負け犬は光のヒーローをあがめる (ソウブ)
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1 俺は君を拝する

 

 

 俺は『負け犬』だ。

 何故(なぜ)なら失敗したからだ。

 同じ大きな失敗を、二度も。

 

 何度か「後悔ばかりするんじゃない、反省だけして同じ失敗さえ繰り返さなければいい」などという言葉を聞いたことがある。

 俺は、反省した上で同じ失敗ばかりする無能だ。

 何も為せない愚かな敗残者。

『負け犬』正に俺だ。

 選ばれていながら主役になれなかった。

 舞台に上がる権利だけはあった、分不相応な弱者だ。

 

 もう、彼女たちには会えない。

 二度と笑いかけてくれることもない。

 陽だまりは失われた。

 どれだけ手を伸ばしても、藻掻き(もがき)足掻いても、取り戻せない。

 気力は萎え、心は枯れ、暗闇のみが覆い光は果てた。

 

 だからもう、希望なんて持たない。

 静かに隠れて生きていこう。

 

 変わらない俺の価値観だ。

 変わらない、魂に刻まれた傷。

 

 ――希望の光なんてこの世には存在しない。

 

 俺の持論だった。

 

 ほんの数刻前までは。

 

 

 

 炎が爆裂する。

 

 赤髪の男が、異能の炎を纏いて、俺と同じ高校の制服を着ている男子生徒と対峙していた。

 男子生徒の後ろには、一国の姫のような豪奢なドレスを着た白髪(しろかみ)の少女が、震えて座り込んでいる。 

 

「早く終わってくれ。なあお姫様、オレの(ため)に犠牲になってくれよ」 

 

「勝手なことを、言わないでくれ」

 

 男子生徒は握った両の拳に光を輝かせ泰然(たいぜん)と立つ。

 

生憎(あいにく)勝手なことしか言わずに生きてきたんでな」

 

 炎が赤髪の男の全身に燃え滾り、拳が放たれる。あの炎は炎属性の最上概念を持つ、化学現象ではない炎だ。それが俺には解る。

 男子生徒は光の拳で防御するが、苦鳴を漏らして押された。炎と接触した拳は焼け焦げて、一部が炭化している。

 男子生徒から感じる力は、光属性のものだ。光属性の属性力(エレメント)はすべての属性を祓う力を持っているはずだというのに、炎の勢いは僅かも衰えていない。

 

 俺は目の前で繰り広げられる異能の殺し合いを、遠くの物陰から息を殺して見ていた。

 

「燃え尽きろ、光の少年」

 

 常人を遥かに超越した身体能力で、炎の拳撃(けんげき)蹴撃(しゅうげき)が男子生徒を襲う。

 こちらも凄まじい身体能力と体捌きで応戦するが、炎が体を焼き。腕や足が炭化していく。こんな攻防を続ければ彼の命は長く持つまい。

 それなのに男子生徒の表情は微塵も揺らがず光の力を(ふる)い続ける。

 

「もう終われ。こっちは早く安心したいんだよ」

 

 炎が爆裂する。出力を上げた炎が襲う。

 男子生徒は火達磨(ひだるま)になった。光で防御しているだろうに、肌が骨が内臓が焼かれる。

 

 もう彼の命は終わりだろう。

 俺は確信した。

 いつもそうだ。絶望だけが事実で。

 順当に希望は食い荒らされて無くなるだけ。

 (かす)かでも期待を持つだけ無駄なんだ。

 

 

 光が闇を照らし輝いた。

 目を焼かない強く優しい光が、属性力(エレメント)の炎に抗う。

 

 

「終われない。終われないよ。護り抜くまでは」 

 

 息も絶え絶えに、彼は立っている。光を携え戦意は消えず。

 されど彼に纏わり付いた炎は光を喰らい続けている。

 

 なんでそこまで、頑張れるんだ。

 

「これでも死なないかよ。なら止めを刺してやる。滅却(めっきゃく)されろよ光の少年」

 

 炎の出力が、まだ上がる。

 すべてを焼き尽くす属性力(エレメント)の炎が燃え上がり、光の拳を払い除け、炎の武が光を焼却せんと波頭の如く襲う。

 

 男子生徒は紙一重で避けているが、熱に炙られ皮膚は(ただ)れていった。

属性力(エレメント)の究極へと至った焦熱は、直撃した瞬間骨も残さず炭化を通り越して焼滅させるだろう。

 

 一瞬でも気力が揺らげば炎に呑まれ死んでしまう、そんな苦境というのも生温い状況の中、男子生徒は諦めなど一切浮かべない顔で、ボロボロの体を動かし続けている。

 

 だけどそんなの、長く続くわけがない。

 

 無理なんだよ。もう諦めちまえよ。

 諦観が俺の心を埋め尽くしていく。

 こんな絶望的な状況、覆せない。

 俺は無理だった。

 気持ちのいい逆転劇なんてそうそう起こるはずがないんだ。

 そんなものは御伽話(おとぎばなし)の中だけのこと。

 実際は順当に負ける。

 そうだ。光なんてない。怪物には打ち勝てず、失うのが世の常。

 

 気づいた時には、炎の腕が少年の腹を貫いていた。

 

 ああ……やっぱりだ。

 

 絶対の炎が少年の腸を、胃を、肺を、心臓を溶かしていく。

 少年は膝を突いた。負けだ。

 

 いつもこうなる。光なんてない。誕生したそばから吹き消されるのが現実だ。

 

 順当に、絶望は事実になる。

 

 光の少年の物語は、ここで終幕だ。

 

 俺はつまらない劇を観終わった観客のように、背を向けて立ち去ることしかできない。

 

 また、無気力な日々が――――

 

 

 

 後ろから、眩い光が差した。

 

 

 

「……!」

 振り返る。

 

 光り輝く少年が、立ち上がっていた。

 

「僕は、僕は、負けない……輝く明日を大切な人に(もたら)すまではッ!」

 

 諦めなどという言葉は己の何処(どこ)にも存在しないと証明する輝きが、少年を内側から焼いていた炎を掻き消す。

 少年が発する属性力(エレメント)の出力が莫大(ばくだい)に上がっていた。

 先までの出力は大したことのないものだったはずなのに。

属性力(エレメント)の出力など無理に上げたら、地獄の激痛が襲っているだろうに。

 

 何故立ち上がれるんだ。

 俺は、どんなに頑張っても立ち上がれなかったのに。

 精神力じゃどうにもならなかった。体は動いてくれなかった。物理法則を押し退けることなんてできなかった。

 でも、彼は論理も常識も轢殺(れきさつ)していく。

 光の主役は絶体絶命に追い詰められてからが本番なのだと。

 

属性力(エレメント)の光で、溶かされた内臓を補い、光の手で炎の腕を掴む。

 

「捕まえた」

 

 炎の魔人は、逃げられない。

 奴は、少年の危険性に押されて一旦退こうと動いてしまった。

 されど少年は腕を掴んでいる。退くことはできない。だというのに退こうとする行動を起こしたことで、致命的な隙が生まれた。

 

 

 目の前で繰り広げられるは、神話の一幕。

 

 

 光の拳は炎の体を穿(うが)った。光が炎を浄化していく。

 

「がっ……アァ……アアアアアアアァァッッ!!」

 

 炎の体が崩れていく。

 

「オレは、死ねない。死ねないんだよオオォォォォッッ!!!」

 

「死んでくれ。僕の大切な人の命を脅かすのなら」

 

 

 俺はその日、英雄を見た。

 嫉妬さえ湧く隙もない、眩いばかりの目を焼かぬ光。

 本物の光は、美しかった。

 絶対に覆せない絶望を覆した英雄(ヒーロー)

 ああ、主役(ヒーロー)

 俺の目の前に現実として存在する主人公(ヒーロー)よ。

 

 

 炎の魔人は高出力の光に存在を消滅させられた。

 

 

 俺は君を(はい)する。

 

 

 

 

 



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2 姫墜劇

 

 

 

 寂れたビルの一室に集う者達がいた。

 最奥にてパイプ椅子へだるそうに座る男は、闇を(たた)えた瞳を虚空へ向けている。

 

「ライバルトは先走ったか」

 嘆息一つ。

「まあいい。やることは変わらない。俺達の目的は属性神(エレメンタル)の統一。ライバルトは目的を違えたわけでもないだろうよ」

 

 闇の者の声音は疲れ切っているにもかかわらず、たった一つの目標に向けてのやる気だけは強く宿っていた。

 

「安らぎを、平穏を。この手に永遠とする為に」

 闇の敗北者は傷つかない世界を求めている。苦痛のない楽園を現実とすることを全身全霊で目指していた。

 

「好きに進みなよ。ボクはそれに寄り添う風と成ろう」

 そんな友を苦笑しながらも暖かい目で見守る風の男は、属性神(エレメンタル)の統一に賛同しているわけでも共感しているわけでもないが、友の為に力を貸している。

 悟った旅人は、友情を何よりも大事にしていた。

 

「もうすぐだ。もうすぐ会える。必ず君と巡り逢おう」

 土の如く不動で腕を組んだ巨漢は、最愛の人との再会を望んでいた。

 彼はなにも譲る気はない。全てを粉砕し願いを果たさんとすることしか考えず、最愛の人以外その視界に映してはいない。

 

「私は別にそんなのどーでもいいんですけどねえ~」

 快楽の虜である水の遊び人(ジャンキー)は目玉の浮かんだ水入り瓶を手にうっとりと眺めている。

 少女は属性神(エレメンタル)の統一に賛同してはいるが、それは快楽を得たいからだ。己の快楽が刺激されれば、畢竟(ひっきょう)何でもいい。流れ行く水のように目的を変えていくだろう。

 

 だらしなく黒のジャケットを着崩した闇は、枯れた精神で駆動する。

「さあ、始めようか」

 属性を司る者。属性司者(ファクターズ)たちが行うは儀式。

 姫墜劇(プリンセスサクリファイス)が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「ほらっ、仲良くしたいんでしょ?」

 栗色のふんわり髪が視界に揺れる。

「ああ」

「なら、行こ? ――たかくん」

 ほんわりと「空乃咲(そらのさき)わた」は笑って、俺の背中を押した。

 

 

 

 一人のヒーローを拝するようになった運命の日から、夜が明け。

 俺は学校で彼が所属する教室を調べて、会いに行くべく廊下を歩いていた。

 同じ真徳(しんとく)高校の生徒だということは、昨日彼が着ていた制服を見てわかっていたから、辿り着くのは簡単だった。

 立ち止まり、ドアの上部付近にあるプレートを見る。

 2年A組。こんなどうでもいいところでも俺のA(エース)だと示してくれるなんて嬉しいじゃあないか。

 

「デュエルしようぜ」

 教室の窓際、一番後ろの席に座る黒髪の少年、その目前に立っての第一声だ。

「いいよ」

「マジか」

 デッキをお互いに懐から取り出す。

「「デュエル!」」

 俺たちはトレーディングカードゲームで遊んだ。遊び倒した。次の休み時間も、昼休みも、放課後も。

 

 俺は天谷修司(あまがやしゅうじ)と友達になった。

 デュエリストに多くの言葉は必要ない。デュエルをすれば相手のことがわかるのだ。

 

 同じ趣味を持ち、同じノリを理解し、馬が合って遊んでいれば仲良くなれる。ってことかもしれない。

 

 そう、俺は修司と友達になりたくて話しかけたんだ。

 我が光の主人公(ヒーロー)を近くで見ていたくて。

 

 

 

「これより、姫墜劇(プリンセスサクリファイス)儀式開始(リチュアルスタート)を宣言する」

 

「お祭りの始まりです~」

 

 闇が(うた)い、水色の長髪が踊る。

 

 真徳(しんとく)高校の屋上に並び(たたず)むエレメントの化身たち四人と、地上から見上げる修司たち三人の影が見える。

 俺は修司たちからいくらか離れた後ろの物陰に潜み、覗く。

 修司の後ろにいる少女二人のうち一人は、以前見た修司が護ろうとしているお姫様だ。もう一人の黒髪ロングの大和撫子な雰囲気の美少女は知らないが、修司の味方だろう。

 

 ……俺はもう一度、屋上の四人を見た。 

 水色の髪が視界に入った瞬間、嘔吐感が襲う。

 考えるな。

 思い出すな。

 気づいた時には噛み締めていた唇から血が垂れる。強く握り過ぎた拳からも血が滲んでいる。

 水色だけはなるべく視界に入れないようにしながら静観することにした。

 

「これは宣告であり、儀式参加者の認識を統一する定式(セレモニー)である」

 大仰に手を振りながら闇の男は声を張り上げる。

「儀式内容は「属性の巫女」であるルー・リーンバーグ姫の目前にて属性神(エレメンタル)の激突を披露し、最終的に姫を贄とし属性神(エレメンタル)の統一を()すことである」

 

「なお一般人(周囲)が騒がしくなる心配は杞憂だ。属性神(エレメンタル)同士の激突は常人には感知できない。神々の戦いに人が入ることは叶わない」

 

「もう黙ってくれないか。結局ルーを殺して自分の望みを叶えたいってことだろう」

「まあそう睨むな。定式(セレモニー)中は戦闘禁止だ、儀式が完成しなくなる。今からやり合おうってわけじゃねえよ」

「僕は今全員相手にしても構わないよ」

 

 今ここで戦っても、さすがにあの炎の男と同レベルの属性司者(ファクターズ)四人が相手では修司が勝つのは厳しいだろう。

 けれど彼の強気な言葉はハッタリだとも思えなかった。彼ならば奇跡を起こして本当にここで全員を相手に勝利をもぎ取ってしまいかねないと、そう思えてならない。

 

「なら私とヤっちゃいます~?」

「やめろスイム、俺の話を聞いてなかったのか?」

 体を扇情的に捻じらせる水の少女は快楽しか求めない。一触即発の空気が漂った。

 

 ここから姿を見せて修司と共に戦うという選択肢があることは、常に頭を過ぎっている。

 しかし俺は修司と共に戦うことはできない。

 俺なんかが修司の王道を穢してはならないからだ。

 彼は彼の道を魅せてくれればいい。俺は輝きを見ていたいだけなんだ。

 

 ……あと、もう一つの理由としては。

 俺はもう、大きな流れに身を投じて苦しみたくない。

 

「落ち着いて。ここで一時の快楽に走って、属性神(エレメンタル)統一後の、君が望む極大の快楽を逃すつもりかい?」

 風の男が凪の如く柔らかな声音で諭す。

「ライバルトが先走ったのは、儀式中でなくとも姫の力を奪えば一人分の望みぐらいは叶うからだけど、君の快楽という目的なら話は別だ。ちゃんと儀式を成功させた方がより大きな快楽を得られる。それはわかっている筈だろう? それでも今「事」を起こすというのなら、ボクが相手をするよ」

「我もだ。なるべくなら皆で望みを達成した方がよかろう」

 土の男も追従する。

「そうですか、ならここは退いてあげます~。あなたたちとヤり合っても面倒くさくなるだけですし~」

 

 仕切り直すように、闇の男が告げる。

「明日の深夜零時、この聖地にて聖戦を行う。時間を過ぎた時点でこの場に「姫」と「光」が到着していなかった場合、周辺の一般人を虐殺する」

「させないさ」

「ならば遅れるなよ」

 闇の男が背を向けた。

「それでは解散だ。姫墜劇(プリンセスサクリファイス)定式(セレモニー)を終了する」

 

 

 

 後日放課後、俺は修司を遊びに誘うべく2ーAにやってきた。

 のだが。

 

「こっちを睨んでるあいつはなんだ?」

 自分の席から動かないまま修司に視線を向けてくる、線が細く影が薄そうな男子生徒がいる。

(むろ)くんか、なんでかいつも見てくるんだよ。理由を聞いても答えてくれない」

「なんだそれ。ちょっと締め上げてくるわ」

「待って。個性的なだけの大切なクラスメイトなんだから」

「個性的ってなあ」

「なにか嫌なことをされたわけじゃないよ」

「俺はわけもわからず睨まれたら嫌だけど」

「僕は気にしないからいいよ」

「……お前がそう言うなら」

 俺もこれ以上は言わないでおこう。

 

 

 

 お姫様と修司の幼馴染が歌っている。この幼馴染さんは昨日の深夜修司と一緒にいたもう一人の少女だ。

 ここはカラオケボックス、俺と修司は並んでメロンソーダを飲みながら、アイドルのような二人の声に耳を傾けていた。

 

 俺は修司を遊びに誘ったが、二人との先約があったみたいで、俺は同席を許されてここにいる。

 白髪(しろかみ)と黒髪が踊る。こうして近くで見て確信したが、修司のヒロインズはとてもかわいい(麗しい)。お姫様と大和撫子は伊達じゃないな。今まで見てきた中で一番の美形かもしれない。

 

「なに? アタシたちはかわいくなかったっていうの?」

 リリュース・ローグインパネスが綺麗なスカイブルーの髪を揺らして、むくれ顔を向けてくる。

「そんなわけないだろ」

「本当に?」

「ほんとかな~っ?」

 空乃咲わたも、ひょっこりと視界に出現した。

「本当だ」

 胸に恥じ(痛み)と暖かさが()みる。それでも二人の声は聞いていたい(聞こえる)

 

「なにぶつぶつ言ってるんだい?」

「いやなんでも」

 

 閑話休題(それはともかく)

 カラオケになんて来てしまっているが、修司は鍛錬しなくてもいいのだろうか?

 彼は主人公だ。絶対に負けてはならない。

 強くなるための行動をし続けるべきなのではないか。

 先日の戦いを見る限りかなりの鍛錬を積んでいることは窺えたが、それでも欠かさずしなければ衰えていくだろう。戦いが近いことはわかっているのだし、技を研ぎ澄ましておくべきなのではないか。

 もちろん休息の時間は必要だ。

 休みなく体を虐めたところでオーバーワークになることもわかる。それに姫墜劇(儀式)は長期的な戦いになるわけでもないだろうし、たった数日の違いで弱くなったりはしないのかもしれない。が、いや、どうだろうというモヤモヤが胸に沸いてくる。 

 

「なあ、なんか、お前にはやらなきゃならないことがあるんじゃないのか。こんなことしていていいのかよ。自分で誘っておいてなんだが」

 俺は修司を試したいのだろうか。彼は本当に光なのか、まだ確信できていないとでも。

 そんなはずはないが、何度も確認しておきたい。

 

「なぜ(たかし)がそんなことを言うのかはわからないけど、あえて聞き返さずに答えるなら、僕にとってこの時間は大切なんだ。大切な人たちと過ごすこの時間が何よりも失いたくないと思えるほど輝いているから、日々を頑張れるんだよ」

 

「それは……」

 それが、修司の光の原動力なのか。

 

「俺と過ごす時間もか……?」

 

(たかし)は大事な友達だからね」

 

 ――っ。俺たちは友達になったとはいえ、まだ知り合って数日すら経っていないというのに。

 彼にとって、もうすでに俺も失いたくない大切な周りの人間となっているのか。

 修司は大切な身近な人間を蔑ろにできない。

 一緒に過ごす時間を大切にしている。

 だからこの時間は必要なんだ。

 

 そうか。

 それならいいんだ。

 俺は安心して光を拝することができる。

 

 

 

「君は自分の幼馴染を、修司をどう思う?:

「急にどうしたんですか?」

 修司の幼馴染、川碧唯(かわあおい)さんがキョトンとして首を傾げる。

 お姫様と修司は今デュエット曲を歌っているのでこの会話は聞こえていない。いや修司には聞こえてるか。属性司者がこの距離で聞き逃すはずがない。でも、聞かれてもいいか。

「できればでいいんだが。答えてくれないか」

「……いいですよ」

「ありがとう」

「しゅうちゃんはですね、なんといいましょうか」

 川さんはおとがいに指を当てて思案し、冷たいお茶を一口飲んでから語り出した。

 

「しゅうちゃんは真っ直ぐ突き進んでいきますから。私は寄り添って支えるんです。

 突き進み過ぎてしまうこともありますけど、私はいつでも後ろで待ってます。しゅうちゃんが選ぶ道なら正しいと信じられますから」

 

 素晴らしい。

 川さんは、彼の隣に相応しい女の子だな。

 

 とはいえ。

「会って間もない俺になんでそこまで話してくれるんだ」

「なんででしょうね。なんか、言いたくなっちゃいました」

 なっちゃいましたって。

「あなたは、どこかしゅうちゃんに近い所があるように思えるからかもしれません」

「まさか」

 俺は光にはなれない。立ち向かう勇気なんて、もうないのだから。

 現に隠れて見ているだけで何もしていない。

 ただの負け犬だ。

 そういう君も、俺の幼馴染のわたに似ているよ。

 

 そう? と栗色の髪が揺れる。

 

 性格は似ていない。けれど。

「わたを思い出しちゃう?」

 そんな感じだ。

 

 

 ドリンクが無くなったので、俺はお姫様と一緒におかわりを注ぎにドリンクコーナーへ来た。

 ジュース3種類くらい混ぜてやる。

「なに子供みたいなことしてるの?」

「修司のも混ぜて持って行こう」

「やめて」

 いつもはこんなことしない。俺の光を見つけられたから、最近はテンションが上がってしまうことがあるだけだ。

 

 そういえば。

 わたともこんなことして遊んだっけ。

 

 最近の俺は活力に満ちている。あの時の俺に戻ったとまでは言えないけどな。

 希望に満ちていたあの頃にはとても戻れない。

 敗残の傷が癒えることはない。

 俺は光を拝し仰ぎ見て満たされたいだけだ。

 

「たかしくんは気楽そうでいいね」

 羨ましそうな光を宿した瞳を半目にして、お姫様は俺を見てくる。

「そうさ、気楽さ」

 もう苦しいのは嫌だ。

「たかしくん、あんまりしゅうじくんと一緒にいない方がいいかもしれないよ」

「…………」

 優しさ。だろう。

 お姫様は俺を自分たちの戦いに巻き込まないように言ってくれてるんだな。

「なんでそんなこと言うんだ?」

 黙ったままでは不審に思われそうだったから一応問いかける。

「いいから、しばらくでいいからわたしたちとは離れて生活していて」

「断る」

「そこをなんとか!」

「断る」

「本当に危ないんだよ!」

「断る」

「うぅぅぅっ……暖簾(のれん)に腕押し(ぬか)に釘ぃ……」

「ほら疲れただろ。もう戻ろうぜ」

「もー! もっと真剣に取り合ってよー!」

 地団太を踏むお姫様。

「落ち着けよ」

「たかしくんが話を聞いてくれないからでしょー!」

「ちゃんと聞いてるだろ」

「いう通りにしてくれなくちゃ意味ないんだよ!」

「ごめんな、諦めてくれ」

「うぅぅぅぅ……とにかく、伝えたからねっ!」

 

 諦めてくれたようでお姫様はホットコーヒーをカップに注ぎ始める。

「どうなっても知らないんだからっ……」

 まだ不満はあるようだけれど。ぶつぶつ言いながらコーヒーを出すボタンを連打している。

「コーヒー零れるぞ」

「え? あっあっ零れるっ。熱っっ!!」

 

 

 




次、バトルあります。


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3 我が光のヒーローの表舞台

特殊文字の部分、PCだとテがチに見えてしまうかもしれません。


 

 

 

 深夜零時。

 真徳高校のグラウンドに、天谷修司(あまがやしゅうじ)、ルー・リーンバーグ姫、川碧唯(かわあおい)の三人はいた。

 

 対面には、炎を纏う男(・・・・・)。ライバルト・グンダレンが立っている。

 

 修司が先日に消滅させたはずの男だ。

 

姫墜劇(プリンセスサクリファイス)、第一の聖戦相手はこのオレだ」

「確実に(たお)したはずだけど」

「俺は「不死鳥」(エターナル)だ。死ぬはずがない。死ねないと言っただろう?」

 

 彼は不死鳥。一度光に焼かれた程度でその命が尽きることはない。

 

 ライバルトは全身から炎を噴き出す。修司は光を拳に宿した。

 

「しゅうちゃん……」

「しゅうじくん、いつも任せるばかりでごめんね……」

「いいんだ。僕は護りたいだけだから」

 

「前置きはもういい。聖戦を始めるぞ。オレは早く、早く安心したいんだ」

 

 ライバルトは疾駆し、炎の武を叩き付ける。修司は拳と体捌きで対抗していった。

 炎は修司の体を焦がし、光はライバルトの炎を浄化する。前回と同じ流れだ。

 同じならば、また同じように修司の光が炎を殲滅せしめる結末へと至るだろう。

 

「ここからが、本当の聖戦だ」

 

 ()れより、僅かな間のみ「時」という概念がその意味を無くす。

 

『世に(くすぶ)(みなもと)よ、属性のに至れ、我ら自然の体現者』

 

 ライバルトがこの世の(ことわり)から外れた(こと)()を紡ぐ。

 

 属性司者(ファクターズ)であるライバルトの属性力(エレメント)励起(れいき)され、出力が上昇した。

 

嗚呼(ああ)、生きたい。生きたい生きたい生きたい。

 何も己を脅かすことのない日々を、早く寄越せと言っている。

 敵は燃やし、降りかかる火の粉も燃やし返し、自らの傷すらも燃やそう。

 燃え続け、不死の鳥となった時、僅かでも望みに近づけるだろうから。

 火は消えぬ、炎は燃え続ける、消火などありえぬ、死などありえはしない。

 何故なら己は不死鳥。不滅の(ほむら)をその身とする者。

 天上の暴流さえ我が燃焼を止めるに(あた)わず。不死鳥は飛翔と燃焼を永久(とこしえ)に続ける。

 (あまね)くすべてを燃やし尽くした先に、安息があると信じられるから』

 

 顕現(けんげん)するは、属性という概念の究極。

 

属性神(エレメンタル)――燃やし尽くす生存者(フィアンマンデッドライフ)

 

「不死鳥」(エターナル)が生誕する。

 

 ライバルト・グンダレンの全身が(あか)い鎧に包まれた。頭を覆う兜は仮面のヒーローを想起させる洗練されたデザインだ。

 鎧の表面には炎が纏われている。いや、彼の体は鎧の中身も全て炎と化していた。

 皮膚も、肉も、骨も、血液も、内臓も、魂も、すべてが火。

 

 ライバルト・グンダレン。彼は「火のエレメント」の化身。火属性において彼の上をいく者はこの世には存在しない。

 

「その姿は……」

 

 修司の驚愕も待たず、火の魔人は炎を鎧の背中で爆発させ加速(ブースト)し、先程までとは比べ物にならない速度で迫る。

 

 修司は技量をフル活用し何とか拳や蹴りの乱打を(しの)ぐが、ライバルトの技量も彼に劣りはしない。

 修司の体は焼き焦がされていく。

 

 以前と違い、属性力(エレメント)の光が炎を消滅させられなくなっていた。

 不滅の(ほむら)は浄化されない。

 

 拳で直接殴りつけようと、赤き鎧には傷一つ付かない。それどころか炎が燃え移り手が焼け焦げ骨を晒す。燃え移った炎も不滅だ。生きながら火炙りにされ続ける。

 

姫墜劇(プリンセスサクリファイス)の聖戦は、聖鎧(せいがい)を纏ってからが本番だ。なあ、お前はまだ纏えないのか? そんな程度でオレに一度勝ったと思い上がるなよ」

「くっ」

 

 修司は殴り飛ばされた。また火が燃え移り防御した腕が燃やされ続ける。

 

 されど光の英雄である天谷修司(あまがやしゅうじ)は痛みに動きを鈍らせることはしない。不屈の精神で己の定義した「大切な者」を護る為に戦い続ける。

 

 このまま火炙りの刑が続けば、あと数分と経たずして灰と化し絶命するとしても。

 

 聖鎧(せいがい)。姫墜劇の祭具であり、聖戦によって高められた属性力の結晶である。

 属性司者(ファクターズ)が至る、最大の戦闘形態だ。

 

 故に、同じ属性司者(ファクターズ)でありながら聖鎧の発現を為せていない修司に勝ち目はなかった。

 

 されど、光の少年は食らい付く。

 

 炎の拳や蹴り、頭突きは当たれば燃え続ける炎を付与される致死の一撃だ。

 

 だから避ける。避ける。避ける。避け切れなくて接触した部位が火の住処(すみか)と堕ちる。

 

 それでもまだ身体は動く。地獄の痛みと熱さに耐え、化け物じみた気力のみで戦意を漲らせていた。

 

 

「もう終わりだ。オレは生きたい。生きたい生きたい生きたい。お前は此処(ここ)で死ね」

 

「なぜ、そこまで生きたいんだ」

 

 常軌を逸した生存渇望(かつぼう)を前に、修司は思わず問う。

 重病で余命僅かなんて理由ではないだろう。属性司者は病になど罹らない。

 

「生物として当然だろう」

 

 確かに、生物として己の生存を優先するのは当然だ。

 理に適っている。論理的だ。間違ってはいない。

 

 行き過ぎている(・・・・・・・)とは思うが、他人の願いを否定する気は修司にはない。

 

「オレにはお前の方が異常に見える。自分以外のものの為に、なぜ命を危険に晒せる? 理解できない。異常者め」

 

 誰かの為に命を投げ出す方が生物として異常だろう。誰かの為に戦い続けるなど、異常者しかやりたがらない。

 

 だとしても。

 

「大切な人に生きていてほしい、幸福に生きてほしい。それは僕が望んでいることだ。僕は僕の望みに全霊を注いでいる。その点に関しては君と変わらない」

 

 生きたい望みに全霊を掛ける。大切を護るという望みに全霊を掛ける。自分がしたいことをしていることに変わりはない。

 望みが競合したら、あとはぶつかり合うだけだ。話し合いができないなら、どちらかが死ぬまで殺し合うしかない。

 

 結局、どのような理由があろうと、修司の大切な人の一人となっているルー・リーンバーグという少女を犠牲にしようとしている時点で、修司はライバルトを認められないのだ。

 

「だが光の少年、もう終わりだ。炎が今も全身を焼いている。むしろなぜ今こうして話せているのかわからない。頭がおかしいのか? 化け物め」

 

「大切な人を思うと、力が湧いてくるんだよ」

 

「それ素面(しらふ)で言っているのか? 言ってるんだろうな狂ってる。そもそも話している場合か。お前自分の姿鏡で見てみろよ。人間に見えないぞ」

 

 修司の腕は炭化し骨が見えていた。顔は半分髑髏(どくろ)と化し、腹は中身が零れかけているどころかまろび出た臓器が燃えている。死人一歩手前の異形としか言えない。

 

「覚醒……しなくちゃならないから、時間が欲しかったんだよ」

 

「ここから逆転できるわけ――できるんだろうな。お前は光の少年だ。この前みたいに光を輝かせオレを殺そうとする。やめてくれよ」

 

 ライバルトは、前回の敗北で天谷修司の本質を思い知っている。けれど聖鎧を纏い永遠の炎をぶつければ勝てると思っていた。しかし今、嫌な予感が止まらない。

 

「大切な人を護る為なら、必ず勝利する者(ヒーロー)でいなければならないというのなら」

 

「やめろっつってんだろッ! 覚醒の前に死ねッ!」

 

 鎧の背中で爆発を起こす加速、『爆炎爆速』(フィアンマブースト)を使用し、命が風前の灯火となった少年を最速で殺そうと肉薄する炎の魔人。

 

「僕はヒーローに成り、在り続けよう」

 

 されど光の少年は、死の間際とは思えぬほどの気力と希望に満ちていた。

 

 ライバルトの炎拳(えんけん)が修司の頭を、心臓を、喉を打ち抜き全身が火達磨(だるま)になる。

 

 少年は喉を焼かれ、もう声も出せないだろう。命は潰えるまでに一秒もない。

 

 されど光は覚醒する。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 

 喉を震わせない言語が時を超越した場で響く。

 

 

『助けたい。それだけを思う。大切な者達は、光だから。

 光を護る為に、光の輝きを頂こう。僕は勝たなければならない。

 歩みを阻むというのなら、邪魔だ道を開けろと、光によって打ち倒し進もう。

 必ず勝利し、必ず護り、必ず助ける。

 妄想だ夢想家だと、笑いたければ笑うがいい。

 望みを零すことなくすべて現実にしてみせよう。

 七難八苦が襲来しようと、極限まで磨き上げた光で粉砕し。

 艱難辛苦(かんなんしんく)が責め立てようと、(みな)が笑顔でいられる結末へ向けて邁進(まいしん)する。

 理不尽の死骸を乗り越えて、希望の王道を創造せしめる。必ずだ。

 故に僕は、光となる』

 

 

 それは光の誓い。

 

 

属性神エレメンタル――光の英雄(リヒトユスティーツ)

 

 主人公(ヒーロー)が、誕生する。

 

 白い。何処(どこ)までも清らかに白い全身鎧、聖鎧(せいがい)が少年に装着された。

 

 仮面のヒーローのような容姿はライバルトと同じ。されど決定的に違う。

 刮目せよ。彼こそ、本物のヒーロー。

 

 光が強く輝いた。それだけで瞬時に永遠の炎が浄滅(じょうめつ)する。

 

「あり得ない。お前それ簡単にやってるけどな、どんなにふざけたことかわかってんのか。永遠の炎だぞ。消えるわけがないんだよ。火属性の究極、属性神(エレメンタル)の力で創られた炎なんだ。属性の頂点の概念がそうそう消されてたまるか」

 

「でもできなければ勝てない」

 

 ならばやるだけだと光の英雄は常識を破壊していく。

 常識通りでいてはヒーローではいられないと、光によって進み続ける。

 

 修司の体は、聖鎧に覚醒したエネルギーの余波で、喉や臓器などが多少回復していた。

 回復しきれていなくとも動けるようになった体で戦闘を再開。

 光纏いし鎧と炎纏いし鎧が激突する。

 

 修司がライバルトの拳を逸らした時にまた永遠の炎が付与されそうになるが、移る前にその炎は浄滅した。 

 幾らライバルトが修司の体に接触しようと、もう光のヒーローは火炙りの刑に処されることはない。

 

「本当に、化け物めッ!」

「お互い様だよ」 

 

 永遠の炎を消す度に、修司には常人なら数回は発狂するような激痛が襲っているが、そんなものは光の者には関係ない。ただ我慢して耐えるだけでいいのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 大切な人達を思うだけで、主人公は無限に強くなれる。

 

 お互い近接戦闘しか攻撃手段はなく、技量も拮抗していた。

 しかし身体能力は修司の方が僅かに上だ。

 

 結果修司は押していく。光の攻勢が魔の炎を吹き消し、そして。

 

 光がライバルトの頭部を、心臓を貫いた。

 

 急所を完全に潰され、倒れていく炎纏いし鎧の男。

 

 英雄の勝利が高らかに――――

 

 

「まだだ」

 

 

 火は灯る。

 

 

 

 

 ライバルト・グンダレンが火属性の属性神(エレメンタル)に選ばれたのは、齢が十に満たない頃だ。

 火の力に目覚めた瞬間、目に写る世界には業火の地獄が出来上がる。

 制御の効かない火属性の頂点は、周囲を燃やし尽くし、町一つを消し炭にし、家族や友人を亡くした。

 そのうえ自らすらも火に包まれ、死に落ちる。

 

 ライバルトは死の間際、強く一つだけのことを思った。

 

 ――生きたい。

 

 家族たちを失った悲しみよりも、ただ生きたいとだけ考えた。

 死を酷く、酷く酷く恐れた。

 死の可能性が僅かでもあることが許せない。

 永遠に生き続けたい。

 

 その渇望が、属性神(エレメンタル)が不死鳥の力へと変貌する因となる。

 

 

 

 光に頭と心臓が潰された骸が、鼓動した。

 炎が男の体から燃え上がると、元通りの傷一つ無い赤き鎧の魔人がそこに立つ。 

 

「ただ生きたい。それこそ我が渇望」

 故に、その一点において右に出る者なし。

 

 そう、彼は永遠(エターナル)

 

 生き続ける「不死鳥」(エターナル)

 

 不死鳥こそが彼の本質。

 火属性の究極へと至り、拡大解釈をし、不死鳥を現実とした者。 

 不死特化の炎だからこそ、近距離攻撃しかできず、死なない。

 

 そして。

 

 殺された不死鳥は、次は死なない為に、強くなる(・・・・)

 

 放つ拳の速度が一段上がった。

 

「――っ!」

 

 今までの速度に慣れていた修司は殴り飛ばされる。

 光の聖鎧がへこんでいた。速度だけでなく威力も上がっている。

 

 体勢を整える隙など与えないと『爆炎爆速』(フィアンマブースト)でライバルトは瞬時に追い、再度拳は叩き込まれた。

 今度は逸らすことに成功したが、猛攻は止まらない。

 肩や肘に『爆炎爆速』(フィアンマブースト)し、爆速の拳技が幾度も襲う。

 速さに追いつけず、修司の聖鎧が破砕されていく。

 

「人の、生物の、生への執念を舐めるなよォッ」

「舐めてなんていないさ。ただ、僕は勝たなければならない」

 

 速さに追いつけなくなったならば、その速さを上回ればいいだけだ(・・・・・・・・・・・・・・)と、光の気力で修司も覚醒していく。

 

 光が速さを上回り、拳が炎の心臓を穿ち貫いた。

 

「まだだ」

 

 属性神(エレメンタル)の炎が燃え上がるだけで、炎の魔人は一段上の怪物として新生する。

 

 それでも光のヒーローは、気合や想い、心の光一つで何度も覚醒し、魔人の急所を幾度も破壊していく。

 

 だが、まだだ。まだだと。不死鳥は復活し続けた。

 

 復活に限りはなく、殺されるたびに強くなり続ける。

 

 属性神(エレメンタル)に選ばれた属性司者(ファクターズ)に、エネルギーの枯渇はあり得ない。

 なぜなら「属性」とは、この世を構成する要素の中核を担っている。世界を構成するレベルのエネルギーは無限に近しいほど膨大だ。

 そして属性神(エレメンタル)は、その中核からエネルギーを直接得ている。

 だから不死は無くならない。

 

 そして英雄は不死ではない。

 

 覚醒の余波で回復力が凄まじいように見えるが、修司の回復力は属性司者(ファクターズ)の平均だ。重症が数日で治る程度の回復力。それでも凄まじいことに変わりはないが、一瞬で重傷を回復できるほどではない。

 

 一般人と同じく、当たり前に頭や心臓を潰されたら死ぬのだ。

 

 ライバルトは不死なのだからいつまでも戦える、修司は一度殺されれば終わり。

 

 決定打に欠けたまま疲労が蓄積すれば、その内ライバルトに致命打を入れられるだろう。

 

「ぐぅっ……!?」

 

 なにか打開策はないかと思考した瞬間を突かれ、修司の脇腹は削られた。

 

「創作物によくある、対不死者用の手が通用すると思うなよ。不死鳥に弱点はない。地中深くに埋められようが、宇宙の彼方まで飛ばされようが、次元の彼方に放り出されたとしても戻って来てやる。なにせ消えない命だ。時間は幾らでもあるからよォ」

 

「――っ!!!」

 

 光によって覚醒し、瞬間的な超高出力でライバルトを細胞一つ残らず消し飛ばした。

 

「弱点はねえっつったろ」

 

 瞬時にして灯った炎が舞い上がりライバルト・グンダレンの形を成す。

 

 壊せば死ぬ核のようなものもないのだろう。細胞一つさえ残れば再生するという類でもない。なにをしても復活する。修司に水は出せないが、通常火属性が苦手とする水属性をぶつけたとしても殺せないだろう。不死に属性相性は意味をなさない。

 

 本当にライバルトを殺す手段はないのだ。

 

 天谷修司は思い知った。

 

 光のヒーローは思い知った。

 

 

 ――ああ、だが、それで?

 

 

 まだるっこしい。

 

 論理的に殺せる手段が一つもなく、それでも諦めることだけはできないのなら。

 勝利以外は許されないのなら。

 

 正面から潰せばいいだけだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 できないなどと、光のヒーローにそんな言い訳は通用しない。

 

「しゅうちゃん、勝って、帰ってきて!」

「しゅうじくん負けるなー!」 

 

 大切な人たちの声が聞こえるのだ。

 

 それだけで無限に強くなれる。

 それだけで無限に覚醒できる。

 

 光が、祈りが、ヒーローの右手に集まっていく。

 

 不思議な、奇怪な、奇跡の光が。

 

 ライバルトは思った。すぐに殺さなければ。と。

 

「光の少年は度し難い」

 

 これだけ不可能を突き付けても何をするかわからない。いやな予感が止まらない。

 

 けれどここまでに修司を殺せていない時点で、すぐに殺すのは難しい。

 

 だが殺さなければ殺される。死にたくない生きたい生きたい生きたい。ライバルトはそう思うからこそ。

 

「うおおおおおおオオオオオオッッ」

 

 炎の乱打が、光を右手に溜めることへ集中している修司を襲う。左腕や体捌きで致命傷を防いでいくが、ズタボロの様になっていく。白き鎧の破片がぶちまけられ鮮血が舞う。

 

 奇跡の光を集めていた修司の右腕が、千切れ飛んだ。

 

「取ったッ!」 

 

 光は右手のみに集中していた。ならば右腕を切り離せば不条理な奇跡は起こせない。

 

「その通りだよ」

 

 だから光の主人公(ヒーロー)は、宙を舞う右腕を左手で掴み取った(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 極大の奇跡が、硬く握られた右の拳に充填完了。 

 

 炎の魔人が抱いた驚愕によって生じた僅かな隙に、左腕で放つ右の拳が突き刺さる。

 

「な、お前、ふざけん――」

 

 奇跡は起こる。

 

 不死という現実は無視され(・・・・・・・・・・・・)、光が敵を討ち倒すという現象が無理矢理顕現した。

 

 不死鳥の体は消滅していく。

 

 復活の気配は一切ない。

 

「意味が、わかんねえ……」

 

 身体を必死に掻き抱く、生だけを求め歩んできた男。

 

「いやだ」

 

「まだだ」

 

「まだオレは生きたい……」

 

「ずっと、生きたい」

 

 光のヒーローは何も言わない。ただ、全力でぶつかり合った相手を見つめている。

 

 ライバルト・グンダレンは最後の瞬間まで、生きたいと言葉にし続けながら、死へと落ちた。

 

 散った属性神は無数の粒子となり儀式場である真徳高校の敷地へと降り注ぐ。姫墜劇の儀式へエネルギーが充填された。

 

 

 

 ああ、我が光のヒーローよ。

 素晴らしい勝利だ。

 途中からでも観れてよかった。

 満足だ。

 英雄の光は揺らがない。

 

 俺は今満身創痍の体を引き摺っている。

 

 何故なら俺はさっきまで、表舞台とは関係ない野暮用を(こな)していたからだ。

 

 

 



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4 負け犬共の舞台裏

 

 

 

 俺は、今日の聖戦第一戦目を、ヒーロー番組が始まる前のテレビにかじりつく子供のように心待ちにしていた。

 けれど憂慮すべきこともあって、月が照らす時間になってもマンションの屋上から学校の周囲を見続け警戒している。

 

 そして、見つけた。見つけてしまった。

 

 属性力を垂れ流しながら歩く、真徳(しんとく)高校の男子生徒を。

 

「馬鹿野郎が」

 

 先日教室で修司を睨んでいた(むろ)くんとやらだ。

 どうやら属性神に覚醒してしまったらしい。

 向かっている方角は学校、修司たちがいる場所。

 邪魔するつもりだろう。いや、聖戦がどうこうとかは知るはずがないから、ただ修司に何かしらの危害を加えたいのだろう。

 

 あの時から予感していた、あいつは人に害を与えるタイプの弱い人間だと。

 力を持っている持っていないに関わらずいつか何かをやらかす運命を感じていたんだ。

 理屈じゃない。同じ負け犬の匂いがしたから。

 

 マンションから降りて、室の前に立ちふさがる。

 

「どこ行くんだ?」

「……なんだ君は」

「天谷修司の仲間――いや、ファンかな」

 共に戦えるわけじゃないから。友達にはなったが。

「チッ、あいつの仲間かよ」

「だからファンだって」

「邪魔するならお前も殺すぞ」

「邪魔しようとしてるのはそっちだろ」

 

 俺は修司の大舞台を見ていたいのに。つまんねえことしやがって。

 

「一つ訊いていいか、なぜ修司を狙うんだ」

「……いいぜ。どうせもうおれを止められる奴はいないんだ」

「早く言えよ」

「あいつ、川さんを、幼馴染だからって自分のヒロインみたいにしやがってるんだよ。川さんはおれのヒロインだってのによォ……」

「男の醜い嫉妬ってやつか」

「なんだと!」

 

 くだらねえ。

 メインストーリーに関係ない小物に邪魔なんてさせてたまるか。

 

「おれの願いを(わら)うな! おれは川さんのおかげで救われたんだ。愛して何が悪い!」

「嗤わねえよ。ただそれで光を穢すならお前は俺の敵だし、全力でこき下ろしてやる」

「ならお前もおれの敵だ」

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 

 室の属性力(エレメント)出力が膨大へと昇華していく。

 

 

『力が欲しい。願った思いは通じたから、やはり我こそ主役なり。

 想い人よ此方(こちら)を見てくれ。立ちはだかる間男よ、下界で火刑に処されるがいい。

 阻む者などない。己は選ばれたのだから。独壇場の舞台は光輝に包まれる。

 反論などいらぬ。痛みなどいらぬ。苦しさなど皆無。

 おれは只人(ただびと)じゃない。只人じゃない。只人じゃない。我は竜なり。

 ――おれが一番だ』

 

 弱い只人(ボトムヒューマン)が、究極の生命体と成る。

 

属性神(エレメンタル)――人越の竜には誰も敵わないアルティメットドラッヘ

 

 室のひ弱で運動など大してしたこともなさそうな体が、質量保存の法則を無視しながら瞬時に膨張した。

 そして形作られるは、竜そのもの。

 雄々しき角が、鋭い爪が、凶悪な牙が、数メートルの巨躯に生えて生えて生え猛る。

 黒き竜が咆哮した。

 

「おれは最強の生命体だ。お前なんかすぐにぶっ殺してやる」

「お前みたいな弱いやつ、人を殺す度胸もないだろ」

「なんだと!」

 

 竜は爪を振り下ろしてきた。何の技術もないただの素人の振り下ろしだ。されど。

 その出力もスピードも桁違いに化け物じみている。

 紙一重で避けられたが、一歩間違えば掠っただけでボロ雑巾のように引き裂かれ死んでしまうだろう。

 

 致死の一撃が何度も襲い来る。爪を何度も振るわれるだけで、極限の集中力で避けに専念せざるを得なくなるほどの暴虐機と竜は化す。

 少しでも室に戦闘技術があったなら、俺は最初の一手ですでに殺されていたはずだ。

 

 そこらの属性力(エレメント)使いぐらいならば、容易に殺せてしまえるほどの、純粋に強過ぎる力。

 属性神(エレメンタル)に選ばれるだけで人はここまでの超越存在になれてしまう。

 なんの技量も信念もなくとも、極端に強い力さえあれば努力してきた者を殺すのは簡単だ。

 屈強な武闘家だろうと戦車に撃たれたら為す術なく死んでしまうのと同じように。

 

 別に与えられただけの力を悪いとは思わない。俺だって選ばれて与えられた側だから。だから要は、力の使い方だ。

 己の為だけに、人を傷つける用途で使うのなら、与えられた力だろうと努力して得た力だろうと悪でしかない。

 自分以外の誰か、身の回りの大切な人の為だけでもいい、とにかく他者を守る為、助ける為、救う為に使われたのなら、どんな力だって良いものだ。

 大きな力など、結局のところ暴力でしかないのだから。

 光の為に(ふる)ってこそなんだよ。

 

「俺もお前も塵屑(ごみくず)さ。選ばれていながらクソみたいなことしかできやしない」

 室は人の邪魔を、俺は光を見ることだけを、それしかできない愚か者たち。

 光に成ろうとしない、屑でいることを良しとした凡俗だ。

 

 室は竜の体に慣れてきたのか尾を振り回したり、牙で噛み殺そうとしたりと多彩に攻撃を織り交ぜ始めた。

 避けるのが先までより少し難しくなる。

 コンクリートの地面が、夜を照らす電灯が、粉砕され薙ぎ倒されていく。

 

 俺がここまで紙一重とはいえ竜の猛撃を避けられているのは、昔死ぬほど鍛錬をしたからだ。

 けれどだいぶ前に挫折してから、努力なんて一切していない。

 鈍った戦闘技能で、昔取った杵柄を振り絞って(しの)いでいるだけ。

 余裕なんてない。今にも竜の爪に引き裂かれて肉袋になりそうだ。

 だから、突破口を開くための隙が必要。

 

「室、川さんの幸せを願うことはできないのか?」

「好きな人が幸せならそれでいいなんて綺麗ごとは大っ嫌いなんだよ。

 おれの知らないところで幸せになられてもおれは救われない。

 おれはその後も一人で寂しく嫌な世界を生きていかなければならない。苦しいだけだ。おれに好意を向けてくれなければ、おれの(そば)にいてくれなければ意味がないんだ。そのうえでいつか幸せにすればいい」

「その結果川さんが苦しむ未来しかなくてもか」

「幸せにするために全力注げばいいだけだろうが」

「我が侭な子供だな」

「うるさいんだよ」

 

 感情的な人間は煽られれば攻撃が直線的になる。戦場では冷静でいることが重要だ。室はその点でも戦いに向いていない。

 おかげで多彩になっていた攻撃は杜撰(ずさん)になり、まだ避け続けられている。

 感情を爆発力に変えられる一握りの怪物もいるが、俺も室もそういうタイプじゃない。修司みたいにはなれない。

 

「愛される努力をしようとは思わないのか? 魅力を上げて真正面からぶつかって好意を伝えればいい」

「無理なんだよ。努力とか魅力を上げるとか、なにかを頑張れるような良い人間じゃないんだ。光に向かってちゃんと進める人間なんて限られてる。それが現実だろ」

 

 胸に苦しみがじくりと広がっていく。

 弱者の意見は、俺も共感できてしまう。俺も同じ側の人間だからだ。

 先までに言った正論も、俺の本心じゃない。むしろ口にしてて苦しさしかなかった。

 ああ、解るよ室。嫌だよな。苦しいよな。光になんて進んでいけないよな。

 

「だからといって人を傷つけるのは駄目だから諦めろ、と多くの人は言うんだろうな。光へ向かう努力ができないなら相応に妥協しろと。だがな、おれにはこれしかないんだ。この一つの望み以外では幸せになれない。ならば諦めて不幸になり苦しみ続けろ、という結論が突きつけられる。そんなもの、受け入れられるわけがないだろ」

 

 苦しむことこそが正しいなんて、凡人には辛すぎるんだ。

 

「だから奪うしかないんだ。正しいとか間違ってるとかどうでもいい。おれは川さんと一緒にいたい。救われたい。それだけなんだから」

 

 それでも。

 それでも俺は光に出会ったんだ。

 見ているだけで心が救われる光、天谷修司という俺のヒーローに。

 光は此処(ここ)に在ると、俺へ認識させてくれる存在に。

 奪わせない。

 この光だけは奪わせてたまるか。

 結局どれだけ同情しようと室は俺の敵で、故に潰す。

 

「さあ、負け犬同士の小競り合いなんて、もう終わらせようか」

 

 

 

 ――おれは、特に不幸な人生を送っていたわけじゃない。

 両親は仕事でいつも帰りが遅かったくらいで、愛されてはいたし、金がなかったわけでもなく、誰か身内に不幸があったことも、イジメに遭ったこともない。

 

 なのに、毎日退屈だった。

 

 毎日苦しかった。楽しいことが何もなかった。心が高揚しなかった。何にも本気になれなかった。色々試しはしたけれど、どれもすぐに飽きて、空虚な時間が続いていた。

 何にも真剣になれない、熱のない凡人。それがおれだ。

 

 何も特別なことじゃない。おれ以外にも好きなことや、やりたいことがない凡人なんていくらでもいるだろう。

 それでもなんとなくでも生きているのが大多数なのだろう。

 けれど、おれは熱を持てないのが辛くて苦しくて、嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 雁字搦(がんじがら)めなまま苦しい日々だけが続いていく。

 今が苦しくて仕方がないのに、なんでもやってみる気概も持てない中途半端な弱い人間は、自力では現状から抜け出せない。

 

 だから苦しいまま、なあなあに時だけ進んで、このまま何も起こらずに死ぬんだと思っていた。

 

 そんなふうに無気力にぼーっと過ごしていたからだろうか。ある日、交通事故に遭った。おれを跳ねて逃げたのはプリウスだった。

 

 

 そうしておれは、運命に出会った。

 

 

 近くを歩いていた川碧唯(かわあおい)さんが、救急車を呼んでくれて、到着するまで看病してくれたのだ。

 

「大丈夫ですか!? 私がついてますから、気をしっかり持ってください」

 後に分かったことだけれど、おれは大した怪我じゃなかった。意識は朦朧としていたが、後遺症もなく全治一週間程度で済んだ怪我だったのだ。

 それでも川さんはおれの手を救急車が来るまでずっと握ってくれていて、俺を元気づける言葉を絶やさなかった。

 おれなんかを助けようと、全力を注いでくれたんだ。    

 

 涙が溢れて止まらなかった。おれは川さんに救われたんだ。心を、救われたんだ。

 この人と、未来永劫一緒にいたい、好意を向けてもらいたいという感情も溢れて止まらない。

 彼女と共にいれば、どんなことだって楽しめるだろう。

 川さんはおれの運命の人だと思った。何もなかったおれが、唯一の熱を手に入れたんだ。

 

 けれど後日、おれは絶望する。

 

 天谷修司。彼女の隣にはいつもあの男がいた。

 一目見てわかった。川さんはあいつを好いていると。

 話しかけられなかった。そんなことしても、打ちのめされるだけだと思ったから。

 彼女は既に誰か(主人公)のヒロインで、おれの入る余地なんて初めからなかった。

 

 されど、おれは唯一の熱を、救いを、諦められなかった。

 

 目の前の現実とやらがふざけている。受け入れられない。狂うほど黒い何かが燃え滾って堪らない。

 どうして主人公とヒロインとして出会えなかったのか。どうしておれはモブで、君は他の男の幼馴染ヒロインなんだ。

 

 赫怒(かくど)と憎悪は燃え上がって――それでもおれはやっぱり駄目な只人だった。

 

 なんの力も無いから、憎いあの男を睨むだけの日々。

 まだ川さんとあいつが恋人になったわけじゃないから。あいつはモテるから、あいつが他の女と結ばれれば、その時川さんに話しかければ、まだチャンスはあるかもしれないから。

 

 そんな考えを抱え続けていた時――属性神(エレメンタル)に選ばれた。

 瞬間、理解する。これは世界の根垣に繋がる力だと。神に成ったかのような全能感が脳に心に広がっていく。

 他は何も知らないが、属性神を行使すれば大体のことができるということだけは確信した。

 

 今なら奪える。

 

 この究極の力が在るならば、何もできない自分を変えられると思った。

 

 おれは救われるために、自分から前に進めるんだ。

 

 おれはできる。

 

 できるんだ。なんでも。

 

 川さんと共に在る未来を、現実にできるのだ。

 

 だから。

 

 

 

「だから、おれが前に進む、邪魔をするなァ!」

 

 愚かな竜(アルティメットドラッヘ)が、大口を限界まで開く。

 

 漆黒の口腔(こうこう)から、総てを焼き尽くす業火が放出された。

 

 究極竜の息吹(ドラゴンブレス)だ。

 

 ――避けられない。

 

 先までの爪や牙よりも、尾の横薙ぎよりさえも、攻撃範囲が広すぎる。

 

 俺程度の速度では、後ろに跳ぼうが横に跳ぼうが、前に跳んで懐に入ろうが三百六十度ブレスが捉え、瞬時に焼き殺すだろう。

 

 室のやつ、素人の癖に切り札を隠し持ってやがった。

 俺が爪や牙の猛撃に集中し、消耗してきたところを切り札で一気に焼き尽くし殺す、それが室の拙い、けれど凄まじく効果的な策だ。

 このままでは避ける術など無く、俺は数瞬後にも炭化して死に落ちる。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 

 ならば打てる手は、俺も機会を窺っていたこれ(属性神)のみ。

 俺が、昔日(せきじつ)に選ばれたとき得た力。

 調子に乗ったこともあった。俺はこれで大切な人を護れると、勘違いしていたことが、あったんだ。

 

 

『心を凍りつかせろ。矮小な負け犬は正常な心では立ち向かえない。

 凍てついた体を無理矢理動かすには、無心の地獄が必要だ。

 己は何もできないから。己は何も護れはしないから。

 闘争するは氷の像。ただ氷結させるだけの機械機構。

 勝利は信じられず、希望は凍死している。

 されどまだ見たい光が僅かに在るのだ。

 もどかしい。それでも気力は萎え堕ちて、凍えて為せる気がしない。

 ()の光を拝しても、自らの光は微塵も輝かせることは不可能な敗者。

 負け犬は、凍りついている』

 

 

 今はただの、錆びた道具に過ぎない。

 

 

属性神(エレメンタル)――星屑に堕ちた氷(ノヴァグラース)

 

 

 手を(かざ)した先に、科学的でない属性力の氷を発生させた。

 炎が浴びせられた瞬間氷は溶ける。俺の氷では竜の息吹を防ぐことは、一瞬程度しかできない。

 

 故に氷で防御しながら足元に氷を発生させ、滑って逃げる(・・・・・・)

 

 一瞬だけでも時間を稼げるのなら、この鍛えた技術で回避は可能。常に氷の壁を発生させながら高速で滑り移動する。これも昔取った杵柄(きねづか)だ。

 姿勢制御も属性力の操作も脳が焼き切れそうなほど難しい。

 

 血を吐くほどの努力の果てに得た戦闘機動。誰も護れなかった役立たずの技術だ。

 

 氷と炎が常にぶつかり合っていることで水蒸気が大量に発生し 視界が著しく悪くなっていく。

 その隙に竜の周りを滑り、背後へと回る。

 

 室は気配を察するなどということはできない戦闘経験のない常人だ。

 俺を見失い、知覚できないうちに飛び掛かる。

 

「竜の聴力を舐めるなアっ!」

 獰猛なる竜爪が背後に振り抜かれる。

 

 粉砕され木っ端微塵となるは氷の塊だ。

 俺が作り出した氷像を、室は俺だと思ったのである。

 

 氷像のすぐ後ろを追っていた俺は、室が攻撃した隙を――

 

「嗅覚もなァ」

 

 水蒸気程度で究極竜の五感を誤魔化せはしない。

 

「がっ!?」

 

 衝撃、視界が流転(るてん)、また衝撃。

 ぐごぎゃっ、なんて嫌な音が自分の体から聞こえた。

 氷で咄嗟に防御したが、あばらと内臓が幾つかいかれた感触がある。

 竜の爪に叩き飛ばされ建物の壁に衝突したのだと、瞬時に理解した。

 

 俺の居場所は最初から暴かれていたのだ。そのうえで不用意に接近してくるのを竜は雌伏(しふく)し待っていた。

 

 俺も結局、弱者に過ぎないということか。圧倒的な存在にただ超越した能力を使われるだけでこれだ。

 

「殺してやるよ。お前も、天谷も」

 

 室は殺意を、俺と、今聖戦に身を投じている修司に向けて発する。

 

 ――室くんか、なんでかいつも見てくるんだよ。理由を聞いても答えてくれない。

 ――なんだそれ。ちょっと締め上げてくるわ。

 ――待って。個性的なだけの大切なクラスメイトなんだから。

 

あいつ(修司)は、お前のような奴でも、大切なクラスメイトだと言ったんだぞ」

「知るか。おれの大切は川さんだけだ」

 

 歩み寄られても、善意を容易く踏みにじるから駄目人間は駄目人間なんだ。どこまでいっても度し難い。

 されど室の力が強いことは確かだ。一定水準を超越した力は誰が扱っても当たり前に強い。

 

 できれば楽に勝ちたかった。俺はもう頑張って苦しみたくなかったから、属性神は確実に倒せる瞬間に発動し、不意打ちで戦闘不能にするつもりだった。

 それはもうできない。属性司者ならこの程度の怪我一日安静にすれば完治するが、今重傷で動きが鈍ることに変わりはない。

 

 だから辛くて苦しいけれど、もうこの方法しか勝つ方法がなくなった。

 

「なあ」

「…………」

「川さんって不細工だよな」

「――ッ!」

 

 まず動きをまた直線的にするために精神を乱させる。大切なものを貶されれば、心の不安定な人間は容易く冷静さを無くすんだ。

 最大の殺意を以って憤怒に染まった究極竜の爪が迫る。単純故に速く強い。命中したら今度こそ氷で防御しようが命を落とす。

 

 だから俺は属性神の出力を、二段上げる(・・・・・)

 即座に常人なら発狂しかける痛みが全身を襲った。つまり俺は発狂しかけている。何もかもを放棄してのたうち回りたいくらいに苦しい。

 

 でも、こうしないと勝てないんだ。頑張らないと勝てないんだ。嫌で嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で仕方がないけれど。

 

 足元に氷を射出するように発生させ、先よりも速く、音速に迫る速度で前に出る。

 

 怒りに任せた素人の直線的な爪を突き出す攻撃を、紙一重で身体を捻り避けながら前へ前へ。

 竜の太い腕に身体を削られながらも、愚竜の眼前へ到達。

 

「終われよもう」

 室も、この苦しみも。

 

 (てのひら)を竜の鼻っ面に押し付け、出力を増した属性神で氷結させる。

 目を耳を頭を、脳を凍らせれば、もう竜は意識を保てない。

 蝋燭の火が消える間際の最後の根性か、室が途切れ途切れに呟いた。

 

「川さんは……滅茶苦茶、綺麗だろうが……目ぇ、腐ってんのか……」

「知ってるよ」

 

 決着。竜は頭部を氷に覆われ、倒れ伏した。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 膝を突く。先まで痛みで溢れていた脂汗を拭う。

 室が翼の生えた竜でなくてよかった。飛行されたら、勝てたかわからない。

 

「本当に……苦しかった……もう戦いたくない」

 

 俺は出力を二段上げて数秒耐えるのが精一杯なのに、修司はこの何十倍もの出力を起こし、同じく何十倍もの痛みに耐えているんだ。本来なら狂ってのたうち回ってなくてはおかしい。一億歩譲って耐えられたとしても、苦しそうな顔をしていなければおかしい。けれど修司は平然とした顔で耐えるんだ。

 本当に修司は、常識を意にもしない光だよ。

 

 倒れ伏す竜を、いや、頭部が凍ったまま人に戻った室を眺める。

 属性司者は脳を少し凍らせた程度では死なない。致死量の属性神さえ込めなければ。

 

 殺すのは、できなかった。

 鼻をつまみたくなるような俗に醜いやつでも、憐れな一般人であることに変わりはない。

 それに、室のような弱い人間はよくいるんだ。こういう只人は、先までのように醜い所を見せるときもあれば、良いことをするときもある。全面的な悪なんかじゃないただの人間なんだ。一度悪いことをしたからって、一歩間違えば誰かが死んでいたからって、殺してはい終わりなんて、俺にはできない。

 

 もちろん、ここで見逃したことで後で痛い目に遭うかもしれない。後悔するかもしれない。結局殺す結果になるかもしれない。

 けれど、俺も愚かな只人だから、愚かな選択をしてしまうんだ。

 殺すのは、なるべくしたくない。今まで一回もしたことがないわけではないけれど、少なくとも一般人は殺したくない。殺したくないと思えるやつも殺したくない。

 俺は戦争が当たり前の国で過ごしてきたわけじゃないから。

 昔二度も戦場に身を置いたけれど、それでも通常は戦争のない日本国で過ごしてきたんだ。

 当たり前に人殺しは嫌で苦しくて、やりたくない。

 だからやらない。

 

 この苦しみを蹴散らして、敵を討ち倒せるヒーローは、心が強くて凄いんだ。

 

 一応、脅してはおこう。メモ帳に「次は殺す」とだけ書いてポケットに入れておく。

 これで恐怖を植え付けられて、二度と関わってこなければいいが。

 室や俺のような凡人は、一度死にかけて痛い目に遭えば、なかなか思い切った行動をもう一度とるというのは難しくなる。

 だから大丈夫だろう。

 

 それより早く修司の聖戦を見に行きたい。行こう。歩き出す。折れたあばらが内臓に刺さって泣きそうなほど痛いけれど。

 

 今の戦いはこの苦しみに見合う頑張りだったのだろうか。

 

 どっちにしろ、こんな小物を相手にするのなんて修司がやろうと思えば簡単にやれてしまうことだ。

 我がヒーローなら例え強敵と死闘の最中でも、室程度が奇襲したところで瞬時に一蹴してしまえるだろう。

 あんな憐れな弱い人間に彼の王道へ砂粒ほどの影響すら及ぼせはしない。だから今俺がやったことも大した意味はないのかもしれない。

 

 でも、やはり、天谷修司の物語の完全なハッピーエンドの為に、少し手助けが必要なことなのだろう。

 英雄の負担を少しでも減らすための露払いだ。

 たとえ背中を掻く程度の負担に過ぎないとしても。

 

 そうやって、苦しみを少しでも和らげるために言い訳を重ねる。俺の行動に意味はあったと。

 

 

 

 

 

「あら~。愛しの負け犬さんじゃないですか~」

 ニィィと嫌な笑みを整った小顔に浮かべる少女が、ビルの屋上で水色の髪を(なび)かせる。

 そのサファイアのような瞳には、身体を引き摺りながら己の光に向かって歩く負け犬の姿が映っていた。

「決めました~。またあの子で遊んじゃいましょ~」

 

 

 



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5 負け犬さんと私の逢瀬

 

 

 

 後日の昼下がり。人が行き交う街中で。

 

「やあ」

 

 姫墜劇(プリンセスサクリファイス)定式(セレモニー)で見た、風の男が目の前に立っていた。

 

 俺は即座に戦闘態勢を取った。

 なぜ俺の前に現れた? 定式(セレモニー)を隠れて見ていたことがバレていたのか?

 それとも昨夜の(むろ)との戦闘を見られた?

 俺は表舞台には関わりたくないのに、ヘマしてしまったのか。

 

「そう警戒しないでくれよ。ボクには敵意も殺意もない」

 

 緑髪の優男は、微笑みを浮かべたまま顔色一つ変えずに、両手を上げて無抵抗を示す。

 

「なにが目的だ」

「話がしたいんだ」

「俺と話してなんになる。話をするんなら修司に命乞いでもしたらどうだ。彼は悪以外を無慈悲に殺したりはしない」

「それもいいけど、ボクにも事情があるからね」

 

 目的が読めない。

 けれど、どちらにしろ俺は、覚醒したばかりの属性司者以外の、戦いを知っている属性司者には勝てない。

 恐らく最弱である室にすら一歩間違えば殺されていたのだ。

 逃げても捕まるし、立ち向かっても殺される。それにここで事を荒立てても周囲を行き交う人達に被害も出るだろう。

 言うとおりにするしか選択肢はない。

 

「話ぐらいなら、してもいい」

「よかった。なら昼食でも取りながらゆっくり話そう。まだ食べてないよね?」

 俺は無言を返答として、風の男の背に続いた。

 

 

 ラーメン屋のカウンター席で二人並んで座る。床が油でギトギトした狭い店だ。

「お前は洒落たレストランを好むと思ってた」

 見た目的に。

「ラーメンは美味しいよ。それと、お前なんて寂しい呼び方しないでくれよ。ボクの名前はガリオン・ルークスだ。ガリオンでもルークスでもお好きにどうぞ」

「ならルークス、早く話しを始めろ」

「君の名前も教えてよ」

「敵に名乗る名はない。早く話を始めろ」

「悲しいこと言わないでくれよ。名前がわからないと君としか呼べない」

「ならそれでいいだろ」

「頑固だなあ。なら後で調べるね」

「気持ち悪いな……早く話始めろよ。何度も言わせんな」

 

 二人ともラーメンを(すす)ってから、ルークスは口を開く。

 

「簡単な話さ。一言二言で済む。ボクと、リーダーのダーシウム・ローレンスの目的について」

 リーダー、定式で演説をしていた、闇の男のことか。

 

 スープを飲む。俺は醤油で、ルークスは豚骨だ。

 

「大層なことじゃない。呆れるほどありふれてつまらない理由さ。ダーシウムは、ただ今が辛くて救われたいだけなんだ。ボクは、その手助けをしたいだけ。友達だからね」

「お姫様を犠牲にしてでもか」

「一人を犠牲にして、友達を救えるのなら」

「その時点で悪でしかないと、なぜ気づかない」

「気づいてるさ。もちろんダーシウムもね。それでも、救われる方法が悪行しかないのなら、大人しくずっと苦しんでやるつもりもないんだろうね」

 

 室と似たようなものじゃないか。結局誰もが救われたがっている。

 俺は光のヒーローに救われた。だから室やローレンスよりも恵まれているのだろう。

 

「そんなこと俺に聞かせてどうしたいんだ。なにを言おうが光のヒーローの勝利しか俺は信じないぞ。同情を誘っても無駄だ」

「いやはや、手厳しいな」

 寂しげに苦笑して、ルークスは水を一気飲みした。

「それでもいいさ。ボクはただ、聞いてほしかっただけだから」

「なぜ、俺なんかに」

「君に伝えるのが、一番聖戦に影響を及ぼす要素だと思ったからだよ」

「なんだ、それ」

 やめてくれよ。

「俺のような負け犬風情に、表舞台へ影響を及ぼせはしない」

「それはどうかな。君は光だけを知って光を好きになったわけじゃない。そうだろう?」

「わかったような面をするなっ」

「まあ納得しなくてもいいさ。聞いてくれてありがとう」

 

 しばらくラーメンを啜る音だけが周りに響いた。

 

「ごちそうさま。それじゃあ、またね」

「…………」

 

 またね、じゃねえよ。

 

 俺はメインストーリーになんて関わらない。ルークスと二度と会うこともない。

 光を、修司の物語を観ていたいだけなんだ。

 

 スープを飲み干し、水を一気飲みし、店を出た。

 

 

 ラーメン美味しかったねっ。たかくんっ。

 

「わたは、食べてないだろ」

 

 もう、食べられないだろ。

 

 

 ルークスに無駄な時間を浪費させられてしまった。今日はライバルト戦で重傷を負った修司の見舞いに行く日なんだよ。

 さすがの修司も全身焼け爛れて右腕が千切れたら、完治するのに数日はかかる。

 俺も室に折られたあばらや潰れた内臓が、一晩寝ていくらか治ってはいるが、油断したら体を引き摺りそうになる。

 気を奮い立たせ、自宅療養している修司の家へ向けて歩いた。傷の痛みなんかより修司の見舞いの方が重要だからな。

 

 

 

 殺気。

 に気づいた時には手遅れだった。

 

 俺の全身は属性神の水に包まれ、身体が千切れそうなほどの暴流に攫われる。

 上も下も右も左もわからない。息ができない苦しい、不意打ちで水を多く飲んでしまった。

 しかし俺の精神を占めていたのは、混乱よりも懐かしい恐怖だ。

 深く深く刻まれた恐怖。

 古傷が開いて、まともを保っていた精神が崩れていく。

 

「げほっ……げほっ……」

 

 水から投げ出され、咳き込み、這いつくばり、周囲を見ればひと気のない路地裏。

 

「ふふふ~」

 

 心臓が跳ねた。二度と耳に入れたくなかった甘ったるく毒々しい声が聞こえたから。

 

 見上げた建物の屋上、その端に腰掛けて足を揺らせている水色が視界に入って。昔からずっと変わらない、小中学生ぐらいの少女の姿が、視界に入って。

 

「あ……あ……」

 

 恐怖が臨界点を突破した。

 

「うわあああああああああああああああああああ!!」

 

 逃げる。それしか考えられない。情けなく躓きながら背を向け走る。

 

「逃げないでくださいよ負け犬さん~、あっそっびっましょ~」

「あがあっ!?」

 水に両足を絡め捕られ、顔面からコンクリートの地面へ突っ込んだ。

「いやだ、いやだぁ……」

 藻掻いても藻掻いても、あいつ(・・・)の方へ向けて引き摺られる。

 

「なにがいやなんですかワンちゃ~ん? あんなに遊んだ仲じゃないですか~」

 遊びだと!? あの地獄を遊びだと!?

 ふざけてる狂ってるおかしいんだよあいつは二度と口を開くな。

 

 怒りと憎悪で、ようやく僅かに冷静さを取り戻した。

 属性神を発動させ、足に纏わり付く水を凍らせ、割ることで脱出する。

 

 逃げる、逃げるんだ、逃げるしかない。

 立ち向かうことはしない。絶対に勝てないからだ。

 

 足場を凍らせ、室戦でも使用した地を滑る移動技、『氷結滑走』(アイススラスター)で逃走を図る。

 

 視界が水に包まれた。

 周囲数メートル、全身、あいつが自由にできる属性神の水に囚われて、水流を操作され口の中に水を入れられていく。こうして溺死させるのがあいつの常套手段だ。

 

 迷ってる暇も嫌がってる暇もない。属性神の出力を二段上げる。激痛に狂いそうになりながら、自分の周囲の水を凍らせながら『氷結滑走』(アイススラスター)で水の外までかっ飛ぶ。

 

「逃げられるとでも~? それにその技、前にも見たんですけど~? 新しい技とかないんですか~?」

 

 また水に全身囚われる。一度抜け出しても大して意味はない。エレメントの水を広域に発生させるのなんて、あいつにとって二本の足で立ち上がるよりも容易いことだ。

 

 俺は挫折してから努力なんて一切していない。新技なんて一つもありはしない。

 くそっくそっ。

 ああ……わかってる。

 俺はあいつに、勝つことも逃げることもできないんだ。

 あいつにまた狙われた時点で、もう駄目なんだ。終わりなんだ。

 

 そもそもあいつなら俺なんて殺そうと思えば今すぐにでも殺せる。

 俺はまな板の上の鯉。遊ばれて嬲られるだけ。

 なにをしても無駄なら、もうなにもしたくない。

 

「ねえ~? 負け犬さん、ちゃんと抗ってくれないとつまらないんですけど~? ……もう殺しちゃおっかな~」

 

 本気の殺意を浴びせられた。壊れた玩具はいらないってか。 

 

 修司……。

 親友の背中を思い出す。光のヒーローの最高に格好いい背中。ずっと見ていたかった。

 

 でも、もういい。

 いいんだ。

 考えたくない。知らない。

 

 

 ――生きて! 生きなさい! 立ち上がるのよ(たかし)

 

 それは過去に聞いた言葉。スカイブルーの長髪が目の前を(なび)く。リリュースだ。

 

 ――孝はやればできる男よ。あなたが幸福になる為には勝つしかないのなら、戦いなさい。戦って、必ず勝ちなさい!

 

 ――アタシが全力で背中支えてあげるから、あなたも全力で進みなさい! 

 

 そう言った君は、いなくなった。

 

 でも。

 

 

 

「気持ちよくしてくれない人は興味ないんで~。死んでください」

 

 水が目から入り、脳に入り込もうとする。

 あとは、この僅かな水が高水圧で震動しただけで俺は死に至る。人を殺すのに大量の水を操作する必要はない。

 スイム・スーの本当の恐ろしさは、属性神の水ではなく、その広域展開力と精密性だ。

 だから本気で殺しにかかられたら俺に勝ち目なんてない。

 呆気なく死ぬ。

 

 でも。

 

 ここにアタシはいるじゃない! 生きて孝!

 

「リリュースっ!」 

 

 動かなければならないと錯覚したから。

 

「うああああああああああ」

 

 脳に入り込もうとする水を凍らせて止め、出力を上げて、上げて、また『氷結滑走』で水の牢から抜け出す。

 

「あはっ。やればできるじゃないですか~」

 

 刹那の間にまた全身が水へ囚われた。

 

「まぁ、無駄なんですけどね~」

 

 スイムの水が途切れることはない。あいつの出力は尋常ではないのだ。抜け出しても抜け出しても、逃れることは叶わない。

 

 それでも視界に映るリリュースの叱咤が諦めを踏み止まらせる。

 

 出力なんて上げたくないのに、狂いそうな痛みになんて耐えられないのに、抗うんだ。

 

 何度も水の中を、氷を舞わせながら走り続ける。

 

 水は間断なく発生し続ける、絡み付いた水女(みずおんな)の腕が放してくれない。

 

 どうして。なぜ。頑張っているのに。

 手なんて抜いてない。全力で生き足掻いている。必死に光へ向かって頑張ってるんだ。

 

 それなのに、ちくしょう。

 

 頑張っても頑張っても、勝てない奴は勝てないんだ。

 

「ふふっふふふっ。楽しいです~。このまま私と、ず~っと踊り続けましょ~」

 

 スイム・スー、快楽の「虜囚」(ジャンキー)。俺は負け犬に堕ちてからイカレ女の鎖に繋がれ続けている。

 

 

 

「申し訳ないけど、ダンスパーティーは一旦閉幕にしてくれないかな」

 

 風が吹き荒れた。

 

 周囲の属性神の水が全て暴風に吹き消される。解放された俺は膝を突いて咳き込んだ。見上げると、俺を護るように背を向けてルークスが立っていた。

 

「今高山(たかやま)君を殺されると困るんだよね」

 

 俺の名前、本当に調べたのか。今は気持ち悪いなんて思うほどの気力もない。

 

「すぐに殺す気なんてないですよ~。まだまだ楽しめますから~」

 

「それでもだよ。退いてくれないかな」

 

「え~」

 

 吟味するように、スイムはルークスを細めた瞳で見つめて。

 

「あなたとは相性が悪いですからね~。仕方がないから退いてあげます」

 

「助かるよ」

 

「まあ、光の人が回復するまで時間あるようでしたから、暇を潰すために遊びに来ただけですし~。ふんっ」

 

 頬を膨らませ悪態を吐きながら、スイムは水に乗って飛行し、どこへともなく消えた。

 

 ルークスが振り返る。

 

「なんていうか、出戻りみたいで締まらないけど」

 

 微笑みに苦笑を滲ませて。

 

「また会ったね」

 

 俺は、会いたくなかったよ。

 助けられといて、なんだけどな。

 

 

 



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6 運命の虜囚

 

 

 

「なぜ俺を助けた」

「高山君に今死なれると、なにも変わらないと思ったからさ」

「だから、俺になにかを変える力なんてねえよ」

「自虐は良くないよ」

「うるせえ」

 

「ま、今は特に用はないし、帰らせてもらうね」

「帰れ帰れ」

「またね」

「もう会わねえよ」

 

 風と共にルークスは去っていった。

 

 俺もよろよろと立ち上がって、歩き出す。

 早く修司の見舞いに行かねえと。

 

 ――修司に近づかなければ、またあの女(スイム)に見つかることもなかったのだろうか。

 いや、それでも、俺は修司の往く道を見ていたい。

 (ヒーロー)の光だけが生き甲斐だから。

 見ていられなければ、そもそも俺が意思を持って存在している意味すらないんだ。

 

 結局、ルーお姫様が警告したとおりになってしまったな。

 メインストーリーに迂闊に近づけば、酷い目に遭う。

 見るだけのつもりだったのに、観測するだけで運命に引っ張られるのだ。

 

 今度巻き込まれそうになったら、全力で逃げよう。

 いや、今回も全力で逃げようとした上でこんなになっているのか。

 どうすれば、いいんだろうな。

 

 たかくんっ。

 

 ああ……。わた……。

 

 

 あいつ(スイム)と邂逅してしまったからか、過去が鮮明に想起される。

 

 俺の、最初の敗北の記憶。

 

 

「こわいよ……たかくんっ……」

 ()の服を掴んで怯えるのは、幼馴染の空乃咲(そらのさき)わただ。

「大丈夫。僕が護るから」

 そう、僕が護る。僕は選ばれて、力を手に入れたんだ。主人公なんだ。だから大切な幼馴染のわたを護れる。

 

 僕たちの前には、水色の髪をした女の人、スイム・スーが立ち塞がっている。わたを狙う敵だ。

 

 わたは、特別な力を生み出す存在で、僕たちは今、異能者達がわたの力を狙う争奪戦に巻き込まれている。

 なんとかの巫女とか言われてたけど、そんなことはどうでもいい。

 

 わたを傷つけるのなら、その障害すべてを僕が蹴散らそう。

 

「ふふふ~、(かんなぎ)争奪戦の勝者は私になりそうですね~」

 

 そうだ、今僕たちが巻き込まれているふざけた非日常は、巫争奪戦といわれるものだった。でもわたはわただ。巫なんてものじゃない。

 

「それはそうと~、気持ちよくさせてくださいね?」

 

 ゾクリと、嫌な感覚が背筋を過ぎた。氷柱が入った様ななんてレベルじゃない。毒々しい汚染された水が体を撫で過ぎていく様な、今すぐ吐き戻しかねないほどの不快感と恐怖が襲う。

 

 あいつの目を、見たくない。気持ち悪い。恐い。

 

 でも、大丈夫だ。僕は能力に覚醒した主人公。頑張れば勝てる。

 

「ほうら~これ防げますか~?」

 

 スイムは空中に水の槍を六本生成し、先端を高水圧で回転させながら射出してきた。

 僕は前方に手を(かざ)し、空中を凍らせ水槍を防御する。氷は水の槍を一本防ぐごとに割れるが、水槍も飛散し消滅していった。

 

「うふふふ~防げるんですね~。偉いですよ~」

 

 そうだ。僕は戦える。

 後はどうにかあいつに近づいて、凍らせることができれば倒せるはずだ。

 

「たかくん、がんばってっ……」

 わたも応援してくれている。涙目で怯えながらも、僕を信頼してくれている。

 大切な女の子が応援してくれるのなら、男は無限に頑張れるんだ。

 負けられない。絶対に勝つ。

 

「それなら~、これはどうですか~?」

 

 

 世界が水になった(・・・・・・・・)

 

 

「が……ぼっ……」

 

 は……? え、なん、な、わけが、わか――っ!?

 

 混乱が支配する。僕は、なんだ、水の中にいるのか。溺れているんだ。水を多く飲んだ。息が苦しい。

 突然水の一滴もない地上で水中に放り込まれたんだ。息を止める準備もできなかった僕とわたは藻掻いた。藻掻くだけじゃ水から脱出できない。

 

「やる気あるんですか~? そうやって数秒動揺してる内に、私は十回以上あなた達を殺せてましたよ~?」

 

 水の中なのに、スイムの声だけが透き通るようによく聞こえた。

 

 ――ナメるなッ!

 

 僕とわたの顔から数メートル先の水の外まで、一直線に存在する水を凍らせ、割り、空気を確保する。

 

 咳き込んで水を吐き、空気を思いっきり吸う――時間も(ろく)に貰えないまま、また水は開けられた穴を埋め尽くした。

 

 おい。

 おい、ちょっと待ってくれよ。

 

 出力が、違い過ぎないか(・・・・・・・)

 

 僕の氷の属性神(エレメンタル)は、目の前にあるものなら大体凍らせられる、はずだ。少なくとも目の前から迫る攻撃を凍らせることはできる。先も、水の槍を防いだ。

 

 けれど、周囲すべてを凍らせることができるような出力はない。

 属性司者の最大出力は決まっているはずだから、これ以上の出力も発揮は無理だ。

 つまり最初に与えられた強さの時点で、僕とスイムには大きな差があるということ。

 

 そんなの。

 そんなの、勝てるわけが……。

 いや、弱気になるな。

 勝とうと頑張れば勝てる。

 ヒーローは、強い想いを力にするんだ。

 僕はわたを護るんだ! 

 

 されど、水の空間を何度も展開されて、自分とわたの呼吸を確保するのに氷の属性力(エレメント)は精一杯だった。

 

 膠着を、打ち崩すことができない。

 

「坊やの力はもう全部わかりましたし、そろそろ飽きてきたのでフィニッシュにしましょ~」

 

 呼吸を確保することしかできない僕は、スイムに勢いのある水流を放たれれば、容易くわたと離れ離れにされてしまう。

 

「だがぐんっ……」

 わたは僕に両手を伸ばしながら、泣き顔で暴流に呑まれ上に流されていく。

 

 僕も暴流に押さえつけられて、這い蹲って動くことすらできない。

 

 どうして。

 どうして動けない。

 動けよ。

 出力を上げられないとか知らない。

 覚醒しろよ。

 するんだよ。

 勝つんだ。

 主人公ならできるだろ。

 選ばれた者ならできるだろ。

 なんでできないんだ。

 気合いを出せ。

 根性を絞れ。

 やってやれないことなんてない。

 やればできるんだ。僕は力を得てヒーローに成ったんだから。

 なんで。

 

 僕は。

 

 わたが溺れていく。

 わたが苦しんでいる。

 わたがどんどん遠くに流されていく。

 

 待って。

 待って待って!

 行かないで!

 手を伸ばす。

 届かない。

 届いて。

 届いてくれよ。

 

 水の中を藻掻く。這い蹲ったまま惨めに身動(みじろ)ぎすることしかできない。

 遠ざかっていく栗色。

 もう栗色の点しか見えない。

 人一人が見えなくなる位置まで水を発生させられるスイムの出力は、何処(どこ)まで高いんだ。

 

 なにもかもが、遠く遠く離れている。

 

 

 

 しばらくして、帰ってくる栗色。

 

 十を過ぎたばかりの少女が、透き通った水の空から降りてくる。

 

 帰ってきたのは水死体。

 まるで眠っているかのように、安らかに瞳を閉じている。

 毛質が細い栗色のたおやかな髪が広がる。

 

 綺麗で(おぞ)ましくて悲しくて。

 

「ああッ! 綺麗です~! これが好きなんです~! イっちゃいますッッ」

 背を仰け反らせ絶頂するイカレ女(ジャンキー)

 

「エクスタシィ!!!!!!!!」

 

 水色のナニカは、わたを殺して得た報酬の快楽でとても気持ち良くなっている。

 あいつは! わたを殺して! 気持ちよくなってやがる!

 

「これですこれですこれです~! ほんっとうに、美しいです。坊やもそう思いますよね~?」

 

「この私の技術を見てくださいよ~。私神業級の職人なんですよ~。溺死って死ぬときに苦しみ藻掻くから死への過程が醜くて、死後も死体が膨れ上がって、これもとってもすごく醜くなってしまうんですけど~、私がちゃんと属性神で体内を操作して表情も肌も整えさえすれば~、あら不思議~。こんなに美しい芸術品の完成です~!」

 

「ああ~、ほんとう、このためだけに生きてますよ~。気持ちよすぎます~。何度もイっちゃいますよ~イグッ」

 

「黙れ」

 黙れよ。

 

「あなた、その様子ならまだ楽しめそうですから、殺さないでいてあげます~。感謝してくださいね~」

「ふざけるなあああああああ!!!!」

 

 水色は栗色を伴って、水に乗りどこかへ去って行った。

 

「ああああ…………」

 

 根こそぎに気力が、熱が零れていくような声だけが喉から漏れ出た。  

 

 呆気なく。

 本当に呆気なく。

 僕は大切な女の子(幼馴染)を失った。

 

 そうか、と、ようやく気づく。

 愚かな勘違いした子供(ガキ)が、ようやく気づく。

 

 ()主人公(ヒーロー)じゃないんだ、と。

 

 

 

 

 過去の想起は終わり、俺の視界は今に戻る。

 

「たかくんっ。大丈夫、わたはここにいるからねっ」

 

 目の前に踊る栗色。

 

 ああ、そうさ、わかってる。

 これは幻覚だ。幻聴だ。

 

 俺の浅ましく弱い心が創り出した拠り所。

 だって、十一歳の時のまま姿が変わっていないから。それに目の前にいても触れることもできないから。

 それでも今こうして見えて聞こえているのなら、話していたい。

 誰になんと言われようと、わたと、そしてリリュースと会話ができているのなら俺はそれでいい。

 二人を、忘れたくないんだ。

 

 

 あの女のせいで全身濡れ鼠になっていることに今気がつき、着替えてから修司の家に向かった。

 

 

 

 

「異能力だよ! 異能力!」

 修司の見舞いを終えての帰路、変な女に絡まれた。

「私見たよ見たんだよ水がバーッて氷でザーって風でブワーって!」

 

 青い制服を着た、黒髪を肩まで伸ばしている巨乳女が何か喚いている。

 

「ねえねえ教えて教えて。あれなに異能力だよね異能バトルだよね」

 

 俺がスイムにボコられていたのを見たのだろうか。

 で、この頭ファンタジー少女は興味をそそられて俺に接触したと。

 この少女は属性司者ではないだろう。属性力を初めて見た様子なのと、彼女には属性力を感じないから。体の動きも素人にしか見えない。

 非日常に憧れる一般人か。

 ふざけんな。苦しいだけだあんなの。

 

「教えて話して話してくれるまで帰さないよ」

「うるせえ黙れ失せろ」

 俺は今むしゃくしゃしてるんだ。

「なんでもするから!」

「そんなこと口にするな。本当になんでもされるぞ」

「異能バトルに関われるなら本望だよ」

 

 なぜ、そんなものに目を輝かせられるんだ。俺はこんなにも逃げたくて堪らないのに。逃げたくても逃げられないというのに。

 

 スイムの顔が浮かぶ。あの狂った女の愉しそうな顔が、俺を逃がさない。

 

「こんな力がいいのか!?」

 俺は本当にとてもむしゃくしゃしていたから、痛い目に遭わせて怖がらせて遠ざけよう、と考えてしまった。

 

 手を翳し、少女の小指をほんの僅かに凍らせる。

 つもりだった。

「あぐっ……」

「あ」

 勢いあまって小指全体を強く凍らせてしまった、属性力を注がれた氷は、少女の小指程度なら瞬時に壊死させる。この女の子の右手小指は、二度と動くことはない。

 

「俺は、なんてことを……」

 

 悪役にしかなれない、言い訳の効かない悪を為した。

 敵役以外の者がやってはいけないことを、やったら誰からも嫌われる悪を、俺はやってしまったのだ。

 

 これじゃ負け犬どころか、悪人だ。

 

 女の子の体を傷つけるなんて許されない。それも少しの怪我でもない。指一本だ。

 小指でも、指一本が使えなくなるというのはかなりの痛みとストレスだ。日常生活に結構な支障をきたす。日々の中で要所要所でストレスを受けることになるのだ。コップを持つのとか大変になると聞いたことがある。

 それをわかっている筈なのに俺は、一時の癇癪でこの子を傷つけた。

 

「ご。ごめ――」

「氷使いだー!」

 それでも少女は、目を輝かせた。

「痛くないのかよ……」

「痛いよ! めっちゃ痛い。これは異能力について話してもらわないと割に合わないね」

 話しても割に合わないと思う。

 変なやつだ。怯える様子も、俺を責める様子もない。

 

「クレープでも食べながらお話ししよ」

「わかったよ……」

 少女の背について行く。

 俺はもう、この少女に逆らえない。傷つけた負い目が拒否を許さない。

 

「私、夢中麻奈(ゆなかまな)。君の名前はなんていうの?」 

高山孝(たかやまたかし)……」 

「なら高山くん、クレープ買って」

「ここぞとばかりだなお前」

「いやならいいけど」

「買うよ」

 

 公園にクレープの屋台があったので、そこで買ってベンチに座る。

 

「高山くんのせいで左手が使いにくくなったから食べさせて」

 右手で食べられるだろう、とは言えなかった。なんで俺なんかに食べさせてもらいたいのかはわからないが。

「おいしいね」

 なんで。俺はお前を傷つけたのに。許される範囲を超えて傷つけたのに、なんで、そんな相手に笑顔を向けられるんだよ。

 

 それから、属性司者(ファクターズ)のこと、属性神(エレメンタル)のこと、姫墜劇(プリンセスサクリファイス)のことを洗いざらい話した。

 

「すごい! 本物の異能バトルの世界だ! いいないいなー私も属性神に選ばれないかなー」

「甘く見るなよ。実際に人死にが出てるんだ」

「甘く見てるつもりはないけど、それでもやっぱり異能バトルが好きなんだもん」

「まともな倫理観はあるか?」

「失礼な。あるよ。人が死んだら悲しいし、回避できるならしたいと思う」

「ほんとかよ……」

 疑わしいもんだけどな。

「でも、やっぱり好きなんだよ。異能バトルの世界にいれば、なにか望みを果たせているような気がするんだ」

 夢中の表情は、夢見る少女そのものだ。

 なんでよりにもよって、そんなもの(異能バトル)に興味を持ってしまったんだろう。物語だけで満足しておけばいい。

 

「高山くん、なにか悩んでない?」

「なんだ藪から棒に」

「あの水使いの人にいじめられてたっぽく見えたから。遠くからで話は聞こえなかったけど」

「いじめられてたって……」

 あれをいじめで済ますなよ。

 

「さすがにそこまで説明する謂れはない」

「んっ」

 と壊死した小指を見せつけてくる夢中。

 

 俺は話した。スイムに大切な女の子を殺されたことを、もう戦えない負け犬だということを。

 

「高山くんは真面目過ぎるんだよ。もっとおバカになりなさい」

「うるせえバカ」

「なんだとー!」

「はははっ」

「なんだ」

 ふと、夢中は穏やかに微笑んだ。

 

「笑えるんじゃん」

 

「……え」

 

「笑えるなら、大丈夫だよ」

 

「――――」

 

 夢中と話すのは、楽しいかもしれない。

 

 ……それがどうしたという。俺は修司(ヒーロー)を見ていられればそれでいいんだ。

 

 もう俺は、(ヒロイン)と仲良くなったりはしない。なにかに巻き込まれて、多分死んでしまうから。そういう運命に囚われているんだ、俺は。

 わたやリリュースの時と同じように、悲劇しか起きないんだ。

 

 すでに俺自身の手で傷つけてもいるしな。

 

「私いつもこの公園辺りにいるからさ、また異能関連でなにか起こったら呼びに来て。私も一緒に行くから」

 

 夢中とは、二度と会うことはないだろう。

 

 

 



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7 再生怪人

 

 

 

「あはは~。気持ちいい~」

 

 真夜中に水中花(すいちゅうか)が咲き乱れている。それらはすべて、人の死体だ。

 俺は遠くの物陰から、スイムの虐殺をただ見ていた。

 修司が回復したから、今日の夜は聖戦がある。その相手がスイムなのだろう。

 けれどあの女は、意味もなく人を殺して回っている。気持ちよくなるのを我慢できない売女(ばいた)だからだ。

 

「今日はお祭りですからね~。お祭りは本番の前もパーッと楽しまなければなりません~」

 

「聖戦は学校でやるはずだよ」

 

 ()される邪悪の催事場に、光が現れた。

 

「君は、なにをしている?」

 

 正義の赫怒(かくど)を燃やす、我がヒーローだ。

 

「別に、ただ英気を養っているだけですよ~」

「なら行こうか。すぐに始めよう」

 冷静に心の火を燃やしながら、光は邪悪を誘導する。

「わかりました~」

 

 学校へと向かう修司たちを俺は追った。

 

 

 

「では、死んでください~」

 聖戦が始まるなりスイムは水色の聖鎧(せいがい)を纏い、俺に対する遊びとは正反対に絶殺の意思を持って全力を出した。

 

 修司が聖鎧を纏うか纏わないかの時点で、属性力(エレメント)の究極たる属性神(エレメンタル)の水が彼の周囲数十メートルを満たし、穴という穴から修司の体内へ水が入り込もうとし、水圧ドリルや水圧剣が殺到し、暴流と化した水流が全方位から人体を攫おうとする。

 

 出力の暴力。俺がやられたら、為す術なく一瞬にして水中死体と成り果てるだろう一手。ただ相手を殺すことしか考えていない。

 

「あなたは危険すぎますからね~。芸術作品にするだけにしてあげます~」

 修司(光の使者)相手に遊びや油断は命取りだと、腐っても属性司者(この世の強者)であるスイムはわかっているのだろう。

 

「あのライバルト(死なない人)がやられた時点でゆっくり楽しむ気は失せました。愚者は経験から学び賢者は歴史から学ぶ。私は賢者ですから~」

 

 驕るなよ邪悪。光の御膳だぞ。

 

 修司が光拳(こぶし)を一振りすれば、属性神の水は刹那にして払われた。

 周囲数十メートルの水が、襲い来ていたありとあらゆる凶器が霧散する。

 

「ふふ~やはりそうなりますよね~。でも、知ってるんですよ私。なんの代償もなく化け物やれてるわけじゃないってこと~」

 

 修司の超越性は出力を無理矢理どこまでも上げられることにある。無理矢理上げれば上げるほど狂い死にするほどの激痛が襲い、寿命が削られていく。

 されどその通常人には耐えられない代償に耐えられるからこそ彼は光の戦士なのだ。

 

「耐えられても無限に体が持つわけじゃないですよね~。ならやりようなんていくらでもありますよ~」

 

 スイムは先と同じように遠くから、水で最短の殺人工程を為し、慎重を期す。

 修司は正面から光で水を払いつつ、走り進む。

 

「私はここまでやっても全然消耗しませんが~、あなたは違いますよね~?」

 

 そう、スイムは最大出力が高すぎることで無理に出力を上げる必要がなく、リスクが一切ない。修司は時間が経つごとに寿命を削り体を壊していく。

 時間を稼がれたら、敗北の可能性が増えてしまうのだ。

 

 だけど修司は絶対に勝つ。俺は疑いなどしない。ヒーローは負けないんだ。

 

「ねえ、お話しませんか~? あなた、そんなに無理して痛くないんですか~?」

 

 スイムは時間を稼げば稼ぐほど有利になる、だから殺す為の言葉(遅延行為)を修司へ投げつけているのだろう。

 

「君と話すことなど特にない。邪悪の臭いがするぞ。悪党の臭い。一目見た時から分かっていた。この目で虐殺を見て確信した。スイム、君は邪悪にしかなれない可哀そうな人だ」

 

「……ふふ~。邪悪でもなんでも、いいですけど~」

 

 スイムの声色に苛立ちが混ざった気がした。

 

「その憐れむような言い方は嫌いです~。私は気持ちよくなれれば幸せなので~。昔から楽しく生きられているので~、憐れまれる謂れはありません~」 

 

 自分の幸せを間違っていると言われて、スイムは怒りを感じているのだろうか。

 正しくないことでしか幸せになれない人間は生きていてはいけないのか、と。

 

 どうでもいい。俺にとってスイムは自分のすべてを奪った存在だ。奴が何を考えているかなんてわからないし、知りたくもない。邪悪に同情の余地などない。ただ不幸になって死ね。

 

「私もあなたは面白味が一切なくて嫌いです~。でもいい花だけは咲かせてくれそうですから~。すぐに殺してあげますよ~。題名はシンプルに「光の花」にして愛でて上げます~」

 

 スイムは校舎の屋上縁に足を組んで座ったまま、グラウンドから少しずつ歩み寄る修司へ、全力の攻勢を緩めずかけ続ける。

 これはシンプルな戦いだ。

 修司がスイムへ辿り着いたら勝ち、スイムは辿り着くまでに削り殺せば勝ち。

 

「ふふ~」

 

 さらにスイムは全力をぶつけるだけが芸ではない。精密性の高さで、修司が光を発揮する緩急を突き、水圧ドリルで刺してくる。

 

 純白の聖鎧が砕け穴が開き、その穴から水が流入し内部の肉体にもドリルで穴が開いた。光を炸裂させ水を追い出すが無傷は不可だ。

 

 圧縮に圧縮を重ねられた水圧の斬撃が、背後の死角から襲い、ヒーローの頭部鎧――(仮面)を破壊した。

 

「あはは~。溺れちゃってくださ~い。あなたなんて醜く藻掻きながら死ぬのがお似合いです~」

 

 破面からも入り込んで来る水を修司は光で消し飛ばす。けれどそれは一瞬の時間稼ぎにしかならない。

 

 何故ならスイムは常に修司を水の空間に閉じ込め続けているからだ。何度消されても瞬時に水を展開し光を深海へ閉じ込める。

 

 だから修司が溺れない為には、常に水を排除し続けなければならない。

 いうなれば海の底で周囲の水を否定し続けるようなもの。

 当然修司のエネルギーは僅かな時間の間に膨大と消費されていく。

 

 修司(ヒーロー)の寿命が湯水の如く減る、もはや一刻の猶予もない。

 早くあの快楽主義のスイム(ジャンキー)を斃さなければ、修司が負けてしまう。

 

 いや修司は死なない。死なないけれど、寿命が削れ過ぎればヒーローは戦い続けることができなくなってしまう。

 

 けれど修司のヒロインたちも、ただ見ているだけの存在じゃない。

 

「しゅうちゃん……私の力、受け取ってください」

 

 川さんの祈り。それはただの祈りではないようだ。俺は良く知らないが、彼女の祈りには実際に力が在る。

 祈りを現実にする聖女なのかもしれない。

 

 修司の輝きが、少し増した。

 

 そう、彼は一人でも最強の英雄だが、力を貸してくれる仲間だっているのである。

 

 修司は一っ跳びでスイムの前へ(・・・・・・・・・・・)到達した。

 

 いけー! 修司(ヒーロー)

 

 

 

「~っ――!?」

 

 私は初めて強い恐怖に襲われました。私は恐怖させる側なんです~。こんなのあり得てはいけません。

 

 やはりこの人は、面白くないです~。ただただ私のような存在を焼く光で、辛い顔一つしない。儀式相手が愛しの負け犬さんだったらどれだけよかったか~。

 

 人質を取りましょう~。

 

 巫女のお姫様は狙えませんけれど、あの幼馴染ちゃんを人質に。

 いいえ、そもそも儀式に倣ってやる必要などありません~。お姫様も狙っちゃいましょう~。今は邪魔なんて入らないのですから~。

 

「私を殺そうとすればあなたの幼馴染ちゃんかお姫様は美しい芸術に昇華されますよ~」

 

 二人の喉元へ水を極限まで圧縮させた刃を添える。

 光の人は私の目の前ですから、人質との距離は遠く離れています。

 

「動かないでくださいね~、光を微塵も輝かせないでくださいね~、ビカビカ眩しいんですよ~」

 

「よく悪党が使う手だ。知ってるかい、昔の特撮でその手を使って成功した悪はいない」

 

「それフィクションの話ですよね~? 人質は()い人を殺すのに最も有効な手段ですよ~」

 

「僕はヒーローであることを己の使命とした身だ。なら、物語と同じように、人質を護った上で君を倒してみせるよ」

 

 殺気。

 凄まじいまでの光の殺気を全身で浴びました。

 

 ――やられる。人質とか関係ない。刹那の間に殺されてしまう。そう理解させられました。

 

 人質は二人いるのだから、殺気を放たれた時点で一人殺してしまえば、と一瞬思いましたが、それは悪手とすぐに思い直します。

 

 恐らくその前に殺される(・・・・・・・・・・・)

 

 この男は大切な存在を傷つけられればより手がつけられない光になるのでしょう。

 正面から馬鹿正直に戦う方が、まだマシになるなんていう、理不尽。

 

「……わかりました~人質は取りません~」

「どちらにしろもう遅いよ。僕は勝たなければならない」

「ですよね~」

 

 光の拳が迫る。私の心臓に命中してしまう。

 至近距離に近づかれた時点で、有象無象ならともかく頭のおかしい光相手では勝ち目がなかったということですね~。

 

 逃げましょう~。

 

 私には奥の手があります。手を抜いていたわけではありませんが、聖戦が始まった時からずっと背中で水を圧縮し続け製造していた爆弾が。

 

 私の心臓へ光が到達する瞬間に、爆発させた。私の体が爆発四散。そう、まるで特撮番組の怪人が倒される時のように。

 

 

 ふふふ~。光の人至近距離から爆発を受けたようで~、無様に負傷してますね~。あれ瀕死なんじゃないですか~?

 

 さらに爆発四散した私の体、実は偽物でした~。最初からあんなのと正面切って戦うつもりなんてないです~。近距離で勝てないとわかってて身を晒すお馬鹿さんじゃないんですよ~。

 

 先まで意識を宿らせていた義体は。姫墜劇で敗北した時に還元される生贄のエネルギーとしても申し分ないシロモノです。なにせ私の芸術作品の中でも一級品の巫女の死体(・・・・・・・・・)で創られた身代わりですから。

 私の芸術作品を手放さなければならないのは大変腹立たしいことこの上ないですが、背に腹は代えられません。

 

 これで斃されたと見せかける偽装の完成です~。

 

「あんな異常者とはやってられませ~ん」

 

 

 

 

「たお、した……?」

 属性神が粒子となって降り注ぎ、儀式へエネルギーが充填されている様子から、スイムは死んだのだと理解が染み渡っていく。

 修司が、倒してくれた。あのスイム(邪悪)を、どんなに抗っても俺から何もかも奪い続けて放してくれなかったあのスイム・スーを!

 

 Hallelujah(ハレルヤ)!!

 ああヒーロー。俺のヒーロー。

 

 やはり天谷修司は素晴らしい。俺の目に狂いはなかった。

 

 俺の苦しみ()を光で照らしてくれる。

 スイム(苦しみ)を光で消し去ってくれた。

 

 あの絶対に勝てないはずの悪者を、()の代わりに倒してくれたんだ。

 

 

 

 ――たかくんっ、気をつけて。

 

 

 

 脳内幼馴染が警鐘を鳴らす。つまり、俺の感覚が警鐘を鳴らしている。

 

「生きたい……生きたい……」

 背後から聞こえてきたその声には、生への渇望だけが満ちていた(・・・・・・・・・・・・・)

 

 冷や水を浴びせられたようだった。せっかくのいい気分が台無しだ。

 

「なんで、お前が生きている……?」

 

 振り返った先には、炎の魔人が息も絶え絶えに立っている。

 

「ライバルト」

 

「オレは、不死鳥だ……」

 

「死にそうじゃないか」

 

 様子を見てわかった。もうこいつは不死鳥なんかじゃない。恐らく放っておいても死に絶える。属性司者の超回復特性も一切機能していない。

 不死の概念を持っているライバルトを、修司が無理に殺した影響で矛盾が生じた残滓(ざんし)こそ、今の虫の息ながら生きているライバルト・グンダレンなのだろう。

 

 殺せなかった修司が弱い訳ではない。むしろ放っておいてもすぐに死ぬ(こんな)状態にしてしまえていること自体があり得ないほどの異常(イレギュラー)。それでも生きているライバルトも同じく超越したなにかだが。

 

「表舞台の奴と関わる気は、毛頭なかったんだけどな」

 

 ルークス(どいつ)スイム(こいつ)も、俺に絡んでくる。モテモテだな。クソくらえ。

 俺は戦いたくないんだ。安全なところから修司を見ていたいだけなのによ。

 

「ヒーローも都合の悪い時に隙を突かれれば死ぬだろう? オレはオレの望みを果たす」

 

 今ならスイム戦を経て修司は瀕死状態だ。回復する前に襲われたら、どうなるかわからない。光は不死身だ。修司はそれでも死なないだろうが、かなりの負担となるだろう。

 

 俺が、この死にぞこないを始末するしかない。

 

「誰だ、お前……?」

 今気づいたという風にライバルトは初めて視線をこちらに固定する。先までの言葉は独り言だったのだろう。俺に会いに来たわけではなく、聖戦後の修司を狙うための通り道に、俺がいただけということ。道を塞ぐように立つ俺に、しゃしゃり出てきた場違いなモブでも見るような顔をしてくる。

 

「表舞台の強者は知らなくていい小物だ。その反応が正しい。むしろ今までのやつらがおかしかったんだ」

 

「そうか。ならどけ。オレはお前に用などない」

 

「俺も本当はそうしたいんだが、どけない。ライバルト、矛盾するようでなんだが、もうあんたは強者とは言えない。すでに修司(ヒーロー)に敗北してるからだ。舞台から降りたはずなのに、まだ未練たらしくへばり付いている無粋者(ぶすいもの)でしかない」

 

「だったら、どうするってんだ?」

 

「ご退場願おう、再生怪人さん」

 

 炎の魔人が、俺を遥かに凌駕したスピードで迫る。

 

 ここに再び、「負け犬」同士の小競り合いが幕を上げた――いや、幕は上がらない。ここは表舞台ではないから。

 小競り合いが、ただ、始まった。

 

 

 

 



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8 極楽浄土で永遠に生きろ

 

 

 

 ライバルトは既に敗残者に堕ちた身とはいえ、全てのステータスが俺の上を行く強者だ。

 スピード、身体能力、技量、出力、どれもが俺より遥か上の水準に達している。普段の状態だったら俺に万に一つの勝ち目もありはしない。

 忘れてはならない、この男は修司と真正面からやり合えた最上位の異能者、属性司者(ファクターズ)だ。

 虫の息になって、俺とはやっと互角といったところ。

 

 いや、互角にすら届かないのか。

 

 だって、氷が瞬時に溶かされる。

 

 俺が手を(かざ)し氷の壁を作っても、ライバルトの炎拳(えんけん)が命中した瞬間(・・)に溶けた。0.1秒のラグすらない。そのまま素通りしているようなもの。時間稼ぎも(ろく)にできやしないんだ。

 

 相手は、瀕死だというのに。

 

 炎拳が乱舞と放たれる。

 

 俺はあの炎に掠った時点で終わりだ。永遠に消えることのない炎を体に付与されてしまうから。俺は生きながら焼かれる苦痛になど耐えられない。隙を完全に晒し殺されるだろう。というより、耐えられる存在の方が超越した異常なのだ。

 

 絶対に避け続けなければならないが、スペックが全て上回られているのなら、為す術はない。

 いや、たった一つだけ優位な部分がある、ライバルトは今、瀕死だということだ。

 動きが鈍っている、それでも俺より速く(うま)いが、奴のふらつくような動きの隙を突いて、全力で『氷結滑走』(アイススラスター)を扱えば避けられる。

 出力上昇の苦しみを忌避した瞬間死ぬだろう。今泣き言を口にしたら、永遠の業火に焼かれて命を落とす。

 

「ぐぅっ……」

 業炎(ごうえん)を、高速で滑走し避ける。避け続ける。近づかれないように逃げ続ける。

 

 攻勢に出る余裕も無い。ここまでして時間を稼ぐのが精一杯だ。

 だが放っておいても死ぬ状態のライバルト相手なら、時間さえ稼げれば動きも鈍っていく。勝機はあるはずだ。

 

「オレは、生きるんだアァッッ!」

 

 炎魔人(えんまじん)が吼える。

 

 (はや)い。瀕死とは思えぬ機動で迫る魔人。逃れられない。

 

 そう、ライバルトも元は表舞台の強者だ。精神力で限界突破する側の者であることは自明の理であり、これは必然だった。

 ライバルト・グンダレンという男は、なまじ生への執着しかないから、強い。その為だけに他すべてを捨てられる。痛みも苦しみも、限界のハードルも。

 

 逃れること叶わず、炎が右腕を掠った。消えない永遠の炎を、付けられてしまったんだ。

 

「があああっっ!?」

 熱い、痛い、苦しい。耐えられない。生きながら焼かれる責め苦に、精神は千々(ちぢ)に乱れ、のたうち回ることしかできないんだ。俺みたいなやつは。

 

 目前には、魔人の拳が迫っていた。もう避けられる距離じゃない。

 当然だ、目の前でのたうち回るなどという、誰でも止めを刺せるような隙を晒す愚か者は、ただ殺されるのみ。

 ああ……ここで頑張って動けないから俺は負け犬なんだ。

 修司みたいに平然としていられればとまでは言わない。せめてのたうち回らずに動き続けていられたら、俺はここで終わることはなかったかもしれないというのに。

 

 しかし、(とど)めの直前、ライバルトがふらついた。

 これは都合の良い偶然などではない。

 忘れてはならない、ライバルトは瀕死(・・・・・・・・)なのだ。

 

 突然降って湧いたやり直しの機会。迷う猶予は刹那の間ほど。

 今ここで動かなければ、予定通りに死を迎え終わるだけだ。チャンスは二度と訪れない。己は負け犬だと(うそぶ)き諦めるならそれもいいだろう。

 

 だけど、俺はまだ光を見ていたいんだ。

 

「頑張りたくないッッ!!」

 変わらない心情を叫びながら俺は動いた。

 『氷結滑走』(アイススラスター)で後ろへ全力で逃げる。地獄の苦しみの中、ただ逃げることだけを実行していく。

 

 俺はわかっていたのに目を逸らしていた。戦いとは、頑張らなければ勝てない(・・・・・・・・・・・)のだ。

 殺し合いならなおさら、相手も殺されたくないから必死に殺しに来る。そんな相手を頑張らずに(たお)せるわけがない。

 だからこそ俺はもう誰とも戦いたくなかった。

 けれど今、戦うと決めて戦っている以上、敵を倒すための最大限の努力をしなければ殺されるだけなんだ。

 ちくしょう。ちくしょう。もうこれっきりだからな。これが最後の一回だ。これ以上は頑張らない。そう言い聞かせないと気が狂いそうで堪らない。

 

 ああ、奮起しても、熱いものは熱いし痛いし苦しい。顔は涙や色んな液体でぐちゃぐちゃだ。情けない。無様すぎる。

 氷で体に付いた炎の勢いを和らげようにも、属性神(エレメンタル)の炎を和らげられるほどの氷を出すには出力を上昇させる必要がある。炎で焼かれて苦しむか、出力上昇の苦しみを受けるか、どちらにしろ地獄だ。なにを選んでも苦しみしかない。

 

 もう時間稼ぎなどと言ってられるか。虫の息のはずの魔人が絶命する前に、俺が業火に焼かれて灰になる。

 この炎はライバルトの属性神(エレメンタル)に繋がっている。だから紐づいた属性司者(ファクターズ)が存在している限り永遠だが、属性司者本人が命を落とせば存在できなくなる。

 ライバルトさえ斃せば消えるのだ。だから早急に炎の魔人を打倒する必要がある。この苦しみを終わらせる為に。

 

 けれど、やはりここで壁になってくるのはライバルトの純粋な強さだった。

 

 技量が遥か上過ぎて、近づこうものなら武術で叩き伏せられる。

 

 これが生きる為に努力を惜しまなかった者と、諦め努力を止めた者の差。

 

 ライバルトが瀕死ゆえの隙を晒しても、俺が攻撃の予兆を見せただけで対処されてしまう。ライバルトは命の危険に対してだけは容易く己の限界を超えていくのだ。

 

 逃げ回るので精一杯なのは最初からなにも変わらず、攻勢に出れない。無策に特攻しても即座に炎の拳が俺の急所を貫くだろう。

 このまま俺は焼かれて死ぬのか。それとも痛みの方に、精神を焼かれて死ぬのか。

 

「ああああああ熱いッッ!」

 策なんて考えてられるか!

 

 限界が来た。耐えられない。とにかくこの苦しみから解放されたい。冷静な思考は消し飛んでいる。

 

 ちょうどライバルトが喀血(かっけつ)した。今だ。今しかない。この隙に突っ込む。

 

「馬鹿め」

 

 炎の右ストレートが頬にクリーンヒットした。喀血は故意だったんだ。急所を氷で防御しながら突貫していたとはいえ焼け石に水。ライバルトが瀕死でなかったら脳漿(のうしょう)をぶちまけていただろう。頬が焼ける眼球が焼ける。脳を焼かれたらもう終わり。ギリギリ、脳までは焼かれていない。

 

 生き汚い魔人は脳まで焼こうと俺の頭を鷲掴みにしようとしてくる。その為に一歩、こちらへ踏み出した。

 俺はヒーローじゃない。覚醒して逆転なんてできない。

 

 だから、罠を準備しておいた。

 (むろ)の一件があった時点で、敵と遭遇する可能性を考慮して準備だけはしておいたんだ。

 俺の属性司者(ファクターズ)としてのステータス()は、精密性だけは少し高いが、出力もスピードも効果範囲も持続力も大したことがない。

 だから仕掛けた罠というのも使う気のなかったちゃちなものだ。地面の一地点に、氷の槍が生えるだけだ。何度も重ね掛けしてどうにかそれなりの威力にはなっているが、普段なら瞬時に対処されて意味をなさないような罠でしかない。

 されど、今のライバルトにならば、届く。

 

 なぜなら、唯一罠にかかるその位置に、今この瞬間ライバルトは立っているのだから。

 

 これは、俺の策が巧くいったわけではない。

 

 かかるかもわからない罠を張って機を待ち続けた豪胆(ごうたん)? ――いいや、違う。

 

 これは、ただの偶然。無様に踊った結果訪れた、偶然に過ぎない。俺は全く意図などしていないのだから。

 

 俺は、瀕死の相手にすら、偶然に頼らなければ勝てないんだ。

 

氷柱落とし(アイスフォール)

 

 氷突一閃(ひょうとついっせん)

 意識外の地面から()り出した小さな氷山は、炎魔人の心臓を一突きにした。

 

「おおおおおおオッッ!?」

 

 けれどライバルトの体は炎で出来ている。当然心臓も。故に炎の魔人。氷槍は燃やされて一気に貫けない。だが氷は溶け切ってなどいない。変わらず心臓を貫こうと氷柱は夜空()へ向かい落ちていく。

 奴が今より僅かでも力が多く残っていたら、重ね掛けして強化した氷であろうと瞬時に溶かされ終わっていただろう。

 最初から罠にかけようとせず、逃げ回り時間を稼いだのがここに来て効いている。

 

 そして拮抗しているならば、時間が在る。罠に属性力を注ぐことでさらに氷柱の進行を後押しできるんだ。

 少しずつ少しずつ、心臓へ氷は浸食していく。

 

「お前の負けだ! 再生怪人(ライバルト)オオオオオオォォォォ!」

「オレは、死なないイイイイィィィィ!」

 

「ライバルト、お前は聖戦に参加さえしなければ長く生きられたはずだ。お前の生存を脅かす者なんて修司ぐらいだろう。生きたいなんて言っておいて、なぜこんな愚行しかできない」

 

「オレは「永遠」に生きたいんだ。長く生きようといつか死ぬのなら意味がない。オレはその恐怖に耐えられない。「永遠」が欲しい。それだけだ」

 

「やっぱり、お前は駄目だ。自分の為だけに戦うやつはかっこ悪いぜ」

 自分の生の為だけに行動するという点だけ見れば、一つの人の生き方としては正しいのかもしれない。少なくとも生物の行動原理的には正しいだろう。でもかっこ悪い。魅力的じゃない。

「人の為に戦う光はかっこいい。光の英雄はかっこいい。天谷修司はかっこいい」

 

「うるせえ異常者がッ! オレの方が正しい。よっぽどまともな理由で戦っている。人の為に命投げだすお前らの方が狂ってる!」

 

 生存を渇望する者は吼え猛る。嘆きと祈りと共に。

 

「なあ、死ぬのがそんなに嫌なのは、死んだら無になるとでも思っているからか?」

 

「当たり前だろう! 死とはすべての喪失だ。一度死体へと堕ちれば、意識が、記憶が、魂が、何もかも消失するんだッ! 意思を持てない無になど、何としてでもなりたくなどないッッ!」

 

「死んでも無になんかならない! そういう考え方だってあるだろう。でなければ宗教なんて生まれない。死んで無になるなんて、正しく認識してちゃんと考えたら気が狂わないわけないだろう。少なくとも俺はなるし、お前もなってるように見える。だから、極楽浄土はあるんだよ。お前は理不尽な現実(絶望)を考えすぎて、信じすぎたんだ」

 

「黙れ夢想家がッッッ! オレはしっかりと現実を認識してそのうえで対処しているんだ!」

 

「そっちこそリアリストを気取った大馬鹿野郎だよ。現実を認識してるなんて悟ったふうに言って苦しみ続けているだけじゃないか。周囲も巻き込んで、何の罪もない一人の少女を、お前の一番嫌っている死に追い込もうなんて、本当にくだらねえやつだよ」

 

五月蠅(うるさ)い。死んだら無になるんだ。オレは、忌避して当然のことへ、抗うために努力しているにすぎない。仮に宗教通りに死後があったとしよう。だとしてもオレのような奴は地獄行きさ。だから生きるんだよ」

 

「地獄なんてない。意識が無になることもない。天国も極楽浄土もある。お前の望んだ永遠は最初からあるんだよ」

「黙れ妄想野郎ォ! アアア心臓に食い込んでやがるッッ! 死にたくねえェェッッ」

 

「…………」

 ライバルトの命は、風前の灯火だ。すでに死は確定している。

 

「なあ、オレ間違ってるか? 間違ってるのかよ! 生きたいッ! 生きたいッ! 生きたいんだよッッ!」

 

「……間違ってねえよ」

 

 かっこ悪いし嫌いだが、間違いだとは微塵も思わない。そもそも人の考えに「間違っている」と賢しらに言葉の暴力を叩き付けてくるような奴も嫌いだ。

 

 俺も、生き残って安堵してしまったから。

 

 わたとリリュースは死んでしまったのに、それでも自分は生き残って、生きていることに安心してしまった。

 

 できることなら代わってやりたかった気持ちもないわけじゃない。俺なんかより二人の方が生き残るべき優しい人だった。

 けれど代わりに死ねたとして、自ら命を差し出す選択を取れるかと考えると、怖くて思考停止してしまう。

 極楽浄土、信じてるんだけどな。

 それでも俺も、死ぬのが恐いのは変わらない、ライバルトほどじゃないけれど。

 結局死後なんて死んでみなければわからないのだから。

 

「そんなかっこ悪いお前()が大嫌いだよ」

 

 氷柱が、炎魔人の心臓を貫いた。

 

「が、あ゛ぁ゛……いき……る……」

 

「大丈夫。極楽浄土で幸せになれる。そこで永遠に生きればいい」

 

 わたとリリュースも、幸せにやってるはずだ。きっと。

 

 

 

 



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9 どうかお願いします。蘇生を否定しないでください。

 

 

 

「光の少年は、死者を蘇らせるということについてどう考える?」

 

 後日、スイム戦の負傷を治すため療養している修司の家に尋ねてきた土の男は、突然そう言い放った。

 

 会うなり土屋創(つちやそう)と名乗った土の男は、姫墜劇(プリンセスサクリファイス)定式(セレモニー)にいた属性司者(ファクターズ)の一人だ。

 

 俺もあの時のように、修司の家の外から隠れて様子を見ている。また修司の見舞いに来たら土屋が先にいたので身を潜めたのだ、

 

 それにしても、死者を蘇らせる、か。

 

「わたたちを生き返らせたい?」

 

「ああ」

 

 栗色とスカイブルーが目に写る。生き返らせることができるのなら、生き返らせたいに決まっている。また、逢いたい。

 

 修司はやっぱり、ヒーローだから蘇生を否定してしまうのだろうか。だとしても俺は、ヒーローが好きなのは変わらない。

 

「それがあなたの望みなんだね」

「そうだ」

 

「理由を聞いても?」

「愛する人にまた逢いたい。それだけだ」

 

 俺と、同じか。けれど修司の王道の方が優先だ。俺の共感なんてどうでもいい。わたとリリュースは極楽浄土で幸せだから大丈夫。

 

「蘇生は間違ってなどいない。方法があるのなら、全霊で行使していいものだ。愛する人と共に在りたいという願いは間違ってなどいない」

 

 修司は、どんな反論をするのだろう。俺は身構えた。

 

 だが。

 

「僕もそう思う。あなたの願いを、奇跡を否定しないよ。でも、僕の大切な人を犠牲にして成り立つ奇跡だけは許さない。絶対に叩き潰す」

 

 ――――。流石だ。俺みたいな弱者の意さえ組んでいる精神性。弱き只人の願いを否定しないでいてくれた。それでいて自分の光は譲らない決意。俺が拝するヒーローの光は微塵も陰らない。

 

「また、わたしがいるから、そんな希望を見てしまう人が生まれるんだね」

 願望器の運命を背負わせられた、誰からも求められる「特異姫(プリンセス)」。彼女は心を痛めている様子だ。

 

「ルー、気にする必要なんかないよ」

 

 そんな姫に、王子(ヒーロー)は光を差し伸べる。

 

「土屋さん、あなたの願いを否定しない。けれどルーにはこう言うよ。君は幸せになれ。勝手なことを口にして殺そうとしてくる奴の話で心を傷つけることなんてない。堂々としていていいんだ。自分の力を求める人にふざけるなって言ってやるぐらいが丁度いい」

 

「……うん」

 

 ルーお姫様は安心したように微笑んだ。やはり修司は、大切な女の子(ヒロイン)を救える存在だ。俺とは違う。

 

「話はもういい?」

「うむ。聖戦の前に、一度話しておきたかっただけ故な」

 

 土屋は帰っていく。俺も見つからないようにこの場を離れた。

 

 

 

 住宅街をだらだらと歩く。今日も聖戦までやることないな。

 

「まっ、わたたちはいつまでもそばにいるから安心していいよっ」

(たかし)はお姫様をどうこうしようなんて最初から考えてないでしょ? だからアタシたちを生き返らせるかどうかなんて、考えても意味のないことで苦しまなくていいの」

「ああ……」

 わかってる。わかってはいるんだが、土屋を見ていたら、なんかな。

 

「なんかってなによ」

「悲しくなっちゃったんだねっ。よしよし」

 わたに頭を撫でられる感触があるような、ないような。幼い頃、わたに撫でられた時の感触を想起しているにすぎないのだろう。

 

 

「やっと見つけた。呼びに来てって言ったよね?」

 

 

「……うるせえ」

 黒髪を肩まで伸ばした巨乳美少女。夢中麻奈(ゆなかまな)が背後に立っていた。二度と会うつもりはなかったんだけどな。

 

「私と会ってなかったうちに何度異能バトルが繰り広げられたの? 回数によっては許さないよ」

「一回だ一回」

 夢中と知り合って以降の表舞台で起きた聖戦は修司VSスイムぐらいだ。(負け犬)の小競り合いは数えなくていいだろ。

「むむむ……一回ならギリギリ許す。アニメだったら一回でも見逃したくなかったけどね。話わからなくなるから」

「お前が許そうが許すまいがどうでもいい」

 

「ということで」

 夢中が近づいて、手を握ってきた。いや、逃がさないように捕まえてきたのか。

「もう張り付くね」

「やめろストーカー女」

「そんなつれないこと言わないで。私たちもう異能バトル友達でしょ」

「なんだそれは。そんなけったいな友達俺にはいない。もう俺に関わんな。良いことないぞ」

「なんでなんでいやだよ。私は異能バトルがいいの」

「耳元でわめくな」

「私を運命へ連れてって」

「もっとロマンチックな場面で言ってほしかったセリフだ」

「私とそういう場面になりたいの?」

「そんなわけあるかアホ」

「小指!」

 夢中は壊死した小指を見せつけてくる。

 

「お前それ、俺がなんでもいうこと聞く魔法かなんかだと思ってないか?」

「違うの?」

「……」

「ねえねえ、いいじゃん異能バトル、わたしは非日常の常識を超越した能力を持った者のバトルじゃないといやなの」

「お前といると調子狂うんだ。シリアス(真面目)がどっか行く。真面目な顔してるのが馬鹿らしくなってくるんだ」

「悩みがどっか行くならいいじゃん」

「俺は考え続けていたいんだよ。なにもかも忘れて放りだしたくない」

「でも苦しみたくないんでしょ?」

「ああ、いやだ」

「矛盾だね」

「人は矛盾するものだろう。矛盾しない奴がいたら、それはもう、多分人じゃない」

 

「それは、さっきものすごく熱烈な視線で見てた人のこと?」

「違う。修司にだって人らしいところぐらいあるはずだ。ヒーローだって人だからな。というかどこから見てたんだよ」

「高山くんが不審者みたいに隠れたところから」

「ほぼ最初からじゃねえか」

 

「なんであんな熱視線送ってたの? ホモなの?」

「お前ら俗人はすぐそうやって性愛に繋げたがる。これは少年が特撮ヒーローに憧れるのと同じような想いだ。男の理想を俗な恋愛感情に見るな」

「ふーん? よくわからないけど大好きなんだね」

「そうだ」

 

 夢中が手を放してくれないから家に帰ることもできずに、ただぶらぶらと街を歩く。夢中は一般人だし、振り解いて逃げることも簡単だが、一線を超えて傷つけた負い目の象徴(小指)を目の前に出されたら、無理に振り解く意思が削がれてしまった。

 今は、この前一緒にクレープを食べた公園に足を運んでいる。

 

「いつまで手を握ってるつもりだ。俺手汗凄いんだよ」

「もちろん異能バトルに出会えるまで。あと高山くんがそちら側に関わらせてくれると確信できるまで」

「俺の手なんか握ってても気持ち悪いだけだろ」

「気持ち悪くないよ。高山くんは優しい人だから」

「お前の小指壊死させた悪人だぞ」

 

「いやいや悪人なわけないよ。その、修司くん? って人に対するスタンスからして人と違うし。自分がなりたくてなれなかったものになれている人なんて、普通なら嫉妬して嫌いになって不幸を願っちゃう。でも高山くんはそうじゃない。だから高山くんは優しい人だよ」

「諦めきっているだけだ。それに修司(ヒーロー)は格好いい。ヒーローに嫉妬なんてしない。ただ格好よくあってくれるだけで嬉しいんだ」

「それが異常だって気づくべきだね」

「お前も異常者だろ」

「異常者コンビ、いいね」

「よくねえよ」

 

「ってかなんで俺が修司みたいになりたかったなんてわかるんだよ」

「高山くんの事情はこの前聞いたし、その修司くんのことヒーローって崇拝してるし、少し考えれば分かるよ」

「お前……ただの馬鹿じゃないんだな」

「私頭いいよ」

 頭おかしいけどな。

「修司くんも異能力者なの? 詳しく教えて」

「教えるか馬鹿」

「小指」

 

 俺のヒーローがどれだけ格好いいか教えてやった。

 

「やっぱりホモじゃん」

「殺すぞ」

 

 

 

 結局聖戦の時間になるまで、張り付かれたままだった。夢中が延々と話してくるから、一人考えて苦しむ暇も、わたたちと話す暇もない。

 飯はマックを二人で食べる羽目になった。俺のポテト七割ぐらい奪って貪る夢中に後で体重計見てムンクになればいいと思ったが、多分栄養は全部胸に行くんだろうな。あの食欲で今太ってる様子ないから。

 

「聖戦第三夜だ。早速始めようぞ」

 

 深夜零時の真徳(しんとく)高校で、光と願いが対峙する。

 土屋が詠唱を終えると、土色の聖鎧(せいがい)が大柄な体に装着された。今までの者と例外なく、仮面のヒーローのような姿をしている。

 

「詠唱だぁ……」

 隣で夢中が瞳をキラキラと輝かせている。俺たちは並んで学校近くの物陰で聖戦を観戦することになっていた。夢中が離れないからもう遠ざけるのは諦めた。好きにすればいい。

 

「さあ、蘇生行脚(あんぎゃ)の始まりだ」

 

 大地が持ち上げられた(・・・・・・・・・・)

 

 グラウンドの土すべてが、数十メートル地下まで含めて巨大な塊として上空に浮いたのだ。

 

 修司の立っていた地面も含めて持ち上げられたが、地が揺れた時点で修司は飛び退いて上昇範囲から離脱している。

 

「潰れろ」

 

 校庭に純白の聖鎧纏いて立つ修司(ヒーロー)へ向けて、地面の塊が投げつけられるように落下した。

 

 土の壁が迫るが如き天変地異へ、避ける選択肢は消失している。いくら修司でも、落下範囲から抜ける前に押し潰されてしまうだろう。

 

 土の壁と光の激突。白の装甲鎧(修司)は自らに落ちる大地を、光うねりしガントレットで破砕していく。

 光は何にも負けない。たとえ東京タワーが落ちてこようと修司は粉砕してみせるであろう。

 

 突如、修司の立つ地面が崩壊した。

 跳躍するために踏ん張る足場さえ崩れ、大きな裂け目が下から修司を喰らうように広がる。大規模すぎる落とし穴にヒーローは重力へ従い落ちていく。 

 落とし穴の中はここからだとよく見えないが、土の属性神なら最低でも最深数百メートルの落とし穴を造るぐらいなら余裕だろう。

 さらに修司の上から落下中の土塊(どかい)も止まってなどいない。落とし穴の上から大地で蓋をするつもりだ。

 

 されどヒーローは帰ってくる。絶対に。俺は信じている。

 

 足をつける場が無くなっても、土の壁を蹴って移動し始めたはずだ。視覚的には見えないが、修司ならそのぐらい確実にやってみせる。

 蓋をしてくる大地も光宿した拳で散らしながら、地上へ戻ってこようと空中戦ならぬ地中戦を繰り広げているのだ。

 

 そうして、実際に修司(ヒーロー)は地上に拳突き上げながら飛び上がってきた!

 

 流石だ。俺の光。

 

「わあああああああ!!!!!! すっごーーーーいっっっ!!!!!!!!!」

「声抑えろ気づかれる!」

 

 夢中は大盛りあがりである。

 初めて目にする本物の異能バトルに興奮を隠せないようだ。俺がスイムに遊ばれていたのは見ていたようだが無様なだけだったからな。

 なまじ修司の戦いは派手だから琴線に触るんだろう。俺も好きだ。

 

「土使いなのにあんなことできるの!?」

「土使いへの偏見が凄いが、あれは属性神(エレメンタル)だからだ。属性の究極へと至った存在だからできる例外で、普通はできない。そしてそれを打ち砕く修司はかっこいい」

「ザ・超越バトルだね! いいねいいねいいよー! こういうのを待ってたんだよっ!」

 

 土屋の出力が上がった(・・・・・・・)

 

「我もできるぞ、光の主人公よ。貴様だけの特権などではない。おおおおおおおおおおおッ」

 

 つまりは奴も、極限の痛みを負うことで出力を上げられるタイプの属性司者(ファクターズ)だったのだ。声を張っていることから修司よりは痛みに強くなさそうではあるが、痛みで発狂しないどころか動きが鈍りもしない時点で常軌を逸していることに変わりはない。

 

 修司に殴り散らされた土は再び一塊に集まり、射出される。威力の増した一撃が白き鎧にぶつけられた。

 

「特権だなんて思ってないさ」

 

 修司の出力も上がる。巨大な土塊(どかい)と拮抗し、修司の聖鎧が歪むが、土も砕けていく。

 土が消し飛んだあと、また土屋が出力を上げた。

「蘇生を阻むのはいつだって主役だ。我はもう、うんざりなのだよッッ」

 

 土が聖鎧の上から全身を覆って行き、それは土の鎧と成る。強度は当然、この世に存在する物質の硬度を外れている。土属性の属性神(エレメンタル)で構成されていることにより、核兵器だろうと傷一つ付けられはしない。

 

 光纏う英雄(ヒーロー)と土纏う夢追い人(ロマンチスト)が衝突した。

 

 土屋は近接戦も鍛え抜いているようで、剛の武術が土の強度と共に唸りを上げる。

 土で光を逸らす(・・・・・・・)などという常軌を逸した離れ業さえ現実にしてみせる属性神(エレメンタル)を交えた技術は、ただ理想を唱えるだけの凡人では辿り着けない域に達していた。

 

 出力は二人とも上がり続けていく。相手が上がれば、対する側が出力を上回り、その繰り返し。ここに来てもなぜ二人とも意識を保てているのか、そもそも指一本でも動かせていること自体が理解できない。

 

 覚醒合戦だ。痛み度外視で出力を上げられる外れた者同士が戦うと、こんな馬鹿げた光景が生まれるのか。

 

「あれどうやってパワーアップ? してるの?」

「痛みを負うことで出力を上げられるんだ。常人なら何度も発狂する痛みだから普通は耐えられない。気絶するか精神が焼き切れて死ぬ」

「なんか、どっちも自分を痛めつけるのが好きみたいだね」

ドM(被虐趣味)みたいに言うな。仕方なくだ。己の望む光の為に甘んじて受けているだけだ」

 

 土屋は聖鎧(せいがい)に土の鎧を重ねた二重鎧による体術だけではなく、周囲の地面を操作し修司の足元を崩して隙を作る。

 それどころか、最初にしたように大規模な落とし穴へ呑み込もうとしたり、ひとたび距離を置けば土塊を投げつけるなど多彩な手段で攻めてくる。

 その全てを修司は光でいなし、致命的な隙は晒さない。

 

「ねえねえどっちが勝つと思う? 私はやっぱり主人公に勝ってほしいから天谷(あまがや)くんに千円賭けるね」

「トトカルチョすな。修司が勝つに決まってるだろ」

「同じ方選んだら賭けにならないんだけど」

「俺に修司以外を選べと?」

「ごめんね。なら私は土使いさんの方にするね」

「修司が負けるとでもいうのか!」

「高山くんめんどくさい!」

 

 光が世界を照らした。今までよりも遥かに強く。

 

「ほら見ろ、また大きく覚醒したぞ!」

 

 修司(仮面のヒーロー)は光り輝きながら何十メートルも空高く跳躍する。空にいれば地面を操作されようと関係ないからだろう。

 修司はそのままシームレスに土屋へ向かい光の速さで降下した。

 

 学校の敷地すべての土が持ち上げられ集束すると、流星となった修司へ直撃した。されど光を止めることなど叶いはしない。土の属性力ごと打ち砕き、土屋へ肉薄。

 

 光速降下で勢いを乗せて、体術合戦も強引に払い除け、致命の一撃を修司は叩き込むのだ!

 

 

「まだだァ! 我は、絶対に、黒羽を生き返らせるんだッッ!!」

 

 

 

 ――もう、そうちゃんはいつもそうだよね。ふふっ、なんか駄洒落みたいになっちゃった。ふふっ。

「なんだお前」

 黒羽(くろは)は、よく笑う女の子だった。

「ふふっ」

 

 ()は孤児院で育った。

 

 俺は両親に捨てられたらしい、それはどうでもいい。孤児院の人たちは優しくなかった、それもどうでもいい。

 心は土のように渇き、不動で、なにもかもどうでもよかった。

 

「ここなら、寂しくないよ。大丈夫、わたしがついてるよ」

 けれど、黒羽に手を取られた時から、俺の心は土のように柔らかくなった。

 どうでもよくないことが一つだけできたんだ。

 唯一、俺に優しくしてくれた人。彼女だけが、俺の救い。

 不幸なことなんてなかった、幼馴染(黒羽)さえ居れば幸せだったのだから。

 

「ねえ、そうちゃんって呼んでもいい?」

 一度そう聞かれて頷いた時から、黒羽がずっと呼んでくれている名だ。

 

 一緒にゲームをした暖かい思い出がある。

「このラスボスさんかっこいい! 同じ喋り方してみて!」

「やだよ俺がしてもかっこ悪いだろ」

「ええー……かっこいいと思うんだけどなあ。()って」

 

 仕事ができる歳になって孤児院を出てからも、ずっと一緒にいた。

 

「そうちゃん、わたし、幸せだよ。ふふっ」

 

 そうなるのが自然なように、俺たちは結婚した――――次の日のことだった。

 

 黒羽が、事故に遭った連絡が来たのは。

 

 彼女の死体前で立ち尽くす中、俺は土の属性神(エレメンタル)に選ばれた。

 

 

 俺は幸福だった。けれど愛した女が死んだことですべてが狂ってしまった。

 大切な人の死が、どうしても受け入れられない。

 多くの人が、そういうものだと受け入れ乗り越えていくことだと、死とは否が応にも誰しもに訪れるものだと理解はしている。早いか遅いかだけで、黒羽は少しばかり早かっただけなのだと、理解、している。

 よくある別離なのだろう、わかっている、わかってる、わかってるんだよ。

 

 それでも痛みが風化しない。別のなにかを求められない。諦められない。強く生きられない。なあなあなまま生を続けられない。自殺を選んで黒羽との生を諦められない。俺のこの先の未来すべては、黒羽と共にしかあり得はしない。

 

 苦しみだけが、心に(こご)ったまま腐敗し続けていく。

 

 黒羽がいないままだと、俺はもう進めない。俺は、()には、無理だ。無理なんだ。

 

 死の現実(その当たり前が)、許せない。赫怒(かくど)が際限なく燃え上がり、否定せずにはいられないのだ。

 

 死んだ人を生き返らせたい。共にいたい。死んだ人間とまた会いたいと望んでなにが悪い。間違い正しさなどどうでもよい。道理など殺す。

 

 だから。

 

 なにをしてでも、取り戻さねばならない。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 

『愛しき人よ、生で在れ。お前は誰よりも美しい。何よりも美しい存在が、朽ちてはならない。失われることがあってはならない。

 

 愛する人へまた逢いたい。願いは間違っておらず。祈りも届いて(しか)るべき。残酷な現実などという逃げの言葉は許さぬ。光よ、在れ。

 

 蘇生(理想)は成るのだ。土になど還らせない。夢想妄想空想、否、これは否なのである。これは現実だ。蘇生が成るという現実。あり得ないなどと(のたま)うな。蘇生は現実に起きている。起きていることなら受け止めよ。無様な説法など口を慎め。今の(ことわり)として新生の価値観を持つのだ。

 

 

 ――蘇生よ、世に浸透せよ』

 

 

 

属性神(エレメンタル)――

来たれ新大地、(アースリフューザル・)

蘇生が当たり前の世は此処に在る(ヴィーダーベレーブング)

 

 

 

 そう。

『蘇生士』(リヴァイヴァラー)は諦めない。

 

 禁忌の果実を得るために、修羅道を踏破するために。ただ大切な人とまた逢うために。

 決して、諦めはしないのだ。

 

 たとえ自分と同じ苦しみを他人に押しつける(一人のお姫様を犠牲にする)ことになったとしても。

 

 正しさよ、死に落ちろ。

 

 

 

 修司が土屋に止めを刺す刹那、蘇生士は覚醒する。

 

 

 ヒーローは、地面に引きずり込まれた。

 

 

 地面すべて(・・・・・)が土の属性神(エレメンタル)で動いている。そう、地球が修司を殺す為だけに操作されていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ぐ、ぅうおおおおおおおおおおおお」

 ヒーローは地下に神速で埋められていく。凹凸状に変形された大地の壁で聖鎧も肉体も削られながら。

 

「土とは、大地である。大地とは、この星である」

 

 馬鹿げた拡大解釈を現実とするのは、死の間際に想念の覚醒を果たしたことによって――属性神の在処――この世遍くすべてのエネルギーが集積する場所へ接続した影響だ。

「その場所」へ繋がった結果、主人公()に否定され続けてきた蘇生の願いを持つ者たちの嘆き、怒り、執念が、土屋創(つちやそう)という一人の属性司者に収束していた。

 今まで負け続けていた概念を背負う者の覚醒は、その想いを持つ者全てを巻き込んだのである。

 

「正論に苦しめられ潰されてきた哀しき同胞達よ。今こそ力を、我に託してくれ」

 

 勝てと、その願い(蘇生渇望)を抱き敗亡(はいぼう)したすべての者が言っている。土の蘇生士の背中を全霊で以って押している。

 土屋の逸脱した出力と効果範囲があったからこその「その場所」への接続、今まで属性力を扱う者の中で蘇生の願いを抱いた者達の精神とリンクし、出力を無限大に上昇させていく。

 

「我にはこれほどの運命(覚醒要因)がついている。光の少年、君はどうだ?」

 

 光の墜落が止まらない。修司が最初に落とされた数百メートルどころか、地殻を突破し、上部マントル、下部マントルを抜けて、D"層、外核、地下約2900km地点まで到達。まだ埋められる。

 川さんの祈りの力ですら、焼け石に水だ。

 

 

「――正論が蔓延(はびこ)っている。

 

 蘇生が成り立つ世の中になってしまったら命の価値は無くなる。失ったら取り戻せないからこそ人の命に価値はある。倫理に反している。死んだ人のためを思うなら背負って進むべきだ。彼女は生き返ったとしても悲しむだろう。生き返ったとしてそれは本当にその人なのか、違う誰かなのではないか。

 

 ああ、聞き飽きた。聞き飽きたぞ。

 うんざりだもうやめてくれ。

 

 それらの言葉は死者を蘇らせる手段がないという現実があったからこその、「今」に納得するための方便でしかない。

 実際に蘇生を実現させる手段が出て来てしまった今、無理に苦しんで納得する必要などどこにもない。

 可能になってしまえば容易く常識は変わる。常識など脆いものだ、所詮人が定義したもの。

飛行機がなかった(人が空を飛べなかった)頃も、人は大地に足をつけているからこそ人なのだとでも(さか)しらに(のたま)われていたのではないか? 今なら嘲笑されるような価値観だ。蘇生も同じだ。できるようになれば、同じように当たり前になる。

 生き返らせる手段があるのなら生き返らせればいい、また会えるのなら会えばいいのだ」

 

「何度でも言おう。僕は願いを否定しない、それは嘘じゃない。けど、「自分の大切な人を取り戻すためなら、人の大切な人を犠牲にしてもいい」なんて、そのやり方だけは絶対に許さないし阻止するよ」

 

「耳が痛いな。完膚なきまでの正論だ。だからこそ苦しい。いらないのだよそんなものは」

 

 土屋はもう止まれない。黒羽(愛する女)に逢えないのなら、彼にとって間違い正しさなど総じて無価値でしかないのだ。

 

ヒーロー(正しさ)、埋まれよ」

 

 内核、地下約5100km地点に到達、まだ埋められる速度は衰えない。

 

 

 

「何が起きてるんだ……」

 状況は犇々(ひしひし)と理解している。出力が上げられ過ぎた属性神(エレメンタル)は、属性司者(ファクターズ)である俺に状況を正確に理解させた。だが、現実が認められない。修司(ヒーロー)の抵抗がほとんど意味をなしていないなどと。

 

「埋めたぞ。地球の中心まで」

 

「は?」

 

「光の少年は今、地下6400㎞の地点にいる。364万気圧、5500°Cという超高圧高温地帯だ。人が生きていられるような空間ではない」

 

 でも修司は普通の人間ではない。

 生きているはずだ。

 先までと同じようにすぐ脱出してくるはずだ

 ヒーローは覚醒して戻ってくる。今にも光に覚醒し、腕を突き上げながら地面から飛び出てくるだろう。

 絶対に。

 絶対にそうなんだ。

 

「属性神で操るマグマに浸からせ、属性神が凝縮した地球すべてで潰したのだ。どのような超越者だろうと、死以外に末路は用意されていない。地球の中心で、死ね」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 遅いな。

 

 あれ。

 

 なんで。

 

 覚醒するのに時間がかかっているんだな。そういうときもあるからな。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 だが、いくら待っても、何も起こらない。

 

 戻ってこない。

 

「聖戦のエネルギーは、確かに充填された。属性司者が命を落とさないとあれは充填されない。つまり、我は、勝った、のだ」

 

 土屋は息も絶え絶えに、自分が本当に勝ったのか確かめる。杜撰(ずさん)な勝敗確認だ。修司が負けることはないのだから。

 

 俺には、散った属性神が無数の粒子となって降り注いでいる光景など見えない。

 

「思い知ったか、主人公()よ」

 

 お前こそ修司の凄さを思い知れ。今すぐにでも戻ってくるんだからな。

 

「負けちゃったね、天谷くん……」

「そんなわけないだろ」

 

「しゅう、ちゃん……?」

「うそ…………」

 

 川さんとお姫様も、ただ目の前の光景が信じられないのかその場で動かない。もっと修司を信じて堂々としてろよ。君らあいつのヒロインだろ。絶対に修司は戻ってくるんだ。

 

「我は、間違っていない。そうだろう。黒羽」

 土屋の呟きが、寂しげに深夜の学校に響いた。

 

「蘇生の願いが勝利した瞬間だ」

 

 なに、勝ったつもりになってんだよ。

 

 

 

 



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10 立つのよたかし

 

 

 

 幼馴染(わた)が俺のそばにいなくなってから、三年の月日が経った。

 あれ以来、自分は主人公ではないと思い知らされた俺は、何もせず日々をただ浪費している。

 どうせ何をしたところで、俺に達成できることなど一つもありはしない。

 腐っていく時間を長く過ごした結果、自然と口調は荒々しくなり、口の悪いだけの何もしないクズ男の出来上がりだ。

 

 そんなある日、俺はまた非日常に巻き込まれることになる。

 異能を保有する者同士の、願いを賭けた殺し合い。よくあるバトルロイヤルだ。それが始まり、俺も強制的に選出された。

 

 でも俺は戦うつもりはない。頑張る気力などないから。もうこのまま死んでもいいと、本気で考えていた。

 自暴自棄に、なっていたんだ。

 

 

「死ね」

 毒手が迫る。グロテスクな蜘蛛の姿をした怪人が今まさに俺を殺そうとしている。この男も化け物なんかじゃなく、願いを叶える為にバトルロイヤルに参加した人間だ。俺に会うなりこの姿に変身して、蜘蛛の糸で拘束してきた。

 このままこの人の願いの為の犠牲になってやってもいいかなんて、俺は死の直前になっても思っている。

 死ぬのは怖いが、それよりもなにかをする気力の方がなかった。

 

「バカっっ!!」

 

 蜘蛛糸が斬り払われ、俺は誰かに抱えられていた。助けられたのか。

 

「なに命捨てようとしてんのよ!」

 

 翻るは、スカイブルーのツーサイドアップ。

 見るからに高価そうなドレスを纏った美少女に、俺は助けられたのだ。

 

 

 美麗な剣技で蜘蛛怪人を退けたスカイブルーの少女、リリュース・ローグインパネスは、以来俺を庇護するようになる。いや、俺が気に入らないから、つきまとったんだ。

 

(たかし)、戦いなさい」

「いやだ。帰れよ」

 鍵を掛けた自室の外から、リリュースがずっと煩く声をかけてくる。

「引きこもってないで出てきなさい! 敵はこんなところに隠れてようと見つけ出して殺しにくるわよ、こんなふうに!」

 刃が走る音の後、ドアがバラバラに吹っ飛んだ。

「ぎゃー!? 壊すなよ!」

 

「あなただって、異能者でしょう? それも、異能者の中でもいっちばん強力な属性司者(ファクターズ)! 選ばれた存在なのよ! 頑張れば強くなれるの!」

「そんなわけないだろ。負け犬は負け犬のままだ」

「うるさい! そんなことないわ! あなたはできる男よ!」

「できないやつはできないんだよ!」

「日本男児のド根性見せなさい!」

「根性なんかで解決できたらッ、こんなんになってねえんだよ!」

 

「ばかばかばかばか!」

「黙れバカ女!」

「ん~~~~っ!」

 無理矢理引き摺られながら立ち上がらせられる。リリュースの能力は身体能力強化、俺より力が強いんだ。

「やめろやめろやめろ何もしたくないんだ!」

「アタシだって、先天性の能力はただの身体能力強化だけしかなかった。でも剣技を頑張って、努力して強くなったのよ」

「自分が頑張れたからって人も頑張れると思うな。そんなのは人に苦しさを押しつけていい理由にはならない」

「あなたは一人じゃないって言いたいだけよ。辛いのはあなただけじゃないなんて責めたい訳じゃないの」

「どうしてそんなに、俺に構うんだ……」

「あなたは今立ち上がらないと死んでしまうから、放っておけないのよ。弟たちを思い出すから」

 リリュースの寂しげな表情からは、過去に何かがあったことを察せられた。

「一人じゃないから、立ち上がりましょう」

「お節介すぎなんだよ……」

「あなたみたいな泣き虫、強い男に変えてやらないと気が済まないわ」

 

 ……ったく。

 もう、諦めよう。

 リリュースがうるさいから、抵抗することを、諦めよう。

 どっちにしろ、力じゃ勝てないしな。

 俺は引き摺られるまま、リリュースへ身を任せた。

 

 

 真徳町にある小さな山の森の中に連れて来られると、リリュースは銀剣をドレスのスカートの中から抜き放つ。

 

「さあ、いくわよ」

「行くってどこ――うおお!?」

 リリュースが突然斬りかかって来やがった!

 咄嗟に大きく後ろに跳んで避けたが、一歩間違えば斬り殺されていた。

 

「なにすんだよ!」

「修行よ。実戦形式が一番早いでしょ」

「脳筋め!」

 そう言ってる内にも何度も斬りかかってくるから、避けるしかない。

 

「こんな古典的な修行、流行(はや)んねーんだよ……」

「うだうだ言わない!」

 

 しばらく避けたり、剣を凍らせて軌道を変えたりして凌いでいると、リリュースがポツリと零した。

  

「孝、属性司者のくせに出力弱いわね……」

「仕方ないだろ。俺は弱いんだ。悪い意味での例外(イレギュラー)、なんだよ。思い知ったかこの野郎。だからもう放っておいてくれ」

 

 俺は他の属性司者に比べて出力が極端に弱い。段階的に言えば、大体四、五段ぐらい低い。

 

「なに、知らないの? 属性司者は出力を上げられるのよ。いや、上げられるタイプの人がいる、が正しかったかしら」

「そうなのか!?」

「孝がどうかは知らないけどね」

「俺はどうせ、上げられないタイプのやつだよ」

 もし出力を上げられるのなら、わたを護るときに発揮してくれても良かったはずだ。けれどどれだけ力を出そうとしても、なにも変わらなかった。

「試してみなさい。やってみなくちゃわからないでしょ」

「わかったよ……」

 

 そばに立っていた大木へ手を(かざ)し、凍らせる。十メートル以上ある大木一本が、瞬時に丸々凍った。これでも普通の異能力者よりは強いはずなんだ。

 

「もっと力入れて!」

「どうやってだ」

「いつもどうやって凍らせてるの? それをもっと限界超えて強く放出する感じよ、きっと」

「きっとて、いい加減だな」

「アタシ属性司者じゃないし。異能力者同士の裏情報で知っただけだから当たり前よ」

 

 裏情報とか、関わるとろくでもないことになりそうな話は聞きたくないから、とにかく出力を上げることに集中した。

 凍らせる時の感覚、その延長線上での限界突破を意識する。

 

「いっ――」

 

 突如、内臓や脳、神経に直接焼いた鉄を擦り付けられたかのような激痛というのも生易しいなにかに襲われる。

 なんて考える間も無く俺は絶叫しながらのたうち回っていた。

 

「――――――――ッッッッ」

 

「孝!? どうしたのよ!?」

 

 ぷつん、と。意識が途切れた。

 

 

 

 意識が浮上する。

 

「あ、起きた?」

「いったい、なにが……」

「あなた、いきなり気を失ったのよ。出力上げるのってそんなにやばかったの?」

「あれが、出力を上げる感覚? 誰かの攻撃じゃなく?」

「状況からしてそうでしょ。敵の気配は一切ないわ。で、やばかったの?」

「やばいなんてもんじゃない」

 死んだ。と思った。むしろなんで死んでないんだ。

 もう、出力を上げるなんて考えたくもない。

 

「やっぱり、無理なんだよ」

 

 出力を上げられるのなら、わたを護りたいと力を願った時に発揮してくれても良かったんじゃないか。なんてさっきまで思っていた俺は馬鹿だ。こんなの使えるわけがない。無理に使おうとすれば脳が焼き切れる。あの時目覚めなかったのも当然だ。今より体ができていない時期に出力を上げられてしまったら、俺は自滅して死んでいただろう。

 

「でも、出力上げられるようにならないと、これから勝っていけないわよ」

「勝たなくていいんだ。俺はもう、負け犬以外にはなれない」

「情けない! 情けなすぎて涙が出てくるわ!!」

 リリュースは本当に涙を流していた。

「なんでお前が泣いてるんだよ。泣きたいのはこっちだ」

「孝は拗ねて諦めてるだけでしょ!」

「なんだとこの野郎!!」

 我慢できなくて掴みかかってやった。二人でごろごろ転がりながら髪を引っ張り頬を抓り、殴り合う。

「図星だから怒ったんでしょ!」

「黙れ」

「それとアタシは野郎じゃなくて女の子!」

「知るか!」

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「はぁ……はぁ……」

 お互い息も絶え絶えに疲れるまで取っ組み合って、今はもうただ寝っ転がることしかできない。 なにやってんだろう、俺……。

 

「孝、本当にこのままでいいの? アタシは嫌よ。あなたがこのまま死んでいくなんて」

「会ったばかりの他人のくせに、俺なんかに必死になって馬鹿みたいだ」

 激情家すぎる。暑苦しい。

「一人の弱い子供を見捨てることを賢いっていうなら、アタシは喜んで馬鹿でいるわ」

「子ども扱いか。見た目からしてそう歳は変わらんだろ」

「あなたなんて子供よ子供。震えて引きこもってる子供」

「かーちゃん……」

「誰がかーちゃんか! アタシはまだピッチピチの高校生よ」

「中学生だと思ってた」

「アタシがチビだって言いたいの? まだ殴られ足りないらしいわね中坊」

 俺は今中学生。リリュースは高校生。年の近い姉ぐらいの、年齢差。

 こんなに強いねーちゃんが最初からいたら、わたを護ってくれたのかな。

 ……いや、どうせスイムには誰も勝てない。

 

「これだけは言いたくなかったけれど、言うわ。このままじゃ孝は立ち上がらないと思うから」

「なんだよ。身構えさせるなよ」

 

「孝がちゃんと戦わないと、あなたを護ってアタシが死ぬわ。多分ね。足手纏いを抱えたまま勝ち抜けるほど異能者同士の殺し合いは甘くないから」

 

「酷い脅迫だ……」

 

 本当に、酷い。

 

 けれど現状を正しく理解させられた。俺が頑張らなければ、リリュースの命にまで危険が及ぶ。

 

 もうある程度仲良くなってしまった女の子が、また(・・)死んでしまうんだ。

 

 すぐに自分で気づいていなければなかった結論。俺は自分のことばかりで、人のことを慮ることができていなかった。

 だから、俺が、リリュースに今の酷い言葉を口にさせてしまったんだ。

 

「そんなこと言われたら、頑張る以外に、なにも選べないじゃないか」

「孝は、優しい男だからね」

「違う。もう過去の痛みを繰り返したくないから、俺が辛い思いをしたくないからだ」

 わたを失った時のような苦しみなんて、もう耐えられない。あの地獄を回避できるなら、なんだってする。

 

 結局、俺がまた戦う(こうなる)ことは最初から決まっていたんだ。リリュースと出会って、彼女の庇護対象にされてしまった時点で。

 

 

 それから俺は、頑張った。

 情熱の女リリュース・ローグインパネスに叱咤されながら、無心で苦痛への忌避を諦めた。

 

「出力を上げたら気絶するなら、何度でも試して慣らしていけばいいじゃない。骨は折れる度に強くなるのよ」

 スパルタが過ぎたけれど、文句は呑み込んだ。

「最後に使いこなせば、勝ちよ」

 

 何度も気絶を繰り返し、少しずつ、激痛の中意識を保てるようになっていく。

 

「なんだ、頑張れるじゃない。偉いわよ孝」

「うるさい脅迫されたからだちくしょう」

 

 

 でも、これだけじゃスイム(あいつ)並みの相手には勝てないだろう。

 

 純粋な出力だけではない。技量が足りなかったのも、スイムに敵わなかった理由として大きい。

 あの時の俺は、ちっぽけな力を正面から振りかざすことしか知らなかった。やれることは、あればあるだけいいのだ。

 

 スイムの強みは、遠距離からの逃れられない圧倒的な暴力だ。遠距離から水を大量に発生させ操る属性神は、もたもたしていたらすぐに水の中へ囚われ、詰む。

 だが極論で言えば、スイムが能力を発揮するよりも速く近づいて、攻撃を当てさえすれば勝てるはずなんだ。

 

 俺は高速移動する必要がある。奴が狙いをつける間も無く肉薄するために。

 氷の属性神を使っての、高速移動。それなら氷の上を滑るのが一番いいだろう。

 たとえまた水中に囚われても、上げられるようになった出力と合わせて、周囲の水を氷で押し退けトンネルのように道をコーティングしつつなら、移動は可能なはずだ。

 

 俺は昔の特撮の如く、心身を削る修行をした。

 リリュースに叱咤され、サポートされながら。さながら彼女は、おやっさんだな。

 おやっさんなんて呼んだら、また殴られそうだけど。

 

 

 そうして会得したのが、『氷結滑走(アイススラスター)』だった。

 

 

 まあ。

 全部、無駄だったんだけどな。

 

 

 想定が甘かったんだ。圧倒的な能力を前に努力なんて砕け散った。

 全ては無駄。隔絶した才覚と力の前では、凡人の努力など喰い潰される。

 化け物には敵わない。

 スイム・スーには敵わない。

 光のヒーローでなければ。

 

 俺はリリュースと出会い、一度光を信じて、砕かれた。

 そうして今、修司は土屋に地球の中心まで埋められ、帰ってこない。

 また、俺は信じた光を奪われるのだろうか。

 いや、修司は死んでいない。ヒーローは一度負けたって最後には絶対に勝つんだ。

 

 今はちょっと、なんか手間取ってるだけで。

 修司だって、人間だからな。

 

 

 

 

「ねえ」

「修司は生きてる。修司は生きてる。修司は生きてる。修司は生きてる」

「ねえってば」

「修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる修司は生きてる」

 

「――ねえ、高山くん!」

 

「あ……?」

 

 真ん前に、夢中の顔があった。

 

「なんだよ」

「なんだよじゃないよ! ずっとぶつぶつぶつぶつなんか言ってて、暗いよ」

「暗くない、修司は生きてるからな」

「ならもっと元気に信じなよ!」

「……ああ、まあ、うん、わかってる、そうなんだよ、そうなんだけどな」

「動揺しすぎ! 本当は信じてないんでしょ!」

「うるせえ信じてるわ! 白米が美味いことくらい信じてるわ!」

「私麺類派!」

「黙れ!」

「黙らない!」

「ああもうなんなんだよお前は!」

 ぽよん。

 近くで鬱陶しいことを叫びまくる夢中を腕で払ったら、手がクソデカい胸に当たってしまった。

 

「……えっち」

「う、うるせえ」

 なんで頬染めて上目遣いなんて、乙女みたいな反応してんだよ。小指使い物にならなくされた時は全く動揺してなかったくせに。

 お前そういうキャラじゃないだろ。異常者のくせに、なんだよ……。

 

「そもそもお前が死んじゃったねなんて言うから……」

「言われたぐらいで揺らいじゃうほうが悪い!」

「正論なんか言うなよ。苦しいだろ」

天谷(あまがや)くんは生きてるよ」

「だからお前が死んだって言ったんだろ」

「意見が変わったんだよ」

「手のひら返しが熱すぎる」

「高山くんが元気になるなら、意見ぐらい変えるよ」

「ならお前が異能バトル(この戦い)から離れてくれれば俺は元気になるよ」

「それだけは譲れないよ。ごめんね」

「狂人め」

「高山くんもでしょ」

 

「そもそも俺は揺らいでないし、修司は生きてるって最初から信じてる」

「どの口が言ってるの」

 今日の聖戦には、なんやかんや帰ってきてるはずだ。

 

 

 公園のベンチに、見覚えのある白髪(しろかみ)が目に写った。

「ぐす……しゅうじくん……」

「お姫様?」

「あ、聖戦の中心になってる羨ましい子!」

「それ本人の前で絶対言うなよ」

 

「ヘイカノジョ! 一緒に遊ばな~い?」

 止める間もなく、アホが絡みに行っていた。

「ごめんなさい。今はそんな気分じゃないの……」

「遊んでる内に元気になれば、涙も吹き飛ぶよ!」

「やめろ夢中。困ってるだろ」

「たかしくん……?」

 お姫様は、涙を流していた。それはそうだろう。修司が死んでしまったなどと思っているのだろうから。けれど修司は生きている。

 

「しゅうじくん、もう帰ってこないかも……」

「いいや帰ってくる。あの修司だぞ。君を置いてどこかへ行ったままなんてありえない」

「でも、儀式が完成しそうで……しゅうじくんが死なないと、そうはならないはずだから……わたしだって、もうすぐ――」

「そんなもの関係ない。あらゆる事情を蹴散らして戻ってくるのが、修司みたいな男だろ」

「この人こんなこと言ってるけど、さっきまですごく動揺してたんだよ。笑っちゃうよね。一緒に笑おう。あはははっ」

「黙れ! ……川さんはどうした? 川さんもお姫様みたいになってるのか?」

「あおいちゃんは、「しゅうちゃんは生きてる」って信じ切ってて。わたしも、信じたいけど…………」

 お姫様は混乱しているのか、俺が聖戦について何も知らないと思ってるはずなのに事情を零している。

 川さんもお姫様と同じくショックを受けていたように見えたけれど、すぐに持ち直したんだな。彼女は幼馴染だから、一番修司を信じているんだ。恐らく、俺よりも。

 

「なら信じよう。俺は信じてる。ルーお姫様も信じるんだ」

「信じなさい信じなさい信じなさ~い」

「何度も言わないで、頭がおかしくなりそう……」

「おい夢中」

「たかしくんもだよぉ……」

 

「でも、修司は絶対に帰ってくるし、本当に大丈夫なんだって」

 修司は、本物の光のヒーローなんだから。

 お姫様は俯いてしまう。

「うぅ……」

 でも、お姫様の反応が一番正常なのもわかっている。大切な人が死んだと思ったら悲しいし苦しい、死んでないかもしれないと思っても、心配するし悩む。当たり前だ。

 あまり元気になることを強要するのも、よくないのかもしれない。 

 

「どうしようか、夢中。俺はお姫様に元気になってもらいたい。だけど方法がわからないんだ。強制するのも逆効果っぽいし」

「それ本人の前で言う? ついに頭のおかしさが限界突破しちゃった?」

「もう一本の小指も壊死させてやろうか」

「できるの? 高山くんに? ぷぷぷぷっ」

 壊死した小指をこれでもかと俺の目の前に突きつけて煽り倒してくる。

「こいつ……」

 俺は苦々しい顔をすることしかできない。夢中はニヤニヤとなんか楽しそうだ。むかつく。

「人が元気になるには、やっぱり楽しく遊ぶしかないんだよ。遊ぼう! だるまさんが転んだしよう!」

「お前なぁ、ガキじゃねえんだから」

 

「ふふっ……変な人たち……」

 お姫様が、なぜか笑っていた。

 

「ほらね」

「なにがほらねなんだ」

「私が高山くんをおもちゃにすることで笑ってくれたんだよ」

「最悪じゃねえか」

 

「違うよ……」

 お姫様は微笑んで、顔を上げた。

「二人が優しいから、嬉しくなったんだよ」

 

「……そうか」

「高山くんなに照れてんの」

「うるせえ」

 

「わたしも、あと少し、しゅうじくんを待ってみるね」

 

 

 その後俺とお姫様は、夢中にだるまさんが転んだなどのガキめいた遊びへ強制的につき合わされて、日が暮れるまで遊んだ。小指を出されたら、断れないからな。

 

 

 



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11 スイム・スー

 

 

 

 

 いつの間にか、水の中にいた。

 

「がぼっ、んごばぅっ」

 

 ああっ。ああ……これはっ! あの女だ……っ!

 

 俺と夢中とお姫様は水に囚われ、 暴流に為す術なく流される。

 

「げほげほぉっ……!」

 いつの間にか、学校のグラウンドへ投げ出されていた。三人揃って激しく咳き込み、水を吐き出す。

 

「ふふふ~。丁度お姫様と一緒にいてくれてありがとうございます~」

 

 聞きたくない声、聞きたくない声が聞こえるっ……!

 

「なんで生きてるんだッ、スイムゥゥウウ!!」

「きゃーん可愛い反応です~っ。今日もイジメがいがありそう~」

 校舎の屋上端に足を組んで腰掛け、スイムがこちらを睥睨している。

 

「なになにまたバトル!?」

「なんで嬉しそうなのまなちゃん!?」

「お姫様、そいつは異常者だ、捨て置け」

 

「……なに私を放って楽しそうにしてるんですか~?」

 なぜか怒りを露わにしたスイムが夢中とお姫様を巨大な水球の中に捕らえ溺れさせた。

「がぼぼぼっっ……!?」

「ごぼっ……んぐぼっ……!?」

「そうそうそんな感じで苦しそうにしててくださいよ~」

 

「やめろスイム。二人を解放しろ! また俺を痛めつけたいだけなんだろう!?」

「いいえ~。聖戦完成のために、惜しいですけど負け犬さんを殺しに来ました~」

「聖戦……? 聖戦に俺は関係ないだろう!?」

「ありますよ~? 姫墜劇(プリンセスサクリファイス)において光の人が早めに斃された場合、エネルギーの補填のためにその分の生贄がいるんですよ~。

 その生贄に~、私が負け犬さんを選びました~。パチパチパチ~。だからもう、負け犬さんは聖戦の一部に組み込まれてるんです~、どぅーゆーあんだーすたん?」

 

「わかってたまるかッッ!! 修司は生きてるんだよォォオオ!!」

「今日は良く吠えますねえワンちゃん。その修司さんが死んだから儀式がこの段階まできたんですよ~? 現実見てくださいね~」

 そっちこそ今に見てろ。光のヒーローがいるという現実を。

 

「私が生贄に選んだとはいえ、あっさり終わってしまったらもったいないので、じっくり味わってから殺してあげます~」

 

 スイムには勝てない。さらにこの前逃げることもできないと、既に思い知らされている。

 だから俺はここで死ぬのだろう。

 それでも夢中とお姫様を逃がすぐらいはしないと、死んでも死にきれない。

 いや、俺が死んだら姫墜劇(プリンセスサクリファイス)が完成してお姫様も死んでしまうんだったか。

 なら俺もここで死ねない。だが勝つことも逃げることもできない。

 どうすれば、いいんだ……?

 修司……。

 

「早々に絶望顔晒さないでくださいよ~萎えちゃいます~」

 不満そうに唇を尖らせ、スイムは視線を巡らせる。目に留まったのは、夢中だ。

「負け犬さん、この子のこと大好きですよね~?」

「な、なにを言ってるんだ? 急に」

「答えないと今すぐ皆殺しにしますよ」

 本気の匂いが漂って、恐怖に流されるまま俺は叫ぶ。

「そんなわけないだろう!? 会ったばっかりだぞ!」

「いいえ、あなたはこの子のこと大好きです~。私にはわかります~。女の感舐めないでください~、気に入った男の子の好いた惚れたなんて簡単にわかりますよ~」

 スイムは何故こんな話を突然しだしたんだ。わかりたくない、

「それに好きになるのに時間は関係ありませんよ~。私だって会ったばかりの時に好きになったんですから~」

「俺は嫌いだよ。死ねよお前」

「ん~、この子が負け犬さんの好みなんですかね~それともお胸が大きいからでしょうか~。私も結構あると思うんですけどね~」

 スイムは自分の胸を持ち上げ何度も揺らす。あんな下種の体に俺は興奮したりしない。

 

 そうしてスイムは、俺が察していながら思い至りたくなかったことを簡単に口にする。

 

「そんな子を苦しめたら、さぞいい反応をしてくれるんでしょうね~」

 

「やめてくれ……」

「ふふふふっ、もういい反応してくれるなんてサービス精神旺盛ですね~。かわいいなぁ、好きな子傷つけられるのがそんなに嫌なんですか~? ふふふふっ~」 

 

 スイムは溺れ死にそうになっていた夢中とお姫様を水球から放り出した。

「げほげほっけほっ」

「ぶえ~じぬがどおもったっ……」

 

 夢中だけ、頭部を除いてまた水に捕らえ、水圧カッターで身体を切り裂く。

「いたっ」

 綺麗な白い腕や足がぱっくり裂け、鮮血が舞った。

「いったっ。いたたたっ」

 

「…………」 

 

 あれ、なんか呑気だな。

 実際傷つけられてるし命の危機なのは確かなんだが。

 夢中のリアクションが軽すぎて、重大に思えない。

 

「なんですかこの人。全然気持ちよくなれません」

 

「私今、異能力で傷つけられてるよね!? やばっ、貴重な体験だよ!」

「夢中……なんでそんないつも通りなんだよ」

「え? だって、高山くんがなんとかしてくれるよね?」

「できねえよ……俺の事情を脅して聞いたくせに、よくそんなこと言えるな」

「まー大丈夫だよ。大丈夫大丈夫っ。なんとかなるよっ」

「なんで笑顔なんだよ。いかれてる……」

 異常者だ異常者だと何度も思ったが、本気で頭が人と違うんじゃないかと、今真面目に思う。

 でも、怖いとも、嫌いとも思えない。

 なんでだろうな。夢中といると、やっぱり落ち着くんだ。

 

「あなた不愉快です……なに私の負け犬さんとイチャイチャしてるんですか? 死んでください」

 

「へぷっ」

 夢中は間抜けな声を出して、糸が切れたように倒れた。首から血が噴き出している。

「まなちゃん……!」

 お姫様の悲鳴と、穴の開いた夢中の喉からひゅーひゅーと辛そうな息が響く。

 

「騒げないほど傷つけてしまえば関係ありませんでしたね~」

 

「夢中……?」

 さっきまで騒いでいた彼女は、もう騒いでくれない。騒げない。

 夢中は、俺から苦しさ(真剣)を消せない状態になってしまった。落ち着き始めていた精神がまた急下降し苦しさが膨大に降り注ぐ。

 

「頸動脈は切ってないので~まだ病院へ連れて行けば助かりますけど~どうします~?」

 

「やめろ。やめてくれ。もう十分だ。もういやなんだよ!!」

 

「あははははっ、それですそれですっ負け犬さんは本当に私を喜ばせるのが上手なんですから~」

 

「あ、あああ…………」

 

 トラウマが直接弄り回される(また目の前で殺される)

 脳をあの女の指でぐちゃぐちゃに掻き回されているみたいだ。

 

 わたが眠ったように水中を漂う光景が、浮かび上がって張り付く。

 リリュースの死に顔も――。

 

 だから女と一緒にいるのは嫌だったんだ。俺と親しくなった女は死ぬ。いつもそうだ。そういうジンクスがあるんだよ。二回もあったんだから。

 なのに俺は、なあなあのまま夢中を遠ざけなかった。傷つけた罪悪感で脅されていたとか関係ない。無理矢理逃げて関係を断つのは簡単だったんだ。それなのに、俺は。

 ヒーローさえいれば良かったんだ。それなのに、ちくしょう。

 

 ――――――いや。

 修司も、死んでしまったのではないのか?

 

 考えてはいけない、思考するべきではないことが鎌首をもたげる。

 

 だって、何度も言われた。修司が死ななければ儀式が今の状態になることはないって。なら、なら、そんなわけが、ああ、でも。

 

 結局、みんな死ぬのか。わたもリリュースも、夢中も修司も。

 俺が出会った大切な人は、全員いなくなるんだ。

 

 

「ねえ負け犬さん? 頑張らなくていいんですか~? み~んな、死んじゃいますよ~?」

 

 今、目の前で、夢中が殺されようとしている。

 

 夢中は俺が助けてくれることを疑っていない。藍色の瞳は光を湛えて俺を見つめている。

 

 また、奪われるのか。これで三度目だ。

 

「……ちくしょう」

 

 勝てるだなんて微塵も思えない。けれど目の前で殺されそうになっていて放っておくこともできない。

 

 結局スイムに感情と行動を誘導され、コントロールされているだけなんだとしても。

 

星屑に堕ちた氷(ノヴァグラース)!」

 

 『氷結滑走』(アイススラスター)で、ただスイムだけを目指した。

 

「あはっ、ようやく、頑張る気になってくれましたね~。そうです、私だけを見なさい。私も、頑張っちゃいますよ~」

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 (おぞ)ましいほどの甘い声が響く。

 

『気持ちよくなりたい。快楽こそ、私が意思を持って存在する理由なの。

 この世よ、芸術であれ。(きら)びやかな鮮麗(せんれい)で、視界を一杯にして。

 醜き衆生(しゅじょう)は、綺麗な宝石になってと、願いと夢を届けるわ。

 悲鳴も苦鳴も、花開く前の祝福(かね)

 恐れることなどないわ。最上の美という高次存在へ至れるのだから。

 美しい花よ、あなたの花弁(かべん)を、余すことなく魅せておくれ。

 私はあなたの(とりこ)なの。

 だってこんなにも、気持ちがいいのだから。

 その綺麗を私の魂に突き入れて、絶頂の果てに逝かせてほしいの。お願いよ』

 

 それは恋文のようで、呪いの怨嗟のようで。

 

属性神(エレメンタル)――誰もが美しくなれる。私の快楽の為に(パラディースヴァッサァ)

 

 

 透き通る水のような色の聖鎧(せいがい)が、スイムの全身を覆い装着された。女性的な体のラインが出る丸みを帯びた装甲だ。

 

 そうか、これは「聖戦」なんだ。ここにきて俺は既に聖戦に巻き込まれているのだということを実感した。聖鎧を纏う敵に、自分が相対することで。

 

「れっつらすとぷれい~」

 

 腰をくねらせた阿婆擦れ(スイム)が、過去最高の殺意を浴びせてくる。

 

 属性神の水を細く渦巻かせた水圧ドリルが百、いや二百、無数に発生した。それをスイムは、俺へ向けて射出してくる!

 

「うおおおおおおおおおッ!」

 ドリルの雨中(うちゅう)、氷で防ぎ逸らしながら進む。けれど俺の出力や技術じゃあ、対処しきることなんてできない。腕も足も水に削られ、血を流す。

 こんな惨状でも、スイムが手加減しているからこの程度で済んでいるにすぎないんだ。本気で急所を貫くつもりで二百発以上も撃たれたら俺は既に肉の残骸と化していただろう。

 

 俺は(なぶ)られ続ける。

 そう、俺は勝てない。

 わかってる。わかってる。

 

「わかってんだよおおおおおッ!!」

 

 ただ突貫する。ザシュザシュザザザザザッッ。肌を斬り刻まれた。

 俺に痛みをより多く感じさせる為だろう、奴は俺の肌を破壊し過ぎないよう絶妙に裂き続け、さらに傷口を抉ってくる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

「あはははっ~苦しそうな顔! 快感~♡」

 

 もう、やぶれかぶれに、我武者羅に、や、る、しか、もう、わかんねえ……ッ。

 

「あまり欠損させすぎるのもいやですね~。命を奪った後は、負け犬さんも私の芸術作品の一つにするんですから~」

 

「あぶごはぁっ……!」

 

 口に水を捻じ込まれ、喉へ隙間なく固定された。

 息、がっ。

 

「がはぁっ! はぁ……!」

 

 窒息死しかけたとき、水の固定が解除され吐き出した。

 一瞬呼吸ができた。と思ったら間髪入れずにまた喉に水が固定される。

 

 溺れさせられ、窒息する前に解放され、また溺れさせられる。これは拷問だ。地獄の苦しみが延々と続けられる、拷問。

 

「げほげぼぅぉぁっ……」

 

 息ができないから、走ることもできない。いや、修司たちのような強者ならこんな状態でも走れただろう。でも俺には無理だ。反射で苦痛にのたうってしまう。

 

「うえあああ……」

 

 抜け出せない。

 

「え、泣いてるんですか~?」

 

 体の反応だ。ただの、鼻に水が入った体の反応で涙が出ているだけだ!

 

「泣いちゃいました~? 泣いちゃったんですか~? かわいすぎます~!! はぁぁぁ……♡」

 頬に手を当て恍惚の息を漏らす「俺イジメ中毒者」(ジャンキースイム)

 

 

「泣かないでたかしくん!」

 

 お姫様が、なんか光っていた。綺麗な白い髪が広がりながら。

 そういえば定式(セレモニー)で、「属性の巫女」とか言われてたっけか。その力なのかどうかは知らんが、とにかく覚醒したのか。

 

「たかしくん、まなちゃんを助けて!」

 

 属性力、だと思う力が流れ込んでくる感覚。これで俺に戦えっていうことか。

 やってやるよ。

 

 喉にある水を凍らせた後、溶かし飲んだ。これほどの精密性は、俺にはない。普段の力では喉ごと凍らせてしまっていただろう。お姫様が俺の属性神を強化してくれたんだ。

 だからこれは、俺の力じゃない、お姫様の力だ。

 うぬ惚れない。今さらうぬ惚れられるわけがない。

 ただ、戦おう。

 

 『氷結滑走』(アイススラスター)で、かっ飛んだ。

 速さは、以前の優に十倍はくだらない。

 

「やはり巫女の力は規格外ですね~。ふふふふっ~とてもいいですよ~」

 

 水の空間となった球形へ囚われた。それはもう効かねえぜスイム。

 周囲を凍らせ、足元を凍らせ、前へ進む。こんな程度で、もう止まらない。

 

「なら、これはどうですかね~」

 

 千を超える水圧ドリルが発生、射出された。

 

 ははっ、本当に、昔撃たれた数発は子供のお遊戯みたいなもんだったんだな。

 笑えてくるぜ。これでもスイムは修司とやり合った時よりも手を抜いてるんだ。ナメやがって。

 

 ドリルを避けながら空中を凍らせ足場を作り、屋上にふんぞり返るスイムへ向けて空を滑る。

 避けられなさそうなドリルは凍らせ落とし、それも無理なら氷の楯で逸らした。それでもドリルは掠め体は削られる。だが速度は意地でも緩めない。今は、お姫様の願いを叶える(夢中を助ける)ことしか考えない。

 

「そろそろ、溺れてみます~?」

 

 学校の敷地内すべてが水で満たされた。スイムの効果範囲と維持性もやはり伊達じゃない。

 また周囲だけ凍らせて道を作ろうとしたが、暴流に攫われ体を滅茶苦茶に振り回される。すぐに上も下も右も左もわからなくなった。

 方向がわからずとも自分の周囲を片っ端から凍らせ、御せる空間を増やして態勢を整えようとしたが、無駄だ。すぐに大量の水に押し流され壊される。

 

 ただただ大きい力に翻弄され潰される。また、今までと同じなのか……?

 いいや、違うッ!

 

氷結滑走・出力加速(アイススラスター・ブースト)ォォオオ!」

 

 お姫様の強化で、出力はいつもより上げられる。痛みを越え、昇華しろ。

 

 ただお姫様の力を信じて、進め。あいつに触れられる距離まで。その距離なら殺せるはずなんだ。

 

 いつしか俺の目前に、スイムの見慣れない仮面があった。いつもの憎たらしい顔が、今日は隠れて見えないな。ありがたいぜ。恐怖が薄れる。

 始めて、俺はスイムに肉薄できた(ここまでこれた)んだ。

 

 この女は生粋の遠距離型。俺の、勝ちなんだよ。

 

「と思ってますよね~?」

 

「がっ……!?」

 

 衝撃が(はし)る。頭へもろに食らったのか、意識、が――落ちそうになったところで、また衝撃が、いやこれは、足、蹴り技、だっ!

 しかも。

  

属性格闘技(エレメンタルアーツ)!?」

 

「私が遠距離だけが取り柄で、他を鍛えていないと思いましたか~? 楽しむためには技術がいるんですよ~?」

 

 属性格闘技(エレメンタルアーツ)とは、文字通り属性力(エレメント)、または属性神(エレメンタル)と合わせた格闘技だ。スイムのそれは、並み居る属性格闘技(エレメンタルアーツ)使いの技量を軽く超えていた。

 遠距離チートのくせに武闘派とか、ふざけんなよ!

 

「光の人相手なら、近づかれたら終わりでしたけど~。負け犬さん程度の実力なら~、余裕ですよ~」

 

 水を纏わせた足をくの字に曲げて構えながら、スイムは絶望を突きつけてくる。

 いや、違う。まだ絶望じゃない。近距離戦ができるからといって、今の俺が勝てないとは限らない。こいつと遠距離で戦うよりはマシなはずだ。

 

「ふふ~まだ戦意があるんですね~、かかって来なさ~い」

「言われなくてもッ」

 

 宙に発生させた氷の上を滑り、スイムの上から強襲する。戦いは上を取った方が有利だからな。手を翳し、聖鎧ごと氷つかせ――パリッ、スイムの表面に発生した氷は砕け散った。

 まずいッ……!

 嫌な感覚が走り抜け咄嗟に氷の楯を作ったが、無駄に終わる。

 パリン、ドンッ。

「かはっ……」

 氷楯(ひょうじゅん)を突き抜け、腹にスイムのつま先がめり込んでいた。

 こいつ、全身に水を薄く纏わせ細かく振動させて、破壊力と防御力を上げてやがるッ!

 出力は上がった筈なのに、凍らせきれない。もっと、出力を

 ――ドドドドドドドドドォォッッ!!

 全身に衝撃が奔り、気づいた時には屋上の硬いコンクリートに落ちていた。

 スイムはめり込ませた足で俺を宙に放り、秒間何十発かの連続蹴りを叩き込んできたんだ。

 

 長い脚を使った(しな)る蹴り技こそが、スイムの属性格闘技(エレメンタルアーツ)。酷い性格と同じで、動きが蛇みたいなやつだよ。

 

 俺はもう、ボロボロだ。スイムへ近づくまでに体を削られて血を流したのに加えて、奴の足で内臓にダメージを受け過ぎた。口の中は血の味で一杯だし、骨もいくらか折れている。

 

「ふふふふっ~接近戦ならなんとかなるかもしれないって思っちゃったんですよね~? 簡単に超えられると思い上がらないでくださ~い。私は慢心した油断を突かれて負けるような愚かしい敵役とは違うんです~。

 そう、手加減してイジメ抜く(楽しむ)ためには強さ(技術)がいるんですよ~。私は気持ちよくなるための努力を怠ったことはありません~。頑張ることを止めた負け犬さんとは違うんですよ~?」

 

「ううぅぅ……っ」

 

「私の目の前までこれたのだって、お姫様の力じゃないですか~。か弱い女の子におんぶにだっこで恥ずかしくないんですか~?」

 

「う゛う゛うぅぅぅっ……っ」

 

「ふふふっ~かわいいなぁ~もう~」

 

 もう、駄目だ。苦しいことばかり言われて(口撃されて)、身体も痛くない所を探す方が難しいしよ……。

 

 結局スイムは、遠距離だろうと近距離だろうと超越した強さを誇ることに変わりはない。修司を相手にした時は例外中の例外、だったんだ。修司は接近戦最強だから、スイムでも近づかれたら終わり。だが俺は、接近戦が強いってわけじゃない。

 俺相手なら、あの女にとってはどちらの方法で遊ぶか程度の違いでしかなかったんだ。

 

「ぐえっ」

 蹴り転がされた。しかも腹を、骨が折れてる箇所を。

 

「ふふふふ~」

「がっ」

 続けて転がされる。

 

「こうしてると、本当に面白いおもちゃみたいです~。蹴ると、気持ちいい音が鳴ってくれる私だけのおもちゃ~」

「ぐぅぁっ」

 

「楽しいなぁ本当に~……」

「ごぇっ」

 

「あなたとの逢瀬は、いつも私を(たかぶ)らせ、安らがせてくれます~」

「おぉっ」

 

「ここで終わらせるのは、本当に惜しいと思ってるんですよ~?」

 

 蹴り転がされ続け、ボロボロを越えたボロ雑巾以下のなにかに、今、俺は、なっている。

 

「でも、ここで負け犬さんを聖戦に組み込んだら、とっても気持ちいいんだろうなって思っちゃったんですよ~。思った通り、すっごく気持ちよくて楽しいです~」

 

 でも、一回だけ。力を、隠しながら溜める。

 

「だから最後まで、この時間を、ながくなが~く、続けさせてください~。できれば、永遠に~。時が止まればいいのにな~、ね、ねっ~? 負け犬さんもそう思いますよね~?」

 

 俺が、気力を完全に失ってるように見えるように。されるがままにやられてるように、見せかける。

 

 スイムが蹴り込んでくる瞬間――今だッ。奇襲で最大出力、以前までの全力の数十倍はある氷結攻撃を、腹への蹴りを甘んじて受けたままスイムの心臓へぶち込む。

 水を振動させて纏おうと、この威力と急所への命中なら―― 

 

「ふふふふっ~」

 余裕の笑い声が耳元をくすぐる。

 スイムは心臓の部分に、大量の水を覆うように留まらせていた。先までよりも強く細かく振動させて、さらに圧縮までさせて防御力をどこまでも高めていく用心ぶりだ。

 

「言ったはずですよ~? 油断なんてしませんって~」

 

 スイムは、奇襲にも即対応してくる。

 言葉通りの卓越した技術が、隙を一切与えてくれないんだ。

 こんなのもう、どうしようもないじゃないか。

 

「ではそろそろ~、目の前であのうるさい子を殺しちゃいましょうか~」

 

「なっ……」

「今諦めましたよね~? だから変化が必要だと思ったんです~」

「ふざけるなやめろっ!」

「同じことしか言えないんですか~? やめろと言って止まってくれる相手なんていませんよ~。特に私みたいな人は~。私のこと、何度も一緒に遊んで、あなたもよくわかってますよね~?」

「遊んでない。「一緒に遊んだ」ってのは双方が楽しいから遊びになるんだ」

「ふふふふ~」

「楽しいのは、お前だけだろォ!!」

 

「そうですよ~。それでいいんです~。私は最初から、自分が気持ちよくなりたいだけなんですから~!」

 

 水に攫われて、夢中が俺の目の前まで連れてこられた。ぐったりしていて、首からの血ももう流れていない。……おい、これ、今から助け出せたとして、夢中、死ぬんじゃ、ない、のか……?

 ふっ、と体から力が抜ける。なにをしても、無意味。虫が脳を食い荒らすようにそんな言葉しか考えられなくなっていく。

 もういやだ。なんで俺がこんな……。

 

「まだ、この子は生きてるんですよ~? 止血だってちゃんとしてあげました~」

 希望を捨てるなと、絶望を与えてくる側が(のたま)っている。

「今からじっくり殺すので、ちゃんと見ててくださいね~?」

 

「たかしくん頑張って……! 勝って! 勝ってよぉ……」

 お姫様の懇願する声も耳を素通りしていく。俺は今まで誰も護ってこれなかったんだ。ちょっと力をまた与えられたからって、うまくいくはずがなかったんだ。俺なんかに期待しないでくれよ。

 

 諦めきっていたのにな。なんでまた頑張ったりなんかしちまったんだ。だからまた、目の前で失うことになる。

 

 スイムが水の刃を、夢中の白い肌に刺し込んだ。呻き声、跳ねる体。聞きたくない! 見たくない! 耳を塞ぐ目をきつく閉じて(うずくま)る。

 

「だめですよ~ちゃんと聞いてください見てください~」

 

 水に腕を無理矢理引っ張られ、瞼を裏返るほど開かされた。

 

「ああっ……あああ……」

 

「ふふふっちゃ~んと、魂に刻み込んでくださいね~、私が与えた傷を、今まで与えた傷を、今から与える傷を、その身にずっと宿していてください~」

 

「ぁぁぁぁぁ……」

 

「だってあなたは、私のものなんですから~」

 

 ――――――――――――もう、いい。

 また護れなかったな。

 

 

 

 

 

「諦めるな、孝」

 

 

 

 

 光の、声。

 

 

 

 



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12 Justice

 

 

 

 光が。

 スイムに目を見開かされていたから、光が、よく見えた。

 幻覚じゃない。幻聴じゃない。これは、魂に届く、眩いばかりに輝く光なのだから。

 

「ああ……本当に」

 

 邪悪の水を払い、俺の前に立つ光の男。

 

「しゅうじくん!!」

 

 辛くて痛くて悲しくて苦しくて、どれだけ頑張ってもどうにもならないとき、ヒーローが助けに来てくれた。

 幻想のはずの光が、ここにある。

 

「立つんだ、孝」

 

 修司はお姫様抱っこした夢中を俺に渡してから、手を差し伸ばしてくる。

 

「邪悪が許せないのなら、立つんだ」

 

 夢中は安らかな寝息を立てていた。死の間際なようには、見えない。修司が、治してくれたのかな。

 

「修司、俺には無理だ……」

 お前がヒーローなんだ。俺じゃない。お前の光を、見せてくれよ。

 

「いいや、できるよ。孝なら、できる」

「違う。違うんだよ修司」

「護るために孝は戦った。僕も護るために戦っている。護りたい気持ちがあるのなら、君も僕と同じさ」

「ヒーローは、お前なんだ! お前だけなんだ!!」

 

「――――わかった。なら、僕と一緒ならどうかな?」

「え……」

「僕と一緒なら、立てるかな」

 

 修司が真っ直ぐで優しい瞳で見てくる。けど、ごめんな。俺がヒーローを見ていたいだけなのは変わらないんだよ。

 

「本当に見ているだけで満足なら、どうして友達になったの?」

 夢中の声が聞こえた。腕の中へ視線を落としても、夢中は寝ている。

 

 俺が修司に近づいて、友達になったのは、近くでヒーローの活躍を見ていたかったからだ。

 

「本当に、それだけなの?」

 

 そのはずだ。

 

 …………。

 

 けれど。

 

 ――――――――――ああっ! ちくしょうっ!

 

 憧れの頼みだ。これは、修司(ヒーロー)が、俺にそうしてほしいって、求めていることなんだ!

 

 俺は、それに応えるだけ。

 

 だから俺は光に向かうわけじゃない。俺はヒーローじゃない。俺は変わらない。

 

「……一回だけだ」

「?」

「修司にそこまで言われたら、一回だけなら、立ってやらんこともない」

「うん。じゃあ、それでいいよ」

 

 修司の手を取って立ち上がる。スイムを俺の手でぶっ飛ばしたいとは、思うからな。

 

 ここまでスイムは、周りを窺いながら考えごとしている様子だった。

 

「逃げないのか、スイム?」

 慎重派なんだろう、お前は。修司が来て逃げないなんて悠長すぎるぜ。

 

「逃げたいのはやまやまなんですけど~逃げられそうにないんですよね~。儀式はちゃんとしないとあの人たちに怒られてしまいますので~」

 他の属性司者たちのことか。スイムの事情なんてどうでもいいけどな。

「ああもーなんで生きてるんですか化け物ですか人を名乗らないでください~っ。無粋な光(あなた)が生きているせいで全部台無しです~」

「これが修司だ。参ったか。参れ」

「ふふふふ~……そんなに元気になっちゃっていいんですか~? 負け犬さんのくせに~」

 

 殺気が。そこらの属性力使いなら向けられただけで意識を手放しそうな全力の殺気が叩き付けられた。先程までの殺気ですら、過去最大だと思っていたのに、あれでも本気で殺す意思はなかったっていうのか。

 

「私は、全力を出せばいいだけなんです。ここで終わらせてしまいましょう~」

「油断はしないんじゃなかったのかスイム。ヒーローを正面から潰そうなんて最大の油断だろう」

 スイムがどれだけ恐ろしかろうと、修司は負けないんだ。現にこうして戻って来てくれたのだから。

「油断ではありません~。本当に「全部」使えば、規格外の一人や二人、私なら()れますよ~」

 

「孝、受け取って」

 俺の肩に手を置き、修司が俺に、勝つ為の力を貸してくれる。

 属性神の氷に光が注ぎこまれた。なにも為せない闇の氷が、勝利することができる光の氷へと進化する。

 修司は、他者強化すらできてしまうんだな。すげえぜ。

 

照誕(しょうたん)せよ――終幕への仮剣(ラストセイバー)

 

 氷の属性神に力を籠めると、形状は自然に剣と成り、光輝く氷の剣が手に携えられていた。

 

「そういえばスイム、お前とやり合うのもこれで四度目だな。お前も今回で終わりって言ったんだし、そろそろこの因縁にも決着をつけるとき、だよな」

「そうですよ~だから私が気持ちよくなって終幕するんです~」

「いいや、俺の勝ちで終いだ」

 

 学校の敷地内が水の世界と化す。

 俺は剣を一度薙いだ。それだけで水はすべて瞬時に凍りつき、砕け、光となって散った。

 これが、悪を切り裂く聖剣、だ。

 借り物の、だけどな。

 

「負け犬さんみたいなミジンコレベルでも、ここまでにするなんて、ほんとにふざけてますね~」

「当たり前だ。俺が憧れたヒーローの力だぞ。ナメんな」

 

 斬ッ。

 無数に降り注ぐ水の槍も。

 斬ッ。

 水の世界と共に暴流が襲いかかろうとも。

 斬ッ。

 すべてを氷散させる(斬り裂く)

 

「どうしたスイム? さっきと同じ技だぞ。本気で来いよ。最後なんだろォ!」

「ふふっ。負け犬さんいきがり過ぎですよ~?」

 鼻で笑いやがったなこの女。

 終わらせてやる。

 

 俺は屋上を蹴り跳躍し、光の速さでスイムへ迫った。

 

「はいわたちゃん」

「は――――――」

 目の前にわたが浮いていた。懐かしい栗色の髪が水に漂って。

 いや、これは死体だ。スイムがあの時奪って、保管していた。それをどこからか取り出して俺の目の前に出現させたんだ。

 

「――孝!」 

 

 修司が焦ったように叫ぶ。俺は思考停止していた。それは致命的な隙となる。

 

『水素爆弾』~

 

 視界が白く、白くなる。あとは、わからない。滅茶苦茶だった。轟音が、聞こえたのかもわからない。

 ただ、光に護られた。修司に助けられた感覚だけがある。

 

 ――――――――――ッッ。

 

 気づいた時には、倒れていた。煙が晴れた視界には息も絶え絶えに立つ修司と、俺と同じく護られたお姫様と夢中、そして無傷で水中を浮遊するスイムが、わたの死体を抱きしめている。汚い手で、触れんなよ。

 俺も修司も全身が焼け爛れて血塗れだ。水素爆弾とか言っていたから、放射線に被爆もしているかもしれない。属性司者はそれぐらいで死にはしないだろうが、俺は今指一本動かしたくない。それなのに俺より傷が酷い修司が立ったままなのは流石だ。

   

 校舎は木っ端微塵に消滅し、学校の敷地内は更地どころか、死の土地と化していた。

 これが聖戦内でなかったら、国が容易く滅んでいただろう。

 

「私の力を侮っていたようですけど~忘れていませんか~? 私は負け犬さんと遊ぶのも大好きですけど、芸術品を創って収集するのも大好きなんですよ~? わたちゃん然り、世界中から集めた巫女の力は、たっぷり貯蔵しているんです~」

 

 この惨状を生み出した破壊力は、わたの死体に保存してあった巫女の力を、使った結果なのか。それで、水素爆弾を発生させるほどの力を引き出したんだ。

 

 重()素と三重()素の核融合。それによって水素爆弾は作られる。核融合を個人で現実にするほどの馬鹿げた力を、巫女の力は秘めているってのか。

 スイムの精密操作性が元から高いのもあるだろう。巫女の力の後押しで、核融合させるほどの原子核衝突(操作)ができるようになったんだ。属性神の水を用いて発生させていることから、核兵器の威力すら凌駕しているだろう。

 

「それがお前の奥の手かよ、くそったれ」

 お前はいつも、どこまでも俺を苦しめる。よりによってわたの死体を俺の目の前に突きつけてきやがって。

 

 まだ、君も囚われているんだな。わた。

 俺が、救ってやる。

 

「そうだ孝。やるんだ。君ならやれる」

 

 ああ、『終幕への仮剣』(ラストセイバー)は健在だ。お前となら、まだやれるよ。

 

 いつもなら諦めていた状況、俺は立ち上がる。

 

『水素爆弾』

 

 強威力だから一発しか撃てないなどということはなく、スイムは即二発目を撃ってきた。だが今は先よりも距離が離れているし、隙を突かれたわけでもない。爆発に合わせて聖剣を振るえば、凍りつき光となって核の破壊力は霧散した。

 

「私からすると光の力の方が、摩訶不思議で理不尽だと思うんですよね~。自覚ないんですかイカレ野郎ども~?」

「うるせえ、んなもん知るか!」

「ふふふふ~……」

 

 水素爆弾が発破される。何度も何度も。いくら聖戦内とはいえ、こんなに乱発されたら聖戦が終わった後も、本当に人が住めない土地になっちまうぞ。これ。

 核の威力を斬り散らしていくが、完封は無理だ。タイミングをずらされたり連続で発生されたりなどされたら、逃した余波で身体は焼かれる。

 それに修司から借りた光も無限ではない。もうすでに容量を超えて扱い続けている結果、血管が千切れ内臓が軋み、喀血が零れた。

 

「もう瀕死なんですから~、このまま消耗していけば死にますよね~? 死んでください~。できれば、負け犬さんの死体は綺麗なものが欲しかったです~……」

 憂いを露わにした表情で、本気で残念に思ってんだろうな。この女は。

「おい、もう勝ったつもりかよッ……余裕だな、スイムゥ」

「勝ちですよね~? いくら「光」が馬鹿げていると言っても、その体で巫女の力を何度も耐えられるとは思えません~」

「地球の中心から帰って来た男の力を舐め過ぎじゃないか?」

「地球の中心より私の方が強いですよ~」

 

 奴が言う通り、このままではジリ貧な事実は立ち塞がった現実だ。

 俺は、一度でも水素爆弾の直撃を受けたら死ぬ。修司はともかく、俺はな。だから迂闊に近づくことすらできない。

 ただなにもできないまま、属性神で造られた核の余波で命が削られていくだけ。

 

 ならば、どうするか。

「どうすればいい……」

「ここから刃を届かせ、止めを刺すんだ」

「できるのか、修司」

「うん、できる。行くよ」

「わかった」

 修司がいうなら、その通りになるさ。俺は信じている。

 

「孝、今だ」

 修司の光が、瞬間的に先までの数倍多く注ぎ込まれた。俺の体が壊れない、ギリギリまで。いける(・・・)。そう感覚でわかったから、聖剣を振るった。

「届けェッ!」

 

 上空数十メートル先まで、聖剣が刹那の間に伸びた(・・・)

 

 水素爆弾の威力を斬り払いつつ、光の刃がスイムの首筋へ、到達する。

 

 

 

「くひっ……」

 光の刃が、私の、もう目の前に迫っています。ここから避けるのは、無理そう、ですね~。

 

 

 ――私が属性神に目覚めた時、水の世界の中、仲の良かった妹の死体が浮いていました。

 

 高級糸のような私と同じ水色の長い髪。ふわりと広がり漂うかわいいワンピースのスカート。

 

 私は崩壊したお屋敷のリビングに座り込みながら、釘付けになっていました。

 

 あのワンピースは、私とお母さまが選んでプレゼントしたのを妹が気に入って、毎日のようによく着ていたもの。あの子に似合うそのワンピースは、死に装束としても、とても素敵で。

 けれど、表情が、苦しみ抜いた後の、この世すべてを呪うような醜い顔だけが美を損なっていたから。

 

 どうか、いつものかわいい妹の顔に戻ってくださいって、願ったんです。その祈りが自らに宿った属性神(かみさま)に届いたのでしょうね、見る見るうちに醜い表情が整えられて、安らかに眠っている天使のような表情に変わってくれました。

 

 その光景が、あまりにも、あんまりにも、綺麗だったから。

 

「エクスタシィ…………!」

 

 私は、十歳にして初めて絶頂してしまいました。

 

 それが、私の原点です。

 

 これ以外では、気持ちよくなれません。

 

 気持ちよくないと、生きていけません。

 

 気持ちよく、生きていきたいから。

 

「だから私は、これからも美しいものを創って、快楽を貪るんです~!!」

 

 リリュースちゃん(負け犬さんの女その二)と、巫女ちゃん数十人(・・・)を水の中に出しまして~。

 

『水楽園・終幕』(バッサァエデン・フィナーレ)

 

 

 

 

 俺の視界全てが暗闇に包まれた。

 

 さらに全身へ超高負荷の圧力が掛かる。そして。

「ごぱぁっ……!」

 水。ここは極寒の水中だ。

 

 属性神で創られた深海の底、此処(ここ)は、そんな場所なのか。水圧が、自然界の深海を越え何千倍も――潰れた。

 

 俺の全身は、水に潰されて塵屑(ごみくず)と化す。

 

 逃げる術など無かった。抗う術など無かった。いつの間にか周囲すべてが深海だったのだから。

 

 スイムの出し惜しみのない全力は、抵抗を一切許さずにすべてを力でねじ伏せる。

 

 俺の意識は水底(みなぞこ)に沈んでいく。セイレーンに足を全力で引かれるように。修司の光が、見えない。お姫様も、夢中も、何も見えない。

 

「言った通りでしたよね~? 私が全力を出せば超越者の一人や二人、容易に殺してしまえるんですよ~」

 

 最後に、あの女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 これで終わりなのか。

 いいや、違う。違うんだ。

 

 俺はこうして、まだ、ものを考えているじゃないか。なら生きている。生きているなら、まだ終わりじゃない。

 

 死んだら極楽浄土に行ける。ものを考えられない無になんかならない。ああそう信じているよ。いるけれど。

 

 今は、考えられるということを戦う力にさせてくれ。

 

 だが俺では、なにもできない。一人では、負け犬の俺に勝利を掴むことは不可能だ。

 

 修司!!

 

 

「俺は、ヒーローを信じ続けると決めたんだ」

「僕は、ヒーローで在り続けると決めたんだ」

 

 

 だから、ヒーロー。

 

 たすけてくれ。

 

 

「わかった」

 

 

 暗闇の底から、光が芽生え、やってきた。光の球のようなものが、俺を助ける為にやってきてくれた。

 俺の前に、光がある。暖かい。体の感覚が、徐々に戻ってくる。

「行こう」

 光に誘導されるように、死の世界を共に泳いでいく。

 何処(どこ)へ向かっている? 愚問だ。

「勝利を得られる場所へ」

 

 

 道の途中、光が離れた。背中を押されるように、推進力だけ残しながら。 

「ここからは、一人で往くんだ」

 心細さが襲った。自転車に乗れなかった幼き頃、後ろの荷台を支える親に手を離されたのを知った瞬間のような、そんな、先への不安。

 けれど、待ってとは言えない。

 今言ったら、恐らく俺はこの暗闇の底に墜ちていき、二度と光を見ること叶わないと感じてしまったから。

 奴の本気は、油断した者を刹那の間に足元を(すく)い終幕させるだろう。

 

 この先に、あの女がいるのがわかる。

 俺の人生を蝕み続けた、これからも忘れることはできないだろう邪悪が。

 

 視界が、開けた。

 

 そこ(・・)へ辿り着いた時、聖剣の切っ先がスイムの心臓を貫いていた。

 

 

「斃せたと、思いましたか~?」

 

 

 心臓を、貫いてはいる。

 

 しかし、刃が通った心臓の内側は属性神(エレメンタル)の水と成り変わり、聖剣を挟み込んで止めていた。

 

「心臓を取った程度で私を殺せるとお思いでしたか~?」

 

 刃と水の間で、光の粒子と氷と水が火花のように散り拮抗する。

 

「だが動きを封じた俺を今この瞬間に殺せていないということは、お前も防ぐので精一杯ということだよなァ!」

 

「こんな棒切れすぐに()し折ってやりますよ~」

 

 スイムの右隣にスカイブルーのツーサイドアップが、左隣に栗色のふんわり髪が翻る。わたとリリュースの死体が水中に浮いていた。

 

リリュースちゃん(この子)も、負け犬さんの大切な女の子ですよね~?」

 

 ああそうだ、その通り。リリュースも大事だ。だがそれはまたお得意の精神攻撃だとわかっている。二番煎じなんだよ。動揺してなどやるものか。

 リリュースも、わたと同じで囚われたままってことなら、今すぐに解放してやるだけだ。

 

「リリュースちゃんは本当にいい感じです~。この子、私に一番力をくれるんですよ~。髪色が同じだと、属性神と巫女の親和性が増すんですよね~」

「リリュースの、綺麗なスカイブルーの髪を侮辱するな! お前の(水色)なんてドブ色で十分だッ」

「失礼ですねひどいですよ傷ついちゃいます~。負け犬さんの分際で~」

「ぐっ!?」

 

 聖剣の半ばに(ひび)が入る。

 

 スイムの出力が上昇(・・・・・)し、聖剣へ掛かる負荷が上乗せされた結果だ。

「お前も、出力上げられるのかよッ」

 ただでさえ最高峰の出力を誇っているくせに、痛みを伴いさえすればまだ上げられる(強くなれる)など、世の不平等が具現化したような存在だ。

 

「この、インチキめッ」

「だから、それ負け犬さんが借りてる力にも言ってくださいって~」

 

 このままだと本当に()し折られる。折られたら、そのまま殺されるだろう。

 

 だが剣から手を離せばスイムは全力で抵抗する必要がなくなり余力が生まれ、致命の一撃が飛んでくることは確実だ。今拮抗しているのは、俺がこの手に持つ剣で斬り伏せようと力を入れ続けているからに他ならない。

 

 ならば、この局面俺はどうすればいい。修司には一人で往って来いと送り出された身だ。ヒーローの力を借りた後は、一人で考え勝ち取らなければならない。

 (けん)を手離せず、この(つるぎ)に意思を込める以外に力を割く余裕などないのは俺も目の前の敵と同じ。

 

 ――つまり、あとはもう意地だ。根性で乗り切る(・・・・・・・)しかない。普段の俺なら根性で強くなれなどしないが、修司から借りた光が根性論を最善の論に昇華させていた。

 勝ちをもぎ取ろうと意志を強く持つ度に、力が湧いてくる。

 

 ただヒーローを信じる。ヒーローから授けられた聖剣を信じる。

 

「わたぁ! リリュースゥ!」

 

 その叫びを奮起の気合に、鎮魂の想いを乗せて柄を握る。精神へ呼応し聖剣が輝いた。

 

「――スイムゥッ!」

 

 勝利への道を、長年の怒りと共に見つめる。

 

「そんな熱烈に見つめないでくださいよ~。ぐちょぐちょになっちゃいます~」

「血でぐちょぐちょにしてやるから待ってろ」

 

 聖剣から溢れ出した光が、物理的な破壊力となって拡散した。その光は俺を擦り抜け、スイム(邪悪)のみを傷つけ凍らせる。

 スイムは避けようと体を捻らせたが、頭部を覆う聖鎧()が砕けた。いや、兜を犠牲に衝撃を逸らしたんだ。憎たらしいスイム・スーの顔がお目見えだぜ。美人だなァ。見飽きたよ。ずっと隠しとけ。

 

 相手が回避のために動いたことで拮抗のバランスが傾いたからか、属性神の水(スイムの心臓)へ光の刃が食い込んだ。水が光に割かれていく光景はモーセの海割りの様。

 

「ふふ……ふふ~…………」

 

 焦っているのか、スイム。汗が垂れてるぞ。

 

 本当に、修司の力は強いな。

 

 誰かを救える剣。邪悪を討ち倒せる剣。最初からこの力を持っていたら。――そんなもしも(IF)、今さら考えたって意味はない。

 それに今だって持っているわけじゃない。ただの借りものだ。拝するヒーローが望外(ぼうがい)にも力を授けてくれただけなんだ。

 

 だけど。だけどだ。借りものでもいい。今この瞬間だけは、わたとリリュースの為に戦う「男」でいさせてくれ。普段の俺は、勝利を投げ捨て敗北に憑かれた「犬」でしかないからな。

 

「うおおおおおおおおおおおおッッ」

 

 スイムの心臓は徐々に切り裂かれていく。

「終わりだスイム」

 

「――っ舐めないでくださいっ~!!」

 

 スイムの出力がまだ上がる。体のあちこちから血を噴き出させながら女邪神(めじゃしん)の如き形相で水を操る。

 

「なっ!?」

 

 水の心臓に聖剣が、(ひび)の部分から折られた。

 

「負け犬さァァァァんっっっっ?」

 

 女邪神が水の槍を手に致命と突き込んでくる。

 回避は不可能。逸らすのも防御も。

 

「知ってるかスイム。光は復活するんだ」

 

 折れた『終幕への仮剣』(ラストセイバー)の半ばから光り輝く刃が神速で再生し槍を弾いた。

 

「スイム死ねぇぇええ!」

「私はまだ快楽を得たいんですぅぅぅぅ~!」

 

 至近距離で聖剣と水剣水槍の剣戟が巻き起こる。様々なタイミングで水に閉じ込められ溺れさせられそうになりながらも、それを光で消散させながら、ただ剣を振り続けた。

 

「くぅぅぅううっぅ、あ、はぁはぁぁ……」

 スイムは苦悶に喘ぎながら血塗れの戦鬼と成りこの場の勝利を優先している。

「私は気持ちよくなりたいだけなんです~こんな苦痛感じながら戦いたくないです~……」

 

 だが、戦況は順当(・・)に俺が押していた。

 

 なぜなら、修司は途中から俺へ送り込む力の容量オーバー分の代償を肩代わりしてくれているからだ。

 属性神の出力を上げるには常軌を逸脱した痛みを伴うが、今俺は痛みを受けていない。すべて修司が引き受けてくれている。

 スイムは消耗しながら強くなり、俺は痛みを受けずに強くなる。その違いが順当に俺を優位にしていた。

 

 それにスイムは俺と同様あまり痛みに強くはないようだ。

「意外と根性がないんだな、スイム。お前はいつも余裕そうになんでもこなすから、自分の痛みにも強いと思ってたよ。人には苦しませ抜く癖に、恥ずかしいとは思わないのか。修司と土屋は平然としてたぞ」

「あの二人が異常なんです~っっ!!」

 

 そうだろうさ、わかってるよ。

 

 ああ、勝てそうなのに。長年の悲願を果たせそうなのに。――自分への嫌悪感が止まらない。

 

 今のスイムを見ていたら、先までの高揚が嘘のように心は萎え始めていた。

 

 俺は自分が痛みを伴って全霊で前に進んでいないから、助けられているだけのズルい人間だから仇敵を追いつめられているんだ。

 

 痛みを他者に背負わせて勝ちを拾おうとしている、卑怯者で臆病者で弱虫な俺だから、今スイムの前に立てている。

 

「ふふ~……私に勝てそう(こんな状況)でも苦しそうな顔するんですね~。あなたはいつも苦しそうな私好みのいい顔をしています~」

「綺麗な顔が好きなんじゃなかったのか」

「芸術品にするならそうなんですけど~、生きている異性なら苦しんでいる顔の方がかわいくて好きなんですよ~」

 

 俺はそんなことを言うお前なんかの頑張る姿を見て、己を客観視して苦しんでいるのか。

 最悪だ。本当に、最悪だ。

 

 俺は変われないのに。今さら客観視しても苦しむだけなのに。思い知らされている。わたとリリュースを殺した、お前なんかにッ。

 

「このままだとただ私が負けますね~。――ならば~」

 

 スイムは、また巫女の死体をどこからともなく数人出現させた。チリチリと頭の裏に嫌な感覚が奔る。俺は『水素爆弾』の発動予兆を察知した。

 

 残りの巫女をすべて使って水爆を起こし、自分をも巻き込む自爆をするつもりなんだ。

 

 スイムは普段なら先に使ったように、水爆の威力を自分には及ばせないことが可能な程精密性に優れているが、今は超接近戦の最中。爆発性の類を自分から逸らすには流石に距離が近すぎた。スイムは今、自爆しかできない。

 

 俺も自爆を止めることはできない。爆発の起動自体はスイムの後ろに浮く巫女から発されるからだ。目の前のスイムを無視して起動の阻止は不可能。そして水素爆発の威力を斬り払ったとしてもこの距離では致死量の威力は残る。

 

「負け犬さんとの心中も、気持ちよさそうですし~。一緒に絶頂しましょ~?」

 

 奇しくもこの過去最大に仇敵へ近づいた状況が、彼女と俺の死を確定させていた。

 

「その確定を、僕が変える」

 

 修司が光となって飛来し、抱えきれない巫女の死体七人ほどの服に指をひっかけ攫って行った。

 これで水爆を撃てるほどの精密性とエネルギーはスイムから失われる。

 

「修司……」

 一人で往くんだとか言っておいて、俺の親友は過保護だな。いや、彼が甘くなければ、俺はここで確実に怨敵と運命を共にしていた。修司が優しいから、ここで俺が勝つんだ。

 

「ふざけてますよあのビカビカ野郎っっっっ!!!!」

 

「貫けぇぇぇぇええええッッ!」

 

 最終手段が崩され動揺した隙を突き、スイムの心臓を再び聖剣で以って貫いた。

 今度は、心臓を属性神の水化できなかった奴は、生命の鼓動に致命の光を受ける。

 

 

「……なんで~?」

「お前の負けだ」

「なんで、私負けるんでしょうね~? 油断してなかったんですけどね~……確実に殺せたと、思っていたんですけどね~…………実際深海にぶち込んであげた時に死んでたじゃないですかおかしいですよ……」

 

「知りたいか? 教えてやる」

 

 『終幕への仮剣』(ラストセイバー)に突かれながらも拗ねたような態度をとる、俺の人生に居座り続けた邪悪へ贈る言葉は。

 

 ――俺はズルいから勝ったんだ。

 

「正義は勝つ、からだ。俺はそれを真実だと、事実だと、信じてるからだ。修司は勝つって、俺の親友は最強なんだってッ!」

 

 邪悪(こいつ)へ叩き付けるのは、光だけでいい。俺が苦しむ真実を伝えたところで、スイムは悦ぶだけなのだから。

 

 それに実際どちらも本音(真実)だ。借りた力が最強だったから勝った(・・・・・・・・・・・・・・・)。どちらにも共通すること。正義は勝つ。借りた力が正義だった。それだけに過ぎない。

 

 数日前(以前)までは信じていなかった正義()。けれど今は修司(正義)がここに在るから。

 

 我がヒーローへ今一度感謝を込めて、聖なる剣の柄を強く握り込む。

 

 スイムの心臓に光と氷が浸透し広がり、『終幕への仮剣』(ラストセイバー)がスイムの全身を光へ浄化していった。

 

「なんですか、それ……あなた、光の人のこと好きすぎでしょう……結局「光」が理不尽だっていうことじゃないですか…………」

 

 諦めたように、呆れた表情をした後、スイムはなぜか口元を綻ばせて笑んだ。

 

「死ぬのは嫌ですし、まだまだ気持ち良くなっていたい気持ちもあるんですけど~……あはっ。負け犬さんに貫かれるのは、なんだか、今まで生きてきた中で、一番、気持ちいいです~」

 

 瞳を潤ませ頬を染め、恍惚に塗れた表情は恋する乙女のようで。

「満足するなよ。外道が」

 お前のような邪悪は、できるだけ長く苦しんで、不幸の限りを尽くしてから、消えろよ。頼むから。

 

 懇願空しく、スイム・スーという一人の女は、満足そうに死へと身を(やつ)した。己の殺した者たちと違って、死体は残らず、跡形もなく。

 

 

 

 

 スイムが消滅した後、何百人もの人間の死体が大地に投げ出された。あの女風に言うのなら、貯蔵されていた芸術作品たちが。

 確かにどの死体も見てくれだけは綺麗で、それが(むな)しく(おぞ)ましく、悲しい。

 

 その中には、わたとリリュースもいる。今、俺の目の前に、空乃咲(そらのさき)わたとリリュース・ローグインパネスが並んで安らかそうな表情を浮かべ、眠っていた。いつまでも愛おしい、スカイブルーと栗色が。

 

 俺の安らぎだった女の子と、俺を救って(再起させて)くれた女の子。

 

「わた……リリュース……」

 

 俺は、ようやく二人を取り戻した。――死体の、だけどな……。もう、遅いんだよな。

 

 今更だ。助けたなんて言えない。救えただなんて言えない。今はすでに負けた後でしかなくて、勝利の高揚も、僅かすら湧き上がってこないんだ。そもそも俺に本当の勝利はありえない。二人を殺された時点で。

 

「ごめんなさい……まもれなくて(弱くて)、ごめんなさい…………」

 

 いつの間にか、頬を熱いものが濡らしていた。俺は戦闘中何度も情けなく泣いたから、いつのものかはわからない。

 けれどやけに、渇いていなくて、今も熱い。

 

 肩に、手が置かれた。

 硬くて、頼もしい手。修司の手だ。

 

 それから、俺が二人の前から動けない間、親友はただそばにいてくれる。

 

 なにも言わないでいてくれたのが、脆い俺の心には、暖かかった。

 

 

 

 もう、わたとリリュースの声は、聞こえない。

 

 

 

 



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13 どうしようもない負け犬たち

 

 

 

「孝、これからは僕と共に戦う仲間になってくれないか」

 

 スイムとの因縁に決着をつけた俺は、一晩安静にし三割ほど回復した体を引っ提げ、修司の家に来ていた。

 リビングのソファで向かい合い、修司はそんなあり得ないことを言ってくる。

 

「言っただろ。俺には無理だ。俺はそんな大層な人間じゃない。光の仲間になれない、ただの友達だ」

「やはり、駄目かな」

「一回だけって、言ったじゃないか。俺に求めないでくれよ、頑張ることをさ」

「……うん、わかった。ごめんね孝」

「いや、いい……俺が情けねえだけだから」

 

 一時だけの頑張り。ただの、気まぐれ。俺は負け犬だなんだといいながら、極端に逃走へ徹することすらできなかった。そのくせ一度頑張っても続かない。気力がそこで尽きる。中途半端な、一番駄目なタイプってやつ、なんだ。

 

「孝、ここ最近の聖戦(戦い)、ずっと隠れて見てたよね」

「気づいてたのか」

「気づくさ」

 道理で俺が聖戦(あの場)にいたことへの驚きが一切ないわけだ。

 そういえば、お姫様もやけに疑問もなくナチュラルに俺の参戦を受け入れてたな。風の男(ルークス)にもスイムにも前からバレていたし、恐らく全員に気づかれていたのだろう。気づかれたうえで取るに足らない存在だと見逃されていた。俺は間抜けだな。

 

「戦いたくないってことは、見たいだけなんだね」

「そう、見たいだけだ」

「そうなんだ」

 特に嫌な顔もせず、修司は納得する。

 

「……止めないんだな」

「孝がしたいことなら、止めないよ。もし危険が迫ったら僕が対処すればいいだけだしね」

「俺三回死にかけたけど修司来なかったぞ」

 (むろ)と、ライバルトと、スイムに襲われた時で、三回。

 俺の自業自得だけどな。

「孝なら乗り越えられると思ったんだよ。本当に駄目だったら助けに入るつもりだった」

「かなり苦しんだけどな……」

「孝はそれでも乗り越えた。やっぱりやれる人だよ」

「過大評価が過ぎるぞ。スパルタも酷い」

 

「お茶です」

「ありがとう」

 修司に続いて礼を言い、川さんが淹れてくれた緑茶を二人で啜る。

 

 そう、この場には川さんと、お姫様と夢中もいる。聖戦に関わった以上、一度全員で集まることになったんだ。

 

「たかしくん、わたしもたかしくんが戦いたくないなら戦わなくていいと思う。だってたかしくんは、昨日のはともかく、否が応にも巻き込まれてるってわけじゃないでしょ。逃げようと思えば逃げられる辛く苦しいことなんて、逃げちゃっていいんだよ」

「お姫様……」

 自分は逃げられない宿命を生まれながらに背負っているから、お姫様はそう言ってくれるのだろう。

 彼女の価値観は、俺に優しかった。

 

「たかしくん、それでも昨日(あのとき)、頑張ってくれたのはすごくかっこよかったよ。ありがとうね」

 満面の笑顔が、美術品のような白髪(しろかみ)に映えていた。胸が高鳴る。

 

「ねえねえ聞いてわかったことがあるんだよっ!」

 

 夢中が突然大声を出した。さっきまでムムムとか言いながら額に皺を寄せていたのに。

 

「私! 記憶がないっ!!」

「は?」

「まなちゃんどういうこと?」

 

「またトンチンカンなこと言いだしたな。今すぐ嘘でしたって謝れ」

「さすがにこんな掻き回すだけの変な嘘つかないよ」

「……本当に、記憶がないのか?」

「うん」

「わたしはまなちゃんを信じるよ。友達だもん」

 お姫様がそう言うなら、とりあえず今は文句を引っ込めておこう。

 

「まなちゃん、逆になになら覚えてるの?」

「えーと……家族については覚えてないね。おかーさんもおとーさんも知らないし、学校もどこに通ってたのかわからないし、わかってることといったら、高山くんと一緒にいた方がいい気がすること、ぐらいかな」

「それでよく今まで過ごしてこれたな」

「まなちゃん、異能のバトルにすごくこだわってるけど、それについては?」

「それは最近自分で好きになった趣味だから関係ないと思う!」

「趣味かぁ」

 お姫様は思考停止したような表情で緩い声を出した。

 

「違和感なく今まで過ごしてたけど、記憶のある最近って外彷徨(さまよ)って異能バトル探してただけな気がする。夜も公園で野宿してたし」

 

「どういうことだよ……」

 よく考えたら俺も夢中についてはなにも知らない。俺の知っていることといえば、異能バトル(非日常)に関わりたいと絡んでくる異常な執着と、体に酷い傷を負わされても悲しみも怒りも浮かべないほど異様に寛容なことぐらいだ。

 

「まあでも特に困ったことはないし問題ないよっ」

「それでもさすがに野宿はどうなんだ」

「なら高山くん()に泊めてよっ」

「嫌だなぁ」

「本当に嫌そうに言わないでよ」

「いやいやいや問題大有りでしょもっと真剣に考えようよ!」

 お姫様が慌てて体を割り込ませてきた。

 

「でも困ってないし」

「困ってないって言ってるしな」

「えぇ……」

 

「僕も夢中さんの記憶については、取り返しがつかなくなるような深刻なことにはならない予感はするかな」

「しゅうじくん……」

「よし、主人公(修司)の予感は当たる。問題ないことが証明されたな」

「記憶の問題は時間が解決する場合もあるしね」

「そうかなぁ……」

「不安になったら一度病院へ行ってみるのもいいと思うよ」

 

 お姫様はまだ納得していなかったけれど、修司がそう締めて緑茶を啜ったので、一旦話は終わりとなった。

 

 

 

 

 ――ここに今、ダーシウム・ローレンスという一人の男の話をしよう。

 

 彼は、幸せだった。

 

「ダー。ダー、ねえ、起きて」

「……おはよう、セリア」

「おはよう」

 

 日本(この島国)から海を越えて、遠い国の奥地にある田舎町。ダーシウムはそんな、穏やかな地方で生を受け過ごしてきた。

 

「朝ごはんできてるから早く着替えて来てよ」

 

 彼は、幸せだった。いや、幸せだと認識すらしていなかった。

 暖かさに包まれた、普通の日々だった。幸せだと認識すらせず、幼馴染のセリアと学生生活を送る毎日。

 セリアは気立てがよく、いつも彼の世話を焼いてくれた。彼は、腐れ縁の母のような存在だと、そんな愚かな認識で彼女を見ていた。

 だからダーシウムは、幸せだったのだと、後になって思う。

 

 

 

「ねえ、ダー、来て」

 スクールを卒業する日。彼はセリアに手を引かれ、校舎裏に連れ出された。

 向かい合って立ち、夕暮れに横顔を照らされながらセリアはダーシウムを見つめている。

「ダー。私ね、ダーのこと、す――」

 頬を赤らめて目を潤ませた彼女が、その先の言葉を紡ごうとしたとき。

 

 セリアは閃光に呑まれ跡形もなく消滅した。骨の一片も残らず、血の一滴すら残してくれることなく。

 

 周囲は(あまね)くすべてが(ことごと)く、破壊された地獄の光景(火の海)だ。

 なのに自分だけ無傷で、先までセリアと向かい合っていた姿勢のまま突っ立っている。

 

 ダーシウムにはなにもわからなかった。ただ混乱だけが支配する。

 

 これは、ダーシウム・ローレンス(・・・・・・・・・・・)一人を確実に殺す為だけに(・・・・・・・・・・・・)、町一つの犠牲を躊躇わず巨大火砲が放たれた結果だ。

 

 下手人は属性管理教会。世に起こった属性力に関する事象を管理し平和を保つことを掲げた組織である。

 闇の属性神に覚醒する予兆を察知した属性管理教会は、ダーシウムを最優先抹殺対象と認定し、核に匹敵する属性兵器を使用したのだ。

 

 ならばどうしてダーシウムは無傷なのか。答えは簡単だ。闇の属性神で防御されたからである。闇の属性神は覚醒前の宿主を壊されることに対する防御反応を起こしたのだ。

 

 故にダーシウム・ローレンスは生き残った。――生き残ってしまった。この瞬間から生き地獄を味わい続けることを確約されたまま。

 

 ダーシウムは走る。

 なぜ自分だけ生き残ったのかもわからないまま。ただ恐怖に突き動かされ、逃げる為に走り続けた。

 

 俺が今まで過ごしてきた町は? 目の前にいたセリアは?

 頭が焼き切れるほどの疑問と混乱に支配される中、ダーシウムは、もうセリアとは二度と会えないのだということは予感してしまって。

 

 喪失の恐怖を紛らわせるように、先までの日常を想起する。

 セリア、君はなにを言おうとしていたんだ。もし自惚(うぬぼ)れでなければ、俺を好きだと言ってくれようとしていたんじゃないのか、と。

 この時彼は、ようやく気づく。今さら気づく。

 ダーシウムも、そんなセリアに淡い恋心を、いつしか抱いていたのだと。

 

 

 

 ダーシウムはいつしか、落ち伸びた先で倒れ伏していた。

 食事も睡眠も取らず、ただ余計な苦しいことを考えないために動き続けたからだ。

 このまま野垂れ死ぬのもいいだろうと、意識を手放したとき。

 

「大丈夫ですか?」

 

 一人の女性に、ダーシウムは拾われた。

 アリッサと名乗ったその女性は、飲食店を経営している若店主だ。住み込みで働かせてもらえることになったダーシウムは、しばらく仕事だけを機械のように熟し、死んだように過ごす。

 

「ダーシウムさん、大丈夫ですよ。貴方なら必ず立ち上がれます。私もそばにいますから」

 

 けれど献身的に優しさを向けてくれるアリッサに、ダーシウムの心は徐々に救われて行った。

 セリアへの想いを忘れないまま、幸せになってもいいと思えるようになるのは難しかったが、アリッサに支えられながら、少しずつ少しずつ前を向き始める。

 そうしてダーシウムは長い時間を掛け、再起したのだ。

 

 

 ――――しかし、全ては陰謀だった。

 

 

 ダーシウムの頭部が転がり、心臓にナイフが突き立てられる。

「ごめんなさいね、ダーシウムさん」

 アリッサは属性管理教会の人間だった。

 彼に近づき甘い言葉をかけ続けたのは、ダーシウムに心を許させ、精神が緩み油断しきったところを暗殺する為。

 

 だが属性管理教会は、属性神というものを甘く見ていた。最大限に警戒してなお、認識が甘すぎたのだ。

 

 ダーシウムの首は闇の属性神によりまだ空間を越えて繋がっている。心臓も闇に包まれ活動をし続けていた。

 

「あ゛あああああああああああああああああああああああッッッ――!!」

 

 己の唯一となっていた女に殺されかけた絶望で、遂に闇の属性神が本覚醒を果たした。

 

 どうして。どうして? どうして――! 俺はただ、普通に幸せに、安らかな毎日を過ごしていたかっただけなのに! この仕打ちはなんだ!? 生きることは苦しむことなどという戯言は知らない、いらない、聞こえない。

 苦痛よ消えろと慟哭する。

 

 ダーシウム・ローレンスの、もう苦しみたくないという渇望が全てを覆う。

 

 アリッサは闇に呑まれ消滅、息絶えた。ダーシウムは、己の手で、暖かかった拠り所を殺したのだ。

 

「――本当に、大好きだったのに…………」

 

 彼はアリッサに救われ過ぎたのだ。それが裏返った反動の、深く強い絶望がダーシウムを終わらせた。

 

「苦しみなどいらない。不幸などいらない。――幸あれ」

 

 ダーシウム・ローレンスは、負け犬(・・・)である。

 

 彼は、誰も信じられない、ただ苦しみへの忌避を渇望する者と成り果てたのだ。

 

 

 

 

 

「本当に泊まる気かよ……」

「当たり前でしょっ! 私にまた野宿させる気なの?」

「今まで野宿続けてたんだろ」

「それをどうなんだって否定したのは高山くんだったと思うけど」

 

 夕刻、聖戦に巻き込まれるのを避けるために、俺は一旦帰宅しようとしているところ。観覧はしたいがもう戦いたくはないからな。

 夢中は修司の家からずっとくっついてきている。

 

「ご両親にどう挨拶しようかな」

「仕事ばっかりでいないぞ」

「え、うそ。じゃあ二人きり?」

「そうなんだよなぁ」

「嬉しそうに言ってよっ」

 

 

 

 家に着いた。

「ほえーほんとに誰も居ないね」

 夢中は二階建ての木造建築(俺の自宅内)を物珍しそうに眺めまわす。そのまま無言で次々に棚と冷蔵庫を開けていった。

「おい漁るなよ……」

 

「大変だよ高山くん、お惣菜もレトルトもないよ」

「それがどうした」

「晩御飯食べられないよ」

「俺が作るから良いんだよ」

「高山くん料理できるの!?」

「俺をなんだと思ってたんだ」

「俺は負け犬だから料理なんて面倒なことも頑張れませーんとかいうのかと」

「許さねえ……」

「待って待って! 包丁持ち出すのは駄目だよ!」

 

 とりあえず飯を作ろう。修司たちと一緒に食べてから帰宅することも勧められたが断ってしまったからな。今夜の戦いの前に、修司がヒロインたちとだけ過ごす時間も必要だろうと思ったから。

 

 いつもは適当に簡単なものを作って済ましているが、スイムを斃した記念にハンバーグでも作るか。俺の戦いはもう終わったんだし、ゆっくり料理して食事するのもいいだろう。

 

 勝手に棚から取ってバトル漫画を読んでる夢中を尻目に晩飯を完成させると、テーブルに呼ぶ。夢中は寝っ転がっていたソファから立ち上がって席に着くが、漫画を読みながら食おうとしたので没収した。

 

「おいしいっ」

 

 ハンバーグを頬張って笑顔を見せるその様子が、誰かに似ている。

 誰だろう。

 そうだ。わたに似ているんだ。

 

「ねえねえ、今さらだけど天谷くんと一緒にいた方が安全だったんだじゃない? また誰かに襲われた時に一番強い人が近くにいる方がいいでしょ」

 

「いや、俺を襲う理由を持ってるやつはもういない。残ってるのは闇属性のリーダーと、土屋と、風属性のガリオン・ルークスだけだ。その内面識があるのはルークスだけだが、一度助けられたりと俺への殺意は感じない。だから、もう襲われる心配はあまりしなくてもいいはずだ」

 

 スイムは俺が聖戦へ組み込まれたと言っていたがあの時は修司が死んだと思われていたからだ。ヒーローが生きていることが分かった以上、小物()の力程度儀式に必要としないだろう。

 

 

 

 

「高山孝ィ……」

 

 そのはず、だったんだけどな。

 

 玄関が粉砕された。破片が散らばる。俺の家が滅茶苦茶にされる。

 夜11時40分前頃、修司の戦いを見に行こうと身支度をしていた俺たちの元に一人の男が現れた。

 

「なに、貴様だけ救われてんだァ……?」

 

 姫墜劇の主導者。闇属性のリーダー。確かルークスが呼んでいた名前は、ダーシウム・ローレンスだ。

 

「心配しなくていいって言ったじゃん! 嘘つき!」

「これは俺の判断が甘かった……」

「まあ異能バトル見れるっぽいから良いけど」

「ならなんで一回怒った?」

 

「おい、聞いてんのかよ負け犬モドキがァ!」

「聞いてる。モドキってなんだ。俺は負け犬だ」

「不幸ぶるな。弱者ぶるな。恵まれた奴が」

 

「それより聖戦が始まるのは深夜零時のはず、儀式のルール守らなくていいのかよ」

「なにがそれよりだ。誤魔化すな。逃げるな」

「逃げてねえよ。答えたら話に応じてやる」

「儀式の時間は早めた。最終段階では(ここまでくれば)多少の無理は通るからな」

「そういうことか」

 

 逃げよう。戦いは全力で避けるんだ。それに属性司者に俺が一人で勝てないことは変わらない。スイムだって修司がいなければ散々遊ばれた挙句に殺されるところだったんだ。

 

「夢中」

「え、逃げるの? バトル見せてくれないの?」

「言ってる場合かバカタレ」

 手を引いて、だと動きが遅くなる。夢中を適当に担いで離脱する。

「そういえば水の人との戦い途中で気絶したまま決着見れなかったんだけど!? 今回ぐらい見せてよ!」

「今さら蒸し返すな!」

 

「逃げるなア! 話に応じると言っただろうッ!」

 ダーシウムが一回跳躍するだけでこちらの背に追いつかれ、拳が飛んでくる。夢中を担いだままどうにか腕で受けた。

「ぐっ……敵の言うこと真に受けんなよ。そもそもなんで俺なんかを狙うんだ」

 

「俺が、高山孝(お前)が嫌いで、許せないからだ」

 

 今より詠唱の場、世界の時は引き伸ばされる。

 

『属性の祖よ、人に、衆生(しゅじょう)に、寄り添い(たま)う』

 

 聞いたことのない文言だ。

 

『苦痛の果てに抱いたものは、嫌だ、(いや)だ、(いや)だ、それだけ。

 安らぎは何処(どこ)だ。凍りついた今世(こんせい)など認められはしない。

 苦しみの無い楽園(エデン)は在る。無いなどとは言わせぬ。無ければ見出し(つく)るのだ。

 艱難辛苦(かんなんしんく)を闇に飲ませ、至高天(しこうてん)への道をひた走ろう。

 幸あれ。幸福と安らぎ以外の概念などいらぬ。

 苦痛よ、消えろ』

 

 詠唱には、人の弱さと祈りが、悲しいほどに込められていた。

 どうしてこんなにも、ああ、共感してしまう。

 

属性人(エレメン)――苦痛なき戦、苦痛なき前進(アーマードコントラディクシオン)

 

 ダーシウム(こいつ)は俺だと、理解してしまった。

 詠唱とは口にした人間の在り方そのもの。己の詠唱なのではないかと思うほど共感するのなら、似た者同士ということだ。

 

 ダーシウムは鈍色をした無形の何か(オーラ)を全身に纏い、鈍色のプロテクターが体の各所に装着された。更に四角い金属の破片のようなものが四枚、ダーシウムの周囲を浮遊している。

 

 鈍色の手甲に包まれた拳が目の前に迫っていた。ダーシウムは先までよりスピードも身体能力も上がっている。逃げても引き離せない。避けられない。

 

「っ――『星屑に堕ちた氷』(ノヴァグラース)ッ――!」

 

 俺が発生させた属性神の氷結と衝撃が、奴に正面から直撃したように見えた、にも関わらずダーシウムは止まらない。

 直撃していなかったんだ。氷結によって残留した(しも)が鈍色の何かに霧散させられている光景が目に入り、俺の攻撃は鈍色のオーラに防がれていたと気づいた。

 

属性人(エレメン)は俺が苦痛を受けないために編み出した属性神(エレメンタル)の派生形だ――だが、そんなことを聞きたい訳じゃないだろう?」

 

 手甲に覆われた固い拳に頬を殴り飛ばされた。口の中が切れ、鉄の味が広がる。金属のような手甲が舌に触れたのもあってどちらの鉄の味かわからない。歯も何本か飛んでった。夢中も手から離れて飛んでった。意図的だ。退避させるために投げた。

「ぶへっ!」

 不時着したような声と音の後、夢中が後ろで文句を垂れている。

 だが俺は、シリアス(真面目な感情)こいつ(ダーシウム)とは向かい合わなければならないと思ったから、夢中が何を言っても耳に入れないことにした。

 

「そうだな……似た者同士のお前が、俺になんの用だ。同族嫌悪か?」

 俺はお前に共感しかないけどな。嫌悪感は俺の命を脅かしていることに対してしかない。

「それもある。だが第一に――」

 

「俺と同類の屑の癖にッ、簡単に! あっさり救われておいて! 負け犬ぶってるのが許せねえんだよォォ!!」

 

 ――。

 

「簡単……?」

 

「ああそうだ! 貴様は簡単に救われているッ」

 

 修司と運命的な出会いを果たすまでの絶望の日々が、スイムから逃れられない生き地獄がフラッシュバックする。 

 

「なんの根拠があって、んなこと抜かしてやがる」

 

「貴様は信じられる光と邂逅し簡単に救われた。そして因縁の相手との決着までつけられた。これが恵まれていなくて何という!?」

 

 鈍色の拳が乱打と飛んでくる。手を翳し氷結を向けても、先程と同じで鈍色の不定形(オーラ)が氷を打ち消しダメージを与えさせてくれない。

 為す術なく殴られていく中、どうにか我武者羅に拳を振るっても、ダーシウムの周囲を浮遊する金属片が自立移動し楯となって阻んできた。

 ダーシウムが苦痛を受けないために編み出しただけあって、あらゆる防御が完璧だ。

 そもそも技量からしてダーシウムの方が上。急所だけは紙一重で死守するが、何度も殴られるサンドバッグにされていくだけにしか状況を持っていけない。

 

 ダーシウムは、強い。熟練の属性司者で、儀式を遂行しようとしている者達のリーダーでもあるのだから。前に言ったように、成り立てでも瀕死でもない属性司者相手に俺が勝てる道理はない。

 ダーシウム・ローレンスは確かに俺と同類だ。しかし同等ではないということを忘れてはならない。

 

 ただ今の時点で俺が命を落としていないことから、属性人(エレメン)の威力が低いのはわかった。ダーシウムが苦痛を受けないことに特化しているからだろう。だが俺をすぐに殺さず殴り続けているのは、俺を痛めつけたい意図もあるだろうな。

 

 俺を殴り続けながら、ダーシウムは夢中に視線を向ける。

「そのうえ女まで侍らせているときた! いいご身分だなァ!」

「っ……ぐ、が……修司のことは、ともかく、スイムと決着をつけたところで救われたわけではない。何も気分が晴れることもなかった。それに夢中は異常者だ。女として見てなどいない」

 

「ともかくなどという言葉で誤魔化すな。貴様は光に救われている。今この世に存在するもの(・・・・・・・・・・・)で救われている時点で、貴様は恵まれた人間だ」

「なに、言ってるんだ。救われるのはいつだって、目の前にあるなにかにだろ」

「違う。この世に俺が救われると思えるものなど存在しない。なにを試しても心高まることはなかった」

 このまま殴り続けられたままでは、たとえ急所を護れても他がぐちゃぐちゃに潰れて死ぬ。すでに骨がいくつも折れている。血も(ひしゃ)げた肉から流れ垂れていた。

「貴様には信じる光がある。己の唯一を見出せるほど幸福なことはないだろう。だが俺にはない。なにも信じられない。なにも好きになどなれない。苦しみしかこの世には存在しないのだ」

 

 熟成され腐乱した亡者のような言葉だ。救われたくて、救われなくて、ただ藻掻いている者の言葉。

 でも惰弱(だじゃく)と吐き捨てることは俺にはできない。負け犬の心情なんて共感と同情ばかりが沸き上がって()みていく。(むろ)の時と同じように。

 

「だから貴様は、簡単に救われてやがるっていうことだッ! 俺たちみたいな最底辺の負け犬は、奇跡の力に頼るしか救われる道などないというのに!」

 だけど、その俺が簡単に救われている(・・・・・・・・・)ってのは心外だ。

「簡単なんかじゃねえ! 修司と出会う前の日々も、スイムに勝つのも、決して簡単なんかじゃなかった!」

 俺は苦しみ抜いたんだ。

 

「だが貴様は運命に出会った! 宿敵に打ち勝った! 俺は違う! 貴様は自分を負け犬だなんだと(うそぶ)いているが、結局は天谷修司と同じ側だ。大切な人がいる。光の感情を好くことができる。貴様も光だ。恵まれた光。俺と同じ面をするな。俺だけが闇だ」

 

 俺は負け犬だ。スイムに勝とうが失った事実は変わらず真の勝利とはいえなかった。修司を拝することを生き方と定めようが、苦しみがいつも付き纏ってくることは変わらなかった。

 現に、未だに前を向こうなどと思えない。辛い戦いに身を投じようなどと思えない。逃げることばかり考え続け、光を仰ぐことで心を癒しているだけの弱い人間だ。

 そのうえ修司を見ているのが楽しくて――苦しいことがゼロにならなくとも、本当に今までの日々とは景色が違い過ぎるほど楽しくて――現状に満足しているから、変われない。いや、変わろうと思えない。

 自分から動く気がない人間は、今の地点から光へ上がることは不可能なんだ。

 

「ダーシウム、俺は光じゃない」

「嘘を吐くなァ!!」

 

 手甲が()り込み、またどこかの骨が折れた。

 

「それにダーシウム、お前はまだ自分に合うなにかに出会えていないだけだ。試したってこの世のすべてを網羅したわけでもないだろう」

 なんでもいいから言い返したくて、一般的な正論モドキが口から漏れる。

「普段の生活の中で、自分になにが合うか試すことの数だって限られる。本当にこの世のやれることすべてを試すことなど叶わない。手を伸ばした範囲に合うものがなければ、救われることなんて不可能だ」

 ああ、そうだろうさ。わかってるよ。

 

 気を窺い隙を突いた渾身の『氷柱落とし』(アイスフォール)も、金属片が刹那の間に割り込み衝突すると、呆気なく折れ砕けた。

 

「なら、お前はどうしたら救われるんだよ。なにがしたいんだよ」

「もう知っているだろう? 姫墜劇を完成させ、奇跡の力により苦痛の無い世界へと至る、それが俺個人の到達するべき場所だ。まだ見ぬ至高天(エデン)にしか救済はあり得ないのだから」

 

 絶望の底なし沼に溺れたダーシウムには、もうそれしかないのか。

 

「故に俺は一人の少女を、ルー・リーンバーグを犠牲にする。こんな非道を為すことでしか、俺が苦しみから解放される術はない」

「酷いことだと自覚があるのなら、お姫様の為に今すぐ儀式を取り止めろ」

「そんな正しいことを選べるような人間だったら、どれだけ良かっただろうなァッッ!」

 

 また殴られた。もう痛まない箇所がない。何故こんなに殴られなくてはならないんだ。戦いたくない。逃げたい。現状への不満ばかり。ほら俺も負け犬だ。

 

「お前が忌む苦痛の道へお姫様を追いやっているとしてもか」

「そうだ。俺が憎む不幸(苦痛)を他人に押しつける罪業を背負い、ジレンマを越えなければ目的の達成は叶わない。ならば、罪などどうでもいい、考えない」

 なんて自分勝手なんだ。ライバルトと同じようなこと言いやがって。結局修司以外の属性司者は全員、自分勝手で我が侭な子供(負け犬)だ。

 ダーシウムの望む方法は認められない。けれど心根は激痛が走るほど解ってしまう。そんな相反する感情が氾濫して、頭ん中ぐちゃぐちゃだ。

 

 

 ――ああくそっ。さすがに殴られ過ぎた。意識が、遠くなっていく。このままだと、数分も持たないまま、死んじまうぞ…………。

 

 修司(ヒーロー)、助けて。

 

「また他人に助けてもらおうとしているのか? 屑が」

 

 お前が言うなよ。

 

 

 

 



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14 合体超越人

 

 

 

 深夜11時40分。

 真徳高校のグラウンドでは「2VS1の聖戦」が始まろうとしてた。

 

 

「なあ」

 

 土の男。土屋が息も絶え絶えに(・・・・・・・)。心底不可解そうに顔を歪めていた。

 

「地球の中心に行ったなら、死するが条理であろう。貴殿(きでん)は人ではないのか?」

「……そうだね。僕は人じゃないのかもしれない……。何度もその頭のおかしい人を見る目――いや、化け物を見る目をされてきた」

 修司はごく僅かだけ寂しげに、決意の色を瞳に湛えていた。

「だけど、僕たちは属性司者(ファクターズ)だ。全員、人を逸脱してるよ」

「――その通りであるな。我も蘇生を目指す修羅、人ではないのかもしれぬ」

「実際、今の君は……」

 

「ああ、朝起きたらこうなっていたのだ……」

 

 土屋の二メートル近いガタイの背から、華奢な女性の体が生えていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「そうちゃん……」

 土屋と一体化した女性は、彼の幼馴染である黒羽(くろは)だ。死者であるはずの彼女は長い黒髪をだらんと垂らし、自分の(へそ)の辺りから繋がった土屋()を労わるように見つめている。

 

 

「あれは、なに……?」

 

 この場にいるもう一人の属性司者へ修司は視線を向けた。

 

「一度死んだ君が舞い戻ったことでバグが生じたのか、中途半端に儀式の到達点が顕現している、ぽいね」

 風の男。ガリオン・ルークスは飄々(ひょうひょう)と答える。

 

「対戦相手が二人なのもそのバグのせいかい?」

「いいや、ヒーローくんが一度土屋さんに負けて、エネルギーが予定より多く充填されたんだ。だから残りの必要エネルギー量が少なめになって、一対一で君と戦う必要が無くなった」

 

「ルークス、だったよね」

 修司は孝から聞いていた風の名前を呼ぶ。

「このバグは、君にも何か起きているの?」

「起きていないよ。抽象的な願いに影響はないみたい。今残っている属性司者で物理的な願いを持っているのは土屋さんだけだからね」

 

 だから、「体」を持つ想い人を求めた土屋の願いだけが、中途半端な蘇生だけが、成ってしまっている。

 

 

「そうちゃん、もうこんなこと止めて……」

「黙れ。喋るな」

 

 土屋は再会を完全でなくとも果たしたというのに、煉獄の業火に焼かれるが如き苦しみを味わっていた。

 そう、願いの顕現は中途半端なのだ。

 

「そうちゃん、もう戦わないで……」

 

 まだ蘇生を果たしたわけではない、だが黒羽の、本音の声は確実に聞こえる。

 

「だから、なにも、言うなと言っているッ!」

 

 取り戻したい対象(ヒロイン)からの救わなくていいという声が、土屋の精神を追いつめていた。

 

 蘇生される本人が望んでいなかろうが関係ない。土屋は今まで本気でそう思って来た。けれど強固な決意も。すぐ(そば)で本人から懇願され続けることで少しずつ揺らいでいった。

 信念は変わらないまま、精神だけが摩耗していく。

 彼は、限界寸前だった。

 

 蘇生に向かって邁進する修羅はもういない。

 

 いるのは、蘇生士(リヴァイヴァラー)の成れの果て。

 

「それじゃ、始めよっか」

 

 風の軽い宣言と共に、今宵の聖戦は開始された。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 聖なる戦場を風が通り抜ける。

 

『ボクは気ままな旅人。何者にも縛られず、風の向くまま気の向くまま、思想さえ変化させ続け、世の苦楽を漂い続ける。

 仙人のように、ただ穏やかに在るだけの生を送る者。

 ボクは自由な風旅人(ライゼンデ)

 

 ――そう気取っていたのは、過去のこと。

 信念は、ただ一つ。ボクがいる場所は、定まった。

 今の己は、友の幸福をこそ望む者である』

 

 風が柔らかく、されど吹き荒ぶ。

 

属性神(エレメンタル)――気ままな風は友を知り仙人の先へ至る(リベルテヒッツェシュライアー)

 

 エメラルドグリーンの聖鎧がガリオン・ルークスの全身へ装着された。土屋も土色の聖鎧を、修司も純白の聖鎧を纏う。

 

 仮面のヒーローの様な姿形(すがたかたち)の存在が三人、ここに揃った。されど本物のヒーローはただ一人。天谷修司のみ。

 

 疾風。

 

 気づいた時には、修司は殴り飛ばされていた。

 

 ルークスが修司の反応速度を上回る動きで急迫し、風を逆巻かせた拳を命中させたからである。

 

 このファーストアタックに修司は内心驚愕した。

「光速よりも速い風って、なに?」

 移動速度と反応速度は別とはいえ。

「ボクは風の究極、「速度」特化なんだ。光という「概念」に特化したヒーローくんよりも速いのは当然だよ」

 

 修司が光速で光の一撃を振るおうとした時には、ルークスは攻撃範囲から風だけを残し去っていた。

 

「反射速度だけじゃないよ。光速で動いた後でも、ボクは捉えられない」

「そうみたいだね」

 

 修司の聖鎧にまた風の拳が突き刺さる。今度はカウンター気味に修司は反撃を繰り出した。

 だが彼の足元が崩れる。

 修司の光は風に届かず空ぶった。

 

 土屋が地面を操作したのだ。修司がルークスの対処に追われている隙を突いて。 

 

 修司の光は今までなにものをも打ち砕いてきた。

 けれどそもそも光が届かなければ、なにも打ち砕けはしない。

 

 風と土のコンビネーションに翻弄され、修司は削られていく。ルークスは幾度もヒット&アウェイで攻撃と離脱を繰り返し、細心の注意を払って修司へ堅実にダメージを与えている。

 土屋のサポートもあり、確実にヒーローの聖鎧は傷ついて行き、(ひび)割れ剥がれ落ちていった。

 

「このまま削れ死ね。蘇生の糧となれ正しきヒーロー」

「そうちゃん、そんなに苦しんでまで戦わなくていいの。私はこんなの嫌だよ」

「黙れ! 黙ってくれ! 頼むから……。今()を苦しめているのは、黒羽だ」

「そうちゃん…………」

 

 意気消沈したように土屋の背中から生える黒羽(ナニカ)は黙る。

 

 

 ダメージが蓄積し続け、聖鎧が四割ほど砕けピンチに陥った修司は――。

 

 当然のように覚醒した。

 

 対処できない攻撃を受け続けながら、ヒーローは怯まない。攻撃(動き)が中断されない。まるでゲームのスーパーアーマーのように。

 修司の全身は光り輝き、手に収束する光の属性神は全てを打ち砕く。

 

 風と土(二人)の力を合わせた技術の()は、光の力技によって木っ端微塵に蹴散らされた。

 

 ルークスの神速は覚醒の拳に捉えられ、余波の衝撃波に土屋も吹き飛ばされる。

 

 あっさりと協力技を破られ、ヒーローの敵は二人とも倒れ伏す。

 

「ははっ」

 ルークスは、笑うしかなかった。

 

 修司は追撃せずに二人を見つめる。修司は、考えごとをしていた。

 

「…………なんだ? 蘇生を否定したげだな。今の我を見て、不幸になるだけだと、悲惨な末路を迎えるだけだと、間違っていると言いたいのだろう?」

 

 恨めしげに地べたから顔を上げた土屋が光を睨み上げる。

 

「いいや、そんなこと思ってないよ」

 

「嘘を吐くな!!」

 

「嘘じゃない。僕はその純粋な願いを否定しない」

 

 土屋は、悲痛(・・)に顔を歪めた。

 

 

「――――否定してくれよ!!」

 

 

「「それでも」と言って、意志を強く持つことができないじゃないか!」

 

 そう、否定とは試練なのだ。そして試練を乗り越えることで人は覚醒し強くなれる。

 常道(じょうどう)に背く土屋が心を強く持ち抗っていく為には、定めた敵への反骨心が必要だった。

 だがそもそも試練が与えられなければ、人は強くなれない。土屋は今の苦境に、強く在れない。

 

「だから、否定しろよ英雄」

「しないよ」

「否定しろォォオオッッッ!!」

 

「しない。どれだけ間違っていようと、貴方は、黒羽(その子)に逢いたいんだ。だから苦しんでいるんだよね」

「――――」

 

 土屋は絶句した。

 

 すべて解っている優しさに。それでも立ち塞がる光に。

 

「なら」

 

 沸々と強い、強い強い赫怒(かくど)が噴出した。

 

「邪魔するなよォォォオオオオオオッッッッ!!!」

 

 

 その赫怒と執念が、土屋に今生最高の覚醒を果たさせた。

 

 

『怨敵光・英雄殺しの嵐』(ズィーゲルソー・テンペスト)

 

 

 地面()が弾丸を作るように、細かく無数に浮き上がった。

 

 礫弾の数の暴力(大軍団)が、究極の一(修司)を襲う。

 

「ぐっ……!? ぐ……」

 

 修司はなぜか防御も回避も失敗し、動こうとする度に被弾していく。一回の被弾ごとに聖鎧が砕けるどころか、内臓が破裂し骨が砕けた。

 

 一弾一弾の出力が、度を超えている。

 

 土屋の全身から血が噴出。普段の全力を越えた出力上昇に身体はぐずぐずに崩れ、命が湯水のように消費されていく。

 

 正しき光を潰す為だけに、土屋創(つちやそう)のすべてが費やされていた。

 

 今までの何百倍もの出力と命中率は、土屋の覚醒を果たした全霊だけが理由ではない。

 

 風が、土の弾丸の速度をさらに上昇させ、ルークスが修司の初動を読んで、光の力を発揮される前に弾を命中させているのだ。

 

 即座に完璧の技で合わせるガリオン・ルークスは、サポートの天才といえるだろう。

 先程も土屋がサポートに徹していたように見えたが、違ったのだ。

 誰かと合わせる天才(・・・・・・・・・)のルークスが、土屋がサポートしやすいように立ちまわっていただけなのである。

 

 執念覚醒と最上級のサポートにより、先までとは別物の域としかいえないほど威力が昇華されていた。それは異能を扱う者達の常識すら遥かに逸脱しているほど。修司がダメージを無視して覚醒することは不可能だ。上がり過ぎた威力は覚醒疎外の概念すらも付与させている。光の前進(スーパーアーマー)は、破られた。

 

 どれだけ追いつめようと何度も覚醒し立ち上がるのがヒーロー。

 真正面からの出力勝負では、ヒーローの敵となってしまった者は敵わない。

 ならば。覚醒する余地を与えなければいい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 覚醒を許さない。光を赦さないという執念が 覚醒封じを為していた。土屋の覚醒によって(・・・・・・・・・)

 

 

 ヒーローの覚醒は、絶対に不可能だ。

 

 光の属性神では、この状況を打ち破ることは叶わない。

 

 このまま天谷修司が負けるのは順当、当然、現実。

 

 

 ――ああ、だが、それで?

 

 なにがあろうとヒーローは諦めない。

 

 諦めないヒーローは、絶対に勝つのだ。

 

 

 修司はまず、(けん)に徹した。急所を護りながら。

 礫弾(れきだん)の動きを見る。自分が動こうとした時に、どこから、どの程度の速度で、どのぐらいの威力で飛来するのか。

 

 どこからは、どこからでも。空に浮かんだ土塊(くちくれ)からでも、足元の地面()からでも、全方位から。

 速度は、神速。

 威力は、こちらが被弾を無視して光の力を発揮できないほど。

 

 言葉だけでなく、感覚で学んでいく。

 

 修司は礫弾に対する動きを軌道修正していった。

 

 一歩どころか一ミリずつ、だが確実に動きを洗練させ技を磨いていく。

 

 動きを潰す為の攻撃へ対処する技術を、見出し研ぎ澄ましていく。

 

 すると、少しずつ礫弾を逸らせるようになってきた。

 

 修司は無数の弾に蹂躙され、血を垂らし続ける肉袋のようになりながら、覚醒ではない「技術」を、戦いながら体得していく。

 

 こちらの攻撃の隙を突く攻撃に対応する逸らし技、または攻撃の意思を騙す読ませない動き。微々たる速度で形になっていく。

 

 修司(ヒーロー)は、戦いながら成長していた(・・・・・・・・・・・)

 

「馬鹿な、戦いながら成長するなど、漫画だけの話だろう!?」

「もうわかっているはず。僕は物語の英雄(ヒーロー)を体現する存在だ」

 

 死線の中の、爆発的な超短時間成長。それは天性の才が為せることだった。覚醒ではない、属性神など一切使っていない。天谷修司という人間一人の力。

 才能と、今までの血を吐き続ける努力、さらに土屋と同じく己の在り方への執念が、ヒーローをヒーローたらしめていた。

 

「だからその英雄(ヒーロー)を斃す為の技なのだよ、これは!!」

「それでもヒーローは、負けない」

 

 光はすべてを打ち砕く。

 

 引き絞った光の拳を、修司は撃ち放った。

 

 当然のように土屋とルークスは倒れていた。もう彼らに立ち上がる力は残されていない。

 

 

「…………どうして、殺さない?」

 

 土屋は疲れ切った声で問うた。

 

「ずっと、考えていたんだ」

 

 そう、修司(ヒーロー)は考えていた。

 

「価値観を見直し続けることが重要だって、気づいたからさ」

 

 (親友)を見て、ただ大切な人を護る為に敵を倒すだけの自分に、違和感を覚えた。

 正しさに苦しんでいる弱き人が、親友になったから。

 

「孝のことを優しい気持ちでちゃんと考えたら、さ」

 

 もう戦いたくないと嘆く親友の思いを受け止めたら、相対する敵も親友と似ていることに気がついたから。

 

「僕はこのまま、あなた達の命を奪うのは、嫌だと思っている」

 

 もう何人も悪を殺してきた。大切だと思った人を護る為なら斃すことを躊躇わなかった。今さらだと罵られるだろう。けれど、別の結末を望みたい。

 

「なら、どうするというのだ。我は黒羽の蘇生を諦めなどしない。目的が競合するのなら相手を潰す(殺す)しかなかろう」

「わからない。今から考えるよ」

「そんな曖昧な考えでどうにかなるとでも思っているのか。そうしたいのなら、手段を用意しろ。でなければ誰も納得しない。我は、納得しないぞォ……!」

 

 土屋は濁った恨めし気な目でヒーローを見た。

 

「貴殿は誰かを殺す、目を焼く光にしかなれはしない」

 

 嫌いな相手へ、お前は度し難い(悪い)存在にしかなれないと、呪詛を吐いた。

 

 まだ道は、見えない。

 

 

 

 

 ――俺はまだ、サンドバッグだった。

 ダーシウムの恨みが晴れるまでぶつけられ続けるのだろう。晴れるのかは知れないが。

 

「ぐっ……あぁ……」

 

 このまま俺は、同類に極楽浄土へ送られるのか。

 

 ――――!

 

 負け犬にはお似合いの、末路なのかもな。

 

 ――――ねえ!

 

 でも、死にたくねえなあ……。

 

 ――――ねえってばっ!

 

 極楽浄土、本当に在るのかよ……在ってくれよ……。

 

「――――小指!!」

 

「は」

 

 夢中が、俺に向けてずっと叫んでいた。

 完全に夢中の言葉を意識から遮断していたから、小指を出されるまで気づかなかった。

 

「たたくん!」

 

 たたくん言うな。

 …………?

 その呼び名は、空乃咲わた(俺の幼馴染)しか呼んだことはないはずだ。

 

「私、わたちゃんとリリュースちゃんだった!」

 

「――は?」

 

 夢中がなにを言っているかわからない。

 

「早くしないと死んじゃうから! わからなくていいから力は受け取って!」

 

 なにもわからないまま、強大な力だけが送られてくる。

 

 とりあえず死を忌避するままに後ろへ跳んで離脱した。

 

「たたくんが死んじゃいそうって思ったら、記憶戻ったの。というより記憶なんて最初から私には無かったの。私はわたちゃんとリリュースちゃん二人に創り出された存在だから」

 

「その前に夢中にそう呼ばれるのは違和感が凄い。やめてくれ」

「はい、高山くん。それでわかった? 私がわたちゃんとリリュースちゃんとほぼ同じ人だって」

「いやわからないし、突然そんなこと真実ですって突きつけられても飲み込みづらい」

「ええー」

「ええーじゃない。突拍子がなさすぎる」

「でもとりあえず私からの力は受け入れてこの場は勝とう? 私わたちゃんとリリュースちゃん、二人分の巫女の力使えるようになったんだよ」

「まあ、それは、本当みたいだな」

 実際、俺の氷の属性神は、自分の力とは思えないほど強化されている感覚がある。

 

 ここで、今の状況を切り抜ける力を否定してただ死んでいくよりは、信じた方がいいだろう。とにかく夢中がわたとリリュースからの贈り者であるという前提で考えていこう。今だけは。

 

 ――――色々と、予感はしていたしな。

 スイムと決着をつけたあの時、わたとリリュースの死体は、なぜか他の無数の死体と違い粒子となって夢中の体に入って行ったのだから。

 恐らくあれが夢中の記憶というか、自覚に繋がったのだろう。多分。取り戻した二人の巫女の力が、夢中に帰ることで。

 

 けれど俺は、修司以外の希望なんて持ちたくなかった。

 だから今まで死体が消えた光景を忘れようとしていた。

 希望なんて持ってもすぐに裏切られるだけだと思ったから。

 修司以外には、いつもそうだった。

 期待を裏切らずに俺へ光を魅せてくれたのは、修司だけだった。

 

 だけど、信じていいのだろうか。

 

 夢中は、わたとリリュースだって。二人の意思が宿った、大切な女の子だって。

 

 小指を壊死させられても怒らない異常な寛容さは、俺の絶対的な味方となるように、わたとリリュースが創ったからなのかもしれない。

 異能バトル(変なこと)に拘っている異常者なのは、二人が頑張っても完璧に理想の少女を創り上げられたわけではないからなのかもしれない。夢中も後天的に得た趣味だと言っていたし。生命創造は禁忌の域に達している難易度だから。

 

 実際夢中が来てからの俺は、前より明るくなった。重く真面目(シリアス)にしかならないはずの感情が、心が軽くなる明るさ(コメディ)に変化した。

 

 それはすべて、俺の幸せを願う二人のおかげだったんだな。

 

「夢中は、わたとリリュース(彼女たち)なんだな……」

「おっ、信じてくれた?」

「いいや、信じていない。今だけはそう思って、浸ってみているだけだ」

 

 夢中のことをずっと奇妙な人間だと思ったのに、なぜか一緒にいて落ち着いたのは、心の芯が暖かくなっていたのはそういうこと。だと思うことにする。

 

 彼女たちの、夢の中。そして、俺の夢の中。

 幸せな過去の続き。

 わたとリリュースと共にありたかったという願いを、夢中麻奈は体現しているのだと。

 

 

『星屑に堕ちた氷剣士』(ノヴァグラース・セイバー)

 

 

 すべて凍てつかせる氷の剣が、この手に現出した。修司から授けられた聖剣と違い、光は宿っていない。ただの、氷の剣。されど敵を討ち倒す力だけは、俺の元の力と違って確かと在る。

 

 一度剣を振るえば、氷色の残光を()きながら氷刃は、なにものをも防御する鈍色のオーラを凍てつかせ、砕け散らせた。

 この剣に触れたものは、能力ごと凍てつき活動を停止する。不定形のオーラだろうと構わずに。

 

 もう一度振るえば、浮遊する四角い金属の破片が凍りつき落下していく。

 

 ダーシウムも回避していないわけではない。技量は俺よりも上のはずで、されど俺の刃はダーシウムに届いている。

 わたの巫女の力で出力上昇しているだけではない。リリュースの剣技も、俺に宿っていた。

 

 この力すべてに、わたとリリュースを感じる。錯覚だろうけど。

 だけどこうも思ってしまう。俺はもう、救われていたんだ。いつの間にか。夢中と出会った時点で、と。

 

「救われてるんじゃねェェエエエエェエエ!! てめえ全然不幸じゃねえよ! 自分の女取り戻せてんだからよォオ!!」

 

「そう思い込んでるだけだ。(ひが)むことないだろう」

 

「ふざけるなァア!!」

 

 悲痛な妬み(そね)み。ダーシウムの顔は様々な悪感情が混ざったように歪んでいた。

 

 俺には関係ないと、あんなのただの八つ当たりじみた醜い嫉妬だと斬り捨てればいい。

 ああ、でも。その苦しみを俺はよく理解できてしまうから。

 

 真実、俺はダーシウムよりも不幸じゃないのかもしれない。不幸度なんて、人と比べるもんじゃないって、わかってはいるけど。

 今の俺は、認めたくはないが、幸福な部類の人間なんだ。

 だからって、ダーシウムに合わせて自分も同じ度合いの不幸までまた落下すればいいというものでもない。悪行を伴う行為を見過ごし、なにかを譲ればいいというものでもないんだ。

 俺は殺されてなどやらない。お姫様も殺させない。

 

 だけど。だから敵対するお前は不幸になって死ね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)などと、どうして似たような状況にいた俺に言えるだろう。

 

 そんなの、悲しすぎる。

 

 鏡の向こうで未だ苦しんでいる自分を見ているようで、辛い。

 

「その目で俺を見るなァ……」

 

 ダーシウムは全霊の殺意を向けてきた。

 

「殺してやる」

 

 先までのように俺を痛めつけ嬲る余裕は見られない。ただ俺に消えてほしいのだろうと、血走った悪意と殺意から、理解した。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 それは、苦しみの末に、闇の底から出でる悪意だった。

 

『苦痛よ消えろと叫ぶ。されど気づいてしまったのだ。

 苦痛の無い世界など存在しない。()へ向けた行動は苦痛と切り離せはしないのだから。

 ――嗚呼(ああ)、嫌だ、(いや)だ、(いや)だ。 

 故に罪と辛苦(しんく)に塗れた(すべ)てよ、闇に()せ。

 意識、感情(かんじょう)、総じて無に落とされれば、苦しみも共に殲滅される。ならば己は望んで敗走者と成ろう。

 

 だが、やはり許せない。

 

 楽園は在る。信じさせてくれ。真実であってくれ。事実であってくれ。救済よ、救済よ。

 光よ』

 

 それでも未だ己の希望を諦められない負け犬よ、何と憐れだろうか。

 

属性神(エレメンタル)――闇泥に堕ち、今世よ無に消え果てろ(ドゥンケルハイトシュメルツダウン)

 

 『敗走者』(ヴェルトルーザー)は安穏を求める。その為に、貴様ら死ねよと叫ぶのだ。

 

 黒よりも黒い、漆黒の底色の聖鎧がダーシウムを包み、仮面のヒーローと対峙する悪役のような姿へと変貌する。

 

 すべての色を飲み込む闇色の、泥のような粘性の何かが溢れた。ダーシウムの聖鎧(全身)や周りの空間から。

 

 濁流のように押し寄せる闇泥(あんでい)は、根源的な恐怖を呼び起こす。その恐怖心は間違っていない。濁流はあらゆるものを触れた瞬間から消滅させていったのだから。あれには一瞬でも生身で触れてはならないと、直感した。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛アァッ!! 痛てェ……! 畜生ッ! 苦しいんだよォ……!」

 

 ダーシウムは属性人(エレメン)を苦しまない為に編み出したと言っていた。それは、相手から痛みを与えられない為だけではなく、自分の属性神が発動しただけで相当の苦しみを伴うものだったからなのか。

 だがそのデメリットの分、闇の属性神は強力無比だ。

 

 『星屑に堕ちた氷剣士』(ノヴァグラース・セイバー)を、リリュースの剣技に乗せて幾度も振るう。

 

 闇泥の濁流は凍りつき砕けはした。だが一部だけだ。必死に氷剣を振り続けていなければ、今にも夢中諸共(もろとも)濁流に飲まれる。津波に大砲を一発撃ち放ったところで意味を成さないのと同じように。

 

「ねえ私の初覚醒なのにいきなりピンチなんだけど!? 私の活躍もう終わり!?」

「これ……出力が本気の修司に匹敵してないか!?」

「当然だ。この力の為に、俺がどれほどの目に遭ったと思っているッ……。

 すべて奪われた……! セリアとはもう逢えることはない。貴様はそこの女を取り戻せているのによォ!」

 

 俺は剣を振り続けるのに精一杯で、これ以上なにもできない。止まった瞬間粘性の闇に呑まれ終わるのだから。俺がなにも言えないのをいいことに、ダーシウムは憎悪に乗せて捲し立ててくる。

 

「他力本願の屑野郎の癖に、俺より先に救われやがって。なにが見ているだけでいいだ。自分で必死になって行動しろ。嫌だから、辛いからって投げだしていいのは餓鬼だけなんだよ」

 ダーシウムは自分にも言っているのだろう。己が駄目人間で、悪で、闇だと自覚している。それでもなお楽園を求めることを誓った愚者、なんだ。

「救われる価値のない塵屑(ゴミクズ)なんだ、俺たちは。けれど救われたい。でも俺は救われていない。なのにお前だけ救われている。おかしいじゃないか。ズルいぞ。ふざけるな。殺してやる。この野郎」

 まるで子供の駄々だ。

「変われないと負け犬気取るならなにも得るなよ。お前は大切な者も勝利も得ているじゃないか。それで負け犬だと? 笑っちまうぜ。中途半端な卑しい底辺人間(ボトムヒューマン)の癖によォッ」

 聞いていられない。 

「俺はなにも得られていない。変われもしない。苦しみ続けている。ああ、妬ましい」

 見ていられない。

 

 お互いの心が、ただただ傷ついて行く。

 ダーシウムは自分が嫌いなのだろう。嫌いな自分に似ている俺も、嫌いなんだ。

 

「お前、悲しいよ。見ているだけで心が痛い」

「憐れむなァ!」

 

 闇泥が、もう抑えられない。

 

「ねえねえどうするのこれ本格的にまずいってばっ!」

 わかってる。でも、どうすりゃいいんだ。

 

 さっきまでサンドバッグにされていた上に、無理をしたから、俺は足を滑らせた。

 俺は光じゃない。瀕死状態でも心の力一つで動き続けられるなんて超越の所業、できるわけがない。

 腕から、足から、力が抜ける。

 

 俺たちは、闇の濁流に呑まれて消え果てるしかない。

 

 

 ――孝。

 

 

 光が降ってきた。

 

 再び氷の剣に宿った光は、携える剣を『終幕への仮剣』(ラストセイバー)へ進化させる。

 

 修司が俺のピンチを察してまた光の力を貸してくれたんだ。遠距離からでも送れるなんて流石修司だ。一度貸してくれたときに属性力の繋がりができたというのもあるのだろうが。

 

 再び湧き上がってくる力を振り絞って、転倒の最中に聖剣を振り抜いた。

 

 (あまね)くすべてを消滅させる粘性の闇泥は、修司の光と夢中の力が合わさった光の斬撃により払われ消滅していく。

 

「また、他人の力かァ!」

「そうだ! 俺が一人で、お前みたいなバケモンに勝てるわけねえだろうが!」

 

 俺は変われない負け犬なのだから、強大な敵に打ち勝てるとしたら、誰かの力を借りたときだけだ。俺のような人間は、自分の力では決して勝てない。

 

「この期に及んで抗うな! 諦めろ負け犬ううウウウッッ!!!」

「諦めてんだよオォッォッッ!」

 

 だから俺は、自分では覚醒できないんじゃないか。

 出力は互角。光の斬撃と闇の粘性液が相殺(そうさい)し合っていく。

 

「諦めてるなら立ち上がるなよォ!」

「立ち上がらなければ、苦しんだうえで死ぬだけだ。自殺も苦痛も嫌だから、俺たちは足掻いているんじゃないか」

 

 二人分の息切れ音が、かつて我が家があった敷地内に響いた。俺の家は、既にダーシウムの闇属性神(エレメンタル)の所為で木片すら残さずに消滅させられている。

 周囲の住宅は聖戦の影響で無傷なのは不幸中の幸いと言えた。

 いややっぱり全然幸いじゃない。俺の家返せ。

 

 決着がつかないまま究極を衝突させ続け、お互い限界寸前まで消耗していた。

 

「もう、終わりにしないか……? 空しいだけだろう、こんな戦い」

「貴様が死ねば終わりにしてやる。こんな戦いでも俺には意義があるんだ」

 

 このまま今の状態が続けば、最低でも俺かダーシウムのどちらかは死ぬ。悪くて共倒れだ。

 

 俺は、勝てたとしてもダーシウムを殺せるのだろうか。殺さずに倒す余裕も力も、俺にはない。

 

 けれど多分、俺はダーシウムを殺せない。俺が殺したことがある相手は、既に死ぬ行く定めの状態だった敵(ライバルト・グンダレン)と、自分と因縁のあり過ぎた邪悪(スイム・スー)のみなんだ。自分と似ている一人の人間を、殺せはしない。殺す命の選別なんて傲慢なのだろう。けれど、その瞬間が来たとして、殺す為に身体が動いてくれるとは、どうしても思えない。

 

 

 突然、ダーシウムの様子が変わった。

 

 

「ハ、ハハハハハ……」

 

 ダーシウムの体に()が纏わり逆巻き、緑色の光に包まれていた。

 

「てめえの天谷修司(希望)、目の前で潰したらどんな顔してくれるんだろうなァ」

 

 ダーシウムは、本気で修司(ヒーロー)を殺せると思っているようだった。

 

 

 

 

 ――――ガリオン・ルークスは過去、属性管理教会に対する反逆組織に所属していた。

 特に教会へ恨みがあるわけでもなく、風の向くまま気の向くままを信条とする彼の、その一時(ひととき)だけの居場所に過ぎなかった。

 

 そうしてガリオンは、運命と出会う。教会にスパイとして潜入していた彼の前に、闇が降り立ったのだ。

 

 血の涙を流しながら教会の属性使いを、蟲を潰すように容易く殺していく闇の男。

 その男こそが、ダーシウム・ローレンスだ。

 

 ダーシウムは自分のすべてを奪った組織を調べ上げ、たった一人で壊滅させようとしている。

 

 ガリオンはダーシウムの境遇を知っていた。潜入中に情報収集は欠かしていなかったから。情報としてダーシウムの過去を見た時には、ガリオンの心に大した波風も立ちはしなかった。戦争ならば、裏社会ならばよくある不幸だろう、と。

 

 けれど目の前で実際のダーシウムを見て、ガリオンの心は嵐のように揺れた。

 

 悪を殺す悪鬼と化した男の慟哭と闘争に、魅入る。

 

「なんて、悲しい人なんだ……」

 

 不純物の()じらない、ただ「苦しみたくない」という一念に純化された精神は、異端のレベルまで突き抜けていた。

 常人ではどれだけの理不尽に遭い絶望に落とされても、こうはならない。必ず他の考えも纏わり付く。後悔や、このままでいいのかという迷い、他にも様々な考えが浮かんでは蝕まれるのが人間だ。己からすべてを奪った存在に復讐するところまでは誰でも到達すれど、苦痛を忌避する一念のみの存在などという人を外れたナニカになど、普通はならない。

 

 それにガリオンは一種の感動さえしてしまったから。

 

「ボクが救わなければ」

 

 ガリオン・ルークスはダーシウム・ローレンスの味方になると、決めた。

 

 それが、今までの人生で最も感情を動かされた彼の、今後の指針となる。

 

 この瞬間、ルークスは風の属性神へ選ばれた。

 

 まずは面と向かって出会い、友となろう。それからは、親友を救う為にはあらゆる行動も辞さないようにしようと、今後の在り方を軌道修正した。

 風の向くまま気の向くままを信条としていたルークスの、風向きが変わったのだ。

 

 

「――だからボクは、友の礎となろう。さあ、ダーシウム、何処(どこ)までも目的に向かって、風に乗って飛んで往こう」

 

 ルークスが、土屋が、ダーシウムが緑色の不定形(風のオーラ)に包まれ、飛翔した。

 

「さあ『合体』だ。ボクらの友情パワー、見せてやろうぜ」

 

 真徳高校の敷地上空で、緑色の光が三つ集まり、重なって一つとなった。

 

 

『合体』(フュージョンテオス)

 

 

 此処(ここ)に三人の属性司者(ファクターズ)が合体した究極の属性司者(ファクターズ)が一人、誕生する。

 

 

『三位属聖』(トリニティ)

 

 

 ダーシウムが装着していた漆黒の鎧は、光の敵になる意思によりそのまま。風色と土色のオーラを極大の威圧感と共に纏う、三属性の頂点を掌握した超越人の中の超越人(スーパーウルトラマン)

 

 

 ルークスが為したのは、属性神の合体。融合。

 

 誰かと合わせる才が突き抜けているルークスが、願いがない自分の、姫墜劇達成で叶える願いを前借りする形で手に入れた力だ。

 これは土屋の黒羽()が曲がりなりにも蘇生されているバグと同じ。儀式達成目前だからできたことである。

 孝とダーシウム、修司とルークス&土屋。先までの状況は、二つの戦いのどちらの聖戦参加者も命が危うい状態になっているという、土屋のバグが発生した時よりも儀式達成目前の状態だった。

 

 救済などの曖昧な概念すら叶えてしまえる姫墜劇の力は、目の前の敵を倒す力を授ける程度(・・・・・・・・・・・・・・・)の願いなら、相性さえよければ前借り可能だった。本来のやり方を無視している以上、合体しなければならないなどの面倒な手順は必要になってはくるが。

 さらに失敗すればどうなるかも未知数で、肉塊が混ざったキメラになる可能性もあった。けれどルークスは友の命が危うくなったのを風で感知し、事前に話し合っていた最後の手段を敢行したのだ。

 

 結果、合体は成功し、光のヒーローを斃せる力を願望器から授けられたのだ。いや、ガリオン・ルークスが友情の為に命を賭し掴み取った力である。

 

「さあ、最終決戦と往こうじゃないか」

 

 

 



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15 Savior

 

 

 

 俺の目の前でダーシウムがいきなりエメラルドグリーンの光になって飛んでいったと思ったら、なんか、物凄く強そうになって空に浮かんでいた。闇の属性神を解放した時よりも、さらに遥か上だと感じるほど。

 

「なんだよ、あれ……」

 

「友情で強くなるのは光側だけの特権じゃないってことさ」

 

 場所は遠いのに、ルークスの声は良く聞こえた。ダーシウムに見える漆黒の聖鎧から、ルークスの声が聞こえたんだ。

 つまり、さっき詠唱で口にしていた通り合体した、ということか。

 いやわからん。

 けれど、そうなっている、のか。

 とにかく俺は学校へ向けて走り出す。夢中もついてきた。

 

「今こそ、蘇生行脚(あんぎゃ)の終着点へ」

「光を殺し、高山孝を絶望させ、俺は楽園へ至る」

 

 一人の属性司者から三人の声が発されている。精神は独立して存在しているのか。そんなのでまともに動けるのか。動いた。

 

 『三位属聖』(トリニティ)は聖鎧から闇泥を、修司目掛けて放出した。それも光速を越えた概念速度「神速」で。

 

「――っ!?」

 

 瞬間移動を越えた速さに、修司は為す術なく直撃を受けた。

 

 瞬時に消滅即死の闇がヒーローの命を奪――わない。

 修司が光で消滅の力を食い止めているからだ。だが命を奪う消滅は今も獰猛(どうもう)に暴れ続けている。

 

 最初の一手で、修司は常に消滅が浸食する中の死闘を強いられることになってしまった。

 

 

 神速の闇泥は、神速を保ったまま幾度も射出される。

 

 修司は死浸食の最大最悪のデバフに耐えながら覚醒。

 漆黒の粘性液とぶつかり合いながら飛翔、ダーシウムたちへ急迫した。

 

 数十メートルはある土の塊が複数修司の周りに浮かび、移動を制限され、その隙へ粘性液は飛び込み、びしゃっと音を立てて命中した。修司はまた死へ近づく。

 

 されど光は覚醒し、『三位属聖』(トリニティ)の目の前へ至った。

 

 光纏う拳が、闇纏う拳が、振るわれる。

 光と闇の衝突は、互角の破壊力を撒き散らす。

 

 そう、互角。光が覚醒した一撃へ正面から挑んで、敗北するどころか押されもせず、互角。

 

 修司は食らいつく程度(・・・・・・・)のことしかできていない。

 

 

『三位属聖』(トリニティ)の性能は、今まで出会った超越者たちが只人に思えるほど常軌を逸していた。

 

 奴らの戦法は俺が見た限り、触れただけで消滅せしめる闇泥を、光速を越えたもう何が何やらわからない概念速度で、周りの環境を操作し妨害しながら命中させて殺す。というもの。

 

 必殺の一撃を誰よりも速く命中させれば勝てるという、机上の必勝戦術を現実とした形態。

 

 馬鹿げているにもほどがあった。

 そもそも光のヒーローが食らいつく止まりでいる時点で、今のダーシウムたちは最強の域へと達している。

 

 修司(ヒーロー)だから、まだ生きているんだ。俺だったら『終幕への仮剣』(ラストセイバー)を持っていたとしても、さっきの初手で消滅させられていただろう。

 

 

 『三位属聖』(トリニティ)は修司と拳が衝突した際に発生した衝撃波を利用して距離を取ると、また闇泥を神速射出した。

 

 修司は光を輝かせ対応するが、風が吹く。

 

 属性神の風は闇泥を飛散、拡散させ、修司の周りに無数の黒滴(こくてき)がばら撒かれた。この一滴(いってき)一滴が触れたものを死に至らしめる雨雫(あましずく)だ。

 死の豪雨(スコール)が神速で降り注ぐ。修司へ向けて全方位から。逃げ場はない。

 修司は先に射出された闇泥へ光を行使した瞬間だ、タイミングをずらされた修司には回避する時間も再び光を輝かせるまでの時間もありはしない。

 

 だがそんなことは彼に通用する現実(理論)ではないことは、ここに至っては聖戦に関わった者達周知の常識だ。

 

 覚醒し、修司は己の肉体の可動域も、力の発生機構すらも超えて、光を拡散させる。

 

 まるで、拳を振り抜いたと同時に反対方向へ同じ拳で振り抜くような物理無視のリアルが、死のスコールを殲滅した。

 

 すごいぜ修司。今の技には『(つばめ)返し』と命名しよう。

 

 

 回避不能の攻撃が間髪入れずに迫り続ける。速度で勝るダーシウムたちは、常に先手を取っていた。

 覚醒しなければ乗り切れない状況ばかりが修司を襲う。

 純白と黒緑茶(くろみどりちゃ)の三色が衝突を繰り返し、夜空に軌跡を描いた。

 

 修司は大地の檻に閉じ込められ、内部は闇の粘性液で満杯になる。覚醒で乗り切った。

 

『三位属聖』(トリニティ)の一手一手が必殺なんだ。

 刹那ごとに覚醒し続けなければ対抗できない。無限覚醒の理不尽を可能にしなければ、最強のラスボスとは戦うことすら不可能なのだと、自分の入り込む余地のない頂上決戦の光景に思い知る。

 修司はこの戦闘が始まってから、少なくとも三桁は覚醒していた。

 

 

 でも、最終的に修司(ヒーロー)は必ず勝つんだ。俺は信じている。

 だから、このままだと確定で、ダーシウムたちは死ぬのだろう。

 

「………………」

 

 ダーシウムは、土屋と違って大切な人を取り戻したい訳じゃない。ただ苦しみ無く安らかに存在していたいだけなんだ。それを薄情と捉える人もいるだろう。実際他人を犠牲にして自分だけ楽になろうなんて屑の考えだ。多くの人はそう思うことは、俺だってわかる。

 けれど俺は、ダーシウムをただ否定して責めるだけではいられない。

 

 ダーシウム(あいつ)は、つくづく俺と同じなんだ。弱くて凡人な負け犬。能力(できること)や辿ってきた運命()じゃなくて、心が、どこまでも俺と同じなんだ。

 むしろ俺よりも軟弱なんじゃないかとすら思う。

 

 そんな弱すぎる人間が真に救われるためには、他人を犠牲にしてまでも起こす奇跡しかないとダーシウムは言った。

 でも、何度も言うがそれは駄目だ。

 

 結局、甘ったれるなってことなのか。

 甘ったれず、強く正しくあろうとしなければ屑でしかなく、強く正しくなければ不幸になって苦しみ続けろ、嫌なら死ね。そんな苦しい結論なんかが真実なのか。

 ――いやだ。俺は、いやだ。

 

 

「ねえ、孝」

 

 

 修司が、極限の集中を強いられている筈の決戦の最中に、俺へ語り掛けてきた。

 

 

「僕に、どうあってほしい?」

 

 

 ヒーローは、己に憧れてくれている未熟者(子供)に問う。

 

 

「どういう結末が、一番光らしいかな」

 

 

 まるで俺の気持ちを察したかのような言葉だ。実際察しているのかもしれない。修司はすごいからな。

 口を開こうとして、躊躇い、少し開き、閉じた。

 

 俺は、迷う。

 今も、僅かでも油断すれば死に落ちる死線の渦中にいる修司へ、子供の我が侭を押しつけていいものか。

 

 頭を抱え、迷う、迷う、迷う。ヒーローに望みを叶えてほしいけれど、ヒーローが心配だから。

 

「私だったら本音をそのまま言うよ」

 (かたわ)らの夢中が俺を落ち着かせてくれようとしているのか背中をさすってくる。その仕草に、俺は亡き二人を感じた。

 

「夢中なら、そうなんだろうな」

 お前は自由だから。

 俺へ寄り添うために支障が出ないように、わたとリリュースが生み出してくれた存在だから、なにものにも縛られはしない。

 だが俺は別だ。俺は現実世界に縛られる一人の人間だ。好き勝手言っていいことと悪いことがある。

 

「ううん、今はそれこそ別だよ。私と同じようにやっていいんだよ」

 

「なんでだよ。一定の年齢を超えた人間が子供の我が侭を言っても、いいことなんて一つもねえんだ。修司以外の属性司者を見ればわかるだろう。大きな子供じみた自分勝手なやつは、周囲に迷惑を撒き散らし害を及ぼすんだ」

 

「普段の日常ならそうかもね。でも今はいいの。向こうから訊いてるんだから、本音を出して言ってあげればいいんだよ」

 

 背をポンと叩かれる。

 

「それに、親友なんでしょ? 言いたいこと言わなきゃ」

 

「孝、君の本音を、教えてほしい」

 

 夢中の言葉か、修司の言葉か、どちらに背を押されたか自分でもわからないまま俺は思いを吐き出していた。

 

「修司、ダーシウムたちを、殺さずに救ってくれ」

 

 ああ、言ってしまった……。一度言ったら、あとは(せき)を切ったようだった。

 

「ヒーローだったら、悲しんでいる人を助けてあげてくれ」

 

 悲しんでいる善人も、悲しんでいる悪人も。

 

「本物のヒーローなら、自分の大切な人だけじゃなく、誰か(・・)を助けられるヒーローに成ってくれ。世界を救える、ヒーローに」

 

 悪に堕ちたなら、殺す。それが正義の光。そういう正義もあるだろう。修司も系統としては悪を殺す正義だった。普段ならそれを格好いいと思うし、否定もしないだろう。

 けれど今この瞬間は、違う。

 

怪人()へとなってしまった者を、殺すだけじゃなく、救ってくれ。

 闇を照らすのが、本当のヒーローだろう。

 ダーシウムも、土屋も、救われたいだけの弱い人間なんだ。

 悪いことをしたから絶対に不幸になって死ななければならないなんて考え方、俺は嫌なんだ。

 ああ、でも、実際に俺へ被害を与えてきたスイムのことは今も赦せないし、実際この手で殺しもしたんだよな。

 少し待ってくれ修司、前言撤回しそうだ」

 

 スイムを、これからも未来永劫赦すことはないだろう。だけど赦せそうな相手だけは、ヒーローへ無理難題を押しつけて救ってくれなんて、それこそ許されないエゴではないのか。

 何度も言うが命の選別なんて人がやっていいことじゃない。

 

 結局目的が相容れない相手とは、どちらかが潰れてなくなるまで殺し合うしかないのだろうか。そんなものが冷たい真実だと、俺に突きつけるのか。

 

 スイムだろうとダーシウムたちだろうと相容れない敵であることに変わりはない。敵ならば倒せ殺せ。それで迷惑なやつらは全員いなくなっておしまい。それが最も望ましい、今回の騒動の結末なのか。

 

 違う。いいや違わない。

 

 現実見ろよ理想主義者(ロマンチスト)のクソガキが。

 

「たたくん!」

「たたくん言うな」

「またややこしいこと考えてたでしょ」

「ややこしいってなんだ。重要なことだ。真剣に考えるべきことだ」

 

「もう! ただ思ったことを言うだけでいいんだから、深く考えずにどうしてほしいかだけ言えばいいの! 高山くんが大好きな修司くんは、それをこそ望んで待ってるんだよ」

 

 見上げると、ヒーローは戦っていた。戦いながら、頷いて、俺を待っていると、示した。

 

 ええい、ままよ!

 

「前言撤回なんかしない。具体的な方法なんてわからないけど、俺が救われてほしいと思った人を救ってくれよヒーロー!」

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 親友(修司)親友()の願いに即答してくれた。

 

「僕はヒーローであることを己に課した身。親友のヒーロー感を信じるよ」

 

 光が高まっていく。

 

「僕では、考えてもわからなかった。迷いが芽生えはしても、大切な人を護ることにしか強い思いを抱けなかった。僕は「大切な人を護る存在」として、既に己を定義し終えてしまっているから」

 

 なにかが結実しそうな予感が湧いてくる。

 

「だから僕は、大切な者()が望むヒーロー像を演じる。大切な者の心を護るという理由を携えて」

 

 ヒーローは、ダーシウムたち(救済対象)を見つめた。

 

「大切な者の願いを守るということも、また大切な人を護るということ。ヒーロー()の護る対象に、君たちも今から、入ったよ」

 

 修司は『三位属聖』(トリニティ)へ向けて、綺麗な手つきで指を差した。

 

 

「今から僕が、すべてを救う」

 

 

 修司が仮面の眼に決意を湛えて宣言をした。

 

「うるせえこの傲慢野郎がッッ! 俺を救うだと? 思い上がるな。俺は光になど救われない。自分の決めた方法を貫いて救われるんだ。儀式を完遂することでな」

「我も、黒羽の蘇生以外で救われはしない」

「ボクたちは、このまま進む。救えるものなら、この二人を救って魅せるといいよ」

 ルークスだけは、期待しているような声音だった。

 

 

 修司は考える。どうすれば救えるのだろう。方法はまだ思いついていない。

 具体的な救済方法は頼んだ孝にもわかっていないのだ。ヒーローは、最適解を考えながら死線を進まなければならない。

 

 ダーシウムは、苦しみを感じるのが最も嫌なことなのだろう。

 

 なら、苦しむ感情の消去? それではただの洗脳になってしまう。

 辛い記憶を封印? ただ本人たる所以(ゆえん)を消してしまうだけだ。

 もう苦しまないように命を奪う? それではいつもの悪を殺すことと何が違う?

 望んだ幸せな夢を見せる? (はた)から見たらバッドエンドのような方法でいいのか? 

 

 ならば本当の救いとはなんだ? 苦しみからの解放とはなんだ?

 

 人が救われる要因とはなんだろう。大まかに考えて……三つあると修司は思った。

 自分を苦しめる要因が無くなったとき。

 自分のすべてを掛けられる何かを見出せたとき。

 男女問わず、友情でも愛情でも、この人と一緒にいたいと思える人と仲良くなれたとき。

 他にもあるかもしれないが、修司が僅かな時間で考えた結果この三つが、人が救われる理由の重要要素だった。

 

 苦しむ要因を無くす? ダーシウムはあらゆることに苦しんでいる。ダーシウム以外のすべてを消すことなどできはしない。

 なにかを見出させる? 見出せなかったから一つの奇跡しか頼れなかったのでは?

 

 そこまで考えて、ダーシウムにはルークスという友がいることを思い当たる。

 

 ダーシウムにはルークスがいることを気づかせればいいのではないか? 幸せを願っている友がいることに気づきさえすれば、救われる。のか?

 

 ルークスがダーシウムの為に動いていることは、ダーシウムも既に知っている筈だ。むしろ一番よく知っている筈だ。なのに救われていないではないか。

 

「ダーシウム、ルークスという幸せを願っている友達がいても、考えは変わらない?」

 

 駄目元で口にする。

 

「俺に友などいない」

 

 返ってきたのは零度の一言。

 

「まあボクが勝手に友達のつもりでいるだけだね。どうにか頑張って好きに動くことは許してもらったけど」

 

「俺を想う友だと? そんなことで救われるのならば、一人の少女を犠牲にしようなどと最初から考えはしないッ!」

 

 駄目元で発した言葉は、ダーシウムに反感と怒りしか抱かせなかった。

 

「仮にルークスを友だと思い救われたとしよう。だがそれは光の解決法だ。「友達がいない人は結局救われない」などという、闇に優しくない目を焼く光の結末だ。いけ好かない光のな。だからその結論は許さない。俺に友などいない」

 

 ダーシウム・ローレンスという男は、どこまでもこじれてしまっていた。どのような言葉を並べ立てたところで、簡単に救われなどしない最下層の闇なのだ。

 

「救済者気取ってんじゃねえ。怪しい宗教家にしか見えないぜ」

 

 故に、彼を救う方法はない。

 

 三つの救済要素は土屋にも当てはめて考えても方法に辿り着けないだろう。

 土屋が苦しむ要因は命を落とした妻がいないことに発している、自分のすべてを掛けられると見出した存在は既にいない死人だ。共にいたいと思える人も、その死人だけだ。

 蘇生達成以外で救われはしない土屋も、ダーシウムと同じく八方塞がりの亡者なのである。

 

 されど、方法がない程度で諦めるほど、ヒーローの決意はやわではない。

 

 

 方法(可能性)がなにもないのなら、創り出せ。

「――――――――――――――――――――ッッッ」

 無限の覚醒を重ねた先に、理想の光が、見えた。

 

 

『宿る光よ、属性の先を掌握せよ、己は概念光(がいねんこう)の体現者』

 

 この世の異能の最上級である属性神のその先へ、光の少年が今、初めて手に掛ける。

 

『救いを求める手は無く、救う為の手段は閉ざされ、苦しみに喘ぐ者は闇に生きるしかない。

 しかし己は、救い亡き原罪に塗れたこの世に光を差したいのだ。

 闇に居る者を焼かない光で優しく照らし、なにかを理不尽に奪うという邪悪を(たお)す存在こそ、本物のヒーローだと今は思うから』

 

 この先もなにが正しいヒーローか、考えることを止めず、迷い続けていこう。正しさは一つではないんだ。一つの結論のみではいつかなにかを取り零す。それを親友が教えてくれた。

 ヒーロー道は、終わらない。

 

根源属性神(エレメンタルテオス)――光の英雄がすべてを救う』リヒトユスティーツ・パラダイスロード

 

 さあ、御伽話(おとぎばなし)を現実へ。

 

 ヒーローの聖鎧が進化する。純白に黒色が混ざった新たな装甲が、重量感を増して装着された。

 

 この力にステータス(物差し)などはない。すべてを賭して、すべてを救う。それだけの力だ。

 

 誰もが例外なく光に魅入られ、見惚れていた。

 

『第一の救済』(セイヴァー・ファースト)!」

 

 光のヒーローが揮った拳は『三位属聖』(トリニティ)へ届く。速さ? 技量? 関係ない。ただ、届くのだ。

『三位属聖』(トリニティ)の一翼を担う土屋創(つちやそう)へ、合体しているにもかかわらずピンポイントで概念的に命中した。

 

 土屋は『三位属聖』(トリニティ)から分離され光に包まれながら地面にゆっくりと降ろされる。

 その傍らには、黒羽がいた。土屋の体から生えていた中途半端な紛い物ではない。しっかりとした体を持つ一人の人間として、土屋創の愛しき人は蘇生を果たしたのだ。

 

「そうちゃん……ここどこ?」

「黒羽……!? 黒羽!」

「なんでそんなに、泣いてるの……?」

「黒羽」

「ふふっ……大丈夫だよ、そうちゃん。わたしはここにいるよ」

 黒羽は事故死の瞬間から今の時点に記憶が繋がっている。状況はなにもわかってなどいない。けれど彼女は土屋の背を優しくさする。微笑みながら、安心させるように。

 

「蘇生でしか救われないのなら、ルーの犠牲なしで、僕がするよ」

 

 此処(ここ)に、蘇生は成った。

 

「なんだ、あれ……」

 二人きりの『三位属聖』(トリニティ)となったダーシウムは、目の前の事態を信じることができない。

「あははっ」

 ルークスはまた期待するように笑った。嬉しげに。

 

 川碧唯(かわあおい)修司(幼馴染)へ熱い視線を向け、ルー・リーンバーグ姫は、優しい光を見ていながら、心配そうで複雑な思いが籠った瞳をしている。

 

「うおおおおお! 修司ィ!」

「私今、伝説を目の当たりにしている気がする!」

 空想好きの二人はテンションマックスと大はしゃぎしていた。

 

 

 救済はまだ終わらない。

 

「ダーシウム・ローレンス、次は君が救われる番だ」

「――――やってみろォ!!」

 ヤケクソと期待と反感が混ざった叫びだった。

 

『第二の救済』(セイヴァー・セカンド)!」

 

 ヒーローはダーシウムへ、苦しみからの解放という概念を叩きつける(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 『三位属聖』(トリニティ)の体は完全に分離され、ダーシウムは光の粒子となってこの世界から消えていこうとしていた。

 これは死ではない。望めばこの世に戻ってくることすらできる。苦しい今世(こんせい)に存在することを望んでいないダーシウムに合わせて、(はた)からは消えているようにしか見えない現象が起きているだけだ。

「なんだ、これは……俺は楽園へ行けるのか?」

「行けるよ。君が、望んだ場所へ」

 

「そうか……それなら、いいんだ」

 ダーシウムは憑き物が落ちたように体を弛緩させる。

 

 一瞬だけダーシウムは孝の方を見たが、すぐにどうでもよさそうに目を逸らした。

 

「まだどこかいけ好かねえ気もするが。闇じゃなく光に包まれてるしな。だけど、俺みたいなやつにはこういう身も蓋もない結末がお似合いなのかもしれない」

 

 自嘲するように鼻を鳴らして、最後に零した。

 

「結局のところ、苦しまずに幸せでいられるなら、方法なんてどうでもいいんだしな」

 

 苦しみ続けた負け犬は、楽園へと旅立った。満足そうに笑みながら。

 

 

 

「あれで、良かったの?」

 お姫様が疑問を発露させた。

「ダーシウムが満足できるなら、それがいいのさ」

 ルークスは親愛を込めて友を見送っている。俺もダーシウムが本気で幸せそうだから、この結末でいいと思う。ルークスが俺へ振り向いた。

「やっぱり高山君がトリガーになってくれたね」

「なにがだよ」

「君がヒーローに頼むことで、ダーシウムが救われる奇跡は起こったんだ。だから、ありがとう」

 

 

『第三の救済』(セイヴァー・サード)!」

 

 室一輝(むろかずき)――俺が最初に戦った竜の属性神に選ばれた負け犬も、救われた。と修司が俺に理解させてくれた。

 室は俺に負けてからも、考えを改めてなどいなかった。いつか絶対に川さんを手に入れてやると思いながら家に引きこもっていたんだ。

 けれど今現在、コンビニにカップラーメンを買いに行く道中、空から女の子が降って来る運命的な出会いを果たす。

 川さんへのドス黒い執着などそのうち薄れて消えてしまうほどの、奇跡的に相性のいい少女(ヒロイン)と巡り合えたんだ。これから面白おかしく楽しい非日常でも繰り広げていくのだろう。俺とは一切関係のないところで。

 

『第四の救済』(セイヴァー・フォース)!」

 

 死人であるライバルト・グンダレンですら、救われたのだと俺は知る。極楽浄土で安らぐ、生を渇望する炎だった男を幻視した。

 あれ。

 修司が救うことで極楽浄土にいるライバルトが見えたということは、極楽浄土は、元は無かったということなのか……?

 いや、極楽浄土はある。生きていると感知できない概念的な場所に存在するから、修司がライバルトも救われている様子を俺に確認させるために、覗かせてくれただけなんだ。

 

「孝、これで、いいかい」

 

 そうか。修司は俺が救われてほしいと思ったすべての人間を救済してくれたのだ。この場にいたダーシウムと土屋だけでなく、俺が出会った負け犬たちを。

 宣言通りにすべてを救ってくれたヒーローの背中は、眩しかった。

 

 ああ、ヒーロー。君は本物のヒーローだ。俺のヒーロー。

 

halleluiah(ハレルヤ)…………」

 

 こうして姫墜劇(プリンセスサクリファイス)は終演を迎え、平和が訪れるんだ。

 

「ヒーローというより、神様みたいだね」

 

 夢中がなにかを(のたま)っていた。

 

 

 聖戦を終えた修司は地上に舞い戻り、聖鎧を解く。

 顔を歪めたことのなかった修司が、一瞬苦しそうな顔をしたような。存在が希薄になったような感覚がしたのは、気のせいだろうか。

 

 

 『ハッピーエンドでなんて終わらせてあげませんよ~?』

 『私はまだまだ、負け犬さんの苦しむ姿が見たいのですから~』

 

 

 幻聴だろうか。

 俺が殺したスイム・スーの声が聞こえる。

 

 

 

 



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終 やっぱりヒーローは格好いい

最後の方少しだけ変えました。


 

 

 

 俺のヒーローはすべてを救ってくれた。

 ――でも、そんな君を、誰が救うのだろう。なんて、ヒーローもので何度か聞いた言葉が頭をよぎった。

 なにを考えているんだ俺は。余計な考えは頭から追い出そう。彼は絶対のヒーローなのだから。

 

 

「ぐっ…………」

 

 修司が膝を突き、全身から光の粒子を立ち昇らせていた。

 

「どうした、修司……?」

「僕はここまでみたいだ」

「ここまでって、なんだ」

 

「僕はもうすぐ死ぬってことだよ」

 

 ――――。

 

 え。

 

 なんだそれは。

 聞いていない。

 

 修司が、もうすぐ死ぬ?

 

「修司、死ぬのか?」

「今までの負債が返ってきているだけだよ。急にいなくなってしまうのは、申し訳ないけれど」

 

 修司は死ぬらしい。修司は無意味な嘘なんてつかないから、本当のことなのだろう。

 いや待ってくれ。なんで。

 ………………。

 

 そうだ。考えてみれば当たり前のことだ。

 

 無理難題を踏破し続けてきた修司に、なんの影響も出ないなんて都合の良いこと、あるわけがなかったんだ。属性司者の超回復ですらどうにもならない「力の代償」というものは存在する。実際出力を上昇させる代償の痛みでだって、耐えられなければ死亡するんだ。耐えられる者達ばかり見てきたから、俺は感覚が麻痺していたのか。

 

 都合の良いことを起こす為には都合の悪いことが起こる。出力の限界突破には気が狂うほどの激痛を。奇跡の代償には――()を。

 

 俺は見ないようにしていたのか。綺麗な理想だけを見ていたかったから。

 

 ヒーローがなんでも現実にしてくれるのが嬉しくて、ヒーローが魅せる光景を喜んで享受するだけの子供だった、のか。

 

「すでに一度、土屋さんと戦った時に命を落としてはいたんだけどね。実際、人間としてはあの時確実に肉体は死んでいたんだ。ただ、まだ僕は消えるわけにはいかなかったから、「光の属性神」のみの存在となって無理矢理生き繋いでいただけなんだよ」

 

 俺の所為(せい)だ。俺がすべてを救ってくれなんて頼んだから、修司は根源属性神(奇跡)を行使したんだ。だから修司がもうすぐ死ぬのは、俺の所為だ。

 

 でもしょうがないじゃないか。俺はヒーローを見ていたいのだから。奇跡を魅せ続けた上で死なないでくれよ頼むから。

 

 轟々と洪水のように思考が回る。二転三転流転(るてん)

 

「修司……」

「孝、そんな顔しなくていいさ。僕はこの道をこそ歩きたかったんだから」

 

 修司がそう言うなら、いいのだろうか。いや、ちょっと待ってほしい。思考が追いつかない。心の整理がつかない。

 

『負け犬さ~ん』

 

 ああまた幻聴が聞こえてきやがったッ。スイムは俺が殺したんだ奴の声が聞こえるはずがないんだだから黙れ!

 

『幻聴じゃなくて~属性の根源に溶かした残骸ですよ~。幻聴だと思いたいならそれでもいいんですけど~、よ~く聴いてくださいね~。

 

 お姫様を殺せば、光の人助けられますよ~』

 

「は……?」

 

『このままだと光の人が死ぬのは確定じゃないですか~。でも、姫墜劇の機能はまだ残っていて~儀式を再開させようとする人がいれば使えるんですよ~。

 それで~負け犬さんは光の人が死ぬのいやですよね~? だったら姫墜劇を引き継いで完遂すれば願いを叶えられますよ~。もうエネルギーは今までの聖戦で十分に充填されているので~、あとはお姫様の命を属性司者が奪うだけでいいんです~。なんて簡単なのでしょ~』

 

 そんなこと、できるわけがないだろ。と言い切れない。

 だって、修司が死んでしまったら、修司を見ていられないんだ。

 修司を見ることができなくなった後の生は、酷く空虚で灰色のものとなるだろう。光が在った頃の思い出だけを想起し続ける廃人だけが、残るのではないか。そう思ってしまう。

 

 この幻聴の言うことが本当なら、だけど。だが十分あり得るとも思える。

 儀式の機能は、恐らくまだ失われていない。

 

 

「たかしくん。

 

 

 いいよ。わたしを殺して」

 

 

 お姫様は微笑んでいた。

 

 

「…………どうして?」

「わたしも、しゅうじくんを助けたいから」

 

 

 

「ルーちゃん、なんで今さらそんなこと言うんですか?」

 

 

 

 川さんの声と表情に、俺は強い恐怖を覚えた。冷たい熱をはらんだ能面の様な顔。彼女のこんな顔は、初めて見る。

 

「そもそも今回の騒動、聖戦をしゅうちゃんが戦っていくことに決めたのはルーちゃんを護る為なんですよ? 今まで護ってもらっておいて、しゅうちゃんが命を削る光景を後ろから震えたまま見続けておいて、どうして今?」

「ごめんなさい……わたしは、自分が死ぬのが恐くて、ずっと迷っていたの」

 お姫様はいつも修司の後ろで怯え震えていたから、怖がりなのは知っていた。

「でも、もう迷いたくないの。あおいちゃんが言う通り本当に今さらだけど……」

「私は護ってもらっていることを責めているのではありません。しゅうちゃんの道を今阻んでいることを責めているんです」

 川さんの目は普通ではなかった。異常なほど見開かれていて、けれど血走っていない。人形のガラス玉の瞳を想起させた。

 

「わたしが攻められるのは当然だけど、一つ聞いてもいい? あおいちゃんはしゅうじくんがこのまま死んじゃってもいいの?」

「は? いやですが? それでもしゅうちゃんが選んだ一番いい道だと思ってるなら邪魔したくないだけなんです。しゅうちゃんの格好良さを私が邪魔することで穢したくないだけです。それにしゅうちゃんを生かすためにはルーちゃんが死んでしまうんですよ。私はルーちゃんにも死んでほしくありません。お友達ですからね。しゅうちゃんがこの結末に満足しているのならルーちゃんを殺してまで結果を変えたくありません」

 

「やめてくれ。喧嘩なんてする必要ないし、しないでくれ」

 修司が諫めてお姫様と向き合う。

「ルー、僕はヒーロー以外になれないし、なりたくないよ。女の子を犠牲にして生きるなんて、ヒーロー失格だ。僕はヒーローを全うする。だから僕はここで終わることにするよ」

 

 

 そうだ。修司はヒーローなんだ。ヒーロー以外の修司なんて見たくないし、ヒーローが歩む道の邪魔をしてはいけない。

 だけど、ここで修司がお姫様を犠牲にして生き残ったとして、本当にヒーロー失格になるだろうか。

 

 修司は生き残って己を責めることになったとしても、必ず乗り越えてまたヒーローを続けてくれるのではないかと、俺は思う。修司はどうあってもヒーローなのだから。

 そう、生きてさえいれば修司はヒーローをやっていく。生きているからこそ行動できるんだ。

 だから俺たちが修司を生かす。ヒーローを死なせはしない。

 

 

「それでも、わたし、しゅうじくんをこのまま往かせられない」

 

「これは僕の責任だよ。他が負債を被っていいものじゃない」

 

「でも、それで俺の前からいなくなるなんて……」

 やめてほしい。

 

 光を魅せるだけ見せて、すぐに消えてしまうだなんてそんなこと認められない。

 

 俺の目の前で、いつまでも輝きを放っていてくれ、光の英雄(ヒーロー)よ。

 

 永遠に俺の視界に、聴覚に、居座り続けて刻んでくれ。

 

 俺は修司と出会い心を救われた、だから修司をこそ最優先する。他(ことごと)くすべて些末事だ。

 

 刹那の間、ルーお姫様と過ごした時間が頭を埋め尽くした。無理矢理抑え込む。

 

 自分以外のすべてを救うヒーローを、俺が救うんだ。

 

 お姫様を犠牲にしてでも。

 

 なんだ。

 

 結局俺も、他の修司以外の属性司者達と同じ、お姫様を犠牲にしてでも目的を果たしたい屑だってことか。

 

 俺たちは負け犬。

 

 さあ、負け犬の闘争(ダンスマカブル)を始めよう。

 

 後ろ向きにひた向きに愚直に、光を求めて。

 

「わたしを助けて(殺して)。たかしくん」

 

『星屑に堕ちた氷』(ノヴァグラース)

 

 俺が発動させた属性神により、お姫様は氷漬けに――

 

 眩い光が奔る。氷だけが霧散した。

 

「孝、なにやってるんだよ」 

 

 そうだよな。修司なら必ず止めてくるよな。そして俺は修司に勝てない。それでも、修司を生かす為に俺はやる。やってやる。やらずにはいられない。

 

「聖戦を始めよう。本当に最後の聖戦を」

 

「なら、僕の残り僅かな命を、孝に僕を諦めさせる為に使わせてもらうよ」

 

 

 

『ふふふふ~、もっともっと、負け犬さんが苦しむ姿を見せてください~』

 

 修司と対峙するこの状況は。スイムに誘導されたものだろう。

 

 それが分かっていても、俺は修司にこのまま去ってほしくないから、戦うしかないんだ。

 

 結局俺は、スイムの呪縛から逃れられない。いつもそうだ。昔絡んだ鎖がずっと切れない、(ほど)けない。水と氷は同じものと、属性神に定められてでもいるかのように。

 

 場の戦意が最高潮まで達した。負け犬()ヒーロー(修司)は同時に叫ぶ。

 

「「いくぞォ!!」」

 

 

 

 

 

 わたしは、とある小国の姫として生まれた。近年は戦争もしていない平和で穏やかな国に。

 国王(パパ)王女(ママ)も優しくて、わたしをこれでもかと愛して育ててくれた。

 臣下のみんなもいい人たちばかり、わたしはこの世界には優しくて心が温かくなるものしか存在していないと思っていた。

 誇張でもなんでもなく、本気で思っちゃってたんだ。

 そんなことはなかったと思い知るのは、十三歳の時に『属性の巫女』に選ばれ覚醒してから。

 

 すぐに悪意が周囲を渦巻いた。

 隣国の人たち、関わりの薄かった国の権力者、属性管理教会、大まかにこの三勢力がわたしを狙い動き出す。

 誘拐されそうになったり、命を狙われたり、恐怖の目で見られたり、気持ちの悪い目で見られたり、全部初めてだった。

 

 わたしはショックで、怖くて怯えることしかできなかった。

 パパとママと、物心ついた時から近くにいた臣下たちだけは味方でいてくれて、わたしは護られるがままに何もせずに震えているだけ。

 

 初めての悪意にどうしても、いつまでも慣れなくて、立ち向かうなんて発想すら浮かばなかった。

 

 ただただ苦しくて、辛くて、逃げたい。

 

 わたしを利用するか排除するかしたい人は後を絶たず、パパとママはわたしを遠くの平和な島国(日本)に逃がすことに決めた。

 

 当然追手は差し向けられる。臣下に護られながらの逃亡生活はとても辛かった。寝起き以外で髪がボサボサになったのは、この時が初めて。

 日本に落ち延びる頃には、わたしを逃がすために頑張ってくれた臣下たちは、みんな死んじゃっていた。

 わたしは臣下のみんなが居なくなる度に、一人、また一人と死んでしまう度に泣いていた。ずっと、泣いてばかりだった。みんな、大好きだったから。

 

 ようやく誰にもバレずに辿り着いた日本で、わたしは一市民として新生活を始めようとした。始めるべきだった。けれど始められなかった。

 戸籍や身分はパパたちが用意してくれたから大丈夫だったけど、わたしが限界だったから。

 ずっと用意された家に籠っているだけだった。なにも考えられなくて、なにも考えたくなくて、頭がずっとぼーっとしていた。

 

 そんなんだったから、ちょっと食べ物買い足そうと出かけただけで簡単に属性司者に見つかっちゃった。

 でも、そんな時に助けてくれたのが、しゅうじくんだったんだ。

 

 わたしはこの人の背に隠れていこうと思った。

 しゅうじくんの背を見守って待っているのは、すごく安心できたんだ。しゅうじくんは本当にヒーローみたいに、強くて誰にも負けなかったから。

 

 ――でも、しゅうじくんが土屋さんに一度負けたとき、わたしは思い知る。

 

 ヒーローのしゅうじくんも絶対じゃない。命を奪いに来る誰かと戦い続ける人は、必ずどこかで死んでしまうんだって、当たり前のことに気がついた。

 

 このままじゃいけない。しゅうじくんを助けられるくらいにならないといけない。そう思うようになっても、うまくはいかなかった。

 やっぱり戦うのは怖くて怖くて、迷ってばかり。

 迷ったままなにも変わらず、怯えてしゅうじくんに任せきりの日々。

 

 迷い続けて先延ばしにした結果、しゅうじくんがもうすぐで死んでしまうところまで、きてしまった。

 でもまだ、取り返しがつく。

 わたしが命を差し出すという、ものすごく怖い条件付きだけど。だってずっと死ぬのが恐くて迷ってたんだ。

 

 でも、わたしには、取り返しがつかなくなる寸前まで迷い続けた罪がある。このまま何もせずにしゅうじくんを見送ることだけは、できない。

 

 わたしとしゅうじくんが二人とも生きて日常に戻ることはもう無理だけど、それはわたしのせいだからしょうがないんだ。

 

 護られるだけのお姫様はもう嫌だ――なんて言葉があるけれど、わたしはそう思えたのがかなり遅かったみたいだから。

 

 遅咲きの花は、遅すぎた。

 

 わたしは取り返しがつかなくなってから、ギリギリ取り返しがつくとこだけに手を伸ばす。

 

 だからわたしは、『負け犬』なんだ。

 

 

 

 光が迸る。たかしくんへ向けて、非殺傷の光が、しゅうじくんの振り抜かれた拳から放たれた。

 たかしくんは避けられない。真正面から対抗できる力もない。速さも属性力もなにもかも、しゅうじくんのほうが上回っているから。

 

 それでもたかしくんは氷の属性神に力を入れて、光を凍らせようとする。

 

 わたしは『属性の巫女』の力を、たかしくんへと全力で注いだ。スイム戦で(この間)覚醒してたかしくんを強化した時は一属性の強化――たかしくんに合わせて氷属性の強化だけをした。でも今は、それだけじゃあ、しゅうじくんに勝てないことはわかっているから、氷属性以外の属性の強化も、全部たかしくんの強化に注ぐ。

 

 全属性を注いで属性司者(ファクターズ)を強化なんて、普通はできない。今までできたこともない。できたらやっていたし、しゅうじくんの戦いももっと楽になっていたと思う。

 でもわたしだって『属性の巫女』の力を使いこなす努力をしてきたんだ。無理でもなんでも通そうと、とにかく全ぶっぱする。

 たかしくんの体が飛び散ってしまう危険性はあるけれど、勝てなければしゅうじくんが消えてしまうんだ。

 たかしくんも何もできずに負けてしゅうじくんに往ってしまわれるよりはリスクを背負う方を選ぶだろうから、わたしはごめんなさいと謝りながらも遠慮なく賭けに全霊を込めた。

 勝算もない訳じゃない。わたしの他者強化(バフ)はしゅうじくん相手だと「光」が強過ぎて相性が悪かったから、あまり力になれなかったけど、元々属性神のアクが弱いたかしくんとは相性が良いんだ。一度強化した時にそれは確認済み。

 

 賭けに勝ったのか、わたしかたかしくんが覚醒したのか。いや、これは、まなちゃんの力? まなちゃんがわたしの力を補助してくれてるみたい。

 全属性集束強化は、達成された。

 

 

『いかないで。

 

光よ此処(ここ)に、在り続けろ』

 

巫女属性神(メディウムエレメンタル)――光よ永久に(ライト)

 

 

 修司が放った光は氷結され極小の粒となって散る。氷の粒はベールのように負け犬の少年を覆うが、すぐに吹き散らされた。氷霧(ひょうむ)の中から現れるは、聖鎧纏う高山孝。

 

 高山孝の全身には頭部まで覆う装甲が装着されていた。火属性の赤色、土属性の茶色、風属性の緑色、闇属性の黒色、水属性の水色、氷属性の水色に近い薄い青色、光属性の白色など様々な属性の色が散りばめられたカラフルで不格好な鎧。

 

「ヒーローォォオオオオオオ!!」

 

 己のことではなく、己が求める他の存在(天谷修司)を指して、少年はその名称を叫び走る。

 

 けれどお姫様は思うのだ。友の命を救おうと立ち上がり、仮面のヒーローの様な聖なる鎧を初めて身につけること叶った少年は正しく――彼が求めてやまない存在なのではないか、と。

 

 

 

 変身。と遠い過去の俺ならば自信満々に叫んでいた状況だろう。けれど俺はヒーローではないからその言葉を口にはしない。何度でも言う、修司こそが、修司だけがヒーローなんだ。

 

 修司が純白の聖鎧を纏い、俺へ肉薄してきた。

 俺はお姫様に向けて走っている。俺は修司を倒せないし、俺の目的は修司を倒すことじゃないからだ。お姫様の命を奪い儀式を完遂し、修司の死を覆せさえすればいい。つまりお姫様を殺すことが最優先だ。

 

「孝、絵面が酷いぞ。女の子を殺そうとしている悪人にしか見えない!」

「その通りだァ! 今の俺はヒーローに仇名す悪人!」

 

 修司が光逆巻(さかま)く拳を俺に放ってきた。

 現在氷の属性神(エレメンタル)は究極系へと至っている。森羅万象凍てつかせる氷結の化身だ。氷結可能な対象は、光の属性神とて例外ではない。

 

 俺の右手の平から放出された氷結概念は修司の光を凍てつかせながら拳を受け止めた。

 

「やるな孝」

「俺の力じゃない。お姫様と――夢中の力だ」

 そして、夢中の力ならわたとリリュースの力でもある。

 

 俺たちは殺す為に、お姫様は殺される為に、協力する。全力で後ろ向きな、闇の協力だ。

 

 握った修司の拳を凍らせようとしたが、修司の体は光となり、離脱された。それも、お姫様の方向へ。ヒーローはお姫様を背にして立ち塞がる。

 

 なるべくなら接近戦は避けたい。森羅万象凍てつかせるという触れ込みだが、修司相手にどれだけ意味を成すかは疑わしい。ヒーローは覚醒し俺の氷結は粉砕される、これは確定事項と言っていいだろう。

 

 だからこそお姫様との間に入られたのは痛手だ。俺はヒーローに勝てないこと前提でどうにかお姫様を殺さなければならないんだ。ヒーローをどう掻い潜るかが勝負の分かれ目だろう。

 

 俺はお姫様の肌から数センチ離れた位置に氷を発生させた。俺の効果範囲はお姫様と夢中のバフにより上昇していた、これぐらいわけはない。このまま一瞬でお姫様を凍結する。

 

 けれど修司の放った光により氷は霧散した。効果範囲が上がったとはいえ、俺から離れれば離れるほど出力が下がってしまうのは変わらない。修司の光に対抗できるほどの出力はかなり至近でなければ出せないと、これでわかった。

 

 そして修司は膝を突く。

 それは何故か。修司にはすでに戦う力など無いからだ。さっきからずっと、修司の(聖鎧)からは消える間際の光の粒子がいくつも立ち昇っている。今彼が戦えている事象は本来あり得ない不可思議現象。理論を一切合切無視している。だがそれはいつものこと。修司だから、可能としているだけだ。

 

 しかし命が消えていっているという事実も変わらず、俺の攻撃に対処する度に無理が来る。現に今俺の氷を霧散させたことで膝を突いた。

 そこにのみ、俺たちの勝機はある。

 皮肉にも修司を生かそうとしている俺たちの勝機は、修司が死にそうなことにしかないのだ。

 修司が死にそうな隙を突いて、修司が死ぬ前に、お姫様の命にこの力を届かせる。

 

 俺は距離を取ったまま氷結をお姫様と修司の周囲、二か所へ発生させた。

 修司はどちらも光の拳から放出される拡散光により消滅させたが、消耗もする。

 そうやって俺は遠距離から削り続ける。負け犬らしいこすい戦法、されど有効な戦法だ。

 

 近距離攻撃しかできないはずの修司は遠距離から光を放って来るが、全て尽く氷結させ砕く。俺と同じく威力が減退している修司の遠距離からの光では、今の俺は倒せない。以前の俺やそこら辺の強者ならいざ知らず、今の俺相手では、動きを鈍らせることすら不可能だ。修司が俺を倒すには、どうにか俺へ接近するしかない。近距離から色々なことを無視する光を俺にぶち当てるしかないだろう。だがそう簡単には接近はさせない。俺は遠距離から氷を発生させ続ける。

 

 修司は護る側だから迂闊にお姫様から意識を外せない、俺は殺す側だから存分に猛攻を仕掛けられる。戦いは護る側の方が圧倒的に不利だ。修司はジリ貧となる。

 

 そうして遂に、修司の動きが鈍った。

 今だ。

 

 俺は遠距離アドバンテージを捨て修司を迂回しながらお姫様に急迫(きゅうはく)する。

 

 俺の速さは光速を越える。スピードも二人のバフで上昇しているから。

 

「なんで高山くん有利なのに突っ込んむの!? 遠距離チクチクの方が絶対いいのに!」

 例え有利でもヒーローに時間を与えるのは愚の骨頂だ。何かしら逆転の一手で崩されるに決まっている。今までだってそうだった。

 だから隙ができたのなら逃さない。

 

「くっ……」

 修司の横を通り抜け、お姫様へ手を伸ばす。

 

「させませんよ」

 

 川さんの声が聞こえた刹那、修司の全身が光り輝いた。強く強く、輝いた。

 

 

 

 

「神様が救ってくださりますからね」

 お母様はいつも私にそう言い聞かせていました。

 だから神様が救ってくれるんだなあと思ってずっと待っていました。

 お母様に強くぶたれても、いつか救ってもらえるのだから頑張らないと、と言い聞かせ続けてずっと待っていました。

 お母様は居間に作った祭壇にずっと祈っていました。

 

 ある日、しゅうちゃんと近場の公園で出会いました。

 私はブランコに座っていたかっただけなのですが、しゅうちゃんがあくる日もあくる日も話しかけてきたので、仲良くなりました。

 けれどある日、ブランコから勢い良く飛んだら、しゅうちゃんが「危ない!」って私の下敷きになって庇ってくれたとき、偶然私の体の見えづらい位置にあった傷を見られてしまいました。

 

 しゅうちゃんは自分の両親に相談しました。しゅうちゃんの両親は凄い人たちだったので、色々あって私はしゅうちゃんの家に引き取られることになりました。

 けれど私は、しゅうちゃんたちと一緒に住むことは頑なに拒否しました。

 私はしゅうちゃんのお母様とお父様が用意してくれた別の家に住むことになりました。

 

 私が一緒に住むことを断ったのは、しゅうちゃんのお母様とお父様は、私がまだ人を信用できず怖がっているからだと思っていましたが、事実は違います。

 

 神様と共に住まうなんて、不敬で畏れ多いからです。

 

 お母様はいつも言っていました。神様が救ってくださると。

 私は遂にしゅうちゃん(神様)に救っていただいたのです。

 しゅうちゃんは格好良くて、過ごしているととても心がポカポカと幸せな気持ちになります。体が痛くなることももうありません。

 

 それまでお母様が何故叩いてくるのか解りませんでしたが、しゅうちゃんと出逢うきっかけを創り出すためだったのだと解り、お母様に最大の感謝を捧げました。

 もうお母様に会えないのは少し寂しいですけど、私にはしゅうちゃんがいるので大丈夫です。

 お母様も私みたいに自分の神様に出会って幸せになってるといいな。と思いました。

 

 私は私を助けてくれたしゅうちゃんを支えるいい女になるために努力しました。男性を最も立てる女性を調べたら、大和撫子という単語を見つけます。私は大和撫子を目指しました。

 

 いつしかしゅうちゃんを慕う信徒が二人増えました。ルーちゃんと高山さんです。ルーちゃんとはお友達になりました。初めての同性のお友達で、とても嬉しかったです。ルーちゃんと過ごすのは楽しいです。しゅうちゃんと過ごす時とはまた違った胸のポカポカがあります。

 

 でも。

 

 悲しいことに、二人は神様に仇名す逆徒に堕ちてしまいました。

 

 神様のすることは絶対です。

 

 邪魔をしては神性を穢してしまうと、なぜわからないのでしょうか。

 

 しゅうちゃんには、いつまでもしゅうちゃんらしく望んだ道を歩いてほしいです。たとえそれで消えて往ってしまうとしても。

 

 しゅうちゃんは、私のヒーロー(神様)なんですから。

 

 

『祈り』(プリエール)

 

 

 恋心を信仰心に変換し、信仰心を他者強化のエネルギーにする巫女の力。

 これが私の、唯一しゅうちゃんの力になれる能力です。

 

 

 

何処(どこ)までも強くなって、勝利してください」

 

 川さんが両手を組んで祈ると、修司の全身は輝きを強く増した。

 今までも修司を強化してきた川さんのバフだ。けれど、今までよりも輝きが強過ぎる。

 

「命知らずの裏切り者には光の鉄槌が下るでしょう」

 

 輝くヒーローが、いつの間にか俺の前に移動していた。

 

「光の前進に轢かれ潰されてしまえばいいんです」

 

「孝ぃ!」

「がはっ……!?」

 

 光の衝撃は俺の腹から伝播し、俺をお姫様から引き離す。つまり殴り飛ばされた。

 

 修司はもう膝を突く様子はない。修司(ヒーロー)の僅かな隙を川さん(ヒロイン)に埋められてしまった。

 

「ねえあおいちゃん、本当にこのままでいいの?」

「しゅうちゃんは、ルーちゃんを助けようとしているだけですよ? それは間違いなく正しいことです。それに、さっきも言いましたよ。私もルーちゃんを助けたいんです。お友達ですから」

「いなくなっちゃったら、寄り添うこともできないんだよ! しゅうじくんに対してそんな大きすぎる感情を持ったままこれからずっと生きていくことになるんだよ! そんなの、辛すぎるよ。わたしなんて最近友達になっただけの人なんだよ。しゅうじくんへの想いほどのものを、わたしはあおいちゃんに(いだ)いてもらえるとは思えないよ」

「私、ルーちゃんのこと大好きですよ?」

「しゅうじくんを失った後のあおいちゃんの心を支えてあげられるほどじゃないと思うよ」

「ルーちゃんは自分を過小評価し過ぎです。それにしゅうちゃんは永遠です、どんな状態になっても、しゅうちゃんという概念は存在し続けます。だから少しくらい寂しくても大丈夫なんです」

 

 

 

「孝、もう僕を諦めるんだ。勝ち目は消えたよ」

 

「勝ち目が、消えた……?」

 

 そうかもしれない。修司が死にかけであることの隙が無くなったら、俺が付け入る隙はもう無いのかもしれない。

 だがその程度で修司を諦める理由にはならない。

 

「孝、ルー、僕がいなくなっても、自分の足で立っていくんだ。君たちならそれができる」

「無理に決まってんだろ」

 自分の足で立つ? 前を向いて強く生きる? それができなかったから俺は今此処(ここ)にいるんだ。

「このまま見送ったらわたしはもう自分を責め続ける生しか送れない、だからごめん。わたしは恩知らずの負け犬だよ」

「だからそのような、しゅうちゃんの頑張りを無為にする本末転倒なエゴは許されません」

 

 打てる手がわからないなら、もうやることは一つしかない。

 

「殴り合いだ」

 

 俺は地を蹴り修司へ向けて肉薄する。修司は正面から迎え撃ってきた。

 

 お互いの拳と拳、絶対零度と究極光が衝突する。

 

 ヒーローには勝てないとわかっているのに正面から殴り合うなんて正気の沙汰ではないことはわかっている。

 

 だけど、どうすればいいんだ。ヒーローにいなくなられちゃ困るんだよ。

 

 お姫様と夢中の力を信じるしかないのか。俺は聖鎧を纏っているんだ。現象、概念、一切合切を氷結させる力を得たんだ。道理だけで見れば勝てる可能性なんて幾らでもある。

 けれど、どうしてもヒーローに勝てるとは思えない。修司は誰にも負けない最高のヒーローなんだ。俺なんかがいくら強化されたところで勝てるわけがない。いや、勝ってはならない。俺が修司の戦績に黒星を入れて、光のヒーローを穢してはならない。

 修司を打ち倒すんじゃない、少し隙を突いてお姫様を殺すだけだ。

 

「孝は、僕が凄いから僕を信じたんじゃないと思うよ。光を信じたかったから、希望を信じたかったから、その気持ちをまだ持っていたからだ。僕はたまたま、そんな孝の前に現れただけにすぎない。僕が居なくても、孝は光を求めて、また立ち上がっていたはずだ」

 

「そんなわけねえだろ。負け犬のどうしようもなさ舐めんな。お前みたいなすげえ光にでも奇跡的に出会わなきゃ、また光を求めようなんて思えねえよ。それも求めたのは自分の光じゃねえ。自分が信じられる唯一の光だけだ。つまり修司だけなんだよ。俺には修司しかいないんだ」

 

 俺の不格好な拳が無数に突き刺さる。修司の全身は永久の氷漬けと化した。されど光は覚醒し、氷を四散させたヒーローの拳が俺の全身を貫く。

 

「ほら、こんなにもお前は最強で最高の光じゃねえかよォ!」

 

「過剰に持ち上げてくれているけど、僕は完璧じゃないよ。本当に最強なら隙すらつくらないはずだよ。僕は自分の至らなさでボロが出る隙を、無理矢理自分を削って誤魔化しているにすぎないんだ」

 

「馬鹿言うなよ、本当だったら隙を突かれた時点で人は死んで終わりなんだよ、その先へ物語は続いていけないんだ。

 でも修司は違う。ヒーローの光でその現実(当然)を粉砕してヒーローの物語をずっと続けていくんだ。これが最強で、最高でなくて何という」

 

「その結果、僕はもうすぐ命を使い果たす。命を使い捨てに、己の望んだ道を刹那の生で歩んだだけの愚か者さ」

 

「俺たちが生かす。使い捨てになどさせない。修司は永遠のヒーローだ」

 

 何度も何度も、氷と光が舞う中殴り合い続ける。ここまで修司と正面からぶつかって負けていない時点で、今の俺は外れた強さを持っているのだろう。

 

「孝、そろそろ眠ってもらうよ。大丈夫、起きた時には僕を諦められている(・・・・・・・・)から」

 

 いやだ。なんだそれは。怖すぎる。

 しかも修司なら本当にできてしまうだろう。

 つまり、俺はヒーローが居なくなることを受け入れてしまう。

 なんだその空虚な未来は。

 

「しゅうじくん、人の感情を勝手に変えるなんてヒーローのやることじゃないよ」

「そうでもしないと、孝は僕が消えた後も蘇生させようとルーの命を奪うだろう」

 

 確かにそれは事実だ。俺がそうしないはずがない。だから、その行為をする意思を奪われるのだろう。

 

 光が、輝く。

 

 

『負け犬さ~ん。手伝ってあげましょうか~?』

 

 またスイムの声が聞こえる。

「お前なんかに手を貸されるくらいなら――」

『光の人の死を選びます? できませんよね~?』

 くそがっ……。

 スイムゥ……。

 生きているか死んでいるかもわからないくせに、何度も惑わしやがって。

 

『まあ勝手にやっちゃうんですけどね~』

 

 人型の水の塊が、水路や地面から寄り集まった水から形作られた。あれがスイムなのだろう。

 

『あの~聴いてくださ~い!』

 

「スイム・スー!?」

「うわ出たよ」

「あ、やばい人だ」

 

 スイムに対する印象は俺以外も似たり寄ったりらしい。

 

 

『ここでひとつ真実を開帳します~。属性神(エレメンタル)とは、選ばれた時に強く抱いた感情を増幅させられ、その後の人生を左右されるものだったのです~』

 

 

 この場の全員がポカンと呆けた。

 一番早く立ち直ったのは修司だった。

「どうしてそんなことを知っているんだ」

『私が世界の根源と一体化しているからですよ~』

「どうしてそんな状態に」

『私は死んだ後のことも考えて色々細工していたからです~。準備が功を奏し、負け犬さんに殺された後、私は見事、世界の根源エネルギーの海である、属性神の溜まり場に溶けることに成功したのですよ~』

「だから、誰も知らなかった真実を知った、と?」

『そういうことです~』

 

『つまり属性司者たちは~、その時偶然、刹那の間芽生えただけの感情に生き方が固定されるのですよ~。私が死体コレクションを人生の道としたり、負け犬さんの苦しむ様子を愛でたりという、人の不の美しさしか素晴らしいと思えなくなったように~』

 

『つまり~、負け犬さんの信じたヒーロー(幻想)なんて、本当はこの世にないんですよ~?』

 

『行動も、思想も、信念も、全部世界の根源に決められただけの、憐れな人間なのですから~』

 

『私も同じです~。生き方を狂人に固定されただけのかわいそうな女の子~! だから闇の人にしたみたいに私にも優しくしてくださいね~? スイムにも救われてほしい! って。きゃは~!』

「もう一度死ね」

 

 つまりは、修司は強制的に定義させられたもののために死のうとしているのか? 

 そんなこと信じたくない。魔女の戯言だ。だが符合する点が多すぎる。

 室は川さんに横恋慕したとはいえ、非日常に関わったこともない高校生が修司という一人の人間を殺そうとしたのは異常だ。ライバルトも生き続けることしか考えていなかった。土屋は蘇生を、ルークスは友の幸せのみを、ダーシウムは苦しさの無い安らぎの世界を。

 

 修司は、ヒーローであることだけを。

 

『でも、おやおやおや? おかしいことが一つありますね?』

 

『属性神に選ばれたらその瞬間に抱いていた信念に固定されてしまうのに、負け犬さんは幼い頃の主役気取りの傲慢さが跡形もなくなってますよね~?』

「だから、なんだってんだ」

『生き方が固定されていないあなたは、何なのでしょうね? そうです、異常(イレギュラー)なんです~。負け犬さんは特別だったが為に、生き方が固定される呪いを受けず、その分授けられる力も弱く、故に他の属性司者と違い超越しなかったと私は推測しました~。ということは、負け犬さん、もう理解していますよね~?』

 

 耳にかかる息を錯覚するほど、スイムの声が間近で聞こえる。

 

『あんなビカビカなんかよりも、あなたの方が特別なんですよ~? 属性神という途方もない力に唯一抗えた存在なのですから~!』

「修司を侮辱するな! 修司は唯一の特別で、ヒーローなんだ!」

 スイムが間近まで近づいてきて俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた。

『手伝ってあげてるんですから怒らないでくださいよ~。これで自分のアイデンティティを否定された光の人は動揺して隙が生まれるって寸法なんですから~』

「俺まで動揺させてどうする」

『それは私が楽しむ為ですから仕方ありません~』

 やっぱりこいつは殺すべきだ。

 だがとりあえずスイムを殺すのは後にして、修司が動揺してくれているのなら、今すぐにお姫様の元に向かわなければ、隙が生まれた意味が無くなる。

 俺は光速を越えた『氷結滑走』(アイススラスター)でかっ飛ぶ。

 

 

「舐めるなッッ!」

 

 

 叫んだのは、修司だ。

 

「それは、残酷な真実なんだろうね。

 僕は、世界の根源に定められた道を進んでいるだけなのかもしれない。

 だけど、ああ――それがどうした(・・・・・・・)?」

 

 光速を越えている筈の俺の左腕を、光速の修司が掴んだ。

 

「土屋さんから、否定とは試練だと聞いたよ。僕はその宿命すらも乗り越えてヒーローだと証明しよう。

 これは僕が選んだ道だ。なにかに強制されたものなんかじゃない。絶対に。絶対に」

 

 修司の言葉は、信念が外部から固定されているから発されているものなのか、それとも本当に、属性神の影響などではなく、修司は選ばれなくともヒーローに成ったのか。

 俺にはわからない。

 けれど今目の前に見える正義(ヒーロー)の光は眩しいんだ。

 俺はヒーローを信じたい。本当の光は在るんだって。

 在るかわからなくて、確かめようもないものは、在ると信じた方が心安らかに強く生きられる。

 

『だからそれが、属性神に影響されただけの信念とも言えない意思の固定だって私は言っているんですけどね~?』

 

「最初に決意を抱いたのは、僕の意思だよ。なら僕の意思と何が違うんだ。それに人は生きていれば何かしらに影響されているものさ」

 

「しゅうじくん、なんで、そこまでしてヒーローなんて、頑張るの……」

 

「これが僕の使命だから。僕はヒーローに成ることを、ずっとずっと、求めていたから」

 

「しゅうちゃんは昔からヒーローでした! 属性神なんて関係ありません、しゅうちゃんは元からかっこいい人なんです!」

 

「闇を照らして救うのがヒーローなんだろう? 孝がそう言ったんだ。残酷な真実なんて闇、照らして払って、救いたい人を絶対に救うよ。

 (あまね)くすべて、粉砕し蹴散らし轢殺(れきさつ)して、僕は進み続けるっ!」

 

 俺の左腕を掴んでいる修司の右掌から光が溢れる。まずい。これを喰らったら俺の負けは確定する!

 

「うおおおおおおおォッ!」 

 

 修司に至近距離から完全氷結をぶち込み、手が離れたところを我武者羅に後退して逃げた。

 

 

『駄目ですねアレ~。もう手遅れです~。光に憑かれた人になんか、何を言っても無駄ですね~』

 外国人がやれやれをするようなオーバーリアクションをするスイム。お前なんなんだよもう。

 

「たかしくん! 決められるままにわたしを護り続けて死んでしまおうとしているなら、なおさらしゅうじくんを助けないといけないよ!」

 

「ああ……そうだな。修司が外部からの影響でヒーローに成ったにしろそうでないにしろ、俺は修司に生きて欲しいしな」

 

 だが、今の決意に満ちた修司相手にどこまでやれるか……。

 

「ここで真打登場だね!!」

 

 夢中が急に主張し始めた。

 

「ずっと黙ってたなお前」

 

「さすがに最終局面の雰囲気ぶち壊したくなかったからね。異能バトル観戦者としては黙って視聴していたかったんだよ。でも今や私も演者の一人。ということで積極的に活躍させてもらうよ! 私が主人公だー!」

 

「そもそも夢中、俺に加担していいのか。俺はお姫様を見捨てる選択を取ったんだぞ」

 勢いのまま行動してまだ確認を取っていなかった。

 俺が修司の光を氷結させるほどの力を得て、聖鎧を纏うことが可能になったのは、お姫様の力だけで為されたことではないと俺はわかっている。夢中の力があったからだ。しかしそれはお姫様を殺す選択への加担を意味する。

 夢中はお姫様と仲良くなっているように見えた、友達と言える関係だろう。それなのに、俺の味方をしていいのか。

 

「私は高山くんが決めたなら反対しないよ」

 

 ……夢中の言葉は、他力本願から出たものじゃないだろう。俺の絶対的味方だからこそ出た言葉だ。それが俺にはわかった。夢中麻奈はわたとリリュースが俺へと送ってくれた最大の味方なのだから。

 ならば俺から言えることは、もうこれ以上ない。

 

「まなちゃん遠慮しないでいいよ」

「うん。今から本気出すよルーちゃんっ」

 

 川さんは顔を歪めた。

「狂っています。あなたたちの関係(いびつ)ですよ」

『あなたが言いますか~?』

「狂ってるかぁ……いやそこまでじゃ…………いや、うん、そうかもしれないね。でもいいよ。いいんだよ、これで」

 お姫様が川さんに微笑む。そうだ。俺たちはこれでいい。俺たちは負け犬。精神を滅多打ちにされ消耗し尽くした弱い人間が、イカレていないはずがない。

 

 

「高山くんいっけえええええっっ!」

 夢中の右腕が破裂し、血液が飛び散った。

「いったあああああああああああああああいっっっっ!!!!」

 本来なら「痛い」では済まない犠牲を贄に、巫女の力が増大する。

 

 有機物、無機物、現象、概念、一切合切森羅万象を氷結させる力、『光よ永久に』(ライト)の出力が限界突破。

 

 上昇し過ぎた出力は、『時間凍結』すらも可能とする。

 

 世界が凍結され、静止した。修司(ヒーロー)も、修司(ヒーロー)が身に纏い拳に宿す光も、例外なく止まっている。行使者以外何者も動くことは叶わない。

 

 修司は光速を越えた俺を捕まえたが、時が止まっていれば速さなど関係ないのだ。

 

 だが油断はしない。ゆっくり歩きなどはせず、俺はお姫様の元へ全速力で移動し、氷纏う掌をお姫様の心臓に当てる。心臓も、綺麗なドレスも、華奢な全身も、魂も、すべてが氷結し死へと墜ちた。

 

 これで、修司を助けられる。

 

 

 

 

 ――はははははは、子供を殺すのは気持ちいいぜ。

 

「俺」の原点は、その残虐な言葉を聞いた時にある。

 

「なあ、ガキ、聞いてるか? 子供を殺すっていうのはな、人間倫理的に最も忌避されている悪なんだ。誰がどう解釈しようとも邪悪以外になれない概念だ。進んでする奴はまずいない。何かしらに追いつめられでもしていない限りな。その邪悪な所業を、俺みたいな普通に仕事して普通に生活できている余裕のある人間がすることは、まずないんだ。

 だからこそ俺は子供を殺すのが気持ちよくて堪らない。子供の悲鳴が心地いい。

 俺は俺にしかでいないことをやってるんだって気持ちになるよ。

 俺以外にやったことある奴は歴史上に一切いないとは思わねえけどよ。頭のイカレた奴なんてどの時代にもいるしな。でもいたとして極少数だろう?

 俺はその選ばれた少数しかやらないことをやっているんだよ。

 気持ちよくて堪らない。興奮が止まらない。生きてるって感じがするぜ。

 なあ、聞いてるか? ガキ、なあ?」

 

 幼馴染の生首が揺れていた。苦しみ抜いて見るも(おぞ)ましい顔をした、俺の友達の女の子が、あの子の生首が、やがて幼馴染になっただろう大切な女の子の生首が、長い髪を男の手で鷲掴みにされて、ゆらゆらと揺れている。

 

 俺の心に芽生えたのは、怒りだった。悲しみも憎悪も湧かなかったわけではない。けれど、強い強い総てを焼き尽くすほどの赫怒(かくど)が、他を覆い隠した。

 

 大切な人が失われる残酷な現実という事象への強い否定が俺を変えたとき、光の属性神に選ばれたんだ。

 

 光の赫怒。それが俺の原点。

 

 この時から「俺」は「僕」になった。まずは一人称を変えることで自分以外になれるように。

 

 

 自分は自分でしかない。自分以外にはなれないというのが一般的な正論だ。

 それが正しいのはわかる。現実問題、人の根っこはそう変わらない。自分は自分のまま満足するしかないし、満足できなくともどうにか生きていくしかない。

 

 けれど自分である限り苦しみ続けるしかない者はどうすればいいんだ。死ぬまで苦しみ続けろとでもいうのか。負け犬は負け犬のまま、永遠に変われはしないと、いうのか。

 

 ふざけるな。

 

 自分ではない存在でありたいという思いは蔑ろにされてはならない。自分以外であろうとすることで救われる者もいるはず。演じ続けて満足できるならそれでいいんだ。いつかは本物になる。

 僕は大切な人を護れる強くかっこいい主人公に成りたい。

 だから僕は求め続けるよ、ヒーローを。

 生き方を演じ切り、僕を観る人すべてを騙し通す。

 ヒーローという幻想を現実にする。

 光のヒーローは此処(ここ)に在る。と。

 理想は既に自分の中に在った。だから後は、それをなぞって演じればいい。

 

 だから僕は、自分でない光に変わった。変身(・・)、したんだ。

 

 

 

 孝も何かを失っている様子だった。

 恐らく僕と同じような境遇だったのだろう。ただ、起きたことへの感じ方と、選択と、運命が違った。

 だから僕と孝は似ているんだ。

 きっかけが違えば孝も僕のようになっていたかもしれないし、僕も孝みたいになっていたかもしれない。

 今の僕は、もう往きつくところまで来てしまったから、ヒーロー以外にはなりたくないし、なれないけれど。

 

 僕は大切な人を護りたい。大切になった人を、大切な人の思いを。

 望んでいるのはそれだけだ。

 

 けれど、今僕は大切な人の思いを踏みにじろうとしている。孝とルーの、僕に生きていてほしいという思いを。

 自分のヒーロー感に疑問を持って、少しずつ修正していこうと思うようにはなっても、それでも譲れない一点があるから。

 結局僕は、誰かを救える場面で救わない選択だけはできないんだ。

 だから二人の願いを蹴って、今目の前で奪われようとしている大切な人の命を救うことしか考えられない。

 心の救いも大事だ。でも、まず第一に物理的に生きてほしい。

 

 僕は、救えるから。僕だから、救えるから。僕しか、救えないから。だから、僕がやる。

 救って魅せるさ、必ずね。

 

 

 

 ――――光が輝く。

 

 

 

 時が止まった世界で、俺と光だけが動いていた。

 修司が拳を構えて目の前にいる。

 殺したはずのお姫様は光に包まれ、修司の後方に立って、生きていた。

 

 俺は確かにお姫様を殺したはずだ。この手で心臓も魂も氷結させ命を奪った感触を覚えている。けれどお姫様は無傷だ。氷片一つ付いていない。

 

 そうか。

 修司は遂に因果すらも超えるようになったんだな。

 

 修司ならば、可能だとしか思えなかった。

  

「あははははっ!! やっぱりすげえ、すげえよヒーロー!」

 

 halleluiah(ハレルヤ)!!!!!

 

 今俺は真正面から覚醒する光を体感している。それもヒーローのここ一番の戦いでしかお目にかかれないような最大の覚醒だ。テンションが上がらないわけがない。

 最前列でヒーローショーを観ている気分だ。

 

 彼のフォーム一つ一つが美しい。右拳を弓引くように構えた姿も、光が集まる右拳も、俺を見つめる特撮ヒーローの様な兜も。

 

「さよなら、孝」

 

 拳が振り抜かれる。俺は動けなかった。時を止めた消耗もあったけれど、ヒーローの光に「動けないという法則」を付与されたのだと感じた。

 

 俺の腹に光の拳が直撃する。痛みはない。死にもしない。修司は殺すつもりなんてないから。

 

 

 

 ただふっ飛ばされて、

 

 

 

 地面を転がって、

 

 

 

 気づいた時には、修司の延命を諦めていた。

 

 

 

 

 やっぱりお前(ヒーロー)は、格好いいよ。

 

 

 

 

 







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