幼馴染はどうやら転生しても続くらしい (孤高の牛)
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第一章
第一話『引き続き幼馴染らしいから運命を変えてみようと思う』


 拝啓皆様、今俺はようやく自分の置かれた立場を理解しました。

 

 昨今転生系ラノベとか流行ってて、俺もそんな転生していっちょ大活躍して……なんて考えてた時期とかあったんですよ。

 

 でも流石に……

 

 流石に……

 

「いや転生二回目でここがどの世界か気付くのはキツいって」

 

 不幸にも死ぬまでどの世界で生きてたか知らずに過ごしてたとか有り得んでしょ……

 

 

 

 

 

『幼馴染はどうやら転生しても続くらしい』

 

 

 

 

 

「もう記憶取り戻して十年以上経つとは言え流石にキツすぎんのよ微妙に位のある貴族生活とか」

 

 俺には前世というものが『二つ』存在している。

 一つは『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』がラノベとして存在する世界、そしてもう一つがその上述タイトルの主人公が元々生きていた『現代世界』のものだ。

 そして最初の世界での記憶を辿っていくと俺は『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です』略してモブせかのラノベと漫画をしっかり購入しアニメも見ていた事になっている。

 そりゃそうだ、そうじゃなきゃ二度目の転生でいくらゴリゴリの異世界転生したとしてもすぐには気付かねえわ。

 

 しかしあまりにも痛恨な事に俺は、履修していたにも関わらずモブせかの主人公リオンが元生きていた現代世界の背景をすっかり忘れて普通にちょっと前世の記憶があるだけの人間として何の世界とかそういう事全く考えずにエンジョイしてしまっていたのだ。

 

 まあエンジョイと言っても最期は悲惨も悲惨だったが……

 

「あー、シーシェックいるか?」

 

「こちらに。如何なさいましたかアルフォンソ様」

 

「ラーファン家の財状、今どうよ?」

 

「家具やインテリアは相変わらず最高級品を使用しているようですが、やはり懐事情は貧乏男爵家並になっております」

 

「はぁ……やっぱそうか。ありがとうシーシェック、また随時頼むわ」

 

「はっ」

 

 一番信頼してる若き執事長から紙を受け取り細かく記載された資料を読む。

 俺の最期が悲惨だったのはまだ良い。

 何せ元からイレギュラーな存在だった訳だからな。

 だが俺は改変してはならない場所を改変してしまったんだ。

 

 今世でマリエに転生している幼馴染、つまり主人公の妹の死を改悪してしまった事だった。

 

 そもそもあの世界がリオンの前世世界だとは知らずにエンジョイしていた俺はリオンの前世であるお兄さん……タケさんとも仲が良かったがマリエの前世……アヤとの方が仲が良かった。

 というかお互い恐らく両片思いだったのだろう。

 タケさんとアヤの間の年齢だった俺の後ろをいつも付いて来ていたアヤはその影響か腹黒度合いが幾分かマシになりタケさんに憎まれ口を叩いたり件の乙女ゲーを渡して旅行に行くのは同じだったが流石に無理してまでやれとは言わず

 

『アタシが帰ってくるまでに全キャラ全ルートとは言わないけど1キャラオルクリくらい終わらせといてよねー、ヨロシクー』

 

 で済ませていた。

 実際その程度なら半日で1ルート完走ペースだから家に縛り付けとくくらい面倒ではあるが健康を害す程では無い。

 結局アヤの旅行先の飛行機が欠便続きになって全キャラ全ルート走破していたが。

 タケさんの死因もアヤの旅行中ではあったが買い出し途中の交通事故に変化してたし、悲しかったがアイツが責められる展開が無くなったのは今思えば素直に良かったと思う。

 

 そして俺に対しても『顔が普通』『声も普通』『地味』と世のイケメン達と常に比較されながら色々言われてきたが何だかんだ懐いてくれて一緒に過ごすのが心地好くて、いつの間にかアヤに惚れていて。

 そして俺は鈍感では無い上にアヤとはずっと一緒に過ごしてきた仲だから俺に対する変化も分かってしまって、でもどちらも好きとは言い出せず。

 

 

 でもそんなアヤは、顔だけ良い最低男にナンパされて。

 相変わらず面食いなのは据え置きだったしまあ良いかと思ってたらその後クズ男なのが判明して仲違い、そのクズ男にストーカーされて殺されてしまった。

 

 サラッと回想も入れずに語ったがあんなの、思い出したくも無い。

 自分の取り返せない失態に発狂した俺は勢いそのままにそのクズ男を殺しに出向いたが刺し違えで死んで転生。

 

 そして目が覚めると大体七歳くらいになっていて。

 いくら何でもこれは異世界転生だと気付いた俺は世界情勢をそれとなく確認し、全てを悟り今に至る。

 

「つーかラーファン家ほんとバカしかいねえのか? あ、勿論マリエ除くけど」

 

「アルフォンソ様は本当にマリエ様を好いていらっしゃいますね」

 

「心配なんだよ。貧乏で面食いのアイツがいきなり伯爵家子息二人、辺境伯子息一人、王子一人にその王子と関係性の深いイレギュラーな子爵家から求愛されてんのが。良い奴ではあるんだが金とイケメンには目が無いから。よりにもよって上級貴族の中でも特大地雷と言わざるを得ないポンコツ四人と脳内お花畑王子なんだぞ?」

 

「……今のは聞かなかった事にしておきます。それとアルフォンソ様も一応はそのハーレムの一員である事を自覚してください」

 

「近くで監視出来るならそれに越した事は無いだろ? それにアイツは金とイケメンに目が無いのと実は口が悪い以外は良い女なんだ、あんな脳内お花畑連中に渡すなんて死んでも嫌だね」

 

 

 そして今世、俺とアヤ……現アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと、現マリエ・フォウ・ラーファンはまたしても幼馴染として出会った。

 前前世の記憶がある俺はマリエ=アヤと分かるがマリエにその手段は無いからこの構図を把握してるのは俺だけだが。

 俺のポジションとしては『子爵家子息』で、代々旧時代から受け継がれてきた射撃技術でモブ子爵~伯爵家との決闘を何回かして全てに勝利。

 箔がついた事であの馬鹿五人衆……ではなくマリエの方から接近してきて逆ハーレムに取り込もうとしてきたのでこれ幸いにとマリエの近くに居られるようにそれに乗った訳だ。

 

 一番下でも伯爵家だった連中にとって戦績が良いとはいえ『地味な子爵家』『旧時代の技術の家柄』『言う程金持ちでもない』『モブ顔』の俺の事に関しては怪訝な表情をしていたり未だに怪しまれる事も多いのが面倒だが。

 

 まあマリエが俺を取り込んだ理由としては大方『ゲームに登場しない強い異分子モブは抑えておきたかった』『五人衆には劣るが顔は悪くない』『ゲームに登場はしないがそれはそれとして幼馴染として仲良くしてたから』『自分の本性を知ってて気楽に接する事が出来るから』この辺だろうか。

 

 俺としたってマリエの見た目も好みだし中身に至っては前世で長年恋してきた幼馴染、ハーレム入りなんて願ったり叶ったりな面だったりもする訳で。

 あの馬鹿五人衆を出し抜いて俺がアイツを幸せにしてやるんだよ。

 

 ……今度こそ、後悔しない為に、な。



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第二話『貴族とか権力とかどうでも良いけど幼馴染が可愛過ぎる』

アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ
174cm/62kg
(舞台となる学園内においては)平凡な子爵家嫡男として誕生した今作主人公
その正体は『モブせか』が書籍、アニメとして存在する世界から『モブせか』の現代世界に転生しリオンやマリエと同じく本舞台に転生してきた二重転生者
モブせか(現代世界)をそうとは知らずに生きていた為意図しないキャラ改変(ほぼマリエ限定)が行われている
ディーンハイツ家に旧時代から代々伝わる射撃術に精通している
マリエLove過ぎて殿下達を出し抜こうと絶賛画策中
顔付きは良くも悪くもリオン達不遇組と同ランク

シーシェック(オリキャラ)
185cm/70kg
ディーンハイツ家に代々仕える執事の家柄の嫡男であり二十歳前後でありながら既に執事長を務めているが今はアルフォンソの学園生活に同行している
諜報捜査や暗殺等に置いては王族の機関より優れた腕を持つ
アルフォンソに協力的で恋も応援している
顔付きはイケメンと言うより美人に近く長髪


「よ、マリー」

 

「うげ、アル……」

 

「おう開口一番それかよ、つか前髪少し切ったか? 前より整ってて可愛いと思うぞ」

 

「アンタのそのアタシへの謎に敏感過ぎるセンサーが原因だとは思わないのね……」

 

 朝一番、まだユリウスとすら会ってないマリエとこうして話す時間が何よりの俺の癒しだった。

 マリエ、以下いつも呼んでいる愛称のマリーで統一するが、マリーは本当に可愛いのだ。

 見た目からして前世の雰囲気を残しつつ非常にロリに寄せ貧乳、そのちんまい姿がまず宇宙一可愛い。

 そして声もわざと作ってるゲロ甘ボイスも脳みそが蕩けそうになるが、普通に話してる声が何より可愛くて尊い、普通に話してあそこまで可愛い声出せる人間そうそういないぞ。

 そしてやはり中身、中身は何せアヤなのだから前世から持ってる面食い要素と今世で持ってしまった金持ちへの憧れを除けば少し生意気だが本質的には甘えん坊で寂しがり屋のツンデレという最高に可愛い性格を持っている。

 

 勿論面食いなのも金好きなのも引っ括めて愛せるが。

 

「貴族同士とは言え何年幼馴染やってると思ってやがる。可愛い可愛い幼馴染の変化一つ見破れなかったら幼馴染失格だ」

 

「いくら幼馴染でもアンタの目は異常過ぎるでしょ……(ユリウス殿下すら気付かないそういう細かいところに気付かれると変な気持ちになってドキドキするじゃない……相手はアルなのに……)」

 

 勿論だが俺に難聴癖は無い、寧ろマリーの事だったら世界一耳が良くなれる自信がある。

 だから小声で呟いてる事も筒抜けなのだ、可愛い奴め。

 

 貴族とか権力とかどうでも良いけどマリーが可愛過ぎる件。

 まあこうしてマリーとお近付きになれたのは子爵家という貴族の力とディーンハイツ家直伝の旧時代から伝わる射撃術のお陰だと言うのは認めざるを得ないしそこは素直に感謝しているが。

 あと両親や使用人も堅苦しくならないタイプだったのは感謝。

 家ですら貴族貴族するのは俺には耐えられん、学園ではハーレム入りした代償でほぼ常に貴族らしくいないといけないから尚更この時間が幸せで仕方ないのである。

 

「おーい、何ブツブツ喋ってんだー?」

 

「わひゃあ!? きゅ、急に頭撫でないでってばー!」

 

「良いじゃねえかよ、別に髪の毛乱す様な撫で方してないし。それにお前だってこれ好きだろ?」

 

 軽々しく、それでいて優しく髪を撫でる。

 アヤの時から髪や頭を俺に撫でられるのが好きで、催促してきてまでやらされた事もあったと懐かしむ。

 それはマリエになってからも相変わらずだが、果たして俺の事は覚えててくれてるんだろうかねえ……

 

 流石にタケさんの事覚えてるなら覚えててもらわないとショックで卒倒すると思う。

 

「確かに嫌いじゃないけど……」

 

「ならもう少し俺の癒しになってくれ」

 

「アタシはアロマか何かか?」

 

 アロマじゃこの癒しは手に入らないぞマリーくん。

 あーあもう少しこの時間が続けば良いんだが……ユリウス殿下と愉快な仲間たちがお出ましか、チッ猫被りモードになるの面倒いのに……

 

「ユリウス様、それにジルク様、クリス様、グレッグ様、ブラッド様も。おはようございます。今日も良いお日柄ですね」

 

「ああ、おはようアルフォンソ」

 

「おはよう、アルフォンソ君」

 

 しかも腹黒野郎とナルシストと脳筋は今日も無視かよ……

 大抵挨拶しても応えるのがマリエが絡まなきゃ一応は律儀な面があるポンコツ殿下とマリエさえ絡まなきゃ真面目な剣豪に見える剣キチだけってのが俺の立場が露骨に分かって悲しいねえ全く。

 

「おはようございますマリエ」

 

「よう、朝っぱらからマリエは元気だな」

 

「この僕の様に美しいねマリエは」

 

「みんな、おはよっ♡早くみんなに会いたかったんだ~♡」

 

 はぁ、たまには俺と二人きりの時にもあの萌え声してくんねえかなあ、アレはアレで羨ましいんだよなあ。

 あーうぜェうぜェ、あの五人衆がいるから俺はこんな嫉妬を抱えなくちゃなんないんだよ。

 

 気を取り直して、マリーを取り囲む五人衆の少し後ろに控えながら歩き進める。

 俺はマリーの方からハーレム入りさせられた人間ではあるが、それでも五人衆よりずっと格が落ちる子爵家とあり妙な反感を買わない様に七人で行動する時は後ろに控えるのがデフォになっている。

 

「…………それでね、いつも二人で屋台の焼き鳥食べてたんだ~♡ ね、アルくん?」

 

「懐かしいね。庶民街には出ない様に言われてたのを二人して抜け出してお忍びで。僕は当時怖がりだったけどマリエちゃんが引っ張ってってくれたんだっけ」

 

「そーそっ、楽しかったよね♡」

 

「そりゃ勿論だよ」

 

 あーこのちょっと控えめな口調めっちゃ疲れるしキャラじゃねえんだよなあ、やりたくねえなあ……と憂鬱になってしまう。

 

 疲れる次いでに昔の話をしておくが二人して抜け出してお忍びデートで焼き鳥食ったのは紛れもなく事実だ、この世界に生まれ変わってから初めて食う久々のジャンクフードこと焼き鳥は世界一美味かった。

 因みに昔の怖がりだとか控えめだとか言う性格は『全て』でまかせだ。

 マリーの家、ラーファン家はクズ一家だったから逆に俺が連れ出してやって気分転換に庶民街まで探検した方だった。

 アイツも何だかんだ良い息抜きになったって事で感謝していた。

 

 あとこういう昔話に関しては全てマリーとある程度王子達の前で話す為に打ち合わせ、事実から『設定の性格に合わせて』大体のエピソードはそのままに肉付けをでっち上げて後は流れで即興で合わせている。

 まあ馬鹿五人衆と違ってチビの頃からこういうエピソードが事実と言えるくらい付き合いのある俺とマリーの仲の良さに掛かれば即興エピソードのでっち上げ連携プレーなんてお手の物だがな。

 

「やはりアルフォンソとマリエは仲が良いな」

 

「え~? ユリウス殿下やみんなとも仲良いじゃないですか♡」

 

「……まあ、それはそうなんですがね」

 

「チッ」

 

「フン」

 

「……」

 

「??」

 

 それはそうとこの俺に向けるピリピリした目線止めてもらえませんかね……いやまあポンコツ殿下はまだ抑えてるし剣キチはそもそもそういう感情は押し殺すタイプだからそこまで害は無いが他三人の視線面倒いんだって……

 しかもマリーは全く気付いてないと来た、陰湿が過ぎないかね君達……

 

「あはは、僕はマリエと仲は良いですし幼馴染ですが家柄は子爵家ですよ? 殿下達の溺愛を受けているマリエを今更独り占めなんて出来る訳無いですから安心してください」

 

「フン、身の程を弁えているなら良い」

 

 一応これで殺気は収まる。

 全く面倒な連中だ……こんなでも原作では後々リオンの戦力になるから決闘で再起不能にまではしないが……今に見てろよ野郎共。

 子爵家がなんだってんだ、子爵家だって殿下やら伯爵家レベルに恋愛で勝てるって今に証明してやる。

 

 あと今出しゃばってきたナルシスト野郎はいつかはっ倒す。

 

 その為には今後アンジェリカ関連で発生する決闘でリオン……タケさん相手に勝つか引き分ける必要がある訳だが……

 

(ふむ、勝つのは逆にまずい……と言うか勝てるビジョンが思い浮かばんな)

 

 リオンの持つ機体は言葉通りチートの塊みたいな超ハイスペック物。

 俺もカスタムは拘って行ってる方だがあんな古代文明のオーパーツ出されちゃ攻めるのはあまりにも無策。

 あと一応殿下達の暴走止めてもらうんだし無敗でいてもらわないと困るし。

 

(迎撃に徹すれば膠着状態が続いて引き分けで済むか……? 何にせよ前提として廃嫡されないムーブは所々でしてアンジェリカに恩を売っておくか……)

 

「みんなどーしたのー? 早く行こっ♡」

 

「ああ、今行こう」

 

 5vs1の目線とマリーにだけ聞こえない程度の小競り合いを何も知らないマリーは満面の笑みで手を振ってくれる。

 ほんと、この状況だとあの子だけが癒しだよ……

 

(早く決闘始まってくんねえかなあ……一刻も早くこのキャラ捨てたいんだけど……)

 

 憂鬱と癒しの混在する朝は、こうして過ぎていった。



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第三話『本番前の下ごしらえは大事』

※開幕はちょっとシリアス

マリエ・フォウ・ラーファン(アヤ)
前世で本来原典に存在しなかった幼馴染による影響で腹黒化が大分マシになり、世話焼きな面が目立つようになった(主にアルフォンソにのみ)
最初こそゲームに登場しないアルフォンソに困惑していたが幼馴染特権で幼少期から素がバレていたのもあり今では唯一素を出せる相手として気を許している
ハーレム要員としてもちゃんと見ている為する事はしている(ここ大事byアルフォンソ)


「……チッ、マジうぜェ」

 

 ユリウス殿下の部屋の前、そこに俺はいた。

 話せば簡潔だが相変わらずな日々を過ごしていた俺とポンコツ四人共が急に殿下に呼び出されたのだ。

 今こうして部屋の前にいるがその招集自体は既に終わっていて、内容は『マリエのカバンと教科書が何者かにより燃やされていた』という事だった。

 全員酷く憤慨していたが、その全員が全員度合いはさておきアンジェリカを犯人候補として挙げていたのが非常に不快だったのを覚えている。

 

 俺は俺個人で一応マリーの心のケアという名目でこっそり五人衆の目を掻い潜って会ってたりもするが。

 

 まあ何にせよ相変わらず五人衆が不快だった以外は漸くとしてモブせかの原作進行状況に直接触れられたとあり、猫被りモードも残り短い命なのが俺にとっては朗報だった。

 

『マリエの教科書だ。カバンも燃やされていた。本当に心当たりはないのか?』

 

『ありません』

 

『その場にいた女子たちは"アンジェリカ様に命令された"と』

 

『私ではありません。なぜ信じてくださらないのですか?』

 

 話は戻るが、全員が誰がやったのかという事とマリーの心のケアに関して簡易的な会議を開いて終わって今に至る訳だが……案の定原作通りポンコツ殿下と腹黒野郎はアンジェリカをわざわざ呼び出し糾弾という名の擦り付けをしていた。

 

「おーおー胸糞悪ぃ事この上ねーな」

 

 この時間この部屋の周りに人が寄らないのを良い事に堂々と聞き耳を立てているが、やはり原作が進んだ事を確認出来たとはいえ無実の罪を勝手に着せられて勝手にキレられるのは不憫で仕方ない。

 

『マリエに近付くな。俺たちにもだ。お前との婚約は外でのことだ。学園では干渉しないでくれ』

 

「っと、バレない内に退散しておくか」

 

 そろそろ胸糞悪い話も終わるだろうし一旦自分の部屋まで戻ってからアンジェリカに接触してみるとするか。

 あくまでも殿下のイエスマンではなくある程度常識のある人間だと好印象さえ持ってもらえれば決闘後廃嫡騒ぎになった時リオン側からの口添えもあるはず。

 

 俺は貴族だとか権力だとかに興味は無いが、それを度外視して家の連中は全員大切な人達だと思って接して生活をしている。

 俺の考えを分かっていても避けられない廃嫡はあるんだから、その芽くらいちゃんと摘んでおかないとな。

 

 さてさて、しっかりと猫被りモードになっておきますかね。

 

 

 

 

 

「くっ……何故殿下は……」

 

 一度部屋まで戻り再度今度はアンジェリカの辿るルートの中盤辺りに偶然を装って現れてみた。

 ちゃんと当人が現れてくれた事で俺の計画が崩れる事はまず無くなったと心の中で安堵しながらエンカウント。

 

「あれ……アンジェリカ様……?」

 

「なっ……お前は……ディーンハイツ家の……」

 

「ディーンハイツ家嫡男、アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと言います……アンジェリカ様なら嫌でもご存知だとは思いますが……」

 

「ああ、殿下やマリエ達と一緒にいるのを良く見掛けている……」

 

 よし、偶然&控えめRPは一先ず成功だな。

 というかアンジェリカ目真っ赤じゃん……あのポンコツ殿下、自分の気持ちだけ優先させて女泣かせるとかクズ男も良いところだわ。

 まだあの中じゃマシって程度じゃ到底マリーを渡す訳にはいかない、誰にだって渡す気は無いが。

 

「…………もしかして、殿下と何か……?」

 

「あったとして……お前も私を責めるのか?」

 

 よし、話の切り出し方も完璧だろう。

 いつも気が強く泣く姿なんて見せない女性が泣いている事、婚約者なのにいつも殿下に軽くあしらわれてる不憫な存在、そう来たら流石に事情を知らなくても察せられる部分はある。

 後は最悪のタイミングで最悪のマリエハーレムの一員に出会ってしまったと思い込んでるこの人の印象をギャップでちょちょいと180°変えちゃえば料理完成ってね。

 

 決闘が本番だとすればこの接触は下ごしらえかな。

 

「いいえ……僭越ながら無礼を承知で申し上げますが、私は貴方の恋心を理解しています。アンジェリカ様の、殿下への恋心は……私がマリエに抱く気持ちと同じ様に、純粋なものだと知っています。だから……そんな純粋で気高い心を持つ貴方の事を無条件に責め立てるなど有り得ないのです」

 

「……! お前は、ディーンハイツは……私の話を聞いてくれるのか?」

 

「勿論ですとも。寧ろ私の様なたかが子爵家嫡男がアンジェリカ様のお役に少しでも立てるなら恐悦至極です」

 

 そこからはまあ聞き耳を立てていた通りの展開だったが、それ以外でも届かない想いを吐露したりマリエに嫉妬してしまう自分が許せないと語ったり。

 マリーには及ばないがこんな良い婚約者を見向きもせず捨てるとかポンコツ殿下に人の心は無いのだろうか。

 

「……やはり、私はアンジェリカ様が犯人だとは思えません。貴方程の身分があればマリエと二人きりの時に面と向かって言えば少なからず影響を与えられるでしょう。それに騎士道を美徳としている人間がその道に反した外道を行うのも考えにくい」

 

「信じて……くれるのか?」

 

「ええ……それに、殿下にはアンジェリカ様との時間も大切にすべきではと何度か申し上げたのですが……現状が現状とあり、自分の力不足でアンジェリカ様を、女性を泣かせてしまったのがあまりにも情けなくてッ……」

 

「ディーンハイツ……」

 

 そして迫真の演技をひとつまみ。

 アンジェリカとの時間を大切にしろ云々はそれとなく何回か言ったのは事実だ。

 言ってどうにかなるとは鼻から思ってすらいなかったが間近で不憫なアンジェリカを見せ付けられるのはそれはそれで堪えるんだよ。

 案の定そんな事知らんと言わんばかりに無視し続けた末路がこれなんだが。

 

「それに私も今知りましたし、マリーだって、貴方との時間を全て潰して殿下がマリーの元に来ているとは知らないはずです」

 

「……そうなのか?」

 

「あの子は……悪い子じゃないですから。その、幼馴染ですし」

 

「幼馴染……そうか、だからマリエ呼びでは無かったんだな」

 

「あ……」

 

 そう、原作のマリエは全て知ってて邪険にしつつ動いていたがこの世界の『マリエ』は、前世である程度常識を俺の背中を見て知って覚えてきた。

 だから腹黒外道にはならなかったし知ってたら多少なりとも殿下に言及するだろうしな。

 

 さて引き続き演技の方だが、マリー呼びの失言も勿論計算の内だ。

『マリエ』と近しい存在である事をアピールして、次いでにマリーの印象改善もやってしまおうって魂胆。

 俺だけ大丈夫でもマリーの印象がダメなままじゃ意味無いからな。

 

「そ、その……マリー呼びは人前、それこそ殿下達の前でもしないので……で、出来れば秘密にしてもらっても宜しいでしょうか……?」

 

「……ふ、ふふ」

 

「え? ど、どうかなさいましたか?」

 

「いやなに、どうやら私は君とマリエに対して大きな誤解をしていた様だな。分かった、今日ここで私と話した事も秘密にしてくれるのであれば、秘密にしておこう」

 

「……! ええ、勿論。この話は私とアンジェリカ様だけの心の内に」

 

「そうしてもらえると助かる」

 

 いや笑いたいのは実はこっちの方なんだよアンジェリカ。

 だってここまでマリー含む印象操作のパーフェクトコミュニケーションが出来るなんてあまりにも理想的過ぎて今すぐ高笑いを上げたいくらいだ。

 やっぱこの人めちゃくちゃ良い女だわ、話せばすぐ理解してくれるし過ちを過ちとして素直に認められるし好きな人に対して一直線に努力する姿も同じ一人の人間を一途に愛する俺としては拍手を送りたいレベルだ。

 

「……では私はこれで失礼させていただきます。長居をすると有らぬ疑いをアンジェリカ様が受けかねませんので」

 

「そうか。礼に紅茶の一杯でもと思ったが……」

 

「いえいえ、私はただ通りすがっただけですので。ではこれにて……」

 

「……ありがとう。お前のお陰で少しだけ心が安らいだかも知れないな」

 

 ふぅ、いやはや礼を言われる事は俺はしてないんだがね。

 最後の一言はボソッと呟いたくらいだろうが無人の廊下の声は案外通りやすい事をどうやら知らないらしい。

 

 しかし猫被りはどうにも真面目君過ぎて肩肘が凝って仕方ない。

 もう夜だがちょっとマリーで癒されるとするかね……



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第四話『ファーストキス?そんなの俺に決まってるだろ』

アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ(主人公への印象と原作との差異)
原作同様ポンコツ殿下に見向きもされずそれでいて勝手にマリエイジメの容疑者にされたりと不憫な立ち回りをするポジションだったが、他五人の攻略対象と比較しアルフォンソへの不満は少なかった
ポンコツ殿下に泣かされた後偶然(をアルフォンソが装い)出会ったところで話を聞かれ、他五人とは明確に違う事を認識しアルフォンソ及びマリエへの嫌悪感はより少なくなった
アルフォンソ曰く『マリーには及ばないがめちゃくちゃ良い女』


「で、何よこんな時間に呼び出すなんて」

 

「さっき猫被りモード使わざるを得ない状況があってめちゃくちゃ疲れた。マリーで癒されたい」

 

「あーはいはい、そんな事だろうと思ったわよおバカ」

 

 いくら作戦や計算の内として猫被りモードを使う……ガラじゃないキャラをやるのは相当な労力を要する。

 先程までアンジェリカからの印象を良くする為に徹底的に猫被って演技していたから疲れるのは当たり前だろう。

 幼馴染であると同時に二人揃って人前で猫被りモードを使うのでそう言った苦労と言うのはマリーも重々理解していた。

 

「よっしゃーマリーの耳かきだー!」

 

「全く、こんな事出来るのはハーレムの中でも幼馴染のアンタくらいなんだから感謝しなさいよ」

 

「殿下もされた事の無い特権とか感謝してもし尽くせないわ」

 

「そりゃアンタ、殿下の耳掃除なんてアタシがやれる訳無いでしょ!?」

 

「それもそうか」

 

 俺が疲れた時、マリーはいつも膝枕をしながら耳かきをしてくれる。

 前世のアヤの時から変わらず、生意気な口を叩いていても気遣いの出来る良い子に育ってくれて俺は嬉しいよ。

 

「ほら、やるから来なさい。最初は右からよ」

 

「ほいほい。それでは失礼して……うーんやっぱ寝心地最高だ」

 

 正座をしながらポンポンと自分の太ももを叩くマリーのその太ももに頭を乗せる、毎度思うが殿下すら味わった事の無い景色と感触には流石の俺も歓喜を抑えきれない。

 

「はっ倒すわよ変態」

 

「俺は率直な感想を述べたまでだが?」

 

「はぁ……まあアルだから許してあげるけど。アタシ以外に言ったら即座に殺されるから気を付けなさいよ」

 

「何を言うか、俺はマリー以外に言う気は毛頭無いぞ」

 

「……ブレないわねぇ」

 

「ことマリーの事においてブレないのが俺の美徳だ」

 

「はいはい……それじゃ始めるわよ」

 

「はーい」

 

 軽口を叩き合いながらもマリーの頬が少し赤くなってるのが分かりついニヤニヤしてしまう。

 コイツこう見えて俺の事ハーレムに入れるくらいには好きでいてくれてるから、ちゃんと甘い雰囲気にもなれるのが心地良い。

 これだから猫を被ってまでハーレム要員として存在したいんだよ。

 

 赤くなるマリーを脳内フォルダに永久保存し、今度こそ耳かきの快感に身を預ける。

 

「まずは濡れたタオルで耳を解して……」

 

 程良く温かい湿ったタオルが耳を包む。

 それだけで耳の凝りが大分和らいだ気がする。

 と言うかそれだけでめちゃくちゃ眠たく……

 

「今日は外にも結構汚れが溜まってるわね……」

 

 ザリザリ……ザリザリ……

 

「ま、人間どうやっても汚れは出るから仕方ないけど……よし、外側はこんなもんかしらね。次は中を……」

 

 ガリ……ガリ……ガリガリ……ペリッ

 

「ほんと、掃除し甲斐のある耳ね」

 

 ガリガリガリ……メチメチ……

 

「傷付けない様に……そーっとそーっと……」

 

 カリ……カリ……ペリッ

 

「よしっ、大物ゲット……!」

 

「後は……細かいのがあるからそれを梵天で取る感じかしら」

 

 ゴシュゴシュ……ゴシュゴシュ……

 

「うんうん、こんな感じね。流石アタシ、完璧じゃない。どーよアル……って、あれ?」

 

「くぅー……くぅー……すぅ……」

 

「……いや寝てるんかいっ」

 

「全くコイツは……アタシの事ずっと振り回してた癖に……」

 

「ゲームに登場するキャラでも無ければ、妙に最初から距離感が近くて、でも素のアタシの事を好きって言ってくれた唯一の相手」

 

「……顔も声も財力も普通、なのに一緒にいると心地良い」

 

「だから……ファーストキスも……」

 

「ほんと、アイツに似てムカつくんだから……ばーか」

 

「…………仕方ないから反対もやってやるわよ」

 

 

 

 

 

「そんじゃ後は耳に息を吹き掛けて……ふぅ~……はい、起きなさーい」

 

「んぁ、ああ悪ぃ寝てたか」

 

 目が覚める。

 すっかり熟睡していた様で、マリーは呆れながらも優しそうな目で相変わらず膝枕をしてくれていた。

 眠気眼に見てもやはりマリーは天使だった。

 

「そりゃもうぐっすりとね、疲れは取れた?」

 

「お陰様でな。いくら好きでお前の傍にいるって言っても格上貴族相手にヘコヘコしながら生きるのは色々心労が溜まるんだよ」

 

「アンタも大変ねえ、アタシの争奪戦ライバルが上級貴族ばっかなのに諦めないんだから」

 

「お前の事を諦めたら一生後悔する。だから俺は上級貴族だろうが殿下だろうが諦める訳には行かねえんだよ」

 

 疲労の原因は間違いなく猫被りと殿下達によるプレッシャーだ。

 もしも俺がマリーを諦めて元幼馴染の関係で一人生きていたら、ずっと素もこれでこの何倍、何十倍も楽に生きられたんだろう。

 

 だがそれとこれとでは話が違う。

 

 俺は、俺のこの三度目の人生はアヤに、マリーに伝えられなかった想いを伝えて今度こそ幸せになるから意味があるんだ。

 だから諦める訳にはいかない。

 

「ほんと……殿下達と違って素のアタシを見ても好きとか言えるなんて物好きよね」

 

「物好きで結構だ……それに、体裁上ファーストキスは殿下ってなってるが本当のファーストキスは俺のものなんだから……だろ?」

 

「そ、それはっ……あ、アルなら失敗しても笑って許してくれると思ったし……安心できるから……んっ!?」

 

 赤くなってモジモジするマリーの唇をそっと塞ぐ。

 言った通り俺はマリーのファーストキスを貰っている、勿論俺のファーストキスもマリーだ。

 前世でも結局男経験0だったコイツは原作と比べてキスはド下手だった。

 それでも最初に俺を選んでくれた事を俺は一生忘れない。

 どんな理由であっても、あの日のマリーのぎこちなく、それでいて言葉に出来ないくらい真っ赤に染まった頬のマリーの姿を忘れない。

 

 そんな事を考えていたらつい我慢が出来なくなってしまったのだ。

 

「んん……ぷはっ……ちょ、不意打ちはやめてよっ!?」

 

「すまん、マリーが可愛過ぎた」

 

「アホかお前!?」

 

「そう言いながら満更でも無い癖にー、顔真っ赤だぞ?」

 

「わ、悪いっ!?」

 

「悪くない、幸せです」

 

 反省はしている、後悔はしていない。

 だって可愛過ぎる方が悪いだろこんなの。

 畜生体裁上ファーストキスが俺なのを公表出来ないのが悔やまれ過ぎる、今すぐ俺の女可愛過ぎって自慢して回りたいのに。

 

 しかしもう暫くの辛抱だ、決闘が終われば奴らは廃嫡されて俺より格下になるのだ、その時に全てネタばらししてしまえば良い。

 奴らは馬鹿でクズでポンコツだが馬鹿故に下手に素直なところがあるからリオンと協力すれば何とでもなるはずだ。

 

「アンタほんと馬鹿正直よね」

 

「お前にだけ、だがな」

 

「ふ、ふん……気の良い事ばっか言っちゃって……あ、アタシもう帰るからねっ」

 

「おう、また明日な」

 

「ば、ばいばい!」

 

 マリーは気恥ずかしくなってしまったのか嵐の様に去っていってしまった、急に静かになった部屋は少し寂しく感じる。

 因みに俺の使用人は体裁上シーシェックがいるが大体はラーファン家の財政確認やポンコツ殿下含む馬鹿五人衆の動向チェックの為に来てもらってるから掃除等は全部自分でやっている。

 まあそんなだから部屋に一人でいる事も多い。

 

「別に友達がいない訳じゃないんだがな……」

 

 何故か殿下達に混じって格落ちの子爵家がマリエハーレムにいる、容姿や財力は凡、性格も(表向き)控えめとあり周りから浮きに浮きまくった俺は学園に入ってから出来た友人はいない、0だ。

 だが入学前に偶然出来た友人が一人いる。

 名前を『マルケス・フォウ・サンドゥバル』、ディーンハイツ家領地の近くの領地を治めている……リオンの家、バルトファルト家並の極貧男爵サンドゥバル家の出のぽっちゃりした体格の優男だ。

 

 旅行でたまたま立ち寄った先がサンドゥバル領だった為に挨拶に行った時に意気投合、その後もちょくちょく会っていたが学園で再会した為に口封じと暇潰しを兼ねて友人として付き合いをさせてもらっている。

 まあ今日は夜も遅いから早々呼び出せはしないが、サンドゥバル家は機体作りを応用した小型メカ作りが上手くマルケスもそれに長けている為一番細かい情報を集める為に報酬ありで色々協力してもらっている。

 

「ま、マルケスだけど!」

 

 と、呼んでもないのにマルケスの方から何故か来た、珍しい。

 しかも焦ってる様子だし何があったのやら。

 

「マル? 入って良いぞ、どうした?」

 

「ご、ごめんこんな遅くにっ。僕が学園内で隠密行動させてた小型メカにこんな映像が……」

 

 手のひらサイズのネズミみたいなメカ。

 遠目で見たらただのネズミにしか見えないそれは目で映像を録画保存、鼻が盗聴器のアンテナとなっており足は瞬間移動にも見える程の神速とも呼べる俊敏性とその俊敏性を保ったままカーブや急停止、直角を駆け上がれる程の柔軟性と力強さを兼ね備えた魔法とはまた違う、しかも魔法感知もされないハイパーテクノロジー、科学の結晶とも言えるトンデモ物体だ。

 

 殿下達がマリーに如何わしい事をしていたり浮気していたら告発してやろうとマルケスに協力してもらっていたのだ。

 まあハイリスクハイリターンだからある程度報酬は高いがマリーの為に使う金なら問題は無い。

 

 さてそれが何を記録していたのやら……

 

「なっ……これは……!」

 

 そこには予想外のものが記録されていたのだった――



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第五話『この学園面倒な連中しかおらんのか?』

マルケス・フォウ・サンドゥバル(オリキャラ)
190cm/115kg
マルケスの父親が家督を継ぐ時に領地の広さは伴わないものの機体作りを応用した幅広いメカニック技術が認められ男爵位を手にした極貧男爵家サンドゥバル家の次男
巨漢だが争い事が苦手の癒し系で男付き合いは悪くない
自身もサンドゥバル家の血は争えず高いメカニック技術を持ちアルフォンソに度々協力している
アルフォンソとは数年来の友人で数少ないアルフォンソの素を知る人間の一人
決闘には一度も参加していないが実は機体性能、操縦技術もトップクラスのものを持つ


 持ってこられたマウス型の盗撮盗聴メカことネズミくんを見る俺とマルケス、その空間は静寂だった。

 

「なあマル君よ……」

 

 その静寂を破ったのは、それを一から百まで全て見終わった俺からであった。

 

「ど、どうしたんだよ」

 

「いやな……この学園面倒な連中しかおらんのか?」

 

「……だよねぇ」

 

 映像とボイスを聴いた俺は怒りと呆れでこめかみを抑えねばこのやり様の無い感情が暴発しかねなかった。

 マルケスは……そこまでとはいかないものの色々と俺の心労やストレス、置かれている状況なんかを傍で見てきたせいで察しが良くなってしまっていた。

 まあコイツ自身この学園や世界の理不尽さを肌身で感じているだろう男爵家の中でも最下層のランクのとこだからそう言った面には余計思うところもあったのかも知れない。

 

 ところで件の映像とボイスだが、何が映っていたかと言うと……

 

『アンジェリカ様の邪魔をするからいけないのよ……』

 

『そうよ! だからこれは正当な行い……警告なんだから』

 

「いくら何でもマリーのカバンと教科書燃やした犯人がアンジェリカさんの取り巻き連中とか話めちゃくちゃややこしいって……! バレたら話が更に拗れるんだってそういうのはさ……!」

 

 そう、マリーの私物が燃やされた一件、その犯人がアンジェリカの取り巻きの女共により行われていたというアホみたいな事実だった。

 いや本当にまずいんだってそういうのは……勝手に取り巻いていて本人の知る由のないとことはいえアンジェリカの管轄内と認識されるところで行われていたと言われれば言い返す事も出来なくなる。

 

 アホなんかアイツら。

 なんでよりにもよって自分がコバンザメしてる相手の首絞めんのよ、自爆テロか、自爆テロでもしたいのかと小一時間問い詰めたい。

 原作知ってるからと言ってもこんな細かいとこまで覚えてねえんだよこっちは、リオンとは違ってゲームは直接触ってないんだぞ。

 

「で、でも幸い周りに人はいなかったから彼女たちがやった事がバレてるって可能性は限りなく低いと思うよ?」

 

 その言葉に少しホッと息を吐く。

 バレでもしたら下手したらリオンの雀の涙程の大義名分なんてものが今度こそ0になってしまう、それは避けねばならない。

 

「なら良いが……これが万が一でも俺とマル以外の誰かにバレてみろ……アンジェリカさんは追放ってレベルじゃ済まされないパターンすら出てくるぞ……この映像と音声、厳重に金庫に入れてロックしておけ、勿論サンドゥバル家産の金庫だぞ良いな?」

 

「わ、分かった……って、削除しないって事は使うの、これ?」

 

「当たり前だ……明日はパーティーがあるだろ? あの取り巻き連中が意図しなくても殿下達と接触する確率は高い、後は分かるだろ?」

 

「……か、彼女たちが思わず喋る可能性……!」

 

「そういうこった、だから釘を差しに行く。勿論『素の俺』でな」

 

「大丈夫なの……? この学園でアルの素を知ってるの僕とマリエさんだけだと思うんだけど……というかあの取り巻きの人達も相当な家の出なんじゃ……」

 

「なーに心配すんな、そこはそれこそ位だけは無駄にある殿下の名前さえ出せば下手な事してバレた時のリスクくらい分かるだろうさ」

 

「うわぁアルが悪い顔になってるよ……」

 

 流石に控えめ演じてる猫被りアルフォンソで奴らを掌握なんぞ出来ないだろうからな、ここは切り札として素の俺と、後はポンコツだろうが何だろうが殿下である事に変わりはないアレを利用して脅せば問題無いだろう。

 

 クズ? 俺はマリーの為なら何だってするだけだが?

 

「とにかく明日俺が解錠の指示を出すまで絶対誰にも取られるなよ、何なら勘付かれるのもダメだからな。その分報酬は弾むぜ……」

 

「分かった、頑張るよ! これもマリエさんの為って事なんだよね?」

 

「ああ。それもあるが単純にアンジェリカさんが不憫で仕方ない」

 

「確かに……」

 

「ま、何にせよこの学園で現状唯一の友人はマルだけなんだ。頼りにしてるぞ」

 

「任せて!」

 

 マルにはいつも協力して貰いっぱなしだな。

 その分報酬も出してるし悩み相談やら何やら逆にマルへやれる事は惜しまずやってるから損はさせてないはずだが、今回は負担が大き過ぎるからな。

 今度庶民街でたらふく美味いもん食わせてやるかね。

 コイツも俺と同じ庶民舌らしいし、その辺の好みも合いそうだ。

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 翌日、放課後。

 マルケスは律儀にも超厳重な、プロでも開けられない様な、それでいて小さくバレにくい金庫に入れてくれていたお陰で誰一人に悟られる事なく隠し通せていた。

 そんな訳でパーティー直前の今呼び出した取り巻き連中と共にマルケスの部屋まで来ていた。

 

「何なのですか、話があるとの事でしたが……」

 

「何が目的であってもパーティーあるんだから早めに終わらせてよねー」

 

「お手数お掛けして申し訳ありません。すぐ終わりますのでお入りください……マル」

 

「あ、うん! ちょっと待ってね……はい、どうぞ入れるよ」

 

 女共は訝しむ様子は見せども後である事無い事報告してやれば良いとか思ってるんだろうな、余裕の澄まし顔だ。

 いつまでその顔が保っていられるか見ものだな。

 

「マル、例のものは?」

 

「もう取り出してあるよ」

 

「……そんじゃドアのロック、最大で閉めとけ」

 

「……うん」

 

「は!?」

 

「監禁!? ふざけてるの!?」

 

 部屋にノコノコと入ってきたところをこれまたマルケスがドアに追加で付けた取り外し可能な強化ロックシステムの最大値までロックを強めて閉じ込める。

 これで防音性能も施錠強度も強固な城が完成した。

 

 そして俺はマルケスの方から取り巻き連中の方へ身体を向ける。

 

「よう、アンジェリカさんと仲良い令嬢の皆様?」

 

「……貴方、そっちが素なの?」

 

「ああそうさ、俺はまだ変な連中に目ェ付けられる訳にはいかねえから猫被ってたってワケ」

 

「な、何が目的なのよ!」

 

 おーおー動揺してやがる。

 俺はただ口調を控えめで頼りなさそうなのからいつものに戻しただけだってのにビビり過ぎじゃないかね。

 

 まあ良い、本題に移ろう。

 

「そう慌てなさんな。マル」

 

「準備OKだよ!」

 

「さーて御二方、俺の情報によるとマリエの私物燃やしたのアンタららしいじゃねえか、ん?」

 

「……知らないわ」

 

「そ、そうよ! 勝手に決めつけないで!」

 

「……ああ、そうっすか。ま、白状してもしなくても証拠はあるんでね。マル始めろ」

 

「ポチッとな」

 

 シラを切る連中……まあ奴らが口を割らないのなんて前提で話を進めてたからどうでも良いがここまで来て証拠が無いと思い込んでるのは相当頭が弱いか脳内お花畑かの二択だろう。

 

 そんなアホ共には容赦なく証拠映像を叩き付けるに限る。

 

「こ、これは……どこで……それを……」

 

「わ、わ、私じゃないわよ!」

 

 

 そんな反応されたら私ですよと白状してるのと同じなんだけどなあ、気付かないのかねえ。

 しかしここは流して良い、本題はこれからだ。

 

「別にこれを公表しようって訳じゃない、だからこれをやったのが本当にお前らなのかだけ確認しときたい」

 

「……本当に言わないのかしら?」

 

「どうだか……」

 

「ではこうしよう、俺が話したら俺のこの素の事と今ここで会った事は全てバラして良い。正直今バレると面倒な事にしかならないし俺にとってメリットは0だ、これでどうだ」

 

「わ……分かったわ、それで手を打ちましょう」

 

「ちょ、良いの!?」

 

「こうしてバレた以上他にバラされたら制裁を受けるのは私達だけではなくアンジェリカ様にも及ぶのよ……諦めなさい」

 

「うぐ……」

 

 コイツらは聞き分けが良い様だな、原作でどうだったかはさておき手間が掛からなくて助かる。

 っと、ここで俺が黙ってるメリットの方も話しておかないとな。

 

「聞き分けが良くて助かる。ま、俺としてもアンタらの所業がバレたらアンジェリカさんは問答無用で追放だろうしそれは俺にとって都合が悪い……」

 

「え?」

 

「な、なんの都合が悪いのよ」

 

「このまま行けば恐らくパーティーかその直後数日以内にアンジェリカさんが殿下の浮気に耐えられなくなりマリエに対して決闘を申し込む。そこで殿下達……俺除く五人は率先してマリエを庇って代理人として決闘に乗り込む、まあ俺も代理人になるが。アンジェリカさんにとってそこは殿下に意見を通す最初で最後の場だが、俺にとってはアンジェリカさんの代理人が誰かはさておきあの五人の内誰かでもやられてくれればそれだけマリエ争奪戦のライバルが減るんだ、これの都合が良くないんだとしたら何なんだ?」

 

 あの人の怒りや悲しみ、不甲斐なさと言った感情はこの取り巻き達が一番知ってるだろうしこのまま行った場合決闘で雌雄を決する流れになるのも想定しているだろう。

 俺としては舞台装置でしか無いが……さっきも言った通りアンジェリカさんの意見を通す最初で最後のチャンスを後押ししてやれるならそれも次いでの報酬としては悪くない。

 

「貴方、そこまで計算して……」

 

「でもアンジェリカさんの代理人が勝てなかったら……」

 

「ああ、そこも心配しなくて良い。この学園には俺と同じくらい、殿下達五人を心の底から嫌ってる『恐ろしいくらい腕の立つ冒険家』がいるのを知ってるんでね……そいつが立候補するのも想定内だ」

 

「一体、貴方は……」

 

「さてね。だが一つ……」

 

 戦々恐々と言った様子で見つめる取り巻き達。

 俺はそれに向かって〆の一言告げる。

 

「無責任な発言だとは思うが、せめてアンタらくらいは、最後までアンジェリカさんの傍にいてやれ……」

 

 原作でどんな気持ちで裏切ったか、それは分からない。

 分からないが、やり直すチャンスくらい与えても良いだろうと、そう思って。

 

「さあ今夜はパーティーだ、楽しい夜にしてやろうじゃないか」



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第六話『Let's パーリー!!』

アンジェリカの取り巻き二名
原作ではアンジェリカに気に入られようとマリエの私物を燃やしたりその後裏切って逆恨みしたりと情緒が安定しなかったクソ共
今回は上手い事アルフォンソの話術にハマり勝手に更生していった
ちなみにアルフォンソはこの取り巻き達の情報が少ない為この二人がマリエの私物を燃やしたとは知らず、今作初めて振り回される事になった


 煌びやかな会場、周りにはその煌びやかさに負けない華やかなドレスを身に纏った女性の面々。

 この学園では定期的に男女交流を目的としたパーティーが行われる、ここで良い感じに恋人を手に入れた辺境の貧乏男爵なんかも奇跡的にいるらしく男子の面々は気合いが入っている。

 

「マリエ、ドレスはどうした?」

 

「えっと、用意できなくて……」

 

「そうか。だが豪華なドレスよりもいっそ清々しく感じるな。貴様もそう思うだろう?」

 

「ええブラッド様の言う通りです、マリエらしいと思いますよ」

 

「フン、貴様も少しは分かるじゃないか……マリエ、ドレスは今度俺と仕立てに行こう」

 

「はい♡ アルくんもありがとね♡」

 

 チッ、何が『貴様も少しは分かるじゃないか』だよ。

 俺の方がマリーの良さは知ってんだよナルシスト野郎。

 だがそれはそれとして『貴様も少しは分かるじゃないか』はこっちのセリフとして思わせていただこう。

 後々蹴落とすとはいえマリーの良さを共有しようとするのは出会い方さえ違えば友人になっていたかも知れないくらい好印象が持てる。

 あくまで出会い方さえ違えばの話だったがな。

 

「このパーティーで恋人を見つけた辺境貴族もいるらしい。チャンスだぞ」

 

「おう!」

 

 そして少し離れた場所ではタケさん……リオンと、その数少ない友人のダニエル、レイモンド等貧乏貴族が目に炎を宿しながら嫁さん探しをしている……あ、令嬢に罵られた上に令嬢の獣人使用人に折檻されてやがる、南無南無。

 

「……つーかここでも俺はお預けかよ」

 

 マリーは相変わらず五人の内の誰かと色々してるらしく中々こっちに来ないのが歯痒い。

 やだね全く、自分の意中の女が別の男と二人で楽しくしてるとか不快で仕方ない……

 

 因みに令嬢は寄ってきていない。

 そりゃ俺が微妙な子爵家&特別目立つものも無い&マリーにゾッコンなんて評判があれば声を掛けて来ないのも当たり前だが。

 

「ディーンハイツ様ー?」

 

「おや、どうかしましたか……んだよカイルかビビらせんなよ」

 

「貴方との初対面よりは驚きませんでしたけどね」

 

「言ってろダボ」

 

 手持ち無沙汰な俺に話し掛けて来たのは最近マリーの使用人になったカイル、チビだが要領良く働ける秀才だ。

 毒舌な為どうやって対応していこうかと考えていた矢先、コイツが来る日付を忘れておりいつもの様にマリーの部屋に素の口調で入ってったせいで初手本性バレして今に至る。

 だがカイルとはこうやって小声ではあるが軽口を交し合えるくらい仲が良くなれたから結果オーライだろう。

 

「あ、それよりアンジェリカ様とマリエ様があっちで何かやり合ってますけど」

 

「マジかよ……はぁーあ、予想はしてたがこんな急に起きるかね普通。カイル、俺も行くわ」

 

「そう言うと思ってましたよ、ほら早くしないと乗り遅れます」

 

 言うや否や小走りでマリーの元に行くカイル。

 アイツも何だかんだ言ってもマリーの事が少しは心配って事かね。

 俺にそれも続きそっとバレない様にナルシストの横にセット。

 ナルシストは自分の事とマリーの事以外ほぼ興味が無いので気付く訳も無かった……あ、マリーとリオンにはバレたっぽい。

 

「どうして分かっていただけないのですか!私は殿下のために申し上げているのです!」

 

「お前の話は聞くに堪えない。それだけのことだ」

 

 うーん予想通りの進行。

 アンジェリカさんのバックではリオンとオリヴィアが小声で話してるがそちらも恐らく原作通りだろう、だとすると原因は横の男、ナルシストとマリーがキスをした直前か直後二人で歩いてるのを目撃したとかその辺だろう。

 俺としてもアンジェリカさんの怒りは理解出来る、寧ろそれを平然として聞いてるこの五人衆なんなの?

 

「知っているのか? その女……マリエはお前たち全員に……」

 

 お、流石に俺が事前に介入しただけあって原作よりマリーへの当たりは若干弱くなってるか。

 マリーも少し驚いた表情をしている……お前の為だからそこは許せ。

 

「そのくらい知っている。私は彼女に悩みを聞いてもらって救われた。だから彼女を守りたいと思った」

 

「屁理屈が多いんだよお前は。素直に好きと言えばいいだろうが」

 

「マリエは素敵な女性だからな。好きになるのは当然だ」

 

「そうですね。けれど彼女を一番愛しているのは私だと思いますよ」

 

「いや。マリエを一番愛しているのはこの俺だ」

 

 もうほんとなんなんこの地獄空間……てか俺も流れに乗っておくか。

 

「あ、僕も彼女の事は愛しているのでお忘れなく」

 

「お前……いたのか……」

 

 ええいましたよ少し前から。

 貴方は気付かないと思ってましたけどね。

 

 そして外野の令嬢軍団は大盛り上がり。

 ほぼ五人衆に対する歓声なのは確実だがアイツらのどこがそんなに良いのやら俺には全く分からんわ。

 

「在学中の遊びで終わらせるつもりはないということですか」

 

「あぁ。俺にとってかけがえのない女性はただ一人マリエだけだ」

 

 さて。

 本来ならここでアンジェリカが問答無用で『マリエ』に手袋を投げ付けて決闘を申し入れるが俺はマリーに対する印象を変えている。

 どう出るかな……

 

「…………私との時間を全てその子に費やしてでも、ですか?」

 

「…………へ?」

 

 マリー、完全に思考停止。

 ゲームと違うどころか完全に自分の預かり知らぬところで予想外の事が起きていて頭の対応が追いついていない。

 

「そうだ。俺はお前との時間よりマリエとの時間の方が大切――」

 

「ね、ねぇユリウス殿下!?」

 

「どうしたマリエ」

 

 お、思考回復早いな流石俺の嫁なだけある。

 ダラダラと冷や汗を流すマリーは必死にぶりっ子を作りながらユリウス殿下に振り向きあくまでも声が震えない様に平静を保ちながら言葉を紡ぐ。

 

「あ、アンジェリカ様は婚約者なんだからちゃんと時間取ってあげてって言った時、殿下『アンジェリカとの時間は大丈夫』だって……」

 

「確かにそう言ったな。アンジェリカとの時間は『取らなくても』大丈夫だと」

 

「………………そっかぁ……」

 

 絞り出した唯一の声がこれであった。

 ゲームに無い展開どころか殿下の言葉の解釈からクズ思考が滲み出過ぎて最早どうして良いか分からない状況に追い込まれてますねこれは。

 

「……マリエと言ったな」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

「お前は、殿下に忠告してくれていたのか……?」

 

「え、あ、そ、そうです……その、婚約者と言うくらいなので殿下にとってもアンジェリカ様は大事な方だと思って……」

 

「そう……だったか……」

 

 しかしそこは乙女ゲームに憧れを持っていたマリー、本作内のセリフすらうろ覚えの癖に何とかこの流れに馴染んできている。

 

「だからどうしたと言う?」

 

 だからどうしたじゃねえんだわポンコツ。

 大体お前のせいでこうなってるって少しは気付け。

 

「……マリエ。私はお前に決闘を申し入れる。殿下を賭けて」

 

「ひゃっ……とと」

 

 そして元の流れに戻りアンジェリカさんの手袋が、原作よりは大分勢いを抑えられマリーの手元に来る。

 それを反射的にキャッチしてしまうマリー……いや拾ったら承諾の合図のはずだが……誰も突っ込まないし良いか。

 

「マリエ。代理人は俺が務めよう」

 

「そんな……!」

 

「殿下ばかりに良い格好はさせておけません。私も立候補します」

 

「面白そうだから俺も参加するぜ。誰でもいいからかかってこいよ」

 

「殿下を愚弄するとは、ライバルと言えど流石に聞き捨てならないな。俺も参加だ」

 

「剣の腕には自信がある。マリエの剣として戦ってみせよう」

 

 あ、ここはほぼ変わらない流れなのか……まあここで乗らないとそれはそれでマリーに対して愛が無いと思われるから乗るしか無いな。

 コイツらと同族なんて死んでも嫌だが背に腹はかえられん。

 

「ぼ、僕の射撃技術だって負けていませんよ!」

 

 すみませんねアンジェリカさん……そんな恨めしい表情しないでくださいよ……ここで参加しとかないと後々俺の評価が最底辺まで落ちる上にここで全員蹴落とす予定なんですから。

 

 あと余裕無くてリオンの表情見てなかったけど、あっちもあっちで想定外の動きに多少なりとも驚きはあるものの俺と同じく大まかな流れが同じならそこまで気にしてないみたいだな。

 流石タケさん、クズだが冷静だ。

 

「こうなると公爵令嬢は……」

 

「相手は殿下だぞ。戦いたいヤツなんて誰もいるわけ……」

 

「だ、誰か……」

 

「おいおい取り巻きにも見捨てられたのか?」

 

 ……予定通り追い詰められたアンジェリカさん。

 本来ならここで取り巻きにも事情はさておき見捨てられ絶望するのがルートになっている。

 

 だが、でも。

 

 

『私は……最初、バレそうになったら裏切ってでも逃げてしまおうと思っていました。でも……貴方の最後の言葉を聞いて、立ち止まり、立ち向かい、アンジェリカ様と共にいようと決めました』

 

『あ、アタシも……やった事は取り返せないけど……せめてあの人の傍で守りたい……その為に今までやってきたんだし』

 

 

 パーティー会場に入る直前に、その言葉を聞いた。

 俺は、それを信じている。

 

 

「ここまで人徳がないと同情したく―― 」

 

「ま、待ってください!」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 

「……やるじゃん」

 

 アンジェリカは、主人公……リオンとオリヴィア以外から見捨てられ完全孤立する直前まで行ってしまう、それが『モブせか』のシナリオであり辿るべき運命だった。

 

 しかし、その原典から外れ勇気を振り絞った取り巻きが二人、そこに、アンジェリカの隣に立った。

 

「お前達……!」

 

『不憫な悪役令嬢』の運命が少しだけ、変わろうとしていた。



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第七話『お前らが馬鹿で良かったと心の底から思うよ』

その他原作26位あざす


「なんだ? テメーらも巻き込まれてえのか?」

 

「し、しかしっ、アンジェリカ様は殿下の婚約者ではないですか! それを無下にするのは……」

 

「そ、そうですよ! それに1対6なんて!」

 

「二人とも……!」

 

「他人にどうこう言われようとも俺の気持ちは変わらない。縛られた人生縛られた婚約者など無意味だ」

 

 殿下に意見するなんて、後々どうなってもおかしくない程のリスクがあるにも関わらず取り巻き達はそれでもアンジェリカの隣に立った。

 実際顔は青くなってるし足も手も震えているのは目に見えて分かる程、周りからしたら格好悪いと思われる様な出で立ち。

 しかし俺は、内心彼女達の評価が一気に上がった。

 

 無謀であると分かっていながら正しい方、後悔しない選択をし身分に関係無く立ち向かったその姿勢を馬鹿にする事は出来ない。

 

 因みに彼女達は一度逃げ出そうとした心情がある為どうにも俺の立場がある程度分かってるらしく敵意はそこまで向けられなかった。

 俺は表立って助けられないからね、頼んだぞ。

 

「……こんな展開、無かったはずだが……ま、良いか」

 

 リオンも何だか良い顔しながらその二人を見つめているのがその証拠足りえるだろう。

 マリーは……冷静になれていたら結構良い反応を見せてくれていたのだろうが今はそれどころじゃないか。

 

 さてそれに対しても殿下は平然と突っぱねているクズ振りを発揮。

 縛られたくない気持ちは分からなくはない、何せ俺もこの学園内でこそモブ的立ち位置の子爵家だが世界全体で見ればそれなり以上の地位にいる為色々と縛られる生活や我慢しなくてはならない事も多かった。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 高い地位に生まれたからにはメリットも多く、だからこそ縛らなくてはならない事があるのだ。

 そのメリットを享受してデメリットは嫌だなんて道理が通ると思ったら大間違いだ。

 

「そんな……!」

 

「す、少しはアンジェリカ様の話を聞いて……」

 

「そんなもの必要無い。それよりアンジェリカ……覚悟はできているな? 俺たちと戦う覚悟が」

 

「……折角私にも味方が着いてくれたのだ。代理人がいなくとも、私は……!」

 

 もう逃げられない、追い詰められた、どうしようも無い。

 それが本来のアンジェリカと言う女だった。

 だが今の彼女にはほんの僅かながら光があった。

 両隣に立つ、いつも共にいてくれ、道を踏み外す事はあれど決して裏切る事の無かった取り巻き……否、友人達が。

 

 そしてやはりというべきか、あの男も始動する。

 

「リ、リオンさん!?」

 

「お前、何を……」

 

「俺、アイツら嫌いなんだよね」

 

 リオン・フォウ・バルトファルト。

『モブせか』の転生主人公にして、この世界を引っ掻き回し引っ掻き回されるゲスな男。

 そして転生前の俺の年上の幼馴染、タケさんだった男。

 遂に俺とリオンが対峙する……絵面としては俺リオンの視界の端っこにギリギリ映ってる程度だけどね。

 

「はいは~い。皆さん俺が代理人に立候補しま~す」

 

「えっ?」

「誰?」

「知らない」

「どっかの田舎貴族でしょ」

 

「確か入学前に冒険者として成功したヤツがいたな」

 

「あぁ聞いたことがあるな。お前のことか」

 

 ザワつく会場内、飄々とした表情と声で軽く手を挙げて前に出てきたリオンと一瞬目が合う。

 恐らくゲーム内に登場しない俺の事をマリエ共々イレギュラーな存在だと確実視して品定めしているのだろう。

 

「だ、大丈夫なの? こんな奴で……」

 

「待って……確かあの人は『恐ろしいくらい腕の立つ冒険家』がいるって言っていたから……」

 

「……つまりアイツが?」

 

 そしてアンジェリカの友人達は察しが良くて助かる。

 撒いといた種をしっかり分かってくれる辺りアンジェリカさえ絡まなきゃ面倒な人間では無いってとこか。

 

「あー、話してるとこ悪いんだけど……アンジェリカさん、俺を代理人に指名しないと」

 

「えっ?」

 

「ほら認めるって言えばいいだけですから」

 

「……多分、彼なら大丈夫です」

 

「そ、そうねっ、あそこまで頭の回るあの人の予想してた人? だし」

 

「わ、分かった、認める……」

 

 よし、ここまで完璧。

 これで本来の流れ通りマリエハーレムvsリオンの構図が完成。

 後はゲームシステムと俺の順番さえ上手くイジれればオールクリアだな。

 

「というわけでこのリオン・フォウ・バルトファルトが代理人を引き受けました。そちらは殿下たち六人で間違いないですか?」

 

「そうですね、僕も入れて一応六人なんで」

 

「じゃあ決闘方法と何を賭けるか確認したいのですが……アンジェリカさんの相手への要求は?」

 

「私が勝てば、マリエと殿下は別れてもらう」

 

 ……そう来たか。

 いやこれはアンジェリカ大ファインプレーと言っても過言では無い発言をしてくれたんじゃないか。

 何とかして『あそこまで』誘導したいと思っていたがその必要が大きく減りそうだ。

 

「そんなに俺たちを引き裂きたいのか。どっちが悪女か分かったものでは……」

 

「あぁ~そういう面倒くさいのいいんで。さっさとそっちの条件出してくださいよ。は~や~く~」

 

 ほんとそれな。

 どっちが悪女云々の前にアンジェリカは今回マリエに悪女発言はしてないのにも関わらず思い込みが激しいのと、常に自らが正しいと思い込むその姿は正にクズ男の鑑である。

 

「え!? えーと、その……」

 

 そしてマリーはアンジェリカが想定以上に良い人だったのが響いたのか何なのか言い淀んでしまった。

 ここで本来はうろ覚えのゲームのセリフをパクってくるんだが、言い淀まれるのは殿下達に口を挟まれかねないので俺が口を開くとするか。

 

「あ、あの……僕から提案があるのですが……」

 

「おいアルフォンソお前如きが口を挟める場では……」

 

「ま、待って。アルくんは決闘に対する知識が豊富だし、言えなかったアタシに原因があるからここは話を聞いてあげてほしいのっ」

 

「……分かった。マリエが言うなら聞いてやる」

 

「……ありがとうございます」

 

 マリーが天使過ぎる件について。

 面倒でもゴリ押そうと思っていたが、俺の助け舟に気付いてくれたかフォローを入れてくれた。

 これで変な空気にならずに意見を言える。

 

「んで、アルフォンソ……だっけ? 提案ってなによ?」

 

「賭けには殿下とだけ別れてもらうとの事でしたが、現状他の我々五人にはデメリットが無いのはあまりにもフェアプレー性に欠ける、そうは思いませんか?」

 

「……俺的にはどうでも良いんだけど」

 

「アルフォンソ、どういう風の吹き回しです?」

 

「考えたのですが……えっと、先程のアンジェリカ様の要求ですと殿下にだけリスクを負わせる事になりますよね。それは流石に体裁として良くないと思いまして……」

 

「……成程。確かに我々がいくらそこのどこの誰とも分からぬ相手と言えどノーリスクなのは示しが付かない。分かりました、そう言った事でしたらアルフォンソの意見を飲みます」

 

 よし、一番殿下に近い腹黒緑髪を懐柔。

 アイツは殿下第一人間だから引き合いに出されてしまえば突っぱねる事は不可能、コントロールしやすい馬鹿で良かった。

 

「ありがとうございますジルク様。……えーっと、そういう事だから……我々の賭ける内容も同じく、負ければマリエとの交際を諦める……で、良いですかね?」

 

「……ジルクはどうだ?」

 

「私は殿下と同じリスクを背負える事、誇りに思います」

 

「ま、俺としちゃ少しは楽しくなりそうで良いが」

 

「万に一つとて、我々が負ける発想は浮かばないですがね」

 

「フン、どうせ一戦目で全て終わる」

 

 うーんこの馬鹿集団。

 

「ごめんねマリエ、これで良かったかな?」

 

「う、うん、ありがとねアルくん……」

 

 マリーは心底ホッとした様子で感謝を言ってくれた。

 この馬鹿共にマリーは任せられないから俺が頑張るのは当然の行いだがな。

 

「えっと、じゃあ我々の先鋒は僕……」

 

「お前に先鋒など務まる訳が無い、この俺が貰う。お前など決闘においてもマリエの一番を戦う必要も無い。双方六番手で充分だ」

 

「あ、はい……」

 

 紫ナルシストに気圧されて下がる俺に他のハーレム面々も哀れみの目線を送ってくる。

 

 だが俺は内心狂喜乱舞が止まらなかった。

 紫ナルシスト、お前は良くやった。

 今回のMVPは誰が何を言ってもお前以外有り得ないと言い切ろう。

 

 そう、今回最終的な狙いは『一人一人に賭けの内容を付けさせる』事と『俺が六番手になる』事だった。

 アイツらは自分の強さに絶対の自信を持っている、俺はそこを逆手に取る策略を取った訳だ。

 俺が脱落するより俺が負ける事で生じる株の下落を危惧して実質いないも同然の『殿下の後ろ』に指定してくる事を信じていたがナルシストが想像以上にナルシストでサラッと決まっていった。

 それがあまりにも嬉しくて仕方なかった。

 

 俺が六番手且つ一人一人に賭けさせれば俺が闘技場に立つ=その時点で既にマリーの隣に立てるのは俺以外いなくなる、が成り立つからそこで命懸けで負けさえしなければこの時点で試合に勝てなくても引き分けで俺の実質的な勝利が決まる。

 

 話し合いはまだ途中だがこれで戦前対談は俺とリオンの二人勝ち。

 そうとも知らず殿下達は余裕そうで滑稽だな。

 

 さて、後の話し合いは実質消化試合だが気を緩めずに行くとするか。



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第八話『賽は投げられた』

日間16位とかマジですか…個人的に通算三作目の日間入りでちょっとビビってますがこれからも何とか頑張って行きたい次第


「じゃあこっちが勝ったら殿下とマリエは別れる。オマケに殿下以外もマリエと別れる。こっちが負けたらアンジェリカさんは殿下に二度と関わらない。それでいいかな?」

 

「もちろんだ」

 

 引き続き決闘準備の話し合い。

 リオンはこっちの意図を理解したのかしてないのかは定かではないが俺に悪印象を持ってはない様子で品定めを継続している。

 

「んで決闘方法はシンプルに闘技場で鎧での決闘、これで良いよな?」

 

「私たちに勝つつもりか? お前では勝負にならない」

 

「はぁ? なんで俺が負けるって決め付けてる訳?」

 

「お前さっき女子に声かけてあしらわれてたろ。目立ちたいだけなら引っ込んでろザコが」

 

 残念雑魚は君なんだよ脳筋クソ野郎くん。

 そもそも家の格や女子にモテるモテないで決闘の実力は決まらない事をご存知無いのだろうかコイツは。

 それこそ俺だって子爵子息だが射撃に秀でてるし、マルケスなんて一族揃ってメカオタクだからか、リオンレベルで殿下達一蹴出来るくらいには決闘……というより鎧を使った戦闘技術は高い。

 

 それが分からないのではまだまだ青二才と言える。

 

「えっなに? 鎧の戦闘じゃ自信がないんで口で言い負かしたいのかな? 決闘は口論がお好みですか? 困ったなぁ。そっちの方は苦手なんだよなぁ。でも俺と戦うのが嫌で口で勝負したいなら仕方ないなぁ。お互い頑張ろうね~」

 

「お前嘗めてると本気で……」

 

「お、落ち着いてください二人とも……れ、冷静に……」

 

「六番手は引っ込んでろや!」

 

「グレッグ、喧嘩はダメだよ?♡」

 

「……マリエが言うなら今は引き下がってやる」

 

 六番手と言えどこの場でも多少なりとも俺の性格とやらを刷り込ませておくのは大切なので敢えて出しゃばる。

 性格と言っても『表の』気弱で優しいアルフォンソくんの方だが、双方に今一度アピールしておけばギリギリまでネタばらししなくても何の疑いも無く俺を見てくれる……リオンに関しては知らんが。

 

「まぁまぁ。決闘方法はそちらの条件を飲みましょう。そちらも合わせて六人までの参加を認めます」

 

 あ、一応俺人数にちゃんと入れられてるのね。

 

「こっちは俺だけで十分。1対1を六回ってわけだ」

 

「本気ですか? 決闘は命を落とすこともあるのですよ?」

 

「知ってるよ。っていうかなんでそんな余裕なわけ? 自分たちだけ死なないって考えは甘すぎじゃない?」

 

 毎度毎度思うがリオンの言葉には頷かざるを得ない程の共感がある。

 コイツら……馬鹿五人衆はまずもってこの時点で考えが非常に甘過ぎる、自分達が最強、絶対勝てると思い込んでいる。

 だから馬鹿五人衆なんて俺に連呼されるんだよ。

 

「実績のある方だと聞いていましたが相手の実力も測れないとは」

 

 実力を測れてないのは実績の無いお前らな。

 何をどうしたら学園の中でもトップクラスのアンタらに対して自信満々に出てきた相手に一切の警戒もしないのか俺には全くもって理解が出来ない。

 

「そこまでにしておけジルク。リオンと言ったな。覚悟はできているんだろうな?」

 

「……アンジェリカさん、もう一方の手袋貸して貰えます?」

 

「……あ、ああ」

 

「ありがとうございますっと……ほらよ忘れ物、だっ」

 

 リオンはアンジェリカからもう片方の手袋を拝借するとポンコツ殿下に投げ付ける、これで賽は投げられた。

 

「決闘しようぜ王子様達……ククッ精々大事な恋人との別れを済ませておくんだな」

 

 他五人はさておき俺はお断りします……

 まあ負けなきゃ良いだけなんだが……アロガンツ相手に引き分けか……ウチの鎧も殿下相手くらいなら勝てるはずだがいくら何でも旧時代のガチオーパーツ相手に引き分けが絶対条件とか今から考えただけで変な汗が出そうになるが……

 

「うぅ……」

 

 大事な大事なマリーと幸せになる為だ。

 やる事はやった、ならば俺は立ち向かうだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよあのモブ……もそうだけど殿下も殿下よ……アンジェリカさんとの時間を無くすのはダメって言ったじゃない……しかも決闘とか……あの六人が負けるわけないけど!」

 

 部屋の外から聞こえるマリーの独り言に俺は静かに合掌する。

 次の日の朝俺は流石に少し心配になりマリーの部屋まで来ていたが案の定の状態になっていた。

 そもそも原作と違って最大のストレスは殿下の阿呆行動っぽいが。

 

「あ、おはようございますディーンハイツ様」

 

「ようカイルおはよ。君の主人なら中でブツブツ言ってて気が立ってるっぽいからノックしてから入りなー」

 

「案の定ですか……ほんと手のかかるご主人様ですね……」

 

 朝食を持ってきて鉢合わせたカイルの言葉に頷く。

 アイツ良い女ではあるんだが如何せん口の悪さは天井知らずだからな……扱いに気を付けないとキレられるのがオチだ。

 

 コンコンとカイルがノックをする。

 

「ご主人様、朝食をお持ちしました。開けても良いですか?」

 

「……はぁ、良いわよ」

 

 だが逆に言えばちゃんと手順を踏めば理不尽に怒る事は無い。

 だから良い女って断言出来る訳だが。

 

「失礼します。今日の朝食は野菜が多めです」

 

「その野菜嫌いって言ったじゃない」

 

「好き嫌いせずこれくらい食べてくださいよ、それともディーンハイツ様にあーんでもしてもらいますか?」

 

 二人のやり取りをこっそり部屋の外で眺めていたが、不意にカイルの目線がこっちに向く……ははーん成程成程、マリーにあーんで食べさせてやれという事か……気が利くじゃねえかよ。

 

「え!? ちょ、なんでアルがいるのよ!」

 

「おはようマリー、今日も格別に可愛いな。お前が心配で来たんだよ」

 

「う……そ、そう……」

 

「昨日のは殿下の悪いとこ見て気が気じゃ無かったろ?」

 

「……あんなに酷いとは思わないじゃない」

 

「そうだな、辛かったよな……よしよし」

 

「うう……」

 

 チラリと横を見ると目配せをしたカイルは退室していった、しかも律儀に鍵まで閉めてって。

 あのマセガキ本当に気が利く奴だな。

 

 一方マリーだが、殿下の醜態……数名以外からはそうは思われていないが……を見て相当ショックだったのか涙目で俺に身体を預けてきている。

 マリーの座る横にそっと座り頭を撫でる。

 いつもコイツが落ち込んでる時、俺は隣に座って身体を寄せて、そして頭を撫でて落ち着かせていた、勿論前世からの話だ。

 やはり信じていた人間に裏切られるというのはどこの世界どのパターンでもキツいものがある。

 

 ……俺はマリーを泣かせた殿下に許せない程の怒りが沸くのと同時に、ここでマリーに決意をある程度話しておく必要があると感じた。

 そっと手を握る。

 

 マリーが俺を上目遣いで見上げるのと同時に、俺はその決意を口にする。

 

「今回の決闘、俺に出番があるかどうかは分からない。だが出番があるならその時は全力でお前を貰いに行く……だから少なくとも俺の事は信じてくれないか?」

 

「アル……アンタを信じなかった事なんて……無いでしょ……」

 

 マリーは少しだけ笑顔になって俺の手を握り返す。

 確かに俺には殿下達みたいな財力も顔も権力も無いが、マリーからの信頼はずば抜けて一番ある。

 それはずっと傍に居続けてずっと支え続けてきた俺の幼馴染としてその立場をフル活用した愛を与え貰い、絆を紡いできたからだろう。

 

「ありがとよ、マリー」

 

 そっと抱き締める。

 その空間を邪魔する存在など、今は何も無かった。

 

 

 

 

 

「……あれは特別なんだからね」

 

「分かってる分かってる」

 

 それから数分後、真っ赤になったマリーがジト目でこちらを見つめてくる構図がそこにはあった。

 俺は殿下達とは違って素や弱いところを見せられる特別な存在と言われれば気が良くなるのは当然だな。

 気分良く登校出来そうだ。

 

「あ、そうだ朝食……」

 

 ふとテーブルに乗せられたままの朝食が目に入る。

 俺はもう食べてきたから良いがマリーは食べないと流石にキツいか。

 

「……俺が食べさせてやろうか?」

 

「んなっ!? な、何を……」

 

「今は誰も見てないし、お前俺が食べさせると嫌いな物でも食べるじゃん」

 

「そ、それはそうだけど……この歳になってもするのは流石に恥ずかしいわよ……」

 

 俺は少し思案顔になった後、ニヤニヤしながら『あーん』を提案する。

 そもそもカイルが折角用意してくれたこの時間をこのまま過ごすのは少し勿体ないのもあった。

 

「どうせ誰もいねえし、周りから見たら恋人同士としか思われないんだから気にする事ねえって」

 

 因みに『あーん』は小さい頃良くし合いっこしており、そのお陰でマリーの嫌いな物は大分少なくなっていたりする。

 それでも小さい頃の話故に少し躊躇う部分もあるのかも知れない。

 

「……ほんっと。アンタじゃなきゃ恥ずかし過ぎて死んでたところなんだから……あーん」

 

「そりゃどうも。……あーん、と」

 

 しかし何だかんだ折れてくれた様子で。

 顔を赤くしながら、小さい口を開けそこに嫌いな野菜を投入。

 

「もきゅもきゅ……」

 

「美味いか?」

 

「……まじゅい」

 

「じゃあやめる?」

 

「……アルが食べさせてくれるなら完食出来る」

 

「やっぱ幼馴染パワーって最強だな、あーん」

 

「あーん……もきゅもきゅ……」

 

 気付けば甘々空間完成。

 サンキューカイル、今度なんか奢ってやろう。

 

 ……正直言って、実は俺の方も元気付けられたところはある。

 何せ相手が相手だからな、いくら戦前対談がパーフェクトでも、引き分け狙いだろうと大きな壁が存在すると分かって少しも気後れしない人間なんていない。

 

 でも俺は、この幸せを手放す訳にはいかない。

 

 絶対に。

 

(だからリオン……タケさん、貴方に負ける訳にはいかないんだよ……)



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第九話『決闘開始前、嵐の前の静けさから開幕まで』

日間11位あざす
自身数年振りの日間入り出来ててビックリしました

リオン・フォウ・バルトファルト(タケさん)
マリエはさておきマリエハーレムに謎の六人目がいる事に怪しさを覚えルクシオンに探らせた結果は「明らかにマリエと同等の存在のマリエ大好き男」で、半ば呆れ返った
それはそれとして警戒心は捨てておらず、決闘の本番は六人目としている
評価自体は「五人と違って常識や知識があるがどこか胡散臭い」「マリエキチ」「この胡散臭さとマリエキチで自称モブは無理(ブーメラン)」


 決闘の日の朝、俺はマリーに決意を話しておいた事もあり踏ん切りはある程度付いていた為現状ではあるがそこまで緊張はしていなかった。

 それよりこの日までに実家から送ってもらったディーンハイツ家に代々継承されてきた由緒正しき鎧のメンテナンスをマルケスと共にしたり、戦術を想定したり、マリーとイチャついたりとそこそこ大変な事が多く緊張する暇が無かったとも言える。

 

「マル、悪いな来てもらって」

 

「気にしないでよ。それよりどうしたの?」

 

「お前、今貯金全額でどんくらいある?」

 

「え? え、と……アルから貰ったお金で白金貨300枚だけど……」

 

「分かった。それ、60枚に分割して一戦目から五戦目までに均等にリオンに賭けとけ」

 

「ええ!?」

 

 そして今、俺はマルケスに対して最大の恩返しをしようと画策をし呼び出していたのである。

 見て分かる通りリオンと同じくグレーな事ではあるが賭け事で金を大量に増やしてしまおうという魂胆だ。

 

「決闘なら毎回行われてる事だ、心配するな」

 

「そ、そうは言っても殿下達が負けるのかな……」

 

「リオンに関しては冒険者としての実績が非常に高い。ダンジョン内で金銀財宝を大量入手に加え旧時代のオーパーツがふんだんに使用された鎧を手に入れたって情報がある。所詮決闘しかしてこなかった殿下達じゃ逆に手も足も出ねーよ」

 

「そ、そんなに……」

 

 言ってて思うけど俺これと今日戦うんだよなあ……俺の鎧だって旧時代から使われている質実剛健な大型機体だがオーパーツは流石に搭載されてない。

 流石元のゲーム内では救済要素の課金アイテムとして存在していただけはあって絶望感が凄まじい。

 

「あと間違っても一括で誰かに賭けるのはやめとけよ」

 

「え、あ、うん。でもなんで?」

 

「有り得ないが、万が一その一人がリオンに勝った場合お前の貯金は一発でパァだ。だが分割して賭ければ誰か一人にリオンが勝てばその瞬間元金の300白金を大きく上回る、それこそ予想だにしない大金が手元に入ってくる。所謂リスク分散ってやつだ」

 

「な、成程……流石アル、凄いね」

 

「ま、俺も同じシステムで同金額賭けてるからな」

 

「ええ……」

 

「心配するな、自分には賭けてない」

 

 今回の賭けは一人一人に対象がある為全員に1v1オッズシステムで賭博が行われている。

 この学園、決闘が開催される度にこの賭博があるのだが俺はそこで荒稼ぎさせてもらっていた。

 俺の家の財力が平凡クラスなのにマルケスに報酬をかなりの頻度で渡せていたのもその為だ。

 普通の学生諸君は家柄や地位が高い連中にオッズを寄せるが、武人の家だった俺はその辺目が肥えていたのでオッズ的に大きく不利でも勝てる人間を見極めて全額投資、これを繰り返しお小遣いを錬成しまくっていたのがカラクリ。

 因みに自分の決闘は毎回オッズが俺不利になるので良い稼ぎになったのも追記しておく。

 

「……確か引き分けは、主催が持ってくんだっけ?」

 

「そそ、だから俺に賭けてもリオンに賭けても無駄なワケ。これで今回も稼ぎまくれるぞ」

 

 悪い顔をして、ニヤニヤとコインを弾く。

 出たのは表……悪くない兆候か、何にせよ今日は運命の日だからこんなものにも頼りたくなるのは仕方ない。

 

「……ぼ、僕にはメンテナンスとか、応援とか、それくらいしか出来ないけど……頑張って」

 

「何言ってんだ、そのメンテナンスの手伝いと応援がどんだけ心強いと思ってんだよ。精一杯応援してもらうからよろしく頼むぜ、相棒」

 

「うん……!」

 

 実際マルケスには準備期間めちゃくちゃ助けられた。

 ウチの技術者連中も派遣して、俺の思惑は知ってはいるもののそれはそれとして殿下組として組み込まれての一世一代の大試合ともあって大掛かりなものが行われたがそこの現場指揮官がなんとマルケスだった。

 ウチの連中はサンドゥバル家のメカニック技術を高く評価してるから血を色濃く継いでメカオタク且つそこの次期技術班リーダーとあれば誰も不満を言うものなんていなかった。

 

 そして純粋な応援というのも嬉しかった。

 マリーは表立って俺だけ応援は勿論出来ないだろうし、客席の連中に至っては俺の事なんてほぼ無視して殿下達『五人』を応援するはず。

 ホームなのに実質アウェーの俺としては、唯一友人として応援してくれるマルケスの存在が想像以上に大きなものになっていた。

 

「これが終わったら、夏休み庶民街で沢山美味いもん教えてやる。勿論マリーとの正式交際の報告を持ってだ。約束する」

 

「待ってるよ。沢山美味しい店教えてね」

 

 軽くグータッチ、これが決闘前交わすマルケスとの最後の会話になるはずだろう……本番が近付いてくる実感に少し震える俺の手に、躊躇無くマルケスのグータッチがもう一度来る。

 これが、コイツなりの激励なんだろう。

 俺は、今度は震えずにそれを返して。

 

「じゃあ僕は観客席の場所確保しに行かなくちゃだから」

 

「おう」

 

 短く別れの挨拶をし、マルケスは去っていった。

 

「……んじゃまずは景気付けにアイツらの無様な姿でも拝みますか」

 

 闘技場に向かう俺の足は、きっと軽かった。

 

 

 

 

 

「殿下ー!」

 

「頑張ってーー!」

 

「……フッ」

 

 こりゃ殿下信者だらけだな。

 会場入りしていの一番に思った事がこれである。

 割れんばかりの歓声は大抵殿下に向けられたもの、そんで残り四人にもまあまあ歓声があると来た。

 リオンはさておき俺への歓声どうした? 決闘後に裏切るけど一応今俺殿下側の人間なんですけど?

 

「おお~派手なカラーリング」

 

 そして対峙するのは未だ飄々とした表情を崩さないリオン。

 

「くたばれー!」

 

「引っ込めバルトファルト!」

 

「負けろ!」

 

「アルフォンソの鎧も地味で場違いなんだよ!」

 

 あ、今崩したわ。

 物凄い体制でめちゃくちゃ煽ってやがる、流石タケさんだ徹底的な煽りを熟知している。

 次いでに俺に野次飛ばした奴顔覚えたからな。

 由緒正しき戦闘民族のディーンハイツ家機体を愚弄した罪後でどうなっても知らんぞ貴様。

 

 ま、そんな事は後にして……

 

(お、いたいた。マルの奴ちゃんと律儀に五戦共リオンに賭けてるな、感心感心)

 

 前列席に見える一際目立つ巨体を見やり、思わず微笑む。

 折角良い席に座ってるんだし、俺も俄然気合いが入る。

 

「バルトファルト! 鎧がどこにも無いじゃないか!」

 

「大丈夫、今着きました」

 

 遂にアロガンツ登場か。

 空の彼方からゴゴゴゴゴ、という轟音を鳴り響かせ四角い物体が降りて……いや、落ちてくる。

 

「こっわ……」

 

「なにあれ?」

 

 デカい。

 俺の感想だ。

 アロガンツはとにかく従来機に比べボディが破格のデカさを誇っている、俺としちゃちょっと怖いくらいなんだが。

 

「プフッ」

 

「なんだあの鎧!」

 

「信じらんねぇ!」

 

「アッハッハッハ!」

 

 だと言うのに脳筋クソ野郎含む観客のほぼ全員は何も知らず爆笑の嵐に包まれていた。

 確かにリオンの操るアロガンツはとてつもなく昔の機体であり、一見すると『時代遅れ』に見える事も少なくないだろう。

 だがその手の専門家が見れば、この距離でですらどう見てもこの世界の近代技術では再現不可能な程の高度文明による技術だと分かる。

 

 マルケスは、所謂その『専門家』の部類に入る技術屋だ。

 遠目で何を呟いているかは聞き取れないが、間違いなくリオンのアロガンツに対して驚愕と興味、そして俺の発言が真実であったと確信する程度の思考は持ち合わせている。

 

「み、みんながんばってね……」

 

「ああ、任せると良い」

 

 しかしこのお気楽殿下は……何も知らないまま無責任にマリーに甘い言葉だけ掛けやがって……嘗めてんのかよコイツ。

 

 流石に嫌悪感は出せないが、内心そう思いつつもマリーと目が合う。

 

 多分何を言ったところであくまで六番手の俺の言葉は周りに笑われるだろう、静かに、誰にもバレない様に頷く。

 マリーもこっそり頷いてくれた、嬉しい。

 

「では先鋒は俺が務めさせてもらう。……俺が再起不能にしても、構わないのだろう?」

 

 それは良いが何言ってんだこの紫ナルシスト……

 負けるのはお前だってーの。

 

 紫ナルシストは意気揚々と決闘準備を行い機体へ乗り込む。

 

(ま、どうあれ開戦ってところか)

 

 さて、間近でそのアロガンツの強さを目に焼き付けてやろうじゃないか。



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第十話『決闘という名の蹂躙タイム』

「両者、決闘前の名乗りを」

 

「リオン・フォウ・バルトファルト」

 

「ブラッド・フォウ・フィールド」

 

「それでは始め!」

 

 あれから試合開始までずっと原作通り殿下サイドや観客にアロガンツが馬鹿にされ続けてブラッド戦。

 俺としてはもう分かりきってる戦いだからアロガンツさえ見てりゃどうでも良いが、マルケスの場合は別だ……アイツ目を輝かせて現代の最新技術機体と旧時代のオーパーツの戦闘を見てやがるし。

 

(しかもネズミくん持ち込んでるのか……)

 

 更に録画録音の為のメカまで持ってきていた、アロガンツはメカニック技術屋にどこまでの価値を見出させているのやら。

 

「一撃で仕留めてやる! 死ねェ!」

 

「ふっ」

 

 そしてメインのブラッド対リオンだが……

 

「……へ?」

 

 哀れ紫ナルシスト、最後に断末魔すら上げられず原作通り脱落。

 機体性能自体は他四人より多少劣るがあのスピアは面倒というのが俺の評価だったが……原作通りとはいえここまで圧倒的だと同情したくなるレベルだ。

 

「あっ」

 

 同情と言えば……いくらハーレム軍団が俺以外全員クズとはいえ本性を全部は知らずに付き合っていたマリー、紫ナルシストが何も出来ずに落ちたのを見てやはり焦ってるご様子。

 最後に俺が何とか引き分ければ良いが、それまでに溜まるあの子の心労は大きいだろう。

 後で癒してやるとしますかねえ。

 

「あれ、審判? 気絶したみたいだぞ?」

 

「……せ、戦闘不能! 勝者バルトファルト!」

 

 シンと静まり返る闘技場。

 そりゃそうだ、お前らほぼ全員勝つと信じて疑わなかった殿下ブラザーズの先鋒が何も出来なかったんだこうなるのも必然って訳だざまぁみろ。

 

 そんな中でも拍手を送る者が一人……いや二人。

 リオンの師匠ルーカス……と、マルケスだ。

 ルーカスさんに関しては単純にリオンの勇姿に対する惜しみない賛辞だと思われるが、結構ビビりな方のマルケスが無我夢中で拍手を送る姿は初めて見た。

 察するに、その見た事も無いリオンの鎧の性能に胸が踊り、興奮していると言ったところか。

 

 流石トップクラスの技術力を持つサンドゥバル家の男、スコップの時の能力は大まか把握してるなあの興奮度合いなら。

 

「く……」

 

 今すぐにでもマリーを慰めたい気持ちを抑える。

 ここで本性はまだ出せない。

 

「どういうこと?」

 

「次は絶対勝てるよな?」

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙俺はブラッドに全財産賭けたんだぞおおおおおおおおおお!!!」

 

 そして観客側も酷い事になっていた。

 これでもまだ次は勝てると思い込んでる連中はなんなの、馬鹿なの?

 この圧倒的な力を見てまだ立ち向かえると思うならそれは勇気じゃなくてただの蛮勇なんだよ。

 そしてブラッドに全財産賭けた奴は賭博が下手過ぎるからこれを機に二度と賭博をやらない事をオススメします。

 

「バルトファルト……あれほどの鎧を持っていた故の自信だったのか」

 

「おそらくロストアイテムでしょう。ですがここまで強い鎧が残っているなど聞いたことがありません」

 

「ライバルが一人減る分には好都合だ、俺が片付けてきてやる」

 

 うわぁ隣にいる脳筋クソ野郎とかまだ余裕綽々でライバルが減ったのを好都合とか言ってるよ……これだから頭まで筋肉の阿呆はダメなんだよ……精々華々しく散ってきてくれ。

 

「それでは二回戦」

 

「リオン・フォウ・バルトファルト」

 

「グレッグ・フォウ・セバーグ」

 

「バルトファルト! ブラッドに勝ったのはお前の力じゃない! 鎧の力だ!」

 

 はいそうですね大正解だわ脳筋クソ野郎の癖にやるじゃん。

 

 ……で?

 

「まぁ正論だけど理屈で勝負したいなら今度お茶会でも誘ってくんない?」

 

「ぶっ潰す!」

 

 自分から舌戦仕掛けておいてあっさり負けるのか……

 リオンの煽りはそりゃ強いけどそんな簡単に負けるのはダメでしょうよ……自ら相手の手のひらに乗りに行ってる様なもんだぞ。

 

「両者始め!」

 

「オラァどうした! そんなもんかよ!」

 

 うんまあそれ以前の問題だったわ。

 グレッグの槍術は荒々しくも高いクオリティに纏まっており、決して弱いものではないし攻撃力だけで言うなら五人衆屈指だ。

 ……まあそれだけで単純な槍術以外の攻撃手段がほぼ無い上に機体はオンボロだから威勢だけ良くてもリオンに歯が立ってないが。

 

「もっと道具にこだわれや!!」

 

「グハーーー!!」

 

 ほんとそれな。

 鎧の素材と武器のレパートリーに柔軟性さえ持たせれば殿下とくらいは良い勝負になると思うんだが頭筋肉だからかそんな事全く持って発想に無いらしく無様に吹っ飛ばされていた。

 

「現にその鎧も旧式の量産品じゃねぇか! そのよく分からんプライドを捨てろ!」

 

 あーあーリオンさんお怒りですねこれは。

 攻略が地獄になったのも大抵は変なプライドが弱点化してる事だしそりゃキレたくもなるよなあ。

 

 てな訳でこの後はお解りの通り鎧の四肢をもがれて戦闘不能でリオンの勝利。

 

「ふざけるな!俺たちがいつ弱い者いじめなんか!」

 

「うっわ~無自覚って怖いよね~。やだやだ。これだから特別扱いの貴族様は」

 

 あ、そう言えばコイツ鎧破壊されても醜く抗おうとするんだった。

 本当に醜い上にイジメの自覚すら無いとか馬鹿通り越して呆れるんですよねえ、何せ同じマリエハーレムとはいえ俺その対象になってたんですけどねえ、分かりませんかねえ。

 

 まあそんな事もあったけど後は特に何も無くリオンの勝利判定がしっかり下された、そりゃそうだろうよ。

 

 因みに三回戦の剣キチは特に誰が何をするでもなくリオンのビット攻撃と精神攻撃で撃沈したので割愛する。

 まあ、一つ言っておくなら今までの中で一番マシな倒され方だったとは言えるか……無様には変わりないが。

 

 さてさてこれでライバルは半数以上が脱落か。

 残りは腹黒緑とポンコツ殿下の二人……と、休憩時間か。

 ここで確か腹黒緑が人……リオンの姉のジェナを使ってリオンの鎧に爆弾仕掛けるんだったな。

 

 ちょっとリフレッシュがてらちょっかい掛けに行くかね。

 

「お、丁度良いところに」

 

 とはいえ虱潰しに探しても埒が明かない為どうしようかと思案していたところ、丁度アンジェリカの取り巻き改め友人連中と遭遇。

 人を探すなら人に聞くのが一番だろうと、周りに人がいないのを確認し早速話し掛けてみる。

 

「やあやあお二人さん」

 

「あら、ディーンハイツさん」

 

「何してるのよ、こんなとこで」

 

「いや、少し怪しい噂を聞いた人間がいてね……今回のアンジェリカさんの代理のリオン、その姉のジェナが不審な動きをしてると聞いたもんで探していたのさ。俺の出番が来るまでに万が一でもリオンがリタイアしてしまう可能性があるなら排除しときたいし」

 

 もう二人とはすっかり普通に話すくらいの関係性にはなっていた。

 二人ともアンジェリカさえ絡まなければ冷静な判断が出来るまともな人間なのが分かってきたので非常に話しやすい。

 いやこの世界の人間特定の人間が絡むと頭おかしくなり過ぎだろ。

 

 ところで本題だが、二人は俺にはあまり聞こえない様に少し考えながら話してるご様子。

 まあ二人がそれぞれ見掛けたならそこから今どの辺にいるか、その時何をしていたか、不審な点は無かったか等の擦り合わせを行っているのだろう。

 連中にしたってアンジェリカさん、引いてはリオンには勝ってもらわなければならない為真剣そのものだ。

 

「どうよ?」

 

「確かにさっき……合流する前に見ましたね、少し挙動不審だったので印象に残っています」

 

「アタシは見てないから……場所は絞れそうね」

 

「成程……そうなるとやっぱリオンの鎧が置いてある部屋に行った可能性が高いな……ジルクの差し金か」

 

 万が一このタイミングで何もしてなかった場合逆に俺が疑われるからな、念入りに確証を持って詰められるところまで詰めて脅しに行かないと意味が無い。

 

「な、ジルク様が!?」

 

「アイツはああ見えてあの中じゃ一番性格悪いからな、何をしでかすか分かったもんじゃねえ。俺だって毎度毎度見えないとこで色々言われたもんさ、子爵家如きがマリエに近付くなとか何とか」

 

「そんな……」

 

「まあリオンの鎧は特別性だから心配する程でも無いだろうが……俺が少し脅しに行ってくるわ。邪魔されるのは不快なんでね……せめて君達の時みたいに精神的に攻撃くらいしても文句は言われないっしょ」

 

『ま、君達は安心して観客席から眺めてると良いよ』と言い残し手をヒラヒラ振ってその場を後にする。

 なお二人は揃ってドン引きしていたもよう。

 さて時間からしてジェナは既に爆弾セットはし終わってる頃だろうし後はルートを予測して……

 

「……予想的中ってね」

 

 走ってくるジェナと『偶然にも』鉢合わせる感じで遭遇に成功。

 流石俺、アンジェリカの時と言いルート予測が完璧だ。

 

「あ、貴方は……」

 

「……リオンくんのお姉さん、ですよね?」

 

「え、あ、はい。と言うかなんでそれを……」

 

「さて……もしかしたら、ジルク様と密談しているのを見てしまったからかも知れませんね」

 

「な……にを……!?」

 

 制裁はバルトファルト家で喰らうし何もしなくても因果応報で苦しむ事になるのかもしれないが、個人的に腹黒緑の言葉にまんまと乗せられたのが気に入らないから脅す事は辞めない。

 まあリオンのこの世界での身内には変わりないから軽くでやめといてやるが。

 

「……もしも何か下手な事をするのであれば、アンジェリカ様を敵に回すと言う事を念頭に置いて行ってください」

 

「べっ、別に貴方の敵に何をしようが……」

 

「少なくとも。僕の敵はリオンさんではありませんので……もしもリオンさんがジルク様との戦いにおいて貴方のやった事でリタイアする等があった場合……我がディーンハイツ家はバルトファルト家程度片手で捻り潰せる事を忘れないでくださいよ」

 

「ひっ……」

 

 こんなもんで良いかな、脅しだけしっかり入れて闘技場に戻る。

 相手は簡単に怯えていたが所詮は子爵家の力という事だけだろうな。

 残念ながらウチは専ら伝統的なトリガーハッピー

揃いなもんなんで使用人含む一家全員が通常兵士の数倍から数十倍の戦闘力があるんだよなあ、人数は少ないけど。

 

 なにはともあれ気分転換も済んだところで腹黒緑とポンコツ殿下の無様なやられザマでも見ましょうかね。



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第十一話『きっと、これからは』

前回予約投稿時間を間違えてたらしいですが大体は朝6時投稿です


「君は強い、敬意を表しましょう」

 

「そりゃどうも」

 

 第四戦……まあ恐らく原作と同じ事が繰り返されるだろうし腹黒緑は何せ空中戦が主だろうから話も聞き取れない。

 つまりは暇になるだろうからここで少し、俺が何故ここまで戦闘力としての評価値が低いかの説明でもしておこう。

 

 そもそも俺の主要武器というのが腹黒緑と同系統のライフル、それとスナイパーライフル1丁、ショットガン数丁、二丁拳銃用拳銃数丁、マシンガン1丁だ。

 その為+銃をメインとした戦闘が主の為防御性能とバックパックを重視し俺の機体はかなりデカい物となっている。

 リオン程では無いが従来の機動性重視の中型細身とは掛け離れ無骨でずんぐりした鎧はそれだけで評価値が一気に下がる。

 

 だがそれに関してはある程度リカバーが可能だ。

 それこそ決闘の数回でもすれば多少は見直されるのだ。

 そして俺は既に数回の決闘で荒稼ぎさせてもらっているので低い事は低いが俺単体の評価は低過ぎる程でも無い。

 

 では何故俺の評価が殿下達から見てあそこまで低かったのか。

 

 それは腹黒緑にある。

 思い出してもらいたいのがアイツの戦闘スタイルだが……アイツはバトルアックスと『ライフル』を使用する。

 中遠距離ならライフル、近距離ならバトルアックスと器用に切り替え、加えて煙幕等小細工も躊躇無く使い巧みに試合を運ぶ試合巧者として名を馳せている。

 

 で、だ。

 お分かりの通り奴はライフルを使用して闘う事も多いのでどうしても俺は比較されがちなのだ。

 しかも俺は大抵実力の五割出してるかどうかレベル、つまり腹黒緑の実力と比べても大分弱い力で軽くいなして最低限の損傷だけ与えて勝利しているので、同系統の戦闘スタイルで腹黒緑の完全下位互換だと言う認識を持たれているのが最大の要因になる。

 

 因みにそれも今日までの布石だった訳だが。

 

「仕方がない。この手は使いたくなかったが……」

 

 と、決闘の方も順調に進んでるな。

 序盤で奥の手使うとか本当にやる事に躊躇は無いなあの腹黒緑。

 

 その直後轟音が響き渡りアロガンツの背中部分が大爆発、普通の機体ならアレで木っ端微塵、パイロット諸共吹き飛ばして殺す予定だったらしいが……哀れ腹黒緑、アロガンツは旧時代戦闘鎧の中でも飛び抜けてお馬鹿チートなんだ。たかがそんな爆弾で傷が付く訳が無い。

 

「悪く思わないでください。これも殿下の為ですから」

 

 ジェナのいるだろう方角を見る……お、いたいた。

 自分が脅された事、自分のやった事の重大性、腹黒緑が弟を本気で殺そうとしていたのに今更気付いた事で色々感情が入り交じって青ざめてるな、まあ自業自得過ぎて何も言えないが。

 心配しなくてもリオンは無傷だからお前は死ぬ程反省して謝っとくんだな。

 

 で、砂塵が晴れるとそこにアロガンツは無く空中に居て無傷ですと。

 

 もう声も聞こえないが今多分舌戦でもしてるんだろう。

 それも腹黒緑が自分で墓穴掘ってノックアウトされてるところの。

 

 確か掘った墓穴の脅しの内容としては

 

『よかったなぁ。ライバルが1人減るぞ?』

 

 に対して

 

『私も殿下も本当に彼女を愛している! もしも殿下に何かする気なら君の家族にも責任を取らせるぞ!』

 

 なんて事を言ってたかアイツ。

 ほんとやっすいやっすい言葉な上に三下としか思えない発言。

 脅しは最早さておき、なーにが私も殿下も本当に彼女を愛している、だよ馬鹿じゃねえの。

 奴らは所詮表のぶりっ子マリーしか見ずに、高貴な自分ではなく一人の人間として見てくれたから好きになったとかいう引っ掛けられたボンボンのテンプレみたいな惚れ方してる癖に。

 

 本気でマリーを好きなのは前世から本気で大好きで、今世でもしぶとく諦めずこの場を作り出してまでマリーを自分だけのものにしようと命懸けでやってきた俺だけだっつーの。

 悔しかったらなりふり構わずライバル蹴落とせって話。

 そういうとこ分かってない甘ちゃんだからアイツの庶民的な口説き文句に落とされる上に俺に足元掬われるんだよ。

 

 マリーもマリーだ、世界的に見ても最上位の地位と顔を持つイケメン集団なのは分かるがあんな奴らでハーレム構成するなんて趣味が悪いったらありゃしねえよ。

 

 あーあ、さっさと負けねえかなあ。

 

 その瞬間、今度は緑色の物体がいきなり闘技場のド真ん中に落ちてくる。

 

「うわぁ、ビックリした……って、じ、ジルク様まで……!」

 

 予想は付いてたが案の定無様に落ちてきたか、フン馬鹿め。

 言葉では驚愕と焦りを三文芝居で打って心の中では嘲笑しておく。

 これで残るは殿下ただ一人、コイツさえ居なくなれば後は俺のもんだ。

 

「ジルク……」

 

「大丈夫ですか? 四人とも何も出来ずに負けてしまいましたよ?」

 

「だ、だだだ大丈夫よ! ユリウスなら……!」

 

「そうだマリエ、何も案ずる事など無いのだ。俺の鎧は王国最高の技術で造られている。心配するな」

 

「そ、そうよね!(全員からほぼ同じ事聞いた気がするんだけど……)」

 

 可哀想にマリー……だがそのポンコツ殿下からはすぐに解き放たれ楽になるだろうから心配するんじゃないぞ。

 

「では行ってくる」

 

「はい。ユリウス様の勝利を願っています」

 

「ぼ、僕も殿下の事応援しています!」

 

「アルフォンソ……お前の出番は無い、座って見ていると良い」

 

 カッコよく気取っちゃってあの殿下。

 何がお前の出番は無いだよクソが、出番が無いのは決闘後のお前の事だよポンコツ野郎。

 精々無様に負けてくると良いさ。

 

「……はぁ、なんでアタシこんな事になっちゃったんだろ」

 

「ご主人様……まあ俺は何があっても貴方の使用人と言う立場は変わらないので着いていきますよ」

 

「カイル……」

 

 俺とマリーとカイルだけになった空間に重たい空気が流れる。

 そしてカイルのフォローが原作だとほぼ無い癖に今回はマリーの性格が変わってるお陰でこっちも柔らかい言い方に変わってるみたいだな。

 

 んじゃ俺もカイルに見習ってフォロー入れますかね。

 

「オイオイしんみりしてんなよ。アイツが負けてもまだ俺がいるだろ?」

 

「アル……そうよね、ユリウスが負けるかどうかはさておきアルなら何とかしてくれるわよね……」

 

「毎回思いますがディーンハイツ様? 表と裏で性格違いすぎて気持ち悪いんですけど……」

 

「うっせー、俺でも似合わない猫被り続けてると思ってんだよ」

 

「ふふ、全く二人とも呑気なんだから……」

 

 よし、多少は元気出たかな。

 やっぱり好きな女には焦燥しきった顔より笑顔の方が似合うんだよなあ。

 

「さて、それでは俺はお二人の邪魔をしたくはないので一旦ディーンハイツ様の出番まで離席していますよ」

 

「お前……別にそこまでしなくても良いんだぞ?」

 

「いえ……俺としてはご主人様とくっ付くならディーンハイツ様とが良いと思ってるので、その応援の意味を込めて僭越ながら下がらせていただこうかと思います」

 

「か、カイル!アンタそんな事を……!」

 

「ほーん、気が利くじゃねえか流石カイル」

 

 そしてカイルの気の使いが尋常じゃ無くなっている件について。

 何コイツ本当にカイルか?

 そんな事を思いたくなる程で、更に俺とマリーがくっ付くのを希望しているだと……

 確かにコイツは俺とマリーのイチャイチャを結構近くで見てきたがそこまで気に入ってもらえてるんだとしたら嬉しい事この上無い。

 

 そそくさとその場を後にするカイルを見送り二人きり。

 今は真面目にポンコツ殿下が蹂躙される様を見届ける。

 

「殿下、誰かを本気で愛するってどういう気持ちですか? 俺そういうのよく分かんないんですよね」

 

「だろうな。だから他人の邪魔ができる。本当に愛しているのなら潔く身を引けばいい!」

 

「それってアンジェリカさんのこと言ってます? いやぁ彼女は本気で殿下を愛してると思いますよ?」

 

「違う! アイツは俺の気持ちなど察しなかった! 王宮の女と同じ――」

 

 聞くに耐えないので一旦セルフシャットアウト。

 聞いてるだけで虫唾が走る程のワガママ殿下だよ。

 

「……アタシ、アンジェリカさんと真っ向勝負して、それで勝って、ユリウス達と、そしてアルとも一緒になれたらなって思ってたの」

 

「お前が本当にただの尻軽な訳じゃねえのは分かってたよ。こんな世界で生きてるんだから実家がハズレならそれ以外で楽しく暮らしたいよな」

 

 マリーに関してもそんなところだろうとは思っていた。

 前世も今世も人生上手く行かなくて、苦しくて。

 だから学園であのイケメンボンボン連中を手に入れて幸せに生きたい、そんなの前世から含めて何十年も幼馴染やってるんだから分かるに決まってるだろうが。

 

 あとBGM代わりに聞いてるリオンの煽りに関しては一言一句その通りワガママポンコツでマリーを奪い合うライバルにある殿下をボコボコにしてくれるなんて最高だわ。

 それに男子も下っ端貴族故の辛さを吐露したリオンに同調したのか何割かリオン側に付いたっぽいのもいるみたいだ。

 

 ……そろそろオリヴィアのターンか。

 

『ま、間違ってます!』

 

 なんでただの平民で特殊な魔力も無い様な子がこんな闘技場に響き渡らせられる様な声出せるんでしょうかねえ。

 

『確かに殿下はマリエさんを愛しているかも知れません。でも…でもアンジェリカさんだって殿下を愛してます! ずっとずっと苦しそうにこの戦いを見守ってるんです!

いくら辛くてもどれだけ悲しくても目を背けずに殿下を見てるんです!

それを愛じゃないなんて言わないでください!』

 

 うーんよう言った、アンジェリカの愛を認めずして何が愛か。

 愛を語るなら俺を見習うかアンジェリカを見習うかの二択だぞ小僧共。

 

「……オリヴィアちゃんには敵わないなあ」

 

 横で少し悲しそうな目でそう呟くマリー。

 

「アタシだって本気で幸せになりたいと思って、だからここまで来たのに……何やってたんだろ……」

 

 

「アンジェリカの、俺を王子としてしか見ない女の気持ちが愛だと?

俺は俺自身を見てくれる女性を見つけた。そして理解した。これこそが愛だと……アンジェリカ、お前の気持ちは愛では――」

 

 あまりにも聞くに耐えない(二回目)。

 ぐう聖オリヴィアがあんなに声を張り上げて、勇気を振り絞って良い事言ってくれたのに全く聞き入れようとしない馬鹿の言葉なんて聞いたところで意味が無さすぎる。

 それより今はマリーの傍にいてやる事が優先だろうが。

 

「マリー、お前は間違ってたのかも知れない。でもな、本気で幸せになろうと頑張ってた姿、そんで俺もその中に入れてくれた事めちゃくちゃ知ってるしめちゃくちゃ感謝してる」

 

「アルぅ……」

 

「だから今度は、正しく幸せな道を。俺と二人で歩んで行こう」

 

「……でもアタシ」

 

「今は答えなくて良い。幸せになりたい一心で必死だっただろうから、俺に対して恋とかそういうのを本気で抱けてるのか自分自身に疑念を持ってるだろうし」

 

 

「ぐあああああああああ!!!」

 

 今良い雰囲気だったのに叫ぶんじゃねえよポンコツが。

 まあだが朗報だ、俺がマリーに愛を語らってる最中に最後のライバルも綺麗に落ちてくれたらしい。

 これで俺にライバルは居なくなった。

 

「ユリウス……」

 

「釣れないなあ、過去の男の事を気にするなんて」

 

「あ、ごめ……」

 

「冗談だって、曲がりなりにも気にするのは悪い事じゃない。だが今は俺だけを見てほしい」

 

「……ほんと、決めるとこだけは無駄にカッコイイんだから」

 

「言ってろ、そんでさっきの続きだが……」

 

 改めてさっきの言葉の続きを紡ぐ。

 それは、最早プロポーズと捉えられる様な言葉かも知れないが。

 今言わないと行けない気がした。

 

 

「俺と一緒にいたい……そう思える答えを一緒に探してやる。だからこれからの人生を俺と幸せになろう。絶対この決闘負けねえからさ」

 

 さあ、俺の運命を決める時が来る――



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第十二話『どうにも引き分け狙いはフラグになるらしい』

「それでは第六回戦、最終戦。両者名乗りを」

 

「リオン・フォウ・バルトファルト」

 

「アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ」

 

「子爵家如きが殿下を倒した相手に勝てる訳無いだろ!」

 

「モブは引っ込んでろ!」

 

「こっちはもう賭ける金もねーんだぞ!」

 

 今までリオンに対する野次だったのが今度は俺に変わってら。

 一応俺殿下組なんですけどねえ、どうしてアウェーになってるんですかねえ。

 あと賭ける金無い奴こそ引っ込んでろ。

 

「……あー、アルフォンソだっけ?」

 

「はい、そうですが」

 

「なんかお互い大変だな」

 

「分かります? ……てかアイツら黙らせても良いですかね」

 

「お前、そっちが本性か? ……まあ良いけど」

 

「猫被るのって案外疲れるんですよ……んじゃ神聖な戦いの前にいっちょ『ネタばらし』しちゃいますかね」

 

 リオンと初の1対1の会話だったがやはり中身が中身だけあって良い意味で察しが良いらしい。

 観客席では今だにこの旧時代vs旧時代の大型機体同士のバトルに納得行かないのと所詮子爵家如きが出しゃばっても勝てる訳が無いみたいな野次が飛び交っているのでうるさいったらありゃしない為ネタばらしの意味を込めて黙らせる。

 

「うっせえんじゃテメェら!!」

 

 その瞬間観客席が静まり返る。

 何せいつも気弱で一歩後ろを歩く様な性格のアルフォンソくんからは想像も付かない怒声だったから思考が追い付いてないんだろうが。

 

「な……なに?」

 

「今のアルフォンソ?」

 

「でもアイツ気弱な性格のはずじゃ」

 

「なーにが気弱な性格じゃボケ!! 今までずっとこの日、この展開になる様に誘導して便乗する事でマリエを俺のものにする為に猫被ってただけじゃい!!」

 

「馬鹿な……それでは私達は……」

 

「やあやあクリスくぅん、どうだったかなぁ俺の演技はぁ?」

 

 お、唯一退場宣告も受けず大した怪我も負ってないクリスが来たか、これは良いところに来たとばかりに煽りを叩き込む。

 正直コイツは一番マシだったとはいえあの五人の中ではの話であり別に何か言ったところで罪悪感が湧くとかそんなものは無い。

 

「お前裏切ったのか!?」

 

「裏切るぅ? 人聞きの悪い事を言わないでもらいたいねえ……俺は一度たりともお前らの味方なんかした覚えは無い!」

 

「なに!?」

 

「俺が一人一人に賭けさせたのも、俺が六番手になったのも、全てはお前らが負けるのを予想して誘導したんだよぉ!! だからこうなったキッカケは俺でもやらかしたのは殿下達なんで☆」

 

「そんな……私は……私達は……ずっと……」

 

 ガックリ項垂れるクリス。

 お前らは何もかも甘かったんだよ、ライバルなら蹴落としてでも一番を狙うしか無かったのに仲良しこよししてた、そんな甘ちゃんじゃなきゃ運命は変わってたかもな。

 

「卑怯だぞアルフォンソ!」

 

「殿下達を利用するなんて!」

 

「はぁ? 寝惚けた事言ってんじゃねーぞ! 俺は好きな女の為に手段を選ばなかっただけだ! 相手が格上貴族だろうが殿下だろうが、この世で最も愛する女の為に立ち向かうそれの何が悪い!」

 

「うぐ……」

 

「た……確かに……?」

 

「いや卑怯は卑怯だろうが! 手段選ばなさ過ぎだろ!」

 

「ありがとよ! 卑怯卑劣は褒め言葉だぜ!!」

 

「あのお馬鹿……」

 

 クリスも煽り切り観客席も黙らせる事に成功。次いでにマリーは呆れていた。

 これで雑音は消え去ったも同然だろう、リオンに振り返る。

 さあここからがメインディッシュだ。

 

「悪いな、待たせた」

 

「良いって良いって、お陰で面白いモン見れたし」

 

「なら良かった。だが俺としちゃさっき言った様に負ける訳にはいかないんでね」

 

「お手並み拝見と行きますか」

 

 お互い顔は見えずともニヤリと笑ったのが分かった。

 頼むぜ俺の鎧……

 

「初めッ!!」

 

「先手必勝!!」

 

 試合開始の合図と共に俺が出すのはマシンガン。

 大型の両手持ちタイプだが威力は破格のものを持つ。

 

「ビット展開!」

 

「ビット、展開します」

 

 そして相手も予想通りビット展開、これで序盤はビット落としゲームになる……なるんだが如何せん一機一機が強過ぎる。

 

「ぅぐ……ったくほんと予想してた通り強いったらありゃしねえ」

 

「いやこのビットに対応出来てる時点でお前も相当バケモンだと思うけど」

 

 まだクリスの時みたく全方向から包囲されてる訳ではなく俺の射撃対応で全機正面方向からの攻撃になってるのがまだ救いか。

 それにしても涼しい声でバケモンとか言われても嬉しくねえわ、余裕過ぎかよ。

 

「ぐっ……まだまだ……!」

 

 少し被弾するがこの程度なら問題は無い。

 とにかくビット攻撃は試合が膠着するだけだと思わせる事が大事だ。

 

「お、オイオイまだこのビット捌くのかよ……」

 

「恐らくこのまま撃ち続けても効果的なダメージが通るまでには相当な時間が掛かるかと」

 

「えー……正直アルフォンソってボコる意味合い無いんだよなあ……殿下の味方じゃなく私利私欲で利用してただけみたいだしさ……まあいっか、ビットは埒が明かねえし下げるか」

 

 よし、これで心理的にビット攻撃は封じる事に成功。

 あっちが完全優勢なのと、俺との決闘はアンジェリカの賭けの対象外と理解しただけあって長引く行動は自重してくれるのが救いだ。

 

「はぁ……はぁ……いてぇってのっ」

 

 ディーンハイツ家に代々継承されてきた鎧『クロカゲ』。

 その名の通り漆黒のボディに大柄な体格で機動力より防御力を重視したタイプであるのが功を奏したか、近代の機動力重視タイプだと一発貰うだけでもかなりの痛手にも関わらず何とかボディ、パイロット共に軽傷程度で済んでいる。

 

「んじゃスコップで……」

 

「やらせるか!」

 

 ほぼ弾切れ状態のマシンガンを捨てバックパックから飛び出してきたのは中距離ライフル。

 距離と攻撃力の兼ね合い上最強のこれで接近させない様に撃ち続ける。

 

「うおっ、中々威力あるな~」

 

「四戦目の相手のライフルとは比べ物にならない程の強さはありますね」

 

「そりゃどうも!」

 

 とか言って、アロガンツのサブ武器ですら無いスコップ相手にいなされてるんですけどねえ……

 今から旧人類戦考えても仕方ないんだろうけど、こりゃどっかで旧人類側から銃型の武器パクりでもしないとインフレには着いていけないかもな。

 

「って言っても飛べばこっちのもんだろ」

 

「ライフルの射程範囲外に飛んだ訳か」

 

 今度は空中戦か……だが悪いがわざわざお前の土俵に乗るつもりは無い。

 クロカゲは空中戦が苦手という訳ではない、寧ろサーカスしろと言われたらやれる程度には空中機動力は高い。

 だがアロガンツはそもそも空の戦いを主にしている巨大戦艦ルクシオンから作成された代物、そんなのと空の戦いなんて真っ平ごめんだ。

 

 使えなくなったライフルを捨て即座にバックパックから新しい武器を取り出す……スナイパーライフルだ。

 これぞ対空中戦、対超遠距離射撃の真骨頂。

 

「しかもコイツはバインド魔法付き……だ!」

 

「……データに無い上にかなりの手練れって事か。一年でここまでの実力を持ってる奴なんてゲームにはやっぱりいない……」

 

「悪いが俺だって意地があるんでね、本気で落としに行かせてもらうぜ!!」

 

 俺が狙うのはスコップの一番細い取っ手部分だ。

 いくらお馬鹿チートなアロガンツと言えど本来非戦闘用武器のスコップの手元なら折るくらい何とかなると言う予測の元の攻撃だ。

 

 ……ここで一応俺のこの決闘における絶対条件、引き分けに付いて思い出してみよう。

 

 一つ、所謂何をやっても膠着状態が続いてしまう時。

 これは俺の実力が劣る為ほぼ不可能。

 

 二つ、双方同時戦闘不能になった場合。

 これは鎧戦闘の場合鎧を動かす事が出来ないと審判が判断した場合に認められるがこれも俺側からアロガンツを機能停止若しくはリオンを気絶させられる方法が無い為不可能。

 

 三つ、双方に甚大な不利益が生じる双方が判断した場合。

 俺が狙えるのは恐らくこれだ。

 リオン絶対優勢の状況でそもそもリオンが勝っても負けても既にアンジェリカとの契約は達成されてる上に、勝てばマリーを単独で放置する事になり負ければ学園での立場が若干危うくなるとありまあまあどちらに転んでも面倒になるはず。

 

 今でこそ調子に乗ってるが、後に王妃様から「もう少し穏便に収められたはず」と咎められてるところからやろうと思えば利益優先で引き分けの提案はしてくるはず。

 

(格好悪い終わり方だろうけど……勝てないならどれだけ意地汚くても引き分けを狙う。腹黒緑のやり方と似てるがアイツの勝ちへの執念だけは見習うところがあるだろうな……つーわけで)

 

「吹き飛べスコップゥ!!」

 

 遥か上空にいるアロガンツのスコップ目掛けて引き金を引く。

 超遠距離でしか威力を発揮出来ないこのスナイパーライフルだが、威力だけに絞ればライフルより格段に強い、通常弾でも最強のものを持つ。

 しかも放つのは俺の切り札である魔力弾による更に全弾中最強の威力を持つ弾、つまり最強×最強。

 旧人類に対しても相当な脅威になる予測を立てて編み出したこれはアロガンツへの致命的ダメージは与えられずともスコップをへし折る程度余裕。

 

 

 

 そう思ってました。

 

 

 

「は? なんでスコップが飛んできて……」

 

 気付いたらスコップがとんでもない速さで地上……俺の元に飛んできてるのが見えました。

 しかもその過程で俺の知識と努力の結晶こと最強の一撃さんは消し飛ばされてて……

 

「あ、まず……つい本気で投げちまった」

 

(う、嘘だろ……? いくら何でもこんな展開俺の予測には――)

 

 



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第十三話『もう二度と後悔しないと決めたから』

(う、嘘だろ……? いくら何でもこんな展開俺の予測には――)

 

 飛んでくるスコップ、何が何だか分からず固まる俺。

 勝てるとは思わなかった、思える訳が無かった。

 それでもリオンの損得勘定における引き分けへの持ち込み程度なら狙えると言う自信はあった。

 ずっとその自信はあった、やれるはずだと、俺にはこの世界の『リオンの入ったこの世界』の知識が唯一この世の人間内であったから、全て問題無いと。

 

 その心の綻びがいけなかった。

 

「あ……マリ……」

 

 当たる瞬間見えたのは、何かを叫ぼうとしていたマリーの姿。

 そして次の瞬間俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……?」

 

 ここはどこだろうか、俺は今正に決闘をしていたはず。

 なのに何だか心地良い寝心地で。

 

「起きなさいアル、着きましたよ」

 

「え……あ、母さん……?」

 

「そうですよ、何を寝惚けているんですか。今日はお隣の領地の領主さんにご挨拶に行く日なのですからしっかりしなさいな」

 

「うぇ!? す、すみません!」

 

 おかしい、何故ここに母さんがいるのか。

 そして俺はなんで船に揺られて空の旅をしているのか。

 しかし母さんに頭が上がらない俺は反射的に謝ってしまう。

 

 ……隣の領地?

 

 寝惚けていて意識がはっきりしないがそういえば母さんはそんな事を言っていたっけ。

 ……待て、この夢どこかで見覚えがある?

 

「ははは、そこまで言わなくても良いだろうメイア。まだアルは小さいのだし顔合わせをする時までにシャキッとしていればそれで良い」

 

「全く貴方は……」

 

 小さい……俺の事が?

 そんなはずは無い、俺は今年16歳になる歳のはずだ、しかも身長だって170cm中盤も……アレ?

 

(小さくなってる……? いや、違う……これは……夢?)

 

 逆行が起きるなど物理的に有り得ない。

 だと言うのに俺の身体は小さくなっていた……逆にそれが俺を冷静にさせた、何せそうであるなら現実では無いのだから。

 

 ……では現実の俺は何を……?

 

 そう考えた瞬間悪寒がした。

 もしも目が覚めた時、俺が無様に負けていたら?

 もしも目が覚めた時、マリーと引き離される事になってしまったら?

 

 考えたくなかった。

 ならばもういっその事、夢でも良い。

 この心地良い空間に身を委ねてしまった方が楽なのかも知れない。

 

「隣の領地を治めてる方は、どういうお名前なのですか?」

 

 俺の口が勝手に動く。

 恐らく夢だからリプレイ映像みたいなものなのだろう。

 

「ラーファン家と言うらしい。同い歳の女の子がいるからお前とは仲良く出来るかもな」

 

 ラーファン家……ラーファン家……?

 あ……そうか、思い出した。

 

 この夢は俺がマリーに初めて会う日の話なんだ。

 懐かしい……この時点で全てを察した俺はもう一度アヤ……現マリエに会える事実に狂喜乱舞する気持ちを抑えたいのに精一杯で、それでも抑えきれずに両親に苦笑いされてたんだっけ。

 

「同い歳の女の子……!」

 

「あらあら、アルったら興味津々ね」

 

「そうだな」

 

 そして着いたラーファン家。

 初見の感想としては『趣味が悪い』の一言を呟きたくなる程のゴテゴテ高級品揃いだったが、俺にそんな事はどうでも良くなる程のメリットがあった。

 

「は、はじめまして……わたし、マリエ・フォウ・ラーファンと言います。よろしくおねがいします」

 

「オレはアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと言う。気軽にアルって呼んでくれよな!」

 

 ここから俺とマリーの物語は始まったんだ。

 

「マリーマリー遊びに行こうぜ!」

 

「もうっ、アルはまたきゅうに言って……」

 

 一月も経つ頃にはもうすっかり打ち解け、どちらも素の自分を曝け出して目一杯遊んでたっけ。

 

「ほらマリー、あーん」

 

「うぅ……あ、あーん……もきゅもきゅ……」

 

「美味しい?」

 

「……まじゅい」

 

「じゃあやめる?」

 

「……アルがいないと食べきれない」

 

「分かった! じゃあもう一回あーん」

 

「……あーん」

 

 時にはマリーの嫌いなものをあーんさせて食べさせたりして

 

「あそこの串焼き屋が美味いんだぜ!」

 

「……どうして領主の娘のアタシよりアルの方が詳しいのかしら」

 

 時には庶民街に飛び出して美味しい串焼き屋を教えたりして

 

「俺、マリーの事が好きだ」

 

「あ、アル……」

 

「答えは今じゃなくて良い、いつか出してくれるその日が来るのを俺は待ってるから」

 

 そして告白をして

 

「ねえアル……」

 

「どうしたんだよ、こんな夜遅くに」

 

「アタシね……ユリウス殿下達の輪の中に、アルも加えたいって思ってるの」

 

「……マジか」

 

「うん……アンタはいつもアタシの事気遣ってくれるし、細かいとこも気付いてくれるし、何より素のアタシを見せられるのはアンタくらいだし……嫌……だった?」

 

「そうか……ううん、嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう」

 

「よ……良かった。そ、それでね、アタシ……ファーストキスとかまだだから……へ、下手なの殿下にさせられないからアルでれ、練習させて!」

 

「……くく、ったく本当にマリーらしいな。良いよ、俺もマリーの初めては俺以外嫌だったし……」

 

 学園に入って、マリーからハーレムに入れてくれて、そんでファーストキスも俺がもらえて。

 

 ずっと楽しかった。

 馬鹿五人衆に目を付けられながらも、猫を被りながらも、そんなマリーとの少ないイチャイチャ出来る時間が何よりも幸せだった。

 前世で叶う前に死んでしまった恋をようやく叶えられると思って、幸せだったんだ。

 

 ……じゃあ、もうこれ以上求めなくても良いじゃないか。

 

 現実ではどうせ無様にやられて何もかも終わりなんだ。

 だったらそうならない様に、俺はあの五人の後ろを着いて、いつまでも猫を被り続けて、少ない二人の時間に幸せを育めば良いじゃないか。

 妥協したって良い、負けると分かっている決闘もその後も全て原作の筋書き通り馬鹿五人衆から馬鹿六人衆になってリオンの下で適当に働けば良いんだ。

 

 夢の中でくらいやり直せるなら、そうしたって誰も責めやしない。

 

「ようマリー、今日も可愛いな」

 

「アンタは朝から元気ね……」

 

「そりゃな! 俺は所詮六番手なんだ、殿下達が来たらこんな事出来ないんだし今の内にイチャイチャしても良いだろ?」

 

 そう、これで良い。

 俺は流されるがままにこの身を預けて、馬鹿を演じ続ければ良い。

 そうすれば俺はマリーと離れずに済むし世界だって原作通り救われる。

 たとえ六番手であっても、あんな驕りで悪夢を見るくらいなら、俺は……

 

 

「本当にそれで良いの?」

 

「……マリー?」

 

「アンタ、そんな妥協する人間じゃ無かったでしょ?」

 

「俺は……そう、い、いくらマリーを愛してるとは言っても殿下とは格が違ったんだよ。勝てる訳が無い、だから選択出来る最善を……」

 

 

 マリーの言葉に心をかき乱される。

 これはあくまで幻影、俺が見てる夢の中に過ぎないはずだ。

 だったら俺の理想のマリーでいてくれる、なら諦めた俺の心に寄り添ってくれるに決まってる。

 そう言い聞かせ言い訳を紡ぐ。

 

「……いつものアルなら『俺がいつか絶対マリーを勝ち取ってやる』くらい言いそうなもんだけど」

 

「か……買い被り過ぎだろ、俺を。アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツはそこまで強い人間じゃねえんだよ」

 

「アタシ、アンタを待ってるんだけど」

 

「は? いやいや待てって、俺は今ここに……」

 

「居ないじゃない。アンタは夢に捕らわれて現実から逃げようとしてるじゃない。アルはほんっとーにお馬鹿ね」

 

 ……違う、そうだった。

『俺の理想のマリエ・フォウ・ラーファン』は、確かに今のこの辛辣ながらも直球で言葉を伝えてくれる、ずっと俺の隣で笑うそんな人だった。

 

「マリー……俺は……」

 

「世界がどうとかそんな回りくどい事してアタシは巻き込まれて自分は六番手になったんだから、責任くらい取りなさい。良いわね! ほら、いつまでも寝てるんじゃないわよ!」

 

「……俺、情けないな。少し絶望的になったからってすぐ諦めたりなんかして」

 

 涙が溢れてくる。

 色んな理由を付けて回りくどく大きく遠回りしながら、それが最善だと言い聞かせ最速でマリーとくっ付く事を辞めていた。

 だが、だからこそ、俺は今度こそマリーを、マリーと幸せになる為にこの舞台に立ったんじゃないのか。

 

「アンタは情けなくないわよ……ヒロくんの時からずっとね」

 

「それ……俺の……」

 

 それは俺の前世でのマリー……アヤからの慣れ親しんだ呼ばれ方だった。

 俺はやはり、自分で隠していた事とは言えもしかしたら気付かれたかったのかも知れないな。

 涙が止まらなくなる。

 

「『アタシ』はまだアルがヒロくんだって気付いてないけど、思い出はずっと覚えてる。ずっと待ってる。だから早く行ってあげなさい」

 

「すまん……アヤ……俺、行ってくるわ」

 

「いってらっしゃい」

 

 あの日、アヤを失って。

 生まれ変わってマリーともう一度会った日に決めた事を胸に。

 

「『もう二度と後悔しないって決めた。今度はどれだけ不格好でみっともなくても、勝ち取ってみせる』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……いってぇ……」

 

 徐々に意識が覚醒する。

 心地良い微睡みから若干の煙臭さと痛みを伴っているのが分かる。

 良く見るとまだスコップが少し振動している、当たってからまだ数秒程の時間しか経っていないのだと咄嗟に判断し激痛が走る腕と頭を何とか動かす。

 

「やっべえどうしよ」

 

「マスターは馬鹿なのですか?」

 

「うっ、うっせえ! あれは『どう見ても当たったらただじゃ済まなかった』んだぞ!」

 

「だからと言って本気で投擲するのは操縦者諸共死ねと言っている様なものですよ」

 

「そうは言ってもな……!」

 

「おい……誰が……死んだって……?」

 

「お、お前大丈夫なのか!?」

 

「投げた張本人が……良く言うぜ……」

 

 朦朧とする意識の中でマリーのいる方向をちらりと見る。

 そこにはボロボロと涙を零す彼女が見えた。

 ……アイツにゃ相当心配掛けちまったみたいだな、こりゃ。

 

「も、もう良いわよ! そこまでボロボロになってまでやる必要無いでしょ!」

 

「悪いがな……この決闘はそう易々と……負けられるもんじゃあ……ねえんだよ……!」

 

 本当ならもう泣かせたくはない、今すぐ辞めたい。

 だが俺は決めたんだ、もう後悔しないって。

 

 大の字に倒れるクロカゲの腹部からスコップを引き抜き、それを杖に立ち上がる。

 機体はグラグラと立つのも精一杯だがそこは俺が長年扱ってきた鎧、何とか気力を振り絞り立たせニヤリと笑う。

 

「へ……へ、このスコップは貰ったぁ……!」

 

「あ、テメ、地味に面倒な事を!」

 

 頭から生暖かいものが流れ落ちるのを感じる。

 どうにも出血が止まらないらしい、息をするのももう限界に近いか。

 それでもこれは俺の予想外ながらも一番好都合な展開に持ち込められていた。

 

「お楽しみは……これから、だろうが……」

 

「……いくら何でもルクシオン製のスコップ取られるのはちょっとキツくないか?」

 

「どう足掻いてもマスターの勝利は揺るぎませんがその過程においてアロガンツが先程の弾に被弾する確率、常時30%。クロカゲ搭乗者の死亡確率は現状10%、このままだと分刻みに10%ずつ上昇する見込みになります」

 

「よーし今すぐ辞めようそうしよう! オイアルフォンソ!」

 

「な……んだよ……」

 

「このままだとお前の命と俺のアロガンツが危ないらしい、あとスコップも返してもらいたい」

 

「なら……なんだってんだ……」

 

「俺のアロガンツとスコップとお前の生命と俺のこれからの安泰と引き換えに第六戦目の賭けをチャラにして引き分けにしたい。どうだ?」

 

「俺が……勝てば、殿下の、賭けに……勝つ事になるからな……っへへ、んなの、ごめんだ……それに……リオン、お前に勝てる見込みなんて最初から無かった……はぁ、はぁ……お前がそれで良いなら……俺は引き分けに『賛同する』ッ……!」

 

 良く分からんがどうやら俺の渾身の一撃は当たればアロガンツにダメージを与えられるらしい。

 それに勝ち組人生を送るのを主目的としてこの世界を生きるリオンにとってアロガンツへのダメージと俺を殺す事は中々にハイリスクノーリターンが過ぎる。

 

 これで……チェックメイト……だ!

 

「……最初から引き分け目的かよ、なら最初から言えよ回りくどい……いや、八百長防止……『賭け不成立を自然成立させる』為にわざと言わなかったのかよ。はぁ、分かった。俺の方も聞いての通り引き分けに『賛同する』。審判、アイツの命が懸かってるから早めに引き分け宣告頼むわ」

 

「ひ、引き分けに『賛同する』を双方了承した為この試合は引き分けとなり賭けは双方第五戦目までのものを適用とし第六戦の賭けは双方『無効』とする! 救護班は急ぎアルフォンソ選手の救助と搬送を!」

 

「へっ……これで……実質俺の……勝ち……だ……マリー……俺は……やっ……」

 

 意識が一気に遠のく。

 俺はやれたんだ……絶望的なアロガンツ戦を、相手の性格頼りとは言え引き分けを言わせる事に成功したんだ……

 

 これで……俺は……マリーを……

 

「アル、アルぅ! 死んじゃ嫌だあああああ!!」

 

 遠くからマリーの声が聞こえる……待ってくれ、俺はあの声に反応しないといけないのに……

 

 しかし無情にもそこで俺の意識はブラックアウトした。




※この後16話辺りからこの決闘でやらかした事とか入ってきてたりします


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第十四話『人間意外とピンピンしてるものらしい(但し重傷)』

「うーん……? ここどこだ……?」

 

 目を覚ますとそこは知らない……いやまあある程度予想は付く程度には知ってそうな天井があった。

 いやはやめちゃくちゃ良く寝た気がする、一体どれくらい寝てたのやら……

 

「ああ、落ち着いて聞いてください」

 

 快眠快眠と目を開けるとそこには何故か壮年のハゲメガネの医者っぽい奴がいた、なんかこの展開見た事あるんだよなあ。

 嫌な予感を想起させるそれにギギギ……と顔を向ける。

 

「焦る事はありません」

 

 いやお前の一言一句と容姿が既に焦る要因なんですが。

 最早何十年前という話になるが前々世のネットミームなんて良くもここで出てきたなオイ。

 というかこの流れだと俺とんでもない事になってるんだけど大丈夫だよな?

 

「貴方にお話があります、良いですか?」

 

 良くねえよハゲメガネお前の存在自体が既にフラグなんだよ。

 

「どうか……落ち着いて」

 

 落ち着いてほしいなら頼むからこれ以上口を開けるなハゲ。

 キレそうになるも身体の圧倒的ダルさから何も喋れない。

 待て……俺本当にそんな眠ってたのか?

 

「貴方はずっと昏睡状態だった……ええ、ええ、分かってます。どのくらいの長さか?」

 

「貴方が眠っていたのは……」

 

 オイオイこれで年単位出されたら俺は今度こそ舌を噛んで死ぬ事になるぞ良いのか。

 俺の努力の結晶もクソも無くなるんだぞ。

 

「…………9時間です」

 

「いやすっくなただの快眠かよ」

 

 いや昏睡状態ってなに。

 9時間の昏睡状態ってなに。

 もう一度寝て良いか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれだけの一撃を喰らいながら片腕の骨折と頭に30針縫う怪我と瞼を深く切った程度で済んだのは奇跡としか言い様がありませんね」

 

 昼間に行われた決闘一戦目から凡そ十時間程度、空はすっかり真っ暗で恐らく時刻は消灯時間のギリギリ前と言ったところか。

 俺は身体を壁に預け医者の話を聞いていた。

 

「奇跡じゃなかったらまるで死んでたみたいな言い方しますね」

 

「まあ実際のところ即死でもおかしくないという見解で我々学園の医者は一致していましたが」

 

「……それ、絶対外に漏らさないでくださいよ。マリーに聞かれたら大変な事になるんで絶対」

 

 このハゲメガネには起きて早々また卒倒してもおかしくない様な話を聞かされる俺の身にもなってほしいものである。

 あれ普通死んでたってアロガンツのスコップどんだけ強いの……

 いやしかしこれでマリーとリオンの間に遺恨を残しては大変宜しくないのでこの情報は封印させてもらう。

 

「ええ分かっています。何せ貴方が鎧から救出される前も後も、ラーファンさんはずっと泣き叫んでいて落ち着かせるのにかなり苦労しましたから」

 

「……こりゃ明日は説教コースかな」

 

 中々に責任を感じてしまう事実を聞いてしまった。

 傍から見たら少なくとも頭血塗れの俺が鎧から引きずり出されてるんだもんなあ……一応決闘だから万が一には死ぬ可能性が考慮されている。

 マリーもそこはある程度分かった上での話だからこうして俺が生きている以上リオンに恨みを持つ可能性は低いだろう。

 

「ふふ、説教くらい命と比べるなら何万倍も安いものです。しっかり聞いてあげてください」

 

「分かってますよ。あの子の笑顔が見られるなら説教程度いくらでも」

 

「では私も休ませてもらいます。くれぐれも怪我人なので脱走なんて真似はしないでくださいね」

 

「しませんよ、したら鬼より怖い未来の嫁がいますので」

 

 はは、と笑い医者は部屋を後にする。

 しかし9時間……9時間か、想像以上にクロカゲの耐久性の高さを実感する。

 あんなの、殿下の機体とかで受けてたら全身複雑骨折でも安い方だろ。

 

 ……ディーンハイツ家は前から言っている通り、旧時代から受け継がれた知識や鎧がある、しかしそれは周りにはバレていない。

 あくまでも周りの認識としては『少し時代遅れの鎧』という認識にすぎないはず。

 

 即ち、だ。

 

 何が言いたいかと言うと、ディーンハイツ家はロストアイテムとまでは行かずとも滅んだはずの旧人類の知識や発明が細々と受け継がれたイレギュラーな存在という事だ。

 勿論旧人類の知識が揃っているならそれが生み出したルクシオン及びアロガンツみたいな旧時代戦艦や鎧への有効な攻撃手段もある訳で。

 そんな訳で俺の切り札中の切り札、スナイパーライフルと特性魔力弾はリオンの言ってた通り『当たったらただじゃ済まなかった』と言わしめる程には対抗手段になり得た。

 

 だがそれに関しても、結局はアロガンツに対して命中率30%且つ多少有効なダメージがギリギリ通るかどうか。

 かなり頑張ったが結局は0ダメージだった。

 

「……ま、悔しいか悔しくないかって言われたらそりゃ悔しいけどさ」

 

 実際に突き付けられると、やはり思うところが出てしまう。

 好きな女の為に戦って無様に死にかけたのもそうだが、今回の決闘はディーンハイツ家の看板を背負って、その英知の結晶を披露したのだ。

 せめて一矢報いて、家を自慢出来ていたらと思わずにはいられない。

 

「……アルフォンソ様」

 

「シーシェック……悪ぃ、クロカゲボロボロにしちまったや」

 

 少しすると、どこから俺の復活を嗅ぎつけたのかシーシェックが来た。

 今いるディーンハイツ家の人間と言えばシーシェックだけだ、しかもコイツは小さい頃からずっと傍で俺の事を見てきてくれた存在。

 家を背負う人間としての弱いところを見せられるのは、今はシーシェック以外にいない。

 

「何を言っているのですか、全てを差し置いてでもアルフォンソ様の命あってこそなのですよ。鎧は直せます、ですが貴方が死んでしまっては何も残らないのですよ……!」

 

「……心配掛けたな」

 

「全くです」

 

 久々にコイツの怒ってるところ見たな。

 いつも物腰柔らかい雰囲気で冷静な佇まいをしていて、指摘も大体怒るよりかは的確で落ち着いたものだから数年に一度見るか見ないか、本当にその頻度のものを今見た。

 俺はそんだけ心配を掛けてしまったんだなとしみじみ感じてしまっていた。

 

「でも、引き分けには持ち込んでやったぜ」

 

「めちゃくちゃな方法でしたけどね、ですがアルフォンソ様にしか引き分けに持ち込むのは無理でした」

 

「んでマリーとの交際も勝ち取ってやったぜ……!」

 

「マリエ様は今はそれどころでは無いでしょうけどね。明日しっかり怒られてください」

 

「はは、それさっき医者にも言われたって。マリーめっちゃ泣いてたらしいな」

 

「何ならアルフォンソ様が起きる少し前までずっとベッドから離れないって言って聞かずに抱き着いていたくらいですよ。愛されてますね」

 

 何気に初耳な事をサラッと言わないでくれないかね。

 てか俺が起きる直前までマリーが抱き着いてた、成程そうかそうか。

 つまりあれか、俺はそんな激レアで尊く可愛いマリーを目前にして意識不明でいたと言う事かね。

 

「お、俺はなんという事をしでかしてしまったんだ……! そんな可愛いマリーを見逃すなんて……!」

 

「そんな呑気な事を言っているとマリエ様に殴られますよ」

 

「だ、だがなあ……俺にとってマリーは命と同じくらい大切なもので……」

 

 決定的なマリーのデレ場面を見れなかったショックに不謹慎ながらも頭を抱えてしまう、片手は使えないが。

 号泣しながら俺に抱き着いて離れなかったとか最高だろどうなってんだ、なんで俺だけがその状況見れなかったんだよ。

 

「はい、そう言うと思いましたのでこちらを」

 

「そ、それはマルケス製のネズミくん!?」

 

「今回のお礼にとマルケス様がアルフォンソ様にお渡しする様言われまして。これでいつでもどこでもマリエ様との思い出を録画録音保存出来ますよ」

 

「ありがとうマル、お前はやっぱり最高だよ」

 

 やはり相棒は相棒だった件。

 これで俺が今回みたいに死にかけてたりタイミング的に無理と言う時でもコイツを泳がせておけば全て保存出来る。

 どうしてこの世の中は録画録音が遅れた発明になってしまっているのか俺には到底理解出来ないくらい素晴らしいものだ。

 

「すっかり元気そうで何よりです」

 

「元気になっとかないとダメだろ? 何せ夏休みにはディーンハイツ家に交際の報告とかしとかないとだし」

 

 そろそろ一学期も終わる。

 取り敢えずまずは色々……アンジェリカ、マリー間だったりリオン、マリー間だったりの仲直りや俺とリオン……タケさんとの親睦や前世のネタばらしも兼ねてバルトファルト領に旅行しに行くが、その後は正式に交際する事になった旨を実家に報告するのが最優先。

 後押ししてもらったし、前々から応援されてたからちゃんと報告しときたい。

 ラーファン家? あそこはマリーの事を道具としか思ってないから適当に手紙を送り付けときゃ良いだろ、どうせマリーが何処に嫁ごうが気にしない連中だろうし。

 

「その前にまずお説教が待ってると思いますがね」

 

「現実を見せるのはやめろ」

 

 まぁまずは初手正座お説教なのは間違いない。

 特にウチの母上は怪我に対して敏感で、怒るとそれはそれは長い。

 あの人にゃ一生頭上がんない。

 

「おっと、そろそろ消灯時間ですね。それでは私はアルフォンソ様の部屋に戻っていますね……殿下達の取り巻きが何をしでかすかも分かりませんから」

 

「そりゃ有難いよ。おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 起きてからまだそんなに時間も経ってないと思っていたが予想外に経っていたらしい。

 ふと一人になった静けさに、一応俺の中でのモブせか最大の山場は超えられたと言う実感を噛み締める。

 

「……これからも頑張ってマリーと幸せ掴んでやるぜ。待ってろ世界、立ち塞がるもの全てぶっ壊してやる」

 

 帝国相手だって構わねえ、俺は立ち向かってみせる。

 そう決意を胸に、俺は英気を養うべく再び眠りに就くのだった。




これで一旦話としてはひと段落と言ったところ
勿論まだまだ続きますが


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第十五話『やっぱり好きな女には逆らえない』

第一部エピローグみたいな


「ふわぁ……あーあ良く寝……」

 

「アルうううううううううう!!」

 

「どわっしゃーー!?」

 

 いやあ良く寝た良く寝たと起きかけた瞬間思いっきりドアが開かれたかと思ったら号泣しきりのマリーが飛び付いてきた件。

 いやめちゃくちゃ嬉しいんだけど取り敢えず腕、折れてる腕に頭突きするのはやめてくれ……全治が長引く……!

 

「……生きててくれて本当に良かった……アルぅ……」

 

「……悪ぃ、心配掛けたな」

 

 だがそんな事度外視出来るくらいには、マリーに心配掛けてしまったんだと実感させられてしまう。

 これだけ本気で泣いているマリーを見るのは初めてだった。

 どれだけラーファン家で不遇でもギャグに昇華して生きてきた女で、強い子だと思ってきたが良い意味で価値観がディーンハイツ家に染まっていたのかもしれない。

 

「全くよ……! アタシがどれだけ心配したと思ってんのよ!」

 

「ぅぐ……はい、返す言葉もございません……」

 

「アタシと付き合う云々の前にアンタが死んだら元も子も無いって分からなかった訳!?」

 

「い、いやだが俺は死ぬつもりは毛頭無かったし付き合う為には引き分けが絶対条件で現に俺は生きて……」

 

「全て結果論でしょうが!! それに頭は包帯グルグルだし腕は骨折してるし目も眼帯付けるくらいには怪我してんでしょ!」

 

「ま、待て待てこれでも医者からは軽傷な方だって……」

 

「これで軽傷ってアンタほんとに馬鹿でしょ!?」

 

 良い意味でディーンハイツ家に染まってきたと言ったが今すぐ訂正したい気持ちに駆られる。

 コイツいつの間にか母さん並の説教魔に成り果ててないか?

 原作の狡猾さどこ行った? あ、それ俺が前世でほぼ改変したんでしたねはい……いや良いんだけども説教魔なところまでそっくりにならなくても良くないか。

 

「マリー……お前母さんに似てきたな……」

 

「メイアさんの心労が最近良く分かる様になってきたわ……主にアンタのせいでね」

 

「そ、そんな馬鹿な……俺はただマリーと一緒に幸せになりたいからやった事だと言うのに……」

 

「ち……血塗れで鎧から引きずり出されたアンタ見た時のアタシの心情も考えなさいよ……」

 

 はいもうそれ言われたら何も言い返せません、やっぱり好きな女には逆らえないよなあ。

 俺は鎧から引きずり出される前に既に意識は失っていたが意識を失う直前にマリーが俺にめちゃくちゃ叫んでたのは聞こえていたものでね、はい。

 しかも泣き止んだのにまた涙目でそんな事言われたら流石に罪悪感の一つや二つくらい湧くに決まってる。

 特に頭からの出血は意識が朦朧としてた時ですらしっかり感じ取れる程にダラダラ流れていた訳だから、つまり引きずり出された時の絵面としては顔面血で真っ赤に染まった俺が初手で見える訳で。

 

「いや、まあうん……それはその……ほんとスマンかった……」

 

 自分自身そんなの見たら流石にショックだよなと感じてしまう。

 と言うかそんな絵面見せられた観客の何割かは俺が死んだと思ってる奴もいるんじゃなかろうか。

 だとしたらめちゃくちゃ面倒な事この上無いがそれは無かったと今は思っておきたい。

 

「……でも、お馬鹿だけどかっこよかったわよ。昨日のアルは」

 

「惚れたか?」

 

「そ、それはもう少し考えさせて……」

 

「ジョーダンだよ、二人でゆっくり育んでいけば良いって言ったろ? それよりかっこいいなんて言ってくれてありがとよ」

 

 それも時間の問題だろうけどな。

 一応これまで殿下達みたくいちゃラブ出来るくらいには俺に対する好感度があって、殿下達は全員失望された上で脱落、残ったのは俺だけ。

 やっぱり日頃の積み重ねが大事だと実感させられるねえ、ワガママでポンコツな連中とは訳が違うのだよ。

 

「……アンタ、ほんと照れないわよね」

 

「今まではそれがマリー争奪戦の遅れになると思って全部素直に出してたし何なら俺の方が照れさせる事多かったからなあ」

 

「アルのメンタルは鋼か何か?」

 

「マリーが関わる事なら俺のメンタルは最強だぞ」

 

 実際どうしても原作通りリオンの下に五人衆を放り込む為に一旦マリーに懐柔されとく必要性があった為に、学園内では五人衆に遅れを取らざるを得なかったのはあるから『引く』と言う事に否定的だったというか、大きなコンプレックスを抱いていたのは本当だ。

 アイツらがあのまま成長も良いところも無いんだったら初手からマリーに正体明かして独り占めしてたっつーの。

 

 難しい話にはなるが、逆に五人衆をこのままマリーに懐柔されない若しくは再起不能にでもした場合そもそもの戦力が足りなくて少なくともラストの帝国戦で詰む。

 更に言えば細かいリオンへのアドバイスや主要人物の救出や要所要所の敵の撃退においてちょくちょく無くてはならない程度に活躍をするから、リオンにぶちのめされて仲間になるフラグを折る訳には行かず初手独占は涙を飲んで諦めた。

 

 話は戻るがそんなハチャメチャに面倒な制約の中最終的にマリーの愛を射止めるには殿下達馬鹿五人衆がマリーにキスとかボディタッチとか愛を囁くとか言った事を耐え抜く必要性があったので自然と鋼メンタルになるしか無かったのだ。

 

 因みに本番はどうしても俺の理性が許さなかったので止めようと思ったがそう言えば前世でも俺がいたせいというかお陰で俺としか男の関わりがほぼ無かった影響かそういう思考には至っていなかったらしい、良かった。

 

「アル、アタシ思ったんだけど」

 

「なんだよ」

 

「アンタ……ユリウス達とは別方向でしっかり馬鹿よね」

 

「……は? 俺の事……俺の事ォ!?」

 

 いやはや俺のモブせか知識のお陰で未然に『マリエルート』擬きが開拓されずにあくまでも一旦俺を犠牲にする事によるファインプレーが炸裂されたと自画自賛していたらこの有り様である。

 俺がいつあのポンコツ達と同列になったんだ。

 

「そうでしょ。だってアルよりよっぽど格上の伯爵や殿下を躊躇無く自分の罠に嵌めてくし、自分は自分で死にかけるし、何よりこんなアタシの事ずっと諦めないなんて……お馬鹿としか言い様が無いじゃない」

 

 成程……確かに俺はマリーの事になるとちょっぴりお茶目な行動を取るし身分なんて関係無く邪魔になれば必要最低限内で蹴落とし、現状こうなってるのを省みるとちょっと馬鹿なところはあるのかもしれない。

 だがマリー……お前自分の事卑下しちゃダメだろうが。

 

「なんだよマリー、お前は良い女じゃないか。少なくとも俺にしてみれば世界一可愛くて良い女だぞ」

 

「でもアタシの家は貧乏だし」

 

「それはお前の家が悪いだけでお前は悪くない」

 

「で、でもアタシ節操無しにユリウス達と付き合っちゃったし……」

 

「殿下達が惚れるくらいお前は魅力的だって話だろ」

 

「……あ、アンタに無責任に信じてるなんて言っちゃったのよ?」

 

「それのお陰で俺がどれだけ頑張れたと思う?」

 

「ひ……貧乳でちんちくりんよ?」

 

「奇遇だな、俺は貧乳で小さい女が好みだ」

 

「もう!! 今のアタシじゃアンタに愛してるって言えないのよ!!」

 

「俺が言うから問題ねえ!!」

 

「……何もかも悩んでたアタシが馬鹿みたいじゃない」

 

 そりゃそうだ、俺はマリーなら何があっても愛せると心に誓ってるんだ覚悟が違うんだよ。

 マリーが悩むなら俺が解決するし、マリーを泣かせる人間がいるなら躊躇無く地獄に突き落とす、全肯定bot? 『マリエ』なら兎も角『俺のマリー』が真に間違った事する人間になる事は有り得ないからそれで良いんだってーの。

 

「あと悩み次いでに言っとくが恐らくマリーが悩んでるであろうアンジェリカ、オリヴィアとの仲直りみたいなのは既に夏休み中に実行出来る様に計画済みだ」

 

「え」

 

「んでそれが終わったら今度はディーンハイツ家に交際の挨拶に行くからよろしくー」

 

「は、ちょ、勝手に……」

 

「こうでもしないと一生仲直り? 出来なさそうだし挨拶に関してはそう固くならなくてもいつも通りしてれば良いだけだから。ウチの連中とか両親みんなマリーに優しいだろ?」

 

「それは……そうだけど……」

 

 面倒だがマリーの処遇に関しちゃレッドグレイブ家にリオンと同じ様に賄賂でも渡しとけば情状酌量の余地もあるし問題無いはずだ。

 その後リオンと話してバルトファルト領に俺達も行くって事にすれば楽々仲直りするだろうし、その間に俺はリオンにネタばらしという名の素性明かしして今後上手くやれる様にすれば良い。

 

 マリーへの正体明かしに付いては……ここが微妙なところだがリオンと同時だけは無い、明かせば前世じゃ両片想いだったんだし簡単に俺の事を愛してくれるだろうけどそれじゃあ今まで『アルとマリー』として育んできた絆はどうすれば良いのかって話になってしまうので実家への挨拶が終わり次第決断出来れば話そうと思う。

 

「何にせよ全て俺に任せてマリーはちょっとしたバカンス気分で夏休み過ごしてくれよ。あんな家に帰らせるなんて死んでもしたくない」

 

「……アタシとしてもそれは嫌だし……うーん、分かったわ。どうせ断っても問題の先延ばしになるだけだしね」

 

「そう来なくっちゃ」

 

 そうして俺の激動の一年生一学期は幕を閉じた。

 その後マルケスに労われたり、馬鹿五人衆が廃嫡されて俺にあーだこーだ言うものの観念してダンジョンで金稼ぎしたり、下級男貴族から慕われ始めたりするのはまた別のお話だったりする。




モブせかってマリエが初手五人衆吸収してしっちゃかめっちゃかにしないとEXハードモードになるらしいっすね(マリエルートを見ながら)
そんなんだからアルが割を食う羽目になったんですが、それが無いとこの全十五話丸々無くなるので作者的には良かったと思ってたりもする


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第十六話『事後処理は大切』

「……では私はこれで失礼したいと」

 

「ああ待ちたまえバルトファルト君」

 

「はい?」

 

 部屋の中からはリオンの素っ頓狂な声とアンジェリカの兄……何れレッドグレイブ家の当主になる男であるギルバートの声が聞こえる。

 俺は案の定と言うべきか、ある程度怪我が回復した後秘密裏にレッドグレイブ家に呼び出しを喰らっていた。

 理由は簡単、形式的とは言えマリーとアンジェリカは敵対同士だった事もあり一番経緯や理由を分かりやすく話せるだろう一応は殿下側に一旦は着いていた俺を呼び出したと言う訳だ。

 

 そんで次いでに引き分けの件に付いても多少は聞くんだろう。

 

「もう一人、人を呼んでいてね……もう少しだけ残っていてもらえないだろうか」

 

「はぁ……良いですが」

 

「では入って来てくれ」

 

「はっ、失礼致します」

 

 今度は現レッドグレイブ家当主、ヴィンスさんの声で俺が入る合図を出され入っていく。

 リオンは少し驚いた顔はしたもののある程度要件を理解したのか思案顔になりつつも動揺は見せない格好になる。

 

「アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ。今回何故呼び出されたか、分かるか?」

 

「はい、レッドグレイブ家令嬢・アンジェリカ様と敵対する様に決闘を受けたマリエ・フォウ・ラーファン及びユリウス殿下等に一度加担し、尚且つ裏切り現状客観的視点から此度の件に付いての話が出来る私に細かい事情や経緯を話してもらいたいと要請を頂きましたので参りました」

 

「うむ。そして最終戦となったディーンハイツとの一戦においても確認事項がある故、バルトファルトには残ってもらった」

 

「成程……」

 

 流石に次期国王候補だった殿下と婚約の約束を交わせる程の公爵家の現当主と跡取りとあり、一度は敵対していた人間に対するプレッシャーは半端ない。

 だがレッドグレイブ家は女性が男性蔑視を一切しない良識派の有力貴族とあり話せば分かってもらえるはずだ。

 

「ではまず、何故ディーンハイツが我が娘アンジェリカと一度は相対する選択を取ったのか、聞かせても貰おうか」

 

「決闘中お聞き頂けたかと思いますのでまずは私情の話になりますが、マリエを我がものにする為に合法的に私より上位のマリエにくっ付いていた貴族を脱落させ、私がリオンと引き分けになる事で私とリオンの賭けのデメリットを無くしたのです」

 

「……そ、それ以外にも理由があると」

 

「ええ、勿論私情以外の理由もございます」

 

 もう本音に関しては隠しても仕方ないと言うか隠してた場合公爵家との間にとんでもない亀裂が出来そうでまず出来ない、出来る訳が無い。

 しかしそれ以外の理由だってしっかりあるから俺は平常心でいられるのだ。

 

「マリエに好意を向け交際をしていたのは何れも伯爵位以上の将来王国に貢献すべき家柄の貴族嫡男達と、次期国王候補と言われていた殿下です。その国の未来を背負って立つ男達が一人の女、しかも貧乏子爵にゾッコンでは国の未来が危ぶまれます。なので強引な手ですが少し汚い手、所謂内々から作戦を実行し別れて貰いました。勿論私はただの子爵家嫡男故、一人の、婚約者のいない子爵家直系の女性を愛するのは何ら問題は無いと判断しております」

 

「父上、確かにこれは由々しき問題でありました。全員王国の中でも最上位の権力を持つ家柄でしたのでどうにかしないと行けないと……なので今回の騒動は悪い方向には向かっていないと存じます」

 

「ふむ、分かった。次にマリエ・フォウ・ラーファンはアンジェリカと今後敵対しないかに付いて話してもらいたい」

 

「マリエですが、あの子は大きく至らぬ部分があった事は事実です。ですがあくまでユリウス殿下の件はアンジェリカ様と一度話して真っ向からどちらがよりユリウス殿下の心を射止められるか『決闘』したかったと語っていました。なので殿下を独占するつもりは無く、アンジェリカ様との時間も大切にしてもらいたいと言っておりました。……殿下はまるで聞き入れなかった様ですが」

 

「……その言葉、我が王国に誓えるな?」

 

「無論にございます」

 

「よし……ならば貴殿の決闘での漢気に免じて、今回は信用しよう」

 

「……それと、言葉だけでは周りに示しが付かないので見える形での誠意をお受け取り頂きたく存じます……本題としては色々と失言した事への根回しの方が大きいんで……」

 

「はぁ……宜しい……受け取ろう」

 

 ふぅ……これで大体は一件落着か。

 マリエの言い訳とか物凄く強引だったが、金で何とか誤魔化せた様で何とか乗り切れた。

 そんな訳で今回の決闘賭博で稼いだ半分が吹き飛んだが決闘前持っていた資産と比べると天地の差程の金が今だ手元にある状況だ。

 これでマリーの身の安全と周りへの根回しが出来るなら安いものとして良しと見よう。

 

「では最後に、一応形式的な事になりますがディーンハイツ君、バルトファルト君、両者共にあの引き分けに八百長は無かったと誓えるかい?」

 

「はい。八百長なら間違っても俺はあんな大怪我させるような攻撃しませんよ」

 

「私も、八百長ならマリエを泣かせる様な展開にだけはしませんので」

 

「分かりました。話は以上となります」

 

「ではディーンハイツ、バルトファルト……君達の頼みは受け取った。後はこちらで処理をしておくから下がりなさい……ディーンハイツは今回は殿下達の暴走として誤魔化しが効くが次は無いので発言には重々気を付けるように」

 

「はい、失礼します」

 

「ぅぐ……寛大な処置感謝致します……失礼します」

 

 あの引き分けは確かに八百長云々は確認したいだろうな。

 何せ力量差があり過ぎたからなあ……上手く話が纏まって良かったと二人して下がる。

 そんでもって調子乗りすぎた事もしっかり釘を刺された、下手したら死んでたなこれ……と反省仕切りだ。

 リオンみたいに調子乗れる立場に無かったのに良くもまああんな言いたい放題言ってしまったものだ……もしかして俺って盛大に馬鹿なのか?

 

「……ふぅ、これで俺とマリーは安泰だ」

 

「まさかお前も呼ばれてるとはなぁ、アルフォンソ」

 

「そりゃ呼ばれるでしょ、アイツらに話が出来ると思うか?」

 

「……無理だろうなあ」

 

「だろ?」

 

 緊張から解かれて学園廊下。

 アルフォンソとリオンとしてはそこまで面識は無いが、双方前世の性格そのままで引き継いでいる為相性が合わない訳が無かった。

 そして他愛の無い話やらユリウス達の愚痴を言い合い、話はバルトファルト領旅行へと移る。

 

「で、アンジェリカさんの心を癒す為にオリヴィアさんも連れて、丁度良い感じに田舎の俺のバルトファルト領にご招待するって訳だ」

 

「なるほどな……ところでその旅行、俺とマリーも着いていきたいんだが……どうだ?」

 

「……は? なんでお前らまで着いてくる必要があるんだ?」

 

「いや……ウチのマリーとそっちのアンジェリカさん、オリヴィアさんを仲直りさせてあわよくば仲を深めたいと思っててな……ほら、どっちも一応マリーに嫌悪感は抱いてないんだろ?」

 

「まあ……交渉段階で明らかにユリウスが暴走してたのに巻き込まれてたって感じだったからそれはそうだけどな……何せ俺一人で決められる事じゃない。一度持ち帰って二人に相談を……って」

 

 原作ではどうにも初手があまりにも悪過ぎたこの三人。

 どうにかしてこの三人の仲良くしてるところをこの段階で見られないかと言うのが俺の真意だった。

 良い化学反応が見れると俺の直感が告げているのだ。

 

 そして好都合にも、返事は後日になるかと思いきや丁度アンジェリカ、オリヴィア両名がこちらに歩いてくるのが見えた。

 今日は運が良いぞ。

 

「バルトファルト……それにディーンハイツ……」

 

「ご無沙汰しております……なんてな」

 

「全く、ディーンハイツの猫被りには驚かされたぞ」

 

「いやぁ申し訳ない、騙すつもりは無かったんですがね?」

 

「分かっている。……それと、取り巻き……いや、友人達の事、済まなかった。そしてありがとう」

 

「さ、さてなんの事やら……」

 

 そう言えば前回会った時は猫被りしていたから……と思い出しおどけてみると簡単にカウンターが返って来てちょっと困惑。

 と言うかあの人達決闘終わった途端口軽過ぎだって……まあこの感じを見るに例の事も謝って全部清算したんだろうし良いけどさ。

 

「リオンさんリオンさん、いつの間にディーンハイツさんとアンジェリカさん仲良くなってるんでしょう?」

 

「さぁ……正直サッパリだ」

 

「あぁそっちの子には自己紹介がまだだったね。俺の名前はアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと言います。子爵家、ディーンハイツ家の嫡男だけど俺家柄とか貴族と平民とかそういう立場上の堅苦しいの苦手だから是非ともフランクに話してくれ」

 

「あ、はい。私はオリヴィアと言います……その、特待生として入らせてもらっています。よ、よろしくお願いします!」

 

 うお、オリヴィアを間近で見るのは初めてだが迸る良い子オーラが半端ない……流石元は主人公ポジションだけあるな。

 こんな良い子達とこれから友達になれるとか俺ってば恵まれてるね……っと、本題から話が逸れてたな。

 

「リオン、本題に移っても良いか?」

 

「あ、そうだったな……アンジェリカさん、オリヴィアさん、実はアルフォンソとマリエが今回の旅行に同行したいらしいんだが……構わないか? 不都合があるなら断るけど……」

 

「……私としては構わない。あのままあの子と話せないと心のつっかえが取れないのも大きいが……個人的に仲良くなれると思ってもいるのでな」

 

「わ、私としてもお友達になれるなら大歓迎です!」

 

「急な頼みだったのにすまない、恩に着るよ」

 

 二人共快諾してくれて良かった。

 これで蟠り解消と友人としての絆の深まり度合いも原作より良い感じになりそうな予感がするぞ。

 

「ま、賑やかなのは嫌いじゃないしな」

 

 俺としてもまだまだ怪我が癒え切ってないところでの田舎旅行ってのは悪くないと思ってるし、何よりこの時間を使って『タケさんとの再会』もしときたいからな。

 

 とにかくこの旅行、うんと楽しむとしますかね。



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第十七話『バルトファルト領でバカンスタイム!Ⅰ』

「笑える話だ。私の気持ちは何一つ通じなかった。私のワガママでリオンが学園を追われるだけだ」

 

「アンジェリカさんは何も悪くありません。リオンさん言ってました。最初から自分だけが悪者になって退学するつもりだったって」

 

「なのに私はリオンにろくに礼も言わず殿下の所へ……やはりダメな女だ……」

 

「アンジェリカさん……」

 

 空挺に乗りバルトファルト領に向かう中、やはり少し重い空気になってしまったのはリオンに対して負い目を感じているアンジェリカだった。

 責任感が強く優しくて美人とか、なんでこの人原作の原作であるアルトリーベで悪役令嬢してたのか分かんねえな。

 そして俺とリオン、マリーはそれを遠くの物陰で聞いていた。

 

『心が痛みますね。お二人に声を掛けないのですか?』

 

「俺に気の利いたセリフなんて期待されても困る。口出ししても何も解決しないから関わりたくない」

 

『清々しいほどのダメ人間ですね』

 

「あぁ自覚してるよ」

 

「でも正論っちゃ正論だよな。時間が解決するって言葉も割かし役に立つ時がある訳で」

 

「……と言うかこれ、なに?」

 

「これとは失礼ですね。私は……」

 

「っと、悪い悪い。コイツは俺の使い魔みたいなもんでルクシオンって言うんだ。二人共仲良くしてくれよな」

 

「おう、よろしくー」

 

「え、えっと、よろしく?」

 

 それは良いがここでルクシオンをマリーに見せて良かったのかリオン……多分ミスだろうけど、そういうところは前世から抜けてないなあ。

 いや抜けてるんだけども。

 

 あと二人だが、俺がピンピンしていた事で遺恨は残ってないもののまだ若干二人きりにするのは危ないと感じているのでこうして俺が挟まってるという面もあったりする。

 

 ……それよりマリーを行かせるなら今かな。

 

「ところでマリー……行くなら今だぞ」

 

「う……い、行っても大丈夫なの? その……アタシの責任みたいなところあるし……」

 

「あの二人はお前の事そんな悪く見てないし大丈夫だって、なリオン?」

 

「ま、面倒な事してくれたとは思うがあのポンコツに巻き込まれた側でもあるしな。反省もしてるし情状酌量の余地はあるだろ。んで二人としても現状友人は極僅かだし友人になってくれるなら万々歳ってところだ」

 

「だ、そうだが?」

 

「そ……そこまで言うなら……その、行ってくる……」

 

「ん、分かった」

 

 アンジェリカにやった事での引け目があるのかまあまあ渋っていたが他ならぬアンジェリカサイドの数少ない助っ人であったリオンの後押しもあり、まだ不安な気持ちはあれど踏み出して行った。

 仲良くなってくれたら良いが……

 

「そ……その、アンジェリカさん……」

 

「……マリエ?」

 

「えっと……本当にごめんなさい! アタシまさか殿下がアンジェリカさんとの時間を全て削ってるなんて知らなくて……」

 

「……それは決闘前にも聞いたが、お前の反応からわざとでないのは知っていた。だから……もう許している」

 

「あ……アンジェリカさん……」

 

「そ、そうですよ。もう解決したんですから、マリエさんもお友達になりましょう?」

 

「オリヴィアちゃん……うん、これからよろしくね!」

 

 ……あの感じなら大丈夫そう、かな。

 ホッとしながらリオンに振り返る。

 

「上手く行きそうで良かったよ。ありがとなリオン」

 

「良いって事よ。……それよりアルフォンソ、お前俺に話があるんじゃないのか?」

 

「あ、分かっちゃう?」

 

「わざわざ重い空気でも無くなったのに出ていかないなんて、何かあると思うだろ」

 

「……ここじゃ都合が悪い。三人は暫く話し込んでるだろうし一回部屋に戻って話そう」

 

「OK」

 

 本題その一としてはこれで解決だろう。

 となれば即座にその二もさっさと解決するに限る。

 俺は真面目な顔をしながら、三人をチラりと見やりリオンと二人部屋に戻る。

 そう、ここで俺はリオンに自分が前世の幼馴染であった事を明かす。

 正直こういう事喋るのは緊張するが、明かせるなら早めに明かしておいた方が後々動く時に都合が良くなる。

 さてリオンはどんな反応をするやら……

 

 

 

 

 

「んで、話ってなんだ?」

 

「あぁ……一応鍵閉めたよな?」

 

「大丈夫だ、何なら周りに人がいるかどうかはルクシオンに見張らせてるから問題無い」

 

「よし、なら話せるか」

 

 念には念を押して、と言う言葉がある。

 マリーに聞かれるならどうせ夏休み中に言うからそれの前倒しになってしまうだけだが万が一にもアンジェリカやオリヴィアに聞かれるとめちゃくちゃ面倒な事になる予感しかしない。

 なので誰にも聞かれず話せる……そのタイミングと場所を作って話したかったのだ。

 

 一つ、息を整える。

 

「……リオンなら知っていると思うが、俺は『アルトリーベ』を知っている転生者だ」

 

「お前……自分からそれ明かすのか?」

 

「リオンの使い魔、と言うか航空戦艦のルクシオンに俺の秘密が大方バレてるのは予想済みだ」

 

「ルクシオンを見ても疑問や動揺一つせずに受け答えしてた理由は正体を既に知ってたからって事か……こっちとしても予想はしていたが把握していたのには驚いたよ」

 

 悪どく基本的には計算して動く打算的なタイプのリオンには珍しく本当に驚いている表情をしている。

 そりゃ転生者だと分かっていてもこっちが知る術があるとは思うまい。

 しかし真のネタばらしはここからなんだよなあ。

 

「ゲームじゃ見ない名前に課金専用アイテムのルクシオン及びアロガンツが本編一年時に出てくる時点で大体の予想は付くってもんよ」

 

「それもそうか。なら俺達、前世のどっかで会った事もあるかもな」

 

 しかしここまで来てもまだリオンは察しが付いてないのか。

 うーん、俺としてはタケさんに早く気付いてもらえるならそれに超した事は無いと思ったんだがなあ。

 

 仕方ない、それじゃあ本番行きますかねえ。

 

「どっかで……どころじゃないんだよねえそれが」

 

「……まさかガッツリ知り合いか?」

 

「ガッツリ知り合いってか、その妙に計算高い思考とストレートな物言い、ルクシオンを即座に手に入れてるところからしてリオン……アンタタケさんでしょ、古塚武康」

 

「な、もしかしてお前ヒロ!?」

 

「そういう事。やっと気付いたかータケさん」

 

「ええーマジかよ!? お前もこっちに来てたのか!」

 

 リオン……タケさんが純粋な笑顔になる。

 多分だがここまでの笑顔になったのってリオンになってからはそうそう無いんじゃなかろうか、と思うくらいには明るい顔だ。

 前世の幼馴染に再会出来たんだからそりゃあ嬉しいのは俺もそうだけど。

 

「ま、そういう事」

 

「ん? ちょっと待てよ、じゃあまさかお前がベッタリくっ付いてるマリエは……」

 

「そ、アヤだよ」

 

「やっぱり……まさかアヤまでこっちに来てるとはな」

 

「ただアイツは俺の正体もリオンの正体も知らないけどな」

 

 マリーのネタばらしで少し嫌そうにしていたがこれは照れ隠しだ。

 タケさんはマリー、つまりアヤの事はシスコンと呼べるくらいには溺愛していたから良く分かる。

 そしてアヤの方も根っからのブラコンで大きくなってからは直接的な好意はそこまで伝えてなかったみたいだが俺相手にはタケさんの話を良くしてくれていたのでこちらも呆れるくらい知っている。

 

「話してないのか?」

 

「……タケさんは先に死んじまったから知らないと思うけど、俺達あっちで結ばれる事無く終わっちまったからさ。こっちで、前世の幼馴染ってアドバンテージで恋人になるの嫌だったんだよね。俺の変な意地なんだけど」

 

「お前らアレであの後付き合いすらしてないとか信じらんねえんだけど」

 

 なんと言うか、これ……アヤの死因をタケさんに話すのはかなり悩んだ。

 何せ大切な妹の死因があんなものだと知ったら……だから、言いたかったがここは抑える、時期が来たら話したいが心の準備も整理も今は付かない。

 

「俺の心の整理が付いたら全部話したいと思ってるから、今はあんま追求しないでくれると助かる」

 

「ヒロがそこまで言うなら相当の事があったんだろ、それこそ今こうしてアイツがお前のお陰で比較的気楽に生きられてるのに思い出させる必要ねーよ」

 

「はは、ありがとうタケさん助かるよ」

 

「他の連中の話ならどうだったか知らないがヒロの話で、それがアヤの事だって言うなら信じる以外有り得ねえわ」

 

 だから、本当にタケさんの察しの良さには助けられる。

 原作から死に方を改悪してしまったのも罪悪感に苛まれたが、やっぱり純粋に救い切れなかった事、死んだタケさんに顔向け出来ないと悔やんでいた事の心の傷は完全に塞がってはいないから。

 

「つーかさ、ヒロやアヤが居るなら他にもこの世界に転生者って潜伏してる可能性、あるよな?」

 

 ちょっとブルーな気分だったのを察してかどうか、タケさんが黙る俺に対してそう切り出してきた。

 そう言えば俺達のカテゴリー以外にも転生者は記憶通りならほぼほぼラスボス国家になるヴォルデノワ神聖魔法帝国皇帝バルトルト、同国でリオンやルクシオンと対を成す様な存在であるフィン・ルタ・ヘリング、共和国にいる俺やリオンみたいなイレギュラーな存在のレリア、んでこの国ホルファート王国の王女……殿下の妹エリカが転生者のはずだ。

 

「そうだな……可能性は高いかもな……ん?」

 

 いや、待てよ。

 俺は今気付いてはならない事に気付いてしまった可能性がある。

 出来る事なら今過ぎった事は心の中に閉まっておきたいくらい、そう思うくらいには重大な矛盾が起きてる状況下に今いるかも知れないとんでもない事だ。

 

「どうしたんだよヒロ、変な汗かいてるぞ?」

 

「い、いや大丈夫! 取り敢えず話は終わりだから少しトイレ行ってくるな!?」

 

「お、おう……そんなに腹痛いのかね?」

 

 

(まずい……まずいまずいまずい!! 本来の『マリエ』は前世でダメ男に引っかかってそいつと子どもを作る、それは知っていたのになんで思い出せなかったんだよ!!)

 

(そう……俺達以外の確定している転生者、エリカ王女は……)

 

(『前世のマリエの子ども』なんだぞ……!! どうすんだ、てかどういう状況になってんだこれーー!?)




起きる矛盾
この世界のエリカの器は一体何者なのか
そしてアルの胃痛はこれ以外にも増える事に…!?

次回
『バルトファルト領でバカンスタイム!Ⅱ』

取り敢えず今は胃痛を頭から消し去ろうアル…


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第十八話『バルトファルト領でバカンスタイム!Ⅱ』

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 流石アンジェリカ、公爵令嬢はやる事が一々デカい。

 どうもアルフォンソだ、俺はバルトファルト領に着くまで胃薬を飲む羽目になり青い顔をマリーに心配されたりもしたが、今は何とか強引に例の事は忘れてここで癒されようと思う。

 

「さ、アルフォンソ様とマリエ様もお入りください」

 

「サンキュ、シーシェック」

 

「あ、ありがと……」

 

 因みに俺とマリーにはシーシェックが着いている。

 子爵家と言えど執事の一人くらい連れて行かねば体裁が悪いとシーシェック自らの申し出だった。

 

「お嬢様? 一体どこの小娘かしら……そこの二人も」

 

「私はレッドグレイブ家だ……そして後ろの二人は子爵家だが私の友人だ」

 

「えっ……!?」

 

「申し遅れました、私アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと言います」

 

「ま、マリエ・フォウ・ラーファンです。よろしくお願いします」

 

 よっしゃナイスアンジェリカ。

 後々しっかり報いを受けてくれるから良いがあのババアマジでウザいったらありゃしなかったんだよなあ。

 で、後ろにいる二人がメルセとルトアートか?

 ……メルセ、見た目は良いのになあ。なーんで中身がゾラみたいなのになってしまったんですかねえ。

 エリカの中身で胃痛するくらいならメルセの中身が変わってたら良かったのに。

 

「バルトファルト婦人だな。ご子息のリオン殿には常日頃から世話になっている。リオン殿の言葉に甘えこちらで休暇を過ごさせてもらうことになった。そして共にここに着いて来た者達はみな私の大切な人達故、よろしく頼む」

 

「あ、そ、そうでしたか。ごゆっくりお寛ぎください。私はこれでお暇させていただきますけども。オホッオホホッ」

 

 おう帰れ帰れ、黙ってるメルセならともかく誰が好き好んで性悪婆さんの顔なんか拝むもんかよ。

 しかしこれは、アンジェリカが思う様にリオンはさぞ苦労した事だろうな……典型的な女尊男卑な貧乏貴族とかどんな罰ゲームだよ。

 寧ろ俺の家どうなってんだよ、昔から武力でちょくちょく王国の重要なところで活躍してきた家系とはいえ俺の母さんは聖人か何かか?

 

 泣きながら拍手を送るリオンに一抹の同情を送ると同時に俺の家のある意味での異常性を再確認するのだった。

 

 

 

 

 

「わぁ~! これがリオンさんの島ですか!」

 

「素敵な島じゃないか」

 

「こんだけ自然豊かだと思う存分羽を伸ばせそうだな」

 

「空気が気持ち良いわね!」

 

「まだ開発中ですけどね」

 

「すごいです! こんな綺麗な土地は見たことありません!」

 

「ほんとそれな」

 

 初手から嫌なものを見てしまった俺達一行はその記憶を忘れる為にリオン所有の島を見学に訪れていた。

 広大な緑溢れる自然な土地、美しい花々に広大な土地を有効活用した畑は壮観そのものだ。

 前世や前々世でもこんなに広く美しい土地は見た事が無い。

 それだけリオンがこの島を大切に育んできた事が窺える。

 

 勿論根が優しいタケさんだから、ぞんざいな扱いは無いと思っていたがアニメで見たよりやはり自分の目で見る方が綺麗だった。

 

「ん? この匂いは?」

 

「あぁ。これは自慢の……温泉だ!」

 

 そして何より温泉、温泉だ。

 この世界では風呂は無い事は無いが元日本人としては温泉が恋しくなるのは仕方ない。

 しかしこの世界で温泉ってのは中々に希少で数が少ないから入る機会なんてそうそうは無いのだ、それをこのリオンの島で堪能出来るんだとしたら週一で通っても良い程だ。

 

 俺もだがやはりマリーの目が輝いている、女子に取って風呂は死活問題だし温泉は好きだろうから当然だろうが。

 

 全員温泉に期待が高まり各々早速準備を進め入っていく。

 

 しかし男子にとっては露天温泉と言うのはロマンの塊なのだ。

 俺もそれに続き早速『それ』を堪能する。

 

「……リオンくん、分かるかね」

 

「お前が何を思ってるかくらいはな」

 

「そうだろうそうだろう。男子湯と女子湯は壁一枚で隔てられただけの空間、その一枚向こうにはマリーがいる。そして音が聞こえる、それを音だけで映像を想像する、その素晴らしさを」

 

 そう、露天温泉はこれがあるからやめらんねえんだわ。

 近くに好きな人がいるのに声しか聞こえない、しかし声しか聞こえないからこそ想像力を掻き立てられ人の思考は豊かになるのだ。

 

「お前はアイツの事さえ絡まなきゃまともなんだけどなあ」

 

「まるで俺がマリーが絡むと言動が五人衆と同レベルになるみたいな言い方だな」

 

「そこまで落ちはしないが少なくとも馬鹿六人衆と纏められるくらいには馬鹿だと思うぞ」

 

「う……嘘だろ……?」

 

「じゃなきゃ不敬罪一歩手前を金で揉み消すなんて荒業しないだろ」

 

「……正直何も言い返せません」

 

 リオンに後ろから蹴っ飛ばされたと思ったらぐうの音も出ない正論をぶちまけられた。

 これじゃあ原作リオンなんて比じゃないくらいに「もっと穏便にやれただろ!」って突っ込まれてもおかしくないな。

 そもそもエリカが本来の立ち位置から大きく変わってる可能性がある時点でこの世界が俺の全て想定内で動いてる訳なんて無かったんだし、これが手加減していたリオンじゃなきゃ死んでたと考えると……マリーと幸せになる為にも考えを改めないといけない。

 

 死んだら本当に何も残らないんだから。

 

「ったく反省しろよ? 折角幼馴染と再会出来たのに死んでたら世話無いからな、てかその俺が殺しかけたとか笑い事じゃねえし……あとアイツの為にもな」

 

「わ、分かってるって反省してるから……って、そう言えばマリーとは和解したのか? 後々全てが分かる時に変な蟠りは残したくないだろ」

 

 そう言えば次いでで気を取り直して、現状のマリーとリオンの関係性も聞いておきたかったので軽めに聞いてみる。

 俺目線だと話は一応付いてるみたいな雰囲気はあったが……

 

「流石に俺だって良心が無い訳じゃないからな。アルフォンソ……アルで良いか、アルが気絶してる内にしっかり話付けといた。大体は俺の土下座と医者の容態は安定してるから心配するなってフォローで許してもらったくらいだが」

 

「そ、そうか……いや、なんか色々ごめん……」

 

 これ、本当に俺から医者に『下手したら即死だった』って事口止めしてもらって良かった……これもうあの五人衆の事馬鹿に出来る人間じゃねえな俺も。

 ……ちょっとくらい今後の事で色々出るだろう勲章とか昇進はある程度アイツらに押し付け……譲ってやるか。

 

 うん、そうしよう。

 

「心配すんなって。マリエも許してくれたからさ」

 

「よ、良かったぁ……これで二人に埋まらない溝とか出来たら俺は思わず切腹してたかも知んねえよ……」

 

「オイオイそんな怖い事言うなよ。それよりほら、女子の方から声聞こえてるけど聞かなくて良いのか? 俺は聞かないけど」

 

「なにィ!?」

 

「いやほんと切り替えはえーな」

 

 許せリオン、俺はマリーの事においては現金な男なんだ。

 そーっと壁際まで息を潜めて近付き耳を当てる。

 

 

『……だからね、アルは決闘でもあんな事仕出かして……本当にお馬鹿ったらありゃしないわよ』

 

『……ふふ、マリエさんは本当にアルフォンソさんの事が好きなんですね』

 

『そうだな、聞いてるこちらが妬けてしまうくらいだ』

 

『うぇ!? い、いや、その、な、なんでそうなるのよ!』

 

『だってマリエさん、アルフォンソさんの話をしている時、とっても嬉しそうな顔をしていますから』

 

『所謂『乙女の表情』ってものだろうな』

 

『う……まあ……その……好きじゃなきゃ……あんなに泣かないもん……』

 

 

「…………」

 

「……俺は何も聞いてないけど、まあ良かったんじゃないか? 愛されてて」

 

「リオン、俺生きてて良かったよ。心の底からそう思う」

 

「ガチで九死に一生を得た人間が言うとシャレにならんからやめろ」

 

 まあ、それはそうとマリーが入ったお陰で花のある話題を話しててくれて良かったとも同時に思うのだった。

 

 

 

 

 

「スベスベだなオリヴィア」

 

「アンジェリカさんこそ髪も肌もツルツルじゃないですか。あ、マリエさんはぷるぷるしてる」

 

「わひゃあ! く、くすぐったいわよぉ!」

 

「なんだこの幸せ空間」

 

「美少女とわちゃわちゃしてるマリーが尊過ぎる件」

 

 出て早々桃源郷を見た。

 オリヴィア、アンジェリカ、マリーの三人で頬を突っつき合っていたのだ、しかも至近距離で。

 マリーみたいな超絶美少女が湯上りの火照った顔で美少女達とこうわちゃわちゃしていると、この世界に生まれられた事に死ぬ程感謝したくなってくる。

 

「ん? どうしたのオリヴィアさん?」

 

 そんな中オリヴィアがジッとこちらを見てくる。

 変質者を見るみたいな目……じゃなくて、これは確かリオンと二人のフラグ進行だったか。

 

「えっと…リビアです。リビアと呼んでください。ダメですか?実家だとみんなリビアって呼んでくれてて……」

 

「なら私のことはアンジェと呼べ。親しい者はそう呼ぶからな」

 

「いいんですか?」

 

「まぁこんな嫌な女とは親しくなりたくないだろうが」

 

「自分をそんな風に言ったらダメです! アンジェリカさ…アンジェは素敵な女性です!」

 

「そ、そうよ! アンジェはアタシなんかよりずっと芯が通っててカッコイイじゃない! そうだわ! ならアタシの事もマリーと呼んでほしいわ! まだ親族とアルにしか呼ばせてないけど、これでおあいこ!」

 

「んじゃ次いでだし俺の事もアルって呼んでよ。アルフォンソだと長いっしょ」

 

「俺は……略す程の名前でも無いか。ま、適当に呼んでくれ」

 

 本来はまだ敵同士の流れにあったはずのマリーとアンジェリカ&オリヴィアが、ここで絆を深めるとはなんと尊い事だろう。

 素晴らしい友情だ、拍手を送りたくなるくらいだ。

 

「みんな……すまな……いや、ありがとう」

 

(主人公とライバル、そして本来はそれを妨害する新たな敵だった人間。その三人が団結するとか……これから敵になる連中は全員気の毒ったらありゃしないな)

 

 これで少しはマリーにも同性の仲間が出来たかな。

 ……でもこれで終わりじゃない。

 俺のやらかした清算も含めて、まだやり残した事がある。

 

 アンジェもリビアもマリーもリオンも、一歩進んだんだ。

 なら俺も前に進まないとな。

 

 今だイチャイチャする三人をリオンと拝みながら、決心するのだった。



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第十九話『清算と頼みと』

決闘で色々はっちゃけてやらかした事の清算
それは勿論殿下達にも及ぶ訳で…
これは主人公の精神的な成長の足掛かりと殿下達への心情の変化の話


「はい。えー、まあね、殿下達五人衆には集まってもらった訳なんですが」

 

「……今更俺達に何の様だ?」

 

「……この前は悪かったよ。流石にやり過ぎた」

 

 夏休みの最中、廃嫡され暇を持て余していた例の五人衆をわざわざ集め会議を開いていた。

 勿論この前の決闘の件でやり過ぎた事への謝罪だ。

 いくら何でも暴走し過ぎた俺は案の定五人衆の家からは敵視される様になり、流石に有力貴族に睨まれ続けるのは嫌なのも含まれているが大体は普通に謝るだけだ。

 

 全員の視線がこちらを向く。

 

「俺は……廃嫡されてから少しだけ分かった事がある。それは、お前やアンジェリカを無自覚に虐めていた事だ。すまねぇ」

 

 グレッグの謝罪で全員バツの悪そうな顔になる。

 オイオイそんなやられても謝るのは俺の方がメインだろうに……こういうとこは律儀だから嫌いになり切れないところがあるんだよなあ。

 

「あー、いや……俺も最初から猫なんて被らずに行った方が良かったかもな」

 

 お互い謝り謝られ気まずい空気が流れる。

 ……って待て待て、俺の本題その二に入れないだろこれじゃ。

 

「……ゴホン。まあ決闘は俺がやり過ぎたって事にしといて……その詫びと言ってはなんだけど……殿下達、これからもマリーの友達でいてあげてくれないか? 俺みたいな殿下達を裏切ったド外道が頼むのもどうかとは思う、だけどアイツは学園でも味方があまりにも少ないんだ……どうかこれだけは頼む! いや、お願いします!」

 

 この世界に来て初めての土下座だった。

 俺が言うんじゃ道理が通らないが、それでも俺から言わないといけなかった。

 助けようと思えばいつでも助けられたのに、猫被りなんていつでも止められたのに、この世界の平和がマリーの平和に繋がる為と理由付けて。

 俺だってマリーを悲しませた、学園で孤立させた責任は大きくある。

 体裁なんて気にしてはいられなかった。

 

「……それを俺達がはいそうですかと言うってか?」

 

「ブラッド……俺を信じる事はしなくて良い。だがマリーの事情は信じてくれないか? 殿下達を漢と見込んでの頼みなんだ」

 

「ですが我々はマリエとの破局が」

 

「会う事をやめる制約は付けていない。他ならぬ提案した俺が保証する」

 

「……頭を上げてくれ、アルフォンソ」

 

「クリス……」

 

「ここまで必死に土下座しているんだ、私は彼を信じたい。それに、私達がマリエを信じ護らずして何が騎士道だ」

 

 中々信じてもらえないのは分かっている。

 それでもやるしか無かった。

 それにクリスが呼応してくれた、俺に一番酷い言葉を投げ付けられたクリスが、だ。

 

「ま、それもそうか」

 

「貴方の事は兎も角、マリエの事なら信用しましょう」

 

「そうだな。現状マリエが学園内でイジメを受けているのは事実……ならば信じない訳にはいかない」

 

「フン、お前を信じる訳じゃないからな。それにマリエに合法的に近付けるのにやらない訳無いだろ」

 

「みんな……済まない、助かる」

 

 そしてクリスに応える様に他の四人も俺の事はさておきマリエの現状は把握していたからか飲んでくれたみたいだ。

 ホッと胸を撫で下ろし顔を上げる。

 やっぱりこの五人、やる時はやるんだなあ。

 

「だが一つ言うなら……私達はまだマリエを諦めた訳では無いと言う事、重々その胸に刻んでおく事だ。君がマリエを愛する様に、我々もマリエと言う女性を一身に愛したライバルなのだからな」

 

「オイめちゃくちゃ良い奴だと思った矢先にこれかよ! いやそれだけは何がなんでも許されないからな? 俺は断固としてお前らを倒し続ける、マリーは絶対渡さないからな」

 

 うーんこの。

 評価を改めた瞬間これである。

 そうやって恋愛事で五人で団結しようとするから全員纏めて俺に蹴落とされたんじゃないのか……なんて思いつつも、そうやってズレてはいるが努力をしようとする辺りが魅力なんだろうなあ。

 眩し過ぎて直視出来ねーわ。

 これからも慎重に体裁は気にしつつ蹴落とすが。

 

「……アルフォンソ。話は終わりか?」

 

「ああ、出来れば待ってほしい。文化祭の出し物で計画してる事があるんだがそれを殿下達にも協力してもらえないかと思ってるんだ」

 

 確かに〆みたいな事を言って綺麗に纏まったが実はまだ話は終わっていなかったりする。

 夏休みが明けると余り時間を置かずに文化祭が始まる。

 正規ルートだとここはリオン・オリヴィア・アンジェリカ・ダニエル・レイモンドとマリエ+五人衆で分かれて喫茶店を開くのだが俺には計画している事があった。

 

「俺達に何をしろと?」

 

 ブラッドがジッと見つめてくる。

 そりゃ突然言われたらそうもなるわな。

 

「文化祭では喫茶店をやろうと思ってるんだが、殿下達にウェイターを頼みたい」

 

「オイオイ俺達にメリットあんのかそれ?」

 

 グレッグが呆れた様に言い返してくる。

 そうだろう、普通はそう返してくるよな。

 だが俺はそういう返しを待っていたのだ。

 ニヤリと不敵に笑いながら、それでいてポツリとこう零す。

 

「マリーにはウェイトレスとしてメイド服を着てもらおうと思っててな」

 

「分かった乗ろう」

 

「いや殿下の食い付きよ」

 

 ほぼ言い切るのと同時に殿下が神速の了承を突き出す。

 確かにマリーの事好きなのは良く分かるが殿下の食い付きがとんでもない事になってる件に付いて。

 俺が殿下の立場なら殿下より早く反応するくらいには見たいとは思うが想像以上にマリーの事好きなのね……

 

「それなら断る理由がねえな」

 

「そうですね、乗る以外の選択肢は見当たりません」

 

「無論だが私も乗らせてもらおう」

 

「俺も断る事はしないが別にマリエのメイド服姿を見たい訳では……いや見たいが……」

 

 そして全員ガッツリ乗ってくるのねそこ。

 お前ら俺が言うのもブーメランだけどマリーの事好き過ぎない?

 んでブラッドはツンデレなのか何なのかハッキリしてくれ、その中性的な見た目のお陰で事故にはなってないが。

 

 しかしこうして乗ってきてくれるなら僥倖、あの文化祭には空賊戦フラグことオフリー伯爵家令嬢ステファニーが乗り込んでくるからな。

 格下のリオンにあんだけ好き放題したんだ、マリーに何か仕出かす可能性も無いとは言い切れないから、廃嫡されたとはいえオフリー伯爵家より格上の家柄の護衛が居るに越した事は無い。

 あとこの人達が居れば間違いなく儲けは全員で山分け出来るくらいにはなるだろうし。

 

「んじゃ全員了承って事だな……殿下達はさっき言った通りウェイターをやってもらうがこの学園においてマリーは敵だらけだから……いざと言う時は護ってあげてくれ」

 

「つーかそっちがメインって事だろ? まどろっこしい事抜きに言うと」

 

「端的に言えばそうなるな。業務内容が接客とマリーの護衛、報酬が喫茶店の売り上げ山分け分とマリーのメイド服姿って事で契約完了だな」

 

「良いだろう」

 

 ぐわし、と殿下と握手を交わす。

 何だかんだこういう……裏切ったけど結局また殿下達と組む事になるとは少し複雑な気持ちになるがこれはこれで悪くない。

 この学園でもマリーの良さを分かってる唯一と言って良い連中な訳でもあるし。

 

「一つ良いですか?」

 

「どうしたんだジルク」

 

「他には誰が喫茶店の従業員になるのでしょうか」

 

 そんな事気にしないと思ったが意外と気になるもんなのかね。

 まあ良いけど。

 

「アンジェリカ、オリヴィア、俺、リオンとリオンの友人の男爵家が二人ってところだな」

 

「……我々では場違いな気もしますが」

 

「そんな気にする事じゃねーよ、ほらアンジェだって公爵家な訳だし、公にまだお前らがマリーの味方って宣伝する為でもある」

 

 なんだそんな事か。

 妙に冷静になりやがって、特にジルクは原作でどうしてそう言う冷静さを骨董品の目利きに活用出来なかったのか甚だ疑問過ぎる。

 

「それなら……大丈夫ですね、分かりました。貴方との契約を飲みましょう」

 

「ありがとな」

 

「それを言うならこちらこそ、ですよ。あの決闘は貴方が文字通り命懸けで勝ち取ったものなのに」

 

「だったら最初から『マリーに近付かない』を賭けに入れなかった俺の責任になるな? はい、だから問題無いんだよ」

 

 そう、俺は確かに五人衆にはマリーと別れてもらったが接触禁止は賭けに盛り込んではいなかった。

 それは何度も言っている通りマリーの現状を省みた時、子爵家の俺では守り切れない事態になった時に俺……引いてはマリーの周りに有力な貴族を護衛として置く為である。

 

 こちらとしても今まで色々やられていた事もあり少し癪なところはあるが、俺もやり過ぎたし何よりマリーの助けに進んでなってくれる有力貴族な殿下達は理由が理由とはいえマリーには優しい存在なのは事実だからな。

 

「……アルフォンソ」

 

「今度は殿下? どうしたんです?」

 

「その……アンジェリカとはどう接するべきかと……俺も謝るべきであるんだろうが……」

 

 今度は殿下かよ。

 しかもアンジェリカの事って……そりゃ自分が一番分かってるでしょうにどうしてこう、君達は一々が面倒なんだね。

 

「面と向かって謝れば良いでしょ。知ってます? あの人、小さい頃から殿下の為だけに厳しい教育を受け続けてきたって事。それこそ年端も行かない年齢の時から寝る間も惜しんで人生削って殿下に全てを捧げてきた女だぜ? そこんとこくらいは理解してあげてくれ」

 

「……そうか……アンジェリカはそんな事を……俺は何も知らなかったのか……」

 

 殿下は廃嫡されたが、それまでは所謂次期国王だった訳で。

 だから次期王妃のアンジェリカは徹底された王妃教育を身の毛もよだつスパルタを通り越した頻度で行われていたのだ。

 そりゃ、殿下から歩み寄らなきゃ趣味趣向なんて知る機会も与えられないくらいに。

 

「まぁその辺どうやって謝るとかは俺の領分じゃないから悪いけど自分で考えてくれよな。よし、俺からの話は以上だが……最後にまだ何か言いたい事ある人みたいなのいたりする?」

 

「……最後に、我々を代表して俺からアルフォンソに伝えたい言葉がある。良いだろうか」

 

「クリスか……良いけどなんだ?」

 

 話や契約も済んで一応確認だけしとこうと思った事で手を挙げられるとやっぱり少し動揺するのは人間仕方ないと思う。

 立ち上がり、息を整えるクリス。

 こんな時に何を話したいのやら。

 

「……正直、アルフォンソから吐かれた暴言も、マリエを取られた事も、廃嫡された事も、凄く悔しく思ったしまだ思うところが無い訳ではない。だが、君の戦いぶりを見て、マリエが居なくなり廃嫡された事で一人になる時間が出来た事で騎士道とは何か少しばかり見つめ直す事が出来た。そして君やアンジェリカにしていた行為は騎士道に反していたと深く反省する事が出来た。そこは本当に感謝している……それを伝えたかったんだ」

 

「おう……礼言われる様な事した覚えは無いけど、有り難く受け取っとくよ」

 

 そう言うと五人は立ち上がりそれぞれ部屋を後にしていく。

 

 あーもう。

 コイツらの評価のジェットコースター振りは何なんだよ。

 原作のこの段階でこんなカッコイイとこ見せないでしょ、本当に同一人物か?

 

 ま……悪い気持ちにはならないから良いけどさ。

 

 

 

 

 

「アル、知ってる?」

 

「なんだマル、藪から棒に」

 

「昨日殿下達と六人集まった事で、特に上級生から『馬鹿六人衆』って一纏めにされてるらしくて……」

 

「よし、言った奴は見つけ次第殺す」

 

 ただ、やはり一纏めにされるのは何か不服なんだ。

 一抹の殺意を胸に夏休みは続いていく。




【?報】アルフォンソ、無事馬鹿レンジャー入りへ
あまりにも心情変化が大き過ぎた末路がこんな事になっているとはリオンも思うまい…
読者も思ってなさそうだけどまあええか…


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第二十話『これが婚約のご挨拶ってやつですか、まあ実家なんですけど』

「お帰りなさいませ、坊っちゃま。そしていらっしゃいませマリエ様」

 

 久々の実家帰り……ディーンハイツ家への帰省は殿下達との談合の数日後の話だった。

 善は急げと言うのが俺の流儀でもあった為、それと早くマリーを両親に改めて婚約者(仮)として紹介して婚約者(真)にしてもらう必要も大いにあるからな。

 

 ウチはそこまで大きな家では無いが、家で働いている者総出で待っていてくれたみたいだ。

 まあシーシェックは先導で門やドアを開ける為に俺達が入る時と同時だったが。

 

「ああ、ただいまみんな」

 

「久しぶりみんな!」

 

 俺にとっては正真正銘実家だが、マリーにとってもこの家は実家みたいな居心地で過ごせる場所になっていた。

 何せ実家が実家じゃないみたいな地獄の頭おかしいクズ集団だし、一週間帰らなくてもそれを心配する連中も居ないくらいだった。

 だから恐らくマリーはラーファン家でより俺達ディーンハイツ家で過ごした時間の方が長い可能性が高い。

 最早悲惨過ぎて笑えない。

 

「元気だったか? 病気とかしてない?」

 

「皆息災でございますよ坊っちゃま」

 

「そりゃ良かったよ、特に爺やは心配だったから」

 

「ホッホッホッ、私も執事長を退いてからまだ数年です。孫に譲ったとはいえそう易々とくたばる事などありますまい」

 

 それはさておき、今会話してるのは先代執事長のオルソン。

 シーシェックのお爺さんに当る人物だ。

 尚、シーシェックの親父さんは執事業務適性が全く無く、代わりに腕っ節が凄かった為ウチの兵団の団長である。

 

「お爺ちゃんが元気そうでアタシも嬉しいわ!」

 

「マリエ様もまたお綺麗になられましたな。……そして坊っちゃま、マリエ様。婚約おめでとうございます」

 

「へへ、嬉しいっちゃ嬉しいけどまだ仮なんだからな? 気が早いって」

 

「うぇ!? そ、そう急に言われるとなんて返して良いか分からなくなるというか……恥ずかしいわね……」

 

「いやしかし、幼い頃からずっと見てきた御二方が婚約となると感慨深いものがありますな。シーシェックもそう思わんか?」

 

「ええ。この家の者は全員、坊っちゃまとマリエ様が早く婚約しないかとずっと陰ながら応援してきたのです。感激も一入でございます」

 

 オルソンとシーシェックを皮切りにワイワイと祝福の言葉が投げかけられるこの感じ、非常に良い。

 前も言ったがウチは貴族らしさが少なく、こうして働いてる執事やメイド等と話せる機会は昔から多かった。

 そんなだから恋バナも多々あり、ウチの連中にはずっと応援されて来た恩がある。

 だから俺としても嬉しさは一入なんだ。

 

「ありがとな、さーて俺は親父と母さんに挨拶に行くとしますか!」

 

「早速行くのね……」

 

「そりゃな。色々迷惑も掛けたし、報告も早くしたいしでやる事が山積みって訳だからな」

 

 今だ興奮冷めやらぬ家の使用人達に感謝の言葉を残し手を振り両親の居るだろう部屋へ直行する。

 但し利き手は仰々しい固定具は外れたもののまだ小さめの固定具がしてあるので上げられなかった訳だが。

 

「親父、母さん、アルフォンソだけど入って良いか?」

 

「おう帰ったか、良いぞ入りなさい」

 

 少し奥に行くと両親の共用スペースになってる少し大きめの部屋がある。

 そこを叩けば数ヶ月ぶりだが妙に懐かしく聞こえてしまう親父の声が聞こえてきた。

 入って良いらしいので遠慮無く入らせてもらうか。

 

「親父、母さんただいまー」

 

「お、お邪魔します!」

 

 あー、マリーこれはすっかり緊張しちゃってるな。

 小さい頃から通い慣れてるだろうにほんとウブな奴だこと。

 まあ俺が前世の頃から幼馴染だった影響で男経験が今世での逆ハーレムの時だけだし仕方ないところは大いにあるかも知れんが。

 

「おかえりアル、学園ではマリエちゃんの為にはっちゃけてたそうじゃないか」

 

「ははは、まあな」

 

「本当は説教でもしたいところではあるけど……おかえりなさい。説教は後でみっちりしてあげるから今はその学園で勝ち取ったもの、報告しなさいな」

 

「は、はは……」

 

「もう、本当にアルってば……」

 

 そんで予想通り結局母さんの説教フルコースは確定か。

 死にかけた+不敬罪一歩手前やらかしたんだから廃嫡されずそれだけで済むだけ有り難い事この上無いが。

 

「ごほん……き、気を取り直して本題だけど……マリーと正式にお付き合いさせていただく事になりました!!」

 

「えっと、アルから聞いての通り色々あったけどアルと付き合う事になりました。その……よろしくお願いします!」

 

「おお、聞いてはいたがやっとか」

 

「これで正式な婚約者としての取り決めも出来そうね」

 

「母さん、それ本当か!?」

 

「ええ。二人が両想いなのは知ってたからいつでも出来る様にって準備はずーっと前からしていたのよ、ねルイスさん」

 

「ラーファン家は良くも悪くも無関心だったからディーンハイツ家で全て手続きの下準備をしておいたんだ。現に……書類に我々両家の名前はしっかり記されているからな」

 

 俺はこの二人の元に生まれてこられた事をこの世界の人生で二番目に幸福に思う。

 こんなに準備万端で息子の事信じて待っててくれるなんてあまりに素晴らし過ぎる両親としか言い様が無い。

 え、一番? そりゃお前マリーと幼馴染になれた事だろうがよ。

 

「ありがとう!! マリー、やったな! 俺達正式に婚約者になれるんだってよ!!」

 

「わわわ、アルの喜ぶ気持ちは良く分かるけど肩揺らさないで~」

 

「っと、悪い悪い。つい嬉しくてな……世界一大切で世界一大好きな幼馴染のマリーと一緒になれるんだって思ったら……な」

 

「わざわざ噛み締める様に言わなくて宜しい」

 

 だって仕方ないだろ、前世から含め二十数年とこの丸十五年と少し、四十年弱叶わなかった恋がやっと実ったんだぞ。

 これを喜ばない人間なんているか? いないだろ。

 

「あらあら、ラブラブね」

 

「俺達の若い頃を思い出すな」

 

「そうねぇ、私達も珍しく恋愛婚だーなんて言われていたわね」

 

「俺がまともに育てたのは間違いなくその感性のお陰だわ、ほんとサンキュー」

 

「アタシも価値観はこっちの方に引っ張られてるのかも」

 

 いや本当にこの世界来てから思うけど価値観のまともな家族に恵まれて良かったと心の底から思う。

 バルトファルト家だったら主にゾラとルトアートのせいで精神的ライフが削られまくっていたかも知れない。

 マリーはそれに加え実家があんな酷いところだから比較対象になってて深く理解しているのが窺える。

 

「同世代の女性からはいつも『価値観が古い』なんて言われましたけどね。古くたってこうやって感謝されたり幸せなんだから良いわよね」

 

「そうともさ、お陰で子宝にも恵まれた訳で……そうそう、アリシアとヴェンも予定だとそろそろ帰ってくるらしいぞ」

 

「お、アイツらと帰省時期被ってたんだ。それなら直接報告出来るな」

 

「賑やかになりそうね」

 

 補足しておくとアリシアとヴェンは俺の妹と弟だ。

 ヴェンが一個下、アリシアが三個下で前世で言う中学生の年齢だが二人とも勤勉で今は勉学に励む為夏合宿中と聞いていた。

 俺はその辺そこそこでやってただけなのに真面目で自慢の弟と妹だ。

 

「マリーは二人に懐かれてるもんな」

 

 そして二人はマリーの事をヴェンが『姉様』、アリシアが『お姉様』と呼んで非常に良く慕ってくれているのだ。

 それもこれも面倒見が良くて昔から二人と遊んでくれていた事が起因するのだが……やはりマリーは家事万能で嫁パワーもあり母親気質もありと素晴らしい女性としか言えない。

 

「二人とも本当の弟と妹みたいなもんだしね」

 

 

「姉様が居ると聞いて」

 

「お姉様!!」

 

 

 と、噂をすれば二人のご登場だ。

 いつもはノックをしてから入る二人もマリーの事となるとそういう事を度外視して来るスタイルで不意打ちをかまされるのだけは勘弁願いたいがその気持ちは良く分かるのであまり強くは言えない。

 

「こらこら、マリエちゃんが居るとはいえ礼儀はしっかり弁えなさいな」

 

「はは、元気があって何より!」

 

「もう、貴方は甘いんだから」

 

「よっ、帰ったかヴェン、アリシア」

 

「おかえりなさい」

 

「兄貴、姉様と婚約したのは本当か?」

 

「正式な婚約はこれからだが決定した感じだ、いえーい」

 

「すげーじゃん兄貴!」

 

「お姉様、おめでとうございます!!」

 

「ありがとう、アリシア」

 

 おうおうさっきまで四人だったのにすっかり賑やかになったもんだ。

 この喧騒も前聞いたのが入学前まで遡るのだと思うと妙に懐かしく、心地好く感じてしまう。

 

「いやー学園だと楽しい事もあるけど基本疲れるから家が一番ゆっくり出来るわ」

 

「苦労してるんだな兄貴は」

 

「分かるかヴェン……何せ俺は上級生や女子からは目の敵にされて……」

 

「あらアル、その原因を作ったのは決闘で要らぬ言葉を吐きまくった貴方にあるって聞いたのだけど?」

 

「前言撤回しよう、やっぱり母さんの説教は学園より疲れるわ」

 

 どっと笑いが起こる。

 まあ母さんの説教は確かに長いし怖いがそれも愛あってこそのもの。

 だから本気で嫌な訳じゃないしやっぱりこの家は最高だ。

 

 帰省もこのまま平和に終われば次は文化祭だ、気合い入れて金稼がないとな……

 

 

 なんて思ってた俺は次の日そんな油断をしていた自分を殴りたくなる様な出来事が待ってるとはこの時思いもしなかったのだった。

 

 

 

 

 

「は? 父さん……い、今なんて言った……?」

 

「……ラーファン家から、『マリエと離縁する』と連絡が……あった」

 

 ……俺、こんな展開知らないんですけど?



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第二十一話『マリエの想い』

「んっんー、良い朝だ。久々に快眠らしい快眠が取れた気がする」

 

 朝日が眩しく、小鳥の囀りが気持ち良い朝を教えてくれる。

 最近は決闘までの計画で気を緩める事が出来なかったり、決闘後は決闘後で大怪我があって、気絶してから目覚めるまで以外ではそれどころじゃなかったし、バルトファルト家じゃ良い感じに眠れたとはいえ例のエリカの事でちょくちょく胃痛に苦しめられたしで中々ここまでの快眠を取れなかった。

 昨日はと言えば、あの後しっかりみっちりお説教はされてその後兵団の方にも交際の報告をしに行ってと色々やったのだが最大のポイントは『寝室がマリーと同じになった』事だろう。

 

 正確に言えばマリーが俺の寝室で一緒に寝たのだが、まさかそうなるとは思わずびっくりしてしまった。

 

 母さん曰く「正式な婚約者になるのだから違和感は無いでしょ?」との事。

 うーんこの説得力の塊、最高か?

 

「やっぱりウチの嫁は世界一可愛いな」

 

 勿論隣にはマリーがいる。

 まだ起きる気配が無いのかすうすうと可愛い寝息を立てて心地良さそうに眠っている。

 昨日の夜一番緊張していたのは恐らくマリーだろうに、結局一番安心して眠れる場所もここだったって事なんだろうな。

 

 因みに昨日の夜二人きりになって何をしていたかは秘密だ。

 そりゃあ俺にだって隠したい事の一つや二つはあるのだから、その辺は各々のご想像にお任せしようと思う。

 

「さて、もう少しマリーの寝顔でも見て――」

 

 こんな日にはまったり過ごすに限る。

 まだみんなが起きるまでにも時間があるしマリーの寝顔をじっくり観察しながら過ごそうと思っていた。

 

 そんな矢先の事だった。

 

「た、大変だ兄貴!!」

 

 静かで穏やかな朝は一瞬でぶち破られた、ヴェンによって。

 

「ヴェン、流石にノックの一つくらい……」

 

「そんな事言ってる場合じゃないんだって!!」

 

「むにゃ……どーしたの~……?」

 

 あ、ほらマリーも起きちゃったし。

 全くヴェンは何をそんな焦ってるのやら。

 

「朝から何なんだよヴェン」

 

「と、とにかく父さんのとこまで来てくれ! 姉さんの事で緊急事態が起きてんだよ!!」

 

「は? マリーの事で?」

 

「……へ? アタシ?」

 

 話が変わった、マリーの事で緊急事態ならそりゃ急ぐに決まってる。

 寧ろ変な礼節無視してまで飛んできてくれた事に心から感謝を送りたい、流石自慢の弟である。

 

「……真面目な話なんだな?」

 

「あ、ああ」

 

「分かった、すぐ行く。マリーは寝起きだからすぐには来れないだろうけどなるべく早く来てくれ」

 

「う、うん」

 

 早る気持ちを抑えつつ速攻で着替えて親父の待つ部屋へ向かう。

 こんな朝からの緊急事態となるとラーファン家か若しくはマリーと親しい人間に何かしらあったとしか思えない。

 

 が、まずリビアやアンジェの場合リオンがいるから有り得ない。

 俺達の二人きりの時間を作らせる為にわざわざあっちに残ったカイルも今はリオンの身の回りの世話をしてくれる様にリオンと話してそちらに置いているから何かあった可能性は無い。

 マルケスならわざわざマリー関連にはならず俺に連絡が行くし、そうなると自ずと可能性はラーファン家に何かあったという事が有力になっていく。

 

 急がば回れと気を落ち着かせてしっかり着替え髪を整え、水を飲み深呼吸して早足で居間へ足を向かわせる。

 原作においてラーファン家に何かあったという記憶は俺には無い。

 あくまでもマリーを強く虐げ無駄遣いの権化みたいな金の使い方をして下手したら貧乏男爵より貧乏なレベルまで落ちていた生活を送っていたという情報しか残っていない。

 

 そんなところが今更何をしたのか……正直嫌な予感しかしない。

 

「親父、こんな朝っぱらから呼び出したって事は相当な事なんだな?」

 

「来たかアル。これに関しちゃマリエちゃんがメインで聞かないといけない話だから揃ったら話そう……」

 

「ま、そうだろうと思ったよ。マリーもそろそろ来ると思うけど……」

 

「ご、ごめんなさい遅れてしまって!」

 

「いや、こんな朝から呼び出した私にも責任があるから気にしないでくれ」

 

 俺が来てすぐにマリーが来た事から、マリーとしても只事じゃないと察知したのか……ヴェンがあんなに慌ててたから当たり前ではあるんだが。

 ああ俺はこれから胃痛薬が手放せなくなる生活になるんだろうか……

 

「……それで、話ってのは」

 

「そうだったな……その、落ち着いて聞いてほしいんだが……正式なアルとマリエちゃんの婚約の話を昨日中に送ったら……ラーファン家から『マリエとは縁を切る』と……」

 

「は? 父さん……い、今なんて言った……?」

 

「……ラーファン家から、『マリエと離縁する』と連絡が……あった……という事だ……」

 

 

 

 

 

「……アタシ、これからどうしよっかな……」

 

「ま、まさかいくら何でもこんな簡単に離縁なんて有り得ねえ……」

 

 ラーファン家からの衝撃的な連絡から小一時間後、気持ちを落ち着かせる為に二人きりになった俺達だったが流石にマリーの沈んだ顔を見て落ち着ける程出来た人間ではなかった。

 

 話に寄れば都合良く借金半分を『家族だから』とか何とか言って押し付けてったというんだからキレそうになるのも無理は無い。

 

 確かにラーファン家はマリーを娘ではなく使用人の様に扱うゴミクズ一家だった、それはどの世界線でも変わらない事実だった。

 だがマリーを手放すなんて聞いてない、聞いてなさ過ぎる。

 アレか、体良く食い扶持を減らす為にこの時を待ってた的な事か?

 更に借金も半分押し付けてって……だとしたらどんだけクズなんだよ。

 

「家族とも思えない家族だったけどさ……いざ離縁されるとやっぱりキツいわね」

 

「ったく……あっちからしたら体良くって思ったのかもしんねえけど俺達からしたら露骨過ぎて体裁もへったくりも無いぞ……何にせよ戻る家が無いならウチに来れば良いから心配すんな。これからはただの幼馴染の関係じゃなく、婚約者としていられるんだから。もう俺達は家族なんだよ」

 

「あ、アルぅ……」

 

「まあそれに? 俺は殿下達と和解して協力関係も結んだから何れにせよマリーを切ったラーファン家は終わりだしな!」

 

「いや今感動しかけた感情どうすんのよ」

 

「ふっ……そうやってツッコミ入れられるくらいなら安心だな」

 

 実際この話は後々……というか今日にでも書面で殿下達五人衆には伝達する腹積もりだ。

 折角築いた協力関係だものここでマリー大好きクラブ達を動かして、マリーに都合の悪い連中を排除出来るなら願ったり叶ったりだ。

 まあ実際に動けるのはこれからステファニーが起こす空賊騒ぎで手柄を挙げてその手柄をブラッドとグレッグにほぼ全部放り投げて廃嫡撤回させてからだがな。

 

「……ありがとね、アル」

 

「気にすんな。大好きな人の為になら何だって出来るのが俺様の良いところだ、なーんてな」

 

「……ねぇ」

 

「なんだ?」

 

 マリーが神妙な顔付きになる。

 それに釣られて俺も真面目な顔になってしまう。

 ただ顔をジッと見つめる。

 

「アタシね……考えたの」

 

「何を?」

 

「アルの事……本当に愛してるのかどうか」

 

 

『今は答えなくて良い。幸せになりたい一心で必死だっただろうから、俺に対して恋とかそういうのを本気で抱けてるのか自分自身に疑念を持ってるだろうし』

 

 

 決闘の時、マリーに掛けた言葉だ。

 本当はすぐにでも答えが欲しかった、大好きだよって、愛してるよって答えてほしかった、だがそれでは俺のエゴにしかならない。

 だから俺はグッと堪えてこの言葉を語り掛けた。

 

「……答えは見つかったか?」

 

「うん」

 

「聞いても良いか?」

 

「……大丈夫」

 

 ずっと友達以上恋人未満で過ごしてきた。

 それは前世の時も、逆ハーレムしてる時も同じで、結局は本当の恋だったのかどうなのかはずっとずっと曖昧のままで。

 

 だから。

 

「アタシ……アルの事今なら『愛してる』って、自信持って言える。決闘の後からずっと、恋って何なんだろうって考えて、辛い時とか悲しい時とか、そっと寄り添ってくれたのはアルで。そう思うといつも隣にいてくれたのはずっとアルで、じゃあアルのいない人生って考えたら凄く悲しくなって。その時にね、アタシはアルの事が本当に好きで、本当に愛してるんだって思ったの」

 

 そう言われて嬉しくならない訳がなかった。

 マリーの心の中に、俺がちゃんといてくれた事が、何よりも。

 何十年も待ち続けた先にくれた言葉という事も含めて、真剣に考えて出した結論がそれだと言う事実を噛み締めたい。

 

「……ずっと待ってたぜ、その言葉」

 

「待たせてごめんね」

 

「待つのは得意なもんなんでね」

 

 ふと二人顔を見合わせる。

 そう言えばアンジェと初対面したあの日以降、決闘に向けた鎧のメンテナンスや試運転、決闘後は大怪我にアンジェとの仲直りでバルトファルト家に行ったりと忙しくて昨日の夜までキスもまともにしてなかった事を思い出す。

 

 勿論昨日は今まで出来なかった分を埋め合わせる様にそれはもうした訳だが、今日は、いや今はそれとはまた違う。

 本当の意味で俺とマリーの心が恋人として初めて繋がった。

 本当の意味で、俺は大好きな女の心をやっと射止められたのだ。

 

「これからもずっと一緒にいよう。今度はただの幼馴染じゃなく、恋人として、婚約者として、生涯共に」

 

「うん……絶対離さないんだからね……覚悟しときなさい」

 

「愛してくれて俺は幸せ者だよ」

 

 どちらからともなく唇と唇が接近して、重なり合う。

 これまで何回もしてきたと言うのに、そのキスはとても甘くて、幸せで、初めての味がした。

 

 

 

 

 

 その後だが、夏休みが終わる前までに両親はマリーを子宝にあまり恵まれなかった、それでいてディーンハイツ家と親交のあった五位上の男爵家に養子として迎え入れる手筈を整えていてビビった事を付け加えておく。

 いやまああっちとしても願ったり叶ったりなんだろうが、そう急に決められる事なのか……? となったが、借金の事はそっちの男爵家が持たずマリーが自分の力で少しずつ返済するとの事で、本人も複雑そうな顔をしつつも少し嬉しそうにしてたしまぁ良いのか……いや理不尽に山分けされた借金とか良くないんですけどねえ!

 

 そして夏休みは終わりを迎え、舞台は文化祭へと移行するのだった。




アンケートですが最速で100行ったもので継続していきます


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第二章
第二十二話『どうしてこうなった?』


「あー殿下ー? 机もう少し左にお願いしますねー」

 

「分かっている」

 

「んでダニエルそのティーセットは高いから大事にしてくれ!」

 

「そんなもん学園祭に出すなよ!」

 

「レイモンド、こっちはディーンハイツ領最高級茶葉だ。大量に取り寄せたとはいえウチの宣伝も兼ねてるから丁重に頼むぞ」

 

「ディーンハイツ領の最高級茶葉とか国内有数の超ブランド品だろ!? なんでそんなのが学園祭に出てくるんだよ!?」

 

「まぁバカな生徒から搾り取った分少しは還元してやらないとな。な、アル」

 

「そういうこった」

 

「お前らもっと恨まれてる自覚持った方がいいぞ」

 

 夏休みが終わり秋、秋と言えばやはり文化祭だ。

 前々から計画していた事をリオンに話した時は殿下達参入という事で苦い顔をされたが、値段設定やクオリティはリオンと俺で決める事と殿下達を完全にウェイターにする事の確約と有事の際のボディーガード代わりにすると言う事で納得してもらい人手の多さで準備は順調に進んでいた。

 

 そしてやはり喫茶店のメインと言えば……

 

「あ、あの……変じゃないですか? こういうの着慣れてなくて」

 

「いや、完璧に似合ってるよ」

 

「うむ、少し胸を強調し過ぎたか」

 

「二人と比べたらアタシの小ささが顕著に……」

 

 やはりこのメイドだろう。

 アンジェもリビアも非常に良く似合っていて男子のハートを射止めるのも容易いくらい美人だが何と言ってもマリーが世界一天使だった。

 

「アンジェは着慣れていますね。お嬢様なのに」

 

「行儀見習いとして2年ほど王宮で過ごしたからな」

 

「リビアも似合ってるぞ。初々しい感じが実にいい」

 

「私も実は気に入ってます」

 

「な、なんて尊い光景……でもこの乙女ゲーの設定上俺との恋愛は成立しない……だって俺はモブだから……」

 

 あっちはあっちで二人の世界に入り浸ってるが、そうやって見せつけられるとこっちもこっちで負けてられないと思ってしまう。

 マリーの手をそっと握り囁く。

 

「マリー……世界一可愛いよ」

 

「うぇ!? そ、そう……? め、面と向かって言われると照れるわね……」

 

「ああ、何なら接客なんてさせたくない民衆の目に触れさせたくないくらい可愛いがここはマリーの可愛さを世間に知らしめるのも悪くないと思おうじゃないか。俺の嫁としてしっかり周知してもらうのは大切だからな」

 

「……こっちはこっちでゲロ甘が過ぎるんだが」

 

「……こうも見せつけられると流石に敗北感を覚えますね」

 

「ああ……いつか必ず奪って……と思っていたが……」

 

「だが折角マリエの近くにいられるんだ、それはそれ、これはこれとして割り切るのも大切だな」

 

「俺としては悔しさもあるが、メイド服姿のマリエを拝めたのはラッキーだしな。な、ブラッド」

 

「……否定はしない」

 

 クックックッ、まずは殿下達に見せびらかす事にはしっかり成功したな。

 和解したとはいえまだまだ諦めてなかったのは目に見えて明らかだったからここでしっかりとダメージを与えてライバルとしての差を見せつけ牽制するのは大事だった。

 勿論それは一割くらいで残りの九割はマリーが可愛過ぎて本音が口から零れただけだが。

 

「リビアは綺麗な髪をしているな」

 

「私はアンジェみたいにスタイルが良くなりたいです……」

 

「これが本当に学園の女子か?」

 

「夢を見ているようだ……」

 

「その……アンタがウェイターじゃなくて良かったわ。あんまり……アタシの婚約者見せるのもアレだし」

 

「マリーは独占欲が強いんだな」

 

「き、嫌い?」

 

「いいや、愛してるよ」

 

「俺としてはこっちは夢であってほしいと思ってるよ」

 

「せめてそのラブラブオーラだけは消してくれ」

 

 全くレイモンドとダニエルは分かってないな。

 これが理想の恋愛婚というものなのだから堪能して行く事が礼儀だと言うのに……ん? 五人衆はさておきリオン、なんでお前まで呆れてるんだ?

 おかしい、リオンとしては前世からの幼馴染で妹と弟分がようやく結ばれた構図なのにどうして呆れているんだ……?

 

 そんなこんなで途中ジェナという面倒な乱入者もいたがしばらくこの賑やかな感じは続くのだった。

 ジェナ? ああ、アイツに関しては全くもって懲りてなかったのと俺とマリーの貴重な時間を邪魔したのでリオンと二人掛りで帰ってもらいました。

 

 さーて後はステファニーにだけ気を付ければ文化祭は完璧かな……

 

 

 

 

 

「あら、意外と良い茶葉じゃない。どこの物なの?」

 

「ディーンハイツ領から仕入れて参りました最高級品にございます」

 

「へぇ~、悪くないわね」

 

 いやほんとそう思ってた時期があったんですよ。

 だってあの人誰がどう見ても分かる程度には分かりやすいくらいクズで馬鹿で勝手に破滅してくタイプの人間だし。

 だと言うのに……

 

「マルケスさんもそう思うわよね?」

 

「え!? あ、うん……そ、そこの茶葉は美味しいので有名だからね……」

 

「あらそうなの? マルケスさんは物知りね」

 

 

「オイ……どうなってやがるアル」

 

「いやこっちに聞かれても分かんねえよ」

 

 殿下達五人衆がウェイターをやってる為厨房係の俺とリオンはこっそり覗きながら焦りを隠せないでいた。

 そりゃそうだ、あのモブせかでも超小物である事無い事無理やりケチ付けまくって暴走するオフリー嬢ことステファニーがある程度上品に飲んでいるのだ、しかも何故かマルケスを連れて。

 いや一番のツッコミどころは間違いなくなんでいるのか理解に苦しむマルケスの存在に他ならない訳だが。

 

「なあ……まさかとは思うんだが」

 

「な……なんだよ」

 

「お前の友達……マルケスか、アイツあのステファニーになんか上手い事騙されてるんじゃないか?」

 

「……ま、まさかぁ」

 

 マルケスはああ見えて用心深いし女にそこまで興味も持っていない。

 金に釣られる事も無いし色仕掛けも効果が無い、何せそれより自分の開発するメカが好きだからだ。

 

 ……いや待てよ?

 

「……お前からの話だと確かマルケスって『自分の』メカニック技術が所謂『完全な他人』に理解された事って無いんだよな?」

 

「あ、ああ」

 

「……だとしたらそれに上手い事付け込まれたとか」

 

「それだけは可能性として有り得るから正直笑えねえんだわ」

 

 そう、マルケスのメカニック技術は、サンドゥバル家に完全に関わった事の無い人間から評価された事が無い、正真正銘0だ。

 そしてアイツは自分のメカをこよなく愛する人間だ、そこを利用された時が唯一ガードが緩くなる時だろう。

 

 そうは思いたくない、思いたくないんだが……

 

 

「こ、こっちの茶葉は甘みがスッキリしていて。それでこっちは香りにリラックス効果があってね……」

 

「へぇ、今度取り寄せてみようかしら。確かディーンハイツ領はマルケスさんのお友達のお父様が領主をやっているって聞いたわね」

 

「そ、そうなんだよ。僕の自慢の友達だから今度紹介――」

 

 

 俺はここで聞くのを辞めた。

 完全にマルケスが丸め込まれていた、女に興味無いからお茶会すら開催せずに自分の趣味にだけ没頭して友人も俺以外は全員五位下男爵家の男子しかいなかったあのマルケスが……よりにもよってこの後マヌケにも空賊をけしかけて自爆し自分の家の当主と跡継ぎの兄が処刑されて自分もしっかりと無様に消え去っていくステファニーなんて……最悪だ、最悪過ぎる。

 あとマルケス、あの女に俺を紹介なんて頼むからしないでくれ顔も見たくないんだよ。

 

「……なんか、同情するわ」

 

「勘弁してくれ、余計頭痛がしてくる」

 

 

「それじゃあ私達は帰るわー。男爵家と子爵家が材料をセレクトした店だからどんな粗悪品が出るかと思ったけど意外と悪くなかったとだけ言っておくわ、それとアンジェリカにこう伝えなさい……今日は機嫌が良いから何もしないでおくけど精々寝首を掻かれない様に気を付ける事ね、と。さ、行きましょうマルケスさん」

 

「うん……ダニエルくん、レイモンドくん、アルに宜しく言っといてね」

 

 頼むからステファニーだけはよろしくしないでほしい、助けてくれ。

 

「お、おう……」

 

「分かった……」

 

 

「……か、帰った?」

 

「もう出てきて良いわよアル」

 

「ふぅ……いやツッコミどころ満載で胃薬飲んだわ……」

 

 何とかあの後すんなり帰ってくれたから助かったが胃薬が尊い犠牲となった、仕方ない犠牲だった。

 なんで友人があんな事になってるんだよほんと……しかしマルケスのせいと言うかお陰でこの場でのアンジェとリビアに亀裂が生じる事が無かったのが不幸中の幸いか。

 取り敢えずこれで一件落着……

 

「リオンく~ん、来たわよ~」

 

「は、母上!?」

 

「スマン胃薬、尊い犠牲としてお代わりされてくれ」

 

「あ、アル……? 大丈夫……?」

 

「マリー……? ああうん大丈夫だ、ははは……ヤバい噂しか無い伯爵家の令嬢に自分の友人が絆されて後々そんな令嬢に俺が紹介される可能性があって、何とかそれを胃薬で乗り越えたと思ったら今度は目の前に王妃様がいて胃薬飲んでるだけだからさ……うん……大丈夫……きっと……」

 

 ああ終わってなかったよ忘れてたよ。

 王妃様来襲は本来あの馬鹿ステファニーが暴れてる最中に来るからそれが無かった上に帰ってったせいでモブせかで本来起きるはずだった色んなイベントがカットされててすっかり忘れていた。

 リオンは大丈夫だろうが俺は一国の王妃様相手に緊張するなという方が無理なので殿下と話す王妃様を見つつ胃薬を飲み干す。

 

 俺の明日はどっちなんだろうか。




恐らく憑依、転生、ご都合改変等の初手魔改造を受けてるステファニー以外では世界で一番ステファニーの出番が多くなる自信しかありません(白目)


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第二十三話『そりゃお前、10代の野獣と30代の清楚美人なら後者選ぶだろうよって話』

「は、母上って……つまり王妃様!?」

 

 最初に声を挙げたのは正体を知らない且つ察しの良いリビアだった。

 そもそも正体を知ってる五人衆は驚きこそすれ王妃様なのは知ってるしマリーも大体同じ反応、アンジェは王妃様と一緒に入ってきたしリオンは全く緊張してないし俺と同じ心情なのはダニエルとレイモンドだけか?

 

「も、もうユリウス! 私はお忍びで来たのに……」

 

「あ、それに師匠!」

 

「Mr.リオンお久し振りですね。ここで会ったのも何かの縁、王妃様もMr.リオンとお話したいそうですので私が紅茶を入れましょう。折角の良い茶葉でもあるので……ね」

 

 そしてちゃっかりルーカスさんもいた。

 しかしルーカスさんは一目ちらりと遠目から見ただけで茶葉の産地を当てた様だ、茶葉の話をしながらこちらを見て微笑んでるのがその証拠だろう。

 やはり紅茶の達人は目が良い……

 取り敢えずこの人の紅茶を飲んで心を落ち着かせるとしようか。

 

「うおおおおおお!! 師匠のティータイムだ!!」

 

「……本題は私からのお話ですからね?」

 

「ア、ハイ」

 

「アルフォンソくんもよ?」

 

「デスヨネ……」

 

 まあ、そうなるとは思ってたさ……

 

 

「リオンくん、アルフォンソくん、私は貴方達に怒っています」

 

「いや、本当に例の件は反省しきりでして……」

 

「なっ……ど、どうか家族だけは許してください! 俺はどうなってもかまいませんから!」

 

 二人揃って座って説教タイムである。

 俺の方は間違いなく殿下相手に弾け過ぎた事だが……それはそうと間近で見るリオンのこの迫真土下座芸めちゃくちゃ久しぶりに見たな。

 前世の時からいざと言う時これで謝り倒して下げてる顔ではニヤリと計画通りみたいな顔してるのが定番だったか。

 いやそれでもそれを王妃様相手にやるのかよと幼馴染ながらにドン引きせざるを得ない。

 

「う、うわぁ……謎の既視感を覚えるわね……」

 

 そしてマリーそれは大正解だ、前世でいつもお前の兄貴がお前相手にでも躊躇無くやってた事だからな。

 

「へっ? ち……違う! そういう話じゃないのよ!」

 

 五人衆然りダニエル、レイモンド然りアンジェやリビアもそこはある程度察しは付いてるだろうが……しかし王妃様は純粋なのか盛大に騙されていた。

 何だこの可愛い人妻、そりゃリオンが惚れるのも仕方ないだろ。

 

「アンジェ助けて~!」

 

「ミレーヌ様からかわれていますよ」

 

「てへっ」

 

「最低ねっ!」

 

 だから反応が一々可愛いんだよなあこの人。

 だからと言って俺がからかう様なマネは決して出来ないが。

 そんな事した日には胃に穴が開いたのが死因になって死んでる。

 ただ、微笑ましく見守るくらいは許されるだろうか。

 

「アルフォンソくんもっ! 微笑ましそうに見ないのっ!」

 

「あ、バレてたんですね……」

 

「……アタシ以外の女の人にデレデレしちゃって」

 

 そして待てマリー、それは盛大な誤解だ。

 これは浮気とかではなく将来結ばれる予定の王妃様とリオンの微笑ましい一幕に笑みを浮かべて見ていただけなんだ、だから許してくれと心の中で叫ぶ。

 

「……フッ」

 

 ユリウスはユリウスで何鼻で笑ってんだお前もお前で母親の説教が待ってる事気が付いてるか? ん?

 キレそうになるがやはり説教中の為反応はしない。

 

「ごほん、リオンくん、アルフォンソくん、私はあなたに文句を言いに来ました。処分云々ではなく個人的な話です」

 

「お伺いします」

 

「俺も同じく」

 

「まずはリオンくん。ユリウスのことは詫びます。ただし決闘内容は納得できません。戦いぶりがひどすぎました」

 

「そしてアルフォンソくん、貴方にも色々あった事は聞きました。ですがヴィンスの口添えが無ければどうなっていたか分からなかったのですよ。もう少しやり方を考えなさい……二人揃って、ですがもう少し貴方達なら穏便に事を収められたのではなくて?」

 

「ははは……ご最もです……ええ返す言葉も無いです……」

 

「全くもう……リオンくんもアルフォンソくんもはしゃぎ過ぎなのよ……」

 

 

 

 はぁ、と溜め息を零しながらも紅茶を優雅に飲む姿は正に清楚そのものである、流石王妃様だ。

 ……問題はリオンだけど。

 

(あっ……凄い事に気付いてしまった。この人めっちゃ美人だ、とても30代には見えない)

 

 いや聞こえてんのよそれ。

 俺にしか聞こえてないけど俺にだけはバッチリ聞こえてんだよそれ、反応に困るんだけど。

 確かにリオンは前世女性経験も無く生きてきたが、別に年上萌えだった訳では無い。

 だがこの世界に来て王妃様を見て一気に変わってしまったらしい、それもこれもこの世界の歪な男女格差が原因だが。

 

 俺としてもお近付きになるならジェナみたいな典型的な王国に染まった10代の猿共よりそれに染まらず清楚、お淑やかでほんわかしていてコミカルな面もある30代のお姉様の方が良いに決まっている。

 何なら王妃様は顔だけ見ても最上位だから全て学園の猿共の一億倍勝ってるんだがな。

 

 まあそんな事言ってるが俺の嫁はマリーだけなのは当然だ。

 

「王宮にも貴方達の敵は多いわよ。この先のことしっかり考えているの?」

 

「もちろんです」

 

 俺が答える前にリオンが食い気味で答える、そうなるとは思ったよ。

 妙にキラキラした顔で立ち上がる様は最早一種の怪しさまで覚えるくらいだ。

 

「うっ……何だか思い出しちゃいけないものを思い出しそうな気が……」

 

 哀れマリー、それは前世でタケさんにその顔で言いくるめられ盛大に騙され七並べで六をタケさんに止められまくって負けて俺とタケさんのプリンを買う羽目になった高校時代の事だ、思い出さなくて良いと思うぞ。

 

「そう。そこまで言い切るならこれ以上言うことはないわ。リオンくんには別件を手伝ってもらいましょう」

 

「というと?」

 

「私、他国から嫁いできたから学園に通ったことがないのよ……だから学園での思い出が欲しいな~って」

 

 あ、その横でリオンが真っ白に燃え尽きてる。

 今そんな可愛い言葉リオンに掛けたらそりゃそうなるだろと。

 大体の男でもそうなるだろうが……うん、ダニエルとレイモンドは泣くなそして夢を見るなその人はイレギュラー中のイレギュラーだ。

 

「いいでしょう。共に学園での思い出を作りましょう。ミレーヌさん俺と結婚してください」

 

「ええっ!?」

 

「リオンさん何を言ってるんですか!?」

 

「相手は王妃様だぞ!?」

 

「は?」

 

 外野はこのプロポーズに騒いでる……一名ガチギレしてる殿下を除いて……だが、まあ半分は『この世界における学園』という事を念頭に置いた場合の発言だろう、もう半分はどう考えても婚活に疲れて錯乱してるんだが。

 しかしまあ、この王国を見てきた男子なら突飛押しもない話だと思うと同時に納得もしてしまうのではないだろうか。

 そりゃお前、10代の野獣と30代の清楚美人なら後者選ぶだろうよって話ですよ。

 

 ただ俺には10代でツンデレ、家事万能、美少女で俺にゾッコンな幼馴染婚約者がいるからそうはなってないがな。

 羨ましかろう諸君、俺はこれを微笑ましく見守れる余裕があるのだ。……代わりに胃薬案件が増えてる気がするのはきっと気のせいだと思いたい。

 

「好きです、愛しています」

 

「こ、困ります……私には夫も子どもも…それにおばさんだし……」

 

「関係ありません。あなたは美しい。たとえ家族がいたとしても俺は……」

 

 そんな感情ジェットコースターの俺を差し置いてリオンはもう自分の世界を作り出してしまった。

 あの人学生時代から妙に演技が上手くてこう、見るからに胡散臭い役柄においては群を抜いて誰も太刀打ち出来なかったのを思い出す。

 それにしっかりガチで照れ始める王妃様の純粋っぷりは学園の女性諸君は是非見習ってほしいものである。

 

「ぐおっ!? ……とと、いってぇな。誰だこの……」

 

 しかしそんなリオンの蛮行を許せない人間は確実に一人いる訳で。

 

「あ、殿下」

 

「バルトファルト、人の母上を、しかも目の前で口説くとはいい度胸だなァ……」

 

 そりゃそうなるよ。

 息子の目の前で母親が口説かれてるとかどういう気持ちでそれを見ろって言うんだよ俺がその立場になったとしても流石に思わず手が出るって。

 

 その後? そりゃ知っての通りリオンが吹っ飛ばされただけだから割愛しても良いだろ。

 ただ一点……リオンと殿下達が同じ店で働いてたお陰で王妃様のマリーへの心象はそこまで悪くならなかったらしい。

 

「……マリエちゃん」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

「これからは好きな男は一人に絞るのよ? さもないと……ふふ、ローランドみたいに痴情のもつれで刺されちゃうから……」

 

「ひえっ」

 

 ただ去り際にめちゃくちゃな爆弾を投下していったが。

 おいそれ話して良かったのかよ……まあ国王とは言ってもあのローランドだし多分いっか……

 

「それとユリウス」

 

「なんでしょう母上」

 

「お説教するので着いてきなさい」

 

「……はい」

 

 あとオマケに殿下は回収されていった。

 

 

 

 

「さーて、今日はまだまだ客が来るぞ! アル、行けるな?」

 

「おうよ。つーか殿下様々だな、あの五人衆さえマリーの護衛に着いてればセクハラもガードしてくれるしどさくさ紛れに嫌がらせして来ようとする奴らにも圧を掛けてくれる。マリーの事に関してはマジで頼もしいし顔も良いから客引きも完璧だ!」

 

「お前マリエの事になると本来敵みたいな連中でも躊躇無く使うよな」

 

「何せ利害が一致してるんで」

 

 本来ここでリオンが自称閉店宣言をするくらいガラガラになるはずだったがそこは流石イケメンパワー、学生用だからと原価率を高めに設定し儲けはそこまで出ない、あくまでも宣伝用の学園祭になると思っていたがバンバン稼ぎが出ている。

 

 ああ、平和って良いなあ……

 

「あの、まだやってますか?」

 

「いらっしゃいませ、お嬢様」

 

 うん? なんだか殿下の声の前に聞き覚えのある声が聞こえた気がしたんだが……

 

「あ、オリヴィアさん! 前に頼んだ件お願いできる?」

 

「はい。リオンさーん、アルさーん、今良いですか?」

 

「はいよ。悪いけどダニエル、レイモンド厨房少し頼む」

 

「オイオイ俺もか? まあ良いけど……」

 

 ダニエルとレイモンドに厨房を引き継ぎ出て行く。

 また嫌な予感しかしないのは気のせいであってほしい……いや出て行った今となっては『あってほしかった』が正解だろう。

 

「こちらカーラさんです。リオンさんに紹介してほしいと言われて」

 

「カーラ・フォウ・ウェインです。男爵、アルフォンソ様、どうぞお見知りおきを」

 

 ……胃薬、足りるかなあ。




二話連続胃薬オチという禁じ手を使った作者の明日はどっちだ


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第二十四話『マルケスとステファニー、あとカーラ……全員胃薬案件です』

「それで……わざわざリビアに紹介を頼んだ理由は?」

 

 隣の空き教室、そこにいるのはアンジェ、リビア、俺、リオン、カーラの五人。

 流石に男客を引く為のメイド一人は必要だろうと泣く泣くマリーを回したがあの馬鹿五人衆に口説かれてないか心配だ。

 え、他の客に対しては良いのか? 他の有象無象は俺が何もしなくても五人衆が虫除けになるから大丈夫なんだよなこれが。

 

「男爵、アルフォンソ様……どうかウェイン家を、私たちをお救いください」

 

 それと君の胡散臭さはリオンよりあからさまに出てるからもう少し隠そうね。

 

 はぁ……しかし空賊編か、その前にマルケスをステファニーから引き剥がさないと我が親友が首チョンパだ。

 胡散臭い美人を尻目に、憂鬱過ぎて仕方ない今後に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい、マルさん。なんで君が呼ばれたか分かるかな?」

 

「え……えっと、なんで?」

 

「ステファニー嬢関連の話だよこのニブチン」

 

 その日の夜、このままでは親友がステファニーに協力しかねないと言う重大な危機を迎えている現状を打破する為マルケスを呼び出していた。

 当の本人は何の為に呼ばれてるかすら検討が付いてないニブチン振りで更に頭を抱えたがコイツはそもそも頭は悪くない、ただ純粋過ぎるだけなんだ。

 だからどうにかなると信じて説得してる訳なんだが。

 

「え、ステファニーさんの話? ど、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもねえよ。何がどうしたら今まで男爵家の男か俺しか付き合いの無かったお前が伯爵家の、それも令嬢と一緒にいたんだよビックリし過ぎて胃に穴が空くとこだったわ」

 

 ただ最初から何もかも否定し出すと人間意固地になるし、一応は親友が心を開いた女なんだほんの僅かな可能性に懸けてどこでどう知り合ったか話を聞いてみるのも悪くないだろう。

 願わくばステファニーが実はこの世界線では悪い子じゃありませんでした展開を期待したいところだが……

 

「そ、そうだよね! 突然あんな感じで現れちゃったらビックリするのも仕方ないよね……じゃ、じゃあステファニーさんとどうやって出会ったのか聞いてよ。僕が初めて本当の他人から僕のメカを褒められた時の話を……」

 

 あ、もう開幕前からダメな予感しかしないわ。

 

 

 

 

 

 アレは文化祭の前の日、僕が部屋に戻ろうとした時の話なんだけど、その通路に偶然ステファニーさんがいたんだ。

 流石に伯爵家の人だから下手にすれ違えないと思って何とか壁になろうと思ったんだけど……

 

「……あら、貴方変なの連れてるわね」

 

「……え、あ、僕の事!?」

 

「そうに決まってるじゃない。チッこれだから……」

 

 その時は結構怖かったんだけど、本当は良い人だと思うからここは気にしなくても良いかな……僕が気付けば良かったんだし。

 で、多分僕の肩に乗せてるネズミくんの事聞いてるんだなと思ったから、馬鹿にされるだろうと思ったけど言ってみたんだ。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい! え、えと、この肩に乗ってるのは僕が作ったメカなんだ」

 

「ふーん、メカね。で? 何か面白い仕掛けとかある訳?」

 

「こ、これはね! 録画、録音、撮影、それに複数体を用いた通信機能でそれ等を送受信したりするんだ。しかも自立行動もするから凄いんだよ!」

 

「録画録音撮影……今貴方それに自立行動と通信機能が付いてるって言った?」

 

「う、うん!」

 

「す……」

 

「す、ステファニーさん?」

 

「凄いじゃない! 貴方そんなに凄い物作れるなんて感心するわ~、どこの田舎貴族かと思ってたけど話してみるもんね……ふふ」

 

 そしたら物凄く褒めてくれたんだ。

 今まで機嫌悪いのかなって思ってた顔も凄く笑顔になって、間近で見たのもあるかも知れないんだけど綺麗だから少しドキッとしちゃったな。

 

「あ、ありがとう。僕……自分のメカ、仲良い人達とか身内以外に評価された事無かったから……僕凄く嬉しいんだ」

 

「あら可哀想。そんなに良い腕があるのに評価が低いなんて……まあ良いわ、貴方名前は?」

 

「え!?」

 

「名前よ、な・ま・え。これから宜しくするんだから名前くらい知っといて良いでしょ」

 

「そ、そうだね。ぼ、僕はマルケス・フォウ・サンドゥバルって言うんだ。男爵家の次男なんだ」

 

「アタシの名前は知ってると思うけどステファニー・フォウ・オフリー。貴方気に入ったわ、明日の文化祭はアタシと回りなさい」

 

 勢いで名前言って知り合っちゃったけどまさかここまで誘われるとは思わなかったよね。

 だって僕の家は五位下の最底辺男爵家、ステファニーさんは伯爵家のお嬢様だから住んでる世界が違うって思ったし。

 

「ぼ、ぼぼぼ僕と!? でも僕みたいな男爵家の次男と伯爵家のお嬢様じゃ釣り合わないんじゃ……」

 

「は? アタシが回れって言ってるんだけど、それともマルケスさんはアタシじゃ不服なのかしら?」

 

「い、いやいやそんな! そ、その体裁的に僕なんかで良いのかなってつい……」

 

「ふーん、ならアタシと回りなさいな。このアタシが気に入ったって言ってるんだから文句は言わせないわ」

 

「そ……それなら……お、お願いします……!」

 

「それじゃ決定って事で」

 

 でもステファニーさんはちょっと強引かなって思うくらい僕を文化祭一緒に回るのを誘ってくれたんだ。

 今まで女の人に興味が出なかった僕も、何だか僕の大切なメカを評価してくれたのを見てからそれで浮かれちゃって……

 そして、自分の体裁なんて気にしないそんなあの人の心にもう少し触れてみたい、もっと知りたいと思っちゃって……

 

 

 

 

 

「……これが僕とステファニーさんの出会いかな。ど、どうだった?」

 

「い、意外とガッツリ褒められてんな」

 

「えへへ」

 

 取り敢えずコイツがしっかり騙されてる事は良く分かった。

 何せメカの性能を聞いてから急に態度が変わってるじゃねえか、どう考えても空賊関連でネズミくん悪用して出し抜こうとしてるのバレバレだっつーの。

 せめてもう少しコイツが自己評価高いか他人から褒められてればこんな明け透けな詐欺師に騙される事も無かっただろうに……ただ、それでも褒められて嬉しくならない人間なんていないからなあ。

 素性さえ知らなきゃこうなるのは当たり前か。

 

 ……強引に引き剥がす事も考えたが、最悪の時にだけちゃんと切れるくらいの忠告で済ませとくか。

 だってこんなに嬉しそうに笑うマルケスとかそうそう見た事無いんだからさ……甘いと思うなら思ってくれ、俺は身内にはどうしても弱いんだ。

 

「……だが一応言っておく事がある」

 

「な、なに?」

 

「ステファニー嬢だが、俺が入学してから今まで悪い噂を絶え間なく聞いている。勿論、お前の言葉を全く信用しない訳じゃない。俺の親友の言葉だから信用したいところだってある……だがな、そういう背景がある以上警戒はしていてほしい」

 

「す、ステファニーさんはそんな事する様な人じゃ……」

 

「あくまでも心に留めておくくらいで良い。万が一お前が騙されていて、悪事に加担させられかけた時これを覚えていればステファニーが本当は良い奴でも、その事以外の時にだって応用出来るだろ? 身構えといたって損は無いはずだ」

 

「そ……そっか。そうだね、うん……ありがとうアル、心配してくれて」

 

「俺とお前の仲だ、気にする事は無い」

 

 悪いなマルケス……お前の事は大抵信用してるが今回ばかりはステファニーの釣り針がデカすぎるんだ許してくれ。

 でもお前がいなかったらこの時点から既にリビアのアンジェに対する不信が始まってギクシャクしてただろうし救われたと言えば救わたところもあるからそこは感謝してるんだぞ。

 

「えっと……多分明日も来ると思うけどよろしくね」

 

「ま、まあ荒らしとかせず今日と同じみたいにしててくれれば俺としては心労が減るからそうしてくれると助かるが……」

 

「だ、大丈夫だよ。ディーンハイツ領の紅茶気に入ってくれたみたいだし、お菓子とか料理も気に入ってくれてるから。多分そういう荒らすみたいな事はしないと思う……うん」

 

「なら良いが……っと、そろそろ消灯時間か。悪いな長々と」

 

「ううん、僕も緩いところあるから。教えてくれるのアルくらいだし平気さ。それじゃあまた明日。おやすみ」

 

「おう、おやすみ」

 

 マルケスが居なくなりふぅ、と一つ息を長く吐く。

 出来る事なら明日来るとかはお断りしたいがマルケスの頼みとあったら断れない。

 アイツがステファニーと関係を持った事で起きたバタフライエフェクトで現状悪くないと言えたのはアンジェ、リビア間の仲がまだ何とも無いところとアンジェ、ステファニー間の均衡がギリギリ破られてないところか。

 

 お陰で店の評判は落ちなかったし、それどころか殿下チームを吸収出来たお陰で効率が良くなって学園祭で出すクオリティを遥かに超えるティーセットと茶葉、菓子や料理も質の良い物を提供出来て原価率爆高の癖に荒稼ぎの嵐だ。

 流石に効率は賭博と比べたら段違いに落ちるがこのまま行けば全員で売り上げを山分けしたとしても一人頭……ふ、ふふふ……これは殿下に土下座してでも協力を要請した甲斐はあるな。

 

「しかし学園祭が終われば俺達は空賊退治に駆り出される訳か……いくら安牌と言えど少し緊張するな」

 

 しかし笑みを零した後には緊張が走る、何せこれが終われば空賊編だ。

 訓練や決闘ならまだしも空賊編からは一気に公国との戦争にもなるんだし下手をすれば命に関わる戦いに巻き込まれていく事になる。

 そしてその公国戦編では文字通り国同士の戦争になる。

 

「……どこで俺がヒロって明かすかは、中々難しいだろうな」

 

 後悔しない選択を、決断をしないといけない。

 気を引き締めていかないとな、うん。



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第二十五話『どうしようも無い事だってある』

「よーし、それじゃあリビアとアンジェ、それと殿下は休憩行ってきてくれ」

 

 リオンの号令で三人が気付き休憩に入っていく。

 いやあ繁盛繁盛、殿下達が居ない世界線じゃガラガラもガラガラで閑古鳥が鳴いていた程だがこっちじゃ絶え間なく客が来るから疲れちまって敵わない。

 ただ働けば働いた分儲かってる事を考えると笑いが止まらなくなる。

 しかもアンジェもリビアも仲睦まじそうで平和そのもの、これが胃薬の要らない世界なんだなあ。

 

「……成程、殿下とアンジェの仲直りの意味もあると」

 

「そう言う事。でも殿下から歩み寄れるかどうかは本人次第だけどな、そうなれる様にキッカケと後押しくらいはしてもバチは当たらんだろうさ」

 

 昨日は中々タイミングが合わずに同時に休憩を入れるのが叶わなかったが、今日は強引にでも行ってもらう。

 一応回せる人数とピーク帯でない数少ない時間だからここで行かせないと詰んでしまうのだ。

 金稼ぎと両立させるにも一苦労って訳だがこっちの陣営と繋がりを強めておけばそうそう簡単にアイツらが変な方向に動いたり原作と完全に違う地雷ムーブはしなくなるはずだ。

 

 そう言う意味でも殿下、アンジェ間は是非とも仲直りしてもらいたい。

 

 ……この後多分起きるであろうアンジェとステファニーの乱闘でのアンジェの心のケアもあわよくばしてもらいたいしな。

 

「店もギリギリ動かせるし良いと思うよ」

 

「これで僕達にも多少お金の余裕出来そうだね」

 

「ククク……君達、そのお金増やしまくりたいと思わんかね?」

 

 なんだなんだ、俺がちょっと心労方面の心配をしてる時にリオンお前はお金の話かい。

 まぁ俺だってリオンと同じ事やって同じとこに『全額ずつ賭ける』けどな。

 

「な……これ以上金を増やせるのか!?」

 

「そうそう、最終日の『アレ』でな」

 

「……アレ?」

 

「アレって……まさか……」

 

「ちょっと、口動かすくらいならちゃんと接客しなさい! まだまだお客さん来てるんだからね! あと賭け事は程々にね! アタシはそういうの嫌いだから!」

 

 そう、アレとは皆さんお馴染みの賭博オブ賭博である。

 毎年恒例学園祭の最終日に開催されるバイクレースは大規模なもので、まずブロック毎にレースを行いブロック上位二人が決勝に進出する流れになっている。

 

 それはそうとマリーお前は母さんか?

 

「は、はいぃ!」

 

「い、イエッサー! ……マリエちゃんはしっかり者でアルが羨ましいよ」

 

「全くだ……」

 

「マリー! 俺は勝てる勝負しかしないから安心してくれ!」

 

「そういう問題じゃないんだけど!」

 

 まぁ良いか、俺は本当に勝てる試合しかベットしないし。

 それにリオンに倣って賭けりゃ確実に勝てるからな。

 さーて当日が楽しみだ。

 

 

 

 

 

「へっへー……ぅへへへへへ~」

 

「数名が特定の選手を勝たせる様に動く様です。予想通り6と4で問題ありません」

 

「い~や~ルクシオン様々だァ、正に倍々ゲーム! ぐふっぐふふふふふ」

 

「プロの試合じゃなくてアマチュアの学園祭だからって八百長横行し過ぎだっつーの。ま、そのお陰で俺達は稼ぎまくれてるけどな。ダニエル、レイモンド、どうだ賭博の味は?」

 

「これ、ハマったら抜け出せなくなりそう……」

 

「ど、同感……」

 

「ああ、でもなんにでもやたらめったら賭博するのは止めとけよ。俺達は『勝てる試合しか賭けない』んだからな……ひひひ……」

 

「そういうこった! つー訳でお前らは俺に乗っかってろよ~?」

 

 いやーほんと勝てる賭博って最高だわ。

 レース当日リオンは自分で建てた予想を元に賭ける候補を事前に組み立て、入念に精査する為ルクシオンに情報を探らせていた。

 すると八百長が出るわ出るわ……リオンの予想通りに100%動いてくれてる。

 これだけ分かりやすいんじゃ学園の腑抜け共はさておき俺やリオンなら簡単に稼げちまうな。

 

「随分と入れ込んでる様だが……」

 

「いつか痛い目見ますよっ、皆さんもっ」

 

「ほんと、何やってんだか」

 

 おっと女性三方登場ですか。

 賭博はロマンだぞ女性陣、勝てば勝っただけ金が増えていく夢の様な遊びなんだ実に素晴らしい、そうは思わんかね。

 

「わわ、アンジェリカさんとオリヴィアさんにマリエさん!?」

 

「お、オイオイ大丈夫なのかこの三人に見つかって……」

 

「だ~いじょうぶ、俺達負けないから~」

 

「勝てる賭博に乗らないのは男じゃないんでね、俺もリオンも徹底したデータと入念な調査が出来ない賭博には乗らないし大目に見てくれるって」

 

「なんかもう溜め息しか出ないわ……(ゲスい癖に手堅い事二人でしてるの見ると兄貴とヒロくん思い出しちゃうじゃない)」

 

 おう聞こえてるぞマリー、俺にだけは聞こえてるぞ。

 確かに俺とリオンは前世で悪ガキコンビ組んで色々やらかしたり騒いでたりしてたがゲスでは無い……無いと思いたい。

 

『6番1着、4番2着!』

 

「アーハッ! 笑いが止まらないねえ!! アーハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

「な、言っただろ? コツさえ分かればいくらでも金は増やせるってな……ん? ダニエル、レイモンド、どうして二人とも冷や汗なんてかいてるんだ?」

 

「リオンはせめて人間の顔を保て……」

 

「アンタが破滅型のギャンブラーじゃなくて本当に良かったと思うわよ……うっ破滅型って聞くと頭が……」

 

 そりゃそうだ、お前は本来その破滅型ギャンブラーにばかり好かれて金に苦労する地獄の未来が待ってたんだからな。

 ま、俺は賢いからそんな事しないけど。

 

『現在トップはジルク選手! 流石優勝候補の一人です!』

 

「ジルク……精々俺を儲けさせてくれよォ?」

 

『おっと! 優勝候補のジルク選手どうやら標的にされています! 激しい激突が続いています!』

 

「なに……!?」

 

「マークがきついな」

 

「どうしてあんなことを!」

 

「いや、てか流石にヤバくない?」

 

「標的にされてるってレベルじゃないよこれは!」

 

「た、確かに心配ね……」

 

 そして舞台はジルクの試合へと移り変わったんだが……正直こんなのレースって呼べないレベルの妨害が続いている。

 アニメや原作で見たより間違いなく激しく、怪我なんてレベルでは済ませないと言う憎悪を感じる程だ。

 

「あの邪魔をしているヤツら……クラリスの取り巻きか」

 

「クラリス? それって……」

 

「ジルクの『元』婚約者……ま、自業自得か。それにしてもやり過ぎだっての……」

 

 そう、これをやってるのは変わらず元婚約者クラリス先輩の取り巻き達であり自業自得と言えば自業自得だ。

 だが、俺としてはやるせない気持ちになってしまうのだ。

 

 ……これが改変した未来の代償、悪い方のバタフライエフェクトという事だ。

 そりゃリオン周りをこんな序盤から整えたらクラリス先輩は道化として踊ってたと言われても過言では無いレベルだ、憎悪が高まってもおかしくない。

 そしてそれをやったのは紛れも無く俺だ。

 誰かを助ける事で誰かの未来が狂う事がある、そんなのは分かっていた。

 しかし分かっていたとしてもこれを見るのは少し辛いな。

 

『ベンジャミン選手1着! ジルク選手踏ん張りましたがなんと2着でのゴールインです……おおっとここでベンジャミン選手失格、失格です! 度重なるラフプレーが響いたのでしょうか、これでジルク選手繰り上げ1着! 辛抱強く粘り、勝ちを拾いました!』

 

「……流石にヤバいな」

 

「だ、大丈夫でしょうか……」

 

「激しくぶつかられるプレーが多かったからな……軽傷なら良いが……」

 

 それでも天性の腕前があったのか、ジルクは繰り上げとはいえ1着で決勝進出を決めた……が、あの感じでは決勝レースの出場は無理だろうな。

 ただでさえ原作が欠場になったのに、それと比べても遥かに酷いラフプレーが目立ってのゴール。

 ジルクはヘルメットを外す事すら叶わずその場でうずくまって動けないのがここからでも分かってしまった。

 

 どうしようも無い事だってある、そんな事分かっている。

 それでも今は少し、この場から離れたかった。

 

「……悪ぃ、ちょっとトイレ行ってくる」

 

「お、おう」

 

「一々言わなくて良いのよアンタは……」

 

 マリーの呆れた様なコミカルな返しに笑える余裕は、無かった。

 

 

 

 

 

「……分かっていた事ではあるんだがな」

 

 喧騒に紛れ俺の呟きは掻き消される。

 それが良いのか悪いのかは分からないが、深く思い詰め過ぎる事が無いこの五月蝿さは丁度良いのかも知れない。

 

「あれ……アル?」

 

「ん? ……なんだマル……か……って」

 

 ジルクの様子を見に行く前に何か気晴らしにしたいと思っていたところでマルケスに遭遇した。

 これで何とか気晴らし出来るかと思っていたのだが……俺はとある事を忘れていた。

 

「マルケスさん? もしかしてこの方が貴方の言っていたアルフォンソさん?」

 

「う、うん! そうなんだ! 僕の大切な親友さ!」

 

 しまった、マルケスは今日もステファニーと回るのだ。

 クラリス先輩の事は一旦頭の片隅に置いていけるがそれはそれとして関わり合いになりたくなかった事が舞い降りてきて憂鬱になる。

 しかし怪しまれるのも面倒だし、ここは普通に挨拶しとくか。

 

「オフリー嬢、お話はマルケスから伺っております。我が親友と仲良くして下さり光栄に思います。私アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと申します。実家は子爵家と位はそこまでありませんが以後お見知り置きを」

 

「あらご丁寧に。ま、そこらのカス共よりはマシな感じね……良いわ、このアタシに名を覚えられる事、名誉に思いなさい!」

 

 取り敢えず一旦媚びを売っとけば敵視はされないだろう、俺はするがな。

 ご機嫌な時のステファニーは中々に美少女だしずっと何も起こさず馬鹿な高笑いでもしてれば良いのに……どうしてこう、最高に頭の悪いクズなんだろうなコイツは。

 

「オフリー嬢、挨拶だけで申し訳ございませんが私これから予定がございます故、これにて失礼させていただきたく思います」

 

「ま、別に話す事無いし良いわ」

 

「ありがとうございます、それでは失礼致します」

 

 はい高速離脱成功、マルケスにはアイコンタクトで『万が一には何としてでも止めろよ』とだけ伝えてその場を去る。

 あんなところそう長々いて堪るかってんだ。

 

 しかしクラリス先輩にカーラ+ステファニーに公国戦……はぁ……憂鬱になるなあ……暇を見つけて久々にマリーに耳かきでもしてもらうか……



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第二十六話『俺も参加は流石に聞いてない』

「じ、ジルク大丈夫なの?」

 

「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ありません。ですが大丈夫ですよ、骨折しただけですから」

 

「足に加え腕まで骨折した奴が言うと全くもって説得力が無いな」

 

「はは、面目無い……」

 

「でもこのレースで自分の生活費を稼ぐ予定だったんでしょ? なのに骨折なんて……」

 

「マリーは優しいなあ、原因は間違いなくコイツにあるのに」

 

 気持ちを整え医務室に行くと案の定ジルクは骨折の重傷を負っていた、それも足に加え腕までイカレていたらしく決闘時の再来かと思えるくらいボロボロになっている奴の姿は最早ギャグに近いのではないだろうか。

 

 確かにコイツに多少の引け目はあるがやはりやらかした事がやらかした事とあり同情は正直あんまり出来ないが。

 

「あの……アンジェ」

 

「ん、シェリーか。どうした?」

 

 アンジェに親しげに話し掛けてくる黒髪ロングストレートの美少女はシェリー……お気付きの人もいるかも知れないがかつてアンジェの取り巻きとして暴走しかけていた取り巻き筆頭の二人の内の一人だ。

 今では二人揃って愛称呼びをする仲になり、この人の数少ない信頼出来る友人として談笑してる姿を良く見る。

 

「ジルクさんが出られないとなると、代役を立てないと行けないのですが……」

 

「有力選手は軒並み別競技にエントリーしてるか怪我で出られないかみたいで……」

 

「ノワ……そうか、二人とも調べてくれていたのか。ありがとう……しかしどうしたものか」

 

 そしてもう一人が赤茶髪のセミロングで癖っ毛が特徴の活発少女ノワ、因みに本名はノワールらしい。

 本来ならアンジェが陰口を叩かれるフェーズだったが、脇を支えてくれる二人のお陰でそういうものは鳴りを潜めていた、グッジョブだ二人とも。

 この二人が原作だと公国を手引きしてたド外道コンビとか耳を疑うレベルだわ、今正に耳どころか目も疑うレベルの事が起きてるが。

 

「あら、随分と醜い姿になったものねえジルク」

 

 あー暫くはこの二人の変わり振りに目を細めて和やかな雰囲気で行きたかったのに出てきましたよクラリス先輩……しかもこれまた案の定本来より色んな意味で切れ味鋭そうな感じで。

 

「クラリス……やはり妨害行為はあなた方の仕業でしたか」

 

「えぇ。私を捨てたアンタにはもっと酷い目に……地獄に落ちるより苦しい生き地獄に遭ってもらうわ」

 

 クラリス先輩の威圧感が怖い怖過ぎる。

 オイオイどうなってんだよこれは、原作基準だと半グレ程度だったのがガチでグレきる直前みたいになってるじゃねえかよ。

 あーあ、シェリー、ノワとかビビりまくってんじゃん……ダニエル、レイモンドお前ら来なくて良かったな……

 

「美人が怒ると迫力あるよね」

 

「もうっ茶化さないでくださいっ。めっ、ですよ!」

 

「嘘だろリオンお前の心臓どうなってんだよ」

 

 リビアが可愛くて昇天するリオンを尻目に青ざめる俺の構図。

 こちとら圧が凄くて関わり合いになりたくないレベルなのになんでお前はふざけられるんだ? これでモブな訳ねえわ。

 

「クラリス、気持ちは分かるがあそこまでやる必要はないだろう」

 

「アンジェリカ……何よ涼しい顔して。自分も殿下に惨めに捨てられたくせに」

 

「な……貴方アンジェに向かってその言い方は無いですわ!」

 

「そ、そうよ! しかも流石にアレはやり過ぎよ!」

 

「これは当事者同士の話なの、悪いけどアンタらと話す気は無いのよ」

 

「くっ……」

 

「ありがとう……済まないなシェリー、ノワ」

 

 途中勇気を見せたシェリーとノワが庇いに入るが撃沈。

 いや大切な友人守ろうとした気概を見せただけでも賞賛に値するだろこれは……相手が悪かったんだ、落ち込むな。

 

「……お前、専属奴隷まで連れて随分派手に振る舞っているが一人だけ悲劇のヒロインにでもなったつもりか?」

 

 専属奴隷……そういや忘れてたけどコイツらの存在って色々アレなんだよなあ……だってアレだろ、身体だけの関係だけ持たせる所謂そういうセクシャルなフレンドな訳で。

 マリーには奴隷ではなく使用人としてカイルが着いているが、というか今もちゃっかり使用人だからマリーの隣にいるがアイツはあの子にとってはセクシャルなフレンドとかではなく弟みたいに可愛がってるらしい、まあ俺というものがありながらそんな事する子では無いしカイルもそれはしないだろうが。

 マリーからは生意気だのなんだの愚痴を聞くがホッコリしてしまう程だ。

 

 ……閑話休題、俺の現実逃避は終わりだ。

 

「う、うるさい! アンタに何が分かるのよ!」

 

「お嬢様、相手は公爵家です……いくら何でも分が悪過ぎます」

 

「チッ良いわ……ジルク、これからずっと仕返しをしてあげる。泣いて許しを請うのね」

 

 現実逃避終わり次いでにジルクにこの先の言葉を言わせない様にとにかくジルクにアイコンタクトを送り続ける、頼むからこれ以上余計な事をして火に油を注ぐなと。

 下手に誤魔化しても意味無いからこれしか出来ないが何とか頼む、通じてくれ……!

 

「フッ……分かってますよアルフォンソさん」

 

 よし、何とかなったか……?

 流石馬鹿レンジャー最高の馬鹿にして原作最終回まで悪癖の直らなかった致命的な作中一の馬鹿と言えどこれくらいは通じてくれないと……

 

「それであなたの気持ちが収まるなら。ただしマリエさんに何かすれば我々が許しません」

 

「ジルクー!?」

 

 うわぁ盛大に期待を裏切ってきたよこの人。

 ここまで来ると逆に期待を裏切らないまであるよこの行動。

 お前それやったらマリーに飛び火するってなんで分からないかなあ……はぁ、何かあったら不味いしカイルにアイコンタクトしとくか。

 

(分かってますよディーンハイツ様。いざと言う時は守りますから)

 

 カイルが聖人過ぎる件。

 どこぞの腹黒緑とは格が違ぇや。

 

「え!? えーっと……ご、ごめんなさい……」

 

「……はぁん? それがマリエねぇ……そもそもアンタさえ居なければ私はこんな想いしなくて済んだのよ……アンタさえ居なければ……!」

 

「ひぃ!」

 

 

 クソ、だから言ったんだぞ俺は……これ以上何も言うなって。

 原作以上にクラリス先輩に恨まれてるだろうマリーに何とかして標的を可能な限り向けさせない様に仕向けていたのはこれを防ぐ為だったのだ。

 

 完全に殺意を向けてマリーに飛び交ってくる……ここからじゃ庇うのに間に合うかどうか……いや、間に合わせる……!

 

「ご主人様っ」

 

 と、俺が飛び込むすんでのところでカイルが身を呈して自分ごとマリーを押し倒して何とかかんとか回避。

 焦り過ぎてアイツの存在忘れてたわ……さっき指示出したの俺なのに。

 

 しかしそれでも来ようとするので今度は俺が二人を庇う様にして前に出る。

 好きな女くらい守れなくてどうすんだよ。

 

「クラリス先輩……それ以上は一線を越えます。止めていただいても宜しいでしょうか」

 

「……アンタは?」

 

「アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ。マリー……マリエの正式な婚約者だ。確かに過去コイツがやった事は許される事では無いのかも知れない……だが、それを知って今生き直そうとしているんだ。どうにかその怒りを収めてくれないか?」

 

「止めない、と言ったら?」

 

「マリーには死んでも手出しさせない。その代わり俺を殴れ。コイツの責任は婚約者である俺の責任でもあるからな」

 

「ま、待ってよ! アタシのやった事なんだからアタシの責任じゃない! アルが背負う事無いでしょ!」

 

(コイツら見てると確かにヒロとアヤだわ……このラブラブカップルがよ……)

 

 ピリピリした空気の中近くにいたリオンの独り言が聞こえた。

 お前という奴は……空気を読んでるんだか読んでないんだか分かんねえってそういうのは。

 

「…………はぁ、良いわよ。マリエ……アンタの事は思うところは大いにあるけどその婚約者くんの顔に免じてアンタへの嫌がらせは止めてやるわ。でもジルク……私はアンタだけは何がなんでも許さないから」

 

 しかし何とか乗り切れたか……クラリス先輩が元は聖人優等生だから引き下がってくれたんだろうな。

 居なくなったと分かると冷や汗が出まくって仕方ない。

 

「ふぅ……っと、マリー立てるか?」

 

「う、うんありがとう……と、というかアルは無茶し過ぎなのよ! 全くアンタはもう~!」

 

 ガミガミと色々言ってくるマリー。

 だが今の俺は無敵だ、何せそんなお小言よりとんでもないプレッシャーを目の前で受けたんだからな、ハッハッハッ、膝が震えるなあ!?

 

「カイルもありがとな」

 

「いえ、主人を守るのは当然の事ですからね」

 

「しかしどうする? 次のレースは代役を立てるしかなさそうだが」

 

「いいえ私が出ます。それが一番冴えたやり方です」

 

「一番冴えたやり方は婚約破棄しない事だろうがよ」

 

「あとさっきのアイコンタクトが大暴投してるから少なくともお前が冴えてるは絶対嘘だわ。お陰で俺が割食ったんだぞ」

 

「……」

 

 おいジルクお前は目を逸らすなや。

 

「その事なのですが……」

 

「そ、その……代役は『二人』必要らしくて……」

 

「は? いやなんで?」

 

 何にせよこれで一旦は凌いだ……と思ったら何か凄く嫌なワードが聞こえたんですよ、ええ。

 え、なに、代役が二人? はは、そんな馬鹿な……

 

「ジルクさんのブロック予選で走った選手が全員負傷もしくは違反による強制着外らしく……そのブロックから決勝に上がれる選手が一人も居ないんです」

 

「なんだと……」

 

 そりゃアンジェもビビるわそんな事聞かされたら。

 俺もビビってるよ頭おかしくなりそうだよ。

 

「こうなったら……リオン、アル! アンタ達が出場しなさい!」

 

「はぁ? なんで俺達が?」

 

「あぁ……やっぱり俺も巻き込まれるのか……俺も参加は流石に聞いてないって……」

 

 ほらもうこれだもんな。

 あー最悪だ、俺は賭博で楽したかっただけなのに……

 

「リオン、アル、私の事は気にするな。特にリオンにこれ以上迷惑は掛けられない」

 

「……ダメ? アルぅ……?」

 

「よし出ようリオン、俺達なら向かうところ敵無しだろ!」

 

 前言撤回しよう、今俺は猛烈にエアバイクレースに出たくて堪らない気持ちになっている。

 そりゃお前マリーの上目遣い+涙目なんて見せられてみろこれに勝てると思うか、俺は思わないね。

 

「ああ! アルがマリエに取り込まれた!(とは言っても俺もアンジェパパには大きな借りがあるんだよな……俺を庇ったせいで困る羽目になったアンジェを見過ごせばアンジェも俺も立場が無い……)」

 

 因みに断った場合俺もアンジェパパことヴィンスさんにはそれこそリオンの数百倍の大恩があるので立場が一瞬で無くなります、と言うか死罪一直線ですありがとうございます。

 だから出るしか無いんだよリオンくん。

 

「ま、マリーそこまでしなくても私は……」

 

「いや……出場する」

 

「流石リオンくん話が分かるじゃないか」

 

「お前は分かりすぎな?」

 

「アタシだってアンジェの友人だもの、やれる事の提案くらいしなくちゃ。二人とも数合わせくらいにはなるから少なくともアルが順位争いにさえ絡まなきゃ大丈夫でしょ」

 

 あ、リオンは心配しないのね君。

 俺の事は心配してくれてる様で特別扱いされてる感じがしてニンマリしてしまう、大切にされてるんだなあ俺。

 

「つー訳だ泣いて喜べ緑の陰険野郎! 俺は優勝かっさらってお前の代わりに稼いできてお前に貸しを作ってやる!」

 

「俺もやれる事はやるしな」

 

 とはいえ出るからにはやれる事はやってやる。

 少しくらいカッコイイところ見せたいしな。

 

「今はあなた達を頼るしかなさそうですね。大きな借りになりそうですが」

 

「あぁすぐに返してもらうから覚悟しておけ」

 

「心配するなマリー……表彰台は狙うが何も問題は無い」

 

「いやそれが一番の問題なのよ?」

 

 さて……そんでもってかなりの大事に巻き込まれたがこのせいでアンジェ、ステファニーの乱闘を俺自身で止められないのが痛手だ。

 ここはステファニー側はマルケス、アンジェ側は殿下とシェリー、ノワを信じるしか無いか。

 

 ……それより今はエアバイクレースだな。

 

 目標は3着、手堅く表彰台乗って賞金貰うかね。



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第二十七話『どう考えてもお前が悪いよ』

「悪いなセミエン、メンテナンスとか手伝ってくれて」

 

「良いって。リオンのも整備したかったけどアイツは全部自分でやるって言ってたから。こうやって同じ学園、同じ下級貴族の境遇の奴に託せるもん託したいんだよ」

 

 決勝前、結局エアバイクは原作通り俺もリオンも訓練用のプロトタイプしか用意されなかったがここまでは想定内と言ったところだ。

 ところで今話してる奴だが、コイツはジルクとは別ブロックで惜しくもブロック3着で決勝に行けなかった一年の有力選手だった。

 ただ一年&下級貴族イビリが酷かったせいかエアバイクは故障し代役での決勝進出も叶わなかったという不憫な目に遭っていた。

 

 だからなのか、一年で決勝に出る俺とリオンに『やれる事は全て託したい』とメンテナンスを申し出てくれたのだ。

 リオンは魔改造して爆走するにしても、俺は優勝狙いではなく『リオンを妨害する選手を蹴落としてちゃっかり3着』が目的なので良い感じにメンテナンス入れてくれるなら丁度良い。

 他も優勝狙いよりかリオンと俺にヘイト向けてダン先輩優勝させる腹積もりだろうし技量がそこそこでもどうにかなりそうだし。

 

「つっても俺授業で乗ったくらいしか無いけどな」

 

「にしては上手すぎだろ」

 

「鎧操縦はリオンを除けば殿下達より上手い自信があるからな。機体コントロールや勝負の駆け引きはお任せあれってね」

 

「いやほんと……お前の決闘凄かったよな。根性あるよ」

 

「それでも勝てる気はしなかったけどな、それに俺アレで敵大量に作っちゃったし」

 

 しかしセミエンは話しやすくて良いな。

 学園じゃ今や俺は敵だらけ、リオンと同数程度には恨まれてる存在だろうに問題無く話してくれるのは良い意味で気が緩んで助かる。

 

「違いない。でも俺はあんな蛮行してでも愛する人を手に入れたかったって気持ちを見て感心しちまったよ。……っと、よし、これでメンテナンス完了かな。規定内での改造もしといてやったからちょっとは目立ってくれよ?」

 

「予定じゃ3着以内には入る計算だ、心配ご無用ってな」

 

「んじゃ俺は戻るけど、怪我はすんなよ。期待してるぜー」

 

「はいよー」

 

 気分転換にもなったし、さてリオンとこに行って談合でもして来るか。

 まさかあの人が俺に勝ちを明け渡すなんて無いだろうが一応俺はリオン―ダン―俺の三連単一点特化で金を賭けてるんだ、下手に勝った方が損失が出る計算になる。

 

「えーっと、確かリオンは……げっ」

 

 リオンの待機してる場所を探して見つけた……は良いがほぼ同時にリオンのところにダン先輩が来てしまった。

 ここ被るのだけは面倒だから嫌だったんだがなあ。

 

「代役はお前らか……あとディーンハイツお前げっ、とはなんだ」

 

「お、アル……に、おや? 優勝候補筆頭のダン先輩が俺に何か?」

 

「そりゃあんな事あったらあんま顔合わせたくないでしょうよ……」

 

「その件はこちらも悪いと思ってる……しかしジルクの代わりがスコップ野郎とはな。先に謝っておくがお前に恨みはないが次のレースは本気で潰す」

 

「やむにやまれぬ事情でもありました? クラリス先輩にでも脅されましたか?」

 

 ってかリオンお前の方がこの勝負にバチバチしてないか?

 一番やる気無かった癖に煽りがエグい。

 俺的にはソフトな描かれ方をしたアニメルートを準拠にした会話が繰り広げられると思っただけに原作版の煽りに少し引いてしまう。

 

「違う!! ……ゴホン、悪かった」

 

 クラリス先輩も本来は聖人だからなあ、そりゃ否定したくもなるよな。

 ダン先輩が言うにはやはり婚約破棄までは清純可憐で優等生な聖人だったらしく話し方もお淑やか、みんなの憧れの的だったがこれまたやはり夏休みからおかしくなってしまい専属奴隷は大量に付けるわ見た目も口調も不良じみてしまうわで取り巻き一同ジルクにはただならぬ恨みを抱いているとか。

 

「俺の家は宮廷貴族でも末席だ。爵位もなければ、俺自身は跡取りでもなかった。でもな、お嬢様はこんな俺にも優しかったのさ。俺にエアバイクの才能があると知ると、支援してくれた。おかげで卒業後はこいつに乗って働く仕事に就けそうだ」

 

 聞けば聞く程クラリス先輩が不憫に思えて仕方ない。

 勿論俺にだって確かに責任は大きくある、だからこそこの試合リオンは負けさせられない。

 あと俺も好成績残さないと発言権無くすだろうし、3着になるのにはクラリス先輩への発言権を残す意味合いもあるのだ。

 

 気を引き締めないとな。

 

「……優しい人だ。俺たちの憧れだった。周りの女が酷くて、他のお嬢様連中の取り巻きたちがグチグチ言っているのを聞いて……俺達はこの人で良かったと何度も思ったさ」

 

 うんうん間違いなくこの王国の女共は95%がクソの集まりだわ。

 そりゃそんな現状下の中クラリス先輩(旧)見てみろ、あまりの清楚さと聖人さで信者が出るのは仕方ないって話だろ。

 

「お嬢様の家はエアバイクのレース場を持っていてよ。そこを自由に使えるから練習には困らなかった。ジルクの奴も婚約が決まる前からレース場に通っていたんだぜ。お嬢様はあいつのために指導者を用意して、エアバイクも送ってさ。凄くいい顔で応援するんだよ。それが悔しいやら嬉しいやら……でもお嬢様も凄く嬉しそうな顔をいつもするから全員納得してたんだ。なのに……それなのに! ジルクの野郎は急に、しかも手紙一枚で婚約破棄を言ってきやがったんだ……! お嬢様が会おうとしても絶対に会わないまま、気が付けば婚約破棄だ……! ふざけるのも大概にしろよ……!!」

 

「それはボコボコにされて当然です。俺もジルクは大っ嫌い。つまり先輩と俺は同じイケメンが嫌いな仲間です」

 

「俺はジルクは嫌いと言う程嫌いじゃないがそれはリンチされても何も言えないですよ。せめて向き合って話さないと、そんなの誠実さの欠片も無い」

 

「……分かってくれるか。悪いな、少し気が楽になる」

 

 ダン先輩のあまりに悲壮な語りに頭を抱えたくなってしまう。

 心の底から大切にしたいと思ってた婚約者が急に態度を変えて手紙一枚ではいおしまいとか納得行かないってレベルじゃねーわ。

 大体マリーが極度に恨まれたのだってジルクがそうやって逃げ回ってたからってのが七割くらいあるだろ。

 

「なら、俺は許してくれません?」

 

「悪いな。心情的には嫌いじゃないが、お嬢様の命令は絶対だ。……この命令だけは俺達は絶対にやり通す。何が何でも……この命と引き換えにしてでも、な」

 

 ああダメだこの先輩も覚悟ガンギマリの原作版だ……印象的にこちらの方が俺は好感が持てて格好良いと思ったがいざ当事者になっちまうと胃薬が必要だな……

 つかこのレースでリオンが勝ってもジルクの身の安全はどうなるかわかんねえなこれ。

 取り敢えず死なない様に祈っとこっかジルクくん……

 

「……医務室の件は聞いた。無理かも知れないが、どうかお嬢様を悪く思わないで欲しい。あの人、さっきも言ったが狂っちまったのか夏休みから人が変わっちまったのさ。奴隷を侍らせて、夜はそいつらと遊んで朝帰りだ。昔は……そんな人じゃなかったのにな。俺達取り巻きだけじゃなく、アトリー家の人達も心を痛めている」

 

「……同情しても手は抜きませんよ」

 

「俺とか手抜いたら最下位まっしぐらですからね?」

 

「駄目で元々だ。まぁ、お前らはこういう話に興味がなさそうだから無理だろうな。別にいい。俺の単なる醜い愚痴だ……」

 

 悲痛な言葉を置き土産に先輩は去っていった。

 あの人達はどうにか報われてほしいと願ってしまう。

 

「バイクの改造は完了しました。今の話を聞いても優勝を狙いますか?」

 

「当たり前だ。俺は俺―ダン先輩―アルの三連単に大金を賭けているし俺達が最下位コンビになると思ってる連中が悔しがる姿を見せてくれるんだぞ。そのためには俺は優勝くらいするさ、なアル」

 

「いやーやっぱ前世から幼馴染だとやりたい事言わなくても分かってくれてるみたいで最高だぜ! 俺も同じ三連単に賭けたからとにかくリオンはやりたい放題やってくれ、俺はダン先輩との一騎打ちに持ち込める様に有象無象とバトルファイトしながら3着になるから」

 

「へへ、頼むぜ相棒」

 

「任せときな!」

 

 それはそれとして俺達は作戦通りやる事をやるだけだ。

 打ち合わせしなくても以心伝心出来てた俺とリオンのコンビを嘗めるなよ。

 

 

 

 

 

『いよいよ決勝レース。本命はやはり3年生のダン選手』

 

 決勝の舞台、奇遇にも俺はリオンの隣に配置されたのでチラリと様子を窺う……小さくグッジョブを出してくれたので何も問題無いだろう。

 めちゃくちゃうるさく野次ってくる外野をBGMにスタートを待つ。

 

『それでは決勝戦スタートです!』

 

 さて、スタートダッシュと共に俺とリオンが囲まれる。

 ここまでは何ら問題は無い、俺がわざと蛇行運転で囲んできた連中にぶつかり僅かな隙を作る。

 

「今だリオン! 後は任せる!」

 

「表彰台で会おう!」

 

 その隙にリオンは抜け出し脱出成功、俺が囲まれる形になる。

 序盤から中盤の役割はヘイト管理だが……

 

「ディーンハイツゥ! 王族を侮辱してタダで済むと思うなよ!」

 

「気に入らねえんだよ!! お前みたいな奴は!!」

 

「クソ外道が! 俺の金返せ!!」

 

 おーおーこりゃ管理しなくてもヘイトしか向いてねえわ。

 そりゃ決闘の時あんだけやったら殿下側の取り巻きは面白くないだろうなあ……殿下達自身には悪いと思っているがお前らには微塵も思ってないんだよねえ悪いけど。

 

「俺と殿下は既に和解したんで。あと確かに殿下達には悪い事したと思うけどアンタらには何の感情も無いから悪いけど落ちてな」

 

「な、なにぃ!? ぐわあああ!!」

 

『おおっと首位グループを走るリオン選手とダン選手の後ろでは激しい鍔迫り合いだ! アルフォンソ選手タフな攻撃で一台吹っ飛ばした!』

 

 いやぁそれにしても観客の悔しがる顔を見ながらする運転は最高だねえ、しかもセミエンのメンテナンスのお陰でぶつかり合いに明らかに強くなってるな。

 

 有難い限りだ。

 

『リオン選手失速したと思ったら今度は急にスピードを上げた! 信じられません!なんだこのスピードは!?』

 

 っと、そんなこんな遊んでたらもう終盤だ。

 前方ではダン先輩の独走状態だが後ろからとんでもないスピードで突っ込んでくるエアバイクが一台……いつの間にか首位グループから最後方ポツンまで落ちてた、所謂予定通りのリオンだ。

 

 うーんこの煽り運転最高や! 良い子は真似するなよ!

 

『まさかの展開! リオン選手優勝争いに浮上してきた!』

 

「やらせるか……ぎゃっ!?」

 

「悪ぃがオメーらの相手は俺だよォ!」

 

「ちくしょう!」

 

 そしてそのままリオンは爆速でダン先輩に並び立つ。

 どうやったらそんな魔改造したのか気になるわほんと。

 

「速え!怖え!もう二度とレースなんて出るもんかああああああああぁぁぁ……」

 

『ご、ゴール! 優勝はリオン選手だー!!』

 

「うわぁ……ありゃオーバースペックなんてもんじゃないだろ。ま、後は3着をいただくだけなんですけどね」

 

 1着2着が確定した後に俺もアクセルを全開にする。

 ま、その後は別段ドラマも無く小競り合いでボロボロになった連中のエアバイクでは到底追い付ける訳も無く3着で無事フィニッシュ。

 

『2着ダン選手、3着にはアルフォンソ選手! 一年生が優勝と3着、二人表彰台に立つ歴史的快挙達成です!』

 

「うわぁぁ!」

 

「またお前らか~!」

 

「疫病神共が~!」

 

「死ね~!」

 

「ダーハッハッハ!! ざまぁみろ!! 今度はお天道様の下を歩ける正真正銘の功績だ!!」

 

 あー楽しかった、俺はまた乗るくらいならしても良いかな、と近くで爆発するリオンのエアバイクを尻目にそう思う。

 

「……あ、そういやアンジェとステファニーの乱闘あったんだっけ、うっ急に胃痛が……」

 

 そしてそれと同時に今思い出したくなかった事を思い出し少し心労が溜まる。

 

 いや今は忘れようそうしよう……うん、それが良いな……



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第二十八話『ジルクの代償、アルフォンソの罪滅ぼし』

セミエン・フォウ・ルブロイ(オリキャラ)
167cm/60kg
五位下男爵家の末っ子で努力家
リオンやアルフォンソと言った嫌われ者にも偏見を持たず接し、同志としてアルフォンソのエアバイクのメンテナンスを行った
ジルクやダンよりは劣るもののエアバイクの腕に長けており、その界隈では期待の掛かる選手の一人
実はリオンと殿下の決闘にだけお小遣いを賭けていた経緯があり、リオンに稼がせてもらっていたりもする


「ふぅ……お、セミエン」

 

「よ、3着おめでとう。凄かったぜお前……応援して良かった」

 

 ジルクのいる医務室に戻る途中セミエンを見つけた。

 優勝では無かったものの自分の夢を託して走った同じ境遇、同じ学年の俺が表彰台に上がった事で凄く輝いた目をしている。

 ここまで喜ばれると俺としても走って良かったと心の底から思う。

 

 ……よし、決めた。

 

「セミエン、受け取れ」

 

「待て待て!? いや、なんでお前それ……だって……」

 

「良いんだよ。お前が頑張ってメンテナンスしてくれたから俺はただの訓練機でも3着になれた、ならご褒美があったって誰も文句無いだろ? つーか俺の中ではセミエンこそが実質3着みたいなもんだし」

 

 俺はセミエンに重量のある袋を受け渡す。

 そう、この中には今大会で3着に入った賞金全額が詰め込まれている。

 1着に比べると大分少ないが、それでも下級貴族からしたら非常に生活が助かるレベルの金額が入っている。

 それを、俺は渡したのだ。

 

「あ、アルフォンソ……」

 

「俺は最近賭博でじゃんじゃん稼いでるしな、なんてな! ……本当は応援されたのが嬉しかったってのが本音で、それの礼代わりみたいなもんだよ」

 

 野次を聞くのは好きだ、それこそそれを真っ向からぶっ潰す事はもっと大好きだ。

 しかし人間の、純粋に応援される事で得られる物の大きさにはいつも驚かされる。

 こんなに心強く、頼もしく、嬉しいものかと感じてしまう。

 この賞金をセミエンに渡すのは、そんな気持ちへのせめてもの礼代わりだ。

 

「ありがとな……良かったらこれからも仲良くしてくれ」

 

「こんな俺で良かったらいくらでも歓迎するぜ」

 

 グータッチを交わす。

 これで俺にもリオンサイドの友人を除いてやっと二人目の友人だ。

 これも何気に嬉しかったりするのはまた秘密だったりする。

 

 

 

 

 

「ハッハッハッハッハ……」

 

「いやぁ稼いだ稼いだ。マリーこれで借金どれくらい消せる?」

 

「うーん、半分は何とか……?」

 

「ラーファン家どうなってるん? 頭おかしくね? まあこれで半分減るなら良いか……」

 

 所変わって医務室。

 俺は賭博で全力で稼いだ金を借金返済に当てる算段を立て横でとんでもない顔をしながら笑うリオンを尻目にマリーと相談をしていた……のだが俺の四割……勿論例の決闘で溺れても溺れたりないくらい白金貨を手に入れて……の財産をこのエアバイクレースの全試合に二連単で投じて、そこから決勝も最下位人気―1番人気―ブービー人気の三連単で完璧に稼いでってしたのにも関わらずマリーが肩代わりする羽目になったラーファン家全借金五割の半分ってラーファン家は一体どれだけ借金してんだよ。

 

「ちょ、流石に負担掛けすぎじゃない……?」

 

「気にすんな、俺としては多過ぎるくらい手に入れた金だ。婚約者の為に使えるのなら本望だよ」

 

「……ありがとね」

 

 実際のところは金はいくらでも、それこそ今ある資産でも足りないくらい欲しいがそれ以上にマリーに使えるなら本望と言うのもまた本音だった。

 何せマリーが自分でやらかした借金ではなく完全に全て元実家に背負わされた全くもって責任を負う必要の無いものだからな。

 

 ……なんか思い出したらまたジワジワ腹立ってきたな、潰せる時になったら絶対フルボッコにしてやる。

 

「お前も大変そうだなマリエ……まあ多少の援助くらい考えといてやるよ」

 

「な、何が目的!?」

 

「いや酷いなお前(一応は前世で妹なんだし……あと幼馴染の婚約者だしな。いやそっちをメインにしとこうそうしよう)」

 

「はっ……つい本音が」

 

 リオンお前はもう少し素直になれば良いものを。

 本当は妹大好きな癖に。

 

「ったくお前は……あ、それより……ジ~ル~ク~く~ん? 早速借りを返してもらおうか?」

 

「分かりました、何でも命令してください。可能な限り応えますよ」

 

「何させるんです? 裸で逆立ちとか?」

 

「え!?」

 

 話は移り変わって本題のジルクが返す借りの話になっていた。

 カイルは性格がこの時点である程度マリーに信頼寄せてるレベルになったのにその提案は変わらないのかよ。

 あとマリー? そんなもん想像しなくて良いからな? 目に毒だから。

 

「それも良いな。女子の前でやらせれば金になりそうだ」

 

「どこまで守銭奴なのよアンタは……」

 

「鏡を貸してやるから自分の顔を見てみろ、俺と同等レベルの守銭奴がいるぞ」

 

「は? じゃあアンタ実家がクソ貧乏でしかも実家から使用人未満の扱い受けて学園入学前の主食が森で採ったリスと熊になり掛けたアタシの気持ちが分かる訳? まあギリギリアルの家でお世話になれたから主食にならずには済んだけど」

 

「スマン俺が悪かった、許せ」

 

「そ、想像以上にラーファン家は酷かったんですね……それで私は何をすれば?」

 

「おー悪いな、それはだな……」

 

 

 

 

 

 再び所変わって今度はクラリス派閥の飛行船ラウンジ、そこにリオン、ジルク、クラリス先輩、ダン先輩、それを筆頭にしたクラリス派閥の取り巻き連中、片腕を骨折していたジルクに肩を貸す名目で俺の計十人程度が対峙していた。

 俺はダン先輩だけだと思ってたのに原作版の殺伐とした雰囲気はNG。

 

「この度のことは本当に申し訳ありませんでした。すみませんクラリス。あなたには悪いことをしたと心から思っています」

 

「今更遅いのよ! 私は……私は……婚約破棄されても、それでもずっと、ずっと待っていたのに……それをこの期に及んでたった手紙一枚で全部無かったことにできるとでも思う訳!?」

 

「あなたの前で嘘をつくのが嫌でした。私は他の女性を愛してしまいましたから」

 

 刹那、ジルクの頬にビンタが飛んでくる。

 クラリス先輩の怒りはご最もが過ぎる、ずっと待っていた婚約者が手紙一枚寄越して婚約破棄なんて、俺からしたら自殺ものだ。

 最悪この人は、自分が愛した人間が他の人間を愛しても誠実に諦められる人間だろう、今回も本題がそこでは無いのがマリーに言った言葉から分かっていた。

 本題は、自分に何も話さず勝手に婚約破棄されたという『裏切り行為』に他ならなかった。

 

 そして当のジルクはこの有り様だ、なんでコイツは一々人の癪に障る事ばかりセレクトして言葉にしてしまうのか理解に苦しむ。

 

「あはは! そうやってまた誤魔化すの? ジルク、貴方はいつもそうよね、そうやって体良く言い繕って自分とユリウスの評価ばかり気にしてッ!! 婚約者の私にだって本音を語ったことなんかただの一度もないじゃない!! ああそう、だからそうして今もそうやって謝るふりをして逃げるのね……こんなのに恋してた私が馬鹿みたいじゃない……!!」

 

「自分でも分かりません。けれどマリエさんを愛してしまったんです。その気持ちに嘘を付きたく無かったんです」

 

「うーんこのクズ」

 

「お前がイケメンだから綺麗に聞こえる気もするが、要は面倒だから会いたくなかっただけじゃねぇか」

 

「……」

 

 オイ何か言い返せやジルク、お前これに言い返せなかったら自分の命が危ないの分かってんのか? 分かってないんだろうな。

 俺達のツッコミに言い返さないと分かるや否やクラリス派閥の取り巻きの殺気立ちが頂点になった。

 

「調子の良い事を抜かすんじゃねえよ!!」

 

「お前は……お前だけはァ!!」

 

「ジルク貴様ァァァ!! 俺達のお嬢様を裏切ってタダで済むと……!!」

 

「待ってみんな!!」

 

 しかしそれを制したのもまたクラリス先輩だった。

 慌てて止める様は少し前まで立派な清純可憐なお嬢様だった片鱗が見えて更に悲しくなってしまう。

 ジルクお前……殺されなかった事を神に感謝しろよ本当に……

 

「お、お嬢様……しかしッ……」

 

「もう……もう、良いのよ……貴方達が手を汚す価値も無いわ。私はこんな男とは金輪際関わらない。これからは他人よ。二度と私の前に姿を見せないで……関わらないで」

 

「申し訳……ありませんでした。そしてありがとう……クラリス」

 

「呼び捨てにしないでくれる? もう顔も見たくないのよ、アンタなんて」

 

 そして取り巻き達に強制的に退室させられるジルク。

 あ、俺とリオンは追い出されないのね……やっぱりこの人達ちゃんと常識あって本質的にはきっと優しい人達なんだろうな。

 

「……悪かったな、色々と迷惑を掛けた」

 

「そ、それ程の事はしてませんって……」

 

「悪いのは全部アイツなんですから、ダン先輩が謝る事じゃないでしょ」

 

「と、取り敢えず俺帰りますね?この場には相応しくない」

 

「いや、少し待ってくれ」

 

「せ、先輩……」

 

 リオン……面倒だからって俺を置いて逃げようとするのは止めような、俺は別に置いてかれても本題があるから別段どうも思わないけど他の人間ならキレてるぞ。

 

「俺達が呼び出してもアイツは来なかった。お前らには――男爵とディーンハイツ殿には感謝しています。数々のご無礼、申し訳ありませんでした!」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

「俺達に至らぬところがあったのならば殴ってもらっても構わない、だがお嬢様は今回の件とは無関係だと言う事にして見逃してはもらえないか?」

 

 どこまで誠実なんだよこの人達……しかも何とかしてクラリス先輩だけは全力で逃がそうと言う団結力もある。

 殿下や馬鹿レンジャーの取り巻き達もこれくらい見習ってほしいんだよ。

 

 さてと、リオンにばかりこの話を背負わせるのも少し気が引けるし、ここは俺が一芝居打って悪者になっとくかな。

 

「ウチのマリーにした事を無視しろと?」

 

「駄目なら俺が責任を取るまでさ……俺の命を持ってしてな」

 

「だ、ダンさんにだけ責任は取らせませんよ! 俺だって死罪になる覚悟くらいは!」

 

「俺達だってお嬢様の為ならなんだってしてやる!!」

 

 全く……本当に良い人達に恵まれたなあこの人は。

 それと同時にジルクのやらかしっぷりが盛大に露呈してくるな、アレが最後に根性見せる馬鹿レンジャーじゃなかったら今すぐ半殺しにしてたところだ。

 

「ま、待ってよ! 私はそんな事絶対許さないから! ……全ての責任は私にあるの。貴方たちは私の命令に従った。それだけよ」

 

「ですがお嬢様!」

 

「あーはいはい面倒な小芝居は止めて貰えますか、アルお前もな。それに責任を追及しても面倒になるからそんな事しませんよ」

 

「と、言う訳です。クラリス先輩……ダン先輩達、良い人達っすね」

 

「お、お前ら……許してくれるのか」

 

「つーか最初から全部アルの演技ですよ……」

 

「……ありがとうみんな」

 

 やっと泣き止んだと思ったクラリス先輩の目にまた涙が込み上げる。

 しかし今度は、ダン先輩達大切な人々が全力で自分を守ってくれたからという感謝から来るものだった。

 

「まあそんな訳なんでそれじゃ俺はこれで……アルは残るのか?」

 

「あーまあ、ちょっとだけな。今出来た」

 

「分かった……先輩も、男なんて星の数くらいいるんですから早く立ち直ってくださいよ」

 

「……貴方は、捻くれてるけど優しいんだね……でも、私もう……汚れちゃった……アハハ……」

 

 そんな悲しそうに笑わないでほしいんだけどな。

 ほら、リオンも心苦しそうな顔になっちゃったし。

 

「安心してください。俺は嘘を付くのすら面倒なタチなんで素直に言いますが良い女のその程度の汚れなんて男は気になりません。まぁ、専属奴隷の数はどうにかするべきですが」

 

「……ふふ、ありがとう」

 

「そんじゃ俺は失礼しますね……ここに来る途中で、アンジェの友人から俺の友達が色々ピンチらしいって聞いたんでね」

 

「うん、行ってあげて」

 

 リオンは口説き文句だけ言い放ち去っていった、お前もお前で罪作りな男だよ……こんなんで良くモブが名乗れるな。

 っと、んじゃ俺の用事も済ませとくか。

 

「……先輩、リオンに惚れました?」

 

「……へ!? い、いや、その……」

 

「お、俺達リオン男爵なら応援しますよ!」

 

「で、でもほらリオン君にはアンジェリカも……あと平民の子……オリヴィアちゃんだっけ……も、いるし身分も……」

 

 おやおやクラリス先輩焦っちゃって可愛いな。

 本質的にはこっちが素なんだろう、微笑ましくて良いな。

 

「アイツ、リオンはこれからもっと功績を上げますよ。それこそ男爵や子爵に収まらないくらいにね……しかもリオンはああ見えて責任感のある男なんで、ハーレムでも全員しっかり愛してくれますよ……それこそ今度こそ裏切りなんてしないと確約出来る程に」

 

「アルフォンソくん……」

 

 そう、俺の目的はこれだった。

 結局結ばれる事無く卒業後も独り身だったクラリス先輩、せめてこの人の幸せをちょっと後押ししたって問題無いだろう。

 最後に決めるのはリオンで良いんだし。

 

「因みに俺の用事はこれを後押ししたかっただけなんで失礼しますね……あ、そうだ」

 

 俺はわざと思い出した様に呟く。

 これが俺の、クラリス先輩に送る最後の一押しだ。

 取り巻き含め全員が『?』となってるところにそっとそれを投下する。

 

「これはただの独り言なんですがね? リオンはどうやらお淑やかな女性が好みらしいですよ。……それじゃあこれで」

 

 先輩が無理してこんな格好してる事も、無理してあんな不良みたいな言葉遣いしてたのも分かってたからな。

 これで苦しみから解放されてくださいね。

 

 ……そして幸せになってください、応援してますから。

 

 少しくらいは、罪滅ぼしになったと信じて。




クラリス・フィア・アトリー(原作・アニメとの相違)
ジルクに裏切られた事で不良化し派手な格好や粗暴な言動が目立っていたが実はずっと無理をしており今でも清純可憐な優等生側の方が素
余裕が無くなると話し方が素に近くなる
二十八話時点で既に明確にリオンへの恋心を持っている

ダン・フィア・エルガー
恐らく騎士家の人間(嫡男以外)
本作では原作版の『いざとなれば死罪でも受け入れる』覚悟が決まり過ぎているダンでアルフォンソをドン引きさせていた
クラリス派閥取り巻きのまとめ役


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第二十九話『なにこの状況……』

 俺は今猛烈に意味の分からない状況に遭遇していた。

 いやね、これの何時間か前結構シリアスな状況にいたと思うんですよ俺ね、うん。

 だってアレよ、クラリス先輩への罪滅ぼしとか何とか言ってリオンへの恋心後押ししてきたんですよ俺。

 普通さ、その後はしんみりとした状況とかになる訳で。

 あとこのまま行くとリビアがかなりまずい状況になるからリオンに伝えて猛ダッシュでリビアのとこ行かせて。

 少しだけでもお互い状況良くなってすれ違うけど想像以上に仲直りあっさり出来るとか、そういうの画策してた訳じゃん、実際リオンにはギリギリ伝えられたから半分は成功だけども。

 

 って今はそれはさておかないといけないんだけども。

 

 こればかりはちょっと意味が分からないんですよ本当に。

 

「マルさんや」

 

「……な、ななななんだい?」

 

「いや流石にビックリし過ぎて四度見くらいしちゃったんだけどさ……」

 

 ああ、それはそうと今俺はマルケスの部屋にいるんですがね。

 まあなんで今更この状態をお伝えしたかと言うと……

 

「なんで……ステファニー縛られてるん……?」

 

 

 

 

 

 マルケスの部屋、俺と土下座するマルケスと縛られてるステファニー、しかも鼻怪我してないし。

 なにこの状況……そもそも本来この縛られてる金髪ダブルポンデリングクソ女ことステファニーは空賊退治編の空賊のバックであり所謂黒幕、リビアを脅したりアンジェに暴言を吐きまくったりして印象を地の底から更に地の底にまで落としていくド外道だった。

 

 で? それが? なんで今の時間ここで縛られてる訳?

 そこはお前、リオンがガードして原作とは違って、この時点でリビアが不信に陥っても仲直りの際に好感度急上昇のトリガーをセットする舞台装置として存在してないとおかしい訳じゃん。

 

 マルケスお前何したんだよ……

 

「……ステファニーさんは『まだ何もしてない』んだ。だ、だから……その……アル……」

 

「ちょ、一回待ってくれ、な? 取り敢えず俺は状況がまだ飲み込めてないんだ。だから一度状況整理させてくれないか?」

 

「え、う、うん……」

 

「……そ、そこにいるのはオフリー嬢で良いんだよな?」

 

「そうだよ」

 

「で、縛ったのお前で良いんだよな?」

 

「うん」

 

「よし……ちょっとタイム……深呼吸したい……」

 

「ア、ハイ……」

 

 スーハースーハーと息を整える。

 状況整理はしたな、そして更に意味が分からなくなったな。

 ああどうしようこれほんと、一応コイツ伯爵令嬢なんだけど縛ってて良いのかね……まぁ今はそれは置いとくか。

 

「えー……っと、マル? まず聞きたいんだが、コイツ……なんで縛られてる訳?」

 

「……ごめんアル、君の言ってた杞憂が当たっちゃったんだ。ステファニーさんはこの後オリヴィアさんのところに行って、それから空賊を自作自演でけしかけるから不意打ちの連絡用にネズミくんを利用したいって僕に相談をしてきたんだ」

 

「コイツが馬鹿で良かったと心の底から思うわ」

 

 要するにステファニーの馬鹿っぷりは原作準拠だったらしい。

 姑息にもマルケスを洗脳して利用し、いざとなったら全ての責任をリビアとマルケスに丸投げして自分は尻尾切りして逃げる算段だったって事だろう。

 猿轡されてんーんー言ってるダブルポンデリング顔芸人を尻目にコイツがどの世界線でも結局は馬鹿でしか無い事が分かって安堵する。

 

 敵ながら有無を言わさず脅すくらいしないのかよと呆れながらも肩の荷が降りたような感覚に襲われる。

 あといつかこの成金には使った胃薬の代金くらい請求してやる事にしてやるか……なんか原作と違ってこの状態だと上手くやれれば追放されても死にはしないだろうし、どこ行くか知らんけど。

 

「それで……最初は止めたんだけどどうしても無理そうだったから……何とかして実行犯にしたくなくて……」

 

「って事は本当に今はコイツ何にもしてないんだな?」

 

「うん……この後本格的にカーラさんを脅して空賊を暴れさせるって……言ってたけど」

 

「なるほどねえ……ん? って事はこの後カーラに空賊動かす様に指示するのは……」

 

 しかし俺の杞憂は終わっていなかった。

 ステファニーが空賊扇動の指示をしないとなると動かすのはどこになるのかと言う問題だ。

 俺は未だ縛られてる顔芸女を見つめる……仕方ない、何とか口を割らせるしか無いか。

 猿轡を外して口を聞ける様にする。

 

「こんな事してタダで済むと思うなよ下級貴族のゴミが!!」

 

「ハイハイ大人しくしてねー、何なら今から緊急で飛行船動かしてフェイン家の領地まで行けば全て分かる話だから。悪いけど国家反逆罪でオフリー家共々死にたくないなら俺の質問にだけ答えてもらえる?」

 

「はぁ? あの雑魚男爵一人で勝てるとでも……」

 

「いや勝てるだろ。だって決闘の時リオンのアロガンツはスペックの5%も使ってないんだぞ?」

 

「そ、そんなの有り得ないわ!! それにマルケス!! お前がさっさとつべこべ言わず従えばアタシはこうはならなかったのよ!! 分かってるのか!!」

 

「……ごめんね。でも、僕のメカを初めて評価してくれて、そして僕の友達になってくれた君に悪事なんて働いてほしくなかったんだ……」

 

 やっぱりステファニーはマルケスを騙してたのか……近付いたのも、メカを褒めたのも、文化祭を回って仲良くしてたのも、全部演技だった訳だ。

 全てマルケスを洗脳してネズミくんを悪用し出し抜く為にやったハリボテだったのだ。

 

 それを分かっても尚俺の親友は、そのやってきた嘘を全て否定しなかった。

 甘過ぎると思うし、捨てたところで何一つ心が傷つかない様なクズ人間相手だし、今だって本性表して罵倒されてるのにこれだ。

 

「評価? 友達? バッカじゃないの!? 全部嘘に決まってるでしょ!! お前なんて一欠片も評価した覚えなんて無いのよ!! さっきのアンジェリカとの事も止めやがって……下級貴族の分際で――」

 

 通りで鼻の怪我が無かった訳だ。

 それはそれとして俺はこの女の口を強制的に遮る。

 

「テメェ俺の質問以外には黙ってろっつったよな? それともなんだ、今すぐフェイン家に連絡して王宮に突き出して国家反逆で死罪にしてやっても良いんだぜ? あ? 自分の立場分かってんのか?」

 

「ひっ……」

 

 何かヤクザみたいな口調になるが許してほしい。

 国家反逆罪ってだけでとんでもない事なのにそれに加えて俺の親友の、自分をやっと評価してくれる人間に出会えた気持ちや、罵倒されても尚友人と言い張り守りたいと言う気持ちを踏みにじって罵倒する姿が耐えられなかったのだ。

 

「俺はな、そこはかとなく身内に甘い人間だ。だからマルがどうしてもって言うならまだこの連休中拘束してるだけで止めて『ステファニーが何も出来なかった』という状況証拠を作り出してお前の死罪を何とかしてやろうって言ってんだ。それを無下にして罵倒するという意味を考えてからモノ言えや。あと次コイツの事馬鹿にしたらいくら親友の頼みでもお前は即刻突き出すから覚悟しろ、良いな?」

 

「ッ……」

 

「アル……そ、そこまでしなくても……」

 

「お前が助けてほしいって言ったのは分かってる。だが俺が最大限出来る譲歩がこれなんだ、許せ。ここで情報を吐かない限りこの女はどうあっても死罪なんだよ……助けたいって思うならここは我慢してくれ」

 

「……分かったよ」

 

 実際まだ脅しも空賊を動かす事もしてないならここで拘束する事が状況証拠となって王宮への説得になるのは確かだ。

 実行犯でも主導した人間でも無いなら知ってる事洗いざらい話せば身分剥奪と退学、実家の取り潰しと当主の処刑は免れなくてもステファニー本人の死罪くらいは回避可能なはずだ。

 

 俺としちゃこのいけ好かない女なんてどうなっても構わないが、それでマルケスが悲しむんなら死んでもらっちゃ困る訳で。

 面倒だと思いつつもステファニーに向き直る。

 

「アンジェとの殴り合いになり掛けた時もマルに止められたらしいな……本当に感謝しとけよ。それで? お前が動けない以上他に誰か動くよな? 誰がどんな手を使うか洗いざらい話してもらおうか」

 

「ぐっ……」

 

「はぁ……話せばお前の命だけは保証する。死んだら親友が悲しむんだから寝覚めが悪いんだよ……」

 

「クソッ……分かった、分かったわよ……!」

 

 やっと観念したか。

 いくら馬鹿でもここまでやられて観念しない方がおかしいと言われたら否定は出来ないが何にせよ本来あるべきルートが改変されてるとなれば危険な可能性もあるから早めに聞き出すに越した事は無い。

 

「んで? お前が動かないなら誰が動くんだ?」

 

「そ、そもそも今回は全て兄の計画なのよ……」

 

「……そう来た、か」

 

 聞いた瞬間頭を抱えかける。

 根本から黒幕がすげ替えられているとか気付く訳が無い。

 寧ろステファニーを捕まえないと分からない事だっただけに回り回ってこうして捕まってるのがファインプレーとしか言えないだろう。

 

「あ、アタシも確かに加担したわよ大嫌いなアンジェリカが苦しめば良いと思ったわよ! でも空賊だけけしかけて後はオフリー家からアタシは逃げるつもりだったのよ! あんな馬鹿げた家に居られる訳無いじゃない!!」

 

「お、おい急にどうしたんだよ……」

 

 何かステファニーが急に錯乱し出した件。

 しかも相当焦燥してるし怪しいワードも聞こえた気がするし…… 何だかこの空賊退治嫌な予感がする様な……いや、ここで聞くの止めるとか流石に無いな、寧ろ聞かないといけない気がする。

 

「い、一旦落ち着け……あの家が何なんだ? 教えてくれ」

 

「す、ステファニーさん大丈夫?」

 

「はぁ、はぁ……う、うるさい……あ、あの家は狂ってるのよ……何もかも……良いわ、どうせアタシの伯爵家としての地位は終わりなんだし語ってやるわよ……オフリー家の狂気を……」

 

 アルトリーベでも、モブせか正史でも、マリエルートでも一切語られる事の無かったステファニー以外のオフリー家。

 しかしこの世界線では少なくともあのステファニーが恐怖で怯える程の何かを持っている事は確かだと言う事が分かった。

 

 そしてこれから何が語られるのか……それによっては運命の歯車は大きく狂い出すのかも知れない……



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第三十話『当たってほしくない予想程したくないものも無い』

「確かに悪事も沢山働いていたわよ。でもオフリー家はいつからか気付いたら兄に……ロイズ・フォウ・オフリーに家の全てを掌握されていた……そこから何もかもおかしくなったのよ」

 

 青ざめながらステファニーはそう言う。

 だが今青ざめたくなってるのは俺の方なのだ、どのルートでも名前の一つすら出ずに死んでったはずのオフリー兄……ロイズが黒幕なんて話聞かされたらアルトリーベを知ってる前提で話を進めに行こうとする転生者の立場なら全員こうなるのではないだろうか。

 少なくとも俺はそう思うから今冷や汗が止まらない。

 

「そもそもおかしくなったのは一年くらい前、それまでロイズは詐欺が上手いだけでどうでも良い存在だった。でもある日急におかしくなった……母を撃ち殺したのよ、アレが」

 

「ど……どうして、とか分かるのか?」

 

 意味が分からない。

 殺した? 自分の母親を? いくらクズ集団だと言っても身内への情くらい無いのか? 考えれば考える程頭がおかしくなりそうになる。

 声が震えるのを隠せない、マルケスもゾッとしてるのか身体を小刻みに震えさせてるのが分かる。

 

「兄曰く『僕の言う事を聞かない人間は全員こうなると言うお手本にしただけだよ、ありがとう母さん』って……あんなの人間じゃないわよ……しかも暗に『次はお前らだ』と言われてる気がして……実際に何人も殺されたし父もアタシもその日から兄の傀儡よ、当主だって名義上は父でも実権は兄のモノになってる。従わないと殺されるから……く、空賊だって兄が提案して、兄からアタシに命令が下されてそれの実行犯としてカーラが動いてるのが実態よ……分かったでしょオフリー家の異常さが」

 

「こ……これは予想以上……だな……」

 

 ロイズはサイコパスとしか言い様が無い。

 自分の意にそぐわない人間は全員殺すとかちょっと何言ってるか分からない……いや分かりたくもない。

 狂気の沙汰だろ……そりゃ逃げ出したくもなるわ。

 

 そんでもってカーラのバックにいるのもこの世界線ではステファニーじゃなくて実質ロイズって事か。

 つまりこれ、ステファニーもカーラも空賊も失敗したら全員無条件でロイズの抹殺対象になる訳で……チッ、面倒な……空賊とか強制労働者として貴族に売り渡したらそっちまで着いて来て売り渡し先の貴族諸共殺してきそうじゃねえかよ。

 

 何かしら強い力の働く場所に放り込むかこっちから空賊を抹殺するか……いや、後者はリオンが嫌がるだろうし前者で対策を後で練るか。

 

「こ、これで知ってる事は洗いざらい全部話したわよ!?」

 

「ああ……正直、今こうして引っ捕えてなきゃロイズは尻尾切りしてお前に全責任負わせて事前に逃げてただろうし助かったわ……この証言があれば少なくとも指名手配くらいはされるだろうし。ま、その後ロイズによってお前が始末されるかどうなるかはさておきここまで話しゃ一旦死罪は免れるのは確定だな」

 

 コイツもコイツで脅されてたとなれば話は変わってくるからな。

 家絡みの悪事にはまだ学生だから絡めないだろうし、学園で色々やってた+アンジェと乱闘未遂+脅されて空賊けしかけた程度ならそれこそ処分はカーラ並だと思われる。

 

「ふぅ……よ、良かったあ……ありがとうアル……」

 

「おう、まあ気にすんな……それよりここでの話は絶対漏らすなよ、良いな?」

 

「う、うん……流石に話せないし……」

 

 マルケスもホッとした様な雰囲気になり俺も少し息を吐いて肩の荷を若干降ろす。

 とんでもない話を聞いたせいで冷や汗がヤバい。

 

「……このアタシが下級貴族なんかに助けられるなんてね」

 

「なんかって……まあ良いけど。つーかあんだけ騒いでた癖に急に大人しくなるのな」

 

「アタシはもう伯爵家ではいられないんでしょ? クソ程ムカつくし今すぐにでもアンタらぶん殴りたい気持ちもあるけど、そんな事して死ぬなんて無様な真似御免被るわ」

 

 心底不服そうにする、依然縛られたままのステファニー。

 正直なところ終わったら終わったでまた暴れ出すんじゃないかと嘗め腐っていたがそこは腐っても人間、最低限の理解力と身の弁えはあったらしい。

 さて、これで一応尋問は終わりなのだが……俺としてはまだ聞きたい事があった。

 

「俺からの尋問はこれで終わりだが……一つ聞いても良いか?」

 

「……何よ」

 

「お前……なんで取り巻きも専属奴隷も連れてないんだ?」

 

 それはずっと頭の片隅に追いやっていた事だった。

 何せこれまでがそれ以外の事が重要過ぎていた為に気にしない様にしていたが一度そう言った事が終わると急に気になり出してしまう。

 この女は典型的な王国の学園女子であり、取り巻きも奴隷も連れて派手に暴れ散らかしているイメージしか無かった。

 最初にエンカウントした時、そしてエアバイクレースの時、双方共にマルケスを連れていたから特に気にする事も無かったが本来ならばマルケスは『取り巻きの一部』にしておけば都合が良かったはずだ。

 だからわざわざいつもの取り巻きを置いて闊歩するなんてまず有り得ないのだ。

 

 そう言う思考もあり、聞いてみたくなった。

 

「……ロイズは取り巻きも女の奴隷も大量に連れていたわ。あんなおぞましい奴の真似なんてやる訳無いじゃない……死んでもやらないわ……人間なんて誰も信じられる訳無いのよ……」

 

「アイツそんなヤバいのか」

 

「ええ、やりたい放題よ……誰も止められないくらいに。だからアタシは何としてでも逃げたかった……死ぬ程不服だけど……感謝はしてるわ……」

 

 古今東西、狂人を止めたいならそれ以上の狂人になり切れば良いと良く言われるが皮肉にもここでそれが実践されてるとは笑えない。

 ロイズとかいう名前すら初めて聞いたオフリー兄が飛び抜けて狂ってるせいでコイツが比較的まともになってしまってるとは……

 

 しかし……聞いた話を纏めるとこれは最悪の事態が起きてる可能性があるな。

 

「……俺はある程度の話をリオンにしてくる。勿論アイツは空賊討伐の最前線に立つから言うだけでお前に危害を加えるとか不都合な展開にはしないから逃げるなよ?」

 

「わ、分かってるわよ」

 

「マルも、ちゃんと見張っておけよ……後で護衛一人送っとくから」

 

「だ、大丈夫……」

 

「頼んだぞ」

 

 俺は早急に部屋から出るとリオンの部屋……に向かう前に一度俺の部屋に戻る、護衛を送るのを見られるとあまり良くないからな。

 

 ところで護衛に送る人物だが、まあお分かりの通りシーシェックしか居ないので送り込む。

 対人戦闘においては無類の強さを誇るアイツなら何も問題無いとは思うがな。

 

「シーシェック、いる?」

 

「こちらに」

 

 呼ぶと何故か瞬間移動して来たかの様に急に隣に現れる我が使用人ことシーシェック、こんな奴に命を狙われたらひとたまりもないだろうなと毎度ながら思う。

 

「済まないが理由は聞かずマルの護衛をしに部屋まで行ってくれないか? ……今は公に理由は話せないんだ」

 

「かしこまりました。主の頼みとあらば理由など聞くに及びません、お任せ下さい」

 

「……俺の事信頼してくれてサンキューな」

 

「アルフォンソ様がご誕生なされてから、私の使命は主アルフォンソ様の為に働く事ですので。私の方こそ、信頼して下さる事感謝します……では、行って参ります」

 

「おう」

 

 ……ほんと、すげー奴だよシーシェックは。

 

 よし、俺も自分の使命を果たしに行くかな。

 

 

 

 

 

「よ、リオン」

 

「ああ……アルか」

 

「……落ち込んでんな」

 

「俺は……とんでもない思い上がりをしてたのかも知れない」

 

 取り敢えずリオンの部屋には上がり込んだものの、当の本人は酷く落ち込んでいた。

 原作の様な悲劇が起きても浅い傷で済む様にと、クラリス先輩のところから帰るや否やリオンに猛ダッシュで追い付くとそれとなく「もしかしたら一人でいるところを狙われるかも知れない」と言い向かわせ、俺もすぐ追い付く算段だったのだがあんな事があった為無理だった。

 

「らしくないな」

 

「……リビアさ、カーラに言われたらしいんだ。『準男爵家の私でさえ純粋な貴族からは人間に見られないのに貴方が貴族の友達になんてなれる訳が無いのよ。アタシも貴方も、どうせペット同然なのよ』って」

 

「うわぁ……」

 

 ステファニーが居ない現状でどうやってリオンが落ちこむ展開にもつれ込んだのかと思ったが原因はカーラだった。

 アイツも大方オフリー家に原作を超える追い詰められ方をしたからリビアに当たっちまったんだろうが……

 

「それでさ、俺リビアに聞かれたんだ。『どうして私に近付いたんですか?』って。友達になりたかったからって言いたかった……でも言い切れなかった。だって俺はリビアの事もアンジェの事も、最初は舞台装置の一部として近付いた心があったからな。はは、そんな訳で俺、嫌われちまったって事だ」

 

 あーもう、それにしたってリオン……タケさんはいつもは気楽な方向に進みたがる癖に大事なところで深く考え過ぎなんだよ。

 それがこの人が優しいって言われるところなんだけど、場合によってはこうやってなるから誰かが立て直さないと。

 

「正直に今の気持ち言えば良いじゃん。友達になりたかったって言葉は本当なんだから」

 

「か、簡単に言うけどな……」

 

「……後悔しない生き方をしてほしいんだよ、タケさんには。俺は……あっちの世界で後悔があったから、特に」

 

 あとこんな感じで私情もたんまり入ってるけどな。

 

「ヒロ……分かった。お前に言われたなら兄貴分としてウジウジしてばかりでも居られないよな」

 

「そーいう事」

 

 ほら、こうして背中を蹴り飛ばせばこの人は何だかんだ立ち直る。

 原作やアニメのリオンと違って、序盤から同じ境遇と認識出来る俺がいるからこそなし得られる結末があるんだってとこ見せてやる。

 

「あ、そういやヒロここに来たって事は話す事あるんじゃないのか?」

 

「ああそうそう、ちょっとステファニーの事で面倒な事になってな……」

 

 おっと本題を忘れるところだった。

 傷心状態で話すのも忍びないと気を取られてしまった様だ。

 俺はステファニーがマルケスによって今捕まえられてる事、バックの黒幕がオフリー兄である事を伝える。

 

「……こりゃ確かに面倒な事になってるな。それで、そのロイズって奴の話聞いてると俺は一つの結論に至ったんだが」

 

「奇遇だな、俺もこのイレギュラーを聞く限りで大きな可能性に思い至ったんだけど」

 

 これを伝えたかったのは情報の共有も勿論だが、これを聞いての認識の擦り合わせもあった。

 まあその、当たってほしくない予想程したくないものも無いんですがね……

 

 二人揃って溜め息を吐き出す。

 

 

 

 

 

「ロイズ、転生者じゃね?」

 

「ですよねー……」

 

 吐いた溜め息は、虚空に消えていった。




誰なんすかねロイズくん…


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第三十一話『いざ、空賊退治へ!Ⅰ』

 秋の連休初日、大体の生徒は休暇を満喫するのだろうが俺やリオンにとってこの日は小競り合いとはいえ初めて本当の意味で『殺しに掛かってくる敵』を相手に戦わないといけない初日だ。

 

「それじゃマリー、行ってくる」

 

「怪我とかしないでよ?」

 

「心配すんなって。リオン相手なら流石に死を覚悟するけど今回はただの空賊退治、しかも味方にリオンがいるんだから寧ろ俺の出番とか少ないと思うし。でもありがとな」

 

「本当に心配なんだからね……」

 

「分かってるよ。帰ってきたら久々にゆっくりもしたいし、耳かき頼むって事で。怪我したらそんな暇当分無くなるからこれが怪我しない約束、な?」

 

「絶対よ、絶対に怪我しないでよ?」

 

「おう。それじゃ……」

 

「んっ……ぷはっ。頑張ってね」

 

 うん、マリーとのキスはいつしても幸せだ。

 初めて本格的な戦闘になると分かっていても緊張するものはするが、愛するマリーのエールとキスさえあれば俺はいくらでも戦える気がする。

 

「んじゃ改めて、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 俺がどれだけ戦闘するかはさておき、これは負ける気がしないな。

 

 

 

 

 

「これがパルトナーか……」

 

 待ち合わせ場所の港、先に着いていたリオンと軽く話をしながらリビアとカーラ……あと着いてくるオマケを待つ。

 アニメや原作でも見たがやはり実際に見るとルクシオンが作っただけあって頑丈で高性能そうなのが見た目から伝わってくる。

 

「この時代にあっても不思議じゃない外装、内装で性能は一級品。これで動きやすくなるってもんよ」

 

「こんな短期間で建造するとかルクシオン化け物過ぎるだろ」

 

 物作りの性能が高いとは知っていたがそれを知ってて尚そう言いたくなるのは仕方ないかも知れない。

 

「男爵~、ディーンハイツ様~、おはようございま~す」

 

 うわ出たカーラ。

 もう少しのんびり話をさせてほしかったんだけど……しかも原作通りリビアへの態度がバレバレだっての、朝から気分悪いなあ。

 

「リビア……」

 

「……」

 

 んでこの二人もこの二人で流石に一夜でどうこうは出来ないよな。

 取り敢えず今は仕方ないとしておこう。

 

「あ、じ、実は男爵達の他にも空賊退治を手伝ってくれる方々がいるんですよっ!」

 

「は?」

 

「あ、いらっしゃいました!」

 

 うわ出たその二。

 ブラッドとグレッグの二人が手伝うという名のお邪魔しに来やがった、既定路線だからこっちも仕方ないが……いや三人とも露骨に嫌そうな顔してるし……ん? なんでお前らは俺を見ても同じ顔をしてるんだ?

 

 まあ良いか、三人は無視して乗り込むとして……カーラにすれ違いざまにボソリと呟く。

 

「お前……自分のしてる事が気付かれてないとでも思ってんのかよ……覚えとけよ、俺の友人に手を出したらどうなるか」

 

「ッ……」

 

 俺は身内には甘いが……身内を傷付ける人間に対しては容赦しない、それこそ復讐だって厭わない。

 

 そう……いざとなれば殺すくらい余裕で出来るくらいには、な。

 

 

「最悪だな~なんで俺のパルトナーにチンピラを乗せないといけないんだよ」

 

「コイツらの事は嫌いじゃないが気持ちは分からんでもない」

 

「誰がチンピラだ!」

 

「オイディーンハイツ! 君は僕達と同盟を組んだんじゃなかったのか!?」

 

「いつ組んだ!?」

 

 出港して最初の会話がこれである。

 俺だって新品の航空船に馬鹿レンジャーを乗せろと言われたら中々に躊躇してしまうだろう。

 だから許せナルシストと筋肉。

 

「ご、ごめんなさい。私がブラッド様達にも声を掛けていて……」

 

「カーラは僕の元婚約者ステファニーの家、オフリー家の寄子でね。元婚約者とはいえ助けを求められては放ってはおけないだろう。更に賞金首の空賊を退治すれば褒賞と報酬も出て、マリエの借金返済の一助も嫡男としての復帰もどちらも行えてディーンハイツのライバルとして正式に復帰出来るからね」

 

「テメェら人の婚約者奪おうとすんなって言ってるだろうが」

 

 まだ諦めてないのかコイツら……と妙にキラキラする二人に溜め息を吐き出しながら言葉を出す。

 しかもマリーだってもう俺しか見えないんだから勝負なんてするまでも無いのに。

 

「それを聞いて、俺も参加を決めたって訳だ」

 

「たった槍一本で?」

 

「仕方ないだろ! 俺の鎧は没収されて、これしか無かったんだよ! 鎧は現地調達で良いだろ!」

 

 筋肉は筋肉で槍一本でどないすんねんって話。

 いくらなんでも苦し紛れが過ぎるだろ……はぁ、その為に俺が色々用意して来たんだけどな。

 ったく、世話の掛かる野郎共だよ……

 

「ところで青と水色と緑はどこだよ? アイツらなら来るなって言っても来そうなもんだが」

 

「色で僕達を呼ぶのはやめろ!」

 

「そうだよナルシストが可哀想だろ」

 

「違うそうじゃない」

 

「ダハハ! ナルシストは傑作だな!」

 

「お前は脳筋野郎だけどな」

 

「え?」

 

「はぁ……三人は実家に呼び出されたよ」

 

「お陰で俺はナルシストの付き添いだ、コイツは頼りないからな」

 

「うるさいな脳筋が! どうせならクリスに着いてきてほしかったよ!」

 

「なんだとお!?」

 

 おーおー賑やかになったなあ全く。

 このうるささは嫌いじゃないから何となく心地良い。

 ま、そんなのもあと数十分もしたら無くなるんだけどね。

 嫌だねえ戦争なんて……

 

「と、とにかく! みんなで力を合わせて頑張りましょ! ほら……」

 

「あ?」

 

 そんな心地良い騒がしさにノイズが加わってくる、カーラだ。

 この後因果応報でしっかりみっちり悪い事してたのがバレて猛省するとはいえ今はまだ胡散臭い上に陰険なだけだ。

 しかもリビアに対するあの発言……本来ステファニーがするはずだったそれを若干マイルド+自虐含めて言ったにせよ到底簡単に許せる事ではない。

 流石に当たりが強くなってしまう。

 

「あ……そ、その、ディーンハイツ様もそう思いますよね!?」

 

「……ま、空賊退治程度騒ぐ程の事でも無いっしょ。なーリオン」

 

「折角連休潰して出てきてるんだ、派手に暴れ散らかしても構わねーよな?」

 

 あーあ、リオンもフラストレーション溜まってるよこりゃ。

 主にリビア関係で何とかしないといけないと思ってる中で特にカーラのリビアに対する態度を見たらそうなるのも頷けるか。

 

 それにしても……アンジェやマルケスは大丈夫なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「これでリビアが喜んでくれるだろうか……リオンが居れば好みを聞けたんだが……」

 

 さてそんな訳で俺は一人部屋に戻って学園に残してきたマスター契約済みのネズミくんをモニタリングしている。

 勿論だが中継を流しているのもマスター契約済みのネズミくんその二である。

 ステファニーを拘束している以上良くも悪くもそいつとアンジェの乱闘その二は起こらない訳だが、それによって何が行われるか予測不可能になっている。

 だとすればこうして離れている時でも学園サイドで何が起きているか確認出来る術があるならそれを使うのは当たり前の事だろう。

 

 本当は離れていてもマリーの姿を確認したいのが本音だが今は致し方あるまい……どちらにせよマルケスには感謝しないとな。

 

「なんだこれは……リビアッ私だ、アンジェリカだ! リビア居ないのか!?」

 

 うへ、こりゃまた派手に嫌がらせされたもんだな。

 リビアの部屋のドアは案の定だが落書きだらけだった……が、これはステファニー一派の仕業では無い、何せアイツ自身拘束されているからやれるはずが無い。

 恐らく元々リビアを嫌ってた下級か中級貴族の家の奴がやったんだろう……リビアに嫌がらせとは……見つけ次第殺しても良いだろうか。

 

 ゴホン、それは後で考えるとして、ステファニーが来ないから盤面変化も起きないこの状況アンジェはどうするのか……

 

「くっ、仕方ない。誰かに事情を聞くしか……レイモンドかダニエル……は、出掛けているのだったな。そうなると……そうだ、確かアルの友人にサンドゥバル家の次男がいたはず……リビアとの関係性は薄いがアル経由で何か知ってる可能性はあるか……」

 

 あ、これ非常にまずいですね。

 って実況してる場合じゃねえだろこれ、このまま部屋行かれたらあの光景見る羽目になるだろどうすんだよ。

 せめてシーシェックの存在を思い出してほしかった……あ、シーシェックも同じ部屋にいるんだったわ……

 

「済まない。アルフォンソの友人のアンジェリカだがマルケス・フォウ・サンドゥバルはいるだろうか?」

 

「あ、アンジェリカさん!? ど、どうしたの?」

 

「いや、実はリビア……オリヴィアが部屋に居ないので何処にいるか知っているか聞けたらと思ったのだが……」

 

「え、えーっと……あ、そっか……ごめんね、頼むよ……うん。アンジェリカさんに立ち話をさせるのも失礼だし、ロビーで話しても良いかな?」

 

「私はマルケスの部屋でも構わないが……」

 

「ぼ、僕の部屋は散らかってるし……女性を上げるには向いてないんだ……」

 

「そうか、ではその気遣いに乗らせてもらうとしよう」

 

 よーしマルケス、大ファインプレーだ。

 こんなところ見つかりでもしたらどうなるか分かったもんじゃないからな。

 ホッと一息をつき、改めて二人の後を追う。

 マルケスは一瞬こちらを向いたが……ま、気付いてるか。

 俺の意図は知ってるだろうし貰った日から走らせてるから何度か遭遇もしてるし問題無いか。

 

「ここで良いかな……?」

 

「ああ、それでリビアの居場所を知っているのか?」

 

「うん。アルとリオンが空賊退治に同行させたんだ」

 

「そ、それは本当か!?」

 

「確かカーラさんが、オリヴィアさんにも空賊退治への同行を頼んだから渋々って感じだったけど……」

 

 そう、今回リビアの件はコイツにも話してあった。

 と言うかステファニーと情報の擦り合わせをしないといけなかったので早朝に最終確認という形で聞いていた。

 そこでマルケスとシーシェックも聞いていたという構図だった訳だが……ここでそれが活きてくるとは。

 

「……カーラ、か。ステファニーの寄子だったな」

 

「そ、そうだったね」

 

「そう言えばお前はステファニーと仲が良い様だが……いや、アルの友人であるお前がそれは無いか」

 

「……」

 

 つーか危ないってそれは、下手したら誤魔化すのに失敗してて口滑らせてたぞ。

 アンジェがすんでのところで止まってくれて良かった。

 

「わざわざ済まなかったな、何か礼をしたいのだが……」

 

「そ、そんな悪いですよ! お、お礼と言うならアルとこれからも仲良くしてくれたらそれで……」

 

「そうか、アルとは今後も勿論仲良くするつもりだが……お前がそれで良いと言うならそうしよう。ありがとう」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 よし、これで乗り切ったか。

 アンジェが何を選択するかは知らないがステファニーと会わなかっただけ良いルートに進めたのではないだろうか。

 

 さてと、俺は戻ってアイツらから金を巻き上げに行くか。

 

「ご主人様は休日でも元気ですね」

 

「そりゃそうでしょ! 折角の休日だもの! さ、カイル! お買い物行くわよ!」

 

「はいはい」

 

 ……マリーも元気そうだし、な。



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第三十二話『いざ、空賊退治へ!Ⅱ』

「む、むむむ……」

 

「ぐぬぬ……」

 

「はぁい、俺の勝ち~!」

 

「んで俺が二番と」

 

「嘘だろインチキだ!」

 

「こんなの有り得ない!」

 

「ハッ、負け犬はいつもそう言うんだよォ!」

 

「折角チーム対抗戦で総合ポイントの高い方が金を貰う変則システムにしたんだからもう少し張合いが無いとなあ」

 

「そーそっ」

 

 自室から戻ってきた俺は早速と言わんばかりにポーカーで遊んで……と言うか賭け事でしっかり儲けさせてもらっていた。

 ルクシオンお手製自在に絵柄が変わるトランプのお陰でリオンは連戦連勝圧勝、俺は持ち前の引き運だけで連戦連二着とナルシストと脳筋を制圧しきっていた。

 

 うーんこの賭博最高や!

 

「コイツらに真っ当な勝負を挑んだ方が間違いだった……」

 

「全くだ……あ、そうだブラッド」

 

「ん?」

 

 呆れた様にトランプを置き天を見上げる二人……と、グレッグが何か思い出したのかブラッドに話し掛ける。

 大方ステファニーの事だろうが……そう言えばコイツはオフリー家の実態を知っているのだろうか。

 

「お前の元婚約者、オフリー家のステファニーってどんな女子だ?」

 

「うーん……婚約が決まる前に数回顔を合わせた程度だし、学園でも数えるくらいしか話した事無いからね……あんまり記憶には……いや、一個だけ印象に残ってる事がある」

 

「印象に……?」

 

 思わず声に出てしまうが別段突っ込まれないので大丈夫だろう。

 しかし本来は印象に残る事なんて一つも無いと言う流れのはずで、その言葉が出てしまったのなら聞かずにはいられないのも仕方ないと自分ながらに思う。

 

「ああ。オフリー家で彼女と話している時限定なんだけど、いつも何かに怯えていた様な気がするんだ。目線は常時泳いでるし手や足も頻繁に組み替えたり貧乏揺すりしたり……他の場所じゃそんな事無かったのに。と言うか普通逆だよね?」

 

「そうだな、不自然っちゃ不自然か……」

 

(……リオン、やっぱ言ってた事は当たりみたいだな)

 

(ドンピシャだな……)

 

「他には無い感じか?」

 

「そうだね、特に記憶に残ってる事は無いかな。典型的な政略結婚だしね」

 

「ま、正直そういうの抜きにしても評判は悪いよな、レッドグレイブ家とは敵対関係だし。ただ派手に遊んでる、なんて噂は聞かないのが逆に疑問だがな」

 

 やはりここでも派手に遊んでるなんて噂は立ってないか。

 本人も奴隷や取り巻きなんて毛嫌いしてたし他のどの世界線とも違ってそもそも人を近寄らせなかったのかも知れないな。

 

 ……そう思うと、わざわざマルケスに近付いたり喫茶店に来た時も素直に評価したりと、ここのステファニーは人を見る目が割とあるのかも知れない。

 そして、あんだけ人間を毛嫌いして心を閉ざしてた様な奴に、どんな理由があるとはいえその当人から近付こうと思わせたマルケスも相当に凄いな。

 

「何にせよオフリー家はファンオース公国との外交で功績を挙げてるからね。そのお陰で黒騎士に怯えずに済むんだ」

 

 俺が内心で我が親友に高評価を付けていると今度は公国の話へと移っていた。

 黒騎士ねえ……確かに強いのかも知れないしリオンより弱い俺は見くびられるだろうが……俺の最大の強味は射程範囲だ、帝国軍相手だと現状の俺なら死ぬと思うが公国の黒騎士相手に遅れを取る俺じゃ無いね。

 

「僕のフィールド家は、公国との国境警備を任されている。オフリー家の功績がある以上、彼女との婚約を断れなかったのさ」

 

「それで良く婚約破棄出来たな」

 

「ま、かなり揉めたけど……カーラさんもその件を匂わせて協力を要請してきたんだ」

 

「弱味に漬け込むとかやっぱ陰湿だなあの女」

 

「そもそもリビアをいびってるの気付かないとでも思ってんのかよ」

 

「え、そうなの!?」

 

「き、気付かなかった……」

 

「お前ら……」

 

 婚約破棄自体は理由がどうあれ遺恨を残す事が多いとはいえ、早速恫喝紛いとはあの女も手段を選んでる暇が無かったって事か。

 まあ失敗すればロイズによって文字通りこの世から消されるんだし必死にもなるわな。

 

「と、とにかくアレだ……結婚も大変だよな、俺も元婚約者と会ったのは数回だったしな」

 

「殿下と関係性深いし、特別視されてるけどお前らも大変なんだな」

 

「だな……こっちは婚活で必死だから真逆だけど」

 

 俺には可愛い嫁がいるから現状この中で唯一の勝ち組だな。

 あーあ早くマリーに会いに帰りてえな。

 

(マスター、アル、お迎えが来た様です。空賊の飛行船が二隻接近してきています)

 

「お前ら、仕事の時間だ! しっかり働けよ!」

 

「……ん?」

 

「はぇ?」

 

「はぁ……ナルシストに脳筋、敵襲って事だよ。まあその反応速度じゃ戦場には出られないだろうから落ちてきた……リオンが撃墜した鎧の中にいる奴らでも拘束しとけ」

 

「そ、そんな……」

 

「お、俺達にも戦わせ……」

 

「あのな、敵襲にも気付かない奴を戦場に引っ張り出して死なれても俺の寝覚めが悪いの。だから取り敢えず見て学べ!」

 

 おっとリオンはコイツらに少しだけ甘くなったな。

 戦うなと全否定するんじゃなくて学べと言うなんて……それも一応はマリーの借金を返そうと一念発起したのが評価点に入ったんだろうけど。

 リオンもシスコンだなあ……俺もマリーを助けてくれるなら評価上げるけどな。

 

「お前らはスペックは高いが如何せん戦いを知らないからな。しかもまだ敵も本隊じゃないから、本隊戦の時に少しでも活躍したいと思うなら大人しく見とけ」

 

「……分かった」

 

「ぐっ……クソ、わーったよ」

 

 大人しく引き下がるのか、コイツらも少しは成長してるな。

 廃嫡に加え愛する人を取られて相当頭が冷えたみたいだ。

 悪い事したと思ったが良い方向に作用した様で何より。

 

「……それで? リオン、俺は出るのか?」

 

「敵をただ殺すだけなら俺だけで片手間程度にやれるが、生かして撃墜ってなると面倒だから手伝ってくれると助かる。繊細な攻撃ならお前のが得意だろうし」

 

「OK、久々のクロカゲ出撃と行くか!」

 

 正直分隊戦での出番は無いと思っていたが出られるなら出られるで久し振りに暴れたい気分だったからいっちょやってやりますかね。

 学園入学後はリオンとの決闘以後乗ってすらいなかったし。

 腕が鈍る前に肩慣らし出来るのは有難いねえ。

 

 と言う訳で甲板に置いてあるアロガンツとクロカゲにそれぞれ乗り込む、うーんそうそうこの感じだよこの感じ。

 お相手さんも出撃前間近ってとこかね。

 

「この空賊……ウイングシャークだったかな。アルの言う通り本隊は別っぼいな」

 

「つってもコイツら捕らえられたら良い戦力になりそうだな、飴を与えておけばそこそこは使えそうだし」

 

「お前マジでやんのかそれ……」

 

 実は朝リオンと話していた事がある、空賊の処置の話だ。

 サイコパスのロイズがどこまで抹殺しに出向いてくるか分からない以上下手なモブ貴族のとこには送れない。

 とするならそもそも俺の私兵団にしてしまえという事だ。

 何連王国がロイズを抹殺しに行く以上俺達にその役目が降り掛からないとも言えないから一番安全な立ち位置なのでは無いかと提案していたのだ。

 不殺を貫きたいリオンと、とにかく公国戦前までに実戦経験豊富な使える戦力を増やしたい俺の思惑が一致した形だ。

 

 王宮への通達は……よし、偽装して修学旅行の護衛団としてディーンハイツ家から送り込むって事にしとくか。

 家には後でオフリー家が王国を裏切ったのが公国との戦争の前触れの可能性ありなので戦力増強の為に引き入れたって連絡しとこ。

 

 これなら公国戦で正体がバレてもしっかり働けば奴らも減刑されて割かし何とかなるはず。

 

 さてそんな事考えてるけど相手がジワジワ近付いてるんだよね。

 絵に描いた餅にならぬ様にしっかり手加減して撃墜しますかね。

 

「ほんじゃ行くわ」

 

「はいよ、じゃあ俺も特製のミサイルを両肩にセットして……」

 

 リオンが先に飛び立ち俺はその場に鎮座。

 今回はリオンが囮役になり俺が一網打尽にする戦法だ。

 マルケスに発明してもらった捕縛用追尾式ビリビリネット内包ミサイルで鎧をほぼ傷付けずに捕縛する事が可能な超優れ物。

 因みに発射装置に付いてるカメラに機体を登録しておけば敵味方の判別が可能だ、現地でもシャッターボタン一つで即登録完了、正に旧時代の進化系と呼べる。

 

「ヒャッハー! 逃げ回ってちゃ何も出来ないぜ!」

 

「って思うじゃん?」

 

「え?」

 

「ミサイル全門斉射って事で」

 

 上手い事ヘイトを稼いで全機を俺の方へ誘き寄せてくれたリオンのアロガンツだけを綺麗にすり抜けミサイルは全てウイングシャークの鎧に接触、瞬時に内包されていたビリビリネットが展開し全ての鎧の動きを90%以上封じる。

 んで後はちょっと小突いて落とすと。

 やっぱマルケス天才過ぎるだろ。

 

「ほらよ、これで後は船だけだな」

 

「一人一隻相手するか?」

 

「暴れ足りないしそうするかー 」

 

 流石にこれではブラッドとグレッグも見足りないだろうしな。

 敵船は撤退の様相だし正直これでもあんまり戦った気分にはならないんだけどな。

 

「お、マジックシールド展開するのか……んじゃ、俺はスコップで」

 

「じゃあ俺は決闘の時使った長距離ライフルで」

 

 全速力で逃げる敵目掛けてリオンはスコップを放り投げ俺は長距離ライフルを撃ち込む。

 ……お、ちゃんとマジックシールドも貫通して軽微なダメージで白旗上げさせる事に成功したな、しめしめ。

 こんな感じで俺達からしたら相手にならないのだがこれが一般的な空賊退治を生業としている団体やゲーム本筋だと苦戦するレベルだからしっかり戦力にはなるんだよなあ、不思議なもんだ。

 

 あー全部上手く行って最高最高、さーて戻ってまずは軽巡洋艦級二隻分仲間に引き入れたり空賊達の船や鎧に手を加える手筈を整えないとな。

 その為に家に連絡する訳だし。

 

 

 

 

 

「畜生! 何なんだお前ら!」

 

「オイ、お前も手伝え脳筋!」

 

 縛られてる空賊の様子を見に来たが、縛ってるブラッドと立ちながら呆然としてるグレッグ二人とも顔付きが少し変わったな。

 やっぱさっきの戦いで何か心境に変化があったかな。

 

「うぃーす二人とも、ちゃんと見てたか?」

 

「ディ、ディーンハイツ……ああ、君の正確無比な狙撃はジルクすら超えていた……それにバルトファルトもやはり規格外だった……」

 

「正直、圧倒されちまったよ……これが戦いなんだな……俺は何も分かっちゃいなかったんだ……」

 

「ま、リオンはそれを学んでほしかったんだと思うぜ。戦いとは何なのか知って、真に覚悟を決めたら戦場に来いって事でね」

 

 ちゃんと戦況を見極められてるじゃないか二人とも。

 これなら原作比でも大幅なパワーアップになる可能性もあるな。

 活躍してくれるならそれに越した事は無いしな。

 

「俺は……覚悟を決めたい。悪いが部屋に戻らせてもらう」

 

「あ、オイ! 僕を置いていくなよ!」

 

「良いよ、後は俺がやっとく……話もしたいしな」

 

「……悪いね」

 

「良いって事よ」

 

 お前らはじっくり決断をしてくれよ、代わりに空賊達の処理はこっちでしとくからな……ふっふっふ。

 

「さーてウイングシャーク分隊の皆様……取り引きの話をしましょうか。アンタらが強制労働せず、寧ろ厚遇で我がディーンハイツ家の一員になる為の……ね」

 

 見てろよ公国共、俺は使えるもん全て使ってお前らに圧勝してやるからな。



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第三十三話『マリーを守る為なら空賊だって使います』

「さーてウイングシャーク分隊の皆様……取り引きの話をしましょうか。アンタらが強制労働せず、寧ろ厚遇で我がディーンハイツ家の一員になる為の……ね」

 

「て、テメェさっきの鎧の内のどっちかのパイロットだろ!?  俺達をどうする気だ!」

 

 縛られて動けない割には威勢の良い言葉だ。

 格好を見るに大方分隊長ってところか、利己的な連中ではあるがやはりコイツらの目を見れば分かる……歴戦の戦闘者達だと言う事が。

 これなら狙い通り使える……リオンのワンマンじゃない、ちゃんとした戦闘員として負担を減らしてマリーの安全も確保して俺は裏から空賊への指示をチラホラ出してれば良い。

 ま、戦闘もするが。

 

「君達にはオフリー家とどこまで繋がりがあるか話してもらいたいんだよね、ああ皆まで言わなくても良いオフリー家との繋がりはステファニーが自白したからな。ダブルチェックの名目にはなるが素直に話せばアンタら及びこれから撃墜される本隊含めた全員の最低限の身の保証はしてやるよ」

 

「は、話が上手過ぎるな。何が狙いだ?」

 

「言ったろ? 代々ホルファート王家の戦力として仕えてきたディーンハイツ家の一員として我が戦力に加わらないかと言っているんだ。勿論本隊含めたウイングシャーク全勢力をの話だぞ」

 

「お、おかしいだろ!? 何故俺達からしたら最早メリットしか無い取り引きをする!? 俺達を弄んでいるのか!?」

 

「まあ落ち着けって」

 

 そりゃ状況だけ見たらあまりにも不自然だろうさ。

 取り引きと言いつつ自分達にメリットしか無いものを提示されてはいそうですかと受け取るバカはいない。

 しっかり突っ込める辺りこの分隊長は引き入れ次第重宝してやっても良いかな。

 

「落ち着けと言われて落ち着ける状況ではないだろ!」

 

「ちゃんと理由を話してやるから待て。……お前ら、オフリー家がファンオース公国との外交で実績を上げていたのは知ってるな?」

 

「あ、ああ。それがどうしたんだよ?」

 

「気付かないのか? そのオフリー家がこうして王国に仇なす行為を働いていると言う事が何を意味するのか……」

 

「意味……ま、まさか……」

 

 そしてこうして状況とヒントを提示してやれば考える力もあるか。

 これ俺的にポイント高いね、引き入れられたら想像以上の戦果になるぞこれは。

 

「そう……オフリー家が公国を手引きする可能性だ。そうなればホルファートとファンオースとの戦争は避けられない。しかもあっちにゃ黒騎士なんて言うめちゃくちゃ強い鎧もあるし……そんな訳で今王国は戦力を欲してる訳。だから戦闘経験豊富で柔軟な発想がある連中なら空賊でもスカウトしたいんだよね」

 

「だ、だが本当に身の安全の保証はあるのか?」

 

「ああ。公国戦で武功を挙げて今後二度と悪事を働かないと誓えるなら問題無いだろ。あ、因みに一度でも反旗を翻したら死罪だろうからそこは気を付けてな」

 

「…………分かった。ウイングシャークとオフリー家の繋がりを話そう」

 

「た、隊長!?」

 

「良いんですかそんな奴の話を鵜呑みにして!」

 

「断っても我々はどうせ辺境貴族に売られて強制労働が関の山。ならこのボウズに乗るしか無いだろうさ。……俺は、出世にゃ恵まれなかったが人を見る目だけはあるから心配するな」

 

 話していてつくづく思ったがなんでこんな有能な奴が空賊なんてやってるんですかね……こういうのが王国の子爵くらいの立ち位置にでもいればかなり有能な臣下として重宝されたろうに。

 ま、今から俺が重宝するんですけど。

 

「よし、そんじゃ話してくれるな? あ、それと戦争に出すと言っても捨て駒にする訳じゃない、公国戦以降もずっと戦力でいてもらうつもりでスカウトしてるから船員の皆様もご安心を」

 

 一応ダメ押しであくまでも本当に戦力として、仲間に引き入れるのだという主張をもう一度押しておく。

 捕虜なんてどんな扱いされるか分かったもんじゃないから不信感を高めて反乱されたら堪ったもんじゃない、飴と鞭は使い分けて行くのもまた貴族のやり方ってね。

 俺もすっかりこの世界の貴族社会に慣れちまったかもなあ。

 

「そこまで言われちゃ部下の為にも話さない訳には行かねえな。今回俺達が暴れてたのは完全にオフリー家単体での契約で雇われてたからだ。つまり他の家がバックにいるとかは無い」

 

「フェイン家のカーラも共犯って話だがそこんとこはどうなんだ?」

 

「カーラか……そもそもだがフェイン家がオフリー家嫡男のロイズとか言う奴の支配下に置かれてて、命令に従わないと家族の命が無いって言われてたみてえだな、それも家族に言えばどうなるか分からないらしかったしな。良くこっちに愚痴を零してたぜあの子」

 

「うわぁ……そんな裏事情があったのか」

 

 成程ねえ……結構な話を聞かされた気がする。

 カーラはカーラで正史と比べても相当追い込まれていたらしい……しかも家族の命を盾に言われてたなら不憫通り越して現段階でも認識を改めて可哀想だし助けてやらないといけないと思い始める程だ。

 しかしこの展開なら家からの離縁はギリギリ免れるんじゃないだろうか、怪我の功名ってやつ?

 

 あ、つーか脅した事は後で謝っとかないとな。

 

「端的に言うと俺達とカーラは立場が同レベルの一番尻尾切りしやすい立ち位置にいるって事だ」

 

「下手しなくても俺達が囲わなきゃこのままフェイン家は滅ぼされる、と……ロイズがどんな奴か又聞きでしか知らないがとんでもない奴に支配されてるな」

 

「俺達は仕事を選ばないが……契約時でも出来れば今後関わり合いになりたくないと目線だけで感じたぜ。そのカンが当たってるとはな」

 

 空賊からもドン引きされるロイズ……一体何者なんだよほんとに。

 今後公国との戦争がメインで行われるだろうがここは並行してしっかりロイズの完全逮捕若しくは抹殺を行うべきだな。

 それも並の兵士じゃ危ない匂いがするし国の精鋭部隊を動かす事を進言すべきか。

 

 本当に面倒な事になりやがって……

 

「でもそんなオフリー家ともおさらばだ。そう、この俺の私兵団になればな」

 

「喜んでディーンハイツの軍門に下ろう」

 

 よーしこれでそこそこの大戦力を補強出来るぞ、さっさとロイズなんか潰して俺は平和にマリーとイチャイチャしてやる。

 

「一応怪しまれない様にお前らはフェイン家に着くまでは捕虜の体だけ取らせてもらうからそこだけは済まないが我慢してくれ。道中で家に連絡を取るから、フェイン家に着いて事情を粗方説明し終わり次第超高速でウチの船が来るからそれまで隠れて待機していてくれ。来たら赤く発光する発煙筒が上がるからそれを目印にしてくれれば良いし」

 

「通信って……そんな早く出来る連絡手段があるのか?」

 

「ああ、俺の友人にはメカ作りの天才がいるもんでね」

 

 ここまで言っておいて、すぐ連絡手段が取れる事を不思議に思うかも知れないが実は家にも親父とマスター契約しているネズミくんがいるのだ。

 そもそもサンドゥバル家とディーンハイツ家は親交が深い為、開発して日常生活に使える物はドンドンウチにも送り込まれるのだ。

 

 因みにマスターの違うネズミくん同士では通信には相互登録が必要だが鼻を擦り合わせれば完了という超簡単でお手軽な設計になっている。

 

「……こりゃとことん捕まったのがボウズ……いや、アルフォンソ様で良かったと思うぜ。これからは気持ちを一新しディーンハイツ家の為、貴方の為に働かせてもらう。宜しく頼む」

 

「こちらこそ、取り引きに応じてくれてありがとう。宜しくな」

 

 吹っ切れた様な顔で了承する分隊長に深く安堵する。

 王国の戦力じゃウイングシャーク未満なんて数多く存在する中でこうして見せられて裏切らない様に繋ぎ止められるカードを多く切り信用に値すると思わせられたのは一番の好展開と見て間違いない。

 

 うーん最高の一日として終えられそうだな……何か忘れてる気がするけど。

 

 

 

 

 

「はぁ~……日が落ちるのも早くなったなあ」

 

「全くだ、夕陽が僕を美しく染め上げている様だ」

 

「…………」

 

「ああ皆さん、ご歓談中のところ申し訳ないんですがね……そろそろこの状態どうにかしませんか、うん?」

 

 うんめちゃくちゃ忘れてたよ、そう言えばフェイン家には何も連絡が行ってないから俺達ただの不審者として銃向けられまくってんだよね……不幸だ……

 

「そうだなアル、俺も困っている」

 

「銃を下ろせ……おお、やはり! ブラッド様ですね!」

 

「え!? あ、あーフェイン殿!」

 

「そうです覚えていて下さいましたか!」

 

「そ、それは勿論!」

 

 嘘を言うな嘘を……俺が教えといてやったんだろ。

 流石に寄子の当主を忘れているとか失礼過ぎるしここに来る前しっかり教えといてやったのだ、これでもコイツは辺境伯の跡取りだしこれくらい出来なきゃダメだからな。

 

「ところで僕達はなんで囲まれているんだい? そちらの娘さんに空賊が暴れてるからって助けを求められたから駆け付けたって言うのに……」

 

「助けを……カーラがですか?」

 

「ち、ちが……」

 

 ……空賊達の話を聞くまで、カーラなんて離縁されようがなんだろうがどうでも良いと思ってた、リビアへ言った事が許せなかったからだ。

 だが、彼女もまた原作以上に苦しみ、救える存在ならば、そして俺自身謝らないと行けない事もあるからこそここで口を挟んで彼女の未来を変える。

 変えなくて良い未来なのは百も承知だ、それでも俺は進む。

 

「ちょっと待ってくださいフェイン殿」

 

「ん? 君と、もう一人は誰だね?」

 

「フェイン殿に話し掛けて来た方がアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ、もう一人がリオン・フォウ・バルトファルト……後者の噂は聞いてるだろうし前者に関しても長きに渡って王家に仕えてきた家故聞き覚えくらいはあるだろ」

 

「な……ディーンハイツ家の嫡男様に男爵様!? こ、これは失礼を……しかし我が領地は空賊などで困ってはいませんが……」

 

「……どういう事?」

 

 ここまでは順調だ。

 話に割り込んでカーラの発言を物理的に消し失言をこれ以上させない。

 心象が悪くなれば離縁の話は持ち上がるだろうし何としてでも俺が守ってやらないとならない。

 心変わりが早過ぎる? 何とでも言え。

 

「そこのカーラが、俺の友人のリビア……オリヴィアに俺とアルフォンソの紹介を頼んできたんだよ。言っとくがリビアは何もしてないからな」

 

「あとこれは俺しか知らない情報……捕まえた空賊から聞いた話だが、カーラ……お前オフリー家に脅されてたらしいな。『従わねば家族の命は無い』と。そんで口外しても家族がオフリー家に殺される手筈にあったと……」

 

「……は? な、なんでそんな事空賊が喋るのよ? おかしいじゃない、だって話したところでアイツらにメリットなんて何も……」

 

 狼狽えるカーラと困惑し切りのフェイン殿……そして若干驚愕の顔色に染まるリオン。

 済まないな、この話はレディック……分隊長との取り引きとして手に入れた情報だったからいくらリオンにも話す訳にはいかなかったんだよ。

 

「レディックは心配してたぞ。いつも切羽詰まった様な顔色でオフリー家からの重圧に、家族にも話せず耐えてたお前の姿が悲痛過ぎてってな」

 

「あ……あっ……」

 

「カーラ……お前……」

 

 目に涙を溜めるその少女は、今までの胡散臭さも、陰険さも微塵も無く、ただただ苦しみから解放されて、家族を守り切れたのだという安堵感の顔をしていた。

 

「辛かったな、苦しかったな……そして悪かった、朝はあんな事言って……もう我慢しなくて良い。存分に泣いて良い、フェイン家も今後は俺達の庇護下に入れるから心配要らない……もう……何もかも終わったんだよ、カーラ」

 

「カーラ!! 済まない、お前がそんなに苦しんでいたと知らなくて……!! 済まない、本当に……!! そしてありがとう……!!」

 

「お父様……お父様、お父様お父様うわあああああああん!!」

 

 

「アル……全部知ってたのか?」

 

「空賊との契約上言えなかっただけだ……ま、救えるもん救えたなら良いだろ。次は……お前の番だぞリオン」

 

「……そうだな」

 

 カーラの件はこれで一件落着だろう。

 後は……リオンとリビアの仲直り、だな。

 

 頑張れよ、リオン。



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第三十四話『貴族だの平民だのって、俺そういうの面倒なんだよね』

ここから本筋も原作と大きく変わる展開がちょくちょく出てきます



 日もどっぷり暮れ既に夜、最早肉体的よりも精神的疲労の方が何倍もあったせいで軽く戦闘しただけなのに凄く疲れた様な気がしている。

 だが収穫も多く、空賊ウイングシャークのスカウトとカーラの未来を変える二つを行えたのは非常に大きな意味をこれから持つのではないかと踏んでいる。

 

 それにしても疲れは生理現象、抑えてても欠伸が出てしまう。

 

「ふあぁ~、あーあ疲れた」

 

「まさか本当に空賊をスカウトするなんてな」

 

「俺は使えるもんは敵だったとしても寝返らせて使うタイプなんでね。全てはこの国をマリーにとって安心して暮らせる国にする為、その為ならどんな事だってする。ま、空賊に関しちゃなんでそんな事しないと生きられなかったのか分からないくらい賢い連中だったけどな」

 

「なるほどな。俺としても流石にこのままずっとワンマンで出世街道乗るのは嫌だし活躍出来る勢力がいるに越した事は無いな」

 

「因みにウイングシャークから本隊捕縛時の説得役として分隊長だったレディックは搭乗させてるけど別に良いよな?」

 

「俺としちゃ気まずい事この上無いんだけど」

 

 この話の流れで分かる通り、一旦全員をディーンハイツ家に送り届ける手筈としていたが本隊への降伏と引き入れが上手く行くとは限らないと思いレディックにだけはこの船に搭乗してもらった。

 アイツは話していて非常に利口な選択を取れる人間というのが分かっていたし地位もそれなりにありそうという事で選出した。

 部屋は一応カーラのいた部屋に泊まってもらっている。

 

「トラブルは避けたいしあまり外に出ない様には言ってあるから問題無いだろ。それに何か身内に害を与えようとした瞬間パルトナーの防衛装置でお陀仏だろうし……レディックに限ってしないとは思うが保険に保険を掛けて万が一にも備えられるから俺は乗せたって事で信用してくれないか?」

 

「……アルの言葉を信用しない訳にもいかないか。それに不殺が継続出来るならそれに乗らない理由が無い」

 

「ありがとよ」

 

 普通なら元敵をその日の内に搭乗なんて言語道断だろうが、事前の身体チェックで武器になる物が無いのを確認している。

 ま、安全にそれなり以上の社会的地位と金が手に入るんだから金品財宝に目が無い空賊団がそうそう裏切る訳無いと思うがな。

 

「……しっかしアレだな、まさかカーラもロイズの被害者だったとは」

 

「それも家族を盾にだから八方塞がり……それを解消すれば後は簡単だったけどな」

 

「結局問題が無くなれば全て話してしまいましたね」

 

「思った以上に呆気なかったな。アルが優しく諭したと思ったらペラペラと」

 

「事実を言ったまでだ」

 

 カーラに関しても、結局あの後ルクシオンの言う通り正直に全て話してくれた。

 最初は優しく近付いて来たロイズに騙され信頼を寄せたところで脅されてこうなってしまったと。

 奴にとっては動かす人間は全て捨て駒……いや、使い捨て感覚としか思えないなこれじゃ。

 

『これでやっと、家族に顔向け出来ます。……ありがとうございました、ディーンハイツ様』

 

 既に役目なんて無くなり、家族との久々の団欒を楽しませる為カーラをフェイン家に置いて去る直前に言われた感謝の言葉だ。

 あんなに暴言を吐いたってのに笑顔で礼なんて言いやがって……やっぱり美人は笑顔が一番というが、それ以上にその言葉を聞いて少し罪悪感が残ってしまうのと、ロイズのやった事の重さと残酷さを再確認する。

 

 ……やっぱりあの外道俺達の方から出向いて抹殺した方が良いんじゃないだろうか。

 

「とはいえ、まだ空賊の本体は残ってる。リビアに必要な聖女のアイテムも手に入れてないし」

 

「それよりも先に解決すべき問題があると思うのですが」

 

「あぁ。そうだな」

 

「ルクシオンにも背中押されたらさっさと解決しないとな! 俺も着いてってやるし!」

 

「スマン、頼りになる」

 

「気にすんな。……それと一つ良いか?」

 

「? なんだ」

 

 さて、それはそうと優先事項は早めに片付けないとな。

 ここで正史以上の進展を見せて良いのかどうか……リスクはあるが、二人の友人で、タケさんの幼馴染である以上これを見過ごす訳にはいかない。

 やるしか無い。

 

「正直なところ、リビアの事『異性として』どう思ってる?」

 

「……それ聞くかぁ」

 

「悪いけどこれは聞いときたかった。モブとか地位とかそういうの関係無く、リオンの本音を聞きたい。あともし今リビアに告白されたら付き合えるのかどうかも聞かせてくれると嬉しい」

 

「その聞き方は……卑怯だろ……」

 

 リオンが言葉を詰まらせる。

 でもね、俺嫌なんですよ二人が一時的でも疎遠になるのなんて。

 原作でもアニメでも観ちゃって、それがあるから云々とか言われても俺は実際にここに生きてる人間なんだ、『読者』でも『視聴者』でも無い。

 じゃあやれる事があるなら、知ってて尚且つ今この世界に生きてる俺はやらないといけない。

 

「だってさ、貴族だの平民だのって、俺そういうの面倒なんだよね。貴族も平民も人間じゃん、そこには何の違いも無いのに大抵の貴族連中は平民を人間として見ないし、平民だって貴族の事は平民を身体目当てで買うとか何で近付いたとかそういうのばっかで

……確かにそんな貴族は多いが、まともな俺達みたいな貴族までこうやって見られる訳だろ? 何故同じ人間としてどっちも見れないのか不思議で仕方ないんだ。だから俺にくらい話してくれても良いんじゃないか、そういう重りを取った上での話をさ」

 

「……質問は、どっちから先に答えた方が良いとかあるのか?」

 

「どっちからでも構わない。言ってくれるか?」

 

「ああ、言うよ。そこまで言われたらな……告白からの方にする」

 

 リオンは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。

 しかしその目は本気だ、本気で言う目をしている。

 俺しか『居ない』からだろう、心の奥底で感じる想いの丈……それをぶつけてこい。

 

「俺は……今告白されたら間違いなく断る」

 

 俺の顔は、平常だ。

 しかし心の奥深くではこう思っていた……『計画通り』と。

 

「ほう、そりゃまたどうして? リビアの事可愛いって言ってたじゃん?」

 

「だってそうだろ、俺は一度リビアに否定されてる。なのに仲直り前のそんな時に告白されてもおかしいと思うじゃねえか」

 

「そうかそうか、良く分かった」

 

 ったくあーだこーだ言いながらちゃんと大切にしてんじゃねえかよ。

 しかも良く分かり過ぎてヤバい、勿論コイツどんだけリビアの事好きなんだよって事がね。

 いやはや楽しくなってきたな。

 

「次が……異性としてどう思ってるか、だな」

 

「今の質問回答で大体分かったけどな」

 

「わ、分かるもんなのか?」

 

「ああそりゃ分かりやす過ぎるくらいにね。……そんで、そっちの回答はどうなのさ」

 

「異性として……好きかどうかは分からない。まだリビアの事、知らない事が多いと思うしな。でも俺は……友達として一緒にいたい……打算的な事考えて近付いたのは確かだ、グレッグやブラッド達との方がお似合いだとも思う。俺なんて距離を取るべきだとも思ってる……そんなひねくれた事言いつつもやっぱりさ……ショックだったわ、ペットとしか見てないのかって言われたのは。どんな言葉で取り繕っても……やっぱ、辛い」

 

「ほんと、ひねくれ過ぎだって……でも言ってくれてサンキューな」

 

 ……全く。

 俺には言える癖にリビアには言えないとか、どんだけひねくれてんだよアンタは。

 俺みたいなのがいないと拗れて仕方ないんだから……感謝してくれよ。

 

「ん? いやなんでアルが礼なんて言ってんだよ」

 

「……さてね。それより俺はもう寝るわ、そんだけ話せるなら一人でもリビアと仲直り出来るだろ」

 

「え!? あ、おい!」

 

 俺は何事も無かった様に『少しだけ開いた扉』を見つめる。

 リオンは気付いてないんだろうが……

 

 

 

 

 

『リオンさん! 何で私にその本音言ってくれなかったんですか!?』

 

『り、リビア!? なんでここに……あと何でそれを……』

 

『答えてください!』

 

『え、いや……やっぱ俺何かよりグレッグやブラッド達と一緒の方が幸せなのかなと……』

 

『そんな訳ありません! 私は! リオンさんだから! 好きになったんですよ!』

 

『え!? お、俺の事好きって……』

 

 

「ふぅ、上手く行ったな」

 

 自室で呟く俺。

 そう、実はあの本音を言わせる前……『あーあ疲れた』のところから既にネズミくんを一体侵入させもう一体をリビアに強引に押し付けてきたのだ。

 

「リオンの本音、聞きたくない?」

 

「聞きたい……です……でも……」

 

「怖い? リオンが信用出来ない?」

 

「そ、そんな事……」

 

「んじゃ持っててよそれ。俺の事を信用してるかどうかはまだ交流も他と比べて少ないしリビアに委ねるから良いけど、リオンの事は信用してやってほしいし」

 

 大体こんな会話をして適当に渡して来ただけだからどう転ぶか分からなかったが……

 

 

『……リオンさん、ごめんなさい。私思わずあんな事……で、でもあんなの本音じゃ無かったんです! 本当は……本当は……!』

 

『俺の方こそゴメン……リビアがそんな事思っててくれたなんて知らなくて……』

 

『私達……あっさり仲直り出来ちゃいましたね』

 

『はは、全くだ』

 

『……私、絶対リオンさんを振り向かせてみせますからね。覚悟してください』

 

『そ、その、俺ももっとリビアの事知れる様に善処する……』

 

 

 大成功みたいで何より。

 こんなの、前世からリオン……タケさん知ってる俺じゃなきゃやれなかったよなあ。

 今日くらいは自画自賛しても許されるだろ、あの人傲慢でその癖頭は良くて抜け目無くて優しくて、そんななのに自分の評価は死ぬ程低くて、柔軟な発想力もあるのにいざ自分絡みの話になると固定観念に囚われて人の好意に気付かなかったりするからな。

 前世でも何度女の子がそれに泣かされてきた事か……罪な男よ。

 

 でもそれもここでおさらば、さっさとイチャついてくっ付けよ。

 リビアともアンジェとも、な。

 

 

 

 

 

『そういや何でリビアが俺の言った事知ってるんだ?』

 

『それは……その、アルさんに……ネズミくんを渡されて……可愛いですよねこれ』

 

『……まさか全部聞いてたのか』

 

『そもそも聞いてなければ来れませんよ?』

 

『あ、アルアイツ……嵌めやがったな……』

 

 

「やっべ明日どうやってリオンから逃げ切るか考えてなかったわ」




リオンとアル
正史のリオンはマリエが妹と分かるまでずっと一人で抱え込む事が多くてそれが結果的に拗れる原因を作ったり自己評価の更なる低下を生んでたと思うんですよね

だからこの世界線での
『前世のリオンと幼馴染だった人間が正体をお互い知った状態で隣にいる』
という前提は大きくリオンの周りが変わるキッカケになると考えました
他のどの作品とも違う
・『モブせか』がある世界
・リオンの前世と同じ世界に生きていた
という自己目線で二つの前世を持つ特異な経緯を辿ってるアルだからこそ出来る(やってしまった?)事を書ければとこのルートに辿り着きました
後悔とこの後のギスギスは死にました
まあ、戦争はするんですけどね


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第三十五話『ウイングシャークスカウト大作戦Ⅰ』

「ま、そりゃ逃げられませんよねー……」

 

 次の日、俺は大人しくリオンの目の前で正座をさせられていた。

 そりゃそうだろう、俺はリオンの為とは言え騙していた訳だしお節介と言われたらそれまでだ。

 でもやりたかったんだから仕方ない。

 

「ア~ル~? 昨日は良くもやってくれたな……」

 

「いやースマン、でもアレくらいしないとドンドン拗れてくと思ったからさ。リビアが俺に対して不信感持つのは耐えられてもリビアがリオンに不信感持ってリオンがそれでこの機会にと『立場を弁えて~』とか何とか言ってリビアとアンジェから離れて行くんじゃないかって考えるとそれはやっぱ耐えられなかったし」

 

「アルさんを責めたらダメですよリオンさん、お礼を言わないといけないくらいなのに」

 

「何か良く分からないけど僕達とオリヴィアさんがお似合いは無いよね」

 

「オリヴィアもアンジェリカも毎度毎度バルトファルトにくっ付いてるしな」

 

 あー空気が良い。

 ギクシャクした雰囲気なんてクソ喰らえだ、これから開幕するのはリオン周りを中心にしたラブコメで良いんだよ全く。

 公国との戦争は避けられないにしても終始イチャついてくれれば俺は満足、俺は俺でイチャつくしな。

 

「ったく……ま、アルがいなきゃ俺達仲直り出来てなかったのは確定だっただろうし助かったのは事実だよ。色々とありがとな」

 

「気にすんなよ、俺じゃなきゃ出来ない事をしたまでだ。こっちこそ強引な事して悪かった。リビアも、あんな不安定な時に押し掛けてゴメンな」

 

「な、何言ってるんですか! アルさんは寧ろ私を助けてくれたのに……それに私決めたんです。身分で人を見る事はもうしないって。私を助けてくれたリオンさんやアンジェ、マリーや事情を知ってても気さくに友人として接してくれようとしたアルさんの事を信じたいから……!」

 

 リビアの方も精神的にグッと成長出来たみたいだな。

 俺に戦闘的チートは無いから、こうして周りに成長を促す事が、リオンの隣に立ってる事が最大の貢献として機能するならそれで良い。

 だからって俺がモブとは言わないけどね、マリーの夫になる以上はね。

 

「リビア……改めて、こんな俺で良かったらこれからも仲良くしてくれ」

 

「ふふ、勿論です! アルさんもですからね!」

 

「有難い限りだよ」

 

 これで直近の仕事はウイングシャーク本隊のスカウトと最低限ロイズの当面の無力化くらいか。

 その後は修学旅行を挟んで戦争だが多少の時間はあるはずだ、クロカゲのメンテナンスやら何やら色々やる事はあれどゆっくり出来る時にしておかないとな。

 

 その為にもまずはウイングシャーク全勢力の掌握から行くとしますか。

 

 

 

 

 

「はぁ! とりゃ!」

 

「よっ、ほいっと!」

 

 予定ではまだ空賊団が攻めてくるまで時間がある。

 そんな中、ブラッドとグレッグが気持ちを新たに今度こそ邪魔をしない、助太刀をしたいと俺とリオンに申し出てきた。

 リオンは勝手にしろと言ったが……まあ、それが間違いだったんだろうな。

 グレッグに関しては筋トレをしに部屋に籠ったからまだしも、ブラッドはまだ自分は他の四人に比べると弱いからとリオンに剣術で勝負してほしいと懇願してきたのだ。

 

 リビアに関しては解消されたもののここまでの精神的ストレスで疲労が溜まってるからと休ませているからここで見ているのは俺とルクシオンだけだが。

 

「貴方もマスターに似てお節介やきですね、アル」

 

「知ってるだろ、俺はリオンと前世で幼馴染なんだ。んでアイツの心の負担を軽減させられるのはお互い前世の正体を知ってる関係性でしか成立出来ない、つまりリオンにお節介かけられるのは俺にしか出来ない事なんだよ」

 

「マスターの成長を阻害する、とは思わないのですか?」

 

「良くも悪くもリオンを何から何まで知ってるからその辺は大丈夫だ。どうしてもアイツ一人じゃ拗れそうになった時にお節介して、後は好きな時に頼ってくれればそれで良い。何だかんだ自分絡みじゃなきゃ頭良いんだしさ」

 

「そうですか。確かに『前世』や『この世界を知っている』という事柄は一人で抱えるには大き過ぎるモノではあります。なので私としてもアルの様な、マスターの隣に真の意味で立てる存在がいるなら安心して新人類の抹殺計画を建てられるというものです」

 

「ルクシオンも素直じゃないなあ」

 

 ルクシオンと二人……いや、一人と一機として喋るのは初めてだった。

 俺の評価を聞くのも初めてだったが……中々高い評価をいただけてる様で何より。

 そもそもルクシオンだってこうして冗談……冗談だと良いな……みたいな事話してるが、気に入った人間じゃなきゃマスターと言えどこんなにも個人の事を話すのは無いだろう。

 

「いつか必ず、僕はバルトファルトに勝ってみせる!」

 

「へーへー、楽しみにせず待ってやるよ」

 

 お、どうやら二人の方も満足したらしい。

 ブラッドは無駄にキラキラオーラを出してるが、リオンも満足気な顔してやがる。

 何だかんだ相性悪くないのかもな、コイツら。

 

「何だかんだ仲良いな」

 

「冗談言うなよ、面倒なだけだって」

 

「ま、そういう事にしといてやるよ」

 

 楽しそうで何よりである。

 面倒と言いつつ相手してやってる時点でそこそこ好感度あるの知ってるんだぞ俺は、ツンデレがよ。

 さて、俺も戻って空賊が来るまでのんびりしとくか。

 

「リビア、大丈夫そうか?」

 

「身体の方は問題無いから大丈夫です。ちょっと疲れちゃっただけなので……」

 

「なら良かった」

 

 そしてリオンは告白されてからというものの露骨に過保護なのを隠さなくなったな?

 これでお似合いじゃなきゃ何なんだよほんと。

 

「うーしそれじゃ最終確認だ」

 

 だが色ボケしてるだけじゃ先に進まないし足元を掬われる。

 最後の作戦会議と行こうか。

 

「そうだな。俺とアルが前線に出るとして……ブラッドとグレッグはまあ防衛に回ってくれたら良い」

 

「良いのか!?」

 

「あそこまで言われたから、仕方ないから出してやるって事だ。感謝しろよ」

 

「恩に着る」

 

「因みに鎧はこれを見越してディーンハイツ家の量産機を持ってきてやったからそっちも感謝しろよな」

 

「マジでか!」

 

「ディーンハイツ家と言えば王国でも非常に優秀な守備の扇の要、今の僕達のポジションなら最適解か……本当に有難いよ、これで僕達も戦える」

 

 そう、俺はこれを見越して事前に実家に話を通して二機量産機の鎧を融通してもらっていた。

 大型で機動性は低いがその分大きめで重量のある強固な盾とリーチの長い槍、頑丈なボディでただの量産機鎧では負ける事はそうは無い優れ物だ。

 ウイングシャークの量産機の攻撃なんてあんま効かないレベルだしコイツらが怪我する事もそこまで無いだろうと思ってこれを選出してきたが気に入ってもらえそうで良かった。

 

「取り敢えず戦闘要員はこんな感じか」

 

「ああ。んでリビアはこの船のお留守番頼む。誰かいないと心配だから、リビアにしか頼めない」

 

「わ、分かりました! 頑張りますね!」

 

「レディックは俺が合図するまでリビアの護衛な。万が一にもリビアに手出ししたら首が吹っ飛ぶから気を付けろよー」

 

「はは、分かってますよ! アルフォンソ様やバルトファルト男爵に仇なしたらどうなるかは昨日散々体験しましたからね……」

 

 唯一少し懸念点だったレディックも流石にあんな力を見せられたら完全に従順になったか。

 こっちとしちゃ契約時から元々信用してるがこれなら安心だな。

 

「取り敢えず俺とアルはあっちからお出迎えがあればすぐ前線に出撃する。ブラッドとグレッグは船の近くで俺達が取りこぼした敵の露払いになるが……」

 

「マスター、どうやらあちらから盛大にお迎えに上がられたみたいですよ」

 

「……どうやらあちらからお出ましみたいだ。お前ら気合い入れてけよ、今度のは頭領の鎧もあるだろうからな」

 

 っと、早速登場か。

 俺としてはあの規模の艦隊と鎧を一気に仲間に取り込めると思うと高揚が止まらないな。

 

「リオン、頭領機は俺がビリビリネットミサイルで動き止めるからあんま傷付けるなよ。俺の貴重な部下になる連中の、最大戦力なんだから」

 

「了解、お前の補助があれば何とかなりそうだな」

 

 特に頭領機、スキンヘッドのウイングシャークボスが使用しているアレはアロガンツを、リオンが気取られていたとはいえ吹っ飛ばす程のポテンシャルがある。

 その後あっさり壊されたが、あの能力は馬鹿に出来ない。

 味方としてこっちにいてくれればやれる事も増えるだろうし、その分家としても護衛任務の量が増やせたり、ウチの鎧の宣伝にもなって生産での稼ぎが一気に増加したり、俺の身分も上がって取り引きも増えウイングシャーク全勢力分の給金もしっかり賄えるだろう。

 

 ウイングシャーク取り込んだだけで良い事尽くしだし、ここは本気で制圧しに行かないとな。

 

「さてお前ら! 行くぞ!」

 

 このまま行けば全てが順調に進む……最高じゃないか……!!

 

 

 

 

 

 

「ご、ご主人様……本当に元気ですよね……」

 

「当たり前じゃない、このくらいで根を上げてたら熊が主食リーチになんてなって無かったわ! 逆に食われてたわよ!」

 

 一方その頃、王都の地下ダンジョンにはマリエとカイルがいた。

 ドン引きする様な顔付きのカイルの目線の先では、中型の熊らしき物体が目を回しながらマリエの手によって引き摺られていた。

 そして当のマリエは笑顔である、学園でも非常に小柄でか弱い女子という印象のあった当人からは想像の付かない怪力振りであった。

 勿論ではあるが、この熊を倒したのもマリエである。

 

「さあ熊! このダンジョンで一番お宝や宝石のある場所を教えなさい!」

 

 暫く引き摺ると彼女はおもむろに回復魔法を発動させ熊を回復させる、それは『いつでもお前を倒せる』と言っているのも同然であり並大抵の冒険者では返り討ちに遭う様な熊型モンスターの彼もこれには戦慄し投降し従うより他無いと感じざるを得なかった。

 

「ぐ……ぐまぁ……」

 

「話が分かる子は殺さないから安心しなさいな」

 

「どう考えてもその発言が一番怖いと思うんですがね?」

 

 モンスターであるにも関わらず最早冷や汗をダラダラ流しながら誘導する熊に、既に歴戦の強者の面影は無かった。

 そして熊は、器用に指を指す。

 

 それは『あそこが一番価値の高い場所だ』と言わんばかりであった。

 

「こ、これは確かに金銀財宝が沢山……!! これでアルに掛ける負担も減るはず……!!」

 

「あ、やっぱり本題はそっちだったんですね」

 

「だって学園に入る前も、入ってからも、ずっとアタシはアルに助けられっぱなしだったんだもの……自分でやれる事はやらなきゃ」

 

「そうですか。ラブラブで何よりですよ」

 

 主人である少女を見つめる少年、カイル。

 この少年は買われてからずっとこの主人と『アル』の恋を応援してきた。

 そんな想いがあるからか、無意識に目線が優しいものになる。

 

「……ん?」

 

「どうしたんです、ご主人様?」

 

「あ……ちょっと……ね、この腕輪……?」

 

 本来なら、そんなハートフルギャグコメディで終わるはずだったこの一幕。

 しかしこの少女、マリエが見つけたものが新たなアルの胃薬案件になる事を、まだ誰も知らなかった。




ウイングシャークとステファニー(真)が恐らく世界最多で出てくる予定の作品はこちらです
分隊長に至っては名前も着いてサブキャラ入りとぶっ飛んだ作品ですがこれからもぶっ飛びます(テロ予告)


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第三十六話『ウイングシャークスカウト大作戦Ⅱ』

「畜生! 何なんだあの黒い鎧二機は!」

 

「油断するなよ! どっちも明らかにバケモン級だ!」

 

 油断してもしなくても同じなんですけどね、とクロカゲに乗る俺は一人呟き一機を無力化しパルトナーに落とす。

 開戦してから約五分、数自体は確かに多いしこれが前線に出れる人数が一人なら苦戦を強いられていた可能性もあるだろうが俺がリオンの横にいる時点でその理論は崩壊する。

 

 そもそも俺のクロカゲは銃火器等と言った遠距離向きな武器が多く搭載されている為、アロガンツより遥かに殲滅戦においては優位に立てる。

 それに加え現在はマルケス製ビリビリネットミサイル発射装置が両肩に乗ってるので更に殲滅戦の優位性が上昇、俺がビリビリネットミサイルで相手の動きを封じてリオンが打ち落とす完璧な息のあったコンビネーションで楽々だ。

 

「更に言えば、この世界線ではリビアが運悪く外に出てくる事も無いだろうし」

 

 原作、アニメでは不安定な精神だったリビアもリオンと既に仲直りしていて精神は安定している上にリオンと若干イチャつき始めたし、いざとなってもレディックがいるから何とかなるだろ。

 

「このォ!」

 

「なんで当たらねえんだ!」

 

「あー効かない効かない。ヨイショ、ほらよ!」

 

 敵も太刀筋が良かったり判断力が良かったりとやはり歴戦の強者だけあり洗練されているが如何せん機体性能が違う。

 避けて避けて敵を引き付けてミサイルで硬直させ落とす。

 鎧もほぼ無傷回収、パイロットもほぼ無傷で拘束出来て正に不殺の鑑だ。

 リオンもこれにはご満悦だし、マルケス様様だな。

 

「リオン~、どうだ?」

 

「問題無い! それより何か力が湧いてきて仕方ないわ! ダーハッハッハッ!」

 

「リビアと仲良くなれてご満悦なのね……」

 

「通常時比で二割程の操作性上昇を確認しています。大方アルの予想は当たりでしょう」

 

「おいそこの一人と一機、正直に言い過ぎだろ」

 

 これもう絶対リビアの事好きだろリオン……呆れるくらい絶好調でかっ飛ばしてるじゃねえか。

 話しながらでも片手間に無力化してるし、これのどこをどう見たら絶好調以外のものに見えるのだろうか。

 

 ……因みに船の方も、防衛隊二人がシールドで防いだり近付いてきた取りこぼした敵を無力化したりと地味に活躍中だ。

 これを機にウチの量産機の性能を存分に宣伝してほしいものである、特に伯爵家レベル二人の力ならすぐにでも噂が出回れるだろうしな。

 

 さてと、後は頭領機がいつ出てくるかだが……

 

「お、リオン……頭領機のお出ましだぜ」

 

「ここからがメインだな。手を緩めずに行くぞ」

 

「クッソ、何だってんだコイツら!!」

 

 慌てて出てきたのか相当焦った声を上げながらこちらに急接近してくる一際デカい機体……見た目も正統派なカッコ良さを持ちながらモブ鎧の中では最上位クラスのポテンシャルを持つハイレベルな鎧。

 実は俺はモブせかの中ではアロガンツの次にこの鎧が好きだったりしていた。

 

「お前がリーダーだな」

 

「つーか一人だけ違う機体乗ってるんだしそりゃそうでしょ」

 

「ぐぐぐ……俺様を愚弄しやがって……」

 

「いやぁ愚弄してる訳じゃないんだけどなあ。俺達は君達ウイングシャークをスカウトしに来たんだけど」

 

 と言う訳で早速スカウトタイム入っちゃいますか。

 あんまりこの頭領機鎧傷付けたくないから戦いにしたくはないしな。

 

「う、ウイングシャークをスカウト? 一体どういう事だ?」

 

「その話はウチの船でしたいんだけど、どう?」

 

「……それを鵜呑みにしろってか」

 

「ま、ただで信用してもらおうとは思ってないさ。リオン、例の信号弾を」

 

「了解。一旦停戦するぞ」

 

 リオンが信号弾を放つ。

 これは知っての通りレディックに合図を送る為の信号弾だが、ここで停戦は実は非常に賭けになる。

 だから一度本人を屈服させてからの方が色々諦めて話を聞いてくれる確率が上がるのだが、何度も言う様にそもそも鎧ごと戦力にしたいのだから戦闘があまりにも非効率的過ぎるのが枷になってしまっている。

 なのでこうして穏便且つ強引に話を聞いてもらおう大作戦を実施してる訳だが、これはこれで抵抗されると前者よりも悲惨な状態にさせないと行けなくなる可能性も孕んでいる。

 

「そんな手に誰が乗るか!」

 

「っと、危ねぇな! まあ待てって! お前ら空賊なんかしなくても俺の私兵団として雇ってやるって言ってんだよ!」

 

「ふざけんな! どこの誰とも分からねえ連中の提案に乗る程馬鹿じゃねえんだよ!!」

 

「こっちからしてみたらそれはこっちのセリフなんだけどね!? 俺は王宮に代々直接仕える子爵家の嫡男だ! つまりお前らはここで話を飲むと将来少なくともそんな家に従属するって事で安泰出来るんだよ!」

 

 俺としてはあんまり身分をひけらかすのは好きではないが戦力を手に入れる為だ、なりふり構ってなんていられるかってんだ。

 権力と権利は使える時に使わないと、何の為に貴族なんてやってるのか分かんねえっつーの。

 

「なっ!? 王宮にだと!?」

 

「そういう事だ、あとアンタのお仲間さん……先行させてた分隊もスカウトしたから安心しな。ほら、甲板に分隊長いるっしょ?」

 

「アレは……レディック!? ……仕方あるまい、アイツが従ったと言うなら信ぴょう性も高い。この俺様が貴族に従うのは不服だがこれ以上やり合っても勝てねえのは明白だ、白旗を上げさせてもらう」

 

 凄いなレディック、お前どんだけ信用されてたんだよ。

 アイツの姿を見ただけで頭領まで観念するのは正直そこまで期待値は高くは無かったが……あっさり過ぎる。

 絵に描いた餅が棚から牡丹餅になった気分だ。

 

 頭領をパルトナーまで誘導する間も素直に着いて来てるし、リビアも無闇矢鱈に出てこなかったし、良い事尽くめって感じ?

 

「ブラッドとグレッグもおつかれー」

 

「君から借りた鎧のお陰で無傷で乗り越えられた、ありがとう」

 

「ああ、コイツはすげえな。礼と言っちゃアレだが今後宣伝させてもらうぜ」

 

「そりゃ有り難い」

 

 二人からのディーンハイツ家鎧の評価も上々、これで家の財力も上がるだろうし万々歳だな。

 

「いてて……」

 

「済まねえな嬢ちゃん……敵だったってのに」

 

「目の前で助けられる人が、助けを求める人がいるなら、助けたいですから。敵味方関係無く」

 

「リビアは優しいなあ……」

 

「そ、そうですか? 私は……その、私の力で誰かを助けられるなら、助けたいだけですから」

 

 そしてリビアだが、今は軽く撃墜されたウイングシャークのパイロット達の治療を行っている。

 純粋にリビアが申し出て来たのもあるが、頭領へのアピールにもなるという打算があるのは内緒だ。

 助けてるのは事実だし秘密でも……ま、大丈夫だろ。

 

「……流石に中に入る程警戒心は解いてないだろ? ここで話をしようか」

 

「ああ、部下達の治療もしてくれてる様で。敵対関係にも関わらずその処置を施してくれた事に感謝する」

 

「元々スカウトしに来たんだ、この程度やって当然だって俺は思うがな。……さて、アンタが聞きたいのはスカウト理由だろ?」

 

「そうだな、そんな上手い話があるとはとてもじゃないが思えないんでな」

 

「その為に呼んだんだよ……レディック」

 

「へい」

 

 呼ぶとレディックが近付いてくる。

 これもアピールの一つ、昨日の今日で既にレディックが俺に従属したという事を見せ付け警戒心を一気に取り除いて話もさせちゃえば、あれだけ信用してる感じも出てたしすぐ落ちるんじゃなかろうか。

 

「俺が話しても完全には信用出来ないと思う、直接交渉してもらっても良いか?」

 

「お任せくだせえ! リーダー共々身の安全が保証されるならやらない理由が無い!」

 

 うーん意気揚々。

 これが昨日まで俺と敵対していた人間の姿なのか盛大に怪しくなってくるが、安全と分かってるからここまでしてくれているのも分かっている。

 いやはや俺が王宮に戦況やら何やら直接進言出来る家の嫡男で本当に良かった、下級貴族でそれが許されてるのなんて王国建国当時から従属してる家くらいなもんだしな。

 

 あとローランドはちゃらんぽらんだけど能力は低くない、寧ろ全体的にバランス良く70点台から80点台のバランスの取れた能力値の、王としてのスペックだけ見れば理想的な国王だ、あくまでもスペックだけ見ればの話だが。

 だからいざとなった時……今みたいな敵対勢力のスカウトやステファニーの事に付いての進言を俺自身が、親父の口添えを通してだが出来て尚且つスペックだけは高い、つまりは実は理解力のある国王に聞いてもらえるってのは中々に俺の唯一無二のチート能力なんじゃないだろうか。

 

 え? ローランドの胃痛が増える?

 これからもっとリオンで胃痛が増えるんだし一つくらい胃薬案件が増えても問題無いでしょ、多分。

 

「……つー訳っす、頭領。こんな強い貴族に仕えられてすぐにでも手柄を挙げられる事案があるってなら乗らない理由が無いです。断ってもどうやったって勝てないのにここまでしてもらった以上……」

 

「……だな。分かった、ウイングシャーク全勢力は今からディーンハイツ家に下ろう。そして今まで貯め込んだ財宝は王宮への口添えには充分だろうし持っていくと良い」

 

「スカウト受諾、感謝する。では家には今から連絡を入れておくから財宝の受け渡しが済み次第ディーンハイツ家から来た船に着いてってくれ」

 

 本当にスカウト大成功で終わっちゃったよ。

 あの鎧を無傷で回収出来るのは私情としても戦力としても最高と言わざるを得ない、心の中でテンション爆上げしつつも将来的には俺が子爵となるのだからとこれからの部下の前ではギリギリ威厳を保つ。

 

 あとオフリー家がイレギュラーな存在となった以上、公国にどんなイレギュラーがあるか分からないからな。

 アイツらのせいでこれからの展望がめちゃくちゃになり掛けてるが、そのお陰でこうしてウイングシャークのスカウトをしてると思うと本来の展開から外れてイレギュラーにイレギュラーを重ねてるのはこちらも同じか。

 

 取り敢えず、これからの事は後で考えるとしてローランドへの報告だけはさっさと済ませておくか。




レディック
ウイングシャーク分隊長
原作やアニメではチョイ役の名無しモブ悪役だったが本作ではアルにスカウトされ名有りサブキャラに昇格
比較的頭が良く人を見る目はある
本隊への説得役にもなり、スカウトとウイングシャーク完全無力化の最後の〆として大いに役立った


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第三十七話『権力や権利って使える時に使うもんだよね』

「なに? この俺に接見したいと申し出てる奴がいる?」

 

「ええ、それも代々仕えてきたディーンハイツ子爵家の嫡男が先の空賊討伐に付いて話があるので是非と。ディーンハイツ子爵自らからの口添えもございまして……」

 

「はぁ……あのガキと一緒にいる奴か。どうせ会わないと面倒な事が起きるだけだ、通せ。あとアイツらの話となるとどんなとんでもない話を持ってくるか予想が付かん、人払いもしておけ、良いな?」

 

「はっ!」

 

 ローランドのいる玉座の間の扉の向こうで聞いてるが、やはりローランドは無能ではなく能力があるのに使わないただの面倒臭がり屋のちゃらんぽらんな女好きなだけだと分かる。

 通さなかった時のデメリットと話の大まかな予想をこの一瞬で付けられるとは、性格さえまともなら歴代でも上位の聡明な王になってたろうに……まあそんなローランド見たくはないから良いが。

 

「許可が降りた、決して粗相の無い様に」

 

「心得ました」

 

 扉が開かれる。

 そこには大層な玉座に、肘を突き立て肩頬を乗せながらふてぶてしい顔で俺を待ち受けるローランド王の姿が見える。

 やはり王としてのオーラは感じられないが、今は国を揺るがすレベルの事態だ、真面目に行こう。

 

「ローランド王、此度は接見のお許し誠に有り難く存じます」

 

「あー良い良い固いのは要らん。それより半ば強引に接見を求めたという事はそれなりの事があるのだろう? それをさっさと話せ。俺は面倒は嫌いなのだよ」

 

 ローランド相手に真面目に行こうとした俺が馬鹿だったよ。

 だが口調がある程度崩れても許されると暗に言われたのでさっさと要件を片付けるか。

 

「まずは空賊を動かしていた主犯格ですが、オフリー伯爵家嫡男、ロイズ・フォウ・オフリーである可能性が浮上しました」

 

「やはりあの家か……して、どこでその情報を得た?」

 

「まず最初にその情報を吐いたのは同じくオフリー伯爵家令嬢のステファニーです」

 

「どうやって吐かせた?」

 

「そもそもステファニーは実行犯として兄に命令されていたらしく、俺の親友をそれに巻き込もうとしたところを捕縛して尋問しました。ただ実行前に捕縛されたので空賊の一件には実質何も絡んではいません」

 

「…………ステファニーは今どこにいる?」

 

「公にバレるとまずいので俺の親友……マルケス・フォウ・サンドゥバルの部屋で捕縛中です」

 

 あ、ローランドが腹を抑え始めた。

 この後何かしら面倒が起きると分かって胃痛が起きてるなこれは。

 申し訳ないがまだあるから胃には耐えてもらおう。

 

「そ、それでその事を聞いたのはそれ以外にもあるのだろう?」

 

「はい。オフリー伯爵家の寄子であるフェイン家のカーラと空賊からも同様の事を聞きました。カーラはロイズに家族の命を盾に脅されていたと話していました」

 

「……そうか。はぁ……明日、査問会の調査班をオフリー伯爵家に飛ばそう。そしてステファニー・フォウ・オフリーは事実の裏付けが取れるまで秘密裏に投獄を行う。いつまでも一個人の部屋で捕縛するのも限度があるだろう」

 

「それが宜しいかと」

 

 話は聞いたと言っても証言のみだ。

 事実確認がしっかり分かるまで投獄されるのは仕方の無い話だろう。

 寧ろ有無を言わさず処刑されなかっただけ有情というべきだ。

 

「……話は他にもあるのだろう?」

 

「ええ、後二つございます。一つは……公国が王国に近々攻め入る可能性のお話です」

 

「心底……心底、人払いをしていて良かったと思うぞ……なんでそんなとんでもない話を持ってくるんだお前は……」

 

 これに関しては俺も胃痛がする話題なので同情はする、だがしないと行けない話でもあるから許してほしい。

 

「申し訳ございません。しかし、オフリー家と言えば公国とも貿易上繋がりのある伯爵家、そんな家がこうして王国内で空賊を暴れさせたとなればそこに注目をさせて裏で別の動きを行っている可能性を考えるのが妥当かと。

そこで思い至ったのが、オフリー家が公国と何らかの契約を結び手引きを行い王国を滅亡に追い込もうと言う算段です。あの家は元より王国に不利益な悪事を働いていた疑惑が絶え間無く上がり王妃候補でもあったアンジェリカ様の家、レッドグレイブ家とも敵対関係。可能性はあるかと」

 

「……言ってる事は確かに妥当か。全くあの家はどこまでも面倒事を……!! チッ、そこに関しても査問会の調査班に調査させておく。まだもう一つあるんだろうさっさと話せ」

 

 かなり苛立ってるみたいだなあローランド。

 そりゃそうか、実質王家と対立してる様な迷惑な家が今度は国際問題どころか戦争を手引きしてる疑惑が持ち上がっているんだ、こうなるのも無理は無いだろう。

 

「最後になりますが、何れにせよ公国との膠着状態がいつまでも続くとは限りません。そして王国の戦力では公国には劣勢です……なので空賊、俺の傘下に寝返らせちゃったんですよね実は」

 

「………………本当に、お前らどれだけ俺の胃壊せば気が済むんだよ」

 

「それに関しては申し訳ないと思っていますが、最近我等ディーンハイツ家の財力は上昇の一方。金銭面の心配はございません」

 

「そうでは無いだろどう考えても……」

 

「冗談です。裏切るかどうかですが、直接戦闘して叩きのめした上で力の差を分からせて洗いざらい話せば引き入れるという契約の元行ったので裏切っても奴らに戻る場所は無く逆に我等に今度こそ抹殺されるでしょう。そのハイリスクノーリターンを行う馬鹿であるなら引き入れは行っておりませんのでご安心を」

 

「何なのお前ら、公国との戦争の為に敵を傘下に入れるとか……」

 

「申し訳ありません。この二件があるので人払いをしてもらったのは非常に感謝しております」

 

 実際こんなの大臣達や側近に聞かれていたら大問題だ。

 このローランド一人だけだから話せるのだ。

 全て話せば良い方向に向くとはいえ良くも悪くもピシッとした連中に話しても到底信用してもらえるとは思わないし。

 

「……分かっているのだろうな、敵を傘下に加える覚悟が」

 

「はい。有事の際には俺自らが指揮を取り最前線で共に戦います。その事も含めて契約を結びましたから」

 

「ディーンハイツ家のガキで無ければ今すぐ追い出してたところだぞ本当に。そこまでの覚悟があるなら一応はずっと仕えていた家故に信じてやらんでもないがな」

 

 いやあ本当にディーンハイツ家が王家に仕える戦闘集団及び暗殺屋で良かった。

 こんなの相当信用されてる家からの進言でなければ聞き入れられるのなんて不可能だからな。

 権力や権利って使える時に使うもんだよね、乱用じゃなくてここぞで使う事にこそ意味がある。

 

「有り難く存じます」

 

「お前からの話は終わりで良いんだな?」

 

「はい、お時間ありがとうございました」

 

「あー待て、一応俺からの話もある。今日話す事になるとは思わなかったが次いでだ」

 

「なんでしょうか」

 

 よーしこれで終わり、と思った矢先にローランドに呼び止められた。

 あれ、そっちからも話なんてあったんだ……と思いつつも向き直る、何の話かは知らんがそこまで不利益な話では無いだろう。

 

「実はブラッドとグレッグから、此度の件での功績を譲られ更に嫡男復帰を打診された礼にとあの馬鹿には五位下、お前には六位下の男爵位付与の推薦が来たので承認した。

そしてアトリー家より更に、馬鹿とお前双方にブラッドとグレッグの推薦と重ねての昇進推薦が来た。馬鹿に関してはすぐの五位上昇進は嫌がらせでやってやりたかったが出来ないがお前は空賊という艦隊を傘下に収め公国との戦争時にはその艦隊を動かすと宣言した故、艦隊指揮の権限を持っていてもおかしくない五位下への昇進を今決めた。

これで有事の際に艦隊指揮を行っても文句は出ぬだろう。俺様に感謝しろアルフォンソ」

 

「成程……俺にも昇進の打診が来ていたとは。六位下、そして五位下男爵位を授かる事光栄に存じます」

 

「……チ、もう少しあの馬鹿の様に狼狽えれば良かろうに」

 

「生憎と俺は既に未来の妻がいます故、今から身分を貰っても損は何一つ無いので。高過ぎる身分なら恐縮してしまいますがね」

 

 飄々と答えるものの内心は結構ビックリしていたりする。

 今回の件で六位下までの昇進は想定内、六位上の昇進もワンチャンあるかと思っていたがまさか一気にリオンと同じ五位下まで上がるとは。

 リオンは実質五位上だが、五位下でも学生としては相当破格な位であるのは知っている。

 まさか空賊スカウトが昇進に絡んでくるとはなあ。

 

「まあ良い。お前ら二人はいつか絶対国の重鎮として放り込んでやるから覚悟しておけ」

 

「期待せずに待っていますよ」

 

 とは言え流石にいってもリオンの隣でちょっとサポート続けるポジションは変わらないし上がっても四位上までだろう。

 それでも家の格式を超える身分だが将来的には王にまでなるリオンの隣にいるんだからそれくらいの覚悟はあるさ。

 

 伯爵とかには流石にはならんだろうし、それなりの地位でそれなりの事やって幸せに悠々自適に生きてやるんだからな。

 

 

 

 

 

「な、何故だ!? 何故私を殺す!? 私はロイズ、お前の為に……ごぁ!?」

 

「生きてられると不都合なんだ、ごめんね父さん」

 

 血塗れの部屋の壁に、新しい血が飛び散り塗りたくられる。

 目を見開いた壮年の男がその場にばたりと倒れこの場に生きている人間は、若く一見優しそうな風貌を思わせる、それでいてこの凄惨な現場を作った青年一人だけになる。

 

「さてと……ステファニーもカーラも空賊も全員失敗か。消そうと思ったけどそれも難しそうだし、となればこの家に居座る必要も無いからね。僕は公国に渡らせてもらうとするかね」

 

 返り血で汚れた服を脱ぎ捨て、ラフな服装になった青年は見向きもせずその場を立ち去る。

 後には死に絶えた人間十名程が取り残されていた。

 

「僕は、僕にはやる事があるんだ……だからこんなところで終わる訳にはいかない」

 

「ふ、ふふ……他の誰も持てる訳が無い僕だけのチートのお陰で全てを見通せるんだ。『モブせか』の知識のお陰で、僕は排除すべき人間も手に入れるべき人間も何もかも知る事が出来た」

 

「そう、僕は神だ。選ばれし者だ。今度こそあのクソを殺して愛しの僕だけの君に会いに行くよ……待っていてくれよ……」

 

 

 

 

 

「アヤ……」



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第三十八話『ビバ!修学旅行!Ⅰ』

 連休明けの教室、そこには同時に五位下昇格を果たした二人、つまり俺とリオンがいた。

 キラキラした俺とげっそりして死にかけてるリオンの対比はそれぞれの心情を明確に表してると言えるだろう。

 

「リオン、酷い顔だな」

 

「もっとアルみたいに喜んだら? 折角昇進したんだし」

 

「下手に出世なんてしたくなかった……五位下なんて艦隊指揮取らないといけないしそれ以外にもやらなきゃいけない事が増えたし……はぁ……不幸だ……」

 

「俺は将来的に子爵になるんだから今男爵貰っても損なんて一つも無いからな。それに今から五位下を貰えるんなら自分でやれる事も増える訳だし爵位を使えば金も稼げる。完璧だ」

 

「アルはほんとお金稼ぎが好きよねえ」

 

「金さえあれば困る事なんて無いからな。それに爵位があればその地位でマリーを守る事も出来る」

 

「……そ、そんな事言われたら恥ずかしいじゃない」

 

 実際俺にとっての五位下はそれだけでマリーのバリアにもなるのが最大の好都合となっている。

 今までは後々子爵の爵位は貰うが今はまだ何の位も無い下級貴族子息の婚約者として色んな意味で嫌なターゲットにされてきたがこれからは『五位下男爵の婚約者』。

 つまりマリーにイジメを行えば男爵への侮辱にも繋がる訳で、格上に対しての侮辱なんて行えば下手をすれば廃嫡と学園追放が待っている。

 そんなリスクを犯してまでイジメを行う奴なんてそうはいないからこの身分が非常に大きなアドバンテージとなる。

 

 リオンはそもそも婚約者もいなければこれでバルカスさんを越しての五位下男爵、ひっそり生きたかったコイツにとっては六位より上なんて絶対要らない重りって訳で俺とは事情が全くもって違うからそこには同情を送りたい。

 

「相変わらずこの二人はラブラブを見せつけてくるな」

 

「マリエさんがしっかり者だからね……こんな可愛くて良い子が幼馴染で婚約者とかアルが羨ましいよ」

 

「婚約者か……修学旅行終わったらお茶会でも開くか」

 

「……確かにそれは良いかもな」

 

 相変わらずはこっちのセリフでもある。

 レイモンド、ダニエル含むこの教室内の男子の目線は俺に向かっての恨めしさが滲み出ている……友人の二人はもう慣れたもんって感じでそこまで感じないが。

 

 そして本来俺はここで「いやリオンにはリビアとアンジェがいるだろ」とツッコミを入れたかったのだが、辞めた。

 理由としてはここで自然とクラリス先輩を投入する為である。

 リビアがリオンに告白してリードした様に、俺は俺で密かにクラリス先輩のサポートをそれとなく後押しして行くスタイルを続けている。

 

 え? あの時最後の一押しとか言ったって?

 

 俺がやるのはあくまでもチャンスの場所を作る事だからセーフだ。

 んでアルトリーベの修学旅行と言えば、三学年合同の旅行だ。

 それぞれ三箇所ある内から希望の場所を提示して行く旅行だけに、そこでも俺はクラリス先輩にリオンの行き先の情報を逐一流す算段という訳だ。

 先輩は学年的にも一つ上でリオンとの出会いも二人に比べ遅く相当遅れを取っている状況だからこそチャンスの場面は多くしてもバチは当たらないはずだ。

 

 因みに行き先は俺とリオンとでしっかり裏金を回しました、その為の金です。

 

「珍しいな、お前なら一目散にリビアとかアンジェとかとの関係性で茶々入れてくるもんだとばかり……」

 

「まあ一応体裁的にお茶会くらい開いとかないと嘗められるってのもあるからな。因みにそこには俺も参加するから宜しく、と言うかディーンハイツ領の紅茶の宣伝に使わせてもらう」

 

「清々しいまでの商売根性ねアル……」

 

「領地が潤えば自然と我が家も潤うからな。それに五位下の力がどこまで宣伝に使えるのかのお試しにもしときたいし」

 

「決闘の時から思ってたけどアルってやる事が徹底してるよね」

 

「敵に回したら証拠を消した上で殺されそう」

 

「心外な。俺は敵側の不都合な証拠をバラ撒いて法の元で死罪にしてもらうくらいしか出来ない気弱な少年だぞ」

 

「どこをどう見てもそれは気弱とは言わないのよ……」

 

 失礼な、俺は普通に殺す事なんて出来ないか弱い少年なのに。

 ただマリーの為なら手段を選ばないだけなだけだ。

 それはさておきお茶会の算段は本音だ、何なら修学旅行の飛行船で提供される紅茶にもディーンハイツ領の物を提供させてもらっている。

 勿論だが提供時に生産地のウチの名前をコールして貰える契約付きだ、VIP対応に感謝だな。

 

「因みに俺は修学旅行の飛行船で出る紅茶にもディーンハイツ領の物を提供してるから感謝したまえよ諸君」

 

「文化祭に続いて良くそんな大量に提供出来るな……」

 

「まぁディーンハイツ領の紅茶マジで美味いから助かるけど」

 

「賭博で搾り取った金と空賊討伐で入った報奨金と空賊が貯め込んでた金銀財宝もあるからな。これを機に先輩達にも領地の紅茶をご贔屓にしてもらいたいと先行投資しようって話だ」

 

 嫌われてるとはいえそれはそれこれはこれで上質な物を好むのがこの世界の貴族の性質、ならばここで宣伝しない手は無い。

 特に上級貴族は下級貴族の領地には興味が無いからウチの知名度は低い、だが上質な物は好き、つまり良いカモになるという訳だ。

 

「アルのとこの紅茶は疲労回復にも効くから重宝してるぜ」

 

「リオンお前はその歳で疲労が積み重なり過ぎなんだよ……」

 

 何食わぬ顔で一番悲しい事を言うリオンを尻目に、修学旅行を待ち遠しく感じるのだった。

 

 

 

 

 

 そしてあっという間に迎えた修学旅行当日、これの帰りに公国に襲われる事になるという盛大な胃薬案件を抱えているがこれに関してはウチの艦隊……ウイングシャークを含めた全勢力がいつでも出撃可能な状態に整備されているから一旦はこれは隅に置いておこう。

 

 豪華な船でゆっくりと紅茶と軽食、焼き菓子やケーキ、ダーツ等を優雅に楽しむ。

 この世界限定かどうかは定かでは無いが、ここでの修学旅行は勉学では無くほぼお遊びな為こんな感じでやりたい放題出来る。

 

「さぁ今回、紅茶の方は茶葉の名産地でもあるディーンハイツ領の領主ディーンハイツ子爵家嫡男、アルフォンソ男爵様より御提供いただきました。香り、味も最上ながらリラックス効果や精神安定、疲労回復等効力も幅広い物となっております。気に入りましたら是非ご贔屓に!」

 

 お、ちゃんとコールも入ってるな。

 これに関しても飛行船の所有者側に裏金を渡してこの修学旅行中スポンサー紛いな事をしてもらっている。

 

「成程、これが噂のディーンハイツの紅茶か……確かにこれは良いな」

 

「まさか下級貴族の領地にこれ程の物があったとは。見識を見直して父上に取り引きを打診してみよう」

 

「本人は気に入らないが紅茶は気に入った。これは今まで飲んだどれよりも上質な味わいを感じさせる」

 

「そういやこの船に着いた護衛団ってのもディーンハイツ家が用意したらしいな」

 

「皆様、ご好評いただきありがとうございます。我が家との取り引きをご希望される方は私にご申し付けて下されば家にすぐさま打診を致しますので御気軽に贔屓にしてください」

 

「うわぁ完全に裏アルね……」

 

「はは、確かにこのアルは違和感覚えるのも仕方ないな」

 

「ま、まあこれがアルだからね」

 

 おい聞こえてるぞそこの俺の嫁とセミエンとマルケス。

 まあ営業だからこうなるのは仕方ないんだ、流石に営業時にあんな口調出しても良い事無いしな。

 さてそれより評判だが、初めて飲んだ連中が大半の中ほぼほぼ満場一致の高評価をいただいてるらしくて何より。

 これは公国戦後のご褒美が大量契約になりそうだ。……乗り越えられるよな?

 

 あと護衛団は当初の予定通りウイングシャークを付けた。

 開戦した時いつでも乗れる様にしときたかったからな。

 

 因みにリオン達が何処にいるかと言えば……

 

「リオンさん、あーんしてください」

 

「……わ、私も……そ、その、あーんを……」

 

「えへへ、その……リオン君、私のも食べてくれるかな……?」

 

 ちょっと離れた場所でリビア、アンジェ、そして完全に清純可憐な素に戻ったクラリス先輩からハーレムで詰められていた。

 実は空賊スカウト後、本来ならアンジェとも仲違いの様な形で殴られる流れだったがそうなる要因になるイベントをオール排除したお陰でリビアが自ら、アンジェに告白した事を告げアンジェも迷いながらも友人達に後押しされ決断し告白したのだ。

 

 その時の映像は……あるにはあるがあまり見るものでも無いだろう。

 いつかの機会があれば観ても良いが……な。

 

 あとクラリス先輩だが、どうにも中々近付く気配が無かったがリビアもアンジェも乙女心は察せるだろうとちょっと助言したらこの有り様だ、三人とも乙女の顔で実に素晴らしい。

 

 リオンよお前はそろそろ観念してあーんされとけ。

 あ、諦めて受け入れた。それで良いんだよ幸せになれ。

 

「アンジェ、頑張ってください……!」

 

「ファイトだよアンジェ!」

 

 

「お嬢様……お嬢様を幸せに出来るのはバルトファルト男爵以外いません……どうかキューピットが振り向きますように……」

 

「ダンさん、俺達も一緒に祈ります!」

 

 尚、アンジェとクラリス先輩双方の取り巻きの方々もしっかり観察中でした。

 お勤めお疲れ様っす……

 

「……わ、アタシもあーんして良い?」

 

「マリー……俺が拒む理由が無さ過ぎるよ是非してくれ」

 

 そんな三人に感化されたのかマリーがこっそり近付いてきて俺の袖をクイクイと引っ張ってくれる。

 え、何この子めちゃくちゃ尊いじゃん……俺の嫁可愛過ぎでは?

 マリーを抱き寄せ囁く。

 顔を真っ赤にしながらもコクコクと頷く彼女の頭を撫でてあーんを待機する。

 

「あ……あーん」

 

「あー……ん、美味しいよ。ありがとなマリー」

 

「……アタシのモノってアピール出来たかしら」

 

「そりゃ勿論。ま、俺からのアピールが強過ぎて大抵の男は諦めてるだろうけどな」

 

 あーこれだよこれ、幸せ味ってやつだなこれが。

 前前世で見た某生徒会の一存のロリ会長の気持ちが今なら良く分かる。

 幸せ味とは恋人からあーんをされて食べさせ合いっこをさせる事で生まれる崇高な気持ちなのだと理解が出来る。

 え? ロリ会長はそういう意味で言ってない? 細かい事は気にするな。

 

「やあアルフォンソ君。君も南の浮島になったんだね」

 

「おやおやルクル先輩」

 

 そんな甘い雰囲気を知ってか知らずか、ルクル先輩が話し掛けてくる。

 何の為に裏金を使ったと思ってるんですか、この為ですよ。

 

「今回の目的地は丁度“お祭り”があるらしいよ。独特な雰囲気が楽しい所だってさ。女子は浴衣を着飾って楽しむ。男子はエスコートできればぐっと距離が縮まる。……って、君にはマリエちゃんがいたね」

 

「ええ、世界一の嫁ですよ」

 

「ちょ、まだ嫁じゃないでしょ!」

 

「将来的には嫁だし些細な事だろ」

 

 そう、この修学旅行の行き先は所謂日本文化の根付いた浮島だ。

 前世振りの日本文化に触れられるとあり俺もリオンも全力で裏金を動かしたのは秘密だ。

 

「……しかし、リオン君は難儀な相手を選んだね」

 

「そうですかね」

 

「ある意味、三人とも身分不相応と言われても仕方ないと思うくらいにはね」

 

「恋愛に身分なんて関係無いですよ。殿下相手に勝ち取った俺が言うんですから」

 

 ルクル先輩がそう言うのも無理はない。

 ま、リオンがそう思われるのも仕方ないと言えば仕方ないところがあるのだ。

 一人は平民、一人は伯爵家、一人は元次期王妃……客観的に見てその見解は間違いない。

 だが俺はそれでも声を大にして恋愛に身分は関係無いと言い張りたい。

 俺がそうだったんだから当たり前だろ?

 

「はは、君が言うなら説得力があるよ。それじゃあ僕が口出しする事でも無いね。……そうだ、一緒にルーレットでもどうだい?」

 

「いえ、俺は勝てない賭博はやらない主義なので……ダーツなら良いですがね」

 

「そ、そうかい? じゃあ遠慮しとくよ。君が勝てる前提で動く賭博じゃ勝ち目が無い」

 

 苦笑いしながら去っていくルクル先輩。

 うんまあ賢明だろう、勝てないと分かってて突っ込む賭博なんてやるだけ無駄だしな。

 俺としてもこういうカジノに関してはダーツに特化してるが他の物は並程度だから利害が一致しないのも仕方ない。

 

 さーて、マリーの浴衣姿に想いを馳せて暫くは賭博で遊んでるかね。



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第三十九話『ビバ!修学旅行!Ⅱ』

「オイ見てみろリオン、あんなところにクリスがいるぞ」

 

「あ? ……ああ、そうだな。何やってんだか」

 

 暫くダーツに興じて稼ぎまくっていたが、やり過ぎると紅茶の契約も怪しくなるだろうとそこそこで切り上げてハーレムに押し潰されかけてたリオンと紅茶を嗜んでいた。

 リオンと言えばルーカス師匠から茶を習っているだけあって作法が美しく、共に飲んでいても際立つので非常に過ごしやすい。

 

 いつもの女子三人組+クラリス先輩は四人で紅茶を飲みながら雑談中、セミエンとマルケスもお互い共通の友人がいる事で親睦を深めている。

 尚、勿論だがステファニーは投獄中なので時折マルケスはそれが気掛かりなのか不安な表情になる事もある。

 ちゃんと裏取り取れたら解放されるから安心しろ。

 

 そんでもって俺達二人が自然とグループになっているという状況だ。

 

 そんな折に見つけたのが今回この船に唯一乗ってる馬鹿レンジャーの青ことクリスだった。

 そもそも候補が三ヶ所ある中で原作でも馬鹿レンジャーは221で分散していたがここでも同じ流れを踏んでいるらしい。

 ただマリーは俺と一緒のとこじゃないと嫌と言ってくれたのでブラッド、グレッグ組ではなくこの世界線ではあの五人の中でクリスが唯一の勝ち組になるが。

 

 そのクリスが心底つまらなさそうな顔で甲板に出ていったのだからそりゃ気になるってもんだ。

 原作から一番成長してそうなのもクリスだから気になるというのもあるが。

 

 ……ま、色々アイツもアイツで悩む事があるんだろう。

 今はそっとしておくか、紅茶もまだまだ嗜みたいしな。

 

「やっぱりウチの紅茶は最高だな、なあリオン?」

 

「ディーンハイツの紅茶はいつ飲んでも最高だからな。これで宣伝すればお茶会も少しは……!」

 

 リオンよお前の希望を打ち砕く様で悪いが俺とリオンはこの年齢で空賊討伐した事に表向きなってるから畏怖の対象なんだ済まない。

 代わりにクラリス先輩を送り込むからそれでチャラにしてくれ。

 

 

 

 

 

「ど、どうですかリオンさん? 似合いますか?」

 

「ふむ……少し歩きにくいがゆったり見て回るには好都合か。……あ、あんまりジロジロ見るなリオン」

 

「私こういうの着るの初めてなんだけどどうかな、リオン君?」

 

「え!? え、えーっと……ぜ、全員凄く……綺麗……です……はい……正直めちゃくちゃびっくりした……」

 

 あーこれだよこれ、俺が見たかったのは浴衣姿でイチャラブするリオン御一行だったんだよ。

 全力で仲直りと後押しして良かった、ありがとうあの時の俺、ありがとうネズミくん。

 

「あ……アル? アタシも着てみたんだけど……似合う?」

 

「似合い過ぎてて昇天しそう」

 

 まあ一番見たかったのは何を差し置いてでもマリーの浴衣姿だった訳ですがね。

 と言うか本当に似合い過ぎててヤバいだろこれ。

 普段下ろしてる髪は束ねられててポニーテールになってるし、お陰でうなじが見えて艶やかさが出てるし、マリーの浴衣は派手なピンク色だが色に負けない美少女オーラが寧ろベストマッチしていてとてつもない美少女が誕生している。

 現に周りの視線もリオン側の三人に負けず劣らずの釘付け状態にさせている、どうだこれが俺の嫁だぞ可愛いだろ。

 

「その、アルも……似合ってるわよ」

 

「サンキュー。この浮島はこういった独特な風習があるからマリーに是非着てほしかったんだよね。叶って嬉しいよ」

 

 洋風も確かに良いが、やはり魂が日本人とあらば和を求めるのは当然の感覚だろう、なのでこの浮島には是非とも滅んでほしく無い。

 

「おーいアル、一緒に回るか?」

 

「そうだな……セミエンとマルは別行動してるしダブルデートも映えるか」

 

「そういう意味で言った訳じゃねえよ!? しかもダブルデートって言ってるのに俺のとこだけで四人になりそうなんだが!?」

 

「フハハ、実はそれが狙いだったりな。つーかリオン、お前も満更じゃない癖にー。三人とも積極的に来てくれてるんだろ?」

 

「いやそれが心臓に悪いんだろうが! 美少女三人だぞ!?」

 

「だってさ御三方」

 

「あぅ……り、リオンさん……」

 

「……褒められて、悪い気は……しない」

 

「あ、ありがとうリオン君……」

 

 俺とリオンのコントを聞いていた三人の恥じらい方もやはり、和の雰囲気に呑まれているのか普段よりお淑やかさが出ている気がする。

 やはり和は全てを救うのだよ諸君。

 

「んじゃ決まりって事で。マリーも良いよな?」

 

「え、ええアタシは構わないけど……」

 

「クラリス先輩なら大丈夫だ、もう吹っ切れて元のお淑やかな先輩に戻ってるから」

 

「ご、ごめんねあの時は……」

 

「あ、アタシも元凶だった訳だし……その……先輩が大丈夫なら……アタシも大丈夫……です」

 

 うんうんこの二人もしっかり和解出来たみたいで何より。

 ここだけ原作より関係性が悪化してたから先輩を元に戻した暁にはタイミングを見計らって何か動こうと思ってただけにこうなってくれるなら願ったり叶ったりだ。

 

「私ももう、新しい恋を見つけたからあの事はもう全部吹っ切れたの。だからこれからは仲良くしましょ?」

 

「は、はいっ」

 

 それにしてもジルクの事を完全に諦めてからのクラリス先輩の変わり様が凄まじいな、いや変える最後の一打放ったの俺だけど。

 あれだけ気を張ってオラオラ系演じてたとか相当苦しかったろうに……因みにこの変わり様にアンジェも相当驚いていたがすぐに仲直りして、婚約者に裏切られた者同士で何か良い感じになっていたから問題は無い。

 

「つー訳でダブルデートって事で」

 

「はいはい分かったよ……まぁ、嫌じゃないし……」

 

「もっと素直になれば良いのにー」

 

 リオンも大分このハーレム的状況を受け入れる様になってきたな。

 良い兆候だだからもう全部受け入れちまえ。

 

「ふふ、それでは最初はどこから行こうか。みんなはどうだ?」

 

「そうね……良い匂いもするし何か食べたいわね」

 

 脇で何だかんだ言いつつも満更では無い様子のリオンと俺を見つつアンジェがやはりリーダー格となって最初の行き場所案を催促。

 俺としちゃどこでも良いが……ふむ、マリーの言う通りこの香りに釣られるとどうにも腹が減ってしまう……

 

「良いですね」

 

「屋台特有の雰囲気もあるしお腹空いちゃうね」

 

「ま、俺達はこの雰囲気を味わいたかっただけだから女性陣のリクエストに添いますよ」

 

「右に同じく。あとアルなら『女性陣の親睦を深める為にもここは引くべき』なーんて言いそうだしな。実際その通り過ぎてそれを実践してる訳なんだが」

 

 実際その通り過ぎてってのは俺のセリフだリオン。

 女性陣四人でワイワイやってる姿は正に友達のあるべき姿って感じで見てて実に眼福で素晴らしいものだからな。

 特にお淑やかクラリス先輩×マリーの組み合わせとか原作沿いで進めてたら理論上不可能な組み合わせだからな、これを、しかもこの段階で拝めるとかあまりにも尊過ぎる。

 モブせかファンならあまりの素晴らしさに卒倒してもおかしくないだろう、俺はしっかり死にかけてるが。

 

 あと、本来リオンがダッシュで買いに行く御守り売りの青年とそのおばあちゃんには俺が着替える前に事前に話を付けて青年の方から四つとおばあちゃんの方から二つ予約済みなのでここでその狂気的なまでのゲーム脳が暴走する事は無い。

 この人の固定観念発動すると厄介だからなあ……特にアルトリーベ関連は。

 

「そうか、ならお言葉に甘えて我々で決めよう」

 

「それじゃああそこの串焼き屋さんとかどうですか?」

 

「う~んタレの良い匂いが食欲をそそるわね~」

 

「良いね、私もそこが良いかなぁ」

 

 お、目を付けたのはここから一番近い串焼き屋か。

 値段もリーズナブルで食欲を一番促進する匂いを発してるから自然とそこに目がいったか。

 

 しかし串焼き屋と言うと学園に入る前を懐かしく思うな。

 あの頃は会う度に俺とマリーと二人きりでディーンハイツ領の庶民街に出ては一緒に串焼き屋巡りをしてたんだよなあ。

 一応名目上お忍びだったのにおっちゃん達にしっかり認識されてた上で常連と化してたっけか。

 夏休みは婚約の正式な決定やらマリーを男爵家の養子に入れる準備等でてんやわんやしていたから行けなかったけど冬休みは行きたいもんだなあ。

 

「串焼き屋を見ると、学園入る前のマリーとの思い出が呼び起こされるなあ」

 

「ほーん、食べ歩きデートってやつか?」

 

「ま、そんな感じ」

 

「ちょっと、あんまり人前でそういうエピソード言われるのは恥ずかしいから……」

 

「俺とマリーの関係に隠すものなんて何も無いぞ」

 

「もう……本当にアルはアタシの話になると調子が良いんだから」

 

 そしてこういう話をすると……ほら、他の三人がリオンをチラチラ見始めるんだよね。

 俺的にはこういうのも狙っての出せるエピソードで惚気けてる面もあったりする。

 

「褒めても惚気話しか出ないぞ」

 

「もう出さなくて良いわよ」

 

「俺はもっと話したいのに」

 

「やめてくれないと今日耳かきしないわよ」

 

「分かった今すぐやめるからそれだけは勘弁してくれ」

 

 そんなコントみたいな話をしながら串焼き屋に到着。

 紅茶みたいな上品さは無いが、屋台はこれで良い寧ろこれじゃないと落ち着かない。

 気前の良いおっちゃんとシンプルながらタレの効いた串焼き、この組み合わせこそ最強なのだ。

 

 そしてお味はと言うと……くーっ、これだよこれ!

 この大雑把で濃い味がムードを良くするんだ。

 これぞ思い出の味ってやつだな。

 

「おいひいです!」

 

「ああ、私はこういったものを食べるのは初めてだが……殿下が気に入るのも分かる気がするな」

 

「美味しい~!」

 

「アルと一緒に食べた味と良く似てるわね」

 

「ああ。ウチの領地の串焼き屋と甲乙付け難い」

 

「はぁ……貴族貴族したのよりこういうのが落ち着くわ……」

 

 リオンとしては特に元日本人ともあって、欧州貴族の風習より日本の一般庶民な味の方が好みらしい。

 かく言う俺もふとした時に日本食が恋しくなる時があるからそれは良く分かる。

 

 ここの浮島を管理してる貴族は何故か日本食文化も豊富らしいから定期的にここから米とか買おうかな……

 

 日本に想いを馳せながら祭りをじっくり見て回るのだった。




アニメでリビアが思い描いた、リオン達とのデート(ここではクラリス先輩もいるけど)
せめてここでくらい実現してあげても良いじゃん?って思わずにはいられなかったよね
イチャラブしてるように見えていれば幸い


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第四十話『ビバ!修学旅行!Ⅲ~リオンと御守りと目前の問題対策へ~』

「そんじゃここで一旦俺達と女性陣は別行動って訳だな」

 

「うん、また一時間後くらいに戻って来る感じでお願い」

 

「はいよー」

 

 あの後色んな屋台やら何やらを回った俺達は、一旦男女に分かれて行動するのも良いよなみたいな流れとなり別行動を取る事となった。

 あの四人だと積もる話もあるだろうと俺もリオンも賛成したのもあるが……

 

「さて、早めに御守り屋と合流するか」

 

「サプライズプレゼントには持ってこいだし、何より付加能力が最高だ」

 

「御守りに妙な能力付いてるからって全部買いしようとするとかお前はパワープレーが過ぎるんだよ」

 

「し、仕方ないだろ! 欲しかったんだから……」

 

「まあ生き残る為にはそういうのも必要なのは分かる」

 

 そう、本題は御守りだ。

 時間はしっかりと見て回る時間を確保した上での時間を伝えてあるが、そろそろ行き時でもあったので自然とサプライズプレゼントになる事となったのはラッキーだった。

 因みにお買い上げする御守りの色は白二つ、黒二つ、それと赤、緑が一つずつ。

 ばあちゃんから買うのが所謂無骨な黒い御守り、その孫の青年から買うのがお洒落なその他となる。

 内訳としては回復魔法に適性があるマリーとリビアが白、炎魔法に適性があるアンジェに赤、風魔法に適性があるクラリス先輩に緑。全てその魔法へのバフが掛かる物になる。

 そして俺達は身体能力底上げのバフが掛かる黒を選択して予約したという事だ。

 効力は思った以上にあるらしく、だからこそ必死になってでもリオンが買い漁ろうとしていた経緯があるのも多少は頷けてしまう。

 

 勿論、事前予約だから歩き売りの分とは別の在庫から出ている為他の客が買えないなんて事態にもならない優良客だから安心。

 

「特に黒は魔力上昇が無い分純粋な身体的ポテンシャルの上がり幅がえげつない、鎧戦闘中でも反射神経や耐性の大きな底上げになるからそれこそ他の色より有能ってのがアルトリーベ有識者の見解だった」

 

「何がどれを上げるかは知ってたけどまさか黒が最強だったとは……そんな効力聞かされたらそりゃ買いたくもなるわ。つー訳で俺に感謝してくれよな~?」

 

「正直めちゃくちゃ感謝してる。お前は最高の弟分であり親友だよ」

 

「そんなところでそれを言われても生々しいだけだがな」

 

 しかしモブせかでもアルトリーベでもそこまで深くは知らなかった御守りだがそんな設定があったとは。

 この浮島ってもしかしてホルファート王国の中でもトップクラスに超絶有能なのでは無いだろうか。

 

 久々にリオンと二人きりで歩いていると……見えてきた。

 待ち合わせ場所の神社だ、唯一はっきり分かりやすい場所としてここを指定していたのだ。

 

「あ、お貴族様! お待ちしておりましたよ!」

 

「悪い悪い、待たせちゃったかな?」

 

「いえいえ、孫も私も今着いたばかりなものですから何も問題ありませんよ」

 

「ね、念願の御守り……!」

 

「そこのお貴族様は我々の御守りの事をご存知だったんですか?」

 

 おうおうリオン早るんじゃないよ。

 あと御守り見てゲームだの何だのボロ出すんじゃないだろうなと少しヒヤヒヤする、大丈夫だとは思うけどな。

 

「俺の連れは前々からこの浮島に興味を持ってたんですよ。だから俺も事前に情報を知れて、御守りの事も行けたら是非買いたいと前々から話していたんですよ。な、リオン?」

 

「そ、そうなんですよ! この浮島特有の浴衣や食、御守りが他のところとは完全に違う独自文化なのに凄く惹かれてしまって……だからこの御守りにも憧れがあったんですよ!」

 

「それはそれは、有り難い事です! 私の祖母や先祖が守り受け継いできた文化がこうして評価されるのはとても嬉しいです!」

 

「ホッホッホッ、そうだねえ。こうしてお貴族様に面と向かって評価されたのは初めてかも知れないねえ」

 

 誤魔化してるとは言っても嘘は言ってないからセーフ。

 実際何度も言ってるが浴衣に和食、お祭りに建造物や雰囲気まで全て古き良き日本そのもの。

 元日本人転生者ならそりゃ惹かれるでしょうよ、どういう流れでこの文化が現れたのか知らないけど。

 

「あ、それより御守りでしたね! 僕からは白二つと赤と緑のを!」

 

「私からは、黒二つをお渡しします」

 

「お、おお!! これが御守り……!! えーっと……これ、代金だけど物凄く感激したんで多めに持ってってくれ!」

 

「良いのか? 俺は出さなくても?」

 

「良いんだよ、アルが事前に予約してくれなかったら買えなかった可能性もあるんだからその礼も込みだ」

 

「こ、こんなに沢山……!?」

 

 俺も出そうと思ってたがリオンが凄くキラキラした顔で白金貨を出すもんだからここは譲ろう。

 リオンなりの最大の礼の仕方だろうしな。

 こんだけ嬉しそうにしてるこの人見るのも珍しいってのもあるけど。

 

「おやおや済まないねえお貴族様」

 

「俺に出来るお礼の仕方ってのがこういうのしか無いと思ったからさ。受け取ってもらえると嬉しいぜ」

 

「そ、それじゃあ有り難く受け取ります! ありがとうございました!」

 

「お貴族様達の恋愛が上手く行くのを、祈っていますよ」

 

「だってよリオン」

 

「お前もじゃないのか?」

 

「俺は上手く行くの確定だからな」

 

「相手がマリエな事を除けば羨ましい限りなんだがな」

 

 御守りを受け取ってホクホク顔のリオン、ばあちゃんに恋愛の事を言われて少し顔が赤らんでるが今のこの人じゃあ恋愛より御守りなんだろうなあ……何とも勿体ない。

 行く末を考えればお前にはあと何人か嫁候補……と言う名の確定嫁が増えるんだがどう対処するつもりか見ものだな。

 俺? 俺は何があってもマリー一筋だからハーレムなんて興味無いね。

 

「マリーは俺にとって世界一の嫁だから良いんだよ」

 

「ま、あのじゃじゃ馬にもお前がいるんだと思うと一安心するよ」

 

「そりゃどうも。……そういや、まだ一時間には時間余るよな?」

 

「そうだな。今後の話するんだろ? 少し人の少ないとこで話すか」

 

 何だかんだ言って妹にもちゃんとした夫が出来る事嬉しい癖に。

 顔が隠せてないんだよなあ、ホッとした様な顔しちゃって。

 

 そんな話をしている俺達だが、時間のある内に今後の話をしたいと伝えていたのでこの際に話してしまおうと言う事になった。

 真面目な話ではあるが、重苦しく話すのも気が引けるからこの機会に話せるなら好都合だ。

 適当なベンチに腰を降ろして二人して飲み物を片手に話は始まる。

 

「俺の見解だけどな、オフリー家があれだけ暴走したとなるとまず間違いなく公国と組んでると見て良い」

 

「つまり、近い内に襲撃があるって事か?」

 

「ああ。更に言えば比較的手薄な時期を狙うだろうから……来るなら修学旅行の帰り、俺達をターゲットに来る可能性が高い」

 

「……マジか」

 

 話は初手から公国の話となった。

 俺はモブせかを知ってるからこの流れが分かってて話しているが確かにリオンにとっては衝撃の展開になるだろうな。

 だがゲーム脳を切り離せば、既に二年中盤の空賊が一年秋に来ているから深く突き詰めていけばこの隙になる修学旅行は絶好の襲撃日和となる訳だ。

 

 流石公国汚い。

 

「特にオフリー兄のロイズが怪し過ぎる。アイツが直々に手引きをしてると面倒になりそうだ」

 

「アイツは潰せるなら早々に潰しときたいんだけどな……今は査問会の結果報告待ちだったか」

 

「修学旅行から帰ってきたら報告が来るらしいけど……襲撃する連中の中にいたら簡単には仕留められないだろうな。少しでもその襲撃を楽に撃退する為に護衛にウイングシャークを仕込んだんだけどな」

 

「お前が護衛にアイツら付けたのそういう意味だったのか……」

 

「勿論セキュリティガバガバだったのもあるけどな」

 

「あー……俺のエアバイクが最大戦力になりかねなかったからなあ」

 

 殺したくないと言えど戦争は戦争、公国の兵士が死んでも少し罪悪感は覚えるがそれより王国の奴らが死ぬ方が余程気に食わない。

 勿論最優先はマリー、二番目に相棒のリオン、三番目に家族と友人達だがいつもいつも俺に罵詈雑言浴びせたり嫌ってる連中でも実際に罵倒し合ったり煽ったり、結局のところ対話してしまってる時点で『優先順位』の中に入ってしまっているんだ。

『好きの反対は嫌いではない』の通りで、そんなウザい連中でも死なれると非常にムカつくのだ。

 奴らには生きて俺に悔しがる姿を晒しとけば良いんだ。

 そんな連中が『無関心な連中』に殺されるのはどうあっても俺が許さない。

 

 大事な人達の次いでに奴らも必ず守って少なくともこの学生生活中ずっと俺にプギャーされる平穏な日々を守る為なら公国の兵士なんていくらでも殺してやる。

 

 あと、リオンが甘いからダメとは言わないが、リオンが甘い分俺がその利点もシワ寄せも捌くって面もある。

 敵にも慈悲を見せるリオンの後処理は俺がやる。

 その為の相棒なんだからな。

 

「ま、何にせよ一番覚悟すべきは公国との戦争でどう足掻いても戦果が挙がるだろうからどこまで昇進するか、だけどな」

 

「うへぇ……で、でもすぐに五位上になれなかったんだから俺は大丈夫なはず……」

 

「いや流石に戦争で勝った上で戦果も挙がったら普通でも昇進あるからな?」

 

「……勘弁してくれよお……!!」

 

 ……俺にとって、最大の山場は今はまだリオンには話せないがアルトリーベシリーズ二作目の舞台であるアルゼル共和国だ。

 そもそも帝国との戦争が起きざるを得なかったのも原因はアルゼル共和国で出来てしまった。

 ならばそこを事前に叩けば『帝国と戦争が起こる』前提が無くなる。

 モブせか原作ラストは帝国との戦争だったから最大の盛り上がりポイントなんだろうがそんなの今ここで生きてる俺からしたら傍迷惑が過ぎるだけだ。

 悪いが俺達の物語は共和国編で終幕とさせてもらう。

 その為にも心を鬼にして殺しても良い奴らは殺るしかない。

 

 俺はもう、ただのガキじゃない。

 リオンとは違ってチートも無い。

 ちょっと強いだけで、男爵位になって、部下が出来て、その命を託される。

 

 全てはこの王国を守る為に、大切な人達を、マリーを守る為に。

 

 チートが無い俺は全力で邪魔者は抹殺する。

 俺が生き残る為に、死なないとならない命がある可能性を見なくてはならない。

 

 俺は頭を抱えるリオンを尻目に、握り締める手にグッと力が入るのを感じリオンにバレない様に一つ、息を吐き出した。



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第四十一話『覚悟と開戦』

 早朝、それは誰にも邪魔をされない神聖な時間。

 静かでゆったりとした時間が流れる美しい空間。

 日本の古き良き文化の発展したこの南の浮島には、忘れ去られたはずの奥ゆかしいこの時間が残っていた。

 だからこの時間のデートというのは格別なものなのだ。

 

「朝の空気が気持ちいいな」

 

「そうね……アタシとしてはアルと二人きりなのが一番嬉しいけど」

 

「俺もマリーと二人きりなのが一番嬉しいぞ」

 

 入学前ならいざ知らず、入学してからと言うもののマリーとこうしたデートを出来た回数は少ない。

 そもそもが寮住まいの学園生活でようやく心を射止めたのだから恋人になってからの静かな空間でのデートとなると更に回数は少なくなる。

 恐らくは片手で足りる程度では無いだろうか。

 

 だからこそこの時間は大切なのだ。

 

 それはさておき、俺はマリーとのデートがてらある場所へ向かっていた……そう、神社だ。

 リオンの縁結びを祈るのもあるが、最優先事項はこの後起こる事がほぼ確定している公国襲撃を無事乗り切れる様に、大切な人達を失わない様にと言う願掛けの意味合いがある。

 

 昼には浮島を出港する事もあり何としてでも済ませたかった。

 

「ここが縁結びで有名な神社ね」

 

「ああ、俺はともかくリオンには色んな良縁があるからな。次いでに祈っといてやろうと思ってな」

 

「ふーん、まあ最近リビアやアンジェ、クラリス先輩に囲まれてるのは良く見るわね」

 

「アイツは自称モテない男とか言ってるけど盛大にモテるからな。それを自覚させる為にも願掛けしといてやろうってな。……お、噂をすれば先にいたか」

 

 神社には先客としてその四人が既にいた。

 

「まさかリビア達と会うとはなあ」

 

「そうですね、でも朝からリオンさんに会えて嬉しいです!」

 

 話の内容からして、想定通り四人も偶然遭遇したものと思われる。

 仲の良い連中だよ本当に。

 尚、例の御守りはあの後渡してみんな喜んでくれていた事を追記しておく。

 

「よう、皆さん方」

 

「アルもここに来たのか」

 

「まあな。折角だし色々願掛けしとこうと思ってな……特にリオンの良縁は祈っときたいし」

 

「……そりゃどうも」

 

 ……あと神社の裏側にこっそりアンジェの取り巻き集団とクラリス先輩の取り巻き集団もいるのが見えた。

 本来ならアンジェの取り巻きが昨日の夜邪魔してくる展開だったが、そもそもリーダー格の二人が友人となってて親しくなってる辺りその展開自体が破綻している。

 代わりにアンジェの恋愛を陰から見守る良い人達と化している。

 修学旅行から公国襲撃までにおいてずーっと邪魔にしかならない原作と違って、二人の改心を皮切りに本当に心からアンジェを慕う様になった為に味方ポジションになっててこの後の公国襲撃でも良い方に作用するのではないかと踏んでたりする。

 

「リオンく~ん、お布施っていくらが良いのかな?」

 

「あ、そう言えばクラリス達はこういう作法は知らなかったな。ちょっと待ってな……アル達は、知ってるんだっけ?」

 

「俺は知ってるけどマリーはどうだっけ?」

 

「アタシ? アタシも……ま、まあ知ってるわよ」

 

 そう言えばだが、リオンはクラリス先輩に積極的に近付かれてから呼び捨てで呼んでほしいと言われたのかこうして読んでいたりする。

 リオン曰く「あまりにも呼んでほしいって言われたから折れた」って言っているが俺はお前がこういうクラリス先輩みたいな清純派な女の子が好みなの前世から知ってるんだぞ。

 だから二人にはまだ及ばないけど積極的にアピールしてくれてる先輩にデレデレしてるのバレバレなんだよ素直になっちまえよ。

 

「あ、そうだリオン」

 

「なんだアル?」

 

「お前、欲望は心の中でだけ祈っとけよ……そこ、ちっちゃい巫女さんいるから」

 

「……ハイ、ワカリマシタ」

 

 素直になれとは言ったが小さい女の子に悪影響を及ぼす事を言うのはNGである、特にこの王国内でちょっとした男の下ネタで顔を赤らめる程の純粋で可愛らしい巫女さんは非常に貴重な存在である為何がなんでも守らないといけない。

 

 ……待て、俺はロリコンではない、マリーが好きなだけだ。

 

「全くリオンは……済まないなアル」

 

「ああ良い良い気にしないで。コイツの事は何もかも熟知してるってだけだよ。ま、お互い様だけど」

 

「この短期間で随分と仲良くなったものだな、二人は」

 

「……そ、そうか? まあ下級貴族の男同士色々と思うところは同じだからかもな。だよなリオン?」

 

「お、おう! なんたって戦友だからな!」

 

 危ない危ないロリコン否定してる間に墓穴を掘るところだった。

 確かに傍から見たら何もかも熟知してるって表現に少し違和感を覚えるのも仕方ないからな。

 幸いな事に俺とリオンは決闘後からいつも一緒に行動してる感じが周りからすればあるから何とか誤魔化せたが。

 

「それよりお参り、するんでしょ?」

 

「そうだなマリー。それじゃ知ってる組から先にお手本として……」

 

 気を取り直して俺とマリーとリオンでまずはお手本を見せる。

 小さい巫女さんは、作法を知ってる事を喜んでるのかずっとニコニコしてくれている。非常に可愛らしくて微笑ましい。

 

 さて、しっかり祈っとかないとな。

 みんなが全員無事に生き残れます様に……あとリオンが幸せを自覚します様に……

 

 その為にはどんな手を使っても公国を徹底的に潰す。

 どんな手を使ってでも……な。

 

 

 

 

 

『こちらアルフォンソ、レディック、グリシャム公国の船は見つけられそうか?』

 

『こちら一番艦艦長グリシャム、周辺の輸送船から不審な船を見掛けたとの報告が上がりましたぜ頭領』

 

『こちら二番艦艦長レディック、モンスターが普段いる地帯にモンスターが居ない事から近くにいるんじゃねえかと予想を立てているぜ』

 

『よし、ならばウイングシャーク改めヘルシャーク隊全艦に告ぐ! 全員厳戒態勢に入れ! そして公国の船はモンスターが取り囲んでるから見つけたら必ず分かるはずだ! 発見次第俺の指示を待たずに全機発艦、全力でモンスターと敵軍を抹殺せよ!』

 

『了解!』

 

 帰りの船、俺はそこの地下室に、船の警備隊の許可を得て入りネズミくん経由で護衛のウイングシャーク……もといディーンハイツ家の船と鎧で構成されたアルフォンソ私兵団『ヘルシャーク隊』に連絡を取っていた。

 事前にこういう事がある可能性を考え、金は掛かったもののマルケスにネズミくんの追加生産を注文しといて本当に助かった。

 

 そう、公国にあんな屈辱を味わわせられない為の対策として俺は『先制攻撃』をする事を前提として動いていたのだ。

 

「ギャレット、『掃除』は済んだか?」

 

「完璧に終わりましたぜ頭領。事前に頭領達が目を付けてたコイツらが案の定当たりでした」

 

「ちくしょう!!」

 

「私は違うのよ!!」

 

「あ? こっちにゃ撮影技術と録画技術があんだよシラ切ってんじゃねえぞ」

 

 勿論、あの二人を筆頭とするアンジェ取り巻き改め親衛隊が善良になったからと言って手を緩める俺ではなく、お参りの後にリオンと談合しルクシオンに怪しい連中を炙り出してもらっていた。

 因みに行きは中も警備にヘルシャーク隊を何人か潜入させ厳戒態勢を取っていたので誰かがその間公国に合図を送っていたとか言うのは無い。

 

 そんな訳でルクシオンが見つけたきな臭い連中数名に対し、帰りの船にも乗せたヘルシャーク隊数名で見張らせボロを出したところをひっ捕らえた事になる。

 

「ほ、本当に公国を手引きしている不届き者がいるなんて……我々への支援と言い本当にありがとうございますディーンハイツ男爵!」

 

「こちらこそ、修学旅行の間スポンサーになっていただいたのは頼もしかったですよ」

 

 そして許可を得た後この船の艦長の案内の元辿り着いた、ここ地下牢に捕縛した連中を無造作に突っ込む。

 艦長にはコールの為とは言え盛大に支援をした事になるのも含めて礼を言われてしまったが、まあ悪い気はしない。

 何ならこのままこの企業がウチのスポンサーになってくれれば万々歳なんだがな。

 

 それはさておき、これで先制攻撃される不穏分子は取り除いた事になる。

 

 俺は双眼鏡を片手に甲板に行き、事の成り行きを見守る。

 

「うぃーすリオン」

 

「おう、奴らは?」

 

「捕まえて牢屋行き。未遂で終わらせたから恐らく死罪になるかどうかは半々ってとこだな」

 

「なるほどね」

 

 外の風が涼しい。

 初めて貴族らしい、そしてディーンハイツ家らしい粛清と指揮官としての命令を出した緊張感が少しだけ解れる。

 覚悟は決めていても、やはり人を殺す事になる可能性に思うところはあるのだと自覚してしまう。

 

 もう少しゆっくり出来れば良いんだが……そうは問屋が卸さないらしい。

 

 ヘルシャーク隊の艦隊から次々と鎧が発艦しているのが見えた。

 遂に始まったか。

 

「……来たか」

 

「マジで来るとはな。アル、お前には感謝しないとな」

 

「ゲーム脳に囚われなきゃリオンでも予想は付く事さ。これを機にゲーム脳は卒業だな」

 

「はぁ……だな、流石に」

 

『頭領! 公国の艦隊を発見しやした!! 命令通り全艦全機発艦してます!』

 

『でかした、こっちはこっちで船に伝えるから奇襲してくれ』

 

『アイアイサ!』

 

 俺が双眼鏡で見てもまだ分からなかったがどうやらディーンハイツ家の船は高性能らしい、この時点で発見出来てるとは。

 俺とリオンは急いで甲板から艦長へ報告しに行く。

 

「ディ、ディーンハイツ男爵! 護衛団の鎧が発艦していましたが何がありましたか!?」

 

「艦長、申し訳ありませんが第一級警報を鳴らしてください。モンスターの集団を引き連れた公国の船団を見つけたと俺の護衛団より報告が入りました。侵略です。公国による王国への侵略が始まったのです。なので見つかる前に我々が奇襲し断罪を行うのです」

 

「な、なんですと!? 分かりました!! オイ、第一級警報だ!!」

 

 鳴り響く警報、ザワつく艦内。

 

「……アル、大丈夫か?」

 

「リオンこそ、本物の戦争は初めてだろ?」

 

「そりゃあな。でもアル、お前顔が……」

 

 ……知っている。

 守らなければならないもの、それを背負った、背負ってしまった。

 その宿命を背負うには、俺はまだ覚悟が足りない。

 それでも、なってしまった以上やるっきゃない。

 一人で背負い込んだリオンに比べたら、この襲撃を見越せなかった原作と比べたら、楽なはずなんだから。

 

「俺はな……守るべきモンが多過ぎるんだよ。でもな、リオン……お前と二人なら乗り越えられると思ってるんだ。だって俺達……『心友』だろ?」

 

「……そうだな。俺達なら出来る。俺にだって……守らなきゃいけない人達が……リビア、アンジェ、クラリス、それに家族や友達がいるからな。ぜってぇ守って生き残るぞ」

 

 公国の戦争とは絶対に言わせない。

 

 俺の、俺達の、戦争が、始まる――




貴族として背負わないといけない現実と、精神的に成長しきってない脆さとの葛藤


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第四十二話『一致団結』

「な、なんなんだこれは!?」

 

 鳴り響く警報に動揺が隠せない学生達。

 しかし中でもクリスは何が起こってるのかを把握すべく俺とリオンの居場所まで走ってきていた。

 本来リオンに剣術で決闘を挑みに来てあしらわれるクリスにどんな心境の変化があったのかは知らないが、一応学生内では俺達を除けばトップクラスだしここは話してやるのが筋か。

 

「手短に話すが、公国がこの船団を探して彷徨いてるのを俺の護衛団が発見して奇襲。現在戦闘中となっている」

 

「なに!? しかし公国はモンスターを操る術式を使えると聞いている……そうなると……」

 

「ああ。アルの護衛団だけでは打ち漏らしが生まれる。だから俺達も全員でこの船を守る。鎧の操縦技術に長けた奴は護衛団の助太刀にも行くが」

 

「……冷静なのだな、二人とも。やはり私はまだまだ未熟だったのか」

 

 実際ウチのヘルシャーク隊だけでは奇襲とある程度の損害は出せるが攻撃より守備寄りの鎧の為ジリ貧になってしまう。

 機動性も高いとは言い難いものだから数で押され過ぎるとこの鎧単体では対処がキツくなるのも確かだ。

 だから、何としてでも俺達の、自分達の力で守らないとならない。

 

「悔やむのは後からでも出来る。それより現状を全員に伝えに行くぞ。守るべきものを守る為にな」

 

「そうだな。気後れしてる暇は無い……か」

 

 俺がいない世界線だとここはかなり面倒な場面になるが、少しでも良くなる様にと俺が色々と行ってきた。

 その成果が出るのか出ないのか、今から向かうのはその結果を可視化させられる最大の場所にもなる。

 何だかんだ言って信じたんだ、俺を失望させないでくれよ……

 

 

 

 

 

「あーお前ら、一旦落ち着け」

 

 未だ動揺が続く船内に、リオンの少し間の抜けた様な声が響く。

 勿論集団の中にはマリーやリビア、アンジェ達と言った俺達の大切な人達の姿も見受けられる。

 一層気が引き締められる。

 

「オイどうなってんだよ!」

 

 一人が叫ぶ。

 それに呼応するかの様に周りの連中、特に俺達三人が一年とあり上級生が騒がしくなる。

 

「み、みんな落ち着いてくれ!」

 

「一年如きがしゃしゃるな!」

 

 それをクリスが抑えに掛かるが逆効果。

 まあ決闘のアレ見てたら言いたくなる気持ちも分からんでは無いが今はそういう問題じゃないんだけどな。

 だがそういう時に役に立つのがリオンだから頼りになる。

 

「ガタガタうっさいんだよカス共が!!」

 

 一瞬にして会場が静まり返る。

 たかが一年、と言い返そうにもプレッシャーが凄い。

 これぞリオン、引いてはタケさんの十八番『演技力』だ。

 この人にプレッシャーを与える様な威圧感なんて実際は1ミリも無い、何なら嘗められて当然の存在だ。

 しかし一度役に入ると、自身の持ってないはずの力をハリボテとはいえ出せる特殊能力を有している。

 歴戦の猛者共ならさておきこんなボンボン共相手なら簡単に騙されてくれるから便利なのである。

 

「あなた方、先程から偉そうにしてますわね。ちゃんと状況を説明出来ますの?」

 

 お、出たなドM女王ことディアドリー先輩。

 ディアドリー・フォウ・ローズブレイド、実質最高位の伯爵家令嬢で高圧的な貴族に見られがちだがその実かなりまともな価値観を持っており今後リオンが色んな意味で関わっていく人物の一人。

 ドMである事以外は美人だし価値観まともだしで良いんだけどね……

 

 さて、それよりここは俺が出るか。

 

「そこは俺が話そう。俺の護衛団が関係しているからな」

 

「貴方の護衛団……と言うと、貴方がアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ男爵ですわね?」

 

「そういう事だ。俺の護衛団からの連絡によると船のセンサーにモンスターと船を発見、探知した結果公国の船団がモンスターを操りこの地帯を彷徨いていた為襲撃と看做しこちらから先制して粛清を行っている」

 

「なっ!? 公国が!?」

 

「馬鹿な……」

 

「こんな事ってッ……!!」

 

 状況をある程度把握したのか、次々と生徒の顔が青ざめる。

 それもそうだ、つまりは戦争だと言われているのも同然だからだ。

 それでも、俺達はやらなくちゃならない。

 ここで奮起させないといけない。

 

「良いか? アルが言った様にこれはただの空賊だのモンスターだのとは訳がちげぇ。れっきとした侵略、戦争なんだよ」

 

「で、ですが何故この船を狙ったんですの? 公国からしたら護衛団のいる南方船より殿下の乗った船を狙うはずでは……」

 

「そりゃお前、ユリウスは現状廃嫡されてるからな。だったら修学旅行に来てる連中で一番位の高い貴族っつったら……アンジェだからな」

 

「……そうか、やはり狙いは私だったのか」

 

「アンジェ……」

 

「くっ、そういう魂胆ですか……!!」

 

 実際『ラファ』がミドルネームに付くのは王家、若しくは王家に連なる分家レベルの極一部の貴族のみだ。

 中でも次期王妃だったアンジェは廃嫡されたユリウスと違い据え置き、ならば狙われるのは必然という訳だ。

 

「現状、俺の護衛団で何とか相手の攻勢を許さない状態を作り出して優勢だがこれがいつまでも続くとは思えない。何せあっちはモンスターで戦力の嵩増しをしているからな。取りこぼしたのがこちらに来るのも時間の問題」

 

「だからつべこべ言わずにテメーらの血に流れる冒険者の力を使って全員で生き残んだよ、分かったか?」

 

「つーかお前らが戦わないと真面目にアンジェが人質になりかねないからな。……分かってるよな、頼むぞ」

 

 俺はアンジェの本来なるはずの無かった、それでいて今は信頼してる友人達……シェリーとノワの方を見る。

 本来は、アンジェを裏切って投獄される二人。

 だが、俺は信じている……アンジェが俺達以外で心を許す、数少ない二人の友人を。

 

「アンジェは……アンジェは、私やノワの失態を許してくれました。それどころか友人でいてほしいと、そう言ってくれました。ならば今度は……私達がその恩に報いるべきです。そうですよね、ノワ?」

 

「もちろん! 友達を守るのは当然の事だもん! ……私に、真っ当な生き方を教えてくれたアンジェへの恩返しも、あるけどね」

 

「そうこなくっちゃ」

 

「シェリー……ノワ……ありがとう……」

 

 ……信じて良かったよ、二人を。

 俺が止めたからとはいえ、アンジェはこの二人が裏切らなかったから、沢山の取り巻きを失ったがそれでも孤立だけはせずに済んだし少しずつ新しい善良な取り巻きも増え始めている。

 心の拠り所が少しでも増やせるなら、それで良いと思った。

 だが、俺の予想を超える心の支えに、二人はなったらしい。

 

「オーホッホッホ!! ここまで素晴らしい友情を見せつけられては、そして公国にこのホルファート王国を愚弄されては、ワタクシ達も黙って見てられませんわ!! そうでしょう!?」

 

「そうだそうだ!!」

 

「俺は、アンジェリカ様を守る為に取り巻きになったんだ!!」

 

「王国は俺達の大事な国だ!! 誰にも渡さねえ!!」

 

「お前ら……お嬢様を必ず守り抜くぞ」

 

「ダンさん……俺はどこまでも着いていきます!」

 

 そして何より、大事な友人の為に立ち上がる二人に次々と感化される連中を見て、俺はやはりあの時の決断は間違ってなかったと噛み締める。

 原作とは違う、怒りではなく自分達の誇りと、国と、大切な人達の為に立ち上がる姿は見ていて壮観だ。

 

「それじゃ早速だが防衛組と鎧組とで選別する。因みにリオンは……」

 

「俺はエアバイクで本陣に突っ込む」

 

「だ、そうだから別働隊となる。この船には鎧が四体積み込まれてるからまずクリスとマルケスは決定だ」

 

「え!? 僕!?」

 

「ま、待て。私はともかくサンドゥバルに務まるのか?」

 

「マルはこう見えて決闘してないだけで操縦技術は俺より上だぜ?」

 

 そしてここで隠し球を投入だ。

 そう、マルケス……アイツはああ見えてやはり機械に精通してるからか鎧操縦の技術やデータ把握は俺より上と断言出来る。

 1対1で俺とマルケスがやり合ったらまず俺が負けると言えるレベルで上手いんだからたとえここに積み込まれてる鎧が通常量産機であっても相当な戦力になるはずだ。

 

「ちょ、ぼ、僕にそんな大役……」

 

 オロオロしながら焦るマルケスに近付く。

 ったくコイツは自信が無さ過ぎるんだよ天才の癖に。

 俺の周りはどうしてこう、ケツを蹴っ飛ばさないといけない親友が多いのやら。

 でも、蹴っ飛ばせば動くからコイツらと親友になってるってとこもあるけどな。

 

「……お前がここで頑張って騎士爵でも貰えれば、ステファニーを個人的な使用人として雇い入れて守ってやる事も出来るぞ」

 

 ボソッと誰にも聞こえないように呟く。

 

「……!! ほ、ほんと……?」

 

「ああ。爵位があれば騎士爵でも給金は出るからな。しかも爵位を手に入れられればマルの技術を王国に売り込めるから継続的な給金を手にする事が可能だ。どうだ、やる気が出るだろ?」

 

「……うん、分かった。僕やるよ」

 

 よし、焚き付け完了と。

 今のマルケスにはステファニーの事を振れば大概やる気が出るのはバレバレだ、しかも俺の言葉に嘘偽りは1%も無いからコイツに不利益は何一つ無い。

 そもそも公国のモブに落とされる様なヤワな奴じゃないしな。

 

『頭領、そろそろ抑え込むのもキツくなってきやした!』

 

『寧ろここまで良く粘ってくれた、ありがとう。もう少しだけ粘ってくれ。鎧の増援と船の防衛隊の算段が付いたところだ。レディック、悪いが船をこっちに寄せてくれ! そっちに俺のクロカゲがあるから飛び乗る!』

 

『分かりやした! テメーら、あと少し耐えろ!』

 

 っと、流石にこっちもキツくなってきたか。

 

「悪いが護衛団もそろそろキツくなってきてるから俺やリオンはこのまま前線に出る。クリス、鎧搭乗者残り二人の選別はお前に『任せる』」

 

「……! 良いのか、私に託して」

 

「決闘前ならいざ知らず、今のお前にならこれくらい託しても良いって思ったんだよ。頼むぜ」

 

「分かった……託された」

 

 あの日、俺が土下座をした日。

 クリスが一番何かが変わってると感じた。

 それが何かはまだ分からない、だが今のクリスになら、託しても良いと、そう決断出来たのは事実だった。

 

「そんじゃ俺は行くけど……マリー」

 

「……アル」

 

 そして最後に、マリーに振り向く。

 めちゃくちゃ心配そうな顔しちゃってからに……そんな顔されると行きにくいんだよ、こっちが心配になるから。

 

「必ずお前の事守って、生きて帰ってくる。愛してるよ」

 

「絶対……生きて帰ってきてね」

 

「おうよ。……リオン、挨拶は済ませたか?」

 

 話し続けるとどうにも名残惜しくなっちまうな。

 半強制的に話を終わらせる、帰ってきたら絶対イチャイチャしてやるクソが。

 

「ああ。……三人共、まだまだ優柔不断で誰を選ぶとか、そんな余裕も無い臆病な男だけど……三人全員、みんな大切な人達だから。だから、いっちょ行ってくるわ」

 

「リオンさん……どうか無事に帰ってきてください」

 

「リオン。あの告白の返事は帰ってきてから聞かせてもらうからな」

 

「リオン君……私も、リオン君の事二人に負けないくらい好きだから。きっと生きて帰ってきてね」

 

「約束する。俺は負けねーよ」

 

 そして俺とリオンはアイコンタクトを取り窓を開け近付いてきた二番艦へ飛び乗り、リオンは保管庫に向かう。

 

 一致団結した俺達は手強いぜ、公国さんよ。



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第四十三話『ダイナミック入店(但し公国軍戦艦)』

「レディック、状況は?」

 

「今はグリシャム艦長を主体としたチームで何とか抑え込めていやす。ですが如何せんモンスターが多過ぎる上に公国の兵士までいるんじゃいつまで持つか……」

 

「分かった。俺も直ぐに出撃する、クロカゲの準備は?」

 

「既に準備万端ですぜ頭領」

 

「サンキュー、行ってくるわ」

 

「ご武運を!」

 

 二番艦に飛び乗った俺はその足でレディックに詳細な状況を改めて聞いた上でクロカゲのある搭乗口まで走る。

 いくらアロガンツに一矢報いれるレベルのグリシャムの鎧と言えどどこまで耐えられるかは分からない。

 

 ならそれこそ俺の対多数に大得意なクロカゲの出番って訳だ。

 

「クロカゲ・アルフォンソ発艦する!」

 

 さて実際の戦場は……見た感じ犠牲0で粘ってるな。

 良かった良かった、これならまだまだ行けそうだ。

 

「グリシャム! みんな! 良く耐えてくれた!」

 

「頭領! 待ってやしたぜ!」

 

「直ぐに生徒組の鎧も四機来るから安心しろ! やるぞ!」

 

「俄然やる気が湧いてきやした!! お前ら!! 頭領の前で良いとこ見せるぞ!!」

 

『うおおおおおおおお!!』

 

 しかも俺が来た事でモチベーションが一気に上がったご様子。

 そんな慕われる様な事スカウト以外に覚えが無いんだけど……まあ、やる気があるに越した事は無いし良いか。

 

 俺もやりますかね。

 

「まずは勿論……ビリビリネット全門斉射!! ファイヤー!!」

 

 対軍団戦最強の多数バインドであるビリビリネットミサイルを躊躇無く撃ちまくる。

 しかも今回ストックは貯蔵してある1/3を積み込んで来たからかなり撃ちまくれる、モンスターにも公国軍にも効果は抜群だ。

 

『な、何だこれは……!? クソ、動かな……』

 

「死に晒せェ!!」

 

 勿論動きが遅くなった公国軍に俺達が躊躇をするはずもなく、主に鎧の四肢と顔を狙って斬り刻む。

 流石にこれなら殺さなくても楽に無力化出来るから良いが……ま、それでも打ち漏らしはあるからそういう連中は申し訳ないが死んでもらっている。

 

「さっすが頭領!! めちゃくちゃ楽になったぜ!」

 

「俺のクロカゲは元よりこういう戦争向きの鎧だからな。殲滅戦は任せとけって話だ」

 

「ディーンハイツ!」

 

「アル! 遅れてごめん!」

 

「そんでもって生徒組の鎧も到着だ」

 

 量産機四機のみだが、それでも今の俺達にとって少しでも手数が増えるのは心強い。

 目に見えてヘルシャーク隊の士気が上がるのが分かる。

 

 ところで残りの二人は誰なのやら……

 

「ところで残りの二人は誰を選出してきたんだ?」

 

「ああ、それだが……ルクル先輩とランスだ」

 

「僕も黙って見てるだけなんて出来ないからね。僕の力が王国を救えるなら使うまでさ」

 

「アンジェリカ様の為に、王国の盾になる覚悟です!」

 

「ランス……あ! アンジェに新しく着いた取り巻きの一人か! それにルクル先輩も……二人ともよろしくな!」

 

 まさかの選出だった。

 ルクル先輩は爽やかな先輩という印象はあったものの鎧に精通しているとは思わなかったし、もう一人に関しては不意打ちが過ぎる。

 旧取り巻きが離れた後、シェリーとノワ以外いなくなったアンジェの周りに一番最初に近付いた真面目な一年生がランスだった。

 

 謎に縁が繋がるな。

 

「さて、僕達にも指示をくれないかな、指揮官?」

 

「前線でも後方でも任せてください」

 

「よし、それじゃクリスとマルは前線、ルクル先輩とランスはその少し後方で打ち漏らしの対処を頼む! 行くぞ!」

 

 何はさておき俺の第一目標は敵戦艦……ヘルトルーデ王女のいるクジラ戦艦だからな。

 そこまで突っ込んでエアバイクに乗り換え突撃、リオンと共に内部制圧を行う算段だ。

 その際クロカゲは近くにいる護衛団の艦に渡しておくから問題も無い。

 

 さてさて、王女様の苦悶の表情が見れるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

「どうしてこんな事になっているのですか!? 王国の腑抜け共にこの我々が遅れを取るなど!!」

 

 一方クジラ戦艦内、そこは阿鼻叫喚に包まれていた。

 本来ならば公国に向けた発煙筒を捨て駒として利用する王国の人間に投げさせて場所を把握するはずだったのだが、それはアルフォンソにより阻まれ逆にアンジェリカの乗った船を襲う前に襲われモンスター軍は半壊、公国軍にも甚大な死傷者が既に出ているのだから焦るのも無理は無いだろう。

 

 中でも特に焦りを隠せないのが立派な髭を蓄えた公国伯爵、ゲラット。

 狡猾で意地の悪い性格の彼は、全ての計画が破綻したと知るや否や物に当たり散らし錯乱していた。

 

 そして次に焦りを隠せないのが、この軍を率いる王女、ヘルトルーデだった。

 

「有り得ない……何故公国が王国に……このままでは……ヘルトラウダが……」

 

 王女には焦る理由が他にあった。

 それは保身でも、軍の心配でもなく、『この船に共に乗っている妹』だった。

 だがそれを、リオンも、アルフォンソも知る由は無かった。

 それはアルトリーベだけではなく『モブせか』でも無かった展開がここで起きているからに他ならなかったからである。

 

「……いざとなれば私が犠牲になれば良い。あの子だけは何があっても守る。王国にだけは殺らせはしない」

 

 本来、途中までは優勢に事を進められるはずだった公国軍。

 だが戦況は大きく変わり捕虜になるなずのアンジェリカもいなければ王国学生の士気は最上、更に護衛団による奇襲を受けほぼ戦意喪失と言われてもおかしくない程公国軍の士気が落ちていた。

 

 だからこそ、ヘルトルーデは最悪の事態を鑑みる。

 

 運命の矛先がどこに向いているのか、それはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

「悪いが死なない事を神に祈っとけよクソ共」

 

 マシンガンを掃射し公国軍を一気に落とす。

 正直生きてるとか死んでるとか言う余裕は無いからとにかく落とす事だけを重点的に考えて撃ちまくる。

 

「このグリシャム様が公国軍みたいなへっぽこに負けるかよ!」

 

 グリシャム率いるヘルシャーク隊やクリス、マルケスも全員ピンピンしてやがる。

 敵の数も大幅に減ってきたし……なら、そろそろ乗り込めるか。

 

『レディック、悪いがエアバイクを四番艦に向けて射出してくれ。そろそろ本陣に乗り込む』

 

『了解!』

 

「グリシャム! 俺はもう一度ビリビリネットミサイルを撃ち込んだら四番艦に鎧を預けてエアバイクで敵本陣に乗り込む! 後は悪いが任せるぞ!」

 

「分かりやした! ご無事で!」

 

「おう! 全門斉射!!」

 

 ミサイルを撃ち込み、全弾が敵軍に当たり動きを止めたのを確認すると俺は近くの四番艦目掛けて連絡を入れる。

 

『リンスカム! 四番艦のハッチを開けろ! 俺のクロカゲを一旦そこに入れてエアバイクで本陣に突っ込む!』

 

『こちら四番艦艦長リンスカム! 了解ッス頭領!』

 

 公国の鎧を何機か撃墜した四番艦のハッチが開く。

 こういうのは速さが命、直ぐに乗り込みクロカゲから飛び降りる。

 

「悪いなみんな、クロカゲの事頼むぜ!」

 

「任せてください!」

 

「この間にメンテナンスもしときますんで!」

 

「頼りになる! んじゃま、行ってくる!」

 

 そして開いたままのハッチのすぐ外に俺のエアバイクが到着する。

 すっかり頼もしい部下と化したヘルシャークの整備員に礼を言いまたもすぐ様エアバイクに乗り込む。

 スーツは無いがヘルメットはちゃんと着いてるとかレディックも気が利くじゃねえか。

 

「っしゃあ!! ぶっ飛ばして行くぜ!!」

 

 俺はアクセル全開で戦場を駆け抜ける。

 途中モンスターやら鎧やらと接敵する事もあったがスイスイ避けてそれに気取られた隙に部下達やクリス達が倒してってくれてた。

 何だかんだ言ってもクリスは接近戦に強いから助かる。

 

「お、リオン! お前も今から突入するのか?」

 

「アル! タイミングが良いな! その通りって事だ! あのクジラ戦艦に風穴を開けてやろうぜ!」

 

「そりゃ良い!」

 

 そんなんで突っ切ってるとリオンと合流。

 どうやらあっちもあっちで今からようやく突入らしい、全く気が合うったらありゃしないね。

 

「んじゃ二人一緒に……ん?」

 

「うおっ、眩しっ……なるほど、こりゃ壮観だな」

 

 ふと、眩しい光が辺りを包む。

 光源は……客船の方から。

 白い光が見えた……どうやらリビアが覚醒したらしい。

 ほんと凄い子だよ、リビアは。

 

「リビア……すげーな」

 

「だが長時間もは保てないだろうな、俺達は俺達でさっさと突っ込もう」

 

「そうだな。何ならお姫様を誘拐しても良いしな」

 

「ヘルトルーデ王女か……ま、死なせるには勿体ない女ではあるか」

 

 しかしうかうかとしてもいられない。

 俺達はエンジンを吹かせ全速力でクジラの腹に突っ込む。

 

「おんどりゃああああああああぁぁぁ!!!」

 

「ヒャッハーーーーーー!!!」

 

 うーん流石アトリー家の技術を突っ込んだ最新鋭のエアバイク、クジラ如き問題無いと言わんばかりに貫いてってるな。

 いやあハイテクで助かるわ……っと、そろそろかな。

 

「よっと」

 

「いえーい公国軍の皆さんお元気ー?」

 

「ぐわぁ!?」

 

「な、何故貴様らが……!?」

 

 貫いた次いでに周りにいた兵士も吹っ飛ばして登場。

 あーコイツがゲラットか、髭を蓄えた如何にもな奴がアホ面を晒している。

 そんで王女は……いるな。

 

「よし、ゲラットは……こうしてっ!」

 

「ぎゃあ!?」

 

 リオンよ原作より躊躇が無さ過ぎる。

 ゲラットの脳天に思いっきりショットガンの取っ手を叩き付け昏倒させる……うわぁ血が出てるよ……このクソ野郎は自業自得だけど。

 

 俺はその間ヘルトルーデに銃口を向けている。

 

「あー王女様? 今なら人質になるだけで済ませますけどどうしますー? それともコイツみたいに半殺されるのがご所望ですかー?」

 

「お、王国の悪逆非道共め……我々がそんな事で屈するとで――」

 

 バァン、と王女の隣を銃弾が掠める。

 やったのは俺だ。

 隣の魔笛を持ってこようとした侍女の足を実弾で撃ち抜く。

 侍女は倒れ込み悶絶しているが知った事では無い。

 

「オイオイ王女様……そんな下劣な手に俺が掛かるとでも思ったか? 魔笛を渡せ、さもなくば今度はお前の眉間を撃ち抜く」

 

「ぐっ……分かった、これで良いんだろう?」

 

「アル、この魔笛は偽物です。本物は机の下にあります」

 

 ナイスだルクシオン。

 

「だとさリオン」

 

「王女様がマヌケで助かったよ」

 

 俺とルクシオンの声を聞いたリオンが素早くショットガンで魔笛を撃ち抜き粉砕する。

 これでヘルトルーデの笛は完全に封じ込めた。

 

「何っ……く、クソ……!!」

 

 しかし……この王女様、次は自分の眉間が撃ち抜かれるって分かってても偽装するのかよ……どんだけ自分の命に執着無いんだよ……

 ヘルトルーデの狂気的なまでの覚悟を前にドン引きしてしまう。

 

「はぁ……言ったはずなんだがな、次はお前を撃ち抜くと」

 

「や、やめろ……王女様だけは……」

 

 倒れ伏す兵士が何とか止めようと手を伸ばす……が、何も出来ない。

 まあ殺すつもりは無いから安心してほしい。

 

「それじゃあ人質に王女様を――」

 

 リオンが条件を口にしかけたその時だった。

 

「お姉様に手を出すな!!」

 

「……ん? え、あれ? ヘルトルーデが二人?」

 

「……お、オイオイ嘘だろ」

 

 それは俺にとって、全くもっての予想外の出来事だった。

 

『ヘルトラウダ』。そう、ヘルトルーデ王女の妹であり、この後『モブせか』では守護神二体を召喚してクソ面倒な事態を引き起こしながら自分は死んでいく、そしてアルトリーベシリーズ『第三作』のラスボスが、全くの想定外としてそこにいたのだった――




グリシャム
ウイングシャーク元頭領のスキンヘッド
鎧操縦、フィジカル共にモブ内では上位のものを持つ
実は公国軍や共和国軍のモブには余裕で勝てる
現ヘルシャーク隊一番艦艦長

リンスカム
元ウイングシャーク船操縦者
現ヘルシャーク隊四番艦艦長
艦長内最年少で『ッス』が口癖


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第四十四話『ダイナミック誘拐(但し公国王女×2)』

「お姉様に手を出すな!!」

 

「……ん? え、あれ? ヘルトルーデが二人?」

 

「……お、オイオイ嘘だろ」

 

 そこにいたのは、本来そこにいるはずの無い人物だった。

『ヘルトラウダ・セラ・ファンオース』、後々の山場の一つを作るはずだったヘルトルーデの妹が何故かクジラ戦艦の中にいたのだ。

 

「ラ、ラウダ!? 出てきちゃいけないって言ったでしょ!?」

 

「ですがお姉様が……!!」

 

「……えーっと、妹さん?」

 

「そ、そうよ悪い!? 妹には手出しさせないんだから!」

 

 よし、一旦なんでヘルトラウダがいるかとかそういうのは頭の隅っこに置いとこうそうしないと脳みそが恐らくバグる。

 ただとてつもないイレギュラーが公国に起こってたという事だけ把握していれば良い。

 リオンも何が何だか分からないといった様子だしここを突け入れられるとまずいしな。

 

「分かった、ヘルトルーデ、ヘルトラウダ両王女に危害を加えはしない。但し先に攻め入ってきたのはファンオース公国に他ならない。こちらも相応の戦果が無いとやってられないんでね……二人揃って王国まで来てもらいましょうか」

 

「……そ、それで我々をどうするつもりだ」

 

「なに、名目上捕虜という事になるだけで実質的な王国留学みたいなものに『させてもらう』くらいですよ。但し……こちらの勝利で良いならの話ですが」

 

 ニヤリと口角を上げる。

 中々に外道な事を言っているとは自覚している、何せどちらか若しくは双方ここで射殺されるか、負けを認めて二人一緒に安全を確保されるかの二択を選べと、公国にとってこれ以上無い屈辱的な選択を突き付けているからだ。

 だがこれで後者を選べば今回の襲撃、戦争は一瞬で終わる。

 いくら王国憎しと言えど公国軍の犠牲者を増やす事、そして姉妹を失うなんて事態にはしたくないはず。

 

 敵を信じるというのも何とも言い難い話だが、二人の姉妹愛を信じてみるのはモブせかのエピソードで語られた二人の関係性上割かし悪くないと思っている。

 

「卑怯な……元はと言えば王国が攻めて来なければこんな事には……」

 

「……それでお姉様を助けてくれるのですか?」

 

「君や残りの公国軍兵士含めて全員の話だ。因みにヘルトラウダ王女の笛は……ルクシオン、場所分かる?」

 

「隣の部屋にあります」

 

「だ、そうだからリオン頼む」

 

 良く分からんが後々の脅威をここで一気に削げるならそれに越した事は無い、何でとか誰がとかは後で考えれば良い。

 最大の危険物『ヘルトラウダの魔笛』もルクシオンの解析で回収出来るしもうこのままこの二人懐柔出来ねえかなあ。

 

「分かった、回収してくる」

 

「との事だ」

 

「…………非常に心苦しいですが、最早ここまで。切り札も両方奪われ、モンスターも八割以上が消失、公国軍も今回連れてきた内六割が死傷と報告が上がってる以上打つ手無し。それでも慈悲を与えられると言うならここは甘んじて受けるしか無いです。これ以上犠牲を増やすのは得策でもありません」

 

 言っても死者は死傷者人数の5%程だがな。

 

「ラウダ……」

 

「お姉様、生きていれば必ずまた復讐の機会は訪れます。今は我慢の時です」

 

「話は終わったかい?」

 

「死ぬ程不服ですが、ラウダの言う通りここで犠牲が増えるくらいなら一旦引いた方が余程建設的……貴様らの言葉、王国民としてでは無く一人の騎士として信じよう」

 

 ふぅ、全くヒヤヒヤしたったらありゃしない。

 いざとなれば姉妹揃って射殺もやむ無しかと思ったが正直そんな事したら支配下戦力として公国が手に入らなくなるからやりたくなかったんだよ。

 しかし従ってくれるなら公国の膿と洗脳を取り除くのも時間の問題、こちとらネズミくんおるんやぞ。

 

「騎士として、約束は必ず守りましょう。リオン、交渉成立だ」

 

「穏便に済んで良かった……取り敢えず二人共俺が回収していくか?」

 

「んじゃ頼むわ」

 

「おう。それじゃあお二人さんはこちらへ……」

 

「ヘルトルーデ様、ヘルトラウダ様……ッ!!」

 

 連れて行かれる王女二人に手を伸ばす兵士。

 そう言えばこの中では未だに悶絶する侍女を除き唯一意識のハッキリしている公国の人間か。

 ふむ……念の為にと持ってきていたが試す価値はありそうだな。

 

「お前……名前は?」

 

「な……何故、私の名前を聞く……」

 

「お互い敵同士かも知れない。だが、お前を男と見込んで話がある」

 

「何を……王国軍風情と話す事など……」

 

「もしも。もしもだ。公国の上層部が、嘘で国民を洗脳していたら……どうする?」

 

 これは一種の賭けだ。

 早期に洗脳解除を施せる可能性があるのだとすれば今しか無い。

 これがあれば公国の犠牲をより少なく出来る、共和国以降戦争が万が一あったとしても多少優位に事を進められる可能性が出てくる。

 手駒として置いておける数は多い方が良いに決まってるからな。

 そうじゃなきゃこんな回りくどい事しねえっつーの。

 

「貴様、ふざけるのも……」

 

「だがおかしいとは思わないか? 王国が公国に不当な働きをしたと言うのも、国王、王妃両陛下の死も、確実な証拠は無い。違うか?」

 

「だ、だが我々は……」

 

「位のある人間の言葉だから信じたと? 馬鹿馬鹿しい、言葉なんぞいくらでも改竄出来るんだよ……騙されたと思って一度試してみたくないか? この録画録音機能が搭載された自立型隠密ロボットで上層部の本当の言葉を聞いてみるのを」

 

「そんな……公国が我々を……? いや、だが……どうすれば……」

 

 通常時であればこんな戯れ言に乗ってくる事なんて無いだろう。

 だが、人は精神状態が弱っている時程言葉という魔法に騙される。

 疑心暗鬼になって、今まで信じていた信念が揺らぐそこを狙う。

 相変わらず一貫してやる事が外道だが嘘は付いちゃいないからまだ有情だ。

 

「これを使えば真実に辿り着いて大切な人達を守る事だって出来るかもなあ? 逆に使わないなら……公国は真実を知らぬまま滅び行くだけかも知れないぞ? さあ、今ならタダでくれてやるがどうする?」

 

「…………俺の名前は、バレントだ」

 

「俺はアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ。子爵家の嫡男だが一応これでも五位下男爵でもある。ま、よろしく……ほい、そいつに一度でも顔を認識させれば勝手に追跡してくれるから」

 

「アルフォンソ……それにさっきの奴がリオン……そうか、王国で若くして大きな功績を挙げている者がいると聞いていたが……」

 

 くくく、落ちたな。

 天を仰ぎながらネズミくんを受け取る公国兵士ことバレント。

 これで何かしら変わってくれたら良いが……

 

「公国でも俺達有名なのね……あ、取り敢えずまた公国こっちに攻めてくるでしょ? その時に個人的に発煙筒上げるから撮ってきたものと答え聞かせてもらえると嬉しいかな」

 

「……ああ、良いだろう。そこまで言うなら我々が正しかったと突き付けてやる」

 

「期待して待ってるぜ。んじゃまた」

 

 複雑そうな顔をして俺を見送るバレントに再び口角を上げ軽口を投げ掛けエアバイクに跨る。

 この後は俺の記憶違いが無ければリオンが黒騎士と戦うんだったか、あのジジイ何とかして生かしてやりたいんだけどどうにか出来ないもんかね。

 

 ……まあ後で考えるか。

 

 

 

 

 

『レディック、俺だ。捕虜として王女二人を捕らえてリオンが付近を護送中のはずだ、見つけ次第両王女をそちらに乗せてやってくれ』

 

『こ、公国の王女殿下二人ですかい!? そりゃまたとんでもない戦果を……分かりやした! オイ、レーダーでバルトファルト男爵を探索しろ!』

 

『グリシャム、そしてみんな良く戦ってくれた。戦況はどうだ?』

 

『頭領!! 俺達なら六割以上を無力化して一旦撤退まで追い込んだんで完全勝利ですぜ!! 被害は鎧が多少故障したのが数機程度で人員の負傷者はいません!! 特にマルケスさんの指示と無双は半端無かったですぜ!』

 

『へへ、俺の見込んだ通りだったろ?』

 

 レディックにはリオンが乗せた捕虜の回収、そしてグリシャムの方の戦闘もほぼ終わった感じだな。

 やはりと言うべきか手練の空賊だっただけあって鎧の質が良いならそう簡単に負けない強さを持っている、スカウトした甲斐があったってもんよ。

 それにマルケスも俺より強いと断言しただけの活躍はしてくれたらしい、流石親友なだけある。

 

 さてと、それじゃあ俺は四番艦に預けたクロカゲを取りに……

 

『両王女殿下はその身を公国に捧げられた! 各艦、客船に総攻撃を仕掛けろ!』

 

「はああああああああ!? いやふざけてるだろそれは!! それが無いと思ったから俺は安心したんだぞ!?」

 

 最早胃薬とかそんなものを通り越して面倒な事がただいま発生した。

 そう、ゲラットによる総攻撃である。

 本来ヘルトルーデ王女には代わり……そう、ヘルトラウダ王女がいたからこそ自らを犠牲にする作戦があった。

 だがこの世界線では違う、何故なら代わりであるヘルトラウダ王女諸共回収してしまったからだ。

 だから有り得ないはずなのだ。

 そして客船の方に両王女はいないので盛大なとばっちりでもある。

 

「ゲラットは馬鹿なんだなそうなんだな」

 

 もう俺にはそうやって罵倒しながら四番艦に急行するより他無い。

 

『リンスカム!』

 

『メンテナンスはバッチリッスよ!』

 

『ナイス過ぎる!』

 

 そう思い慌てて直ぐ近くの四番艦に連絡を入れる。

 相変わらず仕事の早い連中だ、有り難すぎる。

 

「悪いな、直ぐに出ないとまずい事になった」

 

「俺らでも全力で止めますッス! 頭領はまず客船の方を!」

 

「分かった、助かる!」

 

 全速力で出撃し客船の方へ向かう。

 そこには先に着いていたリオン含めた生徒や船員がある程度元気な姿で出迎えてくれた。

 甲板に一旦着陸し飛び降りる。

 

「リオン! みんなは無事か!」

 

「ああ、軽傷者は何人かいるがマリエやリビアの回復魔法で何とかなってる。攻撃方面もアンジェの魔法が大活躍だったらしい」

 

「そりゃ頼りになる」

 

「しかしまさかリオンが王女二人を捕虜にするとはな」

 

「でも、リオンさんやアルさんなら酷い事はしないですし安心ですね!」

 

「リオン君……無事で良かった……」

 

「リビア、アンジェ、クラリス……俺の方こそ、みんな無事で良かったよ。しかもみんな大活躍だったんだろ?」

 

 リオンの周りにはリビア、アンジェ、クラリス先輩が集まっている。

 みんなリオンの無事を喜んでいる様で何よりだ。

 

「アル!! よ、良かった……」

 

「マリー……心配掛けたな」

 

 そんで……俺の方も束の間の再会ってところか。

 抱き着いてきた我が愛しのマリーを抱き止め、頭を撫でる。

 だが俺達には悠長にしている時間はそうは無い、幸せな時間は終わりを告げまた俺達は戦地へ向かうのだ。

 

 俺はそっとマリーを突き放す。

 

「リオン、パルトナーは?」

 

「ルクシオンが事前に用意しててくれたからな――」

 

「パルトナー、来ます」

 

 空を覆う程の戦艦……700m級の近代戦艦としては最大級の火力と性能を誇るそれが現れる。

 

「アル……行っちゃうの?」

 

「俺は、お前を守らないといけないからな。さあ、船員の皆さんは俺のクロカゲとリオンのアロガンツ、んでパルトナーで攻撃してる内にこの船を戦線離脱させてください」

 

「わ、分かりました!」

 

 リオンも名残惜しそうにしながらも三人に何か話して、アロガンツに乗り込む。

 俺もクロカゲに乗り込む……

 

「なあ、リオン」

 

「なんだ?」

 

「三人に何話してたんだ?」

 

「……俺の本音だよ」

 

「ま、戦争だしな……何があるか分かんない分、言いたい事は言える内に言わないと」

 

 戦地に行くまでの僅かな時間でリオンと雑談をする。

 こうでもしないと、やはり落ち着かない。

 

「俺はさ、三人の内誰かを娶れって言われても誰か一人に絞るなんて出来っ子ねーんだよ。優柔不断なクズだからな。だから俺は、公国との戦争が全て終わったら三人の気持ちに答えるって言ってきた。全員を幸せにする為に、全員の気持ちに『YES』って言うつもりだ」

 

「この世界じゃやれない事は無いな。……俺も、公国との戦争が全部終わったら、マリーに俺の事……『ヒロ』だって事、話そうと思ってる」

 

「んじゃその時は俺も一緒に行くわ。次いでに俺の方も正体明かしとかないと行けねーし」

 

「だな……そろそろか」

 

「お互い、大丈夫だとは思うが『いのちだいじに』って事で」

 

「おう」

 

 俺達はそれぞれの場所へ向かう。

 決意を胸に、守るべき者の為に。

 

 

 

 

 

「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」

 

 一方、ゲラットが乗り移った船ではその当人の発狂した叫び声が木霊していた。

 それもそうだろう、増援が来るには早すぎるこのタイミングでパルトナーという巨大戦艦が現れ公国軍艦を次々撃沈させているのだ、それにアロガンツ、クロカゲ、ヘルシャーク隊といった予想外に予想外を重ねた事態が起きているのだから当然だが。

 

「か、格なる上は……バンデル子爵とイーデン伯爵を出します!!」

 

「し、しかしバンデル子爵の方は出撃させるなと……イーデン伯爵に関しては本当に鎧操縦が上手いのかも怪しいですし……」

 

「良いのです!! 成功すれば命令違反は功績で潰され失敗しても奴らが勝手に出撃した事にすれば!」

 

 錯乱した彼は、命令違反も厭わない外道であった。

 躊躇する兵士の両肩を掴み狂気じみた目で言い放つ。

 

 だが、本物の狂人はゲラットなどでは無かった。

 

(まさかイーデン伯爵が武芸に長けていたとは知りませんでしたが……どちらにせよ死ぬなら勝手に死ぬでしょうし功績を挙げるならそれに越した事は無いですからね……)

 

 そのゲラットを遠くから見つめる人影があった。

 

(なんて思ってるんだろうね。馬鹿だねえ公国も……僕が折角王女二人で守護神を同時召喚させれば王国に勝てるからヘルトラウダも連れてくべきだとイーデン伯爵として直訴したのに……おめおめどちらも攫われるとは。ま、公国のお馬鹿さん達は僕が『姿形を変える禁術』に手を出してるとも知らずにいるから仕方ないか……ただ、これ成り代わりたい対象を殺さないと術として完成しないのが面倒なんだけど……まあ良いさ。ふふ、楽しみだなあ……君と会えるのが……)



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第四十五話『仇敵』

「クソ、しつこい奴らめ」

 

 恐らくリオンが黒騎士と接敵してるかどうかみたいな時間、俺は俺で原作の世界線を大幅に超える公国軍無力化に成功していたのにも関わらずそれでも執拗に這い寄ってくる敵に苛立ちを隠せないでいた。

 それもそうだ、戦えば戦う程公国の犠牲者は増えるだけなのだ、それを分かっていて尚突っ込んでくる無謀さが非常に気に入らない。

 簡単にその命を散らそうとする精神が、そこはかとなく気に入らなかった。

 と言うかさっきゲラットには王女二人が負けを認めたから降伏する様にって紙を置いといたはずなんだけどなあ。

 

「俺の計算上原作の損耗率が二割、そしてヘルトラウダの言葉と照らし合わせるならそろそろ現状公国軍の損耗率は七割を超えるはずだぞ……! しかも今後使う切り札の三守護神は封じ込められて奥の手すら使えないってのに良くやるぜ、クソが」

 

 しかも奴らは俺どころかグリシャムにすら歯が立ってないレベルの練度、まだまだ積み込んであるビリビリネットミサイルで次々無力化させては溜め息を付く。

 これだから洗脳教育は嫌なんだよ、ほんとさ。

 

 ま、それでも一応死者は全損耗率の5%弱には抑えたけど。

 

「ほら、まだやんのか? 今なら見逃してやるからさっさと引けよ」

 

 周りの兵士は全員ほぼ無力化して、悪態を付く様に零す。

 あくまでも生殺与奪の権利はこちらが握ってるという威圧感は隠さず、戦意を喪失させる。

 やっとこっちの意図と強さが伝わったか、後は撃墜されるだけだった公国軍は退却していく。

 

 いや退却するなら最初からやれよ……

 

「あー疲れた疲れた、それじゃあゲラットでも捕縛しに……」

 

「おやおやァ? 君がアルフォンソ男爵かな?」

 

「オイまだいるのかよ勘弁してくれよ」

 

 ようやく終わった……と思ったのも束の間、何かねっとりとした口調のオッサンに絡まれた。

 もう本当にやめてくれよ……誰なんだよコイツ……

 

「君に会いたかったんだよねェ、僕」

 

「誰か分からねえけど俺は絶対会いたくないと思ってるよ」

 

「連れないなあ、僕は君に聞きたい事があるだけなんだけどなァ」

 

「頼むから何も聞くな、その話し方生理的に受け付けねえんだよ」

 

 しかも話し方ヤバいしコイツ。

 あー嫌だなあ何か前世のストーカー男思い出すわ。

 アイツもねちっこい感じでアヤを殺した事を俺に意気揚々と話しやがって……そのまま掴みかかって二人揃って死んだ事だけは不服だった、アイツだけ死んどけば良かったのに。

 

 ……まさかとは思うがコイツ違うよな?

 

 公国の鎧に乗った生理的に受け付けない得体の知れない奴はそれを無視して強引に喋りかけてくる。

 一回鎧ごと殴って吹っ飛ばしてやろうか……しかし、その思惑は次の言葉によって全て崩れる事となる。

 

「君ってさ、『ヒロ』……加賀宏道じゃないの?」

 

「…………オイ、テメェ誰だ?」

 

 加賀宏道……それは俺の『前世での』本名だった。

 勿論だが現状俺以外にアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ=加賀宏道だと知ってるのはリオンとルクシオンだけだ。

 なのに何故コイツはその俺の名前を知っている?

 

「え~? 忘れちゃったのかなァ? 僕だよボ・ク・♡ 愛しのアヤを君に奪われて、そして君に殺された新道寺明彦……ま、今はロイズ・フォウ・オフリーだけどね、ふふ」

 

「……冗談はその中年声だけにしとけよクソジジイ」

 

「君、成り代わりの魔法って知ってる? 成り代わりたい人物を殺せばいつでもどこでもその人間の姿になれる正に『魔法』。今の僕は全知全能なんだよォ?」

 

 俺はその瞬間、何の躊躇いも無くショットガンをそいつに向かって放っていた。

 

「貴様……貴様がアヤを殺した新道寺だと……? ふざけるなよ……お前だけは……お前だけは何があっても殺す……殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスゥ!!!」

 

「アッハハハハハハハ!! そう、それだよそれ!! 君の、ヒロの、その顔が見たかったんだ!! そして君はそのまま僕に殺されろ!! 今度こそ僕は!! 僕が!! 愛しのアヤ……マリエを手に入れるんだよォ!!!」

 

 俺にはもう理性など残っていなかった。

 目の前で笑う男が、新道寺明彦だとしたら。

 俺のただ一つにして、最大の未練が、そこにいる事となる。

 守り切れなかった、無念の想いを押し込めてここまで生きてきた。

 この世界でアヤを、マリーを幸せに出来れば俺の気持ちはどうだって良いと思ってきたし実際そうだったはずだった。

 だから俺はその代わりにこの世界を全力で楽しんで、全力で改変して、出来る限りの人を助けて、少しでも良い王国に、世界に、していければとここまでやってきた。

 

 なのに……なのに。

 

 コイツさえいなければ俺の知識と、リオンとのコンビで全て乗り越えられると思ったのに。

 

 マリーを今度こそ幸せにしてあげられると思ったのに。

 

「お前がぁ!! お前さえいなければアヤは!! 死なずに済んだのに!! お前のせいで!! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!」

 

「実に面白いよヒロ!! 僕は君という監獄から彼女を解き放っただけなのに!! その身勝手さ、傑作だ!!」

 

「何が身勝手だ!! 何が傑作だ!! 俺はお前とは違う!! アヤを純粋に愛していたんだぞ!!」

 

「あーあーそういうの要らないんだよね~、ただ殺し合ってくれれば君はそれで良いんだよ。僕は元からこの世界にいた人物のポジションだったけど君は所詮『モブせか』においては存在しない人間で邪魔者なだけだしさ……あ、これ言っても君には通じないよね~」

 

 身体全体から湧き上がる血の気が、引いていくのを感じた。

 コイツ……今なんて言った?

 

「お前……どうして『モブせか』を知ってるんだ?」

 

「あれれ……? てっきり『二重転生者』は僕だけだと思ってたのに……まさか君も知ってるなんてねェ。益々面白いよヒロ」

 

「テメェいつからそれを知っていた?」

 

 震える手を抑えきれない。

 ガタガタと銃を持つ手が震えて、止まらない。

 なんでコイツが二重転生者なんだ……? 俺と同じ、そんな事、認められる訳が無かった。

 

「勿論『リオン』の前世世界でリオンの前世体を見つけたその瞬間からだよ。確信は『アルトリーベ』が発売されてからだけどね。アヒャヒャ、でも良かったよ。君も二重転生者なら所詮『モブせか』の登場人物なんて全員舞台装置と思ってたんでしょ?」

 

「や……やめろ、それ以上言うな……」

 

『アルトリーベ』の世界と気付いてからずっと思わない様にしてきた。

 思ったら、意識したら、終わりだと思った。

 そんな事無いはずだと思いたくても、心のどこかで、片隅で、そう意識してしまっている自分がいる事を認めたくなかった。

 

 そんなものを、コイツの、新道寺の口からなんて死んでも聞きたくないと俺の本能が拒否をする。

 

「ヒロ……君も僕と同じ……モブせかの登場人物をキャラとして、記号として意識しちゃう『クズ』なんだよォ?」

 

「その口を閉じろおおおおおおおおおおお!!!」

 

 俺はこの世界を『原作』だの『本来は』だのと、創作の世界である事を無意識に口ずさみながら考えてきてしまっていた。

 勿論この世界で出来た友人や、婚約者は全員大切な人だと疑っていない、それは今も変わらない。

 だからこそ考えたくなかった。

 ずっと頭の隅に置いておけば大丈夫だと安直に考えていた。

 

 ……そんなだから、クズと言われて否定出来なかったから、俺は我を忘れて飛び掛るより他無かった。

 

「ヒャヒャヒャ、図星なんだねェ!! 愛だのなんだの語っておきながら無様この上無いよ!! 無様次いでに僕に殺されてくれたらもっと嬉しいんだけどね!!」

 

 飛び掛かり、避けられ、乱射してはまた避けられ、不毛な戦いが続く。

 俺でもこれが不毛な戦いだと言うのは分かっていた。

 これが何も生まない戦いだと言う事も分かっていた。

 それでも、感情は理性を奪ってしまうものである。

 ぶつけ様の無い狂った感情だけが突き動かしてしまっていた。

 

「アル、緊急事態だ――って、何やってんだよお前!! なんでそんな戦い方してんだ!」

 

「誰だか知らねえがうるせえんだよ!! 俺は、俺はコイツを殺さないといけねえんだよ!!」

 

「馬鹿かお前!! ゲラットが暴走してモンスターを呼び寄せる魔術を使いやがったから何としてでも防衛しないといけないって連絡入ってただろ!!」

 

「おやおや楽しんでたのに飛んだ横入りに……あの無能はやはり使えないねえ。仕方あるまい、ここは一旦引こう。次会う時は必ず殺してあげるからね♡」

 

「どこ行くんだテメェ!! 逃げるな!! クソ……離せ、離せよ!! 俺は、俺はアイツを殺さないと……」

 

「ふざけてんじゃねえぞアル!! あの公国騎士が誰なのか俺は知らんが、誰であったとしてもここでお前が冷静にならなきゃマリエはどうなるんだよ!! 俺の妹だからってのも多少はある、だがそれ以前にお前が世界で一番愛してる女だろ!? そいつ守らなくてどうするんだ!! 目ェ覚ませ!!」

 

「リ……オン……」

 

 ハッ……と目が覚める様な感覚がした。

 俺のクロカゲを羽交い締めにしていたのは、外装がボロボロになりながらも黒騎士を撃退したであろうリオンのアロガンツだった。

 そして空を見上げる……空を覆い尽くさんとばかりに集結する魔物に、現実を突き付けられる。

 

 そうだった。

 目の前にいた仇敵を前に、我を忘れていた。

 

 あのまま戦っていれば客船が逃げ切れるかどうかも不透明で、下手をすれば二度と取り返しの付かない事になっていた可能性すらあった。

 

 馬鹿かよ俺は……

 

「よう、目は覚めたか馬鹿野郎」

 

「……スマン、一番大切な事を見落とすところだった」

 

「お前らしくもないな。ま、理由は後で聞いてやるからその前にまずはルクシオンで消し飛ばした後で撃ち漏らしたモンスターの処理に全力で取り組むぞ! 俺達の大切な人達を守る為にな!」

 

「やっぱ敵わないな、タケさんには。アンタが兄貴分で良かった」

 

 身体から力が抜ける。

 しかしそんな場合ではない。

 愛する人がいて、命を預けてくれた部下がいて、俺はそんな人々を守らないといけない。

 

「俺も俺でヒロには色々助けられたからお互い様だ。おーし行くぞ!」

 

「そうだな、あのアホジジイのゲラットも捕まえないといけねーしな」

 

 ふぅ、と息を吐き出す。

 確かに新道寺の事は今でも殺したい気持ちしか無い。

 だが今は目の前の事を全力で処理しないと……そしてその後で、俺はリオンに全てを打ち明けよう。

 

 

 俺がアヤを守れなかった事も……全部、な。

 

 




この話は正直どう書こうかかなり悩んだ
味気無くないかとか一種の大きなターニングポイントの話だからとか色々考えたけど上手く書けてたら何より


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第四十六話『相棒ってそういうもんらしい』

 その後は難なくゲラット達高官や公国軍兵士達を拘束、リオンには事後処理が終わり次第例の一件を話そうと言う事となった。

 何にせよまだまだ疲れる事が多い事後処理だが、こちらが想定以上の完全勝利を見せられたという事はその分ご褒美も多いという事になる。

 

「鎧も運び出せよ。飛行船は全部問題無いはずだから持ち帰るぞ」

 

「折角接続部を狙って斬ったんだからバラバラになった鎧も丁寧に運んでくれよー、俺達のご褒美なんだからな!! ワーハッハッハッ!!」

 

 ロボットが鎧や飛行船を次々運び出す。

 これ全部俺達で山分け出来るってマジかよ最高過ぎるだろ。

 公国が今回こっちに攻め入ってきた戦力の内損耗率が結局95%、内撃墜したものが85%、回収率は全戦力の80%……つまり撃墜した内の94%以上をこちらの戦力として今後管理可能と言う訳だ。

 

「根こそぎ奪うなんてマスターとアルには人情がありませんね。流石です」

 

「だろ? 俺もこんな自分が嫌いじゃない」

 

「ルクシオンは重々承知してると思うが戦争は勝った者が正義なんだよ。つー訳で勝った俺達は正義だからこれくらいやっても文句を言われる筋合いは無い訳」

 

 そう言いつつ戦果の一つである『捕虜』を見据える……あ、王女二人は捕虜と言っても丁重に扱わないといけないしそう約束もしたからここには勿論だがいないけどな。

 この中で一番位があるのは……ゲラットってとこか。

 

 いやリオンがやった時より大分ボロボロになってませんかね……髭周りだけは永久脱毛でツルツルだけども。

 

「バルトファルト男爵、ディーンハイツ男爵、出来れば浮遊石は返していただけないでしょうか?」

 

「え~、どうしようかな? こっちは豪華客船を襲撃されて破壊されたから、少しでも回収したいんだよね。あ~あ、誰かさんたちが襲ってこなければこんな事にならなかったのに」

 

「そ、それでしたら、公国と王国の間で正式に交渉を――ひっ!」

 

 ドン、と大きくリオンが床を踏みしめる。

 あ、リオンのキレ演技が始まった……いや半分は冗談抜きでキレてるなこれは。

 

「何で勝った俺が譲歩するの?」

 

「いや、しかし――」

 

「戦争は勝った者が正義ってついさっき言ったはずなんだけどなあ?」

 

「そういう訳で……良いよね?」

 

「いやあの――」

 

「良いよな?」

 

「従わないと今すぐここで射殺されると思うよー? どうするー?」

 

「……は、はい従います」

 

 まあどちらにせよ公国の真実が明るみに出れば死罪は免れないと思うけど今言う必要も無いな。

 優しい嘘ってやつだな。

 

「いや~、俺って優しいわ。だってこれだけでみんな許してやるんだもの。俺の優しさって罪だわ~」

 

 うーんこの鬼畜。

 今これを聞いてる高官なんて後々どうせ処刑されるのに許すもクソも無いんだよなあ。

 まあ自業自得だし良いけど。

 

 さて、これで公国軍は今回出てきた分とはいえ殆どの鎧、飛行船、兵士、高官、そして切り札を一度に失った事となる。

 

「情け容赦の無いマスターとアルはそこはかとなく素敵ですね」

 

「これでも有情な方だと思うぜ? アルなんて躊躇無く非戦闘員の王女お付き侍女の足撃ち抜いてたし」

 

「アレは必要経費だ。殺してないだけ優しいと思ってもらわないと困る。少しでもあっちの戦意喪失を狙いたかったし。……リオン、公国はまた攻めてくるよな、絶望的だったとしても」

 

「だろうな。たとえ守護神が使えなくても、鎧も飛行船もごっそり削られていたとしても。奴らの刷り込まれた洗脳は、憎悪はそう簡単にゃ消えはしない。しかもあっちにはまだ黒騎士がいるからな……いくら一度退けたとしてもなあ……」

 

「だよなあ……」

 

 だが、それでも公国はまた攻めてくるだろう。

 どれだけ絶望的でも、どれだけ勝機が無くとも、奴らは攻めてくる、それが公国の執念であり、蛮行に他ならない。

 

 まあ、束の間の休息はあるがな。

 

「あ、それより俺のアロガンツ……どっかで修理しねえとな」

 

「私が修理しても構いませんが、全てを私が行うと私の能力を疑う方も出てきます。ここは鎧を整備する工場に依頼するべきでしょうね。一番良いのは、マスターがそういった工場を持つことですが」

 

「すぐには無理だけど、それもいいな。今はどこかに依頼するか」

 

「最近は鎧製作のスペシャリストを名乗る詐欺師も多いようです。依頼する場合は気をつけた方が良いでしょうね」

 

「あぁ、そう言えばゲームでもそういう詐欺師がいたな」

 

「んじゃ俺んとこに預けるか? 丁度バラバラになった公国軍鎧の修理もしようと思ってたし、リオンの鎧なら親友&MVP価格で格安になる様に親父に交渉出来るぞ」

 

「そうか、ディーンハイツ家は元から戦闘集団だからそういう施設があっても不思議じゃないのか。だったら信頼出来るし頼むわ」

 

「はいよー」

 

 そう言えばこのイベントもあったか。

 下手なところでやらせるくらいならウチの工房を使った方が余程安全だろう、それに今話題のリオンの鎧を修理したのがウチなんてなったら宣伝面も大きく上がるだろうしな。

 

「これで一旦はゆっくり出来そうだな。……ゆっくりついでに、お前の話、聞かせてもらったりとかって出来る?」

 

「……あの話か。いつか話さないといけないと思ってたし、すぐ話せるなら話しときたいって気持ちもあるからな」

 

事後処理が終わるという事は多少なりともゆっくり出来る時間が増えるという事にも繋がる。

 つまりは、話は昨日の一件に自然とシフトチェンジしていく訳で。

 

「それじゃ帰りがてらパルトナーの中で話すか」

 

「それが良いな」

 

 ……それはそうとそう言えば何か忘れている様な気がするんだが、気のせいだよな?

 

 

 

 

 

「……おいそれは先に言えよ! 覗いちゃったじゃないか! アンジェパパとクラリスパパに殺されちゃうよ!」

 

「そう言いつつ鼻血が出てるぞリオン」

 

「お前も出てんじゃねえか」

 

「仕方ないだろ、マリーのそういう……あれ見ちゃったんだから」

 

 気のせいじゃなかったよバッチリ盛大に気のせいじゃなかったわ。

 そういやリビアとアンジェがリオンの部屋で寝てるんだった……しかもクラリス先輩までいて更に刺激的な世界となっていた。

 だと言う事で俺の部屋に移動したら今度はマリーが同じ感じで寝てて次は俺が刺激を不意打ちで味わう事となった。

 何このコンボ……ただマリーのあられも無い姿は非常に眼福だった事を報告しておきたかった。

 

「き、気を取り直して空き部屋で話すか」

 

「お、おう」

 

 今から真面目な話をするってのになんか変な空気になってしまう。

 まあ悪くは無かったし眼福だったのも事実だった訳だが……切り替えないとな。

 

「それで……昨日の話、聞かせてくれるんだろ?」

 

「おう。だがその話をする前に前世の話……タケさんが死んでからの話をするんだが、誰も入ってこないよな?」

 

「だろうと思ってちゃんと警備ロボットは配置しといた」

 

「サンキュ。……話は、タケさんが死んでからちょっと後まで遡る」

 

 ふぅと息を吐き出し一旦言葉を区切る。

 これを話すのは相当堪えるからな……覚悟をしとかないとな。

 

「ほら、アヤってイケメン好きだっただろ? そんな訳で色んなイケメン男と友達だったのも知ってただろ?」

 

「それが今やアル一本だもんな、変わったよアイツも」

 

「そりゃどうも。でさ、俺もそういう趣味否定はしたくなかったからある程度自由にさせてたんだけど……それが間違ってたんだよ」

 

「……何があった?」

 

「その友人の中の一人にさ、所謂『勘違い』されちまったみたいで。アイツとしては軽い友人関係でいたかったらしいんだけど、しつこくストーカーされたんだ」

 

 俺だってストーカーしてきた新道寺を追い返したり、出来る限り二人で行動する様にしていた。

 アヤの家族にだって説明して、ガードを強くしてもらったし絶対に守るって思ってた。

 

「俺だって必死で守ろうとした。近くにいられる人達には沢山頼んで出来る限り近くにいてほしいって言ったし、俺も出来る限り一緒にいた。でも……アイツは殺されたんだ。ほんの一瞬の隙を突かれて、攫われて、惨たらしく殺された。俺が着いていながら……守り切れなかったんだ……!!」

 

「ヒロ……そうか、お前が話せなかったのってそういう事か。そりゃ……話せねえわな」

 

 あの時点で話せる訳が無かった。

 大事な妹を託されたのに、守り切れずおめおめと殺されたなんて。

 信頼してもらっていたからこそ、深い絆があったからこそ、言えなかった。

 

「すまねぇ……託されたのに……守り切れなくって……」

 

「バーカ、お前やアヤは悪くねえだろ。殺した奴が……100%悪いんだよ。んで、そいつと昨日の件との話の因果関係も聞かせて貰おうか。時と場合によっちゃ俺もそいつを何が何でも殺さないといけなくなる」

 

 リオンの目付きが鋭くなる。

 ほぼほぼ因果関係は分かっているだろうが、確信が欲しいんだろう。

 

「……昨日、最後に戦ったその公国騎士が……いや、公国騎士に化けていた『ロイズ』が、そのアヤを殺した男だったんだよ。しかも自分から明かしてきて……それで、我慢出来なくて……」

 

「…………ロイズが、ねえ。化けてたってのがどういう事かはイマイチ分からんが、今は昨日見た姿以外にはほぼなれない……違うか?」

 

「そのはずだと思う。成り代わりたい対象を殺さないとその姿を手に入れられないってほざいてたし」

 

「よし分かった。次公国が攻めてくる時に殺すの手伝うわ」

 

「ず、随分アッサリ言い切ったな」

 

 てっきりもっと重くなると思っていた。

 もっと恨み節や憎悪を垂れ流してもおかしくないんじゃないかとも予想していた。

 だがリオンは違っていた。

 

「激情は戦争には不都合だからな。俺の妹が殺されたのは非常に……ひっじょーーに怒りが湧いてくるし今すぐ殺してやりたいが、それが動きを悪くする。だったら殺すまでは我慢するだけだ」

 

「やっぱタケさんは、俺なんかより余っ程大人だな」

 

「その分お前が怒ってくれたんだからな。相棒ってのはこうやってバランス取るもんだろ」

 

「……ありがとう」

 

「それはアイツを殺してから聞かせてくれたら良い」

 

「分かった、そうするよ」

 

 頭を下げる俺を、リオンはガシガシと撫で回す。

 兄貴分として慕ってきた分、こうして弟扱いされる事も多かったっけ。

 やっぱりこの人は、いざと言う時に頼りになるなあ。

 

「あーあ、しかし色々と疲れたな。これからの英気を養う為にも俺達も寝るか」

 

「そうだな……何ならここで寝ちまうか?」

 

「たまには男同士気兼ねなくってのも悪くねーか」

 

 雑談をしながら、パルトナーは帰路に着いていくのだった。



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第四十七話『俺の友情は結構固い絆で結ばれてる』

「なんだクリス、改まって話がしたいなんて」

 

「いや……その、バルトファルトと共に私の家に働きかけて廃嫡の話を考え直す……取り消す様に言ってくれたんだろう?」

 

「あーやっぱバレるよなあそりゃ」

 

 公国襲撃の事後処理が終わり数日、俺達は長く長く思えたあの戦いを乗り越え無事平穏な暮らしを取り戻せていた。

 あまりに静か過ぎて、公国襲撃が夢だったのでは無いかと錯覚してしまうが王宮には秘密裏にヘルトルーデ、ヘルトラウダ両王女が幽閉されている事が俺とリオンにだけ伝えられている。

 何せ捕らえた張本人だから、そこだけはVIP対応だ。

 勿論緘口令は敷かれているから二人以外どこに王女がいるのか知る訳も無いが……その二人の存在が、そこに戦争があった事を示している事に他ならない。

 

 そんな平穏の中に戦争の欠片が見え隠れする日常の中で、俺はクリスに呼び出されていた。

 多分そうだろうと考えていたが、今回の黒騎士撃退や戦果の大半をクリスにあげた事が盛大にバレていたらしい。

 

 まあ、そりゃバレるよな。

 

「……私は、修学旅行の帰りにお前……ディーンハイツに剣術で勝負を挑もうと思っていた。ブラットがリオンに勝負を持ち掛けた様に、な」

 

「いや俺剣術は専門外だし、それにリオンじゃなくて俺なんだ」

 

「ああ。私はディーンハイツに決闘の時見せられた、絶望的でも決して諦めず立ち上がるその姿に感銘を受けた。そして真の騎士道とは何かを考えた。だがまだその答えは見つかっていない。だから、お前と勝負をしてその答えを見つけたかった」

 

 意外だと思ってしまった。

 確かに決闘の時、クリスだけが軽傷で俺の戦いを間近で見ていた、見ていられた。

 だが俺はあの時渾身の罵倒を繰り出してしまったんだ、感銘とかそういう次元以前の問題だと思っていた。

 だから、クリスが特に俺に執着している事に驚いてしまった。

 

 とはいえ剣術で挑まれても俺は勝てないんだけど。

 

「剣はお前が圧倒的に強いだろうに。……で、その感じだと気が変わったってところか?」

 

「そうだな。あの日、修学旅行の帰り道で襲撃された日。私が何も出来ない中ディーンハイツとバルトファルトはみんなを纏め上げ、お前に至っては護衛団に探させ先手を取り、更に二人共最前線で戦い、そして我々の犠牲者は0で乗り越えられた。少し遠くから、鎧で見ていたが操縦技術も覚悟も、私は子どもだったと痛感させられた。だからやめたんだ、今の私が二人とぶつかっても意味が無いと」

 

「そこまで褒められると悪い気がしないよな」

 

「だが私は少しだけ学べた。貴族としてのあるべき姿というものを。騎士道の覚悟というものを。」

 

 何かめちゃくちゃ褒められてるんだが、ここまで言われると少し照れてしまう。

 俺はただ、大切な人達を、殺そうとしてくる連中から守っただけでそこに自慢とかそういったものは存在しないからな。

 

 でも折角だし素直に受け取っといても損はしないだろう。

 

「ありがとな。ま、礼は……将来伯爵になる時にもその学んだ事を忘れず王国の為になる良い貴族になってくれればそれで良い。お前ら全員将来は王国の中核を担う上級貴族なんだからな」

 

「ふぅ……やはり勝てないと思わされるな。ここで学んだ事、必ず王国の為に使わせてもらおう」

 

 五馬鹿だの馬鹿レンジャーだの馬鹿五人衆だの色々言ってきたが、割とこうして接してる内に金銭感覚とかが盛大に狂ってるだけで意外とまともな面もあるのだと気付かされる。

 

 ……ふむ、そうだな。

 

 たまにはコイツらと組むのも悪くないな。

 

 去ろうとするクリスを引き止める。

 

「クリス、今度はこっちから話があるんだが良いか?」

 

「お前から話とは珍しいな。どうした?」

 

「これは殿下含めた五人に掛け合いたい話なんだが……ふふ、リオンともう一度戦いたいと……いや、多少なりとも一矢報いたいと思わないか?」

 

 ニヤリと口を三日月の様に俺は上げるのだった。

 

 

 

 

 

「リオン、アル、本当に飛行船を手に入れたの?」

 

「羨ましいな。公国製の軍艦だろ?」

 

「飛行船があるだけで羨ましいよ。俺の家にはないし」

 

「ぼ、僕の家も数は少ないね……」

 

 クリスに呼び出された一件から数時間後、とある酒場にて。

 ここには準男爵~五位下辺りのダニエルやレイモンドみたいな家柄の田舎貴族の跡取り連中が集まっていた。

 そこにプラスして俺みたいな、下級貴族とはいえ王宮直属の貴族がいるのは場違いな気もするが……俺もこの件には一枚噛みたいと思っていたからわざわざ乗っかってきたのだ。

 

「あぁ、手に入れて整備をしているよ。けど、数が多くて困っているんだ。俺とアルと親父の家で飛行船を抱えてもまだまだ余るからね」

 

 ダニエル、レイモンド、セミエン、マルケスに他の連中もこの言葉の意味が分からない訳がなかった。

 つまりは『欲しいか』そう聞いているのだ、だから俺もこの商売に加わりたかったって事だ。

 

「あ、因みにマルとセミエン呼んだのは俺の友人だからって事があるからな。別に今いる連中が損する訳でもあるまいし、そこは許容してくれると嬉しい」

 

 と言うか俺がメインとして商売を仕掛けるのはこの二人だ。

 俺と仲良くしてくれてる友人の家を戦力に加えられるのであれば非常に心強い事この上無い。

 更にこの二人は機械整備が非常に上手い家柄でもあるので効率が良い。

 

「……お前ら、飛行船欲しいか?」

 

 ビクッと、俺とリオン以外が反応する。

 あってオンボロ中古品、無い家すら存在する飛行船を『くれる』と言うのだ、喉から手が出る程欲しい性能の飛行船を、だ。

 だがマルケスとセミエン以外はリオンとの商売とあって全員が警戒してしまっている……まあ普段が普段だから仕方ないね。

 

「な、何が望みなんだい?」

 

 さてさてリオンの交渉術が始まったか……んじゃ俺も俺で始めるとしますかね。

 

「そんじゃマルとセミエンはこっちに来てくれ。二人は俺との交渉になるから」

 

「う、うん」

 

「おう」

 

「さて話をしようか。大体リオンの話と同じになるが、メンテナンスや修繕をウチに任せてくれるなら俺がリオンと山分けで貰った飛行船を二人の家に無料で提供したいと思っている」

 

「こ、公国の船だよね? って無料は流石にアル相手でも……」

 

「そうだぞ、いくら友人って言っても無料はやり過ぎじゃね? いくらか金は払うぞ?」

 

 俺はどうやらかなり信用されているらしい、寧ろ心配してきてくれるとは持つべきは心の友だよなあ。

 心配する二人を見て感激する気持ちを抑えながら続ける。

 

「いやな、これもまたリオンと同じになると思うが俺の家って普通の子爵家だから優秀な整備工場と工員を持ってても客がいないんだ。だから友人に公国から奪ってきた戦利品の船を無料提供しつつメンテナンス、修繕を行えばディーンハイツ家の評価と話題はうなぎ登りって訳だ。だから俺側から見ても信頼出来る友人に託したかったんだよ」

 

「俺とかマルとか、跡取りでも無いのに本当に良いのか?」

 

「で、でもそれで家を助けられるなら……欲しい……」

 

「俺の場合、託す人選は完全に私情だからな。俺友達少ないから、こうして還元しときたいんだよ」

 

 そう、リオンと俺はここだけがハッキリと分かれていた。

 同じ友人関係の人間に譲渡するまでは同じだが、リオンは『打算』、俺は『私情』。

 どっちが商売的に良いとか悪いとかは無いが、やってる事は同じでも感情だけが真逆になるのは中々に面白いのではないだろうか。

 

「アル……へへ、そう言われたら尚更断れねえな」

 

「これで僕も少しは父さんに親孝行、出来るかな」

 

「よし、二人とも了承って事で良いな? あ、因みに最終確認したいが、これを手に入れた場合戦争への参加も戦力がある以上断りにくくなると思うからそこだけは念頭に入れといてくれ」

 

「あたぼーよ。王国の為に尽くせる戦力があるってなら使うまで!」

 

「……覚悟は、出来てるよ」

 

 どっちも同じ船に乗り、同じ戦場で戦っただけあり覚悟が違うな。

 これなら文句無しで飛行船を渡せる。

 

「なら契約成立だな。証拠としてこの紙に記入して、実家に送ってほしい。流石に俺達子どもの独断だけじゃまずいからな。あとオマケで鎧も付けとくから実家に何機欲しいか聞いといてくれ」

 

「公国の高性能船に鎧が貰えるなんて……夢見てえだな、なマル?」

 

「そうだね……アルは凄い人だとは思ってたけどこんなに凄いなんて……」

 

 ここまで大盤振る舞いしておいてアレだが、これでもしっかり実家に送った飛行船と鎧もあるからどれだけの戦力を手に入れられたか考えるだけで想像を絶する。

 しかも有難い事にオンボロではなく質は良いから即戦力確定。

 

 守護神も封じたし公国との戦争パート2はある程度イージーモードでやれそうだ。

 

 ただ、甘く見る事だけは絶対にしない。

 窮地に追い込まれた連中程捨て身特攻で来る、つまりそれをやられるとこちらとしても公国としても無駄な犠牲が増えてしまう。

 折角最小限に抑えた犠牲者を増やすなんてあってはならない。

 王宮は二つの魔笛を抑えた事で完全に胡座をかいているだろうが、それが命取りとなる。

 

 勝つだけなら今の王宮の体制でも可能だろう、何せ三守護神は完全に封じ俺のいない世界線比三守護神を抜いた戦力ですら五割減程、モンスターもゲラットの使い切った切り札以外ではそこまで集められないから問題無い。

 

 だがそれではダメだ、俺が気に入らないんだ。

 俺はこの国の行く末を知ってるからこそ、それをさせちゃならないんだ。

 

「二人とも……いざって時は頼んだ」

 

「任せとけ! それにエアバイクならこっちも提供出来るしな!」

 

「が、頑張るよ!」

 

 思考を切り替え飛行船譲渡が決まった友人達の顔を見る。

 そう言えばこの二人の家が後に俺と関わってくるとなると、この二人にも早かれ遅かれ爵位が付きそうだなとふと思う……いや、マルケスはほぼほぼ騎士爵はもう決定か、アレだけ前線で戦ってればクリスの方から俺達と一緒に打診してくるだろうし。

 

 後はアンジェのすぐ近くで、必死にアンジェを守りながら戦ってたシェリーとノワ、前線に出ていたルクル先輩とランスにも爵位が付く可能性はあるか。

 友人だから守っただけとはいえ公爵家令嬢、次期王妃を守った功績は大きいからな。

 

 俺もこれで五位上かな、リオンは子爵で発狂する訳だけど。

 

 ……ま、その前にやる事があるんだがな。

 

 

 

 ヒント?

 そうだな……俺と馬鹿レンジャーの数少ない共通点と思惑が合致した事の作戦ってところだな。

 

 いやあ楽しくなってきたな。




長い長い一年秋が終了
22話からずっと秋を過ごしてたらしい


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第四十八話『今日くらいは馬鹿六人衆になっても……ええか!』

「オイ嘘だろ嘘だと言ってくれアル」

 

 その日、リオン・フォウ・バルトファルトは絶望していた。

 切っ掛けは一通の手紙、ユリウスを筆頭とした決闘再戦の手紙であった。

 そこまでは良かった、彼も面倒だとは思ったが適当にいなしてしまえばどうとでもなると思っていたからだ。

 

「ただの五人からの決闘の果たし状なら別にどうだって良かったんだよ……俺が適当にやれば大丈夫なはずだからな。……でも、でもなあ……!! どうしてその果たし状の差し出し人が五人からじゃなくて……アルもいるんだよ……!?」

 

 だがこの果たし状には『六人』の名前があった。

 ユリウス、ジルク、クリス、グレッグ、ブラッド……そしてアルフォンソである。

 彼には理解が及ばなかった、何故本来敵対関係だった五人とアルフォンソが組んでいるのか、六人衆と呼ばれるのを心底嫌がっていたアルフォンソが組んでいるのか、何一つとして理解出来なかった。

 

「しかも決闘理由が『純粋なリベンジ』って……アルお前はそういうタイプじゃないだろーが!!」

 

 元よりアルフォンソは今嘆いているリオンと同じく打算的な人間だった。

 マリエが絡まない事では勝てない勝負には乗らずに気ままに傍観者として過ごす程度である、そして今回マリエは全くもって絡んでいない。

 

「アルお前だけは裏切らないと思ったのにいいいいいいいい!!」

 

 リオン渾身の叫びが木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 二学期も終わりが近付き肌寒さを感じる冬の訪れを感じさせる季節、そこに一体の鎧と六人の男達がいた。

 そう、馬鹿レンジャーと呼ばれた五人衆と俺だ。

 

「ふっふっふっ……やっと完成したな」

 

「ああ。これは壮観だ」

 

「しかしまさかディーンハイツ君がこの話に参加させてほしいと言ってきた時はビックリしましたよ」

 

「そのお陰でディーンハイツ家の技術を盛り込めたからラッキーだったぜ」

 

「詐欺師にも騙される事無く出来たからね」

 

「最初、私に話を持ち掛けられた時は何の冗談かと思ったが……そう言えばディーンハイツもバルトファルトには苦汁を飲まされた一人だったと気付いて、気が付けばここまで来た。お前無しでは我々の努力の結晶を作り上げる事は不可能だった、ありがとう」

 

「良いって事よ。俺だってちょっとくらいリオンに一矢報いたいと思ってたところだったんだし。それに俺こそ稼げたから礼を言わせてほしいくらいだ」

 

 クリスに話を持ち掛けたあの日、俺はそのまま五人衆を集めて話をしたのだ……今、お前らリオンへのリベンジ考えてるだろ? 俺と組んでみないか? と。

 最初は怪しまれたものの、俺が『俺自身もリオンに実質負けた』事実があったのが良い方向に出たかそれを使い説得したところ了承された。

 

 実はこの話には打算的な裏があり、王家に仕える上級貴族の嫡男や殿下であるユリウスにディーンハイツの工房を使用させ宣伝効果で実家を潤わせるという狙いがあった。

 ユリウス達としても下手な詐欺師に騙されるくらいなら王家お墨付きの防衛部隊を率いるディーンハイツ家に任せた方が良いだろうとまんまと乗ってきてくれたのは非常に助かった。

 

 とはいえ今回の目的はあくまでも宣伝、ぼったくりなんてする訳が無い。

 五人の鎧の残骸から使える部品を絞り出し無理なく繋ぎ合わせ、一つの鎧として安全性、性能共に良質な物を作り上げるという大掛かりな仕事としての適正価格として10万ディア、つまり日本円価格1000万円を徴収しただけに過ぎない。

 本来騙されるところではこの五倍且つ詐欺師だった訳だから非常に良心価格だと胸を張って言える。

 

 ただ俺としても打算の次いで程度にはリオンへのリベンジがあり、あながち俺も含めたリベンジと言われても否定は出来ない。

 鎧は五人の繋ぎ合わせだが、それを繋いだのは俺な訳だし。

 それに俺やユリウス達も結構週末はディーンハイツ工房で夜な夜な作業員の手伝いをしてたし。

 

 そのお陰で見た目こそヘンテコだが王家直属家の技術の結晶が詰まった作品になった。

 だから盛大にお披露目決闘を行いこの技術を周りに知らしめて宣伝してやる。

 

「何だかんだ……俺達ディーンハイツに世話なりっぱなしだな」

 

「何とかしてマリエを僕達の物にしようと画策したりもしたけど、これじゃ当分は敵わないな」

 

「だが俺達は諦めない。俺達にも意地があるからな」

 

「ええ。今は同じ道を行く者同士、ですがこれが終わればまたライバル」

 

「私は必ずお前をどこまでも追い掛けていく。私の待つ答えがそこにあるはずだからな」

 

「ウチの嫁はウチの嫁だからな?」

 

 ちょっとユリウス達との青春に浸ってたらすぐ引き戻されたわ。

 この人達いつまで俺のマリー狙うつもりなんですかね……ただクリスだけは何か違う雰囲気もしたが。

 折角今だけは馬鹿六人衆って呼ばれても許してやろうとしたのに。

 

「ところでディーンハイツ君、パイロットは誰にするつもりですか?」

 

「俺は乗らないから誰か乗れば良いよ」

 

「オメーは乗らないのか?」

 

「これはあくまでもお前ら五人衆のリベンジがメインだ、俺をメインに据えるのは場違いだろ」

 

「成程……そうなるとこの五人の中でも一番腕っ節がある人間が乗るのが妥当だろうね。僕はまだまだ追い付けないから即脱落だけど」

 

「私もこの鎧だと戦闘スタイルが合わないと思うので辞退します」

 

「剣術に自信はあるが銃はまだだからな……」

 

「となると後は殿下かグレッグだが……」

 

「今回の鎧は少し大型だからな。そうなると俺の様な高機動型使いよりパワー型のグレッグが合っているだろう」

 

「な……!? 良いのかよ!?」

 

「お前が良いと思ったんだ、我々の代表として戦ってきてくれ」

 

「殿下……」

 

 オイそっちはそっちで青春すんのかい。

 無駄にキラキラしやがって……ま、俺も悪い気分じゃないけどね。

 んで俺が折角手伝ったんだからそれなりに良いとこは見せてほしいもんだ。

 

「ま、ディーンハイツ家の知識と研鑽と技術を詰め込んだ、お前らの部品から作り出せる至高の逸品だから頑張ってくれよ」

 

「任せとけ!! みんなの託された想いを胸に一矢どころか十矢くらい報いて勝ってきてやる!!」

 

「ふっ、グレッグは頼もしいな」

 

「怪我すんなよー」

 

 物凄くメラメラ燃えてるところ悪いんだけど君達がリオンに勝てるビジョンは全くもって浮かばないんだ申し訳ない。

 一応リオンは五人の魂の結晶+俺渾身の技術を詰め込んだリベンジマッチなんて聞かされたら負けに来るだろうがあの人は手加減というものが出来ないのが最大の欠点なんだ。

 

 つまりちょっと強くしちゃうと決闘の時の俺みたいな被害が生まれるという事だ、流石にパイロットが俺じゃないからあそこまで本気は出さないだろうけど俺じゃないからこそ手加減の調整も出来ないって事だ。

 さようならグレッグ、骨は拾ってやる。

 

 三割くらい冗談を含めた話はさておき、リオンのリアクションが気になるところだな。

 決闘当日がどうなるやら、楽しみにしとくか。

 

 

 

 

 

 そして二学期の終業式が終わった当日。

 学園の闘技場は湧きに湧いていた。

 学生もそうだが今回は教師陣もこの一戦を待ちに待っていたらしく、大歓声が響き渡る。

 

「ユリウス殿下達、あの外道に勝つために五人で頑張ってきたって!」

 

「週末には夜な夜な鎧の修理のために五人で集まっていたらしいよ」

 

「よ、夜な夜な……!?」

 

「しかもバルトファルト男爵側にいつもいたディーンハイツ男爵も決闘のリベンジとしてあの五人の側に付いて技術提供したんだって!」

 

「何それ激熱じゃん!」

 

 お、周りの女子も湧いてるねえ。

 しかも俺が加わったのがポイント高かったのか目がキラキラしてる男子生徒も見受けられる。

 

「あ、アンジェ……」

 

「ん? あぁ、心配ない。リオンからは事前に話は聞いていたからな。あいつの負けてやる理由も納得した。文句はないよ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「私とて思うところもある。だが、事実を受け入れられる程度には諦めもついたさ。それに、言い方は悪いが殿下に対しての気持ちは冷めたよ。まったく、余計なことにリオンを巻き込んで迷惑な」

 

「明日の授与式は大丈夫でしょうか? リオンさん、怪我しないといいんですけど」

 

「お話のところ申し訳ないけど、アイツは手加減出来ないタチだから勝っちゃうと思うよ。ほら、俺との決闘思い出してごらん? 相手が強いと逆にそうなっちゃうタイプなのさ」

 

「た、確かにリオンさんならやっちゃうかも……」

 

「……ふむ、否定は出来ないな」

 

「というかアルが週末消えてたのってそういう事だったのね……」

 

 共に観客席から見守るマリー、リビア、アンジェ。

 三者三様にドン引きしてるがマリーは何故俺にドン引きしてるんだ?

 

「俺もたまには馬鹿になりたい日もあるって事さ。後アイツらが詐欺師に騙されて怪我でもしたら目も当てられないし」

 

「って言ってまたお金稼ぎの事でも考えてたんでしょ?」

 

「御明答、しっかり適正価格で儲けさせてもらったぜ。良い宣伝効果にもなるだろうし万々歳だ」

 

「……もしかしてこの決闘で一番得してるのって……?」

 

「十中八九、アルだろうな」

 

「アンタの商売根性にはいつも呆れさせられるわね……」

 

 心外な、本当ならアイツら一人頭日本円価格1000万円で詐欺師に騙されるところを俺達伝統と実力を重んじる本格派揃いのディーンハイツ工房で、しかも一人頭日本円価格200万円で丁寧に作り上げた職人の逸品だぞ寧ろ褒められて然るべきだ。

 

 とはいえ俺が一番得してるは正解だがな。

 

「ハーハッハッハッ! こういう時に儲けられる人間が一番得出来るって事だ!」

 

 

「負けてからまた挑もうなんて凄いよな」

 

「あぁ、きっと今回はやれるさ」

 

「俺、殿下達を応援する」

 

「ディーンハイツも参戦してくるなんて思わなかったがアイツも見どころがあるな!」

 

「敵同士だった五人とディーンハイツの共闘……胸が熱くなるな」

 

 

 そう、気分的にも得してると言える。

 今日くらいは馬鹿六人衆と言われても笑って許してやろう。

 

「おおーーい!! アル!! 後で覚えとけよ!!」

 

 既に入場済みのキレ散らかしてるリオンには渾身のてへぺろをお見舞いしておく。

 

「ふぁっく!!」

 

 試合開始の号令が掛かる。

 うんまあどれだけシチュエーション良くても試合結果は分かってるから……

 

 勿論その後は見せ場を作らせてもらった上でしっかり負けました。

 そらそうよ。

 

 でも、少しだけ楽しかったって事もまた、事実として残るのだった。



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第四十九話『なんか俺の昇進早くね?』

「本当は負けてやるつもりだったのに……」

 

 決闘再戦の翌日、リオンの自室にて。

 相変わらず手加減という言葉を知ってても使いこなせないリオンは負けるはずだったあの決闘にしっかり勝ってしまい複雑な面持ちをしていた。

 まあリオンはこう見えて青春やら努力の結晶やら共闘というものに滅法弱く、そういう少年漫画的展開が大好きらしく本気で見せ場を作って負けに行く計画を立てていたらしい。

 

「それになんでお前が参戦してるんだアル……」

 

「え? だって金儲けになるし。……ちょっとだけお前へのリベンジマッチの事もあったけど」

 

「あったんかい……」

 

「そりゃそうだろ、だってほぼ何も出来なかったんだし」

 

「今回はどうだったよ」

 

「まあクロカゲよりは大分落ちるがグリシャムの機体に次ぐくらいの性能にはなったんじゃないかって思ってるわ」

 

 ところで決闘だが、リオンが手を抜いていたとはいえまだまだ学生レベルから抜けられないレベルのグレッグの操縦技術でも満足の行く動きを確認出来ていて尚且つ全壊する事無くちょっとした修理で直る程度の故障で済んだのであのヘンテコ鎧は再利用可能だったりする。

 

「……それよりリオン」

 

「なんだ?」

 

「その部屋の隅でずっと泣いてるジェナさんは……」

 

「文化祭の時の話覚えてるだろ? フラれたらしい」

 

「残当」

 

 実はこの部屋にはリオンの次兄と両親、そんで次いでに姉のジェナがいた。

 バルトファルト家揃っての式典出席であり兄のニックスさんはこういう場に慣れてないせいか結構緊張気味だったりもする。

 

 俺はなんでいるかって?

 俺も俺でその他大勢とではなく、リオン、クリスと共に大きな功績を挙げたとして式典に出席するからだ。

 因みにマルケス等最前線にいた学生達と片時もアンジェの傍を離れず文字通り盾として身を呈して守っていたシェリーとノワにも正式な勲章が与えられる式典が行われる。

 

「リオン、もう少しシャキッとしろ。今日は特別な日なんだぞ」

 

「そ、そうよ。勲章を貰うんですから。今日の主役じゃない」

 

「お義母様の言う通りリオン君は今日の主役なんだから、カッコよくしてくれないとね」

 

「り、リオンさん似合ってますよ!」

 

「……何の話か分からないと言う顔をしているな。昨日私が話したと言うのに」

 

 あ、クラリス先輩やらリオンハーレムの面々もやってきた。

 賑やかになってきたな。

 というかリオンはショックが少なくなってもこれに関しては記憶から消去するのか……

 

「ま、待ってくれ! 一体何の話か……」

 

「ほう……昨日、アレだけ説明してやったというのに、全て聞いていなかったと?」

 

「待ってください。リオンさんだって傷ついているんです。本当は負けてあげるはずだった決闘で、殿下たちに勝ってしまって。それであの……許してあげてください!」

 

 うーんこのナチュラルどストレート鬼畜発言リビア。

 一応目の前にこっそり参加した当事者いるんですけど気にしてないんですかね……ま、俺の場合金儲けメインだったし良いけど。

 

「今回、一番の功績はリオンにある」

 

「え? クリスかアルでしょ?」

 

「クリスは確かに黒騎士を退けた功績を譲られている、アルも事前に公国の船団を察知して護衛団で食い止め時間を作った、だがヘルトルーデ、ヘルトラウダ両殿下を捕らえたのはリオンだからな。敵国の新型飛行船と鎧を鹵獲、それにヘルトルーデ殿下の魔笛は破壊、ヘルトラウダ殿下の魔笛も回収。それらを献上した功績も大きい」

 

 リオンが若干青ざめ始める。

 そりゃそうだ、MVP候補が二人いるから大丈夫だろうとタカをくくっていたのだろうが一気に自分と言われたからな。

 

「学生や船員たちを助けた功績もある。総合的に判断して、お前とクリス、アルは別枠の中でも最上位。本物の勲章を授与される流れになった。それに準ずる形にはなるがサンドゥバル等鎧に搭乗し前線に立った学生、それとシェリー、ノワもその次枠で本物の勲章授与式が行われる」

 

「アンジェやみんなを守るためにアルさんと二人、あの空を駆けていましたからね! 公爵家の人たちが、二人ともまさに騎士の中の騎士って褒めていましたよ!」

 

「ま、マジか……」

 

「そりゃ光栄な事で」

 

 目立ちたくなかったリオンにとってはやるしか無かったこれで昇進とか玉突き事故みたいな不運の連続だろうが俺は違う。

 何せ今日で五位上が確定、計算上共和国の騒動で四位下、帝国との戦争は起こさせないとしても帝国との良好な関係性は築きたいからそれで恐らく四位上といったところか。

 リオンはどうせどんな未来を辿ってもローランドが次期国王に絶対してくるからご愁傷さまとしか言い様が無い。

 

 俺は伯爵になんてならずそこそこの地位で金儲けに励めば最高だ。

 その為に昇進の計算もしてる訳だしな。

 

「アトリー家で前に昇進を推薦していたんだけれど、それもこれを機会に認めることになったんだよ。それに、クリス君の実家も推薦してくれたの。フィールド家とセバーグ家もリオン君のために推薦状を書いてくれたから助かっちゃった」

 

 ナイスだクラリス先輩。

 この国を守る為にはリオンには国王になってもらわなきゃならないから昇進を加速させるのは必然なのだ。

 清楚になってもやる事は変わらないクラリス先輩にうんうんと頷く。

 

「凄いですよ、リオンさん! リオンさん、なんと今日から四位下で、子爵様ですよ。王都ではリオンさんとアルさんの噂が広がって、英雄扱いです! それにアルさんも今日から五位上で、更に学園卒業後にはリオンさんと同じく四位下になれるらしいですよ!」

 

「お、俺が子爵……そんな馬鹿な……」

 

「……あれ? 俺の昇進は五位上までって聞いたけど」

 

 ちょっと待ってほしい。

 俺が昨日聞いた話では予定通り五位上男爵最上位止まりだったはずだ、卒業後だの子爵だのの単語は出てこなかったはずだ。

 聞き間違いか?

 

「今回はアル君の昇進も推薦したんだよ!」

 

「……そ、そうですかそれはどうも」

 

 聞き間違いじゃなかったし犯人はアンタかクラリス先輩ーーー!?

 ああしまったそう言えば恋愛感情持ってるのはリオンにだけど俺に関しては大恩を感じてるとかどうとか言ってたよなあ……

 まずい、このままだと学園卒業と共に伯爵になる未来が薄ら見え始めている……こんなはずでは……

 

「何よ。結婚してあげるって言ったのに、私も親友も拒否して。“いや、ちょっとないです”なんて酷いじゃない」

 

 ちょっと混乱してる時にアンタの声は聞きたくないんだよ悪いけど。

 それにジェナの結婚相手(自称)の子爵には既に真っ当な性格をした婚約者がいたんだよ諦めろよ。

 因みに何故俺がそれを知ってるかと言うと、公国の真っ当な性格をした、若しくは矯正可能そうな高官と兵士を残して他の一部クズな連中をリオンと共にその貴族に奴隷として売り払ってきたからだ、こんな奴に付き纏われた迷惑を掛けたとしてかなりの安値で。

 しかもその子爵曰くジェナも、ジェナと取り合いしてた親友の事も一切知らなかったらしいし。

 

 何なんだそのオチは。

 

「これは夢だ。起きたら俺は学園生活が始まる新学期で、ダニエルやレイモンドと一緒に婚活が大変だと愚痴りあうんだ。お茶の道を極めるために師匠の指導を受けて、新しいティーセットを買うためにダンジョンに挑んで、性格も超ド級に良くて可愛い嫁達と共に地元に帰るんだ。三年間、無難に過ごして地元に帰るんだ。温泉に浸かって、和食に舌鼓をうって幸せに暮らすんだ。子爵? 人違いです」

 

「可愛い嫁達って言ってる時点でほぼほぼ特定可能じゃねーかよ」

 

「…………今の聞かなかった事にするってのは」

 

「リオンさん……その、今のって……」

 

「今の発言を聞かなかった事にするというのは聞き捨てならないな?」

 

「リオン君、私は今からでもご両親への挨拶をしたいと思ってるんだよ」

 

「お、何か始まりそうだし俺は一旦外に出てようかね」

 

「あ、オイ待てアル!」

 

 リオンにヒラヒラと手を振り俺は部屋を後にする。

 こりゃ公国との戦争完全終結前に嫁が三人出来そうだな。

 まあ……早かれ遅かれ娶ってただろうし良いだろ、多分。

 

 部屋を出ると、すぐそこにはミオルの姿が見えた。

 

「……フン、たかが学生如きが」

 

「あ? テメェリオンやらバルトファルト家嘗めてるみてえだが……裏切ると痛い目見るからそのつもりでいろよ。……死にたくなきゃ何もしねえこった」

 

「まるで予言者気取りだな。全知全能にでもなった気でいるのか?」

 

「お生憎様、予言者にはなれずともお前ら獣人共がやろうとしてる事は全てお見通しだからな。だから言ってんだよ……死にたくなきゃ何もすんなってな。一応はバルトファルト家の奴隷だから最後通告だけはしといてやる。……それを活かすも殺すもお前次第だ」

 

 俺はそこはかとなく馬鹿なのかも知れない。

 どうせ獣人奴隷なんて何を言ってもこっちを見下してくるのなんて分かりきってるのにな。

 なのにどうしてもこうして『バルトファルト家』としていられるとほんの少しだけチャンスを与えたくなる。

 気が触れてるのかもな。

 

「活かすも殺すも、ねえ。お前に俺の何が分かるんだか」

 

「お前がリオンを相当嫌ってる以外は何も知らねえよ」

 

「ああ、気に入らねえな。何をしても上手く行くアイツが気に入らねえ。昇進してる癖に嫌がる気持ちも分かんねえな。そういうの、鼻に付くんだよ」

 

「……ふーん?」

 

 と、思ったが……何か雰囲気がおかしい。

 ただの思考停止馬鹿では無い感じがする、何せ昇進のところはある程度納得が行ってしまう言葉だからだ。

 

 コイツ……まさか……?

 

「何か文句あっか?」

 

「いーや、だが割と話が通じるのが意外だと思ったんだよ」

 

「俺はただムカつく奴をムカつくと言っただけだ。話が通じるも通じないも無い。それと人間は全員嫌いなだけだ」

 

「……やっぱお前、このままヘマして死ぬのは勿体ないから下手な事に参加するのはやめとけ」

 

「は?」

 

「それだけの価値観があるなら大人しくしといた方が得だって話だよ。んじゃあな」

 

 俺はミオルの言葉を聞かずに去っていく。

 どういう風の吹き回しかは知らないが、ミオルがまともだった事に何かが引っ掛かる思いがした。

 

(ただの獣人奴隷とあれだけ対話が出来る時点でそこそこ不自然だとは思ったんだよ。アイツ……恐らくだが転生者だ。どういう経由でやってきたか知らないがこれは好機と見るか……? 取り敢えずアイツにも監視のネズミくんを付けて見張らせるとするか)



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第五十話『査問会からの報告書』

 冬休み初日は式典という激動に見舞われたが次の日からはようやくホッと一息付く時間が出来た。

 結局あの船に乗っていた裏切り者数人と本物の勲章付与に該当する俺やリオン等を除く男子全員が七位下騎士爵を貰い、女子もシェリーとノワが騎士爵を得ていた。

 そしてランス、ルクル先輩は前線に出ていた事で一気に七位上準男爵位となり、更にマルケスは俺に提供したビリビリネットミサイルやネズミくんの事も評価され王国でも正式に採用される可能性があるとされなんと六位下男爵位を得ていた。

 

 本来爵位を得られる未来が無かったはずだと話すマルケスは、恐縮しながらも自分の能力が認められ凄く喜んでいたのが印象的だった。

 

 能力が認められたと言えば、最初身内以外でマルケスの事をどんな経緯があったとはいえ認めていたステファニー、そして引いてはロイズの一件に付いて査問会から報告書がようやくこちらに届いた。

 本来は修学旅行の終わった秋頃に届く予定が、何やら色々あったらしく調査が長引いたらしい。

 

「明後日にはマリーの新しい実家にご挨拶しに行かなきゃならないからな。今日中に読んどくか……中身があのクソボケ新道寺だからロクな事が起きてないんだろうがな」

 

 ロイズの中身が新道寺と分かってからというものの、報告書が上がらない事で色々とこちら側でも察してしまう部分があった。

 何せ二重転生者と自覚し、この世界の人間達を舞台装置と言いながらもマリーに愛を語る脳みそのネジが一万本くらいイカれたクソ野郎の話なのだ、何があっても驚く気が起きない。

 

 ただただ気が滅入りそうになるのを抑えながら、報告書を開ける。

 

《報告書

 

1.オフリー家へ査問会が調査に赴いた際の状況

 当主ジドー・フォウ・オフリー伯爵及び使用人・護衛の惨殺遺体を屋敷内にて発見。尚嫡男ロイズの遺体は屋敷内及び庭園、周辺等には無く血の着いたロイズの私服を発見、殺害後逃走と推定

 

2.オフリー家の今後の待遇

 ロイズ及びジドーは国家反逆罪と看做しロイズは捕らえ次第即刻処刑、オフリー家は爵位剥奪・取り壊しとする

 

3.ステファニー・フォウ・オフリーの罪状及び今後の待遇

 状況証拠・証言等を精査した結果今回の空賊騒ぎ及び公国手引きには直接的な関わりが無いとし罪状は無しとし本日付で釈放とする

 が、オフリー家の連帯責任として貴族令嬢としての地位の剥奪と学園からの除名を行う

 尚学園生の使用人として雇われた際学園に留まる事は良しとする

 

4.元空賊の罪状及び待遇

 本来は罪に問うべき罪人であったが、ディーンハイツ男爵の雇い入れ、直訴及び先の公国襲撃での身を呈して学園生を守り抜き犠牲者0で抑えた最大の要因となった活躍を顧み、今後生涯ディーンハイツ男爵の元で王国の為に働くと誓うのであれば過去の罪は不問とする

 但し今後何かしらの罪を犯した場合全員を即刻処刑処分とする

 

5.ウェイン家及びカーラ・フォウ・ウェインの罪状及び待遇

 事情聴取を数度行い、オフリー家を家宅捜索した際カーラ・ロイズ間に置ける契約書を発見

 事情聴取の内容と合致した為双方無罪放免とする

 

以上を此度の報告としここに記す》

 

「いやね、3番から5番までは良いんだよ。俺やマルの努力が実った感じがしてホッとしたさ。でもな……1番……1番さあ……!! 混沌とし過ぎだろうが……!!」

 

 まず1番はあまりにもあまりにも過ぎて一旦飛ばす。

 2番もそりゃそうだろ以上の事が言えないので飛ばす。

 

 取り敢えずまずは3番からだ。

 しっかり裏取りが取れた様で何よりだ、この後すぐマルケスのとこ行ってステファニーのとこ一緒に行く様に言うかね。

 俺としても関係者だからこのままただ終わりと言うには何だか素っ気無さすぎると思うし。

 しかしどこからどこまでもしっかりした処分で良かった、ちゃんと誰かに雇われる分にはここにいても良いと慈悲も与えてくれてるし。

 

 次が4番……俺関係の話だな。

 元ウイングシャークメンバーは事前にローランドに話を通していたのと襲撃からみんなを守れたお陰で寛大な処置を得る事が出来た。

 ちゃんとした契約や収入も俺や実家が確保するし、今回の事で大量の褒賞も出た。

 それにアイツらの様子からして裏切るなんて考えは持ってる様には見えないしな。

 環境良し金良しモチベーション良しで俺がコントロールしてるから当然っちゃ当然だがこれで正式に俺の私兵団としてウイングシャーク改めヘルシャーク隊を動かせる様になったので朗報だ。

 

 そして5番、カーラの話。

 ここは妥当だろう、状況からして家族の命を盾に脅されていたカーラに責任が及ぶ可能性は無いはずだったからな。

 こちらには俺も口添えをしたので、それが影響してるのもありそうだが。

 

 いやあここまで見れば悠々と冬休みを過ごせるはずだったんだが……

 

「1番ヤバすぎだろ……アイツはやっぱり家族の事すら家族と思ってないサイコパスだったって事かよ……」

 

 そこに記されていたのは、実質的な、こちらで拘束していたステファニーと公国で成り代わってたロイズを除くオフリー家の全滅の報告だった。

 まさかこっちにオフリー家関係者や伯爵自体を連れ帰る前に全員死んでいたとか思う訳無いじゃん。

 しかも状況証拠からしてどう考えてもロイズに殺されてるし。

 ステファニーの言ってた通りロイズは家族でも容赦無しに殺して、公国でも人殺しをして、どこまで罪を重ねるつもりなんだ。

 

「アイツは……やはり生かしてちゃならねえ。俺の私情を無視しても、奴は罪を重ね過ぎた。王国の為にも殺さないとならない」

 

 次、奴と会うのは恐らく公国襲撃パート2、つまりはフランプトン侯爵等反レッドグレイブ家の連中が動く時だ、奴もそう言ってたしな。

 因みにフランプトン派の連中の動向を探る為にしっかりネズミくんを潜入させてたりするのは秘密だ。

 これを突きつければ即処刑だろうから後々楽する為にも今面倒な事をするのは我慢しよう。

 

「うし……一応は読み切ったな。取り敢えずステファニーの事はあるしマルのとこ行くかな」

 

 何はともあれ、マルケスに朗報を届けに行くかね。

 

 

 

 

 

「うぃーす、マルいる?」

 

「アル? どうしたの?」

 

 冬休みも相変わらずメカ作りに励むマルだが、部屋には多少なりとも女子からのお誘いであろう手紙が何通か置いてあるのが見えた。

 確かに急に六位下男爵になったとはいえ今まで何一つ興味を持たれなかったマルケスにお誘いとは、ここまで爵位に執着がある連中だと逆に清々しいとしか言えない。

 

「ようやく査問会からの報告書が上がってきたから、マルにステファニーの今後の処遇の話をしとこうと思ってな」

 

「ほ、ほんと!? どうだったの!?」

 

「おうおう落ち着け、ちゃんと裏取りが取れたから本人の罪状は無しとして今日付けで釈放。但し実家の連帯責任、取り壊しとして貴族令嬢としての地位剥奪と学園除名だってさ」

 

「……そ、そっか。良かった……」

 

「で、こっからがメインだが『学園生の使用人として学園に留まるのは可能』って事も追記されてたぞ。……良かったな」

 

「良かった……本当に……本当に……」

 

 俺は確かに今でもステファニーの事は好きでは無いし嫌いな方の女である事は確かだ。

 だが、こうして親友が想っていた人として救われたという事実には素直に嬉しい気持ちが湧き上がってくる。

 たまにはこういう事があっても良いだろう。

 

「さ、ステファニーを迎えに行くぞ」

 

「アルも来るの?」

 

「俺も一応はあの場にいた当事者だ。あと……シーシェック」

 

「は、こちらに」

 

「無茶な事言ったのに遂行してくれてありがとな」

 

「いえ、それにアルフォンソ様のご活躍の為に働けるのでしたらそれに勝る光栄はございません」

 

「シーシェックさん、僕からも……その、ありがとう」

 

「マルケス様のあの働きあってこそ、助けられた命でございます。私はそれに少しの力添えをしただけですので」

 

 シーシェックも結構な期間付き合わせちゃったからな。

 本当に助けられっぱなしだ。

 

 礼を伝えたところで、俺達の足は釈放されるステファニーのいる地下牢へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

「ステファニー、お前は無罪が証明された為本日を持って釈放とする」

 

「……はい」

 

「だが、オフリー家は取り壊しが決まった上爵位剥奪、更にお前とロイズ・フォウ・オフリーを除く全員の死亡が確認された為連帯責任として学園からの除名を行う」

 

「……分かり、ました……」

 

「ただ、お前を使用人として受け入れる学園生がいる場合のみ、学園への滞在継続を可能とする」

 

「…………ふっ、アタシを受け入れる? そんなの、今までの言動を知ってればしようと思う奴なんている訳無いでしょ」

 

 地下に降りてみるとそこには警備責任者と思しき人物とステファニーがいた、丁度釈放されるところだったらしい。

 しかしかなり大人しくなっちまったもんだな……生きられるだけで儲けものと思ってるのか、はたまた恐怖から逃れられただけ良かったと生きる気持ちを失っているのか……

 

 だが甘いな、受け入れる人間なら……ここにいる。

 

「果たしてそうだろうかね。私には、この御二方は……サンドゥバル男爵とディーンハイツ男爵はお前を迎えに来た様に見えるがね」

 

「…………ぁ……マル……ケス」

 

「……ステファニーさん。迎えに来たよ」

 

「……はんっ、バカじゃないの? アタシはアンタを騙したのよ? それも国家反逆罪に相当する罪をアンタに被せようと企んでたのよ?」

 

 にしてはコイツはマルケスが来てからかなり饒舌になってる様に見えるんだが気のせいだろうか。

 二人とも自覚してないだけで……うん、まあそういう事なんだろう。

 

「悪事にだけど……でも、それでも何の関わりも無い人で僕のメカを初めて評価してくれた人を見捨てるなんて、僕には出来ないよ……! だから、僕は君を迎えに来たんだ!」

 

「アタシといたら陰口ばかり叩かれるわよ」

 

「構わない。家族と、友達と、君がいてくれたら」

 

「バカね……本当に……バカよ……」

 

 マルケスお前それプロポーズ紛いな事言ってるの気付いてるか?

 聞いてるこっちが胸焼けしそうだわ。

 

「ディーンハイツ男爵、良いのですか? 貴方も迎えに来られたのでは?」

 

「……今は、二人だけにしとくのが一番ですよ。あんなに良い雰囲気してるんですから」

 

「……それもそうですな」

 

 警備責任者と二人、暫くあの二人を眺めているのだった。



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第五十一話『え!? この流れで正体明かすんですか!?』

※一部マリエルートのネタバレが載っています、未読の場合それをご了承の上お進み下さい


 明日にはマリーの新しい実家に挨拶に行くとあり、朝からさっさと準備を済ませ昼には暇になっていた俺はリオンの元を訪れていた。

 リオンには査問会からの報告書の話、ステファニーが結局マルケスの使用人として部屋に居座る事になった話、ロイズの話を行った。

 

「……つー訳でステファニーは髪も下ろしてすっかり大人しくなって最早別人になってる。正直マルがアイツを無意識の内にジワジワと変えてたんだろうな、恐ろしい奴だよ」

 

「あの噛ませ令嬢がねえ……しかしそれ以上にロイズの事が面倒だな。深く関わらせてない捨て駒の中でもランクの低かったカーラとステファニー、空賊以外は全員殺してた訳だろ?」

 

「ああ。だから次はどこで誰を殺すのか皆目見当もつかない」

 

「厄介極まりないな……」

 

 実際公国の貴族を殺していたロイズが次誰に成り代わっていくのかは予想が付かない、後から聞いたが俺が見たロイズの姿はイーデン伯爵とかいう公国の上級貴族だったらしいが全く聞き覚え無かったし。

 

「ったく面倒事ばかり……そういえば面倒事と言えば何か忘れてる様な……」

 

「面倒事……あっ、聖女関連の事とかも面倒だったよな」

 

「あーね。首飾りはグリシャムから貰ってるんだっけ?」

 

「おう。お宝の中でも一番のお宝だって言ってたぞアイツ」

 

「確かにあれは激レアだからな」

 

 話は連想ゲームみたいな形で聖女関連へと移っていた。

 そう言えば本来ウイングシャーク頭領の大切なものって立ち位置ではあったんだよなアレ。

 ……後は腕輪と杖が聖女のアイテムだっけか。

 

「取り敢えず神殿にはバレない様に渡されたからまだバレてないはずだ。それよりマリエの新しい実家に挨拶に行ったら腕輪の回収もしたいと思ってるんだが、一緒に王都のダンジョンに来るか?」

 

「そうだな、何かあったら困るし……うん? 王都のダンジョン?」

 

「アル? どうした?」

 

「いや……その……非常にまずい事になりそうな言葉を思い出しちまったんだ……は、はは……今の今まで特段気にもしてなかったけど……」

 

「お、オイオイなんだよ」

 

 腕輪、そして王都のダンジョンという単語を聞いて俺は今まで何もかも忘れていた事を思い出してしまった。

 そう、それはモブせかの流れを知ってるなら忘れてはいけない展開……

 

「……俺達、ウイングシャークスカウトしに行った時にマリー置いてきてたよな?」

 

「そうだな」

 

「後からカイルから聞いたんだ。俺達がそっちにいる間マリーとカイルとで王都のダンジョンに潜って大量に稼いでたって」

 

「ふーん……え? マリエが王都のダンジョンに?」

 

「…………ワンチャン、ワンチャンだが、まずい可能性ってあるくね?」

 

「…………今すぐマリエを呼んできてくれないか?」

 

「分かった、な、何とかする」

 

 マリーの聖女の腕輪回収イベントであった。

 大騒動ですっかり抜け落ちていたが、この聖女覚醒?イベントでマリーは聖女として認定されてしまう。

 しかし後々三守護神に恐れを為して自分が偽者だったと白状してしまい危うく処刑されかけてしまうのだ。

 この世界線では三守護神は封じたが、何だかんだリビアの力無しでは難しい展開が待ち受けてないとも限らない。

 

 俺の嫁が処刑寸前なんてそんなのあんまり過ぎるし、俺がいるんだから絶対回避させないといけない。

 

 俺は大急ぎでマリーの部屋に向かい、とにかく連れて来るのだった。

 

 

 

 

 

「なによ、話って。結構急いでたみたいだけど」

 

 それから約10分後、マリーがリオンの部屋に来て話を聞くまでの体制を作る事は出来た。

 そもそも俺のいない世界線と違ってこの世界線ではリオンが既にマリーを妹と把握出来ている事もあり、俺がいたのもあり、そこまで険悪では無かったのも大きいだろう。

 

「単刀直入に言う。お前、王都のダンジョンで聖女の腕輪を見つけたな?」

 

「聖女の腕輪? ……あっ。アレってやっぱりそうだったのね」

 

「マリー!? やっぱり持ってるのか!?」

 

「え……でもなんで王都のダンジョンに聖女の腕輪があるって知ってるのよ?」

 

 えー単刀直入に聞き過ぎたせいでまずいです。

 確かに焦ってたけどマリーが冷静にツッコむせいでこっちの正体が一瞬でバレかけてます。

 いやね、後で正体は明かそうと思ってたよ?

 でも今は違うと思わない?

 

「……リ、リオン? 俺はどうしたら良いと思う?」

 

「あの時の約束、俺だけ早まったのはちょーっと納得行ってなかったんだよな」

 

「ま、待て待つんだリオン。確かにお前が三人の気持ちに答えるのが前倒しになったのは俺のツッコミ有りきだがリオンが口を滑らせたのが一番のミスだろ?」

 

「じゃあお前もそうだな、もう諦めよう! シチュエーションが欲しかったのは分かるけど逃げられないんだぞ!」

 

 めちゃくちゃ良い顔で鬼畜発言するんじゃないよこの人は。

 そう言えばだがリオンは、あの式典の前三人に気持ちがバレて白状という形で告白、三人と付き合うという流れとなっていた。

 俺としては早くに気持ちを伝えられて良かったと思ったがまさかここでそのカウンターが来るとは思わないじゃねえかよ!

 

「?? さっきから何話してるのよ」

 

「あー悪いなマリエ。俺達が何故聖女の腕輪の場所を知っていたか……」

 

「リオン? リオンさん!? まだ間に合わない!? 今ならまだ言うの辞めるの間に合わない!?」

 

「ダメです」

 

 彼は満面の笑みを浮かべていた。

 ちくしょう俺が何したってんだよ。

 ちょっとリオンの話前倒しにして決闘再戦で胃を破壊しただけじゃないか。

 え? それが原因?

 

 ……はい、諦めます。

 

 あーあ、もっと良いシチュエーション考えてたのになあ。

 

「……あーもう、もっとシチュエーション考えてたのにぃ……俺渾身の計画がぁ……」

 

「それは俺にも言える話だからおあいこだねアルフォンソくん」

 

「この鬼畜騎士がよ。……リオンから話してくれ」

 

「はいよ。まあ、簡潔にネタばらしすると俺達実は『転生者』な訳よ。んでお前が転生者なのも把握済み。アルトリーベってゲーム知ってるだろ?」

 

「……え!? アンタ達も転生者なの!?」

 

「そ。因みに俺はお前の兄貴だ」

 

「はあ!? 兄貴!?」

 

 俺が部屋の隅でゲッソリする中マリーの叫び声が聞こえる。

 そりゃまあ目の前にいる良く分からんモブチート使いが兄とか言われたらビックリするに決まってるわな。

 

「そそ、古塚武康。お前古塚彩乃……アヤだろ?」

 

「……アタシの大好物は?」

 

「プリンとヒロ」

 

「アタシの嫌いな物は?」

 

「ギャンブル」

 

「ヒロの本名は?」

 

「加賀宏道」

 

「うわぁ本当に兄貴だ……」

 

 半分くらい俺の話だったんだけどこれツッコむべき?

 そんで大好物カテゴリになんでプリンと共に平然と入ってるの俺は。

 そんでなんでマリーはそこに何の疑問も抱かないんだよ。

 兄貴判定する質問どうなってんだこれ。

 

「お前に散々アルトリーベやらされたからな。嫌でもアイテムの場所は把握してんだよ」

 

「あ……その、兄貴……」

 

「一つ言っておくがお前のせいで俺が死んだ訳じゃないからな。ありゃ事故だ事故、だからお前如きが気にするなんて一億万年はえーんだよ」

 

 そう言えばマリー……アヤはタケさんが死んだって聞いた時かなり気に病んでたっけか。

 少なくともこっちの世界線ではアヤの性格も軟化してた分、そう言った事でも深く傷付きやすかったし。

 

「……そ、そう?」

 

「俺は事実しか言わねえってアヤが一番知ってるだろ」

 

「それもそうね。……って! そう言えばアルも転生者ってのは本当な訳!?」

 

「そうだが? アル、言わなくて良いのかー?」

 

「そのまま忘れててくれれば良かったのに」

 

「忘れる訳無いじゃない、だってアルの事なのよ?」

 

 うん嬉しいんだけど今は違うんだどうにか忘れててほしかった。

 ものすごい純粋な目で見られて俺としては複雑過ぎる。

 

「もう観念しろって」

 

「ぐぬぬ……」

 

「アタシは……アルが誰であっても今のアルが好きな事に変わりは無いわ。……その、確かにヒロくんの事も今も忘れられないけど……」

 

 それ言われたら尚更言いにくいんだけど分かってるんですかね。

 でもどっちの俺も愛してくれてると言ってくれて嬉しくない訳も無い。

 そりゃあ、前世からずっと大好きな人なんだしさ。

 

 ……はぁ、腹括るか。

 

「俺がヒロだよ……」

 

「……へ?」

 

「お前の事こんだけ大好きでタケさんとつるんでる人間って言ったらヒロくらいしかいないだろ?」

 

「……え!? ほ、本当にヒロくんなの!?」

 

「何ならアヤが高校生の時に俺達とやったなんちゃってギャンブルでの全員の勝率と勝敗数と賭けた物も全て言えるが?」

 

「うんそれは言わなくて良いから……! で、でも本当にヒロくんだったなんて……」

 

 あーもうマリー泣きそうな顔しちゃって。

 そんなに会いたかったのかよ、ったく嬉しいな。

 俺も泣きそうになるじゃねえか。

 

「……ヒロとしては、久しぶりって言っといた方が良いか?」

 

「ずっと……会いたかった……アタシ、あんな死に方しちゃったから……」

 

「怖かったよな、苦しかったよな。ゴメンな、助けてやれなくて……」

 

「ううん、ヒロくんは悪くないから謝らないでよ……でも……ありがと……また会えて、嬉しい……!」

 

 そりゃ怖かっただろ、ストーカーに殺されたんだから。

 いつもの抱擁とは違う、十何年振りかの、ヒロとアヤとしての抱擁を交わす。

 やはりその身体は、少しだけ震えていて。

 自然と俺もほんの少しだけ、抱き締める腕に力が入ってしまう。

 

「俺も……この世界でだけど、また再会出来て、アヤに気持ちを伝えられて、ここまで来られた事が嬉しくて仕方ないよ」

 

「……その、兄貴もありがとう」

 

「良いよ別に。あー、ほらそれより聖女の腕輪どうするか問題終わってないだろ」

 

「あ、そういやそうだったな」

 

 感動の場面ではあるが現状そっちを早急に終わらせる必要もあったな。

 俺とマリーは一旦離れて、本題へ移る。

 

「まさかとは思うが着けてないよな?」

 

「どっかで見覚えがあったから怪しいと思って着けなかったわよ。軽率な事してアルと一緒にいられなくなるのも嫌だったし」

 

「めちゃくちゃ嬉しい事言ってくれるじゃん」

 

 理由に惚気が入るとか最高に勝ち組って感じがしてニコニコしてしまう。

 

「えーっとだな、お前は本編のプレイとかしてないから知らないだろうが聖女アイテムはリビアの力が無いと本領発揮しないんだ。他の奴が使っても途中で詰んで首チョンパだろうさ」

 

「え!? あ、危なすぎでしょ……」

 

 さて本題だが、俺はここで一つ訂正を行いたい。

 本来は確かにリビアが着けないと本領発揮しないが、マリエルートで明かされた真実での記載ではリビアが着けると精神汚染で聖女の怨念に精神を乗っ取られてしまうのだ。

 序盤の、しかもリオンと会わないマリエルートでの話ではあるが着けるにしても賭けの分が悪過ぎる。

 

 対して『マリエ』はいつも心の中に大好きな兄貴……リオンがいて生霊の守護霊として怨念を完全妨害していたので装着しても問題無いという記述があった。

 

 つまりそれ+俺と言う相思相愛の婚約者がいる現状精神超強化状態のマリーに何とかして着けさせて尚且つリビアをサポートに置かないといけないのだ。

 

 一か八かだが……やるしかない。

 

「それに付いてだが……実は裏設定資料集で重大な事実が書かれていたんだ」

 

「え、裏設定資料集? そんなのあったか?」

 

「リオンが死んでから発売されたやつだから知らなくても無理は無い」

 

「……? アタシそんなの知らないけど」

 

「そりゃ公式には発表されず一部の特典にこっそり付いてたものだからな。たまたま知り合いが持ってたから見させてもらったんだ」

 

 二人に嘘を付くのは心苦しいが、この二人だからこそ騙せてしまうと言う事の方が心苦しい。

 だがこうする事でしかどうする事も出来ないんだ……許してくれ。

 

「それで、なんて書いてあったんだ?」

 

「実はあの腕輪やら何やらの聖女アイテムには強い聖女の怨念が宿ってて、心から繋がってる婚約者レベルの男性がいないと怨念に精神を乗っ取られるらしい」

 

「マジかよ!?」

 

「あれ、それじゃリビアには……」

 

「そう、リオンと付き合い始めたとはいえ婚約者レベルまではまだだから着けるとどうなるか分からん。そこでだ……マリーが着けるってのはどうかって提案してみたい」

 

「こ、コイツが?」

 

「だけどアタシが着けても本領発揮出来ないんでしょ?」

 

「だからこそここが最大のポイントになるんだが……側仕えって名目でリビアを置くのはどうかなってね。同じ回復魔法使いだし、いざとなればリビアと組んでやれば問題も無いはずだ。二つの問題を同時に解決する唯一無二の解決策だと思ってる」

 

 そう、だったら隣にリビアを置いちゃえば良いのだ。

 幸いにしてこの世界線でリビアとマリーの仲は良好であり気の合う良い友人関係を築けている。

 ならばその関係性を最大限に活かさない手は無い。

 

「なるほど、そりゃ良いな。マリエにはアルって言う心から愛を誓える婚約者がいるもんな」

 

「面と向かって言われると恥ずかしいんだけど。でもそれで解決出来るなら、アタシの力が使えるなら……やりたい。アタシだって、アル達の隣に立てる様に公国が攻めてきたあの日を繰り返さない為に血の滲む努力を続けてるんだから」

 

「……悪ぃな、無理言って」

 

「アルの為に動けるならやらせて。守ってもらってばかりだったから、今度はアタシが守れるものを守りたい」

 

 本当、マリーも良い子に育ってくれたよな……育てたの三割くらい俺だけど。

 

 しかしこれで一気に胃薬案件が片付いたと見るべきだろう。

 そもそも学生が聖女として一人で何もかもやるにはあまりにも荷が重いし、その辺の説得力も持たせられるだろ。

 

 これで本当の意味で冬休みを堪能出来るな、と息を吐くのだった。




オマケ 知らなきゃ良かった事に気付く古塚兄妹

リオン「あれ?それじゃアルトリーベ本編でリビアが聖女になってるのって……」
マリー「もしかして実質バッドエンド?」
アル「そうなるな」
リオン「うわぁ……知らなきゃ良かった……」
マリー「ほんとよ……わざわざそんな設定作る意味無いでしょ……」


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第五十二話『マリーの新しい実家へ』

「ここがノース家か。マリーは確か週末たまに帰ってたんだっけ?」

 

「うん。新しい家族でもあるし、少しでも仲良くなれたら良いなって思って。あと……ちょっとした事情もあったし」

 

「ふーん」

 

 冬休み四日目、激動の三日を過ごしきって少し疲労もあったが新しいマリーの実家とあり挨拶は早めにしときたいのもあって予定通り来ていた。

 実はノース家は修学旅行で行った日本文化の残った浮島の隣にあり、着いた時はまさかという感想しか出なかった。

 そして何の因果かあの神社とノース領にある神社はまさかの神主が兄弟であり、バッチリ関連性しか無い場所だった。

 

 領主同士も仲が良好とあり交流も深いらしい。

 

「あ、着いた着いた。ここよ」

 

「ここがノース男爵家か。ふむ、婚約の挨拶と思うと少し緊張するな」

 

「そんな緊張する事無いわよ、みんな優しいし」

 

「分かってても自然と気が引き締まるもんなんだよ」

 

 それはさておき、ノース男爵領は南にある事からある程度温暖な地域にある為か意外にも観光地としてそこそこ人の出入りがある。

 整備や宣伝もしっかりしてる様に見受けられるし、人の様子も良い感じに賑わってるしそれだけで人の良さが窺える。

 そう思うと尚更少し緊張してしまう。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。それとようこそいらっしゃいましたディーンハイツ男爵様」

 

「リンデン、ただいま。こちら……えへへ、アタシの婚約者のアルフォンソよ」

 

「アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツと申します。この度は俺の婚約者を養子として受け入れてくださった事、仲良くしてくれている事心から感謝申し上げます」

 

迎えに来てくれたのは壮年の男性……成程、この家の執事長ってところだろう、聡明そうな雰囲気をしている。

 マリーもまだ養子になってから数ヶ月でここまで心を開いてるのを見る限り俺の見立ては間違ってなかったってところか。

 

「いえいえ、こちらこそディーンハイツ子爵様には良くしてもらっておりますので。それにマリエ様はとても皆様に優しくして下さっておりますので我々としてはお礼しか……」

 

「ふふ、ウチの嫁はどうやら絶賛されてるみたいですね」

 

「ええそれはもう」

 

「ちょ、ちょっとアル恥ずかしいんだけど……」

 

「良いだろ? 嫁自慢なんだから」

 

「もう……」

 

 そう言えばノース男爵家はウチの実家とは協力関係にあったんだったな。

 まあウチが子爵家だから寄子って訳じゃ無いが、実質似た様なものだと言えばそうだと言えるレベルだろう。

 

「ささ、中へどうぞ。当主もお坊ちゃまもお待ちでいらっしゃいます」

 

 中へ入る、内装は親父から事前に聞いていた為ある程度把握はしていたがやはり男爵家の中でも飛び抜けて裕福では無いものの観光地として名を挙げているだけあり実用的な高級品が所々に並んでいた。

 更にメイドや執事も良い働きぶりを見せているので懐事情も悪くは無いのだと察せられる。

 

「おお、マリエか。それに君は……」

 

「お初にお目に掛かります。ディーンハイツ子爵家嫡男、アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツでございます。ノース男爵、この度は私の大切な婚約者を養子に迎えていただき誠に光栄に存じます」

 

 恰幅で朗らかそうな見た目をした中年の男性……成程、この人がノース男爵か。

 こういう感じの人にならマリーを任せられそうだな。

 

「私はケンプ・フォウ・ノース。知っての通り我がノース家の当主だ。しかしそうかそうか君がアルフォンソ男爵か。いやそんなに畏まらないでくれたまえ。私の方が格下な上にこれからアルフォンソ君は義理の息子になるのだからね」

 

「ありがとうございます。ウチの婚約者はどうですか? 上手くやれているでしょうか」

 

「ははは、マリエはとても良い子だよ。しっかり者で気遣いも良く出来る。それに息子の事を気に掛けてくれて……こんな良い子を捨てた家があるなんて信じられないくらいだよ」

 

「それは良かった。ところで……その、もしかして息子さんは……」

 

「……察しが良いね。そう、ウチの一人息子は生まれつき身体が弱くてね……マリエを引き取らないかってディーンハイツ子爵に言われた時は望外の想いだったよ。彼とは良く話すから、前々からマリエが回復魔法の使い手なのは知っていたからね……でも、無理強いはさせないとも決めていたんだ。これから僕達の娘になる子にそこまでしてやらせるなんて出来ないからね」

 

「……マリーが回復魔法の鍛錬頑張ってるのって、そういうところもあったのか」

 

 成程、親父からは確かに子宝に恵まれなかった男爵家とは聞いたが、一人息子で尚且つ病弱となればそもそも家督が継げないという可能性すら出てくる訳か。

 しかも言及はされていないが夫人は他界していると言う情報もある。

 そしてマリーが回復魔法の練習に必死になってた最大の理由も分かった。

 新しく出来た、血の繋がりは無いが本当の兄弟と思える兄弟を手に入れられたんだなマリーは。

 そしてそんな兄弟が苦しんでるから助けたい一心で必死だったと。

 

 うーんやはり俺の嫁は最高の女だな。

 

「アタシの力で救える人が、救いたい人が出来たんだもん。だったらそれを使わない手は無いわ。それも家族の為に使えるんだから」

 

「本当にありがとうな、マリエ」

 

「やれる事をやってるまでよ。それにアタシの力じゃまだまだ……」

 

 御守りの力も合わさって今でもかなりの威力を発揮するだろうが、それでまだまだ完治しないとなると相当根深い病弱体質なのだろう。

 聖女になったとして、その力を十全に使いこなせる様になったら何とかなるレベルである可能性もある。

 

「姉貴……帰ってきてたのか」

 

「リック! 大丈夫なの!?」

 

「今日はまだ……体調が良い方だ。……姉貴の婚約者、一目見ておきたくてな」

 

 お、噂をすれば息子さんの登場か。

 年齢的にはマリーを姉貴と呼んでいた事から俺やマリーと一つ下程度か、少しあどけなさが残りつつも端正な顔立ちと、痩せこけた姿、それに車椅子に乗る姿は何とも言えない複雑な心境を漂わせる。

 

「アルフォンソ君、紹介しよう。ウチの息子のリックだ」

 

「リック・フォウ・ノースだ。……アンタが姉貴の婚約者のアルフォンソ男爵か」

 

「初めまして。その通りさ」

 

「んじゃあ……今日から義理の兄貴だな。よろしくな」

 

「……認めてくれるのか?」

 

「俺は姉貴と数ヶ月程しか付き合いが無いが……姉貴が底無しの良い人だってのは俺が身を持って感じた事だからな……そんな姉貴が十年以上関わりがある幼馴染で婚約者だ、なんて言われたら寧ろ信じねえ方がおかしい」

 

 マリーの人望がえげつない件について。

 俺は鼻が高いよ。

 

「それじゃあ俺の方こそよろしく、リック」

 

 ガシッと握手を交わす。

 リックの手は……やはり異様に細かった。

 喋るのも結構辛いだろうに、ここまで来てしかも俺と話してくれるとかリックも良い奴過ぎるだろ。

 

「いくら体調が比較的良いって言ってもいつ体調崩すか分からないんだから、無茶しないでよ?」

 

「姉貴は……心配性だな。分かってるって……もう戻る……」

 

 話すだけでも息が上がるリックは、ケンプさんの執事一人をお付きにして車椅子を引かれながら帰って行った。

 まだ来て数分だが、ここまでとなると……これでマリーの力がかなり貢献している方だという言及と照らし合わせると最早家督どころの問題じゃないかも知れないな。

 

「……リックも帰ったところで、実は私からマリエにどうしても一つだけ頼みがあるのだ。今日の帰省はその話をメインでしようと思っていたんだ」

 

「話、ですか?」

 

「ああ。……マリエも知っての通り、リックはまともに歩く事も困難な程病弱だ。最早家督を継ぐなどと言った事は論外……だからどうか、マリエ……お前が家督を、私の家を継いでくれないか?」

 

 俺が思ってた話題直で出たんですが。

 あの感じ確かにもう生きるのが精一杯だし、貴族としての役目なんて果たそうとした日にはプレッシャーで倒れるのが目に見えている。

 しかしそう来たか、マリーは養子と言えどリックより年上、家督を継がせるにも女性という点を除けばそこまで珍しいケースじゃないか。

 女性という点に関しても、別に前例が無い訳でもないし……状況的には割とありな展開。

 ただ、家を背負わせる……その責任やら諸々でのしかかってくるプレッシャーを許容出来るかどうかは心配だ。

 

 とはいえ、ケンプさんも苦渋の決断として言ってるだろうしここはマリーの選択次第って事にしとこう。

 ポテンシャルはある方だと言えるし。

 

「あ、アタシが? まだ養子として来て日も浅いのに託して良いの?」

 

「日は確かに浅い。でもマリエの人柄という人柄を知るには充分だった。だからお願いしたいと言える決断が出来た。そして何より、マリエみたいな心の綺麗な子に家督を継いでもらいたいんだ」

 

「……アタシに務まるか分からないわよ?」

 

「私や周りも全力でサポートしよう」

 

「マリーがやるってなら俺もサポートするぜ。丁度ディーンハイツ家とノース家関係性深い訳だし」

 

「そっか……お父さんやアルがサポートしてくれるなら……この家の役に立てるならアタシはやるわ!」

 

「済まない……ありがとう……!」

 

「やりたい事をやるだけなんだから気にしないで」

 

 立派になったもんだよマリーも。

 俺がいなかった世界線の本人と比べたら天と地の差どころか別人としか思えないレベルの言動差じゃないかこれ。

 前世の俺もしかしてこの世界のMVP取れるんじゃないか?

 

 それはさておき、事実としてノース家は唯一の息子が家督継げない現状にある、つまり消滅の危機にあった中でのこれなんだからそりゃあ嬉しいだろうな。

 息子の病状回復と跡継ぎ問題同時解決出来たし少しずつノース家にも運が向いてきそうだ。

 

「アルフォンソ君も済まない……」

 

「マリーが自らで決めた事ですから。俺はその決断を尊重し支えていくだけですよ。そもそもこの状況見ちゃったらマリーに縋りたくなる気持ちも分かっちゃいますし」

 

「二人共ありがとう!! 私は……良い人達に恵まれたな……」

 

 改めて、マリーがこの家に引き取られて良かったと噛み締める。

 しかしこの子が未来の男爵か……

 

 万が一俺が伯爵にでもなったら、この家はすぐ寄子にしようと頭の片隅で考えながら、新しい実家への挨拶は終わっていくのだった。



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第五十三話『親衛隊長? 俺しかいなくない?』

「……つー訳で、何の偶然かトンデモアイテムを見つけちゃった訳で。しかもアイテムがマリーと反応しちゃったんだが、この子一人に何もかも背負わせるのはどうしても心苦しくてな……リビア……スマン、急な話で申し訳ないがどうかマリーのサポート役として傍にいてあげてくれないか?」

 

 冬休みも佳境に近付いた日、この日俺はリオン、マリー、リビア、アンジェを集めて聖女に付いての会議を行う事となった。

 と言うのも、この数日前それまで存在を隠し通していたこの首飾りを『偶然を装って』マリーが触れて適合するのを神殿の神官に見せて聖女認定させたのだ。

 そういう事なので、既に聖女としてのマリーを確立させた後に、更に騙す形で二人に話してるのでどうしても俺の良心が痛みまくる。

 

 そりゃリビアを怨念から守る為に言ってる嘘ではあるが、やはり友人を騙すのは血反吐を吐く思いになってしまう。

 勿論リオンやマリーもそんな感じらしく、あまり良い顔はしていない。

 

「ま、マリーが聖女……わ、私にお手伝い出来る事があるんでしょうか……」

 

「リビアはマリエと同じ回復魔法の使い手だろ? それに実力も申し分無いし、コイツ一人じゃどうしても頼りないって事だ。リビアがいてくれれば色々と安心出来るしな」

 

「はぁ!? アタシ一人じゃ頼りないってどういう事よ!」

 

「そのままの意味だろバカかお前」

 

「ぬぐぐ」

 

 しかしこの二人もお互いが兄妹と分かってからというもののこうしてじゃれ合いが増えてきてて俺としては微笑ましい限りだ。

 リビアとアンジェも……まあ何となく分かってる様な顔はしてるな、ただ二人目線から見て前世の事なんて何一つ分からないから急に他の異性と仲良くなったリオンの事を若干ジト目で見てる様な気もするが。

 だがマリーには俺という婚約者がいるから大丈夫っぽそうではある。

 

「まあ、急に決まってしまった事なのだから急な話になるのも仕方ないだろう。それに学生の身分で聖女になんてなってしまえば精神的負担も大きい。リビア、マリーの心の支えになってやってくれないか?」

 

 ナイスアシストだアンジェ、そもそもいくら反応したからってそのまま『はいそれじゃ聖女様としてよろしくー!』ってノリで決めて放置するとか頭おかしいんじゃないの神殿。

 そんなだから俺達が単独で動いてサポート役とか用意しないといけないんだろ、まあリビアがサポート役として側近にいないと事故りそうだから都合が良くなってるけど普通キレ散らかしてもおかしくないんだからな。

 

「私の力でお手伝い出来るなら……是非!」

 

「ありがと、リビア」

 

「ううん、マリーのお手伝いが出来るんだから嬉しいよ」

 

 よし、これでマリーを聖女にして尚且つリビアを傍に置くという本来の難易度1億くらいある胃薬案件を捌き切ったぞ。

 それもこれもリビアとマリーが仲良くしてくれてるのが最大の要因だけどな、ありがとう前世の俺。

 

 これで直近の大きな問題としては公国との決着以外は取り払えたかな……いや公国は大き過ぎるんだけどね……はぁ……

 

 

 

 

 

「親衛隊を結成する?」

 

「はい! マリエ様は聖女様になられたのでその威厳を示す為にも必要なのではないかとユリウス殿下の進言の元王宮も絡んでの設立だとか」

 

 三学期が始まり、数日。

 俺達……リオン、リビア、アンジェ、クラリス先輩はマリーに相談があると言われ呼び出されていた。

 待ち合わせ場所に行くとそこにはカーラもいた。

 実はカーラは、あの後空賊騒ぎに加担していたとして学園ではイジメを受けていたがそこをマリーとブラッドに救われ以来マリーを慕い事ある毎に従者みたいに着いてきている。

 話し方も敬語が多くなり、マリーとしても慕ってくれているのがそこまで悪くないと思ってるのか仲良さげな二人を見る事も多いので微笑ましい限りだ。

 

 それは良いんだけどこの説明カーラがするの?

 益々従者っぽくなってない? 一応君準男爵家の令嬢なんだけど?

 あとユリウスお前はどの世界でもやる事は同じなのな……

 

「そういう訳で、アルとあにっ……リオンには迷惑掛けるけど親衛隊に入ってもらえないかって思ってるのよ」

 

「俺は構わないけど」

 

「は? 俺が親衛隊? なんでそんな面倒な……」

 

「だって誰が入ってくるか分からないし……知り合い何人かにやってもらった方が安心すると思うのよ」

 

「それにアルフォンソ男爵様とリオン子爵様は実力も高いですし、これ以上無い人選だと思いますよ」

 

 ふーむ、確かにカーラの言う通りどんな思惑で人間が近付いてくるか分からないし俺一人だと隙が生まれる可能性もあるしな。

 俺とリオン二人なら効率が良いのはその通りだな。

 

「リオン、正直俺達が守ってないと何が起こるか予想が付かない。近くにいた方が動きやすいケースの方が多いとも思うしここは乗らないか?」

 

「そうだよリオンくん、それにリビアもいるんだから損ばっかりでも無いんじゃないかな?」

 

「そ、そうかそれがあるか……」

 

「分かってはいたがリオンは欲望に忠実が過ぎるぞ」

 

「なんだよアンジェ、嫉妬してる?」

 

「な!? 何を……」

 

「ちなみに私は少し嫉妬しちゃってるかなー?」

 

「あ、あわわ二人とも……」

 

 オイリオンのお陰で話があらぬ方向に進んでるんだが。

 俺が言えた事じゃないのを承知で言わせてもらうが痴話喧嘩なのに空気が甘過ぎる、ホイップクリームそのまま食べるより甘いと思う。

 しかしその胸焼けしそうな甘さを見ていると満足な気持ちにもなるんだから不思議な話だ、まあみんなして幸せそうな顔してんだから当然か。

 

「ハイハイイチャつくのは後にしろよー。それでリオンはどうするんだ? 俺は勿論引き受けるが」

 

「す、スマンスマン……まあ面倒事が増えるのは勘弁だから効率を考えて渋々だが受けてやる」

 

「ありがとう二人とも」

 

「俺としては嫁を守るのは夫の務めだと思ってるし構わないさ」

 

「えへへ……」

 

「お前らも充分イチャついてると思うが?」

 

 俺は終わってからイチャついてるからセーフ。

 

「それより他の親衛隊ってどうやって集めるんだ?」

 

 お、リオン良いところに目を付けたな。

 下手なのにやらせるのはなるべく避けたいし募集や選考方法も重要になってくるだろう。

 

「うーん、そこが問題なのよね……」

 

「ふむ、ここは純粋に募ってリーグ方式の決闘で上位何人かを選出するというのはどうだろうか」

 

「なるほど! それならマリエ様に近付く悪い虫は排除出来ますね!」

 

「カーラは発想が物騒過ぎないか?」

 

「ではアルフォンソ様はどこの誰とも分からない男にマリエ様を狙われても良いのですか?」

 

「もしそんな奴がいたら裏で行方不明扱いにした上で王国の土に還ってもらう事になるね」

 

「人の事言えねえじゃねえか!!」

 

「リオンさん、アルさんはそれだけマリーの事が好きだって事ですよ」

 

「そしてリビアは発想が純粋過ぎる!」

 

 仕方ないじゃんだって想像したら殺したくなってきたんだもん……

 

「と、とにかくアタシは早速そんな感じで募集の準備始めるから! 本当に二人ともありがとね!」

 

 さて俺は観戦者席で悠々と誰が勝ち上がってくるか見ようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて思ってた時期もありました」

 

 親衛隊選別リーグ戦で予想外過ぎる事態が起きていた。

 募集要項に

『リーグ予選は各組上位2名、計32名がトーナメント本戦進出』

ってあったのはまだ良いが

『トーナメント上位8名は親衛隊決定。以後はトーナメントを行わず親衛隊長になりたい者がアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ男爵と一騎打ちを行う。勝てた者がいない場合はアルフォンソ男爵が親衛隊長となる』

 ってなんじゃこりゃ!? って思うに決まってるだろ!

 確か親衛隊長はあの後俺が良いって自薦して決まったはずだろ。

 だってマリーの親衛隊長だぞ、俺しかいなくない?

 

「なんつーか、ドンマイ」

 

「ふざけてるだろこれ……レッドグレイブ家とかアトリー家が手を回してこれなのか? それともあの二家がわざわざそんな事仕組んだのか?」

 

「でもまだあの五馬鹿がいなかっただけマシだろ」

 

「それはそうだけども……! てか今トーナメントどうなってる!?」

 

「あ、それなら今ベスト8まで終わりましたよ」

 

「お前の知り合いも多かったが中々に見所がある戦い方だったぞ」

 

「でも知り合いだから大半は親衛隊長戦は辞退じゃないかな?」

 

「え、マジ!? ラッキーと言うべきかなんと言うべきか……残った八人のリストはどんな感じだ?」

 

「アタシの親衛隊だからずっと付けてたよ。ほら、これ」

 

「おお! サンキューマリー!」

 

 出来るならあんまり挑戦者はいないでくれ……生身で戦う分には銃以外専門外なんだよ……

 

「ええとなになに……マルケス、ルクル、セミエン、ランス……それにあの公国襲撃の時同じ船に乗ってたのが二人か。計六人が知り合いで辞退。残り二人が申し込んで来た連中って事か……それならまあ何とか……」

 

 あっぶね助かった……まさかここまで知り合いが勝ち上がってるとは思わなかったがそのお陰で最悪8戦覚悟してた決闘は2戦になったか。

 いやあこれならある程度力を抜きながらでも頑張れそうだ。

 

「アル、残った二人だが……伝言を預かっている。聞くか?」

 

「アンジェに伝言とは贅沢な。まあ良いよ、今は気分良いし。なんて?」

 

 今なら気分良いからある程度の戯れ言は聞き流して笑って戦ってやろうじゃないか、俺の優しさに感謝しろ。

 

「……『勝ったら聖女様は貰う』と」

 

「よし殺す」

 

「一瞬で機嫌悪くなるじゃんコイツ」

 

「ま、まあアルさんですし……」

 

「はぁ……大きな怪我はさせないでね。一応選考勝ち抜いた正式な騎士だから」

 

 人の婚約者を奪おうとしてる様な根性ひん曲がった連中にマリーの騎士なんて務まる訳ねーだろうが。

 叩き潰して根性鍛え直してやるから覚悟しろ阿呆共。

 

 尚、決闘は描写するまでもなく俺が勝ちました。

 そりゃそうだろ。

 

 

 

 

 

「上手く行きましたね、アトリー伯爵」

 

「ああ。彼には娘を助けてもらった大恩はあったが実力は確かめたかったのでな。それにギルバート君としてもアンジェリカ様の傍に置くに相応しいか確かめるには良い機会だったのではないかな?」

 

「そうですね。お陰で親衛隊長としての格に相応しいと言えますし、リオン君共々安心してアンジェリカを任せられます」

 

 陰でこんな予想が的中していた様な会話を両家がしていた事を、アルが知る由も無かったのであった。



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第三章
第五十四話『だから俺、イケメンって嫌いなんだよね』


「ここがエルフのいる島ね」

 

「冬だってのに気候が良くて助かるぜ」

 

 まるで南の島の様な高湿度で温暖な地域。

 今俺達はエルフの島にいた。

 キッカケは学園のダンジョン実習で何処に行くかと言う話が出た際にマリーがポロッと

『エルフのいる南の島が良いかも』

 なんて言ったのが発端で、どうせ全員悩んでたところだし丁度聖女様を立てられるとなって速攻で決まってしまった。

 マリーももう少し聖女としての自覚を持ってほしいが仕方ないところもあるだろう、それにそうでなくとも俺がエルフの島になる様に誘導していたし結果オーライだ。

 

「副隊長! お疲れ様です!」

 

「隊長、飲み物です!」

 

「お、おう……」

 

「お前ら人が変わり過ぎだろ……」

 

 それはさておき、親衛隊長決定戦でぶちのめした二人だがすっかり舎弟と化していた。

 ボコボコにされた事で改心したのは良いが急に変わり過ぎではないだろうか。

 

「どっちにしろここにはお宝もあるって言うし次いでに稼ぐチャンスかもな」

 

 セミエンお前は気楽で良いな。

 本来そのポジションにはマリーがいるはずだったんだがな。

 

「……あ、アル? 僕はいつまで王女様達の護衛を……?」

 

「悪いけどもうちょい頼むわ……一応別国とはいえ皇族だから」

 

「う、うん……」

 

 因みにこのダンジョン攻略にはヘルトルーデとヘルトラウダもいたりする、聖女、別国の王女二人、公爵家、王国の英雄二人(俺含む)とか面子が豪華過ぎてヤバい。

 

「ふん、敵国の人間相手に護衛を付けるなんて随分と悠長ね」

 

「舐め腐ってやがりますわお姉様」

 

「お前ら一応王女様だから仕方ないだろ……」

 

 はぁ、と息を吐き出す。

 せめてこの二人がもう少し優しかったら良かったんだがな。

 体裁的には留学という形でこの二人を同行させた王宮だが、王宮も王宮で判断が甘いというかなんと言うか。

 どういう体裁があっても敵国の要人でしょこの人達。

 

「大体実習でお金稼ぎとか下世話よ下世話」

 

「そうですわ! 品がありません!」

 

「し、仕方ないじゃない! あ、アタシだって……あの家にさえ借金を押し付けられなければ……!!」

 

 実はこの実習、半分くらいマリーの借金返済の為に来ていたりする。

 冬休み中暇そうな馬鹿レンジャーやらヘルシャーク隊を使ってラーファン家の悪行を細かいものまで全て洗いざらい調べ上げさせて三学期が始まると同時に告発して潰しておいたのだった。

 家具やインテリアは全て差し押さえに加えラーファン家は六位下まで格下げさせられ領地も没収の後小さい辺境の島に飛ばされたと聞く。

 差し押さえた分の家具等はリオンと山分けし貰った分は全てマリーの借金返済に当てたが、エアバイクレースで稼いだ賭博金、マリーがダンジョンで見付けた財宝、グリシャム達が貯め込んでいた財宝を加えてもそれでもまだ二割残ってしまった。

 

 そんなんで実習も兼ねられる今稼いでおこうという事になったのだ。

 ただ稼げても期待値は高くないがな。

 

「まあ……そんな訳で理不尽に押し付けられた借金返済って体もあるのは許してやってくれ。完全にコイツにはとばっちりなんだ」

 

「そ、そう……苦労してるのね貴方……」

 

「流石に少し同情しますわね」

 

 同情というか事情に引いてる目線を向けられる。

 そりゃそうだろあのラーファン家に引かない連中なんてこの世に存在しないだろうよ。

 

「よ、親衛隊長。このままカイルの実家のあるところまで行くのか?」

 

「あーそうだな、カイルと何人かで行く事になるな。グレッグも着いてこい」

 

「おう!」

 

 そういや今回、親衛隊にはなれなかったものの何故かグレッグとジルクが着いてきたんだった。

 面倒だが断るのも何だか偲びないし連れてきてしまったが果たして戦力になるんだろうか。

 

 まあ良いや、最悪デコイにでもするか。

 コイツらなら生きて帰れるだろ何だかんだ。

 

 

 

 

 

 まるで南国の密林を思わせる様な森林。

 そこを先導していたのは、ここの出身者でもあるカイルだった。

 

「もう、カイルったら自分の故郷なら先に言ってくれれば良いのに。言ってくれたらお土産とか沢山用意したんだから」

 

 専属使用人という肩書きはあるが、マリーとしては可愛い弟の里帰りみたいなものでありテンションが上がっている。

 ……が、俺はこの里の真実を知っているから喜べない。

 勿論だがカイルも余り良い表情にはなっていない。

 

「……お土産は必要ありません」

 

「……カイル君の様子がおかしくありませんか? 故郷に帰れるのに、どうして落ち込んでいるんでしょう?」

 

「ど、どうしたのカイル? 帰りたくない理由でもあるの?」

 

 しかし少なくとも今のマリーがそんな変化を見落とす訳も無く、焦った様な様子で聞き返す。

 こう見ると本当に過保護な姉なんだよなあ。

 

「どうせ着いたら分かりますよ。ご主人様やディーンハイツ様をあまり困らせたくはありませんが、それ以上に話したくないので」

 

「……そんじゃ深く追求は出来ないな」

 

「そうね。でも何があってもアタシが守ってあげるから!」

 

「……そうですか」

 

 あ、カイルが少し喜んでるのがわかるぞ。

 本当は抱き着きたいんだろうが周りにはグレッグ、ジルクに加え王女姉妹もいるからな。

 我慢するしかないのは仕方ないな。

 

「ここがエルフの住む森か。ダンジョンがあるとは知らなかったが、何やらワクワクしてくるな」

 

「アンジェは楽しそうですね」

 

「うむ! リビアやマリーもワクワクしないか?」

 

「少しはしますよ。遺跡と聞いていますし、何か凄い発見があるかも知れませんね」

 

「アタシもダンジョンは王都のとこでしか入った事無いし」

 

「いや、宝だ。宝がある気がする! 必ず宝を見つけて、家族に自慢してやる!」

 

「……アタシもここで稼げるだけ稼がないと……あんまりアルにも負担掛けさせられないし……」

 

 アンジェは珍しくテンション上がってるな、流石に貴族、つまり冒険者の血が騒いでる様子。

 あとマリーは切実過ぎる、そんな事しなくても俺が適当にしてれば自然と完済出来るのに。

 

「……王女様達は待ってても良かったのに」

 

「実家に借金押し付けられる様なのが聖女と聞かされて不安にならないとでも?」

 

「私は純粋にダンジョンが気になりましたわ!」

 

「ヘルトラウダ様は冒険譚がお好みですか」

 

「そうですわ! いつか私もダンジョンで冒険したいと夢に描いてお姉様から色んなお話を……って! 違いますわ! なんで私は王国民にこんな話をしているのですか!」

 

 この妹意外とコミカルで可愛いところあるな。

 ……しかも俺が思ってた以上にヘルトルーデの事慕ってそうだし……何だかんだこの二人は、二人揃って生きていてもらいたいなんて感情が生まれてしまうなこれは。

 

 森を進んで行くと、一本の道が現れた。

 成程これがエルフの里に続く道って訳か。

 

「……マスター、エルフとは一体何者なのでしょうか?」

 

「ファンタジー種族だろ。何が気になる?」

 

「私のデータにエルフという種族は存在しませんでした。私が待機している間に、急に出現したのがエルフです。気になりませんか?」

 

 因みに勿論だが二重転生者の俺はそっちのネタバレを知っている。

 知ったら何とも言えない顔するんだろうなあ……

 

「それに、人間の女性と交配出来ない点も気になります。なのに、男性の場合は――」

 

「あそこが僕の生まれ育った故郷です」

 

 ルクシオンが捲し立てる前にカイルが遮る様に喋る。

 確かにそこそこの集落があるな。

 

「い、イケメンが沢山……」

 

「マリー? マリー!? お前には俺がいるだろ!?」

 

「アルは勿論心から愛してるし他の男に言い寄られても蹴飛ばすけどそれはそれとして観賞用のイケメンは別腹なのよ。じゅるりら……」

 

 クソ、これだからイケメンは嫌いなんだよ。

 マリーが浮気するとは全く思ってないがやはり嫉妬してしまうものはしてしまう、まあこんだけ嬉しそうにしてるなら少しくらい良いとも思うが。

 それと俺一筋宣言も貰ったし。

 

「エルフは基本的に美形揃いですが、人間のように外見で美醜を判断しないそうですよ」

 

「へぇ~、そうなの?」

 

「はい。その者の持つ魔力によって好みがあるそうです。なので、外見的な好き嫌いはほとんどないそうです」

 

 一見平等に見てくれるような発言に聞こえるが、それのせいでカイルが苦しめられているのを俺は知っている。

 

「……少なくとも、マリーがお前を見た目とか変な部分で判断してるとかは無いから安心しろ」

 

 他の連中はジルクの知識に興味を持ってるのか各々盛り上がってるが、俺としては俯くカイルを見てられなくて、誰にも聞こえない様にこっそり話し掛ける。

 俺とカイルは仲も良いし同性だし、何かしら元気付けられれば良いんだけど。

 

「そう……ですね。あの良くも悪くもお人好しなご主人様に複雑怪奇な理由なんて付けられませんね」

 

「そういうこった。後、あの里でお前がどういう理由でどういう扱いを受けてるか知らんが俺達の仲間である事だけは確かだ。公国の王女姉妹以外は全員思ってるはずだからそれだけは忘れるなよ」

 

「……分かりました。ほんと、これだからご主人様の婚約者は貴方しか認められなかったんですよ?」

 

「そりゃどうも」

 

 ほんと、コイツはマリーにベッタリな上に筋金入りの俺とマリーのカップリング推しだよな最初から。

 俺ってばそんなに信用あるのかね、少しは自分のムーブに自信も持てるってもんよ。

 

「さて、そろそろ里に着きます」

 

 そういやこの段階だとユメリアさんとは決して仲が良いとは言えなかったんだよな……でもこのカイルなら性格も丸くなってるし何とかこの段階で仲良くなってねえかなあ。

 

「あ、カイル!」

 

 お、噂をすれば緑色の髪に茶色の瞳、小柄で童顔な女性のエルフ……あれが恐らくユメリアさんだろう。

 

「ご主人様、紹介しますね。こちら俺の母のユメリアと言います」

 

「え、えっと、その、初めまして!」

 

「……母さん、ご主人様が連れてきた人達が里の遺跡に入りたいらしいんだけど許可取れる?」

 

「カイル? その前に『ただいま』は?」

 

「はぁ……ご主人様どころか俺とほぼ関係無い人の前でどうしてそんな事しないといけないんだよ……」

 

「久しぶりに帰ってきてくれたんだからそれくらい聞きたいじゃない! ね?」

 

「ほんっとに母さんは……ただいま」

 

「おかえりカイル~。あ、遺跡見学の許可だよね。村長に聞いてくるから待ってて~」

 

 ……なんだよカイルの奴、ユメリアさんと仲良いじゃないか。

 何だかんだマリーの境遇とか見てきたせいで家族の有り難みを理解したのかもな、だとしたら嬉しい成長に他ならない。

 

 だが問題はここからだな。

 この里はこの親子以外真っ黒も真っ黒の外道連中、気を引き締めていくかね。



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第五十五話『甘やかしたくなる気持ち』

「里の遺跡を見てみたいと?」

 

「ええ、可能でしょうか」

 

「遺跡に入ること自体は――ただ、あそこは里にとって神聖な場所でしてね。本来なら、他の村の長たちにも同意が必要なのです。まぁ、自由に出入りをしていますが、流石に里以外の者たちが出入りするとなると……」

 

 村長の家、そこに招かれた俺達は交渉を行っていた。

 村にある遺跡、そこを訪れる事は可能かと。

 しかしいくらユメリアさんとカイルの関係性が良好になっていてもコイツらまで同じな訳も無く案の定難航していた。

 

「里長も反対するだろうし、無理でしょうね」

 

「里長?」

 

「占いが得意な老婆ですよ。我々より前の世代は強く信じていますが、今では占いの力も落ちたのか当たらないことも多いですけどね。昔は、人間たちもよく里長の下を訪ねに来たそうです」

 

 まあ何があっても入らせてもらうけどな。

 コイツらの事なんて別にどうでも良いし。

 

「それにあそこは、我々も足を運びます。ですが、宝なんてありませんでしたよ」

 

「え?」

 

 分かりやすい嘘を言いやがって。

 

「村長、里長が!」

 

 慌てて入ってきた村の女性エルフだろう人に、村長が近くにあった置物を投げつける。

 チッ、ほんと俺こういうの嫌いなんだけどねえ。

 

「きゃっ!」

 

 女性が物をぶつけられ、怖がっている。

 今すぐ駆け寄りたい気持ちに駆られるがここで動けば後でもっと酷い仕打ちに遭うかも知れないと思うと安易には動けない。

 

「バタバタと走って乱暴にドアを叩くとは何事だ! 何度教えれば理解できる! お客様の前で失礼だろうに!」

 

「……せめて我々の前でやるのは止めていただけると助かるんですけど。あんまり見たくないんで、そういうの」

 

「邪魔しないで貰いましょうか。エルフにとって礼儀作法は大事なのですよ。日頃からこうして礼儀作法に気を付けねば、子供たちも行儀が悪くなる。そうなれば、奴隷として高く売れませんからね」

 

 礼儀作法の矯正? これが?

 笑わせるなよクソが、そんな暴力で支配する人間なんて何もコントロール出来ねえんだよ。

 

「客の前で気分が悪い光景だな」

 

「俺達にはそう言った文化への理解が無いのでね。失礼なのは分かってるがこちらにもこちらの言い分があるという事を分かってもらいたい」

 

「これは失礼しました。……それで、要件はなんだ?」

 

 

 

 

 

 蹴られていた女性が話すには、その件の里長が村を訪れたという報告であり俺達含む村にいた全員が広場へと集められていた。

 しかしどいつもこいつもイケメン美女揃いで……普通の人間ならまだしもイケメン嫌い+マリー以外興味無い俺には胸焼けしかしない地獄の様な場所と化していた。

 

 そんな群衆の真ん中にいるのが、巫女さん二人に両脇を抱えられながら出てきた老婆……里長だった。

 最早一人で歩く事すら困難なのに良くこんなとこまで来たな……満身創痍過ぎるだろこのお婆ちゃん。

 

 ……そんでもって隣の巫女さんに言葉をボソボソと話している。

 

「里長の言葉を伝えます。もう二度と遺跡に入ってはならぬ。このままでは、古の魔王の怒りに触れる、と」

 

 いやしかも声すらまともに発声出来んのかい!

 どんだけ満身創痍なんだよ。

 

「……里長、魔王とは何ですか? そもそも、他の村の者たちも出入りをしているじゃないですか」

 

「何も知らないと思っているのですか? 貴方が遺跡に大きく関わっているのを里長は知っています。里長は言っていますよ。禁忌に触れてはならぬ。エルフの聖地に入ってはならぬと」

 

 まあこの村長ゲスだからな。

 何一つ情が湧かない上に何かあれば即切り捨てられるくらいには何も情が湧いてない。

 

「占いですか」

 

「何? 全否定派?」

 

「まさか。不思議な能力を持つ人たちは確かに存在しましたよ。マスターやアル、マリエもその一人ではないですか」

 

 確かに前世の記憶を頼りにこの世界を攻略しようとしてるリオンみたいな転生者連中は非科学的な超能力者と言われても遜色無いな。

 俺に関してはそれすらも何故か超越してるメタ二重奏な超能力者みたいなのだから更に異色だけど……

 

(正直、全部話すと言いつつリオンやマリーにすら二重転生者……お前らの事をメタ視点で見られていた存在であった事、言えなかったな。そりゃ言えたら良かったさ……でも、アイツらだからこそ、大切な人達だからこそ、言えないんだよ……)

 

 言えればどれだけ楽かと幾度と無く思った。

 そうすれば俺の抱えてるものは全て無くなって、何もかも取り払って、本当の意味で対等な関係になれる。

 だが、俺は恐れてしまった。

 もしも自分が、大切な人から『お前らも俺からしたら創作世界の人物だった』なんて言われたら。

 言う事なんて、出来っこ無かった。

 

「アル? どうかしたの?」

 

「え、あ、いや……だ、大丈夫だ大丈夫っ、ちょっと意味分からん話聞かされて眠くなってたんだよ」

 

「全く、シャキッとしなさいよね」

 

「スマンスマン」

 

 まずい、ここで気取られては何もかも終わる。

 ここは何より一先ず冷静にならないとな。

 

「ところで魔王について何か知っているか?」

 

「マスター達の方が詳しいのでは? 乙女ゲーに魔王が出てくるのですか?」

 

「出てこない。だから気になっているが……ま、村長の話通り里長も老いたと考えるべきか……それとも別の意味合いがあると見るか……」

 

 まあ突飛押しも無い話だし、何か魔王という単語が言葉のアヤになってると考えるのは割と的確か。

 それよりこの話いつまで続くのかね。

 

「うーん、色々計画はあったけど流石に無理言ってまで入るのは失礼よね。仕方ないけどここは――」

 

「貴女様は聖女様でしょうか?」

 

「へ? あ、はい、そうですけど……」

 

 ここは引くべきか……とマリーが提案しかけたところで女性がマリーの存在にようやく気付く、いや一応聖女用の衣装着てるんですけどねこの人。

 

「……遺跡に入るのは構わないそうです。聖女が古の魔王を連れてくる。それが、里長がここ数ヶ月で予知した未来ですから」

 

「魔王? アタシ、そんなの知り合いにいないわよ? ……魔王みたいな強さの奴と魔王みたいに敵に容赦の無い人なら一人ずつ知ってるけど」

 

 間違いなく前者がリオンで後者が俺だろうな。

 リオンはともかく俺の言われ方よ、誤解招いちゃうだろそんな事言ったら……俺は救いの無い敵判定したら死罪まで持ち込むか殺すか死より屈辱的な末路を歩ませるだけの人間なのに。

 

「もしや、ユリウスのことでは? 王族ですし、新人類の末裔は魔法を使います。魔の法則を操る王族という意味なら、魔王、もしくは関係者とも呼べますね」

 

「……そう言われると少しは納得だが、殿下はここにいないぞ?」

 

「私に言われても困りますが」

 

 意味合い的には一番納得出来るがユリウスが魔王だった場合あまりにもショボ過ぎるんだが。

 

「審判の時です。この島が沈むのか、それとも許されるのか……この方たちの邪魔をすることは許しません。全ての者は、心静かにその時を待つようにと里長が仰せです」

 

 村長は納得し切れないといった風に小さく舌打ちをする、ざまぁねえなこのゲス野郎。

 その点この里長は満身創痍な以外は悪くない判断だし、流石は占いで未来を見通していた聡明さがあるな。

 

 何にせよこれで遺跡探検は了承された事になるし自由にやりますかね。

 

 

 

 

 

 遺跡内部、そこは荒廃としており壁や床は植物のツタが纏わりついていたり多少古びていたりと俺やリオンにとってはそこまで楽しいと言える雰囲気では無かった。

 だがその点リビアは興味津々だった。

 

「凄いですよ! リオンさんもアルさんもマリーも見てください、この形をしたこの装置は、他の古代遺跡でも発見されているんです。少し形は違いますが、ドアの近くにあるこの何かは古代遺跡の特徴ですよ!」

 

「お、おう……」

 

「ただの薄っぺらい石版か何かかと……」

 

「アタシには良く分からないけどリビアが喜んでるなら良いわ」

 

 いや装置とか言うけどこれただのカードキー通す装置です……

 しかも確かに良く見れば分かるが良く見ないとただの古びた石版にしか見えないくらい劣化してるし……良く分かったなリビアは。

 

「事実は告げない方がいいのでしょうか?」

 

「教えた方が喜ぶだろうに」

 

「……自分で発見するから楽しいこともあります。マスターには分からないでしょうね」

 

「お前って本当に嫌な奴だな」

 

「つっても自分で発見する探究心はロマンだからなあ」

 

「そんなもんなのかね」

 

『嫌味ならマスターには負けますよ。しかし、これはなんというか――』

 

 甘いなあリオン君、探究心というものはどこまでも底無しなんだ。

 探す、見つけるというその過程こそがロマンなのだよ。

 だからリビアからそれを奪うのはちょっとばかり無粋って訳だ。

 

「宝はないのか。まぁ、遺跡を見られただけでも話のネタにはなるか」

 

「エルフの遺跡と聞いてきたのですが……肩透かしでしたか」

 

「そう簡単に財宝のある遺跡が見つかるかよ。こういう空振りもあるから楽しいのさ。でも、ここまで何もないと逆に清々しいな」

 

 アンジェ、ジルク、グレッグも俺達と同じだったのか三者三様に残念がってるらしい。

 

「……ここまで来て何も無いなんて」

 

「ちょっと残念ですが私はお姉様と冒険みたいな事が出来て嬉しいです!」

 

 いや王女姉妹も割とノリノリやないかい。

 特にヘルトラウダは目をキラキラさせて周りを見渡している、何これもしかして和解させられればリビアと良いコンビになる流れか?

 

「あれ? 実は期待していたの?」

 

「……そうよ。悪い?」

 

「別に悪くはないけど意外だなって」

 

「公国だって元を辿れば王国系の国よ。冒険者に憧れを持つのは貴方たちと同じなのよ」

 

「王国民と共にいるという事を除けば憧れの冒険! 興奮せずにはいられませんわ!」

 

「……ラウダ王女の方は特にノリノリみたいだな」

 

「あの子、小さい頃から冒険譚や物語系の絵本ばかり読み漁ってたから。経緯は不服であれどラウダが喜んでる事自体は礼に値するわね」

 

「そりゃ光栄なこって」

 

 しっかり俺達に馴染む二人に周りが苦笑を漏らす。

 ま、俺の方こそ経緯はさておきこうして良い顔する二人が見られるのはヘルトラウダの末路を知ってる分感慨深いものを感じてしまう。

 しかも彼女はまだ14歳。

 だから……あんだけ苦しんでいたのを知っているから、ちょっとだけ、甘やかしたくなる気持ちになってしまうのだ。

 

「何なら折角留学生待遇で王国に来たんだ、帰ったら王都のダンジョンも見てみるか?」

 

「良いんですの!?」

 

「モンスターがいるから結構装備はしてもらう事になるが、俺とマリーとリオンでエスコートすれば余裕だろうしな。な、リオン」

 

「そこまで目を輝かせる奴相手にダメですと言える程鬼畜にはなれねえわ」

 

「あ、それならアタシが殴り倒して服従させた知り合いのモンスターいるしその子に案内させれば良いわね!」

 

「え?」

 

 ああ、平和だなあ。

 最後何か物騒な言葉が聞こえた事を除けば実に平和な時間だ。

 何かもうこのまま公国とか共和国とか帝国とか何もかも忘れてえなあ。

 

 

 

 

 しかし俺は、この後とんでもない事になるのを、知る由もなかったのだった――



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第五十六話『三人での思い出』

「大分深いところまで来たな」

 

 あれから数十分と経ち、別に今のマリーが暴走する事なんてものも無く、平和そのもので遺跡探検を行う事が出来ていた……いや、出来ていてしまったと言った方が良いか。

 ずっと不満そうな顔をする村長をチラリと見やる……おかしい、あの村長が何も仕掛けて来ないなんて事有り得ないはずなのに、露骨に嫌そうな顔するだけで何もしてこないなんて。

 

「そうね、何も無いってのは本当みたいね……ごめんなさい村長さん、ここまで案内してもらっちゃって」

 

「……いえ、里長の命なら仕方ありませんから」

 

「あ、あはは……」

 

「どっちにしろこのまま行けば最奥地もあと十分くらいで着くだろ。そしたらさっさと帰れば良いだけだ」

 

「そうですね。遺跡を見られただけでも思い出に残りますし」

 

 いや、あの村長の事だ……どっかで地下に落とす為の罠を作動させるはずだ……細心の注意を払わないと……

 

「アル? どうしたのよ難しい顔して」

 

「ああ……いや、何も無いなら里長はなんであんな事言ったんだろうなって思ってさ」

 

「う~ん、そうね……何でかしら?」

 

 ほんの少しだけならマリーの言葉に反応しても良いだろうと思った。

 しかし次の瞬間、それが間違いだったと気付かされる。

 

「へ?」

 

「な!? 罠!?」

 

「お、お姉様っ!?」

 

 リオン達のいた場所にぽっかり穴が空く……しまったと思い村長を見ると、平然とした顔で人差し指が壁と同化していたであろうスイッチを押していた。

 俺は幸いにもその場所から少し離れていたが……

 

「マリー!! ラウダ!!」

 

 マリーとヘルトラウダがその落下に巻き込まれる。

 馬鹿かよ俺は……何の為に村長を警戒してたんだ。

 

「クッソが……!!」

 

 咄嗟にまだ落ち切っていないラウダを身体能力強化魔法を使い投げ飛ばす。

 

「ジルク! グレッグ! ラウダ王女を受け止めろ!」

 

「分かりました!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 二人ともまだまだ抜けてる部分はある、だが全く信用出来ない程でも無いのが現状だ。

 アイツらは動くべきタイミングと盤面を間違えるだけで瞬時に動ける勇気は持ち合わせている……だからヘルトラウダを任せられた。

 

「マリー……!!」

 

 急な事で意識を失ったマリーを落下しながら抱きかかえる。

 本当ならマリーを助けたかったんだが仕方ない……せめてコイツが怪我しない様にだけしないとな。

 

「リオンさん!! アルさん!! マリー!!」

 

 叫ぶ様なリビアの声が聞こえたのを最後に、俺の意識も吹っ飛ぶのだった。

 

 

 

 

 

「う、うーん……」

 

「アル! 目が覚めたか!」

 

 重い瞼が開く。

 何で俺寝てたんだっけ……あ、そうか村長にまんまと嵌められてヘルトラウダの代わりに俺が落下してマリーを助けたんだっけ。

 ……そう言えばマリーは大丈夫なのか!?

 

「ま、マリーは大丈夫なのか……!?」

 

「お前が庇ってくれたお陰でな」

 

「アルッ!! もう……アタシを庇って怪我するなんて本当におバカ!!」

 

「おー無事か……っいてて……まあ……マリーとリオンが無事なら良いだろ……」

 

 マリーは無事でも俺は軸足を痛めていたらしい、起き上がろうとしても右脚が少し痛む。

 ただ歩けない程では無いな。

 

「おバカ、無理しないの!」

 

「マリーが治癒魔法掛けてくれたんだろ?」

 

「そ、そうよ……でもまだ未完成だから……」

 

「だったら歩いても問題無いだろ。時期に治るさ」

 

 実際現実で言うと足を捻った程度の負傷に留まってるし何より完治までには時間が掛かると言えど裏返すとこれ以上悪化する事無く治っていくという事でもある。

 なら贔屓目無しに見ても問題無いだろう。

 

「……本当に歩けるか?」

 

「マリーのお陰でちょっと捻った程度まで落ち着いてるからな……少し歩くのが遅くなる程度だ」

 

「無理しないでよ?」

 

「大丈夫だ……それより少々ヤバいんじゃないか……モンスターの数」

 

「ああそうだな。隠れてても見つかるまではもう時間の問題だ」

 

「んじゃ俺も迎撃するから、一気に片付けちまおうぜ。なに、俺の得意は銃撃だ……足は使わずともやれる」

 

 実はさっきからモンスターが地を這う音や声が聞こえまくっている。

 クソ面倒だがまずはこれを突破しない事にはお話にならない。

 リオンは持っていたライフルを、俺は携帯用の小型マシンガン……前世で言うところのスコーピオンVz61に酷似したものを二丁取り出す。

 

「マシンガンか……やっぱ殲滅戦はアルがいると助かるな」

 

「しかもディーンハイツ家直伝対モンスター特攻弾付きだ、この程度の数とランクなら問題無い。マリー、お前はそこに隠れてろ」

 

「だ、大丈夫なのね?」

 

「ちゃっちゃと殺って帰ってきてやる」

 

「……うん」

 

 マリーの顔を見て、俺達は飛び出した。

 蜘蛛型やら蟻型やらトカゲ人間やら蝙蝠型やらうじゃうじゃといるのが見えるがやはり数だけの烏合の衆か、リオンが飛び回る蝙蝠型を的確に撃ち抜く。

 なら俺は地を這う様な連中を一掃する。

 軸足に負担を掛けない様に片膝立ちをしながら両腕から両肩に掛けて強化魔法を掛け躊躇無く撃ち続ける。

 

 小型だからと侮るなかれ、モデルとなったスコーピオンVz61は実際チェコスロバキアの特殊部隊や警察でも採用される程の実用性があり、小型だからこそこうして肉体強化さえ出来れば二丁持つ事を可能にしている。

 小さいとはいえマシンガン二丁、そして小さいからこそ持ち運びもコントロールも容易なこれを俺は愛用していたりする。

 

「ヒャッハー!! 汚物は消毒だーー!!」

 

 バババババ、と小気味よい音が響き渡る。

 扱いやすいマシンガンを、戦闘のプロたる実家に銃撃をメインに教わってきた俺が使えば百発百中だ。

 鳴った音の数だけモンスターが死んでいく……消えはしない。

 ただやはりマシンガンで飛び回るモンスターは狙いにくいのでリオンのアシストも非常に助かっている。

 

 そして装填してあった弾を撃ち尽くせば……先程までうるさいくらいだった地下は、一瞬にして静寂に包まれていた。

 

「……片付いたか。サンキューアル」

 

「俺一人じゃ蝙蝠型は倒しきれなかっただろうしこっちこそ助かったぜ」

 

 リオンの肩を借りながら立ち上がる。

 

「マリー、大丈夫か?」

 

「う、うん。二人とも凄まじかったわ……」

 

「……アルに死なれると困るからな」

 

「とか言いつつ大切な妹守ろうとしてたんでしょ、このこの~」

 

「お前こそ『愛するマリー』の為にって感じだっただろ?」

 

「それはいつもの事だ」

 

「アルにカウンターを仕掛けた俺が馬鹿だったよ」

 

「……兄貴、アル、ありがとね」

 

 ……そう言えば、前世でも俺達三人は小さい頃からこんな様な関係だったっけ、と思い出す。

 何だかんだ妹が可愛いタケさんは、事ある毎に俺の為と言いつつ妹に不利益な存在を俺と一緒にやっつけて、照れ隠しするんだ。

 

「なあ、懐かしいな。俺達三人、前世でもおんなじ関係だったよな」

 

「だな。二人して色んな奴らとっちめてたな」

 

「ヒロくんにはいつも感謝してたし……兄貴にだって、感謝してた。いつも守ってもらってたから」

 

「……生意気だとは言っても妹は妹だ。兄なら守って当然だろ」

 

「つっても泣いてるアヤを見ると陰でどいつが泣かせたんだとか、地獄に落とすとか言ってたけどな」

 

「おいサラッと秘密にしたかった事言うなよ!?」

 

 アヤは女子から嫌われやすい性格をしていた。

 だから中学時代までは人気もあったが反面イジメの標的にもなりやすく、泣いて帰ってくる日もちょくちょくあったのを思い出す。

 まあその度に俺とタケさんが激怒して、学校に直訴したりしたっけ。

 学校には恵まれていたのか小学校、中学校共に珍しく誠実で対応も早かったが、それでも直らない様な連中も多くそんな奴らは俺とタケさん直々に弱味を握ったり捏造したりしてしっかり制裁して地獄送りにしていた。

 

 そんな事があった日には、両隣に俺とタケさんを置いて三人一緒に帰っていたのも覚えている。

 だから中学三年の夏以降では県内でも専ら噂になったのかイジメは無くなっていた。

 

 本当に懐かしい。

 

「ほんと……また三人で笑える日が来るなんて夢みたい」

 

「俺達バラバラに死んじまったからな。今度は三人一緒に長生きしたいもんだ」

 

「んじゃ、早くこの世界平和にしないとな」

 

 そういやリオンはアルトリーベがシリーズ化してるのまだ知らないんだったな……落ち着いた時にでも三人で集まって情報の擦り合わせやっとかないといけないな。

 

「それよりマスター、どうやら私達は招かれざる客人だった様ですよ」

 

「何だ、人間の雄と雌か……変な丸いのもいるな」

 

「……みたいだな。マリエは下がれ」

 

「な、なんでこんなところにエルフが……?」

 

「大方あのモンスター『擬き』を作ってたのはエルフってところだろ。殺しても消えなかったし……胡散臭いとは思ってたがやっぱ裏で糸を引いてたか」

 

 やはりいたか、クソエルフ共。

 本当にコイツらゲス野郎共だな。

 

「理解が早いな。お前たちでは想像すら出来ないと思っていた」

 

「我々はこの遺跡で生命の誕生という神の領域に足を踏み入れたのさ。お前ら人間には理解できないだろうが、古代では高度な文明があった。きっと野蛮な人間ではなく、我々エルフが支配していた時代だ。その証拠もある。この地下にはエルフの骨があった。人間の骨は一つもなかったよ」

 

 んな訳あるかい。

 ルクシオンは理解してるだろうが、当のエルフが馬鹿過ぎてツッコミが追い付かない。

 

「我々は、人間に奪われた世界を取り戻し、エルフこそが全ての種族を束ね、導き――」

 

「それは違います。貴方たちが言う古代の文明を支配していたのは人間です。そして、この施設で作られていたのは――貴方たちエルフでしょう」

 

 自分に酔った様な話し方をするエルフにルクシオンの火の玉ストレート毒舌が突き刺さる。

 哀れエルフ共、まさか自分達が作られていたとは思うまい。

 

「ねえ、兄貴の使い魔って何者?」

 

「あーコイツか? お前はあんまり記憶に残ってないだろうが救済要素として課金アイテム枠にあったロストアイテムの戦艦だ」

 

「課金アイテム枠……あー!! アレね! 兄貴が初手からそんなの手に入れてたとかそりゃアルでも勝てない訳だわ。ほんと兄貴と敵対関係にならなくて良かったわ」

 

「俺としても妹と敵対関係は出来れば避けたかったからありがてえわ」

 

 そう言えば兄妹として喋ってる二人見れるのは貴重だな、いつも傍に誰かかんかいるし。

 ルクシオンで盛り上がる二人に何だかホッコリしてしまう。

 

「何だ、その変なことを言う丸い物体は?」

 

 あ、クソエルフ共いるの忘れてたわ……

 

 さて……しかし面倒な事に巻き込まれたな……コイツら殺しても良いかな?

 え? ダメ?

 

 はぁ……



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第五十七話『蹂躙』

「リオンさん達……大丈夫でしょうか」

 

「身体能力強化魔法や装備もしていたから大丈夫だとは思うが……心配なものは心配だな」

 

 その頃地上の方では、落ちていったリオン達を心配する声が上がっており中でもリビアやアンジェ……そしてヘルトラウダがその色が強く出ていた。

 

「……私はあの者からしたら敵対関係だと言うのに……さっきも私の好きな事、しても良いって言ってくれて。今も助けてくれて……なんで……身を呈してまで……何故……」

 

 ヘルトラウダは特に落ち込みと困惑が激しかった。

 今まで自らの周りには身を呈してまで自分を守ってくれる様な存在はいなかった、だが奇しくも敵対関係である王国の騎士に守られ、安否不明となってしまった。

 分からなかった、敵を守る事に何の意味があるのか、何の利益があるのか。

 

「ラウダ……」

 

「アルさんは……ヘルトルーデさんや、ヘルトラウダさんの事、間違いなく今は敵対関係だなんて思っていないんだと思います」

 

「そうだな。少しばかりアルの顔を見たが、両殿下に対する目付きは敵に対するそれではなく、少しばかり優しいものになっていたからな」

 

「……王国民なんて全員外道。今まではそう思っていました。でも――」

 

 事実アルフォンソは、両殿下であるヘルトルーデとヘルトラウダ二人が未来で引き裂かれヘルトラウダが死亡する事を知っている。

 その為二人が共にいる場面を見ると微笑ましい気持ちになっていた。

 そして何とかして二人共に生存させようとも思っていた。

 

「今の王国民を無闇に侮辱するのは、違うのだと知らしめられました。……少なくとも、自らを省みず助けてくれた彼だけは何があっても侮辱出来ません」

 

 ヘルトルーデは、その言葉に何を言っていいか分からない様な顔付きになり黙り込んでしまう。

 復讐の相手であった王国民、だが彼らは何だかんだ言いつつも留学生待遇として受け入れ、一人の人間として接している。

 結果として、何を信じるべきか迷っているのが今の彼女だった。

 

 対してヘルトラウダは、口では控えめに言いつつも既にアルフォンソの事を信用しても良いのではないかと思い始めてきていた。

 

(……彼は王国民であるにも関わらず、帰ったら王都のダンジョンを案内してくれる約束もしてくれました。私の趣味も否定しませんでした。そして助けてくれました。お姉様には言えませんが、あの人の言葉なら少しだけ信じてみたいと、そう思ってしまいました。

……王国と公国の話に大きく食い違いがあるのが一体どういう事なのか、真実かどうかはさておき誰の口からでも無く、彼の口からなら聞いてみたい気がします)

 

 王国民か否かは既に度外視されていた。

 それだけ、彼女の話を聞いてくれた人間というのは姉を除いてはアルフォンソが初めてだった。

 14歳とまだ世間を知らず幼い彼女は、それ故に真っ直ぐ彼を信じてみたいという衝動に駆られたのだ。

 

(それに……私を助けた時の顔……思い返すと少し格好良かった気も……はっ!? な、何を考えているのですか私は! 相手は敵国の貴族である上に婚約者もいるのですよ! でも……私の理想のお兄様像ではありましたし……)

 

 そしてそんな年齢であるが故に、そんな少し優しくされた事で恋心はともかくとして兄候補として見始めていた。

 勿論だが周りは一切知る由もない。

 

「だから……帰ってきてください。貴方には、何がなんでもお礼を言わないとならないのですから……」

 

 何とか煩悩を追い払い、言葉を絞り出す。

 彼女の変化は、果たして公国にどの様な変化をもたらすのか……それはまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

「この部屋に眠っている管理AIにアクセスし、情報の共有を行いました。この島は実験場です。新人類に対抗するため、人が禁忌に手を出した島……魔法を扱える生物として人工的に作りだしたのがエルフです」

 

 ルクシオンがエルフの成り立ちと真実を告げる。

 うーんこの、いつ聞いてもそんな成り立ちでエルフが威張り散らかしてたのがアホらしく思えてしまう。

 

「その通りです。この島にいるエルフたちは、ここで生み出された個体が野生化した存在です」

 

「人工知能なのか?」

 

「……女の子っぽい声ね」

 

 お、出たなクレアーレ。

 しかし禁忌に手を出して野生化とかほんとロクな事しねえよなエルフ関連は。

 

「はい。旧人類の遺伝子を持つ貴方に会えたことは幸運でした。我々の戦いは無意味ではなかった証ですね」

 

「だ、誰だ! そんな嘘を言う奴は! 我々エルフは人より優れた存在だ。寿命も長く、人よりも魔法の扱いに長けている! 混ざりもののカイルは違うがな!」

 

 余計な悪口付け加えんじゃねえよコイツは、俺の弟分バカにしてると撃ち殺すぞ。

 

「長寿なのはそれだけ長く戦わせるためです。すぐに死なれては困ります。また、魔法の扱いに長けているのは、そのように作り出したからです。もっとも、野生化した影響なのか、我々が作り出した初期のエルフよりも劣化した様子ですが」

 

「自分達が支配者だと思ったら逆に作られていた存在とか哀れだな」

 

「そうね、イケメンは好きだけどゲス野郎は嫌いだしアタシ」

 

「ざまぁ」

 

 まさか自分達が兵器代わりに製造されていたとは露知らずなエルフ達。

 なのに今まで偉そうにふんぞり返ってたと思うとあまりに滑稽で笑いが込み上げてくる。

 だからゲス野郎なんだよおめーらは。

 

「ふざけるな! そんな事実はない。我々こそが――」

 

 支配者だ、とでも宣うつもりだったのだろうがここで乱入者が現れる。

 

「一体何をしている!」

 

「チッ、やっぱ来やがったか村長……いやゲス野郎共の親玉!」

 

「コイツもグルかよ!」

 

 あーあー出たよ村長。

 ここで出てこなきゃ多少は見逃してやっても良いと思ったのに出てくるとか本当に馬鹿だな。

 

「ど、どうするのよコレ!」

 

「どうするも何もコイツらが敵って分かった時点で潰すしかねーだろ」

 

「オイ小僧動くなよ……動いたらそこの女を今すぐ撃ち抜く」

 

 は? ……今コイツ何を言った?

 

 現状を見る。

 村長、引いては全員のライフルはあろう事かマリーに向いていた。

 

「ひっ……」

 

「ケケッ、男二人はともかくそこの女はすぐ死ぬだろうからなァ。これを人質に……ヒョッ?」

 

「貴様ら全員、あの世送りにしてやる」

 

「な……アル!? ……ったく、マリエは俺とアルの背中に挟まれてろ!」

 

 俺はマシンガンを使い切り、ほぼ武器らしい武器は持っていなかった。

 だがまだ二丁だけ、拳銃があった。

 たかが拳銃、されど拳銃、俺が生身で使う技として最大級の物がこの拳銃から生み出されていた。

 それはたとえ怒りに身を支配されていようとも全く衰える事は無かった。

 

「ガッ!?」

 

「ぐぇ!」

 

「な、なn」

 

 ものの0.1秒、きっかり0.1秒、一発0.033~0.034秒、それが最初に撃ち抜いたエルフを除く研究室に元からいたエルフ三人を殺害するのに要した時間だった。

 全員しっかりと眉間に風穴を開け、絶命していた。

 

 俺最大の得意技とは……そう、クイックドロウ……西部劇等で有名な早撃ちであった。

 

 怒りが身を支配しながらも、冷静に殺し切れる程に身にその技術は染み込んでいた。

 

「ひいいいいいいい!?」

 

 一瞬で四人が絶命した事に、遅れて気付いた唯一の生き残りである村長はひっくり返り這いずる様に逃げようとしていた。

 

「マリエは出来る限り『アレ』は見ない方が良い。俺が手ェ繋いでやるから目瞑ってろ」

 

「分かった……兄貴」

 

 マリーの方もリオンがサポートしてくれてるしこれで俺は自由に遊べるな。

 這いずる村長の両腕と両足に、優雅に四発装填すると瞬時に撃ち出す。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

「う~ん、いつも通りの記録かなぁ」

 

 四発の超高速連射、それは傍から見れば四発同時射出と思われてもおかしくない正に神速と言われるべきスピード。

 確実に動けなくなる核となる骨のド真ん中、マリーを殺そうとしたゴミクズにそれを寸分違わず全発撃ち込めた達成感につい笑みが出る。

 

「た、だずげでぐれ……お、俺がわるがっだ……」

 

「あっれれ~おかしいなあ? 君達は俺達人間より上位個体のエルフ様じゃなかったんだっけぇ? なのにどうして命乞いをする必要があるのか……なあ!!」

 

「おげぇっ!!」

 

 喉仏をピンポイントで狙って蹴る、良い感触が伝わってくる。

 恐らくもう喋る事も不可能だろう、無様だと嘲笑する。

 

「散々騙して、マリーを殺そうとして、そんな事したテメェらを許すはずがねえよなあ? ん?」

 

「ね、ねぇアルもうやめてよ……」

 

「……マリー、お前殺されかけたんだぞ?」

 

 俺はマリーの方を振り向かず、下唇を噛みながら答える。

 本当は分かっていた、こんなのマリーが望む訳無いと。

 だがそれでも止められなかった、フラッシュバックしてしまったんだ……助けられず、遺体安置所に横たわるアヤの姿、その時込み上げた怒りや後悔。

 

 それが爆発して、止まらなかったのだ。

 

「それでもっ!! アルが誰かを楽しんで殺すところなんて見たくない!!」

 

「……お前がなんでそういう事をするのか、俺もマリエも分かってはいる。だけど……それでコイツ泣かしたら本末転倒だろ?」

 

「俺は……二度と……失いたくなかったんだ……だから……マリーが殺されるって思ったら……俺は……俺はッ……!!」

 

 拳銃を落として膝を着く。

 まだ完治しきっていない軸足に負担が来るのも忘れていたのか、今更また情けなくも痛くなってきた事に気が付く。

 そこまで無理してたのか、俺は。

 

「もう……アタシはここにいるじゃない。もう一度ヒロくんと出会えて、そうと気付く前にはもう婚約者で、前世で出来なかった事、沢山やれてるでしょ? だからね、もう前世に囚われなくて良いの。今のアタシには物凄く強いアルや兄貴がいるんだから、ね?」

 

 俺は、ただひたすらに怖かったのだ。

 もしもまた俺の力不足で失ったら、そう思うと必死に、是が非でもそれを消したくて感情が暴走してしまって。

 

「スマン……臆病な俺で……」

 

「ううん、それだけアタシの事を守ってくれるって分かるんだから文句なんて言う訳無いじゃない。でも……これからはアタシだって守られてばっかじゃないんだから、ちょっとくらい肩の力抜きなさい。良いわね?」

 

「ああ……」

 

 抱きしめられる。

 マリーの腕の中は、柔らかくて心地好くて。

 やはり安心してしまう。

 

 緊張の糸が解かれた俺は、次第にその瞼をゆっくり閉じていくのだった。




※現実世界でレコードになっているのはボブ・マンデンの一発0.02秒、アルフォンソが一発平均0.033秒

アル「この世界の対人戦特化な特殊家庭に生まれてチビの頃から刷り込まれまくって鍛えられに鍛えられまくったのに…前前世の世界レコード保持者ヤバすぎなのでは?」


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第五十八話『夢か現実か』

 モヤが薄く掛かった様な雰囲気、そして少し遠くから聞こえるような声、何より視線が『上から見下ろす様な形』そんな空間に俺はいた

 そして俺はここが夢の世界だと認識していた。

 怒りに身を任せ、エルフ共を殺害し、マリー達に前世に縛られなくても良いと言われ、ふっと力が抜けて眠りに落ちたのを覚えているからだ。

 そしてこの世界の自分……アルフォンソを第三者視点から自分は観測している……だからこの世界が夢だと認識出来ていた。

 なのにここはまるで夢ではない、そんな気がしていたのだ。

 

「これは……懐中時計……?」

 

「アル曰くこのヘンテコな右腕はロストアイテムみたいなもんなんだろ? 同じ場所にあったって事はこれもその類いなんじゃないか?」

 

 夢の世界で俺が手に取ったのは、銀色半透明な懐中時計だった。

 魔装……呪いのアイテムと言っても過言ではないそれと同じ場所にあったらしく、どうやらクレアーレから押し付けられたらしい。

 

「その可能性はあるな……まあこの右腕はルクシオンに徹底的に調べさせるとして……これは良く分からないから下手な奴の手に渡るくらいなら俺が持ってるわ」

 

「大丈夫なの、アル?」

 

「閉じてりゃ問題無いだろ、こういうのは得てして開くという行為がトリガーになる」

 

 俺としても、魔装の右腕は実際に押し付けられたらルクシオンをメインとして会議を開き消し炭にしてもらう予定だ。

 あれさえ無ければバンデルは暴走しない&生存可能だし、純粋に公国の戦力を削ぐ意味合いでも大きいからな。

 

「俺より慎重派なアルが持つなら問題無いだろ。さて、それじゃ王国に帰るか」

 

「帰ったら公国戦の対策しねえとならないしな」

 

 しかしなんで俺はこんな夢を見ているんだろうか、とふと疑問に思ってしまう。

 もしかして予知夢なのだろうか、それとも何の関係も無い夢なのだろうか、にしては妙に解像度合いが高いのも不思議だと思う。

 

(ヤケにリアリティが高くて、しかも何故か気持ち悪い感覚がする。普通の三人の会話にしか見えないのに……何故だ?)

 

 そう思った瞬間、場面がブラックアウトする。

 夢特有の断片的なシーンだけ見るやつだろうか。

 

 今度はどこに……と考えていると、ドサリという音が聞こえた。

 

 そして場面が切り替わる。

 

「う……嘘だ……マリーが……また……俺は……守り切れなかったのか……?」

 

 膝を着く俺の目の前にあったのは……マリーの遺体だった。

 夢だと分かっている夢のはずだ俺は最初そう認識していたはずだ、なのにそれを見た瞬間俺の呼吸が浅くなるのを、脳みそがそれを見る事を拒否するのを感じた。

 

 周りを見渡す……帝国の旗が見えた。

 

 王国と帝国が、戦争をしていた。

 

 有り得ない。

 だって俺は、王国と帝国が戦争をしなくてはならなくなる理由を知っているし、それを事前に阻止する知識を持っている。

 ならば前提として帝国と敵対関係になる未来自体が有り得ない。

 じゃあなんでこんな事になっているんだ?

 

 分からない。

 

 ただ一つ、マリーが死んでいるという事だけが理解出来てしまっていた。

 

「は……はは……こ、こんな世界……もう滅べば良いんだ……マリーが居ない世界なんて、俺には必要無い……」

 

 ユラユラと立ち上がる『俺』は、クロカゲに乗り込もうとして……ロストアイテムの懐中時計が光っている事に気が付いた。

 

《汝 この世界を白紙に戻すか?》

 

「……は? 何だよ、お前」

 

《我は過去と未来、刻を司る者也。汝、我と契約を交わすか。さすればこの世界を白紙に戻す事も可能である》

 

「……代償は何だ、それを答えろ」

 

 懐中時計は話す、契約を交わせばこの世界をやり直す事が出来ると。

『俺』は最早目に光なんて灯してない様な、それでいて何もかもを捧げてでもこの世界をやり直そうとしている様な、狂気的な目付きをしていた。

 

 ……ゾッとした。

 だが、俺なら、マリーを失ったなら、やるだろうと言う冷静な思考も存在していた。

 確かに俺の人生においてマリー以外の存在の大きさもかなりある、リオン、ディーンハイツ家、マルケス、セミエン、リビア、アンジェ……挙げれば割と大事にしたい人達は沢山いる。

 

 だが、それでも俺の人生にはマリーがいないと何もかも破綻する、意味が無いのだ。

 

 実際アヤを失った後の前世の世界でなんて、生きる価値が無いと思っていたのも事実だったし。

 別に前世で家族と仲が悪かった訳じゃない、寧ろ良くしてもらったお陰で親孝行しようと言う計画さえ建てていた程だった。

 なのに俺はその全てを捨てて新道寺を殺しに行き、相討ちで死んだ。

 

 後悔はある、だが満足している、それが新道寺を殺し転生し振り返った時の感想であった。

 

 だからこの今見ている『俺』という存在は、一歩間違えた世界の未来の俺だと確信出来る、出来てしまうのだ。

 

《代償として必要なのは汝の寿命半分。それだけあれば一度だけ、望む時の自由操作可能。それ以外に求むものは無し》

 

「たかが半分でこのクソッタレな、マリーが死んだ世界を消し去れるなら俺は喜んで差し出してやる……だから、テメェが何者か知らねえがこの世界を消せ」

 

《了承、汝と我は今を持って契約成立。汝の願い聞き届けた。契約成立後世界で我を見つけよ。さすれば代償を返す事可能也。但し世界改変後、汝含む殆どの者から今回の刻の記憶は消失する》

 

「んなのどうでも良いんだよ、俺の寿命半分とかマリーに比べたら何の価値もねえ。んな事より今すぐやれるのか? この世界を俺が学園に入学する直前まで戻す事ってやつをよ」

 

《可能。マスターの指示を認証。これより世界の逆行を開始》

 

 世界が止まる。

 今まで殺し合っていた王国騎士も、帝国騎士も、リオン達も、全ての時間が止まり、俺と『俺』だけがこの世界の末路を見届ける。

 懐中時計の輝きが強くなる、その光はやがて世界を包み込む。

 

「ロストアイテムにマスターねぇ……皮肉なもんだな。最後の最後に、リオンと並び立つチートアイテムとコンビを組むとは……ま、次の世界で万が一出会う事があればそん時は……また……」

 

 次第に世界が粒子となって消える。

 物も、自然も、人も、何もかもが消え行く。

 そして俺も『俺』も、それに飲み込まれる。

 

 視界が、真っ白になった。

 

 

 

 

 

「う……ん……ここは……?」

 

「起きた、アル?」

 

「…………マリー」

 

 目を開けると、マリーの膝の上にいた。

 ……そりゃそうだ、俺が今見ていたのは夢だ、それ以上でも以下でも無い、マリーが死んでるなんて現実なんてある訳が無い。

 だが少し動揺してしまう……それを隠す様に、わざとらしく起き上がる。

 

「おー悪ぃ悪ぃ、マリーの膝が気持ち良くてぐっすりだったみたいだな。そんで、こっから出るのか?」

 

「この変態おバカ……」

 

「ああ、そうだな。この管理AIからも財宝……かどうか良く分からんもの貰ったけど」

 

 ……そこには二つのロストアイテムと思しき物体があった。

 一つは魔装の右腕……俺にとっては特級呪物と断言出来る超危険物だった。

 

「……それ、ルクシオンは解析出来たりする?」

 

「特殊な加工がある為時間は掛かりますが問題無いでしょう」

 

「助かるわ……多分それ、ロストアイテムだから」

 

「調べるに越した事は無いか……ロストアイテムっつったらどんなものか分かれば使い方も分かるだろうし、それで戦力になったら万々歳だ」

 

 ルクシオンに調べさせるのは、俺にはこれを特級呪物と言える根拠を示す事が不可能だからだ。

 ならば一番聡明なルクシオンが言えば納得するはずだ、と言う思考の元誘導したのだ。

 

 それはさておきだ。

 

 俺はもう一つのロストアイテムを見やる。

 何故だか分からない、分からないのだが、それを見た瞬間から身体の震えが止まらない。

 魔装の右腕の話はそれを誤魔化す為に積極的に話していたという面もある、が……俺は吸い込まれる様に言葉を紡いでいた。

 

「これは……懐中時計……?」

 

「アル曰くこのヘンテコな右腕はロストアイテムみたいなもんなんだろ? 同じ場所にあったって事はこれもその類いなんじゃないか?」

 

 息が浅くなるのを必死に堪える。

 俺の言葉も、リオンの言葉も、あのさっき見た夢と全く同じだった。

 これ以上夢と同じ展開は嫌だと口を閉じようとする……が、何故か口がそれを拒否する。

 そして言葉は更に紡がれてしまう。

 

「その可能性はあるな……まあこの右腕はルクシオンに徹底的に調べさせるとして……これは良く分からないから下手な奴の手に渡るくらいなら俺が持ってるわ」

 

「大丈夫なの、アル?」

 

「閉じてりゃ問題無いだろ、こういうのは得てして開くという行為がトリガーになる」

 

 発狂して叫びたい気持ちに反し、表情は至って冷静に、口が勝手に言葉を話していく。

 紛れもない、夢で見た最初の場面と全く同じシチュエーション、全く同じ口調、タイミング。

 益々分からなくなる、あの夢は夢なのか、未来なのか、過去なのか、全てがぐちゃぐちゃに混ざり合う感覚に襲われる。

 

「俺より慎重派なアルが持つなら問題無いだろ。さて、それじゃ王国に帰るか」

 

「帰ったら公国戦の対策しねえとならないしな」

 

 脳みそが割れる……となったところで、金縛りから解放される。

 

「アル、どうしたの? 立ちくらみでもした?」

 

「あ……ああ、そうらしい。しばらく寝てたのに急に立ち上がったせいかもな、ははは……」

 

「無理すんなよ~」

 

「どうせそこの村長も動けないんだから焦る事なんて無いのよ」

 

「そ、そうかもな。もうちょっとだけ休んでから行く事にするわ」

 

 ふぃ~、といつもの様に座り込み、バレない様に浅い呼吸を連続して吐き出す、あまりにも気持ち悪い感覚に吐きそうになる。

 懐中時計を見る……動く気配は無い、見たまま、銀色半透明の懐中時計に相違ない。

 

(まさか……有り得るはずが無い。俺が見たのは紛れも無く夢の中の世界であって、ここの世界であるはずが無い。なのに何で夢と同じ事が起きる時、俺の意志とは無関係に口が、身体が、動いたんだ? 何でこの、夢で見た物と全く同じ懐中時計が、全く同じここにあったんだ? ただの偶然である訳が無い。……本当に、俺は逆行しているのか? この世界を繰り返しているのか? だとしたら……俺の異常なまでの『マリーを失う』事への恐怖感は……)

 

 考えれば考えるだけ、あれが夢では無かったと警鐘を鳴らす。

 あったかも知れない世界ではなく、過去に俺が歩んだ世界だと本能が告げている。

 

(だとしたら俺は何者なんだ? 本当にこの世界に生きる人間なのか?)

 

(……分からない。分からないが……今はとにかく、目の前の事を捌いて、生き抜いていくしかない。答えは全て終わった後にでも探せるはずだ。だから……何にせよ、俺はマリーを守る。それだけだ)




この話はかなり重要だった事もあって難産だった


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第五十九話『鈍感?』

「アル、私はこれを調べて良かったと心の底から思います」

 

「なんだもう解析終わったのか?」

 

 遺跡から離れた場所、頭を切り替えた俺は四肢と喉が潰れた村長を引き摺りながら歩く、とルクシオンが語り掛けてくる。

 まあルクシオンとしては騙されたと分かった上にとんでもない禁忌とも言える物体を見つけられたのだから確かに良かったんだろうが。

 

「つーかそれ何だったんだ?」

 

「ええ、これは忌々しき新人類が作り出したロストアイテムです。しかも装着すれば精神を壊され死に至る正に私にとってもマスターにとってもロストしていれば良かったと言える代物です」

 

「うげっ、なんだよそれ……」

 

「なので徹底的に塵も残らない程破壊します」

 

「る、ルクシオン? あんまり周りに被害出さない様にね?」

 

「言われなくても私にそれくらいの事など造作もありません。壊すのはこのロストアイテムと――遺跡ですから」

 

「言うと思ったわ」

 

 声色からは分からないだろうが間違いなくルクシオンはキレている、キレまくっている。

 自分が忌み嫌う新人類の技術に加えこれが俺達以外の手に渡ったら最悪厄災にしかならない様な核爆弾なんてお土産に渡されたら誰だってキレるわ、俺も嫌だよこんなの。

 

「本来ならお前の暴走とか止めに入るのが普通だが……これがどういう代物か分かったなら……まあ、いっか!」

 

 そしてリオンもリオンで若干キレている。

 こんな実質核爆弾擬きみたいな物体、ずっとロストしてりゃ良かったのにと顔に出ているのが分かる。

 まあ俺だって同意だよこんなの価値云々じゃなくてこの世に存在したらいけない代物だからな。

 

「る、ルク君が怒るところなんて初めて見ました……」

 

「そうだな……いつも冷静沈着だが、彼にも感情があるのだろう」

 

「俺としちゃそんな事よりマリエが無事で良かったけどな」

 

「ええ、私もですよ」

 

「アルが助けてくれたからね」

 

 そしてその後ろでは他のメンツの話し声も聞こえる。

 チラッと見るとグレッグとジルクは哀れ俺に助けられてちょっと照れるマリーの顔を複雑そうな表情で見ていた。

 だからもう諦めたらどうなのかね君達は。

 

 ……あ、そういえば王女姉妹はどこに行ったんだ?

 

「……あの」

 

「ん? ラウダ王女? どした?」

 

 って探そうとした瞬間に服の裾をクイクイと引っ張られたので見てみるとヘルトラウダがいた。

 その隣にはヘルトルーデもいるが……なんだ?

 

「その……助けていただき、ありがとうございます」

 

「私からも礼を言うわ。王国とか公国とか、そういう事を抜きにして……私の妹を助けてくれて……ありがとう」

 

「……敵国の王女様って言ってもさ、俺にはただの仲の良い姉妹にしか見えないんだよ。それに俺も冒険は好きだからさ、賑やかに冒険出来たら……こういうメンツでまた冒険出来たら楽しいだろうなって、思ったんだよ。だから俺は、君達姉妹の事を普通に一緒に冒険する仲間だと思ってる。……綺麗事かもしんねーけど、二人とは仲良くしていきたいって、俺は本心から言いたい」

 

 礼なんて言われるとは思ってなかった。

 俺から見たら微笑ましい姉妹だが、二人から見た俺は敵国のエリート騎士、しかもほぼ壊滅させた元凶の一人と来た。

 どう考えても恨まれてると思っていた。

 だから、少しだけ面食らいながらも本心を言った。

 言わなきゃいけないと思った。

 

「私は……勘違いをしていました。王国とはいつの時代も悪逆非道で、我々を侵害してくる敵だとずっと思っていました。ですが……貴方を見て、無闇に侮辱するのは間違いだと気付きました。そして少なくとも貴方だけは、貴方の言葉だけは……信じてみたいと、思えたのです」

 

「私はまだ本当に信じて良いかなんて分からないけど……思ってた王国民よりは大分お人好しが多いみたいね」

 

「そっか……ありがとな、俺を信じてみようなんて思ってくれて」

 

 想像以上に、ヘルトラウダの言葉が胸に深く突き刺さった。

 たかが一回助けただけだ、それなのにあの子は俺を信じてみたいなんて言ってくれて。

 そんな事言われたら、益々助けたくなるじゃないか……いや、必ず助けよう。

 

「これでも女はキツい奴だらけで俺はもう勘弁だけど……特に下級貴族の女はほぼ全員傲慢で自分の事を上だと信じて止まない。もう俺は婚活なんて疲れたよ……」

 

「……貴方も貴方で苦労してるのね。というか何なのその歪な男女関係は」

 

「公国にはそんな現象ないですし……公国が独立してから出来た風習、なのでしょうか」

 

「俺は知ってると思うけどもう婚約者いるからその心配無いんだよね」

 

「俺はアルが羨ましいよ……」

 

「むー、リオンさんには私達がいるじゃないですか!」

 

「そうだぞ。リオン、お前には私達がいるからもう婚活に苦しむ事も無い」

 

「リビア……アンジェ……」

 

 決意を新たにしたところでこっちの話に戻るが、やっぱり公国にはこの異常な王国の体制は無かったか。

 平民と上級貴族は普通だが下級貴族の女性だけが異常に傲慢で性格ブスの集まりになってるのにはそれこそ歪な成り立ちがあるのだがどうせこのまま大人しくしててもいつかは聞く話だし今説明しなくても良いだろう。

 

「ちょっとアル~? 王女様達が美人だからっていつまで一緒にいる気よ」

 

「なんだ嫉妬か?」

 

「……悪い?」

 

「いーや、めちゃくちゃ可愛くてやっぱ俺の嫁って世界一可愛い女だなって再認識させられたわ」

 

 そんな事をしてるとマリーのちょっとした嫉妬が飛んでくる。

 王女姉妹の話は聞こえていたんだろうがそれはそれとして俺が他の女に取られたと思って不満を漏らしているのが分かるのでめちゃくちゃ可愛くて仕方ない。

 

「……お二人は仲が良いのですね」

 

「そりゃなー。十年以上ずっと隣にいた幼馴染だし、ずっと大好きだし、婚約者だし、相思相愛ってやつ? あ、いくらラウダ王女と仲良くなりたいとは言ってもそういう気は全く無いんで、ご安心を」

 

「そう……ですか」

 

 うん? ヘルトラウダの表情が少しだけ沈んでる気がするけどなんかあったっけ?

 大方恋愛結婚に夢見てるけど王女様だからそれが難しい事を憂いてるって事で良いか。

 

「……アルってアタシの事以外になると途端に鈍感になるわよね」

 

「マリエ自身の事になると地の果て海の底まで地獄耳になるし一瞬の感情の変化でも一切見逃さないのにな。まるで別人だよ」

 

「まるで俺がラウダ王女の心情に気付いてないみたいじゃんそれじゃ」

 

「……これは重症ね」

 

「全くだ」

 

「何の話だよ」

 

 どうして俺はマリーとリオンの二人に呆れられないとならないのか……俺は鈍感ラノベ主人公じゃなくて世界一マリーを愛してるだけの一般貴族なのに。

 だから難聴族とか鈍感族じゃないのに。

 まさかヘルトラウダが俺に一回助けられただけで惚れるなんて有り得ないじゃないですか、流石にそうだったら土下座して謝ってやっても良いくらいだわ。

 

「ところでマスター。もう大分遺跡から離れましたし、殺っても良いとは思いませんか?」

 

「うーんそうだな……これくらい離れてりゃ大丈夫だろ」

 

「……ほんとにやるの?」

 

「ええ。何せ私を騙してこの世に存在してはならないものを渡してきたのですから。その報いは受けるべきではないでしょうか」

 

「今でも面倒なのに下手な奴に渡ったら更に面倒が100倍くらい上がりそうな上に俺達には使いこなせない物体なんて渡して来たんだ、ちょっとくらい遺跡破壊しても許されるはずだ」

 

「り、リオンさん落ち着いて……ほ、ほら深呼吸深呼吸……」

 

「すぅ……はぁ……よし、殺ろう!」

 

「……リオンもルクシオンも程々にしておけよ」

 

 ところでアンジェはさっきからリオンに甘くないか?

 この中で一番厳しそうなのに……いや、最早諦めてるのか……どちらにせよもう止められないだろうけどな。

 俺としてもあんなのさっさと破壊してくれるに越した事無いし。

 

「ではお言葉に甘えて……破壊システム作動、対象の物体を破壊します。それと同時並行して……あっちも殺ってしまいましょう」

 

 俺とリオンには分かる、今上空にルクシオン本体がいる事を。

 そして何をするか……勿論察せない二人じゃない。

 

「なあ……アレでやるのか?」

 

「確かに俺は賛同したけど本体でやらなくても……」

 

「いえ、私の怒りは私で発散しなくてはなりません。よって遺跡の破壊は私でしか行いません……発射」

 

 うわぁ全く躊躇しねえじゃんルクシオン。

 上空から降り注ぐ光が遺跡に次々襲い掛かり、粉砕していく。

 どちらにせよあんなとこにあるものなんてクソッタレエルフの死体とこの世に存在してはいけないおぞましい開発物しか無いし良いけど……

 

 引き摺ってきた村長はあまりの恐怖に泡を噴いている。

 

 ……ま、このまま引き摺ってくか。

 

 

 

 

 

「魔王様、どうかお許しください」

 

「我々の島を見逃してください」

 

「だから俺は嫌だと言ったんだ! 村長たちが遺跡を荒らすから!」

 

「その村長も遺跡を荒らしてる最中にモンスターに襲われて瀕死って話じゃないか!! どうするんだよ!!」

 

 エルフの村に帰ってくると、まあ案の定阿鼻叫喚が広がっていた。

 しかも村長に関しては都合良く悪者になってもらったから全てのヘイトは村長に向いている、マリー殺そうとして息があるだけマシだと思えよお前は。

 

「……馬鹿な奴ら」

 

 カイルは、その光景をユメリアさんと俺達の近くで見て嘲笑する様に漏らす。

 その声は……俺にしか届かなかったが、今までの積年の恨み辛みを乗せた言葉だったのは確かだろう。

 何にせよカイルに関しては親子揃って関係が良好ならもう何でも良いよ、エルフなんて所詮お前ら抜いたら村長みたいなのばっかだろうし。

 

「……ユメリアさん、でしたよね」

 

「あ、はい! え、えっとカイルが仕えてる女の子の婚約者さん……でしたっけ?」

 

「ええ、カイルが仕えてるのが『マリエ』で俺が『アルフォンソ』って言います。俺の場合名前が長いので『アル』って呼んでもらって構いませんよ。……つーかカイルもいつまでも俺の事苗字読みするんじゃなくてアルって呼んでも良いんだぞ?」

 

「わざわざどうも……アルくん、よろしくね」

 

「……じゃあ、折角ですから呼ばせてもらいますよ。……アル様」

 

 そう思うとカイルとユメリアさんって本当に凄く良い人達だ。

 カイルは同性として気軽に付き合えるし、俺が近くにいない時のマリーの話とかも積極的にしてくれるし。

 ユメリアさんはドストレートにほんわかしてて癒し系美人で、この親にしてこの子ありって感じの人の良さを感じる。

 

「ユメリアさん……カイル、良い奴っすね」

 

「ええ、それはもう。私の自慢の一人息子ですから」

 

 さて……この後は占いかな。

 俺の何が占われるのやら、ちょっと期待してしまうな。




※両王女はアルに興味を示している為魔装の腕の優先順位が格段に落ちてる段階で破壊されました


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第六十話『他人の運命に必ず俺が出現してくる現象に名前を付けたい』

「里長がお礼をしたいそうです」

 

 あれから幾分か、暴れに暴れまくったルクシオンは魔装の右腕と遺跡を跡形も残らず抹殺すると機械なのにめちゃくちゃスッキリした様な艶やかさで戻ってきていた。

 それをどう間違えて明後日の方向に解釈したのか、里長や村のエルフ共は挙ってリオンや俺達のお陰で助かったと言ってきたのだ。

 

 いやこれ自作自演なんだけどね?

 

 そんな訳で里長が礼をしたいと家に招いてきた訳だ、何か流れはおかしいがこれで占いルートに入っただろうし途中経過が歪でも結果良ければ全て良しって事にしとくか。

 

「お礼なんて良いのに。突然訪ねて来たのはこっちの方なんだから」

 

 結果として財宝なんて何一つ手に入らずマリーとしては残念な結果に終わったのに、泣き言や文句一つ言わずにそういう姿には感慨深いものを感じてしまう。

 あと傍にいる男一つでこうも性格が変わってしまうのかと我ながら自分が何をしてきたか冷静に振り返っては前世の俺がこの子に対して非常に過保護に接してきてしまったのではないかと思わされる。

 それこそリオンがリビアに対してしてた程度以上にはしていたとは確信出来る。

 

「……こちらこそ、申し訳無い事をしてしまった。結果的には遺跡を破壊してしまって……何と詫びれば良いか」

 

「里長は、古の魔王の怒りがこの程度で済んで幸いだったと言っています」

 

 この程度と言う言葉にさっきまでのルクシオンの暴れっぷりを思い出してみる。

 躊躇無く遺跡を粉々に粉砕し、魔装は文字通り塵と化させていた。

 ジルクは文化的遺産や発掘物が好きだったのか、相当ショックを受けていたのを覚えている。

 だがあんなの破壊するに越した事は無いからな……許せジルク。

 

 閑話休題、話を戻すがあんな阿鼻叫喚な惨劇を起こしときながら『この程度』と言い切るおばあちゃんにはビックリしてしまう。

 生きてきた年数が違い過ぎて達観してら。

 

「あ、あの! 話は変わりますけど、混ざり物って何ですか? ユメリアさんがそう言っていて……カイル君も様子がおかしいですし、どういう意味でしょうか?」

 

「あ! そうそう、その話題もしないとね。アタシの弟分がここに来る前からずっと来たくないみたいな感じで話してて……アイツの故郷なのに……だから、なんでなのか知りたいわ」

 

 そう言えば占いの前にはこの話題もあったな。

 混ざり物……言ってしまえばその名の通りのものであり、人間からしたら何一つ問題無いのに『エルフだけ』拒否反応を示すという言わばエルフに置ける最大の欠陥構造とも言える話だ。

 

「エルフの美醜が魔力によって判断されるのはご存じでしょうか?」

 

「……成程、大方別種族との間に生まれた存在がカイルで、その魔力がエルフからしたら気持ち悪く感じるってところか」

 

「そうです。魔力はそれぞれに特徴があります。人に説明するのは難しいですが、色として判断しています。ですが、希に複数の色が混じりあったような魔力を持つものが生まれます。

そういった者たちが使う魔法は強力で、そして魔法も特殊なのです。ですが、我々から見れば嫌悪感を抱かずにはいられない。それを里の者たちは混ざりものと呼んでいます。しかし良く分かりましたね」

 

「ここに来る道中で連れの一人が似た様な事話してたからな。ある程度の予想は立てられる」

 

 本当はずっと前から知ってたんだけどな。

 都合良くジルクが話しててくれてたお陰でそれを理由に出来るから今回に関しちゃジルクはファインプレーと言えるだろう。

 

 後で給金の一部を適当な理由付けて渡しといてやるかな。

 

「カイルの母親であるユメリアは、一時期は里を離れてその魔法で旅芸人の真似事をしていました。その際、人間の男性との間に子供が出来てしまったのです」

 

「……ユメリアさん。失礼な事聞くかも知れませんが……その男性の事、愛してました?」

 

「そ、それは勿論っ。でも……あの人は、『自分が隣にいては君を不幸にしてしまう』とお金だけ置いて行方知れずで……会いたいのは山々なのですが、最早何処にいるか、生きてるのかさえも……」

 

「それが聞けたなら何よりです」

 

「え?」

 

「いや、こちらの話ですよ。……旦那さんと、また会えると良いですね」

 

「そう……ですね」

 

 俺はずっと気になっていた事があった、それはカイルの父親の話であった。

 ユメリアさんはとても朗らかで心優しく、誰も彼もを包み込んでくれるようなそんな心を持っているのを知っている。

 だからこそ、カイルの父親の事をどう思ってるのか聞きたかった。

 愛してるのか、どうとも思っていないのか。

 原作では外道貴族に孕まされたと言う記述があったが……前者且つ会いたいと言ってくれたなら後は簡単、俺がやる事は決まっているからな。

 

 それも少し時間は掛かるだろうから後回しになるが。

 

「カイル、アタシはアンタがどんな存在でも気にしないから。いつも通りアタシの弟分としていれば良いのよ!」

 

「はいはい……分かってますよ(ありがとうございます、ご主人様)」

 

「なんか言った?」

 

「いーえ、何も言ってませんよ」

 

 その誰にも聞こえないように言ったであろうカイルのそれは俺にだけは聞こえていたが、心の中に留めておくとしよう。

 

「……噂話程度には聞いたことがある。ハーフエルフという奴か」

 

「ハーフエルフの立場というのは微妙です。ハーフエルフが生まれるということは、出稼ぎをする男たちにとって放置できない問題ですからね」

 

「……あーそっか、エルフが奴隷として重宝されてるのは子どもが出来ないからってのがデカいもんな。まあ、アル一筋のマリエがカイルと如何わしい事してるなんて想像の『そ』の字も付かないくらい想像付かないがな」

 

「当たり前でしょー? アタシのダンナはアルだけなの。そういう事するのも、して良いのもアルだけなんだから……」

 

「マリーよ、人前で頬を赤らめながら言う事じゃないんだよそれは」

 

 まあ、その、最愛の女がいて二人きりになれる時間もそこそこあって据え膳食わぬは男の恥と言うか、我慢出来ないと言いますかね……勿論学生の身分で妊娠なんて事にはならない様に『精度の高いそういった物』をこっそり購入とかもしてますけど。

 

 とは言えそれを周りにぶちまけるのはテロだと思うんですよマリーさん。

 案の定ジルクとグレッグが冷えてるしリビアとアンジェは顔を赤らめてる、リオンは首を横に振ってやがる。

 

「せ、聖女様の旦那様が良い方なのは理解出来ました。それはさておき……里長が皆さんを占っていたそうです。その結果を伝えるとのことでした。里長に出来るお礼は、こんなものしかないと」

 

 おばあちゃんの通訳係のエルフも若干動揺してんじゃねえかよ。

 

「ではまずは聖女様からになります」

 

「アタシ? どんな結果なのか想像も付かないけど興味あるし聞いてみようかしら」

 

 占い結果は、俺のいない世界線のものは既に知っているが俺が入った事によってどう変わったのかは俺も気になるからな。

 耳を傾ける。

 

「貴方はとても不思議な運命の元にいます。決して交わる事の無かったはずの、唯一貴方を真の意味で幸せにしてくれる男性と奇跡的に出会い、そしてこれからも苦楽を共に生きるだろうと仰っていました」

 

「……唯一、アタシを本当の意味で幸せに……そっか。アタシ、ずっとずっと昔からもう幸せ見つけてたのね」

 

 不意打ちでめちゃくちゃ照れる占い結果暴露してくれたなこのおばあちゃん!?

 でも嬉しいけど!!

 

「ですがその男性は、貴方が固く固く手を繋いでいないと消えてしまう可能性もあると」

 

「大丈夫。アタシ、アルとは何があっても一緒にいるから」

 

 ……消えてしまう、ねえ。

 

 はぁ、こりゃ本格的にさっき見た夢の一部がマジになってきてそうで憂鬱過ぎる。

 最悪の未来はどんな形で俺が消えるのか想像もしたくないね。

 

「さて、次は黒髪のお二人」

 

 次はヘルトルーデとヘルトラウダのターンか。

 ラウダ王女に関してはここにいなかったしどんな結果が出てるか楽しみだな。

 

「まずは少し長身の貴方……いずれ貴方には大きな転機が来るそうです。貴方の目の前に大きな困難が現れると里長が告げています」

 

「そう。それくらいの方が人生は面白いわ」

 

「それと、貴女は運命の相手と出会います。その方と共に歩むことが出来れば、貴女の困難な道は光に照らされ、頼もしい支えになってくれるそうです。そしてその運命を手に入れるには、残酷な現実から目を逸らさず見なさい、さすれば運命の相手の隣にいる男性が貴方をその道へと導いてくれる事でしょう」

 

「残酷な現実……まぁ、頭の片隅に置いておくわ」

 

 いやこれも運命の相手の隣にいる男とか完全に俺じゃん。

 しかも占い結果良化してるし、これならリオンヒロイン入れられるだけ全員投入ハーレム化計画へ大きく前進出来そうだ。

 

「次に少し小柄な貴方。貴方はとても過酷な運命の元にいます。貴方には本来近い将来死、若しくはそれに近しい運命が待ち受けている可能性があります。ですが、運命の男性と出会えればそれから逃れ貴方は幸せになれるでしょう。そしてその運命の相手は、貴方を助ける騎士の近くにいます」

 

「私に死の運命、ですか……」

 

「ら、ラウダ……」

 

「ですが予言とヒントを貰えたのなら、試しに動いてみるのも悪くありませんわ。丁度……私を助けてくれた騎士様ならいますもの」

 

 なあばあさん、俺絡みの予言多過ぎない?

 でもラウダ王女の運命の相手が俺の近くにいるって……誰の事だ?

 

「次はそちらの御二方です」

 

 流石にアンジェとリビアはそうは変わらないだろうから少し気が抜けるかな。

 

「貴女と、そちらの方には、古の魔王すら従える勇者とその相棒の騎士が守っているように見えるそうです。既に現れているのか、これから出会うのか分からないそうです」

 

「勇者と騎士?」

 

 オイ出てんじゃねえかよ!!

 チラッとだけど出てんだよそれは!!

 相棒付け足される必要あった? ……いやあったわ。

 

「男の子向けの物語に出てきますね。魔王を倒した勇者とその隣に立つ騎士……え、えっと、そんな凄い人達は知り合いにいませんけど」

 

「続きますが、貴女たち二人の運命は複雑に絡み合い、本来あるべき道から大きく外れているようです。そして、貴女たちは本来背負うべき重荷を複数の他者が既に背負ってくれています」

 

「え、えっと、助けて貰ったんですかね?」

 

「はい。そして貴女も既に助けられています」

 

「……確かに、リオンやアルには何度も助けられてしまったな」

 

「里長も複雑すぎてよく見えないそうです。ただ、お二人の近くには勇者とそれに準ずる者の加護が見えるそうです」

 

 ……御二方? リオンを見るのはまだしも俺まで見なくても良いのでは?

 

「リオンさんとアルさんも占ってください!」

 

 アンジェも同様に食い気味で賛同してくる。

 

「た、頼む。こいつらだけ占われないのも寂しいだろう? 気になるとかそういう意味ではなく、やはりこういうのはみんな一緒がいいからな!」

 

 オイ絶対気になってるってこの人達。

 

「良いでしょう……しかし里長が少し疲れてしまっている様なので少し休憩をいただきます。申し訳ありません」

 

「いや、それでじっくり聞けるならそれに越した事は無いからな」

 

「……俺の運命に関しては本当に詳しく聞いてみたいしな」

 

 少し焦らされる事になるが仕方ない。

 これだけ他人の運命に絡んでいるのもそうだが、あの遺跡で見た夢に付いてそれっぽい話が出てくるかどうか……

 

(こうなった以上、全部聞いてやるよ!)



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第六十一話『俺の運命は複雑怪奇』

1ヶ月半振りくらいに日間入ったらしい
正直もう日間入るの無理だと思ってたから嬉しい


 休む事小一時間、俺のいない世界線の話ではそもそもリオンの占い途中で寝ていたが何故か結構ピンピンしているおばあちゃんの話が聞けるのだとしたらこれ以上無い、特に俺自身の謎に付いても聞けるかも知れないというのは恐らくここでしか有り得ない。

 何でも良い、今後のヒントに、俺のヒントになるならそれに縋りたい。

 

「皆様お待たせ致しました、里長が大丈夫そうなので再開します」

 

「いえ、わざわざありがとうございます」

 

「アル、どっちから聞くよ?」

 

「そうだな……出来れば俺が先に聞いてみたい」

 

「珍しいな。ま、良いや。それじゃコイツからお願いします」

 

「分かりました。聖女様の旦那様からですね」

 

 だから俺は少し強引ながらも、ワガママを言わせてもらった。

 ワンチャンリオンの時みたく途中で寝られたら後悔してもしきれない、何ならリオンみたく叫びかねないくらい悩まされてるんだから。

 

「貴方の運命は……どうやらあまりにも複雑怪奇過ぎて、鮮明には見えないそうです。何重にも折り重なった線と線が雁字搦めの様に、貴方に纏わり付いて様々なビジョンが見えると」

 

「何重にも、ねぇ……三重とかの量では無いと?」

 

 大方前前世と前世と今世で混線状態になってる……と思いたいが、三重なら『何重にも折り重なった線』なんて言い方はしないのだろう、どういう意味なのか震えそうな声を抑えながら尋ねる。

 

「……里長曰く太い線が五重、細い線は無数だと仰っております」

 

「五重……? うーん……」

 

 四重、と言われた方がまだ色んな意味で割り切れた。

 前前世、前世、ループ前、今ならあれが現実だったのは死ぬ程認めたくないが合点は行く。

 だが五重は意味が分からない、俺は二回逆行しているか何処かで重要な転生を一回挟んでる事になるからだ。

 この世界に必要な運命として五回目の人生だとするなら残りの一回を必ず見つけないといけない、恐らくそこが帝国と平和的に終わり『モブせか』としての終着点に辿り着く為のラストピースに他ならない。

 

「そして、鮮明には見えなかったものの貴方には様々な悪い運命を良い方向に導ける力を感じます。既に幾つもの運命を変えている、と里長は仰っています」

 

「……アタシの運命も、その中に入るのかな」

 

 ボソッと呟くマリーに俺は内心呟く。

 本来お前はカイル含む六股を掛けて内五人を超絶ダメ男にした上でギャグ補正があったとはいえ相当めちゃくちゃにされた人生を送らないと行けなくなるんだぞと。

 お前自身の性格も今とは比べ物にならないくらいポンコツで可愛いと言えば可愛いが今程好きになれてたかと言えばノーコメントを貫きたくなる性格だったと。

 

 全て俺が変えてしまったから入る入らないの枠どころか変えた運命のド本命としか言い様が無いのである。

 

「そして貴方は近い将来、大きな事を成し遂げるでしょう。それが何かまでは見えませんでしたが……必ず、貴方の国の為になる事です」

 

「なるほどね」

 

 これは恐らく共和国との事だろう、二年に上がれば留学と称してあっちに行き、俺の大本命である帝国との戦争を引き起こさせない為に聖樹の暴走を止めるからだ。

 これさえ無くなれば文字通り帝国編で散っていった王国軍、帝国軍……後は、戦争さえ無ければ仲良く出来たかも知れないヘリングや、皇帝バルトルトも救えるかも知れない。

 ただ問題は、共和国編が原作Web版の共和国自体がリオンの敵として認識されて殲滅されるルートか、書籍版の方の追加で出てきたキャラがいたり学園での留学生としての生活やラブコメが中心となった和やかな場面が多いルートかによってまた色々と対応も変わってくるからどちらなのか早目に見極めて動きたいところではある。

 

 続けておばあちゃんの言葉に耳を傾ける。

 

「ですが貴方は自分を犠牲にし過ぎてしまいます。今までもそう言った事があったかと思いますが、これからはそれを自重しながら行動した方が良いです」

 

「……いやはや、痛いお言葉ですよ」

 

「ほんとよ、アンタ無茶し過ぎなんだから」

 

「あー……決闘の時思い出して腹痛してきたわ……」

 

 自己犠牲が強過ぎる、か。

 確かに痛い言葉ではあるがそれでマリーや周りのみんなを守る事が出来るなら俺はこれからも躊躇無くその身を呈して行く腹積もりだ。

 これはこの学園に入学する時に本格的に決心した固い想い、この世界を呆れるくらい笑えるギャグだらけみたいな平和な世界に変える為に、マリーが一生笑って過ごせる世界にする為に、やれる事があるならなんでもすると誓った事なのだ。

 忠告は胸の中にしまい込むが、最悪分かっていても俺の身を犠牲にして世界が守れると分かれば俺は躊躇わない。

 

「最後になりますが、近い将来貴方はまだ見ぬ『予想外の存在』とタッグを組む事になるでしょう。その存在こそ、貴方の偉業に欠かせない最後のピースです。どうかお忘れなき様」

 

「予想外の存在……ええ、覚えておきます。ありがとうございました」

 

 へぇ……俺、これでもかなり本来の運命から外れた連中と仲間になってきたけどまだいるのか。

 しかも予想外の存在と来たか、これは誰になるかも注目しておかないといけないな。

 

 俺はおばあちゃんや通訳のエルフに礼を言って一歩下がる……リオンの占いはどこまで聞けるんだろうか。

 

「では最後にそこの貴方ですね」

 

「よろしくお願いしま~す……てか大丈夫ですか里長?」

 

 少し休んだとはいえ、やはり高齢とあり疲れてる様子だが……姿勢を正し佇まいを整えているところを見るに大丈夫と言いたいのだろう。

 息を整え、喋り出す。

 

「この里を救っていただきありがとうございます。貴方様はとても優しい方のようだ」

 

「どうもどうも」

 

 リオンは褒められて嬉しいご様子だが複雑そうな顔付きなのは両王女。

 まあ戦争第一弾で一番暴れてたのこの人だからね、仕方ないね。

 残忍さで言ったら俺の方が印象に強かったんだろうがそこはラウダ王女を助けた事で一気にラウダ王女本人からは少なくとも逆転してるらしいしな。

 

「私の占いでも、貴方様の未来は見通せません。ただ、貴方様はいずれ――過酷な選択を迫られる事になるでしょう。貴方様のポリシーさえも……崩さなくてはならない程の選択を。次に……近い将来、貴方様は大事な人の、知られたくない秘密を知る事になるでしょう。その時取る選択次第で未来も大きく変わります」

 

「中々ハードな未来だな……はぁ……でも後者の話は大丈夫だろ、俺こう見えても一番大事な事は外さない自信あるし」

 

 いや多分後者の話は俺の前前世の話だから大丈夫じゃないんだよ。

 はぁ……いつかは知られるんだろうけれど出来れば一生秘密で居たいんだがなあ。

 だってどうリアクションして良いか分からないでしょ、自分が実は大切な人から見たら創作世界の人物だったとか。

 嫌すぎるだろ普通に。

 

「そしてその選択をどうしたとしても、大切なものを……失う……未来、そして、過酷な……ぐぅ」

 

「おばあちゃん? おばあちゃん!? 嘘だろ!? ここまで聞かされて最後だけ聞けないとかある!? しかも俺だけ!?」

 

「……申し訳ありません、どうやら限界だった様です」

 

「リオン、仕方ない。ここは諦めるしかあるまい」

 

「そうですよ、お年寄りは大切にしないといけませんから」

 

「と、トホホ……」

 

 案の定寝てんじゃねえかおばあちゃん……

 これ俺先に聞いといて良かったパターンだな、聞く順番入れ替わってたら『予想外の存在とタッグを組む』というところがめちゃくちゃ中途半端に聞かされてた可能性が高いからな。

 そうなったらこっちが叫びたい気分だっただろう。

 

 済まないリオン、許せ。

 

「まぁ、ある程度は聞けたんだし良いんじゃない?」

 

「そうね、それに良いオチが付いたんじゃないかしら?」

 

「あらアンタ気が合うわね」

 

「そっちこそ」

 

 何かマリーとルーデ王女は二人して気が合うのか軽く話してるし。

 今日飛行船で来た時はマリーへの印象かなり悪く見てたはずだろうに、何だかんだ歳が近い同性だと波長が合うのかね。

 

「さて、そんじゃ帰りますかね……リオン」

 

「ああ。村長の処罰とかは全部そちらに任せます。……ですが、その代わりに頂きたいものがあります」

 

 俺はリオンに目配せする。

 お互い話し合ってはいない……いないが、お互い状況は全て把握している、ならばやる事は一つだ。

 

「なんでしょう。我々は村の者とは違い金品類は……」

 

「いえ、俺が頂きたいのは……ユメリアさんです」

 

「え!?」

 

「か、母さんを?」

 

「……ふむ、話を聞きましょう」

 

「ユメリアさんは元々村ではあまり待遇が良くなかったそうで、それに加えて息子……カイルと離れ離れで過ごしてるなんてあんまりじゃないですか。だって二人は親子ですよ?」 

 

「そ。だから……金品とか村の処遇とか何も貰わないししません、全てそちらのしきたりにお任せする、その代わりにユメリアさんだけカイルと共に生活する為に頂きたい。……俺の嫁であるマリーにライフル向けて殺そうとした村長の村の連中なんて全員殺しても殺し足りない中でここで譲歩したいと言う事です。悪い取引ではないと思いますが」

 

 少し脅し気味になってしまうが、ここで強気に出ないとどれだけ村長が俺の逆鱗に触れたか理解するには難しいだろうし許してもらいたい。

 リオンは情に訴える言い回しで二人でエルフの思考能力をロックする、何かしら文句や代案があったとしても言わせない言えない様に誘導する。

 前世から二人してイジメ加害者に報復した後、その家族に文句を言われた時に言いくるめたり屈服させたりする為に使っていたコンビ芸がここで活きる事になるとはな。

 

「うっわぁ……相変わらずやる事がえげつないわね二人とも……」

 

 それを間近で見てきた当のマリーはすっかり平常運転でドン引きしていた、前世でも中学二年途中くらいからは加害者家族に若干同情するくらいの余裕というか、そういうものがあったから仕方ないが。

 

「……良いでしょう。村を潰されては我等エルフの存続自体が危ぶまれます。ユメリア、カイルと仲良くやるのですよ」

 

「……は、はいっ」

 

「母さん……俺……感謝してるから。優しい母さんに育ててもらった事。だから……ありがとう。アル様とバルトファルト子爵も、ありがとうございます」

 

「カイル……ううん、私の方こそ優しい子に育ってくれてありがとう。お二人も……本当にありがとうございます。なんとお礼を言って良いか……」

 

「まあ、仲良さそうだったしアルが村を壊滅させない為の良い口実にもなりましたから」

 

「本当は潰しても良かったけど、それよりカイルとユメリアさんが近くで暮らしてる方が俺にとって得だったんでね。それではこれにて本当に失礼させていただきますよ」

 

 これだけ仲が良いなら尚更近くで過ごさせてあげたいと思っちゃうからな。

 

 さて……取り敢えず帰ったら早速この親子の為に『計画』を実行しますかね。



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第六十二話『公国の真実』

『もしも。もしもだ。公国の上層部が、嘘で国民を洗脳していたら……どうする?』

 

 それは、ずっとずっと私の中で木霊する言葉だった。

 バレント・ヒム・ドゥース、これが私の名前でありドゥース家という子爵家の三男として、公国の秩序を守り、公国の宿敵である王国を打倒する為に育てられ、兵士として自立し王女様お付きの護衛騎士になるまでに出世した。

 そして呑気に修学旅行を楽しむ王国の貴族子息達、引いては公爵家令嬢の乗る民間船を見つけ出し全員を抹殺し王国を恐怖に陥れる……予定ならそれで我等公国が覇権を握るはずだった。

 

「……まさか学生の中にあの様な手練達がいるとはな」

 

 しかし我々が王国の民間船を見つける前に民間船の護衛をしていた……後にアルフォンソの私兵団と分かった集団……に逆に先に見つけ出され先制攻撃を受けその時点で公国軍は半壊。

 遅れてやってきた漆黒の鎧に鎧部隊もほぼ壊滅させられ、船もあろう事かその漆黒の鎧より遅れてやってきた鎧達が加わった事でほぼ全てを無力化され、我々は完全敗北。

 

 殆どの者達は復讐に燃えていた。

 私も最初はそうだったが、本陣にリオンと名乗る男爵とアルフォンソと名乗る男爵……どちらも学生だった……に突入されヘルトルーデ様とヘルトラウダ様を誘拐された後で残ったアルフォンソに、私の中で幾度と無く木霊するそれを言われたのだ。

 

「使うと言っていたが、怪我が治るまでは療養とあって冬まで来てしまったが……」

 

 渡された珍妙なネズミ型をしたロボット。

 実際に動くのかどうかすら怪しかったが、療養中にしたテストでは座標登録での行動の正確性、映像、音声等の記録も鮮明に行えていた為奴が本気で渡してきたのだと確信した。

 

「そもそも王国はあんな技術をどこで発明したのだ……我々が遅れていると言うのか? いや、今はそれよりもやる事があるはずだ」

 

 

『だがおかしいとは思わないか? 王国が公国に不当な働きをしたと言うのも、国王、王妃両陛下の死も、確実な証拠は無い。違うか?』

 

『だ、だが我々は……』

 

『位のある人間の言葉だから信じたと? 馬鹿馬鹿しい、言葉なんぞいくらでも改竄出来るんだよ……騙されたと思って一度試してみたくないか? この録画録音機能が搭載された自立型隠密ロボットで上層部の本当の言葉を聞いてみるのを』

 

 

 このネズミ型ロボットが本物と分かった以上、次我々が攻めるまでに答えを見つけなくてはならない。

 あそこまで言われたのだ、徹底的に撮ってそれ見た事かと言ってやるのだ、我々公国は間違いではなかったのだと。

 

「今日は都合良く王宮に出向く日でもある……やれる事は全てやるだけだ」

 

 

 

 

 

「おおバレント殿、まだ完治していないと聞いておりますが怪我の具合は宜しいのですか?」

 

「王国の民間船に王女殿下二人が攫われたとあってはおちおち寝てもいられますまい。我等公国の威信に賭けて、必ずやヘルトルーデ王女とヘルトラウダ王女を取り戻す為にも、今日付けで復帰させてもらいました」

 

「なんと言う忠誠心……やはり貴方に王女殿下の護衛騎士を任せていて正解でした。我が公国軍も多大な被害を被り人材はともかくとして鎧や戦艦の量が足りぬ状況。一人でも多く出撃可能な騎士がいる事に越した事は無いですからな」

 

 王家代理として現在玉座に座るは、公国でも指折りの上位貴族の一人にして代々王家に忠誠を持って仕えてきた侯爵家、ダリア家の現当主アレン様だ。

 この方は良くも悪くも嘘や血が苦手で、騙されやすくも一途にこの公国を想ってきた心優しき方だ。

 ただ、ずっと弱腰で意見をほぼ言えずこの玉座に座っているのも他の貴族から押し付けられたものという何とも締まらないものだが……

 

「護衛騎士として、使命を果たします」

 

 今日王宮に出向いたのは、復帰報告と現状整理をするのがメインで他は別段する事は無い……表向きは、だが。

 そう、王宮と言えば上位貴族が都合良く集まる場所でもある。

 つまりあの男、アルフォンソが言っていた事の真偽を確かめるには絶好の場所なのだ。

 更に事前に確認しているが、今日は示し合わせたかの様に上位貴族達がこの王宮に集まっているというじゃないか。

 ならば調べない手は無い、アレン様に会釈をし退席した後、誰もいないのを確認しネズミ型を放つ。

 

「座標は王宮の中でも人の出入りが少なく、且つ上位貴族の集まる場所として知られるスポット。秘密にしたい話をするならそこしかあるまい」

 

 何が出てくるかなんて知らない。

 だが、何か出てくる様なら父上や兄上達にも報告が必要だろう……願わくば何も出てこない事を祈るが。

 

 

 

 

 

 足音と言う足音も聞こえない中、ネズミは天井裏や隙間を使い所定の位置に辿り着いていた。

 そこは丁度公国の上位貴族達が集まっている場所でもあり、ネズミは映像撮影の為に独自の判断でサイレントレーザーを使い天井のごく一部を焼失させ、穴を開け盗撮、盗聴を開始する。

 

 そうとは露知らずな貴族達の話は盛り上がるばかりである。

 

「いやはやしかし、両殿下が攫われてしまうとは我が公国の騎士達も情けないですな」

 

「ご最もですな。あの二人のどちらかでもいれば魔笛で守護神を召喚する事が出来るというもの。そうなればあの様な小僧などに遅れを取らぬものを」

 

「とは言え悪く言えば両殿下の使い道などそれ以外無いにも等しい。所詮あの二人も、陛下達と同じく無能だったという事に他ならぬ。折角我々が幼少期より手塩にかけて嘘を刷り込んだというのに」

 

「おやおや、バレなければ嘘ではありませんよ。陛下達は非常に不幸な事故で二人とも亡くなってしまった、と我々が言い続ければあの無能二人を殺した事も事故という真実によって上書きされるのですから」

 

「それもそうだな。しかし両殿下奪還はどうすべきか……」

 

「ならばここはイーデン伯爵にお任せ致しましょう、彼は前回あの民間船に乗っていた実力ナンバー2の小癪な餓鬼相手に互角に渡り合ったと言うではありませんか」

 

「おお、彼程の実力者なら最悪魔笛を吹かせるまでなら何とか出来るはずですな。……しかし彼があれ程の実力者だったとは」

 

「私としても驚きですが、この際こちらに都合良く動いてくれるのなら何だって構いません」

 

「今その彼が他国に出掛けているという呑気な事をしてさえいなければ、賛成出来たのだがな……」

 

 ここまで聞き取ったネズミは、証拠には充分と判断したか行きと同じく足音一つ立てず高速で去っていく。

 向かうはバレント・ヒム・ドゥースのいる飛行船乗り場だ。

 

 

 

 

 

「……なん……なのだ……これは……? これが、我等が信じていた公国の真実だと言うのか……? これを、私達騎士は大義と言われ戦い、散っていったと言うのか……?」

 

 ドゥース家に帰ってきた私は早速共に帰ってきたネズミの映像確認を行った……行ったのだが、そこにはあまりにも信じ難いものが映っていたのだ。

 上位貴族達による亡き陛下達や両殿下への嘲笑、罵倒、挙句の果てには陛下達を殺したのが上位貴族の手によるものだと映像は言うのだ。

 

「こんな事が……あって良いのか……? 我等は一体何年、騙され続けてきたんだ……?」

 

 信じられない、信じたくない。

 だがここに、映像が映し出されてしまっている。

 しかも自らの手で放ったテストもした正真正銘小細工無しの証拠だ。

 

「だとするならば……ヘルトルーデ王女も、ヘルトラウダ王女も、公国へ奪還するのは逆に危険……結果的に何もかもあの小僧の言葉通りだったと言うのか……」

 

 握る拳の力が強くなるのを感じる。

 だが悔しがってる暇は無い、私はこれを父上や兄上達に見せて協力してもらう他無い。

 幸いにして、私の家は柔軟な考えが出来る家故に既に先の話は極秘と言う名目で話を通してある、後は結果を伝えるだけだ。

 

「ふっ……次会ったらあの者には礼を言わねばならぬな……」

 

 息を一つ吐き出し、私は父上の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んふふ……見~つけたぁ♡」

 

 暗い暗い洞窟の中。

 そこに目隠しをされ倒れ伏しているのは一人のエルフであった。

 そしてそれを見つけ出したのもまた、一人のエルフ……否、その者が持つナイフの血の持ち主こそがこのエルフ『だった』。

 

「やっぱりエルフの島ならエルフに成りきらないとね」

 

 その正体は、新道寺明彦……ロイズが殺し成り代わった姿であった。

 

「この術も大分僕に馴染んできて記憶もトレース出来る様になったからね……お目当ての物があるか無いか……コイツから『記憶を貰わないといけない』。僕の探し求めるロストアイテム……書物で、数百年前ではあるけど一度だけ所持者がいたと記述があったそれさえあれば……ヒロに勝つ事も容易。さっさと殺してぇ、アヤを僕だけの物にしないといけないからね♡」

 

 目隠しが乱暴に取られる、そこにいたのは紛れも無くヒロ……アルフォンソに瀕死にされた村長だった。

 実はあの後里長サイドが主体となり処罰を決めた結果、洞窟に放置して餓死、つまりは実質的な死刑という判断に相成ったのだ。

 しかし放置して以降は四肢と喉を機能不能にされた事もあり完全に誰も様子など確認に来なかった。

 

 ロイズはエルフの幹部格の男が一人になったところを殺害し成り代わり、村長の末路をその男の記憶をトレースした際に知り今に至る。

 

「……ッ!! ~~!!」

 

 言葉にならない声を上げながら逃げようと藻掻く村長に対しロイズは非常につまらないといった表情でそれを見つめる。

 

「声も挙げられない、逃げる事もままならない。これじゃ暇潰しにすらならないじゃないか。はあ~あ、つまらないから死んでね」

 

 ズドン、と鈍い音がしたと思うと村長の心臓にはナイフが突き刺さっていた。

 何が起きたか分からないといった表情になった村長は、そのまま崩れ落ち事切れる。

 

「ばいば~い。後は僕が君に『成り代わって』あげるからね♡ 変ッ身ッ♡」

 

 それを見届けたロイズは、返り血を浴びた顔のまま両手を上げ、心地良さげな顔付きで目を閉じ『成り代わりの合図』を告げる。

 ドロドロと幹部の男エルフの身体が崩れ落ち、全てがジェルになったかと思うと瞬時に細胞の再構成が行われ、ジェルが集まり身体となっていく。

 

 そこにいたのは紛れも無く『村長』であった。

 

 そして村長の遺体は、それと同時に霧となって完全に消滅した。

 

「さてさて、コイツの記憶に僕の追い求めるロストアイテムはあるのかなァ?」

 

 ロイズは再び目を閉じ『村長』の記憶を辿り始める。

 

「…………これは。そうかそうか、やっぱり君が持っていたんだねェ。んふふ……ふふ、フハハハハハハハハハハ!!」

 

 暫くし、目を開けたロイズは高笑いを洞窟内に木霊させる。

 

「これで、これで僕は真の神となるッ!!」

 

 それは、新たな戦いの静かな静かな幕開けであった。




※割とロイズの挙動は檀黎斗をイメージしていたりする。尚、能力は檀黎斗神には遠く及ばない模様
やっぱり神は神だからね、仕方ないね


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第六十三話『カイルの本音』

 パルトナーの船内、そこには今回着いてきていたクラスメイト一同、親衛隊、ジルク、グレッグ、ルーデ王女、ラウダ王女の他にユメリアさんも乗せて学園へと帰っていた。

 

「結局財宝としての成果らしい成果は無しか。ま、仕方ないな。それよりまさかカイルのお母さんを一番の成果にするとは、そっちの方が驚きだよ」

 

「そもそもエルフ達が頻繁に立ち入ってたらしいしな。しかし男エルフは学園外でも外道ばっかだと分かった方が収穫だよ……はぁ」

 

「しっかしアル、遺跡ですげー大立ち回り見せたんだってな」

 

「んなのでもねーよ」

 

 船の中でも一番気楽そうにしているセミエンとの会話である。

 船内では少し恐縮しながらではあるがユメリアさんがクラスメイト達と交流をしていたりと微笑ましい雰囲気が流れていた。

 他に成果らしい成果と言えば謎の夢で見た懐中時計があるが……アレは極秘にしとくべきだろうと俺の脳内が警鐘を鳴らしているのでいくら親友でもあそこに立ち会った人間以外にはおいそれとは話せない。

 

「え、えと、ヘルトラウダ王女様? ぼ、僕を見て……な、何か気になった事とかあるの?」

 

「……貴方の頭に乗ってるその子、なんですの?」

 

「あ、これ? これは僕が作ったロボットなんだ。撮影、映像記録、録音記録、それに座標登録やある程度の自立行動も出来るんだよ」

 

「チュッ?」

 

「か、可愛いですわ……!! もし良かったら貴方の発明品、帰ったらもっと沢山見せて下さらない? 興味が湧いてきましたわ!」

 

「え!? ぼ、僕の発明品で良いなら是非……!」

 

 そんでラウダ王女はマルケスのネズミに興味津々で目を輝かせている。

 リビアと言いラウダ王女と言いとことん感性が合ってる気がしてるし、何とか仲良くなってくんねえかなあ。

 

 ……そう言えばラウダ王女の運命の相手って俺の周りの人間の誰かだったんだよな。

 ルーデ王女の運命の相手がリオンであるとなると、ラウダ王女が生き残れれば王位継承権第一位として公国独立の際に王妃になるが……まさか……な。

 

「ユメリアさん可愛い~」

 

「カイル君の育ちの良さが良く分かるかも!」

 

「癒される~」

 

「俺エルフの女性とか初めて見たかも」

 

「親衛隊騎士としての役得ってやつ?」

 

 そしてユメリアさんはクラスメイトや親衛隊に囲まれて少し照れながらも良くされてるのが分かる様で、嫌そうな顔はしていない。

 寧ろこれだけ囲まれて嫌な顔せずに朗らかにしているユメリアさんを見ていると村でどれだけ待遇が悪かったんだと思ってしまう。

 因みに最後の二人は公国襲撃の時に乗っていて親衛隊になった顔見知りの二人だったりする。

 

「良かったわね~カイル」

 

「……まあ、悪い気持ちにはなりませんよ。母さんがここまで良くしてもらってるの見るのなんて初めてですから」

 

 カイルはマリーに頭を撫でられていた。

 当の本人はそっぽを向いているが顔が照れているのが良く分かる、全く仲の良い奴らめ。

 

「カイル、ユメリアさん、それにリオン、ちょっと良いか?」

 

 しかし俺はここでこの三人を集めて話す事があった。

 リオンは既に知っている事だろうが、事前に話をしておかないと計画を実行しようにも出来ないからな。

 

「なんですアル様?」

 

「みんなごめんなさいね~。今行きます~」

 

「よっ、例の話か?」

 

「まそんなとこ……カイル、ユメリアさん。俺達は近い内にカイルのお父さんを探したいと思っている」

 

 そう、例の計画とは……カイルのお父さん探しだった。

 本来なら外道貴族が父親になっているところだったが、何の因果かこの世界線でのユメリアさんは相思相愛で恋仲になりカイルを孕んだ。

 しかも二人の幸せを案じて自ら身を引いて行方不明になった善人とあれば再会させたいに決まってるじゃないか。

 

 二人は困惑とも驚愕とも取れる表情をしている。

 

「俺の父さんを?」

 

「……で、でもあの人は今何処にいるか……」

 

「そういう事はコイツに任せれば良い」

 

「全く、機械使いが荒いマスターですね」

 

「悪いな」

 

「しかしマスターが完全に善意で動くというのも興味深いので付き合って差し上げましょう」

 

 そして最大の貢献者にはルクシオンがいた。

 分の悪い賭けだったが、まさかの完全善意で動くリオンが珍し過ぎて興味が湧いて動くという斜め上での協力となった。

 

「……良いんですか? 今日初めて会った様な相手に」

 

「カイルには色々と恋路を応援してもらったり同性の友達として結構付き合いがあるんですよ。そんな友人にちょっとくらい恩返ししたって罰は当たらない、そう思いますがね」

 

「俺としてはあまり付き合いは無いが、悪い奴じゃないのは知ってるしな。親元離れてたご褒美って事で良いだろ。カイルが良ければの話だがな」

 

「俺としては……複雑ですよ。生まれてすぐ母さんの気持ちも考えず姿を消して、そのまま行方不明なんて。でも……母さんが会いたいって言うなら俺は良いですよ。だって今でも愛してるんでしょ?」

 

「それは……そうだけれど。良いのかしら……」

 

「ったく……良いんだよ会いたければ会いたいで。母さんは昔からそういうところ優柔不断でダメなんだよ」

 

「で、でもでも~……」

 

「あーもう! 会いたいのか会いたくないのかどっちなの母さん!」

 

「うっ……あ、会いたいです……」

 

「はい、そういう訳です」

 

 え、なに、めっちゃ仲良くないこの二人。

 俺がいる世界線ってだけで改変が凄すぎてビビってる件。

 俺がいない世界線だとここではこういう掛け合いなんて一切無いどころか完全に亀裂が入ってる状態だったし。

 そう思うとどこでカイルの性格を変えたのか分からんが良くやった自分と言いたい。

 

「了解。んじゃ今度の週末にでも訪ねに行ける様に……ルクシオン、頼んだ」

 

「その前に見た目の特徴や名前、職業等を後でユメリアから聞く必要がありますよマスター。そうやってせっかちだから三人への告白のタイミングも間違えたのでは?」

 

「うっ、うっせー!」

 

「何にせよ明日はちょっとユメリアさん借りる事になるからスマンなカイル」

 

「いえ、父さんと会う為なら寧ろ積極的に借りてって下さい。この人自分からだとどうにもオロオロするタイプなので」

 

「うぅ~本当だけどそこまで言わなくても良いのに~」

 

 良いなこの二人の微笑ましい掛け合い。

 心が浄化されるというか、いつまでも見ていられるというか。

 

「ところでユメリアさん、カイルっていつもこんな調子だったんですか? 結構俺といる時とも雰囲気違いますけど」

 

「それがねアルくん、帰ってきた時から凄く素直になってて私もびっくりしちゃったんです。でもそれだけ成長したって事ですから何も気になりませんよ~」

 

「……これ、ご主人様聞いてないから言いますけど。ご主人様の元の実家って凄くご主人様に対して酷い扱いばかりしてたんです。それでもあの人は俺に対してたまにキツく当たる事もあるにはありましたけど。基本的には優しく接してくれて……ま、それと母さんがちょっと重なったんですよ。だから母さんの有り難みを感じたんです、面と向かって言うのなんて今回だけですけどね」

 

「そう。良い人に巡り会えたのね」

 

 初めて本音を聞いた気がする。

 感謝の気持ちやら恩があるってのは度々聞いてきたが、マリーの接し方がユメリアさんと重なっていたとはな。

 つーかそれマリーに聞かせてやれば良いのに、絶対めちゃくちゃ喜んでくれるぞ。

 

「それ、マリーには言わないのか?」

 

「言える訳無いでしょ……母さんには色々迷惑掛けたから、日頃の感謝として今回だけ特別に本音を話すって名目で話しますけどご主人様に言うには恥ずかし過ぎますって……」

 

「……♪」

 

 えー残念なお知らせがあります。

 マリーが真後ろでこっそり聞いてます。

 済まないカイル、俺ではどうしようも出来ない事もあるんだ許してくれ……

 

「どうしましたアル様?」

 

「あー、いや、うん、その、今気付いたんだが……手遅れらしい」

 

「はい?」

 

「……えー、後ろをご覧下さい」

 

 俺の詰まった様な声に何かを察したカイルの額から大量の冷や汗が落ちてくるのが見える、そして青ざめ始める。

 ギギギ……と音が聞こえてくる様なカチコチとした動きで自分の後ろを振り返るカイル。

 

「ふふ~ん、アタシの事そこまで大事に想ってくれてたんだ」

 

「ご、ごごごご主人様……い、いつからそこに……?」

 

「うーん、『ご主人様聞いてないから』からかしら?」

 

「大事なとこほぼ全部ッ!! ほぼ全部聞かれてるッ!! 終わりだよもう!!」

 

 カイル渾身の叫びであった。

 因みにこの声でほぼ全員のクラスメイトに事情を把握されたのはあまりにもあまりにもな致命傷な追撃になりかねないので控えるものとする。

 

「え~良いじゃない、アタシの可愛い弟分がそんなにアタシの事好いてくれてるなんて嬉しいわよ?」

 

「貴方はもう少しアル様と話す時みたいな恥じらいを持って下さい!!」

 

「あらあら仲が良いのね~」

 

 マリーが恥じらいを持つのは残念ながら俺関連だけなんだ。

 

「……そう言えば、アタシとカイルの関係性って専属使用人って立場からしたら歪なのかしら?」

 

 ふとした様にマリーが呟く。

 現状の王国から見たら確かに歪なのだろうが、俺達やクラスメイトとしては最早見慣れた日常なんだよな。

 あと王国が異常なだけと言われたらそれまでだからそこまで心配する事でも無いと思うがな。

 

「……? そうは思いませんよ。王国の一般的な風習としての専属使用人と違ったとしても、カイルとマリエちゃんはとても自然な仲の良さに見えます。ね、アルくん、リオンくん」

 

「そうですね。寧ろこういう関係性の専属使用人が今までいなかった事の方が不思議で仕方ないですよ……」

 

「関係性なんて人それぞれだからな。仲良いならそれに越した事は無いよ。お陰でこうしてカイルが成長してる訳だし」

 

「そ、そう? なら……いっか」

 

 疑問が解決したマリーは再びカイルの頭を撫で始める。

 そして最早されるがままに溜め息を吐きながら撫でられるカイルも俺達としては恒例だ。

 

「隊長! もうそろそろパルトナーが帰投します!」

 

「ユメリアさんはやはり聖女様のお部屋に案内する形で宜しいのでしょうか」

 

「そうか、ありがとう。ユメリアさんの案内もそこで間違いないから頼む」

 

 さて、そろそろこの旅も終わりか。

 散々な目には遭ったがその分良い成果は手に入ったしこれからのヒントも得た。

 

 さて、後は……恐らくこれから俺とリオンが投獄される可能性が高いだろうし色々と根回しをしておくかな。



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第六十四話『多分逮捕されるのでその前に色々やっておくⅠ』

 エルフの島から帰ってきた翌日、特別授業だった為一日休みを貰った我がクラスに乗じて丁度良いと思った俺はヘルシャーク隊とクリスとコンタクトを取る事にした。

 理由としては、フランプトン侯爵派の動きが活発化してきており、且つ公国襲撃第一弾では俺が迅速に発見、ほぼ死者を出さずに撃退している為反フランプトン派閥に警戒され始めたからだ。

 それが何故この行動に繋がるかと言うと、ミレーヌ様と近々コンタクトを取る事になっているのだがそこでの提案で一旦逮捕され投獄される可能性が高いからだ。

 

 この世界線じゃミオルがどう動くかは別として他の獣人やエルフ奴隷は間違いなく敵だし、そうなると逮捕されるのはほぼ間違いない。

 ならば動けなくなる間で少しでも王国に死者が出るのは避けたい。

 そうなったので『万が一の指揮権系統』に付いての話としてコイツらに事前に話を通して代理として動いてもらう事にしたのだ。

 

「頭領、どうしやした我々を集めて」

 

「グリシャム艦長だけならまだしも俺もですかい?」

 

「それを言うなら私はもっと場違いだと思うのだが」

 

 で、集めたのがグリシャム、レディック、クリスの三人だ。

 

「あーいや、こうして落ち着ける日もそんなに無かったからさ、万が一俺が何かしらの都合で指揮権握れない時の代理を三人に話しておこうと思ってな」

 

「この二人は分かるが私もなのか?」

 

「ああ、順番に話してくからまあ待て。まず、俺が不在時にどうしても艦隊を動かすってなった時全指揮権を最優先でグリシャムに与える。元ウイングシャーク頭領としての力を存分に振るってほしい」

 

「分かりやした! お任せください!」

 

「そんで、グリシャム自体が出撃する様な戦況になった時の代理の代理をレディック、お前に与えたい。良いか?」

 

「お、俺に?」

 

「レディックは判断良く動けて分隊長としての指揮官経験もある、部下にも慕われてたしそういうとこじゃ一番信用してるからな」

 

「そこまで言われちゃ断れねえ! 頭領、俺も万が一の時は任せてください!」

 

 グリシャムは言わずもがな空賊とはいえリーダーとして結構地頭良く行動出来ていたという評価を下している。

 全体的なパラメーターもモブとしてはかなり上の見方で判断してるし、まず間違いない。

 レディックはグリシャムの切り札である鎧での出撃の際代理の代理として、俺が一番信用を置いてる部下としてこの権限を与えたかった。

 指揮官としての実力も判断力の良さを見るに信用出来るしな。

 

「そんでクリスだが……有事の際はクロカゲの代理パイロットになってほしい」

 

「なっ!? 私がか!? だが私に銃撃戦は……」

 

「そう言うと思って近接戦が出来る様にブレード数本バックパックに追加しといたし、それが全部無くなってもビリビリネットミサイルは全自動追尾ミサイルだからそれだけばら蒔いとくだけでも良いからさ」

 

「ならば別の人間を乗らせた方が良いのではないのか? それこそ銃撃戦と言えばジルクの腕は良いぞ」

 

「腕とかじゃなくて誰が乗るかが俺の中では重要なんだよ。だから権力があって俺やリオンの近親じゃなくて、尚且つ俺目線一番信用出来るお前を乗せたい」

 

 そう、クリスを呼んだ理由はクロカゲの代理パイロットとしてだった。

 リオンのアロガンツ、及びパルトナーは『ロストアイテムとして危険視されたから』回収されたのであって俺のクロカゲはただの旧時代の技術とマルケスの技術が融合したハチャメチャにピーキーな機体という見方しかされていない。

 ならば没収してもしなくても影の薄いクロカゲはそもそも王宮の重鎮達の記憶に残ってるかすら怪しい。

 

 つまり、 没収されないなら誰かが乗れば使えるという意味でもある。

 

 そこで誰を乗せるか考えたのだが、まずヴェンや親父、リオンの親類だとそっちに矛先が向けられかねないので無し。

 同じ理由でヘルシャーク隊やマルケスもアウト。

 そうなると身内でもなく権力もあって周りを黙らせられる馬鹿五人衆の中から決めるのが安牌だが、ここでジルクかクリスかは少し悩んだ。

 銃撃戦の得意なジルクか一番信用出来るクリスか……しかし想像してみて、ジルクを乗せるのはどうしても何か信用出来ないと思いクリスという答えに着地したのだ。

 

「……そこまで信用されているとはな」

 

「夏休みの時の事、覚えてるか?」

 

「夏休み、か?」

 

「ああ。決闘の事でやり過ぎたって土下座した時、真っ先に許してくれたのはクリスだった。そんで変わろうと一番してくれてたのもクリスだった。そんでその後も変わろうと特訓してるお前を見てきた。だから修学旅行の時、増援決めるのをお前に託せたし、今も万が一の時にはクロカゲを託したいって思えたんだよ」

 

「ディーンハイツ……いや、アルフォンソ」

 

 アルフォンソ、と呼ばれて身が少し硬直するのを感じた。

 馬鹿五人衆はあの土下座の時以来俺の事を名前で呼ぶのを辞め、関係を0からやり直すという名目で名字で呼んでいた。

 それはクリスも同じだった。

 

「俺の事、名前で呼んでくれるのか?」

 

「もう、その程度の関係にまではなったのでは無いかと私は思ったのだが。ダメだったか?」

 

「いんや、俺としてもそろそろクリスには呼んでもらえる頃合いかと思ってたんでね。つー訳でクロカゲの事、代理になったら宜しく頼んで良い?」

 

「引き受けよう。ディーンハイツ家の魂を代理でも引き受けられるのは光栄な事だ」

 

 ガシッと握手を交わす。

 これで一応引き継ぎは完了だな。

 

 次は……今の内にリオンにアルトリーベの話しとくかなあ。

 

 

 

 

 

「ま、そんな訳で久しぶりに暇になったので今の内にリオンの知らないアルトリーベの話しとこうって訳になったんですけどもね」

 

「俺の……知らない話? いや、話も何も公国との戦争に勝てば終わりだろ?」

 

「兄貴……やっぱり知らないのね」

 

 お昼過ぎ、三人共やる事が無いとの事で集まる事に成功。

 これが終われば後はラウダ王女から貰った信頼度で真実の話をして、週末にカイルの父親の元を訪れれば完遂だし逮捕される前にやれる事全部やり切れそうで良かった。

 

「非常にリオン君にとっては残念なお話をしないといけません」

 

「兄貴、その……兄貴が死んでからの話だから知らないのは当然なんだけど……アルトリーベはシリーズ化されてるのよ」

 

「……はい?」

 

「リオン、お前ヘルトラウダ王女の存在に違和感持たなかったか?」

 

「……確かに持ったな。ヘルトルーデ王女に妹なんていたか? って」

 

「ヘルトラウダ王女はね、第三作目のラスボスなのよ……」

 

 悲報リオン脳みそがバグってしまう。

 表情が完全に宇宙猫である、確かに一度にヘルトラウダ王女の正体と『少なくとも第三作まである』という二つを聞かされては俺でもリオンの立場ならこうなるだろう。

 

「じゃ、じゃあ……公国撃破後は……」

 

「ヘルトラウダ王女も一緒に救済したなら第一作と第三作の話は完結って事で良いだろうが……」

 

「間違いなく第二作目の話が始まるわね」

 

「そ、そんな馬鹿な……じゃあ俺ののんびりライフは……」

 

「少なくとも共和国編終わらせないとどうにもならんだろうな、何せ二作目は聖樹の暴走だからこの世界が終わりかねん」

 

 何なら暴走させたらその時点で正史通り止めたとしてもこっちも詰むから何としてでも止めないといけない超ハードモードだけどな。

 ほんとあの国さえちゃんとしてればと恨まずにはいられない。

 

「はっ! と、ところで今聖樹とか言ったよな!? 舞台はどこなんだ!?」

 

「アルゼル共和国よ、聞き覚えくらいあるでしょ」

 

「聞き覚えだけはあるがほぼ知らん。どんな国だよ」

 

「大陸は遠目に一つに見えるけど、七つの大陸が中央の聖樹によって繋がっているわ。貴族共和制とは言っているけど、国が七つ繋がっている感じだった気がするわ……合ってるわよねアル?」

 

「概ねそれで間違いない。あとそんな訳だから七つの国全てが政治的繋がり以外はあまり深い繋がりが無く、結構対立もあるとか言ってたな。現段階で気を付けるべきは悪役のフェーベル家と攻略対象に監禁エンドがあるバリエル家だな」

 

「うわーこの段階で警戒すべき連中の目星が付いてんのは助かるわ……流石アル」

 

「面倒になる芽は早めに摘むに越した事は無いからな」

 

 まあ本来はそんな雑魚共よりイデアル、エミール、レリアを対処するか抹殺するかしないと帝国編が開幕して完全に詰んでしまうからそっちがメインなんだが……イデアルもエミールもゲーム内では無害でレリアに関してはゲーム内には登場しない上に転生者という『俺達枠』。

 俺が二重転生者とバレたくないから敢えて言ってないのにそれを言って面倒な事になるのは御免だしそっちは俺で何とか対処しよう。

 主にエミールの心のケアとレリアに喝入れるのとでイデアルは……まあ、やりたくないが『アレ』をやるしかないだろうな。

 

「てかそうなるとヘルトラウダの魔笛も破壊出来たら良かったんだが……」

 

「流石に二本とも破壊すると上から何言われるか分からんからなあ、でも幸いな事にラウダ王女は何故か俺に信用を置いてくれている。個人的にも光栄な事だとは思うけど。それよりも俺の言葉で冒険に行きたいと目を輝かせながら語る、生きる事に前向きなあの子が使ったら死ぬ様な魔笛を使えるとはどうしても思えない。だから大丈夫だと思ってる」

 

 事実ラウダ王女は何となくだがあの昨日のエルフの島の一件があってからすっかり懐いてしまったのか、朝もわざわざ俺の部屋まで来ては雑談に花を咲かせていた。

 流石にミレーヌ様も止められないと察したかセミエンとマルケスを護衛に付けて……だが。

 俺としてもあそこまで懐かれると妹がもう一人出来たみたいな気持ちになって心地良い、機会があればアリシアに会わせてやりたいくらいだ。

 

 ま、そんな訳でラウダ王女が魔笛を使うとは思えないって事だ。

 

「なら良いが……」

 

「あんまり仲良くし過ぎないでよ?」

 

「分かってる分かってる、あくまであの子は妹みたいな感覚だ。そんで今日この後両王女に公国の真実とやらの話を一応しに行くからそこで使わせない決定打にさせる。因みに資料はミレーヌ様に土下座して用意してもらった」

 

「唐突にとんでもない事言うなよ!? お前はメンタルが強いのか弱いのか分かんねーよ」

 

「……アルの言葉なら信じたい、聞いてみたいって言ってくれたものね」

 

「そういう事だ。それならあの二人を守る為にも俺が矢面に立ってやる。今後のファンオースの為にも、俺の為にも」

 

 そしてこの上述した話で魔笛を使用させない決定打とする。

 嫌われたって良い、殴られても良い、それでも少しだけでもこれを信じてくれるなら、それで二人の命が守られるなら。

 

(本編ではラウダ王女が、マリエルートではルーデ王女が死んで両生存ルートは存在しない。ならば……俺が両方生存させてやる。その為に二重転生者という立ち位置の俺がいるはずなんだ。リオンでも救えない存在を救う為にな……)



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第六十五話『多分逮捕されるのでその前に色々やっておくⅡ』

「ミレーヌ様、この度はご助力いただきありがとうございます」

 

「貴方からどうにか話がしたいと聞かされた時は驚きましたよ。しかしこの二人の為に……特にヘルトラウダ王女殿下は貴方の言葉なら聞いてみたいと言っていたので、私の言葉ではダメだろうと思っていた矢先の話ともあり承諾しました」

 

 昼から夕方になる時間帯、極秘に話をする為の部屋にはミレーヌ様、俺、両王女が座っていた。

 ルーデ王女……は分からないが、ラウダ王女が俺の言葉からなら聞いてみたいと言っていた例の『王国と公国の食い違い』の話をここでしてしまおうとミレーヌ様に何とか土下座して資料を用意してもらっていた。

 

「私はまだ、何を信じるか分からない状態だけど。ラウダが信じたいって言った相手で、ラウダを助けてくれた相手の話なら聞いてみたくなったのよ」

 

「はい、お兄様……ではなく! アルフォンソ様のお言葉なら信じてみたいと思ったのです。私は外を知らなさ過ぎたので……初めて身内以外で信じてみたいと思えた彼の言葉から、聞きたいのです」

 

 そう言えばだが、ラウダ王女は朝話した時すっかり打ち解けてしまい俺の事をお兄様呼びし始めていた。

 何でも『理想のお兄様像』として想像していた人がそのまま出てきたかの様な騎士っぷりで呼びたくなったそうな。

 まあ人前では体裁があるからまずいけど身内間なら良いかと可愛い妹が一人増えた様な気持ちに浸っていたのだが不意打ちを喰らってしまった。

 いやそこで言ったら大事故なのよ。

 

「……ま、まあ仲が良いのは大変結構ですが話に移らせてもらうわ。公国が王国から独立する直前から独立してからの王国とのいざこざを各国視点から見た資料よ」

 

「これは……」

 

「確かに。アルゼル、ラーシェル、ヴォルデノワ……そしてファンオースとホルファート。全て各国王宮公式の印があるわね。癪ではあるけどこれは偽造不可能だから本物と見て間違いないわ」

 

 気を取り直して資料の話だが、王宮になら各国の資料が一点ずつくらいは置いてあるかも知れないという望みに賭けてホルファート、ファンオース含めた各国視点から見た王国、公国間関連の歴史資料が無いか探してもらったところ全て一点ずつながら見つかったらしい。

 王国側から見た資料だけでは全くもって説得力が無いが他国が記した物となれば決定的な証拠に他ならない。

 これに俺の言葉を乗せられれば間違いなく二人は、俺への好感度はさておきある程度の信用はされるはすだ。

 

「……ミレーヌ様、宜しいでしょうか」

 

「元よりこれは貴方がしたいと申し出てきた事。私はこの資料を目の届かない場所にやるのが心配なのでここにいるだけに過ぎないわ。何せ全て一点物だもの」

 

「感謝致します。……それじゃ話そうか」

 

 まず指し示したのは独立理由、公国、当時のファンオース公爵領は王国から不当な扱いを受けたとして独立戦争を起こしたと言う公爵領の言い分が記載されてある。

 ファンオース公国資料にはそのままそれが史実として載せられているが、他の国は違った。

 

「わ、わたくし達が聞いていた話とはまるで違いますわ……」

 

「ファンオース以外の資料では、当時の公爵領がでっち上げの不当を吹っかけてきたもののすぐに嘘がバレ、それを頑なに認めず独立しようとする公爵領を抑え込む為に戦争に発展した……と書かれて……」

 

「……正直、これを本当と思うか嘘と思うかは二人次第だ。資料閲覧を続けよう」

 

 そして独立し度々戦争になってきた両者。

 その度にファンオース資料には王国こそが悪である記述があり、それ以外の資料にはそれぞれファンオースの傲慢な態度やでっち上げを指摘する文面があった。

 

 そして資料は最後、公国の陛下死亡の欄へと移る。

 ここを見せれば俺はデタラメと嫌われるだろうが、これが真実なのだから仕方ないんだ。

 

「なん……ですか、これは……?」

 

「こんな事って……」

 

 当時、ファンオース側から王国側が陛下夫婦を殺害したのではないかと数人の容疑者が挙げられた。

 公国では今も尚この連中が実行犯であると伝えられ、公国民はそれを信じて疑わない世の中になっている。

 

 だが他の資料は違った。

 

「……これが真実だ。公国で実行犯とされている連中には全員、アリバイがあった。他国から来ていた官僚なんかも立ち会っていた奴らがいたのが致命傷だったんだろうな……今それを信じてるのは、公国だけだ。王国でその時間帯動けた連中には全員アリバイあり、だが公国陛下夫婦は亡くなっている。それがどういう意味か……」

 

 残酷な真実が事細かに記されていた。

 

「皆までッ!! 皆まで……言わなくても……大丈夫ですわ……」

 

「……今まで……私達は、騙されてきたと……?」

 

「……こんな残酷な事言った後に言うのもどうかとは思うが、俺の言葉を信じてくれるのか?」

 

「お兄様が所望した各国の適正な印の押された資料に、お兄様の言葉。確かにわたくし達付き合いは短いですが、自分の命を省みずそんな付き合いの短い人間を救い、そして話している最中も心苦しそうなお顔をされて話していましたもの。非常にショックが大きく、気が動転しそうにもなりますが……逆に信じない理由が見当たりませんわ」

 

「王国と他国が交友関係を結んでいるならこの資料も鼻で笑っていたと思うわ。でもほほ無関係の国の記述としてここまで一致されたら言い返す言葉も無いわ」

 

「……ありがとう。正直、信じてもらえるとは思ってなかったよ」

 

 それでも、二人は俺を信じてくれた。

 嫌われても仕方ないと覚悟すら持っていたのにも関わらず、俺に向けては嫌な顔一つせず俺の言葉を肯定してくれた。

 国を背負って話した事を信じてくれた事も勿論だが、新しく出来た妹分とそのお姉さんに嫌われなくて良かったという安堵感の方が大きかったかも知れない。

 

 強ばっていた顔から緊張が解かれ、正していた姿勢は背もたれへ背中を預けるくらい疲弊していた。

 

「お兄様、お疲れですか?」

 

「そりゃそうだろ、いくら新しく出来た妹分って言っても二人は別国の王女様。俺とか国の威信や尊厳を背負って話したと言っても過言じゃないからな」

 

「しかも今までは一介の学生だったんでしょ? なら仕方ないわね……それはそうと王妃様がいるの忘れてないかしら?」

 

「でぇっ!? しまったぁ!?」

 

 安心して忘れていたが立会人としてミレーヌ様がいたんだった。

 すっかり忘れてたが流石に不味かったなこれは。

 

「今回は、特例として国の代表と私が認めた上で『飾らない貴方の言葉』が必要だったので許します。……が、今後は気を付ける様に」

 

「は、はいっ!」

 

 許してくれて良かった。

 そもそも俺に国を背負わせてくれる事を認めてくれた時点で本当に寛大過ぎて眩しいよこの人。

 

「それで、話は終わったのかしら?」

 

「お、俺から話す事は以上だ。二人は何かある?」

 

「……わたくし、あっさり信じた様に見えますけれどここまで用意されて、お兄様の言葉だったから信じたのですよ? 他の方の言葉ならたとえ公国の人間だったとしても信じてはいませんでした。それだけはお忘れなき様。……そして、わたくし達に話してくれて、ありがとうございました、お兄様」

 

「ああ、その言葉の重みはこれでも少しは理解してるよ」

 

「私はまだ貴方自体を信じた訳ではありませんから。ラウダが信じ、そして私の目から見ても信じられる資料だったから信じたまで。だけれども、話してくれた事は本当に有り難い事だと思ってるから。今まで寧ろ何で公国の言葉を信用していたのか不思議なくらいだわ」

 

「そう言ってくれてこっちもサンキューな」

 

 二人とも正史だとめちゃくちゃ面倒な人達だと思っていたが、何か凄く素直でこっちが泣きそうになる。

 だってこれでこの二人はもう生存ルートに入ったも同然、特にラウダとは仲良くなれたんだしほぼ俺の私情100%で助けたいと思っちまったんだからな。

 

「それではこれで秘密の会談は終わりね。アルフォンソくん、お二人を部屋までお連れしてあげてね。……大分仲良いみたいだしね」

 

「あ、は、はいっ!」

 

 ミレーヌ様も威厳のある王妃様モードからほんわかした癒し系お姉さんに戻ってこれでようやく全て終わった事が分かった。

 

 帰ったら胃薬飲も……

 

 

 

 

 

「う、うーん……ふぅ、やっと解放されたぜ……」

 

「ちょっと、一応私達の護衛って名目で部屋まで送り届けるんだからあんまりだらしない事はしないでもらえる?」

 

「仕方ないだろ、あの資料を見せながら喋るって事は国の代表相手に喋るのが確定してるんだから」

 

「そうですわお姉様、もう少しお兄様の事を労わってあげてください」

 

「ラウダもそっち側なのね……」

 

「だってお兄様はわたくし達の為に話してくれたのですよ? それなら労わって差し上げないといけませんわ!」

 

 ああ、二人の何気無いラフな言葉がこんなにも癒されるなんて。

 ありがとう世界、何か良く分からないけどあの時ラウダが船内にいてくれて良かった。

 いなかったら今この空気を味わえてはいなかった。

 

 もうこれで良い……と言いたいところだが俺はラウダに最後に一つだけ聞きたい事があった。

 

「ありがとうラウダ。……っと、最後にラウダに聞きたい事が一つだけあるんだけど良かったかな?」

 

「良いですわよ! 何でも!」

 

「手短にね」

 

「あー、その。ラウダってさ、もう魔笛使わないよな……? あれ、使うと死ぬって聞いたから……」

 

「……そうですわね。お兄様と出会っただけでしたら、どこかで気が変わって盗み出して使っていたかも知れません。ですが、今日の話を聞いて公国があれだけ腐っていた事を聞かされたら……使う理由がありません。それにわたくし、お兄様やマルケス様ともっとお話したいんですもの」

 

「なら……良かったよ」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。

 しかしそれはそうと新しい疑問が浮かんでくる。

 

「……ってそれは良いけどマル……マルケスとそんな仲良くなったの?」

 

「あの方は慣れない異国の地に来たわたくしに色々と気遣ってくださいましたし、ロボットのお話も沢山聞かせてくださいましたわ。もっともっとお話が聞きたいです!」

 

「そりゃ良かった。アイツ良い奴だからこれからも仲良くしてやってくれ。あとお付きの使用人も悪いヤツじゃないからそっちとも宜しく出来るならしてほしいかな」

 

「分かりましたわお兄様! それではまた明日」

 

「勿論だけど私も魔笛があったとしても使わないから。それじゃまた」

 

「おう、また明日」

 

 ……もしかしてラウダとマルケスって相性良いのか?

 そうなるとワンチャン、ラウダの死を回避する運命の相手がマルケスの可能性が出てくる。

 俺の近くにいる人間ってのも当てはまってるし、これは二人の仲をチェックしておく必要がありそうだな。

 

 日も暮れてきた、明日辺りにリオンと自作自演逮捕の話でもしておくかなと計画を立てつつ一日は終わっていくのだった。



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第六十六話『離れていても家族は家族』

 明日から恐らく逮捕前最後の連休を迎える。

 逮捕されれば公国との戦争終結までは間違いなく悠長な行動は出来ない、そうとなればカイルとカイルの父親を引き合せるのはここを逃せば大分先になってしまう。

 流石にカイルと約束した手前そんな引き伸ばしにするのは俺個人的に許せない。

 と、言う訳で今日までルクシオンとリオンに調査を頼んでいた、途中経過は『ほぼそれらしいターゲットを発見したので確信を得る為に尾行する』が最後だったので、どうなったのか非常に気になる。

 

 そんなこんなで休日前日の夜更け、俺とリオンとルクシオンは秘密裏に集まっていたのだった。

 

「つー訳でルクシオン、結果的にどうだったんだ?」

 

「結論から簡潔に述べると『王都の片隅でひっそりと暮らしている』という結果に辿り着きました。最初ユメリアから聞いた特徴とは大幅に違うと思いましたが変装や擬態魔法を使って姿をバレない様に変えていたようですね」

 

「ナイスルクシオン!! 恩に着る!!」

 

「良かったな」

 

「ああ、これでカイルにいつもエール送られてた分の恩返しくらいは出来そうだよ」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。

 ルクシオンに不可能は無いと思ってはいたが、やはり頼りになると再認識させられる。

 戦争前最後の心残りだったからな、あと少しで完遂出来るに越した事は無い。

 

「アルはお人好しが過ぎますね」

 

「悪いか?」

 

「いえ、その心意気はマスターにも見習ってもらいたいものです」

 

「俺に飛び火させんな! あと俺は充分お人好しだろ!」

 

「それは自分で言うものではありませんよ」

 

 まあそんな事言ってるがリオンの人の良さを俺と同等くらい知ってるのはルクシオンなんだよなあ。

 じゃなきゃ今回の事も付き合ってないだろうし、何だかんだ言いつつも良いコンビだよ。

 

「ところでカイルのお父さんってどんな人だったんだ?」

 

「一言で言い表すなら『人畜無害』でしょう。ユメリアの言う通り温厚ではありますが頼りないと言った印象でした。まあ子ども達からは慕われていた様ですが」

 

「なるほどねえ、やっぱり会いたいと思われるくらいには良い人なんだなあ。これなら大手を振って会わせてやれるよな」

 

「そうだな、ルクシオンが言うんだから間違いねえな。心置き無く会わせられる」

 

 ルクシオンから聞いた限りじゃ優しくて面倒見の良い人というイメージが出来上がった。

 うんうん、確かにユメリアさんともお似合いの朗らか夫婦だな。

 

「あと、どうやら彼は元貴族家の末っ子だったそうですよ。今は籍が抜かれてる様子ですがね」

 

「元貴族ねえ……アル、これは事情がユメリアさん関連の可能性もあるな」

 

「ま、こればっかりは会ってみない事には分からない話だろう。明日聞けるならそこだけ聞いてみるか」

 

 カイルの父親が元貴族家だったのは知らなかった、知らなかったが予想は付いていた。

 何せ『モブせか』では、外道貴族家に攫われてるんだからな。

 何かしら因果関係があったとしても何ら不思議は無い訳だ、そこは把握済みって事さ。

 

「了解、んじゃ寝るか」

 

「おう、おやすみー」

 

 何にせよそこは些細な事に過ぎない。

 メインはカイルとユメリアさんの家族の再会なんだからな、そこは履き違えちゃいけねえって訳。

 それじゃ明日は色々あるし寝ますかね。

 

 

 

 

 

「よーし、全員集まったな」

 

「今日はカイルのお父さんに会う日だもの、気合いが入るわ!」

 

「ご主人様? 別にそこまで気合い入れなくても……」

 

「そうは行かないわよ! 可愛い弟分のお父さんなんだから!」

 

「ふふ、ありがとうマリエちゃん」

 

 翌日の夕方、ルクシオン調べでカイルのお父さんが夕方で仕事が終わると言う話を聞いた為このタイミングで今回のメンバーには集まってもらった。

 

 メンバーはメインのユメリアさん、カイル、発案者の俺とリオン、それにカイルの姉貴分のマリーの五人だ。

 

 とはいえメインは二人なので俺達はあまり目立たないと思うがな。

 

「それじゃ事前に話した通り、最初に会うのは二人だけで俺達は後ろで見守ってる事。一段落付いたらカイルの合図で来る感じで頼む」

 

「分かったわ」

 

「マリエはともかく俺達は完全に案内人なだけだしな」

 

「そゆ事。そんじゃ日が暮れない内に行きますか」

 

 ルクシオンから聞いていた場所としては、学園寮からも遠くなく徒歩で簡単に向かえる場所だった。

 カイルは父親の顔を知らないから当然と言えば当然だが学園寮の近くにいたとは灯台下暗しと言えるだろう。

 まあそれを言えばまさか学園に自分の息子がいるとは思ってないだろうあちら側も灯台下暗しな訳だが。

 

 チラリとカイルとユメリアさんの顔を窺う。

 カイルは少し緊張気味な表情、ユメリアさんは昨日とは打って変わって完全に切り替えたのか表情が乙女だ。

 十数年振りの最愛の異性との再会なんだからそりゃそうもなるわな。

 

 しかし俺が転生しただけで色んな運命が変わったものだとふと感じてしまう。

 俺自身が変えたものならいざ知らず、俺の預かり知らぬ場所で起こってる事に関しては不思議で仕方ない。

 特にラウダがなんであの船にいたのかと、今回のカイルの父親の変化は割と本当に謎だ。

 どっちも俺にとっても周りにとっても良い変化になってるから深く追求はしないが、イレギュラーな要素がそれを引き起こさせたのは事実だろう。

 

 新道寺みたいな悪い方のイレギュラーじゃなくて良かったよ本当に。

 

「確かこの辺だったよなルクシオン」

 

「次の路地を曲がった突き当たりにある家です」

 

「そろそろか」

 

 お、そろそろ到着か。

 路地を見つけたところで案内していた俺達とカイル、ユメリアさんの場所、所謂前後を入れ替える。

 これであっちにも尋ね人が誰かハッキリ分かるだろう。

 

「丁度今、向かいからやってくる男がそうです」

 

「クロフォードさん……!」

 

「母さん、あの人が?」

 

「ええ、あなたのお父さんよ」

 

 向かいに見えるのは、確かに人畜無害そうな、控え目そうな、そう言った雰囲気の男性だった。

 眼鏡を掛け帰ってくる男性はこちらには気付いていない。

 

「そんじゃ俺達はアルが言ってた通り少し後ろで見守ってるので」

 

「ごゆっくりどうぞ~」

 

「思う存分、会ってきなさい」

 

「……分かってますよ」

 

「本当にありがとう、三人とも」

 

 そっと俺達が後ろに控え、二人が立つ。

 

「…………え?」

 

 流石に男性、クロフォードさんも気付いたのだろう。

 目をぱちくりさせながらずり落ちそうになる眼鏡を慌てて掛け直し目の前の二人を見やる。

 最初は見間違いとでも思ったのだろう、困惑した表情から次第に驚愕の表情へ変わっていくのが分かった。

 しかしその中に更に嬉しさや気まずさも混ざった様なものもあるのもまた分かった。

 

「クロフォードさん……お久しぶりですね」

 

「え!? ユ、ユメリアなのか!? ほ、本当に!?」

 

「そうですよ……!! あなたが生涯唯一愛したと言ってくれた、ユメリアです……!!」

 

「じゃ、じゃあ横の子は……」

 

「あなたが名前を付けてくれた息子です!」

 

「……か、カイルです。その……父さん?」

 

「おお……おお、おおそうかそうか! カイルか……!! 大きくなったね……」

 

 

 流石十数年経っていてもやはり片時も双方が忘れなかったからかどっちもすぐ気付いて抱擁している。

 幸せそうで何よりだ。

 それにカイルも、自分の父親だと言う事に関してはまだ困惑混じりだが、ユメリアさんが幸せそうな表情をしているからか満足そうな顔になっている。

 

「良かった……良かったなあ……」

 

 因みにリオンはボロ泣きである。

 割とドライな性格をしていると思われがちなリオンだが、この人は前世から何だかんだ言いつつ涙腺が弱いタイプだったりする。

 二学期の終業式でも俺含めた六人の魂の結晶が壊れなくて済んだ時には安堵感とか俺への怨念とか色々混じった涙を流していたのが記憶に新しい。

 

「本当になあ……」

 

「確かに嬉しいけど涙腺緩すぎよ……」

 

 因みに俺もボロボロなのは秘密である。

 

 

「でもどうしてユメリアがここに? 僕と共にいては君の身が危ないからって君の元を離れたのに」

 

「後ろにいる方々が、会いたいなら探す手伝いをしてくれると言ってくれて……その、確かに危ないのは分かってます。でも、それ以上にやっぱりあなたに会いたくて……」

 

「そ、そうだったのか……で、でも君達はエルフの島に住んでいるんだろう?」

 

「……えーっと、それも色々と後ろの方々がやってくれて」

 

「……ところで後ろの人達って」

 

「え、えっと貴族階級の子達? って表現で合ってるのか分からないですけど……」

 

 

 っと、ここでカイルからジェスチャーで来るように指示される。

 成程この流れで自己紹介してしまおうという事か。

 

「では自己紹介は我々自ら行わせていただきます」

 

「え、あ、ど、どうも……って貴族階級って本当なのかい!?」

 

「ええ、俺はアルフォンソって言います。今は五位下男爵をやらせていただいてます」

 

「あ、次俺か。俺はリオンだ。えー、まあ一応四位下子爵やってます……」

 

「私はマリエです。一応養子だけど男爵家の跡取りになります……」

 

「ほ、本当に貴族階級の人達……え、えーっと、僕作法とか……」

 

 アワアワし出すクロフォードさん。

 いやこの雰囲気見て貴族の礼節とかし出すのは真面目が過ぎるでしょ。

 

「構いませんよ。俺達お堅いの嫌いだし、今回のメインはそこの二人なんで。自己紹介ついでに二人の現状を説明します」

 

「は、はい」

 

「まずカイルですが、今はマリエの専属使用人をしています」

 

「え!?」

 

「とは言っても、所謂『そういう関係性』にはなっていません。言ってみれば二人は姉と弟みたいな関係性です。そんな訳でカイルは学園寮にいるのでエルフの島には住んでないです」

 

「ほっ……」

 

 胸を撫で下ろすクロフォードさん。

 まあ父親としては息子がその年齢で……ってのは思うところがあるのは仕方の無い事だろうしな。

 

「次にユメリアさんですが、色々端折って言う事になって申し訳ないですがユメリアさんが住んでいたとこの村長が我々に対して非常に不敬な振る舞いをしたので、彼女が元々村でも待遇が悪く嫌悪されていたという背景も考えて賠償金代わりに引き抜いて今後はリオンの実家でメイドさんとして雇い入れるつもりです」

 

「そ、そうだったんだ……いや、貴方達に救っていただき本当にありがとうございます」

 

 深々とお辞儀をされる。

 

「とは言えこれからも近くはなりましたが三人揃えるのは週末くらいにはなってしまいますが……」

 

「それでも構いません。お貴族様達に守って貰えるなら二人とも安心ですし、週末だけでもまた会える様になるならそれに越した事はありません……本当に、本当にありがとうございました!」

 

「私からも、リオンくん、アルくん、マリエちゃん、本当にありがとう!」

 

「俺からも……」

 

 離れていても、家族は家族だ。

 ほんの少しでも俺達がこの三人の為に何かやれたのだとしたら、それ以上の喜びは無い。

 

 

 

 

 

 因みにその後三人は王都を歩くのは危険という事で毎週リオンの実家から増えた船の内の一隻を送迎としてリオンに預け、リオンの領地でまったり過ごす事が決まったらしい。

 

 良かった良かった。



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第六十七話『その選択は』

「ったく、まさかミオルの奴が別行動になるとはな」

 

「何でも別のモンを港に運ぶらしいぜ、何にせよアイツが下見しててくれたんだしこれであの外道クソ野郎共二人に一泡吹かせられると思うと気分が良いな」

 

「ははっ、そりゃ傑作だな」

 

 リオンやアルフォンソがアルフォンソの部屋に集まっていた頃、リオンの部屋には誰かの専属使用人数人が集まっていた。

 

「次いでにカイルの事も煽っとくか」

 

「アイツ、専属使用人の癖に主人と仲良くしやがって……さっさと抱けば良いのに無駄に人間と仲良くするとか馬鹿だよなあ」

 

「あの聖女、マリエだっけ? ちんちくりんではあるが抱き心地は良いと思うし勿体ないよなーギャハハ!」

 

「ま、全て終わらせて落とすとこまで落としたら俺達が抱いてやるかね。その為にもまずは……ククク、終わらせとくか」

 

 使用人達は悠長に話しながら部屋へと侵入する。

 その一角には、頑丈そうな半透明の箱に入れられた物が鎮座していた。

 今回専属使用人の亜人達が狙っていたのはリオンの部屋にあったこれだった。

 何処からか嗅ぎ付けて来たフランプトン派閥の貴族が

『バルトファルト子爵の部屋にある半透明の箱の中に入った物を港まで届けよ。成功すれば子爵や周りの地位は地に落ちる』

 と焚き付けそれを、リオンやアルフォンソに恨みのある専属使用人達に依頼していたのだ。

 前金も貰い、成功報酬はその数倍、そして今まで随分と割を食わされてきた鬱陶しい貴族も消せるとなればやらない選択など存在しなかった。

 

「これ何なんだろうな、黒くて右腕部分しか無い防具か何かにしか見えねえけど」

 

「俺達にゃ理解出来ねー代物って事だろ。何にせよこれを盗んで運ぶだけでとんでもない額が手に入るんだから何も考えなくても良いだろ」

 

「だな。んじゃ精々地獄に落ちなクソ貴族サマ」

 

 専属使用人達は言葉を吐き散らしながら意気揚々と部屋を後にする。

 ここまで見ればフランプトン派閥及び専属使用人達の勝利だろう。

 だがこの部屋には最初から『見張り』が存在していた。

 

「……チュチュチュ」

 

『見張り』は侵入者が去ったのを確認するとタンスの隙間からするりと抜け出し、続く様に部屋を後にする。

 彼が向かったのは……

 

 

 

 

 

「フン、『全てお見通し』ってのは間違いでは無かったか。気に食わないが加担しなくて良かったという事にするとしよう」

 

 無人の地下室、ミオルのいる場所であった。

 ここは『アルフォンソ』から、隠れるのに最適な場所でここ数年間で立ち入ったのは下見に来たアルフォンソ本人だけだと言う。

 

 ミオルは彼、ネズミの持ってきたデータを確認しながら鼻で同業人であったはずの専属使用人達を嗤う。

 何故同じ立場のはずのミオルが裏切っているか……それもそのはず、ミオルはエルフの島から帰ってきたアルフォンソが真っ先にコンタクトを取ったからだ。

 彼にはつい先日最終忠告という名目で色々やろうとしていた事がバレている事を告げ、暗に『手を引くならここだぞ』と促していたのだった

 

「まさか奴がここまで用意周到とは思わなかったがな」

 

 コンタクトを取った時、アルフォンソは

『お前を監視していた結果、態度は悪いが悪人には見えなかった』

 と言った。

 それはミオルをこれまでずっと監視していたと言っているも同然であり、あまりにもなやり口に流石に彼もドン引きしていたのは記憶に新しい。

 

 そして次に

『今までお前を監視させていたネズミロボットをお前にやる。これで専属使用人達を尾行させ犯行の瞬間を収めろ。そしたら完全にこちら側に来たと看做す』

『成功報酬は出してやる』

 とも言われ、これにもミオルは頷くより他無かった。

 何せこれも暗に

『失敗したり裏切ったらあっち側と看做して潰す』

 と言われた気がしたからだ。

 ミオル自身、アルフォンソの事は良く知らないが決闘まで猫を被ったり先の公国襲撃で少数ながら公国騎士を殺害したという実績を知っている。

 その為下手を打てば人殺しに迷いのあるリオンではなくアルフォンソに処断される、それだけは流石に避けたいとなり契約に乗らざるを得なかった。

 

「このネズミ……本当にバレねえのな。こんなのに尾行されながらアイツらの敵になるのは割に合わなさ過ぎ。やってらんねーわ」

 

 将来的に得をするのはどちらか、『原作の彼』ならこの状況に陥ったとしても分からなかっただろう。

 だが、今のミオルは少し特殊な状態だった。

 

「……上手く盗んでやろうと思ったんだがな。『前』は失敗してそのまま殺されちまったからよ。だが、こうなった以上俺は『もう間違えられない』。『死んだと思ったらクソガキの入学直前まで時間が遡る』なんぞ普通は考えられない、だが実際それが起きてるなら選択を間違えられる訳が無い。

確かにあのガキはムカつくし人間なんてゴミクズ同然だと思っている。だが、それはそれとしてもうあんな無様に殺されるのも御免だ。なら俺の一人勝ちでも良いだろう」

 

 現在のミオルには『二つの記憶』があった。

 公国軍に加担した結果無様にバルカスに殺される記憶と、現在の記憶の二つだ。

 しかしそれも昨年の三月から分岐しているもの。

 普通なら信じられない、だが彼は殺された時の絶望、痛み、苦しみを生々しい程に覚えていた、覚えていてしまった。

 だからこそ、信じられなくても信じるしか無かった。

 今度は死なない為に。

 何故そんな記憶があるかは分からない、だがやり直せるなら……

 

「個人的な好みはこの際度外視だ。俺にとって安全な派閥に付かせてもらう」

 

 彼は静かに地下室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「オイガキ、いるか」

 

「マリー」

 

「バンザイ」

 

「よし、入れ」

 

「……その合言葉はどうなんだ」

 

「良いだろ、事実なんだから」

 

 深夜、俺の部屋にミオルがやってきた。

 凡そ契約の件の録画が終わったのだろう、合言葉も間違ってないいしドアを開け入れる。

 

「それより、だ。例の録画だが済ませておいた、見ると良い」

 

「OK。…………ふんふん、これなら証拠の一つとして提出可能だろうな。これで晴れてお前もこっち側だ。おめでとう」

 

「フン、半ば脅しのレベルを超えた様な事ほざきやがった癖に」

 

「そりゃそうだろ、カイルと違ってお前との接触なんてあの一回と契約結んだ時だけなんだから。ま、裏切ってたら丁度今の時間帯にお前の首と胴体のお別れ式をしていたところだったと思うし感謝してもらいたいもんだがな」

 

「エグい事言うんじゃねえよ」

 

「は? 実際今の録画聞いてアイツらは絶対俺の手で肉片にするって決めたんだが?」

 

「ギャグみてえなノリで殺意が高ぇんだよテメェは」

 

 軽いノリなのは認めるがそれはさておき録画の中でマリーの事を色々言ってくれちゃったクソ共はしっかり俺の手で殺さないと気が済まないのもまた事実だ。

 ちんちくりん? 小さくて華奢なのが尊くて可愛いんだろうがよぶっ殺すぞ、まあぶっ殺すけど。

 

「まあどっちにせよお前はもう殺害対象からは外れてるから安心しとけよ、元よりバルトファルト家の専属使用人って時点で殺しにくかったし」

 

「一度は入り掛けてた事実は聞きたくなかったぞクソッタレ」

 

「一割は冗談だ」

 

「冗談の割合が少な過ぎんだよ」

 

 意外とノリ良いなコイツ。

 いやあそれにしても逮捕される前にここまで理想的なムーブメントが出来るとは流石に思っていなかった。

 何かしら欠ける可能性は考慮してたし。

 

「よっ、アル。その調子だとコイツはこっちに来たんだな?」

 

「おうリオン、そんなとこだ。ところでこの胸糞悪い録画聞くか?」

 

「アルがそこまで言うやつを見る度胸は無いな」

 

「英断だな。ところでカイルは?」

 

「すっかり寝てるよ。他の使用人から付け狙われてるから明日からしばらくはマリエの警護人数も増やすんだっけ」

 

「基本俺除いて二人だったのを倍にする。これだけいればある程度の戦闘力にはなるだろうよ」

 

 そして遅れてきたリオン。

 リオンには、今日は一番危ない日だからと自室にカイルを匿ってもらっていたりする。

 一人やマリーと二人でいるとこ見つかったら何されるか分からんからな。

 普段はやらないが今日だけはマリーの部屋の前にも警護兵として親衛隊をサイクルで付けてるくらいだし。

 

「そっち側といっても、俺は好き好んで行く訳ではない。あくまでも俺が生き残る為の最適解を選んだに過ぎん」

 

「賢い選択をしてくれてありがとよ。烏合の衆と言えど一人でも敵を減らせるに越した事は無い。あとジェナの後処理が面倒い」

 

「一応姉貴の専属使用人だしな。お前を殺す殺さない以前に姉貴が癇癪起こすのだけは避けたいし」

 

「俺が言うのもどうかとは思うが扱いが雑過ぎるだろ」

 

「だって今までの言動思い出してみろよ。一応常識をある程度兼ね備えた上であんなに関わり合いになりたくない人間とか逆にこの世に存在しないレベルとしか言えない」

 

「我が姉貴ながら言われてる事がその通りなのが終わってる。てかお前も内心そう思ってるんじゃないのか?」

 

「ぐうの音も出ねえよ」

 

 ジェナは本当に神掛かったくらいに常識人枠の中での普通に最クソ選手権優勝レベルなのだ。

 常識があるのにクソになれる時点で奇跡的なのにそれに王国の常識とかいう最悪のエッセンスが混ざりその中でも心底俺が嫌いな性格が合わさり怪物が爆誕しているといっても過言では無い。

 最近は特に、マリーが女としての家事や料理とか性格とか良いお手本を見せ付けてくれるお陰でウチのクラスメイトの女子が徐々にマリーを理想として寄ってってくれてるのが救いなだけにジェナレベルには是が非でも会いたくない。

 

「よーし、ほんじゃその録画映像は俺のに移して……これでやる事は終わりだ。各自帰って寝て良いぞー」

 

「その前に一つ良いか?」

 

「なんだ?」

 

 お開きにしてさっさと寝たい……んだがミオルが話し掛けてくる。

 まあ少しくらいなら聞いてやらん事も無いか、一応仲間に加わったんだし。

 

「奴らに運ばせた物ってなんなんだ?」

 

「俺の部屋にあったのはロストアイテム……のパチモンだよ。だから公国も専属使用人達もフランプトン派閥も全員俺達の掌の上で踊ってるって訳」

 

「因みに中には『ハズレ❤』って書いた紙も内蔵されてたりする」

 

「煽り極め過ぎかよ、怖過ぎてドン引くわ」

 

 公国に着いた後で中身を確認した貴族達の顔を想像しただけで米をかき込めそうなくらいだ。

 

 あ、明日からはムショ飯でしたねはい……

 

 フランプトン派閥を油断させる為とは言えキツい話だよ全く……



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第六十八話『知ってはいたけど冬の監獄は寒い』

「案の定ミレーヌ様に呼び出されたな」

 

「最近アルが偵察させてるネズミ情報でも、フランプトン派閥が俺達を罠に嵌めて逮捕させるだのなんだのってかなり言ってたしな。ミレーヌ様としてもどちらかに肩入れしまくるとまずいだろうし、やっぱり俺達監獄行き?」

 

「だろうな。一旦体裁上ステファニーみたく無罪が証明されるまでは監獄に押し込められるのが関の山。その際俺はともかくリオンのアロガンツとパルトナーもロストアイテムとして押収される可能性は高い」

 

「アルのは……マルケスを知らない人間からしたら通常の鎧にしか見えないだろうし、ロストアイテムでも無いからそれは無いのか」

 

「そゆ事。因みに俺がいない間代理パイロットにクリスを指名してある」

 

「あの剣馬鹿に? 一番合わなくないか?」

 

「一番信用してる権力持ちの友人だからな。確保させとくだけでも割かし良い効果になる」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなもんだよ」

 

 連休二日目、普通ならのんびりと自室で過ごしたりマリーとイチャラブな時間を楽しむ様なゆったりとした時間が流れるはずの日だが今日は違っていた。

 ミレーヌ様……王妃様に呼び出されたのだ。

 

 しかしこれは俺達二人にとっては予想の範疇だったのも事実だ。

 前々からフランプトン派閥のところに投入していたネズミロボットの中継・録画映像を事前にリオンに見せて会議し、フランプトン派閥を油断させる、ミレーヌ様の立場を悪くしないの二つの観点の元から無実であっても一旦投獄されるのが丸いのではないかという結論に至ったのだ。

 

 勿論だがこっちの無実を証明するデータはネズミが持ってるし、逆にフランプトン派閥の有罪を証明するデータもネズミに多数保存されているので否定する事自体は俺がマリーに愛を囁く事より容易に可能なレベルで出来る。

 だが問題は反フランプトン派閥でもこちら側に疑念を掛けてる連中がいる事だったりするからなあ。

 

「さてと、しかし面倒っちゃ面倒だよな、分かってても」

 

「俺から穏便に事を収める為に提案した事とは言え、冬の監獄は寒いだろうからなあ。しかもマリー達にはめちゃくちゃ迷惑掛けるだろうし……はぁ」

 

「はぁ……幻滅されないと良いなあ……」

 

 まあ、投獄がどれだけ俺達にとって都合の良い話とはいえ一旦は囚人扱いになる訳だ。

 色んな意味で憂鬱になるなと言う方が無理があるのもまた当然の感情だろう。

 

「ここで抵抗したら更に面倒な事になるし、行くけどさ」

 

「だなあ……」

 

 効率と感情の折り合い付けるのって難しいよね、ほんと。

 

 

 

 

 

「二人とも良く来てくれました」

 

「我々をお呼びと聞いたので」

 

「大体話の方は察しが付いてますけどね……」

 

「あらそうなの。それじゃあ話が早いわね……二人とも、フランプトン侯爵の派閥が活発に動いてるのは知ってる?」

 

 昼下がり、気は乗らないものの行かない訳にも行かず予定通りミレーヌ様に呼び出された所定の場所まで向かい早速と言わんばかりに話が始まる。

 

「ええ、俺の独自調査でも王宮や俺達に不利益な行動が多いのを確認しています」

 

「なまじ相手の位が高いから動けないでいますけどね」

 

「そう。なら更に話が早くなるのだけど……侯爵の派閥から、貴方達二人に公国との繋がりを指摘する声が多く上がっているの」

 

 あー……と二人揃って予想通りだったと面倒な事になるのが確定した事を察して声を落とす。

 まあ当たり前に出る声ではあるけどな。

 

「……やっぱり、公国襲撃の時からの俺達のムーブメントですかね」

 

「言い難いけどそうなるわね。二人ともあの襲撃からみんなを守ってくれた一番の立役者ではあるけど、何せ公国側の死者が異様に少なく、更に最近は両王女と仲睦まじく話すアルフォンソくんを怪しく見る人間が、フランプトン侯爵派閥以外からも上がっているわ。リオンくんに関しても昨日奪われたロストアイテムの管理責任を問われているわ」

 

「……ほんと、貴族って面倒だよ。だから出世なんてしたくなかったのに」

 

 話のこじつけだと反発する事は簡単だ。

 だが俺達が否定すればヘイトの目は両王女にも向くだろう。

 折角二人が心を開いてきてくれた中で、現実から目を逸らさず頑張って理解してくれたのにそんな仕打ちに遭わせるのは絶対にダメだ。

 その観点からしても、俺にヘイトが向く様にした方が絶対に良いのは明らかだ。

 

「今更言っても仕方ない。それより、呼び出されたという事は一時的にでも全ての問題を解決出来る方法がある……と見て良いのですか?」

 

「ええ、私達王政が表立って解決すれば貴方達の信用は回復するはず。だから……その間は申し訳ないのだけれど、容疑者として地下牢に入っていてもらえないかしら。その代わり必ず貴方達の名誉を回復すると誓います」

 

「……アルと俺が解決したら王政の信用度はガタ落ち、将来的な観点からしてもミレーヌ様達が解決するのが一番丸い、か」

 

「覚悟はしていましたが、一旦は国賊扱いになれと、それも王妃様から言われるのは流石に辛いものがありますね」

 

 俺にせよリオンにせよ、この時点で既に守らなければならないものを多数抱えているというのも辛さに拍車を掛けている。

 親や兄弟といった家族だけではなく、二人とも愛する人を見つけてしまっている。

 その人や親族達に迷惑を掛ける事、何より周りから心無い言葉を掛けられないかと言うのが何より心配でならない。

 

「……ごめんなさい。こうするしか無かったの」

 

「一応……俺には婚約者が、リオンにも未来の婚約者がいます。それはお分かりですよね」

 

「ええ……勿論承知しているわ」

 

「俺やアルの心情に関しては、二人とも覚悟はしていたからこの際どうでも良い。だけど……アルにはマリエが、俺にはリビア、アンジェ、クラリスが……大切な、守らなければならない愛する人がいます。その人達の事は、どうにか守ってください」

 

「家族に関しては、最悪廃嫡して勘当してくれれば守れるけど婚約者はそれで守れないですから。他の男に奪われるのも絶対嫌ですし」

 

 ただ、これは男として、愛する人を他の男に奪われるのだけはどうしても許せないというワガママにも似たプライドだ。

 それを許容すれば守れるというのは百も承知している事実だ。

 だが、二人ともそれを想像したらどうしても我慢ならなかった、俺は当然だがリオンのその時の顔やら言葉やらは俺の想像を超えるくらいのベタ惚れで少し驚いた事を感じたのも記憶に新しい。

 

 だから、捕まるにしてもそこだけは妥協出来なかった。

 

「……分かったわ。私達の強引な要求を飲んでくれた二人だもの。信用出来る人を護衛に付けておきます」

 

「ありがとうございます」

 

「……やれる事はやれたよな、俺達」

 

「心配すんなってリオン。俺達何も悪い事してねーんだから」

 

 内心張り詰めていた心が少しだけ緩むのを感じる。

 こっちにだけヘイトが向けば良い、何も悪い事してないんだから無意味なヘイトにしかならない。

 そんなもん無実が確立されればあっちは何も言えなくなるカスみたいなもんだし気にしなくて良い。

 

「それじゃあ本当に申し訳ないんだけれども……すぐにでも、で良いかしら」

 

「それくらい覚悟出来てますよ」

 

「あー、最後に一つだけ良いですか、ミレーヌ様」

 

「何かしらリオンくん」

 

「ロストアイテムの管理ミスの話ですけど……アレ、偽物なので」

 

「え?」

 

「ブラフですよブラフ、誰が国内の敵なのか炙り出す為の……ね」

 

「……王宮より余程貴方達の方が優秀そうで頭が痛いわ」

 

 最後に王宮を出し抜いた事も分かったし、な。

 

 

 

 

 

 ―同時刻 ファンオース公国―

 

『ハズレ︎♥ 本物のロストアイテムだと思った? 残念偽物でした~www 恨むなら能無しの亜人を雇ったフランプトン派閥の貴族達を恨むんだなバーーーーーカ!! byリオン&アルフォンソ』

 

「あの小僧共おおおおおおおおおおおお!!! どれだけ我々を愚弄すれば気が済むのだああああああああぁぁぁ!!!」

 

 同時刻、ファンオース公国の黒騎士部隊ではバンデル渾身の雄叫びが響いていたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

「いやあ……覚悟してたとはいえ……さっむ。地下牢寒過ぎない?」

 

「分かる。こんなとこに入れられてたら頭おかしくなりそうだわ、寒くて」

 

 数十分後、無事投獄された俺達は呑気に寒さに付いて雑談していた。

 いやまあやる事無いしなあ。

 

「マスターとアルは呑気ですね。国賊とまで言われているというのに」

 

「言いたい奴には言わせておけ。どうせ聞く価値も無い連中の言葉に決まってんだよ」

 

「現にクラスメイト達や親衛隊のメンバー達は俺達の方信用してくれてるんだろ?」

 

「彼等は健気ですね。他の誰しもから嫌われても、近くで見てきた自分達の方がマスター達を理解していると断固として意見を曲げずに抵抗していましたよ」

 

「ハッ……少しはアイツらの価値観変えといて良かったって思うよ」

 

「だな。ちょっとはやるじゃねーか」

 

 クラスメイト達は流石に何人か裏切ると思ったが全員が全員まさかのこっちの味方として殆どの人間を敵に回しても団結して擁護してくれてるとかいう展開も聞けたし問題も無いからな。

 

「感動的になっているのは良いですが、本当に彼女達の同行は言わなくて良いのですか? 二人の『愛する人』なのでは無いですか?」

 

「億が一にもほんの僅かでも疑われてたら俺は流石に立ち直れない」

 

「フッ……俺は信頼して待ってるだけだ。……だからマリーには嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず嫌われてないはず……ブツブツ……」

 

「二人とも重症の様ですね」

 

 ははは、そうだ問題無いんだ。

 マリーの事は怖くて聞けないんじゃなくて信頼してるから待ってるだけ……そうこわくなんてないおばけなんていないさ……

 

「あ、それより魔笛の事だけどさ。それこそ万が一にでもバカの手に渡った時の為に解析しといた方が良くないか? 対抗手段とか、使ったら死ぬとかってのもどれだけ使ったら死ぬとか事細かに調べといた方が良いはずだし」

 

「そうだな……ルクシオン、悪いけど出来るか?」

 

「仕方の無いマスターですね。ですが私としても新人類のロストアイテムは気に食わないので抹殺対象として調べましょう」

 

「リオン、ルクシオン、助かるよ」

 

 問題は確かに無い。

 ないが、何故かどうしても魔笛の事が心配になった。

 もうラウダは使わないと言ってくれたしルーデも今の公国に味方する事は無いと言った。

 だが、誰かの手に渡らないとは限らない。

 それだけなら良い、億が一にも魔笛とラウダを同時に持ってかれたら、取り返しの付かない事になる。

 

 やれる事は……全てやるしか無い。

 

 

 

 

 

―同時刻 フランプトン派閥内―

 

(ククク……僕の探し求めていたロストアイテムもあるし、原作には無かったけど意味深な懐中時計……アレはアルが持ってるみたいだし、貰っちゃおうかな♡……まあ、その前にまだ魔笛の残ってるあの子には……最後の絞りカスまで命を絞り出してもらわないとね♡)



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第六十九話『魔笛の解析結果』

「バルトファルト子爵、ディーンハイツ男爵、お飲み物は何に致しますか?」

 

「それじゃ紅茶で」

 

「右に同じく、温かいので頼む」

 

「分かりました」

 

 一夜明け、朝。

 一応看守がステファニーの時の人だったのが幸いしたのか、ある程度事情を察して色々と便通を図ってくれてるのが救いだ。

 だがそれはそれとして冬の朝はクソ寒い。

 特に地下牢なんてまともな設備も無ければ囚人服一枚で放り込まれてるとか俺達じゃなかったら凍え死んでるだろマジで。

 

「住めば都とか言うけど、ここは都にはなんねーよな」

 

「分かる。やっぱり俺の都はマリーの膝の上だわ」

 

「今そういう話してる訳じゃないからな? 好きな子の膝の上の居心地は確かに良いけどさ」

 

「いやまあこうやって話でもしてないと暇だし」

 

「うーんこの正論」

 

 実際には寒さよりも何も出来ないという事の方がまあまあ面倒だったりする。

 この世界には娯楽は少ない。

 それこそゲームもテレビも無ければマンガやラノベなんてモンも無い、あるのは大衆小説くらいだ。

 俺達からしてみればゲームの中の世界って補正と何だかんだ好きな人が出来た事とか、世界に振り回されつつも色々あって飽きない世界だったから伸び伸びと生きられたのであって、それを奪われた今やれる事が限られてるのは現代っ子ソウルが抜けてない転生者には中々に辛いものがある。

 

「子爵、男爵、お飲み物と朝食になります」

 

「サンキュ」

 

「ありがとう」

 

「では私は一旦席を外します」

 

 話し相手もリオン一人だと流石に話題が尽きてくる。

 とは言え看守も理解のある人間と言ってもおいそれと俺達と関わると不利な状態になるだろうし難しいところだ。

 

「投獄されてなきゃディーンハイツ領の紅茶と産地に拘った絶品料理が食べられたんだろうなあ……」

 

「そこに関してだけは俺も爵位貰えて良かったと思うよ……はぁ」

 

「マスター、アル、例の魔笛の解析が終わりました」

 

「いやはっや」

 

「良くそんな早く終わったな」

 

「ええ、魔装の右腕の件の責任を取らせるべく遺跡にいたAIを引っ張ってきましたから楽に終わりましたよ」

 

 ああ、一夜振りのリオン以外の話し相手だ……

 ルクシオンが帰ってきた事で俺の心が少しだけ満たされる。

 退屈は人を殺す、大袈裟な言葉だと思っていたがあながち間違いでも無いのだと実感させられてしまう。

 

 それにしても想定してたより早いな、いくらクレアーレを引っ張って来たとしてもそんなに早く終わるとは思わなかった。

 

「そのAI、自爆したんじゃなかったか?」

 

「私の空きサーバにデータを捩じ込んでおきました」

 

「流石ルクシオンやる事が違ぇや」

 

「私を呼んだかしら?」

 

「って早速いんのかい」

 

 そしてクレアーレも自然とルクシオンと一緒にいるし。

 まあ話し相手が増えた事は嬉しいが。

 

「ところでルクシオン、解析なんて一日で終わるとは思ってなかったけど偉い早く終わったよな」

 

「ええ、マスターの言う通り本来ならもう数日程は掛かる見込みでしたね」

 

「そこは協力者がいたから捗っちゃったんだけどね」

 

「……! 成程、ルーデとラウダが情報提供してくれた訳か」

 

 俺の計算上ああいったものを解析するには三日は必要だと思っていた。

 だがそれは、ルクシオンとクレアーレの二機だけでの解析ならの話だ。

 

「そうよ、あの子達ったら最初は怪しそうに見てたけど私達がマスターとアルの為に動いてるって知った途端凄く協力的になってくれたんだから。特に胸の大きい方……ラウダちゃんだったかしら、あの子は持ってる情報を躊躇無く提供してくれたわね」

 

「そうか……ラウダが……」

 

「すっかり二人もこっち側に付いてくれたな」

 

「ああ、損得抜きに個人的な感情だけで見ても嬉しくなっちまうな」

 

 少なくともここは原作の世界線とは大きく剥離している。

 どう足掻いてもこの時点では敵対関係にあったあの二人を、この時点でここまで正気に戻せて尚且つ友好的な関係を結べていた事がこんなに良い展開を産むとは。

 あの時二人とも攫っといて本当に良かった。

 

「マスター、アル、それより魔笛の詳細は聞かなくてもいいのですか?」

 

「あ、そうだった。頼むわ」

 

「使われた時点で詰みとかなったら死んでも死にきれんからな」

 

 二人の協力的な姿勢に感動して本題を忘れるところだった。

 しかしこれの詳細によっては嫌な予感が当たった場合覚悟しないといけない事だってあるのを忘れては行けない。

 寒さとは違う、身体の震えを感じる。

 

「あの忌々しき新人類の結晶こと魔笛は1分間吹き続ける事でその魂を代価に守護者と呼ばれる超大型魔物を二体召喚します」

 

「……アル、『第三作目』のラスボスはラウダって言ってたよな。もしかして」

 

「ああ、ラウダがラスボスって呼ばれるのはその魔笛を使って守護者って呼ばれるめちゃくちゃ強い魔物を二体召喚するからだ。つまり原作通りのチートって訳」

 

「うわぁ……敵に回さなくて良かった……」

 

 確かラウダが召喚するのが海の守護者と空の守護者だったはず。

 特に『空』の方には王国軍が半壊状態まで追い込まれて多数の犠牲者を出したんだったなと前前世のモブせかの記憶を辿る。

 

「そして最初の30秒で海の守護者と呼ばれる守護者、最後の30秒で空の守護者と呼ばれる魔物を召喚します。特性はその名の通り、『海』が海戦の得意な魔物、『空』が空戦の得意な魔物です。特に『空』は厄介この上ありませんね」

 

「成程ね……最悪でも空の守護者だけは何がなんでも召喚させたらダメって訳か」

 

「ええ、そうなります。……何せ、『空』まで召喚されれば使用者は確実に死に至りますし」

 

「な……!?」

 

「落ち着けアル」

 

「す、スマン」

 

『使用者が死ぬ』その言葉に動揺が隠せなくなる。

 どうやら俺自身が想像してたよりラウダの事を大切な妹分として見ていたらしい……短期間だと言うのに不思議なもんだ。

 

「解析して判明しましたが、あの魔笛は『空』を召喚しなければ命に別状をきたす事は無いみたいです。伝承ですら『魔笛を吹けば死ぬ』と語り継がれていた為これを知っているのは我々だけとなります。それにアレは遮蔽物の少ない場所でないと吹いても意味を成しません」

 

「わ、割と救いはあったか……」

 

「心配すんなって。マルケスやセミエンも護衛に付いてるはずなんだろ?」

 

「……ま、まあそうだな。とにかくこれが分かった以上『吹いたら即詰み』では無いって事だよな、それが分かっただけでも救いだよ」

 

 現段階でマリーにミレーヌ様が選別した騎士を付けている事で、アイツらの思考は自然と他の護衛対象に分散して付いていた方が良いという方向に向いているはずだ。

 ここ数日、マリーの護衛に付いてない時はラウダやルーデの護衛になっていたアイツらならきっと付いててくれてるはずだ。

 

「アルはマスターより心配性ですね。仕方ないですからマスターとアルが投獄されている間は私とクレアーレで監視しておきます」

 

「悪ぃ、助かる」

 

「それより二人とも、どうやらお客さんが来たみたいよ」

 

「え、お客さん?」

 

「って誰だ?」

 

 こんな極寒の地下牢に客とか物珍しい奴らもいたもんだよ。

 誰なのか知らないけど下手な連中なら追い返せば良いか。

 

「子爵、男爵、お二人に面会したいと言う方が来ておられますが」

 

「あー俺もアルも面倒だし帰ってもらって……」

 

「そ、それが……面会したいと言っておられるのは男爵の婚約者様でして……」

 

「はあ!? マリーが!?」

 

 めちゃくちゃ大きな声が出てしまった。

 そりゃそうだよ今一番来てほしくなかった人が来てるなんて思う訳無いじゃん、頭痛くなりそうだよクソッタレ。

 

「それは想定外過ぎる……まあ通すしかないよなぁ」

 

「あーあ、今の俺達とか見られたくないんだけどなあ。追い返すなんて俺達には出来ないし、入ってもらってくれ」

 

 しかし追い返すなんて真似が出来るはずもなく、諦めて通すように伝えるしか無かった。

 

「分かりました。それではマリエ様、お入りください。私は時間まで退室しています」

 

「…………何やってんのよアル」

 

 一日振りに見たマリーは、涙目でこちらを見つめていた。

 本当に、だから見たくなかったんだよ俺は。

 ここから先話すのも怖いが、逃げ場所も無いし腹括るか。

 

「幻滅したか?」

 

「する訳、無いでしょ……バカ。アルも兄貴も、絶対に理由が無いとこうはならないって知ってるもの。深くは聞かないし、多分言えないと思うんだろうけど、アタシは信じてるわよ」

 

「だってよ、良かったなアル」

 

「……信じてくれてありがとな。今は詳細は言えないけど俺達は無実だ、だから何とかしてここから出られるはずだ」

 

 ホッと心を撫で下ろす。

 嫌われていたら間違いなく立ち直れなかっただろうからな、いくら信じていても怖いもんは怖いんだよ。

 

「兄貴も、リビアもアンジェもクラリスもみんな心配してたわよ。同時にみんな兄貴の事信じてたけどね。良かったわね兄貴、愛されてて」

 

「み、みんなぁ……!! すまねぇ……!!」

 

 リオンの方もみんなから愛されてる事を再認識して泣いている。

 勿論だが俺も泣いている、涙脆くて困ってしまう。

 

 しかし泣いてばかりもいられない。

 

「す、すまんマリー、マルやセミエン、シーシェックに伝言を頼んでも良いか?」

 

「良いわよ、なに?」

 

「……フランプトン派閥の動向を探ってたネズミからの情報だが、近く公国が攻め入ってくる可能性が高い。マルとセミエンにはそれぞれこっちに明確に付いてる貴族子息達に連絡して出撃準備をさせてくれ、シーシェックには実家とヘルシャーク隊に俺が言っていたと伝えさせる様に言ってくれ」

 

「公国が……分かったわ。必ず伝える」

 

「ありがとう」

 

 俺には使命があるんだ。

 大切な人達を守る事もそうだが、二重転生者としての果たすべき、いや果たさねばならない使命がある。

 救える命は最大限全力を尽くして救う、それが『原作を知る者』としての役割に他ならない。

 

「……早速代理の役割が活きるな、アル」

 

「俺が信頼してる奴らだからな。これなら王国の犠牲者も大分減らせるだろ……何だかんだ、王国の連中に死なれると困るんだよ」

 

 最早『原作を知っている事』は呪いに近いかも知れない、とふと感じてしまう。

 どれだけ意識せずに生きようとしても、脳内が知ってるからこその思考をし出す、改善しようと身体が動く。

 

 どれだけ改善出来るかは分からない。

 それを見る為にも、早くこっから出なくちゃな。



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第七十話『そして未来は少しずつ変わっていく』

「……始まったな」

 

「だな。で、俺達もあんまウカウカしてられないんだけど?」

 

「心配するなリオン、手は打ってある。もう少し待とう」

 

 遠く外から、砲撃の音や声が聞こえ始める。

 投獄され早数日、遂に公国が攻め込んで来たらしい。

 事前にマリーに襲撃が近い事をみんなに伝える様に言ってあるがこの感じなら俺の事を信じてくれた連中は多いのだろう。

 悲鳴やら断末魔は無く、怒声ではあるが活気付いてるのが分かる。

 

 俺達も早く出たいが……事前に手は打ってある。

 今の俺達には敵も多いが味方も多い、それを信じて待つだけだ。

 

 

 

 

 

―同時刻 ホルファート王国上空―

 

「あの小僧共の言う通り公国が来たぞ!! 撃て撃て撃て!!」

 

「裏切り者では無かったのか!?」

 

「だとしたらフランプトンの情報を流す意味が無い、二人を信じ、戻ってくるまで必ず耐えるのだ!!」

 

 ホルファート王国軍は、本来の世界線ではこの戦いでは無様にも大敗を喫するはずだった。

 しかしアルフォンソの『二重転生者』の知識と努力により、それは完全に打ち砕かれていた。

 

 王国でも信頼の大きい子爵家であるディーンハイツ家。

 たとえ身内でも信用出来る情報でも無い限り立ち上がる事が無いシビアな家でも有名だ。

 そのディーンハイツ家が、投獄されているはずの息子の言葉を信じ王宮に迎撃準備の打診を懇願したのだ。

 最初は困惑した王宮も、代々王家を守る盾として君臨してきたディーンハイツ家の要請とありすぐ全土へ通達が送られた。

 

 そしてこの家が主導となって準備を進めた結果、今度こそ奇襲とも言える襲撃を仕掛けて来たはずの公国軍はまたしても初手で戦艦を数隻失う事となった。

 

「馬鹿な……! 何故我々の襲撃が読まれた!?」

 

「有り得ぬ! これは公国内部にしか通達されなかったはず……」

 

 哀れ公国軍は事実を知らない。

 この情報がフランプトン侯爵派閥を発信者として公国に伝わっていた事を。

 なのでフランプトン侯爵派閥をずっと監視していたアルフォンソなら簡単にその情報が手に入れられた事を。

 

 だが公国も一筋縄では終わらない。

 

「退いておけ、ここからは我々黒騎士部隊が殲滅する」

 

「バンデル殿もお怒り故な」

 

「我々を愚弄した罪、その命を持って償うと良いわ!!」

 

 颯爽と現れた五機の黒い鎧、黒騎士部隊。

 バンデルを主軸としたそれは、王国軍にとって永く絶望の象徴であった。

 何度も壊滅させられ苦汁を味わってきた王国軍にはそれはトラウマとも呼べる代物であった。

 しかしそれでも、今の王国には抵抗出来る手段が何とかあった。

 

「ここは我々ディーンハイツ家とサンドゥバル家、そしてヘルシャーク隊が受け持つ!! 各位ここから退却しその他公国軍を迎撃せよ!」

 

「お、おお!! 王国の誇る守備の扇の要と最近王宮が絶大な期待を掛けていると噂の技術屋か!!」

 

「かたじけない、ご武運を!」

 

 本来ディーンハイツ家も黒騎士部隊には良い様にやられてきた家の一つであった。

 しかし数年前、サンドゥバル家と出会った事で両者の技術と戦力は一気に高みへ登っていた。

 

「何があってもここから先は通させんぞ! 良いですな、サンドゥバル男爵」

 

「宜しいですとも、これも息子達精鋭鎧部隊が来るまでの時間稼ぎ。互いに全力を尽くしましょう」

 

 そして何より、この二家は先の公国襲撃での戦果として多くの軍艦、戦艦を両家息子……アルフォンソとマルケスより送られていた。

 更にディーンハイツ家にはアルフォンソが獲得した元ウイングシャークことヘルシャーク隊がいた。

 その為戦力強化によりブーストが掛かり、こと防衛戦においては世界最強とも言える地位を確立しようとしていた。

 

「ディーンハイツゥ……貴様の家の小僧には散々な目に遭わされたぞ……その恨み、ここで晴らさせてもらう!」

 

「ハッハッハッ、我が息子アルフォンソは調子に乗り過ぎたりたまに後先考えず感情的になる事以外は完璧な息子だからな。公国にそうやって認知されるのも吝かでは無いかも知れぬな?」

 

「ぬぅぅぅぅぅ……!! ルイス貴様ァ!! 公国を愚弄するなァ!!」

 

 いくら防衛戦最強と言えど、黒騎士部隊相手に真っ向から立ち向かっていても意味が無い。

 そこでディーンハイツ家は、舌戦で先に激昂させた後に防衛戦を始めると言った普通では見抜かれる様な戦法に打って出た。

 普通なら効果は無い……だが、公国軍、引いては黒騎士部隊は特に王国への勘違いから来る哀れな恨みが強い。

 悲しいかな黒騎士部隊は実力も公国NO.1だが感情による調子の高低差もNO.1なのであった。

 

 それでも圧倒的な強さを誇る故に『公国最強』と呼ばれているのだが……今のディーンハイツ家、サンドゥバル家にはギリギリで耐えられる程でもあった。

 

「ヒャッハー!! 公国だか黒騎士だか知らねーが頭領が来るまで全力で守り切るぜテメェら!!」

 

「おお!!」

 

(アル……リオン君……間に合ってくれ……!!)

 

 そう願いながら、最強の矛と最強の盾はぶつかり合う。

 

 

 

 

 

「マルケスの坊ちゃん!」

 

「と……確か、頭領の代理パイロットの貴族様だったな。……後の一機……は、頭領の友人が乗る為にウチで開発したやつか?」

 

「マクレーンさん! グリシャムさん!」

 

「黒騎士部隊が出てきたと聞いたが、やはり向かうのか?」

 

「だとしたら俺も向かうぜェ!!」

 

 その頃、精鋭鎧部隊と呼ばれる五機のメンバーはそれぞれ迎撃を行っていたがそれぞれに黒騎士部隊が現れディーンハイツ家とサンドゥバル家で対抗していると情報が伝達されていた。

 

 会話の上から順に、アルフォンソを除けばディーンハイツ家最強、シーシェックの父親でもあるマクレーン。

『モブ中最強格』とアルフォンソに評され、私兵団の取り纏め役でもあるグリシャム。

 曰く『リオンを除けば学園最強』マルケス。

 クロカゲ代理パイロットに任命されているクリス。

 そして何故かいるグレッグ。

 

 だがグレッグも、ポテンシャルのオールラウンダー性は随一。

 何より二学期終業式後にリオンと決闘した特製のディーンハイツ家の技術が詰まった鎧が生きていた事がここに来て好転しNO.5に何とか滑り込んだのだ。

 

「いくら防衛戦最強と言っても鎧にゃ鎧で対抗しないといけねえからな」

 

「行きやすぜ坊ちゃん方!!」

 

「うん。家以外にも、僕にも守りたい人が出来たから……全力で守る」

 

「折角託されたのだ、期待に応える活躍をせねばな」

 

「おうよ!」

 

 全員の目は、闘志で溢れていた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、今治してあげるから」

 

「いてて……流石聖女様だ……すぐ怪我が治っちまう。これならまだ戦える」

 

 最前線には勿論、マリエ率いる神殿の部隊もあった。

 本来の神殿軍は訳の分からない女が指揮官として乗っていたが、あまりに悠長な事をしていた為親衛隊により捕縛され指揮官に相応しい騎士を選出し少ない部隊ではあるもののしっかりとした戦力として機能していた。

 

「怪我をした人達は重傷者を優先にマリエ様の元まで行ってください! 慌てなくてもマリエ様の力なら治ります!」

 

「さてランス君、僕達も頑張らないとね」

 

「量産型とは言え鎧さえあれば充分頑張れますから」

 

「船からの迎撃は俺達に任せろ!」

 

「こんなのもう修学旅行で慣れたぜ!」

 

「慣れたくなかったけど今は感謝してる!」

 

「俺達も頑張って隊長と副隊長に良いとこ見せっぞ!」

 

「あたぼーよ!」

 

「うん、船は任せるよ」

 

 何よりここにはルクル、ランスと言った鎧の扱いが上手い親衛隊含む七人の親衛隊が集結していた。

 一度はアルフォンソに半殺しにされた二人を含み、全員が学園全土でトーナメントを行い残った屈指の実力者。

 周りの騎士達も、それだけで士気が上がっていた。

 

「……大丈夫ですか、ご主人様」

 

「問題無いわ。アタシがやれるのなんてこれくらいなんだし」

 

「でも相当疲れて……」

 

「大丈夫、アンタが気遣ってくれる分疲れも吹っ飛ぶんだから」

 

 そしてマリエもまた、一杯一杯になりながらも奮闘していた。

 それはひとえに愛するアルフォンソが来てくれると信じているから、だから強がりだっていくらでも言えるのだ。

 

(アル……信じてるから。必ず来てくれるって)

 

 

 

 

 

 

 

「フン、捕まるとはお前らも哀れだな」

 

「よう、来てくれたか……ミオル」

 

「アルが頼みの綱にしてたのコイツかよ……」

 

 戦闘が始まり数時間程が経っただろうか、やっと俺の『切り札』が来てくれた。

 そう、切り札とはミオルの事だ。

 戦闘員にならず、戦争時でも自由に動け、身体能力が高く、俺達サイドに付いてると言ったらコイツしかいない。

 

「あ? 文句あんのか?」

 

「いや……だけど違和感が凄くてな。でもありがとう、助かった」

 

「礼は素直に言え」

 

「ほんと、お前が仲間になってくれて助かったよ」

 

 公国がただの軍勢だけなら、ミオルが来てここまでホッとする事も無かっただろう。

 だが相手には黒騎士部隊がいる、そう思うと刻一刻を争う事態なのだ。

 実家とサンドゥバル家が迎撃してるだろうけど俺達が出向かないとどうなるか分かったもんじゃない。

 

「そうかよ。ほら、開いたからさっさと出てきて行ってきたらどうだ」

 

「悪ぃな。この恩は必ず返すぜ!」

 

(フッ……恩、か。考えといてやるとしよう)

 

 

 

 

 

 会議室。あの後無事陛下、王妃様と合流した俺達は直ぐにそこに案内された。

 こちらとしても戦況を聞きたかったので割と助かった。

 

「申し訳ありませんが戦況を教えて貰えますか?」

 

「元よりそのつもりで君達を呼びに行く途中だったのでな」

 

「私から説明しよう」

 

 共に会議室にいるレッドグレイブ家当主、公爵のヴィンスさんとアトリー家当主、伯爵のバーナードさんが説明を始める。

 

 曰く公国の初期段階の戦力は黒騎士部隊、艦隊約100隻、それにモンスターが多少追随して来ているとの事。

 そしてこの数時間でモンスターはほぼ全滅、艦隊も一割程度を機能停止又は沈没まで追い込み黒騎士部隊はディーンハイツ家とサンドゥバル家、それにマクレーン、グリシャム、マルケス、クリス、グレッグで何とかかんとか押さえているが時間の問題という事らしい。

 

 守護者も魔装も無い上に初期戦力が艦隊が2/3になってモンスターもクソ少なくなって、何より団結力が上がったお陰で相当こっちの被害は少ないらしい。

 それでもフランプトン派閥の艦隊は何個か沈んだらしいが……そこは些細な問題、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「単刀直入に尋ねる。君達なら早期に公国の部隊を殲滅し黒騎士部隊にも勝てるか?」

 

「勝てます。リオンを総司令官に、そして俺を副司令官にすれば……ですがね」

 

「君達二人の事は信頼しているが……それとこれとは話が違う。実績が無いのではないか?」

 

「少なくとも俺は一人で黒騎士部隊相手にした実績はありますけどね」

 

 ヴィンスさんが鋭い目付きでこちらを見つめる。

 事実俺達がやらなければ結局どれだけ公国軍を沈めようと黒騎士部隊に壊滅させられる未来が待ってるだけだ。

 

「仮にリオン君を総司令官にすると言えば、フランプトン侯爵が反対します。現在の王宮内最大派閥を敵に回すことになりますよ」

 

「そっちは問題ありません――黙らせる材料は、嫌という程ありますので、ね」

 

 リオンが不敵な笑みを浮かべるとパルトナーにいたロボットがその上にネズミを同伴させ入室してくる。

 ロボットの手には封筒、そしてネズミは目を光らせ今まで監視していた映像を映し出す。

 

「これは……!」

 

「今まで集めてきた証拠の一部です。こうしている今も証拠は集まってますよ」

 

 フランプトン侯爵と公国の繋がりを示すモンなんてそれこそ湧いて出る程あるからな。

 集めるだけなら楽勝ってモンよ。

 

「……その気になれば、最初から自力で解決できたのね。はぁ……本当に、貴方達は王宮より余程頭が切れるかも知れないわね」

 

「それで、貴様ら他の条件はあるのか?」

 

「俺のアロガンツ及びパルトナーの返還ですかね」

 

「……全く、どこまでもがめつい小僧共だ。ヴィンス、バーナード、俺達はフランプトン派閥を潰す為の根回しをしてくる。後は頼んだ」

 

「……どこまでも急なお方だ。まあ良い、陛下が認めたのだ……王国を、我が娘達を、頼んだぞ」

 

 ローランドがヤケに素直で助かった。

 最早俺達に託すしか無いと眉を下げ頼むヴィンスさんとバーナードさんに、俺達は無言で頷き返す。

 

 さあ、さっさと公国軍潰して二年生に進級しますかね。



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第七十一話『粛清』

 謁見の間、そこに必要な物を持ち向かった俺達を待ち構えていたのは全線で戦闘してる以外の多くの王国貴族達だった。

 本来は多くの貴族が逃げたり犠牲になった事で残り少なくなっていたがここで魔笛を全封印した事と第一次で大量に潰したお陰で敵が一気に少なくなってモチベーションが向上したお陰でこの場には今地方で他国から攻められてる地方領主とフランプトン侯爵派閥以外の殆どの貴族が勢揃いしていた。

 

「諸君、良く集まってくれたな」

 

「何故バルトファルト子爵とディーンハイツ男爵が?」

 

「彼等はやはり無実だったと言う事か」

 

「この場に集まってくれた諸君こそ、王国の真の勇者である。公国軍は卑劣にも奇襲にも似た形で攻め入ってきた。だがそれはバルトファルト子爵とディーンハイツ男爵の調査により事前に把握されていた! そう、フランプトン侯爵……現総司令官が公国と繋がっていた事が判明した事と同時にな!」

 

 こうして聞いてみるとローランドも流石陛下と言ったところか、それなりにカリスマはあるらしい。

 

「なんと!」

 

「つまり二人の投獄はブラフ……!」

 

「しかしフランプトン侯爵が我々王国を裏切っていたとは」

 

「その為、この場この時を持ってフランプトン侯爵を総司令官から解任。代わりにバルトファルト子爵を総司令官とし、ディーンハイツ男爵を副司令官として任命する!」

 

 周りからザワつきが生まれるが、数々の功績を挙げほぼそれだけで子爵まで成り上がったリオン、そして何だかんだずっとリオンとコンビを組んで一緒に成り上がってきた俺の事を知っているだけに不満は生まれない。

 何よりフランプトン侯爵が裏切り者と分かった今、そいつの下で戦うよりかは十二分にマシだという結論から来ているんだろうな。

 

「バルトファルト子爵、ディーンハイツ男爵、黒騎士部隊に勝ちうる可能性があるのは君達だけだ。やれるか?」

 

「やってやりますよ、俺達にも守りたいもんが多いんでね」

 

「ここまで言われてやらない道理が無いですよ。陛下の望む勝利を必ずや勝ち取って参ります」

 

 ヤケに演技派じみてるローランドにこちらも少し当てられてしまったか何だか全員無駄にカッコつけたみたいになったが少なくともこっちは本気で全部言ってるからセーフって事にしよう。

 

「ではこれより、殲滅戦を行う! 皆気合いを入れていけ!」

 

 因みにだがフランプトン侯爵派閥は誰一人いなかった。

 全員黒騎士部隊だけじゃなく公国軍からヘマをやらかした事が伝達された為いの一番に標的にされてここに来るどころでは無いらしい。

 ざまぁねえな。

 

「お、お待ちください陛下! 私が反逆者とはどういう事ですか!? それに何故反逆者であるはずのバルトファルト子爵とディーンハイツ男爵を総司令官に付けるのです!」

 

「チッ、このまま出撃させろやクソ野郎が……」

 

 と思ったら間一髪でボロボロになったフランプトン侯爵とその派閥の貴族が乱入してきた。

 このままなら時短で戦場に入れたものを、邪魔しやがって……殺しても良いかな?

 

「貴様私に向かってその言い草はなんだ! 私は王家に連なる侯爵だぞ! オイ、誰かこの者を不敬罪で即刻捕え――」

 

「捕まるのはアンタだよ、フランプトン侯爵」

 

 リオンがライフルを天井に向け空薬莢で発砲すると、今度は衛兵やレッドグレイブ公爵家の騎士達が入室してくる。

 そして恐らく騎士のリーダー格であろう男性が俺とリオンに頷き、頷き返すとフランプトン及びその派閥の貴族達を一斉に取り囲み捕縛していく。

 

「な、何故だ!? 何故私が……」

 

「んなの決まってんだろクソジジイ、テメェらが自分の利権の為に国を売り、王国を下手すれば壊滅状態に追い込みかねないまでに裏切ったからだろうが」

 

「ふ、ふざけるな! 爵位を貰っているとは言えたかが小僧が! どうして私達が反逆者なのだ! 私達は国を思って行動してきた。お前達のような――」

 

「おやおやァ? 自分の派閥でない貴族の領地を公国に引き渡すことが国の為なのかなあ? それも、俺とリオンを反逆者にでっち上げて」

 

 俺がわざと高圧的且つねちっこく言うとフランプトン侯爵は言葉に詰まったのか今までの威勢の良さがすっかり消えてしまっていた。

 そんなフランプトン侯爵に、俺は最後の詰めを行うべく懐から手紙、そしてネズミを取り出し映像と書類を同時に見せつけてやる。

 するとフランプトン侯爵の顔が急に青ざめ、唇がガタガタと震え始めた。

 まあ書類どころか全てのやり取りが筒抜けとは思いもよらなかっただろうしなあ。

 同情はしないが思い切り馬鹿にしてやるとしよう。

 

「これが何か分かるよな? 馬鹿共」

 

「まさか君達も自分の計画が何もかも筒抜けとは思ってもいなかったんだろうねェ? でも残念、公国軍とのやり取りは何もかも記録済みなんだよ。もう逃げ場も無くなっちゃったねえ、悔しいねえ、恥ずかしいねえ、今どんな気持ち?」

 

「ぐぅっ……!? 馬鹿な、アレは全て抹消したはずなのに……」

 

「え? なに? もっと証拠が欲しい? 良いよォもっとあげちゃおう、冥土の土産にねェ!!」

 

「お前らもあの世行きのお土産としては多過ぎるくらいの土産かもな」

 

 フランプトン侯爵が焦ってるところに追撃をかます。

 決定的な映像をプレゼントしてあげよう。

 

『王国の宝物庫には古代の鎧のパーツが飾られているそうですね。それを公国に譲ってもらいたいのですが』

 

『……あれは私の一存では決めかねますな。相応の利益がありませんと』

 

『でしたら、かの王国の英雄―――外道騎士とロリコン騎士を陥れる偽装書面を用意しましょう』

 

 って誰がロリコン騎士じゃボケェ!!

 俺が!! 好きなのは!! マリーだけだっつってんだろ!!

 

「後で俺の手で殺しても良いですか?」

 

「少しは待ちなさい」

 

「チッ……分かりました」

 

 殺したい気持ちを抑えながら映像は続く。

 

『でしたら、王国内の掃除にもご協力願いましょう。一部の領地の割譲も添えて』

 

『いいですよ。互いに良き取り引きができて良かったです』

 

『……これであの小僧共を排除できる。次は実行役を用意せねばな』

 

 更に映像が切り替わる。

 

『この偽装のやり取りの手紙の山を、学園の者を使ってどちらかの部屋に仕込め。人選は任せる』

 

『畏まりました。侯爵様』

 

 そこにはフランプトン侯爵と獣人の専属奴隷がいた。

 本来いるのはミオルだが……ミオルは既にこちら側に付いてる為、そうでは無い。

 見た感じミオルに見せてもらった、ブラフのロストアイテムをまんまと運んでくれた馬鹿共の内の一人である事が確認出来る。

 侯爵も運が悪いな、俺みたいに頭のキレる獣人専属奴隷を雇えば良かったものをよりにもよってマリーを性的な目でしか見ないクソファッキンを選出したんだからな。

 

『この荷物をバルトファルト子爵かディーンハイツ男爵のどちらかの部屋に置け。もちろん金は払う』

 

『良いぜ、奴らには丁度ムカついてたところなんだ』

 

 ここで映像が終わる。

 これでもかと言う程の証拠を叩き付けた俺達はフランプトン侯爵に詰め寄る。

 

「さあて、アルが撮影したこの映像を見てもまーだシラを切るつもりですかぁ? 俺の冤罪の証拠までしっかり取れてますけどねぇ?」

 

「悪いがこれ以上手間を掛けさせる様なら射殺しても良いとローランド陛下直々に言われている。観念するか殺されるか……どちらを選ぶ?」

 

「ひっひぃ……」

 

「もう貴方の手の者は全員捕らえました。専属使用人も騎士も洗いざらい話しましたよ。観念したらどうです?」

 

「み、認め……」

 

「えー? まだ認めない? 仕方ないなあ……じゃあこれならどうだ?」

 

 またもわざと話を遮る。

 多分今すぐにでも認めたいのだろうが不敬罪の証拠もあるんだしついでに見てもらわないとな。

 

『侯爵様! 我々が公国軍と繋がっているのがバレたのか王妃様が、バルトファルトを司令官に推薦し、ディーンハイツをその補佐にするという情報が入ってきました! どう致しますか!?』

 

『なにぃ!? ミレーヌ様もあのような小僧共に籠絡されるとは情けない。多少有能でもやはり女だ、アテにしたのが間違いだったか。陛下も尻に敷かれて情けない限りだ! ええい、今すぐ乗り込むぞ!』

 

『はっ!』

 

「ち、ちが……そ、そんな事私は……」

 

「まだしらばっくれるのか? 情けない奴だな」

 

「だったら俺やアルみたいな証拠を出せよ、しょ・う・こ!」

 

 周りは既に絶句して何も言えない。

 いくら侯爵と言えど王家、それも陛下と王妃様を侮辱する言葉の数々には流石に言葉を無くすのも仕方ない。

 俺だって最初聞いた時は呆れて声も出なかった。

 

「私は!! お前達の様な!! 不穏分子を排除する事こそが!! 国の為になると思ったのだ!! だから!! 私は!! 何も!! 悪くない!!」

 

 それでも頑なに認めない……いや、一度認めかけたところから謎に振り切って一周回ってこうなったのか、俺が指し仕向けたとはいえ哀れこの上無いな。

 仕方ないし殺してあげるとするか。

 

「……陛下、王妃様」

 

「仕方あるまい。だが代々王家の不穏分子を粛清してきたディーンハイツ家の嫡男としてはおあつらえ向きであろう」

 

 一応陛下と王妃様に確認を取る。

 陛下はふてぶてしそうに、だが一応信用はしてくれてる様に、ミレーヌ様は無言で頷く。

 

「俺……本当は人殺しなんてしたくないんだけどなあ。でも、仕方ないんだよな?」

 

「ああ、スマンな。これが後の平和に繋がるんだ」

 

「分かってる。辛い役割任せて悪ぃな」

 

「平気だ」

 

「な、何をするつもりだっ!?」

 

 ピストルにマガジンをセットし、フランプトン侯爵の額に当てる。

 全てを察した侯爵は、次第に顔が真っ赤から真っ青になり、何とか逃げようと情けない声を挙げながら暴れ始める。

 

「やめてくれッ! やめてくれェ!! わ、私はッ私はまだ死にたくないッ!!」

 

「……無様だな侯爵。せめて最期は潔く死ねば良いものを」

 

「ふ、ふざけるなよディーンハイツ家のガキが!! 私は、私は貴様を許しは――」

 

 ズドン、と鈍い音が響き渡る。

 フランプトン侯爵が少し驚いた様な顔付きになりながら、静かに崩れ落ちこと切れる。

 それを見た他のフランプトン侯爵派閥は一斉に悲鳴を上げるが知った事じゃない。

 

「認めないなら次はお前らがこうなる番だ」

 

 ピストルを構える。

 そろそろ出撃したいからここで認めないなら全員射殺するが……

 

「分かった! 認める、認める! だから殺さないでくれ!」

 

「わ、私もだ!」

 

 これなら手間が省けるな。

 いやー全員不敬罪と国家反逆罪で首チョンパだろうけど残りの余生は震えて過ごせよー。

 

「だ、そうです。陛下、我々はこのまま出撃致します。後はお願いします」

 

「承知した。皆の者、出撃せよ!」

 

 これでやる事は全部終わらせた……よな?

 

 あれ、なんか忘れてる気が……



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第七十二話『愛の形は千差満別?』

「……で、これなんですか陛下」

 

「ヴァイス……王国の持ちうる唯一のロストアイテムだ」

 

「約400m級、パルトナーより小さいですね」

 

「……」

 

 これでやっと出撃出来る……という時にまた焦らされてしまった。

 最速で部隊を再編成して再出撃させた直後、陛下に忘れてたが切り札があるというとんでもない流れで案内された先にはヴァイス……所謂王国随一のトンデモジョークグッズがあった。

 ローランドさんよ、アンタ含め俺達結構格好付けたんだし頼むからもうそろそろ出撃させてくれないか?

 ただ同時にいたアンジェ、リビア、クラリス先輩と久々に会えたのは嬉しかったけどな。

 因みに俺もリオンも三人に凄い剣幕で説教されたのは恥ずかしいので割愛する。

 

「ま、まあ迫力はあると思うぞ……?」

 

「とは言え性能もパルトナーには及ばないでしょう」

 

「この使い魔辛辣だな?」

 

 リオン渾身のフォローもルクシオンにはどこ吹く風なのかあまりに素直な感想を火の玉ストレートで述べまくる。

 そりゃローランドがピキるのも当たり前だわ。

 

「元々こういう性格なんで許してやってください……ははっ。ま、まあ何にせよ中に入りましょう、コイツが治せば何とかなると思いますし」

 

「悪いがそれは無理だな」

 

 ローランドが演技掛かった様に言う。

 そう、このヴァイスがロストアイテムの中のお笑い担当と言われる所以がここに存在している。

 ローランドはシートをバッと外す。

 そこにはゴテゴテのハート型の台座とハート型のセットが姿を現す、勿論だがほぼ全員ドン引きしている、俺もだが。

 

「うわでた」

 

「実物を見ると……こ、これは中々……」

 

「真に愛し合う者同士があそこに立った時、王家の船が持ち主と認め、その力を発揮する。所有者がいなければドアも開かず中には入れない、という事だ」

 

「ここにマリエがいればアルと二人放り込んで楽勝だったのに……」

 

「リオン? お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

 いや確かにそれは一番手っ取り早いんだろうけど俺の扱いよ。

 二人でしっかり黒騎士倒すんじゃなかったのかよ。

 つーかそもそも俺は王家に連なる家柄じゃねえんだわ。

 

「ゴホン! 今ここにその末裔の家柄が微塵もいないから言ってんだよ。これ動かせないだろ」

 

 そういえばクリスとグレッグは黒騎士を抑えに出向いてるしブラッドもブラッドで早期に実家に連絡してそっちで動いてるんだったな。

 え? ユリウスとジルク? アイツらは……知らん。

 まあ邪魔しないなら何でも良いとは思ってるが。

 

「フン、確かに王家の船に認められるのは、王家と残りの四家。だがもう一つある……そう、失われた最後の仲間の一族も同様の資格を持つ――と、されている」

 

 いやそんな都合の良い話があるかよ。

 どうせ悪用防止として風潮して広めたんだろ、王国の歴史を見てもそんな精巧な技術を持っていたという記述は無かったし、まず有り得ないとしか思えない。

 

「覚悟はいいですね陛下、これは生易しい装置ではありませんよ」

 

「分かっている……こ、今度こそ動くはず……そう、動くはずだ……一回失敗してるけど……」

 

「いや失敗してるんかい」

 

 そりゃリオンみたくツッコミたくなる気持ちも分かる。

 一番動かさないとならないローランド……陛下と王妃様の二人なのに。

 いや失敗て。

 確かに二人の間に愛情なんてもんは無いけど実際に失敗したとか聞かされた身にもなってみろよ。

 

「あ、あはは……」

 

「はぁ……」

 

「だ、大丈夫かなあ」

 

 ほらリオンの未来の嫁三人も引いてるじゃねえか。

 で、どうせ失敗するオチなんだろうなあ……

 

『男性58点! 女性60点! 残念! そこはかとなく微妙です!』

 

「せめてもっとリアクション取れる点数にしてほしかったよ」

 

「笑えない点数過ぎる」

 

 妙に生々しい点数になるのやめてもらっていいですかね。

 周りが凍り付いてるんですよ。

 

「何よ58点って! 微妙過ぎるじゃない! 王家の出して良い点数じゃないわよ!」

 

「お前だって俺とほぼ同じだろうが! 腐れ縁の幼馴染とか偶に飲む友人程度じゃねえか!!」

 

「……そもそも愛情を数値にして伝える装置ってもしかしてこれジョークグッズなんじゃ……」

 

「十中八九そうだろうよ」

 

「解析した結果、マスターの言う通りこの船は旧人類の資産家が道楽として作り上げた正にジョークグッズだった様ですね。とんだ時間の無駄をしてしまいましたねマスター」

 

「製造されたのはルクシオンより前みたいだけど、一度しか起動された痕跡は無いわ。つまり文字通りポンコツねこれ」

 

「ルクシオンもクレアーレも今は余計な事言わないでくれ……」

 

 ローランドと王妃様がギャーギャー言い合ってる中ルクシオンとクレアーレが辛辣過ぎる言葉をぶん投げ掛かる。

 事実っちゃ事実だけど言い方を考えようね……

 

「ええいとにかくさっさと終わらせるぞ!」

 

 俺はヤケになってリオン……ではなく、リビアとアンジェの手を取る。

 リオンと未来の嫁三人の誰かなら間違いなく満点を出せるがそうなるとリオンが戦力から外れるからそれは避けたいしな。

 

「え!?」

 

「な、何故私とリビアを……」

 

「リオンはアロガンツに乗ってもらわないと、俺が黒騎士部隊全員相手する羽目になるんでね。悪いけどそれは避けたいから一番親愛度高そうなアンジェとリビアに来てもらうって事さ!」

 

「……同性同士で反応するのか、それ?」

 

「分からん! でもリオンがいないと俺の負担がデカすぎるからこの方法しかねえ!」

 

 二人とも許してくれ、これは俺が安全に黒騎士部隊と対峙する為なんだ。

 他の黒騎士部隊ならいざ知らず俺一人でバンデルに勝てる訳が無いんだよ!!

 

「分かりました、それで助けになるなら私はやります」

 

「り、リビア……ならば私も覚悟を決めよう」

 

「スマン、恩に着るぜ」

 

 俺としても本当ならこんな良く分からん珍妙な物体に親友の嫁さん乗せるなんて気が乗らないが、これがあればまあまあ早く終わるのもまた確かだしもうそろそろ出撃したいんだよこっちも。

 

 二人は台に乗り、それぞれ装置に手を合わせる。

 若干二人とも顔が赤いのはきっと緊張から来てるものだと思いたい。

 

「両者120点!! オール満点!! 貴方達は生涯を誓い合える運命の相手で間違いないでしょう!」

 

「マジかよ……」

 

「リビア……そう思っていてくれていたとは、嬉しいぞ」

 

「アンジェ……私もですよ」

 

 うんまあ知ってたよこの展開は。

 知ってても実際手を取り合う二人を見ると、こうイケないものを見てる気持ちになってきてしまう、いや愛の形が千差満別なのは分かるけどね?

 俺にガールズラブの性癖は無かったはずなんだが……

 リオンも困惑してるし。

 

「あらあら~仲良しなのね。ふふ、可愛い……」

 

「クラリス先輩? 貴方までそっちに行かれると収拾つかなくなるんですけど?」

 

 ついでにクラリス先輩は二人を見てニヤニヤして頬を染めてるし。

 なんなんこの空間。

 

「……ま、まあこれで動かす事には成功したって事にはなるのか。ほんと負担掛けてごめん。絶対二人の事、守るから……!」

 

「リオンさんなら絶対守ってくれるって、知ってます。だから私もアンジェもアルさんの言葉に頷けたんですよ?」

 

「私も全力でリオンをサポートする。だから安心して戦え」

 

「私は……二人みたいに戦えないけど、その代わり沢山の人を助けてくるね」

 

「三人とも……ありがとう。行ってくる」

 

 しかもリオンは覚悟を決めたシリアスモードになってるし。

 俺だけ乗り遅れてる?

 まあ俺だってリオンの相棒だし、何かしら決めゼリフは言うか。

 

「ま、リオンの隣は俺に任せといてくれ。ちゃちゃっとやっつけてきてやんよ」

 

「でもアルくんも無事に帰ってくるんだよ? マリーを泣かせたらダメだからね?」

 

「ありがとうございます。アイツ泣かせたら死んでも死にきれませんからね」

 

 あーこれでようやく出撃だ。

 もう何回焦らされたんだよ本当に。

 内心マリーが心配で仕方ない気持ちはバレてないよな?

 

「いやお前の顔見てればマリーが心配なのは全員分かってると思うぞ」

 

「嘘やん……」

 

 バレてたんかい……

 

 

 

 

 

「それじゃ整備も完璧だし、気を付けてねアルくん」

 

「何から何まで本当にありがとうございます。そんじゃ行ってきます!」

 

 エアバイクもアトリー家が整備と称して預かっててくれてたみたいだし、最高だな。

 カスタムも強化されてるっぽいしこのままクロカゲまで一直線で行こう。

 

「リオン、アロガンツ出撃する!」

 

「アルフォンソ、出撃する!」

 

「死ねェ!! 王国の騎士!!」

 

 おうおう出撃した途端公国軍がわんさか集まってきやがったな。

 本来ならクロカゲで倒してやりたいところだが生憎と俺はエアバイクなもんでな、こういう時の為のお手製煙玉を投げ付け視界を遮る。

 

「ぐぁ!? ま、前が……」

 

「悪いが鎧に乗ってない俺は戦ってる暇すら無いんでね! 悪く思うなよ!」

 

「つー訳で沈んでろ!」

 

 俺が相手のモニター目掛けて煙玉を投げ付けリオンが殺さない様に手加減しつつ落とす、これを繰り返すだけでスムーズに進める。

 

「お、見えてきた見えてきた」

 

 最高速度で進めるからか割と速くディーンハイツの旗艦を発見、つまりそこが俺の行くべき場所だ。

 連携を取る為ネズミに通信を入れる。

 

「こちらアルフォンソ! 待たせたな!」

 

『頭領! お待ちしていました!』

 

「レディック! クリスに一旦二番艦に引く様に言ってくれ! そこで俺がクロカゲに、クリスがディーンハイツ家の鎧に乗り代わる!」

 

『了解です! クリス様! 頭領が戻られたので一旦二番艦にお戻りください!』

 

『アルフォンソ……! 分かった、済まないが一旦四人で耐えてくれ! バルトファルトがすぐ来る!』

 

 俺は二番艦に直行する。

 見た感じ全員致命傷は無いもののかなり疲弊しているのが見えているからな、いつまで持つか分からない。

 

「リオン、悪いな。俺もすぐ行く」

「頼んだぜ、相棒!」

 

『二番艦ハッチ、開きます!』

 

 一度親指を立てるとすぐさま二番艦ハッチに突っ込む。

 飛び降りる様にエアバイクから降りるとそれと同時にクロカゲもやってくる。

 

「ご無事でしたか頭領!」

 

「おう、問題無い。クリスが乗り代わる用の鎧は?」

 

「既に整備も終わらせています!」

 

「分かった、ありがとう」

 

 俺は話もそこそこに降りてきたクリスと固い握手を交わす。

 そこには二人にしか分からない、礼や友情というものがあった。

 

「助かったぜクリス。クロカゲを託して正解だったよ」

「やれるだけの事はした。アルフォンソとバルトファルトがいればもう大丈夫そうだな」

 

「ったりめーよ。さ、行くぜ」

 

「ああ。ここからは我々のターンと行こう」

 

 二人揃ってニヤッと笑い、グータッチを交わしそれぞれの鎧へと向かい乗り込む。

 いつまでも防戦一方じゃ終われない。

 

『守備の扇の要』であると同時に『防衛戦最強』と他国に知らしめるにはおあつらえ向きでもある、そして両王女が苦しみながらも受け入れた現実、その気持ちに報いる為にも。

 気合いを入れる為に一つ、自分の両頬をパンと叩く。

 

「今日だけは、マリーの為もそうだけど……ルーデとラウダの為に戦う。あの子達の涙はやっぱ、見たくないからね!」




Ifルート もしもマリエがいたら

リオン「よし、アルとマリエが乗れ! お前らならベストカップルだろ!」
アル「ほんとにやんのかよこれ…」
マリエ「でも興味はあるわ! アル、やってみない?」
アル「マリーが言うならやろっか(手のひら返し)」

機械『両者愛が天元突破して測定不能です! 何度生まれ変わっても二人は出会い結ばれる事でしょう!! 文句無しで世界最高のカップルです!』

この後愛で敵の脳みそが侵食されて一瞬でケリが付いたのは言うまでも無いが『砂糖…砂糖…』と光の無い目で呟く公国軍が大量に出る等ある意味惨状が広がっていたという


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第七十三話『満身創痍の勝利……?』

「待たせたなみんな!」

 

 クロカゲを発進させ黒騎士部隊のいるところまで急行し一旦状況確認に移る。

 マクレーンがヘイトを大量に買っていた為か一番鎧が満身創痍になっているのが分かる。

 次いでグレッグ、これは間違いなく実力不足だが逆に言えばここまで脱落せず耐え切っていたという大きな実績を残したのはデカい、本当に強くなったと感心する。

 そしてグリシャム、所々装甲にヒビが入っているが割と元気そうな雰囲気を感じる。流石俺が認めただけある実力者だ。

 

 最後に一番元気そうなのがマルケス。

 コイツの鎧はそもそも典型的なロボットみたいなものではなく、中国神話に出てくる龍をモチーフにしたかの様な細身の飛行船型鎧、その名も『雷龍』だ。

 口からは超高火力の光線を発射出来、尾の方は柔軟に動く上に鋭い刃になっており、肩から背中に掛けては完全追尾型のミサイルやマシンガン、炸裂弾等を搭載しているトンデモ装備。

 そして何より普通のパイロットなら扱い切れず気絶する程の高速移動やキメ細やかな細部まで拘った高速旋回が出来る。

 

 しかも恐ろしい事に前々から言ってる通り、マルケスは俺より鎧の扱いが上手いと太鼓判を押せる人物でもある。

 なのでそれを100%扱いこなせる超人なのだ。

 俺より余程チートである。

 

 因みにクロカゲは慎重に後方からミサイルを飛ばしていたのか、損傷はマルケス程度に留まっていた。

 

「アル、待っていたぞ」

 

「親父、大丈夫か?」

 

「愚問だ、我がディーンハイツの盾は今だ健在よ!」

 

「なら安心だな!」

 

 親父も大丈夫そうだし、ホッと一息付く。

 

「待ってやしたぜ……坊ちゃんッ……」

 

「スマンマクレーン、まだやれるか?」

 

「どこまでも……お供しますよ……!」

 

「頭領が来たからには百万馬力ですぜ!」

 

「へ、おせーんだよ……ディーンハイツゥ……!」

 

「信じてたよ、アル!」

 

 ボロボロとは言えみんな何だかんだ元気そうで良かった。

 

「さ、こっからは俺達のステージだぜ、アル、みんな!」

 

「ぐぅぅぅ……!! 多勢に無勢とは卑怯な……」

 

「悪いが戦争に卑怯もラッキョウもねーんだよ! つー訳で大人しく沈めや!!」

 

 バンデルがなんか喚いてるが知ったこっちゃない。

 魔装を纏ってないお前らとか一万倍くらいマシなんだよねえ!

 

「クソ、我々の攻撃が当たらない……! ガァッ!?」

 

「ミサイル全門斉射!! っと!」

 

「何故避けられる!?」

 

「クソォ!!」

 

「俺がまともにやり合う訳ねーんだよバーカ!!」

 

 とは言え俺のポテンシャルでは黒騎士部隊には敵わない。

 だから回避と全体攻撃という害悪行動に徹している。

 本当は俺もリオンみたいにカッコイイとこ見せたいけど、せめてパルトナーレベルの戦艦を手に入れないとクロカゲじゃ悔しいがどれだけカスタムしてもそろそろインフレには着いていけないかもな。

 あと俺の技術的にも。

 相手にはしないはずだが、帝国軍相手だと攻撃方面はさておき防御方面がそこらのモブ鎧より少し高い程度で終わる可能性すらあるからな。

 

「ほい、リオン!」

 

「そらいっちょ上がり!」

 

「む、無念……」

 

 俺とリオンのコンビで早速一機を落とす。

 尚、他五人は五機で一機を相手にしている。

 これだけでも負担が減るから助かるってもんよ。

 

「この私がこんなところでやられる訳には!!」

 

「おーおー勢いだけは良いな、っと、怖い怖い」

 

 流石に負担が減ると言っても割と俺は一杯一杯なんだけどな。

 1vs1とか俺には無理、流石に作中最強の鎧部隊と言われるだけあるよほんとに。

 全く羨ましい限りだよ、その技術は。

 

「嘗めてんじゃねえ!」

 

「これでも結構キツいんだけど、ね! あークソ、ビリビリネットミサイルもあんま効かねえし! でも……俺は卑怯もラッキョウも大好きなんでね! リオン!」

 

「アルのサポートがあるだけでも戦いやすさが段違いだな! オラ! 二機目!」

 

「クソ……この俺が……」

 

 モブには効きまくりのビリビリネットミサイルも直撃を避けて掠める程度に抑えやがるし、その技術どこで売ってますかね。

 出来れば俺にも欲しいんですけどね。

 だが今の俺には掠める程度で充分、少しでも動きが鈍れば後はリオンのアロガンツのパワーで沈められる。

 俺は俺のやれる事だけやりゃ良い。

 

「あーもう! 俺にも君らみたいな技術が欲しいもんだよ!」

 

「死んでもやるものか!」

 

「知ってるわクソが!!」

 

 俺にもチートがあれば、悔しい思いなんてせずに済むんだろうけどな。

 無いものねだりしても意味無いしなあ。

 取り敢えず恨みを黒騎士の一人にぶつける。

 

「な、何!? ぐ、離せ!」

 

「小僧、後ろががら空きだ!!」

 

「ぐぉ……り、リオン、俺の事は気にせず全員やっちまえ!」

 

「馬鹿な!? 貴様、我々諸共消し飛ぶつもりか!?」

 

 しかし調子に乗り過ぎたか、一人捕まえたところでバンデルに後ろから刺される。

 丁度コクピットの真下に刺さったのか火花が飛び散ってまずい……のはさておき、こうなればと貫いてきたバンデルの剣を鷲掴みしリオンに叫ぶ。

 他の奴ならいざ知らずリオンなら俺の命だって預けられるからな。

 

「ルクシオン、『やれる』か?」

 

「問題ありません、ライフル照準セット。発射します」

 

 バババ、とライフルが発射されると丁度俺の横をギリギリで通り過ぎてバンデルに命中する。

 あと前で羽交い締めしてた奴にもかなり命中したらしい、俺が手を離すとそのまま墜落していく。

 

「ぐおおおおお……ここで落ちる訳には……せめてコヤツだけでも……」

 

「オイふざけんなって! 落ちるなら一人にしろや!」

 

 ついでにバンデルと俺も一緒に落下してるらしい。

 いや俺の場合バンデルに掴まれてるだけなんですけど……

 

「これでも喰らえ……や!」

 

 流石にこのまま落ちると俺も危ないというか洒落にならないのでバックパックからビリビリネットミサイルを一つ取り出し思い切りバンデルの鎧にぶつける。

 正直自分にもダメージが来る大博打だが仕方ない。

 

「ぬわあああああああ!! あ、有り得ぬ……この……私が……ルーデ様、ラウダ様……申し訳……ございません……」

 

「ふざけんなっ……て、クソ……いってぇ……ゲボッ」

 

「お、オイアル! 大丈夫か!?」

 

「俺を誰だと思ってる? お前との決闘で気合いだけで生き残った男だぞ……!」

 

 実際は大丈夫な訳が無いです。

 本来捕縛用の高火力電撃ネットをほぼ直で喰らうなんて死んでもおかしくない事したんだから吐血が止まんねえ。

 それでも一緒に落ちるよりはマシな展開になったし誤魔化しは効く、ならこのまま殲滅しに行くだけだ。

 

「無理すんなって!」

 

「うっせー! 無理してねえよ! あっちも落としたみたいだしさっさと殲滅しに行くぞ! 俺達の勝ちを証明してやる!」

 

「ったく、それでマリエが泣いても俺は知らねえからな。死ぬんじゃねえぞ!」

 

「わーってるよ!」

 

 結構ギリギリではあるが死ぬか死なないかで言えばまだ大丈夫なはず。

 ゴホゴホと吐血した口元を手で拭き、最後の殲滅戦へと向かう。

 これが終われば俺の一年生としての大仕事は全て終わりなんだ、ここを乗り切れば残り半分、共和国編を終わらせて後は幸せに過ごすんだ。

 だからこんなところで休んでなんかいられねえんだよ。

 

「レディック……お前はマクレーンとグレッグとクリスとマルの鎧を回収して撤退しろ……後は雑魚だけだから……残りの連中でも問題ねえ……」

 

『わ、分かりました! ですが頭領、頭領も下がった方が良いのでは……』

 

「大丈夫だ……ゴホゴホ、何より俺の鎧は1vs1より殲滅戦向きだ……ここで出ないと勝っても犠牲者が増えちまう……からな」

 

『……ご武運を』

 

 レディックには無理を押し通しちまったな、スマンと心の中で謝る。

 クロカゲの出力も大破して大分下がっちまっただろうが、ミサイルを撃ち込むだけならまだ何とかなる。

 持ってきたもん全部撃ち込んで先に撤退させてもらう、これで良いだろ。

 何にせよ俺が死ぬ程の想いをしてでも黒騎士部隊を生存させて撃墜させた事は後々絶対活きてくるはずだ、それを思えばこの辛さだって乗り越えられるはずだ。

 

「来いよ公国軍共ォ!! 全員纏めてぶっ潰してやる!!」

 

 なるべくヘイトを買い、馬鹿の一つ覚えの如く向かってくる大量の公国軍相手に撃ち込めるもの全て撃ち込んでいく。

 鎧への負担がキツく、こっちにまでその反動が来るが無視する。

 こんだけヘイトを集めてる中少しでも隙を見せたら終わりだ。

 

「アイツはほんっとに無茶ばっかしやがって……でもこれだけ集めてくれたのは流石だ。これなら殺さずにやれる!」

 

「これで……最後だ!」

 

 向かってきた約二十隻に対しある程度以上の損傷を与えたところで弾を撃ちきった。

 これだけやれれば他の公国軍のモチベーションも下がるだろ。

 

「悪いが俺は先に帰らせてもらう……後は頼んだぜリオン……」

 

「おう、さっさと帰れ帰れ。無茶し過ぎなんだよお前は」

 

「死なないギリギリのラインでやってるから大丈夫だ。俺の事は俺が一番良く分かってるからな」

 

 あーあ、帰ったらこりゃ説教コースかな。

 まあそれにしてもここで二十隻無力化したなら黒騎士部隊の全滅も流したしもう相手のモチベーションもほぼ0になって終戦もほぼ間近だろう。

 後はする事無いしゆっくり休むとしますかね……

 

 

 

 

 

「おお! ここにおられましたかヘルトラウダ王女!」

 

 王宮の一角、ヘルトラウダのいる部屋に一人の男が息を切らせながらやってきた。

 

「何用ですか? 無礼ですわよ」

 

 無機質に返事を返すヘルトラウダ。

 アルフォンソやその周りには大分心を開いてきた彼女と言えど、未だかつての敵国全体に心を開ける余裕は無かった。

 それを知ってか知らずか、男は一つ謝り話を続ける。

 

「も、申し訳ございません! ですがアルフォンソ男爵が黒騎士部隊との戦闘において撃墜されたとの事で一刻も早くお伝え出来ればと……!」

 

「お、お兄様が!?」

 

「ええ、現在搬送されていますが危険な状態にあります! なのでヘルトラウダ王女様にも来ていただけたらと……」

 

「分かりましたわ! 案内してください!」

 

『アルフォンソが撃墜された』その言葉でヘルトラウダは平静を失い、男の言葉を全て鵜呑みにする。

 だが、それこそが男の狙いだった。

 

(んふふ、やっぱりこの女は馬鹿だねえ。すーぐ騙されてくれちゃって♡ さーてどこでヤッちゃおうかな~?)

 

 

 

 

 

「ここで故障とかマジかよ」

 

 すぐ帰ろうと帰還したのだが無理をし過ぎたのか、クロカゲが途中で完全に動かなくなってしまった。

 なのでちょっと戦場の街中で護送車を要請して待ってるところだ。

 

「……そういやこの懐中時計、時間逆行とか言ってたけどロストアイテムなら他の機能とかねえのかな」

 

《肯定、存在する》

 

「うわぁ喋った!?」

 

 ボソッと呟いたその一言、どうせ何も無いのは分かっていた……はずだったのに懐中時計が喋り出していた。

 ええ……ずっと黙ってただけかよコイツ……

 

《久しいな、マスター》

 

「いや再会の仕方こんなんかよ。てか逆行はやっぱ真実だった訳かこれ」

 

《肯定、マスターは我と契約し時間を戻した。良くぞ辿り着いた》

 

「はぁ……気が重くなる……あ、それより今は他の機能があるって方が気になるんだけど」

 

 めちゃくちゃ軽いノリで逆行が確定したんだけど笑った方が良い展開なのか? それとも頭抱えてた方が良いのか?

 まあ今はそれより聞ける情報を聞いた方が良いか、気も紛れるし。

 

《我にはライトや特定の人物の場所を捜索する為の機能が搭載されている。後者の使用時には映像も映し出される故、利便性はあると自負している》

 

 いや実用性の塊かよコイツ。

 

「そうだな……マリーはさっき撤退して無事って連絡入ってたし……ラウダ……ヘルトラウダの場所を知りたいな。ちょっと心配だしな」

 

《了承。捜索完了。映像を映し出す》

 

 本当は軽い気持ちで言った言葉だった。

 ちょっと無事な姿見て、ホッとしたいだけだった。

 あの子は、あの子だけは何も問題無く過ごせると確信していた。

 

 だから、見せられた映像に脳みその理解が追い付かなった。

 

「んだよ……これ…… 」

 

 まだ、俺の戦いは終わらないらしい。



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第七十四話『英雄は……』

 俺は結構な数、失敗してきたと思う。

 それこそ前世からアヤを守り切れなかったり、この世界に転生してきてからもリオンに危うく殺されかけ、マルケスがステファニーに謀略されかけ、新道寺みたいな外道に引っ掻き回され。

 この戦争でも本当は上手い事立ち回ってバレントと手っ取り早く合流して証拠を王宮に献上して完全勝利のはずだったのに、俺はバンデルに満身創痍まで追い込まれてクロカゲは完全に機能停止して長期修理は免れない状態。

 確かに俺は完璧じゃないし何度も失敗してきた。

 

 だが、流石にこれは有り得ないと思っていた。

 

「なんでラウダが攫われてるんだよ……!!」

 

 懐中時計の映す映像には、一人の男が麻袋片手に疾走する姿。

 俺は『ラウダを探してくれ』と言われた。

 それでこの映像が出された意味が分からない程馬鹿では無い。

 

「うっ……お、えぇ……」

 

 殆ど空のはずの胃から血と共に胃酸が吐き出される。

 俺が油断したからか?

 大丈夫だと気を逸らしていたからか?

 助けられると傲慢さを出したからか?

 何だ何だ何が原因だ。

 混乱する度にストレスで吐き続ける。

 

《マスター、焦燥している場合では無いと判断する。救出が最優先事項であると断定する》

 

「……!! す、スマン、そうだったな……ゴホゴホ……まだ間に合わないと決まった訳じゃねえ……」

 

 そうだ、後悔して焦ってる場合じゃない。

 まだラウダは死んで無いはずだ、あの男が誰だったとしても魔笛を吹かせずに殺す道理は無い。

 つまり、今ラウダを攫っている理由は魔笛を吹かせる為。

 そうなると魔笛も奪取されてるのはほぼ確実だが……ならば逆に魔笛を吹くのに最適な場所を先取りしてしまえば良い話だ

 

「それにこのルートから算出される目的地点は……時計台か! チッ、俺のクロカゲさえ無事なら良かったが……間に合ってくれ」

 

 俺は急いでネズミを取り出すとヘルシャーク隊へ向け連絡を入れる。

 

「はぁ、はぁ……ヘルシャーク隊全艦に緊急で通告する事がある……」

 

『だ、大丈夫なんですかい頭領!?』

 

「俺の事は後回しだ……現在とある情報源によりヘルトラウダ王女殿下が攫われている事が分かった。それに通達が入ってない事から秘密裏に攫われたものだと断定。そして俺のルート算出結果から到達地点は王宮近くの時計台と思われる。迎えるか?」

 

『だったらまだある程度機能する鎧を持ってるマルケスの坊ちゃんを向かわせます! あの人の鎧なら速さも申し分無いはずですぜ!』

 

「分かった、レディックは至急マルを急行させてくれ。そんでレディックは悪いが俺のエアバイクを射出してくれ。クロカゲは故障して動けねえんだ」

 

『全く頭領は……言っても聞かないんですから。分かりやした、無茶だけはしないでくださいよ!』

 

「そう来なくっちゃ」

 

 マルケスの雷龍なら他のどの鎧より速く移動出来るから一番可能性があると思っている。

 ならば任せるしかあるまい。

 偶然か必然か、ラウダの運命の人の条件にも当てはまってるし、最近仲良いみたいだしな。

 もしもそうなら、それこそ助けられるのは、死の運命を変えられるのは、マルケスしかいないはず。

 

 だが俺だってここでこのまま戦線離脱なんてする訳が無い。

 あの男が万が一、最悪新道寺だった場合俺が手を下す必要がある。

 クロカゲが動かないとしても、量産型の鎧に乗ってでもアイツだけは何があっても俺が殺す、殺さないといけない。

 

 それにあの子は、ヘルトラウダは、俺がマリー以外で『必ず』運命を変えると決意した一番最初の人でもある。

 なら、ここで俺が引く訳にはいかない。

 あの子の兄貴分で、騎士である為に。

 

《マスター、ここは戦線離脱し治療すべきと判断する。万に一つでもここで現場に向かえば死亡確率の上昇が見込まれる》

 

「悪いが男にはな、ハイリスクローリターンだと分かっていても逃げちゃいけない戦いがあるんだよ」

 

《それが今だと》

 

「ああ。ラウダは俺が救うと決めたんだ。だったらこんなところで俺が戦線離脱しちゃなんねーんだわ。妹を救うのは兄の役目だ、だとするなら兄貴分の俺だって黙ってる訳にゃ行かねーんだよ」

 

《御意。マスターの決意を肯定し助力を決断。現地点から時計台までの最短ルートを算出、エアバイク到着時刻と合わせ『雷龍』の二分後が到達時刻との解》

 

「……ありがとな」

 

《マスターとは『前の時間軸』からの契約が継続中。マスターの意志を尊重するのが最適な判断と断定》

 

 そうこう話してる内にエアバイクが到着する。

 ぐらつく身体にムチを打ちながら、懐中時計を首からぶら下げる。

 堅い言葉は使っているが、俺との相性は悪くないらしい。

 血で汚れた口元を手で拭い、エアバイクに跨る。

 

「そんじゃ案内は頼むぜ、相棒!」

 

《御意》

 

 間に合ってくれと願いながら、俺はフルスロットルでラウダの元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

「やれやれ、遮蔽物の無い場所で吹かないと意味が無いなんて本当に使いにくいものを切り札にしちゃったよね。お陰でわざわざ王女も魔笛も回収してからじゃないと出来ないじゃないか」

 

 同時刻、ヘルトラウダを攫っている男はそう呟きながら足を止めない。

 麻袋の中には腹を殴って気絶させたヘルトラウダが入っており、魔笛も持ちながら走っているので少しでも止まるのは致命傷に繋がる。

 割と面倒な事態になっている事に男は深く溜め息を付く。

 

「はぁ……でも呼び出せれば王国の戦力は削れるしアルの歪んだ顔が見れるからね♡ ついでにそのままアルも殺してアヤをいただいちゃおうかな♡」

 

 この男の正体は、アルフォンソが危惧していた最悪の事態を引き起こしかねない人物である『ロイズ』その人であった。

 彼はエルフの村長に成り代わった後、目的のロストアイテムを回収し適当な男エルフに再度成り代わり専属使用人として王国に侵入していた。

 そしてそこである程度権力があり、尚且つ完全にはフランプトン侯爵派閥に付いていないギリギリの立場の貴族を殺しその記憶や言動、性格を馴染ませた後にヘルトラウダの誘拐をするという徹底振りを、リオンやアルフォンソの知らぬ間に披露していた。

 

 そうして王国を完全に出し抜いた彼は意気揚々の目的地までの最短ルートを、バレない様に走り抜けていた。

 

「さあて、着いちゃった♡」

 

 着いたのは……アルフォンソの計算通り、時計台だった。

 しかしいくら全知全能を自負する彼、ロイズと言えどイレギュラーアイテムの懐中時計の仕組みまでは知る由も無い。

 未だ気付かれていないと確信しつつ時計台の頂上まで登り詰める。

 

「んふふ……僕が探していたロストアイテム……数百年前一度だけ記述のあったこれさえあれば……『生きている人間に憑依出来る』」

 

 ロイズが取り出したのは大きめの注射器の様な、針の付いたロストアイテムであった。

 

「自分の血を相手に注入するだけで憑依が出来るなんて革新的で素晴らしいじゃないか! アハッ、いくら成り代わったところで一度契約者が死ねば契約解除になるこの魔笛をどうしようかと思ったけど……殺さず精神だけ貰っちゃえば呼び出せるからね♡」

 

 恍惚の笑みを浮かべたロイズは、躊躇無く自分の首に針を突き立て血をある程度吸い出す。

 まるで痛みなど感じていないかの様な彼の笑みは、ただただひたすらに狂気を感じさせるものであった。

 

「それじゃあ……注・入♡」

 

 そして吸い上げが完了すれば後はヘルトラウダにそれを注入するだけ、そう言わんばかりにこれもまた躊躇無く首に針を突き立て注入する。

 そうすると、見る見る内にロイズの身体にノイズが走り、そしてやがて薄くなり消える。

 

「ああ……ああ……!! 成功したんだね!! 素晴らしい……素晴らしいよ!! これが、これこそが僕に必要だったラストピースッ!! 全知全能の神になる為の最後の一欠片だったんだねェ!! なんて心地良いんだ……生きている人間をも支配出来る優越感、これでこの世界の人間全てを掌握したも同然!! 僕は……僕はッ!! 神になったのだ!! アッハッハッハッハッ!!」

 

 ロイズに支配されたヘルトラウダは、狂気的に、高らかに、笑い叫ぶ。

 それは普段、王女として振る舞う威厳ある彼女からも、素の割かしお転婆で冒険好きで甘えん坊な彼女からも、全く持って程遠い笑みであった。

 

 一頻り生きている人間の精神を掌握した心地良さに身を委ねていたロイズはふぅ、と一つ息を吐き出すと落ちていた魔笛を拾う。

 

「肉体が死んでも今の僕は精神体。抜け殻の身体から抜け出せば死ぬのは無能な王女一人。なんてコスパが良いんだろう!」

 

 誰も聞いていないと言うのに大手を広げる様は、まるでミュージカルか演劇を見ている様に錯覚させる。

 しかし彼の発言は一つ一つが外道そのものであり、アルフォンソやリオンが聞けばたちまち乱闘は避けられない程の悪意に満ちた発言である。

 

「もう少しこれに浸ってたいけど、当初の目的も果たさないとね♡ それじゃ、ヘルトラウダちゃん……その命の絞りカスまで全部全部、搾り取ってあげるからね♡」

 

 悪意に満ちた狂気的な表情から一転、一瞬で落ち着いた表情に変わり、目を閉じ魔笛に口を当てる。

 その表情は、傍から見れば美少女の美しい一幕に見える程、ロイズは感情の起伏が激しかった。

 

 そして音色が奏でられる。

 その音色は、落ち着いたものでありながら、力強く、そうでありながらどこか儚い、命の散る音と言っても過言では無い、そんな音色であった。

 

(たった60秒、されど60秒……ここさえ達成出来れば僕は新世界を創造するに等しいレベルの革命を起こせる。前前世で上手く行かなかった事も、アヤを奪えなかった事も、ヒロに殺された事も、全ての屈辱が無に帰る。僕は今度こそアヤを手に入れて、全て全て思い通りのパーフェクトな人生を送るんだ)

 

 彼が振り返るのは、前前世と前世の記憶。

 特に前世アヤ……マリエに惚れてから狂ったと思っている彼は言葉以上にアルフォンソへの強い憎悪があった。

 アイツさえいなければ全て上手く行っていた……そう思った時から、彼は最優先事項にアルフォンソを絶望に落としてから殺すと決めていたのだ。

 

(……30秒、これで海の守護者を呼び出す条件は整った。後は残り30秒……空の守護者さえ呼び出す条件が整えば良い)

 

 まだ、誰か来る気配は無く残り20秒を切る。

 

(19、18、17……ああ、僕が神になる為のカウントダウンだ……)

 

 静けさの中、10秒を切る。

 彼は、確信していた。

 もうこれで完全勝利だと。

 アルフォンソに辛酸を舐めさせられる事も終わりだと。

 

(5、4、3、2)

 

 ――だからこそ、彼はほんの一瞬気を緩めてしまった。

 

 それこそが、痛恨のミスだった。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「……は? うぼぉ!?」

 

 残り一秒、『彼女の為の』英雄は来たる。




実はメンタルが強い様に見えて敵に躊躇無いだけで割とボロボロになりやすいアルフォンソ
そのバランスは毎回ギリギリで保たれているが…それはアルフォンソ自身が思うより、遥かに壊れやすいもので――


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第七十五話『来たる』

「クソォ!! 誰だよこの僕の邪魔をするのは!!」

 

「はぁ、はぁ……間に合った……!! やっぱりアルの言ってた通りラウダさんを乗っ取っていたんだね……」

 

「ぐ……何故僕の居場所が割れた!? 王宮の人間すら出し抜いたこの完璧な僕が!?」

 

 突如時計台の頂上に降ってきたのは、アルフォンソからの連絡を受けたマルケスだった。

 彼はヘルトラウダが攫われたという連絡と行くはずの場所を聞くといつもは弱腰で怖がりなのにも関わらず躊躇無く飛び出し、雷龍で最短ルートを爆走したのだ。

 

「ロイズ……君の事はアルに聞いていたからね。君の使う『禁忌の魔法』も含めて」

 

「アルゥ……キミはなんでいつもいつも僕の邪魔ばかりするのかなあ!! あと一秒で空の守護者も召喚出来たと言うのに!! お前諸共殺すゥ!!」

 

 ロイズは既に激昂し我を忘れていた。

 本来の狡猾な彼であれば、その前にする事があると思い出せたはずだが目の前で最高のショーが壊されたという事実に完璧主義者である彼は怒りを優先させてしまった。

 それがロイズの一番の弱点であり、それを今のマルケスが見逃す道理などあるはずが無かった。

 

「僕は君と殺し合いをする為に来た訳じゃないんだ!! これでロイズ、君の野望も終わりだ!!」

 

 マルケスは腰に携えていたハンドガンで魔笛と……ロストアイテムの注射器を撃ち抜く。

 

「な!? しまっ……」

 

 二つはいとも簡単に砕け散り、ロストアイテムのお陰でヘルトラウダに憑依していたロイズは追い出される様にして弾き出される。

 

「クソオオオオオオオオオ!!」

 

「……これはステファニーさんを傷付けられた僕の仕返しでもあるんだけどね」

 

 そうしてロイズはその弾みで一気に時計台から落下していく。

 弾き出されたのを確認したマルケスは、落ちていくロイズになど見向きもせず慌ててヘルトラウダに駆け寄る。

 

「ラウダさん!! 大丈夫!?」

 

「う、うぅ……わたくしは……一体……確か、騙されて……」

 

「もう大丈夫だよ、僕がやっつけたから……一緒に帰ろう?」

 

「あ……マルケス……さん……?」

 

「そうだよ、僕だよ」

 

 状況がしばらく飲み込めなかったヘルトラウダは、しかしそれでもマルケスの顔を見るとある程度状況を思い出したのか、助けられたのだと安心して薄くではあるが笑顔になる。

 

「良かった……貴方が助けに来てくれて……」

 

 そして彼女も彼女で、こう言った事になった事で思い出す言葉があった。

 

 

「貴方はとても過酷な運命の元にいます。貴方には本来近い将来死、若しくはそれに近しい運命が待ち受けている可能性があります。ですが、運命の男性と出会えればそれから逃れ貴方は幸せになれるでしょう。そしてその運命の相手は、貴方を助ける騎士の近くにいます」

 

 

 ロイズに気絶させられる瞬間、彼女は死を悟っていた。

 何故ならこの言葉があったからだ。

 本来であるなら将来死ぬ未来があると言われ、事実ああして攫われ利用されるとすれば魔笛を利用される事は百も承知だった。

 

 だからもう死ぬのだと、薄れ行く意識の中諦めていた。

 

 だが彼女は助けられた。

 それは彼女が『お兄様』と慕うアルフォンソの次に仲良くなった異性、ロボット好きの技術屋でありこの年齢にして六位下男爵の爵位を貰っているマルケスであった。

 彼は見れば怖さすら感じさせる図体からは想像付かない程物腰低く、見方によっては臆病な性格とも感じさせる面もありながら好きな事への熱量は非常に高く、そんな彼の話を聞いているだけでヘルトラウダは心躍る気持ちになっていた。

 そしてまだ話して数日だと言うのに、マルケスの優しさや好きな事への直向きな態度、技術力や爵位があるにも関わらず威張らず誰彼構わず助けようとする彼の姿に『真に心から惚れていた』。

 

(……わたくしのお兄様への感情は、恋心とはまた別物だったのですね。そして……これこそが恋心、なのですね)

 

 そして、今。

 ヘルトラウダは助けられた事で、エルフの島で聞かされた運命に対する言葉の意味を確信していた。

 

(やはり、お兄様がわたくしの事を助けてくれる『騎士』様で、その親友のマルケスさんこそが……わたくしを死の運命から救ってくれる『運命の男性』だったと言う事ですか……本当に、あの時お姉様と共に攫われて良かった……)

 

 修学旅行の王国貴族子息達を襲撃し、レッドグレイブ家令嬢を攫う。

 その作戦に、本来ヘルトラウダが乗る事は無かった。

 ヘルトルーデ、ヘルトラウダ、二人を共に失えば公国は正規の代役を立てられなくなるからだ。

 だが何の因果か、公国の上位貴族に成り代わったロイズが軽率に、そんな事微塵も考慮せずに『共に乗せ、有事の際には二人揃って魔笛を吹かせれば良い』と言い姉の乗る船に共に搭乗した。

 公国は王国に一人の犠牲者すら出せず圧倒的敗北を喫し、魔笛を吹く暇すら与えられないままに揃って攫われたが、回り回ってそれこそが死の運命を回避する一番の分岐点になるという、ロイズからしてみればあまりにも屈辱的且つ皮肉な事態を巻き起こしていた。

 

「さ、帰ろっか」

 

「わひゃっ……わ、わたくし重くないでしょうか?」

 

「大丈夫だよ。寧ろ軽いくらいだから」

 

 暫く見つめ合っていた二人は、マルケスが優しく微笑むとそっとヘルトラウダをお姫様抱っこの様相で抱き抱え、自動運転で空中停止している雷龍に合図を送る。

 

「よっとっと。これでもう安心だよ」

 

 雷龍はゆっくりやってくると、入り口のドアを開け折り畳まれていた階段を時計台に掛ける。

 マルケスは手馴れた様に素早く雷龍まで入ると、今度こそ大丈夫と言わんばかりに緊張の糸が解れた様な、いつもの少し頼りなさげな顔付きへと戻っていく。

 

「そ、そう言えばお兄様! お兄様は無事なんですの!? わたくしそれに騙されて殺されかけて……」

 

「アルの事? アルなら無茶して怪我はしたけど一応無事みたい。と言うかもうすぐ来るはずだし……」

 

 マルケスが辺りを見渡すと、猛スピードでやってくるエアバイクが見えた……アルフォンソのエアバイクだった。

 彼はホッと一息吐くとヘルトラウダに向き直った。

 

「来たみたいだよ」

 

 

 

 

 

「マルッ!! ラウダは!?」

 

 俺はエアバイクで雷龍の目の前まで突っ込むと間髪入れずにそう聞いていた、最早気が気で無かったからだ。

 痛む身体にムチ打って来たからには一秒だって無駄には出来ない。

 

「お兄様!!」

 

「ラウダ!? ラウダなんだな!! ああ! 良かった……良かったぁ……ありがとうマル……お前のお陰だよ」

 

 そこからひょっこり顔を出して手を振るラウダを見て、俺は心底安心感を覚える。

 やっぱり俺の親友に託して良かった。

 

「それもこれもアルがロイズの事を教えてくれたからだよ」

 

「……そうか、やっぱりあの男はロイズだったんだな」

 

 結局ラウダを攫った男はロイズだったのか……最悪の事態が起きかけていた事に肝が冷える気持ちになる。

 しかしそうなると本当にマルケスにロイズの事を話しておいて良かったと思ってしまう。

 

 ……この話は数日前、投獄中まで遡る。

 

 

 

 

 

「マルケスにロイズの情報を送る、ねえ」

 

「ああ、予定としては看守が離れてる今の時間帯……つまりこの直後になるがあのエルフの島で聞いた里長の予言が当たってるとしたら現状の友好関係を踏まえてもラウダの死の運命を回避させられるのはマルしかいない。俺という『騎士』でもなくリオンという『勇者』でもなくマルケスを指定してきたと言うならどうしたってアイツにしか助けられないんだ。んでアイツがラウダを利用するなら、どんなカラクリかはさておき生きたまま乗っ取る方法を用意するはずだからそこも踏まえて送っておきたいしな」

 

 投獄されて二日目の深夜、どうしても胸騒ぎがした俺は最悪の中の最悪の事態を鑑みて、ロイズの情報をマルケスに共有すると決断したのだ。

 

「分かった、そこまで言うなら俺も協力してやる。ルクシオン、いるんだろ?」

 

「全く機械使いの荒いマスターですね。ですがあの男にこの王国を侵略されては私が王国を滅ぼせなくなるので今回は乗って差し上げましょう」

 

「毎回毎回お前は物騒なんだよ」

 

「どちらかと言えば今回は俺のワガママなんだけどな……動いてくれてサンキューな、ルクシオン」

 

 文句を言いながらもルクシオンも動いてくれたし、俺の直感が警鐘を鳴らして即座に動けて本当に良かった。

 こういう時、ラノベやゲームの重要キャラだったり主人公だったりは『嫌な予感』を他人に話さなかったりする事が多いが、流石に俺の今生きてる現実でそれをやらかしたら笑い事にならない。

 俺はフラグだって完璧に折ってみせる、俺は運命に翻弄される側じゃなくて運命を変えに来た方の人間だからな。

 

 さてそんな経緯があって、俺はマルケスに情報を持っていく事が出来、こうして救う事が叶ったのだった。

 

 

 

 

 

「うん、僕がこの塔から突き落とした……というか勝手に落ちたから今何処にいるか分からないけど……あ! そうだ、ロイズは『あと一秒で空の守護者を召喚出来た』って話してたけど……」

 

「はあ!? マジかよ!?」

 

 マルケスには回想が終わって早々とんでもない話を聞かされた俺の身にもなってもらいたい。

 最悪の事態は防げたっちゃ防げたがあと一秒でラウダが死んでいた事と海の守護者は召喚された事を同時に聞かされたら動揺するに決まっている。

 

「……!! となると……海の守護者は召喚に成功されてしまったのですね」

 

「じゃ、じゃあ魔笛を破壊したって事は……」

 

「契約は召喚後に破棄された事になる。つまり……今の海の守護者は全員抹殺対象だ。クソ、全艦への退避命令を出さないと……ぐぅっ!?」

 

「お、お兄様!? 大丈夫ですか!?」

 

 まずい、こんな時にまた傷が痛んできた。

 少なくとも王国の兵士や騎士達を、あの手この手を使って犠牲者をほぼ出さず助けてきたのにここに来て台無しにされるのだけは避けたいってのに。

 

「……アル、今王国軍全体に命令が出せるのはアルとリオン君だけだよね」

 

「あ、ああ……そうだ」

 

「それじゃあ僕がリオン君のところまで行って話してくるよ! だからアルは王宮までラウダさんをお願い!」

 

「マル……! 分かった!」

 

 今の俺には、マルケスが輝いて見えた。

 いつも及び腰だったりちょっと弱気な面が目立つが、マルケスはやる時はやる男だったのを思い出した。

 

 俺は肩で息をしながらもラウダを俺の後ろに乗せる。

 

「マル、お前の鎧だと守護者と対峙すんのは危険だから伝えたら退避して来い。そっから先はリオン達が何とかする!」

 

「うん、それじゃ行ってくるね」

 

「マルケスさん……ご無事で。お兄様もっ、無理せずゆっくりで良いですからね?」

 

「さんきゅ。そんじゃお互いまた会おう」

 

 だがラウダやマルケスには悪いが、俺はラウダを届けたら守護者を倒しにもう一度戦場に戻る。

 強引にディーンハイツ家の量産型鎧に乗って、あの地に戻る。

 

 これは、譲れない戦いだから。




お知らせ
共和国編を書くにあたって、書籍版をじっくり読んでからそっちのルートの世界観をしっかり掴んで書きたいと思っているので第七十八話の投稿をもちまして、暫くお休みをもらいます
その間、幕間で数話くらい上がるとは思いますがいつ帰ってくるかは未定なので気長に待っていてくれたらと思います(高いからと買うの渋ってた小説全巻を資料の為に買ったので失踪だけは有り得ないのでご安心を)

一旦になりますが、約二ヶ月半毎日投稿にも関わらず追い掛けてくれた読者の皆様本当にありがとうございました
また気が向いたら遊びに来てください


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第七十六話『譲れない想い』

「ほら、着いたから降りな」

 

 アレから十五分程して、ゆったりと進んでいた俺のエアバイクも流石にこれだけあれば安全地帯まで辿り着く事が出来ていた。

 その期間に一応怪我の状況を再確認していたが、恐らくこの感じでは内臓や器官が数箇所やられているものと思われる。

 一応軽傷に見せる事には成功しているがさっさと終わらせてマリーの回復魔法貰わないとまあまあまずいだろうな。

 

 まだ時間はあるから大丈夫だろうが。

 

「ら、ラウダッ!? 大丈夫なのッ!? その、貴方が攫わられたって……」

 

「大丈夫ですわお姉様。お兄様とマルケスさんが助けてくださいましたから」

 

「そ、そう……貴方達には助けられてばかりね」

 

「それ程でも無い……うっ、ゲホッ」

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

 とは言えこんな姿見せちまうとマリーに伝わる可能性も出てくるし……それは避けたいところだな。

 無駄に不安煽りたく無いし、こういうのは軽傷って言っときゃバレないもんなんだよ。

 

「そ、それよりマリーは無事か?」

 

「ええ。もう帰還してきてるはずよ」

 

「なら良かった……一応言っとくが俺の怪我は軽傷だ、マリーには伝えないでくれよ? アイツに無駄に不安になってほしくないからな」

 

「お兄様、本当に大丈夫ですか?」

 

「平気だ平気。……ふぅ、そんじゃ俺はこのままリオンの援護に向かうから、ラウダの事頼んだぜ」

 

 勿論痩せ我慢だ。

 内臓が何個かやられてそうと言うだけあって、今にも吐血しそうなのを我慢しつつこうして平気そうに話してるだけだ。

 そんなでも信じてしまう程の演技力を前世で鍛えたからこそ、大抵の人間にはバレない。

 特に自分勝手な、メリットの低い感情優先でこうして行動する時に誤魔化すものとしては演技力というのはあまりにも最適。

 外道と言いたいなら勝手に言えば良い。

 それだけ俺は新道寺をこの手で殺したいのだ。

 

「……お兄様。わたくしと休みましょ? お兄様は軽傷と仰ってますが心配で……」

 

「だーいじょうぶだって。傷が開かない内に帰ってこりゃ良いだけの話だろ、帰ってきたら話でも何でもしてやるから……だから待っていてくれないか?」

 

「ラウダ、ここは信じて待ちましょう。呆れる話だけど、殿方には理屈じゃ引き下がれない時があるみたいなので」

 

「悪ぃな」

 

 ルーデは何だかんだ分かってくれてるようで良かった。

 そう言えばルーデはラウダに色んな冒険譚とか聞かせてたんだっけか、そうなると割かし男の心情も分かってるのも納得かもな。

 

「……貴方の為じゃないわよ」

 

「そういう事にしておいてやる。つーかルーデ、リオンに惚れてるだろ?」

 

「な、ななな何よ突然!?」

 

「え、いんや? 俺の為じゃないならリオンの為かなーってね。アイツ、何だかんだ言っても公国側の犠牲者も本当は出したくないって言うくらい優しい奴だからさ。文句言いながらも助ける人間の中にルーデやラウダも入ってるんだよ。んで、特に誰かに守られると言うよりは守る立場にあったルーデなら惚れててもおかしくないかなーと思った訳よ」

 

 ラウダも基本的にはそっちの立場だろうが、最終的にルーデに守られる立場にあったのは確かだろう。

 であるならば、完全に信用出来る様な人間に守られた事の無いルーデは、今の、面倒臭がりながらもお人好しなリオンに惚れる可能性は割と高くても不思議では無いと感じたのだ。

 

 事実、ルーデの運命の相手はリオンであり、それが成就するキーポイントとして挙がっていた『残酷な運命から目を逸らさない』事も達成してるしな。

 

「……知らないわよ、そんなの。それより、そんな呑気に話してるとまた傷が開くわよ」

 

「へーへー、分かってますよ」

 

「お兄様、取り返しの付かない事になったらわたくしも共に死ぬ覚悟がございますので。どうかご無事で」

 

「……そりゃ益々死ねなくなってきたな、はは」

 

 この二人、本来の世界線から逸脱して大きく改変されたと思ったけど根の強かな性格は割と変わってないのな。

 ラウダに関しては最早脅しの域だってそれは。

 一応王族だからね君?

 王族が自分が死んだせいで自害を決断するって原因になった方からしたら死んでも死にきれなくなるとんでもない呪いなんですけど分かってるんですかねこの人は。

 

「絶対生きて帰ってきてください。マルケスさんやお兄様達とまた冒険に行く約束も残ってるの、忘れてませんからね?」

 

「おう、戦後処理が落ち着いたら連れてってやるよ」

 

 俺は二人に苦笑すると、エアバイクのエンジンを掛ける。

 話して少しは痛みも和らいだだろうか、深呼吸をしながら手を挙げる。

 

「リオンに伝えておきなさい。帰ったらお茶会をしてあげない事も……ないわよ」

 

「りょーかい、因みに今の録音しといたからな。チャオ☆」

 

「は!? いやそれは違うでしょ!? ま、まち、待ちなさい!!」

 

 そしてルーデ渾身のツンデレを録音したところで飛び立つ。

 こういうのは逃げたもん勝ちってね。

 説教くらいなら帰ってきてからいくらでも聞いてやるとするかな。

 

 

 

 

 

「あーあー、こちらアルフォンソ。リオン、状況はどうだ?」

 

『アルか。王国軍はヴァイス以外総員撤収、公国軍も黒騎士部隊が落ちてアル渾身の斉射受けてからはほぼ完全に戦意喪失してたからちょっと脅したら散り散りに逃げてったわ。本当は捕まえないとなんねーんだろうけど、そう言うのは黒騎士部隊とか他の撃墜して捕虜になってる連中で賄えば良いし俺の管轄内で死なれると寝覚めが悪いからな。それより海の遠くから何かデカいのが来てるが……』

 

「了解。それなら何よりだ。こっちの状況としては一旦時計台周辺に寄ってロイズの遺体を探したが見当たらず。恐らく逃走したと思われる。そしてそのデカいのは十中八九海の守護者だ。守護者の到着までには時間が掛かるだろうがガラ空きだろうし射程圏内に入ったら容赦無く撃ってもらって構わない。と言っても奴には特殊な倒し方以外では倒せないから時間稼ぎにしかならないだろうけどな」

 

「分かった。あとどれくらいで着けそうだ?」

 

「直行すれば五分だが、その間退避してくるヘルシャーク隊と一旦合流してディーンハイツ家の量産機に乗り換えてから来る。十分弱を見積もってくれると助かる」

 

「了解」

 

 俺はリオンの元に行く道中、万が一を考えてロイズの生死を確認する為に時計台に立ち寄ったが、マルケスの報告にあった付近やそこからもう少し拡大して少し探したものの人の遺体一つも無かった。

 それは紛れも無くアイツがまだ生きている事を指し示し、やはり俺がこのままじゃ終われない事を示していた。

 

「レディック、俺だ。そろそろ合流地点だからハッチを開けといてくれ」

 

『分かりました! 二番艦ハッチを開け!』

 

 早る気持ちをアクセルに込めて、見えてきた二番艦に素早く乗り込む。

 中では既に煙幕弾やスタングレネードといった時間稼ぎになる代物をメインに積み込んだ量産機が一機、メンテナンスを完了された状態で鎮座していた。

 

「クロカゲ以外に乗るのは何年振りかねぇ……」

 

「頭領、準備万端ですよ!」

 

「いつもながら助かるぜ。そんじゃ行きますか!」

 

「ご武運を!」

 

 万が一クロカゲが故障した場合に備えて、多少家の量産機に慣れる訓練もしたのを遠い昔の様に思い出す。

 幸い数年振りと言えど、盾を持ってバックパックの容量が簡易化され、機動力が多少落ちる所謂クロカゲのプロトタイプの様なものなので感覚は違和感を覚えないレベルだ。

 

(原作とあまり比較するのは良くないんだろうけど……守護者が二体減、魔装も無い、公国軍もほぼ戦意喪失で後は海の守護者とロイズをぶっ殺して終わりだ。油断はしない、だが……これだけ本来の世界線より優位に立てているなら……後はリビアの準備を整わせるだけだ。全力でやってやる)

 

 

 

 

 

「お姉様、宜しかったのですか?」

 

「何か問題でもあったかしら」

 

「マリエさんの事です。お兄様に言われた方が良かったのでは……」

 

「アルフォンソがマリエが不安になるから言うなと言う様に、マリエも同じ様に言っていたのよ。だから言わなかった。あっちでバッタリ鉢合わせになればそれはそれで腹も括れるでしょ」

 

「……似た者同士なのですね」

 

「呆れるくらい、ね」

 

 

 

 

 

「リオン、待たせたな。状況は?」

 

「おう。やっぱりと言うべきか時間稼ぎにしかなんねーな。完全退避が終わるくらいの時間は稼げたと思うけど」

 

「OK。ヴァイスの方はどうだ」

 

「今こっちに向かってる。あの力があれば即座に終わらせられるだろうさ」

 

「だな。ラウダが『59秒』まで魔笛を吹かされ続けた代償の方も心配だしさっさと倒してロイズも探して殺すとするか」

 

 現地まで到着した俺が見たのは、凡そそこが戦場だったとは思えない程の静かな空と、海の向こうに見える明らかな異物だった。

 肉眼で見るとその威圧感が良く分かる。

 

「その必要は無いよ……アルゥ!!」

 

「なっ!?」

 

「やっぱり生きてやがったか……ロイズゥ!!」

 

 しかしそんなイージーになるはずの空に、来訪者が現れた。

 それは見たくもない、会いたくもない、それでいて今一番会わなくてはならない、殺さなくてはならない相手……ロイズの声に他ならなかった。

 所々にヒビの入った公国軍所有の鎧から聞こえるそれは、今まで聞いた余裕綽々のものではなく、どこか怒気を含んだ、錯乱状態とも取れる様な声であった。

 

「あのクソガキのせいで僕は神になれるはずだったのになれなかったんだ……許す訳にはいかないんだよねえ!! アヤが振り向いてくれなかったのも、僕が殺されたのも、折角全ての知識を持ってるこの『モブせか』の世界で神になれなかったのも、それもこれも全て、全て全て全て全て全て全て全てェ!! お前のせいなんだ!!! お前さえいなければ!! 僕は全て上手くいったのに!!」

 

「ざけんな! 何が俺さえいなければ全て思い通り、だ! お前みたいな奴俺がいなくてもマリーは断ってたよ!!」

 

「噂通りクソみたいな奴だな……ん? モブせか?」

 

 しまった、と言う時には既に遅かった。

 このキチガイ野郎との口論に気取られていたせいで一瞬リオンの存在を忘れていてしまった。

 そのせいで――『モブせか』という単語を新道寺の口から出るのを抑える事が出来なかった。

 

「はぁ、はぁ……あはっ♡ そうだった……そうだったねェ!! リオン君はアル最大の秘密については知らなかったんだったね♡」

 

「は? アルの秘密……? ずっと幼馴染で親友だった俺よりお前みたいなポッと出のアホの方がアルの事を知ってるってのか?」

 

「……」

 

「少なくとも、とある一点だけは君より知ってる事があるよ♡ んふっ、アルが嫌だって言ってもここで言っちゃうけどね♡」

 

「クソッ……死に晒せぇ!!」

 

 だがまだ誤魔化せるはずだ。

 リオンがモブせかという単語でイコールとして俺が二重転生者と勘付くにはまだまだ時間を要するのが関の山。

 ならばここで殺してしまえば、俺のコンプレックスを聞かれないで済む。

 

「ハハッ、同じ重傷同士と言えど片手を失っただけの僕の方が余程マシみたいだねェ!!」

 

「畜生が……!!」

 

「お、オイ! 無茶すんなって!」

 

 だが、身体全体がボロボロになってる俺からしたら、どうにもいつものパフォーマンスには程遠く。

 ロイズに一撃も喰らわせる事が出来ない。

 

「今の僕じゃアルはともかくリオンには勝てないからね……屈辱的だけど今は戦いに来た訳じゃない……アルの秘密を暴露しに来ただけだ、んふふ♡」

 

「ぐっ……」

 

 それどころか蹴飛ばされた上で、昏倒してしまう。

 俺に駆け寄るリオンを見やり、そのスキに、ロイズは嬉々として口を開いていた。

 

「アルと僕は二重転生者……そう……僕達二人は『君の物語』を『創作の世界』として、君達リオンやマリエですらを『キャラクター』として見ていたクズなのさ!!」

 

「…………は?」




次回、n回目の読者選別回開始
アルの明日はどっちだ


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第七十七話『クズ野郎』

「アルと僕は二重転生者……そう……僕達二人は『君の物語』を『創作の世界』として、君達リオンやマリエですらを『キャラクター』として見ていたクズなのさ!!」

 

「…………は?」

 

 顔からサァーッと血の気が引くのを感じた。

 言うにしたって俺からが良かった、それを踏まえたとしても出来る限り隠し通したかった、なのにそれを新道寺に言われてしまったのは、最早最悪としか言い様が無かった。

 

 どうする、どうしたらこの事態を切り抜けられる?

 俺は嫌われたくなかったから言わなかった、言えなかったのに、こんな形で知られたら全てが崩壊する。

 今までの全て、やってきた事も、話してきた事も、何もかも、世界の為と思いつつマリーやリオンを利用して、騙していたとバレてしまう。

 

 それだけは嫌だったのに。

 

 考えれば考える程、思考回路が雁字搦めの様に絡まり分からなくなり、言葉が出なくなる。

 

「君がこの世界をメタ視点のゲーム……アルトリーベとして知っている様に、『アルトリーベの世界で自称モブとして戦うリオン・フォウ・バルトファルトの物語』を僕達はメタ視点で知っているのさ。君がどの様に物語を紡ぐか僕達は事前に知ってたって事なんだ! つ・ま・り~……アルは君達を騙しながらこの世界で生きてたって事なんだよねェ!!」

 

「アルが……俺達を……? ば、バカ言うなよ、誰がテメェみたいな胡散臭いクズ野郎の事信じるかよ! 大体俺の妹殺した奴の言葉なんて誰が信じられるか! 寝言は寝て言えカスが!」

 

「んふふ、それじゃあ君は不思議に思った事は無いかい? アルが前世、アルトリーベにあまり興味を示さなかったのに細かいところまで設定を知っている事、それに妙に君より設定を知ってるって事もあったんじゃないか?」

 

「不思議に……? そんな戯れ言には……いや、待てよ?」

 

 俺が何とかして足掻こうとしてる間にも、リオンの思考は刻一刻と進んでしまう。

 俺が暈して納得させてきた部分を、ここで思い返させたらリオンは全てを察してしまう、それだけはダメだと言うのに。

 

「公国の第一次襲来、修学旅行に襲ってくるってのは確かに妙にスムーズに見解が出てきたと思った……それに、聖女装備の真の秘密だって、今考えればあれだけアルトリーベシリーズに興味の無かったアルが裏設定資料集なんてそんな物に興味を持つかって言われたら……謎っちゃ謎……だ、だけどな! お前の言葉なんて信じるはずねーよ! アルなら否定してくれるはずだ……な、アル!」

 

「…………ごめん、リオン」

 

「ど、どうしたんだよお前らしくないぞ?」

 

「本当は……ずっと隠していたかったんだ」

 

 なのに、心が折れてしまった。

 どうしたって誤魔化しきれない、否定するにしてもどうやって、何を根拠に否定すれば良いのか、分からなかった。

 新道寺の言葉なんて真っ向から否定出来れば良かったのに。

 

 その瞬間、俺の中で何かが壊れる音がした。

 

「アル……それじゃあ……」

 

「ああそうさ、気に食わないが新道寺の言う通り、俺には少なくとも前世のそのまた前世の記憶がある。それもお前ら……リオンやマリー達の物語がラノベになってた世界のだ。だが前世を生きていた時、その世界が『リオン達の前世の世界』だと気付く事は無かった。この世界に生まれてから気付いたんだよ」

 

 乾いた笑いが空に少しだけ響く。

 もうこうなった以上、俺達は親友という関係ではいられない。

 リオンやリビア、アンジェ達は強い人間だ。

 最終的ににリオンが、自分達をメタ視点から見ていたと分かってもその関係性を変えようとは思わずただ真っ直ぐにリオンを愛した。

 リオンも、バレても何だかんだそこまで気にしてない様な素振りをして気ままに生きていた。

 

 だが俺は違う。

 俺は弱い人間だ。

 

「でもそんな言い訳はどうだって良いよな。そうだよ、俺はリオンのアルトリーベの知識を利用して俺の知識を都合良く植え付けて、自分の思うがままにコントロールして世界を操作してたんだよ。今までの知識なんて何もかも『その時』に得たメタ知識だ。騙してたんだよ。お前の事も、マリーの事も。俺の為に、俺がこの先の戦争でも生き残る為に、都合の良い存在としてな」

 

「お前……な、何言って……」

 

 逃げて、逃げて、逃げて。

 その上バレたら怖くなって。

 言えなかった俺が全て悪いんだとまた逃げて、今までの思い出が捨てられる前に俺自ら手放して突き放す。

 もう、新道寺を殺すのはまたの機会にするしか無いというのはさておきリオンやマリーと今までの様な関係ではいられない、いては行けないと感じてしまった。

 

「新道寺、貴様みたいなクズと一緒の存在にされるのは正直死ぬ程気に食わねえしいつか貴様は必ず殺す。だが……俺は確かにクズ野郎だ。大事な事を言えずに敵に暴露される臆病者だ。今までも言える機会はあったのに言えなかった臆病者だ。だから……俺をクズ野郎だと気付かせてくれた事だけは感謝しといてやる」

 

「な、なんだよっ気持ち悪いな……僕はもっと狂った様に怒って僕を殺しに掛かるアルが見たかったのにこんなんじゃ興醒めじゃないか……あーあーもう良いよ、僕は僕でまた別の国で体制を立て直して君を殺す準備でも整えとくから! 本当になんなのさ……なんで吹っ掛けたこの僕が興醒めしないとならないんだ……」

 

 新道寺は何かぶつくさ言いながら去っていったが今はそんな事どうだって良い……いや、最早俺の事だってどうだって良いか。

 薄く諦めた様に笑うと、道化の様にわざとテンションを上げた話し方に切り替える。

 俺はこの国を守るだけの立場にいれば良いのだから。

 

「よっしゃ! ヴァイスが来るまで俺ももう少し援護するわ! アイツのせいでまあまあ近付かれたしな!」

 

「ちょ、アル、少しくらい話を……」

 

「『俺なんて価値が無い人間の話はどうでも良いんだよ』! それより早くやんねえと、ヴァイスの到着にはあと数分掛かるんだろ?」

 

「お前、良い加減に……」

 

「頼む、これ以上俺が惨めな思いをする前に答えてくれ」

 

「……この大馬鹿野郎が。ヴァイスが来るまで残り2分弱だ」

 

「だったら俺様の持ってきたモンも使えるって訳だ。将来俺はこの国を守る盾として活躍しないといけない人間なんだからここで一つ派手にぶっぱなしてやるか!」

 

「待てよ、お前は怪我してるだろ。そんな一気に……」

 

 なんでいつまで俺の事気に掛けるんだよ、リオンは。

 俺は自ら突き放して、利用したって言ったクズ野郎なんだぞ。

 良いから離れればお前の言う楽が出来るんだぞ。

 なのになんで……あーもう、イライラしてくるな。

 俺みたいなクズに突っかからないでほしいんだけど。

 

「悪ぃけど休んでる暇なんて無いんだよ。俺は副司令官なんだ、だったらその責務を果たさないと国にも実家にも顔向け出来ないだろ。そうしたらそれこそ俺の生きる価値がこの世から消えちまうからな! 一応貴族だしそれは避けたいから色々と頑張らないといけない事もあるのよ。命張ってでもな!」

 

 そう言って有無を言わさず煙幕弾やスタングレネードを撃ち込み相手を撹乱させる。

 そうでもしてないと気が紛れない。

 以前俺はある程度二重転生者であるのを話す事に付いて、割と割り切った態度で挑めそうだと思っていた。

 だが思った以上に俺の精神は弱かった。

 合算すると割と生きてきた方だと思っていたが、どうにも俺の俺自身への見立ては甘かったらしい。

 もしも嫌われたら……そう思うとリオンやマリーの顔も声も聞けなくなっていた、聞きたくなかった。

 

 自分でも自分の事が幼稚に思えて嫌いになる。

 

「ふぃー、結構やったからこれで暫くは動けないはずだな」

 

『よおアル、ヴァイスはもうすぐ到着だ。色々任せて悪かったな』

 

「セミエンか、別に構わねーよ。さっき色々と撃ち込んだお陰で相手は動けない状態だろうしさ。ん? つーかなんでお前がヴァイスにいるんだ? 確か神殿軍も一緒に撤退したはずじゃ……」

 

 そんな色んなフラストレーションが溜まっていたのもあってか、とにかく適当な話題を振りたかった俺は純粋にヴァイスから連絡してきたのがセミエンだったという事に疑問を持っていた。

 何せヴァイスに搭乗する理由が見当たらなかったからだ。

 

『あれ、聞かされてない? マリエちゃん、この戦争から逃げる事はしたくないって万が一には聖女の力を使う事も含めてヴァイスに搭乗したんだぜ。だから護衛として、親衛隊から一番アルと近しい俺が一緒に乗ってる訳』

 

「ま、マリーが!? はぁ……マジかよ……」

 

『ん? どうした、いつもならもう少しテンション上がってるとこじゃねーの? やっぱ疲れてるとか?』

 

「え!? い、いや、まあそうかもな! 黒騎士部隊との戦闘もかなり縺れたし! ははは!」

 

 最悪だよ本当に。

 心を落ち着かせて多少演技力を整えとかないといけないのに、一番この状態で会いたくなかった人がすぐ近くまで来ている。

 アイツの幸せを考えると、俺との婚約破棄は得策では無い。

 俺がアイツ一筋だった様に、自意識過剰かも知れないがアイツが俺一筋な事は知っているからだ。

 それにディーンハイツ家と親しいノース家の次期当主でもある、ならば関係性を断絶させない為にも俺が適度に距離を取りつつ結婚して、ノース家との友好関係を取り持ってアイツの精神も安定させとくのが安牌だ。

 最低限のケアくらいしないと、流石に俺のせいでアイツが死ぬ様な事だけは避けたいし。

 

『変な奴だな。それより見えてきたぞお前らの事。これで本当にそろそろ射程圏内だしリビアちゃんには準備しといてもらうわ』

 

「おう。んじゃ待たせてもらうとするか」

 

 ムキになって平気とか言ったが、流石に身体も限界を迎えそうだ。

 でっけぇのも全力でスタンさせて被害はほぼ0だし、本当にこの戦争で王国軍に被害が、原作と比べて減らせて良かった。

 俺みたいなクズ野郎に出来る事なんて、未来の厄災に先手で回り込んで封じ込める事くらいだしな。

 

(――もう戦いは終わりました。貴方がいなくても、被害を殆ど出さずに戦争を終わらせる事が出来ました。だから……ゆっくり休んでください。貴方がいなくても平和になる様な、そんな未来を、世界を作っていきますから……)

 

 遠くに見えるヴァイスからだろうか、声が直接脳内に入ってくる。

 やっぱりリビアは優しい子だな……デカブツが穏やかな顔で消滅していくのを、見守る。

 

(……前世の記憶、か。ヴァイスの影響だろうけど……あのデカブツが消えるのと一緒に、消しておくか)

 

 そう言えばヴァイスの力かリビアの力か、リビアの祈りでリオンが前世の思い出を見ているところがあったっけ。

 残酷にも俺にも、そんな思い出を見せられているらしい。

 

 そしてそっと、前世からの三人で仲良くやってきた記憶を、脳みそから消し去る様に閉じ込めようと、忘れようと決意する。

 それは二人との決別の意を込めて。

 

(これで記憶が消えてくれればどれだけ楽か……嘆いてもどうにもならんか。なら自力で忘れていくしかないな)

 

「アルーーー!! だいじょーーぶーー!?」

 

「おーマリーか、俺はこの通り無事だぁ……っててて!?」

 

「この大バカーーーーー!! アタシの思った通り無事じゃないじゃない!! 帰ったらお説教なんだから!!」

 

「うへぇ、分かった分かった……あー戦争が終わったと思うと急に身体が痛くなってきたな~」

 

 これにて戦争は、戦後処理を除き終わった。

 王国軍の被害はフランプトン派閥以外は原作の1/10未満に留まり、世界全体の歴史でも稀に見る程の圧勝劇で幕を閉じた。

 

 ……俺への重い重い代償を残して。




アルフォンソの記憶が消えてると勘違いされる書き方になっていたので一部編集を加えました


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第七十八話『戦争の終わり』

「っつー……あーマジキツいかも……」

 

「アンタねぇ……アタシとリビアの合わせ技無かったら今頃死んでる可能性あったんだからね? お願いだからもう無茶しないでよ……」

 

「そうですよアルさん。マリーを泣かせたらめっ! なんですからね!」

 

「ごめんごめん、前向きに検討しとく。でも……これから戦後処理もあるし、俺は副司令官なんだから出とかないといけない。公国の膿を一掃してより良い世界にする為にも……な」

 

 帰ってきて応急処置を受けて早々だが、戦後処理が始まるらしい。

 俺としては今どうしてもマリーと顔合わせるのが、どこまで誤魔化しきれるのか分からないからキツかったというのもあり丁度離れる良い言い訳になったのが幸いだった。

 

 信号弾を撃っても黒騎士部隊とやり合って死にかけてた為に反応が無かった事でわざわざここまでやってきたバレントも来てるみたいだし。

 アイツがここに来てるって事はつまり、公国の真実が正式に公国貴族の一部に知れ渡った事にもなる訳で、そう言った連中が言う事で公国の善良な心が片隅に残ってた貴族や騎士達が納得しやすくなるこでめちゃくちゃ大きい功績になる。

 

「ちょっと、それくらい総司令官になったリオンに任せれば……」

 

「そ、そうですよ」

 

「戦闘面でリオンにおんぶに抱っこ状態だったのに、戦後処理まで押し付けるのは流石に可哀想だろ。任されたからには相応の責任と責務が伴うのが上の立場だ。俺はもう、ただの貴族子息じゃなくて爵位を持ってる人間だから尚更、な」

 

 俺はマリーやリビアの返答を聞かず、杖を突きながら外へと出る。

 もうローランドや王妃様、ルーデやラウダとバレントは合流してるはずだしリオンもいる可能性が高いから早めに着かないと示しが付かないな。

 取り敢えず、いつもなら数分のところを十分以上掛けて歩かないといけないと悟った俺は大きく息を吐き出すしか無かったのだった。

 

 

 

 

 

「王国軍副司令官、アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ只今到着致しました。入っても宜しいでしょうか」

 

「うむ、入るが良い」

 

「はっ。失礼致します」

 

 出来る限り息切れを悟らせない様に、入室する。

 案の定そこには俺以外のメンバーが全員集結しており、俺が杖を突いている事もあって少し気まずくなってしまう。

 

「ディーンハイツ男爵、怪我の具合は大丈夫ですか? もしも痛むなら無理に出席しなくても良いのですよ」

 

「お気遣いありがとうございます王妃様。ですが俺は自ら立候補して王国軍副司令官になりました。ならば発生する義務と責任を果たすのは当然の行いです」

 

「……無茶だけはしない様に。良いですね?」

 

「心得ました」

 

 本当は既にとてつもないくらい無茶してここに来てる……と言うのは言えば本気で怒られそうなので敢えて言わない。

 俺は心配そうに見つめるリオンを無視する形で隣に座り、佇まいを整える。

 やはり座った方が幾分かマシだな、これは。

 

「お兄様……」

 

 あとラウダはもうところ構わず俺の呼び方お兄様で統一しちゃってるのね……バレントが固まっちゃってるじゃん、可哀想に。

 ま、今の俺が一番心を許せるのはラウダだろうしそれはそれで居心地良いからホッとしちゃうんだけどね。

 

「無事だったのね、バレント」

 

「ルーデ様とラウダ様も、良くぞご無事で……」

 

「それで、公国の騎士よ。貴様はディーンハイツに会いたいという話だったな。理由を話してもらおうか」

 

 そう言えば極秘も極秘で渡していたせいで誰にもバレントとの繋がりを話す機会が無かったんだったな。

 まあ下手にバラして漏れるとそれこそ公国との繋がりが出来ているとして本当の罪人になりかねなかったし言えるかどうかで言えば圧倒的に言えなかったけど。

 

「私は……ルーデ様とラウダ様が乗っていた船に共に乗っておりました。そこで彼等二人の襲撃を受けたのですが……去り際に、彼……アルフォンソ殿から『お前らは真実を知らない』『知りたければこれを使え』と、これを渡されました。そして次の襲撃の時には何が撮れたか、そして王国と公国、その歴史が私の知らされていたものとどちらが正解だったか答えを教えてほしいと頼まれました。

半信半疑ながらも、敵にここまでする理由が分からず使い、答えが出たのでその答えをアルフォンソ殿に、本日は持ってきた次第です。……そして、王国に協力する為に、我々ドゥース家はここに参りました」

 

「……ディーンハイツ男爵、これは本当ですか?」

 

「ええ、事実でございます。陛下や王妃様に伝えられなかったのは大変申し訳なく思いますが、これがどこぞのフランプトン派閥に漏れて公国と繋がっていると言われたら言い返す要素が薄過ぎて、本当の罪人になりかねず王国を守る事も叶わないと懸念し、今まで俺とバレント殿との密約とさせていただきました。無礼を承知の上でありますが、お許しいただければと思います」

 

「フン、まあ良い。フランプトンにその密約が知られた時のリスクを考えれば妥当だ」

 

「本当に……貴方はいつも無茶をしますね。ですが王国の為に尽力するその姿は立派です、誇りなさい」

 

「ありがたき幸せ」

 

 二人とも理解を示してくれて本当に助かる。

 色んな意味で賭けだったこのバレントとの約束、どうやら全て上手く行きそうでこれならそう遠くない未来に公国の再独立も叶う可能性が出てくるかも知れない。

 

「ところで急な話だった事もあった上、名目上捕虜だった事もあり名も聞かずにこの場に座らせてしまったな。一応聞かねば後々臣下達が五月蝿い故、本題に入る前に自己紹介でもすると良い」

 

「こちらこそ名も名乗らず取り次ぎを計らっていただき、なんとお礼を申し上げて良いか……私の名前はバレント・ヒム・ドゥース。ドゥース子爵家三男で、ルーデ様、ラウダ様両王女殿下の護衛騎士を務めております」

 

「成程、道理でさっき親しげに会話してた訳か……」

 

 俺としても、バレントと会ったのはあの一回きりとありルーデ、ラウダの護衛騎士だとは知らなかった。

 それこそあの時は最後まで意識を保っていた騎士に適当に話を吹っ掛けて利用しようと思ってただけだったしなあ。

 だが回り回って二人の護衛騎士にこの話を持ち込んだ形になったのは非常に俺としては助かる事この上ない。

 ルーデとラウダにある程度近しい人物が理解を示してくれるのであれば、説得力は俺の予想していたものより格段に上がる。

 

 これは嬉しい誤算としか言い様が無い。

 

「それじゃあ俺も改めて自己紹介しておこう。俺の名前はアルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ。ディーンハイツ子爵家嫡男であり、今は五位上男爵の爵位と王国軍副司令官の立ち位置もいただいている」

 

「俺はリオン・フォウ・バルトファルトだ。バルトファルト男爵家の三男で、四位下子爵の爵位と王国軍総司令官の役職持ちだ」

 

「学生の身分でありながら既にそこまで高い爵位持ちとは、王国は素晴らしい人材をお持ちなのですね」

 

「こやつらは生意気だが実力はあるからな。気に食わんが割と手放せぬ存在だ」

 

「な、成程そこまで……」

 

 あと俺の爵位はリオンの隣で適当に色々やってたら勝手に付いてただけだからそこまで価値は無いぞバレント。

 五位上になってるのもヘルシャーク隊の指揮権限持つのに違和感無い爵位にするというローランドの計らいだった訳だし。

 

「ごほん、それより早く本題に移りましょう。貴方がそのロボットで撮ってきたものを見せてもらっても良いですか?」

 

「そうでしたね。ええ、是非ご覧になってください……私はこれを見て強制的に目を覚まさせられましたよ……アルフォンソ殿、貴方の言っていた事は本当だった」

 

「俺の方こそ、バレント殿の様な聡明な人間と交渉出来たのは僥倖ですよ」

 

 さて、それより取り敢えず映像を見てみるか。

 どんなものが映ってるやら……

 

 

 

 

 

「……わたくし達、本当に騙されていたのですね」

 

「これでは、何の為に……」

 

「……酷い」

 

「フン、所詮自分達の悪業を誤魔化し責任を全て両王女に押し付けるだけの存在が幅を効かせていたか」

 

「うわぁ……」

 

 正直絶句した。

 事前に外道が大半を占めているのは分かっていたしルーデやラウダの事を騙して利用するだけしてポイ捨てする様な連中だと言うのは理解していた。

 だが実際こうして映像を見ると、想像以上の外道振りに言葉が出ない。

 あのクソ野郎共、人の命をなんだと思ってやがる……

 

「ど、どうかしましたかお兄様?」

 

「アイツら……ルーデやラウダの命をまるで道具としか思ってねえじゃねえか……そんなの絶対に許す訳にはいかねえだろ」

 

「……ありがとうございます、お兄様」

 

 別に礼を言われる様な事言った覚えは無いけどな。

 あんな奴ら誰が許せるかって話だよほんと。

 

「こんな国なら、王国に討たれて良かったのかも知れないわね」

 

 今まで公国の為に、その身を犠牲にする覚悟すら持って王国に攻め入ってきたルーデからこんな言葉が出てしまうのは、いくら現実を見て改心していったとしてもあまりにも重たく、それでいて悲しい一言に聞こえてしまった。

 バレントも、目を伏せて唇を噛み締めている。

 

「ルーデ様、ラウダ様……申し訳ございません。私がもう少し早くに気付けていたら……」

 

「バレント、貴方に責任は無いわ。だから謝らないで」

 

「そうですわ。責任があるとすれば隠して国を貶めた貴族達と、知らねばならなかった私達王族です」

 

「そんな……」

 

「いやあそこまで徹底的に隠されてたならルーデとラウダにも責任は無いだろ」

 

 リオンの言う通り、本当に二人やバレントに罪の意識を背負う責任なんて無いと思っている。

 悪いのは隠していた外道連中に決まっている。

 

「そうそう。真実を知って、それと向き合おうとする人間に俺は責任があるなんて口が裂けても言えないな」

 

「リオン……」

 

「お兄様……」

 

「済まない」

 

 だから少しは肩の荷下ろして、これからはゆっくり過ごしてもらいたい。

 

「この証拠は後々正式にお前の手で説明してもらう。それを持ってドゥース家は無罪とする故、暫くは極秘で王宮での隔離生活をしてもらう、良いな?」

 

「承知しました。……最後に一つだけ、アルフォンソ殿に質問しても宜しいでしょうか」

 

「許可する」

 

「……お兄様ってどういう事ですか?」

 

 オイ最後にそこ突っ込んでくるのは反則だろ。

 どう言えば良いのか分からんってそこツッコまれたら。

 

「スゥー……あー、えっと……ま、まあそれだけ仲良くなれたという事で……」

 

「そうですわ! お兄様はわたくしを助けてくれたのですから! わたくしの理想のお兄様ですわ!」

 

 ナイスフォローラウダ、でも原因作ったのもラウダだけどな?

 

「それを……聞けて良かった。これからもどうか、ルーデ様とラウダ様をよろしくお願いします」

 

「……ええ、勿論」

 

 ま、でも何だかんだ納得してもらえる答えがあって良かった。

 言われずともこの二人と仲良く出来るなら俺の心の拠り所になるし、な。

 

 こうして公国との戦争における俺の役割はこれにて終わった。

 と同時に一年生としてのイベントも全て終わった。

 

 ……この調子で留学とか嫌だけど、行かないとこの世界がまずいし行かないといけないよなあ。

 

 最後の最後に俺の心に暗い影を落としたこの戦争は、二年生になっても引き摺るのだろうと今から憂鬱になるのだった。



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第七十九話『幕間・春休み1』

 公国との戦争も終わり、所謂戦後処理もバレントの証拠がドゥース家と王国から共同で出されたお陰で戦争を主導していた公国の上級貴族連中は軒並み摘発され、フランプトン派閥の貴族共々問答無用の死刑判決を受けた。

 あっさり終わってくれたお陰で俺もそこまで動く必要も無く怪我の療養に注力出来て楽が出来たから得が出来たってもんだ。

 

 因みにだが、その後リオンとは距離を置き殆ど話す事も無くなった。

 やっぱりと言うべきか自分の中で騙して利用していた事実が日に日に大きくなって行って、今更どんな言い訳も通用しない事を自覚しているし散々騙しといて会わす顔が無いというのも大きな理由になっていた。

 マリーに関しては、時間を少し置けれたのが功を奏したか今では怪しまれる事も無く今まで通りのラブラブカップルを『演じられて』いる。

 そもそもがマリー側には俺がリオンと距離を置いている事も偶然に偶然が重なった結果だと言っているし、怪しまれる可能性というのもあの終戦日以外は無い。

 

 あと今マリーはノース家に用事があっていないし、二人には悪いが俺の精神衛生上快適な生活を送れているのは何だかんだで俺に心の余裕を持たせてくれていたりもしている。

 

「しっかし俺が四位上ねえ……これは本格的に伯爵覚悟しとかないといけないかもなあ。ま、リオンはもう伯爵だけど」

 

 それはさておき、今日は春休み初日。

 一年生としての生活が終わりゆっくり出来る……と思いきや、初日から昇進の式典が行われる事になった。

 

 戦争に参加しそれなりに成果を挙げたバルトファルト家や今回もMVPだったリオン含む結構な数の貴族が昇進し、マルケスとサンドゥバル家が共に五位上、俺と実家が共に四位上に昇進、リオンは伯爵昇進と公国からの被害を食い止めた主力組が特にジャンプアップで一気に上がっていた。

 俺とか計算上生涯を通して四位上になる予定だったのに気付いたら一年生終わりと同時にその予定地点に辿り着いてしまって、昨日それを聞かされた時は胃薬を一気飲みせざるを得なかった。

 

「二学期終わりの時は賑やかだったんだけどねえ……」

 

 あと俺とリオンとマルケスは昇進のスピードが特例なくらいの活躍を見せたと言う事で個別での式典になっていたりする。

 これで三人一緒とか言われてたらめちゃくちゃ気まずかったし本当に有難いとしか言葉が出ない。

 二学期終わりには、決闘リベンジだの式典もリオンと同じだったりと、騒がしかったのを思い返し少し寂しくなるが俺が下した決断だったし後悔は無い。

 つーか俺の為の罰だしな、これは。

 

「さーて行きますかね。春休みにやる事も多いしな」

 

 まあこの先の事を思うと気が重くなるが、今は祝い事の式典に集中しておくかね。

 少なくとも王国軍副司令官やったのと四位上昇進とで王国中の注目を集めてるんだから、一応恥ずかしくないくらいの格好は見せないといけないしな。

 

 

 

 

 

「アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ男爵、貴公の副司令官の任を解く。この度は王国の為にその命を省みず守り抜いた事、大義であった」

 

「勿体ないお言葉です」

 

「良い良い受け取っておけ。そしてこの場にて子爵への陞爵、及び四位上の階級と宮廷貴族としての地位を与え、学園卒業後には伯爵への陞爵を確約とする。感謝しろ」

 

「……はい? 伯爵?」

 

 いや一応腹括ってこの式典臨んだ訳じゃないですか俺ね。

 え? その場で学園卒業後に伯爵確定? それはおかしいだろローランド、どういう思考してたらそうなるんだ。

 正直宮廷貴族になるってだけでも、最悪これくらいはあるんじゃないかって程度の予想は付けていても唐突で少し驚いたのにそれはヤバいだろ。

 実家の爵位ぶち抜いてんじゃねえかよ。

 

「なんだ、何か不満か?」

 

「……いえ。ですが、俺自身に伝えられていた陞爵は四位上子爵まででしたので、予想外だった次第です」

 

 そんでもって横にいるミレーヌ様も呆れ返ってるし、これリオンに続いて連続でやるのはどうなんですかねえローランドさん。

 職権乱用だろもう。

 

「ほう、貴様俺の言葉を忘れたか? お前ら二人はいつか絶対国の重鎮として放り込んでやるから覚悟しておけ、といつぞやに言ったと思うのだがな」

 

「確かにそんな事もありましたね」

 

 今思い出しわそんな事。

 確かそれはウイングシャークスカウト直後だから修学旅行直前の秋まで遡る話じゃねえかよ良くそんなの覚えてたなオイ。

 

「そういう訳でお前とあのクソガキの二人には将来王宮で扱き使う為に伯爵まで昇進させる。拒否権は無いが昇進に不安など、まさかあるなんて言わせないがな」

 

「ははっ、それこそまさかですよ。宮廷貴族への引き入れ、そして四位上子爵位、学園卒業後の三位下伯爵位その全て光栄の極みに付きます。謹んでお受け致します」

 

 周りからはリオンの時にも言われたであろうざわつきが生まれている。

 この年齢で伯爵確定が二人も出たら前代未聞のコンボ過ぎて脳みそが追いつかねえわなそりゃ。

 俺だって追い付いてねえよどうしてくれるんだ。

 澄まし顔でまるで全て予見していたかの様に演出しているが内心ツッコミまくりである。

 

 ほんと何なんだよ……勘弁してくれ……

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、先に式典を済ませていただろう親父達が来ていた。

 案の定伯爵になるのは誰も想定していなかったらしく、全員驚いていた。

 

「凄いじゃないかアル! まさかこんなすぐに息子に爵位を抜かれるとは思わなかったが流石は私の自慢の息子だ! 誇らしいぞ!」

 

「兄貴の事はずっと凄いと思ってたけど……子爵昇進に将来の伯爵、ここまで登っていくのはちょっと想像付かなかったなあ……」

 

「私は想像付きましたわ! アル兄様は誰よりも凄い人ですもの!」

 

「いやアリシアお前は兄貴に懐きすぎなだけだろ……」

 

「何か言いましたかヴェン兄様?」

 

「ナニモイッテマセン……」

 

「ふふ、これは帰ったら予定以上のお祝いをしないといけないわね」

 

「そうだな」

 

 家族からは大絶賛を受けているが、人には個々の身の丈に合った生活というものがあるんだよ。

 俺に伯爵は間違いなく合ってない、絶対胃薬の飲み過ぎでくたばるかなんかしてるわ。

 しかも宮廷貴族化してミドルネーム『フィア』になっちゃってアルフォンソ・フィア・ディーンハイツになったし、完全に逃げられないじゃんこれ。

 

「はぁ……俺は今から重責背負わされるのに憂鬱だよ」

 

「副司令官を務めたお前なら問題無いだろう。それにマリエちゃんも喜ぶと思うぞ」

 

「え、あ、まあ……うん、そ、そうだな……え、えーっと……取り敢えず俺はリフレッシュがてら外の空気吸ってくるわ。あと、俺はまだ王宮でやる事あるからあと数日は帰れなくなるから宜しく頼む」

 

「分かった。その間に私達は家でパーティーの準備をしておくから帰る目処が付いたら連絡してきなさい」

 

「了解。んじゃ」

 

 はぁ……いくらマリーの前では平気で演技出来てもこうしてリラックス出来る空間で唐突に横からその話題で殴られるのは慣れてないからやめてほしいんだけどなあ。

 あと少し俺が演技下手だったら流石に何かあった事がバレてるところだったぞ……どうして家族の前で冷や汗かかないとならないんだよ全く。

 

 取り敢えずリフレッシュの為に部屋の外に出て、こちらも帰ってきてるだろうマルケスの部屋に向かう。

 

「おーい、マルいるかー?」

 

「マルならまだ帰ってきてないわよ。そんなとこ突っ立ってないで中入ったら?」

 

「おわ、マジでか。というかステファニーもすっかりメイドが板に付いてきたな」

 

 しかしマルケスはまだ帰ってきてないらしい。

 あっちもあっちで俺みたいに何かしらローランドの要らないサプライズでも受けてるんだろうか。

 それにしても自然と応対しているステファニーはすっかりマルケスのメイドとして一人前になってきた感じがするな……なったばかりの時は料理、洗濯、掃除何をしても上手く行かなかったのに。

 気付けば全部一人で積極的に熟す世話焼きメイドだもんなあ。

 あとマルケスの呼び方もかなり親密なものになってるし。

 

「まあ、マルはアタシの恩人だから。拾ってもらったからにはその分の恩を返さないとアタシのプライドとメンツに関わるのよ。決してアイツの事が好きだとか最近違う女と仲良くしてて嫉妬してるとかじゃ絶対無いから誤解するんじゃないわよ、良いわね?」

 

「もう全部理由言ってんねんそれは」

 

 そして何か最近ステファニーが思っていた以上にギャグ方面寄りのポンコツ属性持ちだと言う事が徐々に分かってきた。

 特にマルケスの事になると言えと言わずとも自分から話してしっかり自爆してくれる為話していて飽きないし、初対面の時のイメージからは正直一番印象が良い方向に変わったと思う。

 今や楽に話せる人物の一人になってるのがその証拠だ。

 

「と、とにかく言うんじゃないわよ! 特にマルに言ったら承知しないんだから!」

 

「へいへい分かってますよ」

 

「あ! アル来てるのー?」

 

「おう、帰ってきてると思ったらいなかったからちょっと邪魔してるわ」

 

 丁度話し終わったタイミングでマルケスも帰ってきたし、聞かれてなくて良かったなステファニー。

 

「お帰りなさいマル、少し遅かったわね」

 

「うん。僕の技術を正式に王宮で採用する事が決まったから五位上になるのと同時に宮廷貴族にもなったんだ。それの話で少し遅くなっちゃった」

 

「良かったじゃない。貴方の技術もアタシやあの人以外にも認められた証拠なんだし」

 

「だな。ついでに俺も宮廷貴族になったし、何なら卒業後には伯爵になれって強制的に大臣クラスコースだ。全く先が思いやられるよ」

 

「は、伯爵!? 凄いじゃないかアル!」

 

「下手なのに伯爵になられるよりはアンタの方がマシなのかもね」

 

「そりゃどうも」

 

 ステファニーさん多分俺はその下手なのの内の一人だと思うんですよ。

 だって豆腐メンタルな上に非チートだぞ。

 

「軽く言ってるけど、その歳で伯爵が確約されるのなんて前代未聞なんだからもう少し誇りなさいな……と言いたいところではあるけど、アンタに威張られるよりはそうしていてくれた方が余程マシね。それと疲れてるみたいだから紅茶を入れてあげるわ、感謝しなさい」

 

「気が利くな、サンキュー。心が落ち着くのを頼むわ」

 

 まさかステファニーが現時点で落ち着く枠になるとは思わなかった。

 俺はその後ろ姿を見ながら、マルケスとの恋が成熟する様にこっそり祈っておくのだった。



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第八十話『幕間・春休み2』

多分次話から二年生編
それに伴い次回は更に遅くなる可能性が高いですがご了承ください


 春休み二日目を迎えたが、相変わらずまだ杖が手放せないのが面倒だと息を吐く。

 歩くだけでいつもの所要時間の数倍使ったり、ドッと疲れが出るのは流石に不便この上無いとしか言い様が無い。

 周りは俺が王国の英雄だとか持て囃して色々言わなくても手伝ってくれるのがまだ不幸中の幸いなのかも知れないが、そうだとしてもストレスは溜まってくるものである。

 

 そんな訳で暫くやる事があるからと学園に残った割には部屋から全く動いていなかったりする。

 

 それはさておき、今俺がやっている事と言うのは……そう、前々から、それこそ去年の夏場から散々やろうとして中々やれなかった『エリカ』の正体調査だった。

 

「まぁ王族なのもあったが、それよりも公に存在を隠されてるってのが一番キツかったんだよなあ……お陰でどこにいるのか探すのにこんなに時間が掛かっちまったじゃねえか」

 

 夏場からずっと調査を続けていたが、そもそもエリカがどこにいるのかさえ分からないというほぼ詰みみたいな状況を八ヶ月弱続けていてようやくこの春休み前にやっとの事で見つけられたのだった。

 そこから何とかしてその『中身』が転生者なのか、それともアルトリーベデフォルトのエリカなのか、転生者なら誰が入っているのか、それを確かめる為に少なくとも春休み半分はここに居座る算段を付けていたのだ。

 

「ま、何にせよようやく探し出せたんだ。このチャンスは逃す訳にはいかないな。という訳で早速ネズミを投入するかな」

 

 流石は隠し子というだけあって、結構厳重な設備がされた人気の無い部屋だったが人が寄り付かないという事はエリカ自身には見つかっても問題は何ら無い。

 と言うより、転生者であってもなくても彼女はあんなところで過ごしているのだから退屈しのぎの相手になってくれるならちょっと不法侵入してても気にせず遊んでくれるだろうよ。

 

「座標設定良し……さぁ、行ってこい」

 

 座標を打ち込んだところで自立モードにし、放す。

 ネズミは「チュチュチュッ」と声を出すと相変わらずの無音高速振りで一瞬で姿を消していた。

 

「つーか俺も俺で骨折してるから動けなくて暇なんだよね。エリカが良い反応してくれると良いんだけど」

 

 ベッドに寝転がりながら、中継接続用のネズミを観察する。

 天井裏を通っているのか時折光が差すが基本的には真っ暗だ。

 

 しかしこれでエリカの中身がヤベー奴だったり、アルトリーベデフォルトだったらどうしようか。

 そうだとしたらアンジェの不利益になるし、何とかしてそのまま閉じ込めておけないものだろうか。

 だが逆にこれが中身善人転生者だったりした場合、多少の差異はあれどこちらに不利益は無いはずだし後々仲良くしても良いか。

 

 ……まさかモブせか原作基準のエリカは来ないよな?

 

「有り得ないとは思うが万が一そうなったらそん時はそん時で考えるか。さーてと、着いたかな」

 

 まあ、今杞憂しても意味は無い。

 取り敢えず映像を確認すべく映像確認用に認証コネクトしてあるネズミの映像を見始める。

 

 ……丁度部屋の天井裏にいるらしく、隙間を縫って侵入成功。

 最初に確認した時も思ったがやはり、見た感じシンプルな部屋って感じだな。

 これじゃあ毎日退屈だろうに……その辺はローランドとかも最大限安全面を配慮してこれなんだろうから仕方ないっちゃ仕方ないのは分かるが……親も忙しくてあまり見に来れず世話係にしか会えないとなると窮屈な暮らしをしているのは確定だな。

 やはり遊び相手になってあげよう、中身がまともだったらの話だがな。

 

 

 

 

 

『……?』

 

 目の前に突然現れたロボットのネズミ、外の世界を知らないエリカはこれの存在を知らない為不思議そうに見つめている。

 ネズミはネズミらしく、鼻をひくひくとさせながらこれまたエリカをつぶらな瞳で見つめている。

 

『チュチュチュ』

 

 ててててて、と彼女の近くまで近寄りテーブルの上に乗る。

 相変わらず両者見つめあったままである。

 うーむ、この感じならエリカは少なくとも変なのが中身だったりする事は無いだろう。

 だったら遊んでやっても良いだろう、とネズミも感じ取ったのか手のひらに乗るとそのまま肩まで到達する。

 

『わひゃっ……か、かわいい……!! っとと、久々に見ましたねこういうものは……』

 

 肩に乗ってものの数秒で仲良くなり始める一人と一機。

 何とも微笑ましい……じゃなくて! それもあるけど、この話し方的に恐らく原作エリカというのも除外だろう、寧ろ一番可能性から外していた、有り得ないだろうと思っていた中身がここに来て浮上してきてしまった。

 

 

「あの話し方……ま、まさかのモブせか原作基準……つまり平行世界のマリーの……アレが中身に……オイオイ冗談だろ……?」

 

 

 いやしかしまだ話し方が似ているだけだ、王族ともなればこれくらい聡明そうな喋りをする子もいるかも知れないしな、うん。

 

 そう信じたい。

 

『貴方どこから来たんですか? ……貴方は自由で、少し羨ましく感じてしまいます。誰も信じてくれないだろうけど、私実は前世の記憶というものがあるんです。その時はお母さんにこそ会えなくて少し寂しかったですけれど、自由に遊べて、走り回れて、お姫様に憧れたんです。でも……いざなってみると窮屈で仕方ないですね。身体も弱いし、好きな事なんて何も出来ない。でもこの世界のお父様もお母様も優しいし、弱音を吐いて心配させたくもないんです。生まれてきたからには、期待を裏切る訳にはいきません。王族としての責務を果たさねばならないのです……』

 

『チュ……チュチュっ!』

 

『慰めてくれるのですか? ふふ、ロボット……? なのに心が通じ合えて、こうして遊んでくれて、ありがとうございます。貴方は私のこの世界で初めてのお友達ですね……こうしていると、前世の小さい頃を思い出しちゃいますね。お母さん……アヤさんとも、本当に小さい頃少しだけ遊んでもらった記憶があるんですよ……楽しかったなあ……』

 

 

「……」

 

 あー、うん。

 これ……確定ですね……はい。

 え、何がって……そんなの決まってるでしょ。

 

「まさか『平行世界のアヤの娘』が中身とは……俺も後々会うんだろうけどどんな顔して会えば良いんだよこれ……」

 

 つまりは、めちゃくちゃややこしい話にはなるが俺が前世に介入しなかった世界線でのマリー……アヤの娘という事だから実際に親子関係が無くても実質親子みたいなもんだし、何なら優しいアイツの事だから実の娘の様に可愛がるのは目に見えて分かる。

 

 で、だ。

 

 問題は俺だ。

 

 この世界では俺とマリーは結婚する訳だが、エリカからしたら勿論だが父親は俺では無い訳で。

 マリーとエリカは平行世界の話にはなるが親子だから実質親子だが俺とエリカは全くもって何も無い。

 本当にどうするんだよこれ、だから夏休みの時こういう事考えて胃痛引き起こしたんだよ……

 

 いやまあ今となってはそれ以上に胃痛なのは二重転生者のクズ野郎である事がリオンにバレた事なんだけどね?

 

 え、てか共和国までリオンと同船とか空気死に過ぎて嫌なんだけど……ヘルシャーク隊一隊だけ護衛として連れてくか……まあマリー乗せるくらいなら平気だし。

 

 閑話休題。

 

 

『……でも、貴方がロボットとなると、誰かがここに送り込んでくれたという事になるんでしょうか……それともこの子を通して見ているとか……?』

 

『チュウ……』

 

 

「げ、流石に60年以上生きていただけあって年の功があるな……」

 

 原作で言及されていた通りなら、エリカは前世を少なくとも60年以上生きている事になる。

 そうともあればこの状況の不自然さには流石に気付くという事か……あとネズミ、お前はどうしてエリカと一緒に思案顔みたいな事してるんだよあざといぞ。

 

 

『……もしも、私の声が聞こえているなら……ですが。今言った戯れ言は気にしないでください。私は王女として生まれた以上その責務を果たすだけです。それ以上もそれ以下もありません。だから何の為にこの子をここに送ったのかは分かりませんが、疚しい事など無いのです。それだけは確かです』

 

『……ですが、この子をここに送ってきてくれた事とても嬉しかったです。王族故にお父様やお母様にも全てを許して話せる訳ではなく、そしてそんな存在なんて私にはいなかったのですから。話せたとしてもこんな事信じる人なんていないでしょう、気味悪がられるだけですから』

 

『でもこの子は何も否定せず聞いてくれました。ただただ私のお話し相手に、お友達になってくれました。それが心の底から嬉しかった……ありがとうございます』

 

 

 こっちがギャグ調になってる間にエリカはめちゃくちゃ重たいシリアスになっていた。

 そりゃ、前世の記憶だの異世界だの言われても普通の人間は信じないだろうな……一部俺やマリーみたいな同類(転生者)を除けばの話だがな。

 しかし流石に60年以上の人生を送っていただけあって自らの境遇に対する向き合い方がガンギマリ過ぎる、普通理不尽な人生だと嘆いていてもおかしくないところなんだぞそこは。

 

 ったく……仕方ない、本来なら暫く遊んでやった後に見つかるとまずいから撤収させようとしていたんだが……あんな事言われて撤収させられる奴がいたらそいつはとんでもない鬼畜かサイコパスかの二択だわ、少なくとも俺には無理だよ。

 

 俺はアップデート機能である『中継映像を映しているネズミに話し掛け簡易指示を送る』を躊躇無く使う事にした。

 

「お前はそこで待機。友達の遊び相手になっててやれ」

 

 

『チュチュッ』

 

『どうしたの? ……私の膝の上に乗って……ずっと遊んでくれるの?』

 

『チュウ~』

 

『……ありがとう。私の、この世界で初めてのお友達』

 

 

 潤んだ目でネズミにそう話し掛けるエリカを見て、果たして貰い泣きしない様な奴がいるだろうか。

 

「エリカァ……お前はもっと幸せになれ……!」

 

 しかも俺は直接的な関わりが無いとはいえ平行世界のアヤの娘ともなれば俺の見る目も実質娘みたいな見方になる。

 もしかしたら自分の娘になるかも知れなかった存在があまりにも幸薄過ぎて泣いてしまう。

 

 

「本当に……帝国との戦争だけは何が何でも引き起こしちゃならない。マリーを救う為にも、エリカを救う為にも……引いてはこの世界がそいつらにとって少しでも優しく、笑顔が出来る世界になる様に」

 

 そう改めて覚悟を決めるのだった。

 

 二年生は目の前だ。



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第八十一話『幕間・そう言えば忘れてたよそれ』

どうやらもう一話だけ閑話があるそうで


 春休みも佳境に差し掛かる頃。

 二年生に上がったタイミングでアルゼル共和国へ行く身支度をある程度整えておこうとか、マルとステファニーの恋路が気になるとか色々やる事が増えている中、俺の境遇というのもリオンと連動する様に変わってきてしまっていた。

 

「あっ! アル様だわ!」

 

「アル様〜!」

 

「やあ、春休みが終われば正式に君達の先輩になれるね。その時はよろしくね」

 

「もちろんです〜!」

 

「そのそのっ、王国の窮地にリオン様と王国軍の指揮をとって大勝したってお話本当に感動しました! すごくカッコよくて、憧れなんです!」

 

「いや〜ありがとう、君達は学園に染まらず今のままの純粋でかわいい君達でいてくれよ?」

 

「キャー! やっぱりアル様カッコいいですわ〜!」

 

 なんなんこれ、いや俺も結構ノリノリだけども。

 学園内では味わえないこのモテモテ振りにやはり男の性というべきかこうしてテンション上がっちゃうのは仕方ないってのは置いといて、確かに王国軍指揮したし結果的に王国軍の死者とかほぼ出なかったけどリオンと同じくらいモテてないかこれ。

 俺別にそこまでカッコよく決められた訳でもないし何ならすげえダサい事現在進行系でしてるのにここまで慕われる意味が分からん。

 

「むぅ……アル、行くわよ!」

 

「分かったよ、じゃあ入学楽しみにしてるからね」

 

「全くもう……少しモテてるからって楽しそうね?」

 

「ちょ、待て待て誤解だってば。俺が異性として好きなのはマリーだけっていつも言ってるだろ?」

 

 お陰でマリーの当たりが最近まあまあキツい。

 嫉妬はかわいいものだが、ボロが出ない様にするのは中々に骨が折れるものだ。

 いやまあまだ杖が必要なくらいには折れてるんですけどね?

 何はともあれずっと外に出ないのも嫌な訳でこうして出てきてるって事だ。

 

「はいはい……そう言えばラウダも今度遊びに行きたいって言ってたわね」

 

「なら今度はもっと人数増やして出掛けるか」

 

 そう言えば、だが。

 戦争が終結した後、俺は出歩く事が中々困難だったから知るのが遅くなったがかなりの早さで公国陣営の処遇が決まったらしい。

 戦争を主導及び前国王夫妻を殺害した貴族は全員死刑が確定、バンデルやバレントみたいな一介の兵士や駒になっていた下級貴族に関しては公国解体で生じる公爵家への逆戻りの際にそこの所属になるのが殆どとかなり良心的な処置。

 そしてラウダとルーデ、国王代理の侯爵家だが、完全に道具として利用されていた背景を踏まえ無罪、現在は公爵家の立て直しとしてファンオース領まで出向いてるらしいが春休みが終わるまでには帰ってくるらしい。

 

「……戦争で多少犠牲者は出たけどさ、最後は平和に終わって良かったよ。ラウダもルーデも無罪になって、春休みが終わればルーデは編入して来てラウダも将来的には学園に入ってくる。まあ俺達は留学するからルーデと本格的に一緒に過ごせるのは来年一年だけだけど、そんでもあの子達と平和に過ごせるのは本当に嬉しいよ」

 

「そうね。でも……あの二人の性格を考えると留学に着いてきたりしてね」

 

「ハハ、笑い事で流し切れないのが怖いところだな」

 

 原作では公国が敗北する最後の最後まで敵として抗ってきて、ラウダは死にルーデは肩身の狭い思いをする事になり、対等に過ごせる事は終ぞ叶わなかった。

 だから、俺という『唯一モブせかのストーリーを知っている二人に好意的な存在』がその運命に抵抗して、こうして掴み取れた未来があるのはやはり嬉しいものである事に違いは無い。

 

 犠牲者に付いても、フランプトン派閥以外は1/10程度。

 それこそ死者0人というのは達成出来なかったが、あれだけ大規模な戦争をしといてこちら側の生き残りが原作比で男女比が変わらない程度にしっかり生き残ってるのは大きい。

 何だかんだこの王国のシステムはクソだと思うし周りからの罵声罵倒も面倒だと思っても、そんな下らない日常でも守りたいと思えるくらいには愛着があるのが今の俺だ。

 

 ……一番は、原作知識を持ってる人間なんだから責任を持って犠牲者を最小限にしないといけないという使命感からだが、まあほぼほぼ達成と言っても過言ではないだろう。

 

「あ、ねえアル! 次はあそこに行きましょ! 服見たいと思ってたのよ!」

 

「おう良いぞ良いぞ、今日は俺のリハビリも含めてるから色んなとこ連れてってくれよな」

 

「任せなさい!」

 

 ま、難しい事言ってても結局はマリーと過ごす日常が楽しいからこの日常を守れて良かったって事に帰結するんだがな。

 戦争直後とか少し距離取ってたけど、結局のところ俺がマリーを好きな事自体には抗えないらしい。

 だってこの子天使ですよ? 俺以外相手だと性格に難アリなところも出るけど料理上手だし甘やかし上手だし耳かき囁き最高だし、子守唄も癒される。

 こんな事されて落ちない男っている? いねーよなあ!?

 

 確かに俺はクズだから、本当の意味で心の底から『愛してる』を言える事は無いがそれはそれとしてデロデロに甘やかされるのは俺の心の平穏を保つという名目という言い訳の元で許されるのである、多分、メイビー。

 

 あとこの後めちゃくちゃ服買ってあげた。

 全部似合うんだから仕方ないね、是非も無いよネ。

 

 

 

 

 

「このまま充実しながら春休みを終えられると思ったんですけどね……」

 

 翌日、俺は王妃様に呼ばれていた。

 何でもリオンには話していたこの国の歪な仕組みやら今回の顛末やら何やら話してくれるとか。

 そう言えば忘れてたよそれ……

 

「足は大丈夫ですか、アルフォンソくん?」

 

「ええ、お陰様で少しずつ良くなってきていますよ。春が終わるまでには完治すると思います」

 

 部屋に入るなり心配してくれてる辺り本当に王妃様は良い人だと身に染みて感じてしまうところがある。

 だからこそこの歪な下級女貴族達のアレやこれやの真相を思い出すだけで頭が痛くなってくる。

 

「それは良かったです、何かしら不便があったら言ってくださいね」

 

「助かります、本当にありがとうございます……それでお話というのは、リオンにも言っていたという……?」

 

「そうですね、そちらを話してしまいましょうか……貴方には知る権利がありますし」

 

 あ、王妃様もあんまり話したくはないんだろうなってのが伝わってくる。

 そりゃそうか、こんな意味の分からない仕組みの話なんて創作の中だけにしてほしいもんだ。

 

 ……と、まあ重い口を開くと思っていた通りの事柄が紡がれていく。

 あーカットカットカット、いくら聖人君子の言葉と言えど聞きたくもない真実聞かされる身にもなってほしいよ。

 王族には都合の良い話なのかもしれないがちょっと前の俺やリオンみたいな男の下級貴族や子息達からしてみれば良い迷惑だ。

 

 何にせよこの人に罪は無い訳だけど。

 

「……と、言う訳です。貴方達には辛い思いをさせてしまいましたね」

 

「頭を上げてください王妃様、これはそもそも今代の王家が謝る責任では無いですよ。そんなもんを作った連中が悪いんです」

 

「やはり……英雄は違いますね。リオンくんも同じような事を言っていましたよ」

 

「俺は英雄なんかじゃないですよ……リオンの横にいて、ちょっと手伝っただけで。一人じゃ何も出来ない腑抜けに過ぎません」

 

 それよりも俺はミレーヌ様から英雄扱いされる方が心苦しい。

 リオン以外には晒さなかったとはいえあんな醜態や秘密を晒しておいて英雄なんて馬鹿げてるとしか言い様が無い。

 

「いえ……貴方は英雄ですよ。なんたって戦争を終わらせた事もそうですが、こんな腐り切った悪習に染まった貴族達を一部とはいえ改心させられたのですから」

 

「……そ、そこまで言われたなら……お言葉、有難く受け取っておきます」

 

 でもこればかりは事実なので否定が出来ない。

 俺とマリーのイチャイチャでクラスメイトの思考が変わったのはこの俺自身が見てきてるし、否定すればマリーとのイチャイチャを否定する事になるからそれだけは無理なのだ。

 全く俺が否定出来ないの分かってて言ってそうなのがこの人なんだよなあ。

 

「ふふ、これからも期待しているんですからね。次期伯爵さん?」

 

「……そこまで行くとは思ってなかったんですけどね」

 

 というかローランドとミレーヌ様に英雄認定されて宮廷貴族になって次期伯爵とか完全に俺の未来の就職先決定してるんだよなこれ。

 リオンの隣で色々手伝ってそこそこの子爵の立ち位置で下級貴族として暮らす計画はどこへ消えてしまったんだ。

 

 げんなりしてしまうが、間髪入れずに留学の話が来て慌ただしい共和国編が始まる事が確定してるし文句ばかり言ってる訳にもいかないんだけど。

 それはそれとして、どうしてこうなったと心の中で叫ばせてほしい、いやほんとに……

 

 ただこの場にいる事は悪い事だらけでも無い訳で。

 

「あ、それと」

 

「なんでしょうか」

 

「……これからもユリウスと仲良くしてあげてね。常識的な価値観持ってる友人なんて貴方くらいなものだから……ワガママ言ってるのは承知しているのだけど」

 

「それこそ、構いませんよ。確かに突飛押しもない事で振り回されそうになる事もありますけれど、殿下……いや、王妃様にはもう関係はバレてますよね。ユリウスの企みに俺自身から乗る事もあって、それなりに楽しくやらせてもらっていますので。……夏休み前の事も、許してもらえましたし」

 

 この人から公認で、ユリウスと仲良くしてほしいと言われたのだ。

 本来この場面では『マリエ』と馬鹿五人がまたもややらかすシーンだが、色々あったとはいえ仲良くなったお陰でマリーだけじゃなくあの五人の窮地も回避させられた。

 ともあればアイツらをまともな人間に戻せつつあるのかと、今の友人達の現状にホッと胸を撫で下ろす。

 

 このまま行けば、悪友レベルには到達出来るだろう。

 それに団結力が上がれば最大の山場共和国編の聖樹暴走も未然に防げる確率は今でも高いのがほぼ100%となる。

 

「それなら安心ね。また迷惑も掛けると思うけどその時は言ってちょうだい」

 

「迷惑掛けるのはお互いさまですよ……」

 

「そう、本当にありがとう。……そろそろ私は予定があるので失礼しますね。アルフォンソくんも気を付けて」

 

「はい。では、俺もこれで失礼致します」

 

 ……あ、そうだ。

 

 打算的な事を考えていたが俺はふと『良からぬ事』を思い付いてしまった。

 そう、それは原作ではこの後で起こるイベント且つこの世界線では恐らく起こらないイベントだ。

 

「……ミレーヌ様、一つだけ宜しいでしょうか。本格的な相談はまた後日という事になりますが」

 

「? なんでしょうか」

 

「実は……」

 

 ま、一応。

 自ら疎遠になったとはいえ俺はアイツの友人で、幼馴染な訳だし。

 俺からのお祝いも何かしら送っておきたいからな。

 

 そんな悪巧みを最後に俺の一年生は幕を閉じたのだった。




何となくもう一話挟みたくなった


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第四章
第八十二話『俺まで騙される必要あった?』


ここから第四章・二年生編遂に開幕!
※本当はもっとストック書いてから投稿したかったけどいつまで経っても投稿出来なさそうだから投稿しとくやつ


「婚約?」

 

「ああ、婚約式が数日後の入学式の後に行われるからお前も準備をしておけ」

 

「もしかして姉貴?」

 

「ジェナは駄目だ。母ちゃんが言うには、まともに家事も出来ないから嫁にも出せないってよ。今は男を見下す女性貴族の方が少なくなってきているからな。ジェナを嫁がせようと思えば、準男爵家以下の家柄だな。今はミオルとユメリアさんにゼロから扱かれてるところだ」

 

 バルトファルト宅、そこでは春休みの帰省として実家に帰っていたリオン、そしてリオンを呼び出していた当主バルカスがいた。

 現状この家は公国襲撃時に戦った報酬で格上げされ、逆に公国襲撃に逃走したザラ、メルセ、ルトアート達はそれ以外にも紆余曲折あり離縁されせびられる事も無くなり自力での生活も出来る程度の財力を持てる程になっていた。

 

「ふーん、結婚じゃないんだ?」

 

「色々と事情があるからな。バタバタしていて悪いが、留学先に行く前にお前も参加して貰う」

 

「分かった、問題無いよ」

 

「そうか、なら準備をしておいてくれ」

 

 そんな中切り出された婚約の話、リオンとしては『姉の話でないなら兄のニックスだろう』と決め付けた上で話を進めてしまった。

 バルカスは一言も『兄の婚約』とは言っていないのにも関わらずだ。

 

 これが親友の罠だったと知るのは数日後である――

 

 

 

 

 

「……という訳で、先日もお話させてもらった通り共和国への留学に伴って一年離れ離れになる前にリオンとオリヴィア、アンジェリカ様、クラリス嬢との婚約式を挙げてしまおう作戦の話になりますが」

 

「ええ、準備は出来てるわよ。よ……三人もノリノリだし各家への根回しもバッチリ」

 

「ありがとうございます。アイツには沢山恩がありますし、王国としてもリオン程の昇進して学生の身分にして伯爵になった人間を繋ぎ止めるのにこれ以上の舞台は無いと思いましたしね」

 

「本当に頭が回るわねアルフォンソくんは」

 

「それ程でもありませんよ」

 

 春休みも残り一日と入学式、始業式が差し迫った日。

 俺は前回会った時に事前に話した『例の話』をしやすくする為に王妃様に呼び出されるという形を作って今の場を作り出していた。

 

 そう、例の話とは……リオンの婚約式だ。

 原作ではまだ心が決まっていない段階でやったから一騒動起きたが今回は俺が企画でもしないと起きすらしないと思った為立案したのだ。

 丁度王国としてもあの爆速昇進核爆弾のリードを繋いでおくには都合が良かったのか、ミレーヌ様もローランドも、レッドグレイブ家やアトリー家含む上層部もかなり乗り気らしい。

 

 全く、話が分かる人達はこれだから最高だ。

 

「それじゃあ後は流れ通りやらせてもらうわね」

 

「ええ、お願い致します」

 

「あなたの方の準備もちゃんとしておくのよ?」

 

「親友の晴れ舞台ですからね、怠りませんよ」

 

 最後の一言だけちょっと違和感があったが気のせいだろう。

 さーてリオンの驚く顔が今から楽しみだ。

 

 

 この時俺は、俺も一緒に騙されているという事に一切気付く事は無かったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、リオン。随分と豪華な服着込んでるな」

 

「アル……いやおかしくない? 今日は兄貴の婚約式だろ? なんで俺の方が目立って……いや待てなんでお前も豪華な服着てんだ?」

 

「まぁ『お前が言うにはニックスさんの婚約式』だからな。親友の親族をお祝いするにはもう少し控えめでも良いって言ったんだがどうにもマリーが気合い入れすぎて……」

 

「ちょっと伯爵になったからっておかしいよな?」

 

 婚約式当日。

 リオンにバレない様にニヤニヤを抑えながら教会に来たのは良いが、何故かマリーが俺にも気合い入れたスーツを着せて来たのだけ不思議だった。

 まぁ大方リオンだけ浮かせるとバレかねないからって理由だろうけど、そこまでしなくても鈍感なリオンの事だから気付かないと思うんだがなあ。

 

「ま、親族の凄さをちょっとでも目立たせておきたいんだろ。俺だけ関係無いんだけどな」

 

「お前のは……マリエが暴走したって事で良いんじゃね? アイツお前の事呆れるくらい好きだからな」

 

「へへへ、いやぁ照れるな」

 

「アル……久々に話せたと思ったらすげぇムカつくな? ん?」

 

「いやそれは俺にだって色々用事というものがあってだな?」

 

 実際用事があったのは事実だ嘘は付いてない。

 ただわざと疎遠にしていた事は嘘ではなく話してないだけだ、所謂某魔法少女アニメの白いアレみたいなもんだからセーフだ、セーフ。

 

「兄ちゃんもアルフォンソさんも服凄いな! キラキラしてる!」

 

「リオンはともかく俺がキラキラしててもなあ、まあ褒められたら嬉しいけど」

 

 リオンの弟コリン君は純粋そうな目で俺達二人を見ている。

 主役はリオンだけなんだからもっとそっち見てあげて?

 

「兄貴もリオンさんに負けず劣らずイケてるじゃん」

 

「アル兄様が着て似合わない服なんて無いんだから」

 

「……なあ、なんでヴェンとアリシアもいる訳? というか母さんと親父もさっき見たんだけど……なあルクシオン……これ……」

 

 それはそうとなんかおかしい。

 何故かヴェンとアリシアがいる、更に言えばさっきは気のせいだろと流したが親父と母さんの姿も一瞬見た気がするんだがこの二人がいるお陰でどうにも気のせいとは思えなくなってしまっていた。

 

「アル、きっと子息同士仲の良い家柄の婚約式だから来ているだけでしょう」

 

「……そ、そっか」

 

「いやそっかで済ませんなよ、つーか相手の親族とかの挨拶は良いのかよ」

 

「そういう段取りだから。全部終わったら挨拶するから気にするな」

 

 だがルクシオンの話を信じよう何せ俺は仕掛け人だ騙す方なんだから何も問題は無い、うんそうだそうだとも。

 だからなんか俺が騙されてそうとかリオンと同じ状態じゃないのかってのは全部勘違いだ気のせいだ。

 

「そろそろだな。よし、いくぞ。リオンと……」

 

「アル兄様はこっちです!」

 

「いや、ちょ、待っ……」

 

「オイ俺がそっち側行くのは話にはなくない!? アリシア? アリシア!? ヴェン!? どういう事だオイ!?」

 

「……済まないな兄貴、これは全て兄貴もターゲットで開催されてるんだ」

 

 気のせいだと……そう……思いたかった……んだがなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ親父、これはどういう事だ……!? 俺は仕掛け人のはずだろ!?」

 

「いやあ、本来はそうだったんだがな……王宮上層部の方々から『リオンがやるなら数年後同じ立場になるアルフォンソもやっとけば良くない?』と言われてなあ、折角だからお前の晴れ姿とマリエちゃんの花嫁姿を拝ませてもらおうと思ったのさ」

 

「マリーも仕掛け人だったか……!! 道理で妙に気合い入れて俺の服選んでた訳だよ……」

 

 見渡す限り俺が王宮上層部とセレクトした協会だ。

 間違いなくここで俺は親友の晴れ姿を見てニヤニヤしながら婚約式を見守る、それで何も問題無かったはずだった。

 なのにどうして俺自身がその当事者として巻き込まれなければならないのか……こんなはずでは……

 

「なんだ? お前はマリエちゃんの花嫁姿を見たくないのか?」

 

「超見たいに決まってるだろ寧ろここまで来て見せてもらえなかったら暴れ散らかすぞ」

 

 だが男というのは現金な生き物だ。

 惚れた女の花嫁姿を引き合いに出されては何も言い返せなかった。

 

「だろうと思ったよ。後婚約式はリオン君が先だからアルがニヤニヤしながら見るというのは強ち間違いではないぞ」

 

「んな状態でニヤニヤなんて出来るかよ!?」

 

「ああ、後王様から伝言を預かってるんだ……ほら」

 

「リオンじゃなくて俺の方に送り付けて来んのかよ……なになに?」

 

『よう、仕掛け人だと思ったらターゲットだった時の気持ちはどう?今どんな気持ち? どうやっても表情一つ動かさないお前の鼻を明かす為に全力でリオン共々この場を作ってやった。精々感謝しておけよ次期伯爵様☆by有能な王様』

 

「ちくしょうが!!!」

 

 クソ、こうなったら腹を括るしかないか。

 しかしリオンは原作と違って割と決断した状態で来てるしどうなるかね。

 

 

「唐突過ぎて心の準備も何もあったもんじゃないしめちゃくちゃ緊張はしてる……が、何れ遅かれ早かれ心を決めないといけない事ではあったからな。こうなったら三人ともちゃんと娶る覚悟持ってやるよ……リビア、アンジェ、クラリス……これからまだまだヘタレるかもしれないけれど三人の事心の底から大好きだからさ……これからの人生を俺と過ごしてくれ」

 

「リオンさん……その言葉を待ってたんですよ。えへへ、幸せになりましょうね。絶対離しませんから」

 

「そんなヘタレなリオンだから好きになったんだ。こちらこそ……末永く宜しく頼む」

 

「夢じゃない……んだよね……? リオンくん、ずっと、ずっと、一緒だからね……」

 

 めっちゃ感動的だった。

 覚悟決めたリオンだからヘタレと言いつつ逃げる素振り0だし真正面からプロポーズしてるしで眩し過ぎる。

 しかもその勢いでキスしてるし、これは予想外過ぎる。

 各家のお父さん達ボロ泣きしてるし、クラリスさんとこの取り巻きの方々に至ってはもう号泣している。

 

 え? この後に俺がやんの?

 

 

 

 

 

「で、何でリオン達は残って見てる訳?」

 

「そりゃあ親友の婚約式だし俺はお前に騙されたんだからな。ちょっとしたお返しだよ」

 

「……ったく、俺まで騙す必要あったかね……」

 

 そんなこんなで俺の番が回ってきた訳だがリオン御一行は残っていた。

 これじゃ俺だけ騙されたみたいじゃねえかよ。

 

「良いだろ? マリエの花嫁姿見れるんだから」

 

「楽しみですね、マリーの花嫁姿!」

 

「そうだな」

 

「絶対可愛いよね」

 

 それを言われるとやはり反論出来ないのが悔しい。

 だって絶対可愛いじゃんマリーの花嫁姿とか。

 

「アル、来るぞ」

 

「っと、分かった」

 

 色々言いたい事はあるがそれより今はマリーの晴れ姿に注目しないとな。

 

 ノース男爵がドアを開けて入場してくる……そしてその後ろには……

 

「…………マリー」

 

 真紅のウェディングドレスを身に纏った、この世で誰よりも綺麗で、ずっとずっとこの姿を見たいと前世含め四十年弱恋焦がれてきた最愛の花嫁がいた。

 最早騙されたとかそんな事はどうでも良かった。

 

「どう……かな?」

 

「ああ……綺麗だ……本当に……俺の、世界一の花嫁だよ……」

 

「……ごめんね、騙して」

 

「んな事、問題無い。この姿を見られただけで、俺は世界一の幸せ者だよ」

 

「ありがと……アルも、カッコイイわよ」

 

「ま、お前が選んでくれたからな」

 

 今は二人だけの世界に浸っていたいと思ってしまう。

 色々と思う事はある、後ろめたい事もある

 だが今だけは全てを忘れて世界に浸りたいと思うそれくらい、長年想い続けた最愛の人のこのウェディングドレス姿はあまりにも美しいものだった。

 

「ねえ……キスして?」

 

「勿論だ」

 

 そっと目を閉じるマリー。

 今までも何回もしてきたが、今日は特別なキスになるだろう。

 

 

 

 口付けは、いつもより甘い味がしたのだった――




開幕からゲロ甘である

ここまでのキャラ達の変化一覧
アルフォンソ・フォウ・ディーンハイツ→アルフォンソ・フィア・ディーンハイツ
・爵位
子爵嫡男から1年で四位上子爵+宮廷貴族へ、そして学園卒業後には伯爵への昇進が確定
明らかに予想外な昇進に計算が狂ったと頭を抱えているとかいないとか
・婚約者
マリエを無事婚約者として勝ち取り正式な婚約式も執り行った
但しアル曰く「本気で愛す資格は無い」らしい
・友人関係
マルケスの他にセミエンが加わり、馬鹿レンジャー達とも何だかんだ良く連む
リオンとはわざと距離を取るが親友という根底は覆せていないもよう

マリエ・フォウ・ラーファン→マリエ・フォウ・ノース
・爵位
新たな家族、ノース男爵家から次期当主への推薦を受け承諾。次期女男爵が確定
・婚約者
アルフォンソと正式な婚約を交わしラブラブに拍車が掛かる
あまりにも甘過ぎて砂糖のテロと呼ばれているとかいないとか
・友人関係
オリヴィア、アンジェリカ、クラリスとは親友関係
ヘルトルーデとも気が合うらしい、ヘルトラウダとアリシアは妹の様な、カイルとヴェンは弟の様な存在
その他アルフォンソの友人とはそれなりに気兼ねなく話せる仲

マルケス・フォウ・サンドゥバル→マルケス・フィア・サンドゥバル(オリジナルキャラ)
・爵位
公国撃退時の主要格+公国殿下ヘルトラウダの救出+発明品の功績で五位上男爵+宮廷貴族へ
・女性関係
元伯爵令嬢ステファニーがメイドになった他、ヘルトラウダと仲が良い
二人ともかなり異性としてマルケスを意識している
・友人関係
アルフォンソの他にセミエンとは親友
リオン周りともそこそこ話している仲

セミエン・フォウ・ルブロイ(オリジナルキャラ)
・爵位
公国撃退時に騎士爵を貰い、その後実は公国との戦争完全終結時にマリーの護衛として活躍した為準男爵位に昇進
・友人関係
アルフォンソ、マルケスとは親友
リオン周りともそこそこ良好な仲

ヘルトラウダ・セラ・ファンオース
・原作との差異
公国戦争において戦死→魔笛破壊により戦死理由消失、アルフォンソとの信頼関係構築で盲信解除、マルケスに救われた事をキッカケに急接近中

ステファニー・フォウ・オフリー→ステファニー
・原作との差異
国家反逆罪により行方不明(恐らく死罪)→国家反逆罪になる前に未然に防いだ為ギリギリ無罪も兄ロイズの国家反逆でオフリー家は取り壊し家名を失いマルケスのメイドとして働いている、マルケスには大恩を感じておりまた異性としても満更では無い様子

ヘルトルーデ・セラ・ファンオース
・原作との差異
最後まで王国に立ち向かってくる敵→盲信解除、アルフォンソとのある程度の信頼関係構築、リオンへの恋心芽生える

クリス・フィア・アークライト
・原作との差異
五馬鹿→全員改善されるも一人だけ改善速度が早く既にマリエへの恋愛感情は諦めている、また五馬鹿中アルフォンソと一番仲が良い

その他四馬鹿
・原作との差異
五馬鹿→ある程度の改善と成長あり、アルフォンソと友人関係

カイル
・原作との差異
生意気ショタ→マリエとアルフォンソの恋路を応援する良き弟分

カーラ・フォウ・フェイン
・原作との差異
実家追放→ロイズが手引きをし脅していた為実家やオリヴィア達と円満和解、マリー信仰者

ミオル
・原作との差異
ジェナの専属奴隷、裏切って処刑される→懐柔成功でリオンサイドへ、???の記憶もち


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第八十三話『留学当日・予想外は付き物』

「リオンも残念だよな。せっかく、女子からも誘いが増えたのに」

 

「まさか男子の方が誘われる側になるとは思わなかったよね。リオンは残っていれば、きっと大人気だったよ」

 

 留学当日。

 港にはダニエルやレイモンドと言ったリオンの友人や俺達のクラスメイト達、それにリビア、アンジェ、クラリス、ヘルトルーデやヘルトラウダが見送りに来ていた。

『正式に留学に参加する面子』はリオン、俺、マリー、マリーの護衛として残りの親衛隊の八人にシーシェックとマルケス専属メイドのステファニーだ。

 そう、何やかんやマルケスやセミエン、ステファニーとかも留学に同行する事になったのだ。

 まあ親衛隊は同行しないと何の為の親衛隊結成なんだって話だが。

 んでステファニーに関しては置いてくとマルケスの後ろ盾が無くなるから危ないって事とメイド連れてくのは普通だよねって事で連れてく事に。

 シーシェックはあっちでも情報を集めてもらうために連れていく。

 

「……誘われたとしても俺にはもう幸せ過ぎるくらいに出来た嫁さんが三人もいるからな。それよりも一年も離れるのがちょっと寂しいくらいだ」

 

「うわぁ惚気てるよ」

 

「でも幸せそうならまあ良いか……」

 

「絶対手紙送りますからね」

 

「時間が出来たらネズミでの通信も、な」

 

「出来ればアタシの卒業式には帰ってきてほしいかなー、なんて」

 

 

「お兄様と離れるのは寂しいですが、ラウダは強く生きていきますね」

 

「……いや俺よりマルの方には挨拶しなくて良いのか?」

 

「うっ……その……」

 

 各々挨拶を交わす中、俺の方に来たラウダに問い掛ける。

 俺の見立てが間違いじゃないなら既にラウダはマルに恋心を抱いている、だったら俺より優先して話し掛けに行くべきだろうと促してみたが……これはあれだな、あまりにも寂しくて行けないってやつか。

 

 全く、可愛い妹分だ。

 

「挨拶しておかないと後悔するぞ」

 

「ねえ、まだ飛行船の収容人数的には余裕あるわよね?」

 

「ルーデか、まああるっちゃあるが……」

 

 ひょっこり現れるルーデに一抹の嫌な予感が過ぎる。

 この予感は昨日騙された事に気付いた瞬間に酷似した感覚である、冷や汗が流れる。

 

 ……まさか、無いよな?

 

「じゃ、ラウダの事頼んで良いかしら」

 

「お姉様!?」

 

「やっぱりそうなるんかい!?」

 

 やはり当たってしまった。

 この飛び入り感はモブせか感満載だが胃痛がしてくる、ああ久し振りに胃薬を飲みたくなってきた……

 

「なに? ダメなの?」

 

「ダメも何も……あまりにも急過ぎるだろ。準備とか……」

 

「出来てるわよ」

 

「ちょ、おまっ……事前に作戦立ててたな!?」

 

「あら、ラウダは無関係よ。アタシと王妃様とで作戦を立てたの。姉が妹の恋路を応援したいって気持ちに嘘偽りも無いわ」

 

 この王女殿下、用意周到過ぎないか。

 流石原作では最後まで王国に抗ってただけあるわ。

 

「傍若無人な……」

 

「うっ、あ、その……お兄様は迷惑ですよね……」

 

「ま、待て待て俺はちょっと急過ぎたから色々ツッコミを入れただけだ別に嫌という訳では……」

 

 しかしラウダのしょんぼりとした顔を見るとどうにも甘くなるなあ俺も……

 仕方ない、予定には無かったが連れてくか。

 

「ほ、本当ですかお兄様!?」

 

「一応マルに聞いてからな。おーいマルー?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いやな、ラウダがどうしても留学に着いていきたいって言ってるんだが大丈夫そうか? ……なんか王妃様の許可も既にあるみたいだが」

 

「え!? 良いの!? 大歓迎だよ! ね、ステファニーさ……ステフも良いよね?」

 

「ま、良いんじゃないの? マルが喜んでるなら」

 

 マルとついでにステファニーの許可もすんなり取れた。

 まあ予想通りだが……そう言えばこの春休み中にステファニーから『愛称で呼べ』と言われてマルは慣れないながらもそう呼んでるらしい。

 あ、ステファニーも満更でも無さそうにドヤ顔してら。

 

 しかし割と大所帯での留学になるなこれは。

『アイツら』も着いてくるだろうし。

 

「てな訳で許可も取れたしOKって事で」

 

「ありがとうございますお兄様! マルさん!」

 

 というかマルもマルで将来の嫁が二人か……いやまだ恋人にすらなってないけど、この二人となると是が非でも諦める気は無いだろうからな。

 お陰で変な下級貴族は寄って来なくなったみたいだから良いが。

 

 

「ミスタリオン、外国へ見聞を広めに行くのもまた学びです。しっかりと学んできてくださいね」

 

「勿論です。……俺の立場じゃまだまだ婚約者のアイツらには、釣り合わないですから。少しでも成長してきたいです」

 

「宜しい。頑張ってくるのですよ」

 

 

 リオンはリオンで覚悟を決めまくっていた。

 原作のイヤイヤリオンはどこ行ったんですかね……

 

「……」

 

「てか、ルーデは良いのかよ、来なくて」

 

「わ、私?」

 

「そうだよ。リオンに気持ち伝えられてないんだろ?」

 

「う……そ、そうよ、悪い? あの三人見てるとアピールもしにくくて……」

 

 それはそれとして、原作同様色んな意味で不憫な立場引かされてるのはヘルトルーデか。

 あっちと比べりゃ天地の差でリオンと接近したがそれでもそれ以上に仲良くなった三人の壁が高過ぎる。

 

 はぁ……仕方ない、帰ってきたら王妃様にこってり絞られるの覚悟でもう一仕事やりますかね。

 

「……何ならルーデも来るか?」

 

「え……い、いやでも私は許可を取れて……」

 

「ラウダを連れてくんだからまあ似たようなもんだろ。一応元王女殿下とはいえ今は公爵家のお嬢様に過ぎないんだし帰ってきたらみっちり怒られるくらいで済むって。……ここだけの話、あの殿下達五人衆もこっそり乗ってくるしな。さっき見たし」

 

「ええ……何やってんのよあの人達……」

 

「てな訳で次いでに乗り込んだとしても似たようなもんよ」

 

 そう、さっき『正式に留学に参加する面子』とわざわざ強調したのはあの殿下達馬鹿レンジャーが秘密裏に乗り込んでいたのを目撃したからだ。

 本来は王妃様に放り出される様にして乗り込んでくるのだが、今回は『俺達ももっと勉強しないと王国を支える貴族として自立出来ない』という尤もらしい理由だった、盗聴して聴いた。

 その首謀者というのがクリスだったので尚更止めにくかったのも原因だが、それも含めてもうどうせ見逃した事も怒られるならルーデが入っても問題無いだろという話である。

 

 単純に折角公国の辛い事情を飲み込んでリオンの味方をしてくれたルーデへのご褒美としてなにかしたかったというのもあるが。

 

「り、リオンへの説得とかは……」

 

「ラウダが乗ってくるんだからどうにでも誤魔化せるさ」

 

「じゃああの三人へは……」

 

「それこそ察するでしょ、リオン以外には筒抜けなんだから」

 

「……それほんとなの?」

 

「ああ、当の本人だけ気付いてなくてマリーが頭を抱えてたぞ」

 

「……そ、そう」

 

 しかしルーデ、あんなに分かりやすい態度でバレないは流石に無理があると思うんだ。

 寧ろなんでリオンは気付かないんだってみんな思ってるくらいなんだからな。

 

「そ。つー訳でほれ、乗った乗った!」

 

 さてさてここまでかなりのイレギュラーが発生したが、これで後は俺とマリーの実家に挨拶するくらいで終わりだろう。

 当のマリーは既にケンプさんと話している。

 大方この留学中のリックの治療だろうが……ま、そこは俺が根回ししといたから大丈夫だろう。

 

「あ、アル! 宮廷の治療魔術師に話付けてくれてたのって……」

 

「ああ、まあな。一応こんなでも次期伯爵だしマリーも聖女だからな。ちょっと国王サマと話して交渉したら了承してくれたよ」

 

「ありがとうアルフォンソ君、それにマリーも……」

 

「いえ、俺にやれる事と言えばこの身に余るくらいの権力を使って身内を守っていくくらいなものですから」

 

「アタシからも……ありがとうアル。それにお父さん……アタシはまだまだリックの事治せてないのに……」

 

「いいや。マリエが来てくれてから家は明るくなったし、リックも少しずつ元気になっていった。それは紛れも無く君のお陰だ、だからありがとうと言わせてほしい」

 

「そ、そっか……アタシちゃんと役に立ててたんだ……」

 

 随分と家族らしくなったとマリーとケンプさんを見てしみじみ感じる。

 今世ではマリーはまともな家族に巡り会えなかったから、こうして見ていると感慨深いものを覚えてしまう。

 

「一応契約内容ですが、一番腕の良い宮廷治癒魔術師に、マリーより多い頻度の一週間に一度のペースでノース家の問診に行ってもらう契約を取り付けたので回復速度は遅くなると思いますがそれでも悪化なんて事にはならないはずです」

 

「おお、そうか……そんな高頻度で……本当に有り難い」

 

 ちなみに契約を結んだのは何の因果かあのハゲメガネだった。

 アイツああ見えて一番腕が良かったらしい。

 

「あまりお会い出来ていない上にここから一年も会えなくなる分、少しでも手厚くしておきたかったんですよ。本当はもう少し話していたくもありますが、そろそろ船の出航もありますので……リックには宜しくお伝えください。マリーは何があっても守り抜くので、と」

 

「ああ、伝えよう。宜しく頼むよ」

 

「……ほんと、キザなんだから。行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 照れるマリーを横目に、ケンプさんにお辞儀をし今度はウチの実家の連中……と言っても出向いて来れたのはアリシアとヴェンだけだが、この二人にも暫く会えなくなるからちゃんと挨拶をしておかないといけない。

 

「よ、二人とも見送りに来てくれたんだな」

 

「ああ、兄貴や姉様と一年会えなくなるからな」

 

「お父様やお母様の分まで私達がお見送りします! アル兄様! お姉様!」

 

「ありがとう、二人共。アタシ頑張ってくる」

 

「アリシア、ヴェン、親父と母さんの事頼むぜ」

 

「お任せください!」

 

「おう、任せとけって!」

 

 全く、頼りになる家族を持ったもんだ。

 これなら安心出来そうだ。

 

「そんじゃ行ってくるわ」

 

「行ってきます」

 

 二人に見送られ今度こそ搭乗する。

 乗った後も大きく手を振ってくれている辺り本当に良い弟と妹を持ったと実感してしまう。

 

 ……あの二人やみんなと笑顔で再会する為にも。

 エリカと対峙した時一点の曇りも無い様にする為にも。

 もうこの世界に無用な血を流す事が無くなる様にする為にも。

 

 この共和国への留学、何が何でも聖樹を暴走させてはならない……

 

 そう、改めて誓うのだった。



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