おうじ と どろぼう (ウェットルver.2)
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乞い堕ちた先で(表)

 ある日、たくさんの家来に愛された王子様は、その家来たちに裏切られました。

「見ろ、こいつ、弱いくせに強いふりをしていたんだぜ!」
「あれだけ素敵な王子様でも、負けてばかりじゃ素敵じゃないわ!」

 いつも泥棒退治をする王子様は、一度も泥棒に勝てなかったからです。

「おまえなんか王子ではない!」

 その声に王子様は涙を流し、お城から出ていきました。

「こんな私では、王様からも『出て行け』と言われるかもしれない。
 今は大丈夫かもしれない。だけど、寝て起きたらどうだろうか。
 ああ、私は、私は明日が怖い! 本当に聞いてしまう前に逃げてしまおう!」


 我が名はフランソワーズ・フェイ・ミリュー。

 融合次元の誉れある、いや、誉れあった戦士の告解を聞いてくれ。

 捕虜の身へ堕ちた女の罪を、どうかきみだけは裁かないでくれ。

 

 

 

 

 

 私は、たったひとりの男に勝てなかった。

 何度も挑み、何度も屈し、そのたびに立ちあがって次の作戦を練った。

 私の要請に応じて認められた増員をもって、今度こそと彼を討ち倒そうとした。

 

 それでも負け続け、気がつけば、増員を認められなくなった。

 むしろ上層部からは兵力をひとり、次は一小隊と削られていき、気がつけば同胞には無能と侮られ、警告は聞き入れられず、どちらが部下でどちらが上官かの区別もつかないほどに人間関係は悪化した。時には男に「女だから」と侮られ、同性からも「結果を出せない無能だから」と怒りは聞き流される。

 

 そして今日も、同胞が自ら敗北への道を敷き始める始末だ。

 

「もう、いやだ、」

 

 零れ落ちる。

 

「いやなんだ、私は。

 まるで勝てない。それはいい、」

 

 涙。悲鳴。弱音。

 自分を自分であり続けさせるため、堪え続けたもの。

 

「プロフェッサーや教官の信頼を失う。それがつらい。

 ほかの連中から侮られようが、馬鹿にされようが、信用されなかろうが、本当の信頼を失わないのであればどうでもよかった……いくらでも耐えられた…………!」

 

 忠誠。敬愛。尊敬。

 己の宝だと信じて疑わなかった、学徒が培う情愛。

 四つの次元がひとつ、融合次元における軍学校「デュエルアカデミア」の生徒として、己の血肉とした人生のすべてが、このエクシーズ次元の都市「ハートランド」で、

 

「だけど、もう無理だ。

 こんなに同胞から侮られ、忠告を無視され、また敗北……?

 最後に負けて帰還した私は、敗残兵がまた、悪評で侮られ馬鹿にされ、信用されず、また出陣して忠告を無視されて、また負けて……いつだ?」

 

 ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 元より罅割れ崩れたものが跡形もなくなるのではないか、そう思わされるほどに砕かれていく。ひとかけらでも残したいものが、もう自分では保てないのが恐ろしい。

 

「いつ失うのだ、私は?

 あの御方々からの、私への信頼は!?」

 

 欠片すら拾えぬ自分の代わりに、愛した者達は我が誇りに振り向くのだろうか。

 私は知っている。あの御方々は振り向かない。砕け散った誇り、己を己あらしめる魂の残骸になど興味を示さない。利用価値を失った駒に居場所はない。

 だから、

 

「もう無理だ……もういやだっ……!

 独房で気狂いを鎮めて……それだけで戦争が終わるなど、考えたくもないっ!

 もう負けたくないのにっ、おまえの強さを私は、よく知っていて……こんなの繰り返したくないのに、挽回のチャンスなんて、だから、」

 

 歩み寄る、たったひとりの敵兵の手のひらを、私は望んだ。

 そこに収まることを欲した。最後の居場所なのだと察してしまった。

 己の魂と身柄を預ければ、それこそ最後の矜持も誇りも砕けて砂塵のようになるのだと察してはいた。なのに、彼に救われることで、私は安らぎを得ようとしていた。

 私を手に取ってほしい。我が魂の残骸を胸元まで持って、抱えてほしい。

 

 私を、まだ『私』だと呼ぶことのできる魂を。

 己の残骸となる、砕け散り、剥落する、私の誇りと矜持を守ってほしい。

 

「もういやだ、いやなの、いやですから、だから。

 助けて、助けてくれ、助けてくだひゃっ、い、助けてくださいっ……!」

 

『最後の居場所で、デュエル戦士としての誇りを貫き、ゆえに死にたい。』

 かつての私が望んでいた、その末路は。

 戦場での名誉ある死か、戦後に名誉を携えて老いて死ぬ生還者としての死であったはずだ。間違っても、敵兵や男への命乞いや媚売りのような、「己の誇りを守ってくれ」「助けてくれ」と泣き叫ぶことではなかったはずだ。

 そのような行為こそ、真に矜持も誇りも守れないはずなのに。

 

 いまさらのように「彼より強くなろう」と努めたところで、勝利できたとしても、これまでの失態がなかったことになるわけではない。ただ生き恥を(そそ)いだだけだ。

 失われた信用も、失われる信頼も戻ってこない。

 仮に取り戻そうと努めても、アカデミアの誰もが悠長に待ちはしない。

 結果を出せない戦士が後から結果を出しても、余計に無能を証明してしまうだけ。

 

 目の前の男が強く、彼を侮る同胞が弱すぎるだけ。

 たったそれだけの真実さえも、風評ひとつで歪められていく。

 

 

 ―――私が強いだけなのに、『仲間を盾にして生き延びる売女(ばいた)』。

 

 ―――同胞が独断専行しただけなのに、『残党ひとりにも勝てない無能』。

 

 

 

 ああ、どうせ、どう足掻いても。

 私が、『私』であることを、最後まで守れないのなら。

 

「せめて、せめて、おまえの、きみの捕虜になる、しか。

 私の誇りを守れる方法は……! 私の誇りを守れる場所が……!」

 

 己の死ぬ場所は、この男の胸の中にしかない。

 

「おねがいだ、から、たすけ、て。」

「いいよ」

 

 女の顔を包む、男の手。

 親指で涙を拭い、私の目を逃さないように顎をあげさせる。

 

「……もういいから。

 どっかの科学者の戦争ごっこに付きあわないで、真面目に戦争しようか」

 

 彼の言葉は優しさと、敬愛したプロフェッサーへの軽蔑が混じっていた。

 蜂蜜の甘さで私を認め、愛し、私のために怒る男に、毒を盛られたかのような胸の苦しみを与えられる。その痛みが広がるたびに、四肢から力が抜けていく。

 目の前の男へ、なんの抵抗もできない。したくない。する気も起きない。

 

「君は捕虜で、不思議な機械で逃げたりせずに、ちゃんと捕まって監視される。

 オベリスクフォース以外の子たちがそうなったみたいに、オベリスクフォースだけが特別扱いされたりしない。うわっつらだけ整えた、ただの戦争ごっこなんかじゃない」

 

 これまでの私の地位への呆れが混じり、かろうじて残った矜持(わたし)を掬い取る。

 元より形骸化した戦争ではないかと辛辣になじり、それでもと「捕虜」という、己の同胞には敗残兵(わたし)が穢されない道のひとつを肯定して、誇り(わたし)を受け入れる。

 彼にとって、今の私はどう見えるのだろう。

 

 ほかのレジスタンスの人間であれば、相手は捕虜の扱いも知らぬ蛮兵だからと己を鼓舞し、なにがなんでも抗えた。全員が蛮兵ではなかろうが、口実にできた。

 だが、彼にだけは、できない。

 強いからではない。それだけならば抗えた、破れかぶれでも抗えた。独房で終戦を待つだけの、デュエル戦士としての破滅も受け入れられた。

 それができないほどに、私にとって、彼は特別だった。

 たとえば、そう。

 

 私を愛し、私を認めぬ全てを憎悪し、私のために怒る。

 ああ、やはり、きみは私の心の味方なのだなと、認めざるを得ない敵兵。

 

 どうしてこうも、ずるい好敵手(ライバル)なのだろう。

 

「君の負け。投降してくれる?」

「ああ、ぁ、」

 

 これができる男に今まで挑み、敗れ、意識し続け、惚れこみ、すがる私に。

 いまさら彼を侮辱してまで己を保てる気は、最初からしていない。

 いいや、もう己を保てないのだから、誇れる好敵手(ライバル)の捕虜にされる以外の、己の幸福と呼べるもの、矜持を守るすべが残されていないのだから、己の魂という最後の荷を預けてしまいたいのだ。

 決闘者としても、デュエル戦士としても、ひょっとすれば女としても。

 すべての誇りを見失っても、そのすべてを拾ってくれる相手に対して、心の底から己を預けたくなるくらいの好意を抱いてしまうことを、

 

「いいよね?」

「…………ひゃいっ」

 

 気が狂ったのだ、などという言葉で片付けたくない。

 そんな言葉で片付けてほしくないほどの、むなしく、満たされる喜びがあった。

 

 そうして、アカデミアの誉れあったデュエル戦士が。

 敵兵である男の胸の中へと埋葬され、ただの女の(むくろ)として寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだとも。それが私の罪だ。

 私は、きみを墓守として、己の想いを遂げた。

 

 きみの優しさに、あまえてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、………?」

 

 夢終わり、目を開いた先には、見慣れない部屋の一面。

 その方向に、ベッドの傍に置いた腕時計の針、示された時刻に目を細める。

 

 もう、そんな時間なのか。いつもの感覚で起きてしまった。

 ひどい夢をみたものだ。あの大切な思い出を、そんなふうにも思っていたのか、私は。

 

 アカデミアでの教育の賜物、あるいは私の決闘者の本能に刻まれた闘争本能が、起きるべき時間、起きて次になすべき物事への強い意識、すなわち任務への意気込みに昂り、気がつけば目覚まし時計いらずの生活になっていた。

 デュエル戦士の慣れが、今日も私を目覚めさせる。

 

 しかし、今や捕虜である。戦士ではあるが、戦場には立たない。ましてや捕虜の虜囚生活を支える男は毒気が抜けるほどに、女と飯には甘い快傑である。拠点とする廃墟、ビジネスホテルの個室を与えれば迷うかもしれないと、同室での休養を認める男である。

 ビジネスホテル、とは何だろうか。まあなんでもいい。

 暗殺される危険を承知で女を迎え入れるなど、呑気なのだか、豪気なのだか。

 

「………ふふっ」

 

 思わず出る笑い声は、驚くことに。

 今となっては卑屈になりがちな私には珍しい、おだやかなものだった。

 

 彼への「快傑」という評価は、あくまでも侵略者であるアカデミアの目線から。

 ただの女として改めてみれば、決闘に強く料理の腕は独特、……いいやエクシーズ次元特有のものだろうか、とにかくデュエル戦士として食してきた兵糧、エリートとして許された御馳走のどれよりも癖になる味と食事法で……そう、料理が、楽しかった。

 

 毎日を楽しく生きることを目指す。

 いわば、楽しさに夢見る男で、敵兵や降伏者に寛容な戦士である。

 

 戦乙女の罪を受け入れて、その女と食卓に囲える、男である。

 寝返り、捕虜になった初日を思い返して、唾を飲み込む。

 

「ぅふぇへへっ……」

 

 思い出し笑いが収まらない。

 粗雑ながら、豪勢な食材の質。

 豪快ながら、品を気にせずとも楽しめる料理。

 

「フェイ? 起きてる?」

 

 背中から聞こえてくる、男の声。

 

「おにく……焼き肉……」

「食い意地すごいな?」

 

 同じように起きたのであろう彼、その声に返事はしない。できない。

 かつては複数人で囲んで食べたり、仕事終わりや娯楽の終わりに食べたりすることで英気を養える、幸福と呼べる幸福のすべての締めに良いものなのだという。

 ある時は、ただ憩いのために食することもあるらしい。

 バーベキューにも似た食文化は立食ではなく、卓を囲む家庭的にも見えるもの。

 

 私達アカデミアが、エクシーズ次元から奪ってしまったもの。

 

「……降伏を受け入れておいて、なんだけど。ひとつ屋根の下で男女が寝床を共にするって、それを許すって君、アカデミアの倫理観どうなってるんだよ……うれしいからいいけど」

 

 ()()を共有する席は、(彼にとって)何を意味するのか。

 誰に「察するな」などと命令されても、いずれ察してしまうだろう。

 

 敵であった過去がある。

 小隊で彼をカードにしようとした過去がある。

 負け続きで信用を失い、信頼だけは失わずに従属を続けてきた誇りがある。

 

 すべてが仲間の侮りで損なわれ、ついた綽名が「仲間を盾に生き延びた売女」。

 プロフェッサーは信じてくださった。私に教鞭を振るった教官も信じてくださった。それなのに期待に応えられず、惨めに毎回最後まで生き残っては敗れ、いつしか「自分は仲間を盾になどしていない」と吠えていた矜持も擦り切れた。

 今でも、「自覚がないだけで、本当はそうだったかもしれない」と魘される。

 今では、アカデミアに背を向けたのだ。私は。

 

 私の実力を認め、ありのままの私と戦い続ける男は笑う。

 きみに打ち負かされ見あげながらも、私の目に映る姿は変わらない。

 敵兵との決闘に気づけば緊張で胸を高鳴らせ、負ける際の己の戦略の癖や粗に気づき始めるまで向かいあい、決闘の腕を切磋琢磨しながらも、常に少年を意識し続け。

 きみに胸を高鳴らせ、己の姿見の乱れを気にし始め、自分に敗北を与えた男への恨みを混じらせながらも寝る前には想いを馳せるなど、冷静に考えれば恋に近かった。

 売女。なるほど、ある意味では的確な侮蔑の言葉だったのかもしれない。

 

 最後に助けを求めたのは。

 己の誇りも信用も失い続ける地獄(居場所)での仲間へ、ではなく。

 私を打ち負かし続けたきみへ、だったのだから。

 

 信頼を捨ててでも選んだ安寧の地は、目の前の男の、胸の中。

 あげく食卓を囲い、捕虜ながらも“好敵手”として受け入れられ、“女”として認められながらも抱かれずのまま寝床を共にし、

 

「……仲間のカードも、ちゃんとあるな」

 

 ぼそりと言われる独り言には、己の罪を自覚させられながらも。

 ああ、私のことを信じたいのだな、そう伝わる暖かさがあった。

 

 彼は、仲間のカードと共に戦い続ける。

 孤軍奮闘ならぬ一騎当千で、この私に、小隊の長に抗い続けた。

 

 まばゆいほどの笑みを、今でも思い出せる。

 いや、恐怖に引きつりながらも勇気を振り絞った、威嚇の笑みかもしれないが。

 どちらにしても、その笑顔は同胞の笑みよりも刺激的で、魅力的に感じた。ああいうのを他の女子はワイルドだの、野性的だのと呼ぶのだろうか。

 どれでもない気はする。己の矜持だけで立つ戦士の尊さがそこにあった、このことだけは確かだ。でなければ、三の倍数の軍勢を相手に幾度となく抗えたりはしない。

 

「よし」

 

 私が寝ているのか、彼は確かめようとでもしたのだろうか。

 耳を擽られる感触が背筋まで伝わる。こそばゆいが耐えられる。

 思わず声を出しそうになるが、これくらいならば問題ない。

 いつぞやの誰かに部下の前で悪戯をされて、変な声を出して恥をかかぬため、唇から血が出るほどに歯を食いしばり、ほほを引き締めたものだ。あれと比べればマシだ。

 耳だの脇だの、そんなものは慣れて、

 

(ひうっ。)

 

 嘘だった。顎は無理だった。

 くすぐったい、の程度を通り越した。

 もはや残骸に等しい女戦士の矜持を、また優しく掴まれ拾われたかのような、あるいは愛でられたかのような手つきに身を引き締めて耐えることもできず、気づけば悶える力すら奪われる。親に頭を撫でられる感覚を思い出した。

 急な脱力感と、認めにくい幸福感が顎から喉へ、背筋から足先まで広がっていく。

 羞恥心からか喉奥だけは声を、息を吐かぬようにと力が籠り続けていた。

 

(はあ、ぁ、)

 

 ぞわり、と、なにかが広がり満たされる。

 

 女としての本能的な恐怖感というか、警戒心が湧きあがるのに、がくがくと震えた両足がゆっくりと脱力していき、まるで顎の感触を受け入れたかのように力が入らなくなる。

 そういえば《古代の機械猟犬》を実体化させて撫でるとき、顎を触ってやると気持ちよさそうにしていたものだが、あれはつまり、こういうことなのだろうか。

 

「……燻製肉づくり、間に合うといいな」

 

 そう呟くと、彼は私から離れ、部屋を出ていく。

 どうやら彼は、私が寝ているものと思い込んでくれたようだ。

 これまでに調達してきた料理店の肉を加工し、長期保存に適した燻製に変える気なのだろうか、一瞬だけ窓側に目を向けていたのが印象に残った。そう、窓から見える空は曇天。屋外かつ屋上であれば、白煙を焚いても気づかれにくい天候。

 なるほど、こうやって保存食を作りながら隠れ潜むのであれば、曇りの日が続けば続くほど彼は有利に立ち回れる。当の本人は、どことなく晴れが似合いそうな気性なのに。

 

「……じょ、情熱的、すぎるので()………?」

 

 にやける。

 にっこりと、ではなく。かつてのような、同性が黄色い声をあげる微笑みではなく。

 にまぁ、にちゃあ、と。淑女らしくもないが、この頬の歪みが今の私だった。

 彼の影法師、その幻を扉に見ながら、彼の好意を実感して。

 

 なんて愛多き男だろう。女を憎んでもいいだろうに。

 そう思えば思うほど、彼の痕跡を見つめるだけで照れくさくなるのだ。

 

 昔の自分ならば、はしたない、気持ちの悪い笑みだと侮蔑するだろう己の表情は、ほかならぬ自分自身が男を受け入れてしまった安寧の証なのだと、男に負け続けて救われた結果なのだと気づいているからこそ止められない。

 複雑な情念と幸福感で素直に受け入れきれず、デュエル戦士としての劣等感が芽生えて笑みを歪ませる今、きみと並び立ち、共に戦い、役に立つことでしか収まるまい。

 

 それが結局、「男の役に立つ女となる」「恋する相手のために共に歩む」と、複数の認識を映し出し、またしても己の理性を焼かれてしまうのが、我ながら難儀な(さが)を得たものだと思う。(へき)とも、(きず)とも言うかもしれない。

 ああ、きっと、昔の自分が見たら、真っ先に自分が蹴り飛ばされる。

 なのに、はっきりと、「今がいいのだ」と、自分へ言い返せる気もする。

 

 今の関係が、どうしようもなく心地いい。

 胸の奥を擽る恥ずかしさ、こそばゆさが、いざ離れられると物足りない。

 

「うぇへへ、ふぇへへ………」

 

 『私』が壊されてしまった代わりに、どうしようもなく幸せだ。

 きみの身を包んでいた毛布や枕に鼻を寄せ、そこにあった微熱を確かめ、隣にいた証を堪能するだけでも幸福だ。このあと、きみはまた食事を拵えるのだろう。

 捕虜に与えるには、どこか贅沢とも呼べる、自身の腕によるものを。

 

 くう、と、抱き寄せた毛布の中から聞こえてきた。

 

「……い、いなくて、よかったっ……!」

 

 こんな姿、だれに見せても死ぬほど恥ずかしい。

 いやでもちょっと、ちょっとくらいなら見せてもいいかもしれない。きみに。

 むしろ、見られたらより力が抜けて無防備な姿を晒すだろう。そこで彼から我慢できず抱きつかれたらどうなってしまうのか、興味はあるが耐えられる気がしない。

 主に理性が。言葉遣いとかも。ただでさえ最近声に力が入らないのに。

 残骸に等しい女の矜持まで、雪のように溶かされて消えたら。

 

「うぇっ、あっ、ごはん! ごはん食べよう、うん!」

 

 おなかが空いているから、へんなことを考えるのだろう。

 そう思い込むことにして、好いた料理を求めて部屋を出た。

 

 間もなく、厨房で()()()のサラダ……「キムチ」とやらを出され、美味やら辛味やらに悶絶しながら、自分たちは本当に平穏を壊してしまったのだなあ、と、身をもって味わうことになったが。

 

 決闘者の矜持も、デュエル戦士の矜持もないが。

 ひとりの戦士だった女としては、ああ、己を認める男と共に生きるのも、案外悪くないのかもしれないし、恋愛を至上の幸福のように語る同胞がいるのもわかる気がする。

 

 

 

 幸せだ。

―――あまえっぱなしに、罪悪感があるくせに。

 

 


この作品の登場人物 ①

 

☆フランソワーズ・フェイ・ミリュー

 

 使用デッキは【古代の機械猟犬デッキ(アニメオリジナル)】。

 融合次元の軍学校「アカデミア」でのエリート集団「オベリスクフォース」に所属する、オベリスクフォースの誇りと矜持を預けて、敵兵の男と恋に堕ちた捕虜。

 

 ”フランソワーズ”は母親から代々受け継ぐ名前で、”フェイ”が彼女自身の名前だが、基本的には「フランソワーズ・フェイ」と呼ばれる。*1

 

 元々は中性的な口調であり、自信に溢れた、表彰される優等生候補のひとり。

 たったひとりの残党に勝てず、それを好機と見た同候補生(?)に悪評を流布されてしまい、悪評を信じた新参者の部下達がやらかした愚行は悪評に信憑性を与え続け、重ねた敗北は上層部からの信用すらも損ない、アカデミア最後の拠り所であったはずの赤馬零王らへは「利用価値のないもの」への態度が態度であるがために信じきれず。

 ついには戦乙女としてのプライドを保てず、決闘者としての最後の居場所である決闘の場で相対する者、すなわち好敵手(ライバル)に縋るしかなくなってしまった。

 

 毅然とした王子様な女傑から一転、どこか卑屈で自虐的な笑みを浮かべる少女に変わりつつある今、かつての己を憶えてくれる男に想いを馳せながら、いつしか戦士に戻りたい、男の隣で共に戦いたいと夢を見続ける。

 『夢を実現に移す機会など、現状はないのではないか?』と察してはいるが。

 その現状への洞察力の良さが、かえって余計に卑屈さに拍車をかけてしまっている。

 

 

 

 なお、原作では優等生候補の筆頭「天上院明日香」はアカデミアから離反し「榊遊勝」に追従しており、「ユーリ」以外のオベリスクフォースの誰もが【優等生デッキ】を授与されていない。

*1
”フランソワーズ”だけであれば同名の生徒がいた場合にややこしく、”フェイ”だけでも命令の発声ミスや聞き間違いが面倒であるため。周囲の騒音次第では攻撃を意味する「Fire」や日本語の「はい」とも紛らわしい。




 おかしい……架空デュエル動画をニコニコ動画へ投稿するつもりだったのに、いつの間にかハーメルンに遊戯王SSを投稿している…………???


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