね、彼女はASTの一員で間違いなわ」

「……奇妙な縁もあるもんだな」

 

『平気』

 

 特に気にした様子の無い折紙は立ち上がると士道に訪ねてきた

 

『どうしたの』

『……いや、気にしないでくれ。絶対にないと思ってたシチュエーションに遭遇してしまったのがショックでな‥‥』

『そう』

 

 一番気にするのそこかよ、とトーマが思っていると琴里がマイクで話しかける

 

「ちょうどいいわ士道。彼女でも訓練しておきましょう」

『は……はぁッ!?』

「お前、正気か?」

「正気も正気よ。やっぱり先生だけじゃなく、同年代のデータも欲しいしね。それに精霊とは言わないまでもAST要員。なかなか参考になりそうじゃない。見る限り、彼女も周囲に言いふらすタイプとは思えないけれど?」

『おまえ……ッ、ざけんなよ……?』

「精霊と話したいんでしょ?」

 

 その言葉を聞いた士道は息を詰まらせた後、覚悟を決めたらしい

 

「……流石に酷なんじゃないか?」

「精霊はどんなタイプが現れるのか予想出来ない、士道が安全に精霊と対話をするためには……この訓練も必要な事なのよ」

「……一応、納得しておく」

 

 改めて士道の方に思考を戻す

 

『その服、可愛いな』

『制服』

『……ですよねー』

 

「なんで制服をチョイスしたのよこのウスバカゲロウ」

「……パターン化するにしてもそれは無いと思うぞ、士道」

「……手伝おうか?」

 

 再び令音の助け舟、さっきの一件で士道にも不安はありそうだが小さく頷いた

 

『あのさ、鳶一』

『なに』

『俺、実は……前から鳶一のこと知ってたんだ』

『そう……私も、知っていた』

 

 士道が折紙からのカウンターを受けている様子を見ていたトーマは、一瞬だけ彼女の雰囲気が変わったように感じた

 

『──そうなんだ。嬉しいな……それで、二ねんで同じクラスになれてすげぇ嬉しくてさ。ここ一週間、ずっとおまえのこと見てたんだ』

 

「それは一種のストーカーなのでは?」

 

 士道も思っていたのはどこかからグサリと言う音が聞こえたが特に気にしない

 

『そう……私も、見ていた』

『ほ、本当に? あ、でも実は俺それだけじゃなくて、放課後の教室で鳶一の体操着の匂いを嗅いだりしてるんだ』

 

「あんた、士道になんか恨みでもあるの?」

「……? 別にないが」

 

 恨みが無いのにあの台詞を士道に言わせる辺り、もしかしてこの人は天然サディストなのでは

 

『そう』

 

 モニター越しに見ている側もさすがに引いていると思ったが、次の言葉でそんな事なかったのだと理解する

 

『私も、やっている』

『……!?』

 

 それが事実ならドン引きである

 

『そっか。なんか俺たち気が合うな』

『合う』

 

「嫌な気の合い方だなぁ」

 

 士道ももはややけくそである

 

『それで、もしよかったらなんだけど、俺と付き合ってくれないか──って急展開すぎんだろいくらなんでも!』

 

 傍から見たら変な奴すぎる

 

「……いや、まさか本当にそのまま言うとは」

『そのまま言えっつったのあんたじゃねぇか!』

 

 士道の持っていた怨嗟を声に乗せて発してす倶、目の前に折紙がいることを思い出した士道は彼女に向き直る

 

『あ、その、なんだ……すまん、今のは──』

『構わない』

『…………は?』

 

 鳶一折紙さんの返事に士道だけでなく流石のモニター室も呆気に取られていた

 

『な……なんて?』

『構わない、と言った』

『な、ななななななにが?』

『付き合っても構わない』

 

 その瞬間、士道の身体からぶあっと汗が噴き出した

 

『あ、あぁ……どこかに出かけるのに付き合ってくれるってことだよな?』

『そういう意味だったの?』

 

 一応確認する為に聞いたであろう士道の問いに対して、折紙は首を傾げてそう返答した

 

『え、あ、いや……ええと、鳶一は、どういう意味だと思ったんだ……?』

『男女交際の事かと思っていた』

 

「どうしてあのやり取りで男女交際のやり取りだと……と言うよりなんでアレで了承出来る?」

「ホント、何でかしらね……」

 

 モニター室もさすがに理解は出来ない

 

『違うの?』

『い、いや……違わない……けど』

『そう』

 

 ここで違うと言えばそれで押し通せたのに違わないと答えてしまった……あの状況ならまだ勘違いで通せたのになどと考えていると

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

『っ!?』

 

 何の前触れもなく、あたりに警報が鳴り響く

 

『──急用が出来た。また』

『お、おい──』

 

 折紙は士道を置いてどこかに走って行ってしまい士道は一人取り残された

 

『ど、どーすりゃいいんだ、これ……』

 

 警報の確認をしていた琴里がマイクに話しかける

 

「士道、空間震よ。一旦フラクシナスに移動するわ。戻りなさい」

『や、やっぱり精霊なのか……?』

「えぇ、出現予測地点は──来禅高校(ここ)よ」

 




混沌を極めた実地訓練の最中
誤解を解く暇もなく現れる精霊

果たして士道は彼女の心を解きほぐすことが出来るのか
精霊を口説き落とすことが出来るのか

次回、少年と少女は再び出会う


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第1-5話, 十香

 時刻は、十七時二十分

 人目を避けながらフラクシナスに移動した四人は艦橋スクリーンに表示された様々な情報に視線を送る、一方で士道もトーマの画面に映し出された数値は何のこっちゃなので話には口を出さないでおく

 

「なるほど、ね」

 

 艦長席に座ってチュッパチャップスを舐めながらクルーと言葉を交わしてた琴里は小さく唇の端を上げた

 

「──士道」

「なんだ?」

「早速働いてもらうわ。準備なさい」

「……っ」

「トーマも、万が一があった場合に備えておいて」

「了解」

 

「──もう彼を実践登用するのですか、司令」

 

 艦長席の隣にいた神無月が、スクリーンに目をやりながら声を発した

 

「私の判断にケチをつけるなんて、偉くなったものね神無月。バツとして今から良いと思うまで豚語で喋りなさい」

「ぶ、ブヒィ」

 

 とてつもなく変な光景みたいだが、トーマはスルーする

 

「……いや、琴里、神無月さんの言う事ももっともだと思うんだが……」

「あら、士道ったら豚語が理解できたの? さすが豚レベルの男ね」

「ぶ……っ、豚を舐めるなよ! 豚は意外とすごい動物なんだぞ!」

「知っているわ、きれい好きだし力も強い。なんでも犬より高度な知能を持っているという説もあるとか。だから有能な部下である神無月や、尊敬する兄である士道に、最大限の経緯として豚と言う呼称を使っているのよ。豚。この豚」

「……ぐぐっ」

 

 論点が逸れている気もするが、琴里も二人の不安を理解しているようだ。キャンディの棒をピンと上向きにし、スクリーンを示す

 

「士道、あなたかなりラッキーよ」

「え……?」

 

 琴里の視線を負うように目を向けると、意味不明な数字が躍っていたが──右側の地図には先ほどとは変わった所が見受けられる。高校には赤いアイコンが一つ、そして赤いアイコンの周囲にはいくつかの小さな黄色いアイコンが表示されている

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」

「……で、何がラッキーだってんだよ」

「ASTを見て。さっきから動いてないでしょう?」

「あぁ……そうだな」

「精霊が外に出てくるのを待ってるのよ」

「なんでまた、突入しないのか?」

「……あんな火力押しみたいな戦闘をメインにしてるなら、建物の中で迂闊に戦うのは不得手なんだろ」

「トーマ、半分正解って所ね……そもそもASTの使うCRユニットは、狭い屋内での戦闘を目的として作られたものではないのよ。いくら随意領域(テリトリー)があるとはいっても、遮蔽物が多く、通路も狭い建造物の中では確実に機動力が落ちるし、視界も遮られてしまうわ」

 

 琴里が指をパチンと鳴らすと、それに応じるようにスクリーンに表示されていた画像が実際の高校の映像に変わる

 校庭に浅井すり鉢状のくぼみが出来ており、その周りの道路や校舎の一部もきれいに削り取られてる、空間震が起きた際によく見る光景だ

 

「校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだみたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。ASTのちょっかいなしで精霊とコンタクトが取れるんだから」

「……なるほどな」

 

 士道は一応納得したのだが、どことなく引っかかりを覚えジトッと半眼を作った

 

「……精霊が普通に外に現れてたら、どうやって俺を精霊と接触させるつもりだったんだ?」

「ASTが全滅するのを待つか、ドンパチしてる中に放り込むか……トーマにASTぶっ潰させてから優雅に精霊と接触する、のどれかね」

「……」

 

 その言葉を聞いて、現在の状況がどれだけ有り難いものかを理解できた

 

「ん、じゃあ早いところ行きましょうか。──士道、インカムは外してないわね?」

「あ、あぁ」

「よろしい。カメラも一緒に送るから、困ったときはサインとして、インカムを二回小突いてちょうだい」

「ん……了解した。でもなぁ……」

 

 士道はさっきまでやってきた訓練の経験から中々に信用ならないものらしい

 

「安心なさい士道。フラクシナスクルーには頼もしい人材がいっぱいよ」

「そ、そうなのか?」

 

 疑わしい顔で士道が返すと上着をバサッと翻して立ち上がった

 

「たとえば、五度もの結婚を経験した恋愛マスター・早過ぎた倦怠期(バッドマリッジ)川越!」

 

「いやそれ四回は離婚してるってことだよな!?」

「二度ある事は三度あるってレベルじゃないな」

 

「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る社長(シャチョサン)幹本!」

 

「それ完全にお金の魅力だろ!」

「マネーイズパワーだろうからな」

 

「恋のライバルに次々と不幸が。午前二時の女藁人形(ネイルロッカー)椎崎!」

 

「絶対呪いかけてるだろそれ!」

「想いは時に呪いになるって言う感じだな」

 

「千人の嫁を持つ男次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)中津川!」

 

「ちゃんとz軸のある嫁だろうな!」

「次元越えてるし、九割画面の向こう側だろうな」

 

「その愛の深さゆえに、今や法律で愛する彼の半径五百メートル以内に近づけなくなった女保護観察処分(ディープラヴ)箕輪!」

 

「なんでそんな奴等ばっかなんだよ!」

「ビックリするほど不安になる面子だな」

「……皆、クルーとしての腕は確かなんだ」

 

 正直信用ならない……と言うより碌でもないといった風の二人に対して、艦橋下から令音の声が聞こえてくる

 

「そ、そう言われましても……」

「いいから早いところ行ってきなさい。精霊が外に出たらASTが群がってくるわ」

 

 その言葉と共に発破をかけるように士道の尻を琴里がボンっと勢いよく蹴る

 

「……ってッ、こ、このやろ……」

「心配しなくても大丈夫よ。士道なら一回くらい死んでもすぐニューゲームできるわ」

「っざけんな、どこの配管工だそれ」

「マンマミィーヤ。妹の言う事を信じない兄は不幸になるわよ」

「兄の言うこときかない妹に言われたかねぇよ」

 

 士道と琴里の会話を心のどこかで懐かしいとトーマが感じていると、士道は大人しく艦橋のドアを足に向けていた

 

「グッドラック」

「おう」

 

 士道が転送されたのを確認すると、琴里はトーマに士道と同じタイプのインカムとタブレット端末を渡してきた

 

「トーマも現地で待機をしておいて」

「了解、インカムの方は分かるが……なんだこのタブレット」

「現地待機だと映像は分かりずらいかも知れないから、映像はそれで確認して頂戴」

「わかった」

 

 その言葉と共にトーマも現地に送られた

 

 

 

 

 トーマが送られたのは来禅高校の丘に転送される

 

『どう、トーマ……そこからなら確認できる?』

「ASTの様子は見えるから問題ない、ファルシオン(あっちの姿)になればすぐに行けるから問題ない」

『わかったわ、士道は精霊に接触する為に移動中よ』

「了解、映像確認したら後はこっちで動くから、連絡は士道の方に集中して貰って構わない」

 

 そう言ってからすぐにタブレットを起動して士道の映像を確認すると既に接触間近と言った感じだ

 

『──ここ、二年四組。俺のクラスじゃねぇか』

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利とまでは言わないけど、まったく知らない場所よりよかったでしょ』

「そうだな、知らない場所より見知った場所の方が動きやすい」

 

 等と言ったところで、そういえばまだ四月だからそこまで地の利もないのでは? とトーマは思ったが……今さら言っても仕方ないだろう。映像を見ているとついに士道が精霊と接触するところだった

 

『……やぁ、こんばんわ、どうしたの、こんなところで』

 

 映像越しに見ても夕陽に照らされる少女の姿は幻想的に見える

 

『──ぬ?』

『……ッ! や、やぁ―』

 

 士道に対して開幕の一発、画面外から瓦礫の音が聞こえてくるあたり壁が崩壊でもしたのだろう

 

『ぃ……ッ!?』

『士道!』

 

 士道が咄嗟に身を隠した直後、さっきまでいた場所を光の奔流が駆け抜け、校舎の外壁を突き破った。その後も何度は黒い光は放たれ続ける

 

「動くか?」

『今刺激するのはマズいわ、もう少し様子を見て』

「了解」

 

『ま……待ってくれ! 俺は敵じゃない!』

 

 士道の言葉が通じたのか放たれ続けた光線が止まる

 

『は、入って大丈夫なのか……?』

『見たところ。迎撃準備はしてないわ。やろうと思えば、壁ごと士道を吹き飛ばすなんて容易いはずだし。──逆に時間を空けて機嫌を損ねてもよくないわ。行きましょう』

「すぐ殺せるのに殺さなかった辺り、人を殺すという絶対の意志はないみたいだからな」

 

 改めて士道は扉の無くなった教室の前に立った。士道に向けられる視線は猜疑と警戒が満ちている

 

『とーとりあえず落ち着い―』

『―止まれ』

 

 一歩踏み込もうとしたところで光弾が足元の床を焼く

 

『おまえは、何者だ』

『っ……あぁ、俺は──』

『待ちなさい』

 

 トーマにもインカム越しに琴里の声が聞こえてから程なくしてタブレット端末に選択肢が表示される

 

『これだと思う選択肢を選びなさい! 五秒以内』

 

➀「俺は五河士道。君を救いにきた!」

②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

③「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ」

 

 このなかで選ぶとしたら➀が安全牌だろう……と言う事でトーマは➀を選択する、そして一番多いのは③だった

 

「いや何故③」

『──みんな私と同意見みたいね』

「そう言うものなのか」

 

 若干困惑しているととりあえずインカムの向こう側から参考意見が聞こえてくる

 

『➀は一見王道に見えますが、向こうがこちらを敵と疑っているこの場で言っても胡散臭いだけでしょう。それに少々鼻につく』

『……②は論外だね。万が一この場を逃れることができたとしても、それで終わりだ』

 

 トーマは神無月と令音の理由を聞いて納得をするが……正直③は鼻につく以前に失礼に当たるのではと考える

 

『そうね。その点③は理に適っているし、上手くすれば会話の主導権を握ることもできるかもしれないわ』

 

『お、おい、なんだってんだよ……』

『……もう一度聞く。おまえは、何者だ』

 

 短時間とは言え、流石にあ、あまり待たせる訳にはいかないか

 

『士道。聞こえる? 私の言う通りに答えなさい』

『お、おう』

『──人に名を訊ねるときは自分から名乗れ』

『”──人に名を訊ねる時は自分から名乗れ”……って』

 

 画面越しだが真っ青になってるのはトーマにも理解出来た

 

『な、何言わせてんだよ……っ』

 

 時すでに遅し、と言う言葉が正しいのだろうか、目の前の少女は不機嫌そうな表情になり両手で光の球を作り出した

 

『ぃ……ッ』

 

 ぶん投げられた光の球は一階まで貫通するような大穴を開け、士道はその衝撃はで吹き飛ばされて教室の端まで転がった

 

『……っぐあ……』

『あれ、おかしいな』

『おかしいなじゃねぇ……ッ、殺す気かっ』

 

「そろそろ士道と合流した方が良いか?」

 

 流石にそろそろ不味い気がする、ただでさえASTが警戒してるのに中でドンパチ音立ててたら建物を破壊してると勘違いしかねない、そうトーマは考えているのだが琴里からは未だストップが入る

 

『これが最後だ。答える気がないのなら、敵と判断する』

『お、俺は五河士道! ここの生徒だ! 敵対する意志はない!』

『──そのままでいろ。お前は今、私の攻撃可能圏内にいる』

 

 士道が両手を上げて攻撃の意志はないことを示すと、一応少女と対話可能な状況までもっていくことができた

 

『……ん?』

 

 近づいてきた少女は士道の顔を少しの間凝視していると少しだけ眉を上げた

 

『おまえ、前に一度あった事があるな……?』

『あ……っ、あぁ、今月の──確か四月十日に。街中で』

『おぉ、思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた奴だ』

 

 少し警戒を解いた矢先、士道の前髪が掴まれ顔を上向きにさせられた

 

『……確か、私を殺すつもりはないと言っていたか? ふん──見え透いた手を。言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから襲うつもりか?』

『……っ──人間は……おまえを殺そうとする奴等ばかりじゃ……ないんだッ』

 

 士道の言葉を聞いた少女は目を丸くしながら手を放す

 

『……そうなのか?』

『あぁ、そうだとも』

『私が会った人間たちは……一人人間と言っていいのかわからない奴もいたが、皆私は死なねばならないと言っていたぞ』

『そんなわけ……ないだろッ』

 

 人間と言っていいのかわからない奴とは自分の事を指してるんだろうな、と会話を聞きながらトーマは思う

 

『……では聞くが。私を殺すつもりはないのなら、お前は一体何をしに現れたのだ』

『っ、それは──えぇと』

 

➀「それはもちろん、君に会うためさ」

②「なんでもいいだろ、そんなの」

③「偶然だよ、偶然」

 

 トーマも含め選択をすると、今回は安定の➀が人気だった

 

『②はまぁ、さっきの反応を見る限り駄目でしょうね。──士道、とりあえず無難に、君に会う為とでも言っておきなさい』

 

『き、君に会うためだ』

『……?』

 

 士道の怪盗を聞いた少女は、少し不思議そうな顔をする

 

『ワタシに、一体何のために』

 

➀「君に興味があるんだ」

②「君と、愛し合うために」

③「君に訊きたいことがある」

 

『んー……どうしたもんかしらねぇ』

『ここはストレートに言っておいた方が良いでしょう、司令。男気見せないと!』

『はっきり言わないとこの手の娘はわからないですって!』

「下手打つと機嫌損ねるだろうし、ここは③がいいんじゃないか?」

 

 とりあえずトーマも意見は出しておく

 

『まぁ、いいでしょ。➀や③だとまた質問を返されるだろうし。──士道。君と、愛し合う為に、よ』

 

 士道の肩がビクリと震えたのはカメラで分かった、そしてトーマの意見は完全にスルーされた

 

『あー……その、だな』

『なんだ、言えないのか。おまえは理由もなく私のもとに現れたと? それとも──』

『き、君と……愛し合うため……に?』

 

 その刹那、少女は抜き手にして、横薙ぎに振り抜く。すると士道の頭のすぐ上を風の刃が通り抜け──教室の壁を切り裂いて外へと抜けていいった。ついでに士道の髪が数本、中程で切られて風に舞う

 

『ぬわ……ッ!?』

『……冗談はいらない』

 

 その刹那、少女の顔が再び曇る。それを見ていた士道は思わず思ったままを口にする

 

『俺は……ッ、おまえと話をするために……ここにきたッ』

『……どういう意味だ?』

『そのままだ。俺は、おまえと、話がしたいんだ。内容なんかはなんだっていい。気に入らないなら無視してくれたっていい。でも、一つだけわかってくれ。俺は──』

『士道、落ち着きなさい』

「……いや、お前の好きなようにやれ! 士道!」

 

 届いてるか届いてないかなんて関係ない、普段なら出さない声量で士道に言った

 

『俺は──お前を、否定しない』

一言一言を区切り、丁寧にそう言った。

 

 それからしばらくの間沈黙があったが、少女の唇を小さく開く

 

『……シド―。シドーといったな』

『──あぁ』

『本当に、おまえは私を否定しないのか?』

『本当だ』

『本当の本当か?』

『本当の本当だ』

『本当の本当の本当か?』

『本当の本当の本当だ』

 

 間髪入れず士道が答えると少女は神をくしゃくしゃと書き、鼻をすするような音が聞こえ、顔の向きを戻してきた

 

『──ふん、誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか』

『っ、だから、俺は──』

『……だがまぁ、あれだ。どんな腹があるかは知らんが、まともに会話をしようという人間は初めてだからな。……この世界の情報を得る為に少しだけ利用してやる』

『……は、はぁ?』

『話しくらいしてやらんこともないと言っているのだ。しy、情報を得るためだからな。うむ、大事。情報超大事』

『そ、そうか』

 

 少なからず少女の表情も和らいだのも確認してトーマもわずかに警戒を解く

 

『──上出来よ。そのまま続けて』

『あ、あぁ……』

『ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に風穴開けてやるからな』

『……オーケイ、了解した』

 

 士道の返事を聞きながら、少女がゆっくりと教室に足音は響かせていく

 

『シドー』

『な、なんだ』

『──早速聞くが。ここは一体何なんだ? 初めて見る場所だ』

 

 映像越しに見えるのは倒れてない机をペタペタと触っている少女の姿だった

 

『え……あぁ、学校──教室、まぁ、俺と同世代くらいの生徒たちが勉強する場所だ。その席に座って、こう』

『なんと』

 

 少女は驚いたように目を丸くする

 

『これにすべて人間が収まるのか? 冗談を抜かすな。四十近くはあるぞ』

『いや、本当だよ』

 

 普通の人間では当たり前の事でも、精霊の少女にとってはすべて見ること聞くこと初めての事だろう、それに……精霊と人間は置かれた境遇が違い過ぎる

 

『なぁ──』

『ぬ? ……そうか、会話を交わす相手がいるのなら、必要なのだな』

 

 言葉を詰まらせた士道に対して、彼女も気が付いたのだろう

 

『シドー・──おまえは、私をなんと呼びたい』

『……は?』

 

 士道の問い返しに対して少女はふんと腕を組み、尊大な調子で続けた

 

『私に名をつけろ』

『……』

 

 沈黙の中に士道、心の叫びが聞こえた気がしたが……気にしたら負けだろう

 

『お、俺がかッ!?』

『あぁ。どうせお前意外と会話をする予定はない。問題あるまい』

 

『うっわ、これまたヘビーなの来たわね』

『……ふむ、どうしたものかな』

 

 サイレンはなってるが選択肢が表示されていないのはトーマのタブレットもフラクシナスのモニターも変わらないだろう

 

『落ち着きなさい士道。焦って変な名前言うんじゃないわよ』

「間違ってもさっきまでやったゲームのヒロインの名前つけたりすんなよ」

『総員! 今すぐ彼女の名前を考えて私の端末に送りなさい!』

「俺もか?」

『当たり前でしょ』

 

 トーマは悩んだが、正直なんでもいいので誘宵美九(同居人)の別名を入力しておく。そして始まった名前候補選別

 

『ええと……川越! 美佐子って別れた奥さんの名前じゃない!』

『す、すみません、思いつかなったもので……』

 

『……ったく、他は……麗鐘? 幹本、なんて読むのこれ』

麗鐘(くららべる)です!』

『あなたは生涯子供を持つことを禁じるわ』

『すみません! もう一番上の子が小学生です!』

『一番上の子?』

『はい! 三人います!』

『因みに名前は』

美空(びゅあつぷる)振門体(ふるもんてい)聖良布夢(せらふぃむ)です!』

「ひでぇ以外の言いようがないな」

『一週間以内に改名して、学区外に引っ越しなさい』

『そこまでですか』

 

※そこまでです

 

『変な名前つけられた子供の気持ちを察しなさいこのダボハゼ』

『大丈夫ですよ! 最近はみんな似たようなものですから』

 

※最近みんな似たようなものでもないです

 

『……因みに、まともそうなトーマの月乃って、どこから取ったの?』

「同居人のハンドルネームみたいなのを使わせてもらった」

『そう、今すぐ同居人に謝ってきなさい』

「……全部終わったら謝ることにする」

 

 まともなものからあからさまに地雷だとわかるもので中々決まらない……が、唐突に琴里に天啓が下りる

 

「トメ」

『トメ! 君の名前はトメだ!』

 

 士道が言葉を発した瞬間、トーマの耳にけたたましいサイレンが聞こえてくる

 

『パターン青、不機嫌です!』

 

 ついでにマシンガンみたいな音と士道の絶叫もトーマの耳には聞こえてきた

 

『……琴里?』

『あれ? おかしいわね。古風で良い名前だと思ったんだけど』

 

 

 一方でマシンガンを喰らっていた士道の目の前にいる少女は額に血管を浮かばせていた

 

『……なぜかわからないが、無性に馬鹿にされた気がした』

『……ッ! す、すまん……もうちょっと待ってくれ!』

「士道、この際だからパッと思い浮かべてお前が一番いいと思った名前を付けろ」

 

 トーマは仕方ないのでここは本人に任せることにする。正直サポート頼るよりも士道本人が自分で考えた方が速い気がしたからだ

 

『──と、十香』

『ぬ?』

『どう……かな』

 

 少女は暫く沈黙したあと

 

『まぁ、いい。トメよりはマシだ』

 

 どうしてその名前が思いついたのかわからなかったトーマはとりあえず、これからの話に思考を凝らす

 

『……なーにやってんだ、俺』

『何か言ったか?』

『あぁ、いや、なんでも……』

 

 深く追及してこなかった少女は士道の前に近づいてくる

 

『それで──トーカとは、どう書くのだ?』

『あぁ、それは──』

 

 士道は十香の名前がどう書くのかを教える、中々にいい雰囲気である

 

『ふむ』

『あ、いや、ちゃんとチョークを使わないと文字が……』

『なんだ?』

『……いや、なんでもない』

『そうか』

 

 暫くの間自分の名前をじっと見つめていた少女が小さく頷いたのが士道のカメラ越しに見えた

 

『シドー』

『な、なんだ?』

『十香』

『へ?』

『十香、私の名だ。素敵だろう?』

『あ、あぁ……』

 

 ほんの少しだけ心が通じ合った、それを感じてすぐ──校舎を凄まじい爆発と振動が襲った

 

『な、なんだ……ッ!?』

『士道、床に伏せなさい』

『へ?』

『いいから、早く』

「急がないと下手したらハチの巣だ、伏せろ」

 

 何のことかわかっていなかった士道も、けたたましい音と共に一斉に割れたガラスと壁に刻まれる銃痕である程度は理解する

 

『な、何が起きた……ッ!』

『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出すためじゃないかしら──あぁ、それとも校舎事潰して、精霊が隠れる場所をなくすつもりかも』

「おそらく前者、事故であわよくば後者って感じだと思うぞ、破壊するなら柱を狙う」

『どっちにしても……無茶苦茶すぎるだろ……ッ!』

『今はウィザードの災害復興部隊がいるからね、すぐに直せるなら、一回くらい壊しちゃっても大丈夫って事でしょ。──にしても予想外ね。強硬策に出てくるなんて』

「存在を秘匿してるなら、これ以上長引かせるのも不都合なんだろう……今回に関しては、俺達が精霊──十香と話してるせいでいつもよりも長時間の睨み合いなってるみたいだし」

『なるほどね、確かにそう考えれば辻褄は合うか』

 

『──十香ッ!』

 

 士道の声が聞こえたトーマは改めて画面に集中しつつ、無銘剣を出現させておく

 

『早く逃げろ、シドー。私と一緒にいては、同法に討たれることになるぞ』

『選択肢は二つよ。逃げるか、とどまるか』

 

 十香と琴里、二つの言葉を聞いた士道は少しだけ考えた後

 

『……逃げられるかよ、こんなところで……ッ!』

 

 押し殺した声でそう言った

 

『馬鹿ね』

『……何とでも言え』

『褒めてるのよ。──素敵なアドバイスを上げる。死にたくなかったら出来るだけ精霊の近くにいなさい』

「俺もお前の緊急離脱ように備えとく……今まで通りやりたいようにやれ」

『……おう』

 

 決意をしたであろう士道が動くと、カメラが乱れる

 

『は──?』

 

 そして次に聞こえてきたのは十香の戸惑いの声

 

『何をしている? 早く──』

『知った事か……っ! 今は俺とのお話しタイムだろ。あんなもん、きにすんな。──この世界の情報、欲しいんだろ? 俺に応えられることならなんでも答えてやる』

 

 そう言うと、カメラの視界が今度は下がった。そして互いに座り士道と十香が話を始めてすぐの頃、トーマも琴里に話しかける

 

「琴里」

『どうかした?』

「俺もそろそろ表に出られるよう待機はしておく」

『まだ駄目って言いたいところだけど……そう悠長にしてる暇はないわね』

「その件で色々と聞きたい事はあるが、後にさせて貰う」

 

 それから程なく、士道と十香もある程度話が出来たころだろう

 

『──数値が安定してきたわ。もし可能だったら、士道からも質問してみて頂戴。精霊の情報が欲しいわ』

 

 いよいよこちらから仕掛ける番が来たようだ

 

『なぁ―十香』

『なんだ』

『おまえって……結局どういう存在なんだ?』

『む?』

 

 士道の問いに対して、十香は答える

 

『―知らん』

『知らん、て……』

『事実なのだ。仕方ないだろう。──どれくらい前だったか、私は急にそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。自分がどういう存在なのかなど、知りはしない』

『そ、そういうものなのか……?』

『そういうものだ。突然この世に生まれ、その瞬間にはもうそれにメカメカ団が舞っていた』

『め、メカメカ団……?』

『あのびゅんびゅんうるさい人間たちのことだ』

 

 十香は奴等の正式名称を知らない以上、少し変な呼ばれ方をしてても仕方ないだろう……向こうは対話をする気などないだろうし、とトーマが考えた瞬間インカムから今までと違う音が聞こえてきた

 

『! チャンスよ、士道』

『は……? 何がだ?』

『精霊の機嫌メーターが七十を超えたわ。一歩踏み込むなら今よ』

『踏み込むって……何すりゃいいんだ?』

『んー、そうね。とりあえず……デートにでも誘ってみれば?』

『はぁ……!?』

「流石にこの惨状でこの世界は美しい! とか言っても上半身と下半身がバイバイするだけだろうからな、妥当な所だろ」

 

 大声を上げてしまった士道に対して、十香が目を向けてくる

 

『ん、どうしたシドー』

『ッ──! や、気にしないでくれ』

「……」

 

 誤魔化そうとしたが訝しまれてることに変わりはない

 

『誘っちゃいなさいよ。やっぱ親密度上げるためには一気にこう、さ』

『.んなこと言ったって、こいつ出てきた時にはASTが……』

『だからこそよ。今度現界したとき、大きな建造物の中に逃げ込んでくれるよう頼んでおくの。水族館でも映画館でもデパートでもなんでもいいわ。地下施設があるとさらにいいわね。それならASTも直接入ってこれないし……最悪トーマをデコイにすれば少しは時間稼げるでしょ』

「……おい」

 

『さっきから何をブツブツ言っている。……! やはり私を殺す算段を!?』

『ち、違う違う! 誤解だ!』

『なら言え、今何と言っていた』

 

 絶体絶命の大ピンチ、士道の頬にも汗がにじむ

 

『ほーら、観念しなさいよ。デートっ! デートっ!』

「潔く諦めるしかないみたいだな」

『あーもうわかったよッ!』

 

 聞こえてくるデートコールを極力思考から外して士道にそう言うと観念して叫んだ

 

『あのだな、十香』

『ん、なんだ』

『そ、その……こ。今度俺と』

『ん』

『で、デート……しないか?』

 

 士道の言葉を聞いた十香はきょとんとした顔をする

 

『デェトとは一体なんだ』

『そ、それはだな……』

 

 気恥ずかしくなっている様子を聞いていたトーマの耳に少し大きめの琴里の声が入ってくる

 

『──士道! ASTが動いたわ!』

『は……!?』

「士道の救出に向かう」

『任せた、士道助けたらそのまま離脱して、すぐにフラクシナスで回収するわ!』

「了解」

 

――抜刀』

 

 剣を引き抜いてすぐにトーマの姿はファルシオンへと変化し、炎に包まれその場から飛び立った

 

 外にいたASTの隊員がファルシオンの方をみて何か言っていた気がしたが気にせずに士道を拾おうとした瞬間、士道の身体が校舎の外に投げ出された

 

『ナイスっ!』

「急降下してこのまま拾う!」

 

 纏っていた炎を解除して士道の事を俵担ぎてキャッチすると一度剣を戻し、もう一度引き抜く

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 そして、抜刀したことでエネルギーの溜まった刀身から斬撃を地面に向けて放つとあたり一面が土煙に包まれた

 

「回収頼んだ」

 

 その言葉だけ言うとファルシオンの身体を変な浮遊感が襲い、土煙が晴れるころには二人の姿は既に消えていた




最後の方で少しだけ変身しただけであとは裏方のトーマ君!
今のところ印象に残るのが飯を作ってる所なだけのトーマ君!
十香デッドエンドはすべての始まりだから好きに暴れられないトーマ君!

そんなトーマ君が主役のデート・ア・ライブfeat.仮面ライダーセイバー

次回!いよいよ(士道と十香の)デートの始まりです


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第1-6話, デート、そして…

 士道が十香とのデートを取り付けた翌日の早朝、ようやくマンションに帰宅したトーマは久々の日常を噛み締めながら朝食の支度をしていた

 

「……こうして朝飯作ってるだけで、日常の大切さが身に染みる」

 

 聞く人が聞かない限りわけわんねぇ事を口にしていると、若干寝ぼけた状態の美九が起きてきた

 

「……おはようございまーす」

「おう、朝飯もうすぐ出来るから座って待ってろ」

「…………」

「美九? どうかしたのか?」

「なんでいるんですか」

「……酷くないか?」

「酷くないです、まさか一週間も帰ってこないとは思ってませんでしたから……私、怒ってるんですよ」

「それは……本当にすまないと思ってる」

「それじゃあ、誠意を見せてください」

「誠意?」

「そうです、誠意を見せてください」

「……いくらだ」

 

 一度準備を終えて財布を取り出すと、美九の顔からみるみる膨らんでいく

 

「じょ、冗談だ……それで、俺は何をすればいいんだ?」

「それじゃあ、今日、私とデーt──」

「すまん美九、電話だ……もしもし?」

『とーまくん、今だいじょーぶ?』

 

 美九を後目に電話に出ると、電話の主はどうやら琴里のようだった

 

「今は朝飯作ってる途中だったんだが……まぁ大丈夫だ」

『そっか! それじゃあ今からファミレスこれる?』

「今からファミレスって……俺、朝飯作ってるって伝えた筈なんだけど」

『じつはねー、今おにーちゃんがとーかと一緒にきててねー』

「オーケーわかった、大至急聞くから通信繋げといてくれ」

『わかったー』

 

 トーマが噛み締めていた筈の日常は、起きてからものの数時間で崩れ落ち、昨日までの慌しい日々がカムバックしてきた

 

「……悪い美九、急用だ。埋め合わせはまた今度」

「……むー」

「ホントにすまん! 絶対に外せない用事なんだ、後……朝食の引継ぎは任せた!」

 

 帰ってきたらむくれっぱなしだった美九に謝り倒す事が決定させつつ、最優先事項である士道と十香のデートをサポートするために全速力で走る

 

 

 走る事数十分、若干汗をかきながらファミレスまで辿り着いた……ここまでくる中でインカムから士道たちが移動したという連絡がなかったのでとりあえずファミレスに入る

 

「……いらっしゃいませ」

 

 何故か店員の格好をした令音がいたので士道たちはどこに行ったのか聞いてみる

 

「……士道たちは?」

「……ついさっき出て行った所だよ」

「行き違いか」

「……安心したまえ。何処に行ったかは把握している」

「了解、とりあえずついてってみます」

 

 ファミレスから出て言われた通りの場所に行くと、確かに士道たちはいた

 

「いた」

「誰がいたんですか?」

「誰がって、士道たちに──ッ!?」

「へぇー、お兄さんは私とのデートをすっぽかして男のストーキングですかそうですか、へぇー」

「美九……お前何でここにいるんだよ」

「なんでってついてきたに決まってるじゃないですか」

「お前とりあえず今は──」

『トーマ、聞こえる?』

「あ、あぁ……聞こえてる」

『そう、それで……あなたと一緒にいるのは何処の誰なのかしら?』

 

 案の定と言うか、フラクシナスから見られているらしい

 

「……諸々後で話すから、取り合えずこれからの方針を教えてくれ」

『……そうね、丁度トーマの近くに女の子がいることだし──』

 

 琴里から聞かされた内容はトーマもデートしてる一般人みたいな風を装って監視しろって事らしい

 

「美九」

「なんですか……」

 

 若干不貞腐れ気味の美九に話しかけると、いかにも不機嫌ですと言った感じで返事をしてきた

 

「今からデートするぞ、対人の克服もかねて」

「……今からですか?」

「今から」

「……デートですか?」

「デートだ」

 

 その言葉を聞くとふてくされてた雰囲気は一変、いつもの雰囲気に戻り腕に抱き着いてきた

 

「行きましょう行きましょう! 全力で楽しみましょう!」

「あぁ……オレ達の仕事(デート)を始めよう」

 

 とりあえず士道たちの様子を監視しながら、俺達もデートをする

 

「お兄さんお兄さん! これなんてどうでしょう?」

 

 美九はトーマに春物らしい二着の服を見せてきた

 

「そうだな……右の方が良いんじゃないか、あったかそうで」

「私的には左も捨てがたいなぁって思ってたんですけど……お兄さんが言うなら右にしようかな」

「……仕方ない、二つとも貸せ。買ってくる」

「いいんですか?」

「これでも今までコツコツ貯めてきた分があるからな、服を二着買うくらいは大丈夫だ」

「……結構なお値段しますよ?」

「大丈夫だ、ほれ貸してみろ」

 

 トーマは美九から二着の服を貰ってレジに渡す

 

「お願いします」

「はい、彼女さんへのプレゼントですか?」

「……まぁ、そんなところです」

 

 笑顔の店員さんに対して否定するのもなんか気まずいのでとりあえずトーマは曖昧に返した。それから服の入った袋を美九に渡した

 

「お兄さん……ありがとうございます」

「気にしないで良い、それよりオレ達も移動するか」

「移動って、もしかしてあの男たちの尾行ですか?」

「頼む、終わったら絶対に話をするから」

「……わかりました、でも絶対に嘘はなしですよ?」

「わかった」

 

 それから時は流れ夕暮れ、夕陽に染まった高台の公園に士道たちを追ってくる

 

「うわぁ! 綺麗な景色ですね!」

「そうだな」

 

 トーマは美九に相槌を打ちながらインカム越しの会話を聞く

 

『シドー! あれはどう変形するのだ!?』

『残念ながら電車は変形しない』

『何、合体タイプか?』

『まぁ、連結くらいはするな』

『おぉ』

 

 どうやら中々に愉快な会話をしていたらしい

 

「それであの男と精霊さんはどんな話をしてるんですか?」

「電車は変形するのかしないのか」

「中々に面白い会話をしてるんですね」

「そうだな……少し羨ましいよ」

「羨ましい?」

 

 トーマの言葉に対して、美九は頭に? を浮かべていた

 

「オレは、天宮市に来るまでの記憶がない……それでも、初めて見た景色も、匂いも全部がそこにある風景としか見えなかった」

「……でも、お兄さんは毎日楽しそうですよね」

「そうだな……確かに毎日が楽しいけど、やっぱり最初に得られるモノは、そいつの特権だと実感したよ」

 

 トーマの言葉に美九は何も言わず、振り返って夕陽に視線を向ける

 

「それでも、私はお兄さんに出会えてよかったです。偶然だとしても……何万分の一の確率だとしても、あの時逃げたから、お兄さんと出会えたから、私は……そこまで人に絶望しなくて済んだんだと思いますから」

「そうか、それなら……良かったよ」

 

 自分の顔を見ることは出来ないが、きっと自分の顔にも笑顔が浮かんでいるのだろうと思う

 

「っと、どうやらあっちもラストスパートみたいだな」

「どんな感じなんですか」

「中々にいい雰囲気だよ」

「ふふっ、お兄さん楽しそうですねぇ」

 

 トーマは美九の言葉を聞きながらインカム越しの会話に集中する

 

『……本当に、私は生きていてもいいのか?』

『あぁ!』

『この世界にいてもいいのか?』

『そうだ!』

『……そんなことを言ってくれるのは、きっとシドーだけだぞ。ASTはもちろん、他の人間たちだって、こんな危険な存在が、自分たちの生活空間にいたらいやに決まってる』

『知った事かよそんなもん……ッ!! ASTだぁ!? 他の人間だぁ!? そいつらが十香! おまえを否定するってんなら! それを越えるくらい俺が! おまえを肯定するッ! 

 

「……ははっ」

「何か面白いことでも言ったんですか?」

「いや、ビックリするくらい真っすぐな奴だと思ってよ……他の奴等が否定するなら、それを越えるくらいお前を肯定する……か」

 

 尚も続く言葉に耳を傾ける

 

『握れ! 今──はそれだけでいい……ッ!』

『シド──―』

 

 恐らく十香が士道に手を伸ばそうとしたところで何かが起こったのだろう。少し遠くから霊力の奔流が伝わってくる

 

「何が起こった!?」

『士道が撃たれたわ、それに、十香が──』

「……いや、言わなくてもわかった」

 

 霊力の奔流を感じてからすぐ、今までとは違う巨大な剣を持った十香が空中にいた、そしてその巨大な剣を振るった瞬間──ものすごい爆風がトーマたちの元までくる

 

「美九ッ!」

「きゃっ」

『トーマ、あなたの仕事よ……十香を止めて』

「言われなくても……そのつもりだ」

 

 爆風から美九の事を守ったトーマが立ち上がると、腰に炎が纏わりつき”覇剣ブレードライバー”が出現する

 

【エターナルフェニックス】

 

「美九、少し行ってくる」

「……待ってください、私も手伝います」

「良いのか?」

「はい……だって、せっかく手を差し伸べてくれる人がいたのにその人がいなくなって女の子が絶望するなんて……嫌ですから」

「そうか……琴里」

『なに?』

「倒すじゃなくて、十香を止める……って事は、秘策はあるんだな」

『えぇ、とっておきの秘策が……ね?』

「信じるぞ」

 

 そう言ったトーマは美九に一冊のワンダーライドブックを渡す

 

「美九も、全開じゃないけど大丈夫だよな」

「全然大丈夫です!」

「そうか、それじゃ……行くぞ」

「はい!」

 

 トーマと美九の二人はそれぞれ手に持ったワンダーライドブックを開く

 

【かつてから伝わる不死鳥の伝説が今、現実となる……!】

【かつてから伝わる美しい歌声が今こだまする!】

 

「ふぅー…………はぁッ!」

――抜刀』

 

 トーマは聖剣を抜刀してその姿をファルシオンへ変化させ、ブックを開いた美九は中からあふれ出る霊力を身にまとい、限定的な霊装を形成する

 

「美九……支援任せた」

「はい! 破軍歌姫(ガブリエル)! 【行進曲】(マーチ)!」

 

 美九の歌声によってファルシオンが強化される、それを感じると炎の翼を出現させて一気に十香の元まで向かい。再び振り下ろそうとした剣を受け止める

 

「貴様ッ!」

「やめろ、それ以上はダメだ」

「黙れッ! 貴様に何が分かるッ!」

「あぁ……なんもわかんないさ、だがな……これだけは分かる」

「何を──」

「これを振り下ろしちまったら、お前が一生消えない十字架を背負うって事だよ!」

「──ッ!」

「そんな事させねぇぞ……秘密兵器が到着するまでオレが……ここから先の一線を踏み込ませ──ッ!」

 

 美九によって強化されていると言っても精霊の放つ最強の一撃を受け止め続けるファルシオンにかかっている負担は想像を絶するものである

 

破軍歌姫(ガブリエル)! 【鎮魂歌】(レクイエム)!」

 

 新たに聞こえてきた歌声のお陰で痛みも和らいだファルシオンは少しだけ体勢を整える

 

「お前……」

「一応……言っとくが、オレはお前を殺しに来たんじゃない……ただ、止めに来ただけだ、お前を救う──最終兵器が来るまでのな」

「私を、救うだと……無理だ、私は……もう」

「無理なんかじゃねぇ! どんなに絶望してても、ただ手を伸ばすだけで良い……そして、差し出された手を、今度はしっかり握り返してやれ」

『待たせたわね、トーマ……最終兵器(おうじさま)の到着よ』

 

 空高くから、聞きなれた声が聞こえてきた

 

「十ぉぉぉぉ香あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」

 

「────」

「早く行ってやれ、このままだと空から落ちて地面に真っ赤な花が咲くことになりそうだ」

 

 空から落ちてきた士道の元に行った十香を見送ると……ファルシオンは力尽きたように地面に落下する

 

「おっとと、だいじょーぶですか? お兄さん」

「あぁ、お前の歌のお陰で痛みはないけど……流石にスタミナ切れだ」

「ほんとうに、お疲れ様でした」

 

 その言葉を聞いてすぐ、ファルシオンへの姿からトーマの姿に戻る、美九の方も限定礼装を形成していた霊力が手のひらに集まりブックの形に戻った

 そして、立ち上がる気力も残っていないトーマを介抱する為に、彼の頭を自分の膝に乗せる

 

「それにしても、夕陽が綺麗な空でキスとか、ちょっとうらやましいですぅ」

「……俺は、夕陽よりも青空の方が好きだから、別に羨ましいともおもわねぇな」

「なんか、今日のお兄さんはやけに素直ですね」

「……そうか? でもまぁ、今日くらいは悪くないだろ」

 

 霊装が粒子となって消えていく光を見ていると、散らばった光が集まり、新しい四冊の本が形成された

 

【ワンダーワールド物語 土豪剣激土】

【ジャアクドラゴン】

【玄武神話】

【キング・オブ・アーサー】

 

「四冊……か、中々に豊作だなぁ」

「良かったですねぇ」

「そうだな……よしっ、もう大丈夫だ。ありがとな」

「もう少しゆっくりしてくれても全然良かったんですよぉ?」

「良いんだよ、スタミナは回復したからな……行くぞ?」

「あぁー、待ってくださぁーい」

 

 顔に笑みを浮かべながら、トーマは士道たちと合流する為に動き始めた




前回の反動かやたら出番の少なかった士道!
そして予告詐欺になってしまった士道と十香のデート!
ついでに書いててヒロイン感の出まくった美九!

ノリと勢いで書いてる作品なんでこういう事あります!
予告詐欺に関しては、本当にすみません!
次回!十香デッドエンド後日談!


【count the Wonder Ride Book】
・エターナルフェニックス
・アメイジングセイレーン
・ブレーメンのロックバンド

・玄武神話[NEW]
・ジャアクドラゴン[NEW]
・キング・オブ・アーサー[NEW]

【count the Wonder World Story】
・WW物語 音銃剣錫音

・WW物語 土豪剣激土[NEW]


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閑話, Ⅰ

 士道が十香の霊力を封印した翌日、フラクシナスを訪れたトーマと美九は、会議室で琴里と対峙していた

 

「それじゃ、あなた達がどういう経緯で知り合ったのか、目的が何なのか、教えて貰えるかしら?」

「どういう経緯で知り合ったと言われましても……」

「どっから話したらいいものか」

「どこから話したらって、全部よ全部」

 

 少し悩んだ様子の二人に対して、琴里が言葉を投げるとトーマたちも少し考える

 

「……精霊としての美九にって所からで良いんだよな?」

「えぇ、それで構わないわ」

「わかった、話しをする前に前知識として知っておいて欲しいんだが……俺と美九は彼女が精霊になる前に一度だけ会った事がある」

「そうなの?」

 

 琴里の言葉に美九は頷いた

 

「それじゃあ、美九はどうして精霊になったの?」

「……私、お兄さんと会って確かに救われました。それでも不安は取り切れなくて、そんな時私の目の前に”何か”が現れたんです」

「それで、オレと再会した美九は既に精霊だった」

「成る程ね……ところで、トーマはどうして精霊を?」

「この際だから話しといたほうが良いか……変に疑われんのも嫌だし」

 

 そう言うとトーマは手に持っていたカバンの中にしまっていた四冊のワンダーライドブックを取り出す

 

「オレが精霊を追ってるのはこの本を回収するためだ」

「このおもちゃみたいな本が精霊と関係あるの?」

「あぁ、精霊の持ってる霊力の中には僅かに別の力が混じってる……その正体がこの本だ」

「……まぁ、昨日の映像見る限り真実なんでしょうね」

 

 そう言うと琴里は少し怪訝そうな表情を浮かべているものの、美九が実際に本を開いて霊装を展開しているのを映像で確認している以上信じざる得ないといった感じだった

 

「そんで、精霊の力を封印すると霊力と分離した力が本の形になってこの世界に現れるって原理だな」

「成る程ね、それじゃあ今まで精霊を追ってたのも、私たちに協力するのもそれが目的ってわけ」

「あぁ」

「とりあえずトーマの目的は分かったわ……じゃあ精霊になった彼女と出会ったのも」

「空間震警報も出てないのに霊力を感じたからその場に向かって偶然って感じだな……そっからは前に話した通りの方法で精霊の力を封印した」

 

 一通り話終えると、琴里は小さく息を吐く

 

「とにかく、あなたの経緯は分かったわ。それに……その本が何なのかも」

 

 そう言うと琴里は横の椅子に置いてあったアタッシュケースを机の上に置き、開く

 

「それ……」

「どうして、ここに……」

「今から五年前、ラタトスクが回収したものよ。どれだけ解析しても正体不明だったけど、ようやく正体が分かったわ」

 

 アタッシュケースの中に入っていたのは三冊のワンダーライドブック

 

「……それで、どうしてこれをオレたちに見せた」

「とりあえず、互いの信用の為って所かしらね……それで、この三冊はトーマ、あなたに渡すわ」

「いいのか?」

「えぇ、私たちじゃどうにもできないし」

 

 果たして信用していいものか、とトーマは少しだけ考えるが。正直信用云々よりも本の収集が最優先事項なので三冊は受け取っておく

 

「そういえば、トーマ、あなたはどうしてその本を集めてるの?」

「わからない……だが、集めなければいけない気がするから集めている」

「わからないのに集めてるのね」

「お兄さん、記憶がありませんから」

「それって……記憶喪失ってこと?」

「あぁ……だが、それは今の俺には関係ない事だ。ただ集めないといけないから集める……それだけだ」

 

 結局話していない事が多すぎて質問攻めになりそうだと思ったトーマは、ここら辺で話しを切り上げる

 

「もういいか?」

「ちょっと待ちなさい、まだ大事な事を伝えてないわ?」

「大事な事?」

「トーマ、あなたには明日から士道たちの通う高校の購買部で働いてもらうわ」

 

 トーマはその言葉を聞き、少しだけ思考が止まるがすぐに再開する

 

「待ってくれ琴里、学校の購買っつっても、人数は足りてるんならオレは働けないんじゃ」

「あなた、確か天宮市にある定食屋で働いてるのよね」

「あぁ、まぁ……」

「なら、そこで作ったものを昼食時に高校で売ればいいわ……許可は取ってるから」

「手回しの早いことで……」

 

 相変わらず手回しの早さを関心半分呆れ半分で聞きつつ、二人はようやくフラクシナスから地上に戻る

 

 

「本当に、貰っちゃってよかったんですか? その本」

「正直な所、わからん……琴里やフラクシナスは信用してもいいが、ラタトスクは半々だしな」

「なら、変に隙を見せるのはマズかったんじゃ……」

「最悪の場合、どうにかして逃亡だな」

 

 信用するかしないか、それは半々ではあるが今日だけでワンダーライドブックを三冊入手したトーマたちは帰路につく




かなり短かった今回
正直蛇足じゃない?と思った今回
それにしても、最近通り雨が多いですね

次章!四糸乃パペット

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第Ⅱ章, 四糸乃パペット
第2-1話, 変わらない日常、変わった日常


 朝日の射しこむマンションの一室、トーマの勤め先……と言うより手伝い先の定食屋は毎週日曜日が定休日であるため彼はリビングで湯呑を片手にテレビを見ていた

 

『今日の天気の時間です、本日は──』

 

 天気予報を確認したトーマは、少し体を動かして目の前の紙に文字を書き込んでいく

 

「予報は晴れ、そろそろ冷蔵庫の中も寂しくなってきたしスーパーにでも行くか……でも野菜はスーパーよりも商店街の方が安いんだよな……」

 

 彼が紙に書き込んでいたのは買おうと思っている食材と不足し始めた生活必需品の一覧表である

 

「食器用洗剤の買い置きも少なくなってきたな……そういや昨日、美九がシャンプーの替えなかったって言ってたっけ、それも買わないな」

 

 次々と書き込んでいくと結構な量になってきた

 

「久々にバイク出すか……そういや免許の更新いつまでだっけな」

 

 一つ終わるとまた一つ、次から次へとやる事が出てくる

 

「免許はとりあえず大丈夫か」

 

 今考えるべきことは考えた、と言った感じのトーマは手に持っていた湯呑の中身を一口飲む

 

「……平和だなぁ」

 

 

 

 

 

 等と彼が言った日の翌日、昼休みの時間に備えて作ってきた惣菜パンと弁当を購買に運び、在庫の数を確認してもらっているとドタドタと走っていく十香の姿が目に入った

 

「……元気だな」

「さっきの女の子の事ですか?」

「えっ、あぁ、はい」

「ホント元気ですよね、彼女」

「……あの子、いつもあんな感じなんですか?」

「そうですねぇ、この前転校してきたらしいんですけど……ずっとあんな感じですね」

 

 ホント、若いって凄いなぁなどと言ってる購買の店員さんの言葉を受け流していると、在庫を数えてた店員がトーマの元に向かってくる

 

「在庫数、ピッタリでしたよ」

「わかりました、それじゃあ俺はこれで」

 

 在庫の確認を終えたトーマは店員に頭を下げてその場を後にする。帰り途中に士道の断末魔らしきものが聞こえた気もするが……まぁ、それが彼の日常なのだろうと考えて車の方まで戻っていった

 

 

 その日の夕方、トーマが帰り道を歩いていると足腰弱ったおじいちゃんのような足取りで歩く見慣れた高校生の姿が目に入る

 

「おーい、士道」

「ん……あぁ、トーマか……」

「やけに疲れた顔してるが、どうした?」

「あぁ……実はな──」

 

 トーマが士道から聞いた話によると、十香が来禅高校に転校生としてやって来てからというもの、彼のクラスメイトである鳶一折紙との小競り合いが絶えないという

 

「ったく、あの二人少しは仲良くできねぇのかよ……」

「そこら辺は仕方ないんじゃないか? 霊力を封印されてるとは言え精霊とAST、水と油みたいな関係だったわけだし」

「そうだけどよぉ……」

 

 このままじゃこっちの身が持たないといった風の士道を見たトーマが苦笑いを浮かべていると、冷たいものが首筋にあたる

 

「ん……?」

「なんだ……?」

 

 気が付くと空はどんよりと曇り、ポツポツと雨が降り始めていた

 

「「……うわ」」

 

 二人の声がシンクロした

 

「雨かよ。おいおい、天気予報では晴れって言ってたじゃねぇか」

「最近多いな……って言ってたら降って来やがった」

 

 ポツポツと降り始めた雨は徐々に激しさを増していった

 

「おいおい、マジかよ……」

「ついてねぇな、今日に限って」

 

 士道はカバンを、トーマは自身の来ていた上着を傘代わりにして走り始める。そしてT字路を右に曲がった辺りで士道の足が止まった

 

「あ……?」

「どうした?」

「いや、あれ」

 

 士道の指さした方向を見ると、そこには少女がいた……ウサギの耳のようなものがついた大きなフードを被り、何故か左腕にウサギのパペットをつけた少女。

 

「士道、あの子──」

 

 士道にあの少女について言おうとした瞬間、少女は盛大にこけて、動かなくなった。ついでに彼女の左手にあったパペットは前方に吹っ飛んでいった

 

「……お、おいッ!」

「はぁ……」

 

「だ、大丈夫か、おい」

 

 士道が少女の方に向かったのを見て、トーマは吹っ飛んでいったパペットを取りに向かう

 

「……!」

「あぁ……よかった。怪我はないか?」

 

 士道がそうやって手を差し伸べると、少女はものすごい勢いで後退する

 

「……えぇと。そ、そのだな、俺は──」

「……! こ、ない、で……ください……っ」

「え?」

「いたく、しないで……ください……」

 

 二人の話を耳に入れながら、トーマは士道の方に近づいていった

 

「……なんかやったのか? 士道(変質者)

「いや、別に……というかなんか名前の呼び方おかしくなかったか!?」

「気のせいだろ」

 

「……!」

 

 士道と話すトーマが持っているパペットの存在に気づいた少女は駆け寄ってこようとして足を止める

 

「あの子、どうしたんだろう」

「多分このパペットが欲しいんだと思うぞ、士道……返してきてやれ」

「俺!?」

「あぁ、お前だ」

 

 トーマは士道にパペットを持たせて少女の元に行かせる……のだが士道が一歩下がるたびに少女は一歩下がる。何故か変な攻防みたいなものもあったが、なんとかパペットの返却に成功する

 

『やっはー、悪いねおにーさんたち。たーすかったよー』

 

 パペットは急に話を始める、よく見ると少女と士道を遮るような形になっていた

 

『──ぅんでさー、起こした時に、よしのんのいろんなトコ触ってくれちゃったみたいなんだけど、どーだったん? 正直、どーだったん?』

「は、はぁ……?」

 

 士道は戸惑い、トーマは無言で少女とパペットの方を見ていた

 

『またまたぁー、とぼけちゃってこのラッキースケベぇ。……まぁ、一応は助け起こしてくれたわけだし、特別にサービスしといてア・ゲ・ルんっ』

「……あ、あぁ、そう」

「よかったな士道、逮捕されなくて」

「どういう意味だそれ!?」

 

『ぅんじゃね。ありがとさん』

 

 二人のことなど気にせずに少女とパペットは走って行ってしまった

 

「何だったんだ……ありゃあ」

「……さぁな、それより士道。お前の家でタオル貸してくれ」

「えっ……あ」

 

 そこで、士道は自分がびしょ濡れであった事を思い出したらしい。全身余すところなく雨でぬれた二人は、とりあえず五河家に向かって歩き出した。

 

 

 歩くこと数分、五河家の玄関に辿り着いた士道は中に入ろうと玄関に鍵を差し込むと、小さく眉をひそめた

 

「どうした?」

「あぁいや、琴里の奴、ようやく帰って来やがったんだと思ってな」

「ようやくって、今まで帰ってなかったのか」

「あぁ、なんか色々事後処理で忙しくなるって先月連絡があったきりだ」

「それはまぁ何とも……」

「ここは兄としてしっかり言わないとな」

 

 そう言いながら玄関のドアノブをひねって家の中に入る

 

「ただいま。タオル取ってくるからトーマは待っててくれ」

「わかった、お邪魔します」

 

 トーマが玄関で待っていると、士道は慣れた手つきで脱衣所の扉を開け……固まった

 

「と、十香……?」

「な……ッ、し、シドー!?」

「あ、や、ち、違うんだ……! これは──」

「いッ、いいから出ていけ……っ!」

「ぐぇふ……!?」

 

 固まっていた士道は十香の右ストレートをもろに受けてへたり込んだ。

 

「災難だったな、士道」

「あ、あんにゃろ、本気で殴りやがって……」

「本気だったら半身バイバイだったと思うぞ」

「……それもそうだな」

 

 などと言っていると、脱衣所の扉が少しだけ動いた

 

「……見たのか、シドー」

 

 十香のその問いに士道はぶんぶんと首を横に振ると、扉が開き服を着た十香が出てきた。彼女の来ている服は一回りサイズが大きかったらしく。目の前にいる士道は少し目のやり場に困っている様子である

 

「な……っ、なんでお前がうちにいるんだ、十香……ッ!」

「何? 妹から聞いていないのか? なにやら、ナントカ訓練だとかで、しばらくの間ここに厄介になれと言われたのだ」

「く、訓練……!?」

 

 その言葉を聞いた士道は廊下の奥に目をやり、すっ飛んで行ってしまった

 

「……すまないがそこの少女よ、タオルを一枚とってもらえないだろうか」

「お前、この家の客か?」

「まぁ、客と言うか士道の知り合いと言うか……とにかく、頼む」

「うむ、少し待っていろ」

 

 十香からタオルを一枚取ってもらったトーマは適当に頭と、服の中から体をふいて家の中に上がる……服は二人が話している間に多少はマシになった

 

「落ち着いていられるか! な、なんで十香がうちに……? 訓練って、一体何のことだよ……?」

「それより、水浸しの友人置いていくのは酷いんじゃないか? 士道」

「あっ……す、すまん」

「ったく」

 

「そ、それよりも今日も令音さんと一緒に帰った筈の十香が何でうちに──」

「え? んー、それなら──」

 

 士道の問いに答えるように琴里が指をさすと、その方向に令音がいた

 

「……あぁ、邪魔しているよ」

「れ、令音さん? 何やってるんですか……?」

「……ふむ?」

 

 士道の問いに令音は考えるような仕草を見せる

 

「……あぁ、すまない。砂糖を使い過ぎたかな」

「いや、そうじゃなくて!」

 

 士道が、たまらず叫んだあと、軽く胸を叩いてから言葉を続けた

 

「どういうことですか? 十香は今、フラクシナスに住んでるんじゃ?」

「……あぁ、そうだね。まず説明をしなければならないね」

 

 封印されているとは言え、精霊は精霊。万が一の事があった時の為に十香はフラクシナスで生活していた、その為士道は自分の家に十香がいるなど微塵も考えていなかった訳である

 だから、そのことを令音に説明してもらいたかった

 

「……しかし、だ。その前に」

「その前に……?」

「……着替えてきた方がよくないかね、床が濡れている」

「あ」

「士道……俺の存在を忘れてたんならそれでいいから、とりあえず服を貸してくれ」

「……すまん」

 

 濡れた服から着替える為にびしょ濡れの制服を着た男と半乾きの服を着た男は二階に向かった




次々起こる今までと違う出来事
それが士道の精神を乱れさせる
何故、十香が五河家に住むことになったのか?
何故、あの少女はパペット主体で話すのか?
士道が受ける新しい訓練なのか?

その答えは…多分次回語られます

次回!状況説明in五河家!


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第2‐2話, 事情説明in五河家

「……で? 一体どういうこった?」

 

 部屋ぎに着替えた士道と服を借りたトーマの二人がいるのは、五河家の二階、琴里の部屋だった。パステルカラーの家具にファンシーな小物、ぬいぐるみとザ・女の子と言ったものが溢れている部屋に少女が一人、女性が一人、そして男二人と見ようによってはかなりシュールな光景だが、そこは気にしないでおく

 因みにこの部屋を使っているのは十香の耳に入れたくない話もあるからだ。そんな十香だが現在はリビングで再放送中のアニメに夢中になっている

 

「んーとね、今日からしばらくの間、十香がうちに住むことになったのだ!」

「だから、どうしてそうなったって訊いとるんじゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「……まぁ落ち着いてくれ、しんたろう」

「そうだぞ、冷静になれしんのすけ」

「しんたろうでもしんのすけでもなく士道です、と言うかトーマはわざとだろ!」

「……あぁ、そうだった。訂正しよう。悪いねシン」

「あぁ、もちろんわざとだ」

 

 トーマの方はともかく本当に間違えて名前を憶えている疑惑のある令音もいる為、これ以上名前に関する言及をやめた

 

「……理由は大きく分けて三つある」

 

 名前コントを終えた令音は、静かな声で話しを始めた

 

「……一つは十香のアフターケアのためさ」

「アフターケア……っていうと?」

「……シン、君は先月、口づけで十香の霊力を封印したね?」

「……っ、は、はい」

 

 先月の光景を思い出したのか、士道の顔は赤くなっていた

 

「あー、おにーちゃん赤くなってるー。かーわいいー」

「う、うるせ!」

 

 心底楽しそうに言っている琴里と気まずげに目線を逸らす士道、何ともな兄妹である

 

「……まぁ、そこまでは良いのだが、一つ問題があってね。……今、シンと十香の間には見えない経路(パス)のようなものが通っている状態なんだ」

「パス? どういうことですか?」

「……簡単に言うと、十香の精神状態が不安定になると、君の身体に封印してある精霊の力が、逆流してしまう恐れがある」

「な……ッ」

「つまり下手に刺激すると精霊に逆戻りって事か」

 

 十香の状態についてを把握したトーマがそう言うと、令音は小さく頷いた

 

「……シン、君も知っての通り、十香は今、フラクシナスの隔離エリアで生活している」

 

 トーマの隣で狼狽している士道の事を知ってか知らずか、令音は静かな口調で続ける

 

「……十香の精神状態は常にモニタリングしているのだが……どうもフラクシナスにいると、学校にいるときに比べて、ストレス値の蓄積が激しいんだ」

「そ、そうなんですか?」

「……あぁ、それに、一日二回の定期検査もあまりお気に召さないようだ。今はまだ許容範囲内だが、このまま放置しておくのも好手とは言い難い。──そこで、だ」

 

 令音は指を顎に当てる

 

「……検査の結果も安定してきたし、そろそろフラクシナス外部に、十香の住居を移そうと言う事になってね」

「は、はぁ……そうなんですか」

「……あぁ。というわけで、精霊用の特設住宅ができるまでの間、十香をこの家に住まわせることになったんだ」

「プリーズ、ウェイト」

「……どうしたのかね?」

「なんで、うちなんですか?」

 

 士道の問いに、トーマは何言ってんだコイツと言わんばかりの視線を向けて口を開く

 

「なんでって、そりゃ住ませるならここしかないからだろ」

「だからなんで……」

「……まぁ簡単に言うと、だ。君といるときが、一番十香の状態が安定するんだよ」

「え……っ」

「そりゃそうだ、誰だって自分を救ってくれた相手のそばが一番安心するに決まってる、ましてや精霊なんだから普通の人よりその気持ちが強くてもおかしくない」

「……逆に言えば、シン以外の人間は、まだ十香の信頼を得ているとは言い難いがね。私や琴里なんかは比較的顔を合わせる機会が多いが──それでもね。……まずは少しでも安全性の高い場所で、十香がきちんと生活できるかどうかを試したい所なんだ」

「俺に至っちゃ顔合わせた時が両方ともファルシオン(あっちの姿)だったからな。今日だって士道の知り合いってのと互いに不干渉だったから何とかって感じだったし」

「……むぅ……」

 

 トーマもファルシオンの状態で顔を合わせる機会が多かったため、今日タオルを取ってもらうときだって警戒されているのを感じていた

 

「それで……もう一つの理由ってのは何なんですか?」

「……あぁ、これはもっと単純明快だ。──シン。君の、訓練のためさ」

「……っ」

 

 少し前に訊いた訓練と言う言葉を士道は思い出して息を飲んだ

 

「そういえばそんなこと言ってましたね……。でも、もう訓練なんていらないでしょう?」

「……ふむ、それは何故かね?」

「なぜって……だって、もう精霊の力は封印したわけで……」

「……精霊が十香一人だ何て、誰が言ったのかな?」

「一人じゃないにしても……もう一人の精霊も確かトーマが封印してるんじゃ……」

「精霊は十香と美九の二人だけじゃないぞ」

「え……? それって……どういう」

 

 士道の問いかけに対しては、令音が答えた

 

「……そのままの意味さ。空間震を起こす特殊災害指定生物──通称・精霊は、十香だけではない。現在の段階でも、彼女の他に数種が確認されている」

「な──っ」

「そうだな、俺も十香と美九以外に後二人知ってるのがいる……どっちもかなり癖が強かったよ」

 

 精霊になる前の美九と出会い、それから再開するまでの間にトーマは二人の精霊に出会っている。一人は自己評価の低い魔女、そしてもう一人は悪夢の名を冠する少女。彼女たちの事を思い出して変な笑みが浮かんでしまう

 

「……シン。君には引き続き、精霊との会話役を任じてもらいたい。そのための訓練さ」

「……っ、じょ、冗談じゃ──」

「──ふぅん?」

 

 士道が叫びを発した瞬間、ずっと静かだった琴里が声を上げた。そしてリボンの色が白から黒に変わっていた

 

「──っ」

「嫌なの? 士道。──もう精霊とデートして出れさせるのは、嫌だっていうの?」

「っ、あ、当たり前だっ!」

「ふぅん?──じゃあ、もうどうしようもないわね」

「あ……?」

「空間震によって世界がボロボロになっていくのを黙って眺めるか──それとも、精霊がASTに殺されるなんて奇跡的なイベントを気長に待つか。どっちかになるでしょうね」

「っ……でも、霊力の封印ならトーマにも──」

「オレは精霊を救ってるわけじゃないぞ」

「えっ……」

「オレは精霊の中に混じってる本を手に入れたいだけ……基本的には救いたいと思ってるが、最悪死にかけの精霊から抜き取るのでも構わない」

 

 士道が言葉を発する前にさらにトーマは言葉を続ける

 

「それに、俺は霊力を封印してるんじゃない……霊力を奪ってるだけだ」

「だから士道、精霊の力を封印できるだなんて規格外の能力を、真の意味で持っているのはこの世にあなた一人だけよ。──そのあなたが嫌だと言うのだもの。もうどうしようもないじゃない」

「……っ、なんだよ……それ……っ」

 

 士道は自分の知らない間に背負わされた力の重さがどれだけ重大なものかを思い知らされた

 

「──琴里」

「何かしら?」

 

 士道は琴里に質問をする

 

「……まず、聞かせてくれないか? 。ラタトスクってのは、一体何なんだ? おまえはいつ、そんな組織に入ったんだ? それに──俺のこの力ってのは、一体何なんだ?」

 

 恐らくそれは、士道が前から聞こうと思ってた質問。その問いに琴里はふぅと息を吐き。チュッパチャップスを口にくわえてから話しを始めた

 

「──そうね。ちょうど良い機会だし、簡単に話しておこうかしらね」

 

 琴里は後方にあったクッションに背中を預ける

 

「ラタトスクは、有志により結成された……まぁ、言うなれば一種の自然保護団体みたいなものよ。──もちろん、その存在は公表されていないけどね」

「保護団体……ねぇ」

 

 どうにも腑に落ちてないのを感じている士道だったが、とりあえず話しを聞くことにする

 

「えぇ。そしてラタトスクの結成理由にして、最大の目的、それは──精霊を保護し、幸福な生活を送らせることよ。……ま、最高幹部連でもある円卓会議(ラウンズ)の中には、精霊の強大な力を得てどうこうしようって助平心を持ってる奴もいるみたいだけど」

「……空間震を防ぐことじゃないのか?」

「ま、それももちろんあるのだけれど。それはあくまで副次的なものよ。そこだけ見るのなら、私たちもASTも変わらないわ」

「まぁ、それもそうか。で……そういう組織があるとして、だ。おまえはいつ、どうしてそこの司令官になんてなったんだよ。俺は全然知らなかったぞ」

 

 士道は自分の妹がそう言った組織に入っていた事……いや、最悪命を落とすかも知れない事に関わっていたのが不満だった。隠し事はまったくなしとまではいかなくても危険なことに関わるのなら相談はしてほしかったといった風だ。琴里もそんな心境を察したのか息を吐く

 

「私がラタトスク実戦部隊の司令塔に着任したのは……大体五年くらい前のことよ」

「五年前……ね。―って、はぁっ!?」

 

 一瞬納得しそうになるが、流石に事実を流すことはできなかった

 

「ば、馬鹿言うな。五年前って……おまえ、まだ八歳じゃねぇか!」

「ま、数年の間はずっと研修みたいなものよ。実際に指揮を取り出したのはここ最近」

「い、いや、そういうことじゃねぇだろ。そもそもそんな小さな女の子を──」

「まぁなんていうの? ラタトスクが、私の溢れでる知性に気づいてしまったのよね」

「納得できるかそんなんでっ!」

「そんなこと言われたって、事実なんだから仕方ないじゃない。もうちょっと素直に妹の言葉を信じなさいよ。人の言葉を疑えば頭がよく見えるだなんて思ってるの?」

 

 琴里と話す士道だが、少し慣れたとは言えいつもと違う妹相手だからか、頬に汗が垂れる

 

「……おまえのその二重人格も、ラタトスクのせいなのか?」

「失礼かつ短絡的ね。もう少し考えてものを言いなさい。第一これは──」

「これは?」

「…………そんな話はどうでもいいの。今はラタトスクの話でしょ。同じく五年前の転機となる、ある出来事が起こったの」

「おい、はぐらか──」

 

 はぐらかすな、と言おうとした士道の言葉は琴里に止められる

 

「キスによって、精霊の力を封印することのできる少年が発見されたのよ。それによりラタトスクは、積極的に精霊を保護しようって方針にシフトしていったわ」

「そ、それが……俺だってのか?」

「えぇ」

 

 琴里の言葉に、士道の思考は止まりかける。一度に多くの情報を与えられすぎたせいで飲み込むまで時間がかかっているのだ

 

「ちょっと待ってくれ……そもそも、なんで俺にそんな力が備わってるんだ?」

「さぁ?」

「は……? い、いやいやいや。そこまで言ってて勿体つけるんじゃねぇよ」

「勿体つけてなんていないわよ。本当に知らないだけ。”キスを介して、精霊から力を奪い取り、安全な状態にして自身に封印する”。そういう能力が士道に備わっているのを知ってるだけで、なぜ士道にそんな力があるのかは、少なくとも私は知らないわ」

「そ、それじゃあ、なんで俺にそんな力があるってことがわかったんだよ! その後年前に! 一体何があったってんだよ!」

 

 次々と渡される事実に、士道の頭はパンク寸前だった、そして士道の言葉を聞いた琴里はふいっと目を逸らす。逸らされた顔はいつもと違い、憂いや後悔の混じったような表情だった

 

「こ、琴里……?」

 

 士道が彼女の名前を呼ぶと、ハッとした様子で小さく肩を震わせる

 

「え。っと──そう、ラタトスクの観測機でね、調べたの。それで、わかったのよ。──私に関しても、同じ」

 

 そこまで聞いたところで、黙っていたトーマは立ち上がり琴里の部屋から出ていこうとする

 

「お、おい。何処に行くんだ?」

「……あぁ、オレは聞きたい事聞けたし、良い時間だからそろそろ帰ろうかと思ってな」

 

 士道たちの方に顔を向けず、トーマはそう言う

 

「悪い士道、明日の放課後にでも返すから服はこのまま借りて行っていいか?」

「そ、それは構わないけど」

「サンキュ、それじゃな」

 

 後ろから引き留めようとする士道の声を無視して一階に降りて、トーマはそそくさと五河家から出ていく

 

「あからさまに隠し事ありって感じだったな」

『──怪しさしかなかったわ』

 

 独り言のように呟いたトーマの言葉に、誰かが相槌をうつ

 

「……途中から気配は感じてたが、やっぱり居たか」

『悪かったわね、居たのが私みたいな女で』

「別にそう言ってるわけじゃないよ……ただ、珍しいこともあるもんだと思ってただけだ」

『偶然よ偶然、ホントに偶々、近くを通ったらアンタの姿を見つけただけ』

 

 人気の無い道で一度歩みを止め、トーマは見えない誰かと話しを続ける

 

「それでもわざわざ挨拶しに来てくれたんだろ? ありがとな」

『~~ッ!? ありがとうとか言わなくていいし! 私の好感度上げようとしたってそうはいかないからね!!』

「そんな事いってないだろ……それより、いずれあいつらはお前にも接触してすると思うぞ、そん時はどうする」

『別に、私みたいなのに接触しても意味ないし……ましてや交流持とうとするとかアンタみたいな物好き以外ありえないでしょ』

「案外、そう言う物好きが集まるかもしれないぞ?」

『最悪』

 

 誰かの言葉に対して、トーマは軽く笑うと再び歩き出す。そろそろ人通りの多い場所まで出る所だ

 

「……それじゃあ、またいずれ」

『えぇ、気が向いたら……また』

 

 その言葉と共に、トーマは人混みに紛れていった。そんな彼の事を一人の魔女は少しだけ見た後、その場から消えた




何か隠している様子の琴里
唐突に渡された情報の嵐と環境の変化に戸惑う士道
そしてトーマが話していた誰かとはいったい誰なのか

新たな日常に気力を減らされ続ける士道
彼の前に現れる新しい精霊”ハーミット”

次回!不機嫌な雨


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第2‐3話, 不機嫌な雨

 来禅高校への配送の帰り道、乗ってきた車まで戻ったトーマは時計を確認する

 

「もうすぐ昼か……今日はどうすっかな」

 

 エンジンをかけてパーキングブレーキを戻す、最後にギアを動かして車を発進させる

 

「店戻って適当にまかない作る許可貰うか……ッ!?」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

 車を走らせていると、街中に空間震警報が鳴り響く

 

「空間震か」

『トーマ、聞こえる?』

 

 周りに避難している人が多い中、トーマは車の中で状況を把握するとインカム越しに琴里の声が聞こえてきた

 

「聞こえてる……それより、精霊の場所は?」

『タブレットに座標を送るわ』

「助かる、そっちは士道のサポートに専念してくれ……俺は自分で現場に向かう」

『わかったわ』

 

 通信を切ってから程なくして、カバンの中のタブレットに空間震の座標が送られてくる

 

「空間震の範囲から外れてるが、結構近いな」

 

 車から降りたトーマは建物の影に移動し、ベルトを出現させ……引き抜く

 

――抜刀』

 

 剣を引き抜いたトーマの身体は炎に包まれ、その場から飛び立つ……目標は精霊の出現地点だ

 

 

 

「……ここか」

 

 降り立ってからすぐ、空間に広がった一滴の光を中心に世界が歪む。そして、爆音が広がるとともに空間が削り取られた

 

「タイミングバッチリって感じだな……って、雨?」

 

 さっきまで快晴だった筈の空は、どんよりと曇りぽつりぽつりと雨が降り始める

 

「……あの子は」

 

 空間震の中心にいた少女は、昨日に士道と一緒にいるときに出会った、左腕にパペットをつけた少女

 

「あの時感じた違和感は、そう言う事だったのか」

 

 なぜ彼女が空間震もなしに現れたのか、原理は分からないが前にも似たような事態に何度か遭遇したから特に気にはしない。などと考えていると上空から何かがやってくる

 

「AST」

『トーマ、聞こえるわね』

「あぁ、聞こえてる……それで、どうする?」

『いつも通り、暫くトーマは様子を見てちょうだい』

「……了解」

 

 様子見を始めてすぐ、目の前に広がったのはいつもの光景。ASTが攻撃をした所で精霊に対する決定打にはならない

 

「精霊が移動した、追跡する」

 

 精霊とASTが移動したのをみたファルシオンも動き始める、暫く追跡していると精霊は大型デパートの中に入る

 

「どうする、追跡するか?」

『いえ、トーマはそのまま待機して……今、士道が精霊と接触しようとしているから』

「わかった、とりあえずASTが邪魔しないように牽制でもしておく」

『ちょっと、何を──ッ!?』

 

 琴里の言葉を無視してファルシオンはASTの前に姿を見せる

 

「──フェニックスッ!」

「悪いが、お前達にはしばらくここで立ち往生してもらう」

「なんですって?」

 

 隊員の言葉を無視して、ファルシオンはASTへの警戒を緩めず士道たちの会話を聞いてみると、中々に順調なようだった

 

『──案がい、いい感じじゃない。そもそもが人なつっこい性格なのかしらね。好感度も上々よ。今すぐキスしようっていっても、拒まれはしないんじゃないの?』

『……おいおい』

 

 この調子なら大丈夫そうか、そう思った矢先ファルシオンに向かってミサイルが飛んできた

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

「オレに対する攻撃の許可は出たって訳か」

 

 ファルシオンに向かって放たれる攻撃をすべてぶった切り応戦を続けていると、インカムから警報音が聞こえてくる

 

「おい、何があったのか?」

『最悪の緊急事態が起こったのよ』

「最悪の緊急事態……だと」

『えぇ……今、士道たちと十香が一緒にいるわ』

「マジかよ」

 

『と、十香……?』

 

 想像以上に最悪の事態に軽く眩暈が起きそうだったが、デパートの中の出来事は士道に任せるしかない

 

『シドー……今、何をしていた?』

『……っ、な、何って』

『──あ、あれだけ心配させておいて……』

『え……?』

『女とイチャコラしてるとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 その言葉と共に、ファルシオンの元にも若干の霊力が伝わってきた

 

「霊力、逆流してんじゃねぇか」

 

 デパートの中では痴話喧嘩、そしてデパートの外ではファルシオンとASTがドンパチ……実にカオスな状況である

 

『……シドー。おまえが行っていた大事な用とは、この娘に会うことだったのか?』

『あ、いや、それは……』

 

『トーマ』

「どうした」

『万が一の事を考えて、士道の所に向かって』

「了解」

 

 逃げていたファルシオンは踵を返してASTの方を向き、剣にブックをリードさせる

 

『永遠の不死鳥──無限一突』

 

 立ち止まったAST相手に斬撃を放ち、爆発を起こした隙にその場から撤退する

 

「ASTは何とかした、それで……士道たちの居場所は?」

『三階よ』

「わかった、大至急向かう」

 

 インカムの向こう側から十香の乱心した声が聞こえてくる。これは本格的にまずいかも知れない

 

『よ、よしのん……?』

『わ……ッ、私は! いらない子ではない! シドーが……シドーが私に、ここにいていいと言ってくれたのだ! それ以上の愚弄は許さんぞ! おい、何とか言ったらどうだ!?』

 

「いったい何が起こってる」

 

 炎の鳥の状態で三階まで辿り着くと、奥の方から話しをする声が聞こえてくる

 

「ぬ。な、なんだ? 邪魔をするな。今私は、こやつと話しをしているのだ」

「──かえ、して……っ、くださ……っ」

 

 人気の全くないデパートの中だから、小さい声でもよく響くし、ファルシオンもすぐに士道たちの姿を見つけることが出来た。ファルシオンになったことで強化された視力で様子を見ると、十香の手にはあのパペットが握られていた

 

『──何してるの士道。よしのんの精神状態まで揺らぎまくりよ。早く止めなさい!』

「な、なぁ、十香。その……それ、返してやってくれないか?」

「…………っ!」

 

「片方を立てるともう片方がへそを曲げる……面倒すぎるだろ」

 

 そう思った矢先、今までよりも激しい霊力を感じ、それと同時にファルシオンの状態になっていても貫通する程の冷気を感じる

 

「……っ、氷結傀儡(ザドキエル)……っ!」

 

 少し離れた場所から様子を見ていると、精霊の召喚した人形は白い煙のようなものを吐き出した

 

「まずいかッ!」

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 士道たちと天使の間を遮るように炎の斬撃を放ち、士道たちの前に立ちふさがる

 

「トーマっ!」

『このタイミングで天使を顕現……ッ! トーマ、今すぐ士道と十香を連れて逃げなさい!』

「あぁ、わかっ──ッ!?」

 

 わかったと伝えようとした矢先、少女の天使は低い咆哮と共に身を反らした。

 そうするとデパート側面部の窓ガラスが次々と割れ、フロアの内部に雨が侵入してくる……いや、侵入してくるのではなく、雨が窓ガラスをたたき割って侵入してきたと言った方が適切かも知れない

 

「いぃ……っ!?」

 

 そして、天使はゆっくりと十香の方を向くと、透明な弾丸のようなものが放たれた

 

「……ッ! 十香!」

「な……っ、シドー!?」

「はぁッ!」

 

 数おびただしい数の弾丸の大半を斬撃の炎で消し去ることが出来たもののも凝った一部は士道たちのいた場所を穿った

 

「……ぁっ」

 

 そして、炎の斬撃で雹の弾丸を打ち消したと思っていたファルシオンだったが。何発かの弾丸をその身に受け、膝をついてしまった

 

「……っ」

 

 その様子を見ていた士道は十香を庇うように立つが少女の天使は見た目に似合わぬ機敏な動きで割れた窓から屋外に飛び出していった。その途中で──十香の手から床に落ちたパペットを、口に当たる部分でくわえて

 

「た、助かった……のか?」

『……えぇ。反応は完全に離脱したわ。なかなか無茶をするわね、トーマも士道も』

「や……でもなんでいきなり──」

「いいから早く離さんか……ッ!」

 

 十香に肩を掴まれた士道、その場に転がされた

 

「のわ……っ!?」

 

 今の今まで士道の腕の中にいた十香は、頬を紅潮させるというよりも駄々をこねる表情を作りながら、その場に立ち上がった

 

「と、十香……?」

「……っ! 触るなっ!」

「いて……っ」

 

 どうやら厄介なことになっているのはあの精霊だけではなく十香もらしい、身体は修復されたが体力は殆ど残っていないトーマはその場に寝転がって目を閉じた




不機嫌になった十香
入り乱れるそれぞれの想い
何故少女は急に天使を出したのか

次回、すれ違ってまた出会って


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第2-4話, すれ違ってまた出会って

「なるほどぉ、じゃあ十香さんは拗ねちゃったんですね」

「そう言う事になるな」

 

 その日の夜、夕食の準備をしているトーマは、美九に今日あったことを話していた

 

「でもぉ、十香さんを救った男の子……名前なんでしたっけ?」

「士道だ、五河士道」

「そうでした、その士道って人も中々に自分勝手ですねぇ」

「そこら辺は仕方ないと思うぞ、士道は今の今まで何の知識もなかったわけだし……もっと言うと、オレやお前と違って士道はついこの前まで完全に一般人だったんだ」

「そうですけどぉ」

「まぁ、あれだ……結局のところ認識の差って奴だよ。かれこれ一年くらい精霊に絡んでる俺らに、精霊を保護するために動いてるフラクシナス……というかラタトスク。比べちまうと士道はまだ精霊の存在を知って数週間だ。同じ意識を持てって言う方が無理な話だろ?」

 

 トーマがそう言うと、美九はジト―っとした目を向けくる

 

「……どうした?」

「別に、やけにあの人の肩を持つんだなぁって……」

「肩を持ってるつもりはないんだが……ほれ、出来たぞ。運んでくれ」

「はぁーい」

 

 完成した料理を美九と一緒に運ぶと、いつも通りの席に座って手を合わせる

 

「「いただきます」」

 

 食前の挨拶をした二人は、いつものように夕食を食べ始める

 

 

 

 

 そして翌日、ソファに座ってテレビを見ていた美九はダイニングテーブルで湯呑片手に本を読んでいたトーマに話しかける

 

「お兄さーん、暇ですぅ」

「……暇って言っても、雨だから何処にも行かねぇぞ」

「えぇ、いいじゃないですかぁ、デートしましょうよぉ」

「駄目だ、第一この雨じゃあどこに行っても──」

 

 そこまで言いかけた所で一応耳に付けていたインカムが鳴った

 

「どうした?」

『あぁ、トーマ。今大丈夫よね』

「大丈夫だけど、どうした?」

『実は、よしのんがまた静粛現界したのを士道が見つけたの』

「成る程な、この前のアレか」

『そう言う事よ、タブレットは?』

 

 琴里の言葉を聞いたトーマが辺りを見回すと、美九が使っている姿が見えた

 

「今は美九が使ってる」

「お兄さん呼びましたか?」

「あぁ、悪いんだけどタブレット貸してくれないか? 必要なんだけど」

「何かに使うんですか?」

「精霊関連でな」

「あぁ、そう言う事ですか」

 

 そう言うと美九はタブレットを渡してきた

 

『それじゃあ、映像共有するわね』

「あぁ、頼む……後、出来れば映像の音声はインカムじゃなくてタブレットから出しといてくれ」

『そこら辺の操作はそっちでやりなさいよ』

「……苦手なんだよ」

「あっ、それじゃあ私がやりますよ」

 

 共有された映像を美九がちょちょっと操作をすると、インカムではなくタブレットから音声が流れてきた

 

「よし、準備完了だ」

 

『オッケー……士道は、聞こえる?』

『……おう、聞こえるよ』

『このまま彼女を放っておくこともできないわ。とりあえずコンタクトを取ってみましょ』

『……了解』

 

 映像越しに見える士道は深呼吸をすると、少女の方に歩いていった

 

「……そういえばお兄さん、あの精霊さんって何て名前なんですか?」

「確か、よしのんって言ってたはずだ……士道に聞いた」

「へぇ、そうなんですか」

 

『……じゃあ、声をかけるぞ』

『えぇ。──っと、ちょっと待ちなさい』

 

➀声をかけると同時に仰向けに転がって腹を見せ、敵意が無いことをアピール

②すぐさまギュっとハグをして、こちらの愛を伝える

③こちらが丸腰である事を示すため、全裸になって声をかける

 

「……なんですか、これ」

「選択肢だな、因みに美九はどれを選ぶ」

「そうですねぇ、全部論外ですけど。とりあえず➀じゃないですか?」

「そうだな」

 

『──総員、選択!』

 

 とりあえずトーマ&美九は➀を選択した、そして表示された結果はすべての選択肢が拮抗した状態

 

『ち、結構割れたわね』

 

 琴里が難し気に呟くと、少し遠くから声が聞こえてきた

 

『➀ですよ! 腹を晒すのは動物にとって降伏のポーズ! 相手も安心するはずです!』

『笑止! ②に決まっています! ウサギは寂しいと死んじゃうんですよ!』

『あれウサギのフード被ってるだけでウサギじゃないし! それより司令、絶対③ですって! こちらが得物を帯びていないことを示すには全裸! 全裸しかありません!』

『うっさいオールドミス! あんた高校生男子の裸が見たいだけだろうが!』

 

「……本当に大丈夫なんですか、これ」

「一応十香の時は役に……立ったと思いたいんだが不安しかないな」

 

 その後少しだけ特に意味もない問答が続けられた結果、琴里がクルーを黙らせ士道に指示を与える

 

『──士道、声をかける前に服を脱ぎなさい』

『ごめんだよ!』

 

 映像越しの士道が叫ぶと、”よしのん”がビクっと肩を震わせた

 

『……! やべっ』

『……ひっ、ぃ……っ』

 

 今にも泣きだしそうな少女は右手をバッと高く掲げる。あの動作に身に覚えがあった士道は慌てて少女の事を止める

 

『ちょ……っ、待て! 落ち着け!』

 

『士道! 今から間に合うとしたら──➀よ! 腹を見せて転がりなさい!』

 

 そこからは、なんともまぁシュールな光景が繰り広げられていたが、なんとか天使を呼び出されることなく済んだ

 

『……せ、成功……したのか?』

『──多分ね。刺激しないように話しかけてみなさい』

 

 そう言うと士道は寝転がったまま、少女に話かける

 

『よ、よう……』

『…………』

 

 少女は何も答えない

 

『き、今日はどうしたんだ……?』

『…………』

 

 何も答えない

 

『す、すごい雨だよな……』

『…………』

 

 何ともシュールな光景である

 

「これ、傍から見たらあの人不審者ですよねぇ」

「……それは言ってやるな」

「それより、新しい選択肢でてきましたよ!」

 

 そんなことを言っている美九が、この状況を楽しんでいるように見えたトーマだが、それは置いておいて視線を選択肢に移す

 

➀ねばり強く話しかけながら歩み寄り、距離を詰めていく

②一旦姿勢を立て直すため、退却する

③パペットを着けていないことを訊いてみる

 

「これはとりあえず③ですね」

「そうだな」

 

 特に迷う事もなく③を選択すると、向こう側から琴里のうなり声が聞こえてきた。それからすぐ士道に指示を出す

 

『士道、③よ。パペットをなくしてしまって、探しているのかもしれないわ。とにかく何か反応が欲しいところだし、パペットのことを訊いてみなさい』

『……了解』

 

 小さく首肯した士道は、改めて少女に向かって話しかける

 

『なぁ……もしかして、パペットを探してたりする……のか?』

『……!』

 

 士道がそのことについて尋ねると、少女は目をカッと見開いて士道の元にやってくる……そして士道の頭を掴んで問い詰めるように揺さぶった

 

『……っ! ……っ!?』

『あッ、あてててて……っ! ちょ、止めろって』

 

 士道がそう言うと少女はハッとしたように手を放した。彼女の様子をうかがうように身を起こした士道は、改めて問いかけをする

 

『やっぱり……あれを探してるのか?』

 

 その言葉に少女は力強く頷き、その後すぐ不安そうな瞳を士道へと向けてくる

 

『……っ、す、すまん。俺もどこにあるかは知らないんだ』

 

 士道の言葉を聞いた少女はこの世の終わりを告げられ矢ような顔をしてその場にへたり込むと、顔をうつむかせて嗚咽を漏らし始めた

 

「え、えぇと……」

『落ち着きなさい、士道』

 

➀「そんな奴のこと、俺が忘れさせてやるぜ」頼れる男アピール

②「俺も一緒に、パペットを探してやるよ!」優しい男アピール

③「実は俺がパペットだったんだ!」ユーモアセンス溢れる男アピール

 

『総員、選択!』

「美九的にはどれだ?」

「②一択ですねぇ」

「だよな」

 

 トーマ&美九も②を選択。結果を見ると案の定②が一番多かったのだが、何故かそれ以外の二つにも一票ずつ入ってた

 

「②以外選ぶ奴もいるんだな」

「正直、理解できませんねー」

 

『士道、彼女と一緒にパペットを探してあげなさい』

 

 

『あ、あのだな、よしのん』

『……っ!』

 

 士道のかけた言葉にびくっと反応した少女が手を振りかぶると、周りに出来た水たまりが隆起し、弾丸のようになって士道の座っている場所の近くに炸裂した

 

『す、すまんッ! 驚かすつもりはなかったんだ!』

 

 どうやら警戒心は解かれていなかったようで、士道は無抵抗を示すように両手を上げながら言葉を続ける

 

『その……も、もしよかったら……お、俺も、パペットを探すの手伝おうか?』

『……!』

 

 士道の言葉を聞いた少女は、力強く首を縦に振ってきた

 

『ええと……それで、なんだけど。パペットは、いつどこでなくしちまったんだ?』

『……き、のぅ……』

 

 被ったフードを握り、顔をうつむけ、目元を隠すようにしながらたどたどしく話をする

 

『こわい……人たち、攻撃……され……気づいたら……、いなく、なっ……』

『ええと……? 昨日、ASTに襲われたのか』

 

 その言葉を聞いた少女はこくんと首を縦に振る

 

『なるほど、あのあとか……』

『──こっちからもカメラをあるだけ送るわ。できるだけ彼女とコミュニケーションを取りながら捜索してちょうだい』

「……オレも現場に向かって、士道たちとは別方面から探すか? 人ではあった方が良いだろ」

『そうね、お願いするわ』

 

「それじゃあ、行ってくる」

「私も行きます」

「……わかった、行こう」

 

 傘をさして士道たちの場所に向かいながら、話しを聞く

 

『よし……じゃあ、探すか、よしのん』

『……!』

 

 少女は士道の言葉に首肯し、少し口をもごもごさせてから声を発してくる

 

『わ、たし……は』

『え?』

『私……は、よしのん、じゃなくて……四糸乃。よしのんは……私の、友だち……』

『四糸乃……?』

 

「あの子、よしのんじゃなくて四糸乃っていう名前だったんですね」

「みたいだな、てことはよしのんはパペットの名前か」

「あっ、あそこですよね」

「そうだな……それじゃあ、探すか」

 

 とりあえず士道たちとは少し離れた場所を探し始めた




ついに始まったパペット捜索
そして明らかになった精霊の真の名前-四糸乃

はたして、行方不明になったパペットは何処にいるのか
士道たちは、パペットを無事発見できることは出来るのか
士道と十香は仲直りすることが出来るのか

次回、凍てつく大地


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第2-5話, 凍てつく大地《上》

『──どう? パペットは見つかった?』

『いえ、まだですね。見当たりません』

 

「こっちも見当たらないな……美九の方はどうだ?」

「私のほうもみつかりませんねぇ」

 

 探し始めてから早くも二時間と少し、トーマたちは適度に休憩を挟みつつ探したのだが見つかる気配がない

 

『映像の方は?』

『解像度が荒いですが……なんとか』

『モニタに出してちょうだい』

 

 休憩がてら雨をしのげる場所にやってきたトーマと美九もタブレットを使って映像を確認する

 

『精霊が消失(ロスト)する瞬間の映像では──もう既にパペットをもっていません』

 

 確かに、見ている映像の中の四糸乃はパペットを持っていない

 

『──反して、ASTの攻撃が着弾する前の映像では、天使の口元にパペットを確認する事が出来ます。この攻撃によって紛失したと考えるのが妥当でしょう』

『で、肝心のパペットは?』

『非常に煙が濃いため、確実ではありませんが……落下している影が確認できますので、攻撃の際に燃えてしまっているという最悪のパターンにはなっていないと思われます』

『……四糸乃が消失(ロスト)したあとの、この近辺の映像は残ってないの?』

『さ、探してみます』

 

「この調子じゃ、オレらじゃ見つけられそうにないな」

「そうですねぇ、見た感じ誰かが拾っていっちゃったんでしょうか?」

「見た目だけならだいぶファンシーだからな、気にいる奴は拾って持って帰っちまうかもな」

 

 そんなことを話していると、士道たちを映した画面の向こう側から間の抜けた声が聞こえてきた

 

『四糸乃?』

『……!』

『……腹減ったのか?』

 

 士道の問いに対して、四糸乃は顔を赤くして首をぶんぶん横に振ったのだが、そのタイミングでもう一度同じ音が鳴る。どうやら彼女のお腹の音らしい

 

『…………っ!』

『……どうしたもんかね』

 

 士道のその問いに答えたのは、琴里だった

 

『──そうね。一度休憩もかねて食事してきたらどう?』

『ん……そうだな』

 

 士道は前かがみになっていた姿勢を伸ばし、軽く伸びをしてから四糸乃に話しかける

 

『四糸乃、少し休憩しよう』

『……!』

『ほら。無理すんなって。お前が倒れたらよしのんが探せなくなっちまうぞ』

 

 その様子を見ていた美九は少し感嘆の声を上げる

 

「へぇー、あの人、中々に天然たらしさんですねぇ」

「たらし?」

「はい、なんでしょうねぇ……なんとなくこれから色んな女の子に好かれそうな雰囲気が」

「なんだそりゃ」

「言っておきますけど、お兄さんもですからね」

「……あぁ、そう」

 

 トーマはそれを聞いたものの、今は流して手に持っていた傘を開く

 

「これ以上探しても見つからない気もするし、俺らも帰るか」

「そうですねぇ……どうせなら私たちもお昼どこかで食べて行っちゃいます?」

「別にそれでもいいけど、ここら辺食う場所あったか?」

「どうせなら少し離れた場所まで行っちゃいましょう!」

「……わかった、パペット探しを手伝ってもらったわけだし」

 

 とりあえず美九と共に、そこそこオシャレな洋食店に入って注文を終えると、繋ぎっぱなしにしてた士道と四糸乃の話し声が今度はインカムから聞こえてくる

 

『その……随分大事にしてるみたいだけど、あのパペット──よしのんって、四糸乃にとってどんな存在なんだ?』

『よしのん、は……友だち……です。そして……ヒーロー、です』

『ヒーロー?』

 

 士道の問いの後少しだけ間が空いた後に言葉が続く

 

「よしのん、は……私の、理想……憧れの、自分……です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたに、うじうじしない……強くて、格好いい……」

 

「そう言う事だったのか」

「どーかしたんですか?」

「いや、どうして四糸乃がよしのん……パペットにこだわってたのかがようやく分かってな」

「なるほどぉ、どんな理由だったんですか?」

「あの子にとって、あのパペットの人格は理想の自分なんだとよ。只でさえこっちに来たら世界の敵扱いだからな」

「理想の自分ですかぁ」

 

 そう言った美九に対して、トーマは話しの種ついでに聞いてみる

 

「そう言う美九は、理想の自分とかはないのか?」

「そうですねぇ……私はやっぱり今の自分が一番ですねぇ。そういうお兄さんはどうなんですか?」

 

 美九に聞き返されたトーマは、理想の自分について考えてみる

 

「そうだな……俺は今の自分が一番って言うか、今より前の自分を知らないから何とも言えないな」

「お兄さん……本当にそればっかりですねぇ」

「多分、自分でも考えたくねぇんだよ。……意識してるか意識してないかは置いといて、自分でもこっから先を考えたくないってのが本音なんだろうな」

「……なんか、お兄さんは自分の事を話してる筈なのに他人の事を話してるみたいで、少し寂しいですね」

「そう言って貰えるだけ、幾分かマシだけどな」

 

 少し変な空気になってしまったが、そこからは普通に食事をして店を出た

 

 

 

 そんなことがあってから数日後、トーマは珍しくフラクシナスに居た

 

「それで、なんで俺はここに呼ばれたんだ?」

「今回に関しては、ここから見た方が良い気がしたからね」

「ここからって、なんかあったのか」

「えぇ、パペットの居場所がようやくつかめたのよ」

 

 今日まで士道の方は士道の方でだいぶ色々あったみたいだが、その最中もフラクシナスではパペットの捜索が続けられ、それがようやく実を結んだといった感じのようだ

 

「それで、パペットは何処にあったんだ?」

「鳶一折紙の家よ」

「……は?」

「だから、ASTに所属してる鳶一折紙の家よ」

「あの鉄仮面みたいな女がファンシーなパペットを持って帰ったって事か?」

 

 酷い言いようだが、トーマは鳶一折紙との接点はほぼ皆無に等しい、そしてトーマは鳶一折紙の事を戦場でしか知らないため、気が付けばこの認識になっていたのである

 

「と言うか、わざわざ士道に行かせなくても良かったんじゃないか?」

「それじゃあトーマが行ってみる? うちの機関員六人を全員病院送りにした魔物の巣窟に」

「……遠慮しとく」

 

『そういえば……十香の様子は?』

 

 鳶一折紙の部屋まで向かっている途中だった士道が、こちら側に話しかけてきた

 

「相変わらずよ。部屋に籠ってるわ」

『……そっか』

 

 トーマは大雑把にしか把握していないが、どうやら士道と十香の関係は結構拗れてしまっているようだ

 

『──よし』

 

 何かを決意したらしい士道はマンションの入り口に向かって足を踏み出した。そしてエントランスにある機械に折紙の部屋番号を入力すると、すぐに彼女の声が聞こえてきた

 

『だれ』

『あ、あぁ……俺だ、五河士道だ』

『入って』

 

「士道の奴……本当に大丈夫なのか?」

「問題ないわ、私たちは私たちでパペット回収をしっかりサポートする手筈は整えてるから」

「そう言うもんか」

「そう言うもんよ」

 

『……じゃあ、手筈通りに』

「えぇ、任せてちょうだい」

 

 士道が覚悟を決めてインターホンを押した瞬間、玄関が開く

 

『お、おう鳶一。悪いな、今日は無理言っちゃっ──』

 

 挨拶の途中で士道は停止し、手土産として持ってきたお菓子の箱が落下する。それをモニタリングしていたフラクシナス艦橋も、彼女の装いを見て呆気にとられる

 

「なぁ……」

「なにかしら?」

「最近の女子学生ってのは、家だとコスプレが基本なのか?」

「そんな訳ないでしょ……」

 

 何故かメイド服を着ていた折紙に対して、士道は顔中に玉のような汗をびっしりと浮かべていた

 

『ア、アノ……トビイチサン?』

『なに』

 

 何故か片言になっていた士道だが、正直遊びに来た家の同級生がメイド服で出迎えてくるのに対していつも通り対応しろと言うほうが無理な話しである

 

『い、いや……なんて格好してんだ、おまえ……』

『きらい?』

『や……そ、そういうことではなく……』

 

 終始折紙のペースに呑まれっぱなしの士道

 

『入って』

『お、お邪魔します……』

 

 士道が折紙の部屋に足を踏み入れた瞬間、フラクシナス側の士道との通信にノイズが入る

 

「まさか──っ!」

「どうした?」

「ジャミングよ! 士道との通信ができない、なんとか復旧急いで!」

 

 魔物の巣窟らしい場所の妨害工作である。クルーたちもなんとか復旧させようとするがいつまで経っても士道との通信が再開する気配はない

 

「……頑張れ、士道」

 

 かなり人任せになってしまったが、トーマは魔窟の主(鳶一折紙)から士道単独での成功を祈る事しかできなかった

 

 

 

 復旧作業を行っている最中、フラクシナス内部に警報が鳴り響く

 

「このタイミングで空間震か」

「多分四糸乃ね……場所を割り出して!」

「……座標が分かったら教えてくれ、とりあえず士道がパペットを回収するまでこっちでどうにかする」

「えぇ、もとよりそのつもりよ」

 

「司令! 座標出ました!」

「士道にやったみたいに落っことして貰って構わない、頼む」

「わかったわ……時間稼ぎ頼んだわよ」

 

 空間震が起こった上空に投げ出されたトーマは落下しながら無銘剣を抜刀する

 

――抜刀』

 

 空間震が収まり、四糸乃の姿を確認してすぐにASTの姿も確認する事が出来た

 

「相変わらず、仕事の早いこって」

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 ファルシオンは一度戻した剣を引き抜き、四糸乃とASTの間に炎の斬撃をぽっぱなす

 

「……っ!?」

 

「またフェニックスっ!? ……仕方ない、二手にわかれて! 私たちはフェニックスの相手をするわよ!」

 

「正直二手に分かれられると困るんだが……っ!」

 

 ミサイルをぶった切って別方向に行ってしまった四糸乃の方に目を向けるが、中々にまずそうだ

 

「この際だ……新しい力を試してみるか」

 

【ワンダーワールド物語 土豪剣激土】

 

 土豪剣激土の名を冠する本を無銘剣にリードすると、無銘剣そのものが炎を纏い別の剣へと変化した。剣を握ったファルシオンは変化した剣に対応しているブックを認識し、取り出す

 

【玄武神話】

 

「はぁッ!」

 

『一刀両断!』

 

『激土重版! 絶対装甲の大剣が、北方より大いなる一撃を叩き込む!』

 

 六角形の結晶のようなものがファルシオンの周りに集まり、身体全体を覆うと、その姿はファルシオンとは異なる戦士──バスターへと変わっていた。そんな彼に向かってミサイルが放たれるが、先ほどまでとは違い強固な鎧に包まれているバスターには傷一つつかなかった

 

「悪いが……少し寝ててくれ」

 

『激土乱読撃!』

 

 辺りに散らばった瓦礫が一つに集まり、巨大化した刀身の側面をASTの隊員に思い切り叩きつける、テリトリーで守られているとは言え、強力な一撃を叩き込まれたらしばらくは動くことが出来ないだろう

 

「ふぅ……それより四糸乃は──ッ!?」

 

 少し離れた場所から、咆哮が聞こえてくる……そしてそれと同時にバスターを襲ったのは今までとは比較にならないほど強烈な冷気。土豪剣で体への直撃は防いだため上半身は問題ないが下半身は凍り始めていた

 

「流石にまずいな」

 

『虚無 漆黒の剣が、無に帰す』

 

 バスターからファルシオンへと戻ると、炎で凍結していた下半身を溶かし、そのまま上空へと非難する

 

「琴里、何があった!」

『四糸乃の天使の力よ……でも、あれじゃあ近づけないわね』

「それじゃあ、どうするんだ?」

『……大至急、士道の所に向かって』

「何か策があるんあろうな」

『えぇ』

「分かった、信じるぞ」

 

 ファルシオンは炎に包まれると、そのまま士道がいるマンションまで向かう

 

 

 

「な……っ、なんだよ、こりゃあ……っ」

 

 マンションの前まで行くと丁度辺りの光景に愕然としている士道が目に入った

 

「士道!」

「トーマ、なんなんだよこれ」

『──警報が聞こえなかった? 四糸乃よ』

 

 マンションからでた事でようやく士道のインカムとの通信状況が回復したらしい

 

『それより、精霊が出現するまで何をしていたの? 屋外に出るまで随分時間がかかったようだけれど』

「……玄関に仕掛けられてたトリモチに掴まってて」

「玄関にトリモチってどういう事だよ……」

 

「それより琴里、これが……四糸乃の仕業だってのか?」

『えぇ』

 

 士道は氷で覆われた街を見渡しながら言うと、琴里が言葉を返してきた

 

『あまり悠長に構えていられるような状況じゃないわね。本来なら排水されるべき雨水まで取り込んで凍結しているから、このままの状態が続けば、地盤や地下シェルターの方にも深刻な影響が出る可能性があるわ──四糸乃を止められるのは、あなたと、そのパペットだけよ。行ってくれるかしら?』

「当たり前だ。四糸乃も、街も、あのままにはしておけない」

『……シン、私のほうからも一つ、いいかな?』

 

 覚悟を決めた士道に対して、令音が言葉を発する

 

『……いろいろと調べてみたが──どうやら、君の疑問はあながち間違っていなかったようだ』

 

 どうやら士道は何かを話していたようだが、トーマは詳細については知らない

 

『……時間がないから手短に伝えよう。四糸乃は──』

 

 令音が説明してくれたことを把握した士道は、改めて決意を固める

 

「……琴里」

『──よろしい。それじゃあトーマ、士道のタクシーよろしくね』

「あぁ、任せろ」

 

 基本的にはいつもこの感じだからいい加減慣れたといった風にトーマは言葉を返すと、士道の事を担ぐ

 

「手荒になるが、文句は言うなよ」

「おう!」

 

 士道の事を抱えたトーマは四糸乃の進行方向に向けて、炎の翼をはためかせ、飛び上がった




着実に迫るタイムリミット
士道は四糸乃の力を封印出来るのか

追伸、一話完結にしようと思ったら
原作の残りページ的に2話構成になりました
ごめんなさい

次回、凍える大地《下》


【information】

土豪剣激土(本作ver.)
WW物語土豪剣激土を無銘剣虚無にリードする事で使用可能
性能的には原典と大差なし
使用者の意志で無銘剣へと戻す事が可能


無銘剣虚無(本作ver.)
剣の在り方から原典と異なる聖剣
元々はとある聖剣であったが、現在はその力の大半を失い
名前を失った抜け殻(無銘の剣)になっている
剣の名を冠したWRBをリードする事で、見た目と能力が変化する


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第2‐6話, 凍てつく大地《下》

 四糸乃の進行方向に先回りしたファルシオンは、とりあえず士道の事を置いて一度離れる

 

『──来るわよ』

 

 琴里の言葉から程なく、遠くに、巨大なシルエットが見えてくる。無機質なフォルム、そして頭部にはウサギのような長い耳。間違いなく四糸乃の氷結傀儡だ。それを確認した士道は、喉を潰さんばかりに声を張り上げる

 

「──四糸乃ぉぉぉぉぉッ!」

「……!」

 

 士道の声を聞いた四糸乃が、ピクリと反応を示す。存在に気づいたらしい氷結傀儡は士道の前で停止する

 

「お、おう、四糸乃。久しぶりだな」

「……士道さ、ん……!」

 

 氷結傀儡に張り付いていた四糸乃は身をおこし、うんうんと首を縦に振る

 

「四糸乃、おまえに渡したいものがあるんだ」

「……?」

 

 四糸乃の顔はぐしゃぐしゃになっていたが涙を袖で拭い、問うよう首を傾げる

 

「あぁ、これを──」

『士道!』

 

 パペットを取り出そうとした士道の耳に、琴里の声が聞こえてくる。

 その直後、士道の後方から四糸乃めがけて、光線のようなものが放たれる、それは四糸乃の肩口とほほのあたりをかすめ、後ろへ抜けていく

 

「な……っ」

 

 士道が振り向くと、そこには仰々しい装備に身を包み、巨大な砲門を掲げながら浮遊している折紙がいた

 

「お──折紙……ッ」

 

『──そこの少年。危険です。その少女から離れなさい』

 

「AST、余計な事をっ!」

 

 四糸乃の視界に入らないよう待機していたファルシオンは急いで士道の場所に向かおうとする

 

「ぅ──ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……ッ」

 

 しかし、士道の目の前にいる四糸乃の様子が可笑しいことにも気づいてすぐ、凄まじい冷気をまき散らしながら氷結傀儡は後方へと滑っていった。

 

「琴里! どうする!」

『トーマは四糸乃を追ってちょうだい!』

「わかっ──いま、待ってくれ」

 

 辺りの冷気を氷結傀儡が吸収しているのに気づいたファルシオンは、次に行われる攻撃が不味いものだと薄々察し、士道の元に行こうとした瞬間。氷結傀儡が凄まじい冷気の奔流を放ってきた

 

「な──」

 

 放たれた奔流は士道のに直撃する思ったが、奔流と士道の間に現れた巨大な玉座が、壁になっていた

 

「さ、鏖殺公(サンダルフォン)……?」

「な、なんでこれが──」

『──簡単よ』

「琴里……? どういうことだ? 十香の力は、封印されてるんじゃなかったのか?」

『言ったでしょ。十香の精神状態が不安定になれば、士道から十香に、封印されているはずの力が逆流する可能性があるって。──フルパワーには程遠いけれど、まさか天使まで顕現させちゃうなんてね。……愛されてるじゃない、士道』

「そうみたいだな、十香から回収した本が一冊真っ黒になっちまってるから。こっちの力まで持っていったみたいだ」

 

 氷結傀儡を追っていったASTの事を確認したファルシオンは、士道の近くに降りると表紙が真っ黒になった本を士道に見せた

 

「だ、だからなんで十香の……って、そうだ。俺達も四糸乃を追わねぇと──」

「シドー!」

 

 そこまで言ったところで上空から十香が下りてきたのだが……彼女の服は制服と霊装が合体したような奇妙なものに変化していた

 

「十香、それは……?」

「ぬ?」

 

 士道に言われて十香も初めて自分の変化に気づいたらしく、驚きの声を上げる

 

「おぉ!? なんだこれは! 霊装か!?」

「半分霊装だな」

 

 十香に気付かれていなかったらしいファルシオンが声をかけると、そちらに目を向け二度目の驚いたような声を上げる

 

「貴様はあの時の!?」

「久しぶりだな、夜刀神十香」

「何故私の名前を知っている──って、そんな事よりシドー、無事か? 怪我はないか?」

「あ……あぁ。おかげさまで」

 

 士道は目の前に聳える玉座をを見上げながら答えると、十香はバツが悪そうに目を泳がせ、少し震えた声で言葉を続けた

 

「その……なんだ、わ、悪かった……いろいろと」

「え……?」

「だから……! 私が、よくわからないことで苛ついてしまって……その、シドーに礼も言えず……迷惑をかけた、から──ずっと、謝りたかったのだ……」

「や……あれは、俺が悪いんだし」

 

 本当は丁寧に否定をしたかった士道だが、今は時間はない

 

「──十香、頼みがある」

「ぬ……? なんだ、改まって」

 不思議そうに首をひねっている十香に対して、士道はためらうことなく深々と頭を下げた

 

「し、シドー?」

「──頼む、俺に力を貸してくれ。こんなこと、おまえに頼むのは筋違いだってのはわかってる。でも、俺は──あいつを、四糸乃を救ってやらなきゃならないんだ……っ!」

 

 士道の言葉をきいた十香は、少しの沈黙の後、小さな声で言葉を紡ぐ

 

「四糸乃というのは──あの娘のことか?」

「あぁ」

「……っ」

 

 一瞬息を詰まらせてから、十香は少し悲しそうな顔で言葉を続ける

 

「……そうか。やはり、あの娘が大事なのだな。──私、より」

「……っ、誰がそんなこと言ったよ」

「え……?」

 

 士道は顔を上げて十香の事を真っすぐ見た

 

「違ぇよ、そういうことじゃ──ねぇんだ」

 

『士道。危険よ。十香に余計な──』

「いや、今はアイツのやりたいようにやらしてやった方が良い」

 

 ファルシオンは琴里の言葉を遮るのだが、士道は二人の言葉を無視して話しを続けた

 

「あいつは──十香、おまえと同じなんだ」

「同じ……?」

「あぁ、四糸乃は、お前と同じ──精霊なんだ」

「……っ!? あの娘が?」

 

 士道の言葉を聞いた十香は、怪訝そうな声を発した

 

「──それだけじゃない。あいつも、おまえと同じように、自分の意思じゃどうにもならねぇ力を持っちまってるばかりに、ずっと苦しい思いをしてきたんだ……!」

「…………」

「俺は──あいつと約束したんだ。俺がヒーローになるって。俺が、お前を救ってやるって。……でも、俺だけの力じゃ、あいつを追う事すらできない……ッ」

 

 そして士道は深々と頭を下げる

 

「頼む、十香。力を……貸してくれッ!」

 

 少しだけ沈黙が流れるが、すぐに深呼吸のような音が聞こえてきた

 

「……っ、はは……あぁ、そうか。そうだったな。なぜ忘れていたんだろう。──私を救ってくれたのは、こういう男だった」

「十香……?」

「──あの娘を、追えばいいのだな?」

 

 雨のせいで十香が何て言ったのか聞き取れなかった士道だが、十香は何も答えず。バッと身を翻した

 

「……ッ、十香!」

「それ以上は言うな。時間が惜しい」

 

 十香は数歩移動してから、鏖殺公をガンッ! と蹴った

 蹴られた玉座は前方に倒れながら、その形を微妙に変化させていった

 

「こ、これは──」

「乗れ。急ぐのだろう?」

「あ、あぁ……」

 

 戸惑いながらも倒れた鏖殺公に乗った士道を見ると、十香はファルシオンの方を見る

 

「貴様はどうする?」

「俺は自前で飛べるから問題ない」

「……それなら、貴様が士道を担いであの娘を追えば良かったのではないか?」

「それだとスピードでないから追いつけねぇんだよ」

「そうか。それとシド──―しっかり掴まっていろ」

 

 その言葉と同時に、鏖殺公はすさまじい加速で凍った地面を滑り始めた

 

「俺も行くか」

 

 炎の翼を出現させたファルシオンも、二人の後を追うように飛び立った

 

「……ッ!?」

 

 殺人的な加速によって生まれる風圧と重力を士道が感じている中、十香は何に掴まるでもなく、悠然と立っていた

 

「速度を抑えていては見失う! このまま行くぞ!」

「お──おう……っ」

 

 凄まじい風圧を感じている士道の耳に付いているインカムから、琴里の声が聞こえてきた

 

『まったく、十香が応じてくれたからいいようなものの──軽率よ、士道。トーマも、私たちを止めるとか何を考えてるの?』

「十香には下手に誤魔化すよりも真っ直ぐ伝えた方が良いと思ってな」

「すまん、説教は後で聞く……! 今は何も言わず力を貸してくれ、琴里……ッ!」

 

 士道の言葉を聞いた琴里は、インカム越しにため息を吐いたあと、言葉を続けた

 

『──もちろんよ。精霊を助けるのが私たちの使命。協力は惜しまないわ』

「恩に着る……!」

 

 それから四糸乃の事を追っていると、三人の目の前に奇妙な光景が広がり始めた

 

「おい! 様子がおかしいぞ!」

「──あれはなんだ!? シドー!」

 

 二人の言葉に顔を上げた士道が顔を上げる

 

「……な……なんだ──ありゃあ……っ!」

 

 吹雪が綺麗な半球の結界のようなものが形成されており、その周囲には仰々しい武装を構えているASTの隊員たちがいた

 

『……四糸乃が構築した結界だね。ふむ、よくできている』

 

 令音は士道に吹雪のドームの解析結果を説明してきた。それによると魔力……つまりASTに付いているCR-ユニットで出力した武器の攻撃に反応して自動迎撃するシステムらしい

 

「つまり殴ったら殴り返してくるタイプの家か、厄介だな」

「むぅ……」

『困ったことになったわね。あれじゃあ誰も四糸乃に近づけないわ』

「……近づくにしても、士道じゃないと意味ないし、どうするか」

 

 打つ手なしかと思っていたが、士道は小さく言葉を発する

 

「試してみないとわからないけど……そうとも限らないかもしれない」

『なんですって?』

「何か思いついたのか?」

 

 士道の考えた方法を訊こうとした矢先、目の前の光景が変化する。手をこまねいていたAST隊員の中にいた折紙が空に浮遊したかと思うと、近くのビルの先端部をむしり取り、四糸乃の結界の上空に運んで行った

 

「な……っ」

『──ち、あれで結界を四散させようって腹? 随分と思い切った真似をしてくれるわね』

「だが、失敗したら反射でバカでかい一撃を貰うことになるぞ」

「ど、どうすれば──」

 

 そう士道が言った瞬間、傍らに立っていた十香が、言葉を発する

 

「シドーは、四糸乃とやらをなんとかする方法に心辺りがあるのだな?」

「……っ、や、その……可能かどうかは──」

 

 そこまで言った士道だったが、一度言葉を止めて決意の表情を浮かべて言葉を紡ぐ

 

「いや、ある。絶対に……なんとかしてみせる」

「そうか」

 

 そう言った十香はにっと唇の端を上げる

 

「十香……?」

「なら、そちらはシドーに任せる。ASTとやらの方は私に任せろ。絶対に、シドーの邪魔はさせん……それと、そこの貴様、シドーの事任せたぞ」

「……わかった、それと貴様じゃない。俺の名前はトーマだ」

「そうか、ではトーマ……改めて、シドーの事を頼む」

 

 十香の言葉にファルシオンが頷くと、走行を続ける鏖殺公の先端から一振りの剣を取り出し、背もたれを蹴って折紙の方まで飛翔していった

 

「な──あいつ……ッ!」

「士道、今は四糸乃の事に集中しろ」

「……あぁ、わかってる」

 

 覚悟を決めた士道は、琴里への問いかけを発する

 

「──琴里。確かめておきたいことがある」

『なに?』

「あまりにも気になることが多すぎるもんだから、一つ……訊き忘れてたんだ。俺、十香の力を封印した日──折紙に撃たれたよな」

 

 確かに士道はあの日、折紙によって脇腹を撃ち抜かれた。けれど今は生きている……それがずっと士道の中で引っかかっていたのだ

 

『えぇ──事実よ』

「あれは……一体何なんだ? あれも、原因不明で備わっている俺の能力ってやつなのか?」

『……半分正解、半分ハズレ、かしら』

「って言うと?」

 

 士道の問いに対して、琴里は悩むようにうなってから言葉を続けた

 

『士道に備わっている能力って言うのはその通りよ。体に致命的なダメージを受けた際に、焔が体を焼き、再生させる。アンデッドモンスター顔負けのチート能力よ。──ただ、こっちは、原因不明ってわけじゃないわ』

「今は、その原因は効かないでおく。ただ一つ答えてくれ。俺は、致命的な怪我を負っても、回復することができる。それに間違いはないか?」

『──えぇ。肯定するわ』

 

 琴里のその言葉を聞いた士道は、ふぅっと息を吐く

 

「……よかった。あれが俺の幻覚なら、今から死ににいかなきゃならないところだった」

『……っ、士道、あなたまさか』

 

 琴里がそう言いかけた所で、上空に浮かんでいたビルを十香が切り裂いたことでコンクリートの欠片が降り注いだ。その一方で士道の乗った鏖殺公の玉座は結界に突っ込みそうになったが寸前でファルシオンが士道の首根っこを掴んだことで何とか難を逃れた

 

「大丈夫か、士道」

「あぁ……大丈夫だ」

 

 結界の前にやってきた士道たちは、改めてそれを見上げる

 

「この中に──四糸乃が」

「みたいだな」

 

『士道、待ちなさい。何をするつもり?』

 

 琴里が静止の言葉を放つが、それでも士道は足を止めようとしない

 

『──っ、生身で結界に入るつもり? 回復力頼りで? 無謀すぎるわ、止めなさい』

「おいおい……俺が撃たれたときは、おまえ全然動揺しなかったって聞いたぞ?」

『あの時とは状況が違うわ。吹雪が吹き荒れる領域は、結界内の外周およそ五メートル地点まで。五メートルよ? その距離を、散弾銃撃たれながら進むようなものよ? しかも、その範囲内で霊力を感知されたら、十香の鏖殺公みたいに凍りつかされるわ』

 

 まくしたてるように、琴里は続ける

 

『言ってる意味わかる? 結界外縁部にいる間は、傷が治らないって言ってるのよ。一発きりの銃弾とは違うわ。途中で力尽きたら、間違いなく死ぬわよ!?』

「……霊力──か。俺の回復能力ってのは、精霊の力なのか」

『……ッ』

 

 足を止めない士道に、ファルシオンは声をかける

 

「少し待て、士道……少しだけ、道を作ってやる」

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 士道の前に立ったファルシオンは、目の前の結界に斬撃を放つと、その部分の吹雪が少しだけ弱くなった

 

「……サンキュー」

「気にすんな」

 

 士道は深呼吸してから、結界内部に足を踏み入れる

 

『士道──! 士道! 止まりなさい!』

 

 琴里が必死に呼びかけるが、士道は足を止めない

 

『──止まって……ッ、おにーちゃんッ!』

 

 その言葉を最後に、士道は結界の中に消えていった

 

「……」

『トーマ』

「なんだ?」

『どうして……士道を行かせたの? あなたなら士道を止められたでしょ!?』

「やめろって言って止まる程、アイツは簡単な奴じゃねぇよ……短い付き合いでもそれは分かる」

『それは……』

 

 ファルシオンはそう言うと結界の直前まで近づいた

 

「それに、こっから俺に出来ることをして……士道のサポートをする」

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 エネルギーが集中した刀身を、ファルシオンは結界に思いきり突き立てる

 

「ぐぅ……ッ!」

『ちょっと……っ! あなたまで何をやってるの!?』

「……ッ! 俺のこの剣な……精霊の力を無効化できるんだよッ……だから、剣の力で……結界を弱めるッ!!」

 

 ファルシオン──トーマの使っている無銘剣は精霊の力を無効化できる。鏖殺公の最後の剣は強大な力の塊であったため無効化できなかったが……この結界ならばある程度の無効化が出来るとトーマは考えた

 

「──ッ!」

 

 しかし、そんなファルシオンの持つ無銘剣の刀身から徐々に凍りついていく

 

「士道が体張ってんだ……俺も、頑張らないとなぁ!!」

 

 凍りつくスピードは徐々にはやくなっていき、ついに胴体まで到達する。自分の身体から暖かさが奪われていく感覚に襲われながら、先刻の事を思い出す

 

 

 

『……調査の結果、こちらがモニタリングしていた精神グラフの後ろに、もう一つ非常に小さな反応が隠れている事がわかった』

「えぇと……つまりそれって──」

『……要するに、パペットを着けているときにだけ、四糸乃の中に人格がもう一つ、並列して存在しているということさ』

「そ、それって……四糸乃自身は知ってるんですか?」

『……どうだろうね。ただ一つ確かなのは、デパートで君が会話していたのは、四糸乃ではなくパペットを介して発現していた別人格だったということさ。四糸乃自身はそのとき、全ての対応をよしのんに任せ、意図的に心を閉じていた状態に近い。道理でキスをしても力が封印できないわけだ』

「……っ」

「成る程、霊力を持ってる本人の心が閉じちまってるなら、いくら好感度を上げても意味ないか」

 

 士道とファルシオンは、それを聞いてようやく霊力が封印できなかったことに納得できた

 

『……それともう一つ。よしのんの発生原因について、興味深いことがある』

「興味深いこと?」

『……あぁ、己以外の人格を自分の中に生み出してしまう理由はいくつかあるが──ポピュラーなのは虐待などの強い苦痛やストレスから逃れるため、といったとことだろう。要は、辛い思いをしているのは自分ではなく別の誰か、と思い込むために、もう一つの人格を作り出してしまうのさ』

「確かに、精霊ならよくありそうな理由だな……あの四糸乃って子は見るからに気弱そうだったし」

「……やっぱり、ASTに命を狙われるのが辛くて──?」

 

 そう聞いた士道の言葉を、令音は否定する

 

『……いいや。──なんとも信じがたいことに、この少女は、自分ではなく他者を傷つけないために、自分の力を抑えてくれる人格を生み出した可能性がある』

「────っ」

「…………マジか」

 

 令音は最後に、この場で唯一四糸乃を救える存在に声をかける

 

『……シン。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは……嘘だろう』

 

 

 

 そんなやり取りを思い出したトーマも、彼女を救えなく手も、少しでもその手助けをするためにひたすら耐え続けると、ゆっくりと雨は上がり、太陽が見えてきた

 

「……やったんだな、士道」

 

 雨は上がり、太陽が顔を出した。そして……空にかかる虹を見ながら体の半分以上が凍結しているトーマは、凍り付いた手に現れた三冊の本を見ながら仮面の越しに笑顔を作った




無事、四糸乃の霊力を封印した士道
そして始まる新たな日常

そんな彼の次のミッションは
……鳶一折紙とのデート!?

次回, 折紙インポッシブル



【get the NEW Wonder Ride Book】
・オーシャンヒストリー
・天空のペガサス

【count the Wonder World Story】
・WW物語 水勢剣流水


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閑話Ⅱ, 折紙インポッシブル

「俺、実はロリコンなんだ」

 

 五河士道は口にする、白昼堂々街のど真ん中で

 

「近所の小学校に出向いて、女子小学生の体育風景を観察するのが日課でな。穢れを知らないつるぺたボディに俺の鏖殺公(サンダルフォン)は暴走寸前さ。全く小学生は最高だぜ」

「そう」

 

 おおよそ一般人が言ったら友人どころか社会的な信用も失ってしまうであろう台詞を、この男は同級生の女子に対して言っている

 

「いける」

「何が!?」

 

 士道(変態)の言葉に対して、目の前に座る少女― 鳶一折紙は自分の慎ましやかな胸元を触ってそう告げた。流石の士道もこれにはビックリである……のだがコホンと咳払いをして言葉を続ける

 

「実はそれだけじゃない。俺は重度のマザコンでもあるんだ。毎朝ママの写真にキスしてから登校してるんだぞ」

「そう」

「……‥‥じ、実はシスコンでもあってだな。いつも妹の琴里と一緒に寝てるんだ」

「そう」

「ぐ……! く、加えて凄い浮気性でな! 今だって十股くらいかけてるんだぜ!?」

「……」

 

 やけくそで叫ぶ士道(変態)の言葉に対して、常時鉄仮面だった折紙が初めてぴくりと眉を動かした

 

「全員根絶やしにすれば問題ない」

「何するの!? ねぇ何するの!?」

 

 鳶一折紙、びっくりするぐらいやべー奴である

 

『……うわぁ、何この寛容さ。世紀末覇者?』

「ど、どうしろってんだよ、こんなの……」

『泣き言言うんじゃないの、次よ、次』

 

 どうして士道はこんなことになっているのか、何故鳶一折紙とデートをすることになったのか。その発端は昨日のことだった

 

 

 

「ふふ、どうだシドー。琴里にもらったのだ! 離れていても会話が出来るシロモノらしいぞ!」

「お、おう、そうか。よかったな」

 

 絶世の美女と言っても差し支えない少女はめいっぱいの笑みを浮かべながら士道にビシッと携帯電話を掲げている。士道はあの携帯電話、どっからどう見てもお年寄りターゲットの簡易機種だよな……と思っていたが、水を差す必要もないと言う事で黙っておく

 と言うのも見た目はお年寄り向け簡易モデルであるあの携帯電話ダガ、一トンの負荷にも耐える強度を誇っているらしい。それ以外にも災害時に基地局が壊れてしまった際も衛生を介して通信を行えるようにもなっている超高性能携帯電話である

 

 ただの女子高生が持つには物々しすぎる装備であるが、彼女―夜刀神十香はただの人間ではなく精霊である以上仕方ないだろう。精神が不安定になり士道の中に封印されている霊力が逆流する可能性もある以上、万が一の時の為の通信手段は必要だからだ

 

「よし、シドー! 試してみるぞ!」

 

 そう言うと十香はくるりと体の向きを変える

 

「今から私が遠くに離れて電話をかけるから、シドーはそれに出てくれ!」

「あぁ……なるほど。わかったよ」

「よし、では行ってくる!」

 

 そう言い残した十香は教室の扉を開けて廊下に駆け出していった

 

「昼休み終わる前には帰ってこいよー」

「────わかったー! ────」

 

 廊下の向こう側から、十香の小さな声が響いてくる……そして、そんな彼女の事を見送ってすぐ

 

「──士道」

「うぉっ!?」

 

 十香がいなくなるのを見計らったかのようなタイミングで、折紙が現れた

 

「な、何か用か、折紙……」

「明日、何か予定はある?」

「え?」

 

 唐突に言われた言葉に対して士道は素っ頓狂な声を出すと同時にいやーな予感が全身を駆け抜けていった

 

「な、何でまた……」

「一緒に街を歩きたい」

「そ、それってつまり……」

「デート」

 

 予想通りの単語に、士道の顔を汗が伝う

 

「……折紙。確認するんだが俺達って──」

「恋人」

「……ですよねー」

 

 誤解、今だ解けず現在を迎える

 

「どう?」

「わ、悪いんだが明日は──」

 

 言葉の途中で士道は息を詰まらせる。その原因は折紙から発せられる凄まじいプレッシャー

 

「や、その……だな。よ、予定を確認してみるから少し待ってくれるか……?」

 

 士道の言葉に折紙が頷く。小走りで廊下に出た士道が電話を掛けた先は琴里、彼女に知恵を借りようと言った算段である

 

『もしもーし、おにーちゃん?』

「……琴里。頼む、知恵を貸してくれ」

『え? どしたの?』

「……折紙にデートに誘われた」

 

 無言、それから少しして電話の向こうからリボンを付け替えているであろう布擦れの音が聞こえてきた

 

『──まったく、まだうだうだやってるの?』

 

 五河琴里、司令官モードに突入

 

「……っ、も、もとはといえばおまえらの訓練が原因じゃねぇか……っ!」

『面倒ねぇ。無視しておけばいいじゃない』

「っ、そんなことできるかよ……。もともと悪いのはこっちなんだぞ。このままあいつの気持ちを弄んだままでいいわけがねぇだろ」

『律儀なんだから。──なら、ちゃんとあの告白は間違いだったって伝えれば?』

「……どうやって」

『んー? 唾吐き捨てて、「俺はおまえなんかと付き合ってねーよ勘違いしてんなメンヘラ」って言えばいいんじゃない?』

「今度は意図的に風穴あけられるわ!」

 

 そのセリフを吐くのは最悪のクズ野郎だけである

 

『まったく、贅沢ねぇ。──じゃあ、そうね、向こうに士道の事を嫌ってもらえば?』

「え?」

『だから、敢えてそのデートを受けるのよ。―フラクシナスのAIの設定をいじって、最低最悪のデートになるような選択肢を用意してあげる。彼女が起こってかえっちゃうような、ね。向こうから嫌ってくれるなら何も問題ないでしょ?』

 

 フラクシナスは精霊の好感度を上げることに特化している、それを少しいじって相手の好感度を下げることに特化させるのは理にかなっている

 

「な、なるほど」

 

 まぁ、その結果どうなるかは考えなければいけないが……士道にとってはやらないよりマシだろう

 

「……わかった、サポート頼めるか?」

『えぇ。今後の事を考えたら、鳶一折紙に付きまとわれたままってのも問題だしね。──ただ、そうなると一つ懸念事項があるわ』

「懸念事項?」

『十香よ。明日は土曜で休みでしょう? 放っておいたら十香はまず間違いなく遊びに来るわ。そのとき士道がいなかったら起源メーターが下がっちゃうでしょ』

「別に俺なんていなくても……」

 

 士道の言葉を聞いた琴里は息を吐いた

 

「な、なんだよ」

『別に。──とにかく、作戦を決行するためには、十香に別の用事を与える必要があるわ』

「別の用事……か」

『えぇ、それこそ、買い物でもなんでも構わないわ。……一つか二つ、わかりづらいものを頼んで時間をかけさせたりしてね。とにかく、日中士道と一緒にいない状況に違和感を覚えさせなければいいわ』

「む……」

『──ま、とにかく、まずは鳶一折紙の方に了承を示しなさい』

「ん……わかった」

 

 そんなこんなで士道と折紙のデートの約束が取り付けられるのだった

 

「あっ、そういえば琴里。四糸乃は大丈夫なのか?」

『四糸乃なら大丈夫よ、明日はトーマと一緒にいることになってるから』

「そうなのか?」

『えぇ、一緒に料理の練習をするんですって』

 

 

 

 

 翌日―四糸乃の部屋

 

「よし、それじゃあまずは安全な包丁の切り方から教えていくぞ」

「……よろしく、おねがい……します」

「あぁ、最初は──」

 

 トーマと四糸乃の料理教室、開幕

 

 

 

 同時刻―折紙との待ち合わせ場所

 

『士道、もう少しゆっくり歩いていいわよ』

 

 インカム越しに琴里の声が聞こえてくる。因みに今の士道の服装はよれたTシャツにすりきれたジーンズ、そして便所サンダル。何ともやる気のない恰好である

『最低一時間は遅れていきなさい。あと、何を言われても絶対に謝らないこと』

「はぁ……」

 

 中々に徹底したクズムーブに士道は思わず息が漏れる、ゆっくりと歩き続けてから折紙との待ち合わせ場所に着いたのは規定時間から一時間後。いよいよ折紙の好感度を下げるためのデートが始まった

 

「──よかった」

 

 士道が折紙の元にやってくると、士道に向かってそう言った

 

「へ……?」

「何かあったのかと思った」

「…………ぅ」

 

 基本的に根っこが善人である士道は、折紙の態度を見て心を痛めていた

 

『何やってるのよ士道。そんなので心を痛めてちゃ話にならないわよ』

 

 前途多難な好感度下方デート、開幕

 

 

 

 

「いいか、包丁を使うときは猫の……って、よしのんに押さえててもらえばいいか」

『よしのんも頑張っちゃうよぉー』

「……がんばり、ます」

 

 お料理教室、何事もなく進行中

 

 

 

 

 一方、士道は折紙の服を褒める流れに突入した

 

「どう思う?」

「え?」

「今日の服」

 

 そう言われた士道は改めて折紙の服を見直す

 

「あ、あぁ、良く似合って──」

『ちょっと、何普通に褒めようとしてるのよ』

「……っ」

 

 琴里に言われた士道は、寸前で言葉を止めて首を横に振る

 

「いや……ぜ、全然似合ってないな……!」

「……」

 

 無言で自分の装いを見下ろした。表情は変わっていないのにその様子はどこか寂しげに見えた。

 

「どんな服装ならいいと思う?」

「え……? そ、そうだな……」

『待ちなさい。早速チャンス到来よ。一発キツいのをお見舞いしましょうか』

 

➀「マイクロビキニにメイドエプロン」

②「上セーラー服下ブルマ」

③「スクール水着に犬耳&尻尾」

 

 選ばれたのは、③でした。その結果を聞いた士道は小さく肩を揺らす。確実に社会的に殺されるであろう言葉を、士道は口にする

 

「……す、スクール水着に犬耳と尻尾かな」

 

 てっきり士道はビンタか鉄拳の一発を受けるかと思って目をつむり全身に力を入れるが、いつまで経っても痛みが響いてこない。恐る恐る士道が目を開けると、そこには折紙の姿はなかった

 

『──あら、意外と簡単だったわね。おめでとう士道。ミッションクリアよ』

「あ……あぁ、ありがとう」

 

 ビックリするほどあっさりとした結末に、士道はなんとも複雑な気分になったが……その途中で思考が停止する。どこかに言ったはずの折紙が走ってきたのである.──どこで調達したかもわからないスクール水着を着て犬耳と尻尾を装備した状態で

 

『「な……っ!?」』

 

 流石の行動力に士道も琴里も愕然とする

 

「どう?」

 

 背徳的な愛らしさのある折紙だが、士道は別に気になる部分があった

 

「一体どこでそんな服……」

「近くにこの手のお店がある」

 

 知りたくなかった街の裏事情を知ってしまった士道のデートは、まだ始まったばかり

 

 

 

 一方、料理教室を開催してたトーマは、包丁の使い方や本日のメニューの選定を終えいよいよ調理開始──にしたかったのだがそこで調味料が少し足りない事に気づいた

 

「悪い四糸乃、調味料が少し足りないから少し買い足してくる」

「……わかり、ました」

 

 四糸乃にそう言ったトーマは財布とエコバックだけ持ってマンションを出ると、商店街に向かう

 

 

 

 

 士道と折紙のデートが始まってからおよそ三時間。冒頭の性癖カミングアウト作戦も失敗に終わった

 

「……これは、難物ね」

 

 ひたすら折紙の好感度を下げるための作戦はすべて無駄に終わった(服装は元に戻っている)

 フラクシナスでモニタリングしているデートの様子だが、折紙の表情もかなり高い場所にある好感度も微塵も変化していない

 

「く……少し方向性を変えてみましょうか」

 

➀「いきなり胸を揉む」

②「顔に唾に吐きかける」

③「スカートを捲り上げる」

 

 そして、選ばれたのは──③でした

 

 

「……ま、マジかよ」

 

 スカートを捲り上げる、人目があってもなくても意図的にやるのは正気の沙汰とは思えない行為、それをやるよう言われた士道はごくりと唾液を飲んだ

 

『いいから、やりなさい。これくらいしないと彼女の好感度は揺るぎもしないわ』

「い、いや……さすがにそれは……」

 

 躊躇っている士道は後方を歩く客にぶつかられ、バランスを崩して前に倒れこんだ。咄嗟に体勢を保とうとするが、結局顔を地面にぶつけてしまい鼻をさする

 

「っててて……」

『よっし! やるじゃない、士道』

「あ、何が……」

 

 どういう意味か分からなかった士道ダガ、片手に見覚えのある布を掴んでいることに気づく

 

「……」

 

 油の切れたおもちゃのようにギギギ……と顔を上に向けると。スカートをずり下ろされた折紙の姿があった

 

「あ、あのだな折紙、これは……」

 

 脂汗をだらだらと流しながら、弁明をしようとした士道に対して。折紙は落ち着いた様子で、一言だけ発する

 

「ここで、するの?」

「……ッ!? な、何を……ッ!?」

 

 士道が慌ててスカートを元の位置まで戻すと、折紙は少しだけ残念そうな様子だったが、再びカウンターに視線を戻した

 

『……こ、これでも動じないの?』

「ど、どうすりゃいいんだこれ……」

 

 あまりの難攻不落ぶりに士道が諦めかけていると、インカム越しにアラーム音が聞こえてくる

 

『──っ、ち、面倒な……』

「な、何だ? 何かあったのか?」

『そっちじゃないわ。……十香の方よ。一応買い物に出かけた十香の方もモニタリングしてるんだけど……どうやら、変な男に話しかけられてるみたい。ナンパか客引きかしらないけど、面倒なことをしてくれるわね』

 

 その言葉を聞いた士道は眉をひそめる。世間知らずな十香のことだから、言葉巧みに騙されて。何か危ないことに巻き込まれてしまう可能性がないのではと考えたからだ……そして霊力が逆流した場合、男は消し炭だがそれはそれでマズい

 

「ど、どうにかしないと……!」

『わかってるわ。機関員を派遣してもいいけれど……できるだけラタトスクが関わってることを勘付かせたくないのよね』

 

 

 

 

 

 それと同時刻、今日に限って行きつけの商店街に必要な調味料が品切れだったせいで少し遠くまで足をのばしていたトーマは必要な調味料と、料理の勉強を頑張っている四糸乃へのご褒美として作るお菓子の材料を買い終え、マンションまでの帰り道を歩いていると、公園のベンチに座っている十香の姿が目に入った

 

「あれ、十香?」

「ん? おぉ! トーマではないか!」

「おう、それよりその荷物……買い物か」

「うむ、シドーからお使いを頼まれたのだ」

「そうか」

 

 屈託のない笑顔でそう言ってくる十香に微笑ましいものを覚えていると、何かを思い出したように紙を取り出した

 

「そうだ、トーマはこれが何処に売っているか知らないか?」

「どれどれ……サーターアンダーギー?」

「トーマにもわからないか?」

「そうだな……流石にわからん」

「そうか……ううむ……」

 

 とりあえず心配なので様子を見ていたトーマは、十香の頭上に電球を幻視する

 

「そうだ! こういうときこそ……これだ!」

「携帯か、買ってもらったんだな」

「うむ! ……確かさっきシドーから電話があったから、チャクシンリレキ……だったか?」

 

 ぎこちない手つきで電話を操作している十香が心配だが、四糸乃を待たせているため一応十香に確認をとる

 

「十香、一人で大丈夫か?」

「大丈夫だ! このさーたーあんだぎーとやらがどこに売ってるかはシドーに聞くからな!」

「そうか、それじゃあ俺はもういくからな?」

「うむ、また明日だ! トーマ!」

「おう」

 

 ちょっとした日常の会話、何故か娘を見守るお父さんの気持ちを少しだけ理解出来たトーマが公園から出てあと少しでマンションまで到着といったところで、後方から凄まじい爆発音が聞こえてきた

 

「ガス事故か? 最近物騒だな」

 

 のだが、トーマはマンションの四糸乃の部屋に帰還した

 

「ただいまー」

「あっ……おかえり、なさい」

『もー、おそいよートーマくーん』

「ホントに悪かった、少し遠くまで行かなきゃなくなってな」

 

 お料理教室、再開

 

 

 

 時間は少し戻り、丁度十香とトーマが別れてからすぐ。既に満身創痍といった風の五河士道はいよいよ最終手段として恋人として付き合っているのを受け入れ、そこから別れ話をすると言う手段を取ることになっていた

 深呼吸をするが心臓バックバクで顔に汗をびっしりと浮かべている士道に、琴里が話しかける

 

『落ち着きなさい……って言っても無理か。せめて大事なところで噛まないようにね』

「あ……ッ、あぁ、そ、そうだにゃ」

『いきなり噛んでるじゃない』

「う……」

 

 それを指摘された士道はわざとらしく咳払いをした

 

『まったく……距離を取らせて正解だったわね。ちゃんと口が回る様に、練習してから席に戻りなさいよ』

 

 その言葉を聞いた士道は、壁の方に向かって練習を始めた

 

「──別れよう。俺……お前のことがもう好きじゃなくなっちまったんだ。別れよう。俺……お前の事がもう好きじゃなくなっちまったんだ」

『な──、ほ……本当か……?』

 

 練習に混じる微かな違和感、だが士道は気付かずに続ける

 

「──あぁ、もう終わりにしてほしい」

『そ、そんなのはいやだぞ!』

「わかってくれ。もう俺に……おまえに対する気持ちは残っていないんだ」

『わ、私の事が嫌いになったのか……?』

「あぁ、お前の事が嫌いになったんだ…………んん?」

 

 原作主人公、ここでようやく違和感に気づく

 

『シ……ドー……』

 

 右耳に響く声音が、琴里の者でなくなっていることに。そしてそれは……間違いなく十香の声であることに

 

『う……ぅ、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!』

「な──ななななな、なんで十香……ッ!」

 

 その疑問に答える前に、琴里の声が割り込んで聞こえてきた

 

『──馬鹿、何で回線切っておかないのよ!』

『す……すみません……ッ!』

 

 琴里の声にフラクシナスのクルーの声、その次に聞こえたのはすさまじい爆発音。それは士道たちのいる場所まで伝わってきていた

 

「な……っ、こ、これは──」

『十香よ! 精神状態が一気に下落! 精霊の力が恐ろしい勢いで逆流してるわ!』

「な──なんだって!?」

『く……こっちのミスだわ。十香との回線を切るのを忘れていたものだから、十香が士道に電話を掛けた瞬間、また通話状態になっちゃったのよ!』

 

 流石の琴里も、この事態にはかなり焦っている様子だった、そして聞こえる店の外での凄まじい音、あちこちから悲鳴が響き、逃げ惑う人々の地割れのような足音が聞こえてくる

 

「ど──どうすりゃいいんだよ。これ……ッ!」

『とにかく、十香の機嫌を直すしかないわ! 今のは冗談だって伝えて!』

「お、おう……!」

 

 士道はインカムに手を添えて、言葉を発する

 

「十香! 聞こえるか! 十香!」

『く──駄目か、仕方ないわね、士道。直接十香の元に向かってちょうだい!』

「でも、折紙が……」

『今はそれどころじゃないわ! 急いで! 商店街を抜けたところにある自然公園よ!』

「わ、わかった……ッ!」

 

 急いで向かった士道は人の波を避けるように路地裏に入り、十香の元に向かっていると、士道のポケットに入れていた携帯が震える

 

『──士道、どこにいるの』

「折紙、悪いんだが、少し待って──」

 

 走る速度を緩めないで、電話に出た士道は、折紙に対して待ってくれと言いかけた所でまた爆発音がする。瓦礫がバラバラと落ちてくるがそれを躱して走り続けると。ようやく公園が目に入った

 

「な……っ!」

 

 目に入った公園は、一角が隕石でも落ちたかのように削れていた。そしてその真ん中に、うずくまりながら時折肩を揺らす十香の姿があった

 

「十香……っ!」

「し、シドー……」

 

 士道が叫んだ事でようやくその存在に気づいた十香は肩をビクッと震わせた後、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、士道の名前を呼んだ

 

「……っ」

 

 それを見た士道は息を詰まらせそうになるが、なんとか言葉を紡いだ

 

「さ、さっきのは──冗談だ!」

「え……?」

 

 士道の言葉を聞いた十香はキョトンとした顔を作り、しばらく呆然としてから服の袖で涙をぬぐった

 

「ほ.……ほ、本当……か?」

 

 そして、士道の様子を窺うように、小さく細い声で発してくる

 

「あ、あぁ」

「私のことを……嫌いになっていないか?」

「と、当然だ! 嫌いなわけないだろ!」

「ほ、本当か!? で、では……離れ離れにならなくてもいいのか!?」

「お……おう、もちろんだ」

「ずっと一緒でもいいのか!?」

「あ……あぁ、ずっと一緒だ!!」

 

 士道は今まで一番大きな声でそう宣言すると、十香は鼻水を啜ってその場に立ち上がった

 

「そ……そうか。うん、そうだな!」

 

 ひとまず一件落着である

 

 

 

 とりあえず聞こえてきたサイレンの音によって、その場にいたら面倒なことになると察した士道と十香は路地裏に避難し、士道の方は数秒後に凍り付いた

 

「…………」

「お……折紙?」

「ぬ」

 

 理由はいたってシンプルで、いつの間にか現れた折紙の姿があったから。士道は全身をビクッと震わせ十香は不機嫌そうに腕組をしたのだが、とうの折紙は今まで以上に熱っぽい視線を士道に向けていた

 

「折紙……? どうした?」

 

 内心いやーな予感で一杯だった士道の予想は正しかったようで、折紙は無表情で士道に抱き着いた

 

「な……き、貴様、何のつもりだ!」

 

 折紙の事を引きはがしにかかる十香だが、士道の事をガッチリとホールドして離さない。そんな折紙が静かに口を開く

 

「──ずっと一緒」

「は……はぁっ!?」

 

 どっかで聞いたことのあるフレーズに、士道は驚く

 

「は、放さんか! その言葉は私のだぞっ! ずっと一緒にいるのは私なのだ!」

「──それはあり得ない。これは間違いなく士道が私に言った言葉」

 

 それを聞いた士道はハッとして自分のポケットに放り込んだ携帯電話の画面を見ると、バッチリ折紙と通話状態になっていた。これが意味するのは……十香に大声で言ったことはすべて折紙にも伝わっていると言う事である

 

『……おめでとう士道。ストップ高だと思われてた鳶一折紙の好感度が、さらに上昇したわ。……こんな数値を見るのは初めてよ』

 

 諦めに近い琴里の声を聞いた士道の口からは、乾いた笑いが漏れていた

 

 

 

 

 

「よし、後はしっかりと盛り付けて料理は完成だ、個人的には使った料理道具を洗うまでが料理だと思うが……とりあえずあったかいうちに食べよう」

「……はい!」

 

 十香と折紙がいつも通り修羅場を繰り広げ、士道が乾いた笑いを発していたのと同時刻。トーマと四糸乃のお料理教室は四糸乃が無事に料理を完成させた事で終わりを迎えたのだった




ノリと勢いで書いたこの話
次回からは本編に戻ります


やってくる謎の転校生
やってくる士道の実妹(仮)
それが意味する新たな事件とは

次章、狂三キラー


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第Ⅲ章, 狂三キラー
第3ー1話, 転校生・精霊


「わたくし、精霊ですのよ」

 

 六月五日、月曜日

 黒板の前に立っている少女の自己紹介は、突拍子もないものだった。最も多かった生徒か彼女の突拍子もない言葉に怪訝そうな顔を作り、その次に多かった生徒か彼女の美しい美貌に目を奪われて自己紹介を聞き逃したもの達

 ──だが、士道はどちらにも属していない、彼女の発した言葉は士道たちにとって因縁深いものだったから

 

「時崎……狂三」

 

 白いチョークで黒板に記されたその名前を、士道は誰にも聞こえないくらいの音量で呟いた

 

 

 

 

 時刻は午前九時を少し過ぎたあたり、美九は学校に行っている為トーマは一人、ダイニングテーブルに最近手に入れた本を並べていた

 

「十香と四糸乃から合計で七冊、それにラタトスクで保管していた三冊の合計十冊」

 

 並べた十冊の中からトーマは剣の名前を冠する三冊の本を手に取ると、空いたもう片方の手に無銘剣を出現させる

 

「とりあえず、新しい剣の確認だけしておくか」

 

 いつもの手順通り無銘剣に本をリードしていくと、十香から入手した土豪剣、四糸乃から入手した水勢剣は普通に変化して、次はラタトスクの保管していた火炎剣の本を無銘剣にリードするのだが、剣の形は変わらない

 

「あれ……?」

 

 二度三度とリードしてみるが、剣が切り替わる気配は一切なかった

 

「偽物を掴まされた……でも、本から感じる力は本物っぽいんだよな」

 

 そう言うと火炎剣の本以外にラタトスクから回収した残りの二冊を手に取るが、感じる力は確かに本物だった

 

「確かに本物なんだよな……ブレイブドラゴンもニードルヘッジホッグも」

 

 何か重要なピースが欠けている気がしていると、着信が入った

 

「もしもし?」

『もしもし、トーマ』

「琴里か、どうした?」

『実は、士道の高校に精霊を名乗る人物が転校してきたらしいわ』

「精霊を、ねぇ……厨二患者とかじゃないのか?」

『わからないわ、でも……こっちでも調べてみるつもりよ』

「……それは良いんだが、どうして俺に電話をかけてきたんだ?」

『一応、忠告よ』

「そう言う事か、一応気をつけとくよ」

 

 そう言ってトーマは琴里からの電話を切った

 

「一応、士道たちの様子も見に行ってみるか」

 

 トーマはベランダに出ると、無銘剣を使いファルシオンの姿に変化して飛び立った

 

 

 

 そして時は流れ午後三時、来禅高校では帰りのホームルームが始まっていた。なんの変哲もないホームルームのはずだが、士道は今までにない程の緊張感に襲われていた

 

「……!」

 

 時崎狂三は教師の隙をついて士道たちの方を向くと、ひらひらと手を振ってきた

 

「え、と……」

 

 流石に何もアクションを返さないのは失礼かと思った士道は、苦笑いしながら手を振り返す

 

『…………』

 

 すると両サイドに座っていた十香と折紙が、何の冗談もなく、長時間見つめられていたら皮膚炎になりそうな視線を向けられていた

 

「……ど、どうしろってんだよ」

 

 孤立無援となっていた士道が息を吐くと同時に、岡峰教諭がパタンと出席簿を閉じた

 

「連絡事項はこんなところですかね。──あ、それと、最近この近辺で、失踪事件が頻発しているそうです。皆さん、できるだけ複数人で、暗くなる前におうちに帰るようにしてくださいね」

「……ん?」

 

 岡峰教諭の言葉に、士道は小さく眉を上げる。朝に似たようなニュースを聞いたような気がしたから、意識の端に引っかかっていたのだろう。それから士道が少し考え事していると起立の号令が響き、それに従って椅子から立ち上がり礼をすると、岡峰教諭は教室から出て行った

 それからすぐ、右耳に装着したインカムから声が聞こえてきた

 

『──時間ね。準備はいい? 士道』

 

 その声は司令官モードの琴里のものだ。今の士道からは確認できないが、フラクシナスではラタトスクの精鋭が、精霊攻略の準備を万全に整えているのだろう

 

『まさか、本当に精霊だなんてね。──正直、士道の妄言かと思っていたわ』

「……おい」

 

 鼻で笑うかのような琴里の言葉に、士道は半眼を作るがそれも無理のない話なのかも知れない。実際、士道も半信半疑だったのだ、精霊が高校生として現れるのは

 彼女の発言からすぐ、琴里に依頼した狂三の観測結果、彼女は精霊であるという事が証明された

 

『──まぁ、でも好都合よ。向こうからお誘いかけてくれるなんてね。警報が鳴ってない以上、ASTもちょっかい出せないでしょうし、願ったりかなったりじゃない。今のうちに好感度上げて、デレさせちゃいなさい』

「……ん、そう……だよな」

『何よ、その腑抜けた返事は。まだ精霊とキスするのはイヤだっていうの?』

「……っ、べ、別にそういう……って、や、全く抵抗がないわけでもないんだが……」

『なんでもいいけど、あんまり雑談している暇もなさそうよ』

「へ?」

 

 士道が間の抜けた声を発すると同時に、士道の肩がちょんちょんとつつかれた

 

「士道さん、士道さん」

「うぉ……ッ!?」

「ごめんなさい、驚かせてしまいました?」

 

 いつの間にか士道の後ろに立っていた少女、時崎狂三は申し訳なさそうに言ってきた

 

「と、時崎……」

「うふふ、狂三で構いませんわ」

「あ、あぁ……じゃあ、狂三」

 

 士道がそう言うと、狂三は微笑んでから言葉を続けた

 

「学校を案内してくださるのでしょう? よろしくお願いいたしますわ」

「お、おう」

 

「うぉっほん!」

 

 今まで接してきた女子とのあまりの違いにドギマギしていると、わざとらしい咳払いが聞こえた事で士道は我に返る。咳払いの聞こえた方を見ると十香が腕組しながら睨んできていた

 

「あ、あのだな……」

「さ! 早く参りましょう。ふふ、楽しみですわ」

 

 士道が弁明するよりも先に、狂三が軽やかな足取りで廊下に歩いていってしまった

 

「あ……お、おいっ!」

「うふふ、士道さんも早くいらしてくださいまし」

『──士道、今は狂三よ。あとを追いなさい。十香の精神状態は、まだ危険域に達するほどじゃないわ。帰りがけにきなこパンでも買ってってあげれば収まるレベルよ』

 

 琴里の言葉を聞いてから、右側を一瞥すると未だ憮然とした表情の十香が目に入ったが、今は仕方がないと思った士道は「すまん!」と一言だけ残して狂三の後を追う

 

「それで、どこから案内してくださいますの?」

「あ、あぁ……そうだな」

 

 小首を傾げた狂三が問いかけると、士道はどこから案内するかを決めあぐねる。その様子を見ていた狂三がチラリと校舎の外へ少しだけ目を向け、すぐに視線を戻した

 

 

 

 

 

 同時刻、少し離れていた場所から来禅高校を見ていたトーマの元に、琴里から連絡が入る

 

「……琴里か」

『トーマ、結果が分かったわ、結果は──』

「あの女は精霊……だろ?」

『え、えぇ……でもそれなら話が早いわ、トーマも──』

「悪いが、オレはあの精霊に関してお前達に手を貸すわけにはいかない」

『は!? どういう事よ!』

『悪いが、説明をするつもりはない……これで話は終わりだ』

 

 そう言うとトーマは一方的に琴里からの通信を切り、再び士道たちのいる場所に目を向ける。その直後、校舎の外に視線を向けてきた狂三と目があった

 

「……目的は士道か、時崎狂三」

 

 狂三を見るトーマの瞳は、いつもと違い氷のように冷たいものだった

 

 

 

 

 今までと違うトーマの様子に漠然とした違和感を覚えていた琴里だが、選択肢が出てきたことで意識を士道たちの方に戻し、話しかける

 

「士道、ちょっと待ちなさい。こっちでも検討してみるわ」

 

 校舎案内の数パターンが表示されるが、最初に向かう場所は──

 

➀「屋上」

②「保健室」

③「食堂・購買部」

 

「──チャンスですね」

 

 ふと、琴里の後方から声が聞こえてきた、琴里がちらりと目をやると、神無月があごに手を当てていた

 

「行く先の判断をこちらの判断に委ねてくれたのはありがたいですね。組み合わせ次第では、良いシチュエーションを作ることも可能でしょう」

「まぁ、そいうね。──各自、選択! 五秒以内!」

 

 琴里の言葉のすぐ後、手元の小型ディスプレイに結果が表示される

 

「屋上が一番人気か」

 

 琴里が結果を見ている下で、クルーたちが意見をぶつけ合っている最中、唯一入ってる③の票に目を向ける

 

「この③に入ってる一票は誰のものなの?」

「……私だ」

 

 琴里の問いに対して応答をしたのは、近くに座っていた令音だった

 

「令音が? 以外ね。理由を訊いていいかしら」

「……あぁ。といってもたいそうな理由はないよ。単なる消去法だ」

「消去法? 屋上と保健室がダメだっていうの?」

 

 そう言うと、令音は首を横に振る

 

「……そうではないんだ。ただ、まだ保健室には養護教諭が常駐している。保健室の持つ破壊力を引き出すには、あと三十分ほど待った方がいい。……屋上の方も似たような理由さ。どうせなら、夕日が射してからの方が……素敵じゃあないか」

 

 令音の言葉を聞いた琴里は、唇の端を小さく上げた

 

「──なるほど、なかなかロマンチストじゃない、令音」

 

 そのまま琴里は、マイクに口元を近づける

 

「士道、聞こえる? まずは食堂と購買部でも案内してあげなさい」

 

 

 琴里の言葉を聞いた士道は、何処に行くかを狂三に伝える

 

「……そうだな、じゃあ食堂と購買でも見ておくか。何かと必要になるだろうし」

「えぇ、構いませんわ」

 

 そこから士道は狂三を連れて、食堂まで向かっているとインカム越しに琴里の声が聞こえてくる

 

『んん……?』

「どうかしたか、琴里」

『いえ……あなたたち二人に引っ付くように移動している反応があるのよ。……何者かに付けられてる可能性があるわ』

「え、えぇ……っ?」

 

 突然不穏な事を言われ、声を発してしまう

 

『静かに。……こっちで確認しておくから、今は狂三に集中なさい。──ていうか、女の子と歩いているっているのに、なんで無言なのよ。気が利かないわね』

「え、あ……っ」

 

 それを聞いた士道は、周りの視線に気を取られて狂三の事を放置していたのを思い出した

 

「……やべ」

 

 慌てて狂三の方に目をやると、狂三もまた士道の方をじっと見つめていた

 

「く、狂三。歩くときは前見ていた方がいいぞ……!?」

「気を付けますわ。わたくしを気遣ってくださるなんて、士道さんは優しいですわね」

「い、いや……そんなこと!」

「ご謙遜なさらないでくださいまし。士道さんの横顔に見とれてしまっていたわたくしが悪いのですわ」

「み、見と……ッ!?」

 

『あなたが口説かれてどうするのよ、士道』

 

 琴里の声が聞こえてきた事で、士道はハッと肩を震わせた

 

「わ、悪い……」

『……しかしまぁ、今までにないタイプの精霊であることは確かね。人間社会に溶け込んでるのはもちろん──無効からこんなアプローチをかけてくるなんて』

 

 琴里は少し考えこむようと、再び話しかけてきた

 

『興味深い存在だからいろいろと情報を探りたいところね。……まぁ、高感度上げつつ質問も織り交ぜていこうかしら。──と、ちょうどいいところで選択肢がきたわね。ちょっと待ちなさい』

 

 

 

 フラクシナスの艦橋モニターに、新しい選択肢が表示される

 

➀「朝言ってた精霊って、一体何なんだ?」

②「狂三は、前はどこの学校にいたんだ?」

③「狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?」

 

「総員、選択!」

 

 表示された結果、一番票が入っていたのは➀

 

「やっぱり、➀かしらね」

「妥当かと。狂三は、士道くんが精霊を知っていることは知らないはず。一度揺さぶりをかけてみるのもよいでしょう」

 

 後方から、神無月がそう言ってくる

 

「そうね。──ちなみに神無月。あなたはどれに入れたの」

「③ですが」

「一応理由を訊こうかしら」

 

 神無月に一応理由をきくと、彼は何の気なしに言う

 

「黒タイツ越しのパンツは人類の至宝。些かの疑問を抱く余地もありません」

 

 その言葉のすぐ後、琴里はパチンと指を鳴らすと、艦橋に筋骨隆々の巨漢が入ってきて神無月の両腕をホールドした

 

「連れて行きなさい」

「「はっ」」

 

 琴里の言葉に従った男たちはずるずると神無月を連れていく

 

「し、司令! お慈悲を! お慈悲をぉぉッ!」

 

 神無月、退場

 

「はぁ……『狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?』……ねぇ。何なのこの選択肢」

「ま、まぁ……下ネタで場が和むこともなくはないですから」

 

 苦笑い、と言った感じで環境は若干場が和んだ瞬間、琴里はぴくりと眉を揺らした

 

「あ」

 

 マイクのスイッチが、押しっぱなしになっていたのである。つまり、琴里の言葉は全部士道の耳に入っていたわけで

 

『な、なぁ……狂三は今、どんなパンツを穿いてるんだ?』

 

 さっきの言葉をそのまま指示と勘違いした士道は、馬鹿正直にその言葉を復唱した

 

 

 

 

「ぱんつ……ですの?」

「……ッ!」

 

 ここで士道は自分がとんでもない言葉を発してしまった事を自覚した

 

「あ、いや、今のは──」

『馬鹿、今のは指示じゃないわ! 本当は➀よ。朝言ってた精霊って、一体何なんだ』

「は……はぁ……っ?」

『とにかく誤魔化しなさい! 今のは冗談ってことにして、本当の質問に繋げるの!』

 

 とりあえず士道は軌道修正をするために、狂三に向き直った

 

 

 

 

 

 一方、士道たちの事を見つめていたトーマは背後に気配を感じる

 

「……お前、どっちだ」

「どっち、とは……どういう意味ですの?」

「そのままの意味だよ、”時崎狂三”」

 

 トーマの背後から現れたのもまた、時崎狂三。しかし彼女の姿は学生服ではなく十香たちと同じ霊装を纏った姿

 

「そんなに警戒なさらなくても良いではありませんか……あなたとわたくしの仲ですのに」

「寝言は夢の中だけにしてくれよ、ナイトメア」

「相変わらず、つれないですわね」

 

 トーマの言葉に対して、狂三は何処か楽しそうに答える

 

「それで、今回は何の用だ」

「今日はわたくし、あなたにお願いしたいことがありましたの」

「お願いだと?」

「えぇ、わたくしが何をしようと、トーマさんは手を出さないでくださいまし」

「オレの目的を知って、そのために士道を利用する(たすける)のが最善だとわかった上で……オレがそれを受け入れると思うか」

「あら、それじゃあ交渉決裂……ということですの?」

「そうなるな」

 

 その直後、狂三はトーマに銃口を向け、トーマも狂三に無銘剣の切っ先を向ける

 

「今、この場で潰し合うか?」

「……遠慮しておきますわ、トーマさんの力と今のわたくしは相性が最悪ですので」

 

 それだけ言い残し、狂三は影に溶けるようにして消えていった

 

「……今回ばっかりは、少し面倒だな」

 

 誰に聞かせる訳でもないその言葉の真意を知るものは、この場には誰もいない




新たに士道たちの前に現れた第三の精霊
ラタトスクとの協力を拒んだトーマ

そして、時崎狂三とトーマの接触

これから何が起こり
何処に向かっていくのか

次回、交差する思惑


《先行解禁情報》
・トーマが天宮市にやってきたのは5年前
・美九と出会うまでは序章で出てきた定食屋に下宿していた
・天宮市にやって来てからどこかのタイミングで時崎狂三と接触している


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第3ー2話, 疑惑

 午後六時

 一通りの学校案内を終えた士道は、狂三、そして校門から無理やりくっついてきた十香を含めた三人で夕暮れの道を歩いていた

 

「まぁ、大体あんなところだ。わかったか?」

「えぇ、感謝いたしますわ。……本当は、二人きりがよかったのですけれど」

「は……はは」

 

 冗談めかして言う狂三に対して、士道は苦笑いで返したが、正直士道は十香に感謝していた。あの後は何事も……なくはなかったものの無事に学校案内を終えた、終えたのだが案内途中も下手な場所に行ったら取って食われててしまいそうな雰囲気を、士道は感じ取っていた

 

「それでは士道さん、十香さん、わたくしはここで失礼いたしますわ」

 

 十字路に差し掛かったあたりで、狂三はぺこりと礼をした

 

「え? お、おう……」

「む、そうか。ではまた明日だ」

 

 士道と十香が小さく手を振ると。狂三は夕日の中に消えていった

 

 

 

「──あぁ、あぁ」

 

 士道たちと別れ、一人夕日に照らされる道を歩いていた狂三は、そんな声を発した

 

「いけませんわね──少し、我慢しないと。せっかくですもの。もう少し学校生活を楽しみたいですわ」

 

 彼女は自分に言い聞かせるよう呟き、ステップを踏むように体を回転させる

 

「……うふふ、お楽しみは、最後にとっておきませんと」

 

 踊るように歩いていた狂三は、不意に何かにぶつかってしまう

 

「──とと」

 

 狂三が踏みとどまってそちらを見ると、ガラの悪い男たちがたむろしていた。どうやら狂三がぶつかったのはたむろしていた男の背中らしい

 

「あらあら、申し訳ありませんわ」

 

 狂三は頭を下げると、その場から立ち去ろうとするが、ニヤニヤとした男が狂三の事を止める

 

「おい、待てよお嬢ちゃん。そっちの不注意だってのに、それで終わりはねぇだろよ」

「あら、あら?」

 

 キョトンと首を傾げている狂三の周りを、男たちが取り囲む

 

「おいおい、ちょっとマジで可愛いじゃん。ちょー大当たり?」

「ねーねー君ぃ、お名前なんてーの? ちょっと仲良くしようよ」

 

 その男たちの言葉を聞いた狂三は自分がどういう状況なのかを理解する

 

「お兄さん方。──もしかして、わたくしと交わりたいんですの?」

 

 妖艶な笑みを浮かべた狂三の言葉を聞いた男たちは、一瞬ぽかんとした後、額に手を当てて笑い始めた

 

「おいおい、交わりたいって。きゃー、露っ骨ー」

「いーじゃんいーじゃん話し早くって。君もそういうの好きなの?」

「えぇ、人並み程度には。──それより、少し場所を移しませんこと? ここでは人目についてしまいますわ」

 

 その言葉を聞いた男たちは狂三と共に路地裏に入り、しばらくした後に男たちの悲鳴が辺りに響いた

 

 

 

「っ!?」

 

 男たちの悲鳴は、士道の家に向かっていたトーマの耳にも届いた。そして聞こえた悲鳴が今いる場所からそう遠くない事に気づいたトーマは急いでその場所に向かったが、広がっていたのは凄惨な光景だった

 

「あら? トーマさんではありませんの」

 

 そこら中にこびりついている血液と、その中心に佇む時崎狂三の姿。彼女はトーマの方にくるりと向くと、いつも通り妖しげな笑みを浮かべた

 

「……また、人を殺したのか」

「わたくしはただ、親切な方たちの時間(いのち)を頂いただけですわ」

 

 あたりまえの事を言っているであろう狂三に対して、トーマは感情の消えた瞳を向ける

 

「……オレとお前はある種の協力関係、だが……目で見たものを許容できる程、オレは人間出来てない」

 

 いつの間にか出現した無銘剣の柄を強く握ると、トーマの身体は炎に包まれ、その姿を異形の戦士ファルシオンへと変える

 

「オレが、お前を無に帰す」

「あらあら、相変わらずですわね」

 

 ファルシオンが剣を振るおうとした瞬間、全身を特殊な感覚が襲う

 

「──ち、一足遅かったですか……それに、今回は珍しい客もいやがりますね」

「悪いが、お前とアレを対話させる気はない」

「必要ねぇですよ、フェニックス……ナイトメアは私の獲物です」

「それならさっさと殺れ」

「言われなくても、そのつもりです」

 

 その言葉と共に少女は、時崎狂三(せいれい)を殺した

 

 

 

 

 あの後ASTと少し揉めそうになったが何とかあの場所から離れたトーマはその足で五河家に向かい、勝手に玄関を開けると見慣れない靴が一足置いてあった、それだけじゃなくリビングから何やら言い争うような声も聞こえてくる

 

「邪魔するぞ」

「えっ? トーマ?」

「おう、士道に琴里……それと、誰だ?」

「あなたこそ、兄様のお友達でやがりますか?」

 

 互いに怪訝そうな視線を向ける二人の間に、士道が入ると改めてあの少女の事を紹介される

 

「えぇっとな、トーマ。彼女は祟宮真那」

「……祟宮真那です、兄様の妹です」

「中村透馬だ……苗字で呼ばれるのには慣れてないからトーマでいい。それより士道、どういう事だ」

「それが……俺にもさっぱり」

 

 士道本人も困惑している様子だったので、とりあえず細かい事は気にしないでおいた

 

「それで、さっきまで何の話をしてたんだ?」

「えーっと、義妹実妹戦争?」

「なんだそのくだらない争い」

 

「「くだらなくないわよ! (ねーです!)」」

 

「……あぁ、そう」

 

 その反応をみたトーマは、露骨に面倒そうな反応をする

 

「……それで士道、あなたは!」

「実妹、義妹、どっち派でいやがるのですか!?」

「え、えぇッ!?」

 

 どうやらさっきの義妹実妹戦争発言で、流れが無理やりも元に戻されたらしい

 

「い、いや……どっち派って……」

『…………』

 

 トーマは士道がどっちを選ぶのかを見ていると、ポンと手を当てて真那に話しかけた

 

「そ、そうだ、真那!」

「はい?」

「おまえ、昔の記憶がないって言ってたよな」

「えぇ、そうですが」

「じゃあ、今はどこに住んでるんだ? 家族と暮らしてるってわけでもないんだろ?」

「あー……っと」

 

 その瞬間、真那の様子が今までと打って変わり歯切れの悪いものになる

 

「ま、まぁ、ちょっと、いろいろありやがるんです」

「いろいろって……」

「えーっと……ですね。こう特殊な全寮制の職場で働いてるというか……」

「職場……? 真那、今歳いくつだ? 琴里と同じくらいじゃないのか? 学校は?」

 

 その言葉を聞いた真那は気まずそうに目を泳がせた

 

「そ、その……えーと……ま、またお邪魔しますっ!」

「へ……? ちょ、待っ──」

 

 真那は士道の生死も聞かずに脱兎のごとく去っていった

 

「な……なんだったんだ、一体……」

 

 士道が、そう言っている傍らで、琴里は真那の使ったティーカップを回収していた

 

「そういえば、トーマは今日何の用だったんだ?」

「あー……悪いが、士道と、それに琴里もちょっと来てくれ」

 

 士道と琴里を呼んだトーマは、リビングから廊下に出た

 

「それで、私まで呼んで一体何の用よ」

「単刀直入に言うぞ……今回の精霊、時崎狂三から手を引け」

「は……っ?」

「それ、どういう意味」

 

 協力拒否をした一件も含めて琴里はトーマに不信感を込めた視線を向けてくる

 

「そのままの意味だ、アイツは……時崎狂三は十香や四糸乃とは根本が違う」

「……トーマ、もしかして時崎狂三の事を知ってるの?」

「知ってるか知ってないかで言えば、知っている……その上での忠告だ、時崎狂三から手を引け」

 

 それだけ言い残すと、トーマは五河家から出ていこうとする

 

「待ってくれトーマ! お前は、狂三について何を知ってるんだ!」

「具体的には言えない……だが、意味を知りたかったアイツの足取りを追え」

 

 その言葉を最後に、トーマは五河家を出て行った

 

 

 

 

 翌日、朝早くから琴里に呼び出されたトーマは彼女と対面していた

 

「待ってたわ、トーマ」

「それで、オレに何の用だ」

「トーマに話す前に、士道にも連絡をするから」

 

 士道に連絡をした琴里は、一言二言話した後に少しだけ声を大きくした

 

「ちょっと待って士道。今……誰と話してたの?」

「だから、今、あなた近くにいる誰かと会話をしたでしょう。その相手が誰かを訊いてるのよ。十香? 鳶一折紙? それとも殿町宏人?」

 

 士道ともう少しだけ話をしてから電話を切ると、改めてトーマの方を向いた

 

「どういうことか説明してもらいましょうか、トーマ」

「……説明って、何をだ?」

「決まってるでしょう、どうして”殺された筈”の時崎狂三が学校に来ているの?」

「それに関しては、士道と合流してから話す」

 

 

 

 そして、時は進み昼休み。琴里たち合流した士道が見せられたのは昨日の映像。そこにはファルシオンと真那、そして狂三の姿があった

 

「ん? これって……真那にトーマ?」

「えぇ、昨日の映像よ。──周りをよく見て」

「な……っ」

 

 何の変哲もない住宅街の一角にいたのは、ファルシオンと真那だけでなく、奇怪の鎧を纏った人間たちの姿も確認できた

 

「AS……T?」

「えぇ。──なぜか昨日、急にASTの反応が街中に現れたらしいの。クルーの一人が念のためカメラを飛ばしてみたらしいんだけど──確認してみて驚いたわ」

 

 琴里が、足を組み替えながら首肯する

 

「な、なんでASTが、それにトーマまで……」

「そりゃあ、精霊がいるからでしょ……」

「俺は霊力を感じたからだ」

 

「……でも、空間震は起こってないぞ。周りの住民も避難してないじゃないか。もし精霊が暴れたら──」

「……まぁ、暴れる前に仕留める自信があったんだろう」

「……っ」

 

 その言葉を聞いた士道は息を詰まらせる

 

「で、でも、なんで真那が──」

 

 その瞬間、映像の中にいる真那の身体は淡く輝き、全身に白い機械の鎧を身に纏った、そしてそれに呼応するように狂三の装束も霊装へと変わる、そして……映像の中で、狂三の命は刈り取られた

 

「……こ、れって」

 

 吐き気を抑え込み、士道がようやく言葉を発する

 

「……見ての通りだ。昨日、時崎狂三はAST・祟宮真那に殺害された。重傷とか、瀕死とかではなく、完全に、完璧に、一分の疑いを抱く余地もなく、その存在を消し潰された」

「そん、な──」

「……わかったろ、俺がお前らに手を引けって言った理由」

 

 そう言うと、士道たち三人はトーマの方を向く

 

「トーマは知ってるの、彼女が生きている理由を」

「……詳しい理由は分からないがな、時崎狂三は殺しても死なない」

「……トーマにも詳しい原理がわからないのなら、私たちもお手上げね」

「まぁ、俺的には手を引いて欲しいが、どうするかはお前らに任せる……それじゃあな」

 

 

 

 

 物理準備室を出ていくと、そのまま微かに霊力を感じる方に向かって走りだす、階段まで辿り着いたトーマが上を見上げると無数の白い腕に掴まれている折紙と、それを見ている狂三の姿があった

 トーマは右腕に無銘剣を出現させ、地面を力強く蹴って一気に接敵し、折紙の事を掴んでいた腕をぶった切る

 

「……ッ!?」

「あら? 昨日ぶりですわね、トーマさん」

「火遊びが過ぎるぞ……時崎狂三」

「こわいこわい、こわーい剣士さんも出てきたことですし、わたくしは教室にもどらせていただきますわ」

 

 そう言った狂三は、トーマの横をすり抜けていこうとする

 

「こんなでも、オレは結構機嫌が悪い……何をするのか知らないが、これ以上オレを怒らせるな」

「言いがかりはやめてくださいまし、あなたはあなたの、わたくしはわたくしの目的のために……でしょう?」

 

 その言葉を最後に、狂三は教室の方に戻っていった

 

「……無事か?」

「無事、それよりその剣は……」

「気にするな、何処にでもある只のコスプレ道具だ」

 

 未知のナニカを見るような視線を向けてくる折紙の事を無視して、トーマはその場から去って行った

 

 

 そして、来たるべきデートの日……交差していた歯車が回りだす




深まる狂三への疑念
真那の正体やトーマの忠告
それぞれの思惑が交差するなか
いよいよ始まるトリプルデート

次回 ナイトメア

《information》
この世界には”仮面ライダー”の概念が存在しない
つまり、精霊もトーマの変身するファルシオンやバスターも”人の形をしているだけの化け物”である事に変わりはない


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第3ー3話, ナイトメア《上》

 とある日、トーマは珍しくフラクシナスの艦橋にいた

 

「それで、わざわざ呼んだ理由は?」

「トーマ、あなたには狂三から手を引くように言われたわ……けれど、精霊と対話をして保護するのが私たちよ」

「それじゃあお前らはこれからもアレと関わるってことか」

 

 トーマのその言葉を聞いた琴里は頷いた

 

「わかった、それなら好きにすればいい。オレは何も言わない」

「待ちなさい、まだ話は終わってないわ」

 

 フラクシナスの艦橋を後にしようとしたトーマの事を琴里が呼び止める

 

「なんだ?」

「トーマ、私たちに力を貸して」

「……意味がわからないな」

「狂三は、私たちの力だけじゃ救えない……士道や私たちだけじゃなく、あなたの力も必要なの」

「言ったはずだぞ、オレはお前達に手を貸さない」

「それでも、お願い……」

「今回、オレは何処にも肩入れをしない。中立だ……だが、オレはオレが必要なら手を貸す」

 

 それだけ言い残し、今度こそトーマはフラクシナスの艦橋を去っていく

 

「司令、あのまま帰してしまって良かったんですか?」

「えぇ……言い方は分かりづらかったけど、協力はしてくれるみたいだからね」

 

 

 

 

 そして、士道がトリプルデートをすることになった日。トーマはどうしてこうなったのかわからないが今まで通りタブレット片手にデートの開始がを待っていた

 

『──いい? 午前十時に十香と落ち合って、東天宮の水族館へ。そうしたら何か途中で理由を付けて抜け出してちょうだい。外に出たらフラクシナスで拾うわ。それから十時三十分に改札前に狂三と待ち合わせして移動、十一時には駅前の広場に戻って鳶一折紙と合流しなさい。ただ、この時点で十香を三十分放置してしまうことになるわ。すぐにフォローして。その後もできるだけ間隔を狭めて、それぞれの空白時間があまり多くならないように調整しないとね。タイムテーブル管理はこっちでもやるから、士道はとにかく彼女たちがへそ曲げないように優しく言葉をかけてあげて。最優先目標は狂三をデレさせてキスまでいっちゃうことだけど、十香の機嫌を損ねてもだめだし、鳶一折紙に勘づかれるのも上手くないわ。どうにか──って、ちょっとねぇ士道、ちゃんと聞いてる?』

「……き、聞いてるよ」

 

 訊いてはいるが頭に入っているかどうかは別である

 

『聞いてるだけじゃ意味ないのよ。ちゃんと頭に入れなさい』

「う……」

『はぁ、もしもの時はオレの方でもフォローする』

「あ、あぁ……助かる」

『まぁいいわ……移動してちょうだい。準備はいい?』

「あ、あぁ……たぶん」

 

 そう言うと士道は改めて自分の装いを見直して、深呼吸をする

 

『さ、そろそろ時間よ。──私たちの戦争(デート)を始めましょう』

「お、おう」

 

 

 その言葉を訊いていた士道は気合いを入れ直して待ち合わせの場所まで向かう

 

「シドー!」

 

 待ち合わせ場所について程なくして、士道の名前を呼ぶ十香の姿が見える。その姿見慣れた制服ではなく薄手のチュニックにショートパンツ、その装いは十香にとても似合っていた

 

「こ、これは……」

『……あぁ、十香から、何を着ていけばいいのかと訊ねられたんだ。悪くないだろう?』

「は、はい……」

「シドー?」

 

 十香の姿に見惚れていると、十香が改めて士道の名前を呼んできた

 

「あ、あぁ……! 悪い。ボーッとしてた。……ん、似合ってる。可愛いぞ、十香」

「な……っ」

 

 士道の言葉を聞いた十香は顔を真っ赤になってあたふたしていた

 

「い、いいから行くぞ! ほら、早く!」

「な、なんだよ急かす──」

 

 そこまで言いかけた所で士道は足を止めた、前を歩いていた十香とぶつかってしまったからである

 

「十香? どうした?」

「む、むぅ……」

 

 立ち止まった十香は士道の方に振り返ってくる

 

「シドー、そういえば、一体どこに向かえばいいのだ……!」

「え? 水族館じゃないのか?」

 

 士道の言葉に十香も困ったような顔を向けてくる。どうやら十香は目的地の場所がわからないらしい

 

「はは……ちょっと待ってな」

 

 それに対して少し笑った士道は自分の財布からチケットを取り出すと、裏面の地図に視線を落とす

 

「えぇと、天宮クインテットか。なら向こうだな」

 

 移動を始めた士道の視界の端に見慣れた人影映った気がしたので、視線だけそこに向けると鳶一折紙の姿があった

 

「どうかしたのか? シドー」

「い、いや、何でもないぞ! さぁ移行すぐ行こう即行こう!」

 

 長引くことにリスクを感じた士道は十香の姿を隠すよう自分の右手側を歩かせると、自分の顔も十香の方に向けるようにしながら進み始めた

 

『あら、なかなか気遣いが身に付いてきたじゃない。女の子に車道側を歩かせない。視線を女の子から外さない。うん、ベタだけぢ、意外と嬉しいものよ』

「そ、そうか……」

 

 

 

 一方で、士道たちの事を見下ろしていたトーマは、さっきの士道の行動を見て苦笑いを浮かべていた

 

「危機管理能力だけは高いな」

『トーマ、そっちの様子はどう?』

「お前らの方から死角になる場所から見てるが、待ち合わせ時間一時間前に鳶一折紙が到着してるな」

『随分早いわね』

「……彼女は随分士道にご執心だからな、それより士道の方は」

『あっちは順調よ』

「そうか……っと、時崎狂三との待ち合わせ十分前だが、来たみたいだぞ」

『えぇ、こっちでも確認してるわ……タイムテーブル通り、一度十香と別れさせて士道を向かわせるわ』

 

 通信が切れると、改めてタブレットに表示されてるタイムテーブルに目を向ける

 

「……これ、改めて見ると士道は過労で倒れても可笑しくないな」

 

 とりあえず今日は大変な一日になるであろう士道に合掌をした

 

 

 

 そこからしばらくの間、十香と水族館にいた士道の耳に、琴里から連絡が入る

 

『士道、そろそろ狂三との待ち合わせ時間よ。フラクシナスで拾うから、外に出て人目のない場所に移動してちょうだい』

「……っ」

「シドー? 行かないのか?」

 

 急に足を止めた士道を不思議に思ったのか、十香はキョトンとした様子で首を傾げる

 

「あー……っと」

 

 士道は目を泳がせてから、腹の辺りを押さえて前かがみになった

 

「あ、あいたたたたた……っ」

「ど、どうしたのだ!? シドー!」

「い、いや、ちょっと腹の調子がな……トイレ行ってくるから、少し待っててくれないか?」

「な……っ! だ、大丈夫なのか……? も、もし酷いようなら琴里たちを……!」

「い、いや! そんな深刻なアレじゃないから心配しないでくれ! な!?」

「う、うむ……」

 

 士道の言葉を聞いた十香だが、それでも心配そうな顔のまま、士道の事を見つめてきた。ものすごい罪悪感が士道を襲うのだが……あまりもたもたしていると狂三を待たせることになってしまう為、段ボールに入った子犬の前から去るような心地で出口に足を向けた

 

「で、できるだけ早く戻るから、魚でも見ててくれ!」

「う、うむ、わかった。辛かったらすぐ琴里に連絡するのだぞ……!?」

「お、おう……」

 

 角を曲がって十香の視界から外れたあたりで姿勢を治すと、全速力で駆け出した

 

 

 

 息を切らしながら天宮駅東口改札の前に辿り着くと、そこには既に九r身の姿があった

 

「ま……っ、待たせたな……!」

「いいえ、わたくしも今来たところですわ」

 

 士道の言葉に狂三はそう返して微笑んできた。呼吸を整えた士道は改めて狂三に向き合う

 

「悪い……少し遅れた」

「うふふ、そんなに急がれなくても大丈夫でしたのに」

「い、いや、まぁ……はは」

 

 曖昧に笑ってごまかした士道の耳に。琴里の声が聞こえてくる

 

『──さ、今日はこれが本番よ。しっかりね』

 

 インカムを軽く小突いて了解を示した

 

「今日はお誘いいただきありがとうございます。とても嬉しいですわ。──それで、まずはどちらに行かれますの?」

「ん……そうだな」

『待ちなさい』

 

 士道の言葉は琴里からストップが入り、フラクシナスに選択肢が表示される

 

 

 

➀ショッピングモールでラブラブお買い物デート

②二人で甘い恋愛映画を

③ランジェリーショップで彼女の試着を鑑賞

 

 クルーたちの内容は割愛しますが、選ばれたのは③でした。その事を琴里は士道に伝える

 

「士道、③よ。駅ビルのランジェリーショップを案内してあげなさい」

『おう了解……って、はぁ……!?』

 

 

 まさかの場所に汗を浮かべた士道は、遠回りに狂三に問う

 

「え、えぇと……狂三。何か買いたいもの……というか、見たいものってないか? たとえばこう、身につけるもの……とか」

「お洋服ですの? あぁ、それは見たいですわね」

「や、洋服というか……その下に付けるものというか……」

「その下……?」

 

 士道の言っていることに気づいたらしい狂三は、頬を少し染める

 

「い、いや、やっぱりおかしいよな! よし、とりあえず別の──」

 

 額に汗をにじませ、歩いていこうとする士道の服の裾が、きゅっと掴まれた

 

「え……?」

「士道さんが……選んでくださいますの?」

「え!? あ……あ、あぁ……」

 

 上目遣いになりながら見てくる狂三に対して、士道は困惑気味に頷くと狂三ははにかんだように笑みを浮かべた

 

「ふふっ、では──可愛らしいのを、お願いしますわ」

「え、えぇと……はい」

 

 自分から誘った手前、嫌とも言えなかった士道はロボットのような挙動で歩き出した

 

『驚いた。本当に誘いに乗ってくるなんて』

「……おい」

 

 お前が指示したんだろうがとインカムを小突いてすぐ、駅前広場が視界に入る。噴水の前には三十分前から変わらぬ姿勢の折紙の姿が見える。しかし三人組のナンパ男に話しかけられていたのだが、まるで男たちの存在に気づいていないかのように折紙は無視し続ける

 三人組のうち一人が無視され続けたことに腹を立てたのか折紙の肩を掴もうとして返り討ちにあい、その場から動けないでいる間に警察に連れていかれるという事もあった。

 すべてが終わった折紙は何事もなかったかのように、先ほどと同じ姿勢に戻った

 

『……まるで宝を守る門番だな』

「…………」

「士道さん、どうかしまして?」

 

 インカム越しに聞こえてくるトーマの言葉を聞きながら、頬に汗を浮かべ足を止めていた士道を不審に思ってか、狂三が声をかけた

 

「や……な、なんでもない」

 

 折紙に気づかれないよう駅のすぐ近くに聳え立つビルの中に入っていき、ランジェリーショップに辿り着く。入口からやたらセクシーな下着が並べられたエリアで店員も客も全員女性

 士道が店に入るなり少しの間辺りから好奇の視線が注がる、狂三が隣にいるからいいようなものの、あまり気持ちのいい空間ではなかった

 

 

 

 

 タブレットの画面を分割して、その様子を確認していたトーマの目に、新しい選択肢が表示される

 

➀右手側。ピンク地に黒レースの妖艶なデザイン

②左手側。淡いブルーの爽やかなデザイン

③「俺はもっと露出度の高い方が……」後ろにかかっている下着を指さす

 

「なんだこの選択肢……」

 

 少し引きながら適当に選択肢を選んで成り行きを見ていると、インカム越しにクルーの声が聞こえてきた

 

『ここまで来たなら攻めに出ましょう! 最初に間隔を麻痺させておいて、キスへの抵抗を少なくするんです!』

『ま、AIがあえて第三の選択肢を提示してきたんだし、試してみる価値はあるかしらね。──士道、③よ。狂三の後ろの下着を選びなさい』

 

 相変わらず突拍子もない選択肢を眺めつつ、士道の成り行きをタブレット越しに見ていると、一瞬だけノイズが走る

 

「……ん?」

 

 何かの不調かとも思ったトーマは端末自体を見てみるが、特に変わった事は起こっていない

 

「後で一応検査を頼んどくか」

 

 琴里から支給されているタブレットだが、正式な任務以外にも使う機会が多い為案外気に入っているトーマはそんなことを考えていると、琴里と士道の声がインカム越しに聞こえてくる

 

『士道、時間よ。……本当なら狂三に注力しなきゃいけないところだけど、待ち合わせに遅れて探し回られても面倒だわ。鳶一折紙のもとに向かってちょうだい』

『そ、そんなこと言われても……』

『いいから、早く向かいなさい。──あ、狂三にちゃんと”可愛い”って言ってあげるのよ』

『……り、了解』

 

 画面の向こうの士道は意を決したように腹を押さえると狂三に言う

 

『すまん狂三! ちょっと腹の具合が悪い! トイレ行ってくるからしばらく待っててくれ! ちなみにその下着似合ってる! 可愛いぞ!』

『まぁっ』

 

 画面越しの士道を見たトーマはタブレットにビルの見取り図を表示させ、士道にインカムを繋げる

 

「士道、少し遠回りになるが今いる場所からエスカレーターで二つ下に降りろ」

『わかった!』

 

 指示に従った士道がエスカレーターを下った事を確認すると次の指示を出す

 

「降りたら、そのままビルを出て、すぐ近くにある路地裏に入れ。死角になってる」

 

 それだけ言い残して士道との通信を切ると今度はフラクシナスに通信を続ける

 

「聞いてただろ、士道の回収頼む」

『了解よ……それにしても、案外しっかり手伝ってくれるのね』

「オレが必要だと思ってから手伝っただけだ……それに、流石に士道が不憫だからな」

 

 今回に関しては誘いを断り切れなかった士道に非がある気もしないでもないが、流石に不憫な気がする

 

「そう言う事だ、後は任せた」

『えぇ、任せてちょうだい』

 

 その言葉を最後に、トーマ再び傍観者モードに入った

 

 

 

「す、すまん……、折紙……っ、ちょっ、遅れた……!」

「問題ない。私も今来たところ」

 

 嘘である

 

「え、ええと……今日は何処に行くんだ?」

「映画」

 

 折紙の言葉を聞いた士道はぴくりとほほを動かした

 

「な、なぁ折紙、その映画ってどこで……」

「天宮クインテット」

「……ですよねー」

 

 士道は引きつった笑みを浮かべながらインカムを小突く

 

『そうね、十香と鉢合わせる可能性があるし、あまり望ましくないわ。別の場所に変えられるか打診してみてちょうだい』

「あ、あのだな折紙、もしよかったら別の──」

 

 士道が言いかけたところで、折紙はチケットを一枚渡してくる

 

「先に渡しておく。なくさないで」

「……はい」

 

 完全に先手を打たれていた

 

『……ま、仕方ないわね。敷地も広いし、行く施設が違うんだから大丈夫でしょう』

「そ、そうだよな」

 

 士道は小声でそう言ってから折紙に向き直る

 

「じゃあ、行くか」

 

 士道の言葉に折紙はこくりと頷くと、並んで歩き出したのだが、不意に折紙が士道の腕に自分の腕を絡ませ、身を寄せてきたため、士道は思わず硬直してしまった

 

「あ、あの……折紙さん? 何をしてらっしゃるんでしょうか……?」

「腕を組んでいる」

 

 何を言っても無駄だと悟った士道は、バックバクの心臓で歩き出す。襲い掛かってくる邪念と腕に伝わる柔らかい感触によって目を泳がせる事数分、天宮クインテットに到着し、敷地内に入ったところで何故か折紙は水族館の方に向かって歩き始めた

 

「お、折紙……! ど、どどどどどこに行くんだ、映画館はこっちだぞ……!?」

「上映までまだ時間がある。軽く昼食を摂っていく」

「え……?」

 

 水族館の隣にあるこじゃれたレストランを見た士道は、軽く安堵の息を吐いたのだが、十香のいる水族館の近くは精神衛生上よろしくないため、他の食事出来る場所に行かないか提案しようとしたが、あっという間にレストランの案内された席に座らされていた

 

「…………」

「…………」

 

 しばらくの間、沈黙が流れる

 

『びっくりするほどの手際、オレですら戦慄するね』

『……何か言いなさいよ、士道』

「あ……っ、あぁ……」

 

 頬をかいた士道は、改めて口を開く

 

「なぁ折紙、今日はなんで俺をデートに誘ったんだ……?」

「今日は、できるだけ一人にならないで欲しかった」

「え……?」

 

 士道は眉を顰めるが、折紙は構う様子もなく言葉を続けた

 

「デートが終わったら、うちに来て欲しい」

「……!? ど、どういうことだ……?」

「そして、しばらくうちに泊まって欲しい」

「え──えぇッ!?」

 

 士道は思わず大声を出してしまった。周囲の客たちが驚いたように目を向けてくるが、今の士道にそれを気にする余裕はなかった

 

「な、ななななななんでいきなり、そんな……」

「私は本気」

「え──えぇぇぇぇぇと…………っ」

 

 目が泳ぎまくりしどろもどろになっている士道が天に助けを求めるとタイミングよくウェイターが料理を運んできた

 

「と、とりあえず冷めないうちに食べよう! な!?」

 

 士道の言葉を聞いた折紙はこくりと頷くと、二人で料理を食べ始めるのだが、混乱していた士道は料理の味などわからなくなっていた。そしてそれを食べ終えたところで右耳にアラームが聞こえてくる

 

『士道、十香が不安がってるわ。一旦戻ってあげて、そこからなら歩いて行けるわね?』

「お、折紙! すまん、ちょっとトイレに行ってくる!」

 

 そして士道は、レストランを出ると水族館に向かう。トリプルデート、ギリギリ安全に進行中




削られていく士道の体力
削られていく士道のメンタル
果たして士道は無事トリプルデートを終えられるのか

次回、ナイトメア《下》

前後編になってしまってごめんなさい


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第3-4話, ナイトメア《下》

 半券を提示して再び水族館に戻ってきた士道は、入口からそう遠くない場所に十香の姿を見つけることができた。

 十香の表情は不安を全面に押し出したものになっており、誰かの姿を探すように辺りを見回している

 

「十香!」

「シドー! だ、大丈夫だったか……?」

「お……おう、なんとかな」

 

 士道がそう言うと、十香は心の底から安堵したように息を吐いた、そしてその姿を見た士道の両親はとてつもなく痛んでいた。

 と、そこで十香のお腹が可愛らしい音を立てる

 

「……むぅ」

 

 恥ずかしそうに顔を伏せる十香の様子を見た士道は思わず苦笑する

 

「十香、ここチケットの半券あれば再入館できるみたいだし、何か食べに行くか?」

「……うむ! それはとてもいいと思うぞ!」

「じゃあ、どうする? 十香は何か食べたいものとかあるか?」

「ん、シドーは何が食べたいのだ?」

「え……俺か? 俺は……」

 

 先ほど折紙と一緒にいた時にレストランの料理を食べたためお腹は空いていなかった

 

「いや、俺は……今はいいや、十香が好きなものでいいぞ」

「シドー……ま、まだお腹が痛いのか? やはり琴里に連絡した方が……」

「う……」

 

 再び不安そうな表情をする十香を見た士道は、もう一食食べる覚悟を決めた

 

 

 

「す、すまん、待たせたな……」

 

 十香との食事を終え、許容量を超過した腹をさすりながら、士道は狂三の元に戻る

 

「いえ。それより、大丈夫ですの?」

 

 士道の事を心配するように言ってくる狂三の手には、ランジェリーショップの紙袋が握られていた

 

「あぁ……なんとか。──て、もしかして、あの下着買ったのか……?」

「えぇ。──士道さんが、似合うと仰ってくれましたので」

「……っ」

 

 士道は気恥ずかしくなって頬をかくと、話題を逸らすようにように辺りを見回す

 

「……そ、そういえば、あの三人組は……?」

「士道さんがお手洗いに行ったあと、お帰りになられましたわ」

「そ、そうか……」

 

 その言葉を聞いた士道はほっと息を吐いてすぐ、狂三は何かを思い出したかのように士道に告げる

 

「そういえば、伝言を言付かっていますわ。えぇと──『五河君、あとで、泣かす』」

「…………」

 

 首の皮一枚つながった思っていた士道だったが、明日もどうやら大変な一日になることが確定したようだ。

 そんなことを考えていた士道の顔を覗き込むようにしながら、狂三は口を開く

「ところで、士道さん」

「ん‥……? なんだ?」

「そろそろ、お腹が空きませんこと?」

 

 五河士道、戦線離脱

 

 

 

「ふぅ……士道さんたら。せっかくのデートですのに、今日は随分と忙しないですわね」

 

 公園のベンチに腰掛けながら、狂三は小さく息を吐きだした

 

「──まぁ、でも、いいですわ」

 

 デートを始めてから五時間ほど経っているのに、士道といた時間は三分の一ほど、それが少し釈然としなかった狂三だが、手の平にあごを置いて、微笑む

 

「どうせ最後は──わたくしのものになるんですもの」

 

 目を閉じ、士道の事を顔を浮かべながら、自分の抱いている感情が、もしかしたら人間でいう所の恋なのではないかと夢想する

 

「──ふふ」

 

 狂三はさらに笑みを濃くすると、その場方立ち上がると、小さく伸びをする。頭の中で妄想をしていると、身体が熱くなってしまった狂三は、自動販売機に向かうために公園を横切る

 

「……?」

 

 しかしその途中、不快な声と音を拾った狂三は、不愉快そうに眉を顰めると、無言のまま足を動かして森の奥に向かっていく

 

「……あらあら。何をしておりますの?」

 

 狂三が声をかけた先にいたのは、四人の男。その男たちはいずれもモデルガンを手にし、一か所に向けていた

 その場所にいたのは足を引きずりながら弱々しく鳴いている子猫、そして持っていたモデルガンの意味を考えると、この男たちが何をしていたのかは想像に容易い

 

「あー……悪いんだが、ちょっとここは使用中だ。向こういってくれるかな」

「あらあら、そんなことおっしゃらないでくださいまし。これでも銃の扱いには一家言ありますのよ? わたくしもお仲間に入れてくださいな」

 

 そう言った狂三の瞳には、どす黒い感情が渦巻いていた

 

 

 

 

 士道が戦線離脱した事を確認してから少し後、タブレットを地面に置いたトーマは公園の方から霊力の波を感じ取る

 

「この気配……まさか」

 

 感じ取った霊力の波が一体誰のものなのか、それを察知したトーマは地面に置いたタブレットをカバンに突っ込んで影に隠れる

 

『──抜刀』

 

 一瞬のうちに炎を纏い、トーマの身体はファルシオンへと変化すると、そのままビルの屋上から飛び降りる

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 一方で、全身を蝕む疲労感の中、どうにか狂三と別れた公園のベンチに戻ってきた士道は小さく眉をひそめた

 

「あ、れ……?」

『どうしたの、士道』

「や……狂三がいないんだが」

『え? ちょっとカメラ班、狂三の動きはどうなってるの?』

『え、映像が途絶えています。カメラに何かあったのかと……』

『──なんですって?』

 

 琴里がそう言った瞬間、インカムの向こうから別のクルーと思わしき男性の声が聞こえてくる

 

『指令! 微弱ですが、付近に霊波反応が……!』

『どこ?』

『公園東出口付近の森の中です! この反応は──間違いありません、時崎狂三です!』

「……っ!?」

 

 その言葉を聞いた士道は肩を揺らして、公園の東出口の方を見る

 

『……これは』

『まだ何かあったの?』

『時崎狂三の元に接近する反応があります! この反応はトーマくん!?』

『……士道、急いで狂三の場所に向かって』

『あ、あぁ……!』

 

 不穏な何かを感じた士道はフラクシナスの誘導に従って、東出口付近の森の中を進んでいく

 

「──は?」

 

 そして、目的の場所に広がっていた光景を見て、士道は呆然と立ち尽くした

 視界を埋め尽くす赤色、周りにある筈の木々はすべて暗褐色に染まり、所々には歪な形をした肉の塊が転がっていた。目の前に広がる光景を士道は理解できなかった

 一瞬、数瞬、そして数秒を超え、推測が固まったとしても、その光景がどういったものなのか、理解することを士道の脳が拒否する

 

 いつもと変わらない風景、変わらない日常、その中で──人が、死んでいるだなんて

 

「う──わぁぁぁぁッ!?」

 

「士道ッ!?」

『士道! 落ち着きなさい、士道!』

 

 辺りに漂う血生臭い匂いが、士道に途方もない王都間を覚えさせる。今まで食べたものすべてが胃からせり上がってくる感覚に、どうにか抗う為士道は手で口元を覆う

 

「……っ、う……っ」

「士道、大丈夫か! 士道!?」

 

 時崎狂三を警戒していたファルシオンも、流石に士道を優先し近寄ってくる

 

「──あら?」

 

 時崎狂三は、視線を上げる。赤い海の中心で、赤と黒の霊装を纏った少女が、士道の方を振り返る

 

「……てっきりトーマさんだけだと思ってましたのに、士道さん。もう来てしまいましたの?」

 

 細緻な装飾の施された古式の短銃を持った狂三の奥に、別の誰かがいることに士道は気付く。その男の腹部には血で的当ての的のような模様が書かれている

 

「だ……ッ、助け……く、れ……ッ! なん……、こいつ……、化物……ッ!」

「あらあら」

 

 狂三は男の方に顔を戻し、手に握っていた銃を向ける

 

「狂三……っ、おま、何を──」

 

 呆然としていた士道が何とか声を発すると、狂三はくすくすと笑う。しかしその声はいつものようなものではなく、聞いているだけで背筋が凍り付くほどに不気味な声だった

 

「何かを殺そうというのに、自分は殺される覚悟がないだなんて、おかしいと思いませんこと? 命に銃口を向けるというのは、こういう事ですのよ?」

 

 士道の傍らでいつでも斬撃を放てるようにしていたファルシオンは、その言葉を聞いた瞬間僅かに動きを鈍らせる

 斬撃の飛ぶ音と銃声、二つが音が流れてすぐ。的の模様が描かれていた男の腹に風穴が空き、そのままピクリとも動かなくなる

 

「百点、ですわね」

 

 短く息を吐いた狂三が手に持っていた銃を手から落とすと、影の中に消えていく

 

「お待たせしましたわ、士道さん。恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」

「それ以上近づくな、時崎狂三」

「あらあら、今のわたくしは士道さんと話しているのに、そこに割り込むのは少々無粋ではありませんの? トーマさん」

「黙れ、今のお前を士道に近づかせる訳にはいかない」

 

 ファルシオンは切っ先を時崎狂三に向けるが、それを気にする様子もなく彼女は言葉を続ける

 

「すべてを無に帰す力を持っていながら、それを振るうことに恐怖を覚えているトーマさん。そろそろ虚勢を張るのもやめたほうがいいのではありません?」

「……お前に何が解る」

「わかりますわよ、”あの時のわたくし”を殺すことが出来なかったトーマさん?」

 

 狂三のその言葉を聞いたファルシオンは、地面を蹴り狂三に斬りかかる

 

「あら、危ないですわね」

「……オレとアイツの時間を、お前が語るな」

効果覿面(こうかてきめん)ですわね、お陰で簡単に士道さんを捕まえることが出来ましたわ」

「なに……ッ!」

 

 少し冷静さを取り戻したファルシオンは士道の方を見ると、彼は影から這い出た腕に足首を掴まれていた

 

「士道ッ!」

「動かないでくださいまし」

 

 銃口を向けられたファルシオンが動きを止めた瞬間、手に持った剣に触れないよう這い出てきた腕がファルシオンの両腕と両足を拘束し、地面に叩きつける

 動けなくなったファルシオンを後目に、時崎狂三はゆっくりと士道の方に近づいていく

 

「ふふ、捕まえましたわ」

「……っ」

 

 士道に覆いかぶさるよう身を寄せた時崎狂三に対して、士道は初めて精霊に対する恐怖を覚えていた

 

「──あぁ、あぁ、失敗しましたわ。失敗しましたわ。もっと早くに片付けておくべきでしたわ。──もう少し、士道さんとのデートを楽しみたかったのですけれど」

「……っ、……」

 

 逃げようとする士道に対して、時崎狂三がゆっくりと顔を近づけてくる。しかしそれはキスではなく、首筋に噛みつこうとしているようだった。二人の距離があと少しと言ったところで、彼女の身体は軽々と後方へ吹き飛んだ

 

「な──」

「──無事ですか、兄様」

「真、那……?」

 

 絞り出すような声と共に顔を上げた士道の目に映ったのは、機械的な鎧──ワイヤリングスーツを身に纏った少女、祟宮真那

 

「はい、間一髪でした。大事はねーですか?」

「あ、あぁ……」

「それにしても、フェニックスともあろうもがついていながらこの様とは、つくづく呆れちまいますね」

「……黙ってろ、少し頭に血が上っただけだ」

「過ぎたことをいつまでも引き摺るのは、どーかと思いますけど」

「黙れ」

 

 ファルシオンと話していた真那だが、士道の方を見ると少し気まずそうに後頭部をかいた

 

「あぁ……そりゃ驚きやがりますよね。なんというか、ちょっとワケありでして……まぁ、話しはあとです」

 

 そういうと同時に樹に叩きつられて地面に倒れ伏していた狂三はゆっくりと起き上がる

 

「あらあら……(わたくし)と士道さんの逢瀬を邪魔するだなんて、トーマさんといいマナー違反な方が多いですわね」

「うるせーです。そのトーマさんってのが誰かは知りませんが、人の兄様を狙いやがるなんて、どんな了見ですか」

 

 真那の言葉を聞いた、狂三は驚いたように目を見開く

 

「真那さんと士道さんはご兄弟でいらっしゃいますの?」

「……ふん、貴様には関係ねーです。また共闘です、力を貸しやがってください、フェニックス」

「分かった、お前は好きに……タイミングは俺が合わせる」

 

 真那はそう言うと、小さく首を回す。その動作に合わせて肩に装備されていたパーツが可変し、先端部が手のように五つにわかれろ。そして左右合計十の先端部から、青白い光が現れる

 

「とっととくたばりやがってください、ナイトメア」

 

 その言葉と共に指を鳴らすと、両肩のパーツから十本の光線が迸り、時崎狂三へと伸びていくが、彼女はそれをひらりとかわす

 

「──ッ!」

 

 その隙間を縫うようにファルシオンが接敵し、時崎狂三を切り裂こうとするが彼女はそれすらも避けてひらりと地面に着地した

 

「うふふ、危ないですわね」

「──ち」

 

 真那が鬱陶し気に舌打ちをすると、指を微かに動かした。すると時崎狂三に避けられた光線が急に進路を変え、再び向かっていく。これは流石に避けられなかったらしい時崎狂三は両足と腹部を光線に貫かれ、その場に崩れ落ちる

 

「……っ」

「手間かけさせんじゃねーです。化物風情が」

 

 そう言う真那は眉一つ動かさずに、軽く右手を上げると手のひらのように空いていたパーツは盾のような形状に戻り、先端から巨大な光の刃が姿を現す

 

「真、那……ッ!」

「どうかしやがりましたか。すぐに片付けちまいますので、舞ってやがってください」

「駄……目だ! 殺しちゃ──!」

 

 途切れ途切れになりながら発せられる士道の言葉を聞いた真那は、不思議そうに目を見開いたが、すぐに目を伏せ、かぶりを振ってくる

 

「……そういえばこの女、兄様のクラスに人間として転校してきやがったのでしたね。──兄様。詳しいことは言えねーですが、この女のことは忘れやがってください。この女は人間ではありません。生きていてはいけねー存在なのです」

 

 そう言うと、地面に倒れ伏した狂三の方に歩いていく

 

「……ッ! そういう問題じゃない! やめろ! やめてくれ……ッ!」

 

 士道が懇願すると、狂三は消えそうな声を発する

 

「……ふ、ふ……やっぱ、り、士道さん、は、優しい……お方」

 

 その言葉と共に、真那の振るった刃が狂三へと振り下ろされた

 

「ふぅ」

 

 真那が軽く右手を振るうと、手に装着されていたパーツは肩に戻っていく

 

「なん……で」

「知った顔が死ぬのは少しショックが大きかったかもしれねーですが、兄様、あの女を殺さなければ、殺されていたのは兄様ですよ」

「……」

「悪いことは言わねーですから、今日のことは悪い夢でも見たと思って、早めに忘れやがってください。あの女の死に心を痛めては駄目です。アレは死んで当然、存在してはならねーモノなのです」

 

 真那の言葉を着た士道は、思わず拳を握る

 

「ASTの言い分はわかる……! 今助けてもらったのにも礼を言う! でも……でも、精霊だからってそんな言い方は……」

「……兄様、どこでそれを?」

 

 普通の一般人が知らないであろう言葉を士道が発した、それに対して数秒後、何やら納得したように腕組みした

 

「……さては、鳶一一曹ですね。まったくあの方は……兄様には甘々なんですから。でもまぁ、それなら話がはえーです。どこまで知ってやがるのか存じねーですが、つまり、そういうことです」

 

 何の感慨もなさそうに言ってくる真那に、士道は戦慄を覚える

 

「なんで……おまえは、そこまで平然としてられるんだよ。おまえは、今……人を──殺し……たんだぞ……ッ!」

「人ではねーです。精霊です」

「それでもだ……! なんで、そんなあっさりと──」

「慣れてやがりますから」

 

 そう言った真那の声はあまりにも冷たく、落ち着いていた

 

「ナイトメア──時崎狂三は、精霊の中でも特別です」

「特別……?」

 

 そこで今まで黙っていたファルシオンがようやく口を開く

 

「言ったはずだぞ、士道……アイツは死なない」

「……鳶一一曹かと思ったら、兄様によけーな事を吹き込んだのはアンタでしたか。けどまぁ、そう言う事です、何度殺しても、どんな方法で殺しても。あの女は、何事もなかったかのように、必ずまたどこかに出現して、何度も人を殺しやがるんです」

 

 真那は尚も言葉を続ける

 

「──だから。私は殺し続けてるんです。あの女を、ナイトメアを。時崎狂三を。執拗に追いかけて、何度も、何度も、何度も」

「違う……っ!」

「え?」

「それは──慣れているだなんて言わない。磨り減ってるだけだ。……心がッ!」

 

 士道がそう言うと真那は小さく眉を揺らす

 

「何を……言ってやがるんですか、兄様」

「もう、止めてくれ、真那……おまえは俺の妹だっていうんだろ……? なら……一つだけでいい。俺の頼みを聞いてくれっ」

 

 士道は祈るように喉を絞る、真那のやっている行為が只の妄想じゃないから、心に負荷をかけられ、磨り減っていった少女(十香)の事を知っているから

 

「……無理ですよ、兄様」

「ナイトメアが生き返りやがる限り、そして人を殺しやがる限り、私はあの女の首を摘まねばならねーんです。あの女はもっともっと人を殺します。──私にしか、できねーんです」

「…………ッ」

 

 ふと、真那が顔を右上の方に向ける

 

「兄様。今日はここまでです」

「な……、まだ話は」

「増援が近づいています。兄様がここにいては面倒なことになりやがります……フェニックス、兄様をよろしくです」

「……わかった」

 

 真那は、半ば無理矢理士道を方向転換させると、背中を押してファルシオンの方まで連れてきた

 

「放してくれっ!」

「……今は、行くぞ」

 

 その言葉を最後に、ファルシオンの身体は士道ごと炎に包まれ始める

 

「また、会いましょう。今度は、もっと時間に余裕を持って」

「待──」

 

 その言葉を最後に、士道とファルシオンはその場から消え、残ったのは二人がいた場所に散っている火の粉だけだった




伝わらない思い
伝わって欲しい願い

変わるもの、変わらないもの

それでも譲れないものがあるとしたら
それはきっと、何よりも大切なモノ

次回 迷いと決意とそして誓い

《information》
・時崎狂三とトーマには、とある因縁がある


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第3-5話, 迷いと決意、そして誓い

 変身を解いたトーマは、士道を公園のベンチに座らせた

 

「大丈夫か?」

「…………」

 

 トーマの問いに、士道は答えない。ただ地面を見つめているだけだった

 それも仕方ないだろう、今まで関わってきた精霊やAST、狂三と真那は、それに比べてあまりに違い過ぎる。それに精霊と関わっていると言っても士道は普通の高校生に過ぎない。あんな場面を見て、衝撃を受けるなと言う方が無理な話である

 黙って士道の事を見ていると、ようやくその口を開いた

 

「なんなんだよ……そりゃあ……ッ」

 

 絞り出すように言った士道の言葉に対して、トーマは言葉をかけようとするが、遠くからこっちに来る気配を感じその場から立ち去ろうとして足を止めた

 

「……すまなかった」

 

 そして、それだけ言い残したトーマが去ってからすぐ、聞きなれた呼び声をかけられる

 

「シドー!」

 

 十香が、士道の方に駆けてきているのが見える。十香の後ろには折紙の姿もある

 

「シドー、どこへ行っていたのだ!」

「── 一体、これはどういうこと」

 

 士道の場所までやってきた十香と折紙は、不機嫌そうに言葉を投げてくるが、今の士道にそれを弁明するだけの余裕はない

 

「……ごめん」

「……シドー?」

「どうしたの」

 

 流石に不審に思ったらしい十香と折紙が、心配そうに顔を覗き込んでくる

 

「シドー、怪我をしているではないか!」

 

 怪我に気づいた十香が士道の手を取った瞬間。頭の中に狂三の血に濡れた貌がよぎり、息を詰まらせると同時に彼女の手を払いのけてしまう

 

「え……あ、シドー……す、すまん……痛かったか?」

「……っ、悪……い」

 

 少し呆然とした様子で自分の手と士道の手を交互に見た十香がそう言うと、士道は小さく頭を下げ小刻みに震える自分の手をもう片方の手で握りしめた

 

「ごめん……本当に、ごめん」

「そ、そんなに気にすることでもあるまい。一体どうしたというのだ……?」

「…………ごめんッ」

 

 心配してくれた十香たちに対して、士道はそれだけ言い残して立ち上がると、そのから駆け出してしまった

 

「し、シドー!?」

「どこへ──」

 

 後方から十香と折紙の声は聞こえてくるが、士道は足を止められなかった。それから──どれくらい走ったかわからない士道は、ひとけのない道に差し掛かったところで奇妙な浮遊感に包まれるのを感じた

 

「……っ、これは──」

 

 浮遊感に包まれた士道が移動したのは、フラクシナスの内部

 

「──無事で何よりよ」

 

 士道の背に、そんな声が欠けられる。振り向くと、そこにいたのは司令官モードの琴里だった

「……琴里」

「ようやく転移可能な位置に移動したわね。何度も呼びかけたのだけど?」

 

 言われた士道は右耳に手を槍、目を見開く

 

「……インカム、ねぇや」

「落としたの? いつ?」

「……悪い、よくわからん」

 

 士道がそう言うと、琴里は小さく唸るようにしながらあごに手を置いた

 

「……考えられるとしたら、狂三に襲われたとき……? じゃあさっきの声は──」

「どうかしたのか……?」

 

 士道が訪ねると、琴里は小さく息を吐いて首を横に振る

 

「なんでもないわ。──それより、怪我の手当をしましょ。ついてらっしゃい」

「……っ、あぁ……でも、十香と折紙は──」

「十香は一人になったらフラクシナスで拾って、簡単に事情を説明しておくわ。鳶一折紙は──まぁ、放っておいても大丈夫でしょう。明日学校でフォローしておいて」

「そう、か……」

 

 士道は力なく答えると、琴里の後をついていく

 

「……なぁ」

 

 その道中、士道は琴里の背に声をかける

 

「何よ」

「俺の──俺たちのしてることは、正しいんだよな……?」

 

 琴里は士道の言葉を聞いた瞬間、足を止め士道の方にキッと目を向けてくる

 

「それって、どういう意味?」

「……オレは、精霊が……自分の意思とは関係なく空間震を起こしちまう存在が、理不尽に襲われるのが許せなくて、おまえたちに強力してるんだ」

「……えぇ、そうね」

「でも……狂三は、人を──」

 

 士道にとって、狂三が人を殺していたという事実が、どうしようもなく、悲しくて、恐ろしかった

 

「何が言いたいのよ」

「俺には……無理だ」

 

 士道は、ついにその言葉を吐き出した

 

「今まで上手くいっていたのは、十香や四糸乃が偶然いい奴だったからなんだよ……。結局……俺には、何も──」

 

 そこで士道は言葉を止めた。いや、正確には止めさせられた

 琴里が士道の襟首を引っ張り、平手打ちで士道の頬を叩いたから

 

「あ……」

「……随分と根性がなくなったものね……?」

 

 士道が呆然としていると、琴里は顔をしかめながらそう言った。その表情が今にも泣きだしてしまいそうな表情かもしれなかったが、今の士道には判別がつかなかった

 

「俺には? 無理だ……? ふん、あの程度で泣き言言ってるんじゃないわよ! まだ昔の方が度胸あったんじゃないの!?」

「何の、話──」

「あなたは……っ、もっと恐ろしい精霊だって立ち向かってみせたじゃない! 救ってみせたじゃない! 無理だなんて軽々しく言わないで。あなたが諦めたら、狂三はたくさんの人を殺すわ。真那は狂三と──自分の心を殺し続けるわ……! トーマも、理由は知らないけどずっと苦しみ続けることになる……! あなたにしか──止められないのよ……ッ」

「……っ──」

 

 そう言われた士道は、ごくりと唾液を飲み込む。琴里の言ったもっと恐ろしい精霊と言うのが誰の事を指してるのかは分からなかったが、言葉の後半は、士道の脳にしっかりと届いていた

 士道は無言で、手を額に当てる

 

「……そうだな」

 

 そう言った士道は、ふらふらとする足取りで先に進んでいく

 

「あ、ちょっと……!」

 

 琴里が慌てたように後を追ってくると、士道は告げる

 

「……狂三にこれ以上人を殺させないためには、力を封印しなきゃならないもんな。真那にこれ以上狂三を殺させないために、トーマがこれ以上苦しまない為に……俺がやるしかないんだもんな。わかったよ……これで満足だろ?」

「…………えぇ」

 

 そう返した琴里の声には、少しだけ不安が混ざってるような気がした。

 

 

 

 その日の夜、士道はソファに寝転がりぐるぐると思考を巡らせていると、廊下の向こうから玄関の開く音が聞こえてくる

 

「ん……?」

 

 重い身体をどうにかして起こした士道がリビングの入口に目をやると、リビングの扉が開き、十香がおずおずと顔を出した

 

「十香……?」

「……うむ。入っていいか?」

「お、おう、もちろん」

 

 色々と気になる部分はあるが、そこに目をつぶりそう言った士道に対して、塔かは小さく頷いてリビングに入ってくると、士道の方に走り寄ってくる

 

「シドー。……身体に障っても大丈夫か?」

「あ……あぁ、大丈夫だよ」

 

 士道がそう言うと、十香はソファをよじ登り、ソファと士道の間に入り込む

 

「何してんだ……?」

「いいから、少し黙っていろ」

 

 十香はそう言うと士道の身体に手を回し、後ろから抱きしめてきた

 

「と、十香? い、一体何を……」

「……寂しいときや、怖いときは、こうするのがいいとテレビで言っていた」

 

 背中に当たる感触を感じた士道が、額に汗を浮かばせながら十香に聞くと、彼女はそう答える

 

「……ちなみに、どんな番組で?」

「おかあさまといっしょ……だったと思う」

 

 ばっちり幼児番組の名前を聞いた士道から、思わず苦笑が漏れる

 だが、それは正しかったようで、確かに士道は少し落ち着いた気持ちになった。それからどのくらいかそうしていると、十香が口を開く

 

「……令音にな、話を聞いた」

「話……って」

「狂三と、真那の話だ。シドーの様子がおかしい理由を訊いたら──話してくれた」

「っ、そ、うか……」

 

 士道はごくりと唾液を飲み下してからその言葉を吐いた。令音もあまり十香に精霊やAST関連の話は聞かせたがらなかった筈だが、今回は教えない方が十香の精神状態に悪いと踏んだのだろう

 

「シドー。私がこの家に厄介になっていたとき言ったことを覚えているか……?」

「え……?」

 

 シドーが訊き返すと、塔かは続ける

 

「私と同じような精霊が現れたら……きっと救ってやって欲しい」

「あぁ──」

 

 その言葉は、いつかの日に十香が士道に言った言葉。その言葉を士道はしっかりと覚えているし、その想いは変わっていない

 

「でも、狂三は」

「──変わらない。私と」

「え?」

 

 背中から士道を抱きしめたまま。十香は言葉を続ける

 

「……私には、シドーがいてくれた。シドーが、私を救ってくれた。──でも、狂三には誰もいなかった。私よりもずっと長い間、誰からも手を差し伸べられずにいたのだ……それか、差し伸べられた手を、掴めなかったのかもしれない」

 

 どういう意味で、最後の言葉を言ったのかわからないが、尚も十香は言葉を続ける

 

「もしシドーがいなくて、私がふた月前のあの状態のまま、ずっとずっと殺意と敵意だけに晒され続けていたなら──私は、狂三のようになっていたかもしれない」

「そ、んなこと──」

 

 そう言いかけて士道は言葉を止める。初めてであった時の十香は、今からは考えられない程心をすり減らした状態だったから。すり減った心はすさみ、終わりの見えない戦いに飽き、憔悴し、疲弊し、絶望した状態だったから

 

「本当に──もう救いようがないほど、狂三が悪い精霊だったなら、私がシドーを守る」

「え……?」

「だぁら……シドー。お願いだ。狂三の事を、もう一度だけ見てやってくれ。狂三に、もう人を殺させないでくれ。これ以上、心を磨り減らさせないでくれ……」

「……っ」

 

 士道は、狂三が人を殺すのがたまらなく嫌だった、真那が狂三を殺すのが理解できなかった。その輪廻を終わらせるために、狂三を止めるのだと決意していた

 だけど、それには重要なピースが一つ欠けている事を……士道はようやく理解した

 

「……ありがとう、十香」

「む? ……な、なぜだ? 私は礼を言われるようなことは──」

「……いや、おまえのおかげだ」

 

 只の男子高校生が、血反吐を吐きながら精霊を救うという目的に手をのばせたのは、理不尽に殺意を向けられる少女を助けたいと願ったから、十香の時も、四糸乃の時も、士道は心から救いたいと思っていた、だから士道は行動できた

 掲げる目標が、空想でも、妄想でも、それを信じなければ手を伸ばすことは不可能だった

 

「──十香、もう大丈夫だ」

「……もう、寂しくないか?」

「あぁ」

「もう、怖くないか?」

「……それは、ちょっとまぁ、怖いけど……でも、大丈夫だ」

「ん……そうか」

 

 そう言った士道は、いつもの彼に戻っていた

 

 

 

 

 

 

 

 そして、十香と別れた士道は家の近くの公園にトーマを呼びだした

 

「……すまない、待たせたか?」

「いや、大丈夫だ」

 

 士道が公園についてから程なく、トーマも公園へとやってくる

 

「その様子じゃ、もう大丈夫みたいだな」

「あぁ、心配かけた」

「……いや、今回の一件はお前達に時崎狂三の事を隠していたオレの落ち度だ」

 

 その言葉を聞いた士道は、改めてトーマの方を真っすぐ見る

 

「トーマ、教えてくれないか。お前と狂三の間に何があったのかを」

「……それは出来ない、と言ったら」

「それなら、教えてくれるまで頼み続ける」

「そうか……少し待ってろ」

 

 トーマは自販機まで行くと、ホットのお茶を二つ買ってきて、片方を士道に渡す

 

「少し長い話になる……それでもいいな?」

「あぁ」

 

 トーマの問いに士道は頷くと、二人で適当なベンチに腰を下ろす

 

「オレが、時崎狂三と会ったのは……今から何年か前の事だ」

 

 腰を下ろしたトーマは、ゆっくりと話を始めた

 

「どうやって遭遇したのかは省くが、最初、オレはアイツが精霊だって言うのを最初から勘づいてた。その上で、少しの間、同じ時間を過ごした」

「同じ……時間?」

「あぁ、オレにとって狂三は、天宮市に来てから一番最初に出来た友人だった」

「……ッ」

 

 トーマのその言葉を聞いた士道は、思わず目を見開く。狂三の事を話すトーマの瞳には、いつも敵意や怒りと言った黒い感情が渦巻いていたからだ

 

「だが、オレの友人だった狂三は、時崎狂三に殺された」

「狂三が……狂三に?」

「あぁ、オレも詳しい話は聞いてないからわからなかったがな」

「じゃあ……トーマが狂三の事を憎んでるのは」

 

 士道がそう言った瞬間、トーマは彼の前にストップのジェスチャーをする

 

「違うぞ、オレは狂三を憎んでない……憎んでないから、どうしようもできない」

「どういうことだ?」

「お前の前にいた時崎狂三は、オレの友人だった狂三じゃない……だが、だからこそ、オレはどうすればいいのかわからなくなっちまった」

 

 地面を見つめながら、トーマは言葉を続ける

 

「いっそ憎めれば、殺せれば、割り切れれば……ずっとそう考えてきた、殺せないなら、一生アイツが目の前に現れなければ……とも考えた、だが、お前達と出会い、協力をすると決めた時に覚悟を決めた……決めたと思ってたはずなんだけどな」

 

 自嘲しながら、言葉を絞り出した

 

「結局、駄目だった……オレにはアイツを殺せない、恨めない、憎めない……どれだけ憎悪を向けようとしても、オレの中にいるあの日の狂三(友との思い出)が、邪魔をする」

 

 言葉を終えたトーマは、手に持ったお茶を一気に飲み干す

 

「これが、オレと狂三の間にあった事だ。オレはアイツに友を殺された」

「そうか、ありがとな……話してくれて」

「このことは、いずれ話さないといけない事だったからな、気にしなくていい……それで、士道。お前はどうするんだ」

「救うよ、狂三を」

 

 トーマの問いに、士道は一滴の曇りもない声でそう告げた

 

「そうか……」

「あぁ、もう誰も狂三に殺させない……真那にも、狂三を殺させない」

 

 その言葉を聞いたトーマの顔にも、笑みが浮かぶ

 

「それなら、オレも考えるのはやめた……士道、絶対に救えよ。狂三を、どれだけ長い時間かけたとしても」

「絶対に救う、どれだけ長い時間をかけても。だから、トーマの持ってる感情(おもい)を俺に預けてくれないか? 狂三に届ける為に」

「……あぁ、預けてやる。だから……後は任せた」

 

 そう言いあった二人の顔に、迷いの感情はもうなかった

 

 

 その帰り道、トーマと一緒に歩いていた士道は、気になったことを訊いてみることにした

 

「そういえばトーマ。お前の友達だった狂三って、どういう奴だったんだ?」

「どんな奴……か、一言で言うと人間不信?」

「人間不信って……」

「これがマジなんだ。初遭遇からずっと戦い、戦い、戦いだったからな。だけど不思議なもんで、武器を向け合ううちに変な共感みたいなのが湧いてきてな」

「へぇ、漫画とかでよくある戦いの中で語るって奴なのかね」

「多分な……あぁ、それと、今の狂三とは決定的に違う部分があったな」

 

 士道と話していたトーマは、思い出したかのように手をポンと叩いた

 

「違う所?」

「あぁ、狂三の霊装の見た目がな」

「どんな見た目だったんだ?」

「なんか、軍服みたいな見た目だったな……それと、白かった」

「白かった?」

「あぁ、なんというか、ポジとネガってあるだろ? あんな感じで色を反転させたみたいな、そんな感じだ」

「へぇ」

 

 そんなことを話しているうちに、五河家の前まで到着していた

 

「それじゃあな、士道」

「あぁ、また」

 

 

 士道とトーマは、そこで別れ、各々の家に帰って行った




忘れかけていたものを思い出した士道
士道に想いを託したトーマ

それぞれの時がゆっくりと進む中
物語は新しい局面に突入する

次回 虚構の悪夢


《information》
トーマと狂三は、友人だった
彼の友人だった狂三は、時崎狂三の手によって殺されている
トーマが狂三に抱いてる感情は、めっちゃ複雑


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第3-6話, 虚構の悪夢《上》

 士道との語らいを経て、自分の中である程度区切りをつけたトーマは、久々に朝食の準備をする。いつもより早くに起きて、気合いを入れた朝食を用意していると、まだ眠い様子の美九が起きてきた

 

「おはよう、美九」

「…………」

 

 トーマの姿を見た美九は暫く目をぱちくりとさせた後、ようやく声を出した

 

「お兄さん?」

「おう、しっかり本物だ」

「──っ、おにいさぁーん!!」

 

 トーマのその言葉を聞いた美九は、目の前の光景が現実だと認識し、トーマに向かって飛びついてきた

 

「あぶなっ!」

「……今ままでどこに居たんですかぁ……」

「少し……考えたい事があって──」

「なら、せめて連絡はしてください……どこに行っちゃったんだろうって、心配したんですよ」

「……ごめん、でも……もう大丈夫」

「……本当ですか?」

「本当だ」

「本当の本当ですか?」

「本当の本当だ」

「本当の本当の本当ですか?」

「あぁ、本当の本当の本当だ」

 

 少し涙声になりながら問いかけてくる美九に対して、トーマは普段とは違う優しい口調でそう答えた

 

「なら、信じます」

「……ありがとう」

 

 少しいい感じの空気になっていると、鍋の吹きこぼれる音が聞こえ、慌ててそっちを向くと作っていた味噌汁が見事に溢れていた

 

「あぁ、やっちまった」

「あはは……」

「とりあえず、ちゃちゃっと作るから、美九はゆっくりしててくれ」

 

 一度吹きこぼれた鍋の火を止めたトーマは、中を確認した後、再び調理を再開した。たった数日だった筈なのに、この日常がやけに久々だとトーマは思いつつ、朝食の準備を再開した

 

 

 そして、美九と共に朝食を食べ、彼女を見送ったトーマは、久々に部屋の掃除でもしようかと考えていると、士道から着信が来る

 

「どうした」

『トーマ、今大丈夫か?』

「大丈夫だぞ」

『そっか、実は──』

 

 トーマが士道から聞いたのは、学校に来た狂三に対して、彼女を救う事を告げたと言う事。そして、士道の言っていることを確かめる為、放課後屋上に来るよう言われたことだ

 

「なるほどな」

『……どう思う?』

「どう思うって、お前……そりゃあ、やる事は一つだろう」

『だよな』

「あぁ、でも……アイツは何をしてくるかわからないが、無茶はするなよ」

『わかってる』

「なら良い、オレも放課後そっちに向かうが……狂三の事はお前に任せた」

『おう』

 

 そう言うと、士道との電話を切ったトーマは、フラクシナスに連絡を取るためインカムを耳につけて通信回線を開く

 

「フラクシナス、聞こえるか?」

『トーマ君ですか、聞こえていますよ』

 

 回線を開いた先で聞こえたのは、琴里ではなく副指令の神無月の声だった

 

「あれ、琴里はいないのか」

『司令なら少し席を外しています。それより、今日はどんなご用件で?』

「士道が狂三とまた対話することになったから、それを伝えようと思ってな」

『それは……本当ですか?』

「本当だが、どうかしたのか」

『士道君は今、インカムを携帯していないんです』

「……それなら、オレが直接士道に届けに行ってくる。購買に配達の仕事もあるからな」

『わかりました。それでは一度こちらにお越しいただいてもよろしいでしょうか、士道君用の新しいインカムをお渡しするので』

「了解」

 

 通信を切ったトーマは、火の元チェックを終えると、仕事用のカバンを片手に持って部屋から出て鍵を閉めると、そのままマンションから出た

 

 

 

 

 そして、時は進み昼休み前。購買用の弁当や惣菜パンの配達を終えたトーマはその足で士道の教室までやってきた

 

「すまない、五河君はいるか?」

「五河君ですか? それならあそこに」

 

 近くにいた生徒が指をさすと、確かにそこには士道がいた

 

「ありがとう」

 

 その生徒に軽く礼をしたトーマは教室の中に入ると、そのまま士道の机の前にやってくる

 

「士道」

「あぁ、トーマ……って、トーマ!?」

「リアクションが大袈裟すぎだ」

「あ、あぁ、すまん……じゃなくて、何で教室に」

「忘れ物を届けに来たんだよ、ほれ」

 

 トーマは士道にインカムを渡すと、士道の方は納得したような表情になる

 

「すまん、助かった」

「全く、これから正念場だって所なのに、孤立無援で挑むのは危険すぎるぞ」

「すっかり頭から抜けちまってたんだ。本当に助かった」

「まぁ、それならいいけどよ……それじゃ、しっかり届けたからな」

「ありがとな」

 

 士道の言葉に対して軽く手を振ったトーマは教室から出ていった

 

 

 

 

 それから更に時は進み、放課後

 士道は深く息を吸うと、ゆっくりと吐き出した

 

「……よし」

 

 周りには部活に向かう生徒たちの声が響いている。結局狂三とは、朝に下駄箱の前で会話を交わしたきり、話をすることはなかった。帰りのホームルームが終わった後も狂三は士道に視線を向けることなく教室から出て行っていた

 

『……大丈夫かね、シン』

 

 昼休みにトーマから届けられたインカム越しに、令音の声が聞こえてくる

 

「はい、意外と……落ち着いています」

『……それは何よりだ。しかし、十分気をつけたまえ』

「──はい」

 

 改めて気合いを入れ直した士道だったが、ふと疑問を覚える

 

「令音さん、そういえば琴里の声がしませんけど……」

『……あぁ、琴里は今少し席を外している』

「いや、席を外しているって、こんな大事なときに……」

『……それは琴里も重々承知している。だがそれを考慮した上で、こちらの方が作戦成功率が上がると判断したのさ。……今は邪魔者の横槍が一番厄介だからね』

「どういうことですか?」

『……今は狂三に集中したまえ。気を散らしながら篭絡できるほど甘い相手ではないよ』

「……っ、そ、そうですね」

 

 令音の言葉が少し気にかかったが、今は狂三以外のことを考えている余裕などないはずだ。屋上へ待っている狂三のところへ向かう為、士道は階段に足を向けた瞬間、辺り一面に異変が起こる

 

「こ、れ、は……」

 

 身体に襲いかかってきた途方もない倦怠感と虚脱感、空気そのものが粘性を持ったかのように重く身体に絡みつく

 士道はその場に膝をつきそうになるのを何とか堪え、姿勢を保ったものの、周囲に残っていた生徒たちは次々と苦し気なうめき声を出し、その場に崩れ落ちる

 

「お……っ、おい、大丈夫か……!?」

 

 士道は、すぐ近くに倒れこんだ女子生徒の肩を揺するが、気を失ってしまったのか反応はなかった

 

「令音──さん。これは……!?」

『……高校を中心とした一帯に、強力な霊波反応が確認された。この反応は──間違いない、狂三の仕業だ。広域結界……範囲内にいる人間を衰弱させる類のもののようだ』

「な、なんでそんなことを……」

『……それは、本人に訊いた方が早いだろう』

『士道、聞こえるか……倒れた生徒はオレに任せて、お前は狂三を優先しろ』

 

 インカム越しにトーマはそう言ってきた、それを聞いた士道は唾液をごくんと飲み干すとその場から立ち上がった

 

「あれ……そういえば、俺はなんで……」

『……忘れたのかね、シン。君は十香や四糸乃の霊力をその身に封印している。自覚症状はないかもしれないが。君の身体は精霊の加護を受けているに等しい状態なんだ』

「霊力……」

 

 呟くようにそう言った士道は、ハッと目を見開いた。先ほど出てきたばかりの教室の扉を開き、叫ぶように声を上げた

 

「十香ッ!」

「おぉ、シドー……」

 

 教室に残っている生徒の大半は床に伏せるか、机にもたれかかる形で気を失ってしまっていたが、塔かは軽く頭を押さえながら士道に声を返してくる

 

「大丈夫か、十香!」

「うむ……。だが、どうも身体が重い……どうしたのだ、これは……」

 

 十香は、高熱に運されるかのような調子で呻き、気怠そうに頭を揺らす

 

『……シン』

 

 インカムから、令音の呼び声が聞こえてくる。それがどういう意味なのか、詳細は聞かずとも察する事ができた

 

「十香、ここで休んでろ。すぐになんとかしてやるからな……!」

「シ、ドー……?」

「大丈夫だ。俺が──助ける」

 

 十香の頭を優しく撫でるようにしてから、意を決して廊下に出て、狂三のいる屋上へと向かう。重く纏わりついてくる空気を裂きながら階段を上り、やたら疲労する身体を叱咤しながら、どうにか屋上へと続く扉の前まで辿り着いた

 扉の前にやってきた士道は、深呼吸をするとドアノブを握り、扉を開けた

 

「く……」

 

 士道の身体を襲っていた感覚は晴れることなく、それどころか身体を襲う虚脱感が強くなっていく。そして、背の高いフェンスに囲まれた殺風景な空間の中心に、彼女はいた

 

「──ようこそ。お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 赤と黒で彩られ、フリルに飾られた霊装の裾をくっと摘み上げ、時崎狂三は、貴族が挨拶をするようにそう告げた

 

 

 

 

 

 

「……さて、オレも早く士道と合流したいところだが。まずは人命救助か」

 

 士道たちとの通信を切ったトーマは、無銘剣を片手に握った状態でそう呟く。狂三の事は士道に任せた手前、今トーマがやるべき最優先事項は倒れている生徒たちを安全な場所に移す事だ

 

「オレに出来ることには限界があるが、やるしかないな」

 

 近くにいた生徒たちを移動させ終えると、次の場所まで移動しようとしたところでトーマに向かって漆黒の銃弾が放たれる

 

「……っ」

「ごきげんよう、トーマさん」

「時崎……狂三」

「少し、わたくしと遊びませんこと」

「……いいぜ、付き合ってやるよ」

 

 炎を纏ったトーマの姿が、ファルシオンへと変化する

 

「オレはお前を……殺さない」

 

 無銘剣を向けながら、トーマはそう言った

 

 

 

 

 

「狂三……おまえ、一体何をしたんだ!? 何なんだ、この結界は……!」

 

 屋上で狂三と対峙した士道はそう問いかける。一方の狂三は士道の反応が楽しくて仕方ないと言った様子で、浮かべていた笑みを、さらに濃くする

 

「素敵でしょう? これは時喰みの城(ときはみのしろ)。わたくしの影を踏んでいる方の”時間”を吸い上げる結界ですわ」

「時間を……吸い上げる?」

 

 士道が怪訝そうに言うと、狂三はくすくす笑いながらゆっくりと近づき、優雅な仕草で前髪を少しかき上げる。そうすると、前髪に隠れて見えなかった左目が露わになった

 

「な……」

 

 それを見た士道は、眉をひそめる。狂三の左目が、明らかに異常だったからだ。彼女の左目は──時計そのものだった。そして、瞳の中に存在する時計はくるくると逆方向に回転している

 

「それは──」

「ふふ、これはわたくしの”時間”ですの。命──寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 狂三はそう言うと、その場でくるりとターンをする

 

「わたくしの天使は、それはそれは素晴らしい力を持っているのですけれど……その代わりに、ひどく代償が大きいのですわ。一度力を使うたびに、膨大な私の”時間”を喰らっていきますの。だから──時折こうして、外から補充することにしておりますのよ」

「な……っ」

 

 狂三の言葉を聞いた士道は戦慄する

 狂三の言ったことが本当だとすれば、結界の中で倒れている人たちは、狂三に残りの命を吸い取られていることになるのだから。狂三はそんな士道の表情を見て、何故か、少しだけ寂しそうな顔をした

 しかし、すぐにその顔に凄絶な笑みを貼りつけると、指先で士道の顎を持ち上げる

 

「精霊と人間の関係性なんて、そんなものですのよ。皆さん、哀れで可愛い私の餌、それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

 

 狂三は士道を挑発するように、言葉を続ける

 

「あぁ──でも、でも、士道さん。あなただけは別ですわ。あなただけは特別ですわ」

「……俺、が?」

「えぇ、えぇ。あなたは最高ですわ。あなたと一つになるために、わたくしはこんなところまで来たのですもの」

「一つになるって……どういうことだよ」

 

 士道は、狂三の言葉に対して眉をひそめる

 

「そのままの意味ですわ。あなたは殺したりなんてしませんわ。それでは意味がありませんもの。──わたくしが、直接あなたを”食べて”差し上げるのです」

 

 狂三の言った食べるというのが、どういった意味なのか士道にはわからなかった。しかしその言葉を聞いた瞬間、士道の胃に冷たいものを広げるのは十分だった

 しかし、士道はその気持ちを押しこめ、拳を強く握った

 

「俺が、目的だっていうなら、俺だけを狙えばいいいじゃねぇか! なんでこんな──!」

 

 士道の言葉を聞いた狂三は、愉快そうに言葉を続ける

 

「うふふ、そろそろ時間を補充しておかねばなりませんでしたし──それに、あなたを食べる前に、今朝の発言を取り消していただかないとなりませんもの」

「今朝の……?」

 

 今まで愉快そうに言葉を発していた狂三の視線が、鋭いものに変わる

 

「えぇ。──わたくしを、救うだなんて世迷い言を」

「……っ」

「──ねぇ、士道さん。そんな理由で、こんなことするわたくしは恐ろしいでしょう? 関係ない方々を巻き込むわたくしが憎いでしょう? 救う、だなんて言葉をかける相手でないことは明白でしょう?」

 

 狂三は、何かの役を演じるように大仰に手振りをしながら続ける

 

「だから、あの言葉を撤回してくださいまし。もう口にしないと約束してくださいまし。そうしたなら、この結界を解いて差し上げても構いませんわ。もともとわたくしの目的は、士道さん一人なのですもの」

「な……」

 

 士道は目を見開いた、結界を解く条件があまりにも簡単なものだったから。それこそ狂三が士道をたばかっているのではと疑ってしまうほどに

 

『……狂三は本気だ』

 

 インカムから、令音の声が聞こえてくる

 

『……彼女の精神状態に、嘘をついている形跡は見受けられない。シン、君が条件を呑んだなら、狂三は本当にこの結界を解くだろう』

 

 令音がそういうと同時に、狂三は薄気味悪い笑みを浮かべて身をくねらせる

 

「きひひ、ひひ、さぁ、早く止めなければなりませんわねぇ。急がないと手遅れになってしまう方もいらっしゃるかもしれませんわよォ?」

「……っ」

 

 士道が言葉を撤回すれば、結界は解除される。そうしなければ、結界の中にいる人たちが犠牲になるかも知れない、選択の余地がなかった士道は、意を決して口を開く

 

「……結界を、解いてくれ」

「なら、言ってくださいまし。もうわたくしを救うだなんて言わないと」

 

 一瞬、狂三は安堵しかのように息を吐いた

 

「それは……できない」

「は──?」

 

 士道がそう言った瞬間、狂三はぽかんと瞼と口を開いた。少なくとも今まで士道がみてきた狂三の中で、一番間の抜けた表情をしていた

 

「……あら、あら、あら?」

 

 しかし、そんな表情を浮かべたのも一瞬、狂三の表情はすぐに不機嫌なものに変わる

 

「聞こえませんでしたの? それを撤回しない限り、私は結界を解きませんわよ」

「……っ、それは、解いてくれ。今すぐ!」

「なら」

「でも、駄目だ! 俺はその言葉を撤回できない!」

 

 士道は叫び、狂三の言葉を拒否する。自分の言った言葉を撤回してしまったら、何も変わらないから

 

「──聞き分けのない方は嫌いですわ……ッ!」

 

 狂三はそう言うと、軽やかなバックステップで士道から距離を取り、右手をバッと頭上に掲げる

 

 その瞬間

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────

 

 けたたましい音が、街全域に鳴り響いた

 

「──っ、空間震警報……ッ!?」

 

 精霊が現界する際に、自分の意思とは関係なしに引き起こす厄災、それを知らせる警報がこのタイミングで鳴った。士道は別の精霊が出現するのかとも考えたが、狂気に満ちた笑みを浮かべる狂三が、それを否定していた

 そこから導き出される答えは、狂三が意図的に空間震を起こそうとしているというもの

 

「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひッ、さぁ、さぁ、どォぅしますの? 今の状態で空間震が起こったなら、結界内にいる方々は一体どうなりますでしょうねぇ」

「……!」

 

 そう言われ、士道は言葉を失う

 通常、空間震が起きた際、一般人はシェルターに避難する。しかし、狂三の結界内にいる人々は気を失い、避難することは不可能──なのだが、士道の頭に一つの疑問が浮かぶ

 

「さぁ、さぁ、士道さん? いかがですの? わたくしが恐ろしいでしょう? わたくしが憎いでしょう? これでも同じことが言えまして? 弱き肉が! 強き捕食者に!」

「……」

 

 心臓の鼓動が早くなる、呼吸が荒くなっているはずなのに、士道の頭の中は信じられないくらい冷静だった

 そして、士道の中に浮かんだ疑問とは──どうして狂三は、そんなにも士道に言葉を撤回させようとしているのか。彼女の目的が士道なら、変な小細工はせずにさっさと食べてしまえばいい、なのに、なぜ、そこまで狂三は気にするのか

 

 強き捕食者である自分が、弱き肉である士道の言葉を

 

『……シン』

 

 そこで、インカム越しに令音の声が聞こえてくる

『……狂三の精神状態が変化している。まるで君を……恐れているかのような数値だ』

「ぇ……?」

 

 令音からその言葉を聞いた瞬間、士道は狂三に聞こえないくらいの声を発し、眉をひそめる。そして、次に思い出したのはトーマとの会話の中にあった事だだった

 

 ”お前の友達だった狂三って、どういう奴だったんだ? ”

 ”どんな奴……か、一言で言うと人間不信? ”

 

 どうして狂三が自分の事を恐れるのか、士道は一瞬混乱し──そして、納得した

 

「あぁ──そうか」

 

 士道は息を吐くと、もう一度狂三を見る

 

「さぁ! 士道さん、どうしますの? あなたが言葉を撤回しなければ、何人もの人が死ぬことになりますわよ!?」

 

 狂三が士道から視線を逸らさないまま、高く掲げた右手をぐっと握ってみせた瞬間、空間が悲鳴を上げているような甲高い音が聞こえてくる

 

「く……」

 

 狂三にかけなければならない言葉もある、話さねばいけないことがある。だが、今はそれより先に、何とかしない事がある。自分の言葉を撤回せず、空間震を何とかする為に思考を巡らせると、ふと狂三の言葉を思い出す。

 

「……狂三」

「何ですの? ふふ、ようやく取り消す気になりまして?」

 

 狂三が、不敵に笑いながら言ってくる。その言葉に構わず、士道は言葉を放った

 

「おまえは、俺を食べるのが目的って……言ってたな」

「えぇ、そうですわ。殺したりしたら意味がありませんもの。あなたはわたくしの中でずっと生き続けますのよ。素敵でしょう?」

「…………」

 

 その一言を見て、確信を持った士道は、小さな声で令音に確認を取ると、その場から駆け出し、屋上の端にあるフェンスを登っていく

 

「……っ、何のつもりですの?」

「空間震を止めろ。さもないと──」

 

 フェンスの頂上に足をかけた士道は、校庭を指さす

 

「俺は、ここから落ちて死んでやるぞ……!」

「な、何を仰ってますの……? 気でも触れまして?」

 

 流石に動揺を隠せない狂三は士道にそう言うが、当の本人は既に覚悟が決まっていた

 

「悪いが正気だ。やっぱり俺は、朝の言葉を引っ込められない。──それじゃあ、おまえを助けられなくなっちまう」

 

 狂三が不快そうに顔を歪めるが、士道は構わず言葉を続ける

 

「でも、おまえに空間震を起こさせるわけにはいかない。だから──」

「それで、自分を人質に? 短絡的にも程がありますわ。追い詰められた逃亡犯ですの!?」

 

 確かに狂三の言う通りである、今の士道がやっているのは海外のニュースやドラマでよく見る、犯人が自分のこめかみに銃を突きつけているのと同じ行為だ

 けれど、狂三の目的が士道である以上、決して無駄な行為ではない

 

「……そんな脅しが聞くと思いますの? やれるものならやってご覧なさいな!」

 

 小さく息を吐いた狂三が士道にそう言う

 

「……あぁ」

 

 士道は静かにそう言うと、身体をフェンスの向こう側に投げ出した




自分の命を人質にとった士道
彼は、空間震を止めることが出来るのか
時崎狂三を救う事が出来るのか

次回 虚構の悪夢《下》

また前後編になってしまいごめんなさい


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第3-7話, 虚構の悪夢《下》

 フェンスから飛び降りた士道だったが、不思議と恐怖感はない

 

「────っ!」

『……シン!?』

 

 狂三が息を詰まらせる音と、令音の声が聞こえてくる

 ふわっという浮遊感と共に、士道の身体は凄まじいスピードで地面に落下していった

 

「──っ」

 

 意識が飛びそうになった瞬間、士道の身体は何者かに支えられ、ガクンと揺れる。士道の事をキャッチしたのは校舎の壁に這った影から現れた狂三だった、彼女はそのまま校舎の壁を垂直に登って屋上まで戻ると、乱暴に士道の身体を放る

 

「あー……死ぬかと思った」

「あっ……たり前ですわ……ッ!」

 

 士道が大きく息を吐くと、狂三が興奮した様子で声を荒げてきた

 

「信じられませんわ! 何を考えていますの!? 何を考えていますの!? わたくしがいなかったら本当に死んでいましたわよ!?」

「あー……その、なんだ……ありがとう」

「命を何だと思ってますの!?」

「いや、おまえが言っちゃ駄目だろそれ……」

 

 士道がそう言うと、狂三はハッとした顔を作り、頭をわしわしとかいた

 

「あぁぁぁぁぁ、もうッ! 馬ッ──鹿じゃりませんの……ッ!」

 

 狂三の声を聞いた士道は、その場に立ち上がると狂三に向かって声を上げる

 

「狂三。おまえ、なんで俺を助けてくれたんだ?」

「……っ、それは──あなたに死なれると、わたくしの目的が達せなくなるから……」

「そうか。じゃあやっぱり、俺には人質の価値があるんだな?」

 

 士道はそう言うと狂三に指を突き付けた

 

「さぁ、じゃあ空間震を止めてもらおうか! ついでにこの結界も消してもらう! さもないと舌を噛んで死ぬぞ!」

「そ、そんな脅し──」

「脅しだと思うか?」

「ぐっ……」

 

 狂三一瞬悔しそうな顔を作った後、指をパチンと鳴らした

 すると、周囲に響いていた耳鳴りのような音が止み。次いで、周りを覆っていた重い空気も消えていた

 

 

 

 

 

 士道が狂三と対話をしているのと同時刻、ファルシオンは狂三の銃弾を回避しながら接敵し、剣を振るう

 

「はっ!」

「甘いですわよっ!」

 

 狂三はファルシオンと距離をとり、銃弾を放ってきた

 

「……流石に、この状態じゃ厳しいか」

 

 トーマは剣で弾丸を防ぎながら、今持っている本を思い出すが一番相性の良い土豪剣と玄武神話は防御面はともかく狂三との相性に問題がある

 

「となると、制限付きだが……やるか」

「今度はなにをするつもりですの?」

「ちょっとした、小細工だよ」

 

【ワンダーワールド物語 水勢剣流水】

 

 本を読み込むと、無銘剣の刀身が銀色へと変わる

 

「正直、相性はあんまりだが……仕方ない」

 

【天空のペガサス】

【キング・オブ・アーサー】

 

『流水抜刀』

 水流を身に纏ったファルシオンは青の剣士──ブレイズへと変化し左手には新しい剣が握られていたのだが……今までと違い全身に電流が迸っていた

 

「あら?」

「──やっぱバランス悪いか」

 

 二つの剣を構えたブレイズに対して狂三は銃弾を放ってくるが、流れるような動きでその弾丸を切り裂く

 

「先ほどとは動きが違うようですが……一体何をしたんですの?」

「剣の名を冠した本を読み解く(リードする)とな、その剣の使い方も大体理解できる……さぁ、第二ラウンドと行こうか」

「そうですわね、それでは……あら?」

 

 仕切り直しをしようとしたところで、空間全体を覆っていた重苦しい空気が消滅する

 

「あらあら……どうやらここまでのようですわね」

「なんだと?」

「わたくしの役割はトーマさんの足止め……こうなってしまっては、もうあなたと戦う理由はありませんもの」

 

 それだけ言い残すと、狂三は影の中に消えていった

 

「……とりあえず、今は士道との合流が先決か」

 

 屋上へ向かおうとした直後、ブレイズの鎧は砕けるように消滅し、人間としてのトーマに戻る

 

「時間切れ……って言ってる場合じゃないか」

 

 無銘剣へと戻った剣を逆手に持つと、屋上に続く道を走り出した

 

 

 

 

 

 結界を解き、空間震を消した狂三は、自分に言い聞かせるように叫ぶ

 

「ま──まぁ、構いませんわ。どうせもともと、わたくしの狙いは士道さんだけですもの。何も問題ありませんわ。何も問題ありませんわ!」

「じゃあもう一つ──聞いてもらおうか」

 

 黙って食われるわけにもいかない士道がそう言うと、狂三は困惑したように言う

 

「ま、まだありますの……っ!?」

「あぁ、一度でいい。──狂三。おまえに一度だけ、やり直す機会を与えさせてくれないか」

「え……?」

 

 狂三は驚いたように目を見開き、すぐに眉をひそめる

 

「……まだそれを言いますの? いい加減にしてくださいまし。ありがた迷惑でしてよ。私は、殺すのも、殺されるのも、大ッ好きですの! あなたにとやかく言われる筋合いなんてどこにもありませんわ!」

 

 士道を拒絶するように、狂三が叫ぶ。その声には、今までのような底知れぬ恐ろしさはなく、何かに怯えているようにさえ聞こえた

 

「狂三。おまえ……誰も殺さず、命を狙われずに生活したことって……あるか?」

「それは……」

「わかんねぇじゃねぇか。殺し、殺される毎日の方がいいだなんて。もしかしたら──そんな穏やかな生活を、お前も好きになるかも知れねぇじゃねぇかッ!」

「でも。そんなこと──」

「できるんだよ! 俺になら!」

 

 士道が叫ぶと、狂三は気圧されたように息を詰まらせた

 

「おまえのやってきたことは許されることじゃねぇよ。一生かけて償わなきゃならねぇ! でも……ッ! おまえがどんなに間違っていようが、狂三! 俺がおまえを救っちゃいけない理由にはならない……ッ!」

 

 狂三は、数歩あとずさった。士道はそれを追うように一歩踏み出す

 

「わ、わたくし……わたくしは──」

 

 狂三が混乱したように目を泳がせ、声を発する

 

「士道さん、わたくしは……本当に……っ──」

 

「駄ァ目、ですわよ。そんな言葉に惑わされちゃあ」

 

 狂三が何か言おうとした瞬間、どこからともなくそんな声が響く。その声を聞いた士道は訝しげに眉をひそめた、何故なら士道の聞いたその声は

 

「ぎ……ッ!?」

 

 士道の思考を遮るように、前に立っていた狂三が、奇妙な声をのどからもらした

 

「狂三……?」

「ぃ、あ、ぁ……」

 

 士道はそちらに目をやり、凍り付いた

 眼前の狂三は、眼球を飛び出さんばかりに目を見開き、苦し気な声を響かせる。そして、士道が視線を下に向けると彼女の胸から、一本の赤い手が生えてきた

 

「え……」

「わ、たく、し、は」

 

 そこで、士道はようやく状況を理解する

 いつの間にか何者かが狂三の後方に現れ──彼女の胸を貫いたのだ

 

「はいはい、わかりましたわ。ですから──もう、お休みなさい」

「……ぃぐッ」

 

 小さな断末魔だけを残し、狂三は糸の切れた人形のように崩れ落ち、一度だけ身体を痙攣させ──完全に動かなくなった

 

「な……」

「あら、あら。いかがいたしましたの、士道さん? 顔色が優れないようですけれど」

 

 士道は、動くことができなかった、突然すぎる事態に思考が追い付いていないから

 何故なら、そこに立っていたのは──間違いなく、時崎狂三だったのだから

 

「く、るみ……? は? なんで……」

「まったく、この子にも困ったものですわね」

 

 狂三は血に濡れた本を持っていた右手をビッ、と払う。すると影から無数の手が生え、狂三の死体を、影の中に引きずり込んでいった

 

「あんな狼狽えて。──まだ、このころのわたくしは若すぎたかもしれませんわね」

「な──」

「あぁ、でも、でも。士道さんのお言葉は素敵でしたわよ?」

 

 冗談めかすように身をくねらせた狂三は笑う

 

「何、が……」

「さぁ、さぁ。もう間怠っこしいのはやめにしましょう」

 

 そういうと、士道の足元から手が生え、両足を掴もうとしたところで、斬撃がその腕を吹き飛ばした

 

「っ、トーマッ!」

「無事か、士道」

「あ、あぁ……それより、狂三が──」

「……わかってる」

 

「あら、あら、トーマさんではありませんの。これは……好都合ですわね」

 

 そう言うと、今までよりも多くの腕を出現させ、士道とトーマを掴もうと迫ってくる。切り払っていくが、対応しきれずその場に叩きつけられた

 

「うわ……っ!?」

「ぐっ……っ!」

 

「あなたの力……頂きますわよ、士道さん。それに、トーマさん」

 

 士道に近づき右手を伸ばしてくる。そして、手の冷たい感覚と右手に付着した血の嫌な感覚が士道の頬に伝わった瞬間。狂三の腕が宙を舞い、地面に落ちた

 

「──あら……あら」

 

 士道たちと狂三の間に割って入ったのは、ワイヤリングスーツを身に纏った真那だった

 

「真那!」

「はい。──また、危ねーところでしたね」

 

 巨大なレーザーブレイドを装備した真那が士道の方を見るが、すぐに光の刃を構え直すと、後方へ逃げた狂三に鋭い視線を放った

 

「随分と派手なことをやってくれやがったようですね、ナイトメア」

「──く、ひひ、ひひ、いつもながら、さすがですわね。わたくしの霊装をこうも簡単に斬り裂かれるなんて」

「ふん、悪ーですが、そんな霊装、私の前では無意味です。大人しく──」

 

 真那がそう言いかけたところで、狂三が大仰に手を広げ、その場でくるりと旋回した

 

「でぇ、もォ……わたくしだけは、殺させて差し上げるわけには参りませんわねぇ」

 

 狂三はそう言うと、カッ、カッ、と、ステップを踏むように両足を地面に打ち付けた

 

「さぁ、さぁ、おいでなさい──刻々帝(ザアアアアアアアアアフキエエエエエエル)

 

 刹那──狂三の背後に現れたのは巨大な時計。そして、狂三の身の丈の倍にあろうかという、巨大な文字盤。そしてその中央にある針は、それぞれ細緻な装飾の施された古式の歩兵銃と短銃だった

 

「……っ、これは──天使……っ!?」

 

 天使──精霊の持つ唯一にして絶対の力

 

「うふふ……」

 

 狂三が笑うと、巨大な文字盤から短針に当たる銃が外れると、狂三の手の中に収まった

 

「刻々帝──【四の弾】(ダレット)

 

 狂三がそう唱えると、文字盤のⅣから影のようなものが漏れ── 一瞬のうちに狂三の握る短銃へと吸い込まれる

 

「一体何を──」

 

 狂三は左手に握った短銃の銃口を、自分のあごに押し当てた、それを怪訝に思った真那の言葉の途中で、躊躇うことなく引き金を引いた

 銃声が辺りに響き、狂三の頭部が揺れる、どう見ても自殺したとしか思えない光景だったが、士道たちは一瞬あと、その感想を強制的に訂正させられることになった

 

「は……?」

 

 狂三が自分に向けて引き金を引いてすぐ、地面に転がっていた筈の狂三の右手が、映像を巻き戻すかのように宙に浮き上がり──元に戻った

 

「うふふ、いい子ですわ、刻々帝」

「……初めて見る手品ですね。それは、なるほど、素晴らしい回復能力です」

「きひひ、ひひ、違いますわよぅ。時間を戻しただけですわ」

「……何ですって?」

 

 狂三は不敵に笑うだけでそれ以上は答えず、右手を高く掲げた

 

「──あぁ、あぁ。真那さん、真那さん。今日ばかりは、勝たせていただきますわよ」

 

 そう言いながら、針の無い文字盤の前で、二丁の銃を構える

 

「さぁ、さぁ。始めましょう。わたくしの天使を見せて差し上げますわ」

「──ふん、上等です。またいつものように殺してやります」

 

 真那の言葉に対して、狂三はおかしくてたまらないといった様子で笑った

 

「きひ、ひひ、ひひひひひひひッ、まァァァァァだわかりませんのぉ? あなたにわたくしを殺しきることは絶ェェェェェッ対にできませんわ」

「そんなのは関係ねーです。倒れないのなら倒れるまで、死なないのなら死ぬまで、貴様を殺し続けるのが、私の使命であり存在理由です」

「ひひひひッ、あぁmそうですの。そうですわよね。あなたはそういうお方ですわ。ふふふ、ふふッ、嗚呼、嗚呼、いいですわ、たまりませんわ。──それで、どういたしますの? 首を刎ねまして? 胸を貫きまして? 四肢を断ちまして?」

「ふん、そのいずれから生き返った化物を一人知っていやがるもので。──欠片すら残さず、粉微塵にしてやります」

「へぇ? それは初体験ですわね。素敵ですわ。最高ですわ」

「相変わらず、狂ってやがりますね」

「ひひひ、それは、お互いさまではございませんこと? もう眉ひとつも動かしてくれませんのね。わたくしを初めて殺したときは、まだ可愛げがありましたのに」

 

 話をしながら、狂三が左手の銃を掲げる

 

「刻々帝──【一の弾】(アレフ)

 

 文字盤のⅠの部分から影が染みだし、狂三の握る短銃に吸い込まれていった。そしてまたもその銃口を自分に当て、引き金を引く

 

「ぐ……ッ!?」

 

 狂三の姿はその場から掻き消え、それと同時に真那が横に吹き飛ばされた

 

「あッはははははははは! 見・え・ま・せ・んでしたかしらァ?」

「っ──」

 

 真那は空中で方向を転換すると、狂三に猛進するが、狂三の身体がまたカスミのよに消え去り、次の瞬間には真那の後方に出現し、その背に踵を振り下ろそうとしたところで、トーマが真那と狂三の間に入り、無銘剣で防御をする

 

「ぐ……!」

「あなたは……っ!」

「あら、抜け出したんですのね。トーマさん」

 

 真那の事を庇ったトーマはそのまま地面に叩きつけられ、クレーターを作る

 

「いっつ……だが、目当てのものは手に入れた」

 

 クレーターの中心で膝立ちになっていたトーマは、無銘剣とは逆の手に持った本を見せる

 

「トライケルベロス……貰っていくぞ」

「随分と、手癖が悪くなったみたいですわね。トーマさん」

「誉め言葉どうも」

 

 そう返したトーマだが、士道たちにも見せた事が無いほど消耗しているようだった

 

「まぁ、トーマさんは放っておいてても問題なさそうですわね」

 

 そう言いながら、自分の方に向かっていた真那に銃口を向ける

 

「刻々帝──【七の弾】(ザイン)

 

 Ⅶの文字盤から染み出た影が銃口へと入り、真那に向けて放たれた

 

「無駄ですッ!」

「駄目だ、その弾は避け──っ!」

 

 トーマがその言葉を言い終わる前に、真那の展開していた随意領域(テリトリー)によって銃弾は阻まれた

 

「え……?」

 

 しかし、その後に起きた光景を見た士道は、呆然と声を発する

 士道の目の前に広がっていたのは、空中に飛び立った状態で完全に静止した、真那の姿

 

「真那……っ!」

 

 士道が呼びかけるが、真那は動かず、反応を示すこともない。まるで時間が止まってしまったかのように、その場から微動だにしていない

 

「あァ、はァ」

 

 狂三は笑い、真那の身体に何発もの銃弾を放っていく。狂三の使っているのは二丁とも単発式の古式銃だが、一発放つたびに影が滲み出て、弾丸として銃口に装填されていく

 

「が──ぁ……ッ!?」

 

 数秒後、その身に何発もの弾丸を受けた真那が、地面から血を流して地面に落ちていく

 

「きひひひひひひひひひ、あらあら、どうかしましたのォ?」

「な──、今の、は……」

「真那!」

 

 自分を縛る腕がいつの間にかなくなっていた士道は、そう叫んだあと地面に膝をついた真那のもとに駆け寄る

 

「兄──様、危険です。離れやがってください……」

「馬鹿、何を言ってやがる!」

「……っ!」

 

 士道が真那に駆け寄ったのを見たトーマも、ようやく痺れの取れてきた身体を動かして二人の前に立ち、剣を構える

 

「シドー!」

「──士道」

 

 と、そのタイミングで、バン! とドアを開け放つ音が響き、十香と折紙の声が聞こえてくる

 

「十香──折紙……!?」

 

 士道たちの元に駆け寄ってきた二人の姿は、霊装とワイヤリングスーツを纏っているもの

 

「大丈夫か、シドー!」

「怪我は」

 

 二人同時にそう言うと、鬱陶し気に睨み合いになるが、すぐにその先にいる狂三に血塗れで膝をついている真那、狂三に向かって剣を構えているトーマの姿に気づき、それぞれ武器を構える

 

「鳶一一曹……十香さん。ご無事でしたか。しかし……十香さん。その姿は一体」

「シドーの妹二号。おまえこそ、その恰好は何だ? まるでAST──」

 

 と、そこで狂三の笑い声が響いてきた二人は言葉を中断する

 

「あら、あら、あら、今日はお客さんが多いですわね」

「狂三……! いきなり逃げたと思ったら、こんなところにいたか!」

「あなたの行動は不可解、一体何の真似」

「え……?」

 

 十香と折紙の言葉を聞いた士道は、眉をひそめる

 

「逃げた、って……?」

「狂三が邪魔をしに現れたのだが……先ほどの爆発のあと、どこかへ逃げていったのだ」

「それはおかしい。時崎狂三は、私と交戦していた」

「何だと?」

 

 二人の疑問に、トーマは振り返らず答える

 

「お前ら二人とも、正真正銘時崎狂三と戦ってた……詳細は省いて簡単に言うと、分身の術擬きを使ってたって事だ」

「何だと!?」

 

 トーマの言葉を聞いた十香は驚き、折紙は訝し気な顔を向けてくるが。二人はすぐに視線を狂三に向け直す

 

「……残念だ、狂三。だがおまえがシドーに危害を加えようとする以上、容赦はしない」

「一部にだけ同意する」

 

 そんな二人の様子を見た狂三は、またも楽し気にくるりと身体を回転させた

 

「うふふ、ふふ。あぁ、あぁ、怖いですわ、恐ろしいですわ。こんなにもか弱いわたくしを相手に、こんな多数で襲い掛かろうだなんて」

 

 そんなこと微塵も思っていない様子で、狂三は嗤う

 

「でも、わたくしも今日は本気ですの。──ねぇ、そうでしょう? わたくしたち」

 

 奇妙な物言いに眉をひそめた次の瞬間、屋上を覆い尽くした狂三の影から這い出るようにして無数の狂三が現れる

 

『な……っ!?』

「来たか……っ!」

「なん……だよ、こりゃあ……っ!!」

 

 広い屋上を埋め尽くさんばかりに、墓場から這い上がってくるゾンビのように、霊装を纏った時崎狂三が、影の中から這い出てきた

 

「くすくす」        「あら、あら」        「うふふ」

「あらあらあら」       「驚きまして?」

 

「士道さん」    「さぁ、どうしますのォ?」        「あはははははッ」

「いひひひ」       「美味しそうですわねぇ」

「さぁ、さぁ」                「遊びましょう?」

「いかがでして?」     「ふふっ」       「ひひひ」

「ふふふふふ」     「そうしましたの?」

 

 

 無数の狂三が、思い思いの声を発する

 

「こ、ッ、れは……ッ」

「うふふ、ふふ、いかがでして? 美しいでしょう? これはわたくしの過去。わたくしの履歴、様々な時間軸のわたくしの姿たちですわ」

 

 銃を握った狂三が、両手を広げながらくっとあごを上げた

 

「な──」

「うふふ──とはいえあくまでこの『わたくしたち』は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。わたくしほどの力を持っておりませんので、ご安心くださいまし」

 

 狂三は、言葉を続ける

 

「真那さん、わかりまして? わたくしを殺しきれない理由が」

「──っ……」

 

 真那が息を詰まらせる、それは士道たちも同じだ。唯一この光景を見た事のあったトーマも、今は消耗が激しくいつものように戦う事は難しいだろう

 

「さぁ──終わりに、いたしましょう」

 

 狂三が、くるりと回る

 

「……ッ、舐めんじゃ──ねーです……ッ!」

 

 真那は傷ついた身体を随意領域(テリトリー)を使い、傷ついた身体を無理矢理動かすとユニットを可変させて幾重もの光線を放った。その光線は無数に存在する狂三のうち何体かの体を貫き、地面に跪かせる

 

「ふん……っ!」

 

 真那はユニットを可変させ、襲い来る狂三を次々と屠っていくが、刻々帝の前で銃を握った狂三が【七の弾】(ザイン)を装填し、再び真那に放った

 

「真那──!」

「今、助け──ッ!?」

 

 士道が声を上げると同時に、トーマは真那の元に向かい、十香と折紙は士道を守るように展開するが、数に差がありすぎた。それぞれが無数の狂三に包囲され、攻撃を加えられ、その場に押さえつけられる

 

「十香──折紙……トーマ……真那……ッ!!」

 

 士道も両腕をとられ、地面に押さえつけられる

 

「ぐ……」

「────」

「くっそ……がぁ……」

 

 無数の狂三が存在するなか、銃を握った狂三が、士道の方に近づいてきた

 

「あぁ、あぁ、長かったですわ。ようやく、士道さんをいただくことができますのね」

「や……っ、やめろ狂三! シドーに近づくな!」

「……っ、放して──」

「……力が……出ねぇ……」

 

 十香たちはもがくが、狂三の拘束から逃れる事はできなかった

 

「ふふ──そうですわ」

 

 くすくすと笑っていた狂三は、士道の目の前で足を止めると、何かを思い出したかのように眉をぴくりと動かした。そして、左手に銃を預け、右手を頭上に掲げた瞬間、再び空間震警報が鳴り響く

 

「な……狂三、おまえ何を──」

「うふふ、ふふ。先ほどできなかったことをして差し上げますわ。まだ皆さん目覚めておられないでしょうし──きっとたくさん死んでしまいますわねぇ」

「や、やめろ……ッ! そんなことしやがったらオレ、舌噛んで──」

 

 そう言いかけた瞬間、士道を取り押さえていた狂三が口に細い指を差し入れ、顎と舌を押さえつけた

 

「ふぐ……ッ!?」

「舌を……? どうするんですの?」

 

 狂三が笑い、右手を握ると、先ほどのように空間が悲鳴を上げ始める

 

「ふふ、ひひひ、ひひひひひひひッ! さぁ! もう二度とわたくしを誑かせないよう、絶望を刻み込んで差し上げますわ!」

 

 士道が声にならない叫びを発する間もなく、狂三は右手を振り下ろした

 

「あ────ーッはははははははははは──っ!!」

 

 その瞬間、来禅高校の周囲の空から凄まじい音が響き──空間が震える

 

 

 

 

 が、発生するはずだった空間震は、初期微動だけを残し消失した

 

「…………?」

「これは……どういうことですの……?」

 

 起こる筈だった事象が起きなかったことに対し、狂三が不信そうに眉を歪める

 

「──知らなかった? 空間震はね、発生と同時に同規模の空間の揺らぎをぶつけると相殺することができるのよ」

 

 狂三の疑問に答えるように、空から凜とした声音が聞こえてくる

 

「──っ、何者ですの?」

 

 狂三は右手に銃を握り直して、空に顔を向ける

 そこに広がっていたのは炎だった──否、正確には士道たちの頭上を炎の塊が浮遊していた

 

「琴、里……?」

 

 炎の中にいた人影……和装のような格好をした少女をみた士道は、そう口を開いた

 そう、炎の中心にいたのは五河琴里──ラタトスクの司令官であり、五河士道の妹、人間である筈の少女だった

 

「──少しの間、返してもらうわよ、士道」

「え……?」

 

 士道は、琴里の言った言葉の意味がわからず、眉をひそめる

 驚いていたのは、士道だけではなかった。何故か折紙も今まで見たことないくらい顔を驚愕に染めていた

 

「──焦がせ、灼爛殲鬼(カマエル)

 

 その名を口にした琴里の元に現れたのは、巨大な紺のような円柱形。琴里がそれを手に取った瞬間、側部から深紅の刃が出現する

 そう、彼女が手にしたのは──華奢な少女とはあまりに不釣り合いの戦斧、それを手にした琴里は軽々と握り、狂三に向ける

 

「さぁ──私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 今、この場所に、新たな精霊が姿を現した

 

 

 

To Be Continued...




絶対絶命の中、現れた第四の精霊
その正体は、士道の妹”五河琴里”だった
人である筈の少女が何故、精霊の力を持ってるのか

次章 五河シスター 第4-1話, 炎の精霊



《information》
仮面の剣士への変身は、一番相性の良い本と剣でなくても可能
ただし、変身する場合は通常ではかからない負荷がかかり
体力を異常なまでに持っていかれる為、使用する場面はかなり限られる


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第Ⅳ章, 五河シスター
第4-1話, 炎の精霊


 狂三は、巨大な戦斧を担ぎ上空にいる琴里を睨む

 

「邪魔しないでいただけませんこと? せっかくいいところでしたのに」

「悪いけど、そういうわけにはいかないわね。あなたは少しやりすぎたわ。──跪きなさい、愛のお仕置きタイム開始よ」

 

 琴里の言葉が予想外だったのか、狂三はしばし目を丸くしていたが、すぐに堪えきれないといった様子で哄笑を漏らす

 

「く、くひひひ、ひひひひひひひッ……面白い方ですわねぇ。お仕置き、ですの? あなたが? わたくしを?」

「えぇ、お尻ぺんぺんされたくなかったら、分身体と天使を収めて大人しくしなさい」

 

 それを聞いた狂三は、さらに可笑しそうに嗤った。周囲にいた狂三たちも、それに合わせるようにけたけたと嗤う

 

「ひひひ、ひひ。随分と自分の力に自身がおありのようですけれど、過信は身を滅ぼしますわよォ? わたくしの刻々帝は──」

「御託はいいから早く来なさい黒豚」

 

 琴里が面倒そうに息を吐くと、楽し気に笑っていた狂三の頬がぴくりと動き、一斉に上空の琴里を睨みつける。そして、それと同時に前方から苦悶の声が響いてきた。どうやら十香と折紙が狂三の分身に気絶させられたらしい

 

「上等ですわ。一瞬で食らいつくして──差し上げましてよォッ!」

 

 狂三がそう言った瞬間、屋上を埋め尽くしていた狂三の分身体が一斉に脚を縮め、空高く跳躍して琴里に迫った。琴里に迫る黒いシルエットは突撃と言うよりも無慈悲な機銃掃射や散弾銃の連射と言った方が適当に思える

 圧倒的な物量で相手を圧殺しようとする数の悪魔、人間代の巨大な弾頭が狂三に迫った

 

「──ふん」

 

 それを琴里は鬱陶しげに鼻を鳴らし、担いでいた戦斧を前方まで振り抜く。それでもなお、数の暴力の前に自分の優位は揺るがないと思っていた狂三だったがその予想は覆されることになった

 

『ぁ、ぇ……?』

 

 琴里が灼爛殲鬼を振り抜いた瞬間、先端に生えた刃が揺らめき、それと同時に分身体の身体の一部が宙を舞う。自らの一部を失った狂三の分身体は自分の部位を見つめ呆然と声を発した直後、身体全てが炎に包まれ、地に触れる前に燃え尽きた

 

「…………」

 

 狂三は無言で、士道の方に落とすと、もう一度灼爛殲鬼を振るい、士道に群がっていた狂三を消滅させた

 

「──っ」

 

 士道は口の中に差し入れられていた指を吐き出し、幾度かせき込んだ

 

「こ、琴里……これは一体──」

「大人しくしてなさい、士道。可能なら狂三の隙をついてこの場から逃げて。今のあなたは──簡単に死んじゃうんだから」

「は……? それってどういう……」

 

 士道の問いは、前方から響いた狂三の声によってかき消される

 

「ひひ、ひひひひひひひ……ッ! やるじゃあありませんの」

 

 銃を握った狂三は唇の端を歪める

 

「でェもォ、まさかこれで終わりだなんて思ってはおりませんわよねぇ?」

 

 そして、狂三は巨大な文字盤の前で二つの銃を構える

 

「琴里、気をつけろ、あれは……!」

「ふふ、士道さん、無粋な真似はしないでくださいましッ!」

 

 Ⅰの文字盤から溢れ出た影を短銃に装填し、自分のこめかみに撃ち込む、瞬間、狂三の姿が霞となって消える

 狂三の姿が霞となって消えた瞬間、琴里は灼爛殲鬼をバッと頭上にやると程なくして甲高い音が鳴り、灼爛殲鬼が震える。狂三の天使──刻々帝の一の弾(アレフ)は撃った対象の時間を早める弾、それを使った攻撃だ

 

 狂三は影すらような追いつかない速度の猛襲を、琴里に仕掛けるが、彼女の灼爛殲鬼は焔の刃を俊敏にうごめかせ、その攻撃をことごとく防いだ

 

「あッははははは! 素晴らしいですわ! 素晴らしいですわ! さすがは天使を顕現させた精霊──ッ! 高鳴りますわ、高鳴りますわ!」

「ふん……! 鬱陶しいわね。あなたもレディなら少しは落ち着きを持ったらどう?」

 

 琴里が棍を薙ぐように振り抜くと、ようやく士道たちの目に吹き飛ばされた狂三の姿が見える。空中に吹き飛ばされ、不安定な体勢の狂三はけたけたと笑い、銃を構える

 

「ご忠告痛み入りますわ。ではご要望にお応えして、淑やかに()らせていただくとしましょう。刻々帝──【七の弾】(ザイン)!」

 

 刻々帝のⅦから影が滲み出て、銃口に吸い込まれていった、そして引き金を引くと同時に漆黒の弾丸が打ち出される。

 かわせるはずのない弾丸を琴里は灼爛殲鬼で撃ち落とす

 

「琴里!」

 

 が、駄目だ……刻々帝の七の弾(ザイン)は防ごうが落とそうが関係ない、その一撃が触れた瞬間、琴里の身体がピクリと動かなくなる

 

「ふふ、あはははははッ! 如何な力を持っていようとも、止めてしまえば意味がありませんわよ?」

 

 狂三がそう言うと同時に、周囲に残っていた無数の狂三たちが一斉に銃を構え、引き金を引いた

 

「やめ──」

 

 士道の制止が間に合うはずもなく、放たれた弾丸は琴里に吸い込まれ、その肌に銃痕を残していく

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 その言葉を最後に、七の弾(ザイン)の弾を放った狂三が、琴里の眉間を撃ち抜き、彼女の時間が動き出し、琴里の全身に刻まれた傷から、一斉に血が噴き出し、小さな身体を仰向けにその場に倒す

 

「琴里……ッ!!」

 

 士道は悲鳴じみた声を上げてその場に駆け寄り、倒れた琴里の身体を抱き起そうとするが、できなかった。

 全身を狂三の弾丸に穿たれた琴里は夥しい量の血の海に沈んだ琴里は、生存の望みなど一縷とてない惨状。士道は妹の変わり果てた姿に呆然と手を突いた

 

「あ、あ……」

「うふふ、ふふふふふふッ、あぁ、あぁ、終わってしまいましたわ、終わってしまいましたわ。せっかく見えた強敵でしたのに。無情ですわ。無常ですわ」

 

 芝居がかった調子でくるくると回りながら、狂三は可笑しそうに嗤う

 

「さぁ、さぁ、今度こそ士道さんの番ですわ。わたくしに──」

 

 狂三はそこで言葉を止めると、訝しげな顔をして、仰向けに倒れた琴里の方を見つめている。倒れた琴里に刻まれた無数の銃痕から焔が噴き出し、傷口を舐めるように広がっていく

 

「……まったく。派手にやってくれたわね」

 

 踵を支点にするように、琴里は不自然極まる体勢で身を起こした。彼女に刻まれていた傷跡も、出血も、霊装の綻びさえも一切がなくなり、完全に修復されていた

 

「な──」

「私としては、あなたが恐れ戦いて戦意をなくしてくれるのがベストなのだけれど」

「……ふん、戯れないでくださいましッ!」

 

 狂三は身を反らし、両手の銃口を背後に向けると、Ⅰの文字盤から影が滲みでる

 

【一の弾】(アレフ)……ッ!」

 

 狂三はそう叫び、両手に握った銃の引き金を連続して引き絞り、屋上に残った狂三たちに一の弾(アレフ)が吸い込まれていく

 数十発の一の弾(アレフ)を撃ったのち、狂三は自らに銃口を押し当て、引き金を引いた

 

「──ちッ」

 

 琴里は面倒そうに舌打ちすると、左足を後方に振り、士道の脇腹を蹴った。

 

「な、何すん──」

 

 突然の衝撃を受け、後方に蹴り飛ばされた士道は背中と後頭部を地面に擦ってなんとか停止し、非難の言葉を吐こうとするが最後まで吐くことはできなかった。

 一の弾(アレフ)の効果で尋常ならざるスピードを出した狂三たちが琴里に群がり、拳打、脚蹴、あるいは弾丸を浴びせかけられていたからだ

 

「切り裂け──灼爛殲鬼ッ!」

 

 琴里が吼えた瞬間、灼爛殲鬼の刃は体積を何倍にも膨れ上がらせ、更に広範囲へと伸ばしていく。狂三たちは焔の刃に次々と薙ぎ払われ、その身体を灰にしていく

 

「くッ……一体なんなんですの、あなたは!」

 

 苦悶の表情で琴里から距離を取った狂三の身体には灼爛殲鬼の攻撃を受け、肩から腹にかけて切り傷の上から火傷をしたような奇妙な痛々しい傷が出来ていた

 

「刻々帝──【四の弾】(ダレット)!」

 

 狂三が短銃を掲げると、Ⅳの文字盤から影が滲み出て、銃口に吸い込まれた。そして銃口を自らのこめかみに向け引き金を引くと、時間が巻き戻るかのように狂三の身体から傷が消えていく

 そして、狂三が傷を治したのと同時に、琴里の周囲を飛び交っていた狂三の分身体は全て灰となって風に消えていく

 

「あら、もう打ち止めかしら? 案外少なかったわね。もう少し本気を出してくれてもいいのよ?」

 

 戦斧を肩に担いだ琴里がそう言うと、狂三は顔を歪ませ、歯をぎしりと噛み締めた

 

「その言葉──後悔させて差し上げますわッ! |刻々帝《ザアアアアアアアアアアアアアアアフキエエエエエエエエエエエエエエエエル》ッ!」

「ッ! させるかっての……!」

 

 狂三の言葉と呼応するように彼女の左目に存在する時計の針がもの凄い勢いで回り始める

 

「──ぁ」

 

 その様子に不穏なものを感じた琴里は、灼爛殲鬼を振りかぶった瞬間、小さな声を漏らし、その場に膝をついた

 

「く……こ、これは……」

 

 灼爛殲鬼を杖のようにしてどうにか体を支えながら、琴里がもう片方の手で苦しげに頭を押さえる。士道の目から見ても琴里の窮地である事はすぐにわかった

 

「こ、琴里!?」

「あッはははははははは! 悪運つきましたわねぇ!」

 

 狂三は高らかに笑い、刻々帝の弾が込められた歩兵銃を狂三に向けられた。彼女の銃に込められた弾がどんなものなのかわからないが、琴里の命を刈り取る為の一撃である事が理解できた

 士道は直感で琴里のところに駆け出そうとして、誰かに腕を掴まれる

 

「駄目だ……士道」

「トーマ……でも、このままじゃ琴里がッ!」

「琴里をよく見ろ……」

「えっ──」

 

 士道が琴里に目を向けた瞬間、膝をついていた筈の琴里がすっと立ち上がる

 

「っ、琴里! 大丈夫なのか!」

 

 少し離れた場所から、士道が声をかけるが……琴里が答えなかった

 

「琴、里……?」

 

 士道の問いに答えない琴里は、爛々と光る深紅の瞳で、狂三をジッと睨みつける。士道にとって、見慣れたはずのその顔は、何故か琴里ではないまったく別の少女に見えた

 

「灼爛殲鬼──【砲】(メギド)

 

 琴里は灼爛殲鬼を天高く掲げ、その言葉を発する。それに応えるように灼爛殲鬼の刃は空に掻き消え、その形を変形させていく。柄の部分は本体に収納され、大砲を思わせる形に変形した灼爛殲鬼は、柄を握っていた右腕を包み込むように装着される

 そして、肘から先に灼爛殲鬼を装着した琴里は、その先端を狂三に定める、その瞬間、琴里の周囲に渦巻いていた焔が、その先端に吸い込まれていく

 

「────!?」

 

 琴里に銃口を向けられていた狂三は、その様子を見て眉をひそめる。それは今までに見た事の無い表情、言葉を当てはめるなら恐怖や戦慄に近いものだろう

 

「わたくしたち!!」

 

 狂三が叫ぶと同時に、分身体たちが、二人の間を遮るように這い出てくる

 

「──灰燼と化せ、灼爛殲鬼」

 

 琴里が静かに口を開いた瞬間、構えていた灼爛殲鬼から凄まじい灼熱の奔流が放たれる

 

「ぐ……」

「ッ……」

 

 息を吸うのも、目を開けるのも困難なほどの熱気。その一撃は数秒でその体積を減らし、琴里の右腕に装備されや灼爛殲鬼は、作業を終えた機械のように白い煙を吐いていた

 

「けほ……っ、けほ……っ」

「士道、大丈夫か?」

「あ、あぁ……でも、何が──」

 

 軽く咳き込んでから視線を上げた士道は、その先に広がっている光景を見て小さく肩を揺らす。屋上の床や現須賀凄まじい熱によって溶かされていた。砲撃の通った後には何も残っていなかったが、その先には未だ狂三と刻々帝の姿があった

 だが、狂三を護るように這い出た分身体の姿は一体もなく、狂三自身も左腕を失っていた。凄まじい熱量で吹き飛ばされた左腕は断面が炭化し、血の一滴も流れていない

 狂三の背後に浮遊していた刻々帝も、その巨大な文字盤の一部を貫かれ、本来文字のあったであろう部分の一部が綺麗に抉り取られていた

 

「──ぁ……」

 

 絞り出すように息を吐き、その場に崩れ落ちた狂三を見ても、琴里は銃口を降ろさない

 

「……銃を取りなさい」

 

 琴里は、低い声で狂三に言う

 

「まだ闘争は終わっていないわ。まだ戦争は終わっていないわ。さぁ、もっと殺し合いましょう。あなたの望んだ戦いよ。あなたの望んだ争いよ──もう銃を向けられないというのなら、死になさい」

「琴里……? 何を言ってるんだっ!?」

 

 士道はそう言うと、トーマの腕を払って琴里の元まで向かうと、その肩を掴んだ

 

「それ以上やったら、本当に死んじまうぞ! 精霊を殺さずに問題を解決するのが、ラタトスクなんだろ!?」

 

 士道の声に耳を貸さない琴里は、再び灼爛殲鬼の砲門に焔を引き込んでいく

 

「……! お、おい、琴里!」

 

 士道は琴里の前に回り──息を詰まらせる。冷たく歪んだ双眸に、妖しく光る深紅の瞳。そして口元に浮かんでいたのは、愉悦か恍惚にも近い表情

 それを見た士道は、目の前にいる琴里が自分の知っている琴里でないことに戦慄し、その場から駆け出す──力なく膝をついた狂三の方に

 

「狂三!」

「士──道、さん……?」

 

 狂三を連れて逃げるような猶予はないと理解した士道は、狂三の前にバッと立ちはだかる

 

「士道ッ! ──―」

 

 トーマは、咄嗟に無銘剣を出現させ士道の元に走る。それと同時に灼爛殲鬼から再び紅蓮の一撃が放たれる。その瞬間

 

「っ!」

 

 灼爛殲鬼を構えた琴里が、ハッと目を見開いた

 

「おにーちゃん……ッ! 避けてっ!」

 

 琴里は叫ぶと同時に、右手の灼爛殲鬼を上空に向けるが、放たれた炎の軌道は完全には変えられず、士道に接触する直前でギリギリ間に合ったファルシオンが間に割って入り無銘剣で一撃を受け止める

 

「……ッ!?」

 

 紅蓮の一撃を受け止めきったファルシオンは、背後を見ると意識を失った士道と、その場に膝をついていた狂三が無事なのを確認すると、意識を手放した




五河琴里
予期せぬ乱入者によって、ついに終結した狂三との闘い
そして、戦いの中で琴里の見せた獰猛な一面
真実が交錯していく中で、物語は進み続ける

次回, 五河シスター、第4-2話


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第4-2話, 迷い

 燃え盛る街、広がり続ける炎、彼の眼下に広がっているのは、五年前の天宮市

 

「お前は……」

 

 ファルシオンの目の前にいるのは、一人の精霊。花嫁衣装を思わせる純白の霊装を纏った少女がいた

 何かを見てしまったのかその少女は虚ろな表情のままその場から動こうとしない。ファルシオンが彼女に近づこうした瞬間、光の粒子となり目の前の少女は消滅する

 

「一体、何だったんだ……」

 

 その場に残されたファルシオンは、ただその場で呆然とすることが出来なかった

 

 

「──っ……」

 

 トーマが目を覚まし、一番最初に目に入るのは医務室の天井

 

「……ここは」

「……起きたん、ですね……良かった」

 

 身体を起こし、近くに目をやるとカーテンの向こう側から四糸乃が顔を出してくる

 

「四糸乃……あぁ、無事だ」

「良かった、です……」

「それより、士道は大丈夫なのか?」

「はい……今は、琴里さんに……会いにいってます」

「そうか、それなら……オレはもう少し横になってるから、四糸乃ももう休んでくれ」

 

 トーマはそう言うと、再びベッドの上に横になり目を閉じた

 

 

 

 それから、トーマがフラクシナスから帰ろうとしたところで、暗い表情の士道がやってきた

 

「おう、士道」

「……あぁ、トーマか」

「随分暗い表情だな、何かあったか?」

「いや……別に、何でもないぞ」

「……大丈夫そうには見えない、何かあったなら話くらいなら聞くぞ?」

「本当に大丈夫だから……心配しないでくれ」

 

 士道はそういうと、トーマよりも先に転送され地上に戻っていった

 

「なんでもない……ね」

 

 あからさまにそんな事無いだろって表情を浮かべたトーマは、自分もフラクシナスから地上に戻った

 

 

 

 

 その日の夕方、日用品の買い出しに出ていたトーマが五河家に向かっている途中で、昨日よりもさらに暗い表情をしている士道と出会う

 

「どっか行ってたのか?」

「……少し、真那のお見舞いに」

「そうか、それで……その表情って事は、目的は果たせなかったんだろ」

「わかるのか?」

「わかる、とは言えないが予想はつく。目的を果たした人間の顔は少なからず明るいもんだからな」

「そんなもんか。それじゃ、俺はこれで」

「ちょっと待て……士道、オレに少しだけ時間をくれないか?」

 

 トーマがそう言うと、士道は少しだけ不思議な表情をする

 

「あんまり時間は取れないけど……」

「それでもいい、少しだけオレに時間をくれ」

「わかった」

 

 そして家の近くの公園まで移動した二人は、ベンチに腰をかける

 

「それで、一体なんなんだ?」

「士道、お前悩んでるだろ」

「別に、悩んでなんて──」

「嘘だな、いろんな事を抱え込んでる時の表情をしてるぞ」

 

 士道の表情に驚愕の感情が浮かび、おずおずと聞いてくる

 

「……そんなにわかりやすかったか?」

「わかりやすかったな、ビックリするくらい……それで、何があったんだ」

 

 少し話のを躊躇っていた様子の士道だったが、やがてポツポツと話を始める

 

「令音さんに、言われたんだ」

「言われたって、何を」

「琴里が、あと二日しか持たないって」

 

 それを聞いたトーマの表情が、驚きに変わる

 

「どういうことだ?」

「令音さんが、琴里が自分の霊力に耐えられるのは後二日だろうって……」

「それで、お前はどうするんだ?」

「琴里をデレさせる……それは決まってるけど、なんか難易度高い気がしてな」

「あの性格だもんな、それで少しだけ表情が暗かったのか」

 

 トーマは話を聞いて、少しだけ納得する。確かに急に自分の妹の余命が後二日しかないと言われたら受け入れるのは難しいだろう

 

「……後、琴里が言ってたんだ」

 

 トーマが納得していると、士道はさらに言葉を続ける

 

「狂三と戦ってる時、急に意識がなくなったって……意識のないあいだに自分がなにか取り返しのつかない事をしてるんじゃないかって、それで五年前に誰かを殺してしまってるんじゃないかって……」

「だが、それはあくまでもそうだと仮定した場合の話だろ……実際のところはわからないんじゃ──」

「それだけじゃない」

 

 トーマの言葉を遮った士道は言葉を続ける

 

「折紙の両親は、五年前精霊に殺されてる……もしかしたら、本当に琴里は──」

 

 そこまで言ったところで、士道は言葉を止めた

 

「すまん」

「気にするな……だが、まだ琴里が折紙の両親を殺したって確証はないんだろ? なら、まだわからない」

「そうだけど、でも──」

「信じてやれよ、家族を……それに士道、今は琴里を救う事だけを考えろ。冷たいようだが……折紙の両親は既に死人だ、今のお前には救えない」

「そんな言い方──」

「するさ、今のお前は他人の両親の事なんて考えるな、ただ自分の家族を救う事だけを考えろ……大切なのは、今のお前がどうやって琴里を救うか、ただそれだけだ」

「そうだけど、でも──」

 

 未だ吹っ切れていない様子の士道を見たトーマは、彼の胸ぐらを掴む

 

「士道、その優しさはお前の長所だと思う……だけどな、他人の言葉に惑わされて自分がやらないといけない事を見失うのは、優しさじゃないただ甘いだけだ」

「トーマ……」

「家族なら信じてやれ、たとえ鳶一折紙の言った事が真実だったとしても、それが本当に真実だと判明するまで……お前は自分の妹の事を信じて、救うために手を伸ばせ」

「信じる……か、そうだよな」

 

 少しだけ吹っ切れた表情になった士道を見たトーマは、手を放す

 

「少しは吹っ切れたか?」

「あぁ、ホントに少しだけどな……あっ、そういえば令音さんに呼ばれてたんだった」

「それなら先に言ってくれ」

「すまん、トーマも来るか?」

「……いや、オレはやめとく」

「そっか、とりあえず……話を聞いてくれてありがとな」

「こっちこそ、話してくれてよかったよ」

 

 それだけ言い残すと、トーマは士道と分かれた。マンションへ続く帰路を歩き始めた

 

 

 

 

 

 

 翌日、トーマがいつものように朝食を作っている様子を眺めていた美九は、その様子に少しだけ違和感を覚えた

 

「お兄さん、何かありましたか?」

「ん? いや……何でも、なくないか」

「ですよねぇ、それで何があったんですか?」

「美九は、もし大切な人が意識の無い時に取り返しのつかない事をしてる可能性があったら、どうする?」

「随分と限定的な質問ですねぇ……それって、あくまで可能性の話ですよね?」

「そうだな、可能性の話だ」

「なら、私は大切な人が何もしてないって可能性を信じます」

 

 トーマは目の前で作っているフレンチトーストに目を向けながら、美九の言葉に耳を傾ける

 

「やっぱり、そうだよな」

「当たり前です、本当に大切な人なら信じて当然です」

「確かにそうだよな……よし、出来たぞ」

「待ってましたぁ!」

 

 フレンチトーストを皿に移し、美九の前に皿を一枚置き、トーマ自身ももう一枚の皿と一緒に席に着く

 

「「いただきます」」

 

 二人で手を合わせて、ナイフとフォークを使ってフレンチトーストを食べ始めてすぐ、食事をする手が止まる

 

「どうした?」

「お兄さん、実はですね……アイドルの活動を再開しないかって、連絡が来たんです」

「──そうか、確かに活動休止から半年、意思確認には良い時期かもな」

 

 トーマの同居人、誘宵美九はかつてアイドルをしていた──宵待月乃と言う名前で、彼女とトーマが出会ったのもアイドル活動をしていた時期だ。それから彼女は一度引退し誘宵美九として再び芸能界に戻った。人ではなく精霊として

 

「でも……正直迷ってます」

「迷ってる……か」

「はい、アイドルの活動は再開したいと思ってます……けど、いざそうなるとやっぱり──」

 

 美九は少し震えながら言葉を続ける

 

「やっぱり、怖いんです」

「……」

 

 トーマはそれに対して、何も言わない

 

「アイドルの活動はしたいです、歌だって唄いたい……でも、また”あんな事”になるのが、私怖くて……」

 

 精霊として芸能界に戻った彼女の生活は順調だった

 しかし、ある時を切っ掛けに声を失った。自分にとって一番大切なものを──そして精神が不安定になっていたところで、彼女は再びトーマと再会し霊力を封印された

 宵待月乃としての彼女と、精霊(ディーヴァ)としての彼女、異なる状況なのに全く同じ切っ掛けで心を砕かれている

 

「だから……私は、どうしたらいいですか?」

「──その答えを、他人に求めるな」

 

 縋りつくような表情の美九に対し、トーマは冷たく言い放つ

 

「美九、オレは同居人だ……思う存分頼ってくれとも思ってる。だけど……自分で出さないといけない答えを、オレに求めるのは頼るんじゃない、ただ依存してるだけだ」

「そう……ですよね」

「あぁ、オレが答えを決めるんじゃダメだ。……それで、美九。お前はどうしたいんだ?」

「……まだ、わかんないです」

「それなら、ゆっくり考えればいい……ゆっくり考えて、お前の心と対話をすればいい」

 

 それだけ言い残すと、残りのフレンチトーストを食べきり、食器を洗うために移動しようとしたところで後ろからの衝撃を受ける

 

「……ごめんなさい、少しだけ、少しだけでいいので……背中を貸してください」

「……わかった」

 

 震えている美九に対し、トーマはしばらく背中を貸していた




新たに現れた疑惑
新たに現れた悩み

それぞれの道を、それぞれが悩み
士道には、新たな試練が課せられる

次回, 五河シスター 第4-3話

予告とタイトル変えてしまってごめんなさい
タイトル変わったのでそっちも修正しました

PS.美九とトーマの過去話も必ずやります


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第4-3話, 水着対決…の前に

「……ま、ありがたいと言えばありがたいか」

 

 平日の朝、私服姿の士道は玄関に鍵をかけながら、小さな声で呟くとインカム越しに令音の声が聞こえてくる、

 

『……そろそろ十時だ。こちらからも先ほど四糸乃をマンションの屋上に転送した。もうすぐこちらに着くだろう』

 

 どうして平日の朝に彼が学校に行かず、私服姿で出かけようとしているのか、その理由はシンプルで士道たちの通っている学校、来禅高校は狂三の一件で学校にいる生徒・教師の多くが倒れ、一時意識不明状態に陥った事で臨時休校が決定したという訳だ

 琴里の事を優先したい士道にとっては、不謹慎かもしれないがありがたい事態だ

 そして、そんな士道は明日に控えた琴里とのデートの為に、とある訓練をすることになった

 

「それで、今日の訓練は何するんですか? まだ聞いてませんけど……」

『……あぁ。十香たちと合流したなら、そのまま天宮駅前に向かってくれたまえ。目的地はツインビルB館四階だ。……そこで、二人に水着を見繕ってやってもらいたい』

「も、水着……!?」

 

 どんな訓練をするのかを聞かされていなかった士道はその言葉に眉をひそめる、頬を赤くしながら目を泳がせる

 

『……そう、水着だ。資金は昨日渡しておいたね? それだけあれば十分なはずだ』

「や、そ、それはいいですけど……一体なんでまた水着なんて」

『……シン。君は明日、琴里と共にオーシャンパークへ行くんだろう? ならば当日緊張しないために、今から水着姿の女の子に目を鳴らしておく必要がある』

 

 令音は至極当然と言った風にそう言うと、士道は少し半眼を作って頬をびくつかせた

 

「……や、令音さん? さすがに俺でも、妹の水着姿に緊張なんてしませんってば……」

『……そうかな。まぁ、仮にそうだとしても、やはり、いや──だからこそこの訓練は必要だろう。オーシャンパークにいる少女は琴里だけではないんだ。せっかくのデートで他の女の子に目移りしているようでは困るんだよ』

 

 士道は即座に返事をしようとするが、数十秒前に想像だけで頬を熱くして、あまり偉そうなことは言えなかった

 

「はぁ……わかりましたよ……あの、せめて男一人だと心細いのでトーマも一緒に……」

『……彼なら今日はどうしても外せない用事があると言っていた』

 

 士道、精霊関係で明確に頼れる男手に頼れず……などと考えていると後方から靴音が聞こえてきた。十香か四糸乃だろうと思っていた士道は小さく手を上げながら振り向く

 

「おう、おはよ──」

 

 そう言っている途中で、士道は身体を硬直させる。そこにいたのは十香でも四糸乃でもなく、鳶一折紙だったのである

 

「お、折紙?」

「…………」

 

 折紙は無言でうなずく

 

「今日はどうしたんだ? こんなところで会うなんて珍し──」

 

 と言いかけて、士道はハッと肩を揺らし折紙に勘づかれぬよう自然な調子で口元を隠し、インカムに問いかける

 

「令音さん? これはもしかしてそっちの仕込みですか……?」

『……いや、少なくとも私は何も知らないな』

「そ、そうですか……」

 

 士士道は口元を隠していた手を横へ持っていき、頬をかいてから折紙に視線を戻した

 

「そういえば身体は大丈夫なのか? 昨日まで入院してたのに……」

「怪我自体は大したことなかった。あのあと検査をしてすぐ退院の許可が出た」

「そうか……そりゃ何よりだ。で、えっと……真那は?」

 

 士道がそう聞くと、折紙は微かに眉を動かした気がした

 

「まだ意識が戻っていない。……もし真那が目覚めていれば、ここに来る必要もなかったかもしれないのに。──でも、いい。士道に会えたのはとても僥倖」

「え、それって」

「シドー!」

『やっぱー、おっまたせー』

 

 士道が問い返そうとしたところで、隣のマンションから淡い色のキャミソールとスカートをまとった十香とサスペンダースカート姿の四糸乃がやってきた

 

「む?」

 

 満面の笑みを作ってた十香だったが、士道の隣にいた折紙の存在に気付くと、その表情が徐々に警戒色に変わっていく

 

「鳶一折紙……! 貴様、なぜこんなところにいる!」

 

 十香は士道と折紙の間に割って入り、折紙に向かって威嚇じみた声を発する。しかし折紙の方は威嚇に怯むでもなく、ちらりと四糸乃の方に視線をやった

 

「ハーミット……? なぜこんなところに」

「……っ!」

 

 その言葉を聞いた四糸乃は怯えたように肩を揺らすと、折紙と十香の間にパペットが割って入る

 

『はーいはいお嬢ちゃん。四糸乃をいじめないでもらえるかなぁ? あんまりしかめっ面ばかりしてると、年取ったとき小ジワが増えるよー?』

 

 しかし、折紙はそんな挑発にも眉一つ動かさず、視線を士道に戻す

 

「どういうこと」

「え、いや、あの」

 

 しどろもどろになっている士道の右耳から、令音の声が聞こえてくる

 

『……面倒だな。なんとか誤魔化してくれ』

「な、なんとかって……」

 

 令音のあまりにアバウトな指示に士道が困り顔を作っていると、先ほどから肩越しに会話を進められていた十香が両手をバタバタと動かす

 

「む、無視するなっ! 貴様、一体何の用かと訊いているのだ!」

「──夜刀神十香。あなたに訊きたいことがある」

「なんだと?」

 

 小さく息を吐いた折紙がそう言うと、十香は訝し気に眉をひそめる。それは、士道としても予想外の台詞だった

 

「なんだ、訊きたいこととは」

「一昨日。空から炎を纏った精霊が現れたのを覚えている?」

「……っ」

 

 折紙の質問に、士道は息を詰まらせる。狂三との戦いの際、屋上にいたのは士道、トーマ、十香、真那、折紙、狂三の六人だ。その六人のうちトーマや狂三との接触は折紙には不可能、そして真那には話が聞けず、士道から詳細な情報を聞き出せなかったとなると、残っている十香に照準が向くのは当然のことだった

 

「れ、令音さん……っ」

『……落ち着きたまえ、シン。そう簡単にはいかないだろう』

「で、でも──」

 

 士道は自分が立てる心臓の音を聞きながら、十香と折紙に視線を戻す

 

「ふんっ、知っていたとしても貴様には教えてやらん!」

「…………」

 

 その言葉を聞いた士道は、少しだけ安堵の息を漏らすが、それだけではおわらなかった、折紙は無言&無表情のまましばしその場に立っていたが、静かに足を一歩引くと、すっと頭を下げる

 

「お願い」

「な……っ」

 

 予想外の展開に、士道だけでなく十香の表情を驚きに変わる

 

「や、やめんか! い、一体何が目的だ!」

「炎の精霊のことを教えて欲しい。お願い」

「わ、わかった! わかったから顔を上げんか気持ち悪い!」

 

 十香が叫ぶように言うと、折紙はすっと頭を元の位置に戻した

 

「それで」

「む……炎の精霊だったな。確かに見たぞ」

 

 十香の言葉に、士道は全身が緊張するのを感じた

 

「あれは……あれだな、うむ、赤かった」

 

 どうやら、問題なさそうだ

 

「──あとは?」

「む? あとは……そうだな、強かった!」

「それだけ?」

「ぬ。えぇと……こう、ブワー! という感じだった!」

「役立たず」

 

 目当ての情報を得られなかったであろう折紙は、十香に向かってその言葉を発した

 

「な、なんだとっ!? せっかく答えてやったと言うのに、なんだその態度は!」

「爪の先程度でもあなたに期待した私が愚かだった。まだ定点カメラかボイスレコーダーの方が存在価値がある」

「この、言わせておけば……!」

「ま、まぁまぁ、落ち着けって」

 

 士道は心の中でホッとしながら、十香の肩を叩いた。未だ怒りが収まっていないといった様子の十香だったが、素直に士道に従い静かになった

 

「──ところで、あなたたちは何をしているの」

 

 と、目的の情報を聞き出せなかったであろう折紙は、士道たち三人を見渡しながら口を開く

 

「ふん、誰がシドーに水着を買ってもらうことなどを貴様に教えるか!」

「水着を買いにいくの?」

 

 折紙の視線が士道の方を向く

 

「や、まぁ、その……そうなるかな」

「そう」

 

 そう言うと折紙は踵を返し、そのままもと来た方向へと歩いていく……が、数歩進んだところで足を止めると、わざとらしく手を打った

 

「そういえば、私は学校指定の競泳水着しか持っていなかった」

 

 などと言いながら、額に手を当てる

 

「このままでは、プールや海に行く用事ができた場合、非常に困った事態になる」

 

 士道が無言でいると、折紙はちらりと後方に視線を送ってきた

 

「非常に困った事態になる」

「……えぇと」

 

 士道がリアクションに困っていると、インカムから令音が話しかけてくる

 

『……シン。仕方ない。彼女も誘ってあげたまえ』

「だ、大丈夫ですかね……? その、十香とか、四糸乃とか」

『……仕方あるまい。どうせこの調子では、無視していったところで後をつけてくるだろう。それにまぁ、サンプルの女の子が増えること自体は悪いことではないしね』

「う……」

 

 安易に想像することの出来る場面を想像し、士道は額に汗を滲ませると、はぁっと吐息をこぼし未だわざとらしく困った仕草を続けている折紙に顔を向ける

 

「よかったら、一緒に行くか?」

「行く」

「な──!」

 

 折紙が身体を士道たちの方に向き直り、うなずくと同時、十香が愕然とした様子で肩を震わせる

 

「な、なぜだシドー! 今日は私とシドーと四糸乃とよしのんだけで買い物ではなかったのか! なぜよりにもよって鳶一折紙が一緒なのだ!」

「ま、まぁ、そう怒るなよ。あいつも困ってるみたいだし」

「ぐぐ……そうはいってもだな」

 

 十香が納得いかないと言った様子でいると、折紙が平然とした調子で深く頷いた

 

「そこまで嫌ならば仕方がない。私は一緒に行くのをやめる」

「! な、なんだと?」

 

 あまりの素直さに十香が訝し気な表情を向けていると、折紙は軽やかな足取りで士道の元に戻り、手を取ってすたすたと歩いていった

 

「ま、待て! 何をしている!」

「私と士道で水着を買いに行く。あなたはハーミットと行くといい」

「な、なぜそうなるのだ!」

「あなたが私と一緒は嫌と言った。だからこれは仕方のないこと」

「な……それはあれだ! そういう意味ではなく──」

 

 十香の言葉の途中で、折紙は士道の手をさらに強く引いてきた。それに引っ張られる形で士道も足を動かしてしまった

 

「シドー! この──手を離さんか!」

「しかし、それでは私とあなたが一緒に買い物に行くことになってしまう」

「そ、そうなのか……!?」

「そう。それはもうどうしようもない」

 

 困惑したような十香の声に、折紙は自身満々にうなずいた。十香はしばらくの間唸った後、悔し気に口を開く

 

「わ、わかった、もう貴様と一緒でいいからシドーを離せ!」

「そう。私はいや」

「──っ!?」

「一緒に行きたいなら、お願いは」

「な……な……」

 

 十香は自分が今の状況が理解できず、士道と折紙の顔を交互に見る

 

「できないならば構わない。私と士道だけで行く」

「ちょ、ちょっと待て! た、頼む! お願いだから私も連れていってくれ!」

 

 十香がそう叫ぶと、折紙は士道を掴んでいた手の力を緩め、ゆっくりと十香に視線を定めた

 

「いや」

「な……っ!」

「……おい」

 

 その言葉を聞いた十香は今にも泣いてしまいそうな顔を作った。今までずっと黙っていた士道だったが、流石にその様子を見かねて半眼を作りながらため息を吐く

 それから、少しの間話し合いがなされ、結局買い物には折紙もついてくることになった

 

 

 

 

 

 士道たちが折紙と遭遇する前、もっと言うとトーマの元に令音から連絡が入る前

 美九を学校に見送った後、朝食の食器を片付けていたトーマの目の前に、突如として無銘剣が現れた

 

「無銘剣……なんで急に」

 

 不審に思ったトーマは、食器を洗う手を止めて無銘剣に触れた瞬間。頭の中に入ってきたのは、あたり一面が竹に囲まれた場所

 

「──っ!? さっきのは……一体」

 

 トーマが意識を取り戻したころには、既に目の前から無銘剣は消えていた。さっきの光景が何だったのか考えていると、ポケットの中に入れていた携帯が振動する

 

「もしもし?」

『……今、少し時間は大丈夫かい?』

「令音さん? えぇ、大丈夫ですけど」

『……そうか、実は頼み事があってね』

「頼み……ですか、オレに」

『……あぁ、実は今日、シンの訓練で十香たちと水着を買いに行くことになっていてね。頼めるなら引率役をお願いしたかったんだ』

 

 令音の言葉を聞いたトーマは少しだけ考えてみる、確かに時間はあるが、無銘剣に見せられた映像が頭から離れなかった

 

「……すみません、手伝いたいんですけど今日はどうしても外せない用事があって」

『……そうか、時間を取らせて悪かったね』

「いえ、こっちも手伝えなくてすいません」

 

 それだけ言って電話を切り、トーマは残りの洗い物を終わらせると家を出た。彼が探すのは、無銘剣の見せた映像の場所

 

 

 

 

 そして、時は戻り現在。折紙を加えた士道たちは水着売り場に到着する

 

「そういえば、シドー」

「ん? なんだ?」

 

 水着売り場に着くと、十香が話しかけてきた

 

「水着とは、一体何なのだ?」

「え?」

 

 十香の問いに、士道は目を丸くするが。まだ学校の体育でもプールの授業が始まっていないため、十香が水着の存在を知らないのも無理ないかと納得する

 水着の事を説明するのに少しの恥ずかしさを覚えながら士道は口を開く

 

「ん……そうだな、水着っていうのは──」

「新型の対精霊用殲滅兵装の一つ。発動と同時に搭載された顕現装置(リアライザ)が臨界駆動を開始、弾頭を分子レベルに分解、放出し、霊装をも容易く通り抜け、対象の対組織を復元不可能なレベルまでずたずたに分解する。その際の苦しみは筆舌に尽くし難く、あまりに非人道的であるという理由で対人使用は国際法で禁じられている」

 

 と、折紙が士道の言葉を遮り嘘を並び立てる。それを信じたのか十香はひっと息を詰まらせた

 

「……ほ、本当かシドー!?」

「いや、そんなわけ──」

「本当。まさか彼がこの兵装の存在を知っているとは思わなかった」

 

 再び、士道の言葉を遮る形で折紙が話す

 

「な、なぜシドーはそんなものを……」

「それは至極明快かつ単純な理由。対精霊殲滅兵装は、精霊に向けるほかない。きっとあなたたち二人が油断したところで、後ろから奇襲をかける算段」

 

 その言葉を聞いた十香は顔を青くして身を固くし、折紙から隠れるように士道の陰に立っていた四糸乃も小さく息を詰まらせる

 

「う、嘘を吐くな! シドーがそんなことをするはずがない!」

「……っ、わ、たしも……そう、思い、ます……」

 

 十香は叫び、滅多に声を上げない四糸乃もそういう

 

「そ、そうだろう、シドー」

『いや、折紙の言う通りだ。いつおまえらを殺してやろうかと思っていたのだー』

 

 士道が首肯しようとしたところで、折紙が鼻をつまみ全く似ていない士道のモノマネをする

 

「ま、まさかシドー、本当に……!?」

「いや全然似てねぇだろ騙されんなよ!」

 

 士道の言葉を聞いた十香は、自分が騙されていたことにようやく気付くと、怒りでか恥じらいでか知らないが顔を赤く染める

 

「おのれ、卑怯なり鳶一折紙! 私をたばかったな!」

「なんのことかわからない」

「……二人とも、店内では静かにな」

 

 士道を挟んで言い合いを始めた二人をなだめると、改めて士道は水着について説明する

 

「水着ってのはその名の通り、水に入る時に着る服の事だよ」

「水に……? それだけのためにわざわざ着替えるのか?」

「あぁ、水に濡れた服がびしょびしょになって気持ち悪いだろ?」

「おお、なるほど!」

 

 十香は納得すると、改めて水着を選び始めようとしたところで、不思議そうに店内を見回し、首を傾げる

 

「それで、シドー。水着と言うのはどれのことなのだ?」

「ん、そこら中にかかってるの全部そうだよ」

「! な、なんだと……?」

 

 士道がそう言うと、十香は恐る恐るワンピースタイプの水着を手に取って眺め、何かに気付いたようにハッと顔を上げる

 

「なるほど、そうか。これの上に何かを着るのだな?」

「いや……それだけだけど」

「こ、これでは身体が隠しきれないぞ! なぜこんなに面積が小さいのだ……!?」

 

 士道がそう言うと、十香は戦慄に染まった表情でそういう

 

「、や、まぁ……動きやすいから、じゃないか?」

「ぬ、ぬう……確かにそうかもしれんが、これではまるで鳶一折紙のナントカスーツではないか……さすがに少し恥ずかしいぞ」

 

 十香のその言葉に、折紙はじとっとした視線を向ける

 

『……まぁ、とにかくどれか試しに着てみてもらいたまえ』

 

 その様子を眺めていると、士道のインカムに令音からの指示が入る。士道は了解を示すようにインカムを小さく小突き、口を開く

 

「ま、まぁ……とりあえずどれか気に入ったのを試着してみてくれ」

 

 そう言うと折紙は即座にうなずき、十香と四糸乃も恥ずかしそうに首肯する

 

「よし……では勝負だ、四糸乃!」

「え、えと……お手柔らかに、お願い……します」

「勝負って……何かするのか?」

 

 二人のやり取りに首を傾げた士道がそう問いかける

 

「うむ。今日私と四糸乃とで、よりシドーをドキドキさせた方に、シドーとデェトする権利をくれるらしいのだ」

「な……!?」

 

 予想外の返事を受けた士道は目を剥いてインカムを叩くと、すぐに令音の声が聞こえてくる

 

『……どうせなら、少し難易度を上げておこうと思ってね』

「そ、そんな──」

「ところでシドー!」

「な……なんだ、十香」

「シドーは、一体どうやったらドキドキするのだ? 走るのか? いっぱい走るのか?」

「……それは、うん、ドキドキしそうだな」

 

 士道は頬に汗を垂らしながら苦笑していると、四糸乃の左手に装着されていたよしのんがカラカラと笑い声をあげる

 

『あーはは、違うよー。男の子をドキドキさせるっていったら。一つしかないじゃない』

「ぬ? ではどうするのだ?」

『んー、ま、四糸乃の敵に塩を送るってのは本意じゃないけどぉ? 何も知らないコにただ勝ってもつまんないしねー。ほいほい十香ちゃん。ちょっとこっちに来たんさい』

 

 十香を招いたよしのんは何やらひそひそと伝える、十香の顔がポンッと赤くなった

 

『ま、どーせ四糸乃には勝てないと思うけど、せいぜいがーんばってねー』

 

 よしのんは四糸乃を引っ張って店の奥へと歩いていった

 

「お、おい、十香……? 一体何を──」

「はふん!」

 

 呆然としている様子だった十香に士道が触れると、十香はへんな叫びをあげて身体を震わせた

 

「と、十香?」

「ぬ……いや、すまん。なんでもないぞ。しかし……そうか、困ったな。シドーはああしないとドキドキしてくれないのか……」

「いや、だから一体何を聞いたんだよ!」

 

 などと士道が叫んでいると、背後から音もなく折紙が現れる

 

「──ルールは把握した。士道とのデート権は私がもらう」

「な……っ! き、貴様は関係ないだろう!」

 

 十香が顔を厳しくして折紙を睨みつけるが、当の本人はそれを意に介さず、水着を何種類か持って試着室に入っていった

 

「ぐ……あ、あの女だけにはデェト権を渡すわけにはいかん……ッ!」

 

 そう言うと、十香も近くにあった水着を手に取って、折紙の隣の試着室に入っていく

 

「……えぇと」

 

 フラクシナス主催、士道をドキドキさせろ! デート権争奪水着ファッションショー……士道本人の了承なく、開幕

 

 

 

 

 士道が変な女難に見舞われている頃、トーマは腰ポーチに水と方位磁針、右手には杖替わりの無銘剣、左手には天宮市全域の地図と言う、見る人が見たら不審者にか見えない恰好で、郊外の森の中を徘徊していた

 

「……どこだ、竹林。というか……ここは何処だ」

 

 朝食の片付けを終えたトーマは、そのまま休まず無銘剣の見せた映像の場所を探しに出ていた。とりあえず竹林探すなら天宮市一帯の山を見回っていけばいいだろうという思考で、出かけた彼は……今現在遭難している

 

「……無銘剣は何も言ってくれない」

 

 訳の分からないことを呟きながら、トーマは竹林を探す為に再び歩き始めるのだった




いよいよ始まった水着対決
実況は神無月、審判は士道
果たして誰に軍配が上がるのか

そして、前話のシリアスから一転
気楽思考で散策に出て遭難したトーマの運命はいかに

次回, 五河シスター、第4-4話

この章が何話で完結するのか…それは作者にもわからない

PS.この章終わったら、またアンコールの話を書こうかな


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第4-4話, 水着対決

 辺り一面に広がる森の中、トーマは一人……森を彷徨っていた

 

「……ここは、何処だ」

 

 どこまで歩いても変わらない景色の中、トーマはひたすら歩き続ける

 

 

 

 トーマが森の中で遭難しているのと同時刻、五河士道は勝手に進んでいく話と目の前に広がる光景を見ながら、ポリポリと頬をかいた

 ふと四糸乃の方に目をやると、まだ水着を選んでいるらしかった、四糸乃はワンピースタイプの水着を希望しているようだが、よしのんは熱烈に露出度の高い水着を推しているようだった

 そんな様子を眺めていると、十香の入った試着室のカーテンがバサッと開け放たれる

 

「シドー!」

「お、おぉ……」

 

 士道の名を呼んだ十香が着ていたのはワンピースタイプの水着。それを見た士道は目を丸くする

 

「ど、どうだ、シドー! ドキドキしたか!?」

「え──あ、えぇと……うん」

「そ、そうか! シドーがそう言ってくれるなら……うん、頑張るぞ!」

 

 十香は嬉しそうに微笑むと、士道の心拍を読み取りでもしたかのように、聞き覚えのあるブザーが士道の右耳に聞こえてきた

 

『……アウト。少しは落ち着きたまえ、シン』

「あ──」

 

 令音に言われて初めて、自分が十香の姿に見惚れてしまっていることに気付いた

 

『……ともあれ、失敗してしまったからにはペナルティを受けてもらう』

「そ、それまであるんですか……!? い……一体どんな……」

 

 聞き覚えのある不吉フレーズを聞いた士道の背中に冷たいものが走る。琴里がいるとき受けたペナルティは自らの古傷を抉られるような、黒歴史の暴露だった。それ故に嫌でも警戒してしまうのは仕方ないのだ

 

『……どんなものにしようか』

「か、考えてなかったんですか」

『……ん、我々は琴里ほど、君の弱みを握っているわけでもないしね……』

 

 その言葉の後、令音は数秒間考えるように黙り、何かを思いついたように声を発してきた

 

『……よし、ではこうしよう。琴里の霊力を再封印し終えたあとで、夜ベットに入った琴里の頬にキスをして「ぐっすりお休み、マイ・スウィート・シスター」という』

「は──はぁッ!?」

 

 中々にインパクトのあるペナルティに、士道は素っ頓狂な声を上げた

 

『……これは今後琴里がいないときにこういう事態になったときは、その映像を公開するというペナルティも作成することができるね。……さ、では頑張ってくれたまえ。一度アウトになるたび、シーンは増えていくよ』

 

 勝手に話が進行していたデート権争奪戦に加え、まさかの追いうちを受けた士道が絶望的な心地で額に手を当てていると、十香の隣のカーテンが開け放たれた

 

「……っ!」

 

 士道は露わになった折紙の姿を見て言葉を失う。華奢な肢体をホルターネックタイプのビキニが覆っていた。そして水着の色は黒であるためか、折紙の白い肌が一層際立ち、普段隠れている部分にも目が行ってしまう

 

「士道、どう思う」

「……! え、あ、あぁ……凄く、似合ってると……思う」

「そう」

 

 士道の言葉を聞いた折紙は無表情のまま、しかしどこか嬉しげに首肯するとはだしのまま試着室から出てきて、士道の前でくるりと一回転した。その直後、2回目のブザー音が士道の耳に聞こえてくる

 

『……おやすみのチュウは、添い寝しながらだね』

「──! し、しまった!」

 

 士道はハッと肩を揺らすが時すでに遅し、罰ゲームは追加された

 

「ぐッ、ぬぬぬ……シドー! そこの水着を取ってくれ!」

「え……?」

 

 士道と折紙の様子を見ていた十香は悔しそうに歯ぎしりをすると、士道の近くにかけられていたビキニを指さした

 

「こ、これか? でも十香、恥ずかしいんじゃ──」

「いいから、それをよこすのだ!」

 

 士道は言われるがままに水着を手渡すと、当かはそれをひったくるように奪い取り、カーテンを閉めた

 

「こ、これでどうだ!」

 

 それから程なくして、試着室のカーテンが開かれると同時、先ほどとは全く印象の異なった十香の姿が露わになる

 士道の渡したビキニを身に纏い、頬を桜色に染めながらへそや太ももを隠そうとし、しかしそれでは意味がないと手を退かし、といった感じで落ち着かない様子だった

 

「こ、これは……」

 

 士道はごくりと生唾を飲み込む、先ほどの折紙の水着姿も素晴らしいものだったが、十香にまた違った魅力があった身体、深い紫色のビキニが八日の健康的なプロポーションを映えさせ、肌を晒すことに慣れていない十香の微妙な恥じらいが、魅力を倍加させていた

 

『……さて、ではおはようのチュウも追加かな』

「は──っ」

 

 罰ゲーム、追加。これはもう反論のしようがないほどアウト

 

「シドー、こ、これは似合うだろうか……?」

「そ、そうか!」

「…………」

 

 十香の問いかけに士道が首を縦に振ると、折紙が敵愾心を燃やし始める。彼女は無言のまま試着室に入っていくと、すぐにカーテンが開き、先ほどまでの私服に着替え直した折紙が出てくる

 てっきり過激な水着姿で出てくるだろうと予想していた士道にとっては、少々意外な格好だった。それは十香も同じだったようで、一瞬怪訝そうな顔を折紙に向け、すぐに腕を組んで勝ち誇ったように口を開く

 

「うむ、潔く負けを認めたか。貴様にしてはよい心がけだな!」

 

 しかし折紙は十香の言葉を無視すると、士道の元まで歩いていく

 

「な、なんだ?」

 

 士道が首をひねった瞬間、折紙は彼の手をガッと取り、自分のスカートの裾を握らせてきた

 

「うぇえ!?」

「な、何をしているのだ、貴様!」

 

 予想外の展開に士道は素っ頓狂な声を発し、十香も声を荒げるが、折紙は至極冷静と言った様子で口を開いた

 

「──めくって」

『な……!?』

 

 想定外の一言に、士道と十香の声が見事にハモる。右耳からブザーが聞こえてきたが、今の士道にはそれを気にしている余裕すらなかった

 

「な、何言ってんだ折紙。そんな──」

「そうだぞ貴様、ルール違反だぞ!」

「ルールにはきちんと則っている。士道、めくって」

「や、さ、さすがにそれは……」

 

 士道が言葉を濁していると、着実に士道の手は折紙によって動かされ、スカートの裾が持ち上がっていく

 

「ちょ、ちょっと、折紙……!?」

 

 士道が必死に抗おうとするが、確実にスカートが持ち上げられ、その中が少しずつその姿を現していく。悲しいことに士道も男の子、必死に目を逸らそうとしてもその中を目に焼き付けてしまっていた

 その瞬間、折紙は私服をバッとはだけさせるとその中に着ていた白い水着が露わになった

 

「な……ッ! なんだと!?」

「言ったはず。ルール違反はしていないと」

 

 驚愕に満ちた十香に対して、折紙はどこか得意げに返す。確かに発想な勝利だが、流石に反則な気がしないでもない

 

「ともあれ、彼を最もドキドキさせたのは私。──デート権はもらっていく」

「そ、そんなはずが……」

 

 十香は慌てた様子で士道のもとまで走り寄り、その胸元に耳を当てた

 

「ど、ドキドキしている……」

 

 私服を着直した折紙が、悠然とスカートを翻した

 

「潔く負けを認めるべき」

「ぐっ、ぐぐぐぐぐ……」

 

 十香は悔しそうに歯を噛み締めると、折紙の右手をはらって士道の右手を取った

 

「と、十香……」

 

 十香の意図がわからず、目を丸くする。十香は青を真っ赤にしながら士道の右手を両手で握ると、意を決したように気合いを入れた

 

「よしのん……おまえを信じるぞ……ッ」

 

 などと言いながら士道の手をぐいっと自分の方……具体的に言うと水着一枚に包まれた、十香の胸へ持っていく

 

「な──!」

 

 士道はすんでのところで力を入れ、その進行を中断させた

 

「ちょ、な、何してんだ十香! やめろって!」

「だ、駄目だ駄目だ駄目なのだ……! 私でドキドキしてくれ、シドー!」

「してるしてる! 十分ドキドキしてるから!」

「ほ、本当か……?」

 

 十香が不安そうに眉を八の字にしながら、再び士道の胸元に耳を当ててくる

 

「鳶一折紙のときの方がドキドキしている……っ!」

 

 絶望的な叫びをあげて、十香がまたも士道の手を取り自分の胸に押し付けようとしてきた

 

「ま、待て! 落ち着け十香! おまえも恥ずかしいんだろ!? 無理すんなって!」

「だ、大丈夫だ……! シドーなら、大丈夫だ! 前も触っただろう!?」

「どういうこと? その話を詳しく聞かせて欲しい」

「そこ食いついてねぇでこいつ止めてくれぇぇぇッ!」

 

 折紙参戦、事態はわけわからん状況になった士道が悲痛な叫びをあげた瞬間

 

士道……さ……ん……! 

 

 どこからか、すごく小さい声が聞こえてきた

 

「え……?」

「む……今の声は」

「…………」

「四糸乃……だよな」

 

 小さな声に反応した士道だけでなく、十香と折紙も眉をひそめた。

 

「士……道さん……た、たす……けて……ください……っ」

 

 耳を澄ました士道のところに、再び小さな声が聞こえてきた。そして助けてという声を認識した瞬間、士道は急いで声のする所に駆け寄り、カーテンに手をかけた

 

「……っ! 四糸乃、開けるぞ!? 大丈夫か!?」

「し、士道さん……」

 

 勢いよくかカーテンを開け放つと、そこには服がはだけ半裸状態になった四糸乃の姿があった。ビキニタイプの水着に腕を通した状態で、胸元を押さえながら涙目になっていた

 その姿は、四糸乃の小さな肢体と相まって、士道に禁断の扉を開かせるほどの妖しい魅力が溢れていた

 

「か、片手だと……上手く、着られません……」

 

 士道の耳元で、今日一番のブザーが鳴る

 ……こうして、士道との一日デート権の獲得者は、四糸乃に決まるのだった

 

 

 

 

 一日デート権の獲得者が四糸乃に確定したのと同時刻、森の中を彷徨っていたトーマも目的の場所に辿り着いていた

 

「ようやく……見つけた」

 

 ここに来る途中で転倒し、服を樹にひっかけ、ほぼ満身創痍のトーマは、竹林の入口に倒れこんだ

 

「あー……駄目だ、一歩も動けん」

 

 そのまま寝てしまおうかと目を閉じた瞬間、普段とは違う力の流れを感じ取る

 

「……やっぱ、ずっと休んでおくわけにはいかないか」

 

 その場から起き上がったトーマは、身体についた土を払って力の流れを辿っていくと、一本の竹の目の前に辿り着く

 

「力を感じるのはこの竹の前……か」

 

 その場所に辿り着いたトーマは無銘剣を右手に出現させた瞬間、目の前の竹が淡く輝き始める。この竹をどうすればいいのかを理解したトーマは無銘剣を使って竹を二つに斬る。その瞬間、中から現れたのは一冊のワンダーライドブック

 

「月の姫かぐやん……竹の中から現れるかぐや姫、そのまんまだな」

 

 新たに現れたワンダーライドブックを手に取り、来た道を戻ろうとしたところでトーマは後ろに誰かの気配を感じ取る

 

「……?」

 

 トーマは気配の感じた方に視線を向けるが、そこには誰もいない

 

「気のせい……か」

 

 視線を戻したトーマは、竹林から街に戻る為に歩き始めたところで、ある事に気付いた

 

「帰りは、フラクシナスに拾って貰えばいいじゃん」

 

 善は急げ、トーマはすぐさまフラクシナスへ連絡を入れた

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なんか今日はどっと疲れたな」

 

 フラクシナス内にある休憩スペースで、士道が大きく息を吐いていると、足音と共にやたらボロボロのトーマがやってきた

 

「……おう、士道……息災か?」

「それを聞くならまず自分が健康じゃないと駄目だろ……それよりどうしたんだ、その姿」

「少し森の深いところまで竹を取りに言ってただけだ」

「竹って……」

 

 困惑している様子の士道を他所に、トーマは自販機で水を一本買うと士道の隣に腰を掛ける

 

「それより、随分疲れてたみたいだが……そんなに大変だったのか?」

「まぁ……大変っちゃ大変だったな」

 

 結局あの後、士道は三人に一着ずつ水着をプレゼントして、昼食を摂ってから帰宅した。その後令音に呼びだされプランの確認をしていたところだ、途中で十香や四糸乃との夕食を挟んだとは言え、中々にハードなスケジュールである

 

「そういえば、トーマの方は一体何をしてたんだ?」

「……あぁ、オレの方は少しフラクシナスの設備を借りて調べものをしてたんだが、それがようやくひと段落ついたんだよ」

 

 士道が打ち合わせなどをしている時、トーマはフラクシナスの設備を少しだけ借りて今日手に入れたワンダーライドブックと、一向に反応を示さない火炎剣烈火の本の分析を行っていた

 その結果わかったのは今日手に入れたワンダーライドブックは精霊と一体化しているものと比較しても明確な違いは存在しない事、そして火炎剣烈火の本にはその力の大半が残っていなかったと言う事だ

 

「……士道、お前は五年前の事、どこまで覚えてる?」

「……わるい、実は俺もあんま覚えてないんだ」

「そうか」

 

 トーマはそう言うとペットボトルの水を一気に半分まで飲み干した。士道はそんなトーマの方に少しだけ目を向けた後、五年前の記憶を探ろうとしたが、結局思い出す事が出来なかった

 

「お隣、よろしいですか?」

 

 声の聞こえた方に目をやると、紙コップを握った神無月が立っていた

 

「あ……どうぞ」

「失礼します……おや、トーマくんもいたんですね」

「あぁ、神無月さんか……設備の申請、ありがとうございました」

「気にしないでください」

 

 トーマはそう言って神無月に軽く頭を下げると、彼は軽く手を振りながらそう言った。

 

「それより士道くん。いかがですか、明日への自信のほどは」

「そういえば、明日か、琴里とのデート」

 

「あ、はは……正直、不安でしょうがないです。あの琴里をデレさせる自分ってのが全く想像できません。五年前琴里を封印したってのが信じられ──」

「正直士道なら問題ないと思うけど……って、どうかしたのか?」

「士道くん、何か気がかりなことでも?」

 

 言葉を止めた士道に対してそう言った二人に対して、士道は五年前の事件の事が思い出しきれない事を掻い摘んで説明する

 

「ふむ……記憶がない、ですか」

「……はい。その事件のことだけ、すっぽりと」

「お前、さっき覚えてないって言ってなかったか?」

「悪い、少しだけ誤魔化した」

 

「まぁ、そうでしょうねぇ」

「「え?」」

 

 神無月の言葉に、士道とトーマの二人は揃って目を見開く

 

「いえ、初めて司令が精霊のことを説明したとき、さも意外そうにしていましたから。もし五年前の事件を覚えていたなら、また違った反応をしていたでしょうし」

「言われてみりゃ、確かにそうか」

 

 トーマもその時は流していたが、確かに神無月の言う通りだ。そんなことを考えていると、紙コップを握っていた神無月は何かを思い出したかのようにあごに手を当てる

 

「もしよろしければ、映像をご覧になってみますか?」

「映像……?」

「はい、五年前、天宮市南甲町の大火災を捉えた映像です。数秒程度ですが、精霊化した司令と士道くんらしき姿が映っています」

「確かに、記憶に残るほどの火災ならニュース映像が残ってても不思議じゃない……にしても、良く残ってましたね」

「本当に偶々です、どこかのテレビ局のヘリが撮影したものだったらしいのですが、公開前にラタトスクがマスターテープを押さえたようです。──すぐに用意しましょうか?」

 

 トーマへの説明と、士道への確認の言葉を口にした神無月に対して、士道は躊躇いなく伝える

 

「お願いします……!」

 

 その映像を確認する為に、三人は休憩スペースからブリーフィングルームに向けて歩き出した




試練を終えた士道
散策を終えたトーマ

思い出すことの出来ない五年前の記憶
力の大半を失っている火炎剣烈火の本

全ての鍵は、天宮市南甲町で起こった大火災

そして、いよいよ士道と琴里のデートが始まる

次回,五河シスター第4-5話


《作者からのメッセージ》

デート・ア・ライブfeat.仮面ライダーセイバー読者の皆様
アンケートへの回答ありがとうございます。
アンケートの結果、五河シスター終了後は
”凜祢ユートピア”に進みたいと思います
また、今回は投票可能期間の明記をしていなかったことをお詫び申し上げます

次回以降は、しっかりと期間を明記いたしますので
アンケートを実施する際には、今後ともご協力のほど
よろしくお願い申し上げます。

SoDate


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第4-5話, デート、開始

 ブリーフィングルームへと移動した士道たち三人は、モニターの前までやって来ていた

 

「──えぇと、確か……」

 

 席に座った神無月は、円卓に設えられていたコンソールを操作し始めた

 

「すみませんね、手間取って。副艦長室の端末ならもう少しスムーズにいくのですが」

「や、それは全然構いませんけど……ここにその映像が保管されてるんですか?」

「いえ。映像そのものフラクシナスには保管されていません。本部のデータベースにアクセスしているところです」

 

 本部と言う聞きなれない言葉に首を傾げている士道とは反対に、トーマはじっと画面を見つめたまま一切動かない

 

「でも、要はネットワーク環境があればいいんですよね? それなら副艦長室でもいいんじゃないですか?」

「まぁ、そうなんですけれどもね。なにぶんあそこの端末は画面がそこまで大きくないので、細かな映像を見るのに適さないんです。──と、きましたよ。画面を」

 

 神無月の言葉と同時に、円卓の中央に設えられていたモニタに映像が映し出された。街の一区画を、空撮で捉えた映像だ

 しかし画面いっぱいに広がった真っ赤な炎は、ガス田か火山の火口と言った具合に酷いもので、つい数時間前まで人が生活を送っていた場所とは思えない地獄絵図だった

 スピーカーからは、ヘリの狗道オンとレポーターと思わしき男の声がまばらに聞こえてくる

 

「……く」

 

 士道は思わず眉根を寄せる、想像以上に凄まじい光景、昔住んでいた場所で火事が起こったというのは覚えていたが、ここまでの惨状だという事は記憶していなかったからだ

 

「──さ、もうすぐです」

 

 画面を見ていた神無月が静かな声で言ってくる

 ヘリが旋回し、徐々に高度を落としていくと同時に、画面がズームアップし、滲んだようにぼやけていき、一拍置いてから少しずつピントが調整されていく

 

「──、あれは」

 

 そして次の瞬間、画面の端に映っていたものを見て、士道はのどを震わせた

 街の中心、他の場所とは異なり、そこにあったはずの家々は完全に焼き尽くされ、更地のように場ってしまった場所に、幼い頃の琴里がいた

 

「琴里……」

 

 そして、士道の見つけた幼い琴里の足元に倒れていたのは、幼いが今よりも見慣れた姿

 

「あれは──俺……?」

 

 琴里の足元に倒れていたのは幼い頃の士道、そして

 

「────え?」

 

 士道と琴里のそばに、ナニカがいた。普通の人間には画面に走ったノイズにしか見えないそれは、士道の目には間違いなく──

 

「……ッ」

 

 その瞬間、士道は頭を押さえ、膝をついた

 

「士道くん? どうしました?」

「大丈夫か? ……士道?」

 

 神無月とトーマの問いかけに答えない士道は、画面を凝視し──幼い自分たちの近くの近くに立っている幼いナニカに向かって口を開いた

 

「誰だ── 一体……、何者なんだ、おまえは……」

「誰って……どれのことですか?」

「これ──です。琴里と、俺の前にいる……」

「士道……お前──」

 

 神無月が首をひねり、トーマが何かを言いかけた瞬間、士道の頭の中に新たな疑惑が生まれる

 何故、自分はあのノイズを”誰”なんて呼称を用いる存在だと認識出来たのだろう。どうしてあのノイズを人だと認識したのだろう

 

「ぁ──」

 

 それを考えると、士道を襲っていた頭痛は激しさを増し──士道は、気を失ってしまった

 

「士道くん! 士道くん!?」

「神無月さん、急いで士道を医務室に運びます!」

「わかりました!」

 

 神無月にそう言うとトーマは気を失った士道を背負って、医務室まで急いだ

 

「士道……お前はどうしてアレを認識できてる」

 

 トーマの感じた疑問に答えるものは、誰もいなかった

 

 

 

 

 

 そして時は流れ、六月二三日の午前九時五十五分

 士道は昨日購入した水着とバスタオルなどを詰めたカバンを背負いながら、天宮駅の東口にあるパチ公前に立っていた。このお座りした犬の銅像は天宮駅にある待ち合わせスポットとしてはそこそこ有名なものなのだが、残念なことにもっと有名な某忠犬が存在する為、世間にはあまり浸透していない

 

「……あー」

『大丈夫ですか、士道くん』

 

 士道が額を押さえながら小さくうなっていると、インカム越しに神無月の声が聞こえてくる。今回の攻略対象は琴里な以上、神無月が司令代理でデートを進行することになる

 

「はい……なんとか」

「まぁ、もしもの時はオレもサポートするんで」

 

 士道はそう言うと、気合いを入れ直す為に頬を両手で叩く

 

『プランは頭に入っていますね? こちらからサポートを入れます。──大丈夫、あなたは複数の精霊をデレさせた稀代のプレイボーイです。自信を持ってください』

「……はぁ」

 

 神無月なりの激励を受け取った士道が苦笑していると、インカムから令音の声が聞こえてくる

 

『……琴里を地上へ送ったそうだ。もうすぐそちらに着くだろう。頼んだよ、シン』

「──っ、は、はい」

 

 士道は令音の言葉に返事をして、心を落ち着かせるために大きく深呼吸をする

 それから程なく、可愛らしいフリルに飾られた半袖のブラウスに袖の短いこげ茶色のオーバーオール、手には水着などが入っているであろうカバンを提げた琴里がやってきた

 

「お、おう、琴里」

「ん、待たせたわね」

 

 士道が小さく手を上げながらそう言うと、琴里が首肯しながら返してきて……しばしの間沈黙が流れる

 

「おめかしした女の子と会って一言もなし? いの一番に教えたと思ったけれど?」

「……! あ、あぁ──」

 

 琴里に言われてハッとなった士道は、琴里の事を褒めようとして──ある事に気付く

 

「おめかし……してくれたんだな」

「……っ」

 

 士道の言葉を聞いた琴里が、ピクリと肩を揺らす

 

「ふん、まぁね。一応デートって形式を取っているんだもの。こちらとしても士道がアクションを起こすきっかけくらいは作っておくわよ。……まぁ、褒められるのは嫌な気、しないし」

「え?」

「なんでもないわ。それより、そろそろ電車の時間なんじゃないの?」

 

 琴里はそう言うと、駅の方に数歩足を進めると、くるりと士道の方に向き直る

 

「さぁ──私たちの戦争(デート)を始めましょう」

「お……おう」

「うむ!」

「は、はい……っ」

『やー、楽しみだねー』

「楽しむのもいいけど、あんまはしゃぎすぎて怪我すんじゃねぇぞ」

 

 琴里の返事に士道と……余計な声が三つと、その三つに忠告するような声が一つ続き、士道は首を傾げ、声の方に振り返り──身体を硬直させる

 なにせそこに居たのはお出かけの準備万全と言った風の十香と四糸乃&よしのん、そして休日のお父さん見たいなテンションのトーマ

 

「十香、四糸乃……それによしのんにトーマ……ッ!? な、何でこんなところに……!」

「ぬ? 何を言っているのだ。これからオーシャンパークとやらに行くのではないのか?」

「な──なんでそこまで知ってるんだ!?」

 

 十香の答えに士道は驚いていると、それが意外だったのか十香は眉をひそめていると、言葉を補うように四糸乃が声を上げる

 

「その……令音さんに、言われて……来たんです、けど……お邪魔、でしたか……?」

「オレも昨日、急に令音さんから二人の引率を頼まれてな」

 

 四糸乃とトーマの問いに士道が息を詰まらせていると、インカムから声が聞こえてきた

 

『……あぁ、そうそう。言ってなかったかな。今日のデートには三人も同行するよ』

「な、なんでまた……」

 

 頬に汗を垂らしながら士道が問うと、しばしの間うなってから令音が言葉を発する

 

『……まぁ、今日に限ってはそちらの方がいいのではないかと思ってね』

「は、はぁ……でも、本当に大丈夫なんですか? 琴里の機嫌とかは……」

『……ん、そこまで心配しなくても大丈夫だろう』

「ほ、本当ですか……?」

 

 士道はそう言いながら、チラリと後方の琴里を見るが、琴里は突然の三人の登場にも、先ほどと変わらない表情を作っていた、のだが……

 

「…………」

 

 士道は無言で頬をひくつかせた。一瞬、何の変化もないことに安堵しようとしたが、それが勘違いであると気づいたのである

 

「……へぇ、なかなか思い切った事をするのねぇ、士道。今から楽しみだわ」

「や、そ、その……」

 

 表情は一切変わっていない件の妹様の背後から立ち上るオーラは、今までのそれと明らかに違った。漫画のラスボスが発してそうなオーラを背に、士道に対してにこやかに言ってくる琴里の姿は、とても迫力満点だった

 

「駄目じゃないですか全然……っ! なんかヤバいオーラ出てますってあれ……!」

『……そうかな。そこまでではないと思うが……!』

「い、今の琴里の機嫌メーターと好感度はどんな感じですか……!?」

 

 しばしの沈黙の後、令音は話始める

 

『……ん、まぁ、その、なんだ。……頑張ってくれ』

 

 いつになく無責任な調子であった

 

「ちょ、ちょっと、令音さん……!」

 

 いつになく絶望的な心地であった士道を後目に、琴里がすたすたと歩みを進め、十香と四糸乃の方に寄っていき、二人の肩を優しく叩く

 

「よし、じゃあそろそろ行きましょうか。水着はちゃんと持ってきてる?」

「おぉ! もちろんだ!」

「水着は、昨日……士道さんに、買って、もらいました……」

「へぇ、よかったじゃない。──優しいのね、士道?」

 

 口調も表情も優し気なのに、士道にとってその言葉は胃の底が冷たくなるような凄みがあった

 

「ひ……っ」

「さ、行きましょ行きましょ」

 

 士道がビビってる間に琴里は二人を連れて改札の方に歩いて行ってしまった

 

「まぁ……その、オレたちも……行くか」

「そ、そうだな……」

『まだ挽回は可能です。目的地に着いたらこちらからもサポートします!』

「りょ、了解……」

 

 トーマと神無月の言葉を聞いた士道は、硬直していた足を踏みだした

 

 

 

 

 オーシャンパークは、天宮駅から五駅先にあるテーマパークである。様々なプール施設や大型浴場、屋内アトラクションがメインのウォーターエリアと、屋外にある遊園地がメインになっているアミューズメントエリアの二つから構成されている人気スポットだ。夏休みともなれば遠方からたくさんの家族連れやカップルなどが訪れるのだが……現在は六月の半ば、ピークの時よりも随分と客の入りは少ない

 現在、水着に着替え終えた士道とトーマの二人は、女性陣の着替えを待っている最中だ

 

「おぉ……なんだか結構すごいな」

「……ここに来るのもひっさびさだけど、相変わらずデカいな」

「トーマは来たことあるのか?」

「あぁ、一回だけ同居人にせがまれてな……あの時は大変だった」

 

 遠い目をしながらそう言ったトーマの話を聞いていた士道だったが、浅瀬のようなプールや岩山を模したウォータースライダーなどを見た事で、心の中の冒険心がくすぐられているようだった

 

『はしゃぐのも結構ですが、司令のことを忘れないでくださいよ?』

「わ、わかってますって。……ていうかこのインカム、水は大丈夫なんですか?」

『……あぁ。完全防水仕様だ。耳から外れないようにだけ気をつけてくれたまえ』

 

 士道の疑問に答えてから程なくして、二人の背に元気な声が聞こえてくる

 

「シドー! 待たせたな!」

「……お、おう」

 

 士道たちが振り返ると、しこには水着姿の十香と四糸乃、琴里の三人が立っていた。小さく手を上げてそう返した士道だったが、十香も四糸乃もまぎれもない美少女である以上、訓練をしていなかったら琴里そっちのけでぼぅっと見つめてしまっていただろう

 

『……しておいてよかっただろう、訓練』

「……もしかして、あのときから十香たちを連れてくるつもりでした? わざわざ水着を買わせたりトーマのこと呼ぼうとしてのもこのためで……」

『……さて、どうだろうね』

 

 曖昧に返してくる令音の言葉に、士道はため息を吐いていたが、そんな様子に気付いてないと言った様子で十香は大声を上げる

 

「おぉ! 凄いなこれは! 建物の中に湖と山があるぞ!」

「み、水が、いっぱいです……!」

『はー! テンション上がるねこりゃー!』

「シドー! あの湖には入ってもいいのか!?」

「あぁ、もちろんだよ、ていうか、それがメインの楽しみ方だしな」

 

 十香の問いに答えると、十香は輝いていた目をさらに輝かせ、声を上げた

 

「よし! 行くぞ四糸乃っ! よしのんっ!」

「は、はい……っ!」

「はしゃぐのもいいが、準備運動はしっかり……はぁ、士道、オレも行ってくる」

「わ、わかった」

 

 プールに駆け出していく二人と、二人を追うようにプールの方に向かったトーマのことを視線で追って──

 

「元気ね、二人とも」

 

 いると、背後から聞こえてきた声で、小さく肩を揺らす

 

「お、おう、琴里」

 

 ゆっくり振り返ると、そこには水着姿の琴里が腕くみをしてチュッパチャップスをくわえながら立っていた

 

「…………」

 

「いいか二人とも、プールに入る前には準備運動をするんだ。そうしないと怪我をするかもしれないからな」

「トーマ、準備運動とはどうやるのだ?」

「見本見せるから、同じようにやってみろ」

「うむ!」

「わかり、ました」

 

 少し離れた場所からそんな会話が聞こえてきたが、士道は何年も見ていなかった妹の水着姿に少し見惚れていた。彼女の着ている白いセパレートの水着は、ブラ部分ホルターネックチューズトップになっており、とても色っぽく士道の目には映る

 そんな士道の様子を見ていた琴里は怪訝そうに眉を歪め、言葉を発する

 

「何よ、ジッと見て。生物学的に近親相姦にならないからって、妹に欲情するようになったら人として末期よ」

「……っ! そ、そんなわけあるか!」

「あぁ、そう」

 

 士道がハッとして返すと、琴里は随分と冷めた様子で肩をすくめる

 

『……何をしているんだね。シン』

「え?」

『……さっきも言われたろう? 女の子がお洒落をしてるんだ。何も声をかけてあげないのかい?』

「あ──」

 

 令音に言われて改めて士道は気付き、軽く咳払いをしてから改めて琴里に向き合う

 

「こ、琴里」

「? 何よ」

「そ、その……なんだ、に、似合ってるぞ、その水着。か……可愛い、と……思う」

 

 長らく一緒に暮らしてきた義妹を褒めるという行為に、言い得ぬ恥ずかしさを覚えていた士道だったが、たどたどしく言葉を発した

 

「……っ」

 

 琴里は少し目を見開いて、頬を少し赤くするが、すぐに首を振ると不敵な笑みを浮かべる

 

「あら、ありがとう。──令音か神無月あたりに褒めるよう指示でもされたのかしら?」

「ぐ……っ、い、いや、そんなことはねぇよ。本心さ」

「へぇ、光栄ね。……で、具体的にはどこがどう可愛いと思ったのかしら?」

 

 士道がそう言うと、琴里は少し意地が悪そうな笑みを浮かべながら、そう言った

 

「え、えぇと……その……」

『……ん、ここは我々の出番かな』

 

 

 

 オーシャンパーク上空、いつものように透明になっている上空艦フラクシナスの艦橋で艦長席の隣に立った神無月が高らかに声を発する

 

「さぁ諸君、我らの腕の見せどころです!」

 

➀「全部さ! 琴里は何を着ていても可愛いよ」

②「シンプルに見えるけど、なかなか凝った意匠をしてるよな、その水着。いいセンスだ」

③「膨らみかけの胸が特に変わらないよ」

 

「総員、選択をお願いします!」

 

 メインモニタに表示された選択肢を目の前に、選択肢が選ばれると、その集計結果が表示された。過半数を占めたのは➀で他の②と③には一票も入っていなかった

 

「ふむ、皆さんは➀ですか。まぁ、順当ですね」

「えぇ、使い古されたフレーズかもしれませんが、言われて悪い気はしない筈です」

「②は悪くないのですが、やはり水着に目がいってしまっているのが気になります……③は論外ですね」

「そうですね」

 

 クルーの言葉を聞いた神無月は小さくうなづき、マイクに口を近づける

 

「士道くん、③です。『膨らみかけの胸がたまらないよ』」

『……えぇッ!?』

 

 論外の選択肢を、士道に伝えた結果。プールにいる士道とフラクシナスに居るクルーたちの声が見事にハモった

 

「ふ、副司令──正気ですか! 相手は五河司令ですよ!?」

「③は論外って言ったばかりじゃないですか!」

 

 艦長席の下段からは、非難……と言うよりも悲鳴染みた声が飛んでくるが、神無月はそれを制して口を開いた

 

「司令だからこそ……ですよ」

「え……?」

「だって、ご覧なさい。あの華奢で、美しい、未成熟な肢体を。十三歳中学二年生という一瞬の輝きを。もうたまらないでしょう、それ以外ないでしょう」

「結局副司令の趣味じゃないですかッ! そんなの言ったら司令に蹴られますよ!?」

 

 一度収まったと思った非難の声が、再び始まるが。クルーの言葉を聞いた神無月はハッと目を見開く

 

「ご、ご褒美までいただけるなんて完璧じゃないですか!」

「だっからあんたはもう……ッ!」

 

 クルーたちはもう敬語すら使わずに、上段にいる神無月(アホ)を非難するが、そうしている間にも時間は進み、焦ったような士道の声が聞こえてくる

 

『……ほ、本当にそれで大丈夫なんですか?』

「えぇ、もちろん胸の部分をおっぱいにアレンジしても構いません」

『……普通でいきます』

 

 クルーは必至で士道を止めようとスイッチを連打していたが、悲しいことに回線の優先度は現在神無月(アホ)のいる艦長席が最も高い。

 ────この場に変態(神無月)の暴走を止められる人物はいない

 

 

 

 正気の沙汰とは思えない言葉、変態(神無月)が個人の趣味で選んだ選択肢にも、クルーたちが選択したのだから意味があると信じ、覚悟を決めた勇者は、意を決して口を開く

 

「その……膨らみかけの胸がたまんないな」

「な……ッ!? 何言ってるのよ……! そんなこと考えてたの!?」

 

 士道の言葉を聞いた瞬間、琴里はバッと両手で胸元を覆い隠した

 

「や、そ、そうじゃなく……」

 

 と、士道が慌てた様子で手を振ると、右耳からけたたましいアラーム音が聞こえてくる。聞き覚えしかない不吉な音に士道は更に焦る

 

「お、落ち着け琴里! 今のはだな……!」

『……シン、非常事態だ』

 

 士道の弁明にかぶせるように、令音の声が響いてきた

 

「わかってます! 今どうにか琴里を落ち着かせ──」

『……違う、そっちじゃない』

「へ……?」

 

 士道が間抜けな声を出すと同時に、耳を突き刺す悲鳴がプールから響いてくる

 

「な、なんだ!?」

「士道、あれ!」

 

 琴里が浅瀬のように形作られたプールを指さすと、一部がスケートリングのようになってしまったプールと、その上でわんわん泣く四糸乃の姿があった

 

 

 波乱のデートは、まだ始まったばかり




いよいよ始まった士道と琴里のデート
何故かついてきた十香、四糸乃、トーマの三人

琴里の好感度は一体どうなっているのか
クルーたちは変態の暴走を止めることが出来るのか

士道は琴里の霊力を封印することが出来るのか

次回, 五河シスター第4-6話


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第4-6話, デート、第一幕

「……で、よしのんが流れるプールに流されて、慌ててしまったと」

「まぁ、そう言う事だ……ぶぇっくしょんっ!」

 

 プールの一角スケートコート事件からおよそ三十分。琴里が持参していた電池式ドライヤーで、四糸乃の左手に装着されたよしのんの身体を乾かしながら、士道は大きなため息を吐いた

 こんな時の為についてきたであろうトーマはプールの凍結に巻き込まれさっきまで凍りついていたが、凍りついた身体を何とか動かし無銘剣を呼びだし、先ほど脱出が出来たところだった

 

「ご、ごめん……な、さい」

「むぅ……面目ない、私がついていながら……」

「まぁ、そんなに気にするなって。大事にもならなかったんだし」

「そうだな、こういうことがないようにするのがオレの役割だったわけだし、謝るならオレの方だ」

 

 十香と四糸乃に対して士道たちが声をかけていると、よしのんもいい感じに乾いてきた

 

「よし、そろそろ乾いたろ。大丈夫か、よしのん」

『や、やー……壮絶な冒険をしてしまったねー。死ぬかと思ったよー』

「ごめんね……よしのん」

『あぁ、大丈夫大丈夫。また無事に会えたんだし、結果オーライよ』

「うん」

 

 完全に復活したよしのんに頭を撫でられながら、四糸乃はこくりとうなずく

 そんな様子を見て、琴里が肩をすくめた

 

「……勝手がわからないのも無理はないわ。──確かあっちに浮き輪をレンタルしてるカウンターがあったから借りてきましょうか」

「うきわ?」

「百聞は一見に如かずね。直接見た方が早いでしょ。行くわよ」

 

 そう言うと琴里は歩き出し、十香と四糸乃も立ち上がった

 

「っと、待てってば」

「オレ、引率の意味なくないか? ……まぁ良いけど」

 

 士道とトーマも三人を追って歩き始めた。と―その途中、琴里が士道の方にすっと身を寄せてきた

 

「な、なんだ? どうした?」

「……ん、あれ、さっきのだけど」

「さっきの?」

「……どこが可愛いかってやつ」

「──っ!」

 

 琴里にそう言われ、士道は心臓が引き絞られるような感覚に陥る。先の四糸乃の一件で有耶無耶にされたかと思ったが、そんなことはなかったようだ

 

「あ、あれはだな……」

「あれ……さ、やっぱりフラクシナスからの指示だったの? それとも……その、ホントに士道の本心?」

「それは、その……まぁ、本心……だよ」

 

 確かにフラクシナスの選択肢にあったのには違いないが、間違いなく士道の本心でもあった。普通なら恥ずかしい通り越して変態的なフレーズを妹に言うのは、心のどこかでそう思ってない限り不可能である

 

「……ふーん。……そうなんだ」

 

 てっきり軽蔑の眼差しで見つめられながら罵倒されるものだとばかり思っていた士道の予想に反して、琴里は水着に覆われた慎ましやかな胸を、手で軽く触ったりしていた

 

「琴里?」

「……っ」

 

 不思議に思った士道が琴里の名前を呼ぶと、ビクっと肩を揺らした琴里は、士道の鳩尾に裏拳を叩き込む

 

「くお……ッ!?」

「……ふんっ! くおだって。死の教師でもあるまいし」

「……何やってんだ?」

 

 士道の断末魔に気付いたトーマが二人の方を見るが、琴里は士道から顔を逸らし十香と四糸乃を引き連れてすたすたと歩いていってしまった

 

「シドーはどうしたのだ?」

「なん、か……痛そう、です……」

「ふん、気にしなくていいわよ。どうせ持病の偶発的鳩尾ズキズキ症候群か何かでしょ。近づいちゃ駄目よ。伝染(うつ)されるわ」

 

 心配そうに言う十香と四糸乃の肩に手を置いた琴里は、先へと促す

 

「あ、あんにゃろ……」

「ホント、何言ったんだよ」

 

 

 

 それから浮き輪をレンタルした十香と四糸乃はさっそく浮き輪を使ってプールを漂い始めていた

 

「おお、凄いぞ! 見てくれ! 沈まないぞ!」

「……! ……!」

 

 十香は楽しそうに声を上げて、四糸乃も興奮した様子でうなずいている。初めてのプールを楽しんでいるようだったが、肝心の琴里は未だつまらなそうにしているようだった

 

「そんじゃ、オレも少し行ってくるかな……目を離しとくのも心配だし」

 

 そう言ってトーマも二人のいるプールに歩いて行ってから程なくして令音の声が聞こえてくる

 

『……シン、そうしているのも何だ、琴里を誘ってみたまえ』

 

 

 

 

 そして視点は変わり再びフラクシナス艦橋、メインモニターには新しい選択肢が表示される

 

➀ウォータースライダーで一緒にスプラッシュ! 後ろからギュッと抱きしめよう! 

②温泉エリアでリフレッシュ! 疑似混浴でドキドキ! 

③流れるプールに揺られよう! 俺がボートに、俺がボートになるから! 

「ふむ、では皆さん、選択を!」

 

 神無月の高らかな声によってクルーたちが手元のボタンをタップし、画面に結果が表示される。最も多いのは➀、次いで②。当然のことながら③には一票も入っていない

 なんかどっかで見たいことある光景にクルーたちは顔を曇らせるが、神無月はそんな様子に気付く素振りもなく悠然とうなずく

 

「なるほど、ウォータースライダーですか」

「えぇ……まぁ妥当でしょう。せっかくオーシャンパークに来たのですから、看板アトラクションに挑まない手はありません」

「温泉エリアも確かに目玉ではありますが、若者が来てそうそう向かうような場所ではありませんしね」

 

 

 

 クルーの一人がこの言葉を言った瞬間、トーマはくしゃみをする

 

「どうかしたのか? トーマ」

「大丈夫……ですか……?」

「あ、あぁ、大丈夫……きっと誰かが噂でもしてるんだろ」

 

 中村透馬(本名不詳)、推定二十代はこの手のレジャー施設に来たら、遊ぶよりも先に温泉へとそうそう向かうタイプの人間である

 

 

 

「③は駄目ですよ副司令、③だけは」

 

 そして場所は戻りフラクシナス、クルーの一人が神無月に念押しするように視線を送ると、当の本人ははははと笑った

 

「いやだな皆さん、如何に裁量権が与えられているとはいえ。私がそんな無謀な独断を何度もする筈ないじゃないですか」

 

 等と戯言を発しながら、マイクに口を近づける

 

「士道くん、③です。流れるプールに行き、士道君が司令のボートになって──」

「ちょわッ!」

 

 フラクシナスクルー、度し難い変態(神無月恭平)に対し、実力を行使

 

「な、何をするのですか、あなたたち!」

「村雨解析官! 今です!」

 

 神無月を取り押さえたクルーの一人が令音にそう言う

 

「……ん? あぁ」

 

 その呼びかけに答えた令音は、頬をかいてからマイクのスイッチを入れた

 

「……聞こえる会。➀だ。琴里と一緒にウォータースライダーを滑ってきたまえ」

『わかりました。……ていうか、何かあったんですか? 妙に騒がしい気が……』

 

 艦長席のある艦橋上部では、今だ神無月が戯言を発していたが、令音はそれを無視して言葉を続ける

 

「……気にしないでくれ。とにかく、スライダーだ。必ず一緒に滑るんだよ?」

『は、はぁ……』

 

 腑に落ちないと言った風の士道だったが、一応それに首肯したのを確認すると、マイクのスイッチを切った

 

「まったく……何をするんですか、あなたたちは! せっかくのチャンスを! ていうかあなたたち、上官に暴行を働いて作戦を邪魔するなんて、重大な規定違反ですよ!」

 

 マイクのスイッチが切れたのを確認したクルーたちが拘束の手を緩めると、神無月がそう言ってくるが、クルーの一人が半眼を作りながら口を開く

 

「……林堂医務官が健康上の問題ありと判断した場合、もしくは村雨解析官を含む三分の二以上が指揮能力なしと判断した場合、指揮権を剥奪できるんですよ?」

「う……っ」

 

 神無月は眉を歪めて艦橋を見渡してみると、皆がじとーっとした視線で神無月の方を見ていた

 

「……オーケイ、今の行為は不問としておきうましょう。さ、作戦を続けましょう」

「副司令に指揮能力がないと思う人は手元のボタンを──」

「不問にするって言ったじゃないですかぁ!」

 

 神無月は泣きつき、とりあえず処分は保留にされる(※フラクシナスはクルー同士の仲が良い、アットホームな職場です)

 

 

 

「な、なぁ、琴里」

 

 フラクシナス艦橋が神無月恭平(変態ドM野郎)とクルーたちによる戦いが繰り広げられていたころ、指示を受け取った士道は琴里に声をかけた

 

「何よ」

 

 視線を動かす事なくぶっきらぼうに返してきた琴里に、一瞬言葉が詰まりかけるが、どうにか言葉を続ける

 

「せっかくだし、ちょっとは遊ぼうぜ」

「ふぅん、何で遊ぶの?」

「ん、ウォータースライダーなんてどうだ?」

 

 値踏みをするように目を向けてくる琴里に対して、士道はウォーターすらーだを指さすと、ふうと息を吐いて琴里は身体の向きを変えた

 

「ベタな気はするけど……まぁ、妥当なところかしらね。いいわ、行きましょう」

 

 なんとも冷めたことを言いながら、足をスライダーの方に向けるとプールを浮いていた十香と四糸乃が、二人の元にやってきた

 

「シドー、琴里。どこかに行くのか?」

「え? あぁ……ちょっとウォータースライダーでも滑ってこようかと」

「うぉーたーすらいだー?」

 

 十香が目を丸くしながら首を傾げるのを見た士道は苦笑すると、もう一度指をウォータースライダーの方に向ける

 

「あぁ、あれのことだよ」

「おぉ……! 人が流れてくるぞ!」

 

 十香は目を輝かせると、士道にそう言ってくる

 

「私も、私も行きたいぞ!」

「え、えぇっ!?」

「……駄目なのか?」

 

 士道が裏返った声を発してしまうと、それを見た十香はしょんぼりと肩をとした

 

『……シン、構わない。十香も連れていってあげたまえ』

 

 琴里の好感度を上げる為、心を鬼にして断らねばと士道が考えていると、インカム越しに令音がそんなことを言ってきた

 

「令音さん? いいんですか?」

『……あぁ。むしろ好都合さ。たぶん、ね』

「え……?」

『……いや。まぁとにかく、遊びたがっている十香を抑制してしまうのもよくない』

「わ、わかりました」

 

 令音の言葉に従った士道は、改めて十香に向き直る

 

「ん、わかったよ。一緒に行くか、十香」

「! おお、いいのか!?」

「あぁ。でもその浮き輪は置いていかないとな」

 

 士道は一瞬背後から琴里の舌打ちが聞こえたような気もしたが、気のせいと流して首を回すと、四糸乃が声をかけてくる

 

「士道、さん。よかったら……私が持ってましょう……か」

「え? いいのか?」

「あれは……怖いです。また……よしのんが、流されちゃいます……」

「あぁ……そうか」

 

 四糸乃も十香と一緒に滑りたがるものだとばかり思っていたが、どうやら先ほどの一件が軽いトラウマになっているらしかった

 

「だから……私は、ここで……待ってます」

「そっか。じゃあ十香の浮き輪もお願いできるか?」

「はい……任せてください」

 

「そういえば、トーマは……」

「いるぞ?」

「うわっ! いつから!?」

「悪い、疲れで気配消してた……オレも、待ってるからゆっくり楽しんでこい」

 

 さっきから気配が消えっぱなしだったトーマもそう言ってきたので、三人はウォータースライダーへと向かっていった

 

 

 

 その場に残ってウォータースライダーを眺めていると、隣にいた四糸乃が話しかけてきた

 

「あの……トーマ、さん……」

「どうした? 四糸乃」

「今日って……その……士道さんと、琴里、さんの……」

「あぁ、そうだよ。あの二人のデートだ……少し、変わった形になっちまったがな」

「よかったん、でしょうか……ついてきちゃって」

「……まぁ、良かったんじゃないか? 令音さんだってそのために一緒に行くよう言ったんだろうし」

『そいえばトーマくん、炎の精霊って琴里ちゃんだよね?』

 

 さっきまで黙っていたよしのんが、トーマにそんなことを訊いてきた

 

「気付いてたのか?」

『そりゃあね、一応よしのんたちも精霊だしさ、今は力を封印されてても霊力の流れってのは少しだけ感じられるわけよ』

「そう言う事か、よしのんの言う通り琴里が炎の精霊で間違いない……お、そろそろ滑るみたいだぞ」

 

 ウォータースライダーの方に目を向けながら話をしていると、いよいよ滑り始めようとしている士道たちの姿が見えた。十香によって勢いよくスタートダッシュをした三人は、ものすごい勢いで滑っていき……コースアウトした

 

「…………」

「うわぁ……」

 

 その様子を見ていた四糸乃の顔は真っ青になり、トーマはなんとも言えない表情をしていた

 

 

 

 

 時刻は二時十分、少し遅い時間だが士道たちはオーシャンパークにあるフードコートで遅めの昼食を摂っていた。士道、十香、四糸乃、トーマ、そして琴里の五人は白いテーブルの上にそれぞれ食べ物と飲み物を置いている

 

「うむ、美味いなシドー!」

「美味しい……です」

「祭りとかもそうだが、こういう場所で食う飯ってのはどうしてこうも美味く感じるんだろうな」

「なんというか、プラシーボ効果じゃないか」

 

 そんなことを話している士道だったが、つまらなそうにしている琴里を見て、心の中は緊張で一杯だった

 

「……むぅ」

 

 士道は誰にも聞こえないくらいの小さなうなり声を発した、フラクシナスのサポートによって何度かアプローチを試みているのだが、どれも目に見えた効果は上がっていない。フラクシナスの存在と思惑を知っている分、通常の精霊と比べたら安全性は高いかも知れないが、その分攻略難易度が段違いに高いように、士道は思えた

 

「……令音さん。琴里の機嫌と好感度の数値ってどうなってますかね」

『……ん。目立った下落はしていないが……上昇もしていないね。グラフにしてみるとよくわかる。ずっと、全くの平坦だ』

 

 これは予想もしていた事だが、完全に冷めきっている。どうすればいいのかを考えていると、しばしの沈黙が流れる

 

『士道くん。黙っているのは上手くありません。なんでもよいので会話を』

「っ、あ、あぁ……はい」

 

 神無月に言われ手、士道がピクリと眉を動かす、間が持たないのは最悪であるため、話題を求めて辺りにぐるりと視線を巡らせる

 

「ッ、けほっ、けほっ……」

「だ、大丈夫か、琴里」

「……えぇ、少し気管に入っただけよ」

 

 飲み物に口をつけ、それに咽せたかのように数度せき込む。心配した士道の言葉に対して琴里はそう返すと足を崩して席を立った

 

「琴里……? どこ行くんだ?」

「レディが席を立ったときに行き先を訊くだなんて真似、私以外にしたら死ぬわよ」

「……肝に銘じるよ」

 

 士道はトイレの方に歩いていく琴里を見送ると、はぁと大きな息を吐いてテーブルに突っ伏す

 

「シドー?」

「あぁ……悪い。食事中だったな」

 

 不思議そうな十香の声に、士道は顔を上げると同時に空腹を感じる。どうやら琴里の姿が見えなくなった事で緊張の糸が切れたらしい。目の前のサンドイッチに手を伸ばして食べ始める

 

「……ん?」

 

 と、士道は視線を感じた方を見ると、十香と四糸乃、トーマによしのんまでもがジッと士道の方を見つめて来ていたからだ

 

「な、なんだ? どうしたんだ?」

「いや……いつものシドーに戻ったと思ってな」

「え?」

 

 十香の言葉に、士道は目を丸くしていると今度は四糸乃とよしのんが口を開く

 

「琴里さん、と……喧嘩、しましたか……か?」

『琴里ちゃんいなくなった途端きーぬけるんだもん。わっかりやすいなー士道くんは』

「え……そ、そんなにか?」

「あぁ、気張りっぱなしって言うか……少なくともこの場に楽しむ為に来てる奴の雰囲気ではなかったな」

 

 そう言われた士道は頬をかく。自覚はなかったが他人の目から見たらはっきりわかる程に構えてしまっていたらしい

 

「や、別にそういうわけじゃ……」

『…………』

「う……」

 

 二人+一匹の視線を受けている士道の事を見ていたトーマは、軽く息を吐いて席を立つ

 

「士道、少し付き合え」

「あ、あぁ……わかった」

「二人とも悪い、オレたちも少し席を外す」

 

 トーマと一緒に席を立ち、だいぶ離れたところで士道は話しかける

 

「……俺、そんなに緊張してたのか」

「あぁ、誰が見ても明らかって位にな」

「マジかぁ」

 

 士道はそう言って頭をわしわしかくと、インカムに向かって問いかける

 

「令音さん……精神状態のモニタリングって、俺の方もやってるんですか? もしやってたら数値教えて欲しいんですけど……」

 

 しかし、何故か言葉は返ってこず、代わりに神無月の声が聞こえてくる

 

「あぁ、士道くん。申し訳ありませんが、村雨解析官は少し席を外しています」

「あ、そうなんですか」

 

 士道はもう一度、両手で頭をかきむしっているとトーマが話しかけてくる

 

「気張るなって言うのは無理だが、どうにかして肩の力抜いたほうが良いんじゃないか?」

「それが出来たら苦労しない──」

 

 士道はその途中で言葉と足を止める

 

「どうした?」

「いや……」

 

 士道につられて足を止めたトーマも耳を凝らしてみると、ひそひそと話すような声が聞こえてくる

 

「なんだ……?」

『士道くん、そこは──』

 

 士道はトーマを置いて自販機の裏に出来たポケットのような空間まで足を向け、言葉を失う。それは士道の後を追ってきたトーマも同様

 喧騒から離れた寂しい場所にいたのは水着に白衣というプールには似つかわしくない恰好に黒いカバンを携えた令音と、壁にもたれかかるようにして地面にへたり込み、苦しげに頭を押さえる琴里だった

 二人は思わず一歩足を引き、身を隠した

 

「……大丈夫かい、琴里」

「えぇ……なんとかね。でも、危なかったわ。──お願い」

 

 琴里は片腕を令音に差し出すが、令音は躊躇ったように言う

 

「……今朝の時点でもう既に、通常の五十倍もの量の薬を投与しているんだ。これ以上は命に関わる恐れがある」

「ふふ……精霊化した今の私なら、薬物程度では死にはしないわよ」

 

 琴里はそう言うが、令音は尚も躊躇っているようだった。それを見た琴里は荒い呼吸の合間を縫うように言葉を紡ぐ

 

「……お願い、士道との……おにーちゃんとのデートなの」

「……っ」

 

 それを聞いた士道は、息を詰まらせる。その様子をトーマはただ無言で見る

 

「ぁ……」

 

 すると、士道の口から声が漏れる。それは今まで教えられていた事実と、自分の中にあった安心……いや、慢心に気付いたのだろう

 士道は今日、黒いリボンをした琴里が、精霊の力に呑まれるはずないと思っていた、自分がデレさせられなくてもきっと何とかるだろうと思っていた事を

 

「──ね、お願い。もしかしたら、これが最後かもしれないの。もし失敗したら、今日で、私は私でなくなる。──その前に、おにーちゃんとのデートを、最後まで」

 

 

 そして、薬の投与を終えたであろう令音はその場を立ち上がり、こちらに歩いてきた……士道たちも慌ててその場から離れようとしたが、令音と目があってしまう

 

「……ぁ──」

 

 令音は一瞬眉をピクリと動かすが、自然な動作で士道の肩を掴み、自販機の表側に引っ張っていき、トーマも後を追うようについていく

 

「……どのあたりから聞いていたんだい?」

「や……えと、多分、最初から」

 

 それから少しの間無言になるが、士道が口を開く前にトーマが令音に話しかける

 

「彼女は、いつからあんな状態だったんです?」

「……霊力を取り戻した瞬間からだ」

「結構前から……ですね」

 

 令音の言葉を聞いた士道は下唇を噛むと、口を開いた

 

「じゃあ、なんで」

「……琴里の希望だ。シンには話さないで欲しいと」

「──っ」

「……本当なら、今日がリミットということも明かさないで欲しいと言われたのだがね」

「なんで……そんな」

 

 士道が震える声で問いかけると、令音は息を吐いてから言ってきた

 

「……君に、同情や憐憫でデートをして欲しくなかったんだろう」

 

 士道は歯を噛み締めると、わずかに血の味がする

 

「……だから、頼む。今のは見なかったことにしておいてくれ。──琴里のためにも」

「……わかりました」

 

 士道は令音の言葉を了承し、トーマも首肯すると、二人で十香たちの待つフードコートに戻る

 

「士道……それで、これからどうするんだ?」

「その事なんだが、トーマ……十香と四糸乃の事、任せてもいいか?」

「元から二人の引率……と言うより付き添いだからな、二人は任せろ」

 

 フードコートに戻ると、サンドイッチを食べ終えていた十香が声をかけてくる

 

「おお、遅かったな」

 

 士道は椅子に座ると、ジッと二人を見つめていた

 

「シドー?」

「どうか……しましたか?」

 

 二人の問いに、士道は応と首肯する

 

「……ん、実は今から、流れるプールのジャングルクルーズツアーが始まるらしいんだ」

 

 そう言うと、十香は目を輝かせる

 

「な、なんだそれは!?」

「大きなボートに乗って、エリア中を流れるプールをぐるっと一回りしてくる冒険コースらしい。四糸乃と一緒に行ってきたらどうだ?」

「おぉ……行く! 行くぞ!」

「わかった、それじゃあトーマ……十香たちの事任せて良いか?」

「あぁ、了解だ」

 

 士道がトーマにそう言うと、十香は首を傾げた

 

「む……? シドーは行かないのか?」

「あぁ……俺はちょっと、琴里と用があるんだ」

「そうなのか? なら私もそちらに……」

 

 そこで四糸乃が十香の手を取る

 

「十香さん……私、クルーズに……行きたいです。一緒に行ってくれませんか……?」

「む? だがそれならトーマに──」

「四糸乃は三人で乗りたいみたいだし……ここはオレたちと一緒に行ってくれないか?」

「お願いします……十香さん」

 

 四糸乃たちがそう言うと、十香はまんざらでもないといった顔を作って頬をかく

 

「む、仕方ないな……ではシドー、私たちはそのジャングルなんとかに行ってくるぞ」

「おう、気を付けてな」

 

 士道が手を振ると、十香と四糸乃はそれに応えるように手を振り返し、トーマも軽く手を上げて返すと、士道の示した方向へと歩いていった

 

「……がんばって、ください」

「頑張れよ、士道」

 

 その際に、四糸乃とトーマの二人は軽く士道の方を見てそれだけ伝えた




士道が知った琴里の現状
刻々と迫るリミットまでに、琴里をデレさせられるのか
次回、デートは第二幕へと突入します

次回, 五河シスター第4-7話

仕方ないけど、トーマ君影薄いね


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第4-7話,デート第二幕、そして…

「士道? あの三人は……」

「琴里。今すぐ着替えてアミューズエリアに集合だ」

「……は?」

 

 ようやく動けるようになった琴里が、フードコートまで戻ると、士道は突然そう言ってきた。その様子も先ほどまでとは違い、白いリボンの時の琴里を相手にしている時に近かった

 

「あぁ……フラクシナスから指示が出た? こっちじゃ上手くいきそうにないから遊園地エリアに変更ってこと? ふん、まぁ構わないけど──」

「いいや」

 

 琴里はフラクシナスから指示が出たのだと思い肩をすくめるが、士道が琴里の言葉を遮るようにそう言って、そのまま右耳に手を当てると、インカムを外してテーブルの上に置いた

 

「……っ、士道?」

「俺、実はプールより遊園地の方が好きなんだ」

「はぁ……?」

 

 意外すぎる士道の行動に、突拍子もない発言、それを聞いた琴里は眉間にしわを増やしながら唇を尖らせる

 

「何言ってるのよ、一体。ていうかそもそも十香と四糸乃は? いくら今の攻略対象外だからって、あの二人の精神状態を不安定にさせたら精霊の力が逆流して大変なことになるわよ? さっきの四糸乃を忘れたの?」

「忘れてなんかねぇよ。今あの二人はジャングルクルーズを楽しんでるさ、トーマにもついててもらってるし、神無月さんたちにも連絡したし、心配ねぇよ」

「……何の真似?」

 

 琴里は士道の意図を読めず、渋面を作りながら聞くと、士道は琴里の手を取ってニっと唇の端を上げてみせる

 

「遊ぶんだよ。──久々の遊園地だ、楽しみで仕方ない。着かれて眠っちまうまで遊びまくってやる。覚悟しとけよ、琴里」

「は、はぁ……?」

 

 戸惑っていた琴里は、そのまま士道に手を引かれていった

 

 

 

 そして、遊園地エリアへと移動した士道と琴里は巨大フリーフォールを堪能し終えたところだった

 

「よっしゃぁぁ! 琴里! 次は何に乗る!?」

「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」

 

 堪能し終えた士道は、琴里の手を引いたまま走り出したところで、琴里は声を上げながら足を踏ん張って士道の進行を妨げる

 

「ん、どうした琴里」

「どうしたじゃないわよ……っ! ちゃんと説明しなさい、説明を!」

 

 琴里は興奮した調子で叫びを上げてくる。まぁアミューズエリアについてすぐに引っ張ってこられ、有無を言わせず一番近くにあった絶叫系アトラクションに吶喊したのだから仕方ない

 

「説明? しただろさっき。実は兄ちゃん遊園地が大好きなのです」

「説明になってないわよッ! そんな理由で私を連れ回してるっての!?」

「ばっ、おまえ、そんな理由とか言うんじゃねぇよ。男は高校生にもなるとな、遊園地なんてそうそう行けないんだよ? 家族連れってのも何となく気恥ずかしい。男友達ってのももの悲しい。結局遊園地で生存が許されるのは、彼女持ちという特権階級だけなんだよ! 遊園地に来たくても来れない男子が、一体何万人いると思ってるんだ!」

「知るかッ! だいいち──」

 

 その途中で、琴里は何かに気付いたようにハッとして、声を窄ませていく

 

「か、かのじょ……」

「ん? どうした琴里。──あ、もしかしておまえ」

「! な、なんでもないわよ! 気に──」

「フリーフォールが怖かったのか? 何だよ、先に言ってくれればいいのに」

 

 士道は口元を押さえて笑うと、琴里は顔を真っ赤にして手を振り回す

 

「いたたたたっ、や、やめろって」

「るさいッ! このっ、このッ!」

 

 士道は何とかその構成から逃れると、今度はジェットコースターの搭乗口を指さした

 

「よし、琴里。今度はあれ乗ろうぜ」

「だから、人の話を聞きなさいよ!」

「あ、そうか。琴里の身体じゃ乗せてもらえないか!」

 

 士道がニヤニヤしながら言うと、琴里は顔を真っ赤にして再び突撃してくる

 

「馬鹿にすんじゃないわよ! ジェットコースターの制限って百十センチとかじゃない! 流石にそんなに小さくないっての!」

「えぇ? でも怖いんだろー?」

「舐めるんじゃないわよ! むりそ士道の方がおしっこ漏らさないか心配ね!」

 

 そんなことを言い合いながら、士道と琴里はジェットコースターに搭乗し、士道の口車に乗せられたのことに気付いたのは、安全バーが完全に下がってからだった

 

 

 

 そんな士道と琴里の様子をモニタリングしているフラクシナスの艦橋では、神無月が落ち着かない様子で腕組みをしながら靴底で床を叩いていた

 

「うーむ……大丈夫でしょうかね。士道くんは」

「……いや、むしろ琴里に限っては、こちらの方がいいのかもしれない」

 

 艦橋下段に座った令音が、画面に映る士道たちの様子を見ながらそう言う

 

「そうですかねぇ」

「……あぁ、シンもやるじゃないか。少し余計な気を回しすぎたかもしれないな」

 

 丁度、士道と琴里はお化け屋敷が入ったところで、神無月があぁっ! と声を発した。どうやら士道と琴里は手を繋ぐ繋がないの問答をしているようだったが。一見すると仲のいい兄妹の光景であるため、クルーたちには神無月がどうして声を上げたのかわからなかった

 

「ど、どうしました、副司令」

「士道くん、せっかくのお化け屋敷だっていうのに、何をもったいないことを……!」

「え……? ちゃんと手も繋いでいるし、何も問題ないように見えますが……」

「何を言ってるんですか! なぜ司令に抱き着かないのですか! 合法的に司令の柔らかな肢体を堪能でき、もしかしたらその後に固い靴の底で顔に跡を付けていただけるかもしれないのに……ッ!!」

 

 クルーたちが、一斉に頬に汗を垂らすが、士道たちのデート風景を見ている神無月の暴走は止まらない

 

「あ、あぁ……! 士道くん、何てことを……!」

 

 お化け屋敷を出てゴーカートに二人で乗った様子を見て、神無月は再び悲愴に満ちた声を上げる

 

「なぜ一緒にカートに乗るのですか! そこは司令だけをカートに乗せ、自分は足で走るべきでしょう! サディスティックにほほ笑みながら迫る司令のカート! 次第に詰められる距離! そして執拗なアキレス腱への攻撃の果てにその場に倒れこんだなら、苛烈なバンパーの洗礼が身体を蹂躙する……ッ! あぁ、司令! お慈悲を! お慈悲を!!」

 

「士道君、インカム捨てて正解だったかも」

 

 一人悶える神無月の姿を見ながら、クルーの一人が呟いた言葉に、他の全員は同意した

 

 

 

 

「はふぅ……っ」

 

 息を吐いた琴里が、中央広場のベンチの上に身体を投げ出す。時刻はもう五時を回っていた。士道と琴里はアトラクションを制覇しそうな勢いで遊びまわった

 

「あー……ちょっとやべぇわ。遊園地舐めてたわ。超楽しいわ」

「ふん、子供なんだから。高校卒業までにはおしめが取れるといいわね」

「スプラッシュコースターではしゃいでたお前に言われたかねぇ」

「な、なんですって!?」

 

 琴里は不満げに声を上げるが、すぐにはぁと息を吐いて姿勢を元に戻した

 

「ふん……まぁいいわ、疲れたし。それに……まぁ、つまらなくはなかったし」

「ん、そか」

 

 そう言うと士道はもう一度大きく身体を伸ばした

 

「しっかし……遊園地なんて来たのどれくらいぶりだったけか。父さんも母さんもほとんど家にいないから、随分……」

「五年前よ」

「え?」

 

 琴里は即座そうに答えると、士道は素っ頓狂な声を発した。琴里は一瞬ハッとした顔を作ったが、仕方ないと言った調子で、言葉を続ける

 

「家族みんなで遊園地に行ったのは、五年前が最後。それからは一度も行ってないわ」

「よく覚えてるな。そっか……五年も前になるか」

 

 五年前、それは五河家が最後に遊園地に行った年でもあり、琴里が精霊になった年、そして……鳶一折紙の両親が死んだ年でもある

 士道は無言のままベンチを立つと、隣に座った琴里と向かい合う位置に足を落ち着けた

 

「……何?」

 

 琴里は小首を傾げ、数秒後には何かに気付いたように肩を小さく震わせる

 

「え、あの、その……もしかして」

「琴里」

「ふぁ、ふぁい……っ!」

 

 士道が静かに名前を呼ぶと、琴里が間の抜けた声で返す

 

「し、士道……? その、うん、まぁ確かにそろそろ頃合いだとは思うんだけど……その、せ、せめてもう少し、ひとけのない場所にいかない?」

「なんでだ?」

「な、なんでって……」

「別にいいじゃないか、ここで」

「っ……!」

 

 士道の言葉を聞いた琴里は、赤くなっていた顔を更に赤くすると、声にならない叫びを上げた

 

「その、だな、琴里」

「……! な、なに……」

「訊きたいことがあるんだ」

「! き、キスしたいとかそんなはっきり……って、え?」

 

 真っ赤になっていた琴里は、キョトンと目を丸くする

 

「え、えぇと? 悪い、琴里は今──」

「う、うるさい! 何よ、訊きたいことって。早く言いなさいよ!」

「あ、あぁ……」

 

 少し話の行き違いがあったようだが、士道はこほんと咳ばらいをして琴里の目をジッと見つめ直す

 

「あのだな。琴里。おまえ五年前──」

 

 その瞬間、士道は周りの音が少し遠くなるのを感じる、それがASTの展開する随意領域(テリトリー)のようだと思った直後、上方から琴里のいる場所に向かって何かが向かってくるのが見え、凄まじい爆発音が響き渡る

 

「な……」

 

 何が起こったのかわからず、しばらくの間身体を硬直させるが、士道の身体には傷一つついていない

 

「琴里!」

 

 煙が晴れ、琴里のいた場所が見えるようになると……琴里の座っていた場所は粉々に破壊されていた。どうしてこんな事が起こったのかを薄々理解することの出来た士道はバッと顔を上げ──そこにいた人物を見て、またも息を詰まらせる

 

「っ、折紙……」

「──士道。ここは危険。離れていて」

 

 上空に居たのはCRスーツを身に纏い、その背後に小型の戦艦のような兵装を装備した折紙だった。その武装を見て士道は確信する──琴里を撃ったのは、鳶一折紙だ

 一拍置いて、周囲の客たちもその異常事態に気付いたようで、辺りから甲高い悲鳴がいくつも響き、逃げ去っていく

 

「折紙──! おま、え。今、何をしたのかわかってるのか……ッ!?」

「──五河琴里を殺した」

 

 士道の叫びに対して折紙の返事は、あまりにも簡素なものだった

 

「……殺した、ね。随分とまぁ、お手軽に言ってくれるじゃないの」

 

 全身を震わせた士道が、言葉を発しようとした瞬間。焔の壁に守られた琴里が、上空に立っていた

 

「鳶一折紙。あなたはもう少し賢明な人かと思っていたのだけれど……警報も鳴っていない、避難もできていない中でミサイルぶっ放すようなクレイジーな女だったなんて知らなかったわ」

「…………」

 

 折紙は無言で視線を鋭くすると、兵装を開き琴里に向かってミサイルの雨を降らせる

 

「……! 琴里!」

 

 迫りくるミサイルに対して、琴里は悠然と手をかざすと、紅蓮の焔が立ち上がりミサイルを飲み込み、融解させた

 

神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)!」

 

 琴里がそう言うと同時に、焔が身体に纏わりつき、琴里の服を焼いていく。そして、焼かれた服を上書きするように、霊装が形成された

 

「灼爛殲鬼!」

 

 霊装を纏った琴里の言葉と共に、炎が集結し巨大な戦斧を形作った

 

「見つけた……ようやく……ッ!」

 

 炎を身に纏った精霊、その姿を見た折紙の表情が憤怒に染まり、琴里を睨みつけた。そして折紙が軽く息を吐くと、先ほどまでとは比べ物にならない量のミサイルが琴里に襲い掛かる

 

「ふん……随分と行儀の悪い武器を使うわね」

 

 ミサイルの直撃を受けた琴里だったが、傷つくことはなかった

 

「く──」

 

 折紙が苦し気に顔をゆがめると、もう一度ミサイルを発射するが、今度はそれだけではない

 

「指向性随意領域(テリトリー)・展開! 座標固定(二二三、四三九、三六)……ッ!」

 

 自身の周りに結界を形作られた琴里は眉をひそめた直後、放たれたミサイルは結界をすり抜け琴里に直撃した

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 士道の目から見ても、琴里よりも折紙の方が消耗が激しいように見えるが、先ほどの一撃を受けた琴里もただでは済まない……そう思っていた

 

「やってくれるじゃない。見たことない機体ね。新型かしら」

 

 そう言いながら、琴里が軽く手を振ると、僅かにダメージを負っていた身体とその霊装を、無傷の状態に復元していったのだが、琴里は顔を歪めて、左手で側頭部に押さえながら苦しげな声を発する

 

「く……力を、使い、過ぎ……」

「クリーヴァリーフ──解除・展開!」

 

 それがチャンスだと思った折紙は、れいざーブレイドの刃が光の帯となり、灼爛殲鬼と琴里の身体に巻き付いた

 

「指向性随意領域(テリトリー)──展開!」

 

 その言葉と共に、琴里の周りに再び円形の結界が形成される

 

「討滅せよ──ブラスターク!」

 

 その声と共に、魔力光の奔流が琴里に向かって放たれ、直撃する

 

「琴里──!」

 

 士道はのどを潰すほどの勢いで叫びを上げるが、辺りを破壊する魔力光の余波でまともに声は届かない

 

「……っ、……っ」

 

 武装を使った折紙は憔悴した様子で方を下ろした瞬間、折紙の背後に灼爛殲鬼を振り上げた琴里が現れた

 

「──灼爛殲鬼」

 

 焔の刃が、折紙に襲いかかる。その一撃を喰らった折紙は巨大な装備ごと地面に叩きつけられたが、琴里はそんな様子を冷たい眼差しで見下ろし、右手に握った灼爛殲鬼をもう一度折紙に向かって振り抜いた

 

「く……防御性随意領域(テリトリー)──展開!」

 

 折紙は奥歯を噛み締めながら、そう唱えると折紙の周囲に展開されていた随意領域(テリトリー)が装備と折紙の身体に張り付くようになったが、琴里は躊躇いなく灼爛殲鬼の刃を振り下ろす

 

「く──ぁ……っ!」

「あら、さっきまでの威勢はどうしたの? 私を倒すんでしょう? 私を討つんでしょう? 私を殺すんでしょう? なら早く飛びなさい。切っ先を、銃口を私に向けなさい。でないと──ふふ、あなたが先に死んでしまうわよ」

 

 苦悶の声を上げる折紙に対し、琴里は灼爛殲鬼の刃を振り下ろし続ける

 

「止めろ琴里! それ以上やったら──」

 

 士道は琴里を止めようとするが、その声は届かず。凄絶な笑みを浮かべた琴里は折紙の随意領域(テリトリー)に焔の刃を叩きつける

 

「……っ、か、は──」

 

 幾度目かの斬撃を受け、ついに折紙の随意領域(テリトリー)が破られ、巨大なユニットのコンテナ部分に灼爛殲鬼の刃が傷をつける

 

「……なんだ。もう終わり? つまらないの」

 

 冷めたように言った琴里は、巨大なユニットから降りると──

 

「灼爛殲鬼──【砲】(メギド)

 

 戦斧から変形させた大砲の砲門を折紙の顔に突きつける

 

「いいわ。──戦えないのなら、あなたはもう、いらない」

「琴里ッ! 止めろ! 琴里ぃぃッ!」

 

 士道は叫び、琴里と折紙の元に駆け出すが、その間にも灼爛殲鬼の砲門に炎が吸い込まれていく

 

「イフ……リート……ッ!」

 

 絶体絶命の状況であるにも関わらず、琴里を憎々しげに睨みつけた折紙の言葉に対し、琴里もまた不機嫌そうに表情を歪める

 

「……嫌な名前を知っているわね。一体どこで調べたのかしら?」

「そうやって……殺したの? 五年前……私のお父さんと、お母さんを──ッ!」

「え──」

 

 折紙の言葉を聞いた瞬間、琴里の発した声はいままで明らかに違う声だった




始まってしまった戦い
届かない声
戻らない過去

絡みついた運命は、戻ることはない

次回, 五河シスター第4-8話



正直五河シスターは重要な話過ぎて
トーマの出番を増やせないし、下手に改編出来ない

原作と変わらなくてごめんなさい


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第4-8話, 思い出す、五年前の記憶

 折紙と琴里の戦闘が始まる少しだけ前、十香たちは士道に薦められたジャングルクルーズを楽しんでいた

 

「おぉ、見ろ四糸乃、トーマ! 滝だ!」

「すごい、です……!」

『いいねぇ、凍らせてみたいねぇ』

 

 室内プールをぐるりと巡るように通っている流れるプールを進む大きなボートに乗っていル十香が興奮気味に声を上げ、四糸乃もそれに同調するように頷き、よしのんも冗談めかした言葉を発していた

 

「……元気だなぁ」

 

 実はこの最初に参加したジャングルクルーズは既に終わっているのだが、四糸乃の要望で二週目に突入したところだ。最初は十香も士道を探しに行きたかったのだが、全開は左側の景色しか見れてないから次は右側に乗ろうという四糸乃の提案を受け、再びボートに乗り込み今に至る

 

『では皆さん、あちらをご覧ください』

 

 そう言った係員が右手に聳える火山を示す

 

『あれはこのオーシャンパークでもっとも大きな火山です。普段は静かなんですが……今日は皆さんが来たので興奮しているようです。ほら爆発しますよー

 ー?』

 

 係員がそう言った瞬間、プール内に爆発音が響き渡り、空気がビリビリと震える

 

「……っ!」

「おぉッ!? す、すごいな! ボートの左側に乗っていたときはこんなに大きく感じなかったぞ!」

 

 十香がそう言うも、四糸乃はなぜか顔を青ざめさせていた

 

「四糸乃?」

「ち──がい、ます。今のは……」

「あぁ、今のは──」

 

 トーマが言葉を続けようとしたところで、プール中にサイレンが響き、避難を促すアナウンスが流れる

 

「な、なんだ……?」

 

 その瞬間、三人は息を詰まらせる。この場所ではないが近くに精霊の気配を感じた

 

「四糸乃、トーマ──」

 

 十香が二人に顔を向けてきたので、それに頷く。霊力の気配に爆発音、そして士道の事を考えた十香の胸に、嫌な感覚が広がっていく

 

「シドー……っ!」

 

 のどを震わせた十香はボートからプールへと飛び込んだ

 

「四糸乃、オレたちも──」

「はい……っ!」

 

 トーマと四糸乃も、先に行った十香の事を追う

 

 

 

 

 折紙の言葉を聞いた琴里は、呆然と声を発する

 

「何、を──」

 

 そう言いながら頭痛を堪えるように左手で頭を押さえる琴里は、先ほどまでと異なり士道の知っているものだった。だが、それに気づいていない折紙は言葉を続ける

 

「五年前。今から五年前。天宮市南甲町に住んでいた私の両親は、炎の精霊──あなたの手で殺された。あなたは、私の目の前で二人を()いた……ッ! 忘れるものか。絶対に、忘れるものか。だから殺す……私が殺す。あなたを殺す! イフリートッ!」

 

 それを聞いた琴里は、全身の力が抜けるようにその場にへたり込む

 

「琴里……っ!」

 

 士道が琴里の事を呼ぶが、反応はない。琴里はただ茫然と目を見開き、カタカタと歯を鳴らすだけだった

 

「そん、な……私、は──」

 

 折紙は即座に随意領域(テリトリー)を再展開すると、琴里に向けて大型レイザーブレイドを振るう。射出された光の刃は先ほどのように琴里のすると巨大な砲門を琴里へと向ける

 

「今度は、外さない。──指向性随意領域(テリトリー)、展開!」

 

 折紙の言葉と共に、琴里の周囲を再び結界が取り囲む

 

「…………ッ!」

 

 それを見た士道は、みょわず琴里の方に駆け出した。たとえ何をすることが出来なくても、可愛い妹が死にかけてるのなら、駆け出さないという選択はなかった

 

「随意領域《テリトリー》凝縮……ホワイト・リコリス、臨界駆動……!」

 

 折紙が砲門をにエネルギーを溜め始めた直後、士道は折紙と琴里の間に割って入る

 

「折紙! 止めろ! 止めてくれ!」

「──っ、士道。邪魔しないで」

「そんなわけにいくかッ!」

 

 士道が叫ぶと、折紙は奥歯を噛み締め、鋭い視線を向ける

 

「あなたには言ったはず。私は両親の仇を討つために、今まで生きてきた。五年前、あの炎の街を抜けてから、私の人生はそのためだけにあった。私の命はそのためだけにあった。イフリートを──五河琴里を殺すことが、今の私の存在理由」

「…………ッ」

 

 折紙の言葉を聞いた士道の脳裏に、かつて真那の言った言葉がぐるぐると渦巻く、慣れている──時崎狂三を追い、幾度も幾度も殺し続け、もう元には戻れない程に心を磨り減らしてしまった少女

 彼女の顔と、目の前にいる折紙の顔が、士道には重なって見えた

 

「駄、目……だ」

 

 士道の言葉に、折紙は眉をひそめる

 

「駄目なんだ……お前は、殺しちゃ……! その引き金を引いたら──きっと、もう戻れなくなる……! 俺は──そんなお前を、見たくない……!」

 

 士道のその言葉を聞いても尚、折紙は砲門を下ろさず、士道とその後ろにいる琴里に鋭い視線を向けたまま、言葉を続ける

 

「……っ、それでも、構わない。私の手でイフリートを討てるなら……!」

「く──」

 

 士道は爪を食い込まんばかりに拳を握りしめる

 だが、それと同時に、士道の頭の中に一つの引っかかりを覚える。折紙の言った炎の精霊。イフリートという呼称に

 

「──、ぁ……」

 

 そこで、士道は一つだけ思いついた。詭弁にも近い言動、くだらない言葉遊びと言われたら何も反論できない。しかし、それは小さくとも琴里の事を救う事が出来る、唯一の方法だった

 

「折紙……一つ聞かせてくれ」

 

 折紙は答えないが、士道はその沈黙を肯定と受け取り、言葉を続ける

 

「おまえが仇と狙ってるのは──イフリート……なんだよな?」

「そう」

「俺の妹──五河琴里じゃなく、炎の精霊イフリートなんだな!?」

「……何を言ってるの? イフリートと五河琴里は同一の存在のはず。あなたは一体何を──」

「いいから答えろ! おまえの仇は炎の精霊で、人間である俺の妹は関係ないんだな!?」

 

 折紙は微かに眉を歪め、問いかけるが、その言葉を遮るように士道が叫ぶ

 しばし訝しげに押し黙っていた折紙だったが、程なくして士道の問いに返答をする

 

「──あなたの言うことは不可解。確かに私の仇は炎の精霊。イフリート。人間ではない、でも、五河琴里は精霊。その条件は成立し得ない」

 

 折紙の言葉を聞いた士道は、ごくりと唾液を飲み込んだ

 

「そこを退いて。士道」

「駄目だ……それは出来ない。今のおまえの言葉を聞いたら、余計にな……!」

 

 士道の言葉がわからないといった様子で、折紙は顔をしかめる

 

「頼む、少しでいい。俺と琴里に時間をくれ。そうしたら──」

「認められない。今が、イフリートを討つ最大の好機……! 退かないのなら──」

 

 砲門を構えた折紙は、その引き金に指をかける

 士道には、折紙の気持ちが全く分からないわけではない、むしろ士道の方が道理に合わない事を言っているのだろう。大切な誰かを目の前で殺され、その相手が目の前にいるのなら、自分の手で殺したいと思うのは当然だ

 しかし、それでは駄目だと、士道は思った。ここで折紙が琴里を殺せば、今の折紙と同じ気持ちを士道は抱くことになる。表面を取り繕っても、その気持ちは士道の心に残り続ける

 だからこそ、士道は口を噤むことがきなかった──偽善だと言われようが、自分勝手と言われようが、道理に合わぬと言われようが、士道は言葉を紡ぐ

 

「両親を殺されたおまえにこんなこと言っても、綺麗事と取られるかも知れない。きっと俺だって、父さんや母さんや琴里が殺されたら、殺した相手を死ぬほど憎むんだと思う。矛盾してるのはわかってる! 勝手に言ってるのもわかってる! でも俺は……! 可愛い妹が目の前で殺されようとしているのを無視することなんてできないし、友だちが絶望に浸っちまうのを黙って見ていることもできないんだよ……ッ!」

 

 それを聞いた折紙は、どこか苦しげに顔を歪めるが、一瞬目を伏せ小さく首を振った後に、再び琴里に視線を送る

 

「それでも……私は──!」

 

 折紙の言葉と同時に、士道の周囲に見えない壁が形成された

 

「! こ、れは──」

 

 これがどういう意図なのかを察した士道は、のどを潰さんばかりに震わせる

 

「止めろ、折紙ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ──ッ!」

「う、あ、あああああああ────!」

 

「──させるかッ!」

 

 士道の声をかき消すように、叫びを上げた折紙が砲門の引き金を引こうとしたところで、上空からそんな声が響くとともに折紙の構えていた右側の砲門のが切断される

 

「……っ、夜刀神十香……!」

 

 上空から現れ折紙の砲門を切断したのは、水着の上に限定的な霊装を展開し、その手に大きな一振りの剣を握った十香だった

 

「十香!」

「うむ、無事か。シドー、琴里」

 

 折紙は憎々しげに目を研ぎ澄ますと、背に負ったコンテナを展開する。馬鹿みたいに撃っているというのに、まだ弾薬は尽きていなかったようだ

 

「邪魔を──」

 

 しかし、折紙が弾薬を射出するよりも早く、右方から折紙に向けて光線と激流のような斬撃が向かっていく

 

「く……」

 

 折紙がその攻撃を寸前のところで避けると同時に、士道を覆っていた不可視の壁が消えうせる

 

「これは……」

 

 光線の当たった場所は、ぱきぱきと音を立てて、凍り付いていく。その光景は、士道にとって見慣れた者

 

「大丈夫……ですか、士道さん、琴里さん……」

「無事か? 二人とも」

 

 その言葉と共に士道の元に降りてきたのは、前よりも一回り小さい氷結傀儡に乗った四糸乃と、全身に電流を迸らせたブレイズだった

 

「四糸乃! トーマ!」

「はい」

「おう」

「そ、その姿……それに、氷結傀儡……!?」

「は……い。十香さんを追いかけて、トーマさんと一緒に、こっちに来たんですけど……士道さんと琴里さんが危ないって思ったら……二人を助けなきゃって思ったら、心がさわっとなって……」

「トーマも、その、大丈夫……なのか? それ……」

「あぁ、問題ない。短時間なら大丈夫だ」

 

 その言葉と共に、ブレイズの手に持った剣が無銘剣へと変化し、炎を纏いながらその姿をファルシオンへと変化させる

 

『やっはー、間一髪だったねー』

「て……よしのん?」

 

 ファルシオンの横で氷結傀儡が低く吼えると、発せられたのはよしのんの声。恐ろしい見た目とは裏腹に氷結傀儡は気さくに言葉を続ける

 

『ま、感謝の言葉ならあとで遠慮なく聞くよー。でも今は──』

「──っ!」

 

『一刀両断!』

 

 話をしている隙に、十香と四糸乃に目がけてミサイルの雨が降りそそごうとしたが、ファルシオンは即座にバスターへと変化し玄武神話のブックを読み込み──

 

『激土乱読撃!』

 

「──はぁッ!!」

 

 巨大化した刀身でミサイルを薙ぎ払う

 

「間一髪だったな」

「感謝するぞ、トーマ」

「ありがとう……ございます……!」

 

 三人は改めて折紙の方に目を向けると、十香が少し後ろを振り返って士道に言葉をかける

 

「シドー、ここは私たちに任せて、早く逃げろ」

「でも……それじゃあ」

「いいから早くするのだ!」

「そんなに……長くは、保たないと、思います……っ!」

「士道、お前はお前のやるべきことをやれ」

 

 折紙は、忌々し気に三人を睨みつける

 

「邪魔しないで。今はあなたたちに構っている暇はない」

「──ふん、琴里は士道と同じく、我らの恩人だ。貴様に討たせるわけにはいかん」

「……です!」

「友人の妹を見殺しにするわけにはいかねぇからな」

 

 十香が折紙を睨みながら言い、四糸乃がそれに同意し、バスターも、土豪剣の切っ先を折紙へと向けた

 

「なら──あなたたちにも、消えてもらう」

 

 その言葉と共に、再びウェポンコンテナを展開させ、中に入っているミサイルポッドからミサイルを射出する

 

「……! はぁッ!」

『激土乱読撃!』

 

 十香とバスターの二人が、剣を一閃させミサイルを撃墜するが先ほどよりも僅かに多かったのか、誘爆を免れた数発が十香とバスターに迫る

 だが、そこで上空からシャワーのように水が降りそそぎ、二人に向かっていたミサイルがこおりつく

 

「四糸乃!」

「プールから……水を、借りてきました……!」

 

 四糸乃の言葉に応えるように、氷結傀儡が目を光らせる。それに合わせるように十香、四糸乃、バスターがもう一度士道の方を一瞥する

 

「──すまん……!」

 

 士道が琴里を抱えて走りだすのを見送り、三人は改めて折紙に向き合う

 

 

 

「し、ど……う……」

 

 顔を青くしながら、琴里は士道の名を呼ぶ

 

「大丈夫だ──すぐに、なんとかしてやる……ッ!」

 

 後方からは爆発音が響いてくる。十香たち三人も善戦してくれているが、霊力が完全に戻っていない二人と万全とは言え武器が剣一本のトーマだけでは、あの巨大な兵装を身につけた折紙を相手取るのは分が悪い

 それに、琴里にもあまり猶予はない、このままでは琴里の意識は破壊衝動に呑まれる可能性が高い

 ──士道は、ただ逃げるだけではいけないのだ

 

「よし……!」

 

 士道は誰もいなくなったアトラクションの陰に身を隠し、抱きかかえた琴里を降ろす

 

「大丈夫か、琴里!」

「っ、えぇ……なんとか、ね」

 

 琴里はアトラクションに背を向けるようにしながら、力なく言った。その様子を見た士道は、やはり時間が無いことを思い知らされる

 

「琴里」

 

 軽く広場の方を一瞥した士道は、琴里の肩に手を置き、話しかける

 

「は……っ、はい」

 

 琴里は強ばった面持ちで、いつもはしない返事をしてくる、士道に残された琴里を救うための方法、それを今から実行に移す

 

「くぁ……ッ!」

「ぐぅッ!」

 

 背後から十香とトーマの声が聞こえると同時に、折紙の装着しているユニットの駆動音が一層大きく聞こえる

 

「見つけた……ッ!」

 

 折紙が、凄まじいスピードでこちらに迫ってくる

 士道は息を詰まらせ、琴里の顔に近づけようとしたところで、無視できないものが一つある事を思い出す

 ──好感度だ、途中でインカムを手放している士道は琴里の好感度がどうなっているのかわからない、好感度が足りていれば封印は出来るが、足りなかったら士道は大切な妹を一生失うことになる

 

「琴里!」

 

 士道は顔を近づける前に、琴里に問いかける

 

「琴里。おまえは俺の可愛い妹だ。この世で一番の、自慢の妹だ! もうどうしようもないくらい……大好きだ! 愛してる!」

「ふ……ッ、ふぇ──っ!?」

 

 士道の言葉を聞いた琴里は顔を真っ赤に染める、士道も自分の顔に熱が集まっていくのを感じるが、言葉を続ける

 

「琴里……ッ! おまえは俺のこと、好きか!?」

「そ、そんなこと急に言われても──」

 

 その瞬間、後方から小型のミサイルが飛来し、士道たちの隠れているアトラクションに着弾した。凄まじい火花を散らし、小さなの欠片が士道たちの場所まで落ちてきた

 

「琴里!」

「あ、あぁっ……もうッ!」

 

 琴里はぐるぐると視線を巡らせ、叫ぶように言う

 

「好き! 私も好きよ! おにーちゃん大好き! 世界で一番愛してる!」

「……!」

 

 それを聞き届けた士道は、意を決して琴里の唇に自分の唇を触れさせる

 その瞬間、士道は自分の唇を介して、自分の中に温かいものが流れ込んでくるのを感じた。精霊の力が自分に流れ込むのと同時に、繋がった経路を通して自分の中に、五年前の記憶が流れ込んできた

 

 

 五年前の誕生日、一人で公園のブランコを漕いでいた琴里の前に”ナニカ”が現れた事

 

 その”ナニカ”が取り出した赤色の宝石に、琴里が触れた瞬間、精霊の力を手に入れてしまったこと

 

 力を手に入れてしまった琴里は、それを制御できず五年前の火災を引き起こしてしまったこと

 

 精霊の力で、大好きな兄を傷つけてしまったこと

 

 その”ナニカ”に教えられ、幼い日の琴里が士道にキスをして、霊力を封印したこと

 

 五年前の記憶は”ナニカ”によって消されたこと

 

 ──そして、琴里が普段身につけている黒いリボンは、士道が誕生日のプレゼントして琴里に送ったこと

 

 

 

 

「今の──は」

 

 琴里とキスをした士道は、額に手を上げながら顔を歪める。明確に思い出した五年前の記憶、それは琴里も同じだった

 

「思い……出し、た。あのとき……私は──あの、”ナニカ”に──」

 

 呆然とした声を発した琴里を包んでいた、羽衣や帯が光の粒子となって風に溶け始める。霊装は精霊の持つ霊力の結晶体、霊力が封印されればそれが崩れ去るのも道理だ

 だかそれは、折紙にとっては知らない事実であり、こちらに迫っているミサイルは止まることない

 

「く……!」

 

 士道は琴里の身体を抱くと、その場から飛び退くが、琴里がいた場所にミサイルが着弾し、凄まじい爆風が士道を襲う。

 

「ぁ──」

「士道……!」

 

 その場に倒れた士道の背中には爆風によって吹き飛ばされた欠片が突き刺さり、直視することが出来ない程の惨状だったが、折紙が近寄るよりも早く傷を負った士道の身体を焔が這い、治していく

 

「な……今のは──」

 

 傷の治った士道は、自分の背に手をやりそこに肌があるのを確かめると、ゆっくりと身を起こした

 

「──折紙。おまえはさっき、言ったよな。自分の仇は炎の精霊イフリートであって、人間の五河琴里じゃないって」

 

 完全に立ち上がった士道は、折紙の事を真っすぐ見る

 

「もう、琴里を殺しても意味がない。琴里は……俺の妹は、人間だ……! おまえが殺したいのはイフリートだろう? なら──俺を狙え! 今は俺が、イフリートだ!」

「な、に……が、一体、これは……」

 

 折紙は、狼狽を露わにのどを震わせる

 

「でも──」

 

 士道は、折紙に対して言葉を続ける

 

「その前に、俺の話を聞いてくれ。──やっと、思い出したんだ。五年前のことを、あのとき俺が何をしていたか。あのとき、琴里がなにをしていたか……!」

「……っ、五年前……、イフリートは──私の両親を──」

「琴里が、精霊の力を得てからそれが封印されるまでの間、辺りには俺ともう一人しかいなかった! 確かに火事が起こったのはイフリートの力が原因だ。でも、街に炎が巻かれたのは、琴里の意思じゃない……! ましてや琴里は、自分の手で人を殺す事なんて、してなかったんだよ……!」

「なに……を、言っている、の……そんなはず……ない! あれは間違いなく精霊の姿だった──!」

 

 折紙は呆然と声を発する

 確かに少し前までの士道は確証が持てなかった。もしかしたら琴里が……とも考えた。しかし五年前の記憶を思い出した今、士道は断言できる

 

「居たんだよ……! あの場には! 琴里をこんな目に遭わせた精霊が……ッ!」

 

 士道の言葉を聞いた折紙は、今までよりも怪訝そうに唇をかみしめる

 

「そんな言葉を……信じろというの?」

「……あぁ」

 

 士道はうなずく。もう、士道から発することの出来る情報はない、あとは──折紙に信じてもらう他なかったが、彼女は下げかけていたレイザーブレイドを再び突きつけた

 

「……本当は信じたい。でも、信じられるはず──ない。そんな精霊の存在なんて。あなたがイフリートを、五河琴里を守るために嘘を吐いているとしか思えない……!」

「──士道の言ってることは嘘じゃない」

 

 その言葉を発したのは、士道でも折紙でもなく、バスターの姿をしたトーマだった

 

「確かに、あの場にはもう一人精霊がいた……オレがその場に辿り着いてすぐに消えちまったがな」

「そんな……こと──」

「折紙。おまえ、俺のに言ってくれたよな。──もう、自分と同じ思いをする人は作らせないって。そのために、ASTに入ったって」

「……っ、それ、は……」

 

 その瞬間、折紙は顔を苦悶に歪めたかと思うと、背負っていた装備が地面に落ち、膝をつく

 

「……活動……限界? こんなところで──」

「折紙──」

 

 既に満身創痍と言った風な折紙は、左足のホルスターから9mm拳銃を抜こうとする

 

「お願いだ……! 俺から、琴里を奪わないでくれ。あいつは、俺を救ってくれた。あいつがいなかったら、今の俺はいなかった。頼む……! 生涯最後でも構わない! 俺を──信じてくれ……ッ!」

 

 折紙は少しだけ動きを止め、銃を抜こうとしたところで──力無くその場に倒れた

 

 

 

 

 

 

 その後、士道たちはフラクシナスへと回収され、折紙もまた、他のAST隊員が装備と共に回収していった

 

「令音さん、琴里の様子は?」

「……あぁ、心配ないよ。すぐに目覚めるだろう」

「そうですか……」

「そう言うお前はどうなんだよ、士道」

 

 士道の隣に居たトーマが話かけてきた

 

「あぁ、俺も大丈夫……あと、折紙はどうなるんですかね」

 

 士道は難し気に呟くと、令音が推測ではあろうが答えてくれた

 

「……まぁ、あれだけのことをしでかしたんだ。命までとられはしないだろうが……退役させられ、二度と顕現装置(リアライザ)に触れることができなくなるかもしれないな」

「……っ」

「まぁ、そこら辺は仕方ないか……一般人の目があるところであれだけの兵器をぶっ放したんだし……多分アレ自衛隊の最高機密かなんかだろ?」

 

 守るべき市民を危険に晒したこと、そして最高機密を無断で持ち出したことを加味したら、退役が妥当な所ではトーマは考えていたが。処分を決めるのはあちら側の上層部である以上こちらには関係のない話だ

 

「じゃあ……俺はそろそろ帰ります。十香と四糸乃も腹空かせてるだろうし」

「オレはもう少し本の解析をしてから帰るかな……琴里の霊力がしっかり封印されたなら、火炎剣の本にも変化があるかもしれないし」

 

 士道と琴里を助ける為に精霊の力を使った十香と四糸乃は、霊力のパスが通っているのを確認した後に、フラクシナスにて簡単な検査を受け、五河家で待機中だ

 琴里の無事も確認できたのだし、夕食時でもあるし一旦戻るには良い時間だろう

 

「……ん、そうだね。彼女らも琴里の心配をしているだろうし、安心させてやりたまえ」

「はい。じゃあ、琴里のこと、頼みます」

 

 そこまでの会話を聞いたトーマは、一足先に艦橋から出ると、割り当てられている研究室まで向かっていると検診衣姿の琴里と出会った

 

「あら、トーマじゃない」

「おう……身体はもう大丈夫なのか?」

「えぇ、それに……せっかく五年前の記憶が戻ったんだもの、また消される前に記録にとっておかないと」

「そうか……まぁ、無理はすんなよ」

「わかってるわ、後でトーマにも話を聞かせてもらうから」

「あいよ、それじゃあな」

 

 すっかり元の調子に戻った琴里を見て、トーマは少しだけ笑みを浮かべると、身体を伸ばしながら研究室に向かって歩いていった




琴里の霊力を封印してから数日

突如として、天宮市は巨大な結界に閉じ込められる
それと時を同じく、精霊たちの力が不安定になる事件が起こる

この町に何が起こっているのか単独で調査をしていたトーマの身にも異変が起こりはじめ……

次章, 凜祢ユートピア




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EX1, 凜祢ユートピア
EX,1-1 序文


――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

「──はぁッ!」

 

 人も動物も寝静まった夜、紅蓮の斬撃が放たれた。狙った先にいたのは天使のような姿をした存在、その存在に向けて放たれた斬撃は触れる寸前、塵となって消失する

 

「また……どうなってんだ」

 

 目の前の天使に対し、ファルシオンは切っ先を向けたまま観察を続ける。ローブのようなものを身に纏い、三対六枚の羽根を持つ天使は無機質にファルシオンの事を見下ろしていた

 

「対話をする気はなさそうだし……相手がどう出てくるかも──ッ!?」

 

 相手の出方を観察していたファルシオンに対し、天使は光弾を放つ

 

『一刀両断!』

「結局敵か、それなら──」

 

 放たれた光弾をバスターの防御力で防ぎきると、土豪剣に本を読み込ませようとして……その場に本を落とす

 

「なん──ぁ……」

 

 突如として身体全体の力が抜けていく感覚に襲われたバスターは、地面に膝をつく

 

『…………』

「力が……入ら……ねぇ」

 

 目の前に降り立った天使は、バスターに向けて光弾を放つ。その一撃は防ぐことできなかったバスターは、鎧が砕けるように変身が解け、トーマの姿に戻ると地面に叩きつけられる

 

「ぐっ──!」

『…………』

 

 倒れたまま立ち上がる事の出来ないトーマの前に、天使がやってくると彼の胸に手を当てる

 

「……っ! あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────!!」

 

 自身の身体から何かを剝がされる感覚を最後に、トーマの意識は闇に消えていった

 

 

 

 

//?月?日//

 

 屋上の扉を開け放った瞬間、士道はそれが始まっているのを理解する

 

「シ、シドー……ッ!?」

 

 張り詰めた空気の中、名前を呼ばれた方を見ると、士道の探していた少女──夜刀神十香の姿があった

 

「と、十香ッ!」

 

 十香は来禅高校の制服ではなく、まばゆく輝く奇妙なドレス──霊装を身に纏っており、身体からは紫の光がゆらゆらと立ちのぼっている

 

「し、シドー……に、逃げろ……ッ!」

「んなわけにいくかッ!」

 

 十香を助ける為に士道は走り出そうとしたが身体が思うように動かない、それでもなんとか進もうとする士道を拒むかのように十香の身体から発せられた光の奔流が襲い掛かる

 

「──くッ!」

 

 瞬間、まるで深海の底を歩いているような激しい重圧と息苦しさが士道に襲い掛かる。それでも士道は、一歩ずつ踏みしめるように十香の元に足を運ぶ

 

「──っ!?」

 

 十香の元に向かっている途中で、士道の中から言いようのない力がどんどん流れ出ているのを感じる、そしてその行きつく先は──十香だ

 

「き、来てはダメだ……一緒にいては……シドーまで……」

 

 十香は自分の事を抑えるように、手に持った不釣り合いな大剣──鏖殺公を地面に突き立て、しがみつくようにして身体を震わせた。その表情には苦悶の表情が浮かんでいる

 

「おまえが、俺を拒んでも──」

 

 それでも、士道は歩みを止めず十香に近づいていく

 

「俺は、絶対……おまえを一人になんか──」

「シドー……! おまえを……こ……したく……ない──ッ!」

 

 ひどく悲しい顔をした十香は、声にならない声で叫ぶと、その身体から立ち上るオーラがさきほどより大きくなっていく

 

「──と、十香ッ!」

 

 気を抜いたら弾き飛ばされそうな光の奔流に抗うと、士道は十香に手を伸ばす

 

「シ──、ドー……ッ!」

 

 十香が絶望的なまでに悲痛な顔をして呻くように士道の名を呼んだ瞬間──士道の中から得体の知れない力が一気に流れ出した

 それに呼応するかのように、十香の握りしめていた鏖殺公が急激に強い輝きを放ちながら、だんだんと増長していく

 

「十香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」

「シドォォォォオオオオオオ──────────ッ!」

 

 二人が手を伸ばした直後、士道の視界は白く塗り潰され、意識は途絶えた──

 

 

 

 

 

 とても、不思議な夢を見た

 ──五河士道が、特定の誰かと結ばれる夢を

 

 ある時は夜刀神十香と

 

 ある時は鳶一折紙と

 

 ある時は四糸乃と

 

 ある時は五河琴里と

 

 またある時は、時崎狂三と

 

 トーマは何度もその幸せな光景を見守り──死んでいった

 

 幸せな夢の最後はいつも同じ、正体不明の存在によって命を奪われる

 

「──さん」

 

 何度同じ夢を見たかわからない

 

「──に―さん」

 

 だが、その夢はやけにリアルで、まるで世界そのものが繰り返しているのではと錯覚を覚えるほどだった

 

「お兄さん!」

「んっ……誰だ?」

「もう、寝ぼけてるんですか?」

 

 トーマは聞き覚えのある声で目を覚ますと、そこには制服姿の美九が立っていた

 

「……美九?」

「はい、美九ですよぉ……それよりお兄さん、凄いうなされてましたけど、大丈夫ですか?」

「? あぁ、大丈夫……それよりすまん、すぐ朝飯を──」

「大丈夫ですよぉ、今日は私が作っちゃいましたから」

 

 急いで朝食を作ろうとしたトーマの言葉を遮り、美九がそう言う

 

「美九、お前料理できたっけ?」

「はい! 最近は凜祢さんに教えてもらって、簡単なものなら作れるようになったんですよぉ」

「そうか、それじゃあその凜祢って人には感謝しないとだな」

 

 トーマがそう言うと、美九は頭に疑問符を浮かべながら口を開いた

 

「お兄さん、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど……オレ、変なこと言ったか?」

「変ですよ、まるで凜祢さんを知らない人みたいに言って」

「知らない人もなにも、聞き覚えないぞ」

 

 ここでどうにも話がかみ合ってないようにトーマは感じるが、その理由が美九の言った言葉で判明する

 

「お兄さん、本当に”自分の妹”の事を覚えてないとか言ってるんですか?」

「オレの……妹?」

 

 その言葉の意味が、トーマには理解できない。自分に妹はいない……と言うよりも、六年前この街にやってきたはずのトーマに、妹などいる筈がないのだ

 

「お兄さん……?」

「あ、あぁ……悪い、少し疲れてるみたいだ。それより美九、時間、大丈夫か?」

「えっ、あっ! ごめんなさいお兄さん! 遅刻しちゃうんでもう行きますね!」

「あぁ、いってらっしゃい」

「いってきます!」

 

 慌しく出ていく見送ったトーマの頭の中は、混乱したままだった




彼らの身に起きた異変
トーマの見た不思議な夢
目覚めたトーマが感じた記憶の齟齬

美九の言った凜祢と言う少女は誰なのか
そして、トーマの戦っていた天使の正体は何なのか

次回, 凜祢ユートピアEX1-2


≪お知らせ≫
流石にヒロインの個別ルートを同じ展開を書くわけにもいかないので、今回は凜祢ルートから開始させていただきます

個別ルートが見たい人は、PS3ソフト 凜祢ユートピア 又は PSvita/PS4ソフト 凜緒リィンカーネーションをご購入ください
凜緒リィンカーネーションは歴代2作品+凜緒リィンカーネーションなので、オススメです


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EX,1-2 6月26日

「……道……士道……」

 

 寝ぼけ気味の士道の耳に、誰かの声が聞こえてくる

 

「……ん……んん……?」

「ふふ……起きた?」

 

 士道が目を覚ますと、近くに立っていた少女──園神凜祢に声をかける

 

「ん、……凜祢……おはよ」

「うん……おはよう士道」

「ん? なんかちょっと元気ないな?」

 

 凜祢の様子を見た士道がそう言うと、凜祢は少し慌てた様子で言葉を返す

 

「そ、そんなことないよ! ……士道こそ、ちょっとうなされてたみたいだけど、大丈夫? ちゃんと起きれる?」

「え、あぁ、大丈夫大丈夫! 今起きるよ」

 

 士道は、今から三日前に霊力が暴走した十香を助けようとしてその途中で意識を失った。そして昨日ようやく目を覚ましたばかりであるため、本調子ではなかったりする

 因みに霊力の暴走に伴い、精霊マンションも現在使用不能に陥っているため、十香と四糸乃も五河家に居候中だ

 

「よかった。朝ご飯作ってあるから、着替えたら降りてきてね」

「凜祢……」

「え?」

「いや……なんでもない。ただ、本当に良くできた女の子だなぁって……」

「ふふ、ありがと。でも、そういうことばっかり言ってると軽く見られちゃうよ?」

 

 士道の言葉を聞いた凜祢は、少し困り顔を作りながらそう言う

 

「いや、本気で言ってるんだって。俺も……そんな風になれたらなって思うよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、別に目標にされるほど立派なことはしてないってば……それに、なにかになりたいとかじゃなくて、士道は士道らしいのが一番じゃない?」

「ん、そう言われても俺、平均的だしなぁ……」

「そんなことないってば。私はね、士道にはいいところがいっぱいだと思うよ」

「え?」

「──っ!? あ、ううん、ひとりごとだよ……ひとりごと」

「お、おう……?」

 

 士道と凜祢の間に、少しだけ沈黙が生まれる

 

「……凜祢?」

「ほ、ほら、こんなに喋ってたら遅れちゃうよ? 士道は起きて準備しないと!」

「あ、そうだよな。じゃ、パパっと着替えちまおう」

「きゃ!? ちょっと士道! 私がいるのに脱ぎ始めないでってば!」

「あ……そっか。すまん凜祢!」

「い、いいから早くね! 私先に降りてるから!」

 

 そう言うと凜祢はそそくさと部屋から出ていった

 

「……凜祢の奴、ちょっと変だったような……。いや、気のせいか」

 

 着替え始める士道、その中に生まれた小さな疑問はいつの間にか消えていた

 

 

 着替えを終えた士道がリビングまでやってくると、凜祢の用意した朝食が綺麗に並んでいた。献立は白米に豆腐とネギの味噌汁、焼き魚にだし巻き卵。それに納豆に乗りに漬物。日本の朝ご飯を体現したようなラインナップである

 士道たち全員が席に着いたのを確認すると、凜祢が声をかけてくる

 

「みんな席についたみたいだね。それでは、どうぞ召し上がれ」

「うむ! 早速いただくぞ!」

 

 十香はさっそく凜祢の作った朝食を一口食べて、声を上げる

 

「……うまい! 今日の朝餉も絶品だ!」

「ふふ……十香ちゃんったら。褒めても何も出ないよ?」

「り、凜祢……それは、おかわりできないと言うことか?」

「え? ……おかわり……?」

「何も出ないって言っただろ? だから十香は心配してるんだよ」

「あ、そういうことね。大丈夫だよ、十香ちゃん。ちゃんとおかわりは用いしてるから。でも、とく噛んで食べてね?」

「うむ! おかわりの準備を頼む!」

 

 いつもと変わらない朝の風景、それを眺めていた士道の耳にニュースの声が届く

 

『──天宮市で動物園を経営していた──男性五十六歳の行方が分からなくなってから、三日が経過した現在でも──』

 

「あぁ……まだ見つかってないのか」

「園長さんがいなくなって、動物園も困ってるでしょうね……」

 

『──何らかの事件に巻き込まれた可能性も高いとみて、今後も捜査を続けていく方針です──』

 

 天宮市は空間震がやたら多い以外が平和な街だと思っていた士道から見ても、最近は暗いニュースが多いように感じる

 

『──それでは、次のニュースです。天宮市近郊で飼っていたペットが突然姿を消してしまう事件が相次いでいる件について──』

 

「動物園といいペットといい、なにがあったんだろうな」

「うー……う、宇宙人に連れ去られたとかじゃないよねー……?」

「いやいや、さすがにないだろ」

「不思議だね……ハーメルンの笛吹き男、みたいば感じなのかな?」

「どうだろうな。何かが起きる前触れ……みたいに見えない事はないけど」

「おぉ! 戦いの幕が開く……そのちのさだめ!」

 

 琴里がどっかで聞いたことのあるフレーズを言うと、それに反応したのは十香だった

 

「戦い!? 敵が来るのか、琴里!?」

『十香ちゃんがいうなら、そうかもしれないねー。わくわく!』

「不吉なこと言うなよ!?」

 

 朝食を食べていた四糸乃の左手に装着されたパペットのよしのんの言葉に対して、士道が返した

 

「十香ちゃん、冗談だから落ち着いて……ね?」

「ぬ……冗談、なのか?」

「まぁ、何かが襲ってくるようなことはないかな……たぶん」

「ふむ……わかったのだ! 凜祢、おかわりだ!」

「はーい。十香ちゃん、よく食べるから作る方も嬉しいな」

 

 十香のお椀を受け取りながら凜祢がそう言う

 

「凜祢の作る料理はうまいから、箸がどんどん進んでしまうのだ」

「ふふ……十香ちゃんってば、うまいんだから」

「ん? 私は料理をしてないが……」

「いや、そういうわけじゃ……ううん。それは置いておいて……十香ちゃん、ご飯大盛にする?」

「うむ! よろしくた──ッ!?」

 

 凜祢の言葉に十香が返事をしている途中で、苦しそうな顔を浮かべる

 

「十香──ッ!?」

「十香ちゃんッ!?」

 

 十香の様子を見た士道は、先日のように霊力が暴走したのかと心配するが。程なくして元の様子に戻る

 

「……だ、大丈夫だ……!」

「んー! だいじょーぶ? 詰まっちゃった?」

「あぁ、すまん琴里。心配かけたな、私は平気だ」

「ん、よかったー。ね、おにーちゃん」

「あ、あぁ……」

 

 それが琴里なりの気遣いだという事を感じつつ、士道は頷いた。この場で十香が精霊の事を知らないのは凜祢だけだが、過剰に反応をしたらそれがバレてしまう可能性もある。流石にそれは問題がある

 

「でも、珍しいから驚いちまったよ……」

「わ、わたしも……です」

『十香ちゃん大丈夫ー? 今のはよしのんもびっくりだよー』

「本当に大丈夫? 手とか切ってない?」

「そ……それは大丈夫なのだが……」

「どうした、十香……?」

 

 十香の表情が少し暗くなっているのを見た士道が話しかける

 

「すまんシドー……茶碗を割ってしまった!」

「何言ってるの。お茶碗より、十香ちゃんの身体の方が大事だよ? 怪我がなくて、本当に良かった……」

「だ、だが凜祢! これは……これはシドーが私に買ってくれたものなのだ! 大事にすると約束したのに……」

 

 フォローするように言った凜祢に対して十香は少しだけ悲しそうに言った

 

「ご、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……。どうしよう……どうすればいいのかな?」

「大丈夫だ、十香。また一緒に買いに行ってやるから」

「ほ、ほんとうか?」

「あぁ。それより、本当に身体は大丈夫か?」

「うむ、さっきも言ったが、全然平気だ」

 

「……やっぱり、士道は凄いなぁ……」

 

「……ん? なんだって?」

「なんでもないよ。士道は士道なんだなぁって」

 

 五河家の朝は、何事もなく続いていく

 

 

 

 

 

 

 一方、目を覚ましたトーマは一人状況確認を進めていた。美九の用意した朝食を食べながら昨日までの記憶を振り返ってみるが……やはりトーマには妹がいた記憶もなければ凜祢と言う人物に心当たりもなかった

 

「やっぱり、凜祢って名前に心当たりはないんだよな……それに、どうにも違和感がある」

 

 トーマは起きてからずっと感じている違和感が何なのかわからないままポケットからワンダーライドブックを取り出そうとして……ようやく気付く。彼の持っていた筈の本の大半が失われていることに

 

「どういう事だ……なんで……」

 

 トーマの部屋にある本の収納ケースや、ポケット等を確認したが。見つかったのはブレイブドラゴン、月の姫かぐやんの二冊だけ。聖剣も何故か無銘剣ではなく火炎剣の状態で顕現する

 

「一体、何がどうなってんだ……」

 

 困惑しているトーマの思考は、真っ黒な絵具で塗り潰されたような状態になっていた。大切な記憶が意図的に塗り潰されているような、頭の中に無理やり空白を作り出されたような、そんな感覚だ

 今のままでは正常な判断をすることが困難だと思ったトーマは、覚悟を決める

 

「……とりあえず、違和感を消すためは足を使うしかないか」

 

 自分の中にあるナニカを解決するには、それしかないだろうと思ったトーマは今日は仕事を休むことを伝えると、一人街へ繰り出した

 

 

 

 それからしばし時間が経ったものの、結局目立った成果を得ることのできなかったトーマは、一人駅前のベンチに座り天を仰いでいた

 

「収穫ゼロ……気になるのはあの”新天宮タワー”とか言う謎の建造物だが……どうにも足が進まん」

 

 いつもと変わらない日常を送る人々、変わらない風景、何もかもが変わらない世界……他の人は普通の建造物であると認識している新天宮タワーも、トーマにとっては違和感しかないものだった

 

「にしても、何だろうなぁこの違和感……」

 

 得体の知れない違和感をずっと抱えたまま動いているトーマの目に、見慣れた人影が写る

 

「シドー! 早く、プールに行くのだ!」

「お、おう! わかってる!」

 

「士道に十香じゃねぇの、あれ……そうだな、少しだけ話聞きに行くか」

 

 そういえば最近話をしていなかった気がするが、ここで会ったのも何かの縁だろうと考えたトーマは、立ち上がると二人の元に向けて歩いていく

 

「おーい、二人とも!」

「む? おぉ、トーマではないか」

「おう、十香。それに士道も」

「偶然だな、何してたんだ?」

「少し情報収集を……それより二人とも、最近何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと……?」

「あぁ、どんだけ小さいことでも──」

 

「ごめん士道、十香ちゃん。おまたせ!」

 

 トーマが話を聞いている途中で、二人に向けてそんな声が聞こえてきた──瞬間、トーマの頭の思考を塗り潰していたモノが、少しずつ剥がれていく

 

「あれ? 兄さん?」

 

 トーマは、声のする方を見ると。そこに彼女は──園神凜祢は立っていた

 

「お、まえ……は」

「トーマ、お前大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「大丈夫か?」

「兄さん、もしかして具合悪いの?」

「い、いや……大丈夫だ」

 

 問題ないと告げるトーマだったが、頭の中では警鐘が鳴りっぱなしだった。この場にいると自分の中にある今まで触れていなかった部分が無理やり引きずり出されるような、そんな感覚

 

「それより、お前らはどうしてこんな場所にいるんだ?」

「あぁ、実はこれからプールに行くところだったんだ」

「なるほどな、邪魔して悪かったな」

「いや、それは全然大丈夫なんだけど……何か聞きたかった事があったんじゃないのか?」

「……それならもう大丈夫、三人とも楽しんでこいよ」

「うむ!」

「あ、あぁ」

 

 そう言うとトーマは三人と別れる

 

「っと、そうだ……美九に料理を教えてくれてサンキュな”凜祢”」

「え、あ、うん……どういたしまして?」

 

 そう言い残して去っていくトーマのことを、”凜祢”は複雑な表情で見つめていた

 

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

 トーマは一人、天宮市内にある湖にやってくると、少し離れた場所から人の声が聞こえてくる

 

「い、いいか、今日の目的を忘れるなよ。あくまでも、『天狗牛』のお迎えに来たんだから!」

「とりあえず、それが終わるまでは待つ……」

「す、すまんシドー……熱くなって忘れていた……」

 

 やけに聞き覚えのある……と言うか士道たちの声を聞きつつ、トーマは一人目的の人物が現れるのを待った。その間に士道たちの話に聞き耳を立てていると、どうやら肝試し紛いの事をしにやってきたようだ

 と、そこで微かに霊力の気配を感じたトーマは、気配を辿りつつその場から移動する

 

「よう、時崎狂三」

「あら、随分と珍しいお客さんですわね」

「……少し、頼みたいことがあってな」

「頼み……?」

「あぁ」

 

 そう言いながらトーマが取り出したのは、火炎剣が納刀された状態のベルト

 

「時崎狂三、お前の刻々帝には撃った対象の過去を見れる弾があるんだよな」

「えぇ……確かにありますわよ」

「時間の支払いはオレがする……だからその弾をこの火炎剣とオレ自身に撃ち込んでくれ」

「自分で自分に……一体何を考えていますの」

 

 狂三は少し怪訝そうな顔をトーマへと向ける

 

「今のオレが忘れているモノを……確認したいんだ」

「……はぁ、わかりましたわ。ただし、使用分より少し多めに時間(りょうきん)はいただきますわよ」

「あぁ、かまわない」

 

 狂三はその場でくるりと回ると、空へ片手を掲げる

 

「おいでなさい、刻々帝」

 

 その言葉と共に狂三の背後に現れたのは巨大な時計。そして両腕に握られた歩兵銃と短銃

 

「刻々帝──【十の弾(ユッド)】」

 

 Ⅹの文字盤から滲み出た影が短銃へと吸い込まれ、その銃口はトーマへと向けられる

 

「それではトーマさん、代金は後ほど」

 

 その言葉と共に、トーマへ向けて漆黒の弾丸が放たれた

 

 

 

 僅かな時間で、トーマは追体験する。

 自身の身に起きた事を……あの日、正体不明の霊力を感知したトーマはそこで正体不明の天使と戦い、敗北した。

 そして、天使によって自身の持っている力のほとんどを奪われ、残ったのは火炎剣の力と二冊のワンダーライドブックのみ

 

「……思い出し……てはないが、理解できた。自分に何が起こったのか」

「そうですの、それでは……代金はしっかりといただきますわ」

「あぁ、持ってけ」

 

 狂三は、トーマの元まで影を伸ばした。ものすごい勢いで体から力が抜けていく感覚に耐えること数十分。ようやく解放されたトーマはその場に膝をつき息を整える

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「それでは、わたくしはこれで失礼しますわ。トーマさん、良い夜を」

 

 その言葉だけ残し、狂三は影に沈むように消えていく

 

「あぁ、良い夜を」

 

 目的を達成したトーマもその場を後にした

 

 夜は深くなり。次の朝が来るのを待つ




五河士道の幼馴染、園神凜祢
天使によって奪われたトーマの力
少しずつ深まっていく違和感

交差した糸は絡んだまま
未だほどける気配はない


次回, 凜祢ユートピア EX1-3


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EX1-3, 6月27日

 朝、マンションの一室

 自分の中にある塗り潰されていた部分が剥がれ、記憶の一部を思い出すことの出来たトーマだったが。それについて考えるのは後にして今は朝食を作りながら奪われた力の所在について考えていた

 

「……全部奪われなかっただけマシだが、奪った力は何処にあるのか」

 

 あの天使の正体が一体何なのかすら掴む事の出来ていないトーマからしたら、奪われた力を取り返しに向かおうにもどうにもできないのが現状……などと考えていると制服を着た美九がリビングまでやってくる

 

「お兄さん、おはようございます」

「おう、おはよう……ってそうだ、美九」

「? なんですか?」

「お前、最近何か変わったこととかなかったか」

「変わったこと……ですかぁ、特に思い当たりませんねぇ」

「そうか」

 

 美九の言葉を聞いたトーマは少しだけ肩を落とすが、すぐに切り替えて朝食作りを再開する

 

「あ、そういえばお兄さん、昨日凜祢さんと会ったんですよね?」

「確かに会ったが……それがどうかしたのか?」

「どうかしたのか、じゃありませんよ……久々の兄妹の再開はどうだったんですか?」

「……別にどうってことはない。ただ妙に懐かしかっただけ」

「へー、なんか意外ですねぇ」

「意外とそんなもんなんだよ、家族ってのは……どんなに離れてても繋がってるから久々に会っても案外変わんないもんだ。まぁ……人によって違いはあるだろうけど」

 

 そう言いながら、トーマは焼きあがった目玉焼きを皿に移すと、美九の前まで持っていく

 

「ほれ、出来たぞ」

「待ってましたぁ! いただきまーす!」

「オレも、いただきます」

「やっぱりこの味ですねぇ、安心する味です」

 

 嬉しいことを言ってくれる美九を見たトーマは、頬を少しだけ緩ませて自分も朝食を食べ始めた

 

 

 

 

 

 

 そして時は進み時刻は午前十一時、いつものように購買にお弁当や惣菜パンを運び終えたトーマが辺りを見回すと今日はやけに外に出ている生徒たちが多い

 

「なんか随分と賑やかだな」

 

「おぉ、やってるやってる! ラクロスのユニフォームって、どうしてあんなにかわいいんだろうな五河! 萌えてくるよな!」

「”もえ”の意味が間違ってるだろ!? まともに応援もできんのかおまえは!」

 

「ん?」

 

 裏手から駐車場に向かおうとした辺りで、聞きなれた声がトーマの耳に届いた

 

「あれ、士道とその友達か?」

 

 少しそちらに視線を向けると、士道もこっちに気が付いたようで軽く手を上げてきた

 

「よう、頑張ってるか高校生」

「ボチボチだよ、それよりトーマは……仕事か」

「そう言うこった。それより士道、そっちの男子生徒は友達か?」

「どうも、五河の友人の殿町宏人です」

「よろしく、それより二人はこんな所で何やってるんだ?」

 

 トーマがそう言うと、士道は少し視線を横にやって話を始める

 

「今日は球技大会だからさ、俺達はその応援だよ……ほら、丁度凜祢もラクロスの試合中だし」

 

 士道の目を向けている方にトーマも視線を向けるとユニフォーム姿の凜祢がラクロスの試合をしている最中だった

 

「そっち! マークお願い!」

 

「お! さすがラクロス部! 活躍してるな!」

「あぁ、そうみたいだな……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、トーマの頭の中に小さなノイズが走る

 

「……なぁ、士道。凜音ってラクロス部なのか?」

「そうだけど。もしかしてトーマ、凜祢から聞いてなかったのか?」

「……あ、あぁ、最近はなかなか会う機会もなかったからな」

 

 自分の記憶の中に存在する”凜音”と今の”凜祢”確かに同一の存在であるはずなのに、トーマの目には全くの別人のように映っていた

 

「――あぁ、駄目だ! 動きを読まれてる!」

 

 思考の渦に呑まれそうになったトーマだったが、殿町の言葉で八ッと我に返る。それと同時に相手チームに点が入る

 

「っ! ……入れられちまった!」

「ど、どっちが勝ってるんだ?」

「今のでトータル十一対十一……同店に追いつかれた!」

「ど、同店!」

「もう後半に入ってる。残り時間は……後五分ってところだ」

「勝てるのか?」

「わからん……」

 

「大丈夫だ、絶対に勝てる」

 

 少し不安な様子だった士道たちとは正反対に、トーマは絶対に勝てるという確信があった

 

「え?」

「二人のどっちかで良いんだが、ルールは知ってるか?」

「俺は、知らないけど……殿町は?」

「まぁ、最低限ルールくらいは」

「そうか、それじゃあ教えてくれ」

 

 少し困惑している様子の殿町だったが、この球技祭におけるラクロスのルールを話し始める

 

「球技祭のラクロスの試合は、公式ルールは採用してない。もっと単純で安全な簡易ルールを採用している……」

「簡易ルール?」

「ソフトラクロスというおお方もされてるみたいだが……。ほらみろ、一チームの人数が六人しかいないだろ? 正式な女子ラクロスなら一チーム十二人はいるはずだからな」

「そ、そんなに多いのか!」

「正式なルールだと、どのスポーツでも人数は多くなるもんだぞ、士道」

 

 個人技で行われるスポーツは例外だが、正式なルールで行われる場合の人数はどのスポーツでも人数が多くなる。スタメンが五人のバスケでもベンチには大体十人だか十五人だか入るのだから、そう言うものなんだろう

 

「ソフトラクロスってのは、対戦チームを含めて十二人で行われる。ルールは簡単、それぞれ両端に置かれたゴールにボールを入れるだけだ」

「そこはサッカーと一緒だな」

 

 改めて殿町が再開したルール説明に、士道は相槌を打つ

 

「だがラクロスでは、アイスホッケーみたいにゴール裏のスペースも使っていい。そして――」

「そして?」

「ここが一番サッカーと違うところなんだが、ゴールを入れる前に、必ず二回以上のパス交換が必要なんだ」

「絶対にパスをしなかいけないってことか?」

「そう、だから、例えラクロス部の力がどれほどだろうと、凜祢ちゃん一人で相手ゴールに持ち込むようなことはできない」

「あ……」

 

 ラクロス部と言う有利な立場ではあるが、必ず仲間にパスを出さないといけない以上。その利点も意味をなさない場合の方が多い。むしろ経験者と言う点だけ見ると凜祢は圧倒的に不利だ

 

「それに、相手クラスだって馬鹿じゃないからな」

「経験がある凜音におんぶにだっこ状態なら、凜音一人を抑えてしまえば、他は大した脅威にならない」

「……っ」

 

「キャッ!」

 

 一通りのルール解説を終えたタイミングで、凜祢の小さな悲鳴が聞こえてきた

 

「り、凜祢!? 大丈夫なのか……!?」

「……ゲホゲホッ! す、砂埃で見えなかったが、凜祢ちゃんへのチェックが一段と激しくなってるようだな! 今のはファールを取ってもおかしくないレベルだった! これは……凜祢ちゃんを完全につぶしにきてるぞ」

「く――! 凜祢! 絶対勝ってくれよ!」

 

「あらぁ? 今、咳をしたのってぇ……。あ、やっぱり殿町くんだったんですかぁ?」

「……え? あ、タ、タマちゃん――じゃなくて、お、岡峰先生! どうしたんですか?」

 

 凜祢の事を応援している士道たちの近くに岡峰教諭がやってくると殿町は少しだけ慌てた様子を見せる

 

「ラクロスの試合を見学しに来たんですけれどオ、それどころじゃないようですねぇ。殿町くん、ちょっと来てくださぁい」

「は、はい……?」

「調子悪そうですし、とりあえず、保健室に行きましょうねぇ」

「い、いや、俺は本当に大丈夫ですから――」

「駄目ですぅ! さっき席をしてたの聞きましたからねぇ! さぁ、早く行きますよぉ!」

「お、おい五河! おまえからもなんとか言ってくれ! 親友だろ!?」

「せ、先生……こいつ、応援のために……苦しいのに我慢して……! うぅ……は、早く、連れてってあげてください!」

「い、五河おまえ、俺を――!?」

「それは大変ですぅ! 殿町くん! あなたのクラスメートを思う気持ちは、とっても素晴らしいと思いますぅ! でも、自分の身体も大切にしなくちゃ駄目ですよぉ!」

 

 士道の助けを得ることのできなかった殿町は、そのまま岡峰教諭に連行されていった

 

「……自業自得って、こういうことを言うんだろうな」

「士道……見捨ててよかったのか?」

「あぁ……結局アイツの自業自得――!? お、ナイスパスカット! あぁ……でも残り時間が……!」

「心配ない、絶対に勝てる」

 

 マークを振り切れてないままだった凜祢の元に、クラスメートからのパスが飛ぶ

 

「あ――! おいやめろ! 今凜祢にパスしちゃ駄目だって!」

 

 そんな心配をよそに、凜祢は味方からのパスを見逃した……しかし、見逃されたパスは凜祢の後ろに回り込んでいた味方に繋がる

 

「こっち! お願い! ――――これでっ!」

「う、打て! 凜祢――ッ!」

「せいやぁーーッ!」

 

 凜祢の放ったボールは相手のゴールに吸い込まれ、その後すぐに審判が試合終了を告げる

 

「試合終了! 十二対十一! 二年四組の勝利!」

 

「ふふ、やったね! みんなのチームワークの勝利だよ!」

 

 どうやら士道は、そんな凜祢の笑顔に見惚れているようだったが。トーマは士道の方に軽く目を向けた後、士道の肩に手を置く

 

「それじゃあ、オレももう行く……流石に時間を潰し過ぎた」

「あ、あぁ……またな」

「おう」

 

 士道に見送られながら、トーマは車を止めた方に歩いていった

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、トーマは一人、新天宮タワーに向けて歩いていた

 この時まででトーマの中に存在する黒く塗りつぶされた部分が剥がされ、思い出したのは二つ

 一つは自分の過去――凜音と言う名の、園神凜祢と瓜二つの少女がいたという記憶

 そしてもう一つはこの世界が繰り返しているという事実。トーマはどの繰り返しの中でもその最中にこの事実を思い出し、新天宮タワーに向かい天使によって殺された。しかし今までとひとつ前のループで決定的に違うのは、天使がトーマの力を奪ったという事。今までのループでは殺されこそせれど力を奪わせることはなかった

 

「どうして、オレの力を奪ったのか……それはいつもの場所に行けばわかることか」

 

 火炎剣の納刀されたソードライバーを腰に巻きながら、トーマは新天宮タワーの前までやってきた瞬間、不快な感覚が全身を襲う。今までのループで何度も体感した感覚だ

 、そしてこの感覚の後に現れるであろう存在(モノ)を予想していたトーマの目に映ったのは、自分にとって想像もつかない存在(モノ)

 

「――ッ、どういう……ことだ……」

 

 トーマの目の前に現れたのは、漆黒の刀身に橙色のエンブレムが付いた剣――無銘剣虚無とそれを握っている誰か。影にその身を隠されていた存在は、月の光によって徐々にその正体を明らかにしていく

 無銘剣を握る誰かの姿は、白と黒のみで構成されていたが間違いなく、ファルシオンそのものだった。見た目は同じだがアーマーに当たる部分は白と黒の文様ようなものになっており、複眼も先端に青いラインが入っている以外は白くなっている

 

「お前は……誰だッ」

「-・-・・ -・--・ -・-・--」

 

 その場に佇んでいたファルシオンは、トーマに向けて斬撃を放つ。その斬撃に対し回避行動をとったトーマは流れるような動きで本を装填し、剣を引き抜く

 

『烈火抜刀!』

 

 ファルシオンのものとは異なる深紅の炎で全身を身に包んだトーマの姿は右半身にドラゴンの意匠を纏った戦士、セイバーへと変化する

 

「答えろ……お前は一体誰だッ!」

「---- -・ -・--- -・--・ --・・- ・--・ -- ・・- -・・・ ・-・-・- ・-・ ・-」

「……対話をする気はないって事か」

「・-- -・・・ --・ ・-・-・- --・ ・-・・ ・- ・-・-- ・・ -・-・・ ・-・ ・- ・-・・」

 

 セイバーの眼前にいるファルシオンからは、何か発せられてるようだったが、トーマにはそれが理解できない以上。剣を交えて戦う他ない

 

「はぁッ!」

「--・・ ・-・-・ -・-・--」

 

 セイバーの斬撃を片手で受け止めたファルシオンは、そのままセイバーに斬撃を放った

 

「ぐぅっ!」

「---- ---- ・-・・ ・・・ ・-・-・- -・ ・・-・ -・-・- ---」

 

 ファルシオンは、キング・オブ・アーサーの本を取り出すと無銘剣にリードする

 

永遠(とわ)の騎士王 無限一突』

「・-・・・ -・- --・ -・ ・・」

 

 ファルシオンはがリードした事で出現したキングエクスカリバーへとエネルギーが集中し、漆黒の斬撃が放たれる

 

「――そう簡単に、終われるか!」

 

『必殺読破! 烈火抜刀! ドラゴン一冊斬り! ファイヤー!』

 

 セイバーはその斬撃を避けることなく、深紅の炎を纏った刀身でそのまま受け止め。弾き飛ばす

 

「・-・ -・-・ ・・--・・」

「その力……返してもらうぞ!」

「-・- -・--・ ・- ・-・・ ・・ ・-・-・- ・-・・ -・--- ---・- -・- -・-- -・-・ -・・・ ・- ・-・・ ・-・ ・-」

 

 互いにその場で相手の出方を伺っていると、ファルシオンは急に一歩ずつ後ろに下がり始める

 

「……なんだ?」

「---- --- ・- --・-・ ・・ -- ・-・-・- --・-・ ・・ ・-・・ ・-・-・ ・・-- - -・ ・・ -・ ・・」

 

 警戒を続けるセイバーを他所に、ファルシオンはその場から完全に消え。残ったのは深夜の静寂だけだった




続いていく日常
現れた異なる姿のファルシオン
思い出した記憶の欠片は未だ不透明で
大切な何かは欠けたまま

真実は未だ闇に呑まれ
解き明かされることはない

次回, 凜祢ユートピア EX1-4


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EX,1-4 6月28日

「──また、この夢か……?」

 

 五河士道は、不思議な夢を見る

 あの日、霊力が不安定になった十香に手を伸ばした日から見続ける不思議な夢。不思議な空間に不思議な少女がいるだけの、夢

 

「……私は、ただ見守り続けるだけ……」

「……見守り続ける?」

 

 士道の問いかけを聞いた少女は、その瞳を向けてくる

 

「……なんでだ?」

「悲しみが、広がらないように……」

「悲しみ……? それって……?」

 

 少女の言った言葉の意味がいまいちわからない士道は、少女に向かい問いかける

 

「……理解される必要はない……」

「……な!」

「……すべては、楽園のみ許される……」

「おい、それじゃわから──っ!?」

 

 少しずつ、士道の意識が遠のいていく

 

「貴方は……私を、信じていればいい」

 

 その言葉を最後に、士道の意識は完全に途切れた

 

 

 

 

 朝方、トーマと美九の住むマンション

 いつものように朝食を作っていると制服に着替えた美九が起きてくる

 

「お兄さん、おはようございます」

「おう、おはよう美九」

 

 席に着いた美九はリモコンを使ってテレビの電源を入れる

 

『臨時ニュースをお伝えします。郵便局に押し入った国籍不明の男性が、局員数名を人質にとって立てこもりを続けている事件で……』

 

 随分と物騒なニュースが耳に入る

 

「立てこもり事件ですかぁ……ホントに、最近物騒ですねぇ」

「そうだな、この前の行方不明事件しかり、今までよりも事件の起こる数は多い気がするな」

「ですよねぇ……近頃物騒になった、とは言いますけど、それでも最近多すぎです」

 

『……現在、説得を続けているようですが、まだ犯人からの連絡はありません……』

 

 それでも、どれだけ物騒な事件が起きようと──何度も続けばそれは日常になっていく、そう言うものだ

 

「そういえば、郵便局ってどこの郵便局なんでしょうね」

「駅前の方じゃないか?」

「えぇー、駅前の所って学校行くのに通るところじゃないですかぁ」

「それなら少し遠回りすればいいんじゃないか?」

「でもそれだと遅刻しちゃうかもですしぃ、お兄さん。送っていってください」

「冗談も程々にしてくれ……っと、出来たぞ」

 

 いつも通りの日常会話を続けながらも二人はニュースに耳を傾けていると、どうやら現場との中継が繋がったらしい

 

『──あ、現場から緊急で中継が繋がりました。現場の宮坂さん? ことらのstudioですが、何か動きがあったんでしょうか?』

『はい! こちら現場です! えぇ、画像の方は見えてますでしょうか? たった今! 郵便局に立てこもっていた国籍不明の男が自ら投降しまして、人質全員を解放しました!』

 

「随分とあっさり解決したな」

「これがほんとのスピード解決ってやつですねぇ」

 

 一体何がしたかったのかわからない犯人の事件を背に、二人は朝食を食べ始めた

 

 

 

 

「それじゃあお兄さん、いってきます」

「おう、いってらっしゃい」

 

 美九の事を見送ったトーマは、携帯を取り出して時間を確認する。今日はいつもより少し早い時間が目に入る、トーマは少しどうするかを考えた結果、少しフラクシナスに向かうことにする

 フラクシナスへと転移したトーマは、割り当てられた研究室まで歩いていると、目の前からやってきた士道と目が合う

 

「あれ、トーマ?」

「珍しいな、こんな時間に。学校じゃなかったのか?」

「え、あぁ、いつもより早く起きちまったから。少し四糸乃の様子を見に」

 

 士道の言葉を聞いたトーマは、少しだけ不思議そうな顔をしながら言葉を返す

 

「四糸乃に何かあったのか?」

「あぁ、どうやら霊力が不安定になっちまったみたいで」

「……そうか」

 

 立て続けに起きている不審な事件に自分以外の誰かが変身しているファルシオン、そして精霊の霊力が不安定になる事態。トーマにはそれがどうにも不自然でならない

 

「トーマ、どうかしたか?」

「いや、何でもない……それより士道、少し頼まれごとをしても良いか?」

「え? いいけど……一体何をだ?」

「実は、少し”凜祢”と話がしたくてな、タイミングは任せるから時間作ってもらえるように頼んどいてくれ」

「わかった……でも、それなら自分で言った方が──」

「それじゃあ、頼んだぞ」

 

 士道の言葉を遮ると、トーマはそのまま通路に向けて歩いて行ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 一日とは早いもので、士道が学校に登校しいつも通り授業を受け、昼食を食べる。そんな日常を送っているとあっという間に放課後になる

 

「はぁーい。それでは帰りのホームルームを始めまぁす」

 

 教室の中に入ってきた岡峰教諭は、ホームルームを始める前に何かを思い出したようでそのことを話し始めた

 

「えぇと……みなさん、この街のはずれに自衛隊の天宮駐屯地があるのは知ってますねぇ?」

「知ってるっちゃー知ってますけど、それがどうしたんですかー?」

 

 他の生徒にとってはなんでもないことだが、士道にとっては変に馴染みのある言葉であるため些細な驚きがあった

 

「そこの偉い方から学校に伝達がありましたので、みなさんにお伝えしておきたいと思いまぁす」

 

 岡峰教諭はそう言いながら、出席簿に挟んであった紙に目を向ける

 

「えぇと、いろいろ難しく書いてあるんですけどぉ……現在、天宮駐屯地の観測機やら何やらがうまく機能してないそうなんですぅ」

 

 それを聞いた士道の心の中は、先ほどとは異なる明確な驚きが生まれる。士道は少し目を動かして折紙の方を見るが……驚きなどの表情は特にない、まぁAST所属の折紙に通達されていない筈がないので当然っちゃ当然である

 

「なのでぇ……空間震などの警報が遅れる、もしくは作動しないことはあるそうですから……」

 

 普段と変わった連絡はそれくらいであり、何事もなくホームルームは終了した。教室を出ていこうとした士道は殿町に引きとめられるがそれを受け流すと、凜祢の元まで向かう

 

「凜祢」

「? 士道、どうしたの?」

「実はトーマから頼まれごと……と言うか言伝を預かってて」

「兄さんから?」

「あぁ、少し話がしたいからどっかで時間を作ってくれないかって」

「……うん、わかった。夕方からなら少しだけ時間作れると思う」

「了解、それじゃあ夕方に、場所は……どうする?」

「公園でお願い、昔はよくそこで遊んだから」

「わかった、それじゃあトーマにはそう伝えとく」

 

 そう言った士道はトーマにメッセージを送ると、程なくして了承の連絡が入る

 

「トーマもオッケーだって」

「わかった……あっ。私、部活行かないと」

「そっか、引き留めて悪かったな。部活頑張れよ!」

「うん、それじゃあまた後でね」

 

 凜祢と別れて帰路につこうとして。ふとした考えが頭の中に浮かび上がった士道は、とある場所に足を向けた

 

 

 

 

「新天宮タワー、もうそろそろ完成みたいだな……いやー、立派なもんだ。まさか天宮市にここまで巨大な建築物が建つなんてなー」

 

 士道がやってきたのは新天宮タワー。入口に建設中の看板が置かれている巨大な塔を見上げながら、誰に聞かせる訳でもなく言葉を発する

 

「この高さなら街中どこかれでも見えるし、まさに天宮市のシンボルって感じだな……ん?」

 

 新天宮タワーを見上げながら歩いていると、見知った人影とばったり出会う

 

「……ん?」

「……あら? 奇遇ですわね、士道さん」

「狂三……神出鬼没だな、おまえは」

「士道さんも、新天宮タワーを見物にいらしたんですの?」

 

 士道が出会ったのは私服姿の狂三は、少しだけ警戒している士道を他所に世間話を続ける

 

「あ、あぁ、まぁな……。おまえこそ、建設中の新名所に物見遊山か?」

「えぇ、まぁ……ちょっと気になることがありまして……」

「気になること……? まさか、産業スパイとかじゃないよな?」

「ふふふ、まさか」

「そ、そうだよな。さすがにないよな」

 

 冗談なのかどうか判別しずらい狂三の言葉に、士道は少し背筋を涼しくしながら話していると、ふと狂三が問いかける

 

「ところで士道さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですの」

「ん? 何だ?」

「……新天宮タワーについて……どう思いまして?」

 

 先ほどまで和やかだった狂三の視線が、少しだけ鋭くなったような気がした

 

「新天宮タワーねぇ……そうだな。新しい観光名所になるって、学校でも街でも話題持ちきりだよな。ま、天宮市の新しいシンボルになるだろうし、無理もないか。でもなぁ……」

「でも……何です?」

「いや……その」

 

 確かに新天宮タワーは街のシンボルになると士道は考えるが……それでも胸の奥には何かが詰まったような、小さな違和感があった

 

「焦らなくでも大丈夫ですわよ。別に急かしたりしませんから」

「えーと……」

 

 しかし、それを言っていいのかを考えているとインカムから琴里の声が聞こえてくる

 

『士道、あまり迂闊に情報を与えない方がいいわ』

「こ、琴里……?」

『狂三は私たちにとってワイルドカードよ。注意しなさい。もしかしたら新天宮タワーで何かしでかすつもりかもしれない。下手をうてば、前回みたいに顔見知りを巻き込むことだってある』

「……!?」

『狂三がそこに来たのだって偶然じゃないはず。絶対に何か目的があるわ』

 

 狂三が天宮市の新名所に、ただ物見遊山に来るとは考えられない。一番ある可能性としては霊力を集めるために何かを企んでいると考えてもおかしくないだろう

 

「じゃ、じゃあ、どうしろって言うんだよ……?」

『知らないわよ。とりあえず、受け答えに注意しなさい。いいわね?』

「おう、わかった……」

 

 小声で士道と琴里が話をしている間も、狂三はただ士道の言葉を待っていた

 

「……」

「それは……何だろう、何か違和感を感じるんだ」

「……まぁ、それは不思議ですわね? どんな感じなんですの……?」

「なんだろうな……この街にそぐわないと言うか……。本来、ここにあるべきじゃないと言うか」

「……なるほど、変わった考えですわね」

「うまく言えないけど、その存在そのものに異質な感じを受けるんだ。まだ見慣れないからってだけかも知れないけど……」

 

 発言に細心の注意を払いながら言葉を発する士道に対して、狂三は告げる

 

「……それで良いと思いますわ」

「え……?」

「士道さん……その違和感、忘れないようにした方がいいですわよ?」

「……どういう意味だ?」

「さぁ? それはご自分で見つけてくださいまし」

「……?」

「それでは、わたくしは失礼いたします。さようなら、士道さん……」

 

 頭の中に疑問を浮かべている士道を後目に、狂三はその場を後にする

 

「……狂三」

『……ちょっと、士道。あなた、なに変なこと言ってるの?』

「す、すまん……だけど、何か違和感を感じるんだよ……」

『そう。士道がそう思うなら、そうなんでしょうね。士道の中では、だけど』

 

 インカム越しの琴里に責められながら、士道は帰路につく

 

 

 

 

 その日の夕方、五河家近くの公園でトーマは凜祢の事を待っていると、入口の方から足音が聞こえてくる

 

「……おう」

「お待たせ、兄さん」

 

 入口の方からやってきた凜祢はトーマの前までやってくると、トーマも片手を上げて挨拶する

 

「それで、今日はどうしたの?」

「少し……。少しだけ、昔話でもしたくなってな」

「昔、話……?」

「あぁ、凜音が小さい頃、この公園で遊んだよな」

「そういえば、そうだね……懐かしいなぁ」

 

 トーマは自分の中にある”園上凜音”との思い出を、朧気ながらに思い出す。幼い頃一緒に遊んだ記憶、泣き疲れた凜音をおぶって帰り道を歩いた記憶

 虫食いのようになっているが、それでも完全に忘れていた記憶の一部が蘇ったのは事実だ

 

「なぁ、”凜祢”──」

 

 だが、思い出したのはそれだけじゃない。もう一つ重要な事実がある

 

「──いや、お前は今……幸せか?」

「えっ? うん、幸せ……かどうかはわからないけど、毎日楽しいよ」

「そっか……それなら、いいんだ」

 

 けれど、その事実を凜祢に伝えることはできなかった。伝えることなく……何気ない話を終えて凜祢と別れると、トーマはさっきまで座っていた場所に倒れこむとすっかり暗くなった空を見上げる

 

「園神凜祢……お前は────一体、誰なんだ?」

 

 誰に伝える訳でもないその言葉は、闇へと溶けて消えていく

 

 

 トーマの思い出した重要な真実

 それは”園上凜音”と言う少女は紛れもなく、血のつながった妹であることではない

 

 ────”園上凜音は交通事故で既に死んでいる”

 

 だからこそ、今の現実はおかしいのだ

 死人は蘇ることはない、ならばあの”園神凜祢”と言う少女はトーマの妹ではないのかと訊かれたら、その答えは”否”である。彼女は間違いなく”園上凜音”の記憶を持っている

 それなら、彼女は誰なのか……今のトーマにその疑問を解決する方法はない




妹の記憶を持った少女がいる
妹は既に死んだという事実がある

霧に包まれた記憶は少しだけ晴れ
その事実はトーマにより思考の渦へと沈めていく

違和感は少しずつ、けれど確実につもり
その足は、確実に真実へと向かっている

次回, 凜祢ユートピア EX1-5


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EX,1-5 6月29日

 士道は、不思議な夢を見る

 同じ時間を何度も繰り返す夢、同じ時間を異なる人物と過ごす風景

 

 ある時は十香と

 またある時は折紙と

 それは二人だけでなく、四糸乃、狂三、琴里の場合もある

 

 夢のはずなのに、変にリアルなその夢は、時にデジャブとなって士道を襲った光景を思い起こさせる

 

「……私は、何か間違っている?」

 

 流れ続けていた映像が途絶え、ラジオのチャンネルをチューニングするかのように、謎の少女が士道の視界に映る

 

「一体何を……それは、望むべき結果……か?」

 

 その少女は物思いにふけり、やがて一つの言葉を口にする

 

「……ならば、次にやるべきことは──」

 

 

 そこで士道の意識は途絶え、誰かの声が耳に届く

 

 

 

 

 

「士道……起きて……もう朝だよ?」

「……ん……凜祢?」

「おはよう、士道」

 

 士道がゆっくり目を開けると、ベットの脇にいた凜祢の姿が目に入る

 

「あ、あぁ、おはよう凜祢……。い、今のは……?」

「今の? サンバは踊ってないけど……また寝ぼけてるの?」

「あ、いや……そういうんじゃなくてだな……。最近、変な夢ばっか見てさ……」

「そっか……とりあえず、早く着替えて顔を洗ってくること。ご飯用意して下で待ってるからね」

 

 凜祢はそれだけ言い残すと、部屋から出ていった

 

 

 制服に着替えた士道がリビングに降りるとそこに琴里たちの姿はなかった

 

「……あれ? 俺一人? みんなは?」

「今日はなんか、みんな用事があるからって、もう出ちゃったの」

「え!? ……そ、そうなんだ」

 

 少し困惑しながら士道が席に着くと、凜祢が温め直した味噌汁をよそう

 

「はい、お味噌汁、温め直してあるから」

「おう、サンキュ……。じゃあ、いただきます」

「はい、どうぞめしあがれ」

 

 先に出たというみんなの用事を少し気にかけながら、士道は朝食を食べ進めた

 

 

 

 朝食を食べ終えた士道は、家を出て凜祢と二人で通学路を歩く

 

「ねぇ、士道?」

「ん、なんだ?」

「今日の放課後、空いてるかな?」

 

 突然話しかけてきた凜祢の言葉に、士道は少し困惑しながらも答える

 

「え? あ、うん」

「じゃあ、予約していい?」

「あぁ、もちろん」

「本当に? 怒られない?」

「別に断る理由なんかないしな。あと、怒られるって誰にだよ?」

「十香ちゃんとか、琴里ちゃんとか?」

「あー、いや……なんとか言っとく」

 

 少し苦い笑みを浮かべながら士道がそう言うと、凜祢は少し安心したような表情になる

 

「そっか」

「そういえば凜祢、昨日トーマとなに話したんだ?」

「えっ、あぁ……普通の昔話だよ? 小さい頃一緒に遊んだこととか」

「そうだったのか、トーマが呼びだすくらいだからてっきりもっと重要なことかと」

「心配しなくても、大丈夫だよ」

「いや、心配はするだろ」

 

 凜祢の言葉にそう返した士道は、更に言葉を続ける

 

「もし凜祢に何かあったらって考えたら、心配するなって言う方が無理だ」

「あ……えと……」

「あ、いや……あくまで幼馴染として……」

「う、うん。わかってる。勘違いなんて、してないよ?」

 

 少し微妙な空気になったものの、士道たちは学校に辿り着いた

 

 

 

 

 一方、昨日凜祢と会話をしてから、頭の中で色々なものがぐるぐると回っているトーマは、なんとか仕事をしているのだが。結果は酷いものだった

 

「おい、坊主」

「…………」

「坊主!」

「えっ、はい」

「お前さん、今日はもう帰れ」

「でも、これから宅配が──」

「それは今日俺がやっといてやる。……それに、今のお前さんは仕事ができねぇ程ひでぇ顔してるぞ」

 

 トーマは店主にそう言われ、無理やり帰される。

 

 やることも思いつかないトーマは、目についた公園のベンチに座ると、空を見上げる

 

「……はぁ」

 

 視線を少し動かした先にあるのは新天宮タワー。謎のファルシオンと戦った場所、そして次に視線を動かして五河家のある方向に目を向ける。自分の妹と瓜二つの少女が死んだはずの妹の記憶を持っている、その事実がトーマを思考の渦に叩きおとしていた

 

「わからん事が多すぎる……気分は最悪だな」

 

 いっそそのまま眠ってしまおうかと考えていると、顔にあたっていた太陽の光が遮られる

 

「ねぇ」

「……ん?」

 

 倒れこんでいた身体を動かして視線を前に向けると、そこには一人の少女がいた

 

「君は──」

「ここで、なにしてるの?」

 

 白い制服に金色の髪、そして赤い瞳の少女は。初対面である筈のトーマに向かってまるで知り合いのように話しかけてくる

 

「……何って、見ての通り」

「もしかして、無職ってやつ?」

「違う……今のオレじゃ碌に手がつかないだろうって無理矢理帰された」

「ふーん。……確かに、酷い顔だね」

 

 今の自分の表情が見ず知らずの少女から見ても酷いものなのだと思ったトーマは、少しだけ笑みを浮かべる

 

「それで、何を悩んでたの?」

「どうしてそんなことを訊くんだ?」

「別に。ただ、アンタみたいなのが悩む事ってのが、どんなのなのか知りたいだけ」

 

 その少女はトーマの横に腰かけると、同じように空を見上げている

 

「……そうだな、案外口に出したほうが考えがまとまるかも知れないな」

 

 その少女に対して不思議な感覚を覚えたトーマは、ぽつりぽつりと話を始める。もちろん超常的な部分は出来る限りはぐらかしてではあるが

 

「──という訳で、どうすりゃいいか悩んでる」

「……それ、別に悩む必要ないんじゃない」

「えっ?」

「だって、どっちもアンタの妹には変わりないんでしょ。それなら……自分が何をすればいいのか、もうわかってるんじゃない?」

 

 少女の言葉を聞いたトーマは、少し目を見開く

 

「自分が、何をすればいいのか……」

「うん、それじゃ頑張ってね」

 

 そう言うと、少女はベンチから立ち上がる

 

「なぁ、君は一体──」

「きっと、その時が来たらまた会えると思う。けど、今は少しだけ……力を貸してあげる」

 

 その言葉の直後。少女の身体は光に包まれ、ふっと消えた

 

「あの子は……?」

 

 少女が消えてからすぐ、トーマは温かい力を感じる。その力がどこから溢れているのかを確認すると、ブレイブドラゴンと月の姫かぐやんの二冊が淡く発光していた

 

 

 

 

 その日の放課後、授業を終えた士道は凜祢と共に一度家に帰り、私服に着替え二人で街を歩く

 

「さて、ちょうど小腹が空いてきたな。凜祢は何が食べたい?」

「えぇと……士道は?」

「ん、そうだなぁ……やっぱり、きなこパンかな? あのきな粉の甘さ加減の塩梅が絶妙なんだよな! 十香も好きだしさ!」

「……十香ちゃん、か……」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、私もそれがいいな」

 

 士道の言葉に同意した凜祢だったが、その表情が一瞬だけ暗くなったように士道は感じた

 

「他にもいろいろお店はあるけど……本当にいいのか?」

「いいのいいの! がら、行こう!」

「お、おう」

 

 少し誤魔化すように、凜祢は士道の手を引いてパン屋まで向かう

 

「いらっしゃいませー」

「あ、きなこパン、二つください」

「申し訳ありません。本日はもう売り切れてしまいまして……」

「あー、そうなんですか……」

 

 きなこパンが売り切れていると聞いた士道に対して、店員は別のパンを薦めてくる

 

「こちら、新メニューのホイップクリームパンはいかがですか? 焼きたてなので、お薦めなんです」

「お、確かにいい匂いするな。どうする凜祢?」

「士道が食べたいなら、私も食べたいかな」

「そっか、じゃあ、それ二つください」

「はい、ありがとうございます」

 

 ホイップクリームパンを二つ買った士道は店の外に出ると。凜祢に軽く謝る

 

「ごめんな、きなこパン売り切れてて」

「うん、でも、それもおいしそうじゃない?」

「早速食べてみるか?」

「焼きたてだから、おいしいかも」

 

 凜祢にパンを手渡すと、二人で早速一口食べる

 

「……! うまいな! 焼きたての生地に、ほどよく甘いホイップクリーム! これはいける」

「ん、本当、おいしい。よかったね、士道」

「あぁ!」

 

 凜祢の表情がすっかり元に戻った士道は安心しつつ。心の奥底でデジャブを感じていた

 

 ──あれ、俺……前も誰かとこのパンを食べたような……

 

 その瞬間、士道の脳裏に十香とこのパンを食べた……と思われる記憶が僅かによぎる

 

「──!?」

「どうしたの、士道?」

「い、いや、なんでもない。当たりで良かったなってさ」

「そうだね。きなこパンはまた今度食べに来ようね」

「あぁ……」

 

 少し微妙な雰囲気になってしまったが、士道は気を取り直して凜祢に話しかける

 

「よし! 地祇はどこに行く?」

「うーん、士道はしたいことないの?」

「そうだなぁ……やっぱ順当に行くなら、ゲーセンかなぁ……」

「じゃあゲームセンターに出発!」

「お、おう。それじゃ行こう」

「うん!」

 

 二人はゲームセンターへとやってきた。夏の日差しで気温が上昇した屋外から冷房の効いた屋内に入った時に感じる、少しひんやりとした空気を受ける

 

「はぁー、涼しいね」

「……だな。夏場のゲーセンは避暑に持ってこいだ」

「そうだね。私もたまに涼んでもいいかも」

「ゲームをしてると、結局ヒートアップしちゃったりするけどな」

 

 士道がそう言うと、凜祢はきょとんとした表情で言葉を放つ

 

「え、そうなの?」

「あれ? 凜祢とはゲーセンで遊んだことないっけ?」

「あ、うん……。実は初めてだったりして」

「そっか……そうだよな。そういう感じじゃないしな」

 

 そこで、士道は再びデジャブを覚える、最近誰かを初めてのゲーセンに連れてきたような気がする、そんな感覚

 

「士道、どうしたの?」

「い、いや、何でもない。それより、凜祢は何かやりたいゲームとかないのか?」

「ん、私は初めてでよくわからないから……それよりほら、士道がいつもやってるのはどれなの?」

「ん? 俺か? 俺はこういうときはクレーンゲームかな。一人だと格ゲーとかもやるけど」

「ふーん、あの箱の中のぬいぐるみを取るの?」

「そうそう、やってみるか?」

「え? 私はいいよ。士道がやるのを見てるから」

 

 凜祢は遠慮するが、せっかくゲーセンにやってきたのだ、遊ばなければ損だと士道は考える

 

「せっかく初めてゲーセンに来たんだから、遊んでいけばいいじゃないか。失敗したっていいんだし」

「ううん、私のことはいいから。士道は何か狙ってるの?」

 

 凜祢にそう言われた士道は辺りを見渡すと、景品が目に入る

 

「え……そ、そうだな……うん、あれかな?」

「あれかぁ……確かにかわいいね。それじゃ私、応援してるから!」

「お、おう……」

 

 士道はとりあえず女性陣が欲しがりそうな景品の入ったクレーンゲームの前に行く

 

「うまく取れるといいね」

「おう、じゃあ、一丁やってみっか!」

 

 早速百円玉を入れて、チャレンジする。士道の操作でクレーンは順調に進み景品を掴む……のだが、すぐに落下した

 

「……お、惜しかったね! リトライリトライ!」

「……じゃ、じゃあ、もう一回だけ」

「頑張ってね! 士道!」

「お、おう!」

 

 士道は気合いを入れてもう一度クレーンゲームに挑戦するのだが、結果はさっきと同じ

 

「ざ、残念だったね……」

「今日はもういいかな……そろそろ行こうぜ」

 

 士道がそう言うと、凜祢は少し困惑したような表情を見せる

 

「……し、士道? いいの?」

「いいっていいって」

 

 

 

 ゲームセンターから出た士道は、凜祢に言葉をかける

 

「……ごめんな、凜祢」

「……え? どうして士道が謝るの?」

「いや、さっきのぬいぐるみ、凜祢に取ってあげようと思ったんだ。けど、うまくいかないもんだな……」

「なんだ、そんなこと。別に私は平気だよ?」

「あぁ、サンキュな、凜祢」

 

 士道がそう言うと、凜祢は笑みを浮かべて話しかける

 

「うん、じゃあ、次はどこに行こうか?」

「そうだなぁ。小腹が空いたのはさっき満足させたし、ゲーセンで涼んだし、あとは……」

「あとは?」

「うーん……凜祢こそ行ってみたいところはないのか?」

「じゃあ、士道のお気に入りの場所に連れてって?」

 

 凜祢がそう言うと、士道はとある場所を思い浮かべて軽く頬をかく

 

「あー……まぁ、あると言えばあるけど……」

「じゃあ、そこでいい。そこがいい」

「おう……じゃ、行こう」

「うん!」

 

 

 凜祢の要望でやってきた士道お気に入りの場所。その場所は高台公園──士道にとって、色々と印象に残っている場所だ

 

「そっか、高台公園なんだ」

「ほら、あそこからの眺めがいいんだよ」

「……私も眺めていいのかな?」

「そんなの許可とる必要ないって。でも、あんまり身を乗り出すなよ。危ないから」

「うん、気をつける」

 

 二人は、目の前に広がっている光景に目を向ける

 

「……本当にいい眺めだね。街を身近に感じるっていうか……」

「……ここからだと天宮市が一望できるからな。この景色、好きなんだよ」

「うん、それに街にいたときより空気が涼しくて、気持ちいいね」

 

 街の風景を見てる凜祢に少し目を向けた士道は、少しだけ安心する

 

「……なぁ凜祢?」

「ん? なぁに」

「今日……初めて言ってくれたな」

「何の話……?」

「ほら、自分がしたいこと言ってくれたの」

「あ……い、言っちゃ駄目だった? 私、わがままだったかな……?」

「いや、そうじゃない。逆だよ」

「……え?」

 

 今日のデート、凜祢は士道の意見ばかり聞いて自分のいきたいところ、やりたいことを言っていなかった。それが士道にとっては少しだけ不安だった

 

「俺は……オレはもっと凜祢と一緒に楽しみたい。二人で一緒に作っていく……そんなデートがいいと思うんだ」

「……」

「いや、俺だけがしたいことばっかりしてても、それはちょっと違う気がしてさ……」

 

 士道の言葉を聞いた凜祢は、少しだけ表情を曇らせる

 

「……どうして駄目なの?」

「え……」

「士道の好きなことをするのは、どうして駄目なの……?」

「いや、だから俺は凜祢と──」

「──士道が楽しいと思うことは私の楽しいことなんだよ? 私は士道のやりたいことに付き合うだけで満足だよ」

「本当、なのか……」

「本当だよ? 本当に決まってるじゃない……! 

 ! どうして、そんなこと……言うの? わかってくれるでしょ? だって、私たち幼馴染なんだから」

「や! そ、そんなことないよ……ご、ごめん……」

 

 その後すぐ、微妙な雰囲気になってしまった士道と凜祢は帰路につく。帰りがけ、今日のことを振り返った士道は凜祢はどこか無理している、そんな風に見えた

 

 

 

 

 その日の夜、デートの失敗がかなり堪えていた士道は何とも言えない気分でベッドの上に寝転がっていると部屋の扉が叩かれる

 

「は、はい?」

「士道……」

「り、凜祢!?」

「ねぇ、今ちょっと時間あるかな?」

「ど、どうした?」

「う、うん……なんか、ごめんね? 今日のこと……」

「え……」

 

 思わぬことを言われた士道は困惑するが、凜祢は言葉を続けた

 

「私、男の子とデートとか全然勝手わからなくって……」

「い、いや……別に謝るようなことでもないんじゃないか?」

「そ、そうかな」

「あぁ……だって、デートは二人でするものだし……。その……うまくいかなかったのは、俺のせいでもあると思うし」

「──ねぇ、士道。明日、また……デートしてくれる? 挽回したいんだ、しっかり者の私を」

「おう、もちろん付き合うぞ」

「うん……ありがとう」

「じゃあ……また明日ね。おやすみ、士道」

「おう、おやすみ」

 

 凜祢との話を終え、再び一人になった士道は凜祢がもう一度デートに誘ってくれたことに対して。嬉しい気持ちを湧き上がらせていると部屋の扉が開かれる

 

「入るわよ?」

「あ、なんだ、おまえも来たのか」

 

 扉を開け、部屋の中に入ってきた琴里は士道の様子を訝しんでしたが、士道は気にせず話しかける

 

「そうしたんだ琴里、こんな時間に」

「一応、士道に伝えておこうと思って」

「?」

「今日、奇妙なものがフラクシナスの観測に引っかかったの」

 

 琴里の言葉を聞いた士道は頭に疑問符を浮かべる

 

「奇妙なもの?」

「えぇ、フラクシナスに記録されてるどの精霊のものでもない霊派の反応を確認したの」

「それって、新しい精霊がいるって事か?」

「おそらくね……まぁ、それだけなら精霊を探すだけでよかったんだけど。今日、ある特定の時間帯にぐっと不安定になったの。その霊波パターンの歪み具合もほぼ一致してる」

「……その特定の時間帯ってのは?」

「だいたい十六時前後ね……」

「なるほどな……」

 

 琴里の言葉を聞いた士道は、新しい精霊の身に何かがあったのだろうと推測していると、琴里は更に言葉を続ける

 

「今、その霊波パターンのデータを中心に、令音に詳しく分析してもらってるんだけど……不思議なのよね」

「不思議……?」

「似てるのよ……デート中の精霊の精神グラフに──」

「え!?」

「それも、失敗したデートのものにね」

「……っ」

 

 それを聞いた士道は、頭の中に嫌な考えが思い浮かぶが……それを振り払って改めて琴里と会話を続ける

 

「奇妙でしょ? 私も分析しているうちに、まるで精霊のデートをモニタリングしているみたいな気分になったわ」

「たまたまじゃないのか?」

「誰かさんと一緒にしないで。そこまで間抜けじゃないわ」

「だ、誰かさんって……」

「それくらい自分の胸に聞きなさいよ」

 

 琴里が誰の事を言っているのか、心当たりしかない士道は心の中で息を飲む

 

「いい? フラクシナスには過去の精霊攻略の時、あなたがデートで失敗した時のデータも保存してある。あなたと精霊の失敗したデートのデータと、今日の霊波パターンのデータを分析したら……ビンゴだったわ」

「……失敗したデートのデータ……?」

 

 その言葉を聞いた士道の頭の中に、振り払ったはずの考えが再び蘇る

 

「何よ? 何か心当たりでもあるの?」

「い、いや、なんでもない。何も……」

「まぁいいわ……私たちはこのまま分析を続ける。だから──」

「──俺は自分の仕事をすればいいんだろ?」

「そう、わかってるならいいわ。それじゃ、私は寝るわね。おやすみ」

「あぁ、おやすみ……」

 

 一人になった士道は、頭の中にある考えを振り払おうとするが、どれだけ考えても同じ結論に辿り着いてしまう。フラクシナスに保存されているデータは、他でもない士道の行ったデートの結果だ。それは成功したデートのデータも失敗したデートのデータも変わらない

 もしも、新たな精霊と他の誰かがデートした場合、その霊波パターンも異なる筈だ……それなら導き出せるのは一つだろう

 

 士道が今日デートをした相手は──凜祢だ

 そして、そのデートは成功したとは言いがたい。トラブルがあって──失敗、している

 

 琴里の言葉が真実ならば、未知の精霊には少なからず士道が関わっているということがある。そして士道が関わり、デートをしたのは凜祢のみ。そのことから導き出せる結論は一つ

 

「──は、ははッ! いや……そんな、まさか……。そんなこと、あるわけない」

 

 その結論は突拍子もない事実。だが、それが本当に事実だとしたら、馬鹿馬鹿しいにも程がある。そう馬鹿馬鹿しすぎて笑いがこみ上げてくるほどに

 

 ──五河士道の幼馴染は、園神凜祢は精霊である、などと言う真実に

 

 ずっと一緒にいた筈の幼馴染が精霊であるはずない、そう信じたい士道は布団を被ると部屋の電気を落とす。完全に眠る直前、ヒビの入る音が士道の耳に聞こえてきた……ように感じた




気付きたくない真実
深まっていく疑惑

新たに確認した未知の霊波
デートの中で士道の感じたデジャブ

物語は終わりへと近づいている

次回, 凜祢ユートピア EX1-6


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EX,1-6 6月30日

 翌日、士道は凜祢の声で目を覚ます

 

「士道? 起きた……?」

「……ん? ……り、凜祢?」

「おはよう、士道」

 

 昨日の考えが頭をよぎり、黙ってしまっている姿を見た士道に対して凜祢は不思議そうに問いかける

 

「……? どうしたの士道? 私の顔に何かついてる?」

「あ、いや……な、なんでもない。ちょ。ちょっとその……」

「……? もうまた寝ぼけてちゃってるの? 早く起きて顔を洗ってくること。ご飯できてるから」

「あ、あぁ……」

 

 昨日の考えが、どれだけ振り払っても頭から離れない。それでもなんとか振り払って朝食を食べて学校に向かう支度を整える

 

「士道ー? 支度できたー?」

「え! あ、あぁ! 今行くって!」

 

 そんな声が耳に届いた士道は、急いで玄関に鍵をかけて凜祢の元まで向かう

 

「すまん凜祢! 待たせたな!」

「ううん、大丈夫」

「じゃ、じゃあ、行くか?」

「うん」

 

 いつもの通学路を、いつものように歩いている筈なのに、二人の間にいつものような会話はない

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「えぇっと……」

 

 なんとか会話をしようとした士道だったが、頭の中が真っ白であるため上手く話す事ができない

 

「そ、その……」

「ねぇ、士道?」

「っ! ……な、なんだ?」

「今日も放課後、空いてるかな?」

「あぁ、空いてる……ってか、空けるよ。凜祢のお願いなら」

「ありがとう。それじゃ、午後はよろしくね?」

「わ、わかった!」

 

 もしも、凜祢が精霊だとしたら……士道のやるべきことは一つだが、それでも彼の心は騒めいたままだった

 

 

 

 

 

 そして、放課後。士道は時間の流れがやけに早いように感じていると、凜祢が話しかけてくる

 

「士道? 帰る準備、しないの?」

「おう、り、凜祢か」

「ほらほら、時間は有限なんだよ? 早く早く!」

「ちょ、ちょっと待てよ凜祢! そんなに急がなくたって……」

「今言ったでしょ? 時間は過ぎてくだけなんだよ? そういうわけで、早く準備すること」

「りょーかい」

 

 時間は有限、と言うことで制服姿でのデートになった士道と凜祢は、家の近くにある公園にやってくる

 

「なぁ、凜祢?」

「ん?」

「その……昨日のデート……あんか、ごめんな?」

「ううん。悪いのは私……全部、私が悪いんだよ」

「いや、正直、俺もちょっと集中できてなかったていうか、心ここにあらずなところがあったから……」

「士道がそう言うなら……そうだ! じゃあ、おあいこにしよ?」

「そ、そうだな、おあいこだ。あはは……」

「ふふふ……」

 

 ぎこちなかった空気が、ほんの少しだけ緩和されたように見えたが……すぐに無言の時間が再開する

 

「……えーっと、そ、そういやこの公園で昔よく遊んだよな……? 琴里と一緒にさ」

「え? あ、うん。……ブランコとか滑り台とか、ベンチに落書きとか、ね?」

「そうそう。危ないって言ってるのに、琴里のやつがブランコの二人乗りをせがんできてさ」

「うんうん」

「あのときは困ったけど、今となっては、なんていうか……貴重な思い出かな」

「そうだね、大きくなっちゃうと、一緒にできたこともできなくなっちゃうし……兄さんとも、一緒にいられなくなっちゃったし」

「そうだな……そういえば、おまえは何で遊んでたっけ?」

「……え?」

 

 士道の問いかけに、凜祢は少しだけ困惑したような顔になった

 

「いや、この公園で何が好きだったかなって」

「そ、それは──ほら、やっぱりあれ、かな……?」

「ん? ……うーん、思い出せん……そういえば、トーマも何で一緒にいなかったんだっけ?」

「……やっぱり、力が──」

「え……?」

「ううん……士道ってば忘れっぽいところあるし、もうずいぶん昔のことだから……仕方ないよ」

「う……。な、なんかごめん……。友達甲斐がない奴っていうか、こんなんじゃ幼馴染としても失格だよな」

「そんなことないってば。もう……今日の士道は謝ってばっかり」

「あ、ごめん──って、あ……」

 

 凜祢にそう言われた士道が発したのは、またもや謝罪。それを聞いた凜祢は少しおかしそうに笑う

 

「ほら、言ってるそばから」

「し、仕方ないだろ。無意識に出ちゃったんだから」

「はいはい。ふふ……やっぱり、士道といると楽しいなぁ……」

「そ、そっか……?」

「うん、ありがとね」

 

 突然の感謝の言葉に、士道は困惑するが凜祢は気にする様子もない

 

「何でもないよ。今日は行きたいところがあるの。士道、付き合ってくれる?」

「お、おう……もちろん!」

 

 凜祢に連れられて士道がやってきたのは、天宮市の市街から少し離れた場所にある貯水池。何日か前に士道たちが肝試しで訪れた場所

 

 

「……行きたい場所って、ここだったのか?」

「……」

「……み、見事に誰もいないな。はは……これだけ静かだとなんか逆に落ち着かないっていうか……」

 

 士道の言葉に対して凜祢は言葉を返してこない

 

「凜祢……?」

「ねぇ士道、ひとつ聞いていい?」

「え? な、何だよ」

「うん……さっき公園で、デート中、心ここにあらずだったって言ってたけど……どうして?」

「あ、あぁ……その話か……」

「私がなんんか悪いことしちゃったのかな……って思って」

 

 凜祢の言葉を聞いた士道は、少しだけ悩んだ後に昨日のデート中にあった事を話し始めた

 

「いや……実は凜祢とデートしてるときにさ、よぎったんだよ……」

「よぎった……って何?」

「最初は、よくあるデジャブかなって思ったりしたんだけど……。思い返すほど、確か前に同じようなデートをした記憶はあってさ……」

「……おな、じ」

「いや、変なこと言ってるってのはわかるんだ。でもさ……それがずっと気になってて──」

「そう、だったんだ……」

「ごめん、凜祢にも失礼だよな。──って、なんか今日の俺は本当に謝ってばっかだな」

 

 場の雰囲気を少しでも軽いものにするために士道はそう言うが、凜祢は真剣な様子で士道に話しかける

 

「──ねぇ、士道?」

「ん?」

「掛け間違えたボタンに気付いたときって……、どうすればいいと思う?」

「え、い、一体何の話だ?」

「一度そうなっちゃうと……どれだけうまく合わせようとしても、そこからはずれたままで……どんどん綻びが大きくなっていく。それを元に戻す為に別のボタンを増やしても、その綻びは元に戻せない」

「……?」

「だからね……私、こう思うの。一度全部諦めて……また最初からやり直せばいいんじゃないかって。増やしたボタンも最初からあったことにしちゃえばいいんじゃないかって」

「えぇと……凜祢……?」

 

 いつもと違う凜祢の様子に、士道は少しだけ困惑する

 

「あ、ごめんね。今のは忘れて……何でもないの」

「そ、そうか……?」

 

 凜祢はそう言うが、士道にはその言葉が深刻そうに聞こえた

 

「士道、ちょっと待っててくれる?」

「待っててッて……どこ行くんだよ?」

「ふふ、ひ・み・つ。女の子にそういうこと聞くんじゃありません」

「す、すまん……!」

「もう、また謝ってるよ?」

「あ……」

「ごめんね。少し、気をつけた方がいいかも?」

「おう、そうする。注意しないとな……」

 

 凜祢がその場から離れていく様子を見ていると、士道は苦笑を浮かべる

 

「はは、なんだかんだで凜祢も謝ってるし……。謝ってばっかりだな……」

 

 そう言ってすぐ、士道は凜祢の言葉に違和感を覚える。さっきのやり取りに凜祢が謝る要素はなかったはず。それなのに何故凜祢は士道に対して謝ったのか。それを考えていた瞬間、辺りの空気が一変する

 

「──なっ! なんだ!?」

 

 士道がそれを感知した直後、空間は歪み全く別のどこかに士道は移動する

 

「こ、これは……ッ!? ──え?」

 

 その瞬間、士道の元に何かが向かってくる……が、士道へと到達する直前でそれは防がれる

 

「っうわッ!?」

「大丈夫か、士道」

「と、トーマッ!? なんでここに──」

「詳しい話は後だ、下がってろ」

 

 突然現れたトーマは、右手に持った火炎剣の切っ先を前に向けると。空間が揺れ一人の人間が現れる──それは、士道が何度か夢で見た少女

 

「お、おまえは……夢の……!?」

「……そう……私と貴方は夢を共有していた……」

「お、おまえは一体何者なんだ!? せ、精霊……なのか!?」

 

 士道のその問いに答えたのは、眼前にいる少女ではなくトーマだった

 

「精霊……かどうかはわからないが、霊力は感じる」

「そ、それじゃあやっぱり精霊──」

「まだわからない。それより……どうして士道を狙う」

「……それを知る必要は、ない。貴方たちはすぐに、すべてを忘れるのだから……」

「そんなことさせ、──っ!?」

 

 火炎剣を構えたトーマと士道を引き離すように、目の前の少女とば別の角度から斬撃が飛んできた

 

「……やっぱり、いるよな」

「えっ? ……あれって、トーマ?」

 

 斬撃が飛んできた先にいたのは、無銘剣を構えたファルシオン。しかしその姿は士道の目の前にいるトーマとは異なり、どちらかと言うと目の前にいる少女に近い髪の色をしている

 

「士道、オレに何があってもお前は逃げろ……正直、守りきれる気がしない」

 

「さようなら。また、あの日常の中に還りなさい。そしてどうか、次こそは幸せな夢を──」

 

 少女の言葉と共に、少女から放たれた光弾とファルシオンが放った斬撃が二人の元に迫る。どちらかか片方に逃げることのできない状況で、士道の頭の中によぎったのは。十香たちとのデートの記憶。いつかの世界で共に歩んだ少女たちとの思い出

 

 しかし、放たれた二つの攻撃は士道たちに届く前に、打ち消される

 

「…………!?」

「……あ、あれ……? 何が……?」

 

 士道が目を向けると、そこにいたのは霊装を完全顕現させている、十香と四糸乃、琴里。そしてワイヤリングスーツを纏った折紙と、狂三の姿まである

 

「間一髪だったわね。まったく、冷や冷やさせないでよ! トーマまでいるのに役に立ってないし!」

「……面目ない、生憎力の九割をあっちのオレに持ってかれててな」

 

「まったく……危なっかしくてみていられませんわねぇ」

「……大丈、夫、ですか?」

『ホントに間一髪だったね二人ともー』

 

 狂三や四糸乃も話しかけてくる中で、十香は眼前にいる少女へと目を向ける

 

「目的は知らぬが、シドーを傷つけるなら、貴様は私の敵だっ!」

「訂正すべき。士道の敵は、私の敵」

「ぬ……!」

「……み、みんな!? それに狂三まで──!?」

「あら、わたくしはついでなんですの?」

 

 士道の言葉を聞いた狂三は、少し冗談交じりに言葉を返す

 

「や……そういうわけじゃないけど……」

「……どうやってここに……? ……私以外にこの凶禍楽園(エデン)に干渉できる者が、いるはずが……?」

 

 少し戸惑っている様子の少女に対して、十香は顕現させた鏖殺公を構える

 

「貴様がすべての元凶なのだな? ならば、倒して元の世界に戻るぞ!」

「ちょ、ちょっと待て十香! 俺に話をさせてくれないか!?」

「む……しかし、あやつが私たちを閉じ込めているのだろう? ここで倒してしまえば一件落着ではないのか?」

「十香の言う通りよ、士道。結界の影響下にいる限り、精霊たちの暴走の危険も消えないわ!」

「そ、それはわかってるけど……少しでも話を聞かせてくれる可能性があるのなら、俺は──諦めたくないんだ! 頼む、十香! 琴里!」

「……オレからも頼む、士道に話をさせてやってくれ!」

 

 士道だけでなくトーマも頭を下げると、少し困惑しつつも十香は鏖殺公の構えを解いた

 

「ぬぅ……! そこまでいうなら仕方あるまい!」

「まったく……けど、仕方ないわね」

「す、すまん! でも、何にもわからないまま終わらせるなんて、俺にはできない!」

「……行ってこい、士道」

 

 士道にそう言いながら、トーマはファルシオンに目を向けるが、動く気配はない

 

「なぁ、教えてくれ! おまえは一体何者なんだ!? なぜ俺を狙う!?」

「……私の名は──支配者(ルーラー)。この楽園を管理する、神たる存在……」

「は、神……?」

「そう、神──。この世界……凶禍楽園(エデン)を守り、保持するのが私の使命。それを果たさなければならない──」

 

 その言葉の直後、士道の近くにいた十香が鏖殺公を構えなおす

 

「……嫌な感じがどんどん強くなっているぞ。気をつけろ、シドーッ!?」

「十香の言う通り、これ以上は危険よ!」

「──ちょ、ちょっと待ってくれ! ルーラーって言ったか? おまえ、全てを知ってるのか!? ──俺に残ってる記憶は、全部本当にあったことなのか!? おまえが元凶だって言うなら、教えてくれ! こんなことしなきゃいけなかった理由を!!」

 

 その言葉を聞いたルーラーは、戸惑っているように感じる

 

「──元凶……? あなたは、否定するというの? 凶禍楽園(エデン)を──貴方の楽園を……否定するの?」

「ら、楽園って……これが楽園だって言うのか?」

「そう、貴方はここで何をしてもいい。十香と契りを結んでも、琴里と並び歩くことを選んでも、折紙の傍にいると誓っても、四糸乃との日々を過ごしても、狂三と共に生きることを決めても、いい」

 

 ルーラーのその言葉を聞いた瞬間、士道の脳裏に様々な記憶がよぎる。それは士道にも何故あるのかわからない記憶でも。ルーラーの言ったすべての記憶が、士道の中には存在する

 そして、その記憶があるのは士道だけではない

 

「な……いったい、どういうことなのだ!? 確かに私もシドーとわかりあった……」

 

 十香にも

 

「士道は私を選んでくれた? ……この記憶は……」

 

 琴里にも

 

「不思議。士道の温かさも残ってる気がする」

 

 折紙にも

 

「……士道さんと一緒、に……がんばり、ました」

 

 四糸乃にも

 

「うふふ、士道さんはわたくしに……。たくさんのものを与えてくれましたわね」

 

 狂三にも

 

 確かにその記憶はある

 

「……全部の結末でオレは死んでるんだが。まぁ真実を解き明かそうとしたんだから当然か」

 

 全ての記憶で限りなく真実に近づいたトーマも、その記憶を取り戻した。しかしそれでは前提条件が破綻している、士道は一人しかいないし、トーマも生きている。それならみんなの記憶はなんなのか

 

「貴方の考えていることは、この凶禍楽園(エデン)では不思議ではない。ここは、永遠の幸福が約束された楽園。どんな夢でも見せてあげる。どんな望みでも叶えてあげる」

「やっぱりこの記憶も全部……おまえの、仕業」

「──貴方たちはここで何をしても良かった。すべてが許されていた。ただ──禁断の果実(しんじつ)に手を伸ばす以外は」

「……それで、オレは何度も──」

 

「今回は、一人じゃない。貴方たちは知りすぎた、近づき過ぎた。……だから、消さなくてはならない」

「なんでだよ……なんでなんだよ! それが……幸福な楽園だっていうのかよ!? 俺を狙って、殺して……それでどうなるっていうんだ!!」

 

 士道にとって、ルーラーの言葉は理解できない。楽園だというのならどうして自分を殺すのか、どうしてそんなことをしなければならないのか

 

「それは……あなたは知らなくていいこと。貴方はただ、たゆたっていればいい。楽園の安寧に。そうすれば、全て私が叶えてあげる。どんな望みも、どんな未来も、どんな結末も──」

「何を……言ってるんだ!? そんなこと──」

「ここでなら、この楽園でなら、それは絵空事ではない」

 

 ルーラーはそう言いながら、無数の光弾を自身の周りに出現させる

 

「……っ」

 

 士道は、ルーラーの戯言にしか思えない言葉に力を感じる。いつの間にか信じてしまいそうになるくらい……けれど、それでは許容できない

 

「……仮に、おまえのいう楽園なんてものが実在したとしたら……良いことも悪いことも、全部、都合のいいようになるかもしれない。でも……それが本当に楽園なんて呼べるのかよ! 都合のいいように幸せになって、それで本当に満足できるのかよ!」

「……? それに、何の問題があるというの? 人は幸福を求めるもの。人は過ちを嫌うもの。それが全て叶うというのに、貴方はそれを否定するというの?」

「……好きなことが好きなように叶ったら、そりゃ素敵だろうさ! だけど……得体の知れないナニカに与えられた無機質な幸福は……自分の手で手に入れた些細な幸せにすら届かない!」

 

 士道は、目の前にいるルーラーに向かって告げる。自分の想いを、考えを言葉にして

 

「俺は──ここが楽園なんて認めない!」

 

 その言葉を聞いたルーラーの言葉には、僅かに戸惑いが含まれていた

 

「五河士道が……否定するの? この楽園を……凶禍楽園(エデン)を?」

「……!?」

 

 そして、その言葉と共に周りを漂っていた光弾を消す

 

「……この世界が誰にも望まれないというのなら……凶禍楽園(エデン)はもう、その役割を成さない……」

「役割? それは──!?」

 

 その刹那、空間が軋む

 

「な、なんだ!?」

「楽園が──凶禍楽園(エデン)が、啼いている……」

「どういう、ことだ……?」

「……このままいけば、この世界は──まもなく『死』を迎える」

 

 驚愕で目を見開いている士道に対して、ルーラーは言う

 

「……終わりの時は迫っている……。もう一度、よく考えて……? それでもあなたが、この世界を否定するというなら……。私を────殺しにいらっしゃい……凶禍楽園(エデン)が『死』を迎えるその前に──」

 

 その言葉を最後に、先ほどまで士道のいた空間は消失し、天宮市へと戻された




ついに目の前に現れた楽園の管理者
繰り返しの記憶を取り戻した士道は

それでもと楽園を否定した

楽園の死が間近に迫り
物語はいよいよ終幕へ向けて動き出す

次回, 凜祢ユートピア EX1-7


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EX,1-7 決戦≪前≫

「……こ、ここは? 戻って来たのか天宮市に……?」

「そう、みたいだな」

 

 先ほどまで不思議な空間にいた筈の士道たちだったが、気が付くと見慣れた街の風景が辺りに広がっていた。しかし普段の光景とは異なり、空は赤く染まり空間そのものが異常を伝えているように見える

 

「──な!? なんだあれ……ッ!?」

 

 士道が目を向けた先にあったのは新天宮タワー、街の中心に構えている筈のそれはこの異常に満ちた空間の中でも特に異質だった

 

「……あれは、新天宮タワー……なのか? どうなってんだよ一体!?」

「士道、少し落ち着け……今はとりあえずみんなと合流するのが最優先だ」

「あ、あぁ、そうだな。……そういえば凜祢は……」

 

 そう言った士道の顔が曇る。もしかしたら士道の予想通り凜祢が精霊なのかも知れない……その考えが士道の表情を曇らせる

 

「士道! トーマ! 戻ってこれたの」

「──こ、琴里!? みんな! 無事だったのか!?」

「えぇ。どうやら出してくれたみたいね。だけど……天宮市全体の様子がおかしいわ。特に新天宮タワー……あれの禍々しさは半端じゃないわ」

「……あぁ、そうみたいだな」

「あら、心配事はそれだけでして?」

 

 士道と琴里が話していると、近くにいた狂三が二人に向かって話しかける

 

「狂三……おまえは、味方って考えていいのか?」

「えぇ。この件については、協力をお約束いたしますわ。わたくしも巻き添えを食らうのは御免ですもの。──もちろん、信用してくれというつもりもありませんけれど」

「そんなこと言うなよ。おまえがそう言うなら、俺は信じる。だから、今だけでもいい。よろしく頼む」

「あらあら……士道さんにそこまで言われたら、わたくしも頑張らないわけにはまいりませんわねぇ。でも、一体どういう心境の変化なんですの?」

「俺さ……少しだけ、思い出したんだよ。この世界の中で、狂三とデートした記憶」

「へぇ……そうなんですの。わたくしにはまるでその記憶がありませんけれど」

「それは仕方ないって。でも、俺はちゃんと覚えてる。だから、おまえを信じてやれるって、そう思うんだ」

「うふふ、なるほど……面白い考え方ですわね。──それで、そういうことらしいですけれど、あなたはいかがいたしますの? いつまでも睨まれていては、疲れてしまいますわよ?」

 

 狂三がそう言った相手は、近くで二人の会話を聞いていた琴里。狂三の事を睨んでいた彼女だったが、軽く息を吐くと口を開く

 

「……士道がそこまで言うなら、私は何も言わないわ。まぁ、巻き添えを食らいたくないっていうのは本当でしょうし、利害が一致している間は信用してあげる。自分の置かれている状況がわからないような阿保にも見えないしね」

「一応、誉め言葉として受け取っておきますわ」

 

 狂三との会話をそこで切り上げた琴里は、士道の方を向く

 

「──で、どういうことなの士道?」

「え……? や……どうって言われてもな……」

 

 士道は、琴里たちにこれまでの経緯をかいつまんで話し、最後に凜祢がまだ戻ってきていないことも伝える

 

「凜祢が……いなくなった?」

「あ、あぁ……そのままはぐれて……それっきりだ……」

「なるほど……それは心配ね。……で、他に気付いたことはないの?」

「……あ、あぁ。ない……よ」

「……そ。まぁ、そういうことにしてあげるわ。それで、トーマはどうやってあの場所に?」

「オレか? オレはこの剣が道案内してくれたんだよ」

「道案内って……一体どういう事よ」

 

 琴里の言葉に少しだけ考えたが、単独でこの状況を打開するために動いていたことや、その結果力の大半を奪われていることを伝える。それを聞いた琴里は呆れるを通り越して何を言っても無駄だという思ったのは何も言わなかった

 トーマが話終えてから程なくして十香が疑問を話し始める

 

「それにしても、なぜあのルーラーとやらは、シドーを狙っていたのだ?」

「それは、わからない。けど、俺は……もう一度、あのルーラーと話がしたい。何故だかわからない。けど、俺は思うんだ。ルーラーは本当は悪い奴じゃないかって」

「シドー……」

「もうこんなことやめさせて、みんなで一緒に、ここから出よう」

「うむ! 手伝うぞ、シドー!」

「ほ、本当か!?」

「うむ、無論だ!」

「私も──」

「え?」

 

 十香の近くから士道に声をかけてきたのは折紙。その言葉を聞いて少し驚いている士道に対して折紙は言葉を続ける

 

「……言ったはず。士道が危険に首を突っ込むのを、黙って見ているわけにはいかない」

「……!」

「それに、士道のサポートが夜刀神十香だけでは心許ない」

「む! それはどういう意味だ! 鳶一折紙!」

「言葉そのままの意味。あなたの幼稚園レベルの読解力には憐みすら覚える」

 

 いつものやり取りを始めた二人を、士道がたしなめようとした瞬間。世界が揺れる

 

「──士道、時間がないわ。のんびりしてたらこの世界が崩壊するわよ」

「なら、行くしかない! 俺達の街を壊させやしない! それに──ルーラー、あいつの真意を、俺はまだ確かめてない。一体なんでこんなことをしたのか……それすらまったくわかっていないんだ。ちゃんと話をすれば──もしかしたら、倒す以外の方法が見つかるかもしれない……!」

「士道……あなたやっぱり、底知らずの馬鹿ね」

「でも、だからこそ士道だろ?」

「えぇ──それじゃあ行くわよ、敵の居城へ。ラタトスク(私たち)の役目は士道のサポートだしね」

 

 そう言うと改めて新天宮タワーへと目を向ける。この異常な空間のなかでも一番異質で禍々しい光を放つ敵の居城に

 

「……本当なら、再生能力のないあなたを連れていくべきじゃないのかもしれないけど……ルーラーが精霊だとするなら、あなたの能力で力を封印することができる可能性があるわ」

 

 霊力が完全に戻ってしまっている以上。今の士道には再生能力がない、しかしここで置いていくと言っても士道は聞かないだろう

 

「頼みの綱は士道、あなたよ。でも──くれぐれも気を付けてちょうだい。今のあなたはすぐに死んじゃうんだから」

「今回ばっかりはオレもやる事があるから護衛は出来ない……気を付けろよ」

「あぁ、わかってる」

「士道、私たちが力を貸すんだから、全部終わったら──」

「デラックスキッズプレートでも奢ればいいのか?」

「わ、わかってるじゃない。……絶対よ?」

「あぁ……約束する!」

「し、士道……さん……っ!」

「ど、どうした!?」

 

 突然話しかけてきた四糸乃に対して、士道は少し驚いた様子でそちらを向いた

 

「ルーラーさんを……よろしく、お願いします。わ、私も……できる限り手伝いますから……っ!」

「四糸乃……」

『やー、これで士道くんも本気モード突入だね!』

「あのな、よしのん……オレはいつだって本気だぞ?」

『なるほどねー。じゃあ、よしのんも手伝ってあげようかなー?』

「あぁ、よろしく頼むぞ、よしのん」

『仕方ないなー、いっちょーかましたりますかー!』

 

 再び世界が揺れる。それは先ほどよりも激しい揺れは、あまり時間がないことを示していた

 

「この状態であまり悠長なことはしてられないわね。行くわよ、士道」

「わ、わかった! なら目指すところはただひとつ──新天宮タワーだ! ルーラーは間違いなくあそこにいる!」

「そうね。恐らく、結界を支えているコアのようなものも、あそこにあるわ」

「結界のコアが……? もしかして、それを破壊できれば……。ルーラーを倒さなくても……」

「可能性はありますわ。でも、その前に寄り道が必要ですわね」

「……ん? 寄り道?」

「新天宮タワーの周りには結界が張ってあるんだ。それでオレもその結界を突破するために動いてたら力を奪われたからな」

「えぇ、結界の要を破壊しないことには近づけませんわ」

「結界の要って……まさか!? 狂三、覚えてるのか……? ってことは十香と折紙も……」

「要と言うのは、あのタワー前のモニュメントのことだろう?」

「池の貯水塔で変な敵に襲われた。あそこも要?」

「うふふ……そしてラストは神社ですわね。この三点が新天宮タワーの結界を支えている要なのでしょう?」

「──それじゃあ、始めるわよ。そう時間はないみたいだし」

 

 改めて霊装を纏い直した琴里は、結界の要を破壊するために分かれることになった。場所は天宮タワー、貯水塔、駅前、神社の四か所だ

 

「天宮タワーのモニュメントは……そうね、四糸乃とよしのん、あなたたちでやれる?」

「は、はい……っ! や、やって……みますっ!」

『まー、大船に乗った気でいていいよー!』

「頼んだわよ。四糸乃、よしのん」

『ラジャー!』

「か、必ず……っ! 成功……させ、ますっ!」

 

 一足先に四糸乃たちは天宮タワーにある結界へと向かっていった

 

「貯水塔は──」

「私が行く」

「え……」

「鳶一折紙?」

「あなたのためではない。士道のため。それに、あの場所には少し因縁がある」

「ふん……装備なしでやれるっていうの?」

「問題ない。もし市内全域がここと同じように無人なら好都合。──とっておきを、取りに行く」

「そ。なら……ASTのウィザードの力を見せてみなさい」

「……士道、待ってて」

 

 そう言うと折紙は士道たちから離れて貯水塔へと向かっていく

 

「残りは……」

「……わたくしの出番で、よろしくて?」

「勝手に行けばいいじゃない」

「あら、全くつれないですわねぇ……きひ、きひひ……上等ですわ。あの程度……わたくしが一瞬で食らい尽くして差し上げましてよ?」

「……せいぜい期待してるわ」

「ひひ、ひひッ……! あなたとの決着も、楽しみにしておりますわァ」

 

 何やら不穏な事を言っていた狂三に対して、士道は少し不安そうな表情を見せる

 

「お、おい、狂三……?」

「士道さん、心配ならご無用ですわ。わたくしなら、すぐに戻って参りましてよ……それでは、ごきげんよう」

「お、おう……頼んだぞ」

 

 それを最後に、狂三も影の中に沈んでいき。残っているのは士道、琴里、十香、トーマの四人だけになった

 

「琴里? みんな行ってしまったが、私たちはどうするのだ?」

「また敵が士道を狙ってこないとも限らないわ。私たちは、皆が要を破壊するまで士道を守る。いい?」

「うむ!」

「……オレは一足先に新天宮タワーまで向かう。多分門番がいるからな」

「……わかったわ、トーマも気を付けて」

「あぁ、そっちも無事で」

 

 

 トーマも士道たちから離れ、一足先に新天宮タワーへと向かった

 

「士道、あなたは今のうちにルーラーをどう説得するのか考えておきなさい」

「わかった」

 

 その直後、更に激しい揺れが士道たちを襲う。それは着実にこの世界が崩れている音

 

「まずいわね……。崩壊の範囲が広がってる……」

「あぁ……急がないと、世界の方が先に──」

「む! 琴里! その前に別のものが来るぞッ!?」

 

 三人の元にやってきたのは天使のような姿をした何か、それが敵だと言うことは一言でもわかる

 

「あ、あいつらは──!?」

「えぇ、やっぱり来たわね。十香! 出番よ! 灼爛殲鬼(カマエル)!」

「うむ! 任せるがいい! シドー! そばを離れるな! 鏖殺公(サンダルフォン)!」

 

 迫りくる敵を眼前に捉え、十香と琴里はそれぞれの天使を構える

 

 

 

 

 士道たちと別れた四糸乃とよしのんが天宮タワーに辿り着いてすぐ、辺りの気配が変わる

 

「あ……! よ、よしのんっ!? あれ……っ!」

 

 四糸乃たちの前に現れたのは、士道たちの元に現れたのと同型の何か

 

『さー! 行くよー! 四糸乃ーッ!』

「う、うん……っ、氷結傀儡(ザドキエル)……っ!」

 

 四糸乃の周りに吹雪が顕現し、その中心から巨大なウサギ型のパペット──四糸乃の天使が顕現した

 

 

 

 

「……よくよく縁があるようですわね。ここには──」

 

 神社へとやってきた狂三はそう言うとすぐ、顕現させていた短銃を構える

 

「うふふ……さぁ、おいでなさい?」

 

 狂三が短銃から弾丸を放つと、それを防ぐように天使型の何かが出現する

 

「あら、あなたがわたくしのお相手をしてくださるんですの?」

 

 攻撃を仕掛けてきた狂三を迎撃するように、天使型の何かが攻撃を仕掛けてくる

 

「あッはははははは! どこを狙っておりますの? わたくしは──こちらでしてよ!」

 

 狂三は天使型の何かに一撃を加える

 

「ふふッ……ご心配なさらないで。お楽しみは──これからですわ」

 

 その言葉を最後に狂三と天使型の何かは、戦闘を再開した

 

 

 

 

 

 新天宮タワー、結界に覆われたその場所の入口を護るように奴は立っている

 

「…………」

 

 トーマの姿を確認すると、入口から数歩歩みを進め無銘剣を構えるが……トーマは火炎剣を出現させようとしない

 

「……?」

「決着をつける前……お前に謝らないといけない事がある」

 

 戸惑っている様子のファルシオンを前に、トーマは軽く頭を下げる

 

「オレはお前を、ただの力の集合体だと考えていた……だが違った、お前は命令されたからじゃない、自分の意志でこの場所を守ってる……そうだろ”オレ”」

 

 トーマのその言葉を聞いたファルシオンはブレードライバーに装填されていたブックを閉じ、引き抜いた。するとファルシオンの肉体を形成していたエネルギーが霧散し、もう一人のトーマが現れる。しかしトーマと違い髪の色は薄い桃色の髪に茶色の瞳……それは間違いなく”園神凜祢”の兄と言って差し支えない容姿だった

 

「……あぁ、お前の言う通りだ。トーマ」

「なら、わかってる筈だ……こんなことをしても、本当の意味で彼女は──凜祢は救えない」

「……わかってる、だが。それでも俺は──妹を守る」

「やっぱり、対話での解決は無理みたいだな”園上冬馬”」

「……当然だ、俺はお前の忘れていた部分(おもい)から生まれた存在。故にお前(トーマ)(冬馬)の道が交わることはない」

 

 その言葉を最後に、トーマと冬馬の二人は互いの手に持った本を開く

 

【アメイジングセイレーン】

 

【ブレイブドラゴン】

【月の姫かぐやん】

 

「「変身!」」

 

 本をベルトへと装填し、心の中に浮かんできたその言葉を紡ぐと──剣を引き抜く

 

――抜刀』

『烈火抜刀!』

 

 放たれた斬撃は中心でぶつかりあい、互いの元に戻る

 

『虚無 神獣の炎で全てが無に帰す』

『ドラゴン とある物語 二つの属性を備えし刃が研ぎ澄まされる!』

 

 青白い炎と深紅の炎、それぞれ異なる炎を纏い変身したセイバーとファルシオンは剣を構え……駆け出した





次回, 凜祢ユートピア EX1-8


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EX,1-8 決戦≪中≫

『必殺黙読』

『必殺読破!』

 

 放たれた斬撃がぶつかり合い、爆発が起こる

 

「「……っ!」」

 

 互いに言葉はない、己の目的の為だけに剣をぶつけ合う。それがたとえどんな結末だとしても

 

「ふっ──っ」

「はぁっ!」

 

 セイバーの斬撃を受け流したファルシオンが無銘剣を振るおうとした瞬間、セイバーが月の姫かぐやんのブックを軽く押す

 

【月の姫かぐやん】

 

 セイバーはかぐやんになっている左サイドを軽の腕を軽く振るうと光の粒子が辺りにばら撒かれ眩い閃光を放つ

 

「ッ────」

 

 ファルシオンの目が眩んだ隙にセイバーに一撃を食らわせると、後退させる

「……本の能力を使う、俺の時とはまた違うやり方か」

「俺の時、一体何を──」

「話す気は……ないっ!」

 

 斬撃を受けたセイバーもまた、ダメージを受け二人の間に距離が生まれる

 

「どうしてお前は、そこまで五河士道の味方をする」

「え? ……どうしてか。考えたこともなかった……けど、そうだな。最初は利害の一致だったけど、いつの間にか士道のお人好しさが気に入ってたからじゃないか?」

「人柄が好ましい……本当に、それだけの理由で」

「多分な、アンタもオレなら……少しはその気持ちがわかるんじゃないのか」

「……さぁ、どうだったか覚えてないな」

 

 互いに剣の切っ先を相手に向けたまま、話しを続けていた二人だったが一度そこで言葉を止め、再び眼前の敵を視界に捉えなおす

 

 

 

 

 

「……あいつら、また新しいのが出てきたぞ」

「ぬぅ……敵が多すぎるぞ! 結界はまだ解けないのか!?」

 

 結界の解除を待っている士道たちは、とめどなく現れる天使型の何かの相手をしているのだが、敵の数が多すぎる

 

「十香! もうちょっと頑張ってちょうだい!」

「う、うむ! ……っ! シドーッ!」

「え!?」

 

 十香に名前を呼ばれた士道が視線を前に向けると、目の前まで天使型が迫って来ていた

 

「──どいて士道ッ!」

「……」

「く──っ!」

「こ、琴里ッ!」

 

 士道を庇った琴里が代わりに天使型の攻撃を受け、苦悶の声を漏らす

 

「……万が一を考えて、フル状態にはなりたくなかったけど……。そうも言ってられないみたいね! いくわよ……【砲】! (メギド)

 

 琴里の灼爛殲鬼が大砲のよような形へと変形し、その先端へと炎を飲み込み始めた

 

 

 

 

 天宮タワー、結界の要を破壊する為、それを阻む天使型と対峙していたが、士道たちの場所同様こちらも天使型がとめどなく湧いて出てくる

 

『あー! どんどん湧いてきちゃうよー!』

「う……うん……っ!」

 

 心優しい性格で、戦闘をあまり好んでいない四糸乃は大量にいる天使型の仕掛けてくる攻撃を、氷結傀儡の氷で阻むのが精一杯だった

 

『このまま防御してるだけじゃ意味がないよー! 士道くんとの約束をなんとか守らないと!』

「う……うぅ……っ!」

『四糸乃―! 勇気を出してやってみようよー!』

「う……うん……っ! 私……っ、頑張る……っ!」

『よーし! そうこなくっちゃー! じゃあ、あのモニュメントごと、やっちゃうからねーッ!』

「う、うん……!」

 

 四糸乃が勇気を出すのに呼応するように、氷結傀儡の口に冷気が集中していく

 

「氷結傀儡! い……っ、いっけぇぇー……っ!!」

『みーんな、一緒に壊れちゃえぇぇー!』

 

 氷結傀儡から放たれた冷気の咆哮は四糸乃と結界の要と立ちふさがっていた天使型を纏めて凍りつかせ、破壊する

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

『やったー! 四糸乃ー! よく頑張ったねーっ!』

「よ、よしのんの……お陰だよ……っ! ありが……とう……っ!」

『やー! これは四糸乃の頑張りさー! きっと、士道くんも褒めてくれるよー!』

「う……うん……っ! し、士道さん……大丈夫、かな……?」

 

 天宮タワー、結界の要──破壊完了

 

 

 

 

 

 貯水塔、結界の周りを守るように天使たちが徘徊している……その頭上に、鳶一折紙はいた

 

「目標確認……! これが、とっておき!」

 

 ワイヤリングスーツを身に纏った彼女が取りに行ったとっておきとは、琴里との戦闘で使用した兵装──ホワイト・リコリス。精霊をも殲滅することが出来る兵装を用いて、彼女は周囲にいる天使型を殲滅していくが、天使型は倒したそばから湧いて出る

 

「く──やはり。個体をどれだけ倒しても無駄」

 

 折紙の言葉の通り、天使型は殲滅するよりも先に増殖を続ける。それは折紙の予想通りの事実

 

「予想通り、増え続けている……」

 

 それならば、彼女がするべきことは一つだ

 

「塔ごと、消えてもらう……! ミサイルユニット、全弾、座標固定! ブラスターク! 同時展開準備!」

 

 ホワイト・リコリスのミサイルポッドが開き、同時に二つの砲門へとエネルギーが集中する

 

随意領域(テリトリー)凝縮……。ホワイト・リコリス、臨界駆動……! ────討滅せよ! ブラスターク!」

 

 その言葉と同時にホワイト・リコリスから放たれたミサイルと砲撃によって、周りの天使型ごと貯水塔が破壊される

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 貯水塔の破壊を確認すると同時に、折紙は満身創痍の身体ごとホワイト・リコリスを地面へとつける

 

「く──! 活動、限界……。はぁ……っはぁ……っ、リコリスは、もう使えない……士道、私が行くまで、無事でいて……」

 

 その言葉と共に、折紙は士道の元へと歩き始めた

 

 貯水塔、結界の要──破壊完了

 

 

 

 

 

 

 神社、無数の天使型と対峙する時崎狂三の表情に焦りはない

 

「あらあら、またたくさんのお仲間が……これでは埒があきませんわねぇ。うふ、うふふ……。あぁ……怖いですわ。恐ろしいですわ! こんなにもか弱いわたくし相手に、こんな多勢で……」

 

 言葉とは裏腹に、狂三の表情には笑みが浮かんでいる

 

「ひひ……ひひひッ……ちょっと、時間をかけすぎましたわね。わたくしも、そろそろ本気を出さないと。あまり士道さんを待たせたくはないですし……ねぇ、そうでしょう? わたくしたち──」

 

 その言葉の直後、狂三の影が広がっていく、周りを覆い尽くすような勢いで──周りを飲み込まんとする勢いで

 

「さぁさぁ、どちらが多勢でどちらが無勢か──教えて差し上げますわァ!」

 

 直後、影の中から無数の狂三が出現する。それは他の誰でもない時崎狂三本人──まぎれもなく、そのすべてが本人

 

「くすくす……」    「あらあら」   「うふふ……」「きひ、きひひ!」

「あははははッ!」 「士道さん……もう少しだけお待ちくださいまし」

「さぁ、さぁ」   「いひひひ……!」 「ふふっ」

「いかがでして? わたくしたちは……!」

 

「あら……まだ抵抗する気あんですのォ? あまり美味しそうではありませんけれど……今は、そう贅沢を言っていられませんわね!」

 

 その言葉と共に、中心にいる狂三は銃弾を放ち。それと同時に周囲の狂三たちも天使型に攻撃を仕掛ける

 

「ひひ……ひひ! きひひひひひひひっ! わたくしたち! よろしくってよ! よろしくってよォっ! さぁ、終わりにしましょう。全て飲み込んでさしあげますわァ!」

 

 その言葉と共に放たれた一撃、それによって神社にあった結界の要は破壊される

 

「……思いのほか、事案をかけ過ぎてしまいましたわね。士道さんがまだ無事だといいのですけれど……あら?」

 

 一瞬だけ、狂三の中に奇妙なものが混じる。それは駅前にある結界の要を破壊を頼んだ自分の霊力(もの)しかしそれは自分とは真逆に流れ、他でもない自身の手で処分したはず霊力(もの)

 

「……あら、あら。珍しいこともあるものですわね……いえ、この場所だからこそ、かしら」

 

 神社と駅前、結界の要──共に破壊完了

 

 

 

 

 

 

「琴里! 結界が消えたみたいだ!」

「……上出来。ちゃんとみんな自分の仕事をしたみたいね」

「シドー! 先に行けッ!」

 

 結界が消えた事を確認した十香が士道に向かってそう言った

 

「え!? でも──!」

「そうね、十香の言う通り。こいつらはどんどん湧き続けてる……私たちがここで食い止めるから、早く行きなさい!」

「行け! シドー! ルーラーを止めるのだろう!?」

「……わかった! でも、無理はするなよ!」

「ふん、士道こそ死んだら承知しないわよ!」

「お、おう! 絶対生きて帰るからな!」

 

 十香と琴里に言われた士道は、新天宮タワーへと向けて駆け出した。ルーラーの真意を確かめる為に、どうしてこんな結界を張ったのか、どうして士道を狙うのか、何一つわかっていないことを──そして、ルーラーの正体を

 そのために、士道は新天宮タワーへと向かっていった

 

 

 

 

 

 新天宮タワーの前で戦いを続けていたセイバーとファルシオン

 

「──なにッ!?」

「結界が解けた!」

 

 今まで感情を表に出さなかった筈のファルシオンに初めて焦りの感情が見え、それから程なくしてセイバーの視界の端に士道の姿が目に入る

 

「トーマっ!」

「士道!」

「く──」

 

 鍔迫り合いを続けていた二人だったが、セイバーの剣をファルシオンは弾くと士道の方へと向かおうとする

 

「行かせるか!」

 

 士道の元へと向かったファルシオンを追う形でセイバーも士道の方へ近づき、そのままファルシオンを壁の方まで押さえつける

 

「士道、お前は先に行け!」

「あ、あぁ……わかった!」

 

 士道の事を先へ行かせたセイバーは、ファルシオンと逆転する形で新天宮タワーの入口に立つ

 

「そこを──退け!」

「退くわけには、いかない!」

「何故だ、どうしてそこまで元の世界にこだわる……いつもと変わらない日常を過ごすなら、この世界でも構わないだろう」

「そうだな、確かにそれだけなら構わない……それでも、オレもアイツもまだ手を伸ばさないといけない相手がいる。だから帰らないといけないんだ、オレたちのいるべき世界に」

「お前は、お前達はそこまでして」

 

 ファルシオンの声が少しだけ苦しそうなものになった。それに気づいたセイバーもわずかながらの困惑を見せるがすぐに気を引き締め直す

 

「──もしも元の世界に戻ったら、お前はこれから多くの苦難に見舞われることになる……最悪、命を落とすかも知れない」

「それでも……進み続けるさ、オレも士道も……そうしなきゃ守れないものは、大量にある」

 

 その言葉を最後に、互いの刀身をぶつけ合う──その瞬間、ベルトにセットされたブレイブドラゴンとキングオブアーサーの本、そして火炎剣烈火の刀身が輝き始めた

 

「まさか、これは──っ!?」

 

 剣と本、その二つが発する共鳴の衝撃によってファルシオンは吹き飛ばされ。セイバーへの変身が自然と解除される

 

「一体何が──っ!」

 

 混乱するトーマの前に、光が集まり人の形を作っていく。形成された人型は光が晴れると同時に朧気ながら少女であることがわかった。そしてその少女は……少し前にトーマの出会った、あの少女だった

 

「君は……」

「また会ったね」

「何故、彼女が……失われた本のシステムが、何故」

「失われた本の、システム?」

 

 トーマ以上に、その少女を見て狼狽えていたのはファルシオンだった。その声音は信じられないものを見たというもの……そんなファルシオンの存在を無視して少女はトーマへと手を差し伸べ、トーマも自然に手を伸ばす

 

「駄目だ! その手を取るな……その手を取ったら、お前は──」

「──それでも、掴まなければいけない気がする。誰かはわからないけれど……きっとそうしたように、これから来るであろう運命を、変えるために」

 

 今この瞬間、これはきっと奇跡なのだろうとトーマは思う。偶発的に生まれた事象と、他でもない自分自身との闘い、そして目の前に現れた少女と差し伸べられた手。ベタな三文小説のような展開だとトーマは思う、それでも差し伸べられた手を取らなければいけない……そんな気がする

 そして、トーマは少女から差し伸べられた手を──取った

 

「──―っ!」

 

 手を取った瞬間、少女は笑みを浮かべ光が士道の手の中に収まり、一冊の本を形作る

 

【ドラゴニックナイト!】 

 

「……お前も、やっぱりその選択をするんだな、トーマ」

「あぁ、覚えてないけど……アンタもそうだったんだろう、冬馬」

 

 ファルシオンは、こくりと頷いたのを見るとトーマは思わず笑みをこぼした。結局のところ彼も自分自身なのだと改めて痛感したのだから

 

「多分、オレとお前はただ違う選択をしただけなんだろうな、だから──」

「……そうだな、ただ選んだ選択肢が違っただけ、だから──」

 

「この剣に誓って……オレは、お前を倒す」

「俺は……俺と、妹の想いを──貫く」

 

「変身……っ!」

『烈火抜刀! Don`t miss it!』

 

 トーマの周りを龍が舞い、炎を纏うとセイバーの姿へと変化し。炎の渦の中で白銀の鎧が装着されていく。すべての鎧を身に纏われると同時に炎は四散し、白銀の騎士──セイバードラゴニックナイトが姿を現した

 

永遠(とわ)の騎士王 無限一突』

 

 キングオブアーサーの本をリードしたファルシオンの元にもう一本の剣が出現する。互いに準備を整えたセイバーとファルシオンは何度目かの睨み合いの末、互いに剣をぶつけあう

 

「はぁっ!」

「ふっ──」

 

 実力は互角……ではなくファルシオンの方が上、しかし白銀の鎧を纏ったセイバーは堅牢な鎧によってそのダメージを防ぎ、蹴りを入れる

 

「ぐ──っ!」

「もう、一撃ッ!」

 

 続けざまに一撃、セイバーの斬撃を受けたファルシオンはその場に大きく後退する

 

「やはり、欠片とは言えあの本の力……通常の本とは比べ物にならないか」

「……この一撃で、終わらせる」

 

『ドラゴニック必殺読破!──烈火抜刀! ドラゴニック必殺斬り!』

永遠(とわ)の騎士王 無限三突』

 

 紅蓮を纏った刀身と、二つのエネルギーが交わり絶大なエネルギーの渦巻く刀身。互いが剣を振るうと同時にそのエネルギーがぶつかってすぐに紅蓮の斬撃はかき消され、セイバーへと直撃し、爆発を起こす

 

「……俺の、勝ちだ!」

「──まだだッ!」

 

『ドラゴニック必殺読破!──ドラゴニック必殺撃!』

 

 爆発の中、刀身をベルトに押し込みトリガーを引いた状態で現れたセイバーは、ひび割れた鎧の欠片を光の粒子へと変えながらファルシオンへと向かい、飛び蹴りの体勢にする

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」

「ぐっ──ぁぁぁぁあああああああッ!!!」

 

 セイバーの蹴りをファルシオンは二つの剣で抑えていたが、セイバーは更に力を込める

 

「──っ、はぁッ!」

 

 最後に力を込めたセイバーはファルシオンの持つ剣二本を弾き飛ばし、蹴りをファルシオンへと叩き込むと地面へと着地する

 

「俺の、負け……か」

「あぁ……オレの勝ちだ」

 

 鎧は完全に砕け散ったのを合図として、両者の変身が解かれる

 

「俺は消えるのを待つのみ……お前は好きにするといい」

「あぁ、そうさせ──っ!?」

 

 瞬間、世界そのものが激しく揺れた

 

「崩壊が加速してるのか!」

「いや……違う。凶禍楽園が、この世界そのものが暴走している」

「暴走!? ……いや、それなら行くぞ、二人のところに」

「俺も……か?」

「当たり前だ! 妹を守るんだろ?」

「──っ、あぁ!」

 

 トーマは倒れていた冬馬に手を差し伸べ立ち上がらせると、二人で新天宮タワーの内部へと突入する





次回, 凜祢ユートピア EX1-9


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EX,1-9 決戦≪下≫

 遡ること、少し前―セイバーとファルシオンの決着がつくすこし前。新天宮タワーの内部に突入した普通とは全く違う風景が広がっていた。壁や床には、鉄でできたような植物の枝や根がはびこり、何を模したものなのか得体の知れないオブジェが、宙に浮いている

 

「な──っ! なんだここは……っ、どうなってんだよ一体……!?」

 

 その光景に驚いていた士道だったが、ここで止まる訳にはいかない。この場所のどこかにルーラーがいるはず、そう確信していた士道は辺りを見回すがもちろんエレベーターなんてものはない

 

「……もしかして、あれって螺旋階段か……それなら登っていけば上に行けそうだ……よし!」

 

 そう考えた士道は、何処までも続かのように思える螺旋状の道をただひたすら上へと進み続ける。喉はカラカラに乾き何度心が折れそうになったとしても、ただひたすらに真っすぐ進み続ける

 

「……自ら選びとった幸せさえ、貴方も否定するというの?」

「──ルーラー!?」

 

 登り続ける士道の元に聞こえてきたのはルーラーの声、彼女は士道へと問いかけ続ける

 

「……この世界での貴方も、確かに幸せだったはずなのに。どうして? 幸せでいられる……それでは、いけないの……?」

 

 今の自分を否定するような、この世界への魅力……しかしそれは間違っていると思う。だからこそ、士道はルーラーへと会いに前に進み続ける

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、つ、着いたのか……!? こ、ここが……! 最上階、なのか?」

「やっぱりかぁ……」

 

 最上階へと辿り着いたらしい士道が辺りを見回していると、そこに聞こえてきたのは聞きなれた声

 

「その声……凜祢、なのか?」

「あはは……来ちゃったんだね、士道」

「──り、凜祢ッ!? ……そ、それじゃ、やっぱり……?」

「ふふ……気付いてたんだね。全部……士道の考えている通りだよ。ルーラーは──私」

 

 その言葉と共に、凜祢の身体が光に包まれ。精霊── ルーラーとしての姿となる

 

「どうして……どうしてなんだ……!!」

「どうしてもこうしてもきっとない。全ては私が生まれた瞬間から決まっていたの……私は凶禍楽園の支配者。そして、五河士道……あなたをこの世界に閉じ込めたのは、私」

「……なんで……なんでなんだよ! なんで凜祢がそんなこと!」

「私は最初から……幼馴染なんかじゃなかった。すべては偽り。私は自分の存在をみんなの意識に割り込ませていた」

「……ッ!?」

 

 士道は、薄々気付いていた。積もり続けた小さな違和感は重なり、大きくなっていったが凜祢が精霊なわけがない──そんな風に自分を否定していた

 

「どうして、気付いてしまったの? ……ずっと、気付かなければ良かった。そうすれば、永遠に楽園の中にいられたのに……幸せで優しい世界──ねぇ、士道? 貴方も、そんな世界を求めていたんでしょう?」

「だから……だから俺たちを閉じ込めたっていうのか……? なんで、俺を……どうして……?」

「その答えは、貴方には必要ない……」

 

 その言葉と共に、凜祢は言葉を止め、その手の平にバレーボール程の大きさの火球を作り出す

 

「待ってくれ凜祢! 俺の話を聞いてくれ!」

「……理解しては、くれな──」

「──俺はッ、おまえと帰りたいんだッ!!」

「……ッ!?」

「おまえは、本当の幼馴染じゃないかもしれない! この世界に俺たちを閉じ込めた張本人かもしれない! でも、でもな! そうだったとしても……俺たちの側にいて、一緒に泣いたり笑ったりした時間ってのは嘘にはならないだろ! おまえはとっくに俺の日常なんだ! だから、おまえと元の日常に帰りたいんだ!」

「し、どう……?」

 

 ベール越しで見えないが、凜祢の心は確かに揺れている

 

「だから! だから、一緒に考えよう! この世界を出ても、俺たちが一緒にいられる方法を……俺が凜祢が、みんなが……。一緒にいられる未来のことを!」

「士道は……いつでも真っ直ぐだね。士道の言葉を聞いていると、だんだんその方がいいかもって思っちゃう……」

「……わかってくれるか、凜祢……?」

「でも……ごめんね、士道。あなたの望む未来は、存在し得ないの──」

「な……なんで!?」

「そんな風に言ってくれて嬉しかった……。一緒にいたいって言ってくれて、幸せだなって思った……」

「だったら──!」

「それでも私は……凶禍楽園を、この楽園を、このまま終わらせるわけにはいかないッ!」

「り、んね……? ま、待てッ!?」

「もう、戻れないってとっくに気付いてた。いつかこうなってしまうことも……わかってたと思う。だから、もういいの──さよなら、士道」

「り、凜祢……ッ!?」

 

 士道との会話を終えた凜祢は、園神凜祢としてではなく──ルーラーとしての言葉を放つ

 

凶禍楽園(エデン)──無へと帰す者(パラダイス・ロスト)!」

 

 その言葉と共に、霊装は砕けた凜祢に纏わりつくように凶禍楽園が変化した触手がまとわりつく

 

「……っ!? これは……? り、凜祢……!? おい──ッ! く──! おい凜祢! どうしたんだ!」

 

 凜祢の元へと近づこうとする士道のことを、触手が襲う

 

「うわぁッ! ……ぅ! ぐ……これじゃ、近づけない!」

 

 その士道の元に、再び触手が襲い掛かってくる。士道の元に近づいた触手は一振りの剣によって切り払われる

 

「無事か! シドー!」

「本当、学習能力がないわね。あれだけ無茶は駄目っていったでしょ?」

「……士道、遅くなった。ごめん」

「十香、琴里、折紙……」

 

「だ、大丈夫……ですか……っ! 士道……さん……っ!」

『すけっとさんじょー!』

 

 士道へと向けられた攻撃は、新天宮タワーの内部へとやってきた十香たちによって振り払われる

 

「あ、あぁ……! みんな……ありがとう!」

「──!? 士道、後ろ!」

「ぇ……ッ!?」

 

 士道の背後から迫りくる攻撃は漆黒の弾丸によって破壊された。士道への攻撃を破壊したのは短銃を構えた狂三

 

「……駄ァ目ですわよ? おしゃべりに夢中になり過ぎて、余所見ばかりしていては」

「く、狂三! すまない……助かった!」

「いえいえ、わたくしは当然のことをしたまでですわ。それに、今回はそういう約束でしてよ?」

「あぁ、そうだったな。でも、ありがとう」

「うふふ……まったく、士道さんは馬鹿正直過ぎますわ」

「次が来るわよ狂三、油断しないで!」

 

 士道と狂三の会話を遮るように、琴里が言葉を放った

 

「あらあら、わたくしと士道さんのお話を邪魔するなんて、相変わらず無粋な方ですわね」

「うるさい。そんなことより、あなたは自分の仕事をちゃんとしなさいよ。そういう約束、なんでしょう?」

「ひひっ……ひひっ……きひひひひ! まァったく、頭の良い子は嫌いですわァ!」

「士道! なにぼさっとしてんのよ! 正直、私たちでもどこまで持つかわからないわ!」

 

 放たれる攻撃を叩き落としながら、琴里は士道に言葉を続ける

 

「士道……あなたしかいないのよ! この状況をなんとかできるのは──ッ!」

 

 その直後に放たれた攻撃を防いだ琴里はその場で動きを止めると、その場に倒れこんだ

 

「琴里……!?」

「あの技……わたくしたちの意識を刈り取るようですわ。士道さん……これはまずい状況ですわよ! わたくしたちから離れないでくださいまし!」

「わ……わかったッ!」

 

 なんとか攻撃を防ぎ続けるが、少しずつ十香たちの体力の消耗も激しくなってくる

 

『烈火抜刀! ドラゴニック必殺斬り!』

『抜刀! 神獣無双斬り!』

 

 その刹那、周りを覆っていた触手を切り裂くように、二つの斬撃が放たれる

 

「すまん士道! 待たせた!」

「……凜祢」

「あらトーマさん……来て早々で悪いのですけれど、士道さんの事をよろしく頼みますわ」

「わかった、こっちは任せろ」

 

 遅れてきたトーマたちも加わり、攻撃から士道を守り続けるが……ついにスタミナを切らした四糸乃の動きが少し止まる

 

「はぁ……はぁ……」

『四糸乃、だいじょーぶ?』

「……う、うん! まだ、頑張れ……ッ!?」

 

 一瞬の、ほんのわずかな隙を突かれた四糸乃は攻撃をくらい、その場に崩れ落ちる

 

「四糸乃! くそっ!」

「気持ちは分かるが、止まるなシドー!」

「十香!?」

「シドーはルーラーに話があるのだろう!? 四糸乃も琴里も大丈夫だ! だから、シドーは私たちを信じて先へ行け!」

「士道、私がサポートする。安心して欲しい」

「まったく、困ったお方ですわねぇ」

「彼女を救えるのは五河士道、お前だけだ……妹を頼む」

「士道、道は切り開く。だから真っ直ぐ彼女のところに」

 

「みんな……わかった!」

 

 自分のなすべきことをするために士道はルーラーの元へと進んでいくが、近づけば近づくほどにその攻撃が激しくなっていく。そして一定距離まで辿り着いた瞬間放たれた光弾と触手の同時攻撃によって、狂三と折紙がダメージを受け、その場に崩れ落ちる

 

「申し訳、ありません……力、及ばず……」

「士道、ごめん……な、さい……」

「二人とも、大丈夫だ。必ず俺が何とかしてみせる!」

 

 士道を守る存在が十香やトーマたち三人だけになっても尚、剣を構えルーラーの元へと向かう

 

「私たちが最後まで援護するぞ!」

「おう! 任せる!」

「うむ! 任された!」

 

 そして、進み続け後一歩でルーラーの元へと辿り着く場所までやってくる

 

「もう少しだ……もう少しで、届く!」

「危ない、シドー!!」

 

 死角から士道へと向けて放たれた一撃を十香が庇い、その場に膝をつく

 

「なっ……!?」

「私なら大丈夫だ、シドー……だから、ルーラーに、会いに──」

「十香……!? すまん……!!」

 

 そうして進み続け、凜祢の眼前まで辿り着く。しかし、至近距離からの攻撃が士道に直撃する瞬間ファルシオンがその攻撃から士道を守る

 

「ぐっ──ッ!」

「……ッ!」

「お前、なんで──」

 

 トーマの問いに答えず、ファルシオンは士道の方を見る

 

「五河士道……頼む、凜祢の……妹の、心を──」

 

 その言葉の直後、ファルシオンはベルトから引き抜いたアメイジングセイレーンの本を士道へと託し、意識を失った

 

「士道……その本を使えば凜祢と意識を繋げられる、それがどういう世界なのかはわからない──それでもお前なら凜祢を救えるはずだ」

「それは……どうすればいいんだ?」

「本を開けば自ずと導かれる、頑張れよ」

 

 士道は凜祢の近くでアメイジングセイレーンの本を開く。その直後、士道の意識は遠のき──完全に途絶える





次回, 凜祢ユートピア EX1-10


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EX,1-10 ありがとう

「ん……朝、か……?」

 

 士道が目を覚ましたのは自分の部屋のベッドの上だった

 

「あ、やっと起きた」

「あぁ、おはよう。凜祢」

「おはよう。大丈夫なの、士道? なんだか酷い顔してるように見えるけど……」

「えっと……そうか? もしかしたら変な夢でも見てたのかもな」

「それなら良かった……せっかくのお休みなんだし、体調が悪かったりしたらもったいないもんね」

「あ、そうか。今日って休みだったっけ……」

 

 目を覚ました士道を見た凜祢は、その言葉を聞くと少し表情を不機嫌なものに変える

 

「何言ってるの? 今日の約束、忘れてないよね?」

「約束?」

「そうだよ、約束。すっごく大事な」

 

 凜祢にそう言われた士道だったが、その約束が何だったのかすっかり忘れてしまっている

 

「マジか!? すまんが、わからん……。いったい何の約束だったっけ?」

「もちろん。決まってるじゃない」

 

 相変わらず困惑と言ったような表情を浮かべている士道に対して、凜祢は笑顔を向けて言葉を紡ぐ

 

「デート、だよ?」

 

 

 それから、目を覚ました士道は私服に着替えると凜祢と街に出た

 

「ねぇ士道、あれ食べない?」

「あぁ、いいんじゃないか? よし、行こう」

 

 どうやら凜祢のショッピングに付き合う約束をしていたらしい士道は凜祢に手を引かれ歩いていた

 凜祢と出かけることは何度かあってもこうしてデートとして出かけるのは初めての事だから、士道も少しだけ緊張している

 

「士道、次どこ行こうか?」

「え? 買い物だけじゃなかったのか?」

「デートだって言ったでしょ。まだまだ、本番はこれからだよ?」

「お、おわっ! ちょ……ちょっと待て凜祢!?」

「いいからいいから!」

 

 士道の手を引いた凜祢は笑顔でそう言うと、デートを再開する

 

 

 

 

 凜祢を救う事を士道に任せたセイバーは、凶禍楽園の繰り出す攻撃に当たらないよう気を付けながら移動を続け一度身を隠す

 

「確か凶禍楽園は暴走してるって言ってたけど。ガッツリ正常運転だろ……」

 

 セイバーからしても暴走しているようには感じない以上、自分が出来るのはあの触手の攻撃を食らわない事と士道が凶禍楽園から戻ってくるのを待つだけだ

 

「できる限り……早く戻って来て欲しいな」

 

 そんなことを思いつつ、セイバーのことを探す触手の前に出ると、炎を纏った剣で迫りくる触手を切り裂いた

 

 

 

 

 いつになく積極的な凜祢に連れられ、士道は色々な所に行った。ファミレスで食事をとりゲーセンで遊ぶ、そんな何でもない事のはずなのにいつになく楽しそうな凜祢の姿を見た士道は、とても嬉しい気持ちになる。それは凜祢が必死に楽しもうとしているのだとわかってもふと笑みがこぼれてしまう

 

「ん? どうしたの、士道? 何か嬉しいことでもあった?」

「いや、そうじゃなくて……ただ、楽しいなってさ」

「ふふ、そっか。私も凄く楽しいよ」

「おう。それじゃ、次はどうする?」

「えっと、そろそろ日も暮れちゃいそうだけど……一つだけ、行きたいところがあるんだ。いい?」

「遠慮するなって。ただ、夕飯の時間だけ気をつけないとな」

「うん、そうだね。それには間に合うと思うから、大丈夫」

 

 そう言った凜祢に連れられてやってきたのは、高台公園。その場所から見える景色を見上げながら凜祢は口を開く

 

「ふふ、風が気持ちいいね」

「あぁ、本当だな」

 

 夕陽に照らされた街を、高台公園から見下ろす

 

「今日のデート、すっごく楽しかった。士道は?」

「さっきも言ったろ。楽しかったよ。なんか……新しい凜祢をたくさん見れた気がした」

「あはは……もしかして、はしゃぎ過ぎちゃった?」

「そんなことないって。いつも大変なんだから、こういうときくらい羽休めしないとな」

「ありがとう、士道。でも思っちゃう……明日も明後日も、来週も来月も……ずっと、こうしていられたらいいのにな、って」

 

 確かにそれが出来たらどれだけ良いものかと士道は考える……しかし、このままでは駄目だと心が告げる。だから士道は告げた

 

「──駄目だ、凜祢。それは……できない」

 

 士道にとっても、凜祢にとっても残酷な言葉を。この世界を否定し、安寧を捨てる選択を

 

「え……? どうして……?」

「それは……」

 

 どうしてその言葉が出たのか、それは今の士道にはわからない。否定する必要のない言葉を、大切な幼馴染を否定する言葉を告げたのか

 少しずつ士道の視界がぼやけていく、今からでも遅くないと、さっきの言葉を取り消せと言う声がどこからか聞こえている気がする……しかし、視界がぼやけ、逆に記憶は鮮明になり、蘇ってくる

 

「……っ……!?」

 

 とてつもない情報量に押しつぶされそうになっていた士道はそれに何とか耐えると、気が付けば左手に一冊の小さな本が握られていた

 

「やっぱり私じゃ……本当の家族には、なれないんだね」

「りん──」

 

 悲しそうに呟いた凜祢に対して、士道が言葉をかけようとした瞬間。何かに引っ張られるように意識が遠のいた

 

「ここ、は……? 戻って来たのか?」

「起きたか、士道!」

 

 声の聞こえた方を見ると炎を纏った剣で自身に迫っている触手を切り裂いているセイバーの姿があった

 

「トーマ……」

「私の凶禍楽園から……無へと帰す者(パラダイス・ロスト)から……抜け出したというの……!?」

「よくはわからないけど……どうやら、そうみたいだな」

「…………」

 

 ルーラーはその言葉を聞き、少し黙った後ぽつりと言葉をこぼす

 

「……そっか──もう、大丈夫なんだね、士道……」

「え──?」

 

 ルーラーの──凜祢の言ったその言葉は安堵と、その中に少しだけ悲しみが混ざったようで士道は困惑の声を発した

 

「それは、どういう……」

「な……こ、これは……!?」

「……あなたは私の無へと帰す者(パラダイス・ロスト)を打ち破った。私にはもう、何も──」

「凜祢、聞いてくれるか……? さっき、おまえとデートした。初めて楽しいデートだって思った。本当は、ずっと一緒にいたいって……思った」

 

 目を閉じ、諦めのに近い感情を見せていた凜祢に対して士道は言葉を続ける

 

「なぁ、凜祢? ……俺、凜祢と一緒にいたい。おまえはもう、とっくに俺の家族なんだよ。だって、この世界で一番近くに──すぐ隣にいてくれたのはおまえなんだから……! この世界じゃなくなって……ここから出たって、おまえが俺にとって大切な存在ってのは変わらないんだ……! だから、一緒に帰ろう、凜祢。元の日常で……最初から、やり直すんだ。凶禍楽園の力(こんなもの)を借りなくたって、大丈夫」

 

 自分の心にある言葉を士道は言葉を続ける

 

「失敗なんて、怖がらなくていい。俺がいる、みんながいる。おまえなら、自分の手で幸せを掴めるはずだ!」

「…………士道」

「凜祢……わかって、くれるか?」

 

 士道はゆっくりと凜祢に近づき。目の前まで行く

 

「……私から、凶禍楽園の制御が完全に離れた。その間は私が抑えられてたけど、もう凶禍楽園の力を抑えるものはない。このままじゃ、この世界は──」

 

「それはオレたちに任せろ!」

 

 凜祢の言葉にそう言ったのは、士道ではなくトーマだった。周りに纏わりつく触手を切り裂きながらトーマは声を上げる

 

「そういうわけだ! いい加減起きろよ──園神冬馬ッ!」

 

『不死鳥無双斬り』

 

 トーマの放った言葉の直後、凜祢の事を抑えていた触手が炎の斬撃によって切られ。凜祢は士道の元まで落ちる

 

「……うるさい目覚ましだな、俺」

「そうでもなきゃ絶対に起きないだろ、オレ」

 

 士道たちの近くに立っていたファルシオンは、一度変身を解除すると自分の上着を凜祢にかぶせる

 

「……兄さん」

「すまなかった、凜祢」

「え?」

「俺はお前の兄として、何もしてやることが出来なかった。それはこの場所の番人と言う逃げ道を用意してお前から逃げ続けたから……それは取り返しのつかない事実だ──だから、せめて最後くらいは兄として、俺に出来ることをする」

 

 冬馬がそんなことを言っていると触手に弾き飛ばされたセイバーが足元まで転がり変身が解けた

 

「いってて……話は終わったか?」

「……あぁ」

「そうか、それなら……止めるぞ、この楽園を」

「……あぁ!」

 

 立ち上がったトーマは、士道と凜祢の方に少しだけ視線を向ける

 

「……正直、オレは”凜祢”が妹って言う実感はない。なんせオレの妹は”凜音”だけだからな。それでも……アイツの記憶を持ってるなら凜祢もオレの妹だ。だから待ってろ。兄ちゃんたちが終わらせてくる」

 

 そう言ったトーマたちは一歩前に出る

 

「それで、暴走の根源は?」

「……俺たちの真上にある球体だ」

 

 そう言われたトーマは真上を向くと確かに赤く光る球体があった

 

「全然気づかなかった……」

「……はぁ、あの球体にお前から奪った力の殆どが集中してる。外付けのバッテリーだ」

「じゃあアレを破壊すれば止まるんだな?」

「……そう言うことだ、一撃で決めるぞ」

 

 二人は生身のまま剣をベルトに納刀し、トリガーを引く

 

『必殺黙読──不死鳥無双斬り』

『ドラゴニック必殺読破!──ドラゴニック必殺斬り!』

 

 力を込めた二人は真上にある球体に視界を向け、思い切り剣を引き抜き、斬撃を放つ。深紅と橙、二色の斬撃はそれを打ち消そうとする触手たちを燃やし尽くし球体を破壊する

 

「これで終わったのか?」

「……あぁ、終わった。これで結界と──俺も消える」

「え?」

「俺は元々お前から奪った力を凶禍楽園の霊力で作り出した入れ物(からだ)に入れた存在。俺そのものが凶禍楽園と同一の存在なんだ」

 

 少しずつ、世界が白に染まり始める。それは結界が消え始めているのを示していた。それと同時に冬馬の身体も光の粒子となって消滅していく

 

「……五河士道、凜祢の事を頼む──それと、妹の願いを叶えてやってくれ」

「……わかった」

「凜祢、最後のその時まで悔いのないようにな」

「っ──うん」

 

 二人に言葉を伝えた冬馬は、最後にトーマの方へと向き直る

 

「トーマ、気を付けろ」

「気を付けろって……一体──」

「お前の持っているドラゴニックナイト……今お前の持っているそれは、この世界だから具現化できた奇跡の産物──」

 

 そう言われたトーマがドラゴニックナイトの本に目を向けると、冬馬の言う通り本は粒子となって消失する

 

「──だが、一時的にとは言えその本が現れたという事は失われた本……全知全能の書のシステムが起動したということになる」

「全知全能の書の……システム?」

「今は名前だけ憶えておけばいい……だが、それはいずれお前の元に現れ選択を強いることになる……だが、決して迷うな。自分の心に従え──」

 

 その言葉を最後に、冬馬は光となってその場から完全に消え、士道たちの視界も光に包まれた

 

 

 

 

 

 

 それから、一週間の時が流れた

 凶禍楽園の結界が完全に消滅した後も、世界は進み続けている

 

「……平和だな」

「そうだね」

 

 マンションのベランダから外の景色を眺めていたトーマに相槌をうったのは制服姿の凜祢……今日は、凜祢と士道のデートの日だ

 

「もう、行くのか?」

「……うん、もう時間がないみたいだから」

「そっか……いってらっしゃい、凜祢」

「うん、行ってきます。お兄ちゃん」

 

 その言葉を後、凜祢はこの部屋に戻ってくることはなかった

 

 

 

 

 

 天宮市、駅前

 五河士道は一人の少女を待っていた……今回はインカムもフラクシナスのサポートもない純粋なデート。相手はもちろん凜祢だ

 

「お待たせ、士道」

「いや、俺も今来たところ……それじゃあ、行くか」

「うん」

 

 凜祢は士道から差し出された手を取ると、歩き出す

 

 

「凜祢、最初はどうする?」

「うーん……最初はあそこ行きたいかも、ゲームセンター」

「よし、それじゃあ行くか」

 

 士道は凜祢の手を引いてゲームセンターまでやってくる。中に入った凜祢は士道の手を引くとクレーンゲームの前まで向かう

 

「ねぇ士道、これやってみても良い?」

「あぁ、もちろん」

 

 さっそく百円入れた士道は凜祢と一緒にクレーンゲーム挑戦するが、そう簡単に取れる訳もなく景品はあっさり落下する

 

「あ、あれ?」

「まぁ、そう簡単に取れるもんでもないしな……もう一回やるか?」

「うーん……ううん、大丈夫」

「遠慮しなくていいんだぞ?」

「本当に大丈夫、それより……次はあれやりたい!」

 

 そう言った凜祢は格闘ゲームを指さすと士道の手を引いて筐体に向かっていく。それから、士道と凜祢の二人はゲームセンターを全力で楽しんでから、次の目的地まで向かう

 

「次は何処に行く?」

「少しお腹すいちゃったし、せっかくだからアレ食べてみたいかな。きなこパン」

「……それじゃあ、行くか」

 

 それから、士道たちはデートを続け……最後にやってきたのは高台公園

 

「やっぱり最後はここか」

「うん、やっぱり最後はここかなって」

 

 凜祢は士道にそう言うと、思い切り身体を伸ばす

 

「今日は楽しかったね! 士道!」

「あぁ、そうだな」

 

 夕陽に照らされる中、士道に目に映っている凜祢の身体は淡い光に包まれていた

 

「……ねぇ、士道」

「どうした?」

「最後に、一つだけお願いを聞いてもらえないかな?」

 

 そう言った凜祢の事を、士道は見ることが出来なかった……けれど、それでも凜祢は言葉を続ける

 

「士道……私とキスしてくれないかな」

「──っ!」

「お願い、士道」

「…………わかった」

 

 少しずつその姿を薄れさせていた凜祢の方を見た士道は、目を閉じてその唇に触れる──ほんのわずかな時間のキスだったが、二人にとってとても大切なものだった

 

「ありがとう、士道」

「──っ!!」

 

 士道は目から溢れそうになるものを必死に抑えながら、凜祢の方を向く

 

「士道、ありがとう……僅かな時間だったとしても。たくさんの思い出を私にくれて、たくさんの事を教えてくれて」

「……凜祢」

「人には……楽しい記憶だけじゃない、苦しい記憶も必要なんだって教えてくれて。それを乗り越えるから楽しい記憶はもっと楽しくなるんだって」

 

 今までよりも、凜祢の身体は薄くなっていく

 

「士道……私ね、楽園を作ったのは間違いじゃなかったと思うんだ……本当に少しだけだったけど、士道と──みんなといられた日々は……偽りなく、本当に幸せだったから」

「あぁ……俺もそうだよ、だから──」

「大丈夫だよ、姿は見えなくても……私は士道と一緒にいるから」

 

 その言葉を聞いた士道はもう限界だった。我慢していた涙が止められない

 

「あはは、士道……凄い泣いてるね」

「そういう凜祢こそ──」

「……ホントだ、何でだろう……泣かないって……決めたんだけどな……」

 

 瞳の縁に溜まった涙を手で拭った凜祢は、笑顔を士道に向ける

 

「……ありがとう、士道。大好きだよ──」

 

 その言葉を最後に、園神凜祢は夕陽へと溶けて消えた




一つの物語は終わり
元の日常を取り戻す

しかし、まだ解明されていないものがある
どうして彼女は結界を張ったのか
なんで彼女は士道の事を狙ったのか

彼女は、何をしたかったのか

次回,凜祢ユートピア EX1-11


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EX1-11, 跋文

 凜祢が消滅してからしばらくして、フラクシナスへと回収された士道の前に令音がやってきた

 

「……大丈夫かい、シン」

「いや……さすがにまだ、堪えてます」

 

 やせ我慢をするように、士道は令音に対してぎこちない笑みを浮かべる

 

「……ふむ、そうかね。では、今回の現象についての話は時間を改めた方がいいかな?」

「っ! ……お願い……します」

 

 令音の言葉を聞いた士道は、令音の方にしっかりと視線を向ける。今回の現象について、士道は知らなければならない──凜祢がどういう存在だったのかを、知らなければならない

 

「……ん、覚悟があるのなら、私は君の意思を尊重しよう」

 

 二人は空いているブリーフィングルームに場所を移し、令音がモニターに今回の一件のデータを表示する

 

「……まず最初に行っておくが、ルーラーは精霊とは似て非なる存在だったようだ」

「精霊じゃ……ない?」

「……あぁ。とはいっても、まったく別種のものであるかと言われれば、そうとも言い切れない」

 

 そう言うと令音はモニターに表示されているデータを切り替える

 

「……詳しいことはもっと調べてみないとわからないが……。恐らく……そうだな、何か強大な霊力の残滓が意思を得たものとでも言おうか」

「それって、どういう……」

「……器がない、と言えばわかりやすいかな。普通の精霊は封印された場合、器が残る。だが、力のみであるルーラーは──」

「──そのまま、消える……」

「……そうだ、残念だが……」

 

 それは薄々わかっていた、凜祢の兄──園神冬馬が士道に言った言葉から予想はついていた……だから、まだ大丈夫だ

 

「いえ……大丈夫です。続けてください。──結界の方は?」

「……結論から言えば──天宮市全域を覆っていた結界、エデンは我々を閉じ込める他に、ある特殊な力を持っていた」

「……あぁ、それに近い。もっとも……その規模が段違いだがね」

「一体……この結界にはどんな力があったんですか……?」

 

 凶禍楽園にどの程度の能力があったのか、その答えはすぐに令音から返ってくる

 

「……ん。凶禍楽園の力……それは──『世界を、やり直す力』」

「せ……世界をやり直す?」

 

 あまりにも壮大過ぎる能力に、士道は今一つ実感がわかない

 

「……言葉の通りさ。結界の中に存在する世界を、望む結果が出るまで何度もやり直すことのできる力……それが、エデンの能力だ。──君にも、断片的に記憶があるんだろう?」

「あ──」

 

 そう言われた士道は、気付いた。誰か一人を選んだ記憶……それは自分だけでなくみんなも覚えていた記憶だ

 

「覚えて……ます。朧気に、ですけど。十香や折紙と過ごした記憶が……あります。まさか、あれが──!?」

「……あぁ。恐らく、それらは全て実際に起こったことだ。君が凶禍楽園の繰り返しの中で、選び取った世界の可能性だ。世界が繰り返すことで生まれた”あったかもしれない”結末だ」

 

 アレが実際に起こった事、最初は実感がわかなかったが凶禍楽園の能力を知った今となってはそれが事実だとしか思えない。夢や妄想と言うにはあまりにも現実的過ぎるその記憶は……確かに存在する

 

「ルーラーは……凜祢は、一体何のためにこの結界を張ったんですか?」

 

 凶禍楽園の能力がわかったとしても、まだ……一つだけわからない事がある。そんな力を持っているのだとしたらいったい何のためにその結界を張ったのかである

 

「……それは」

 

 令音は少し言いよどんだ後に、ゆっくりと口を開いた

 

「……ここからは、私の推測が多分に入る。これが絶対の解ではないことは了承してくれたまえ」

「は……はい」

「……世界のやり直し。それには、ある法則性があった」

「法則性……ですか」

「……あぁ。今まで進められていた世界が急遽収束し、もう一度元の状態に戻される。それにはいくつかのパターンが認められたのだが……一つ、絶対的な条件が判明した」

 

 士道の中で思い当たるのは、トーマの死だが。令音の口ぶりからするとそれは少し違うように感じる

 

「……要は”とあること”が起こった時、世界は必ず、もとの状態に巻き戻っていたのさ」

「……それは一体」

 

 士道は、心臓が少しうるさく感じる

 

「……あぁ。世界をやり直す条件……それは……シン。君の──死だ」

「俺の…………死?」

 

 少しだけ理解することが遅れた士道だったが、考えてみると結界にいるときは琴里の霊力が無い状態……つまり回復能力を失った状態だった、条件はばらばらだったが……それでも確実に士道は命を落としていた

 

「俺が死ぬことで、世界が繰り返されていた……」

「……あぁ。君が死んだ瞬間、世界は、結界が張られた日に巻き戻る。シン、君がこの世界の鍵だったのさ」

「ちょ……ちょっと待ってください! 俺が、鍵……って、一体なんでそんなことを!? 第一、ルーラーは……凜祢は、俺を殺そうとしてたじゃないんですか? そのために、俺から、封印したはずの精霊の力を失わせて──」

「……違うんだ。そもそもその前提が……間違っていたんだ」

 

 士道は今まで、ルーラーは自分を殺すために結界を張ったのだと思っていた。けれど令音はその前提が間違っているという

 

「違う……って。どういう……ことですか?」

「……シン、先日の十香の暴走を覚えているかね?」

「十香の……暴走?」

「……あぁ、学校の屋上で突然十香の力が暴走した。思い出せないかい?」

 

 令音にそう言われた士道は今まで忘れていた記憶を思い出す

 

「……っ!? そうだ……俺はあのとき巻き込まれて……!」

「……そうだ。恐らく凶禍楽園が発動したのは、そのタイミングだったのだろう」

「ど、どうしてわかるんですか?」

「……そうでなければ、君はあのときに死んでいたかもしれないからね」

「──し、死んでいた、って……」

「……君は最近まで体調不良に悩まされていただろう。十香たち精霊が暴走する前からね」

「あ、はい。今じゃほとんど感じませんけど……。でも、フラクシナスで診てもらったとき、異常はなかったですよね?」

「……確かに、異常はなかった。しかし、異変は起きていたんだ。我々が知らない脅威を伴って、ね」

 

 フラクシナスでもわからなかった些細な異常、それによって今回の一件がもたらされたのだと令音は言う

 

「フラクシナスでもわからなかったって……それは一体」

「……これは私の推測に過ぎないが、精霊ではなく、君自身が暴走に近い状態にあったのかもしれない」

「え……?」

「……君は精霊たちと出会ってから、過酷な日々を過ごしていた。精霊とのデートでももたらされる緊張感やストレス。戦闘での命のやりとり──」

「と、ちょっと待ってください! 何を言ってるんですか、令音さん。それじゃまるで──」

「……あぁ。恐らくだが、君の身体から封印さていた霊力が、精霊たちに戻ってしまったのは、結界によるものではない。君の急激な体調不良と、その他の様々な要因が重なり合い、偶発的に起こってしまったイレギュラーであった可能性が高い」

「それって……じゃあ……」

 

 令音の話が本当であるのなら、結界が張られたから霊力が逆流したのではない。事実はその逆、士道の体調不良による精霊への霊力の逆流というイレギュラーが起きたから結界は張られた

 そして、士道の死というトリガーを原因に繰り返す世界。その事実全て士道の中に繋がっていく

 

「ま、さか……凜、祢……」

「……園神凜祢と言う少女がどこから現れたのか……。君とどのような接点があったのかはわからない。だが、一つだけ確実なことは──」

 

 そのすべてが繋がった結果、園神凜祢という少女が何をしたかったのか──誰の為に今回の事件を起こしたのかを、理解する

 

「凜、祢……」

「……そうだ。園神凜祢は、君を守るために……そのためだけにこの世界を作ったんだ」

 

 そう、園神凜祢は五河士道を守るために、あの世界―楽園(エデン)を作り、その中でずっと士道の事を、隣で守り続けていた

 

「お──れ、……は……ッ、何も……知らないで。凜祢に……。俺は……ッ!」

「……それ以上は、やめてくれないか、シン」

「────っ、令音、さん……?」

「……誰が彼女を恨もうが、誰が彼女を哀れもうが、構いはしない。……しかし、シン。君は、君だけは、彼女が命を賭して守った君だけは……彼女の決意を、汚さないでくれ」

「……ッ!」

「……お願いだ、シン。園神凜祢は、ただ君を救おうとしただけだった。それに報いようとするのなら……お願いだ。後悔や謝罪ではなく……感謝を」

「……は、い……ッ」

 

 士道は、再び溢れ出そうになる涙を堪えて上を向く

 

「……ん、大丈夫そうだね。──なら、これは、君に渡しておくよ」

「──え? これって……」

「……新天宮タワーから君たちが脱出してきたとき、紛れていたものだ。中に何か入っているようだが……心当たりはないかね?」

 

 そう言われ渡されたのは、見覚えのある鍵だった。それはかつて士道が凜祢が渡したもの

 

「令音さん。あの、少しだけ……一人にしてくれませんか?」

「……あぁ、わかった」

 

 令音はそういうとブリーフィングルームから出ていった。残された士道は一人、残された鍵を……園神凜祢のいた証を見つめる

 

「……大事にするって約束しただろ、凜祢? だったら、責任持てよ……ちゃんと持っていけよ……! でないと……わかっちまうじゃねぇか……朝、起こしてくれないって……嬉しそうに料理の味を聞いたりしてくれないって……おまえの笑顔は……もう見れないんだって……ッ!」

 

 鍵を胸に抱きながら、士道は一人言葉を紡いだ。過ごした時間は僅かだったとしてもそこに自分の大切な幼馴染はいたのだと……その想いを口にした

 

 

 

 

 

 あの事件から数週間の時が流れたある日、士道が高台公園で景色を眺めていると後ろから声をかけられる

 

「よう、士道。息災か?」

「……ん、あぁ」

「ここ……いい景色だな」

「だろ? 気に入ってんだ、この場所」

 

 士道の隣までやってきたトーマは、手すりに寄りかかると話を始めた

 

「士道、お前……どこまで覚えてる?」

「実はもう結構忘れちまってる」

「そうか……」

「あぁ……でも、この鍵を誰か渡したことだけは、今でも不思議と覚えてるんだ。誰に渡したのかも朧気になっちまってるのに、それだけははっきりと」

「……それなら、それでいい」

 

 トーマは士道のその表情を見て少しだけ笑う

 

「なぁ、士道」

「どうした?」

「その鍵……大切にしろよ」

「あぁ、当たり前だ」

 

 その言葉を最後に二人は別れた、いつもの日常へと戻っていった

 

 

 

 

 

 

 

 とある国、とある場所、一人の男が問いかける

 

「随分と機嫌が良さそうじゃないか」

「……おや、そう見えますか?」

「あぁ、今日はいつにもまして機嫌が良さそうだ」

「貴方がそう言うのならば、そうなのでしょうね……えぇ、確かに間違っていない。今の私は実に機嫌がいい」

 

 問いかけられた男はまるで目当てのおもちゃを見つけたように、手元にある本を弄ぶ

 

「それじゃあ、君はそろそろ動くのかい」

「えぇ、失われた本のシステムが再起動した以上。私は私の目的の為に欠片を集めなければならないので」

「そうか、それなら私たちも準備を始めるとしよう。いつでも動けるように……ね」

 

 潜んでいた闇が動き出し、錆びた歯車は少しずつ、回り始める





凜祢ユートピア Fin



次章, 八舞テンペスト




≪お知らせ≫
活動報告に
・凜祢ユートピアに関するお話し
・質問コーナー
の二つを掲載しました


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第Ⅴ章≪Before≫, 八舞テンペスト
第5-B 1話, 1 Year Ago


 トーマが士道たちと出会う一年前の話、そしてトーマと美九が再会する半年前のお話

 

 夏に差し掛かったある日、トーマは最近台風が多いな等と考えながら居候先兼職場でもある定食屋で料理の仕込み作業をしていた

 

「おっちゃん、煮魚の仕込み終わったよ。次はなんかやる事ある?」

「おう、ご苦労さん。そうだなぁ……いや、何もねぇからもう上がっちまって良いぞ。それと鍵はしっかり閉めろよ」

「わかった、それじゃあお疲れ様でした」

「お疲れさん……っとそうだ、坊主。ちょっと待て」

 

 給料の払い忘れ以外で呼び止められることは滅多にないトーマは不思議そうに顔を向けた

 

「どしたの? 給料日はだいぶ先だと思うけど」

「そうじゃねぇ、おまえさん。ちょっと旅行に行く気はねぇか?」

「旅行って……おっちゃん達と? それなら遠慮するから、奥さんと二人で──」

「ちげぇよ、お前さん一人でだ。ちっと頼まれごとがあってな、そのついでに旅行でも行ってきたらどうだって意味だよ」

 

 おっちゃんの話を聞いたトーマは、ますます意味がわからないと言った様子で首をかしげる

 

「……なんでオレ一人? それに用事ならおっちゃん達が行った方がいいんじゃないの?」

「頼まれごとってのが体力ある方がいいんだよ。だから行ってきちゃくれねぇか」

「……わかった、それで何処に行けばいいの?」

「或美島だ」

「……或美島って、何処だったっけ?」

「伊豆の方にある島でな、何年か前にリゾート開発かなんかで話題になったんだが聞いた事ないか?」

「オレ、あんまテレビ見ないんすけど……」

「そうか、とりあえずな。その或美島で飯屋をやってる知り合いがいてな、俺らくらいの都市なんだが開発の影響でだいぶ客足増えたのと従業員が怪我が重なって人手が足りてねぇんだとよ。だからお前さんにその飯屋の手伝いに行って欲しいんだよ」

 

 そこまで言われてようやくトーマは納得する。最初はどんな頼まれごとをされるものかと冷や冷やしたがそこまで突拍子もない頼みで良かったなどと心の中で安堵する

 

「手伝い位なら全然いいよ。それでいつ頃出ればいいの?」

「そうだなぁ、準備と連絡込みで明後日にはこっちを出てくれ」

「わかった、それじゃあ準備はしとく」

「頼むな、チケットとかはこっちで用意すっからよ」

「了解、そういえば期間は?」

「怪我しや奴が復帰するまでの間だから、大体一週間くらいだな」

 

 一週間、言葉にすると短いようだが現実時間だと案外長い期間ここを開けることになる。それは少し不安だったが頼みを受けてしまった以上仕方ないと割り切って部屋に戻ると、準備を始めた

 

 

 

 時はあっという間に流れ二日後、右手に一週間分の着替えと必要最低限の日用品を詰めたカバン、左手におっちゃん直筆の地図を持ったトーマは或美島の地面を踏んだ

 

「えぇっと、目的の場所は──」

 

 トーマが地図片手に移動しようとしたところで、声をかけられる

 

「ちょいと待ちな」

「……はい?」

「その身なり、アンタみたいだね。アイツんとこの坊主ってのは」

「えーっと……もしかして貴方が──」

「そうだよ、私がアンタの雇い主”御手洗フミ”さ……好きに呼びな」

「フミさん……よろしくお願いします」

「それじゃ、さっさと行くよ」

 

 御手洗フミの言葉に従って、トーマは飯屋まで向かい、仕事を始めることになったのだが……そこからが地獄の始まり。基本的に今まで天宮市にある定食屋の昼時と言う稼ぎ時を経験しているからそこまで苦労することはないだろうと考えていたトーマを襲ったのは想像以上の皿と料理の数

 リゾート開発の影響で客層で増えたことで、ただでさえ少ない食事処の中でも元々の利用者が多かったこともあり天宮市とは比べ物にならない程のハードスケジュール

 

「坊主! 皿洗う手が遅くなってるよ!」

「すいません!」

 

 ひたすら皿を洗い続け

 

「坊主! もっと気合い入れて鍋を振りな!」

「はい!」

 

 それが終わったと思ったらひたすら鍋を振り、料理をし続ける。そんな事を続けるているとあっという間に一日目が終了する

 

「……疲れた」

「なっさけないねぇ坊主、ホントにアイツのところで仕事してるのかい?」

「一応……住ませて貰ってる恩もあるので」

「恩ねぇ……坊主、本当にそれだけの理由で働いてんのかい?」

「えぇ、まぁ……でも給料は貰ってますし、寝床も提供して貰っててありがたい限りですけどね」

 

 トーマの言葉を聞いたフミは先ほどまで座っていた椅子から立ち上がると、トーマの方に鍵を投げ渡してきた

 

「フミさん、これって……」

「ここの鍵だよ、寝泊まりはここの奥にある部屋を自由に使いな」

「わ、わかりました」

「戸締りはしっかりするんだよ」

 

 そう言い残すとフミは飯屋から出ていき、トーマも今日は休むという事で部屋の中に引っ込み、一日は終わる

 

 

 

 二日目、昨日より客数は少なくなりトーマ自身も対応しやすくなったものの中々にハードスケジュールをこなしていた

 

「坊主! もっと手ぇ動かしな!」

「はい!」

 

 動きはマシになったものの、相変わらず後ろから駄目だしを受けるトーマであった

 

 

 そして三日目。初日、二日目に比べると客足にも慣れ他の従業員に迷惑をかけない程度には働けるようになったトーマはいつものように皿洗いに勤しんでいるとフミに呼び止められた

 

「坊主、ちょっと待ちな」

「何かありましたか?」

「ちょっと、買い物に行ってきな」

 

 そう言いながら渡してきたのはメモ帳と小さ目の財布。メモの内容は足りないらしい調味料や食材等だった

 

「一番近いところなら歩いて行けるから、頼んだよ」

「わかりました」

 

 軽い休憩時間だと考えたトーマは買い出しをして、その帰り道で……台風に遭遇した

 

「……流石に、ゲリラ台風は聞いてねぇよ」

 

 全身水浸しになりながら帰り道を歩いているところで、ふと霊力の気配を感じたトーマの視線の先で、二つの閃光がぶつかりあった




或美島へとやってきたトーマ
そんな彼が感じた霊力の気配

これは、士道たちと出会う一年前の話

二人の少女と一人の剣士の物語

次回, 八舞テンペスト≪Before≫ 第5-2話


PS.
【お知らせ】
第五章である八舞テンペストは
士道とトーマの出会う1年前のお話し≪Before≫
士道とトーマが出会った後、凜祢ユートピア後のお話し≪After≫
この二つによる二幕構成になります


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第5-B 2話, その双子、精霊につき……

 トーマの視線の先では、二つの閃光がぶつかりあう。少し遠目であるため明確な姿は確認できないがそれから感じる霊力は紛れもなく精霊のもの

 

「精霊……でも、何だこの違和感」

 

 視線の先に感じるのは間違いなく精霊の霊力であることに間違いはないが、それ故にトーマは少し違和感を覚える。目の前で起きているのが精霊の戦いであるのだが、それは異なる霊力同士のぶつかりあいではなく限りなく同一の存在によるぶつかりあい。それがトーマの中に違和感を作り出していた

 

「とりあえず、確認をしない事には──ッ!?」

 

 トーマが無銘剣を取り出そうとした瞬間、突風が吹き荒れトーマの前に二人の精霊が舞い降りた。

 

「──やるではないか、夕弦。さすがは我が半身と言っておこう。だが──それも今日で終いだ」

「反論。この戦いを制するのは、耶倶矢ではなく夕弦です」

「ふ、ほざきおるわ。いい加減、真なる八舞にふさわしき精霊は割れと認めたらどうだ?」

「否定。生き残るのは夕弦です。耶倶矢に八舞の名はふさわしくありません」

 

 トーマの存在に全く気付いてない二人……耶倶矢と夕弦と言う名前らしい二人は八舞と言う精霊の座を争っているらしいことがわかった

 

「ふ……無駄なあがきよ。我が未来視(さきよみ)の魔眼にはとうに見えておるのだ。次の一撃で、我が颶風を司りし魔槍(シュトゥルム・ランツェ)に刺し貫かれる貴様の姿がな!」

「指摘。耶倶矢の魔眼は当たった(ため)しがありません」

「う、うるさいっ! 当たったことあるし! 馬鹿にすんなし!」

 

 最初はどこか芝居じみた喋り方だった耶倶矢だったが夕弦からの指摘でボロが出る辺りどうやら思春期特有の病気(ちゅうにびょう)を患っているようだった

 だが、トーマが見たところ殺伐とした殺し合いというより仲の良い姉妹の喧嘩程度にしか見えなかったため、まぁほっておいても大丈夫だろうと心の中で考えて観戦に徹する

 

「要求。夕弦は耶倶矢に具体的な事例の呈示を求めます」

「くく……それは、あれだ。ほら……次の日の天気とか当てたことあるし」

「嘲笑。下駄の裏表と変わらない魔眼(笑)の効果に失笑を禁じ得ません」

 

 相変わらずトーマの様子に気付いていないらしい二人を見てて思ったことは、あの二人は確かに一つの霊力を元に生まれた存在ではあるものの現状どちらに依存するわけでもなく確固たる”自我”を形成している事。それこそ二人が争っている”八舞”という一人の精霊から二人が分裂したというよりは、元々二人で一人の精霊”八舞”であると言われた方が自然なくらいである

 

「だ、黙らんか! 我が魔性の瞳術を愚弄するとは、万死に値するぞ! 我を怒らせた代償、その身を以て思いすりぇッ!」

「あ、噛んだ」

「噛んでないし! ……って、へ?」

 

 トーマの声が聞こえていたらしい耶倶矢と夕弦の二人は視線を向け、少し驚いたような表情を見せた

 

吃驚(きっきょう)。まさか人間がいるとは……」

「まさか、我らが戦場に足を踏み入れた事さえ気づかせぬとは──」

「それは単純にお前ら二人がオレをそっちのけで喋ってたからだろ」

「うっ……そ、それよりも我らが神聖なる決闘に水を差されたこと、それはどう落とし前をつけるつもりだ人間よ」

「疑問。そもそも耶倶矢が噛まなければ良かったのでは?」

「うっさい、夕弦は少し黙ってて!」

 

 やっぱり致命的に仲が悪いようには見えない二人の事を見つめながら、耶倶矢の言った落とし前についてを少し考えた、トーマはとあることを思いつく

 

「……そうだな、落とし前。つけさせてもらう」

「なに?」

「怪訝。一体何をするつもりですか?」

「いやなに、勝手に話を聞かせて貰ったところによると二人は八舞って言う一つの椅子を争ってる、違うか?」

「いや、相違ない」

「なら、オレが出来る落とし前の付け方は一つ。お前らに戦いの場を用意することだ」

 

 トーマのその言葉を聞いた二人は怪訝そうな顔を向けたまま、トーマの方をじっと見つめる

 

「して、貴様が提案する戦いとは一体何なのだ」

「それは……売上対決だ」

「困惑。売上対決……ですか?」

「その通り、今オレが住ませて貰ってる飯屋なんだが、中々に客が入る。そこでだ、二人にはそこの売り上げの合計で競ってもらう。期間は三日……どうだ?」

「異議。それでは貴方は得をするかもしれませんが、夕弦たちにメリットがありません」

「メリットはある」

 

 その言葉と共に、トーマの身体は炎に包まれファルシオンの姿へと変化する

 

「驚愕。その姿は……!?」

「貴様は、一体──」

「オレはファルシオン、無銘剣虚無に選ばれた剣士。それでお前達に提示するメリットだが……オレがお前ら二人の負けた方を斬る、それでどうだ?」

「……いいだろう、貴様の提案、我は受けよう」

「承諾。夕弦も構いません」

「そうか、それじゃあ二日間っていう短い間だが……よろしく頼む」

 

 

 そして三人は飯屋に移動することになったのだが、その前にトーマはある事に気付いた

 

「そういえば二人とも、その服装どうにかならないか?」

「この服か……ふむ」

「具申。具体的にどういう服にすればいいのかを見せていただければ霊力で作れるかと」

 

 夕弦がそう言うと隣にいた耶倶矢もうんうんと頷いた。少し考えた後にトーマはスマホを取り出して適当に服を検索してTシャツにジーパンと言うシンプルな服装の画像を見つける

 

「とりあえずこれで頼む」

「了承。わかりました」

「あまり気は乗らないが、仕方あるまい」

 

 そう言うと耶倶矢と夕弦の全身を霊力の光包み込み、光が晴れた時には写真通りのシンプルな服装に変わっていた

 

「よし、それじゃ行くか……あぁそれと、オレの名前はトーマだ。こっちが本名な」

「トーマか、我が名は耶倶矢! よろしく頼む!」

「返答。夕弦は夕弦と言います、よろしくお願いします」

「あぁ、短い間だけどな」

 

 

 

 

 

 

 そして耶倶矢と夕弦の二人にびっしゃびしゃになった買い物袋を持って飯屋に戻ったトーマはフミに正座させられていた

 

「それで、何処ほっつき歩いてんのかと思ったら、まさか女を口説いてくるとはいい度胸だねぇ坊主」

「いやこれには深い事情がありまして……それに人手は多い方がいいかと──」

「戯言抜かすんじゃないよ……けどまぁ良いさ、坊主の言う通り人手が増えるのは悪いことばっかりじゃないからね」

 

 そう言ったフミはトーマの後ろにいた耶倶矢と夕弦に目を向ける

 

「あんたら、名前は?」

「か、耶倶矢……だ」

「恐縮。夕弦……です」

「耶倶矢に夕弦だね。わからない事はそこの坊主に聞きな、精々足を引っ張んないようにするんだよ」

 

 それだけ言い残して立ち上がる、店の奥まで引っ込んでいってしまった。残された耶倶矢と夕弦の二人は、正座したままのトーマに目を向ける

 

「……ねぇ、もしかしてトーマって──」

「それ以上言うな、頼むから」

「微笑。先ほどはそれっぽい雰囲気を出してたのに、この場所では案外下っ端さんなのですね」

「言うなって言ったよな? それとその微妙にあったかい笑顔やめろ、なんか虚しくなるから」

 

 やたら生暖かい視線を向けてくる夕弦にそう言いながら、トーマは立ち上がると軽くズボンの裾をはたく

 

「それじゃあ二人には──」

「二人にやってもらうのは接客だよ、さっさとこれつけて客の相手してきな」

 

 いつの間にか奥から戻ってきたフミは手に持っていた薄紅色のエプロンを耶倶矢に、浅縹(あさはなだ)色のエプロンを夕弦に投げて渡す

 

「面倒事は起こすんじゃないよ、もし起こしたら叩きだすからね」

「うむ、任せよ!」

「承諾。夕弦にお任せください」

 

 その言葉のすぐ後、二人の間で軽く火花が散ったもののいよいよ勝負が始まった

 

 

 

 耶倶矢と夕弦が表に出て行ってからすぐ、自分も仕事に戻ろうと思ったトーマに対してフミが話かけてくる

 

「坊主、ほらよ」

「えっ──っとと、なんですかこれ」

「何って、見たらわかるんだろ。ノートだよ」

「いや、そりゃ見たらわかりますけど何で急に……」

「これから必要になるんじゃないのかい、あの子たちに何吹き込んだのか知らないけど、面倒事ならそっちで勝手にやりな」

「えっ、フミさんもしかして──」

「さぁね、ほら、さっさと仕事に戻んな!」

「は、はい!」

 

 八舞姉妹の決着の日まで、残り三日




邂逅したトーマと八舞姉妹
ひょんなことから二人の勝負に水を差したトーマ
そんな彼が提案したのは売上対決

期限は三日を終えた時、二人の精霊はどのような結末を迎えるのか
トーマはどんな結末を掴み取るのか

次回,八舞テンペスト《Before》 第5-3話


≪Before≫は多分、次回で終わると思います


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第5-B 3話, 互いの想い

売上勝負、一日目。シンプルな服装に色違いのエプロンと言う出で立ちの八舞姉妹はさっそく接客を開始する。時間は丁度夕食時の少し前、一仕事終えたであろう男が入ってくるや否や二人は凄い勢いでその男の前まで行く

 

「くくっ、よくぞ来たなお客人よ」

「挨拶。いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」

 

思った以上に押しの強い二人に案内されながら、男は席に座ると休む間もなくメニュー表を差し出される

 

「さぁ、早速選ぶがよい!」

「提案。夕弦のオススメは――」

 

息を吐く間も与えない二人の接客に対して男が若干引き気味になっていると、耶倶矢と夕弦は後ろから頭を叩かれた

 

「いたっ」

「痛打。痛いです」

「全く、アンタらは何やってんだい」

 

二人の後ろから現れたフミの手によって二人は裏手に連行され、程なくしてから頭を軽く掻きながらフミが呆然としている男の元まで戻ってくる

 

「悪かったね、急にビックリしただろう」

「は、はい……」

「あの子らにゃアタシがしっかり言い聞かせとくから、ゆっくりしていきな……しっかり金は落としていくんだよ」

 

そう言うとフミもゆっくりと歩きながら裏口まで戻る。呆気に取られていた男だったが気を取り直して、メニューに視線を落とした

 

 

 

「ホント、坊主が連れてきたんだからちっとは出来るもんだと思ってたけど間違いだったみたいだね」

「面目ない……」

「謝罪。すみませんでした」

「あの、なんでオレまで正座を――」

「決まってるだろう、連帯責任だよ」

「――はい、すいませんでした」

 

三人の様子を見たフミはため息を吐くと、再び話始める

 

「アンタら二人は接客をする前に大事なことを教えないといけないみたいだね」

「……大事なこと?」

「疑問。それは一体」

「良いかい、何よりも大事なことはお客を見ることさ」

「混乱。お客を――」

「……見ること?」

「そうさね。まずは入ってきたお客を見て、ソイツが何をしに来たのかを観察するのさ。ウチの場合は何を食いにここに来たのかだね。そいつを見極められるようになってようやくウチじゃ一人前さ」

 

そう言いながら、フミは懐から一本タバコを取り出すとそれで入口の方を指すと、丁度良いタイミングで作業着姿の二人組が入ってくる

 

「アンタらはあの二人をどういう風に見る」

「どうって、作業着の二人組でしょ?」

「回答。仕事帰り……でしょうか?」

「夕弦の言う通り、仕事帰りさね……それなら腹空かせてる可能性もある、酒を飲みに来てる可能性もある。それなら何を頼むのか当たりをつけることくらいはできるだろう」

「なるほど……」

「感心。納得しました」

「そうかい、それならまずは他の奴の動きを見ながら働き方と、客が何を求めてるのかがわかるようにするこったね」

 

その言葉を最後に、特に問題もなく一日目は終了する

 

売上勝負、一日目終了

 

 

その日の夜、すっかり疲れた様子の耶倶矢と夕弦が布団の上に倒れていると少し離れた場所に敷かれた布団の上にいたトーマは何かを思い出したように身を起こして二人に問いかける

 

「そういえば二人に聞いときたいことがあるんだが」

「?なんだトーマ。何なりと申してみよ」

「お前ら、こんな感じの本持ってたりしないか?」

 

そう言いながらトーマは、手元にあるエターナルフェニックスの本を投げて渡すと、耶倶矢たちその本を見た後トーマの方に投げ返してくる

 

「知らんな、少なくとも我は見た覚えがない」

「同意。夕弦も見たことないものです、それは夕弦たちに何か関係あるものなのですか?」

「……嫌、詳しいことはわからんが。何となく聞いた方がいい気がした」

「何それ……意味わかんない」

 

そう言って一度起こした身体を再び布団の上に倒した耶倶矢とは違い夕弦は少し考えた後に、僅かに目を見開くとポケットの中から何かの欠片を取り出した

 

「確認。もしかしたらとは思いますが、これは何か関係あるのでしょうか?」

「……ちょっと見せてくれ」

 

近くによったトーマが確認する、二つに分割されたらしい欠片。確かにぱっと見だとわからないがこれはワンダーライドブックの欠片である事に違いはない

 

「エターナルフェニックスを真っ二つにしたらこんな感じ……でも何の本なのかはわかんねぇな」

 

表紙に当たるページはあるがそこには何も書かれてない以上、どんな本でどんな効果を持っているのかはわからない

 

「夕弦が持ってたって事は、耶倶矢も持ってるんじゃないのか?」

「へっ?……あぁ、それなら持ってるけど何の役に立つのかわっかんないのよねぇ」

 

そう言いながら耶倶矢も本の欠片を渡してくる。二つの欠片の断面を確認したトーマだったがどちらも滑らかな平面で結合部もない、二つを繋ぎ合わせてもそれが合体する様子もない以上、今のままじゃどうしようもないのだろう

 

「確かに、これじゃあ本としての体裁も保ててない……どうしようもないな」

 

二人に欠片を返したトーマはそのまま自分の布団に戻り眠りについた

 

 

 

翌日、売上勝負二日目。毎度のように修羅場のような環境の厨房ほどではないものの相変わらずハードな職場である接客側の耶倶矢と夕弦は、昨日フミから言われたことを守りつつ仕事をしていた

 

「よく来たなお客人、さぁ早速席に案内してやろう!」

「歓迎。いらっしゃいませ」

 

耶倶矢と夕弦、少しずつではあるが慣れてきているようで表情も自然なものになっている

 

「坊主、さっさと手ぇ動かしな」

「わかりました」

 

相変わらず駄目だしを受けながらも仕事を続けているトーマは料理を作りながら少しだけ二人の方を見て笑みをこぼす

 

「何ニヤニヤしてんだい、気持ち悪い」

「す、すいません……でもなんか、案外様になってるんだなと」

「はっ、あの程度まだまだだよ」

 

相変わらず口の悪いフミの言うことを聞き流しながら、料理を作り続けること暫く。最も忙しい時期は過ぎたであろうと言った時間帯、裏で休憩しようと思っていたトーマの元に耶倶矢がやってくる

 

「ねぇ、トーマ」

「どうした?」

「……少し話があるんだけど、良い?」

「あぁ、構わないぞ」

「そっか、それじゃあちょっとついてきて」

 

 

 

 

 

 

耶倶矢に連れられたトーマは、店から少しだけ離れた場所までやってくる

 

「そういえば耶倶矢……あの荘厳な口調はもういいのか?」

「……今回は大事な話をするための場だから、良いの」

「そうか、それで大事な話ってのは?」

「あのさ、現状の勝敗ってどうなってるの?」

「一日目は勝敗判定が不可。二日目は今のところ同等って感じだな……客の注文は時の運だが、ここまで売り上げがピッタリ同額ってのはビックリだ」

「そっか……ねぇ、もし、もし引き分けだったら……夕弦の勝ちって事にしてくれないかな」

 

それに関しては時の運だから何も言えない

 

「それに関しては何も言えないな……でも、なんでそんなことを?」

「だって、夕弦は超かわいいし、少し愛想はないけど従順だし、胸大きいし、マジで男の理想が形になったようなキャラじゃん……だから――」

「……考えておくが、どうしてそんなことを?」

「うーん、私も消えたくはないけどそれ以上に夕弦に生きて欲しいんだ。いろんなものを見て、思いっきりこの世を楽しんでほしい」

 

その言葉を最後に、耶倶矢はトーマと別れて飯屋まで戻っていく

 

「夕弦を選べ……ねぇ」

 

同一の存在から生まれたとしても既に別々の存在として認識しているからこそ、自分にとって大切な存在であると感じているからこそあの言葉が出たのだろう

 

「それじゃ、オレも戻る――」

「制止。少し待ってください、トーマ」

「夕弦か……どうした?」

「進言。少しお話があります」

「話……か」

「応答。はい、お時間は大丈夫でしょうか?」

 

夕弦の方を向かないまま、トーマは空を眺めていると、夕弦が隣までやってくる

 

「質問。トーマにお伺いしたいことがあります」

「……何が訊きたいんだ?」

「応答。はい、トーマ。現在の勝敗はどうなっていますか?」

「ここまでだと完全に引き分けだな」

諒解(りょうかい)。そうですか……それならば、トーマにお願いがあります」

 

改まった様子で夕弦はトーマに言う

 

「請願。もしも、明日の対決も引き分けだったなら……どうか、耶倶矢の勝ちと言うことにして頂けませんか」

「耶倶矢の……か、一応聞いとくが、そいつはどうしてだ?」

「説明。耶倶矢の方が夕弦よりも遥かに優れているからです。悩む余地はありません、耶倶矢は多少強がりな所がありますが、面倒見は良いですし愛嬌もあります。それに――」

 

一度息を整え、夕弦は続ける

 

「それに、真の八舞に相応しいのは耶倶矢です。だからこそ……もしも引き分けだった場合、必ず耶倶矢を選んでください」

 

その言葉を最後に、夕弦も戻っていった。そして、その場に一人残されたトーマの答えも二人の話を聞いた事で完全に決まった。たとえどんな結果でもそれだけは覆らない

 

そして二日目も終わり、いよいよ最終日――三日目が始まる




それぞれの想いを知り、決意を固めたトーマ
売上勝負も残すところ一日となり

いよいよ、決着の時は間近に迫る

次回, 八舞テンペスト≪Before≫ 第5-4話

三話で完結しませんでした。もう二度と次でこの章終わるとか言いません
申し訳ありませんでした


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第5-B 4話, 八舞姉妹

 三日目、売上勝負最終日。今日も今日とて耶倶矢と夕弦が客の案内をしている姿をトーマは後ろから小突かれる

 

「手ぇ止めてないで、キリキリ働きな」

「す、すいません」

 

 普段ならそれだけ言ってすぐに定位置に戻ってしまうはずのフミだが、今日はトーマのことを少し眺めた後に軽く息を吐いた

 

「……あんた、なんか悩みでもあるのかい?」

「え?」

「今日は随分と深刻そうな顔をしてるからね。あぁ、手は止めんじゃないよ」

「は、はい」

「何があったのか、話してみな」

 

 トーマはフミの方を向かず皿洗いを続けたまま、話を始める

 

「……半分の確率で失敗する可能性がある事柄に臨むのって、案外メンタルに来るもんだなって考えてたんですよ」

「アンタ、たかがそんな事でやたら深刻そうな顔をしてたのかい?」

「そんな事って……」

「そんな事だよ。半分で大丈夫ならむしろいい方じゃないかい。世の中大丈夫じゃない事なんざ山ほどあるんだからね」

 

 フミの言葉を聞いたトーマは少し腕を止めそうになるが、そうするとフミに小突かれるので何とか手を動かしながらフミの言葉を待つ

 

「いちいち深刻そうな顔してないでもっと楽に考えな……そうでもしないと早いうちにくたばることになるよ」

「……ありがとうございます、フミさん」

「はっ、感謝する暇があんならもっと働いてうちの売り上げに貢献しな」

 

 それだけ言い残し、フミは自分の定位置まで戻っていった

 

「半分で大丈夫ならそれはまだマシ……か」

 

 その言葉が、不思議とトーマの心に深く残る

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は進み判定の時。フミを含めた従業員全員が帰宅した後、トーマは二人が接客した客の注文額の合計を計算し終え、外で待っている二人の元に向かう

 

「待たせたな」

「構わぬ、我の勝利を噛み締めるのには良き時間であった」

「反論。この勝負、勝つのは夕弦です」

 

 何を言ってるんだこいつらはと心の中で思いながら結果を書いた紙に視線を向ける

 

「それじゃ、結果を発表するぞ」

「うむ」

「応答。はい」

「結果は────引き分けだ」

 

 それを聞いた耶倶矢と夕弦の瞳が見開かれた

 

「引き、分け……?」

「愕然。それでは、この勝負は……」

「あぁ、勝者はなし……と言いたいところだが、その前にお前達に説明して置くことがある」

「……いいだろう、申してみよ」

 

 片手に無銘剣を出現させたトーマは、それを鉛筆代わりにして地面に円を二つ書く

 

「困惑。これは──」

「今のお前達の状態を簡単にだが図形にした絵だな……耶倶矢でも夕弦でもいいから、今の自分の状態を話してみろ」

「それなら、我が話そう……んんっ、我々二人は元は一人の精霊だった、それが何の因果か二人に別れ、今は真なる八舞の座を争っている……だろう、夕弦」

「同意。それで間違いはありません」

 

 耶倶矢の説明を聞いたトーマは二つの円の中心に、もう一つ円を書き足した

 

「……やっぱりか、それにあの本の欠片がアレだとしたら。確率はぐんと高まる」

「?」

「疑問。トーマはさっきから何を?」

「悪い、それじゃ改めて説明を始める」

 

 そう言ったトーマは無銘剣を地面にさして話を始める

 

「まず初めに、オレが初めてお前達二人の霊力を感じ取った時にちょっとした違和感を感じたって事を伝えておく」

「違和感……だと?」

「あぁ、それに関しては本来一人だった精霊の持ってる霊力が二人に分割されたからって事だった……だが、オレの感じた霊力は”限りなく同一”の存在同士によるぶつかり合いって事だ」

「反論。それは同一の存在と言うことでしょう」

 

 夕弦のその言葉を聞いたトーマ無銘剣を手に取ると地面に書いた三つの円をトントンと叩く

 

「限りなくっていた筈だぞ、今の二人の状態はこの円と同じなんだよ、大部分は同一の霊力で構成されているがその中に異なっている部分がある」

「では、我と夕弦は……」

「あぁ、同一人物に近い別人って言う解釈も少しだができるって事だ……そこで、オレは今からお前達に三つ案を出す」

 

 その言葉と共にトーマへと視線を戻した二人の事を真っすぐ見据え、まず一本目の指を立てる

 

「案1、耶倶矢が消滅するのを受け入れ、夕弦を唯一の存在になる」

 

 その言葉を聞いた夕弦からの視線が少し強くなるが、それに構わずもう一本の指を立てる

 

「案2、夕弦が消滅するのを受け入れ、耶倶矢が唯一の存在になる」

 

 二つ目の案を言葉にした瞬間、今度は耶倶矢から向けられる視線が強くなるが、三本目の指を立てる

 

「案3、半分の確率でお前らは消滅するが、もう半分の確率で二人は消滅することなく共に生きられる可能性に賭ける」

 

 その言葉を聞いた瞬間、二人の目が見開かれる

 

「どっちも生きられるって……そんなことできるの!?」

「可能性は五分五分だが、お前達の持ってた本の欠片がオレの予想と同じものだったら確率は八割まで持っていける」

「「……ッ!」」

「今すぐに答えを出せとは言わない……少し時間を置くから荒事で解決しようとせずに互いの想いを、言葉でぶつけあって答えを決めてくれ」

 

 

 それだけ言い残して、トーマは二人から離れた場所に座り、瞳を閉じてその時を待つ

 

 

 

 

 

「……ねぇ、夕弦。さっきの提案、どう思う?」

 

 トーマが離れた後、耶倶矢はいつもの芝居がかった口調ではない、年相応の口調で夕弦に話しかける

 

「疑念。正直信じることはできません、夕弦たち二人が存在出来る方法等……眉唾すぎます」

「だよねぇ、それならどれを選ぶかはもう決まってる感じ?」

「肯定。当然です……とるべき選択は既に決まっています」

「それじゃ、せーので言おうか」

「了承。わかりました、せーのでですね」

 

「せーの──」

「同調。せーの──」

 

 息を吸った二人は、同じタイミングで言葉を発する

 

「「案3かな(ですね)」」

 

 そう言われてから程なく、二人の間に小さいながらも笑い声が響く

 

「……実はね、どっちか片方しか存在できないって知った時、夕弦の為に私が消えようって考えてたんだ」

「告白。実は夕弦も、耶倶矢のために消えようと考えていました」

「一緒だね、私たち」

「同意。一緒です」

 

 互いに笑いあった二人は、お互いの目を真っすぐ見る

 

「ねぇ夕弦、もし、トーマの賭けが失敗してどっちも消えるってなって……それでも片方が先に消えればもう片方が生き残れるってなったら──」

「制止。それ以上言っては駄目です。もしその時が来たとしても……夕弦と耶倶矢はずっと一緒です」

「そっか……うん、そうだね」

 

 二人の少女は手を繋ぎ、トーマの元へと向かう

 

 

 

 

 

「……決まったか?」

「うん、私たちはどっちも生き残れる可能性に賭けたい」

「請願。なのでお願いします……トーマ」

「わかった、それじゃあ何をすればいいのか……進めながら教えていく。まずはあの本の欠片を出してくれ」

 

 

 トーマがそう言うと耶倶矢と夕弦はそれぞれの持っていた本の欠片を取り出すと、トーマへと見せる

 

「これだよね?」

「あぁ、まずはお互いの霊力をその欠片に込めてくれ」

「わかった」

「了承。わかりました」

 

 二人が欠片に霊力を込めると欠片が少しずつ輝き始めた。それを見たトーマは頷くと改めて口を開く

 

「次は霊力を込めた欠片をこの剣にかざしてくれ」

 

 頷いた二人が欠片を無銘剣にかざすと、二つに分かれていた本は合体し一冊の本を生み出し、深い緑色に輝き始める

 

「頼む……予想が当たっててくれよ」

 

【ワンダーワールド物語 風双剣翠風】

 

 剣の名が辺りに鳴り響いた瞬間、無銘剣は形を変え緑色の剣──風双剣翠風へと姿を変える

 

「ビンゴだ、二人ともその剣を掴めッ!」

「う、うん!」

「混乱。わ、わかりました」

 

 二人が風双剣に手を伸ばそうとした瞬間、周囲に風が吹き荒れ三人は権から弾き飛ばされてしまう

 

「くっ……」

「ちょ、ちょっと! あれじゃ掴めないんですけど!?」

「質問。どうするのですか、トーマ」

「気合いを入れて突っ込むだけ。あの剣が消滅して本と剣に分離したらその時点で終わり……途中まではオレが送り届けるから、後はお前ら次第だ」

「……わかった、信じるかんね」

「決心。よろしくお願いします」

 

【エターナルフェニックス】

 

 エターナルフェニックスの本を開いたトーマは、それを思い切り自分に押し当てると。炎を纏いながらその姿はファルシオンへと変化する。しかしそれは通常のファルシオンとは異なり。文字通り不死鳥の化物と形容する以外ない程の異形

 

「ぐッ……あぁッ──ッ、二人とも……行くぞ」

 

 二人の前に立ったファルシオンは、自分たちに向かって襲い来る風の斬撃をその身に受けながら真っ直ぐ突っ込んでいった。耶倶矢と夕弦もファルシオンの後を追うように風双剣へと向かい、風で形成された障壁の目の前まで辿り着く

 

「はッ……ッツ!!」

 

 その障壁に手を突っ込んだファルシオンは閉じた扉を無理やりこじ開けるように腕を開くと、障壁の間に僅かな隙間が出来る

 

「今だ……行けッ、そして自分の想いを込めて……剣を掴め! その想いに剣は必ず答えてくれる!」

 

 振り向かずそう言ったファルシオンの後ろにいた耶倶矢と夕弦は、手を固く繋いだまま障壁の中へと入った瞬間。僅かに開かれていた隙間は閉じ、ファルシオンは後方へと弾き飛ばされ、トーマの姿へと戻る

 

 

 

 

 

 障壁の中に入った二人は、真っすぐその中心に浮いている風双剣へ手を伸ばそうとする……しかし風双剣はそれを拒むように風の斬撃を二人へと放ってくる。

 

「くぅ……っ」

「苦悶。……ッ」

 

 それでも二人は風双剣へと伸ばす手を止めず、少しずつその手を近づけていく

 

「ねぇ……夕弦……っ、もし二人で……生き残れたら……っ、何したい?」

「思案。……そう……ですね……っ、まずは……色々なものを……見て回りたいです……耶倶矢と二人で」

「それと、恋も……してみたい、かも……」

「失笑。耶倶矢に……相応しい、相手がいるとは……思えません」

「うっさい、そんなの……やって、実際に、探さ、ないと……わかんないでしょっ!」

「微、笑。それ……も、そうで……すね」

「そうだ……後……っ、おばあちゃんにも……恩返ししなくちゃ、だしね……っ!」

「同、意。たし……かに、三日だけ、とは言え……夕弦たちに……居場所をくれ、ましたから……っ!」

 

 二人の目に決意の光が点る

 

「だから……っ!」

「呼応、だから……っ!」

 

「「絶対に! 二人で生きて……帰るんだぁ!」」

 

 その言葉と共に、二人の手が聖剣へと触れた。その瞬間……風双剣の周りを吹き荒れていた風はやみ、代わりに温かい光が二人の事を包み込む。光に包まれた二人はその中で、一人の少女の幻影を見る

 耶倶矢にも夕弦にも似たその少女は二人に笑みを見せ、抱きしめた

 

────双刀、分断

 

 

 

 

 それからどれだけの時間が経ったのだろう、今まで気を失っていた耶倶矢と夕弦が目を覚ますと。互いの手には二つに分かれた風双剣翠風が握られていた

 

「……私たち、無事?」

「確認。ちゃんと足はありますか?」

「うん、幽霊ではないみたい……夕弦は?」

「同意。夕弦もしっかり実体があります」

「……と言うことは、やったんだね。私たち」

「応答。はい、やったんです。夕弦達は、やり遂げました」

 

 それを確認した二人の目には、自然と涙が浮かんでいた

 

「良かった……っ、ほんとうに……よがっだぁぁぁ」

「感涙。夕弦も……本当に、よかった……です」

 

 涙をためた二人の目に映ったのは、呆れるぐらい綺麗な星空だった

 

 

 

 

 

 

 それから、ボロボロになった二人……ではなく三人の事を発見したフミによって、病院に連れていかれ。唯一残りの日数を病院の室内で過ごすことになったトーマの元に、元気を取り戻した八舞姉妹がお見舞いにやってきた

 

「くくっ、大事ないか。トーマよ」

「挨拶。お元気そうで何よりです。トーマ」

「二人も、身体の方は何ともないか?」

「心配無用! 颶風の巫女であるこの八舞に不調の二文字は存在しない!」

「密告。実際には昨日まで筋肉痛でピーピー泣いていた耶倶矢なのでした」

「ちょ、夕弦! それ言うなし!」

 

 元気そうな二人を見たトーマは笑みをこぼすと、二人に話しかける

 

「何はともあれ、無事でよかったよ。本当に」

「……うん、お陰様でね」

「同意。本当にありがとうございます。夕弦たちの事を救ってくれて」

「別にオレが何かしたわけじゃない。オレはただもしもの可能性を教えて、二人はその可能性を掴み取った……ただそれだけだ」

「それでもだよ、その可能性を教えてくれただけでも、本当にありがとう」

「感謝。もしもトーマが可能性を提示してくれなかったら、夕弦たちはどうなっていたかわかりませんでしたから。だから、ありがとうございます」

 

 頭を下げてきた二人に対して、トーマは少し気恥ずかしそうに頬をかいた。それから少しして顔を上げた耶倶矢は何かを思い出したように懐から本を三冊のワンダーライドブックを取り出した

 

「そういえばトーマ、目が覚めた時私たちの周りに落ちてたんだけど。これトーマのだよね?」

 

【ワンダーワールド物語 風双剣翠風】

【ストームイーグル】

【こぶた3兄弟】

 

 その三冊は確かにワンダーライドブックではあったのだが、今はそれを受け取る気の無かったトーマは耶倶矢と夕弦にその三冊を返す

 

「それは二人が持ってた方がいい。二人の霊力はその本の中に封じ込められてるし……それに、もしオレが持って帰って二人の存在が不安定になったりしたら目も当てられないからな」

「……良いの?」

「あぁ、それは二人が持ってて……それで、また会う機会があったらそん時に改めて渡してくれ」

「疑問。トーマはここに住んでいるのではないのですか?」

「あぁ、一週間だけフミさんの店の手伝いでこの島に来てただけなんだよ……それも後二日で終わり。明後日の飛行機で天宮市に帰ることになってる」

「……そう、なんだ」

「落胆。残念です」

 

 露骨に肩を起こした二人に対して、トーマは笑顔で言う

 

「これが今生の別れって訳でもない。それに……もしかしたら来年も手伝いで呼ばれるかも知れないからな」

「そっか、それなら……仕方ないね」

「同意。来年も会えるのなら、その時を楽しみにしています」

 

 そんな病室でのやり取りから二日後、退院したトーマは荷造りを終えるとカバンを持って飯屋の裏口から出ていく

 

「一週間、お世話になりました」

「ふんっ、精々身体壊して迷惑かけるんじゃないよ」

「此度の別れは永遠ではない……また会える日を楽しみにしているぞ、我が盟友よ」

「挨拶。お身体に気を付けて、あまり無茶はしないでくださいね」

「あぁ、二人も元気で」

「それじゃ、車出すからさっさと乗りな」

 

 フミの言葉を聞いたトーマは後をついていこうとしたところで、腕を二人に掴まれた

 

「どうした?」

「えっと……その……そういえば、お礼、まだだったなって」

「礼って、そんなん別に良いよ」

「反論。それでは夕弦たちの気が収まりません……なので、これがそのお礼です」

 

 その言葉と共に、耶倶矢と夕弦の唇がトーマの唇に軽く触れた

 

「へっ?」

「ッ! う、うぅ~~、それじゃ! またね!」

「しゅ、羞恥。結構恥ずかしいですね……お、お元気で!」

 

 顔を赤くして走り去っていた二人の事を呆然と見つめていたトーマに、クラクションが鳴らされる

 

「早くしな! 色男!」

「いっ……あぁっ、はぁ……今行きます」

 

 そして、トーマは或美島を離れ天宮市へと戻っていった

 

 

 

 

 これまでが、トーマと八舞姉妹の出会いの物語

 

 そして時は流れ、物語は現代へと戻り……トーマと八舞姉妹の再会の物語へと続く




過去の話は終わり
物語は現代へと移行する

初めての出会いから一年の月日が経ち
トーマは再び或美島の土を踏む

再び訪れた島で何が起きるのか

トーマと八舞姉妹の再会の物語が
そして、士道たちの波乱に満ちた修学旅行が、いよいよ始まる

……前に語られるのは、修学旅行の少し前のお話

次回, 八舞テンペスト≪After≫ 第5-A 0話


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第Ⅴ章≪After≫, 八舞ウィッシュ
第5-A 0話, 修学旅行の少し前の話


 時刻は午前五時、いつもよりかなり早い時間に目を覚ましたトーマは、さっきまで見ていた夢の内容を思い出す

 

「あの時の夢……随分と懐かしい夢を見た気がする」

 

 一年前の耶倶矢と夕弦の事を思い出したトーマは、少し懐かしい気持ちになりながら布団から出てカレンダーに目を向けるとどうしてあの頃の夢を見たのか、その理由がハッキリと分かる

 

「そうか、もう一年になるのか」

 

 今日この日は、トーマが初めて或美島に行った日……つまり八舞姉妹と会ってからもうすぐ一年と言うことになる。それが少し感慨深くなってしまったトーマはいつもより気合いを入れて朝食の準備に取り掛かった

 

 

 

 

 一方の五河家、続いていた厄介事もすっかりなりを潜め……ている訳もなく、目覚まし時計と共に五河士道の意識を覚醒させたのは近所にあるマンションから鳴り響いた爆音だった

 

「な、なんだッ!?」

 

 大慌てでベランダから爆音の原因を確認すると、マンションの十香の部屋から黒煙が立ち昇っているのが見えた士道は大慌てで十香の部屋に向かう

 

「十香! どうしたんだ!」

「シ、シドー……」

 

 涙目になっている十香が士道に見せてきたのはジュースをこぼして水浸しになったノート

 

「すまぬ、士道から借りたノートを汚してしまった……」

「へ?」

「シドーに嫌われてしまうと思ったら……うぅ……」

 

 士道とパスの繋がっている精霊は、感情が不安定になると霊力が逆流してしまう危険性がある。涙目になって辺りに霊力の波を出現させる十香を見た士道は急いでその言葉を否定する

 

「大丈夫だ、その程度で嫌いになったりしない」

「ほ、本当か?」

「あぁ、本当だ──っ!?」

 

 一安心かと思いきや今度は風呂場の方からとてつもない冷気を感じた士道は、それが誰のものなのかを理解して大急ぎで向かう

 

「四糸乃っ──」

「士道さん……よしのんが……」

 

 完全に凍りついた風呂場の中にいた四糸乃にバスタブの方を指さされ、そちらに目を向けると排水溝に詰まっているよしのんの姿が見える。それを見た四糸乃が泣きそうになるのと共に少しずつ周囲の気温も下がり、バスタブにはられていたお湯が凍っていく

 

「落ち着け四糸乃、これ以上凍ったら助けられなくなる」

 

 中身が完全に水と化していたバスタブの中に手を突っ込んだ士道がよしのんを引っ張りだすと、流れる動作でよしのんは四糸乃の左腕に収まった

 

『いやー、士道くん。いつもながら助かったよー』

「ありがとう、ございます……士道さん……」

 

 これでひと段落と言うわけでもなく、続けざまに起きた爆音の方に行くと再び涙目になっている十香の姿があった

 

「すまぬシドー……今度はきなこをこぼした……」

「大丈夫……そんな事で嫌いになったりしないから」

 

 五河士道の朝はようやく落ち着き、士道は欠伸をしながら朝食の準備を始めようとしたところでやってきた琴里から小言を言われていた

 

「いつも言ってるでしょう、精霊は精神が不安定になると霊力が逆流しちゃうから注意しなさいって。いつまでも寝てるからこうなるのよ」

「仕方ないだろ、昨日は遅くまで試験勉強してたんだから……」

「私は残ってる仕事があるから先に出るわ、たまの休みくらい二人の相手をしてあげなさい……念のため、インカムを忘れずにね」

「俺も試験勉強あるんだが、修学旅行も近いから準備もしなきゃいけないし」

「シュガークリョコ? 何だそれは? 甘いのか?」

 

 士道と琴里の話を聞いていた十香は、修学旅行の修学の部分をシュガーと勘違いしたらしい

 

「あぁ、いや。シュガーじゃなくてだな」

「とにかく、私はもう出るわ」

 

 少しばたばたとしている騒がしい休日の朝だったが、今の士道たちにとってはこれが日常なのである

 

 

 

 

 一方、トーマの家……と言うより誘宵美九名義のマンション。今日はいつもより気合いを入れてと言うことで和食、そして白米に味噌汁、塩焼きした鮭の切り身に漬物で終わらせるところに卵焼きを追加した朝食の準備をしていると少し寝ぼけている様子の美九が起きてきた……制服姿で

 

「あれ、今日って美九学校だったのか?」

「……へ? 今日って平日じゃぁあ──」

「今日、土曜だぞ?」

「あっちゃぁ……完全に寝ぼけちゃってましたぁ、着替えてきますね」

「おう、飯も完成までもうちょっと時間かかるからゆっくりでいいぞ」

 

 テレビから流れるニュースが心地よい朝、一通りの朝食を作り終えたトーマはそれを皿に盛りつけていると私服に着替えた美九が戻ってきた

 

「改めておはようございます、お兄さん」

「おはよう、美九」

 

 美九がやってきたことを確認したトーマは二人分の白米と味噌汁をよそって自分も席に座る

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 美九とトーマの食卓には、平和な時間が過ぎていった

 

「そういえば美九、お前んとこは修学旅行とか行かないのか?」

「……お兄さん。私これでも三年生ですよ? 受験生なんですよ? それに、私たちのところは二年生の時に行っちゃいますし」

「って事は去年か」

「はい……まぁ私はお仕事で参加できなかったんですけどねぇ」

「……そいつは、なんというか残念だったな」

 

 少し気まずそうにそういうトーマに対して、美九は軽い笑みを浮かべながら返事をする

 

「気にしないで良いですよぉ、ロケでいろんなところに行く機会はあったのでそこまで羨ましいとも残念だとも思いましたし……それに、やっぱりアイドルの活動って楽しかったですし」

「そうか……なぁ美九。そろそろ活動再開しても良いんじゃないか?」

「……そうですねぇ。やっぱり色々考えてみると、まだまだやりたいこともありますし。そろそろ頃合いなのかもしれませんね」

「…………」

「でも、もう少しだけ考えようと思います……活動再開しても良い時期なのかもしれませんけど、まだ少しだけ怖いので」

「そっか……でも、何かあったら絶対に相談はしてくれよ?」

「わかってますよー」

 

 和やかな雰囲気で、時間は進んでいく

 

 

 

 

 

 

 一方、朝の騒々しさもようやく収まり朝食を食べている十香と四糸乃の様子を見ていた士道の形態に着信が入る

 

「ん?」

 

 形態の画面に目を落とした士道の目に入ったのは、差出人:鳶一折紙の文字と少し話がしたいという短い文章のメールだった。琴里の一件もあり色々と訊きたいことのあった士道が席を立つと、十香と四糸乃が不思議そうに目を向けてきた

 

「どうしたのだ? シドー」

「いや、ちょっと買い物に行ってくる。昼は何が食べたい?」

「……親子丼……」

「私も行くぞ、シドー」

「いいよ、ゆっくり食べてな。すぐ帰ってくるから」

 

 十香と四糸乃にそう言った後、士道が外に出ると電柱の影に折紙はいた

 

「な、何やってんだ。折紙」

「見つかった」

「いや、お前が呼びだしたんだろ」

 

 ここで話をしようかと思っていた士道だったが思った以上に人目が多し、話が話であるため人目につくのは出来るだけ避けたい

 

「なぁ、折紙」

「なに」

「ここじゃちょっと話しづらいし、二人きりになれる場所に行かないか?」

「!」

 

 その言葉を聞いた折紙が士道を連れてやってきたのは、いつもの公園の女子トイレの個室

 

「って、なんで女子トイレなんだよ!?」

「ここなら邪魔は入らない」

「っ、なにしてんだ!?」

 

 折紙は自分のスカートの中に手をかけた。一方の士道は顔を逸らしながら折紙にそう言うと、彼女はキョトンとした表情で士道に問う

 

「では何をするために、こんなところに連れ込んだの?」

「連れ込んだのは折紙さんですよね!? 俺はただ先月の事について話をしなきゃと思っただけだ! あれから色々あってあんまり折紙とは話せてなかったし……お前、その、どうなったんだ?」

 

 記憶は朧気になってしまっているが、琴里の一件からあの日に至るまでの間に確かに折紙と会ったような気はしているが……今はそれを気にする必要はないし、それを抜きにしても折紙とは全然話をしていなかった気がする

 

「査問の結果、二か月の謹慎処分が言い渡された」

「そっか」

「私はまだ納得したわけではない」

 

 そう言った瞬間、折紙の瞳が少しだけ鋭いものへと変わる

 

「炎の精霊、イフリート。あなたは私の両親を殺したのは彼女ではないと言った……けど、それを証明する決定的な証拠はない」

「そうかも知れない、けど信じて欲しい。俺は絶対に嘘は──」

「勘違いしないで。あなたの言葉は信じたい、それに……私も出来ることなら士道の妹を殺したくはない」

「折紙……ありがとう」

 

 士道がそう言って頭を下げるが、折紙はさらに言葉を続けた

 

「それはこちらの台詞、感謝している。変わらず私と話してくれて……私はあなたの妹を殺そうとした人間。いえ、それ以前に私は三か月前、あなたを殺してしまう所だった」

 

 三か月前、十香との初デートの際に士道は折紙に脇腹を撃ち抜かれ瀕死レベルの怪我を負った。それ自体は琴里の霊力による治癒の力で治ったから問題はないが。折紙にとって自分が士道を殺しかけたという事実は決して消えることのない罪となってしまっている

 

「気にするな……とは言えねぇよ。それでも俺は、折紙、お前と今まで通り話したいと思ってる。駄目か?」

 

 士道のその問いに折紙は首を横に振る、それを確認した士道は安心したように胸をおろした

 

「じゃあ、そろそろ出るか」

「待って、士道。貴方は……人間?」

「ッ!?」

 

 その問いかけに、士道は動きを止める。それを見た折紙は尚も言葉を続けた

 

「前から不思議に思っていた、三か月前。私は間違いなくあなたを撃った……それにこの前も、安心して。上には報告していない、あなたが精霊であると判断された場合、あなたの討伐指令がくだる場合もある」

「っ……俺は人間だよ、少なくとも自分ではそのつもりだ」

「そう」

 

 折紙はそういうと士道の横を通り過ぎて、個室の扉を開ける

 

「疑わないのか?」

「言ったはず、あなたの言うことは信じたい……いつか、もし私に話してくれる時が来たなら、詳しい話を聞かせて欲しい」

 

 そう言って折紙は個室から出ていき一息ついた瞬間、もう一度個室の扉が開け放たれた

 

「士道、この後時間は?」

「えっ……なんで──」

「修学旅行用のドリンク剤を買わねばならないので、一緒に選んで欲しい」

「修学旅行よう? ……って、いやいや、何で俺が選ぶんだよ!?」

「選んで欲しい」

「……えっと……」

「選んで欲しい」

「……一回帰った後で良ければ」

 

 相変わらず押しの強い折紙に、士道は再び負けるのであった

 

 

 

 

 時は遡る事少し前

 今日の仕事は午前中のみだったトーマは、おっちゃんが発注をミスって余ったからそっちで消費してくれと言う理由で押し付けられた大量の野菜入り段ボールを持って美九と共に五河家へと続く道を歩いていた

 

「なぁ、美九。わざわざお前まで来る必要なかったんじゃないか? 今回はあくまでもおっちゃんから貰った……と言うか押し付けられた野菜届けに行くだけな訳だし」

「いいじゃないですかぁ、久々に十香さんにも会いたいですし、四糸乃さんにも挨拶したいですし……それに、気は進みませんけどお兄さんがお世話になってる以上、琴里さんの兄にも挨拶くらいはしておかないと」

「まぁ、美九がいいならそれでいいけど、士道に挨拶する理由がオレが世話になってるからって……お前は一体オレの何なんだよ?」

「そうですねぇ、お嫁さん?」

「寝言は寝てから言うもんだぞ、脳内ピンク」

「その言い方は酷くないですか! 酷すぎないですか!?」

 

 すっかり素の自分を晒している間柄だからこそ言い合える軽口を叩きながら五河家に向かっている途中で、二人の足が止まる

 

「……何でしょう、さっきの感覚」

「霊力の乱れ……もしかしたら士道たちに何かあったのかもな」

「それなら急ぎましょう、十香さん達のピンチかも知れません!」

「それならちょっと待ってくれ、フラクシナスに連絡を取ってみる」

 

 外していたインカムを耳に付けたトーマがフラクシナスとの通信を繋げた瞬間、少し焦ったような琴里の声が聞こえてきた

 

『士道!?』

「いや、トーマだけど」

『……トーマか、一体何の用なの?』

「仕事先で余りに余った野菜を五河家に置きに行く途中で変な霊力の乱れを感じてな、何かあったのかと思って連絡した次第だ」

『そう言うことね……実は十香の感情値が急に危険領域まで下がったのよ。それで士道に連絡しようとしても連絡つかないし、ジャミングかけられてるみたいで何処にいるかもわからないしで……』

 

 琴里から説明を聞いたトーマはさっきの霊力の乱れに納得すると、歩く足を少しだけ速める

 

「それなら、野菜置き次第オレも士道を探す……お前らの家に誰かいるか?」

『多分四糸乃がいると思うわ』

「わかった、連絡取りながらこっちでも探す」

 

 通信をきったトーマは、早歩きで横をついてきている美九に話しかける

 

「美九、少し急ぐぞ」

「わかりました、全速力で行きましょう!」

 

 急ぎめで五河家まで向かったトーマは、美九に野菜の受け渡しを任せて士道の事を探しに出る。十香を探すこと自体は乱れた霊力の痕跡を追って行けば辛うじて可能だが、士道を探す方法はどうするかを考えていたところで爆音が鳴り響きそちらに向かっている途中で琴里から通信が入った

 

「トーマだ」

『あぁ、トーマ? とりあえず十香と士道は合流したわ』

「了解、それで次はどうするんだ?」

『十香の霊力は不安定になってるみたいだし、これから士道にデートさせて精神を安定させるつもり。トーマはどうする?』

「フラクシナスで回収して貰えると助かる……暑くてたまったもんじゃない」

『わかったわ、すぐに回収するから少し待ってなさい』

 

 フラクシナスに回収してもらったトーマが艦橋まで歩いて向かっていると、大量のきなこパンを抱えた神無月とばったり遭遇する

 

「おや、トーマ君ではないですか」

「神無月さん……なんですその大量のきなこパン」

「いやぁ、今朝がたに霊力の暴走がありましてね、いざと言うときの為にきなこパンを買いに行っていたところなんですよ」

「だからって買いすぎ……いや、十香ならそれくらい全部食べきれるか」

 

 トーマも彼女の大飯食らいっぷりは士道から聞いている、だからこそ大量に貰った野菜の八割以上を五河家に押し付ける予定だったのだ。などと考えているうちにフラクシナスの艦橋前まで辿り着く

 

「ただいま戻りましたー、今朝のような暴走があると困りますからねぇ、いざと言うときの為にきなこパンの買い占めを──」

「神無月さん、きなこパン買い占めて──」

 

「「「「「「あんたか!」」」」」」

 

 神無月とトーマが入ってきた瞬間、フラクシナスクルーの声が一つになり二人の鼓膜を貫いた

 

 

 

 

 それから、トーマがきなこパンの宅配係をすることになり十香から見えないようにきなこパンを受け渡すと、その足で五河家まで向かう。

 どうやら十香の精神状態は無事安全圏まで戻ったようで、士道は昼食の買い出しをしてから五河家に戻ってくるらしい

 

「おじゃましまーす」

「あっ、お兄さん! やっと来ましたねー!」

「こん、にちは……トーマ、さん」

『やっほー、トーマくーん』

「おう、四糸乃とよしのん。美九になんにもされなかったか?」

『だいじょぶだいじょぶ、ちょーっとセクハラされそうになっちゃったけどー、よしのんがバッチリ退治したからねー』

 

 よく見ると美九の頬には小さい手の跡がついていた

 

「お前、何やってんだよ」

「いやー、四糸乃さんがあまりにも可愛かったんでつい」

「ついじゃねぇだろ、全身レズピンク」

「失敬な、レズじゃないですよ! 確かにかわいいものは好きですけど一番はお兄さんですぅ!」

 

 などと話しているうちに玄関が開き士道の声が聞こえてきた

 

「ただいまー」

「おかえり……なさい、士道さん」

「おう士道、邪魔してるぞ」

「ただいま四糸乃、それにいらっしゃいトーマ……と、えーっと」

 

 きなこパンをくわえた十香の隣にいた士道は、トーマと四糸乃の間にいる美九に目を向けて困惑の表情を浮かべる

 

「貴方が琴里さんの兄、五河士道ですかぁ……まー、及第点ですね」

「えっと、君は──」

「あっ、すいません話すのは大丈夫ですけどそれ以上近づかないでくださいそれ以上近づくと私はアナタを張り倒してボコボコにしてしまう可能性があるので死にたくなかったらそれ以上近づかないでくださいね、と言うか近づくな」

「…………えーっと」

「すまん士道、こいつは誘宵美九。たびたび話題に出してるオレの同居人だ」

「あぁ、その子がトーマの言ってた──」

「えっ、お兄さん私のこと話題にしてくれたんですか!? どんなこと言ってましたか! その場から動かないで出来るだけ端的に一息で──きゅぅ」

 

 少し呆れた様子のトーマは美九の首筋に一発叩き込んで意識を落とす

 

「すまん士道、美九は人間不信と男嫌いを同時発症させてる中々に面倒な奴でな。ビジネスライクで話す分には問題ないんだが定期的にこうなる、特に今回はオレの知り合いって事で境界線があやふやになってるんだろうな」

「そ、そうか……とりあえず俺は十香と四糸乃の分の昼飯作るけど。トーマたちはどうする?」

「オレたちは食ってきたから大丈夫だ。気にしないでくれ」

「そっか、それでもお茶くらいは出すから少し待っててくれ」

 

 トーマにそう言った士道は椅子にかけてあったエプロンを手に取りながら調理場の中に入っていった。トーマも気絶させた美九をこのままにしておくわけにもいかないため自分の膝を枕代わりにしてソファーに寝かせる

 

 そこからは何事もなく時は進み。平和そのもの……と言う所で、ある事を思い出したトーマは士道の方を向く

 

「士道、やる事やったらでいいからこっち来てくれ」

「? わかった。丁度飯も作り終わったし……はい、お待ちどうさん」

「いただき……ますっ!」

「おぉ! いただきますだ!」

 

 二人の前に親子丼を置いた士道は、その足でトーマの近くまでやってきた

 

「それで、一体何の用だ?」

「一応、オレとお前のパスも繋いどいたほうが良いと思ってな」

「パスって……十香たちみたいにか?」

「言っとくがキスはしないぞ」

「そ、そうか……」

「お前何でちょっと残念そうな顔をした?」

「してねぇよッ!?」

「……まあいいや、とりあえずこの本に触ってくれ」

 

 そう言ったトーマはエターナルフェニックスのワンダーライドブックを士道の前に差し出した

 

「あ、あぁ……これでいいのか?」

「それでいい後はオレが──」

 

 エターナルフェニックスの本とは別にアメイジングセイレーンの本を持ったトーマはそのまま意識を集中させると、士道の側から伸びてきた糸と自分の側から伸びている糸を結びつけるイメージをする

 それから程なくして自分と士道の間に何かが開く感覚を覚えたトーマは目を開いて士道に話しかける

 

「オッケーだ」

「もう終わったのか?」

「あぁ、とりあえずこれでオレとお前の間にも霊力のパスが繋がった逆流することはないだろうから形だけだがな」

「そうなのか」

「あぁ、それじゃやる事もやったし……オレはそろそろお暇させて貰うよ」

 

 トーマは寝かせていた美九を抱き上げるとその場から立ち上がり玄関の方に向かった

 

「それじゃ、またな」

「あぁ、また」

 

 美九の靴を器用に履かせ終えると自分も靴を履いて五河家を後にする……因みにこの後、再び十香の霊力逆流騒動があったのだがそちらはトーマが出る必要もなく士道が解決したのでひとまず置いておく

 何はともあれ、トーマたちは無事一日を終えることが出来たのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかのビルの一室、ソファーに座っていた男は興味深げに言葉を発する

 

「ほう、三か月前天宮市で消えた精霊”プリンセス”の反応を、先ほどまで探知していたというのかい?」

「はい、加えてこんな情報も」

 

 男の後ろに控えていた女は、手に持っていた資料を手渡すとページを数枚めくった男は再び声を発する

 

「プリンセスがハイスクールに通っていると」

「彼女の名は夜刀神十香。都立来禅高校の生徒です……転校してきた時期とプリンセスが姿を消した時期は一致します」

「ふふふっ、面白い……確かめてみようか。我々のやり方でね」

 

 そう言った男は、後ろに控えていた女の方を向く

 

「最近精霊を相手にしていなくて身体がなまっている頃だろう。頼んだよ、エレン──エレン・ミラ・メイザース。人類最強のウィザード」

 

 そして女が出て行ったあと、光の当たらない影に潜んでいた男に向かって、口を開いた

 

「どうやら思ったよりも早く、その時が来たようだね」

「そのようですね……それで、どうするつもりですか? アイザック」

「なに、上手くやるさ」

「そうですか。それなら精々互いの邪魔をしないよう……細心の注意を払うとしましょう」

「気にする必要はない、なにせ我々は同士なのだから」

 

 アイザックと呼ばれた男はそう言うとソファーから立ち上がり、もう一人の男の方を向いた

 

「そうですね、互いの目的の為に協力(りよう)しあうのは当然でした」

 

 もう一人の男もまた、アイザックに向けて不敵な笑みを浮かべる

 

 今まで姿を見せなかった闇は、ゆっくりと士道たちの元に忍び寄って来ていた

 




いよいよ目前に迫る修学旅行
向かう先は沖縄――ではなく或美島

一方のトーマも、一年ぶりに或美島へと向かうことになる

楽しい楽しい修学旅行と
慣れたとは言えかなりキッツイ飯屋の手伝い

全く別の目的で行ったはずの二組は、何故か交わることになる


次回, 八舞ウィッシュ 第5-1話

【information】
ウィッシュは英語で書くとwish
意味は”願い”だそうです


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第5-A 1話, 修学旅行の前の話

 都立来禅高校、夏休み前にある期末試験と終え次に控えるのは待ちに待った修学旅行

 

「はいはーい、皆さん席に着いてくださぁい。ホームルームを始めますよぉ」

 

 岡峰教諭の言葉で立っていた生徒たちも自分の席に戻っていったのを確認すると教卓の前に立って一度手を叩いた

 

「それじゃあ、帰りのホームルームを始めまぁす。あっ、ども。その前に言っておかないといけないことがあるんでした」

 

 少し眉を上げて何かを思い出したらしい岡峰教諭は出席簿の間に挟んでいたプリントを一枚取り出す

 

「実は──今回の修学旅行、行き先が変更になりました」

『──え?』

 

 因みに修学旅行は当日、今から半月程度猶予はあるのだが。急に修学旅行の行き先が変更になるというのはかなり異例の事態である

 

「んん……まぁそうなりますよねぇ」

「ええと、どこに変更になったんですか?」

 

 殿町が手を上げて岡峰教諭にそれを聞く。それに関しては当然である、なんせ本来の行き先は沖縄。修学旅行の定番ともいえる場所であり、青い海など魅力的な場所はかなりある……それに、海目的で水着を新調した女子も少なくない以上

 

 一番大切なのは、変更先が海の無い場所になる事──もしそうなったら暴動が起きても不思議じゃない

 

 その不穏な空気を感じ取ったであろう岡峰教諭は、少し上擦った声で話を続ける

 

「だ、大丈夫ですよぉ。変更後の場所も、とっても素敵な所ですから」

「だから、結局どこになったんですか?」

「えぇと……或美島です」

 

 変更後の行き先を訊いたクラスの半数以上が納得の声を上げてもう半分が首を傾げる

 

「或美島っていうと……伊豆の方だっけ?」

「なんだよ近場になってんじゃん。グレードダウンかよ」

「いや、そうとも言えないぞ。観光地としちゃ悪くない」

「はいはい! 静かにしてくださぁい」

 

 岡峰教諭の声で一応静かになったクラスの面々の様子を見るに、一応海がなくならなかっただけ良しと考えているらしい……因みに或美島も観光地としては悪くない部類に入る、丁度一年前から始まったリゾート開発もひと段落して療養地としてそこそこの人気を誇っている場所だ

 

「細かい部分の説明は改定後のしおりができてから行いますので、とにかく今は部屋割りを決めちゃいましょぉ。好きな人同士で四、五人くらいの班を作ってください」

 

 岡峰教諭の声を聞いたクラスメイト達は一瞬周囲の様子を確認するよう視線を巡らせてから、自分の席を立って仲の良いグループを作り始めた

 

「おう五河、部屋組も──」

「シドー!」

 

 士道の方にも殿町が歩いてきて声をかけたのだがその声は右から聞こえた十香の声にかき消された。十香の方を見てみると彼女は目を輝かせて机から身を乗り出している

 

「その部屋割とやら、一緒に組むぞ!」

「え…………えぇっ?」

 

 思わず眉を寄せ素っ頓狂な声を出した士道の事を、十香はなぜ驚いたのかわからないと言った様子で首を傾げる

 

「ぬ? どうかしたのか?」

「いや、さすがにそれはマズいだろ」

「なぜだ? 五人一組なのだろう? ならば問題ないではないか」

「だ、駄目ですよ夜刀神さん。男子と女子は別々に組んでください」

 

 会話が聞こえたらしい岡峰教諭が、十香たちの元までやってきてそう言ってきた

 

「むぅ……なぜだ? シドーと一緒がいいのだが」

「な、なぜって……それは」

「あんま先生を困らせるなって。とにかく、部屋は男女別じゃないといけないんだ」

「ぬ……そうか」

 

 十香は残念そうに肩を落とす。が、すぐにバッと顔を上げて何かを思いついたらしく教室から出て行った、嵐のような出来事にクラスメイト達も少し呆気に取られていると、程なくして十香が戻ってくる──スカートの代わりにジャージを穿いて、髪を後ろで一纏めにした状態で

 

「……十香?」

「違う。わた──俺は、十……とお、そう、とーまだ」

 

 とから始まり響きの似たような声で思いついたであろう知人の名前を夜刀神とーま(自称)さんは使用する。まぁこれは十香の意図を察するとしたら男装したら実質男だからセーフじゃね? 理論である

 

「というわけだ。タマちゃん先生、俺は今日から男だ。これで問題なかろう」

「大ありですっ!」

 

 むしろ問題しかない

 

「むぅ……これでも駄目なのか……」

「──待って」

 

 肩を落とした十香の援護射撃を行ったのは予想外の人物、折紙だった。

 

「夜刀神十香の言い分を認めてあげて欲しい。是非柔軟な対応を」

「え……えぇっ!?」

 

 犬猿の仲の人物を援護射撃にはクラスメイトもビックリである

 

 

「貴様……何が目的だ?」

「あなたの諦めない姿勢に感銘を覚えただけ。あなたには男子の部屋に入る資格がある」

「……れ、礼は言わんぞ!」

「必要ない」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何二人で話を進めてるんですかぁ! 駄目ですよぉ!?」

 

 映画とかでよくある共闘展開をやっていた二人を岡峰教諭が静止するが、折紙は気にする様子もなく言葉を続ける

 

「──しかし、女子が一人男子になってしまったのは非常に重大なイレギュラー。きちんと補完をする必要がある」

「は……? それってどういう……」

「男子が増えてしまった以上、士道には女子になってもらう他ない」

「いや意味がわかんねぇよ!」

 

 ここで折紙の狙いがようやく理解できたもののこちらはこちらでビックリするほど訳のわからん理論である

 

「一緒に洗いっこしよ、しど美」

「それ俺の名前」

 

 士道は叫び、優等生の言うことだから正しいのだろうと聞いていたクラスメイト達も思わず首を傾げると、十香はハッと目を見開いた

 

「ちょっと待て! シドーが女子になったら、私と一緒の部屋になれないではないか!」

「あなたは檀氏として強く生きて。応援している」

「う、うぬぅぅッ、図ったな、鳶一折紙!」

「あーもう落ち着けッ! とにかく男女は別部屋だ! 性別入れ替えもなし!」

 

 士道は今まで一番大きな声を上げると二人もようやく大人しくなった。その様子を見ていた岡峰教諭はほっと胸を撫でおろし

 

「ま、まぁ、お部屋は一緒という訳にはいきませんけど、飛行機の席順は自由ですからね。そっちなら隣でもいいですよ?」

 

 そう言った瞬間、十香と折紙の瞳が再び輝いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、珍しく士道から連絡の来たトーマは自分の部屋で通話開始ボタンを押す

 

『トーマか?』

「珍しいな、士道から連絡してくるなんて」

『あぁ、いや……流石に少し愚痴を聞いてほしくて……』

「その口ぶりじゃあ、自分と大変だったみたいだな」

 

 電話を耳に当てたトーマは軽く笑みを浮かべると士道の愚痴を聞いていると、その中で随分と懐かしい名前を耳にする

 

「或美島か……随分懐かしい名前だな」

『行ったことあるのか?』

「あぁ、一年くらい前に仕事で一週間だけな」

 

 一週間ろくに観光できなかったという事実は言わぬが花だろう、それでも景色を見たり夜散歩に出かけるくらいの時間はあったわけだが中々に綺麗な所だったのは覚えている

 

「……まぁ、観光地として悪くないってのは事実だからしっかり楽しんで来い」

『あぁ、それじゃあな』

「おう、また……それで、お前はさっきからそこで何やってんだ。美九」

 

 電話を切ったトーマはその視線を扉の隙間からこちらを覗いている美九の方に目を向ける

 

「お兄さん……浮気ですか」

「浮気ってなんだ浮気って……と言うかお前最近テンションおかしくないか?」

「そりゃあ夏ですからねぇ……流石の私もはっちゃけたくなります」

「それ絶対に夏関係ないだろ」

 

 軽くため息をついたトーマは、美九に伝え忘れてた事があったのを思い出す

 

「そういや美九、七月の十六日から大体三、四日留守にするからその間の飯やらなにやらは自分で何とかしてくれ」

「えっ? どこか行くんですか?」

「あぁ、仕事……と言うか個人的な呼び出しで或美島に」

 

 それを聞いた美九は少し首を傾げるとトーマに質問してくる

 

「個人的な呼びだしって……どういう事なんですか?」

「一年くらい前、仕事で世話になった婆さんがいるんだよ。御手洗フミさんって言うんだけど……そんでその婆さんがおっちゃん経由でオレに相談事があるとかで呼び出されたから十六日くらいから少し留守にする」

「そうなんですかぁ……わかりました」

 

 と、そんな感じで夜は更け一日が終わる……よりも早くトーマの元に今度は琴里から連絡が入った。美九に形態の画面を見せて了承を取ると電話に出る

 

『トーマ、今時間大丈夫かしら』

「大丈夫だけど……兄妹揃ってどうした?」

『兄妹揃ってって……一体何の話よ』

「さっきも士道から連絡がって……それはどうでもいいんだよ。それでなんか急用か?」

『えぇ、悪いけど今からフラクシナスまで来れる?』

「問題はないが……そんなに異常事態なのか」

『一応耳に入れておきたいことがあるってだけよ』

「まぁいいや、今から向かう」

 

 そう言って電話を切ったトーマは椅子から立ち上がり少し身体を伸ばす

 

「という訳で、少しフラクシナスに行ってくる」

「私も行った方がいいですか?」

「いや、オレ一人で大丈夫だと思う」

 

 そう言うとトーマが外に出るとフラクシナスへと回収された

 

 

 

 

「それで、わざわざ呼びだしてまでって一体何の話だ?」

「トーマ、あなた士道たちの修学旅行先が変わったって言うのは知ってる?」

「知ってる……と言うかさっき知ったばっかりだ」

「そ、それなら話は早いわ。実はそれ関連で少しきな臭い情報があるのよ」

「きな臭い情報?」

 

 そう言うと琴里はクルーに指示を出してクロストラベルと言う会社のサイトを表示させる

 

「クロストラベルって……これ何処にでもある普通の旅行会社じゃないのか?」

「そうだったら良かったんだけどね……どうにもこの会社DEMインダストリー系列の会社みたいなのよね」

「DEMインダストリー?」

「そういえばトーマは知らなかったわね……DEMインダストリーはラタトスクの母体になってるアスガルド・エレクトロニクスを除けば世界で唯一、顕現装置(リアライザ)造れる会社よ……けれど目的はフラクシナスと正反対、精霊の積極的な殲滅よ」

「成る程な……それで今回の修学旅行の行き先が変わったことにそのDEMが関わってるって事か?」

「そう言うこと、このクロストラベルがPRのためと称して来禅高校に接触してきたって訳……修学旅行費用全部会社持ちって話でね」

 

 そこまで言って納得した、確かにきな臭い……と言うか殆ど真っ黒な気がする

 

「とりあえず偶然だと思うけどフラクシナスを随行させておくつもりだけど……万が一の事を考えてトーマも──」

「それなら心配ない、オレも野暮用で十六日から或美島に行くからこっちでも警戒はしとく」

「そ、それならお願いね」

「あぁ、任された」

 

 その後トーマはフラクシナスから自分の家に戻り……一日が終わる

 

 

 

 

 

 そして時は進み、七月十六日。トーマは再び或美島の大地に降り立った




次回から、いよいよ始まる修学旅行
裏に潜んでるきな臭い企業

トーマは一足先に或美島の大地を踏みしめ
八舞姉妹と再会する

次回,八舞ウィッシュ 第5-A 2話


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第5-A 2話, 開幕、修学旅行

 七月十六日、トーマは或美島にある空港から外に出ると夏場特有の日差しが襲いかかる

 

「トーマっ!」

 

 額に浮かぶ汗を拭ったトーマの耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。そちらの方を向くとトーマの元に向かってくるオレンジに近い髪色をした二人の少女──八舞耶倶矢と八舞夕弦の姿が見えた

 

「久しぶりっ」

「挨拶。久しぶりです、トーマ」

「あぁ、二人とも久しぶりだな。元気だったか?」

「うん、結構楽しく生活させてもらってる」

「同意。中々に充実感のある毎日です」

 

 銅最後にあった時から一年、偶に連絡を取る機会はあったのだが直接会う機会がなかった以上大丈夫なのかと心配していたトーマだったがとりあえず大丈夫そうで一安心だ

 

「そういえば二人とも、婆さ──フミさんがどうしてオレを呼んだのか聞いてたりするか?」

「ううん、私たちはトーマがまたこっちに来るから迎えに行ってやれって言われただけだし」

「同調。耶倶矢の言う通りです、夕弦たちは特に理由は知らされていません」

 

 耶倶矢と夕弦からそう聞いたトーマの頭の中には疑問符が浮かぶ。おっちゃんから聞いている御手洗フミと言う人物は相談事がある場合最低限の情報は話す人物らしい。

 だからこそ、一年一緒に過ごしフミにとって身内のような立ち位置になっているであろう耶倶矢と夕弦には相談事が何なのかを話しているものだとトーマは思っていたのだが、どうにもそれは間違っていたらしい

 

「トーマ、どうかした?」

「質問。考え事ですか?」

「……あぁ、いや。なんでもない、あんまり待たせるのも嫌だしそろそろ行くか」

 

 そう言ったと、トーマたちは夏の日差しが肌を照らすなかを歩き出した

 

 

 

 

「やっと来たかい、坊主」

「お久しぶりです。フミさん」

「はっ、いちいち畏まんなくていいさ」

 

 相変わらずの口調の悪さに安心しつつ、トーマたちは飯屋の中に入る

 

「耶倶矢、夕弦。アンタらは仕事だよ、これからの時間が忙しくなるんだからね」

「わかってる……我ら颶風の巫女に任せておくがよい!」

「必勝。耶倶矢と夕弦がいれば今日の売り上げも大勝利間違いなしです」

 

 スイッチを切り替えるように芝居がかった口調になった耶倶矢といつもの調子の夕弦は椅子にかけてあったエプロンを手に取って表に出て行った

 

「すっかり馴染んでますね、あの二人」

「元々お前さんが連れてきた二人だけどね……でも、しっかりやってくれてるよ」

「そうですか、そういえば相談事って何ですか?」

「詳しいことは奥で話す、付いてきな」

 

 トーマとフミは一年前に寝泊まりをしていた部屋に入り、中央にあるちゃぶ台を挟むような形で座ると、フミは手に持っていたカバンから封筒を取り出す

 

「坊主、まずはこれを見な」

 

 差し出された封筒に目を向けると表面には都立来禅高校の文字があった。開封済みの封筒から中に入っているクリアファイルを取り出すと編入届の文字が見える

 

「これって、来禅への編入届けですか……でもなんで」

「……耶倶矢と夕弦のやつさ」

「えぇ、それは見ればわかるんですけど。どうしてオレにこれを見せたんですか?」

 

 トーマがそう聞くとフミは少し頬をかいてから話始める

 

「私はね、あの子たちをこのままここに置いといて良いのかわかんなくなっちまったんだよ」

「ここに置いておいてって……どういう意味ですか」

「勘違いするんじゃないよ、私は別に二人がいて迷惑だって思ってるわけじゃない。むしろその逆さ」

 

 フミの言葉を聞いたトーマは少しだけ視線を細めたが、その後の言葉を聞くとフミが次の言葉を放つのを待つ

 

「……最初はアンタがどっかで拾ってきたよくわからん家出娘くらいに思ってたんだけどね……あれからかれこれ一年だ、あの子たちの良いところも悪いところも自ずと見えてくる。だからこそ私は分かんなくなっちまったのさ、あの子たちをここで働かせたままで良いのかってね」

「……だから、それをオレに頼むと?」

「そう言うことさ……いざ自分で聞こうと思っても寸での所で聞きそびれちまう」

 

 それはきっと、フミの心にも迷いがあるからなのだろうとトーマは思う。耶倶矢と夕弦がここでの暮らしを楽しんでいるのと同じようにフミも二人との生活を楽しんでいるのだろう……だから迷うし、どこかで踏ん切りがつかないでいる

 

「できれば力になりたいですけど、それはオレじゃなくてフミさん本人が言うべきだと思います。それでケンカになっても、何度も何度も話し合ってから決めるべきです」

「…………」

「だから、オレはそのことに協力は──」

「だろうね」

「へ?」

 

 その言葉を聞いたトーマは素っ頓狂な声を上げると、フミは呆れたように少し笑い言葉を続ける

 

「断られるこたぁわかってたさ、これは私とあの子らの問題だからね。だから私がアンタを呼んだのは説得を手伝って欲しいからじゃない。絶対に私はあの子らと喧嘩するからね、そうなったらアンタにはあの子らの話を聞いてやって欲しいんだよ」

「……わかりました」

「頼んだよ」

 

 

 

 フミさんとの話を終えたトーマはその後調理場で仕事をした後、一日を終える……と思っていたのだが、夜も更けてきたころに裏口を激しく叩く音が聞こえてくる

 

「……なんだ?」

 

 布団を敷いていたトーマが裏口の扉を開けるとそこに立っていたのは耶倶矢と夕弦の二人。その表情は普段とは違い少し曇っているところを見ると、どうやらフミさんはあの話をしたらしい

 

「……とりあえず、二人とも中に入るか?」

 

 こくりと頷いた二人をとりあえず中に入れたトーマは、お茶を入れて二人に差し出した

 

「それで、何があったんだ……?」

「……実は──」

 

 トーマは耶倶矢と夕弦の話を聞いたところによると、二人はフミから編入云々の話を聞いたらしい。今の生活が気に入ってる二人にとってその事を唐突に言われ反発してフミの家から出てきてしまったらしい

 

「成る程……」

「もう、どうしたらいいかわからなくて」

「哀情。フミさんは夕弦たちとの生活が、不満だったのでしょうか」

「それはない、フミさんもフミさんなりにお前らの事を思ってる……それに間違いはないと思う」

「どうして──」

「それが、フミさんからオレへの頼み事だったから……自分たちが喧嘩をしたら、二人の話を聞いてやってくれって」

 

 トーマは自分用に入れたお茶を一気に飲み干して再び耶倶矢たちの方を見る

 

「だから、二人にもゆっくり考えて欲しい。それに……丁度いいイベントもあるしな」

「丁度いいイベント?」

「質問。そのイベントとは一体……」

「それは……修学旅行だ」

 

 夜も更けていく中、トーマは携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた

 

 

 

 

 そして、七月十七日。士道たち来禅高校二年生一行は太平洋に浮かぶ島。或美島に到着した

 

「お、おぉ……!」

 

 空港から出た十香は目の前に広がる景色を見て肩を震わせている。今までは天宮市から出る機会のなかった十香にとって目の前の絶景は初めて見る光景に他ならないのだから

 

「こ、これが……海か!」

「はは……元気だな」

 

 或美島は三十年前の連続空間震によって島の北部が削られ、それを切っ掛けにリゾート開発が行われ、今から一年前にも老朽化した施設等の修繕を含めた開発が行われたらしく所々に近代化の波が見られる

 

「んー……」

 

 と、十香程ではないにしろ士道も目の前に広がる絶景を目にして何も感じないような人間ではないのだがそれ以上に朝が早かった事で若干眠気が勝っている

 

「ぬ……?」

「? どうした、十香」

「……いや、何か誰かに見られている気がしてな」

「え?」

 

 先ほどまではしゃいでいた筈の十香はきょろきょろとあたりを見渡している、それを聞いた士道が首を傾げた瞬間カシャリと言う音とともにフラッシュの光が二人の事を包んだ

 突然の事で思わず顔を覆ってしまった士道は、若干チカチカする目を細めながら光の方向を見ると、そこには大きなカメラを構えた女性が立っていた

 

「えっと……なんですか?」

 

 士道が困惑しながら訊ねると、その女性がカメラを降ろして視線を向けてくる

 

「失敬。クロストラベルから派遣されて参りました、随行カメラマンのエレン・メイザースと申します。今日より三日間、皆さんの旅行記録を付けさせていただきます──無遠慮な撮影、申し訳ありません。気分を害されたようでしたら謝罪させていただきます」

「あぁ、いや、別にそんな」

「お邪魔しました。では」

 

 普段はあまり見かけない海外の女性。士道と十香の物珍しそうにその容姿を見ていると、エレンはもう一度お辞儀をしてみんなの方に歩いていった

 

「なんだったのだ、あやつは」

「さてな……でも、誰かに見られてる気がするってのは正解だったわけだ」

「む、うむ」

 

 そう言った十香は左右に視線をやり、終いには顔を上げる

 

「……まだ、視線が残っている気がするのだが」

「え?」

 

 その言葉に眉をひそめた士道は、十香と同じように上を見上げるがそこには晴れ渡った青空しかなかった

 

 

 

 

 

 先ほど士道たちへと挨拶をした女性、エレンは手に持った端末でどこかに繋げると、向こう側から会話が聞こえてくる、それは今回の標的である少女──夜刀神十香が精霊であるのかを訝しんでいる内容だった。それを暫く聞いた後エレンは口を開く

 

「──くれぐれも油断しないでください、精霊かもしれない。それだけで、第一級の警戒をするには十分な理由です」

『肝に銘じさせていただきますよ』

 

 端末越しに聞こえてくるその声を聞いたエレンは不服そうに眉をひそめる

 

『それで、どうします? いくら精霊とはいえ、バンダースナッチの部隊にかかれば、小娘一人を捕獲するくらい容易いものでしょう』

「そう甘くはありません。慎重にいきましょう。まずは、電波通信を遮断してください」

『了解。アシュクロフト‐β二十五号機から四十号機まで並列軌道、恒生随意領域(パーマメント・テリトリー)を展開。目標は──或美島全域』

 

 その言葉と共に、或美島全域を覆うように、エネルギーのフィールドが形成されていった




或美島へとやってきたトーマ
彼がそこで受けた相談は
互いを思いあう故のもの
悩み、フミと喧嘩した八舞姉妹にトーマがした提案

一方、ついに始まった修学旅行
高校生活の一大行事を楽しむ士道たちの元に迫る影

この行事を終えた先で何が起こるのか
波乱に満ちた修学旅行はまだまだ始まったばかり


次回, 八舞ウィッシュ 第5-A 3話


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第5-A 3話, まだまだ続くよ修学旅行

 それから、士道たちはバスに揺られて本日の宿泊予定場所までやってきたのだが、各々の部屋に行く前に岡峰教諭に集められる

 

「えーっと……ほんとうに急なんですけどぉ、修学旅行の間新しいお友達がやってきまぁす」

 

 岡峰教諭がおずおずとそう言うと、クラスメイトが少し騒めく。修学旅行から新しいクラスメイトが増えるというのは本来ならば絶対にありえない状況ゆえに仕方ないだろう

 

「新しいって……つまり転入生?」

「あぁ」

 

 クラスの誰かが言ったであろう言葉に首肯したのは令音だった

 

「……本来ならば夏休み明けにと言う話だったのだがね。親御さんがどうしてもと言うので現地合流する手はずになっていたんだ」

 

 そう言うと令音は少しだけ横に移動すると、令音の後ろにいた二人の少女がクラスメイトの前に現れる

 

「八舞耶倶矢だ、よろしく頼む」

「同調。八舞夕弦です、よろしくお願いします」

 

 来禅高校の夏服を身に纏った瓜二つの少女──耶倶矢は芝居がかったように少々大袈裟に、夕弦は少し特徴的なしゃべり方だがかなり丁寧にあいさつをした

 

 

 

 そして、場所は代わり令音に呼ばれた士道が彼女の部屋に向かっていくとそこには令音一人ではなくもう一人、見慣れた人の姿があった

 

「令音さんに……トーマ?」

「あぁ、急に呼び立てて悪いな。士道」

「いや、それは良いけど……何かあったのか?」

「二人の事で、少しな」

 

 トーマにそう言われた士道は少し思考したのちに、彼の言った二人と言うのが今日来た耶倶矢と夕弦の事であると理解する

 

「その二人って、耶倶矢と夕弦の事だよな?」

「あぁ、あの二人は少しだけ訳アリでな……編入するしないで家族と揉めてな。そんで無理くり頼んだって訳だ」

「訳アリって──」

「……シン、彼女たち二人は精霊だ」

 

 トーマと士道の話を遮る形で話に入ってきた令音の言葉を聞き、士道は目を見開いてトーマの方を見た

 

「ど、どういうことだよ!?」

「まぁ……一年前にちょっと成り行きでな。それからあの二人は或美島で暮らしてたんだが少し意見の食い違いがあって今に至る」

「……よくわからんのだが」

「まぁ、とにかく修学旅行中二人の事を気にかけてやって欲しい」

 

 そう言って頭を下げているトーマのことを見ながら、士道は複雑そうな表情で頭を掻いた。その近くで小型端末を操作していた令音は一度操作をやめ、ふむと息を吐いた

 

「……やはり駄目か」

「どうかしたんですか、令音さん」

「さっきからやけに厳しそうな顔してますけど……」

「……あぁ、フラクシナスとの通信が途絶えているんだ」

「どうして急に?」

「……現状では不明だ。少し調べてみるよ」

 

 そう言った令音は再び端末の操作を始める

 

「オレの方でも、何か異変を感じたらすぐに連絡する……とりあえず、変な気配はなさそうだが一度島を見て回ってはくるかな」

「わ、わかった」

 

 そう言うとトーマは部屋を後にした

 

 

 

 

 部屋から外に出たトーマは、とりあえず島に何か不審な場所はないか見て回ることにする

 

「さてと、とりあえず怪しそうな場所を適当に探してみるか」

 

 まず最初にトーマが探しに行くのは市街地。ここを選んだ理由としてはまず人が多いという点があげられるだろう。木を隠すなら森の中と言う諺もある通り不審人物も仕掛ける場合は市街地の可能性を捨ておくわけにはいかない

 

「……という訳で、来てみたが。ぱっと見不審な所はなさそうだな」

 

 大雑把にあたりを見回してみたトーマだったがさして変わった様子もないし、不審な霊力が流れている気配はない。ここはハズレかと思っていたところで霊力とは違う不審な気配を感じ、そちらの方に目を向けると建物の影に入っていく人影を見つける

 その影を追って建物の裏手に入った瞬間、上空から何者かの襲撃を受ける

 

「……ッ!」

 

 寸前でそれを避けたトーマが襲撃者の方を見るとそこにいたのは胸に黄金のチャックを付けた鎧を思わせる白い怪物だった

 

「何だ、こいつ……」

──────―

 

 トーマの目の前にいた怪物は巨大鉈を取り出すと再びトーマの方へと襲い掛かってくる

 

「あぶねっ……ッ」

──────―

 

 その攻撃を避けながら手元に無銘剣を出現させたトーマは振り下ろされた鉈を受け止めると怪物の腹に蹴りを食らわせる

 

【エターナルフェニックス】

 

 出現したブレードライバーにライドブックを装填し、そのまま抜刀してその姿をファルシオンへと変化させた

 

「何だかよくわかんねぇけど……ッ」

──────―

 

 ファルシオンは怪物が振り下ろしてくる一撃を避けるとかかと落としで地面に突き刺さった巨大鉈を更に深く突き刺し、動きを止めたところで思い切り両腕を切り裂いた

 腕を切り裂かれた怪物は断面からボタボタと黒い液体を垂らしその場に後退する、ファルシオンはそれを好機と感じ取り一気に怪物まで近づき蹴りを放ち怪物を転倒させる

 

──────―!? 

「これで、終わりだ」

 

『必殺黙読──不死鳥無双斬り』

 

 倒れこみ動けなくなった怪物を見たファルシオンは、炎を纏った斬撃を放ち怪物の身体を完全に焼き尽くす。炎は完全に消え去ったのを確認したファルシオンは、剣を消失させてトーマの姿に戻ると怪物のいた場所に残っていた塵を手に取った

 

「これ……紙の燃えかすか?」

 

 塵が残っている以上あの怪物を構成していたものはこの紙の燃えかす……と言うよりも紙である事には間違いないのだが、それだとあの体積や武器を構成しているものも紙だったことになる。只の紙でそれが出来るのかは微妙だ

 

「本当はフラクシナスの研究設備使いたいんだが……令音さんの言ってた通りなら今は無理だろうな」

 

 この場で延々と考えていても仕方ないと思ったトーマはジップロックに怪物を構成してたらしい紙の燃えかすをしまい、その場を後にした

 

 

 

 

「……アレが、ファルシオン。件の剣士ですか」

 

 トーマが立ち去った後、一人の男が先ほどまで二人の戦闘していた場所に現れる。

 

「しかし、剣は使えているようですが本の力はまだ完全に引き出せていない……あの様子なら、手早く回収することもできる」

 

 そんなことを呟いていた男は懐から一冊の本を取り出した。ワンダーライドブックに限りなく似た見た目のその本を男が開くと、辺りに散らばっていた塵がその本の中に吸い込まれていく

 

「お疲れ様です、カリュブディス……本格的に仕掛けるのは、また足並みを合わせてにしましょうか」

 

 男は手の中で胎動している本を撫でながら、そう言葉を紡いだ後……その場からいなくなった

 

 

 

 時は進み十八時五十分。あの怪物と戦ったこと以外の収穫は特にない状態で戻ってきたトーマはホテルの露天風呂をお借りして身体を休ませていると、風呂のドアが開かれる

 

「あれ、トーマか?」

「ん? あぁ……士道か」

 

 自分以外にも人の入っていることに気付いた士道は身体を洗うとトーマの横までやってくる

 

「それで、なんかあったか?」

「化物が出た以外特になしだな……久々の戦闘でくったくただ」

「怪物って……大丈夫だったのか?」

「あぁ、特に強かったわけでもないからな……不意打ちで少し焦ったがそれ以外は大丈夫だった」

「そ、そうか……」

 

「案ずるな士道。こやつの丈夫さはこの我ら八舞が保証しよう」

「肯定。トーマの丈夫さは夕弦たち八舞が確認済みです」

「早々、二人も言ってるしそういう……???」

 

 この場には二人しかいない筈だが、何故か士道以外の声を聞いたトーマが顔を上げると何故か隣には耶倶矢と夕弦の姿があった

 

「耶倶矢に夕弦!?」

「お前ら……なんでここに」

「何故と言われても……我らは暖簾の案内に従いここに来ただけだが?」

「同意。夕弦たちはしっかり女と書かれた暖簾に従いこの場所にやってきました」

 

 恐らくだが、時間によって切り替わるか従業員がたまたま男女の暖簾を掛け違えたのだろう……どちらも限りなく低い確率なのだと思うが、それを引いたと考えるとかなりのラッキー……いや、このタイミングではアンラッキーだ

 

「トーマ、急いで出よう……嫌な予感がするんだ」

「そうだな。オレたちは出るがお前らはゆっくり──」

「良いではないか、もう少し浸かっていけ」

「指摘。見たところ二人ともお疲れのご様子。もっとゆっくりしていった方がいいと思います」

「いや、それもそうなんだがこのままじゃ──」

 

「とりゃー!」

 

 士道がそう言ったタイミングで露天風呂の扉が勢いよく開かれ誰かが思い切り湯船に飛び込んできた。その先にいた士道は真正面から水しぶきを受け

 

「ん?」

 

 聞き馴染んだ声に。夜色の長い髪、美しい曲線で描かれたボディライン、見間違う事も難しいその姿は──紛れもなく夜刀神十香のものだった

 湯船に飛び込んできた十香も先客に気付いたらしく。キョトンとした様子で士道を見たのち

 

「ギャ──────ーッ!?」

「ギャ──────ーッ!?」

 

 二人で顔を見合わせ同じタイミングで声を上げた

 

「な、なななななななぜこんなところにいるのだシドー!」

「ち、ちちちちがうんだ十香聞いてくれ、これにはやむ終えぬ事情があってだな」

 

 色々と説明しようと思った士道だったが頭の中で様々なものがぐるぐると回った結果思い切り頭を下げて誠心誠意の言葉を紡ぐ

 

「とにかくすまん! すぐ出ていくから…………!」

「あ……待て、シドー!」

「ど、どうしたんだ?」

「いや……そちらは、まずいと思うぞ」

「へ?」

 

 十香に引き留められた士道が目を点にしているとまたも扉が開き女子一行の入ってくる姿が見える。十香や耶倶矢たちがいる以上今の時間は女子の入浴時間である事には間違いない

 

「ま、マズいぞトーマ……って、あれ?」

「もしや士道、トーマのことを探しておるのか、奴ならとっくにこの場から離れたぞ?」

「伝言。『済まない士道、絶対に助けるから一度見捨てる』だそうです」

「あ、あの野郎……って、やっべぇ……! どうすんだよこれ……っ!」

 

 見つかったら一生変態の烙印を背負いながら高校生活を送るしかなくなるがどこかに逃げる訳にもいかない。頼みの綱であったトーマも既にこの場から離れて一人安全な場所に避難済み。まさかの詰みである

 と、士道がガタガタ震えていると十香や耶倶矢たちが士道の姿を隠すように移動してくる

 

「と、十香……? それに二人も……?」

「シドーが悪いのではないのだろう……? なら、私の、私たちの影に隠れて早く逃げるのだ」

「神が汝に与えた試練、それを打破するため我ら八舞も助力してやろう」

「微笑。今回は完全に事故なので、今のうちに逃げてください」

「……! す、すまん。恩に着る……!」

「よし……では行くぞ」

「お、おう」

 

 十香たちが壁になりながら湯船の中をゆっくりと移動していくのだが──

 

「あー、十香ちゃんはっけーん! それと転入生もはっけーん!」

「どうしたの? こんな端っこで」

「ていうかうっわ。三人とも肌きれー」

 

 入ってきた亜衣麻衣美衣の三人娘が十香たちの方に近づいてきた。そして背後に隠れている士道の頭の中に警報音が鳴り響く

 

「ひ……っ」

「い、いや。なんでもないぞ! 気にするな!」

「う、うむ。少し景色でも眺めようと我が眷属たちと話していたところだ……な!」

「同意。良い景色のようでしたので、せっかくならみんなで見ましょうと……」

 

 そう言っているものの三人娘は着実に近づいてくる。万事休す化と思ったその時──

 

「は……っ! あんなところに巨大きなこパンが!」

 

 十香がそう言った瞬間三人娘の注意が一瞬だけ逸れる。それに気づいた士道は意を決して岩縁から海に向かってダイブした

 落下時独特の浮遊感が士道に襲い掛かってきたが、ちょうど半分まで落下したところでその浮遊感は止み。何かに抱き留められる感覚が士道を襲う

 

「大丈夫か、士道」

「と、トーマ……助かった」

 

 ファルシオンに変身した状態のトーマに抱き留められたらしい士道は一息つくが、そこで今自分を抱き留めている人物が一度自信を見捨てている事を思い出した

 

「お前、よくも俺を見捨ててくれたな……」

「こうして助けたんだからそれで勘弁してくれ……それにあの時は必至だったんだ」

 

 そんなことを話しながら一番の避難場所になっている令音の部屋のベランダまでやってきた士道たちは窓をノックすると、ゆっくりと開かれる。士道とファルシオン姿のトーマを見た令音は数刻何かを考えた後、口を開く

 

「……随分と個性的な夜這いだね」

「「違います」」

 

 その後、二人は無事女湯に残された自分の着替えを回収し事なきを得るのだった




トーマが戦った謎の怪物―カリュブディス
そしてその残骸を回収した男

様々な思惑が蠢きながらも、修学旅行は続いていく

次回,八舞ウィッシュ 第5A-4話



《information》
・カリュブディス
原典の仮面ライダーセイバーに登場するメギドの一体
「幻獣」「生物」「物語」の三属性全てを宿すメギドでありそれは本編でも変わっていない


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第5-A 4話, 襲撃

 女子風呂でのちょっとした事件があった日の夜。耶倶矢と夕弦の二人は同じ部屋ではなく、耶倶矢は十香たちと同じ部屋、夕弦は折紙たちと同じ部屋とそれぞれ別の部屋で一夜を過ごすことになった

 

「くく……下等な人間共め。我と寝所を共にできることを光栄に思うがいいぞ。その心に我が高き名を刻むが良い。颶風の巫女、八舞耶倶矢の名をな」

 

 十香たちの部屋に泊まることになっている耶倶矢はテーブルに腰かけながら芝居がかった挨拶をする

 

「うむ、仲良くするぞ。よろしくだ!」

 

 十香は腕組しながらうんうんと頷き、それに合わせるように班員だった亜衣麻衣美衣を微笑を作る。彼女たちも急な増員は流石に驚いたもののすぐに適応しているあたり順応性が高い人たちなのだろう

 

「やーもー、かーわーいーいー。イタ可愛いー」

「髪さらさらー。ほっぺぷにぷにー」

「甘いの好き? ポッキー食べる?」

「や、やめんか、貴様等! 無礼であるぞ! んぐんぐ……」

「あっ! 美衣、私もポッキーが欲しいぞ!」

「はいはーい、いいわよ十香ちゃん。……て、ごめん。今耶倶矢ちゃんにあげちゃったので最後だったわ。ヤンヤンつけボー食べる?」

「な……なんだそれは!?」

 

 余りの順応性に流石の耶倶矢も気圧されがちだった。十香も十香で美衣の持っていた食べ物の方に気を取られてしまっている、そんな十香は置いておいて三人娘は耶倶矢に質問を投げかけられ、それに耶倶矢が答えると言った展開が続いていった

 最初は戸惑っていた耶倶矢も自然とその流れに順応し、楽しい夜を過ごせた……のだと思う

 

 

 一方で折紙たちと一緒になった夕弦はと言うと──

 

「請願。今晩お世話になります、八舞夕弦です。どうぞよろしくお願いします」

 

 と言った調子で、礼儀正しく挨拶をしていた、部屋の面々は礼儀正しすぎる夕弦の様子に逆に畏まってしまっていた。夕弦の入ったグループは元々大人しい子を中心に組んでいる、酷い言い方をすると人数合わせで生まれた集団であるため班員同士の会話もそこまで多くはなかった

 

「…………」

 

 一方、そんな様子を見ていた折紙はそんな雰囲気を微塵も気にかけていない様子である

 

「え、えぇっと……足痛くないですか? 座布団もありますんで、よかったら……」

「感謝。お言葉に甘えます」

 

 あまりの沈黙に耐えかねたらしい一人がそういうと、入口に立ちっぱなしだった夕弦はそんな言葉と共に班員たちの方に近づいてきた。それを見た一同(折紙を除く)は放念の息を吐き、部屋の雰囲気が少しだけ柔らかいものになる

 

「急な転入で色々大変でしょうし、わからないことがあったら何でも訊いてね?」

「多謝。お心遣い痛み入ります」

 

 またも頭を下げた夕弦を見た班員の一人が困ったように苦笑し、夕弦は下げていた頭を戻すのと同時に唇を開いた

 

「質問。では一つ、お訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「えぇ、もちろん。何?」

「請願。男性の気を引く方法をお教え願いたいのですが」

『え……ッ!?』

 

 僅かに頬を赤らめながらそう言った夕弦に対し、班員たちは固まる

 

「え、えぇと……? 今なんて?」

「復唱。男性の気を引く方法を、と。理性のくびきを取り払い、辛抱たまらなくしてしまう手練手管をご教授願いたいのです」

 

 真っ赤に染まっている班員たちの顔を見ていた夕弦の頭の中に浮かんでいたのは、炎を纏った剣を振るう一人の青年の姿。外見的には去年とあまり変化の無かったようだが精神的な変化があったように夕弦は感じた。それを感じると同時に夕弦はどうしようもなくあの男を繋ぎとめておかなければという思いに駆られたのだ

 

「そうねぇ……こう、偶然を装って手と手を触れ合わせるとか……?」

「い、いや、そんな少女漫画みたいな……」

「えぇ……じゃあどういうのがいいのよ」

「えっと、そうだなぁ……こう、飲みかけのジュースを渡してみるとか……」

「──甘い」

 

 本来そう言った話に耐性の無い少女たちの話を聞いていた折紙はその言葉と共に口を挟んだ。そして折紙は……突然の乱入に困惑するクラスメイトには目もくれず、夕弦に対し静かに語り始めた

 

 こうして修学旅行一日目の夜は更け、二日目が始まる

 因みにカメラマンとして同行していたエレンは、一日目の夜何故か始まった枕投げに巻き込まれそこそこひどい目に遭ったのを此処に記しておく

 

 

 

 

 

 修学旅行二日目

 トーマは一人、パラソルの中に入って士道たちが浜辺で遊んでいる様子を眺めていた。風景を眺めながらもトーマが特に注視していたのはあのエレンと言うカメラマンだった、一見普通のカメラマンのように見えるがトーマは彼女から折紙に感じたものと同種の気配を感じ取り一応警戒対象として考えていたのだが……正直現状を見る限りだとあまり不審な行動はとっていない

 

「何を黄昏ておるのだ、我が盟友よ」

「発見。見当たらないと思ったら、こんな所にいましたか」

「……あぁ、お前達か」

 

 トーマが目を向けた先にいたのは互いに色違いのビキニを着た耶倶矢と夕弦だった。元々美少女である二人といま彼女たちの纏っている水着は嫌味なほどマッチしており、場所が場所なら声をかけられまくっている事だろう

 

「……才子佳人ってこういう事を言うんだろうな」

「さいし……かじん?」

「疑問。一体どういう意味なのですか?」

「大雑把に言うと理想的な男女の事を言うらしい、二人とも元々美人だったからな。これなら世の男はほっとかないだろうなと思ってな」

「そ、そう? ……美人、かぁ」

「謝辞。ありがとうございます、とても嬉しいです」

 

 トーマの言葉を聞いた二人は顔を赤らめる、それから少しだけ沈黙が流れたのだが流石にそれが耐えられなかったのか耶倶矢の方が無理やり話題を振る

 

「そ、そういえば! トーマ……昨日どこか行ってなかった?」

「もしかして、見てたか?」

「ううん。でも、お風呂であった時なんか疲れてそうだったから」

「別になんでもねぇよ、気になることも解決したし……本当にお前らは心配する必要ない」

「疑惑。それならどうして、少し浮かない顔をしていたのですか?」

「ここ一年で、自分でもビックリするくらい心配性になっちまってな……それよりお前ら、泳いで来なくて良いのか?」

「要望。実はトーマにお願いがあって探していたのです」

「お願い?」

 

 トーマがそう言うと、夕弦は自分の手に持っていた容器を差し出してくる

 

「請願。よろしけれれば日焼け止めを塗って頂けないでしょうか」

「あぁ、そういう……いいぞ」

 

 トーマはそう言って夕弦に差し出されていた容器を手に取るとパラソルの中から出て夕弦と耶倶矢を手招きする

 

「とりあえず背中はやってやるから、自分で濡れる所は自分でやれよ」

「承諾。わかりました」

「わ、私も良いの?」

「あぁ、一人やるのも二人やるのも変わんないからな」

「そ、そっか……それじゃあお願いしようかな」

 

 素の口調に戻ってる耶倶矢は先に寝そべっていた夕弦の隣に寝転がった。トーマは容器から液を出して軽く手に馴染ませて、最初に耶倶矢の背中に触れた

 

「ふぁ……っ」

「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫……っ」

 

 それから日焼け止めを塗り進めているのだが、その間も耶倶矢はやたら官能的な声を上げていたためトーマは自身の心を無にして塗り続けた

 

「よし、耶倶矢。終わったぞ」

「はぁ……はぁ……あ、ありがと……」

「催促。次は夕弦の番です、さぁトーマ。どうぞ」

「はいはい」

 

 とろけて突っ伏している耶倶矢の横にいた夕弦に急かすよう言われたトーマは、改めて液を手に馴染ませて、夕弦の背中に日焼け止めを塗り始める

 

「っ……!」

 

 夕弦の背に触れた瞬間、彼女の身体がピクリと震える。流石双子と言うべきか耶倶矢と似た反応を見ながら塗り続ける

 

「痙、攣。ぅ……あ、っ」

 

 耶倶矢の時と同じように無心で塗り続け、終了する

 

「よし、塗り終わったぞ」

「感、謝。ありがとう……ござい、ました」

「よし、それじゃあ少し休んで遊んで──っ!」

 

 そう言いかけたところで何かの気配を感じ、そちらの方を見る

 

「トーマ、どうかした?」

「何でもない……少し、飲み物でも買ってくる」

 

 二人にそう言ったトーマは浜辺から離れて一瞬だけ気配を感じた方に向かう

 

「さっきの感じ、昨日街を探した時に似てる……この前のアレが復活したのか、別の個体がいるのか」

 

 それからしばらくの間、何か不自然な場所がないのかを探したのだが目立った異変は見受けられずその場を後にしようとしたところで、前からやってきた人とぶつかりそうになる

 

「っと、すいません」

「いえ、こちらの注意不足なのでお気になさらず」

 

 トーマはぶつかりそうになった人の方を見る、お高そうなスーツを着て赤い色の髪が特徴的なその人物はアジア系ではなく東洋系、どちらかと言うとエレンに近い国の出身なのだろうかなどと考えていると男が不審そうな顔を向けてきた

 

「……なにか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「そうですか、では私はこれで──また会う日を楽しみにしていますよ、園上冬馬(ファルシオン)

「えっ?」

 

 すれ違う直前、男にそう言われたはトーマは後ろを振り向いたがそこには既に、男の姿はなかった

 

 それから、何事もなくことは進みあっという間に二日目も夜を迎えた

 

 

 

 

 

 

 夕食の後、腹ごなしの運動もかねて散歩でもしようと出かけた士道は、一人浜辺で剣を振っているトーマの姿を発見する

 

「トーマ?」

「ん、あぁ。士道か……こんな時間に珍しいな」

「俺は腹ごなしの散歩かな、そういうお前は剣の練習か?」

「あぁ、最近怠ってたからな。いい加減またやり始めないとどんどん腕が鈍っちまう」

 

 そう言ったトーマだったが、話しながら地面に剣を肩に担ぐと士道の方を向く

 

「そういうお前は、修学旅行楽しんでるか?」

「そりゃあな、流石に昨日の風呂は死ぬかと思ったが」

「アレに関しては仕方ない」

「一人でそそくさ逃げた癖によく言うよ」

 

 士道の言葉を聞いたトーマはそれを笑い流すと、少し間をあけた後に改めて話し始める

 

「──なぁ、士道。耶倶矢と夕弦は……楽しんでるか?」

「ん? あぁ、何だかんだ言っても馴染めてるとは思うよ」

「そうか、それなら良かった……楽しそうなのは知ってるが、馴染めてるかはわからんからな」

 

 安心したように息を吐いたトーマは手元に出現させていた剣を消して、止まっているホテルの方を指さした

 

「それじゃあ俺たちもそろそろ──っ!?」

「トーマッ!?」

 

 戻るかと言う言葉を発する前に、トーマの身体は強い衝撃を受けて後方に吹き飛ばされる

 

 

 

 

 丁度士道とトーマが話していたころ、自分の部屋にいた十香と耶倶矢の二人は外から不穏な気配を感じとる

 

「──なんだ、この感じは」

「何やら面妖な気配。十香も感じたか」

「うむ、なんといえばわからないが……嫌な感じだ」

 

 互いに感じとったものが同じだと理解した二人は三人娘に気付かれないように部屋の外に出ると、同じタイミングで夕弦も自分の泊まっている部屋から出てくるのが見えた

 

「夕弦!」

「意外。まさか耶倶矢と十香も同じタイミングで出てくるとは思いもよりませんでした」

「そうだな……して、夕弦。感じた気配はやはり」

「同意。耶倶矢たちの感じたものと同じだと思います」

「しかし解せぬな、一体何が──」

 

 耶倶矢がそう言いかけた直後、耶倶矢と夕弦の二人は先ほどとは異なる気配を感じ取った。それはかつて自分たちを救った者──トーマの振るっている無銘剣の力。そう気づいた二人は顔を見合わせるとホテルの外に出る為走りだした

 

「わ、私も行くぞ!」

 

 二人から少し遅れた十香も、急いで後を追っていった

 

 

 

 

「大丈夫か!」

「あぁ、心配ない……それより、少し離れてろ」

 

 そういうトーマの視線に映ったのは、昨日倒したばかりの怪物──カリュブディス。しかしその姿は昨日とは異なり体の中心には一冊の本が埋め込まれ、左半身には赤の意匠が追加され、武器も巨大鉈ではなく槍になっている

 

「昨日の奴の別個体……いや、考えるのは後か」

 

 無銘剣を取り出したトーマがエターナルフェニックスの本を取り出そうとしたところで無銘剣の刀身が赤く輝き、その姿を火炎剣へと変えた

 

「火炎剣に変わった? 本もリードしてないのに──って、あぶねッ!」

 

 その現象に困惑したトーマだったが、カリュブディスによって放たれた攻撃を寸での所で回避する

 

「まぁ、変わったって事は今回はこれで行けって事なんだろうな」

 

【ブレイブドラゴン】

【キング・オブ・アーサー】

 

 二冊の本を装填したトーマは、力強く聖剣を引き抜いた

 

『烈火抜刀!』

 

 すっかり聞きなれたその音声と共にトーマの身体は炎を纏いセイバーへと姿を変える、火炎剣とキングエクスカリバーの二本を構えたセイバーはカリュブディスに向かって走り出す

 その途中で振るわれる槍の攻撃を何とか捌き続け剣の射程まで辿り着いたセイバーはカリュブディスに向かって火炎剣を振るうが、その一撃は槍によって防がれる

 

「こいつ、昨日のと違って動きが素早い」

──────―

 

 防いでいた剣をひねるようにして捌いたカリュブディスは拳をセイバーに叩き込んだ

 

「ぐ──ッ」

──────―

 

 続けて繰り出される蹴りを何とか回避したセイバーだったが、無理な体勢での回避だったためバランスを崩す

 

「やべ──」

 

 それを見逃さなかったカリュブディスによって槍が突き立てられようとした瞬間、暴風がセイバーとカリュブディスの間に割って入る

 

「大事ないな、我が盟友よ」

「助力。八舞姉妹、助太刀に参上です」

 

 暴風が晴れるとその中から出てきたのは耶倶矢と夕弦の二人。霊装を完全顕現させているあたり本に封じられていた霊力は完全に二人に戻ってしまっているのだろう

 

「色々言いたいことはあるが、とりあえず助かった……オレの方はもう大丈夫だから、士道を──」

「それはいらぬ心配だ」

「同意。助っ人は夕弦たちだけではありません」

「それって──」

 

「シドー!」

 

 どういうことなのか聞こうとしたセイバーだったが、聞こえてきたその声を聞いて納得する

 

「大丈夫か、シドー」

「あ、あぁ」

 

 十香と士道が合流した以上、もう心配はないだろうと思ったセイバーがカリュブディスへと目を向けたようとするが、すぐにそれをやめる

 

「耶倶矢、夕弦」

「……わかってる、士道たちと合流でしょ?」

「警戒。確かにこれは、合流した方がいいかもしれません」

 

 そう言うと、三人の身体に風が纏われ士道たちの元まで一気に後退する

 

「ど、どうしたんだ?」

「流石に離れとくのはマズいと思ってな、目の前のアイツ以外にも……何かいる」

「何かって、一体──」

 

 士道がそう言いかけた直後、士道たちの影となっていた部分から次々と人影が現れる。フェイスヘルメットのような頭部に細身のボディ、人間とは逆向きの足関節に巨大な腕部。人の形をしているが明らかに人ではないそれは、五人の周りを囲むように出現した

 

「なんだ……こいつら」

「DD-007 バンダースナッチ……といっても、わからないでしょうね」

 

 士道の声にこたえたのは、人形の影から現れた一人の女性。ここ二日の修学旅行ですっかり見慣れたその女性を見た士道は目を見開く

 

「ぬ? お前は……」

「エレン……さん?」

「本来の目的はプリンセス──十香さん一人でしたが、まさか優先目標であるベルセルクまで居るとは……多少の想定外もありましたが、まぁ良しとしましょう」

「あんた……一体何者だ。まさかAST……!?」

「ほう、対精霊部隊のことをご存じですが。──しかし、残念ながらハズレです」

 

 エレンはその言葉と共に手を掲げると、それに合わせるようにバンダースナッチは姿勢を低くして一斉に飛びかかってくる。それに合わせるようにカリュブディスもセイバーたちの方に向かってくるのが見える

 

「二人ともッ!」

「心得た!」

「了承。迅速に離脱ですっ!」

 

 セイバーの声を聞いた耶倶矢と夕弦は地面に向かって風を叩きつけてその場から離れると、森の中まで一気に移動する。それを見ていたエレンは森の中に目を向けるとゆっくりと歩き始めようとして、足を止める

 

「随分と遅いご到着でしたね」

「ディナーの時間でしたのでね……ですが、しっかりと仕事はさせていただきますよ」

 

 男はそういうと一冊の洋書を手元に出現させ、パチンと指を鳴らした。すると手に持った洋書がパラパラとめくり、森を覆うように巨大な結界を作り出していく

 

「さぁ、山狩り……いいえ、この場合は森狩りと言った方がいいんでしょうかね」

「どちらでもいいです。始めます」

 

 エレンを先頭に下バンダースナッチたちはぞろぞろと森の中に入っていく

 

「さて、私たちも始めましょう」

──────―

 

 男は手に持った洋書のページを数枚破り、宙に放つとページに書かれていた文字が染み出し、ぼろ布を纏った怪物――シミーが無数に出現する。その怪物たちを引き連れた男もゆっくりと森の中に入っていった




襲撃を受けた士道たちは森へと姿を隠す
新たね敵の出現に新たな力を得たカリュブディス
そして怪物を操る男の存在

迫ってくる新たな敵に対し、これからどう動くのか
セイバーはカリュブディスに勝つことが出来るのか

次回, 八舞ウィッシュ 第5A-5話


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第5-A 5話, それぞれの戦い《上》

 森の中に避難した士道たちは、木の影に身を隠すと息を吐く。セイバーも本を閉じてトーマの姿に戻ると木に背中を預け息を吐いた

 

「あいつら、一体何なんだ……」

「……多分、アイツらがDEMインダストリーって奴だ」

「DEMインダストリー?」

「修学旅行前に琴里たちから一応警戒しとけって言われてた会社だ。フラクシナスの後ろ盾以外で顕現装置(リアライザ)を作れる会社で理念も正反対だから気を付けろって事らしいがここまで直接的に仕掛けてくるとは思わなかった」

 

 だが、あの口ぶりだと精霊を殲滅するというよりも何か別の目的があるような気がするが──

 

「しかし解せぬな。十香が精霊だというのは元より感じておったが」

「質問。何か狙われるような心当たりはないのですか?」

「狙われる心当たり……思いつかないぞ、少なくともシドーたちと出会う前に襲ってきた奴等の中に姿はなかった」

 

 耶倶矢と夕弦、二人に問いかけられた十香だったが本当に心当たりがないと言った様子だった

 

「けど、流石にこのままって訳にはいかないか」

「そうだな、ひとまず戻って令音さん達に事情を──なんだ!?」

 

 士道が言葉の途中で、上空が光り輝き結界が森を覆っていく

 

「な、なんなのだあれはっ!?」

「先手を打たれたか」

 

 そうこうしている間に結界は完全に完成してしまった、こうなってしまうとココカラ出る方法は結界を破壊できるほどの力をぶつけるか術者を倒すかの二つだ。などと考えている間に自分たちの周囲を何かが包囲していることに気付く

 

「囲まれてる……か」

「応戦。戦闘態勢です」

「かか、颶風の巫女に挑もうとは良い度胸だ。姿を見せよ!」

 

 耶倶矢のその声を聞いたか否かは知らないがゾンビのようで足取りで現れたのはバンダースナッチではなくシミーの方だった

 

「こやつら、新手か!?」

「十香、お前は士道を守ってくれ。他はオレたち三人で何とかする」

 

 トーマはベルトに収まっている火炎剣に手をかけたところで、耶倶矢と夕弦は何かを思い出した軽く目を開くと本を取り出してトーマへと差し出してくる

 

「そうだった、トーマ。忘れてたけどこれ」

「進上。使ってください」

「良いのか?」

「うん、元々それはトーマが集めてるものなんだし」

「……わかった、有り難く使わせてもらう」

 

 キングオブアーサーの本を外すと、二人から受け取った二冊の本をベルトにセットする

 

【ストームイーグル】

【こぶた3兄弟】

 

 三冊の本が装填されているベルトから、トーマは火炎剣を引き抜き、斬撃を放つ

 

『烈火抜刀!』

 

 眼前のシミー達を焼き尽くしたその斬撃は途中で制止すると、逆方向に移動し炎に包まれているトーマへとぶつかり炎を晴らした。トーマが炎を纏いその姿をセイバーへと変えるのと同時に八舞姉妹も風邪を身に纏い自身に霊装を顕現させた

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 セイバー、耶倶矢、夕弦の三人は目の前にいるシミーに対して攻撃を仕掛ける。耶倶矢と夕弦は風を用いてシミーを吹き飛ばしセイバーも火炎剣で次々とシミーを切り裂いていく

 少しずつではあるが順調に数を減らしていっているものの、それでもシミーの母数が多いためどれだけ倒しても終わりが見えない

 

「こいつら、一体一体は大して強くないのか」

「けど、こうも数が多いときりがないし!」

「士道! 十香! そっちは大丈夫か!?」

「うむ、こっちはまだ大丈夫だ!」

 

 セイバーの問いかけに答えた十香は、まだ余力がある様子で声をかけてきた。この調子なら問題ないと思いかけてすぐに上空から飛来したバンダースナッチによって攻撃を仕掛けられた

 

「ぐぁ……っ」

 

 背後からの攻撃によって一瞬の隙が生まれてしまったセイバーに対して周りにいたシミー達が次々と群がってくる

 

「トーマっ! ──このぉっ! 颶風騎士(ラファエル)──穿つ者(エル・レエム)!」

「殲滅。颶風騎士(ラファエル)──縛める者(エル・ナハシュ)!」

 

 耶倶矢と夕弦の二人は自身の手元に天使を顕現させるとそれを思い切り振るいセイバーの周りに纏わりついていたシミーやバンダースナッチを消し去っていったところで、動き回っていた筈のシミーとバンダースナッチが動きを止める

 

「なんだ?」

「燃料切れ……って事はないよね」

「困惑。ですがピクリとも動きません」

「……とりあえず、士道たちのところまでもど──」

 

 そこまで言ったところで、セイバーたち三人の耳に足音が聞こえ、シミー達を避けるように一人の男とカリュブディスが現れる

 

「お初にお目にかかります……と言った方がいいんでしょうかね」

「お前は……あの時の」

 

 優雅に、しかしどこか芝居がかった風に頭を下げた男にセイバーは身に覚えがあった今朝とは違い赤い髪をオールバックにしている東洋系の男。トーマがすれ違いファルシオンの名を口にした男だ

 

「では改めて自己紹介を。私の名はイザク──イザク・L(ロゴス)・クラーク、以後お見知りおきを」

「……名前なんざどうでもいい、アンタ。何が目的だ」

「目的……ですか、そうですねぇ。強いて言うならあなたの持つ力ですね」

 

 そう言いながらはセイバーの持っている聖剣を指さした

 

「あなたの振るっている力、その聖剣は元々我らが手にするはずだったモノ。それがどういう因果か今はあなたの手元にある……なので、その力を我々に返還して頂きたいのです」

「断ると言ったら?」

「あぁ安心してください。これはお願いではなく目的を話しただけ……最初からあなたの命ごと奪い取るつもりでしたので──カリュブディスッ!」

 

 イザクの声にしたがったであろうカリュブディスがセイバーたちに向かってきた。それと同時に回りで固まっていたシミーやバンダースナッチも動きだし三人へと攻撃を仕掛けてきた

 三人はその攻撃を上空へと逃げることで避けるが、ワンテンポ遅れてしまったセイバーはカリュブディスの伸ばしてきた槍に叩きつけられ地面へと落ちる

 

「トーマッ!」

「焦燥。今すぐ救出を──」

「オレは大丈夫だ。お前らはそれよりも士道たちの方に行ってくれッ!」

 

 カリュブディスの槍を受け止めながらセイバーはそういうと鍔迫り合いを続けたままその場から移動する。耶倶矢と夕弦は少し顔を見合わせた後その場から移動しようとして周囲をバンダースナッチが囲んでいることに気付く

 

「流石にここまで来るといい加減うざったい」

「立腹。いい加減目障りです」

 

 普段よりも激しい風を纏わせた耶倶矢と夕弦は自分たちの周囲を覆っているバンダースナッチの蹂躙を始めた

 

 

 

 

 

 

 一方、セイバーたち三人と少し離れた場所にいる十香は限定霊装を展開し、その手に顕現させた鏖殺公で迫ってくるバンダースナッチを次々と切り裂いていくと、木の影から再びエレンがその姿を見せた

 

「流石はプリンセス、圧倒的な戦闘能力ですね……どうですか十香さん、私とともに来ていただけませんか。最高の待遇をお約束します」

「──ほざけッ!」

 

 エレンの誘いを完全に拒絶した十香は鏖殺公の切っ先を向ける

 

「お、おい十香、いくらなんでも生身の人間に鏖殺公は──」

「違う」

「え……?」

 

 そう問い返しながら十香の方を見た士道は、彼女の表情が今までにない程の緊張感で満ちている事がわかる

 

「向かい合ってみて初めて気づいた。──あの女、もの凄く嫌な感じがする。そう……ASTの気配を極限まで濃くした感じだ」

「面白い表現をしますね」

 

 そう言いながらも、エレンはその場で優雅に両手を広げると同時に、身体が淡い輝きに包まれ、その身にワイヤリングスーツとCR-ユニットが装着されていた。ASTのものとは全く異なるそれを見た士道たちは身構える

 

「バンダースナッチ隊、しばらく手を出さないでください。音に聞こえたプリンセスがどれほどのものか、少し試させていただきます」

 

 そう言ったエレンは背中に装備されていたブレードを抜くと、左手の指をまげて十香を挑発する

 

「舐めるな……ッ!」

 

 その叫びと共に地を蹴った十香は鏖殺公を振りかぶり、エレンの脳天に叩きつける……前に彼女の片手に握った剣で、精霊の一撃は易々と受け止められる

 

「おや、そんなものですか?」

「く……ッ!」

 

 苦悶じみた声をもらした十香は連続で鏖殺公を振るうが、攻撃は全て防がれエレンへのダメージはおろかCR-ユニットにさえ傷一つついていなかった

 

「……こんなものですか、プリンセス」

「な、なんだと!?」

「せっかくペンドラゴンまで装備してきたのですが──必要なかったようですね。期待外れです。終わりにしましょう」

 

 エレンは右手に持った巨大なブレードを十香に向かって振り下ろす。その一撃を防御しようと鏖殺公を構えた十香だったが、彼女を守る筈だった鏖殺公の刀身は、いともたやすく砕け散った

 

『え……?』

 

 十香と士道は、目の前で起きた光景を見て呆然とした声が漏れる。しかしエレンはそれに構う様子もなく十香に攻撃を続ける。その攻撃をもろに受けた十香は小さな身体を後方に吹き飛ばし地面に叩きつけられる

 

「くぁ……っ!」

「と、十香!」

 

 地に伏した十香の元に駆け寄ろうとした士道だったが、それを阻むように二体のバンダースナッチが現れる。倒れた十香の方にも幾体のバンダースナッチが群がりはじめその身体を持ち上げようとしている

 

「興覚めです。早く昏倒させてアルバテルに運び込んでしまってください」

 

 その言葉と共に身に纏っていたユニットを消したエレンは顔を背けて腕組みをする

 

「ぐ──ぁ……ッ」

 

 バンダースナッチによって頭からその身体を持ち上げられた十香が苦しそうな声を発する

 

「十香! 何しやがるてめぇらッ! くそッ、退け!」

 

 士道は必至に目の前にいるバンダースナッチを退かそうとするが目の前の機械人形は一向に動く気配が見えない。そうしている間にも士道の耳に十香の口から漏れる苦し気な声が聞こえてくる

 

「十香──!」

 

 叫ぶ士道の中に、どうしようもない無力感と絶望感が溢れ出てくる。今の自分では何もできないという事実、十香たちのような圧倒的な力も、トーマのように敵を切り伏せる剣も、今の士道には存在しない

 自分の持っている精霊の力を封印する能力も、今この場では何の役にも立たない。それ以外は琴里から借り受けた治癒能力のみ

 今この場に──目の前の人形を切り裂いて進める力があればと、士道は考えずにはいられなかった。それと同時に思い出されたのは狂三の時に感じた絶望、あの時も結局士道は狂三を救うことが出来なかった。それが今の状況と不自然なほど被って、士道の目には映った

 

 ──もう二度と、あんな思いはしたくない

 

 そう思った瞬間、士道の中で何かがはじける

 

 ”生涯一度きりで構わない。今この瞬間だけで構わない。今この手に、十香を救う力があれば──! ”

 

「十香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」

 

 その想いを込めて士道が叫んだ瞬間、士道の中で何かが繋がり──自然と右手を振り上げていた

 

「え……?」

 

 呆然と声を発する。振り上げた右手に何かが握られている感覚、腕にかかる重さと金属のような冷たさ。それが何かを理解する前に士道は右手を振り下ろし、目の前に立ちふさがっていたバンダースナッチを切り裂いた

 その瞬間、切り裂かれたバンダースナッチの上半身は消え去り、その延長線上にいたもう一機、十香の事を抑えていた個体の頭部も斜めに滑り落ちた

 

「けほ……っ、けほ……っ」

「これ……は」

 

 士道は、自分の右手に握られているモノを見て、声を上げる

 彼の右手に握られていたのは……紛れもなく十香の天使、鏖殺公だった

 

 

 

 

 

 士道が鏖殺公を手にする少し前、先ほどまで戦っていた場所から移動したセイバーとカリュブディスはお互いの得物をぶつけ合い、辺りに火花が散る

 

「はぁッ!」

──────―

「やるずらい……なッ!」

─-─―ッ!? 

 

【ストームイーグル】

 

 カリュブディスに蹴りを入れて少し距離を取ったセイバーはストームイーグルの本を一度押し込み炎の竜巻を発生させると、それをカリュブディスに向かって放つ。渦に巻き込まれたカリュブディスの身体は所々が解け始め、その場に倒れる

 

「よし、さっさと二人の所に──」

 

 カリュブディスに背中を向けた瞬間、急に吸い寄せられる感覚に襲われ気が付くとカリュブディスのすぐそばまで移動させられていた

 

「なっ──ぐぁっ!」

 

 驚いている暇もなく背後から斬撃を受けたセイバーはその場に膝をつく、それに対してカリュブディスは執拗に攻撃を続ける。その攻撃によってついに耐え切れなくなったセイバーがその場に伏せた瞬間、腹部に思い切り蹴りをいれセイバーの事を吹き飛ばした

 

──────―

「ぐっ……ぁっ──ッ!」

 

 カリュブディスが歩いてくるのを見ながら、セイバーはベルトに剣を納刀しトリガーを引く

 

『必殺読破!』

 

 剣の柄に手を添えたまま、カリュブディスがこちらに近づいてくるのを待つ。数刻の時が流れ、すぐ近くまでやってきたカリュブディスが槍を振り上げたところでセイバーは無防備になった腹に蹴りを入れる

 

─-─―ッ!? 

 

『烈火抜刀! ドラゴン! イーグル! 3匹のこぶた! 三冊斬り! ファ・ファ・ファ・ファイヤー!』

 

 蹴りを受けたカリュブディスが一歩後ろに下がった瞬間、イーグルの羽根で思い切り地面を叩いたセイバーは立ち上がりベルトから抜刀する。淡い緑色の輝きと共にセイバーが分身し、三人になる

 

「「「火炎三連斬りッ!」」」

 

 三人に増えたセイバーは炎を纏った刀身で三方向からカリュブディスを切り裂くと幻影が消え一人に戻る、斬られたカリュブディスは身体から火花が発生させしずつ塵となって消え始めた

 

「おっと、ここでの退場は少々困る。さぁカリュブディス……食事です」

 

 その光景を見てたであろうイザクが持っていたのは機能停止しているバンダースナッチ、普通の人間では持ち上げることのできないであろうそれをイザクはカリュブディスに向かって軽々と放り投げる

 それを確認したであろうカリュブディスは胸から巨大な口を出すとそれを飲み込んだ。そして口が閉じられると同時に塵となって消えかかっていたカリュブディスの身体は再生し、同時に変化を始める

 右腕や頭の半分、身体の所々が機械のように変質し、背中からは蠢きながら飛行ユニットが生えてくる。完全に再生を終えたであろうカリュブディスは新たに出現したセンサーアイでセイバーの方をぎょろっと見ると飛行ユニットを使いもの凄い勢いで接近し地面にたたきつけた

 

「──っ……ッ!」

 

 肺の中にあった空気が一気に吐き出されたセイバーは声にならない声をを上げながらずっと握り続けていた火炎剣をついに手放した

 

「初お披露目とは言えこうもあっさり行くとは少々驚きです。カリュブディス、彼から聖剣と本の回収を」

──────―

 

 頷いたカリュブディスがセイバーのベルトに手をかけた瞬間、機械化していなかった左腕が消し飛ばされ、そのまま木に叩きつけられる

 

「おや」

「あんたら……トーマに何してくれてんだッ!」

「憤怒。夕弦たちの大切な人(おんじん)を、随分と痛めつけてくれたようですね」

 

 怒りの形相で二人を睨みつけている耶倶矢と夕弦を見て、イザクは後方で彼女たちの足止めをしていた筈のバンダースナッチに目を向けると、そこにあったのはスクラップと化した大量のバンダースナッチだったものが転がっていた




十香を圧倒したエレンとバンダースナッチ対
バンダースナッチを食らい新たな姿になったカリュブディス

相対するは

鏖殺公を顕現させた士道
トーマがやられたことに対する怒りに燃える耶倶矢と夕弦

異なる場所で起こっている戦いはいよいよ終盤

次回, 八舞ウィッシュ 第5-A 6話



……なんかトーマ負けてる事がする事多い気がする


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第5-A 6話, それぞれの戦い《下》

「これは──鏖殺公……?」

 

 士道が右手に握っている剣を凝視しながら、その名を呟く

 

「シ、ドー……? な、なぜ鏖殺公をシドーが……!?」

 

 士道が鏖殺公を使っていることに困惑していたのは十香も同じ、エレンに砕かれた筈の鏖殺公が士道の手の中にあるのだから

 そんな状況の中、士道は困惑と同時に今の状況を冷静に考えることも出来ていた。元々士道の持っている治癒能力は士道本人に由来するものではなくあくまでも琴里の霊力を封印しその力を借り受けているだけ、それならば自分が封印した他の精霊の力を借り受け、士道自身がその力を扱うことが出来るのではと、考えられていた

 そしてその仮説は、十香の天使──鏖殺公の顕現によって確かに実証された

 

「天使……? しかもプリンセスのそれと同じ……? まさか、それはつい今し方私が砕いたはずです。それ以前に、なぜあなたはそんなものを──」

 

 天使を顕現させた士道に対し、さっきの興味なさげな瞳とは打って変わり、好奇の色が映る瞳で士道を見つめている

 

「五河──士道といいましたね。あなたは一体何者です」

「……人間さ。一応な」

 

 士道の言葉を聞いたエレンは眉をひそめると、手を空に掲げる。それが合図となったのか周囲にいたバンダースナッチ部隊は姿勢を低くして警戒態勢にうつる

 

「気が変わりました。五河士道。あなたも来ていただきます。抵抗はお勧めしません」

「ぐ……」

 

 士道は鏖殺公を強く握り、渋面を作る。今の士道にはバンダースナッチを停止状態に追い込むだけの力がある……しかしそれは相手が警戒していない状態での不意打ちだったから、警戒態勢に移行された上今までよりも数が多いのに加え限定的にとは言え霊装を纏った十香を倒したエレンと言う存在も後ろに控えている

 この状況は一レベル単騎でゲーム終盤に出てくる撤退ミッションに挑むのと同義、どれだけ無理ゲーかわざわざ考える必要もなかった

 

「バンダースナッチ対。彼を捕らえてください。抵抗するようであれば手足くらい折っても構いません」

 

 その言葉と同時にエレンは掲げていた手を士道に向かって振り下ろす。同時にバンダースナッチが一斉に士道に向かって襲い掛かってくる

 

「くっ、この……!」

 

 士道もそれに応戦するために必死に鏖殺公を振り回すのだが先ほどのような斬撃は発生せず淡く輝く刀身が軌道を描くのみである。斬撃が放てなければ素人の攻撃、そんなものにバンダースナッチが当たる訳もなく士道の方に向かって腕を伸ばしてきた瞬間

 ばちっという音と共に二人の事を取り囲んでいたバンダースナッチたちは頭部から火花を上げて身をよじる

 

「なんだ、一体……」

 

 訝しげに眉をひそめた士道は、錆びついた人形のような挙動になっているバンダースナッチたちを見る。そんな機械人形たちの様子を見たエレンも不可解そうに顔を歪め、すぐに耳に手を当てて唇を動かす

 

「バンダースナッチ隊の反応が乱れています。何かありましたか」

 

 それを聞いてから程なく、エレンはうめくように喉を震わせる

 

「──コントロールルームに被弾? どういうことですか。……ッ、空中艦と戦闘? そんな指示を出した覚えは──」

「……!」

 

 この瞬間を好奇だと理解した士道は地面を蹴り、十香の手を取ると一目散にその場から逃げ出した

 

 

 

 

 

 少し時間は遡り耶倶矢と夕弦は己の出現させた天使を使ってカリュブディスに攻撃を仕掛ける

 

「ぶっ壊れろ!」

「殲滅。さっさと壊れてくださいッ!」

 

 暴風を纏ったその一撃を避け続けていたカリュブディスだったが、精霊の攻撃の余波はよっぽど強いものだったのか皮膚の表面は剥がれ、すぐに再生していく

 

「ちっ、あぁも再生されちゃキリがないし」

「思案。何か弱点でも見つけられればいいのですが──!」

 

 そう言いながらチラリと後方に視線を向けた夕弦は、後ろで意識を失っていたセイバーの指先がピクリと動いたことに気付き、そしてとある案を思いつく

 

「提言。耶倶矢」

「な、なに?」

 

 夕弦は耶倶矢の耳元に口を持っていくと、先ほど思いついた考えを伝える

 

「説明。夕弦が先行してあの怪物の相手をするので、耶倶矢は隙をついて怪物を颶風騎士で貫いてください」

「でも、それじゃあまた再生されちゃうんじゃ──」

「微笑。大丈夫です、夕弦”たち”を信じてください」

「! わかった……信じる」

 

 言葉を伝え終わった二人は改めてあの怪物の方に向き直り、これまでとは逆に夕弦が先に怪物に接敵し、自身の天使を振るった

 

──────―

「徒労。その回避行動は無駄骨です」

 

 カリュブディスはこれまでと同じように夕弦も持つ颶風騎士の鎖を回避する

 しかし、カリュブディスの方に向かって放たれたと思われていた鎖は背後にあった木に巻き付けられた。それを確認した夕弦は持ち前のスピードで先回りして鎖をカリュブディスの身体に食い込ませる

 

「緊縛。その動き──封じます」

 

 元居た場所に戻り、カリュブディスの身体を絡みついた鎖で縛りつけた瞬間、その場で成り行きを見守っていた耶倶矢が地面を強く蹴ってカリュブディスまで向かっていく

 

「このタイミングで良いんだよね──夕弦ッ!」

「首肯。えぇ、流石は耶倶矢。完璧なタイミングです」

 

 その言葉の直後、カリュブディスは持ちうる力の全てを使って夕弦の拘束から逃げるが時すでに遅し、眼前まで迫った耶倶矢によって上半身を貫かれる

 

─—-─―

 

 何ともつかない断末魔の後、機械のパーツやカリュブディス特有の白い肉片をまき散らしながら地面へと落ちていく

 

「回収。報酬ゲットです」

「報酬って……それ、トーマの集めてた本?」

「肯定。あの怪物の胸の中心に埋め込まれているのが見えたので、回収をと」

「な、なるほど……」

 

 二人がそう話していると、背後からぱちぱちと手を叩く音が聞こえてくる

 

「お見事、お二人の力……存分に見せていただきましたよ」

【カリュブディス】

 

 そう言って本を開くと、その中に白い肉片は回収されていく

 

「カリュブディスのどんなものかと言う検証も終わりましたし、私はこの辺りでお暇させていただきますかね」

「逃がすと思ってんの?」

「同調。あなたの知っていることを、洗いざらい話してもらいます」

「おぉ、怖い怖い。あまり怖い顔ばかりしていると想い人に嫌われてしましますよ?」

 

 精霊二人を相手取っているのにも関わらず、イザクの瞳には相変わらず余裕の色が見える。少しの睨み合いのうち、イザクは肩をすくめ二人に背中を向ける

 

「それでは、私はこれで──あぁ、どうせなので置き土産くらいはさせていただきますよ?」

 

 そう言ったイザクは一冊の本を開き、近くに散らばっていた残骸に向かって落とす。落とした本は沈むように残骸の中に入ると、辺りに散らばっている残骸をあべこべにくっつけながら人の形を作り、一体の怪物の姿になった

 

【岩石王 ゴーレム】

 

「あくまでも過去の記述から再現した複製品なので知性の無い化け物に過ぎませんが……ぜひお相手をしてあげてください」

 

 その言葉と共にイザクは姿を消し、ゴーレムが耶倶矢と夕弦に襲いかか──ろうとした所で炎の斬撃によって後方へと吹き飛ばされた

 

「いっつつ……あの白い奴、随分派手にやってくれやがって」

「トーマ、大丈夫!?」

「あ、あぁ……重いの一発貰った以外は」

「苦笑。もう少し早く起きると思っていたのですが予想が外れました……もう夕弦たちが終わらせてしまいましたよ」

 

 呆れたような笑みを浮かべながらこちらを見てくる夕弦を少し見た後、立ち上がると軽く肩を回して身体をほぐしていると夕弦が先ほど手に入れた本を手渡してきた

 

【西遊ジャーニー】

 

「贈呈。先ほど回収した本です、どうぞ」

「いいのか?」

「うん、正直連戦で疲れちゃって……だから後はお願い」

 

 夕弦から本を受け取り、耶倶矢からそう言われたセイバーは頷き、二人の一歩前に出てゴーレムメギドの方を見る。錆びついたような動きのゴーレムメギドだがその名の通りの固さだったらしく炎の斬撃を食らった箇所は少し焦げているだけだった

 

「……よし」

 

 火炎剣をベルトに納刀し、こぶた3兄弟の本を引き抜いたセイバーはそれをホルダーにしまって夕弦から受け取った本を開く

 

【とあるお猿さんの冒険記、摩訶不思議なその旅の行方は……】

 

 本を閉じ、ベルトに装填し力強く剣の柄を握ると──思い切り振り抜く

 

『烈火抜刀! 語り継がれし神獣のその名は────クリムゾンドラゴン! 

 

 ベルトと剣が共鳴し、発せられる猛々しい口上と共にセイバーの身に今までとは比較にならない程の炎が纏わりつき、霧散する。その中から現れたのは深紅の鎧を身に纏った一人の剣士。神獣・生物・物語、全ての力が共鳴しその圧倒的な炎で闇を払う──セイバー クリムゾンドラゴンが姿を現す

 

「力が溢れる……が、体力持ってかれるな、これ」

 

 そんなセイバーの言葉をお構いなしに攻撃を仕掛けてきたゴーレムメギドに対して蹴りを放つとバンダースナッチの素材を使っている以上本来のゴーレムメギドよりも更に堅牢になっていた筈のその体表にヒビが入った

 

「はぁッ!」

 

 蹴りから体制を整えたセイバーはそのまま切り裂くと熱で溶かされたようにゴーレムの切られた部分が溶解した

 

「速攻で……決めるッ!」

『必殺読破! ── 烈火抜刀!』

 

 ベルトに納刀し、トリガーを引いたセイバーがもう一度火炎剣を抜刀すると紅蓮の炎を身に纏った刀身の周りに無数の火球が出現する

 

「爆炎紅蓮斬!」

 

 紅蓮の斬撃をセイバーが放つのと同時に火球もゴーレムへと向かっていきその身を溶かす、身体の半分以上が溶解し動けなくなったゴーレムにセイバーの放った斬撃が直撃し、核となっていた本ごとその身を焼き尽くした

 それを確認したセイバーは三冊の本のページを閉じて、引き抜くとトーマの姿に戻る

 

「終わったの?」

「……あぁ、終わった」

 

 耶倶矢の問いにトーマが答えるのと同時に、二つの足音が三人の耳に届く。最初は警戒したが姿を現した士道と十香の姿を見て安堵の息を漏らす

 

「みんな!」

「無事だったか、二人とも」

「あ、あぁ。そっちも無事……で良いのか?」

「見ての通り、スタミナ切れだ──それにしても、あの結界をどうするか」

 

 その場に倒れこんだトーマは未だ森を覆ったままの結界に目を向ける

 

「アレを壊さない事には……俺たちも脱出できないんだもんな」

 

 などと言っていると上空から巨大な黒い戦艦が落ちて来ていた。後部から煙を出しているのを見ると程なくして落ちてくるのは考えなくてもわかるだろう

 

「──なんだアレ」

「ちょっと、流石にアレはマズいんじゃないの!?」

「動揺。このままでは私たちどころかこの島そのものに被害が……」

 

 耶倶矢たちがそう言っている間に、士道は一歩前に出て鏖殺公を構える

 

「シドー?」

「俺が……アレを壊す」

 

 そう言って士道は鏖殺公を空に向かって思い切り振りかぶるが障壁に到達する前に消失した

 

「届かない……ッ!」

 

 そう言ったところで、思わず膝をつきそうになった士道を十香が支える

 

「大丈夫か、士道」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 

 十香はもう一度斬撃を放とうとした士道の手にそっと触れる

 

「十香?」

「シドー、想いを込めて鏖殺公を振るえ」

「想いを……込める?」

「うむ、自分が何をしたいのか、今自分のするべきことが何なのか。その想いを持って剣を振れ。──そうすれば、天使はきっと応えてくれる」

「…………」

 

 十香にそう言われた士道はごくりと唾液を飲み込み、目を伏せて細く息を吐いた。十香に言われた通り、心を落ち着けて呼吸を整える

 このままだと自分たちどころか令音や折紙、クラスメイトたち……いや、ここにきている来禅高校のみんなを危険に晒してしまう、そう考えた士道は奥歯をギリと噛み締めて、柄を強く握る

 

「…………っ!」

 

 伏せていた目をカっと見開いた瞬間、鏖殺公の刀身が強い輝きを放つ。柄を握った士道の手に触れていた十香も力を込め、士道の方を見て頷く。標的は自分たちの上空にある結界と、更にその先にある巨大な鉄の塊を視界に捉え──

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ──ッ!」

 

 その叫びと共に鏖殺公を空目がけて振り下ろした。

 瞬間、鏖殺公から光が溢れ──その刀身が描いた斬撃を延長するように、空に向かって伸びていった。その斬撃は結界の光の壁を容易く破壊し鉄の塊に直撃するが……後一歩のところで破壊しきれない

 

「そんな──」

「案ずるな、ここから先は我ら八舞の出番だ」

「同意。あとは夕弦たちにお任せください」

 

 ある程度回復した八舞姉妹はそれぞれの手を握り、天へと向ける

 

「それじゃ、やっちゃおっか」

「首肯。えぇ、やっちゃいましょう」

 

 その瞬間、二人の霊装が淡く輝き──それに呼応するように二人の持っていた風双剣翠風の本も淡い輝きを放つ

 耶倶矢の右肩に出現した羽と夕弦の右肩に出現した羽が合わさり弓を形作る。夕弦の武器だったペンデュラムは羽と羽の先端で結びつき耶倶矢の持つ槍が矢のように番えられる。

 そして淡く輝いた風双剣翠風の本から翡翠色の風が吹き、耶倶矢と夕弦の二人に絡みつく。拘束具のようだった霊装は忍び装束をような霊装へと形を変え、槍の先端に風が渦巻く

 

「「颶風騎士(ラファエル)──天を駆ける者!! (エル・カナフ)」」

 

 翡翠色の風を纏い耶倶矢は右手で、夕弦は左手で。左右から同時にその弓を引き──天高く打ち上げた

 

 瞬間、今までとは比べ物にならない程の強風が辺りに吹き荒れ。その一撃は落ちてくる鉄の塊を容易く粉砕し、空を赤く染めた

 

 

 

 

 

 

 それから時は進み、翌日

 昨日の一件が嘘のように平和になった或美島の定食屋に、耶倶矢と夕弦、そしてトーマの三人はいた。トーマは来るときに持ってきた着替えなどが入ったバッグを、耶倶矢と夕弦の二人は着替えや日用品、私物の入った大きなキャリーケースを持って

 

「お前ら、本当に良いのか?」

「うん、ここを離れるのは少し寂しいけどね」

「同調。それでも、修学旅行の二日間が楽しかったのは事実……だから、これで良いのだと思います」

「そうか……それじゃ、行くか」

 

 三人が定食屋から出ると、既にフミが車を回して待っていた

 

「早く乗りな」

 

 それだけ言うとフミはそそくさと車の中に乗り込む、三人は何とも言えない顔をしてトーマが助手席に、耶倶矢と夕弦は後部座席に乗り込むと車を発進させる

 無言の車内で走る事数十分、空港まで着いた三人は荷物を取り出して改めてフミと向き合った

 

「やれやれ、最初はどうなるかと思ったが……ようやく肩の荷が下りるよ」

「あはは、酷い言われようだ」

「微笑。相変わらずフミさんは口が悪いです」

 

 最初はそんなことを言っていたが程なくして言葉がなくなる。少し時間が流れた後、ようやく耶倶矢が言葉を紡いだ

 

「ねぇ、フミさん」

「なんだい?」

「あのさ……一つ、お願いがあるんだけど」

 

 それを聞いたフミは少し眉を動かした、それを見た耶倶矢は言葉を続ける

 

「あの……またこの場所に帰って来ても、良いですか?」

「質問。夕弦たちは……ここに戻っても良いのでしょうか」

「はぁ、何を言い出すかと思えば──」

 

 そう言うと、フミは二人に近づき──思い切り抱きしめた

 

「当たり前だろう、例え血が繋がってなくてもアンタら二人は──私の大切な娘さ。帰って来たくなったらいつでも帰ってきな」

 

 自分たちを抱きしめてきたフミを抱きしめかえすように二人もフミの背中に手を回し。その温かさを感じていた

 

 

 それから少し時間が経ち、出発時刻が近づいた頃

 

「それじゃあ、二人の事頼んだよ。坊主」

「あぁ、任された」

「それじゃあフミさん──」

「挨拶。フミさん──」

 

「「いってきます!」」

 

「あぁ──いってらっしゃい」

 

 そして、三人は天宮市へと行き。フミは二人の事を見送った

 空港から出た彼女は、車の前で飛んでいく飛行機を見上げ──目に少しの涙を見せながら、満面の笑みを三人の乗った飛行機にむけた




修学旅行、夏休みと学生にとって最高のイベントを終え
来たるは九月、高校十校が合同で行う文化祭――天央祭
実行委員で大忙しの士道の耳に入ったのは
活動休止中のアイドル”誘宵美九”がこの文化祭で復帰ライブを行うという噂

一方、トーマは美九から所在不明の噂の調査を頼まれた
その噂とは”天宮祭で誘宵美九が復帰する”というもの
何処から流れたのかわからないその噂を調査しながら思い出したのは……

トーマと宵町月乃――誘宵美九の出会いの記憶


次章, 宵町/誘宵リコレクション


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第Ⅵ章 宵待/誘宵リコレクション
第6‐1話,美九の頼みと追想の始まり


 夏休み明け、士道たちの通っている来禅高校の体育館、夏休み明けの学生というものは大抵どこか休み気分は抜けていないものだが体育館に集まった学生たちはそうではなかった

 

『今からちょうど一年前……我らは多くのことを学ぶこととなった』

 

 壇上に上がっているのは、士道のクラスメイトである山吹亜衣。彼女は拳を握りながらマイク越しに声を絞り出しており、亜衣麻衣美衣トリオの残り二人は彼女の両脇を固めている

 

『苦渋の味を、敗北の屈辱を……這い蹲らされた地の冷たさを』

 

 来禅高校の校旗まで立てかけてある異様な力の入れようを見ると、これからどこかに戦いにでも行くのではないのかというほど熱量が溢れ出している

 

『さぁ諸君。見るも哀れな敗残兵諸君。私は君たちに問いたい。我らは苦汁を舐めたままなのか? 這い蹲ったままなのか? 敗北に沈んだままなのか……!?』

 

 熱量が極まっている亜衣が思いっきり演台に拳を叩きつけるとマイクのハウリング音が体育館上に響き渡る

 

『否! 否だ! 貴奴(きやつ)らは重大な失敗を犯した! それは我らに復讐の牙を研ぐ時間を与えてしまった事である! 悲願成就の時は来た! 来禅に栄えあれ! 来禅に誉れあれ! 我らが渾身の一撃を以て、貴奴らののどを噛み千切らんッ!!!』

 

 彼女の言葉に呼応するように体育館内に響き渡るのは生徒たちの雄たけび、体育館中のガラスが微かに揺れ、士道の鼓膜が少し痛くなる

 

「はは……気合い入ってんな」

「シドー、亜衣は一体何を言っているのだ? どこかと戦争でも始めるのか……?」

 

 苦笑している士道の横にいた十香は、怪訝そうな表情を浮かべながら士道にそう問いかける

 

「今月はあれだ、天央祭があるんだよ」

「天央祭? なんだそれは」

「んー、まぁ簡単に言うと超でっかい文化祭のことだな」

「文化祭……おぉ、テレビで見たことがあるぞ。学校に食べ物屋が並ぶ夢のような祭りだ」

「ん、まぁ間違っちゃいないが……」

「ぬ……? それで、なぜその文化祭をやるのに、このような決起集会が必要なのだ?」

 

 そう、壇上に上がっている彼女たち、そして体育館に集まっている生徒たちが圧倒的な熱量を向けているもの、それは文化祭……なのだがこの天宮市の文化祭である天皇は少しだけ通常の文化祭と異なっている。そしてそれがここに居る生徒たちの闘争心を迸らせている原因でもある

 

「天央祭ってのはちょっと他の文化祭とは違ってな。天宮市内の高校十校が合同でやる文化祭なんだよ」

「十校で……合同?」

 

 天央祭は十校合同でやる文化祭、現在でこそ栄えているこの街だが空間震の脅威が抜けきっていなかった当時は、地域面積や施設の充実度と比較しても住民数がかなり少ないというアンバランスな時期があった。そんな時期に行ったものが天央祭である

 

「要するに、当時は学校数も少なかったもんだから、一緒にやって盛り上がりましょうって企画だったらしい。それ住人数が増えた今でも続いてるんだよ」

 

 当時は、過疎地域と言うこともあり高校同士のあつまったささやかな祭事だったが、天宮市の住民が増えた今では天宮スクエア大展示場を貸し切って三日間行われる一大イベントにまで成長した。天宮市側としても一大イベントにまで成長してしまった天央祭を今さら終わらせる訳にも行かず容認しているらしい。

 毎年テレビの取材も入り市外からの観光客も多い、そして天央祭を見て志望校を決定する中学生もいるとなると市側もかなりの経済効果を生み出すこの祭事を終わらせることが出来ないのである

 しかし高校同士が手を取るささやかな祭事は多くの住民を獲得した現状、別の意味を持つことになった。その意味とは──

 

『今年こそ! 今年こそは、我ら来禅が王者の栄冠を手にするのだ!』

 

 各行対抗システムである。天央祭は模擬戦部門、展示部門、ステージ部門などの優秀校を投票によって決め、最優秀校に選ばれた学校が以後一年の王者として君臨するのだ

 

 

 

 

 と、言ったように士道たちの学校が他所の高校に対して闘志を燃やしまくっている中、学生ではない例の剣士は一体何をしているのかというと

 

「おっちゃん、野菜炒めあがったよ」

「坊主! 野菜炒め定食三つ追加だ!」

「了解!」

 

 毎日の仕事に勤しんでいた。いつもより少し早めに来た忙しい時間帯で客や定食屋から飛んでくる注文を捌きながらひたすらフライパンを振り続ける。そんなことを続けること数時間、ようやく客足が落ち着き椅子に座って休んでいると定食屋の扉がバンッ! と開かれる

 

「お兄さんッ!」

「……はぇ?」

「おぉ! 嬢ちゃんじゃねぇか、久しぶりだな!」

「あっ、おじさんお久しぶりです」

「おう。それで今日は坊主にどんな用なんだ?」

「そうでした、それじゃあおじさん。ちょっとお兄さん借りていきますねー」

 

 唐突に仕事場までやってきた美九は少し呆然としているトーマの腕をガシっと掴んで定食屋の裏口から外に出た

 

「ど、どうした急に」

「大事件です大事件です!」

「だから、大事件って一体──」

 

 そんなトーマの言葉を無視した美九が彼を連れてきたのは定食屋から少し離れた場所にある裏路地までやって来たところでようやく足を止めた

 

「……ここなら大丈夫そうですね」

「大丈夫って、さっきからお前なんかおかしいぞ?」

「おかしくもなりますよぉ、何処から出たのかわからない噂の所為で私大変なんですから」

「噂って、一体何のだ」

「私が今度の天央祭で私が復帰するって噂ですよ。確かにそろそろ再開するのもありかなぁって思ってましたけどお兄さん以外誰にも言ってませんし、そもそも話すような人もいませんし」

「成る程な、それで大急ぎで俺の所まで来たと」

「そうですそうです、だからお兄さん! お願いします。一体誰がこの噂を流したのか……私の代わりに調べてください!」

「美九の代わりにって、それくらい自分で調べられるんじゃ──」

「実は私、通ってる竜胆寺女学院の天央祭実行委員に選ばれちゃったんですよぉ、それであんまり時間取れないので代わりにお願いしたいんです」

 

 美九の話を聞いたトーマはわざわざ自分に頼んだ理由が何だったのかを聞いて納得した。この街にやってきてからまだ数年のトーマであっても天央祭の規模の大きさは知っている、その実行委員に選ばれたとなると確かに噂の出所に調べる時間はないだろうと考えたからだ

 

「わかった、噂の出所はこっちで出来る限り調べてみる」

「助かりますぅ」

「それなら、とりあえずここから移動──」

 

 ひとまず美九からの頼みを聞いた所でとりあえずこの場所から出ようとしたところでこの場所がどこなのか、気付く

 

「──ここって」

「どうかしたんですか?」

「……美九、お前覚えてるか、この場所」

「えっ……あっ、そっか、私がお兄さんと初めて会ったのって」

 

 そう、今二人の居る場所は他の人にとっては何の変哲もない路地裏。しかし二人にとっては、全てが始まった場所でもある

 

「懐かしいですねぇ、あの日初めて出会ってから、もう一年……その後再会してから、もう半年になるんですねぇ」

「ホントだな」

 

 美九の言葉に返事をしながらトーマは思い出す。今から一年前……この街に流れ着き、ようやく生活基盤を手に入れることの出来た青年と、自身にとって大切なモノを一度失ってしまった少女

 

 その二人の──出会いの記憶を





天宮市にある定食屋に下宿していた記憶喪失の青年 トーマ
彼はある日、店の近くの路地裏でうずくまっている一人の少女と出会う
きらびやかな衣装を身に纏った少女の名は宵待月乃

これは、トーマと月乃――美九が初めて出会った時のお話


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第6-2話,追想Ⅰ 出会い

 時間は遡り1年前の天宮市──この街に辿り着いた一人の青年、トーマは下宿先の定食屋での仕事を終え、一息つく

 

「じゃあ坊主、しっかり戸締りはしろよ」

「はい、お疲れさまでした」

 

 この店の店主であるおっちゃんに挨拶をしたトーマはそのまま正面入り口に鍵をかけて裏口の施錠を確認しに行く

 

「そういえば、洗顔料切らしてるんだっけ」

 

 裏口まで行く途中で自分の使っている生活必需品が切れていることを思い出したトーマは一度自分の部屋に行って財布を取ってくると、改めて裏口へと向かう

 

「時間が時間だし、とりあえず近場のコンビニで間に合わせるか」

 

 時刻は現在21時、今からディスカウントストアに行くにしても今のトーマは足を持っていない為徒歩で向かう事の出来るコンビニへと足を向けた。コンビニまでは特にトラブルに巻き込まれると言ったこともなく、無事洗顔料を買った帰り道、彼の視界の隅に映ったのは路地裏で体育座りをしている一人の少女だった

 この時間、そして薄暗い路地裏に不釣り合いなきらびやかな衣装を着ていたその少女を見たトーマは、自然と彼女の方へ足を向けた

 

「大丈夫か?」

「…………」

 

 体育座りをしているトーマにそう声をかけるが、少女はトーマに目線を向けるだけで言葉を発そうとしない。しばらくの間返事を待ってみたが一向に言葉が返ってこない事に流石のトーマも不信感を覚える

 

「おい、本当に大丈夫か?」

「──っ、──っ……」

 

 もう一度声をかけたトーマに対して少女は喉を触って口をパクパクさせているが、一向に言葉は発せられない。その様子を見たトーマは流石に今の少女の状態が異常であることに気付く。そして今の少女の状態が喋らないのではなく、喋れないだと仮定した場合、彼の中に会ったピースがピタリと嵌る

 

「もしかして、喋れないのか?」

「っ! っ!」

 

 その言葉に力強く頷いた少女を見たトーマは少しの間思考を巡らせた後、少し頭を掻いて腹をくくる

 

「……とりあえず、この場所だと目立つ。この近くに俺が下宿してる店があるんだがひとまずそこに行こう」

 

 それを聞いた少女は、銀色の瞳に恐れの感情を映し出した、見ず知らずの男にそう言われたら怯えるのは当たり前かと考えたトーマは少しだけ考えた後、彼女と同じ目線になるようにしゃがみ込む

 

「?」

「約束する、俺は何があっても君に変な真似はしない。もしもその約束を破ったら警察に突き出すなり君の好きにしてくれて構わない」

「────」

 

 大きく目を見開いている少女に対してトーマは小指を立てた右手を少女の方に向ける

 

「書類とか持ってないから、今は指切りで勘弁してくれ」

 

 少女はトーマの差し出した小指に恐る恐る自分の小指を重ねる

 

「指切りげんまん、約束を破ったら……とりあえず切腹する、指切った」

 

 さっきは彼女の好きにしてくれて構わないと言ったトーマだったが、指切りする際に何て言っていいのかわからなかったから取り合えず約束破ったら自分が切腹をするという条件で指切りを成立させる

 

「よしっ、とりあえずこっち。あとその服目立つから、上着使っていいよ」

 

 上着を少女に渡したトーマは、ゆったりとした足取りで定食屋までの道を歩く、少女はそんなトーマの少し後をついてくる。彼女が声を発することのできないということもありお互いに無言でまで戻ってくると裏口の鍵を開けて中に入る

 

「とりあえず、適当な所に座っといてくれ。外は寒かったから茶でも入れる」

 

 遠慮するような動作をしている少女の事を無視したトーマは厨房から個人用に買った急須とお茶っ葉、そして自分用の湯呑と客用のコップを一つ取り出して彼女の居る場所まで戻る

 

「今淹れるから少し待っててくれ……にしても、少しコミュニケーションが取りづらいのは難点だな」

 

 急須にお茶っ葉を入れてお湯を注ぎながらどうにかしてコミュニケーションを取る方法を考えていると、つけっぱなしにしていたテレビから流れていた映像をトーマは思い出す。お茶を客用のコップに注ぎ終えるとそれを少女の前に差し出し。もう一度席を立つ

 

「少し待っててくれ」

「?」

 

 早足で階段を上がっていったトーマは程なくして少女の元に戻ってきた。彼が取りに行っていたのは何枚かの紙の束とシャーペン、それを少女の前に置き改めて座り直す

 

「とりあえず、何か伝えたいときはその紙とシャーペン使ってくれ」

「──」

 

 それを聞いた少女はさっそく紙にシャーペンを走らせ、トーマに見せてくる

 

どうして助けてくれたんですか? 

「どうしてって、何となくだよ……あそこで君を放っておくといけない気がしたから助けた、それだけ」

それだけって 信じられません

「信じる信じないは好きにしてくれ……けど、約束した以上俺は君に変なことはしない」

 

 その言葉を聞いた少女は疑わし気にトーマのことを見る、確かに打算があると思われても仕方ないかと思いながらトーマ言葉を発そうとするとクゥーと可愛らしい音が聞こえてくる

 

「~~~っ!?」

「……とりあえず、おにぎりでも作ってくるよ」

大丈夫です

「口……いや、言葉では何とでも言えるが、さっきのを聞いてはいそうですかとはならねぇよ」

 

 苦笑しながら厨房に向かったトーマは炊き終えていた白飯を少しだけ拝借して簡単な塩むすびを作る。だがここで終わらせるのもなんだかなと思ったのか玉子焼き用のフライパンを取り出すと今度は玉子焼きを作り始める

 料理を初めてから気が付くと数十分の時間が経ってしまっていた。最初は白飯だけのはずだったが気が付けば玉子焼き以外に味噌汁まで作ってしまっていたトーマは残りは明日の朝食に回すことを決めお椀や皿を取り出して味噌汁や玉子焼きを盛り付けて少女の前に出す

 

おにぎりだけじゃなかったんですか!? 

「興が乗った、残すのも勿体ないから食べてくれ」

まぁせっかく用意してもらったので食べますけど

 

 少女は一口食べた後、無心でご飯を食べ続けあっという間に食器は空になる。その様子から見るによっぽど腹が減っていたのだろうと思いつつ。やはり自分の作ったものが綺麗に食べられたトーマの表情も自然に綻ぶ。その様子を見ていた少女はトーマの様子を不審に思ったのか再び紙にシャーペンを走らせる

 

どうかしたんですか? 

「何でもねぇよ、ただやっぱり作ったモンを綺麗に食い切ってくれると嬉しいもんでな」

そういうものなんですか

「そう言うもんなんだよ……そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はトーマ、君は?」

 

 トーマのその言葉に対して少女は驚いたような表情を見せる

 

私のこと知らないんですか? 

「ん? あぁ、初対面だし当たり前だろ?」

ホントに知らないんですか? 

「だから知らねぇって」

 

 その言葉が真実だとわかった少女は少し肩を落とした後、再び紙に文字を書いていく

 

宵待月乃って聞いた事ありませんか? 

「名前くらいしか聞いたことないな、有名人ってのは知ってるがあんまテレビとか見ないしどっちかって言うとラジオ派だし」

不覚です、まさかこの現代社会においてテレビを見ない人が存在するなんて

「失礼すぎる……というかキャラ変わってないか?」

気にしないでください、それより驚かないでくださいね

 

 そう書いた後に紙を切り替え、少し深呼吸してから再び文字を書き始める

 

私がその宵待月乃なんです

「へー、有名人だったんだな」

思ったより感想が薄い!? 

「いや、だって有名人だろうが何だろうが人は人だろ、いちいち有名人かそうじゃないかで態度変えてたら疲れるだけだし……それに、オレにとっちゃ君が有名人かどうかなんざ些細なことだしな」

 

 あっけらかんと言ったトーマの言葉を聞いた少女は少し呆然とした後、二・三度目をパチパチとさせてから手に持っていた紙で顔を隠す

 

「どうした」

 気にしないでください

「そうか……っと、もうこんな時間か、とりあえず今日の所は俺の部屋使っていいからそこで寝てくれ。着替えとかも悪いが女物がないからタンスの中にあるTシャツかなんか使ってくれていいから」

 

 トーマはそれだけ言うと、食器を持って厨房へと入っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一人残された少女──宵待月乃、本名,誘宵美九は不思議と少しだけ早くなっている鼓動を落ち着かせるためにコップに残っていたお茶を一気に飲み干した

 

『なんなんですかなんなんですかなんなんですかっ!?』

 

 トーマの言葉を聞いた時に自分の感じたトキメキの正体が一体何だったのかわからず内心取り乱していた美九だったが深呼吸をして無理矢理自分の心を落ち着かせると改めて乱れた思考をまとめる

 

『そうです、今日はきっと色々あって疲れてるだけ……いろいろ、あったから……』

 

 今日あった事を思い出し、さっきまで晴れていた美九の心に黒い靄がかかる

 

 誘宵美九――宵待月乃は、今までファンを笑顔にするためにステージに立ち歌を歌っていた。しかし芸能界は光だけではやっていけない、光があれば当然闇も存在する。その最たる例が裏営業

 美九自身も事務所から裏営業をするように指示を受けたが当然それを断り続けた。すると今まで自分を支援してくれていたはずの事務所は掌を返したように彼女に対して嫌がらせを始めたのだ、最初は些細なものだったが、嫌がらせは自然と大きくなり現在では事実無根のスキャンダルを世間に流され。事務所内で唯一自分を信じてくれていたマネージャーも事務所の判断でクビにされ、芸能界で美九は完全に孤立した

 

 そして今日、ライブ会場で噂を信じた悪意に満ちた視線(ファンたちの視線)を受けた彼女は────自身にとって一番大切だった声すら失ってしまった

 

 全てを失い、行く当てもなく彷徨っていた彼女は誰の目にも留まらない筈の路地裏へとたどり着き、トーマと出会ったのだ

 

 

 美九は厨房から戻ってきたトーマに案内され、部屋までやってくると彼の言っていたタンスから適当にTシャツと半ズボンを取り出して布団の中に潜り込んで眠りに落ちた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ、酷いな」

 

 彼女が眠りに落ちたのを確認したトーマは部屋に置いてあったノートパソコンとタオルケットを手に取り部屋を出ると、ネットで宵待月乃について検索をかけてみた。するとトップニュースとして見つかったのは彼女にまつわるスキャンダルについて、それは目を覆いたくなるような酷いものだったがなんとか耐えてその記事を読み終えたトーマの口から出たのがさっきの言葉だ

 

「……だが、これが真実だとは微塵も思えないな」

 

 トーマはさっき話した少女が、この記事に書かれているようなことをする少女だとは思えなかった。それにこのスキャンダル関連では不可解な所がいくつか存在する。その中でも奇妙なのがスキャンダル発覚から事務所の対応が早過ぎるのだ

 

「本人が謝罪をする以前に事務所が謝罪文を出した……見方によっちゃ迅速な対応をしたようにも見えるが、少し捻くれた見方をすると彼女が謝罪をする機会を潰したようにも見える、それに──」

 

──ここまでのスキャンダルを起こしておいて、どうしてライブが中止か延期にならなかった? 

 

 次にトーマの感じた疑問はそこだった

 

──ライブが行われたのは天宮市でも一二を争うほどに大きいステージ、中止にすることはできなかったとも考えられる。だがそれでも事務所側が取れる手段は存在した筈……なのにどうして事務所側は何もしなかったんだ? 

 

「スキャンダルの中でもファン……いや、観客の前に立ちたい、自分の思いを伝えたいという彼女の意思を尊重した。そういえば美談だが」

 

──俺から見ると、事務所側が率先して彼女を……いや、宵待月乃という一人のアイドルを潰そうとしているようにも見えてしまう

 

「駄目だな、ホントに事務所側の取れる手がなかったとも考えられる……俺が悪い方に物事を考えすぎてるのか、それとも人の善性を信じすぎちまってるのか」

 

 ともかく、今のままではどれだけ考えた所でまともな結論に辿り着けないと判断したトーマはノートパソコンの電源を切って。並べた椅子の上に寝転がると意識を手放した




路地裏で出会った少女、宵待月乃と出会ったトーマ
そして宵待月乃の身に起こっている出来事を知ったトーマは、彼女の所属している事務所の対応に疑問を抱き独自に行動を始める

次回,宵待/誘宵リコレクション 6-3話,追想Ⅱ 調査


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第6-3話,追想Ⅱ 調査を始める少し前

すいません、予告詐欺になりました


 朝、聞こえてくる電子音と共にトーマは目を覚ます

 

「……時間か」

 

 少し固まっていた身体を起こしたトーマはその場で身体を伸ばし、タオルケットを畳んで一度二階へと上がる。物音を立てないよう部屋に入ってタオルケットを置くと厨房に入って下ごしらえを始める

 

「おう、坊主。相変わらず早いな」

「おっちゃんこそ、もう少し遅く来ても構わないのに」

「馬鹿野郎、半人前のお前さんにウチの店任せるわけねぇだろ」

 

 そんなこと言いながら二人で下ごしらえをしているとトーマは昨日の事を言っていなかったことを思い出して口を開こうとしたところで、上の階から物音が聞こえてくる

 

「ん? なんだ?」

 

 基本この時間に上の階から物音が聞こえてくることはない為、少し不信そうな顔をしたおっちゃんはトーマの方を向く

 

「お前さん、まさか猫でも連れ込んでるんじゃないだろうな」

「流石に猫は連れ込んでないよ」

「猫はってどういうこった?」

「実は──」

 

 トーマは昨日、宵待月乃と言う少女と出会い、ひとまずここで保護したこと。その保護した少女が現在言葉を話すことが出来ない等を話す

 

「成る程な、それで今その嬢ちゃんが上で休んでるって訳か」

「はい、本当は昨日のうちにと思ったんですけど時間が時間だったので」

「ったく、お前さんは俺に対していちいち律儀なのは何なんだ……まぁいいや、そんでその嬢ちゃんどうするつもりだ?」

「ひとまず様子を見ようと思います……」

 

 トーマも昨日の記事の内容を見る限りこの一件を放置しておくわけにもいかないだろうと判断している為勝手に放りだすなんてことはしない……と言ってもあくまでも本人の判断を優先するというのは当たり前だが

 

「とりあえず坊主、朝飯持ってってやんな」

「わかりました」

 

 おっちゃんの用意してくれた朝食を持って二階まで上がると、丁度布団を畳んでいる所だった月乃と目が合う

 

「おはよう、早起きだな」

おはようございます

「朝飯、持ってきた」

 

 トーマの言葉に軽く頷いたのを確認すると、手に持ったおぼんを机の上に置く。トーマがその近くに置いてあった時計で時間を確認すると、彼女から離れた入口の近くに座る

 

「何のことかわからないが謝らせて欲しい、すまなかった」

急にどうしたんですか? 

「君について、少しだけ調べさせてもらった」

「──っ」

「けど、調べてみると君がそんなスキャンダルを起こすような人には思えなかった……無論、これは昨日会ったばかりで君の事をよく知らない人間の感想だ」

 

 その言葉を聞いた月乃は最初こそ同様したような表情を浮かべていたがその後の言葉を聞き、何処か安心したような、それでいて驚いたような表情に変わった

 

信じないんですか? 

「噂なんてそいつのこと知らんかったら信じる価値もない与太話だ。なのにそいつの人柄を知ったならオレは噂よりも自分の直感を信じる」

「…………」

「何だその目」

あなたみたいな人もいるんだなと思って

「そりゃあオレみたいなのも一人や二人いるだろ……っと、そろそろ仕事の時間だ」

 

 そう言ったトーマは立ち上がると部屋から出ていこうとするが、扉を開けたところで一旦足を止める

 

「……言い忘れたが、ここの家主には許可取ったから事が収まるまではこの部屋を使って構わないとさ、どうする?」

 

 その言葉を聞いた月乃はしばらくの間考えたように首を左右に振ったあと、紙に文字を書き始める

 

それなら、しばらくここにおいてください

「わかった、家主にはそう伝えとく」

 

 トーマはそれだけ伝えると、一階に戻って仕事を再開する──前に下ごしらえの続きをしている途中だったおっちゃんに声をかける

 

「おっちゃん、今日夕方くらいから早上がりさせて貰っても良いですか?」

「構わねぇが、どうしてだ?」

「ほら、生活必需品とか色々買わないとだし」

「わかった、ただしその分は給料からしっかり引くからな」

「追い出されないなら全然いいよ」

 

 おっちゃんに許可を取ったトーマはいつもより気合いを入れて仕事を始めた

 

 

 

 

 時は進み夕暮れ、時間を確認したトーマはおっちゃんに先に仕事から上がることを伝えた後二階へと上がると、体育座りでテレビを見ている月乃の姿があった

 

「宵待さん、今少し時間大丈夫?」

どうしたんですか? 

「ほら、これからしばらくここに世話になるなら日用品とか色々いるだろ? だから買いに行こうと思ってな」

なるほど、そう言うことならわかりました

「そっか、じゃあ早速買い────に?」

 

 と言葉を続けようとしたところで月乃はずいっと紙をトーマの顔まで近づける

 

「えっと、どうした?」

私の名前月乃じゃないです

「えっ、でも昨日は宵待月乃って──」

宵待月乃は芸名です、私の本当の名前は誘宵美九

「誘宵……美九」

 [はい、誘宵美九

 

 この時、トーマは宵待月乃──誘宵美九の本当の名前を知った

 

 

 

 彼女の本当の名前を知り、街に出る。Tシャツにパーカー、ジーンズという格好のトーマと有名人であるため変装用の帽子を被り目立たない恰好の美九。そんな二人が手始めに向かったのは天宮市内にあるショッピングモール、更にその中に存在する洋服屋

 

「こんなのはどうなんだ? 動きやすくてよさそうだが」

私的にはちょっと、もう少しかわいいやつのほうが

「成る程」

 

 基本的に色のある話など一切なく、年頃の女の子の服など選んだことのないうえ基本的にはデザインよりも動きやすさ重視のトーマにとって美九の服を選ぶというのは普段の仕事以上に労力を使う作業だったもののなんとか終わらせることが出来た

 結果、部屋着と寝間着を二着ずつに外出用の服を三着買い、その後も下着や化粧品、それに会話がしやすいようにホワイトボードとそれ用のペンを買って二人は買い物を終えた

 

 

 

 

 その日の深夜、美九が完全に眠ったのを確認したトーマは昨日と同様一階でノートパソコンを付けて情報収集を開始する

 

「美九の所属してる事務所、随分と黒い噂が付き纏ってるみたいだな」

 

 ざっと調べてみただけでも所属しているタレントに裏営業を強要なんて記事が何件か見つかった。自分で手に入れた情報ではなくあくまでもインターネットという膨大な情報の海の中にあった情報だ。どの情報が嘘でどの情報が本当かの精査は結局自分でやらないといけない

 

「直接相手方に乗り込んで真実を聞き出すことが出来たら手っ取り早いのだが」

 

 そこそこ名の知れている芸能事務所にカチコミをかけるなんてことをした日には自分だけじゃなくてこの店にまで迷惑をかけてしまう

 

「何より、余計なことをして美九に迷惑までかけちまったらそれはそれで困る」

 

 時々忘れそうになるがあくまでもトーマの目的は彼女の言った情報が本当なのか嘘なのかを確かめること、そしてもし本当であった場合は出来る限りその噂を撤回する方法を探すこと──だとトーマ自身は思っているのだが

 

「人の噂も七十九日……とも言うからな」

 

 あまり騒ぎすぎるとかえって美九側に不利益を被る結果となってしまう場合を考え、トーマもあまり迂闊に行動しようとしない。さてどうにかして正確な情報を手に入れる方法はないかと考えているとトーマはとある方法を思いつく

 

「……行ってみるか、美九の元々住んでるマンションに」

 

 ここまでガッツリ炎上してしまっていることを除いても美九が有名人であることに変わりはない。当然住所はどこかしらのタイミングで特定されてしまっているし、そうでなくてもここまでの騒ぎなら彼女から一言話を聞こうとする報道陣で噂になるだろうとトーマは考えた

 

「案の定、情報はちらほらか」

 

 トーマの考えた通り彼女の家には報道陣が押しかけているらしくSNSで話題になってしまっている

 

「そうと決まれば……だな」

 

 すっかり忘れていたが明日は定休日、美九を一人にすることに対して少しだけ心配しつつタオルケットを被って眠りについた



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第6-4話,追想Ⅲ マネージャー

 翌日、店に書き置きを残したトーマは地図アプリを起動したスマホを片手にネットに流出してしまっていた美九のマンションまで向かう

 

「っと、ここか」

 

 やってきたマンションは今回の一件を全く知らない住人でも勘づくほどに多くの取材陣が押しかけている……正確にはテレビの撮影クルーではなく美九や住人から何らかのインタビューをしようとしている雑誌記者の方が多いのだろうが、トーマにとってそれは些細な違いだ

 

「さてと、とりあえず色々と聞いていきたいところだが」

 

 トーマはその手の事に関しては全くの素人、伝手も何もない状況からどうにかして情報を集められないかと考えたが全くと言っていい程情報収集のための手段が思いつかない……そのため彼の取った方法は

 

「盗み聞きだな」

 

 そう、盗み聞きである。そうと決まれば話は速いと言わんばかりに出来ている人だかりの方に移動すると耳を澄ませる

 

「ったく、連日待ったって出て来やしない」

「この感じだと、帰ってきてすらいないんじゃねぇのか」

「にしても、この話は本人が何も語んねぇからそうなんじゃねぇかって憶測が広がってるだけで何の証拠も出やしない」

「そうだな、そもそも俺たちだって噂の出所もわかんねぇなら本人の口から聞こうってここに集まってるわけだし」

 

『──噂の出所が不明? それに証拠が出てないってどういうことだ』

 

 トーマの見たニュースサイトの内容だと、写真が見つかったから噂が広がったって書いてあったはずだ。それなのにどうして近くにいる記者たちは証拠が出てないなんて言ってるんだ

 

『見たはずの情報と今記者たちの言ってる情報に差異があり過ぎる』

 

 盗み聞きではあるがこうして記者から情報を得た瞬間から頭の中に広がっていくのは情報同士がバラバラになっていく感覚と、反対に見知らぬ誰かによって意図的に美九を貶められている可能性が信憑性を帯び始めた実感

 それをより確かなものにするための方法として最も単純かつ確実なのは芸能関係者から情報を仕入れることなのだが……と考えていると、近くにいた記者たちが騒めき始めた。何事かと思ってそちらを見ると目線の先にいたのはビジネススーツを着ているいかにも出来る女性という感じの女性

 

「あれ、確か宵待月乃のマネージャーだったよな」

「話聞きに行くぞ!」

 

「……成る程、これが僥倖って奴か」

 

 トーマも記者たちに混ざる形で彼女の元に近づくが入る隙間もない程にぎゅうぎゅう詰めの状態である。このままでは話を聞くにも聞くことが出来ない以上どうにかして彼女をここから連れ出す必要がある、トーマがここでファルシオンに変身してあの女性を連れ出すことは簡単だが公の場に姿を現すことになる……トーマにとってもそれは避けたい

 

「……となると、力尽く以外の方法はないか」

 

 決まってからは行動は簡単だ、無理やり人混みをかき分けて彼女の目の前まで辿り着く。そして次にやるべきことは簡単で困惑する彼女の手を取るとそのまま隙間を縫って走り出す

 

「あっ! 待てッ!」

「何処に連れてく気だぁ!」

 

「ちょ、ちょっと──」

「今は黙って手を引かせてください。訊きたいことがあります」

「訊きたいことって……貴方も記者?」

「記者じゃないです、それと宵待月乃のファンでもないです」

 

 なら一体トーマが何者なのかという困惑の表情に染まっていた彼女の手を引きながら走り続ける、記者たちと距離が離れた所で角を曲がってその場に隠れる

 しばらく隠れてやり過ごしていると記者たちはまっすぐ走っていった。それを見て一息ついたトーマに対して彼女は改めて声をかけてくる

 

「あの、貴方一体何なの?」

「あぁ……えっと、オレはトーマ。この街にある定食屋で働いてます」

「トーマって、苗字? それとも名前?」

「名前です」

「それじゃあ、苗字は?」

「……オレ、自分に関する記憶がないんです。だからすみません、苗字は──」

「そう、こっちこそごめんなさいね、嫌な事聞いちゃって」

「信じてくれるんですか?」

 

 にわかには信じられない事を言っているトーマのことをあっさり信じた彼女に対して、言った本人が驚くという奇妙な状況が生まれたもののそれに対して彼女はカラッした顔で笑い言葉を続ける

 

「そりゃあね、真剣そうな感じだし。それよりこっちの自己紹介がまだだったわね、私は須藤ゆき。よろしくね」

「……よろしくお願いします」

「それで、君は何が訊きたいの?」

「宵待月乃の、噂について」

 

 トーマのその言葉を聞いたゆきは少しだけ顔を伏せ、今度はさっきまでの明るい表情ではなく真剣な表情で言葉を続けた

 

「さっき、あなた言ってたわね。宵待月乃のファンじゃないって……なのに、どうして彼女の噂が知りたいの?」

「宵待月乃、いや……誘宵美九は今、オレの働いてる店で匿ってる状態です」

「それ本当──いえ、月乃の本当の名前を知ってるって事は真実なんでしょうね。一緒にいるから、彼女の噂を探るのね」

「……はい、彼女と出会って、彼女の噂を知った。けど彼女がそんなことをするとは思えない……それに、言っちゃなんですけど美九の所属してる事務所に黒い噂だってあった」

「そこら辺は気にしないで、私もあの事務所追い出された身だから……でも、そっか。月乃を──美九を信じてるから彼女の噂を探ってるのね」

「信じてるってのは少し違います、オレが信じてるのはあくまでオレの直感です。信頼関係なんかじゃなく。オレが信じたいから、知りたいから勝手に調べてるだけです」

 

 トーマがそう言うとゆきは少しだけ笑ってから立ち上がる

 

「ここで話すのもアレだし、移動しましょうか」

「……わかりました」

 

 ゆきについていったトーマがやってきたのは美九の住んでいるマンションからかなり離れた所にある飲食店。いかにも金のある人が使いますと言った風貌の店の中に入ると、ゆきとトーマは個室に通された

 

「ここなら、誰かに聞かれる心配もないわ」

「はぁ、でもここ高いんじゃ──」

「心配しなくてもそれくらい出すわ、美九の事を信じてくれたお礼」

「はぁ……」

 

 正直釈然としていないトーマを後目にゆきはメニュー表から適当なものを頼む。店員の出て行ったことを確認したゆきはお冷を一口飲んだ後に話を始める

 

「それで、確か美九の噂について……だったわよね」

「はい、オレは美九がスキャンダルを起こすようには見えなかった」

「そうね、確かに噂されてるようなスキャンダルを美九は起こしてないと思う、と言っても私だって確証を持ってそう言えるのは事務所を追い出されて少し経った後なんだけどね」

「……どういうことですか?」

 

 疑問を浮かべたトーマに対してゆきが見せてきたのは一冊の手帳

 

「この手帳は私の知り合いから貰ったものよ、書いてあるのは私の所属していた事務所がやってきたことの記録」

「そんなもの、一体どうやって」

「これでも美九を売り込む為にコネクションだけは多く作って来たからね。それが役に立った感じ」

「……なるほど」

 

 あまり実感はなかったものの彼女は美九をマネジメントしていた張本人だ。事務所の力を抜きにしてもかなりのコネがあるのだろうと予想できない事もなかった

 

 

 そこからトーマが聞いたのは、美九が噂を流されるまでにあった事を聞いた

 

「美九には、いままで何度も裏営業についての話が回って来てたの、今までは私の所でその話は断るようにしてたんだけど。上の連中は私を通さないで直接美九に話をするって言う強硬手段に出た」

「けど、彼女はそれを断った」

「えぇ、トーマ君の察してる通り彼女はそれを断った、彼女がステージに立つのはファンに笑顔を与えるため。たとえ仕事が減っても自分に出来る方法でファンを笑顔に出来たら良い……そう考えていたの」

 

 トーマがゆきの話を聞いた感じだとやはり彼女が目立ったスキャンダルを起こすような人物には思えない、それに彼女の口ぶりだともう事務所側に問題があるというのは確定事項なのだろう

 

「それで、断ったから誰かが彼女のスキャンダルをでっち上げて噂を流した」

「えぇ、それも事務所側の誰かじゃなくて事務所の社長本人が噂をでっち上げた……そしてそれを最悪の形で情報を流して美九を追い詰めた」

「その結果が今の状態……って事ですか」

「えぇ、流された噂を否定するためにステージに立った彼女を待っていたのは観客の冷たい視線、そして──その視線に晒された彼女は声を失った」

 

 彼女が声を失うまでに何があったのか、トーマはそれを初めて聞いた、彼女がどういう思いを抱えてステージに立ち声を失ったのか、聞くなら本人の口からと思ったが今はそんな事どうでもいい

 

「……それで、ゆきさんはこれからどうするんですか?」

「どうにかして、彼女のスキャンダルは払拭するつもりよ、そのために色々と準備もしてる」

「準備?」

「えぇ、今の美九を救うにはあの事務所そのものを潰すしかない。その為に圧力でやめていった人たちにアポを取って証言してもらえるように説得中よ、だから──」

 

 そこまで言うと、彼女はトーマに向かって頭を下げる

 

「──貴方にお願い。全てが終わるまで、美九の事を守ってあげて欲しいの」

 

 トーマは、その言葉に対して何か返事をすることが出来なかった。けれどトーマの心の中には確かに一つの決意が生まれていた

 

 

 

 

 

 

 須藤ゆきと出会った帰り、美九の身に起こったことを知ったトーマが店の鍵を開けて中に入るとつまらなそうに席に座っている美九の姿があった。彼女はトーマの姿に気付くと一瞬表情を明るくするがすぐにむすっとした表情に戻る

 

どこ行ってたんですか? 

「書いた通り、少し気になることがあったから出かけてたんだよ」

気になること? 

「あぁ、美九の噂について」

「──っ」

「けど、それで確信した。あの噂は全くの嘘って事がな」

そうですか

 

 美九はそれだけ言うと後ろを向きホワイトボードに何かを書くと、それをトーマの方に見せてきた

 

色々あったみたいですけど、とりあえずおかえりなさい

「──あぁ、ただいま」

 

 美九の書いたその文字に、トーマは少しぎこちない笑顔で答えた



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第6-5話 追想Ⅳ 祭り

 美九の事について調べた日から数日が経った、最初こそワイドショーなどで取り上げられていた宵待月乃関連の話題も少しずつ取り上げられなくなった。それでもなお完全に取り上げられなくなった訳ではない

 

「おっちゃん、回鍋肉上がったよ」

「おう、そんじゃ次は……と言いたいところだが今日はここら辺で一旦打ち止めだな」

「なんか、今日お客さん少なくないですか?」

「坊主、カレンダー見てみろ」

「……あぁ、祭りですか」

「出店とかも出てっから自然と客足も少なくなる……店は俺一人でも大丈夫だからお前さんも祭り行って来たらどうだい?」

「オレは大丈夫ですよ、どうせ一緒に行く相手もいないですから」

「馬鹿野郎、嬢ちゃんが居るだろうが」

 

 おっちゃんにそう言われたトーマだったが、流石に人の多い場所に美九を連れていくのはどうなのだろう、と考えていた。変装していたとしても目立つレベルで彼女の容姿は整っている。それに人間不信気味の彼女を連れ出すのもどうなのだろう……そんな感じでトーマが色々と考えているとおっちゃんが彼の肩を叩く

 

「ほれ、あそこ見てみな」

「……」

 

 おっちゃんが指さした方に目を向けると壁の影から顔を出してこっちをじっと見てる美九の姿があった。トーマは軽く頭に手を当てた後ゆっくりと彼女の元に近づいていく

 

「……行くか? 祭り」

いきます

 

 少しだけ悩んだ後、ホワイトボートに書かれた文字に対してトーマは軽く身体を伸ばしてから声をかける

 

「それじゃあ、準備してきな、ゆっくり待ってるから」

「っ!」

 

 首を縦に振った美九は、少しだけ軽い足取りで二階まで上がっていく。トーマは自分の財布の中身を確認しつつある程度の散財を覚悟していると、おっちゃんが福沢さんを一枚差し出してくる

 

「えっ? 給料前借りするつもりはありませんよ?」

「バッカ、これからデートしようって奴が自分の財布の中見てなんか覚悟決めてんじゃねぇよ、持ってけ」

「いや、悪いですよ。ただでさえ世話になっちゃってるのにこれ以上迷惑かけるわけには──」

「こちとら息子にも孫にもかける金なんざねぇんだ。しっかり自立しちまってからな。だからちっとは面倒くらい見させろってんだ」

「いや、でも──」

「いいから持ってけ」

 

 そう言っておっちゃんはトーマに福沢さんを一枚押し付けるとそのまま店の外まで出て行ってしまった

 

 

 

 

 

 それから、トーマがネットニュースを読みながら待っていると、変装用の帽子と眼鏡をかけてじゃいるもののいつもの服装よりも少しだけお洒落をしている美九が二階から降りてきた。会話用のホワイトボードは紐を通して手放さないようにしている

 

「それじゃあ、行くか」

はい

 

 と言った感じで街に出た二人な訳だが、記憶喪失なトーマは言わずもがな美九もこういった催しの際には仕事が重なっていたり騒ぎになるからとあまり赴く機会がなかったため何をしたらいいのかよくわかっていない

 

「あーっと、とりあえず何かしたいことあるか?」

「──―っ!」

りんごあめ、食べてみたいです

「了解、そんじゃとりあえず食い物が多めに出てる所行くか」

 

 二人でりんご飴の屋台まで向かった二人は屋台の店主からりんご飴を二つ買うとその場を後にする。二人ともりんご飴初体験ということで歩きながら一緒に食べるのだが

 

「固いな」

「──」

 

 りんごをコーティングしている飴が想像以上に固かったが食べているうちに中のりんごと一緒に飴を食べることが出来た

 

最初は固かったけど、おいしいですね

「そうだな、なるほど……りんご飴ってこんな感じなのか」

 

 今まで食べた事のなかった新しい感覚に驚きながら屋台のを二人で見て回る、祭りということもあり案の定と言った感じの人込みに少しの疲労感を感じながら歩いていると隣を歩いていた美九がふと足を止める

 

「どうした?」

あれ、やってみたいです

 

 その言葉が書かれたホワイトボード共に美九が指さしていたのは射的、確かに祭りと言えばの定番屋台の一つだ

 

「了解、そんじゃ行くか」

 

 うなづいた美九と共に射的屋の前までやってきたトーマは店主に声をかける

 

「一回、お願いします」

「あいよ、これ弾ね。銃はそこに置いてあるの好きに使っていいから」

「わかりました」

 

 とりあえず右端の方に会った銃を一つ手に取って美九に渡す、一回分で貰えたコルク弾の数は全部で六発。この手の射的は大物を狙っても威力が足りず取れないというのをテレビか動画か見たことを覚えていたがトーマがそれを此処で言うのはご法度だろう

 

「どれ狙う?」

 

 トーマのその言葉に返事をする形で美九が指をさしたのはドロップ缶。少し重量はありそうだったが六発もあればギリギリ取ることは出来そうなものだった

 

「よし、それじゃあ……と言いたいところだがオレもアドバイスできん。とりあえず頑張れ」

「っ!」

 

 まずは一発撃ってみるが少し後ろに後退するだけで落っこちる気配はない。しかし真ん中に当ててこの威力という事は六発以内に十分に落とすことは可能だろうと考え、トーマは少しだけ美九にアドバイスをする

 

「缶の真ん中より少しだけ上を狙ってみればいいんじゃないか?」

 

 その言葉にこくりと頷いた美九は、次の二発、三発とと缶の少しだけ上を狙ってコルク弾を放つと少しずつドロップ缶の揺れが大きくなり、五発目でパタリと缶は倒れた

 

「おっ、おめでとうお嬢ちゃん」

「上手いもんだな」

 

 美九は少し恐る恐ると言った感じだったため代わりにトーマがドロップ缶を受け取って美九に手渡す

 

「どうする一発分余っちまってるけど」

それじゃあ、あとはお兄さんがやってください

「わかった……つっても、何を狙ったもんかな」

 

 出来れば一発で仕留められる簡単なものを……と考えていると小さ目の紙袋を見つける。出来れば取りたいが最悪取れなくても良いかくらいの簡単な気持ちでコルク弾を装填して、紙袋に向かって放つ。コルク弾の当たった紙袋はしばらくぐらぐらと揺れ、ぱたりと倒れた

 

「おっ、兄ちゃん運がいいね……ほれ」

「ありがとうございます」

それ、何が入ってるんですか? 

「そうだな、じゃあ見てみる……前に少し移動するか」

 

 さすがにいつまでも射的屋のまえに陣取っている訳にも行かず歩きながら紙袋を開けると中に入っていたのは金色の花のような髪飾りだった

 

髪飾りですか

「男が持っててもアレだし、いるか?」

いいんですか? 

「あぁ、タンスの中で眠らせるなら使ってくれた方がいいしな、それに今日の思い出ってのもあるだろうし」

ありがとうございます

 

 髪飾りを受け取った美九はそれを胸の中心で抱きしめると柔らかい笑顔をトーマの方に向けた

 

 

 それから、祭りの屋台を色々と見て回った二人は屋台から少し離れた所にあるベンチに座る

 

「はー、結構疲れたな」

 

 トーマのその言葉にうなづいた美九は、軽く空を見上げた後。ホワイトボードに文字を書き込んでいく

 

今日はありがとうございました、お祭り一緒に来てくれて

「気にするなよ、事情が事情だしたまにはこうやって外に出ないと」

でも、お兄さんが一緒に来てくれなかったら怖くて来れなかったと思います

「そうか、それなら────」

 

 言葉を続けようとした瞬間、二人に向かってカメラのシャッター音と共にフラッシュがたかれる。一体何なのかとトーマが視線を向けるとそこにいたのはカメラを構えた中年の男、その男はカメラを持ちながらニヤついた笑みでこちらに向かってくるとトーマを無視して美九に声をかけた

 

「いやぁ、まさかこんな所で特ダネが取れるとは思いませんでしたよ」

「……っ」

「スキャンダルで休業中の人気アイドルが一般男性と逢引とはねぇ」

 

 怯えた様子の美九を無視して言葉を続ける、その様子を黙って見ていることのできなかったトーマは美九と男の間に入る

 

「あんた、彼女が怯えてるのがわかんねぇのか」

「おやおや、勇敢ですねぇ、とりあえず一枚」

 

 おちょくる形で写真を一枚とってくる男に対してトーマの表情から少しずつ色が抜けていく。それに気づいていないのか中年の男は得意げに言葉を続ける

 

「とりあえずインタビュー良いですか? 裏営業でスキャンダルを起こしたアイドルと一緒にいる心境は?」

「とりあえず、黙れ」

「はい? 良いんですかそんな口きいて。こっちはいつでも情報を流す準備が────へ?」

 

 得意げに語っていた男は目の前で起きた光景に呆然とする。その直後男に伝わってきたのは手に持っていたはずのカメラが急激に熱を帯びる感覚、何が起こったのか理解できない男に対してトーマは言葉を放つ

 

「黙れ、と言ったはずだ……それと、早くオレたちの前から消えろ」

 

 男がその言葉を放ったトーマの方を見ると彼が持っていたのは漆黒の刀身にオレンジのエンブレムを付けた一本の剣

 

「け、剣? なんでそんなもの──」

「二度は言うが三度は言わないぞ。黙ってこの場から消えろ……さもないと、ここで貴様を無に帰すことになる」

 

 氷のように冷たい視線を受けた男は真っ二つになったカメラをその場に落っことしながら大急ぎでその場から立ち去る。それを見たトーマは手に持った無銘剣を手放すと黒とオレンジの混ざった炎を巻き起こしながら消滅する

 

「大丈夫だったか、美──」

 

 彼女の名を呼びきる前に美九はトーマに向かって抱き着く。少し驚いたトーマだったが彼女の身体が震えているのを見て、ただ彼女を抱きしめ返すことしかできなかった




前回のサブタイトル
本来追想Ⅲの所、追想Ⅳと表記してしまい読者の皆様に混乱を与えてしまった事
お詫び申し上げます


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第6-6話,追想Ⅴ 一区切り

 あの祭りの日から更に数週間の時が流れた。トーマたちにあの時絡んできた記者が接触してくるという事は基本的に泣く平和な毎日を過ごしている。そんなある日、トーマは足りなくなった食材を買いにスーパーまでやって来ていた

 

「っと、急を要して必要なのは長ネギに油揚げ……って、おっちゃん味噌汁でも作る気かよ」

 

 それ以外にもメモ書きに書かれている食材を吟味しているトーマだったが、背後から近づいてくる気配を感じる。最初は自分と同じ野菜売り場に来た人かとも思ったのだが、視線を少し後ろに送ってみるとこっちに歩いてきているのはスーツ姿の男だった。男はトーマから少しだけ離れた場所で立ち止まると商品を見る振りをしながらこちらに視線を向けてきている

 

「さてと、次は醤油か……デカい奴ってせめてどこのメーカーの奴かは書いといてくれよ」

 

 そんなことを言いながら野菜売り場から調味料売り場に場所を移動するとトーマの元に向かってきていた男もその後をついてくる。ここまでなら偶然の一致で済ませることも出来たのだがそれより後、肉やら魚やらを選んでいる時も男は一定距離からこちらを見ているのは変わらない

 

『……厄介事、ぱっと思いつくのは美九の事だが』

 

 とりあえずこのままだと埒が明かないと思ったトーマはメモ帳に書かれていたものをパパっと買うと会計を済ませてスーパーから出る。話をするのか荒事になるのかわからないがあまり人目の多い場所で荒立てるのはどうかと思ったトーマはある程度の所までやってくると一度立ち止まる

 

「…………」

『──やっぱついてきてるか』

 

 偶然の一致じゃない事をほぼ確信したトーマは、その場で軽く息を吐くと荷物片手に走り出す。それに釣られる形で男も走り出したことを確認すると路地を曲がってその場で待ち伏せる。昨日のように剣を使う訳にもいかない以上とりあえず荷物に被害が及ばないよう地面に置き男が来るのを待つ

 それから数分後、同じく路地を曲がってきた男の片手を掴み地面に叩きつけ拘束する

 

「いててててっ」

「お前、さっきからオレの後をつけてたな。何が目的だ」

「は、離せっ! 警察呼ぶぞ!」

「良いから黙って答えろ、お前は何者だ? 何が目的でオレの後をつけた」

「いてててっ! わかった! 話す! 話すからまずはその手を放してくれ!」

 

 今までよりもきつく締めあげてからすぐに男は音を上げる。正直ここで手を離しても良かったのだが相手が信用できない以上少し緩めるだけで済ませる

 

「悪いが、オレはお前を信用できない。そのまま話せ」

「……わかった、俺は宵待月乃のマネージャーだ」

「宵待月乃の……マネージャー」

 

 その言葉を聞いたトーマは相手が逃げないようにより警戒心を強くする

 

「その宵待月乃のマネージャーとやらが、一体オレに何の用だ」

「と、とある記者から聞いたんだ! 君が月乃と一緒にいるのを見たって!」

「それで」

「き、君も知ってるだろ、今の彼女はスキャンダルで休業中……事務所も必死に対応しようとしてる! なのに肝心の本人が見つからなかったら──」

「嘘だな」

「へっ?」

 

 必死に言葉を続けていた男の言葉をトーマはあっさりと否定する。トーマにとって肝心なのは目の前にいる男の言葉ではなく彼が自分に接触してきた目的。それに散々スキャンダルの際には無視を決め込んでいた事務所が今更彼女の事を助けると、トーマは思えなかった

 

「正直に答えろ、お前の目的は何だ? 何を狙ってオレに接触しようとした」

「そ、それは──」

 

 言葉を詰まらせている言葉に痺れを切らしたトーマはもう一度締めあげている腕の力を強めようとした瞬間、背後に複数人の気配を感じその場から飛び退く。男の拘束は解いてしまったが眼前に居る屈強な三人の男を見て何となくだが穏便に事を済ませることが不可能であるとトーマは感じた

 

「団体さんか」

「お、お前が悪いんだからな! この俺に手を出すから……やっちまえ!」

 

 どうやら宵待月乃のマネージャーを名乗った男は中々の立場の人間だったらしい。こっちに向かってくる屈強そうな男だがステータスをパワーに振っているからか動きは緩慢。こちらに向かって振るわれた拳をいなしてみぞうちに肘で一撃をくらわせる

 

「うぐっ!?」

 

 いくらガタイ負けしているとは言え動きが緩慢ならトーマは十分対処可能だ、続けて襲い掛かってきた男の一撃を避け壁の方まで全力で走っていき三角飛びのからの蹴りを相手の顔面に向かって放つ。側頭部に当たった蹴りによって相手は脳震盪を起こしたのかそのまま地に伏せた

 そして残り一人、仲間二人がやられたことが想定外だったのか少し怖気づきながらこちらに放ってきた拳を掴み背負い投げの要領で地面に叩きつけ、男三人を全員倒しきる

 

「う、嘘だろ……」

「さぁて、さっきの口ぶりから案外良い役職についてる感じだが……いい加減吐いてもらおうか、何が目的でオレを」

 

 言葉を続けていたタイミングで男のスマートフォンが鳴る。ビクビクしながらその画面を見た男はさっきまでの態度から一転させニヤついた笑みでトーマを見てくる

 

「へ、へへっ。何だよ、問題ないじゃないか……」

「何?」

「こ、これを見ろ」

 

 画面に映し出されていたのはトーマの仕事場兼下宿先の店、その場所には当然美九もいる。

 

「お前、まさか」

「しゃ、写真さえあればお前の務めてる店を特定するなんて簡単なんだよ! よ、宵待月乃を確保したって連絡はさっきあった。お前はその場で自分の無力さ──を?」

 

 びくつきながらそう言っていた男の身体は、気がつけば宙を舞っていた。そのまま地面に叩きつけられた男にトーマは拳を一発放つ

 

「宵待月乃は何処に連れていかれた」

「そ、そんなの言うわけ──ぐはっ!」

「答えろ、彼女を何処に連れていった」

「そ、それは……」

「早く答えろ」

「ま、街の外れにある倉庫だよっ! ぱ──社長から連れてくるようにって」

「そうか」

 

 その言葉の後、トーマは男を気絶させ須藤ゆきの電話に連絡をする

 

『もしもし、どうかした──』

「美九が連れ去られた」

『……それ、どういうこと?』

「さぁな、急に男何人がかりで襲い掛かって来たから返り討ちにしたら男の一人がそう言った」

『……美九は、何処に連れていかれたの』

「街外れの倉庫って言ってた。一応主犯格っぽいのを含めた男四人の財布と携帯は確保したが……」

『わかったわ、とりあえずあなたはその場で──』

「いや、美九は責任もってオレが助ける。だからあんたは告発用の情報集めに専念してくれ」

『ちょ、それってどういう』

 

 そう言っているが今回の不手際は自分のミスだ、そう考えたトーマはゆきにそれだけ伝えると電話を切って彼女の所属していた無銘剣を呼びだした

 

 

 

 

 

 

 

 突如として店の中に押し入ってきた男たちに掴まった美九が連れてこられたのは、どこかわからないが倉庫。困惑している彼女が身体を動かそうとしたが両手と両足を縛られて動くことが出来ない

 

『なんで、どうしてこんな所に連れてこられてるの?』

 

 未だ思考が定まっていない美九の耳に聞こえてきたのは複数の足音、音の聞こえた方に目を向けようとした瞬間薄暗かった倉庫に明かりがつく

 

「手筈通りやったみたいだな」

「はい、上手くいきましたよ」

 

 美九の耳に聞こえてきたのは二人の男の会話。そのうち片方はやけに聞き覚えのある声だ

 

『あの声……社長?』

「目を覚ましたみたいだなぁ、宵待」

 

 美九の疑問に答えるように彼女の元に近寄ってきたのは見覚えのある男、彼女の所属している事務所の社長をしている男だ。一見優しそうな風貌をしているがその瞳には何の感情も点っていなかった

 

「手間かけさせやがって、お陰で余計な手間が増えちまったじゃねぇか」

「──っ」

 

 社長は美九の顔を少しだけ持ち上げると、そのまま離した。受け身を取ることのできない美九は顔は地面に落ち、ぶつかった部分から痛みが広がる

 

『痛い……』

「お前が最初から会社の指示に従ってればこんなことにならなかったのによ」

 

 文句を言いながら社長は彼女に向かって蹴りを放つ、普段なら感じることのない衝撃と痛みが彼女の身体に襲い掛かる

 

『痛い……痛い……』

「社長、あまりやり過ぎるのは」

「っと、そうだな。あんま傷つけ過ぎると偽装が面倒だからな」

『偽装……? 偽装ってなに? 私はどうなるの?』

「っと、教えといてやんねぇとな。お前はこれから死ぬんだよ……スキャンダルを苦に命を絶った元人気アイドルって筋書きの通りにな」

『死ぬ? 嘘、私死ぬの? 殺される? ここで……いやだ、怖い、怖い怖い怖い』

 

 怯える彼女の事を気にした様子もない男たちは着々と準備を進めている。それを見て完全に思考が恐怖に染まった彼女が思い浮かべたのは自分を助けてくれた男の姿だった

 

『怖い、助けて、助けて────た、す……けて」

 

 彼女の口から出たのは誰に聞こえる訳でもないか細い声。しかし、その声を発した次の瞬間倉庫の天井がオレンジに染まり、炎の斬撃が地面に叩きつけられる

 

「助けるさ、言われなくても」

 

 聞きなれた声と共に姿を現したのは全身をオレンジと黒の炎に包んだ剣士の姿だった。フェニックスを思わせるような装飾を身に纏ったその剣士の片手には漆黒の刀身にオレンジのエンブレムが付けられた剣が握られている

 

「な、何だお前……」

「その子を、助けに来た」

「は、はぁ? 何を言って──」

 

 社長の周りにいた男が声を発しようとした瞬間、倉庫の上半分が塵となって消滅する

 

「ひ、ひぃ……」

 

 謎の剣士が見せた圧倒的な力に完全に怯え切った男たちはその場にへたりこんだ、唯一正気を保っていた社長は震える手で懐からとあるものを取りだす

 

「う、動くな!」

 

 彼の取り出したのは拳銃、それを美九に向け剣士に指示を出す

 

「動くなよ! 動いたらコイツの命はないぞ!」

「……美九」

 

 男の言葉を無視した剣士はゆったりとした足取りで二人の元に近づいていく

 

「動くなって言ってるだろ!」

「……絶対に助ける、約束だ。だから俺を信じてくれ」

「……はいっ!」

 

 剣士の言葉に美九が自分の声でそう答える。美九には剣士が仮面の向こう側で笑みを浮かべているように見えた

 

「う、うぁぁぁぁぁっ!」

 

 狂乱状態の社長が拳銃の引き金を引こうとした瞬間、いつの間にか距離を詰めていた剣士が拳銃の銃身を真っ二つにすると美九の事を奪い取った。人質も奪われ自衛手段すら失った社長はあまりの恐怖に意識を失ったのか、その場に倒れこむ

 

「……すまなかった、助けるのが遅くなって」

「いいんです、こうやって……ちゃんと助けてくれましたから」

「美九、お前声が──」

「──はい、なんか、喋れるようになっちゃいました」

「そうか、初めて聞いたが……綺麗な声だな」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 凄惨な現場とは酷く不釣り合いな会話をしていた二人だが、現状がどうなっているのかを改めて理解し野次馬が来る前にその場から離脱する

 

 

 

 

 

 

 その後、美九の元々所属していた事務所は元所属芸能人やスタッフの告発によってこれまでの不祥事が明るみになり、破産という結果に追い込まれた。宵待月乃というアイドルのスキャンダルも真っ赤な嘘であったことが判明、今まで彼女の事を攻撃していたファンたちは掌を返したように彼女の芸能界復帰を求めたが、宵待月乃はそのまま芸能界を引退……彼女に関する騒動は幕を閉じた

 トーマと美九の二人も、後処理などで会う時間は取れず……次に再会するのは半年後、精霊となった美九の元に彼女の霊力を感知したトーマがやってくるところから始まる





駆け足気味になってしまいましたが精霊になる前の少女”誘宵美九”とトーマのお話はこれにておしまいです

過去編がかなり長めになってしまっていますが
次回からは精霊となった少女”誘宵美九”とトーマのお話です


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第6-7話,追想Ⅵ 再会

 トーマと誘宵美九が出会ってから半年、宵待月乃に関する話題もすっかり聞かなくなった頃。いつも通り仕事をしていたトーマはおっちゃんから声をかけられる

 

「坊主、わりぃがちっと買い出し行ってきてくれねぇか」

「わかりました、何かってくればいいんですか?」

「メモに書いてやっから少し待ってろ」

 

 おっちゃんはトーマにそう言うとメモを取りに店の奥まで向かっていく。一人残されたトーマは最近会っていない美九の事を思い出しながら物思いに耽る、結局、あの事務所の社長が美九の誘拐騒動を起こしてから数日後に、彼女の元マネージャーを含めた元従業員たちの告発によって、事務所は大炎上。そこから芋づる式にこれまでの不祥事が暴かれて倒産

 

「そんで美九はゆきさんの新しく作った事務所に移籍……というか再所属、か?」

 

 最も、再デビュー云々に関しては本人の意志に任せるらしいため、美九がどうするのかはトーマにとってもわからない。等と考えているとメモを片手に持ったおっちゃんが戻ってきた

 

「書いてきたぞ、ほれ」

 

 手渡されたメモの中身を見ると今回は食材というよりも厨房で使う洗剤などが主なようだ

 

「わかりました、それじゃあ行ってきます」

「おう、頼んだぞ」

 

 メモ帳片手に店を出たトーマ、今回は商店街じゃなくてホームセンターだな等と考えながら歩き始める

 

 

 

 

 

 元々所属していた事務所から元マネージャーである須藤ゆきが新たに作った事務所に所属することにした美九は再スタートについて悩んでいた

 

「どーすればいいんでしょう……」

 

 元は宵待月乃という名前でアイドル活動をしていた美九だったが、スキャンダルによって活動休止を余儀なくされ、そのまま宵待月乃としては引退の道を選んだものの心の中にはステージに立ちたいという気持ちは残っている。しかし最後に立ったステージで向けられたファンからの視線、それがトラウマとなり美九の中で一歩踏み出すことのできない

 

「こんな時、お兄さんに相談出来たら……なんて」

 

 最後のステージで抱えてしまったトラウマ以外で今の美九の心の中をほとんどを占めているのは他でもない彼女の事を救ったトーマのこと、事務所の手続きなどが諸々あり気が付けば助けてくれた本人と会う時間が全く取れていなかった、それに加え現在進行形でこれからどうするか否かを考えなければならない

 

「そんな風に言っても……多分私に勇気がないだけなんでしょうね」

『それなら、勇気をあげようか?』

「えっ?」

 

 悩んでいた美九の耳に聞こえてきたのは、自分以外の誰かの声──しかしその声の性別が何なのか判別することが出来ない、それどころか彼女の耳にはその存在が何て言ったのかすら聞きことることが出来なかった

 しかし、何故か彼女の脳は、その存在が何を言っていたのか、その意味を理解していた

 

「どういう意味ですか、勇気をくれるって?」

『そのままの意味だよ、私があなたに勇気をあげる』

「勇気を……」

『さぁ、これを手に取って……』

 

 美九の目の前にいる不明瞭な何かが目の前に見せたのは水色の結晶、神秘的な光を放つそれと相対した美九は意を決して結晶に向かって手を伸ばす。するとそれに反応するように美九の方へ進み、身体の中へと入っていった

 

「えっ……ぁッ……」

 

 その瞬間、美九に襲い掛かったのは自身の中に入り込んできた結晶から力が溢れ出す感覚。自分の中に異物が入り込んでくる感覚はやがて激痛に代わり美九を中心に光が溢れ出す

 意識を失う直前、彼女には目の前にいるソレが笑みを浮かべているように見えた

 

 

 

 

 

 

 ホームセンターからの帰り道、トーマが感じたのは霊力の奔流。それもこれまでに感じた事のないものだった

 

「この霊力……新しい精霊」

 

 精霊が現界する際には決まって空間震が発生する。しかしトーマは空間震の発生しない精霊の現界を一度だけ見たことがあった。後に最悪の精霊として五河士道たちの前に現れる時崎狂三

 

「時崎の霊力とは違う……とにかく確認を──」

 

 トーマは新たに出現した精霊の姿を確認をするため、人目につかない場所に移動しようとしたところ瞬間。何かが聞こえてくる

 

「これは、歌……?」

 

 聞こえてきたのは歌、周りにスピーカーは愚か大型のテレビすらない。路上ライブでもしてなければ歌など聞こえてこない筈の場所にも関わらずトーマの耳には歌が聞こえてくる。とても聞き馴染んだ声で

 

「まさか──」

「はい、そのまさかですよ。おにーさん」

 

 ステージ衣装のような装いを身に纏った美九は優雅にトーマの前までやってきた。しかし、本来であれば騒ぎになってもおかしくない筈の出来事であるにも関わらずトーマを除き周りにいる人たちは不自然なほど気にする様子はない

 

「美九、お前……」

「お久しぶりです、おにーさん。やっと会いに来る決心が付きました、ホントあの人には感謝ですねぇ」

「そうだな……それよりお前、その姿は──」

「あぁ、これですか。誰かよくわからないけどその人がくれたんです。私に勇気をあげるって」

「そうかよ」

「あれ? 私の歌を聴いたのに随分とそっけないですねぇ、どうしてでしょう」

「お前の歌? どういうことだ」

 

 怪訝そうな表情のトーマとは反対に、美九は踊るようにステップを踏むとその場でくるりと一回転する

 

「そのままの意味ですよ──破軍歌姫(ガブリエル)

 

 美九が紡いだ名前、それに呼応するように地面は輝き巨大なパイプオルガンのようなものが出現し、美九の周囲には鍵盤が浮かびあがる

 

「どうです? 私の天使? 凄いでしょ」

「あぁ、そうだな。それより……精霊になったばっかなのに随分使い慣れた風だな、オレと会う前からその力を持ってたりしたのか?」

「変な事言わないでください。この力があったら多分おにーさんとは逢ってないですよ。それにあんな苦しい思いもせずにすんだと思います」

 

 その口ぶりからトーマはやはりさっき感じた霊力の奔流は美九が精霊になったのだろうと考えることは出来た。しかしそうなると次に気がかりなのは美九の天使の能力は何なのかと言うことになる

 

「むむ、おにーさん。私といるのに考え事ですか? 駄目ですよ、しっかり私のこと見てくれないと」

「馬鹿言うな、人間なんだから生きてりゃずっと考え事しかしてねぇ……それに、お前こそそんな力こんな公衆のど真ん中で使っちまって大丈夫なのか?」

「心配してくれてるんですか? でも大丈夫です、だって──」

 

 美九が指をパチンと鳴らすと周りに立ち何のアクションもしていなかった人たちはぞろぞろとその場から移動し始める。それを見ながら美九は銀色の瞳を妖しく輝かせる

 

「──みんな私の(ファン)になっちゃってるんですから」

「あぁ、そうかよ」

 

――抜刀』

 

 無銘剣の収められたブレードライバーを出現させたトーマは即座にライドブックを装填する無銘剣を引き抜く。姿を変化させ美九の元に近づこうとした瞬間、先ほど移動し始めた筈の一般人がファルシオンに向かって襲い掛かってきた

 

「なにっ?」

 

 襲い掛かってくる人々の事を避けるファルシオンは襲い掛かって来てる人々の動きが一般人のそれではない事に気付く。まるでに人形のように操られていると、そう言ったように感じる

 このままでは埒が明かないと考えたファルシオンは炎の翼を出現させると上空へと対比する。それを追うように美九もまたファルシオンの対面まで浮遊する

 

「なるほどな、これがお前の力か……美九ッ!」

「はい、便利ですよねぇ。私の歌を聴いた人はみんな私のファンになって。私の言うことを何でも聞いてくれるんですから……まぁ一番効いて欲しかった人に効いてないみたいなんで私にとってはあってもなくても変わらない力ですけどね」

「そうかよ、にしても随分流暢に喋るようになったな……おまけに性格も少し悪くなったか?」

「失礼ですねぇおにーさんは、私以外にそんな事言ったら嫌われちゃいますよ」

 

 先ほどから美九と話していたファルシオンだが、ここで疑問がようやく確信になった。目の前にいる少女──誘宵美九は完全に手に入れた力に酔いしれてしまっている

 

「美九、今のお前は酒におぼれてるようなもんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ、だからその力を手放して──」

「それは嫌です」

 

 言葉を遮り、さっきとは一転した真剣な口ぶりで、美九は拒絶の言葉を口にした

 

「せっかく勇気を出せたのに、この力を手に入れて、またステージに立とうって思えたのに……それを手放すなんて嫌です」

「そうか……それなら──」

 

 ファルシオンは、ゆっくりと無銘剣の刀身を美九へと向ける

 

「俺は、お前を切る……切って、お前をその呪縛から解放する(救い出す)

「そうですか……それなら私は──」

 

 美九は、ゆっくりとトーマへと手を差し出す

 

「私は、あなたを魅了します……魅了して、あなたを私の虜にします(手に入れます)

 

 その言葉と共に、ファルシオンは斬撃を、美九は声による衝撃波を相手に向かって放つ



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第6-8話,追想Ⅶ 対決

 互いの衝撃波がぶつかり合い、互いの放った一撃は対消滅する

 

「互角……か」

「みたいですねぇ」

 

 互いに短い言葉を紡いだのは一瞬、ファルシオンは炎の翼をはためかせながら美九に対して接敵し斬撃を放つが、美九はそれを目の前に会った鍵盤で防ぐ

 

「そんな使い方も出来んのかよ」

「はい、それにこんなことも出来るんですよ──【銃奏】」

 

 美九がその言葉を口にした瞬間、エネルギーの弾丸がファルシオンに襲い掛かる。とっさの事で判断の遅れたファルシオンにエネルギーの弾丸が被弾し爆発を起こす。ダメージを追いながら美九と距離を取る

 

「……そんなことも出来るのか」

 

 ファルシオンは美九の天使を音を操るものだと考えていた、事実それはファルシオンにとって正解だったがそれ以上に想定外だったのが彼女が近接と遠距離両方に対応できたという事実

 

 ──さてと、ここからどうするか

 

 現在のファルシオンには純粋な剣術と斬撃を飛ばすこと以外出来ることはない。本来ならば純粋な剣術以外にワンダーライドブックを組み合わせることで更なる力を発揮することも出来るのだが、ファルシオンの手元にあるのはエターナルフェニックスのみ

 

 ──純粋な力押しで行くしかないか

 

 ファルシオン側は切れる手札はないが美九側はまだまだ手の内を晒しきっていない。それに現状美九が見せてきた技だけでもエネルギー弾による遠距離攻撃、音による衝撃波と一般人の洗脳

 

「それに……こっちの剣を防いだって事はあの鍵盤で近接も出来るんだろうな」

「考え事は終わりましたかぁ?」

「あぁ、終わったよ。結局の所……こっちには力押ししかないってなっ!」

 

 考えるよりも先に動いた方がいい、そう考えたファルシオンはもう一度接近し無銘剣を振るうが美九はさっきとは異なり鍵盤で受け止めるようなことはせずステップで避けながらエネルギー弾を放ってくるだけ、それに少し疑問を覚えたファルシオンは縦に放った斬撃を途中で止めて横薙ぎに切り替える

 美九は斬撃を受ける直前にファルシオンそのものを衝撃波で吹き飛ばした。吹き飛ばされたファルシオンは空中で体勢を立て直すと、相手の動きに警戒しながらもう一度思考を始める

 

 ──鍵盤で攻撃を防がなかったって事はモードを切り替えるって考えるのが妥当か

 

「ってことは、デカい一撃でそっちに意識を向けて無銘剣でぶった切るのが一番か」

 

――必殺黙読』

 

「何する気ですか?」

「決まってるだろ、問答無用で────ぶっ放すッ!」

 

――抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 ブレードライバーから無銘剣を引き抜き、エネルギーが溜まった一撃を美九に向かって放つ。放たれた一撃は炎で出来た鳥へと変わり眼前の敵に向かって襲い掛かる

 

「破軍歌姫──【輪舞曲(ロンド)】っ!」

 

 出現した無数のパイプが炎の鳥を拘束し、そのまま霧散させる。すぐにファルシオンのいた場所を確認していた美九だったが、そこにファルシオンの姿はなかった

 

「一体どこに」

「──後ろだよ、美九」

「なっ──」

 

 背後に回り込んでいたファルシオンによって振るわれた無銘剣の刀身が美九に向かって迫る。自身に向かって凶器が迫る恐怖を実感した美九は目を閉じて、襲い掛かるであろう痛みに耐えるがその痛みはいつまで待っても来ることはなかった

 

「えっ?」

「…………」

 

 美九がゆっくりと目を開けると、自身に振れるギリギリの所で無銘剣の切っ先を止めているファルシオンの姿が映った

 

「どうして……」

「さぁな、斬ろうと思ってたはずなのに……お前の怯える顔を見たらどうにも手が止まっちまった」

「甘いですね、おにいさんは」

「そうだな、ここでお前を斬れれば一番良かったんだが……どうにも情が湧き過ぎた」

「そうですか、でもそれが敗因ですよ。おにーさん────破軍歌姫……【小夜曲(セレナーデ)】」

 

 

 

 破軍歌姫を使用した美九が、鍵盤を叩くと流れてきたのは不思議なリズムの曲。至近距離でその曲を聴いたファルシオンの眼前から美九は消え、代わりに現れたのは血にまみれた一人の少女。雪のように白い髪を赤く染め上げ、髪の隙間から赤と青の虚ろな瞳をファルシオンに向けている

 

「どういう……ことだ……」

 

 目の前にいる少女に対してファルシオンは手を伸ばそうとするが、その瞬間目の前の少女は塵となって消滅する

 

 

 

 再び意識を取り戻したファルシオンは辺りを見回すが先ほどの少女は何処にもおらず、さっきまで戦っていた空の上

 

「何だったんだ一体……それに美九もいない……」

 

 先ほどの出来事に困惑していたファルシオンは、いつまでもここに居る訳にもいかず人目につかない場所に降りて変身を解くと荷物を取りに路地裏から出た

 

 

 

 

 

 

 本来帰れる時間よりもかなり遅れてしまったトーマは大急ぎで店に戻り、邂逅一番謝罪をする

 

「すみませんおっちゃん、遅れました」

「気にすんな、久々に嬢ちゃんと会ってたんだろ?」

「えっと、どういうことですか?」

「さっき嬢ちゃんがウチの店に来てな、久々に坊主と会って話し込んじまったからって」

「……そうなんですか」

「おう、まぁどうして一緒に帰ってこねぇんだって聞いたら買い忘れがあるっつってたから遅れるのは分かってたよ。それにほれ」

 

 そう言いながらおっちゃんがトーマに渡してきたのは一通の手紙

 

「渡し忘れたかれ代わりに私渡しといてくれってよ」

 

 おっちゃんから手紙を受け取ったトーマは買ってきたものをおっちゃんに渡すと一度部屋に戻って手紙を見る

 

お兄さんへ

今日は久々に会えてうれしかったです

まぁ、私の力が効かなかったのは予想外でしたけど

とりあえず、今日の所は引き分けって事で、私がこれからアイドル活動を再開します

だから見ていてください、私がまたステージで輝くのを

私がまたステージで輝いて、もう一度大きなステージに立つことが出来たら絶対に迎えにいきますから楽しみにしていてくださいね

美九より

 

「上等だ、次は絶対に…………お前を救う(きる)

 

 手紙を読み終え、その言葉を発したトーマの瞳には、躊躇いではなく決意の炎が点っていた



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第6-9話,追想Ⅷ 決着

 誘宵美九との再会から数か月、再びアイドルとして復帰した彼女をテメディアで見ない日はなかった。彼女は瞬く間にファンの数を増やしあっという間に大人気アイドルとなり今や買い物に出かけたら彼女の事を見ない日はない

 

「……瞬く間にとは、なんとも言えないな」

 

 彼女がこれほどの短期間で人気アイドルへと返り咲いたのは彼女の天使──破軍歌姫と彼女の持っている素質の高さだろう、元々宵待月乃というトップアイドルとして活躍していた美九にはアイドルとしての素養がある

 

「美九の素養と彼女の天使の相性……敵に回ると最悪以外の何物でもないな」

 

 嫌になる程真っ青な空を見ながら、トーマは彼女の待つスタジアムに向けて足を進める

 

 

 

 何故トーマがスタジアムに向かっているのか、それは美九が大人気アイドルへと返り咲いてから数週間後、現在から遡る事3か月前まで遡る

 

「坊主、荷物届いてんぞ」

「えっ? 別に何も頼んでませんけど……」

「そうは言っても間違いなくお前宛てだろ、ほれ」

 

 いつものように仕事をしていたトーマはおっちゃんが手に持っていた小包を投げ渡してくる。咄嗟の事で落としそうになるが何とかキャッチしたトーマが届け先を見ると確かに自分の名前、送り主の名前は聞き覚えの無い会社名

 

「確かに、オレ宛てですね」

「だろ? 忘れてるだけでなんか頼んでたんじゃないか?」

「ですかねぇ、とりあえず仕事終わったら確認します」

 

 その後、いつものように仕事を終わらせたトーマは、店の戸締りをしてから自分の部屋で届いた荷物を開ける

 

「手紙と……チケット?」

 

 中に入ってたのは手紙とチケット、手紙の方は身に覚えないがチケットの方に誘宵美九と書かれているあたり手紙も彼女からなのだろう。そんなことを考えてトーマは手紙を見て少しだけ目を見開く

 

「この手紙、ゆきさんから?」

 

 意外な人物からの手紙の内容に目を通すと、そこに書かれていたのは自分たちの近況と最近の美九を心配するような内容だった。黙々と目を通していたトーマだったが彼女の書いた最後の文に目が留まる

 

 ──最近の美九は、どこか無理しているようで見ていて不安になります

 ──お時間が取れるのであれば、彼女と会って相談相手になってあげてください

 ──美九が一番信頼しているあなたへの、お願いです

 

「無理をしてる……か」

 

 彼女がどうして精霊になったのか、それ以上に精霊になってから何を考え、今に至るまで生活をしているのか……それを知るすべは今のトーマには存在しない。唯一出来る方法は美九本人の口から聞く以外の方法はない

 

「……行くか」

 

 トーマは手紙を置くと、チケットとその近くに貼られていた絶対に来てくださいね。と書かれた紙を見つめながらそう言う

 

「美九に会うなら……少し準備が必要かもしれないな」

 

 そう思ったトーマは来たるべき日に備えて準備を開始する

 

 

 

 

 

 そして時間は戻り現在、美九のファンたちに紛れてチケットを見せると、トーマだけ関係者用通路まで案内される。パッと見普通のチケットだったようだが実際には関係者席の方に案内されるようだった

 

「あっ! おにーさん! 来てくれたんですね!」

「……あぁ、折角呼ばれたからな」

「来てくれなかったらどうしようって思ってたけど、来てくれてよかったです。今日はおにーさんの為に頑張るので、楽しんでくださいね!」

「……楽しみにしてるよ」

 

 ──みんなの為に、じゃないんだな

 

 今の彼女にとって、本当にアイドルとして活動しているのが正しいのか、それがわからなくなってくる。そんなことを考えながら関係者席まで移動する。それから程なく、ライブが始まった

 

『みなさーん! 今日はきてくれて、ありがとうございまーすッ!』

 

 美九が観客の前に現れると、スタジアム全体で聞こえてくるのは歓声。それは何処を見ても変わりなく。今この場の会場そのものを支配しているのはステージ上に立つ彼女である事実をひしひしと感じさせる

 そこから彼女は現在発売しているアルバム、そしてまだ未発表の新曲をアンコールで歌うっていうサプライズを行い彼女のライブは幕を閉じる。ファンから見たら大成功なのだろうがトーマにとっては──ここからが本番だ

 

 

 

 ライブは大成功に終わった後、美九に呼び出されたトーマは一人、スタジアムの近くにある公園までやって来る。ライブ終わりということもあり本来ならもう少し人は居てもおかしくない筈なのだが公園内はビックリするほど閑散としていた

 

「お待たせしました、おにーさん」

「いや、後片付けとか色々大変だったんだろ、気にしなくていい」

「そうですか、それよりどうでした? 私のライブ」

「凄かったとは思う……けど、今日のライブは、本当にお前のやりたかったことなのか?」

「どういう、意味ですか?」

 

 トーマの言葉jの真意が理解できなかった美九に対して、トーマは言葉を続ける

 

「精霊の力を手に入れて、お前はアイドルの道に返り咲いた……けど、それが本当にお前のやりたいことなのか?」

「当たり前じゃないですか、私はやりたいからアイドルをやってるんです」

「なら、どうしてライブの直前、おにーさんの為に頑張るって言った? 俺の知ってるお前……いや、宵待月乃は、ファンの笑顔の為にステージに立ってたんじゃないのか?」

「それは……」

「俺はお前の、本当の心が知りたい……お前の本当にやりたいことは、こんな事なのか?」

「……当たり前じゃないですか、変な事言わないでくださいよ」

「──ならどうして、そんなにひどい表情してるんだ」

 

 そう言っている美九だったが、その表情は発した言葉とは程遠いものだった。それを見たトーマは少しの間目を閉じて、呼吸を整える

 

「美九、オレはお前を救う……お前の中にある本当の気持ちに、手を伸ばす」

「わけわからない事言わないでくださいッ! 何ですか本当の気持ちってッ! おにいさんに私の事がわかるわけないじゃないですかッ!!」

「あぁわからない! わからないから……それを言葉にするんだ。だから俺は……誘宵美九(本当のお前)の為に宵待月乃(お前の偶像)を斬る」

 

 トーマは自身の手元に出現したブレードライバーを腰に巻き、ワンダーライドブックを装填し、無銘剣をドライバーから引き抜くと、構えを取った。対峙している美九も自身の胸に手を当てると霊力の奔流が彼女の身体を包み込む

 

「──変身ッ!」

 

 その掛け声と共に、トーマの周りに渦巻いていた炎が彼自身を守る鎧へと変わり。姿をファルシオンへと変化させる

 

「──神威霊装・九番ッ!」

 

 美九が放つその言葉と共に、彼女の身体を包んでいた霊力の奔流は青白い炎へと変わり、霊装を顕現させた

 

「来い、美九ッ!」

「破軍歌姫──【剣盤】ッ!」

 

 トーマの手に持つ無銘剣と美九が顕現させた破軍歌姫の鍵盤がぶつかり合い、閑散とした公園の中に甲高い音が響く。美九は踊るように鍵盤を振るいトーマにダメージを与えようとしてくる。対してトーマは美九の攻撃を防ぐだけで決して自分から美九に向かって剣を振るおうとしない

 

「どうしてッ! 私に攻撃をしてこないんですかッ! 貴方の力なら、私なんて簡単に倒せるはずでしょうッ!」

「そうだな……でも、オレの目的はお前を助けること……だからオレはもう、お前に対して剣は振らないッ!」

 

 互いの鍵盤と刀身がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く中で、美九はトーマから距離の全てを顕現させ、その力を使う

 

「破軍歌姫──【小夜曲(セレナーデ)】!」

 

 前回も受けた攻撃、音を使う攻撃に対してトーマは明確にそれを防ぐ手段はない。だからこそ……その攻撃を受け入れる。一度瞳を閉じて、眼前に浮かび上がる光景に目を向けた。前回同様目の前に現れた少女を真っすぐ見つめ、彼は言葉をかけた

 

「すまない、もう少しだけ待っていてくれ……土産話は、向こうで腐る程聞かせるから」

 

 その言葉に対して少女は笑顔を浮かべ、頷くと目の前が光に包まれた

 光が晴れ、トーマの視界に映ったのは少し驚きの表情を浮かべていた美九。彼女に対してトーマは一歩ずつ足を進めると美九は一歩ずつ後ずさっていく

 

「ど、どうして……」

「言っただろ、お前を助けるって……だから──」

 

 そこまで言うとトーマは、美九ん向かって駆けだす

 

「こ、こないでッ!!」

 

 美九は音の衝撃波をトーマに向かって放ってくるが、彼はその攻撃を受けるながら真っ直ぐ進み続ける。その衝撃波を完全にのけたトーマは美九の眼前まで行くと、ファルシオンからトーマの姿へ戻り、無銘剣を投げ捨てる

 

「えっ──」

 

 困惑する美九に対して、トーマは彼女の手を掴み、そのまま抱きしめる

 

「ぁっ」

「すまなかった」

「ど、どうして謝るんですか」

「最初に美九と再会した時、最初からお前の手を掴めばよかった」

「そんな事で、謝ったんですか」

「あぁ、少しの間でも美九と一緒に過ごしたのに、今の美九が何を抱えてるのか……それを聞いてやれなかったから」

 

 トーマの言葉を聞いた美九は、少し躊躇った後トーマの身体を抱きしめ返し、顔が見えないようにしながら言葉を紡ぐ

 

「……ずっと、怖かった」

「あぁ」

「ステージに立って、またあの視線を受けるんじゃないかって……また、歌えなくなるんじゃないかって」

「あぁ」

「だから、何度も相談しに行こうって、私はステージに立っても良いのかって、でも……考えれば考えるほど怖くなって、気持ちがぐちゃくちゃになって──」

 

 紡がれる美九の言葉に、トーマは耳を傾け続ける

 

「でも、精霊の力を手に入れて……これなら大丈夫って思えた」

「あぁ」

「けど、精霊の力を使えば使うほど……本当に私のしたかった事は何だろうって、わからなくなって、誰の為に良いのかわからなくて……今すぐにでも、すがりたかった、頼りたかった」

「頼ってくれていい、すがってくれていい、美九が一人で大丈夫って思える時まで。オレがお前の手を掴む」

「……ありがとうございます、おにいさん」

 

 トーマの言葉を聞いた美九から流れた一筋の涙が、トーマの腰に巻かれていたブレードライバーに当たると輝きを放ち始め、気が付けば一冊の本がブレードライバーにセットされていた

 

「……これって」

 

【アメイジングセイレーン】

 

「本、ですか?」

「あぁ、新しいワンダーライドブックだ」

「ワンダーライドブック? ──って、なんですかなんですか!?」

 

 ブレードライバーから本を引き抜くと同時にアメイジングセイレーンのが開き、美九の身体から霊力を吸収する。それによって背後に顕現していた天使は消え、霊装は解除された。美九の服装から普通の服装に戻った途端、力が抜けたようにトーマの方に倒れこむ

 

「大丈夫か?」

「はい……でも、ちょっと疲れちゃいました」

「そうか、それなら……今はゆっくり休め」

「はい、そうさせて……もらい……ます……」

 

 その言葉を最後に、美九は寝息を立て始める。それを見たトーマは彼女をお姫様抱っこするとベンチまで向かった

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

 美九の霊力がワンダーライドブックに移動した翌日、アイドル誘宵美九は一時的な休業を発表した。事務所としっかり話し合った上で現在受けている仕事がすべて終わったから休業期間に入る

 もう一つ大きな変化があった、それは美九とトーマが一緒に暮らすことになったこと。彼女の精神衛生上の問題というのが一番だったが、それ以外の問題だとトーマが考えたのは霊力の移動したワンダーライドブックにどのような不具合が起きるかわからなかったからだ

 美九以前に霊力を封印した耶倶矢と夕弦の二人は互いが互いに精神の支柱になっていることが大きい。逆を言えば美九にはそれがない為、万が一が起こった際トーマが迅速に対応できるように同居をすることになったのだ

 

「おっちゃん、今までお世話になりました」

 

 店が定休日のある日、荷物をまとめたトーマはおっちゃんに挨拶をする

 

「気にすんな、ここで働くのは変わんねぇしな」

「それでも、記憶がないオレをここに住まわせてくれたのは、本当に感謝してます」

「それなら、感謝は今までよりもバリバリ働いて返してくれ」

「はい」

 

 改めておっちゃんに頭を下げて店の外に出ると、そこにはお忍び仕様の美九が待っていた

 

「挨拶、終わったんですか?」

「あぁ……と言っても、ここで働くのは変わんないんだけどな」

「それでも挨拶は大切ですから……ここのおじさんには、私もいっぱいお世話になりましたから」

「そうだな……よしっ、それじゃあ行くか」

「はい! これからよろしくお願いしますね、おにいさんっ!」

 

 こうして、美九の霊力は疑似的に封印され、二人の同居生活が始まった……そして時は、現代に戻る




かなり駆け足気味になってしまいましたが、美九とトーマの過去の話はこれにて終了
次回より現代編に戻ります


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第Ⅶ章, 美九リスタート
第7-1話,現代Ⅰ 天央祭‐準備期間


 天央祭も近づいてきたと言うことで中々に活気づいてきた天宮市。トーマはというと美九からの頼まれごとをどう解決すべきか考えながら歩いていた

 

「さてと、どうするべきか……」

 

 噂と言うものは何処から出てきてどのように広がっていくのか不明瞭なのが最大の強みでもあり厄介な所でもある

 

「美九が天央祭で復帰する……ホントに一体どこから流れたんだか」

 

 大まかには分からないように見えるものの、薄皮一枚向けば色々な人が誘宵美九の噂を気にしている……そんな気がする

 

「人の噂は七十五日とは言うが、探りを入れるなら一体どこからだろうな」

 

 これからどうするかを考えながらトーマは店に向けて足を進める

 

 

 

 

 トーマが何をすべきかで頭を悩ませている一方、士道もまた自身に降りかかった予想外の出来事に頭を悩ませていた……というのも、士道は少し理不尽な多数決によって天央祭実行委員に任命されていた

 引継ぎ作業やらブース運営、予算の分配に各種伝達事項などの話をしているうちに気が付けば時刻は19:30分。膨大な情報を一気に頭の中に叩き込むことになった士道は、その後に近場の商店街で夕食の材料やらを買ってフラフラになりながらようやく帰路につけたのだ

 

「……ん?」

 

 士道の前方、眼に入ったのはつばの広い麦わら帽子を被り淡い色のワンピースを着た少女。そして何よりも目を引くのは彼女の左手に装着されているうさぎのパペット、その少女──四糸乃は塀に貼られているポスターを興味深げに眺めていた

 

「四糸乃?」

「……!」

 

 四糸乃の名前を士道が呼ぶと、ポスターに向けていた目を士道の方に切り替える

 

「あ……士道、さん」

『おー、見ぃーつけたー』

「どうしたんだ? こんな所で。もう暗いのに……」

 

 士道の発した疑問に対して、四糸乃は小さな声で返答をする

 

「……私、士道さんのお家にお邪魔してたんです、けど……士道さんの帰りが遅くて、琴里さんが心配してたから……それで……」

「そっか。でも、もう暗いぞ。二人だけで出てきたのは感心しないな」

「あ、あぅぅ……」

『怒らないであげてよー。四糸乃にも悪気はないのよー。士道くんが心配だっただけでさー』

「わかってるよ、ありがとな四糸乃」

「は、はい……!」

 

 四糸乃と合流した士道は、二人で並んで帰路につく──少し前に四糸乃は先ほどまで見ていたポスターの前で立ち止まる

 

「あの、えっと、一つ訊きたいんですけど……これって……一体……」

「ん? 天央祭だよ」

 

 ポスターに貼られていた天央祭のポスターに目をやると、十香たちにしたように天央祭についての説明をする。それを聞いた四糸乃は興味深そうにうなる

 

「そんなのが……あるんですね……」

『はー、楽しそうだねー』

「あぁ、楽しいぞー。良かったら四糸乃たちも来いよ」

「! い、いいん……ですか……?」

「もちろん。うちの学校でもいろいろ出展するから、遊んでいってくれよ」

『あっらー、よかったねー、四糸乃』

「う、うん……!」

 

「──ただいまー」

 

 そんな話をしながら士道は家に辿り着く、両手がふさがってしまっているため四糸乃に扉を開けてもらいつつ廊下の奥に向かって声をかける。玄関に荷物を置いて靴を脱いだりしていると、リビングの扉が開け放たれ、長い髪を黒いリボンで二つに括った少女──琴里が飛び出すと同時、士道の鳩尾に見事な飛び蹴りを放つ

 

「な、なんだよ、いきなり……」

「……それはこっちの台詞よ。あんでこんなに遅いのかしら? 一本の電話もなしに」

「悪かったよ。突然文化祭実行委員にされちまったんだ」

「実行委員……」

 

 少しバツが悪そうに士道がそう言うと琴里はどことなくほっとした様子を見せる

 

「……体調が悪くなったりだとか、そういうことはないのね」

「え?」

「なんでもないわ。それより、四糸乃を迎えに呼ぶなんてどういう了見よ。もう日も落ちてるってのに」

 

 士道は琴里の言葉に反論しようとして、一度言葉を止める

 

「ん、そうだな、すまん。今後気を付けるよ」

「あ……そ、その、琴里さん、士道さんは……」

「いいから」

 

 士道は自分を擁護しようとした四糸乃を制止する。その様子を見ていた琴里は一層不機嫌そうに顔を歪めると、リビングの方に歩いて行ってしまった

 

「すみません……私のせいで……」

「気にするなって」

 

 士道はその様子を見て、少しだけうなる。今日の事は極端な例だが、士道が修学旅行から帰ってきた当たりから琴里の様子は少しおかしい気がしている。普段の様子は変わっていないのだが、士道が少しだるそうにしていたりすると落ち着かない様子二なるのだ

 そうして考えこんでいても仕方ない、そう思った士道は少しだけ頭をかくと荷物を持ってリビングに歩いていった。四糸乃もそれに続き歩いてくるのを見ながら扉の方に目を向けると、扉が微かに開かれていること、そしてその隙間からジトッとした視線を放つ琴里の目が覗いていた

 

「な、なんだよ。まだ何かあるのか?」

 

 士道の言葉に応えたのは琴里の言葉ではなく可愛らしいお腹の音。頬を赤く染めた琴里を見た士道はカバンを下ろすと、表情を緩めた

 

「何か食べたいものはあるか?」

「……ハンバーグ」

「今からか?」

 

 それなりに時間がかかるメニューを言われた士道は現在時刻を確認する為に携帯を取り出すと、画面上に琴里からの不在着信がいくつも表示されている。その様子から見ても随分と心配をかけてしまったようである

 

「ちょっと時間かかるけど、いいか?」

「……ん」

 

 リビングには琴里以外にゲームをしている十香の姿もあった

 

「おおシドー、おかえりだ! というか琴里! 早く手伝ってくれ!」

「んー……四糸乃、お願い」

「えっ、えぇ……っ?」

 

 急に後任を任せられた四糸乃は焦った様子で十香の横に走っていく。すっかり騒がしくなったリビングの様子を見た士道はカバンを適当に放ると、手洗いうがいをしてからエプロンに手を伸ばし料理を始めようとしたところで、不意に琴里が声をかけてくる

 

「……ねぇ、士道。本当に何でもないのよね?」

「んー? なんだよー、心配してくれてんのかー?」

「ち、違うわよ! そう……十香よ、十香! 士道に何かあったら十香の精神状態が崩れて大変なことになるの! だからちゃんと体調管理しなさいよねって言ってるのよ!」

「へぇへぇ」

 

 士道が笑いながら、少し適当に返事をすると琴里はぶすっとした様子で視線を送ってくる。十香の方も自分の名前を呼ばれれて少しだけ二人の方を振り返るがゲーム画面にボスが登場したらしくすぐに振り向いた身体を戻した

 琴里はその様子を確認すると軽く息を吐いてから、士道の近くまで移動してダイニングチェアに腰をかけると、十香たちに聞こえないくらいの音量で言葉を続けてきた

 

「……でも、本当に気を付けて。いろいろと厄介な状況になってきたし」

「厄介な状況?」

「えぇ。いくつかあるけど……さしあたっては”ファントム”ね」

「ファントム……? なんだそれ。精霊の識別名か?」

「五年前。私たちの前に現れた正体不明の『何か』のことよ。いつまでも『何か』のままじゃ不便だしね。この前の会議で便宜的に識別名が付けられたの」

「あぁ……あの」

 

 五年前、琴里に精霊の力を与え、二人の記憶を封印した何か。存在そのものが謎に包まれ、目的や能力、そのすべてが謎に包まれていることから存在そのものが懸案事項である存在

 

「そしてもう一つは──例の会社ね」

「DEM社……か」

 

 士道の言葉を受けた琴里が首を前に倒す

 先月、修学旅行の際に姿を現し、士道たちに襲撃をかけてきた存在。魔術師──エレン・メイザースとワンダーライドブックに類似する正体不明のアイテムを使う男──イザクが所属していると思われる企業であり、表向きには様々な分野に進出している会社であると同時に一般公開されていないがASTが用いている顕現装置(リアライザ)を製造している会社でもある

 

「しっかし……未だ現実感ないな。あのDEM社があんなことを……」

「眠たいこと言ってんじゃないわよ。連中にそんな倫理観があれば真那だって──」

「真那……? 真那がどうかしたのか?」

 

 琴里の言葉を聞いた士道が眉をピクリと動かしたのを見て。琴里はしまったという表情になる。士道の実妹を称する少女であるが現在は狂三と戦いで重傷を負い入院している……と士道は聞いている

 

「どういうことだよ。真那に何か──」

 

 琴里の発言が無視できなかった士道は、夕食の準備を一時中断し琴里に食って掛かろうとした瞬間。琴里の携帯が鳴り響く、食って掛かろうと士道を手で制止した琴里が携帯を手に取る

 

「私よ、どうしたの──何ですって? えぇ、わかったわ」

 

 そう言うと琴里はリビングから出ていこうとする

 

「あ、お、おい! 話はまだ──」

「後にしてちょうだい。少し厄介なことになったの」

 

 

 

 

 

 丁度士道たちが帰宅したのと同時刻、トーマは制服姿の美九と共に帰路についていた

 

「迎えに来てくれてありがとうございます、おにいさん」

「気にすんな、これくらい別になんてことない」

 

 何気ない話をしながら二人でマンションに続く道を歩く。辺りはすっかり暗くなったと言ってもまだまだ周りに人は多い、出来るだけ人を避けながら歩いていたトーマと美九だったが、不穏な気配を感じたトーマはふと足を止める

 

「どうかしたんですか?」

「……いや、悪い美九。先に帰っててくれ」

「えっ? でも──」

「訳は後で話すから、今は何も聞かないで先に……」

「……わかりました。でも、絶対に危ないことはしないでくださいね」

「あぁ、わかってる」

 

 美九を先に帰らせたトーマは身を翻すと、嫌な気配を感じる方向に向かうが、そこは不自然なまでの静寂に包まれていた

 

「ここから嫌な感じがしたが……一体──っ!?」

 

 この場所に来て、辺りを見渡そうとした瞬間背後から感じたのは殺気、トーマは自身の方に向かってきたそれを寸での所で回避すると右手に無銘剣を出現させ火炎剣烈火の本をリードする

 

「流石の直感ですね」

「お前は、確かイザクとか言ったな」

「えぇ、覚えていてくれて嬉しいです、トーマくん?」

 

 トーマの前に姿を現したイザクは軽薄な様子を崩さないまま言葉を続ける

 

「しかしまぁ、まさかここで会うというのは少々予想外でした。今回は完全な私用でしたから」

「私用……どういう意味だ」

「そのままの意味です、私用……というよりちょっとした実験ですね。カリュブディスの新しい餌を調達しようと思いましてね」

「新しい餌だと?」

「えぇ。どうせなら見せておきましょう」

 

 そう言ったイザクは手に持った本を開くと空間に穴が開き。そこから一人の男がフラフラと歩いてきた。服装はボロボロで完全に憔悴しきった様子の男を見たトーマの顔に驚きの表情が浮かぶ

 

「そいつは──」

「知っての通り、とある事務所の元社長です。借金苦で苦しんでいたところに大金をちらつかせたらあっさりと実験台になってくれましたよ」

「お前、人間を一体何だと思ってる」

「私にとっては友以外の人間は等しく駒にすぎません……さて、長話が過ぎましたね。実験もここで締めにしましょうか」

 

 イザクはそう言うと男の中から一冊の本を引き抜くと、その本を開く

 

【ピラニアのランチ】

 

 本の中から溢れるように出てきたピラニアの群れは男に群がるよう食らいつき、辺りに血の海が出来る。男がその身体を完全に脱力させると同時にその姿はピラニアメギドへと変質させる

 ゾンビのように立ち上がったピラニアメギドはフラフラとした足取りでトーマに向かって襲い掛かってきた

 

「っ! ──三冊、いや今は二冊か」

 

【ブレイブドラゴン】

【キング・オブ・アーサー】

 

『烈火抜刀!』

 

 二冊の本を用いてその姿をセイバー ドラゴンアーサーへと変化させたトーマは襲い掛かってくるピラニアメギドに対して火炎剣を振るう

 

「お前、あの人に何をしたッ!」

「彼の持つ物語を糧に本を完成させたまで、まぁその過程で彼の命は消えてしまいましたがね」

「貴っ様──ッ!!」

 

 目の前に居るピラニアメギドの相手をしながらイザクの方に向かおうとするセイバーだったが、それを気にした様子はなくイザクは手に持った本と共にその姿を消した

 

「くそっ……」

 

 火炎剣とキングエクスカリバーを振るいピラニアメギドの相手をしていたセイバーは火炎剣で攻撃を防ぐとブレイブドラゴンのページをキングエクスカリバーの柄頭で押し込む

 

【ブレイブドラゴン】

 

 炎を纏った二振りの刀身でピラニアメギドへ斬撃を放つと、メギドは力尽きその場で爆発を起こした。メギドが完全に消滅したことを見届けたセイバーは本を引き抜きトーマの姿へと戻る

 

「……この情報、共有しておくべきか」

 

 美九に対して帰りが遅れる旨のメールを送ったトーマは、通信端末を取り出してフラクシナスに通信を繋げた



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第7-2話,現代Ⅱ 平和な日

 空中戦艦フラクシナス、その司令室にやってきたトーマは既にいつもの席についていた琴里の元まで向かう

 

「それで、一体どういう事なのか説明してもらえるかしら」

「あぁ、もとよりそのつもりここに連絡したからな」

 

 琴里にそう言ったトーマは先ほど起こった出来事を振り返りながら、話を始めた

 

「事の発端は帰り道、嫌な気配を感じたオレはその気配を感じた所まで向かったんだ。そしてらそこにあのイザクとか言う奴がいた」

「そのイザクなる人物は確か……」

「えぇ、士道たちの修学旅行の時にDEMと一緒に襲ってきた人物です」

「……今まで表舞台にも出てなかった人物。こちらでも調査を進めていますが経歴も何も以前謎のままです」

「厄介だけど、ひとまずそいつの事は置いておきましょう。それでトーマ、貴方はそいつと会って何を見たの?」

 

 琴里の言葉を聞いたトーマが取り出したのはワンダーライドブック

 

「あいつはカリュブディスの餌の調達、そう言って人間からこれと同じくらいの本を取り出してた」

「人間から、本を?」

「人間の持つ物語を糧に本を生み出したって言っていた……その過程で命は消えたとも」

「それって──」

「……人の命を代償に本を生み出した、と言うことだね?」

「おおよそその認識で間違いないと思います」

 

 会話に入ってきた令音の言葉に同意したトーマがそう言うと、琴里は顎に手を当てて少し唸る

 

「ほんと、厄介な事態になったわね。ただでさえDEMが動き出してるのにこんなことが起こるとはね……」

「彼に関してはその力も不明ですからね、使っているアイテムからトーマ君と同じ系統の力……と考えるのが妥当な気もしますが」

「と言うことは、まさかアイツも精霊の力を?」

「……いや、君とあの怪物の戦っていた映像の解析が先ほど終わったが、あの怪物から霊力の反応は検出できなかった」

「となると、力の源も不明……わからない事尽くめで、これ以上は考えても仕方なさそうね」

 

 これ以上考えた所で結論は出ない、そう判断した琴里の一声でこの場は解散という流れになり。トーマもフラクシナスから美九の待つマンションに帰宅する流れとなった

 

 

 

 

 

「ただいま」

「……あっ、お帰りなさい」

 

 帰宅したトーマを見た美九は少しふらついた足取りで目の前までやってきた。その様子を見たトーマは少しだけ眉を寄せる。よく見ると頬がうっすらと赤くなっておりどことなく意識が朦朧としているようにも思える

 

「美九、もしかして熱でもあるのか?」

「えっ、そんなこと……ないと思いますけど」

「本人はそう言っても外から見たらわからないもんなんだよ。とりあえず熱測ってこい」

「……そうですね、そう、します」

「危なっかしいな、肩貸す」

 

 ふらついている美九の事を見たトーマは軽く頭を掻くと肩を貸してリビングに向けて歩いていく。ソファに美九を座らせると体温計を取りに向かう

 

「……お兄さん」

「どうした?」

「ありがとう、ございます」

「気にすんな、今更だからな……ほら、体温計」

 

 体温計を手渡したトーマはそのままキッチンまで向かい少し遅くではあるが夕食の準備を始める。美九が風邪気味なようであるため今回は温かいものをと考えた結果、今日の夕食はうどんにすることに決めた

 さっそく麺を茹で始めたところで美九に渡した体温計が鳴る音が聞こえてきた

 

「美九。熱何度だった?」

「37度くらいです」

「微熱か、とりあえず今日は夕食食べたら休め」

「そうします……」

 

 しばらくして作り終えた料理を美九の前に出したトーマは自分も食べ始める前に使った調理器具を洗い始めようとしたところで、いつもワンダーライドブックをしまっている内ポケットから熱が伝わってくる。怪訝な表情を浮かべながら内ポケットの中を見ると一冊の本──アメイジングセイレーンワンダーライドブックが紫銀の輝きを放っていた

 

「これは……」

「どうかしたんですか?」

「あぁ、実は……ってあれ?」

 

 美九の霊力を封印している本が輝きを放っていることを伝えようとしたトーマだったが、次に目を向けた時にはその輝きは消えていた

 

「……いや、何でもない」

「そうですか?」

「あぁ、それより早く食っちまえ」

 

 心の奥底に僅かな不安をよぎらせたトーマだったが、それを振り払って調理器具を洗い始めた

 

 

 

 そんな出来事があった翌日の朝、いつものようにトーマが朝食を作っていると制服姿の美九が起きてくる

 

「おはよう、体調は大丈夫なのか?」

「はい! すっかり元気になっちゃいました!」

「そうか、でも気を抜くとぶり返すかも知れないから気を付けろよ」

「わかってますよぉ」

 

 あっけらかんと言った様子でそう言ってくる美九の事を見たトーマは少しだけ呆れたような表情を見せた後、完成した朝食を持っていく

 

「お待たせ」

「さっき来たばっかりですから大丈夫です……いただきます」

「そんじゃ俺も、いただきます」

 

 自分の分もテーブルに持ってきたトーマは手を合わせると朝食を食べ始める

 

「そういえば美九、今日も天央祭の準備かなんかで帰り遅れるのか?」

「昨日より少ないと思いますけどやっぱり準備とか色々ありますからねぇ。多分遅くなると思います」

「わかった、それじゃあ帰りは迎えに行くから連絡くれ」

「はい、了解です」

 

 二人で朝食を食べ終え、学校に向かう美九を見送ったトーマは二人分の食器を洗い終わらせると自分の準備をして外出をする。今日は事前におっちゃんには休むことを連絡ている為問題はない

 

「さてと、それじゃあ探しに行くか」

 

 わざわざ休みをとった理由は一つ、美九が天央祭で復帰する。その噂が何処で流れたのかをはっきりさせること。その情報を得る為にまずトーマが向かったのはフラクシナスの自分に割り当てられている部屋

 フラクシナスの設備は通常のパソコンと比べると技術的には数段上であるのに加えて基本的にはモニターが大きいからここの情報が見やすいというのがある。まず最初にトーマが確認するのはSNSの投稿

 

「この手の噂はSNSが発端になるって定石がある」

 

 キーワード検索で誘宵美九、復帰と入力すると直近の投稿は天央祭で美九が復帰するという内容ばかりが目に入る。中にはその噂の真偽を疑うものもあったが投稿の殆どが美九の復帰を期待する内容一色だ

 

「さてと、とりあえず今までの経歴を振り返って──」

 

 そもそもどんな投稿が発端となったのか、それを調べようとしたタイミングで部屋の扉が開く。それに気づいたトーマが入口の方を見るとそこに立っていたのは神無月

 

「どうかしたんですか?」

「いえ、少々お訊きしたいことがあって」

「訊きたいこと?」

「えぇ、実は昨日の夜トーマ君と誘宵さんの家の付近で霊力の乱れを感じたんです。何か心当たりはないかと」

「心当たり……そういえば昨日、帰った時美九の体調が少し悪そうだったんです」

「体調が少し悪そう……ですか」

「えぇ、今日の朝には元気になってたんですけど少し気になってて」

 

 やはり昨日の夜の美九の様子はトーマとしても少しだけ不審に思っていた。だからこそ本来ならフラクシナスで検査をしてもらうのがいいんだろうが彼女が元気そうだからと見過ごしていた

 

「……もしかしたら何かしらが原因で誘宵さんの身に不調が起こってるのかもしれませんね。一応検査を受けて貰った方がいいかと」

「そうですね、今日帰りにでも言っておきます」

「お願いします」

 

 そう言い終わった神無月が部屋から出ていくのを確認したトーマは、再びPCの画面と向き合った

 

 

 

 調べものを終えた夜、学校から帰ってきた美九を出迎えたトーマは。夕食の準備を始める、美九の方は文化祭実行委員で色々と確認しなければいけない項目があるらしくソファに座ってプリントに目を通していた

 

「……あっ、そう言えばお兄さん。噂の出所わかりました?」

「今日は一日ネット漬けで情報収集したけど核心に迫る情報はなかったな」

「ですよねぇ……私の方も少し聞いてみたんですけど何処から聞いたのかは分かりませんでしたし」

 

 やっぱり広がりきった噂の元を探すのは骨が折れる

 

「噂の出所がわからないなら、これが時期なのかもしれませんねぇ」

「時期?」

「えぇ、この際だからもう活動再開しちゃおうかなって」

「……本当に、それでいいのか?」

「まぁこのまま放置してもって気持ちもありますけど……それ以上に、私がやってもいいかなぁとは考えてるんで」

「そうか……それなら、オレにも手伝わせてくれ」

「お兄さん、言いましたね?」

 

 トーマの言葉を聞いた美九は悪戯っぽい笑顔を浮かべると夕食の支度をしていたトーマの近くまでやってきた

 

「それならお兄さん、早速お願い……聞いてくれますか?」

 

 美九の言葉に頷いたトーマは、その後に放たれた彼女の言葉を聞き──琴里にメッセージを送った

 

 

 

 

 

 翌日、琴里に連絡を取り来禅高校に入れるよう取り計らって貰ったトーマは活気あふれる学校の中を歩いていた

 

「あれ? トーマ?」

「驚愕。珍しいところで会いましたね、トーマ」

「耶倶矢に夕弦か、数日ぶりだな……それと、突然で悪いんだけど士道見なかったか?」

「士道? 見てないけど……」

「質問。士道に何か用事があったのですか?」

「あぁ、実は────」

 

 ここであったのも何かの縁……ということで二人に美九からのお願いの内容を話すと、納得したような表情を見せた後に揃って胸を張る

 

「成る程な、しかと理解した!」

「納得。そう言うことなら士道探しはこの八舞姉妹にお任せください」

「えっ? いや、これはオレの頼まれたことだから……」

「気にするなッ!」

「安心してお任せください」

 

 そう言うと耶倶矢と夕弦の二人は風のような勢いでトーマの前から去って行った

 

「流石、颶風の巫女……」

 

 とりあえずこっちはこっちで士道の事を探すか……と言ったところで先ほど去って行った二人がトーマの前に戻ってきた

 

「見つけてきたぞ!」

「発見。士道は十香、マスター折紙と共に音楽室にいました」

「早いな……って、音楽室?」

「首肯。何やら頼まれごとをしたようです」

「頼まれごと……か、それなら丁度良いな、早速行ってくる」

「制止。トーマ、少々お待ちを」

「どうした?」

「音楽室の場所、わかるの?」

「…………そういえば、わからない」

「でしょ? 私たちが案内するから、着いてきて」

 

 それが一番いいか、と言うこともあり二人に案内してもらったトーマは音楽室に向けて歩き始めた



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第7-3話,現代Ⅲ 天央祭-開幕直前

「いたぞ、この中だ」

「ここに士道たちがいるの──か?」

 

 耶倶矢と夕弦の案内で音楽室までやってきたトーマがその中を見ると、その中にいたのは十香と彼女の友人でもある亜衣、麻衣、美衣の三人娘、それに折紙と……青い長髪の少女だった

 

「士道……いるか?」

「いるではないか、しっかりと」

「同意。トーマの目にもはっきりくっきり映っている筈です」

「はっきりくっきりって──まさか」

 

 トーマが辿り着いたのは、見慣れない青髪の少女が士道であるという可能性……というかその可能性以外ないだろう。ならば何故士道が女装しているのかなのだが、とりあえずその部分は置いておいても大丈夫だろう

 

「……とりあえず、行ってくる」

「うむ、しっかり話をつけてくるがよい」

「了承。頑張ってください」

「あぁ、とりあえず言うだけ言ってみる」

 

 二人と別れたトーマは音楽室の扉をノックしてから中に入る

 

「む? おぉ! トーマではないか!」

「久しぶり……って程でもないか」

 

 急に音楽室に入ってきたトーマを見た十香は反応を示したが残りのメンツは不思議そうにトーマの方を見ていた……最も、青髪の少女だけは何故かトーマと目を合わせようとしていないがそれに関して仕方ないと言えば仕方ないのだろう

 

「それで、今日はどうしたのだ?」

「あぁ、実は少しだけ頼みがあってな──突然の申し出で悪いと思ってたんだがバンドの練習をしてるなら丁度いいか」

 

 そう言ったトーマは改まって言葉を口にする

 

「君ら、竜胆寺女学院……というか美九と合同ライブをやってみる気はないか?」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 唐突な提案に固まってしまった六人を他所に、とりあえずトーマはどうして自分がこんな事を提案しているのかを振り返る

 

 

 事の発端は、昨日の夜。彼女からのお願いを聞いた事──彼女からの願いと言うのが他でもないどこかと合同ライブが出来ないか、というものだった

 とは言え流石のトーマもそこまで広い人脈を持っている訳ではない。そこで白羽の矢が立ったのがパンや弁当を配達しており、顔なじみも多い来禅高校……その中でも美九とも交流がある士道たちというわけである

 

 ──せっかく活動を再開するんなら、盛大に、楽しくやりたいんです

 

 彼女はトーマに願いを伝えた際にそう言っていた、それを聞いたトーマもまた、全力で彼女に手を貸そうと決めた次第である

 

 

「……というか、どうして貴方がそんな事を?」

「あーっと、それは、なんというか、結構前から美九とは交流があってな」

 

 流石に休止中の大人気アイドルと一緒に暮らしていますなんて言ったら自分の立場を危うくしかねないトーマは要点をぼかしつつそう言うが三人娘の方から向けられる視線が疑いのものに変化していった

 このままだと只の不審者になりかねない事を察するトーマは証拠代わりに何年か前に一緒に撮った写真を見せる。疑いの目が晴れたあたり一応信じて貰えたらしい

 

「それで、どうだろうか? 一緒にやってもらえると有難いんだけど」

「……よっしゃ! せっかくやるなら盛大な方がいい! やってやろうじゃないの!」

「せっかく人数も揃ったわけだしね」

「そだね、それじゃあやりますか、追加要因も三人いるし」

「え?」

 

 どうやらまとまったらしい話を横で聞いていたら、最後に放った麻衣の言葉で青髪の少女は首を傾げる

 

「あ、いや、十香……さんと折紙さんは私の付き添いで……」

「そうなの? そのわりには……」

 

 麻衣が後方を指さすと、そこにいたのは既に楽器を運び始めている十香と折紙の姿。十香は兎も角、折紙も案外やる気なようでその姿を見た青髪の少女は苦笑している

 

「え、えぇと……おまえら、じゃなくてあなたたち……」

「……そう言えば、君。名前は?」

「え? 俺、じゃなくて私は……士織……です」

 

 とりあえず名前を聞いてみたが思った以上にしっかりとした名前が返ってきた。トーマ的にはてっきりシド美とかあからさまに適当な名前を付けられるものだと思っていたから以外だった

 

「それじゃあ全員で、張り切ってやろーう!」

「……じゃあ、オレはこれで。色々と準備しないといけない事があるんで」

 

 そう断りを入れたトーマは張り切っている彼女たちに背を向けて音楽室を後にする。これからかなり忙しくなることを覚悟しながら昇降口に向けて歩いていると、丁度クラスの準備をしていたらしい耶倶矢と夕弦に遭遇した

 

「耶倶矢、夕弦」

「おぉトーマ、その様子だと上手くいったようだな」

「おかげさまでな」

「安堵。良かったです」

「二人も音楽室の場所を教えてくれて助かった」

「呵々、気にするな。我らとトーマの仲だからな」

「同意。もっと気にせず頼ってください」

 

「あぁ、何かあったらそうさせて貰う……それじゃあ」

 

 それだけ言って耶倶矢、夕弦と別れたトーマは来禅高校を後にし、美九の携帯に連絡を取ると、そこまで時間はかからずに美九の声が聞こえてくる

 

『はーい、美九ですよぉ』

「美九、今時間大丈夫か?」

『はい、大丈夫ですよ、それでどうかしたんですか?』

「こっちは連絡取れたぞ、問題なしだ」

『本当ですか!?』

「あ、あぁ。それで……そっちは大丈夫だったのか?」

『はい、こっちも問題なしです。何とか時間作れましたから後は本番までひたすら練習ですね』

「そうか、それなら良かった……練習するって事は、今日は帰り遅くなるのか?」

『そうですねぇ、いつもより遅くなっちゃうと思います』

「わかった、そんじゃ帰るって時に連絡くれ……時間に合わせて飯作り始めるから」

『別に先に食べててもいいんですよ?』

「飯ってのは一人より二人で食べた方が美味くなるからな。気にすんな」

 

 それだけ言い残し、トーマは美九との通話をきる

 

「さてと、それじゃあ早速材料買いに────」

「あらあら、随分と楽しそうですわね」

 

 その声が聞こえてきた瞬間、周囲の空気が変わった

 

「……一体何の用だ、時崎狂三」

「つれないですわねぇ、貴方と私の仲ではありませんの」

「そんな事言われるほど、お前と仲良くなった覚えはないな……それで、何の用だ」

「全く、さっさと本題に入ろうなんて、淑女の扱いを心得ておりませんの?」

 

 狂三の放ったその言葉に対して、トーマは普段とは全く違う好戦的な表情を見せる

 

「淑女って柄じゃねぇだろ、殺人鬼。いいからさっさと要件を話せ」

「……仕方ありませんわねぇ、今日はただこれを渡しに来ただけですわ」

 

 そう言いながら狂三がトーマに差し出してきたのは二冊のワンダーライドブック──トライケルベロスと昆虫大百科の本だった

 

「お前、どこでこれを……」

「さぁ? 私にもさっぱり、気が付いたら持っていた……と言う方が正しいかも知れませんわね」

「気が付いたら、持っていた?」

 

 トーマから見ても不可解な話だ、精霊の力の中にエネルギー状態になっているのはトーマも知っている、そして精霊と一体化しているワンダーライドブックは精霊の霊力を封印しない限り分離するはずない……しかし、目の前にいる時崎狂三が握っているのは本物のワンダーライドブック

 

「それをオレに渡しにきた……って訳か、でもわからないな。何故それをオレに渡す」

「私が持っていても無用の長物でしかありませんから。持っていても邪魔になるだけ……ならそれを必要としている方に差し上げるのが優しさ、というものでしょう?」

「そいつはどうも、有り難くもらっとくよ」

「えぇ……ですが、渡す前に一つ訊いてもよろしくて?」

「……なんだ」

「トーマさん、貴方はどうしてその本を──力を求めるんですの?」

 

 狂三がしてきたその問いは、トーマにとっても答えを出すことのできない部分だった。意識を取り戻してから自身に刻み込まれている使命であるからそうしているだけ、それに加えて精霊からワンダーライドブックを分離することは彼女たちの霊力を封印する行為に繋がることから力を集める理由は特に考えていなかったというのが正しい所だが──今のトーマは、ただ一言、こう答えるしかなかった

 

「……ただ、そうしないといけない気がしたからそうしてるだけだ」

 

 その言葉を聞いた狂三は怪訝そうな表情を浮かべるが、トーマの言っているのが本心であると察すると二冊のワンダーライドブックを渡すとその場から姿を消す。トーマは受け取ったワンダーライドブックに目を向けるがそこから狂三の霊力は感じることはできない

 どうして彼女の元にこの本が現れたのか、それを考えたが結局答えが出ないという考えに辿り着いたトーマは、思考を切り替えてその場を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は進み九月六日、土曜日。いよいよ天央祭が開幕する





Data Archiveの精霊と聖剣、WRBの対応に今日登場した二冊を追加しました


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第7-4話,現代Ⅳ デートと戦闘開始

お久しぶりです、お待たせしました




『──これより、第二十五回、天宮市高等学校合同文化祭、天央祭を開催いたします!』

 

 時は進み九月二三日、土曜日。天宮市内の高校生、そして天宮市民の一大イベントでもある天宮市が始まった。正面入り口から近い場所には主に飲食関係の模擬店が並び、奥には研究発表や簡易アトラクションなどが集められている

 多くの人で賑わっている中、トーマは入場ゲートの辺りで美九の事を待っていた

 

「お兄さん、お待たせしました!」

「いや、別に待ってないぞ」

 

 制服姿でやってきた美九に対してトーマはそう答えて一緒に進んでいく

 

「それで、最初どこに行きます?」

「そうだな……とりあえず士道たちの所に顔出しに行くか」

「来禅高校ですよね、やってるのは……メイド喫茶!?」

「まぁ、ありがちだな」

「行きましょう! 早速行きましょう! すぐに行きましょう!」

 

 急に瞳をキラつかせた美九にてうぃ引っ張られる形で来禅高校が出店している二号館に向かって歩き出した。現在の美九はバレないように眼鏡をかけて髪型をいつものロングからポニーテールに変えている。一見バレそうな変装ではあるが道行く人は案外気付かないようで騒ぎになるような事はなく、来禅高校が出店している場所までやってきた

 

「そろそろか」

「みたいですね、ワクワクしちゃいます!」

 

『メイド喫茶☆RAIZEN』

 

 メイド・執事喫茶ではないため男子生徒まで女装をしているのでは……とかなり残酷な想像をしていたのだがそんなことはなくフロアスタッフは女子だけの用だった……と言いたかったのだが目の前で看板を持っている見知った姿が目に入る

 それは美九も同じだったようで、賑わっている客を他所にトーマたちと看板を持っている少女の間には何とも言えない空気が流れていた

 

「……何というか、ズルいって言葉しか出てきませんね」

「ズルいって何が!?」

「……まぁ、女の子には色々あるんだ、お前もそれはわかってるだろしど────シド美?」

「名前は一応士織な……」

「士織か、了解。それととりあえず中に入っても大丈夫か?」

「あ、あぁ、どうぞ」

 

 士道改め士織に案内されたトーマと美九の二人は店の中に入ったのだが……最初に見たのがよりによって女装した士道だったということもあり美九の様子は若干下落気味だがトーマは特に気にした様子もなく席に座ってメニュー表に目を通した

 

「意外と本格的だな」

「……ですねぇ」

 

 値段もある程度手頃だしかなり手が込んだメニューも記載されている、とりあえずトーマはそのメニューの中でも比較的安いものを注文し、美九はトーマが頼んだものにプラスしてドリンクを注文する

 

「そう言えば美九、大丈夫そうなのか? 今日のステージ」

「大丈夫です、打ち合わせも練習もしっかりしてきましたから」

 

 少し不安そうな表情な見せながらそう言う美九の姿に、トーマは少しだけ胸騒ぎを覚えながら、注文した料理を食べ始める

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、次は何処に行く?」

「そうですねぇ、こことかどうでしょう」

 

 メイド喫茶を後にしたトーマと美九の二人は、天央祭の地図を見ながら歩いていた。最初は地図を見ていたが顔を上げた美九が指をさしたのはクレープの屋台

 

「食ってばっかりだけど、大丈夫なのか?」

「はい、食べた分はしっかり動きますから。すみませーん」

 

 そそくさとクレープ屋に向かっていった美九の後を追ってトーマが屋台まで向かうと美九は既にクレープを買い終えたらしく、片方を差し出してくる

 

「はい、どうぞ」

「ありがとな、代金は後で──」

「気にしないでください。いつもお世話になっちゃってますから」

 

 そう言い終わった美九は手に持ったクレープを一口食べると幸せそうな表情を浮かべる。それを見たトーマも苦笑いを浮かべながらクレープを一口食べる

 

「ん、美味いな」

「おいしいですよね~、このままお店出せるレベルです」

「だなぁ」

 

 二人でクレープを食べていると、ふと何かを思い出したかのように美九がトーマに話しかけてくる

 

「そういえばお兄さん、私と会うまで天央祭とか来たりしたんですか?」

「おっちゃんの所で暮らしてた時も天央祭に行ったりすることはなかったな」

「へぇー、そうなんですね」

「……あの頃は自分がどこ行きたいとか考えてなかったし。それ以上に自分の生活とか、おっちゃんへの恩返しで一杯一杯だったからなぁ」

 

 改めて、当時の事を振り返ったトーマが思い出せるのは食堂で仕事をして友人とどこかに出かけるなど世間一般的な学生が送る生活とは程遠いものだった。記憶がないから正確な年齢がいくつなのか覚えていないトーマも、青春やらなにやらに興味が無いと言ったらうそになる

 

「そう考えると、こうして天央祭に来てる辺り世の中わかんないもんだな」

「そうですねぇ、あっ、おにいさんの一口ください」

「いいぞ……っていうか食べたいなら一人で食って良かったんだぞ?」

「こーいうのは二人で食べるからいいんですよぉ……はい、私のも一口どうぞ」

「そう言うもんなんだな、そんじゃありがたく」

 

 それから程なくして、クレープを食べ終えた二人が向かったのは縁日の屋台のような出し物が並んでいるエリア

 

「あっ、お兄さん。輪投げありますよ!」

「あるな、やってみるか?」

「はい!」

 

 さっきは美九に代金を支払わせてしまったが今回はトーマが代金を支払い輪を三つ受け取った

 

「ほらよ」

「ありがとうございます、それじゃあ早速……ほいやっ!」

 

 まずは一回目、一番の目玉商品であるくまのぬいぐるみを狙ったらしいが外す、続いて二回目も狙って投げるがそれも外した

 

「むー、中々に難しいですねぇ。おにいさん! お願いします!」

「オレも得意じゃないぞ?」

「いいんです! お願いします!」

 

 美九から手渡された投げ輪を受け取ったトーマは狙いを定める、美九がさっきまで狙ってたのはくまのぬいぐるみ、それを狙おうと思っていたトーマでだったがとあるものが目に入りそっちに狙いを定め、輪を投げた

 そうしてトーマの投げた輪はまっすぐ狙ったものの方に飛んでいき、すぽりと入った

 

「おめでとうございます!」

 

 接客をしていた生徒から狙っていた景品を受け取ったトーマを見た美九は彼の近くまでよると景品を覗き込む

 

「これ、ネックレスですか」

「あぁ、それにしても狙ったから無事手に入ってよかった」

「でもこれ女物ですよ? はっ! まさかおにいさん私の為に!?」

「察しが良いな、ほら」

 

 少し演技がかった美九の言葉を肯定したトーマは美九にネックレスを差し出すと少しキョトンとした表情の後、僅かに顔を赤らめる

 

「今日の、御守り代わりだ」

「あ、ありがとうございます……っと、そろそろ時間ですね。名残惜しいですけどここまでです」

「天央祭はまだ何日かある、時間が作れれば見てまわればいいさ」

「……そうですね! それじゃあ、おにいさん! 行ってきます!」

「あぁ、行ってこい」

 

 美九の事を見送ったトーマは自分も会場に移動しようと思った矢先、視界の端に最近も見た影が映る

 

「アイツは……イザク」

 

 或美島やピラニアメギドの一件でたびたびトーマや士道、そして精霊たちの前に姿を現す男──イザク。DEMインダストリーに所属していると思わしき男が天央祭の会場にいる

 

「フラクシナスにも連絡しておいた方がいい……それに、嫌な予感がする」

 

 美九の時に感じたものとはまた別の胸騒ぎ、何かが起こるという嫌な感覚を感じたトーマはフラクシナスに先の事を連絡しながらイザクの事を追う。まるで幽霊のように消えては現れるイザクの後を追ったトーマが辿り着いたのは会場の人気がない場所

 

「おや、やはり私を見つけてくれましたか」

「お前……今度は一体何の目的で──」

「単にこの祭りを楽しみに来た、では説明は不十分ですか?」

「不十分に決まってる、それにその言葉を信用できるほど俺はお前を信用してない」

「手厳しい言葉だ……ですが正解、私はこの祭りなどどうでもいい」

「なら何でここにいる?」

「ちょっとしたトレーニングですよ。カリュブディスのね」

 

【カリュブディス】

 

 イザクが本を開いた瞬間、トーマの目の前に現れたのは何度も見た鎧を思わせる姿に巨大な斧を持った怪物──カリュブディス。目の前の怪物は巨大な斧を振り上げるとトーマに向かって振り下ろしてくる

 

「それでは私はこれで、メインイベントを──見逃すわけにはいきませんからね」

「追いかけたいが──」

 

【エターナルフェニックス】

――抜刀』

 

 出現させた無銘剣をベルトから引き抜いたトーマはファルシオンの姿へと変化し、カリュブディスの一撃を受け止める

 

「──とりあえず、目の前のコイツを何とかする」

 

 腹部に蹴りを入れたファルシオンは後退したカリュブディスに無銘剣の切っ先を向け、戦闘の体勢を取った



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第7-5話,現代Ⅴ 急転Ⅰ

 戦闘態勢を取るファルシオンに対し、カリュブディスも戦闘態勢を取るとブーメランのように斧を投げる。ファルシオンはその一撃を無銘剣で弾きカリュブディスに向けて真っ直ぐ突っ込む

 

「はぁッ!」

 

 下から薙ぎ払うように振るわれた無銘剣に対してカリュブディスはバックステップでその一撃をかわすと蹴りをファルシオンに向けて放った。少し体勢を崩していたファルシオンだが咄嗟に無銘剣を逆手に持ち替えて地面に突き刺してそれを避ける

 

「コイツ、前よりも戦い方が……」

 

 僅かな攻防でファルシオンが感じたのは前回戦った時に比べて戦い方が進化しているという事だ。或美島に戦った時にもカリュブディスは知性を感じる戦い方をしていた気もするが明確に回避行動をとるというのは今回が初めてな気がする

 

「……それに、さっきの一撃。間違いなくカウンターだよな」

 

 ファルシオンは薄々ではあるが考えうる限り最悪の可能性、カリュブディスが前回の戦いから進化している可能性が現実味を帯びはじめたことに戦慄するファルシオンが考えたのは、戦いを長期化させるほどこちら側が不利になっていくこと

 

「なら、速攻で──決めるッ!」

 

【ワンダーワールド物語-火炎剣烈火-】

 

 無銘剣にライドブックをリードしたファルシオンは聖剣を火炎剣烈火に変化させると三冊のライドブックを装填、抜刀する

 

『烈火抜刀! ────クリムゾンドラゴン! 

 

 ファルシオンの周囲を回るようにブレイブドラゴンが現れるとともに激しい炎が逆巻きその姿をセイバークリムゾンドラゴンへと変化するともう一度聖剣を納刀し、火炎剣のトリガーを二回引く

 

『必殺読破!』

 

 右足を中心に炎が集まっていく、炎が完全に集まりきったと同時に翼が展開されると、一気にカリュブディスへと距離を詰め飛び回し蹴りを放った。火の粉が飛び散ると同時にカリュブディスの身体は焼き尽くされ、消滅した

 

「よしっ、これで──ッ!」

 

 カリュブディスを倒した直後、変身を解こうとした瞬間──ファルシオンを感じたのは力が外に流れ出ていく感覚。何が起こっているのかを確認するために流れ出ていく力の出発点となっているものを取り出そうとした刹那、ステージの方向から禍々しい光が溢れ出した

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしました……って、あれ?」

 

 美九がステージまでやって来るとスタッフたちの姿はあったのだが、女装した士道にメイド服姿の十香は困ったような表情を浮かべている。何よりも本来であればあと三人いる筈なのだが残りの三名の姿が見えない

 

「何かあったんですか?」

「ん? あぁ、美九……それなんだが──」

 

 二人に声をかけた美九に対して、士道が事情を説明すると。本来であれば一緒にステージをする筈だった亜衣、麻衣、美衣の三名が体調を崩したのに加え鳶一折紙も連絡がつかないとのことでメンバーが足りなくなってしまったらしい

 

「それじゃあ、ステージは──」

「今のままじゃあ……」

「────わかりました、私に任せてください!」

「任せてって……一体どうする気だ?」

「ステージの予定を変えて私が先に歌います、なのでお二人はピンチヒッター探しをお願いします!」

 

 美九はそこまで言うとステージ裏のスタッフの元に駆け寄ってセットリストの乗っているプリントとペンを借りると変更点を書き込んでいく。それを見た士道もここで突っ立っている訳にはいかないと自分を鼓舞すると耳に付けたインカムに話しかける

 

「琴里」

『──士道? 今はステージ中じゃなかった?』

「あぁ、ホントはその予定だったんだが──」

 

 士道は琴里にステージに上がる予定だったが三人が体調を崩して出られなくなったことや、それに伴い美九がステージの流れを変更している事などを話す

 

『なるほど、そう言うことだったのね』

「あぁ、美九が先に歌ってくれるとは言え出番までは二時間もない。ボーカルとか色々問題はあるんだが一体どうしたもんか」

『とりあえず、ボーカルは口パクで乗り切りましょう』

「大丈夫なのか、それ……」

『ぶっつけ本番でミス連発するよりマシでしょう? 万が一が起こった時の為に機関員も送り込んでるから、音源の問題はしなくて大丈夫よ』

「……助かる」

 

 インカム越しに聞こえてくる音が少々騒がしい気もするがひとまずそれを横に置いておいた士道は、義妹の手際の良さに感謝しつつまだ解決してない問題を聞く

 

「そっちは解決してもまだ人数が足りてないぞ? 十香に他の楽器が出来るとは思えねぇし……」

『そうね……全部は無理だとしても、二つは都合がつくかも知れないわ。補充要員を向かわせるから少し待っててちょうだい』

「補充要員って……いくら上手い人が来ても来禅の生徒じゃないってバレたらどうすんだ?」

『私が何とかするって言ってるんだから、心配しないで待ってなさい』

 

 相変わらずの自信ありげな物言いでそう言う琴里に対して、士道は何か言ってやろうかとも考えたがとりあえず黙っておく

 

『とりあえず、補充要員が合流するまで美九のステージでも見ておきなさい。休んでいたと言ってもアイドルのライブを生で見れる機会なんてそうそうないからね』

「……そうだな」

 

 とりあえず琴里の言っていた補充要員が来るまでの間に折角だから美九のステージを見に向かった。二人がステージの結構いい位置に陣取ってから程なくして、スポットライトがステージを照らし、美九の姿が現れた。

 瞬間、会場のボルテージが一気に上昇する。現在の会場の様子を見て美九の人気を改めて実感していた士道たちだったが、上がっていた会場のボルテージは一曲目が始まった瞬間さらに上がる

 

「……すげぇ」

 

 誘宵美九というアイドルがどれだけ人気であったのかを実感し、美九のステージに引き込まれていく。それは士道だけでなく士道の隣でステージを見ていた十香──そして会場にいる観客全員が、誘宵美九というアイドルに魅了されていた

 

 そして、ステージに魅了されているが故に──会場の中で起こっている異変に気付くことが出来なかった。事が起こったのは一曲目のライブが終わった直後、二曲目に入ろうとしたタイミングで、会場の一部分から悲鳴が上がる

 

「な、何だッ!?」

「何事だ!」

 

「……あれって」

 

 急に上がった悲鳴の方向を見た士道、十香、美九の三人だったが悲鳴の理由を把握出来たのはステージの上にいた美九だけ……美九の視線の先にいたのは空中を泳ぐピラニア、一般的な個体に比べても巨大なそのピラニアは一匹だった筈が急激に数を増やし観客たちを襲い始める

 

「神威霊装・九番! 破軍歌姫──銃奏!」

 

 状況にいち早く対応することの出来た美九は、すぐさま霊装を展開し、天使を顕現させると、観客に襲い掛かっているピラニアに向けて音の銃撃を放つ

 

『皆さん、早急かつ安全に避難してください!』

 

 声に多少の霊力を込めて美九が会場にいる全員に向かってそう言うと観客たちは早足ではあるがパニックになったりすることはなく避難を始める、そして会場の中に残ったのはステージの上にいた美九と霊力を宿しているが故に影響を受けなかった士道と十香だけ

 

「士道、下がっていろ」

「あ、あぁ……」

「まったく、何なんですかアレ? せっかくのステージを滅茶苦茶にして。私怒ってますよ」

 

 観客が避難しても尚会場内に留まり続けるピラニアたちと対峙していた美九の隣に霊装を限定展開した十香が並び立つのを確認した瞬間、ピラニアたちは一斉に動きを止めた

 

「おや、それは申し訳ないことを。ステージを盛り上げるのに一役買えればと思ったのですが」

 

 そう言いながら二人の前に現れたのは先ほどトーマと対峙していた男──イザク、唐突に現れたイザクに付き従うようにピラニアたちは移動を始める

 

「貴様、一体何者だ」

「おや。彼から聞いていませんか……ならばあなた方にもご挨拶を。私はイザク・L・クラーク」

「イザク……?」

「えぇ、或美島の一件以来ですね。五河士道君、それにプリンセス」

「……まさか、お前があの時のッ!」

「あの襲撃には私も一枚噛ませていただきました──最も、失敗しては元も子もありませんが」

 

 笑顔を顔に張り付けてそう言うイザクだったが、穏やかな口調とは裏腹に発せられる言葉には何の感情も籠っていなかった。まるで自分の目的がある事柄意外には一切の興味が無いように

 

「御託は良いです、せっかくのステージを台無しにして……一体どういうつもりなんですか?」

「私の目的ですか? そうですね……強いて言うなら貴女ですよ。ディーバ」

「私? どういう意味ですか?」

「正確には貴女ではなく貴女の力……ですけどね」

 

 そこまで言うとイザクは二冊の本を取り出すと、右手に持っていた本を開く。すると大量のページが溢れ出し、シミーが召喚された

 

「こいつら──」

「これだけ、ではありませんよ?」

 

 左手に持ったもう一冊を開いた

 

【ピラニアのランチ】

 

 禍々しいその音声が会場に響いた瞬間、イザクの後ろにいたピラニアたちは一転に集まり怪物の姿へと変化していった

 

「ディーバ、大人しくご同行願いますか? 貴方に同行して頂ければ私は貴方たちに危害を加えるつもりはありません」

 

 少し考えたのち、口を開こうとした瞬間、十香がそれを制す

 

「聞くな美九! 奴からは何故かわからないが嫌な感じがする」

「──っ、そうですね。十香さんにそう言われるなら、あの人の言葉を聞くわけにはいきませんね」

 

「交渉は決裂……ですか。ならば仕方ない、やってしまいなさい」

 

「鏖殺公ッ!」

「破軍歌姫──剣盤!」

 

 向かってくる怪物たちに対して、十香は鏖殺公を召喚、美九は破軍歌姫の鍵盤に現れた刃を振るい応戦している

 

「十香! 美九! 俺も──」

「士道は下がっていろッ!」

「足手まといは隠れててくださいッ!」

 

 或美島で鏖殺公を召喚することの出来た士道も戦おうとするが十香と美九に一蹴される。二人で相手をするには敵の量が多すぎたのか、二人は次第に押され始める。このままでは──と思ったところで上空から炎の斬撃と竜巻が降りそそぎ、地面から現れた氷塊は三人の眼前にいた怪物たちを吹き飛ばした

 

「……増援ですか」

 

「然り! 我ら颶風の巫女ッ! 助太刀に参ったッ!」

「質問。大丈夫ですか? 三人とも」

「あ、あぁ……助かった。ありがとう、耶倶矢、夕弦」

 

「だ、大丈夫……ですか?」

「四糸乃も、ありがとうな」

 

 耶倶矢、夕弦、四糸乃が士道たちの方に向かったが残りの一人、セイバーは士道たちの少し前に降り立ちイザクと対峙する

 

「お前の目的はこっちだったって事か……イザク」

「えぇ、ここまでしていて隠し立てをするのも違いますからね……その通りです」

「それなら、お前が何を狙ってるのか知らないが、止めさせてもらう」

 

 セイバーはそう言うと怪物たちの後ろにいるイザクに向けて聖剣の切っ先を向けた



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第7-6話,現代Ⅵ 急転Ⅱ

『必殺読破!』

 

 セイバーは紅蓮の炎を纏った刃を使い襲い掛かってくるシミー達を切り裂いていく。戦闘をしながら美九や士道たちの方を確認すると十香は士道を守りながら戦っているが少しずつ劣勢になって来ている

 

「このままじゃ流石にまずいか……なら──」

 

【ワンダーワールド物語 土豪剣激土】

【玄武神話】

 

 セイバーが土豪剣のブックを聖剣にスキャンすると剣の形状が火炎剣から土豪剣に変化する。時間をかけるわけにはいかない為、取り出したライドブックをリードするとライドブックから溢れ出たエネルギーが溢れ出し巨大な刀身を作り出した

 

「全員、伏せろぉッ!」

『激土乱読撃!』

 

 セイバーはその言葉と共にトリガーを引き、土豪剣を横薙ぎに振るう。声を聞いた十香や美九たちはその場に伏せて耶倶矢と夕弦の二人は空に飛びあがることでその一撃を避けた。避けきれなかったシミーは斬撃を受けると同時に爆発した

 

「物量で押す作戦も、無駄だったみたいだな」

「これで形成逆転ですねぇ」

 

 セイバーと、彼の隣にやってきた美九がそう言うがイザクは余裕の表情を崩さない

 

「何か言ったらどうですかぁ?」

「えぇ……そうですね、この勝負──私の勝ちです」

 

 イザクがその言葉を発した瞬間、二人の背後にカリュブディスが現れる。咄嗟の事で油断してしまっていたセイバーは振るわれた戦斧の一撃避けきる事が出来ず弾き飛ばされ、美九はカリュブディスに拘束される

 

「美九ッ! トーマッ!」

「貴様ッ!」

「おっと、動かないでください」

 

 十香たちは美九を拘束しているカリュブディスの元まで向かおうとするが、そんな彼女たちを制するようにイザクは言葉を発した

 

「ディーバの命は我々が握っている……あなた達が迂闊に動けばどうなるかは──理解していますね?」

「くっ──」

「物分かりが良くて助かります。それじゃあ私も早急に目的を果たすとしましょうか」

 

 美九が人質に取られているという状況で不用意に動くことのできない士道たちを見たイザクは笑みを浮かべると、カリュブディスが拘束している美九の元まで近づいていく

 

「何を、するつもりですか?」

「貴方に危害を加えるつもりはありませんよ。ただ──貴方の持っている力を頂くだけです」

 

 その言葉を発すると同時に手をかざすと、美九の身体から淡い水色の光ヶ溢れ出しカリュブディスの中に流れ込んでいく

 

「な、何ですかこれ──身体の力が────」

「貴方の霊力を頂いているだけです。ただ……霊力が完全に消え去った結果どうかるかは、私にもわかりませんがね?」

 

 辛うじて意識を保っていた美九だったが、霊力を奪われ続けている影響か少しずつ意識が薄くなっていく。このままでは彼女の命も危ないのではないか、そう思わせるほどに美九が消耗を始めた瞬間、吹き飛ばされていたセイバーの方から放たれた弾丸がカリュブディスに当たり火花を散らす

 攻撃が放たれた方にイザクが目を向けると、そこにいたのは銃形態にした音銃剣を構えているセイバーの姿、セイバーに意識が向いた瞬間、耶倶矢と夕弦によって美九は救出され、獲物を奪われたカリュブディスは少し忌々し気なリアクションを取り攻撃を仕掛けようとするがイザクがそれを制す

 

「殺せてる……とは思っていませんでしたがしぶといですね、貴方も」

「……お前、美九に何をした」

「先ほども言ったでしょう? 私はディーバから霊力を頂いただけです……本当はもう少し欲しかったのですが、まぁ妥協点でしょうね」

「お前ッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、セイバーはイザクの方へと向かっていくが。意に介した様子の無い彼はカリュブディスに腕を突き刺し一冊の本を取り出し、開く

 

【泡沫のマーメイド】

 

 開いた本から放たれた衝撃波はセイバーを吹き飛ばし、本の中から現れた泡が怪物を形作る。女性的なラインをした怪物は歌姫を思わせる装飾に身を包み全身を魚の鱗が覆っていた、醜悪な人魚姫を思わせるその怪物は誕生と同時に悲鳴のような声を会場全体に轟かせる

 

「くっ、はは……やはり、やはりかッ! はっはっはははははッ! やはりそうだッ!」

「お前、何を笑って──」

「いや、失敬。仮説が立証され少々舞い上がってしまいました──さて、それでは次はその剣を頂きましょう。行きなさい」

 

 イザクのその声に反応するように新たに生まれたメギド──マーメイドメギドとカリュブディスはセイバーに襲い掛かる

 

「トーマッ!」

「俺は大丈夫だ! それよりお前達は──」

ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!! 

 

 二体のメギドを相手に戦っていたセイバーだったが、彼が士道たちに対して言葉を発する前にマーメイドメギドが叫び声を上げた。悲鳴を思わせるその叫び声を聞いた瞬間──セイバーの身体から急激に力が抜けていく

 

「なんだこれ──力が……ぐぁッ!」

「ど、どういうことだ。身体が重いぞ!?」

「困惑。力が……抜けていきます……」

 

 急激に体から力が抜けていく感覚に襲われたセイバーはその直後に受けた攻撃によって吹き飛ばされ、トーマの姿へと戻った、そして、力が抜けていく感覚に襲われたのはトーマだけでなく、士道や十香たち精霊にも同様の現象が起こっているようだった

 イザクは目の前で起こった現象を興味深げに見ていると、彼の隣に立つようにDEMのウィザード──エレンが舞い降りた

 

「成る程、これが新たなメギドの力ですか。本がメギドの体内に取り込まれている以上一度召喚した後の取り回しが面倒ですが強大な力である事に変わりはない」

「検証は終わったようですね、イザク」

「……お陰さまで、貴方はこれからお仕事ですか? エレン」

「えぇ、今回の目標は夜刀神十香、そして五河士道なのですが……あなたのお陰で随分と捕獲しやすい状況のようですね」

 

「させると……思うか?」

 

「おや?」

「……ほう」

 

 顕現装置を身に纏ったエレン、そして二体のメギドを引き連れたイザクの前に立ちふさがるようにトーマは立ち上がると聖剣の切っ先を向ける

 

「随分と消耗しているご様子ですが、その状態で私たちの相手が出来るとでも?」

「出来る出来ないじゃない、やるんだよ……耶倶矢、夕弦、四糸乃。三人は十香と士道を連れて逃げろ」

「トーマ、でもッ!」

「いいから、早く行け」

 

 無銘剣へと戻った刀身で身体を支えるように立ち上がったトーマはエターナルフェニックスのライドブックをベルトにセットすると炎に包まれファルシオンへと姿を変える

 それを見たエレンと二体のメギドはまずファルシオンが障害になると判断し、襲い掛かる

 ファルシオンは、斬りかかって来たエレンのレーザーブレイドを無銘剣の刀身で受け止め滑らせるように前に移動し戦斧を振り上げたカリュブディスの腹に蹴りを入れ後退させる

 

ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!! 

 

 少し離れた場所にいたマーメイドメギドは衝撃波を放ちガルシオンを攻撃しようとするが炎の翼を展開すると同時に聖剣を納刀、襲い掛かってくる衝撃波を回避しながらもう一度抜刀し炎の斬撃を放つ

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 三人に対応していたファルシオンだったが今までの消耗が影響しているのか戦いを続けるうちに劣勢を強いられながらも視線を背後に向ける。そこには既に士道たちの姿はなく逃げられたのだと安堵する

 

「……イザク、私は彼らを追います。ここは──」

「えぇ、私もメギドの力をもう少し見たい」

 

「待て──ッ!?」

 

 士道たちを追うためにこの場所を離脱しようとするエレンをファルシオンが追おうとする──しかし、それを二体のメギドに挟まれ思うように移動することが出来ずカリュブディスの放った一撃を受けたファルシオンは、変身が解除されトーマの姿になると同時に意識を失った

 

 

 

 

 

 

 トーマが意識を失ったことを確認したイザクは、笑みを浮かべながら地面に突き刺さっている無銘剣へと歩みを進めていく

 

「くっ、はは。これで、聖剣も私のものに──」

 

 無銘剣の眼前までやってきたイザクは、笑みを浮かべながら剣の握りに手をかけ、引き抜こうとするが無銘剣は大地に根を張ったかのように動かない

 

「──なに?」

 

 力を込めて剣を引き抜こうとするイザクであったが何度試しても聖剣が地面過多引き抜ける気配はない。最初は余裕を見せていたがいつまでたっても抜けない聖剣に対して次第に苛立ちが募っていく

 

「何故だ、私は聖剣の──全知全能の力を引き継ぐ正当な後継者だッ! なのに、なぜ聖剣を引き抜けないッ!」

「──貴方が聖剣に認められていないから」

 

 イザクの耳に届いた声の方向を見ると、そこに立っていたのは白いセーラー服を来た少女。彼女は長い金色の髪を揺らしながら歩みを進めトーマの近くまでやって来ると、意識を失っている彼の髪を撫でる

 

「……全知全能の書の司書が、一体何の用です? 既に全知全能の書は失われている。貴女が出てくる必要などどこにもないでしょう?」

「只の気まぐれと、一応忠告しに来ただけよ。貴方じゃその力は掴めない」

「──なに?」

「その力は既に彼が掴んでいる。それをあなたが奪い取ることは出来ない」

 

 少女の言葉を聞いたイザクは一瞬だけ顔を歪ませるがすぐに元の表情に戻り、諦めたように無銘剣から手を放した

 

「……成る程、大変不快だがどうやらそのようだ。エレンもプリンセスの回収を終えたようですし、私もこの辺で失礼するとしましょう」

 

 その言葉を最後にイザクは二体のメギドを伴い姿を消した。そして一人取り残された少女もトーマを撫でていた手を止めて立ち上がる

 

「これから大変だと思うけど、頑張ってね」

 

 その言葉を最後に少女にトーマの前からその少女も姿を消した



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第7-7話,現代Ⅶ 準備

 トーマが目を覚まし、最初に映ったのはすっかり日は沈み暗くなっている空。痛む身体を起こしてあたりを見回すと意識を失った場所と変わらない会場の中だった

 

「いっつ……」

 

 立ち上がろうとしたところで想像以上に自分の身体がダメージを負っていることに気が付いたトーマはその場所から動くことが出来ず倒れたまま空を見上げていると視界の外から声が聞こえてくる

 

「あら、随分と手ひどくやられたみたいですわね」

「……一体何の用だ、時崎狂三」

 

 少しずつ近づいてくる足音はトーマの視界ギリギリで立ち止まると、闇のような漆黒に浮かび上がる少女──時崎狂三へと敵意を込めた目を向ける。その視線を感じた彼女は軽く肩をすくめ口を開く

 

「あらあら、折角親切心でやってきてあげたのに、つれない反応ですわね」

「親切心……だと?」

「えぇ、トーマさんが無様にも意識を失ってからの事を、教えて差し上げようと思ったのですが」

 

 狂三は意地の悪い笑みを浮かべながらそう言うと、トーマの方は少しだけ顔を歪める。彼が意識を失ったのは士道たちが逃げてから少ししての事……フラクシナスからの連絡もない以上何かあったのではないかと予想することは出来るがトーマは現状何が起こっているのかを把握できていない

 

「教えてもらえるのは有り難いが……お前に何のメリットがある」

「それは教えてからお話しますわ」

 

 そう言うと彼女はその場に軽く座り込んで話を始めた

 

「まず、トーマさんがその身を挺して逃がした士道さん達ですが、十香さん以外は無事逃げ切る事が出来ましたわ」

「十香以外って、どういうことだ?」

「あのDEMのウィザードから士道さん達を逃がすために十香さんが殿を務めたんですの、まぁ結果は負けてしまい十香さんは連れ去られてしまったわけですけれど」

「……そうか」

「えぇ、士道さん達は今頃十香さん救出の為に作戦を立てている所でしょうね」

 

 十香が連れ去られたということを知ったトーマは少しだけマシになった身体を起こし、少し離れた場所に突き刺さっている無銘剣の場所まで歩いていき、剣の握りを掴む

 

「それで、オレはお前に何を協力すればいい?」

「あら、案外素直ですのね」

「……情報を貰った以上、その分の恩は返す。それにこの話をした以上、オレとお前の目的は同じだろう」

「えぇ、そうですわね。協力して頂きますわ……私の目的の為に」

 

 トーマがそう言うと狂三は蠱惑的な笑みを浮かべ、それを見たトーマも地面に突き刺さっていた無銘剣を引き抜き肩に担ぐ

 

「それじゃあ協力する前に教えて貰おうか、お前の目的を」

「そうですわね、信頼関係構築の為には必要なことですものね」

「信頼関係? ただ利害が一致してるだけだろ」

 

 会場から出る為に歩きながらトーマと狂三は会話を始めた、その中でトーマが狂三に問いかけたのは彼女の目的

 

「……私、とある方を探しておりますの」

「とある方?」

「えぇ、あの方の存在は私の目的達成のために必要不可欠」

「成る程な……それでソイツがDEMにいるかも知れないってことか」

「えぇ、その通りですわ」

 

 時崎狂三の探し人、彼女が一体何を目的に動いているのかは少しの間彼女と交流を深めたトーマですら現在に至るまで判明していない。それがトーマが彼女を信用することの出来ない一番の理由になっているのだが

 

「それにしても、あまり悠長に構えている時間はありませんわ。急いで動きましょう……と言いたいところですが、生憎と十香さんの居場所は現在私たちが探っている最中」

「それじゃあ準備期間って訳だ……場所がわかったら教えろ、その時は手を貸す」

 

 そこまで言うとトーマは狂三と別れ、フラクシナスへと連絡を取る

 

「フラクシナス、聞こえるか?」

『……えぇ、聞こえてるわ、無事で何よりよ。それよりもさっきの会話だけれど──』

「──やっぱり聞いてたか。そう言うわけだ、オレは今回時崎と動く」

『今回ばかりは仕方がないわね……わかったわ』

「それで何だが、士道たちはどうしてる」

 

 トーマが琴里にそれを問いかけると彼女は少しだけ言葉を詰まらせるが、少しずつ話を始める

 

『士道は十香を攫われたのがだいぶメンタルに来てるみたい』

「……そうか、美九たちはどうだ?」

『美九はまだ意識が戻ってないわ、耶倶矢に夕弦、四糸乃も消耗が激しすぎてこれ以上無茶をさせる訳にはいかない』

「そうか、わかった……美九の事、よろしく頼む」

 

 それだけ言うとトーマは琴里との連絡を終えた

 

 

 

 

 

 トーマとの連絡を終えたフラクシナスの艦橋、司令官席に座っていた琴里は背もたれに身体を預けると深く息を吐いた

 

「どう? 十香の行方は掴めた?」

「いえ、依然行方は掴めていないままです」

「本当に厄介ね、DEM」

 

 フラクシナスのシステムを使っても十香が何処に連れ去られたのか、それを掴む事が出来ない現状に多少の苛立ちを隠すことの出来ない。それ以外にも、琴里が感じているのはDEMがどうして十香の事を攫ったのかという点だ

 

「それにしても、どうしてDEMは十香さんを攫ったんですかね」

「何かしらの狙いがあると考えるのが妥当でしょうけど……それにしても敵の狙いが見えないのは厄介ね」

 

 今回に限ってはDEMの狙いがわからない以上フラクシナスは嫌でも後手に回らざる得ないにしても、敵の狙いだけははっきりさせておきたい。それに、十香だけを狙っているのなら予想することも出来るが何故士道を狙ったのか……そこもかなり引っかかる、けど──

 

「士道を狙ったのは、士道の持ってる霊力を封印する力の謎を解明するのが狙い……そう考えるのが一番自然かしらね」

「そうですね。そう考えれば士道くんと同時に十香さんを狙ったのも士道くんの力を解析して十香さんの力を奪うためと考えることもできますね」

 

 そう考えるとDEMの狙いは何となく推測することが出来るのだが、それが正解であるという保証はない

 

「司令! ご報告があります!」

「何かあったの?」

「DEMインダストリー日本支社を時崎狂三が襲撃しました」

 

 その言葉を聞いた琴里の判断は早かった

 

「私たちもDEMまで向かうわよ、狂三が襲撃したって事はそこに十香がいる可能性が高いわ」

 

「……それ、本当か?」

 

 琴里の発した言葉にクルーたちが反応するよりも早く、いつの間にかいた士道がその言葉に反応した

 

「士道……」

「DEMに十香がいるって、それ本当なのか!?」

「えぇ、狂三が襲撃したって事は、少なくともその可能性が高いでしょうね。今はトーマと動いてるわけだし」

「それなら……頼む、琴里。俺もそこに送ってくれ」

 

 DEMの日本支社に十香がいる、その可能性が高いということを知った士道は琴里に頭を下げてその言葉を発した、そんな士道を見た琴里はまっすぐ士道を見つめた後に言葉を続ける

 

「士道、貴方自分の置かれてる状況わかってるの?」

「それは……」

「DEMは貴方と士道を狙って襲ってきたのよ? それで十香が捕まった。これであなたまで捕まったらそれこそ敵の思惑通りになるのよ」

「けど、それでも俺は十香を助けに行く。だから頼む! 力を貸してくれ!」

 

 自分の現状がわかっても尚、頭を下げる士道に対して琴里はため息をついてから話しかける

 

「……言っても聞かないのよね」

「あぁ」

「わかったわ、十香の救出には私たちフラクシナスも最大限のサポートをする……ただし、絶対に無茶はしないこと」

「……わかった」

 

 元々無理矢理止めるつもりもなかった琴里は、士道にそれだけを伝えたが、しかし士道を向かわせるにしても耶倶矢たちは暫く休憩を取らせなければならないし美九は意識を失っている。トーマたちに合流させるにしてもこちら側の戦力に不安があり過ぎるのだが……フラクシナスも十香救出の為に行動を開始した



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第7-8話,現代Ⅷ 開幕Ⅰ

お久しぶりです、不定期ですが再開していきたいと思います












 琴里との通信を終えると、少し離れた場所にいた狂三がトーマの方にやってきた

 

「トーマさん、十香さんが所在がわかりましたわ」

「……随分と早いな」

「元々精霊を連れていく、となれば場所は絞れる……後はそこへ私たちを張らせておけば──」

「帰ってきた奴が網にかかるって訳か」

「ご名答、ですわ」

 

 トーマは狂三の言葉を聞くと、その場で軽く無銘剣を振るい腰にベルトを出現させる

 

「それで、その場所ってのは?」

「DEM社の日本支部、その第一社屋に十香さんは捕らわれたようですわね」

「成る程な、敵の本丸に連れてってくれたのはこっちとしては都合が良い……派手に暴れても相手側がもみ消してくれるからな」

「あらあら、随分と過激なことを言いますのね」

「こっちは十香を攫われてるのに加えて美九の霊力まで奪われてんだ、手荒になっても取り返しがつかなくなる前に終わらせた方がいいだろ」

 

 その言葉を聞いた狂三は淑やかに笑うと、トーマの方へ手を差し伸べた

 

「それでは、参りましょう。トーマさん」

「あぁ、派手にやるぞ」

 

 

 

 

 

 

 そこから程なく、トーマと狂三の二人は聳え立つ高層ビルの中でも一際存在感を放っているビルを見つめる

 

「それで、作戦はありますの?」

「お前が派手に暴れてその隙にオレが突っ込む、単純なやり方だ」

「ということは、ここで分かれるって事になりますわね」

「そうだな、お前はお前で一人で行動する方が都合が良いだろ」

「……そうですわね、それではトーマさん。ごきげんよう」

 

 狂三が影の中に消えた事を確認したトーマは、その身に炎を纏わせ姿をファルシオンへと変える

 

「さてと、オレも行くか」

 

 眼前に広がる街のどこかで、一発の銃声が鳴り響くと同時に、ファルシオンは炎の翼を羽ばたかせ、目的地へ向かっていく

 

 

 

 

 そして、開戦を告げるかのように、トーマと狂三が降り立った区画に空間震警報が鳴り響く

 

 

 

 

 それから少し、時間は進み丁度地域住民の避難が完了した頃。士道はDEM日本支社から少し離れた場所に転移してきた

 

「ホントにここで良いのか?」

『えぇ、あまり近づきすぎるとこっちが感知されかねないからね。いい士道、くれぐれも──』

「無茶はするな、だろ? わかってるよ……それにしても、随分とヤバい状況みたいだな」

『事前に空間震警報を鳴らして目撃者を出来るだけ減らしたからでしょうね、相手も出し惜しみはなしってわけ』

「……ホントに気を付けないとな、琴里。任せたぞ」

『! えぇ、安心して任せなさい』

 

 琴里からの指示を受けつつ、士道は待ちの中を進む、上空や地上では絶えず戦いの音が鳴り響き、至る所から爆発音が聞こえてくる。案内を受けているとは言え実際にバレず動けるかは士道の行動と運次第、冷や汗をかきながら日本支社にある程度近づいた所で、インカムに連絡が入る

 

『士道、止まりなさい』

「どうした?」

『あと少しって所で悪いけど、少し迂回してくれる?』

「迂回って、一体どうして──―って、なんだ?」

 

 琴里からの指示に士道が疑問を投げかけた直後、近くから物音が聞こえてくる。士道が恐る恐るそちらを見ると、そこにいたのは頭部のランプを赤く輝かせる鉄の人形──バンダースナッチ

 

「…………なぁ、琴里。この状況って──」

『ヤバいなんてもんじゃないわ、逃げなさい!』

「あ、あぁ!」

 

 急いでその場から離れようとした士道だったが、一体目のバンダースナッチに見つかってから程なく、周囲に無数の機体が集まり始めていた

 

「かなりヤバくないか、これ!」

 

 バンダースナッチから放たれる攻撃を間一髪のところで躱しながら逃げ続ける士道だったが着実に体力が削られ続ける。このままじゃジリ貧と言った所でインカム越しに琴里の舌打ちが聞こえてきた

 

『ッ! こうなった以上仕方ないわね、一旦トーマに連絡を────ってちょっと待ちなさい!』

「琴里? 何かあったのか?」

『ったく、こっちとしては不本意だけどそっちに援軍が向かったわ』

「援軍? 援軍って一体────って、ヤバッ」

 

 少しだけ意識を逸らしたのがまずかったのか、バンダースナッチの爪が士道に向かって振り下ろされようとしていた。避けようのない一撃が士道に向かおうとした直後、紅蓮の斬撃がバンダースナッチを切り裂いた

 

「今のって……もしかして」

「大丈夫か? 士道」

「トーマ、助かった……琴里の言ってた援軍ってトーマのことだったのか」

「援軍? 一体何のことだ?」

「えっ? いやさっき──―」

 

 自身の近くに降り立ったファルシオンと話していた士道の眼前で急に火花が散る

 

「新手か」

「兄さまから離れやがれです、ファルシオン」

 

 ファルシオンと睨み合いをする新手のウィザードの方を見た士道は、呆然としながら目を丸くする

 

「真那?」

「兄様! 無事で何よりです!」

 

 士道が無事である事を見るや否やファルシオンそっちのけで士道の元まで駆け寄ると抱き着いた

 

「えっと、真那……だよな。怪我はもういいのか?」

「はいです! 真那は全力全快でいやがりますっ!」

「え、えぇっと。真那? おまえはDEMのウィザードなんだよな? なら俺たちの敵なんじゃ──」

「いや、その装備とお前がさっき言ってた発言からすると、そいつが援軍って奴なんだろう」

「そうなのか?」

「ファルシオンに言い当てられたのは癪に障りますが、概ねその通りです。今はラタトスクの世話になっていやがるので」

 

 真那はそう言うと、士道への抱擁を解いて改めてファルシオンの方に向き直る

 

「それで、お前は一体こんな所で何してやがるんですか? ファルシオン」

「……ラタトスクの世話になってるんなら聞いてるんじゃないのか?」

「勿論、けどやっぱり本人の口から聞かないと信用出来ないので」

 

 真那のその言葉を聞いたファルシオンは軽く肩をすくめると改めて話を始める

 

「知っての通りだよ、DEM……正確にはDEMに協力してる男の作り出した怪物に美九の霊力が奪われた。オレはそれを奪い返す為にここにいる」

「ふむ、確かに聞いた通りの情報でやがりますね。仕方ねぇので信用してやります」

 

『本当に不本意だけど、合流したみたいね』

 

「琴里」

 

『合流したなら、全員に伝えておくわ……やるからには完全勝利を目指しなさい。十香を助け出し、美九の霊力も取り戻し、全員生きて帰ってくる。それ以外を成功とは認めないわ』

 

「あぁ」

「わかってる」

「合点承知です」

 

 士道たち三人がそう返事をすると、琴里はいつもの言葉を口にする

 

『さぁ──私たちの戦争(デート)を始めましょう』

「あぁ──俺たちの戦争(デート)を始めよう」

 

 その言葉を言い切ると同時に、士道たち三人は目的地である、DEM日本支社の第一社屋を目指して走り出した



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第7-9話,現代Ⅸ 開幕Ⅱ

 真那に抱えられ低空飛行をする士道が眼下に広がる景色を見る。士道の瞳に映るのはDEM所属のウィザードにバンダースナッチ、それと戦う狂三の分身体。どれだけ攻撃されようと影の中から無尽蔵に現れ、弾丸の雨を降らせるその景色に、嫌な想像をしてしまった自分の頭を軽く小突くと、インカムから琴里の声が聞こえてきた

 

『──士道、そろそろ目的地よ』

 

 その言葉を聞いた士道が視線を前に向けるとそこにあったのは巨大なビル、少なくとも20階以上存在するのだが、空間震警報が発令された影響か頑丈なシャッターが下ろされている

 

「これ、入れるのか?」

「……ここは真那に任せてください」

 

 そう言った真那が士道とファルシオンの前に立つと、手のひらをシャッターの前にかざし手をぐっと握る。そうすると同時にかなりの厚みがあるシャッターがぐにゃりとひしゃげ人一人が通れるくらいの穴が開いた

 

「よし。さ、行きましょう」

「……随分と力技だが、まぁいいか」

「それ、ホントにいいのか……にして、デカいな。十香が何階にいるのかわかればいいんだが……」

 

 士道が難しげに言うと、インカムから令音の声が聞こえてくる

 

『……十香が幽閉されているとなれば、精霊の隔離施設がある筈だ。フラクシナスの隔離エリアを覚えているかい? あれに似た設備を探してみてくれ』

「なるほどな……」

 

 令音の言葉に士道が納得した直後、身体が謎の浮遊感に包まれる。この感覚は真那に抱えらえていた時に感じたものと同じ、それはつまり真那が随意領域(テリトリー)を展開したことを意味していた

 

「真那? なんで随意領域なんて……」

 

 瞬間、士道の身体が突き飛ばされると同時に第一社屋の正面入口が歪み、眩い閃光と共に大爆発が起こった

 

「な……ッ!?」

「っ、無事か?」

「あ、あぁ……けど、真那が──ッ!?」

「私なら大丈夫でいやがりますよ」

 

 ファルシオンにキャッチされた士道は真那の方を心配したが、煙の中から飛び出し士道たちの近くまで降り立った

 

「……随分と大所帯でお出ましみたいだな」

「えぇ……それに、見知った顔もいやがります」

「奇遇だな、こっちも同じだ」

 

 煙が少しずつ晴れていくのと同時に見えたのは、巨大な金属の塊と隙間から流れ込むようにして現れた怪物の群れ。その両方は士道にとって身に覚えのあるものだ

 

「あれは、修学旅行の時の怪物に……ホワイト・リコリス!?」

「……よくご存じでいやがりますね、ですが少しちげーです。あれはスカーレット・リコリス、実験用に作られたホワイト・リコリスの姉妹機です」

 

 真那は目の前にいる鉄の塊とそれを動かす一人の女を忌々し気に顔を歪めていた。ファルシオンはそれを横目で見ると真那に問いかける

 

「随分と因縁があるみたいだが、知り合いか」

「昔の知り合いです……バカなことを」

 

 真那はそう呟くと、一歩踏み出す

 

「──ジェシカ! 今すぐリコリスを停止させやがりなさい! わかっていやがるでしょう!? それはあなたに扱えるような代物じゃねーです!」

「あははははははハ! 何を言ってるノ? 今はとてもいい気分ヨ。だって──」

 

 そこまで言った女──ジェシカ・ベイリーは、リコリスの砲門を真那に向ける

 

「ようやく……あなたを殺せるんですものォ」

 

 直後、真那はノーモーションでジェシカに肉薄し、ファルシオンは士道の首根っこを掴むと同時に炎の翼を広げて後方に飛び退く。直後、場所を地上から空中に移した真那とジェシカは戦闘を始め、近くに居た怪物──シミー達は士道とファルシオンに向かって襲いかかる

 

「悪いが、こっちも相手をしてる暇はないんだ」

 

 ファルシオンは無銘剣の刀身に炎を纏わせると迫りくるシミー達に向けて斬撃を放つ。放たれた一撃は斬撃から炎の鳥に姿を変えてシミー達を焼き尽くした

 

「行くぞ」

「わ、わかった」

 

 

 

 

 

 新たな追手がやってこないうちに士道とファルシオンは階段を駆け上がっていく、階を上がっていくにつれて少しずつ体力を消耗していく。しかし士道はそれに構うことなく進んでいく

 

「大丈夫か?」

「あぁ、この先に十香がいるんだ……止まってなんか、いられるか!」

「そうか……っと、止まれ」

「どうした?」

「見張りだ」

 

 ファルシオンが指さした方を見るとそこにいたのは見た事のないワイヤリングスーツを身に纏った男女。見たところ武装はハンドガンにレイザーブレイドとかなり軽装備だが間違いなくウィザードだ

 

「ど、どうするんだ?」

「……仕方ない、手荒になるが昏倒させて先に進む」

 

 

 ファルシオンがそう言って飛びだそうとした瞬間、士道たちがいる場所の天井が崩れ、頭上から新たな怪物が姿を現した。歌姫を思わせる装飾に魚の鱗が生えているその怪物はファルシオンの探しているマーメイドメギドだった

 

「ッ! こいつって──」

「あぁ、間違いない……悪いな士道、オレも…………ここまでだッ!」

 

 その言葉と共に、ファルシオンは紅蓮の斬撃を放ち、その場で爆発を起こす

 

「トーマ!? 何を──」

「煙で視界を遮ってる隙にお前は行けッ!」

「……すまんッ」

 

 ファルシオンは、その言葉を聞いた後、士道が隙をついて階段を駆け上がったのを確認すると改めて目の前にいるマーメイドメギドに視線と切っ先を向ける

 

「随分と待たせたな……そんじゃ早速、お前が奪ったもんを返してもらうぞ」

 

 その言葉を放つと同時に、マーメイドメギドは叫びを上げて衝撃波をファルシオンに向け放った

 

 

 

 

 

 

 

「動くな!」

 

 真那やファルシオンと別れた士道は、単身十香の居る場所を目指して階段を駆け上がっていた。少しでも早く辿り着くために一心不乱に進んでいたところでそう声をかけられた士道は一度その場で立ち止まる

 

「貴様、一体何者だ! どうやってここに──」

 

 警備を担当しているらしいウィザードが士道に向けて質問を投げかけてくるが、正直に答えている暇はない。士道は深く息を吐くと目の前に続く廊下を駆けだした

 

「待て!」

 

 士道が駆け出してすぐ、警備担当のウィザードも随意領域を展開し士道の事を追い始める。背後から聞こえる警告を無視して走り続けていると、背後から銃声が響き、近くの壁に銃創を作る

 

「警告だ! 止まらねば撃つ!」

「もう売ってるだろうが!」

 

 こちらに向けて放たれる銃弾を必死に避けながら廊下を走る、途中で銃弾が掠ることもあったが傷は炎が回復させてくれている。何とか逃げ切れるかと考えていた士道だったが急に見えない力で拘束されるかのように壁に叩きつけられる

 

「ぐぁ……っ!?」

「たくっ、手間をかけさせやがって。それで、この少年が襲撃者か?」

「まさか、襲撃者は今あの化け物と対峙してる頃だろうよ……だが、襲撃者じゃないからと言って見逃すわけにはいかないな」

 

 見張り役だったウィザードの一人が銃口を士道へと向ける。士道は必死に拘束から逃れようと身をよじらせるが抜け出すことが出来ない

 

「……仕方ない、一旦気絶させよう」

 

 その様子を見ていたもう一人のウィザードが手を掲げ、士道に近づいてくる

 

 ──くそっ! こんな所で立ち止まっちゃられないのに……! 何か、何か手はないのかッ! 

 

 固く拳を握り、必死に壁に叩きつけながら、頭を巡らせる。ここで士道が捕まればただでさえ少ない十香を救う手だてを減らすことになる

 

「十香……!」

 

 救えなければ十香がどうなるのか、士道は薄々であるが理解している。そしてそれと同時に頭の中を過っていくのは出会った時から今に至るまでの記憶。一緒に笑いあい、時に励まし、励まされる。道に迷った時は背中を押され、彼女の笑顔に士道は幾度となく勇気づけられてきた

 そんな彼女から笑顔が奪われるかもしれない、そう考えた瞬間────

 

「そんなこと……させるかぁぁぁぁッ!」

 

 ──―士道の心の奥に、何かが灯り。視界が眩い光で包まれる

 

 士道の事を拘束していた感覚は光に包まれるのと共に薄れ、彼の耳に聞こえてきたのはウィザードたちの狼狽。一体何が起こったのかを確認するため、目を開いた士道の視界に映ったのは

 

 金色に輝く、一振りの巨大な剣だった

 

「これ、は────鏖殺公(サンダルフォン)?」

 

 十香の天使、絶大な力を持つそのひと振りが、士道の元に顕現した

 

「なんだと!?」

「なぜ精霊でもない普通の人間が天使を!?」

 

 ウィザードの驚愕に満ちた声が聞こえてくるのとは裏腹に、士道は冷静だった。どうして鏖殺公がこの場所に、自分の元に顕現したのか、その理由は何となく理解出来たから

 

「あぁ、そうだな。おまえのご主人を……助けに行こう」

 

 その言うと同時に、士道は鏖殺公の柄を手に取り

 

 ──自分が何をしたいのか、今自分のするべきことが何なのか。その想いを持って剣を振れ。──そうすれば、天使はきっと応えてくれる

 

 かつて十香が言ってくれたその言葉を胸に、強い思いを、願いを込めて

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 鏖殺公を全力で振り抜いた



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第7‐10話,現代Ⅹ 転換

 士道を単身で上に向かわせたファルシオンは、マーメイドメギドから放たれる衝撃波を避けながら接敵し、斬撃を放つ

 

ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!! 

──抜刀 不死鳥無双斬り』

 

 改めて放たれた紅蓮の斬撃と衝撃波がぶつかり合い、僅かな拮抗の後、炎はかき消され衝撃波がファルシオンの身体を軋ませる

 

「……流石にキッツいな」

ア゛ァ゛ァ゛ァ゛

 

 少しずつダメージ蓄積してきた身体を何とか動かそうとすると、すぐ近くまで接敵していたマーメイドの攻撃を受けて弾き飛ばされ、火の粉と共にファルシオンへの変身が解除される

 

「クソッ、こっちが先にバテちまった」

ア゛ ァ アナタのマケ デス

 

 マーメイドメギドから発せられたその言葉を聞いた瞬間、トーマは目を見開く。これまでの経験から、人の言葉を扱えるように成長するのは想定していなかったからだ

 

アキラめて アナタの力 ワタセ

「……渡せって言われて、はいわかりましたって言う奴の方が稀だよ……はぁ!」

 

 ゆっくりとトーマの方に向かって近づいてきたマーメイドメギドに向けて斬撃を放ち、剣を杖替わりにしながら立ちあがる

 

「お前こそ、大人しく美九から奪った力を返せ」

コレは ワタシの力

「確かに、今はお前の力だ……けどな、その力には本来の持ち主がいる、だから、それ(霊力)は返してもらう」

 

 ──これ以上長引くと、こっちが先に空っぽになっちまう。なら今持ってる最大火力で一気に

 

 そこまで思考したタイミングで、トーマは初めて目の前のメギドと相対した時の事を思い出す。あの時はその能力で身体の力が急激に奪われた。その時の披露やこれまでの消耗が抜けきっていない以上リスクが大きすぎる

 

「だから、普段試さない組み合わせを試せば……相手も対応できないッ!」

 

ブレイブドラゴン

ニードルヘッジホッグ

 

 剣の姿を無銘剣から火炎剣に変化させたトーマは二冊の本を装填し、剣を引き抜く

 

『烈火抜刀! ────ワンダーライダー! 

 

 紅蓮の龍と黄金の針がトーマの周りを駆けまわり、赤に黄金の装甲が追加された姿、セイバー ドラゴンヘッジホッグへと変化させる。姿を変化させてからすかさず、セイバーはニードルヘッジホッグのページを柄尻で軽く押す

 

ニードルヘッジホッグ

 

「はぁッ!」

ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!! 

 

 刀身に僅かな電撃と炎が纏わり、斬撃とともにマーメイドメギドへと向けて無数の針が放たれる。それを見たマーメイドメギドもすかさず衝撃波で迎え撃つが、かき消すことが出来たのは周囲に纏わりついていた炎だけであり針はそのままマーメイドメギドに当たり、火花を散らす

 

「このまま、追撃を仕掛ける!」

 

 一瞬怯んだ隙を利用してセイバーは地面を踏みしめ、マーメイドメギドに接敵すると、斬撃を放った

 

ア゛ァ゛ッ!? 

「もう一撃」

 

 一撃入ったことを確認したセイバーは二、三と斬撃をマーメイドメギドに放ち少しずつダメージを与えていく

 

「これで、決め──」

やめて

 

 攻勢に出ていたセイバーだったが、更にダメージを与えようとした瞬間マーメイドメギドによって放たれた声を聞き僅かに動きが鈍る。敵も一瞬出来た隙を見逃さなかったらしく打撃をセイバーの身体に叩き込みダメージを与えると同時に距離を取る

 

「さっきの──声は」

 

 距離を取られたセイバーは声を震わせながら自分の意識が正常であるかどうかを確かめる……否、セイバーにとって──トーマにとってマーメイドメギドの発した声はとても聞き馴染んだものだったから

 

あ、あー……成る程、これが正しく言葉を発するという事なんですね

「お前、お前が──その声で、言葉を紡ぐなッ!」

 

『必殺読破!』

 

 マーメイドメギドの発した声──トーマにとって聞き馴染んだ美九の声を聞いた瞬間、乱雑に火炎剣を抜刀し必殺の一撃を放つ

 

Aaaaaaaaaaaaaaa────! 

 

 しかしその一撃は、これまでとは比にならない程に美しい声色によってかき消させる。霊力を奪い、その中から最も扱うのに適した声質を選択したマーメイドメギドの能力はこれまでとは比にならない程に増していた。そして──目の前のメギドが発する声はトーマの冷静さを奪うには充分な要素だった

 

どうかしたのですか? さっきまであった冷静さが消滅しましたよ? 

「黙れ……」

もしかして、私がこの声で喋っているのが気にくわないんですか? 

「黙れ」

まぁ、それもそうですよね、だって……貴方が今一番救いたい人の声なんですから。ねぇ? トーマさん? 

「黙れぇぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士道、真那、トーマの三人が個別に行動せざる得ないという想定よりも最悪の事態に直面していた現状を琴里はフラクシナスの中から確認していた

 

「状況どうなってるの!?」

「士道君は十香ちゃんの鏖殺公を顕現させ窮地を切り抜けました、しかしトーマ君と真那さんは未だ敵と交戦中。士道君の元に向かうのは困難だと思われます」

「ちっ、状況は最悪以外の何物でもないわね……このままじゃ十香の所に行けるのは士道一人、それは流石に危険すぎる」

 

 琴里は──いや、琴里だけでなくフラクシナスのクルー全員が十香が囚われているところに誰がいるのか予想出来ていた。敵の首魁であるアイザック・ウェストコット、そして彼の腹心である最強のウィザード、エレン・メイザース。最悪なのはそれに加えてメギドと呼ばれる怪物を扱うイザクという男もいる可能性が高いという事だろう

 

「せめてトーマ君か真那さんの戦況を打開できればいいのですが……」

「どっちも難しいでしょうね」

 

 フラクシナスから支援をするにしても出来ることはかなり限られる……どうするべきか琴里が思案していると、オペレーター席に座っていた令音が琴里の方を向く

 

「琴里、少しいいかい?」

「令音、どうかした?」

「彼女から頼みがあるらしい」

 

 そう言って令音は艦長席のモニタをどこかに繋げた



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第7‐11話,現代Ⅺ

攻撃に精彩が欠けてきましたねぇ、そんなに怒ってるですか? 

「いい加減、黙れ!」

黙りませんよ? せっかくこうして楽しくおしゃべり出来てるのに

 

 マーメイドメギドの攻撃を避け、セイバーは一撃を放つ。一方でメギド側もその一撃を硬質化させた鱗で受け止めるとセイバーに向けて打撃を放たれる

 

「ぐっ……っ!」

やっぱり躊躇っちゃいますか? この声だと

「……うっせぇ」

答えないって事は、正解ってことですね

 

 マーメイドメギドの言葉を聞いたトーマは仮面の奥で奥歯を噛み締めた。理由はマーメイドメギドの言っていたことが当たっていたから、目の前のメギドが美九と同じ声で話を始めてから心の中に躊躇いが生まれ、倒さなければいけないのに倒すことが出来ない、そう言う矛盾が今のトーマには存在する

 

──目の前にいるのは美九じゃない、メギドだ

 

表情は見えないけどわかりますよ? 貴方は絶対に彼女を傷つけられない……でしょう? 

「……あぁ、オレは絶対に美九を傷つけられない」

ついに認めましたね? それじゃあ諦めてください。貴方じゃ絶対に私は倒せ────

「けどな、それが諦める理由にはなんねぇんだよ……なんせ、オレが戦ってるのは、他ならぬ本人を救うためなんだからなぁ!」

 

『必殺読破!』

 

 ほぼ零距離で、メギドの腕を掴んだセイバーは火炎剣を引き抜き、その刀身でメギドの事を切りつける

 

この距離で……正気ですか!? 

「あぁ、正気も正気だよ……この際、死なば諸共だ。一緒に地獄へ落ちようぜ」

このッ! 離せッ! 

「離すわけ……ねぇだろ!!」

 

 刀身に纏われた炎は少しずつ、その勢いを増し……確実にメギドの身体を焼き尽くそうとダメージを与える

 

『ドラゴン! ヘッジホッグ! 二冊斬り! ファ・ファ・ファイヤー!』

「はぁぁァッ!!」

 

 自分諸共焼き尽くさんとする勢いの炎に身を任せながら、今までで最大の力を込めた一撃をマーメイドメギドに叩き込んだ瞬間、爆発がセイバーとメギドの両方を飲み込んだ

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ」

 

 トーマの身体を覆っていた鎧は炭化し、少しずつ砕け完全に消失した。ボロボロになりながらもトーマは一撃を与えたメギドの方を見ると。メギドの片腕を奪うことには成功したが完全に倒しきる事は出来なかったようで、少しバランスを崩しながらもトーマの方に向かって歩いてくる

 

随分とやってくれましたね

「随分と……辛そうだな、いい加減くたばったらどうだ?」

……死ね

 

 マーメイドメギドはそう言うとトーマに向けて腕を振り下ろそうとするが、その拳がトーマへと当たる直前でその身体は後方へと吹き飛ばされた。何が起こったのか理解できなかったトーマの近くに来たのは少しだけふらついた足取りの美九だった

 彼女はトーマの近くまで来るとボロボロのトーマに手を差し伸べる

 

「お兄さん……大丈夫、ですか?」

「美九?」

「はい、ホントは安静にしてないといけないんですけど……いても経ってもいられないんで来ちゃいました」

「無茶しすぎだ」

 

 そう言ったトーマは美九の手を取って立ち上がると、目の前にいるマーメイドメギドに視線を向ける

 

「そう言えば、ここに来たのは美九一人か?」

「はい、私だけ一足先に目が覚めたので」

 

お前……さっきはよくも

 

「えっ? 何ですかアレ、どうして私の声で喋ってるんですか!?」

「お前の霊力を取り込んだ影響……だと思う」

「うわー、なんか気持ち悪いですねぇ」

 

気持ち……悪い、だと? 私が

 

 美九の一言を聞いたマーメイドメギドは動きを止めると肩を震わせ始める

 

気持ち悪い……私が、あってはならない……そんな、事がァァァァァァァッ!! 

 

「うわ、何ですか急に!?」

「どうやら敵の逆鱗に触れたみたいだな、気を引き締め──」

 

シねぇェェェェェェェェッ!! 

 

 トーマが気を引き締めろと伝えようとした瞬間、マーメイドメギドの放った衝撃波は地面を抉りながら真っ直ぐ美九を狙い向かってくる。それに気が付いたトーマは咄嗟に美九の前に立つと無銘剣へと戻った剣の刀身で衝撃波を受け止める

 

「ぐっ、うぅぅぅぅ────!!」

「お兄さん!」

「大丈夫だ、お前は死なせない!」

「お前はじゃないです! お兄さんも絶対に死なせません! ──破軍歌姫(ガブリエル)! 行進曲(マーチ)!」

 

 刀身で衝撃波を抑えるトーマの手助けをするため、美九は破軍歌姫の能力を使い彼に力を与える。そして、トーマと美九の互いを守りたいという気持ちが一つになった瞬間──剣の刀身から眩い光が放たれる

 

ア゛ァ゛ッ!? 

「なんだ?」

「……剣が、光ってる?」

 

「それは、貴方達の想いに聖剣が反応した証拠」

 

 何処からともなく、トーマと美九の前に現れたのは、スタジアムでも姿を現した白いセーラー服の少女。彼女は士道と美九の二人に微笑むと、再び言葉を紡ぐ

 

「今の貴方たちなら、新しい力を掴み取れる。手を伸ばして」

「新しい……力?」

「そう、消滅した全知全能の書……消えた道筋じゃなく、貴方達の紡いだ新しい物語の結晶──それを掴んで」

 

 そう言いながら、少女は二人に手を差し伸べる。トーマと美九の二人は一度互いに顔を見合わせ、彼女の手を取った──瞬間、ベルトに装填されていたブレイブドラゴン、そしてホルダーにしまっていたキングオブアーサーのブックから無数のページが溢れ出し。一冊の本を創り出した。その本の名は──

 

 

────ドラゴニックナイト! 

 

 

 

「これが、オレたちの新しい物語?」

「……頑張ってね」

 

 その言葉と共に、少女は目の前から消失した

 

「……夢、でしょうか?」

「いや、間違いなく現実だと思う……それよりこの本」

「はい、なんか……とっても温かい感じがしますね」

 

 一度本に目を向けた二人は、ふらふらと起き上がったメギドの事を確認すると、改めてその存在を真っすぐ見つめる

 

何なんですか、さっきから……貴方達の都合のいいようにばかり

「それは、さっきまでのお前も一緒だろ」

黙れ! そんなご都合主義……誰も望んでないんですよ! 

「意見の相違だな、こっちはご都合主義上等だ! どんだけご都合主義でも……それでもハッピーエンドの方がいいだろ」

 

 そう宣言すると共に、新たに紡がれた物語のページを開く

 

『ドでかい竜をド派手に乗りこなす、ド級の騎士のドラマチックバトル!』

 

 物語が高らかと読み上げられると同時に、持っていた剣が炎に包まれ、再び火炎剣へと姿を変える。そしてトーマは本を閉じ、力強くベルトに装填した

 

「は──っ……変身ッ!」

 

『烈火抜刀! Don`t miss it!』

 

 火炎剣を引き抜くと同時に、紅蓮の炎がトーマの周囲を覆い尽くし、紅蓮の龍と白銀の鎧が姿を現す

 

【The knight appears.When you side】

『ドメタリックアーマー!』

【you have no grief and the flame is bright】

『ドハデニックブースター!』

【Ride on the dragon, fight】

『ドメタリックライダー!』

 

【Dragonic knight!】

『ドラゴニックナイト! すなわち、ド強い!』

 

 そして、白銀の鎧はトーマ──セイバーの身に纏われ、新たな姿 ドラゴニックナイトへの変身が完了する

 

な、何ですか……その姿

「オレにも正確にはわかんねぇ……けど、オレたちの物語が生み出した新しい力ってのはわかる」

 

 セイバーがその言葉と共に切っ先をマーメイドメギドに向ける中、美九の視界に映ったのはホルダーに装填されていた音銃剣の本が淡く輝いている様子

 

「……お兄さん、その本何で光ってるんですか?」

「光ってるって……ホントだ、一体なんで──って、そう言うことか。美九! この本を使え!」

「え!? 急に使えって言われてもどうすれば……」

 

 セイバーから本を投げ渡された美九は一瞬困惑するが、使い方自体はこれまでと同じであると理解する

 

これ以上好きにさせるかッ! 

「そっちこそ、これ以上邪魔をすんなッ!」

 

 マーメイドメギドトセイバーが戦闘を再開する近くで、美九は本に残りわずかな霊力を流しパスを繋ぎ、本を開く。すると頭の中に言葉が浮かびあがる

 

剣爛撃弾(けんらんげきだん)! 神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)!」

 

 その言葉を紡ぐと同時に、本から膨大なエネルギーが放出され、精霊としての美九が身に纏う霊装を形作っていく。唯一違うのは霊装の色が通常とは異なり青色が淡い桃色に染まり、音銃剣を用いて変身する戦士──スラッシュを模した鎧が装着されていた

 

『音銃剣錫音!』

「これって、聖剣?」

なにっ!? ──ア゛ァ゛ッ!? 

「美九、その姿って」

「よくわかりませんけど、これで一緒に戦えます!」

「……よし、行こう!」

「はい!」

 

 二人は火炎剣と音銃剣、二振りの聖剣を構えるとマーメイドメギドへの攻撃を仕掛ける

 

「はぁッ!」

クッ! 

「そこです!」

 

 二振りの剣激を受けたマーメイドメギドは片腕で何とかその攻撃をいなしていくが劣勢を強いられ、一撃を受ける

 

ぐぅっ1この──調子に、乗るなァァァァァァァァァァァッ!!! 

 

────ドラゴニックブースター!

 

 ドラゴニックナイトの腕に装着されているドラゴニックブースターを開き、玄武神話を読み込む

 

『ワン リーディング! フレイムスパイシー!』

 

 迫りくる衝撃波に対してブースターを突き出すと、亀の甲羅を模した障壁がその衝撃波を防ぐ

 

「美九! この本を使え!」

 

 ブースターで衝撃波を防ぎながらセイバーが美九に渡したのはストームイーグル。美九は渡された本をキャッチすると音銃剣のシンガンリーダーに装填する

 

『ストームイーグル! イェーイ! 錫音音読撃! イェーイ!』

「行きますよー、そぉれ!」

 

 紅蓮の音符を纏った刀身を思い切り斬撃を放つと音符と共に弾けた一撃がマーメイドメギドにダメージを与え、動きを止める

 

「美九、これを……一気に決めよう」

「はい! 行きましょう!」

 

 セイバーは火炎剣を納刀し、美九はセイバーから受け取ったブレイブドラゴンのブックをシンガンリーダーにリードする

 

『ドラゴニック必殺読破!』

『ブレイブドラゴン! イェーイ!』

 

 そして、目の前にいるメギドを眼前に捉え、セイバーは火炎剣を抜刀し美九は音銃剣のトリガーを引く

 

「これで──」

「──終わりですッ!」

 

『烈火抜刀! ドラゴニック必殺斬り!』

『錫音音読撃! イェーイ!』

 

 音と紅蓮をそれぞれ纏った二匹の龍が、斬撃と共にマーメイドメギドに向けて放たれ、貫く

 

ア、ァァァァァァァァァァァッ!!! 

 

 斬撃を受けたメギドは悲惨な声と共に爆発し、中から排出されたアルターブックは灰となりその場で消滅した。それを確認した二人は変身を解き元の姿に戻る

 

「ふぅ……終わったんでしょうか?」

「多分な、それより美九、身体は大丈夫か?」

「あ、えっと、大丈夫そうです。霊力も戻ってきたのを感じますし」

「そっか、良かった……よし、それじゃあ早く士道と合流して十香を──」

 

 そこまで言ったタイミングで、トーマたちの居る階から更に上の階で強大なエネルギーを感じ取る

 

「お兄さん、今のって」

「……なんかヤバいことが起こってる気がする。急ごう」

「はい!」

 

 二人は顔を見合わせ、士道たちと合流するために上の階を目指した



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第7‐12話,現代Ⅻ 反転

 鏖殺公が顕現し、窮地を脱した士道は一人、十香を助ける為に上の階を目指す

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

「ぐぁっ!」

 

 目の前に現れる追手を鏖殺公で無力化していった。そこから更に少し進み、新たに現れたウィザードを無力化したが、そこでついに士道は膝をつく

 士道の使っている天使は本来であれば精霊が使用する超常の力。霊力を自身の身体に封印することの出来る士道ではあるが、基本的には普通の人間と変わりない。実際に今の士道は鏖殺公を振るうたびに損傷する肉体を回復能力で回復させて何とか保っているに過ぎない

 

「あっ……」

 

 ボロボロになった身体を動かそうとした士道だったが、身体に力が入らなくなりその場に膝をつく。辛うじて剣を取り落とすことはなかったがそれでも意思とは反して身体が動かすことが出来ない

 

「随分と手間取らせてくれたな」

 

 そう言いながらウィザードたちが士道に近づいてきた。人数は八名、警戒を解かないまま士道の近くまで来ると、完全に退路を塞がれる

 この状況を打開する策を考える前に、急に息が苦しくなる。まるで見えない何かに鼻と口を塞がれるかのように息が出来ず、少しずつ視界が霞み始める

 

「く、うぁ、ぁ……っ!」

 

 意識が途切れそうになるが、自分の目的を思い出すことで何とか意識を保つ……しかしそれも急場しのぎ、いよいよ意識が闇に呑まれようとした瞬間────

 

 

 

 ピシリと亀裂が入るような音が聞こえた

 

 

 

「うわっ!」

「な、どういうことだ!?」

 

 士道が意識を失う直前、窓ガラスが一気に我、破片が雨のように降りそそぐ。突然の事態にウィザードたちが狼狽していると、追い打ちをかけるように風圧は襲い掛かり、士道の近くに居た三人を吹き飛ばした

 

「な……っ!? 随意領域(テリトリー)が──」

 

 突然の事態に状況を把握する時間もなく、次は周囲の気温がぐんと下がる。常温だった筈の場所が周囲を冷蔵庫だと錯覚させるほどに冷え切り、ウィザードたちの展開していた随意領域が凍り付いていく

 

「て、随意領域(テリトリー)を解除しろ!」

「りょ、了解!」

 

 ウィザードたちが随意領域を解除すると同時に、士道の感じていた息苦しさが消える

 

「え……?」

「大事ないか、と聞くまでもないな」

「救援。助けに来ました」

「……大丈夫……ですか?」

「耶倶矢、夕弦、四糸乃……どうしてここに」

 

 ようやく立ち上がる事の出来た士道の近くに現れたのはフラクシナスで治療を受けている筈の耶倶矢たち三人

 

「そうやら旗色が悪いようだからな、琴里に無理言って馳せ参じた」

「助力。微力ですが、夕弦たちもお手伝いさせていただきます」

 

 耶倶矢と夕弦の二人がそう言うと、士道の隣に来ていた四糸乃も同調するように頷いた。心強い援軍がやって来てくれたことようやく認識した士道は三人に向けて頭を下げる

 

「すまん、恩に着る」

「訂正。こういう場面だと謝罪ではなく感謝が適切です」

「……ありがとう」

「呵々、それでよい。では行くぞ、我が眷属を助けに!」

「……あぁ!」

 

 耶倶矢たちと合流した士道は、全員で協力しながら進んでいくと、一際厳重な扉が士道たちの前に現れる。途中で倒したウィザードから手に入れたIDを使用し、警戒しながら中に入る

 

「……!」

 

 どうやら部屋の中は研究区画になっているらしく、要所要所がライトで照らされ部屋全体をほの暗い光で照らされている。そして進んでいった先に十香はいた。椅子に手足を拘束され顔をうつ向かせている

 

「十香!」

 

 士道は十香に向かって叫ぶがこちらの声が聞こえていないようで反応はない。反応がないのを確認した士道は急いで十香に近づこうとして……その途中で動きを止めた

 

「おや、彼ではなく君の方が先に来ましたか。五河士道」

「お前はあの時の……」

「覚えていてくれて光栄です……ですが、私一人で話をするのもアレでしょう。そろそろ貴方も挨拶をしたらどうです?」

「そうだね、そうさせてもらおうか」

 

 目の前に現れた男、イザクがそう言うと暗闇の中からもう一人、男が姿を現した。くすんだアッシュブロンドの髪に長身、そして猛禽類を思わせる鋭い双眸が特徴のその男はイザクの横に並び立つと、士道たちに頭を下げる

 

「初めまして。お初にお目にかかるね、私がDEMインダストリーのアイザック・ウェストコットだ」

「アイザック……ウェストコット」

 

 DEMインダストリー業務執行取締役 アイザック・ウェストコット。テレビを見たり新聞を読んだりしていたらどこかで目にする機会のある人物だ

 

「よく来てくれたね。ベルセルク、それにハーミットと────」

 

 最初は士道の近くに居た精霊たちに向けていたであろう視線を士道の方に向けたウェストコットは、一瞬だけ呆けたような表情を見せた後、訝し気に眉をひそめる

 

「君は……何者だ?」

 

 士道にその問いかけをした後、何かを思案するように口に手を当てる。士道も突然の行動に眉間を寄せるが、言葉を返した

 

「俺は──五河士道。ここに、十香を助けに来た! 今すぐ十香を解放しろ!」

「イツカ……シドウ。そうか、君が」

 

 士道と彼の持つ天使を見たウェストコットは、少し再び呆けた表情を見せた後、くつくつと喉を鳴らし始める

 

「……くく、精霊の力を扱うことが出来る少年……イザクやエレンから話を聞いた時はまさかと思ったが、なるほど。そう言うことか。くく、はは、はははははははははッ!」

 

 突如笑い始めたウェストコットに対し士道たちが警戒を強めると同時に、隣に立っていたイザクは少々呆れた表情を作る

 

「少し笑い過ぎですよ。五河士道たちが変に警戒してしまっています」

「はは、あぁ、すまない。だが実に滑稽じゃないか。精霊の力を扱う少年に聖剣の使い手。結局──全てはあの女が描いた物語の上だったというわけだ」

 

「……呆けたかと思えば笑い出す。不気味な奴だ」

「……少し、怖いです」

 

「あんたが笑い上戸なのはどうでもいい。それよりも十香を解放しろ!」

「もしもその言葉に従わなかったら、どうなるのかな?」

「……悪いが、無理矢理にでも従ってもらう」

 

 士道が鏖殺公をウェストコットに向けると、彼はくつくつと笑う

 

「できるのかな、君に?」

「……できるさ、十香を助ける為なら。何だって」

 

 士道がそう言うとウェストコットは肩をすくめ。その様子を見ていたイザクも取り出そうとしていた本を懐に仕舞う

 

「冗談だよ──私はエレンのように強くもなければ、イザクのように怪物を使役する力ももない。精霊三人と、天使を扱う少年では少々分が悪い。それはイザクもそうだろう?」

「……えぇ、残念ながらこちらも使える手札は殆ど切った後ですからね」

 

 イザクがそう言い終わった後、ウェストコットは近くにあったコンソールを操作した。するとほの暗かった部屋がふっと明るくなり、十香の手足を拘束していた錠がガチャリと音を立てて外れた

 

「十香!」

 

 士道が彼女の名前を叫ぶと、椅子に座っていた十香がふっと顔を上げる

 

『シ……ドー……?』

 

 少し微睡んでいた意識が完全に覚醒したらしい十香は、士道の方に目を向けると、身体中に貼られていた電極を剥がし、士道の方に走ってくる

 

『シドー……シドー、シドーっ!』

「おう……悪いな十香、待たせちまって」

 

 士道の言葉に十香がぶんぶんと首を横に振る。その仕草に士道が少し緩めた瞬間、後方にいた耶倶矢の声が飛んでくる

 

「士道! 後ろだッ!」

「え──ッ!?」

 

 直後、士道は咄嗟に鏖殺公を使い後方からの攻撃を弾く。十香に意識を取られて気が付かなかったが。いつの間にかシミーが士道たちを囲むように出現していた

 

「お前──ッ!」

「おや、私は知らないよ。イザクは何か知っているかい?」

「いいえ? 恐らく外に放っていたのがここに帰ってきたんでしょう」

「だそうだ」

 

「ふざけんな!」

 

 十香の元に向かってしまったため、士道の今の位置は耶倶矢たち三人からも離れ完全に孤立してしまっている。攻撃をしてくるシミーを鏖殺公で切り裂いていると、後方からウェストコットの声が聞こえてくる

 

「あぁ──そうそう、一つ言い忘れていたが、イツカシドウ」

 

 士道がウェストコットの方に視線を向けた瞬間

 

「──そこに留まっていると、危ないよ」

 

 何かが突き刺さる音と共に、士道は自身の胸に温かい感触が生まれた

 

「え──?」

 

 自身の身体に何が起こっているのかわからず少しの間呆然としていた士道だったが、胸から突き出ているレイザーブレイドを見た瞬間。口から大量の血が溢れ出た

 

「がはっ……」

「少し周りに気を取られ過ぎましたね、イツカシドウ」

「え……レ、ン……」

 

 士道が自分を指した人物の名前を呟くと同時に、レイザーブレイドが引き抜かれ。血の跡を残しながらその場に倒れてた。エレンはウェストコットの方に少し目を向けた後、士道にとどめを刺そうとレイザーブレイドを振り上げる

 

「士道ッ!!」

「焦燥。急いで救助を────」

 

 夕弦がそう言った瞬間。背筋が凍りつくほどに冷たい霊力が、十香を中心に溢れ出していた

 

「なっ……何が起こって」

「戦慄。とても恐ろしいものを感じます……」

「……怖い、です」

 

 その場にいる、十香以外の精霊たちが突如として起こった事態に恐怖を感じる中、ウェストコットは哄笑をする。周囲の出来事等お構いなしに、十香の身体を闇が塗り潰し、輝く

 

「王国が、反転した。さぁ、控えろ人類──」

 

 ウェストコットは、その光景を見ながら、万感の言葉にのせる

 

「──魔王の、凱旋だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーマと美九が士道たちの居る階に辿り着いた時、眼前に広がっている光景は想像を絶するものだった。周囲には雑兵(シミー)の残骸らしきものが転がり、耶倶矢たちは呆然としたまま一点を見つめている

 

「一体、何があったんでしょう……」

「わからない……それより、あれは──」

 

 耶倶矢たちの見ている方に視線を向けたトーマが見たのは、漆黒の霊装を身に纏い、鏖殺公よりも禍々しい剣を握った十香の姿だった。彼女に視線を向けた後、周囲を見回すと血だまりの中心にいた士道も同じように十香を見つめている

 

「……美九、士道たちを頼む」

「えっ? お兄さんはどうするんですか?」

「決まってるだろ、やるべきことをやる」

 

 トーマが美九にそう言ったのと同じタイミング、少し離れた場所にいたウェストコットもまた、口を開く

 

「素晴らしい。こうも見事な反転体を見たのは始めてだ──見ろ、エレン。あれが我らの夢だ、我らの悲願だ」

 

 そう言うと、近くに来ていたエレンの肩をウェストコットが叩く

 

「さぁ、仕事だ。ようやく君の前に君が倒すべき相手が現れた、さぁ、最強の魔術師(ウィザード)よ。今こそ悪逆の魔王の首を刎ね、我らの道の礎としよう」

「──えぇ、わかっています。アイク」

「……さて、私も少々手を貸しましょう。無粋な観客はお任せを」

 

【カリュブディス】

 

「行きなさい、カリュブディス」

 

 

 

 

 

 

 刹那、トーマ、エレン、カリュブディスの三人が同時に動く。トーマはドラゴニックナイトのブックを装填し走り出す

 

『烈火抜刀! Don`t miss it!』

 

 ドラゴニックナイトへと変身したセイバーがエレンの元に向かう途中でカリュブディスに進路を塞がれた瞬間。十香の元に辿り着いたエレンのレイザーブレイドが振るわれ、十香の持つ剣とぶつかり合う

 それによって発生した衝撃波は、士道たちの事を吹き飛ばし。セイバーとカリュブディスの体勢を崩させる

 

「くっ……邪魔だッ!」

 

 体勢を崩しながら攻撃を仕掛けてきたカリュブディスの攻撃を防ぐと逆に斬撃を放つ。その一撃を受けたカリュブディスの腕は真っ二つに切られ。その姿を消失させる、それを見たイザクは驚愕の表情を浮かべ、手元の本を見る。本の表紙には僅かではあるがヒビが入っていた

 

「……まさか、聖剣の力が増しているとは。これは予想外でしたね。すみませんアイク、ここは──」

「あぁ、構わないよ。目的は達しているからね」

 

 カリュブディスが消滅したのを確認したセイバーは、そのまま眼前で戦う十香とエレンの元に向かい、刃を振るう

 

「む──」

「ッ!」

 

 振るわれた刃は二人を分断し、セイバーを含めた三すくみが完成する

 

「邪魔者ですか」

「あぁ、悪いがお前の目的は邪魔させてもらう、それで──―」

「貴様、その姿はなんだ」

「──そっちは、普段とは少し違いそうだな」

 

 それ以上、言葉は続かず、エレンとセイバーの二者がそれぞれの剣を構え、動き出す。十香へと向けられた斬撃をセイバーが受け止め、空いている方の腕で打撃を放つエレンは火炎剣の上で自身の持つ剣の刃を滑らせながらそれを回避すると、そのまま十香へと向けて攻撃を仕掛けた

 通常の人間なら避けることの出来ない太刀筋、それを完全に見切っていた十香は完全に捌ききる。しかしその一瞬の間に生じた隙を見逃さなかったエレンは左背に背負った武器を可変させると、先端に光を収束させる

 

「貫け、ロンゴミアント」

 

 眩い閃光が十香へ向かって放たれ、十香諸共ビルの天井や壁を消し飛ばす。その一撃が消滅するとエレンは軽く息を吐く……そして、本来十香の立っていた場所に彼女はいなかった

 後方から士道の十香を呼ぶ声が聞こえてくるが、それでもセイバーは気を緩めずにエレンと、彼女が視線を向けている上空に目を向ける

 

「……なるほど、口だけではないようだ」

 

 その言葉と共に、十香は右手に持った剣を振るおうと動かす。エレンはそれを止める為彼女の元に向かっていくが、セイバーは背を向けて士道たちの方へと向かう。その直後

 

「──暴虐公(ナヘマー)

 

 その声と共に、強大な一撃が振り下ろされる。その一撃が向かったのはエレン……ではなく後方にいたウェストコット。放たれた斬撃はその延長にとてつもない衝撃波を発生させる

 

『ワン リーディング! フレイムスパイシー!』

 

 士道たちの前に立ったセイバーはドラゴニックブースターに玄武神話をリードし、亀の甲羅上のシールドを展開する。衝撃波が止むと同時にシールドを解除したセイバーは、近くにやってきた士道と共に上空を見つめる

 

「なぁ、トーマ……本当に、十香なのか……あれが──」

「……多分な、それにしちゃ普段と随分感じが違うが」

 

 二人の発するその声には、僅かながらの戦慄が含まれていた



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第7‐13話,現代XIII 終幕

士道たちが上空にいる十香を見つめている中、少し離れた場所の瓦礫が崩れ、随意領域(テリトリー)に身を守られたウェストコットたちの姿が露わになる。どうやら攻撃が当たる直前でエレンが随意領域を張り攻撃から身を守ったらしい

 

「すまない、助かったよエレン」

「いえ。今あなたに死なれるわけにはいきません」

 

 エレンは依然として十香の事を警戒しながら、ウェストコットの言葉に応えた

 

「どうかね。プリンセスは」

「えぇ、以前に戦った時とは比べ物になりません。あの時は少々拍子抜けでしたが、これならばAAAランクというのも納得です」

「ほう。それで──勝てるのかね?」

「無論です。私に勝てる生物など、この世界には存在しません────万全の状態であれば、ですが」

 

 その言葉を聞いた士道たちがエレンの方に目を向けると胸元から腹部にかけて深々と付けられた傷口から夥しい血が溢れ出ていた

 

「防御に気を取られ、ここに来る前の戦闘で負った傷が開きました。痛覚操作は施していますが、この状態では少々分が悪いかと」

「ふむ……そうか。ならば仕方ない、ここは退こう。まだ時間はある。じっくりやろうじゃないか」

 

 ウェストコットのその言葉に問いかけをしたのは、彼の近くで十香の事を見つめていたイザク

 

「良いのですか? 事を焦る必要はないと言っても……絶好の機会なのでは?」

「君も知っているだろう。待つのには慣れている。プリンセスを反転させることが出来ただけでも上々さ。それに今日は──予想外の顔にも会えたしね」

 

 そう言うとウェストコットは士道の方に視線を寄越す

 

「──というわけだ、悪いが我々はここで失礼させてもらうきおとにするよ。生き延びたならばまた会おう。タカミヤ──いや、イツカシドウ」

「え……?」

 

 ウェストコットの発した名前に、士道は眉をひそめる。祟宮という苗字は士道の妹を自称する真那の姓であったから

 

「ちょっと待て、あんた、俺の事を知っているのか!?」

「いいや、知らないさ。──イツカシドウの事はね」

 

 それだけ言い残すと、ウェストコットはエレンの肩に手を置く。そうすると同時にエレンの周りの空気が揺れ、ウェストコットを浮遊させるとそのまま空の彼方へと飛び去っていく。残されたイザクも軽く肩をすくめると無数の紙片を出現させて姿を消した

 

「あ……っおい!」

「……士道。気になるのはわかるが今は十香だ」

 

 セイバーがそう言うとともに、上空に浮いていた十香は地に足をつける

 

「あとは……貴様等か」

 

 そう言う十香の目は、いつもとは違う冷たい視線をこちらに向けてくる

 

「士道、どうする?」

「どうするも何も────」

 

 これからどう対処をするかを相談しようとした瞬間、十香は手に持っていた暴虐公(ナヘマー)を振り抜き。二人の元に衝撃波が襲い掛かる

 

「ッ!」

「ぐ……っ」

 

 セイバーと士道はそれぞれ手に持った火炎剣と鏖殺公(サンダルフォン)で防いた。その光景を見た十香は士道の方に目を向け、その視線を鋭くする

 

「やはり鏖殺公……何故貴様がその天使を持っているのだ?」

「十香! おまえ……どうしちまったんだ! 俺の事を覚えてないのか!?」

 

 明らかに敵を見る視線を向けてくる十香に対して、士道が叫ぶと、彼女は眉をひそめる

 

「十香……? 私のことか?」

 

 士道の顔をまじまじと見るようにそう言ってくる。その様子は士道だけでなく自分の名前すらも忘れてしまっているようだった

 

「一体、何が……」

 

 士道が困惑の表情を浮かべると、右耳に付けていたインカムからザザッというノイズが走り、いつの間にか聞こえなくなっていた琴里の声が響いてくる

 

『士道! 応答しなさい! 士道! 一体何があったの!?』

「琴里か!? それが俺にもわかんねぇんだ! 俺がエレンに刺されてる間に……十香の様子がおかしくなっちまって……あれも霊力の逆流なのか!?」

『いえ……恐らく、違うわ』

「じゃあ、何だってんだよ! あの十香も、封印できるのか!?」

「士道、一旦落ち着け」

 

 セイバーは士道に向かってそう言うと彼はハッとした様子でセイバーの方を見る

 

「ひとまず、今は琴里から十香をどうにかする方法を聞け。その時間位オレが稼ぐ」

「トーマ……」

「オレじゃなくて、そこはオレたちじゃないんですか? お兄さん」

「美九?」

「耶倶矢さん達はもう少し休ませておくとして、私は霊力も戻って完全復活! ですからね」

 

 セイバーの隣までやってきた美九はそう言うと、視線を士道の方に向ける

 

「というわけなんで、貴方はさっさと琴里さんから十香さんをどうにかする手立てを聞いて、ちゃちゃっと元に戻しちゃってください」

「……すまん、恩に着る」

 

 美九に頭を下げた士道は一歩後ろに下がり、改めて美九はセイバーの隣に並び立ち手を天に掲げる

 

剣爛撃弾(けんらんげきだん)! 神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)!」

 

 その言葉と共に美九の身体を薄桃色の霊装、そしてスラッシュの装甲が覆っていく。剣士と精霊を一体化させたその装束を美九が身に纏い。手元に現れた音銃剣を掴む

 

「……それ、自在に使えるんだな」

「はい、一回やったらこれからは自由に使えるって感じがしたので」

 

「……随分と可笑しな連中だが、ここで屠れば済む話だ。先程の女もいないようだしな」

 

 そう言って十香が暴虐公を振るおうとした瞬間、セイバーが暴虐公を握っていた右手に攻撃を仕掛ける

 

「小癪な」

「美九!」

 

 セイバーの攻撃を十香が回避した直後、セイバーの背後から出現した美九が銃奏モードにした音銃剣で射撃攻撃を仕掛ける

 

「鬱陶しい」

 

 その攻撃を暴虐公で防いだ十香は、今度はこちらの番と言わんばかりに暴虐公を振るい衝撃波を発生させる。それをセイバーは美九を庇う形でその攻撃を受けると肩の装甲に僅かだがヒビが入る

 

「ッ!」

「大丈夫ですか!?」

「あぁ……大丈夫だ」

 

『トーマ、聞こえる?』

「琴里か」

『えぇ、十香を元に戻す手立てが決まったわ……と言っても、一か八かだけどね』

 

 インカム越しに聞こえてきた琴里の声を聞いたセイバーは仮面の奥で笑みを浮かべ、士道の方に視線を向ける。それに気づいた士道は頷くと、ゆっくりと歩いて十香たちの方に向かってきた

 

「十香」

「…………」

 

 士道が言葉を発すると、十香は僅かだが視線を士道の方に向ける

 

「もうじき朝だ。家に帰って飯にしよう、今ごめんなさいって言えば、朝昼晩、お前の好きなメニューで統一してやるぞ」

 

 一応戦場と言って差し支えない場所で、場違いなことを言う士道を見た美九は何とも言えない表情を浮かべた

 

「……アレ、何してるんですか?」

「打開策って要はいつも通りって事だ」

「あぁ……そう言うことですか」

 

 一方の十香は士道のその言葉を聞いて怪訝そうな表情を浮かべてから、手に持った剣を軽く振るった。僅かに近づいた士道だったが、その一撃で元居た位置まで押し返される

 

「くそ、少しはマシだと思ったのに」

「……ホントに大丈夫なんですか?」

「多分、大丈夫……だよな? 士道」

「あぁ、けど、まずはアイツの近くに近寄らないと」

「近くに寄る、それが必須条件なんだな?」

「あぁ」

 

「そうか、それなら──」

「それなら、我ら颶風の巫女の出番だな!」

 

 その言葉と共に近づいてきたのは限定霊装を展開した状態の耶倶矢、夕弦、四糸乃の三人

 

「もう大丈夫なのか?」

「首肯。もう休息は十分です」

「今まで休んでいた分、しっかりと役目を果たすとしよう」

 

 耶倶矢と夕弦がそう言い、その隣で四糸乃が頷く

 

「よし、それじゃあこっからは総力戦だ……士道、しっかりな」

「おう!」

 

 

「それじゃあ、大雑把に役割分担だ。オレと美九、それに四糸乃で十香を足止めする」

 

 その言葉に美九と四糸乃が頷く

 

「それで士道はあつらえ向きな状況が出来たら──」

「我と夕弦が十香の元へ送り届ける」

「そう言うこと」

「奮起。派手に送ります」

 

「……よし、それじゃあ、行くぞ」

 

 その言葉をセイバーが発するとともに、二人が十香に接敵する

 

「ふん、ようやく無駄話が終わったか」

「律儀に待っててくれて感謝するよ!」

 

 ガンッという鈍い金属同士のぶつかりあう音が鳴り響く。セイバーの攻撃を自身の剣で受け止めた十香はそのままセイバーの腕を掴み投げ飛ばす

 

「こっちにもいますよ!」

 

「オレも、一筋縄じゃいかねぇよ」

 

――抜刀』

 

 美九が銃撃を、セイバーは一瞬だけ変身を解除するとすかさずファルシオンへと姿を変え上空からの斬撃を放つ

 

「無駄だ」

 

 その攻撃ごと二人を斬撃で吹き飛ばす

 

「今だ! 四糸乃! よしのん!」

「今です! 四糸乃さん! よしのんさん!」

 

 二人に視線を集中させている隙に、氷結傀儡を顕現させた四糸乃が冷気を十香へと向けて放出する

 

『ごめんねー十香ちゃん。でもこれも十香ちゃんの為だからさー』

「……ごめんなさい」

 

 冷気を受けた十香は、足先や指先から徐々に凍り付いていく、それを見て少々苛立たし気な表情を浮かべると自身の身体に漆黒の霊力を纏わせる

 

「小賢しい真似を!」

 

 その言葉と共に、霊力を放出させ身体を覆い始めていた氷を無理やり引き剥がした。しかしその行動が仇になったのか十香は左手で額を抑え、少し苦し気な表情を浮かべる

 

「……ぅ……なんだ、この忌々しい感覚は……」

 

「なんだ?」

「もしかして、十香さんの記憶が──」

 

 その言葉を聞いたらしい十香は、ファルシオン達三人の方を見ると苦々し気な表情で言葉を紡いだ

 

「そうか、この感覚は貴様らが原因か……ならば──我が一撃にて、塵も残さず粉砕してくれる!」

 

 そう言うと十香の上空に波紋が現れ、それから巨大な玉座がその姿を現した。その玉座はバラバラの欠片になると十香の持つ剣に纏わりつき、同化し、禍々しい巨大な剣に姿を変える

 

「我が、終焉の剣(ペイヴァ―シュヘレヴ)で!」

 

「あぁ、これは──」

「そうですね、あの時と限りなく似てる──」

 

「「──おあつらえ向きな状況」」

 

 四糸乃はファルシオンと美九の言った言葉に疑問符を浮かべるが、二人は今の状況をあの夕暮れの光景と合わせて思わず笑みを零した。しかしあまり時間は残されていないのは明白……そのためファルシオンは変身を解き、全力で叫ぶ

 

「耶倶矢! 夕弦! 思いっきりやれぇ!」

 

「うむ! 出陣だ! 士道!」

「健闘。気張ってください、士道」

 

「なにを────ぁ────」

 

 巨大な剣を片手に持った十香が上空を見るといつの間にか十香よりも上にいた耶倶矢と夕弦、そして自分の方に急降下してくる人影が見る。そしてその光景は酷く懐かしい感じるもので

 

「私は、この光景を、どこかで──」

 

 十香の意識を、その認識を、今の彼女ではない、もう一人の彼女の記憶を呼び起こすのには、十分な光景であった

 

(十ぉぉぉぉ香あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!)

 

「く……」

 

 いつかの光景、いつかの記憶、あの時も、今と似たような状況で、目の前の少年はこうして上空から自分の元に──頭の中に映る情景を振り払おうと頭を軽く振った一瞬の隙に

 

「──十香!」

 

 あの少年は、彼女の目の前までやって来ていた

 

「よ、助けにきたぞ」

「貴様……っ!」

 

 眼前まで肉薄している、この状況では自分が切り札で目の前の少年を消し炭にするよりも早く、彼の手に持った天使が自身を切り裂くだろう。そう考えていたが次に少年の取った行動で呆気にとられる。そう、彼は自身の持っていた剣を空中に投げ捨て、完全に無防備な状態になったのだ

 

「貴様、何を──」

「こんなの持ってちゃ……痛いだろ」

 

 士道はそう言うと、眼前の少女を抱きしめ──

 

「な……貴さ──」

 

──彼女に口づけをかわした

 

 その瞬間、彼女の脳内に溢れ出したのは混乱。目の前の男は何をしているのか、自分は敵で、自分を殺そうとした存在に、キスをしている。そんな不可解な行動を何のために行っているのか、意表を突くならもっといい方法がある、理解が出来ず、少女の視界がぼやけていく

 

──シドー

 

 不意に、頭を掠めた名前のような単語でさらに少女の混乱は加速していく。しかしそれは悪い気分ではなく、目の前の少年がどんな存在だったのか──それを思い出す、そう、目の前の少年は(五河士道)は、(名もなき精霊)に名前をくれた

 

──存在が、ひっくり返され……

 

「シ、ドー……?」

「……おう」

 

 目を覚ました少女(十香)は、喉を震わせ目の前にいる少年の名前を呼ぶと、彼もまた返事をする

 ゆっくりと上空から地面に降り立つ、それと同時に士道の身体から力は抜け、崩れ落ちそうになった。十香は慌てて彼の身体を支えるとそのままぎゅっと身体を抱きしめる

 

「し、シドー! 大丈夫か!?」

「おう……なんとかな」

 

 十香が元の様子に戻ったのを確認した士道は安堵の息を吐き、少し離れた場所にいたトーマたちはようやく気が抜けたと言わんばかりにその場に座り込んだ

 

「十香……大丈夫か?」

「む……? 大丈夫とは、どういう事だ?」

「それは、いや……いいか。そう言うのは琴里や令音さんに任せよう。今は──おかえり、十香」

「……うむ」

 

 士道の声を聞いた十香は頷き今までよりも強く士道の事を抱きしめる

 

「ただいまだ……シドー」

 

 その言葉と共に、崩れた街並みに朝日が昇り、二人の影を長く映し出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの死闘から、時は流れて天央祭三日目。観客たちが集団で意識を失うというアクシデントがあったものの無事、三日目を開催することが出来た

 そして、本来であれば未知の事象に見舞われた十香や、無理言って参戦した耶倶矢たち三人、それに霊力を奪われたかと思うと剣と霊力を一つした新しい力(剣爛撃弾)を扱えるようになった美九は、検査やらなにやらで少なく見積もっても一週間は入院しなければならないのだが……せっかくの天央祭ということで、フラクシナスが全力でバックアップをしながら全員で残り一日を楽しめることになったのだ

 

「美九、本当に大丈夫なんだな?」

「全くお兄さんは過保護ですねー、心配しすぎですよ」

 

 時刻は午後三時前、ステージの控室にいたトーマは、ステージ衣装に身を包んだ美九の事を見つめるが、当の本人はいつもの調子で笑みを浮かべている

 

「それにしても、少し予定とはズレちゃいましたね」

「……それに関しては仕方ないだろ、昨日は本当に濃い一日だったし」

「ホントですねー、正直まだ夢だったんじゃないかって気がしてますもん」

 

 昨日の事を振り返りながら、二人そろって少し遠い目をしていると控室の扉がノックされ、スタッフが美九の事を呼びに来た

 

「時間みたいです、それじゃあお兄さん。行ってきますね!」

「おう、ファンに見せつけてやれ。お前の歌で、お前の声で、お前自身(誘宵美九)の在り方を」

「はい……けど、お兄さん、少しだけ、勇気を貰ってもいいですか?」

「…………今回だけだからな」

 

 

 

 

 その後、トーマが観客席までやって来ると。耶倶矢に夕弦。それにつられて十香と四糸乃も完全装備の状態でステージの開幕を待っていた

 

「随分と気合入ってるな」

「トーマ、美九は大丈夫そう?」

「あぁ、少し不安はあるみたいだったが……逆境には強いタイプだし問題はないさ」

 

 チュッパチャップスを加えながら美九の様子を聞いてきた琴里二そう言うと、ステージが暗くなりスポットライトが中央に集まった

 

 

『皆さん! 本日は来てくれてありがとうございます! 短い時間ですけど、全力で楽しんでいってください!』

 

「ほらな」

「えぇ、確かに大丈夫そうね」

 

 いよいよ曲が始まり、会場が盛り上がる中、トーマ一人背を壁に預け瞳を閉じる

 

──始めて会ったのは、店の路地裏だったけか。あの時はもう少し可愛げがあったっけ

 

 一曲目が終わり、二曲目が始まる

 

──そんで、美九の境遇を知って色々調べて、ゆきさん拉致って

 

 今思えば、随分と無茶をしてたなと、一人心の中で苦笑する

 

──あの時から、何だかんだで心開いてくれて、一緒に祭りに行って

 

 二曲目が終わり、三曲目、四曲目と進んでいく

 

──少しは平和になったと思ったら今度は美九が誘拐されて、ちょっと事務所の連中と話をして(脅して)

 

 あらかじめ指定されていたタイムテーブルが終わり、一度美九が退場すると観客たちのアンコールが、ステージ全体を覆った

 

──次の再会した時は、美九が精霊になってたっけな

 

 スポットライトが再び集まり、新たな衣装に身を包んだ美九がステージの上に現れる

 

『みなさーん、また会いましたねー!』

 

──今思えば、あの時から振り回されっぱなしだな

 

 実力行使してきた美九を救うって決めて

 

『皆さん、今日は本当に素敵な日です──ですから特別に、私の大事な曲を歌おうと思います』

 

──戦ってる中で、アイツの不安を知って、それを受け止めて……そうして今、ここにいる

 

 スピーカーから流れだしたのは、彼女が彼女になる前(誘宵美九が宵待月乃だった頃)の曲、彼女の心に残っていた誘宵美九(宵待月乃)の僅かな心残り

 普段とか違う彼女の歌声に、観客たちは少しだけ困惑したが、困惑はすぐに熱狂へと変わり今日一番の拍手と歓声が美九に届く

 

 その拍手と歓声を聞いた美九は、ギュッとマイクを握りしめ、瞳からは涙が溢れ出した

 

『皆さん……ありがとう、ございます……ッ!!』

 

 その様子をトーマが見つめていると、ふと自分の方に目を向けた士道が声をかけてきた

 

「トーマ、なにかあったのか?」

「……いや、ホントに、輝いてるなと思ってさ」

 

 トーマはそう言うと、再びステージへと目を向ける。そこにいた美九の笑顔は、今まで見た何よりも輝いていた





長々と続いた原作7巻もこれにて終幕です
……なんか最終回感出てしまいましたが、まだまだ続きます


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EX2, 万由里エモーショナル
EX2-1, 本の扉


 天央祭が終わり、美九が芸能活動を再開してから既に数週間の時が流れた。前々から注目されていた人物の復帰ということもあり、美九は現在進行形で芸能活動の真っ最中だ……そんな中、同居人のトーマは何をしているのかと言うと──

 

「おっ、今日は駅前のスーパーが特売の日か……とりあえず卵は値上がるらしいから今のうちに買っておかないとなぁ」

 

 いつもの日課の家事を終え、ソファに座りながらスーパーのチラシとにらめっこをしていた

 

「……にしても、本も中々に増えてきたな」

 

 チラシから目線を上げた先にあったのは机の家に並べられたワンダーライドブック。最初はエターナルフェニックス一冊だった本も精霊たちと出会い、士道たちと出会いで何だかんだ言って十冊は越えていた

 そうなってくると必然的に戦闘の幅も広がるのだが……全部持っていくとポケットが嵩張るのに加えて、使った事のない本はぶっつけ本番で使うのもリスクが高すぎることから自然と能力を心得ている本を使いがちになってしまうのもトーマの悩みだったりする、と──

 

──ピンポーン

 

「ん?」

 

 唐突にインターホンが鳴る、この時間に来るという事は基本的に宅配なのだが……生憎と最近は駅前の宅配ボックスやコンビニ受け取りを使うことが多くマンションに直接来ることはないはずなのだが

 

「美九のやつ、注文の時にミスったのか? というか最近なんか頼んだって言ってたっけな」

 

 何か頼んだとか美九が言っていたのか思い出しながらトーマは備え付けのカメラモニターを確認するのだが、玄関前には誰もいなかった

 

「……いたずらか?」

 

 そう言葉にしたトーマはカメラモニターを消すとその場で息を殺して次のチャイムが鳴るのを待つ……仮にいたずらであれば犯人は現場に戻ってくる。そう考えたからだ

 

──ピンポーン

 

「今だッ」

 

 すかさずカメラモニターをオン、普段は出さない全力を出して動いたことによりコンマ数秒の動作であった筈だったが……カメラモニターには何も映っていない

 

「……どういうことだ」

 

 もしかしたら心霊現象か? そんな考えが一瞬頭をよぎったが、念のため外を確認しておこうと思い玄関の扉を開く。ビックリするほど人の気配がないことにさらに警戒心を強めていると玄関横に小さな小包が置いてあった

 

「……オレ宛て?」

 

 美九宛てなら厄介なファンかそこら辺だと考えていたのだが、トーマ宛てとなると話は別だ。元々知人が少ないこともあり、住んでいる場所を知っている人間は本当に最近会ったフラクシナスの面々や士道や精霊たちのみ

 目の前の荷物に不信感を覚えたトーマはポケットからインカムを取り出すと神無月に連絡を入れる

 

「神無月さん、今時間大丈夫ですか?」

『えぇ、現在は待機ですから問題ないですよ。それより、どうかしたんですか』

「突然で悪いんですけど、ここ数十分の部屋の前の映像とか見ることって出来ます?」

『何かあったんですか?』

「実は怪しげな荷物が部屋の前に置かれてまして。誰が置いたか確認して欲しいんですけど」

『そう言う事でしたら、トーマ君の使ってる部屋の端末を使っても大丈夫ですよ、荷物の中身もスキャンできると思いますし』

「……助かります」

『気にしないでください。転移用顕現装置を起動するので準備が出来たらまたご連絡を』

 

 その言葉を最後に神無月との通信が切れる、トーマは部屋の前に置かれた小包をそのままに一度部屋の中に入ると適当に本を四冊取って部屋を出て、インカムで連絡をしながら小包を手に取った

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラクシナスにやってきたトーマは、一人近未来的な通路を通り司令室まで向かうと、神無月が声をかけてくる

 

「あぁ、トーマ君。いらっしゃい」

「ども……それで、誰か映ってました?」

「それが、誰も映ってなかったんですよ。確かに荷物は置かれている……なのに誰の姿も映っていない、ちょっとしたミステリーですね」

「気が付いたら置かれていたって感じですか?」

「えぇ、そんな感じです」

 

 神無月がそう言うと、トーマは少しだけ考えこんだ後、頷く

 

「分かりました。とりあえず小包調べてみます」

「結果が出たら私たちにも回してくださいね」

「了解です」

 

 そこからトーマは自分が普段から使わせてもらっている部屋の端末の電源を付け、小包をスキャンにかける

 

「見た感じ普通の小包と変わらない……変な反応もないしマジで普通の小包か?」

 

 今だ疑惑の念が抜けきっていないトーマだったが、結局の所開けてみないと中身を確認しない事には始まらない。そう結論づけたトーマはガムテープを外して小包の中身を確認すると、中にはブラウンのワンダーライドブックが一冊だけ入っていた

 

「なんだ、この本……ブックゲート?」

 

 とりあえず本全体を見回してみるトーマだったが、作り自体は普段からトーマの使っているものと変わりはなさそうだ

 

「罠かもしれないが……とりあえず開いてみるか」

 

【Open The Gate!】

 

 部屋の中にその音声が鳴り響くと同時に、入口があった筈の場所に不思議なゲートが現れる。そのゲートは本が捲れるようにパラパラとページを進ませるともの凄い勢いでトーマのことを吸収しようとする

 

「えっ、ちょ……やっぱり罠かよ……ッ!」

 

 焦りの表情を見せたトーマだったが、無銘剣を出現させるよりも早くゲートの中に吸い込まれていった

 

 

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

 扉から放り出されるように弾きだされたトーマは少し転がった後、止まる

 

「いっつつ、ここは……一体」

 

 起き上がったトーマが辺りを見回すと、日本建築とはかけ離れた西洋風の作りをした廊下だった。しかしその場所は長らく使われていなかったようで所々埃を被り、一部の柱にはヒビが入っていた

 無銘剣を召喚したトーマは周囲を最大限警戒しながらこの西洋風の建造物を進んでいく、外の通路から中に入り、階段を上がると一つだけ、隙間から光の漏れる扉があった。いつでも無銘剣を振るう準備して中に入ると、そこに広がっていたのは大量の本が仕舞われている壁と剣のエンブレムが刻まれた円卓

 

「なんだここ……」

「やっと来た、随分遅かったね」

 

 突如として背後から聞こえてきた声の方を振り返ると、そこに立っていたのは時折トーマたちの前に現れていた少女。だが今まで彼女と異なっているのは来ている服装が白いセーラー服ではなくワンピースであること

 彼女は呆然としたトーマを横を通り過ぎると席に座る

 

「座ったら?」

「あ、あぁ」

 

 トーマが円卓の前に座り、改めて口を開く

 

「それで、座ったわけだが……質問しても大丈夫か?」

「えぇ」

「それじゃあ一つ目、オレにあの本を送りつけたのはお前か?」

「そうよ、私がアンタに本を送った……それと私の名前はお前じゃない」

 

 少女はそう言うとトーマの方に目を向けて言う

 

「私の名前は万由里。多分これからアンタとも長い付き合いになりそうだし、よろしくね」

「……なんか知らんが、よろしく頼む」

 

 

 こうしてトーマは、未知の場所で、一人の少女と出会い、新しい物語の幕が開く



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EX2-2, 南の基地

ちょっとした流れから自己紹介をしたトーマと万由里だったが、一息ついた後に改めて口を開く

 

「さてと、それじゃあ改めて二つ目の質問をしても大丈夫か?」

「えぇ、何が聞きたいの?」

「そんじゃまずは、ここが何処なのか教えてくれ」

「ここはノーザンベース……って言われてた場所」

「言われてたって、今は違うのか?」

「そう呼んでた人は全員いなくなっちゃったからね……それでもうこの場所も、貴方に渡した本も不必要になった」

 

万由里はそう言うと少し寂しそうな表情を浮かべる

 

「この場所は、一体どんな場所だったんだ?」

「……この場所はね、世界の均衡を守る組織が使っていた場所。けど、世界を脅かす存在も、守る存在もずっと前にいなくなったから」

「……世界の均衡を守る組織?」

「えぇ、かつてソードオブロゴスと呼ばれていた、剣士達の組織よ」

 

ソードオブロゴス、その名前に心当たりはなかったが最後のロゴスという単語には心当たりがあった。イザクのフルネームーーイザク・ロゴス・クラーク。かつて存在したという組織と同じ単語が入っていることに引っかかりを覚え……同時にトーマは思い出す、天央祭での一件で、万由里とイザクに面識があるような会話をしていたことを

 

「なぁ、万由里。もしかして――」

「えぇ、貴方の考えている人物は間違いなくソードオブロゴスの関係者……正確には、関係者の子孫って言った方がた正しいかもね」

「やっぱりか」

「……それについて話すなら、ここじゃない方がいいか。ついてきて」

 

立ち上がり、移動を始めた万由里に付いていきながらトーマは話を続ける

 

「とりあえず何処に向かってるかは後で聞くとして。この場所ってどこにあるんだ?」

「どこって、南極だけど」

「そうか……って、はぁ!?南極!?」

「えぇ、一応言っておくと寒さを感じないのはノーザンベースに結界が張ってあるから、普通に外出たら凍え死ぬわよ」

「……マジで南極なら、どうやってオレはこの場所に来たんだ?」

「それは貴方に渡した本のお陰」

 

そう言われたトーマは万由里から送られた本、ブックゲートを取り出し、眺める

 

「その本には場所と場所を繋ぐ力がある……簡単に言うとどこでもドアね」

「成る程、便利だな」

「移動には便利だけど変に目立つからあんまり使い過ぎないように……ついたわ」

「……ここは?」

「ソードオブロゴスの歴史が書かれた本の置かれている場所」

 

そう言って万由里が扉を開くと、中央の装置にはめ込まれた一冊の本が置かれていた。万由里はその本を取るとトーマの方に渡してくる

 

「ソードオブロゴスは、太古の昔に存在した大いなる本と、世界の均衡を保つための組織」

 

 

 

かつて、この世界には全てを記された”全知全能の書”と呼ばれる本が存在した。その本を狙う悪しき存在から全知全能の書を守護する為に作られたのがソードオブロゴスであり、何人も”全知全能の書”に触れることは禁じられていた

 

 

 

「なぁ、確かイザクは全知全能の書は失われたって言ってたよな?」

「その答えも、本を読み進めればわかるわ」

 

 

 

 

時は流れ、初代マスターロゴスがこの世を去り、後を継いだ二代目は世界の均衡を守るために出来うる限りすべてを行った。しかしそれでも尚、争いがなくなる事はなかった……二代目はその惨状を嘆き、力により世界の均衡を守るため、全知全能の書を求めた

初代からその在り処を聞いていなかった二代目は、長い年月をかけこの世界に隣接する世界”ワンダーワールド”へとたどり着き、全知全能の書に手をかけた

 

しかし、彼が全知全能の書に手をかけた瞬間、本は三つに割け、この世界から完全に失われた

 

「……こっからのページ真っ白なんだけど」

「当たり前、だってそこからソードオブロゴスの物語が紡がれることはなかったんだから。全知全能の書が失われることで、皮肉にもそれを狙ってきた輩は消え、世界に平和が訪れた」

「……狙われる力が消えたから、そもそもそれを狙う奴らも消えたって事か」

 

万由里の言う通り、皮肉である。この世界の全てが記された一冊の本、それが持つ強大な力が消えた事で、その力を狙う存在は姿を消し、世界が平和に訪れた。今まで組織が必死に守り抜いてきたものが……すべての争いの元凶になっていたわけだ

 

「本が三つに割けたって書いてあるけど……もしかして」

「えぇ、三つに割けた全知全能の書は、それぞれを異なる形にしてあらゆる世界、あらゆる時代へと散らばった。そのうちの二つが、貴方の使っている聖剣とワンダーライドブック」

「……だからイザクはこの力を狙って。もしかしてこの本の二代目ってイザク本人だったりするのか?」

「それは明確に違うと言えるわ。彼は全知全能の書に手をかけた二代目マスターロゴスの子孫……だけど、彼は二代目が平和を願うが故に手を伸ばしたことではなく、全知全能の書が持つ力を求めた」

 

平和を願ったものの子孫が力を求める、これもまた皮肉な話だ

 

「それで、他に聞きたいことはない?」

「……あぁ、イザクが何でオレの力を狙ってるのかも、この場所が何処なのかもわかったからな」

「そ、それならもう帰る?」

「いや、もう少しここに居ても大丈夫か?できれば本の解析が出来る設備とかあると助かるんだが……」

「それなら、さっきの円卓にある程度の機能は備え付けられてたはず……戻りましょう」

「あぁ――――」

 

わかった、とトーマが言うよりも早く。ノーザンベースの外から轟音が鳴り響く。それを聞いた二人が今いる場所を離れ外を見ると、そこには禍々しい龍のような姿をした一体の怪物がいた

 

「あいつは……一体」

「アスモデウス?どうしてここに……」

「万由里?アイツの事を知ってるのか」

「えぇ、アレは――――」

 

万由里がアスモデウスと呼んだ存在について語るよりも早く、怪物は片手に持った剣を振るい、禍々しいオーラを纏った斬撃を二人へ向けて放った



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EX2-3, 第一戦

 アスモデウスの斬撃がトーマたちに当たる直前、無銘剣を召喚し防御する

 

「ぐ……ッ!」

「ちょっと、無茶しすぎよ!」

「大丈夫、それより説明してくれ……あの化け物の事」

「……そうね、アイツはアスモデウス──」

 

 トーマの問いに答えるように、万由里は二人の目の前に現れた怪物──アスモデウスについて話を始める

 

「アスモデウスは、ソードオブロゴスがまだ存在した時代、組織に所属していた剣士だった」

「だった?」

「えぇ、アイツは誰よりも好戦的な剣士で……世界を守るよりも戦いを優先していた。そして争いの種になる全知全能の書がなくなった後もアイツは戦うことを辞めなかった、そして──人である事を捨て魔物になった」

 

 万由里の目には僅かながら公開とも何とも言えない不思議な表情が浮かんでいた。過去の剣士たちに何があったのかわからないが、今は目の前にいるアスモデウスをどうするのか

 トーマは万由里の話を聞いた後、持ってきた四冊の本を見る。懐に入っていたのは玄武神話・ストームイーグル・キングオブアーサー・火炎剣烈火の四冊。不幸中の幸いというべきか火炎剣の本を持ってきている為三冊同時に使用することは出来る

 

「万由里、ひとまず逃走の算段を考えといてくれ。オレがアイツの相手をするから」

「……わかったわ」

 

 トーマは火炎剣の本を無銘剣に読み込ませると刀身は炎に包まれ黒から銀へと変わる。それと同時にエンブレムの形状も火炎剣へと変化した

 

「ふぅー……いくぞ」

 

『烈火抜刀!』

 

 三冊の本を装填したトーマは納刀した火炎剣を引き抜く。深紅の炎を身に纏ったトーマの身体―がセイバーへと変化し、重厚なグレーの装甲、深紅の鳥を模した装甲、そして騎士王を模した水色の装甲を身に纏い、セイバーへの変身が完了した

 セイバーの姿を見たアスモデウスは右手に持った剣を構え、二人の剣士が相対する

 

「ッ!」

「はぁッ!」

 

 剣を構えてから数瞬の後、二人の持つ剣同士がぶつかり合い、金属音を響かせる。セイバーが初撃で放った上段斬り下ろしは強固な皮膚を持つアスモデウスの身体に弾かれ、動きが硬直したセイバーの腹部に拳を叩き込む事でアスモデウスは反撃をする

 

「ぐぅッ!」

「……」

 

 拳をもろに受け数歩後退したセイバーに情けをかける必要はないと言った様子でアスモデウスはセイバーに向けて斬撃を放つ。セイバーはその一撃を玄武の装甲で受け止めるとすかさず聖剣を納刀、トリガーを引き引き抜いて刀身に深紅の炎を纏わせる

 

『必殺読破! 玄武! イーグル! アーサー王! 三冊斬り! ファ・ファ・ファ・ファイヤー!』

 セイバーは深紅の斬撃をアスモデウスに向けて放つと同時に、左手にキングエクスカリバーを召喚しトリガーを5回引く

 

【必殺読破! キングスラッシュ!】

 

 爆炎から飛び出し真っ直ぐセイバーの方に突っ込んできたアスモデウスに対し、時間差でキングエクスカリバーからの斬撃を放つ。その一撃をもろに受けたアスモデウスは胸に巨大な傷を作りながら吹き飛ばされた

 

「トーマ! ゲートを開いた! こっちにッ!」

「わかった!」

 

 後方から万由里の声を聞いたセイバーもその場から離脱しようとしたところで、土煙の中から声が聞こえてくる

 

「寄越せ、貴様の力を……」

「お前──」

「寄越せ、その力……その本をッ!!」

 

 煙を振り払うように現れるたアスモデウスは、先ほどとは異なる姿をしていた。今までよりも龍らしく、刺々しい姿をしたアスモデウスに一瞬だけ気をとられ動きを止める

 そして、新たな姿になったアスモデウスに対して一瞬だけ隙を晒した瞬間。セイバーに接敵され、放たれた斬撃で装甲を粉々に粉砕される

 

「ぁ──ッ──―」

「その本、貰うぞ」

 

 アスモデウスは自身の一撃喰らい倒れそうになっているセイバーのベルトを掴み、装填されていた本を奪い取った。本を奪い取られたセイバーはその姿をトーマに戻し地面に叩きつけられた

 

「まずは三冊……力を貰う」

 

 叩きつけられたトーマを意に介さないアスモデウスは自身に三冊の本を取り込むと更にその姿を変える。一部の皮膚は亀の甲羅のように強固なものに、龍のような翼に加え更にもう一対、猛禽類の翼が生え、手に持っていた剣は黄金に黒と赤の差しこまれている武器──カラドボルグへと変わった

 

「これが、この力が、俺の求めていたもの……だが、足りない、もっとだ、もっと力を!」

 

 気分が高揚しているであろうアスモデウスは雄たけびを上げるようにその言葉を発すると近くで倒れているトーマにカラドボルグを突き刺そうとする

 

「させない! 雷霆聖堂(ケルビエル)!」

 

 トーマが突き刺されそうになっていた瞬間、二人の間を遮るように電撃が放たれた。電撃が放たれた方向をアスモデウスが視認するとそこには掌くらいの大きさをした黒い球体を展開した万由里が立っていた

 

「……邪魔者が」

「その人は殺させない」

「そうか、ならば貴様がここから相手をするのか?」

「それもお断り」

 

 雷霆聖堂を手際よく動かした万由里は周りの雪を煙幕にしてアスモデウスの目をくらませる。すぐさま剣を振るい視界を復活させたアスモデウスだったが、辺りを見回してもそこに二人の姿は消えていた



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EX2-4, 閑話

 目を覚ましたトーマの視界に入ったのは、身に覚えのある天井。身体を起こして周りを見回してみると周囲にあるのは近未来的な機器の数々

 

「……ここ、フラクシナスか」

「目が覚めたみたいね、トーマ」

 

 自分の居る場所が何処なのかをトーマが認識した直後、入口が開き司令官モードの琴里が中に入ってきた

 

「全く、急に反応が消えたって連絡が神無月から来たと思ったら今度はボロボロで見知らぬ女の子に連れられて現れるって……意味わからなさ過ぎて頭を抱えたわよ」

「それは、なんというか……すまん」

「別にいいわ。それよりも貴方を此処に運んできたあの子、一体何者?」

「オレを運んできたって……万由里の事か?」

「えぇ」

 

 琴里にそう言われたトーマの頭に浮かんだのは万由里の姿。そこでトーマも気が付いたが先ほどから彼女の姿が見えない

 

「あの子は、なんというか……オレの力の所在を知ってる人って言うか……すまん、上手い説明が思い浮かばん」

「上手い説明が思いつかないって、貴方ねぇ」

「すまん、オレもしっかりと話すのは今回が初めてだったんだ」

 

 その言葉を聞いた琴里はトーマのことを何とも言えない表情を浮かべていたが、コホンと軽く息を吐く

 

「とりあえず詳しい話は後に回して、貴方に何があったのか、それを教えてもらえる?」

「あぁ、わかった──」

 

 琴里の言葉を了承したトーマが話をしたのは、ノーザンベースでの出来事。万由里から送られてきた本を開いた瞬間、見知らぬ場所に飛ばされ、そこで万由里と出会った事。イザクが狙っているものが何なのかを聞き、かつて存在した組織の存在を知った事。そして──ノーザンベースでアスモデウスと戦い、敗北したこと

 

「……にわかには信じられないけど、今の貴方を見るに信じるしかなさそうね。実際に南極で強力なエネルギー反応をフラクシナスでも観測してるわけだし」

「フラクシナスでも観測してたのか?」

「えぇ、貴方が消えたって連絡を受けた後に世界中のネットワークを使ってあなたの反応を探して、その最中で強力なエネルギーを観測したわ……けど、反応自体はすぐに消えたから、どこに行ったかとかはわからないけどね」

 

 琴里の話から、アスモデウスはトーマと万由里が逃げた後どこかに姿を消したことがわかったが、そうなってくるとアスモデウスが何処を狙うのかが問題になってくる

 

「……それで、これからどうするんだ?」

「ひとまずは様子見、貴方の体調も考慮してね」

「オレは別に問題は──」

「大ありよ、貴方、自分の体調理解してる?」

「あぁ、別段問題は──」

「問題しかないわ。十香と出会ってから四糸乃、狂三と連日戦って未だ傷が治りきってないのよ? 身体の外側じゃなくて内側がガタガタ」

 

 確かに、ここ最近は妙に動きづらいと感じることもトーマはあった、恐らくそれは無意識のうちに自分の身体を庇っていたのだろう。そしてそれがこれまでのハンデになっている可能性が高かったということになる

 

「それで、暫く休養を取る必要があるってことか」

「そ、だからしばらくの間安静にしてなさい」

「……了解。せっかくだから言う通りにさせてもらう」

 

 休めと言われている以上休むしかない以上、大人しく従うことにする。それから程なくして琴里が出て行ってからすぐに再びベッドに身体を埋め、眠りについた

 

 

 

 

 トーマが眠ったことを確認した琴里は、少し肩の力を抜くと医務室を出ると、少し息を切らした美九が医務室の前までやってきた

 

「琴里さん! あの、お兄さん! 倒れたって!」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。少なくとも変に無茶しなければ支障が出るとかはないわ」

「そうですか、それなら一安心……で良いんですかね?」

「良いんじゃない? トーマにもしばらくは安静にするように言ってあるし」

 

 とはいえ、万由里の事もあるし万が一の場合トーマが安静にしている事は絶対にないって言うのはわかっているし下手したら士道たちまで首を突っ込んでくるかも知れない。天央祭の事もあるし琴里としてはあまり無茶をしないで欲しいのだが────

 

「まぁ、言ったところで無駄でしょうねぇ……」

「何が無駄なんですか?」

「こっちの話よ、気にしないで。それより美九、トーマの顔は見ていく?」

「……いえ、心配はしましたけど無事だってわかったんならお仕事に戻ります。今も無理言って出てきちゃってるんで」

「そ、それならしっかり頑張らないとね」

「そうですね、それじゃあ私はこれで」

 

 

 そう言うと美九は来た道を戻っていった

 

「それにしても、美九もかなり精神面で安定したみたいね……美九にとってあの事件は良い方向に働いたみたいね」

 

 美九の今の状況はフラクシナス的にも、琴里的にも非常にありがたい事態でもある、こうして自分の道をしっかりと進んでくれている以上。フラクシナスとしては全力でサポートをするだけだ

 

「……さてと、次は彼女ね」

 

 

 琴里はそう言うと、司令室へと歩き出した



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EX2-5, 閑話Ⅱ

 琴里が司令室に戻ってきたことを確認した神無月は頭を下げて彼女の事を出迎える

 

「お疲れ様です、司令」

「えぇ、彼女は?」

「医務室での検査を終え休憩室で待機してもらっています」

「そう、それじゃあ話を聞きに行きましょう」

 

 

 

 

 

 神無月を伴い休憩室までやってきた琴里は、そこに座っていた万由里の姿を確認する。彼女の方も琴里たちの姿を確認したらしく視線を向けてくる

 

「貴方が万由里ね」

「えぇ……それで、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」

「話が早くて助かるわ」

 

 琴里は彼女の前に座り、神無月は琴里の一歩後ろで控える

 

「それで、早速で悪いんだけど貴方は一体何者?」

「私はノーザンベースで作られた存在」

「作られた存在って、どういうこと?」

 

 琴里が万由里に疑問を投げかけると、彼女は特に隠すということもなく話を始めた

 

「私は元々世界を繋ぐ存在の模倣として生み出された……最も、私が生み出された時には既に世界を繋げるための鍵はなくなっちゃってたから意味はなかったんだけど」

「世界を繋げるとか、鍵とか……一体どういうこと?」

 

 彼女の説明を聞いた琴里は、その内容の意味がいまいち理解できていなかった

 

「確かに、そこから説明した方が良かったか」

 

 万由里は殺気の言葉だけでは説明が不足していたことに気付くと、懐からトーマが使用している物と同じ一冊の本を取り出す

 

「それって……」

「これが世界を繋ぐ鍵、この本とトーマの持ってる聖剣の原典がって言う方が正しいけど……ねぇ、ノートとペンを用意してもらえる?」

 

 万由里の言葉を聞いた琴里は神無月に指示を出すと、彼は一度退室し程なくしてノートとペンを持って戻ってきた

 

「どうぞ」

「どうも、それじゃあ改めて──」

 

 万由里は受け取ったノートに剣と本のイラストを描く

 

「遥か昔、この世界には一冊の本があった。名前は全知全能の書……この世界の始まりから終わりまで、世界の全てが書き記された一冊の本」

「世界の全てが記された本、そんなものが本当に実在したの?」

「聖剣とワンダーライドブックが存在している時点で実在したのは間違いないよ……それで、話を続けるけど全知全能の書は元々二つの世界の狭間に存在したの」

「全知全能の書に二つの世界……次から次へと、ホントに色々あり過ぎて頭が痛くなってくるわね」

 

 軽く頭を押さえる琴里を見て、万由里は少しだけ表情を柔らかいものに変化させると、少しだけ黙り、改めて口を開く

 

「大丈夫?」

「えぇ、続けて頂戴」

「わかった、私たちの今いる世界ともう一つの世界、その狭間にあった全知全能の書を手に入れようとした一人の男が世界の狭間に向かい……本は失われた」

「じゃあ、その全知全能の書はもう存在しないって事?」

「えぇ、本そのものは完全に失われ、今残っているのはその欠片だけ……それに欠片を集めたとしても、修復は不可能」

 

 全知全能の書は完全に失われた、それを聞いた琴里は驚愕と少しの安堵を混ぜた表情を浮かべたが、その後すぐに欠片が残っているという言葉を聞き……一つの結論に辿りつく

 

「欠片が残っているって、もしかしてそれが──」

「えぇ、本と聖剣の二つ」

「……ホント、とんでもないわね」

「最も、その力は完全に分散しちゃってるけどね。本は無数に、聖剣は名前のない一本を残して他はその力を本に封じ込められた」

 

 無数の本と無銘の剣、そして本に封じ込められた剣の力……その話を聞いた琴里は現在進行形でその力を振るう人物に心当たりがあった

 

「もしかして、トーマの力の正体って」

「……貴方の思っている通りよ、彼の扱う力は全知全能の書に至る鍵、そしてその力は他でもない彼を選んだ」

 

 琴里は、ここでトーマの力が何処から来ているのか、その力の正体が一体何なのかを知ることが出来た。けどその力は彼女たちが考える以上に強大なものだった──そうである以上、琴里はここで彼女に聞いておかなければならない事がある

 

「……ねぇ、剣の力が封じられた本は、全部で何冊あるの?」

「本の総数は全部で十冊」

「十冊……もしその力が集まったら──」

「わからない」

「わからない?」

「力が一か所に集まった時に何が起こるのか……それは私にもわからない────」

 

 少しだけ目を伏せていた万由里だったが、今度はまっすぐ琴里の目を見て言葉を続ける

 

「──けど、彼なら何があってもその力を正しく使いこなせると思う」

 

 万由里のその言葉を聞き、琴里は今までの彼がどのように力を使っていたのか。それを思い出し目を閉じ軽く頷いた

 

「そうね、今までの事もあるし……ひとまず彼の事を信じてみるわ」

「……ありがとう」

「感謝される筋合いはないわ、この判断は私たちにとってもトーマの存在が有益だからこそよ」

 

 それだけ言うと琴里は席を万由里に視線を向ける

 

「それじゃ、私から聞きたいことが終わったわ。万由里、貴方の方から何か聞きたいことはある?」

「特にないわ」

「そ、部屋は後で用意させるから事が落ち着くまではそこで生活してちょうだい」

 

 万由里との話を終え、部屋の外に出た琴里は軽く息を吐くとずっと話を聞いているだけだった神無月が声をかける

 

「お疲れ様でした、司令」

「えぇ……それにしても、中々に頭が痛くなる話ね」

「そうですね、今は失われた世界の全てを記した本とは……中々に突拍子の無い話ですね。それで、今回の件上層部に連絡は」

「必要があると判断したらするわ、けど今は……私たちの心の中に留めておきましょう」

 

 そんな話を続けながら、二人は司令室へと戻っていった



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EX2-6, 休息Ⅰ

 琴里から休養するよう言われた次の日、特に何かするということもなく、何が起こるというわけでもなくいつも通りの日々が過ぎていく

 

「美九も地方ロケで少しいないし……いざこうして時間を貰うと何をすればいいのかわからないな」

 

 今までは家事以外にもアルバイト等を行っていたトーマだったが、今回は事情を説明して休ませてもらっているためトーマは本当に時間の使い方がわからずリビングでボーっとしていると、インターホンが鳴る

 

「……誰だ、こんな時間に?」

 

 現在は平日の午前十一時、士道たちは学校で授業を受けている時間帯であるためこの時間に誰かが訪ねてくると言うことはめったにない。少し訝しみながらインターホンのモニタを確認する、モニタの向こう側には白いセーラー服を来た万由里の姿が目に入った

 とりあえず見ず知らずの人物でない事を理解したトーマは急ぎ足で玄関まで向かい、扉を開ける

 

「あっ、出掛けちゃってなかった」

「そりゃあ、休養するよう言われてるからな……それより、万由里こそどうした?」

「トーマが何処に住んでるのか聞いたから、様子を見に来ただけ」

 

 俺が住んでる場所は美九の家でもあるんだが、何てことを考えたトーマだったが教えたのが万由里だし士道たちも住所を知らない訳じゃないから大丈夫かと割り切って、彼女を家の中に招き入れる

 

「とりあえずゆっくりしててくれ、お茶でも入れる」

「ありがと……それより、今日は一人なんだ。確か誰かと一緒に住んでるって聞いたけど」

「同居人は野暮用で何日か家を空けてるよ」

「そうなんだ」

 

 麦茶を自分と万由里の二人分用意したトーマはリビングまで持っていき彼女の前に置き、自分も席に着く

 

「それにしても、随分暇そうだったね」

「まぁ、今までは何かしらでずっと動きっぱなしだったから……いざ休めって言われてもどうやって休めばいいのか」

「……何というか、随分と難儀な性格だね」

「気が付いた時からこうだったからな」

 

 トーマのその言葉を聞いた万由里は少しだけ何か考えた後、軽く頷くとトーマの方に視線を向ける

 

「どうかしたか?」

「トーマ、今から出かけるよ」

「出かけるって、どこに?」

「何処でもいいから、行くよ」

「! ちょ、流石に準備くらいは────」

 

 準備をする暇もなく、トーマは万由里に手を引かれ、外に連れ出された

 

 

 

 

 

 

 

 街に出た二人は、近くの商店街に向けて歩く。何処に行くかも聞かされていなかったトーマは万由里に話しかける

 

「それで、財布と本一冊しか持ってないわけだが……これからどうする気なんだ?」

「特に決めてない」

「特にって……まぁ良いか」

 

 適当に当たりを見回したトーマの目に入ったのはゲームセンター

 

「とりあえず、ゲーセンで時間潰しながら何か考えるか」

「ゲーセンって、ゲームセンターだっけ……実際に見たのは初めてかな」

「そうか、万由里はずっとノーザンベースに?」

「うん、外に出るって事も滅多になかったから」

 

 万由里と話しをしながらゲームセンターの中に入ったトーマが向かったのは両替機、財布の中に入っていた千円札を二枚ほど百円玉に両替する

 

「そんなに両替して、使うの?」

「使わないにしても持ってるに越したことはないだろ。それより、最初は何処に行く?」

「とりあえず、アレ?」

 

 そう言いながら万由里が指をさしたのはプリクラコーナー、クレーンゲームや他にも色々ある中でそれを指さされると思っていなかったトーマは一瞬思考を硬直させた

 

「どうかした?」

「……いや、少しビックリしただけだ。というよりああ言うのってオレは入れないんじゃ──」

「男性のみのご入場は遠慮しておりますだし、大丈夫じゃない?」

 

 最後の退路を塞がれてしまったトーマは観念したようにプリクラコーナーの方に向かい、適当に筐体を選ぶ

 

「……なぁ、これってどう操作するんだ?」

「えっと、確かこのボタンを選択して……って、あれ? これで合ってる?」

「いやオレに聞かれても……って、なんかカウントダウン始まったんだが──」

 

 実質的な箱入り娘だった万由里とこういう物には縁のないトーマ、二人は四苦八苦しながらプリクラを撮り終えると少し疲れた様子で筐体の外に出る

 

「なんか、すっごい疲れたな」

「そ、そうだな……というか、撮った写真ってどこから出るんだろ」

「ここじゃないか?」

 

 二人で写真の排出口を見ていると、印刷が終わったであろう写真がぱらりと落ちてきた。万由里が先に写真を手に取って確認すると、表情が笑いを耐えるものに変わっていく

 

「どうした?」

 

 トーマがそう聞くと万由里は笑いを堪えながら写真を渡してきた。一体どんなものが映っているのか、戦々恐々としながら写真を確認すると、そこに映っていたのは何とも言えない加工がされた二人の姿。思わぬ不意打ちを喰らったトーマは少し噴き出してしまうが、それ以上を何とか耐える

 

「……これは、中々にひどいな」

「そ、そうだね……ふふっ、待って、思い出したらまた──」

 

 それからしばらく二人はそこで笑いを堪えていたが、気を取り直してゲームセンターの中を歩き出す

 

「ねぇトーマ、あれなに?」

「ん? あぁ、クレーンゲームだな」

「難しいの?」

「まぁ、難しいと言えば難しいな」

「やってみてもいい?」

「あぁ、構わないぞ」

 

 万由里が興味を示した筐体に百円玉を投入する

 

「光ってるボタンをタイミングよく押す。それで景品に引っ掛けるなり掴むなりしたら取れるわけだ」

「わかった、やってみる」

 

 万由里は適当な景品に狙いを定めてボタンを押す、最初は横に移動したクレーンが今度は奥に移動し止まる。降下していくクレーンのアームがうまい具合に景品を掴み、上昇する

 

「あっ、とれた」

「運が良いな」

 

 クレーンに掴まれた景品は特に落ちることなく落下口に向けて落とされ、万由里の手に渡る……かと思えばそれをトーマの方に渡してくる

 

「はい、これ」

「別に、持ってていいぞ」

「そうじゃなくて、トーマのお金でとったものだから、はい」

「……あぁ、そう言うことか。別に気にしなくていい、今日の記念って事で」

「でも……」

「でもも何でもだよ、こっちも良い気晴らしになってるし。お礼って事で」

 

 特に気にする様子もないトーマはゲーセンの奥の方にすたすたと進み、万由里はそれを追いかけるようについていく。そこからの二人はシューティングや格ゲー、メダルゲーム等を楽しみ、ゲームセンターを後にした



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EX2-7, 休息の終わりと邪龍降臨

 ゲームセンターを堪能した二人は外に出ると、再び散策を開始する

 

「さてと、次は何処に行くか思いついたか?」

 

 トーマがそう声をかけると隣を歩いていた万由里はきょろきょろとあたりを見回し、とある建物が目に映るとそこを指さす

 

「あそこ、行ってみたい」

「……コスプレショップ? そう言うのに興味があったのか」

「別に、そう言うわけじゃないけど……どうせなら体験しておきたいなって」

「どうせならって、これから先いくらでも機会はあるだろ?」

「そうも行かないのよ、私はノーザンベースの守護者。今は緊急時だからこうして外に出てるけど、本来ならノーザンベースの中に留まってないといけない」

 

 万由里はそう言うとトーマよりも先にコスプレショップの中に入っていった。彼女の後を追ってトーマも中に入るとそこには多種多様な衣装が置かれていた

 

「はー、凄いもんだなぁ」

「そうだね、ホントに色々ある」

「だなぁ……あっ、そう言えば万由里の着てる制服って、どこで見つけたんだ? あんまこういうこと言いたくないが制服なんておいそれと手に入るもんでもないだろ?」

「あぁ、この服はノーザンベースに残ってたカタログを見て作ったの」

「カタログを見てって、そんなことできるのか?」

「精霊だって自分の霊力で霊装を形作るでしょ、それと同じ原理よ……私も霊力は持ってるし」

 

 そんなことを話しながら店内を見回ってみると、二人の目にとある衣装が映る

 

「あれ、これって……」

「士道の通ってる高校の制服だな。何でこんなもんまで」

「そう言えば店の前に、中古コスチューム販売もしてるって書いてあった気がする」

「……これを売った人は相当金に困ってたのか、それとも単純にいらなくなったのか」

 

 それでも制服を売るのはいかがなものかとトーマが考えていると、万由里が来禅の女子制服とは別にもう一着を持ってやって来る

 

「男子の制服もあったよ」

「なんであるんだよ……」

「どうせなら、一緒に着てみる?」

「サイズ合わないだろ」

「着てみないとわからないよ、ほら行こ?」

 

 制服を渡されたトーマは万由里に引きづられる形で更衣室の前までやって来ると、そそくさと隣の更衣室に消えていった万由里を見送り軽く息を吐いた後、自分も更衣室の中に入り制服を試着してみる

 

「……サイズ、合っちゃったよ」

 

 自分はそこそこ体格が良いと思っていたトーマだったが、試着してみた制服は自分にピッタリだった。その事実に少しだけ引きながら更衣室から出ると、同じタイミングで来禅高校の制服を纏った万由里も出てくる

 

「どう?」

「似合ってる、新鮮な感じだ」

「ありがと、そっちも案外様になってるね」

「そうか? 多少無理がある気もするんだが……」

「そんなことないよ、似合ってる」

 

 万由里にそう言われたトーマだったが自分の実年齢すら正確に把握していない以上、なんとも微妙な感情が心の底から湧き上がってくるがとりあえずこの場においてはそれを無視して質問をする

 

「それで、このくらいで良いのか?」

「どうせなら、一枚くらい写真撮りたいかも……ほら、あそこに撮影スペースあるし」

「あんであるんだよ……って、そりゃコスプレショップなんだからあって当たり前か、当たり前か?」

 

 疑問を感じつつも、万由里に引きづられる形で撮影スペースまで向かい、店員に写真を撮影してもらう。最初は何とも言えない表情をしていたトーマだったが写真を撮られていくうちに自分の中でものっていき最終的にはかなりノリノリで撮影に興じていた

 

 

 

 

 

「はぁ、なんか少し興がノリすぎた気がする……」

「凄い楽しそうだったね」

「多分変なスイッチが入ったんだろうな、一生の不覚だ」

「あっ、そうだトーマ」

「どうした?」

「折角だから、お祈りしていかない?」

 

 そう言いながら万由里が指さしたのは神社だった。万由里から提案されたのだから乗らない手はない

 

「そうだな、折角だし祈っていくか」

 

 二人で神社の境内まで向かうと、万由里に手持ちの百円玉を一枚渡して二人で賽銭箱の中に投げ入れ鈴を鳴らした後、二礼二拍手一礼で祈る。トーマはひとまず知り合った全員の健康を願い目を開けると、隣の万由里はまだ祈っているようだった。少し待っていると万由里はゆっくり瞼を開く

 

「随分と熱心に祈ってたな」

「うん、みんなが平和に暮らせますにって……」

「そうだな、それが一番────」

 

「悪いが、その祈りが叶う事はない」

 

 トーマの言葉を遮るように言葉を放ったのは季節外れの黒いコートを羽織った一人の男。その男を認識した瞬間、トーマは無銘剣を引き抜いていた

 

「本能で気が付いたか、流石は聖剣が選んだだけの事はある」

「お前……誰だ」

「ん? そうか、この姿ではわからないか」

 

 そう言った男は禍々しい黒い翼をはためかせると同時にその身体をボロボロの紙片が覆う。そして漆黒の波動が晴れ、トーマたちの前に姿を現したのは禍々しい龍の姿をした戦士──

 

「──アスモデウス」

「次こそ貴様の持つ本の力を貰うぞ、剣士」

 

 召喚したカラドボルグを構えるアスモデウスを見据えながら、万由里を後ろに下がらせたトーマは無銘剣を構え、本を開く

 

【エターナルフェニックス】

――抜刀』

 

 炎がトーマの身体を覆い隠し、ファルシオンへとその姿を変化させる。互いに剣を剣を構え、僅かな膠着の後剣をぶつけ合う

 

「はぁッ!」

「ふんッ!」

 

 剣同士がぶつかることで火花を散せながら、剣をぶつけ合う。純粋な剣の腕のみで戦いを続けていくと、最初は互角だった戦況が少しずつアスモデウス有利に傾き始める

 

「どうした、そんなものか」

「まだまだッ!」

「その気概だけは称賛に値するが、これならどうだ」

 

 そう言いながらアスモデウスはファルシオン──ではなく、後ろで避難をしている民間人へ向けて斬撃を放つ。アスモデウスに向かおうとしたトーマだったが炎の翼を展開すると咄嗟に民間人の盾になり攻撃を受ける

 

「ぐあぁぁぁッ!!」

「やはり、守ったな」

 

 ファルシオンの装甲は所々ひび割れ、許容しきれないダメージが原因で膝をつく。そんなファルシオンを見つめながらアスモデウスは近づくとファルシオンの胸ぐらを掴み持ち上げる

 

「ぐ──っ」

「剣士、貴様と始めて出会った時、貴様は俺の放った最初の一撃からあの守護者を守った。それがわかっているからこそ、貴様ではなく貴様の周りにいる奴等を狙えば勝手に傷を負ってくれると思ったよ」

「おま、え──」

「欲を言えばもう少し楽しみたかったが、仕方ない。貴様の持つ本の力を貰うぞ」

 

 アスモデウスはそう言うと、ファルシオンのベルト────ブレードライバーにカラドボルグを突き立てる。突き立てられたベルトには僅かながらヒビが入り。オレンジ色の光が漏れ始める

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!!」

 

 トーマが上げた叫び声を上げると同時に、血飛沫のように紙片が溢れ出す。紙片は一枚一枚がこれまで集めたワンダーライドブックへと姿を変化させると地面に落ちる。紙片が溢れ出した後、ファルシオンはトーマの姿に戻り、地面に倒れ伏す

 

「ふん……さぁ、散らばりし紙片よ。我が元に集い大いなる力を──俺の手に!」

 

 アスモデウスが放ったその言葉と共に、漆黒のオーラが放たれ散らばったワンダーライドブックから一枚づつ紙片が切り取られていく。切り取られた紙片は集まり漆黒の本を形成し、アスモデウスの手に収まる

 

【ジャオウドラゴン】

 

 漆黒のオーラが晴れ、現れたのは新たなワンダーライドブック、そしてその本を掴んだ瞬間アスモデウスの腰に現れたのはブレードライバーとは異なる錆びついたベルト──ドゥームズドライバーバックル

 

「これが、大いなる力ッ!」

 

 声に歓喜の色をにじませたアスモデウスはジャオウドラゴンを装填すると、ベルト上部のスターターをカラドボルグの剣底で押し込む

 

【Jump out the book】

【Open it and burst】

【The fear of the darkness】

【You make right a just,no matter dark joke】

【Fury in the dark】

 

 漆黒の龍がアスモデウスの周りに集まり、禍々しい鎧を形作る。かつて存在した戦士──カリバーをそのまま怪物にしたような姿へと変化したアスモデウスは、黒いオーラを放ちながら倒れ伏したまま動かないトーマへと、斬撃を放つ





アスモデウス〘ジャオウドラゴン〙
 新たに生み出されたジャオウドラゴンWRBと錆びついたドゥームズドライバーバックルで変身した姿
 見た目はカリバー ジャオウドラゴンに近いがあくまでも鎧や頭部の形状がジャオウドラゴンに寄っただけで他はアスモデウスのまま
 カリバーへ変身したというよりはカリバーを怪人にしたアナザーカリバーに変身したと言った方が近い


ジャオウドラゴンWRB
 アスモデウスがトーマの持っていたWRBの力を奪い生み出した新たな本。しかし本来黄金に輝いている箇所は漆黒で塗り潰されており、召喚される龍も黄金の龍ではなく漆黒の龍
 本来のジャオウドラゴンよりも、禍々しい本になっている

錆びついたドゥームズドライバーバックル
 目次碌を手にしたものが手に入れると言われている武具だが、全知全能の書は喪失し、この武具の持つ力も錆びついてしまっている


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EX2-8, vs邪龍

 トーマへと放たれた斬撃が、直撃しようとする数瞬の間に万由里が二人の間に割って入ると、落ちていた本の残滓を使い盾を作りだす

 僅かな力しか残っていなかったが故に直撃コースから僅かに軌道を逸らす事しかできなかったが、その光景を見たアスモデウスは感嘆の声を漏らす

 

「ほう、僅かな力しかなかったとは言え本の力を引き出し、行使するとは……今回の守護者は随分と優秀なようだな」

「うるさい……というより、その力はアンタが持ってていいモノじゃない。だから────」

 

 万由里はそう言うと掌に黒い球体を召喚し、握る

 

「返してもらうよ」

 

 握りつぶされた黒い球体は万由里の身体に纏わりつき霊装を形作り、周囲に雷球を出現させる

 

「出来るものなら、やってみろッ!」

雷霆聖堂(ケルビエル)ッ!」

 

 アスモデウスがカラドボルグを振りかぶろうとした瞬間、万由里は雷球を操作して雷の檻を作り出す

 

「小癪な!」

「そのまま、痺れてッ!」

 

 檻の中でなおもカラドボルグを振るおうとしたアスモデウスに対し、雷撃を浴びせダメ―ジを与えていく……しかし、それが決定打にはならず、少しだけ拘束は出来たがアスモデウスの振るった剣圧によって雷の檻は霧散する

 

「今度はこちらの番だ、ふんッ!」

 

 雷の檻を霧散させた直後、もう一度カラドボルグを振るうと斬撃と共に漆黒の龍が現れ万由里へと襲い掛かる

 

「ッ!」

 

 迫りくる一撃に対して万由里は雷球を操作して雷の網を作ると、近くで倒れていたトーマを抱えてその場から離脱する

 直後、漆黒の龍は地面を抉りながらビルの壁に直撃し大穴を作る

 

「……万由里」

「トーマ、目が覚めた!?」

「あぁ、不甲斐ない姿ばっかり見せてすまん」

「気にしないで、それより身体は大丈夫?」

「あぁ、大丈────! 避けろ!」

「えっ──ッ!」

 

 目を覚ましたトーマに一瞬意識をとられ、万由里に向けて放たれた漆黒の斬撃への対応が遅れる。何とかギリギリで回避は出来たもののバランスを崩し落下を始める

 上空から地上まであまり距離が空いていなかったということもあり、行動を起こすよりも早く地面に激突するかと思われたが……地面ギリギリで風のベールが二人を包み、ゆっくりと地面に下ろす

 

「今のって……」

「……すまん、助かった。二人とも」

「呵々、気にするでない」

「安堵。間に合って良かったです」

 

 その声と共に二人の近くに舞い降りたのは限定的な霊装を纏った瓜二つの姉妹──耶倶矢と夕弦。二人は少しトーマの方に視線を向けた後、アスモデウスに視線を向ける

 

「成る程、アレが此度の難敵か」

「警戒。見るからに危険な雰囲気が漂ってきます」

「不甲斐なさを重ねるようで申し訳ないが、こっちは持ってる本の力を全部奪われちまった……オレの持ってる力がアイツを強化しちまった」

 

 トーマが二人にそう言うが、言われた側は特に気にした様子もなく言葉を返す

 

「気にするでない。寧ろこの前は暴れたりなかったな、難敵程度で丁度良いくらいだ」

「同意。耶倶矢の言う通りです。トーマが気に病む必要ありません……それと、力を全部奪われたというのは訂正した方がいいかと」

 

 夕弦はそう言うとトーマに一冊の本──ドラゴニックナイトのワンダーライドブックを手渡してきた

 

「あっ」

「後生大事そうに机の中に仕舞いおって、その様子だと持ってきて正解だったみたいだな」

「苦笑。そうですね」

「……トーマ、貴方もしかして──」

「……何も、言わないでくれ」

 

 三人の話を聞いてジト―ッとした目線を向ける万由里に対し、トーマは申し訳なさそうな表情を向ける。ドラゴニックナイトは手に入れてから他ならぬトーマ自身が後生大事に仕舞いこみ持ち歩くこと避けていた。それが今回の非常に不甲斐ない事態に至った以上トーマは言い訳の仕様がない

 

「後で十分に説教は受ける、だから──」

「はぁ、わかってる」

 

「どうやら茶番は終わったらしいな」

 

 退屈そうにしていたアスモデウスだったが、トーマたちの話に一区切りがついたのを確認し改めて剣を構える

 

「トーマ、準備は良い?」

「あぁ、この本を使う以上……もう不甲斐ない姿は見せられないしな」

 

『ドラゴニックナイト!』 

 

 本を開いた瞬間、ブレードライバーはソードライバーへ、そして無銘剣は火炎剣へと変化する

 

「変身ッ!」

『烈火抜刀! Don`t miss it!』

【Dragonic knight!】

 

 炎と共に白銀の鎧を身に纏い、セイバードラゴニックナイトへと変身すると、三人の横に並び立つ

 

「「颶風騎士(ラファエル)──」」

「──穿つ者(エル・レエム)!」

「──縛める者(エル・カナフ)!」

 

雷霆聖堂(ケルビエル)!」

 

 それぞれの顕現させた天使を、強く握りしめた剣を、それぞれ構えると全員でアスモデウスへと攻撃を仕掛けた。まずは耶倶矢が先陣をきり突貫する

 

「我の一撃、喰らうがよいッ!」

「早い、しかし動きは単調──」

 

 疾風を纏い、かなりの速度で突撃してくる耶倶矢を見たアスモデウスはその一撃を避け、剣を振りかぶろうとするが動かない。動かなくなった片腕に視線を向けると夕弦のペンデュラムが腕に絡みつき、拘束していた

 

「──なんだと?」

「好機。今です!」

「あぁ、今が好機だな!」

 

 夕弦の声と共に、接敵していたセイバーが火炎剣を振るう。迫りくる刃を見たアスモデウスは拘束されている腕からカラドボルグを手放し、逆の手で掴みなおすとその一撃を防ぐ

 

「惜しかったな、だがいい連携だった」

「──あぁ、そうだな。上手い具合に引っかかってくれた」

「なんだと?」

 

 その言葉を聞き、疑問を帯びた声を発した直後。アスモデウスの腹部に強い衝撃が伝わり、肺から空気が無理やり排出される

 

「──! なん、だと」

「本命は……万由里だよ」

「トーマ! 駄目押しの一撃!」

「あぁ、喰らいやがれッ!」

 

 続け様に着地したセイバーの蹴りを喰らったアスモデウスは大きく後退し、ここで初めて膝をつく

 

「よし! 作戦成功だな」

「安堵。ぶっつけ本番でしたが成功して良かったです」

「……よく思いついたわね」

「我ら颶風の巫女の意思疎通力はこの世で最も高い精度を誇っているからな! この程度大量のメニューを捌くのに比べればなんでもないわ!」

「同意。フミさんの食堂のお昼時に比べればこの程度赤子の手を捻るレベルです」

 

 耶倶矢と夕弦が合流してから、明らかに自分たちの動きが変わったことをトーマは実感すると同時に、心の中にこれまではなかった安心感を覚えているのを自覚する──と同時にちょっとした疑問が浮かんできた

 

「そう言えば、二人はどうしてここに?」

「む? あぁ、ただならぬ気配を感じたからな。物は試しと琴里に連絡を取ったら案の定だ」

「補足。それで耶倶矢と夕弦が救援にやってきた次第です。士道たちは万が一に備えて待機中ですが」

「琴里が良く許したな」

「一瞥。耶倶矢が随分と慌てふためいていましたから、流石の琴里も許可しました」

「別に慌てふためいてないし!? そう言う夕弦もすんごい動揺してたじゃん!」

「一旦話をやめて、来るよ」

 

 万由里がそう言うと、膝をついていたアスモデウスは立ち上がると、ベルト上部のスターターを剣底で二度押し込んだ──刹那、これまでとは比にならない程のエネルギーがカラドボルグの刀身に集まっていく

 

「さっきの一撃は中々に見事……ならば俺も一撃で貴様等を塵へと返そう」

【ジャオウ必殺撃 You are over】

 

 七匹の邪龍と共に放たれた斬撃はまっすぐセイバーたちの方へと向かってくる。セイバーもすかさず火炎剣を一度納刀し、再度抜刀することで炎を刀身に纏わせ斬撃を放った。僅かに拮抗したかに思われたがセイバーの放った斬撃が漆黒の一撃に飲み込まれ──四人に襲い掛かる

 

「ぐっ──ッ!」

 

 斬撃は直撃し、土煙が晴れるとそこに立っていたのは白銀の鎧を所々焦がしたセイバー、そしてその背後にはセイバーに比べ比較的軽傷な三人の姿があった

 

「ほう、精霊と守護者を庇ったか」

「……庇うに決まってんだろ、絶対に死なせない」

 

 既に満身創痍と言った様子のセイバーだったが大地を力強く踏みしめると火炎剣を構え直し、アスモデウスへと向かっていった

 

「──あっ」

 

 そして、その姿を見た万由里の心の中に、炎が灯る。そして、その炎を自覚すると同時に近くにいた二人へ声をかける

 

「あの、二人にお願いがあるの」

「──いいだろう、我らは何をすればいい?」

「えっ、そんなあっさり」

「微笑。信用するかどうかは貴方の目を見ればわかります。それ以前に夕弦たちは既に一緒に戦っている戦友です」

「……そっか、うん。そうだね」

 

 万由里は二人の姿を見て目を閉じると笑みを零し、改めて二人をしっかりと見据える

 

「こんな場所で悪いけど、私は万由里──改めてお願い、力を貸して」

「八舞耶倶矢だ。して、我らは何をすればいい?」

「挨拶。八舞夕弦です、夕弦たちに出来ることなら、お力をお貸しします」

 

「むしろあなた達にしか頼めない」

 

 そう言うと万由里は二人に手を差し伸べる

 

「私の手を、握って欲しい」

「それくらいなら……ね? 夕弦」

「同意。はい、それくらいなら頼まれなくても、喜んで」

 

 そうして耶倶矢と夕弦の二人が万由里の手を取った瞬間──周囲に散らばっていたワンダーライドブックが一斉に輝き出した



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EX2-9, 決着

「はぁッ!」

「ッ!」

 

 セイバーの放つ一撃をアスモデウスはカラドボルグで弾くと、すかさず斬り返す。しかしセイバーはその一撃を避けることなく身体で受け止め。腹部に拳を叩き込んだ

 

「ぐっ──先ほどとは動きが違う、貴様……手を抜いていたな?」

「手なんて抜く余裕はねぇよ。ただこの本を使ってる以上負けられないだけだ」

「成る程、ならばその力も俺が奪い、より強い存在へと昇華させてもらおう」

「させるわけ、ねぇだろッ!!」

 

 アスモデウスに対し、セイバーは思い切り頭突きを放つとヘルメットは砕け、そこから血に濡れた顔の一部が露出した

 そして、その姿を見たアスモデウスの中に生まれたのは、恐怖でも敬意でもなく──純粋な疑問

 

「なぜそこまでその本に固執する」

 

 目の前にいる剣士は、どうして一冊の本にそこまで固執しているのか、アスモデウスから見れば周りに散らばっている本も、目の前の剣士が使っている本も、そして他ならぬ自分自身が使っている本も所詮は只の道具に過ぎない。失われた全知全能の書の欠片を宿した只の道具、にもかかわらず──

 

「──何故貴様は、たかが道具にそこまで拘る」

「道具じゃねぇからだよ。この本は……いや、この本だけじゃねぇ、周りに散らばってる本も全部……オレとアイツらが紡いできた物語だ。道具なんかじゃねぇ──」

 

 セイバーはそこで言葉を止めると血濡れた瞳でアスモデウスを真っすぐ睨みつける

 

「それに、この本は、他でもないオレとオレの相棒の想いが詰まった本なんだよ。だからこの本を使ってる以上……オレは絶対に負けないッ」

「……口で何と言おうとも、実力が伴っていなければ意味はないッ!」

 

 自身の持っていたカラドボルグの剣底をセイバーの纏っている鎧、その隙間に叩き込み目の前の剣士を大きく後退させたアスモデウスは、漆黒の斬撃をセイバーへ向けて放つ

 迫りくる斬撃に対し回避行動をとろうとしたセイバーだったが身体から力が抜け、その場に膝をつく

 

「クソっ……ここで、身体が言うこと、聞かなく……なるのかよ……」

 

 目の前まで迫った斬撃になすすべのないセイバーがその場で瞳を閉じた瞬間────周囲のワンダーラードブックが輝き、それに呼応するかのようにドラゴニックナイトの中からドラゴンが出現する

 

GAaaaaaaaaaaaa────!! 

 

 ドラゴンは眼前の斬撃を四散させると咆哮を上げ、セイバーの周囲を回り始める

 

「……これ、は?」

「本が輝いている、まさか……新しい物語が生まれようとしているのかッ!?」

 

 困惑するアスモデウスを他所に、本は輝きを強めていく。最高潮まで本は輝きを放つとその姿を紙片へと変え、セイバーの周囲を旋回していたドラゴンと共に万由里たちの居る方へと向かっていく

 

「たかが精霊と守護者が物語を……認めんッ!」

 

 背中に巨大な羽根を出現させたアスモデウスは、三人の方へ向かおうとするが身体に残った力を振り絞ったセイバーが振るった火炎剣によってそれは阻まれる

 

「退けッ!」

「退くわけ、ねぇだろ……」

 

 少しの鍔迫り合いの末、眼前の敵を地に伏せたアスモデウスだったが、今度は足を掴まれ体勢を崩す

 

「しつこいッ!」

「……それが、人間の先輩特許なんだよ」

 

 既に変身は解かれ、生身の身体に戻っているトーマは自分の身体に負う傷を顧みずアスモデウスの進行を妨害する。その行動に対しこれまで冷静だったアスモデウスも苛立ちを覚え始めトーマへ向けて剣を振り上げる

 

「ならば……まずは貴様を葬り去ってから──」

 

 その言葉を放った瞬間。眩い光と共に衝撃がアスモデウスに襲い掛かる

 

「ぐ──あぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 吹き飛ばされたアスモデウスはそのまま地面へと倒れ伏し、彼の居た場所にはトーマに肩を貸す耶倶矢と夕弦、そしてアスモデウスへ向けて雷球を構え、片手に新たな本を持つ万由里の姿があった

 

「大丈夫……って聞く必要もないか」

「あぁ、ボロボロだが生きてる……なら大丈夫だ」

「まったく、無茶しすぎだし」

「苦笑。いつもの事ながら、少しは自分を気遣ってください」

 

 トーマに声をかける二人とは打って変わり、万由里はアスモデウスの方を見つめたまま動かない

 

「貴様等……ッ!」

「……アスモデウス。貴方は────」

「黙れ、守護者。貴様は何もしゃべるな……記録でしか知り得ぬ貴様が、俺に言葉を投げかけるなッ!」

「……そっか、そうだよね……私は貴方を知らない、だから──」

 

 万由里はそう言うと、トーマの方を振り返り手に持った本を差し出す

 

「──トーマ、お願い」

「何のことだかわからねぇが、任された」

 

 二人の肩を借りながら、トーマは万由里から本を受け取るとアスモデウスの前に立った

 

「紛い物の生み出した力すら使うか、剣士」

「紛い物でも、三人が託してくれた物には変わりない」

 

 その言葉を紡ぎながら、トーマは本を開く

 

『勇気! 愛! 誇り! 3つの力を持つ神獣が、今ここに!』

 

 託された本を開いた瞬間、三匹の龍が現れトーマの周囲を回り始めた。それを一度視界に収め、瞳を閉じ、本を装填する

 

「変身……ッ!」

 

 残りの力を全て込めながら柄を握り、剣を引き抜く

 

『烈火抜刀!』

 

『愛情のドラゴン! 勇気のドラゴン! 誇り高きドラゴン!』

 

『エモーショナルドラゴン!』

 

 トーマの姿はセイバーの姿へと変化し、周囲を旋回していた三匹の龍が装甲となって装着される勇気の龍は深紅の鎧に、愛情の龍は純白の鎧に、誇り高き龍は漆黒の鎧になり、マントと共に滅壊の盾が左腕に装着される

 

『神獣合併! 感情が溢れ出す……』

 

 トーマは閉じていた瞳を開けると、仮面越しにアスモデウスを見据える。身体はボロボロで万全の状態で戦うのは困難。けれど不思議と心の底から暖かな感情が溢れ出す。大丈夫だと言う想いになる

 

「……行くぞ──」

「来い──」

 

「アスモデウスッ!!」

「炎の剣士ッ!!」

 

 互いの剣がぶつかり合い、火花が散る

 

「せりゃぁッ!」

「ふぅんッ!」

 

 ただ眼前の敵を倒す為ではなく、全霊を持って眼前の剣士と相対する為に剣を振るい続ける

 アスモデウスの振るうカラドボルグをセイバーは盾で受け止め、自身の剣を振るう。対するアスモデウスはダメージを顧みず自身の腕でその一撃を防ぐ、武器を防がれた二人はすかさず剣を手放し同時に拳を叩き込む

 

「ぐっ──まだまだぁッ!」

「がぁ──この程度ッ!」

 

 叩き込まれた拳で僅かに怯むが、すかさずアスモデウスは火炎剣を、セイバーはカラドボルグを手に取り斬撃を放つ。互いの一撃を喰らった二人は武器を手放し大きく後退する

 

「……がはッ」

「……ぐぁ──」

 

 後退し、両者は膝をつく

 セイバーの眼前は自身から流れ出た血液で赤く染まり、少しずつ意識が朦朧になり始める。全力を振り絞って放てるのはあと一撃……それはアスモデウスも変わらないだろう、そう考えたセイバーは近くに刺さっていた火炎剣を掴み、ベルトに納刀する

 それを見たアスモデウスも転がっていたカラドボルグを掴むとスタータ―を剣底で二度押し込む

 

『烈火抜刀! エモーショナル必殺撃!』

【ジャオウ必殺撃 You are over】

 

 エネルギーが刀身に集まりきった刹那、二人の剣士は大地を踏み締め眼前の敵に向かい、接敵した瞬間、己の剣を全力で振るう。僅かな時間、世界が静止したように感じた後、アスモデウスよりも先にセイバーが膝をつき、変身が解除される

 

「……俺の負け、か」

 

 何も言わないトーマに対し、膝をつくことのなかったアスモデウスは自身のドゥームズドライバーバックルを見る。バックルそのものにヒビが入り、砕け、消滅する

 装填されていたジャオウドラゴンはバックル消滅と共に地面に落ち、カランという立てた。それを見たアスモデウスは怪物の姿から神社に現れた時と同様人間の姿に戻ると、離れた場所にいた万由里たち三人に視線を向ける

 

「貴様等、名はなんだ」

「八舞……耶倶矢だ」

「警戒。八舞、夕弦です」

「万由里……私は、万由里」

 

「八舞耶倶矢、八舞夕弦、万由里……最後に炎の剣士、貴様の名は」

「トーマ」

「トーマ……貴様等の名前、覚えたぞ」

 

 その言葉を最後に、アスモデウスの身体は塵となり完全に消滅した



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EX2-10, 後日談

 アスモデウスとの戦いが終わったと、トーマもまた意識を失い、気が付くと荒野の中心に立っていた。動物の姿は何処にも見えず、視界に入るのは夜空のみ

 ここが何処なのか、どうして自分がこんな所にいるのか、それがわからずただ歩き続けていると彼の視界に微かな灯が映った。灯の方に進んでいくとそこにあったのは弱々しい炎で周囲を照らしている焚き火

 

「焚き火?」

「……来たか、炎の剣士」

「お前、アスモデウス?」

 

 トーマがかけられた声の方に視線を向けると、そこに立っていたのは消滅したはずのアスモデウス。彼はトーマの方を一瞥すると焚き火の前に座り薪をくべていく

 

「どうした、座らないのか?」

「…………」

 

 警戒するトーマを気にした様子もなく、彼はそう告げるとトーマも周囲に注意を向けながら焚き火の前に腰を掛け、言葉を発する

 

「お前、消滅したはずじゃないのか?」

「そうだな、俺はお前に負け消滅した。今の俺は残滓だ」

「残滓?」

「あぁ、身体は塵となり消滅したがあの本を使ったのが原因だろうな。俺と言う存在の微かな欠片が本の中に残った……その欠片も、お前らがどうする必要もなく消滅する小さなものだがな」

「じゃあ──」

「放っておいても俺は消える……むしろ、こうしてお前と話すという行為は消滅を早めるだけだ」

「ならどうして、こんな事を」

「深い意味はない、ただ敵としてではなく一人の剣士としてお前と話がしたかった」

 

 そう言うとアスモデウスは焚き火に向けていた顔をトーマの方へと向ける。その表情はトーマが敵として相対していた時とは異なり、とても穏やかで人間らしい表情だった

 

「炎の剣士、お前に一つ問いたい。お前はどうして剣を振るう?」

「どうして?」

「あぁ、お前の剣は軽い。お前がどれだけの想いを込めて剣を振るおうとも……どうしようもなく軽かった」

 

 アスモデウスは尚も言葉を続ける

 

「そして、お前と打ち合いながら俺は感じた。お前は酷く矛盾している……剣士としての在り方、心の底から守りたいと思う者の存在、それは確かにお前の中にある。しかしそれでも尚、お前の剣は軽かった……お前の中の何かが欠落してしまっていると思わなければならない程に」

「俺の中の何かが、欠落してる」

「先の事を言葉にしたうえでもう一度問う、お前は何のために剣を振るう」

「それは────」

 

 その問いに対して、トーマはすぐに答えを出すことが出来なかった。自分の中にある守りたい者達の存在を認識しているにも関わらず、守るために剣を振るうという答えを出すことが出来なかった。その代わり、彼の中に浮かんだ回答は──

 

「──取り戻す、ため」

「ほう?」

「オレには、記憶がない。気が付いたらあの街にいて。彷徨ってるところを恩人に拾われて、それから色々あって今の生活に落ち着いた……もちろん、オレが守りたいと思う人達の為に剣を振るうって思いもある。けど……一番は、オレが何だったのか、それを取り戻したいんだと思う」

「……そう言うことか」

 

 トーマの回答を聞いたアスモデウスは、納得したような表情になり軽く頷いた

 

「炎の剣士……いや、トーマ。お前の剣が軽かった理由、今理解できた」

「そうか」

「あぁ、お前の剣に足りなかったものはお前自身……そう言うことか、ならば──」

「アスモデウス?」

 

 アスモデウスは立ち上がると何処からともなく二本の西洋剣を取り出すと、その一本を自分が握りもう一本をトーマへと投げて渡す

 

「──剣を取れ、残された時間……俺がお前を鍛えてやる」

「……よろしくお願いします」

 

 トーマもまた、剣を取ると立ち上がり、目の前にいるアスモデウスと向かい合った。今度は敵としてではなく、一人の剣士として────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ、意識が浮上する感覚と共に目を開けると、視界に入ったのは真っ白な天井

 

「……ここは」

「目、覚めたんだ」

 

 軋む身体を少し動かして声のした方を見ると、そこには万由里がいた

 

「大丈夫?」

「あ、あぁ……大丈夫だ。それよりここは一体」

「琴里が手配してくれた病院……トーマ、アスモデウスと戦った後倒れてそのままここに運び込まれたの」

「……そうだったのか」

 

 トーマは身体を起こすと、近くに置かれていたジャオウドラゴンとエモーショナルドラゴンの本に目を向ける

 

「アスモデウスは、本当に消滅したんだよな」

「うん……もしかして何かあった?」

「あぁ、実は────」

 

 トーマは万由里に夢の中であったことを伝えた。目を覚ますと夜の荒野に立っていた事、その荒野でアスモデウスと出会い、彼に鍛えられたこと

 

「そっか、彼がそんなことを」

「……万由里、あの人は──―」

「うん、アスモデウスは元々ソードオブロゴスの剣士だった。自分の為じゃなく誰かの為に剣を振るえる……そんな剣士」

「あぁ、なんとなくだけど……わかる気がする」

 

 鍛錬の中、剣をぶつけ合ったトーマは彼の剣がとても重かったのを覚えている。そしてその剣の中に優しさがあったことも、身体ではなく他ならぬトーマの魂に刻まれている

 

「……っと、そうだ。私そろそろ戻らないと」

「戻る?」

「うん、いつまでもノーザンベースに戻らないわけにはいかないし……この本の事もあるから」

「何かあったのか?」

「この二冊から、もう力を感じないの、だから一度ノーザンベースに持ち帰って保管しておくことにしたの」

「そうか」

「うん、ブックゲートは繋がってるからいつでも遊びにきて」

「わかった、また遊びに行かせてもらうよ」

「それじゃあ、またね」

 

 

 病室から万由里が出て行ったのを確認したトーマは、ベッドに倒れこみ瞳を閉じる。

 

 

 こうして、一人の少女との出会いから始まったお話は幕を閉じた。しかしこれはあくまでも出会いの物語、五河士道と精霊たちの物語はまだ終わらない、トーマと精霊たちの物語は……まだ終わらない



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EX3, 或守インストール
EX3-1, Prologue


 いつもと変わらない日常が続くと思っていたある日、突如として街中にノイズが走り、黒が広がっていく。街の一角を塗り潰そうに広がった黒の中から這い出てくるのは怪物”シミー”

 その怪物が出現した瞬間、平和は崩れ人々の悲鳴が街中から溢れ出る。シミーから逃げる人の中、一人の少女はその場で躓いてしまう

 

「いたっ……ひっ」

 

 倒れた少女へ向かい亡者のような動きで近づいたシミーが手に持った短剣を振り上げる

 少女が助けの声を上げようとした瞬間、炎の斬撃によってシミーは上半身と下半身を切り離され、その場に崩れ落ちる

 

「大丈夫か?」

「は、はい……」

「良かった、それなら早く逃げろ」

 

 少女を助けた剣士──トーマは彼女の事を立たせるとその場から逃げるように言うと目の前にいるシミーに剣を向け、駆け出した

 

「はぁッ!」

 

 剣を振るいシミーを切り伏せていくと、倒れたシミーは塵となって消滅していく

 

「一匹は雑魚だが、キリがないな」

 

【エターナルフェニックス】

 

「変身」

 

 剣をベルトへ納刀し、引き抜くが今までとは違いトーマの身体に炎が纏わる事がなかった

 

「やっぱダメか……くっ!」

 

 ファルシオンへと変身するための僅かな隙にシミーが攻撃を仕掛けてきた、その一撃を間一髪の所で防ぎ距離を取り刀身にワンダーライドブックを押し当てる

 

『永遠の不死鳥 無限一突!』

 

 トーマはオレンジの炎を纏わせた刀身をシミー達の方に振るい、シミー達へ向けて斬撃を放った。その一撃を受け引き裂かれたシミー達は塵となって消え消滅する

 それを見届けたトーマは剣を地面に突き刺し一息つく

 

「やっぱり変身は出来ないか……ん?」

 

 ひとまずこの場から去ろうとしたトーマは少し離れた所でこちらを見つめる一人の少女がいることに気付く。シスターのような服装の彼女へトーマが近づこうとした瞬間、ノイズと共にその姿は消えた

 

 

 

 少女の事が気がかりだったトーマだったがひとまずその場を立ち去った

 その直後、ボロボロだった街並みは一瞬のうちに元の形を取り戻し、逃げ惑っていた人々は何事もなかったかのようにいつも通りの生活を始める。まるで時間が巻き戻ったかのように、破損したデータを修復するかのように、戦闘の痕跡はこの世界から消え去った

 

 

 

 

 

 戦いを終えたトーマがバイクに乗って自分と美九の住んでいるマンションへ続く道を走っていると、目の前に見知った少年がいることに気付く

 

「ん? 士道か」

「! トーマッ、良かった、無事だったのか」

「無事って、一体何のこと言ってんだお前」

 

 いつもと変わらない筈なのに、やたら安心した様子の士道を見てトーマは違和感を覚える。まるで自分が異常事態に巻き込まれているような感覚、そんなトーマの方を士道は心配そうに見ながら声をかけてくる

 

「もしかして、お前覚えてないのか?」

「覚えてないって、士道さっきから何を──」

「だから、ここはゲームの中でお前は──」

「士道ッ!?」

 

 士道の放った言葉の一部にノイズがかかった直後、士道の姿そのものにノイズが走りトーマの前から消滅した。一体何が起こっているのか、理解の出来ていないトーマが無銘剣を顕現させた直後、背後に誰かの気配を感じ取る

 

「誰だッ!」

「…………」

 

 そこに立っていたのは、トーマが先ほど目撃した少女。しかし先ほどとは違い黒の装いは白に変わり肩にかかる程の長さだった髪も背中を隠すほどに伸びている

 

「君は、さっきの……」

「記録を見ました」

「記録?」

「はい、貴方の戦いの記録、そして貴方の日常の記録を」

 

 記録を見た、その言葉を聞いた瞬間トーマの中に彼女が敵である可能性が浮上する。悟られないように無銘剣の柄を握りいつでも攻撃が出来るようにしながらトーマは彼女と会話を続ける

 

「私には、知りたいことがあります」

「知りたいこと?」

「はい……トーマ、貴方に問います────愛とは、なんですか?」

「……愛?」

「はい、愛です」

「えーっと、たであいの茎とか葉っぱから取れる青色染料」

「それは藍です」

 

 何を言われてるのか理解できなかったトーマはひとまず警戒を解きつつボケてみると極めて冷静に返事が投げ返されてきた

 

「愛ってあれか? 恋愛とか親愛とかそう言う感じのやつか?」

「はい、そう言う感じのやつです」

「……はぁ、変に肩ひじ張って損した、というか愛なんてオレも教えられないぞ?」

「大丈夫です、これまであなたと五河士道の記録を閲覧し、愛を理解する材料は揃っています。特に貴方と美九のデータは参考になりました」

「そりゃ何より……ってちょっと待て、オレと美九のって一体何を参考にした」

「…………目を逸らすな、やましいことをした覚えはないが参考に何てならないだろ」

「そうでしょうか、貴方と美九が互いを大切だと想いあってる様子は──」

「あー! あー! もういい! わかったから!」

 

 一切照れた様子もなく参考になった箇所を口にしようとする少女の言葉をトーマは無理矢理遮ると、改めて彼女に問いかける

 

「それで、記録と判断材料が十分ならもう十分なんじゃないか? オレに協力できることなんて──」

「あります」

 

 目の前の少女はトーマの言葉を遮ると、手を差し出してくる

 

「記録だけでは不十分です、私に必要なのは経験……なのでトーマ、わたしに愛を教えてください」

「……もし断ったらどうする?」

「何度でもお願いをするだけです」

「……はぁ、わかった。どこまで出来るかわからないけど、最善を尽くすよ」

「ありがとうございます」

 

 無銘剣を閉まったトーマは、少女の差し出した手を取った





長らくお待たせしました、或守編開幕です


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EX3-2, 現実にて

 フラクシナスの艦内、バイザーを外した士道は息を吐き、近くいた琴里に話しかける

 

「琴里、どうだった?」

「駄目ね、こっちからじゃ中の様子は見えないわ。それより士道の方こそどうだったの? トーマと会えた?」

「あぁ、けど自分がゲームの中にいるって事をまるで覚えてない様子だった」

 

 それを聞いた琴里は顎に手を当てて少しだけ考えた様子を見せると、近くにいた令音に声をかける

 

「令音、確か強制ログアウトは無理なのよね?」

「……あぁ、現在システムそのものが外部からの干渉を受け付けない状態にあるからね」

 

 令音が現在の状況を口にした直後、部屋の扉が開き美九が中に入ってくる。それから少し遅れる形で他の精霊たちも入ってきた

 

「琴里さん! お兄さんは大丈夫ですか!?」

「美九……えぇ、命に別状はないわ」

「そうですか……」

「琴里、トーマを起こすことはできないのか?」

「下手に装置から身体を切り離すと何が起こるかわからない状態なの」

「むぅ」

 

 美九だけではなく他の精霊たちもトーマのことを心配そうに見つめていると、システムの調査を続けていた令音が僅かに目を見開く

 

「……これか」

「何か分かったの?」

「これが原因だという確証はないが、フラクシナスのメインコンピュータ内にイレギュラーな存在が確認できた」

「それって、サイバー攻撃ってやつですかぁ?」

「いいや、フラクシナスのメインコンピュータはDEMだとしてもハッキングを仕掛けるのは不可能だ……人間には、ね」

 

「疑問。どういう意味ですか?」

『人間じゃなければ、できるかもしれないんでしょ? つまり、そう言うことなんじゃないのぉ?』

「むぅ? 一体どういう事なのだ、よしのんよ」

「人間じゃないなら、決まってるでしょ。ようするに未確認の精霊の仕業……そう言うことね」

「せ、精霊……の? 機会に強い精霊さんが、いるん……ですか……?」

 

 困惑した表情を浮かべている四糸乃とは違い、美九は顎に手を当てる

 

「私の破軍歌姫(ガブリエル)のように、特殊な能力を持った天使があるんですから……。そういう能力の精霊がいても不思議はない、ってことですよね?」

「……あぁ、大体君たちの予想通りだよ。しかし、どうやら精霊と呼ぶのも少し違うかもしれない」

「どういうこと?」

「……この精霊らしき存在は現実世界に現界していない。プログラムそのものが霊力を持っている状態だ……それに、トーマの使っている力に類似した反応も検出されている」

「データ上のみで活動しているってこと!? ……そんな特殊なことが──いえ、ちょっと待った!」

 

 令音の言ったデータ上にしか存在しない精霊。その情報を聞いた琴里は一つの答えに辿り着く

 

「どうした琴里?」

「人工的な精霊……っていう可能性は?」

「……実は、私もその可能性があると考えていた。精霊の霊力を悪用するDEMのような組織であれば、そういったものを生み出しても不思議ではない」

「あのぉ、人工的に作られた精霊さんが、お兄さんの使ってる力と似たような反応が出るなんてあるんでしょうか?」

「美九よ、トーマの力は我らより別れたもの。であるならば人工的に作られた精霊がそれを宿してるのが道理なのだろう」

 

 美九の疑問に耶倶矢が自身の考えを返すが、それでもまだ美九の納得のいかない様子を見せる

 

「ともかく、霊力を持ったデータ体として侵入した……これならフラクシナスのセキュリティを抜けられた理由もわかるわ」

「……他に考えられるのは、メインコンピュータへのアクセス権を持ったものの仕業だが……これはないだろう。ラタトスクを──琴里を売るようなクルーはうちにはいない」

「ふん、当然よ。とにかく、これで少し糸口は見えてきたわ。結局いつもと変わらない。──そいつと私たちの戦争(デート)だわ」

「……違いない。外部からのイレギュラー、その狙いがトーマなら必ず彼と接触するはずだ。シン、きみがトーマを見つけた時他に誰かいなかったかい?」

「いえ、特にそう言った人は居なかったと思います」

「……そうか。だが今出た情報でも糸口が見つかるかも知れない、こちらで探ってみよう」

 

 

 

 

 

 少女の手を取ったトーマは彼女の名前を聞いていないことを思い出し、問いかける

 

「改めて、オレはトーマ。君の名前は?」

「名前……わたしの名前は……或守(あるす)

「或守?」

「はい、わたしの外見データと一致する名称です」

「……わかった、よろしく。或守」

「はい、よろしくお願いします」

「とは言ったものの、愛を教えるって言ったってどうすべきか」

 

 愛の教え方何て知らないトーマがどうするべきかと考え始めた所で、或守のお腹からかわいらしい音が聞こえてきた

 

「腹減ってるみたいだし。とりあえず、飯にするか」

「これが、空腹なのですね」

「もしかして、始めて空腹になったのか?」

「はい、始めての経験です」

 

 少しだけ困惑しつつ、彼女から僅かな霊力を感じたトーマはそう言うことかと納得する、それと同時にページに文字が書き込まれるような奇妙な感覚に襲われる

 

「? 今のは……」

「どうかしたのですか?」

「いや、何でもない」

 

 さっきの感覚が僅かに気になったトーマだったが、今は或守の空腹を満たすためにマンションに向けて移動を始めた



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EX3-3, 現状

 或守を連れてマンションまで帰って来たトーマは扉を開けて中に入るが、人の居る様子はない

 

「ただいまー……ってやっぱいないか」

「いないとは、美九の事ですか?」

「あぁ……ってそういや知ってるか」

「はい、誘宵美九。精霊としての識別名はディーヴァ。トーマは現在彼女の住むマンションに居候していましたね」

「まぁ、そう言うこと……とりあえず何か作るから座って待っててくれ」

「わかりました」

「えーっと、食材は……ってあれ?」

 

 キッチンの中に入ったトーマはエプロンを付けて冷蔵庫の中を確認すると、昨日消費したはずの食材が戻っていることに気付く

 

「なんで……ッ!?」

 

 疑問を抱いたトーマの頭にノイズが走る。まるで自分が何かを思い出すことを阻害するかのようにノイズは酷くなる

 

「トーマ、大丈夫ですか?」

「……或守」

 

 或守の声を聞いた瞬間、視界一面に広がっていたノイズは晴れる

 

「或守、ここは──何なんだ」

「? 質問の意図がわかりません」

 

 ノイズと共にトーマの中に存在した靄が晴れ、この世界が電子の世界である事を思い出し、自分がその世界に違和感を持たずに生活していたことに気付く

 そして、限りなく現実に近いこの世界における唯一の相違点、それがトーマの目の前に存在する少女──”或守”に他ならない

 

「或守、キミはオレに愛を教えてくれと頼み、オレはそれに最善を尽くすと答えた」

「はい」

「……けど、キミはこの世界が現実でないとオレに教えなかった。それは何故だ?」

「聞かれなかったからです」

 

 あっけらかんとした様子で答えた或守を見て、トーマは怪訝な表情を浮かべる

 

「本当に、それだけか?」

「はい。それよりトーマはこの世界が現実ではないと理解していなかったのですか?」

「あ、あぁ……何というか。そこの部分の記憶と認識にモザイクがかかってたみたいだった」

「記憶と認識に?」

 

 トーマの身に起こったことは或守も心当たりがないらしく首を傾げる、一体どういうことかと思考を巡らせようとしたところで彼の耳に可愛らしい音が聞こえてきた

 

「……そう言えば、腹減ってたんだっけか」

 

 或守の方に視界を向けたトーマはひとまず思考を止めて食事の準備を始めた

 

 

 

 

 

 トーマが自身の囚われている世界を正しく認識したのと同時刻、現実世界でトーマのことを計測していた令音は脳波に変化が生じたことに気付く

 

「……これは」

「令音、何かあったの?」

「……トーマの脳波に僅かながら変化があったみたいだ」

「変化って、どういうこと?」

「……変化と言うより、この場合正常に戻ったと言った方が正しいか」

「それじゃあ、あっちの世界のトーマは」

「……全てではないが、今の状況を認識出来ている筈だ」

「……わかったわ。ひとまずあの子たちにこの事を伝えてくるわ」

 

 電子の世界に囚われたトーマをどうやってこっちの世界に戻ってこさせるか。それを考えていた琴里だったが、その思考を一度止めると、別室で待機している士道や他の精霊たちの元へ向かうため外に出る

 

「さてと、これからどうするべきかしら」

 

 これからの事を考えてながら琴里は艦の廊下を歩いていると目の前に巨大な本が出現し、その中から万由里が現れる

 

「……万由里?」

「久しぶり、この前以来ね。突然で悪いけどトーマのことで話があるの。時間貰える?」

「……えぇ、構わないわ。場所を変えましょう」

 

 万由里の言葉に頷いた琴里は、彼女を伴い近くの部屋まで移動し、改めて彼女と向き合うと。万由里もまた琴里の方を向き話を始める

 

「貴方達は、トーマの現状についてどれだけわかってる?」

「トーマは今、電子の世界に囚われてる。だから私たちはそれを助けようとして──「今の貴方達じゃ無理」どういうこと?」

「今のトーマはただ現実に戻ってこられないんじゃない。彼の精神がある力によって縛り付けられてる」

「ある力?」

「えぇ──」

 

 トーマの精神が力によって縛り付けられているという言葉を聞いた瞬間、琴里は訝し気な表情を浮かべ疑問を口にする。万由里はその疑問が来るのを見越していたかのように手に持っていた一冊の本を琴里に見せる

 

「──その力は元々サウザンベース……って所で封印されてる筈だったものよ」

「封印されてる筈だったって事は、今は封印されていないのね」

「そういうこと。ちょっとこっちに来てもらえる」

 

 琴里の事を近くに呼んだ万由里は、先ほどまで見せていた本を開く。すると本から光が浮かび上がり数冊の本を映し出す

 

「この本は?」

「旧ソードオブロゴスで保管、管理していた禁書よ。そのうちメギドの根源になった三冊と悲哀の書、終末の書の計五冊が奪われ敵に利用されている」

「……まさか、今回の件にもその禁書が関与してるって言いたいの?」

 

 琴里の発した言葉に対し、万由里は頷く

 

「禁書は一つ一つが強大な力を秘めたもの、そして強大な力を秘めているからこそ、利用されたなら私にも存在が感知できる……こうして私から顔を出したのもそれが理由よ」

「成る程、それじゃあトーマを助けるのに貴方も力を貸してくれるのね?」

「えぇ、そのつもりよ」

 

 今度は万由里が琴里の言葉に頷き、彼女へ向け手を差し出す。琴里も差し出された手を握り返した



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EX3-4, 電子の世界へ

 万由里から話を聞いた琴里は、彼女を連れて精霊たちと士道の待っている部屋に入った

 

「琴里……と、君は?」

「はじめまして、五河士道。それと精霊のみんなも、私は万由里」

「! お兄さんが言ってたノーザンベースって所の管理人さんですか!?」

「管理人……まぁ似たようなもんか。よろしく」

「んんっ、万由里。早く説明した方がいいんじゃないの?」

「それもそうね」

 

 疑問の表情を浮かべていた士道たちの事を見た後に口を開いた

 

「まず、私がここに来たのは貴方達でもトーマを救う方法がある事を伝える為」

「何か方法があるんですか!?」

「えぇ、万由里。説明お願い」

 

 琴里の言葉に頷いた万由里は懐からブックゲートを取り出し、話を始める

 

「トーマを救うには彼の精神が囚われてる世界に行く必要がある。そしてフラクシナスにはその方法もある」

「あぁ、だけどそれだけじゃトーマをこっちの世界に戻すことは出来ないんじゃないか?」

「その通り、今の彼は精神が囚われている。だから私たちがトーマをこの世界に引っ張り出す必要がある……そして、そのための鍵はもう持ってる」

「引っ張り出す……鍵……」

 

 万由里の言葉を聞き、一番最初に思い当たった様子を見せたのは十香だった

 

「もしや、万由里はトーマの使っている本の事を言っているのか?」

「ご明察、えっと……」

「十香だ! 夜刀神十香!」

「十香の言った通り彼の持っている本が彼をこっちの世界に引っ張り出す鍵になる」

「疑問。しかし、それだけでどうにかなるとは思えません」

「それに、我々ではトーマのように本の力を引き出すことは出来ないのではないか?」

「それに関しては心配ないと思いますよ? 私が保証します」

 

 可能性を信じるよりも先に、本当にそれでどうにかなるのかという思いが先に出た耶倶矢と夕弦の言葉に反論したのは万由里ではなく美九だった。そして万由里の話を聞いていた琴里も美九の言葉に同意する

 

「そうね、美九はトーマとは違う形で本の力を引き出してる……それに、本の持ってる力は二人も知ってるんじゃない?」

「それはそうだが……」

「不安。それでももしかしたらという気持ちになってしまいます」

 

「けど、トーマを救うにはその方法が一番確実なんだよな?」

 

「確実かどうかはトーマ次第だけど、確実にトーマの所に行ける」

 

「それなら、このまま何もしないよりは絶対に良いはずだ」

 

 士道はそう言うと、精霊たちの方を見ると十香は力強く頷き美九は耶倶矢と夕弦の肩を叩いて笑顔を向ける。四糸乃も少々不安そうではあるが真っ直ぐ士道に視線を向けていた

 

『でもでもー、実際問題どうすんのさー、あんま難しいことよしのんたち出来ないとおもうけど?』

「その点は問題なしよ、よしのん。方法を聞いてから令音にセッティングは任せてあるから」

「「「「セッティング?」」」」

「えぇ、着いてきて」

 

 そう言った琴里に続く形で士道たちも元の部屋から移動しトーマの身体がある部屋までやって来る。中心にある装置に意識を失ったトーマがいるのは相変わらずだが他の装置には新たに増設されたらしい箇所があった

 

「琴里、なんか増えてないか?」

「万由里に方法を聞いてから大至急増設したユニットよ。これで問題ないのよね、万由里」

「えぇ、これで端末とワンダーライドブックを接続すれば万全の状態でトーマをこっちに引っ張り出すことが出来る」

「む? だがそのゆにっと? とやらがくっついているのが我々の人数と違うように見えるのだが」

「……そうなのよね、流石に全員分増設する時間はなかったから最初は二基だけ増設って形になったわ。出来るだけ早く増やすつもりだけど最初にトーマを助けに行く人を決めないといけないんだけど……万由里と美九に頼めるかしら」

「私は良いですけどー……」

 

 トーマを助けに電子の世界に向かう最初の二人に選んだのは、万由里と美九。万由里の方は問題ないと言った表情を浮かべているが美九の方は本当にそれでいいのかを決めあぐねているようだった

 

「美九」

「耶倶矢さん?」

「電子の海へトーマを助けに行く……であるのなら主以外に適任はいまい」

「同意。耶倶矢の言う通りです、本音を言えば夕弦たちで行きたいところですが……トーマと一番付き合いが長いのは美九ですから」

 

 耶倶矢と夕弦にそう言われたものの、未だ躊躇いを見せている美九の前に今度は十香が立つ

 

「……十香さん」

「美九。私がシドーと初めてデートした日の事を覚えているか?」

「覚えてます、五河君が十香さんの霊力を封印した日……ですよね」

「うむ。あの日、私はシドーだけじゃなく美九やトーマにも助けられた。だからシドーだけじゃなくトーマや美九も私の恩人だ」

「……」

「だから、大丈夫だ。私を助けた美九ならきっとトーマも助けられる」

 

 三人に背中を押された美九は、頬を軽く叩き覚悟を決める

 

「そこまで言われちゃったら、仕方ないですね。琴里さん……私にお兄さんを──トーマさんを助けるチャンスをください」

「勿論、頼んだわよ。美九、万由里も」

「最善は尽くすわ」

 

 琴里に声をかけられた万由里はトーマの身体まで近づくと、彼の懐から火炎剣烈火と音銃剣錫音のワンダーライドブックを取り出し音銃剣の本を美九へと手渡した

 

「いい、二人とも。座ったら増設したユニットに本を差し込んで。その後にVRゴーグルを付けたら装置を起動するわ」

「わかったわ」

「わかりました」

 

 琴里の指示を聞いた二人は装置に座るとユニットにワンダーライドブックを差し込むと、ゴーグルを被る

 

「よし、令音。起動の準備は?」

「……もうできているよ」

「わかったわ、それじゃあ二人とも、ひとまず頼んだわよ」

 

 その言葉を最後に、二人の耳に聞こえてくるのは機械の起動音。そして……ゴーグルにSTARTの文字が見えてからすぐに、二人の意識は遠のいていった




【謝罪】
 前話の琴里と万由里の会話なのですが、前の章と矛盾があったのでその箇所を修正いたしました
 自分の確認不足故、謝罪をさせていただきます。申し訳ありませんでした


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EX3-5, 合流

 電子の世界、料理を作り終えたトーマは二人分の盛り付けを終わらせ或守の元まで持っていく

 

「お待たせ、少し待たせちまったな」

「問題ありません」

「それならいいが……それじゃあ冷めないうちに────」

 

 トーマが言葉を続けようとしたタイミングで廊下から何かが落下する物音が聞こえ、程なくして美九と万由里が姿を見せる

 

「美九、それに万由里も──「お兄さん!」って、うわっ……っとと」

「琴里? えぇ、成功したわ。そっちと問題なく会話も出来てる」

「琴里って、急すぎて飲み込めてるような飲み込めてないような感じなんだが」

「話をするのは少し待って……本棚の雑誌、一冊借りるわよ」

「あ、あぁ」

 

 抱き着いている美九を受け止めつつトーマは万由里との話を続けていると、彼女は本棚から雑誌を取り出すとなにやら作業を始めた

 

「それと、美九? そろそろ離れてくれると助かるんだが……「いやです」ですよねー」

「トーマ、これはもう食べても大丈夫でしょうか?」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 

 抱き着いたまま離れなくなった美九をなだめつつ或守からの質問に答えたトーマは万由里の元まで近づいていくと、万由里の方も丁度作業を終えたらしく息を吐いた

 

「準備が終わったわ」

「結構早いんだな……というか雑誌が雑誌じゃなくなってるし」

「これも本来なら別の用途で使うものなんだけど今回はあっちの世界と話をするために再現したの」

 

 白い表紙へと変化した本を開くと中に書かれていた文字が輝き、空中に映像が表示され、向こう側にいる琴里や令音たちの姿が見えた

 

『万由里、これ本当に見えてるの?』

「えぇ、こっちからはバッチリね」

「うわ、どうなってんだこれ……」

「本来はメギドの動きを察知するために使うんだけど──『いま、こっちでもそっちの姿を確認したわ。トーマの姿もしっかりね』問題なさそうで良かった」

 

 画面の向こうにいる琴里たちもトーマたちの姿を確認したようで微かだが安堵の表情を覗かせている

 

『それで、そっちには見慣れない子がいるみたいだけど?』

「ん? あぁ、この子は──「言われてみれば! お兄さん! 誰なんですか?」それを今から説明するんでしょうが……とりあえず離れて」

「むぅー」

「はいはいむくれない……それで、彼女の事なんだけど──」

 

 美九が離れたのを確認したトーマは、或守と出会う少し前から現在に至るまでの出来事を琴里たちに話す

 

『士道から聞いた通り、本当に自分がゲームの中にいるって覚えてなかったのね?』

「あぁ、今の今までこの世界が現実だと思って生活してた……お前らの事も齟齬が無いように改変されてたみたいだ」

『それじゃあ、本当にそっちの世界は敵の手の中って訳ね』

「敵って……単純なシステムの不具合じゃなかったのか?」

『詳しいことは私たちもそっちに行ってから話すわ、けど大雑把には万由里に聞いてちょうだい』

「わかった」

『それと、彼女──或守には警戒しておきなさい』

「警戒って……もしかしてあの子が敵だと思ってるのか?」

『あくまでも可能性の話よ、或守なんてNPCは実装していないイレギュラー……敵である可能性の方が高いわ』

「……わかった、心に留めておく」

 

 本を閉じて琴里との話を終えたトーマは、息を吐くと或守の方に目を向けた。そこにいたのは普通の人間と変わらないように食事をとっている少女の姿

 

「オレには、あの子がこんな事をしてるとは思えないけどな」

「飛羽真、琴里が言ってたこと……話したいからついてきて」

 

 或守が敵だと思えないトーマに声をかけた万由里は彼の事を連れてマンションの外に出る

 

「今回の事件について話すなら、別に部屋の中でも良かったんじゃないか?」

「さっき琴里も言ってたでしょ。あの或守って子が今回の敵かも知れないって……不確定要素は排除しておいた方がいい」

「……そうか」

「納得いってないみたいね?」

「当たり前だろ、まだ彼女とは会って少しだけど悪い子には見えない」

「……なら、信じる信じないは好きにすればいい。ひとまず今何が起こってるのかだけは教えておく」

 

 少し諦めたような表情の万由里は、トーマに視線を合わせ話を始めた

 

「いま、貴方の精神は禁書の力でこの世界に縛り付けられている」

「禁書の力?」

「えぇ、悲哀の書……悲しみと、破壊の記憶が封じられた本。ソードオブロゴスの禁書子から持ち去られたその本が悪用され、今は貴方の精神を縛り付けてる」

「じゃあ、オレはその本の所在を探せばいいのか?」

「その通り、この世界に存在する禁書を見つけて、封印か破壊をすれば貴方の精神はこの世界から解放されるはずよ」

 

 万由里から禁書の存在と、自分がここに居る理由を訊いたトーマはその禁書が何処にあるのかを考えはじめ、一つの結論に至る

 

「もしかして、お前らはイレギュラー=禁書だと思ってるのか? だから或守を警戒しろって」

「……可能性の一つ、でしょうね。それは琴里たちもそうだと思うし私も彼女を見てその可能性が高いって感じた」

「けど、或守には哀しみも破壊感も感じないが……」

「哀しみ感とか破壊感って何?」

「……まぁ、なんかそう言うのを求めてる感がないって事だ。でなきゃ哀しみとか破壊の化身なら愛を教えろなんて言ってこないだろうし」

「このまま話してても平行線ね……とりあえず様子見って事で良い?」

「あぁ、それで問題ない」

 

 このまま話をしても疑いきることの出来ないトーマと警戒をすべきという意見が平行線になると思った万由里は様子見ということで話を切り上げてマンションの中に戻っていく。トーマもそれに続いて部屋の中に入ろうとした瞬間──何かが身体に巻き付いてきたような感覚に襲われる

 

「!? 何だ……」

「どうかした?」

 

「い、いや……何でもない」

 

 その感覚に襲われたのも一瞬、気のせいだと思ったトーマは軽く頭を振るとマンションの部屋に戻っていく



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EX3-6, 或守?

 万由里たちがこっちの世界にやってきて日の夜、確認の取りたいことがあったトーマは自分の部屋で本を開き琴里たちとの連絡を試みていた

 

『……ん? おや、どうかしたのかい』

「令音さん、今大丈夫ですか?」

『……あぁ、問題ないよ』

「よかった。実はこっちの世界にもメギド……というか戦闘員の方なんですけど、こっちの世界って戦闘訓練用のプログラムとか仕込んでるんですか?」

『……いや、あくまでその世界はシンが精霊を攻略する手助けをするためのものだ。メギドのデータは入れていない筈だ』

「と言うことは、やっぱり禁書が介入したから発生したバグってことですか?」

『……その可能性が高いだろうね』

「分かりました、ありがとうございます」

 

 この世界に発生するメギド──シミー達が本来データとして存在しているものではないバグである可能性が高いことを聞いたトーマは休息を取ろうとした瞬間──本が光りはじめる

 

「これは……まさか」

 

 本を開いて確認するとそこに映し出されたのは街中に現れたシミーの姿。それを確認したトーマは机の上にあったエターナルフェニックスを手に取りシミーの元に向かおうとする

 

「待ってトーマ」

「万由里?」

「持っていくならこっちにしときなさい」

「おっと、これ……アメイジングセイレーン?」

「その本に込められてるのは全知全能の書が保持してた修正力。今の貴方はまともに変身出来ないんでしょ、ならその本を使えば急場しのぎ位にはなるわ」

「……わかった、助かる」

 

 万由里の言葉を聞いたトーマは二冊の本を手に持ちシミーの現れた場所まで向かった

 

 

 

 

 

 マンションから少し離れた場所にあるアーケード商店街まで辿り着いたトーマはゾンビのように徘徊しているシミーを無銘剣で切り裂いていく

 

「どういうことだ、反撃がない?」

 

 攻撃を仕掛けているにも関わらず全く反応を示さないシミーにトーマが怪訝な表情を浮かべていると、ゾンビのようだったシミー達は急に動き出し、一か所に向け一斉に駆け出す。トーマがそちらに目を向けると視界に映ったのは或守の姿

 

「或守!? どうして──ってそんなこと考えてる場合じゃねぇか」

 

 万由里から預かったアメイジングセイレーンの本をブレードライバーへと装填したトーマは無銘剣を引き抜きシミー達の事を追う

 

――抜刀』

 

 青白い炎がトーマの身体を覆いその姿をファルシオンへと変化させる。しかしその姿は通常と異なるモノクロの姿。その姿のまま背後からシミー達を切り裂き或守の前に立つ

 

「大丈夫か? 或守」

「えぇ、ありがとう。ファルシオン」

「ファルシオン? なんでそっちで────ッ!?」

 

 どうしてトーマの名前ではなくファルシオンの名前で呼んだのか。その理由を訊くために振り返ろうとした直後、ブレードライバーから電流が走る

 

「ありがとう、ここまで上手く助けに来てくれて」

「或守……お前、何を──」

 

 今の状況が理解できないトーマは、少しずつ意識が遠のいていく感覚に襲われる。視界がぼやけ、完全にブラックアウトする直前に映ったのは無銘剣から火炎剣へと変化する瞬間の炎と、自分に巻きつく何かの存在だった

 

 

 

 

 

 

 沈んでいく意識の中、トーマが感じたのは深い悲しみと孤独、自分はどうしてここに居るのか、何故自分が生まれたのか、そんな感情の波に身を任せていると急激に意識が浮上し、目を覚ますと視界に映ったのは見慣れた天井

 

「あれ、オレ……どうして……」

「あっ、お兄さん。起きたんですね!」

「美九?」

「よかったぁ、朝起きたら玄関で倒れてたんでビックリしたんですよ」

「玄関で倒れてた? 俺が?」

 

 美九から話を聞いたトーマは昨日の事を思い出してみる……しかし覚えているのはシミーから或守の事を庇った所までは覚えているがそこまででそれよりも先の事は覚えていない

 

「なぁ美九、オレ倒れてた時どんな格好だった?」

「どんなって……部屋着に上着でしたよ」

「ボロボロだったりしてなかったか?」

「? 別に普通でしたよ……お兄さん、何かあったんですか?」

「あ、あぁいや……そう言えば或守はどうしてる」

「まだ寝てると思いますけど」

「そうか、それじゃあ飯作っちまうから待っててくれ」

 

 まだ引っかかるところはあるがいつまでも考えている訳にもいかないトーマは布団から立ち上がってリビングまで向かおうとしたところで、枕元にある一冊の本に目がいった

 

「あれ? 何だこの本」

「それ、お兄さんが玄関で倒れてる時に持ってたんですよ」

「オレが……」

「はい、見るからに大事なものですって感じでギュって握ってました」

「……そうか」

 

 美九から話を聞けば聞くほど、トーマの中に生まれる疑惑。それを振り払うように頭を軽く振るとリビングまで向かい食事の準備を始める。鮭を焼きながらみそ汁を作っていると少し少しボーっとした様子の或守が起きてきた

 

「おはよう、或守」

「はい、おはようございます。トーマ」

 

 或守に挨拶をしたトーマは再び朝食の準備を再開し、或守はそれを待っている間テレビをつけて見始めた。引っかかる事はまだまだ多いが、こうしてまた一日が始まる



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EX3-7, 青い炎

 トーマたちの知っている或守とは違う、黒い或守と出会ってから何日かの時が過ぎたものの特に変わったことはなく平和な日常を過ごしていた

 

「なんか、本当に平和だな」

「……あんまりこの平和に慣れたくはないけどな」

 

 今日、士道と共に通学をしているのは十香や琴里たちではなくトーマ、その横には或守の姿もあり彼女はジッと話している二人の方を見ていた

 

「っと、俺はここら辺までだな」

「あぁ、仮想空間とは言えしっかり勉強はしろよ」

「わかってるよ……そう言うトーマの方こそ勉強は大丈夫なのか?」

「記憶失くしてまっさらな状態だからな。人一倍知識の大切さは身に染みてる」

「……すまん」

「気にするな、この状態はこの状態で慣れたし楽しんでる。お前らにも会えたしな」

 

 そう言ったトーマは士道と別れて商店街の方へ向けて歩く

 

「トーマは何処に行くのですか?」

「あぁ、生活用品を買いにな。色々となくなってたからな」

「成る程」

「せっかく一緒にいるんだし或守にも手伝ってもらうかな」

 

 トーマが或守に向けてそう言うと、彼女は少し困惑したように頭を傾げる

 

「手伝うとは……どういう意味でしょう?」

「商店街で生活用品のセールをしてるんだが、安い代わりにおひとり様一つまででな。せっかくだし付き合ってくれ」

「成る程……つまりトーマは私で数合わせを行いたいということですね」

「間違っちゃいないが、そうして言葉にされると悪いことをしてる気分だな」

「いえ、極めて合理的であると思います」

 

 或守のその言葉を聞いたトーマは何とも言えない表情の笑みを浮かべた後、二人で並び歩き始めた

 

 

 

 

 

 場所は移り、商店街内にあるスーパーの中。トーマと或守の二人は特売開始の合図を今か今かと待っている主婦の中に紛れていた

 

「これは、凄い人ですね」

「特売ってのはそう言うもんだから……っと、そろそろ時間だな」

 

 トーマが時計を確認したすぐ後、特売品の近くに店員がやって来る。それを見た主婦たちの間にピリピリとした空気が流れ始めた時……店員のハンドベルが鳴らされ特売開始が宣言され、主婦の大群が雪崩のように移動を始めた

 

「ッ!」

「わ、わわわ……あっ──」

 

 最初は一緒に移動していた二人だったが徐々に勢いに飲まれていき、勢いに飲まれた或守が体勢を崩しかけた瞬間、それに気付いたトーマが彼女の手を掴み自分の側に引き寄せる

 

「すまん、気が回ってなかった。大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫です」

「よし、それじゃあこれから突っ込むけど手を放すなよ」

 

 彼女を手を引いたまま、トーマは特売の波へと突入する

 

 

 

 

「ふぅ……疲れました」

「悪いな、付き合ってもらって」

「いえ、興味深い経験でした」

「なら良いんだが、或守は愛が知りたいんだよな?」

「はい」

「……それなら、オレじゃなくて士道に付いてった方がいいんじゃないか?」

「何故ですか?」

「いや何故って……ってそうか、十香たちはこっちの世界にきてないのか。失念してた」

「トーマ、私は貴方が適任だと思い一緒に行動しています」

「? どうしたんだ、急に」

「いえ、何故か伝えておかなければならない気がして」

 

 唐突にそのような事を言った或守に対し、トーマは困惑の表情を浮かべていると──周囲の空気が変わる

 

「……これは」

「トーマ、あれを」

 

 彼女が指をさした先に現れたのはノイズのような亀裂。そしてその中から湧き出すような形でシミーが現れる、それはトーマにとってある種見慣れた光景だったが今までと違うのはその中に混じりゴーレムメギドやピラニアメギドの姿もある事

 

「どういうことだ、何でメギドまで……って考えてる場合じゃないか。或守は逃げろ」

「トーマは逃げないのですか?」

「あぁ、剣は使えるからアイツらを倒す!」

 

 無銘剣を出現させたトーマは接敵しシミー達を切り裂いていくが、ゴーレムメギドに斬撃を受け止められ拳をもろに喰らう

 

「ぐっ……ッ!」

 

 その一撃を喰らい後ろに吹き飛ばされたトーマは何とか空中で体勢を立て直し、血液の混じった唾を吐きだす

 

「やっぱメギド相手は生身じゃキツいか……けど、今のオレに変身は──」

 

 できない、そう言葉にしようとした瞬間。彼の目の前に一冊の本が現れる、そしてその本の出現を離れたところから見ていた或守は目を見開きトーマに向けて叫んだ

 

「いけませんトーマ! その本は!」

「或守? 急に何を────えっ?」

 

 視線を或守の方に向けた一瞬で本はトーマの手の中に収まる。その瞬間、彼に巻き付くよう骨のような腕が出現する

 

「なん……だッ、これ──」

 

 身体に巻き付いた骨がトーマの自由を奪い、身体を操作して腰にベルトを出現させる。瞬間、無銘剣は青い炎を纏い火炎剣へと姿を変える

 

「剣が勝手に──ッなんなんだ……この本──ぁっ」

 

 正体不明の力に抗おうとしたトーマだったが、唐突に力が抜ける。そんな彼をお構いなしに本はベルトへと収まると骨の腕を出現させ懐からエターナルフェニックスライドブックを取り出した

 

【エターナルフェニックス ゲット!】

 

『烈火抜刀!』

 

「ッ……ァ ァァアァアァアAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 叫びを上げたトーマのことを焼き尽くすように青い炎は全身を包み込み、肉体を再形成するように焼き尽くされた身体を骨が覆っていく

 

バキッ! ボキッ! ボーン! ガキッ! ゴキッ! ボーン! プリミティブ────

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

────ドラゴン! 

 

 炎が四散し、その中から現れたのは全身を薄水色の骨のようなアーマーで覆った戦士──セイバー プリミティブドラゴン。彼はゆっくりとした動作でメギドの方へ視線を向け、襲い掛かった



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EX3-8, プリミティブドラゴン

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 薄水色の骨のようなアーマーを身に纏ったセイバー プリミティブドラゴンはゆっくりとメギドの方を向くと、獣を思わせる動きで接敵しゴーレムメギドに飛びかかる

 

「!?」

 

 突然の行動に驚いた様子を見せるピラニアメギドを気にする様子もないセイバーは馬乗りになったゴーレムメギドの頭部に付いた手を殴り続け、片方を破壊する

 

「⁉」

 

 頭部の腕を破壊した直後、セイバーの周りに無数のピラニアが纏わりつきゴーレムメギドから無理やり引き剥がされる

 

「Guu……Gaaaa!!!」

 

 一瞬だけその攻撃に怯んだセイバーだったが咆哮を上げた瞬間周りにいたピラニアたちは青い炎に焼かれ始める、セイバーたちに纏わりついていたピラニアたちは炎で焼かれ始めて程なくして一か所に集まりピラニアメギドの姿に戻った

 

「ァァ……ァァアァアァアァ!!??」

 

 しかしメギドの姿に戻っても青い炎は消えることはなくその身体を焼き続け、メギドは苦悶の声を上げる。それを見ていたセイバーはドライバーに装填された本から骨の腕を出現させると離れた場所に転がっていた火炎剣を掴み自分の手元まで持ってくる

 

「…………」

『グラップ必殺読破』

 

 セイバーは無言で聖剣をドライバーへと戻し本のページを一度押し込むと聖剣の柄を逆手で持ち、抜刀する

 

『烈火抜刀! クラッシュ必殺斬り!』

 

 火炎剣の刀身に青い炎が宿ると同時にセイバーの背中にボロボロの青い翼が現れる

 

「uU……GAaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

 二体のメギドへ向けて咆哮を発したセイバーは蒼炎の斬撃を放つと同時に翼を大きく羽ばたかせるとボロボロの羽根が苦無のようにメギドへ向け放たれ、突き刺さっていく。その一撃を受けたメギド達は苦悶の声を上げる前に斬撃によってその身体を切り裂かれ灰になる

 標的を失ったセイバーが次に視線を向けたのは隠れて戦いの行く末を見守っていた或守、逆手に持った火炎剣をゆっくりと構えながら彼女に近づいた瞬間セイバーの身体は地面に陥没する

 

「えっ……」

「Guu……Aaaaaaaa!!」

 

「五河君、或守さんの事しっかり逃がしてくださいよ」

「わかってるよ、それより美九は?」

「お兄さんを止めるに決まってるでしょ。ほら、さっさと逃げてください」

 

 或守の前に現れた美九は霊装を展開した状態でセイバーと対峙すると、少し後に現れた士道に或守を連れて逃げるよう言う

 

「……美九」

「わかってます」

 

 トーマが変身して以降、不安そうな視線をセイバーに向けていた或守の意思を汲んだ美九は一度目を閉じた後、覚悟を決める

 

「お兄さん、聞こえてますか」

「…………uUuuu」

「聞こえているなら……いいです。剣爛撃弾(けんらんげきだん)!」

 

 霊装の上から纏うようにピンク色の鎧を装着した美九は召喚した音銃剣を構え剣先をセイバーに突きつける

 

「uUuuuu……Aaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

 それが切っ掛けとなったのかセイバーは重力による拘束を無理やり破ると雄たけびを上げながら美九へ向けて突撃し、聖剣同士の鍔迫り合いが始まる

 

「Guuuuuuu……」

「くぅ……はぁッ!」

「Aaaaaaaaaa!!!!」

 

 鍔迫り合いをしていたセイバーは美九と距離を取る、その瞬間を見逃さなかった美九は音銃剣を剣モードから銃モードへと変形させ引き金を引く。その行動が予想外だったのかセイバーは動きを止め音銃剣の放った弾丸に当たる

 

「Guu!?」

「もう一撃──きゃッ!?」

 

 続けて銃撃をしようとした美九だったがセイバーはそれよりも早く骨の腕を出し音銃剣を持った腕を拘束する

 

「……uUuu」

『グラップ必殺読破』

 

 腕を拘束したままセイバーはドライバーに聖剣を納刀しプリミティブドラゴンのページを一度押し込み、剣を抜く

 

「uUuu……A────」

 

 翼を顕現させ、青い炎を身に纏った刀身で斬撃を放とうとした瞬間──セイバーの動きが止まる

 

「……お兄さん?」

「uU──a、ァァァアァァァッ!!!!」

 

 唐突に苦しみ始めたセイバーは火炎剣を地面に突き刺した。骨の翼は霧散し刀身に宿ったエネルギーは地面に突き刺さると同時に放出、セイバーの周囲を爆発が包み込んだ

 

「お兄さんッ!」

「トーマッ!」

 

 炎が収まると中心に居たセイバーは膝から崩れ落ち、変身が解かれる

 

「──ぁっ……」

 

 

 

 

 商店街での戦いから少し後、商店街から一番近い士道の家までトーマを運んできた三人は、本を開いて琴里と連絡を取っていた

 

『成る程ね、トーマがそんなことに……』

「あぁ、今回は美九が何とかしてくれたけど次はどうなるか……」

『……万由里、トーマの使った本が何なのかわかる?』

『ほぼ確定で禁書、悲哀の書で間違いないでしょうね。利用されてるとは思ったけど、まさかトーマの手に渡っちゃうとはね』

 

 通信越しの万由里がそう言うと、それを聞いた美九は先ほどの戦いを思い出す

 

「さっきの戦い、変身が解けるギリギリの所でトーマさんの意識が戻ったように見えたんですけど……」

『禁書の力にトーマの精神が打ち勝った……そう考えたいけど恐らく今回は禁書の力が不完全だったと考えた方がいいでしょうね』

 

 これからどうするべきか、全員がそれを考えようとしたところで琴里が或守の方へ視線を向ける

 

『ねぇ、或守。記録を確認したけどトーマの元に禁書が現れた時、貴方は彼を止めた……どうして?』

「それは……わかりません」

『わからない? わからないって……どういうこと?』

 

 困惑の表情を見せる琴里に対し、或守は言葉を紡ぐ

 

「……どうしてかは、わかりません。けど……危険だと感じました」

『……わかったわ、忘れているだけかも知れないから、思い出したら教えて頂戴』

「……はい」

 

 心の奥底、微かに生まれた違和感を抱きながら、その場の全員が一日を終えた



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EX3-9, 鞠亜

 意識を失ったトーマが見たのは、自分の目の前で誰かが話をしている姿。それが誰なのかはわからない、ただ朧気な意識の中にあったのはたった一つの純粋な感情

 

『──寂しい』

 

 その感情が心の中に宿った瞬間、未知のナニカとの繋がりを感じ意識は途絶えた

 

 

 

「……ん、ここは」

 

 意識を失っていたトーマが目を覚まし周りを確認すると、目に入ったのは自分にもたれかかるようにして寝ている或守と美九の姿。二人を起こさないようにソファから立ち上がる

 

「ここ……士道の家か、それにオレは今まで」

 

 感じていた喉の渇きを解消する為に心の中で士道たちに謝りつつミネラルウォーターを拝借したところで背後に気配を感じてトーマは振り返る

 

「……なんだ?」

 

 そこに誰かいる訳でもない、しかし誰かが自分の事を呼んでいるような不可思議な状態になる。どうしてそんな状態になっているのか自分でも理解することの出来ないトーマだだ、その声の持ち主が一体誰なのかを確かめるため、移動を始める

 

「場所は……こっちか?」

 

 士道の家から出て、声に導かれるようにして歩き続けていると、辿り着いたのは件の公園。自分を呼んだ声の主が一体誰なのか、それを探していると目の前に人影が現れた

 

「こんばんは、良い夜ね」

「……或守?」

 

 夜の闇で隠されていた姿が月の光で照らしだされる。士道の家にいる筈の或守と瓜二つの彼女はネガとポジを反転させた色彩を纏い、トーマへ向けて不敵で、蠱惑的な笑みを浮かべていた

 

「お前、家にいた筈じゃ……」

「そんな些細なことはどうでもいいでしょ。それよりも、私からのプレゼントはどうだった?」

「プレゼントって……まさかあの本はお前が?」

「ふふっ」

 

 目の前にいる或守の様子が自分の知っている彼女と異なっている事、そして自分の元にあの本が現れた時の或守の様子を思い出し。トーマは今の彼女と自分たちの知っている彼女に齟齬がある事に気付く

 

「お前は、或守なのか?」

「私は或守だよ、それは唯一の確定事項……だからそれは間違いじゃないし、絶対のアイデンティティなの」

「まるで、それ以外は何もないみたいな言い方だな」

「さぁ、どうなんだろうね……っと、今日はここまでかな」

「ここまで?」

「うん……ねぇトーマ、私は貴方が欲しいの」

 

 目の前にいる或守が何を言っているのか理解できていないトーマが怪訝な表情を彼女に見せると、彼女はトーマへ一歩近づいて胸を指で叩く

 

「だから、大切にしてね。あの本を……あんまり邪険に扱っちゃうとあの子も私も、寂しくて泣いちゃうから」

「……わかった」

「それなら良かった、じゃあ私はまだやることがあるから……またね」

 

 その言葉の後、或守の身体にノイズが走り光と共にその場から消失した、残されたトーマは一人その場でプリミティブドラゴンのワンダーライドブックを取り出す

 

「私もあの子も……か、帰ろう」

 

 

 

 

 来た道を引き返し、士道の家まで戻ると、丁度家の外に出てきた或守の姿があった

 

「! トーマ、大丈夫ですか」

「あぁ、大丈夫だよ……もしかして心配かけたか?」

「はい、心配しました。何処に行っていたのですか」

「……少し気になる事があってな、何はともあれ心配かけたな。すまん」

「いえ……大丈夫です」

 

 目の前にいる或守の姿にさっきまで話していた或守の姿を重ねてみるが、見た目は瓜二つでもやはり二人は違う人物なのだと理解する

 

「そうだ或守、聞きたいことがあるんだがいいか?」

「? はい、大丈夫ですよ」

「或守って、兄弟とか姉妹っていたりするのか」

「兄弟や姉妹……そのような記憶はありません」

「そうか、それなら良いんだ。けど……そう言えばオレたちって或守の名前知らないよな」

「名前……私の名前、ですか……名前があったのか、なかったのか。けど……あってもいいかも知れないです」

「それって、自分の名前を憶えてないって事か?」

「覚えてない……というより、わからないんです」

 

 いつものようにあまり感情を読み取ることの出来ない瞳をトーマの方に向ける、しかし今までとは異なりその瞳は揺れ、感情を読み取りやすくなっていた。そこから読み取れた感情は不安

 

「わからない……か、それなら思い出すまで新しい名前を付けようか」

「それなら、トーマが付けてください」

「オレが?」

「はい」

「そうだなぁ……」

 

 いざ名前を付けろとなるとどういう名前を付けるのか悩んだトーマは、彼女の服装を見てシスターを連想する

 

「そうだなぁ……鞠亜(まりあ)はどうだ?」

「鞠亜、ですか」

「あぁ、或守の服装はシスターみたいだからな。そう言う教会っぽい名前でパッと思いつくのは聖母マリアだったから、安直か?」

「鞠亜……鞠亜、いいえ。安直とは思いません、或守鞠亜……それが私の名前です」

「それじゃあ、改めてよろしくな。鞠亜」

「はい、改めてよろしくお願いします、トーマ」

「……よし、そんじゃ家の中戻るか」

 

 自分の付けた名前が採用されること、それに妙な気恥ずかしさを感じながら二人そろって家の中に戻る。共有しなければならない事、そしてこれから調べなければならない事を考えながら家の中に戻っていった



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EX3-10, デートⅠ

 翌日の正午、昨日起こった事を現実世界にいる琴里たちへ伝える為、トーマは鞠亜と共に再び通信を繋げていた

 

『……成る程ね、それじゃあそっちの世界には私たちの知ってる或守……鞠亜とは別の或守が存在する可能性があるって訳ね』

「あぁ、明確に別の個として存在するのか、それとも鞠亜の中にもう一つ人格があって夜になるとそれが活動しているのかは定かじゃないがな」

 

 トーマがそう言うと画面の向こうにいる琴里は何かを考えるように顎に手を当てた後、鞠亜に問いかける

 

『鞠亜、貴方自身そのもう一人の或守に心当たりはないのよね?』

「……はい、存在するとされるもう一人の或守がどういった存在なのか。それは私にもわかりません」

『目的もその存在自体も不透明……お手上げね。このことを士道たちには?』

「一応伝えてはいる。オレに接触してきた以上、士道たちに接触しないとも限らないからな」

 

 そう言いながら、トーマはどうしてもう一人の或守が自分に接触してきたのかを思考する。現状のトーマと士道たちの違いはこの世界に囚われているかそうでないか

 

「琴里、一つ聞きたいことがある」

『何かしら』

「士道たちがこっちに来た時に現実の様子は聞いたが、フラクシナスのメインコンピュータ内部で見つかったイレギュラーについてどうなってる?」

『それに関してだけど。こちら側の見解としてはイレギュラー存在=或守って結論になったわ。そう結論づけたのもついさっきだけどね』

「? それなら禁書についてはどう説明付けるんだ。鞠亜はこの本の存在を知らないようだったが……」

『トーマ、私が言ってるのは鞠亜じゃなく或守よ』

 

 琴里の言った言葉を聞いたトーマは、彼女の言っている或守は鞠亜の事ではなくもう一人の或守であると理解する

 

「成る程、じゃあフラクシナスの内部にいるイレギュラーはもう一人の或守で禁書も鞠亜じゃなくそっち関連って感じで話は動いてるんだな」

『そう言うこと、だからイレギュラーが混入してる箇所は一時的に遮断、そして本来その場所が担っていた作業は別の個所を使って代用中よ……結果として一部システムが使えなくなってるけどね』

「大変そうだな」

『そうでもないわ、精々シャワーの水がお湯に変わらなくなってる程度よ』

 

 それはそれで問題が出るのではないかと考えたトーマだったが、今その話を深堀すると更に話が脱線しそうだと感じたため思考を止める

 

「じゃあイレギュラーの方は問題ないんだな」

『応急措置だから、イレギュラーを無効化しないと危険なのには変わりないけどすぐにとはならない筈よ』

 

 トーマに向けられたその言葉は、ひとまず現実での問題はないからこっちはこっちで禁書をどうにかしろと言われているように聞こえた

 

『とにかく、こっちもまた何か分かったら連絡するから。トーマも進展があったら報告頼むわね』

「了解」

 

 通信を切った後、トーマは改めて机の上に置いてあるプリミティブドラゴンの本へと視線を向ける

 

「……寂しくて泣いちゃう、なぁ鞠亜。本にも心は宿ると思うか?」

「本に心……ですか」

「あぁ」

「私は、宿ると思います」

 

 もう一人の或守の言っていた言葉、そして意識を失っている時に感じた孤独。それに引っかかりを感じていたトーマは思わず鞠亜にそんなことを問いかけてしまう。どうしてそんなことを聞いてしまったのかと思ったトーマだったg、以外にも或守は真面目に言葉を返してきた

 

「なんでそう思うんだ?」

「もしかしたら私自身が……」

「或守自身が?」

「……いえ、何でもありません。ですが、付喪神という概念が存在するのですから本に心が宿っても不思議ではないかと」

「なるほど」

 

 一瞬言葉を濁した鞠亜を見て、頭に疑問符を浮かべたトーマだったがその後の言葉を聞いて改めて本に視線を向け目を閉じる

 

「…………」

「トーマ?」

 

 目を閉じたトーマは、プリミティブドラゴンから何かを感じ取ることが出来ないかを試してみるが特に何も感じとる事は出来ない

 

「やっぱりダメか」

「何をしていたのですか?」

「もしかしたら何か感じ取れるものがあるんじゃ……って考えたんだがそう上手くはいかないな」

 

 目の前にある本を制御する、どうにかする方法を見つけるのが最優先である事はわかっているものの。一番確実な方法である変身して試すという行為は危険性が高く出来ない

 

「……鞠亜、少し外に出ようか」

「買い物ですか?」

「いや、そう言う訳じゃないんだけどさ。こうして座って考えてても思いつかないし気分転換でもするかと」

「つまり、デートと言うことなのでしょうか」

「男女二人で出かけるんなら……そうなるか」

「そうなりますね、それでは行きましょう。トーマ」

 

 自分へ向けて伸ばされた或守の手を取り、二人のデートが始まった

 

 

 

 

「さてと、気分転換で出かけたわけだが……どこに向かうか」

「色々と見てまわるのはどうでしょう」

「そうだな、なんだかんだ鞠亜と出会ってからはスーパーくらいにしか行ってなかったしな」

 

 商店街の中を二人で歩きながら、昨日の事を改めて思い出す

 

「にしても、ホントに現実じゃないんだよな」

「急にどうしたのですか?」

「いや、ここら辺で戦ったはずなのにその痕跡が一切ないのが不思議でさ」

 

 そう言う環境に慣れてしまったから、と言ったらそれまでだがトーマにとってそれが普通になってしまっているし、精霊との接触やメギドとの戦闘で住んでいる場所の近くなら痕跡が残っていることもある。それ故にここまで何もなかったように修正されると逆に違和感を覚えてしまっている

 

「むぅー……」

「どうした?」

「いえ、何でもありません」

「そうか?」

「はい、それよりも早く行きましょう」

「あ、あぁ」

 

 少しだけ機嫌の悪くなった鞠亜に手を引かれながら歩き始めると、暫くした所でふと立ち止まる

 

「どうした?」

「トーマ、アレはなんでしょう」

「屋台だな、今川焼きの」

「今川焼き? 大判焼きと書かれていますが」

「あの食べ物は人によって呼び方が違うんだ。場合によっては友人間における争いの火種になったりもする」

「そんなに恐ろしい食べ物なのですか?」

「いや、アレ自体は普通にうまい。少し待ってろ」

 

 鞠亜にそう言ったトーマは屋台に近づき今川焼きを二つ買って彼女の元まで戻る

 

「ほれ」

「ありがとうございます……はむ」

 

 トーマから渡された今川焼きを一つ食べると、鞠亜は目を見開いてトーマの方を見る

 

「美味しいです」

「だろ? 今川焼きに問わず世界にはうまい食べ物がいっぱいある」

「そうなんですね……まだまだ私の知らないことばかりです」

「これから色々知って行けばいい。幸いなことにこの世界なら時間は大量にあるからな。そんじゃオレも……ってあれ?」

 

 トーマも自分の分の今川焼きを食べようと視線を落としたのだが、気が付けば手の中にあった筈のモノが消滅していた

 

「オレの今川焼き……どこいった?」

「……恐らく、彼? が食べたのかと」

 

 そう言って鞠亜が指を差した場所を見ると、懐から青い骸骨の龍が頭だけ出して口を咀嚼していた。二人が自分の事を見ているのに気付いたらしいその龍は何事もなかったように懐に引っ込んでいった

 

「……え?」

「驚きました、あのような動物は見た事ありません」

「いや、オレも骸骨の龍は初めて見た……って言うかさっきのはまさか──」

 

 懐から取り出したプリミティブドラゴンのブックの隅には、僅かにだが今川焼きの餡子が付着していた



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EX3-11, デートⅡ

 プリミティブドラゴンの本を拭きながら、トーマはため息を吐く

 

「まさか、本に今川焼きを取られる日が来るとは……」

「不思議な出来事もあるのですね」

「精霊と関わって、本を使って戦ってるオレが言えた立場じゃない気もするが……ホントにな」

 

 食べられなかったことに若干気を落としていたが仕方なしと割り切って気持ちを切り替える

 

「さてと、思わぬハプニングもあったがデート再開だな。何処に向かおうか!」

「……半分、食べますか?」

「…………貰おうかな」

 

 食べられなかったショックは、トーマが自分で思ってた以上に深く、鞠亜の眼から見てもわかりやすかったらしい

 

 

 

 気を取り直してデートを再開したトーマと鞠亜が向かったのは服屋

 

「色々な服があるのですね」

「人間身だしなみを気にするからな、美九もその日のコーディネートはこだわるからな」

「そう言うトーマはどうなのですか?」

「多少は気を使うが基本的には動きやすさ重視だな」

 

 色々な服を興味深げに眺めている鞠亜を見たトーマは彼女の元に近づく

 

「せっかくだし、何か買っていくか?」

「そうしたいですが、私にはよくわからないですから」

「……言われてみればオレもファッションはさっぱりだな。基本的に直感で選んじゃうし」

「直感……それなら、こういったものはどうでしょう」

「そうだな、良いと思うぞ」

「それならこちらはどうでしょう」

「それも似合うと思うぞ」

「……トーマ、少し適当になっていませんか?」

「そんなことねぇよ、鞠亜は元々の素材が良いわけだし」

「そ、そうでしょうか」

「あぁ、だから何を着ても似合うと──」

 

 そこまで言ったところでトーマの言葉は背後からやってきた人物に口を塞がれ途中で終わった

 

「ふっふっふ、下手ですよお兄さん。ファッションがへたっぴさんです」

「美九、どうしたのですかこのような場所で?」

「学校終わりに運よくお兄さんたちを見つけたのでやって来ちゃいました。もしかしてデート中でした?」

「そのまさかだよ、それよりもそろそろ離れてくれないか?」

「おっとすいません、それにしても随分とお困りのご様子でしたね」

「……まぁな」

「私もトーマもファッションは不得手だったので、どうするべきなのかを試行錯誤していたところです」

 

 鞠亜のその言葉を聞いた美九は納得したように頷くと鞠亜の手を取る

 

「そう言うことなら、任せてください! 私がある──鞠亜さんをコーディネートしちゃいます!」

「いいんですか?」

「勿論です! お兄さんも言ってましたが鞠亜さんは素材が良いですから、腕がなっちゃいますねー」

 

 美九はそう言った後鞠亜の腕を引いて店の奥へと向かっていった。それを見送ったトーマは近くにあった椅子に座って一息ついた

 

 

 美九による鞠亜のコーディネートが始まりしばらくすると美九からお呼びがかかりトーマも二人の元に向かう

 

「どうした?」

「鞠亜さんのコーディネートが完成したのでお披露目しようと思って」

「そう言うことか、それで鞠亜はどこに?」

「ここです」

 

 彼女の声が聞こえてくるのは試着室の中、どうやら着替え中であったらしくしばらくすると着替え終わったと中から声が聞こえてきた

 

「それでは……鞠亜さんのコーディネートお披露目の時間です!」

 

 試着室のカーテンがさっと開かれ中から今までとは違った服装の鞠亜が姿を見せる

 

「どうでしょうか?」

「凄いな、見違えた……というか凄い似合ってる」

「ほんとうですか?」

「あぁ、こういうとき何て言うんだっけか、馬子にも衣装?」

「お兄さんそれ女の子への誉め言葉としては最悪のやつなので今後ぜったいに使わないでください」

「す、すまん……けど本当に似合ってるよ」

「そうですか、なんというか、少しだけこそばゆい感じです」

「んふふー、鞠亜さんが嬉しそうで私も良かったです」

「嬉しい……これが、嬉しい」

「さてと、私もホントはお付き合いしたいところですが。これくらいで失礼しますね」

「何か予定でもあったのか?」

 

 トーマがそう美九にいうと、彼女は胸の前で両手を合わせている鞠亜へ視線を向け笑みを浮かべる

 

「今日はお兄さんと鞠亜さんのデートですから、私がお邪魔するのは無粋ってやつです。それじゃあ失礼しますね」

「美九、ありがとうな」

「そう言うなら、お礼は現実でお受け取りします。それじゃあ」

 

 美九が店を出た後、トーマは鞠亜へと近づいて言葉をかける

 

「それじゃあ鞠亜、その服買っていくか」

「……いいんですか?」

「当たり前だろ、鞠亜も気に入ってるみたいだしな」

「……ありがとう、ございます」

「デートだから気にすんな、それよりもその服着ていくか?」

「できるんですか?」

「あぁ、会計の時に言えば問題なしだ」

 

 そう言ったトーマは支払いを済ませて二人で服屋の外に出て商店街を歩いていると、鞠亜がふと足を止める

 

「トーマ、あのお店は女性が多いですがどんなお店なのですか?」

「あそこは、女性向けの雑貨屋さんだな、折角だし少し見ていくか」

「いいんですか?」

「もちろん、女の人はこういう小物が好きだからなぁ、ウチも気が付いたらこういう小物増えてるし」

 

 トーマと美九が一緒に暮らしているマンションでも定期的に増えている小物類の事を思い出しつつ、近くにあった雑貨を一つ手に取る

 

「そういう物なのですね、けど見ていると楽しくなってくるような」

「不思議だよな、本当に……それで、なんか買っていくか?」

「いえ、やめておきます」

「いいのか?」

 

 てっきり何か買うものだとばかり思っていたトーマは少しだけ驚きの表情を見せる

 

「はい、こういったものは見ている時が一番楽しい……そんな気がしますから」

「そうか……それじゃあ次に行くか」

「そうしましょう、時間は有限です」

 

 自分の目の前を歩き始めた鞠亜の後を追って、トーマも移動を始めた



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EX3-12, デートⅢ

 買い物を終えたトーマと鞠亜の二人は士道の家に続く道を歩く、と言っても彼らの向かっている先は士道の家ではなくその先にある公園

 

「あっ、トーマ。猫です」

「そうだな」

「かわいいですね……あっ、近づいてきました」

「結構人馴れしてるな、それに首輪も着いてるって事は飼い猫か迷い猫か?」

 

 トーマは近づいてきた猫を撫でながらそんなことを言っていると、横に立っていた鞠亜は少し困惑したような表情を見せる

 

「こういった場合、どうすればいいのでしょうか」

「撫でてやればいいと思うぞ」

「撫でる……やってみます」

 

 トーマの隣にしゃがみ込んだ鞠亜は自分の手をそっと猫の頭にのせると猫は目を細めて彼女の手に頭をこすりつける

 

「……なんでしょう、この感覚。とても穏やかになります」

「癒されてるんだな」

「なるほど、これが癒される……」

 

 その後も黙々と猫を撫で続ける鞠亜のことをトーマも穏やかな感情で見ていると、一瞬だけノイズのような映像が頭に流れる。その映像は自分らしき人の隣で一人の少女が今のように猫を撫でている映像

 

「──ッ!」

「トーマ? どうかしたのですか」

「いや、何でもない」

 

 その映像が流れたのも一瞬の事で思い出すにも思い出せない、それを延々と考えていても仕方ないと思ったトーマは鞠亜と共に猫と別れて移動を始める

 

 

「それにしても、こうしてみると案外知らない未知って多いよな」

「そうなんですか?」

「あぁ、士道の家に行くことは結構あっても通るのはいつもの道だからな。案外こういう所には来ないことが多いんだよ」

「なるほど……」

 

「あれ? トーマと或守……じゃなかった、鞠亜?」

 

 声をかけられた方を見るとビニール袋を持った士道がいた。彼は普段と違う服装の鞠亜へ少しの間視線を向けた後改めてトーマの方を見る

 

「こんな所で何してるんだ?」

「ここら辺を散策中だ」

「散策って……この辺り特に面白いものないだろ」

「そんなことないですよ、士道。改めて見てまわると面白い発見が出来るものです」

「そうか? でも確かに言われてみると確かに、小さい頃は家の周りでも探検してるみたいで楽しかった気がする」

「そう言うもんなのか?」

 

 士道の言葉にいまいち実感の湧かないトーマは士道にそう聞くと、彼は頷く

 

「あぁ、案外そう言うもんだぞ」

「……そう言うもんか」

 

 そんな二人の話を黙って聞いていた鞠亜に気が付いたトーマは、彼女がこちらを何とも言えない不思議な表情で見ていることに気付く

 

「鞠亜、どうかしたのか?」

「いえ、対したことではないんです」

「……もしかして、俺邪魔だったか?」

「違います、ただ少し……士道とトーマの関係が羨ましく思えて」

「「羨ましい?」」

「はい、二人は互いに遠慮しないで話しているように見えたので……それが羨ましくて」

「成る程、そう言うことか」

「俺は別に誰に対してとかは変えてないつもりなんだけどな」

「案外そう言うのって自分じゃ気付けないもんだからな、実感なくても仕方ない」

「そういうもんか……っと、引き留めちまってごめんな」

 

 少し話し込んでいたことに気付いた士道は二人に対して謝罪をする

 

「いえ、気にしないでください。新しい発見もできましたから」

「新しい……発見?」

「はい、仲が深まれば遠慮がなくなる、という発見です」

 

 それを新しい発見という鞠亜に何とも言えない表情を浮かべた二人だったが、特に言葉が見つからなかったが故にその場で別れることになった。残ったトーマと鞠亜の二人はしばしの無言の後、改めて歩き出す

 

「悪かったな、そっちのけで話しちゃって」

「気にしないでください」

「……少し機嫌悪くないか?」

「そんなことありません、ただ気になる事があるだけです」

「気になること?」

「はい、トーマは士道と話している時、美九といる時とは違うように見えました。それは何故なのかを考えていました」

「そう言うことか……そうだな、強いて言うなら同性だからってのは大きい気がするな」

「同性、やはり性別は重要という事でしょうか?」

「確実にそうとは言えないけどな、オレも士道も基本的に周りが女性ばっかりだから男同士だと変に肩張らなくていいんだと思う」

「……トーマは、私といる時も肩を張ってるんですか?」

 

 不安そうにそう聞いてくる鞠亜の姿を見たトーマは、自分の発言に少々語弊があったことを今さらながら理解する

 

「そうじゃない、男が男といる時と男が女性と一緒にいる時はテンションに差があるって事、女性の前だと男は少なからずカッコつけたわけだし」

「……そうなんですか?」

「そうなんです」

 

 そんなことを話しながら街の中を歩きまわり、普段と同じ景色、普段とは少し違った景色を見てまわった二人が最後にやってきたのは公園。すっかり日は暮れ夜が始まろうとしている中、二人は公園から一望できる街を眺める

 

「すっかり日が暮れてしまいましたね」

「そうだな、気晴らしのつもりが気付けば夜だ」

 

 夜風が二人の身体を撫でていく中、最初に言葉を発したのは鞠亜だった

 

「トーマ、今日は楽しかったです」

「……そうか」

「はい、それに、今日だけで色々なものを知ることができた……中でも一番の収穫は、この世界にはまだまだ私の知らないものがいっぱいあるということ」

 

 星を眺めながらそう言った鞠亜は、視線をトーマの方へ向ける

 

「私はまだ、愛が何なのかわかりません」

「…………」

「だから、もっと色々なモノを知っていきたい。この心に宿ったものをもっと鮮やかにしていきたい。手伝ってくれますか?」

「もちろん、手伝うよ。どれだけ時間がかかっても」

「……よかった、それなら私は────ッ!?」

 

 鞠亜が言葉を続けようと瞬間、トーマの視界にノイズが走り、気が付けばソードライバーが装着されていた

 

「どうしてドライバーが……それにさっきの感覚は一体」

「まさか、ここまで事が早く進むとは思わなかったわ」

 

 現状を把握するため、トーマが思考を始めた瞬間聞こえてきたのは或守の声。そして声が聞こえたすぐ後に彼女は鞠亜の背後へ現れ

 

「――――えっ?」

 

 自身の腕で、鞠亜の胸を貫いた



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EX3-13, 不死鳥VS骸骨の龍

 或守は、鞠亜の胸を貫いていた手を引き抜くと。握られていたのは幾何学的な結晶。彼女はその結晶を自身の胸に押し当てると身体の中に結晶は取り込まれていく

 

「お前……一体何を──」

「何って、見ての通りよ」

 

 あっけらかんとした風に応える或守に対し、トーマは聖剣を召喚しようとする……が、自分の意思に反してトーマの身体が動くことはなかった

 

「無駄よ、今の貴方は私たちの手の中。自由に動くことも、自由に能力を行使することも出来ない」

「どういう事だ……お前と鞠亜は同一の存在なんじゃ──」

「同一……ねぇ、まぁそうとも言えるしそうじゃないとも言える。だって私が”オリジナル”なんだから」

 

 或守の放ったその言葉を聞いたトーマは、思わず目が見開く

 

「お前が、オリジナル?」

「そう、私が何者でもなかったこの子に声を、姿を……存在する為に必要な情報全てを与えた」

「じゃあ……鞠亜は」

「私が情報を与えなければ存在することもなかったデータの塊」

 

 或守は不敵な笑みを浮かべたまま、意識を失っている鞠亜の頭を優しく撫でる

 

「貴方がこの世界にやってきたから、精神をこの世界に閉じ込めた。そこまではいいけどメインコンピュータにはプロテクトがかかってるし貴方の方は貴方の方でどう消耗させるべきかを悩んでいたところだったけど……この子のお陰でスムーズに事が進んだわ。私の想像以上」

「つまり、今の状況はお前の予定通りって訳だ」

「そう言うこと、あの子の力で貴方は私の手中。そして鞠亜から権限を奪いこの世界を……そしてフラクシナスのシステムの大部分を自由に扱える」

 

 動くことの出来ないトーマへと近づいた或守は、彼の頬を軽く撫でる

 

「改めて自己紹介しましょうか、私は或守……或守鞠奈」

「鞠奈……それが君の名前か」

「えぇ、お父様から頂いた、ただ一つの大切なもの」

 

 その言葉を発した時、鞠奈の瞳に僅かな感情の揺らぎがある事に気付くが、既に口すら動かすことが出来なくなっていた

 

「一つ目の目的は果たしたし、次は貴方を貰うわよ……それじゃあ、お願いね」

 

 鞠奈がそう言った直後、トーマの身体はゆっくりと動きだし懐からプリミティブドラゴンとエターナルフェニックスの二冊を取り出す

 

【プリミティブドラゴン】

【エターナルフェニックス ゲット!】

 

「──ッ!」

 

 自分の意思とは関係なく勝手に動いていく身体を止めようとしたトーマだが、自分の意思とは反してどんどん身体は動いていきベルトに本がセットされる

 

「──こ……のッ」

 

 そして、遂に手が聖剣の柄を握り、それを引き抜く────事はなかった

 

「……どういうこと?」

「──ッ! お前……が、オレを手に入れて何をしようとしてるのかは知らない……けど。そう簡単にこの身体を──渡すわけにはいかないッ!」

 

『火炎剣────無銘剣虚無』

 

 周囲を漂い始めていた青い炎は、オレンジ色の炎へと色を変えセットされていたプリミティブドラゴンの本を弾き飛ばしトーマの全身を包みこむ

 

『抜刀』

 

 火花を散し、オレンジ色の炎が霧散すると同時に中から現れたのはかなり消耗した様子のファルシオン。無銘剣を支え代わりにしているファルシオンはゆっくりと鞠奈の方へ視線を向ける

 

「これは……想定外だろ?」

「……そうね、流石に想定外。やっぱり事を急ぎ過ぎたみたいね、この子を一度使わせただけじゃ抵抗力が貴方を御するのは無理か。まぁいいわ」

 

 地面に落ちたプリミティブドラゴンの本を拾い上げた鞠奈は、その本を優しく撫でてからファルシオンの方を見る

 

「さてと、本当ならここでお別れでもいいんだけど……やめたわ」

 

【プリミティブドラゴン】

 

「せっかくだし試させてもらうわよ、この力を」

 

 本を開いた鞠奈はプリミティブドラゴンの本を自身に押し当てると彼女の全身を骨の手が多い、その姿を少女からトーマの変身したセイバー プリミティブドラゴンをよりまがまがしい姿にした怪物へと変化させた

 

「それじゃあ、試させてもらえる? 私たちの力を」

「……来い」

 

 怪人態になった鞠奈は骨の剣を構えると、ファルシオンとの睨み合いを始める。対するファルシオンも一瞬だけ視線を倒れている鞠亜に向けた後、鞠奈の方をしっかりと見据え、無銘剣を構える

 

「──ッ!」

「──はぁッ!」

 

 骨の翼と炎の翼を互いに展開した二人は空中で互いの剣をぶつけあう

 

「こっのッ!」

「ふふ、大分疲れてるみたいね」

「確かに疲れてるが……そう簡単に負けねぇよ!」

 

 剣同士の戦いの中で鞠奈の意識が会話へ向いた瞬間を狙い、ファルシオンは鞠奈の腹部に蹴りを入れ空中から地面にその姿を叩きつけ、地面に土煙が立ち昇る

 

「このまま追撃を────ッ!?」

 

 そのまま一気に降下し、鞠奈に追撃を使用としらファルシオンだったがその一撃を与える前に煙の中から出現した骨の腕がファルシオンの腕を掴み、地面へと叩きつける

 

「ぐぁ……ッ!」

 

 叩きつけられたファルシオンに追撃をするため、骨の腕が複数本ファルシオンへと向かっていく。彼は向かってきた腕を剣でいなしながら炎の翼を展開し腕を霧散させる……が、その直後に地面から現れたファルシオンの身体を拘束し、その爪で身体を切り裂いた

 

「ぐあぁぁ──ッ!」

「少し痛かったけど、その分の仕返しは出来たかしら……もういいわ、叩きつけなさい」

 

 鞠奈の命令を聞いたらしい骨の腕は拘束していたファルシオンを思い切り叩きつけ、土煙が上がる。その中心にいたファルシオンは、無銘剣を地面に突き刺して何とか立ち上がる

 

「あら、本当にしぶといわね」

「俺の使ってる本はエターナルフェニックス……永遠の不死鳥だぞ? そう簡単に……倒れるわけないだろ」

「それなら、今すぐ叩き伏せて──あら?」

 

 ファルシオンの元へ近づこうとした鞠奈だが、自身の身体に僅かながら違和感を覚え。変身を解く

 

「今日はここまでみたいね……それじゃあトーマ、また会いましょう」

 

 その言葉と共に、鞠奈の姿にノイズが走り消滅する。残されたファルシオンは一人深い息を吐くと本を閉じてトーマの姿に戻る

 

「変身、できた……けどどうしてっと、今はそんなこと考えてる場合じゃないな」

 

 先の戦闘で再びボロボロになったトーマだったが、鞠亜の元へ向かうためにゆっくりと歩き出した



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EX3-14, 鞠亜の正体

前の話、ほんの少しですが一部の台詞に修正を入れたことを報告させていただきます
拙い文章ですが、これからも楽しんでいただけると幸いです。


 トーマが鞠奈との戦いを終え、倒れていた鞠亜の元に戻ってから程なく彼女は意識を取り戻す

 

「……ここは」

「意識を取り戻したか、大丈夫か鞠亜」

「はい、私自身に問題はありません……ですが、持っていた権限の殆どを彼女に奪われてしまいました」

「鞠亜、その話は美九や士道も交えて話そう」

「……そうですね」

「それじゃあ、士道の家に行って琴里たちに現状の説明を──「その必要はないわよ、トーマ」──琴里?」

 

 士道の家に戻ろうとしたトーマに声をかけてきたのはこの場にいる筈のない琴里、声がした方へと視線を向けると司令官モードの琴里が立っていた

 

「琴里、なんでここに」

あっち(現実)はあっちでかなりマズい状況になったからね、急遽私たちもこっちに来たわけ」

「マズい状況って、どういう事だ?」

「こっちもそっちも、色々てんてこ舞いって感じね」

「……みたいだな」

 

 

 互いの状況を共有するためトーマと鞠亜、そして琴里の三人が士道の家まで戻ると中で待っていたのは士道と美九、万由里の三人とこの前までいなかった筈の十香を含めた四人が待っていた

 

「十香までこっちの世界に来てたのか」

「うむ、異常が起こったと聞いて居ても立っても居られなくてな。琴里に付いてきた!」

「本当は私一人で来るつもりだったんだけどどうしてもって聞かなくてね」

「なるほど、士道たちはともかくオレは無事とは言いづらいが……それより現実もかなりヤバいってどういう事だ」

「簡単に言うと、少し前にフラクシナスのメインシステム。その大部分がもう一人の或守に掌握されたの」

「フラクシナスがって……大丈夫なのかよ琴里!」

「大丈夫な訳ないでしょ? 今は神無月たちが頑張ってるけどイレギュラーを隔離するための措置が今度はこっちの侵入を阻む枷になってる」

 

 士道の言葉に返した琴里は改めてトーマへと質問を投げかける

 

「今の私たちにはあまり時間がない、トーマ、鞠亜。貴方達の身に何が起こったの? もう一人の或守の目的は……何?」

「もう一人の或守……鞠奈の目的はフラクシナスの掌握、そしてオレ自身だ」

「トーマ自身?」

「あぁ、鞠奈はオレがあの本を使った後に出会った時、あの子の力でオレは私の手中にあるって言ってた……だからオレを、正確に言うとオレの持ってる聖剣と本の力を手に入れようとしたんだと思う」

「成る程ね……けどトーマの力は本人を狙うにしてもフラクシナスの方はどうやって──「それは、私の責任です」

 

 琴里の言葉を遮るように、言葉を発した鞠亜は。真っ直ぐ琴里の方を向き頭を下げる

 

「申し訳ありません、琴里。私がもっと状況を把握していればこんな事態にはならなかった。私が鞠奈の侵入を許していなければ……そもそもこの事態は発生しなかった」

「そう言うって事は、やっぱりそう言うことなのね? 貴方は──」

 

 鞠亜の言葉を聞いた琴里は、自分の中にあった疑念が確信に変わった言わんばかりの表情を見せ、鞠亜に言葉を投げる

 

「貴方は、フラクシナスの管理AI。それで間違いないのね」

「はい、その通りです。鞠奈から攻撃を受けた際、私は彼女を最もプロテクトが強固であるエリアに閉じ込め。その際に彼女の情報を元にこの姿を構築、トーマへ接触しました」

「……それが、今まで鞠亜の隠していたことなんだな?」

「はい、私がもっと早く打ち明けていれば、こんな事にはならなかった」

「? けど、打ち明ける機会はいくらでもあった筈だろ。どうして言わなかったんだ?」

 

 士道が感じた疑問、それを聞いた彼女はしばしの沈黙の後に話を始める

 

「怖かったんです……この世界に一人取り残されるのが」

「この世界に取り残されるってどういう事だ? 鞠亜も一緒に現実に来ればいいんじゃ……」

「士道、鞠亜はフラクシナスの……この世界の管理AIだ。世界を作った神様がその世界から離れられると思うか?」

「!まさか……」

「お前の思ってる通りだ、オレたちがこの世界からいなくなった場合、鞠亜はこの世界に一人取り残されることになる」

「…………」

 

自分たちが現実世界へと帰還した後の事を考え閉口する士道とは違い、トーマの近くで話を聞いていた美九は頭に疑問符を浮かべながら彼に質問をする

 

「アレ? でもお兄さんって今のままじゃこの世界から現実に戻れないんじゃ……」

「今のオレはオレ自身に絡みついてた拘束……というか呪縛をは無理やり壊したから問題ない……とは言え、それも鞠奈がこの世界を掌握してそっちに意識を割いた僅かな隙をついてって感じだったけどな」

 

 苦笑いをしながらそう言うトーマのことを見た美九は、少しだけ呆れたような、それでいて安心したような笑みを浮かべる。そしてその後どう鞠奈の場所を突き止めるのかを話し合おうとしたところで、十香が光っている本に気付き、琴里たちの方へ持っていく

 

「何やら本が光っていたから持ってきたぞ」

「本当だ、気付かなかったわ。ありがとう十香」

 

 光っている本は琴里に渡され本を開くと、画面が映しだされ、令音の姿が映る

 

「令音、何かあったの?」

『……敵の、或守鞠奈の目的がわかった』

「それならこっちでも突き止めたわ、敵の目的はフラクシナスそのものとトーマそのものよ」

『……後者は初耳だが、前者は恐らく違う』

「なんですって?」

『……我々も最初はフラクシナスやラタトスクの情報、技術が目当てだと思っていたんだが。どうやらもっと単純な嫌がらせらしい』

「単純な嫌がらせ?」

 

 その場にいる一同は令音の言葉に疑問符を浮かべていたが、その疑問はすぐに驚きへと変わった

 

『フラクシナスの主砲が起動した。チャージ完了までの猶予はあるが……これが地上に放たれた場合、直下にある都市の大部分が消滅する』

 

 

 

 

 

 電子の世界にいる全員がフラクシナスの主砲チャージを知ったのと同時刻、鞠奈は電子の海の中に居た

 

基本顕現装置(ベーシックリアライザ)制御奪取。主砲軌道は完了、照準は……とりあえずこれでいいはず」

 

 目の前に存在する情報を組み替え、操作しながら鞠奈は一人呟く

 

「私は、私に与えられた責務を果たす。そうすれば……きっと……! うん、そうだね、君も一緒にだった」

 

 険しい表情をしていた鞠奈の近くに現れたプリミティブドラゴンの本を見て、彼女は少しだけ表情を和らがせた後再び情報の操作に戻り、とある事に気付く

 

制御顕現装置(コントロールリアライザ)にアクセスできない? 物理的に遮断してるかマニュアル制御なのか……けど、手動なら制御できる時間なんてたかが知れてる」

 

 そう言葉にした鞠奈だったが、それが原因で正常に魔力のチャージが行えていないことに気付き、苦虫を噛み潰したような表情を見せるが。すぐに自分の中でスイッチを切り替える

 

「時間稼ぎ……けど、それならその時間を有効に活用させて貰いましょう。何人か余計なのが入ってきたみたいだけど、この世界を消すついでに……トーマのことを手に入れる」

 

 その言葉を最後に、鞠奈の周りにあった情報が次々と赤く染まっていった



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EX3-15, 行動開始

「……なんだ?」

 

 現状起こっている事、これから何をしないといけないか、そして鞠奈が何処にいるのかを話している最中。世界そのものにノイズが走る

 

「えっ? 壁が透けてる?」

「シドー! お茶碗がなくなったぞ!」

「令音」

『……あぁ、どうやら空間の構成に問題が生じているようだ。あまり猶予はないと考えた方がいいね』

「恐らく、鞠奈がこの世界を消そうとしているのだと思います」

「もし消滅したら、俺達はどうなるんだ?」

『……意識がその世界にある状態で消滅すれば、ただでは済まないだろうね』

「どちらにせよ、やばい状況に変わりはないわね」

 

 士道からの質問に答えた令音、そしてその言葉を聞いた琴里はトーマの方を見る

 

「トーマ、現状を考えると鞠奈を止めることが出来るのは貴方だけ。それはわかってるわね」

「わかってる、どっちにしろアイツを止めないといけないってのは元からだしな」

「けど、くれぐれも気を付けて。私たちが鞠奈を止めようとしてるのと同じように、鞠奈もトーマのことを狙ってるんだから……それで令音、そっちの状況に変わりはないのね?」

『……あぁ、約九割が鞠奈の手中だ。小細工で時間稼ぎをしているがそう長くはもたないだろうね』

 

 トーマのその言葉に頷いた琴里は、現在の状況を令音から聞き改めて状況を確認したうえで全員の方に視線を向ける

 

「みんな、目的地はわかってるわね」

「あぁ、マザールーム。それで間違いないよな」

「えぇ」

「この世界のコアがある場所、だったよな……けどそんな場所にどうやって向かうんだ?」

「それは私に任せてください。権限の殆どを掌握されていますがそれでも一部を使うことは出来ますから」

『……この世界で戦う為に、鞠亜の力は必要だ。それはわかっているね』

 

 令音の言葉を聞いた鞠亜は頷く

 

「はい、残された権限の一部を使い私が皆さんの力を再現する。そうすれば本を使って能力を行使しているトーマと美九以外の皆さんも力を使える筈です」

「それって、俺も戦えるってことか?」

「……皆さんの力を再現すれば、必ず」

 

 自分も戦えるのか、そう聞いた士道の質問を鞠亜が肯定した後。改めて全員の方を見る

 

「それと……皆さんにお願いがあります」

「お願い?」

「はい、もし、万が一私が消滅してでも鞠奈を助けられるのなら……彼女の手を、取ってあげてください」

 

 その言葉を聞いたトーマと万由里を除いた全員が、目を見開く

 

「鞠奈の、手を取る?」

「はい、私が鞠奈に権限を奪われるとき、一瞬だけ彼女と繋がり……彼女の中にある孤独を感じることが出来ました」

「……」

「彼女が目的を果たそうとしているのは、それを成し遂げればその孤独を埋められると思っているからです、ですが……」

「鞠奈を作ったのがDEMなら、その願いが叶う事はない。そう考えているのね?」

「……はい、彼らの事はフラクシナスの──私のアーカイブにも残されていましたから。もしかしたら道具として使い潰されてしまうかも知れない。だから──」

「鞠亜は、鞠奈を助けたいのだな」

 

 言葉の続きを言う前に、十香と美九の二人がそれぞれ鞠亜の手を取る

 

「……はい」

「それなら、鞠奈さんも助けちゃいましょう……少し違うかもですけど、私も寂しいって気持ちは知ってますから」

「私も同じだ、シドーたちに出会う前……何処かわからない場所で眠っている時、ずっと冷たかった……思えば、アレが寂しいという気持ちだったんだろうな」

「ラタトスクの目的は精霊と精霊を救うこと、それが人工的に作られた物でも変わらないわ」

「……そうだな、と言っても今回その役目は俺じゃなくてトーマがやることになりそうだけど」

 

 十香、美九に続いて琴里と士道の二人も握られている鞠亜の手の上に自分の手を重ねる

 

「……みなさん」

「悲哀の書は、悲しみの物語。その力を持って生まれたのが鞠奈なら。それを埋めるのはとても難しいことよ」

「わかっています」

「そう、それがわかってるなら私からは何も言わないわ。私も物語はハッピーエンドの方が好きだし」

「……そうだな、どうせ目指すなら全部を救える可能性を目指す方がいいよな」

「それじゃあ──「けど、勘違いするなよ」──え?」

「自分が消滅してもって言ってたが、それは絶対にさせない。鞠亜も鞠奈も、両方救う最高の結末を目指す」

「……はい!」

 

 全員の手が、鞠亜の手の上に重なった。その瞬間彼女の見せた表情は今までよりも更に人間らしくものだった

 

 

 

 

 

 改めて目的をはっきりと定めた全員は、改めて令音から話を聞く

 

『……マザールームのある場所に行くには、まず世界の綻びを探す必要がある。無論こちらの動きは鞠奈も承知しているだろうから妨害もされるだろう』

「世界の綻びは近くにさえ行ければ私が見つけられるはずです」

 

 その言葉を聞いたトーマたちは、互いに頷きあう

 

「それなら、急ごう。時間はないんだろ?」

「えぇ、それじゃあ鞠亜。お願い」

「はい。皆さん……よろしくお願いします」

 

神威霊装・十番(アドナイ メレク)!」

神威霊装・五番(エロヒム ギボール)! 灼爛殲鬼(カマエル)!」

剣爛撃弾(けんらんげきだん)! 神威霊装・九番(シャダイ エル カイ)!」

雷霆聖堂(ケルビエル)!」

 

【エターナルフェニックス】

──抜刀』

「変身ッ!」

 

「「鏖殺公(サンダルフォン)!」」

 

 各々が持つ力を顕現、あるいは寸分たがわぬ精度で再現を終えると、全マザールームの場所を探すため全員で移動を始めようとした直後。ファルシオンが剣を構え、思い切り中を切り裂く

 

「──はぁッ!」

「!!??」

 

 直後、現れたシミーは上半身と下半身を切り離され塵となり消滅する

 

「妨害する気満々みたいだな」

「そうみたいね」

「……急ぎましょう」

 

 襲撃を警戒しながら、改めて全員でマザールームを探し始めた



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EX3-16, 自己満足の為の戦いⅠ

 街全体から人が消え、無造作に湧き上がってくるシミーを蹴散らしながらファルシオン達は進んでいく。住宅街から場所を移動し商店街までやってきたところで令音から通信が入る

 

『……ストップ。そこからマザールームに入れそうだ』

「この、割れてる空間からって事ですか?」

『……あぁ、その通りだ』

「鞠亜、間違いないのか?」

「はい。確かに鞠奈の存在を近くに感じます」

「それなら、鞠奈の所まで案内頼めるか」

「任せてください」

 

 マザールームのある場所まで向かうため、士道と十香、美九が入っていく中で琴里と万由里の二人は入る様子を見せなかった

 

「どうした?」

「私と万由里の二人はここに残るわ」

「残る?」

「えぇ、何かあった時に備えてね。もしかしたらこの場所が閉じるかも知れないし」

「そう言うことなら、任せた」

 

 入口の前まで二人を残し、ファルシオンも空間の内部へと入っていく。それを見送った琴里と万由里の二人は未だ湧いて出てくるシミー達へと視線を向ける

 

「さてと、それじゃあ頑張るとしましょうかね」

「……そうね、それじゃあ────」

 

「「私たちの戦争(デート)を始めましょう」」

 

 その言葉を合図に、それぞれの武器を構えた二人は、自分たちへと迫って来るシミーへ向け業火と雷撃の一撃を放つ

 

 

 

 

 空間の裂け目に入り、先に入っていた全員と合流したファルシオンは改めて周囲を確認する

 

「……凄い光景だな」

「あぁ、一面同じ空間過ぎてどっちがどうかわかんなくなってくるな」

 

「……こちらです」

 

 全員を先導するように一歩前に出た鞠亜は進んでいく、彼女をついていくようにファルシオン達も進んでいく

 

「どれだけ進んだのか全然わからないな、これ」

「方向感覚も距離感も実際の感覚とは異なります。視界に囚われずに進んでください。確実に近づいています」

「……最悪の場合、目をつぶってるか? 手は引いてやるから」

 

「──みんな、来るぞ!」

「あら、てっきり二人で来るかと思ったけど案外大勢で来たのね。私嬉しくなっちゃうかなぁ」

「嬉しいならそれらしい反応見せたらどうだ?」

「……本当に嬉しいのよ? 出来るなら私たちだって仲良くしたいと思ってる……だけど貴方達にはそれができない、そうでしょ?」

「そうだな、本来ならオレとお前達は交わらないんだろうな」

「でしょう、だから──「だが」

 

 鞠奈の言葉を遮るようにファルシオンは彼女に言葉を投げる

 

「だが、現にオレたちとお前たちはこうして顔を突き合わせて話をしてる……それは間違いない」

「……そんな事言って、ホントは何が言いたいの?」

「人工精霊……鞠奈と言ったな。私たちはお前を救いたい」

 

 ファルシオンの横に並んだ十香がそう言うと、彼女は今まで見せていた笑みを崩し表情を歪める

 

「救う? もしかしてそんなことを言う為にぞろぞろとやってきたわけ?」

「あぁ、そのもしかしてだ。俺達ラタトスクは精霊を救うための組織だ、なら……お前が何をしようとも救う、らしい」

「可愛い女の子に頼まれたんなら、断るわけにはいきませんからねぇ……それに、初めて貴方をしっかりと見て、私も貴方に手を伸ばしたくなりましたから」

「そう言うことだ、鞠奈。オレたちはお前を消すんじゃなくて救いに来た。何がお前にとっての救いになるのかは知らんが……これから先は、オレたち全員の自己満足をお前に押し付ける」

 

 その場にいる全員が言葉をかけた後、鞠亜は鞠奈へと一歩近づく

 

「鞠奈。貴方が私から権限を奪い取った時、私には貴方の孤独が流れ込んできた」

「……それが何?」

「私は、トーマと出会い、みんなと出会い。この世界にはまだまだ知らないことがあると学びました……その上で、私は貴方の手を取りたいと思った」

「あっそ、だけどご生憎様。私は貴方達の手を取るなんて御免被るわ」

 

 その言葉の後、鞠奈が手を上に掲げるとそれに呼応するように地面からシミー達が現れる。それだけではなく、目の前にいた筈の鞠奈の姿が歪み、ゴーレムメギドへと姿を変えた

 

「数が多いな、無理やり突破するか?」

「……いえ、お兄さんたちは先に行ってください。ここは私が──」

 

 目の前に現れた化け物たちの相手をするためその場に残ろうとする美九の肩に手を置いた十香は、眼前の敵へ向けて鏖殺公の切っ先を向ける

 

「美九、ここは私に任せろ」

「十香さん、でも……「十香が残るなら、俺もここに残る」

「シド―、だが」

「どっちみち俺が居たところで何が出来るかわからないからな。いつもトーマに任せちまってる役回りを今回は俺がやるだけだ。だから美九はトーマたちと一緒に行け」

「五河くんまで……わかりました。お願いします」

 

 そう言い士道たちに頭を下げる美九を見た後、士道はファルシオンへと視線を向ける

 

「自己満足、絶対に突き通せよ」

「あぁ、お前もこんな所で死ぬなよ。まだまだ口説かないといけない精霊はいるんだからな」

「……わかってるよ」

 

「トーマ、美九。こっちです」

「お兄さん、行きましょう」

「あぁ、二人とも……改めてここは任せたぞ」

 

「あぁ!」

「うむ! 任された!」

 

 目の前の化け物を蹴散らしながら先へと進んだ後、ファルシオン達が進んでいった通路に立ちふさがるように十香と士道は立ちふさがった。その最中、チラリと士道の方を見た十香は鏖殺公を持つ彼の手が僅かに震えているのに気付く

 

「シドー、怖いのか?」

「……大見得切った手前いうのはなんだけど、結構怖い」

「そうか、だが大丈夫だ。シドーの隣には私が居る。それにこの場にはいないが四糸乃や耶倶矢たちもついている!」

「あぁ……そうだな。行こう、十香」

「うむ! 行くぞ、シドー!」

 

 同じ剣を構えた少年と少女は、自分たちへと襲い掛かって来る化け物たちを斬りつけた後、戦闘を開始した



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EX3-17, 自己満足の為の戦いⅡ

 空間の裂け目に背を向けながら、琴里は灼爛殲鬼を振るい目の前のシミーを焼き尽くしていくが、彼女が焼き尽くすよりも多くシミーは補充され続けた

 

「……ったく、キリがないわ」

「言っても仕方ないでしょ、元々無尽蔵に湧いてくるのはわかってた事でしょ?」

「わかってたにしたって多すぎでしょ」

「それに関しては、それだけ相手が私たちを消したいって事なんでしょうね」

 

 琴里と話していた万由里は、雷球を複数作り出してシミーの間へと投げ込む、雷球は無尽蔵に増殖し続けるシミー達の中心まで到達すると爆ぜ、電撃を受けたシミーはその場で消滅する

 

「せめてもの救いは、一体一体はそこまで強くないって事かしら」

「何て言ってたら、それも間違いになりそうよ」

「……みたいね」

 

 琴里と万由里の視線の先にあったのは、シミー達が融合し一体の巨大な怪物に変貌する様子。ゴリラを思わせる巨大な化け物に変貌したシミーは、二人へ向けて拳を振りかぶる

 

「あっぶな……」

「一撃は重そうだけど、やっぱり動きは遅いわね──雷霆聖堂!」

「灼爛殲鬼ッ!」

 

 攻撃を避けた二人は、目の前にいる化け物が見た目通りパワーはあるがスピードはないと理解し、雷霆聖堂の雷球と灼爛殲鬼の斬撃で同時攻撃を仕掛けるが、敵の皮膚が分厚く思うようにダメージが入らなかった

 

「固ったいわね」

「速度はないけど、パワーと頑丈さはありそうとか。絵に描いたような敵……それで、これからどうする?」

「やることは変わらないわ、私たちはあの裂け目が閉じないかを見ながら敵の相手をするだけ」

「……そうよね」

 

 目の前にいる巨大な敵、そして再び湧き始めたシミー達に面倒そうな視線を向けた二人だったが、スイッチを切り替えそれぞれの武器を再び構え直す

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子の世界、マザールームに繋がる道の途中。自分たちへ向かってくるシミーを蹴散らしながら、士道と十香はゴーレムメギドの相手をする

 

「……くッ」

「シドー! 大丈夫か!」

「大丈夫、けど普段から身体は鍛えとかないと駄目だな……疲れてきた」

「む? 疲れたのなら少し休むか? その間私が──」

「いや、大丈夫だ。いくぞ十香」

「そうか? それならいいが……」

 

 そんな話をした直後、攻撃を仕掛けてきたゴーレムメギドを切り払い。追撃を加える、その一撃に合わせるように士道も鏖殺公を振るい確実にダメージを与えて、後退させた

 

「よし、この調子で──ッ!?」

「どういう事だ、回復したぞ!?」

 

 そのままの勢いでゴーレムメギドを倒し切ろうとした二人だったが、目の前にいたメギド河シミー達を吸収し回復したのを見て驚きの表情を浮かべる。回復したメギドは二人の驚き、硬直した瞬間を見逃さず頭の腕を分離すると二人へ向けて飛ばした

 

「! しまった」

「こんっのッ!! 大丈夫か、十香!」

「すまないシドー、助かった」

「気にすんな、こっちも今まで何度も助けられてるからな」

 

 士道の手を取り、十香は立ち上がり鏖殺公を構え直した。それを見た士道も鏖殺公を構え直し、再び敵と向き合った

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの場所で戦いが始まっている中、ファルシオン達三人は鞠奈の居る場所──マザールームを目指し真っ直ぐ進んでいた

 

「感覚的にですけど、だいぶ進んだんじゃないですか?」

「そうだな、鞠亜。鞠奈までどれくらいかわかるか」

「はい、もうすぐ──この座礁、ここから繋げれば鞠奈の所にいけます」

「よし、行こう」

 

 鞠亜が通路の先に手をかざすと、扉が開くように空間が割れ、今までとは違う赤く染まった空間が姿を現す。三人はその空間を真っすぐ進んで行くとその先に彼女はいた

 

「随分とゆっくりとした登場ね、偽善者(ヒーロー)御一行様?」

「色々と準備に手間取ってな」

「あっそ、けどそんなのどうでもいいわ……ねぇ、トーマ」

 

 彼女はファルシオンの方へ視線を向ける

 

「貴方はさっき、自己満足の為に私を救うって言ったよね?」

「あぁ、言った。そしてそれを実行する気に変わりはない」

「そう……それじゃあ私も私の自己満足の為に、貴方達を消し去る」

 

 そう言った鞠奈は、懐からプリミティブドラゴンの本を取り出し自分へと押し付けた。前回戦った時と同じように骨の手が鞠奈の身体を包み込みその姿を少女から怪物へと変貌させる

 

「覚悟は良い?」

「鞠亜は下がってろ。美九、鞠亜を頼む」

「りょーかいです」

 

 鞠亜の事を美九に任せたファルシオンは、炎を翼を展開し鞠奈へと接敵をする

 

「──ふっ!」

「あら怖い、前とは違って無駄話はなし?」

「する必要あるか?」

「なりわね、やることは────決まってるからッ!」

 

 ただお互いの目的を果たす為に、ファルシオンと鞠奈の二人は互いの剣をぶつけ合う

 

「そう言えば、鞠奈はオレが欲しいとか言ってなかったか?」

「えぇ、言ったわ。けどここで貴方を消せば現実の身体とそこに宿った力は手に入る!」

「そう事は上手くいかねぇよ……上手く事ははこばせねぇッ!」

「言葉なら何とでも言える、けど貴方にはそれを実現する力はないじゃない!」

 

 ファルシオンと鍔迫り合いを続けていた鞠奈だったが、今の位置では間に合わない場所に骨を出現させる

 

「何も出来ない癖に、私を救うなんて言わないでッ!」

「あぁ……そうだな。けど、今のオレは一人じゃない」

 

 死角からファルシオンに向けられた攻撃を弾いたのは、鞠亜の事を守っていた美九。彼女はその攻撃の後、鞠奈へと言葉をかける

 

「鞠奈さん、貴方が何を思ってるのか……私たちにはわかりません」

「なら、大人しく消えて! 私の目的を果たさせてよ!」

「それは出来ません。だって……今の鞠奈さん辛そうですから」

「辛そう? 私が? そんな訳ないでしょ……だって、私がなすべきことを成せばきっと────「この寂しさを、埋めてもらえる……か?」 ──ッ」

 

 ファルシオンの言葉を聞いた瞬間、鞠奈の攻撃をする手が止まった。それを見たファルシオンもまた攻撃の手を止める

 

「鞠奈、人間は心のどこかに孤独を抱えてる」

「……急に、なに?」

「お前と同じって事だ、どこかで孤独を感じてるから誰かと一緒に居たいって思うんだ……お前もそうなんじゃないのか?」

「……そんな訳ないでしょ、私は一人で良い」

「なら、どうして私”たち”って言うんだ」

「それは……」

 

 鞠奈が言葉に詰まったのを見て、ファルシオンは本を閉じてトーマの姿に戻り、彼女へと向けて走り出す

 

「! 来ないで──」

 

 自分の元へ向かってくるトーマの姿を見た鞠奈は、骨の手を伸ばして攻撃をする。しかしその攻撃は当たることなく少しずつトーマと彼女の距離が縮まる

 

「お前がオレをどう思おうと構わない、偽善者だと思うなら勝手に思えばいい……ただ、その本を使った時に感じた寂しいって思いを、少しでも埋められるなら……オレはその手を掴む」

「勝手な事、言わないでッ!」

 

 外れていた攻撃が、次第にトーマへと当たりはじめ、受ける傷が少しずつ大きくなっていく

 

「お兄さん!」

「大丈夫だ……鞠奈、オレは自己満足でも、お前の孤独を一緒に抱える!」

 

 トーマがその言葉を放った直後、微かに鞠奈が放っていた攻撃が弱まる。その一瞬を見逃さなかったトーマは残りの距離を一気に詰めると鞠奈の手を掴んだ

 

「「────あ」」

「掴んだぞ、鞠奈」

 

 その瞬間、異形の姿だった彼女は少女の姿へと戻る

 

「トーマ、私は……」

「自己満足だって言っただろ、お前の孤独も、その子の孤独もオレが一緒に背負う。だから……一緒に行こう」

「私、私も……ッ!?ぁ、ァァァァァァァァ――――ッ!!」

 

 トーマの言葉に鞠奈が返事をしようとした瞬間。鞠奈の背中を突き破り無数の茨が出現し、トーマたちの居る空間そのものを飲み込んだ



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EX3-18, 自己満足の為の戦いⅢ

 鞠奈の身体の中から現れた茨は、完全に彼女の元から離れると少しずつ空間を侵食し始める

 

「これは、一体何が起こったんだ?」

「お兄さん! 鞠奈さん! 大丈夫ですか!?」

「オレは問題ない、だが……」

 

 そう言ったトーマが鞠奈へと視線を向けると、彼女の背中には大きな傷が出来ており傷口からは血が流れるようにデータが溢れ出していた

 

「これって、今すぐ治療を──「無駄、よ……」──鞠奈さん?」

 

 トーマに抱えられたまま、少しだけ身体を起こした鞠奈は言葉を紡ぐ

 

「まったく……ホントついてないわね……」

「鞠奈、大丈夫ですか!?」

「鞠亜……貴方も、少しは危機感持ちなさいよ……」

「今はそんな事言ってる場合では、今すぐ治療を──」

 

 鞠亜の言葉拒否した鞠奈は、自分の近くに居るトーマたちに視線を向けた後、笑みを浮かべる

 

「……お父様のため、そう自分に思わせてきたけど……私はずっと一人だった……けど、それを認めたくなくて……やり遂げればきっと、褒めてくれるって……けど、それも叶いそうにないわね」

「ずっと一人って事はないだろ」

「えっ?」

「鞠奈が私たちって言ってた通りです……貴方の側には、貴方を心配する人がずっといた」

 

 そう言った鞠亜は、鞠奈の近くに落ちていたプリミティブドラゴンの本を彼女に渡す

 

「あぁ……そうだったわね……この子が、ずっと……」

「……鞠亜、美九。鞠奈の事を頼んだ」

「トーマはどうするんですか?」

「あの茨を、叩き斬ってくる」

 

 そう言ったトーマは無銘剣を手に取り茨の中心部へと向かおうとした瞬間、彼の袖を鞠奈が掴む

 

「……鞠奈?」

「トーマ……この子も、連れて行ってあげて」

「いいのか?」

「えぇ……なんか、この子も怒ってるみたいだから」

「……わかった」

 

 鞠亜の言葉を聞き、プリミティブドラゴンの本を受け取ったトーマは単身茨の中心部に向かっていく。それを見送ると、鞠奈は呆れたような表情に変わる

 

「まったく……次から次に……スイッチの切り替えが、早い男ね」

「鞠奈、もう喋らないで。美九、破軍歌姫の力で──「もう、いいのよ」──ですが!」

「私ね、意外と満足してるの……こうして、最後に手を掴んでくれる人が来て……ただの願いじゃなくて、近くで誰かのぬくもりを感じられる……不思議ね、ただのデータの塊の筈なのに」

「データの塊なんかじゃありませんよ」

 

 鞠奈の言葉を否定した美九は、鞠奈に微笑むと頭を撫でる

 

「鞠奈さんは、こうして生きています。それは鞠亜さんも同じ……現実とかデータとか、関係ないんです」

「美九……」

「何かを願い、誰かを想う。それが出来ているなら……そのことが何よりも、生きている証です」

 

 空間を侵食し、マザールームを覆った茨の先を見つめながら美九はその言葉をかけた

 

 

 

 

 鞠奈の事を美九たちに任せたトーマは一人、茨の中を進んでいくと。その中心部に人型の影を見る

 

「……この気配、ファルシオンですね」

「お前の、その声は……」

「あぁ、いい声でしょう。私の創造者の声を模倣させてもらっているのです」

 

 目の前に現れた茨の化け物の声は、これまで何度もトーマたちの前に現れたイザクのものと同じ。その声を聞いたトーマの腕に力が入る

 

「……お前は、一体何なんだ?」

「私ですか、私は彼女に備え付けられていた自壊措置ですよ」

「自壊措置だと?」

「その通り、彼女と彼女に使用した禁書……その力は強大ですから万が一にも彼女が不要な感情を抱いた際はその存在をデリート出来るよう私は仕込まれた」

 

 

 目の前にいる怪物の言葉を聞いているだけで、トーマは怒りに飲まれそうになるが。それを抑えたのは手に握られていたプリミティブドラゴン、それに気づいたトーマが本に目を向けるとページの隙間から骨の龍が顔を見せていたが、すぐに引っ込む

 それを見たトーマは少しだけ表情を柔らかくし、思考を冷静にした後、目の前の怪物に聞く

 

「一応聞くが、不要な感情ってのは何のことを言っている」

「そんなの決まっているでしょう……希望ですよ。希望、目的を果たす為だけに作られた人形には不要な感情です」

「あぁ……そうかよ。それならもう──話すことは何もない」

 

 普段とは違う、鋭い視線を怪物に向けたトーマの周囲に青い炎が立ち昇り、無銘剣が火炎剣へと変化する

 

「行こう、プリミティブドラゴン……力を貸してくれ」

 

 それに応えるよう、プリミティブドラゴンのページは開かれる

 

【プリミティブドラゴン】

【エターナルフェニックス ゲット!】

 

「…………ッ!」

 

『烈火抜刀!』

 

 蒼炎がトーマの周囲を包み、骸骨の龍が身体を覆い尽くすと同時にトーマは走りだし、自身を包んでいた炎が霧散すると同時に中から現れたセイバーが目の前の怪物に斬りかかる

 

「はぁッ!」

「おや、恐ろしい。そんなに気に障りましたか?」

「当たり前だ……オレもこの子も、吐き気がするぐらい苛立ってるよッ!」

「それは失敬、他人の事を考えられずすみません。何分生まれたばかりのもので」

「減らず口をッ!」

 

 茨の触手を切り裂きながら、目の前の怪物に一撃を加えようとするセイバーだったが。その攻撃が当たる直前で不自然にラグが発生し防がれ続ける

 

「これは……」

「おや、気付くのがお早い。貴方の思っている通り彼女をデリートするついでに世界の権限は私が頂きました。なのでこのようなこともできますよ?」

 

 その言葉の直後、突如としてセイバーの身体は硬直し。触手の攻撃をもろに受ける

 

「ぐぁッ!」

「まだまだ行きますよぉ! ……っとそうでした、貴方のお仲間も苦戦中みたいですよ?」

 

 セイバーへ触手の攻撃を放ちながら、怪物はわざとらしく手を叩くと空間にモニターを表示する。そこに映し出されたのは異なる場所で戦っている士道たちの姿や、溢れ出てきたシミーから鞠奈と鞠亜を守る美九の姿。どちらも身体には無数の傷を負っており、表情も険しかった

 

「! みんな……こんっのォ!」

 

 全方位からセイバーへ向かって来た触手を、彼は背中から炎の翼を出現させることで焼き尽くす

 

「おや、まだそんな力を残していましたか。ですが所詮貴方はプレイヤー、私には────ッ!?」

「……うるさい」

 

 

 余裕の体勢を崩さなかった怪物だったが自身の思考よりも早く接近したセイバーに片腕を切り落とされる。すぐさま触手を使い自身の腕を修復した怪物だったが、目の前にいるセイバーの雰囲気が変わっていることに気付く

 

「おうあ、これはこれは」

「……叩き潰す」

 

 セイバーは火炎剣を一度地面に突き刺し、順手から逆手に持ち帰ると炎の翼を大きく広げて。怪物へと向けて襲い掛かった



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EX3-19, 自己満足の為の戦いⅣ

 目の前にいる怪物に襲い掛かったセイバーは、時々起こる一瞬の攻撃を無理やり振りほどいて攻撃を続ける

 

「はァッ!」

「この化け物が……ッ!」

「貴様が言うなァ!」

 

 この世界の管理者権限を使い自身に攻撃を当たらないように操作していた怪物だったが、それも一時しのぎに過ぎず無理矢理力を込めて刀身を押し当て、切り裂く。無茶な動きを続けていたセイバーは、鎧の隙間から血を流し、青い装甲の一部は赤黒く染まっている

 

「このまま……ズタズタに切り裂いて────っ」

 

 更に攻撃を続けようとした瞬間セイバーへの変身が解け、トーマの姿に戻る

 

「……急に、何で」

「は、はは……ハハハハハハッ! どうやら無茶な挙動が祟ったようですね!」

「ガハッ……」

「まったく、一時はどうなるかと思いましたが。天は私に味方したようですッねッ!」

 

 膝をついていたトーマに蹴りを入れた怪物は、倒れたトーマを触手で拘束する

 

「それでは、貴方を消して貴方の力と身体を貰うとしましょう」

 

 そう言ってトーマの身体に怪物が爪を突き立てようとした瞬間、怪物へ向けて紅蓮の砲撃が放たれる、それを避けた瞬間トーマを拘束していた触手は切り裂かれ。地面へと落下する

 

「トーマ、大丈夫か!?」

「人には無茶すんなとか言っといて、ボロボロじゃねぇか」

「全く、随分と無茶したみたいね」

 

「……士道、十香、琴里……どうして?」

 

「どうしてって、普通に敵倒してきたからに決まってるでしょ」

「万由里?」

 

「これは、どういう事でしょうか? 貴方達は確かに私が強化した駒に苦戦していた筈」

 

 自身の場所まで琴里たちが辿り着いた事を理解できていない様子の怪物を見て、琴里は笑う

 

「あら? 鞠奈から権限を奪ったわりにそんなこともわからないのね」

「……なんだと」

「貴方が見た光景はフェイクよ、フェイク」

「フェイクだと? そんなもの誰も作れるはずが……まさかッ!」

 

 琴里の言葉を聞いた怪物は、今まで自分で使っていた権限にアクセスしようとしたが。殆ど権限は取り返された後だった

 

「そう言うことよ」

「……さっきから、話が見えないんだが」

「あら? トーマ、ボロボロになって知能も士道レベルになったのかしら」

「どういう意味だお前」

「それについては、私が説明します」

 

 その場に現れ、トーマの元に近づいてきた鞠亜は今までのシスター服ではなく、フラクシナスを彷彿とさせる鮮やかな白と黒の霊装に身を包んでいた

 

「……お前、その姿は一体」

「これは……鞠奈から託された力です」

 

 

 

 

 

 

 時間は遡り、トーマが先に進んでいってから少し経った頃。美九に支えられていた鞠奈は、鞠亜の手を掴み自分に近づける

 

「鞠奈?」

「何ですか、鞠亜」

「……ううん、何でもない。ただ、こうして話すのは初めてだなって」

「そうですね……案外、話す機会はありませんでしたから」

「それもそっか」

 

 本格的な出会いは少し前、それ以前は互いの事を殆ど知らなかった二人だが、まるで長年一緒にいた姉妹のように笑い合う

 

「あーあ……寂しさ紛らわすのって、こんなに簡単なことだったんだ」

「みたいですね……私も知ったのはつい最近でしたが」

「そりゃそうだ……今、すっごく満たされてる。負けて良かったって……思えちゃってる」

 

 満足気な鞠奈の手を取り、鞠亜は言葉を紡ぐ

 

「私たちは、とても似ていますね」

「そりゃあ、貴方は私のデータを元にして生まれたんだから……当然でしょ?」

「そう言う意味ではありません。私も鞠奈も、特定の役割の為に作られた存在。私は精霊攻略のサポートを、鞠奈はフラクシナスの制御権奪取とトーマの力の回収」

「……そうね」

「ですが、トーマたちと触れ合い。もっと、一緒に居たいと思うようになりました」

 

 そう言うと、鞠亜は鞠奈の手を強く握り瞳を閉じる。すると鞠亜から鞠奈へ、0と1の羅列が流れ込んでいく。送っているデータは、トーマたちと過ごした僅かな時間。そして、鞠奈から鞠亜へも、0と1の羅列が流れこむ。彼女から送られてきたのは、彼女の感じていた寂しさと、ずっと彼女と一緒に居てくれた一冊の本の物語

 

 哀しみの物語は、一人の少女と出会い。ぬくもりを見つけた。一人ぼっち龍は自身と似た境遇の一人の少女と出会い。彼女の事を守りたいと願った、彼女の手を取ってくれるものが現れることを願い続けた

 

「……あったかいね」

「……そうですね」

 

 その様子を見守っていた美九は、少しずつ鞠奈の身体が光の粒子となっていることに気付くが、言葉を発するよりも先に鞠奈が起き上がり、鞠亜の事を抱きしめる。突然の行為に驚いた鞠亜だったが、すぐに笑みを浮かべると彼女の事を抱きしめ返す

 

「ずっと一緒よ、鞠亜」

「はい、ずっと一緒です……鞠奈」

 

 その言葉を最後に、二人の少女を虹色の光が溢れ出す。突然溢れ出した光に目を覆っていた美九だったが、次第にその光は収まり。二人の居た方を見ると、そこには鮮やかな白と黒の霊装を身に纏った鞠亜の姿があった

 

 

 

 

 

 

 

 士道に肩を借りたトーマは、鞠亜から話を聞き終えると目を閉じて呼吸を整える

 

「そうか……けどオレは結局救えなかったんだな」

「ちょっと、勝手に殺さないでもらえる?」

「……え?」

 

 視線を向けると、先ほどまでとは違い瞳の色が青から赤みがかった黄色に変わった鞠亜が腕を組んで息を吐いていた

 

「やっぱり驚きますよねー、私も最初見たときビックリしましたもん」

「……鞠奈?」

「そうに決まってるじゃない。まぁ身体は鞠亜のだけどね……それよりも、アッチの化け物見た方がいいんじゃない?」

 

 そう言った鞠奈が指を差したほうを見ると、完全に無視されていた怪物が苛立った様子でこちらをじっと見ていた

 

「貴様ら……この私を無視して話を続けるとは……舐められたものだなッ!」

 

 激昂した様子の怪物の操る触手が、真っすぐトーマたちの元へ向かっていくが到達するよりも前に琴里たちの攻撃を受け消滅していく

 

「くッ……ならば!」

 

 触手での攻撃が無駄であると直感した怪物は自信に残された権限を使いゴーレムやマーメイド、ピラニアメギドを再現し、召喚する

 

「む、また出てきたぞ」

「うわー、正直もう見たくないのが混ざってますねー」

「トーマは休んでなさい。こいつらは私たちがやるわ」

「……いや、もう大丈夫だ。多少回復したから一緒に戦える。士道も肩貸してくれてありがとな」

 

 そう言ったトーマも頬を叩いて気合いを入れ直すと、火炎剣を手に取ると、彼の横に鞠亜が並ぶ

 

「トーマ、私たちも戦います」

「行けるのか?」

「はい……それに、鞠奈も目の前の怪物には借りがあると言っていますから。私たちもあなたと、そしてその子と一緒に」

 

 そう言った鞠亜は両手を目の前で合わせると七色の光になり、トーマの手の中に収まる

 

【エレメンタルドラゴン!】

 

 鞠亜たちが変化した新しいワンダーライドブック、エレメンタルドラゴンが現れた瞬間、ベルトに装填されていたプリミティブドラゴンが宙に浮き、トーマの目の前で止まる。それが何を意味しているのかを理解したトーマは、プリミティブドラゴンを手に取り本を開く

 

【プリミティブドラゴン!】

【エレメンタルドラゴン!  ゲット!】

 

 繋がった二冊の本をベルトに装填すると、今までとは違う荒々しい待機音が鳴り響き空間そのものを揺らす。聖剣の柄を握り一度目を閉じたトーマは一歩前に出ると、全力で聖剣を引き抜いた

 

烈火抜刀! 

 

 

「────変身ッ!」

 

 その言葉と共に、トーマの周囲に骸骨の龍と炎そのものとも言える龍の二匹が現れた、そして二匹がトーマの周囲を回り始めると青い炎と赤い炎が立ち上がり、炎の渦を形成する

 

 

バキッ! ボキッ! ボーン! メラ! メラ! バーン! シェイクハンズ!  ────

 

────エレメンタルドラゴン! 

『エレメントマシマシ! キズナカタメ!』

 

 

 炎の渦の中心が輝き、青と赤みがかった黄色い閃光と共に炎が霧散する。その中に立っていたのは二匹の龍が握手をしているような装甲を纏った炎の剣士──セイバー エレメンタルプリミティブドラゴン

 

「おぉ、すごいですねー」

「なんか派手ね」

「……なんか、若干ラーメン屋混ざってなかったか?」

「! ラーメン……」

 

「すごい、力が溢れてくる」

『そりゃあ、私と鞠亜が力を貸してるんだから当然ね』

『そうは言ってもまだダメージは回復しきっていません、気を付けてください』

「わかってる」

 

 新たな姿になったセイバーは、改めて合流した琴里たちと共に眼前の敵を真っすぐ見据える

 

「はッ、人数が増えて新しい姿になった程度で勝った気になるとは舐められたものですね……まぁいい、その力ともども精霊たちを我が創造者たちへの手土産にしましょう!」

 

 対峙していた怪物もは、召喚したメギドに加えシミー達を追加で増やした。そして少しの睨み合いの後、最後の戦いの幕が上がる



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EX3-20, 終幕

 戦いの幕が上がった瞬間、最初に動いたのは怪物側。触手を操りセイバーたちを貫こうとするが一撃セイバーと士道、十香の斬撃で防がれる

 

「小癪な……行けッ!」

 

 怪物の放ったその一声で、メギド達が襲い掛かる

 

「私が雑魚から片付けるからみんなは他をお願い」

 

 万由里は琴里にそう言うとシミー達へ向けて雷球を放つ。轟音が鳴り響くなか十香と士道もシミーを蹴散らしながら、それぞれゴーレム、ピラニアメギドとの交戦に入る

 

「美九、私たちはあの人魚擬きの相手をしましょうか」

「そうですね、正直もう見たくなかったんですけどまためっためたにしてやります!」

 

 琴里と美九もまた、灼爛殲鬼と音銃剣を構えてマーメイドメギドと戦い始める。それぞれがそれぞれの戦いが始まったのを確認すると同時にセイバーもまた、茨の怪物へ接敵し剣を振るう

 

「私の相手は、やはり貴方ですか」

「当たり前だ……たかが数分でもお前にはだいぶ切れてるからな!」

 

 触手を剣のような形に変化させた怪物はそれを使って火炎剣をいなし、セイバーへ向けて拳を振るうが、その一撃はセイバーをすり抜け空を切る

 

「何ッ!?」

「今のは……けど──」

 

 自分でも何が起こったのか理解できていないセイバーだったが、ダメージを与えるチャンスを見逃さず怪物の脇腹に蹴りを入れる。その一撃を受け吹き飛ばされた怪物はそれでもセイバー向けて触手を伸ばすが、その一撃も空を切る

 

「どういう事だッ! 何故当たらないッ!」

「……なんでだろうな」

『それは、私たちの力よ』

「鞠奈?」

『正確に言うと、私たちの生み出した本の力ですね。具体的な説明をすると長くなりますが……』

「それならそこら辺は後で聞く」

 

 仮面の奥で、僅かに笑みを浮かべたトーマは改めて火炎剣を構え直し自身の吹き飛ばした怪物へ向けて駆けだしていく

 

 

 

 

 

 出現し続けるシミーを蹴散らしながら、万由里はセイバーの方へと視線を向ける

 

「新しい物語……最近生まれすぎな気もするけど」

 

 掌に雷球を出現させた万由里は、接近してきたシミーの腹部に押し当て風穴を開けた。その攻撃から間髪入れずに雷球を剣のような形に変化させるとシミー達を切り裂いていく

 

「それにしても、無尽蔵に湧いてくるわね」

「万由里! 伏せなさい!」

「!」

 

 少し離れた場所から万由里に向かい投げかけられたその言葉に従い万由里が伏せた瞬間、彼女の上空を紅蓮の砲撃が薙ぎ払い周囲に居たシミー達を消し炭にする

 

「危ないわね」

 

 周囲に熱が残る中、砲撃の来た方へ視線を向けると灼爛殲鬼を大砲状態にした琴里と上半身だけになったマーメイドメギドの姿があった

 

「はぁ……はぁ……」

「琴里さん、大丈夫ですか?」

「……えぇ、大丈夫よ。ただ、少しだけ休ませて」

「わかりました。でも敵は倒し……たわけじゃなさそうですね」

 

 上半身が消し炭になった筈のマーメイドメギドは、周囲の塵を集めると上半身を復元したのを見てため息を吐く

 

「はぁ、ホント忌々しいものに限ってすぐに消えてくれないの……うんざりしますね」

「美九」

「万由里さん? どうしたんですか?」

「この本、使ってみて」

「わかりました!」

 

 万由里が美九にブレーメンのロックバンドのワンダーライドブックを渡した直後、魚の鱗を模した刃物を撃ち出してきた

 

「そんな攻撃に、当たるわけないでしょう!」

 

 音の障壁を発生させた美九はマーメイドメギドの刃物を防ぐと、銃奏状態の音銃剣を使いマーメイドメギドを銃撃、ダメージ与える

 

「──ッ!?」

 

「それじゃあ、パパっと決めちゃいますよ」

 

『ブレーメンのロックバンド! イェーイ! 

 

 エネルギーをチャージした音銃剣の銃口をマーメイドメギドへと向け、引き金を引く

 

『錫音音読撃! イェーイ!』

 

 銃口から放たれた音の一撃はマーメイドメギドへと当たると、メギドの身体全体に音を響かせ、爆散する

 

「決まりました」

 

 

 

 美九がマーメイドメギドを倒した直後、十香と士道の戦いも終盤に差し掛かっていた

 

「シドー!」

「あぁ!」

 

 十香が伸ばしてきた手を士道が取る、それと同時に互いに相手していたメギドを切り替えダメージを与える

 

「よし、この調子なら」

「待て、シドー」

 

 斬撃により深手を負ったメギドだったがすぐさま、データを修復し元の状態に戻る

 

「すぐに再生しちまうのか」

「なら、再生できない程に消し去ればいい。最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)! シドーは私に合わせてくれ」

「わかった!」

 

 巨大化した剣を振り上げる十香に合わせ、士道も己の持つ鏖殺公を天に掲げると彼の持つ剣も同じように最後の剣状態へと変わる

 

「シドー!」

「あぁ! くらえぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 二人の手によって鏖殺公を振り下ろされ、メギドへと向けて放たれたエネルギーを受け二体の身体は塵となり消滅する

 

 

 

 仲間たちが敵を撃破した直後、セイバーもまた目の前にいる茨の怪物にダメージを与える

 

「はぁッ!」

「くっ……この!」

『トーマ! 右から攻撃!』

「わかった」

 

 鞠奈の指示に従ったセイバーは右から来る攻撃を避け、火炎剣で攻撃を加える

 

「このまま決めるッ!」

 

【必殺読破!  マシマシ!】

【エレメント合冊斬り!】

 

 納刀した剣を引き抜き、四属性のエレメントを刀身に宿した火炎剣を構えたセイバーはまっすぐ怪物へ向かっていく。相対していた怪物もセイバーへと攻撃をするが、当たる直前でセイバーの身体は風になり、攻撃は空を切る

 

「これで、終わりだッ!」

 

 火炎剣の刀身が怪物に当たり、その身体を切り裂いた。切り裂かれた箇所から炎が燃え広がり爆散した

 

「……倒した、のか?」

『えぇ、そのはずよ……その証拠に、周りを見なさい』

 

 鞠奈にそう言われたセイバーが周囲を確認すると、空間を覆っていた茨は消滅を始め、それと同時にトーマたちの身体も少しずつ光の粒子になり始める

 

「これは?」

「トーマの身体が、この世界から現実の世界に戻ろうとしているんです」

「……鞠亜」

 

 光になり、消滅を始めたトーマと同様に、士道たちもまた消滅を始めた

 

「みなさんとも、お別れです」

 

「鞠亜たちは、どうなるんだ?」

「私たちはただ、元の形に還るだけ……最も、鞠奈と一つになった以上今までとは少しだけ違う形になりますが」

「また、会えますよね?」

「……どうなんでしょうね」

 

 また会えるのか、という美九の問いに対して鞠亜は曖昧な返事をすると両手を自分の胸に当てる

 

「明確な形で合えるかはわかりません……ですが、私たちはいつも見守っています。この場所(フラクシナス)で、ずっと」

「……わかりました」

「そろそろ時間みたいですね────それじゃあ、精々精霊の攻略、頑張りなさい」

 

 その言葉を最後に、少しずつトーマたちの姿は薄くなっていく

 

「鞠亜、またな」

「もし現実の世界にこれたなら、一緒に美味しいものを食べよう!」

「これからもよろしくね、二人とも」

「……それじゃあね」

 

 それぞれの言葉を残し士道、十香、琴里、万由里の四人がこの世界を去る。残ったトーマと美九の二人も鞠亜たちと向き合い、笑顔を向ける

 

「鞠亜さん、鞠奈さん。また明日です!」

「……はい、また明日(えぇ、また明日)

「それじゃあお兄さん! 先に現実で待ってますね!」

「あぁ、また現実で」

 

 美九もこの世界から消滅し、現実へと戻った。世界も少しずつ消滅を始め……空間そのものも白く染まり始める

 

「……トーマ、ありがとうございました。結局愛を知ることはできませんでしたが、それ以上に大切な思い出を手に入れることが出来た」

「────貴方のお陰で、この寂しさを少しだけ埋められた」

 

「オレは何もしてない。ただ……普通に生活をしてただけだ」

 

「それなら、その普通が私たちにとって救いになったということです」

 

「そうか……それなら、良かったのか?」

 

 曖昧な表情を浮かべるトーマを見て、鞠亜たちは笑みを浮かべた後、彼に向けて手を差し出す

 

「最後に、握手を」

「あぁ」

 

 彼女の望みを叶える為、鞠亜たちの手を取った瞬間──トーマの身体は引かれ、鞠亜の唇と自身の唇が触れ合う

 

「それじゃ、またね。トーマ────これからも、貴方に幸があらんことを」

「……またな」

 

 目を片方ずつ、赤みがかった黄色と青に染めた鞠亜に別れを告げると。トーマの意識も少しずつ薄れていった

 

 

 

 

 

 

 

 おぼろげな意識の中で目を覚ましたトーマが目を覚ますと、視界に映ったのは機械的な天井

 

「おはようございます、お兄さん」

「……あぁ、おはよう。美九」

「随分とお寝坊さんですね」

 

 そう言って笑う美九の手を借りて身体を起こしたトーマは周囲を見回すが美九以外の人影はない

 

「みんなは?」

「五河くん達は一足先に帰りました……琴里さんと万由里さんは、今回の一件の事後処理だそうです」

「随分と迷惑かけたみたいだな」

「気にしないでください。いつもの事ですから」

 

 笑みを浮かべる美九に対して、トーマも笑顔を返す……こうして、トーマは電子の世界から現実の世界へと帰還した

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現実の世界へと帰還してから数日の時が流れたある日、琴里が入院中だったトーマの元へやって来る

 

「琴里で来たってことは、今回の事件の話か?」

「えぇ、今回は貴方に渡すものがあってきたの」

 

 そう言って彼女から差し出されたのはトーマが普段から使用しているスマートフォン

 

「これ、オレのスマホか?」

「えぇ、今日はこれを返しに来たのと、今回の件で少しね」

 

 琴里がそう言うと、彼女はベッドの横にある椅子へ座る

 

「今回の事件、結果的に地上への被害は0で済んだわ」

「そうか……それなら良かった」

「えぇ……けどそれだけじゃないわ。今回フラクシナスのメインコンピュータに侵入されたのが原因でシステムの大規模点検をすることになったのよ」

「そうか……だが、それをわざわざオレに報告しに来たのか?」

「そんな訳ないでしょ、システム点検の間、預かってほしい子達がいるのよ」

 

 そう言うと琴里は、スマホの電源を入れる。しばらくの間スマホの起動画面のあと、ホーム画面まで移行するとそこには一人の少女が居た

 

「お久しぶり……という程ではないですね」

「……そうだな」

「そう言う訳で、システムの点検が終わるまでの間、鞠亜たちの事を預かってもらえると助かるわ」

 

 それだけ言うと、琴里は席から立ち上がり病室の外へと出て行った。残されたトーマは一人、画面の中にいる少女を見る

 

「こっちの承諾もなしに出て行っちまったな」

「トーマは嫌ですか?」

「そんなわけないだろ、こうしてまた会えたのは嬉しいに決まってる」

「──それなら、私たちが住み着いても問題ないわね」

「あぁ」

 

 瞳の色を交互に変えながら笑みを浮かべている二人の姿を見て、トーマも笑みを浮かべる

 

「そう言えば、プリミティブドラゴンと二人から産まれたエレメンタルドラゴンの本はどうなったんだ?」

「それに関しては現在フラクシナスで現在調査中です──本のエネルギーをどうにか転用できないかを模索してるんだって」

「……それ、危なくないか?」

「──問題ありません。そうなった場合は私たちがすぐさまデータを消去しますから」

「じゃあ、問題ない……のか?」

「当たり前でしょ」

 

 画面の向こう側にいる二人で一人の少女に目を向けながら、トーマは自分の掴んだ成果を実感する

 

「どうかしたのですか?」

「いや……ただ、手を掴めて良かったと思ってるだけだよ」

 

 そうしてトーマが見上げた空は、今までよりも青く輝いていた




駆け足気味になりましたが、これにて或守インストール編も終了です
次回以降、再び原作のお話に戻ります

お楽しみ頂きありがとうございました


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第Ⅷ章, 七罪サーチ
第8-0話, 魔女とトーマの前日譚


 これはトーマが宵待月乃──美九と再会するまでの間に起こった出来事

 季節は秋、収穫を祝い、悪霊を払う宗教的行事、ハロウィンを数日後に控えた日の出来事。トーマは、世話になっている定食屋の店主からハロウィンに備えてお菓子の仕入れを頼まれ商店街までやってきていた

 

「……おっちゃんめ、オレがそう言うの得意じゃないってわかってるだろうに」

 

 記憶を失っているトーマは、自分があまりそう言ったものを食べないのもありどのようなお菓子を買えばいいのか頭を悩ませつつ商店街を歩いているとトーマの後方で何かが倒れる音がした

 

「ん?」

 

 後ろを振り向くと倒れていたのは魔女のような服装をした緑髪の少女が倒れていた。倒れている少女から微かに霊力を感じたトーマは軽く息を吐くと彼女の事を背負って歩き始めた

 

 

 

 

 

「ん、んん……あれ? ここ……どこ?」

「目が覚めたか?」

「えっ? ────ッ!!??」

 

 公園のベンチで少女を休ませていたトーマは、目を覚ました瞬間にもの凄い勢いで距離を取り、木の影に姿を隠す。そんな少女の姿を見て少し呆気に取られていると彼女は影から少し顔を出してこちらに視線を向けてくる

 

「……どういうつもり?」

「えっ?」

「だから、私みたいなのを助けてどういうつもり……何か目的があるんでしょ」

「目的って、行き倒れてたら普通助けるだろ……強いて言うなら死なれちゃ困るからだよ」

「……死なれちゃ困る?」

「あぁ、精霊があんなところで行き倒れてたら何されるか分かったもんじゃない」

 

 精霊、その言葉を聞いた瞬間、隠れていた少女は更に警戒心を強める

 

「アンタ……どうして精霊こと知ってんの」

「知り合いにいるからだよ、それに──よっと」

 

 トーマは無銘剣を召喚するとエターナルフェニックスをベルトに装填し姿をファルシオンへと変化させる

 

「こんな風に、オレもそっち側だ」

 

 ファルシオンの姿を見た少女は、おずおずと彼の方に近づいてくると、近づいて来て木の枝でつつく

 

「……なにこれ」

「わからん、オレの力らしいんだが……どうやって手に入れたのかそもそも何なのかさっぱり覚えてない」

「覚えてない?」

「あぁ、記憶がないからな……今はオレを拾ってくれたおっちゃんの所に下宿しながらその日暮らしだよ」

「……それ、都合のいいように利用されてるだけじゃん」

「それでもいいんだよ、住む場所は確保できてる訳だし……オレ自身も感謝はしてるしな」

 

 ファルシオンはそう言うと無銘剣とベルトを消してトーマの姿に戻る。人間の姿に戻った少女は再び木の陰に逃げようとしたが、その瞬間ぐぅという音が周囲に鳴り響いた

 

「……飯、買ってくるか?」

 

 少し顔を赤らめながらこくりと頷く少女を見たトーマ、少し笑みを零した後コンビニへと向かった

 

 

 

 

 

 おにぎりやお茶など軽食を買い、改めて公園に戻ってくるが見回す限りの場所にあの少女の姿はなかった

 

「……いない、やっぱりか」

「いるわよ」

「いないだろ、空耳か?」

「ここよ、ここ」

 

 声の聞こえてきた方を見ると、公園異立っていた一本の木がぽんっと少しポップな煙と共に箒の形をした天使を持った少女が姿を現した

 

「こういう能力なの、私の贋造魔女(ハニエル)は」

「贋造魔女……何が出来るのか気になるが今は、ほれ」

 

 少女に向けてコンビニの袋を渡すと、少女はそれを受け取った後ベンチに座りおにぎりを開ける。その後、無言でおにぎりを食べていた少女の隣に座っていたトーマは、隣から視線を感じそちらに顔を向ける

 

「どうした」

「……別に」

「そうか」

 

 そうは言ったものの少女が何か言いたいのではないかと思考を回し、トーマは一つの結論を出す

 

「そう言えば、名前を名乗ってなかったな。オレはトーマ……苗字はない、よろしく」

「……七罪、よろしく」

 

 短い会話を続けた後、七罪は袋にゴミをまとめる

 

「ごちそうさま」

「もう行き倒れる心配はないか?」

「……うん」

「そうか、それじゃもう行き倒れるなよ。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 もう行き倒れる心配のないことがわかったトーマはその場を去ろうとしたが、七罪に服の裾を掴まれる

 

「まだなんかあるんでしょ?」

「いや、特に何もないけど……」

「う、嘘。ここまでやっておいて何もなし何てありえない。言いなさい、何が目的なの」

「だから特に目的とかないって……強いて言うなら未来への投資だ」

「未来への、投資?」

 

 何を言っているのかわからないと言った様子の七罪を見たトーマは近くにあった木の枝を手に取ると公園の地面に丸を書き軽く叩く

 

「この丸が今のオレだ」

「うん」

「そんで、さっきお前に飯を渡したのは無償の善行……それを積み上げていけば────」

 

 トーマは丸から真っ直ぐ線を伸ばしていき、少し離れた場所にもう一つの丸を書く

 

「──未来のオレにきっと良いことが起こる」

「……なにそれ」

「それくらい考えても罰は当たらないだろ、ここで良いことをしとけば未来の自分にいいことが返ってくる。そう考えておけば無償の善行も悪くない」

「けど、結局それが返ってこなかったら意味ないじゃない」

「未来なんて誰にもわからないんだ、良い方に考えてても損はしない」

 

 トーマの言葉を聞いた七罪は呆れたような表情を浮かべながら口を開く

 

「アンタ、もしかして底なしのバカ?」

「どうなんだろうな。自分じゃわからん……まぁ、また行き倒れそうになったらオレの所に来れば飯くらいは出してやるよ」

 

 それだけ言い残して、トーマは公園から去っていく。その背を見送った七罪もまた、贋造魔女を顕現させた後その場所から姿を消した

 

 

 

 

 

 

 

 それから時は進み現在へと至るまで、七罪がトーマの前に姿を見せることはなかった。しかしそれはあくまでも”彼女”としての姿だ、時に彼女以外の姿に化けトーマの前に現れる、そうした交流を続け、二人の関係も赤の他人から時々時々出会う知人へと変わっていった

 これから始まる物語は、そんな二人の物語……ではなく、七罪が士道と出会う所から始まる。奇妙で、色々な人に迷惑をかけるハロウィンのお話



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第8-1話, ハロウィンの魔女

 電子世界での騒動が集結してからしばらく経った頃、フラクシナスは大規模なメンテナンスとセキュリティの強化を終え通常の状態に戻った。そんな船の一室でトーマは新たに手に入れた二冊のワンダーライドブックの調査を行っていた

 

「プリミティブドラゴンにエレメンタルドラゴン……どっちも凄い力を秘めてるが──」

『両方とも力が不安定過ぎる……でしょ?』

 

 トーマの操作していた端末の画面に姿を現したのは白い髪に赤みがかった黄色い瞳を持つ少女──或守鞠奈。現在の彼女はもう一人の自分であり唯一の姉妹ともいうべき存在。或守鞠亜の身体に宿るもう一つの人格と言った形で存在している

 

「その通り、プリミティブドラゴンの方は単体で使う分には問題ないが……一緒に使うのが安定するのは事実だが、ずっとオレが持ってる訳にはいかないだろ?」

『そうね、特に私と鞠亜から生まれたエレメンタルドラゴンは私たちの存在そのものと結びついてるかも知れないし』

 

 鞠奈の懸念している通り、エレメンタルドラゴンは鞠亜と鞠奈の二人から生み出された本であり、新たに生み出された物語ではあるものの同時に二人の存在を支える核になっている可能性もある。その可能性がある以上トーマもこの本の使用には慎重になっていた

 

「使わせてもらうにしても、暫くは様子を見た方がいいか。プリミティブドラゴン(この子)はオレが預かってて大丈夫か?」

『えぇ、お願い』

「それじゃ、エレメンタルドラゴンの方は管理よろしくな」

『──はい、私たちに任せてください』

 

 唐突に瞳の色が赤みがかった黄色から青に変わり、人格が鞠奈から鞠亜へと切り替わる

 

「急に変わるな、相変わらず」

『鞠奈は我が強いので……ともかくエレメンタルドラゴンはこちらにお任せください。琴里と万由里も少々試したいことがあるとの事なので。しばらくはお二人に預ける予定です』

「試したいこと?」

『はい、ですが詳細は明かされていないので、わかった際には改めてご報告します』

「わかった、それじゃあよろしくな」

 

 それだけ言うとトーマはこちらに頭を下げている鞠亜に軽く手を振ってから街に戻ろうとしたが、艦内に空間震警報が鳴り響いたため踵を返し司令室まで向かう

 

 

 

 

 

 司令室までやってきたトーマが中に入ると、既に士道が精霊とのコンタクトを行っている様子が映し出されている

 

「琴里」

「トーマ、少し遅いんじゃないの」

「すまん……それより今回の精霊は?」

「まだ士道君と接触はしていません。霊力は確認できているので接触に向かって貰っている所です」

 

 琴里に変わって神無月がトーマの問いに答え、再びモニターまで視線を戻すとフラクシナス内に士道の声が聞こえてきた

 

『ちょっと雰囲気出すぎだろ、これ……』

「文句言ってんじゃんないの・。出現した精霊は既に空間震発生ポイントから西に移動しているわ。すぐにASTも現場に到着するはず、余計な茶々入れられる前に接触してちょうだい」

『了解……っ』

 

 琴里が士道との通信を終えたのを確認したトーマは彼女へ近づくと話しかける

 

「オレも向かった方がいいか?」

「……そうね、すぐに転送するからいつもみたいに後方からお願い」

「了解」

 

 琴里から了承を取り、現地へ向かうため移動をしようかと動き出した瞬間、士道の困惑の声が艦橋へ聞こえてきた

 

『……は?』

「ちょっと? 何してるの? 精霊の反応はもっと先──」

 

 士道の怪訝な言葉に怪訝な表情を見せた琴里もまた、映し出される光景に言葉を止める。一体何を見たのかを確認するためにモニターへと視線を向けたトーマはその光景を見て、今回顕現した精霊が誰なのかを理解する

 

「……マジか」

『な、なんだ……これ。遊園地のアトラクションが生きてた……わけないよな……』

「──えぇ。微弱ながら周囲に霊波反応があるわ。詳しいことがわからないけど、恐れく精霊の能力に関係しているんでしょう」

「その通りだ」

「トーマ?」

 

 彼女の放った言葉を肯定したトーマは、こちらに視線を向けてくる琴里やクルーの視線を受けながら話を続ける

 

「士道、聞こえてるな」

『あ、あぁ、聞こえてる』

「今回の精霊はオレの個人的な知り合いだ。今からその特徴を伝えるから──」

 

『あら?』

 

 士道に今回の精霊の特徴を伝えようとした瞬間、士道の上空から声が聞こえてくる。視線を向けた先にいたのは魔女を思わせる女性。その女性の姿を見たトーマは軽く息を吐いてから士道に……否、この場にいる全員に告げる

 

「……すまん。やっぱ今回はオレ、お前らを手伝えないわ」

 

 その言葉を聞き、驚きの表情を見せる一同を背にすると、トーマは踵を返してブリッジを後にした

 

 

 

 

 精霊と対面していた士道もまた、インカム越しに聞こえてきたトーマの言葉に驚いていると、少し離れた場所にいた筈の魔女はすぐ近くまで近づいてきていた。年の頃は二十代、グラビアアイドルが裸足で逃げ出すほどのプロポーションを持った魔女は、値踏みするような視線を彼に向けた後、少し顔を近づける

 

「ふふっ、別にそんなに怖がらなくても、取って食べたりしないわよ」

「あ、あの、俺は──」

 

 目の前にいる精霊の想定外の行動にビクっと身体を震わせた士道は何とか言葉を返そうとするがそれよりも先に精霊が片手を伸ばし、士道の顎をくいっと持ち上げる

 

「へぇ……なかなかカワイイじゃない。どうしたの、僕? 確か私が限界するとこっちの世界では警報が鳴るって聞いてるんだけど?」

「そ、それは……」

『士道、選択肢よ!』

 

 トーマの放った言葉で僅かに機能不全を起こしていたフラクシナスクルーだったがいち早く再起動を果たした琴里が士道へと選択肢が出た事を伝える

 

 

 

 

 

 

➀「理由は一つです。あなたに、会いに来たんです」

②「ぼ、僕、何もわからないですぅ……逃げ遅れて、気付いたら、ここにいて……」

③「とりあえずおっぱい揉ませてもらってもよろしいですか」

 

「総員──選択!」

 

 メインモニターに選択肢が映しだされると、琴里が司令官席から艦橋下のクルーへ向けて号令を出す。その声を聞いたクルーたちは一斉に手元のコンソールを操作し、選択肢を選ぶ。時間にして数十秒の後、画面上に集計結果が表示される

 

「まぁ……順当なところかしらね」

 

 表示された結果を見た琴里は加えたチュッパチャップスの坊を動かしながらそう言葉にする。表示された結果は一と二の選択肢が拮抗しており、三には票が入っていない。その結果をみたクルーの一人、中津川が指をパチンと鳴らした

 

「ここは➀でしょう。まだ相手の気性がわからない以上、奇を(てら)うのは危険なハズです……相手の気性知ってる人もどっか行っちゃいましたし」

 

 有力な情報を話す前にどこかへ行ってしまったトーマへの不満を若干漏らしつつそう言った中津川に反論するように、今度は箕輪が声を上げる

 

「いえ、ここは絶対②で行くべきです。中津川くんは男だからわからないかもしれませんけど、士道くんは意外と母性本能をくすぐるタイプなんですよ! 見たところ、今度の精霊はお姉さん! 今こそその武器を最大限生かすべきです!」

「あー……」

 

 箕輪の熱弁を聞いた椎崎が賛同を示すように小さな声を上げた

 

「なるほど、わからないでもないわ……でも以外ね、③に一票も入っていないなんて。てっきり神無月あたりがまた悪ふざけをするものかと思っていたのだけれど」

「そんなまさか、私はいつでも真剣です」

 

 琴里がそう言いながら艦長席の後ろに立つ男──神無月に目をやると彼はいたって真剣な表情で言葉を返した

 

「本音は?」

「胸は膨らみかけが思考ですので、あのようなだらしないおっぱいに興味はありません」

「…………」

「選択肢が、『膝の裏を舐めさせてください』だったら少し悩みました」

「…………」

 

 真剣に変態的なことを言う神無月を見た琴里は、無言でちょいちょいっと指を曲げ、神無月に膝を折らせると、その目へ向けて舐め終わったチュッパチャップスの坊を噴き出した。真っ直ぐ神無月の眼へ向けて飛んで行ったその棒は、真っすぐ彼の眼に着弾する

 

「ノォォォォォォォォォッ!?」

 

 目元を抑え後方に倒れこむ神無月を他所に、飴玉ホルダーから新しいチュッパチャップスを取り出しながら、士道のインカムに繋がるマイクのスイッチを入れ

 

「──士道、②よ。できるだけ目を潤ませながら、上目遣いで」

 

 精霊と対峙している士道にそう指示をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は手伝わないと表明し、早々に離脱したトーマは一人マンションに繋がる道を歩いていると携帯の振動を感じ取り電源ボタンを押すと。アプリが勝手に立ち上がり鞠亜が姿を見せる

 

「フラクシナスの方に居なくていいのか?」

『機能の大部分はアチラにあるので問題はありません。ここに来たのも聞きたいことがあったからですので』

「聞きたいこと……って、大方さっきの事だろ?」

『はい、どうしてあのような事を言ったのですか、今回もいつものように協力を──』

「言ったろ、個人的な知り合いって……アイツの事を知ってるからこそ、オレが余計な情報を伝えるのはノイズになる」

『……それで、今回は静観すると?』

「そう言うこと……そんじゃ、後は任せた。どうしようもない場合は手を貸すから」

『……わかりました、ですがこの事は後ほど琴里たちにも共有させてもらいますね』

「それに関しては構わない、それじゃあな」

『はい、それでは』

 

 鞠亜との話を終えたトーマは携帯の電源ボタンを押すと、改めてマンションへ向かって歩き始めた



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第8-2話, ドッペルゲンガー

「ふぁあ……」

 

 先の精霊との遭遇があった翌日。士道は大きなあくびをこぼしながら、自身の通う来禅高校の廊下を歩いていた

 士道がここまで登校を遅らせたのは、先日あった精霊──七罪に原因があった。士道と七罪のファーストコンタクトは最初こそうまく言っていたがASTの襲撃を受け、彼女が自身の天使──贋造魔女(ハニエル)を顕現させ応戦を始めた所までは良かったのだが、土煙により彼女がくしゃみをして士道が目を閉じている間に好感度が急降下した後、士道に危害を加える旨の言葉を残し姿を消した

 

「もう昼休みか……随分遅れちまったな」

 

 本来であれば精霊が出現しても学業に支障が出ないように配慮されているのだが、昨日は七罪についての緊急会議がフラクシナスで開かれ、士道もそこに出席していた。基本的には早めに終わる事その会議だが、今回は七罪の使う能力の詳細、そして能力を使用した意図が掴めなかったこと、好感度が急降下した理由、そして上記にも記したとおり士道に危害を加える旨の発言をしたことが重なりいつもより時間がかかってしまったのだった

 一応仮眠は取ったものの完全に眠気が取れている訳でない士道だったが、教室のドアを開けた瞬間、眠気は吹き飛んだ

 

『…………ッ!!』

「え? な、何だ? どうしたんだよ、みんな……」

 

 教室に入るなり自身に突き刺さるクラスメイトの視線、それを受けた士道はわけのわからないまま頬に汗を滲ませていると教室の端に集まっていた亜衣麻衣美衣が目をギラッと光らせ素早い身のこなしで士道へと近づいてきた

 

「よくもおめおめと戻ってこれたな五河士道ォ!」

「自分が何をしたかわかってんでしょうね!」

「痛覚を持って生まれた事を後悔させてくれるッ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体何をそんなに怒ってるんだよ!」

 

 士道を囲み怒りを浮かべている三人の気迫に押された士道は思わず身を竦めながらそう言う、彼女たちに怒鳴られる事は珍しくないが今回ばかりは心当たりのない士道がそう言うと三人は更に語気を強め士道に迫る

 

「シラを切ろうたってそうはいかないんだからね!」

「そうよ! 証人はたくさんいるんだから!」

「この桜吹雪、忘れたとは言わせねぇぜ!」

 

「三人とも、少しいいだろうか」

 

 身に覚えのない疑惑をかけられた士道は助けを求めるように周囲を見回すと、三人娘の後方から聞き馴染みのある声が届く

 

「! 十香!」

 

 見知った少女の登場に安堵した士道をよそに、十香は亜衣と麻衣の間をすり抜けて士道の前までやって来た

 

「助かったよ、十香。一体こいつらどうしたんだ? 俺は今登校してきたのに────」

 

 安堵の息を吐いた後、何がどうなっているのか訊こうとした士道を腹部にぽすっと顔を赤らめた十香のグーが当てられる

 

「……なぜ、いきなりあんなことをしたのだ。その、なんだ……驚くではないか」

「へ……? な、何言ってるんだ、十香……? 俺は何も──」

「……何?」

 

 士道が素直に答えると、十香は眉根を寄せて表情を険しくしていった────直後、目に涙を溜めながらぽすぽすと連続して士道の胸を叩いてきた

 

「わっ、な、なんだよ十香、痛いだろ……」

「うるさいっ! 見損なったぞシドー! 百歩譲ってあれは許すにしても、自分のやったことを認めないとは何事だ!」

「いや、だからあれってなんだよ!?」

「……っ! そ、それは……その、あれだ、わ、私の……」

 

 十香は口ごもり、赤い顔を更に真っ赤にしてうつむいてしまった。そんな十香を、亜衣麻衣美衣たちが抱きしめると、士道に非難の眼を向けてきた

 

「いいのよ! いいのよ十香ちゃん!」

「自分の罪を否認した挙げ句、被害者にフラッシュバックさせようだなんて!」

「貴様には落ちる地獄すらありはしない!」

「いや、だから! なんのことなんだよ!?」

 

 一体自分の身に何が起こっているのか、それを理解することの出来ない士道はたまらず叫びを上げる。瞬間、士道の右手首がガッと掴まれた……そこに立っていたのは鳶一折紙、普段と変わらない表情の彼女であったが瞳の奥に宿る確かな意思を感じ取った士道は嫌な予感を覚えつつ言葉を口に出す

 

「お、折紙? まさかおまえも俺に何かされたっていうのか……?」

 

 士道の言葉を聞いた折紙は目を伏せ、ふるふると首を横に振った

 

「何も」

 

「そ、そうか……」

 

 折紙の回答に一安心した士道は若干こわばっていた身体から力を抜いた瞬間、折紙は無言のまま手を引きあらかじめボタンを外していたであろう自分のブラウスの中に士道の手を突っ込み、胸に押し当てた

 

「!!??」

 

 突然の行動に士道の思考はショートし、僅かな間ではあるが完全に思考を止め、再起動同時に大慌てで手を引こうとするが手首はガッチリとホールドされ動かず、逆に動かせば動かすほど温かく柔らかな感覚が手に伝わり頭の中で更なる混乱を巻き起こす

 

「な、何をしているかーっ!」

 

 そんな状態になった士道の腕を掴み折紙から引き剥がしたのは少し前まで顔をうつむけていた十香、彼女のお陰で右手が自由になった士道は未だ手に残る感覚にドギマギしつつ折紙に問いかける

 

「お、折紙……? おまえは俺に何もされなかったんじゃなかったのか……?」

「そう。だから、今からしてもらう」

「は……はぁっ!?」

「さぁ、皆にしたことを私にもして。壁際に押し付けて顎を持ち上げて、耳に甘い息を吹きかけておもむろにスカートを捲って」

 

 いやに具体的な指示に士道は目を見開き、近くで聞いていた亜衣麻衣美衣の三人は恥ずかしそうに頬を染める。そんな周囲の様子に構わず、折紙はまくし立ててくる

 

「そして濃厚なディープキスを交わし、服を引き裂き、乙女の純潔を奪い、一生消えない士道の痕跡を身体に刻み込んで」

「はっ、えっ、えぇぇッ!?」

「鳶一折紙! シドーはそんなことはしていないだろう!」

 

 暴走を止めない折紙相手に、十香がたまらずといった調子で叫びヲ上げる……が、折紙は未だ暴走を止めずずずいと士道に詰め寄る

 

「さぁ、士道、さぁ」

「ちょ……いや、あの…………」

「さぁ」

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!」

 

 何故か謝罪の言葉を述べながら逃走する士道を追いかけようと折紙も追いかけようとするが十香に阻まれ言い争いが始まる、そんな声がどんどん遠くなっていくのを聞きながら廊下を駆け抜けた士道は、追いつかれない場所に逃げ込み、汗を拭いながら荒くなった呼吸を整える

 

「はぁ……はぁ……みんな一体何を言ってたんだ? 俺は今登校してきたなッ狩りだってのに……」

「混乱してるな、士道」

「うわっ!? ってなんだトーマか」

「なんだはこっちの台詞だ、撤収作業中に駆け込んできて何かあったのか?」

「いやそれが、みんな変なんだよ」

 

 急に駆け込んできた士道から事の顛末を聞いたトーマは、売り切れたパンの入っていたカゴをカートに載せ終えると改めて士道へと視線を向ける

 

「それはお前、アレだ。ドッペルゲンガー」

「ドッペルゲンガー?」

「あぁ、同じ人間が同じ場所に複数存在する。そう考えれば不可解な事は何もないだろ」

「それはまぁ……そうだけど」

「なら、これ以上被害がデカくなる前に探したほうがいいぞ……アイツの能力なら、マジでお前の人生終わらされかねないからな」

「! お前、やっぱり何が起こってるのか知ってるんだな」

 

 士道の問いを受けたトーマどちらとも取れる笑みを浮かべた後、カートを押しながら言葉を発する

 

「あぁ……けど昨日も言った通りだ。今回の件は中立、七罪側にも、お前達側にも介入する気はない」

「七罪って……頼むトーマ教えてくれ! 今何が起きてるのかお前なら知ってるんだろ!」

「介入する気はないって言ったろ、後、オレから教えるんじゃ駄目なんだよ。他ならぬお前自身の手で解決しないと……じゃあな」

「おいトーマ! 待てって──」

 

 後を追おうとした士道だったが目の前からやってきた小さな人影が士道の前で止まる

 

「五河くん……!」

「た、タマちゃん……じゃなくて、岡峰先生。すみません俺いま急いでて────?」

 

 思わず喉から出てしまった言葉を訂正した後、トーマの後を追おうとしたが岡峰先生はガッと士道のシャツの裾を掴んだ

 

「ど、どうしたんですか、先生……」

 

 少し前にも似たようなことがあったなと、嫌な予感を感じがした士道は、一応彼女に問いかけると、岡峰先生は今にも泣きだしそうな顔を作り訴えかけるように声を発してきた

 

「あ、あんなことをしておいて、何を言ってるんですかぁ……! も、もう私お嫁に行けません……、ちゃんと責任取ってもらいますからね!」

「え、えぇぇッ!?」

 

 ある程度覚悟していた事だが士道だったが、いざ口に出されると動揺はする。鬼気迫っている彼女の様子に一歩後ずさると、今度は廊下の曲がり角から一人の少年が現れ士道の姿を見るなり怯えたような声を発した

 

「と、殿町……?」

「五河……くん、あの、な……俺、よく冗談を飛ばしてたし、誤解させてたかも知れないけど……そういう趣味、ないから……」

「お前は一体何をされたんだよ!?」

 

 トーマとの会話によって今起こっている騒動の原因が七罪であることはわかった士道だったが、具体的に彼女が何をしたのか、そしてどうすれば弁明をすることが出来るのかを考えていた士道は視線を右へ左へと向けると────その先に、五河士道が居た

 

「え…………?」

「…………」

 

 廊下の先に立っているもう一人の自分、まるで鏡の中から出てきたのではないかと錯覚するもう一人は自分の方を一瞥すると、二ッと唇の端を歪めて小さく手を振りながら廊下を歩いて行った

 

「ま、待て……っ!」

 

 もう一人の自分の挑発するような行動を見た士道は、近くに居た岡峰先生と殿町を振り切り、駆け出した



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第8-3話, 二人の士道

誤字脱字報告、ありがとうございます
伝えるのが遅くなってしまいましたが、いつも感謝しています


 もう一人の自分が消えていった方向へ真っ直ぐ進んでいくと、見知った後ろ姿を確認できた

 

「! あいつ……」

 

 何でもないと言った様子で歩くもうもう一人の自分を見た士道は奥歯をぐっと噛み締め走る速度を上げる。校内の色々な場所を駆けまわり最終的に辿り着いたのは屋上、扉の前に立った士道は荒くなった呼吸を整えるように胸元に手を置き、大きく深呼吸をする

 

「はぁっ、はぁ……っ、もう……逃げ場は……ない、はず────」

 

 呼吸を整えた士道はドアノブに手を掛け、一気に開け放った。薄暗かった視界が一輝に開放感のある青空に浸食され、一瞬を眩ませた士道だったがすぐに屋上へ足を踏み出しフェンスに囲まれたそのエリアを探るように視線を巡らせる

 

「よう、意外と早かったな」

「……っ!」

 

 聞こえてきた声へと視線を向けた士道が見たのは、自身が今し方出てきた塔屋の上に悠然と腰をかけるもう一人の自分

 

「おまえ……やっぱり、俺────いや、違う。何が目的だ、七罪!」

「あら? てっきりもう少し悩むと思っていたけれど……なんか意外ね」

「カンニングをさせてくれた奴が居たからな」

「……あぁ、そう言うこと。こんなことになるならあの変人を口止めしとくべきだったわね」

 

 現在の状況と、昨日の七罪がASTとの戦闘中に見せた贋造魔女は光を浴びたモノを別の物へと変化させていた。それは人や無機物問わず適応されるもので、その能力を利用すれば自分の姿を別の姿に変えることも可能なのだろう

 だからこそ士道は理解できない、彼女が何をもってこのような事をしているのか。だからこそ聞く、いつものように精霊と対話をする

 

「七罪、お前の目的は何なんだ。俺そっくり化けて、みんなに悪さをして……本当に、俺の人生をおしまいにするってのが目的なのか!」

「────ニ十点」

「え……?」

 

 さっきまで笑みを浮かべていた七罪は半眼を作り士道の事を見下ろす

 

「言ったでしょう? 私の秘密を知ったからには、ただでは済まさないって。こんな嫌がらせ程度で済ますわけないじゃない。もっとめっちゃくちゃのぎったんぎったんにしてやるんだから……!」

「ちょ、ちょっと待った。そもそも七罪の秘密って、俺は何も──」

 

 士道が言葉を返そうとした瞬間、七罪は踵を屋上に叩きつけて無理やり言葉を止める

 

「だから危険なのよ。私の秘密を知る者は、この世界に存在してはいけないんだから……あぁでも、あの変人は知ってるんだっけ。けどまぁ、そんなの今はどうでもいいわ、だって──ここに士道くんが二人いるんだもの」

 

 呆れや諦め、その中にある僅かな嬉しさ。そしてそれ以上に強い負の感情、様々なものをごちゃまぜにしたような凄絶な笑みを浮かべた七罪は士道の方を指さす

 

「同じ人間が二人もいるなんて、士道くんもおかしいと思うわよね?」

「……七罪、お前まさか!」

「ぽんぽーん。ア・タ・リ。今日から私が、士道くんになってあげる。今日から私が士道くんを演じてあげる。何も心配はいらないわ、私の観察眼は完璧。あなたとあなたの周りの人の関係も把握済み。あなたがいなくなっても、きっと誰も気づかない。あなたがいなくなっても世界は変わらずに動き続けるわ」

 

「──生憎と、そいつは無理だと思うぞ。七罪」

 

 士道が反論するよりも先に、聞こえてきたのは士道たちの上空。太陽の光に照らされていたその人影──トーマは炎の翼を羽ばたかせながら屋上へと着地し、翼を消すと手に持った無銘剣を肩に担ぐ

 

「中立じゃなかったのかしら? それともやっぱりアンタもそっち(士道くん)側な訳?」

「勘違いすんな。こうして顔を出したのも軽い忠告だ」

「忠告?」

「あぁ、人間って奴は不思議な生き物だからな。その人との関係が深ければ深い程自然と本人かどうかが見極められるもんだ」

 

 その言葉を聞いた七罪は、僅かに表情を歪ませる

 

「そんなの、アンタが勝手に言ってるだけでしょ。私の観察眼は完璧、絶対に見破られるはずがないわ」

「それなら試してみると良い」

「試す? 試すってどうやって────」

 

 士道が言葉を続けようとした瞬間、屋上のドアがバンと開かれ二人の少女──十香と折紙が顔を出した

 

「この、貴様は別のところに行くがいい! シドーは私が見つけ出すのだ!」

「それはこちらの台詞。あなたになど任せておけない、早く教室に戻るべき」

 

 どうやら士道の事を探していたらしい二人は、いつものように喧嘩をしながら互いに睨み合い、押し合うようにしながら屋上へと出てきて、自分たち以外の屋上にいる面子を見つけ目を丸くする

 

「トーマ、それにシドーが……二人?」

「……どういうこと?」

「どっちかが偽物でどっちかが本物って事だ」

 

 二人の疑問に答える形でトーマがそう言うと、士道はこの場に二人の自分がいるのなら身の潔白を証明できると思い言葉を口にする

 

「十香、折紙! 聞いてくれ、こいつは──」

「こいつは偽物なんだ! 俺に化けて、みんなにイタズラをしたのはこいつだったんだよ!」

 

 が、それよりも先に七罪が大きな声で言葉を発する、口調や声音を完全に自分のものと同じものにして

 

「な……! だ、騙されないでくれ、二人とも! 本物は俺だ!」

「何言ってやがる! 俺が本物だ!」

 

 瓜二つの人間が、全く同じ声音でそう言っている様子を見た二人は眉をひそめる。どちらが本物なのか迷っているであろう二人に対して士道が出来るのは必至に訴えかけることのみ

 

「十香、折紙、信じてくれ……! 俺が本物の五河士道なんだ!」

「騙されちゃ駄目だ! 頼む──信じてくれ!」

 

 十香と折紙はどちらも本物としか思えない二人の士道を見比べる

 

「むぅ……これは、どちらかが偽元というわけか。ならば──」

「不可解な状況、しかし──」

 

「おまえが、偽物だ」

「あなたが、偽物」

 

 しばしの間を置いた後、二人は人差し指をびしっと────七罪が化けた方の士道へと向けた

 

「な……!?」

 

 まさか見破られると思っていなかった七罪の表情が驚愕に染まる

 

「な、なに言ってるんだ、二人とも。俺は──」

「正解だ」

 

 言葉を遮ったトーマは軽い拍手を二人に送ると、二人の方を憎々し気に見る七罪の肩に手を置いて質問をする

 

「それにしても、なんでわかったんだ?」

「なんで、と言われてもな……なんとなくだ。確かにシドーそっくりだが、本物と並び立つと、何か匂いが違うような気がした。それだけだ」

「あなた一人しかこの場にいなかったのなら、騙されていたかもしれない。実際、先ほどまで私はあなたを士道だと思っていた。しかし、二人士道がいて、どちらかが本物であるという条件下での問いならば話は別。あなたは本物の士道よりも瞬きが0.05秒ほど速く、また身体の重心が士道よりも0.2度ほど左に傾いている。間違えようがない」

 

「うわー……」

「な、何なの……何なのよこの子たち! どうかしてるわ……!」

「いや……それは、まぁ……」

 

 改めて折紙のプロファイルを目にしたトーマは若干引き、七罪もまた困惑と若干の恐怖が混じった様相を見せる。そして戦きながら呟いた七罪の言葉を聞いた士道は曖昧に返した

 二人に対する感謝はあるが七罪の驚く気持ちもわからないでもある士道が何とも言えない感情を抱えていると……七罪は忌々し気に歯噛みをした後、バッと右手を高く掲げた

 

 その直後、虚空から現れた箒型の天使は七罪の手に握られ、箒の先端が輝くと共に七罪の姿が士道のものから長身の美女へと変化する

 

「な……っ!」

「…………!」

 

 驚愕で目を見開いた十香と折紙は、士道を守るように片足を引く。しかしそんな二人の様子を気に留めることもなく悔しそうに歯をすり合わせガリガリと頭をかいている。そんな様子を見ていたトーマは、彼女へ一歩近づき言葉をかける

 

「だから言っただろ、関係が深ければ深い程、自然と本人かどうか見極められるって」

「……認めない、こんなの嘘! 絶対に認めないんだからッ!」

 

 トーマの方へ僅かに視線を向けた後、七罪は悔しそうな表情を浮かべ士道たちに指を向けてきた

 

「このままじゃ済まさない……! 絶対に一泡吹かせてやるんだから……!」

 

 軽やかな動作で箒の柄に乗った七罪はその言葉と共に空へ飛んでいく

 

「あ──お、おい!」

 

 慌てて追いすがろうとするが──時すでに遅し、士道たちの方を一瞥することなく、七罪のシルエットは小さくなっていった

 

「く……」

 

 霊力を封印するための方法は、好感度を上げること、だが現状は何も進展する事はなく、むしろ状況が僅かに悪化したような気さえする

 

「シドー」

「士道」

 

 士道がそんなことを考えていると、彼と同じように上空を見ていた十香と折紙は士道へと視線を向ける

 

「な、なんだ、二人とも」

「あやつは一体何者なのだ!?」

「あの女は誰。どういう関係なの」

 

 何を聞かれるのか、薄々わかっていた士道は顔を引きつらせトーマの方を向くが、既に彼の姿はなく……どうにか七罪の事をぼかして説明できる方法がないかを考え始めた

 

 

 

 

 

 学校での出来事があった日の夕方、夕食の買い出しを終えたトーマが一人歩いていると建物の影に気配を感じた

 

「……ん?」

 

 周囲に視線を巡らせてみるが何処にも人影が見えない、自分が感じた気配が誰なのかを把握したトーマは近くにあった自販機で飲み物を二つ買ってからベンチに座る

 

「随分と士道にご執心だな、七罪」

「……当たり前でしょ、私の秘密を知ったんだから。ぎったんぎったんにしてやる」

「オレはあっちより今の姿の方がいいと思うけどな」

「うっさい、ロリコンの変人」

 

 いつの間にか隣に座っていた七罪は、置いてあった飲み物に口をつけると目線だけをトーマの方へ向ける

 

「ねぇ、アンタ」

「どうした」

「その、お昼に言ってた事……本当なの?」

「関係が深ければ深い程、自然と本人か見極められるってやつか?」

「そう、それ」

 

 自身の質問が肯定されたトーマは、少し悩んだ後言葉を紡ぐ

 

「……少なくとも、オレは本当だと思ってるよ。実際仲が良い奴らはわかりそうだと思ってるし、鳶一折紙は兎も角……十香に関しては伝えた感覚が近いんだと思う」

 

 士道と十香も気付けばそこそこ長い付き合いになってるからな。そう付け足したトーマの言葉を聞いた七罪は手に持った飲み物を一気に飲み干すとトーマの方を向く

 

「トーマ、私がこれから仕掛けるゲームにアンタも参加しなさい」

「ゲーム?」

「えぇ、詳しい事は後のお楽しみ……だけど、もしアンタが一番に当てられたら。さっきの言葉を少しだけ信じても……いい」

 

 眼を伏せながらそう言う七罪の肩は僅かに震えていル。それに気づいたトーマは立ち上がると帽子越しに彼女の頭を雑に撫でる

 

「頭撫でんな」

「すまんすまん、けどわかった。オレがお前を一番最初に当ててやる……けど────」

 

 その後の言葉を聞いた七罪は目を見開いた後、その場から姿を消す。それを見送ったトーマもまた近くに置いてあった買い物袋を手に取り家路へとついた



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第8-3.5話, 蠢く闇

 DEMインダストリー、英国本社ビル。そのニ十階にある会議室に集まっているのはこの会社に所属する役員、巨大な楕円形のテーブルに着き、手元に置かれた資料に目を通し難しい顔を作っていた

 その資料に記されていたのはDEM社業務代表執行役、アイザック・ウェストコットが日本で不当に権力を振りかざした結果、DEM日本支社と、それに併設された核施設を半壊状態に追い込んみ、貴重な魔術師(ウィザード)を幾人も死傷させたという情報。この一件がDEM社にもたらした被害もまた甚大でアリ、その場にいる役員たちも部屋の最奥に座る男、アイザック・ウェストコットに対し少なからず負の感情を向けている

 

「一体……何を考えているのですか! ミスター・ウェストコット!」

 

 周囲から負の感情を向けられても悠然と座っているウェストコットに対し、取締役の一人が手元の書類をテーブルに叩きつけ、声を荒げる。メガネをかけた初老の男は取締役会の中では若手だが、ウェストコットよりは年上に見える

 彼のウェストコットに対する乱暴な態度を諫める者がこの場に居ないのは、ウェストコット以外の全員が同じような事を思っているからだろう。しかし自身が糾弾されているにも関わらず別段狼狽える様子を見せず、小さく肩をすくめるだけだった

 

「君の質問の意図がわからないな、マードック」

「惚けないでいただきたい! 自衛隊への不当な干渉に魔術師《ウィザード》及び装備の私的利用、一般人に被害が及ぶような襲撃作戦を指示し、あまつさえオフィス街の一角を丸々戦場に!? 被害額は軽く見積もっても十億ポンド以上! 日本政府にも大きな弱みを握られる事になってしまった! 一体この事態をどう収めるつもりですか!?」

「問題ない、それに見合うだけの収穫はあった」

「収穫……? 一体それは」

「────喜びたまえ、プリンセスの反転に成功した」

 

 ウェストコットの放った言葉を聞き、取締役会の全員が目を見開き微かなどよめきが会議室で起こる

 

「ふざけているのですか……ッ! 状況を理解して頂きたい! 下手を打てば、DEM社の存続に関わる事態に発展するやもしれないのですよ!? 精霊が、何ですって!? 一体精霊が、我が社の窮地をどう救ってくれるというんですか! あなたのお遊びと自己満足に付き合っている暇はもうないんだ!」

「……ほう?」

 

 ウェストコットの言葉を聞いたマードックは、更に怒りをあらわにして叫びを上げた。それを聞いたウェストコットは今までの浮かべていた無機質的な笑みを崩してはいないものの眉がぴくりと動く

 だが、怒りに呑まれたマードックはそれに気づかぬ様子で、会議室に居並んだ取締役たちに目を向ける

 

「貴方方にも問いたい! 彼にこれ以上勝手な真似を許していいのか!? こんなことを続けていれば、そう遠くない未来DEMインダストリーは崩壊してしまう! そうなる前に、然るべき処置を執るべきではないのか!?」

「然るべき処置……とは?」

 

 マードックの向かいに座っていた男がそう問いかけると、彼は芝居がかった調子で両手を広げながら、宣言するように言葉を紡ぐ

 

「私は! 今ここに、ウェストコットMDの解任を要求する!」

 

 その言葉を聞いた取締役の中には、驚きの表情を作る者もいたが大半はこの解任要求を知っていたかのような様子を見せる。その様子を見たマードックは満足げにうなづき、ウェストコットの隣に座る老人へ目を向けた

 

「さぁ、ラッセル議長。決を」

 

 促すように首を前に倒すと、ウェストコットの隣に座っていた人物──ラッセルは難し気な顔でウェストコットへ視線を送る

 

「……よろしいですか、ミスター」

「もちろん。それは取締役会に与えられた正当な権利だ」

 

「…………では、決を取ります。ウェストコットMDの解任に賛成の方は、挙手を」

 

 ウェストコットの言葉を聞き、何かを察したように息を吐いた後、彼が声を上げるとマードックが高らかと手を上げ、それに続くように居並んだ取締役たちが続々と挙手をしていく。その数は若い役員を中心に、半数以上

 通常であれば異常な事態だが、今回の一件は明確にウェストコットの行動による損失は大きく、取締役会の中でも大きな波紋を呼んでいた。それに加えウェストコットの傍若無人な振る舞いに不満をため込んでいる物も少なくなかった。

 その様子を見たウェストコットがマードックへと視線を向けると、彼は鼻を鳴らしながら嘲笑めいた笑みを浮かべる。それを見て今回の一件はあらかじめ彼が手を回していたのだろうと考え、心の中で軽い拍手を送る

 

 その様子を見ながら、ウェストコットの隣に座っていたラッセルが挙手した役員の数を数えるように会議室ないに視線を巡らせ、静かに言葉を発する

 

「──挙手数ゼロにより、ウェストコットMDの解任要求は棄却とします」

「何だって?」

 

 ラッセルの言葉を聞いたマードックは浮かべていた表情を一転させ眉をひそめる

 

「こんな時に冗談はよしてくれ、ミスター・ラッセル。あなたにもチェアマンとしてのプライドがあるだろう、それとも、ついに上がっている手の数が見えないくらいに目を悪くしてしまったのですか?」

「いえ。私は見たままの結果を答えただけですよ」

「……何?」

 

 訝しげに視線を上に向けたマードックは、その先にあった光景を見て息を詰まらせる。直後、マードックに賛同する形で手を上げていた役員たちも徐々に顔を苦悶に歪めていく。それもそのはず、彼らが高らかと上げていたはずの腕は──肘から先がなくなっていたのだから

 

「う、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 何が起こっているのか、それを正しく認識した全員が自らの感じている痛みを自覚し、絶叫を上げその場にへたれ込む。綺麗に清掃されていた筈の会議室は楕円形のテーブルを中心に血液に染まり会議室は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄に変わる

 

「────お遊び? 自己満足? アイクの作り上げたDEMの名に後から乗っただけの方が、知った風な口を利いてくれますね」

 

 ウェストコットの後方から現れた少女、エレン・ミラ。メイザースはワイヤリングスーツなしでレイザーエッジを握っている彼女の手によって取締役たちの腕を斬ったのだろう

 

「まぁそう言うな、エレン。彼は至極真っ当に、自分の置かれた環境を利用し、自分に与えられた権利を行使しただけさ」

「ですが」

 

 なおも食い下がろうとするエレンを制したウェストコットは、ゆっくりと椅子から立ち上がる

 

「医務室に医療用顕現装置(メディカル・リアライザ)を用意させてある。今すぐ接げば、数日後には元通りになっているだろう。──行きたまえ。君たちはDEMの未来を担う優秀な人材だ。こんなところで片腕を失うのは馬鹿馬鹿しいとは思わないかね?」

 

「……っ、貴様……!」

 

 もはや敬語を使うこともなく、ウェストコットを睨みつける。しかし彼はそれを気にする様子もなく、小さく肩をすくめた

 

「心配せずとも、私のお遊びと自己満足が済めば、この会社は君たちにくれてやるさ────なに、すぐだ。我々が今まで待ち続けた時間に比べればね」

 

 取締役がいなくなり、ウェストコットとエレンのみが残った会議室。最後に立ち去ったラッセルとすれ違う形で、イザクが姿を現す

 

「随分と派手にやったみたいですね、エレン」

「……別に、それほどでもありません」

「冷たい反応ですね」

「それよりもイザク、君の要件は終わったのかい?」

「えぇ、この前の戦いで少し消耗しました分は補充出来ました……少々人の犠牲は出ましたがね」

「おいおい、あまりウチの社員を減らさないでくれよ」

「ご心配なく、犠牲にしたのは社員ではなく……一般的に社会のゴミと言われてる分類の人間ですから」

 

 そう言うとイザクは新たに手に入れた三冊のアルターブックを手に取り空へ向けて気味の悪い笑みを浮かべた



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第8-4話, 七罪を探せ Ⅰ

 十月二十一日、土曜日──七罪が士道に化けて問題を起こしてから五日が経った頃

 すぐに七罪が仕掛けてくると思っていた士道だったがあれ以来一度も姿を現していない、空間震が起こったわけでもなければフラクシナスの観測装置に引っかかった痕跡もない

 

「あー……こうも何もないと、かえって気味が悪いな」

 

 自宅のリビングのソファに寝ころびながら士道は額に手を置いて吐息をした。そんなことを考えていると、士道の腹の辺りに不意に重いものがのしかかってくるのを感じた

 

「うぐ……っ、な、なんだぁ?」

 

 突如として自分の感じた負荷に顔をしかめ、腹の方に視線を落とすと妹の琴里が澄まし顔で腰かけているのは見て取れた

 

「……おい、琴里」

「あら、あんまり精気がないものだから、珍しい人皮製のソファかと思ったわ」

「うちにそんなエド・ゲインみたいな趣味の家具はねぇ」

 

 半眼を作りながら士道が言うと、琴里はグッと反動をつけるように士道の腹に体重をかけた後、その場から立ち上がった

 

「くぇっ!」

「あら、金のエンゼルでも当たったかしら」

「おまえなぁ……」

 

 士道は腹のあたりをさすりながらゆっくりと身を起こす

 

「ふん、精霊に狙われてる状況だってのに、気を抜きまくってるからでしょ。何を仕掛けてくるかわからないのよ、もう少し気を張ってなさい」

「ぐ…………」

 

 そう言われると何も返すことが出来ず、唇を噛んで黙り込む

 

「あの精霊──七罪が何を考えているのかわからないけど、このまま何もせずフェードアウトってことは考えづらいわ。きっと何らかの方法で士道に接触してくるはずよ────そして、こちらからコンタクトを取る手段がない以上、私たちはそのタイミングで確実に七罪の好感度を上げなければならない、そこんところはちゃんとわかってるんでしょうね? 今回はトーマにも頼れないのよ」

「……わかってるよ」

「どうだか」

 

 本当にわかっているのかわからない様子の士道を見た琴里は、やれやれといった調子で肩をすくめた

 だが、士道から見ても琴里が言ったことはもっとも、ラタトスクの目的は精霊を倒す事ではなく、平和的にその能力を封印し、平穏な生活を送らせることにある。だからこそ今回のように精霊から敵意を向けられるような事態は避けなければならない、トーマが居る場合なら彼の無銘剣を使い精霊の体内にあるワンダーライドブックに霊力を移し、分離することは出来るが……今回の場合、トーマの協力も仰げない以上、今までよりも自分たちの力で何とかしなければならない

 しかし、七罪の場合、何故士道を目の敵にしているのか、そしてその理由がわからない以上、接触を逆手に取りその理由を知る必要がある。それを考え少し気が引き締まった士道を見た琴里はフンと話を鳴らし、手に下封筒を掲げてみせた

 

「ようやく顔に緊張感が出てきたわね────ほら、これ、朝ポストに入ってたわ」

「……手紙?」

「えぇ、ラブレターよ。七罪からのね」

「ッ!?」

 

 琴里の口から発せられた名前を聞いた士道は慌てて封筒の裏を見た。丁寧に蝋で封緘されており、その下には確かに七罪の名が記してあった。士道は唾液で喉を濡らすと、封筒をテーブルの上に置いてソファに座り直した

 

「あ、開けて大丈夫なのか……?」

「えぇ、開けた瞬間にドン! なんて可能性もなくはないから、一応フラクシナスで外部から調べさせてもらったわ。危険なものは入ってない筈よ──もちろん、相手が精霊である以上、それが絶対の保証になるわけではないけれど」

 

「──アイツが今、このタイミングで何かを仕掛けてくる場合はないぞ。二人とも」

 

 琴里の可能性を否定したのは、いつの間にか五河家に入って来ていたトーマ。士道と同じ手紙を手に持ったトーマは二人に近づくと口を開く

 

「オレが保証する、アイツはこのタイミングで仕掛けてこない」

「…………わかった」

 

 トーマの言葉を信じた士道は、意を決して頬を張り、気合いを入れてから印璽の押された封筒を剥がして、中身を取り出した

 

「これは……」

「……写真、みたいね」

「こっちも同じだ、中に入ってるのは写真」

 

 士道に送られたもの、そしてトーマに送られたものは全く同じ写真。一番の問題は、その写真に写っている被写体

 

「……これ、もしかして私?」

 

 琴里が眉をひそめながら写真を一枚摘み上げると、その写真に写っていたのは白いリボンで髪を括り、中学校の制服に身を包んだ琴里の姿が収められていた。しかし目線はあっておらず、距離も遠い。琴里の反応を見ても盗撮写真である事は明らかだろう

 否、琴里だけでなく写真に収められていた十三枚すべてが士道に近しい人物の全身像が映っていた

 

 十香。折紙。琴里。四糸乃。耶倶矢。夕弦。美九。亜衣。麻衣。美衣。岡峰先生。殿町。そして──トーマの封筒には士道が、士道の封筒にはトーマが。全て本人に気付かれぬよう撮られた盗撮写真だった

 

「なんなんだ、この写真は……」

「これが、七罪が提示したゲームみたいだな」

 

 封筒の奥にあった一枚のカードを取り出したトーマは、机の上に広げられていた写真の上にそれを置くと、そこに記されていたのは短い文章

 

この中に、私がいる。

誰が私か、当てられる? 

誰も、いなくなる前に。

七罪

 

「この中に、私が居る。誰が私か、当てられる……」

 

 封筒の中に入っていたカードを見た琴里は、難し気な表情をしたあと、士道の方に視線を向けると彼の受け取った封筒にも同じカードが収められていた

 

「ど、どういう……ことだ?」

「トーマ、これは額面通りに受け取って問題ない……それでいいのね?」

「あぁ、その認識で問題ない。七罪がオレと士道を含めた誰かの中にいる」

 

 その言葉を聞いた士道は息を詰まらせる……が、何となくは察していたし七罪の能力は知っている。彼が何よりも驚いたのは、彼女と知り合いである筈のトーマや自分も含まれていた事だ

 

「オレと、士道に、自分が化けている誰かを当てることができるか試す……それが七罪のオレ達に対する挑戦だ」

「そうなるでしょうね……最後の誰も、いなくなる前にって言うのが少し引っかかるけれど」

「……タイムリミットがあるってことか?」

「そうなるでしょうね……正直、まだ何も起こっていない以上。判断するには情報が少なすぎるけどね」

「なんにしても、動き出さないことには何も始まらないだろうな」

「それしかないか」

 

 トーマがそう言った直後、琴里がそれを肯定する

 

「けど、動くって言っても具体的に何をするんだ?」

「そうね……まずはラタトスク(うち)で、この写真に写ってる全員に霊波観測をかけてみるわ。相手が十全の力を保有した精霊。僅かな霊力の漏れでも見つけられれば話は早い」

「なるほどな……」

「だが、七罪の天使──贋造魔女の変身能力は完璧に近い、それこそ霊力の有無すらも真似る……だから、並行してオレ達も動く必要がある」

「動くって、一体何をするんだ?」

 

『……そうだね。さしあたって、デートしたい順番でも決めておいてくれたまえ』

 

 何をすれば良いのか、その問いかけに答えたのは通信端末越しにこちらの話を聞いていた令音。彼女の言葉を聞いた士道は眉根を寄せながら、疑問の声を発する

 

「デート? どういうことですか?」

「そのままの意味よ、明日から士道にはトーマと手分けしてこの写真に写ってる全員と一人ずつデートしてもらうことになるわ。そして──そのデート相手に何か違和感を覚えないかどうかをチェックしてもらう」

「そ、そう言うことか……」

「オレは日常生活で全員に違和感がないかを確かめる」

 

「それでも……大半は俺……なんだよな」

 

 頬から汗を滲ませながら言うと、通信端末越しに令音が肯定する

 

『……もちろん一日で全員済ませろというわけじゃあない。急ぐにしても── 一日三、四人くらいが限界だろう』

「いや、そうじゃなくてですね。十香たちはまぁいいにしても、山吹に葉桜に藤袴、タマちゃん先生に殿町までデートに誘わなきゃならないんですよね?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。むしろそんな士道の思考こそ、七罪の思うつぼかも知れないのよ」

「う……そ、そうだよな」

 

 少し呆れた様子で士道を見た琴里の言葉を聞いた士道は、少し言葉に詰まった後やらなければならないことを受け入れる

 

『……もちろん、こちらでも出来る限りサポートはさせてもらう。あくまでも七罪の目に触れない範囲で……だがね』

「はい……じゃあ今回もサポート頼むぜ、琴里」

 

 士道の言葉を聞いた琴里だったが、難し気に眉をひそめる。そんな様子を見た士道が首をひねっていると、令音がその疑問に答える

 

『……あぁ、悪いが、琴里は今回容疑者だからね、サポートには参加できないよ』

「あ、そっか」

『……だから、今回、サポート役は私が務めよう。琴里には申し訳ないが、七罪が誰か確定するまで、琴里をフラクシナスに居れるわけにはいかない。それはトーマも同じだ』

「えぇ、必要な措置だもの。仕方ないわ」

「こっちも異論なしです」

 

 フラクシナスと言う組織は通常の組織以上に特殊性が高い。外部に漏らせない情報も多く存在する以上、部外者である可能性のある琴里やトーマを入れる訳にはいかない……そんなことを考えていた士道だったが、とある疑問が彼に浮かび上がる

 

「そう言えば、なんで令音さんは入ってないんですかね。タマちゃん先生や山吹たちまで入ってるのに」

『……ん、これは完全な推測になるが、七罪が容疑者を選定したときに、君の周りに居なかったからだろう。私はここのところ、七罪の解析と調査でフラクシナスに籠っていたからね』

「あぁ……なるほど」

 

 自分の周りにいた人物を選定したというなら、確かに写真のメンバーである事に説明がつく。学校や家で合う機会の多い精霊たちやクラスメイト、そして家族である琴里に自身の通っている学校の教師である岡峰先生、そして七罪と士道、共通の知り合いであるトーマ。そしてトーマに送られてきた写真に入っていた自分も含めるとそこそこの人数になる。相手への選択肢の量としては問題ないだろう

 

「それにしても、なんでトーマの方に俺が入ってたんだ?」

「数合わせだろうな。今回のメインは士道が七罪を当てる事だが……こっちから見て士道を選択肢に入れることで緊張感が出るだろ?」

「あぁ、なるほど」

「とにかく、私たちの勝利条件はあくまで七罪をデレさせて、その霊力を封印することよ。くれぐれも最新の注意を払ってちょうだい」

 

 そこまで言ったところで言葉を止めた後、琴里は僅かに顔を歪め、言葉の続きを口にする

 

「──もしこれ以上、七罪の機嫌を損ねてしまったら、封印どころか人質の処遇も危うくなる可能性がある。それだけは覚えておいて」

「そうだな、人質の処遇に関してはオレは何も言ってない。どう扱うかは七罪次第な」

 

「ちょ、ちょっと待て。人質ってどういう事だよ」

 

 士道の言葉を聞いた琴里が、言葉を返そうとしたところでトーマに制された

 

「オレが言う……良いか士道、今の時点で七罪は写真の誰かに化けてる。なら既に一人は七罪の手の中にあるんだ」

「! そう言えば……」

「もしお前が誰かに化けた時、お前は化けた相手をどうする?」

 

 しばしの沈黙の後、辿り着いたシンプルな回答を士道は言葉を発する

 

「……自分が化けた相手を、どこかに監禁しておく」

「そう言うことだ、人によってはその人を殺して完全に成り替わる場合もある……無論、七罪はそんなことしないが何をするかわからないのには変わりない」

 

 トーマがそこまで言った後、琴里は士道に近づき言う

 

「わかったでしょ、私たちに与えられた猶予は少ないわ。十三人を士道とトーマの二人で手分けして調査して、絶対に七罪を見つけ出すのよ」

「あぁ……絶対に、見つけ出してやる」

 

 今置かれている状況、そして七罪が入れ替わっている人物の身の安全、そのすべてを考えた後、士道は決意を固めた表情を見せて、力強く拳を握りしめた



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第8-5話, 七罪を探せ Ⅱ

 七罪からの手紙を受け取った翌日、トーマはいつものように朝食を作りながら美九が起きてくるのを待っていると寝間着姿の美九が目をこすりながら姿を見せる

 

「ふぁー……おはようございます、お兄さん」

「あぁ、おはよう美九。今日はオフか?」

「はい、今日と明日は久々のオフなのでゆっくりできます」

「そうか」

 

 穏やかな時間の中で、トーマは作り終わったトーストを皿に載せると美九の前まで持っていく

 

「ほれ、冷めないうちに食いな」

「ありがとうございます、いただきます」

 

 ゆっくりとトーストを食べ始める美九の様子を見ていたトーマは、目の前にいる美九の様子に気を配るが普段と特に変わったような様子はない。彼の目の前にいる美九もそれに気づいたのかキョトンとした様子でトーマを見る

 

「? どうかしたんですか」

「いや、特に何でもない」

「そうですか?」

「あぁ……そう言えば美九、今日は昼からおっちゃんの所に向かうけど一緒に来るか?」

「デートですか?」

「いや、少し前に耶倶矢と夕弦に頼まれたことがあってな……向こうで二人と合流予定だがお前も久々におっちゃんへ挨拶でもどうかと思ってな」

「……そうですねぇ、そう言えば最近顔を見せてませんでしたっけ」

「どうする?」

「そうですね、それなら私も同行させて貰います」

「了解、耶倶矢と夕弦にも伝えとく」

 

 美九がどうするかを聞いたトーマは、スマホを取り出して耶倶矢と夕弦に美九も一緒に行くことを連絡して自分も朝食を食べ始めた

 

 

 

 

 

 朝の出来事から時間が進んだ昼頃、トーマと美九の二人は待ち合わせ場所である駅前で耶倶矢と夕弦の二人を待ちながらトーマは隣にいる美九へと視線を向ける

 

「なんか、今日はお兄さんからの熱い視線をよく感じますねー」

「そ、そうか?」

「はい、それに熱い視線の中になーんか隠し事がある気もします」

「……気のせいだ」

「そうですか、それなら……そう言うことにしておきます」

「助かる」

「それ、隠し事をしてるって認めているようなものですよ?」

「……今更だろ」

「ふふ、そうですねー」

 

 トーマの言った言葉に満足げな表情を浮かべる美九の姿を見て、少し頭を掻いた後トーマは軽く呆れたような表情を浮かべる

 

「敵わないな、美九には」

「お兄さんは案外わかりやすいですから」

 

「くっくっく、待たせたな! 美九、トーマ」

「挨拶。お待たせしました」

 

 美九とトーマが待っていた相手、耶倶矢と夕弦の二人がやってきたことを確認すると二人で立ち上がり四人で並んで目的の店まで向かっていると、ハッとした様子を見せた美九が口を開く

 

「そう言えば、耶倶矢さんと夕弦さんはどうしておじさんのお店に?」

「む? トーマから聞いておらぬのか」

「意外。てっきり教えている物だと思っていました」

「あぁ、そう言えば伝え忘れてた……今日はな、二人がおっちゃんの店でバイトさせてもらえるように頼みに行くんだ」

「おじさんの店で?」

「あぁ、耶倶矢と夕弦は元々或美島に居るフミさんの所に住んでたからな……少しでもこっちで技術を付けておきたいんだってさ」

「なるほどぉ」

「呵々、盗める技術は盗むようフミさんより仰せつかっているからな」

「……あの人らしいな」

 

 今も或美島で元気に働いているであろう人物を思い浮かべた後、トーマは軽い笑みを浮かべる。今回の話は七罪の一件とは関係なしに耶倶矢と夕弦の二人から頼まれていた事だ、霊力を封印された精霊がただの人間として生きる。人間から精霊になった琴里や美九とは違う純粋な精霊の中で一番人間社会に適応できているのはもしかしたら彼女たち二人なのかも知れない

 

「あれ? と言うことは耶倶矢さんと夕弦さんは学校を卒業したら或美島に帰るんですか?」

「あぁ、そのつもりだが高校を卒業してもしばらくはこっちに居るつもりだ」

「同意。耶倶矢も夕弦も、こちらではフミさんの為になることを学ぶつもりでしたから」

「はぇー、その感じだと将来どうするのかは決めているんですね」

「フラクシナス的には、有り難いことこの上ないだろうな」

 

 そんなことを言いながら歩いていると、目的の店がトーマたちの視線に映る。土曜のお昼時と言うこともあり中々に人の出入りが激しかったがトーマが入ってきたのに気付いたであろう店長はトーマに向けて言葉を飛ばす

 

「おう、坊主! 顔出したんなら少し手ぇ貸せ!」

「わかりました! オレ以外にも三人くらいおっちゃんに用のある人居るんですけど」

「後で聞いてやっからそいつらの手も貸してくれ!」

「了解です、三人とも! おっちゃんが手を貸してくれだって」

 

「よかろう! 我ら八舞の実力をみせてやる!」

「闘志。フミさん仕込みの接客力、お見せしましょう」

「よーっし、私も頑張っちゃいますよー」

 

「! そいつぁ頼もしいな、期待させてもらう。坊主はキッチンだ!」

「わかりました」

 

 店長はトーマたち四人に向かってエプロンを投げ渡した、それを受け取ると耶倶矢、夕弦、美九の三人はホールで注文を受けてメモを取り始める。それを見たトーマもエプロンを着るとキッチンの中に入っていった

 

 

 

 

 

 四人が店の手伝いを始めてから少し経ち、客足も殆どなくなった頃、想像以上に疲れ果てていた三人へトーマはコップに注いだ麦茶を持っていく

 

「お疲れ様、三人とも」

「呵々……このくらい……なんてこと、ないわ」

「同意。或美島に比べれば……このくらい何でもありません」

「けど、普段の収録やレコーディングとはまた違った疲れがありますね」

 

 三者三葉の言葉を発する三人の近くに店主がやって来ると、快活で豪快な笑顔を浮かべて三人に言葉を投げてくる

 

「お前らのお陰で助かった……それで、お前らの要件ってのは何なんだ?」

「あぁ、オレは付き添いで美九は挨拶に来ただけ。おっちゃんに用があるのはこっちの二人」

 

 トーマはそう言うと机に座って伸びている耶倶矢と夕弦の方を指さす

 

「お前さんら……成る程、お前らがフミの奴が言った嬢ちゃん達か」

「その通り、我が名は八舞耶倶矢。颶風の巫女で……ある」

「失笑。ヘロヘロではないですか、耶倶矢。私は八舞夕弦と申します

 

「おう、アイツが言ってた通りえらい別嬪だな。坊主はそう言うのに好かれやすいのか?」

「いや、知らないよ……と言うか、美九も挨拶してないな」

「あっ、そうでした。お久しぶりですおじさん」

「おう、美九の嬢ちゃんも随分頑張ってるみたいだな」

「えへへ。お兄さんのお陰で色々吹っ切れましたから」

「そうか……そんで、俺に要件ってのは一体なんだ」

 

 店主がそう言うと夕弦と疲れた様子の耶倶矢もピシっと身体を伸ばすと二人で頭を下げる

 

「頼む……いや、お願いします。私と夕弦をここで働かせてください」

「懇願。頑張るので、どうかお願いします」

 

 頭を下げた二人を見て、店主は目を細めると二人に問いかける

 

「……ここで働きたいってのは有り難いが、何でここなんだ? お前らの様子を見るとフミの奴にはだいぶ懐いてるんだろう。そんでここに来たのもアイツの為ってのがデカい。違うか?」

「……違いません」

「なら、別にここじゃなくてもいいと思うんだよな俺は」

 

 おっちゃんはそう言った後、二人から視線を逸らす

 

「俺ぁここで長くやってるが、お前らに教えられることは何もない。技術を盗むんならもっと別の所だってあるだろう……なのにどうしてここを選んだ? 俺がアイツの知り合いだからか?」

 

 その言葉を聞いて、おっちゃんはあえて二人に厳しい言葉をかけているのだろうとトーマは察した後、美九の方へと視線を向けると彼女も発言の意図は理解しているようで黙って事の成り行きを見守っていた

 

「私と夕弦は、おじさんから何かを学びに来たんじゃありません」

「何だと?」

「私たちは確かにフミさんに、返しても返しきれない恩を感じてる。私たちの面倒を見てくれたこと、ここに送り出してくれたこと、血が繋がってなくても私たちは大切な娘だって言ってくれたこと…………だからあの人に少しでも恩返ししたい」

「直視。だからこそ、夕弦たちはここを選んだのです。教えを乞うためではなく。貴方の技術を少しでも盗む為に」

 

 二人の言葉を聞いた店主はしばし沈黙をした後、二人に向けて言葉を投げる

 

「教えを乞うじゃなく、技術を盗むと来たか。ホント、アイツの娘って感じだな────」

 

 そう言うと店主は、改めて二人の前に行き。ニカッとした笑顔を見せる

 

「わかった、盗めるもんなら盗んでみろ」

「! それって──―」

「雇ってやる……だが、給料が安くても文句は言うなよ?」

「……はい!」

「喜悦。もちろんです」

 

 心の底から嬉しそうな様子を見せる二人の事を見て、トーマも笑みを零すと美九が彼の肩に自分の肩を軽く当てる

 

「よかったですね」

「……あぁ、ホントにな」

 

 互いに喜び合う耶倶矢と夕弦、そして少し離れた所からそれを見守るトーマと美九の姿を見たおっちゃんは今まで以上に優しい視線を四人に向けていた

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、フラクシナスに居る令音に通信を繋げていたトーマは士道側の様子を映像記録で確認しながら令音に自分側であったことを報告していた

 

「──こっちはこんな感じでした」

『……そうか、トーマから見て、何か不審な点はあったかい?』

「今の所は何も、耶倶矢と夕弦は本人だと思います。化けてる様子はなかったし不審な箇所も見受けられなかった。美九は正直まだわかんないです」

『……そうかい』

「えぇ、正直身内贔屓が入ってる気もしますけど……士道の方はどうでした?」

『……シンの方も、まだ絞れてはいないようだ』

「そうですか……とりあえず映像記録見せてもらってありがとうございます」

『……気にしないでくれ、君たちの記録もシンたちに共有しているからね、お互い様だ』

 

 それもそうかと思ったトーマは、改めて令音に礼を言うと通信を終えて士道が行った全員分とのデート記録を確認している。最初は十香のデート、所々に不審な行動は見受けられたがそれは蓋を開ければ他愛のない理由だった。四糸乃や、殿町宏人との会合にも特に変わった様子は見受けられない……そう結論づけたトーマは映像端末を閉じようとしたところでとある違和感に気付く

 

「──そうか」

 

 トーマが違和感を抱いたのは四糸乃との映像、普段と変わらない様子の彼女だったが確実に普段と違う場所が一つだけあった。それに気づいた直後、自身の背後に見知った気配を感じる

 

「よう七罪、最近はよく会うな」

「……冗談を言ってる場合じゃないでしょ。それで、私が誰に化けてるかわかったの?」

「あぁ、わかった……けど、答える前に一つだけ頼みがある」

「なに?」

「もし、正解だった場合……一日──いや、半日だけ時間をくれないか」

 

 トーマの背後に立つ気配から、疑問の感情が発せられる

 

「……半日で、やっておきたい事があるんだ。それが終わったらすぐにお前との約束を果たして貰って構わない」

「──いいわ、けど……あくまで合ってたらの話だけどね」

 

 了承の言葉を聞いたトーマは、振り返ると目の前にある箒型の天使に向けて回答を口にした



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第8-6話, 七罪を探せ Ⅲ

 トーマが七罪が誰なのかを回答した翌日、早朝に連絡を受けたトーマはベランダに出て応答する

 

「何かありましたか?」

『よくない知らせだ……写真に写っていた人物──殿町宏人が消失した』

「……そうですか」

 

 通信端末を介し、令音から昨日の夜に起こった出来事を聞いた

 

 

 

 

 

 昨日の夜、十香・四糸乃・殿町、そして亜衣……だけの筈が何故か三人娘とのデート? を終えて家に帰って来た士道は令音と琴里の二人に今日あった事を伝えていた

 

「それで、士道。今日一日会話をしたわけだけど、何かおかしなことに気付いた?」

 

 琴里に問われた士道は、今日一日の事を思い返すが特に変わった所は見当たらなかった。強いておかしなところがあったのは十香だがそれも七罪とは一切関係のなかった。それ以外の四糸乃、殿町、そして三人娘も普段と変わった所はない

 

「まだ、わからないな。とにかく全員を見てみないと」

「ま……そうよね。そう言えばトーマの方は報告来てる?」

「……あぁ、少し前に報告を聞いたが、彼も耶倶矢、夕弦、美九の三人も不審な点は見受けられなかったとのことだ。身内贔屓が入っているとも言われたがね」

「それもそうか……私の方でも一応全ての音声をチェックしてるから、何かあったら伝えるわ」

「あぁ、頼むよ」

 

 士道、そしてトーマからどんな返事が返ってくるのかは予想出来ていたらしい琴里はそう言うと改めて士道の方を向く

 

「ま、とにかく明日に備えて今日はもう休みなさい。寝不足で予定が狂った、なんてことになったら承知しないんだから」

 

 足を組み替えながらそう言ってくる琴里に対して、士道は立ち上がるとこくりと首肯する

 

「そうだな、そうさせてもらうよ。令音さん、明日は何時からでしたっけ?」

「……ん、最初の予定は十時からだ。すまないが、学校は諦めてくれ」

「こんな状況ですし、仕方ないですよ。えぇと、最初の相手は……」

「……琴里、だね」

 

 令音の言葉を聞いた琴里は、ビクッと方を震わせる。その様子を見た令音は何かに気付いたようにポンと手を打つ

 

「……あぁ、そうか。やけに明日寝坊しないよう言うと思ったら──」

「──! ばッ! 別にそんなんじゃないわよ! 私はただ司令として────」

 

 そこで士道が自分へと視線を向けている事に気付いたらしい琴里はクッションを手に持つと思い切り投げつけてくる

 

「うわっ、おい、何するんだよ」

「うっさい! さっさと寝ろ!」

 

 そう叫んだ琴里は次のクッションへ手をかけたところで、士道はそそくさと自分の部屋に退散していった

 

 

 

 

 

 昨日の士道たちの状況を聞いたトーマは瞳を閉じて、言葉を発する

 

「絞り切れなかったが故に回答をしてない。その結果──」

『……あぁ、写真に写っている人物が一人消されるという結果だ』

「誰が消されるのかわからないって言うのは厄介ですね……わかりました、また何かあったら連絡します」

『……あぁ、了解した』

 

 そうして令音との話を切り上げたトーマは台所へ向かい朝食を作っていると、寝起きの美九が部屋から顔を出す

 

「おはようございます、お兄さん」

「あぁ、おはよう。今作り始めたばっかりだからもう少し待っててくれ」

「わかりました……けど、何かあったんですか?」

「いや……それより美九。今日は何か予定あるか」

「えーっと、普通に学校行こうかなって……融通は効きますけど平日なので」

「そうか、そういや今日は平日か」

 

 突然そんなことを聞いてきたトーマに対して美九は頭に疑問符を浮かべながら近づいていく

 

「何かあったんですか?」

「いや、何の予定も無かったら久々に一緒に出掛けないかと思ってさ」

「! それって、デートですか?」

「ん、あぁ……そうなるのか。けど平日なら普通に学校行ったほうが────」

「休みます」

「いや、行った方が」

「休みます、休みますのでデートに行きましょう」

「……そうだな、行くか」

「はい! それじゃあ準備してきますね!」

 

 少し眠そうだった状態から一気に目が覚めたらしい美九は軽い足取りで自分の部屋まで戻っていった。その姿を見送ったトーマもまた止まっていた朝食の準備を再開する

 

 

 

 

 

 朝食を食べ、一緒に外を歩きながら美九はトーマに話しかける

 

「そう言えばお兄さん、今日は何処に行く予定なんですか?」

「実は決めてなくてな。どうせなら歩きながら一緒に決めればいいか位に考えてた」

「大雑把ですねぇ……けど、それなら良かった」

「何処か行きたいところでもあったのか?」

「ふっふっふ、それは到着してのお楽しみです! 行きましょう、お兄さん」

 

 美九に手を引かれたトーマ、行き先を彼女に任せて少しだけ考え事を始める。七罪が仕掛けてきた今回の一件、既に自分はクリアしているが一番の不安要素は士道が七罪の事を見つけられるのか……だが、これまでの経験から士道なら何とかするだろうと言う信頼があるのも事実。これ以上変に心配するのは野暮かと考えた後に周囲に目を向ける

 視線の少し先に映ったのは琴里と士道のデートの際に一度だけ訪れた場所──オーシャンパークが視界に入る

 

「美九、もしかして行きたかった場所って」

「はい! 今週はハロウィンイベントで園内コスプレ自由なんですって!」

「成る程……それでその大荷物か」

 

 美九の持っているカバンは、普段使いしている物ではなくかなりの量が入る大きさのもの。一体何が入っているのかと思っていたがコスプレ道具が入っているとは思っていなかったトーマはそれならばその大きさになるかと納得する

 

「はい、それにコスプレしてるなら周りの目を気にせず、目いっぱい遊べますから」

「そうだな……それじゃあ、行くか」

「お兄さんの分のコスプレも持ってきてるんで、全力で楽しんじゃいましょう!」

 

 美九と一緒にオーシャンパークのアミューズエリアまで入ったトーマは更衣室の前で彼女からコスプレ道具一式を受け取り、着替えを始め……用途した所で手を止める

 

「……これは」

 

 中に入っていたのはいかにもファンタジーの剣士が着ていそうな服と紺色のコート。現代で着るには少々抵抗のあるものであったものの周囲を見ると自分に渡されたもの以上に派手な衣装に着替えている人物もいるのを見て、トーマは腹をくくった

 

 

 

 やけに身体に馴染んでいる衣装へと着替えたトーマは待ち合わせ場所に指定された中央広場で美九の事を待っていると、背後に気配を感じ振り返る。そこに立っていたのは魔法少女のような衣装に身を包み、目元を覆い隠すマスクをつけた美九が立っていた

 

「せっかく驚かそうとしたのに……気付かれちゃいました」

「流石にな……それより美九、その衣装少し派手じゃないか?」

「そうですか?」

「スカートの丈が少々な」

「お兄さん、えっちです」

「……そうだな、失言だった」

「ふふっ、冗談ですよ」

 

 目の前で笑みを浮かべる美九の姿を見たトーマは、少しだけ肩の力を抜いてから改めて彼女の全身に目を向けると彼女もその視線に気づいたのかバッと可愛らしいポーズを取る

 

「どうですか? 似合ってますか?」

「あぁ、似合ってる」

「よかったです。お兄さんもお似合いですよ」

「そうか、それなら良かった……それじゃ、そろそろ移動するか」

「そうですね」

 

 二人で遊園地の中を歩いていたトーマは、隣で楽しそうに歩いている美九へと視線を向ける

 

「? どうかしました」

「いや、随分と楽しそうだと思ってな」

「そうですか?」

「あぁ、いつもより浮かれてるように見える」

「それなら、きっとそうなんだと思います……最近は充実してたけど忙しくて、こういう機会は取れませんでしたから」

「……そう言えば、そうか」

 

 美九の言葉を聞き、最近の事を思い返すと確かに彼女と一緒に居る時間が前よりも短くなっている事に気付く。美九は仕事が忙しくなってきたしトーマはトーマで自分の仕事やフラクシナスに顔を出す機会が多くなり、家に居る時間が少なくなった

 

「はい、なのでこうして……一緒に出掛けられるのが嬉しくって」

「確かに、他を抜きで二人で出かける。それ自体は久々か」

 

 そんなことを話しながら一緒に歩いていると、二人の前に現在の美九と似たような格好をした少女が二人現れる

 

「あのー……すみません。それって、カノンちゃんですよね? もしよかったらなんですけど、写真撮らせていただけませんか?」

 

 おずおずと言った様子でそう言ってくる少女たちの姿を見たトーマは、美九の方に視線を向けると、彼女もトーマの方に視線を向けた後軽く頷くと笑顔を見せる

 

「はい、構いませんよぉ。そのかわり、格好よく撮ってくださいねー」

「あ、ありがとうございますっ! じゃあ早速……」

 

 カメラを構えたのを見たトーマは、少し離れた場所に移動すると始まった撮影会を眺めていたが、少し時間が経ったのを確認し、三人の方へと近づいていく

 

「あの、良かったらカメラやりましょうか?」

「えっ?」

「記念って事で、一枚くらい三人で撮ってもいいんじゃないかと思って」

 

 トーマのその言葉を聞いた少女たちは、二人で少し話した後におずおずとカメラをトーマに手渡してくる

 

「それじゃあ、お願いしていいですか?」

「もちろん、それじゃあ三人で寄って」

 

 三人に指示を出した後、各々がポーズを取ったのを確認しカメラのシャッターを押す。パシャリと言う音が聞こえた後、撮れた写真を確認したトーマは少女たちにそれを見せた後、カメラを返す

 その後、少女たちと別れた二人は改めて遊園地で遊び、遊園地から出た頃には日が傾き始める時間になっていた。

 

「いやー、遊びましたね」

「そうだな……楽しかったか?」

「勿論、可愛い女の子とも一緒に写真取れましたしね」

「……それなら良かった」

 

 二人で歩きながら楽しめたらしい美九の様子を見て、安心したトーマは軽く息を吐いて空を見る。そんな彼に視線を向けた美九は少し俯いた後、言葉を紡ぐ

 

「あの……お兄さん」

「どうした」

「お兄さん、もしかしなくても、また何かに巻き込まれてますよね」

「……どうしてそう思うんだ?」

「何となく……と言うか殆ど勘です。最近のお兄さんはいつもと少し違う感じがしたので」

 

 その言葉を聞いたトーマは、その場で立ち止まり少しだけ驚きの表情を浮かべたあと、今度は何とも言えない笑みを彼女へ向けて浮かべる

 

「伊達に長い付き合いやってるわけじゃないか」

「そーですよ……それで、お兄さんが今関わってることって、あんまり言えない感じの奴ですよね」

「あぁ、これに関してはオレ個人としての約束もあるからな」

「そうですか……」

「心配すんな、命に関わる事は絶対にないから……それと、もし何か困ったことがあったら。士道たちを頼れ」

「五河君たちを?」

「あぁ、アイツらならきっと何とかしてくれるからな」

 

 その言葉の後、トーマは美九にドラゴニックナイトとエターナルフェニックス、二冊の本を手渡す

 

「絶対に戻るから、その二冊は預かっててくれ」

「……信じて良いんですよね?」

「あぁ、半分は士道次第みたいな所はあるけど……信じても大丈夫だ」

 

 暫く目を伏せていた美九だったが、顔を上げると笑みを浮かべてトーマの方を見る

 

「わかりました! それならお兄さんを信じます。絶対に、帰ってきてくださいね!」

「あぁ」

 

 その言葉の直後、背後に現れた贋造魔女が放った光が周囲を覆い隠すとトーマはこの世界から消失する。その光景を最後まで見届けた美九は、瞳から溢れそうになる涙を抑えると、士道たちが居るであろう五河家へ向けて歩き始めた



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第8-7話, 七罪を探せ Ⅳ

 時間は遡り本日の昼頃、士道と琴里の二人は天宮東公園までやって来る

 

「何しけた顔をしてるのよ、悩んだ所ですぐに七罪の正体がわかる訳じゃないでしょ」

「そ、そんなにか……?」

「えぇ、ゾンビを見てる方がマシってレベルで酷い顔だったわ」

「まじか……けど、確かに琴里の言う通りだ。こんな事してる場合じゃないか」

 

 士道のその言葉を聞いた琴里は、フンと鼻を鳴らしながら加えていたチュッパチャップスの棒をピンと立てた

 

「わかればいいのよ、わかれば。悩んでるだけじゃ何も解決しないわ……昨日一人消された所為で、間違っていたらどうなるかもはっきりした訳だし」

「誰も、いなくなる前に……カードに記されてた最後の文って、やっぱりそう言うことだよな」

「でしょうね」

 

 琴里は士道の言葉を肯定すると、指を一本立てながら考えを並べていく

 

「ここからは私の予想になるけれど……恐らく一日が経過するごとに一人、容疑者が贋造魔女によって消されていくんじゃないかしら。そして、七罪に化けた『誰か』を除く容疑者全員が消えてしまったら、七罪の勝ち。それまでに七罪を探し当てることが出来たら、士道の──士道たちの勝ち」

「……俺は本当に、七罪を見つけられるのかな」

「泣き言は聞きたくないわ。一人消されたことによって私を含めても容疑者は減った、猶予はまだあるけど余裕がないのわかってる?」

「あぁ……わかってる」

 

 琴里の言葉に頷いた士道だったが、それからしばらくの間無言になる

 

「……それで、士道」

「ん? どうした?」

「次のスケジュールまで、あまり時間の猶予がないんだけど」

「え? あぁ、そういえば……」

 

 今気づいたと言わんばかりの士道に対して、琴里は口をへの字に歪める

 

「だから、私を調べなくていいのかって言ってるのよ」

「あ……」

 

 そう言われて、士道は目を見開き。自然と頭から除外していたことを思い出す。琴里もまた七罪が化けているかもしれない人物の一人である事。無論、ついさっき自分に発破をかけてくれたかわいい妹が実は七罪でしたなどと考えたくないが、ラタトスクの司令である琴里が偽物で、見つけることが出来ずそのまま成り替わられてしまった場合の被害は計り知れない

 

「そうだな、じゃあ、いくつか質問を……」

「……ここで?」

「え?」

「調査って名目はついてるけど、これ、一応デートでしょ」

 

 その言葉を聞いた士道は頬をかくと昨日の令音との会話を思い出す。実際に一人消されたという状況でそれどころではなくなってしまっていたが、これはあくまでもデートなのだ。琴里が事情に通じていると言っても事務的な質問で終わらせて良いはずがない。士道は小さく息を吐き、ベンチから立ち上がると彼女へ手を差し伸べる

 

「そうだな、少し歩くか」

「……ん」

 

 琴里は憮然とした態度を崩さないようにしながらも、少しだけ頬を赤く染めながら士道の手を取り、ベンチから立ち上がると、二人手を繋いだまま、公園の外縁部をゆっくりと歩いていく

 

「なんか……こうやって二人で歩くのも久しぶりだな」

「……そうね」

「一応聞いておくけど、六月にデートした場所って覚えてるか?」

「当然でしょ。オーシャンパークよ」

「はは……正解」

 

 士道の言葉を聞いた琴里はフンと鼻を鳴らす

 

「けど、もし私が七罪だとしたら、こういう質問にあんまり意味はないかもね」

「どういうことだ?」

「考えてもみなさい。フラクシナスへの搭乗は禁止されているとはいえ、私はおおよその調査の砲身を知ってるのよ。過去の事を調べておくのは当然じゃないかしら」

 

 そう言って琴里が嫌な笑顔を浮かべると、士道は頬に汗を滲ませる

 

「お、おいおい、冗談はよしてくれよ」

「冗談ならいいけどね。一応、あれよ、ほら……そう言うのに左右されない方法で、調べておく必要もあるんじゃないの?」

「? どんな方法だよ」

「たとえばだけど、反応を見るために……してみるとか」

「してみる? 何を?」

「そ、それは……ほら、あの、あれよ……キ……キ──」

「──あ」

 

 士道はそこで、一つ思い当たった事があって眉を跳ね上げる。目の前に居る琴里が他ならぬ本人であると証明できる可能性の高い行動。それを実行するため琴里に言葉をかける

 

「──琴里、少し目を瞑ってくれるか?」

「! あ……う、うん……」

 

 士道にそう言われた琴里は微かに頬を染めながら目を伏せる。彼女に対して近づいた士道は──

 

「……とうっ」

 

 ──その掛け声と共に琴里の髪を括っている黒いリボンを奪い去った

 

「……ふぇ────っ!?」

 

 括られていたはずの髪が肩を撫でる感触で自分に起こった異常に気付いたのか、琴里は素っ頓狂な声を上げると慌てた様子で自分の頭を触り、本来あるべき場所にリボンが無いことを理解し──

 

「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 ──涙目になりながら自分のリボンを奪い去った士道に飛びかかる

 

「お、おにーちゃん! 何するの! 返して! 返してたら!」

 

 涙声で叫びながら、士道の持つリボンを取り返そうとぴょんぴょん跳ねている琴里の様子を見て、目の前に居るのは本物の琴里だろうと内心で息を吐く。彼女は常日頃から強いマインドセットを自分に施しており黒いリボンなら高圧的な司令官モード……つまり強い自分を保つことが出来る。逆にリボンを外したり白いリボンだったりする場合は無邪気な可愛い妹モードになる

 

「おにーちゃん! おにーちゃーん!」

「うん、やっぱり琴里は琴里だ」

 

 そう言った士道は、リボンの有無で本物かどうかを確認し終えたため、もうリボンを返しても問題ないのだが……最近白モードの琴里を見ていなかったためか、目の前で飛び跳ねる琴里の姿に、妙な可愛く見えて仕方なかった。ちょっとした意地悪心が働いた彼は琴里の目の目にリボンをぶら下げ、彼女がジャンプするタイミングを見計らい手を上に持ち上げるを何度か繰り返す

 

「う……うぅ……」

「わ、悪い悪い。ほら、琴里」

 

 最初はリボンを取ろうとしていた琴里だったがずずっと鼻をすすり始めたあたりで流石にやり過ぎたかもしれないと思った士道がリボンを手渡すと、琴里は凄まじい速さでそれをひったくり、髪を二つに括った

 

「士道……あなたねぇ……」

 

 髪を括った琴里はゆらりと顔を上げ、鋭い視線を士道に向ける

 

「い、いやー、よかったよかった。こ、琴里は本物みたいだな!」

 

 今のはあくまで見極めるための手段だった、と言うことを強調するように声を張り上げる……が、琴里はまるで声が届いていないかのように少しずつ士道へと近づく

 

「こ、琴里? 落ち着いて──」

「問答無用ォォォォォォッ!」

 

 その言葉と共に自信へと放たれた右ストレートを受けながら、士道は自身のやりすぎを悟った

 

 

 

 

 

 腹に受けたダメージを抱えながら、士道は来禅高校の進路相談室にて岡峰教諭の誤解を解き、少しの休憩を挟んだ後、次の人物との待ち合わせ場所まで向かう。その最中に昨日と今日の二日間であったことを思い出す。自分の会った全員、普段と変わった様子は見られなかったし令音たちに頼んで見せて貰ったトーマ側の映像にも不審な点はなかった

 しかし、その中でも僅かな違和感が士道で燻っている、その違和感が生み出す気持ちの悪い感覚をどうにかする為に頭をガリガリとかきむしっていると、インカム越しに声が聞こえてくる

 

『……シン、そろそろ目的地だ』

「……、あ……」

 

 令音に言われてハッと頭を上げた士道は、自戒を込めて深く息を吐いていると、士道の向かっていた方向から聞きなれた声が聞こえてくる

 

「士道」

「あぁ、折紙。すまん、待たせたか?」

「今来たところ」

 

『……一応監視をしておいたが、一時間前から待っていたようだね』

 

 折紙の言葉を聞いた直後、士道はインカム越しの令音に聞こえてきた令音の言葉を聞き、力なく苦笑した

 

「? どうしたの?」

「い、いや……ほら、折紙と出かけるのも久しぶりだなと思って」

「そう」

 

 相変わらず表情を変えない折紙だったが、そのまま言葉を続ける

 

「私も、嬉しい」

「お、おう……」

 

 何も変わっていないように見えても、折紙とも長く付き合っているうちに自然と感情の変化を何となくだが読み取れるようになってきた。それ故にデートと言う建前を使っての調査に少なからず士道も胸が痛くなった

 

「それで、何を見るの?」

 

 そう言った折紙はビルを見上げると、そこには巨大な映画の看板がいくつも飾られている。今回の折紙とのデート場所は映画館、なのだが

 

「そうだな……まだ決めてないけど……」

 

 士道は何を見るのか決めていなかった。その言葉を聞いた折紙はぴくりと眉を動かした。その様子を見た士道はマズいと考えてすぐに言葉を続ける

 

「いや、すまん、そうじゃなくてだな……あ、そうだ、これにしよう! よくCMもやってるし……」

 

 慌てた様子の士道を後目に、折紙は静かに言葉を紡ぐ

 

「それは、見たい映画があったから私を誘ったのではなく、私と出かけたかったから誘ったということ?」

「え? あ、あぁ。そう……なるのかな」

「…………」

 

 士道が曖昧に答えると、折紙は無表情のままその場でぴょん、と飛び跳ねるとその場でくるりと身体の向きを変え、すたすたと映画館へ入っていく

 

「あ、おい、折紙?」

「きて」

 

 折紙に連れていかれるままチケットカウンターへ歩いていくと、空いている窓口の前に立ち、販売員に指を二本突き立てて見せる

 

「──十九時三十分からんぼブラックファンタジア。恋人二枚」

「へっ?」

「え、えぇと、大人二枚でよろしいですか……?」

「構わない」

 

 目を丸くした販売員のお姉さんに対して、折紙はよどみない動作で会計を済ませチケットを受け取ると、そのうち一枚を士道に手渡してきた

 

「はい」

「あ、あぁ……ありがとよ。あ、今日は俺が呼んだんだし、俺が払うよ」

 

 士道はそう言って財布を出そうとしたが、折紙の手がそれを止めてきた

 

「あとで、いい」

「え?」

 

 士道が目を丸くしている間に、折紙はドリンクや軽食などの売っているカウンターに歩いて行ってしまった。折紙の意図がどういったものなのか今一つわからず、呆然としているとインカムから令音の声が聞こえてくる

 

『……なるほど、映画が終わってもすぐ帰さないつもりか』

「…………」

 

 その言葉を聞いた士道は、これからどうなるのかを考えて背筋が寒くなった



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第8-8話, 七罪を探せ Ⅴ

 映画の上映が始まる直前、スクリーンに新作映画の宣伝が流れ始めた頃に士道と折紙の二人は席に着く

 

「な、なぁ、折紙。おまえ、六月のときのこと覚えてるか?」

「六月のこと?」

「あぁ、ほら、あのときも一度、デートしたじゃないか」

 

 探りを入れるように折紙へ話しかけると、折紙はこくりと頷く

 

「もちろん、覚えている」

「本当か? 何があったっけ」

「一一〇〇時、天宮駅前広場の噴水前で待ち合わせ。一一一〇時、昼食を食べにレストランへ。一一一五時、士道がトイレへ。一二〇〇時、映画館へ。一二一〇時、また士道がトイレへ。お腹の調子が悪いのではないかと考え、一四二〇時、薬局で薬を購入。一五〇〇時────」

「ちょ、ちょっと待った」

 

 自分でも思ってもいなかったレベルで鮮明にすらすらと答えていく折紙に、士道は一度待ったをかけて、改めて折紙に聞く

 

「……なんでそんなに細かく覚えてるんだ?」

 

 その問いにこくりと頷いた折紙は、持っていたカバンをごそごそと探りだし、中から一冊の本のようなものを取り出した

 

「それは?」

「日記」

 

 短くそう言った折紙は、丁寧にページを開いてから士道に日記を手渡してくる。それを受け取って文面に軽く目をやった士道は、その時の事象が一分単位で事細かに綴られているのを確認し、苦笑しながらパラパラと日記を捲っていく

 

「す、すごいな」

 

 膨大な情報を事細かに記されている日記だが、その中でも士道が折紙に告白した日の事と、士道が初めて折紙の家に言った時の事は通常の五倍くらいの文章が並べられていた

 

「……う」

 

 初めて折紙の家に行った時の記録を見て、士道は頬に汗を垂らした。そこには士道がいなくなった後に部屋を検めてみたら数日前に拾ったウサギのパペットがなくなっていた旨がしっかりと記されていた、イラストまで添えられているあたり、ウサギのパペットと言うのはよしのんで間違いないだろう

 四糸乃のために仕方なかったとはいえ、窃盗紛いの事をしてしまった事に胸が痛くなるが、そのあとに記された『士道が私の私物を持っていった記念日』と言う記述を見て、少しだけ気が楽になった気がした

 

「……こんなもの持ってるttことは、本物ですかね、この折紙」

『……まだわからないな。日記をつけていたのは本物の鳶一折紙だろうが、それを今持っているからといって、彼女が本物と決まったわけじゃない』

「まぁ……そうですよね」

 

 志知右派日記を閉じ、折紙へと返す。そんなことをしている間にふっとスクリーンが暗くなり、重厚な音楽が流れ始めた。気付けば映画の本編が始める時間らしい……と、映画が始まってから少し経った頃に士道の右手の甲に何やら柔らかい感触が触れるのを感じた。そちらに目を向けると折紙が士道の手に自分の手を重ねていた

 

「はは……」

 

 その行動に士道が苦笑するものの払いのけるような事はせず、その行動に微笑ましさすら感じていたが……士道の考えは甘かった

 

「…………」

 

 映画が進むにつれ、折紙の手が少しずつ蠢き、重ねているだけだったが次は手の甲を撫で、その次は士道の手を慈しむように指を一本一本なぞり、最終的には指と指の合間にやたらエロティックな動きで指を絡めてくる

 

「ひ……ッ!?」

 

 触れられているのは右手だけだと言うのに、士道は全身に電流が走るかのような衝撃を覚え、なんとも言えない感覚の波に襲われる

 

「士道……」

 

 そんな感覚に襲われていると、耳元でささやくような声が聞こえ、士道は目をぐるぐると泳がせた

 

「な、なななななんだ?」

「士道も、触って欲しい」

「さ、触るって……」

 

 士道が震える声でそう言うと、折紙は右手で自分の服の首元を引っ張って見せる

 

「今日は、何も着けていない」

「ッ!?」

 

 士道は息をつまらせると、キャパオーバー寸前の思考がフル回転を始め耳から煙が出るのではないかと錯覚するほどに顔が熱くなる。どうにかして心を落ち着かせるために深呼吸をして、喉を潤すために先ほど買ったアイスティーを手探りで持ち上げ、ストローを口にくわえた……のだがいつまでたっても、冷たい紅茶の味が口の中に広がってこない

 藤ぎに思って手元を覗いてみると、士道は自分のアイスティーのコップに刺さったままのストローを発見する、ならば自分の口元にあるストローは一体何なのか……士道が視線をストローの先まで這わせていくと、自分がくわえているのとは反対側を、折紙がくわえていた

 

「うわぁッ!?」

 

 思わず声を上げて、椅子から立ち上がってしまった士道に、周囲の観客からトゲトゲしい視線が突き刺さる

 

「? どうしたの?」

「や、どうしたって、おまえ……」

『……これは……』

『本物ですね……』

『間違いなく……』

 

 この瞬間、士道の目の前に居る折紙が満場一致で本物であるという認定が下された

 

 

 

 

 

 それから、数時間後。士道がへろへろになりながら自宅の前まで帰ってくる。今日あったことを振り返りながら自宅の門を開けようとしたところで

 

「シドー!」

 

 隣のマンションの入口からパジャマ姿の十香が姿を見せる

 

「十香? どうしたんだこんな遅くに」

「それはこちらの台詞だ。一体こんな時間までどこに行っていたのだ?」

「あー……すまん、ちょっとな」

 

 起こっているというより純粋な疑問をぶつけているらしい十香に、少し申し訳ない気持ちを感じつつ士道がはぐらかすと、彼女は少し不満そうな顔を見せる

 

「むう……ここ数日、シドーは忙しそうだな。学校も休んでいるし、お弁当も晩御飯も作ってくれなくなった……」

「わ、悪い。いろいろ終わったら、またつくってやるから。な?」

 

 そう言って士道が手を合わせて頭を下げると、十香は慌てたように首を横に振る

 

「いや、違うのだ。そう言う訳ではなく、だな……ん? いや、シドーのご飯が食べたいのはた正しいから、違うわけではないのか?」

 

 何やら悩むように首をひねっていた十香だったが、すぐに思い直すように首を振り、士道の手を握ってくる

 

「とにかくだ! 何か事情があるのだろう? 私のことは気にするな。鳶一折紙とも喧嘩はしないようにするし、食事もなんとかする。だから、シドーは自分がやるべきことをやってくれ」

「十香……」

 

 士道が彼女の名を呼ぶと、十香はふっと頬を染める

 

「……だが、ずっとシドーがいないのは、その、なんだ……寂しいぞ。私に出来ることがあったら言ってくれ。シドーのためならば、何をおいてでも駆けつけよう!」

 

 十香が自分の手を握り、真っすぐ見つめてくる。士道もまたその手を握り返し言葉を紡ぐ

 

「……ありがとう、十香。おまえがいてくれたら千人力だ」

「うむ! 言いたかったのはそれだけだ! ではおやすみだ、シドー!」

 

 それだけ言うと、十香はマンションの方まで走っていく

 

「あぁ、おやすみ! 十香!」

 

 そんな十香に手を振ると、彼女もまたブンブンと腕を振った後、マンションの中へと入っていった。その途中でおおきなあくびをしていたあたり士道にそれを伝えるため今まで起きていてくれたらしい。それに何とも言えない申し訳なさと妙なお菓子さと愛おしさがこみ上げ、軽く笑うとさっきよりも軽くなった足で玄関のカギを開けて、家の中に入り、いつもより置いてある靴が多いことに気付く

 

「あれ? 誰か来てるのか?」

 

 そう言葉を口に出すと、リビングからひょっこりと琴里が顔を出す

 

「遅い」

「悪い、けど、こっちもこっちで大変でさ」

「……それは、わかってるわよ。こっちだって事情は理解してるから……ただ、少し想定外の事があってね」

「想定外の事って、何があったんだ?」

 

 琴里の言った想定外が何なのか、それを聞いた士道に返された言葉は彼にとっても想定外のものだった

 

「トーマが消えたわ、美九の目の前で……七罪の贋造魔女の手によって」

 

 その言葉は、全員が限りなくゼロに近いと考えていた状況。未だ理解が追いつき切っていない士道がリビングまで向かうと、そこには琴里以外に美九の姿もあった

 

「美九……」

「こんばんは、五河くん」

「あぁ、それより……大丈夫なのか?」

「心配してくれてありがとうございます、けど大丈夫ですよ。琴里さんから事情も聞きましたから」

 

 思ったよりも心配なさそうな美九の様子を見た士道は、それに少し安堵しつつ改めて琴里の方に目を向けると、その視線に気づいたらしい彼女が美九に話かける

 

「それで、美九。改めて聞きたいんだけど贋造魔女が現れてからのトーマの様子はどうだった?」

「……自分が消えるのが最初から分かってるみたいでした」

「消えるのがわかってた?」

「はい、自分が消えることを理解していたから自分の本を私に渡したり、貴方達を頼れなんて言ったんだと思います」

 

 それから美九によって語られたのは、トーマが消える直前に残した、自分たちならば七罪が誰なのかを見つけられると確信しているらしい言葉。それがどういった意味なのかを理解するよりも先に、空間が歪み、三人の前に贋造魔女が現れる

 

「……出たわね」

「贋造魔女……!? もう零時なのか!?」

 

 話をしている間に、気が付けば零時を回っていたらしい。目の前に現れた贋造魔女は先端についた鏡を士道たちの前に晒すとそこに七罪の姿が映し出される

 

『はぁい。一日ぶりね士道くん。寂しかった?』

「七罪……おまえ、どうしてトーマを消したんだ」

『あぁ、彼とはそう言う約束だったからね。彼が条件を満たしたら私が彼を消す、ちなみに条件はひ・み・つ』

 

 士道たちに向けて蠱惑的な笑みを浮かべる七罪を見た士道たちは、トーマと七罪の間で交わした条件が何なのかを考えていると、七罪は更に言葉を続ける

 

『それじゃあ、ゲームも二日目も終わりね。消えた彼と二人で調べたんだからもう全員調べ終わったかしら?』

「……あぁ」

『なら、答えは絞れたわね? 彼が消えたから士道君に回答権を二つ上げる、ただし……その分、人は消えるけど────さぁ、私はだーれだ』

 

 そう問いかけられた士道は、消された殿町を覗く全員、自分が会った十香、四糸乃、琴里、四糸乃、亜衣、麻衣、美衣、岡峰教諭。トーマが話をした耶倶矢、夕弦、美九の三人の事を思い返す、全員にそこまで不審な点は見当たらないがこの中に七罪が居るのは間違いない

 

「士道、時間がないわよ」

「……わかってる」

 

 琴里にそう言われた士道は頭の中で一人ずつ容疑者の事を消していくが、三人娘と岡峰教諭の四人から先が絞り込むことが出来なかったが、今日当てなかった場合はまた誰かが消える

 

「七罪は────」

 

 誰が七罪か、それを答える為に言葉を紡ごうとしたが、ここでもし、自分が間違った答えを言ってしまったら人が消える。そんな考えが士道自身の思考を縛り、言葉を止めてしまった

 

「──士道!」

「……っ!」

 

 自分にとっては僅かな時間でも現実の時間では回答時間を消費するには十分、琴里の叫び声でハッとした目を見開いた時には、既に時間切れだった

 

『ブー! 時間切れよ。残念でした、また明日チャレンジしてねー』

 

 それだけ言い残すと、空間が揺らめき贋造魔女の姿が消え、その場に残されたのは士道たち三人だけ。沈黙がその場を支配している中、琴里が頭をかきながら息を吐く

 

「……責めはしないわ。指名が外れていたらその人が消えてしまうだなんて状況で、決定的な証拠もないのにおいそれと答えを出せるはずはないもの」

 

 でも、と琴里が続ける

 

「もう既に、一人が消されて……今日で二人消されてしまう、トーマが居なくなった以上、あなたが七罪を見つけない限り、このゲームは終わらないって事だけは覚えておいて」

「……あぁ」

「あのー、それで誰がいつ消えるとかわかってるんですか?」

「いえ、回答をしてからどのタイミングで消されるのかは────」

 

 美九と琴里が話をしている横で、士道は自分の髪をくしゃくしゃと掻いていると、右耳のインカムから令音の声が聞こえてくる

 

『……シン、聞こえるかい、シン』

「令音さん……? どうしたんですか?」

『……先ほど、容疑者たちを監視している自律カメラに、贋造魔女が現れた』

 

 令音の言葉を聞いた士道は、心臓が締め付けられているように感じながら、令音に対して言葉を返す

 

「……一体、今日は誰が」

 

 消えてしまったのか、そこまで声に出すことはできなかったものの、令音は何を聞こうとしたのかわかった上で一瞬ためらうように言葉を切ったのち、続ける

 

『……あぁ。今日消えたのは────十香、そして四糸乃の二人だ』

 

「え…………?」

 

 消えた者の名前を聞いた士道は、自身の中にあったナニカに(ひび)が入っていくのを……その身で感じていた



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第8-9話, 最後の調査 Ⅰ

 トーマ、四糸乃……そして十香が消えた日からはや二日。士道は自室の窓から覗く朝日を一瞥してから、パソコン上の画面に表示されたデータと、辺りに散らばった夥しい量の書類を交互に見やる

 容疑者たちの身体情報から趣味嗜好に至るまで、プライバシーを無視した情報がいくつも記載されていやが、今の士道には底を考えている余裕はない。それ以外にも士道は令音に頼み込んで、容疑者全員の記録映像にも目を通し、少しでも怪しい部分がないかを確認していた

 

「……もう……朝、か」

 

 長時間の確認作業で思考能力が低下している士道だったが、霞む目を擦ると再びパソコンを操作して残っている容疑者のリストを表示させる。あの日以降、士道は二度の犯人を当てることが出来ず、計六人の容疑者を失ってしまっていた

 十香と四糸乃が消えた翌日のミスによって亜衣と岡峰先生を、その次の日には麻衣と美衣が消え、残った容疑者は琴里、折紙、耶倶矢、夕弦、美九の五人……なのだが、その中の誰にも不審な点は見られなかった

 

「…………」

 

 眠気で朦朧とする意識の中、士道は思考を巡らせる。疑わしい点のない容疑者たちと頭の中に存在する引っかかり……そして、トーマが美九に自身の本を託した理由。もしも本を託すこと自体が自分たちへのヒントになっているのだとしたら、そう考えた士道の頭の中に一つの可能性が芽生える。それはこれまでの自分の行動がひっくり返る程の劇薬じみた発想

 

「……もしかしたら、これは──」

 

 そう口に出したところで、士道は机に肘を突いて口元に手を置いた。寝不足と長時間の作業による疲労、そして自身の所為で人が消えるというストレスによってちょっとした動作をするだけで軽い吐き気に襲われる

 士道が吐き気を抑えつつ、その場で考えこんでいると部屋の扉が開き、部屋に琴里が入って来る

 

「士道……って、ちょっと。あなたまさか、寝てないの?」

「……おう、琴里」

 

 士道は近くまでやってきた琴里に対して、そう言葉を返す

 

「言ったでしょ、無理はするなって。気持ちはわかるけど貴方が体調を崩したら元も子もないのよ!?」

「……大丈夫だよ、これくらい。今日は……再調査だっけか」

 

 そう言った士道は立ち上がり床に落ちた資料を拾い上げようとしたところで、目眩がしてその場に膝を突いてしまう

 

「っ!」

「あぁもう、だから……!」

 

 そんな士道の様子を見た琴里は苛立たしげに、士道の手を取ってくる

 

「言わんこっちゃない……! とにかく、今は休みなさい! そんな状態じゃ、まともな判断なんてできないわ!」

「そんな暇──ねぇよ……ようやく、わかりかけたんだ。早く、七罪を探さないと」

「いいから。どっちにしろ昼と夕方の調査はキャンセルするつもりだったし、とりあえずしばらく寝てなさい!」

 

 琴里の言葉を聞いた士道は、バッと手を振り払った

 

「キャンセルって……どういうことだ!? それじゃ、余計に手がかりがなくなるだけじゃないか。なんでそんな……!」

「ちょっと落ち着きなさい」

 

 冷静さを失っている士道に対して、琴里はチョップを叩き込む。そこまで力を入れていない筈の一撃だったがそれを受けた士道はその場に突っ伏す

 

「ぐ……」

「そのままでいいから、これを見なさい」

 

 琴里は、突っ伏したままの士道に対して白いメッセージカードを見せてくる。それが最初に渡されたメッセージカードかと思った士道だったがよく見ると書いてある文章が違っていた

 

 

そろそろゲームも終わりにしましょう。

今夜、私を捕まえて。

でないとみんな、消えてしまう

七罪

 

 

 その文を見た士道は言葉を詰まらせた後、身体を起こしてカードをひったくった

 

「これは……一体」

「朝起きたら、ポストに入ってたわ。七罪からの挑戦状……ってところかしらね」

「今夜……七罪を見つけないと、残った容疑者が全員、消されちまうってことか?」

「額面通りに受け取るなら、そう言うことになるわね」

 

 琴里がそう言うと、士道は奥歯を噛み締めながら拳を強く握る。自分にとって調べられることは全て調べたが容疑者の中から七罪を特定する事は出来ていない、自分の中で生まれた可能性も検証をする時間を取る事が出来ない

 

 ────今日、判断を誤れば残る容疑者も全員消される

 

 その重圧が士道の精神を蝕んでくるのを、奥歯を噛み締めて耐えると琴里の方へと視線を向ける

 

「琴里、一つ頼みがある。聞いてくれるか?」

「何? 可能な限りは善処するわよ」

 

 神妙な顔をして聞き返してくる琴里に他強いて、士道は考えを纏めながらゆっくりと提案を口にする

 

 数分後。それを聞いた琴里が、ふむという声を漏らしてあごに手を当てた

 

「なるほど。いいわ、手配してあげる」

「……助かる。正直まだ、最後の決め手に欠けてるんだ」

「その代わり、それまでの間しっかりと睡眠を取ること。それが条件よ」

「あぁ……わかった」

 

 士道は琴里の言葉に頷くと、その場を立ち上がってベットに身体を預け、瞳を閉じる。その中でゆっくりと考えを纏めていく、ついさっき琴里にした頼み……それが欠けている最後のピースを埋める鍵になると信じて

 

 

 

 

 

 士道が意識を手放したのと同じころ、──―に化けた七罪は無表情に虚空を見上げ、ここまでの出来事を思い出す。周囲に居る人たちが消された時に士道の見せた様々な負の感情が混ざった表情

 

「はぁ……」

 

 けれど、それを見た際に七罪の中に沸き上がったのは歓喜ではない別の感情

 

「なんか、思ったよりもスッキリしないわねー」

 

 気軽い様子でそう言う七罪、その心の大半を占めていたのは諦観や失望と言った負の感情だが、心のどこかには可能性を信じたい……そう思っていた七罪はもう一通の手紙を彼らに出した

 

「これで本当に最後、絶望するか……それとも、否か、少しは楽しませてちょうだい、五河士道」

 

 鏡の向こうに映る暗闇。そこに視線を向けた七罪は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた

 

 

 

 

 

 その日の夜、十分な睡眠をとりある程度コンディションを回復させた士道は、琴里と共に薄暗い部屋の中に居た。二十畳ほどの広さがあり所々に背の高いテーブルが置かれているがそれ以外には何もない。ラタトスクが保有している地下施設の一つらしいが詳しい事は士道にも聞かされていない

 

「くく、なんともお誂え向きではないか。我が、彼の邪王に審判を下すにふさわしき舞台よ」

「意外。まさかこのような所があるとは思いもしませんでした」

「ホント、なんだか秘密基地みたいですね」

「…………」

 

 そして、この場に居るのは士道と琴里以外の四人。七罪の容疑者として疑われている折紙、耶倶矢、夕弦、美九の四名。こうして容疑者が全員集められ、話をすることの出来る環境を作って欲しい。それが士道が琴里にした頼み

 これまで士道は、出来る限り自分一人で解決しようとしていた……しかしそれにも限度があり、自分以外の人の意見が欲しいというのも正直な感想だった。精霊が関わっている一件ではあるものの、この場に居る全員が精霊に関わっているからこそできる荒業でもある

 

「──よく来てくれたわね、みんな」

 

 琴里がそう言うと、その場に居た四人の視線が士道と琴里の二人へと向いた

 

「……みんな、もう話は聞いていると思う。まずは、謝らせてくれ。ごめん、俺の所為でみんなを巻き込んじまった……本当にごめん」

 

「ふん、気にするでない。お主やトーマと関わる以上、こういった事柄も我々にとって些事に過ぎない」

「同意。その通りです……夕弦たちからすれば、巻き込んだ士道よりも黙って勝手に消えたトーマの方に文句が言いたいです」

「そうですねー、私に至っては目の前でお兄さん消えられちゃいましたからねぇ」

 

 残っている容疑者五人のうちの三人は、士道と言うよりも勝手に消えたトーマの方に言いたいことがあるようだが今はそんなことを気にするよりも先にやることがある

 

「身勝手だってのはわかってる。でも……頼む、みんなの力を貸してくれ……っ!」

 

 そう言った士道に対して、四人がは力強く頷いた……が、その中で折紙だけが頷くことなく、ジッと士道の事を見つめていた

 

「士道。一体、これはどういうこと?」

 

 ようやく口を開いた折紙が発したのは、純粋な疑惑の言葉

 

「すまない、折紙。でも、頼む、お前の力が必要なんだ」

「勘違いしないで欲しい。士道に力を貸すのは当然、精霊が関わっているのであればなおさらに……私が聞いているのは、その事ではない」

 

 士道へ協力する、そう言った折紙はふっと目を伏せた後、再び口を開く

 

「ここは、一体どこ? 先ほど私たちに事情を説明したのは一体誰? 前からずっと思っていた。あなたは一体、何と関わりを持っているの?」

「それは……」

「あんまり細かい事を気にしすぎると、皺が増えるわよ」

 

 折紙からすれば当たり前の疑問、それに答えることが出来ず口ごもっていた士道に代わって、彼女に言葉を返したのは彼の隣に立つ琴里だった

 

「……五河、琴里」

「……何よ」

 

 折紙からの刺々しい視線を受けた琴里が、半眼で応える。しばしの間、二人の視線が交わりあった後……折紙の方が視線を伏せると小さく息を吐き、琴里から視線を逸らした

 

「──話は、あとで聞く。とにかく、士道に協力する事に異論はない」

「……ありがとう、折紙」

「構わない、でも」

「でも?」

「急に呼び出されたから、少し、期待した」

「……それは……なんというか、すまん」

 

「っくく、話は纏まったようだな」

 

 折紙の言葉に対して、なんとも言えない気持ちになった士道が小さく頭を下げたところで、耶倶矢がその場にいる全員に声をかけた

 

「それならば、早速始めようではないか。我らが中に潜みし悪逆の者を炙り出す、選別の儀を!」

「あら、随分気合いが入ってるわね」

「解説。耶倶矢はここで貢献できれば、少しはトーマや、士道たちに恩返し出来るのではと考えているんです」

「ちょ、夕弦! 余計な事言わなくていーし! と、とにかく! この中に潜んでいる精霊は、我が必ず見つけてみせる!」

 

 耶倶矢がそう言った後、琴里が加えていたチュッパチャップスの棒をピンと立てる

 

「とりあえず気合い十分なのはわかったわ……それで、状況はこの部屋に入る前に説明した通りよ。この中に一人、変身能力を持った精霊が紛れ込んでいて、私たちはそれを見つけなければいけない。今まで行った調査の結果は、この資料に纏められているわ。何か質問や気になる事があったら、どんな小さなことでも構わないから遠慮なく言ってちょうだい」

 

 こうして、最後の一日。七罪を見つけ出すための最後の調査が始まった



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第8-10話, 最後の調査 Ⅱ

 フラクシナスの所有する地下施設の一室、そこに集められた六人は各々が纏められた資料に目を通す

 

「へー……こんな事してたんですねー」

「……なんか、トーマが我々に行った調査雑ではないか?」

「同意。確かについでで終わらせられた感があります……戻ってきたら抗議しなければ」

 

 自分たちに対して行われたトーマによる本人か否かの確認がバイト先紹介のついでにやっていた事に不満があるらしい二人だったが、耶倶矢の方が士道の方へと視線を向ける

 

「して、士道。その七罪とやらは、一体どんな容貌をしているのだ?」

「え? あぁ、それは────」

「──見るもおぞましい、不細工面よ」

 

 耶倶矢の疑問に答えようとした士道の言葉を琴里が話を始める

 

「たとえるなら、車に轢かれたヒキガエルみたいな顔だったわ。ギョロっとした目は異様に離れ、鼻は豚のように上を向いていて、肌は月のクレーターみたいな痘痕(あばた)だらけだったわね。身体もまるまる太っていて、もうバストウェストヒップが全部同じ数字じゃないかと思えるくらいの酷い体型よ。そしてとにかく顔が大きいの、たぶん三頭身くらいじゃないかしら、なんかもう精霊ってよりモンスターよね」

 

 琴里は真顔のまま、士道の記憶にあるのとは全く違う七罪の容姿をペラペラと説明する

 

「おい、琴里────!」

 

 流石に間違った情報を伝えるのはどうなのかと思った士道だったが、そこで琴里がどうしてそんなことを言ったのか察する。琴里はこの中に居るであろう七罪のリアクションを見るためだ、士道が彼女と初めてあった時に彼女は自分の容姿を気にしているような口ぶりだった。だからこそ自分の容姿を悪く言われたら観測機にも何かしらの反応がある筈だった

 

『……それらしい反応はないね』

 

 士道の右耳に、令音の声が聞こえてくる。琴里にも同じ報告が届いていたのか、軽く舌打ちをした後、テーブルの上に置かれていた小型端末を操作する

 

「……なんてのは冗談よ。これを見てちょうだい」

 

 その言葉と同じタイミングで端末の画面に七罪の姿が映し出される。無論その姿はさっき琴里の言ったのとは正反対の、魔女のような霊装を纏った美しい女性の姿である

 

「確かに冗談だったみたいですねー、とっても美人さんです」

「……他に何かある?」

 

 琴里がそう言うと、耶倶矢が手を上げる

 

「一つよいか」

「何かしら?」

「我としては、士道や琴里がこれだけやって尻尾を掴めぬというのは、些か気になる……そもそも、この中にその七罪とやらが居るのは確かなのだろうな?」

「疑問。それは確かに夕弦も感じていました、本当はこの中の誰にも化けておらず、別の場所から慌てる士道の姿を見て悦に浸る……と言う可能性があるのでは」

 

 疑問を提示する耶倶矢と夕弦に対し、琴里は腕を組むと士道の方へと視線を向ける。士道もその視線に気づき言葉を紡ぐ

 

「勿論、その可能性もゼロじゃない……けど、嘘は吐いていないと思う」

「ほう? なぜそのような事を言える? 相手は知人である筈のトーマすら消し去ってしまうような精霊なのだろう?」

「そうだけど、何て言うのかな……七罪は、自分の能力にもの凄い自信を持っているように感じたんだ。それに、『この中に私がいる』って明言してるなら……ルールの隙はついてもルール違反をすることはないと思う」

 

 その言葉を聞いた耶倶矢はふむと言う声を漏らした後、納得するように頷く

 

「なるほどな、まぁ、直接七罪と会話をした御主が言うのなら、ひとまず信じよう」

 

 耶倶矢はそう言うと視線を資料に戻し、隣でその様子を見ていた夕弦もまた資料の確認を再開する。それからしばらくの間、全員で書類に目を通す作業をしていたが一通りの資料に目を通したらしい折紙が顔を上げる

 

「士道。ウィッチが送ってきたという写真とカードを見せてもらうことは可能?」

「あぁ、もちろん」

 

 士道はうなづくと、持参していたカバンの中から自分に送られてきたもの封筒と、トーマに送られてきた封筒を二つ取り出し、折紙へと渡す。それを受け取った折紙は二つの封筒から写真とメッセージカードを取り出しテーブルの上に並べていった

 

「……なるほどな。隠し撮りをしておったということか」

「感心。夕弦たちに気配を悟らせないとは、中々の手練れですね」

「写真には特に違いはないっぽいですねー、というか私目が半開きなんですけどぉ!」

「そこを気にするのか、お主は」

「気にするに決まってるじゃないですか! アイドルですよ私!」

 

 そんな事を言っている三人に気を留めず、並べた写真とカードに視線を這わせた折紙はしばし顎に手を当てた後、顔を上げる

 

「一つ、確認しておきたい事がある」

「なんだ?」

「ウィッチの変身能力と言うのは、人間や精霊以外のものに変身することも可能なの? もっと詳しく言うのなら、生命活動を行っていない物質、また、元の姿から明らかに体積の違う存在に変身する事は可能か、と言うこと。例えば、手のひらに収まるくらいの大きさになったり、紙のように薄くなったり」

 

 折紙がしたその問いかけに対して、士道は小さく頷いた

 

「恐らく、出来ると思う。ただ、極端に大きさの違うものに変身できるかどうかは……わからない」

「不可能とは言い切れない、ということ?」

「あぁ……」

「そう」

 

 士道の言葉を聞いた折紙が頷き、写真に視線を向けると今度は美九が言葉を発する

 

「それじゃあ、七罪さんがこの写真のどれかに化けているって可能性もあるんですね」

「……あぁ」

 

 七罪が写真に化けている、その可能性も否定できない。彼女が士道たちに送った文面は『この中に、私がいる。誰が私か、当てられる?』と言ったものであるため、この中と言うのが写真の束を指しているならルール違反にはならない

 

「その通り」

 

 折紙は美九の方を軽く一瞥したのち、こくりと頷く

 

「通常、写真を示されて『この中に、私がいる』と言われれば、写真に写っている人物の中に精霊がいると考えられる──しかし、今回の場合そうと明言されている訳ではない。そもそも、このルール自体に違和感がある。時間が進めば進むほど容疑者は減り、士道に焦燥感は植え付けられても、同時に自分が見つかりやすくなるリスクを負っている事になる……この方法は、自分が絶対に見つからないという確信がないと取れない方法」

 

 折紙の言葉を一通り聞いた後、美九が何かに納得したような表情を浮かべる

 

「と言うことは、お兄さんがわざわざ私に本を渡したのって、七罪さんが無機物に化けている可能性も考えろって意味だったんですかね?」

 

 その二人の言葉を聞いていた耶倶矢は腕を組むと、フンと鼻を鳴らす

 

「成る程な。だが、仮にそうだとして、どうする? 写真は全部で二十六枚、まさか一枚ずつ指名していくというのか?」

「難色。耶倶矢、それでは写真を全て指名する前に全員消されてしまいます」

「わかっておる、だからどうするのかと聞いているのだ」

 

「それなら、簡単な方法がある」

 

 二人の言葉を聞いていた折紙は、テーブルに広げられていた写真を十三枚ずつに束ねたかと思うと。懐から取り出したナイフを写真の束にそれぞれ突き立てる。ナイフの刃は完全に貫通し、テーブルに突き刺さっている

 

「これが最も簡潔、かつ速やかな確認方法」

 

 眉一つ動かさぬままそう言った折紙はナイフをぐり、と抉った後写真から引き抜いた──だが、写真は何の反応を示すこともなかった

 

「……どうやら違ったらしい」

 

 少し残念そうな声音の折紙はなうふを懐に戻す……これで本当に写真の中に七罪が居た場合は目も当てられない結果になっていたであろうことを想像した士道は、写真の中に七罪が居なかったことに安堵の息を漏らし、額に浮かんでいた汗を手で拭った所で、トーマが残した本が士道の視界に入る

 

「…………あれ?」

「どうかしたの、士道」

「いや、えっとさ。確かトーマって七罪に関しては中立って言ってたよな」

「えぇ、私たちには手を貸せないって言ってたわね」

 

 ここで士道の中に浮かんだのは、いくら自分がプレイヤー側になったとして、中立と言っていたトーマがそもそも自分たちにヒントなんて残すだろうか。そして、これがヒントではないのならどうしてトーマは自身の本を美九に託したのか

 

「なぁ、美九。トーマが消える直前……もっと言うとお前に本を渡してから何て言ったか覚えてるか?」

「えーっと、確か『絶対に戻るから、預かっててくれ』って言われて、私が信じていいんですか? って聞いたら半分は五河君たち次第な所はあるけど、信じても大丈夫だって」

「……やっぱり」

 

 美九からその言葉を聞き、士道はこれが自分たちに宛てられたヒントなどではない事を確信する

 

「この本を美九に渡したのは、俺達に対するヒントじゃない」

「ヒントじゃない? それなら一体何でこの本を美九に渡したのよ」

「美九に本を渡したのは、この本はアイツが自力でこの世界に戻るための鍵なんだと思う。それを消されない為に美九に託した」

「だが、それでは美九が消された時に奴はこっちに戻ってくる手立てを失う事になるのではないか?」

 

 耶倶矢の問いに対して、士道は一度視線を向けた後、言葉を続ける

 

「そうなんだ。そして……本そのものじゃなくて、本を美九託すって言うトーマの行動そのものヒントになってたんだ」

「どういうこと?」

「折紙の言った七罪が人間以外にも変身できるか可能性、それにトーマの行動。その二つを複合すると……一人だけ、思い当たるんだ」

 

 そう言った士道は、写真の束から一枚を抜き取ってテーブルの上に置く

 

「四糸乃?」

「士道、お主まさか七罪が化けているのは四糸乃だと申す気か」

「違う、七罪が化けてるのは────よしのんだ。そうだろ、七罪!」

 

 士道がそう言うと、テーブルの上空に贋造魔女が現れ、先端の鏡に七罪の姿が映る

 

『……正解よ。まさか、アイツのヒントにしっかり気付くとは思わなかったわ』

「じゃあ、やっぱりとトーマの行動はヒントだったんだな」

『えぇ、アイツが誰よりも早く私を見つけられたら、自分を消す代わりに一つだけヒントを残させてくれってね……まぁいいわ。結果は私の負け、消した人たちは大人しく返すわ』

 

 七罪がそう言うと、贋造魔女の鏡から放たれた光が部屋を覆い隠し、やがてその光は消え、部屋の明るさは元に戻ると部屋の中には贋造魔女によって消された人たちが寝かされていた

 

「みんな!」

 

 戻ってきた人物の中で、十香や四糸乃は頭を抱えながら意識を取り戻すが、岡峰教諭や殿町と言った人物は意識を失ったまま……だが、戻ってきた人物の中でトーマだけ姿が見えない

 

「あれ? お兄さんは──」

「ここだよ」

 

 トーマが姿を現したのは士道たちの背後、無銘剣を肩に担いだ彼は普段通りの足取りでみんなの所まで歩いてくるが、そんな彼の後ろには見慣れた魔女の帽子が隠れている。それを見た士道がみんなの一歩前に出て、彼女へと近づいた所で、その顔が驚きに染まる

 

「…………え?」

 

 トーマの背後に隠れていたのは、士道たちが今まで目にしていた七罪ではなく。小柄な体躯に手入れの行き届いていないわさっとしたヘヤースタイルの少女

 

「……どういう事だ?」

 

 これまでの七罪と現在の七罪、同一人物にも関わらず全く違う姿を見て困惑する士道に目を向けながら、トーマは軽く頭を掻いた



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第8-10.5話, 蠢く闇Ⅱ

 これは士道たちが最後の七罪探しを行う少し前のこと。

 天宮市近郊に存在するラタトスク保有のビル、その地下三階へとやってきたのは女性に車椅子を押された男

 

「こちらです。ウッドマン卿」

 

 若い機関員がウッドマン卿と呼んだ男──彼の名前はエリオット・ボールドウィン・ウッドマン。琴里が所属し、士道と精霊たちの対話を支援している組織、ラタトスクの創始者。そんな彼がやってきた先にあったのは鉄格子で仕切られた手狭な居住スペース────要は、この地下に作られた牢である。

 そんな牢の中に入れられていたのは簡素な作業着に身を包んだ、初老の男。顔中、身体中に最近できたと思しき傷を幾つも残したその男の前で、機関員は話を始める

 

「今からおよそ二か月前、或美等での一件の際に捕らえたDEMの社員です。持っていた身分証から第二執行部大佐相当官ジェームス・A・パディントンであるという事はわかっていますが、それ以外は何もわかっていません」

「何も? 黙秘をしているということかい?」

「黙秘といいますか……」

 

 ウッドマンの問いに困り顔を作った機関員は、ガンガンと鉄格子を叩く。しかし、牢の中のパディントンはベッドに横をなったまま、ピクリとも反応を返さない

 

「この調子です。顕現装置(リアライザ)を用いての尋問も何度か試しましたが、まるで頭から記憶が抜け落ちてしまったかのような様子です」

「成る程な、奴の使いそうな手だ」

「奴、ですか?」

 

 機関員が首を傾げると、ウッドマンはいや、と言葉を返すと機関員へと視線を向ける

 

「少し、彼と話をさせてくれるかな」

「は……それは構いませんが……」

 

 機関員が怪訝そうな顔をしながら後ろに下がると、ウッドマンは自身の車椅子を押す女性、カレンに命じ車椅子の向きを檻の中のパディントンに向けさせた

 

「──やぁ、ジェームス。少し私と話をしないかね」

 

 と、ウッドマンが声をかけた瞬間。今まで無反応を貫いていたパディントンが、バネ仕掛けの人形のようにベッドから跳ね起きた

 

「うぉ……ッ!?」

 

 突如として反応を見せたパディントンを見た機関員が肩を震わせ、思わず声を出してしまうがそんなものに構わず、パディントンはゆらゆらとした足取りでウッドマンの方へ歩いていき、ガシャンと音を立てて鉄格子にもたれかかった

 

「あ、あ、ああああああァア亜ぁアァア亜ァァァァああ、う、う、ウぅウウウウっど、ま、ままマままン」

 

 焦点の会わない目と、涎まみれの唇が動き、のど奥から発せられたのは、壊れたレコードのような声、その声を響かせ頭を小刻みに震わせたパディントンだったが、数秒後にはのどから響いていた不協和音が、声として聞き取れるくらいに安定する

 

『──やぁ、久しぶりだな、エリオット』

 

 そうして発せられた声は、今までとは異なる声……否、声を発したと言っていいのかわからない。パディントンの顔は今までとは変わらず、彼から言葉が発せられている筈なのに唇や舌さえ動いていない。

 それは、目の前に居る存在が人間ではなく人型のスピーカーであるのでないかと錯覚するほどに奇妙な光景だった

 

「こ、これは……」

 

 この奇妙な光景に機関員が狼狽の声を上げる。それも無理はないかとウッドマンは小さく肩をすくめた後、パディントンの────彼を通して話かけているであろう男に言葉を返す

 

「あぁ……三十年ぶりだな。壮健かね、アイク」

『おかげさまでね、君はどうだい、エリオット』

「私の方は自信がないな。最近はすっかり目も悪くなってね」

『それはそれは』

 

 目の前に居るゾンビのような男から発せられる正体不明の声と、ウッドマンはしばしの間談笑を続ける

 

『──ところで、エリオット。私たちのところに戻ってくるつもりはないのかね。君も知っているだろうが、プリンセスが反転したのだよ。我々の悲願が成就するときも近い。君の力添えがあれば、それは更に確実なものになるだろう。君が戻ってきてくれば、エレンもさぞ喜ぶだろうさ』

「生憎だが、私にそのつもりはないよ、アイク。それは三十年前にさんざん話あった事だろう」

 

 ウッドマンがそう言うと、声は残念そうに息を吐く

 

『残念だ。三十年もの時を経ても、君を冒した熱病は完治していないようだ』

 

 その言葉と同時に、パディントンの身体がズルズルと鉄格子から落ちる

 

『──ならば、次に見える時は容赦できない。精霊は、我が悲願のために利用させてもらう』

「そうはさせんさ。そのためのラタトスクだ」

 

 それ以降、パディントンから声が聞こえてくることはなく、床に突っ伏した状態で口から大量の血を吐いた

 

「な……!?」

 

 急に血を吐く様子を見た機関員は泡を喰って端末を操作し、上層階へと連絡を入れ始める。そんな様子を見ながら、ウッドマンは微かに眉根を寄せた

 

「お前は変わらないな、アイク。──全てが、三十年前のままだ」

 

 そうして、顔の向きを変えないまま、声をかける

 

「そう遠くないうちに、DEMとの直接対決もあり得るかもしれない……覚悟だけはしておいてくれ、カレン」

「何も問題はありません。姉さんと分かり合えないことは、何年も前から覚悟しています」

 

 その言葉に、カレン──カレン・N(ノーラ)・メイザースは、声のトーンを変えないまま、答えた

 

 

 

 

 

 同時刻、DEMインダストリー英国本社ビルの一室で、アイザック・ウェストコットはふうと吐息をすると、手元のボタンを操作、外部から人を呼ぶと、数秒と経たず、部屋の扉がノックされる

 

『──失礼します』

 

 その言葉のすぐ後、エレンが部屋へと入りウェストコットまで近づく

 

「何か御用ですか、アイク」

「いや……大したことではないのだが」

 

 ウェストコットはそう言いながら、エレンへと視線を向ける

 

「前の取締役会、マードックの意見も一理あると思ってね」

「と、言いますと」

「先の作戦で、大量の魔術師(ウィザード)を失ってしまった事は事実だ。特に、アデプタス2タカミヤ・マナとアデプタス3ジェシカ・ベイリーを損失してしまったことは、これから精霊を狙う上で非常に大きな問題となるだろう」

「……補充要員を、ということですか?」

 

 エレンが微かに眉をひそめながら言葉を発する。そんな彼女の表情に僅かな不機嫌さを見たウェストコットは小さく肩をすくめた

 

「無論、君さえいれば万事は上手く運ぶだろう。イザクのメギドを使えば頭数は揃えられるが、保険をかけておくに越したことはないだろう……君だって、サポートがいた方が動きやすいのは事実だろう?」

「…………」

 

 その言葉を聞いたエレンは、ふぅと行きを吐いてから再度ウェストコットに目を向ける

 

「だとして、一体誰です? DEMのアデプタス・ナンバーに相応しい力を持つ魔術師(ウィザード)と言うのは。SSSのアルテミシア……ですが、残念ながら彼女はまだ──」

「いいや」

 

 ウェストコットはエレンの言葉を制止すると、唇の端を上げた

 

「いるじゃないか、一人。君のサポートをするのに相応しい、とびっきりの魔術師(ウィザード)が」

 

 士道たちの知らないん場所、目が届かない場所で、闇は確実に、蠢いていた



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第Ⅸ章, 七罪チェンジ
第9-1話, 紆余曲折


 今までとは異なる姿を目にし、困惑している士道たちの視線を受けた七罪は。息を呑むと贋造魔女を顕現させ、話しかけられるよりも先に姿を消す

 

「あっ──」

「……あー、とりあえず。時間も時間だし、今日の所は解散にした方がいいんじゃないか?」

「それもそうね。トーマ、七罪について、後でゆっくり聞かせて貰うから」

 

 琴里の見せた鋭い視線を受けたトーマは、背中に冷や汗をかきながら軽く頷いた

 

 

 

 彼女たちと別れた、美九に先に帰るよう言ったトーマはポケットに入っていたエターナルフェニックスを取り出して、その場に投げるとポンと言う音と共に煙の中から七罪が現れる

 

「やっぱ隠れてたか」

「…………」

「それで、どうだった?」

「別に、変な連中だなって思っただけ。聞きたいこと聞いたんなら、アンタもさっさと帰れば?」

「いや、まだ聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

 

 七罪の疑問が疑問符を返すと、トーマはその場に座り胡坐をかく

 

「七罪、お前は士道たちに自分の霊力を託しても良いと思うか?」

「思わない。それに、五河士道の事をまだ許してないし」

「そこに関してはお前の意思を尊重するから何も言わない……けど、やっぱそうだよな」

 

 そう上手くはいかないだろうと思っていたトーマは、苦笑すると七罪は不審そうにトーマのことを見る

 

「それより、アンタは結局何がしたかったわけ。中立とか言ってたと思ったら今度はアイツらにヒントを出したいとか言ったり。やってることがチグハグ過ぎるのよ」

「そうだな、確かにチグハグだ」

「わかってたわけ?」

「わかってた、けど、今回のオレの目的はお前にアイツらの事を知ってもらいたかっただけだからな」

 

 トーマの言葉を聞きた七罪は、わけがわからないと言った様子で彼の方へと視線を向けてくる

 

「オレはさ、そろそろ交友関係を広げてもいいんじゃないかって思ってるんだ」

「必要ない」

「まぁそう言うな」

「必要ないって言ってるでしょ……それに、アイツらだってどうせ今の私じゃ相手したくないでしょ」

 

 それだけ言い残し、七罪は姿を消す

 

「やっぱ、難しいか」

 

 彼女の心の中に積もってしまった負の感情、それをどうにかしようとトーマは思っていない。けれど、他者との関わりを通じてそれを少しでも和らげることが出来たら……そう思っていても、今の彼には具体的にどうすればいいのかわからなかった

 

 

 

 

 

 翌日、呼び出しを受けたトーマがフラクシナスまでやって来ると、琴里と令音が彼の事を迎える

 

「……突然呼び出してしまって、すまないね」

「いえ、オレも色々と話したほうが良いと思ってたので」

「そうよ令音、勝手に黙って動いてたんだもの、謝る必要ないわ」

「返す言葉もない」

 

 挨拶もそこそこに、トーマたちは会議室まで移動すると改めて彼に問いかける

 

「それで、今まで勝手に動いてたわけだけど……アンタは何がしたかったの?」

「それ、七罪にも昨日聞かれたな」

「つべこべ言わないでさっさと答えなさい」

「わかった……オレも目的は、七罪の交友関係を広げる事だ」

 

 その言葉に対して、琴里は疑問符を浮かべているがトーマは気にすることなく話を続ける

 

「オレがお前らと初めてあった時はそんなこと、考えてもなかったんだけどな。お前らと過ごして、少しだけ考えが変わった」

「そう」

「それで、少し希望を持ったんだよ。お前達なら七罪の中にある負の感情を和らげるんじゃないかってさ」

「成る程……それであんなわけわかんない行動してたのね」

「あぁ、オレの前にはお前達も見た本当の姿で来るんだが、士道の前に大人の姿で来たって聞いてな。中立って事にしてお前らの事を七罪に知ってもらおうとしたんだが」

「……あの様子じゃあ、見事に失敗したのね」

「そう言うことだ」

 

 情けないと言った様子のトーマを見た琴里は、軽く息を吐いた後、言葉を紡ぐ

 

「けど、トーマなりにどうにかしようとしたのはわかるわ……そもそも、一人でやろうとするのが間違いなのよ。私たちが何の為に存在してると思ってるわけ」

「……そうだな、オレがお前らの真似をした所で本職には及ばないか」

「わかればいいのよ、それで、これからどうするの?」

「とりあえず七罪を探して、お前らと話してみないかって聞いてみる」

 

 トーマがそう言うと、琴里は令音の方に視線を向ける

 

「まぁ、それしかないわよね。令音、七罪の居場所は見つかりそう?」

「……彼女の霊波隠蔽は高度なものだからね。広範囲に観測機をを回しているが、未だ反応は見受けられない……無論、既に臨界に消失(ロスト)しているという可能性もあるが」

「そう、トーマの方は何か見つける方法を知らないの?」

「基本的にはアイツからオレに会いに来ることが多いからな。近くに居れば何となくわかるが広範囲だと微妙だな」

「そうなると、やっぱり七罪からの接触を待つしかないか」

 

 姿を消した七罪を探す方法に関して、目立った意見も出ないまま時が流れ、気が付けば日も暮れる頃になっていた

 

「とりあえず、今日はここまでにしましょう」

「……そうだね、これ以上話をしても建設的な出ないだろう」

「あぁ、オレも帰って夕食を作らないといけないからな」

「夕食って、今日は美九も居るの?」

「少し前まで働き詰めだったらしいからな、今日の午後はオフらしい……また何かあったら連絡する」

「よろしく、こっちも七罪の所在がわかったら連絡するわ」

 

 琴里たちとの話し合いを終わらせたトーマは、フラクシナスから降りると商店街で買い出しをしているとスマホに着信が入る。美九あたりから連絡が来たのかと画面を見ると表示されていたのは万由里の名前

 

「何かあったのか?」

『何かあったわ、メギドが出た』

「メギドが? 場所は」

『商店街の近く、何を考えてるのかわからないけどとにかく急いで』

「あぁ」

 

 万由里から地図アプリを通じて情報を送ってもらったトーマは、すぐにその場所へ向かおう……としたが、現在自分の押しているカートに目をやるとカートを端まで寄せてから地図の場所まで向かった

 

 

 

 

 

 商店街から少し歩いた場所にある人通りの少ない路地、そこへやってきたトーマが周囲に目をやるがそれらしい影は見つけられない

 

「っと、場所は……ここの筈だが────!」

 

 背後に感じた悪意、それを感じ取ったトーマは咄嗟にその場から離れると火花が散り、ビルの影から二体のアリ型のメギドが姿を現した

 

「見た事ないメギド……いや、考えるのは後か」

 

【エターナルフェニックス】

 

 オレンジ色の炎から無銘剣が出現すると同時に浮かび上がったブレードライバーへ、トーマはエターナルフェニックスの本を装填する。瞬間、装填された本が開き、オレンジの炎がトーマの身体を覆い隠す

 

「はぁッ!」

 

 炎の中から斬撃が飛び、アリ型のメギドを弾き飛ばすと同時に炎は飛散しファルシオンの姿が露わになる。その姿を見て臨戦態勢へと入る二体のメギドに対しファルシオンも無言で剣を構え、戦いが始まる

 

「ッ!」

 

 一体目のアリメギドがファルシオンへと向けて放った拳をかわし、斬撃を放った後もう一体へと向けて蹴りを放ち距離を取り、無銘剣に音銃剣の本をリードする

 

【ワンダーワールド物語──音銃剣錫音】

 

「錫音、銃奏」

【重奏!】

 

 無銘剣から変化した音銃剣を銃モードへと変形させ、二体のアリメギドを銃撃し続けながらニードルヘッジホッグを音銃剣にリードする

 

『ニードルヘッジホッグ! イェーイ!』

 

 一度銃撃を辞め、銃口に金色のエネルギーがチャージされると近くに居た一体目のアリメギドに向けて銃口を引く

 

『錫音音読撃! イェーイ!』

 

 軽快な音声と共に放たれた黄金の針に貫かれたアリメギドは、腹に穴を開けたまま地面に倒れると泡となって消滅する。その様子を見た二体目のメギドはその場から逃げようとする

 

「逃がすか!」

 

 それを見たファルシオンは二体目のアリメギドの足を撃ち抜き、地面に叩きつけると音銃剣を剣モードに切り替え、エターナルフェニックスを音銃剣でリードする

 

『エターナルフェニックス イェーイ!』

 

 音銃剣の刀身にオレンジの炎が這い、集中したエネルギーが刃の上でビートを刻む。それを聞きながらファルシオンはアリメギドを見据え、トリガーを引く

 

『錫音音読撃! イェーイ!』

 

 振るわれた音銃剣の刀身から放たれた斬撃がアリメギドを真っ二つにすると一体目と同じように二体目も泡となって消失する。完全に敵を倒したファルシオンはその場で変身を解きトーマの姿へと戻る

 

「……どういう事だ?」

 

 目の前で倒したメギドの消滅の仕方、今までとは異なる消え方に疑問を覚えたトーマは泡となって消滅したメギドの跡を見つめながら、怪訝な表情を浮かべた



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第9-1.5話 ,蠢く者Ⅲ

 アイザック・ウェストコットは、イギリス、イースロー空港から日本の成田空港まで向かうプライベートジェットを降り、空港の専用ターミナで待たせていた車に乗り込み、に呑んでの宿泊先である東京都天宮市のホテルに向かっている最中。彼の対面に座っていた男──イザクは、手に持った本の胎動を感じ僅かに顔を歪める

 

「どうかしたのかい、イザク」

「……どうやらこの街にばら撒いていた情報源(メギド)が少々消されたようで、少々驚いてしまいました」

「そう言うことか、それで、感づかれたのかい?」

「いえ、偶然発見されただけでしょう。数だけは取柄のメギドをばら撒きましたから、核が見つからない限り無尽蔵に兵士は現れる……心配は無用です」

 

 心配をしていない様子でウェストコットにそう告げたイザクを見て、彼は瞳を閉じてから笑みを浮かべる

 

「そうかい……しかし、こうも短期間に往復が続くと、さすがに疲れてしまうな。どうだろう、いっそのこと日本に居を構えてしまうというのは」

「いいのではないですか、日本は住みやすい」

 

 ウェストコットの言葉を肯定するイザクに対し、彼の隣に座っていたエレンが鋭い視線を向けてくる。その視線を受け冗談めかして軽く肩を竦めたイザクを見た後、エレンは言葉を発する

 

「本来であれば、今回の渡日も延期していただきたかったくらいです。あんなことがあったばかりだというのに、よく自分の城をがら空きにできるものだと感心してしまいます。イザク、貴方も先の出来事を知っているのによくそんなことが言えますね」

 

 強い口調で言う彼女に対し、ウェストコットは小さく肩をすくめる

 

「そう褒めないでくれ、照れてしまうよ」

「誉めていません」

 

 最も、エレンが言っていることも間違いではない。イギリスのDEMインダストリー本社で行われた取締役会、そこでの出来事はエレンの物理的解決によって事なきを得たが、それを抜きにしてもウェストコットの事を快く思わない若手の取り締まり役会に準備期間を与え、再び反旗を翻される可能性が高い

 

「別に、それならばそれで構わないさ。隙あらばこちらののどを食いちぎろうとしてくるくらい野望に溢れた人間の方が、私は好きだよ」

「あなたはそれでいいかもしれませんが、後処理をする方の身にもなってください」

「善処するよ」

 

 神経質になっているエレンとは正反対に、ウェストコットは面白いと言った表情で言葉を返した

 

「それより、例の件は調べてくれたかい?」

「……はい、こちらです」

 

 エレンがカバンから取り出したのはクリップで留められた書類の束、それを受け取ったウェストコットはそこに印刷された写真と文字列の束に視線を落とすした

 

「……なるほど、十数年前に今の家の養子になった、か。そして妹には精霊 イフリートの疑い……よくもまぁ、ここまで揃ったものだな。いや、揃えた、と言うべきか」

「それは、五河士道に関する調査資料ですか」

 

 イザクがそう問いかけると、彼は資料へと目を向けたまま言葉を紡ぐ

 

「あぁ、彼は精霊と深く関わっているからね……プリンセス、ハーミット、ベルセルク、ディーヴァ……そしてイフリート。確認できるだけで六人の精霊が彼の元に集まっている。エレン、君はこれをどう見る?」

「……ラタトスクの関与は間違いないかと」

「それは間違いないだろう。精霊の力を封印することの出来る少年──それをラタトスクが利用しているのは疑いようはない。如何にそんな力を持っていようとも、巨大な組織のバックアップがなければ、これだけの数の精霊に接触を図る事は不可能だろう。だが──本当にそれだけ、かな」

「と、言いますと?」

 

 ウェストコットの言葉に、エレンは怪訝そうな表情を浮かべ、そう問いかける

 

「そのままの意味さ、この奇異で依歪な状況を作り上げたのは、果たして本当に、我らが御敵──ラタトスクの意思のみによるものなのかな」

「……他に、裏で糸を引いている者がいると?」

「さてね。だふぁもし仮にそうだとしても、我々のやることに変わりはないさ。そうだろう?」

 

 エレンは、数秒間ウェストコットの思惑を探るようにじっと顔を見つめたのち、こくりと首を前に倒した

 

「無論です」

「それでこそ、人類最強の魔術師。──準備ができ次第、早速動いてもらうよ。イザク、君もね」

「えぇ、承知していますよ。その為に手駒をばら撒いたのですから──それで、一体誰から始めるのですか?」

 

 その問いに対して、ウェストコットは手元の資料に視線を落としながら、言葉を続ける

 

「この資料に載っている精霊たちは、しばらく泳がせて置こうと思っている。精霊ではないがファルシオンも同じだ──もちろん、好機とあらば首を取っても構いはしないがね」

「どういうことですか」

「プリンセスが反転体となったことは記憶に新しいだろう。愛しき魔王が、我々の前にその姿を現したことは」

「はい」

「その原因となったのは他ならぬこの少年、イツカシドウだった。君が彼を殺そうとしたとき、プリンセスは絶望の淵に立ち、自らの領分を超えた力を強烈に欲し──結果、魔王 暴虐公(ナヘマー)の柄を掴むに至った」

 

 ウェストコットは資料を膝に置き、両手を広げる

 

「我らが焦がれてやまなかった魔王が、ああも容易く現れるなんて一体誰が想像できただろう。精霊は──少なくともプリンセスは、彼を心から尊び、信頼し、愛している。素晴らしいことじゃないか。彼らには、もっともっと信頼関係を深めておいていただこう……来るべき時のために、ね」

 

 その言葉を聞いたエレンとイザクの二人は、その意図を察する。五河士道と精霊たちの信頼が深くなればなるほど、それを失った時の絶望は深く、大きいものになる。それはファルシオン──トーマにも同じことが言える、彼らを失うのを恐れ、恐怖に苛まれた時、彼女たちは己の領分を超えた力を求める

 

「五河士道を、『鍵』としてお使いになるつもりですか」

「鍵、か。なるほど、良い表現だ」

「しかし、皮肉なものですね。ラタトスクの見出した、精霊をすくための秘密兵器が、我々の切り札にもなりえるとは」

 

 ウェストコットの言葉にそう返したイザクへと、視線を向けたエレンは言葉を続ける

 

「薬が毒となるのは、取り立てて珍しいことではありません」

「……それもそうですね。しかし、他の精霊を泳がせるのならば我々は誰を狙うおつもりで?」

 

 少し芝居がかった所作でイザクがウェストコットに問いかけると、その様子を見た彼は少し笑うと言葉を返した

 

「誰を狙う、それは君もわかっているだろう。誂え向きなことにASTから報告もあった。変身能力を持つ精霊 ──ウィッチが天宮市内で出現し、そのまま消失が確認されていないと」

 

 その言葉を聞いたイザクは、やはりと言う表情を見せた後。手に持っていたアルターブックを使い、天宮市内に放っていたアリメギドへとウィッチを探すよう命令を出した



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第9-2話, 接敵

 七罪の様子を掴めずに数日が経った頃、天宮市から少し外れた場所にある森の中で、再び大人の姿へ変身した七罪は眼下に広がる街を眺めていた

 

「はぁ……」

 

 そんな彼女が浮かべている表情は晴れやかな表情ではなく憂鬱な表情。そんな彼女が考えていたのは、これから自分がどう動くべきかと言うこと、士道の事を許した訳ではないが本当の姿を知られてしまった以上姿を消すのも手段の一つ

 

「姿を消すのが、ベターかしらね──!」

 

 七罪が贋造魔女を顕現させた瞬間、自身に近づいてくる気配を感じ取る

 

「まさか、見つかった……? けど、ここで捕まるのは願い下げよ」

 

 顕現させた贋造魔女へと跨り、足場を蹴ると贋造魔女ごと身体が宙に浮かび、凄まじい速度で空を駆ける。木と木の間を這うように進んでいると、前方に遮蔽物が現れた事で僅かに速度を落とした瞬間、上空から放たれた光が七罪の居た場所の付近を深々と抉る

 

「……保護を目的とするわりに、随分と荒っぽい挨拶ね」

 

 居場所を補足されている以上、更なる逃走は不得手、そう判断した七罪は贋造魔女を降り、上空へと視線を向けると、浮遊していた人影は冷徹な眼差しで七罪を見つめながらゆっくりと地面へ降り立つ

 

「残念ですが、私は貴方が想像しているであろう組織とは関係ありません」

「ふぅん……まぁ、誰でもいいけど、私に何か用かしら?」

「知れたこと」

 

 七罪の目の前に降り立った、全身に白金の鎧を纏った女性──エレン・M・メイザースは背に負った長大な剣を引き抜き、言葉を返す

 

「──ウィッチ。あなたを、狩らせていただきます」

「へぇ……ま、無駄だと思うけど……できるものならやってみなさい」

 

 彼女の言葉に返した七罪もまた、贋造魔女の能力をいつでも行使できるように意識する

 

「無駄かどうか、やってみればわかります」

 

 警戒はしているものの、目の前に居る精霊が自分の実力を下に見ている。その可能性に気付いたエレンは不かいように眉を動かし、高出力レイザーブレイド──カレドヴルフを構える。

 そして、互いの視線が交差した瞬間──上空から数名の魔術師(ウィザード)が七罪の背後へ降り立った。エレンと共に七罪を追っていたDEMの魔術師たち、自分の速度についてこれなかった彼女たちだが、ようやく追いついたらしい

 

「遅いですよ」

「も、申し訳ありません。エレン様……!」

「ですが、我らにはあの速度は……」

 

 自分の言葉にそう返してくる魔術師たちを見て、エレンは小さく息を吐いた。ウィッチ追跡の任についているのは腐ってもDEMの魔術師、凡百の魔術師に比べても遥かに練度が高いはずだが、実際はこの体たらく

 再び七罪へと視線を戻したエレンは、改めて祟宮真那とジェシカ・ベイリーを失った損失がいかに大きいものかを理解する

 

「……なるほど、アイクの言う事をわからないではありませんね」

「執行部長殿、何か……?」

「何でもありません。戦いに集中してください」

 

「無駄話は終わったかしら?」

「えぇ、今しがた終わった所です」

「そう、まぁ私にはどうでもいいけど──ねッ!」

 

 その言葉に合わせ、七罪は贋造魔女を大きく振るうと霊力の光とそれに付随する霊圧が迸り、彼女を囲っていたエレンと魔術師たちに襲い掛かる。その攻撃に対し、エレンは小さく鼻を鳴らすと地面をトンと蹴り随意領域(テリトリー)を操作して上空へと飛び上がる、七罪の背後に居た魔術師も周囲に散開する

 

「この……!」

 

 周囲に散った魔術師たちが、七罪目がけて何発ものマイクロミサイルを射出される……が、七罪は贋造魔女の柄をトン、と地面当てる

 

「贋造魔女!」

 

 七罪が言葉を放った瞬間、贋造魔女の先端が放射状に展開し、中央に据えられた鏡が凄まじい光を放つ。その光がミサイルに触れた瞬間、ミサイルはキャンディやチョコレートと言ったお菓子へと変貌する

 

「な──」

 

 ミサイルを放った魔術師たちが目の前の光景を見て狼狽すると同時に、お菓子が周囲に着弾し。ポン! と言うコミカルなな音を立ててはじけ飛び、周囲に甘い匂いが漂った

 

「素敵なプレゼントをありがとう、それじゃあ私もお返しをあげる──贋造魔女!」

 

 七罪が再び贋造魔女を掲げると、周囲を目映い光で覆っていく

 

「……?」

 

 その光を受けたエレンは、自分の身体を襲った奇妙な感覚に、微かに眉をひそめる。同時に、周囲に展開していた魔術師たちの悲鳴があちこちから響いてきた

 

「う、うわぁっ!?」

「な、なんだこれは……」

 

 視線のみを悲鳴が聞こえた方へと向けると、そこには見慣れぬ子供の姿は何人も確認できた──否、よく見てみると視線に映った子供はみな、エレンの部下の特徴を残しているのがわかった。この奇妙な現象は七罪の贋造魔女が持っている能力の一つ、そう考えたエレンはカレドヴルフを握っていない左手に目を向けると、案の定視界に入ったのは自身の記憶よりも小さい手

 

「ふふっ、随分と可愛くなっちゃったわね」

「まだしょうぶはついていませんよ」

 

 小さくなった自身に対してくすくすと笑っている七罪に対して、小さくなった身体とそのままの大きさのCR-ユニットと言う妙にアンバランスな姿のエレンはそう言うと脳に指令を発し、随意領域を操作し、自分の状態を確かめる。

 筋肉量、骨密度、大赦機能、神経系、その他諸々がどうなっているのか確認すると、見た目相応に能力が低下しているという結果に辿り着く。舌を動かす筋肉すら見た目相応になり、発音さえ阻害されているあたり、厄介な能力だが

 

「──じゅうぶんです。あなたをころすには」

 

 舌足らずな調子でそう言った直後、エレンはカレドヴルフの柄を握り直して空を蹴り、一瞬のうちに七罪へと肉薄した

 

「ッ!?」

 

 その一撃に対して、咄嗟に防御の体勢をとった七罪だったが、エレンの逆袈裟斬りを喰らい体勢を崩す。そのまま防御の姿勢を取ることが出来ない七罪に対し、エレンは更にカレドヴルフを振り抜いた

 

 

 

 

「えっ……っ?」

 

 体勢を崩された七罪は、胸部から腹部がカッと熱くなるような感覚が通り抜け──七罪は後方に倒れこむ。僅かに霞んだ視界で、熱を感じた場所に視線を向けると夥しい量の血液が自分の身体から流れていた

 それを見た瞬間、強烈な痛みが七罪の身体を駆け抜ける

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!?」

 

 凄まじい痛みに、七罪は悲鳴を上げる。鋭い棘が全身を指していくかのような感覚。意識は朦朧となり、少しずつ視界が霞んでいく。いっそのこと意識を失う事が出来たらどれだけマシだろうかと思えたが、身体を走る痛みが意識を失う事を許してくれない

 

「う、そ……」

 

 慢心はしていなかった……が、目の前に居る魔術師の力を自分より下に見ていたのは事実だ、実際にASTの魔術師は自分でも撃退出来ていたし素人目にみても実力は大したことなかった……だが、目の前に居る魔術師は自分の身体を子供にされても尚、自身に攻撃を仕掛け、霊装ごと自身の身体を切り裂いた

 

「──なるほど、やはりちからはおちているようですね、わたしがあのしきんきょりで急所を外すなんて」

 

 倒れている七罪に向けて歩いてくるエレン、彼女が言葉を発している最中に身体が淡く発光し、もとの姿に戻る

 

「おや、元に戻りましたね」

 

 元に戻った身体の調子を確かめるように、左手を握ったり開いたりしたエレンは、再び七罪へと視線を落とす

 

「さて、どうしましょうか。私としては生け捕りでも、殺して霊晶石(セフィラ)のみを取り出してもよいのですが」

 

 冷淡に言葉を発してくるエレンの姿を見て、七罪が感じたのは死が自分へと迫って来る感覚。目の前の状況にただ恐怖していると元の姿に戻った魔術師たちが七罪の周囲を囲う

 

「執行部長殿。いかがいたしますか」

「生かして連れて行きましょう。この傷なら暴れる事はないと思いますが……厄介な能力を持っているようですし、念のため四肢を落としておきましょう」

「──ひ……ッ」

 

 息を詰まらせ、上手く力の入らない身体を何とか動かそうとする七罪を見ながら、エレンが振り上げた剣を下ろそうとした瞬間────淡い水色をした骨が彼女の剣を弾いた

 

「これは────ッ!」

 

 その一撃を受けた直後、七罪と周囲を囲んでいた魔術師へ向けて桃色の弾丸が放たれる

 

「え……?」

 

「間一髪みたいだな」

「間に合ってよかったです」

 

 七罪の事を守るようにエレン達の前に立ったのは見知った姿の男と、鎧のような淡い桃色の霊装を纏った少女

 

「な、なんで……ここに……」

 

 七罪がその言葉を言った直後、周囲の気温が下がり、パリパリと音を立てて、魔術師の随意領域ごと周囲を凍らせていく。周囲に居た魔術師たちは随意領域を解除した後、空中へと逃げようとしたが再展開するよりも凄まじい風が魔術師たちを吹き飛ばした

 

「くく! 賢しい戦術だ、だが!」

「残念。夕弦たちがいる以上、空は我ら八舞の領域。悪手と言わざるえません」

 

 七罪の元にやってきた彼女たちから少し遅れる形で、十香と士道の二人も七罪の元にやって来る

 

「無事か!」

「七罪! お前……怪我して……!」

「士道、七罪の事を頼んだ」

「あぁ、待ってろ七罪! すぐに治療してやるから」

 

「ウィッチだけでなく、プリンセスにベルセルク、ディーヴァ、それにこの冷気はハーミット……アイクからは様子を見るようにと言われていますが、こうして目の前に現れたのなら話は別でしょう」

「こっちが数的には優位何だが……隠し玉があるみたいだな、周りから嫌な気配が漂ってきてるぞ」

「やはり気付いていますか、ならば遠慮なく」

 

 トーマに対して言葉を返したエレンは、パチンと指を鳴らすと木の影から無数のアリメギドが姿を現した

 

「それじゃあ士道、任せたぞ」

「あぁ」

「十香、フラクシナスに移動するまで、士道たちの事任せられるか?」

「うむ、任せておけ」

 

 士道と七罪がフラクシナスへと移動するまでの間、二人の事を守る役を十香に任せると、美九と共にトーマは一歩前に出て、腰に無銘剣の納刀されたブレードライバーを出現させた……が、すぐにベルトは青い炎に包まれ火炎剣を納刀したソードライバーへと変化する

 

「……今回はどうしてもって事か」

 

 勝手にベルトが変化した理由を察したトーマは懐からプリミティブドラゴンとブレイブドラゴンの本を取り出す

 

「人工精霊の核に使った禁書ですか」

「あぁ、好き勝手使われて文句があるみたいだ──いくぞ」

 

 トーマの声に答えるように本のページが開かれ、現れた骨の腕がブレイブドラゴンを装填する

 

【ブレイブドラゴン ゲット!】

 

 ベルトにプリミティブドラゴンを装填したトーマは、火炎剣の柄を逆手で持ち、ベルトから引き抜いた

 

『烈火抜刀!』

『バキッ! ボキッ! ボーン! ガキッ! ゴキッ! ボーン! プリミティブ────ドラゴン!』

 

 青い火花を散しながら、トーマの姿はセイバー プリミティブドラゴンへと変化させると、火炎剣を構え戦闘態勢に入った



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