レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 (MJワトソン)
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レッドキャップ

窓から見える外は暗闇。

雲によって月すら遮られた深夜の街。

 

ここはニューヨーク、マンハッタン区。

通称、ヘルズキッチン。

 

そのメインストリートの外れ、寂れたビルの中。

年季の入った古い見た目に、不相応に飾り立てられたアンバランスな内装。

 

絨毯も壁紙も一流のブランド品だが、噛み合わせの悪い……所謂、「価値は分からないが、大金で飾り立てたような部屋」と言う印象があった。

 

 

そんなビルの中で柄の悪い男達は札束を数えていた。

口々に品のない会話をしている。

 

今日の取引は最高だった、とか。

売る前に味見しておけば良かった、とか。

 

彼等は麻薬の密売、そして若い女を拉致って売るような商売で儲けて来た、ヘルズキッチンでは「ありきたり」なギャングだ。

 

下卑た笑いを浮かべながら、男はライターを取り出した。

煙草に火を付けようと着火して……直後、ビルの電灯、全てが消えた。

 

 

「あ……?」

 

 

ライターを持ったまま、男は席を立ち上がり、辺りを見渡す。

 

ブレーカーが落ちたのか、それとも鼠か何かが電線を齧ったのか。

 

別の男が悪態を吐きながら、携帯電話のライトを付けようとして…………。

 

 

刹那、発砲音が響いた。

 

かろうじて視界に映ったのは発火炎(マズルフラッシュ)だった。

火薬が焼ける臭いがして、男の倒れる音、そして手元から携帯電話が落ちる音がした。

 

ライトが壁を照らしている。

その光の先には、真っ赤に散った男の血液があった。

 

 

「て、敵襲だ!」

 

 

男は声を荒らげて、腰に装備していた護身用の拳銃を取り出す。

 

ギャングと言うのは敵の多い仕事だ。

警察や、被害者の遺族、それどころか同業の組織からも狙われる。

 

だが、これは恐らく最後の「同業の組織」の仕業だ。

 

この暗がりも、恐らく細工されたもの。

そして、1m先すら見えない暗闇の中で正確に発砲出来る練度。

 

素人の仕業ではない。

 

 

「ど、どこに」

 

 

突如、悲鳴が聞こえた。

 

 

「ぎゃっ」

 

 

短い悲鳴と共に、肉を引き裂く音がした。

ごとり、と鈍く何かが転がる。

 

……その『何か』は男の足元に転がってきた。

 

首だ。

 

仲間の、切断された生首だ。

生気のない濁った瞳が、男を見つめていた。

 

 

「うわあっ!」

 

 

正気を失った仲間の一人が、拳銃を構える。

 

 

「よせっ」

 

 

何も見えない暗闇の中、発砲する事は味方への誤射が懸念される。

それでも、そんな事が分からないほど動転した仲間が発砲した。

 

 

金属を……弾丸を弾く音と共に火花が散った。

襲撃者に命中したのだ。

 

一瞬、散った火花がその襲撃者の姿を露わにした。

 

 

血のように赤いマスク。

黒く鈍く光るプロテクターを纏うスーツ。

その黒いスーツにはべったりと血が付いている。

被弾して流れた血ではないだろう。

恐らく、仲間を殺した時の返り血だ。

 

異常だ。

非現実的な恐怖が、そこに立っていた。

 

 

「な、何なんだ!?」

 

 

恐怖に怯える仲間が、声を荒らげる。

 

直後、また発砲音が聞こえた。

だがそれは、仲間の持つ拳銃からではない。

 

咄嗟に横に立つ仲間を見ようとして…………眉間に穴の空いた顔があった。

 

 

「ひっ」

 

 

男は恐怖のあまり、蹲る。

両手で耳を塞ぐが、怒声と発砲音、何かが倒れる音が聞こえてくる。

 

怖い。

 

男は目を瞑った。

 

息を殺した。

 

怯える男を他所に、物音が止んだ。

 

 

……男は恐る恐る、目を開けた。

 

そして。

 

目前に、覗き込むように座っている赤いマスクの姿があった。

 

 

「うっ」

 

 

悲鳴を上げるより早く、赤いマスクの腕が男の背中を持ち上げた。

そのまま、足を払われて無様に地べたに転がる。

 

仲間の死体と、目が合った。

 

地面に転がっていた携帯電話のライトが、襲撃者の姿を照らしていた。

マネキンのように目もなく、鼻もない、赤いマスクが無機質に男を見下している。

 

 

「く、来るな!」

 

 

男が拳銃を赤いマスクへと向けた。

……だが、襲撃者は恐れる様子もなく、男へ向かってゆっくりと歩き始める。

 

襲撃者が自身の赤いマスクを、こつこつと指で叩く。

 

 

『よく狙え』

 

 

男のような女のような、ノイズの入った機械音声が赤いマスクから聞こえてくる。

 

堪らず、発砲し…………襲撃者は、その弾丸を『避けた』。

 

 

「……あ?」

 

 

普通の人間には回避できる筈がない。

発砲から弾丸の着弾まで、1秒にも満たない。

 

常人の反射神経、身体能力では不可能だ。

 

これは悪い夢だ。

呆ける男が正気に戻ったのは、顔面に衝撃が走ってからだ。

 

プロテクターを装備した襲撃者の拳が、男の顔にめり込んだ。

 

 

「ぶ、はっ」

 

 

鼻が折れ、血が出る。

思わず尻餅をついて、男は襲撃者の姿を見上げた。

 

決して、図体のデカイ男ではなかった。

 

どちらかと言うと、小さいと言ってもいい。

170cm前後……そんな小柄からは信じられないほど重い一撃だった。

 

 

「な、おばっ、おまえっ」

 

 

襲撃者が手に持った武器を男に向けた。

それは拳銃のようだが……市販では出回っていない、特殊な作りの武器に見えた。

 

 

『お前がこの組織の頭だな』

 

「ち、違う!俺は何も知らない!」

 

 

たしかに男はリーダー格だった。

だが、この尋常ならざる場面で、恐怖のあまり逃げるような発言をしていた。

 

 

『なら仕方ないな』

 

 

そう言った赤いマスクは拳銃のような武器の銃口を、男の頭から離した。

男は一瞬安堵し……直後、腹部に激痛が走った。

 

見れば、襲撃者が手に持っていた真っ黒なナイフが男の腹に刺さっていた。

 

 

「ぎ、ぎゃっ」

 

 

襲撃者がナイフの柄を握り、捻る。

 

ナイフは切断する目的で使用されていない。

痛みを与える為に使われていた。

 

ぶち、ぶち、と繊維が断ち切れる音がする。

男が血の泡を吹いて、身を捩り逃げようとする。

 

 

『管理簿はどこだ?』

 

「あ、ぎゃ」

 

『言え』

 

 

襲撃者が男の耳元で囁く。

頬に触れた赤いマスクは、酷く冷たい。

 

 

「あ、そこの、引き出しの中……ぎっ」

 

『そうか』

 

 

赤いマスクの襲撃者が、ナイフを男から引き抜く。

血が流れて、男は必死に腹を押さえる。

これ以上、中身が溢れてしまわないように、必死に。

 

そして、息を荒らげる男の頭に銃口が突き付けられた。

 

 

「あ、え、なんで」

 

『殺さないとは一言も言ってないが』

 

 

発砲音が響いた。

 

男はもう、物言わぬ骸となっていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

あー、クレープ食べたい。

チョコがたっぷりかかったバナナクレープが。

 

私は椅子に腰掛け、辺りを見渡し、現実逃避をする。

 

目の前には苦悶の表情を浮かべてる死体。

首がへし折れてる死体。

頭と身体の別れた死体。

眉間にデッカい穴の空いた死体。

まぁ、色々あって数人分の死体が転がっている。

 

下の階に行けば、まだ何人か増えるけど。

 

 

私の名前は『レッドキャップ』だ。

……本名はない。

 

名前が必要になったら逐次、偽名を用意されている。

だから、明確に自分を指している固有名詞は『レッドキャップ』しかない。

 

机の鍵にナイフを突っ込み、無理矢理捻る。

すると中から数枚の書類が現れる。

 

資料を読み取れば、今回の標的と一致している事が分かる。

死体から拝借したライターのボタンを着火する。

パチンと良い音がして火花が散った。

そのまま書類に火花がぶつかり、小さな炎が燃え移った。

 

私はそのまま、書類とライターをゴミ箱に投げ捨てる。

 

そして、席を立ち首をゴキゴキと鳴らした。

周りにある死体を見て、欠伸を一つ。

集中する必要もなく、気も抜ける。

 

夜ももう遅い。

少し眠い。

 

目の前のギャング達は、私の雇い主である『ウィルソン・フィスク』の手下だ。

言うなれば同僚……まぁ、顔も知らない奴等だが。

 

 

彼等はあまりに杜撰で迂闊だった。

 

彼等の知らない事だろうが、既に警察にもマークされており、逮捕されるのも時間の問題といった所まで来ていた。

まぁ、証拠隠滅とかも碌にやらない知性のカケラもない奴らだから仕方ない。

 

彼等が逮捕される事に何も問題はない。

だが、問題があるとすれば彼等の口が軽いという事だ。

 

フィスクもよく言っている。

『信頼こそが最も大切であり、信頼のない部下は敵よりも厄介である』と。

フィスクは彼等が警察に情報を提供し、不利益を被る事を危惧していた。

 

私が命じられたのは、早めの口封じと言う訳だ。

フィスクとの取引に使用していた書類は念入りに燃やしておいた。

彼等の死体も焼滅する。

 

反社会勢力のゴミどもが消えた所で困る人間はいない。

 

あぁ、強いて言うなら、彼等をマークして追いかけていた警官達は困るかな。

 

私はナイフを空に振る。

ビッ、と水分の切れる音がして、ナイフに付着していた血が壁に散った。

 

そのままナイフを太腿に付いてるプロテクターの内部へ収納する。

 

ナイフだけではなく、胸のプロテクターにも血がべっとりと付いている……帰宅前に洗わないと。

 

 

ふと、破壊した机の上を見ると、新聞があった。

 

そして、新聞の見開きに見知った顔があった。

私と同様に赤いマスクを被った男の姿だ。

 

そのまま、見出しへと目を滑らせる。

 

 

“スパイダーマン、大活躍!!爆弾魔を逮捕!”

 

 

『スパイダーマンか……』

 

 

私は新聞を手に取り、捲る。

 

緑色のプロテクターを着込んだ男……『ノーマン・オズボーン』。

爆弾魔『グリーンゴブリン』の逮捕。

 

 

『なるほど、この世界では逮捕出来たんだな』

 

 

私は新聞を燃えているゴミ箱に投げ捨てた。

燃料を焼べられたゴミ箱はさらに炎の勢いを強める。

 

この建物は木造と煉瓦での建築物だ。

火の広がりも速い。

 

すぐに燃え広がって、目の前の死体達も焼死体になるだろう。

 

 

私は窓を開き、飛び降りる。

 

ここは5階。

高さは15m程ある。

足で壁を蹴り、ダクトを掴み、勢いを殺して隣の建物に飛び移った。

 

振り返れば窓越しに、火の光が見える。

 

私は満足気に頷き、その場を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

ここはニューヨーク、ヘルズキッチン。

とあるアパートの一室。

 

私は机の上に置かれた白い物体……ババロアをスプーンで削り、口に入れる。

ババロアは卵、牛乳、砂糖を固めたゼリーのような、ムースのような菓子であり……私の好物だ。

 

頂点に乗っていたベリーソースが、ドロリと垂れる。

 

砂糖は良い。

血の臭いや、耳障りな悲鳴、肉を引き裂く感触……それらを忘れさせてくれる。

 

 

「……はぁ」

 

 

幸福から口を開けば、鈴のような綺麗な声が漏れた。

 

壁に立てかけてある姿鏡を見れば、可愛らしい少女が椅子に座っている。

 

髪はプラチナブロンドと呼ばれる色をしている。

金髪と白髪の中間のような髪色だ。

少しウェーブがかった髪質で、首の下まで伸びている。

 

目は青く透き通っており、宝石のように煌めいている。

 

年齢は……ティーンエイジャー、15歳前後に見える。

まだ幼さが残るが、将来性を感じさせる可愛らしい少女だ。

 

 

ただ、その顔に表情は存在しなかった。

無機質なマネキンのような冷たく鋭い視線が、鏡の中から私自身を見つめていた。

 

これがレッドキャップの中身。

そして、今生の私の姿である。

 

そう。

私には所謂、前世の記憶があった。

 

前世では平凡なサラリーマンだった。

そう、マン。男だ。

アメコミ映画が好きで、特にスパイダーマンが好きだった。

家にDVDもBlu-rayもあったし。

コミックも……まぁ、そこそこ持ってたし。

ポスターで壁は埋まっていたし。

フィギュアも飾っていたし。

本当に大好きだった。

 

そんな私はスパイダーマンの最新作映画を上映日に観るため、映画館へ向かい…………巨大なトラックに轢かれてグチャグチャのミンチになった。

 

 

そして、次に目が覚めたら私は超絶美少女になっていた。

……自惚や自慢ではなく、客観的な事実として、私は美少女になったのだ。

 

……せめて映画を観てから死にたかった。

公開前のトレーラーで最大に高まっていて、数ヶ月前から楽しみにしてたんだぞ!

と誰にも怒る訳でもなく、ただただ憤っていた。

 

 

この世界の私は戦争孤児であり、社会の裏で暗躍する闇の組織に拾われた『らしい』。

 

『らしい』と言うのは、それ以前の記憶がないからだ。

私は前世の記憶が蘇る前の記憶、その全てを失っていた。

 

 

そして、私を拾った組織の名前は『アンシリーコート』と言う。

 

『アンシリーコート』。

第二次世界大戦の裏で暗躍していた暗殺組織だ。

元々はイギリスに所属する特務部隊だったが……部隊長が邪悪な人間であり、国から離反し、自身の目的のために暗躍していたらしい。

 

目的は国家転覆、世界征服。

 

まぁ、ありきたりな悪の組織、と言う訳だ。

 

だが、組織の長が第二次世界大戦中、米国の英雄『キャプテンアメリカ』によって打倒され組織は崩壊した。

当時の科学力、資産、人員はもうない。

だが、現代でも水面下に潜み、組織の力を強めるべく暗躍し続けている。

 

組織の人間から聞いた歴史の話だ。

 

……この世界は私が以前、生きていた世界とは異なる。

この世界には悪の組織があり、スーパーヒーローが存在する。

 

『MARVEL』コミック、それに連なる世界なのだ。

 

だが、この世界は私の知っている『MARVEL』の世界とは限らない。

 

並行宇宙(マルチバース)』と呼ばれる概念がある。

似たような宇宙が幾つも存在し、それはほんの小さな違いから無限に分岐し、大きく姿を変えた異なる宇宙を生み出す。

 

世界によってはスパイダーマンは女性かも知れないし、老人かも知れないし、ゾンビかも知れないし、ロボットかも知れない。

そもそも、スパイダーマンが存在しない世界もある。

 

幸い、この世界にはスパイダーマンが存在しているようだ。

……新聞で見る限りは私のよく知っている姿だった。

少なくとも女や、豚、ゾンビではないだろう。

 

 

私には所謂、原作知識というものは多少あるが……正直言って役に立つとは思っていない。

 

映画に出てくる世界かも知れないし、コミックのストーリーのような世界かも知れない。

アニメ、ゲームの世界かも知れないし、全く異なる独自の世界だという可能性もある。

 

 

とにかく、『MARVEL』の内包する世界で私は悪の組織に拾われた。

それだけが確証を持って言える事実だ。

 

 

組織に加入した私を最初に待っていたのは、『安全装置』の取り付けだった。

手術によって心臓付近……左胸の奥に超小型の爆弾が埋め込まれた。

組織に反抗すれば爆破され、心臓が吹き飛んで死ぬ。

これが、組織にとっての『安全装置』だ。

 

私を含む若い子供たちは皆、訓練施設へと送られる。

 

そこでは効率的な人体の破壊方法、隠密行動を為す上で重要な体捌き、人の意識に入り込む人心掌握術…………一流の暗殺者になる為の教育が行われた。

 

そして私は、その訓練施設でもトップクラスの成績を叩き出すことに成功した。

 

この肉体は人よりも優れていた。

才能に溢れていた。

 

訓練施設で素晴らしい成績を残した私は、組織によって極秘計画へと参加する事となった。

 

それが『レッドキャップ・プログラム』だ。

私以外にも数名、優れた訓練兵が参加していた。

 

 

 

 

結果から言うと、私以外のプログラム参加メンバーは死亡した。

 

原因は『超人血清』。

キャプテンアメリカを超人たらしめた血清だ。

肉体と、高潔な精神を強化する夢のような血清だ。

 

だが、私達の使用した血清とは異なる。

 

『パワーブローカー』と呼ばれる人体強化、改造を生業とする科学組織によって提供された、『似非超人血清』だ。

 

『超人血清』を見よう見真似で、再現しようとして作られた完全な偽物。

だから『似非超人血清』だ。

 

『似非』と言うが、効果は凄まじい。

この血清は本家の超人血清と同様に人間の力を引き出すが、本家のような精神への影響も起こらない、単純な肉体強化を行う血清だ。

 

だが、大きな欠陥が存在していた。

 

適合率が非常に低く、適合しなかった者は皆、死ぬ事だ。

 

不適合者は心肺能力が極度に上昇し、身体中の血管に許容量を超える血が送り込まれ、全身の血管が破裂して死亡する。

 

一度死体を見た事がある。

目や鼻、耳などの身体中から血を垂れ流して、苦痛に歪んだ形相で死んでいた。

……痛ましい姿だった。

 

結局、私以外の数十人のプログラム参加メンバーは適合出来ず死亡した。

 

成功品はただ一つ、私だけだ。

 

これが『レッドキャップ』の起源(オリジン)だ。

 

 

超人血清によって私は、金属の塊を握り潰して粉砕するほどの握力、鉄パイプを捻じ曲げる程の腕力、飛んでくる弾丸を回避する程の動体視力と俊敏性を得た。

そして更には、治癒因子(ヒーリングファクター)……多少の傷は数時間で治癒する程の自己治癒能力を得た。

骨折程度ならば1日もあれば治る。

 

私は人間ではなくなった。

人を超えた「超人」となったのだ。

 

 

…………だが、この世界において私の力というのは微妙なレベルでしかない。

いや、確かに超人なのだが……世の中には戦車すら投げ飛ばす緑色のヤツとか、ハンマー持って空飛ぶ神様とか、身体が粉々に吹き飛んでも再生する黄色い爪のヤツとか、色々いるから。

 

一流の超人未満、一般人以上、並の超人と言った所だろう。

多分、スパイダーマンと殴り合ったら負ける。

 

スパイダーマンをあまり知らない人からすれば、大してパワーの強くないテクニカルなヒーローだと思われてそうだが……実際は自力で電車を受け止める程のパワーを持っており、崩れたビルの瓦礫を押し退ける事もできる超パワーのヒーローだ。

作品によってはハルクと殴り合って勝てる程のパワーがある肉体派ヒーローなのだ。

 

まぁ、この世界のスパイダーマンがどの程度のパワーかは分からないが、姿からして大きく相違のあると言った……

 

 

……しまった。

スパイダーマンの話になると、つい話が長くなる。

オタクの悲しい性だ。

 

 

閑話休題。

 

 

超人血清で強化された私だが、一流のスーパーヒーローとは天と地ほどの力の差がある。

私に出来るのは精々、軽自動車を頑張って持ち上げるぐらいのパワーだ。

電車とかトラックは無理だ。

 

 

私と言う完成品が誕生した事で『レッドキャップ・プログラム』は凍結された。

曰く、割に合わないそうだ。

一人の超人を作るのに数十人単位で構成員を死なせているのだから、それはそうだろう。

 

超人の肉体と一流の暗殺技術を持つ私は、組織からの任務を熟していった。

 

敵対する武装組織の壊滅、裏切り者の殺害など、そんなものばかりだ。

 

一般人の殺害は組織の一般的なエージェントでも可能であり、私に流れてくる任務はそれよりも難しいものしか来ない。

 

なので、一般人の殺傷経験は殆ど無い。

 

……勿論、悪人ではない警官や、敵対する『S.H.I.E.L.D.』のエージェントも殺しているが。

 

何も、気休めにはならない。

ただ、仕方のない事なのだと思い込むようにしている。

 

そうしないと、心が壊れてしまう。

私は悪役(ヴィラン)で人間を遥かに超えた力は持っているが、精神面は一般人と変わりない。

 

割り切れるような悪人でもなく、巨悪に立ち向かえるような善人でもない。

 

中途半端な人間なのだ、私は。

 

 

任務に挑む際、私は特殊なコスチュームを着ている。

 

様々な機能を搭載した赤いフルフェイスのマスク。

特殊合金性の全身真っ黒なプロテクター。

 

頭だけ赤く、身体は黒い。

 

赤い帽子(レッドキャップ)』……イギリスの伝承に登場する邪悪な妖精だ。

見境なく人を殺し、その血で帽子を染め上げる醜悪な妖精。

 

恐怖の象徴として、私はその名前を授けられた。

 

『アンシリーコート』からすれば、強力な暗殺者がいる事を知らしめる為のコスチュームなのかも知れない。

 

とにかく、組織外の人間にも『レッドキャップ』の名は知られるようになり、恐れられる事となった。

 

ちなみに、『レッドキャップ』の中身……つまり、私の容姿を知っているのは殆ど居ない。

同僚も取引先の相手も『レッドキャップ』の中身を知らない。

 

 

訓練所時代の奴等も、私がこんな事をしているなんて知らないだろう。

 

……いや、そもそも彼等が今も生きている保証なんて、どこにもないが。

そう考えると、血清に適合して生き延びている私は運が良いのだろう。

 

 

さて。

 

現在の『アンシリーコート』は秘密組織としての復活を目指して活動しているが……実際にやっている事は傭兵業に近い。

 

特殊な訓練を積んだエージェントを他組織に貸し出し、対価として金を得る。

 

その資金を組織の活動資金とする。

 

金さえ貰えれば、どんな人間をも殺す暗殺者集団。

それが、今の『アンシリーコート』の正体だ。

 

 

そして、十年近く前から、ニューヨークを牛耳る巨大なマフィアのボス……ウィルソン・フィスクと提携している。

 

ああ、提携と言うには少し、力関係が対等ではないか。

どちらかと言えば『服従』が近いだろう。

 

 

ウィルソン・フィスク。

通称、『キングピン』だ。

 

ニューヨーク、ヘルズキッチンを表と裏から同時に支配する巨悪。

表では大物政治家、裏では容赦のないギャング。

莫大な財力と、悪を束ねるカリスマ、狡猾な知恵、全てを兼ね備えるマフィアの王。

 

スパイダーマンや、他の色々なMARVEL作品に出てくる悪役(ヴィラン)だ。

全身筋肉の大男であり、一般人の癖にヒーローとも殴り合える。

 

幾人ものギャングを従えており、名あり悪役(ヴィラン)も従えている。

そして、彼は裏切り者に容赦は一切しない。

 

組織を裏切れば手痛い罰を受ける。

その命によって償わされる。

 

……まぁ、私に選択肢はない訳で。

断ったり、逃げたりしたら爆弾が起動され、ボン!と即死だ。

なので、嫌々ながらも組織に忠誠を誓い、今日も今日とて貢献している訳である。

 

 

「はぁ」

 

 

ため息を吐きながら、ババロアを口に運ぶ。

 

『レッドキャップ』ね。

いや『レッドキャップ』って。

 

 

「どう考えたって、悪役(ヴィラン)の名前」

 

 

多分、私はいつかスーパーヒーローにボコボコにされて刑務所にぶち込まれる。

いや、務所にぶち込まれるだけなら良い。

過激なタイプのヒーローと相対すれば、殺されるだろう。

 

悪は滅び、正義が勝つ。

ヒーローモノの基本だ。

 

 

「……私は、ヒーローの追っかけがしたいだけなのに」

 

 

特にスパイダーマンの。

私は新聞を複数種類、定期購読をしている。

スパイダーマン記事は熟読して置いておくタイプのファンだ。

記事を切り取ってノートに貼る、お手製のスクラップブックも作っている。

 

前世の映画や漫画、アニメでも見た憧れのヒーローが現実にいるのだから、私としては嬉しい限りだ。

 

一度会ってみたい!

あわよくばサインも欲しい!

 

でも、

 

 

「多分、出会ったらボコボコに……される」

 

 

私は悪役(ヴィラン)だ。

 

しかも、スパイダーマンが一番毛嫌いするタイプの、人を殺す悪役(ヴィラン)だ。

 

 

「辛い」

 

 

現在、私は16歳。

普通だったら高校生だが……。

 

あるのは華やかな学生生活では無い。

血みどろの銃殺、刺殺、撲殺生活だ。

 

 

ババロアを食べ終え、流しに皿を置く。

蛇口を捻って、水を出そうとした瞬間、携帯が鳴り響いた。

 

私は手に取って、通話ボタンを押す。

 

 

『…………』

 

 

無言のままブツリと電話を切られた私は、部屋を出て階段を降りる。

一階のポストを開くが、中には何も入っていない。

私はポストの……上、天井に貼り付けられた封筒を手に取り、自室へ戻る。

 

封筒をペーパーナイフで開くと、中には意味不明な文字列が並んでいる。

 

これは、暗号で書かれた文書だ。

見慣れたものでスルリと読み解き、依頼を頭に叩き込む。

 

そして、キッチンの火で封筒を炙り、隠滅する。

 

 

依頼は、ターゲットの抹殺。

ターゲットは麻薬の売人。

フィスクの下部組織に所属する下っぱだ。

 

麻薬の売買とは関係ない所で殺しを行い、警察に調査されている。

殺人罪で逮捕されれば、芋蔓式に麻薬売買の情報が警察に漏れる可能性が高い。

 

だから、殺して口封じをする。

 

いつものパターンだ。

 

 

 

私は今着ている服を脱ぎ捨て、クローゼットを開ける。

白く滑らかな肌が鏡に反射する。

 

黒い防刃、防弾スーツを着込み、上からプロテクターを装着していく。

裏社会でも著名なガンスミスの作ったハイテク拳銃を腰に入れ、肉厚なナイフを太腿に装着する。

合金が足先と踵に入れられたブーツを履き、最後に赤いマスクを装着する。

 

このマスクは外からは真っ赤な『のっぺらぼう』に見えるが、中からは透けて見えるマジックミラーのような素材でできている。

 

 

『あ、あー』

 

 

変声機の調子を確認し、クローゼット閉じた。

 

私は目を閉じて、意識を切り替える。

今の私は『アンシリーコート』の暗殺者であり、邪悪な妖精『レッドキャップ』だ。

 

……私は、日常の中にある『私』と『レッドキャップ』を切り分けている。

 

 

……元々、私は一般人として生きてきた。

組織に歪んだ思考を植え付けられても尚、小市民的な心は消えなかった。

 

死にたくない。

殺したくない。

 

でも、殺さなければ私は死ぬ。

 

結果、私の精神は真っ二つに裂けた。

ただの一般市民である『私』と、容赦なく敵を殺す『レッドキャップ』に。

 

 

まぁ、『お仕事用』に意識を変えるサラリーマンのような物だ。

 

よくある話だ。

スーツを着たら声が少し高くなって、ハキハキと喋るようになり、背筋がシャキッとするのと大差はない。

 

 

『さて、行くか』

 

 

私は窓を開き、真っ暗なヘルズキッチンへと飛び出した。



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マン・ウィズアウト・フィアー

男が走っている。

息を荒らげて、ひぃひぃ言いながら。

 

ここはニューヨーク、ヘルズキッチン。

ニューヨークで最も治安の悪い場所と呼ばれている。

 

そんなヘルズキッチンの路地裏。

 

男がゴミ箱に足を引っ掛けて転倒する。

 

あ、痛そう。

頬を擦って、血が出ている。

 

それでも気に留めず、立ちあがろうとして……。

 

 

私は背後から、その男のシャツを掴んだ。

 

 

「えっ」

 

 

そのまま、力任せに引っ張って、壁に投げ飛ばす。

鈍い音を立てて、男が叩きつけられた。

衝突した煉瓦造りの壁はひび割れている。

 

 

「ぐぇっ」

 

 

 

カエルみたいな声を出して、男は気絶した。

 

この男が麻薬の売人。

あぁ、あと殺人事件で調査中の容疑者か。

まだ証拠が集まりきって居ない為、留置所にも入れられていないラッキーな男だ。

 

あぁ、いや、アンラッキーか。

捕まっていれば私に殺される事もなかったろうに。

 

幾らフィスクと言えども刑務所内の人間を殺すのは難しい。

……難しいよね?

いや、フィスクの事だから出来るのかも知れないが。

 

私は、太腿を掌で叩く。

太腿のプロテクターが展開し、柄が飛び出す。

私はそれを引き抜く。

エッジまで真っ黒なカーボンで出来たナイフだ。

 

肉厚で、強固。

火に強く、血が付きにくい。

 

深夜のテレビ番組とかで宣伝されてたら思わず買っちゃいそうな高性能ナイフ。

肉を断ち、骨すら砕く強固なナイフだ。

それだけで、特別な機能なんてモノはないが。

 

私は持っていた柄をくるりと回し、切っ先を男の喉へ向けようとして……。

 

 

 

直後、後ろから飛んできた「何か」をナイフで叩き落とした。

咄嗟にその場を離れて、追撃に備える。

 

私の聴覚は血清によって数十倍に鋭くなっている。

例え、見ていなくても空を切る音から投擲物の存在を探知する事も容易い。

 

私は即座に振り返り、その姿を見た。

この路地裏は暗い。

真っ暗だ。

 

 

高性能な赤いマスクには暗視機能がある。

目を凝らせば、ひとりの男がいる。

 

 

大通りから漏れる微かな光を背に、一人の男が立っている。

 

それは赤い……赤黒い鬼の様なコスチューム。

目すら隠れるヘルメットは、装着者の視界を奪っているように見える。

 

だが、問題ない。

彼は視力を必要としない。

 

何故なら、元から見えていないからだ。

 

 

『デアデビル、か』

 

 

初めてではない。

数度、戦った事がある。

 

何故ならここは彼のホームグラウンド。

ヘルズキッチンだからだ。

 

私が弾き返した「何か」は金属の棒だ。

2本の金属の棒がワイヤーで繋がっている、ヌンチャクの様な武器。

ビリー・クラブと言う名前の武器だ。

 

 

デアデビル。

ヘルズキッチンを舞台に戦うクライムファイターだ。

幼い頃に特殊な薬品によって視力を失い、代わりに聴覚、皮膚感覚、嗅覚等が発達している。

見えずとも敵の位置を把握し、闘うことが出来る超感覚(レーダーセンス)を持つ戦士だ。

 

つまり。

 

この暗闇は彼の得意な戦場と言う訳だ。

 

 

「久しぶりだな」

 

 

私は返事もせず、ナイフを投擲する。

投擲先はデアデビルではない、ターゲットの麻薬売人だ。

 

だが、それもまたデアデビルの投擲したビリー・クラブによって撃ち落とされる。

 

 

「焦るなよ、長期休暇の宿題は初日に終わらせるタイプなのか?」

 

 

挑発には流されない。

兎に角今は、デアデビルを気絶させるか、デアデビルの攻撃を凌ぎつつターゲットを殺すか。

任務を遂行する。

 

……まぁ、デアデビルを殺すつもりはない。

仕事でなければ誰も殺したくないのだ。

私は小市民だから。

 

 

『邪魔をするな、デアデビル。この男は死んだ方がいい男だ』

 

 

私は努めて冷静に話しかける。

 

……私は『レッドキャップ』へと意識を切り替えている間、話し方が変わる。

 

この世界に生まれてから、私は無口で拙い喋り方になってしまっている。

それは喋り方やコミュニケーションが育まれるべき幼少期に、殺しの勉強をし過ぎたせいか……。

 

ただ、『レッドキャップ』として『仕事』をしている時は前世のような男らしい話し方になっている。

 

仕事の上では『威圧感』が重要だ。

敵を威嚇し、竦めさせる。

それには男のような口調が適正だ。

 

 

デアデビルが私を睨み、口を開いた。

 

 

「殺して良いかどうか。それは、お前が決める事じゃない。法が決めるんだ」

 

 

それは確かにそうだ。

デアデビルの正体……と言うか中の人はマット・マードック。

盲目の弁護士だ。

 

法律には厳しいんだよな、弁護士だし。

 

私は壁を蹴り、デアデビルに飛びかかる。

ビリー・クラブでの反撃を肘のプロテクターで防ぎ、膝を顔面へと放つ。

デアデビルは上体を後方へ逸らし、その攻撃を避ける。

 

ボクシングで言う、スウェーだ。

デアデビルの父はプロボクサーだった。

彼もその技術を習得しているのだ。

 

 

だが、避けられるのは想定内だ。

期待通り、と言っても良い。

 

 

私は右手を開き、壁を突く。

指が壁に突き刺さり、文字通り壁を掴んだ。

そのまま、私は腕を捻り空中で無理矢理、姿勢を制御する。

 

私は壁に突き刺さった右手を中心に、回転する。

 

そのまま、反動と腰の捻りを活かして回し蹴りを放った。

 

デアデビルも流石に想定外だったのか、その背面へと命中した。

 

私は殺しのプロフェッショナルなのだ。

ルール無用の戦いであれば、幼い頃からみっちりと仕込まれている。

そして更には、常人を遥かに超えた身体能力もある。

 

 

「ぐっ」

 

 

鈍い悲鳴を上げながら、それでもビリー・クラブでの反撃を行ってくる。

私は壁を掴んでいた手を離し、落下することによって回避する。

 

地を這う様に滑り、距離を取る。

プロテクターが地面と接触し、暗がりの中で火花が散った。

 

 

『どうした?辛そうだな』

 

「……そうでもないさ」

 

 

いや、ほんとに痛そうなんだけど。

自慢じゃないけど私の蹴りは凄く痛い。

血清によって強化された蹴りは厚い金属板すら破壊する。

 

そんな一撃が命中したのだから、多分、骨にヒビぐらいは入っているに違いない。

当たり所が悪ければ折れてるかも。

 

……デアデビルは、超感覚を持ち、武術の心得があるヒーローだ。

だが、彼は。

少なくとも、この世界の彼は。

超パワーなんて持たない一般人の延長線上にいるヒーローでしかない。

 

私の様な超人とは、身体能力で明らかな差がある。

それは戦いに於いて決定的な差となる。

 

だが。

 

 

デアデビルはビリー・クラブを連結し、棍棒のように振り回す。

私はそれを腕のプロテクターで防ぎつつ、様子を見る。

何度も、何度も叩きつけられるが私にダメージは通らない。

 

プロテクターと金属の棒がぶつかり合い、暗闇の中で火花が散る。

 

 

私は思考する。

 

デアデビルの強さ。

それは精神力の強さだ。

体がどれだけ重傷だろうと、どんなにピンチだろうと、決して折れない。諦めない。

 

まさに彼はヒーローそのものだ。

私の好んでいたコミックのヒーローなのだ。

 

 

『フフ……』

 

 

つい、嬉しくなって声を漏らしてしまった。

私の笑い声に警戒し、デアデビルが一歩後退する。

 

 

「……何がおかしい」

 

『いや失礼した。笑うつもりは無かったのだが』

 

 

 

そして、またデアデビルが構えた瞬間。

 

私は即座に身を翻し、足元の煉瓦を蹴り上げた。

これはターゲットの麻薬売人を壁に叩きつけた時、剥がれ落ちた煉瓦だ。

 

煉瓦はデアデビルの頭部に一直線へと向かう。

 

私の予想だにしなかった動きに慌てて、デアデビルは対応する。

ビリー・クラブを分割し、煉瓦を叩き落とした。

 

 

『フッ』

 

 

一瞬の出来事だ。

だが、その一瞬で隙は出来た。

 

その隙を私は見逃さない。

 

 

ゴキリ、と音がした。

 

 

「なっ」

 

 

私の膝が、壁に倒れ込むターゲットの麻薬売人の首をへし折った音だ。

 

 

『さらばだ、デアデビル』

 

 

私は足元のナイフを拾い、壁を蹴り、反動で非常階段の手すりを掴む。

そのまま、逆立ちの様に浮き上がって足で窓縁を掴んだ。

 

ひっくり返ったままの姿勢でデアデビルを見ると、私を睨みつけている。

 

 

 

……私は両脚を引き上げて飛び上がり、ビルの上へと駆け上がる。

 

デアデビルは悔しそうな顔をしている。

と、言っても顔の半分はマスクで見えないが。

口だけでも分かる。

 

身体能力に差があるデアデビルでは、私に追いつく事は出来ない。

 

 

……万が一の為に、ダミーの拠点を通過してから帰るとするか。

 

夜風が酷く冷たい。

 

冬だからか。

それとも……。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

自宅……いや、ヘルズキッチンでの拠点へ到着した。

自宅と呼ぶには定住してないからね。

組織の任務に応じて、年に一回は引っ越しをしている。

 

……あぁ、そう言えば。

ババロアを食べて終えた後の皿を洗っていなかった。

スーツを収納した後、洗わなくては。

 

私は屋根から自室の窓を手にかけ、開き……。

 

 

 

 

 

その瞬間、光と共に轟音と衝撃波が放たれた。

 

 

 

 

 

強烈な爆音に鼓膜は痺れる。

真っ白な閃光によって視界は奪われた。

 

 

爆弾?

 

 

私は受け身を取りながら地面に転がる。

 

ダメージは……殆どない。

このスーツと、血清のお陰だ。

 

だが、突然の衝撃で少し、頭が混乱している自覚があった。

 

何だ?

今のは?

爆弾?

何故?

 

見上げると、自室は完全に吹き飛ばされていた。

……隣の部屋には住人は住んでいない。

被害者は居ないだろう。

 

目的は?

 

間違いなく私か……組織に対して敵意のある人間の仕業だ。

 

私を殺そうとしているのか。

 

少しずつ冷静になって行く思考で、そう結論付ける。

 

 

……一旦、離脱する必要がある。

これだけの出来事があったのだ、直に警察も来るだろう。

襲撃犯がこの近くに居ないとも限らない。

いや、寧ろこの様子を伺っているに違いない。

 

私は路地裏に隠れ、マンホールを開ける。

そのまま地下へと逃れる。

 

目指すはヘルズキッチン内の別の拠点だ。

……私の拠点を爆破したのが誰かは知らないが、もう一つの拠点が無事だという事を祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、ヘルズキッチンの港……その近くにある漁師の家にカモフラージュされた拠点。

その地下室に来ていた。

 

この拠点を管理している下っ端がいる為、マスクを脱ぐ事も出来ない。

 

正直、マスクの中が臭い。

下水道を通った所為だ。

 

ドブの臭いがする。

化学製品と汚物の匂いだ。

 

……爆風でプロテクターに傷も入ってるし、新調しなければならない。

 

そして、今。

脱げるものなら今すぐ脱ぎたい。

マスクに臭いが篭ってキツい。

 

私が無意識にした貧乏ゆすりに、下っ端くんは怯えている。

良い歳したオッサンが、歳下の女の子にビビってるんだから世話がない。

 

私は下っ端くんからレシーバーを受け取る。

これは、このニューヨークの地下を有線で繋がっている秘密回線だ。

 

 

『状況は?』

 

 

そしてコイツは『アンシリーコート』の幹部の一人だ。

 

 

……最近、幹部になったばかりらしい。

機械音声のような声で話しかけてくる。

 

この組織、私も含めて声を隠そうとする奴が多すぎる。

秘密主義者が本当に多い組織だ……。

 

 

私は状況を説明し……と言っても、任務から帰ってきたら爆破された!としか言いようがないのだが。

 

 

『……一度、街から離れろ』

 

 

そう言って、私用の詐称した身分証、新しい携帯端末、色々な手配をしてくれるそうだ。

落ち着くまで一旦拠点を別の場所に移して活動しろ、って言う話だ。

 

詳しくは再度、携帯端末に連絡すると告げられ、私はレシーバーを下っ端くんに返した。

 

下っ端くんは非常に恐る恐る、と言った顔で受け取り、慌てて逃げる様に部屋を出ていった。

 

 

 

あーーーーーーー、もう臭い。

脱ぎたい。全裸になりたい。

 

 

部屋を爆破した奴、絶対に許さないからな。

ぶっ殺……さないにも、ボコボコにしてやる。

 

私はそう、強く決心した。

 

あ、スパイダーマンの切り抜きを集めたスクラップブックも爆破されたのか。

 

絶対にブチのめしてやる。

 

バキリ、と音がして手元を見れば、椅子の手摺りが壊れていた。

 

……修繕代、経費で落ちるかな。



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ピーター・パーカー part1

私は今、クイーンズに来ている。

 

クイーンズ。

それはニューヨークの東部。

比較的大きな区画で、人口も多い。

勿論、活気もある。

 

あと、この世界で言えば……。

 

 

『スパイダーメナスは正体を現せ!法を守らぬ自警団気取りに鉄槌を!』

 

 

ビルの壁に作られた巨大な電子掲示板に、白髪の生えた初老の男が映っている。

アレは新聞社「デイリー・ビューグル」の社長、J・ジョナ・ジェイムソンだ。

 

今日も元気にスパイダーマンへのバッシング報道をしている。

いやぁ、お疲れ様です。

 

J・ジョナ・ジェイムソンはスパイダーマンにおいて、非常にメジャーなキャラクターの一人だ。

覆面強盗に家族を殺された過去を持っており、マスク姿でヒーローをしているスパイダーマンを目の敵にしている。

 

……ま、私は嫌いじゃない。

寧ろ、好きだな。

権力や圧力、世論にも負けず、自分の意志を通せる信念があって……。

 

 

はぁ、私とは大違いだ。

組織によって飼い慣らされ、自身の命が何よりも大事で、他人の命を無責任に奪い続けている。

 

 

憂鬱になりかけた思考を、頭から振り払う。

 

 

 

クイーンズ区。

ニューヨークの行政区域の一つだ。

 

そして、クイーンズと言えばスパイダーマン。

スパイダーマンの正体……ピーター・パーカーはクイーンズ出身だ。

だからなのか、この世界のスパイダーマンもクイーンズを主に拠点として活動している。

まぁ、ニューヨーク市内で悪役(ヴィラン)が出たら、いつでも駆けつけているけど。

この間も、ブルックリンで珍獣ハンターみたいな悪役(ヴィラン)と戦っていたし。

 

それはともかく。

 

何故、私がクイーンズにいるのか。

ヘルズキッチンのあるマンハッタンから離れているのか。

 

何者かによってヘルズキッチン内の私の拠点が爆破されてしまったからだ。

爆破されたのは……まぁ問題だけど、一番の問題は拠点を発見されて待ち伏せされた事だ。

 

偶然、私の拠点が発見された。

と考えるよりも何者かが私を探っているのだと考える方が正しいだろう。

 

私の所属している組織、『アンシリーコート』の指示によって、クイーンズまで引っ越して来たと言う訳だ。

 

……ま、同じニューヨーク市内だけどね。

あんまり離れすぎると、お仕事に支障が出るからね。

 

 

「よし」

 

 

私は窓を開けて息を吸い込む。

 

ん〜〜〜〜げほっ、排気ガスの味。

 

クイーンズは都会だ。

仕方ない。

 

今、私がいるのはクイーンズの端の方にあるボロアパートだ。

主に学生とか、一人暮らしのサラリーマンとかが住むアパート。

家賃も安い。

 

別に組織が金を持っていない訳ではなく、私のような隠れてコソコソやる人間はセキュリティの厳しい最新式のマンションよりも、薄暗くて人気の少ないボロアパートの方が良いと言う話だ。

 

ヘルズキッチンの時も同様の理由でボロアパートだったし。

 

引越しの荷物は殆どない。

 

何故って?

爆破されたからだ。

 

私のお手製スクラップブックを爆破しやがって……。

 

思い出してきたらムカついて来たな。

私は机にある袋から飴玉を取り出し、口に含む。

がりがりと噛み砕き、ストレスを抑える。

甘味は私の精神安定剤だ。

落ち着く。

 

 

組織から新しくもらった携帯端末を開く。

見た目はスマホみたいだが、独自回線でのやり取りが可能なフィスクの手下用の携帯端末だ。

 

普通の携帯端末の機能の上に、秘密回線でのレシーバーとしての役割も果たす。

いやぁ、金持ちの悪役(ヴィラン)はスケールがデカいわ。

 

特に新しいメッセージもないため、胸ポケットにいれた。

見た目は完全に既製品のスマホだ。

万が一誰かに見られても怪しまれる心配はない。

 

部屋に置かれた姿鏡を見る。

下はジーパン、上はセーター。

スカートは何だかスースーするし、未だに慣れないし、ズボンしか履きたくない。

……流石に下着は女物を着ているが。

 

髪型は今日もセミロング。

一度バッサリ切ってショートにしようと目論んだが……三日で元の長さに戻ってしまった。

多分、治癒因子(ヒーリングファクター)が悪さをしているんだと思っている。

 

でも、まぁ、今日もバッチリ美少女だ。

にへら、とニヤつくと鏡の向こうの美少女が微笑んだ。

 

これが美少女補正だ。

何をやっても可愛い。

 

可愛いは正義だ。

……私は悪役(ヴィラン)だけど。

 

ベージュのコートを羽織り、ショルダーバッグに財布を入れて肩にかける。

 

財布には金がそこそこ入っている。

組織も無賃で私を働かせている訳ではない。

それどころか、一般的な社会人の数十倍は貰っているだろう。

 

 

家に昼食はないので、外食をする事にする。

 

……ないのは昼飯だけじゃなくて夕飯もだ。

それどころか、この部屋はキッチンすら無いんだけどね。

流石にトイレはあるけど。

 

……私は料理しない派の人間だ。

朝昼晩と外食している。

 

一生独り身の一人暮らしだろうし、問題ない。

この身体は女だけど、前世も心も男だし。

それに悪い組織で悪い事やってるんだから、平和な家庭を築ける訳もなく。

 

とにかく、部屋を出て街へ出た私は軽く食べられる店を探す。

夕食ならまだしも、昼食は控えめが良い。

 

 

 

 

 

ふらふらと外を歩いていると、サンドウィッチが描かれた看板が目に映った。

 

今日はここにするか。

 

私はドアに手を掛けて、中に入る。

ドアには鈴が付いており、耳心地の良い音がした。

 

 

年季の感じる店内には、欠伸をしている店主のおじさんがいる。

カウンターはそこそこ広く、五つほど椅子が並べてある。

 

テイクアウトだけじゃなくて、イートインも出来るのか。

 

なんて考えていると、店主のおじさんが声をかけてきた。

 

 

 

「ご注文は?」

 

 

とメニューを渡されて、上から見ていく。

 

『ハムレタス』

『マヨネーズベーコン』

『スクランブルエッグ』

『チキン』

『ベーコンレタストマト』

『ロブスター』

 

色々あるな、と眺めていると。

 

『ショートケーキ』

 

という文字が目に飛び込んできた。

 

……いやいや、ランチにショートケーキ味はない。

どんなのか気になるけど。

クリームとイチゴの入ってるサンドイッチかな?

でも、いくら甘い物が好きだからって、昼食はオヤツじゃないんだから。

 

 

「ショートケーキ」

「あいよ」

 

 

 

 

 

気付いたら私はテーブルに座っていたし、目の前にはショートケーキサンドがあった。

なるほど、予想通りのクリームとイチゴが入ったデザート系のサンドイッチだ。

パンはライ麦が入っているのか少し茶色い。

 

私は皿の上に乗っているショートケーキサンドを手に取り、齧る。

 

……美味しい。

サンドイッチ屋の癖にクリームが本格的だ。

ベタつかず、甘過ぎない。

特に、ライ麦のしっかりとした味わいがクリームの甘みを引き立てていて……。

 

 

チリン、と鈴がなった。

 

 

慌てて手についたクリームを舐め取り、紙ナプキンで拭き取った。

 

 

レジ前を視界の端に入れてみると、15歳ぐらいの少年が立っていた。

童顔だが……何というか、可愛い系のイケメンだな。

草食系っぽい。

 

 

「おじさん、いつもの5番の奴……強めに潰してね」

 

「あいよ」

 

 

店主のおじさんが厨房に入る。

その間、少年は落ち着かない様子で財布を取り出して……ふと、こちらを見て、口を開いた。

 

 

「えーっと、どうかした?」

 

 

ん?

あぁ、ジロジロと見過ぎてしまったようだ。

 

 

「何でもない」

 

「あぁ、そう……」

 

 

少年は頭をかいて、照れ臭そうに顔を背けた。

 

何だ?よく分からん少年だ。

 

私は手に持ったショートケーキサンドを食べる。

 

 

「あの、それ美味しいの?」

 

 

また少年が声を掛けて来た。

ぼとり、とクリームが皿の上に落ちる。

 

 

「……どうして?」

 

「いや、食べた事ないから……」

 

「店主さんと、仲良さそうだったけど」

 

「いや、確かに常連だけど……ショートケーキのサンドイッチは食べた事ないよ。いつも、5番」

 

「5番?」

 

「BLTね。ベーコンレタストマト。メニューに番号振ってあるでしょ?あ、ショートケーキは7番」

 

 

と、どうでも良い会話をしている。

 

この少年、何で私に話しかけてくるんだ?

初対面なのに、ぐいぐい来るし。

単にお喋りなだけなのだろうか。

 

今生の私は口下手で、話が下手なんだ。

あまり話しかけないで欲しい。

 

 

「あ、おじさん」

 

 

店主のおじさんが帰ってくる。

手には押し潰されて少し薄くなったBLTのサンドイッチ。

あぁ、あれが5番か。

 

 

「ほいよ、ピーター、4ドルだ」

 

 

少年、ピーターが店にお金を渡した。

 

 

「ありがとう、おじさん」

 

 

そう言って、少年は店から出ようとして、

 

 

「待って」

 

 

思わず呼び止めてしまった。

驚いた顔で少年が振り返った。

 

 

「え?……どうしたの?」

 

「あなた、ピーターって名前なの?」

 

 

だって、その名前は。

 

 

「え?うん、そうだよ……ピーター・パーカー。僕の名前、だけど?」

 

 

スパイダーマンの名前じゃないか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

じゃあ、最初から説明しようか。

 

僕の名前はピーター・パーカー。

2年前、放射線を浴びた蜘蛛に噛まれた時から、ずっとこの街を守って来た、この世にたった一人の「スパイダーマン」だ。

 

大切な人を失ったけど、もっと多くの人を救った。

 

街も救った。

 

何度も、何度も、何度も。

 

時にはスタークさんと協力して宇宙からの敵とも戦ったり。

 

あ、スタークさんって言うのはトニー・スタークさんの事だよ。

超ハイテクのアーマーを作って装着して、しかも戦う社長だ。

アイアンマン、って呼ばれてる。

 

そんな僕だけど、今は16歳。

ミッドタウン高校に通う3年生(ジュニア)だ。

 

ちなみに一人暮らし。

保護者代わりにメイ叔母さんがいるけど……今はクイーンズのアパートで一人暮らしだ。

学校から近いし、良い経験だからって叔母さんからの仕送りで生活してる。

感謝してもし切れないね。

 

でもアルバイトはしてるよ。

新聞社に写真を送ってお金を貰ってる。

普通の人じゃ撮れないようなアングルの写真も撮れる。

スパイダーマンならね。

 

ちなみに、僕の正体を知る人は殆どいない。

キャップすら知らない。

キャップって言うのはキャプテンアメリカ……って、説明不要かな。

 

スタークさんは僕の正体を知ってるけどね。

 

 

さて、そんな僕なんだけど、今日は新聞社のアルバイトで、良い感じの写真を撮りに行こうと出かけてる最中だ。

 

あ、でもお昼だし……いつものサンドイッチ屋で昼食を買っていこうかな。

 

あそこは安くて美味しいんだ。

 

おじさんは、ちょっと無愛想だけどね。

 

 

 

住んでるボロのアパートから徒歩5分。

この距離感も通っちゃう理由の一つだ。

学校に行く前に買って行ったりもする。

 

そんなに人気のない店だけど、僕はこの店が大好きだ。

 

なんで人気がないかって?

大通りの外れにあるのと、ここの裏に大手のサンドイッチチェーン店があるからね。

こっちは店もちょっとボロっちいし、狭いし。

おじさんは無愛想だし。

 

 

いつも通り、僕はドアに手をかけて店内に入った。

チリンと鈴が鳴って、パンの匂いが鼻に来る。

 

 

「おじさん、いつもの5番の奴……強めに潰してね」

 

 

そうして、店主のおじさんに「いつもの」メニューを注文する。

 

5番ってのはベーコンとレタスとトマトのサンドイッチだ。

シンプルでオーソドックス、でもメチャクチャ美味しい。

僕のお気に入りだ。

 

そうやって注文した後、ふと、店内に他の人がいる事に気付いた。

 

珍しいな。

この店に他のお客さん、しかもテイクアウトじゃなくて店内で食べてるなんて。

 

店に対して失礼なことを考えながら、そのお客さんを見ると……。

 

 

「わ」

 

 

思わず声が出た。

そこにはプラチナブロンドの……多分、僕と同い年ぐらいの美人……いや、美少女がいた。

 

え?

モデルとか女優さんなのかな?

正直、びっくりした。

 

目に映えるプラチナブロンドと、青い目が僕の視線を惹きつけた。

 

手に持ってるのはショートケーキサンド。

……あれ食べてる人、初めて見たかも。

 

そんな彼女が手についたクリームをペロっと舐めた。

正直、行儀の悪い行為なんだろうけど……なんだろう?

凄く可愛らしく見える。

やっぱり美人は絵になるな、なんて。

 

……あれ?

というか、この女の子、僕の事をチラチラ見てない?

自意識過剰かも知れないけど、何となくそう思った。

 

バレないように見てるつもりっぽいけど……。

 

僕は意を決して、言葉をかけてみる事にした。

 

いや、可愛い女の子と話したいからなんて……下心は無いと言ったら嘘になるけどね。

 

 

「えーっと、どうかした?」

 

 

この時の決断が、僕を大きく変える出来事になるなんて……思っても見なかったんだ。

 

でも、この時の決断を僕は後悔していない。

例え、『あんな事』になってしまったとしても。



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ピーター・パーカー part2

「ピーター・パーカー……」

 

 

私はその名前を反芻した。

目の前にいる青年を注視する。

髪は茶髪で短髪。

目鼻は整ってるけど……少し子供っぽい。

身長もそれほど高くないから、若く見える。

 

 

「えっと、僕の事を知ってるの?」

 

 

そう聞かれて私は息がつまった。

 

ピーター・パーカーは一般人だ。

初対面の人間、親戚でもなく本当に関わりにない人間が知っているのは異常だ。

 

怪しまれないように、言い訳を考える。

 

 

「いや、知り合いと似た名前だったから驚いただけ」

 

「知り合い?」

 

「そう」

 

 

嘘だ。

そんな名前の知り合いは居ない。

 

好きなコミックの主人公と同名ってだけだ。

 

 

「あ、バイトだから、僕もう行くね」

 

「……うん。呼び止めて、ごめん」

 

「いやいや、全然良いよ!」

 

 

そうやってにこやかな笑顔で、ピーターは手を振り店を出て行った。

 

店主さんはニヤニヤとした顔で私を見ていた。

なんだ?私の顔に何かついているのか?

 

 

 

クリームがついてた。

 

恥ずかしい。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

飯を食べた私はそのままフラフラとクイーンズを歩き回った。

 

やっぱり、知らない街を歩くのは楽しい。

新鮮で、まるで知らない世界に来たような…………私が悪役(ヴィラン)だと言う事を忘れさせてくれる。

 

小さなマーケットで、雑誌を手に取る。

寝ぼけたアジア系のオバちゃん店員に金を払い、店を出る。

 

公園のベンチに座り、雑誌を広げる。

表紙に写っているのはブラックウィドウ……ナターシャだ。

 

この世界でもアベンジャーズは存在していて、街の……と言うか世界の平和の為に戦っている。

 

宇宙人とか、殺人ロボットとか、色々だ。

 

ブラックウィドウはアベンジャーズのメンバーで、黒い衣装に身を包んだ女スパイだ。

 

そして。

 

私とよく似た経歴を持つ女だ。

 

彼女は旧ソ連のKGB、国家保安委員会の一つ『レッドルーム』の『ブラックウィドウ・プログラム』によって育成された最強のスパイだ。

 

私はイギリスの元特務部隊『アンシリーコート』の『レッドキャップ・プログラム』によって作り上げられたエージェント。

 

ただ、明確に違う事があるとすれば。

 

彼女は自分の意思で組織と戦い、決別した。

それに比べて私は自分の意思なんてなく、組織に従順で、未だに誰かを殺して、不幸を撒き散らして生きている。

 

 

スーパーパワーを持っていれば、ヒーローって訳じゃない。

強い意志を持って正義を成す心を持つ者がヒーローだ。

 

誰かが言ってた。

 

……私はヒーローになれなさそうだ。

 

 

ペラペラと雑誌を読んでると、目の前を男が横切った。

白人の男性と、黒人の男性、二人がランニングをしている。

 

 

……いや、少し速いな。

ランニングというより、競争のように見える。

 

 

私は鬱陶しく感じて、ベンチから立ち、その場を後にした。

 

読み終えた雑誌をゴミ箱に入れようか悩んだが、スパイダーマンの特集があった事を思い出し、持ち帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいたら、夕方になっていた。

窓の外から見える太陽は低く、空も赤く染まっている。

 

私は雑誌の特集をハサミで切っていた手を止めた。

特集の内容は『スパイダーマン解決事件簿!』だ。

 

ここはクイーンズのボロアパート。

仮の我が家だ。

 

前の拠点が爆破された為、焼滅したスクラップブックを思い出し、怒りに震えながら新しいスクラップブックを作成していた。

 

……私の数少ない趣味の一つだから。

悪役(ヴィラン)生活の中で、人間性を保つ為には趣味が必要だ。

 

甘いもの、スクラップブック作り、後は読書かな。

 

作業をやめて意識を胃袋に集中する。

 

くぅ。

 

と可愛らしい音がした。

空腹の合図だ。

 

ハングリーセンスに感知あり……。

 

しょうもない事を考えながら再度上着を羽織り、ドアノブに手をかける。

 

……あー、でも今から、良い感じの飯屋を探すとなれば閉店までの時間に間に合わないかも。

 

なんて考えながら、ドアを開ければ。

 

 

「あ」

 

 

見たことのある顔の人が、隣の部屋に入ろうとしていた。

 

 

「ピーター?」

 

 

そう、ピーター・パーカーだ。

スパイダーマンの……え?スパイダーマンの隣室なの?私。

 

 

「えーっと、君は、サンドイッチ屋の……」

 

 

そこで、私はまだ彼に名乗っていない事を思い出した。

そもそも……ピーターもサンドイッチ屋で会っただけで、二度と会う機会なんて無いと思っていたんだろう。

だから私の名前を聞かなかったのだろう。

 

私は意を決して、口を開いた。

 

 

「ミシェル」

 

「え?」

 

「ミシェル・ジェーン、私の名前」

 

 

私のクイーンズでの偽名だ。

 

 

「そ、そっか。ミシェルって呼んでいい?」

 

「どうぞ、お好きに」

 

 

これで顔を合わせただけの他人から、見知った人に関係性がレベルアップした。

 

いや、スパイダーマンと関係性が深まり過ぎるのは良くないかも知れないが。

私、悪役(ヴィラン)だし。

正体がバレるかも知れない。

 

でも、私のファンとしての心は、彼を知りたいという欲で満ち溢れている。

浅はかで危機感のないミーハー心だ。

 

そんな考えは表情に出さないように意識する。

コミュニケーションを円滑化させるために、偽の表情を作る。

 

組織でもスパイ活動の為に習った事がある。

いわゆる、人心掌握術って奴だ。

 

もちろん、私は高得点を叩き出していた。

私は完璧なのだ。

 

 

「でも、まさか……隣室だなんて」

 

 

ピーターがそう言って、首を傾げた。

親愛なる隣室ってね。

 

 

「ふ」

 

 

やばい、自分で考えて、自分で笑ってしまった。

 

 

「えっと、どうしたの?」

 

 

そう言って聞いてくるピーターの頬は赤い。

恥ずかしがるな、私の方がもっと恥ずかしいんだぞ。

 

 

「何でもない」

 

「そ、そう?」

 

 

話が繋がらない、めちゃくちゃ気不味い。

なんなんだ、人心掌握術、全然実践できないし役に立たないじゃないか。

 

 

「ピーターの方こそ、どうしたの?それ」

 

 

私は彼の手に持ったカメラを指差した。

ちょっと良さげなカメラだ。

デジカメでも無さそうだし、ちゃんとした本格っぽいカメラだ。

 

 

「これ?バイトでカメラマンやってるんだ。景色を撮ったり、事件現場を撮ったり。新聞社に買い取ってもらってるんだよ」

 

「へぇ、どこの新聞社?」

 

「デイリービューグルってとこ」

 

 

私はそれを聞いて、また笑いそうになった。

 

アンチ・スパイダーマンのJ・ジョナ・ジェイムソンが社長兼、編集長を務めるデイリービューグルに、スパイダーマンが写真を売ってるなんて笑うなと言う方が難しい。

 

 

「それで?バイトは終わったの?」

 

「今日の分はね。今からご飯に行こうかなって思ってる所」

 

 

それを聞いて、私は指を顎に当てて少し考えた。

……今、私も夕飯を外食しようと出ている。

でも、クイーンズに全く詳しくない私は飯屋を見つけるまでに時間を食ってしまい入念に探索することは難しいだろう。

そうなれば最初に見つけた飯屋に入らざるを得ない。不味そうでも。

 

ならば。

 

 

「ピーター」

 

「え、何?」

 

「私も夕食に付いて行っても良い?」

 

「え」

 

「私、クイーンズに引っ越して来たばかりだから。この辺り、詳しくない」

 

 

ちょっと上目遣いでお願いする。

ピーターの方が私より、ほんの少し身長が高いからだ。

 

……いや、我ながらあざと過ぎるな。

やめよう。

 

 

「あ……うん。もちろん良いよ。でも、これから行く店ってタイ料理のレストランだけど……」

 

「うん、大丈夫」

 

 

タイ料理……あれ?どんなのだっけ?

馴染みがないから全然分からない。

 

 

「ちょっと辛いよ」

 

「……うん、大丈夫」

 

 

……私、辛いの少し苦手だけど。

ピーターのこと、知りたいし。

スパイダーマンのことも。

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

「からい」

 

 

私は水をドバドバと飲んでいた。

 

私が注文したのはパパイヤのサラダ、ソムタムだ。

そう、パパイヤ。

私のイメージでは熟して甘い果物だ。

 

だが、実際に出て来たのは熟してない青いパパイヤ。

そしてトマト、ニンジン、ピーナッツ。

 

で、輪切りの唐辛子が沢山。

 

ちょっと辛い、ではない。

舌の感覚が無くなるほど辛い、だ。

ピーターめ、嘘を吐いたな。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 

でも、そう言って心配するピーターは良いやつだ。

流石はヒーロー。

 

注文する前にも、「それはやめた方がいいよ」って遠回しに言っていた。

結局のところ、無視した私が悪いのだが。

 

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 

何とか意地で食べきった私はスプーンを皿に置いた。

……今度来たら、ココナッツ系のデザートのみ注文しよう。

 

 

「それで……えーっと、ミシェルは何でクイーンズに引っ越して来たの?」

 

 

ヘルズキッチンの自宅が爆破されたので……とは口が裂けても言えない。

 

組織に予め捏造されているバックボーンを語る事にする。

 

 

「クイーンズの高校に編入するから。近い方が良いと思って」

 

 

組織からはヘルズキッチンでの襲撃犯が判明するまでの間は、普通の一般人に擬態して潜伏するよう指示を受けている。

その為に、わざわざ偽の戸籍と、偽の学歴、そして偽装入学まで用意されていた。

 

 

「へぇ、そうなんだ。ちなみに、どこの高校?」

 

「ミッドタウン高校」

 

 

そして、私の編入先はクイーンズでも結構大きめの高校、「ミッドタウン高校」だ。

学生数も多い方が目立たないと言う組織の意図だ。

木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、年頃の少女を隠すなら大きな学校の中だ。

 

 

「えっ?」

 

 

ピーターが驚いたような顔をした。

 

 

「あ、僕もミッドタウン高校に通ってるんだ」

 

 

マジ?

隣室で学校まで一緒って……。

 

 

「すごい、偶然」

 

「僕も驚いたよ。ちなみに何年生?」

 

「私は……16歳だからさん年生(ジュニア)

 

「僕も三年生(ジュニア)だ。いや、驚いたな」

 

 

もしかしたら、同じクラスになっちゃうかもね、なんてピーターが笑いながら言った。

 

いやいや、でもミッドタウン高校の一学年におけるクラス数は7つもある大きな学校だ。

流石に同じクラスにはならないだろう。

 

偶然は何度も続かない。

私はヘラヘラと笑いながら楽観視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から同じクラスになる、ミシェル・ジェーンだ。彼女が困っていたら、みんな、助けるように」

 

「ミシェルです。よ、よろしく……」

 

 

ホワイトボードを前に私はびっしょりと手汗をかきながら目を泳がせていた。

 

クラスの後ろの方、右奥でピーターが笑っていた。

 

偶然って怖い。

私はそう思った。



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ミッドタウン・ハイスクール

「ねぇ、あなた何処から来たの?」

 

 

あわわ。

 

 

「髪すっごい綺麗……どこのシャンプー使ってるの?」

 

 

あわわわ。

 

 

「部活何処に入るの?」

 

「バンドに興味ない?」

 

「好きなものある?」

 

「一緒に写真撮ってもいい?」

 

 

あわわわわわ。

 

 

しかして、私は同級生の少年少女に囲まれて質問攻めに合っていた。

 

だが、まぁ……この歳頃の学生は勢いが強い。

未知に対する好奇心が強いのか?

このままで圧殺されてしまう。

 

私はちら、とピーターの方を見る。

 

ふい、と気まずそうに目を逸らした。

この薄情者が。

 

 

「よっ」

 

 

一人の男が割り込んで来る。

 

周りの学生くん達は彼を見て、譲るように私の側から離れた。

……まるでモーセの十戒みたいだな。

 

 

「あなたは?」

 

「俺?俺はフラッシュ。フラッシュ・トンプソンだ。フラッシュって呼んで良いぜ?」

 

 

そうやってニヤニヤと私を見て笑った。

 

……何か、嫌だな。

こう、下心が見え見えなのが嫌だ。

生理的に無理だ。

 

下心があるのは別に良い。

仕方ない。

私、美少女だし。

 

でも隠そうとする気すらないのは嫌だ。

せめて、表には出さないように気をつける努力をして欲しい。

 

私は心の中の温度が一段階下がっている事を自覚するが、そんな事も露知らずフラッシュは話しかけてくる。

 

 

「今日さ、ウチ、両親いないんだよね。ホームパーティとかどう?歓迎会しようぜ」

 

 

え、嫌だ。

行きたくない。

 

 

……あ、というかフラッシュ。

フラッシュを思い出した。

 

フラッシュ・トンプソン。

スパイダーマンに出てくるいじめっ子じゃないか。

スポーツ万能で、ちょっとばかし顔がいい。

詳しくは覚えてないけど。

 

ピーターを虐める悪い奴だ。

 

 

「ごめんなさい、今日は予定があるから……」

 

「そんな、つれない事言わずにさ。なぁ、良いだろ」

 

 

フラッシュが私の腕を掴んだ。

そして、私は眉を顰めた。

 

やめろ。

ベタベタ触るな。

仲良くもない女の腕掴むなんて、どうかしてるぞ。

……いや、こいつ普段からモテるから異性に対して「こういう」セクハラ紛いの事しても誰も咎めないのか。

 

 

「やめなよ、フラッシュ。嫌がってるじゃないか」

 

 

と、そこで声を掛けてきたのはピーターだ。

フラッシュは私を掴んでいた手を離した。

 

家帰ったら絶対洗う。

シャワー浴びる。

 

 

「あ?ピーター、お前には関係ないだろ」

 

「関係ないかも知れないけどさ……嫌がってるだろ」

 

「なんだと?なぁ、ミシェルちゃん、別に嫌がってないよな?」

 

 

そう言って、嫌がってると1mmも思ってないフラッシュが女性受け良さそうな笑顔を私に向けてきた。

 

ミシェルちゃん?

「ちゃん」って、お前……。

 

初対面の女に「ちゃん」付けするのか?

 

やば、鳥肌立ってきた。

 

私が具体的な返答をしないまま黙っていると、横からスッと女性が入り込んできた。

 

金髪で、ちょっと濃いめのルージュをつけている。

気の強そうな女の子だ。

 

 

「嫌がってるよ、フラッシュ」

 

「あ?」

 

「女心の分からない奴だね、アンタ」

 

 

そう言って、冷めた目で睨み付けている。

フラッシュは何か喋ろうとして……女を睨み付けた。

 

 

「……ちっ、分かったよ。ミシェルちゃん、歓迎会はいつでも開けるからね。気になったら声かけてくれよ、このフラッシュ・トンプソンまで」

 

「…………けっ、自意識過剰男め」

 

 

気の強そうな女の子が、フラッシュに聞こえないようボソリと呟いた。

 

 

フラッシュが席から離れても、周りの同級生達はあまり近寄って来なかった。

 

フラッシュ、クラスの人気者っぽいし、厄介ごとに巻き込まれたくないんだろうな。

 

顔が良くて、スポーツ万能で、学力もそこそこあるだけなのに……。

いや、そりゃ人気出るか。

 

しかし、誰も寄って来ないのは好都合だ。

さっきみたいな質問攻めをまた食らったらたまったモンじゃないから助かるが。

 

それより、目の前の女の子へ礼を言う事を優先すべきだ。

 

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

軽く、ウィンクをしてくれた。

……やば、可愛い。

そしてカッコいい。

 

危ない。

この身体が女じゃなければ、間違いなく惚れていた。

 

ふと、視界の端で項垂れてる男の姿が写った。

 

……あ、ピーターのこと忘れてた。

 

 

「ピーターも、ありがとう」

 

「いや、まぁ……僕は全然役に立ってないし」

 

 

そうやって恥ずかしそうに頬を掻くピーターを見て、気の強そうな女の子はニヤリと笑った。

 

 

「あーあ、本当だよ。ピーターは役立たずだ。能無しのボンクラだ」

 

「ちょっと。そこまで言わなくても良いだろ、グウェン」

 

「事実だもん」

 

 

へっ、と分かりやすく嘲笑のポーズを取る。

 

グウェン……グウェン?

 

 

「グウェン、って言うの?」

 

「ん?あ、自己紹介がまだだったね。私の名前はグウェン・ステイシー。よろしく、ミシェル」

 

 

そう言って、グウェンが手を差し伸べて来た。

 

 

「うん、よろしく」

 

 

手を握り返すと、ブンブンと力強く振り回された。

ホントに元気だ。

 

 

にしても、グウェン。

グウェン・ステイシーか。

 

確か……スパイダーマンの彼女だったか。

 

転生してからコミックに対しての記憶が薄れて来ている。

この身体の記憶力はかなり良い方だけど……何故か、前世の記憶だけ抜け落ちていく。

 

……恐らく、何かが影響しているのだろうが……。

私には分からない。

私は学者でも宗教家でもないし、魔術師でもない。

分からないモノは分からないのだ。

 

かと言って、前世の記憶を日記に書いたりなんて他人に見えるような媒体に保存したりはしない。

万が一、組織にバレたら大変だから。

 

いや、私の日記のせいで世界滅亡とか全然笑えないし……。

 

とにかく、どうやらピーターと仲良さそうだし……やっぱり付き合ってるのかな。

 

 

「グウェンとピーターって仲が良いの?」

 

 

そう質問した。

 

 

「まぁ、うん」

 

 

そう歯切れ悪く返すのはピーター。

 

 

「全然、仲良くないよ」

 

 

そう小馬鹿にしたように返したのはグウェンだ。

 

つまり……仲が良いって事で良いのかな?

 

付き合ってはなさそうだけど。

ピーター、グウェンが近付くと少し身体避けてるし…………ちょっと苦手意識でもあるのかな。

それとも、女の子慣れしてないのか。

 

……多分、後者だな。

どうしてだろう?ピーター、イケメンなのに。

 

そうやって、一人首を捻っているとグウェンが声を掛けてきた。

 

 

「あ、そうだ、ミシェル?」

 

「え、うん?何?」

 

 

うんうん唸りながらグウェンが私を見ている。

 

 

「ミシェル・ジェーンで、MJってどう?ニックネームで」

 

「……それだけはやめて」

 

 

だってそれ、スパイダーマンのヒロインの名前じゃないか。

メリー・ジェーン・ワトソンの愛称でしょ。

 

 

「え〜、良いと思ったんだけどなぁ」

 

「MJだけは嫌だ」

 

 

そうやってピーターと恋愛に発展するようなフラグを立てるのは辞めて欲しい。

 

いや、別にピーターが嫌いな訳ではない。

むしろ、憧れのヒーローだし、優しいし……ま、イケメンだし?

嫌いな訳がない。

 

だが、私の外見は美少女でも、心は男だ。

 

男を好きになる事はない。

これだけはハッキリと断定できる。

うむ。

 

 

「ミシェルで良いよ」

 

「しょうがないね。じゃあ、ミシェル?」

 

「うん」

 

「授業始まるよ、支度しないとね」

 

 

んべ、とピーターに舌を出してグウェンが席を離れた。

あ、もうそろそろ授業の時間か。

 

ピーターと私は慌ててロッカーへ向かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ミッドタウン高校の授業は……何というか、簡単だった。

と言うのも、そもそも私が大学卒のサラリーマンの精神を持っているからと言うのと……何よりも、超人血清によって強化された頭脳があるからだ。

 

私が打った『パワーブローカー』製の似非超人血清。

その主な効能は、肉体の強化、治癒能力、そして記憶力、思考速度の強化もある。

 

やる気になれば教科書なんて1時間もあれば最初から最後まで暗記できる。

 

応用問題なんかは簡単に解けるとは言わないが、高校レベルの数学とかなら一瞬で解ける。

 

実際、教師に当てられても全く問題はなかった。

前日に予習しておいたからだ。

今日の授業の……ではない。

ミッドタウン高校、一年から四年までの全ての学習内容を予習していたのだ。

 

しかし、それだけ記憶力があるのに、前世の記憶だけは覚えていられない。

……誰か、並行世界に詳しい奴は居ないのか?

ドクター・ストレンジとか?

 

ま、いいや。

知っていても関わりを持てる気がしないし。

あっちはヒーロー、こっちは悪役(ヴィラン)

相容れない存在なのだ。

 

 

そうして気付けば放課後になっていた。

廊下に設置されている男子用ロッカーの前でピーターと誰かが喋っている。

 

 

「お前の所のクラス……可愛い……」

「……そ……だよな……あって……」

 

 

上手くは聞き取れないが、私はロッカーを漁っているピーターの背後から近寄る。

そのまま、ピーターが開いているロッカーの扉の後ろに隠れた。

 

 

「気になるなら見に行けば……」

 

 

バタン、とピーターが扉を閉じた瞬間。

扉に隠れていた私と、ピーターの目があった。

 

 

「うわあっ、びっくりした!何してんの、ミシェル?こんな所で……?」

 

「何も。ピーターを見つけたから、イタズラ」

 

 

驚いたピーターの顔が面白くて、へへ、と笑ってしまった。

 

それを見たピーターが少し目をぱちぱちとさせて、手で自分の頬を掻いた。

 

……あ、ピーターと喋っていた人がいるんだった。

 

 

 

「初めまして、私の名前はミシェル」

 

「……え?あっ、どうも。俺はネッドです……あ、ネッド・リーズね。ネッドはうちの学校に3人いるから」

 

 

恐る恐ると言った様子で、少し太めの少年が挨拶を返してくれた。

ネッド、ね。

 

ん……何か聞き覚えあるな。やっぱり、この人もコミックのスパイダーマンに出てくるキャラクターなのかな。

 

 

「よろしく、ネッド」

 

 

私が手を出すと、ネッドが首を傾げた。

 

 

「握手」

 

 

私がそう言うと、まるで壊れ物の高級品の陶磁器を扱うが如く、繊細な力加減で私の手を握って……。

 

 

「うわっ、すべす……やわら……」

 

 

ネッド、心の声が漏れているぞ。

 

……まぁ、仕方あるまい。

私は美少女だからな。

 

 

チラッとピーターを見ると、ネッドと握手した私の手を見てぼーっとしていた。

 

 

「ピーター、どうしたの?」

 

「え?いや、何でもないよ、ミシェル」

 

「……変なピーター」

 

 

私は首を傾げながら、ロッカーから離れた。

 

 

「それで、何の話してたの?」

 

「え……いやぁ……?」

 

 

と、ピーターが言い辛そうに顔を背けた。

 

 

「……やましい話?」

 

 

もしくは、やらしい話?

 

 

「いや、そういう訳じゃないけど」

 

「俺とピーター、ミシェルさんの話をしてたんだよ」

 

 

え?

 

 

「私?」

 

「ちょっ、おい、ネッド」

 

「別に良いだろ、ピーター。ピーターのクラスに女の子が編入して来たって聞いたからさ、俺がちょ〜っと話を聞いてたんだよ。俺、別クラスだからさ。どんな感じ〜ってね」

 

「……あ、そう」

 

 

ネッド、お喋りだな。

まぁ、困るほどじゃないけど。

面白い奴って感じだ。

 

 

「いやぁ、ビックリしたよ。他のクラスでも転校生が可愛い女の子だ〜って噂になっててさ、ピーターも」

 

「ちょっ、おい、やめろネッド」

 

 

ピーターがネッドの脇に肘を押し込んだ。

ネッドは「うっ」って鈍い声を出してる。

 

……今の、まぁまぁ強く押し込んだな。

ゲホ、ゴホ、とネッドが咽せている。

口は災いの元、か。

 

それにしても。

 

 

「可愛い?私が?」

 

 

そう聞くと、ネッドが返事をした。

 

 

「可愛いでしょ。鏡見たら分かるでしょ?」

 

 

……こう、ストレートに可愛いって言われる事、少ないから…………何というか……照れるな。

うん、可愛い自覚はあるんだけどね。

 

 

「ん、ありがとう」

 

「いやいや、事実だし」

 

 

あ、そうだ。

 

 

「……ピーターは?」

 

「え?」

 

「ピーターは私のこと、可愛いって思ってる?」

 

 

ここは気になるポイントだ。

ピーターはイケメンだ。

女の子も沢山、擦り寄ってくるに違いない。

そんなピーターから『可愛い』という認定が貰えれば箔がつくと言うモノ。

 

 

「え……いや……その……」

 

「ピーター、私のこと、可愛くないって思ってるの……?」

 

 

眉を下げて少し悲しそうな顔をする。

 

……どうだ?

可愛いだろう。

鏡の前で自分が可愛く見える角度の練習をしているんだぞ。

 

……何だか唐突に虚しい気持ちになって来た。

 

 

それを見たピーターが慌てて、首を振っている。

 

 

「そ、そんな事ないけど……あ、ミシェル、今日、放課後に予定あるんじゃなかったの!?……それって大丈夫?ほら、こんな所で話してる場合じゃないかも……」

 

 

あぁ〜……そう言えばフラッシュにそんなこと言ったな。

 

 

「あれ、嘘」

 

「嘘……?」

 

「そう」

 

 

そう言うと、ピーターは少し考える素振りをして、納得したように頷いた。

 

 

「……君って、良い性格してるね」

 

「褒められても困る」

 

 

ピーターは自分が揶揄われている事に気付いたようで、じっとりとした目で私を見ている。

 

 

「……へー、ピーターとミシェルさんって仲良いんだ」

 

 

そう言ってネッドが笑っていた。

 

 

「うん、仲良し」

 

「…………」

 

 

私が肯定したのに、ピーターは黙ったままだ。

 

この年頃の男子高校生は、女の子と仲良くするのを恥ずかしがる傾向にあるようだ。

 

そうやってピーターと話していると、後ろから金髪の女性が手を振りながら近寄ってきた。

 

グウェンだ。

 

 

「あ、グウェン」

 

「よっ、ミシェル」

 

「「げっ、グウェン」」

 

 

私とグウェンが挨拶をする傍ら、ネッドとピーターが渋い顔をして、少し離れた。

 

 

「あ、ナード共。陰気臭過ぎて目に入らなかったわ」

 

「何だよ、グウェン」

 

「ナード?ナードってなに?」

 

 

私が首を傾げてるとグウェンが耳打ちをしてきた。

 

 

「暗いオタクって意味」

 

「あぁ……そうなんだ」

 

 

スラングなのかな。

私はピーターとネッド、二人をチラッと見た。

……何というか、何故ピーターがモテないか、ちょっと分かって来た気がした。

 

私の視線に気付いて、ネッドが声を上げた。

 

「な、なに?」

 

「ミシェルにアンタらがオタクだよ〜って教えてただけ」

 

「はぁ?別に良いだろ、オタクでも」

 

 

そう言って心外だ!ってネッドがムッとした顔をする。

 

でも、何というか。

本気で馬鹿にしてる訳じゃないし、本気で怒ってる訳でもない。

 

そんな気がして、

 

 

「仲良し?」

 

 

って感想が出てくる。

 

ネッドとグウェンが言い争ってる中、ピーターがコソコソと私の側に寄ってきて耳打ちした。

 

 

「ネッドとグウェンは幼馴染なんだ。僕と二人が友達になったのは高校からだけどね」

 

 

へぇ。

疑問が解けた。

 

 

「ありがと、ピーター」

 

 

お礼を耳打ちすると、ピーターがビクッと震えた。

 

 

「……あ、あんまり耳元で声を出さないで欲しい、かな」

 

 

…………ピーターも耳打ちしたのに。

何で私だけダメなんだ。

分からん。

 

 

私はこの世の不条理を感じながら、言い争う二人を見ていた。

 

 

……平和だなって、ちょっと幸せな気持ちになっていた。

 

 

けど。

 

 

胸のポケットに入れていた携帯端末が震えている。学内だから、マナーモードにしていたんだった。

 

私はそれを取り出し、三人からは見えないような位置で画面を開く。

 

 

 

 

……はぁ。

 

 

 

 

「ごめん、三人とも。私、今から予定あるから、先に帰る」

 

「フラッシュに言ってたやつ?」

 

「え?さっき予定ないって言ってなかった?」

 

「……急に出来た」

 

 

そう返答すると、三人とも首を傾げながらも、納得したように頷いた。

 

 

「ふーん、じゃ、ミシェル。また明日ね」

 

「うん、明日。また学校で」

 

 

グウェンと、ネッド、ピーターに手を振り、私はその場を後にした。

 

 

携帯端末に届いたメールには……暗号化された文字列が並んでいた。




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ウォッチメーカー

ニューヨークの地下には、一般人の知らない隠された地下通路がある。

それは張り巡らされた蜘蛛の糸のように、広大で複雑な迷宮のような地下通路。

 

私の所属している『組織(アンシリーコート)』や、他の組織が使用している闇組織御用達の通路だ。

 

誰が作ったのか?いつ作られたのか?

それは分からないし、知らない。

そして、知ろうとしてはならない。

 

暗がりの中を私は歩いている。

 

 

外は今……まだ、夕方ぐらいだろう。

 

だが、日光が一切差し込まず、数十メートル毎に薄く光る電灯のみが光源になっている。

そんな暗く、そして幾たびも別れ道が存在する通路を記憶を頼りに歩いていく。

 

 

私は今、『レッドキャップ』としてここに来ている。

マスクも、スーツも、プロテクターも装備している。

 

ただ、ヘルズキッチンで爆破された時の衝撃によって、プロテクターは半壊、スーツも焼け焦げている。

マスクも機能自体は無事だが、表面がひび割れてしまっている。

 

……ドブの臭いがしていたが、必死になって手洗いした結果、マシになっている。

まだほんの少し、臭いが。

 

そんな、側から見れば満身創痍のような姿だが。

私はそのボロボロのスーツを着て、目的地へと足を進めていた。

 

道を曲がり、進み、曲がり、登り、進み、下り、曲がり、曲がる。

 

そして。

 

 

『ここか』

 

 

私は金属で出来た梯子を登り、マンホールを開け、路地裏に到着した。

 

看板のないドアを見つけ、その横のインターホンを鳴らす。

 

少しして、インターホンのライトが緑から赤色になる。

 

……返事はないが、応答はしている状態だ。

 

 

『音痴なラジオを持ってきた』

 

 

暗号を口にして、少し待つ。

 

するとドアの鍵が外れる音がした。

 

 

一見、古臭そうで、テクノロジーとは無縁のような金属製のドアだが……実際は、オートマティック式の鍵が付けられたドアだ。

 

私はドアノブを回し、中に入る。

 

そこは狭い、狭い部屋だ。

 

壁にかけられた、妖精が描かれた絵画を除けると、裏にエレベーターのボタンがある。

 

下矢印のボタンを押せば、部屋全体が下に下がっていく感覚があった。

 

 

登って来て、また降りるのか。

 

 

なんて考えながら、私は壁にもたれかかった。

 

1、2分ほど降り、到着する。

 

再度ドアを開ければ、そこにあったのは、ハイテクな機械が大量に置かれた部屋だった。

 

机に無造作に置かれたレンチ、レーザーカッター。

謎の設計図が空中にホログラムで投射されている。

 

まるで、近未来の工房のような姿だ。

 

そして見渡せば、一人、私に目を向けている何者かがいる。

 

 

黒く、全ての光を吸い込んでしまいそうな金属の鎧を着込み、体の節々から強いエネルギーを感じる紫色の光が発光している。

 

西洋の騎士のように縦に切り込まれた兜の面からも、紫色の光を放っている。

 

そう、彼が。

 

 

『ティンカラー』

 

『初めまして、レッドキャップ……いや、会うのは初めてだが、喋った事はあるかな。多分、数年前に……スーツのメンテナンスで』

 

 

ティンカラー。

 

彼はこんな見た目をしているが、戦闘員ではない。

それどころか、どの組織にも所属していない。

フリーランスの技術屋だ。

 

 

『随分とお喋りだな』

 

『悪いかい?人となりを知る事、知ろうとする事は社会人の第一歩だ。君がクライアントで、僕は提供者さ。なら、君を知る事は君にあった技術を提供する事に必要な事だ……そう思わないかい?』

 

 

本当によく喋る。

 

彼もまたフルフェイスのヘルメットを被っているが、私と同様に機械音声へのボイスチェンジャーを搭載している。

 

老若男女、そのどれかも分からない。

 

ただ、身長は私よりも高く……おそらく、170cmぐらいだと思われる。

 

……いや、私は言うほど小さくない。

160cmぐらいある。

 

正確には160cmギリギリだが。

……私はチビではない。

スーツの底にある厚底は、決して私が身長を気にして使っているものでは無い。

小柄な私が敵に威圧感を与えるための……。

 

いや、まぁ、この話はどうでも良い。

 

とにかく、この目の前の技術屋、ティンカラーは私と同様に徹底的な秘密主義者なのだ。

 

 

『君に以前、提供したその多機能マスク。今も使ってくれてるようで感心したよ。だがまぁ、随分とボロボロになってしまっているね』

 

『なら、分かっているだろう?組織からの依頼は先に送っていた筈だ』

 

『あぁ、そうだとも。君達は僕のお得意様だ。数週間前にメールが来てたさ、準備はOK。万事、抜かりなくね』

 

 

組織から指令、それは私のこのボロボロになったスーツの補修依頼だ。

 

以前から修理予定となっており、組織からも待つように言われていた。

 

まさか、今日連絡が来て、今日行かなくちゃならないなんて思ってもみなかったけど。

 

 

『それで、直るのか?』

 

『結論から言うと、「直せる」よ。勿論ね』

 

 

私は安心したような、少し苦しいような感情で胸を満たされた。

 

このスーツが壊れている間、私は任務を受けていなかった。

いや、受けられなかったが正しいのだが、束の間の休暇と休息を味わっていたのだ。

 

まるで、夏休み前日まで夏休みの終わりを知らなくて……急に両親から伝えられた子供のような気分だ。

 

 

『でもね、僕は「直したくない」』

 

『……なんだと?』

 

 

そんな私の心境を知ってか知らずか、思わせぶりな発言を続けるティンカラー。

 

ムカついて来て、思いっきり殴りたくなって来たな。ウザい。

 

 

『……おっと、勘違いしないでくれたまえ。僕はそのスーツを「直す」事に魅力を感じていない。だって作ったの、五年前ぐらいじゃないかな?詳しくは覚えてないけど、とにもかくにも「古い」んだ』

 

 

ティンカラーが私のスーツを指差す。

 

 

『技術はね、日々進歩している。素晴らしく、賢く、強く、易しく、そして一新される。君のスーツはもう「古い」。まるでヴィンテージショップで見かけたジーパンみたいに古いね』

 

『では、ど

 

『そこで僕は考えた』

 

 

私の言葉は興奮したティンカラーに遮られた。

こいつ、人の話を聞かないタイプだな。

 

 

『今の君にあった最新のスーツを作る……そう、これがベストってコト』

 

 

ティンカラーは自身の腕に指を這わせると、ホログラムのキーボードが出現した。

それを逆の手で操作し、幾つか入力すると部屋の奥でドアが開く音がした。

 

 

『付いてきてくれたまえ』

 

 

ティンカラーに続いて、私も歩き出す。

 

そして、その先で……壁にかけられたスーツを見つける。

 

 

『どうだい?』

 

 

それは、まるで騎士の甲冑のような硬質的なスーツ。

いや、鎧と言って良い。

現在の防刃スーツの上に、プロテクターを幾つか付けるようなスーツではない。

黒い装甲で全身を覆い、頭は今までのように赤さ……だが、現在のようなただの金属のマスクではない。

真っ赤なガラスのような透過した素材が表面に貼り付けられており、その下に薄く透過されて幾つかの電子機器が見える。

 

全身が金属の塊になったようなスーツだ。

……まるで。

 

 

『アイアンマンみたいだな』

 

 

慌てて、私は口を閉じた。

 

技術屋の前で他の技術屋の名前を出すのはご法度だ。

プライドの高い人間ほど怒ってしまう。

 

私はチラリ、とティンカラーを見ると。

 

 

『お?気付いたかい?確かにこれはアイアンマン、トニー・スタークのスーツからインスピレーションを得たモノさ』

 

 

どうやら怒っていないようだ。

ほっと胸を撫で下ろし、ティンカラーの話を聞く。

 

 

『今までの身を守るためだけのスーツとは違う。このアーマーの素材になっている合金にはヴィブラニウムを混ぜてある。ヴィブラニウムには衝撃を吸収し、反射する性質があるんだよ』

 

 

ティンカラーが手元のコンソールを弄ると、部屋の壁面が開かれ、ガラス越しに真っ白な部屋が現れた。

 

中央には金属の板が存在してる。

 

 

また、彼がコンソールを弄ると強烈な炸裂音がガラス越しにも響き、何かが発砲された事に気がついた。

 

だが、部屋の中央に置かれた金属板は無傷だ。

 

 

『徹甲弾さ。戦車すら貫く強力なエネルギーが魅力的。だけど、そんな近代兵器最高クラスの破壊力でもヴィブラニウムの金属板にダメージを与える事すらできない。それに、見てくれ』

 

 

ティンカラーが指を指した先には、ヴィブラニウムの金属板……そして、下には。

 

 

『ただの木だよ。固定具はね。何の変哲もない木材さ。不思議だろう?あんな固定具が徹甲弾の衝撃を受けても折れていない。全ての衝撃はヴィブラニウムが吸収しているのさ、凄いだろ?』

 

 

確かに、凄い。

 

率直に感動してしまった。

 

そして、ただの板状に加工されたヴィブラニウムですら徹甲弾を防げるのなら。

曲面のように加工され、衝撃を逃すように作られたこのアーマーは。

 

 

『例えハルクのスマッシュを食らっても壊れないよ。ミサイルの爆風を食らっても壊れない。数十メートルの高さから落下しても無傷だ。詳しくはマニュアルをどうぞ』

 

 

机に置いてあった書類を、私に投げつける。

 

私はそれを手に取り、開く……。

 

 

何で図解とかあるんだ。

しかもカラーだし。

凝り性なんだな、コイツ。

 

 

『マスクも凄いぞ。脳波を読み取る特殊な装置が内蔵されている。頭の中で考えるだけでアーマーを動作させる事が出来る』

 

 

また、ティンカラーがコンソールを操作する。

 

 

『今は僕の手動だけどね。足の上部が……ほぉら自動で開いた。突き出してるのはナイフの柄さ。特殊合金性。すっごく硬いよ。投擲物として使い捨てる事も想定してるから、ヴィブラニウム合金じゃなくて炭素系の特殊合金なんだけどね』

 

 

そう言って言葉を一つ区切った。

 

 

『ヴィブラニウムって凄い貴重な金属なんだ。ユリシーズ・クロウって言う闇の商人から購入した……もう、ほんの少ししかない超貴重な金属だ。キャプテンアメリカの盾にも使われてるんだ。凄いだろ?是非とも僕に感謝してくれたまえ』

 

 

『あぁ、凄いな』

 

 

ティンカラーがあまりにもお喋りで疲れてきて、返事が適当になってきている。

 

あぁ、そう考えるとネッドのお喋りは可愛いもんだな。

 

ティンカラーは過剰だ。

不快なレベルでお喋りなのだ、コイツは。

 

 

『そんな素晴らしいスーツがもう、君の手に。もう直ぐね』

 

『もう直ぐ?未完成品なのか?』

 

 

そう私が尋ねると、待ってましたと言わんばかりにティンカラーは声を弾ませた。

 

 

『後は君の体格に合わせるだけ。その為に今日来てもらったのさ』

 

 

ティンカラーが上機嫌で話しかけてくる。

 

 

……ん?体格に合わせる?

フィッティングさせるって事か?

……という事は。

 

 

『今のスーツ、脱いでくれるかな?』

 

 

ですよね。

 

 

 

私はひび割れたマスクに手を触れて……。

 

 

『どうしたの?』

 

 

目の前にいる、私と同様にマスクを被った男……いや、男か女か分からないけど、とにかくマスクを被った男が訝しげに首を傾げた。

 

 

『……ティンカラー、マスクの下について何故、知りたがる?体格のデータなど、私自身が調べれば良いだろう。私の容姿を知る事によって何も利点は無いはずだ』

 

『ふむ、それもそうだね』

 

 

ティンカラーは納得したように頷いた。

だが。

 

 

『でもね、僕は知りたいんだ。端的に言えば知的好奇心さ。僕は君の素顔が知りたい。それはどんなに金を積んでも知られないし、この機会を逃せば二度と知ることは出来ないだろ?』

 

 

マスクによって中性的な機械音声に変換された声が、私の感情を逆撫でした。

 

 

『顔を見せてくれないなら、君のスーツは作ってやらない。組織にも協力しない。でも、困るだろうねぇ……君の上司も怒っちゃうかも知れないよ』

 

『チッ』

 

 

私は舌打ちをして、マスクに手をかけた。

 

 

『先に言っておくぞ、ティンカラー』

 

『なんだい?』

 

『私の素顔……そして、正体に対しては他言無用だ。もし話せば……必ず、殺す』

 

『いいよ、誰にも話すつもりはないからね』

 

 

へらへらと笑い声を交えながら、ティンカラーは了承した。

 

……本当に分かっているのか、心配だ。

まぁ、でも、本当にもしもの時は組織が始末する。

その時は仕事として、私が彼を殺す事になるのだろうが。

 

 

私はマスクの後ろ……首の裏にある着脱スイッチを押す。

空気の抜けるような音と共に、マスクの後頭部が展開し、そのままマスクを脱ぐ。

 

 

「……満足か、ティンカラー」

 

 

機械音声ではない、私自身の声が部屋に響いた。

マスクの下に収納されてたセミロングの頭髪がばさり、と肩にかかった。

 

私は苛立ちから、自身の眉間に皺が寄っている事を自覚した。

 

そんな私を見たティンカラー無言で、そのまま動かず立ち尽くしていた。

 

 

……いや、動かなさすぎだろ。

反応が全くない。

 

 

「……おい、ティンカラー?」

 

『…………』

 

 

……ティンカラーって実はロボットで、処理エラーで動かなくなったりでもするのか?

なんて思ってしまう程に無反応だった。

 

マスクの下を見せろと強要して来た割に、何の反応も示さない姿に苛立ちが抑えられなくなってくる。

 

 

「おい、返事をしろ。ティンカラー」

 

『……え?あぁ、すまない。驚いたよ』

 

 

少し、元気のない様子でティンカラーが返事をした。

 

……何だ?

 

 

「不満があるのか、ティンカラー」

 

『いや、そう言う訳じゃない。君が女性だって事、知ってたんだよ、僕は』

 

「そうなのか?なら、どうしてそんな……落ち込むような事がある?」

 

『心外だな、落ち込んでなんていないさ。ただちょっと、昔の知り合いに似てたから驚いただけさ』

 

「昔の?」

 

 

秘密主義者である私とティンカラー、その間では自身の話なんて殆ど全くしない物だと思っていたが……予想に反して、ティンカラーは自身の過去を話し出した。

 

 

『そう。僕がまだ幼い頃にね……もう亡くなっているんだけど。大切な…………って、こんな話をしたい訳じゃないんだ』

 

 

そうやって話を中断させるが、何となく、ティンカラーがちゃんと生身の人間だと言う事を認識出来た気がした。

 

フルフェイスのマスクを付けて、肌を少しも出していないから人間っぽく見えないんだよな。

目とか紫色に光ってるし。

実はロボットだったと言われれば信じてしまうだろう。

 

 

『うん、君の容姿については納得した。ありがとう、僕の知的好奇心は満たされた……けど、体の測定は……僕がやるのはダメそうだね』

 

「何故だ?」

 

『え?いや?だって僕、男だし』

 

 

あぁ、やはり男だったのか。

 

 

「私は別に構わないが」

 

『嫁入り前の女の子の身体をベタベタ触れる訳ないだろ?バカなのかい、君は』

 

 

というか、そう言われると尚更なんでマスクを脱ぐ必要があったのか謎だ。

そもそも、最初っから女性だと知っていると言ってたし、どうするつもりだったんだコイツ。

 

目の前の変人の奇行に、私は頭を痛めた。

何か目的があるのか?それともイカれてるのか?

 

 

『あそこに更衣室あるから。そこで……えーっと、この電子メジャーを身体に通して。あ、勿論全裸で……データの方はなるべく僕は見ないようにするから』

 

 

異常な程に私に配慮し出したティンカラーに首を傾げながら、彼が手に持っている機具を受け取った。

 

機械で出来た輪っかのような物だ。

これを身体に潜らせると、輪の中の物体を3Dスキャンするらしい。

 

手に受け取ったリングを片手に、私はパーティションで仕切られた更衣室に入って行った。



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フレンドリー・ネイバーフッド part1

データをティンカラーへ提供し終わった私は、クイーンズ内の自宅とは別にある拠点へ帰って来た。

 

ただ、着ているスーツは前のボロいスーツだ。

 

測定データを渡した所で、そんな数時間でスーツのフィッティングは出来ないらしい。

そりゃそうか。

 

結局、新しいスーツは一週間後に渡される事となった。

 

……正直、ティンカラーとはそんなに会いたいと思っていないが。

鬱陶しいし。

どうにか手渡しにならず、受け取る方法はないか。

置き配で頼む。

 

下らない事を考えながら、スーツを脱ぎアタッシュケースに詰める。

 

……プロテクターが傷によって変形していて、上手く入らない。

 

私は舌打ちをしながら無理矢理詰め込み、部屋の隅に押し込んだ。

 

 

ここはクイーンズの自宅から5キロメートルほど離れた場所にある、スーツの保管や、任務の指示書が送付される別拠点だ。

 

前回、ヘルズキッチンで拠点を爆破された事を反省し、任務に使用する拠点と、生活用の拠点に切り分けられたのだ。

 

ここの拠点の地下から直接、ニューヨーク内の広大な地下通路に繋がっており、様々な路地裏、空き地、施設……珍しい所だと商業施設のトイレとかに繋がっている。

 

私は血清によって強化された超人的な記憶力によって、様々な入り口からこの拠点に来る事が出来る。

 

ちなみに、この拠点はビジネスビルの地下にある。

地上に繋がる階段はないし、地下通路以外からこの拠点へ来る事はできない。

拠点と地下通路を繋ぐ扉には生体認証が設定されており、私以外誰も入る事は出来ない。

 

……組織としても、前回の拠点爆破襲撃事件は重く受け止めているようで、このような至れり尽くせりと言った高セキュリティルームが私に貸し与えられる事となったのだ。

 

あぁ、拠点の上にあるビジネスビルは雇い主、ウィルソン・フィスクの管理するビルだ。

フィスクがそのビジネスビルに来る事はないが、ビルを貸し与えられている企業はフィスクの手下だ。

 

言うなら、私と同僚という訳だ。

別に暗殺者とかエージェントって訳ではないが。

 

拠点を後にし、自宅付近の偽装されたマンホールから地上に出る。

 

空を見てみれば、暗くなっていた。

街灯が灯りで照らしている。

 

晩御飯も食べていないので、たまたま近くにあった中華屋でテイクアウトする。

 

汁なしのヌードルを注文して、白い厚紙でできた箱に入れてもらう。

前世の海外ドラマとかでよく見た、あの白い箱だ。

 

後はデザート用にプラスチックの容器に入った杏仁豆腐を……二つ、買った。

一つでは満足できない気がしていたからだ。

 

……いや、私の体は超人だ。

新陳代謝も凄い。

カロリー消費も物凄い。

 

沢山食べても太らない。

だから食べたい物は、食べたい量食べる。

 

ビニール袋に白い厚紙で出来た箱と、杏仁豆腐の入ったカップを二つ持ち歩く。

 

その頃には空もすっかり暗くなっていた。

……クイーンズは決して治安が良いとは言えない。

いや、ヘルズキッチンよりは遥かにマシだが。

私は早足で自宅へと歩き始めた。

 

そして。

 

 

 

「なぁ、嬢ちゃん。こんな暗い所で一人歩いてたら危ないぜ?」

 

 

テンプレみたいなイベントに遭遇してしまった。

ジャージを着ているチンピラの様な男が三人。

……いや、違う。

チンピラではない、マフィアだ。

『ジャージマフィア』だ。

 

『ジャージマフィア』はニューヨーク全域にいる半グレ集団で……全員ジャージを着ている。

ジャージを着てるから、ジャージマフィア。

ふざけた集団だが、その危険性はただのヤンキー集団とは大違いだ。

 

集団で、計画的に、暴力的に行動する。

 

彼等はあまり統率された集団とは言い辛く、各々が独自の判断で動いている。

 

ウィルソン・フィスクも彼等を傘下に入れるつもりはないのか、完全に放置している状態だ。

 

 

私は手にもった今日の晩飯の心配をしつつ、後ずさる。

彼等は私が怯えているように見えるのだろうが、実際は揉め事で晩御飯を失う事に怯えているに過ぎない。

 

彼等は特殊能力を持っていない。

それどころか暗殺術とは無縁の、ゴロツキだ。

 

私が殺す気になれば……三人、合わせて30秒で殺せるだろう。

 

私は両手に持っていた荷物を左手に集め、右手を……。

 

待て。

 

人の気配が急速に迫っている事に気付いた。

 

誰だ?

 

空を切るような音がする。

 

 

「何だ嬢ちゃん、俺たちゃ悪い事はしねぇよ。むしろちょっと気持ち良くなっちま……」

 

 

ガツン、と衝撃が走り、ジャージ男が吹き飛ばされた。

 

 

「なっ」

 

 

直後、白い何かが目の前をよぎる。

それはもう一人の男の顔面に命中し、壁に拘束した。

 

 

「ふが、ふがが」

 

 

息はできる様だが、喋ることは難しい様だ。

 

 

そしてそれは、『蜘蛛の糸』だ。

 

 

「あ」

 

 

私は思わず、声を漏らした。

 

赤と青のスーツが視界に移る。

黒い蜘蛛のマークが胸に見える。

 

 

「てめぇっ」

 

 

残された一人が腰から拳銃を取り出す。

……やはり、彼等はただのチンピラではない。

武装しているマフィアなのだ。

 

だが。

 

私はほんの少しも心配などしていない。

 

だって。

 

 

「……スパイダーマン」

 

 

私の目の前に、憧れていたヒーローがいるから。

 

 

「死ねっ!!」

 

 

火薬が弾ける音がして、拳銃から弾丸が放たれた。

 

スパイダーマンはそれを避けて、蜘蛛の(ウェブ)を射出する。

(ウェブ)はどうやら、スパイダーマンの手首にある機械から放たれているらしい。

 

ウェブシューターだ。

 

新聞からは読み取れない、生で見るからこそ分かる細かい情報に、私は感動していた。

 

(ウェブ)で手首を拘束し、そのままスパイダーマンが引き寄せる。

 

男が引き摺られ、スパイダーマンの拳が顔面に命中した。

 

 

「ぐぶぁっ」

 

 

鼻血を出しながら、よろける。

 

持っていた拳銃を取りこぼし、そのまま壁にもたれかかる。

 

パシュン、とスパイダーマンが(ウェブ)を射出し、男を壁に拘束した。

 

 

三人のジャージマフィアが、ほんの少しの時間で拘束された。

 

それも、致命傷もなく。

 

……私も、殺すだけなら30秒で終わる。

だが、こうやって殆ど傷もなく、骨すらも折らず、素早く無力化する事が出来るだろうか?

 

いや、出来ないだろう。

 

スパイダーマンは手加減が上手い。

本気を出せばコンクリートの壁に穴を開ける事も容易いパンチが出せるが、先ほどのパンチは男の意識を奪う程度に抑えられていた。

まるで、蟻を指で摘むかのような力加減だ。

 

……これも、実際に出会わなければ知らなかった情報だ。

 

 

 

 

「やぁやぁ、お嬢さん。大丈夫だったかい?こんな夜道を一人で歩いちゃ……危な……あっ」

 

 

スパイダーマンが手を振りながら私に近付き、途中で固まった。

 

……あぁ、暗闇だったから私の姿がちゃんと見えてなかったのか、ピーター。

 

ようやく、助けたのが知り合いの女の子と気付いたようだ。

 

 

「ん、ゴホン。こんな夜道を一人で歩いてたら危ないぞ?」

 

 

努めて、声に威厳を醸し出すように低く喋り出した。

 

思わず笑いそうになるが、堪える。

 

と言うか、さっきまで完全に普段の声で喋っていたじゃないか。

 

手遅れだよ。

誤魔化せると思っているのか。

 

……まぁ、別に困らせたい訳じゃないし、誤魔化されたフリをしよう。

 

 

「わかった、気をつける」

 

「そうしてくれたまえ。ぼ、オレが警察に連絡しておいたから……後で警察が来てコイツら逮捕するだろう。君はもう帰っていい」

 

 

何だかもう声のトーンも口調もメチャクチャなスパイダーマンを見て、笑いを抑えられなくなりそうだ。

 

いや、本当に演技というか本心を隠すのが下手くそだ。

マスク越しなのに慌てているのが手に取るように分かってしまう。

 

……まぁ、そう言う所も好きなのだが。

誠実で愚直な感じが良い。

 

 

とにかく。

 

 

「ありがとう、スパイダーマン」

 

 

礼をする。

 

例え、助けて貰わなくても問題なかったとしても。

そうやって誰かを助けようとする心が嬉しい。

 

……初めて、誰かに助けて貰ったかも知れないな。

この世界に生まれてから、誰かを殺し、一人で何もかもやって来たから。

 

思わず、ちょっと感動してしまった。

 

 

「……これ」

 

 

私はビニール袋から、杏仁豆腐を一つ取り出した。

 

それを見てスパイダーマンは首を傾げる。

 

 

「……お礼、助けてくれたから」

 

 

スパイダーマンは納得した様な素振りを見せつつ、手を伸ばしてくる。

 

 

「本当にありがとう、スパイダーマン」

 

 

そしてまた、私は礼を言った。

 

そうだ。

 

私はこの世界に、ヒーローのいる世界に生まれて……でも今まで地獄のような場所で生きてきて…………何度も、何度も、何度も、何度も、辛くて死のうと思う時があった。

 

それでも生きて来れたのは。

 

 

「あぁ、どういたしまして」

 

 

スパイダーマンがカップを受け取った。

 

 

……今まで、生きて来れたのは。

 

スパイダーマンが、憧れが、希望が、この世界に居るって知っていたからだ。

 

 

「あ、家まで送って行こうか?」

 

 

と、エスコートを提案される

 

 

「いい。家まで近いから」

 

 

それはスパイダーマン……ピーターも知っている。

それでも聞いたのは、スパイダーマンが知る筈のない情報だから疑われないために…………いや、違うな。

きっと、本心から心配しての提案なんだろう。

 

徒歩、10分もかからないほどの距離なのに。

 

 

「そ、そうか。気を付けて帰るんだぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

手を振って離れて……後ろを振り返れば、手に持ったカップを見つめるスパイダーマンの姿があった。

 

……スマホのカメラで撮りたいけれど。

勝手に撮ったら悪いし。

 

うん。

 

また今度、ピーターではなくスパイダーマンとして会う機会があったら、ツーショットでもお願いしようかな。



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フレンドリー・ネイバーフッド part2

「ふう」

 

 

僕は疲れから、息を吐き出して椅子に座った。

目の前にあるのは空のカップ。

 

お礼として貰ったものだ。

 

記憶を遡る。

 

僕は今日、スパイダーマンとして、いつも通り夜のパトロールをしていた。

 

で、女の子が暴漢に襲われそうになっているのを見つけて……そう、いつも通り人助けをした。

 

ただ、いつも通りじゃない所が一つ。

 

助けた女の子が僕のクラスメイトで、隣室の女の子……ミシェル・ジェーンだったって事だ。

 

ミシェルは……何というか、凄い美人で可愛くて……ちょっと表情の変化に乏しくてクールっぽく見えて……でもちょっと茶目っ気のある女の子だ。

 

頭も良いみたいで……そう、僕は気が気がじゃなかった。

正体に勘付かれるかもって、ドキドキしながら会話していた。

 

そして、別れ際に礼として、多分彼女の今日のデザートであるカップに入った杏仁豆腐を貰った。

 

 

『ありがとう』

『……お礼、助けてくれたから』

 

 

うっ。

 

僕は手で口を覆った。

 

 

美人は絵になるって言うけど、美人が可愛い仕草をすれば……絵なんかよりも、よっぽど様になるんだなって思った。

 

とにかく、ちょっと驚いたって話。

 

 

僕は空になった杏仁豆腐が入っていたカップを机に置いて……。

 

 

チャイムが鳴った。

 

 

誰だろう?

こんな時間に……。

 

ちらり、と壁にかけられた時計を見れば、時針は夜の9時を指していた。

 

訝しみながら、ドアを開けると、そこには。

 

 

「ミシェル?」

 

「……遅くにごめん、ピーター」

 

 

え、何で?

 

今日のこと?

 

もしかして、僕がスパイダーマンだってバレた?

 

いや、そもそも……。

 

 

「と、とにかく中に入りなよ、立ち話もなんだし」

 

「ありがと」

 

 

そうやって、ミシェルが部屋の中へ……あっ。

 

僕の視線の先、机の上には空のカップ……そう、ミシェルがスパイダーマンに渡した筈のカップがあった。

 

……幸い、まだ気付いていないようだけど。

 

僕は素早く、だけど違和感がない様に彼女の前へ回り込む。

 

 

「そ、それで?どんな要件?」

 

「今日の話なんだけど……」

 

「きょ、今日?」

 

 

必死に背後へ、空のカップへと手を伸ばすが届かない。

 

ミシェルごしに壁の窓ガラスから、反射した景色を見る。

全然、届いてない!

 

 

「そう、今日。今日、怖い出来事があって……」

 

 

そう言ってミシェルが今日の、というか先程のジャージ男達に襲われそうになった話、スパイダーマンに助けて貰った話をしている。

 

話に相槌をうちながら、僕は必死に何とかカップを退けようとしている。

 

 

「それで……」

 

 

ミシェルの目が伏せて、視界が下に向いた瞬間。

 

僕は腕に装着していたウェブシューターを、最低パワーで出力しカップを巻き取る。

そのまま、机の横にあるゴミ箱へと投げ入れた。

 

かこん、と音がした。

 

 

「……え?今何か、音が」

 

 

ミシェルに聞こえてしまったようで、不審がる。

 

 

「た、多分、風で何かが落ちた音じゃない?」

 

「でも、ここ屋内……」

 

「はははは、このアパート、ボロボロだからなぁ。隙間風だと思うよ?」

 

 

不安を悟られぬように笑う。

 

そんな挙動不審な僕を見て、ミシェルは首を傾げた。

 

 

「はは、で、何の話だっけ」

 

 

さっきまで慌てていて、話は聞いていたけど詳しく理解しようとはしていなかった。

 

だから、話の流れが分からなくて、こんな質問をしてしまった。

 

ミシェルの眉が少し、顰めた様な気がした。

 

 

「……ピーター、話、聞いてなかった?」

 

「いや、いやいや、聞いていたよ。スパイダーマンに助けて貰ったんだって?運が良かったね」

 

「……まぁ、良いけど」

 

 

ちょっと不機嫌そうな顔をしているけど、やっぱり彼女は表情の変化に乏しい。

気をつけて見なければ、怒ってるって事も気づかないだろう。

 

 

「……ピーターにお願いがあって」

 

「う、うん?僕に出来る事なら何でも言ってよ」

 

ミシェルは少し悩む様な仕草を見せて、口を開いた。

 

 

「ピーター、付き合ってほしい」

 

 

え?

付き合う?

 

ミシェルが誰と?

僕と?

 

 

「え?」

 

「……夜中、食事に出かけられないのは困る。私、晩御飯食べたいし……ここ、キッチンないし、買いに行かないとダメだから……でも、一人で出かけたら危ないって怒られたから」

 

 

あ。

 

 

「だから、夜中、出かける時に付き合ってほしい」

 

「あ、うん」

 

 

うん、何だか、そんな気はしていたよ。

そりゃ、そうだよ。

僕達出会ってまだ一週間ぐらいだよ。

お互いのこと、全然知らないし。

 

いや、でも、嬉しい……かも知れないけど。

 

しかし、こんな不埒なことを考えてるなんて知られたら、幻滅されてしまうかも知れないな。

 

 

「いいの?ありがとう」

 

 

というか今、肯定しちゃったじゃないか。

 

いや、でも、嫌じゃないけど。

 

でも。

 

 

「僕で良いの?あんまり頼りないと思うけど」

 

 

そうやって自虐すると、ミシェルはキョトンとした顔になった。

……まるで、何を言ってるのか分からない、みたいな顔だ。

 

 

「ピーター、今日、学校でフラッシュに絡まれてる時、助けてくれた」

 

「……あ、いやぁ……実際は助けられなかったけど」

 

 

眉を下げて、口角がほんの少し上がって。

ミシェルが微かに笑った。

 

 

「でも、私にとってピーターはヒーロー。助けてくれたから。頼りにならないなんて、絶対ない」

 

 

彼女は……僕を、スパイダーマンじゃないピーター・パーカーとしての僕を、頼ってくれている。

 

……そんな事、今までなかった。

 

 

「それとも、ピーターは私とあんまり一緒に居たくない?」

 

「そ、そんな事ないけど」

 

「けど?」

 

「……そんな事ないよ」

 

「良かった」

 

 

ミシェルが立ち上がって、ドアに手をかけた。

 

 

「じゃあ、また明日。学校で」

 

「あ、うん。また、明日……」

 

 

バタン、とドアが閉じると共に。

 

僕はベッドに倒れ込んだ。

 

もう、何が何やら……頭が回らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし」

 

 

私は自室でガッツポーズしていた。

これでいつでもピーターと用事を作り放題だ。

 

私は前世の頃からスパイダーマンが好きだ。

 

何度も失敗して、壁にぶつかり打ちのめされて。

それでも立ち上がって戦って、勝つ。

 

そんな彼が大好きなのだ。

 

だから、私にとってスパイダーマンは憧れで……そう、コミックのキャラクターじゃなくて現実にいるのだとしたら、アイドルのようなもので。

 

知りたい、喋りたい、関わりたい、という欲が際限なく溢れていく。

 

ピーターとの関わりが深まれば……いつか、私が自分のために人を殺す様な『悪役(クズ)』だとバレてしまうかも知れない。

 

それでも。

 

例え、私がこの世界で『悪役(ヴィラン)』だとしても。

 

この気持ちを抑える事は出来なかった。

 

 

「自分勝手で、考えなし」

 

 

私はそう自己評価して、布団に身体を埋めた。

 

先程のピーターの慌てようを思い出す。

 

私があげたカップ、机に置きっぱなしだったな。

慌てて(ウェブ)まで使って隠してて……。

 

 

「ふふ」

 

 

彼は自己評価が低いけど、絶対そんな事ない。

だって、スーパーパワーが無くたって、その優しさと責任感は変わらないから。

 

 

……私は。

 

 

「違う、けど」

 

 

壁に置かれた本棚がチラリと目に映った。

 

部屋に生活感を出すために置いてある本棚だ。

別に、私の趣味ではない本も沢山ある。

 

そして、一つ、目に映った。

 

 

『イカロス』

 

 

ギリシャ神話の本だ。

 

この本自体は読んだ事なんて無い。

だけど、イカロスの逸話は知っている。

 

太陽に近づき過ぎた愚かな男が、蜜蝋の翼を溶かされて地に堕ちる話だ。

 

 

「……縁起でもない」

 

 

私がヒーローに近付き過ぎて、いつか落ちて死んでしまうのだとしたら。

 

 

まぁ、それはもう、本望かも知れないな。

どうせ死ぬなら……『悪役(ヴィラン)』らしく、ヒーローに倒されて死にたいから。

 

 

 

突如、組織から預けられた端末が鳴った。

 

私は手に取り……確認する。

 

やはり、そこに移るのは暗号化された文章だ。

 

 

襲撃、犯。

発覚。

 

 

私は目を細めて、文章を読んでいく。

 

 

ヘルズキッチン、襲撃、者は。

フランク・キャッスル。

 

 

そして私は、目を見開いた。

 

 

「フランク……」

 

 

コイツは……。

 

私は携帯端末をネットワークに繋ぎ、名前を調べる。

 

 

「やっぱり」

 

 

そこに出てくるのは昔の事件。

 

傷害、殺害。

 

複数の犯罪歴。

しかし、相手は一般人ではない。

 

マフィアやギャング、犯罪者達を殺してまわる殺人犯。

殺害方法は銃殺、撲殺、爆殺。

死体の損傷が激し過ぎて、身元の判明が遅れるほど。

 

数年前に逮捕されて、死刑を言い渡されていたが……。

脱獄している。

 

つまり、今は私たちと同じ檻の外にいると言う事。

 

 

そして、一つ、写真があった。

 

夜の様に黒いジャケットに、目が痛いほど白い髑髏のマーク。

 

私は、知っている。

 

 

「……パニッシャー」

 

 

その、ダークヒーローの名前を。



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クライム・ファイターズ

僕は今、何も見えない暗闇の中で白杖だけを頼りに歩いている。

 

でも、実際はそうじゃない。

 

まず、外は明るい筈だ。

夕方ぐらいだろうか、まだ太陽が赤く光っているだろう。

何も見えないのは夜だからじゃない、僕の目が見えないからだ。

 

そして、白杖だけが頼りな訳でもない。

僕には優れた嗅覚、聴覚、触覚があって……まるで蝙蝠の様に音の反射から物の位置がはっきりと分かる。

 

 

 

……僕の名前はマット。

マシュー・マット・マードックだ。

 

ヘルズキッチンで、弁護士をやっている。

 

目元にはサングラスをかけているけど、僕が目を見えないとしても相手に違和感を与えない為に付けているものだ。

だから盲目でも、サングラスは無意味な物ではない。

 

 

僕は、ドアを開けて自身の弁護士事務所に入る。

 

ここは『ネルソン&マードック』。

 

親友であり、仕事仲間でもあるフォギー・ネルソンとの共同事務所だ。

 

僕の職場でもある。

 

 

まるで見えるかの様に滑らかに歩き、自身の席に腰を下ろす。

 

……ここでは他人の目を気にする必要はない。

本来なら僕自身の超感覚(レーダーセンス)さえあれば、白杖すら要らない。

こうやって、見えずとも、見える以上に分かるからだ。

 

 

…………誰か、居る。

 

 

隣の部屋に隠れている……いや、隠れていると言うより、無警戒に突っ立っている。

 

でも、フォギーの訳ないし、カレンの筈もない。

彼等は僕が事務所に来れば間違いなく挨拶をする。

それに、今日はそもそも休日だ。

 

ただ、少し気になることがあって僕が個人的に来たに過ぎない。

 

だから。

 

 

「誰だ?」

 

 

僕は声をかけた。

 

そして、白杖に手をかける。

 

この白杖は……盲目の僕を演出するための小道具……ではない。

 

武器にもなる。

 

僕の声かけから、その何者かが動くのに気付いた。

 

 

「よぉ」

 

 

声、男の声だ。

 

そして、それには聞き覚えがあって、そして居ないはずの人間だった。

 

 

「フランク?」

 

「パニッシャーと呼べ」

 

 

くつくつと笑いながら、男が僕の前に立った。

 

フランク・キャッスル。

通り名は『パニッシャー』

 

犯罪者を殺しまくって、逮捕された筈だが。

 

 

「何故ここに?」

 

「そりゃあ、お前にも情報を分け与えてやろうと思ってだ。感謝して欲しいぐらいだ」

 

「情報?弁護士に対して犯罪者が何の情報をくれるって言うんだ」

 

 

僕はこの男と面識があった。

 

何なら、何度か共に戦ったぐらいだ。

 

でもそれは、マットとしてではない。

 

僕は……。

 

 

「デアデビルに、情報のお届けだ」

 

「それは」

 

 

彼が僕の目の前に紙束を投げた。

 

 

「……あぁ、すまない。見えないんだったな、読んでやる」

 

 

嫌味か皮肉か、嫌がらせか。

 

それとも、ただ単純に『僕の目が見えない』という事すら忘れていたのか。

 

 

「『レッドキャップ』って名前知っているか?」

 

「知っているさ……何度も戦った事がある」

 

 

レッドキャップ。

僕の宿敵……フィスクの手下だ。

 

赤いマスクに、黒いスーツを着た兵士だ。

 

僕が見つけたフィスクの不正への手がかり……それを持った構成員を何度も始末されている。

 

幾度か戦って……その全てで、僕は負けている。

 

 

「そいつの家を爆破した」

 

「……は?」

 

 

思わず、素っ頓狂な声が出てしまったが、僕は悪くないだろう。

 

爆破した?

 

いや、そもそも知っていたのか、レッドキャップの家を……正体を?

 

 

「正確には拠点か……ヘルズキッチンの拠点だ」

 

「まさか、少し前にあった爆発騒ぎはお前の所為なのか?」

 

「そうだが」

 

 

悪びれる様子もなく、彼は肯定した。

 

馬鹿なんじゃないか?

そう、言葉が喉まで出かかった。

 

 

「じゃあ、奴の正体は……」

 

「いや、それは断片的にしか分からなかった。奴の留守の間に忍び込んだが……奴自身の姿、スーツの下は見えなかった」

 

「……何故、正体を知る前に爆破したんだ?」

 

「殺せば誰だろうが一緒だ。死体の正体など、気にする必要はない」

 

 

僕は眉を顰めた。

 

 

「だが……」

 

「そう、殺せなかった。これは俺の落ち度だ。怠慢と言っても良い。だが、至近距離からのC-4ですら死なない超人なんて、俺は知らなかった」

 

 

僕は頷いた。

 

たしかに、レッドキャップは明らかに人間離れした身体能力を持つ超人だった。

壁を蹴り宙を飛んだり、数百キロもあるゴミ箱を投げたり、僕も経験がある。

 

軍用のプラスチック爆弾の爆発ですら死なないのなら、僕は黙るしかなかった。

 

 

「それで?正体についての手がかりか?」

 

「あぁ、そうだ。こういうのはお前の方が得意だろ。俺は敵をブチ殺したり、追い詰める事は得意だが探すのは苦手だ。レッドキャップの拠点の情報も、フィスクの組織構成員を拷問して吐かせたモンだからな」

 

 

フランクが手に写真を持った。

 

 

「……奴の部屋にはな、女物の服があった。女装癖とかじゃないなら、まぁ奴は女と言う事だ。そして身長は……」

 

「160cm前後……」

 

「戦ってりゃ分かる話だな、つまり」

 

 

僕は気付いた。

 

 

「……子供?女の?」

 

「そう、女のガキだ。部屋には歳食ったババアが着ない様な、今ドキの女の下着があった」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 

僕は机を叩いた。

 

レッドキャップは何度も、そう、何度も戦った。

そして、その度に何人もの証人が殺されているんだぞ?

 

そんな……そんなレッドキャップの正体が女の子供だって?

 

 

「馬鹿げてる」

 

「だが、事実だ」

 

 

フランクが何やら分厚いノートの様な物を手に取った。

 

 

「それは?」

 

「……ファンブックだ」

 

「ファンブック?」

 

「お手製の、な。恐らく、レッドキャップが作ったものだ」

 

 

パラパラとページを捲る音が聞こえる。

 

 

「こいつは、とある男が関わった事件や、雑誌に載っている情報をかき集めたスクラップブックだ。レッドキャップはどうやら、その『とある男』が気になるらしい」

 

「……その、男の名前は?」

 

 

パタン、とフランクがノートを閉じた。

 

 

「……スパイダーマン」

 

 

僕は唾を飲み込んだ。

 

スパイダーマンについては知っている。

僕と同じ様に非合法に街を守っているヒーローだ。

だが、僕よりも規模は大きく……宇宙人と戦ったり、謎のロボ軍団と戦ったりと、もっとスーパーヒーローのような存在だ。

 

 

「何故、レッドキャップの家からスパイダーマンの情報をまとめた本が……いや、まさか?」

 

「そうだ」

 

 

僕が脳裏に浮かんだ解答を、答える間もなくフランは肯定した。

 

 

「きっと奴は……スパイダーマンを殺そうとしている。その為に情報を集めている」

 

 

フランクの言葉に、僕は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん」

 

 

埃の多い部屋にいるからか、私はくしゃみをしてしまった。

 

ヘルズキッチンの拠点を爆破した犯人が判明してから二週間ほど経った。

 

毎日学校に行って、週に何回かピーターとご飯を食べて、グウェンとカフェに行って……ケーキを二つ食べたらドン引きされて。

 

とても充実した生活を送っていた……が。

 

 

私の目の前には赤いフルフェイスのマスク。

黒いパワードスーツ。

 

そう、ティンカラーの言っていたスーツのフィッティングが終わり、ついに私のスーツが帰ってきたのだ。

より強く、新しくなって。

 

 

ここはニューヨーク、クイーンズの地下。

自宅とは別にある仕事用の拠点だ。

 

私は着ている服をハンガーにかけて、黒いスーツを身に纏う。

赤いマスクを被り、機能をいくつかテストする。

 

スーツのアーマーが順に展開し、光を放つ。

マスクにナビゲーション音声が流れて、起動する。

 

 

『ふむ』

 

 

声が前のスーツと同様に変換されている事を確認する。

無機質で、女か男かも分からない様な音声だ。

 

手を何度か握り、噛み合わせを確認する。

スーツは驚くほど軽く、動きに支障をきたさない。

 

まるでラジオ体操の1シーンのように身体の動きを確認し、拠点から出る。

 

……任務の開始は1時間後だ。

 

……だがまぁ、慣らし運転のようなもので、相手はただのギャング集団だ。

 

フィスクの組織に従わない集団、それを見せしめとして皆殺しにする。

 

いつも通りだ。

 

久々の仕事だからか、憂鬱だけど。

 

ピーター、グウェン、ネッドの顔が頭に浮かぶ。

 

何やってるんだろうな、私は。

 

左胸に手を置く。

組織に埋め込まれた爆弾……胸の上からでは存在すら確認できない。

 

私は地下に伸びる通路を歩き出した。

薄らと光る灯を頼りに、ただ、歩いていた。



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ファースト・エンカウント part1

私は、男の脳天にナイフを突き立てた。

特殊合金でできたナイフが男の頭蓋骨を粉砕し、脳をぶちまけた。

 

飛びかかってきた別の男の首を掴み、力任せに振り回す。

壁に投げ飛ばされた男の首は、あらぬ方向に曲がっていて、ドス黒く変色していた。

骨が折れて内側から血管が破れ、血が中に溜まっているからだ。

 

驚いた顔で戸惑う男の腹を引き裂き。

 

逃げようとする女の顔にナイフを突き立て。

 

命乞いをする老人を射殺する。

 

彼らは麻薬の流通や、拉致、人身売買を行うクズどもだ。

死んでも誰も悲しまない。

 

それは、私も同じだが。

私も自身の為に人の命を踏み躙るクズだ。

 

ただ、彼らと私に違いがあるとしたら。

私は超人で、彼らはただの人間だと言う事ぐらい。

 

 

彼らは外国籍のマフィアだ。

タクシー会社を隠れ蓑に、犯罪に手を染める組織だ。

 

彼らは愚かにも、フィスクの愛人であるヴァネッサを傷付けた。

 

それは虎の尾を踏みつけるような愚行だ。

手の込んだ自殺と言ってもいい。

 

この作戦は損得ではなく、激しい怒りによって決行された。

だからこそ、失敗は許されない。

 

他の地域でも私のような特殊な人間、超人のような奴らが作戦を遂行している。

 

逃げられる事がないよう、悟られる事のないように、同時に、そして素早く。

 

そして、クイーンズの担当は私だ。

少し古びたビンテージショップに偽装された拠点、そこに集まったマフィアどもを皆殺しにするのだ。

 

 

 

 

目前を弾丸が横切る。

私はその弾丸を放った先に向かって、ナイフを投げる。

眉間にナイフが突き刺さる。

 

男が血の泡を吹いて倒れた。

 

 

『これで最後か』

 

 

私は今、目前にいる股間を蹴られて悶絶している男の首を掴んだ。

 

そのまま力を込めて……。

 

 

「そこまでだよ」

 

 

突如、飛来してきた『何か』から、男を持ち上げて盾にする。

 

男の背中には白い……糸?

 

 

『…………スパイダーマン、か』

 

 

震える声で、私は彼の名前を呼んだ。

だが、スーツによって調整され……無機質で感情を伴わない声となった。

 

……まぁ、こう言う時、隠せるのが良いところでもある。

 

なんて、現実逃避をしながら視線を向けると。

 

 

……私を以前、助けてくれた時と全く同じ、赤と青のスーツを着た私の憧れ(スパイダーマン)が立っていた。

 

……ピーター。

 

 

「ん?君とは初対面の筈だけどね、僕のファンかな?ファンなら、その人、放してあげて欲しいんだけどね」

 

 

あぁ、彼は冗談で言ってるかも知れないが、確かに私は君のファンだよ。

ずっと昔から、この世界に産まれる前からファンだった。

 

だけど。

 

 

力を込める。

 

 

ゴキリ。

 

 

私は、男の首をへし折った。

 

心なしか、スパイダーマンの表情が険しくなった気がした。

マスク越しで見える事なんてないのに。

 

……ピーターも彼等が堅気の人間ではない事ぐらい、知っているだろう。

それでも、彼の責任感と優しさで……誰かが、誰かを殺す事を許せないのだろう。

 

 

「……どうして殺したんだ?」

 

 

だから、こうして怒っている。

 

 

『仕事だからだ』

 

「仕事……?」

 

『好き好んで殺している訳ではない』

 

 

つらつらと言い訳を並べながら、私はすり足で窓際へと移動する。

 

 

『お前とは戦うつもりはない。私の任務も終了した。退いてくれないか?』

 

「……君に戦う理由はなくても、僕にはある」

 

 

スパイダーマンがそう言った。

 

あぁ、そうだよね。

スパイダーマン。

貴方はそんなヒーローだ。

 

 

パシュン、と(ウェブ)が発射される。

(ウェブ)のサイズは弾丸よりも大きいが、弾速は弾丸よりも遅い。

つまり、弾丸すら避けられる反射神経を持つ私からすれば、スローに見えて仕方がない。

 

半身を逸らして回避し、一歩踏み込む。

だが、スパイダーマンの腕から伸びる(ウェブ)が切れていない事に気がついた。

 

直後、背後から引っ張られた壁掛け時計が後頭部に命中した。

 

だが、私は身を怯ませる事すらせずそのまま前へ飛び出す。

 

身体を捻り、手刀を放つ。

今、私が着ているスーツは全身合金製のアーマードスーツだ。

ヴィブラニウムを含んだスーツは固く、鋭利だ。

それは防御だけではなく、攻撃でも有効となる。

 

 

「くっ」

 

 

スパイダーマンが身を捩り回避する。

空振った勢いのまま回し蹴りを放つが、それも避けられる。

 

 

地面を滑るように移動し、死体に突き刺していたナイフを回収する。

 

牽制にローキックを放つが、回避される。

だがそれは想定済みだ。

私は突き出した足で地面を踏み締め、手に持ったナイフを突き出す。

 

だが、それも。

スパイダーマンは仰け反ってナイフを回避した。

 

 

……なるほど、やはり彼はスーパーヒーローだ。

超人的な肉体能力と、反射神経を兼ね備えている。

だが、まだ経験が不足しているようだ。

ピーターはまだ高校三年生、恐らくスパイダーマンになってから二年やそこらだろう。

 

戦闘経験も少なく、恐らく私のような戦闘のプロフェッショナルと戦った経験は数える程しかないだろう。

 

今は持ち前の反射神経と、予知能力(スパイダーセンス)を活かし、その肉体能力で避けているに過ぎない。

 

比べて私は、身体能力ではスパイダーマンに劣るが、組織仕込みの格闘術がある。

これはスポーツ格闘技のような相手を無力化したり、優しく寝かせるような格闘術ではない。

人を殺す事に特化した近接格闘術(シー・キュー・シー)だ。

 

私はナイフを持つ右手を引っ込め、その反動で腰を捻り左手を突き出す。

 

 

ナイフに集中していたスパイダーマンの顔面に拳が命中し、そのまま仰け反った。

 

……まるで、木を殴ったかのような殴り心地だった。

恐らく、ダメージになっていないだろう。

 

 

「……やるね」

 

 

あ、今、スパイダーマンに褒められた。

 

少し気分が高揚したが、直ぐに落ち着く。

いやいや、人殺しの技術を誉められても……喜べない。

いや、喜んではならない。

 

 

私は掌をスパイダーマンに向ける。

頭に装着している思考コントローラを使って、スーツの機能を起動する。

 

 

瞬間、空気が震える音がした。

 

衝撃波(ソニックブラスト)だ。

 

 

ヴィブラニウムには衝撃を吸収する性質がある。

先程、スパイダーマンを殴りつけた時もそうだが、マフィアと殺しあってる時に受けた衝撃もその全てが吸収されている。

 

それを解放し、指向性を持って放出したのだ。

 

空間が歪み、辺りの窓ガラスが独りでに破砕した。

 

咄嗟に避けられなかったスパイダーマンが吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。

 

 

「くっ」

 

 

……やっぱり、大したダメージにはなっていない。

 

また即座にスパイダーマンが立ち上がり、こちらを睨みながら構える。

 

スパイダーマンは私に攻撃を当てられず、かと言って私もスパイダーマンに有効打を当てられない。

 

そのまま数度、スパイダーマンの腹や首、顔面に打撃を入れたが……どうにもしっくりこない。

 

気付いたが、肉体的な強度もあるが全身のバネを柔軟に使って、攻撃のダメージを軽減しているようだ。

 

……だが、この戦い。

私が有利だ。

 

まず、一つ。

この状況では、単純に私の方が強い。

 

俊敏性は互角。

戦闘技能は私が上。

単純な腕力は相手が上。

 

だが、スーツの差がある。

スパイダーマンの着ているスーツは恐らく手作りの何の機能も持たない全身タイツ(クラシックスーツ)だ。

対して私は、ハイテクかつ高品質なアーマードスーツだ。

 

私の打撃はスパイダーマンに通るが、スパイダーマンの攻撃はスーツに複合されているヴィブラニウムによって吸収される。

 

スーツを脱いで戦えば、私が負けるだろうが……そんなモノは仮定の話でしかない。

 

 

次に、私とスパイダーマンでは勝利条件が違うからだ。

 

私は、隙を見つけてこの場から逃げられれば良い。

対してスパイダーマンは、私を戦闘不能にして拘束する必要がある。

しかも、殺しは御法度だ。

手加減もしなければならない。

 

この差は大きい。

 

 

 

私はナイフを中心に構えて、突きを繰り出す。

全身の体重を乗せたそれは、いくらスパイダーマンと言えども当たればタダでは済まない。

 

スパイダーマンは大袈裟に避けて、距離を取る。

 

距離を取れば、私は後ろに後退る。

そして、私が逃げようとしている事に気付き、攻めてくる。

 

そこを避けて、私はまた反撃をする。

 

その繰り返しだ。

 

やがて、何十回と打撃を加えた所、スパイダーマンの動きが鈍くなってくる。

 

流石に一発ではダメージになり得なくとも、何度も同じ場所に打撃を食らえば蓄積していくか。

 

そうして、同じ事を何度も何度も繰り返す。

 

スパイダーマンのキックを避けて、脇腹に拳を叩き込む。

 

突き出された腕を掴んで、膝を叩きつける。

 

 

カウンターの要領で、着実にダメージを与えていく。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

やがて息切れをして、足元も覚束なくなっている。

 

 

『どうした、スパイダーマン。もう限界か?』

 

 

限界と言ってくれ。

私も憧れのヒーローを殴りたい訳じゃない。

 

 

「まだ、やれる」

 

 

分かりやすくファイティングポーズをとって、最初よりもキレのない動きで私を攻撃する。

 

また、私はそれ避けてナイフを振るい……。

 

 

「ぐっ」

 

 

腹を、切った。

 

 

 

いや、筋肉に阻まれて、それほど深い傷にはならなかった。

 

それでも、スパイダーマンは驚いていた。

自身が注意を払っていたのに、ナイフに切られてしまった事を。

ナイフの鋭さが想像以上であり、流血している事に。

 

そして。

 

 

『!?』

 

 

私も驚いていた。

 

 

切ってしまった。

スパイダーマンを切ってしまった。

 

そもそも、ナイフはブラフとしてチラつかせて、殴打して弱らせる作戦だった。

切るつもりなんて、なかったんだ。

私はスパイダーマンを傷付けたい訳ではなかった。

 

血が、流れる。

 

傷を受けて怯むスパイダーマン。

憧れのヒーローを傷付けてショックを受ける私。

短い間だが、お互いの動きが止まった。

 

 

だが、先に正気に戻ったのは私だった。

 

私は即座に身を翻し、窓ガラスを叩き割った。

 

 

「待てっ」

 

 

スパイダーマンが声を出して、私を追おうとしたが。

 

 

「痛っ」

 

 

傷を押さえて、膝を突いた。

 

 

……心配で直ぐにでも駆けつけたいけど。

今の私は『レッドキャップ』だ。

彼のクラスメイトである『ミシェル・ジェーン』ではない。

 

私は窓から飛び降りた。

 

ここは2階程度、受け身も必要なく地面に着地し、全力で走る。

 

後ろから制止する声が聞こえたが、振り返る事すらしない。

 

 

ナイフで引き裂いた感触が、私の腕に残っている。

手に持っているナイフには、真っ赤な血が付いている。

 

それを振り払って、太腿のアーマーに収納した。

 

 

誰にも尾行されていない事を確認して、地下に潜る。

 

 

 

『はぁ……はぁ……』

 

 

私は息を切らしながら、拠点の中に滑り込んだ。

 

これは肉体的な疲労から漏れる息ではない。

精神的ショックで、呼吸が荒くなっている。

 

 

切った。

切ってしまった。

 

 

安全地帯に逃げ込んだ安心感からか、思考が回り始める。

『レッドキャップ』から『ミシェル・ジェーン』へと切り替わって行く。

 

 

切るのと、殴るのとは訳が違う。

血が出ていた。

真っ赤な、ピーターの血が。

 

 

『うっ、くっ』

 

 

吐き気に耐えながら、壁にもたれ掛かった。

手に残った肉を裂く感触を失くそうと、拳をコンクリートの壁に叩きつける。

 

ミシリ、と拳が壁にめり込んだ。

 

そもそも、私は何度も何度も人を殺してきた。

人を傷つけるのは初めてではない。

何なら肉を裂くよりも、もっとグロテスクで生々しい事をしてきた。

 

それは、私自身も分かっている。

 

なのに、震えが止まらない。

 

 

『お、げ』

 

 

堪らず、マスクを脱ぎ捨てる。

地面にカラカラと赤いマスクが転がる。

 

 

「うげぇ……おえっ……」

 

 

吐瀉物が地面に零れ落ちた。

 

 

「かっ、かひゅっ、はぁっ、はぁ」

 

 

息も絶え絶えで、拠点内の洗面所にフラフラと向かう。

 

水で口を濯ぎ吐き出す。

口の中に広がる酸味が、私の不快感を増幅させる。

 

 

「……あぁ」

 

 

謝っても、許されないだろう。

 

いや、そもそも、謝る事すら出来ない。

 

このレッドキャップの正体が露見すれば私は終わりだ。

警察に捕まる前に、左胸に埋められた安全装置が起動して爆殺されるだろう。

 

私は、死にたくない。

 

 

「う……うぅ……」

 

 

吐き気がなくなれば、次に来たのは涙だ。

 

憧れのヒーローを傷付けてしまった罪悪感。

友人を傷付けてしまった後悔。

そして自分自身への嫌悪、怒り。

 

全てがグチャグチャになって、涙として止めどなく溢れ出した。

 

 

頭に浮かぶのはピーターの顔。

私に笑顔で接してくれた、ピーターの。

 

 

そうだ。

そうだった。

 

 

私は、悪役(ヴィラン)なんだ。

人並みに幸せを求めて、仲良くしようとしちゃいけなかったんだ。

 

私は誰かを殺さないと生きていけない。

そして、私は死にたくない。

 

だから、私は私のために、他人を殺してきた。

 

そんな私が誰かを助けるヒーローと仲良くなろうだなんて。

 

 

ありえない。

 

 

絶え間ない自己嫌悪と後悔の中で……私は、無気力に項垂れていた。



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ファースト・エンカウント part2

朝だ。

 

太陽光が窓から差し込み、私の顔を照らす。

 

洗面所へ向かって、顔を水で洗う。

 

鏡を見れば、いつも通りの私。

幾分か、昨日よりは精神的に安定している。

 

昨日、あれだけ泣いたのに涙の跡は残っていなかった。

 

 

ショートパンツを履いて、シャツを着て、ニーソックスを履いて。

 

いつも通りの時間に玄関のドアを開けて……。

 

 

隣の、部屋を見た。

 

……ピーターはまだ、寝ているのだろうか。

もう起きていて、準備をしているのか。

先に行ったのか。

そもそも、昨日の傷は大丈夫なのか。

今日は学校に来ないかも知れない。

 

 

ぐるぐると頭の中で思考が回って、気づいたらドアの前に立っていた。

 

でも、チャイムは鳴らせない。

 

だって私は……隣の部屋の同級生の女の子『ミシェル・ジェーン』は、昨日の夜のことを知る筈がないのだから。

 

私は踵を返して、通学路へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ミシェル、おはよぅ……って元気ないね」

 

 

グウェンがそう言って、私の顔を手で揉んだ。

 

 

「……そう?」

 

「うん、やつれてるね」

 

 

ぐにぐに、と年相応な柔らかな肌を弄られる。

 

……やつれてる?

私自身でも鏡に向かっても気付かないのに?

 

 

「昨日、読んでた本が面白くて、夜更かししちゃったから」

 

 

適当な嘘を吐いて、誤魔化す。

 

 

「そうなんだ?まぁ、あんまり夜更かしはしない方がいいよ。美容の天敵だからね」

 

 

グウェンが努めて、笑顔でそう言った。

 

……なんだが、グウェンは納得していないようだ。

勘の鋭い女の子だ。

 

がらがらと、ドアの開く音がしてグウェンが振り返った。

 

 

「あっ、ピーター?」

 

 

グウェンの言葉に、私は息が止まりそうになった。

 

ぎこちない仕草で、グウェンの視線の先を見る。

 

そこには、顔をガーゼ等で応急処置しているピーターの姿があった。

その姿は、誰から見ても痛々しかった。

 

 

「ちょっと、ピーター?どうしたの、それ」

 

「ん?あぁ、グウェン、おはよう」

 

「おはようじゃなくてさ……」

 

「これ?」

 

 

ピーターが自分の顔を指差した。

少し、青痣が見えた。

 

 

「いやぁ、昨日、事故に巻き込まれちゃって……」

 

 

嘘だ。

それは私が付けた傷だ。

 

 

「え?大丈夫なの?」

 

「まぁ、大丈夫だよ。ちょっとぶつけただけだから」

 

 

嘘だ。

腹に大きな切り傷もある。

 

 

私は黙ってられなくなって、声をかけようと……。

 

 

「オイオイオイ」

 

 

そう声を出して、フラッシュが私とピーターの間に入り込んだ。

 

 

「なんだよ、フラッシュ」

 

「どうしたんだ?ピーター?いや、ミイラ男か?そんな仮装しちまってさぁ……今日はハロウィンじゃねぇぞ?」

 

 

フラッシュがニヤニヤと笑いながら、ピーターを煽る。

 

ピーターが私とグウェンを、ちらと見た。

私は目を逸らした。

 

 

「別に、君には関係ない事だから」

 

 

ピーターにしては珍しく、少し怒気を込めて声を出した。

 

 

「はぁ?何カッコつけちゃってるわけ?女の子の前だから?」

 

 

また、そう言ってフラッシュが煽る。

フラッシュが振り返り、私と目があった。

 

 

「ミシェルちゃんもさ、こんなナルシストのコスプレ男となんかよりも俺と話そうぜ?」

 

 

 

 

「……嫌い」

 

 

思わず、声が漏れた。

 

 

「え?」

 

 

フラッシュが顔をこちらに向けた。

 

 

「友達を馬鹿にするような人とは話したくない。行こう、ピーター。グウェンも」

 

 

私はグウェンとピーターの手を握って教室から逃げた。

 

フラッシュは、その場に立ち尽くしたまま、私を呆然と眺めていた。

 

 

廊下に出て、私はグウェンの手を離した。

 

そして。

 

 

「ピーターと保健室行ってくる。グウェンは先に行ってて」

 

「あ、うん。行ってらっしゃい?」

 

 

グウェンがよく分かっていなさそうな顔で頷いた。

 

 

 

そのまま、ピーターの手を引いて、保健室へ向かう。

 

 

「ちょっ、ちょっと待って、ミシェル?」

 

 

何やらピーターが騒いでいるが、私は振り返られなかった。

 

だって、ピーターがバカにされた原因は、私が付けた傷なんだから。

私が行った悪事を突きつけられる気がして、ピーターと顔を合わせたくなかった。

 

保健室に到着し、ピーターをベッドに座らせる。

 

幸か不幸か、教師は居なかった。

 

私は勝手に棚を漁り、アルコールの消毒液と、ガーゼ、テープなんかを取り出す。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

「……何?ピーター」

 

「何って、何をしてるの?」

 

 

そう言われて、私は首を傾げた。

 

 

「……ピーター、その手当て、自分で処置した?」

 

「え、うん。そうだけど……」

 

「下手だから、私がやりなおす」

 

 

私はハサミでガーゼを切って、傷口にあったサイズに変えた。

 

 

「え、いや、ミシェル?」

 

「大丈夫。私、こういうの得意だから」

 

 

組織で習った。

殺し屋なのに、応急処置の練習をした。

 

私は治癒因子(ヒーリングファクター)を持っている為、人の倍以上に傷の治る速度は早い。

重傷を負っても自力で応急処置さえできれば、程度はあれど一週間もあれば完治する。

まさに、医者要らずだ。

 

レッドキャップとして活動し始めた頃は、未熟で生傷も絶えなかった。

切り傷に始まり打撲や、銃創、あらゆる傷を自力で治療してきた。

 

自慢にもならないが、ノウハウはある。

 

……まぁ、並の医者ぐらいには出来る自信がある。

 

 

「いや、そ、そうじゃなくてさ」

 

「ピーター、とりあえず、服を」

 

「落ち着いて、ミシェル!」

 

 

肩を掴まれて、真正面に向けられた。

その、真っ直ぐな瞳が私を見ていて……内心が見透かされそうな気がして。

 

気まずくなって、私はまたピーターから目を逸らした。

 

 

「今日……何だか、変だよ。ミシェル」

 

「変じゃない。変なのは、傷だらけのピーター……だと、思う」

 

「そうかも知れないけどさ……ミシェル、何で僕を見てくれないの?」

 

 

うっ。

 

 

「そんな事ない。私は、ピーターを見てる」

 

「……今日、一度も目を合わせてくれてないよ。……傷だらけだから見たくないのも分かるんだけど」

 

「……違う」

 

 

そんな事ない。

私がただ、罪悪感に耐えられないだけだ。

 

だけど、私のせいでピーターが落ち込んでいるのだとしたら、それはもっと耐えられない。

 

 

「じゃあ、なんで」

 

「………………私が、悪い人間だから」

 

 

ボソリと、聞こえるか、聞こえないか分からない声量で呟いた。

 

どう考えたって失言だ。

今の私は『ミシェル・ジェーン』だ。

善良なミッドタウン高校に通う普通の女の子だ。

残虐な悪役(ヴィラン)の『レッドキャップ』ではない。

 

 

「ミシェルが悪い人間?」

 

「そう。ピーターが思ってるより、ずっと。だから本当は、ピーター達と仲良くする資格なんてない」

 

 

先程、フラッシュに「友達を」と言った。

まるで、ピーターとグウェンが友達であるかのような発言だ。

ミシェル・ジェーンとしては正しいのだろう。

 

だけど、昨日、あんなにも殴って、切って、傷付けた相手を「友達」と呼ぶなんて……恥知らずも良いところだ。

 

 

 

 

「ミシェルが何言ってるか分からないけど、僕はそう思わないよ」

 

「……本当だから」

 

「あぁ、そうじゃなくて……ミシェルがもし、本当に悪い人間だったとしても、僕は……僕達はミシェルの友達だよ」

 

 

私はまだ、目を逸らしていた。

 

 

「人と仲良くするのに資格なんて、必要ないと思うよ。それともミシェルは、僕やグウェン、ネッドとは仲良くしたくない?」

 

 

そう聞かれて、私は思わずピーターを見た。

目が合った。

 

 

「……そんな事ない」

 

「じゃあ、仲良くすれば良いと思うよ。僕もミシェルとは……えっと、仲良くしたいし」

 

 

ピーターがそう言って笑って、「いてて」なんて言いながら頬を触った。

 

あぁ、そっか、傷だらけだから笑うのも痛いのか。

 

 

 

でも、幾分か気が楽になった。

……きっと、レッドキャップとしての姿がバレたら嫌われると思うけど……ミシェルであるうちは彼らと向き合っていこうと思った。

 

 

「……ありがとう、ピーター」

 

「どういたしまして……って、ミシェル、ずっとハサミ持ってるけど」

 

 

あ、そうだ。

ガーゼを切ってる途中だった。

 

 

「処置し直すから。顔のガーゼ、取るね」

 

「え?あ」

 

 

ビリッ

 

 

「痛っ!?」

 

「傷口に直接貼るから痛い。まず消毒」

 

 

ひたひた。

 

 

「痛っ!?ちょ、まってミシェル!?」

 

「綿を肌にそえて、その後…………何?ピーター?」

 

「ちょっと待って欲しいんだけど!?痛いし、まだちょっと混乱してるから、さぁ」

 

「痛いのは手当が下手なピーターのせい。観念して欲しい」

 

「え?」

 

 

困惑するピーターをよそに、私はピーターの手当てを処置し直した。

 

 

「痛いって!!」

 

 

何度も痛そうに身を捩ったりしていたが、変な治療で治りが遅くなったりすると良くないという一心だった。

 

そして。

 

 

「…………」

 

 

私はピーターの腹部を服の上から見た。

普段より、少しだけ盛り上がっている。

多分包帯とかなんやらで、嵩張っているのだろう。

 

 

「ピーター、お腹も怪我してる。見せて」

 

「い、いや、ここは大丈夫だから」

 

「いいから」

 

「いや、僕がよくないんだって!」

 

 

無理矢理、シャツをまくると……。

 

 

「あっ」

 

 

赤く滲んだ包帯が目に映った。

傷口は包帯に隠れていて見えない。

 

だが、痛々しい。

普通の女の子が見たら卒倒するだろう。

 

私は手を伸ばして……。

 

 

「ピーター?ミシェル?何やってんの?」

 

 

声の先を見ると、グウェンがいた。

 

そして、グウェンの視線の先には。

 

ピーターをベッドに押し倒して、無理矢理服を脱がせようとしている私の姿があった。

 

 

「……グウェン?」

 

「え?どういう状況?」

 

「…………ミ、ミシェル、どいて……」

 

 

ピーターが瀕死の形相で、私に訴えかける。

 

傷の治療に専念していたので気付かなかったが、今、この状況は。

 

まるで私がピーターを押し倒してるかのような……。

 

 

「グウェン、誤解」

 

「え?いや、ミシェル?そもそも、何でこうなってるのか分からないんだけど?」

 

「…………ミ、ミシェル、とにかく退いて……」

 

 

ピーターの指が、私のふとももに触れた。

こそばゆい感触がして、思わず声が出てしまう。

 

 

「うっ」

 

 

……あ、今日、短パンだったな。

ニーソックス越しに、ピーターの指が太ももに触れていた。

 

私はピーターから急いで降りて、グウェンに向き直った。

 

 

グウェンは呆れた顔でピーターを見ていた。

 

 

「このスケベ」

 

「いや、不可抗力だよ!?」

 

「ピ、ピーターは悪くない。私が……」

 

「ミシェル、こんなケダモノ庇わなくていいって」

 

 

そう言ってグウェンが私の頭を抱きかかえた。

……ほんのり香水の香りがして、頭がくらくらする。

嫌な匂いと言う訳ではない。

ただ、魅力的で刺激的な香りが頭に充満し、まるでハンマーで殴られたが如くショックを与えられた。

 

 

「グ、グウェン……」

 

 

私は顔を埋めながら、グウェンの腕を軽く数回叩いた。

 

 

「ん?あっごめん、息できてなかった?」

 

 

私はグウェンから少し距離を取り、ピーターとグウェンから離れた。

 

私は、明らかに不機嫌だ!という顔をして二人を睨んだ。

私は表情に乏しいから、少しオーバーリアクションなぐらいが丁度いい。

 

 

……何故か、二人から微笑ましいものを見るような目で見られていた。

 

 

「ミシェルってさ、猫みたいだよね」

 

「……あー、僕もちょっとそれには同意かも」

 

 

なんて言っている。

解せない。

 

 

「というかグウェン、何でこっち来たんだ?」

 

 

ピーターが思い出したかのように聞いた。

それを聞いてグウェンは私をチラリと見て、その後、ピーターを睨んだ。

 

 

「ミシェルを置いていける訳ないでしょ?ピーターに変なことされてないか心配で来たのよ」

 

「グウェン、それは誤解……私はピーターの治療を……」

 

「男なんて一皮剥けば狼なのよ?ミシェルは少し気をつけた方が良いわ」

 

「ピーターは大丈夫だと思う」

 

「そ、そうだよ。僕はそんな事しないって」

 

 

そうピーターが同意すると、グウェンは呆れた目でピーターを見た。

 

 

「……ピーター、ちょっとこっち来て」

 

「え、あ、うん?」

 

 

私を置いて二人が席を立った。

 

……コソコソと会話してる二人に聞き耳を立てる。

 

 

「……男……して見られてない……情けな……」

 

 

グウェンが罵倒するような声が聞こえて、ピーターが項垂れていた。

 

よく聞こえないが……何の話をしているのだろう?

私は首を傾げた。



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ファースト・エンカウント part3

ピーターの手当てを直した後、私達は2限目の授業から受けた。

 

フラッシュは……私の方をチラチラと見て話しかけたそうにしていた。

 

だが、まるで猛犬のように威嚇するグウェンに阻まれ、結局話す事はなかった。

 

 

授業が終わって放課後。

 

ピーターがネッドと合流して、ネッドがピーターの傷に驚いて、グウェンが先に帰って。

 

 

「じゃあさ、今日の映画は中止する?」

 

 

そう、ネッドが言った。

 

 

「いや?別に傷があるだけで、映画を見るのに支障はないと思うけど」

 

 

ピーターが言った。

 

 

そんな二人を私は側で見ていた。

 

 

「……あの、ミシェル?」

 

「なに?」

 

「何で僕の後を追いかけてるの?グウェンに付いて行かなくて良かったの?」

 

 

ピーターがそう言うのも無理はない。

今日一日、ピーターの側にべっとりくっ付いてるからだ。

 

 

「……ダメだった?」

 

「いや、ダメじゃないけど……何か用事でもあるの?」

 

「ないけど」

 

 

昨日、ピーターをボロボロにしてしまった罪悪感から、私はピーターの助けになりたい……という、欲求に駆られているのだ。

 

だが、困った事にピーターは傷塗れのボロボロでも、何でもかんでも一人でやってしまうし……。

 

そうして、気付いたら放課後になっていたのだ。

 

 

「ネッド」

 

「ん?何?」

 

「私も、映画見たい」

 

 

このままピーターのストーカーとして生きていく……。

あまりにも緩い決意と共に、私は彼らの遊びに同行の意思を示した。

 

 

「え?でも、見る映画ってヒーロー映画だよ?」

 

「大丈夫、私もヒーロー映画、好きだから」

 

 

と言うか、ヒーロー自体が好きなんだけど。

スパイダーマンとか、アイアンマンとか、スパイダーマンとか、キャプテンアメリカとか、スパイダーマンとか、スパイダーマンとか、スパイダーマンとか。

 

……あぁ、いや、彼等はこの世界で実在するから創作のヒーロー映画が好きってよりも、有名人のおっかけみたいな扱いになるのか?私は。

 

私のヒーロー好き発言を聞いたネッドは大袈裟に驚いた。

 

 

「そうなの!?」

 

「そうだけど……何で驚いてるの?」

 

「いや、てっきり……何というか……こう、読書が趣味っぽいと言うか……ピーターもそう思うよな?」

 

「ネッド、それはミシェルに対する偏見……でも、実際に読書は好きなんだよね?ミシェル」

 

「好き。歴史書も、文学も、コミックも」

 

「「コミックとか読むの?」」

 

 

む。

何故か二人とも驚いている。

 

 

「じゃあ……スーパーマンとか?」

 

「バットマンが好き。お気に入りの作品はウォッチメン」

 

「えぇ……?」

 

 

あぁ、この世界にMARVELのコミックはないが、DCコミックは存在している。

 

私はMARVELが好きだけど……DCも好きだ。

一番好きなヒーローはスパイダーマンだけど。

 

 

「なら……問題ないんじゃね?」

 

「うん、付いていく」

 

 

無理矢理、予定を歪めている事に罪悪感を持ちながらも私は付いていく事にした。

 

ネッドは嬉しそうな顔をしていたし。

分かる。

オタクとして同じ趣味の人間を見つけると嬉しくなるよね。

 

ピーターは……何だか、不思議な表情をしていた。

嬉しそうな……恥ずかしそうな……なに?

 

 

「ピーター、どうかした?付いて行かない方がいい?」

 

「いや、全然そんな事ないよ。僕もミシェルが一緒に来るのは賛成かな」

 

 

じゃあ何で、そんな顔をするんだ?

私は首を傾げた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕の前には、ミシェルとネッドがいた。

 

映画が見終わった後、僕と彼らは現在、映画館前の喫茶店に来ていた。

 

僕はコーヒーを。

ネッドはアイスティーを。

ミシェルは……パフェを目の前に置いて。

プリンとメロンとクリームを、もりもりと頬張っていた。

 

……まるでリスみたいだ。

そういえばリスのスーパーパワーを持った女の子がいるって、スタークさんが言っていた気がする。

 

すっごい出っ歯で訛った言葉を話す凶暴な女の子らしい。

スタークさんのスーツも噛まれてお釈迦になったとか……。

いや、絶対ミシェルではないな。

 

 

「凄く面白かった」

 

「それは良かった……ネッドは?」

 

「俺も面白かったよ。特に主人公の病的な悪への怒りと、暗闇の描写。影と恐怖を象徴する黒いスーツの……」

 

 

ネッドが語り、それをミシェルはうんうんと頷く。

 

何だかんだ、僕ら三人……あと、この場にいないグウェンも含めて仲が良いらしい。

 

……でも。

 

 

『私が、悪い人間だから』

『ピーター達と仲良くする資格なんてない』

 

 

今朝のことを思い出す。

 

ミシェル・ジェーン。

彼女は一ヶ月前にクイーンズに引っ越してきた僕と同い年の女の子だ。

 

表情を作るのが少し下手で、突拍子もない事をする女の子だけど。

頭が良くて、気配りができて、優しくて。

困ってる人がいたら、さりげなく助けに行こうとする。

 

完璧じゃないけど、それがより可愛いような。

 

 

……優しくて可愛い、善い女の子だ。

 

 

だからこそ、彼女の言う『悪い人間』と言うのが分からない。

 

あの時、ミシェルは。

……悲しげで、とても辛そうな表情をしていた。

 

何かが彼女を苦しめていて、何かが彼女を『悪い人間』だと思わせている。

 

それを分からない歯痒さと、話してくれない悔しさ、それ以上に彼女を救えない僕の無力さへの怒りが僕の胸を満たした。

 

僕は……昨日、謎の悪党……黒いスーツに赤いマスクの男に負けてしまった。

 

スパイダーマンとして、助けられる筈だった人間を助けられなかった。

 

……僕の目の前で死んでしまった叔父さん、ベン叔父さんの言葉を思い出す。

 

 

『大いなる力には大いなる責任が伴う』

 

 

これは僕に対しての戒めであり、ヒーローとして活動するための決意でもある。

 

どんな大きな困難にぶつかっても逃げない。

戦って、戦って。

助けられる人を絶対に見捨てない。

 

だから。

 

 

僕は強くならなきゃ、ならない。

 

目の前で殺されてしまった人の為にも、そして……僕に話す事も出来ず悩んでいる友人を助けるためにも。

 

 

「ピーター?」

 

 

ふと、ミシェルが僕を見つめていた。

コバルトブルーの綺麗な瞳だ。

まるで、深い、海のような。

 

 

「ネッド、ピーターの様子が変」

 

「ミシェル、こいつはいつも変だよ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの」

 

 

と、失礼な会話をしている。

 

 

「失礼だな、ちょっと考え事をしていただけだよ」

 

「悩み事?」

 

 

ミシェルが不思議そうな顔で聞いてくる。

 

……君の、事なんだけど。

 

 

「悩み事には甘いものが良いよ。食べる?」

 

 

そう言って自身が頼んだパフェにスプーンを入れて、生クリームを僕の前に。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

「なに?食べない?甘いの嫌い?」

 

「いや、甘いのは嫌いじゃないけどさ」

 

 

ミシェルは僕の前に……先程まで、自分が使っていたスプーンで僕にクリームを食べさせようとしている。

 

分かっているのだろうか?

間接キスに……それに女の子から男に対して、食べさせてあげる、なんて。

 

それをジトッとした目でネッドが見ていた。

そして。

 

 

「ミシェルとピーターって付き合ってんの?」

 

 

と、爆弾発言をしてきた。

 

 

「ちょっ、ネッド!?」

 

「む?別に私とピーターは付き合ってない」

 

 

慌てているのは僕だけで、ミシェルは平常心で答えていた。

 

 

……いや、あぁ、そうだ。

グウェンも今朝言っていたじゃないか。

 

 

『ピーターさぁ、ミシェルから男として見られてないんだよ?情けなくないの?』

 

 

そりゃあ、情けなく感じているに決まっているじゃないか。

だってミシェル……すごく、可愛いし。

好き……かどうかは分からないけど、そりゃあ僕だって男の子だし。

 

いや、今はそれどころじゃなくて。

 

 

「……付き合ってないのに間接キッスみたいな事するの?」

 

 

そう、ネッドが言って。

 

 

「あ」

 

 

ミシェルが僕の目の前でフラフラしていたスプーンを手元に戻した。

 

 

「ピーター、ごめん」

 

 

そして、申し訳なさそうにミシェルが謝った。

 

 

「ちょっ、何で謝るのさ?」

 

「だって……嫌、じゃない?」

 

 

その聞き方は卑怯だ。

 

さては、揶揄っているのか。

そう邪推してみるが、どうやらミシェルは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

 

グウェンも言っていたが……彼女は本当に自己評価が低い。

低すぎる。

 

 

「そ、そんな事ないけど」

 

「そう……?」

 

「ごほん」

 

 

ネッドの咳払いが聞こえた。

 

 

「「あ、ネッド」」

 

「何で俺、お前らがイチャついてる所見なきゃならないんだ?」

 

「ちょっ、イチャついてなんかないよ!」

 

「イチャついてるだろ!なんだよ、当てつけか!?」

 

「ネッドもパフェ、食べたいの?」

 

「あ、いや、そうじゃないけど……え?」

 

「はい、口を開けて」

 

 

そう言ってミシェルがスプーンをネッドに近付けて……。

 

 

「いや、ネッド、それはダメだろ!」

 

「は!?邪魔するなよ、ピーター!この意気地無し!俺は美少女に『あ〜ん❤︎』して貰うのが夢だったんだよ、どけ!」

 

 

僕達が喧嘩している様を見て、ミシェルは……笑っていた。

 

 

『悪い人間だから』

 

 

……絶対、そんな事ないよ。

ミシェル。

 

だって、そんなに穏やかで……幸せそうに笑っているじゃないか。



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インサニティ・アイズ part1

子供の頃。

 

危機的な困難に陥って……そう。

例えばテロリストが学校を占拠して、自分一人の機転で切り抜けるような……。

 

そんな幼稚な妄想をした事はないだろうか?

 

私は…………いや、それはどうでもいい。

 

ただ、そう言ったシチュエーションに少しは憧れてしまうのが男の子だ。

……いや、今は女の子なのだが。

最近、精神が肉体に引っ張られているようで、女の子らしい仕草をする事に違和感を覚えなくなったり、人並みにイケメンを見るとテンションが上がるようになってしまった。

幼い頃はこんな事なかったのに……何故だろうか。

思春期なのか?私は?

 

 

閑話休題。

 

 

とにかく学校とか、身近な場所に危機が訪れる妄想と言うのは、結構ありきたりな物で。

 

 

 

 

私の頭上で机が宙を飛んだ。

背後の白板に命中し、破壊音が耳を貫く。

危ない。

 

 

 

実際の話、そう言う身近な場所で非日常な出来事に憧れるのは平和な世界で生きてきた人間の発想だ。

……血みどろな生活を続けている人間からすれば、平和な日常を脅かす非日常など疎ましく思えど憧れる事なんてない。

 

机の下で縮こまりながら、私はそう結論づけた。

 

そっと、顔を出して外を覗く。

 

 

そこには怒りに表情を歪めたトカゲ人間。

 

全身が緑の鱗で覆われ、顔はトカゲ。

凄まじい力を予想させる筋肉、それによって膨張した肉体。

体長も2mは超えているだろう。

 

私は彼を知っている。

『リザード』と言う悪役(ヴィラン)だ。

 

ここは理科室。

大きな横並びの机に隠れて、私は息を殺していた。

 

正直な所、あの程度のパワーであれば超人血清によって肉体強化された私と互角だ。

戦闘技術に差がある以上、普段であれば難なく殺す事が出来る。

 

だが、ここにはスーツもなく、学校の外にはクラスメイトが避難している。

私が戦闘を行えば、面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。

 

 

『出てこい!クソ餓鬼!ズタズタに引き裂いてやる!』

 

 

大きな声でリザードが吠えている。

 

うーん、リザードは全身がトカゲのような……二足歩行するトカゲのような外見をしている。

という事は口も喉も人間のものとは異なる筈だ。

 

あれは一体、どう言うメカニズムで言葉を発しているのだろうか。

 

 

 

また、机が投擲される。

 

幸いにも私の隠れている位置とは離れていたので、そのまま息を殺して耐える事とする。

 

 

私が何故こんな目に遭っているか。

何故、学校に悪役(ヴィラン)がいるのか。

それを思い返し、私は右手でこめかみを押さえた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

気付いたのは、今月の初めだったか。

 

ミッドタウン高校にはアドバンスクラスと言う、選択式の専門的な授業があって、2年生になれば生徒がやりたい事を選んで受けるようになっている。

 

その、生物学の授業。

教師の名前がカート・コナーズ。

三十代後半の男性で、普段はオズコープ社の研究員らしい。

 

オズコープ社と言うのは、この世界に存在する世界的な兵器会社だ。

強力な武器は勿論のこと、遺伝子を改造して肉体を強化する薬なんてものを研究している。

 

遺伝子改造による肉体強化薬、私はあまり良いものだとは思わないが……。

 

まぁ、私は人の事は言えないが。

 

 

それでオズコープ社なのだが、どうにも最近は業績が悪いらしい。

 

と言うのも、社長のノーマン・オズボーンが逮捕されたからだ。

彼は自社製の肉体強化薬を服用し、凶悪な人格が芽生え、無差別殺人を犯した。

 

悪役(ヴィラン)名は『グリーン・ゴブリン』。

緑色のプロテクターを身に纏い、オズコープ社製のフライトグライダーに乗り、これまたオズコープ社製の爆弾を用いる悪役(ヴィラン)だ。

 

数ヶ月前……まだ私がミッドタウン高校に入学する前に、スパイダーマンによって倒され、現在は刑務所に収容されている。

 

そんな不祥事から株価は暴落、肉体強化薬に対しての信頼も底辺に。

挙げ句の果てに「オズコープ社製の武器は不安要素が多い」と避けられる始末。

 

元々はこの国の軍に採用されていたが、現在は採用を見送られる事が増えているらしい。

 

 

そんなこんなで、オズコープ社の研究員であるカート・コナーズは自身の職場である研究所が閉鎖され、現在はミッドタウン高校で臨時教師をやっている。

 

まだ実際にはオズコープ社に籍を置いているらしいが。

彼の研究は爬虫類の遺伝子を人間に取り込むゲノム強化薬の研究だ。

 

ノーマンの件もあり、当分は研究所も凍結されたまま……いや、それどころか二度とゲノム強化薬の開発は出来ないかも知れない。

 

そんな焦りが彼にはあった。

 

カート・コナーズにとってゲノム強化薬の研究は、金儲けの仕事のため「だけ」ではないからだ。

 

まず、彼には右腕がない。

昔は軍医をしていたそうで、右腕を失ったのも戦争が原因らしい。

 

とにかく彼はゲノム強化薬によって爬虫類の再生力を得て、腕を生やすのが目標なんだとか。

あとは人類の進化だとか。

 

 

そんな、カート・コナーズ。

 

名前を聞いた時、「あれ?知っている気がする」と私は思った。

恐らく、前世の記憶で知っている筈。

 

私はうんうん唸りながらも、結論は出なかった。

 

だが、私が彼の名前を知っていると言う事は、きっと、恐らく、彼がヒーローか悪役(ヴィラン)なのか分からないが「どちらか」なのだろう。

 

 

結局、気になっていた私はアドバンスクラスは「生物学」を選んだ。

 

他にも色々あったが……将来に活かすと言う意味では、結局、私には必要なかった。

どうせ、今後も悪役(ヴィラン)として人殺しをしていくのだから、経済とか学んでも仕方ないし。

 

カート・コナーズは少し陰気だが、優しい教師であった。

生物学の授業は……正直言って、私にとっては簡単だったが。

 

私と同じく生物学を取っていたクラスメイトはひぃひぃ言っていたが。

 

あぁ、ピーターは簡単そうにしていたな。

……フラッシュはキツそうにしていたが。

 

……ピーターが生物学を取っているのは分かる。

だって、彼は遺伝子改良された蜘蛛によってスパイダーマンになったのだから。

自身の起源(オリジン)を勉強しようと言うのは至極真っ当だ。

 

だが、フラッシュが生物学を取っているのは不思議だった。

……どうやら、彼の様子は最近おかしいらしい。

ピーターを虐める事もなくなったし、私に絡みに来る事も減った。

時折、私に視線をチラチラと寄越して鬱陶しいが。

 

……私が生物学を取っているから、彼も取った……と考えるのは恐らく自意識過剰だろうが。

 

 

とにかく、実際に事件があるまではカート・コナーズ先生は良質な教師だったと言う訳だ。

私も「名前に覚えがあったのは善人としてだろう」と結論付けていた。

 

 

実際は違ったが。

 

 

昨日、生物学の授業に来たコナーズ先生は、どうやら尋常ならざる様子を見せていた。

 

何か、焦っている様子が見えた。

いつも以上に。

 

そうしてコナーズ先生は私に声を掛けたのだ。

 

 

「君は遺伝子改造をどう考える?」

 

 

……何故、私に?

というのも、コナーズ先生の授業に付いて行け「過ぎて」いたのが原因らしい。

 

コナーズ先生は、どうやら私を科学者として優秀だと勘違いしているらしい。

 

そう、勘違いだ。

私はただ似非超人血清によって思考力が強化された記憶力の良い人間にすぎない。

 

 

とにかく私は、「遺伝子改造には否定的です」と言っておいた。

肉体改造によるリスクを私はよく知っているからだ。

 

……そう、私という完成品を生み出すのに何十人と死んでいった子供たちの事を思い出せば、薬物による身体強化なんて肯定できる訳がない。

 

その時のコナーズ先生は酷く落ち込んだ表情をしていたのを覚えている。

 

 

 

そして、翌日、彼は授業のために登壇し、そこで……自身の生成したゲノム強化薬を使用した。

 

注射器を横っ腹に突き刺して……すぐに失くなった筈の右腕が生えてきた。

 

そこまではクラスメイト達も驚きこそすれ、恐怖はしていなかった。

 

だが、全身が鱗に覆われて、肉体が膨張し、白衣を引き裂き、巨大なトカゲ面の大男になった時。

 

直後、怒声と悲鳴があがった。

 

 

そして私はカート・コナーズが『リザード』と呼ばれる悪役だったことを思い出した。

 

 

私達はクラスから逃げ出した。

学校中に緊急サイレンが鳴り響き、ミッドタウン高校は阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。

 

学校の外まで逃げていた私は途中で逸れてしまったピーターの事を思い出して、心配し……いや、心配の必要がないことを思い出した。

 

恐らく彼はスパイダーマンに着替え中……じゃなくて、変身中だろう。

でなければ、あの正義感が強く責任感も強いピーターが、一緒に逃げていた女の子を放り出して居なくなる訳がない。

 

まぁ、だからスパイダーマンに心配は必要ないだろう。

そう思ってクラス委員の点呼に参加して……ピーターだけではなく、フラッシュが居ない事も発覚した。

 

私は驚愕して……校舎に向き直った。

窓から椅子が落ちてきて、避難中の生徒が悲鳴を上げている。

 

その椅子が落ちてきた窓、教室。

強化された視力で見れば、そこにはフラッシュの姿があった。

 

それが見えた時、私は飛び出していた。

クラスメイトの制止する声も聞かず、フラッシュのいる2Fまで向かった。

 

 

そして、着いた時。

実際にフラッシュは腰を抜かして、息を殺して階段裏に隠れていた。

 

コナーズ先生……いや、リザードは階段に手をかけて、少しずつフラッシュの方へと向かっていた。

 

 

私は。

 

 

いや、フラッシュ。

彼はピーターを虐めていたムカつく奴だ。

あんな奴がどんな目に遭っても、助けなくて良いだろう。

ここで私が立ち回った所で、私に得るものは何もない。

 

そう、結論付けながら。

 

 

私は机をリザードの頭上から落とした。

 

……少しよろけたが、やはり無傷のようで私を見ていた。

 

フラッシュは驚いた顔で私の方を見ていて……。

 

 

「逃げて」

 

 

と声を上げなければ、もう少し固まっていた所だろう。

 

フラッシュは怯えた顔で、おぼつかない足で、1階へと下っていった。

 

リザードはそれを追わず、私の方を見ていた。

 

そこからは詳しく覚えていない。

 

 

ただ、とにかく逃げて、現在は元の理科室で隠れている。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『俺のことを馬鹿にするな!ゲノム強化薬は最高だ!新人類への目覚めなのだ!貴様も私を愚弄するのか!?』

 

 

暴れて、暴れて。

錯乱し、明らかに正常ではないコナーズ先生、いや悪役(ヴィラン)、リザードは私を殺そうと暴れ回っている。

 

窓ガラスを叩き割り、ドアを破壊して、リザードが姿を現す。

 

 

『中途半端な善人思想、常識に囚われた愚者が人類の進化を妨げる!その芽は摘み取られるべきなのだ!』

 

 

まだ、きっと爬虫類の眼には私は映っていないだろう。

 

それでも、時間の問題だ。

 

私はため息を吐いた。

こんな事ならば、フラッシュを助けるべきではなかったかも知れない。

 

きっと、もうすぐ私の位置もバレてしまう。

そうなれば逃げる事は不可能だ。

抵抗して戦えば……私が超人である事がバレてしまう。

私がレッドキャップという悪役(ヴィラン)である事はバレないかも知れないが、面倒な事になるのは明白だ。

 

だが、戦わなければ死ぬ。

 

 

私は、ボールペンを手に取る。

普段使っているナイフと比べて、幾分も頼りない。

恐らく、鱗で覆われたリザードの皮膚を貫けない。

 

だから、強固な皮膚ではなく目を狙う。

目に突き立て、直接、脳までダメージを与える。

それが今、最も有効な唯一の反撃手段だろう。

 

私は『ミシェル・ジェーン』としての顔を捨てて、『レッドキャップ』へと切り替えて行く。

ペンを握った拳に殺意を込める。

呼吸は深く、重く。

そして、息を殺す。

 

来い。

殺してやる。

 

そして、教室の中に入ったリザードが私の隠れる机の前に立ち……。

 

 

 

ガシャン!

 

 

 

と窓ガラスが割れる大きな音がした。

 

そして、赤い残像が私の目に映った。

 

その残像は窓を突き破り、教室の壁に水平に着地した。

 

 

『スパイダーマン!?』

 

 

リザードが驚く声を上げて、その赤い残像を目で追った。

 

 

私は思わずペンを落として、その姿に見惚れて、立ち尽くしていた。

 

そして、スパイダーマンが私の方を見て……。

 

 

「逃げて!早く!」

 

 

あ。

 

 

『逃すか!』

 

 

リザードの大きな鋭い爪の生えた手が伸びて来る。

 

スパイダーマンの放った(ウェブ)によって、それは阻まれる。

(ウェブ)の絡まった腕は私の目の前で静止していた。

 

 

「君の相手は僕だ!トカゲ男!」

 

 

スパイダーマンが全力で引っ張り、リザードが無理矢理向き直される。

邪魔をされたリザードの目が鋭く光った。

 

 

『どけ!』

 

 

リザードが腕を振るえば、机の上に置いてあったビーカー達が砕かれ、弾き飛ばされた。

 

私は机の下に隠れて、飛んできた破片を避ける。

そのまま、少しだけ顔を出して様子を窺う。

 

水道の蛇口が破壊され、机から水が噴き出していた。

 

 

『何故進化を拒む!?ゲノム強化薬は人類を新たな生物へ作り替える奇跡だ!スパイダーマン、貴様も蜘蛛の力を得た新人類なのだろう!?』

 

「僕は人間をやめたつもりはない、よっ!」

 

 

ウェブシューターによって壁にかけられた時計を引き寄せ、リザードへと投げつけた。

 

大したダメージは期待できないが、目的は攻撃ではない。

リザードの顔面に命中し、視界が奪われた隙にスパイダーマンが飛び出した。

 

壁を三角跳びの要領で蹴り、リザードの首を足で掴む。

強制的に肩車のような状況ができた。

 

 

『貴様!』

 

 

そうしてそのまま、スパイダーマンは拳を数度頭へ叩き込んだ。

だが、ダメージはあまりないらしい。

 

リザードは壁に向かって身体をぶつけて、スパイダーマンを引き摺り下ろした。

 

 

『どうやら俺を怒らせたいらしいな!』

 

「怒っているのは僕の方だ!」

 

 

……普段、あまり怒っている姿を見せないスパイダーマン、そしてピーターが怒っていた。

 

理由は……きっと、彼の大切な日常を破壊しようとしているからだろう。

その気持ちは私にも分かる。

 

……まぁ、冷静じゃないからか、前回と違ってピーターそのままの声で話してるミスを犯しているが。

 

 

私はリザードに気づかれないよう、移動する。

入口の方へ、這うように隠れて歩く。

 

 

『シャアッ!!』

 

 

強烈な、爬虫類の威嚇音と共に強靭な尻尾が振るわれた。

 

私が先ほどまで隠れていた机が破壊され、半壊した椅子がスパイダーマンへと向かっていった。

 

それを超感覚(スパイダーセンス)によって回避しつつ、リザードの首に糸を巻きつけた。

 

 

 

『放せ!』

 

 

リザードが鋭い爪で糸を引き裂こうとするが、スパイダーマンは横方向に回転しながら跳んだ。

逆に糸に腕を絡め取られ、リザードの身動きが取れなくなる。

 

 

「こっちだ!」

 

 

スパイダーマンの強靭な肉体によって引っ張られ、リザードが窓へ叩きつけられる。

100kgを優に超える肉体が、窓ガラスを突き破って中庭へと落ちていく。

それを追って、スパイダーマンも飛び出した。

 

 

私は隠れていた机から離れ、二人が落ちていった窓の側へ駆ける。

 

窓から身を乗り出せば、下に落ちた二人が見えた。

 

生徒達が避難している方向とは真逆、中庭……そこで二人は向き合っていた。



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インサニティ・アイズ part2

僕はミシェルと離れ、ロッカーに隠してあったスーツを着ていた。

 

ミシェルが学校から出て行くのは見えた。

きっと、恐らく……誰も学内に居ない筈だ。

 

本当ならスーツなんて着ずに、今すぐトカゲ男……コナーズ先生のいる場所へ向かうべきだ。

 

……きっと、これで誰か死人が出れば……僕は死ぬほど後悔するだろうけど。

 

物陰でスーツを着終えて、僕は廊下へと飛び出した。

 

上の階で大きな足音、そして破壊音が聞こえる。

僕は窓ガラスを蹴破り、飛び出す。

 

屋上の時計台へ(ウェブ)を引っ掛けて、反動で上に飛び上がる。

 

……ミッドタウン高校の学生達の声が聞こえる。

でも、気にしてなんていられない。

 

 

超感覚(スパイダーセンス)を頼りに、危機がより強く感じられる場所を探る。

 

3階、理科室だ!

 

僕は屋根の上を走り、足元に(ウェブ)を出す。

強く引っ張って、弧を描くように飛ぶ。

遠心力と糸の引っ張る力を利用して、理科室の窓へと飛び込んだ。

 

 

……そして、コナーズ先生がいる教室へ足を踏み入れた時。

 

そこには。

 

 

居ない筈のミシェルが居た。

 

何で!?

 

 

『スパイダーマン!?』

 

 

僕はミシェルを庇いながら、コナーズ先生と戦う。

ミシェルへ伸びる大きな爪の生えた手を止めて、リザードへと何度も攻撃する。

 

鱗は固く、防御力は高いようだが、力自体は僕の方が上だ。

 

 

『どうやら俺を怒らせたいらしいな!』

 

「怒っているのは僕の方だ!」

 

 

僕の大切な友達を傷付けようだなんて!

僕はミシェルから引き離れるため、コナーズ先生を引き寄せて中庭へと飛び降りた。

 

僕は受け身をとって着地出来たが、コナーズ先生は背中から地面に激突した。

 

 

『ぐ、わ、あ』

 

 

落下の衝撃がまだ残っているコナーズ先生へ飛び蹴りを食らわせる。

側頭部に命中したけど、強靭な太い首のせいでダメージは薄いみたいだ。

 

それなら!

僕はマンホールへ(ウェブ)を伸ばし引き寄せる。

空で弧を描くように回転させて、ハンマー投げのようにブン回す。

 

そのまま、コナーズ先生へマンホールを投げつけた。

 

 

『がぁっ!?』

 

 

ガシャン!

と大きな音を立てて命中する。

 

命中したマンホールは弾き飛ばされ、フリスビーのように壁へ突き刺さる。

 

狙った所からは少し外れてしまったようだ。

クリーンヒットとは言い難い。

 

やっぱりキャップって凄いんだ。

狙った場所に寸分狂わず盾を投げられるんだもの。

 

それでもダメージは大きかったようで、コナーズ先生は膝をついて呻いている。

僕は右手から(ウェブ)を放ち、コナーズ先生を巻きつける。

 

ここで拘束して、動けなくする。

 

そして、近づいた瞬間。

 

 

「つっ!?」

 

 

突然、腹部に痛みが走った。

 

これは……あの、赤いマスクの男に切られたナイフの傷だ。

激しい運動で開いてしまったのか……。

 

コナーズ先生はその隙を見逃さなかった。

爬虫類のような……いや、爬虫類『そのもの』の目が鋭く光った。

 

 

『ガアアァァアッ!!』

 

 

起死回生の一撃か、片腕にウェブが絡まり動けないまま、僕へ体当たりを繰り出した。

 

回避は、間に合わなかった。

 

恐らく百キロを超える巨体、そして凄まじい瞬発力!

僕はまるで車に轢かれたかのように吹き飛ばされ、校舎の壁に叩きつけられた。

 

コンクリート製の壁が強くへこみ、ヒビ割れる。

それが衝撃を物語っていた。

一瞬、意識が飛びかけたが無理矢理に気合いで繋ぎ止める。

 

 

「く、そっ」

 

 

コナーズ先生は僕が怯んでいる隙に、地面を這うように素早く移動し、先程投げたマンホールの下にある下水道へと飛び込んだ。

 

 

「待てっ!」

 

 

僕が追いかけて下水道に入ったけど……。

 

 

「見失っ……なった……?」

 

 

三方向へと分かれており、音も反射していて何処にいるのか分からない。

肝心の超感覚(スパイダーセンス)も、さっきの衝撃からまだ立ち直れていない。

 

 

「く、そっ!」

 

 

僕は右手を壁に叩きつけた。

……開いた傷口がジクジクと痛んでいた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ピーター」

 

 

僕が避難場所に着いた時……ミシェルにグッと抱きしめられた。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

 

強く、強く抱きつかれている。

 

 

「痛っ」

 

 

脇腹の傷口が痛む。

それを見たミシェルが離れて、僕の傷口を見て……表情が曇った。

 

 

「ご、ごめん、ピーター」

 

「いや、いいよ……大丈夫だから」

 

 

ミシェルが申し訳なさそうな顔をする度、何故か僕も心が辛くなる。

 

こう……キュッと、締め付けられるような……。

 

 

 

「ミシェルは大丈夫だったの?怪我はない?」

 

「私は大丈夫……」

 

 

 

そう言えば、何で教室に一人で居たんだろう。

聞きたい。

 

でも、それを聞いたら何故かあそこに居たと知っていた事になってしまう。

僕は彼女より先に避難した事になってるのだから、聞くに聞けない。

 

 

「ミシェルちゃん!」

 

 

男の声が聞こえて振り返ると、そこにはフラッシュがいた。

 

 

「フラッシュ?」

 

「あ、あぁ、ピーターか」

 

 

フラッシュは僕の顔を見て、何故か気まずそうな顔をしていた。

 

 

「フラッシュ、どうしたの?」

 

 

ミシェルが聞くと、フラッシュはミシェルへ向き直った。

 

 

「ごめん、その、大丈夫だったか?」

 

「大丈夫」

 

 

ミシェルが親指を立ててサムズアップすると、フラッシュは安心したように息を吐いた。

 

 

「助かったよ……本当に……ありがとう、ミシェルちゃん」

 

「どうも、気にしないで……あ、でも「ちゃん」付けはやめて」

 

 

そう言って、「ちゃん」付けされたミシェルが、渋そうな顔をする。

 

 

「わ、分かったよ、ミシェル。でも本当にありがとう、君は命の恩人だ」

 

 

呼び捨てにされてミシェルが、また渋そうな顔をした。

 

……まぁ、でも彼女はやっぱり表情が乏しいから注意深く見ないと気づかないだろうけど。

フラッシュは気付いてないだろうし。

 

 

フラッシュと分かれて、ミシェルが僕へと向き直った。

 

 

「ミシェル、フラッシュを助けたの?」

 

「そう」

 

 

こくり、とミシェルが頷いた。

それで気付いた。

彼女があの時、理科室に居たのはきっと……フラッシュを助けるためだったのだろうと。

 

きっとミシェルは、フラッシュに対してあまり良い感情は持っていないだろう。

なのに……。

 

 

「……凄いね」

 

「そうでもない」

 

 

本当に「凄いことはしてない」と言った表情で、ミシェルが頷いた。

 

 

彼女は……やっぱり。

 

 

「いや、ミシェル。人助けは凄いことなんだ。褒められたら素直に受け取らなきゃ……それもあの、トカゲになったコナーズ先生から助けたんでしょ?」

 

「そう、だけど」

 

「ミシェル、君は自己評価が低いみたいだけど……僕もみんなも君が凄い奴で、勇気のある人だって」

 

「やめ、て」

 

 

ミシェルが僕の胸に手を置いた。

まるで懺悔する咎人のように。

 

 

「私はそんな、凄い人間じゃない」

 

 

そう言ってまた、彼女は俯いてしまった。

 

……また、僕は彼女を悲しませてしまったみたいだ。

彼女は自己評価が低くて、自分をダメな悪い人間だと思っている節がある。

 

可愛くて、勉強が出来て、優しくて……それでも何故、彼女が人に褒められたくないのか。

褒められると辛そうな顔をするのか。

 

僕には分からなかった。

 

 

「でも……とにかく無事でよかったよ」

 

「……ピーターも」

 

「ごめん、心配してくれた?」

 

「してない」

 

 

……ミシェルって時々、さらっと酷いことを言うよね。

 

 

「あっと、グウェンとネッドは?」

 

「無事。二人は先に帰ったみたい。ここにいるのは野次馬と、逃げるのが遅かった人たち…………あ、そうだ。二人にメール、送らないと」

 

 

そう言ってミシェルが胸元のスマホを取り出した。

……最新機種かな?

見たことのない形状だけど、どこで売ってるんだろう。

 

素早く指が動いて、1分もかからずメールし終えたみたいだ。

 

……なんというか意外だった。

ミシェルってそんなにスマホの扱い早いんだ。

ちょっと機械音痴なイメージがあったんだけど。

 

 

「それって」

 

「うん、安否のメール。ピーターは無事って言っておいた」

 

 

そう言うとミシェルが仄かに笑った。

 

 

……そう、言えば。

 

僕がスパイダーマンとして、コナーズ先生がいる理科室に飛び込んだ時。

ミシェル、どんな表情をしてたっけ。

 

いつも見る表情とは全く違う……怒ってるのか、怖がっているのか、それも分からない……ただ、強く手元にペンを握っていたな。

怖かった……という表情なのだろうか。

僕は、

 

 

「あぁ、君がピーター・パーカーか?」

 

「え、あ、はい?」

 

 

振り返ると、そこには警官が立っていた。

初老の、多分40歳ぐらいの男だ。

 

 

「あの、貴方は?」

 

「俺はジョージ。ジョージ・ステイシー警部だ」

 

 

警察手帳を僕に見せて、身分を証明する。

 

……あれ?というか、ステイシーって。

 

 

「グウェンの、お父さん?」

 

 

ミシェルが僕の疑問を声に出した。

 

 

「ん?あぁ、そうだな。グウェンの親父だ……というか、あれか。君は……ミシェルって娘か?」

 

「あ、うん」

 

 

ミシェルが頷く。

 

 

「娘が世話になってるな。名前は娘……グウェンから聞いてるよ。で、ピーター、避難確認をする為に来たんだよ、俺は」

 

 

ジョージさんが手元の資料にチェックを入れた。

あれが避難簿だろうか。

 

 

「あの、グウェンのお父さん?」

 

「ん?ジョージで良いぞ」

 

「あ、ジョージさん……えっと、全員避難は完了したんですか?」

 

「そうだ。君が最後だ。あぁ、いや、あのよく分からん赤いタイツの男は知らんがな」

 

 

そう言ってジョージさんが豪快に笑った。

 

赤いタイツ……あぁ、スパイダーマンか。

僕のことじゃないか。

 

 

「にしても……コナーズ?だったか?教師がデケェ、トカゲ男になって暴れるなんて世も末だな」

 

「たしかに」

 

 

ミシェルがうんうん、と頷いて同意する。

 

 

「コナーズ先生はどうなったんですか?」

 

「ん?」

 

「暴れた後……捕まったんですか?」

 

「いや、マンホールの下へ逃げた形跡がある。つっても下水道の先はニューヨーク中へ繋がってる。何処に逃げたかはサッパリだ」

 

 

やれやれ、と言った顔でジョージさんがため息を吐いた。

 

 

「はぁ、スパイダーマンが取り逃すなんてなぁ。ついてないよ、全く」

 

「そう、ですね……」

 

 

そうだ。

僕が取り逃したんだ。

 

……あの状態、トカゲ男になったコナーズ先生は異常だった。

肉体もそうだけど、精神状態がおかしかったんだ。

 

もし、彼が……また誰かを傷付けるとしたら。

 

 

「…………僕が何とかしないと」

 

 

誰にも聞こえないように、小さく呟いた。

 

 

最後だったのもあって、僕達はパトカーで送ってもらえる事となった。

 

後ろの席、ミシェルと僕は借りてきた猫のように落ち着かないまま座っていた。

 

ミシェルと僕が同じアパートに住んでいると知ったジョージさんは、そのままボロボロのアパートへ向かい僕達をそこで降ろした。

 

空ももう暗い。

夕方と言うよりは夜だ。

 

 

「学校は今週休みだ。というか、コナーズが逮捕されるまでは休みだな、外に出る時は気をつけとけよ」

 

 

そう言って、ジョージさんはパトカーに乗ってアパートから離れていった。

 

 

 

「ピーター」

 

「ん?どうしたの、ミシェル?」

 

 

振り返ると、ミシェルが神妙な顔で僕を見ていた。

 

 

「今日は、おやすみ」

 

「ん?あ、おやすみ?」

 

 

部屋の前で手を振って別れる。

 

 

……おやすみ、か。

 

僕はまだ寝るつもりはないけど。

部屋に入って、脇腹の傷口を見る。

 

少し、血が滲んでいる。

僕は上からガーゼを張って、テープで巻きつける。

 

 

「……はぁ、またミシェルに怒られちゃうな」

 

 

そう言えば、彼女は何処であんな手当の技術を学んだんだろうか?

……もしかして、将来の夢は看護師とか?

医者かも知れないな。

 

人を助けるための仕事、か。

……ミシェルは優しいし、似合うだろうな。

今度、それとなく聞いてみようかな。

 

僕はズボンを脱いで、洗濯カゴに入れる。

明日にはコインランドリーに行かなきゃ。

 

……とにかく、考えても仕方ない。

 

僕は破れたスーツをクローゼットに投げ込み、スペアのスーツを出す。

 

 

あぁ、スパイダーマンのスーツはハンドメイドだから、また休みの日に修理しないと。

……メイおばさんから借りてるミシンが大活躍だ。

 

メイおばさんは僕がスパイダーマンだって知らないから、僕を趣味が裁縫の男の子だと思ってるけど。

 

 

両足を通し、腕を通す。

最後にマスクを被って完成だ。

 

僕は窓から物音を立てずに飛び降りる。

こっちの窓は向かいが立体駐車場のビルになっているから、誰も見ない。

 

元々はビルなんて無かったんだけど……後から立ったらしい。

窓から見える景色はコンクリートの一面なんて嫌だよね。

 

これが、このアパートが安い理由の一つなんだろうな。

 

なんて考えながら、僕はアパートの屋上へ乗り出した。

 

 

『ザッ……ザッ………クイーンズ警察署……』

 

 

耳元でイヤホンの音が鳴る。

これは小型の盗聴器だ。

警察の無線を傍受してる。

 

これを使って、警察より先に現場へ駆けつけて、誰かを助けるって事をよくしている。

 

ちなみに、スタークさん製だ。

 

ダイヤルを調整し、幾つかのチャンネルに切り替える。

 

 

違う。

違う。

違う。

 

……これだ。

 

 

巨大なトカゲ、リザードを発見したと連絡が入っていた。

 

僕はその地区へ向けて飛び出す。

ウェブシューターから(ウェブ)を放ち、スイングする。

 

夜の街を赤い残像が駆けて行った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ピーターが、いや、スパイダーマンが離れていく感覚を感じ取る。

 

超人血清によって強化された聴覚は、たとえ見ていなくても物の移動が分かるほど鋭い。

 

 

……おやすみ、って言ったのに。

 

 

私は声を出さずに、読んでいた本を机に置いた。

 

ピーターの腹の傷……私、レッドキャップがつけた傷が開いている事には気付いていた。

 

無理をしないで欲しい。

 

その思いから、「今日は、おやすみ」と言ったのに。

素直に寝てれば良いのに。

 

 

「……ばか」

 

 

でも、その自己犠牲精神こそが彼をスパイダーマンたらしめているのだろう。

 

助けられる人がいるのに、自分が何もせずに誰かが死ぬ事を許せない。

 

その力ある者の責任感こそが、スパイダーマンの本質だ。

 

私はコートを羽織って、部屋を出る。

道中で誰かに見つからないように、深めに帽子を被る。

 

 

彼が休まないのであれば、私も休む必要はない。

 

 

私はクイーンズに来てから通い慣れた……いや、通い慣れてしまった場所へ向かった。



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インサニティ・アイズ part3

時間は21時を過ぎた。

空は暗い。

 

今日は雲が分厚くて、月も見えていない。

 

僕はコナーズ先生……いや、リザードの発見報告があった地区へと向かっていた。

 

そこは……オズコープ社の近くだ。

 

 

ビルからビルへスイングして、夜のニューヨークを駆ける。

 

空を切る音と、冷たい夜風が身を打つ。

 

 

やがて、オズコープ社が目に見えてくる。

大きなビルだ。

周りのビルとは一線を画す程に大きなビルだ。

 

 

 

……きっと、リザードの目的地はここだ。

 

僕はオズコープ社の壁を這うように走り、屋上で身構える。

 

 

リザードは、この周辺で発見された。

警官達を気にしないほど、何かに夢中なように走っていた。

 

その先はここ、オズコープ社ビルのある方角だった。

 

 

 

「……来た」

 

 

僕は屋根伝いに走り、飛び移るリザードを見つけた。

 

僕はビルから飛び降りて、(ウェブ)で途中の勢いを殺し、リザードの前に着地した。

 

 

……うっ、足が痺れる。

スタークさんのよくやっているポーズ、あれってちゃんと片手で地面に着いて衝撃を殺しているんだな……。

 

 

驚いたようにリザードが声を上げて、僕を睨みつける。

 

 

『スパイダーマン……邪魔をスる気カ?』

 

 

学校で見かけた時よりも声も、姿も人間離れしていた。

体格も2mを超して……大きくなっている。

 

……強化薬の投薬量を増やしたのか。

人間から遠ざかっている。

 

 

「何をする気か知らないけどさ、それはきっと叶わないよ」

 

『何故ダ?』

 

「僕が止めるからだよ」

 

 

(ウェブ)を放ち、右腕を掴んだ。

 

そのまま引っ張り寄せようとして。

 

 

『ウガァッ』

 

「えっ」

 

 

僕が引っ張られた。

 

ドカン!

 

と、強い打撃音がして僕は地面に叩きつけられた。

 

想像以上に力が強くなっている!

 

 

「このっ!」

 

『無駄、ダぁッ!!』

 

 

またリザードが(ウェブ)を引っ張り、僕は宙へ浮いた。

 

そのまま腕を回し、糸を巻きつけ、僕を真正面へと引き寄せる!

 

 

『ギャはハ!デスマッチとイこうじゃナイかッ』

 

 

至近距離で放たれたリザードの拳を僕は間一髪で避けた。

 

危ない!

今のは超感覚(スパイダーセンス)が無ければ避けられなかった。

僕は回避から即座に回し蹴りを放ち、リザードの顔に叩き込む。

 

 

『ハエでもトマったかァ?』

 

 

まるで無傷だ。

 

 

『シャッ!シャアッ!シャアアッ!!』

 

 

右ストレート、左フック、足払い。

 

全てを避けてカウンター気味に拳を、足を叩き込む。

 

元からタフだと思ってたけど、全然効いてないじゃないか!

 

 

『ちょこ、マ、カ、とォ!』

 

 

怒り狂ったリザードが右手を大きく振り上げる。

 

 

「わあっ!?」

 

 

体長2mもある巨体が、僕と短くつながっている紐を持ち上げればどうなる?

 

答えは簡単だ。

 

右腕を吊られ、僕は足が地面から離れてしまった。

 

 

『サンド、バッグにシテやるッ!』

 

 

左手の拳が握り込められて……。

 

 

突如、白い凍気がリザードの背中に降りかかった。

 

 

『ギャアッ!?』

 

「くらえっ、トカゲ男め!」

 

 

そう言って、そこに立っていたのは。

 

ジョージさん!?

 

右手に持っているホースから、白い冷たい空気が出ている。

背後にあるボンベは……液体窒素か!

 

 

僕はリザードが怯んだ隙に(ウェブ)を断ち切り、ジョージさんの方へ向かう。

 

 

「ジョ……」

 

 

あぁ、ダメだ。

スパイダーは彼の名前を知らない。

 

 

「警官さん、それは……」

 

「あぁ?スパイダーマン、こいつは液体窒素だ」

 

 

いや、そりゃ見れば分かるよ!

だってボンベに「液体窒素」って書いてあるじゃないか!

 

僕が聞きたいのは、

 

 

「何故、こんな危ない事を……」

 

「街を守るのは警察官の仕事だろうが、危ないも糞もねぇよ!」

 

 

液体窒素を掛けられて身動きが鈍っていたリザードが、鋭い目つきでコチラを睨んだ。

 

 

「話は後だ!こいつで俺が弱らせるから、お前が拘束しろ!」

 

「分かりました!ジ、警官さん!」

 

 

僕はジョージさんを守るように飛び出して、リザードの左腕に巻き付ける。

 

 

『馬鹿メ!同じ過チを繰り返ス、なド!』

 

 

そう言ってリザードが(ウェブ)を引っ張ろうとした瞬間、僕はリザードの大きく空いた股ぐらに目がけて滑り込んだ。

そのまま背後を取りつつ、(ウェブ)を切って、リザードの右足へ巻きつけた。

 

 

『う、ォオ!?』

 

 

そのままバランスを崩して、リザードが転倒する。

 

 

 

「今です!警官さん!」

 

「おっし、任せとけ!」

 

 

ジョージさんが液体窒素をリザードへと吹き掛ける。

 

 

『ギャ、グ、ウォ』

 

 

そうだ。

リザードは爬虫類の体だから温度の変化に弱いんだ!

 

そのまま左半身が凍結して……。

 

 

突如、僕の超感覚(スパイダーセンス)が警戒を強く示した。

 

 

「ジョージさん!危なっ」

 

『グオオオオォォ!!!』

 

 

突如、リザードが凍結していた左腕をもぎ取り、立ち上がった。

 

 

「なっ」

 

 

僕は咄嗟にジョージさんを庇おうとして飛び掛かった。

 

 

『邪魔だァ!』

 

 

右腕が僕の顔に命中し、地面に叩きつけられる。

 

 

『グ、ォオ!』

 

 

ずるり。

 

と音がして、砕けた左腕が生えてくる。

 

再生能力!?

 

いや、僕はこの能力を初めて見た訳じゃない!

学校で、変身した瞬間に見たじゃないか!

失った腕が再生していた所を!

 

 

尻尾で薙ぎ払われて、ジョージさんが吹っ飛ばされる。

そのまま貯水タンクに衝突して、気を失った。

 

 

『殺ス!』

 

 

まずい!

僕は体を起こそうとして、足元から崩れた。

 

ダメだ!

さっきの衝撃で脳が揺れてる!

平衡感覚がない!

 

だけど!

動け、僕の身体!

 

 

凍結された足元が滑って、僕は無様に転げた。

 

 

「やめ、ろ!コナーズ!」

 

『コイツを殺シたら、次はオマエだ!スパ

 

『そこまでだ』

 

 

突如、炸裂音が響いた。

 

それは……ただの発砲音にしては大きすぎた。

 

……ショットガン?

 

無数の穴がリザードの身体に出来ていた。

傷付けられたリザードの身体から、緑色の血が流れている。

 

 

『ギャアアアッ!?』

 

『どうやら再生力はあるようだが、痛みがないと言う訳ではないらしいな』

 

 

その機械音声のような声に、僕は聞き覚えがあった。

無意識に右手で脇腹を押さえた。

 

この傷を付けた赤いマスクの男が、そこに立っていた。







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インサニティ・アイズ part4

私は右手に散弾銃(ショットガン)を構えて、リザードの前に立つ。

 

引き金を引いて、再度発砲する。

 

バカン!

 

と鈍い発砲音と共に、細かい散弾が飛び散る。

 

 

『ギャアッ!?』

 

 

悲鳴をあげて、リザードが仰反る。

 

この銃はティンカラーの作った武器だ。

通常の散弾銃とは違う。

反動を打ち消すための機能を最小限に抑える事で、小型化に成功しているのだ。

 

その分、一般人が撃てば肩が砕ける事は必至だ。

私のような超人のみが扱える散弾銃だ。

 

 

ちらりと、横を見ればグウェンの父、ジョージ・ステイシーが倒れている。

 

……息はある。

骨も折れてるし、気絶しているようだが。

命に別状はない。

 

 

『借りるぞ』

 

 

私は散弾銃を腰の裏にしまい、ジョージが背負っている液体窒素の入ったボンベを掴む。

そのまま片手で持ち上げて、リザードへと投げつけた。

 

 

『ガッ!?』

 

 

散弾銃に怯んでいるリザードの頭に、ボンベが衝突する。

 

私は肩に背負っていた武器を取り出す。

これはガンランチャーと呼ばれる武器だ。

 

様々な弾丸が装填できる武器で、条件、戦況に応じて撃ち分けられる大きな銃だ。

 

私はそれをリザード……ではなく、液体窒素の入ったボンベへ撃つ。

 

 

 

そして、弾丸は爆発した。

今撃ったのは小型グレネード弾。

一般人の頭ぐらいなら吹き飛ばせる小型の爆弾だ。

 

殺傷能力は高いが隠密性能が低い。

普段の暗殺では使用しない武器だ。

 

爆発を受けたボンベが砕けて、周りに液体窒素がばら撒かれた。

 

 

『凍、ル!?』

 

 

リザードの身体、その表面が凍結する。

私はガンランチャーのバレルを回し、別の弾丸へと切り替える。

 

再度、ガンランチャーを発砲する。

 

 

 

『ギャッ!?』

 

 

弾丸はリザードの身体、中心へと命中する。

 

そして、その弾丸の尻から、爪付きのワイヤーが幾つも射出される。

ワイヤーの爪は周りの床を突き刺して、リザードの動きを拘束する。

 

……これは、まぁティンカラーがスパイダーマンを参考にしたワイヤー弾だ。

 

そして、

 

 

『何を呆けているんだ、スパイダーマン。お前の出番だぞ』

 

「分かってる、よっ!」

 

 

スパイダーマンが立ち上がった。

 

……うむ、何度打ち倒されても立ち上がる。

やはり、それこそがスパイダーマンの美点だ。

かっこいい。

 

 

スパイダーマンがウェブシューターから(ウェブ)を放ち、リザードを拘束していく。

 

 

『ぐ、オ、オォ!!』

 

 

右腕、肩、腰、尾、頭。

素早く的確に身体を地面に縫い付けていく。

 

リザードは足掻こうとしているが、皮膚が凍結している事、私のワイヤー弾で拘束されている事、そしてスパイダーマンのウェブに絡め取られている事。

全てが相まって、無駄な抵抗となっていた。

 

 

『ク、そっ!クソッ!クソがッ!!』

 

 

しかし……まぁ、リザードからはカート・コナーズにはあった理知的で知性的な思考能力は存在していないらしい。

 

そのまま床に縛り付けられ、身動きが取れなくなった。

 

 

『お、オレが、人類、の進化ヲ!進めル!為に!人は進化するノダ!ゲノム強化薬にヨって!』

 

 

リザードが嘆きながら叫ぶ。

 

……コイツの目的は。

 

 

『何をしようとしていた、リザード?』

 

『ゲノム強化薬ヲ、オズコープ、ニィ、ある、液体雲発生装置デ、このニューヨークの人類ヲ進化さセ

 

『もう良い。分かった』

 

 

私は散弾銃を構え、リザードの顔面に押し付けた。

 

 

……コイツはもう正気ではない。

ゲノム強化薬によって人間を強くする?

誰もそんな事を望んではいない。

 

人は……ただ平和に生きているだけで幸せなんだ。

 

…………死んでいった仲間達の姿を思い出す。

レッドキャッププログラム……大人の勝手で身体を弄られ、壊れていった子供達。

 

血塗れの瞳が、私を見つめている。

 

 

無差別に人間を強化する?

了承もなく?

 

許される訳がない。

 

力ある者は望むとも望まなくとも、平凡な人生を送る事は出来ない。

彼の自論によって、幾人もの人間の未来が奪われる。

 

それも、罪のない……ただ、日常を生きるだけの人達の。

 

……許せない。

 

私は散弾銃(ショットガン)の引き金を……。

 

 

「やめろ!」

 

 

スパイダーマンが(ウェブ)を飛ばして、私の散弾銃を奪った。

 

 

『…………』

 

 

……今、私は何をしようとしていた?

私情で人を殺そうとしていたのか?

 

私は……レッドキャップは仕事で「仕方なく」人を殺しているから……仕方ないのだと。

私自身は人を殺したい訳ではないと言い訳をして生きてきた。

 

…………危うく、一線を超える所だったのか。

 

 

ありがとう、と。

心の中で、感謝を述べた。

 

 

私はスパイダーマンに歩み寄る。

……彼は私を警戒して、少し身構えた。

 

 

『そう身構えなくて良い。私はもう彼を殺す気はない』

 

「……え?」

 

 

呆けているスパイダーマンから散弾銃を奪い、腰の裏にしまう。

そのまま去ろうとして……。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!?」

 

『……何だ?』

 

「全然分からないんだよ、君の事が……名前も、何がしたいかも!君が善い奴なのか、悪い奴なのかも!」

 

『……ハァ』

 

 

私は振り返り、スパイダーマンを真正面から見据えた。

 

 

『私の名前はレッドキャップ。職業は悪の組織の殺し屋だ。そして……』

 

 

夜風が酷く冷たい。

 

 

『『悪い奴』だよ』

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

あの後、スパイダーマンがジョージ・ステイシーの傷の具合を確認している間に、私はその場を後にした。

 

恐らくスパイダーマンは気付いていただろうが……気絶しているジョージ・ステイシーを放っておけない。

拘束しているリザードもいるし。

 

 

私は地下拠点でスーツを収納し……頭を抱えていた。

 

 

「まずい……」

 

 

そもそも介入するつもりは無かった。

もし、万が一。

万が一にもスパイダーマンが負けてしまえば……そう、不安になって見に行ったに過ぎない。

 

結局、我慢出来ずに助けてしまったが、このスーツは組織……正確にはティンカラーが管理している。

弾丸や、武器の消耗具合から、任務とは関係ない場所で使用した事がバレてしまう。

 

 

…………私の命の危機だ。

何かしらバックストーリーを用意しなければ……。

 

 

私はビクビクと怯えながら帰路に就き、震えながらベッドで就寝した。

 

あぁ、寝て起きたら無かった事にならないかな。

 

 

 

 

そして、翌朝。

 

当たり前だが、無かった事にはならなかった。

私の組織用のスマホを見ればティンカラーからの呼び出しメールが来ていた。

 

う、ぐ、胃が痛い。

心臓もバクバク言ってる。

 

今日は学校が休みだ。

まぁ、リザードが暴れ回った翌日だからだ。

臨時休校だ。

 

私は荷物をまとめて、ティンカラーの元へ向かった。

 

 

 

そして。

 

 

 

『何に使ったの?グレネード弾、ワイヤー弾、あと散弾が二発も』

 

「………………」

 

 

何も言い訳が思い浮かんで来なかった。

 

ちなみに今日はスーツを着ていない。

普段通りの服装で着ている。

 

と、言うのもメール内で「スーツ無着用で来るように」と書いてあったからだ。

 

それもそうか。

反乱の疑いのある人間に武装させたい訳はないだろう。

 

 

『言えないような事?組織にも?』

 

「う、ぐ……」

 

 

思わず変な唸り声が出てしまった。

 

……いや、今はレッドキャップなのに。

ミシェル・ジェーンではないのに。

 

それを見たティンカラーが意外そうに、驚いた顔をしていた。

 

 

『……まぁ、良いけどね』

 

 

どうでも、良いって事か。

 

まずい。

この事が組織に知られたら、私は。

 

 

『黙っておいてあげようか?組織には』

 

「……何?」

 

 

急に差し伸べられた救いの手に、私は訝しんだ。

 

 

『言ったらヤバいでしょ?君』

 

「……そうだが。何が望みだ?」

 

 

私は疑わしくなって、聞き返す。

 

……まさか、身体か?

そういえば、前回私の顔を見た時の凝視していたし、まさか。

 

 

『いや、別に……?君が死んだら僕のスーツとか誰が着るんだよ。困るんだよね、君は僕の実験生ぶ……ゴホン、パートナーなんだからね』

 

 

おい待て、今本音が漏れてなかったか。

 

 

「……すまない、恩に着る」

 

『まぁね。あ、でも弾丸代は払ってね。組織に黙って補充するから経費で落ちないよ』

 

「幾らだ?」

 

 

自慢ではないが、私は暗殺業で結構給料を貰っている。

お金には結構余裕が……。

 

 

『はいこれ』

 

 

そして、ティンカラーから渡された明細書を見て。

 

 

私は当分、スイーツを控える羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

それから、三日後。

 

 

「あれ?ミシェル、珍しいじゃん。昼ご飯がカロリースティックって」

 

 

がじがじ。

私はパサつく携帯食料をかじり、水で流し込んだ。

 

 

「……ちょっと、金欠」

 

「へぇ……そうなんだ」

 

 

ここは屋上。

ミッドタウン高校の屋上だ。

 

リザード事件から大して時間は経っていないのに、校舎はほとんど元通りになっている。

流石は凄い頻度でスーパーパワー絡みの事件が起きる世界だな、って思った。

修復技術の発展が凄まじいのだ。

 

ちなみに、リザードは特殊な刑務所へ収容されたらしい。

名前は……ラフト刑務所だったか?

水中に沈んでいる刑務所らしい。

この世界で最も脱出困難な刑務所と謳われている。

 

 

「普段は昼にケーキとか食べてるのにね」

 

 

そう。

私の食生活はメチャクチャなのだ。

 

超人血清によって栄養素がメチャクチャでも活動出来てしまう為、好きなものを好きなだけ食べる生活をしているのだ。

 

……だから、昼に外の店で買ってきたパンケーキやマフィン、マカロンのような常温でもそこそこ持つものを昼に食べている。

 

今日は購買で売ってるカロリースティック(4本入り1ドル)だが。

 

……小型グレネード弾があんなに高いとは思わなかった。

やっぱり、普段使いはナイフが一番良い。

 

がじがじ。

 

私は甘さしか味のしない携帯食料を齧り続けた。

 



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ショック・ユア・ハート part1

「チケットを拝見致します」

 

 

私はチケットを手渡した。

 

ここはマンハッタン。

その港。

 

目の前には大きな……それこそ前世を含めても初めて見るような大きな船があった。

 

身分証明を出来るものを渡し、本人証明する。

 

だが、そこに書いてある名前は『ミシェル・ジェーン』ではない。

 

 

「ミカエル・ジョーンズ様ですね……係の者が案内いたします」

 

 

そう言われて私は船に足を踏み入れた。

 

 

 

今の服装はカジュアルなドレスだ。

黒いワンピース型のドレスで、肩はレース状になっていて透けている。

 

……足がスースーする。

やはりスカートは……何というか、慣れない。

下にショートパンツを履いても良いか?

 

……ドレスコード的にはダメか。

 

一見するとお洒落なドレスだ。

だが、普通のドレスではない。

 

防刃、防弾、防熱、防水、防寒。

ナイフで切れず、弾丸を通さない特殊なドレスだ。

ティンカラーが作った。

……あいつ、デザインセンスがあるな。

 

では何故、そんな物騒なモノを着ているかと言うと『仕事』だからだ。

 

今回の任務は暗殺ではない。

護衛、そして防衛だ。

 

『A.I.M』と『ライフ財団』。

今日、この二つの組織の取引が船上で行われる。

 

『A.I.M』は高度な科学技術を持つ組織だ。

正式名称は『アドバンスド・アイデア・メカニック』。

元々は『ヒドラ』と呼ばれる組織の科学兵器開発部門だった。

だが、戦時中、キャプテンアメリカによって『ヒドラ』は打ち倒され、残党として独立した組織となったのだ。

彼等の目的は世界征服だ。

子供の夢のような荒唐無稽さがあるが、倫理観のない科学者どもが本気で言っているのであれば……それは笑い事ではない。

 

『ライフ財団』は表向きにも存在する製薬会社の後ろ盾にもなっている大きな財団だ。

人体実験紛いの治験をしているという噂があり……あぁ、『A.I.M』と繋がっている事から察する通り、噂ではなく事実なんだが。

多数の資産家が集結して作られた財団であり……何か、重要なモノを持っているらしい。

 

その『重要なモノ』を受け渡す取引。

万が一邪魔者が現れた際、その邪魔者を殺すために私は呼ばれた。

 

二つの組織は非人道的な組織であり、多数のヒーローやチームからマークされている。

今回、何者かの介入があってもおかしくない。

 

そう思った『ライフ財団』が大金を払い、『組織(アンシリーコート)』から私が派遣されたのだ。

 

ちなみに『A.I.M』と『ライフ財団』には『レッドキャップ』が向かう、と言っただけで、私……レッドキャップの正体について彼等は把握していない。

 

今の私はただ、組織の金で豪華客船のクルーズチケットを買って乗り込んでいるだけの一般客だ。

 

 

私は案内役に連れられ、ホテルの一室のような部屋に案内された。

 

部屋には既にスーツケースが置かれている。

私は室内の椅子に座り、卓上にあった果物を口に入れた。

 

……やがて汽笛が鳴り、船が出航する。

自室の窓から外を見れば、陸地から離れていくのが見えた。

 

これで、この船は外界から遮断された闇取引には持ってこいの施設となった訳だ。

 

……だが、取引までには……まだ時間がある。

 

私はカード型のルームキーを手に取り、部屋から出る。

 

最低限、間取りは地図を読み把握しているが……実際に歩いて見た方が確実だ。

 

……む、今、ディナータイムか。

広場では食事が並べられている。

ビュッフェスタイルのようで、好きなものをお取り下さい……と言った感じか。

 

だが、道草を食っている場合ではない。

 

私はデザートコーナーにあったプリンを手に取り、スプーンを突き刺した。

 

遊びできているのでは無いのだ。

幾ら時間に余裕があるからと言って、緊張感に欠ける行動は、うわっ、このプリン美味……。

 

私は食べ終えたプリンの容器を机に戻し、二個目のプリンに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私の名前はナターシャ。

ナターシャ・ロマノフだ。

 

国家の治安維持を目的とする諜報組織『S.H.I.E.L.D.』に所属するエージェントだ。

 

コードネームは……ブラックウィドウ。

 

『S.H.I.E.L.D.』は敵対している組織、『ヒドラ』の残党である『A.I.M』が怪しげな取引を行うと言う情報を掴んだ。

 

故に『S.H.I.E.L.D.』が数人、船上に忍び込んでる。

だがそれは、コソコソと隠れて船に侵入するような方法では無い。

 

偽の戸籍を使ってクルーズ客船の乗船券を買い、真正面から入っているのだ。

 

私は隠密行動を任務とするエージェントだが……世間からの知名度が少し、いや、かなり知名度が高い。

 

それもこれも、仲良しヒーローチームに所属している所為とも言える。

だが、不満があるわけでは無い。

家族のいない私にとって、彼等は家族のようなモノだからだ。

 

私は普段の赤毛を金髪に染めて、カジュアルで少し露出の高いドレスを着て変装している。

 

武器や、普段の服は室内に隠してある。

今は船上で諜報活動を行い、怪しい客を探している。

 

情報収集を行うために、客の集まる場所に行く。

……どうやら、広場ではディナーが振る舞われているようだ。

 

私は壁に背を任せ、目を閉じて耳を澄ませる。

五感の一つを遮断する事で、残りの感覚を強化する。

 

 

食器の擦れる音。

どうでも良い世間話。

恋人同士の語らい。

客同士の小さなトラブル。

……具体性を持たない会話。

 

私は目を開いた。

 

代名詞だけで会話している高官のような男達……少なくとも、後ろめたい何かがあるのだろう。

 

私は足を踏み出し……少女とすれ違った。

 

 

ゾクリ、と嫌な感覚が背筋を走った。

 

私は極めて平静を装って、ゆっくりと振り返った。

 

 

白色の入った金髪に、深く綺麗な青色をした眼。

日に焼けていない白い肌、整った目鼻立ち。

まだ幼さを残した可憐な少女が、その身体の特徴をひっくり返したかのような黒いドレスを着ていた。

 

一瞬、私は息を呑んだ。

 

あまりにも綺麗だったからか?

いや、違う。

 

美しさの下に、研ぎ澄まされた暴力性を感じたのだ。

 

そう、何処か……私と似ている感覚があった。

 

彼女の髪は白金で、私の髪色は赤い。

目の色も、肌の色も……容姿は全く異なっている。

だが、私の心の奥底で「彼女は私に似ている」と言う結論が出ているのだ。

 

それも「今の私」ではない「過去の私」に似ている。

『悪の組織(レッドルーム)』に所属していた頃の、腐っていた私に……似ている。

 

 

私は一流のエージェントだ。

 

自身の勘だけで結論立てるのは、三流のエージェント。

論理的思考のみで結論を導くのが、二流のエージェント。

 

そして、一流は……。

自身の勘と論理的な思考、その双方から結論を選ぶ。

 

警戒する事に越した事はない、私は腕時計に偽装されている高圧電流を発生させるスタンガンを起動しておく。

 

 

「……どうか、しましたか?」

 

 

目前の彼女と、私の目があった。

彼女は懐疑的な目をしている。

 

 

「……いえ、貴方があまりにも綺麗だったから、少し目で追ってしまっただけよ」

 

「そう、ですか」

 

 

かちゃり、と彼女の手元が動いた。

私はコバルトブルーの瞳から目を離し、彼女の手元を見て…………。

 

スプーン?

手元にはプリンの入ったガラス容器があった。

 

 

「……それ、美味しいの?」

 

「え?あ、はい。美味しい、です」

 

 

彼女も毒気が抜かれたような顔で頷いた。

 

……気のせい、だったか。

 

彼女から何か私と似ている雰囲気を感じていたが…………スパイが任務先でプリンを食べているなんて、あり得ない。

 

私の勘も鈍ったのかも知れない。

 

 

「ジロジロ見てゴメンなさいね」

 

 

私はそう言って、彼女から離れる。

 

……敢えて背後を見せて隙を誘っても襲っては来ないし、追跡してくる気配もない。

 

私は腕のスタンガンを停止させて、足を進めた。

時間は有限だ。

取引の時間までに、場所や時間を引き出さなければならない。

 

彼女から感じた不思議な感覚を「気のせい」として脳裏に押し込んだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

私は自室に戻っていた。

広場でプリンを食べていた時……明らかに敵対組織のエージェントらしき女性から疑われてしまった。

 

私がプリンを食べているのを見て警戒を解いていたが……内心、焦っていた。

そもそも、私は何もボロを出さなかった筈だ。

 

すれ違っただけで疑われるなど……もしや、超能力者(エスパー)か?

前世であれば冗談に聞こえるだろうが、この世界で本当にエスパーがいる。

 

 

超能力を生まれ持つ『ミュータント』達が。

 

相手の精神、思考を読み取るテレパシー能力を持つ者……『テレパス』。

有名どころで言えば……『プロフェッサーX』か。

 

だが『プロフェッサーX』は車椅子の老人男性。

少なくとも疑ってきた女性はプロフェッサーXではない筈だ。

 

低レベルな『テレパス』であれば問題ない。

私の心には薬剤処置、低度洗脳による防護壁(プロテクト)が掛かっている。

組織による尋問対策の一つで、無意識領域の記憶暗号化……だったか。

 

……今思い出しても、あの訓練は気分が悪かったな。

生理的な嫌悪感と吐き気、自分の意識がグチャグチャになるような気味悪さ……それを思い出し、私は眉を顰めた。

 

とにかく、頭で強く浮かべていなければ『テレパス』に情報を抜かれる事はないだろう。

……プロフェッサーXレベルの超強力な『テレパス』は回避不能だが。

 

エージェントらしき彼女が追ってこなかった事から、少なくとも私に対して確信は持てなかったのだろう。

 

 

問題はない。

 

 

そう結論付けて、スーツケースをベッドの上に置いた。

 

ケースの取手部分のレンズ部に指を当てる。

指紋認証によってキーが解除され、スーツケースが自動で開かれる。

 

そこには見慣れた赤いマスクと、黒いアーマースーツがあった。

私は素早くスーツを装着する。

 

 

起動(ブート・オン)

 

 

スーツから空気が抜けて体にフィッティングされる。

マスクの内部に様々な機能が表示され、消えていく。

 

 

スーツの機能が正常に起動した事を確認し、ケース内に入っている武器を取り出す。

 

……今回、スーツケースのサイズ上の問題で散弾銃(ショットガン)やガンランチャーは持ち込めていない。

入っているのは小型の拳銃型武器だけだ。

 

一般的な人間相手であれば問題のない普遍的な口径を持つ拳銃だ。

拳銃本体はティンカラー製だが、弾丸は市販のモノだ。

 

私はそれを右腰に装着する。

後は太腿に収納している特殊合金製ナイフが2本、か。

 

……先程の異常に勘の鋭いエージェント然り、もし超人レベルのヒーローが来れば……少し心許ないかも知れない。

 

だが、今回の任務……呼ばれたのは私だけでは無い。

『A.I.M』と『ライフ財団』の私兵は勿論……もう一人、私と同じように呼ばれた悪役(ヴィラン)がいる。

 

……私も知っている男だ。

 

 

取引には、まだ時間がある。

だが、直前に顔合わせをしておく必要はある。

 

天井のパネルを一つズラし、ダクトに潜り込んだ。

 

船上は既に消灯時間だ。

船内で彷徨いている人間は居ないだろうが……警戒をしておくに越した事はない。

 

暗闇の中を進み、やがて一つの空き部屋まで辿り着いた。

ダクトの金属蓋を開き、私は音もなく着地する。

 

こういう時、ヴィブラニウム製のスーツは便利だ。

幾らしなやかに着地しようとも、金属製のスーツであれば音がなる。

 

だがヴィブラニウム合金によって衝撃は吸収され、まるで足裏がクッションのように衝撃を逃す。

 

音とは振動だ。

空気の揺らぎ、衝撃とも言える。

 

ヴィブラニウムが含まれている合金によって、物音は一つも立たない。

全身金属鎧のスーツだが、擦れた音すら鳴らない。

 

正に暗殺には持ってこいの材質、と言う訳だ。

 

 

私は降り立った部屋から出て、少し歩く。

ここは船の機関部、一般人は立ち入り禁止の場所に該当する。

 

そう。

この船の持ち主は『キングピン』。

ウィルソン・フィスクだ。

私の雇い主でもある彼は、今回の取引に合わせて場所の提供をしているのだ。

 

つまり、船の乗組員……全てがフィスクの手下だ。

機関部などは普通、見回りの対象だが……あえて、警備に穴を空けているのだ。

 

 

目的地の部屋の前に立ち、ドアノブに手を掛けて……。

 

 

「あぁ!?オレ様一人で充分だっつーの!」

 

 

私はドアノブから手を離し、マスク内の補聴機能と赤外線視覚化機能(サーモグラフィー)を起動する。

ドア越しから、内部の状況を盗み見る。

 

中に数名……恐らく『A.I.M』か『ライフ財団』の私兵が立っている。

そして一人、太々しく座る男の姿があった。

 

……どうやら、内部で争っている気配はない。

杞憂と言うことか。

 

 

「誰を呼んだか知らねーが、オレ様がいれば万事上手く行く!足手纏いになるぐれぇなら邪魔だ……

 

 

私はドアノブに手を掛け、開けた。

ガチャリ、とドアが開く音が部屋に響き、部屋内の視線が全て集まった。

 

私は座っている男を見る。

色褪せた黄色のスーツに、赤銅色のアーマーを装備している。

顔を覆い尽くすフルフェイスのマスクには、吊り目のように黄色く輝くレンズがあった。

腰のベルトにはカートリッジのようなモノが複数装着されている。

 

特筆すべきは両腕だ。

その両腕は太く大きい。

中の人間の腕が太い訳ではない。

まるで手甲(ガントレット)のような装置を腕にまとっているのだ。

 

私の姿を見た『その男』は、慌てたように私へと向き直り、心なしか姿勢が正しくなった。

 

……彼は少し、小心者なのだ。

弱者に強く当たり、強者を恐れる……至極当然な反応だ。

 

 

私は口を開いた。

 

 

『随分な言い様じゃないか……『ショッカー』。どうだ?足手纏いになるか……試してみるか?』

 

 

椅子に座っている『ショッカー』は、食い気味に首を横に振っていた。

 



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ショック・ユア・ハート part2

シャワーヘッドから水が流れ落ちる。

 

 

「ん〜♪フフ〜♪」

 

 

オレは鼻歌まじりにバルブを閉めて、タオルを取り出す。

頭をガシガシと拭いて、鏡を見る。

 

そこには自信に満ち溢れたナイスガイが立っている。

長身、映える金髪……筋肉質な身体。

 

オレはシェービング剤を肌に塗り、カミソリを手に取る。

髭を剃り、水で顔を洗い、またタオルで拭いた。

 

 

オレの名前はハーマン。

ハーマン・シュルツだ。

 

歳は24。

職業は……そうだな、悪い男(バッドガイ)って所かな。

 

人呼んで『ショッカー』。

イカす名前だろ?

 

何でそう呼ばれてるかって?

ちょっと昔の話をしよう。

 

オレは昔、天才だった。

おっと、今もだけどな。

 

天才だったオレは、どんな金庫でもブチ壊せる手甲型の衝撃波発生装置……『バイブロ・ショック・ガントレット』を開発した。

 

ソイツを使って、そりゃあもう大暴れしたさ。

幾つもの銀行から金を奪って豪遊生活。

いつしか『ショッカー』と呼ばれるようになった。

 

……まぁ、長くは続かなかったけどな。

 

今思い出してもムカつくぜ……あのクモ野郎がオレをブン殴って務所にブチ込みやがったんだ。

 

務所で才能を持て余してたオレはフィスク……ウィルソン・フィスクの旦那に救い出され、今では忠実な僕ってワケだ。

 

オレの目的はただ一つ、あのクソッタレなクモ野郎をブチのめす事だ!

 

……あ、あとは金だな。

金は大事だ。

あっても困るもんじゃねぇ、そうだろ?

 

 

オレは衝撃吸収スーツを身に纏い、腕に『バイブロ・ショック・ガントレット』を装着する。

衝撃波を放つには、それなりのエネルギーがいる。

カートリッジ式のバッテリーが要るんだが……オレは予備を腰のベルトに装着する。

 

今回、『A.I.M』だったかと『ライフ財団』の用心棒をフィスクに頼まれた。

よく覚えてないが、今回の取引のセッティングをやったのがフィスクらしい。

 

オレはそれをスマートに終了させる為、用心棒をやってるって訳だ。

 

いつもの格好になったオレは、部屋の外で待機してた船の乗組員と共に移動する。

コイツらもフィスクの手下だ。

つまり、オレの同僚って訳だな。

 

 

「ここで少し待機していてくれ」

 

 

そう言われて部屋に入る。

部屋の中には黒いスーツ姿の強面共がいた。

 

……こいつら、素人じゃねぇな。

『A.I.M』のエージェントか。

もしくは『ライフ財団』の私兵か。

 

まぁ。

集まり方に微妙な亀裂がある。

恐らく2チーム、別々の奴等が集まって出来た集団だ。

 

なるほど、『両方』だな。

 

 

「ハーマン殿、今回の任」

 

「おっと……オレ様の事は『ショッカー』と呼んでくれ」

 

 

声を掛けてきた男の発言を遮った。

男が少し不機嫌そうな顔をするが……マスク越しに睨みつけて黙らせる。

 

この仕事は侮られたら負け。

つえー、こえーってのが大事だ。

 

相手をビビらせときゃ無駄な争いもしなくて済む。

自分へ有利に物事が進む。

 

椅子にドカッと座り込む。

 

 

「……ショッカー殿、今回の任務だが……もう一名、我々以外に外部の人間が来る。頼む、くれぐれも不躾な態度は……」

 

「あ?オレ様以外に雇ってんのかよ!オレ様一人で充分だっつーの!」

 

 

ビビる男にオレは声を荒らげた。

 

つーか、聞いてねェし。

んだよ、オレ一人じゃ信用なんねーってか?

 

舐めた態度にムカついて、オレは言葉を重ねる。

 

 

「誰を呼んだか知らねーが、オレ様がいれば万事上手く行く!足手纏いになるぐれぇなら邪魔だぜ」

 

 

オレがそう言い切ったと同時に、部屋の扉が開いた。

 

丁度良い時に来たぜ。

どんな面してるか拝んでやる。

 

オレは椅子の上から目線を向けて……ソイツを見た。

 

 

鮮血のように鮮やかな赤いマスク。

夜を煮込んだかのような黒いスーツ。

 

正直に言うぜ?

初めて見た奴だ。

初対面、見た事ねー面した奴だ。

 

だが、その姿の『噂』は知っていた。

 

 

レッドキャップ。

 

 

フィスクの下で働いてる奴なら、殆どの奴が知っている。

裏切り者、足手纏いをブチ殺しに来る暗殺者だ。

血も涙もなく、慈悲もなく、仲間だろうが何だろうがフィスクに敵対する奴は絶対殺す暗殺マシーン。

 

任務の遂行率は100%近ぇらしい。

少なくとも、オレが聞いた話では「失敗した」っつぅ話は聞かねぇ。

 

絶対に狙った獲物は殺す。

回避不能の弾丸みてぇな奴だ。

 

だがその知名度の割に、姿を見た奴は少ねぇ。

そりゃそうだ。

 

見た奴の殆どがブッ殺されて、この世に居ねぇからだ。

 

知ってるか?

フィスクの部下を一番殺してるのはレッドキャップだって噂があるぐらいだ。

 

誰も彼もがビビっている。

フィスクを裏切ればコイツが殺しに来るって、知ってっからだ。

 

 

無意識のうちに、オレは姿勢を正してた。

 

ヤベェ。

コイツはオレより『上』だ。

 

ビビるオレを前に無機質な赤いマスクが、オレの方へ向いた。

外からは顔も見えねぇし目線も見えねぇが、オレの事を見てるって事だけは分かった。

 

 

『随分な言い様じゃないか……ショッカー。どうだ?足手纏いになるか……試してみるか?』

 

 

男か女かも分かんねー声で、そう言った。

 

……あ?

何でレッドキャップがオレの名前を知ってんだ?

身体の熱が急激に冷めていく感覚に襲われた。

 

……マスクに目も鼻も口も無ぇ。

表情が無ぇ、声色も分からねぇ。

何を考えてるか全く分かんねぇ。

 

未知は恐怖だ。

目の前にいるのが人間だとは思えなかった。

言葉の通じねぇ猛獣の檻にブチ込まれたかのような恐怖だ。

 

オレは慌てて椅子から立ち上がった。

 

 

「じょ、冗談だって!アンタだって知らなかったんだよ、オレは。いや、アンタなら安心だ、ハハハ……」

 

 

ダサいと思われようが、舐められようが、それでもレッドキャップの機嫌を損なう方が怖ぇ。

オレが必死に弁明すると、レッドキャップは右手で自分の顎に乗せた。

まるで分からねぇっつう顔だ。

 

 

『そうか。なら良い』

 

 

そう言ってレッドキャップがこちらに近付き……オレは椅子から離れた。

 

 

『どうした?座って良いぞ、ショッカー』

 

「いやいや、ここはアンタが座るべきだ!」

 

 

この部屋に椅子は一つしかない。

元々それほど広く無い部屋だ。

 

机に向かうように椅子が一つ……オレが座って、コイツが立ちっぱなし?

 

耐えられねぇ。

絶対に心が持たねぇよ。

 

 

『そうか、悪いな』

 

 

そう言って、レッドキャップが椅子に座った。

あぁ、そうだ。

この部屋の王様はもうオレじゃねぇ、この男だ。

 

 

……でも、何つーか、聞いてた感じとちょっと違うな。

もっとヤベェサイコ野郎か、喧嘩っぱやいシリアルキラーだと思ってたぜ。

 

それに、身長も何か小せぇし。

170……いや、無いか?

160cmぐらいか?

 

この部屋で一番小せぇんじゃねぇか?

偽物……にしては装備が整い過ぎてやがるし。

 

まぁ考えても仕方ねぇ。

 

 

『レッドキャップ』が椅子に座ったのを見て、財団だかA.I.Mだかの関係者が話を始めた。

 

取引は二時間後。

場所はコンテナ置き場の一角。

 

一時間後にここを移動って話だ。

 

は?

一時間の間、この狭い部屋で『レッドキャップ』と一緒?

 

ちら、と赤いマスクの男を見る。

『レッドキャップ』は無言で座っている。

……き、気味が悪ぃ。

 

間違いなく人生で一番気不味い一時間になる。

嫌な確信が、オレにはあった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、取引の時間は来た。

 

私は息を吸い込み、重く吐いた。

 

船内のコンテナ置き場……その一角は不自然に空けられており、周りに人が隠れられるような場所はない。

 

天井も高く、上からの襲撃は無いだろう。

吊られた蛍光灯が時折音を立てている。

 

スーツを着た『ライフ財団』の責任者らしき男が、アタッシュケースを持っている。

 

白衣を着た『A.I.M』側の責任者が、それを受け取ろうと歩み寄った時。

 

 

突如、破裂音と共に暗闇に包まれた。

 

 

「何だってんだ!?」

 

 

ショッカーの困惑する声、周りの響めき。

私はマスク内の暗視機能を起動する。

 

……蛍光灯は無事だ。

傷一つない。

 

恐らく電源元が切断されている。

 

私は太腿のナイフを取り出し、右手に構える。

 

間違いなく敵襲だ。

 

周りのエージェント達も暗さに慣れてきた頃……。

足元に何かが投げ込まれた。

 

 

 

瞬間、閃光と轟音が放たれた。

 

 

 

衝撃はなかった。

爆弾ではない。

閃光弾だ。

 

恐らく船内である事を考慮した選択だ。

 

暗闇で目を凝らしていたエージェント達は目を焼かれ、轟音に三半規管が狂わされて足元が覚束ない。

 

ショッカーは……。

 

 

「ぐあああああああぁぁ!!目がぁあああ!!」

 

 

……あ、うん。

ダメそうだ。

 

……動けるのは私だけだ。

だが、私も万全とは言い難い。

 

機械を狂わせる電磁パルスも発生しているようで、マスク内の映像が乱れている。

音も、多少はマスクが防いでくれたが耳にダメージが入っている。

本調子では無い。

 

少しすれば治癒因子(ヒーリングファクター)によって治るが、事態は待ってくれないだろう。

 

 

黒い、疾風のような何かが駆けてくる。

 

来た。

敵だ。

 

 

私は武器を構えて、アタッシュケースを持つ財団員の前に立つ。

 

狙いは恐らく、このアタッシュケースだ。

 

 

夜風のように、しなやかに接近する敵へナイフを振るう。

 

敵の持っていた金属の棒とかち合う。

その瞬間、金属の棒から電撃が走った。

 

 

『……チッ!』

 

 

このスーツは絶縁仕様だが、負荷をかけられ過ぎればどうなるか分からない。

 

ナイフを押し返し、弾いた。

 

青いスパークが走り、一瞬、敵の姿が鮮明に映った。

 

顔は……夕方に会ったエージェントの女だった。

だが髪色は出会った時の金髪では無い、赤髪だった。

恐らく、潜入用の変装だったのだろう。

 

だが、あの時に受けた印象とは大きく異なる。

髪と化粧だけで印象が変わるのだから、女とは魔性だ。

 

服装は黒いライダースーツのような服。

そして腰のベルト、そのバックルに『赤い砂時計』のようなマーク。

 

だが、そのモチーフが砂時計ではない事を私は知っている。

正体は『クロゴケグモ』と言う毒蜘蛛が背に持つ模様だ。

ツヤのある黒い体に、鮮やかで毒々しい赤いマークがある。

 

そして、その『クロゴケグモ』。

……英名では、こう呼ばれている。

 

 

『『ブラックウィドウ』か……!』

 

 

ブラックウィドウ。

凡ゆる諜報技能のエキスパートであり、最高峰のスパイだ。

国際平和維持組織『S.H.I.E.L.D』に所属する最強のエージェント。

 

恐らく全ての技能に於いて私より上だ。

だが、超人血清による身体能力強化によって身体能力でのみ私が勝るだろう。

 

 

私は一歩踏み込み、ナイフを横に薙ぐ。

ウィドウは最低限の動きで回避し、私の頭にハイキックを繰り出した。

 

 

「……くっ!?」

 

 

だが、私に傷一つ付ける事すら叶わない。

理由は二つ。

ヴィブラニウム合金製のハイテクスーツによって衝撃が吸収される事。

そして、身体能力に差があり過ぎる事だ。

 

私は一歩も怯む事なく、ウィドウの足を掴みコンテナへと投げ飛ばそうとした。

 

だが、その瞬間にウィドウが片足で私の腕に纏わり付き、肩車のような姿勢に移行した。

 

死角の外に逃げられた私は、ナイフをウィドウへ向けようとし……。

 

 

『がっ……!?』

 

 

衝撃が走った。

 

未知の衝撃に身を震わせ、私は膝をついた。

振り返るとウィドウの腕に装着されていた腕輪が青く光っていた。

 

『ウィドウズ・バイト』。

そう呼ばれている様々な機能を持つガジェットだ。

 

ヴィブラニウムは既知の物理的な衝撃に強い。

だが、魔法由来であったり、宇宙科学的なエネルギーは吸収しきれない場合がある。

 

ブラックウィドウ、彼女はヒーローチーム『アベンジャーズ』の一員だ。

宇宙人や悪魔なんかと戦う時もある。

 

その装備の中には私では考えられないような、未知の技術を持った武器もあるのだろう。

 

私は立ちあがろうとし、膝が動かない事を確認した。

自身の首へ意識を向ける……。

 

思ったより負傷が激しい。

首の神経にまでダメージが入っている。

呼吸を整え、治癒因子(ヒーリングファクター)の活動を意識的に高めるが……それでも動き出せるのに10秒は掛かる。

 

その隙にウィドウが走り出し、財団員の持つアタッシュケースを奪った。

その勢いのまま、別のフロアへ向かって駆け出す。

 

 

襲撃から奪取、逃走まで1分足らずの出来事だ。

 

 

首の傷が治った事を知覚し、私は立ち上がった。

 

手数がいる。

周りを見渡すが……まだ誰も彼もが閃光弾のショックから立ち直れていない。

 

 

『私はケースを追う!立ち直り次第、援護を寄越せ!』

 

 

身悶えする彼等に声をかけて、私はウィドウを追う。

 

単純な走力であれば私の方が上だ。

 

だが、ウィドウは巧みに物陰や、隙間へと滑り込み、私が全力で走れないようにしている。

 

この逃げ方ならば、単純な身体能力の差で競えない。

 

螺旋階段を飛び降り、やがて駐車場の中へと入っていった。

 

ドアの中へウィドウが飛び込み、数秒遅れて私も入り……。

 

 

見失った。

 

 

目の前には百台近い車が並んでいる。

物陰は十分にある。

あの一瞬で遠くへ逃げられる訳がない。

恐らく、近く、何処かの影に隠れているに違いない。

 

だが、少しでも時間が稼がれれば、それだけで距離を稼がれてしまう。

 

私は超人血清によって強化された聴覚を頼りに、ウィドウを探す。

 

 

カチャリ、と何かが擦れる音がした。

 

私は目の前にある車の屋根を踏み台に、物音がする方へ飛び出した。

 

屋根を踏みつけ、凹ませながら着地する。

そして、物音がした場所を覗き見れば。

 

 

白いペンダントがクルクルと回っていた。

 

 

『しまっ』

 

 

突如、爆発が起こった。

爆発は小規模だったが、足元にある車ごと吹っ飛ばされてしまった。

 

……態々、もう船のダメージを気にしている余裕は無いと言う事か。

 

地面を転がりながら、視界の中にウィドウを捉えた。

 

彼女は爆発と同時に、私から離れるように走っていた。

私は即座に姿勢を立て直し、大きく腕を振りかぶった。

 

私は全力でナイフを投擲した。

普段のギャング共へ投擲する時の比ではないほど、力を込めた。

 

それは弾丸とほぼ同速の加速を得て、宙を引き裂き進む。

 

ウィドウが反応し回避行動を取ろうとするが、一手遅い。

 

 

「ゔっ!」

 

 

ウィドウの右肩にナイフが突き刺さり、鈍い悲鳴をあげた。

 

私は深く息を吐いて、立ち上がる。

後ろから誰かが近づいてくる。

 

 

「お、おう。何だ今のデケェ爆発音は……!?」

 

 

爆発音を聞いて追いついてきたショッカーだった。

 

 

『……遅かったな。ショッカー』

 

「あ、いや……わ、悪い」

 

 

申し訳なさそうに謝るショッカーを見て、私はそれ以上追求する事をやめた。

 

ウィドウは息を荒くし、横たわっている。

 

 

「……やっぱスゲェぜ、アンタ」

 

 

何か、ショッカーが私を褒め称えているが無視する。

人殺しの技能など、褒められても嬉しくはない。

 

私がウィドウに近づくと同時に、ショッカーも側に駆け寄った。

 

 

「なぁ、アンタさ……こいつをどうするつもりだ?やっぱり殺すのか?」

 

 

そう言ってショッカーが倒れているウィドウを指差した。

 

……私は自身の右手で顎を撫でる。

困った時の手癖だ。

 

 

『いや、この女にはまだ利用価値があるだろう。拘束し、フィスクに受け渡すべきだ』

 

 

兎に角、殺すつもりは無かった。

殺せ、と命令されていない限りは殺したくない。

 

それにブラックウィドウのようなビッグネームを殺せば……間違いなく私はヒーローチームに恨まれるだろう。

 

心情的な理由と打算的な理由。

その両方から「殺すべきではない」と結論付ける。

 

私が消極的な発言をすると、ショッカーは意外そうに肩を竦めた。

 

 

「あぁ、了解だ。だが拷問とかは目の前でやらないでくれよな、俺そう言うの苦手なんだよ」

 

 

首を押さえて、吐くようなジェスチャーをしている。

……こいつ、私を何だと思っているんだ。

 

一度殴ってやろうか。

 

……だが、いや確かに。

必要であれば拷問をする時はあるな、私も。

そう考えれば、過度に怯えているショッカーの『レッドキャップ像』もあながち間違いではないのかも知れない。

非常に不本意だが。

 

 

そう思いながら、ウィドウの手からアタッシュケースを奪おうとし……。

 

 

耳が高速で飛来する物体を感知した。

 

 

『避けろ!』

 

 

私はショッカーの腕を引き、その飛来する物体を回避した。

 

飛来した物体は円盤状だった。

その物体は車にぶつかり跳ね返った。

 

宙へ回転しながら飛び上がった『それ』を見て、私は息が止まるような錯覚を覚えた。

 

それは『盾』だった。

赤と白、青い円の中に星のマーク。

 

 

「……おい、聞いてねぇぞ……」

 

 

怯えたようにショッカーが呟いた。

 

飛来したシールドの所為で、ウィドウから距離を取らされた私達の前に……一人の男が現れた。

 

その男は左手を宙に突き出し、宙を舞うシールドを手に取った。

紺を主体としたスーツに、白と赤のカラーリング。

顔の上半分を覆うヘルメットの中心には『A』の文字があった。

 

 

「大丈夫か、ナターシャ」

 

 

そう言ってウィドウへ声を掛けたのは。

 

最も誠実で、強く、誇り高きヒーロー。

 

 

『キャプテン・アメリカ』だった。



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ショック・ユア・ハート part3

私は、目前の『キャプテン・アメリカ』と向き合う。

 

キャプテン・アメリカ。

本名はスティーブ・ロジャース。

マーベルコミックの世界において最もメジャーなキャラクターの一人だ。

 

第二次世界大戦中に私と同じ『超人血清』と呼ばれる、身体を超人に作りかえる血清を使用し、超人兵士となった男だ。

 

当時から彼は『自由』『平等』そして『平和』を愛する誇り高き男だった。

しかし、その肉体は貧弱であり、また虚弱だった。

彼はその高潔さを評価され『超人兵士(スーパーソルジャー)計画』へと参加する事になる。

 

そこで彼は『超人血清』を服用し、屈強な肉体を手に入れた。

……『超人血清』には副作用があり、人の心、感情を増幅させる効果が存在する。

 

ほんの少しでも邪な心があれば、途端に凶悪な悪人へと変貌してしまう。

だが、スティーブは違った。

彼の肉体は虚弱だったが、その心は『誰よりも』高潔だった。

 

よって、心の闇に囚われる事もなく、屈強な肉体を手に入れて『キャプテン・アメリカ』となったのだ。

 

……ちなみに、この『超人兵士(スーパーソルジャー)計画』。

『超人血清』を作成したアースキン博士が、戦時中に死亡してしまったため、以降は血清を作成出来なくなっていた。

 

しかし、やはり。

超人の兵士を生み出す、と言うのは魅力的なものであり、理念はそのままに……内容や手段は変わりながら続いて行く事になる。

そのため、複数の英雄(ヒーロー)悪人(ヴィラン)起源(オリジン)と密接に関係している。

 

……私の身体に打ち込まれた『似非超人血清』も、その系譜だ。

 

アースキン博士の『超人血清』を再現しようと目論んだ『パワーブローカー社』によって作られた血清だからだ。

 

つまり、キャプテン・アメリカは目指していたオリジナルであり、私は贋作なのだ。

 

……彼は私よりも強力で、強靭な戦士である。

と言う事だ。

 

肉体は20代後半から、30代前半ぐらいに見える。

これは『超人血清』により老化が抑えられているからだ。

実際の年齢は100歳近い。

 

鍛え上げられた無駄のない肉体は、スーツの上からでも視認できる。

 

 

私は、側で怯えるショッカーに目を向けた。

 

 

「お、おい……ど、どうすんだよ……?アベンジャーズなんて聞いてねぇぞ……?」

 

 

『アベンジャーズ』は巨大な脅威から世界を守るべく、複数のヒーローが集結し、協力する最強のチームだ。

 

キャプテン・アメリカ、アイアンマン、マイティ・ソー、ブラックウィドウ、ホークアイ……主軸となるメンバーは変わらずとも、何人ものスーパーヒーローが参加している。

 

ピーター……この世界のスパイダーマンは参加していないが、アベンジャーズに協力していた事はある。

昔、アベンジャーズを管理する国際平和維持組織『S.H.I.E.L.D』の長官である『ニック・フューリー』が報道で語っていた。

 

悪人(ヴィラン)の最も恐れる史上最強のヒーローチーム『アベンジャーズ』。

そのリーダーが目前に居る『キャプテン・アメリカ』なのだ。

 

 

『あまり怯えるな、ショッカー。ここに居るのは彼と……手負いのスパイが一人だけだ』

 

 

私は彼を……そして自分自身を奮い立たせるように発言する。

 

正直に言うと、キャプテン単騎だけでも私は勝てないだろう。

このまま、全力で逃走すれば……あるいは。

そう言ったレベルなのだ。

 

だがしかし、私も組織のエージェントだ。

敵前逃亡は裏切りとして処分の対象になる。

左胸の爆弾が炸裂すれば、幾ら『似非超人血清』を服用している私であっても死は免れない。

 

……脳裏に、ピーターの顔が浮かび上がる。

 

私は左の脹脛に存在するプロテクターを展開させ、ナイフを取り出す。

もう片方のナイフはウィドウに投擲してしまった為、ナイフはこの一本しかない。

 

強く。

ナイフを強く、握りしめた。

 

目前のウィドウが持っている『ライフ財団』のアタッシュケースを奪う。

これが最優先の目標だ。

その後は彼等と戦う必要はない。

逃げれば良い。

 

勝利条件は敵の殲滅ではない。

それがこの最悪な状況で、唯一希望のように感じられた。

 

 

「君、名前は?」

 

 

突然、目の前にいたキャプテンから問いかけられた。

 

私はマスクの下で眉を顰める。

 

 

『答える義理はない』

 

 

その発言の意図は読めている。

少しでも、時間を稼ぐ為だ。

 

先程、ウィドウが腕に注射器を刺しているのは見た。

恐らく、私の知らない技術で開発された最先端の治療薬か何かだ。

 

その効能が発揮されて、動けるようになるまで……彼は時間を稼ごうとしているのだ。

 

 

私は横にいるショッカーへ語りかける。

 

 

『ショッカー、私が交戦を始めたら……ウィドウからアタッシュケースを奪還しろ』

 

「あ、え……?大丈夫なのか?いくらレッドキャップと言っても、相手はアベンジャーズなんだぞ……!?」

 

 

そう言って不安そうな声色で、ショッカーが語った。

 

 

「……なるほど、レッドキャップか」

 

 

キャプテンが納得したように頷いた。

 

 

『チッ』

 

 

憧れのヒーローに名前を覚えて貰えるのは嬉しいが……今はそんな状況ではない。

 

それに万が一にもアベンジャーズ間で共有されてしまえば、活動もし辛くなる。

 

私はヒーローチームを相手にできるほど、強くはない。

やめてくれ。

 

百害あって、一利もない。

 

 

「奇遇だな。私も『キャップ』と呼ばれている」

 

 

知っている。

私は貴方のファンなのだから。

 

だが、会話を続けるつもりは無い。

私はナイフを構えて、それを返答とした。

 

それを見たキャプテンは手に持ったシールドを構えた。

 

キャプテン・アメリカの持つシールド。

あれは戦時中の国内に存在していたヴィブラニウムを『全て』使用して作成された、純度100%のヴィブラニウム製シールドだ。

 

『アイアンマン』であるトニー・スタークの父、ハワード・スタークによって作成された。

私のアーマースーツよりもヴィブラニウムの純度が高い。

つまり、衝撃吸収率が段違いに高いのだ。

 

ヴィブラニウム同士が衝突した場合、衝撃を吸収する能力が相殺し合い、互いに通常の金属のようにダメージを受ける。

つまり、より純度の高いヴィブラニウム製のシールドは、私のアーマー越しでも容易にダメージを与える事が出来る。

 

 

私はナイフを持つ左手を前に、右手を後ろに。

身体が敵の正面ではなく、横を向くように構える。

 

そして、後ろ足を少し曲げて……地面を蹴った。

 

 

風を裂く音がして、ナイフの先端がキャプテンの身体へと吸い込まれて行く。

 

即座にシールドで弾かれて、私はその勢いのままサイドステップを行う。

 

あの盾はヴィブラニウム製。

比べて私のナイフは炭素系の合成金属だ。

正面からぶつかった際、無理に押し込めばナイフ側が砕けてしまう。

 

ナイフの受けた衝撃は腕を通して身体に逃す。

 

再度、突きを放つが、これも盾で防がれてしまう。

 

 

『ショッカー!早くアタッシュケースを確保しろ!』

 

 

私が声を掛けた事で、呆けていたショッカーが慌ててウィドウへ向かって走り出した。

ウィドウは先程まで重傷だった事が嘘のように立ち上がり、アタッシュケースを手に逃げ始めた。

 

私とキャプテンは、それを視野の端に捉えながらも、視線は互いの手に持つ得物から外さなかった。

 

 

『……どうした?追わなくても良いのか』

 

「ああ。私はナターシャを信頼している。それに」

 

 

キャプテンが腰を低く落とした。

 

 

「余所見をしながら倒せるほど、君は弱くなさそうだ」

 

 

私はナイフを振りかぶり、横に薙いだ。

 

しかし、それはキャプテンには届かず目前で空ぶった。

だが、これは意図して狙ったものだ。

 

目前に振られたナイフを防ごうと構えていたキャプテンの前で、ナイフを空振った勢いのまま回転する。

 

右足を軸に回転し、回し蹴りを繰り出す。

シールドの縁に足が当たる瞬間、私は足下に引いて脚部装甲の突起を盾にひっかけた。

軸足で地面を蹴り、後ろへ跳躍する。

 

私のナイフを防ごうと外向けに構えていたキャプテンと、それを外側へと引き剥がそうとする私。

力の方向が噛み合い、シールドがキャプテンの手から引き剥がされ、宙を舞う。

 

 

私は即座に姿勢を立て直し、ナイフを突き出そうとし……。

 

突き出す前に、キャプテンの手の甲によって弾かれた。

 

 

『……くっ』

 

 

有効打となる筈だった一手が防がれ、思わず声が出る。

 

ナイフでの一撃は完全に読まれていた。

 

ナイフでの刺突攻撃は、構え、突き出し、引き裂く三段階を以って攻撃となる。

キャプテンはその『構え』の部分で攻撃を受け止めたのだ。

 

 

私は弾かれた拳でナイフを握り直し、再び数度の攻撃を行う。

突き、薙ぎ、引き、その全てが攻撃の直前で受け止められる。

 

埒が明かない。

 

そう考えた私はナイフを上段に構え、全力で叩き付けようとした。

 

キャプテンもそれに気付き腕を上へと構える。

 

 

私は右手からナイフを『落とした』。

 

ナイフは下に落下し、そのまま右手は手刀となってキャプテンに防がれる。

 

私は足下に落ちたナイフの柄、その尻を足先で踏みつける。

ナイフは鍔を支点とし、跳ね上がった。

 

 

『貰った……!』

 

 

そのまま左手でキャッチし、逆手に持ったままキャプテンの腹へと突き刺そうとした。

 

だが、キャプテンは上段で攻撃を防いでいた両手を下にずらし、右足で地面を蹴った。

 

肘と膝、その二つを以ってナイフの刃を挟み込んだ。

 

 

「さっきは油断したが、不意打ちは二度も通用しない」

 

 

そのまま身体を捻り、ナイフを弾き飛ばされてしまう。

 

 

これで互いに無手となった。

私は腰部にハンドガンを持っているが……。

 

果たして、この距離で構え、引き金を引くまで……キャプテンが悠長に待ってくれるとは思えない。

 

私はアーマーの爪を立てるように手を振るう。

キャプテンは上半身の捻りだけで避けて、拳を振るう。

 

私の顔面へと命中し、一瞬、眩暈が起こった。

 

私のヘルメットはレンズ部分や情報処理機能が存在する為、装甲部分が薄い。

ヴィブラニウムの衝撃吸収率も腹部や腕部に比べて、著しく低いのだ。

 

キャプテンの驚異的なパンチ力によって、その衝撃はヴィブラニウム合金による衝撃吸収能力を貫通したのだ。

 

 

一瞬、ほんの数ミリ秒。

私の意識が混濁したのを好機と見て、キャプテンが再度、私の顔面へ左フックを命中させた。

 

私は仰け反りながら、距離をとり、それ以上の追撃から逃れた。

 

 

「君は……まるでナターシャのような身のこなしをする。先程の彼のような純粋な犯罪者ではない……プロのエージェントか」

 

『だから……どうした?』

 

 

私は息を整えながら、返事をする。

 

 

「プロならば、彼等のような犯罪者と違って、私欲で戦っていない筈だ」

 

 

頭蓋への衝撃で、脳が揺れている。

平衡感覚は正常に動いていない。

 

私は時間を稼ぐ為、会話を続ける事とする。

 

 

「どうして彼等に協力する?彼等のやろうとしている事は、非常に危険な事だ。罪のない人々を傷付ける行為だ」

 

『……私には関係のない事だ。私は私の任務を遂行せねばならない』

 

 

そう返答すると、心なしかキャプテンの瞳は鋭くなった気がした。

 

 

「なら……そうだな。全力で止めさせてもらう事とする」

 

 

突然、キャプテンが走り出した。

それも私の方ではない。

シールドの落ちている方向に向かってだ。

 

治癒因子(ヒーリングファクター)での治癒に集中していた私は、一手遅れた事に気づく。

 

今すぐ向かっても間に合わない。

私はキャプテンではなく、落ちているナイフの方向に走り出した。

 

だが、距離の関係上、私の方が『早い』。

ナイフを拾い上げて、振り被る。

 

ナターシャへ投擲したように、全力でナイフを投げ飛ばした。

 

シールドはまだ、キャプテンの足元に曲面を下にして落ちている。

 

しかし、私が投擲した瞬間。

キャプテンは足下のシールドを踏みつけ上に弾き上げた。

私が先程、ナイフを拾い上げた時の手法と同様の手法だ。

 

ナイフは宙に浮き上がったシールドにぶつかり……逆に弾き返された。

物理学の常識では考えられない挙動だ。

 

だが、キャプテンの持つシールドはヴィブラニウム製。

それも純度100%である。

全ての衝撃を吸収したのだ。

 

そのままキャプテンはシールドを手に取り、回転する。

 

見覚えのある動きだ。

まるで、円盤投げのような……。

 

 

まずい。

 

 

思わず声に出しそうになった弱気な一言を、喉の下に押し込める。

 

私は右方向へ飛んだ。

 

直後、キャプテンはシールドを投擲した。

 

シールドは超高速で回転しながら、私の方へ向かう。

それも、私の『居た』場所ではない。

私が『逃げようと』移動する先へと投擲された。

 

私は回避が不可能である事を即座に判断し、右腕で防御しようと構える。

 

直後、失態である事を悟った。

このアーマーはヴィブラニウム合金製だ。

普段の敵からの攻撃への対処は、これで構わない。

装甲が敵の攻撃を吸収し、無力化するからだ。

 

だが、現在私へと向かっているシールドは?

純度100%のヴィブラニウム製シールドだ。

 

つまり、私の右腕、そのヴィブラニウム合金製アーマーでは防げない。

 

これは、悪癖だ。

アーマーに頼り、敵の攻撃を防御しようと構えてしまった。

私のミスだ。

 

 

私の腕に、丸鋸のように回転するシールドが命中した。

 

その一瞬は、まるで間伸びしたドラマの1シーンのようにスローで見えた。

 

高速回転するシールドによって、私のアーマーが切断される。

 

右腕の外部パーツを弾き飛ばした。

 

内部の防刃ウェアを切り裂いた。

 

私の皮膚を引き裂いた。

 

そして、刃と化したシールドは私の肉を引き裂いた。

 

 

鮮血が、宙に撒き散らされた。



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ショック・ユア・ハート part4

右腕に『キャプテン・アメリカ』のシールドが突き刺さる。

 

 

『ぐ………………あッ!』

 

 

私は鈍い悲鳴を上げながら、血肉でシールドをズラし、急所への着弾を防いだ。

 

それは、数年ぶりの痛みだった。

ここ数年、私が強くなった事も相まって、敵から攻撃を受ける事はなかった。

スーツがヴィブラニウム合金のアーマーになってからは、更に被弾へのリスクが薄まっていた。

 

久々に感じる、死の恐怖。

私はそれを実感した。

 

逸れたシールドは車にぶつかり、反射した。

そして更に壁へとぶつかり、キャプテンの手元に戻った。

 

まるでピンボールのようだ。

 

……キャプテンはフィジカルのみの超人ではない。

 

超人血清によって強化されるのは、思考力、計算力もだ。

 

空気の流れ、抵抗、物質の剛性、反射角度、様々なモノを計算し、投擲したシールドを自分の元へ返らせる事も可能なのだ。

 

 

私は肉の抉れた前腕部を見る。

……痛覚と視覚、その両方から重傷である事を悟った。

 

だらりと下がった右手を握りしめようとするが、ピクリとも動かない。

 

……神経が切断されたか。

 

通常の人間であれば気絶してもおかしくない激痛だ。

似非超人血清にも痛覚を遮断したり、痛みに強くなる作用はない。

痛みに対する耐性は、普通の人間とは変わりない。

 

だが、私は組織(アンシリーコート)で訓練を受けている。

対拷問用の訓練だ。

水責め、窒息、火炙り、感電、針刺し、爪剥。

 

科学技術によって痕もなく治せる事から、これらの拷問に対する耐性を得る為に訓練……いや、拷問を受けた事がある。

 

痛みを与える為の拷問に比べれば、戦闘中に受けた攻撃の痛みなど……耐えられる。

 

 

「終わりだ。降伏しろ……命まで取りはしない」

 

 

キャプテンが構えを解き、そう語りかけてきた。

 

……生涯、腕を動かせなくなるような傷だが、私ならば自己治癒が可能だ。

半日ほど治癒に専念すれば、治癒因子(ヒーリングファクター)によって傷跡すら残さずに完治するだろう。

 

だが、半日だ。

今この戦いに於いて治る事はなく、左腕のみで戦わなければならない。

 

武器もない。

利き腕も動かない。

 

対してキャプテンは万全の態勢だ。

傷もなく、シールドは手の内にある。

 

勝ち目はない。

 

 

突如、真横の壁が爆発した。

 

壁際の車が吹き飛ばされ、私とキャプテンの間に落ちる。

 

私はその隙に、キャプテンから距離を取る。

 

吹き飛ばされた壁の瓦礫に、人影が見える。

誰かが倒れている。

 

……ウィドウだ。

その手には何も持っていない。

 

 

つまり。

 

 

壁の向こう、砂埃の中から一人の男が現れた。

プロテクターを纏ったスーツに、ガントレットを装備した両腕。

 

そのガントレットは金色のエネルギーを飽和しながら、排熱用の煙を噴き出していた。

 

そして、手元にはアタッシュケースがあった。

 

 

『……ショッカー、か』

 

 

私は呼吸を整えながら、声をかける。

 

 

「……あ?あ、オレってば元の位置に戻って来ちまったのか!?」

 

 

ショッカーが慌てたように声を出した。

 

 

「ナターシャ……!」

 

 

キャプテンがウィドウを抱き抱える。

 

私はショッカーへ声を掛ける。

 

 

『……殺したのか?』

 

「いや……女子供を殺すのはオレ、好きじゃねぇんだよ」

 

 

悪党(ヴィラン)としては及第点以下の考え方だが……私個人としては、その考えには好感が持てる。

 

 

『アタッシュケースは』

 

「ここに……っつうか、アンタ怪我してんのか!?」

 

 

今更気付いたようにショッカーが声を出した。

 

 

『問題ない』

 

「いや、どう考えてもヤベーだろ?腕、半分ぐらい千切れてるじゃねぇか……」

 

 

私が治癒因子(ヒーリングファクター)を持っている事を知らないからか、ショッカーは過剰に反応しているようだ。

 

 

『……ショッカー、お前はアタッシュケースを持って逃げろ。緊急脱出用の小船がある筈だ。コンテナの収容部屋に戻って、組織の幹部どもを連れて行け』

 

「あ、アンタはどうすんだよ?」

 

 

私は……そうだな。

私も隙を見て、海にでも飛び込めば良い。

海水で傷がかなり痛むだろうが、完全治癒するまで漂流し、その後陸まで泳いで戻れば良い。

 

夜の海の温度はかなり低く、普通の人間ならば低体温症で気を失って溺死するだろう。

だが、似非超人血清によって超人になった私からすれば、問題はない。

血清の差はあれど、キャプテンに至っては氷の浮くような海で漂流しても死ななかったぐらいだ。

 

 

『構うな、私は捨て置け。…………話はここまでのようだな』

 

 

目の前でキャプテンがシールドを構えている。

 

 

『ではショッカー、後は頼ん……』

 

「ここでブッ飛ばせば、アンタも逃げれるだろ!?」

 

 

ショッカーは両腕の手甲(ガントレット)、『バイブロ・ショック・ガントレット』を起動した。

黄金色の光が発せられ、細かな振動が発生する。

 

瞬間、金色の可視化された衝撃波(ショックウェーブ)が腕部から発射された。

 

狙いは目前にいるキャプテンだ。

 

 

バカか!?

 

 

そう怒鳴りたくなる衝動に駆られる。

だが、声を出すよりも早く事態は進行している。

 

キャプテンは衝撃波(ショックウェーブ)を回避する事もなく、真っ直ぐ、シールドを構えて突っ込んでくる!

 

衝撃波(ショックウェーブ)は船内の床を粉砕しながら、周りの車も吹き飛ばし、キャプテンを襲う。

 

しかし、キャプテンのシールドに触れた瞬間。

衝撃波(ショックウェーブ)は完全に無効化される。

 

まるで、シールドの向こう側では最初から衝撃波(ショックウェーブ)なんて発生していなかった、と言わんばかりの光景だ。

 

これはヴィブラニウムによる衝撃吸収能力。

衝撃波(ショックウェーブ)を武器とするショッカーと、衝撃を吸収するシールドを持つキャプテンでは相性が非常に悪い。

 

 

「そんな、バカな!?」

 

 

そのまま突っ切って来たキャプテンに、ショッカーは驚いたような声を上げる。

 

そして、キャプテンのシールドバッシュが炸裂し、ショッカーは吹き飛ばされた。

まるで、トラックに轢かれた空き缶のように乱回転しながら吹き飛んだ。

 

間違いなく、大ダメージだ。

まさか、死ん……。

 

 

「ぐぇっ!?」

 

 

いや、死んではないな。

彼のスーツは自身の放つ衝撃波(ショックウェーブ)に耐えられるよう、衝撃を吸収する素材で出来た耐衝撃スーツだ。

 

ヴィブラニウム程ではないが、それでも衝撃には強いのだろう。

 

 

吹き飛ばされたショッカーはアタッシュケースを手放し、別の場所にアタッシュケースが落下した。

 

ショッカー、私、キャプテン・アメリカ、ブラックウィドウ、そしてアタッシュケース。

それらが今、バラバラの位置にいる。

 

ショッカーはまだ体勢を立て直せていない。

ブラックウィドウは気絶している。

 

私とキャプテンが、同時に走り出した。

 

キャプテンはアタッシュケースへ向かっている。

私とキャプテンのアタッシュケースに対する距離はほぼ同じだ。

 

だが、私は右腕を使えない以上、万全の状態で走る事は出来ない。

走る、という行為は足さえ有れば良いわけではない。

腕が動かせない今、身体のバランス感覚が乱れており、激しい運動では粗が出る。

 

そんな状態でキャプテンに競り勝てるか?

お互い無傷の状態でも勝てなかったのに。

 

答えは否だ。

 

私はアタッシュケースではなく、ショッカーの居る方へ走っている。

私はショッカーへ向かって声を出す。

 

 

『ショッカー!私に向かって全力で衝撃波(ショックウェーブ)を放て!』

 

「あ、なんっ」

 

『良いから早くしろ!』

 

 

私は大声で怒鳴り、そのままショッカーへと接近した。

 

 

「あぁ、クソ!どうにでも、なりやがれ!」

 

 

私がショッカーの目前に到着すると同時に、ショッカーは衝撃波(ショックウェーブ)を放った。

 

衝撃波(ショックウェーブ)が私に直撃する。

 

 

『ぐっ』

 

 

思ったより強いダメージに私は奥歯を噛み締めた。

純度の低いヴィブラニウム製の装甲ではキャプテンのシールドのように衝撃を吸収しきれない。

金色の衝撃波がアーマーを貫通し、私の骨を軋ませる。

特に、装甲が引き剥がされている右腕が拙い。

 

血管や筋肉繊維がズタズタになっていく感触がある。

 

 

「何を!?」

 

 

衝撃波(ショックウェーブ)を受ける私を見て、キャプテンが驚いたような声を出した。

一瞬、動きが止まった。

 

その隙が、わずかな時間が、この戦いの勝敗を決した。

 

 

私のアーマーから赤いスパークが発生している。

溜めきれなかったエネルギーを放出するかのように。

 

そう、私のヴィブラニウム合金製アーマーには衝撃吸収能力の他に、そのエネルギーを放射する機能がある。

そして、そのエネルギーはヴィブラニウム特有の波長を発生させ、同じヴィブラニウムの衝撃吸収能力と相殺し、無効化する。

 

私は今にも破裂して砕け散りそうなアーマーの左腕を前に構える。

 

以前、スパイダーマンへと放った衝撃波攻撃(ソニックブラスト)だ。

 

だが、構える先はキャプテンではない。

 

 

「まさかっ……!?」

 

 

身動きの取れない、気絶しているブラックウィドウだ。

 

キャプテンが気付き、アタッシュケースの目前からウィドウの方へ走り出した。

 

 

『…………』

 

 

ショート寸前の思考コントローラーで左掌の衝撃波(ソニックブラスト)発生装置を起動する。

 

キャプテンがウィドウを庇うようにシールドを構える。

 

そうすると思っていたよ、貴方は。

 

私は掌を、ほんの少し下げる。

 

その直後、不可視の衝撃波が放たれた。

周りの車を弾き飛ばし、床を、天井の電灯を、進路上にある全ての物を吹き飛ばし、キャプテンへと向かう。

キャプテンのシールドが衝撃波を受け止める。

 

だが、先程のショッカーの衝撃波を受け止めた時とは違う。

確実に、吹き飛ばさんという力に押されているのが見えた。

 

 

「くぅっ!!」

 

 

キャプテンが力を込めるよう、声を出している。

 

 

……この衝撃波。

恐らくキャプテンに受け止め切られる。

 

それも想定済みだ。

私はウィドウを庇うキャプテンを直接狙って、衝撃波を放った訳ではない。

 

本当の狙いは、その少し下だ。

 

床が捲りあがり、崩壊する。

 

 

「なっ!?」

 

 

キャプテンならば受け止め切れるだろう。

この衝撃波自体は。

 

だが、キャプテンを支える地面はどうだ?

支えのなくなったキャプテンは、宙に浮き上がる。

 

咄嗟に背後にいたナターシャを抱き抱え、そのまま下の階層へ落下していた。

 

船中に緊急のアラートが鳴り始める。

船の機関部にダメージを与えてしまったらしい。

 

 

『ハッ……ハァッ……』

 

 

満身創痍。

そう呼べる状態で、私は膝をついた。

 

両手で地面から支えようとして、右腕が使い物にならない事を思い出した。

 

……これは半日程度では治りそうにないな。

 

左手で身体を支えながら、私はショッカーを見た。

 

ショッカーの表情はマスクで見えなかったが、呆けているのは分かった。

 

 

『ショッカー……今のうちに、アタッシュケースを回収し……組織のメンバーと共に船から脱出しろ……』

 

 

私はそう言って、朦朧とする意識のまま床に倒れた。

 

マスクが、地面にぶつかり大きな音を立てた。

 

 

息を整えながら、自力で脱出する手段を考える。

この状態で海に落下すれば……流石に溺死するか。

なんとか自力で立ち上がり、『A.I.M』か『ライフ財団』の脱出艇に便乗するしかない。

 

私は震える足で立ち上がろうとして……ショッカーに支えられた。

 

肩を貸すような姿勢で、ショッカーが私の左肩を支えている。

ショッカーの右腕にはアタッシュケースがあった。

 

 

「くっ、重っ」

 

 

は?

重くないが?

女の子に対して何て事を……。

 

あ、いや、違う。

重いのはスーツだ。

私ではない、筈だ。

そもそも超人血清によって私は太らない。

 

いや、そもそも……。

 

 

『何をしている、ショッカー……』

 

「……俺も今すぐ逃げ出してぇけどよ……助けてくれた恩人を見捨てて逃げるほど、オレはダサくねぇんだよ……」

 

『そう、か』

 

 

……たとえ、悪党(ヴィラン)であっても。

彼は根っからの悪人では無さそうだ。

 

がしゃり、とアタッシュケースが地面に落ちた。

 

 

「あっ、危ねぇ」

 

 

ショッカーがアタッシュケースを拾おうとする。

だが、落下の衝撃でアタッシュケースは開いてしまったようだ。

 

先程の激しい戦いで鍵や留め具が破壊されたのだろう。

 

そして、私の目にアタッシュケースの中身が映った。

 

 

それは5つの液体だ。

 

灰色。

紫色。

緑色。

黄色。

赤と黄色のマーブル模様。

 

それは小さなカプセル状の容器だった。

 

それぞれにテープが貼ってあり、文字が記入されている。

 

暴動(RIOT)

苦悶(AGONY)

鞭打者(LASHER)

捕食者(PHAGE)

絶叫(SCREAM)

 

不穏な言葉が並んでいる。

 

 

「おっとっと……」

 

 

気付かぬまま、ショッカーがアタッシュケースの蓋を閉めた。

蓋を閉める直前、中の液体が蠢いたように見えた。



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ショック・ユア・ハート part5

機関部が故障した船内は騒動となっており、混乱に乗じて私達……私とショッカー、『A.I.M』と『ライフ財団』の幹部やエージェントは脱出する事が出来た。

 

人数が多かったため、船は二つに分かれた。

『A.I.M』と『ライフ財団』の幹部、エージェントが乗る船。

そして、私とショッカー、船内に居たフィスクの手下が乗る船だ。

 

フィスクの手下、全てがこの小舟に乗っている訳ではない。

追求された場合に、誤魔化す事が出来ないほど悪事に加担している船員だけだ。

 

残りは乗客の避難誘導などを行い、普通の船員のように振る舞っている。

 

 

ショッカーに肩を貸されていた私は小舟のデッキに降ろされ、煙の上がる大型客船を眺めていた。

 

 

……これ、私の責任問題にならないよな?

最終的にブッ壊したのは私の攻撃だけど……。

 

 

『すま、ないな。ショッカー、助か、った』

 

「あぁ、いや、気にすんな……あんたは恩人だからな……それに、すげぇよ。アベンジャーズを倒せるなんてよ」

 

『倒しタ、訳ではナイ。ただ逃げるタメ、ノ』

 

 

声がおかしくなっている事に気付いた。

ノイズが走り、音が途切れる。

恐らく、スーツに負担をかけすぎた所為で故障しているのかも知れない。

 

 

「お、おい。大丈夫かよ」

 

『大丈夫ダ。マスクの故障、ダ』

 

 

私は溜息を吐いて、姿勢を楽にする。

治癒因子(ヒーリングファクター)を稼働させ、体の急所、内臓などの負傷は治した。

あとは皮膚や、骨まで傷が到達している右腕を治せば良い。

 

……うっ、戦いが終わって興奮が抜け、右腕も痛みがジクジクして来た。

いたい。

 

ふと、一つ思い出した。

 

 

『そう言えバ、女と子供は殺したくナイと言ったナ?どう、してダ?』

 

「あ?あぁ……ちょっと昔話になるが良いか?」

 

『アぁ、時間は無駄にあるからナ』

 

 

やっぱイメージと違うなぁ、なんてブツブツ言いながらショッカーが語り出した。

 

幼い頃、両親を若くして亡くした事。

妹の為に金が必要だった事。

妹が病気になった時、金がなくて救えなかった事。

 

それから、彼は『ショッカー』になった。

あの時、助けてくれなかった金持ちから金を巻き上げるために。

腐った世界に『衝撃(ショック)』を与えるために。

 

だから、妹のような……女や、子供を殺す事。

それは自分のポリシーに反しているのだと、そう語った。

 

 

『そうカ……』

 

「あぁ、あんまり話した事は無いんだがな。あんたなら、言いふらしたりしないだろ?恥ずかしいんだよ」

 

『……恥ずかシいか?』

 

「女々しいだろ?」

 

『そンな事ナイさ。私は君の過去を笑わナイ。もし笑ってイる奴が居たら言エ。殺しテやるサ、ショッカー』

 

 

これは本心だ。

天才発明家でありながら、過去のトラウマから抜け出せないショッカー。

 

誰が笑うか、誰にも笑わせたくなかった。

 

 

「はは、あんたが言うと冗談には聞こえないぜ。……あぁ、そうだ。俺のこと、ショッカーじゃなくてハーマンと呼んでくれ」

 

 

そうショッカー……いや、ハーマン・シュルツが言った。

そのまま彼はマスクを脱いで、素顔を見せた。

 

金髪の……精悍な顔付きをした男だった。

だが、普段は整えているであろう金髪は、汗でベチャベチャに乱れていた。

 

 

『……私ハ、顔を見せる事ハ出来ないゾ?ハーマン』

 

「あぁ、良いんだ。これは俺なりの誠意って奴だ。あんたは『ハーマン』の人生を笑わなかった……良い奴だ。だから俺の事を知って欲しかったんだ」

 

『そうカ』

 

「あぁ、ありがとう。レッドキャップ。あんたのお陰で助かったよ」

 

 

ハーマンが頭を少し下げて、笑った。

 

 

『イヤ、私の方こそ助かっタ。お前ガ、居な、けれバ、勝テナカッタだろう。アリ「がとう、ハーマン」

 

 

ふと、変声機が途切れた。

無機質な機械のような声は、年端も行かない少女の声に変わってしまった。

 

完全にヘルメットの機能が停止してしまったようだ。

辛うじて視界はシステムを通していない為、問題ないが……。

 

私は、ハーマンを見た。

 

……酷く驚いたような顔をしている。

 

 

「……ハーマン、いや、ショッカー。この話は内密にしろ。さもなければ」

 

「あ、あぁ。秘密にするよ、当たり前だろ?」

 

 

私が言い切る前に、ハーマンがそう言い切った。

ハーマンの表情は……何だ?悲しみか?怒りか……憐れみ?

複雑な感情を押し殺そうとする顔だ。

 

 

「……そうか、すまないな。ショッカー」

 

「いや、俺こそ悪いな。声を聞いちまって……それに、オレはショッカーじゃなくてハーマンだ。ハーマンで良い」

 

「良いのか?」

 

 

正体を騙した……とは言わないが、意図的に誤認されるよう黙っていたのは事実だ。

それなのに……。

 

 

「オレが良いって言ってるんだから、良いんだよ……ガキは大人の言う事を黙って聞いてりゃ良いんだよ」

 

「何だ?歳下と分かれば急にガキ扱いするのか?良い度胸だな」

 

「うぉっと……悪ぃ悪ぃ……」

 

 

思わず、と言ったようにショッカーが笑った。

彼は共に死線をくぐり抜けた戦友だ。

 

私は……ほんの少し、友情を感じていた。

 

私も笑い、彼も笑う。

 

今はただ傷付いた身体を休めて、穏やかな時を過ごしていたい。

 

朝日が水平線から、昇り始めていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

煙を上げる船の上に、ヘリが到着する。

いや……しかし、ヘリと呼ぶには些か近未来的過ぎたが。

 

一人、色黒の男が降りて来る。

 

黒いシャツに、黒いコートを着た厳しいスキンヘッドの男だ。

側から見れば悪役(ヴィラン)にしか見えない。

左目に眼帯をしている事も、より人相を悪く感じさせる要因の一つだ。

 

だが、乗って来たヘリには猛禽類のシルエットを象ったシンボルマークがある。

それは国際平和維持組織、『S.H.I.E.L.D』のマークだ。

 

そして、その男の前に一人のエージェントが現れた。

 

 

「フューリー長官、ご苦労様です」

 

「あぁ、君こそ」

 

 

色黒の男、ニック・フューリーがそう返答した。

 

 

それを見ていた「私」は担いでいたブラックウィドウ、ナターシャをヘリの医務員に受け渡し、フューリーへと向き直った。

 

 

「……まさか、キャプテンが取り逃がすとはな」

 

「私は超人だが、完璧ではないからな」

 

 

開き直るつもりはない。

だが、過度に信用される事も危険だ。

戦時中、私は幾度となく実感した。

 

 

目前に居る眼帯の男。

彼こそが『S.H.I.E.L.D』の長官、ニック・フューリーだ。

 

ナターシャからの救援要請に偶々本部にいた私が早急で現場へ来た訳だが……フューリーは遅れてしまったようだ。

 

 

「それで……どうしてだ?何があった?」

 

 

フューリーが私に幾つか質問を投げつける。

私はそれに返答していく。

 

 

「……ふむ、レッドキャップ、か」

 

「知っているのか?フューリー」

 

「少し、だが。ニューヨーク内で噂されている都市伝説のような存在だ」

 

「都市伝説?フューリーにしては曖昧な所感だな」

 

「フン、君の言うように私も完璧ではない。何でも知っていると思わない事だ」

 

 

不機嫌そうに、フューリーは鼻を鳴らした。

 

 

「それで、フューリー。その都市伝説とは?」

 

「あぁ。ニューヨークの裏社会を締めるマフィア……そのマフィアのエージェントらしい。どんな人間でも狙った獲物は確実に殺す。女だろうが子供だろうが関係なしだ。そう言った残忍な殺し屋として恐れられているらしい」

 

 

フューリーは手元のタブレットを弄りながら答えた。

 

 

「キャプテンの言っていた赤いマスクと、黒いスーツ。それが『レッドキャップ』という男の特徴だ。一説では顔が赤いのは返り血を吸っているかららしいぞ?馬鹿馬鹿しいが」

 

「男……」

 

 

私は右手で自身の口を覆った。

 

交戦中、私のシールドが奴の右腕に命中した時、一瞬だったが肌が見えた。

直後にシールドで引き裂かれ、血塗れになったが……あれは女か子供……もしくは、その両方だと思った。

 

 

「フューリー、その『レッドキャップ』が女性と言う可能性はあるか?」

 

「ん……?ふむ、そうか。確かに男であると言う証拠はないな。……それともキャプテン、奴が女だと言う確信があるのか?」

 

「確信はないが……」

 

 

私は交戦中、彼……いや、恐らく『彼女』から感じとった印象をフューリーに話した。

 

 

「……なるほど。そうか。これ以上は憶測の域を超えないか……だが、奴の血痕は現場に残っているのだろう?鑑定班に回して調べさせよう。それで女かどうかは分かるだろう」

 

「助かる、フューリー」

 

「あぁ、構わん。それに血痕から分析すれば……そいつのスーパーパワーの源も分かるかも知れん。インヒューマンズか、ミュータントか、はたまた人工的に強化された人間か……事態によってはアベンジャーズの出番かも知れん」

 

「そうだな。その時はスタークの手も借りるとしよう」

 

 

私はそう返答しながら、それほど大事にはならないだろうと確信していた。

 

確かに『レッドキャップ』は手強かった。

 

だがそれは、スーパーパワーありきの物ではない。

ナイフを操る技術、格闘術、不意を突く戦闘センス。

それらは一朝一夕で身につく様な物ではない。

 

恐らく、長年掛けて会得した技術だ。

 

 

だからこそ。

 

もし彼女が子供であるのなら……。

 

 

「どれほど、過酷な日々を送って来たのか」

 

「どうした?キャプテン」

 

「いや、何でもないさ」

 

 

私は自由と平等、博愛を尊ぶ。

だが、真に私は知っている。

 

人間は生まれながら自由ではない。

平等でもない。

 

だからこそ、それらを尊び、目指して生きているのだと。

 

そして、それらを奪い、踏みつける行為は。

 

……許されない。

 

私は彼女を追い込んだ人間……まだ、誰かも分かりはしないが、その何者かへ怒りを募らせた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『A.I.M』と『ライフ財団』の取引護衛。

その任務完了後、私はティンカラーの居る地下室へ来ていた。

スーツの修復のためだ。

 

 

ちなみに、任務の評価は関係組織、全てから「とてもよかった」と評された。

レビューは星5つだ。

 

原因は以下の通り。

 

『A.I.M』と『ライフ財団』からはアベンジャーズ、しかもキャプテン・アメリカが介入したのに逮捕者も出ず、死者も出ず、それどころか取引物すら奪取されなかった事を評価された。

 

フィスクも、船は破壊されてしまったが……いや、そもそも破壊したのは私だが。

 

『A.I.M』からは科学技術を、『ライフ財団』からは多額の資金を提供され、当初予定していたよりも大きく得をしたそうだ。

 

そして『組織(アンシリーコート)』。

元々、組織(アンシリーコート)を半壊させたのはキャプテン・アメリカだった。

なので、今回、組織が作った超人傭兵(スーパーエージェント)である『レッドキャップ』がキャプテン・アメリカを出し抜けた事……それを大きく評価された。

 

これにより、資金が提供されスーツの修復に金の糸目を付けなくて済む様になった。

 

今は着ていたスーツを着脱し、中に着ている防刃、防弾のインナー姿になっている。

 

右腕のスーツを引き剥がす時……皮膚にアーマーが癒着しており、大変痛かった。

辛うじて声は出さなかったが、私以上にティンカラーが慌てている姿が印象深かった。

 

ちなみに現在、腕に木材を挟み、包帯で巻かれている。

言っても一日ぐらいで治る話なのだが。

 

 

『あー、これもう修復できないね』

 

 

ティンカラーが、血の付いた右腕部アーマーを転がした。

 

 

「そうなのか?」

 

 

ヘルメットも被っていない今、私は地声で問いかけた。

 

 

『うーん、交戦結果、右腕部のアーマーの一部が紛失してる。他の部分は何とかなるよ。左腕も……電子部品が殆どブッ壊れてるヘルメットもね。でも右腕は無理だ。ヴィブラニウムがないんだよ、同じ様に修復はできないな』

 

 

困ったなぁ、とティンカラーが唸った。

 

 

「……それなら、右腕部に武器をつける事は出来るか?」

 

『ん?あぁ、それなら大丈夫……いや、そうか。よし、何となく出来そうだな』

 

 

そうやってティンカラーは一人で唸り、一人で頷いた。

 

 

『まぁ、任せておいてよ。他部位は3日で直る。右腕は……同時進行で5日ぐらいかな。余裕を見積もって全部で7日。また一週間後に来なよ、その時に御披露目してやるさ』

 

 

そう言って顔に表示されている紫の光……の右片方が点滅した。

 

ウィンクのつもりか?

うざ……。

 

 

『お、あ、そう言えば!あげたドレスはどうだった?』

 

 

ドレス……船に搭乗した時に着ていたドレスか。

 

 

 

「どう?か……まぁ、悪くはなかったが」

 

『そうか!そりゃあ良かった』

 

 

今日一番、嬉しそうに返事をするティンカラーに私は訝しんだ。

……あのドレス、少し露出が高かったが。

 

 

あ。

 

 

「あぁ、でも。脱出時に船に置き忘れたな」

 

『え!?……でも仕方ないか。命あっての物種って言うしね……どうかな? また作ってあげようか?今度はプライベート用にもっと……』

 

「いや、着ないから不要だ」

 

 

そう言い返すが、ティンカラーは不服そうに唸っていた。

どうしても彼は私にドレスを着せたいらしい……何故だ?



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ボンズ・オブ・モータリティ part1

「お、おぉ……!」

 

 

私は2枚の紙……チケットを手に持っていた。

 

 

「ふふふ」

 

 

普段は出ないような変な笑い声も出てしまう。

 

このチケットからはそんな甘美な匂いが……いや、チケット自体は紙の匂いしかしないが。

 

表面に書いてあるのは、「スイーツフェスタ202X」という文字。

 

そう、これはパティシエ達が競い合うスイーツの祭典……それの招待チケットなのだ。

 

私が日頃食べ漁っているケーキ屋、そこでお得意様にのみ配られる招待チケット。

ちょっと大きめな会場で行われる新作ケーキの試食会だ。

ニューヨーク中のパティシエが集まり、新作ケーキを披露する……最高に美味しいケーキが食べ放題。

 

少し鼻息が荒くなってしまうぐらいだ。

 

 

……開催日は……今週の日曜日だ。

考えただけでワクワクが止まらない。

 

 

「ふふふん」

 

 

下手くそな鼻歌も歌いつつ、チケットを机に置いて……2枚、か。

 

 

誰かもう一人誘えるな。

 

グウェン……は、あんまり甘いの食べられないんだよな。

 

じゃあ……。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ピーター、一緒にケーキ食べに行こう」

 

「え?今日?」

 

 

僕は今、ミシェル、グウェンと一緒に屋上で昼食を食べていた。

 

ネッドは……今日は病欠らしい。

昨日、スターウォーズの一挙放送やってたからな……深夜に。

寝不足で起きれなかったんだろうなぁ、って。

 

 

「違う、今日じゃなくて日曜日。これ見て」

 

 

……なんだか、ミシェル、いつもよりテンションが高い。

何か良いことがあったのだろう……恐らく、今見せて来たチケットの事だろうか。

 

 

「なになに?」

 

 

グウェンがミシェルの差し出した紙を覗き見た。

 

 

 

「「……スイーツフェスタ?」」

 

「そう!美味しい新作ケーキが食べ放題!2枚あるからピーターも来てほしい」

 

「え、グウェンと行っ」

 

 

ドスン!

 

と、脇腹に肘が捻り込まれた。

グウェンだ。

 

 

「ちょっと、何するんだよ、グウェン」

 

 

小声でグウェンに声をかける。

こういう無言で脇腹を突いてくる時は、大体グウェンが耳打ちしたい時だ。

 

 

「童貞、カス、女の敵……女の子からデート誘われてるんだから、断ったりするのは失礼だよ」

 

「で、デート!?」

 

「バカ、声が大きい」

 

 

また脇腹に肘が捻り込まれる。

脇の切り傷はもう無いけれど、グウェンは怪我をしなかった側へ肘を入れている。

まだ温情があるようだ。

 

にしても、デ、デート?

ミシェルを見ると僕達の小声話に首を傾げている。

 

 

いや、嬉しくない訳がないけれど、ミシェルに限ってそんな。

 

 

「女と男が二人で遊びに行ったらデートなんだよ、それは」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

グウェンはちょっと極端過ぎると思うけど。

 

でも、まぁ。

 

 

「ミシェル、行くよ。その、デザートフェス?」

 

「ありがとう、ピーター!」

 

 

……何というか、こんなに嬉しそうなミシェルは初めて見た。

 

ニコニコとした笑顔で、ミシェルはエクレアを頬張っていた。

……クリームが頬に付いてるけど、指摘した方が良いのだろうか。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

日曜日。

スイーツフェスタ当日、朝。

 

スイーツフェスタの開催時刻は14時から17時までだ。

……勿論、最初っから最後まで食べ尽くしたいので14時前には会場に着いておきたい。

 

そして、超人血清の脅威的な新陳代謝能力によって、私は人の数倍は食べられる。

好きな物を好きなだけ食べる、それが私の人生のスローガンなのだ。

それを実行できるスーパーパワーもある。

 

私は寝巻きを脱いで、部屋のシャワーを浴びる。

プラチナブロンドの髪をドライヤーで乾かし、櫛で梳く。

 

化粧台を前に、グウェンから教えて貰った化粧を少しだけする。

 

曰く、「ミシェルは元が可愛いから、化粧は最低限で良い」とか何とか言っていた。

 

正直、化粧を始めたのは最近で……そもそも、ヘルズキッチンの生活中は人付き合いなんて殆ど無かったし……そう考えると、手間のかかる化粧なんてのは慣れていないので助かっている。

 

美少女に産まれて良かった!

……という訳だ。

 

普段着のシャツとショートパンツのまま、ベッドに腰掛ける。

テレビの電源を付けて時間を潰そうとして……。

 

あ。

 

一昨日、グウェンが言っていた事を思い出す。

 

 

『絶対に普段着で行ったらダメだからね!』

『もっと女の子っぽい格好で行かないと!』

『ドレスコードって奴だよ、TPOだから!』

 

 

私は慌ててシャツを脱いで、下着姿のままクローゼットを開ける。

 

 

「女の子っぽい服……?」

 

 

正直、私は前世が男というのもあって、自意識が男と女の中間のようになっている。

スカートを履くのも……なんだか恥ずかしい気がして、避けているのだ。

 

だから、シャツ、パーカー、コート、ジャケット、短パン、ジーンズ……みたいな服ばかりだ。

 

 

「うえっ」

 

 

グウェンに言われたのに……さっぱり忘れていた。

今から買いに行っても間に合う訳がない。

 

 

「ど、どうしよう」

 

 

ガサゴソとクローゼットの中を漁る。

あれもダメ、これもダメ、これも……多分ダメ。

 

 

「あ」

 

 

あった。

 

黒いカジュアルなドレス。

上下が合体してるタイプで肩の部分はレースで出来ている。

ティーンエイジャーが少しお洒落をして着るような……丁度、今にあったドレスだ。

 

そう、先日、船上での特殊任務に使用したドレスと同じドレス。

紛失したと言った私に、ティンカラーが作り直してくれたドレスだ。

 

……つまり、仕事ではなくプライベートのドレス。

 

正直、ティンカラーのことをキモいと思った。

大して親しくもない女にドレスを送るとか、どう言う神経をしているのか。

何を考えてるか分からなくて本当に不気味だ、アイツは。

 

結局、着る機会もなく、クローゼットの肥やしになっていた訳だが……まさか役に立つとは。

 

クローゼットの中にあるヒールも取り出す。

これもヒールの芯にチタン合金が仕込まれていて……まぁ、これもティンカラー製だ。

 

この間の「組織に独断行動を黙っていた件」も含めて、何故かティンカラーは「異様に」私へ優しい。

 

……かと言って、私を性的な目で見ている訳でもない。

私に惚れているという事もなさそうだ。

 

 

私はカジュアルなドレスに着替えて、鞄を手に取り、ドアに手を掛ける。

 

……あ、鞄に携帯端末入れないと。

そして、机に置いてあった充電中の携帯端末を手に取り……メールが来ている事に気付いた。

 

一瞬、訝しんだが……組織からのメールではない事を確認して、ほっと息を吐いた。

 

送り主は……ピーター?

 

 

『ごめん、ミシェル!ちょっと用事が出来ちゃって、少し遅れる!』

 

 

 

私は端末をジッと睨んだ。

 

……いや?怒ってはない。

怒ってないが。

 

そもそも、隣室だから用意ができたら一緒に行こうって約束していた。

……遅れるなら先に会場まで行っておくか。

 

私は携帯端末からメールを返信する。

 

 

『分かりました。会場の入り口で待っています』

 

 

私は端末を鞄に入れて、アパートから出た。

 

外はまだ明るかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

タクシーに乗って会場の入り口まで来た。

……ピーターと一緒にタクシーで来るつもりだったのに。タクシー代は割り勘で。

 

一人で全額、払う羽目になってしまった。

 

いや?お金に困っていると言う事はない。

そんな事はないが……。

 

初っ端から想定外の事があって、私は少し不機嫌になっていた。

折角、車の中で話そうと思ったのに。

 

 

 

そして。

 

 

 

……会場が開いて15分、ピーターが来る気配はまだない。

 

私はため息を吐きながら、携帯端末を開く。

ネットニュースが流れ込んできて、そこで一つ、目に止まった物があった。

 

 

『ビジネス街に巨大なサイ出現!?』

 

 

「……サイ?」

 

 

私は気になってページを開くと、それはニュースの動画だった。

そこそこ大きな音が携帯端末から出たので、慌てて音量を下げて入り口から少し離れた所に移動する。

 

カメラはニューヨーク市内のビジネス街を映している。

黄色と黒の立ち入り禁止テープで区切られる中、サイが映っていた。

 

だが、サイと言っても本物ではない。

 

私には分かった。

金属製のサイ型パワードスーツだ。

 

 

「…………ライノ?」

 

 

ライノはスパイダーマンに出てくる悪役(ヴィラン)だ。

元々は傭兵だったか……強力なパワードスーツに適合し、超人となった悪役(ヴィラン)だ。

 

この世界でライノを見るのは初めてではない。

数度、ニューヨークで暴れて……その度にスパイダーマンに倒されて、ニュースになっていた。

 

映像の中で彼はコンクリートで出来た地面に足跡を付けながら、練り歩いていた。

 

ニュースキャスターが離れた場所から状況を説明している。

 

……凄いプロ根性だな。

危ないのに。

この世界のニュースキャスターは凄い。

 

 

そうやって暴れるライノを前に、逃げ遅れた年老いた女性がいた。

杖が折れて、立てないように見える。

 

そして。

 

そのお婆さんを赤いシルエットが助け出した。

 

 

「……あぁ、そっか」

 

 

だから、ピーターは遅刻していたのか。

 

スパイダーマンがお婆さんを助けて、ライノに飛び掛かり……。

 

 

「お嬢さん、ちょっと良いかな?」

 

 

私は慌てて端末をスリープモードにして、振り返った。

 

 

「何、ですか?」

 

 

慣れない敬語で返しながら、目の前の男を見た。

 

 

……何だか、チャラい男だ。

ミッドタウン高校に私が編入した頃のフラッシュに似ている。

 

……今のフラッシュは、なんというか、爽やかスポーツマンって感じだけど。

心を入れ替えたらしい。

 

とにかく、今私の目の前にいる男は、なんというか……気に入らないタイプの男だった。

 

 

「お嬢さん、今一人?」

 

「一人……ですけど」

 

「じゃあさ、俺と一緒に入らない?ここ、今日はスイーツフェスやってるんだよね」

 

 

知ってる。

私もそれが目的で来たから。

 

 

「ごめんなさい、私、人を待っているから」

 

「えぇ?待ってるって……もう開催時間過ぎちゃってるよ?遅れてるんじゃないの?」

 

「そう、ですけど」

 

 

……ナンパ野郎に敬語なんて使う必要がない気がしてきた。

 

 

「遅れてくるような奴なんて放っておいてさ、俺と一緒に……」

 

 

あ?

 

 

「やめたまえ」

 

 

私が殺意を抱いていると、横から茶髪の男が現れた。

スーツを着た身長の高い、顔立ちの整った男だ。

 

 

「……な、なんだよ」

 

「私が彼女の待ち人だ。邪魔だと言っているんだ、君に」

 

 

茶髪の男が、ナンパ男の胸に指を突きつけた。

 

…………ん?え?あれ?私の待ち人はピーターだけど。

 

 

「ッチ、男連れかよ……」

 

 

舌打ちをして、ナンパ男が遠ざかっていって……。

 

 

「……私の待ち人。貴方じゃない筈、ですけど」

 

「ん?あぁ、そうだね。知っているよ…………おっと、すまない。彼を遠ざける為の方便だよ、気に障ったのなら謝ろう」

 

 

……どうやら、この気障な茶髪の男。

良い人のようだ。

 

 

「……いえ。ありがとう、ございます」

 

 

そして年齢も同じぐらいだ。

敬語は使わなくても良い……だろうか?

 

 

「いやいや、そう感謝される立場ではないさ。僕も君をナンパしに来た男だからね」

 

 

そう言われて、私は少し距離を取った。

前言撤回、良い人ではないらしい。

 

 

「ははは、凄い警戒されちゃってるね。大丈夫、無理に誘ったりはしないさ、待ち人がいるんだろう?」

 

「……そうです」

 

「彼氏さんかい?」

 

「……違う」

 

「なら、僕にもチャンスはあるかな」

 

 

そう言って白い歯を覗かせて笑った。

 

……イケメンだ。

メチャクチャ、イケメンだ。

 

私が普通の女の子ならキャーキャー言って付いていくところだが。

生憎、私は『普通』でもないし『女の子』かどうかも怪しい。

 

 

「……君の待ち人は何時頃来るんだい?」

 

 

腕を組んで、その男が柱に背を任せた。

……イケメンって狡いな。

どんな仕草でもカッコよく見えるんだもの。

 

 

「分からないです」

 

「……そうか」

 

 

男が神妙な顔で頷いた。

 

 

「なら、先に会場に入っていても良いんじゃないか?」

 

「……でも私、会場の前で待つって言ったから」

 

「遅刻するような人間に待ち合わせてあげなくても」

 

「ピーターは」

 

 

私は男の言葉を遮った。

 

 

「何の理由もなく、私の約束に遅れるような人じゃない」

 

「……そうか、ピーター君と言うのか……すまない。知ったような顔をして語ってしまった」

 

 

男が頭を下げる。

……本当に、誠実で良い人だ。

 

きっと、先程の発言も私に対して心配してくれて言ってるんだろう。

 

 

「じゃあ、僕は先に会場に入らせて貰うけど……あまり、外で待っていると冷えてしまうよ」

 

「……大丈夫」

 

 

敬語も忘れて、私は強がった。

 

まぁ、実際に。

超人血清によって強化された身体なら、堪えるような事もないのだが。

 

 

男が私から離れ、会場に向かう。

 

後ろから黒服の男が付いて行って……。

 

 

む?

服装と言い、黒服の従者と言い……金持ちの息子なのだろうか?

私達と年齢も近そうな……恐らく、学生だと思っているが。

 

彼を見送って、私はまた携帯端末を取り出した。

 

ニュースを再度開くと、ライノとスパイダーマンが争っている姿が見えた。

 

……正直、どんなエンタメ作品よりも、スパイダーマン関係の報道が一番面白いと私は思う。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、3時間後。

時間は17時過ぎ。

 

もう、会場も閉まる時間だ。

ニュースではライノがスパイダーマンに倒されて、警察に拘束されていた。

ライノは重厚なアーマーを着込んだ巨体の悪役(ヴィラン)だ。

タフでしつこく、時間がかかってしまったのだろう。

 

スパイダーマンはキャスターにインタビューされかけて……急いで、その場を後にした。

普段の彼からは考えられないほど焦っていた。

 

……もう、スイーツフェスタも閉会式中だ。

急いだ所で間に合わないけど。

 

ケーキ、食べ損ねてしまったな。

 

はぁ、とため息を吐いて携帯端末から顔を上げると……先程、私を助けてくれた茶髪の男がこちらに向かっていた。

 

 

「あっ」

 

「待ち人は……どうやら、来なかった……のかな」

 

「うん」

 

「そう、か」

 

 

男はまた、神妙な顔で頷いた。

私が傷付かないように言葉を選んでいるようだった。

 

 

「君に、これを」

 

 

そして、男の手から箱が渡された。

白い、箱だ。

 

 

「これは?」

 

「会場内のケーキさ、主催者に言って6つ包んで貰った。味は保証しよう、僕が食べて美味しかったケーキだからね」

 

 

確かに、この重みはケーキ6つ分だ。

……箱がひんやりと冷えている。

恐らくドライアイスも入っているのだろう。

 

 

「ありがとう」

 

 

私は心の底から感謝した。

間違いない。

この男は良いイケメンだ。

私が純粋な女の子なら惚れていたかも知れない。

 

 

「……それと、良ければ君の名前を教えてくれないか?」

 

 

そう言って、私の目をすっと見つめてきた。

 

 

「ミシェル。ミシェル・ジェーン」

 

「……そうか、良い名前だ」

 

 

そう言って、男がニッと微笑んだ。

…………あれ?

 

この男の人、どうして名乗らないんだ?

 

 

「貴方は?」

 

 

そう聞くと、男は少し悩むような仕草をして、言いづらそうに口を開けた。

 

 

「僕か?僕は……」

 

 

深く、息を吸って。

 

 

「ハリー……ハリー・オズボーンだ」

 



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ボンズ・オブ・モータリティ part2

「ハリー・オズボーン?」

 

 

オズボーン。

……ノーマン・オズボーン。

 

あぁ、私は知っている。

覚えている。

 

『グリーンゴブリン』、ノーマン・オズボーンの息子。

ハリー・オズボーンだ。

 

 

「……ノーマン・オズボーン……って知ってるかな」

 

 

知っているとも。

 

数ヶ月前、ニューヨーク中を暴れ回り、無差別に爆弾を落として回った悪役(ヴィラン)、グリーンゴブリン。

その正体は……兵器会社オズコープ社の社長、ノーマン・オズボーンだ。

 

 

「知ってる」

 

「そう、か。いや、すまない。僕は……その、君に悪意があって近付いていた訳じゃないんだ。……それだけは信じてほしい」

 

 

目の前のハリーは凄く……辛そうで、悲しそうな目をしていた。

 

そうか。

 

会社の社長もしていた皆に尊敬されていた父、ノーマン。

それが邪悪な殺人鬼として逮捕されたのだ。

 

彼の心中は穏やかではなかっただろう。

 

それに、父親がサイコな殺人鬼と言う事で、彼自身に心ない言葉を投げつける人もいたに違いない。

 

でも、それは……とても悲しい事なのだ。

 

 

「……大丈夫、信じる」

 

「そ、そうか。ありがとう」

 

 

そう言って笑うハリーは安心したように笑った。

 

 

「……すまなかった。隠していて」

 

 

そう言って申し訳なさそうにする、ハリー。

彼は根っからの善人だ。

 

今、どんな心境なのか……私には深く理解する事は出来ない。

 

だけど。

 

 

「隠し事をする事は、いけないこと?」

 

「……え?」

 

「誰だって人に言いたくない事はあると思う。それを言えない、言わないのは……別に悪い事ではないと思う」

 

 

……これは昔の、ピーターの受け売りだけど。

 

それに、悪役(ヴィラン)の息子だから何だ。

私は悪役(ヴィラン)そのものだぞ?

 

責められるべきは貴方ではない。

私だ。

 

 

「……そうか、ありがとう」

 

 

安心したかのようにハリーが頭を下げた。

その目は薄らと涙に濡れていた。

 

 

「……君の事がもっと知りたくなってしまった、な」

 

 

……少し、アドバイスと言うか声を掛けすぎてしまったか。

 

歯の浮くような台詞に心を込めて言ってくる。

 

純粋な女でなくとも……気恥ずかしくなって、自身の頬が上気している自覚があった。

 

 

「……う、今日は……その」

 

 

待ち人(ピーター)がいるから。

そう、言外に示した。

 

 

「あぁ、すまない。君を困らせたい訳ではないんだ。……そうだな、もし良ければ、今度オズコープ社が開催する夕食会に来てほしい」

 

「え、えっと……」

 

 

ぐいぐいと来るハリーに、私はたじろいだ。

 

 

「今日食べられなかったケーキも沢山あるだろうから」

 

「行く」

 

 

行く。

凄く行く。

全然行く。

寧ろ行かせて欲しい。

 

私は甘味に釣られる尻の軽い女だ。

 

 

「良ければ電話番号を交換して欲しい。これが僕の携帯電話の番号だ」

 

 

そう言って胸ポケットから出したメモ用紙に、サラサラと万年筆で電話番号を書いた。

 

 

「……うん、ありがとう。ケーキも用意してくれたし」

 

「どういたしまして。こちらこそ、凄く……そうだな、君と出会えて僕は今日、幸せだったよ」

 

 

また歯の浮くような台詞を喋って、ハリーは離れて行った。

 

イケメンは何やっても様になるんだなぁ、と後ろ姿を見て思った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

まずい!

 

僕はスパイダースーツから素早く、ジャケットに着替えた。

 

一応、僕のパーティ用の服装だけど……僕は腕時計で時間を見る。

 

17時!?

……約束のスイーツフェスタの時間を過ぎているじゃないか。

 

間に合うか間に合わないかじゃなくて、とにかく急がないと。

僕は猛スピードで走って、ニューヨークの街を駆ける。

 

 

そもそも、今日の昼。

警察の電波盗聴イヤホンから、ライノの話を聞いてしまったのが悪かった。

 

ライノは傭兵上がりのスーパー悪役(ヴィラン)で……とにかく、警察官だけでは絶対に勝てない。

僕は既に数度戦っているけど……何度も脱獄して僕に戦いを挑んでくる。

 

今日じゃなくても良いのに!

何でよりによってミシェルと約束してる日なんだよ!

 

僕は喉まで出かかった声を飲み込む。

 

 

「はぁ……はぁ……なん、とか」

 

 

到着した。

 

息も耐え耐えになりながら、サッと身嗜みを整える。

 

ミシェルはきっと、先に会場に入っていた筈だ。

僕の事を待ってて……ずっと待っているなんて事はないだろうから。

 

……すっごく謝って……謝って……許してもらえるのかな。

 

それに……あんなに楽しみにしてたのに、僕は……。

 

胃がキリキリと痛む。

 

 

そうして、入り口の前が見えてくる。

 

 

居た。

ミシェルだ。

 

 

僕は声をかけようとして……ミシェルと話してる男の姿が見えた。

 

慌てて僕は柱に隠れた。

 

だ、誰だ?

もしかして、ナンパ男?

もしそうなら僕が……。

 

 

……いや、どうやら男とミシェルは仲良く話をしているみたいだ。

……ミシェルも笑顔だし……困っているようには見えない。

 

どうしてか、胸の辺りが苦しかった。

締め付けられるような……息苦しいような。

 

 

男が笑顔で手を振って、分かれた。

 

それを見て僕はミシェルの方へ向かって行った。

 

 

「……ミシェル!」

 

「あ、ピーター。遅刻だよ」

 

 

ミシェルがムッとした顔で僕を睨んだ。

 

 

「ごめん……本当に」

 

「私ずっと待ってたのに」

 

 

……え?

 

 

「……会場に入らなかったの?」

 

「ピーターを待ってるって、メール送った」

 

 

そう、そのメールは僕も見た……だけど、そんな。

 

 

「ごめん、ミシェル」

 

 

僕は頭を下げた。

 

ミシェルをこんな……ずっと外に放置していたなんて。

あんなに楽しみにしていたスイーツフェスタにも入らず……ただ、僕を持っていた?

 

そんなの……僕は、酷い奴だ。

 

ミシェルが一人、外で待っている姿を想像し、罪悪感を感じていた。

 

僕が頭を下げてる間、ミシェルはずっと黙っていた。

 

そして。

 

 

「……はぁ。ピーター、私、もう怒ってないよ」

 

「……え?」

 

 

僕が頭を上げると……ミシェルが仄かに微笑んでいた。

 

 

「ピーターが何の理由もなく……約束を破るなんて、思ってないから。何か、理由があったんでしょ?」

 

「それは……」

 

 

確かに。

スパイダーマンとして街を救うために戦った。

でも、約束を破ってしまったのは事実だ。

 

それに、この理由は……ミシェルには話せない。

……スパイダーマンの正体を知ってしまったら、この戦いに巻き込んでしまうから。

 

 

「だから怒ってない。それに……」

 

 

ミシェルが手元に持っていた白い箱を持ち上げ、僕の目の前に持ってきた。

 

 

「優しい人に、会場内のケーキ貰ったから」

 

「……そう、なんだ」

 

 

きっと、さっきの男の人なんだろうな。

また少し息苦しくなった。

 

 

「だから、ピーター。帰って二人で食べよ?」

 

 

努めて笑顔で、ミシェルがそう言った。

普段よりも……ちょっと無理した笑顔だ。

 

きっと、僕に罪悪感を抱かせないように、笑おうとしてるんだ。

……僕は、僕自身が情けなく感じた。

 

 

「ごめん、ミシェル」

 

「ピーター、違う」

 

 

ミシェルが僕の頬を突いた。

 

 

「こう言う時は、ありがとう、で良い」

 

「あ、ありがとう。ミシェル」

 

「うん」

 

 

そう言ってミシェルが満足気に頷いた。

 

それにしても、今日のミシェルは……普段よりずっと可愛らしい服を着ていて……。

 

 

「……可愛い、な」

 

「ピーター、何か言った?」

 

「いや、その」

 

 

ふと頭にグウェンの言葉が蘇った。

 

 

『ちゃんとミシェルのオシャレを褒めなさいよ』

『勿論、声に出して』

 

 

あっ。

 

 

「えっと、今日のミシェル、可愛いなって……」

 

「……そうかな?ありがとう、ピーター」

 

 

そう言って、ミシェルが頬を緩めた。

 

その安心しきった、嬉しそうな顔に僕は目を惹かれて……顔が熱くなった。

 

 

あ、そっか。

 

 

僕はきっと、ミシェルがこうやって幸せそうな表情をしているのが好きなんだ。

 

 

……きっと、それは……。

 

 

……僕がミシェルの事を好きって事……なのだろうか。

 

確信は持てない、けど。

 

 

ケーキの入った箱を大事そうに抱えるミシェルに並んで、僕達は帰路についた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ガタリ、ガタリと車が揺れる。

舗装されていない道を走り、街から離れていく。

 

私……ノーマン・オズボーンは今、腕を拘束されて輸送されている。

目の前と左右に、武装した警官もいる。

 

……厳重体制だ。

そこまで警戒しなくとも、『私』は何もしないのに。

 

ちら、と目前の警官を見る。

 

 

「パトリックさん、私はこれから何処に向かうのでしょうか?」

 

 

名前は先程、他の警官と話している時に聞いた。

私は今、輸送されているが……実際に何処に輸送されるかは知らないのだ。

 

 

「……黙れ、ノーマン。私語は慎め」

 

 

そう言って警官……パトリックは眉を顰めて、私の言葉を遮った。

 

そこにあるのは敵意だった。

 

それもそうだ。

『俺』は過去に数十人の人間を殺している。

未だに死刑になっていないのは、その特異性の為でしかない。

 

肉体強化薬、と呼んでいる薬がある。

筋肉を強化し、思考すら強化する。

誰でも超人になれる。

 

夢のような薬だ。

 

だが、実際に服用した私に待っていたのは、抑えきれない暴力性の強化という副作用だった。

 

『俺』は自身の邪魔をした人間達を皆殺しにして、民間人を虐殺し…………スパイダーマンに打ち負かされ、逮捕されたのだ。

 

 

ガタガタと揺れる護送車の中で、私は後悔に苛まれていた。

 

 

クエスト社との軍事兵器採用競争に負けて……いや、彼等がオズコープ社に勝った原因は賄賂だが……しかし、それでも結果的には敗北し、焦る私は自分自身で人体実験を行った。

 

確かに身体能力は大幅に強化された。

 

だが、それと代償に暴力性と凶暴性が強化され、私の人格は二つに分離した。

 

ノーマン・オズボーンと言う『私』と、グリーンゴブリンと言う『俺』に。

 

『俺』はスパイダーマンによって倒されてから、その姿を潜めている。

だが、またいつ蘇るかも分からない。

 

私は心に、制御の利かない緑の悪魔を飼っているのだ。

 

 

 

突如、大きな爆発音がした。

 

 

ぐらり、ぐらり。

 

護送車が横転し、ひっくり返る。

 

耳鳴りがする。

突然の衝撃に吐き気もする。

 

叫び声が遠くに聞こえる。

 

怒声と発砲音。

 

そして金属の擦れる音。

 

 

そして、耳鳴りが止んだ。

 

 

目の前に血塗れで倒れている警官がいて、私は道路に突っ伏していた。

 

 

「……あ……あぁっ!?」

 

 

困惑しながら立ち上がり、振り返る。

護送車が燃えている。

 

警官……パトリックは息があるようだが……動けないように見える。

 

 

コツコツと、靴がなる音がして私はそちらを見た。

 

 

黒い、タキシードスーツの男だ。

この煙と炎が舞い、血が流れる場所に不釣り合いな、現実離れした男が居た。

 

 

「初めまして……ノーマンさん」

 

 

そうやって礼をする男……その顔は……酷く、普通で印象の薄い顔をしていた。

 

 

「君、は?これをやったのは君なのか?そもそも、目的は?」

 

「あぁ、そんなに焦らないで……ここには貴方を傷付けるモノはありません」

 

 

酷く愉快そうな顔で男が笑った。

 

 

「な、何が目的だ?」

 

「目的?そうですね、目的と言えば……私は貴方を助けたかった。貴方の復讐の手助けがしたいんです」

 

「復讐……?」

 

 

私は不思議に思った。

復讐なんて、何も……いや、一人だけ脳裏に映る姿があった。

スパイダーマン、か?

 

 

「そう、彼ですよ。私も彼を憎んでいます。どうですか、共に」

 

「違う。『私』は貴様とは違う!」

 

 

私は大きな声で怒鳴った。

 

コイツはきっとロクでもない奴だ。

恐らく新聞やマスコミでの悪評を聞いて、私がグリーンゴブリンそのものだと思っている。

だが、違う。

 

アレは『私』ではない。

断じて認める訳にはいかない。

 

 

「……まぁ、良いでしょう。好きになさって下さい」

 

 

諦めたような顔で男が笑った。

 

 

「ところで、貴方が向かう先は知っていましたか?」

 

「向かう先?より厳重な刑務所に、と言われていたが……?」

 

「いいえ、違います。刑務所なんて、そんな甘い場所じゃあない」

 

 

呆れたような顔をして、男が言葉を紡いだ。

 

 

「『レイブンクロフト精神病院』ですよ。一度入れば出られない厳重な病院。イカれた悪魔を二度と地上に出られぬよう封印する場所です。二度と息子さんにも会えないでしょうねぇ」

 

 

息子。

 

ハリーの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

「自身の罪を認める姿勢は素晴らしい。ですが、司法は貴方の敵ですよ、ノーマン。なら、今やるべき事が……貴方には分かる筈だ」

 

 

そう言って男は後退り……そしてまるで緑色の霧のようなモノを残して消えていった。

 

 

 

「現、実?なのか?」

 

 

私は辺りを見渡す。

この炎の熱も、血の匂いも。

現実だと言う証拠だ。

 

 

「う、ぐ」

 

 

私は呻いている警官を見つめて、助けを呼ぼうとして……

 

 

 

止めた。

 

 

ここから離れろ。

今なら逃げられる。

息子に会いたい。

 

 

そんな感情に支配された私は、警官達を見捨てて逃げ出した。

 

幸い、今この時間は深夜だった。

 

『俺』は無意識のうちに頬が吊り上がっていた。



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ボンズ・オブ・モータリティ part3

翌日。

私はミッドタウン高校の教室で、グウェンと向き合っていた。

 

 

「グウェン、付き合って」

 

 

私はグウェンにそう言った。

 

グウェンは困惑した表情をして……そして、納得したように頷いた。

 

 

「うん。何に?」

 

 

何?

 

 

「あっ」

 

 

そこで私は自身の失言に気付いた。

 

 

「か、買い物に……」

 

「うん、いいよ。でもミシェル気をつけてね?そう言う言い方をしちゃうと勘違いしちゃう男がいるから」

 

 

グウェンがそう言うと。

 

……ピーターが咽せて水をこぼしていた。

 

あ、そうだ。

今日学校に来たら何故かピーターが頬を押さえてた。

どうしたのか聞いたら「壁にぶつかった……」とか言っていた。

 

……壁に頬からぶつかる事なんてあるか?

私は訝しんだ。

 

彼は隠し事が驚くほど下手だ。

よくスパイダーマンである事がバレてないな……。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

「で、ミシェル。買い物って?何がいるの?」

 

「……女の子っぽい服」

 

 

そう。

前日、ピーターとスイーツフェスタで約束した際に気付いたのだ。

 

私は、あまりにも女の子っぽい服を持っていない。

お洒落な勝負服がないと言う事だ。

 

価値観がまだ男寄りだからと言うのもあるが、カジュアルなジーパンや、ショートパンツ、みたいなのしか持っていない。

 

……あとはティンカラー製のドレスぐらい。

 

つまり、カジュアルとフォーマルの間の服がない。

ちょっとお洒落な服装をしなければならない時、困ると言うこと。

 

 

ハリーに誘われてる『オズコープ社の夕食会』、それに参加するための服もないのだ。

 

 

グウェンは私の言葉に…………凄く、意味深な笑顔をしていた。

 

 

「へぇ……ふぅん……なるほどねぇ……」

 

 

やはり、グウェンは凄い。

言わなくても何となくで理解してくれる。

コミュニケーション能力が高すぎる女だ。

 

……ん?

 

何故かニヤニヤとした目でピーターを見ているのが気掛かりだが。

 

 

「そういう事なら良いよ、勿論。じゃあ明日、土曜日に」

 

「うん、ありがとう」

 

 

そう言って約束している中、ピーターがチラチラとコチラを見ていた。

気になるなら話しかけてくれれば良いのに。

 

変な奴だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

私は今、ショッピングモールに来ている。

クイーンズでも有名な大きなショッピングモールだ。

 

その中にある服屋。

学生でも比較的買い求めやすい、リーズナブルな服屋に来ていた。

 

……そして今、下着姿で鏡の前に立っている。

ここは試着室だ。

そして、手元には……白い、ワンピース。

 

 

「グ、グウェン、これ絶対似合わない……」

 

 

カーテン越しに居るグウェンに、私は声を掛ける。

 

 

「絶対似合うって、とにかく着てみなよ」

 

 

……ぐっ、似合う……と言うのは何となく分かるのだ。

だって私、美少女だし。

だが、とにかく恥ずかしい。

 

もう少し煌びやかじゃない感じの、清楚っぽくない感じの、女の子っぽいけどカジュアルな服からスタートしようよ、グウェン。

何で、こんな、ハードルの高い……。

 

 

私はファスナーを引いて、ワンピースを着る。

……この、よく分からないベルトのようなモノは……あ、臍の上に来るように巻くのか。

 

そうして着終わって鏡を見れば……清純派の美少女が顔を赤らめていた。

 

 

「グ、グウェン、やっぱり似合ってない……」

 

 

カーテンを開いて、グウェンが私をマジマジと見る。

そうして親指を立てた。

 

 

「え?似合ってるよ、メチャクチャ可愛いーよ」

 

「似合ってない……!」

 

 

いや、似合っているのだろう。

容姿的には。

 

だが私は恥ずかしくて仕方がなかった。

……くっ、膝下がスースーする。

 

これに比べればティンカラーの作ったドレスはかなり着やすかった。

色も黒いし、スカートの丈も長い。

 

お淑やかな感じであったり、可愛らしさを全面に推した真っ白なワンピースは……劇物だ。

私を毒殺する猛毒ワンピースだ。

 

 

「う、ぐ、う」

 

 

変な唸り声を上げていると。

 

 

パシャ。

 

 

とシャッター音が聞こえた。

 

 

「グウェン……!?」

 

「あ〜、つい」

 

 

グウェンがスマホをポケットにしまった。

 

 

「……私で遊んでる?」

 

「いやいや、ホントの本気で選んでるよ。じゃあ、次はこれ着てみようか」

 

 

そう言って差し出された服は……。

ピンクのフリフリでレースなフワフワの……。

 

 

「ぐ、くっ」

 

 

 

変な唸り声を出しながら、私はそれを受け取った。

 

 

正直。

正直な話だが。

 

絶対に着ないような服だが、折角グウェンが選んでくれたのだ。

グウェンはこういう時、人を馬鹿にするような服を用意する訳がない。

その辺の信頼はある。

 

だからこそ、無下に出来ない。

私の唯一の女友達なのだ。

正しい女の子向けファッションは私には分からない。

だから、彼女に従う他、なかったのだ。

 

 

 

「似合ってるよ〜、ミシェル」

 

 

パシャ。

 

 

「ぐ、く、ぐぎぎ」

 

「次はこれ」

 

 

パシャ。

 

 

「う、う」

 

「これも、これも」

 

 

パシャ。

 

 

「う………ぅ……」

 

「あと、これ!」

 

 

パシャ。

 

 

「……………」

 

「あれ?ミシェル?」

 

 

私はもう瀕死だった。

グウェンの着せ替え人形にされて、私のプライドと羞恥心はズタズタだ。

 

 

「……疲れた?」

 

「……うん」

 

 

もう、本当に疲れている。

死にかけだ。

 

 

「じゃあ、最後にこれだけ」

 

 

そう言って、ミシェルに渡された服を見て……。

 

 

「あっ」

 

 

私は思わず声が漏れた。

黒白、チェック柄のスカートに、白いシャツ。

落ち着いた見た目の服装だった。

 

 

「うーん、ミシェルにはもっと可愛い系で派手なファッションが似合うんだけどね。ファッションって言うのは本人が好きで着ないとダメだからね」

 

 

私は渡された服装に着替えて、鏡の前に立った。

 

……そうだ、こういうので良い。

こういうのが良いんだ。

 

 

私はカーテンを開けて、グウェンの前に立つ。

 

 

「似合ってるよ、ミシェル」

 

 

そう言ってウィンクするグウェンは……うん、やっぱり滅茶苦茶カッコよかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ぺろぺろ。

 

 

「そう言えばミシェル、夏期休暇中の旅行用の水着、買った?」

 

 

ぺろぺろ。

 

私は首を横に振った。

 

 

「えー?学校指定の水着で行くつもり?」

 

 

ぺろぺろ。

 

私は首を縦に振っ……

 

 

「……ミシェル、とりあえずシャーベット食べ終わるまで、話は止めておいた方がいい?」

 

 

私は首を縦に振った。

 

ぺろぺろ。

 

 

私が今舐めているのは商業施設内の露店で売っていたアイスだ。

クランベリー味。

甘酸っぱくて美味しい。

 

クランベリー単体は酷く酸っぱい果物なのだが、このシャーベットは大量に甘味料を投入されているらしく、私好みの甘味に……

 

おっと、溶ける、溶けてしまう。

ぺろぺろ。

 

シャーベットを貪る私を見て、グウェンは呆れたような、微笑ましいものを見るような、不可思議な目で見ていた。

 

 

「う、ごめん、グウェン。一口、食べる?」

 

「え?」

 

 

え?だって食べたいから、そんな目を……。

 

 

「私そんなに食い意地張ってるように見える?」

 

「ご、ごめん」

 

 

私はシャーベットを食べ終え、プラスチックの棒をゴミ箱に捨てた。

 

 

「それで……夏期休暇中の旅行の話」

 

「あ、あー、そう言えば」

 

 

そう、ミッドタウン高校では夏期休暇中に学年旅行がある。

各クラスの委員と教師が連携して旅行を計画する……そんなイベントだ。

 

で、私達の旅行先は……フロリダ州のマイアミだ。

マイアミと言えば……マイアミビーチ。

夏!海!ビーチ!と来れば、まぁ、そう言う事だ。

 

 

「でも新しい水着を買わなくても、学校指定の水着で……」

 

「あ、り、え、な、い」

 

 

グウェンが両手でバッテンを作った。

 

 

「み〜んな気合い入れた水着着てるのに、ミシェルだけスクール指定の水着……そんなんで良いの?」

 

「あ、え、うん」

 

 

別に、良いけど。

 

なんて言ったら話がまた、ややこしくなりそうだ。

 

 

「と、言う事で。午後は水着を買おっか」

 

「グウェンも買う?」

 

「私はもう買ってあるから大丈夫。あ…………そうだ」

 

 

ニッコリとグウェンが微笑んだ。

 

 

「ミシェル、好きな男のタイプ教えてくれない?」

 

 

は?

 

 

「え?」

 

「いや、そんな小難しい話じゃなくてさ……ちょっと気になる事があってね?ねぇ?お願い、ね?」

 

「え、えっと」

 

 

す、好きな異性のタイプ、か……?

 

年頃の女の子ならば、こう言う話は普通にする事……なのだろうか?

 

私は元々、男だったし……今生、今まで学校にも行ってなかったから分からないけど……。

 

いや、でも、そもそも私の自意識の半分以上はまだ男だ。

 

確実に、多分、きっと、男を恋愛対象として見る事なんて……無い。

 

と、思う。

 

でも……そうだな、敢えて……敢えて言うなら。

 

 

「私の、好きなタイプは」

 

 

グウェンの問いへ回答すべく、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

目の前には狼狽えるミシェルの姿があった。

 

ミシェルは恋愛に対しての意欲が薄く、自身の可愛さ……美人である事に無自覚だ。

 

私、グウェン・ステイシーはそれを「勿体ない」と思っていた。

 

目前のミシェルを見る。

 

目を惹くプラチナブロンド。

宝石みたいにキラキラしたコバルトブルーの瞳。

小ちゃい口。

すべすべの肌。

 

小動物的な可愛さと、人形のような綺麗さを両立させた……奇跡的な可愛さ。

 

そして、そんな容姿以上に可愛い中身。

自己評価が低く、少し内向的だけど……だからと言ってコミュニケーションが苦手な訳でもなく、少しユーモアがあって……。

 

あぁでも、一つ……いや二つだけ、欠点と言うか、気になる事があった。

それは、異性に対して危機感が全く足りていない事だった。

二つ目は……異性に対する興味が薄そうに見える事だ。

 

 

 

 

私は今週末の出来事を思い出していた。

 

ミシェルはこの学校に転校して来た時から……特別と言って良いほど、ピーターとは仲が良かった。

 

そんなピーターが放課後、声を掛けてきたのだ。

それもミシェルが手洗いで教室に居ない間に。

 

 

「グウェン……ちょっと頼みがあるんだけど……良いかな?」

 

 

頬を腫らしたピーターが私へ声を掛けた。

……頬を腫らしてるのは私がビンタしたからだ。

 

先日、ミシェルがピーターとデートに出かけたのだが……ピーターのカスボケ童貞野郎が遅刻したのだ。

結局、時間通りに来ず、お家デートみたいな形になったそうで……何故知っているかと言うと、ピーターが結果報告をして来たからだ。

私は懺悔室かって……まぁ、懺悔するのは良いけど、とりあえずビンタしといた。

 

そんなピーターが至極、真剣な表情で声をかけて来た。

私は茶化したりする事もなく、話を聞く事にした。

 

 

「どした?ピーター」

 

「あの……ミシェルに聞いて欲しい事があるんだけど……」

 

「ん?自分で聞けば?」

 

 

このヘタレが。

何かと思えば……どうしてこう、彼はヘタれるのか。

 

ピーターの顔は悪くない。

上中下で評価するなら、上と中の間ぐらいはある。

上の下から、中の上ぐらいだ。

 

だが、そんな彼がクラスの女子に評価されていないのは……ひとえに、ひっじょ〜に情けないからだ。

 

こう、ガツガツ!とした貪欲さと言うか。

俺がリードするぜ!みたいな力強さと言うか。

我儘さとか、強さとか。

 

所謂、男らしさ。

 

そういうモノが足りてないのだ。

その点ではフラッシュに100点ぐらい負けている。

 

……まぁ、フラッシュはガツガツし過ぎだと私は思うけどね。

だけど、ああ言う奴がモテるのが世の中ってこと。

 

 

私が心の中のピーターを詰っていると、現実のピーターが口を開いた。

 

 

「好きな男のタイプとか……」

 

「OK、聞いとくわ」

 

 

間髪を容れず、私は即答した。

 

そう言う事なら、大歓迎だ。

私は他人の恋話が大好きだからね。

 

それに、ミシェルが恋でも何でもしてくれるなら、それは何というか微笑ましいし、嬉しいし。

 

 

 

 

はい、回想は終了。

目の前の出来事に戻る。

 

 

好きな男のタイプは?

 

と私に聞かれたミシェルは狼狽えていたが(そこもかわいい)、意を決したように口を開いた。

 

 

「私の、好きなタイプは……困った時に助けてくれる人、かな」

 

 

へぇ。

 

 

「優しくしてくれる人ってこと?」

 

「優しくしてくれる……って言うよりは、困っている人をそっと助けてくれる……そんな、頼りになる人かな」

 

 

あ、あー。

 

なるほど?

 

 

「……ヒーロー的な?」

 

「そうかも」

 

 

……ふーん?

 

ミシェルも可愛い所があるんだな……いや、違う、可愛い所しかないが、更に可愛い部分があるなんて……。

 

 

だって、それってさ。

 

 

「つまり、自分のピンチに助けてくれる白馬の王子様ってコト?」

 

「……あ、うん?そんな感じ……なのかな?」

 

 

しっくりしていない顔でミシェルが頷いた。

無自覚か、それも可愛い。

 

 

にしても。

 

あぁ、これは。

 

 

ピーター、脈なしって事か……。

 

……だってアイツ、頼りになるヒーローってイメージと真反対にいるような奴だし。

情けないし、頼りないし……まぁ、優しくて良い奴だけど。

 

哀れだ。

 

来週の月曜日……朝から落ち込むピーターの姿を幻視して。

私は十字を切りたい気持ちになった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

僕は……ハリー・オズボーンは、机の上の携帯を眺めていた。

 

携帯電話に表示されているのは、連絡先だ。

 

ミシェル・ジェーン。

 

彼女は不思議な人だった。

齢は僕より一つ歳下だったけど……何というか、不思議な……そう、少し成熟したような印象を受けた。

 

 

「はぁ」

 

 

溜息を吐いて、携帯電話のモニターを消灯した。

 

ここは僕の家だ。

正確には、逮捕された父、ノーマン・オズボーンの家だ。

 

父が『グリーンゴブリン』として逮捕された後、この家は僕の名義となった。

 

ただ、広い。

広いだけの家だ。

 

一人で住むには……広過ぎる。

 

僕は席を立ち、一階にある父の書斎へと向かった。

 

そこは父がいなくなった時から、何も変わらない。

鏡に埃が溜まっていたが。

 

 

「父さん……なんで」

 

 

僕は今まで父が座っていた椅子に腰掛け、頭を抱えた。

 

父は、ノーマン・オズボーンは善人だった。

少なくとも、僕の前では。

強く、優しく、賢く、厳しい。

 

理想の父だった。

母が死んでから、男手一つで育ててくれた。

 

……無差別テロを行うような人間ではなかった。

 

僕は……机の上に立てられている写真立てを見た。

僕と父の写真だ。

 

僕はそれに手を伸ばそうとして……。

 

コンコン、と窓ガラスが叩かれた。

 

 

「誰だ?」

 

 

不法侵入者か?

 

僕が目を向けた先に……浮浪者のような男がいた。

ボロボロになった布を纏い、下には薄汚れた橙色の服を着ている。

 

そして、顔を見て……驚愕のあまり、息が止まるかと思った。

父が、ノーマン・オズボーンがいた。

 



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ボンズ・オブ・モータリティ part4

浮浪者のような姿だった父を家へと迎え入れ……話を聞いた。

 

『肉体強化薬』と呼ばれるオズコープ社の開発した試作薬……それによって暴力性を持った人格が生み出されてしまった事を。

 

……やはり、父は自分の意思であんな事をしていた訳ではなかったんだ。

 

僕は胸を撫で下ろして……この不条理塗れの現実に、遣る瀬なさを感じていた。

 

 

「でも、父さん……何で帰って来れたんだい?」

 

「私にも分からない……ただ、誰か……何か……何者かに助けられた」

 

 

そう言って、父は語った。

精神病院に送られる直前、何者かに護送車が襲撃されたらしい。

 

 

「……父さん、これからどうするんだい?」

 

「勿論、自首する……だが、一つ。とても気掛かりだった事がある」

 

 

父は立ち上がり、書斎の姿鏡……その上部にあるワシのような形をした彫刻を触った。

顎が可動式になっていたようで、持ち上げると目が緑色に光った。

 

 

「な、何を……?」

 

「これは私しか知らない、隠し部屋へのアクセスキーだ」

 

 

書斎の大きな本棚がスライドし、機械のプレートのようなドアが現れた。

 

父はそのドアのすぐ横……黒いパネルに手を置いた。

 

電子音がして父の手形がスキャンされる。

そして、ドアが開かれた。

 

 

「このドアの生体認証には私と……ハリー、お前のみが登録されている」

 

「僕の……?」

 

「あぁ、私が居なくなったら……『処分』して欲しかったんだ」

 

 

そう言って、父がドアの中に入る。

僕も慌てて追従して中に入ると……そこは、本当に我が家なのかと疑うほど機械的な部屋だった。

 

まるでオズコープ社の研究室のような部屋だ。

 

本棚のように並べられたショーケースには、剥き出しのまま、緑色の液体が入った蓋付きのシリンダーが並べてある。

 

棚のような場所には橙色をした小さくて丸い機械が幾つも並べてある。

機械の中央にある目のようなレンズには光が灯っていない……起動していないと言う事だろう。

 

そして、人が乗れるような小さな台座……それには羽があって、まるで空を飛ぶ事を想定しているような見た目だ。

 

 

「ここは……?一体、何が……」

 

「ハリー、これを見てくれ」

 

 

父が壁に付いているレバーを引き上げると、部屋の隅で唯一暗くなっていたショーケースが明るく光った。

 

 

そこには、緑色のアーマーがあった。

人体を模したプロテクターに、邪悪な笑みを浮かべるマスク。

 

 

「グ、グリーンゴブリン……?」

 

「何を驚く事があるんだ?私が何故逮捕されていたか、知っているだろう?」

 

「で、でも」

 

 

ショーケースの中から、悪魔のような笑みで、邪な眼差しで、僕を見つめている。

 

僕は……どこかで目を背けていたのだ。

 

父は悪くない。

グリーンゴブリンは幻なのだと。

誰も被害者なんていない。

父は何も変わっていないと。

 

だが、現実は違う。

 

父は悪人で。

グリーンゴブリンは実在して。

確かに殺されてしまった人達が居て。

父は……変わってしまったのだ。

 

 

「……ハリー?どうした、気分が優れないのか?」

 

「あ、あぁ、ごめん。父さん……」

 

「……ここを出よう。私もあまり良い思い出がない」

 

 

父に促されて、部屋を出ようとして……背後で、ガラスが割れる音がした。

 

 

「……父さん?」

 

 

僕が振り返ると、一つ、緑色の液体が入ったシリンダーが床に落ちて割れていた。

緑色の液体は大気に触れて、気化していた。

緑色の煙となって舞い上がる。

 

父はシリンダーの並べられた棚の前で、虚な目をしていた。

 

 

「何を……!?」

 

 

ガシャン、ガシャンと。

 

父がシリンダーを手に取り、床に叩きつける。

中に入っていた液体が霧散し、視界が薄く緑色に染まっていく。

 

 

 

「な、何をしてるんだ!?父さん!」

 

「ハリー、ハリー、ハリー。私が変になったのは、この薬の所為なんだ。この薬は人をおかしくする……それを処分するために私は……私?私か?何故?なんで、こんな事を!?」

 

 

父が狂ったように笑い、棚を引き倒した。

全てのシリンダーが割れて、煙が部屋に充満する。

 

 

「父さ、げほっ、ゴホッ」

 

 

煙を吸ってしまい、頭が不明瞭になっていく。

意識が混濁する。

 

 

「大丈夫だ、ハリー……きっとお前も『俺』と同じになれる……『俺』達は一緒なんだ。ハリー。受け入れて、進むんだ。ハリー、ハリー。ハリー?」

 

 

平衡感覚を失い、僕は壁にもたれ掛かった。

 

目の前には父が三人いる。

そんな筈はないんだ。

 

父は一人だ。

母は?

母は死んだ。

僕は二人いる。

何故だ?

二人な訳がない。

違う、二人だ。

『僕』は僕で、『俺』も僕だ。

 

 

ライトが幾つかにブレて見える。

 

少しずつ、意識を失って行く。

 

 

ショーケース越しに……醜悪な緑色の妖精が、僕を嘲笑っていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「グウェン、今日は楽しかった」

 

 

私は手荷物でいっぱいになった両手を見る。

何着かの服と、夏期旅行の水着、それとグウェンお勧めの化粧品、シャンプー、よく分かんないアクセサリー。

 

沢山買ってしまった。

 

あまりにも沢山買うものだから、途中からグウェンが片方の袋を持っていてくれた。

 

 

「私の方が楽しかったかもね」

 

「……でも、グウェン。今日は何も買ってなかった。私の買い物に付き合わせただけ……」

 

 

そう、グウェンは手荷物がなかった。

ショッピングモールに来た時と、ショッピングモールを出る時。

荷物の数が変わっていないのだ。

 

 

「ふふん、出来る女と言うのはウィンドウショッピングで満足するものよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「嘘。ちょっと金欠だったのよ」

 

 

グウェンがあまりに自信満々で言うものだから、私は納得してしまいそうになった。

 

……私は片方の手提げ袋を床に置いて、中を漁った。

 

アクセサリーの中から、一つ、取り出す。

 

 

「グウェン、これ」

 

 

私が手に取ったのは、革製のブレスレットだ。

外側は金属になっていて彫刻が刻まれている。

 

 

「ん?これ、さっき露店で買った奴だよね」

 

「うん」

 

 

これは……グウェンがジッと見ていたブレスレットだ。

値段もそんなに高くないけど……グウェンはひとしきり触った後、元の位置に戻していた。

 

だから。

 

 

「これは……私からのプレゼント」

 

 

そのブレスレットを、グウェンに手渡した。

 

 

「え……」

 

「今日、一緒に買い物来てくれたし……色々教えてくれたし……いつも、仲良くしてくれるから」

 

 

そう言うと、グウェンは手渡したブレスレットと私の顔を何度か交互に見て……満面の笑みで私を抱き寄せた。

 

 

「ふべっ」

 

「あぁもう、何て可愛いの!?ミシェルに彼氏なんてやっぱり要らない!私が彼女……いや彼氏になるから!」

 

 

胸元に抱きしめられた私は、グウェンにガシガシと乱暴に頭を撫でられた。

 

ぐ、苦じい……。

 

私が返事をしない……いや、出来なくなっていることに気付いて、グウェンが私を解放した。

 

 

「あ、あっ、ごめん。ミシェル、大丈夫?」

 

「はっ……はぁっ……だ、大丈夫」

 

 

息が出来なくて苦しいのは事実だ。

だが、物理的に息が出来なかった訳ではない。

ミシェルの良い匂いを吸って、これ以上吸えなくなって……自分で息を止めていたのだ。

 

 

「でも、その、すっごく嬉しいよ。ミシェル。ありがとう」

 

 

そう言って微笑むグウェンを見て……私は胸が温かい気持ちになった。

 

ずっと。

 

ずっと、こうして……仲の良い友達と一緒にいたい。

 

今、この時だけは……何もかも、しがらみを忘れて、ただの『ミシェル・ジェーン』で居たい。

 

 

私は、心の底から笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「ミシェル……本当に、一緒に帰らなくても大丈夫?」

 

「大丈夫。こう見えても私は力持ちだから」

 

 

私が両手に荷物を持っている事に、グウェンは心配しているようだった。

 

でも、安心して欲しい。

私が本気になれば車だって持ち歩けるのだから。

 

 

「そ、そっか……分かった。うん、信頼する」

 

「うむ」

 

 

渋々、頷いたグウェンを見て私も頷いた。

 

 

「じゃあ、ミシェル。また明日……は、休日だから、明後日!月曜日に……また学校で」

 

「うん、今日はありがとう」

 

「良いって事よ。じゃあ、またね」

 

「うん、またね」

 

 

……『またね』か。

 

グウェンと別れた私は歩き出す。

 

ショッピングモールから家まで、徒歩15分ぐらいだ。

そこそこ歩くが……外もまだ別に暗い訳じゃない。

 

ほんのり赤くなっているだけだ。

まだ夜と呼べるようになるまで1時間はかかるだろう。

 

 

「ふふ……」

 

 

私は今日の出来事を忘れないだろう。

……特別な日ではないけれど。

 

生憎、私の記憶力はかなり良いんだ。

超人血清のせいで。

 

だから、何てことのない毎日が、アルバムのように脳へ収められている。

 

初めてクイーンズに来た日から、ずっと。

 

 

私が悪役(ヴィラン)として今まで生きてきた中で、振り返りたくなるような思い出は無かった。

だけど、『ミシェル』としてなら……それは沢山あった。

 

ピーターと一緒に、ご飯を食べた事も。

ネッド達と一緒に、夜遅くまで皆で映画鑑賞会をした事も。

グウェンと一緒に、買い物した今日みたいな出来事も。

 

どれも、ありきたりだけど、幸せな記録の1ページだ。

 

だから、私は……。

 

 

 

手元の携帯端末を見る。

 

暗号化された文章が写っている。

 

『刑務所から脱走したノーマン・オズボーンの抹殺依頼』

 

私は携帯端末を閉じて、胸ポケットに入れた。

 

 

 

私は。

 

この幸せを守るためならば、どんな事だってしてみせる。

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

私はグウェンと買い物をした荷物を持ったまま……地下の拠点へと来ていた。

 

荷物を冷たいコンクリートの床に置いて、小さなコンテナからスーツを取り出す。

 

私服を脱ぎ捨てて、防刃のインナースーツに着替える。

 

下駄状のパーツを踏めば、自動でブーツが装着される。

腕も腰も、身体も。

 

アーマースーツは着るまで面倒に見えるが、実際は楽だ。

全自動だからだ。

 

私はアーマーを装着した右腕を見る。

 

ティンカラーによって修復された右腕は、以前から大きく変わっている。

破損してヴィブラニウムパーツが減ったため、修復しきれず最低限のアーマー部しか補填できていない。

左腕に比べて、追加装甲部が薄くなっている。

 

代わりに、新造のパーツが装着されている。

これは『クローフック』だ。

 

三つの鋭利な爪が付いており、それを特殊な合成繊維で編んだワイヤーで繋げている。

射出装置が付いており、遠くのものを拾ったり……それこそ、スパイダーマンのように天井に貼り付けてスイングする事だって出来る。

 

ぶっつけ本番は困るな……少し、この部屋で練習を……。

 

 

そう考えていると、自身の携帯端末が鳴り響いた。

手に拾い上げて確認すると『ジョージ・ステイシー』という文字が見えた。

 

グウェンの父か……何の用だ?

 

 

 

 

……マスクはまだ着けていない。

私は意識を『レッドキャップ』から『ミシェル・ジェーン』に切り替えて、電話に出る。

 

 

 

「はい、ミシェル、です。ジョージさんですか?」

 

「あ、あぁ。そうだ、ジョージだ。その、聞きたい事があるんだが」

 

 

慌てた様子でジョージが話を続ける。

 

 

「今、グウェンと一緒に居ないか?」

 

「…………え?居ない、ですけど」

 

 

私の心臓が強く打ち付ける。

動悸している。

 

 

「グウェンがまだ、帰ってきていないんだ。何かの事件に巻き込ま……」

 

 

私は携帯端末を足下に落とした。

 

 

グウェン。

 

グウェン?

 

グウェン・ステイシー?

 

……ノーマン?

 

グリーン・ゴブリン……?

 

 

私の記憶の中で、幾つかの事項が結び付く。

 

それはまるで『蜘蛛の巣』のように張り巡らされ、散らばった記憶の中から重要な項目が結び付いて行く感覚。

 

 

瞬間、『見たくない』景色が見えた。

 

想像し得る景色の中で、最も避けたい未来。

 

それが頭の中に浮かび上がる。

 

目を閉じても、その景色は映り続ける。

 

 

高所から落ちて行く『グウェン・ステイシー』。

 

高笑いをする『グリーンゴブリン』。

 

助けようとする『スパイダーマン』。

 

 

やがて、グウェンが落下して……死ぬ。

 

何度も、何度も……その景色が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

「うっ……うぐっ……」

 

 

 

思わず呻いて、壁にもたれかかる。

 

電話越しに、ジョージ・ステイシーの声が聞こえる。

 

 

景色の中でピーターの、グウェンの、ゴブリンの姿形が変わる。

 

『役者』が変わり、『描き手』が変わる。

 

様々な世界で、様々な姿に変えて、同じ結末に落ちて行く。

 

血塗れのグウェンを抱きしめて、涙を流すピーター。

慟哭が響く。

私の心を締め付ける。

 

 

何故、今頃になって思い出すのか。

思い出してしまうのか。

 

それは分からない。

きっと誰かが……何かが、私の記憶を縛っている。

それでも、私は今、犯人探しなんてしている余裕はない。

 

 

……私は。

 

彼女を、救う、ために。

 

 

……血よりも赤い、真っ赤なマスクを装着した。

 




次話、今書いてます。


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ボンズ・オブ・モータリティ part5

ちょっと長めです。


その日、僕はあんな大きな……僕にとっては大きな、大きな事件が起きるなんて知らないまま……いつも通り、パトロールをしていたんだ。

 

 

「お婆さん、もう落としちゃダメだからね!」

 

「えぇ、まぁ、ありがとう、スパイダーマン」

 

 

財布を落とした老婆の代わりに、財布を探してあげたり。

 

 

「はい、これ、ちゃんと返したからね」

 

「ありがとう!本当に……返ってこないと思ったわ!」

 

 

鞄をひったくられた女性を助けたり。

 

 

「ありがとう!」

 

 

車に轢かれそうになっていた子供を助けたり。

 

銀行強盗を捕まえたり。

 

看板にペンキを塗るお兄さんの手伝いをしたり。

 

事故を起こした車から運転手を救出したり。

 

 

そうして気づけば、空は暗くなっていた。

あぁ、人助けに集中し過ぎてたみたいだ。

 

休みの日は、一日中、人助けをしている事も少なくはない。

だから、ニューヨークの人達は僕の事を「親愛なる隣人」と呼んでくれている。

 

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

 

……死んでしまった僕の叔父の言葉だ。

強い力を扱う者には、責任がある。

 

自分だけのためではなく、世のため、人のために使っていかなきゃならない。

 

何より、僕が「何もしない」事を選択した所為で、誰かが不幸になってしまったら……それこそ、僕は耐えられないや。

 

それに。

 

人助けは嫌いじゃない。

感謝されたり、褒められたり、そう言うのって凄く気持ちいいからね。

それもあるかも。

 

 

……はぁ。

 

今頃、ミシェルはどうしているだろうか?

 

最近、僕は一人の女の子がずっと気になっている。

心ここに在らず……とまで行かなくても、暇な時にふと顔が思い浮かんでしまう程に。

 

それほど、彼女は魅力的だった。

 

決定的に感じたのは先週……二人でケーキを食べた時かな。

 

僕は彼女との待ち合わせに遅刻してしまって……スパイダーマンとしての活動だったけれど、それでも彼女はそんな事を知らないのに、僕を許してくれた。

 

 

『ピーターが何の理由もなく、約束を破るなんて思ってないから』

 

 

そう、言ってくれたんだ。

 

彼女は僕が隠し事をしているのを分かった上で、それでも暴こうとせず……怒る訳でもなく……許容して、微笑んでくれた。

 

彼女は寛容で……それで……。

 

 

僕は、彼女に恋をしたんだと、はっきりと……白黒のシルエットぐらい、はっきりと確信したんだ。

 

 

そんな彼女は今日、友人……ちょっと意地悪だけど優しいグウェンとショッピングに出かけてる。

 

いや、出掛けて「いた」かな?

流石にもうお開きになってると思う。

 

盗み聞き……じゃあなくて、偶々耳に入った話からすると、ミシェルが「女の子らしい服を買いに行きたい」ってグウェンに言っていた。

 

女の子らしい……?

と思ったけど、そう言えばミシェルはラフな格好が多かった。

シャツとズボン、それかショートパンツ……って姿がすごく多い。

 

僕はそれを「らしい」と思ってたし「似合ってる」と思っていたけど、彼女はそれを「女の子らしい」と思っていなかったのだろう。

 

先週はドレスを着ていたから、「女の子らしい」服を持ってないって訳じゃないんだろうけど。

 

……あ、そう言えば、あの時の格好……すごく可愛かったな。

写真撮らせて貰えば良かったかも。

 

 

とにかく、彼女は今日、グウェンとショッピングに行っていて……それで、僕もちょっとだけ付いて行きたかったけど。

流石に女の子の服選びに付いて行くのは……ちょっと、僕にはハードルが高くて。

 

はぁ、こんなのばかりだから、グウェンに「へたれ」って罵られるんだろうな。

荷物持ちでも良いから、付いて行けば良かったのに。

 

 

「……そろそろ、今日は帰ろうかな」

 

 

重い腰を上げて、辺りを見渡す。

 

22階建てのビルの上、そこから見下ろす景色は綺麗だ。

 

空も暗くなって、ビルや車の灯りが電飾のように街を飾り立てている。

 

僕は帰路に就くべく、足を踏み出そうとして……。

 

 

耳につけたイヤホンの音が鳴った。

 

それは、僕の持っている携帯電話からの転送だ。

転送元は……グウェンだ。

 

 

何の用事だろう?

 

あぁ、そうだ。

グウェンにミシェルの好きな人のタイプを聞いてたんだった。

 

今日、聞けたのか?

 

その連絡だろうか……だってグウェン、用事も無ければ僕に電話する事ないし。

 

 

僕はボタンを押して、電話に出る。

 

 

「もしもし、グウェン?どうかし──

 

『ハロー、スパイディ……』

 

 

だけど、そこから聞こえて来た声はグウェンの……いや、そもそも女性の声ですら無かった。

 

だけど、聞いた事がある声だ。

そして、僕がスパイダーマンだって事を知っていて、更に「スパイディ」なんて愛称で呼んでくるのは。

 

 

「ノーマン……!?」

 

『いいや、違うね。俺はグリーンゴブリンだ』

 

 

聞こえる筈のない声だ。

だって彼は、僕が、刑務所に……。

 

 

「な、なんで……なんでお前が、グウェンの電話を持って……!」

 

『グウェン?あぁ、グウェンね。グウェン・ステイシー……お嬢ちゃんは今、俺の横で寝てるよ』

 

「ふざけ──

 

『い〜や?スパイディ、俺はいつだって真面目さ……ほぉら、今すぐ、こっちに来ないと……』

 

 

ノーマン、グリーンゴブリンが言葉を繋いだ。

 

 

『大事な大事なグウェン嬢ちゃんが……死んじまうぜ』

 

 

僕は、足下の床が崩れ落ちる様な、錯覚をしてしまった。

 

 

「何が目的だ……!?」

 

『何がしたいか?何をしたいか……?オイオイ、そんなの今は大事じゃないだろ?お前は今すぐ彼女を救いたい。じゃあ、やるべき事は一つだろう?俺の下に来ることだ、違うか?ハハ』

 

 

そう言って、僕を小馬鹿にするようにゴブリンが笑った

 

 

「ど、どこに……」

 

『自分で考えろ!って言ったら面白いけど、ちょっと可哀想だな。それに俺も暇じゃない。お前が来るまで待ってたら、退屈過ぎて殺してしまうかも知れないし、なぁ?」

 

「どこにいるんだ……!」

 

『オイオイ、焦るなよ。今言うところさ。ところでスパイディ、母親に怒られた事はあるか?やろうと思ってた事をよぉ、やる直前に「やれ」つって怒られたら、そりゃあもう気分が悪ぃ──

 

「ふざけるなよ……!今すぐ見つけてブチのめしてやる!」

 

『おっと、怖い怖い』

 

 

怒りのあまり、壁に拳を叩きつけると、ゴブリンは驚いた様な馬鹿にするような声をあげた。

 

 

『場所は……オズコープビルから南東に200m。解体中のビルだ……ついでに、一個ルールを追加だ。お前が他の誰かに言おうモンなら、気付いた時点で大事な大事な、お嬢ちゃんをブチ殺してやるからな。一人で来いよ……俺の気が変わらない内にな』

 

 

ハハ。

 

ハハハ。

 

ハハハハハハハ。

 

 

狂った様な笑い声と共に、通話が切断された。

 

僕は……心に暗雲が立ち込めて、彼への怒りと、グウェンへの心配と、焦りに身を駆られ、ビルの上から飛び出した。

 

今すぐ、助けに行く。

 

だから無事で居てくれ……。

 

僕は、あんまり信じていなかった神様に、今だけは祈りたくなった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

オズコープ社のビル……その近くの解体中のビル。

 

そこに到着すると……上の方で灯りが点いている事に気付いた。

 

中に入れば、殆ど空洞だった。

壁や屋根は取り払われていて、鉄筋が剥き出しになっている場所もある。

 

下の階層は殆ど解体済みだったが、最も上の上層は床があって見えなかった。

 

その上層にゴブリンは居る。

そう確信した僕は、(ウェブ)を使って全力でビルをかけあがった。

 

階数で言えば17階。

落ちれば即死のような鉄筋の足場を蹴り、登って行く。

 

 

そして……居た。

 

一年近く前と全く同じ姿をした、ノーマン・オズボーン……グリーンゴブリンが。

 

だけど、その手にグウェンは居ない。

周りを見ても居なかった。

 

 

どこに……?

 

 

僕は辺りを見渡して……そんな僕に気付いたゴブリンが話しかけて来た。

 

 

「よぉ、スパイディ。久しぶりだな」

 

 

緑色のプロテクターで身を固めた彼は、気さくに話しかけてくる。

 

まるで、数年来の友人の様な馴れ馴れしさで。

 

 

「……ゴブリン。グウェンをどこにやった」

 

 

僕は怒りで……目の前のふざけた男をブチのめしたい欲求に駆られていた。

だけど、グウェンが見つからない今、僕は手を出せずに居た。

 

 

「オイオイオイ、二人であってすぐ別の女の話しか?ちょっとは話を聞いていけよ」

 

 

そう言うと、ゴブリンは目の前にあるパイプ椅子へ座った。

 

 

「外を見てみな」

 

「外……?」

 

「そう、クレーンがあるだろ?その先だ」

 

 

僕は窓の外にある大型クレーンを見る。

このビルの屋上から繋がれたクレーン……。

それはビルの外へ向かう様に突き出されていて……。

 

待て。

 

先に、何かがある。

 

違う、誰かが──

 

 

「よっと」

 

 

ゴブリンが何かのスイッチを押すと、クレーンに灯りが灯った。

 

そして、その先にいる『誰か』の姿が見えた。

 

 

「グ、グウェン……!」

 

 

そこには、いつもの元気さ、溌剌とした表情を見せず、目を閉じて……眠っているグウェンが居た。

その体は紐で巻かれて、クレーンの先端に繋がっていた。

 

 

「そう、グウェン・ステイシー。お前の大事な友人、そうだろ?」

 

 

僕は唇を噛んだ。

 

ゴブリン。

彼は僕が、スパイダーマンがピーターである事を知っている唯一の悪人(ヴィラン)だ。

 

 

僕は、放射能を浴びて突然変異した蜘蛛に噛まれてスーパーパワーを得た。

詳しく説明すると、オズコープ社が主催する化学博覧会で噛まれた……つまり。

スパイダーマンが誕生した時、ノーマン・オズボーンはそこに立ち会って居た。

 

蜘蛛に噛まれて意識を失った僕が、救急隊員に運ばれているところも見ていた。

 

だから彼は、いくつかのヒントを持っていた。

 

そして、ゴブリンとして僕と対峙した時……その疑念の証明をして、スパイダーマンがピーター・パーカーである事を暴いたんだ。

 

彼はスパイダーマンの正体を黙っていた……逮捕されて数日間、僕は気が気でなかったけど。

理由は分からない。

 

ノーマンの心の奥底がリミッターになっているのか……それともゴブリンの愉快犯的な意識が黙っているのか。

 

とにかく。

 

 

「……彼女を解放しろ」

 

 

僕は、彼女を助け出す事を優先する。

 

 

「……そうだなぁ。俺の仲間になるなら考えてやってもいい」

 

「仲間……?」

 

「そうさ、俺はこの世界が好きだ。面白くて面白くて堪らない。だから、もっと楽しみたい。だがまぁ、何も一緒に楽しもうなんて言ってるんじゃあない」

 

 

ゴブリンが愉快そうに笑う。

 

 

「ただ俺を見逃すだけで良いんだ……分かるか?俺が人をブッ殺しても、黙って見てるだけで良い……それで、このお嬢ちゃんは助かる。どうだ?」

 

 

指を立てた。

それは僕と、グウェンを交互に差した。

 

 

……見逃す訳、ないだろう。

 

でも、今は……。

 

 

「分かった。見逃す。だからグウェンを──

 

(ダウト)だ、ピーター・パーカー。俺は嘘を吐くのは好きだが、吐かれるのは嫌いなんだ」

 

 

カチリ、とゴブリンは腰のバックル、そこにあったボタンを押した。

 

瞬間、窓の外で爆発が起こった。

 

 

「なっ」

 

「グッバ〜イ。金髪の可愛いお嬢ちゃん。スパイディが見捨てるから死んじまうなぁ。可愛そうになぁ」

 

 

それはクレーンに繋げられていた拘束部が爆発した音だ。

 

オレンジ色の破片が一瞬見えた。

 

それはゴブリンが好んで使っているオズコープ社製の爆弾だ。

カボチャのような色をしている事から『パンプキン・ボム』そう呼称していた。

 

クレーンのフックが破壊され、それと同時に拘束されているグウェンが宙に放り出された。

 

 

「グウェン!」

 

 

僕は窓ガラスを叩き割り、倒れ込むように体を前に出して(ウェブ)を発射した。

 

グウェンに巻き付いているロープに(ウェブ)をくっ付ける。

僕はうつ伏せの状況で窓際で踏ん張り、彼女が落ちないようにして……。

 

 

あぁ。

 

 

僕は今、ビルの窓際にいる。

グウェンはビルの外で落下している。

 

そして、今、僕は(ウェブ)を繋いだ。

 

だから……グウェンは弧を描いて、ビルの外壁に衝突した。

 

 

「…………ッ!?」

 

「おっと!痛そうだなぁ」

 

 

僕が失態を犯し、背後からゴブリンが嘲笑った。

 

少なくとも数メートルの高さから落下したのと、同等の衝撃をグウェンは受けただろう。

 

グウェンの頭から血が流れている。

 

 

「くっ……」

 

 

僕が悲観に暮れている中、背中を強く踏まれた。

 

 

「うぐっ!?」

 

「それじゃあ、ここからゲームスタートだ。ゲーム名は『危機一髪!?スパイダーマンは少女を助けられるか?』だな。ほらッ!」

 

 

再び、強く踏まれる。

背骨が軋む。

 

思わず(ウェブ)から手を離してしまいそうになる。

だけど、絶対に離しはしない。

 

この(ウェブ)の先に、グウェンがいるのだから。

 

脇腹を蹴られ、後頭部を蹴られ、足を踏まれる。

 

 

「くっ、そっ!」

 

「良い気分だぜ、スパイディ。俺は、お前に逮捕されてから、どうやって復讐(アヴェンジ)するかずーっと考えてたんだ。悔しいが、お前は俺より強い。俺じゃあ、お前に勝てない」

 

 

ゴブリンが泣き真似をする。

 

 

「だから、お前の大切な奴らを、お前の目の前でブッ殺す事にした!目の前で一人ずつ、ブチ殺してやるよ」

 

「やめ、ろ。ゴブリン……!」

 

「嫌だね。やめろ!つってマジで『やめる』奴は居ねぇよ!次は……そうだな、金髪のガキだ。なんつったかなぁ…………そうだ」

 

 

ゴブリンが手を叩く。

僕は彼が話に夢中になっている間に、少しずつグウェンを引き上げて行こうとして……。

 

 

「そう、ミシェル、だったか?次は、ソイツをお前の前でバラバラにしてやるよ」

 

 

怒りで、脳が沸騰しそうになる。

 

僕はグウェンを繋いでる方と逆の手で(ウェブ)を放とうとする。

 

 

「おっと、危ない」

 

 

その腕をゴブリンに蹴られて、あらぬ方向へ(ウェブ)が飛んだ。

 

 

「……反抗的だな。自分の立場が分かってねぇように見える」

 

 

そう言うと、ゴブリンは腰のバックルからコウモリのような形状をした手裏剣、『レイザーバット』を取り出した。

 

 

「そろそろクライマックスだ」

 

「何を……」

 

 

そして、ゴブリンが窓際に立ち、武器を持った手を振りかぶった。

 

そこで、僕は彼が何をしようとしているか気付いた。

 

 

「や、やめろ!」

 

「さっきも言ったぜ、スパイディ!『やめろ』つって──

 

 

そのコウモリ型の手裏剣を投げた。

 

 

「『やめる』奴は居ねぇってな」

 

 

その手裏剣が、僕の手からグウェンへと伸びる糸へ向かう。

 

 

時間が、凄く、遅く流れているように感じた。

 

 

手裏剣が(ウェブ)を切り裂いた。

 

僕は、立ち上がって、また繋ごうとウェブシューターを構える。

 

ゴブリンが僕の腕を掴み、捻った。

 

グウェンがゆっくりと自由落下を始める。

 

 

ダメだ。

 

 

ダメだ、ダメだ、ダメだ!

 

 

「グウェン!」

 

「別れの挨拶を言いな!スパイディ!落下したら、潰れたトマトになっちまうからよ!」

 

 

その瞬間、向かいのビル……その5階の窓ガラスが割れた。

 

 

「あ?」

 

 

ゴブリンが呆けた声を出した。

 

その叩き割られた窓ガラスから、何者かが飛び出した。

 

 

あれは……。

 

赤いマスクに黒いスーツ……レッドキャップだった。

 

 

彼は落下するグウェンを抱きしめて、そのまま地面に落下していく。

 

そして、右手からフックのようなものを射出し……このビルの壁へと突き刺した。

 

キリキリと火花を散らしつつ、足を壁に引っ掛けて、落下を阻止したのが見えた。

 

 

「グウェン……」

 

 

何故かは分からないけど、彼が助けてくれた事だけは分かった。

 

 

「チッ!ツマラねぇ事をしやがる!」

 

 

再度、ゴブリンが僕の脇腹を蹴った。

何度も殴られて身体中傷塗れの僕は、回避し切れずに蹴られてしまった。

 

 

「うぐっ」

 

「今日はここまでだが……!」

 

 

ゴブリンは腕のリモコンを押した。

突如、部屋の奥から飛行物が来た。

 

飛行する小型の土台、グライダーだ。

それにゴブリンは乗り、飛び上がる。

 

 

「だが、スパイディ。さっきの言葉は忘れるなよ?テメェの大切なモン全部ズタズタにしてやる。それまで大事に愛でとくんだな?ハハハハハハハ!!!」

 

 

高笑いと共にゴブリンが飛び上がる。

 

そのまま飛行し、このビルを去っていった。

 

 

僕は……一瞬、ゴブリンを追おうか考えて……ビルの下にいるグウェンの方へ向かう事にした。

 

身体のそこらが痛い。

幾つかの骨は折れているに違いない。

 

それでも、(ウェブ)を使って、痛みを悟られないよう……地面に着地した。

 

 

……目の前にグウェンを抱き抱える、レッドキャップの姿があった。

グウェンは頭から血を流している。

服も所々破れている。

 

……きっと、僕よりも酷い怪我をしている。

 

そう思っていると、グウェンを見ていた赤いマスクが……こちらへ向いた。

 

 

『頭部に裂傷、背骨の骨折、打撲、擦り傷多数……重傷だ』

 

 

何を考えているか分からない、中性的で機械的で平坦な言葉が聞こえる。

 

 

「……助けてくれた?」

 

『お前の為ではない。スパイダーマン……取引だ。取引をしよう』

 

 

そう言って、抱き抱えたグウェンを僕の前に突き出した。

 

 

『私は今からグリーンゴブリン……ノーマン・オズボーンを殺す。お前は彼女を連れて病院へ行け……そして、私の邪魔をするな』

 

 

その言葉は、僕の頭をハンマーで殴ったかのように強く響いた。

 

 

「殺、す?」

 

『そうだ。奴が死んでも、お前は困らないだろう』

 

 

僕はグウェンを手渡される。

……思っていたよりも、軽かった。

 

 

「殺すのは……ダメだ」

 

『殺すしかない』

 

「だけど……」

 

『その女は重傷だ。今すぐ病院に送り届けなければ……死ぬかも知れない。ここで問答している暇は無いはずだが』

 

「……分かった。だけど……僕は、納得していない」

 

『別に、納得してもらう必要はない。さっさと行け』

 

 

僕はグウェンを抱きしめて、なるべく揺らさないように気をつけながら(ウェブ)で移動する。

 

振り返ると、そこにはもうレッドキャップの姿は無かった。




次回、レッドキャップ視点です。


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ボンズ・オブ・モータリティ part6

振り返れば。

フィスクがノーマン・オズボーンを殺すように決めていたのは……彼がグリーンゴブリンになった直後だった。

 

オズコープ社と利権争いをしていたクエスト社、そこはウィルソン・フィスクの息がかかった軍事企業だった。

 

フィスクは賄賂や脅迫などで、この国の軍の正式装備として契約を掠め取るつもりだった。

そして、弱体化したオズコープ社を買収し、その科学技術を手に入れる予定だったのだ。

 

だが、その企みは追い詰められたノーマン・オズボーンがグリーンゴブリンとなり……クエスト社の重鎮を殺害した事によって大きく歪められる事となった。

最終的にオズコープ社は買収されたが……クエスト社の影響力も大きく落ちてしまった。

 

計画を歪められたフィスクはノーマン・オズボーンへの怒りを隠せなかった。

既に逮捕され、表社会から抹消された人間を殺すなど……無意味で無価値な事だ。

それはフィスクにも分かっていた。

 

だが、彼は相手に舐められたまま、不快な思いをしたまま、そいつがのうのうと生きている事が許せなかった。

キングピンは確かにインテリ系の悪役(ヴィラン)だ。

だが、それ以上に『怒り』という感情に従順な悪役(ヴィラン)でもあった。

 

逮捕され、超人用の刑務所に入れられたノーマンにはGPS付きの生体チップが入れられた。

オズコープ社の社長の逮捕、それは世間での話題性が強過ぎたため、迂闊に刑務所内で抹殺できなかったのだ。

 

だから、万が一。

万が一にも彼が刑務所から脱獄した時……見つけ出して殺せるように。

 

彼の位置が掴めるよう、生体チップを埋め込んだのだ。

 

 

私はマスクの位置情報表示機能を起動し、ノーマンの位置を表示する。

 

フィスクの所有する人工衛星から取得してきた情報が処理されて、マスクの中に表示された。

 

 

前方、100メートル。

視界に映るゴブリングライダー、そしてそれに乗るノーマン、グリーンゴブリンを視界に入れる。

右腕のクローフックを駆使して、それを追いかける。

 

そして、廃駅の上空にゴブリンが来た時。

 

 

私は太腿部からナイフを取り出した。

 

残念ながら、今私が持っている武器はこのナイフ一本だ。

前回、キャプテンアメリカやブラックウィドウと戦ってから、スーツの修復は間に合ったが……武器関係は用意出来なかったのだ。

散弾銃(ショットガン)とガンランチャーはあったが……今回のような追跡、暗殺任務では身軽な方が良い。持ってきていない。

 

よって私が持つ、唯一の武器。

炭素系特殊合金製ナイフを強く振りかぶり、ゴブリンの乗るグライダーへ向けて、投擲した。

 

ナイフは夜の空を引き裂き、グライダーのエンジンに命中した。

 

私の使用しているナイフは黒く、光を全く反射しない。

この光の少ない夜の空では視認する事すら難しい。

 

ゴブリンが何やら慌てているようだが、グライダーはそのまま地面へと滑空していく。

グライダーには左右に飛行エンジンが装備されている。

片方が破壊された程度では地面に真っ逆さま……とは行かないだろう。

 

廃駅の中にグライダーが不時着する様子を見て、私はクローフックを射出した。

 

電灯に突き刺さり、灯りを破壊する。

私は足で地面を蹴り、全力で繋がっているワイヤーを引っ張る。

前方向に強い力が加わり、宙へ飛び上がる。

 

クローフックの先端を収納し、巻き取る。

 

そのまま、私はゴブリンを追いかけて、廃駅の中に飛び込んだ。

 

 

剥がれかけたタイル。

ひび割れたコンクリート。

剥き出しの鉄筋。

くたびれた線路。

薄暗い中に輝く非常灯。

壁一面に書かれた下手くそなスプレーでの落書き。

 

かつては華やかで、多くの人が行き交ったであろう場所。

それはもう見る目もなく、堕ちて、堕ちて、堕ちて……堕落し、見窄らしい姿になっていた。

 

 

それは目前で横たわり、のたうつ緑の醜い妖精と同じだ。

 

 

『初めまして、ノーマン』

 

 

私が声をかけると、驚いたように振り返った。

そして、声を出そうとした所を──

 

顔面を強く殴りつけた。

 

 

「ぐがっ、なっんっ──

 

 

驚いてるゴブリンを、再度殴り付けた。

 

よろけながらも彼は無理矢理、私から距離を取る。

 

そしてプロテクターに包まれた指で私を指差す。

 

 

「て、めぇ!何モンだ!何故、俺を殺そうとしやがる!スパイダーマンの仲──

 

『仲間ではない。そして、もう喋らなくて良い』

 

 

言葉を遮り、拳を握りしめる。

ぎちぎち、と音が鳴った。

 

目の前の男への殺意を抑えられなかった。

先程のグウェンの姿を思い出せば……脳が沸騰するかと思うほど、狂いそうになる。

いや、既に狂っているのかも知れない。

 

私はゴブリンに真っ直ぐ歩き始める。

嬲り殺しにしてやる。

 

 

ゴブリンは腰に装着していた爆弾……『パンプキンボム』を取り出し、私に投擲した。

 

避ける事もなく、私はそれを左手で掴む。

 

 

「へっ!バカが!」

 

 

ゴブリンがスイッチを押せば、手に持っていた爆弾が爆発する。

廃墟となっている駅で埃が巻き上がる。

 

一時的に、互いの視界が不自由になる。

 

『パンプキンボム』。

非常に強力な熱エネルギーを放出し、直撃した人間を一瞬で跡形もなく蒸発させる。

最後は焼け焦げた骨だけしか残らない、強力な爆弾だ。

 

直撃すれば即死は免れない。

 

普通ならば。

 

 

「んぁ……!?」

 

 

だが、私は普通ではない。

 

私は埃を払い、ゴブリンの目前に立った。

そのまま、呆けているゴブリンの腹を強く殴る。

 

 

「うっ、おげぇっ」

 

 

ゴブリンがマスクの中で吐瀉する音が聞こえた。

 

確かに、彼の身に纏う緑のプロテクターは最先端かも知れない。

衝撃を吸収し、ダメージを軽減してくれるだろう。

 

だが、単純に。

それ以上の力で殴られれば無意味だ。

 

ゴブリンの腹部、腹筋を模したプロテクターが割れている。

 

ゴブリンが腹を押さえて前屈しようとする。

私はゴブリンの肩を持ち、地面に叩きつけた。

 

地面に倒れたゴブリンに馬乗りになり、顔面を殴る。

 

殴る。

 

 

「ギャッ」

 

 

何度も、殴る。

 

 

「ウッ、グアッ」

 

 

何度も、何度も、何度も。

 

 

「や、やめっ」

 

『……どうした、ノーマン・オズボーン。やめろと言われて、やめる奴は居ないんじゃなかったか?』

 

 

再度、顔面を殴り続ける。

コンクリートの床に頭が叩き付けられる。

 

ひび割れ、クレーターのように減り込んでいる。

 

……頑丈な奴だ。

 

殴っている内に、マスクが割れて本来の顔が見える。

 

そこに邪悪な笑みを浮かべる男は居なかった、恐怖と痛みに怯える哀れな男しかいない。

 

だが、私は手を止めない。

 

反撃しようと腰に伸びた腕を、足で踏み付けて圧し折る。

 

バキリ、と鈍い音がした。

 

 

「あっ……ぐっあっ……!!」

 

 

今日一番の悲鳴を上げて、悶える。

 

私はそれを見て──

 

 

 

笑っていた。

 

 

今まで私は、生きる為にやらなければならない事。

そして、やりたくない事。

 

その二つを矛盾しながら生きてきた。

 

殺さねばならない。

だが、殺したくない。

 

その矛盾に苦しみながら、折り合いを付けて生きてきた。

 

 

だが、今はどうだ?

 

私は目の前のコイツを殺さねばならなくて。

そして、心の奥底から殺したいと思っている。

 

今まで抑え込んできた何かが、決壊したダムの様に溢れ出す。

 

 

出来るだけ、苦しんで死ね。

そう憎しみを込めて殴りつける。

 

手のプロテクターに返り血が付着し、赤い雫が滴り落ちる。

 

ナイフが無いからなんだ。

武器がないから何だと言うのか。

 

私は全身が凶器だ。

人を殺すためだけに特化した殺人鬼だ。

『そうあれ』として生きてきた。

その身一つで人を殺す事など、容易い。

 

何度か殴っている内に、ゴブリンが反応しなくなった。

 

死んだかと立ち上がり、足で胸部を圧迫してみれば、呼吸によって上下に動いている事を感じた。まだ、死んではいない。

 

私は床に突き刺さっているゴブリングライダーを片手で持ち上げる。

手提げ鞄のように気軽に、私はそれをゴブリンの頭上で構えた。

 

グライダーの先端は刃物のように鋭くなっている。

これで首を掻き切れば、間違いなく死ぬだろう。

 

私は、グライダーを叩きつけようとして──

 

 

それを蜘蛛の(ウェブ)に阻まれた。

 

 

『……スパイダーマンか』

 

 

そこには先程分かれたスパイダーマンの姿があった。

グウェンは……恐らく、近くの病院へ預けられているのだろう。

彼は手ぶらで、だが満身創痍で私と向かい合っていた。

 

普段ならば、彼と出会えば歓喜するだろう。

 

だが……。

 

今、この時だけは、彼に会いたくなかった。

こんな醜悪な私を、見て欲しくはなかった。

そして、私の邪魔をして欲しくなかった。

 

私はマスク越しに、憧れの英雄(スパイダーマン)を睨み付けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

僕は、目の前で殺されそうになっているノーマンを見て……咄嗟に(ウェブ)で助けた。

 

 

目の前にいる赤いマスクの……レッドキャップの顔が、こちらへ向いた。

無言で僕を見つめている。

 

目も鼻も表情もないマスクからは、何も読み取れない。

不気味だった。

 

 

『邪魔をするなと言った筈だ』

 

 

レッドキャップのマスクから声が聞こえて来る。

 

 

「殺すのは……殺すのだけは、ダメなんだ」

 

『何故だ?別に、お前に殺せと言っている訳ではない。それに、この男は……何人もの罪のない人間を殺している』

 

 

レッドキャップが僕を指差した。

 

 

『死んで当然だ』

 

 

彼の言っている事は正しく聞こえる。

だけど……。

 

それでも。

 

 

「死んだら、罪は償えない……それに、ノーマンだって、悪人になりたくてなった訳じゃない!彼は──

 

『あぁ、知っているとも。彼は薬のせいで邪悪な心を作ってしまったと……そう言いたいのだろう?』

 

 

僕はノーマンの過去を知っている事に驚いた。

 

 

「じゃあ、何で……」

 

『関係ないからだ、スパイダーマン』

 

「関係ない……?」

 

『そう、関係ない。例え、悲しい過去があろうとも。事情があったとしても。悪人は悪人だ』

 

 

レッドキャップの足元で、コンクリートがヒビ割れた。

強く、足で地面を踏んだようだ。

 

 

『人を殺して仕方ない?人を傷つけて許されると?そんな訳がない、許してはならない』

 

 

強迫観念に駆られるように、彼は矢継ぎ早に言葉を紡いでいる。

 

 

 

『遅かれ早かれ、殺されるべきなんだ。死ぬべきだ。誰かを傷つけてしまう前に』

 

「でも、たとえ悪人だったとしても……!いつか更生して……良い人になって……!」

 

『ならない。そして、なった所で意味がない。人を殺して善良な人間になろうだなんて、反吐が出る』

 

 

僕は黙ってしまった。

少しだけ、正しいと思ってしまったんだ。

 

だけど、一つだけ……苦し紛れだとしても、言い返したい事があった。

 

 

「それなら……それなら、君はどうなんだ……?君だって人を殺している!君は──

 

『そうだ。私も死んだ方が良い人間だ』

 

「え……?」

 

 

僕は声を失った。

 

 

『だが、私は死にたくないんだよ。スパイダーマン』

 

 

赤いマスクが僕を見ている。

その手でこめかみを押さえている。

 

 

『今まで私が殺してきた命……奪ってきた命。私が死ねば、それらは無意味になってしまう。彼らの命を奪って私は生きてきたのに……今更、自死を選べる訳がないだろう?』

 

 

何を言っているのか……全部は分からない。

分からないけど……凄く、悲しい気持ちになった。

やるせない気持ちになった。

 

 

『……私もいつかは死ぬ。それこそ、無様に、滑稽に、誰からも蔑まれて死ぬ。だが、それは今日ではない』

 

 

レッドキャップがグライダーを再度拾い直し、持ち上げた。

 

 

「待っ──

 

『私とこの男の違い。それは──

 

 

グライダーがノーマンの首に突き刺さった。

 

 

『ただ、強いか、弱いか。それだけなんだよ、スパイダーマン』

 



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バース・オブ・ブラック part1

グリーンゴブリンの首を掻き切った後、無気力に項垂れるピーターを無視し、私は拠点へと戻った。

 

……ニューヨークの地下で夜の冷気に当たり冷たくなってしまった荷物を持つ。

可愛らしいスカートや、一緒に選んだ水着。

その全てがグウェンを連想させて胸が痛む。

 

それと共に、ノーマンを殺した事について『これでよかった』のだと私は納得出来た。

グウェンは善人だ。

非の打ち所がない善人なのだ。

そんな彼女を、何の理由もなく傷付けるなんて……死んで当然だ。

 

今すぐ、病院にいるグウェンの元へ向かいたい気持ちはある。

 

だけど、スパイダーマン……ピーターからグウェンの入院した病院は教えてもらっていない。

知らない場所には行けない。

心配になる気持ちと、ピーターだから大丈夫だろうと言う考え、その二つが両立していた。

私は……足元に落ちている携帯端末を拾った。

 

そこには幾つもの通知があった。

……グウェンの父、ジョージ・ステイシーだ。

 

通話の途中で切ってしまったから、心配しているのだろう。

 

私はジョージに電話をかけて……通話を落としたのはショックで気絶してしまった……と言う事にした。

正直、もっと上手い言い訳が考えられたかも知れないが、何も思いつかなかった。

 

とにかく、グウェンが大怪我をした事。

無事だった事。

入院している病院等。

 

幾つかの情報を得て、私は通話を終了した。

 

今日は夜も遅く、グウェンもまだ寝ているため……面会は昼以降でお願いしたいと言われた。

 

 

 

 

翌日の放課後。

 

私はピーター、ネッドと共に病院へ向かう事にした。

 

病院名は『NYメトロポリタン病院』。

マンハッタンにある大きな病院だ。

 

白塗りの大きな壁を見てネッドが怯んだ。

 

私とピーターは、レッドキャップとスパイダーマンとして、グウェンの負った傷について知っている。

だから、結構な重傷であり……このような大きな病院へ搬入されている事にも驚かなかった。

 

しかし、ネッドは違う。

ジョージからは事件に巻き込まれて怪我をした事しか知らされていない。

事件の詳細すら知らない……だから、今、想像以上にグウェンが大事になっているのだと知って慌てていた。

 

私は受け付けで面会書類に名前を書く。

 

待っている間、ネッドがソワソワとした様子でピーターへしきりに話しかけている。

 

私はそれを横目で流し見ながら、ふと、病院内に置いてある新聞に目が入った。

 

……グリーンゴブリン。

ノーマン・オズボーンの死。

 

表表紙に大々的に映ったノーマンの顔……そして、その功罪。

あれ程の人格者であった彼が何故?

そう言った特集のようだ。

 

昨日の夜、殺害したノーマンの死体はそのまま廃駅に放って置いた。

スパイダーマンが片付けて居なければ、そのままだったのだろう。

 

結局、廃駅に侵入した悪ガキに見つかり、通報される事となる。

叔父と共に現場へ来ていて、壁にスプレーで落書きがしたかったそうだ。

アートは良いが、不法侵入して落書きとは……どうなんだ?

……まぁ、私も不法侵入して、殺人を犯して死体を遺棄している訳だが。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

グウェンは起きているらしく、私達は病室まで通された。

搬入されて数時間の後、手術は完了していたらしく、今は病室で安静に……と言った状態らしい。

 

私達はメトロポリタン病院の廊下を歩く。

薄い緑色の床と、仄かに光る電灯が続く。

 

 

「病室番号、121……122。ここ」

 

 

やがて、病室に着く。

 

私が入り口の前で……少し躊躇っていると、ピーターがドアノブに手を掛けて、開いた。

 

……ベッドの上にグウェンがいた。

上半身を起こして、私達を見た瞬間。

 

笑顔になった。

……身体中まだ辛いはずなのに。

例え、鎮静剤を打たれていたとしても、体が不調な筈なのに。

 

気丈に、彼女は笑っていた。

 

 

「よく来たね、ミシェル……と残り二人」

 

 

努めて明るく、彼女は笑っている。

ただ、声に元気が……いつもより、三割ほど減少していた。

それもそうだ、彼女は……。

 

 

「あ、これ?頭に傷がね……」

 

 

彼女の額。

前髪の生え際のすぐ側で、縫ったような跡があった。

少し、大きい傷だ。

 

……もしかしたら、傷痕が残ってしまうかも知れない。

私は息を呑んだ。

 

彼女は普通の人間だ。

私と違って治癒因子(ヒーリングファクター)なんて持っていない。

 

顔に、傷が残るかも知れない。

女の子、なのに。

 

私は心が苦しくなって。

それでも、彼女に何も言えなかった。

だって、傷に言及する事をグウェンが望んで居なかったからだ。

 

ベッドの側に車椅子が置いてある。

私がそれを見たのを感じ取って、グウェンが口を開いた。

 

 

「あ、あー。これ?これ、ねぇ」

 

 

言い淀む彼女に、ネッドが問いかけた。

 

 

「足も怪我したのか?骨折……とか?」

 

 

そう聞いたネッドに対して、私は……違う、と知っていた。

 

彼女は上半身を強くコンクリートの壁に叩き付けられた……下半身に傷は無かった筈だ。

 

それなら何故、車椅子があるのか。

それは。

 

 

「私、さ。もう二度と……歩けない、みたいで」

 

 

ぽつり、ぽつりとグウェンが語る。

彼女の脊椎が損傷してしまった事を。

骨が複雑に骨折し、神経に骨片が入ってしまった事を。

そして、それを治療できる医者がいない事を。

 

 

「何かさ。この病院に、世界的に凄いお医者さんが居たらしいんだけど……そのお医者さんも、数年前に交通事故で腕の神経に怪我しちゃったみたいで……ははは、運が悪いよね」

 

 

そう言って自虐するグウェンを見て。

私は。

 

 

「……ミシェル?」

 

 

私は涙を流していた。

ぼろぼろと、とめどなく。

 

 

「……ミシェル、こっちに来て」

 

 

グウェンに手招きされて、私はベッドの側に寄る。

でも、涙が止まらない。

私は服の袖で涙を拭って……。

 

 

「あぁ、もう、ミシェル。袖が汚れちゃうから」

 

 

枕元のティッシュで涙を拭かれてしまった。

そしてそのまま、グウェンに抱きしめられた。

 

 

「ぐ、グウェン」

 

 

でも、いつものような匂いはしなかった。

花のような香水の匂いじゃなくて……薬のような匂いがしていた。

それでも、安心するような匂いも、そこにあった。

グウェン、本来の匂いか。

 

 

「ミシェル。正直ね、私のために泣いてくれるのは嬉しいの。でもね、泣いてるミシェルを見るのは少し悲しいから」

 

 

そう言って離された私の頬を指で優しく摘んだ。

 

 

「ほら、笑顔の方が可愛い」

 

 

胸が、痛い。

苦しい。

 

 

「……というか、そこの二人。何でぼーっと立ってるの」

 

 

そう言ってグウェンが後ろの……ネッドとピーターを指差した。

 

ネッドは……あぁグウェンが「二度と歩けない」という話を聞いた時から呆けていた。

驚愕のあまり、脳がフリーズしているようだ。

 

ピーターは……私と同じように辛そうな顔をしている。

それでも彼は泣いていなかったが。

それは私よりも薄情だから……では無い。

彼の心が私よりも強いからだ。

罪悪感に駆られながらも、迷惑はかけまいと、我慢しているように見えた。

 

 

「はー、呆れた。泣いてる女の子を見たら慰めないとダメでしょ?もう、そんなんだから童……」

 

 

グウェンは言葉を繋ごうとして、あっ、とした顔で私を見た。

 

 

「ま、いいや。二人がちゃんと心配してくれてるのは分かってるし。今後ちょっと迷惑かけるかも知れないけどさ、その時は──

 

「迷惑なんかじゃない」

 

 

ネッドがそう言った。

 

 

「俺がちゃんとする。だからさ、心配しなくても……ええと、心配しなくても良いから」

 

 

照れるように、ネッドが言った。

 

それを聞いたグウェンはポカンとした顔で少し呆けて……直後、笑っていた。

 

でもそれは、『微笑んでる』と言うよりも『爆笑している』の方が近い。

 

 

「ふ、ふふふ、ネッドさぁ。く、ふふ」

 

「な、何で笑うんだよ」

 

 

グウェンは普段の様子と違って、酷く真剣な表情をしていたネッドを見て笑いを堪えられないようだ。

だけどそれは、侮辱しているような笑いではなかった。

 

 

「ふふ、ありがとう。ネッドも、そん時はメチャクチャ迷惑かけてあげるから」

 

「……分かった」

 

 

むすっとした顔でネッドが頷いた。

グウェンも茶化してはいるが、その顔は嬉しそうだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

病室から出て、私達は待合室に戻っていた。

看護師の人にあまり長居するものではないと言われていたからだ。

怪我人を長時間起こしてはいけない。

安静にするべきなのだ。

 

……にしても。

 

病院の待合室にいる人間の殆どが暗い表情をしていた。

……治安が最悪なニューヨークの大病院だからか。

時々忘れそうになるが、この世界のニューヨークは前世の比ではないほど治安が悪い。

それはもう、毎日と言って良いほど強盗が起きるぐらいには。

 

そんな怪我人続出地域であるニューヨークだから、ここにいる人間も犯罪の被害者……その親族や配偶者、友人ばかりなのだろう。

私達も被害者の友人だし。

 

そんな悲痛そうな顔をしている人達の中に……見覚えのある顔があった。

 

 

「あ」

 

「ミシェル、どうかした?」

 

 

思わず出た声にピーターが反応した。

ネッドも不思議そうな顔をしている。

 

 

「……知り合いが居たから話してくる。先に帰ってて」

 

 

二人は驚いたような顔をしていて……え?何で驚くの?私の事を三人しか友達のいないボッチだと思っているのか?

実際、それに近いのだが……。

 

とにかく、二人から離れて、見知った顔……その人に声をかけた。

 

 

「……何をしているの?」

 

 

彼は手元に小さな花束を持ち、項垂れている。

病院に着てくるには少し正装過ぎる、スーツ姿だ。

 

 

「……ミシェル、さん?」

 

 

振り返った顔は……以前会った時よりも元気がなさそうで。

その整った顔立ちに影を差していた。

 

ハリー・オズボーンがそこに座っていた。



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バース・オブ・ブラック part2

昨日。

目が覚めると父……ノーマン・オズボーンの姿はなかった。

僕は床に突っ伏していて、記憶も混濁していた。

 

逃走してきた父。

それを迎え入れてしまった僕。

そして……。

 

壁の向こうにある隠し部屋。

スーツも、グライダーも無くなっている。

 

……恐らく、父が持ち出したのだろうか。

いや、父ではなく、グリーンゴブリンなのか。

 

 

僕は鏡の飾りにカモフラージュされているスイッチを操作し、ドアを閉じた。

 

──この部屋はまだ必要だ。

 

……いや、違う。

必要な訳がない。

この部屋は処分しなければならない。

警察に事情を話して、この部屋のものを証拠品として持ち出して貰わなければならない。

 

しかし何故、必要だと思ったのか……まるで、自分が自分でないような不思議な思考を否定して、それでもドアは閉じたままにした。

中を覗いていると、父の罪を突き付けられているような気がして気分が悪くなるからだ。

 

 

外は……もう明るい。

時計を見れば短針が5時を指している。

 

意識が朦朧とする中、僕はキッチンまで移動して、水を飲んだ。

 

少し、頭が冴えた。

 

 

 

僕は玄関まで歩き新聞を拾う。

今朝の朝刊だ。

 

もしかしたら、居なくなってしまった父の事が書いてあるかも知れない。

 

僕は、その新聞を開いて……。

 

 

 

 

父が死んだ事を知った。

 

 

 

 

僕は今、ニューヨークのメトロポリタン病院まで来ていた。

ここに父の、グリーンゴブリンの被害者がいるからだ。

 

花屋で一束の花束を買って、失礼のないよう正装をして……病院まで来ていた。

 

謝罪と賠償……そして誠意を見せなければならないと、僕は思っていた。

父の罪は、子の罪だ。

 

それに僕は昨日、父を家へ迎え入れてしまった。

昔の情に流されて、犯罪者である父を迎え入れて、凶行の手伝いをしてしまったのだ。

これは僕自身の罪だ。

 

……父の被害にあった女性、その情報は公には出ていない。

被害者側の家族によって秘密にするよう、口添えされていたからだ。

知っているのは被害者自身と家族、そして加害者の息子である僕だけだ。

 

僕は、事件の当事者として……そして加害者の息子として。

被害者である女性へ償わなければならない。

 

だから、僕は花束を握りしめて病院の待合室で座っていた。

 

 

……だけど、そこまでだ。

 

 

それ以上、僕は踏み込めずにいた。

 

僕が行く事によって、きっと被害者の女性は不快な思いをするだろう。

僕と父を罵倒するだろう。

これからの人生、その全てを保障すると言っても、何様なのかと怒るだろう。

 

……彼女の怪我の具合について、僕は医者から聞いていた。

額と後頭部に大きな傷、脊椎の損傷によって下半身の不髄。

 

取り返しのつかない大怪我だ。

 

僕は……どう償えば良い?

どうすればいい?

 

父は何故……。

 

そうやって悩んでいるだけで、時間が過ぎ去って行く。

僕は臆病者で、卑怯者だ。

決断が出来ず、行動を先延ばしにしている。

 

ずっと目を伏せて、花を見ていると。

 

 

「……何をしているの?」

 

 

と声をかけられた。

 

その声は一番聞きたかった声で。

今は一番聞きたくない声で。

 

僕の心を掻き乱した。

 

 

「……ミシェル、さん?」

 

 

そこには……僕が想いを寄せている少女、ミシェル・ジェーンの姿があった。

 

 

……僕は、目を逸らした。

 

 

「……父が──

 

 

僕はポツリ、ポツリと少しずつ語った。

父を迎え入れてしまった事、父が死んだ事、被害が出てしまった事……そして、僕は自分がどうすれば良いか分からない事。

 

それを聞いたミシェルは。

 

 

「……そう」

 

 

と、ただ一言、頷いただけだった。

僕は不安になって、ミシェルを見た。

 

……悲しそうな、憐れむような目をしていた。

 

 

「……僕はどうしようもなく卑怯で……違う、こんな話をしたい訳じゃなくて……ただ、自信がなくて……すまない。情けない話をしてしまった」

 

「確かに、情けない」

 

 

そう言われて、僕はまた目を伏せた。

 

そして、ミシェルが再び口を開いた。

 

 

「でも、情けなくても……それは悪い事じゃない」

 

 

想像に反した言葉を聞いて……僕は再び視線を上げた。

 

 

「責任から、罪からも逃げれば良いのに……逃げずに立ち向かおうとしてる。そこは……ちゃんと、偉いよ。ハリー」

 

 

ミシェルが僕の花束を握っていない方の手を握った。

柔らかで、温かくて、思いやりを感じる手だった。

 

 

「ミシェルさん……」

 

「それと、別に『さん』付けじゃなくていい。私はそんな、大それた人間じゃないから……歳下だし」

 

 

その言葉に……少し嬉しいと思ってしまった。

だけど、僕はそんなことで喜んで良い人間ではない事を思い出した。

とにかく今は、そんな色恋に目を曇らせず、ただ被害者のために行動するべきだと僕は自戒する。

 

 

「ありがとう、ミシェル。僕は……謝ってくるよ。これから、被害者の……彼女が不便なく生きていけるように僕は償うつもりだ。僕の人生を擦り切らしても」

 

「……うん、それで良いと思う」

 

 

ミシェルが手を離して……それに僕は少し、寂しさを感じて。

 

僕も待合室の椅子から立ち上がった。

 

 

「……でも、ハリー?その被害者の部屋の場所って分かる?」

 

「……あ、いや。そうだな、受付の人に確認して向かうつもりだったけど」

 

「多分、教えて貰えない。親戚とか友人でもない限りは」

 

 

そう言われて、僕は自分の考えの浅はかさに気づいた。

 

 

「……しまったな。また出直すか……正式にアポイントメントを取ってから──

 

「私、知ってる。彼女の病室。だから案内しても良いよ」

 

 

そう言われて、僕は……。

 

 

待ってくれ。

 

何故、病室の場所を知っているんだ?

 

だって、病室を知っているのは……。

 

 

 

「私、彼女の友達だから」

 

 

僕は足下から崩れ落ちるような、そんな錯覚をした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私はグウェンの病室の前で立っていた。

 

ハリーとグウェンの会話に私は参加するべきではないと思ったからだ。

そもそも、私が助けるのが遅かったから……グウェンは二度と治らない傷を負ってしまった。

ハリーが彼女に負い目を感じている以上に、私は彼女に負い目を感じている。

 

それに……ハリーは。

 

まだ父の事を愛しているらしい。

言葉では父、ノーマンの事を否定しているが……それでも優しかった頃の父を忘れられないのだろう。

そんな父を殺した私が、ハリーと共にいるのも……おかしい話だ。

 

さっきはただ、ハリーが途方に暮れていたから声を掛けて助けた。

だけど、彼を友人として……まるで親しい人間のように話す事など私には……そんな資格はないだろう。

 

 

部屋の中で何かが落ちる音がした。

 

私は聞き耳を立てる。

 

 

「じゃあ……返してよ……」

 

 

グウェンの声が聞こえる。

 

 

「私の……足を……返してよ……」

 

 

彼女の啜り泣く声だ。

 

 

……私は、グウェンの事を勘違いしていた。

彼女は私やピーター、ネッドを相手に気丈に振る舞っていた。

だから、彼女は強いのだと……そう思っていた。

 

だけど、彼女はまだ16歳の女の子で。

急に未来の一部を奪われて。

……お洒落が好きなのに、彼女は、もう。

 

私は手を握り締めた。

 

 

ドアを開けて部屋に入る。

 

グウェンは……涙を流していた。

 

グウェンも、ハリーも私を見て驚いたような顔をしていた。

それでも無視して、私はグウェンの元へ歩み寄り……抱きしめた。

 

 

「ミ、ミシェル……帰ったんじゃ……」

 

「…………」

 

 

私は何か言おうとして……何も思いつかなくて。

普段、彼女に抱きしめられた時、私は安心できて……嬉しかったから。

だから、私は彼女を抱きしめた。

 

 

「ミシェル……?」

 

「……ごめん」

 

 

それでも口から溢れたのは謝罪だった。

彼女が傷を負ったのも……私が助けるのが遅かったからだ。

もっとはやく、現場に着いていれば……こんな事にはならなかった。

 

泣いてる彼女を抱きしめて、私も泣いてしまって……。

 

二人で抱き合って、何も言葉を発さず泣いていた。

 

 

……数分ほど、そうしていた。

 

 

落ち着いたグウェンに、ハリーが私の知人である事を伝えて……彼が優しくて頼りになる人だと伝えた。

 

……『頼りになる』と言った時に、グウェンがハリーの事を値踏みするような目で見ていた。

……きっと、恐らく、彼が本当に頼りになるか窺っているに違いない。

多分。

 

グウェンは涙をティッシュで拭いながら、口を開いた。

 

 

「正直、ハリーの事を私は信用出来ない。だって私をこうした奴の息子だし……」

 

「……すみません」

 

「でも、ミシェルが信じるって言うから。私はハリーを信じないけど、ハリーを信じるミシェルを信じるよ」

 

 

ようやく、グウェンが少し、笑顔を見せた。

 

それからハリーは、グウェンの入院費や医療費、その他援助を惜しまない事を伝えた。

金で全てが補填できるとは言わないけれど、先立つものが無ければ辛いのは確かで。

グウェン自身もこれからの人生……家族にかかる負担を考えれば、ハリーの申し出はありがたい事だった。

 

最後にまたグウェンと抱き合って、今度こそ別れた。

 

また明日くる、と伝えれば「そんなに来なくても良いよ」なんて言いながら、彼女は嬉しそうに照れていた。

何か欲しいものがあるか、と聞けは「ミシェルが来てくれるだけで嬉しい」なんて事を言われて照れてしまった。

 

 

私はハリーを連れて、病室を出た。

窓の外を見れば、うっすらと夕焼けが見えた。

 

思ったよりも長く居着いてしまった。

そう思いながら、隣にいるハリーを見る。

 

今日初めて会った時よりも、幾分かマシな顔色をしていた。

私が顔をジッと見ている事に気付いたのか、ハリーは真剣な顔で口を開いた。

 

 

「ミシェルさ……ミシェル、は……その、グウェンさんと本当に仲が良いんだね」

 

 

名前に敬称を付けようとして……思い直して呼び捨てにし直したハリーを見て、私はちょっと笑ってしまった。

何というか、彼自身の真面目さが表れているような気がしたからだ。

 

 

「そう?」

 

「うん、凄い……互いを思い遣ってる。良い友人だと思った……僕は、少し……その、羨ましいと思えるほどに」

 

 

そう言ってハリーは目を伏せた。

ハリーは前に少し語っていた。

彼にも仲の良い友人は居た……『居る』ではない。

『居た』のだ。

彼の父がグリーンゴブリンとして罪を犯した後、彼の周りから人が離れていった。

友人だと思ってた人も、信頼していた執事も……誰も彼もが居なくなってしまった。

 

彼は今、孤独を感じている。

そして、精神的に追い詰められている。

 

彼には……必要だ。

私は少し悩んで、その後、口を開いた。

 

 

「ハリーも、私の友人」

 

「……ミシェル?」

 

 

私は彼の友人になる資格なんて無いだろう。

それでも、彼には必要なのだ。

 

 

「だから、貴方の事を思っている。困った時……辛い時、言ってくれれば手助けはする」

 

 

彼には優しくしてくれる友人が、必要だ。

でも、誰も友人になれないのであれば……私がなるしかない。

 

それに、彼は善良だ。

私としても彼自身は好ましい。

 

 

私の言葉に彼は……涙を流した。

声をあげる訳でもなく、ただ耐え切れなくなったのか、目から涙が零れ落ちていた。

 

 

「……ありがとう」

 

「ん……でも、私が大変な時はハリーも助けてね」

 

「勿論だとも」

 

 

そう言って、ハリーは今日、初めて笑った。

 

二人で待合室まで戻る。

 

 

「家まで送ろうか?」

 

「……どうしようかな」

 

 

ハリーの申し出に悩む。

彼自身、下心なんて無く、純粋に心配して言ってくれているのだろう。

外は夕焼け、帰る頃には暗くなっているだろう。

 

……この世界のニューヨークは治安が悪い。

そう考えると、彼の申し出は当然のものであった。

 

でも、さらりと、そう言える所は……やっぱり、彼は優しくて頼りになると思った。

 

 

「タクシーでも拾って、僕がお金を払っても……」

 

「ミシェル?」

 

 

と、そこで私は声を掛けられた。

 

……あれ?帰った筈ではなかったのか?

そう思って聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはピーターが居た。

 

ネッドは居なかった。

ハリーも遅れて、その声に振り返った。

 

 

「あ、ピーター?先に帰ったんじゃ……」

 

「いや、ネッドは帰ったけど……ミシェルを一人で帰らせるのはどうかなって思って……所で、その人は?」

 

 

ピーターがハリーの方を見た。

 

……何だか、少し警戒しているように見えた。

 

 

「この人はハリー」

 

 

だから敢えて、名前だけを開示した。

オズボーン……つまり、ノーマンの息子である事は隠して、紹介する事にした。

 

 

「ハリー、この人はピーター」

 

 

ハリーにもピーターを紹介する。

 

 

「……なるほど、彼がピーター、か……」

 

 

紹介されたハリーはピーターの事を警戒するように、小声で呟いた。

ピーターも顔は笑っているが……警戒するような空気を醸し出している。

お互いに笑顔だが……。

 

 

…………あれ?

 

何故か、ピリピリとした空気が漂い始めた。

 

私は困惑していた。



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バース・オブ・ブラック part3

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目の前でハリーとピーターが互いに探り合うように視線を交わしている。

 

き、気不味い。

 

正直、二人は仲良くなれそうだと思っていたのだが……だって、原作(コミック)だと親友だったし。

 

……いや、これは私の悪癖か。

この世界はコミックや映画の世界とは違う。

こうやって先入観を持って生きていると、いつかどうしようもないミスを犯してしまうかも知れない。

直さないと。

 

とにかく、彼等はピリピリしてるし。

私は気不味いし。

 

ピーターが口を開いた。

 

 

「あの、ハリー、さんはミシェルとどう言った関係ですか?」

 

「彼女かい?彼女とは友人だよ、ピーター。それに敬語は不要だ」

 

「それは……どうも」

 

 

彼女、と言う単語に眉をピクリと動かしながらピーターが頷いた。

 

 

「……ふむ、ピーターこそ。君は彼女とどう言った関係なんだ?恋人なのか?」

 

 

ハリーが爆弾発言するので、私は慌てて。

 

 

「ち、違う」

 

 

と否定した。

 

そんな勘違い、ピーターに失礼ではないか。

そう思って否定した訳だが……。

私がピーターをチラリと見ると……複雑そうな表情で頷いていた。

 

やっぱり、ちょっと迷惑に思っているようだ。

 

それを見たハリーは少し目を細めた。

 

 

「なるほど、ではピーターは今も友人、と」

 

「そうだよ」

 

 

『今も』という言葉にハリーが何故ピーターを知っているのか……あれ?最初に会った時に言っていたな、と思い出した。

 

そして、ハリーがピーターについて知っている事を思い出す。

 

……そう、スイーツフェスタに行った時。

ピーターが遅刻をして予定を全てすっぽかした、と言う情報しかハリーは持っていないのだ。

 

……それだけ聞けば、友人との予定を蔑ろにする最悪な奴だ。

ハリーが私の事を心配して、ピーターを警戒しているのだと今更気付いた。

側から見れば悪い男に騙される女なのか、私は。

 

……では、ピーターが警戒する理由は何だ?

さっぱり分からない。

私は探偵漫画(ディテクティブ・コミックス)のキャラクターではないし、超能力者(テレパス)でもない。

分からないものは、分からない。

 

あ……でも、もしかして。

これ互いに第一印象が悪くなってるのは、私が原因なのか?

 

二人は少し互いに睨みあって……不意にハリーがため息を吐いた。

 

 

「よそう、ここは病院だ。いがみ合う場所ではない……彼女の事は君に任せて、僕は帰る事にするよ」

 

 

ハリーが私の方を見た。

 

 

「ミシェル、すまなかった。彼には……そう、心配な事があってね。ピーターが送ると言うなら、僕は身を引くよ」

 

 

そう言って、今度はピーターの方を見た。

そしてピーターの肩を叩いて、何やらボソボソと耳打ちしている。

 

それを聞いてピーターは訝しみながらも、納得したように頷いた。

 

……何故、耳打ちなのか。

私に聞かせたくない事があるのか。

 

蚊帳の外に出されたような気がして、私はちょっと眉を顰めた。

だが、まぁ……私に隠れて話をしていても、それはきっと私に対して、悪感情を持って嫌がらせをしている訳ではないと言うのは分かる。

彼等はそんな事するような人達ではない。

 

単純に私に聞かれると気まずい事なのだろう。

聞こうと思えば、超人血清で強化された聴覚で盗み聞く事はできる。

だが、それはしない。

 

私に聞かせたくない事は、私は聞かないでおく。

それで良い。

 

 

そうしてハリーと別れて、ピーターと二人で帰路に就いた。

 

 

 

 

 

NYメトロポリタン病院はマンハッタンにある。

そして、私達の住んでいる場所はクイーンズ。

 

この二つは、大きな河川に分断されている。

 

そこそこ距離があると言う事だ。

来た時はニューヨークの市鉄に乗って来た。

 

帰りも同様だ。

 

 

……時間が悪かったのか、そこそこ混んでいる。

多種多様な人種と、性別の人がいる。

クイーンズはNYでも移民が比較的多い地域だ。

 

多様性の街、と言っても良い。

 

 

電車に乗ると……座る席もなく、私は壁際に立った。

……そして、その前にピーターが立った。

 

私と他の客とぶつからないように、気を利かせて私の正面に立って……壁になってくれているようだ。

 

……気遣いは嬉しい。

嬉しいのだが。

 

 

……こう、ちょっと、壁ドンみたいになっているのは如何なんだ。

そう言うのは好きな女の子や、気になる女の子にするべきではないのか?

 

 

ピーターの顔が近い。

恥ずかしいのか少し顔を赤らめている。

 

……様にならない。

ちょっと無理してカッコ付けている事に気付いて、私は少し笑ってしまった。

 

それを見たピーターが訝しんだ。

 

 

「な、なに?ミシェル」

 

「ううん?頼りになるなって」

 

 

適当に誤魔化すと、またピーターは耳まで赤らめた。

まぁ……うん、最近忘れがちだが、私は客観的に見れば美少女だから。

 

好きでもない女の子だろうと、頼られて嬉しくなってしまうのは男の(さが)か。

 

……ふと、ピーターの顔を見る。

 

いや、しかし。

うん。

 

やっぱりイケメンだ。

キリッとした感じではないけど、優しげで、母性をくすぐられるような顔だ。

 

……最近気づいたが、この世界には容姿が整っている人が多い。

イケメンと美女ばかりだ。

創作物(コミック)の世界だから、だろうか?

 

そう考えるとピーターの顔は……この世界では普通なのだろうか?

私にとってはイケメンだけど、他の人からすれば普通かも知れない。

 

 

「あ、あの、ミシェル?」

 

「……どうかした?ピーター?」

 

「そんなに見つめられると……その、恥ずかしいから……」

 

 

私は慌ててピーターから目を逸らした。

少し、凝視し過ぎていたのかも知れない。

 

 

「ご、ごめん」

 

 

私も恥ずかしさで頬が熱くなっていくように感じた。

 

互いに少し、気不味い雰囲気の中、私達は家へと帰った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ニューヨーク市内、ブルックリン。

 

私……ナターシャ・ロマノフとニック・フューリーは車の後部座席に乗って居た。

車を運転しているのは私と同じく『S.H.I.E.L.D.』のエージェント、マリア・ヒルだ。

 

 

「フューリー、何が目的なの?私、何も聞かされて居ないのだけれど」

 

 

私がそう聞くと、フューリーは手元のタブレットを寄越した。

画面の上では遺伝子データと思われる螺旋階段状の図が写っている。

細かな詳細データが表示されているが、私に理解する事は出来ない。

 

私は科学者ではない。

『S.H.I.E.L.D.』のエージェント、ブラックウィドウだ。

こういうデータはブルースの得意分野だろう。

 

 

「先日のマンハッタンでの任務、そこで交戦した赤いマスクを覚えているか?」

 

「あぁ、アレね?肩がまだ痛むわ」

 

 

記憶を遡る。

 

先日、『A.I.M』と『ライフ財団』の取引現場である超大型の客船へ潜入し……赤いマスクのエージェントと戦った。

彼はキャプテン・アメリカ……スティーブのような人間離れした身体能力と反射神経を持っていた。

 

取引の品を盗み出す事に成功したが、結局追い詰められて取り返され、私は肩にナイフが貫通し、一週間ほど入院する羽目になった。

 

『S.H.I.E.L.D.』の再生技術でも一週間……つまり、結構な重傷だった訳だ。

 

身体的にはもう既に万全だけど、精神的に痛いって言うか……尾を引いてるって言うべきか。

 

私が肩を撫でていると、フューリーが肯定した。

 

 

「そうだ。巷では『レッドキャップ』と呼ばれているが、ソイツの正体に目星が付いた」

 

「それ、本当なの?」

 

 

私の手元のタブレットを指差した。

 

 

「それはキャプテンが攻撃した際、流血した血液から解析した情報だ」

 

 

フューリーが手元のタブレットを操作すると、空白まみれのプロフィールが表示された。

 

一旦、分かってる範囲で情報を埋めてるみたいだけれど……何これ?

正直、全然分かってないじゃない。

 

 

「年齢は14から19歳。性別は女、ヨーロッパのラトベリア人だ。正真正銘の地球人で、スーパーパワーの由来は恐らく薬物。通常は人体に自然発生し得ない神経伝達物質が分泌されている。もしくは──

 

「……待って。追い付かないんだけど、女の子だったの?」

 

「あぁ、言ってなかったか?」

 

 

言ってないわよ。

秘密主義な上官にムカつきながら、話を続けるよう促す。

 

 

「名前や所在、その辺りはまだ確定はしていない。だが、遺伝子データが限りなく近い……恐らく肉親である人間がニューヨーク市内に住んでいる事が分かった」

 

 

再度、タブレットを操作すれば地図が出た。

 

地図が指している場所、それがここ『ブルックリン』だ。

 

 

「区内にある時計やラジオ、細かな電子機器の修理屋『フィックス・イット』。そこの店主……『フィニアス・メイソン・ジュニア』だ。年齢は24歳、性別は男」

 

 

フューリーがタブレットを操作すると金髪の男性の証明写真が表示された。

 

 

「技師である『フィニアス・メイソン』の養子で、直接血は繋がっていない。彼の死後、仕事を引き継いで『フィックス・イット』の経営をしている」

 

「なるほど、模範的な好青年ね」

 

「だが、それ以上に謎が多い。養子として引き取られる前はどうしていたのか?『ジュニア』と名乗る前の名前は?それすらも分からない」

 

 

タブレットの画面を閉じると、フューリーが運転席の後部にある収納部に収納した。

 

 

「さて、君の任務だが……私が取り調べを行うから、黙ってついて来て欲しい」

 

 

……私は疑問が湧いて、フューリーに投げ掛ける。

 

 

「じゃあ何故、私が呼ばれたの?何もしなくて良いなら、一人で行けば良いじゃない」

 

「あぁ、それは『コレ』と同じだ」

 

 

フューリーがコートの下から、護身用の拳銃を取り出した。

普段から好んで持ち歩いてるモノだ。

 

あぁ、そう。

私は『護身用』ね。

つまり、荒事が起こる可能性があると。

 

納得して頷くと、フューリーは拳銃を懐に入れた。

 

 

「着いたぞ。ロマノフ、目的地だ」

 

 

車が停車し、ドアが自動で開く。

フューリーが運転席にいるマリア・ヒルと少し会話して、外に出た。

私も続いて出れば……ブルックリンの街中、決して広くはない路地に『フィックス・イット』と書かれた看板があった。

 

小さな木造の店だ。

……なるほど、街の小さな修理屋さん……って所?

 

フューリーが無遠慮にドアを開くと、鈴が鳴った。

ちら、と鈴を見れば錆びていて音も心なしか響きが悪い。

 

年代物のようだ。

 

店内には所狭しと時計が立て掛けられている。

幾つか時代遅れのラジオが木造の机に並べてある。

売り物……と言うには、少し見窄らしい、アンティークのような配置をされている。

 

鼻を擽るのは少しカビの生えた木の匂い。

臭くはないが、少し臭う……安心するような匂いだ。

 

 

「あぁ、いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

 

 

カウンターにいる店員が話しかけてくる。

金髪で、青い目をもつ若い男だ。

美醜の感覚で言えば容姿は整っている。

 

……何処かで見たような気がして、記憶を遡ろうとして──

 

 

「君がフィニアス・メイソン・ジュニアか」

 

 

フューリーに言葉で現実に引き戻された。

 

 

「え?あ、はい。そうですけど……?」

 

 

そう返した若い男……フィニアスは不思議そうな顔をして返事をした。

気弱そうで何だか頼りなさそう、と少し思った。

 

しかし……彼がフューリーの探し人であるのなら、この店の店主は彼と言う事になる。

そう考えると、若いのに自分の店を持っているのなら、案外自立しているのだろうか。

 

 

「話がある。私はニューヨーク市警の……」

 

 

フューリーが警察手帳を取り出す。

 

勿論、偽物だ。

偽装された警察手帳であり、国際的な平和維持組織である『S.H.I.E.L.D.』だからと言っても許される事ではない。

 

フューリーは世界の平和や、街の治安の維持の為ならば、法を犯す事も厭わない男だ。

私もそれをよく知っている。

 

 

「『ダム・ダム・デューガン』警部だ」

 

 

そう言って偽名を語る。

 

フィニアスは私の方をチラリと見たが、私は『黙って』ついて来いと言われているので、黙殺した。

 

 

「彼女は私の補佐だ。君に少し聞きたい事があるのだが……今、時間は大丈夫かね?」

 

「は、はい」

 

 

可愛そうに、フィニアスは怯えてしまっているようだ。

それもそうだ。

 

色黒で、体格がガッシリとしていて、眼帯を付けて……そして強面の警察官が来たのだから、怯えないわけがない。

 

 

「君、妹はいるか?」

 

 

フィニアスの年齢から計算し、レッドキャップの正体は彼の妹かと考え、問い掛けたのだろう。

 

 

「妹?……えぇ、妹が一人いました」

 

「いた?」

 

 

デューガン警部……いや、フューリーがフィニアスへ近付いた。

 

 

「『いた』とは?何故、過去形なんだ?」

 

「それは……もう亡くなっているからですよ」

 

 

そう言ったフィニアスの顔に嘘の色はなかった。

私はエージェントとして人の嘘を見抜く力に優れていると自負している。

 

つまり、『死んでいる』。

 

そんな馬鹿な話はない。

実際に私は戦ったのだからだ……もし、本当に死んでいるのなら、私と戦った彼女は何者なのか……となる。

 

……少なくとも、『死んでいる』と錯覚するほどの何かがあったのか。

それとも『死んでいる』と思い込んでいるのか。

 

どちらかに違いない。

 

 

「そうか、申し訳ないが、君と妹の話を聞かせてくれないか?」

 

「えぇ、まぁ……はい。良いですけれど、何故ですか?」

 

「それは言えない。機密情報だ」

 

 

フューリーはメモを取る素振りをしつつ、胸の小型カメラと録音機を起動したようだ。

 

 

「……10年ほど前まで、僕はラトベリア王国に住んでいました。父と母と妹と、です」

 

「10年……」

 

 

そう言ってフューリーは自身のこめかみを親指で押した。

 

 

「えぇと、当時の国王がクーデターと戦って、大規模な内戦が起きて……僕たち家族は亡命する事になったんです。それで、実際に亡命する際、僕だけが生き残ってしまった……これだけですよ。何もやましい事はありません」

 

「別に君を疑っては居ないさ」

 

 

嘘だ。

フューリーは確実に目の前の男を疑っている。

 

そしてまた、口を開いた。

 

 

「では、妹の行方は知らないと?」

 

「さっき言ったじゃないですか?妹は死んだ、と」

 

「死んだ事を確認したのか?」

 

 

フューリーは彼の妹がレッドキャップである、と殆ど確信していた。

だからこそ、フィニアスが妹は死んでいると断言する事に違和感を持っているのだ。

 

 

「ええ、ですから……私の目の前で『死んだ』と言ってるじゃないですか」

 

 

そう言い返したフィニアスの目は少し怒っているようだった。

そして、彼の声質や表情、焦りなどから嘘と断定できる要素がなかった。

 

彼は嘘を吐いていない。

そう分かるからこそ、フューリーは怪訝な目をしているのだ。

 

 

「……ふむ。では仕方ないな……分かった。協力に感謝しよう」

 

「えぇ。ですが、次来る時は連絡下さいね」

 

 

フューリーが握手を求めて、フィニアスが手を出した。

フューリーがグッと手を握って……なるほど、皮膚接触からでも彼は嘘は見抜ける。

 

だがまぁ、そんな悪あがきでも嘘と判断できなかったようで、観念したような顔で手を解いた。

 

室内の時計を見れば、それほど時間が経っていない事が分かる。

 

 

ふと、視界の隅に絵画が壁にかけてある事に気付いた。

 

真っ赤な靴を、二人の妖精が修理している様子の絵だ。

 

この部屋には時計とラジオ以外にまともな家具はない。

インテリアもない。

 

この絵画を除いて、となるが。

 

 

「あぁ、それですか。僕の養父が大事にしていた絵です」

 

「……へぇ、趣味が良いのね」

 

 

私は思わず口を開いた。

 

 

「妖精達は年老いた老婆達が寝ている間に、仕事を熟してしまうんです。それを老婆達は知らない。……知られていなくても、陰ながら人の助けになる。私の養父はそうなりたいと思い、この絵に願いを込めています」

 

「そうなの」

 

「えぇ……この絵の名前は──

 

 

フィニアスがにこり、と笑った。

 

 

「『妖精(ティンカラー)』と言います。良い名前でしょう?」

 

 

そう言った彼の目は、どこか遠い場所を見ていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

私とフューリーは店を出て、二人で車に乗り込んだ。

 

 

「フューリー、どうやら無駄足だったようね」

 

「ふむ……しかし、彼は何か隠しているようだ」

 

「そうかしら?嘘を吐いているように見えなかったけど」

 

 

私がそう言うと、フューリーが私に呆れたような顔をした。

 

 

「何も嘘を吐く必要はない。隠したい事を言わず、それ以外で情報を補い、補填し、自分の望んだ筋書き通りにする事だって出来る」

 

 

フューリーは手をはらった。

 

 

「でも彼、妹を『死んだ』と断言しているわよ」

 

「そこだ。それが一番気になる……今後も定期的に監視は続けていくべきだろう」

 

 

車が動き出す。

窓の外が変わり、背後の『フィックス・イット』から離れていく。

 

 

「それで、フューリー。これで任務は終わりかしら?」

 

「いや、あと一件付き合ってもらおう」

 

 

フューリーがマリア・ヒルに一言声をかけると、カーナビゲーションシステムに行き先が表示された。

 

そこは病院。

NYメトロポリタン病院だった。

 

 

「病院?何故かしら?」

 

「研究所から提供された『アレ』が要求する遺伝子構造とバイオマトリックスが一致した患者がいる。キャプテンには反対されたが──

 

 

フューリーが取り出したタブレットには、ティーンエイジャーの少女の顔写真が写っていた。

 

 

「喜べ、エージェント・ロマノフ。君の後輩が増えるかも知れない」

 

 

車はゆっくりと病院へ向かっていった。




祝・30話です。


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バース・オブ・ブラック part4

「え……じゃあ、1ヶ月も会えない……?」

 

 

私は病院で驚愕していた。

 

目の前にはベッドに腰を下ろしているグウェンの姿がある。

 

ここはNYメトロポリタン病院。

彼女が入院し始めた4日後、再度見舞いに来た私、ピーター、ネッド……そして入院中のグウェン、この四人が病室の中に居た。

 

 

「そう。最新の治療方法が見つかったらしくてね……上手くいけば足も動くようになるかもって……でも、結構大きな病院に転院する事になるから、1ヶ月は会えないんだって」

 

 

治療できるかも知れない……と言うのは嬉しい話だが、1ヶ月も会えないとなると……少し寂しい。

 

 

「ね、ミシェルは応援してくれる?」

 

 

でも、そう言われれば頷くしかない。

彼女のこれからの人生が、より良くなるように……私は協力できる事ならしたい。

後押しだって、勿論。

 

 

「うん、応援する。頑張って欲しい」

 

 

グウェンの手を握って頷くと、彼女は微笑んだ。

 

 

「夏休みまでには戻るから……上手く治ったら、一緒に夏期旅行でマイアミビーチに行こうね」

 

「うん」

 

「折角、水着も買ったんだし……絶対着て遊びに行かないと」

 

「……うん」

 

 

グウェンが未来について楽しそうに語る。

希望に満ち溢れているようだ。

 

私はそれを非常に好ましく感じていた。

先日の彼女は強がって、辛そうな事を隠して気丈に振る舞っていたけれど……今日の彼女は心の奥底から喜んでいるように見える。

 

私も自然と笑顔になって頷いている。

 

水着を人前で着るのは嫌だが。

本当に嫌だが。

恥ずかしいからだ。

グウェンやピーター、ネッドのような友人に見られるのは良い。

だが、見知らぬ人間に見られるのは……ちょっと。

 

そうして普段からは考えられないほど上機嫌なグウェンと、頷いてばかりの私。

 

それを遠目でピーターとネッドが見ていた。

 

 

「……あの、グウェン?」

 

「なに?」

 

「あの、二人……」

 

「あー、別にナード達は放っておいて良いでしょ。私達が仲良すぎて入って来れないんだよ、陰キャだから」

 

 

あまりに酷い言いように後ろの二人を見る。

ネッドは怪我人相手にあまり強く言い返せないようだった。

 

その後は、午前中にハリーがお見舞いとして買ってきたフルーツの盛り合わせを四人で食べた。

 

ハリーもこまめに来ているらしい。

グウェン曰く、来ても良いけど、別にそんなに来なくても良いのに……だ、そうで。

最近はそこそこ会話が弾んでいるようで、確執は解けたようだ。

 

うん。

グウェンは見る目があるし、ハリーは良い奴だから当然と言えば当然か。

 

 

見舞いの果物は私が切った。

ナイフの扱いは得意なのである。

年がら年中、振り回しているので上手くて当然だ。

 

それにしても……。

 

最近はグウェンからのスキンシップ……と言う名のボディタッチが激しい。

もし男だったら勘違いしていただろう。

 

……いや、男だったら、こんなにベタベタ触れ合ってないか。

 

 

「そう言えば、フラッシュとか、リズとか、その辺の奴らも来たよ。昨日だけど」

 

「「え?」」

 

 

他のクラスメイトならまだしも、フラッシュが来るのは意外だった。

そう言う繊細な部分があったのか、アイツ。

 

 

「最近、フラッシュも何か思う所があったのか……人が変わったように良い奴になったね」

 

「へぇ……?」

 

 

余り実感の湧かない私は、適当に返事をする事しか出来ない。

 

 

「ピーターもさぁ、うかうかしてらんないねぇ。ハリーもいるし」

 

 

……うん?

何でここでピーターとハリーが出てくるんだ?

 

ピーターが慌てた様子でグウェンに声をかけた。

 

 

「ちょ、ちょっとグウェン……!」

 

「え?何?図星でしょ?ライバルが多いと大変だね」

 

 

そう言ってグウェンがピーターの脇を突いた。

 

……あ、もしかして。

 

ハリーも、フラッシュも、ピーターも好きなのかな?

 

 

 

グウェンの事が。

 

 

「なるほど」

 

 

私は腕を組んで頷いた。

 

確かに、グウェンは非常に魅力的だ。

可愛いし、お洒落だし、スタイルも良いし、カッコいいし、優しいし。

 

納得した私はピーターに声を掛ける。

 

 

「ピーター、恋の応援なら任せて」

 

 

ぐっと拳を握ると、三人とも何とも言えない顔をしていた。

 

そして、グウェンが呆れたように口を開いた。

 

 

「……ミシェルってさ」

 

「うん」

 

「頭は良いけど……ちょっと抜けてるよね」

 

「うん?」

 

 

何故かお馬鹿認定を受けてしまった。

 

……人とのコミュニケーションは難しい。

私はそう思った。

 

 

 

2時間ほど病室で話した後、帰る事となり、ピーターとネッドが持ってきた荷物の片付けをしていた。

 

これはグウェンの父、ジョージ・ステイシーから頼まれた替えの歯磨きブラシとか、着替えとか、その辺だ。

 

下着はネッドとピーターが持っている袋に入っていないが。

それは私が持つ。

男には持たせられないからだ……え?

じゃあ私もアウトなのでは……とは言わない。

生物学的に私は女だ。

なので問題ない。

 

 

「ねぇ、ミシェル」

 

 

そして、二人が部屋から出て行った後、グウェンに呼び止められた。

 

 

「どうかした?グウェン」

 

「うん、一つだけ聞いても良い?」

 

「一つじゃなくても、幾つでも」

 

「ありがと」

 

 

グウェンが深く息を吸って、意を決したような顔をしている。

 

 

「もし、さ」

 

「うん」

 

「もしも、だよ?」

 

「うん」

 

「もし私が……今までと違う人間になったとして……それでも友達で居てくれる?」

 

「うん、当然」

 

 

要領を得ない質問だった。

だけど、彼女が不安に感じている事に私は肯定を返した。

 

何があっても、私はグウェンの味方だ。

それこそ、もしも……グウェンと私、どちらかが死ななければならなくなったら……迷わず私は自死する程に。

 

 

「ありがと。……うん、それだけ。今日は来てくれて、ありがとね?ホントに」

 

「私も楽しかったから。……今度は1ヶ月後になっちゃうけど」

 

「大丈夫!絶対治してみせるからね」

 

 

お互いにぎゅっと抱きしめあって、別れた。

これが今生の別れになる訳ではない。

 

人は生きてる限り、望んでいれば何度でも出会う事が出来る。

 

私は手を振って、病室を出た。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

僕、ハリー・オズボーンは少しずつ……少しずつだが心を持ち直して来ていた。

 

自宅の書斎で日記を開く。

これは僕が昔から、父に日記帳を買ってもらってからずっと書いている日記だ。

 

前日以前の記録を読む。

 

数日前。

ミシェルと会話して……父の被害者であるグウェンとの仲を取り持ってくれた。

 

グウェンは性格の良い女の子で、直ぐに打ち解ける事が出来た。

……だからこそ、父……いや、父を狂わせた『グリーン・ゴブリン』と言う存在に──

 

 

『憧れている』。

 

 

……いや、違う。

憎いんだ。

憧れてなんかいない。

 

僕の父は薬品によって身体能力が強化されたが、精神が汚染されてしまった。

結果的に際限なく欲望が増幅し、人を傷つけて、奪って、不幸をばら撒いた。

 

なんて『羨ましい』んだ。

 

違う。

僕はそんな事を望んではいない。

 

理性を失って、獣のように暴れるような姿なんて『最高にイカすぜ』。

 

違う、違う、違う。

『俺』はそんな事を『望んでいる』。

 

『俺』は『欲しいもの全てを手に入れる』。

 

無理だ。

人には限界がある。

『俺』に『そんな物はない』。

 

グウェンだって『メチャクチャにしてやりたい』。

彼女は『俺』を信じている『からこそ、その顔が歪むのが見たい』。

 

 

違う、違う、違う、違う──

 

 

「違う!」

 

 

僕は自分の思考を散らすため、机を強く叩いた。

日記が捲れる。

 

開かれたページにはペンで塗りつぶされた醜悪な悪鬼(ゴブリン)の絵が描かれていた。

 

こんなモノを描いた記憶なんて、僕にはない。

 

 

あの時。

父が死んだあの日から、僕の心に邪悪『で、偉大で、カッコいい』何かが住み着いている。

それは僕の思考を蝕んでいる。

 

誰も周りにいない時、悪鬼が僕に囁く。

 

復讐(アヴェンジ)しろ』。

『仇を討て』。

 

……でも、そもそも無理だ。

父を殺した犯人は分からない。

知らない。

 

新聞に乗っていたのは、脱獄した父の死体が廃駅で見つかった……と言う情報だけだ。

警察だって犯人を探している。

 

僕は……。

 

 

「お困りですか?」

 

 

……僕は後ろに振り返った。

彼は最近雇った使用人のベックだ。

 

父の凶行が原因で、この屋敷の使用人の殆どが逃げ出してしまった。

オズボーン家は沈み行く船のようなものだ。

逃げる事は正しい事だ。

 

だからこそ、新しく使用人を雇ったのだ。

 

 

「……すまない。何もないさ、大丈夫だ」

 

「そうでしょうか?私には何か、悩んでいるように見えますが……」

 

 

そう言ってベックが窓際で埃を払った。

 

ベックは父と友人らしい。

自称……だから、本当に友人なのかは知らない。

 

だが、父が本当に辛かった時に助けた事があると言っていた。

 

 

「いや、君に言っても仕方のない事だ」

 

 

僕は開かれていた日記を閉じて、机に仕舞う。

見られないように暗号鍵も付いている。

 

……少し待っても、ベックがこの場を離れない。

 

 

「……どうした?何かあったのか?」

 

「えぇ……貴方に見せたいモノがあります」

 

 

そう言うベックの手には大型のタブレットがあった。

 

……使用人の服には、そんなモノを隠し持てるような場所は無いはずだ。

不可解な現象に僕は眉を顰めた。

 

 

「……どこから取り出したんだ?」

 

「その前に一つ、ハリー坊ちゃんには謝らなければならない事があります」

 

「何を……?」

 

 

使用人らしからぬ言動に顔を顰めた。

 

 

「私、自分のことを『使用人』と言っていましたが、アレは嘘です。実は私……『魔法使い』なんですよ」

 

「……ふざけているのか?」

 

「いいえ?正真正銘の大真面目、ですとも」

 

 

ベックが指を弾くと、手元のタブレットは消えて、部屋の中央にプロジェクターが現れた。

 

 

「これは……」

 

「是非とも、貴方に見ていただきたい物があるんですよ」

 

 

そう言い切るとプロジェクターから、書斎の白い壁に向かって映像が投射される。

それは寂れた廃駅の、監視カメラ映像だった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「そん、な…………」

 

 

僕は驚愕した。

何故なら、今見た映像は警察も掴んでいない父の死の真相だったからだ。

 

 

「酷いでしょう?」

 

 

父は何度も殴られ、痛めつけられ、最後は首を裂かれて死んでしまった。

薬物でおかしくなってしまったとは言え、父は父だ。

目を覆いたくなるような真実に、僕は『憤りを隠せなかった』。

 

 

「まさか……彼が」

 

 

映像に映っていたのは父と──

 

 

「『スパイダーマン』が父さんを殺した、なんて……!」

 

 

スパイダーマンだった。

母が亡くなってから一人で僕を育ててくれた父を……容赦なく痛めつけて、命乞いをする父を笑いながら殺した。

 

映像には、そう映っていた。

 

 

「あぁ、なんて酷い……ノーマンは素晴らしい人間だった。それにも関わらず、彼は私刑によって彼を殺害した……命乞いを無視して、戦う意思を無くした男を殺したのです」

 

「……うっ……くそっ」

 

 

誰かが僕に囁く。

父だ、父の声だ。

 

『私の復讐をしろ』

『復讐だ』

『仇を取れ』

『蜘蛛男を殺せ」

 

 

「私もそうです。彼に怒りを抱いているのは貴方だけではありません。私は貴方と共に協力し……スパイダーマンを討ちたい」

 

 

『討て!』

『殺せ!』

 

 

「……討つ……殺す……」

 

 

『俺』は復唱する。

父の怨念が僕を突き動かす。

これが『俺』の『やるべき事』だ。

 

 

 

「安心して下さい、私達以外にも仲間はいます。貴方と同じ……スパイダーマンに復讐したい者達ですよ」

 

 

演技じみた仕草でベックが笑った。

 

僕はその姿を見て、ベックの正体が気になった。

きっと、今僕の前に晒している姿も偽りなのだろうと、そう思った。

 

 

「……ベック、貴方は……一体、何者なんだ?」

 

 

だから、そう訊いた。

 

 

「私ですか?私は──

 

 

再度、ベックが指を鳴らすと、緑色の雲が彼の体を包んだ。

 

 

『『謎の男(ミステリオ)』……そう呼んで下さい』

 

 

くぐもった声でそう返事をした。

 

だが、そこにベックの顔はなかった。

全てを反射する球体状のマスクと、緑色のコスチュームを着た男が立っていた。



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バース・オブ・ブラック part5

コンクリートの壁に反射された光が、窓から差し込む。

このオンボロアパートは窓の外がすぐ壁だから……朝日が直接入ってくる事はない。

 

早朝なのに薄暗い部屋で、僕は欠伸をした。

 

ここはニューヨーク、クイーンズ。

そのアパートの一室。

僕、ピーター・パーカーの部屋だ。

 

パジャマを脱いで、シャワーを浴びて。

外出用の服に着替えて、髪をセットして。

 

リュックの中身を確認する。

 

前日に確認しているけど、出かける前にもう一度確認する。

心配症なのかも知れない。

 

時計を見て、8時少し前である事を確認する。

 

この時間、毎日はやる気持ちがある。

どうしても、そわそわしてリュックを背負い、部屋の外に出てしまった。

 

学校が凄く楽しい……訳ではない。

確かに勉強は嫌いではないし、授業も楽しいが……それだけで眠い朝から気分が上がる程でもない。

 

でも。

 

ガチャリ、と音がして隣の部屋のドアが開いた。

 

手元の腕時計を見れば、時間は7時54分。

約束の時間は8時なのに、いつも互いに少し早く出てきてしまう。

 

 

「おはよう、ミシェル」

 

 

声を掛けると、隣室の住人が目を数度開いて、閉じて……欠伸をしてから、返事をした。

 

 

「ん、おはよう……ピーター」

 

 

ミシェルは朝に弱い。

彼女はよく夜更かしをしている……当然、睡眠時間が削られれば、その分眠くなるのは当然だ。

 

僕もスパイダーマンとして活動した翌日は眠いからね。

 

 

「眠そうだけど……昨日、何かしてた?」

 

「……掃除?」

 

 

自信なさげに答える彼女は、やはり、どうやら寝惚けているらしい。

 

彼女と僕は毎朝、一緒に登校をしている。

ミッドタウン高校の始業時間は9時だ。

ここから高校までは歩いて30分……それを考慮して8時に出発予定としている。

 

 

「それじゃあ、行こう。ミシェル」

 

「……ん」

 

 

ミシェルは眠そうに目を擦りつつ、ベージュ色の肩掛け鞄を持って歩き出した。

 

普段は賢しい彼女の、こんな気の抜けた姿が見られるのは……きっと僕だけだ。

その事に少しの優越感と、大きな喜びと、幸せを感じていた。

 

 

二人でクイーンズの街を歩く。

途中、いつものサンドイッチ屋によってサンドイッチを買う。

僕は5番のBLTサンドイッチを。

ミシェルは7番のショートケーキを。

これは昼飯用だ。

 

いつもの風景、いつもの景色。

 

いつか、彼女と共に居る事も『いつも』と呼べるようになったら良いな……なんて大それた事も考えて。

 

街中の大きな電光掲示板を見た。

 

そこには、いつものJJJ……新聞会社『デイリー・ビューグル』の『ジェイ・ジョナ・ジェイムソン』が写っている。

彼は吠えるような強い口調でスパイダーマンをバッシングしている。

 

僕は何の気なしに視界に入れて……。

 

 

『スパイダーメナスは殺人鬼!?』

 

 

と言う見出しが見えて、驚愕で見直した。

 

僕が足を止めたのを見て、ミシェルが不思議そうな顔で僕の側に寄った。

 

 

『スパイダーマンがグリーンゴブリンこと、ノーマン・オズボーンを私刑に!』

『匿名の方から映像が届いたぞ!』

『ショッキング過ぎて人に見せられないほど残虐!』

『マスクを被った殺人犯に注意を!』

 

 

ジェイムソンの心当たりのない罵声に、僕は怯んだ。

 

 

「な、なんなんだ……これ……?」

 

 

喉が乾く。

視界がぐらりと揺れた気がする。

 

スパイダーマンが……僕が……殺人犯?

違う、だって殺したのはレッドキャップって言う奴で……。

映像なんて……そんなの捏造に決まってる。

 

もしかして、嵌められた……?

赤い、マスクの男に。

 

どうしよう。

これじゃあヒーロー活動に支障が出る。

声に出して反論するべきなのか?

でも、僕は顔も見せてない……それじゃあ、きっと誰も信じてはくれな──

 

 

「……ピーター?」

 

 

ぎゅっと手を握られた。

ミシェルの……女性特有の小さくて滑らかで、柔らかな手が僕に触れていた。

 

先程に悩みも全て吹き飛び、僕の心臓は活発に動き出した。

 

 

「ミ、ミシェル?」

 

「大丈夫?」

 

 

そう言ってミシェルが上目遣いで見てくる。

僕と彼女では10センチ弱の身長差がある。

 

僕と目を合わせようと自然とそうなってしまう。

 

そんな仕草に……僕の心臓は破裂寸前になる。

 

 

「だ、だだだ、大丈夫!大丈夫……大丈夫、だよ、ミシェル」

 

「……絶対、大丈夫じゃない」

 

 

挙動不審になった僕に、ミシェルが目を細めて訝しむ。

 

ミシェルが原因を探ろうと辺りを見渡し、僕の視界の先……デイリー・ビューグル社の大型電光掲示板を見つけた。

 

スパイダーマンをバッシングする内容は、まだ続いている。

 

それをジッと見つめるミシェルに、僕は不安を感じて声をかけた。

 

 

「あの、ミシェルはさ?」

 

「うん?」

 

「スパイダーマンの事……どう、思う?本当に人を殺しちゃったのかな……って」

 

 

そう聞くと、彼女は眉を顰めて少し困ったような表情をした。

 

 

「私は、スパイダーマンがそんな事すると思わない」

 

「……そう、かな」

 

 

予想外の返答に僕は声が詰まった。

 

 

「うん。だって──

 

 

ミシェルが僕を見て微笑んだ。

 

 

私の憧れ(ヒーロー)だから」

 

 

だけど、その笑顔は……。

 

少し、暗さを隠してるような気がした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私の憧れ(ヒーロー)……スパイダーマンが告発された日の夜。

 

私は赤いマスクに黒いスーツ……レッドキャップの姿となって、とある場所まで来ていた。

 

人の目を盗み、地下通路を通り……オズコープ社の地下4階まで来ていた。

 

廃棄された研究施設であり、遺伝子研究用の器材や……様々な実験装置が埃を被っている。

ふと、部屋のプレートを見れば『主任:カート・コナーズ』と言う文字が見えた。

 

ここはグリーンゴブリン騒動で停止された研究施設だ。

 

監視カメラが天井につられている。

それは私を視認しているが、別段騒ぎにはならない。

 

ここに私が居る事……それは、このビルの所有者が黙認しているからだ。

監視カメラの映像は当たり障りのない、前日のモノとすり替えられている。

 

私が今日、ここに来た事を監視者は知らないだろう。

 

コツコツと静かな廊下の床を鳴らして、私は会議室の前に立った。

 

ドアを2回ノックし、一呼吸置く。

返事も待たずに私はドアを開いた。

 

……会議室の中には5人の男がいた。

 

部屋の中、空いた席に座れば、私を含めた6人の人間がいる事になる。

 

私の座った向かいの席。

金魚鉢のような頭をした、緑色のスーツを着こなしている男がいる。

 

 

『初めまして……レッドキャップ』

 

 

そう声を掛けてくる。

声はくぐもっていて、男と言う事は分かるが素の声と合致はし難いだろう。

 

 

『あぁ。初めまして、ミステリオ』

 

 

私は目前にいる悪人(ヴィラン)、ミステリオをマスクの下で睨んだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

オレ、ハーマン・シュルツこと『ショッカー』は髭を剃って髪を整えて、シャワーを浴びて……鏡に映る惚れ惚れとするイケメン顔にニヤッと笑った。

 

コイツは仕事前のルーチンだ。

願掛けみたいなモンで、オレの仕事の成功を保証してくれる。

 

煙草を一本だけ吸って、灰皿に捩じ込み……約束の時間よりは少し早ぇが泊まってたホテルを出る。

ギターケースに偽装した鞄の中にはオレの『ショッカー』としての仕事道具がある。

 

街は静まり返って、人っ子、一人も居ねぇ。

ホテルの前には黒塗りの車が一台停まっている。

 

タクシーでも何でもねぇが、オレは気にせずドアを開けて、鞄を詰め込む。

そのままドカッとオレが座れば、運転手はオレを見る事もなく走り出した。

 

そんで、手元にある手紙を見る。

 

今時、手紙ってよぉ?

まぁ電子データよりは証拠が残り難いからって気持ちは少し分かる。

 

コイツは招待状だ。

 

内容は『一緒にスパイダーマンをボコボコにしようぜ!』って感じ。

正確にはちょっと違うかも知れねぇが、要約するとこんな感じだ。

 

オレはスパイダーマンに恨みがある。

そもそも刑務所にブチ込まれたのは、蜘蛛男の所為だし。

今こうやって雇われ傭兵みたいな事やって、日銭を稼いでるのも蜘蛛男の所為だ。

 

それで、この招待状の送り主……ミステリオって奴は俺みたいな悪人共で協力し、蜘蛛男をボコボコにする計画を立てたって訳だ。

 

 

とあるビルに到着する。

……いや、とあるっつーかオズコープ社なんだが。

 

なぁんで天下のオズコープ様が……あぁ、いや、そうか。

オズコープの社長ってスパイダーマンにブッ殺されたって言ってたな。

そりゃ恨んでる奴もいるか。

 

……今朝、スパイダーマンが元社長のノーマンを私刑(リンチ)で殺したってニュースで見たけどよ。

何だかアレ、こう、納得行かねェんだよな。

 

スパイダーマンは善人気取りのクソ野郎だ。

だからこそ、殺人なんてやらねーと思ってたんだが。

まぁ、映像って証拠があるんだからマジなのか。

 

……そう考えると、ノーマンはスパイダーマンの触れちゃなんねぇ部分をガッツリ踏み抜いちまったのかもなぁ。

 

おぉ、怖い怖い。

 

……トイレで、いつものスーツに着替えて、手甲(ガントレット)を装備する。

更衣室ぐらい用意しとけよ、ボケが。

 

静かな廊下をズカズカと歩きつつ、周りの研究室を流し見る。

ハイテクだな。

資本主義って感じがするぜ。

 

オレも科学を齧ってる身としては、羨ましい限りだ。

こういう場所なら、もうちょい精度の高い装備が……。

 

って、違ぇ、違ぇ。

今日はそんな目的で来た訳じゃねぇんだ。

 

オレは会議室のドアを開く。

 

そこには珍妙奇天烈な奴らが居た。

 

頭が金魚鉢の変なヤツ、死んだ筈のグリーンゴブリンと同じ格好してるヤツ、サイみたいな格好したアホみたいなヤツ。

 

……あ?

何か一人、普通のオッサンがいる。

紺色のジャケットを着たツーブロックの30代……から40ぐらいのオッサンだ。

 

何だコイツ、場違いじゃねぇの?

他の奴ら……オレも含めて、誰一人として普通の見た目してる奴いねーのによ。

 

席に座って少し待ってると、ドアがノックされた。

 

正直、ここに来る奴らの事は知らねぇ。

誰が来るかも、何人来るかも。

 

 

ドアを開けて入ってきたのは……。

 

あぁ、見知った顔だった。

 

 

『初めまして……レッドキャップ』

 

『あぁ。初めまして、ミステリオ』

 

 

レッドキャップの挨拶から、あの金魚鉢みてーなヤツがミステリオ……つまり、招待状の送り主だって事に気付いた。

 

まぁ、只者じゃねー雰囲気がビシビシ出てるからな。

 

レッドキャップが隣の席に座る。

ちょっと前だったらガチでビビっちまってただろうが、今はそんな事は無ぇ。

寧ろ、ちょっとオレも安心しちまうぐらいだ。

 

コイツは良い奴だ。

話も分かるし、冷静だ。

 

……目の前のサイみてぇな奴は、無理そうだ。

そもそもアイツ人間か?

 

ただレッドキャップの中身が女……しかもガキってんだから、少し罪悪感……っつーか気まずさが出てくる。

年端もいかねぇ女が、こんな悪い奴らとツルんでんだからな。

 

ガキは大人しく家で寝てる時間だが……おっと、こんなこと言ったらマジで殴り殺されちまうかも知れねぇ。

気をつけねぇと。

 

舐めてる訳じゃねぇ。

ただ、オレの中の固定観念としてガキは遊んで暮らすもんだって思ってるだけだ。

……そもそも、学校とか行ってんのか?

容姿も知らねーし、マジで私生活のイメージが湧かねぇ。

 

適当な事考えてっと、金魚鉢……ミステリオと呼ばれたヤツが席から立ち上がった。

 

 

『ようこそお集まり下さりました、5人の復讐者よ』

 

 

……ちょっと胡散臭ぇ、感じがする。

 

 

『まずは各々が自己紹介をしましょう。どんな目的を持ってスパイダーマンに復讐するか、意識合わせです』

 

 

そう言うとミステリオが指を弾いた。

パチン、と言う音がして壁が消えてなくなる。

 

まるで宇宙のような景色になって、オレはビビって席から転がり落ちそうになる。

 

だが、隣のレッドキャップは腕を組んだまま落ち着いてるし……何なら、あのよく分からねージャケット姿のオッサンも動じてねーし。

 

オレは気合いで持ち堪えた。

ビビってねぇーよ?

って雰囲気を出しておく。

 

 

『……フフフ』

 

 

……隣の席から微かに笑うような声が聞こえた。

 

 

『私の名前は『ミステリオ』!あらゆる真実をも捻じ曲げる魔術師さ』

 

 

再度、ミステリオが指を弾くと壁や床、全てが元に戻った。

 

 

『これはデモンストレーションって奴です』

 

 

……胡散臭いが油断ならねぇ、やべぇ奴だな。

 

 

『私は妻と娘をスパイダーマンに殺された。その仇を取りたいんです。ここにいる5人の方々と協力し、必ず怒りの裁きを下しましょう』

 

 

そう言って、ミステリオは席に座った。

 

……妻と娘を殺された?

スパイダーマンって、オレ達の知らねー所で結構殺してんだな。

 

 

なんて感想を持ちつつ、今度は隣の席に座っているグリーンゴブリン……いや、本人が死んだ訳だから、絶対偽物なんだが、そいつが立った。

 

 

「ハリー・オズボーン……先代の息子だ。父を殺したスパイダーマンを必ず殺す。……そうだな、『俺』の事は『ニュー・ゴブリン』と呼んでくれ』

 

 

そう短く言って席に座った。

……なるほど、現オズコープ社の社長じゃねぇか。

そりゃあ、オズコープ社のバックアップが有るんだから、こんなデケぇビルを貸し切れる訳だ。

何てったって、自分の持ち物なんだからな。

 

 

 

続いて、サイみてーな奴が立った。

 

 

「俺の名前は『ライノ』だ。用心棒をやってるんだが……アイツに何回も邪魔されている。スパイダーマンが居なくなりゃ、俺の仕事も楽になる。だから協力する」

 

 

ドカッとサイ男……ライノが座った。

2メートル近ぇ巨体が座っても壊れねぇ、オズコープの椅子って結構良い椅子なのかも知れない。

 

 

……あ、オレの番か。

 

オレは席から立って、自己紹介する。

 

 

「オレは『ショッカー』、傭兵だ。あんの蜘蛛男に一回捕まって務所にブチ込まれてる。絶対ぇ、ブチのめす。以上」

 

 

俺が座ると、隣のレッドキャップが立った。

 

 

『私は『レッドキャップ』だ。依頼を受けてここに居る。それだけだ』

 

 

男か女かも分からねー機械音声で喋って、レッドキャップが無愛想に座った。

 

……うーん、何つーかコミュニケーション能力に難があるよな。

寡黙と言えばカッケーが、陰気くせぇと言えばダサい。

……ダサイと言えば、目の前に意味わかんねーサイ男がいるが。

 

 

……そうして5人の自己紹介が終わり、残るはあの普通のオッサンだけになった。

 

 

オッサンは周りをチラチラと見て、「あ、俺か」って顔で立ち上がった。

 

 

「あー……俺はエディ、『エディ・ブロック』。ただの新聞記者だ。別にスパイダーマンに何か恨みがある訳じゃないけど、『相棒』がどうしても殺したいって騒ぐから……そんな感じだ。えーっと、よろしく?」

 

 

オッサン……エディが席に座る。

 

……何なんだ、アイツ。

訳分からねぇ。

 

でも、こん中で一番格下だってのは分かった。

後で舐められねぇ様に、ちょっと脅して──

 

 

『ハーマン』

 

 

横から、レッドキャップに小さな声で話しかけられた。

 

 

「お、おう。何だ?」

 

 

目の前に赤いマスクが見えるモンだから、ビビりそうになったじゃねぇか。

だが今、レッドキャップが話しかけてくるって事は結構重要なコトかと思い、耳を傾ける。

 

 

『あの男に近付くのは止めておけ。頭を齧り取られるぞ』

 

「……は?」

 

 

俺は小声で困惑した様な声を出しつつ、普通の新聞記者のオッサン……エディを見た。

は?アイツが噛み付いて来るのか?

つか、齧り『取られる』って、そんな口がデカいのか?

そういうスーパーパワーを持ってるミュータントなのか?

 

だが、疑う気持ちは少し有っても、レッドキャップの言う事だ。

コイツは、しょーもない嘘を吐かない。

 

慌てて俺は頷いて、それを見た赤いマスクが納得した様に俺から離れた。

 

 

そして、またミステリオが声をあげた。

 

 

『これで全員の自己紹介は終わりましたね。このメンバーで協力し、必ずあの蜘蛛男を倒しましょう』

 

 

ミステリオの発言に全員が頷く。

 

……レッドキャップとエディだけ頷いてねぇな。

協調性無さすぎだろ、コイツら。

 

 

『では、我々のチーム名……私が付けさせて頂きますね。そうですねぇ……6人ですので──

 

 

ミステリオが胸の前で手を叩いた。

 

 

『『不吉な6人(シニスター・シックス)』と言うのは、どうでしょう?』




感想、見てます。
メチャクチャ湿度の高い感想来てて、ニヤニヤしながら見てます。


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シニスター・シックス part1

ウェブシューターから(ウェブ)を放ち、スイングする。

夜の街に、赤い残像が駆ける。

 

ここは、ニューヨーク。

ミッドタウン。

 

目的の場所は……あった。

 

ビルの壁に存在する電光掲示板は、夜中には使われていない。

日中はJJJ(ジェイムソン)が五月蝿い液晶も、夜は静かに眠っている。

 

黒くなった液晶が壁一面にある巨大なビル。

新聞社『デイリー・ビューグル』だ。

 

僕はビルの側面から壁を登り、換気用の小窓から中に入り込んだ。

 

僕の目的はジェイムソンが持っていると思われる、グリーンゴブリンを殺した殺人映像(スナッフフィルム)を回収し、確認する事だった。

 

ゴブリンを殺したのはレッドキャップだ。

それは僕が目の前で確認している。

 

なのにジェイムソンは僕がゴブリンを殺したと言っている。

……映像でも残っていると言われている。

 

それは本当なのか?

そもそも映像なんて、ある訳がなくて。

それとも捏造された映像があるのか……。

 

とにかく。

手掛かりを得る為に僕はデイリー・ビューグルのビルに侵入しているという訳だ。

 

アルバイトで何度も来ているので、デイリー・ビューグルの内部構造には詳しい。

僕は7階のジェイムソンの編集部長兼社長室まで向かう。

 

鍵がかかっているけど、オーソドックスなドアノブ式だ。

僕は万能鍵開けキット……スタークさんに絶対悪用するなと言われているガジェットを使って、ドアを開けた。

 

広い部屋にポツンと机が一つあるだけだ。

……いや、壁に大きなジェイムソンの顔写真がある。

自信過剰……と言うには控えめ過ぎるほど、彼は我が強い人間だ。

 

でも、彼自身は悪人や犯罪者を毛嫌いしている筈だ。

だから、恐らく今回の事も騙されたに違いない。

 

僕は机を漁り、一つのUSBメモリを見つけた。

メモリには『GG殺害の真実!』と書かれている。

 

GG……グリーン・ゴブリンか。

 

僕はそれをスーツの収納部に入れようとして……。

 

 

「貴様!何をしている!」

 

 

と大きな怒声が聞こえた。

 

僕は慌てて振り返ると、そこにはジェイムソンが居た。

 

 

「貴様、スパイダーメナスめ!私の持つ証拠を盗みに来たのか!何と恥知らずな奴だ!」

 

「あ、いや!違うんです!これは──

 

「問答無用だ!」

 

 

僕が弁解しようとしても、彼は怒るばかりだ。

だが、証拠を盗みに来たのは事実だ。

こればかりは言い訳が出来る訳もなく、僕は両手を上げた。

 

 

「ち、違うんです!恐らくこの映像は──

 

「……なんてね」

 

 

急にジェイムソンが笑顔になった。

口調もおかしくなって──

 

 

突然、僕は吹き飛ばされた。

部屋の中の机も、壁にかけられた写真も、全て吹き飛んだ。

 

 

「うぐっ」

 

 

背後にあった一面の窓ガラスが砕け散る。

僕は(ウェブ)を天井にくっつけて踏ん張って耐える。

この高さから落ちれば、流石に僕も重傷だ。

 

何とか耐えて、ジェイムソンを見れば、その姿が緑色のモヤになって消えた。

 

 

「今のは……!?」

 

 

部屋が暗くなる。

空から幾つもの墓標が落下してきて、突き刺さった。

天井は深い黒色になって星が輝く。

僕の周りを、まるでローマのコロッセオのように囲う。

床も気付けば土の様な見た目になっている。

 

まるで、現実ではないような……違う!

本当に現実ではないんだ。

 

僕の超感覚(スパイダーセンス)が目に映る景色を偽物だと判別していた。

 

 

「……誰だ!隠れてないで出てこ──

 

「隠れてなんてないさ!……隠れる必要なんて無いからね」

 

 

後ろから声が聞こえて、振り返る。

 

そこには鏡の様に反射する球体状のマスクを被った、緑色のスーツを着た男がいた。

 

 

「ジェイムソンをどこに……!」

 

「ジェイムソン?あぁ、気付いてないのかい?さっき見たのも幻さ」

 

 

男が指を鳴らせば、ジェイムソンが真横に現れた。

 

 

「私はミステリオ。真実を操る魔術師さ」

 

 

再び指を鳴らせば、ジェイムソンが膨張して……爆発した。

 

 

「うわっ!?」

 

 

それは幻覚ではなく、本当の衝撃波を伴って僕に襲いかかった。

 

そのまま吹っ飛ばされて、見えていなかった壁を突き破り、隣の部屋に転がり込んだ。

 

 

壁の向こうでは未だに不思議な光景が写っている……けど、こっちの部屋はいつも通り、普通の光景だった。

 

 

「……はぁ、ショッカー。少し出力を抑えてくれませんか?」

 

「アンタの演劇に付き合う義理はオレにはねぇ。まどろっこしいんだよ、アンタはよ」

 

 

そう言って幻覚に包まれた部屋から、人影が一つ現れた。

大きな手甲(ガントレット)

黄色のスーツ、茶色のプロテクター。

 

見覚えのある姿に、僕は口を開いた。

 

 

「……ハーマン?」

 

「あぁ?スパイダーマンよぉ……オレは『ショッカー』だって──

 

 

ショッカーが両腕を僕に向ける。

超感覚(スパイダーセンス)が警鐘を鳴らしている。

 

 

「前にも言っただろうが!」

 

 

直後、ショッカーの手甲(ガントレット)が金色に光り、衝撃波が放たれた。

 

 

ショッカーこと、ハーマン・シュルツとは一度戦った事がある。

彼は銀行強盗をしていて、金庫を『バイブロ・ショック・ガントレット』で破壊した所で遭遇した。

一度は負けそうになったけど、手甲(ガントレット)の構造上の弱点を突いて倒した。

……その弱点は、手甲(ガントレット)のボタン部を(ウェブ)が固められると衝撃波が撃てなくなるという弱点だが……。

 

勿論、今の彼の手甲(ガントレット)には弱点(ボタン)は見当たらない。

改良されている……手甲(ガントレット)自体、ハーマンが自分で作った物だ。

発明家である彼からすれば、欠点の改良は最優先事項だったのだろうか。

 

 

とにかく、今は目の前の事に集中だ。

僕は両手を組み、足で後ろに地面を蹴った。

 

僕が取った選択肢とは、衝撃を正面から受け止めず、身体ごと受け流す対策だった。

 

そのまま僕は吹っ飛ばされるけど、空中で姿勢を制御して、壁に対して受け身を取る。

 

 

「チッ!」

 

 

僕に有効打を与えられなかった事に苛立ち、ショッカーが舌打ちをした。

 

 

「驚いたな、二人がかりで来るなんて!勝てないからって、人数で押すつもりかい?」

 

 

僕は軽口を叩きながら、勝ち筋を探す。

幻覚を見せて来るトリッキーなミステリオ。

正面から遠距離攻撃を放って来るショッカー。

 

どちらも強敵だけど、僕に有効打を与えられない時点で何とかなる気がする。

 

僕は壁に背を預けて、立ち上がり──

 

 

「ふむ」

 

 

ミステリオが手を顔に当てて、声をあげた。

 

 

「私がいつ、二人だと言ったかな?」

 

「え?」

 

 

背後の壁が壊れて、銀色の両腕が飛び出した。

 

その両腕に抱き締められて、身体が宙を浮く。

万力の様な力に抵抗しつつ、僕は背後の敵を視認した。

 

 

「ライ、ノまで……!」

 

「久しぶりだな!そして、死ね!」

 

 

ライノが力を強めて、僕を押し潰そうとする。

 

ライノは元傭兵の犯罪者だ。

サイ型のパワードスーツを身に付けて、強盗や盗み、用心棒等を行う傭兵だ。

 

パワー系の敵だけど……。

 

 

「くっ……ふぅっ……!」

 

 

全力で腕を開き、ライノの腕を振り解く。

力自慢だけど、単純な腕力なら僕の方が上だ。

 

そのまま回し蹴りで露出している顔を蹴り飛ばして距離を取る。

 

 

「三人……流石にもう来ないよね?」

 

 

そう言いながらも僕は警戒する。

間違いなく、それ以上に来ているだろう。

 

僕は両目を閉じて、超感覚(スパイダーセンス)に集中する。

 

 

……窓の外だ!

 

 

窓の外から橙色の球体が投げ込まれる。

咄嗟に、僕はそれを蹴り飛ばした。

それは宙で爆発したけど、僕にダメージはない。

 

 

……しかし、窓と言っても、ここは7階だ。

空でも飛ばなければ来れない筈だ。

 

僕は窓の外を見た。

 

 

「グリーンゴブリン……!?」

 

 

それはスケートボードの様な形状をしたグライダーに乗るグリーンゴブリンの姿だった。

 

 

「違う……!『俺』はニューゴブリンだ!」

 

 

そして、その声は……。

 

ハリーの声だった。

 

 

「何で……!?」

 

 

蝙蝠型の手裏剣が投擲される。

 

違う、理由は分かっている。

彼は僕が……父であるノーマンを殺したと思っているからだ。

 

手裏剣を(ウェブ)で叩き落とす。

 

 

辺りを窺う。

 

ショッカーとミステリオ。

ライノとゴブリン。

 

これで4人……それでも、僕の超感覚(スパイダーセンス)はまだ見えない危険を察知している!

 

ガシャリ、とドアが開かれた。

 

 

「……あ、うわ。凄い事になってるな……」

 

 

……誰だ?

 

短髪で、ラフな格好をした男が入って来た。

明らかに場にそぐわない。

 

一見すると巻き込まれた一般人に見える。

超感覚(スパイダーセンス)でも全く反応しない……だけど、逆にそれが不気味だった。

 

深夜遅く、デイリービューグルに居て……この状況を見ても少し驚くだけで怖がらない。

 

間違いなく、普通じゃない……!

 

 

「あ、スパイダーマン。いやぁ、一回見てみたかっ『見つけたぞ!』

 

 

突然、男の方から複数の男性の声を重ね合わせたような不気味な声が鳴り響いた。

 

 

「はぁ……あんまり、やり過ぎるなよ」

 

『無理だ、エディ!止められない!止まらない!』

 

 

瞬間、男の身体が黒いタールのような物で包まれた。

それは大きな肉体を形成し、2メートル近い筋骨隆々な男の様なシルエットになった。

胸には白い蜘蛛の様なデザイン。

 

頭部は僕、スパイダーマンに近しい姿で……だけど、大きく口が裂けて乱雑に生えた歯が剥き出しになる。

そこから舌が伸びて、首付近まで垂れ下がった。

 

 

『一年ぶりだ、スパイダーマン!』

 

 

その姿を見た事はなかった。

初めまして、の筈だった。

 

 

『貴様が俺を教会に捨ててから、散々な目に遭った!変な奴らに7つに切り刻まれた!お前も同じ様に切り刻んでやる!!』

 

 

その言葉には覚えがあった。

 

1年前……教会に捨てた……?

 

そうだ、僕がアベンジャーズの人達と宇宙で戦った時、スーツに黒いタールみたいなモノが付着した。

 

スーツは真っ黒になったけど、それを着ると身体が頑丈になって……恐怖心も感じなくなった。

僕はそれを『ブラック・スーツ』と呼んで数ヶ月の間、使用していた。

 

だけど、『ブラック・スーツ』を着ていると力だけじゃなくて、怒りも増幅されて……抑えられなくなったんだ。

犯罪者を必要以上に攻撃してしまったり、常にイライラしてしまったり。

宇宙に詳しい仲間から、それは『シンビオート』って言う寄生生物だって教えられた。

 

それでも『ブラック・スーツ』の恩恵から捨てようとしなかったんだけど……取り返しの付かない事になりそうになって。

僕は音に弱いのを利用して、教会の鐘に身体をぶつけて……スーツを地面に投げ捨てたんだ。

 

『シンビオート』は宿主を失えば1時間も持たずに死亡する。

そう聞いていた僕は、満身創痍だったのもあって『ブラック・スーツ』を放置してしまったんだ。

 

まさか、あの場所に僕以外の人間がいて、回収されていたなんて!

 

 

『貴様は俺の完璧な宿主だと思っていた!だが、それは間違いだった!今の宿主はダメでバカな奴だが「おい、言い過ぎだろ!」悪い!だが事実だ!』

 

 

体内にいる宿主と喧嘩しつつ、肥大化した『ブラック・スーツ』が僕へと歩み寄る。

 

 

『今の俺は貴様と結合していた時よりも遥かに強い!もう今までの俺とは生物としての(レベル)が違う!俺は……いや──

 

 

その巨大な腕を薙ぎ払い、部屋の半分を吹き飛ばした。

 

床の絨毯が捲れ上がり、床の建材が露出する。

 

僕は一歩引いて避けたけど、当たれば間違いなくダメージになっていた。

 

……そして、一つ。

全く超感覚(スパイダーセンス)が反応しない事に気付いた。

 

コイツは……僕に対して特効を持っている!

 

 

俺達はヴェノムだ(We are Venom)!』

 

 

足で床を踏み抜いて、恐るべき速度で巨体が迫る。

腕から触手の様なモノが伸びて、避けようとした僕を引き寄せた。

 

しまった……!

 

普段から超感覚(スパイダーセンス)で反応して避けているから、超感覚(スパイダーセンス)で読めない攻撃への反応が遅れてしまう。

 

僕はそのまま床に叩きつけられ……頭上から足で踏み付けられた。

 

床は『ヴェノム』の力に耐え切れず、破砕する。

僕とヴェノムは下の階へ落下して、再び床を突き破る。

 

 

「くっ!離、せ!」

 

 

落下して行く中、ウェブで窓ガラスを引き寄せる。

ガラスは僕の引く力に耐えられず砕けた。

ガシャン!と大きな『音』が鳴って、一瞬ヴェノムの動きが鈍った。

 

やっぱり、弱点は克服出来ていない!

ヴェノムを全力で蹴り飛ばして、距離を取った。

 

 

息を荒げながら、僕は距離を取る。

上の階層から、ショッカー、ライノ、ゴブリン、ミステリオが降りてくる。

そして、ヴェノムがゆっくりと立ち上がる。

 

これで……5人。

 

 

ミステリオが僕の前に立つ。

 

 

「どうかな?スパイダーマン。これが君を倒す為に集めた『不吉な6人(シニスター・シックス)』さ!」

 

(シックス)……?はは、は、足し算も出来ないのかい?どう見たって5人じゃ……」

 

 

僕は少しでも傷を癒す為、軽口で時間を稼ごうとして……。

 

超感覚(スパイダーセンス)に強烈な反応があった。

咄嗟に身体を後ろに曲げて、横からの攻撃に備える。

 

瞬間、発砲音が聞こえた。

弾丸が僕の前を横切り、壁に命中した。

 

 

「……君は」

 

 

見覚えのある姿に僕は震えた。

 

 

『これで6人だ、スパイダーマン』

 

 

レッドキャップ。

赤いマスクの男が、そこに居た。

 



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シニスター・シックス part2

雲が月を覆い、僅かな街灯だけが光を灯す暗闇の摩天楼。

 

僕はデイリービューグル社のビルから吹き飛ばされた。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

苦痛で意識が飛びそうになりながら、僕は地面へと落下して行く。

 

頭上からグライダーに乗ったニューゴブリンが急降下し、落下速度を上回る速さで接近してくる。

 

 

ゴブリンが腰に装備していた『パンプキンボム』を投下する。

 

咄嗟にウェブシューターから(ウェブ)を放ち、ボムを上空に吹き飛ばす。

 

ボムは上空に押し戻されて、ゴブリンの近くで爆発した。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

グライダーに確かなダメージを与えると、ゴブリンは咄嗟にデイリービューグルのビルへと飛び移った。

 

だけど、この一瞬で地面に大きく近付いてしまった。

もうウェブで掴まるだけじゃ間に合わない……!

 

僕はビルの壁……ガラス部分に手を突き刺して落下速度を落とす。

静止は出来ない。

ガラスを砕きながら落下していく。

 

バリバリと、雷に聞き間違う程の音を立てて割れる。

 

そして、割れたガラスは鋭利なナイフになって僕のスーツと肉体を傷付けた。

 

 

「う、づっ……!」

 

 

でも、ここで手を離したら、僕は地面へ真っ逆様だ。

 

この高さなら死にはしなくても、骨の一つや二つは折れてしまう。

 

そうなれば、あの6人から逃げ切れず……殺される。

 

僕はもう既に戦う事を諦めていた。

戦力の差が激し過ぎる……ここは退くしかない。

 

ある程度、落下速度が軽減したのを見計らい、僕はガラスを蹴って宙に飛び出した。

 

上の階層に、まだ『シニスター・シックス』は居るだろう。

恐らく下を覗き込んでいる筈だ。

僕は辺りにある街灯に高出力で(ウェブ)を放ち、破壊する。

 

電灯が破裂する音と共に、灯りが消えて暗闇になった。

 

地面まで、残り10メートル。

頭上に地面が迫っている。

 

暗闇に紛れて、敵に見つからないよう祈りつつ……僕は路地裏のゴミ収集ボックスの中へ落下した。

 

詰め込まれたゴミ袋をクッションにして、落下の衝撃を受け流す。

入った時の反動で蓋が閉まり、外からは気付かれない状態になっただろう。

 

……拙い、意識が朦朧として来た。

ダメだ、今寝たら……寝たら……。

 

 

ゴミ箱の側面、隙間から外を伺う。

 

二つの人影が着地した。

 

……ショッカーと、レッドキャップだ。

ショッカーは自身の手甲(ガントレット)を活かして、着地の衝撃を相殺したみたいだ。

レッドキャップは……見た限り、何もしていない。

何か、衝撃を吸収する能力でもあるのだろうか。

 

回らない頭で考察していると、ショッカーが口を開いた。

 

 

「ちっ、逃げやがったぜ。とんだ臆病者だな……」

 

『それを言えば、多勢に無勢である私達も卑怯者だが』

 

「……ん〜?オイ、蜘蛛野郎の肩持つのか?」

 

『客観的な事実だ、ハーマン』

 

 

……二人は随分、仲が良さそうだ。

 

ショッカーの本名『ハーマン』と呼んで怒られていないのが証拠だ。

彼は自分の名前を呼ばれる事を嫌っている筈だ。

恐らく、レッドキャップ相手には特別に許している……と言う事だろうか。

 

自分の知っている悪人(ヴィラン)達の意外な交友関係に、僕は驚いた。

 

 

瞬間、レッドキャップの顔が僕の潜んでいるゴミ収集ボックスに向いた。

 

まずい、今ので見つかったのか?

 

そう思って抜け出す準備をしていた……だけど、レッドキャップは僕がいる場所から目を逸らした。

 

僕は安心した。

今の状態で戦えば、間違いなく負ける。

息を殺したまま、身を弛緩させた。

 

そして、レッドキャップが口を開いた。

 

 

『……我々は6人もいる』

 

「あ?」

 

 

突如、脈絡のない言葉にショッカーが驚いた。

 

 

『それこそ、一人では勝てないだろうな。スパイダーマンは』

 

 

そう言って、ショッカーから離れる様に歩き出した。

 

 

「ちょっ、おい!なんだよ!」

 

 

そのままショッカーも、レッドキャップの後ろを付いて行くように離れていった。

 

安心してため息を吐く。

……でも。

まずい、意識が……。

 

失血量と緊張感が失われた事も相まって、急激に意識が遠のいて行く……。

 

そして、そのまま僕は意識を失った。

ミッドタウンのゴミ箱ホテルで、一泊する羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がさり、と蓋が開いた。

 

その瞬間、僕は目を覚ました。

混濁する意識の中、霞む視界のピントを無理矢理合わせる。

まだ薄暗い……だけど陽は昇っている。

恐らく、早朝だろうか。

 

一つの人影が、ゴミ箱で寝ていた僕を覗き込んでいた。

 

 

「……何してんの?」

 

 

徐々に視界が明瞭になって行く。

それに伴って、思考も。

 

そこに居たのは女性だ。

30歳前後の綺麗な女性だった。

 

黒いジャケット、黒いシャツ、黒いジーパン。

全身真っ黒で、髪も黒い。

 

だからこそ、色白い肌と赤紫色のリップが目立っていた。

 

僕を見た彼女の眉は下がっていて、困っている……と、言うよりは面倒臭そうな顔をしていた。

 

 

「……おはよう、スパイダーマン?」

 

 

……そうだ。

今、僕はスパイダーマンの姿で……『シニスター・シックス』から逃げていたんだ。

とにかく、誤魔化して……ここから離れないと。

 

 

「あ、えっと、コレは──

 

「あー、取り敢えず。ウチ来る?」

 

 

そう言って、女性は親指を立てて、後ろを示した。

指差した先は路地裏だ。

 

 

「ちょっと歩くけど、事務所あるから」

 

「事務所……?」

 

「そ、探偵事務所」

 

 

僕は身体を起こして、ゴミ箱を出ようとして……。

 

 

「痛っ……」

 

「まぁ……救急箱ぐらいはあるし、手当ぐらいはしてあげる」

 

 

そう言って彼女は僕の腕を掴んで──

 

 

「よっ、と」

 

 

片手で僕を抱き上げた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

ティーンエイジャーとは言え、男性一人を持ち上げているのに辛そうな顔をしていない。

見た目に反して、かなりの力持ちだと言う事が分かって、僕は驚いた。

 

そうして彼女は僕を運ぼうとして……眉を顰めた。

 

 

「……くっさ」

 

 

ごろり、と僕は地面に転がされた。

 

 

「流石に無理。臭すぎ。一人で歩いて」

 

 

うっ……。

女性に「臭い」なんて言われたのは初めてで……結構ショックを受けてしまった。

 

身体も心もボロボロだ。

 

僕はよろよろと歩いて、路地裏を進んで行く彼女に声をかけた。

 

 

「あの、探偵って……」

 

「ん?私立探偵。金貰って色々調査する仕事してんの、私」

 

 

迷う事なく突き進んで行く彼女に置いて行かれないように、僕も足を進める。

 

そして、純粋に湧いた疑問を尋ねる。

 

 

「……何者、なんですか?」

 

 

片腕で人を持ち上げるパワーがあって……明らかに只者じゃない。

悪人では無さそうだけど……正体が分からなければ不安になる。

 

 

「何でも聞くね。知りたがり?自分の顔は隠してる癖に」

 

「あ、いや、すみません……」

 

 

彼女は僕へ、どうでも良さげな顔をして振り返った。

 

 

「……ジェシカ・ジョーンズ。名乗ったし……これで満足?」

 

 

ジェシカは気怠げに……また歩き始めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ミッドタウン・ウェスト。

AKA(もしくは)、ヘルズキッチン。

 

乱立された雑居ビルの中の一つ……そこに『エイリアス探偵事務所』があった。

 

所属しているのはジェシカのみで、経営も、業務も、調査も一人でやっているらしい。

 

 

マスクとパンツだけ残して裸になった僕は、ジェシカに包帯で巻かれていた。

羞恥心が凄まじい。

 

……何だか最近、人に治療されてばかりな気がする。

前もミシェルに手当てして貰ったし。

 

 

「よし、っと」

 

 

バチン!

 

包帯を巻き終えて満足したジェシカが、僕の背中を叩いた。

 

 

「痛っ!?」

 

「男なんだから我慢しな」

 

 

そう言う問題じゃない、と怒りそうになるけど、助けてもらったので強く言えない。

 

でも、絶対叩く必要は無いと思う。

 

 

「それで……何かあった?昨日のデイリービューグルの騒ぎってアンタがやったの?」

 

「アレは──

 

 

僕は昨日起こった出来事を語った。

冤罪をかけられている事。

僕を恨んだ悪人達が徒党を組んでいる事。

負けてしまった事を。

 

 

それを聞いたジェシカが、少し興味深そうな顔をして頷いた。

 

 

「……へぇ。じゃあさ、どうすんの?」

 

「どうするのって……」

 

「ヒーローなんだからさぁ。自分で考えて行動しなきゃ」

 

 

にやにやと意地の悪そうな顔でジェシカが笑った。

馬鹿にしているような……面白いものを見るような、そんな顔だ。

 

そして、僕は頭で対策を考える。

 

……無理だ。

どうすれば六人に勝てる?

 

 

……そう言えば。

 

 

『一人では勝てない』

 

 

そう、レッドキャップが言っていた。

逆に言えば一人じゃなければ勝てるって事だ。

 

一対一なら負ける事もない筈だ。

……多分。

 

必要なのは仲間数だ。

 

……そして、僕が呼べる仲間と言えば。

 

 

「ジェシカさん、電話を借りても良いですか?」

 

「良いけど。どこに電話すんの?」

 

「アイアンマンに」

 

 

僕は据え置きの電話を借りて、アイアンマン……スタークさんの電話番号にコールしようとして。

 

 

「あ、あー、うん。アベンジャーズの、ね……」

 

 

何処か歯切れの悪そうな声で、ジェシカは一人呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば。

 

 

……ダメだった。

 

 

電話をかけて出てきたのはジャービスだった。

……ジャービスは、スタークさんの作ったAIだ。

 

スタークさんは……と言うかアベンジャーズの面々は今、宇宙にいるらしく数ヶ月は帰って来ないらしい。

何でもクリー、だか何だか……宇宙人と戦争中らしい。

 

とんでもなくデカいスケールの話に、僕は呆れる事しか出来なかった。

流石に呼び戻すのも忍びないし……僕の悩みがちっぽけに見えて来た。

 

結局、僕が人を信用せず、マスク姿で正体を隠してヒーローをやっているツケが来てしまったみたいだ。

 

だって、僕は他のヒーローへの連絡先も知らないし……知ってても、助けてくれるほど仲は良くない。

頼れる先輩ヒーローが一人いても、対等な立場の仲間は居なかった。

 

 

「……はぁ」

 

 

思わず溜息を吐いた僕に、ジェシカが呆れたような安堵したような顔で話しかけて来た。

 

 

「見て分かるけど……ダメだった?」

 

「うっ。電話も借りたのに……すみません」

 

「別に?謝らなくても良いけど……来られたら気まずかったし」

 

 

……ジェシカはスタークさん……と、言うよりアベンジャーズを知っているようだった。

でもそれは親しさと言うよりは、後ろめたさのような物を感じる。

気になるけど……何だか訊いたらダメな雰囲気を僕は感じ取った。

 

溜息を吐きながらジェシカが棚を開いた。

中から瓶を取り出し……栓を開けて、そのまま飲み始めた。

コップにも入れず、直飲みだ。

 

あまりのズボラさに驚く僕を他所に、ドン!と机に瓶を置いた。

 

 

……しかも、それは酒だった。

ヘヴンヒル・ウィスキー……と、ラベルに書いてあった。

 

僕は未成年だし、お酒には詳しくないけど……そんな飲料水みたいに一気に飲めるような物だっけ?

 

 

「アンタも飲む?」

 

「あ、いえ……僕、未成年なので……」

 

「は?」

 

 

ジェシカが驚いたような顔で僕を二度見した。

 

 

「小柄だと思ってたけど、まだガキなのか……」

 

 

ジェシカが何かに苛立った様子で舌打ちをした。

僕は何か粗相をしてしまったのかと、怯える。

 

 

「それで?どうすんの?」

 

「……仲間が要るんです。一人では勝てなくて」

 

「ふーん……?」

 

 

ジェシカがまた酒をあおり、ゴクリと喉を鳴らした。

 

……そこで、僕は気付いた。

彼女は僕を軽々と持ち上げていた。

アベンジャーズとも面識があるみたいだし。

 

……多分、きっと。

何かスーパーパワーを持っているに違いない。

 

 

「ジェシカさん、お願いがあるんですけど……」

 

 

僕はそう言って、彼女の協力を仰ごうとして……。

 

 

「良いけど?」

 

 

と、まだ何も言っていないのに了承された。

 

 

「あの、僕まだ何も……」

 

「子供を助けるのが大人の仕事。それに、街に悪い奴が居るのも見逃せないからね」

 

 

空になった酒瓶をゴミ箱の横に置いて、椅子にかけていたジャケットを羽織った。

 

 

「悪人チームには、ヒーローチームをぶつけるのが王道ってワケよ。分かる?」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 

思わず少し涙が出そうになった。

彼女は少し……いや、かなり粗暴だけど……凄く良い人だった。

 

 

「分かったなら、早く服を着て……って、スーツ姿は辞めて欲しいけど。私服とかないの?」

 

「う、すみません……」

 

「……ウチの旦那の奴ならあるけど。ほら、ちょっとデカいけど」

 

 

そう言って出された服を着る。

デカい黄色のシャツと、デカ過ぎる短パン。

僕は短パンを無理矢理ゴムで閉めて……マスクを脱いだ。

 

マスクを脱ぐのは少し嫌だったけれど。

助けてもらって、協力もして貰うのに姿を隠したままってのも不誠実な気がした。

 

そんなマスクを脱いだ僕を見て、ジェシカが少し驚いた。

 

 

「う、わっ。マジでガキじゃん」

 

 

ボソッとジェシカが言った言葉を聞き流して……。

うわっ。

ズボンがデカ過ぎる。

 

シャツもそうだけど……短パンなのにデカ過ぎて、僕からしたら長ズボンみたいになってる。

足回りや腕回りも全然違う。

まるで子供が大人用の服を着ているような……。

 

ジェシカの旦那さん……もしかしなくても、滅茶苦茶デカいんじゃないかな。

縦に、だけではなく横にも。

 

筋肉ムキムキだったりするのだろうか。

 

 

「……よし。着替えたんなら、さっさと行くよ」

 

 

そう言ってジェシカがドアに手を掛けた。

 

 

「行くって……何処にですか?」

 

「ん?そりゃあ、冤罪かけられた容疑者を助けるんだったら──

 

 

開いたドアの先から、光が漏れた。

 

 

「弁護士のトコでしょ?」

 

 

ジェシカがそう言って、笑った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

教師がホワイトボードにペンを入れる。

 

私は欠伸を一つ、教師にバレないようにする。

 

退屈だ。

 

 

グウェンは入院してるから居ないし。

ネッドは別クラスだし。

ピーターは……学校に来てないし。

 

少し心配だけど、学校に「休む」との連絡が入っていたので無事な事は確かだ。

 

傷が深くて休養しているのか……。

 

それとも。

 

私の助言(アドバイス)に従って、仲間探しに奔走しているのか。

 

 

まぁ、そっちの方が『私』(レッドキャップ)もやり易いから、助かるけど。

 

 

兎にも角にも。

休憩時間に話す相手もおらず、授業も簡単で退屈で、何のために学校に来ているか分からない。

 

寂しい……と言う感情が胸を締め付ける。

 

少し前は一人で生きる事が当然になっていたのに……今は誰かと居ないと寂しいと思うようになった。

 

私はきっと、弱くなってしまったのだろう。

 

これを退化と呼ぶか……心が豊かになったと考えるべきか。

 

 

……一人で居ればフラッシュに話しかけられると思って、休憩時間中はずっと寝たふりをしているけど。

 

会話拒否だ。

 

でも、そろそろ限界で。

クラスメイトが寝るフリをする私を「体調不良なのかな」とか心配している。

流石に罪悪感が湧いてくる。

 

 

……昼休みは、ネッドの所に行こうかな。

普段はグウェンとご飯を食べてるけど、居ないし。

 

ネッドが私達のクラスに来る事はあるけど、私から行くのは初めてかも知れない。

 

 

 

その後、ネッドの所に行ったら、クラスメイト中の視線がネッドに突き刺さっていた。

私もネッドも居心地が悪かったし……何だったのだろうか?

 

首を傾げていると、ネッドに溜息を吐かれた。

 




次回投稿は明日か明後日です


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シニスター・シックス part3

ジェシカがドアをノックした。

 

でも、「コンコン」なんて可愛らしい音ではない。

どっちかと言うと「ドンドン」と言った方が良いような……いやもうノックと言うよりは、2回殴っている方が近いかも知れない。

 

ヘルズキッチンの離れにある一軒家。

少し寂れたような見た目をしていて……朝だと言うのに、カーテンも閉まったまま。

屋内の電気が点いてる訳でもなく、恐らく中は薄暗くなっているのだろう。

 

側から見れば留守にしか見えない。

 

だけど、少しするとドアが開いた。

 

そこに居たのはジェシカと同じぐらいの年齢をした男性だ。

赤いサングラスをして、無精髭を生やした男だ。

スーツを着ている……家から出る寸前だったのだろうか?

 

そして、手には白い杖。

……屋内なのにサングラス。

 

顔はジェシカの方へ向いていない……恐らく、盲目なのだろう。

 

 

「……ジェシカ。僕は今日、仕事なんだけど」

 

 

でも、何故か来訪者がジェシカである事は分かっていた。

……彼がジェシカの言っていた弁護士、だろうか?

 

 

「緊急事態。会社は休めば?」

 

「そう簡単に言ってくれるなよ……所属している弁護士は僕とフォギーだけなんだぞ?」

 

 

文句を言いながらも、僕とジェシカを部屋に入れてくれた。

 

ジェシカは勝手知ったる様子で、部屋の電気を点けた。

薄暗かった部屋が明るくなる。

 

そのままジェシカがリビングのソファーに座ったのを見て、僕も隣に座った。

 

 

「それで?緊急事態って?ザ・ハンド?それともルークと喧嘩した?」

 

 

弁護士の男はコーヒーを三つ入れて机の上に置いた。

 

……僕はまだ、一言も喋っていないのに、居ることに気付いている。

目が見えていなくても、察知する技術があるのだろうか。

 

 

「ザ・ハンドは前にルークとダニーがボコったから休業中でしょ。ルークと喧嘩したら私が勝つから喧嘩にならないし……要件はコッチ」

 

 

ジェシカが僕の肩を叩いた。

 

 

「……気になっていたんだが、その子は誰だ?」

 

「スパイダーマンよ」

 

「あ、僕、スパイダーマン……です?」

 

 

ジェシカに紹介されて、僕も慌てて自己紹介した。

何だか凄いシュールな空気になってしまった。

 

それを聞いた弁護士の男が手を顔に当てて、椅子に深く座った。

 

 

「……本当か?」

 

「私が嘘吐いた事、ある?」

 

「そう言うのは普段、嘘を吐かない人間が言うものだ」

 

 

彼が渋い顔をした。

そして、僕の方へ顔を向けた。

 

 

「マット・マードック。この街で弁護士をしている。よろしく」

 

「あ、はい!よろしくお願いします……!」

 

 

そう言われて、手を握ると……想像以上に硬かった。

石を殴っても、石の方が傷付くんじゃないかってぐらい。

 

弁護士……マットも何か思う所があったようで、僕の手を強く握った。

 

 

「……確かに。彼はスパイダーマンみたいだな。こんなに若かったのか……」

 

「私もビックリしたけど……まぁ、言って私もこのぐらいの歳にはヒーローしてたし?」

 

 

そう言ってジェシカが苦笑いした。

 

 

「え?ジェシカさんって昔、ヒーローやってたんですか?」

 

「まぁね。ちょっと色々あって……アベンジャーズと殺しあって引退した」

 

 

とんでもない発言が飛び出して、僕は一歩、ジェシカから距離を取った。

 

 

「はははは、大丈夫。大丈夫だから。今はちゃんと仲直りしたし?」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そもそも、今のアベンジャーズだって殺しあった敵も仲間に入れてるんだから、ヒーローやってたら珍しくないし」

 

 

僕はビビりながらも、ジェシカが悪人ではない事はさっきまで一緒にいて分かっているので……信頼する事にした。

 

でも、やっぱり。

スーパーヒーローをやってたから、あんな凄い腕力があったのか、と納得した。

 

 

「で、マット。話なんだけど──

 

 

ジェシカが現状について説明した。

シニスター・シックスと言う悪人チームがいる事を。

 

僕も情報の補填をしつつ、マットの疑問に答えていく。

 

マットは考え込むような顔をしていた。

 

 

「6人か……スパイダーマンと、ジェシカ……僕を含めて、少なくともあと3人は要るな。心当たりはあるけど」

 

「え?マットさんも戦うんですか?」

 

 

マットは目が見えない。

それは先程や……今、会話している状況からも確信できる。

だって、今まで僕やジェシカと一度も顔を合わせていないから。

 

 

「はは、心配してくれるのかい?」

 

「あ、いや……でも、目が見えないんじゃ」

 

 

僕がそう言うと、ジェシカが徐に席を立って、リビングから見えるキッチンへ向かった。

 

そして、引き出しから勝手にオレンジを出して、ナイフスタンドから果物ナイフを抜き取った。

 

僕はそれを目で追いつつ、マットとの会話を続ける。

 

 

「スパイダーマン、僕の目が見えないのは事実だ。でも──

 

 

カン、カン。

とキッチンで音がした。

 

ジェシカが果物ナイフの腹で、キッチンのシンクを2回叩いた音だ。

 

 

何をしているのだろう。

と思ってジェシカを注視していると。

 

 

突然、ジェシカが果物ナイフを投げた。

それも、マットの方に。

 

 

「ちょっ──

 

 

突然の出来事に僕は反応が遅れた。

ナイフはマットの後頭部に迫り……。

 

 

マットは2本の指でナイフを摘んで止めた。

それも、顔すら向けず。

 

 

「……ジェシカ、急に何をするんだ?」

 

「いや、実際に見た方が早いと思って」

 

 

悪びれる様子もなく、ジェシカがオレンジを齧った。

 

 

「君はいつも突拍子も無さ過ぎる」

 

「ちゃんと合図もしたのにさぁ……」

 

 

はぁ、と溜息を吐いて、マットがナイフを宙に投げた。

ナイフは回転しながら宙を舞い、ストン、とナイフスタンドに収納された。

 

 

「……えっと?あの?」

 

 

何が起きたのか分からず、僕はマットに声をかけた。

 

 

「一応、僕も非合法なヒーローをやっている。君と同じく、この街を守っているんだ。だから心配はいらない」

 

 

マットが両手を組んだ。

ジェシカがけらけらと笑いながら、僕の肩に手を乗せる。

 

 

「コイツ、何て呼ばれてるか知ってる?『ヘルズキッチンの悪魔』だよ、『悪魔』ってさ?笑えるわ」

 

「ジェシカ……いつの話をしているんだ?今は──

 

 

マットが僕に向き直った。

 

 

「『命知らず(デアデビル)』って呼ばれている」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私の名前はジェイ・ジョナ・ジェイムソン。

素晴らしき新聞社『デイリービューグル』の社長であり、編集長であり……そして、一人のジャーナリストでもある。

 

デイリービューグルは、悪を裁き、弱きを助ける……そして、真実を白日の元に晒す。

それが社訓であり、掟でもある。

 

そうして筋を通して来たからこそ。

このニューヨークに置いて最も発行されている新聞として、トップシェアへと上り詰めたのだ。

 

そんな私のデイリービューグルはミッドタウンに本社を構えている。

電光掲示板がビルの側面にあり、いつでも最新の情報をNY市民に伝えている。

 

 

……だが、これは何だ?

 

 

今朝、私は報道官がドアをノックする音で起こされた。

 

ジャーナリストである私が、取材される立場になるなど……。

 

兎に角、何事かと問えば……。

 

 

デイリービューグルの本社ビルが半壊したとの事だ。

 

私は頭の血管が数本、犠牲になったのを感じた。

 

 

復旧には『ダメージコントロール』も出張って来た。

ダメージコントロールは、政府と提携して建物や施設を復旧する会社だ。

主にスーパーパワーを持った馬鹿者達の暴れた後始末をする会社だ……税金がかなり注ぎ込まれている。

 

つまり、デイリービューグルが破壊されたのはスーパーパワーを持った悪人の仕業と言うことだ。

 

そして、このタイミングで破壊行為を行うのは──

 

 

「スパイダーマンですね」

 

 

黒服の男が、私にそう言った。

 

 

「なに?それは本当か!?」

 

 

簡易のプレハブ小屋で私に声を掛けたのはベック……クエンティン・ベックだ。

彼は私と同じくスパイダーマンに懐疑心を抱いており、彼を告発する手伝いをしてくれる善良な男だ。

 

スパイダーマンがグリーンゴブリンを殺害する映像を提供してくれたのも彼、ベックだ。

 

 

「えぇ、昨晩の話ですが……デイリービューグルでこんな映像が……」

 

 

そう言ってベックは手元のスマートフォンを見せてくれた。

 

そこにはスパイダーマンが破壊活動をする姿があった。

 

だが……しかし。

 

その映像に私は違和感を覚えた。

何故、こんな夜遅い時間に撮っているのか。

暗闇の中にしては鮮明に撮れている……まるでプロのカメラマンが撮ったかのような映像だ。

 

そして、なにより。

 

 

「むぅっ……らしくない」

 

「らしくない、ですか?」

 

「あぁ、らしくないとも!スパイダーメナスにしては……少なくとも奴は一般人に直接、害のある行動を起こすなど今までなかった」

 

 

私は右手を顎に、左手で脇を締める。

 

……これは、(フェイク)なのではないか?

 

そう頭に過ぎる。

 

思えば、このベックと言う男。

都合が良過ぎる。

 

世の中、都合の良い事は何度も起こりはしない。

大きなスクープが撮れた日に、私の妻は殺された。

会社に有意義な契約が結べた日、雇っていた探偵が犯罪者に堕ちた。

 

そんな事ばかりだ。

良いことも、悪いことも、平等に起きるのが人生であると私は考えている。

 

なら、この男はどうか。

何か裏があるのでは無いか?

 

 

「ベック、君は何故、奴を追うのだ?」

 

「……何故?」

 

「私は正義のためだ。義務感だ。社員を食わせるためだ。弔いのためだ。改革だ。……君はどうなんだ?」

 

 

私は最も大事な事を問う。

真実を追うジャーナリストには信念が必要だ。

信念なき者のスクープなど……真実を掴める事などない。

デイリービューグルは正当な新聞だ。

ゴシップ雑誌のような下らない物ではない。

 

 

「そうですねぇ……私は癌と腫瘍で余命も短く……最後に何か、社会に貢献できればと。そう思っていまして」

 

「社会に貢献するために?」

 

「えぇ、そうです」

 

 

いいや、それは間違いだ。

社会への貢献など出鱈目だ。

 

この社会はスパイダーマンを許容している。

ヒーローが悪人を退治する事に、このニューヨーク市民は何も疑問を抱いていないのだ。

奴を追った所で、社会には疎まれるだけだ。

貢献などできない。

 

私はそれを変えたくて、組織でもない個人に頼る事は危険だと、そう忠告しているに過ぎない。

それは社会への貢献ではない。

社会への改革なのだ。

この変革によって社会が受ける影響は悪い事になるかも知れない。

そうだとしても。

責任を持ち、情報を発信し……読者に委ねる。

 

それが私のジャーナリズムだ。

ベックにはそれが無い。

 

 

「……悪いがベック。この話は私の新聞に載せる話ではない」

 

 

私はスマートフォンで撮られた映像から目を逸らす。

 

このベックと言う男を、私は信用出来なくなった。

きっとこの映像も(フェイク)だ。

ならば、ベックが提供した前の映像も……(フェイク)である可能性がある。

 

 

「どうしても、ですか?」

 

「あぁ、どうもこうでもだ」

 

 

こうしては居られない。

私は以前出した「スパイダーマンがノーマンを殺害した話」の裏を取らなければならない。

もし、誤情報であるのなら、私は──

 

肩を叩かれた。

 

 

「それじゃあ、困るんですよねぇ」

 

 

振り向いた私にベックが右手を見せた。

 

そして、右手に付けている指輪から、緑色の煙が噴き出した。

 

 

「うぉおっ!?」

 

 

私の顔に煙が吹き付けられる。

涙と鼻水が止まらなくなり……呼吸が困難になる。

 

 

「な、にっ、を……ゴホッ」

 

「少し眠って頂きましょう……」

 

 

意識が混濁していく。

私は尻餅を付く。

 

呼吸が辛い。

私は何度もパクパクと、まるで金魚のように何度も口を開く。

 

 

「大丈夫ですよ、ジェイムソン。貴方の代わりは……私が用意しますから」

 

 

ニッコリと笑うベックの顔が……一瞬で球体に形を変えた。

 

緑色のコスチュームに、虹色に反射する球体型のマスク。

彼は……私の嫌いな覆面男(マスクマン)だった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ここはオズコープ社の本社ビル。

屋上に最も近い社長室だ。

……このフロアには、誰もいない。

社長である僕だけだ。

 

父はここで仕事をしていた……。

僕も数度、幼い頃に連れて来てもらった事がある。

 

夕焼けを、父と共に見た。

この高い景色から、街を見下ろすのが好きだった。

まるで、僕は鳥になったかのような──

 

 

『ハリー・オズボーン』

 

 

僕は夕焼けを眺めるのをやめて、振り返った。

そこには赤いマスクの……レッドキャップがいた。

 

僕は緑のスーツを着ていないが……彼はいつも見る仕事着だ。

 

 

「何の用だ?集合時間まで、まだ余裕はある筈だが」

 

『お前は本当にスパイダーマンを殺すつもりか?』

 

 

僕の問いに返事をする事もなく、質問を投げかけてくる。

僕の目尻が吊り上がる。

 

 

「勿論、当たり前だ。奴は僕の父を奪った。だから、復讐する責任が僕にはある」

 

『……そうか』

 

 

男か女か分からない声で、レッドキャップが返事をする。

 

 

『人を殺せば、戻れなくなるぞ?』

 

「……っ!」

 

 

僕の決断を惑わすような言葉に、『俺』は苛立った。

 

 

「何なんだ、お前は!?『俺』に復讐を諦めろと言うのか?何様なんだ!」

 

 

僕は強化された拳で、ガラスで出来た机を叩き割った。

 

 

「お前も人殺しだろ!善人ぶるな!」

 

『……そうか。だが、一つ覚えておくと良い』

 

 

『俺』の怒りを無視して、レッドキャップが言葉を繋ぐ。

 

 

『外法に身を堕とせば……外法によって殺される。その時、悔いたとしても……誰も配慮などしてくれない。……忠告はした。後はお前次第だ』

 

 

不穏な言葉を残して、レッドキャップが部屋から立ち去った。

のっぺらぼうのマスクに目が付いていれば、『俺』を嘲笑っていたのだろうか?

 

 

「…………くそっ!ふざけやがって……!」

 

 

『俺』は椅子を投げ捨てて、ガラスのパーテーションを砕いた。



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シニスター・シックス part4

自己紹介の後、デアデビル(マット)が仲間に連絡を入れた。

 

夕方に集合予定として、それまでに一度解散となった。

僕はスーツが破れていたり、私服がジェシカの夫……ルークさん?のシャツを借りているのもあって、一度自宅に戻る事になった。

 

今日は「病気で休みます」と高校に連絡を入れてるのもあってクラスメイトや、学校の関係者に見つからないように気をつけつつ、何とか自宅に帰る事が出来た。

 

着ていた大きなシャツとズボンを紙袋に入れて、いつもの私服……チェック柄のシャツにチノパンを着る。

……グウェンに「もう少しお洒落に気をつけろ」と愚痴愚痴言われてる服だ。

 

ウェブシューターに(ウェブ)の原液を補充する。

カートリッジ式だから入れ替えるだけで良い。

この(ウェブ)の原材料は市販の薬剤を組み合わせて作っている。

空気に触れる事で固まって、粘着性の高い糸に変化する優れ物だ。

 

 

あとはバックパックにスーツを入れて準備はOKだ。

 

そしてまた、クイーンズの自宅からヘルズキッチンにあるマットの自宅まで移動する。

空を見れば太陽は沈みかけていた。

 

クイーンズとヘルズキッチンは近いけど……僕は少し急いだ。

 

 

 

何とか予定していた時間に到着し、マットの家のチャイムを押した。

流石にジェシカみたいにノックする勇気はなかった。

 

暫くすると、ドアが開いて……。

 

 

2メートル弱の黒人の男性が現れた。

かなり厳つい顔をしており、スキンヘッドだ。

 

 

「何の用だ、坊主」

 

「わっ……」

 

 

一瞬、腰が引けそうになるけど……よく見ると、見覚えのある黄色のシャツを着ている。

 

 

「えっと、ジェシカさんの旦那さんの……ルークさんですか?」

 

 

男は眉をピクリと動かした。

 

 

「そうだ。俺がルーク・ケイジだ……なら、坊主は誰だ?」

 

 

ルークが右手を顎に当てて、試すような物言いをした。

 

 

「僕は……スパイダーマンです。お世話になります、ルークさん」

 

 

そう言うと……ルークは微かに笑った。

 

 

「……なるほど。礼儀を弁えてる奴は好きだ……入ってくれ。もう全員集まっている」

 

 

ルークがドアを開き切って、僕はマットの家に招き入れた。

 

そこにはマット、ジェシカ……厳つい顔をして仕立ての良さそうな服を着ている男……そして、黒に白いドクロが書かれたシャツを着ている、厳つい男が居た。

 

 

……厳つい男が多すぎる気がする。

言われなかったら悪人集団だと思いかねない。

 

 

マットが僕が到着したのを感じ取って、口を開いた。

 

 

「これで全員集まった……スパイダーマン、僕を含めて、彼等はこのヘルズキッチンを守っている『ディフェンダーズ』と言うチームだ」

 

 

僕が視線を向けると、仕立ての良い服を着た男が会釈をした。

 

 

「取り敢えず、最初に紹介しておこう。まずは僕からだ」

 

「……チッ、小学生のホームルームかよ」

 

 

ドクロシャツの男は悪態を吐いた。

 

 

「僕はマット・マードック。『デアデビル』って呼ばれてる。目が見えない代わりに他の五感が強くなってる。具体的に言うと、心臓の音で人が嘘を吐いてるかどうか分かる。筋肉の収縮から次の動きを読める……目に見える以上に『視る』事ができる」

 

 

マットが自身の耳を指で叩いた。

 

 

「普段は弁護士をしている。もしも、弁護士が必要になったら呼んでくれ。次はジェシカだ」

 

 

マットがジェシカを手で指し示した。

 

 

「彼女はジェシカ・ジョーンズ……って、これはもうスパイダーマンも知っているかな。スーパーパワーを持っていて、車を持ち上げたり、空を飛んだりできる」

 

「え!?飛ぶ……んですか?どういう方法で?」

 

 

僕は話の腰を折ってしまう事に負い目を感じながらも、どうしても気になってしまって聞いた。

それに対しては、マットではなくジェシカが答えた。

 

 

「そんなの普通に飛ぶんだよ。こう……スーパーパワーで」

 

「普通にって……」

 

「私の友人のヒーローも普通にみんな飛んでるけど?別に珍しい事じゃない……キャロルもジーンも飛んでるし」

 

 

何だか聞いても無意味な気がして、僕は会話を中断した。

スーパーパワーに理屈は必要ないのかも知れない。

 

 

「話を戻そう。隣の彼は……ルーク・ケイジだ」

 

「ルークだ」

 

 

ルークが手を差し出して来た。

 

 

「あ、どうも……スパイダーマンです」

 

 

僕がその手を握ると……。

 

グッと力を込められた。

鉄パイプぐらいならトイレットペーパーみたいに潰せるんじゃないか、と思えるほどの握力だ。

 

僕は慌てて、手を振り解いた。

 

 

「な、何してるんですか……?」

 

「いや、悪い悪い……ちょっと確認したい事があってな……どれだけ耐えれるかってのを。お前は合格だ」

 

 

恐ろしい事を言いながら、ルークがジェシカの横に戻った。

 

……あ、脇にジェシカの肘が刺さった。

 

 

「……はぁ。で、ルークは『パワーマン』って名前でヒーロー活動をしている。凄い力と、何も通さない皮膚の防御力を持っている。少し前は軍公認のヒーローチーム『サンダーボルツ』にも所属していた」

 

「ま、今は金を貰って用心棒みたいな事をする雇われヒーローだがな」

 

 

「それで、その隣がダニー・ランド。『アイアンフィスト』だ」

 

「どうも」

 

 

仕立ての良い服を着た男……ダニーが僕に会釈した。

 

 

「『気』と呼ばれるパワーの使い手で、それを手に込めて撃ったり殴ったりする。後は……」

 

「傷の回復も出来る」

 

 

そう言ってアイアンフィスト、ダニーが僕に近寄った。

僕より身長が高くて……少し圧がある。

 

 

「失礼」

 

 

ダニーが右手を僕の肩に当てた。

するとダニーの右手が光出して……僕の身体が熱くなってくる。

 

 

「これ……?」

 

「『気』を送り込んで治療をしている。自然治癒能力を高めているだけだから、欠損や病気は治せない……そこだけは注意が要る」

 

 

数秒そうやって手を置いていると、身体が嘘のように軽くなった。

シャツを捲って確認すると昨晩、シニスターシックスによって付けられた傷が完治しているようだ。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「仲間なら当然だ。こちらこそ、今後よろしく頼む」

 

 

僕はダニーと握手した。

 

何だ、少し人相が悪いからって、やっぱりみんな良い人じゃないか。

残りの一人、ドクロのシャツを着た人だって……。

 

そう思ってマットに目を向けると──

 

 

「こいつはフランク・キャッスル、『パニッシャー』だ。指名手配犯の犯罪者だ」

 

「え?えぇ……?」

 

 

僕は間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

彼は悪人専門の殺し屋……だから『処刑人(パニッシャー)』と呼ぶらしい。

 

マットが教えてくれたけど、昔は軍人だったそうで……妻と子供をギャングに殺されてから、悪人を殺しまくるようになったらしい。

 

ヒーロー……と呼ぶには些か過激な人で、僕としては苦手なタイプだ。

……いや、かなり苦手だ。

 

それでも僕だけではシニスターシックスに勝てないのは確かで、猫の手……犯罪者の手も借りたいのも事実だ。

 

マットも「今回は殺しは無し」と約束させているそうで……そのせいもあって不機嫌なんだとか。

 

 

僕達もシニスターシックスも6人。

自然と誰かが一人を担当して倒して行く事に決まった。

 

彼等の殆どと面識がある僕が彼等の強み、弱点を並べていく。

 

 

 

「ミステリオは多分この事件の主犯で……自称、魔術師と言っているけれど……多分、幻覚の使い手だ。攻撃は他のメンバーに任せていたみたいだし」

 

「なら僕が行こう」

 

 

マット……デアデビルが名乗り出た。

 

 

「僕の超感覚(レーダーセンス)なら幻覚も効かない。多分、一番相性が良いと思う」

 

 

 

そうやって、ヒーローが一人に対して、悪人が一人、決めて行く。

 

 

「それで、このニューゴブリンって言うのは……僕が何とかしたい」

 

「それはどうして?」

 

 

ジェシカが訊いてくる。

 

 

「彼は父を僕が殺したって思い込んでる。それを解けば、敵対する必要もないと思う。……それにハリーは……僕の友達の、友達だからね。助けたいんだ」

 

「友達の友達?あんたは友達じゃないの?」

 

「あ……まぁ、うん。ライバルみたいなものだと思ってる」

 

 

そう言うと、ジェシカが首を傾げながら頷いた。

 

最終的に。

 

 

『ライノ』はルークが相手をする事になった。

パワーならルークが上らしく、またライノのスーツに搭載されている銃火器もルークには効かないらしい。

 

『ショッカー』はダニー……『アイアンフィスト』が相手をする。

ショッカーは衝撃波を飛ばして、遠距離攻撃できる。

そのリーチ差が一番の武器だ。

アイアンフィストも手から『気』による遠距離攻撃が出来るから、その差を埋める事が出来る。

 

『ヴェノム』は『パニッシャー』だ。

ヴェノムは確かに物理的な戦闘能力はかなり高い。

だけど、音や炎に弱い。

パニッシャーはスタングレネードや、小型の火炎放射器を持っているらしく、非常に有利だ。

 

 

 

そして……。

 

 

 

「この『レッドキャップ』って言う敵なんだけど……」

 

 

この名前を聞いた瞬間、マットとパニッシャーの目が鋭くなった。

 

 

マットが険しい顔で口を開いた。

 

 

「奴とは何度か戦った事がある……特筆して弱点のような物は無いな」

 

「……マットさんも戦った事があるんですか?」

 

「以前はヘルズキッチンを拠点にしていたみたいでね……それこそ、両手で数えきれない程、戦っている」

 

 

数えきれない程、戦っている。

つまり、それだけ敗北していると言う事だ。

 

……でも、チームで残っているのは。

 

 

「私が行く」

 

 

ジェシカだ。

 

 

「私が多分、このチームでは一番万能だと思う……ま、他の奴を倒せたら助けに来てくれれば良いから。時間稼ぎなら空飛べば良いし」

 

 

それを聞いて、マットが頷いた。

 

僕は続けて、レッドキャップに対しての情報を追加する。

 

 

「それに……何というか、本気で僕達と殺し合う気は無い……と思う。今までもそうだったし」

 

それを聞いたパニッシャーがバカにするように嘲笑った。

 

 

「ハハハ……ん〜?なんだ坊主、知らないのか?」

 

「何を……ですか?」

 

 

パニッシャーがバカにするものだから、僕も少し機嫌が悪くなる。

 

 

「そりゃあ、アイツの目的だよ」

 

「……それは、知らないですけど」

 

 

そう言えば……レッドキャップはいつも「仕事」と言って人殺しをしている。

じゃあ、今回はどうして……何の目的で?

それも、ニューゴブリンに「ノーマンを殺した」という事実を隠してまで。

 

 

「アイツの狙いはお前だよ、スパイダーマン。他の奴と一緒さ。多分、確実に殺せるからこそ協力してんだよ」

 

 

パニッシャーが嫌な笑い方をした。

 

 

「このヘルズキッチンに居た頃から、奴はお前に目をつけていたのさ」

 

「……本当、ですか?」

 

「嘘なんか吐くものかよ。ヘルズキッチンの拠点には、お前の事を調べていた痕跡があった。間違いなく、お前を殺すために算段を立てて居た筈さ」

 

 

そう言うと、パニッシャーが自身の鞄から焼け焦げたノートのようなモノを取り出した。

 

 

「これは……?」

 

「奴の前の拠点にあった調査書……まぁ、スクラップブックみたいなもんだ。見ろ」

 

 

パラパラとページが捲れて、パニッシャーの指が指し示した。

 

 

「ここだ」

 

 

そこには……。

 

『蜘蛛の能力?』

『自力で壁に貼り付く』

『糸は身体から?機械から?』

『トニー・スタークは正体を知っている?』

『スーツは普通の布製』

 

僕の能力を解析しようと書き示されたメモ書きがあった。

 

 

「コイツはお前が初めて会う前から、こうやってストーキングしてんだよ。分かったか?戦わない方が良い理由が」

 

 

……僕は、背筋が凍るような悪寒に晒された。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『へくちっ』

 

 

私はクシャミをした。

 

……おかしな話だ。

治癒因子(ヒーリングファクター)を持っている私は、風邪も引かない筈だが。

 

それに今は『ミシェル・ジェーン』ではなく『レッドキャップ』として活動している最中だ。

誰かに聞かれでもしたら大変だ。

 

だけど、まぁ……今はオズコープ社のビルの個室にいる。

幸い、誰にも聞かれていない。

 

 

「ん?おい、アンタにしちゃあ、偉い可愛らしいクシャミだな」

 

 

……前言撤回だ。

ショッカーの姿をした、ハーマンが居た。

 

 

『一つ、提案がある』

 

「お?なんだ?」

 

『記憶を失うまで殴られるのと、黙って墓まで持って行く……どちらが良い?』

 

「へ?は、はは、そりゃあ黙ってるよ。俺は……それに誰に言うってんだよ!誰も信じねぇよ」

 

『冗談だ』

 

「アンタが言うと、冗談に聞こえねぇんだよ……マジで」

 

 

ハーマンが私の横に腰を下ろした。

 

 

『……ハーマン、一つ忠告だ』

 

「ん?何だ?」

 

『……今回の件、状況が悪くなったら真っ先に逃げろ』

 

「……おう?俺が逃げると思ってんのか?」

 

『違う。逃げると思っていないからこそ、忠告している』

 

 

ハーマンが首を傾げた。

 

私の『任務』に巻き込む必要はない。

そして、可能であれば……その姿を見ないで欲しいと、そう願っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『スパイダーメナスは私の告発に対して、報復を仕掛けて来たのだ!許せん!』

 

 

テレビでデイリービューグルの社長、ジェイ・ジョナ・ジェイムソンが吠えている。

 

 

「結局、こうなっちゃうのか……」

 

 

マットの家で『ディフェンダーズ』の面々と会議をしている。

気分転換での休憩に、と付けたテレビからは僕をバッシングするJJJ(ジェイムソン)の放送が流れていた。

 

……そして、マットはそれを訝しげに見ていた。

 

 

「……どうかしました?」

 

「いや……少し、違和感があるな、と」

 

 

僕はテレビを見返す。

ジェイムソンが僕をバッシングしている……いつも通りだ。

 

 

「……?何かおかしい所ってあります?」

 

「…………声が」

 

「声、ですか?」

 

 

マットが頷いた。

 

 

「いつもと違う……いつもと抑揚の付け方が違うんだ。声帯のパターンは似せているけど、これは人工的に作られた声に違いない」

 

「……まさか」

 

 

僕は、ジェイムソンが……殺されたのではないか、と疑った。

 

それを見たマットが静かに口を開いた。

 

 

「……君は、彼を心配出来るんだな」

 

「それは……確かにジェイムソンは好きじゃないですけど……彼は悪人じゃないですよ。いや、悪人でも死んで良いなんて理屈はないです」

 

「へっ」

 

 

遠くで聞いていたパニッシャーが鼻で笑った。

ああもう、態度が悪いなぁ。

 

無視するようにマットが言葉を繋ぐ。

 

 

「スパイダーマン、君は優しい奴だ。僕はそれを……好ましく思う。僕はカトリック信者なんだ……殺人を許せない気持ちは一緒さ」

 

 

そう言って頭に手を乗せられた。

 

 

「そして、それを失わないよう……僕も……彼等も協力する。仲間だからね」

 

 

……何だか、子供扱いされているようで気になるけど。

 

素直に僕は受け止めた。

 

 

そして、ルークが僕に声を掛けた。

 

 

「坊主、作戦が決まったぞ」

 

 

作戦は……ミッドタウンにある街外れの廃ビルに彼等を誘き出して叩く……と言うシンプルな物だった。

 

廃ビルはアイアンフィストこと、ダニーが買収して用意するらしい。

 

……何でも、彼は『ランド・エンタープライズ』と言う会社の社長らしい。

スタークさんと一緒だ。

 

……社長がヒーローをやるのって流行ってるのだろうか?

 

 

そして、決戦は……今日の深夜。

僕がオズコープ社に忍び込んで……彼等を連れて誘き出す。

 

逃げ切ってもダメで、攻撃を受けるのも勿論ダメだ。

気付かれないよう誘い込んで……一気に叩く。

 

 

深く息を吸い込んだ。

そして緊張をほぐす為に、僕は口を開いた。

 

 

「よし、それじゃあ『ディフェンダーズ+()』で頑張って──

 

「おい、スパイダーマン。俺は『ディフェンダーズ』じゃねぇぞ」

 

 

そう言って、パニッシャーが話の腰を折った。

 

 

「……じゃあ、『ディフェンダーズ+(僕とパニッシャー)』で頑張ろう!みんな、よろしく!」

 

 

ヤケクソ気味な僕の言葉に4人が頷いた。

……うん、この場に5人いるのに、4人だ。

 

僕はため息を吐いた。

 



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シニスター・シックス part5

深夜のミッドタウン。

今日は月が出ていて少し明るい。

 

僕はオズコープ社のビルに潜入する。

……デイリービューグルより遥かにセキュリティが厳しい。

 

超感覚(スパイダーセンス)に身を任せて、監視カメラを掻い潜り……上層に到着した。

 

 

「……この部屋は」

 

 

カート・コナーズ……コナーズ先生が元々いた研究室のようだ。

彼はノーマンがグリーンゴブリンになった所為で研究室を封鎖され、職を失った。

なのに、研究室の管理者はコナーズ先生のまま。

 

……つまり、この研究室は封鎖されてから一度も使われていない筈だ。

僕は息を潜めて、天井に張り付く。

 

そのまま天地が逆転した状態で、物音を立てぬように探索する。

 

研究室……パーテーションで区切られた会議室……コーヒーメーカーが置いてある休憩室。

 

耳を澄ませると……。

 

 

……誰かが話している。

声のする方は……会議室だ。

 

 

スニーキングは得意だ。

ダクトを通って、僕は別室の……会議室の屋根裏まで来た。

 

換気口から中の様子を覗き見る。

 

……居た。

シニスターシックスの6人全員。

 

 

「じゃあ、ジェイムソンを殺したのか?」

 

 

ショッカー……ハーマンが喋っている。

僕は耳をつけて聞き耳を立てる。

 

 

「いえいえ、無闇に殺しては跡が付きますから……監禁中です。いざとなれば……人質にも利用できますからね」

 

 

ミステリオがそう語った。

 

……良かった。

JJJ(ジェイムソン)は無事らしい。

 

……しかし。

場所が分からなければ救出できない。

 

どうにか監禁場所を知る事は出来ないか……。

 

そう考えていると、レッドキャップが悩むような仕草をしている。

 

……そして、視線を少し上に上げた。

何故か、天井を一瞥した。

 

……僕は今、天井に隠れているのだから、少し不安に思った。

より、物音を立てないように気を付けないと。

 

 

『ミステリオ、少し良いか?』

 

 

レッドキャップが口を開く。

僕は身体が強張った。

 

 

「どうしましたか?」

 

『そのジェイムソンの監禁場所について、教えてくれないか?』

 

 

……その情報は、僕が一番欲しい物だ。

 

 

「……えぇ、良いですとも。ですが何故?」

 

 

疑うような声色でミステリオが聞いた。

 

 

『知っていて損は無いだろう。それとも、お前は……私達を信用していないのか?』

 

 

会議室の空気が重くなる。

……新聞記者のエディと、ショッカーが少し怯むような仕草をしていた。

 

そして、当人であるミステリオも。

 

 

「いえいえ、言わないとは言っていません。このオズコープ社内……ここの最上階の休憩室を使っています」

 

 

僕は脳内に、その情報を記憶した。

 

 

『ふむ、そこのセキュリティは万全だろうな?』

 

「えぇ、そこについてはニューゴブリンが保証しています」

 

 

……僕はハリーを見た。

マスクは外している。

不機嫌そうな顔で頷いている。

 

……音を立てないよう、ダクトを戻り……監禁場所へ向か──

 

 

『オイ、エディ……何か上に居るぞ』

 

 

……ヴェノムの声が聞こえた。

僕は冷や汗を掻く。

 

 

「ネズミとか、か?」

 

 

エディの発言に対して、ハリーが声をあげた。

 

 

「このオズコープビルにネズミなんて居ない。居るとすれば──

 

『蜘蛛だ!俺の獲物だ!』

 

 

突如、エディの身体が黒いタールのような物で包まれた。

胸に白い蜘蛛のマークが現れ、顔はその凶暴性を表面化した異形の姿になった。

 

 

僕は下を見るのを諦めて、ここを離脱する事にした。

ダクトの高さは1メートル弱……立って全力で走る事は出来ない。

 

四つん這いになりながら、本物の蜘蛛のように駆ける。

 

 

『引き裂いてやる!』

 

 

怒声と共に、幾つもの黒い触手がダクトを貫いた。

 

何とか避けるが……超感覚(スパイダーセンス)に反応しない為、反射神経を頼りにするしかない。

 

ヴェノムが超感覚(スパイダーセンス)に反応しない理由……恐らくだけど、僕に一時期『ブラック・スーツ』として一体化していたのが原因だ。

今のヴェノムは僕の能力をコピーして再現する力を持っている。

つまり、その攻撃は僕自身の攻撃として、超感覚(スパイダーセンス)が認識してしまっている。

 

超感覚(スパイダーセンス)は外敵からの攻撃を予知する能力だ。

だから、自身のコピーであるヴェノムの攻撃は予知できない。

 

ダクトを飛び降りて、エレベーターの屋根に飛び乗る。

何かを破壊する音が近付く……超感覚(スパイダーセンス)が反応しないのに攻撃が来る違和感(ズレ)に、僕はまだ慣れていないみたいだ。

 

釣り上げているロープに足を掛けて、三角飛びの要領で壁へ張り付く。

上層階へ向けて(ウェブ)を左右に放ち、足を離して落下する。

 

その瞬間、エレベーターの天板が砕けて、真横にヴェノムが姿を現した。

 

 

『見つけたぞ!スパ──

 

 

ヴェノムの声を他所に、僕は(ウェブ)の反動で飛び上がる。

これはスリングショットの模倣だ。

 

 

大きく飛び上がり、エレベーターを支える主軸のロープへ掴まる。

ヴェノムとの距離は、高度5メートル程になった。

 

僕はまた(ウェブ)を駆使して、壁を蹴り上へ駆け上がる。

 

 

『逃げるな!』

 

 

ヴェノムも触手を身体中から伸ばし、壁に突き刺して駆け上がってくる。

その速度は僕と同等……いや、少し速い。

 

4メートル、3メートル……。

 

少しずつ近付いてくるヴェノム。

 

僕は壁を蹴ったタイミングで……宙に錐揉みし、下へ(ウェブ)を発射する。

 

狙いはヴェノムの顔だ。

 

 

結果は命中……しかし、(ウェブ)はヴェノムの体内に飲み込まれて、目隠しにもならなかった。

 

 

「くっ!」

 

 

僕は焦っていた。

ここで戦っても、時間がかかって他のシニスターシックスに集まられるだけだ。

 

かと言って、本来の目的である敵の誘導……それをジェイムソンを無視して優先した場合、ミステリオは間違いなく彼を人質にするだろう。

それは避けたい。

 

つまり、僕の任務(ミッション)はヴェノムの攻撃を回避しつつ、最上階のJJJ(ジェイムソン)を救出し、待ち合わせの廃ビルに逃げ込む。

 

よし、言葉にして並べてみたら簡単な気がしてきたぞ。

 

 

『引き摺り落としてやる!』

 

 

壁に張り付いたまま、ヴェノムの右手から触手が槍のように飛び出してくる。

 

僕は手を壁に貼り付けて、咄嗟に空中で姿勢を制御して避け切る。

 

超感覚(スパイダーセンス)が効かないから、目で見て避けなければならない。

 

……やっぱり、全然簡単じゃないや。

 

通気口の蓋に足を掛けて、固定具(ボルト)を破壊する。

(ウェブ)で引っ張って壁から完全に引き剥がし、勢いをつけてヴェノムに投げ飛ばす。

 

ヴェノムの触手で弾かれ、排気口の蓋が捻じ曲がる。

 

だけど、攻撃するだけが目的じゃ無い。

 

ダクトの裏に付けておいた、替えの(ウェブ)カートリッジが壊れ、(ウェブ)が四散した。

 

 

『うぐぉっ!?』

 

 

これは自宅に帰ったタイミングで持ってきた(ウェブ)の予備カートリッジだ。

今回、敵が6人と言う事もあって、念には念を込めて用意してきた。

 

それを蓋の裏に(ウェブ)で固定しておいた。

結果は狙った通り、ヴェノムが必要以上に力を加えた所為でカートリッジは蓋ごと壊れて、(ウェブ)の原液が四散した。

(ウェブ)の原液は空気に触れて、辺りの壁やヴェノムに対して幾重にも張り付いた。

 

僕は蓋が外れた排気口に足を掛けて、そのまま飛び上がる。

ヴェノムはまだ糸に四苦八苦しているようだ。

 

最上階のドアをこじ開けて、滑り込む。

 

ガラス張りの部屋を走って、ジェイムソンを探す。

 

時間に余裕はない。

刻一刻とタイムリミットは迫っている。

 

ヴェノムだけじゃない、他の奴らだって追ってきている筈だ。

 

チラリと二つあるエレベーターの内、もう一つの方を見れば上に上がってきているようだ。

 

僕は走りながら、周りの部屋を見る。

……あった、休憩室!

 

僕はドアを開けようとして……くっ、鍵が掛かってる。

それはそうか、監禁場所なんだから、それなりのセキュリティは用意してあるよね……ハリーも言っていたし。

 

僕はドアに(ウェブ)を放ち、無理矢理引っ張る。

 

 

「くっ!おぉっ!!」

 

 

全身の筋肉が悲鳴を上げている。

ドアが変形して、隙間ができた。

 

そこに指をかけて、無理矢理こじ開ける。

メキメキと音を立てて、ドアを留め具ごと破壊した。

 

 

「はっ、はぁっ」

 

 

疲れた。

できればもう二度とやりたくないや。

 

僕は室内の様子を見る。

 

中央に椅子。

そこに座らされているのは……ジェイムソンだ。

 

彼は僕を見て驚いたような顔をしている。

だけど、テープのようなもので口を封じられていて「ふがふが」とした声しか出ていない。

 

椅子にはロープで縛られてるけど……心許ない。

その上から、僕は(ウェブ)で巻き付ける。

 

……何だか、ジェイムソンは声を上げて抗議しているようだ。

だけど、配慮してる余裕はない。

 

 

「ジェイムソンさん、今から飛ぶよ!」

 

「ん!?んぐぅ!?」

 

 

僕はガラス張りの壁を蹴破る。

 

そして……。

 

 

「待て!スパイダーマン!」

 

 

ミステリオが部屋に入ってきた。

ショッカーも、ライノも、他の奴らだって来ている筈だ。

 

だけど、僕は振り返らない。

ジェイムソンを椅子ごと持ち上げて……。

 

外へ放り投げた。

 

 

「んんぐぐんぐぅ!?!?」

 

 

ジェイムソンがテープ越しに悲鳴……いや、怒声を上げている。

 

僕も続けて、窓から飛び出した。

 

 

左手で、宙を舞うジェイムソンの座っている椅子に(ウェブ)をくっ付ける。

右手で、他のビルに(ウェブ)をくっ付けてスイングする。

 

頂点に達したタイミングで糸を切り離し、今度は右手でジェイムソンを……左手でスイングする。

 

お手玉のように宙に投げ出されるジェイムソン。

普通の人ならショックで気絶してもおかしくないけど……彼は持ち前の強気で正気を保っていた。

それどころから、こちらを見て睨み付けながら声を出そうとしているぐらいだ。

 

……超感覚(スパイダーセンス)に反応。

振り返らずに(ウェブ)を放つ。

 

僕の横を(ウェブ)で絡め取られた蝙蝠型の手裏剣、『レイザーバット』が横切った。

 

(ウェブ)によって軌道がズラされたようで見当違いの場所に命中する。

 

 

追ってきているのはニューゴブリン……ハリーだ。

廃ビルまで距離はそれ程遠くない。

僕は攻撃を回避しつつ、目的地に急ぐ。

 

何度かニューゴブリンの顔に向かって(ウェブ)を放ち、撹乱する。

正直に顔に当たってはくれない。

腕で防御したり、『レイザーバット』で切り裂いて無効化してくる。

 

 

……何とか、アイアンフィスト(ダニー・ランド)が用意した廃ビルに到着した。

 

ジェイムソンを最上階に着地させて、僕はまたビルの外へ飛び出す。

僕を追いかけていたニューゴブリンが驚いて、迎撃しようとレイザーバットを投げる。

 

廃ビルに逃げ込んだ瞬間に、まさか飛び出して戻ってくるとは思ってなかったのだろう。

 

(ウェブ)を放ち軌道を逸らし、ニューゴブリンを両腕で挟んだ。

 

 

「離せ!触るなっ!」

 

 

怒り狂うニューゴブリンの殴打を避け、(ウェブ)を最上階の一つ下にくっ付ける。

そして、そのまま……廃ビルにニューゴブリンごと自分を投げ込んだ。

 

 

「くそっ!ちょこまかと!」

 

「安心して良いよ……!もう逃げるつもりは無いからね!」

 

 

僕はニューゴブリンへと走り出す。

 

僕を追ってシニスターシックスの奴らも来るだろう。

 

ニューゴブリンのフックを避けて、足払いで転がす。

床を舐めながらも、ゴブリンは僕へ蹴りを放ってくる。

 

 

……ディフェンダーズのみんなの事を考えてる暇はない。

ただ、今は目の前の戦いに集中する必要があった。



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シニスター・シックス part6

感想、評価、お気に入り、ありがとうございます。


黒い巨体が夜のミッドタウンを駆ける。

肉体は脈打ち、不規則に畝る。

 

触手を伸ばし、跳ね上がり、地形を無視して最短の距離を駆ける。

 

 

『オイ、エディ!ゴブリン野郎に先を越されちまってる!』

 

 

ヴェノムが体内にいる俺に話しかける。

 

 

「しょうがないだろ、アッチは飛べるんだから」

 

『お前も空ぐらい飛べるようになれ!』

 

「無茶言うなよ……」

 

 

俺、エディ・ブロックがヴェノムと出会ったのは、数ヶ月前。

 

『ライフ財団』の研究施設で出会った。

財団は前々から黒い噂に耐えなかった。

非合法な人体実験を繰り返してると……そう噂されていた。

 

新聞会社『デイリー・グローブ』に勤める新聞記者だった俺は、スクープをモノにするため、財団の研究施設に忍び込んだ。

 

……そこで行われていたのは、確かに人体実験だった。

だけど、俺が想像する数倍もヤバイ実験だった。

身なりの悪い……恐らくホームレスや、移民と思われる人間を檻に閉じ込めて、気持ちの悪い液体に取り込ませる実験だった。

 

後で知ったが……それは『シンビオート』と言う寄生生命体だった。

俺はそこから逃げ出そうとした。

 

だけど運悪く……そのタイミングで『S.H.I.E.L.D.』が財団の研究所を襲撃した。

 

結果的に『S.H.I.E.L.D.』のエージェントは迎撃されて撤退したが……一つの『シンビオート』を奪取していた。

 

そして。

 

それらの『シンビオート』の親元を封じ込める『檻』を壊してしまっていた。

 

その親元こそが……『ヴェノム』だった。

俺とヴェノムは財団の研究所から脱出する為に協力する事となった。

 

幸い、俺とヴェノムのバイオマトリックス……?の相性が良かったらしく想定以上のパワーで脱出する事が出来た。

 

以後、ヴェノムと俺は共生生活を続けている。

 

『シンビオート』の主食は宿主のアドレナリン、それとフェネチルアミンだ。

フェネチルアミンは生物の脳……もしくはチョコレートから得られる。

 

普段はチョコレートで代用しているが……稀に人間の脳を捕食している。

その際は街に繰り出し、悪人を見つけて食らうようにしている。

 

だが『ヴェノム』は短期間に何度も脳を食べたがり……そこでコイツが考えたのが、自警団(ヴィジランテ)活動だ。

 

街を警邏し、悪人を見つけて、ブチ殺す。

そして死んだモノは仕方ない……と脳を食らう。

 

……倫理観のない思考だが、合理的だ。

 

奴は俺と、自分自身を含めて「残虐な庇護者(リーサル・プロテクター)」を自称している。

 

……正義に目覚めた!

と言うには少し自分勝手な理由だが、それでも俺は満足していた。

 

だが、何にだって例外はある。

 

『ヴェノム』に取っての例外、それは。

 

 

『スパイダーマンは俺がブッ殺す!他の奴には殺らせねェ!』

 

 

スパイダーマンの存在だ。

ヴェノムは元々宇宙に居たらしく、スパイダーマンと結合して地球に来た。

シンビオートは寄生した生物の力と精神を増幅させる。

そこに悪意はない。

宿主を助けると言う純粋な生物としての本能だ。

 

だが、それがスパイダーマンには困るモノだったらしく……ヴェノムを教会に捨て去った。

結果、『ライフ財団』に捕獲されて研究材料となってしまった。

 

だから、恨んでいる。

 

その事を聞けば俺も気の毒に思うし、ちょっとばっかり手伝ってやっても良いかな……と言う気持ちになる。

 

だからこんな『シニスター・シックス』とか言うコスプレ集団に協力しているんだ。

 

 

……ニューゴブリンとスパイダーマンが、抱き合ったまま廃ビルに飛び込んだ。

 

遅れて、俺たちも廃ビルがある敷地に入り込む。

 

腕から細かな触手を作り、スパイクのようにして壁を駆け上がる。

 

 

『今すぐブチ殺して──

 

「残念だが、殺しは俺の専売特許だ」

 

 

カチャリ、と金属が擦れる音がした。

音がした方を見ると、ドクロマークの服を着た男が壁にワイヤーでぶら下がっていた。

 

その手には……。

 

 

『あ?』

 

 

ロケットランチャー。

 

紛争地帯の取材をした際に、一度だけ見た事がある。

対戦車用の武器だ。

……少なくとも、人に向かって撃つ武器じゃないのは確かだ。

ヴェノムは気付いていない……その武器の危険性に。

 

その弾頭が、発射された。

 

 

……まずい!

他人事に思っている場合じゃない。

 

咄嗟に触手で身を守ろうとして……直撃した。

 

強烈な爆発が起こる。

尋常じゃない熱エネルギー。

そして、轟音。

 

その全てがシンビオートには致命傷だ。

 

何層にも生み出した触手が焼き切れる。

衝撃を受けながらも咄嗟に廃ビルに転がり込む。

 

 

『オ、イ!エディ、これ、やべぇ、ぞ!』

 

「熱っ、あっつ!」

 

 

弱点を突かれたヴェノムが言葉を途切らせながらも語り掛けてくる。

熱波はヴェノムを貫通し、俺の服を焼け焦がした。

 

ワイヤーでぶら下がっていた男が廃ビルの同じフロアに着地する。

 

 

「思ったよりしぶといな……だが、安心しろ。直ぐに駆除してやる」

 

 

完全武装したドクロマークの男と向かい合う。

 

 

『舐めやが、って!後悔させてやる!』

 

「掛かって来い、害獣」

 

『害獣じゃねぇ!俺達は──

 

 

俺は……俺達は地面がめり込むほど、足を踏み込み、目の前の獲物へと飛びかかる。

 

 

『ヴェノムだ!」

 

「へぇ、そうかい。それなら俺は……『処刑人(パニッシャー)』だ」

 

 

パニッシャーが、武器を構えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

上層で爆発音が聞こえる。

恐らくパニッシャーが戦闘を始めた音だ。

 

私、ジェシカ・ジョーンズの前に赤いマスクが座っている。

 

 

「初めまして……レッドキャップ、で良いのかしら」

 

 

瓦礫に腰掛け、座るその姿。

 

……事前にマットから聞いている。

百戦錬磨の暗殺者。

スーパーパワーと暗殺技能を持つ。

 

そして、スパイダーマンを狙っている……ティーンエイジャーの女だと。

 

……最後の情報は、スパイダーマンには意図的に伏せている。

彼はまだ子供だ。

敵が女だ、子供だ、と知れば……無意識にでも手加減してしまうだろう。

 

だが、敵はそんな甘い奴ではない。

手を抜けば間違いなく殺される。

そう、マットとパニッシャーは言っていた。

 

……私も、噂や人伝には聞いていたが、確かに何を考えてるかも分からない不気味さがあると、相対して理解した。

 

 

『……あぁ、そうだ。そう言うお前は……ジェシカ・ジョーンズか?』

 

「へぇ……別に覚えて貰わなくても良いけど」

 

 

名前を知られている事に驚きつつ、にじり寄る。

 

 

『……任務外の戦闘は避けたいが』

 

「アンタには理由がなくても、私にはあるんだよ」

 

 

また、一歩踏み込む。

 

 

「アンタ、フィスクの手下なのよね?」

 

『厳密には違うが……まぁ、そうなるな』

 

 

レッドキャップが立ち上がった。

 

 

「一つ、質問良いかしら……パープルマン、AKA(あるいは)キルグレイブって名前に覚えは?」

 

 

私は息を吸い込んだ。

 

……パープルマン。

本名はゼベディア・キルグレイブ。

特殊なフェロモンを持ち、人を洗脳する最低最悪のクズ野郎だ。

私がヒーローを辞める原因を作った悪人であり……忘れる事の出来ない屈辱を与えられた怨敵でもある。

 

ソイツをずっと、私は探している。

 

 

『パープルマン……キルグレイブか……あぁ……何も知らないな』

 

 

……嘘だ。

今の間は何かを知っている証拠だ。

 

突如湧いてきた宿敵の手掛かりに、心が躍る。

今すぐ目の前の奴をブン殴って吐かせたい衝動に駆られる。

 

一歩、また一歩前に進む。

 

 

「正直に喋ったら……半殺しで済ませてあげる」

 

『……仕方ないな』

 

 

レッドキャップがナイフを取り出す。

光を一切反射しない、真っ黒なナイフだ。

 

 

『あまり時間がない。手短に済ませよう』

 

「安心しな。独房に入れば、時間は腐るほどあるからね」

 

 

私は……地面を蹴った。

 

飛行能力と跳躍を重ねて、弾丸のように飛び出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

蝙蝠型の手裏剣、『レイザーバット』を回避する。

 

投擲ではなく、ニューゴブリンは今、手持ちのナイフとして活用している。

 

超感覚(スパイダーセンス)で攻撃を察知し、最短距離で避けつつ、距離を取る。

 

 

「ハリー!君は騙されてるんだ!」

 

 

……正直、僕はハリーが嫌いだ。

突然現れて……好きな女の子と親しそうにしてる男なんて……そりゃあ、嫌いに決まってる。

 

 

「何が騙されてると言うんだ!貴様が父を殺した!」

 

 

僕はまた攻撃を避ける。

手は、出さない。

 

必要以上に攻撃したくはない。

……ハリーは、ミシェルの友人だ。

 

彼女が悲しむような真似はしたくない。

 

 

「それはミステリオの嘘だ!アイツは魔術師なんて名乗ってるけど、ただの詐欺師だ!」

 

「何を根拠に!」

 

「君の父を殺したのは、レッドキャップだ!君の仲間のフリをしてる!」

 

「黙れ!それ以上『俺』を惑わすな!」

 

 

レイザーバットが擦り、スーツが切れる。

血が滲む。

 

 

「この、分からずや!」

 

 

僕は意を決して、ハリー……ニューゴブリンの腹を蹴り飛ばした。

兎に角、冷静にさせる必要がある。

 

気絶させるか、拘束するか、どちらかだ。

 

父であるグリーンゴブリン同様に薬で身体が強化されている。

それと同時に精神と思考も歪められている。

 

グリーンゴブリンよりは摂取量が少ないからか、力も、歪みも少ない。

 

……無差別に人を殺したりもしていない。

父の仇だと信じている僕だけに、その殺意を向けている。

 

まだ、間に合う。

償える。

 

手遅れになる前に……ここで確実に拘束する!

 

 

右手で(ウェブ)を放ち、ゴブリンの腕と繋ぐ。

それを引っ張り、距離を詰めさせる。

 

 

「ッ!」

 

 

拳が互いの頬をすれ違う。

ゴブリンのマスク、その側面が欠ける。

 

至近距離。

 

ゴブリンが足を踏み込み、僕の片足を踏みつけようとする。

 

僕は一歩下がり回避しつつ、(ウェブ)を引き寄せる。

ゴブリンが姿勢を崩す。

 

 

「このっ!」

 

 

左手でゴブリンの腹に拳を捩じ込もうとして、それを防がれる。

 

 

僕は頭を振りかぶり……。

 

 

頭突きをした。

 

 

「「ぐぅっ!」」

 

 

ゴブリンのヘルメットは予想以上に固く、ヒビ割れはしたが……僕にも衝撃が来る。

 

だけど、僕から攻撃した結果だ。

この衝撃は想定出来たし、耐えられる。

 

でも、ゴブリンはどうだ?

急な不意打ちで驚いて怯んでいる。

 

その差は大きい。

先に動き出したのは僕だった。

 

 

僕は右手を繋いでいた(ウェブ)を切断し、ゴブリンの無防備になっている腹を蹴り飛ばした。

 

ゴブリンは後ろに吹き飛ばされ、コンクリートが剥き出しになっている壁にぶつかった。

 

 

正面からの頭突きと、後頭部へコンクリートとの衝突。

 

前後にヒビが入り、マスクが割れる。

 

ゴブリンの……ハリーの素顔が現れた。

 

 

互いに呼吸は荒い。

極度の緊張感の中では、人間の疲労は数倍に跳ね上がる。

たった数分の運動でも、急激に体力を消耗する。

 

僕は息を整えて、ハリーに向かって走り出す。

 

ハリーが僕を迎撃しようと、レイザーバットを構える。

 

 

「父の仇だ!」

 

「違うって言ってるだろ!」

 

 

攻撃を避けて、顔を殴る。

整った顔が苦痛に歪む。

 

 

「君はただ、父が死んだ悲しさを恨む事で紛らわせてるんだ!」

 

「黙れ!」

 

 

ハリーの拳が僕に命中する。

 

 

「そんな事をしたら、君の友達だって悲しむ!」

 

「『俺』に親しい奴なんていない!俺は孤独だ!」

 

 

僕の蹴りがハリーに当たった。

 

 

「そんな筈はない!君にだって……大切な人がまだ居る筈だ!」

 

「このっ!」

 

 

ハリーが振り回した手が、僕の顔にぶつかる。

 

 

「思い出すんだ!」

 

「『俺』は父の、ノーマン・オズボーンの息子だ!仇は取る!」

 

「違う!君はハリーだ!ノーマンを忘れる必要はなくても、囚われたらダメだ!」

 

「『俺』は!」

 

 

ハリーの足が僕に当たった。

 

 

「好きな女の子に顔向け出来なくなっても良いのか!?ハリー!」

 

「『俺』に……僕に……!そんな資格なんて……!」

 

 

僕はハリーが……以前、病院で僕に耳打ちした言葉を思い出す。

 

『僕には彼女を守る資格なんてない……今は君に頼む』

 

……何だよ、それ。

その自己評価の低さは……僕の好きな女の子を連想させて……似てると思って、凄く不快になったんだ。

 

 

「誰かを好きになるのに資格なんて要らない!今からだって取り戻せる!君は……ノーマンと同じ道を辿らなくて良いんだ!」

 

 

ハリーの攻撃が……止まった。

 

 

「僕は……僕の体には父の血が流れてる!父が何人殺したと思う?147人だ!取り返しの付かない事をした……!好きな女の子の、友人だって傷付けてしまった!それでどうやって、償えるって言うんだ!」

 

 

ハリーは……泣きそうな顔をしていた。

彼が俯いた。

 

 

「……全部、君の父さん……いや、薬によって狂わされたグリーンゴブリンの罪だ。君の罪じゃない」

 

「世間はそう思ってくれない!僕もだ!」

 

「それでも、僕も……ミシェルだって、君の罪だって思わないよ」

 

 

ミシェルの名前を出した事で、顔を上げた。

 

 

「……なんで」

 

 

……僕はマスクを脱いだ。

 

 

「……ピーター?」

 

「そうだよ、僕だ」

 

 

彼とは真正面から向き合う必要があると思った。

 

 

「どうして……」

 

「君と同じで……力を身に付けてしまったから、こうなってる」

 

 

そうだ。

唐突にスーパーパワーを与えられたら、どうしたら良いかなんて分からない。

 

僕だって失敗をしてしまった。

だけど、僕には導いてくれる人がいた。

ベンおじさんと……メイおばさんだ。

 

だけど、ハリーには誰も居なくて……孤独で。

その心の隙間をミステリオに利用されてしまったんだ。

 

僕はベンおじさんの言葉を思い出す。

 

 

「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」

 

「え……?」

 

「僕の叔父の言葉だよ。もう……居ないけど」

 

 

死んでしまった叔父を思い出して……僕はハリーに歩み寄る。

 

 

「大切なのは……その力で何をするか、なんだ。君が罪の意識を持っているのだって分かる。だけど……その大きな力を扱うなら……良い事に使わなければならない」

 

 

肩を叩く。

 

 

「グリーンゴブリンから力を引き継いだとしても……善行に使っちゃダメなんて決まりはない。それは思い込みだ……思い留まるんだ。君は……まだ、やり直せる。誰も殺しては居ない」

 

「ピーター……」

 

僕はマスクを被り直す。

 

 

「僕は正義の味方……親愛なる隣人、スパイダーマンだ。君だってヒーローになれる」

 

 

ハリーが頷いた。

 

 

「……すまなかった、ピーター。気が動転していたみたいだ」

 

「良いよ。仕方ないから……でも、今はスパイダーマンだから。あの、名前がバレるとちょっと不味いんだって」

 

 

僕が慌てて訂正すると、ハリーが笑った。

 

 

「じゃあ、何でマスクを脱いだんだ……」

 

「……いや、だって……君ちょっと冷静じゃなかったし。驚かせて、落ち着かせようと」

 

「……それだけか?」

 

「それに、君とは顔を合わせて、真剣に話がしたかったから」

 

「そうか……」

 

 

納得したように頷いた。

もう、彼の目に狂気は無かった。

 

 

「……取り敢えず、僕がノーマンを殺した訳じゃないって納得したよね?」

 

「当たり前だ。ミシェルの友人である君が、そんな事をする訳ないだろう」

 

「ハハ……」

 

 

ミシェル、ミシェルって……そう言う彼に呆れて、変な笑いが出てしまった。

 

仕切り直す目的で、僕は口を開いた。

 

 

「行こう、ハリー」

 

「……どこに?」

 

「ミステリオとレッドキャップの所だよ。一緒に戦うんだ……ヒーローなんだから、悪人を捕まえないと。あ、でも殺したらダメだよ」

 

 

僕が最後に付け足した言葉に、ハリーは笑った。

 

 

「分かってるよ。僕は誰も殺さない」

 

「よし、じゃあ行こう……今は僕の仲間が戦ってる筈だから」

 

 

ハリーに肩を貸して、僕達は並び立った。

 

……ほら。

誰だって……やり直せるんだ。

 

僕は以前、レッドキャップから言われた言葉を否定するように……そう考えた。



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シニスター・シックス part7

深夜のミッドタウン……廃墟のビル。

 

本来の時間なら、俺は自宅でぐっすり寝てる時間だ。

それがどうしてか、いつもの手甲(ガントレット)を装備して、よく知らねぇ善人様(ヒーロー)と戦ってるのか。

 

つまり、今日の俺は『ショッカー』として残業中だ。

 

まぁ……これは仕事じゃねぇが。

金は貰ってねぇし……スパイダーマンをボコれるって聞いたから参加したのに……殺気立ってる奴ばっかだし。

『レッドキャップ』からは「危なくなったら帰れ」なんて言われるし。

 

ハァ……?

自分より年下のガキ置いて帰れるかって話だよ。

しかも、俺と違ってアッチは仕事らしいし。

趣味でやってる俺と違って帰れねぇだろ、アイツ。

 

とやかく理由を作っても、結局は俺のプライドが許せねーって事で、忠告を無視して来ちまった訳だが……。

 

ふと、隠れてる壁から顔を出す。

 

金色のエネルギーが俺の顔を通り過ぎた。

背後の壁に拳状の穴が空く。

 

慌てて俺は顔を隠した。

 

 

確か名前は『アイアンフィスト』。

『気』だか『オーラ』だか、よく分かんねーエネルギーで殴ってくる奴だ。

戦った事はなかったが、名前とかその辺だけは知っている。

 

俺は普段、傭兵をやってるからな。

フィスクに刑務所から脱獄させてもらってから、忠誠は誓わされてはいるが……金を貰って悪事を働くのは辞めてねぇ。

 

それで、裏の仕事をするなら『情報』が最も大切なアドバンテージになる。

仕事敵のヒーローについては、『それなりに』詳しいと自負している。

 

だから奴についても、『それなりに』知っている。

 

俺は左手を壁から出して、衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

黄色いマスクを被った変人、『アイアンフィスト』が両手を金色に光らせて受け止める。

 

そのまま手で受け流すようにして……俺が放った衝撃波(ショックウェーブ)は横に逸れて壁を抉った。

 

 

「オカルト野郎が……」

 

 

悪態を吐きながら、粉塵に紛れて隠れる場所を移動する。

 

さっきからこれの繰り返しだ。

 

俺の放つ衝撃波(ショックウェーブ)は科学由来の理論的な攻撃だ。

圧縮させた空気弾に振動を乗せて放つ。

単純だが強力な破壊力を持つ『科学』だ。

 

対してアレは何だ?

拳が光って?

内なるエネルギーが?

発射される?

『オカルト』だ。

 

ヒーローのスーパーパワー全てが理屈立ってるとは言わないが、奴はその中でもマジで意味わからねぇ部類に入る。

 

『科学』と『オカルト』は相性が悪いんだよ。

アッチは俺の理屈をある程度分かっているだろうが、俺はアッチの理屈を1ミリも分かんねぇんだから。

 

さっきから、俺が放った衝撃波(ショックウェーブ)も全部受け流されている。

 

 

……逃げるか?

レッドキャップだって「逃げろ」って言ってたし。

 

 

だが、まぁ……俺が逃げて他の奴らに迷惑が。

 

……それは良い。

良いんだ。

意味わかんねぇ黒いバケモン、クソダサいサイ野郎、うさんくせぇ金魚鉢、悪ぶりたい坊ちゃん。

どいつもこいつも『仲間』じゃねぇ。

 

『シニスターシックス』なぁんてカッコつけているが、実際は個人技持ちの我の強え自己中集団だ。

 

俺が優先。

他人は後。

それは間違いない。

 

間違いないが……。

 

 

俺は、再度、手甲(ガントレット)引金(トリガー)を引いた。

 

狙うのは『アイアンフィスト』じゃねぇ。

奴を支えてる足場だ。

 

足元が抉られ、『アイアンフィスト』と距離がとれた。

 

 

……懸念してんのは、レッドキャップだ。

俺が逃げちまったら、目の前の敵が合流しちまうかも知れねぇ。

そん時……アイツが不利益被るっつーのは見逃せねぇ。

 

せめて、アイツの仕事が終わるか、こっから撤退するのが決まってからだ。

俺が逃げるのは。

 

 

……もしもの時は、使うしかねぇか。

 

 

ここが廃墟だから、俺は出力を絞ってる。

マジで本気を出しちまうと、ビルが倒壊しかねない。

 

だがまぁ、負けるよりはマシだ。

そして……唯一の『仲間』を見捨てて逃げるよりも、マシだ。

 

『アイアンフィスト』から放たれる『気』の弾丸を避けながら、そう結論付けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

(マット)は今、赤い鬼のようなコスチュームを着て……『デアデビル』として『ミステリオ』の前に立っていた。

 

中を見透かす事の出来ない、光を乱反射する球体のマスク。

鱗のように全身に張り巡らされた緑のパーツ。

目をあしらった金色のプロテクター。

赤紫色のマント。

 

 

「よく来たね、デアデビル……真実を操る魔術師が相手をしてあげよう。遺書は書いたかい?書いてないなら今のうちに書く事をオススメするよ」

 

 

……確かに、魔術師らしき姿をしている。

 

だが。

 

 

「お前は魔術師を自称しているが……本質は詐欺師だろう」

 

「……知ったような口を聞くじゃないか。デアデビル……その名の通り、命知らずの死にたがりめ」

 

 

ミステリオが両手を重ねて、その後開いた。

中に二つの歯車を模した刃が現れる。

 

 

「私を舐めた事を……後悔すると良い!」

 

 

その刃が僕へと迫る。

だけど、それは(フェイク)だ。

 

音は確かに、そこに大きな刃がある事を示している。

 

だけど。

風の流れを皮膚で感じて、反響する音から空間に発生しているズレを感じとる。

 

僕は手に持っていた『ビリー・クラブ』……二つに分かれた金属棒で『何か』を叩き落とした。

 

確かにそれは刃だった。

だけど、それは想定していたよりも小さい……10センチ程の小さくて薄い金属片だ。

 

 

「舐めてなどいないさ、事実だ……ミステリオ。すぐにお前の元へ向かわせて貰う」

 

「私の元に?何を言っているのか分からな──

 

 

僕は『ビリー・クラブ』を投擲した。

だけど、それは目の前のミステリオに向けて……ではない。

 

左右の何もない空間に投擲した。

 

ガシャン、と壊れる音がする。

地面に『それ』が墜落した。

 

ドローンだ。

光学迷彩を用いて視覚から姿を消していたのだろう。

だけど、僕の超感覚(レーダー・センス)には無意味だった。

 

2体のステルス・ドローンによる映像の立体投射、そして音響操作、攻撃。

 

それがミステリオの正体だった。

ドローンが哭くように異音を鳴らす。

弾けるような音と共に、動作を停止した。

 

同時にミステリオの虚像も消失した。

 

 

……ここに奴は居ない。

 

だが、どこに……?

 

今、廃ビルの至る所で戦闘が発生しており、超感覚(レイダーセンス)で状況を掴むのは難しい。

 

……奴が他の仲間を助けに向かうだろうか?

否、奴は独自の目的で動いている。

そして、奴は他人を駒として見ている。

助けに向かう事はないだろう。

 

ならば……人質か?

 

 

「ジェイムソンの所か……」

 

 

僕はドローンに突き刺さっていた『ビリー・クラブ』を回収し、最上階に居るジェイムソンの所へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「チッ!思ったよりも気付くのが早い……」

 

 

私はジェイムソンを指輪の催眠ガスで眠らせて……悪態を吐いた。

『デアデビル』……名前だけは知っていた。

だが、想像以上に知覚能力に長けている。

 

私の天敵と言っても差し支えない。

 

スパイダーマンが呼んだ援軍……まさか、5人も集めてくるとは思わなかった。

……私の手駒では勝ち目がない。

 

ジェイムソンを囮にして、一矢報いる。

混乱した所を幻覚で相討ちさせる。

幾つもの策が、幾つもの演出が思い付く。

 

そうだ、まだやれる。

私はまだ負けていない。

 

 

……私は冷静だ。

そもそも、私はスパイダーマンへ直接の恨みは持っていない。

奴は踏み台だ。

私にとって……華やかな、素晴らしい栄光への道への踏み台。

 

私は両腕に搭載されたコントローラーを操作して、ドローンを──

 

 

『精が出るな、ミステリオ』

 

 

無機質な、何者かも分からない声がした。

私は振り返る……赤いマスクが見えた。

 

 

「あぁ……貴方でしたか」

 

 

レッドキャップだ。

安心すると共に、彼の姿を観察する。

 

赤いマスクはヒビ割れている。

右腕のアーマーは砕けて、流血している。

恐らく複雑に骨折をしているであろう……ぶらぶらとさせているのが信じられない。

見ているだけで痛々しい。

他のアーマー部分も所々煤汚れていて……満身創痍だ。

 

 

「負けたのですか?」

 

『馬鹿を言うな……始末してきたさ』

 

 

……彼が相対していたのは『ジェシカ・ジョーンズ』だったな。

別名はジュエル……だったか、パワーウーマンだったか。

話は知っている。

戦闘能力が非常に高いヒーローだった筈だ。

それこそ、スパイダーマン以上に。

 

……それを始末、出来たのか。

 

 

「それはそれは……申し訳ない事を聞きましたね」

 

 

与えられた仕事は確実に熟す……素晴らしいエージェントだ。

 

……彼の弱みを知れたのは良かった。

 

レッドキャップはハリー・オズボーンにノーマンを殺した事を知られたくなかったらしい。

私はハリーを利用するために、ノーマンを殺したのはスパイダーマンだと偽装したい。

そして私達は共に、スパイダーマンを殺したい。

 

素晴らしい関係だ。

 

彼の秘密を守る代わりに、協力してもらう。

それが私と彼が交わした密約だ。

 

 

「それで……どういう用件ですか?こんな場所まで足を運んで」

 

『あぁ……一つ、渡し忘れていた物があってな。直接会えるこの瞬間を待っていたんだ』

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 

貰うものなんて有ったか?と私は首を捻った。

 

 

『お前はいつも、シニスターシックスの面々と会う時……ホログラムで参加していただろう?』

 

「……えぇ、そうですよ?」

 

 

私は……今まで本当の意味では顔すら合わせて居なかった。

別室に隠れて、ホログラムを投射し、会話しているフリをしていたに過ぎない。

 

その事実を見抜いた鋭さに恐れつつ、悪びれる様子もなく答えた。

 

 

『だから、お前が私の前に姿を見せる……この瞬間を待っていたんだ』

 

 

発砲音が聞こえた。

 

 

『受け取ってくれ、クエンティン・ベック』

 

 

レッドキャップの左手に……彼の拳銃があった。

その銃口は……私の方へと向いている。

 

 

少しして、激痛が走った。

 

 

視界を下げると、腹から真っ赤な血が流れていた。

 

 

『合成樹脂製の弾丸だ』

 

「う、あ……!?」

 

 

私は耐えきれず、足の力を失い……膝をついた。

手で押さえるが、血が止まらない。

これ以上、私の中身が溢れないように必死に留める。

 

 

「な、ぜ……?」

 

『単純な話だ、ベック。私の雇い主であるウィルソン・フィスクは、お前が考えるよりもずっと情報通と言う事だ』

 

 

私はレッドキャップを見上げる。

……普段は私の方が、身長は高かった。

だが今は。

惨めに膝をつく私よりも、彼の方が高い位置で見下していた。

 

 

『お前がノーマンを逃した事をフィスクは知っていた……なら、当然だろう?フィスクはお前を殺したがっていた。いや、お前はそもそも私が何故、ノーマンを殺したのかも知らなかったか?』

 

 

レッドキャップが拳銃を投げ捨てた。

 

 

『まぁ、それはどうでもいい。……お前は非常に臆病だった。私達が姿を捉える事も出来ない程に』

 

 

太腿のプロテクターが展開し、ナイフの柄が突き出る。

 

 

『だから、利用させて貰った。お前の屑みたいな脚本の演劇は……非常につまらなかったよ、ベック』

 

 

抜き出されたナイフは、先が折れてなくなっていた。

恐らく、ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で破損したのだろう。

 

 

『要約しよう。お前は優れた演出家ではなく……死刑台に登らされた道化だった訳だ』

 

 

ゆっくりと、私に歩み寄る。

私は後ろに逃げようと、這いずる。

だが、足が上手く動かない。

 

 

『……地獄で悪魔(メフィスト)に、その三文芝居を見て貰うと良い』

 

 

ぐさり。

刃の歪んだナイフが、私に突き刺さった。

 

 

「ぐ、うっ……!?」

 

 

内臓が傷付き、血が滲む。

切れ味の落ちたナイフが……寧ろ、痛みを引き立てる。

口の中に鉄の味が広がる。

 

繊維の切れる音がする。

私のコスチュームか、それとも肉か。

 

ナイフがそれ以上進まぬよう、手で抑える。

だが、私の力の何十倍の力で……それはゆっくりと私を引き裂いていく。

 

 

「や、め……」

 

『ベック。これでも私は今、怒っているんだ……』

 

 

怒り?

何故、怒る?

 

私は必死に自身の頭の中から、彼が怒る理由を探す。

分からない。

 

 

『君は私の友人を巻き込んだ……二人もだぞ?それは、私には許せない事だ』

 

「あ、あ、あ……」

 

『だから、お前には死んで欲しいんだ。分かるだろ?クエンティン・ベック』

 

 

ナイフがゆっくりと、私を引き裂く。

激痛に意識を失いながらも、何度も痛みで強制的に覚醒させられる。

 

……右手を目の前の赤い悪魔へと向ける。

 

 

「違う……私は……ミス、テリオ……だ……」

 

 

そうだ。

私はクエンティン・ベックではない。

 

私はミステリオだ。

 

幼い頃から映画に憧れていたベックではない。

愚鈍な監督に扱き使われるベックではない。

この世界に何かを刻み付けたいと足掻くベックではない。

 

私は、ミステリオなのだ。

 

スパイダーマンを倒して……英雄になるミステリオだ。

私は優れた存在であると世界に証明するんだ。

 

私の夢の為に。

 

 

最後の力を振り絞り、私は指輪から催眠ガスを発射し──

 

 

『効く訳ないだろう?最後まで……本当につまらない人間だったな』

 

 

腹にグッと力が込められる。

 

 

「あ……」

 

 

ブツリ。

 

と、決定的な『何か』が切れる音がした。

それは私を生かすために必要な『何か』で。

 

急激に暗くなっていく視界の中で、私は考える。

 

何を間違えてしまったのか?

どこで、間違えたのか?

 

……分からない。

例え、分かったとしても、やり直す事はできない。

 

無意味で蒙昧な思考の渦に、私は沈んで行った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

目の前で光を乱反射していたマスクが割れる。

苦悶の表情を浮かべているのは……クエンティン・ベック。

SFXやVR技術のプロフェッショナル……映像技能の天才だ。

 

……別に、それほど功を焦らなくても。

真面目に映画でも作っていれば……それなりに成功を収める事が出来ただろうに。

 

本当に愚かな男だ。

 

……しかし、ステルス機能とホログラム投射機能を持つ軍事ドローン、か。

何処から手に入れた技術かは知らないが……彼に技術提供をした者が居るのだろうか。

 

……直ぐに殺したのは早計だったか?

 

 

私は腹に突き刺さっていたナイフを拾い上げる。

 

……ジェシカ・ジョーンズとの戦闘で鈍になってしまったな。

切っ先はへし折られ、幾度となくぶつかったせいで曲がっている。

 

もう使い物にはならないだろう。

 

ちら、と自身の足元にある拳銃を見る。

これも弾丸は空だ。

持ち帰りはするが、今は武器として使えない。

 

……ジェシカとの戦闘を思い出す。

紙一重だった。

 

だが彼女は物理攻撃主体のヒーローであり、私は物理攻撃を吸収するヴィブラニウムアーマーを着たヴィランだった。

相性の差は明白だった。

 

それでも、ここまで私を追い込めたのは彼女の戦闘センスによるものか。

 

……彼女は今、気絶した状態で……下の階に放置されている。

 

いずれ目が覚めるだろう。

この場は早く離れなければならない。

 

 

私はナイフの血を拭った。

 

 

……先程、私はベックを殺した時……不必要に痛めつけていた。

 

それは私怨だ。

 

彼の所為でグウェンは足を失った。

彼の所為でハリーはゴブリンになってしまった。

 

……今でも、私は彼の死体を踏み躙りたい感覚がある。

だが、死体は死体だ。

もうそれは、ベックと言う人間ではない。

命を失えば、それは骨と肉と臓物でしかない。

 

私は無意味な事をしたくない。

倫理的なモノで踏み躙らない訳ではない。

合理性の話だ。

 

ナイフを左手に握る。

 

 

……右腕を覆うアーマーはヴィブラニウム製ではなかった。

故に、ジェシカとの戦闘に耐えきれず砕けた。

砕けた金属片は私の右腕に突き刺さり……神経を寸断した。

 

異物が入っている状態では、治癒因子(ヒーリングファクター)による自己再生も期待できない。

歪な状態で治ってしまうからだ。

 

 

確かに痛むが……耐えられない程ではない。

 

 

困るとすれば……。

 

 

足音が聞こえる。

 

 

そうだな……。

 

 

「ミス、テリオ……?」

 

 

死体を見つけたスパイダーマンが驚いた声を上げた。

ハリー・オズボーンは顔を青ざめて沈黙している。

 

 

……右腕が使えなければ、戦闘で困ると言う事だ。

 

 

私は口を開いた。

 

 

『今日は遅かったな、スパイダーマン。止められなくて残念だろうが……仕方ないモノだと割り切ってくれ』

 

 

私は……私のように捻じ曲がったナイフを、二人の友人に向けて構えた。

 



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シニスター・シックス part8

40話です。
応援のお陰です、ありがとうございます。


僕は目の前にいる赤いマスク……レッドキャップを観察する。

 

ヒビ割れた赤いマスク。

汚れの目立つ黒いアーマー。

グチャグチャに壊れた右腕の装甲。

左手にはスクラップ同然のナイフ。

 

右腕はどうやら使えないらしく……だらりと垂れ下がっている。

 

明らかな重傷だ。

 

……そして、恐らくそのダメージを与えたのは。

 

 

「ジェシカは……どうしたんだ?」

 

『……ジェシカ・ジョーンズか。……気になるなら下の階へ見に行けば良い。手当が遅れれば死ぬかも知れないな……もう、既に死体になっているかも知れないが』

 

 

……仲間の死。

それを予感した瞬間、背筋が凍る思いをした。

 

『パニッシャー』の言っていた事を思い出す。

コイツの目的は……僕を殺す事だ。

それならジェシカは巻き込んでしまった形になる。

 

マスクの下で、唇を噛み締める。

 

目前にある……臓物が見える程、腹を裂かれたミステリオの死体が見えた。

隣にいるハリーは顔を青くして……一歩下がった。

 

……そうか、ハリーは……死体を見るのは初めてか。

僕はヒーローをやっているから……見る事もあったけど。

これは普通じゃないんだ、異常だ。

 

怯えた様子でハリーが口を開いた。

 

 

「……何で、ミステリオを殺した……?仲間じゃなかったのか?」

 

『……違うな。元々、コイツを殺すために私はチームに参加していただけだ。『仲間』ではない』

 

 

冷めた口調で、冷静に語った。

 

……こんなにも、満身創痍という言葉が相応しい姿なのに。

どうして僕は……怖がっているのだろう。

 

 

「……お前が、父さんを殺したのか?」

 

 

確認するように……確信を持っているのに、ハリーはそう聞いた。

 

レッドキャップは僕の方を一瞥し、口を開いた。

 

 

『なるほど、聞いたか?……事実だ。ハリー・オズボーン。君の父……ノーマン・オズボーンを殺したのは私だ』

 

「……そう、か」

 

 

ハリーが視線を下げた。

横にいる僕では、その表情は窺えない。

 

 

『さぁ、どうする?ハリー……奴は死んで当然の男だった。そんな男の為に……私と殺し合うか?』

 

 

まるで挑発するように、反応を窺うようにレッドキャップが訊いた。

 

僕は慌てて、ハリーに声を掛ける。

 

ここで殺すとか……そんな悪意のある行動を取ってしまえば……また、ハリーはゴブリンに戻ってしまうと、そう思った。

 

 

「だ、ダメだ!ハリー!殺すとか、そんな……挑発に乗ったら!」

 

「大丈夫、分かっているよ……スパイダーマン」

 

 

ハリーが落ち着いた声色で、僕に語りかけた。

……存外、冷静で僕は安心した。

 

そして、ハリーが顔を上げた。

 

 

「でも分かっていても……『俺』は奴を殺したい。父の仇を……ブッ殺したいんだ、『俺』は」

 

 

その目は……先程までのように狂気に染まっていた。

 

 

「待っ──

 

 

声を掛けるより早く、ハリーがレッドキャップに駆け出した。

ハリーの右腕……そのプロテクターから仕込みナイフが飛び出す。

 

それを大きく振りかぶって、レッドキャップへ叩きつけようとする。

 

 

『……それがお前の答えか、ハリー・オズボーン』

 

 

レッドキャップが手に持った、黒く歪んだナイフで受け止める。

大きな音がして、互いのナイフが折れた。

 

武器を失ったハリーが、一瞬怯んだ所に……レッドキャップの左腕が伸びた。

 

そして、ハリーの首を掴み、持ち上げた。

 

 

「あ……ぐ……」

 

 

身長はハリーの方が高いが……それでも、途轍もない握力で首を絞められているようで、ハリーの顔が苦悶に歪んだ。

 

 

「や、やめろ!」

 

 

僕は遅れて、一歩踏み込もうとして──

 

 

『動くな、スパイダーマン』

 

 

レッドキャップはハリーの首を絞めたまま、僕へと向き直った。

 

 

『次に少しでも動けば……コイツの首を圧し折る。隙を見て助けようとしても無駄だ……私が殺すのに1秒もかからない』

 

 

……僕は、その場で動けなくなった。

もし、動いて……ハリーが死んだら。

 

そう思うと怖くなって……自分が動いた所為でハリーが死んだら……僕は彼女に……ミシェルに顔向け出来なくなる。

 

自分の浅ましさに幻滅しながらも、僕は二人から視線を外せずに居た。

 

 

『さて、ハリー・オズボーン。悪人見習いであるお前に……先輩から授業をつけてやろう』

 

「な……に……を……」

 

 

レッドキャップが手を緩めたらしく、ハリーの呼吸が安定してくる。

 

僕は怯みながら、その言葉に耳を傾けた。

 

 

『問題だ。悪人とは社会のルールを破る人間の事だ。では何故、ルールを破ってはならないか?』

 

「そんな……こと……当たり前……だろ……」

 

『問いには答えを返すべきだな。不正解だ』

 

 

レッドキャップがハリーの首を絞めた。

ギチギチと擦れるような音がする。

 

 

「ぐぅっ……あっ……」

 

「ハ、ハリー!?」

 

『授業に戻ろう』

 

 

また、レッドキャップが手を緩めた。

 

……そこで僕とハリーは気付いた。

この問いに正しく答えなければ……殺されると。

 

 

『ルールを破る事が忌避されているのは……社会という人間のコミュニティに於いて、法律と言うルールを互いに尊重しなければ……忽ち、弱者は殺されてしまうからだ』

 

 

ハリーが苦しそうに息を吸った。

 

 

『だから、弱者は他人に『善人であれ』『悪人にはなるな』と声高々に言う。これが一つ目の理由だ。だが、理由にはもう一つ……他人との繋がりを守る為だけではなく、もっと利己的な理由がある』

 

 

レッドキャップが僕へと一瞥する。

……彼が何を言いたいか、僕には分からなかった。

 

 

『何故、人は悪人になってはならないか?人を騙してはならないか?人を殺してはならない理由とは?それは──

 

 

レッドキャップがミステリオの死体を踏み付けた。

 

 

『より邪悪で。より狡猾で。より凶悪な悪人に喰い殺されるからだ』

 

「う……あぁ……」

 

 

ハリーが、怯えたような声を出した。

 

 

『ノーマンが死んだのもそうだ。彼は悪人だったが……より権力を持っていた男に疎まれて、私に殺された。足下の男もそうだ』

 

 

瞳孔の開いた目が、ハリーを眺めていた。

 

 

『さぁ、ハリー・オズボーン。お前はどっちだ?悪人に憧れる世間知らずか……それとも、狂気に堕ちた正真正銘の悪人か』

 

 

レッドキャップがハリーへ顔を近付けた。

 

 

「『俺』は……いや……僕は……」

 

『さぁ、どうする?どうなる?ハリー、お前は──

 

「そこまでだ」

 

 

声と共に、金属の棒がレッドキャップの頭部へと飛んで来た。

 

 

『チッ』

 

 

片腕しか使えない彼は、ハリーを地面に落として金属の棒を叩き落とした。

 

僕はハリーへ(ウェブ)を飛ばして、手元へ引き寄せる。

呼吸は荒い……首を絞められていたのもあるが、恐怖からもあるだろう。

 

 

『……久しぶりだな、デアデビル。何も変わりがないようで……安心した』

 

 

レッドキャップの顔の先にはマット……デアデビルが居た。

 

 

「そう言う君は……随分と変わったな。感情的になったように見える」

 

『……黙れ、そんな事はない』

 

 

言葉では怒りながらも、レッドキャップはデアデビルの元へ駆け出さなかった。

ここには僕もいる。

 

今、彼は挟み撃ちという形になっている。

負傷している事もあり、迂闊に手を出せないのだろう。

 

 

「君は他人を必要以上に痛めつける趣味はないと思っていたが……どんな心境の変化があったか聞きたいな」

 

『私は何も変わっていない。必要とあれば行うだけだ』

 

「……どうだか」

 

 

ハリーの息が整ったのを見て、僕はハリーから離れた。

レッドキャップを中心に、デアデビルと対角線上に構えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

俺は吹き飛ばされて壁にぶつかった。

 

耐ショックスーツの吸収率を上回る衝撃に、思わず咽せる。

 

 

「チッ!オカルト野郎が……!」

 

 

俺を吹っ飛ばした黄色いマスクの男……『アイアンフィスト』に対して悪態を吐く。

 

 

「投降しろ。ハーマン……だったか?」

 

 

……しかも、何でか俺の本名を知ってやがる。

スパイダーマンの野郎のせいか。

本当にいけすかない奴だ。

 

 

「違う、俺はショッカーだ……そして、断る。まだ俺は負けちゃいねぇ」

 

 

バイブロ・ショック・ガントレットの出力を上げる。

……こうすっと、ちょっとエネルギー消費が激しくなって身体への負担が強まるから、あんまりやりたくなかったが。

 

 

俺は手甲(ガントレット)をアイアンフィストへ向けて、衝撃波(ショックウェーブ)を放った。

 

 

「無駄だ」

 

 

拳を光らせて、俺の衝撃波(ショックウェーブ)を受け流す。

受け流された衝撃波(ショックウェーブ)は壁を抉り取った。

 

そして、ゆっくりと俺へと近付いて来やがる。

 

……もう少し引き付ける必要がある。

 

 

「く、くそっ!」

 

 

俺は慌てた『フリ』をしながら、出力を抑えた衝撃波(ショックウェーブ)を放つ。

そして、即座に手甲(ガントレット)のカートリッジ式バッテリーを射出し、腰のベルトに装着した換えのバッテリーと入れ替える。

 

その頃には、アイアンフィストが……拳を伸ばせば届く距離にいた。

 

 

「……少し、眠ってもらうぞ」

 

 

そして拳を構えて──

 

 

「へへっ」

 

「……?何の──

 

 

俺は両手の手甲(ガントレット)を突き合わせ……衝撃波(ショックウェーブ)を左右の手から同時に放った。

 

衝撃波(ショックウェーブ)は互いにぶつかり、その衝撃は相殺した場所を面として前後上下に放出された。

 

今まで、アイアンフィストが俺の衝撃波(ショックウェーブ)を受け流せていたのはエネルギーの塊として放っていたからだ。

だが、そのエネルギーの塊同士をぶつける事で無作為に解放させた。

 

俺とアイアンフィスト、互いに吹き飛ばされてコンクリートの壁に衝突する。

 

 

「ぐっ!?」

 

「うげっ!」

 

 

だが、俺の着ているスーツは耐ショックスーツだ。

手甲(ガントレット)が暴発した時に備えて、衝撃を吸収する能力が付いてんのよ。

 

俺は即座に立ち直り、手甲(ガントレット)を目前の善人様(ヒーロー)へ向けた。

 

 

「形成逆転だ……!お前が寝てろ!」

 

 

俺は手甲(ガントレット)から衝撃波(ショックウェーブ)を放とうと引金(トリガー)を引こうとする。

 

そして。

 

 

 

 

乾いた発砲音が聞こえた。

 

 

「あ?」

 

 

……そして、激痛が腹を襲った。

 

血だ。

 

血が流れている。

 

 

「あぁ!?なん……!?」

 

 

足元がグラつき、俺は倒れた。

 

息は……出来る。

致命傷でもねぇ。

 

だが、ダメだ。

 

 

「痛ぇ……!」

 

 

痛すぎる。

立ってられねぇ。

 

仰向けになって、撃たれた場所を確認する。

恐らく背後からで……腹を貫通している。

俺の耐ショックスーツを貫通する弾丸……拳銃みたいなチャチな銃じゃねぇ。

ライフル弾に違いない。

 

 

「……殺しは無しと言ったはずだぞ、『パニッシャー』」

 

 

パニッシャー……?

俺はアイアンフィストが顔を向けた先にいた……俺の背後にいた男を見た。

ドクロのシャツを着た男で……手には銃器を握っていた。

 

 

「細かい野郎だ。助けてやったのによ」

 

「必要なかった」

 

「……ま、そう言う事にしてやるよ」

 

 

目の前の会話にムカつきながらも、俺は冷静に考える。

 

……スパイダーマンに仲間が複数いる事は知っていた。

コイツはヴェノムと戦っていた筈だ。

この廃ビルに入り込む前に見た。

 

なんで……?

 

そう考えていると、アイアンフィストが代弁した。

 

 

「『パニッシャー』、ヴェノムはどうしたんだ?」

 

「奴か?奴は逃げた」

 

「……そうか。元より、宿主の奴がスパイダーマンへの恨みなんてないからな……冷静だったのだろう」

 

 

チッ!クソ!

アイツ逃げやがったのか!?

 

……あぁ、だが俺もレッドキャップが居なかったら逃げてたか。

 

それはそうとしても、ガチでムカつくが。

 

パニッシャーが口を開く。

 

 

「兎に角、上の階へ応援に行くぞ。ルークもライノを捕縛した。残りはミステリオとレッドキャップだけだ」

 

 

もう既に負けた者として俺を見てるのが気に食わなかった。

 

……そして、俺がレッドキャップのお荷物になってるって事に……情けなくて、ムカついて来た。

 

俺自身と、コイツらに、マジでムカつく。

 

 

「うっ……ぎっ……」

 

 

血を吐きながら、身を捩らせる。

……クソ痛ぇが……ここで俺が止めなけりゃ……後で絶対に後悔する。

 

俺の姿を見て、アイアンフィストが振り返った。

 

 

「……パニッシャー、先にコイツの治療をしてやっても良いか?」

 

「チッ、そんな時間はねぇよ。後にしろ」

 

 

……そうか。

 

 

「う……死ぬ……死んじまう……!」

 

 

俺は敢えて情けねぇ声を出す。

屈辱だ。

だが、手段は選んでられねぇ。

 

 

「いや、やはり先に治療すべきだ」

 

「……勝手にしやがれ」

 

 

アイアンフィストが俺の方へ向かってくる。

どうやるかは知らねぇが、俺の手当てをするみたいだ。

 

流石は善人様(ヒーロー)だ。

反吐が出る。

 

アイアンフィストが俺に手を当てる……光ってるエネルギーみたいなもんが俺の中に入って来て……なるほど、手当の方法もオカルトかよ。

 

 

「へへ……アンタ……良い奴だな」

 

 

俺は声をかける。

だが、無視された。

 

腹の傷も殆ど治った。

まだ立てないが…………アイアンフィストが手を離した。

腰の布みてーなモンで、俺を後ろ手にさせて拘束する。

 

なるほど、底抜けのバカって訳じゃないらしい。

最低限の手当だけで止めて、俺を戦闘不能にしておくつもりだろう。

 

 

だが、まぁ。

 

俺は。

 

 

指一本ありゃ、攻撃出来んだよ。

 

 

出力を最大にした手甲(ガントレット)を起動する。

 

……間違いなく、この廃ビルにダメージを与えちまう。

だがまぁ、レッドキャップなら何とかなるだろ。

 

 

瞬間、途轍もない衝撃が俺と……目の前の善人様(ヒーロー)達を襲った。

コンクリートは捲れ上がり、鉄筋も捻じ曲がる。

轟音で耳が潰れて、耳鳴りがする。

 

……へっ、ざまぁみろ。

奴らの驚いた顔を目撃し、満足して……俺は気絶した。



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シニスター・シックス part9

僕は首を押さえた。

……先程、レッドキャップに掴まれていた部分に少し違和感がある。

恐らく、痕が付いているかも知れない。

 

目の前で、そのレッドキャップを囲むように、スパイダーマン……ピーターと、赤い鬼のようなマスクを被った男……デアデビルと呼ばれた男が立っている。

 

僕も加勢しようと、震える足で立とうとして…………ピーターが口を開いた。

 

 

「……ハリーはそこで待ってて」

 

「それは僕が……信用できないからか……?」

 

 

枯れた声で、僕は訊く。

……先程、我を忘れて相手を殺そうとしてしまった。

正直、今の僕は信用できないに違いない。

 

すると、ピーターは首を振った。

 

 

「そうじゃなくて……その、守りながら戦える自信がないから、かな」

 

 

そう言われて……僕が足手纏いである事に気付いた。

……昔から、スポーツも勉強も出来た。

強化薬を吸い込んでからは、尚更……誰かの足手纏いになるなんて思っても見なかった。

 

冷静に分析してみると、僕は身体にダメージがあって……息も乱れている。

思考も曖昧だし、目の前の……赤いマスクの男に怯えている。

 

……ピーターは、怖くないのだろうか。

 

僕は目を上げる。

 

……違う。

きっと、彼にだって恐怖心はある。

だけど彼はそれ以上の……力ある者(ヒーロー)としての責任だけで、立ち向かっているんだ。

 

……少し、羨ましく思えて。

そうなれたら良いな、なんて思ってしまった。

 

気付けば僕は……彼に憧れを感じていた。

 

 

 

レッドキャップが足を一歩下げる。

コンクリートの床に、靴が擦れる音がした。

 

その瞬間、ピーターが右腕から(ウェブ)を放った。

半身を逸らして、レッドキャップが回避する。

 

……僕には見えなかった。

あまりにも早い攻防。

終わった後にようやく理解できた程のやり取りに、僕は驚嘆した。

 

そして、レッドキャップの背後からデアデビルが金属の棒で攻撃した。

 

それを左手で受け止めて、そのまま肘で頭部を殴る。

 

 

「ぐっ」

 

 

思わず怯んだデアデビルをカバーするように、ピーターが前に飛び出す。

 

レッドキャップの足元に(ウェブ)を放ち、左足を固定し……回避を封じた。

ピーターが腕を振るい、勢いのまま右側から殴りかかる。

 

……レッドキャップは右腕を負傷している。

防御は出来ない。

 

だが、糸で固定されていない右足を突き上げ、膝で拳を防いだ。

 

 

「痛っ!?」

 

 

ガツン!と鈍い音がして、ピーターが思わず仰け反った。

……あれは防御ではなかった。

ピーターの拳と、アーマーで保護された膝が衝突した結果、ダメージを受けたのはピーターの拳だ。

 

 

……何処となく、ピーターは本調子ではないように思える。

デイリービューグル、オズコープのビルで戦った時に比べて動きが鈍い。

 

そうか。

僕が……彼を殴って蹴って痛めつけたからか。

 

今、こうやって危機的状況に陥っているのは僕のせいだ。

思わず唇を噛んだ。

 

 

『人体で最も強力な武器は何処だと思う?答えは肘と膝だ。その硬さは拳以上の凶器となる……それは、このアーマースーツでも違いはない』

 

 

ノイズの入った機械音声で、レッドキャップが語る。

それに対して、デアデビルがゆっくり立ち上がり、口を開いた。

 

 

「やはり今日は……酷く饒舌だな。時間をかけたい理由でもあるのか?」

 

『いいや、寧ろ早く立ち去りたいぐらいだ。このまま見逃してくれれば……攻撃もしない。どうだ?』

 

 

レッドキャップが自身の右腕を一瞥した。

……アーマーがひしゃげて、所々血が見える。

傷口に砕けた装甲が刺さっているに違いない。

 

 

デアデビルが口を開いた。

 

 

「どうかな……僕が犯罪者とやり取りをするのは──

 

 

足元にある金属の棒を拾い上げる。

 

 

「留置所でだけだって、決めてるんだ」

 

『……そうか。それは非常に面倒だな』

 

 

ピーターも痛みから復帰して、ゆっくりと立ち上がった。

……拳からは血が出ていた。

 

 

そして、三人がまた、ぶつかるかと思った瞬間。

 

 

 

地面に大きな揺れが走った。

 

 

 

地面が傾き、砕けたコンクリートの破片が滑り落ちる。

 

そして、僕の足に大きな破片がぶつかった。

 

 

「うぐっ!?」

 

「ハリー!?」

 

 

廃ビルの下層が崩れたようで、傾く。

 

ジェイムソンが椅子ごと、ゆっくりと滑っていく。

 

その先に、壁はない。

このビルは目算でも10メートル以上あった。

そこから落ちれば……死は免れないだろう。

 

僕も慌てて踏ん張ろうとして、足を滑らせる。

先程の負傷で足に力が入らない。

 

僕も傾斜に流されて、ゆっくりと落下していく。

 

 

まずい。

死の恐怖が頭に過ぎる。

 

 

デアデビルが壁に掴まり、何とか耐えている。

レッドキャップも左手を床に突き刺して固定している。

 

唯一動けるのは、ピーターだけだった。

ピーター、スパイダーマンは壁を登れる程の特殊能力を持っている。

垂直のビルを登れるんだ。

これぐらいの傾斜は問題ない。

 

 

僕と、気絶したジェイムソンが傾斜を滑る。

 

互いに離れた位置で滑り始めて……助けるのは、僕か、ジェイムソンか。

どちらか、だ。

 

ピーターが僕とジェイムソンを交互に、一度ずつ見た。

迷いがあるように見えた。

 

 

「たっ──

 

 

僕は「助けてくれ」と言いそうになって……留まった。

 

この状況は誰が作った?

誰のせいだ?

 

ミステリオか……?

違う、ミステリオだけじゃない。

騙されたとは言え、僕も加担していた。

 

ジェイムソンを巻き込んだのは僕だ。

だから……。

 

 

「僕のことは良いから、ジェイムソンを……!」

 

 

これが……僕が出来る唯一の償いだ。

言葉を聞いたピーターが背後のコンクリートの柱に(ウェブ)を放って、バンジーのように飛び出した。

ジェイムソンを掴んで──

 

 

「ハリー!」

 

 

僕を助けようと、(ウェブ)を放つ。

だけど、それは僕の頭上を通り過ぎて……僕は転がり落ちていく。

 

数度、頭をぶつけて意識を失いそうになる。

それでも何とか気を強く保っていた。

 

 

『……チッ!』

 

 

直後、舌打ちが聞こえた。

 

僕は宙に飛び出して……そのまま首裏を誰かに掴まれた。

 

その誰かは……レッドキャップだった。

 

 

「な……」

 

『喋るな、舌を噛む』

 

 

短くそう言って、右腕からワイヤーを射出した。

ワイヤーの先端は三つ爪のクローになっていて、コンクリートの壁に突き刺さる。

 

キリキリとワイヤーが伸びる音が聞こえて、落下速度を緩和していく。

 

 

『ぐっ……つぅ……!』

 

 

痛みに悶える声に気づいて、その右腕を見れば。

ワイヤーが、負傷している右腕を絡め取っている。

 

左手で僕を掴み。

右手は落下を抑える為に……。

 

負傷して割れたアーマーでズタズタになっているのに。

それを更に傷付けてまで。

 

……どうして、そこまでして僕を助けるのか、分からなかった。

 

 

落下速度が収まった頃、ワイヤーがブツリと切れた。

 

 

僕とレッドキャップが地面に転がり落ちる。

落下速度は抑えられたとは言え、高さ数メートルからの落下だ。

落下の衝撃から、堪らず僕は肺から空気を全て吐き出した。

 

 

「はっ……はぁっ……!」

 

 

でも、死んではいない。

全身が痛くても、息が苦しくても。

僕は死んでない。

 

痛みと恐怖と……安堵。

涙で、視界が滲んだ。

 

 

滲んだ視界の中で、レッドキャップがゆっくりと立ち上がった。

……そのまま、立ち去ろうとしている。

 

思わず僕は、声をかけた。

 

 

「……待、て」

 

『……助けてやっただろう?今はもう黙って寝ていろ』

 

「なん、で……?」

 

 

息も言葉も途切れながら、必死に言葉を繋ぐ。

 

……それは疑問だ。

どうして、僕を助けたのか?

それがサッパリ分からなかったからだ。

 

僕みたいな人間を……助ける理由なんてないはずだ。

 

 

そう考えていると、レッドキャップが口を開いた。

 

 

『何も……死ぬ事はないと、思っただけだ』

 

 

そう言ってレッドキャップは振り返り……頭上を見上げた。

 

 

『……ジェシカ・ジョーンズか』

 

 

釣られて僕も視線を上げると……誰かが空を飛んで、廃ビルの中にいる人間を救出している姿があった。

 

視線を戻して、彼は僕から離れていく。

そして、何かを探すそぶりで辺りを見渡している。

 

何を考えているのかも分からない。

だけど……彼は……それほど悪い人間ではないのかも知れないと、僕は思った。

 

レッドキャップが瓦礫を押し退けて、誰かを担いだ。

……あぁ、あれは『ショッカー』だ。

彼はレッドキャップと……少し親しそうにしていた。

 

 

『……この、馬鹿が』

 

 

レッドキャップは呆れたように呟いていた。

 

視界が……薄暗くなっていく。

瞼が重い。

 

 

「あり……がとう……」

 

 

薄れる意識の中で、感謝の言葉を投げかける。

 

 

……それに対して、レッドキャップは呆れたような声を出した。

 

 

『……はぁ。やはりお前は──

 

「悪人にはなれないな、ハリー・オズボーン」

 

 

……それは、此処では絶対に聞こえる筈のない……想い人の声だったけれど。

僕はきっと幻聴だと思って。

 

そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ハリー!?ハリー!」

 

 

僕は地面に倒れているハリーに近付いて、心音を確かめる。

 

……大丈夫だ、息はある。

 

 

そうしていると、背後に誰かが着地した音が聞こえた。

振り返ると……ジェシカが居た。

 

 

「あ、ジェシカ……無事だったんだ」

 

「ん?うん……まぁね。ちょっと、足腰痛むけど……まぁ、無事よ。無事」

 

 

ボロボロに破れたジャケットを投げ捨てて、シャツの姿になっていた。

 

 

「さーっきまで、他のメンツの救出に忙しかったから……もう、気失ってた重傷人を働かせ過ぎ。ビルぶっ壊した犯人が分かったら半殺しにしてやる」

 

 

そう言ってポキポキと拳を鳴らすジェシカに、僕は一歩引いた。

 

 

「それで?そいつがニューゴブリンでしょ?どうすんの?」

 

「ハリーは……もう、ゴブリンにはならないと思います」

 

「……どういうこと?」

 

 

僕はジェシカに……彼がどうしてこうなったのか、今はどうなのか……話をした。

 

 

「あぁ、薬でキレやすくなるヤツね。よくある話だわ」

 

「え、よくあるんですか?」

 

「よくある」

 

 

そう言ってジェシカが頷いた。

 

 

「この後……多分、『S.H.I.E.L.D.』が来るけど、それ経由でアベンジャーズに頼んでおくよ。彼の処遇は」

 

「アベンジャーズに?」

 

 

僕がそう聞くと、ジェシカが頷いた。

 

 

「そ。アベンジャーズに居るんだよ。彼と同じ、キレやすくて……緑色の奴がね」

 

 

へっ、と笑ったような声を出すジェシカに、僕は安堵した。

ハリーは……きっと、もう悪人にはならないだろう。

そして、それを助けてくれる人もいる。

 

なら、大丈夫だ。

 

 

そう思っていると、風を切るような音がして、ヘリが近づいて来る事に気づいた。

側面には猛禽類のマーク。

 

あれは……『S.H.I.E.L.D.』だ。

 

 

「……おっと。噂をしたら、もう来たね。……君はもう帰って良いけど。その若さで夜出歩いてたら補導されちゃうからね」

 

「あ、そう……ですね」

 

 

でも、後始末を全部任せて良いのかと、僕は悩んだ。

 

 

「捕縛したライノは逮捕で良いけど……後は死んでるミステリオと……残りは逃げちゃったしね。まぁ、何とか言い訳はするから、帰りな」

 

「で、でも」

 

「貸し一つ。今度、何かあったらアンタ呼ぶから……それで良いよ」

 

 

ジェシカが笑った。

 

 

「……ほら、早く帰らないと見つかるから」

 

「あ、ありがとうございました!他の人達にも言っといて下さい!」

 

 

そう言って、僕は彼女と別れて帰路に着いた。

 

長い、長い戦いだった。

……僕一人では解決できなかっただろう。

 

僕はみんなに感謝した。

 

 

……あ、でもやっぱりパニッシャーには感謝したくないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

パジャマを脱いで、シャワーを浴びて。

外出用の服に着替えて、髪をセットして。

 

欠伸をしながら、自分の部屋を出た。

 

朝の登校時間だから起きたけど。

昨日は夜遅くまで戦っていたから、少ししか眠れなかった。

今日ぐらいは学校を休んでも良いかな、なんて思ったけど。

あまり休みすぎると進級できなくなるからね。

 

 

少しして、隣室のドアが開く。

 

 

……いつも以上に眠そうな、ミシェルの姿があった。

 

 

「おはよう、ミシェル」

 

 

そう言うと……彼女はいつものように右腕を上げようとして……左手をあげた。

 

 

「ん……おはよ、ピーター」

 

 

欠伸をする。

 

……右腕の様子をチラと見るけど、怪我はないように見える。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

そう不思議がるミシェルに、何でもないと言いつつ二人でアパートを出た。

 

空は明るい。

 

いつも通りの平和な朝だ。

 

……ミシェルは忌々しげに太陽を睨んでいたけど。

 

だから僕はミシェルに声を掛けた。

 

 

「……何だか、今日も眠そうだね?」

 

「ん……ゴミの……掃除……してた」

 

「ミシェルって掃除好きなの?」

 

 

いつもいつも、掃除をしてるって言っている気がする。

それに、そんなに遅くまで掃除しなくても良いのに。

 

 

「昨日はデッカい蜘蛛まで出てきて大変だった……」

 

「……あぁ、あのアパートボロいからね」

 

 

僕は苦笑いした。

確かにあのアパートは汚い。

蜘蛛とか虫も結構出てくる。

 

……そんな所に女の子が住んでいるなんて……そりゃあ、掃除もしたくなるか。<