「絶対悪」役令嬢は善に手を染めない (TSは悪役令嬢もあり)
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始まりは突然に
自分の好きな作品に転生したら、人はどんな行動を取るだろうか。
もう一人の主人公となるか。それとも主人公をサポートする立場となるか。はたまた、主人公と関わることなく、ひたすらに第二の人生を勤勉に歩むか。
どんな生を謳歌しようとも、そこに正解はない。
場所が違えば。立場が違えば。性別が違えば。年が違えば。あらゆる違いによって導ける答えは変わるし、答えが同じでも解法が違うこともある。
そして当然、解法が同じでも答えが異なることだってある。
なにせ、人生だ。
思っている通りに物事が進むことなんてほとんどない。
ただ、豊かな転生人生を歩んでいる一人の先輩として、これから転生道を行く同士へ助言をすることはできる。
なに、簡単なことだ。何一つ難しいことはない。寧ろ、これを難しいという人はいないだろう。だから、幸せで楽な人生をちゃんと真面目に送りたいのなら、これだけは絶対に守ってほしい。
――――決して、主人公に成り代わろうと思うな。
「――――などと言われましたが、私は決して成り代わろうだなんて思っておりません。なにせ、私は悪役令嬢。絶対悪である私がどうして光となれましょうか。そうは思いませんか?地面を愛する皆様方」
濡羽色の長髪を後ろへと流しながら、少女は眼前で倒れ伏す者たちを眺める。
少女の問いに答えるものはいない。否、答えられるものはいない。
それもそのはず、惨めに倒れたままの彼らは、立ち上がる気力どころか声を発する気さえ無い。理不尽な暴力と圧倒的な格差が彼らの希望を余すことなく押し潰したのだ。
「はぁ、また外れですか。ここ、本当に国一番を決める大会なんです?」
彼女は更地と化した周囲一帯を見渡す。
観客一人いない大会。それはいつものことだ。彼女が参加する催しには一度も、一度たりとも、観客と呼ばれる存在が周囲を囲んだことはない。
そもそも毎度客席ごと吹き飛ばすような奴が参加する催しに客など来るはずもない。これほどまで客に殺意を放つ者などいるだろうか。
だが、これが彼女のやり方であり、ルーティーンである。例えいないと分かっていたとしても、確認せずにはいられない。
そして今日も分かりきった無駄に期待してしまった自分に、過分な後悔と多少の苛立ちを覚えるのだ。
「まだ来ない。やはり、学園に入らなければ物語は始まらないということかしら? 聖女もいないし、神もあの日から顔すら見せない」
その表情はまるで、意中の殿方が迎えに来ないことを怒る乙女のようだ。ただ、それを彼女が知ることはないし、見ている者もいない。
「ここは勝ち上がった上位十名の猛者なのでしょう? 一人くらいいないのですか。別タイトルオリ主でも現地転生者でも成り代り転生者でも良いのです。この物語の顛末を、いえ、本当にこの物語に顛末があるのかだけでも教えてくれれば良いのです」
少女は問う。されども、返ってきたのは静寂だけであった。
至極当然の結果だ。まさか、自分は外から来た転生者であるなどと世迷言を述べる奴に真っ当な返しを行える者などいるまい。
少女もそれを知っていた。
だから、微量の諦観と若干の震えを織り交ぜて、彼女はため息を吐く。
「はぁ、私としたことが焦り過ぎましたね」
最早、ここに価値はないと少女は踵を返す。
その背中は余りにも勝利から程遠く、尊大な態度からは考えられないほどに小さい。
だがしかし、彼女の歩みが止まることはない。それが彼女の役目。それが悪役としての運命。
そうして今日もまた、彼女の経歴に箔が一つ付いた――――。
〇×〇×〇×〇×
「というのがプロローグじゃ」
「え、今のがプロローグ?」
「プロローグじゃ」
「唐突に呼ばれてちょっとだけ説明するとか言って、十数年分も再生速度等倍で見せつけられたものがプロローグ? あんた、プロローグの意味分かって言ってんの?」
果ての無い真白の世界――――にポツンと置いてあるブラウン管テレビ。
色褪せた画面を見ながら、青年と自称神様は壮絶な議論を交わしていた。
「知っているわそんなもん。それにたった十数年なんて、あっという間だったじゃろ?」
「あんたが呼んだ人間まだ二十余年しか人生経験歩んでいないんだが????」
まさか何の説明もなく、歩んできた人生の半分以上を時代錯誤な箱を見ながら無為に過ごすとは思わなかったと、青年は画面に映る少女のごとくため息を吐いた。
「とりあえず、プロローグであることは分かったんで、もう帰ってもいいですか? 知らん少女の半生を眺めることよりも大事なことがあるんですよ、暇な神様と違って」
「刺々しいなぁ。というか、どこに帰るんじゃ?」
「家だが!?!?」
「君、もう死んでるのに?」
「はい????」
死んだ記憶など青年にはない。交通事故に会ったこともなく、直前まで体調も悪くはなかったはずである。そもそも、在宅ワーカーである彼には事故など無縁であり、毎日健康的な食事を三食かつ八時間の睡眠時間を取っていた体が不調で急死するのは想像しがたい。
「君、窓から大ジャンプしたの覚えてないの?」
「知らん知らん知らん知らん怖い怖い怖い怖い」
「ほら、なんだっけ。これが俺の自由だー!とかなんとか言ってたじゃん」
「ストップストップこれ聞いちゃいけないやつな気がする」
「まったく……。こら、目を開けい」
自称神様がテレビに付いたダイヤルをくるくると回すと、そこには部屋の中で謎の舞を踊っている青年の姿が映った。画面の中にいる青年は目を瞑りながら、十数秒の奇妙な踊りを見せたあと、窓を開けて何かを叫び盛大なジャンプを見せて――――
「ほれ、言った通りじゃろ」
「ほれじゃないが!? なにこれ夢遊病!? え、元カノから宗教勧誘お断りって振られたのそういう意味!? 翌朝にやつれた彼女がいたのってそういうことだったの!?」
「その彼女よくお主みたいな奴と付き合ってくれたよね。あまりにも健気でな、その子に思わず加護与えちゃったもの」
「こんなときに新ワード出すのやめろ!!」
ぐるぐると回る思考が行き場なくさまよう。自称神様は「まったく、手のかかる子じゃ……」とそんな青年の小さな背中を優しい目で見て、
「それで、本題なんじゃが」
「今、慰めてくれたり、俺が死を受け入れるまで待ってくれるシーンじゃなかった??」
「なんじゃ。チラチラ見てくるから、てっきり早く話を進めてくれと催促しているものかと」
「意味不明な理由で人生閉じてる奴が、ジジイの暇つぶしを聞きたがるわけねぇだろ」
「これだから人の子は……」と神様ムーブをかます老人を前に、少年はこの世の終わりを感じた。
こんな老いぼれが世界を運営しているのなら、自分がこんな形で死んでもその原因はこのクソジジイにあるのだろう。まともな人生を生きれないほどのバグは、神の責任に他ならない。
「今、馬鹿にした?」
「いーや、それより本題ってなんだよ?」
「急に調子戻って、わしびっくりなんじゃが」
青年にとって、自称神様への評価は地に落ちている。会って十秒経たずに十数年のプロローグ見せてきた時点で、過去最低レベルの評価だ。人間と接点を持つのやめた方がいいと彼は切に思う。
「まあ良い。それで君にはこの少女に転生して悪逆非道の人生を歩んでもらう」
「え、確定なの? そこはお願いしたいとかじゃなくて?」
「うん、確定。だってお願いしても、君断るじゃろ?」
「断るに決まってんだろ、アホか????」
どうして悪役にならなきゃいけないのか。魔法少女になりたいとは思えども、悪役側に憧れたことは一度たりとも無い。
悪役令嬢などまさにそれだ。悪役になる利点もなくて、どうしてヒロインを虐めなくてはならないのか。貴族としての責務があり、更には力までもあるというのに見栄を張る必要がどこにあろうか。
数々の非道は全て未遂となり、全ての反動が最後に自身の首を狩るなど笑いもの以外の何者でもない。
「死んでるんなら素直に眠らせてくれ。俺がやらなくても、こんなのやりたがる奴はごまんといるだろおい待てなにこの光」
「いや喋るの疲れちゃって」
「は!? しかも何だこの壁! おい出せ!!」
透明の壁は蹴ろうが殴ろうがびくともしない。幾何学模様が浮き始め、青年の体が足元から消えていく。
「それじゃ時間もないし、話させてもらおうかな。まずはこれから君が行く世界は、悪役令嬢の存在が許される剣と魔法と中途半端に都合よく発展したところじゃ」
「説明が雑っっ!!」
「そこで君に行って欲しいことは、先の映像の少女となって悪役令嬢を貫いてもらうこと。あっ、ゴミ箱蹴り倒せば悪役になれるとかじゃなくて、きちんと悪役になって非道の限りを尽くしてね。そうそう、属性に絶対悪付けとくから」
「おいさらっとやばいもん付けんな!!」
「あとは……まあこれくらいでも大丈夫か」
「ふぅ……」と自称神様はやり切った表情で、どこからか取り出した椅子に座った。
「いやいやいやいや、まだ終わってないだろ!? 悪役になった先のゴールは!? 悪役の基準は!? というか何で男の俺なの!?」
「質問が多いなぁ。とりあえず、一つ目の質問じゃが、ゴールは追放じゃ。本当は斬首刑での断罪だったんじゃが、昨今は色々と世間が厳しくてのぅ。」
「こいつ頭湧いてんのか?」
ゴールだからとわざわざ死に行こうとする奴がいると思っているのだろうか。悪魔より天使のほうが人を殺しているという話は真実だったと青年は世界の残酷さを嘆く。
「あ、ちゃんと達成したら報酬はあるから。何でも一つだけ願いを叶えてあげよう」
「ざっけんな! せめて三つにしろ!いや、五つ!!」
「しっかり要求してくるのね。よかろう。君が全力で悪役を演じきれるのなら、それくらいは飲もう。んじゃ、喋り疲れたし、あとは頑張っておくれ」
緩やかに動いていた模様が、勢いよく青年の体を消し始める。
「おま、あと二つの質問に────」
――――答えろ。と言い切る間もなく、青年の意識は体と共に消えた。
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知らない本編ほど怖いものはない
――――失敗した失敗した失敗した失敗した
崩れ落ちる校舎を眺めながら、彼女は静かに死を悟った。
死を悟ったなどと言うが、正確には死ぬことなどない。降り注ぐ瓦礫は彼女に当たる直前で消え失せ、傷どころか埃一つ付いていない。
他の生徒にいたっても、彼女の見える範囲で瓦礫に潰されたものなどいない。だがしかし、彼女が自身の死を悟ったのには逃れることの出来ない運命というものを知っていたからだった。
なにせ
「損害賠償……!!」
このあと送られてくるだろう請求書の金額を計算できてしまった彼女は長い長いため息を吐いた。
それは漆黒と呼ぶに相応しい少女だ。腰を覆い隠すほどの濡羽色の長髪に、やや高めの身長。すらりと伸びた手足は見惚れるほどに美しく、されども指先まで素肌を一切晒さない黒一色の制服が彼女の特異性を表している。
切れ長の赤い目が特徴的だが、今はその目も酷く淀んでいた。
この場を見た者がいれば、誰もが同じことを思うだろう。それ即ち――――
「ひっ、殺されるっ」
漆黒の少女とたまたま目が合った青年が恐怖を零した。膝が震え、まともに後ずさることも出来ず、しかし、這うように少しずつ逃げようとする。
「う、これどの強さとは」
「力量を見誤っていた。まさか我々生徒会が追い詰められるとは」
まさにそれっぽい発言をして少女の注意を引こうとする生徒会の面々。いや、生徒会長と副生徒会長も混じっていることからして、生徒会本部の面々と述べた方が適切といえるだろう。
まるで殺人犯と相対しているかのような目で見つめてくる彼らを前に、少女は納得するしかない。
「はぁ、そういうことですか」
崩壊した天井から降り注ぐ太陽の光に目を細めながら、
「私の箔が足りないと、まだ貴方は言うのですね」
少女、エイシャ・ラグノードは静かに証拠隠滅を始めた。
〇×〇×〇×〇×〇×〇×
王立学園の朝は早い。
まだ日も明けない薄明かりの中で鍛錬を始める少年、魔術を学ぶ少女。既にほとんどの教室には明かりがつき、訓練場では人でごった返す。
そこには誰一人として、ふざける者はいない。皆、それぞれの夢を叶えるために弛まぬ努力を重ねている。
それは何故か。その答えは、王立学園にはあらゆる夢の一旦が存在するからだ。そしてここにも一人。夢を叶えるために、机と向き合っている少女がいた。
「始末書の量!!!!」
漆黒を身に纏う少女、エイシャ・ラグノードは積み重なった書類の束を嘆いていた。
「いや、おかしくね?? 請求書が来なかったのはありがたいけど、なんでこんなに書かなきゃならんの? 吹っ掛けてきたあっちが悪いだろ絶対」
先日の生徒会とバトった際に起きた訓練場の倒壊。本来ならば壊した張本人たるエイシャが損害を支払わなければならない状況であったが、あっさりとそれは無かったことになった。
理由としては簡単だ。生徒会が一人の生徒、それも新入生をリンチしようとして逆にボコボコにされたのだ。しかもその中に、生徒会長などという全生徒の模範となる存在が入っていた。
学園側としては、どれだけそこに理由があろうが公表することはできない。できるはずもない。だから表上としては、『訓練場の老朽化による崩壊』として処理された。そして、そのときにたまたま一人で自主訓練をしていたエイシャは倒壊させた要因の一つとして、状況の報告と反省文の提出を強要されているのだ。
若くして借金を背負うことになると怯えていた身としては不幸中の幸いである。あくまで、書類の端々で訳の分からない契約書が含まれていなければだが。
「これはどこ向けの報告書だ? あ? 誰だよこの伯爵、倒壊させた責任として婚約を求めるとか潰すぞ」
家名を覚えた彼女は紙を破り捨て、ゴミ箱に投げ入れる。これで何通目の詐称文書だろうか。凝り固まった体を伸ばしながら、エイシャは自身の立場を恨んだ。
「うわ、もう朝じゃん。徹夜する気はなかったんだけど」
カーテンの隙間から零れる日差しに思わず呻く。集中すると朝日を迎えてしまうのは彼女の前世からだったが、生まれ変わってもやってしまうのは悪い癖である。特に少女であるこの体には良くない。
「時間もアレだし、あとは休日にやるか」
書類整理を諦めて、学校へ行くための支度を始める。前世の男であったならば顔を洗って髪をセットすれば終わりだったが、女性となった現在はそうはいかない。面倒やらだるいやら文句を言いながら、彼女は服を脱ぎ捨てて風呂へと入る。
「一日に二度も風呂入る人生を送るとは思わなかったなぁ」
前世のときとは何もかもが違う状況に、最初は彼女も大いに苦戦をした。長い髪を洗うのが大変なことは想定していたが、まさか普通のボディーソープで肌荒れを起こすなど誰が思うだろうか。
様々な製品を取り寄せて検証した末にどうにか合うものを見つけられたが、輸入製品故に値段が高い。実家が太くなかったらどうなっていたことか。
風呂にあがったあともやらなければならないことは沢山ある。ドライヤーの代わりに魔術で丁寧に髪を乾かし、前世の自分が聞いたら顔色が悪くなりそうな異世界由来の天然オイルで手入れを行う。櫛でとかすのも勿論、肌の手入れも欠かさない。余念が残らないよう一時間以上かけてしっかりと体の調整を行っていく。そうして朝日がすっかり昇りきった頃にようやく全ての支度が終わった。
最後に姿見で自身の身なりをチェックする。特注した黒の制服に、八十デニールのタイツ、首まで覆うインナーに革の手袋をした姿は端的にいって不審者。だが、陰を残した妖艶な表情がその姿を艶めかしいものに変えていく、とエイシャの中身は勝手に思っている。
「よし、そろそろ行くとしますか。んん、あーあー。……今日もしっかり演じるのよ、私」
一瞬でスイッチが切り替わる。たったそれだけで表情も雰囲気も喋り方も、その全てがエイシャという存在に成り代わった。
「……切り替わりがスムーズになってしまっているのは果たして良いことなんですかね」
彼女がエイシャであり続けるための変化。彼女としては非常に不服な変化だが、それは自称神様に強要されてやっているものではない。
単純に、エイシャの設定と見た目的に元の喋り方と圧倒的に似合わなかったのだ。幼少期はそのせいでよく教育係から叱られたものだ。だから彼女としては仕方なく、それはそれは仕方なく演技している。決して、自称神様の遊びに付き合っていたり、思わぬ性癖が開花して女の子ごっこしているわけではない。
自分へ言い訳を述べながら、今日も玄関へと向かう。新品のように綺麗な革靴を履き、横に置いてある鏡で顔周りの最終チェック。
「いつ見ても綺麗だな……コホン、いつ見ても綺麗ですわね、まあ当然ですが」
アホみたいな自画自賛をしているが、それが出来るようになったのは、ほんのつい最近である。
なにせ毎日が命がけだ。悪役とは常日頃から他人のヘイトを買うもの。常にマウントを取りに行ったせいで、暗殺者と何回バトルすることになったか。入浴中にすら敵襲を想定しなければならないのは苦痛でしかない。
両親の教育とエイシャ自身の能力の高さのおかげで優秀な敵くらいなら反撃できるが、もし疲れすぎて爆睡した日にはそのまま朝日を拝めない可能性が高い。さらにここは十数年のクソ長いプロローグとは違い、未知の領域である本編である。鬼のメンタルを持つわけでもない人間がそんなとこに行ったらどうなるかなど言うまでもないだろう。
だがそれも、生徒会をボコってからは少しだけリラックスして過ごせている。やはり、上級生が彼女の思惑よりも三割増しで弱かったのが要因だろう。今まで張り倒してきた敵はどいつもこいつもかませ犬感が凄かった故に自信が持てなかったが、インテリ最強枠の生徒会長を秒でKO出来たのなら少しくらいは持っても良いはずである。
(大丈夫、大丈夫よエイシャ。あなたは出来る子。今日も悪役令嬢として人を踏みしめ、茨の道を歩める存在よ。まあ、やる気は一ミリもないけれど)
覚悟を決めるというには些か適当な自己暗示。だが、ここより外に彼女の休まる領域はない。誰一人として味方である存在はいなく、全てが彼女の敵となる。そんな中で張り詰めるよりかはマシである。
再三となるが、学園の一角である生徒会を相手に単騎で勝ったのだ。本物の馬鹿でも当分は直接ちょっかいをかけには来ないはずである。
ならば何も問題はない。深呼吸を三回繰り返し、決意を固めて彼女はドアを開くと――――、
「おはようございます、ラグノードさん」
そこには天使のような少女がいた。
次の投稿は明日か日曜日に続きが書ければ、書けれなければ来週に。。。
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厄介ごとは舞い込んでくるモノ
「……」
「…ラグノードさん?」
ピシりと固まるエイシャに少女は訝しむ。
「ラグノードさん? あ、あれ、ラグノードさんで合っていますよね?」
くりっとした目で心配そうに見つめる少女をエイシャは眺める。様々な思考が脳裏を駆け巡り、数瞬の果てに結論へと導いた彼女は静かに動き出す。それ即ち、
「ッスー……失礼」
彼女は全てを見なかったことにした。
「え? あっちょ、ちょっと待って扉を閉めないでください!!」
閉まる直前の扉の隙間に少女の足がするりと挟み込まれる。
「深淵に潜む物怪よ 内に蠢く慟哭よ この崩来に」
「待ってください!! 私同じクラスのハル・アマミヤです!!」
「存じ上げませんね、そんな不審者」
「ええええ不審者確定なんですか!? あ、ちょっと足踏まないでください!痛い!!痛いですから!!」
全力で足を踏んでいるにも関わらず、ハルは足を引っ込めようとしない。何故、彼女はそんなに必死なのだろうか。そもそも、どうして眼前の少女はこうも執拗に会話をしようと試みているのか。
(そんなの考えるまでもなく、厄介ごとに決まってますわあああ!!)
彼女はエイシャにとって超警戒人物にあたる。それは名前があからさまに日本人のものだからだ。ヨーロッパを土台としている文化、それも時代としては中世から近世を参考にされている世界でどうしてジャパニーズが出てこようか。
もちろん史実上、ジャポネーゼが登場しないわけではない。異国の地で数々の功績を成し遂げたモノは僅かながらに存在した。世帯を持ち、永住したモノもいた。それならば、ジャッポーネの名前が受け継がれることもあるだろう。遺伝によって、同年代より幼い雰囲気なのも頷ける。日本人は全体的に童顔だからだ。
だが、美少女属性が追加されるのならば話は別である。
この舞台において日本に類するモノが美少女の皮を被って出てくるのならば、それはキーマンに他ならない。しかも、深窓の令嬢タイプであるエイシャとは別方面、透明感満載のミディアムボブに平均より一回り小さめの体躯ときた。高嶺の花vs幼馴染系の構造は最早鉄板であろう。
ここまでくれば、逆ハーレムや悪役令嬢物語を聞きかじった程度の馬鹿でも分かる。これは主人公級のキャラだと。こいつ多分聖女だと。いつか人の男をNTRするやばい奴だと。
そんな危険な輩がドア越しに迫ってきて、恐怖しない悪役令嬢はいないだろう。
「敬虔な群青が舞い戻る 陰に埋もれた祷りは此処に────」
「さっきから詠唱が不穏過ぎません!? 私は別にラグノードさんになにかしようとか思って来たわけじゃないんです! 信じてください!」
「信じます。ええ、信じますから、さっさとその足を抜いて目の前から消えてください」
「それ信じてるって言わなくないですか!? いやせめて、せめて私の話だけでも聞いてくださいってうわっ!」
勢いよくハルは尻もちをついた。引っ張り合っていたドアノブをエイシャが突如離したのだ。
そうして、薄そうな尻をさする少女を見下ろしながら、エイシャは凍土の如く冷え切った目で魔術を向ける。
「それで、話とはなんです?」
「いててて……。あの、先日助けていただいたお礼を言いたくて来たんです」
「お礼……?」
エイシャはどうにか記憶を探る。それは長いようで短い入学から現在に至るまでの数か月である。しかし、思い返せども人助けの記憶なぞなく、あるのは厄介ごとばかり。度々絡んでくる不良を張り倒したことや謎の敵対意識だけ燃やして決闘を挑んできた雑魚を叩き落としたこと、あとは生徒会を弾き飛ばしたくらいだろうか。
「ふむ。分かりましたわ」
「思い出してくれたんですか!」
少女はひまわりの如く嬉しそうな笑顔を放つ。
「ええ、私に嘘をついたことを地獄で後悔なさい」
エイシャの手のひらから光も通さない漆黒の球体が生成されていく。悪役令嬢特権を活かした万理絶対殺す玉である。
「いやいや待ってください、嘘じゃないんです本当なんですなのでその危なそうなものを近づけないでヒッ」
「なら、ぼやかしてないで早く言いなさい」
「三日前、校舎裏で女子に囲まれていた私を助けてくれたと思うのですが、その心底不思議そうな顔はいったい」
「え、まさかただ喧嘩しただけ? 喧嘩番長の噂はもしかして本当だった……?」と小声で呟く彼女にチンピラの如く凶器を押し付けつつ、エイシャは当時を振り返る。
三日前と言えば、ちょうど生徒会の会長と副会長を五メートルくらい吹き飛ばした日である。何故、生徒会とバトることになったのかはエイシャも覚えていない。ただ、六人くらいの女子生徒に絡まれ、あまりの怖さに手を出しすぎたことが発端なのは確かである。
「確かに私は三日前に校舎裏を通りましたし、喧嘩番長ではないですけど、そこで喧嘩を売ってきた人に売る相手を間違えたことを後悔させてやりましたことだけは……いや、そういえば一人だけ端にいたような」
制服のまま水遊びでもしたかのようにずぶ濡れた人が視界の端で地べたに座っていたことを彼女は思い出す。当時は何故そこにいるのかなど気にもせず、オブジェクト程度に捉えていたが、状況を鑑みればおおよその答えは見えてくる。
(主人公を虐める役割は悪役令嬢のモノじゃないんですの!? 私一ミリも関わっていないんですけど!!)
悪役令嬢と主人公にある王道の関係とは『虐める側』と『虐められる側』である。そもそも、悪役令嬢が懇意にしている男と主人公の間に漂う甘い雰囲気に嫉妬した悪役令嬢が主人公を落とすために行うこと、それが『虐め』なのだ。
しかし、当の本人であるエイシャに好きな男がいなければ、主人公からできる限り離れていたため、彼女が学校で誰と仲良くしているのかも知らない。極め付けに、何か起きても一緒に行動してくれる取り巻きという名のお友達すら一人もいない。それ故に、そういったことは本来起こりえない事象とエイシャは考えていた。
だが事実として悪役の親玉が動かずして、世界はしっかりと物語を進めている。神によるテコ入れがあったか、はたまた元から悪役が出てこなくとも、主人公は虐められる運命であったか。
考えられる要素はいくらかあるが、それは仮定の範囲を超えない。それならば、今はこの機会をどう生かすべきかである。つまるところ、
(どうやって彼女を虐めている立場になるか、ですか)
「あの、急に静かになってどう」
「お静かに」
「ハ、ハイ」
虐めを行っていたモブの親玉になれれば万事解決であったが、彼女たちと関係を持っていないことは先ほどの発言でバレてしまっている。そうでなくとも、当の主人公、ハル・アマミヤがお礼を言うためだけに訪ねてきている時点で、そちらの軌道修正は非常に厳しいだろう。
前提として、エイシャが虐めるための大層な理由を持っていないのも非常に厄介な問題だ。格式高く、意識も胴上げレベルで高い高いをしていれば、適当な理由をこじつける手腕があったはずである。だが、この悪役令嬢、問題ごとは拳で解決してきた蛮族である。
立派な令嬢であれば、制服の着崩しや廊下を走ったなど校則破り一つからどこまでも追い詰めることができたのであろうが、初日から校則を無視して特注制服で登校し、誰よりも早く問題事を引き起こしたのは何を言おうこのエイシャ・ラグノードである。誰かに何かを言った日には特大ブーメランが返ってくるのは間違いない。
エイシャはちらりとハルを見やる。不安そうで、されどもその眼には確かにエイシャが善人であることを信じようという意志が感じられる。
(これはもう仕方がないことですね)
助ける側となってしまったこと、そしてエイシャが虐める理由がないこと、これは覆しようのないモノである。前者はともかく、後者は誇り高き悪役令嬢としてのプライドが許さない。ならば、そこを逆に利用するしかない。
「これが悪役令嬢善悪追放ルートですか」
「はい?」
「コホン、分かりました。私はあくまで火の粉を振り払っただけですが、感謝しにきたというのでしたら、受け取りましょう」
エイシャは尻もちをついたままハルの手を取り、立ち上がらせる。
「手荒いことをして申し訳ないですわ。普段こういうことがないので少し焦ってしまいました。怪我はありませんか?」
「い、いえ大丈夫です」
「ではせめて、足だけは少し診させてもらえませんか? 強く踏んだ自覚はありますので念のために。そうですね。丁度玄関ですし、一度部屋に戻りましょうか」
絶対に断らせない。たった今彼女が定めた追放ルートには、彼女との親密な関係が必要となる。それも負債と損得と情で解けなくなるほどの複雑で濃密な関係。これはその第一歩、物語としての本当の一話となる重要な瞬間である。さしあたって、行うことはただ一つ─────、
「色々と過程が飛びましたが、改めて自己紹介させていただきますわ。私はラグノード公爵家の長女、エイシャと申します。これからよろしくお願いしますね、ハルさん」
────────────自己紹介だろう。
まだ来週の範囲ですので、投稿しても問題なし!!
誤字等は明日以降修正予定!!
次回の話は考えていますが、書く時間は残業次第!
しおりとかお気に入りとかめちゃくちゃ助かります!
ありがとうございます!!!!
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