ドールズフロントライン ~16.6%のミチシルベ~ (弱音御前)
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16.6%のミチシルベ

雨ばかりの毎日で気も滅入ろうという今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今回より、新作の連載を始めていきたいと思います。
書いておいて自分で言うのもなんですが、タイトルとあらすじだとどんな内容か分かりづらいかな? と。
元ネタを知ってる方も知らない方も、何かの片手間に楽しんでいただければと思います。

それでは、今週もどうぞごゆっくりとどうぞ~


 

 空はスッキリ晴れ渡り、ポカポカ陽気のそんな昼下がり。と、ノリのいいライムが自然と脳裏に浮かんでくるぐらいには、私こと、戦術人形ネゲヴは今日も好調である。

 大好きな指揮官と共にくつろぐアフターファイブを目指し、さっさと本日の執務に勤しんでいる。

 

「ふぁ~~あ。ネゲヴちゃんは今日も頑張り屋さんだねぇ。もっとのんびりと仕事したっていいんだよ?」

 

 そんな働きアリな私とは対照的に、デスクに就く指揮官はあくび交じりに眠そうな目をぐしぐしと擦っている。

 子供みたいで超カワイイ仕草である。

 

「お疲れな指揮官の分、私が働かないとでしょ? また、あの鬼上司にどやされたくないもの」

 

 それは、思い出すと今でも背筋が寒くなる、まだ真新しい記憶。

 私も少しばかり気を抜いてしまったのが悪いのだが、仕事が溜まりに溜まってしまったことを見かねた指揮官の上司、ヘリアンがここにカチコミをかけに来たことがあったのだ。

 その時のヘリアンの鬼のような形相といったら・・・さしもの私も、ちょっと涙がジワってしまったくらいだ。

 もうあんな目に遭いたくないという事で、素直な私は気を引き締めなおして業務に勤しむことを決意したのである。

 

「あんなのほっときゃいいのよ。罰則だ何だと言っても、どうせ口ばっかなんだからさぁ~」

 

 アレを前にしてもなおこの態度である。カッコ良すぎ! を通り越して、彼女の脳神経の働きを疑いたくなってこようというものだ。

 

「でも、ネゲヴちゃんに任せっぱなしじゃあ指揮官としてカッコつかないものね。ちょ~っとだけ頑張りますか」

 

「いいからいいから。指揮官はそこに座ってて、私が処理した書類の確認と審査をやっててちょうだい」

 

 いよいよヤル気を出そうとした指揮官を私は引き留める。

 朝からず~っとあくび連発で目にクマまで浮かべている指揮官に、あまり負担をかけるわけにはいかない。

 副官として・・・というか、誓約を交わした相棒として、だ。

 

「そお? なんか、妙に優しいところがまた怖いわね。あとで変な要求とかされないかしら?」

 

 失礼な事をのたまう指揮官はひとまず無視。今日中に処理すべき仕事から順番にせっせと片を付けていく。

 ・・・そうして、グリフィンの規定による業務定時ギリギリ前に目標分の仕事を完遂することに成功したのだった。

 なんだか、久々に仕事やり切った感がすごい。

 

「ふぃ~、なんとか間に合ったわね」

 

「はい、お疲れお疲れ~。今日も頑張ったわね。ほら、こっちおいで」

 

 ソファーに体を投げ出したばかりの私だったが、指揮官のお招きに預かり、デスクにつく彼女のもとへ。

 ぽんぽんと叩いているお膝の上に静かにお座り。割といつもの事である。

 

「エネルギー補給のぎゅ~~~っ♪」

 

 そして、ぬいぐるみのように大人しくお座りしている私の身体を、背後からしっかりと抱きしめてくれる指揮官。これもまた、わりかしいつもの事である。

 柔らかさと温もりといい香りで、メンタルがどうにかなってしまいそうな心地よさは、普段よりも長く続けられる。

 当人は絶対に口にしないが、それだけ指揮官が疲れているのだと、私は理解している。

 

「・・・ねえ、たまにはお仕事休んでもいいんじゃないかしら? 指揮官は申請すれば休暇もらえるんでしょ?」

 

 それを見かねた私は、いよいよ、その話を持ちかける決心がついたのだった。

 

「へ? まぁ、まだ取得日数は残ってるけど。すぐに休みとれっての?」

 

 私の意図を汲んでいないのだろう、目を丸くして問いかける指揮官に頷いて返す。

 

「こんなに仕事が忙しい時期なのよ? 私が休んじゃったら、あなた1人じゃあ捌ききれないでしょ?」

 

「スプリングフィールドにも手伝ってもらえば問題ないわよ。だから、仕事の心配はしなくてもいい」

 

 これほどの量の執務にスプリングフィールドを巻き込むのは、申し訳ないというのが正直なところだ。しかし、指揮官に休みを取ってもらうという大義名分があれば、彼女はどんな過酷な

ミッションにも喜んで馳せ参じるだろう。

 

「なぁに? もしかして、私の事を心配してくれてるのかな? 愛い奴め! この、この」

 

 私を抱きかかえたまま、後ろ頭に頬擦りする指揮官。

 

「ありがとうね、ネゲヴ。でも、気にしなくていいのよ。みんなの為に働く事が私の生きがいなの。これは、私が望んで、嬉しくてやっている仕事だから。ちょっとくらい疲れてても平気。それに、こうしてちゃんと充電しながらやってるからさ~」

 

 指揮官の言葉からは、無理をしているような様子を伺えない。

 もう、彼女とは付き合いの長い私だ。それが、本心から言っている事だというのは伺い知ることができる。

 ・・・しかし、人間の身体というのは脆く儚いものだ。こうして無理をして積み重なったツケがいつ爆発するか分かったものではない。

 だから、ここ数週間まともに休日をとらず、夜遅くまで会議だの報告会だのと忙しく飛び回っている指揮官に休みを取ってもらいたいのだ。

 

「指揮官がそう言うのなら・・・まぁ、いいけど」

 

 そんな思いからの提案をあっさりと流されてしまい、私は大人しく引き下がるしかなかった。

 私たちの為だなんて、そんな嬉しいことを言ってくれる指揮官に反論なんてできやしない。

 ・・・そして、その優しさに甘えて反論ができなかった自分が情けなくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 お昼休みの時間。当グリフィンのタイムスケジュールでは、戦術人形たちも含めた職員を

グループ分けし、各グループごとに時間をズラしての休憩としている。

 なので、食堂は総員一同ごったがえすなどということはなく、とても落ち着いたものだ。

 こんな中、私はランチをいただきながら指揮官とイチャイチャトーク・・・なんていうご馳走にありつくことは出来ずにいた。

 最近はいつもそう。今日の指揮官は補給物資の仕入れ先に視察というので、日帰り出張なのである。

 

「また、今日はいつも以上に浮かない顔をされていますね。指揮官様の事をお考えですか?」

 

 私の正面、机を挟んで反対側に座る娘の声で我に返る。

 

「ん~、まぁ、そんなところ」

 

 私が気の無い返事を返すと、ライフルタイプの戦術人形、〝IWS2000〟通称シュタイアーは何が面白いのか、朗らかな笑みを零した。

 最近、私はこの娘と一緒に居ることが多い。というのも、私が直属でシュタイアーの教育係に

任命されたからだ。

 優し気な口調と物腰に、たまにすっトボけた事をしでかすシュタイアーだが、こう見えて、我らがグリフィン基地でも最高クラスの戦闘能力を持つ人形なのだ。

 今はまだ配属されてから日が浅く、練度が低い身だが、ゆくゆくは特戦隊を率い、難敵と噂される〝白い勢力〟討伐のフロントラインに立ってもらうことになる。

 その為、副官兼戦闘のスペシャリストである私が直々に指導してやっているのだ。

 前述のように、たまに抜けたところをみせる彼女だが、真面目で飲み込みも早く、指導する立場としては手がかからなくて何よりなシュタイアー。

 ただ、私にはちょっとだけ引っ掛かるところがある。

 私とシュタイアーがとても似ている、と指揮官を含め、周りからも良く言われるという点だ。

もちろん、性格ではなく外見に関しての事である。

 まぁ、美人でスタイル抜群、という点は私に並ぶレベルだろう。しかし、顔立ちや服のデザインもどことなく似ている、とまで言われてしまっては流石に首を傾げてしまう。

 私たちは出身が違うし、ましてや、同型の姉妹ですらないし。

 所詮は一つの企業が製造した私達戦術人形である。フォルムが似通っていても、それほど不思議なことではないのだろう。

 ・・・ただ、シュタイアーの方がちょっとだけ背が高くて大人っぽく見えるおかげで、私の方が妹扱いされがちのは納得いかない。超納得いかない!

 なので、私の方が格上であると周りに見せつけるために、私は彼女と一緒に居る時は今まで以上に堂々と振る舞う羽目になっているのだ。

 ただでさえ悩み事で頭が一杯なのに、お忙しいものである。

 

「私も指揮官様の負担を減らせないかと、色々と考えているのですが・・・何分、まだこちらに

来て日が浅いもので、良いアイデアが浮かばないのです。お役に立てず申し訳ありません」

 

「それは私、副官が考える事だからって前にも言ったでしょう? 貴女はまず自分の事を一番に

考えなさい。貴女がここに慣れて、十分な戦力として成長するのが指揮官の為になるんだから」

 

 ありがとうございます、と再び柔らかに微笑み、シュタイアーは目の前のランチプレートを

パクパクしはじめる。

 今、シュタイアーが言っていた事こそが、私の頭を悩ませ、憂鬱な気分の原因である。

 指揮官の忙しさをなんとかしてあげたい。その課題に取り組み続けて、もう一ヵ月くらいになるだろうか。その間、課題解決に向けての進捗はゼロ。本当に、手も足も出ないとはこの時の為に

存在するような言葉である。

 指揮官は自分の仕事は自分がやるべきだ、と厄介な信念を持って聞かないし、かといって、

指揮官の仕事を戦術人形が勝手に肩代わりは出来ない。いくら誓約を交わしている副官の私といえども、基本的には指揮官としての権限に抵触することは許されないのだ。

 このように指揮官の身を案じているのは私だけではない。スプリングフィールドを筆頭として、事態に勘付いている幾人かの戦術人形達も、代わる代わる指揮官を癒そうと動いてくれている。

 しかし、それでも焼け石に水だ。この状況の根底をどうにかしなければ、事態は好転してくれない。

 

「シュタイアー。私たちは早めに教室に行って予習をするのだが、良ければ一緒にどうだ?」

 

 思案に耽っていると、いつのまにかダネルが私たちの傍に来ていた。

 

「あ、はい! ぜひご一緒させてください! 申し訳ありません、副官。お先に失礼してもよろしいですか?」

 

「いちいちそんなにかしこまらなくていいから。行ってらっしゃい」

 

 シュタイアーの午後のスケジュールは他の対物ライフル連中と一緒に座学講習だ。今の彼女に

必要な、対物ライフルの何たるかを叩き込む大切な講習である。

 ただ不運なのは、今回の講師があの曲者DSRだという点。

 まぁ、思いっきりからかわれてコロがされて、良い経験にしてもらえればいいだろう。

 ランチトレーを両手に立ち上がり、私にペコリと一礼してシュタイアーはダネルと一緒に離れていく。

 一人残され、大きく一息。

 この問題がいきなり解決するようなラッキーが、何の前触れもなく転がり込んでこないかなぁ、などと、都合のいい妄想を抱きながらコーヒーをクピリと一口。

 

「おやおや? ため息なんかついて、随分とお悩みのようじゃあないか、副官クン」

 

 ・・・問題は、根底からどうにかしなければならないものだと私は思うわけだ。つまり、多忙であることの根底、指揮官という立場をどうにかすればいいのではないだろうか?

 

「そうだよねぇ。数あるグリフィン支部の中でも成績上位支部の副官ともなれば、それなりに頭を痛めることもあるよね。うんうん」

 

 じゃあ、いっそのこと指揮官辞めてもらっちゃう。そうすれば、多忙から解放されて暇になった指揮官に私は甘え放題、指揮官も私に甘え放題でお互いに得をする。っていうか、得しかない最高の作戦じゃないか、これ?

 

「しかし、キミは実に運が良い。そんなキミのお悩みを解決してあげられる術を私が提供しようじゃないか。いや、お礼はいいよ。私としてもコレの生データが欲しかったところでね。使ってくれればそのまま私の得になるのだよ」

 

 いや待て。そもそも、指揮官は指揮官だからこそ指揮官なのであって、指揮官が指揮官でなくなったら、それはもう指揮官ではなくて指揮官以外の別の何者かになってしまうわけで・・・さて問題、この短時間で私は指揮官って何回言ったでしょう?

 

「これが、っと・・・これが・・・・・・ちょっと待ってくれたまえ、ポケットに引っ掛かって

抜けない・・・」

 

「ああもう、うっさいな! 何なのよ、アンタ!」

 

 シュタイアーが去ったのを見計らい現れた女をガン無視していた私だったが、あっさりと我慢の限界に達してしまう。

 

「えぇ? だから、言ってるじゃないか。カワイイ副官ちゃんの助けになってあげようというのだよ。この私が。直々に」

 

 そう、怪しい笑顔を浮かべながら答えるのは、ボサボサ髪にダラしない白衣姿の人間の女性。

技術研究部16Lab所属の研究員、ペルシカである。

 

「誰もそんなの頼んでない。あっち行ってちょうだい」

 

「何でさ~? 人の好意は大人しく受け取っておくもんだぞぉ」

 

 どうやら、各支部を視察がてらフラフラとしているこの女を指揮官は特に警戒しているらしい。なんでも、研究への協力として様々な提案を持ちかけては、基地を阿鼻叫喚の地獄絵図にしていつの間にか去っていくトラブルメイカーなのだとか。

 まだ、この基地では被害を被ってはいないのだが、用心しておくに越したことはない、と私も

指揮官から言い聞かされていた。

 

「そんなウマイ事言って、裏があるの見え見えなのよ。あんまりしつこいと指揮官に言いつけるわよ?」

 

「はぁ~・・・そっか。そこまで言われては仕方がない。無理強いさせてしまったみたいで悪かったね」

 

 私たちの戦いに大いに貢献している部署の研究員だ、指揮官の命があれば、出入り禁止にまではならないだろうが、来づらくなるのは間違いない。

 それは勘弁、とみたペルシカが静かに席を立つ。

 おなじみのマグカップを片手に、肩を落としてトボトボと離れていく背中を見ていると・・・

なんとなく、可哀そうな気になってしまう。

 実は、その話に裏なんてなくて、本当に私を気遣ってくれていたのでは? と。

 

「・・・・・・分かったわよ! 話くらい聞いてあげるから、そんなにしょぼくれないでちょうだい!」

 

 そんな姿を黙って見送れなかった私は、とんでもない甘ちゃんだと思う。

 

「そうこなくっちゃ! それでねそれでね、キミに提案したいことっていうのが・・・」

 

 私が言った途端、先ほどまでの様子はどこへやら、ペルシカが私に飛びついてくる。

 もしかして、完全に嵌められたのかもしれないこの状況。こうなればもう、毒を食らわばなんとやら、である。

 まるで、お気に入りのおもちゃを自慢するかのような怒涛の勢いのプレゼンに耳を傾ける私。

 内容は、さっき彼女が言った通り、新開発のデバイスを実践テストしてほしいというもの。

 そして、それは意外な幸運。今の私の悩みを解決してくれるかもしれないものだったのである。

 あくまで、話を聞く限り、だけど。

 

「分かった。一旦、話を預かって指揮官と相談してあげる。言っておくけど、何か良からぬことを考えてたら承知しないからね」

 

「はい、毎度あり~!」

 

 ペルシカからの提案と共に試作デバイスを預かったところでお昼休み終了。

 これまで煩わしくて仕方がなかった引っ掛かりが少しだけ取れたような、良い気分で私は午後の執務に取り組むのだった。

 

 

 

 

「ふ~~~~ん。コレが私の代わりに指揮、ねぇ・・・」

 

 デスクに頬杖をつき、苦い表情を浮かべる指揮官。その目の前では、まるで汚い布切れでも摘まんでいるかのような風で、書類サイズのタブレットがユラユラと揺れている。

 

「搭載されているAIの性能は16Labお墨付きだっていうから、それなりの性能は期待していい・・・らしいわ」

 

 ペルシカからこのタブレットを受け取り、その翌日。私は指揮官の負担を低減させるための策を提案していた。

 大まかな説明を終えた今、指揮官はその内容を把握してくれたが、あまり乗り気ではないようである。

 

「確かに、現代のAI技術はかなり高い水準にあるみたいね。でも、まだ人間ほど〝柔軟〟な考えができるモノは存在していないのよ。仮に、コレに部隊編成をお願いしたとして。ワーちゃんと

ドラちゃんを一緒にしたらマズイ、っていう事までは考慮しないでしょ?」

 

 参考までに、ドラちゃんというのはSVDドラグノフの事である。この呼び方が許されるのは

指揮官だけで、私を含め、他の戦術人形が言った日にはナイフのような鋭い目つきで睨みつけられてしまう。

カワイイ呼び名だと思うのだが、どこが気に入らないのだろうか?

 

「そこは学習で追々覚えてもらえるわ。ひとまず、コイツに指揮を任せられれば、指揮官のお仕事がだいぶ楽になる。そこが重要なのだから」

 

 指揮官の仕事は多岐に及ぶが、中でも一番多くの割合を占めるのが戦闘指揮関連のお仕事である。

 部隊編成、派遣先の選択、輸送機の手配等々。副官として傍に就いたばかりのころは、あまりの仕事の多さに驚いたものである。

 さすがに、全部とまではいかないだろうが、同時派遣できる部隊の半分くらいでもコイツに任せることができれば、指揮官の仕事はかなり軽くなるだろうという私の見立てである。

 あの怪しい研究員の話にノる、というリスクを差し引いてもお釣りはくる算段だ。

 

「まぁ、AI任せにするのはいいんだけどね。私としても、仕事が減ってネゲヴとの時間が作れるのは嬉しいからさ。でも・・・あのペルシカが持ってきたモノだというのがどうにも胡散臭い」

 

 指揮官のペルシカ嫌いも相当なもののようである。私は何も聞いていないが、過去に何かがあったのだろうか?

 

「まず、先行試験ということで私が率いる部隊の指揮をさせてみたい。その稼働実績を見て、他の部隊を任せられるかどうか判断、というのでどうかしら?」

 

 明日から三日間、指揮官は出張で基地を留守にする。本来は、その間の任務関係の指示は予め決めておいたり、出先から追加の指示を出したり、という具合に対応を行うのだ。

 それを完全にAIに任せるというのだから、当然、不安は付いてまわる。

 しかし、私とて伊達で副官の座に就いているわけではない。今までに学んだ知識を総動員すれば、万が一、コイツがトラブったとしてもフォローできるだろう。

 

「ん~・・・分かった。そこまで言うのなら、お試しでやってもいいわ。ただし、絶対に無茶はしない事。貴女、この基地で唯一の前科持ちなんだし、アレ以来初の任務だというのは忘れないでね?」

 

「わ、分かってるわよ。絶対に無茶しない。約束する」

 

 まるで犯罪者扱いなのは心外だが、あの事件は私の責なので何も言い返すことが出来ない。そして、その事件以来、謹慎が解除された私にとってこれは久々の任務である。リハビリと考え、無理はしないと心に決める。

 もう、大事な人を悲しませるようなことはしないと、固く固く誓おう。

 

「よし、じゃあ誓いの指切り」

 

 言って、指揮官が差し出した小指に私の小指を絡ませる。その昔、どこかの国の習慣だったらしい、誓いの儀式である。

 

「ゆ~びき~りげんまん、う~そついたら50BMG弾千発の~ます。ゆ~びきった」

 

 そうして、互いの小指を放し誓いの儀式終了。

 毎回思うのだが、弾丸を千発近く飲み込むだなんて、不可能よね? 仮に、約束を果たせなかったとして本当にそんなことはしないよね? ね?

 

「ふふ、ありがとう、ネゲヴ。私の事を心配して、色々考えてくれて。もう少し仕事が落ち着いたら、それまでの分、たっくさんイチャイチャしましょうね」

 

 タブレットを弄りながら、指揮官が嬉しそうな声色で言う。

 こんなに嬉しそうな言葉を聞いたのは、ここ最近、忙しくなってしまって以来だろうか。

 それを耳にして私の胸の辺りが、苦手なアルコールを流し込んだ時のように熱くなってくる。

 

「そうね。今までツケておいた分、存分に甘えてやるから、首洗って待ってなさい」

 

 そんな減らず口を吐きながら、踵を返す私。

 ついついそんな言葉が口を出てしまったのは、本心を隠したかったからだ。バレたらきっと、

これ幸いにと一気に畳みかけられてしまうに決まっている。

 大好きな人が嬉しそうにしてくれた。私にとって、これ以上に甘美で温かい幸せなんて、この世には存在しないのだ。




構成のバランスが悪く、まだ本題にも入らなかったのは反省点でした。
次回より、タイトルの意味が分かる展開に入れる・・・と思います。
どうか、長い目で見守ってやって下さいな。

それでは、来週の更新もお楽しみに!
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ 2話

暑い日々が続いてまいりました、かと思えばなんか冷ややかな今日この頃。皆さまいかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今作がスタートしまして、まだどんな内容化も全く不明な状況になっていますが、このお話でその意味が分かっていただけるかなと思います。

それでは、今週もどうぞごゆるりと~



 1日目 13:00 防衛線Fライン

 

 

「MDR! 伏せろ!」

 

「うわ!?」

 

 私の号令を耳にして、部隊員であるアサルトライフル〝MDR〟がその場で慌てて屈みこむ。

 その後方に控える私と、MDRを側面から狙っていた鉄血兵との射線がクリアになったのを

確認。狙いを付けるが早いかトリガーを引く。

 頭部に着弾した衝撃で鉄血兵が後方に吹き飛ばされる。

 それで最後。国道沿いの旧市街地を陣取っていた鉄血部隊は壊滅し、戦闘は私達、エーデル小隊の勝利で幕を閉じた。

 

「なんだよぅ、今のは私に言ってくれれば仕留められたじゃんか。わざわざ隊長が決めることなかったのに」

 

 口を尖らせ、拗ねながらMDRが立ち上がる。せっかく無傷のまま助けてやったのに、随分な

言われようの私である。

 

「隊長が動いてくれたから、アナタは無傷で済んだんだよ? 隊長を責める前に、あんな近距離まで敵の接近を許した自分の落ち度を責めないと」

 

「そうですよ、MDR。まずは、助けてくれた隊長さんにありがとう、ってお礼を言いましょうね」

 

 戦闘終了とみて、持ち場についていたハンドガン〝K5〟とアサルト〝95式〟が私たちの所へ戻ってくる。

 

「うぅ~・・・言われなくても分かってるよぅ。ごめんね、隊長。助けてくれてありがとう」

 

 2人が私に加勢してくれたので、状況は3対1。勝ち目がないと見たMDRが観念して頭を下げる。

 

「分かってくれればいいのよ。攻めに集中するのもいいけど、自分の安全確保にも十分に気を配りなさいね」

 

 ぽんぽん、とMDRの肩を叩いて慰めとして、この話はもう終わりだ。

 

「みんな、ご苦労様。良い動きだったわよ」

 

 戦闘開始からここまで20分弱。小規模部隊とはいえ、それなりの数の鉄血兵をこの短時間で

殲滅できたのだ。贔屓目に見ても、結構優秀な成績である。

 とはいえ、ここはまだ基地から一番近い防衛線で、危険度は一番低い戦場だ。

 今回は私のリハビリという事もあり、かなり軽い戦闘に絞っているので、これくらいやってもらわないと困る。

 

「当然当然。なんたって、最強のブルパップライフルが2人もいるんだからさ。ねぇ~、95式」

 

「そうですね。でも、気を抜いてはいけませんよ? こういう軽い任務にこそ、足元を救われてしまうものですから」

 

 ネット配信オタクのMDRと、当基地トップエースと呼んでも過言ではない実力者95式。練度も良い具合に仕上がってきているこの2人がいれば、そう簡単に全滅という羽目にはならないだろう。

 

「やっぱり、エリートの人達は動きが違うよね。私なんか、大して活躍する機会もなかったわ」

 

 そう言うK5は、この隊の中では一番練度の低い人形だ。しかし、それでもハンドという

ポジションをちゃんと理解して、十分なアシストをしてくれていた。

 中には、彼女よりも練度が高くたってここまで出来ないアホの娘もいるので、それを考えたら

十分な実力だ。

 これからが楽しみなルーキーである。

 

「んで、もう任務は片付いちゃったけど、これからどうするのさ? 長期になるかもしれないっていうから、それなりの準備はしてきたけど」

 

「ちょっと待ってなさい。ここからは、コイツの出番だから」

 

 MDRに急かされ、私はバッグから件のタブレットを取り出した。

 

「それが、指揮官様の代わりに指示を出してくれるAIですか? それを通じて指揮官様とお話するのではなく?」

 

「なんだか、私たちの運命を委ねるには頼りない感じだね」

 

 今回のいきさつは既に3人に説明をしてある。

 どこの馬の骨とも知れない機械に指揮官面されるのをあまり良く思っていなかった3人だが、

任務が始まってしまえば、もうそんな気分もすっかり飲み込んでくれたようだ。

 仕事のプロはこうでなくてはいけない。

 

「おぉ~、なんだかスゴイねぇ! これ、写真撮ってブログにアップしていい?」

 

 しかし、こうやって無神経にはしゃぐのはよろしくない。プロじゃなくて、ただのバカである。

 

「これまだ試作品だから、画像が流出したら大問題になるかもよ? 損害賠償の請求きたら

ヨロシクね」

 

 私が釘を刺すと、MDRは乾いた笑いを零しながら愛用のケータイをしまってくれた。

 

「っと・・・このスイッチを入れて起動・・・できた」

 

 真っ暗なディスプレイに、OSのロゴが浮かび上がる。

 起動シークエンスのゲージが進んでいき、黒画面がパッと明るさを増した。

 

『エーデル小隊の任務完了を確認。みなさん、お疲れ様です』

 

 抑揚のない女性の声がタブレットから流れてきて、私を含めた一同、関心の声を漏らす。

 なんだか、こんなちっぽけなタブレットに労われるなんて、不思議な気分だ。

 

「ちゃんと挨拶ができるのですね。初めまして、私は95式といいます」

 

 AIの挨拶に対し、95式が真面目に挨拶を返す。

 たかが指揮用AIだ。そんなお返しをしても無駄・・・

 

『初めまして、95式さん。私は戦術指揮AI〝ウェンズデイ〟と申します。貴女のご活躍は聞き及んでいます』

 

「うぉお、スゲェ!? ちゃんと挨拶返してくれたし、超礼儀正しいよこの娘!」

 

 目をキラキラさせて驚くMDRの横で、私も同じくらい驚いているが、表には決して出さない。それが、コイツと私の決定的な差なのである。

 

「こんにちは、ウェンズデイ! 私はMDR。あのさ、アナタの事をブログにあげてもいいかな? できれば、インタビュー音声なんかも貰えると嬉しいんだけど?」

 

『こんにちは、MDRさん。残念ですが、それは止めた方がよろしいかと。私はまだロールアウト前の試作型であり、クラス4相当の社外秘指定が付与されています。不特定多数の方が閲覧されるSNSによって私の写真、又は音声がリークされた場合、グリフィン社員規定12条6項の適用により、実行者には減給処分及び降格。或いは懲戒免職の可能性も』

 

「わ、分かった分かった! 冗談だから! そんな事本当にしないから!」

 

 必要なのは人間のような柔軟な思考。今のウェンズデイの話っぷりを見て、昨日、指揮官が言っていた話が頭を過った。

 

「なんだか、随分と仕事熱心そうなAIだね。大丈夫かな?」

 

「真面目にやってくれそうだから、いいんじゃないの? わけわかんない事ばかり言うようなのより断然マシでしょう」

 

「そういう意味でもないんだけどさ。こういう戦術指揮って、一筋縄じゃいかないでしょ? だから、大丈夫なのかなって思ってさ」

 

 すっかりウェンズデイに夢中な95式とMDRとは打って変わり、K5は私と同様に一歩下がって様子をよく観察しているようだ。

 前からなんとなく感じていた事だが、けっこう頭の良い娘なのかもしれない。

 

「ねえねえ、隊長。ウェンズデイが次の行先を提示してくれたよ。この中から選んでいいって」

 

 まぁ、ファーストインプレッションはこれくらいにしておいて、任務を続けよう。

 MDRに言われ、タブレットの画面に視線を移す。

 そこには、次の任務内容、移動手段、移動時間などの細かい情報がズラリと並んでいた。

 

「す、すごい数ね。20・・・30くらいの行先があるけど、この中から選べって?」

 

『内容は違えど、ほぼ同等条件の任務です。エーデル小隊のモチベーション管理の観点からお選びいただくのが適切と判断しました』

 

 要は、縛り付けるのではなく、ある程度私達を自由にさせることで良い気にさせるのが狙いということか。

 上手い作戦だが、そういうのは口に出さないでメモリの中にしまっておくものだ、こんにゃろ。

 

「どうする? これだけ多いと迷っちゃうよね~」

 

「そうね。危険度は同等なのだから、近場を選んで周ろうかしら? ・・・でも、どの任務もさほど移動距離は変わらないか?」

 

 これだけの任務を短時間で抽出できる性能は素晴らしいのだが、選択肢があまりにも多くなってしまうのも考え物である。

 

「どれでも良いのだったら、これで決めるのはどうかな?」

 

 タブレットを覗き込む私達3人の後ろからK5の声。

 振り返ると、K5が差し出す手の平には小さな立方体が乗せられていた。

 

「? これは?」

 

「あ、もしかして〝サイコロ〟ですか?」

 

 95式の言葉を聞いても頭に?マークが浮かんだままの私とMDR。

 私はコイツと同レベルかよ、チクショウ。

 

「そう、東洋ではサイコロって呼ばれてるんだよね。MDRの出身では、ダイスっていわれてたかな」

 

 ダイス、と呼ばれる小さな箱をしげしげと眺めてみる。

 白い立方体の六面には丸い窪みが彫られていて、窪みは面によって1~6まで、と違う数だけ

彫られているようだ。

 その様を見て、私はすぐにピンときた。

 MDRはまだ小首を傾げているので、やはり、私の方が優秀な人形という事だ。

 

「なるほどね。この中から6つをピックアップして、そのダイスを振って、出た数字の選択肢に

従うってことか」

 

「そう。これ、昔から占いで使ってたダイスだから、お守り代わりにいつも持ち歩いていたんだ」

 

「占いでも使うものなのですね? 私の出身地では〝すごろく〟というボードゲームでよく使われていたんですよ」

 

「それって、超面白そうだね! 実況生中継したら絶対に数字稼げるって!」

 

 今回は私のリハビリも兼ねた小手調べの任務である。たまには、ちょっとしたレクリエーション感覚で任務をこなすというのも悪くない考えだと私は思えた。

 

「一説によると、古の旅の達人は、ダイスロールで己の旅先を決めていたらしいよ」

 

「なんで? 旅って、自分が行きたい所に行くものじゃないの? 行先を運任せにして楽しいのかしら」

 

「まぁ、一説だから。信じるか信じないかはみんな次第ってことで」

 

 全くもって、頼りにならない一説である。

 

『エーデル小隊の任務はダイスロールによって決める、というルール設定でよろしいでしょうか?』

 

「ん? ええ、それでいいわよ」

 

 突然にウェンズデイからのカットイン。それに、何気なく私は答えを返した。

 

『了解。現状、遂行可能な任務を6つピックアップします』

 

 ディスプレイに表示されていた大量の任務表記が一旦消え、今度は番号が振られた6つの任務が表示される。

 

「どのような任務が選ばれたのですか?」

 

「できれば、近場の任務が良いよね」

 

「やっほ~。今日わたしはエーデル小隊として任務に来てるんだけど、実は、いつもとちょっと違った面白い任務なんだ。今から、それを中継でみんなにも見せるから、ゆっくり楽しんでいってね♪ ルールは簡単。6つの任務の中から次に行く任務を選ぶんだけど、その選択は、ダイスっていう小さな箱を使って・・・」

 

 みんな、それなりに楽しそうにしてくれているというのは、部隊を率いるものとしても気分が良いものである。

 そんな感慨に浸りながら、私もウェンズデイが選んでくれた行先に目を通す。

 

 

 

 第1の選択

 

 

 1 別支部への後方支援任務  輸送ヘリ〝セリーヌ〟 2時間

 

 2 当基地〝コスモス小隊〟と合同戦線  輸送ヘリ〝サーシャ〟 2時間

 

 3 別支部〝Wisky小隊〟と合同戦線  高速ヘリ〝エリーゼ〟 3時間

 

 4 民間人の捜索救助任務  輸送車両〝サリーン〟 3時間

 

 5 軍との協力戦線  輸送車両〝サベージ〟 4時間

 

 6 物資調達任務  徒歩 2時間

 

 

 

 ・・・と、まぁ、こんな感じの選択である。

 ヘリや車両というのは、私たちの基地のものではなく、グリフィンが定期的に運行している乗り合い便の事だ。今の時間からランデブーポイントまで行って間に合う便をちゃんとピックアップしてくれているようである。

 その便の下に書いてある数字は、たぶん、現地到着までの時間ということだろう。

 6番の選択肢以外は、本当にどっこいどっこいな内容の選択肢である。

 

「副官としては、6がちょうど良い任務でしょうか?」

 

「冗談。もう勘は取り戻したから、どれでも来いって感じ」

 

「じゃあ、はじめは誰がダイスを振る?」

 

「私がやりたい私がやりたい! ねえ、私が最初で良いでしょ? ね? ね?」

 

 自慢のケータイカメラを持ったまま、MDRが元気に手を挙げる。

 誰が振ったところで、どの数字が出るかの確率は変わらない。

 やりたいのならどうぞ、という事で私達3人が同意し、ダイスをMDRに渡す。

 

「よ~し、まず一回目の選択! いくぞぉ!」

 

 片手にケータイ、もう片手にダイスを握ったMDRが身構える。

 

「・・・・・・ねえ、このダイスっていうの、どう使うの?」

 

 今更な質問に、K5と95式は苦笑、私は溜息。戦闘は上手く立ち回れるくせに、こういうところは本当にポンコツな奴だ。

 

「ポイって、軽く投げればいいのよ。手の上から零すように地面に落としてもいいわ」

 

「おお、そうなんだね! じゃあ、改めまして~。運命の! お時間デス!」

 

 大袈裟な言いっぷりに次いで、大きくジャンプ。一体、どれだけの勢いでダイスをブン投げるつもりなのか? とヒヤヒヤしたが。

 

「ってい」

 

 予想に反し、高度を低く、優しくダイスを転がした。

 K5のお守りのダイス、というのはちゃんと理解していたようである。

 コロコロ、と石畳の上を数回転がり、ダイスが止まる。

 真上を向いた面には、黒い丸が6つだ。

 

「6! 6は~・・・物資調達! 徒歩2時間! ・・・・・・なんか、地味な行先になっちゃったね」

 

「地味とか言わない。これもちゃんとしたお仕事なんだから」

 

 不謹慎な事を言うMDRを注意はしたものの、私も心境はMDRとあまり変わらない。他支部の部隊と一緒、っていうのは少し楽しそうだと思っていたのは内緒の話である。

 

『このエリアの西側に伸びる旧国道を進み、鉄血が棄てた補給施設を捜索してください。距離は

およそ10キロあまり。到達予想時間は・・・』

 

 ウェンズデイが目的地までのルートを律儀に説明してくれる。何から何まで、本当に過保護な

良くできたAIだ。

 

「オッケー。それじゃあみんな、次の任務が終わって、2回目の選択になったらまた生中継するから、絶対に見逃さないようにね~」

 

「ねえ、MDR。それ今後もずっと続けてたらケータイのバッテリー持たないんじゃないのかな?」

 

「ふふ~ん、抜かりはないよ。こんなこともあろうかと、充電用バッテリーを持ってきてるんだ。配信者として、当然の装備だもんね~!」

 

 楽しそうに話しながら、MDRとK5が先行する。

 

「私達も参りましょう、隊長」

 

「ん、そうね」

 

 タブレットをバッグにしまい、私と95式が後に続く。

 上空は雲一つなく、真っ青な空が広がる。

 ・・・しかし、私達が向かうその先には、岩山のような灰色の雲の塊、積乱雲が浮かんでいる。

 それはまるで、これからの私たちの行方を暗示しているかのように。

 簡単な任務だと、ついお気楽モードに入ってしまっていた私は、そんな警告には微塵たりとも

気づくことは出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 1日目 23:00 正規軍野営地

 

 第4の選択

 

 

 1 別支部〝デルタ32番隊〟の後方支援  徒歩 1時間

 

 2 別支部〝ティアラ小隊〟と合同戦線  夜戦ヘリ〝ナイトヘッド〟 2時間

 

 3 正規軍の後方支援  徒歩 2時間

 

 4 正規軍の戦闘支援  夜戦ヘリ〝ウィザード〟 4時間

 

 5 ここをキャンプ地とする  軍野営地を借りて一泊

 

 6 自前のキャンプ地で夜を明かす  少し離れてキャンプ設営一泊

 

 

 ・・・ダイスで行先を決めるのもなかなか乙なものじゃないかと、そう思っていた時期が私にもありました。

 それはきっと私だけじゃなく、タブレットを覗き込んで青ざめている3人も同じ事だろう。

 

「ちょ、ウソでしょ!? 帰れないの!? それどころか、この選択肢、まだまだ夜戦やらせる気満々じゃん! ・・・まぁ、動画的にはオイシイけどさぁ」

 

「さすがに・・・少し疲れましたね。これはちょっと辛い選択ですよ」

 

 物資調達、別支部の部隊を支援、そして、正規軍の夜間後方支援を終えた私達に突き付けられたのは、かなりリスキーな6つの選択肢であった。

 まだ基地に帰らせてくれないどころか、夜戦継続の選択が4つもある。あわよくば一泊を当てたところで野営という始末だ。

 

「ねえ隊長。これ、まだ続けるの?」

 

 割とどんなことでも平気な顔してやってのけるK5だが、今回ばかりはさすがにウンザリ、というのが顔に現れている。

 

「私ももうウンザリしてきたところよ。ウェンズデイ」

 

『何でしょうか、ネゲヴ隊長?』

 

 こんな無茶な選択肢を出してきておいて、ウェンズデイの声色には悪びれた色も見えない。AIだから仕方ないことだが、ちょっとムカつく。

 

「ダイスロールによる選択はもういいわ。今日は基地に帰りたいから、乗り合い便の手配をしてちょうだい」

 

 私がそう提案したことで、3人の表情に安堵の色が浮かぶ。

 ・・・しかし

 

『その指示を拒否します』

 

 私の言葉をウェンズデイがきっぱりと撥ねのけたのを聞いて、私達、みんな揃ってあっけにとられてしまう。

 

「拒否って・・・それはどういうこと?」

 

『此度の任務は〝ダイスロールによって行先を決める〟というルールが設定されました。物事というのはルール、規則によって管理されています。そのルールを無視するというのは、物事の意義

自体を否定するという重大な冒涜になり』

 

「待った待った! そんなご高説はいいから!」

 

 クドクドと正論を並べ立てるウェンズデイに割って入る。

 

『私は指揮官の代理として皆さんに指示を出しています。私の指示に対し、皆さんが不当な異議

申し立てをするのはお門違いなのでは?』

 

「はぁ!? 何を生意気なこと言ってんのよ!」

 

 ここまでの任務で疲れていたこともあり、今のウェンズデイの言葉で私は完全に頭にキテしまった。いや、きっと普段の状態であっても怒っていたのだろうけど。

 

「もういいわ。みんな、引き上げるわよ」

 

「ひ、引き上げるって・・・帰りの便はどうするのさ?」

 

「軍のネットワークを借りて時間とランデブーポイントを調べる。こんな分からず屋AIに付き合う事なんて無いわ」

 

 さっさと帰り支度を始める私に3人も続く。

 

『勝手な行動はお控えを。私の指示に従ってください』

 

「黙れ。この無能指揮官代理め」

 

 所詮はタブレットにインストールされたAIである。まさに言葉の通り、手も足も出せまい。

 

『無能なのはどちらでしょうか?』

 

 完全に優位に立っていたと思っていた私に、ウェンズデイが平然と言い放つ。

 その言葉に、言い知れぬ迫力を感じ、思わず支度の手を止めてしまう。

 

『これはお願いではありません。〝命令〟なのですよ?』

 

 命令、というフレーズを耳にした途端、私の身体を違和感が苛む。

 まるで、全身に重りでも巻きつけられたかのように、その場から動くことができなくなってしまったのだ。

 

「っ!? これは・・・?」

 

「一体・・・なんなの?」

 

「ちょちょちょ! だ、誰かたすけて~!」

 

 それは私だけではなく、3人ともに同じ現象が現れていた。MDRなんか、姿勢が悪かったせいで顔面から地面に倒れて、イモ虫のように藻掻いている。

 

「ちっ・・・妨害パルスか? そんなもの積んでるなんて、さすが、変人ペルシカが組んだタブレットね」

 

『いいえ、これは指揮官代理としての権限を行使したものです。私にはジャマー機能は搭載されていません。それと、我が主への悪態はお控えください。次はありませんよ?』

 

 指揮官は人形に対しての緊急措置として、絶対権限を有してると聞いたことがある。私の指揮官は強制させる事をすごく嫌う人だし、そもそも、そこまでの分からず屋は基地にいないので、私はまだその効力を目の当たりにしたことがなかった。

 実際に受けてみて分かるこれは文字通り。絶対の権限である。

 

『ダイスロールを継続して下さい。貴方達を強制的に行動させることもできますが、そこまではしたくありませんので』

 

 指揮官代理、という立場を与えられているので仕方ないのだが、どこまでも上から目線なのが

また腹立たしい。

 

「ねえ、隊長。ここは大人しく従うしかないよ」

 

「そうだよ! ひとまず言う事聞いてさ! 早いところアタシを立ち上がらせて!」

 

 K5とMDRからの同意は得た。

 95式に視線を向ければ、小さく頷いて返してくれる。

 ・・・その目に、ある意思が込められていたのを私は逃さない。

 

「分かったわ。ダイスを振るから、フリーズを解除して」

 

『今後は、変な気は起こさぬようお願いします。くれぐれも』

 

 ウェンズデイが私達に釘を刺し、ようやく身体の硬直が解除された。

 一同、大きく安堵の息をつく中、私はポケットにしまってあったダイスを取り出す。

 

「隊長が振るの?」

 

「ええ。5か6、できれば6の方がいいかしらね。軍に頭下げて寝床を貸してもらうのも癪だし」

 

「指揮AIウェンズデイの謀略により旅の続行を余儀なくされた我々は、深夜のダイスロールを

決行する羽目になってしまった。もう今夜は身体を休めたいところだが、一泊の目が出る確率は33%。負けられない戦いが、今、はじまる!」

 

 こんな時にまで実況と、随分余裕なMDRを尻目に手の中でダイスを転がす。

 前述の通り、ここで一泊できる目は3分の1だ。

 かなり頼りない数値ではあるが・・・私にとってはどうでもいい話である。

 手の中で転がした勢いのまま、ダイスを放り出す。

 クルクルと回転しながら落ちていくダイスを固唾を吞んで見守るK5とMDR。

 カツン、とコンクリートの上を撥ね、しばし転がる。そうして、ダイスが上空を仰ぐ面に現れた目は。

 

『6。この野営地から300メートルほど西へ進んだ地点に広場があります。そちらへ移動し、キャンプを設営してください』

 

「うおおぉおぉ! この土壇場で6をひいたよ! 隊長かっけぇぇ!」

 

 歓喜に沸くMDRほどではないが、私自身も驚いている。まさか、ほんとうに6が出るとは・・・人生とは分からないものである。

 次の行先は決まった。それでひとまず良し、と判断したウェンズデイがタブレット画面を

スリープ状態へと戻した・・・そのタイミング。私と95式は瞬時に銃を手に取る。

 鉄血兵の姿を確認した、というわけではない。2つの銃口が向けられる先は、頭の固いAI

ウェンズデイだ。

 先ほど、95式が向けた眼に込められた意味はこの事。油断した所に鉛玉を叩き込み、スクラップにしてやるのだ。

 銃口がタブレットに向き、トリガーに指をかける。銃器のスペシャリストである私達だ、その間は1秒にも満たない。

 ・・・けれども、私も95式も、トリガーに置かれた指を動かすことは叶わなかった。

 

『私が気づいていないと思いましたか、ネゲヴ隊長?』

 

「っ!」

 

「不意打ちもダメですか。恐ろしく優秀なAIですね」

 

 微かに震える2つの銃口を前に、ウェンズデイが淡々とした態度だ。

 タブレット画面はスリープ状態のままだが、しっかりと私達の事は観察しているらしい。

 95式も驚愕している通り、抜け目のないヤツである。K5とMDRなんか、まだ状況を飲み込めていなくて、呆気にとられたままだというのに。

 

『私への攻撃行動に関しては常時制限をかけています。どうか、お忘れなきよう』

 

 それで会話を締めると、私達の拘束が解除された。

 

「申し訳ありません、隊長。まさか、読まれているとは夢にも思わず」

 

「いいのよ。気が付かなかったのは私も同じだから」

 

 こうまで完全に動きを読まれてしまっては、もう悪態をつく気すら起きない。

 行動を完全に掌握されてしまっている以上、大人しく従い続ける他ないだろう。

 ウェンズデイとて、私達に危害を加えようとしてこんな事をしているわけではない。ただ、副官代理という立場に従い、その責務を全うしようとしているだけだ。

 ダイスロールなんていう不確定な要素で行先を決めるのは辛いが、我慢して続けていれば、そのうち帰れる選択を引き当てられるだろう。

 明けない夜など、決してないのだから。

 

「いつまでもここに居たって仕方ない。目的の場所に移動するわよ」

 

 時刻はもう日を跨ごうというところ。気持ちを切り替え、明日の行動に支障がでないよう早いところ身体を休めるとしよう。

 

「あ~、ビックリした。2人とも、いつの間に反撃なんて示し合わせてたの?」

 

「ふふ、これはベテランにしか分からないサインみたいなものです。いつか、貴女にも分かるようになりますよ」

 

 反撃失敗でややヘコみ気味だった95式にさりげなく歩み寄るK5。こうやってフォローを入れてくれる、ナイスプレーである。

 

「傍若無人なAIへの反逆に失敗してしまった我々は、大人しく指示に従い、薄暗い林の中にある野営地を目指す。今はただ、ジッと耐え抜く時である。いつかきっと、我々にも光は訪れる。明けない夜など、この世にはないのだから!」

 

 片や、私の隣ではバカがいつもの調子で実況中。

 これの何がまたこんなに腹立たしいって、今、コイツが言ったのと同じ言葉を私も思っちゃった事である。




お好きな方はすぐに分かったかと思いますが。
はい、サイコロの旅です。北海道の某人気番組でやっていたネタですね。
今回は〝どうでしょうネタ〟を適所に絡めていこうというスタンスなので、終始こんな様子なのはどうかご容赦下さい。
もちろん、当方で考えたネタも頑張ってねじ込んでいきますので、そちらも楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。

それでは、次週の更新もどうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ 3話

朝方はややひんやりしてますが、昼からぶっちぎりで暑くなるらしい今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんのサイコロの旅、お楽しみいただけていますでしょうか?
・・・といっても、まだあまり楽しいシーンも無かったですね。
今回は、ちょっと見栄えの良いシーンもあるので少しは楽しんでもらえるかな? と
そんなわけで、今週もごゆっくりとどうぞ~


 2日目 7:00 大型輸送ヘリ〝フリージア〟

 

 

「飛び交う虫と姿の見えぬ野生動物の遠吠えに見舞われつつ、キャンプ地で夜を明かした我々は、第5の選択へと挑んだ。ここで、帰還という選択が6枠に現れ、意気揚々とダイスを振った私、

MDRが出した目は、しかし、無念の4。ダメ人形! という周囲からの罵声を浴びつつ、輸送

ヘリで別支部との合同戦線へと向かう事になったのである」

 

 と、状況は今MDRが生中継で話した通りの内容でほぼ合っている。

 ダメ人形なんていう悪口を言ったというのは、動画を盛り上げるためのMDRのでっち上げである。・・・まぁ、私を含め、K5も95式も心の中ではそう呟いていたのだろうとは思うが。

 

「ふぁ~あ。私、少し寝てるね。着地アナウンス出たら教えて~」

 

「はいはい。おやすみなさい」

 

 動画の配信を終えるや、MDRは帽子を顔に乗せてお休みモード。2時間の空の旅なので、十分に身体を休められることだろう。

 

「さて、私は他の基地の娘達とお話をしてきますので、しばし席を外しますね」

 

「はいはい。お気をつけて」

 

 私の後ろの席についていた95式は、そう言って機内のお散歩へお出かけ。

 この機体は輸送ヘリの中でも最大級のもので、百人近い数の戦術人形を各地に運んで周っている。人当たりの良い95式は、こういう場で他の基地の見知らぬ娘と交流を深めるのが好きなようだ。

 

「私はここで読書してるから、お気遣いなく」

 

「いちいち言わんでも、見れば分かるわよ」

 

 95式の席の隣にK5。単行本を片手に実に優雅にくつろいでいる。

 昨夜、ウェンズデイの指揮権限によってダイスロールによる行先決定を続けざるを得なくなった私達だが、今はその時のガッカリ感も薄れ、各々、平然とした様子を見せている。

 要因の一つとしては、今朝の選択の際、帰還という選択が含まれていた事が挙げられるだろう。やはりウェンズデイとて、私達を貶めようとしてこんな事をしているわけではない、という確信が持てたので、みんな、少しは前向きに任務を進められるようになったのだ。

 部隊の士気が持ち直してくれて、隊長の私としても一安心。

 さて、目的地までの2時間、私はどう過ごしたものか? と、少し考えて。

 

「・・・・・・」

 

 この席に座ってからずっと気になっていた、通路を挟んで横の席に並んで座っている2人に目が行ってしまう。

 

「あら? ファッションカタログだなんて。質素な生活を好むファマスさんにしては珍しいものを読んでいますのね?」

 

 親し気な様子で雑誌を覗き込むのは、当基地でもおなじみお嬢様口調なタボール。

 

「これは私に関してのものではないので。指揮官殿のお誕生日が近いでしょう? ですから、何か贈り物を選びたいなと」

 

 大袈裟ににじり寄ってきているタボールなど慣れっこなのか、特に気にした風もなく答えを返すのはファマス。

 うちの基地の2人であれば、あり得ないだろうやり取りが展開されていて、私はもう興味に堪えなかったのである。

 

「あら、まだ決めていなかったんですの? 私は、目一杯おめかしして、指揮官様をパーティーにお誘いしようと考えていますのよ。よろしければファマスさんもご一緒しませんこと?」

 

「しかし・・・私なんかが着飾ったところで、タボール達の中では完全に浮いてしまうのではないでしょうか?」

 

「何をおっしゃいますの。何度も言ってますが、ファマスさんは自分の容姿に自信がなさすぎですわ。この! ボンレスハムのようにムチムチの太ももで! 指揮官様を虜にしてやるがいいのですわ!」

 

 ペチペチ、とファマスの足をひっぱたきながらタボールが言い放つ。

 普段の装いからは分かりづらいが、タボールの言う通りファマスの太腿って実は太い。太いというと少し語弊があるか。人間から見れば、煽情的に見えるだろうという意味での言葉だ。

 人形ラブなうちの指揮官も、そんな太腿を褒め称えていたが、ファマス本人は恥ずかしくてたまらないらしく、指摘される度に涙目になっていた。

 

「・・・最近、気になって仕方がない事がありまして。人形は千メートル級の高度から落ちた時、どれだけのダメージを負うのか、というテーマなのですが。この命題の答えを導くのに、ひとつ

協力していただけませんか?」

 

「ご、ごめんなさい、申し訳ございませんでした。先ほどの暴言は訂正いたしますわ。ですから、肩を掴むその手をお放し下さいませ」

 

 だというのに、このファマスは実に堂々としたものだ。見たところ、練度はMAXな状態なのだろう。同じ型の戦術人形とはとてもとても思えない。

 ・・・などと、2人の観察につい夢中になってしまっていた私なので。

 

「じ~~~~~っ」

 

 私の視線に勘付き、カウンターを放っているタボールに気づくのが遅れてしまった。

 これがステルス任務だったら死んでたな。

 

「えっと、貴女はうちのネゲヴ・・・ではないですよね?」

 

「違いますわよ。左手を見てみなさいな」

 

「ああ、確かにそのようです」

 

 私の左手を一瞥してファマスが納得した様子を浮かべる。

 誓約の証を持っているから別支部のネゲヴだ、ということか。

 指揮官のハートも射止められないなんて、情けない私も居たものだ。

 

「ごめんなさいね。うちの基地に居る貴方達とはずいぶんと違う様子だったものだから、つい眺めちゃったの」

 

「なるほど。他基地の部隊に出会うと、そう思う事はよくありますよね」

 

「こうしてお話しするのも、きっと何かの縁ですわ。よろしければ、貴女の基地の私とファマス

さんの様子、詳しく教えていただけません事?」

 

 隠すような事ではあるまいし、暇を持て余していた身だ。私は、自分の基地にいるファマスと

タボールの様子を話してあげた。

 2人とも、興味津々で話を聞いてくれているのが実に気分が良い。

 

「まぁまぁ! 私の横に居る可愛げのない頑固者のファマスさんとは大違いですわ! ぜひとも、お会いしてみたいものです」

 

「ええ、私も今横に居るのよりも輪をかけて高慢ちきなタボールにお灸を据えてやりたいものです」

 

 そうして、再び言い合いを始める2人を見て、知らず笑みが零れてしまう。

 実際に目の当たりにしなくたって分かる。この2人が組めば、どれだけ多勢の鉄血部隊だとしても余裕で倒して退けるのだろう。

 

「考えてみれば1年くらいしか経っていない事なのですが、とても懐かしい気がする話ですね」

 

「? 貴女にも、そんな時期があったって事?」

 

 そう言葉にして聞いて、当然の事かと思い至る。

 IOPの製造ラインから出てきた私達、戦術人形は戦闘能力も性格も、あらゆる点において些細な違いすらも存在しない。その差が出るのは、私たちが稼働を始めてから。私達を扱う人間によって、私達には違いが現れるのだ。

 

「私は、今の基地の稼働初期に配属されました。その当時は苦労しましたが、指揮官殿の的確な

ご指導で、ここまで育てていただいたのです。タボールと会ったのは、しばらくしてからの事でしたかね」

 

「ええ。小生意気にも、最新型の私とタメを張るくらいの実力でしたものね」

 

 なるほど。うちと違い、この2人がこれだけ上手くいっている理由が少しわかった。出会った時から、2人の実力差はそれほど大きくなかったのだ。だから、初めからタボールはファマスの事を認めて、お互いに研鑽を積みながら、こうして仲良くやってこれたということだ。

 

「きっと、そちらにいる私は副官である貴女に迷惑をかけている事でしょう。ご面倒とは思いますが、もう少しだけ耐えて付き合ってあげて下さい。そうすれば、少なからず役に立つようにはなるはずですから」

 

 そんなのは言われるまでもない事だ。今、上手くいってないからといって簡単に見限るなんて、副官として、否、共に戦う仲間として最低の行為だと私は思う。

 戦闘のスペシャリストは、育成に関しても特別なのだという事を証明してやろうじゃないか。

 

「ええ、約束するわ。ところで、貴女達はどこで任務に就くのかしら? チームは2人だけ?」

 

「防衛線Cラインで降りる予定ですわ。チームは私達ともう1人いて・・・」

 

 タボールが丁寧に答えてくれていた・・・その最中だった。

 

「タボ~ル~! ファマス~! 助けてぇ~!」

 

 会話をカットインするように、情けない呼び声が響いてきた。

 私には耳慣れない声。うちの基地にはいない娘のものだ。

 

「97式さん? な、なんか随分と慌てているようですわね」

 

 タボールの視線に釣られ、機内通路の先へ目を移すと、黒い艶やかなツインテールを揺らしながらこちらへと駆け寄ってくる少女の姿。

 97式といえば、95式の妹分にあたるアサルトの戦術人形だ。以前、別基地の97式と出会った時の事を思い出した。

 

「そんなに慌ててどうしたのですか、97式?」

 

 席を立ちあがったファマスに駆け寄るや、走ってきた勢いのまま97式はファマスの背後へと

回り込み身体にしがみついた。

 

「お、おおおお姉ちゃんが・・・お姉ちゃんがぁ~~」

 

「お姉さま? 95式さんがどうかしましたの?」

 

 咄嗟に、嫌な予感が過る私。かくして、97式の後に続くように姿を現した95式を見て、私は大きくため息をついた。

 

「97式、どうして逃げるの? お姉ちゃんは何も怖い事はしないわ。だから、その人から離れて、お姉ちゃんのところへいらっしゃい?」

 

 ファマスを盾にした97式にゆっくりと、一歩ずつ近づいていく95式。

 その瞳には、いつもの朗らかで、それでいて、真意を見通すかのような澄んだ彩は無く、霞でもかかっているかのように濁り、なんだか、ハートマークが浮いているかのようにすらも見える。

 

 こんな病的なヤツはうちの95式ではない、と言いたいところだが、このヘリに乗っている

95式は1人だけなので、間違いなくうちの95式です。はい。

 

「あの95式は、私の知っている方とは、なんだか様子が違うというかなんというか。また、何をしでかしたのですか、貴女は」

 

「な、なにもしてないよ! お姉ちゃんが話しかけてきたから、世間話してただけ。そしたら、段々とわけわかんない事言い出して、怖い感じになってきたんだよ。あのお姉ちゃん、ネゲヴさんとこのお姉ちゃんでしょ? どうなってんの?」

 

「あ~・・・実は、うちの基地ってまだ貴女、97式がいないのよ。んで、95式ってば、とても妹思いな娘でしょ? 待ちに待っているうちに、その想いが膨らみすぎてちょっと病んじゃったっていうか。97式絡みの話になると、あんな感じになっちゃうのよね」

 

「あらまぁ! 〝想い〟が募りすぎて〝重い〟感じになってしまったのですわね」

 

 タボールには私の代わりにファマスが肘打ちを叩き込んでくれたので良しとして、目の前の問題に向き合うとする。

 

「あぁ、97式。私のカワイイ妹。こちらにおいで。かわいいかわいいかわいいカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイ97式」

 

 ぶつぶつと呪いのように呟きながら通路を進む95式の異様さに、席に座っている他の娘達が

訝し気な視線を送っている。

 ヤバい。早急になんとかしないと、このままでは私はもちろん、私の基地の評判にまで影響が出かねない状況である。

 

「確かに、95式お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだけど・・・貴女は、別の基地のお姉ちゃんでしょ? 私のお姉ちゃんは貴女じゃなくて別にいるもん」

 

 97式の言葉を聞いて、95式の足が止まる。

 病みをたっぷりと称えた笑顔が解けるように消え、代わりに悲哀の彩へと染まる。

 97式の気持ちも分からなくはないが、強烈なダメ押しを放ってくれたことで、私はいよいよ頭が痛くなってきた。

 

「妹思いというのは良い事ですが、嫌がっている相手に無理やり迫るというのは関心できませんね。申し訳ありませんが、一旦引き下がって、落ち着いてから出直していただけますか?」

 

 97式の言い方にフォローを入れたつもりなのだろうファマスだが、それは、今の95式に対しては完全に逆効果である。

 

「・・・・・・貴女は97式のなんなんです? 私達、姉妹の会話に首を突っ込まないでもらえますか?」

 

 悲しみに満ちたオーラが渦巻き、逆巻き、95式の身体を覆いつくす。

 

「ああ、そういう事ですか。貴女のせいね? 貴女が97式をたぶらかしたから、97式は私を

お姉ちゃんじゃないだなんていう世迷い言を言い始めたのね。この、意地汚い女狐」

 

 今にも、ファマスに襲い掛からんと鎌首をもたげるその様は、さながら、遥か昔の神話に出てきた、メデューサの髪か。

 

「完全にロックオンされてしまいましたわね。ご愁傷様ですわ~」

 

「そう言うだけで、手を貸そうという気は無いのですか?」

 

「違う基地の方とはいえ、あの95式さんが相手では私の手に負えなくってよ」

 

 タボールの考えは正しい。95式は銃器戦闘はもちろん、近接格闘でも当基地随一の強者である。銃器を使えないヘリの中、となればまさに彼女の独壇場だろう。

 

「もういいから引っ込んでなさい、ファマス。うちの隊員の面倒は隊長の私が見るのが筋ってものよ」

 

 痛い思いをするのは嫌だが、仕方がない。別基地のファマスに任せっぱなしだったとなれば、

後で体裁が悪くなるだけだろうし、これは、隊長としての責任だ。

 

「いえ、もう見逃してくれるようなつもりはなさそうですから。できるだけダメージは抑えるつもりですが、行き過ぎた場合はご容赦を」

 

 言って、ファマスは片足を前に出し、半身気味に構える。

 その様子を見て取るや、機内に居た別の人形達が一斉に歓声を上げた。

 

 〝いいぞ~! やれやれ~!〟だの〝ファマスに50ね。そっちは? 95式に150。はい、他の娘は~?〟だのと、実に節操のない奴らのおかげで、機内は一気にお祭りモードである。

 ドン引きされたままの空気よりは、まあ、いいかな?

 

「私の・・・ワタシの97式を返せぇえぇえぇぇ~~~!」

 

 床を一蹴り、先手をとったのは95式。まるで、獲物に飛び掛かる獣のようなそのやり口は、実に彼女らしくない。それだけ病んでいるということなのだろう。

 ここは輸送ヘリの機内である。2人が立っている通路なんて、人が1人通って少し余裕があるくらいのものだ。

 そんな、狭いフィールドでファマスは先手を取られた。私だったら、たぶん、負傷覚悟で揉み合いになるだろう。

 喉元を噛み切らんと迫る95式。

 その手が届く直前、ファマスが身体を横に逸らした。瞬きをする間、まさに一瞬の早業だ。

 

「ふっ!」

 

 直後、強く短い息と共に、ファマスが左膝を蹴り上げた。

 真横を通過中だった95式の無防備な腹部をファマスの膝が穿ち、鈍い音をあげる。

 蹴り上げの力に飛び掛かってきた勢いがカウンターで乗っかり、空中でくの字に折れ曲がる

95式の身体。

 私も含め、ギャラリー揃って顔をしかめる。超痛そうだ。

 

「ぅぐっ! げほっ・・・」

 

 ダウン必至と思われた一撃だが、しかし、撃墜された95式は床に四つん這いになって堪えた。

 そこに、ファマスの手刀が振り下ろされる。

 神経回路が集中する後ろ首に叩き込まれた衝撃で、95式の意識は今度こそシャットダウン。

力なく床に倒れこんだ。

 95式が仕掛け、ダウンするまでの間は3秒足らず。誰もが予想外だっただろう結末に、機内はしばし、ローターの音だけが響き渡る。

 これが戦術人形ファマス、練度MAXの姿か。

 

「皆様~、いつまでも黙っていないで、ファマスさんの華麗な戦いに拍手ですわ。はい、パチパチパチ~」

 

 煽るような口調でタボールが言うと、それにつられて周囲から拍手と歓声が上がり始める。

 

「ちょっと、タボール。さすがに恥ずかしいのですが・・・」

 

「何をおっしゃいますの。素晴らしい手際には、それに見合った賞賛を送って然るべきでしてよ」

 

 そう言われてしまっては何も言い返すことが出来ないファマス。傍から見ていて、ちょっと羨ましいくらいに仲良しコンビである。

 

「本当に助かったよ~。ありがとう、ファマス」

 

「仲間ですので、当然のことですよ。というか、貴女の腕前ならば、私が出る幕も無かったのではないですか?」

 

「そりゃあまぁ、そうだけどさ。違う基地のお姉ちゃんとはいえ、お姉ちゃんを殴ったりするのは嫌だったから・・・」

 

「そういう事でしたか。姉妹思いなのは、お互い様という事みたいですね」

 

 言って、ファマスは97式の頭をなでなで。その様子を傍で羨まし気に見ているタボールの様子がちょっと面白い。

 と、傍観するのはここまでだ。問題を起こした部隊員のチーフとして、やる事はちゃんとやっておかなければならない。

 

「うちの隊員のトラブルを解決してくれたこと、感謝するわ。ありがとう」

 

「いいえ、こちらの部隊員も絡む事でしたから。本当は一撃で仕留めるつもりだったのですが、

流石は95式ですね。ヒットポイントを外されてしまったので、追撃が必要になってしまいました。ダメージが後を引かなければ良いのですが」

 

「心配しなくていいわ。この程度でどうこうなるほどヤワな鍛え方してないから」

 

 ファマスに感謝の意を送ったところで次のお仕事だ。

 私の横でスヤスヤと眠りこけているおバカの帽子をはたき落としてやる。

 

「んぁ? ・・・も~、気持ちよく寝てるのに、何すんのさぁ~」

 

 強引に起こされ、ふてくされたようすのMDR。さりげなく、口元の涎を袖で拭ったのを私は

見逃さなかった。

 

「呑気に寝てないで、ほら、95式を席に戻すの手伝いなさい」

 

「は? 95式? ・・・な、なんで通路に倒れてるの? もしかして、私が寝てる間に何か面白い事があったんでしょ? 絶対そうだ! そうに決まってる! そういうときは真っ先に声かけてっていつも言ってるじゃんかぁ!」

 

「うるさい、ごちゃごちゃ言うな、黙れ。分かったら腕を持ちなさい。私は足を持つから」

 

「うぅ~、パワハラだぁ~」

 

 文句を言いつつも、ちゃんと動いてくれるMDRと協力して95式を席に戻す。

 

「ファマス、すごい手際だったね。ちょっとビックリしちゃった」

 

 本を片手に、K5は他人事のようにのたまう。

 ホント、仲間思いの方々が揃った部隊だこと。

 

「そこまで見てて、黙って何もしないとか。良い根性してるじゃない」

 

「だって、あんなに強そうなファマスが出てくれたんだもの。これも、運命の導きかなって思ってさ」

 

 運命ね。

 K5が好んで用いる言葉だが。その運命とやらのおかげで、私たちは昨日からずっと任務に出され続けているわけで。私としては、どうにも歓迎しづらい言葉である。




当方の作品を読んでいただいている方には毎度おなじみ、別支部のファマスとタボールコンビ
ですね。
なんかこの2人が絡むとネタが思い浮かびやすいというか。個人的に相性がいいキャラなんでしょうかね。
いつか、別支部との合同作戦を描いてみるのもいいかな~、なんて。

それでは、まだまだ続くネゲヴちゃんの旅、次週もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ  4話

暑い日が続くかと思えば雨が降ったり、忙しい天気で気が滅入る今日この頃。みなさまいかが
お過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

今作、サイコロの旅も早々に折り返しに差し掛かりました。お楽しみいただけていれば幸いですが、いかんせん、某番組のパクリネタですので・・・
ともあれ、今週もごゆっくりとどうぞ~


 2日目 11:00 防衛線Dライン 制圧区

 

 

「じゃあ、いくよ・・・」

 

 真剣味を帯びたK5の言葉に、私達3人とも揃って固唾を呑む。

 姿勢を低く、ボールを転がすような姿勢で放ったサイコロは、砂利の上を不規則に転がり、すぐにその動きを止めた。

 もう、お腹の辺りがキリキリと痛くなりそうな緊張の瞬間。上空を向いた面に記された目は6。此度の6枠に振られた選択肢とは・・・

 

「~~~~~~! マジかぁ~~~」

 

「はぁ~・・・こればかりは仕方ありませんね・・・」

 

「これぞまさに運命のイタズラというものか! サイコロの神は依然として我々に試練を与え続けるのだった!」

 

 私たちの感想を聞いてもらえればお判りの事だろう。

 参考までに、1と2が基地へ帰還の選択肢で、3~6が別任務へGO! である。

 

「ご、ごめんなさい・・・・・・せっかくのチャンスだったのに」

 

 今までは、サイコロで変な目を出しても平然としていたK5だったが、今回は帰還のチャンスだっただけに、流石にヘコんでいる様子。そんな彼女を、どうして責めることができようか。

 下手な慰めは逆効果だ。K5の肩をぽんぽんと叩いて、この話は終了としておく。

 

『ランデブーポイントは西側の旧幹線道路を1キロ進んだ地点です。30分以内に移動をお願いします』

 

 もう、ウェンズデイに答えを返す気も起きない。初めは物珍しさもあって、みんな興味津々だったが、随分な変わりようである。

 いそいそと荷物を纏め、指定の位置へ移動を開始する。

 

「隊長、もう、指揮官様に連絡をとってどうにかしてもらった方がいいのではないですか?」

 

 歩み寄ってきた95式がひっそりと声をかけてくる。バレたら何をされるかわからないので、ウェンズデイには聞かれないよう気を付けて、である。

 

「いや、指揮官に頼るのは本当にどうしようもなくなった時の最終手段よ。みんなには悪いけど、そうしないと実地試験の意味がない」

 

 というのは建前で、この問題はなんとしてでも自力で解決したいというのが本心だ。それも穏便に、ひっそりと。

 前回の任務で大トラブルをやらかしている私だ。スペシャリストを名乗る者として立て続けの

失態はあり得ない。

 

「そう・・・ですか。まぁ、指揮官様の出張が終わるのは明日ですから、それまでは頑張るべきかもしれませんね。っ痛・・・」

 

 首の後ろをさすりながら、95式が苦い表情を浮かべる。97式の絡みで病んだ機内での事は、都合良く彼女の記憶から消え去っているので、首が痛いのは機内で寝違えたのが原因だとずっと

思い込み続けることだろう。

 

「はぁ~~あ。サイコロ振って移動して戦って、サイコロ振って移動して戦っての繰り返しってのも飽きてきたなぁ。動画的に。そろそろ、なんか面白い展開にでもなってくんないかな~」

 

「もう、そういう不運を呼ぶようなこと言わないでよ」

 

 不穏な事を呟くMDRに、K5がちょっとビビりながら答える。変な目を出したばかりだからって、少し気にしすぎである。

 

『エーデル小隊の皆様、止まってください』

 

 最中、突然にウェンズデイが発した声を聞いて、私達4人ビクリとして足を止める。

 なんだか、みんなでウェンズデイに対してビビっているみたいで少し悔しい。

 

「な、何さ? 私、何も悪い事言ったりしてないよ?」

 

『搭乗予定の便が運航停止になったようです』

 

 変なことを言うから・・・という抗議の目をK5から向けられるMDR。言った傍から、という状況に私もちょっとビックリだ。

 

「じゃあ、次の便に乗る? それなら、少しゆっくり行ってもいいわよね」

 

『目的地までの航路が危険区域になったようですので、ヘリは全便欠航になります』

 

「それでは、行先を再選択ということになるのでしょうか?」

 

『いいえ。目的地までの移動方法を再選しましたので、ご安心を』

 

 再抽選ということになれば、もしかしたらすぐに帰還できるかもしれなかったのだが、上手くいかないものである。

 

『当防衛ライン制圧区の南端。マップに記した地点へ移動してください』

 

 タブレットに表示されたマップに赤点が記される。

 

「この場所は確か・・・」

 

「? 何がある場所なのさ?」

 

「私も分からないよ。こんな場所、来た事ないもの」

 

 私とて、グリフィン支部の副官を務める人形である。自分のとこの施設は大体把握している。

 

「空がダメなら地上から、ってことね」

 

 

 

 

 

 

 2日目 13:00 防衛線Dライン外縁 旧ハイウェイ

 

 

『どうどう? 私たちの雄姿、ちゃんと撮れてる?』

 

 無線機の向こうから聞こえるのはMDRの声。つい数時間前までとは打って変わりご機嫌な様子なのが良く分かる。

 

「うん、平気だよ。ちゃんと2台ともファインダーに収まってるから」

 

 自分のすぐ手前、ダッシュボードに設置したMDR自慢のケータイを確認して、K5が答える。

 チラリと見やれば、ケータイのディスプレイには私たちの前を走る2台の後ろ姿がキッチリと

収まっている。

 

『はしゃぐのはいいですが、もう少し運転に集中してくださいね。私たち、つい先ほど運転を覚えたばかりなのですから』

 

「そうよ。事故ったら痛い目をみるのは自分なんだから、気を付けなさいね」

 

『大丈夫だって! 初めは操作に戸惑ったけど、慣れたら超面白いんだもの! 動画的にも絶対に

良い画になってるだろうし、もう最高!』

 

 95式と一緒にクギを刺しておくが、一旦、調子に乗ったMDRはもう動かざることなんとやらだ。

 ・・・と、ここで現状を説明しておくとしよう。

 私達、エーデル小隊はサイコロで選んだ目的地に向けて、大昔には栄華を誇っていたらしい

ハイウェイ、93号線を突き進んでいる。距離は長いが、この道を進んでいけば、目的地のすぐ傍に辿り着くようである。

 そして、気になる移動手段。95式とMDRはモーターサイクルと呼ぶ、エンジン付きの2輪車に乗り、その後ろに私とK5が乗る、2シートのスポーツトラックが付いて走る、という構図だ。

 ウェンズデイが地図に記した場所は、グリフィンが管理するレンタルビークルの中継点である。

 乗り合い便という移動手段も便利なものだが、緊急を要する事態で、便を待っていられない状況も出てくる。そう言った時に、様々な乗り物を集めておき、必要な時に利用できるレンタルビークルが重宝されるのである。

 

『それにしても、モーターサイクルというのは心地よいものですね。身体で風を感じることで、

気分が晴れやかになるようです』

 

『お~! そういうナチュラルな感想、実況にはとっても大事な要素の一つだよ。適時挟んでいこうね~』

 

 なぜ前の2人だけモーターサイクルなのかというと、間の悪い事に4人以上乗れる乗り物が全て出払ってしまっていたのである。

 前々から興味があったという事だったので、95式は見るからに攻撃的なフォルムのスポーツ

タイプに。MDRはゆったりとした乗り味のスクータータイプに乗ってもらったのだ。

 

「それにしても、隊長が車両の運転できるなんて少し意外だね」

 

「失礼な言い方ね。私はただ戦闘に特化しただけのスペシャリストじゃあないんだから。しっかりと覚えておきなさいね」

 

 うちの基地で車両運転技術を習得している娘は少ない。大抵は、自分の趣味で覚えるようなものだが、私は指揮官とお出かけする際、車両を運転する指揮官に色々と教えてもらっていたのだ。

 その時に話していた、どこで何が役に立つか分からない、という言葉を地で行くのが、今まさにこの状況である。

 

『あら? この先、道が狭くて急な曲がりのようですね』

 

『ここって、ハイウェイだったんでしょ? なんでそんな風になってるのさ?』

 

 先陣をきっている2台が速度を落としたので、続く私もアクセルから足を離してスピードを落とす。

 

「ハイウェイとはいっても、もう随分と昔の話だからね。破損したり、手を加えられているエリアもあるだろうから注意して走りなさい」

 

 どこまでもまっすぐに伸びているように思えた道が、95式の言った通り、突如として急な

カーブになっているのが遠目に確認できた。

 恐らく、過去の戦闘で破損したエリアのバイパスなのだろう、明らかに後から付け足したようなツギハギ路だ。2輪のモーターサイクルは今までみたいに呑気に走ってはいられない。

 

『おわぁ!? こんな急カーブの連続、転ばないで走れるのかな?』

 

『急カーブの場合は、車体を傾けるようにすると綺麗に曲がれるって教えてもらいましたね。・・・こうかしら?』

 

 95式が車体を傾け、カーブに突入する。

 〝ハングオン〟と呼ばれる技術だったか。カーブで発生する遠心力に対抗するための技術なのだそうだが、もう、転倒しないのが不思議なくらい地面スレスレでカーブを走り抜ける95式の姿は滅茶苦茶サマになっている。

 

『ふぅ~・・・少し怖かったですけど、上手くいったでしょうか?』

 

『すげぇ~! かっけぇ~! 私もやってみよ! 隊長、次のカーブは私もビシッと決めるから、カメラでしっかりと抑えておいてよね!』

 

「や、やるのはいいけど、2人とも本当に気を付けて走ってよね」

 

 楽しそうなのは何よりだが、後ろから見ているこっちは危なっかしくて気が気じゃない。

 

「いいんじゃないかな、放っておけば。転んだら痛い目をみるのは自分たちなんだし自業自得だよ」

 

「そうなんだけど、そうでもない事情ってのもあるのよ」

 

 派手に転ばれでもしたら2人のケガはもちろんだが、借りているモーターサイクルが破損した場合の弁償もうちの基地で負担しなければならないのだ。

 見た目にもなんだかボロ臭いMDRのスクーターだったらまだしも、95式が乗るスポーツ

バイクなんか、色々と部品を弄っているみたいで綺麗なので、どれだけの修理代を請求されるか

分かったものではない。

 非戦闘区域だというのに、これだけヒヤヒヤさせられることになるとは思ってもみなかった。

 とか考えている間に、次のカーブがやってきた。ここからは、さっきよりも急なカーブが幾つも連続する難所である。

 すでにコツを掴んだのだろう、95式が鮮やかなラインで先頭をきる。

 

『よ~し、いくぞぉ! ていっ!』

 

 気合一閃、MDRが95式に続く。

 

『~~~っとぉ! 怖かったぁ~。でも、会心の走り! どうどう? 今のは良い画になってたんじゃないかな?』

 

「ん? ん~・・・そうねぇ。まぁ・・・うん」

 

 ・・・頑張って車体を傾け、カーブを抜けるその努力は認めたい。しかし、どうしたってずんぐりな形のスクーターでは傾ける角度に限界があるので、大して傾いているようには見えないのである。

 95式のスポーツタイプは、まるで獣の咆哮のようなシビれるエンジン音を奏でているが、

MDRのは、なんだか植え込みをカットするトリマーみたいな情けない音を挙げているのも、迫力が足りない原因だろう。

 

『なんかテンション上がってきた~! どけどけぃ! 最強ブルパップコンビのお通りだ~!』

 

 そうしてまた調子に乗ってくるMDR。こうなると、しばらくウザいのが続いてこちらとしてはちょっとしたストレスなのである。

 

「そうだね~、ブルパップって有能な機構だものね~。おまけに、ブルパップって〝ブルドックのお尻〟なんていう可愛らしい語源が付いているくらいだしね~」

 

 そこへ、なにやら含みのある言い方でカットインを挟むK5。その内容を耳にして、思わず吹き出してしまう私。

 

「あははははは! ブルパップってそんな語源があったなんて、知らなかったわ。そんじゃあ

アンタ達、今日からチーム〝犬のケツ〟ね!」

 

 私の言葉を聞いて、無線の向こうの2人が急に押し黙る。

 なんだか、さっきまでよりも走りのキレも無くなってきたような、そんな雰囲気にも見えてきたりして。

 

「ほらほら、さっきのテンションはどうしたの? 頑張って走りなさい、犬のケツ」

 

『・・・やっぱり落ち着いてさ、吹きすさぶ風を楽しみながら走るのも良いと思うんだ。動画的にさ』

 

『そう・・・ですね。ここからは安全運転を心がけますので、どうかその呼び方だけはご容赦をいただけないでしょうか?』

 

 深く反省した様子の2人を確認して、一旦、無線をオフラインにする。

 

「今の、2人の当てつけで言ってやったんでしょ?」

 

「だって、MDRってば調子に乗るとブルパップブルパップってウルサイんだもの。でも、

ブルパップの語源に関しては本当の事みたいだよ。一説によれば、だけど」

 

「なかなかやるじゃない」

 

 2人、ハイタッチを交わす。

 さりげなく姑息で頭の回転が良いK5を私は気に入っている。今まではその機会に恵まれなかったが、いつか、戦闘がメインの任務でも彼女と一緒になりたいものだ。

 

『・・・・・・しかし、やっぱりツマラナイんだよなぁ~。大人しく走ってるばかりだとさぁ、

視聴者も飽きちゃうと思うんだよ』

 

 連続カーブを抜け、静かに走っていたかと思えば、またもMDRがそんな事を呟きはじめた。

コイツの辞書には自重という言葉は無いらしい。

 

『安全に走りきるというのが一番大事なのですから。これ以上の我儘はいけませんよMDR』

 

『それは分かってるんだけどさ。なんかこう、安全かつ盛り上がるような何かがあればって

・・・・・・おっ!?』

 

 いいもの見っけた! みたいなリアクションをみせるMDRに私とK5は咄嗟に顔をしかめる。もう後続車両組は良いシンクロ率なのである。

 

『隊長、ちょっと止まってもいいかな』

 

「何で? 理由は?」

 

『少しくらい休憩させてくれたっていいじゃんか。私たちは風と匂いとキケンを感じながら走ってるんだから、疲労だってそっちと段違いなんだよ~』

 

『MDRが何を考えているのかは分かりませんが、私も休憩をさせてもらいたいです。なれない

運転ですので、ちょっと疲れが』

 

 MDRが何かを企んでいるのは間違いないが、95式にまでそう言われてしまっては仕方がない。慣れない運転で疲れるという気持ちは私も良く分かる。

 

「わかった。でも、休憩できるような施設は何もないけど、いいの?」

 

「へーきへーき。そっちの荷台に座って休みからさ」

 

 ウィンカーを点けて、道路端に寄る2台に私も車両を続けて寄せた。

 本当に何もない、しいて挙げるのなら戦闘の後に置き去られた人形の残骸が転がっているくらいだろうか。そんな荒野のど真ん中のような場所で、しばしの休憩と相成ったのである。

 

 ~30分後~

 

「ねえ、どこまで行くのよ人形屋?」

 

 休憩を終え、再び走り始めた私達。

 前を走る、さっきまでとは雰囲気がガラリと変わったヤツに向けて声をかける。

 

『いやぁ、この先で頭を吹っ飛ばされたトロちゃんから注文が入ってさ。今、頭をお届けに行く

最中なんだよねぇ』

 

 わざとらしく答えるMDRの荷台には、トロちゃんこと鉄血エリート人形のデストロイヤーの

頭部が乗せられている。

 休憩の最中、そこらに落ちていた人形の残骸の中からMDRが見つけてきた逸品。本当に、首だけをバッサリと切り落とされたかのように、傷がほとんどない綺麗な頭部パーツである落ちないようロープでぐるぐる巻きにされ、チャームポイントのツインテールをバサバサと靡かせながら疾走するその様は、何とも言い難い。

 

『これなら安全運転かつ視聴者に対してもインパクト抜群! 隊長たちも文句ないでしょう?』

 

「文句ないどころか、さっき以上に迷惑極まりない状況だけどね。私達からすれば」

 

「まったく、K5の言う通り通りよね」

 

 荷台に積んでいる奴には分からないだろうが、目と口が半開きの生首をずっと視界に納めていなればいけない私達は、正気度が毎秒削られていく思いなのである。

 またもやMDRが調子に乗り始めてしまったことで、頭が痛くなってきてしまう私。

 

『95式もお揃いで積んでくれればもっとインパクトあったんだけどな~。荷台が無いなら背中に背負うとかさ』

 

『いやいや、流石に鉄血の残骸を背負うのは勘弁していただきたいというか・・・』

 

 救いは95式が常識人だったという事か。2つ並んだ生首を今後数時間も見せられ続けたら、

私もK5も正常なメンタルを保っていられる保証はないだろう。

 

『その頭、それなりの重量があるでしょう? 運転は辛くないのですか?』

 

『ん~、まぁ、かなり重量バランスが後ろに寄ってるからね。でも、転んだりするようなほどじゃあないから安心してよ』

 

 危ないって分かってて続けようとするんだから、もう私からは何も言う事は無い。

 動画の取れ高に満足してご機嫌のMDRに悩まされながらも、すでに行程の半分を過ぎ、目的地に向けて順調に進んでいく私達。

 だが、このまま、私達2人が鉄血の生首を我慢しながら走り続ければ万事上手くいくのかといえば、そんなことは無い。

 トラブルというのは、なんの前触れもなくやってくるからトラブルなのだ。

 

『あら? あれは・・・?』

 

『なになに? 今度はどんな面白いもの見つけたの?』

 

 何かに気づいた2台がスピードを落とす。それにあわせて私もスピードを落とし、やがて、

ハイウェイ上に珍しいモノが姿を現した。

 

『あれって、信号機だっけ? 車両を通したり止めたりするやつ』

 

『そうですね。本来は市街地の交通網を整理する為のモノのはず。ちゃんと稼働しているようですが、なぜこんなところにあるのでしょう?』

 

 ハイウェイ上、私たちの行く手を阻むかのように置かれているのは、縦に並んだ、緑黄赤3つのレンズ。指揮官とのお出かけの時に何度か見たことがあるものに近い信号機である。

 ただ、私が知っているのは頭上に釣り下がっているものだったので、これとはちょっと装いが

違う。なんか、信号機の横にカウントダウンタイマーなんか付いてるし。

 

「この先、誰かがハイウェイを補修しているんじゃないかな? 片方の車線しか通れないから、

上手く行き違いができるように整理してるんだよ」

 

「確かに、信号機の向こう側、盛大に崩れてるわね」

 

 グリフィンなのか、他の誰かさんなのかはわからないが、こんな通りの少ない道路をわざわざ

直してくれるなんて、ご苦労なことである。

 赤信号を前にキッチリと止まって待つ車両が3台。カウントダウンは秒毎に進んでいき、残り

30をきったところである。

 

『私、良い事思いついちゃった! この信号の合図で、どっちが早くスタートできるか勝負しようよ』

 

『勝負ですか? 私の方がスピードも加速もありますから、試すまでもないと思うのですけど・・・』

 

『あ~あ、またそんな事を言ってくれちゃって。そういう風に勝ち誇ってる相手をグウの音も出ないくらい叩きのめすのがまたオイシイんだよ、これが』

 

 もう、自分で面白いと思い込んだらMDRは止まらない。

 ・・・その好奇心が、あんな悲劇を招くのだと。この時、私を含めた誰もが知る由もなかった。

 

『もう・・・大人しくしなさいって、隊長からも言ってやってください』

 

「どうせ言ったって聞きやしないんだから。私が許すから、思い知らせてやっていいわよ」

 

『そうですか? でしたら、そのようにしますけど』

 

『いよっしゃ~! 目にもの見せてやるから、覚悟しておいてよね!』

 

 カウントが20を切る。

 2人とも、いままでのゆったりとした姿勢から、身体を低く構えて戦闘態勢へ移行する。

 

『へいへい! お姉ちゃんビビってるぅ~?』

 

 ヴぇんヴぇん、とアクセルを煽り、間の抜けた音で95式を挑発するMDR。

 片や、涼しい表情の95式だが、背後から見てもヤル気満々なオーラがひしひしと伝わってくる。

 

「隊長はどっちが勝つと思う? 私は95式に100クレジット賭けるよ」

 

「それじゃあ賭けにならないわね。だって、95式に賭ける以外の選択肢はないんだもの」

 

「だよね~」

 

 勝敗は目に見えているので、こっちは緊張感も何もありゃあしないのである。

 信号機のカウントが10を切る。

 

『はい、カウントダウン開始~。・・・5・・・4・・・3』

 

 2人はロケットスタートをかますので、それに遅れないよう、私もアクセルに足を添えて備えておく。

 余談ではあるが、私たちが乗るこの車両も色々とチューニングが施されているようで、95式のモーターサイクルに負けないくらい速いらしい。

 決して、95式が速いのを選んだから私も対抗して速い車両を選んだわけではない。本当だ。

 

『・・・2・・・1・・・GO!』

 

 信号が緑点灯に変わると同時、けたたましいエンジン音が木霊した。

 スリングで打ち出されるかのような、とてつもない勢いでスタートを決めるのは95式。

 予想通りの展開だ。

 そして、MDRはというと・・・こちらは驚愕の展開。

 デストロイヤーの頭部を積み、後部にウェイトが寄ったことが災いしたのだろう。スタートの

急加速により、なんと、MDRの車両は前輪が浮き上がってしまったのだ。

 モーターサイクルは2輪とも接地していなければ操舵することが出来ない。結果、MDRは

アクセル全開ウィリーのまま、前方に向けてまっしぐら。信号機の周囲を囲っていたバリケードへ盛大に激突したのである。

 

「ちょ! え!? な、なに!!?」

 

 車両の修理代とかバリケードの弁償とかMDRのケガとか、色々な事が一気に思い浮かんでしまった私は、言葉にならない声を漏らしながらも、とりあえず、車を降りてMDRのもとへと駆けつける。

 

「アンタ、だ、だだだ大丈夫なの?」

 

「・・・へ? 何が? 大丈夫じゃない事なんて何もないよ~。変な隊長だなぁ」

 

 きょとんとした様子ながらも、MDRは崩れたバリケードの中からいそいそと車両を引っ張り出している。

 見たところ、MDRにケガは無さそうだし車両のダメージもほとんど見受けられない。不幸中の幸いか、ウィリーしていたことでバリケードにまっすぐ激突したのではなく、上に乗り上げるように激突した事で衝撃が緩和されたようだ。

 

「ほら、信号が変わるまでカウント40だよ。隊長も車両に戻って準備して」

 

「お、おう・・・せやな」

 

 見た目のインパクトの割には被害が少なかった事ですっかり安心してしまった私は、MDRに

言われるがまま、お説教することも忘れて自分の車へと戻る。

 そうして戻ってみれば、そこには仲間の安否を気にかける事すらもなく、シートの上でお腹を

抱えて笑い悶えるお姫様の姿があった。

 

「あはははははは! ほ、ホント凄いクラッシュだったね! 私、ぐ、グリフィンに来てからこんなに笑ったの初めてだよ! くっくくくくっ!」

 

「・・・アンタって本当に薄情者よね。いくら相手がMDRとはいえ、ちょっとは心配するとか

無いわけ?」

 

「だって、MDRも車両も遠目で分かるくらい平気そうだったんだもの。実際、平気だったんでしょ?」

 

「そりゃあそうだけどさ・・・」

 

 シートに座り、信号機が変わるのを待っているMDRの後ろ姿は実に落ち着いたものだ。まるで、さっきの大クラッシュなんてなかったかのように思えるくらい。逆に不自然な感じもする。

 

『はい、カウントダウン~。3・・・2・・・1・・・GO~』

 

 さすがに、さっきの轍を踏むようなことはなく、そろ~りと発進するMDR。

 また同じような事をするようだったら、メンタルの整合性を疑うくらいの馬鹿だ。

 こちらのトラブルなど知る由など無い95式は、スタートでカッ飛んでいったまま、すでに見えないくらい先に行ってしまっている。

 距離が遠い影響で無線も使えない状態なので、ペースを上げて早く追いつきたいところ。

しかし、MDRはさっきまでと打って変わって黙したまま安全運転を続けている。

 車両にトラブルが起こっているというわけでもあるまい。もう少しペースを上げるように指示をしようとした、そんな矢先だった。

 

『・・・うぅ・・・えぐっ・・・ぐすっ』

 

 無線機から流れてくるのは、女性のすすり泣く声。決して、オカルトチックな話ではない。前を走っているMDRの泣き声である。その証拠に、彼女の背中がすすり泣きに合わせて震えているのが確認できる。

 

「ちょっと、どうしたのよいきなり? やっぱり、どこかケガしてたの?」

 

『ち・・・ちがうよぉ~。さっきの事故、ずっっごいごわがっだんだよぉぉ~』

 

 クラッシュの直後、やたらと落ち着いていたのはパニックになりすぎて訳が分からなくなっていただけのようだ。しばらく走って落ち着いて、ようやくメンタルが正常な処理を始めたのだろう。

 

『ウィリーのまま吹っ飛ばされて、ほんど~にじぬかと思ったんだよぉぉ~』

 

 鼻をズルズルと啜りながら、MDRはガチ泣きである。どんだけ厳しい訓練だってのらりくらりとかわしてきたコイツが、これだけ怖がっているところなんて初めて見た。さっきのクラッシュは、私が雷を落とすのよりも怖かったという事なのだろう。

 

「そうね。さっきのは、アンタが調子に乗りすぎてたのが原因よ。これに懲りたら、ここからは

安全運転でいきましょうね」

 

 さすがに、これだけ反省しているMDRに追い打ちで説教するつもりもないので、可及的速やかに宥めてあげる。

 もちろん、MDRが泣きじゃくっていると知り、ゲラゲラと笑い転げているその声が入らないよう、隣のバカ姫様の口を塞いでおくのも忘れない。

 

『ずるぅ~・・・安全運転ずるよぉ~。もう、40キロ以上だざないぃぃ~~』

 

「いや、さすがにもうちょっと出しましょうか。ここ、ハイウェイだし。ね?」

 

 それからしばらく、のろのろと走っているうちに95式との連絡が回復、おおまかな事情を説明し、路肩で待っててもらった彼女と無事合流と相成った。

 大きなトラブルといえば、これくらいのものだ。

 クラッシュ以前にペースを上げて時間を短縮できていたので、安全運転だった後半の分と合わせ、私たちはウェンズディが予定していたのとほぼ同時間で目的地に到着することが出来た。

 

「はぁ~・・・私、もう絶対にモーターサイクル乗らない。視聴数稼げるって言われても、

絶っっ対に乗らないから」

 

「まぁまぁ、そう意地にならず。安全運転でしたら楽しい乗り物なのですから」

 

「じゃあ、今度は私が乗るよ。その時は95式が乗り方を教えてね」

 

 到着先の制圧区で車両を無事に返却。一仕事終えた感がすごいが、私たちの任務は

ここからが本番である。

 

「戦闘支援任務の為にここへ来たっての忘れないようにね。一休みしたら任務にとりかかるわよ」

 

「いや、休憩なんていらないよ! 早いところ鉄血のクズ共を叩きのめして、さっきの憂さを晴らすんだ。ウェンズディ、任務はどこでやるの?」

 

 ヤル気があるのは何よりだが、いくらお仕事とはいえ、休憩は重要なことである。というか、私がちょっと休みたい。疲れた。主にメンタル的に。

 

『戦闘支援任務は行いません。移動方法が変わり、到着時間が大幅に遅れたことで、参加予定だった任務は既にクローズされています。よって、次の行先選択を行います』

 

「・・・だってさ、隊長」

 

「これはまた、喜んでいいのか、無駄足だったと嘆くべきなのでしょうか?」

 

「喜んでいいんじゃないかな? 余計な消耗を抑えられるんだしさ」

 

 感想は三者三様。私は、もうどっちでもいいかな。この2日間、ウェンズデイに振り回されっぱなしでいい加減慣れを感じてきたころだし。

 

『行先と任務を選出しました。7回目の選択をお願いします』

 

 ウェンズデイの声と共に、もうおなじみとなった6個の選択肢がディスプレイに現れる。

 果たして、今度はどんなおもしろ選択肢なのか? ドキドキしながら覗き込むエーデル小隊

一同。

 

「また・・・凄いのを選んでくるね。私、さっき振ったから他の人でお願いね」

 

「さっきの選択以上に責任重大ですね。プレッシャーを感じてしまいます」

 

「いやぁ~、ウェンズデイはこういうところ本当によく分かってるんだよなぁ~。基地に帰ったら、動画制作の手伝いをお願いしたいくらいだよ」

 

 これまでもシビれるような状況だったが、今回はそれ以上だ。

 まさに、Dead or Alive(生か死か)。

 それでは、ウェンズデイが提示してきた6つの選択肢を皆様にもご覧いただくとしよう。




ウィリー事件を持ち出したお話ですね。
元ネタの番組の中でもかなり好きな回を題材にさせてもらいました。
しかし、MDRは個人的にこういう立ち位置で使いやすいので助かります。

それでは、定期更新の次週もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ  5話

夏を前に、ジメジメとした毎日で憂鬱な今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃん率いるエーデル小隊のサイコロ任務、今回は第5話です。
前話で巻き起こした〝人形屋ウィリー事件〟に続き、今回はどんな事態が4人を襲うのでしょうか?
無駄に煽りを入れてみたところで、今週もどうぞごゆるりとお楽しみください~


 第7の選択

 

 

 1~3 基地直行便にて帰還

 

 4 別支部〝アルファ小隊〟と夜戦任務  徒歩 2時間

 

 5 別支部〝第89特戦隊〟の支援任務  夜戦ヘリ〝ガレリア〟 3時間

 

 6 地区制圧任務  夜戦ヘリ〝HAKATA〟 12時間

 

 

 ・・・・・・と、改めて選択肢を眺めた私は、重大な事に気が付いた。

 

「ねえ、ウェンズデイ。この6枠なんだけど。ヘリで12時間って、こんなの間違いでしょう?」

 

 私が指摘したことで、他の3人も表情が固まる。どうやら、帰れる目が3つもあるという嬉しさから、そこに目がいってなかったのは同じのようだ。

 

『間違いではありません。ヘリによる空路12時間の移動です』

 

「ちょ、ちょ~~っと待って。空路12時間とか、私達をどこに連れて行く気?」

 

 旅客機だったら、地球の反対側まで行けちゃうくらいの時間である。

 そんな冗談を平然とのたまうのとは、このAIついにイカれたらしい。

 

『北部戦線は直線距離ではこの半分以下の時間なのですが、途中、鉄血の制空権を迂回する必要があるため、航続距離が伸びています』

 

 北部戦線。ここから山峰を幾つか超えた先にある、年中雪と氷に覆われた地域である。寒くなってきた時期なので、一応、寒冷装備は持ってきているが・・・そんな所に私達が長時間かけて行く

意味あるのだろうか?

 

「ってか、本当にそんな超々距離の便があるの? HAKATAなんていう名前、聞いたことないんだけど」

 

「いやいやいや、ちょっと待って。そのヘリってもしかして・・・」

 

 そこへ、MDRが割り込んでくる。

 

「〝キング・オブ・夜戦ヘリ〟の異名を持つ、あのHAKATA!? グリフィン7大ミステリーの

スレッドで一時期話題になってた、幻の乗り合い便じゃん!」

 

「曰く、行先は戦場ではなく、本当の天国か地獄。行き場を失った人形のメンタルを冥府へと送る特別便なのだとか」

 

「乗った人形は、無駄に長い搭乗時間でメンタルをやられてみんな再起不能になる。だから、この便に関しての真偽は定かにならないとか。私もそんな噂だけは聞いたことある」

 

 おや? どうやら、このミステリーを知らないのは私だけのようだ。この、噂好きミーハー

共め。

 

「じゃあ、そんな幻のヘリに乗ってみたい? 6の目だす?」

 

「「「イヤです」」」

 

 3人綺麗に揃った答えを聞いて私は満足する。

 当然だ。一日の半分をあんな狭苦しいヘリの中で過ごせだなんて、正気の沙汰じゃない。寝ていれば着くからいいじゃん、という意見もあるだろうが、私はヘリの中では熟睡できない性質なので、とにかく辛いのだ。

 なんとしてでも、6だけは回避しなければいけない。

 フリなんかではなく、ぜったい絶っっ対に出してはいけないのだ!

 

「では、誰が振りますか?」

 

「順番的には・・・・・・はい、隊長」

 

 公平を期すために、振る順番はローテーションで決めていた。その順番でいけば、今回は私のターンだ。

 MDRからサイコロを受け取り、静かに握る。

 落ち着いて考えてみよう。

 まず、基地に帰れる目は3つもある。確率でいえば50%。コインを投げて裏か表かという簡単なお話だ。

 仮にそれを外したとしても、せいぜい3時間ぽっちの移動で夜戦か支援任務。

 みんなもう慣れっこのお仕事だ。文句は言われまい。

 幻のヘリなんて、出る確率は16.6%。この土壇場で、そんな薄い目をひくなんていう

ドラマティックな事があるだろうか?

 これは小説や絵本の世界のお話ではない。紛れもない現実で起こっている事なのだ!

 そう自分に言い聞かせると、少しだけ気分が落ち着いてくれた。

 

「サイコロを握るは、エーデル小隊隊長にして、我らがグリフィン基地の副官。是が非でも出したいのは基地に帰れる1~3の目だ。4と5でも、まあまあ許されるところではあるが、キング・

オブ・夜戦ヘリだけは避けたいところ。幻のヘリを見てみたいという興味はちょっとあるが、それでも、12時間に及ぶヘリの旅は勘弁だ。今だけでいい、サイコロの神よ我々に力を貸してくれ!」

 

 うざったいMDRの実況はシャットアウト。胸の前で両手を組み祈るK5と95式の想いを

受け、私はダイスを頭上に向けて放り投げた。

 重力に引かれ、ダイスが地面へと落下していく。

 細かい砂利の敷かれた地面なので、接地したダイスは撥ねない。コロコロと地上を転がっていく。

 

(いけっ! いけっ! 頼むっ!)

 

 私だけではなく、きっと、3人の心境も同じ。今まさに、テキトーに集めた私達、エーデル小隊の気持ちが一つになった瞬間に違いなかった。

 ダイスがその勢いを緩める。運命の瞬間はもう間近。

 あまりの緊張感故か、まるで、時間が伸びたかのように景色がゆっくりと流れて見える。

 戦場でだって、こんな感覚に陥ったことはないぞ?

 まっすぐに転がるダイスが、1、3、6,4の順に目を天に向ける。

 ルーレットでも見ているかのような気分である。

 

(4136、4、1、3、6・・・4・・・1・・・3・・・!)

 

 3の目が天を仰ぎ、通り過ぎようと傾いたまま、勢いを止める。

 この傾き具合を見れば分かる! 3から6には転がらない! 出る目は3だ!

 

(ふははははは、貰った! 私の勝ちだぁぁああぁぁぁ!)

 

 勝ちを確信する私。

 拳を握って勝鬨を挙げようとした・・・その刹那だった。

 急にサイコロが転がる勢いを取り戻したのだ。

 

(な! なんだってぇえぇえぇえぇぇぇえ!!?)

 

 緊張感で研ぎ澄まされた私の超視力が、その原因を捉えていた。

 地面の砂利だ。サイコロが止まった位置は特に細かい砂砂利であったため、地面に設置していたサイコロの角が途端に沈み込み、回転方向へとバランスを崩したのだ。

 かくして、3の目から一転。サイコロは無情にも6の目を向けたまま、その動きを止めたのである。

 しばしの静寂が周囲を支配する。みんなの顔は見れない。見なくたって、どんな顔をしているのかは容易に察しが付く。

 

「た、隊長~・・・」

 

「・・・やっちゃったね」

 

「はい、さっさと荷物を持って、次いくよ~」

 

 あまりの申し訳なさに、私は身を縮こまらせながら、3人の後ろにとぼとぼとついていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目 2:00 北部戦線制圧区

 

 

 幻だなんだと言われていたヘリだが、それは結局、運行する数が少なく、乗る機会が滅多にないから伝説扱いされていただけで、乗ってみれば普通のヘリだった。

 ・・・そう。本当に何の変哲もない、一つの面白みも無いヘリだったのだ。

 そんなヘリに、キッチリ12時間も乗っていなければならないという苦痛は想像を絶する。

 他の3人はスヤスヤと眠りこけていたから良いのかもしれないが、私は寝づらいシートの上で1、2時間おきに目が覚めてはまた眠りの繰り返しで、少しも休めた気にならなかった。

 それに追い打ちをかけるように、やっと目的地についてみれば、そこは数メートル先の様子も

見えない猛吹雪だ。

 そんな中、ほんの一個小隊程度の鉄血兵を片付けて、この戦線は簡単に制圧できてしまった。

 本当に、私たちがわざわざ12時間もかけてやってきた意味があるのだろうか?

 尤もな疑問を抱きつつも、私たちは野営の為、制圧区の端に佇む廃屋へと赴いていた。

 グリフィンの制圧区とはいえ、今しがた私達が制圧したばかりなのだ。キャンプ施設などがあるはずもない。

 

「みんな、お疲れ様。ちゃんと雪を払ってから寝具の準備をするように」

 

 かつてはコミュニティホールとして使われていたらしい、コンクリート張りの施設に逃げ込んできた私達。断熱効果なんて微塵もないその装いのおかげで、屋内とはいえ溜息が出るくらいに寒いが、外と比べれば可愛いものである。

 

「ふ~ん? 外観の割には、屋内は小綺麗なんだね。ちょっとは落ち着いて眠れそう」

 

「今日は色々あったからねぇ。動画の取れ高も十分だし、満足満足」

 

 エントランスからホールに入り、一同、荷物を降ろす。

 ホールは100人規模のミーティングルームに匹敵するくらいの広さで、家具類は置き去られたデスクやイスがちらほらと見られるだけ。ガランとした雰囲気だ。

 MDRの言葉ではないが、今日は本当に私達を飽きさせない濃い一日だった。

 今回は私のリハビリを兼ねている、という事だったのも忘れるくらいの過酷さだ。

 

「ネゲヴ、明日・・・というか今日は何時に出発なのですか?」

 

「ん~・・・目が覚めたら出発でいいんじゃない?」

 

『8:00に行先の選択を行いますので、遅れぬようお願いします』

 

「・・・だってさ」

 

 相変わらずの敏腕ぶりをみせるウェンズデイに水を差されてしまう。

 もう、これ以上の厄介事は勘弁である。さっさと寝て、次の任務に備えるのが賢い選択だ。

 

「8:00に出発だから、早く休みなさいね」

 

「りょ~か~い」

 

「おやすみなさい、隊長」

 

 部屋の端っこを陣取っているMDRとK5からの返答を耳に、自分の寝袋に潜り込む。

 ヘリの中で十分に眠れなかった私だ。ここについてからの悪環境も手伝い、それはもう眠りに

落ちるのも速攻。

 私の意識は、暗がりの中へすんなりと落ちて・・・

 ・・・

 ・・・・・・

 

「隊長、起きて。・・・ねえ、起きてってば」

 

 そうして、せっかく眠りについた私の意識をMDRの声がサルベージする。

 感覚で分かる。私が寝入ってからまだ数十分くらいしか経っていない。

 

「んもぉ~・・・何よぉ? 早く寝ろって言ったじゃない」

 

 剝がされた寝袋の裾を掴み、引き戻そうと試みるが、それを別の誰かに阻止される。

 目を開けてみれば、私の周りには95式とK5も寄ってきていた。

 それも、しっかり武装して戦闘態勢である。

 

「敵? こんな時間にご苦労な事ね」

 

 その様子を見て、寝ぼけ眼だった私の気持ちがスイッチする。

 こういうメリハリがあってこそのスペシャリストなのである。

 

「まだわかんない。ただ、エントランスの方から物音がしてさ。K5は話し声も聞こえるって言ってる」

 

 小声で状況を説明してくれるのを聞きながら、自分の銃を引き寄せる。

 

「各員戦闘態勢。陣形を維持しつつ、エントランスの様子を探る」

 

「連戦は予定してなかったから、弾薬の残りが少ない。普通に戦っちゃっていいの?」

 

 その事を言われて思い出し、小さく舌打ちする。

 基本的に、弾薬と配給の補充は戦闘任務に就く前、輸送ヘリにて行う。ここに来るに乗ってきた幻の輸送ヘリでも、その例に漏れず私たちは補給を行った。

 しかし、航続距離が長い為、燃料以外の積載物を極力削る必要があったようで、搭載される補給物資の量が十分ではなかった。

 結果、私たちは全開まで物資の補給を行えなかったのだ。

 大した戦闘にはならないだろうから、とタカをくくっていたのだが・・・つくづくツイていない任務である。

 

「・・・・・・2人・・・3人くらいかしら。多勢じゃなさそうだから、上手くやれば間に合うか」

 

「え? いきなり床に寝転がって何やってるのかと思ったら、足音を聞いてたの?」

 

「凄いスキルですね。さすがは副官です」

 

 電子機器が発達した今となっては、こんな古いやり方は流行らないだろう。私も、万が一の

備え、ということで指揮官から教わっていた程度の方法である。

 この建物は石造りなので、音は非常に捉えやすい。どうしようか迷っているのか、エントランス内をうろうろと歩き周っているという事まで伺い知ることが出来る。

 

「ん~・・・敵じゃなくて、避難してきた一般民の可能性もあるわね。まず、覗いてみましょう。発砲は私の指示があるまで禁止」

 

 了解、と返事を返した3人を引き連れ、ホールの扉まで移動する。

 扉に体を寄せ、耳を澄ましてみるが声までは聞こえない。けれど、依然としてこの先に何者かがいるのは確かだ。

 先方はK5。最小限に開いた扉の隙間をスルリと抜け、手近に転がっていたラックに身を潜める。

 様子を確認したK5のGOサインを受け、MDR、95式、私の順番でエントランスに忍び込む。

 95式とK5は同じラックの背後に。私はMDRとカウンターの中に身を潜め、一旦様子を伺う。

 

「コートを被ってるね。鉄血じゃあないのかも」

 

 風の音が屋内にまで響いて聞こえるほどの猛吹雪だ。それを凌ぐためなのだろうコートを頭からすっぽりと被って、謎の3人組はエントランスの隅に屈みこんでいる。

 2人は成人くらいの体躯で、1人は子供くらいの小ささだ。

 付近の生活区から、なんらかの理由でここに逃げてきて家族。私は、まずそのようにアタリを

つけてみた。

 

「話しかけてみるわ。いちおう、すぐに援護できるようにしといて」

 

「隊長も無茶するねぇ。ホント、大丈夫?」

 

「大丈夫になるようにするの。アンタ達がね」

 

 離れた位置の95式とK5にも、臨戦態勢で待機、というサインを送ると、私は小さく一呼吸。カウンターの陰からゆっくりと歩み出た。

 

「くつろいでいるところ、ゴメンなさいね」

 

 私の声を聞き、3人が飛び上がって驚く。

 怖がらせないよう、銃からは手を離し、敵意はないよ、という意味で両手を見せる。

 

「私はグリフィン所属の戦術人形よ。アナタ達は、この付近に住んでいる人? この吹雪でここに避難してきたのかしら?」

 

 この人たちは何も荷物を持っていない。もし、食料や暖に困っているのなら、私達の分を分け

与えるのが、戦術人形としての務めである。

 

「グリフィンの人形・・・だと?」

 

 背の高い2人の片割れが呟いた。

 ・・・なんだか、どこかで聞いたことのある気がする女性の声だ。

 

「まさか、こんな辺境で遭うとは思わなんだ」

 

 もう一方の女性の声もやっぱり覚えがある。聞いていると、胸の辺りがザワザワとするのは何でだろう?

 

「はは、1人なのは都合がいいね。お前で憂さ晴らししてやる!」

 

 小さい子が何とも物騒な事を言い放つと、3人がコートを脱ぎ捨てた。

 そこに現れたのは、鉄血人形の姿。それも、エクスキューショナー、ハンター、デストロイヤーのハイエンドモデル3人組である。

 

「っ!!? このクズ鉄血人形が! よくも私を騙したわね!」

 

 さっきまでの優しい態度から一変、指揮官には聞かせられない口汚さで銃を構える。

 同時、射撃体勢で遮蔽物から姿を見せるエーデル小隊の面々。

 我が部隊ながら、素晴らしい連携である。

 

「な、なんだよ、他に3人もいるじゃんか。私達を騙したな!?」

 

「騙してなんかないわよ。バカが勝手に勘違いしただけでしょ!」

 

 4つの銃口を向ける私達に対し、鉄血3人は追い詰められた野犬のようにこちらを睨みつけるだけで、武器を構えもしない。

 その様子に違和感を覚えて、よく観察してみたところで答えが分かった。

 コイツ等は武器を持っていないのだ。

 きっと、どこかの戦線で消耗しきって逃げてきたのだろう。エクスキューショナーは長剣、

ハンターは二丁拳銃、デストロイヤーはランチャー。あんなに目立つはずの装備品を3人とも所持していない。

 

「隊長、やっちゃっていいでしょ? 先手必勝って言うしさ」

 

「待ちなさい。コイツ等、丸腰だからそんなに焦らなくてもいいわよ」

 

「っ! なんでそれを知ってるんだよぉ?」

 

「馬鹿が・・・自分からそれを教えてどうする」

 

 デストロイヤーが私の仮説を裏付けてしまったことに、ハンターが痛そうに頭を抱えている。

 手のかかるヤツが部隊にいる辛さ、私も分かるぞ。

 

「そうと分かれば、無駄に弾を使うのももったいない気がしますね」

 

「え~? いつもみたいにハチの巣にしてやればいいじゃん。鉄血を潰す為なら、無駄弾も必要

経費だって」

 

「私もMDRに賛成したいところだけど・・・物資の温存っていうのも尤もな案だよね」

 

 牙を剝いてくる相手なら、問答無用で叩き潰してやればいい。しかし、目の前の相手にはその牙すらもない。放っておいたところで、私達が被るリスクはたかが知れているだろう。

 それよりも、今後、何かがあった時の為に備えて物資を温存する、という考えの方が大事だと私は考える。

 

「今日は気分じゃないから見逃してやるわ。回れ右して、さっさと出て行きなさい」

 

 銃口で入り口を差して言ってやる。

 見逃してはやるけど、ここに居させてやるつもりはない。鉄血と同じ屋根の下で寝泊りだなんてゴメンである。

 

「ちぇっ、偉そうに言いやがって。・・・行こう、2人とも」

 

 そう、素直に踵を返したのはデストロイヤー。

 しかし、背後の2人は続こうとしない。

 

「・・・はは、なんだ? グリフィンの人形共は丸腰の相手をも撃てない腰抜け揃いとはな」

 

 それどころか、乾いた笑いを零して私達を挑発してきやがったのだ。

 

「鉄血を討つのがお前たちの仕事だろう? それなら、遠慮なくやればいいじゃないか。躊躇う

必要なんか何もない」

 

「ちょちょ! エクスキューショナーもハンターもなに言ってんだよ! 退ける時には潔く退くのも大事だって!」

 

 2人の意図が見えていないデストロイヤーは大慌で、見ていてちょっと面白い。

 

「生憎、無駄使いをするほど愚かな私達でありませんので。自壊したいのなら、こちらの目に付かない場所でどうぞ」

 

「なにも、弾を使うだけが討つ為の方法ではあるまい。己の身体を使って破壊するのなら、減るものも無いぞ?」

 

「そこまでにしておけ、エクスキューショナー。グリフィンの人形は銃器以外にはフォークと

スプーンくらいしか扱えないお嬢様方だ。素手では私達の足元にも呼ばないだろうよ」

 

 はいはい、露骨な煽りご苦労様。

 そうやって、私達をそっちの土俵に上げようとしているのが見え見えである。

 とりあえず、もう一回だけ警告してやって、それでもまだふざけた事をぬかすならお望みどおり弾丸でバラバラにしてやろ・・・

 

「あら? 随分と大昔のお話をされるのですね? 鉄血は優れた情報網をお持ちだと思いましたが、どうやら、隔絶されたド田舎なのかしら」

 

 とか思っている間に、鉄血にそう答えたのは95式。

 

「格闘戦なら願ってもない。いい気になってる鉄血に目にもの見せてやりたいって、以前から思ってたんだよね」

 

 それにK5が続く。

 明らかに、向こうの挑発に乗っかっちゃった様子である。

 ・・・まぁ、この2人なら、ああ言われたらこう返すのも当然か。

 

「ちょっと、アンタ達さぁ。むこうがけしかけてきてるの、分かって言ってる?」

 

「当然。何かあったら、弾丸を撃ち込んで思い知らせてやればいいんだから、少しくらい遊んでもいいでしょ? ヘリの中でたくさん寝たから、眠くなくてさ」

 

「ちゃんとわきまえて立ち回りますから、どうか、ここは私達に任せてもらえないでしょうか?」

 

 頭に血が昇っている様子はない。ちゃんと算段があったうえで相手の挑発に乗ったというのなら、私が無理に止める理由もない。

 

「決まりだな。場所はいかように? 私はこの場でも一向に構わんが」

 

「なんなら、外でやりあったっていい。グリフィンのお嬢さんにそんな根性があればだけどな」

 

 話の流れだと、2対2の混戦方になるのだろうか? このエントランスだと、4人が暴れまわるには狭すぎる気もするが。

 

「そんな事もあろうかと! 決戦のバトルフィールドを準備しといたよ!」

 

 藪から棒に開かれる扉。そこから姿を現したのはMDRだ。

 こんな面白そうな話が出ているのにやけに大人しいなと思えば、こっそりとホールに戻って何かしていたようだ。




キング・オブ・深夜バスのネタですね。
ヘリで12時間とか、マジでどこまで行かせるつもりなんだ? って、書いてる自分でも思っちゃいました。
でもまぁ、それで書き上げちゃったものは仕方ないですよね。

次週はグリフィンVS鉄血エリートのタッグマッチ回に乞うご期待!
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ 6話

暑いですね。
当方よりも先にPCが音をあげて困っちゃう今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんのサイコロの旅、今回は第6夜になります。
キング・オブ・深夜ヘリに連れてこられた北の地で、鉄血エリートと接敵してしまったエーデル
小隊。
なんやかんやで2対2のタッグバトルを行う事になったのですが・・・
戦いの結末やいかに!

というわけで、今週もどうぞごゆっくりと~


「このホールなら、2対2のタッグマッチでも十分な広さでしょ? ね?」

 

 確かに、ホールはエントランスの倍以上の広さがある。しかし、私達が寝ようとしていた場所で暴れ回られるというのは、私はちょっとイヤである。

 

「広い分には構いませんよ」

 

「私も。ここなら存分にやれるし」

 

 まぁ、当人達が良いっていうならいいんだけどさ。

 

「オッケー! じゃあ、鉄血の2人はあっち。95式とK5はそっち側ね。んで、隊長はこっち

きて座って」

 

 いつの間にか仕切り屋になっているMDRが各員を配置する。

 私が招かれたのは、うちの2人と鉄血2人が向かい合う間に置かれたデスク。まるで、競技の

審査員が付くような位置である。

 

「んじゃあ、えっと・・・アタシは・・・」

 

「トロちゃんもこっち。ほら、はやくはやく~」

 

「え? あ、うん・・・って、トロちゃんって?」

 

 首を傾げながらも、MDRに言われる通り、デストロイヤーもデスクに付く。

 MDRを挟んで、鉄血側にデストロイヤー、グリフィン側に私、という並び。そうして、MDRがカメラを準備し始めたところで、この配置の意味が私にもわかってきた。

 

「夜更かししているみんな~、こんばんは~! 眠気も吹っ飛ぶエキサイティングなイベントを、神配信でおなじみの私、MDRがお届けするよ~! 今回、みんなにお見せするのは・・・

グリフィンVS鉄血のタッグマッチだぁ~!」

 

 コイツ、この戦いを実況中継する気だ。

 こんな節操無いヤツが部下だなんて、穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしい。

 

「え? 鉄血との戦いなんて、日常茶飯事だって? 甘いね。甘々だよ。戦いとはいっても、これから行われるのは武器の使用禁止の格闘戦。未だかつてない激戦の予感がするよね~。それでは、華麗な舞を披露してくれる戦士たちの紹介だぁ!」

 

 MDRがケータイカメラを向けると、鉄血2人は小さくお辞儀したり、手を振って応えている。結構ノリのいい奴らだ。

 

「西側に控えるは、みんなお馴染み鉄血エリートのツーハンデッド(2丁持ち)ことハンター、ソードマスターことエクスキューショナーのコンビだ。鉄血側解説のデストロイヤーちゃん、あの2人の事、ちょっとだけ教えてちょうだいな」

 

「え? そうだなぁ・・・エクスキューショナーは変わった喋り方でちょっと近づき辛い雰囲気だけど、周りへの気遣いができるいい奴で。ハンターは一見、乱暴に見えるけど、私の面倒をよく見てくれるいい奴で。とにかく、2人とも優しくて強い人形なんだよ!」

 

「はい、役に立ったようなそうでもないような紹介ありがとう! 続きまして、東からは、我らがグリフィン基地の中でも指折りの兵、95式とK5のお出ましだ!」

 

 こちらも、MDRのカメラに向けて元気に手を振って返している。私は興味がないので、背後の荷物からスナック菓子を拝借。デストロイヤーがそんな様子を物欲しげに見ていたので、小さい袋を取り出し、投げ渡してやった。

 

「グリフィン側解説のネゲヴさん。95式の格闘戦能力に関しては、知っている方が多いと思うのですが、K5はどうなのでしょうか? この4人の中で一番小柄というハンデを果たして埋められるほどのモノなのか」

 

「そんなの口で説明したってどうせ分からないでしょ? 見てりゃあいいじゃない」

 

「能書きはいい、見ればわかる。そういう事ですね? 実に深い解説、どうもありがとうござい

ます!」

 

 私のこんな投げやりな返答でも、上手く纏めて返すMDRのそういうところは素直に評価できる。そういうところ〝だけ〟ね。

 

「さあ、銃器の使用以外は何でもアリというストリートファイトなこの戦いを制するのはどちらになるのか。いつまでもお喋りを続けては皆さんも飽きてしまいますね。早速、始めるとしましょう。Ready? Steady? ・・・Go!」

 

 MDRの合図と同時に、双方、相手に向けて一気に詰め寄る。

 

 95式はエクスキューショナーと、K5はハンターと、律儀にも1対1の構図になっている。

 

「お~っと! これはいきなり激しいぶつかり合い! まずはエクスキューショナーと95式の

戦いから見ていきましょう!」

 

 つい、MDRの言葉につられて私も95式に目を向けてしまう。

 

「普段は長剣を用いた戦闘を得意とするエクスキューショナーですが、拳による攻撃を主体とした、堅実な立ち回りをみせています。トロちゃん、あの戦い方はどのようなものなのでしょうか?」

 

「よく分かんないけど、剣を持ってなくたってエクスキューショナーは強いんだから! よし、

いけ! ぶっ飛ばせ~!」

 

 ただ、剣を振り回しているというだけではない。エクスキューショナーには剣術に関しての詳しいデータがインストールされている、というのはグリフィン界隈では有名な話だ。

 そのデータを上手く応用しているのだろうか、ヤツの攻撃は的確に、鋭く95式を捉える。

 だが、95式も負けてはいない。・・・いや、負けていないなんていうのは遠慮した言い方か。

 

「ふっ!」

 

 エクスキューショナーの攻撃の悉くを躱し、弾き、流し、95式はその隙を縫って懐に飛び込むと、肘打ちを胸部に叩き込んだ。

 

「っ!!?」

 

 直撃を受けたエクスキューショナーの足が床から浮き、後方に弾かれる。

 見た目にはそれほど勢いが無いが、実際に受けてみるととてつもない破壊力を秘めていることに驚く。それが、95式の扱う武術である。

 うちの95式だけというわけではないのだろうと思うが、この格闘技術を持つ彼女は近接戦闘にめっぽう強い。

 銃器による戦闘を主とする私達だ、実戦で披露する機会はほとんどないが、模擬戦の時などはそれなりに使う手で、私を含め、何人もの人形たちがその餌食になっている。

 本人の名誉のために言っておくと、先刻、ファマスに呆気なくやられたのは、病みモードで正常な処理ができていなかったせいだ。本来の調子の彼女であれば、互角以上の勝負になっていたことは間違いない。

 流麗かつ強烈なその攻撃は、例えるならば蜂の一刺し。

 いくら鉄血エリートといえども、攻略は簡単ではない。

 

「95式の強烈な一撃がヒット! 両者、間合いが開いたところで今度はK5側に目を向けてみましょう」

 

 たぶん、視聴者はこちらの方が気になっているはずだ。

 95式の腕前はそれなりに知られているはずだが、あまり表立った印象の無いK5はどうなのか?

 結論を言ってしまえば、ノープロブレムである。

 

「そぉら!」

 

「すっげぇ! 当たったら超痛そうな回し蹴りです! トロちゃん、ハンターの戦い方はどんな

モノなの?」

 

「ハンターもすっごく強いんだよ! たぶん、パワーは鉄血でもトップクラス。そこだぁ!

やっちゃえ! ぶっ潰せぇ!」

 

 あまりにも表現力が低い解説なので、私が補足しておこう。

 ハンターの戦い方は、エクスキューショナーとは反対に位置するものだ。腕を、脚を、力の限りにぶん回して、空気ごと相手を薙ぎ倒す荒々しい戦い方。

 見た目が派手な分、一撃でも貰えばK5の華奢な身体はひとたまりもないだろう。

 しかし、K5には当たらない。当たらなければどうという事は無い、とはまさにこの事である。

 

「おっとぉ。えいっ」

 

「ちぃ! 小五月蠅いヤツめ」

 

 まるで、ハンターが巻き起こした風に乗ったかのように、ヒラリと攻撃を躱して魅せるK5。

直後、ガラ空きの側面に蹴りを見舞う。それも、僅かな間に3連撃だ。

 足技を主体とした素早い攻撃を与えるK5のこの技を知る者は、うちの基地ではそれほど多くない。

 目立ちたくないから、と本人は言うが、狡猾な彼女の事だ、例え仲間とは言え、自らの手の内を明かしたくないというのが本音だろう。

 95式のような一撃威力は無いが、それが実は厄介な点だ。

 模擬戦で味わった私が例えるのなら、それは毒蛾の鱗粉。ヒラリヒラリと優美に舞う彼女の毒に徐々に体を蝕まれ、気づいたときには手遅れなほどのダメージを負っている。

 私が模擬戦においては95式よりも手合わせしたくないと思うのが、このK5なのである。

 

「ちょ・・・K5ってこんな格闘術もってたんだ!? 凄い凄い! 蹴り技の格闘術って、実はかなり〝数字〟とってくれるんだよね~! 映える画、あざ~す!」

 

 そんなわけで、うちの2人が鉄血の挑発に乗った事に意を唱えなかった理由がお判りいただけたと思う。

 95式とK5は、当グリフィン基地でもトップクラスのインファイターなのである。なので、私はこうして呑気にスナックを齧っていられるというわけだ。

 そうとも知らず、自分達の土俵に上げたつもりでいるあの2人は何とも気の毒だ。

 

「おいおい、何やってんだよ2人とも! 銃も持っていないグリフィンの人形に負けるなんて、シャレにならないって・・・」

 

「形勢はグリフィン側の圧倒的有利。トロちゃんの思いも虚しく、このまま鉄血陣営は何もできずに終わってしまうのか!?」

 

 大した見どころも無くてMDRは残念だろうが、このままでは形勢はひっくり返らない。ケンカを売ったクセに見事返り討ちにあって終わり、というのがコイツ等の運命だ。

 

「っ・・・はは、なんだ、グリフィンの人形も思ったよりやるじゃないか。いっつも弾薬切れになると逃げまどってばかりだったくせにな」

 

 態勢を整えようと距離をとったハンターが不敵な笑みを浮かべる。

 また、こちらを誘い込む為のブラフか? ・・・いや、見るからに不利な状況なのだ。そんな

虚勢を張る理由は無い。

 

「これならば、面白い戦いが期待できそうだ。ここからはハンター共々、本気でいかせてもらうぞ!」

 

 並ぶエクスキューショナーも同様の態度。

 もしかして、本当にブラフではない?

 コイツ等は、ここから逆転できる策を本当に持っているという事なのか。

 

「「クロック・アップ」」

 

 それは、自己のプログラムを書き換えるための起動キーか。揃って呟くと、直後、エクスキューショナーとハンターの身体から赤い稲妻が巻き起こった。

 

「その手があったね! これなら勝ったも同然!」

 

 2人の身体を覆う稲妻・・・オーバークロックによって発生した余剰エネルギーはまるで、獲物を求めて揺らめく触手のよう。

 寒気すらもを感じるこの姿を実際に目の当たりにするのは、私は初めてだった。

 

「な!? もしかして〝Elite〟モード? あれって、そんな風に自由に変われるものなの!?」

 

「なんと、ここでまさかまさかの〝厨二〟モード発現だぁあぁぁあ! グリフィンのエース連中も震え上がる黒い悪魔が、形勢をひっくり返さんと襲い掛かるぅうぅ!」

 

「厨二ってなんの事さ?」

 

「ああ、厨二っていうのはね、とってもカッコ良くて強いモノの事を一纏めにして表現する便利な言葉なんだぞ」

 

「へぇ~、そうなんだ? よ~し、いっけ~厨二厨二~」

 

 デストロイヤーが無知なのを良いことに悪い言葉を教え込むMDRだが、今はそんな事を気にかけている場合ではない。

 通常モードとは比べ物にならない戦力を有するEliteモードは本気でヤバい。

 

「あっちゃ~、アレは少しマズイ・・・よね?」

 

「そう・・・ですね。まっとうに戦って勝てるでしょうか?」

 

 当の2人も渋い顔をしているので、私の見立ては間違っていない。

 これは、私もスナック菓子片手にのんびり観戦している場合ではないか?

 

「では、参る!」

 

 エクスキューショナーが宣言した刹那。その姿は既に95式の間合いに現れていた。両者の間は5メートル以上も離れていたのに、だ。

 

「っ!? 速い!」

 

 赤い稲妻の残光を引きながら襲い掛かる拳を、寸でのところで躱す95式。

 見るからにさっきよりも速度が増している矢継ぎ早の攻撃を、避け続けるが、その様子には余裕が微塵も感じられない。

 そんな綱渡りが名が続きするわけもなく。

 

「ぐっ!?」

 

 防御をすり抜け、エクスキューショナーの蹴りが95式の脇腹を薙ぐ。

 苦悶の表情を浮かべながらも堪える95式だが、一度奪われたイニシアティヴはそう簡単には取り戻せない。

 もらう攻撃は徐々に増えていく。

 

「おらぁ! ぼ~っとしてんな!」

 

 K5の方も同様にかなり苦戦を強いられている。

 相変わらず荒々しいハンターの攻撃は段違いに激しさを増し、まるで、赤い竜巻でも前にしているかのような様相だ。ショットの娘達が持っている盾だって、あの前では無力なのでは? と末恐ろしく見える。

 

「っとっとぉ? 勢いが付いてるのは良いけど・・・一辺倒なのは変わらない!」

 

 それでも臆することなく、最小限の動きで回避を続けるK5が隙を見つけて蹴りを叩き込む。

 体の回転を利用して勢いを乗せた踵蹴りが、ハンターの横っ面に直撃。鈍い音がホール内に木霊する。

 しかし・・・

 

「捕まえたぁ!」

 

 Eliteモードは耐久力も激増するのか、ハンターはひるむ素振りも見せず、K5の足首を掴む。

 

「! やばっ!?」

 

 戦慄するK5だが、もう手遅れだ。

 ハンターのパワーの前に虚しく、K5の身体が軽々と振り回される。

 まるで、癇癪を起した子供がオモチャを振り回しているかのような光景。

 そうして、散々振り回した後にハンターが手を離す。ホールを支えているコンクリの大柱に目掛け、K5の身体は砲弾のような勢いですっ飛んでいく。

 

「きゃぁ!?」

 

 K5の身体が石柱に激しく叩きつけられる。受け身は間に合ったようだが、でも、すぐに立てるような軽いダメージではない。

 

「寝るのはまだ早いぞ!」

 

 乱暴に踏みつけてくる追撃を転がって回避。態勢が整うまで、K5はこうやって凌ぎきるしかない。

 

「さすがは悪名高きEliteモード! 完全に形勢逆転です! グリフィンの精鋭2人には、もう成す術はないのか!? ・・・ね、ねえ、隊長。これってさ、2人ともヤバくない? あの2人がやられちゃったら、私達じゃあ絶対に勝ち目ないって」

 

 音声が流れてしまわないよう、ヒソヒソ声で慌てるMDR。やる事はやりつつも、状況はちゃんとわかっているようである。

 

「・・・最悪、こっちには武器があるから、それで思い知らせてやればいい」

 

「でもさぁ、銃器は使用禁止って言っちゃったし。ここでルール破ったら、なんか申し訳ない感じもする」

 

「アンタ、どっちの味方なのよ!? 申し訳ないもクソもないわ。最後に生き残った者が笑うのよ」

 

 とか言っている間にも、95式とK5はどんどんと追い詰められていく。

 

「おい、エクスキューショナー! そっちいくぞぉ!」

 

「承った」

 

 後ろ首を掴み上げられていたK5がハンターによって放り投げられる。

 弾丸ライナーのような勢いですっ飛んでいくその先には、エクスキューショナーに追い立てられた95式の姿が・・・

 

「「きゃぁ!!」」

 

 咄嗟にK5を受け止めようとする95式だったが、崩れた態勢ではそれもままならない。激突した勢いもそのままに、2人纏めて吹き飛ばされてしまう。

 

「なんて息の合ったコンビネーション! 大ダメージ間違い無しの見た目ですが、果たして、グリフィンの2人はここから立ち上がることが出来るのでしょうか~~! ・・・や、やっちゃおうか? 動画の取れ高は大事だけど、命はもっと大事だし」

 

「おい、汚いぞグリフィン! 約束破るつもりかよ? 2人とも~、コイツら、隙を見て銃を持ち出そうとしてる~!」

 

 馬鹿MDRめ。焦って声が大きくなったせいで、隣のデストロイヤーに話を聞かれちゃったじゃないか。

 

「安心しろ。そ奴らの動向にも目を光らせている。奇襲でなければ、銃を持ち出そうとも我らの敵ではない」

 

「せっかく温まってきたんだ、次はお前らが相手してくれよ。そんな偉そうな態度なんだ、もちろん、存分に楽しませてくれるくらいの腕前なんだろう?」

 

「ひぃぃいぃぃぃ~。無理無理無理絶対に無理ぃ、ボコボコにされちゃうって~」

 

 様子を見ても分かる通り、MDRでは近接格闘は話にならない。秒殺だろう。

 私は、まぁ、心得くらいはあるが、それでもK5と95式には及ばない程度だ。1人であの鉄血コンビを相手にはできない。

 

(くそっ・・・これは流石にマズイわね)

 

 ここは戦場だというのに遊び半分で事を運んでしまった、これは私のミスだ。

 打開策を考えようにも、Eliteモードが登場というこの戦力差はどうしたって埋めがたい。

 私の主義に反するが、隙を見て撤退というのが一番現実的か。

 確か、装備品の中にあるスモークグレネードがあったよな・・・などと、さしもの私も弱腰になりかけていた・・・その時だった。

 

「あいたたた・・・流石のEliteモードだね。これは、私達も本気出さないと厳しいかな?」

 

 床に倒れ、蹲っていたK5が起き上がってくれた。そして、なにやら不穏なセリフのおまけ付きである。

 

「・・・そうですね。今日は疲れたので、やりたくはなかったのですが、背に命には代えられませんからね」

 

 そして、そんなK5に合わせたかのような95式。

 立ち並んだ2人は、身体の節々をさすっているが、それほど大きなダメージを負っている様子は無い。

 本心では、ちょっと涙がジワってしまいそうだった私だったが、その様子を見て涙が引っ込んでくれる。

 

「MDR、上着を預かっておいていただけますか?」

 

 言って、95式が上着に手をかける。

 真っ白い外套のような上着が脱ぎ去られ、実況席のMDRに向けてフワリと宙を舞う。

 上着のヒラヒラ感がなくなり、一層に細やかなフォルムに換装した95式が構えをとる。

 

「・・・ほう? どうやら、ただの強がりではないと見た」

 

 私でも、95式が纏う気配が違うように思えるくらいだ。Eliteモードの彼女には、如実に分かる事なのだろう。

 

「うえ!? こ、この上着、重い!? 20キロ、いや、30キロはあるよ! まさか、今までこんな重い上着を羽織って戦っていたというのか! 果たして、これほどのウェイトを脱ぎ去った

95式は、どのようなスペックを発揮するというのか!?」

 

 もちろん、上着を受け取ったMDRのこれは、動画を盛り上げるためのウソ実況である。

 巻き返しのチャンスが見えた事で、また調子に乗り始めてしまったのだ。さっきみたいにビビっているくらいが可愛らしくてちょうどよかったのに、残念である。

 

「じゃあ、私は裸足になっちゃおうかな。隊長、パ~ス」

 

 K5は私に向けて靴を投げ飛ばしてくる。

 こちらも、何の変哲もない、普通のシューズをしっかりとキャッチする。

 横からMDRが何か言いたげに視線を送っているが、ガン無視しておいた。

 

「裸足になったくらいで、何か変わるってのか?」

 

「そうだね、分かりやすく言うと・・・銃のセイフティを外した、ってとこかな?」

 

「はっ、今までのはお遊びだったって? ・・・笑えない冗談だ」

 

 裸足になるのが好きなK5であるが、これは、そんな気分的なお話ではなさそうだ。

 ハンターが苛立っているのは、K5の自信が、決して大口なんかではないことを察しているからに他ならない。

 K5も構えをとり、戦闘態勢に切り替わる。

 ・・・これは、私の疲労による錯覚か、それとも、本当にそんなことがあり得ていたのか。並び立った2人から、澄んだ青色のオーラが漂っているかのように見えてしまう。

 

「私の持っているカメラを通して、皆様にもご覧いただけていますでしょうか? 95式とK5が纏う、神々しく美しい、この蒼い闘気が! 紅と蒼、相反する彩が今まさに、激突の時を待ちわびているのです!」

 

 MDRと同じモノが見えちゃっている時点で、私はもう完全にキテいる証拠である。

 私にとってみれば、ほんの僅か。でも、あの娘達にとっては、とんでもなく長い間だったのかもしれない静寂。

 まず、それを破ったのはK5だった。

 私が普通に瞬きをした、それだけの間でハンターの懐に踏み込んだのだ。

 

「っ!?」

 

 驚きこそすれ、それに反応できたのは流石のEliteモードといったところか。テレポートでもしたかのように迫ってきたK5に向け、拳を振るう。

 しかし、ヤツが本当に驚くのはここからだった。K5の高速の蹴り上げが、ハンターの拳を弾き返したのだ。

 

「なにっ!?」

 

 これには私も驚きだ。まるで、鉄製の建材でも振り回しているかのような、重量級の攻撃を、

K5が蹴り払ったのだから。

 

「ほら、驚いてる暇はないよ!」

 

 そうして、隙を作ったところにK5が連続で蹴りを叩き込む。

 Eliteモードの耐久力を破れず、苦労していたさっきまでとは大違い。その一撃一撃に対して、

ハンターは表情を歪めている。

 

「クソっ! 調子に乗るなぁ!」

 

 足元を狙った乱暴蹴りを飛び込み回避。

 地面に手を付き、逆立ち状態でハンターの頭部を蹴り飛ばす。

 しっかりと地面を掴んだ腕で体を捻り、まるで、回転ノコギリのような蹴りがハンターを追い詰めていく。

 

「これは凄い! 逆立ちからのスピナーキックが炸裂だぁ! 隙をついて立ち上がってぇ、飛び蹴り3連からの後ろ回し蹴り、水面蹴り、カカトにサマソ・・・は、速すぎてもう実況が追いつきません! だって、秒間5発以上のスピードなんだもん!」

 

 さっき、ハンターの猛攻を嵐のようだと例えたが、訂正しよう。今、ハンターを襲っている全方位からの蹴撃こそ、本当の嵐だ。

 何かの映像記録で見た、嵐の中で飛ばされないよう必死に堪えている報道員のように、ハンターはK5の檻の中で身動きが取れずにいる。

 

「あ~もう、何やってんだよ、ハンター! そんな攻撃、さっきみたいに我慢して一発ぶっ飛ばしてやればいいのに~!」

 

「解説のネゲヴ隊長。このK5の猛攻は、やはり、裸足になったというのが大きく関わっているのでしょうか?」

 

「そうね・・・たぶん、軸足の使い方が変わったんじゃないかしら?」

 

「ほうほう・・・・・・そこのところもっと詳しくプリーズ」

 

「蹴りの威力とスピードは、地についている側、軸足に依存するの。運動エネルギーを余さず相手に送り込むには、身体がしっかりと地面に固定されていなければならない」

 

 ふむふむ、とMDR、デストロイヤー揃って頷いているが、全く分かっていないのは顔を見れば明らかだ。なので、これはカメラの向こうに居る賢明な視聴者さんに向けての解説である。

 

「裸足になったことで、指でしっかりと地面を掴み、軸足としての効果が激増したから、それに伴って威力とスピードも向上したのよ。・・・まぁ、私の見立てだけど」

 

 私に予想できるのはこれくらいだ。もっと知りたい人は、直接K5に聞いてくれ。

 

「なるほど、そういう事ですね? 完全に理解しました。さぁ、K5、ハンター組みはもう実況してると疲れちゃうので、95式とエクスキューショナーの方に目を向けてみましょう。こちらも・・・とか言っている間に、95式がぁ! 画面端ぃ!」

 

 あまりにも目まぐるしく、激しいK5の戦いだが、95式本気モードだって負けていない。

 参考までに、画面端というのは壁際という意味である。95式が上手く立ち回り、エクスキューショナーを逃げ場のない壁際に追い込んでいるのだ。

 

「ちぃ・・・グリフィンの人形は化け物か?」

 

「貴女達にそのような言われ方をするとは、心外ですね」

 

 優美な口調とは裏腹、一層にキレの増した95式の打撃がエクスキューショナーの身体を打ち抜く。

 ガードしてもその勢いまでは殺せず、エクスキューショナーは背後の壁に強く叩きつけられる。

 

「カウンター読んでぇ! まだ続くぅ!」

 

 苦し紛れの反撃も、完全に優位に立っている95式には通じない。

 防戦一方になってしまったエクスキューショナーは、95式からの攻撃に加え、壁に打ち付けられるダメージも重なって、もう立っているのもやっとな状態だ。

 

「これで、仕舞です!」

 

 懐に踏み込み、体当たりの要領で半身を叩きつける。

 私も訓練で食らったことがある、アレこそが95式の決め技〝てつざんこう〟。

 見た目は地味だけど、痛いんだこれが。

 

「95式がぁ、決めたぁあぁぁぁ~~!」

 

 部屋中に振動が伝わるほど強烈に壁に叩きつけられ、エクスキューショナーがついに膝をついた。途端、身体に纏っていた赤色の稲妻が消え去る。

 もう、Eliteモードを維持するだけのエネルギーが尽きたという証拠だ。

 

「まさか、格闘戦でこれだけ圧倒されるとは・・・・・・無念」

 

 これでもうエクスキューショナーは戦線離脱だが、まだ勝負はついていない。

 

「95式~、ちょっと手を貸してくれる? やっぱり、私の力だけじゃあ倒しきれないみたい」

 

「分かりました。合わせますよ、K5」

 

 K5の巻き上げる嵐に、95式が果敢に飛び込む。

 

「上等だ! お前らまとめて叩き潰してやる!」

 

 ハンターの気合を現すように、身体に纏う稲妻が一層にバチバチしだす。

 左右からの挟撃に耐えつつ、剛腕を振るい続けるそのタフネスさは驚愕に値するが・・・もう手遅れだ。

 〝混ぜるな危険〟、という言葉があるが、今はまさにそれである。

 仲間が傍に居ようとお構いなしに吹き荒れるK5の蹴撃をかい潜り、避けながら、95式は重い一撃をハンターに叩き込んでいく。

 さながら、95式は荒れ狂うK5の暴風を追い風に舞い飛ぶ猛禽。歯車がキッチリと嚙み合ったかのような即興の連携だ。

 我が基地で1、2位を争うインファイターの華麗なコンビネーションを、まさか、こんな辺境の地でお目にかかることになるとは。

 私も、配信を通して見ている視聴者も、かなりの幸運と言っていいだろう。

 

「お~~っと、これはすごいぃ~~! K5だけでも凄かったが、飛び込んできた95式もかなりスゴイ~! もうね! なんていうか! すごすぎてスゴイっていうしかなくなっちゃうくらいに凄い展開です! 画面を通して見ている皆様にもお判りいただけていると思うので、あえて、詳しい解説はしないでおきます。決して、語彙が足りなくて解説できないわけじゃないぞ?」

 

 よくもまぁ、こんなヘボ解説で配信者を名乗れるものだ。コイツの動画を好んで観ている奴らの質が知れるというものである。

 

「ほんっっとうにタフいんだから! ・・・よし、95式、打ち上げて!」

 

「? 思いっきりで良いのですか?」

 

「全力全開でやっちゃって!」

 

 2人のやり取りに警戒したハンターが一歩後退する。

 そんなのはお見通しだった95式は、間髪入れずにハンターとの間合いを詰め、逃がさない。

 

「クソっ!?」

 

 ゼロ距離に迫った95式を前に悪態をつきながら、ハンターは咄嗟にガードを挙げる。

 

「せやぁっ!」

 

 力強い掛け声と共に、95式が屈めた身体を跳ね上げる。爆発的な勢いが全て載せられた掌打が、ハンターのガードをすり抜け、顎に直撃した。

 まるで、ロケットのような勢いを伴った掌打だ。体格の良いハンターとはいえ、軽々と宙に打ち上げられる。

 K5が指示した通りの状況。

 そして、当のK5はというと・・・95式の動きに釘付けだった間に、私達がいる実況席のすぐ目の前にまで駆け寄ってきていた。

 

「え? え? なになになに!?」

 

「ちょっと失礼!」

 

 慌てふためくMDRの真正面、長テーブルに飛び乗ると、踏み台にして私達の頭上高くへと舞い上がった。

 踏切りの際、分厚い木製のテーブルからイヤな音がしたくらいだ。相当な脚力だという事が伺える。

 

「これで」

 

 K5が空中で身体を捻る。

 上着の裾を翻し、踊るように飛んでいくその先には、95式によって弾き飛ばされ、無防備な

状態のハンターの姿。

 

「決めっ!」

 

 遠心力を以て急加速した脚はさながらギロチンの刃。

 断罪の一閃がハンターの腹部目掛けて振り下ろされる。

 

「っっ!!?」

 

 ショットガンでもぶっ放したかのような強烈な衝撃音を伴い、ハンターが床に向けて叩き落とされた。

 石造りの部屋が微かに揺れるほどの衝撃だ。いくらタフなハンターEliteといえど、到底耐えきれるものではありえない。

 

「ぅう・・・少し、グリフィンの人形を舐めすぎたか・・・・・・」

 

 床に倒れこみ、Eliteモードが解除されたハンターの横に蹴り姫様が舞い降りる。

 綿毛が地面に着陸するように、静かに、嫋やかに。

 

「MDR、95式に上着を投げて。ほら、ぼ~っとしてないで、早く早く」

 

「んぁ? 上着? はい、どうぞ~」

 

 あまりにも獰猛かつ華麗な一撃に、実況も忘れて見惚れていたMDRは、K5に急かされるまま、白い上着を放り投げる。

 

「ふふ、私達に」

 

 手を高く掲げた、お馴染みの勝ちポーズでK5。

 

「並ぶモノ無し、です」

 

 受け取った上着を羽織りながら、K5にクルリと並び立って優美に微笑む95式。

 しっかりとMDRのカメラに向かって勝ち名乗りを挙げているのだから、この2人も見た目に反してかなりの目立ちたがりだといえよう。

 

「し・・・・・・しょ~~ぶありっ! 厨二モード登場で一時は劣勢に追い込まれたものの、奇跡の大逆転を見せましたぁ! 我らがグリフィン基地の龍と虎! 背中を預け合った最強コンビ! タイガー&ドラゴンが見事に勝利を飾りました!」

 

 軽く唾を飛ばしながら、大興奮で喚きたてるMDR。

 ホント、2人がEliteモードにやられた時にはどうしようかとヒヤヒヤしたが、何はともあれ結果オーライだ。

 これからは、あの2人にはケンカを売らないよう気を付けよう。うん。




もう、ドルフロあんま関係ない展開になってましたね。
書き上げた当時にやっていたアクションゲームが影響して、こんな展開になっちゃったんじゃないかと自己分析しています。
K5が蹴り技を好んでいたのは、韓国出身という事でテコンドーをモチーフにしていたんでしょうね。

今作も残すところあと僅か。どうか、ネゲヴちゃん達の雄姿を最後まで見届けてやって下さいな。
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ  7話

溶けそうなくらい暑い今日この頃。
〝よう、相棒。まだ生きてるか?〟
どうも、弱音御前です。

16.6%のミチシルベ、今回は第7話。
鉄血とのタッグバトルを終えたところからのスタートになります。
それでは、今週もどうぞごゆっくりと~



「くっ・・・くっそぉぉぉ~~! 本気のエクスキューショナーとハンターが負けるなんて。こうなったら・・・お前たちだけでもぶちのめしてやる!」

 

 途中から黙りこくっていたので、存在を忘れていたデストロイヤーが実況席の私達に向けて襲い掛かってくる。

 まぁ、普通はそうなるよね。

 

「トロちゃんがキレたぁ!? 隊長、よろしく!」

 

 泣きたくなるくらい頼りないMDRが、甲羅に引っ込むカメよろしく、その場でしゃがみ込む。

 自然と、デストロイヤーの標的は私になるわけだが。これはこれで私としては都合いいのである。

 飛び掛かってきたデストロイヤーの頭。その左右でフサフサしているツインテールを両手で掴む。ついさっき、MDRと95式が乗っていたモーターサイクルに乗っているような感じである。

 

「・・・へ?」

 

 異様な気配を感じたのだろう、呆気に取られているデストロイヤーの顔に、思いっきり私のおでこをぶつけてやる。

 

「あだっ!!?」

 

 ゴチ~ン、と良い音が木霊する。

 指揮官にからかわれ、鍛えられた私のおでこだ。さぞかし痛かろう。

 予想外の逆襲で怯むデストロイヤーだが、私にツインテを握られているので、逃げることは出来ない。

 そのまま、間髪入れずに両腕を力一杯振り下げる。

 向かう先は、実況席に使っていたテーブルだ。

 

「ぎゃう!?」

 

 オマケで体重も載せてやった甲斐があり、デストロイヤーの頭で木製のテーブルは真っ二つ。

 視界の端で、K5と95式がちょっとヒイているのが見えるが、気にしない気にしない。

 そうして、床に突っ伏しているデストロイヤーの身体をボールでも蹴るかのようにシュートしてトドメである。

 

「ヴぉあぁぁぁ~~」

 

 妙な呻き声をあげながら、床をゴロゴロと転がっていくデストロイヤー。

 今日、これまでに積もっていたストレスが半分くらい消え去ってくれたような爽快感だ。

 

「隊長のケンカファイトって、相変わらずエグイやり口してるよね」

 

「何よそれ。物騒な呼び名を付けないでくれる?」

 

 曲がりなりにも、指揮官直伝の戦い方である。ちょっと乱暴なのは認めるが、せめてストリートファイトくらいの呼び名にしてもらいたい。

 

「さて、これで分かって貰えたかしら? 銃が無くたって、アンタらみたいなクズ鉄に負けるような私達じゃないのよ」

 

 倒れこんでいる鉄血3人を見下ろしながら言い放ってやる。

 これでもまだ生意気な口を利こうものなら、いよいよ鉛玉で分からせてやるしかないのだが。

 

「うぅぅ・・・うえ~~ん! 何だよお前たち! 銃持ってないのにそんな強いなんて、反則じゃんかよぉぉ!」

 

 キレて泣き出すくらいなら、まだ可愛げがあるかな。

 

「そっちだって銃を使ってないのに強いヤツ沢山いるでしょ? 他人のこと言えるかっての。いつまでも泣きベソかいてないで、さっさと出てけ!」

 

「言われなくたって出てくもん! バ~カ! ブ~ス! 死ね!」

 

 デストロイヤーは他の2人に肩を貸して立たせると、人間の子供みたいな悪口を捲し立てながら部屋から出て行った。

 あれだけいたぶってやったのに、まぁ、元気なものである。

 一応、ちゃんと外に出て行ったかどうかを確認。屋内に平和が戻ってきたところでようやく

一安心だ。

 

「はい、お疲れお疲れ。2人とも、大きなケガは無いかしら?」

 

「ええ、私は平気ですよ。K5の方は、何度か打たれていたようですが?」

 

「まぁ、ちょっともらっちゃったけど、受け身をとってたから、大したダメージは無いよ。処置の必要もないから」

 

「いやぁ~、ホントに凄かったよ2人とも。高視聴率に貢献していただいて、マジあざ~す!」

 

 一難去り、興奮が冷めてきたところで眠気が襲い掛かってきた。なんだかんだとやっていたが、今はド深夜だ。日が昇るまであまり時間は無いが、少しでも睡眠を採らせててもらいたい。

 片付けもそこそこに寝袋に潜り込み、目を閉じる。

 疲れ切っていた私の意識は、それこそ秒で深い深い水の底へと・・・

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 沈んでいきたい所なのだが、どうしても気が散ってしまってなかなか寝入ることが出来ないでいた。

 95式とK5が、窓の傍に張り付いたままずっと外を眺めているのだ。

 心配そうな面持ちで、2人が何を見ているのかは大体予想が出来ている。

 

「はぁ~・・・さっきから何を見てるのよ?」

 

 このままでは不眠で朝を迎えてしまいそうので、寝袋から這い出て2人に歩み寄る。

 

「あそこにね、さっきの鉄血3人組がいるんだけどさ」

 

 予想的中。こんな、人間も住んでいないような極寒の僻地である。外に何があるというわけでもないので、見るものといったそれくらいものだ。

 

「とても寒そうにしているので、ちょっと可哀そうだな・・・と」

 

 窓ガラスに近づいてみると、建物の壁に寄りかかり、身を寄せ合っている3人の姿が確認できた。

 ちょうど、建物が壁になって吹雪の直撃は避けられる位置だが、降り積もっていく雪の量は尋常ではない。

 害虫のようにしぶとい連中だ。朝を迎えるまで寒さに耐えるくらいはできそうなものだが。

 

「・・・分かったわよ。ただし、エントランスまで。この部屋には入れないからね」

 

 こんな人里離れた地に送られてしまった者同士のよしみ、というものか。

 敵に手を差し伸べようなどと、ガラにもなく思ってしまったのだから、私も相当に甘ちゃんだ。

 

「いいの? 相手、鉄血だけど」

 

「あれだけ思い知らせてやったんだもの、それでも手を出してくるほどアイツらも馬鹿じゃないでしょう」

 

「ありがとうございます。やはり、隊長はお優しいですね」

 

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、副官として、普段は基地の奴らを厳しく指導している私だ。

 95式の言葉に手を振って返し、私は颯爽と部屋を後にする。

 エントランス扉から出てみれば、外は想像以上に強烈な吹雪に見舞われていた。

 

「うわ・・・これはキツイわね」

 

 あまりにも過酷な環境だったことに驚きつつ、建物の外周に沿って、裏側へと周り込む。

 視界は1メートルも効かないくらいで、壁に手を付いて進まなければ、自分の居所を見失ってしまいそうになる。

 こんな中に数時間も居たら、いかにしぶとい鉄血といえど、凍結障害によるブローは免れないだろう。

 本来なら、数分もかからないだろう道のりを、何倍もの時間をかけて確実に進み、ようやく鉄血3人組の姿を視認した。

 積もってくる雪を払い落としてもいないものだから、半ば雪に埋もれていて危うく見落とすところだった。

 

「な、なんだよ。言われた通り外に出たんだから、何も文句なんかないだろう?」

 

 身を寄せ合っている真ん中にいたデストロイヤーが、目敏く私の気配に気が付いた。

 生意気な口をきけるということは、まだ元気な証拠。不覚にも、ちょっと安心してしまった私がいる。

 

「もう、お前達と戦えるエネルギーなんざ残ってないさ。だから、このまま放っておいてくれないか」

 

 対して。ハンターの口調は弱々しく、エクスキューショナーに至っては、俯いたまま顔を上げもしない。

 もう、覚悟は決まっているということか。

 ・・・別に、鉄血のクズ共がどこで野垂れ死のうが私の知った事ではない。どうせ、遅かれ早かれ、私達グリフィンにボコボコに叩きのめされる運命な奴らなのだ。

 だからこれは、たまたまそういう気分だった、というだけの話。

 これ以降、私が鉄血を助けるなんてもう絶っっっ対にあり得ないと、ここに断言しておこう。

 

「エントランスなら使ってもいいわ。ここよりは大分マシでしょう?」

 

「・・・・・・憐みのつもりか? 生憎と、敵に借りを作るほど落ちぶれてはいなくてな。丁重にお断りしておくよ」

 

「あっそ。なら、好きにすれば? それではご機嫌よう、鉄血の皆様方」

 

 キッパリと言われてしまったので、キッチリと言い返して踵を返す。

 私から言うべきことは言った。それを受け入れるかどうかは、アイツら次第である。

 

「ちょっと待った。エントランス・・・使わせてもらうよ」

 

 背後からの声が、離れていく私を引き留めた。

 吹き荒れる吹雪の音にかき消されることのない、強い気持ちのこもった声に聞こえた。

 

「おいおい、正気か? グリフィンに助けてもらったなんて、恥さらしも良いところだぞ」

 

「いいもん。それでハンターとエクスキューショナーが助かる可能性が上がるのなら、どんだけ恥ずかしい目にあったっていい」

 

 結局、ハンターはデストロイヤーの真剣な言葉に逆らえず、3人は私の後にゆっくりとついて歩いてくる。

 敵に情けをかけられるくらいなら死んだ方がマシ、というハンターの考えは、私達のように戦いの中に身を置く者であれば尤もな考えだろう。

 でも、例え見苦しくても生き残る道を選ぶことを、私は悪い選択だとは思わない。それが、仲間の身を想っての事であれば尚更だ。

 無事にエントランスに戻ってくる頃には、私達4人、白いギリースーツでも羽織っているみたいに雪塗れになってしまっていた。

 お互いに雪を払い落とし合ってから、部屋の隅に置いてある椅子に3人を座らせた。

 私の記憶では、エントランスにこんなモノは用意されていなかった。人形想いな誰かさん2人が、こっそりと用意してくれたのだろう。

 

「んで、アンタ達2人は良いけど、そっちのは平気なの?」

 

 エクスキューショナーは、ハンターがずっと肩を貸したままの状態でぐったりとしている。最低限の行動が出来ていることから、完全にダウンしているわけではなさそうだが、私の見立てでも、重症なのは分かる。

 

「Eliteモードのシワ寄せだ。アレは神経系への負担が大きいモードだからな。私と違って、コイツは耐久が高いタイプではないのが災いした」

 

「まったく、無茶なオーバークロックなんてするから、そういう目に遭うのよ。・・・ちょっと待ってなさい」

 

 95式がぶちのめしたのが原因だったら少し気マズイな、とか思っちゃったが、そういう事でなければそれで良し。

 一旦、私達がキャンプを張っている部屋へと戻る。

 

「隊長、あの3人の様子、どう?」

 

「割と平気そうにしてるけど。気になるなら、自分で見に行ってみればいいじゃない」

 

 落ち着き無さそうな様子のK5に返しながら、私は、荷物の中から、予備の毛布と戦術人形用のリペアキットを取り出す。

 

「いやぁ、あれだけ派手にやり合ったんだし、ちょっと顔を合わせづらいというかなんというか。ねえ?」

 

「私達が行って、嫌な気分にさせてしまうのも憚られますし。申し訳ないのですが、引き続き、

対応をお願いしてもいいでしょうか?」

 

 私から言わせれば、何をそんなに気にしているのか分からないが、そういう事であれば、無理強いをさせるつもりもない。

 

「はいはい。後は私がやっておくから、MDRを見習ってアンタ達も少しは眠りなさいね」

 

 配信を終えるや、さっさと眠りについたMDRをジトっと一瞥して、私は再びエントランスへ。

 

「これ、IOP製のリペアキットだけど、アンタ達にも使える部品があったらいいわね」

 

 そう、そっけなく言ってハンターに毛布とキットを手渡す。

 

「なぜここまでする? 回復したら、またお前たちを襲うかもしれんぞ?」

 

「どうぞご自由に。その時は、もう容赦しないから覚悟することね」

 

 余計な話はせず、私は踵を返してさっさと歩きだす。

 あんな寒い外に出て行ったせいで、私の疲れもいい加減ピークだ。もう寝たい。

 

「・・・・・・恩に着る。この借りは、いつか、きっと」

 

 まさか、鉄血にお礼を言われる日が来るなんて想像すらもしていなかった。

 ちょっと悔しい事だけど、それは、基地の仲間にお礼を言ってもらった時くらい気分が良いもので、そのせいもあってか、私は本当にすんなりと眠りにつくことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 3日目 8:00 北部戦線制圧区

 

 嵐のようだった吹雪がウソのように収まり、真っ白な水平線から太陽が頭を出し始めた時間帯。早々に目が覚めた私がエントランスを覗いてみると、そこには鉄血3人の姿は無かった。

 キッチリと畳んだ毛布と共に置かれたリペアキットから、神経系の部品が幾つか無くなっているところを見ると、エクスキューショナーの応急処置も上手くいったのだろう。

 鉄血下級兵ほどではないが、エリートだって何体も製造され、稼働している。もう、昨夜のアイツらに出会う事なんてないだろう。

 しかし、まぁ、この私がわざわざ見逃してあげて、おまけにリペアの手助けまでしてやったヤツらだ。今日明日にでも他のグリフィン連中にやられる、なんていうツマラナイ事にならないよう、祈っておこう。

 ・・・・・・などと、昨夜の格闘大会が、あまりに盛り上がったものだから忘れがちだが、私達は任務の真っ最中なのである。それも、行先をダイスで決める、だなんていう傍若無人な。

 

『第8の選択をリストアップしました。ダイスロールによる選択をお願いします』

 

 本日は任務3日目。指揮官が出張から帰ってくる日である。

 確か、指揮官は夕方には基地に帰着すると言っていた。つまり、タイムリミットまであと9時間くらい。指揮官の帰りをお出迎え出来ない、なんていう不手際を晒さないよう、私は、何が何でもここでキメなければならないのだ。

 

 

 第8の選択

 

 1 他支部 〝Fire Team〟と合同戦線 輸送ヘリ〝アイゼン〟 5時間

 

 2 東部戦線奪還戦 高速ヘリ〝テスタロッサ〟 3時間

 

 3~6 ようやく〝R・T・B〟(基地へ帰還)

 

 

「これは・・・ウェンズデイも妥協してくれたのでしょうね、きっと」

 

「妥協っていうか、もう、舐めてるとしか思えない選択肢だもの」

 

 K5の言う事も尤もである。

 いちおうダイスで決めると設定してしまった手前、継続の選択は入れたけど、本当はもう終わりにしたい。これなら、お前らでも帰れる目をだせるだろう? と言わんばかりの選択肢だ。

 まぁ、あまりにもヒキ弱な私達がいけないのだが、ちょっとだけイラつく。

 

「もう決めよう。動画の取れ高的には十分だから。あんまり間延びさせると、視聴者もマンネリ化しちゃうんだから。ってことで、誰がサイコロ振るの?」

 

「私で一周したから、次は95式? 誰だっていいんだけどさ。3~6を出せばいいだけなんだし、ラクショーでしょ?」

 

 とか、2分の1を見事に外した私が言いつつ、95式にサイコロを手渡す。

 

「そ、そう・・・ですね。1と2を避ければいいだけですものね。1と2を・・・」

 

 そう呟くものの、95式はどこか浮かない表情のまま固まってしまう。

 もしかして、ビビっているのだろうか? 昨夜、あれだけ恐ろしいEliteモードに真っ向勝負を挑んだ95式が?

 この選択肢の成功率は70%近い。普通に考えたら、そこまで深く考える事もないはずだ。

 本当に、ゴミ箱に紙くずを放り投げるくらい気楽にサイコロを放り投げてやればいいのだ。

 

「どうでしょう? この長期任務も最後という事ですし、有終の美を飾る人形は、公平にじゃんけんで決めるというのは?」

 

 なんか、みんなも最後の大トリをやりたいでしょ? な感じで95式が提案してくる。

 何をそこまでビビる必要があるのか、私も含めてK5もMDRも、不思議そうに首を傾げてしまう。

 成功率70%だぞ? そんな高確率、この土壇場で外すわけないだろう?

 

「95式がそう言うなら、私はそれでもいいけど」

 

「うん、私も異論は無いぞ?」

 

「んじゃあ、貴女の言う通り、じゃんけんで決めましょうか?」

 

 私達が同意すると、95式は心底安堵の息をついた。

 彼女のこれだけ安心しきった様子なんて、戦場でも滅多にお目にかかれるものではない。

 じゃ~んけ~ん、ぽん! の掛け声1つで勝敗は見事に決した。

 3人がチョキで私がグー。大トリという光栄な役回りなので、勝者である私が、今回もダイスを振る役目だ。

 

「それでは、よろしくお願いしますね。隊長」

 

 大輪の華でも咲いたような笑顔で95式。

 

「さっさと振っちゃっていいよ~。もう、こんな面白みのない選択肢は撮影もしないからさ」

 

「私、帰りの支度を始めちゃうね」

 

 もう、帰る気満々のK5とMDRはこちらに目を向けてすらいない。

 いつまでも、こんな辺境にいるのも時間の無駄なので、早いところダイスを振ってR・T・Bの目を出してしまおう。

 

「はいはい、よろしくね。95式も、そんなまじまじと眺めてないで帰りの支度でもやってれば?」

 

 言って、ダイスを握った手を胸元まで上げる。

 このまま、掌をひっくり返せばそれでこの任務は晴れてお開き。

 たったそれだけの、簡単な行動の・・・筈だった。

 

「・・・・・・」

 

 何気なしに、手に乗せられたダイスに視線が映る。天面に向いているのは2の目。

 偶然にも、出してはイケナイ目が出ていた。

 なんか縁起が悪いな、と思い、わざわざダイスをひっくり返し、違う目を天面に向けなおす。

 これで準備万端。

 ダイスを振ろう。

 掌を返し、地面に向けて落とそう。

 さぁ、早くやろう。

 ・・・それが、なかなか出来ない。

 理由は、さっき2の目が掌の上で出ていた、という些細な事だ。

 分の良すぎる選択だという事は理解している。でも、負けという可能性は低くともゼロではないという事に気づいてしまった。

 

「は・・・ぁ・・・・・・」

 

 知らず、息が切れている。

 たった今の出来事のように、偶然、2の目を出してしまったら?

 初めは、ミジンコにも満たなかった小さな不安が、いつの間にか、私のメンタルに侵食し渡り、がんじがらめに縛り付けていた。

 それは、植物の種が地面に落ち、芽吹き、地に根を張り巡らせる、その成長過程にも似ている。

 

「お判りいただけましたか、隊長? 私が手を止めてしまった、その理由が」

 

 乱れてしまった呼吸を整えている最中、95式の声にハッとする。

 ダイスを手にした途端に95式は表情を曇らせ、手を止めてしまっていた。

 彼女もまた、この勝利へのプレッシャーに捕らわれてしまった人形の内の1人に違いないのだ。

 というか、この70%という勝率が実に良くない。80%とか90%くらいなら、鼻で笑い飛ばしてダイスを振っていただろうが、私が直面しているこの数字は、良く考えてみればメチャクチャきわどい確率である。

 この気持ちは、きっと当人にしか分からないものだ。

 ビビっているだなんだと、95式の事を心の中で馬鹿にしていた事を、本当に申し訳なく思っている今日この頃。

 

「なにやってんのさ隊長? 早くダイス振って、早いところ基地に帰ろ~よ~」

 

 こっちの気も知らず、MDRはその場で座り込んでふてくされ始める。

 私はもう逃げられない。95式は上手く私に押し付けることが出来たが、それと同じ方法は使えないし、もう、他の方法を考えるような精神的余裕は私には1バイトたりとも存在しないのだ。

 ダイスを振るしか道は無いのに、でも、私の本能は最大級の警鐘を鳴らして、私の手を止めてしまう。

 ああ・・・これが、ビビるという衝動か。

 

「く・・・くっそぉぉおぉぉ! いっけぇえぇぇぇええぇ~~~~!」

 

 ダイスを乗せた右手は微動だにしないので、気合一閃、反対側の手で右手をひっぱたいた。

 衝撃でダイスが跳ね上がり、地面に落下していく。

 ダイスが着地するまでの、ほんのわずかな時間で私は思う。

 

(ああ、ダメだ。アカンやつだ、これ。絶対に1か2出る。もう、それ以外の未来見えないもん。ないわ~。70%外すとか、マジでないわ~)

 

 つまりは、もう戦う前から私は心で負けてしまっていたのである。

 そうして、やはりそういうのは現実にも作用してしまうというお決まりがあって。

 ダイスは1の目を上に向けて、新雪の上にポトリと落っこちたのだった。

 

「ちょ!? 隊長・・・噓でしょ・・・?」

 

「心中、お察しいたします」

 

「隊長~・・・・・・そういう面白い事はさぁ、私がカメラを回している時だけにして下さいよぉ」

 

 三者三様のリアクションに、私は頷いたまま返せず立ち尽くす。

 前回の時よりも、段違いに気まずくて、もう、この雪原に穴を掘って埋まりたいくらいである。

 

「はい、みんな、今回もやらかしてくれちゃった隊長に向けて一言。せ~の」

 

 MDRの号令に合わせ、私の真正面3人が息を吸う。

 私は身を小さくして、それを甘んじて受け入れるしかない。

 

「「「こぉの、ダメ人形!」」」

 

 はい、いざというときにやらかしちゃうダメ人形でほんとスイマセンした。




そう簡単には終わらない、というのもサイコロの旅のお約束ですね。
この期に及んで別の戦地へ行かされてしまうエーデル小隊ですが、無事、期日までに帰ることができるのでしょうか?

次回、16.6%のミチシルベ最終話になります。
来週の更新もどうぞお楽しみに!
以上、弱音御前でした~


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16.6%のミチシルベ  8話

このところ毎回言っている気がしますが・・・暑い。
発火しそうなくらい暑い今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんのサイコロの旅、今回で最終回となります。
大チャンスのダイスロールを見事に外したネゲヴ率いるエーデル小隊一行ですが、無事に基地へ
帰還をはたすことができたのか?
それでは、今週もごゆっくりとどうぞ~


 3日目 14:00 東部戦線Dライン

 

 

「隊長、8時方向!」

 

 K5が私に注意を促してくれる。しかし、そんなのはとっくのとうに把握している事だ。戦闘のスペシャリストを舐めてはいけない。

 

「んにゃろ!」

 

 振り向き際、飛び掛かってきた近接兵を銃で殴りつける。

 思いっきり振り抜いた一撃だ。近接兵は、たまらず地面に崩れ落ちる。

 

「この私に! 飛び掛かるなんざ! いい度胸! してるわね!」

 

 起き上がろうと、身体を支えている腕を蹴り折る。

 這いずれないように、もう片方の腕を踏み潰す。

 藻掻くことすらも出来ないよう、足を捻じり切る。

 もう、腕を潰した時点で過度ダメージによって機能を停止しているのだが、構いやしない。

 この戦線を制圧していた鉄血部隊はコイツで最後なのだ。ちょっとくらい、私の気晴らしに付き合わせたって、バチはあたらないだろう。

 

「うわぁ・・・隊長、かなり荒れてるね」

 

「先ほどの件で、随分と沈んでいましたから。そっとしておきましょう」

 

「これも、かなり数字取れそうな絵面なんだけどなぁ。表現規制に引っ掛かりそうでちょっと

キワドイかも」

 

 3人のヒソヒソ話は私の耳には届いている。

 そうか、少しやりすぎだったのか、と、ようやく自分の行いを客観的に見れるくらいにクール

ダウンしてきたところで、八つ当たりの手を止める。

 

「はぁ・・・はぁ・・・。今の、見た?」

 

「「「なにもみていません」」」

 

「この事、みんなに言う?」

 

「「「だれにもいいません」」」

 

 キレイに揃った返答を聞いて、良しと頷く。

 まぁ、基地の人形達の間で話題になっちゃうだけならいいんだけど、指揮官の耳に届くのだけはマジ勘弁だ。

 例え敵とはいえ、人形愛のすごい指揮官は、鉄血人形に対してのオーバーキルを嫌う。この事がバレれば、私はお説教確定なのである。

 

「はい、Dライン奪還完了。さっさと次に行くわよ。ウェンズデイを呼び起こしてちょうだい」

 

「りょ~かい。そ、それじゃあ、次は私がダイス振ろっかなぁ。隊長に任せっぱなしっていうのも悪いしさ」

 

「いや、いい。私が振るから」

 

 なんとなく、私の顔色を伺うような様子のMDRにはっきり言って返す。

 

「え? でも、流石に3回も連続はマズイって」

 

「そうですよ。自棄になっている時というのは、総じて良い結果をもたらしません。それは、隊長もご存じの事でしょう?」

 

「いいの! 私がやるの! あんな醜態を晒しといたまま終われるか!」

 

 明らかに分の良い勝負で2回も負けた。あれほどの屈辱は無い。

 この、エーデル小隊隊長として、基地の副官として、指揮官と誓約を交わした人形として、

ダメ人形のレッテルを張り付けられたまま終わるわけにはいかないのだ。

 

「あの時は、流れでついダメ人形って言っちゃったけどさぁ。所詮、確率の問題なんだから、そこまで意地にならなくたって・・・」

 

「もう、好きにさせてあげようよ。こうなっちゃったら、何を言っても聞かないのがネゲヴ隊長、でしょ?」

 

「そうですね。これで隊長の気が済むのなら」

 

 やや呆れ気味に納得してくれたところで、タブレットのウェンズデイが起動準備を終える。

 さぁ、リベンジマッチの開始といこう。

 

「戦線の奪還に成功したわ。さっさと次の行先を提示して頂戴」

 

『エーデル小隊の皆様、お疲れさまでした。損傷と消耗の報告をお願いします』

 

「みんな無傷だし、物資は6割近く残ってる。そんなのはいいから、早く次」

 

『了解。移動に利用する便と時間を検索。・・・・・・検索完了。現地点より南東へ2キロ地点。15:00発、高速ヘリ〝プレデター〟で基地へ帰還してください』

 

 ・・・・・・ウェンズデイの言葉を聞いて、4人揃ってしばしフリーズ。

 どうやら、今の話をすぐに理解できなかったのは、私だけではないようでちょっと安心してしまう。

 

「えっと・・・なんで1便しか検索しないの? いつもの選択肢は?」

 

『もう、複数の行先を選ぶ必要はありません。この便で基地に帰還しなければ、指揮官様の帰りに間に合わなくなってしまいます。エーデル小隊は速やかに、地図のマーカーに向けて』

 

「ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待った」

 

 ウェンズデイの話に強引に割り込む。

 

「選択肢を6つ検索しなさい。今すぐに」

 

「ちょお!? 何言ってんのさ、隊長! せっかく帰っていいって言ってるのに!」

 

「そうだよ! あまりに頭にキすぎて、メンタルがイカれちゃったの!?」

 

 K5とMDRが大慌てで私を引き留めるが、聞いてやるつもりはない。

 メンタルがイカれたと言わばそう思え。

 

「隊長、少し落ち着いて良く考えましょう。もう帰れるのです。指揮官様のもとへ。それなのに、わざわざリスクを背負い込むような真似をするのは愚かしいことだと、隊長も理解できるでしょう?」

 

「そうね、確かに。無条件で基地に帰れるのは嬉しい。だが断る。このままあの屈辱を抱えたて暮らしていくなんざ、この私のプライドが許さない!」

 

「その気持ちも分からなくはないですが・・・でも、ここで帰らないと、指揮官様のお帰りに間に合わないのも事実です。隊長だって、指揮官様をお出迎したいのでは?」

 

「だから、ここで帰還の目を出すって言ってんのよ! 何が何でも、この場で決めてやるの!

この私が! アンタ達は、黙って私の指示に従ってればいいのよ!」

 

「うむむ・・・ですから」

 

 私と95式の口論はいつまでも平行線を辿り、傍のK5とMDRはどうしたらいいのか分からず、その場で立ち尽くす。

 そうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

 

『ネゲヴ隊長がお望みであれば、ダイスロールによる選択を続行しますが?』

 

 そんな中、ようやく折れてくれたウェンズデイは流石、優秀なAIである。

 この任務が始まってからこの方、ようやくコイツに対して好感が持てた。

 

「いやいやいや、大丈夫! このまま、指定のポイントへ向かうから。アナタはもうスリープ状態に移行して。ね」

 

「なに勝手な事言ってんのよ、バカ姫! 私はそんなの認めて」

 

「隊長、シャラップ!」

 

 強引にウェンズデイを言いくるめようとするK5。それを咎めようとした私にMDRが飛び掛かり、口を塞いだ。

 

「~~~! ~~~~~!?」

 

「95式、助けて! 私だけじゃあ抑えきれないよ~!」

 

「私が身体を抑えます。貴女はそのまま腕と口を」

 

 振りほどこうと暴れる私の身体を、95式がガッシリと抱きとめる。

 MDRだけであれば、ブン投げてやることもできたが、95式まで加勢されてはそう簡単にはいかない。

 私も、もうなりふり構っている場合ではなさそうだ。

 

「~~~~~~! あむ~~~~!」

 

「あだだだ!!? らめぇぇ! そんな強く噛んだら手の皮膚ちぎれりゅぅうぅ!」

 

 本当に、嚙み千切ってやるくらいの気持ちで口に当てられたMDRの手に噛みつく。しかし、

叫びこそすれ、決して手を離さないその根性はなかなかのものだ。

 

「2人とも、そのまま隊長を抑えてて。MDR、隊長の頭、ちょっと前に下げさせて」

 

「下げさすって、どうやってさ!」

 

「口に当ててる手で、顎を押しこむんです。もっと、グイっと」

 

「私の手ももう限界なのに~。無茶言ってくれるよ」

 

 MDR渾身の力で以て、私の頭が俯き気味に下げられる。

 視界が遮られてしまったので、周りで何が起きようとしているのか、私にはもう分からない。

 

「よ~し、いくよ」

 

 背後から、K5の掛け声。

 タタタ、と駆け足が近づいてくる音が聞こえて。

 

「せやぁ!」

 

 直後、後ろ首に強烈な衝撃を受け、私の意識はスイッチを切ったかのように一瞬にして暗闇へと落ちていった。

 それが、私にとって数か月ぶりとなる任務の、本当に下らない幕引きとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目 21:00 グリフィン基地執務室

 

『だから、さっきから何回も謝っているじゃないか。AIの柔軟性が足りなかったのと、強制執行権限まで搭載したのはやりすぎだったって。・・・でも、それはキミのとこの部隊の扱いにも問題はあると思うんだけど』

 

「はぁ? 反省しているって言う割には、随分と偉そうな事言ってくれんじゃない。今回はたまたま、うちの娘達が無傷だったから良かったものの。これで、重傷者が出てロストでもしたら、どうオトシマエつけてくれんのよ?」

 

『お、オトシマエって。どっかの国のマフィアかい、キミは・・・』

 

「まだクソ生意気な口が利けるみたいね。指の一本でも詰めてやれば、少しは大人しくなるのかしら?」

 

『ひぃぃぃい~~! そんな乱暴な~~!?』

 

 なんだかんだありつつも、無事に基地へと帰ってきた私達、エーデル小隊一行。

 指揮官のお出迎えもそこそこに、任務報告書の提出や備品の返却などの雑務も終え、今は、勤務外のリラックスタイムの最中である。

 私の予想では、会えなかった3日分、お互いにゴロゴロと甘え放題というスイートな様相を呈する筈だったのだが・・・ご覧のように、ドスの効いた声で指揮官がペルシカを責め立てている真っ最中である。

 話の内容としては、ウェンズデイの頑固さが原因で、私達の部隊が3日間フルで任務に回らされてしまった、という事案に対してのクレームだ。

 あのAIの頑固さには私もウンザリしていたので、指揮官から話をつけてくれるというのは嬉しい。

 嬉しいのだが。

 

(指揮官、超コワいんですけど・・・)

 

 基本、良い子ちゃん揃いの我が基地である。ちょっとしたイタズラでお叱りを受ける事こそあれど、指揮官がマジギレした姿を見たものは、私を含めて今まで存在しなかった。

 つまり、私はその場に居合わせてしまった人形第1号なのである。

 指揮官絡みの事で一番になれる事ほど幸せな事は無い。

 けど、今回のコレはちょっとマズかった。

 その矛先は私に向けられているものではないが、それでも、怖さのあまり私は執務室のソファーにちょこんとお座りして、着せ替え人形のように微動だにできないでいる。

 そもそも、いけ好かない相手であるペルシカだから烈火の如く怒っているのだろうが、万が一にも、こんなのを向けられたらたまったものではない。

 密かに基地の娘達にも留意しておくべきだと、執務室の空気に溶け込みながら私は心に決めたのである。

 

「ペナルティとして、うちの基地への出入り半年間禁止ね。もし、これに違反した時はどうなるか分かってるわね? 私に、シガーカッターを使わせないでちょうだい」

 

『Yes Mam! ・・・でも、こうやって指揮官ちゃんに電話とかメールするくらいならいいだろう? キミのカワイイ娘達にちょっかい出すんでもないんだし』

 

「はぁ・・・それくらいならいいわ。それじゃあ、もう寝るから。おやすみなさい」

 

 そう言って、指揮官はペルシカの返答も待たずに通信を切ってしまう。

 

「お待たせ、ネゲヴ。いやぁ、恥ずかしいところ見せちゃってごめんなさいね」

 

「いやいやいや! 恥ずかしいなんて、そんな事、全然ないデス!」

 

「どうしちゃったの? なんか、言葉遣いが変よ?」

 

 一転、いつもの陽気さでいきなり話しかけてきたものだから、慌ててしまった結果である。

 ・・・でも、飲み物を片手にデスクから私のいるソファーへ、とてとてと歩いてくるその様子はやっぱりいつもの指揮官となんら変わりなくて。

 指揮官が私の横に腰を降ろすころには、もう私はいつもの調子に戻ることが出来ていた。

 私よりも少しだけ背の高い彼女に寄り添い、身体を預ける。

 柔らかな身体の感触と、嗅覚をくすぐる仄かに甘い香りに包まれ、私はもうこのまま溶けてしまいそうなくらいの幸福を感じていた。

 

「なぁに? そんなに寂しかったの? カワイイやつめ。このこのぉ」

 

 言って、指揮官が私の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 まるで、犬や猫にしてやるようなやり方だが、私は一向に構わない。

 もっとやってくれ!

 

「だって、ヘリであちこち飛ばされまくって大変だったんだもの。中には、12時間ぶっ続けで

飛んだやつだってあったのよ? ホント、信じられないわ」

 

「そりゃあ大変だったわね。でもさ、なんだってまた、サイコロの出目で行先を決める、なんて言い出したのよ? MDRの視聴数稼ぎに協力してあげたの?」

 

 テーブルの上に転がっていたダイスを拾い上げ、指揮官。

 このダイスは、もともとはK5のお守り代わりだったが、この任務の記念に、ということでK5が私にくれたのだ。

 ただ、記念といっても私にとっては、○○を忘れるな! という感じの戒めの品となってしまっているのだが。

 

「そんなんじゃないけどさ。K5が提案してくれて、ちょっと面白そうだったから、たまにはそんなのも良いかなって思って」

 

「そっかそっか。今回みたいに安全性の高い任務なら、そういう余裕を持っても良いけど、ガチな時は、ちゃんと気を引き締めていかないとダメよ?」

 

「ぅ・・・はい。肝に銘じておきます」

 

 お叱りを受け、ちょっとしゅんとしてしまった私の頭を、指揮官が胸で抱きとめてくれる。

 ふわふわで温かくて。このまま、眠ってしまっても良いかなと思ってしまうくらいだ。

 

「サイコロの出目・・・か。そんな、3日間も帰れなくなるものなのかしらね?」

 

 カツン、コロコロ。

 テーブルの上でダイスを転がしながら、指揮官が呟く。

 

「なるわよ。出てほしい目に限って出ないもんなんだから。16%舐めんな」

 

「ふ~ん、そう。・・・・・・本当に?」

 

 カツン、コロコロ。

 再び、転がしたダイスを拾い上げ、不敵な笑みを私に向けてくる。

 これは、良く知っている指揮官の表情。

 私を完全に言いくるめられると確信した時の、勝ち誇った表情だ。

 

「4」

 

 数字を呟き、指揮官がダイスを放る。

 カツン、コロコロ。

 ダイスは指揮官の宣言通り、4の目を天面にして停止した。

 

「そりゃあ、そういうこともあるわよ。確率だもん」

 

 私に一度微笑みかけ、指揮官がダイスを拾い上げる。

 掌の上でダイスを弄び。

 

「6」

 

 カツン、コロコロ。

 またしても、ダイスは指揮官の言った通りの目を上にして止まった。

 2度あることは3度ある、とも言うが、実際にそんな光景を見せられた私は、もう黙っている事なんてできなかった。

 

「なんで? もしかして、ダイスになんか細工した?」

 

「してないわよ。ほれ、見てみ?」

 

 ダイスを受け取り、まじまじと眺めてみるが、特に変わったところは見られない。

 試しに私もダイスを振ってみる。

 心の中で3と念じて振ってみたが、見事1の目が出やがった。クソが。

 

「何で出目が予想できたか、教えてほしい? ねぇねぇ?」

 

「くっ・・・・・・はい、教えてほしいです」

 

 満面のドヤ顔は非常に腹立たしいが、背に腹は代えられない。このままでは、気になりすぎて

何日も安眠出来ない日が続いてしまうのだろうし。

 

「ネゲヴはさ、このダイスの目、6つのうちどれが出るかはランダム。完全に運だと思っているんでしょ? でも、それは〝運〟とはいえないわけ。少なくとも、私にとってはね」

 

 ・・・・・・言っている意味が少しも分からない。

 首を傾げながら、話の続きを促す。

 

「ダイスは転がりながら目を変える。つまり、転がり方を読めれば、出る目を知ることが出来るわけ。転がり方に必要な要素は、投擲時の勢いと角度、空気抵抗、湿度、地面との高低差、地面の

硬度、接地時の接地面積、転がり抵抗。挙げたらキリがないんだけど、大きな要因だと、これくらいかな?」

 

「はぁ・・・・・・つまり??」

 

「簡単に言っちゃえば。今、この場において全く同じ振り方をすれば、ダイスは全く同じ目を出してくれるっていうこと。ダイスの目を変えるには、投げる時点で上に向いている面を変えてやればいいのよ」

 

「それってさぁ、イカサマじゃん?」

 

「立証されなければイカサマじゃないもの。現に、私が何回も振った中で、あなたはそれに気づかなかったでしょ?」

 

 それはご尤もな言い分だが、なんか、上手く言いくるめられているようでちょっと悔しい。

 

「本当はね、この世界で起こる事柄って、読むことが出来るモノが多いのよ。でも、それを正確に読む為のデータ量はあまりにも膨大すぎて、私達には読み切ることができない。だから、私達は

読むことができないそれらを〝運〟と名付けて折り合いをつけて過ごしているの」

 

 お気楽モードから一変、指揮官の声色が真剣味を帯びてくる。

 これはきっと、私にとって非常に大事に話だ。だから、私も指揮官をガッカリさせないよう、

真剣にこのお話を整理しようと試みる。

 

「・・・だから、指揮官が言うように運も偶然も運命も、この世界には存在しない? 物事には、必ずそれが起きる要因があるから」

 

 良くできました~、と、指揮官が頭をナデナデしてくれた。

 せっかく私がシリアスモードに入った途端にこれである。だから、私は居心地が良くて指揮官の傍からは離れられないのだ。

 

「この先、あなたが苦境に立たされて、どうしようも無くなって、これも運だ偶然だと諦めそうになったら、この事を思い出しなさい。こうなってしまった要因を変えれば、おのずと、その結果も変わる。カッコつけて言えば、運命は変えられるのよ」

 

「運命は変えられる・・・か。K5が聞いたら怒りそう」

 

「そうね。ケーちゃんの信条に反する言い方かもしれないから、あの娘にはまだ内緒にしておいてね」

 

 ガラにもなく哲学的な話になってしまったが、これはつまり、今回の任務の反省会みたいなものか。

 確かに、ウェンズデイはダイスを振れとは言ったが、振り方までは指示していない。私達から、そこまでのルール付けをしなかったからだ。

 なのに、馬鹿正直にダイスを適当に振り続けたから、あちこち振り回される羽目になったのだ。

 指揮官のようなやり方は出来なくとも、出目をコントロールする方法は何かしら考え付いたはず。

 私達の考動次第で、もっと早く帰還できたのだ。

 どんな手段を用いてでも、無事に帰ってくる。

 この基地に、大事な人が居る私にとっては、良い教訓になった任務だと言えよう。

 

「ああ、そうだ。他にもあなたに聞きたいことがあったんだけどさ。あなた達の部隊、負傷者は出ていないって言ってたわよね?」

 

「ええ。まぁ、ちょっとしたダメージはあったけど、負傷というほどのものではなかったわ」

 

「でも、装備してたリペアキットに使用の形跡があったわよね? 何に使ったの?」

 

 言われて、ギクリとしてしまう。

 昨夜、鉄血のエリート3人と交戦、逃したという大まかな事は報告書に載せたが、リペアキットを提供したことは秘密にしておいた。

 さすがに、指揮官相手とはいえ、鉄血に手を貸したことは言いづらかったのだ。

 まさか、指揮官が返却した備品のリペアキットまで管理していたとは。私の誤算である。

 

「あ~と・・・隠してたっていうか、その~・・・ゴメンなさい。隠してたことなんだけど」

 

 ウソをつき通すことは出来ない、と観念した私は鉄血エリートとの絡みを正直に話した。

 ついさっき、あんなに恐ろしい指揮官の様子を目の当たりにした後である。おっかなビックリ話をする私だが・・・幸いなことに、指揮官の様子は私の予想に反するもので。

 

「え~、なになに~? 鉄血エリートの娘達を助けたの? なんでなんで? そこのとこもっと詳しくプリーズ」

 

 もの凄い勢いで食いつかれ、その時のことを根堀り葉掘り聞かれる羽目になってしまったのだが。

 まぁ、指揮官はなんだか終始上機嫌だったので、それはそれで結果オーライとしておこう。

 

 END




改めまして、16.6%のミチシルベ、今回で最後となります。
最後まで読み続けてくれた読者の方々、本当にありがとうございました。

某ローカル番組のパクリネタとして展開した今作でしたが、まぁ、当方でやりたいイベントも
ちょくちょく挟み込めたので、思いの外思いの外な出来になってくれたかなと思っています。

毎度のことですが、また数週間のお休みを挟んだ後、新作の連載を始める予定ですので、気が向いたらぜひとも覗いてやってくださいな。
以上、弱音御前でした~


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