Fake Rage(ニセコイ×アウトレイジ) (ベントロー)
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はじまりの日
男は、拘束から逃れようと必死に藻掻いていた。彼はその後に起こるであろう事を知っていた。
「やめろっ……やめろっ…………ッ!!」
ギシギシとロープが音を立て、彼が縛り付けられているソファーが揺れる。
が、それだけだ。
硬く縛られたロープにはほどける気配などなかった。
ガラガラガラ……と機械が作動する____彼への処刑執行具が。
「がああぁぁぁッッ!!!!」
そして、ピッチングマシンから放たれた硬球が彼に迫り……
「がぁッ!?……ああ、またこの夢か」
朝飯でも作るか、と考え、まだ肌寒さの残る部屋へと、布団から這い出る。
男の名前は一条秀人。また、
前世では、彼は関東最大の暴力団である山王会の直参池元組の更に下の小さな組織、大友組の組員として金庫番をしていた。
しかし昔気質で無骨な組織である大友組は、頭脳を武器とし金稼ぎを得意とする石原にとって居心地が悪かった。
とある事件の果てに大友組と上部組織との抗争が始まると石原は山王会幹部と通じ大友組を裏切り、情報を流し他の組員を抹殺。その功績を糧に山王会の若頭の座に上り詰め、関東最大の暴力団の財布を握る立場にまで至った。
しかし、石原の栄光もそこまでだった。
刑務所内で刺され死んだと言われていたかつてのボス、大友が生存していたのだ。
大友は昔気質の武闘派であり、子供ともいえる組員を殺された彼が自分を放って置くわけが無い。大友の実行力は部下であった石原にはよく分かっていた。
彼は先手を打って刺客を送り込むが、失敗。実はヤクザを引退するつもりであった大友をヤクザへと引き戻す結果となってしまう。
最終的に、大友に捕らえられた石原はバッティングセンターで延々と軟球を顔面に当てられ続け、その生涯を終えた。
痛みと恐怖の中、最後に石原は、「もし人生をやり直せるのなら、ヤクザになど絶対にならない」と、そう誓った。
元を辿れば、ヤクザになったのは、金への執着が原因だった。
金さえあれば自分はまともな学校へ行っていただろう。しかし生きていく金を稼ぐためには学校に行く余裕などなかった。
金さえあったらという執着が彼をヤクザにした。
学歴もない自分が大きく稼ぐには裏社会に出るしかなかった。
だから自分から社会から外れたあぶれ者とは俺は違う。そんな思いが大友組の仲間との壁を生んだ。それが裏切りへと繋がった。
ヤクザとして出世し、数億もの金を動かせるようになってもこの渇望は消えなかった。
まともに生きていける道があるのなら、今度はヤクザになどならない。彼は、そう思っていた。
「そんな俺がヤクザの跡取りなんだから、笑えるよなぁ……」
味噌汁の鍋をかき混ぜながら、一条秀人はそう呟いた。
「「「「おはようごぜえやす!!坊ちゃん!!!」」」」
厳つい男どもの声が響く。彼らはみな、地域のヤクザの元締めである暴力団"集英組"の組員であった。
何の因果か、石原はヤクザの跡取り息子として再び生を受けたのであった。
前世の記憶を取り戻したのは、およそ10歳ごろだっただろうか。それは「気づいたら記憶があった」としか言いようがなかった。
ある日突然、何の違和感もなく「石原秀人」の記憶が頭の中に発生していたのだ。
しかし有力なヤクザの組長を父に持つにもかかわらず、大友組はおろか、山王会も何もかもが「一条秀人」の記憶には無かった。
どうやら大まかな物こそ同じな物の、違う世界の「日本」に転生したようだ、と石原は判断した。
そして知能、運動ともに優秀な彼は、一人息子として、一人前のヤクザとなり組の跡を継ぐ事を期待されていた。
しかし、組員の期待とは裏腹に、石原には全く持ってそのつもりなどないのであった。
「いや~!坊ちゃんの料理は最高です!いつもありがとうございます!」
そんな彼の心中も知らず、組員は石原が作った朝飯への感謝の言葉を述べる。
「お前らに任せてたらロクなもん食えねえからだろうが。」
「坊ちゃん……!もう既に二代目としての風格を……!」
嫌味を込めた皮肉も、彼らには通じないのであった。
「ハァ……そろそろ俺は学校行くから。」
「坊ちゃんが登校なさるぞ!!!リムジンもってこい!!!バカヤロウ15m級をだ!!!!!!」
「毎回要らねぇっつってんだろバカが!!」
何千回と繰り返し行われるやり取りにうんざりししながら、石原は門を出る__直前で、父である組長に声をかけられた。
「登校のたび毎回せわしねーなあ、てめーは。」
「親父……?何か用か?」
お前の組員の所為だろーが、という言葉を抑えつつ、返答する。
「秀人。お前に近いうちに大事な話があるからよ。覚えときな。」
それだけ言って父は去っていった。
「言うならもっと具体的に言えよ……」
そう小声で呟いた後彼は時計を見た。そろそろ出発しなければいけない時間帯だ。
彼が通う高校__「凡矢理高校」に着いたのは、遅刻ギリギリの時間帯であった。
出発時間には余裕を持たせてあったのだが、組員曰く最近どこかのギャングと抗争が始まったらしく、心配してついて来ようとする彼らとの間にまた一悶着が発生。着いたのはギリギリとなってしまった。
「(まあ、走る程必要までは無いだろう)」
そう思いながら、コンクリート塀の横を昇降口へと歩いている石原の頭上に「何か」が現れた。
気配を感じて上を向くと、今まさに塀の上から飛び降りようとしている、金髪の少女と目が合った。
「は?」
「げ、」
思わぬ出来事に、身体が硬直した彼へと、少女が放物線を描き勢いよく落下した。
「がぁッ!?」
「キャア!」
その結果、石原は少女の膝蹴りをモロに受けるような衝突をしてしまった。前世、「暴」の人間として拳をふるう事もあった彼の身体能力はそれなりに高い、が、完全なる不意打ちには無力であった。
更に地面にも頭をぶつけ、視界が一瞬ブラックアウトしてしまう。追い打ちに少女が彼の胸の上へと乗っかる形で着地する。
ほぼノックアウトされたような形である。
「いたた……あっ!ごめん!急いでたから!」
ごめんなさ~い!!!と叫びながら少女は走り去る。
「この……アマ……テメェ……」
なんとか声を絞り出すも、少女は既に遠くまで走り去っていた。
「秀人おはよ……ってうわ!?なんだその顔!?」
教室に入ると、石原の顔の惨状に驚いた彼の幼馴染、舞子集が驚きながら声をかけてきた。
歩いていたら塀の上から突如金髪の少女が降ってきて、膝蹴りを決められた__ありのままを説明するが、全く訳が分からないという風に、集は首を傾げた。
「塀の上って、ウチの学校の塀2m以上あるだろ?登れる場所も無いし……それを飛び越えて膝蹴りって、どんな女の子だよ。」
「実際にそうとしか言い様がねえんだよ……」
集はまだ半信半疑なようではあったが、真面目な様子で語る石原が嘘をついている様には思えない。とはいえこれ以上は埒が明かないと判断したのか、集は話題を変えた。
「そういえば、今日は転校生が来るらしいぜ?噂によると美人な女だとか……!」
「噂だろ?実物見てガッカリするのがオチじゃねえのか?」
「夢の無い事言うな~秀人は……」
そんな風にとりとめのない話をしていると、ホームルームが始まった。
担任が、授業や学校についての連絡事項を話している。石原は担任の話を聞き流しながら、朝の出来事を思い出していた。
「(あのアマ、次会ったらただじゃおかねえ……。金髪の若い女なんてこの町じゃ目立つはずだ。組の若いも奴らでも使うか?いや、あいつらの手は借りたくねえ。余計な事勘繰られかねえし何より役に立つとは思えん。個人的なツテでも使うか……?)」
石原には前世のヤクザとしてのプライドがある。勿論現世ではヤクザにはならないと決めているものではあるが、それでもいきなり飛び蹴りをかましてきた挙句、碌な謝罪もせず去って行った女には何か言わずにはいられなかった。
そんな事を考えていると、集が話していた転校生の紹介が始まった様だった。
「初めまして!アメリカから転校してきた桐崎千棘です! 母が日本人で、父がアメリカ人のハーフですが、日本語はバッチリなので気軽に接してくださいね!」
転校生が自己紹介を終えると、教室が一斉に色めき立った。
「うおお!!スッゲー美人!!」「なにあのスタイル!?足細くない???」「ハーフだってよ!あんなかわいい子見た事ねぇ!」
しかし
「(ハーフ如きで大騒ぎか。まあ高校生じゃあ仕方ねえか)」
石原は、転校生を見もせずに教室の喧噪を眺めていた。
彼は前世では仮にも関東最大の暴力団のNo2まで上り詰めた男である。接待などではアイドルや女優と席を共にする事まであった。いくら噂の美人と言えども、高校生程度では興味も湧かなかった。
「じゃあひとまず、桐崎さんはテキトーに後ろの空いてる席に座ってね。」
担任が転校生を促す。
美人であるかはともかく、クラスメイトとして顔を覚えておこうという気持ちで石原は顔を見上げると、
「あーーー!!!」
「さっきの飛び蹴りのアマ!」
「飛び蹴りって何よ!?」
「てめぇがついさっきやった事だろうが!どう落とし前つけんだ!」
「落とし前!?ちゃんと謝ったじゃない!」
「あんなんで済むと思ってんのかてめぇこの野郎!!」
普段物静かな石原と、アメリカから来た美人転校生が大迫力の怒鳴り合いを繰り広げる様に、仲裁も出来ずにクラスは静まり返る。
そのため、彼らの怒鳴り合いはヒートアップしていく。
「こっちは謝ったんだから許してくれてもいいでしょ!?女々しい男ね!!」
「謝る態度かよそれが!!てめぇの親はどういう教育してんだ!!このサル女が!!」
「誰が猿女よ!!!」
とうとう怒りが沸点に達した千棘が拳を振るう
だが、
ガッ!と鈍い音が響くが、石原は千棘の拳をガードしていた。しかしそれでも衝撃が石原の体に響いた。
「(どんな馬鹿力してやがるこの女……)」
石原が千棘を睨む
「な、なによ!?」「てめぇ……」
「ちょ、ストップ!ストップ!」
慌てて集が止めに入り彼らを引き離す。
周囲の注目を集め過ぎた事に気付いた石原は、捨て台詞を残して自分の席へと戻る。
「後できっちり話つけるからな……」
「何よ、何か文句でもあるって言うの!?」
当たり前だろうが、と心の中で毒づきながら石原は席に座る。
しかし、この時彼は思ってもいなかった。
____彼の更なる苦労の日々が開いたことに。
続かない。
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