アスミア短編集 (双子烏丸)
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短編その1 准将と、歌姫
メサイアでの戦いを終え、早数か月が過ぎた。
地球連合軍、そして宇宙に存在するコロニーであるプラント、その軍事組織であるザフトとの戦争は中立国家であるオーブの仲裁により停戦を迎え……世界は平和を取り戻した。
長い間続いた地球とプラント、二陣営の戦い。それは手を加えられず自然のまま生まれた人類──ナチュラルと、遺伝子操作を施し、知能、容姿、体力ともに人為的な改良を加えられた人類──コーディネーター、二種に分かれた人類同士の戦いでもある。
その隔たりは今なお大きいかもしれない。また再び、いつ大きな戦いが起こるかも分からない。けれど俺は、そしてこの平和を共に勝ち取ったみんなと…………守って行きたい。
────
地球上に位置する島国、オーブ首長国連邦。
地球連合とプラント、両勢力の中立に位置する国家勢力であり、二陣営の物と引けを取らない独自の軍事組織を有してもいる。
その軍事組織──オーブ軍、司令部にて。
「……」
自分のオフィスで俺は机に山積みになっている大量の書類に奮闘していた。
書類、書類、書類。今だ残る戦後処理関連の物に、軍部の予算計画、連合とプラントとの外交状況を記した物、等など、日々確認するべき物は数知れない。
加えて会議に、報告書の作成とも言った業務もある。いくら遺伝子改良で機能向上を果たした人類、コーディネーターだとしても……大分骨が折れる仕事だ。
(以前のようにモビルスーツに乗り、戦場で戦いに赴いていた方がまだ楽な気がする。これはこれで、やはり大変なものだ)
しかし今や俺はオーブ軍の准将の立場にいる。例え大きな戦いが終わったとしても、解決するべき問題は山ほど残り、加えて平和の維持もまた努めなくてはならない。平和を手に入れる事も大変ではあった、けれどそれを守って行くのはそれ以上に難しい事かもしれないのだから
大変だが、一介の兵士では出来ない重要な事だ。だから──頑張らないとな。
(……しかし、もうずっと座ったまま書類を相手にしてばかりだ、ここらで休憩にしよう)
書類の山から目を離して俺は軽く背伸び。それから机に置いてある写真立てに目を向ける。
隣り合って二人で撮った大切な写真だ。俺と──そして、『彼女』との。
そんな時にノックの音が扉からした。
「入って来て構わないとも」
俺がそう答えると、扉が開き一人のオーブ軍士官が現れ、敬礼する。彼とは軍内でも割と顔なじみで、色々と話をする事も割とあるのだ。
「アスラン准将、失礼します」
「どうかしたのか? 俺に報告したい事でもあるのかい?」
士官はびしっとした姿勢を崩さないまま、こんな報告をした。
「はっ! こちらに訪問ライブへと来られたゲストの方が、准将に会いたいと来ていまして」
「──そっか」
報告を聞いて嬉しくなり、自然と笑みがこぼれてしまう。士官も俺の表情に気づいたのか、表情を緩めて話しかける。
「やはり可愛いらしい人ですよね。確か、准将さんの想い人と聞きましたが」
そんな事を言われて俺は軽く笑い声が出てしまった。
「ははは、今はまだあまり公には出来ない事だがな。
……けれど来てくれたのか。それなら俺も会いたい、呼んで来て貰えないだろうか」
「それが……その」
彼は少し困ったような様子で視線を逸らしていた。そして──次の瞬間に。
「──アスランっ!!」
開いた扉の横から、元気一杯の声とともに現れた女性。長いピンク色の髪と大きな星のヘアピンが特徴的な彼女はいつもの……水着のそれに近い、少し扇情的にも思えるライブ衣装で、俺を前にして嬉しそうにニコニコしている。
「すみません、准将。断り切れなくて……つい連れて来てしまいました」
謝る士官に俺は構わないと、そう伝える。
「いいんだ。今回、彼女はここのゲストでもある。それに俺も会いたいと思っていた所だった。むしろ感謝するとも」
「ありがとうございます。……では、お二人のお邪魔になるといけませんので、私はこれで」
「貴方も、アスランの所に連れて来てくれてありがとうございます! 後でお礼にサインを送ってあげますねっ!」
彼女も感謝の言葉を伝える。彼はそれに赤面して頷いた後、その場を後にした。
「さて……と」
俺は改めて、部屋にやって来たミーアに視線を向ける。
「こうして来てくれたんだな。君に会えて、俺も嬉しい」
嬉しいと言う思い、それは目の前にいる彼女もまた同じみたいで。
「あたしもなのっ! ここのライブがあるって聞いた時から、アスランと仕事場で会えるのを楽しみにしていましたから」
それから書類を前に座っている俺の方へと歩み寄って、すぐ傍でこっち見つめて。
「ふふっ、その軍服も似合っています。ぴしっとしていて恰好良い、あたしの……大好きな准将さん!」
ミーアはかがんで顔を近づけて、俺の頬に優しい口づけをした。
「──!」
「人前だとなかなか出来ませんから。こうして……アスランの恋人らしい事」
頬を染めて微笑む、ミーア。彼女の言う通り、あの大きな戦いの後俺たちは付き合い出して……今では恋人同士となった。
こんな所でキスをされて内心ドキドキしている俺にミーアは両手を背中に回して、顔を近づけたままこんな事を話す。
「あたし、感謝しているんです。アスランにどうしても傍にいてもらいたくて、だから勇気を出して告白したら……その気持ちを受け入れて恋人にもなってくれましたから。
議長に利用されて……本当はそんな資格なんてないのに。またみんなの前で歌えるように、色々取り計らってくれて」
ここまで話して彼女は一度視線を落とし、右手を胸に置いて……それからまた俺を真っすぐ見つめて言葉を続ける。
「まだ心の傷は塞がっていないかもしれないけれど……でも、アスランが居てくれて胸が一杯で、満ち足りていて。
だからあたし──ありがとうって、ずっと思っているんです」
「──そうか」
満ち足りた笑顔のミーア、それを見て自然と俺も穏やかな感情になる。
ミーア・キャンベル、彼女も戦いによって翻弄された被害者だった。プラントの歌姫であるラクス・クラインの影武者として、歌が好きだと言う思いまで利用され悪事に加担させられ、命さえも失いかけもした。
一命は取り留めはしたものの、それでも戦いの中で受けた心の傷は大きかった。だからこそ……ミーアは誰か傍にいて、支えてくれる人を必要としていた。
(それが分かったからこそ、俺はミーアの告白を受け取った。最初は傷ついた彼女を放っておけない、同情心からだった。けれど──)
「今日のライブ……見に来てくれますよね。
あたしもいつもよりずっと頑張って歌いますから、アスランのために!」
今もこうして笑顔を振りまいているミーアの姿、そして歌が好きだと言う純粋な想いも。最初は同情でも……俺はミーアに惹かれてもいたのだから。愛していると言う想いは──偽りではない。
「もちろん。ミーアの歌を聞くと、俺はとても元気な気持ちになれるから」
俺の言葉に自信満々に、彼女は頷いて応えてくれた。
「はい、任せて下さい!
それに歌だけじゃなくて、こんな風にしたらアスランを元気づける事も出来るかもって……思いついたことがあるんです。──えいっ!」
「えっ? ……うわっ!!」
いきなりミーアは座ったままの俺の顔を引き寄せ、その胸の中に抱き留めた。
(顔の両側に感じる、このムニムニとした感覚……ミーアの胸の柔らかさ、なのか)
「ふふふっ、アスランのための特別クッション。気に入ってくれたら嬉しいです。
お仕事で疲れているみたいでしたから、こうすると気持ちが良くて元気が出るかもって」
薄い衣装越しに伝わる、顔を包み込めるくらいふくよかな彼女の両胸の感覚。柔らかくて、まるでマシュマロのように弾力もあり、かすかに甘い香りも鼻をくすぐる。
後、くっついていると胸の鼓動も、どくん、どくんと聴こえる。いつもよりもずっと強く……ミーアを感じられていられた。
「……」
「……あれ? 何も言わずにじっとしたままですけれど、どうかしましたか?
もし余計なことでしたら……ごめんなさい」
「いや……余計な事、なんかじゃない」
俺は彼女の胸に顔を埋めたままこたえ、それから両目を閉じて言葉を続けた。
「ミーアの言う通り、こうしていると何だか凄く落ち着いて……気持ちが良い。
君と一緒にいると強く感じていられる、最高のクッションだ」
そう言うと、ミーアの笑い声が響くのを聞こえた。
「良かった、あたしのおっ──ううん、クッションを気に入ってくれて。
せっかくだからしばらく満喫してもいいんですよ。ライブまではまだ時間がありますから、アスランが満足するまで、こうして」
俺はありがとうと答え、そして呟く。
「ミーアの言葉に、今は甘える事にするよ。しばらくこうして────君と一緒に」
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短編その2 訪問ライブ、そして仕事終わりに──二人で
オーブ軍司令部で開催される、歌姫ミーア・キャンベルのスペシャルライブ。
屋外に設営したライブ会場で今彼女は心ゆくまで歌い──踊っていた。
「みなさんっ! あたしのライブに来てくれて……ありがとうございます!!
まだまだ歌って行くから、沢山楽しんで行ってくださいねっ!」
広いステージの真ん中で、幾つものスポットライトに照らされて輝くミーアの姿。歌の合間に大勢の観客にライト以上にキラキラ眩しい笑顔を向けて、手を振って応える。
「~♪ ~♪」
そしてそのまま、次の曲を入るミーア。ライブを観に集まったオーブ軍人に外部から来た一般客も、彼女のパフォーマンスに熱中していた。
その最中でもみんなに屈託ない笑顔を振りまいて、快活に、可憐に歌い踊る。ミーアの様子は歌姫と言うより、むしろアイドルのそれに近い。
(元々、ラクスの影武者としていた頃からあんなスタイルだった。水着のような色気の強い衣装も含め、ライブのテンションも。よく考えてみれば実際のラクスと比較すると結構違う。なのによく気付かれなかったものだ)
俺もまた他の観客に混じり、ミーアの晴れ舞台を見守っていた。
辺りから沸き起こる応援。それに応えるように彼女も、もっと元気一杯な歌を響かせる。
(……けれど、やっぱりミーアは、こうして歌っているのが特別に輝いている。
歌う事を心から楽しんで、好きだと言う気持ちが……強く伝わって来るから)
そう思いながらライブを観ていた俺だったが、瞬間にステージ上で歌っていたミーアと、ふと目が合った。
彼女はすぐにこっちに気づくと嬉し気な笑顔で、可愛いらしいウィンクを返してくれた。
────
今日は充実した一日だった。軍での特別ライブの後、俺は家に帰ろうとしていた。
あの後も残った仕事を片付けて遅くなってしまった。外は完全に夜となってはいるが、基地周りの照明のせいでそこまで暗いわけではない。
俺は停めてある自分の車を探す。残る車も少なくまばらな駐車場で、おかげですぐに見つけられた。
(さて、車はあそこにある。早く帰らないといけないな……彼女も今頃は)
こう考えながら車に近づくと、その車の側に一人佇んでいる人がいると分かった。俺にとって今は、大切な人で。
「今日もお仕事、お疲れ様です」
「ただいま。──ミーアがここで出迎えてくれるなんて、驚きだ」
車の側で待っていて迎えてくれていたミーア。彼女は嬉しそうに手を振って俺に駆け寄る。
「ここでずっと俺を待っていたのか? 服だって……ライブ衣装のままで」
「実はあの後も少しだけ、別の所でライブがあったんです。それに、そろそろアスランのお仕事も終わる頃かなって思ったから……二人で一緒に帰りたくて」
そう言ってミーアは俺の傍に来て腕を絡ませる。
「ねっ! いいでしょう? アスラン」
上目遣いに見つめて尋ねる彼女に、俺もまた見つめ返して頷いた。
「そうだな。なら一緒に帰ろう──ミーア」
────
俺たちが乗る車は夜のオーブの街並みの中を走る。同じように対向から走る車の眩しいヘッドライトが幾度もすれ違い、街頭の灯りが次から次へと前から後ろへと流れて行く。
自宅に戻る帰り道の最中。俺たちは二人、今は一緒に同棲生活をしている。しかしその事も、当然恋人でいる事も──大勢には秘密だ。歌姫と軍の准将が付き合っているとなると色々と大変でもある。俺の方はまだ構わないが、特にまた歌姫として活動したいと願っていたミーアのために、しばらくは内密にしたいと思った。
──別にずっと秘密にする訳ではない。せめてミーアの活動が軌道に乗り出して、付き合いが知られても問題ないくらいになれば。そして……その頃には、俺たちも。
ハンドルを握り運転する俺と、後ろの座席に座るミーア。本当なら助手席で隣同士で座りたかったみたいだが、それぞれ軍服とライブ衣装を着ている中、誰かに二人一緒でいる所を見られるのは困る。俺は車の運転をしながら、バックミラーに映るミーアに視線を向けた。
「ミーアが着ているその衣装だが、俺でも……改めて見るとドキドキしてしまうものだな。何と言うか……少し、えっちな感じと言うか」
「くすっ! アスランってば、そんな風にあたしを見ていたんですね」
「ああっと、誤解はしないでくれ。別に悪いと言うわけじゃない。ただ、何と言えばいいか……」
彼女のぴっちりとした衣装、身体のラインや大きな胸の形が目立つ格好で。それに肌の露出も、特に下半身は足の付根の部位を鋭角に切り込んだハイレグで、両太ももが直接あらわにもなる形で。
……恋人になる前はそう気にしていない事だったが、なんだろうか。自分の彼女がそうした衣装で人前に出るのに、少し抵抗があるのかもしれない。ミーアの事を独り占めにしたい気持ちと言うか……我ながら幼稚な感情かもだな。
「むぅっ」
バックミラーに映る自分の顔も、考え込んだせいか赤面もしていて、我ながら気恥ずかしくなり鏡越しに目が合うミーアから視線を少しそらす。
「……ふふふふっ!」
少し見るとミーアは俺のそんな様子に、おかしそうにして笑っているのが見えた。俺は気恥ずかしさと、それに申し訳のなさでやや複雑な気持ちになりながら彼女に謝罪する。
「すまない。やはり変な事を、聞いてしまったか」
「全然いいですよ。この衣装なのは可愛い感じなのと、それに踊ったりする時に動きやすいようにって事だけれど……でもアスランがそう思う気持ちも、ちょっとだけ分かる気がしますから」
ミーアは後部座席から少し前に乗り出して、俺を近くで見つめ、それから人差し指で頬を軽くつつく。
「──でも、そんなアスランも可愛くて、大好きですっ!」
「おいおい、運転中にそんな真似をしたら危ないぞ」
「大丈夫! ちゃんとシートベルトはしていますから。ちょっとくらいならっ!」
明るく俺にイチャつく彼女。運転中なのに、仕方ないなと言う思いと同時に……正直悪くもない気分だ。そう感じながら車のハンドルを切り、左の脇道に入る。
ミーアはそれにはっとしたようで、こう聞いて来る。
「そっちは全然違う道じゃない? あたし達の家は、さっきの道を真っ直ぐ行った先ですのに」
そんな彼女に俺は良い考えが思いついたと言うような表情で、答えた。
「せっかくミーアと一緒の帰りだ。だから、少しだけ寄り道をしたいと思って」
────
あれから街を離れ、山道を走り上へと登る。
勾配のある上り坂を車で走り、割と高い所にまで来た気がする。一方でミーアはなおさら不思議がっている様子で。
「ねぇ、アスランはどこに行こうとしているんですか? こんな所に登っても何もないと思いますけれど……」
「もうじき分かるさ。確か、この辺りの道の側に」
道路の右側を注意深く見ながら車を走らせ、そして、道路右脇に車一台分停められるくらいの場所を見つけた。
「よし、ここだな」
一人そう頷くと、車を脇に寄せて停車させる。俺は運転席から車を降り、後部座席の扉を開けて声をかける。
「ミーア……俺と来てほしい」
「うん? ここで?」
きょとんと目を丸くして、可愛らしい仕草で首をかしげるミーア。俺は彼女に微笑みで応え、それから。
「二人で一緒に行こう。きっと、君も気にいると思う」
俺たちは車を出て歩き、夜の草むらの中を少し進む。そして、たどり着いた先は。
「こんな風に……景色が見える所があるなんて」
進んだ先、木々の開けた場所から見渡せるオーブ市街地の街並み。夜中のためにビルや建物の窓、それに街頭、走る車から煌めく街明かりが、季節外れだが冬のイルミネーションみたいに綺麗で。
この景色をミーアはうっとりと眺めていて、そんな彼女に俺は少し話す。
「俺たちがここに移り住んでから、もうしばらく経つ。二人で付き合い、新しい生活を初めて……だから改めて見れたらと思った。俺と、ミーアが暮らすこの場所を」
「だからアスランは、ここに連れて来てくれたんですね」
「ははは、街を一望して見られるいい場所があると、以前部下から教えて貰ってな。それでタイミングがあれば君と一緒に見に行こうと思っていた。
どうだろうか? 気に入ってくれたのなら嬉しい」
俺はそう彼女に言った。ライブ姿のままで、輝く街の夜景を横にしながら満足げに。
「──とても感動しました!」
ミーアには、そんな笑顔がよく似合う。そして彼女は俺の側に来て上目で見つめると。
「本当に良い景色。
だから二人で……一緒に眺めましょう? アスランといるとあたし、胸の中が温かくて、もっと良い気持ちになれますから」
──もちろん、俺だってそうだ。
こうして改めて、君と共にいられる日々を想いながら。傍にいてくれる温かみが……俺にとっても大切なものだと。
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短編その3 穏やかな、君との時間
家のリビングで柔らかなソファーにもたれ、くつろぐ一時。
身体が沈み込むくらいにふかふかで、窓から差し込む陽の光の温もりも、何とも言えない程に気持ちが良い。
「う──ん」
伸びをすると思わず声が漏れるほどで。両腕を頭後ろに回して、今度は枕代わりにしてみる。
(今日は仕事も休みで、存分に自宅で過ごせる。こう言う時には思う存分ゆっくりとして身体を休めるに限る。
休みで疲れを取るからこそ……また仕事だって頑張れる)
俺はゆったりとくつろいで、リラックスして。そうしていると。
部屋の向こうからこっちに近づく、ぱたぱたとした足音が聞こえた。それからリビングの扉を開く音、俺が視線を向けるとやって来たのは──。
「ふぅ、さっぱり!」
部屋着のシャツに着替えて、桃色の髪をしっとりさせたミーア。丁度今風呂上がりで、火照った顔で身体からも少し湯気を立てていた。
お風呂を満喫して上機嫌そうな彼女は、そのまま空いている左隣に、一緒のソファーへと座って来た。そうしてニコニコとした顔を俺に向ける。
「ミーアもお風呂を、存分に満喫した感じだな」
「やっぱり気持ちいいですから、お風呂。だから……つい長風呂してしまいました」
「そっか。風呂に浸かるのも心地良いからな。少し早いかもしれないが、俺も後で入る事にしようかな」
ミーアの満喫しきった様子を見ると、俺もつい風呂に入りたいと思ってしまう。
「だーめですっ!」
けれど彼女は俺に腕を絡めて引き止めた。
「あたし、しばらくこうして一緒にいたいもの。ただアスランと一緒に……こんな風に」
ミーアと一緒に、ソファーに座って……ゆっくり。
別に何か読んだり、テレビを見るわけでもなく、本当にソファーに座っているだけで。けれど──それがまた良い。
(何しろせっかくの休みだ。ゆったり過ごすのが一番──大切な人と傍にいながら)
すぐ左傍には俺の身体に寄り掛かり、くっついているミーアもいる。彼女の温もりも暖かくて、それに風呂上がりのシャンプーにボディソープの香りも、良い匂いだ。
「そのシャンプーの匂いなんだが、柑橘類のような良い香りがする。……新しく換えたのか?」
「シャンプーが切れかかっていたから買い替えたんです。このオレンジの匂い、あたしは好きなの」
ミーアもまた夢見心地な様子で、俺にそう言って応えてくれた。
「そっか。どうりでそんな匂いがしたんだな」
「……うん」
傍で彼女は頷いてこたえる。けれど、その表情は何だか少しぼんやりしていて、両瞼も重そうにしているように見えた。それに小さく一あくび。
「ふぁ……っ」
「ミーア、もしかして眠いのか?」
「そう……かも。……何だか頭が、ぼーっとしてしまいまして」
そう言いながらミーアは俺の左肩を枕代わりにして、頭を乗せる。少し重たいのと、彼女の長い髪が首筋辺りに絡む感覚も感じる。
ただ、ミーアが眠くなる気持ちも分かる。俺も彼女につられてあくびをしてしまう。
「気持ちは分かる。ソファーもふかふかで気持ち良くて、陽の光も温かい。……俺も少し眠たい気分だ」
「アスランも、なんですね。ふふふっ」
そう言いながら、うとうととしながら微笑んでいるミーア。
「だけど、休みだから……構いませんよね。ねっ…………アス……ラン」
「ああ。全然構わない、だから──」
俺はそっと彼女に言葉を返そうとする。けれどその時には、もう。
「……ミーア?」
「……すぅ……すぅ」
聞こえて来る、小さな寝息の声。ミーアは俺にもたれたまま目をつむって眠っていた。
(いつの間に、もう眠ってしまったのか)
横目で見る彼女の寝顔はとても心地が良さそうで。穏やかな様子ですやすやと眠るミーア、これは起こすわけにはいかない。
(眠っているミーアも、とても可愛いらしい。それに、こうして傍で君の寝顔を眺めるのも、幸せな気分だ)
「う──あっ」
そう思っていると、つい二度目の欠伸が出てしまう。同時に急な眠気が襲い、一気に眠くなってしまう。
(凄く……眠たい。彼女も眠っているし……このまま一緒に)
ソファーに座ったまま、俺も眠る彼女の身体に少し寄りかかり、瞳を閉じる。
(おやすみ……ミーア)
内心でそう呟き、暖かい陽の光の下で……ミーアと共に眠りの中へと入って行った。
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短編その4 青い海と、煌めく彼女と
「海水浴に行きたいだって? 俺と?」
家で読書をしていた俺に、ミーアはニコニコしながら言った。
「はいっ! だってあたし達がオーブに来てから、まだ行った事ないでしょう? アスランと二人で……海水浴がしたくて」
純粋に楽しみにしている表情で、見ただけで彼女がどれだけ期待しているのかよく分かる。けれど、困ったな。
「海に行きたい、か」
ミーアはワクワクして忘れているかもしれないが、軍の准将である俺と、歌姫であるミーアがこうして同棲し、交際しているのは秘密にしてある。二人で海に行くとなると、多くの人目につく可能性が大きい。そうなれば……俺たちの関係性も気づかれてしまう事だって。
「オーブの海ってとーっても綺麗で、ずっと泳いでみたいと思っていたの。だから一緒に行きましょう!」
「……うーん」
顔を近づけて、きらきらした瞳を投げかけるミーア。とても断れそうにない……どうしたものか悩むが、俺は表情を緩めてこう答えた。
「……分かった。俺の方でも、どうにかしてみるとも」
────
『へぇ、アスランも大変みたいだね』
電話越しにそう話し、可笑しそうに笑う親友のキラ。
「笑い事じゃない。ミーアはずっと楽しみにしている……それをガッカリさせたくはないんだ」
海に行きたいと願っているミーア。けれど、あまり人目につくわけにはいかない。困った俺はキラに電話して助けを求める事にした。
「キラは俺よりもオーブに来てから長いだろう? だから、他に人が来なくて良さそうなビーチがあるなら、教えてくれたら有り難い」
人が来なければ安心して一緒に海に行けるはずだ。そう話すとキラは考えるように間を置いてから。
『うーん……そうだね』
また少し沈黙、そして──その後で何か思いついたような感じで。
『あっ! そうだ、思い出したよ!』
「……何か心当たりがあるのか、キラ?」
『まあね。人が来る心配もなくて、それでいて良いビーチが良いんだろう?
なら──僕に丁度、思い当たる節がある』
────
キラと色々話をつけてから、数日後。
「ありがとう、アスラン。こうして海に連れて行ってくれて」
海辺の道路を走る車、俺の隣に座るミーアは嬉しそうにしながらそう言った。俺はラフなシャツ姿で、彼女は白いワンピースを着て。……日が照って少し暑いからな。だから服は薄着で済ませている。
「どういたしましてだ。ただ、礼を言うならキラと……それと今度会った時にでも、カガリに言って欲しい」
「ふふっ、そうですね。──キラさん、今日はありがとうございます!」
「大丈夫だよ。僕もミーアが喜んでくれて、嬉しく思うから」
車を運転するのはキラ・ヤマト。俺とミーアは後部座席に座り、彼の運転である場所に連れて行って貰っている。
「もうすぐ目的地につく頃だね。アスラン、ミーアも……気に入ってくれたらいいな」
海辺を走る、キラが運転する車。俺達が向かう先は──。
それから間もなく、目的地にたどり着き車はそこで停まる。
「ついたよ。ここなら人目を気にせずに、存分にビーチを楽しめるはずさ」
車から降りた先は、小さな入江の中。外界から隔たれたように他に人気や喧騒とは無縁で、ただ静かな波の音とカモメの鳴き声が聞こえるくらいの、落ち着いた場所だった。
(それに砂浜もこんなに白く輝いて、海も青く透き通っている。……こんな場所があったとは)
「どうかな? アスハ家の所有するプライベートビーチは。カガリに頼んで借りさせて貰ったんだ」
そうだったな。彼女なら、こうしてビーチを一つや二つ、持っていても不思議ではない。
「本当にありがとう。カガリとも話をつけてくれて、それに俺たちをここまで送り届けてもくれて」
「どういたしまして。……僕もアスランがそうしている所、何だか見られて嬉しくもあったから」
キラからそんな風に言われ、俺も、ミーアも少し赤面してしまう。彼は車に乗り込んでから──。
「じゃあ僕はこれで。これ以上二人の邪魔をするのも悪いし、帰る時は連絡をくれたら迎えに来るよ」
そう言い残し、車を走らせて彼は去った。
俺達は二人になってから、また改めて目の前の景色を眺める。ミーアはうっとりとしたようにしながら、呟くのが聞こえた。
「とっても素敵。こんなに綺麗なビーチ、初めてです」
彼女はそう言うと、満面の笑顔を投げかけて、サンダルを脱ぎ捨てた。
「アスラン! 二人で一緒に歩いてみましょう! 靴も脱いで……裸足で!」
ミーアが向けるワクワクとした表情。俺は頷いて応え、履いていた靴と靴下を脱いで裸足になる。そうして彼女と二人で、真っ白な砂浜を一緒に歩く。
足元に直に感じる、細かい砂の感覚。歩いているだけでも心地良い気持ちだ。
「この感覚、良いものだな。やはり」
「ふふっ! そうですよねっ!」
俺の少し前を歩くミーア。彼女は上機嫌にステップを踏みながら、軽く小躍りする感じで砂浜を歩くのを満喫している。自然にではあるけれど、まるでライブの時のように可憐な感じで。
(こんなに良いビーチに来れたんだ、ミーアがあんなに満喫する気持ちも……よく分かる)
そんなミーアに連れられて、俺も一緒に砂浜を歩く。途中他愛のない話を交わしながら、砂浜の感覚を味わい、青く綺麗な海を眺めながら。ただ歩くだけかもしれないが、何だか良い気分になれる
「白い砂浜を大切な人と二人で、アスランと一緒に歩くの。……とても良いですね」
少ししばらくの間、砂浜を歩いて満喫した頃に、すぐ傍で俺にそう声をかけるミーア。
「俺も悪くない気分だ。こう言うのもまた良いな、ミーア」
俺に微笑んで、小さく頷く彼女。それからふいに海の方向を見たと思うと、今度はさっきよりもにこっと笑いながら。
「はい! けれど、砂浜を歩くのも良いですけれど、海に来たのですもの」
そう言ってミーアは自分の着ているワンピースを、この場で脱いだ。
「──こんなに綺麗な海。やっぱり泳がないと損です!
ビーチに行くのが楽しみで、ほら! 先に服の下に来ていたのですよ」
ワンピースの中からあらわになった、水着を着たミーア・キャンベルの姿。
眩しいくらいの黄色いビキニに、はち切れそうなくらいに豊満な身体を包んで。似合っているのはもちろんそうだが、水着を着た彼女の姿、思っていたよりもずっと見た目が、その……ドキドキしてしまうな。
「あら、もしかして見惚れてしまいました? ……ふふふっ」
「その……少しだけ、な」
やや照れ気味で応える俺に、ミーアは可笑しそうにして身体を寄せて上目遣いで見つめる。
「──少しだけ、ですか?」
思わず更にドキドキとさせるような仕草。俺はもう一度、彼女を見つめ直して言った。
「いや。本当はもっと、ずっと……君の姿に心奪われていた。水着姿のミーアも、最高だ」
これに満足げな様子のミーア。それから、改めて海辺に視線を向けると、一人先に海の中に入って行った。
腰まで海水に浸かった彼女は、俺の方に振り返って手を降る。
「アスランも! 早く着替えて、一緒に泳ぎましょう!」
手招きして俺を呼ぶ声。それに応えるように、俺は上着とズボンを脱いで水着になる。実は俺も海が楽しみで、ミーアと同じように下に着込んでいたんだ。
素早く水着になった俺は彼女の後を追って海の中へと。少し冷たくて心地良い水の感覚が足元を伝わる。
「……実に良い気持ちだ。これなら、もっと早くに来れば良かったかもな」
追いついた俺はミーアに、はにかんでそう伝えた。
「そうでしょう? アスランとこうして海に来れて、あたしも幸せ一杯なんですよ。それにほらっ!」
「うわっと!」
突然彼女は両手で一気に、バシャッと俺に水をかけた。まだ海に潜ったわけでもないのに、あっと言う間に髪がずぶ濡れになってしまう。濡れた前髪が両目にかかって見えなくなる中、まるで少女のような屈託のないミーアの笑い声が聞こえる。
「ふふふっ、ずぶ濡れですね!」
俺は濡れた前髪をかきあげて、可笑しそうにして笑うミーアへと目が行く。それに俺は表情を緩めながら、彼女に……。
「ふっ……やってくれたな。お返しだ!」
「きゃっ!」
今度は俺が同じようにして、手ですくった水をミーアに浴びせた。
「ははは、何だかこう言うのも楽しいものだな! ──わわっ!」
続けてまた彼女が水を浴びせ返して来た。
「楽しい! そう来ないとですっ!」
まるで子供のようにキャッキャとする水着のミーア。俺も同じ気持ちで、二人で水浴びを楽しむ。
こんな楽しみ、半分忘れかけてもいたが、やはり良いものだ。
────
それから二人で海にダイビングもしてみたり。やはりプライベートビーチなだけあって、海中の景色もまた綺麗だ。
輝く小魚の群れに、それに色鮮やかなサンゴ礁も。やはり地球の海は……こんなに様々な物で溢れているのか。
(こうして海に潜って、泳ぐのも良い気持ちだ。本当に──)
俺が泳ぎながら感銘を受けていると、右肩を軽く指でつつかれる感覚を覚える。
そこには一緒に泳ぐミーアがいて、先に深く潜りついて来て欲しいようにこっちに促す。俺も後をついて、一緒に浅い海底のサンゴを間近にしながら泳ぐ。気持ちよさそうで自由に泳ぐ彼女は、まるで童話に出る人魚姫を思わせた。
二人でサンゴの森に沿って泳いで。この鮮やかな景色に胸躍らせているミーアの横顔も、この景色に負けず劣らずにキラキラしていた。
途中色鮮やかな小魚を一匹、泳いでいるのも見かけた。彼女はそれに興味津々で近寄って、俺も一緒に傍で眺めたりも。そんな、実に充実した一時を共に過ごした。
────
こうして、俺たちはオーブに来て初めての海を存分に楽しんだ。
泳ぎ疲れた俺は浜辺で横になり、軽い日光浴を。そんな俺の前には、ミーアが座り込んで。
「どうですか? 海ってやっぱりとても気持ちよくて良い所ですよね、アスラン」
見上げた先には膝を曲げて座り込んで、少し上から俺を見下ろしているミーアの顔が。愛おしそうに見つめて来る彼女に、俺は上体を起こして微笑みを返す。
「そうだな。二人で海に来れて、俺も楽しかった」
俺の言葉に、小さく頷く彼女。それから振り返って海を見つめながら、笑って。
「……ふふっ!」
「?」
いきなり笑い声をこぼしたミーアに反応する。彼女はまた俺に視線を向けて、照れ笑いを見せると。
「やっぱり、アスランとこんなに素敵な思い出が出来るのが、何だか嬉しくて。だからつい、笑ってしまったんです」
俺を見ながらまたくすりと笑い、それから一言。
「また二人で、お出かけましょう。──ねっ?」
期待のこもったそんな言葉。こうして、彼女が喜んでくれるのなら。
俺は──。
「ああ。これからだって……いくらでも」
それに応えるように、俺は身体をミーアに寄せて、そして海辺で優しく……甘い口づけを交わす。
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短編その5 きっとこれからだって、二人で
プラント、それは地球より離れた宇宙空間に建造された、砂時計型の人工の大地──スペースコロニーの事だ。
また同時に、遺伝子改良を施した人類、コーディネーターが統治する国家である事も意味している。俺もコーディネーターの一人であり、プラントが故郷でもある。
今でこそプラントを離れオーブで准将の任に就いているが、とある事情もありしばらくの休みを取って里帰りをしていた。かつて地球とプラントは敵対していたが停戦条約によって落ち着き出して、今では割と行き来が可能になっていた。
そしてここに来た、一番の理由は。
プラントのとあるライブ会場にて。俺はステージ横の控えに隠れて、『彼女』の晴れ舞台を見守っていた。
「──プラントの皆さん! 今日はあたしのライブを観に来てくれて、嬉しいです!」
舞台に立っている喜びで、ステージ上で晴れ渡った笑顔で応えるのは、ラクス・クラインに次ぐもう一人の歌姫──ミーア・キャンベル。
それから改めて感謝を伝えるようにして、続けた。
「こうして今、ラクス・クラインではなくてあたし自身……ミーア・キャンベルとして! また皆さんの前で歌う事が出来て……応援してくれて、とても幸せです」
満面の笑顔を心から彼女は見せているようで。そして改めてステージの観客を見回して、感謝を込めて……
「それでは聞いて下さい。一曲目は──」
始まったミーアのライブコンサート。普段は俺と一緒に地球で、オーブで暮らしてはいるが、それでもこうして宇宙に出てプラントに公演に来ていた。
元々彼女は、ラクス・クラインとしてプラントで活動していたし、それに故郷でもある。戦争も停戦した事で地球からプラントの行き来も自由に……とはまだ行かないが、随分と緩和されている。ただ、それでも心配ではあるから、ミーアがプラントにライブに行く時には必ず俺も同行しているが。
(幾ら停戦したとは言え、何か危険な事がないとは限らないからな。──だが、これまでそんな事が起こる事もなく、プラントでのライブも良い感じにやって来れている。
元々、ラクス・クラインとして、結果としては偽る形になっていた。ミーアがまたプラントでも活動したいと言い出した時には、正直心配でもあった。……しかし)
ステージの端から伺える、ライブに来た観客の熱狂と、それに応援。ミーアの事をみんながこうして迎えてくれている。
世界全体も平和への道を進んでいる。だからこそ今度は政治の道具としてではなく、ただ純粋に歌姫として歌う事が出来ると。
ライブで歌うミーアの晴れ渡った横顔。そんな表情も、歌って踊る姿も何もかもが輝いて見える。きっと観客にとっても彼女はそう見えているのだろう。
精一杯にミーアが歌うライブ。その輝くような、夢のような時間に俺も夢中にもなり……気がつけばあっと言う間に終わりに差し掛かっていた。
最後の曲も歌いきり、小さく一息つくミーア。肩の力を抜いてリラックスしてから、改めて観客席を右から左へ見回して。最後にステージ端にいる俺にも、ちらと視線を向け、そしてぱっと笑顔になって再び観客席の方へと。
「みなさん、最後まであたしの歌を聞いてくださって、ありがとうございます!」
みんなは歓声で応えてくれた。ミーアは嬉しそうで、そして……あることを告白した。
それは俺にとっても意外で、驚きの告白だった。
「そして皆さんはどうしても、この場をお借りして報告したいことがあります。
実はあたしには、大切な人が──」
────
ライブも無事終わり、俺は私服に着替えたミーアと二人でプラントの街を歩いていた。
一応俺はサングラスで目元を隠すなど、正体を隠すくらいの変装をしてはいるが、ミーアの方は本当に私服で……途中彼女に気づいた人が何度もこっちを見ても来ていた。
「──ふふふっ!」
二人で街中を歩けて上機嫌な彼女は、人目を気にもせずに腕を絡ませて、傍にくっついて歩いている。そんな状況に俺は戸惑いながら、こう話してみる。
「しかし本当に良かったのか? ミーアがライブの最後に、あんな事を言うなんて驚きだ」
「あら。カミングアウトはあたしの好きな時でいいって、そう言ったのはアスランでしょう?」
「それは、そうだが」
言われると確かに。俺は以前そんな話をした事もあった。
「だが、実際あれを聞かされたらビックリもする。
──俺とミーアが交際していると、大勢の前で告白するだなんて」
戦争の後、俺はミーアと付き合い出していた。……しかし、彼女がまた歌姫として活動するなら邪魔になったらいけないと、活動が軌道に乗るくらいまでは、しばらくの間は交際している事を秘密にする事にしていたわけだ。
「アスランを驚かせたかもしれませんけど、ずっと秘密にするつもりはなかったですもの。そろそろ潮時と思いましたから。そライブに来てくれた皆さんも、歓迎して受け入れてくれたみたいでしたし」
「たしかに。正直心配もあったが、みんなも受け入れてくれたのは俺も良かった。ただ、これから騒がれるかもしれないし、色々……大変になるかもしれないが」
「大丈夫です。こうして、二人で一緒にいられるのでしたら」
そう言うミーアは愛おしそうな瞳で見上げて。それからいきなり右手を伸ばすと、ひょいと俺のかけていたサングラスを外して来た。
「──おっ、と!」
「こうして隠したりなんてしないで、堂々と恋人らしく。
そんなデートをしましょう。ねっ──アスラン!」
────
そう言うこともあり、プラントの街で俺とミーアは初めての、公の場でのデートをする事になった。
「……あっ! あそこのぬいぐるみ可愛いです。少しだけ見て行きましょう!」
ショーウィンドウに飾られたぬいぐるみにつられて、玩具店に入ったりもした。
「良いお洋服! アスランもとっても良いと思いませんか?」
それからファッションショップにも何軒か。ミーアは気に入った服を色々と試着してみせて俺に自慢げに披露したり、何着か買ったりもした。後は……少し歩きはしたが、街外れの水族館にも寄った所だ。
「水族館か。こうした所に来るのは随分と久しぶりだ」
「だってアスランとのデートですもの。デートならやっぱり、水族館が定番でしょう?」
二人で見て回る俺たち。今は水族館一番の見所である大水槽前を通りかかった所で、俺も、それにミーアも立ち止まって水槽を眺めている。
鮮やかな魚もいれば、銀色に輝いて無数に集まって群れで泳ぐ魚もいる。それにずっと巨大な、クジラのように大きな平べったい白い水玉模様の生き物……確かジンベイザメと言ったか、そんな生物も悠々と泳げるほどに水槽は大きかった。視界一杯に広がるこの景色、まるで自分自身が海の中にいるかのように思えた。
(改めて思うが、こんな光景が見られるなんてすごいものだな)
ふとそう感じていると、並んですぐ隣でミーアはニッコリとした表情で俺に話しかける。
「ねっ? やっぱり素敵な場所でしょう。水族館、アスランと来ることが出来て嬉しいです!」
とても喜んでいると言った感じの彼女、何よりだ。
「なら良かった。ミーアがそう喜んでくれると、俺も嬉しく思うから」
「うふふ、こうしていると本当に恋人みたいで……心が、ほっこりするんです」
珍しく照れたように、はにかむミーアは照れ隠しのように少しうつむいていて。そんな彼女も愛おしくて、俺はつい。
「えっ!! アスランっ!?」
つい、横から彼女の肩に腕をまわし、俺の方に寄せて抱き留めた。どきっとするミーアに、俺は微笑みかける。
「恋人みたいじゃなくて正式に恋人だろう。俺とミーアは」
せっかくの良いロケーションだ。それに結果的に初めての、ちゃんとしたデートでもある。彼氏なら彼氏らしく、ここは決めたいと思った。
俺の言った言葉にミーアは一瞬驚いて、その後で一番のにこやかな表情で応えてくれた。
「そう──でしたね! あたしはアスランの恋人ですもの!」
────
デートの時間も、あっと言うまに過ぎて行く。
随分と動いて回ったせいで気づくとお腹も減っていた。俺たちはすぐ近くにあったジャンクフード店に立ち寄って、食事を取ることにした。プラントにも、地球各地にも展開している最大手ハンバーガーチェーン店の、その一つに
俺とミーアは同じものを、ハンバーガーとMサイズのフライドポテト、それに飲み物にコーラを頼んだ。
「はむっ! ──うーんっ、美味しい! この味もたまりません!」
ハンバーガーを頬張って、味を満喫するミーア。それからフライドポテトを一つまみしてパクリと、俺の前で美味しそうにしている彼女を眺めながら、俺もコーラで喉を潤す。
「こう言うのも悪くない。ジャンクフードか、なかなかにやみつきになる味だ」
そう話しながらハンバーガーを一口。……やはり美味い。
「それこそどこにでも食べられる物で、デートに少しふさわしくないかもしれないが、こう言う味も良いな、ミーア」
「はい! ハンバーガーもポテトもあたしは大好きですから。それに……こうしていると昔を思い出します」
ミーアは少し懐かしむような感じを見せながら俺にこんな話をする。
「あたしがラクスさまの影武者になる前。ただ歌うことに憧れていた普通の女の子でしかなかった時も、お腹が空いた時にたまに食べに来ていたんです。
オーディションの帰りに寄り道して、ハンバーガーを。懐かしい味です」
「俺も長い事軍人として働いてはいたが、それでもたまに食べに来たな。懐かしいと言うよりは食い慣れた味だ。でも、これはこれで大好きだ」
「あたしもです。こう言うデートも、悪くないですよねっ!」
良い笑顔でこたえるミーア。だけど俺はあることに気づいて、彼女に顔を近づけてから……。
「くくっ。口元の、この辺りにケチャップがついてるぞ」
見るとミーアの右口元に、ハンバーガーのケチャップが少しだけ付いていた。俺に言われて彼女ははっとしたような様子で。
「えっ! 本当ですか!?」
「大丈夫だ。俺がこのまま拭き取るから」
そのままナプキンを取ると、目の前にあるミーアの口元を丁寧に拭う。本当にすぐ近くに彼女の顔が間近にある。少しドキドキしながら、俺たちは……互いに見つめ合う。
「……アスラン」
「……ミーア」
気づけばいつの間に二人の世界に入ってしまっていた。好きな相手であるミーアだけを見つめて、段々と顔の距離を近づけてゆく。
(丁度来ている客も少なくて、俺たちに注目している人もいそうにない。せっかくだ、このままミーアと)
「だめ……です。だって、ハンバーガーやポテト、食べたばかりですよ」
「気になんてしない。それよりも、ミーアに想いを少しでも伝えたい。
今なら人も少ない、だから──」
距離はもう一センチあるかないかだ。あと少しで……そうしていた時に。
「よぉアスラン! こんな所で会うなんて、とんだサプライズだな!」
「貴様がプラントに来ていたとはな。……ふん」
俺たちの元にやって来た私服姿の青年が二人。一人はくせ毛で褐色肌のムードメーカーな雰囲気の奴で、もう一人は銀髪でおかっぱ頭の気難しい感じの奴だ。どっちも俺と年齢は近く……それによく知っている相手だ。
「ディアッカ! それにイザークも、ここで会うだなんて」
「そりゃ地球に行ったアスランと違い、俺たちはプラントがホームだからな。今は休暇中で遊びに来ていた所だ」
「だが……なぜ俺まで付き合わねばならんのだ。ディアッカ一人で十分だろうに」
イザークの方は無理につれて来られたのか、やや不機嫌そうに顔をそむけている。ディアッカは彼に肩を回してまぁまぁと言う。
「とか何とか言って、イザークも割と楽しんでいたじゃないかよ。それにこうして昔の仲間である、アスランとも出会えたんだ。ラッキーじゃないか!」
「ははは、そうだな。俺も二人と会えて嬉しい」
俺も笑ってディアッカ達にこたえる。
「だろ? それにアスラン、可愛い彼女と一緒とは羨ましいじゃないか! ラクス……じゃなくて、えっと」
「もう忘れたのか? 以前話していただろう。彼女はミーア・キャンベル、元々はデュランダル議長が歌姫ラクス・クラインの影武者として用意した少女で、今は彼女自身が歌姫として活動するとともに、アスランの交際相手でもあるんだぞ」
「はっ! イザークに言われるまでもなく分かっているぜ! ミーアの曲は俺だって何度も聴いた事だってある。けどよ、ラクスと同じ顔だったから一瞬……驚いて分からなくなっただけだ」
そう言うとディアッカはミーアに親しげに笑いかけて挨拶を交わす。
「君とも会えて嬉しいぜ、ラク……じゃなくて、ミーア! アスランの恋人なんだってな。……どうだ? アイツは色々と面倒くさい所はあるが、上手くやれているかい?」
「はい! 少し不器用な所はありますけれど、優しくて、あたしの事を想ってくれる大切な人です!」
彼女は負けないくらいの笑顔を返して応えた。
「褒めてくれるのは嬉しいが、イザークやディアッカの前でそう言われると、結構照れるな」
つい俺も恥ずかしくなる中、イザークは腕を組んでフッとした表情を浮かべる。
「随分な惚気ようではないか。くくっ、そんな貴様を見れただけでも儲け物だ。
──せっかく会えたんだ、良ければ色々と話も聞きたいものだ。今のアスランの様子など元同僚として気になるしな」
「俺も気になるぜ! 話してくれたって良いだろ、アスラン!」
更にはディアッカまでも。……困ったな、どうしたものか。迷いはしたが、そんな俺にミーアは口元を緩めて言ったんだ。
「アスランのお友達のお願いですもの、いいでしょう? あたし達の事を沢山知って貰いましょう!」
彼女もそう言っている。こうなっては仕方ない、か。俺は覚悟を決めた。
イザークの言葉どおり、せっかく久々に二人と会えた事だ。満足するまで話すのもまた良いだろう。
────
偶然イザーク、ディアッカと会ってから色々話し込んだ後、俺たちはまた二人で街通りを歩いていた。
「もう随分と長く楽しんじゃいましたね、アスランとのデート」
繋いでいる手から伝わるミーアの温もり。隣で一緒の歩く彼女の横顔も晴れ渡った良い表情で。かつてあれだけ大変な事に巻き込まれたにも関わらず、今は俺の傍で……こうして。それが何だか、嬉しくもあって。
「ああ。今日は素敵な時間を過ごせた。君がいたからだ、ありがとう……ミーア」
「あたしの方こそ。一緒にデートをしてくれて、嬉しかったです」
ミーアは笑顔で応えた。それから、少し空を上に眺めながら小さく口から笑い声をこぼしてから、こんな事を続ける。
「あたし達はこれで正式に恋人同士。ふふ! 今までは隠して付き合っていたけれど、これからはこうして公にデートだって。とっても開放的な気分!」
「けれどこれからが大変だぞ。……もう一度言うが、ミーアがライブで付き合いを公表してから、マスコミなどから色々と騒がれると思う。
歌の活動も思うようにいかなくなるかもしれない。それでも、本当に大丈夫なのか?」
もちろん俺自身も騒がれる事はあるが、それは構わない。それよりメディア、大衆への関わりがずっと多いミーアが、やはり気がかりだ。俺の心配に彼女は少し考えた後、頷いて答えた。
「はい! あの時に比べたら、それくらい全然です。アスランと二人で居られるのならどんな事だって……乗り越えていけますから。
そう──言ったでしょう?」
信頼のこもった彼女の眼差し。俺はその信頼に応えるように、真っ直ぐと瞳を投げかけて伝えた。
「ミーアが言うのなら、俺もその期待に応えられるように頑張らないといけないな」
話しながら歩いていると、ふいにミーアは立ち止まって正面から向き合う。気になった俺は彼女にたずねる。
「ん? どうかしたのか?」
「ちょっとだけ……伝えたい事を思い出しまして」
「伝えたい事だって? 一体、どんな──」
そう聞こうとした瞬間、彼女はぱっと俺の胸に飛び込んで来て抱きついて来た。
「!!」
積極的で、それにいきなりなミーアの行為に、ほんの少し戸惑いと驚きを覚えている俺に彼女は耳元で呟いた。
「ありがとうございます。アスランと居れて一緒になってくれた事、貴方がくれた何もかも、あたしにとって宝物なんです」
「ミーア……そんなに」
「当然です。だからこれからも、あたしの傍にいてくれたら……とっても幸せですから」
心から頼りに、求めてくれてくれていると分かる。俺もまたミーアの背中を抱きとめる。温もりがあって、けれどそれでいて小さくて繊細な感覚だった。
「分かっているさ。俺はこの先だって、傍にいるとも。
──守りたいんだ、君を」
心からの言葉だ。それを伝えたいのも、俺にはあった。
「うん。その想いが……一番嬉しいです」
こうしてデートに来れて、伝えられた事。そして何よりもミーアが喜んでくれた事。
何もかもが、とても良かった。勿論俺にとっても……大切な時間だったのだから。
────
「あの、準備の方はよろしいですか?」
「問題ない。──やや緊張は、しているかもだが」
オーブ軍服に着替えて、用意を済ませた俺は控室を出た。
ただ軍の仕事と言うわけではない。今日は別件、テレビ出演の予定があり、こうして放送局に俺は来ていた。
(この日がようやく来たか。まぁ予想はしていたが、気恥ずかしいな)
移動する中、改めてそう思う。しかしテレビに出るからにはちゃんとしないとだものな。何故なら──。
テレビ中継が行われるスタジオに入った俺を待っていたのは、番組の司会者と、もう一人。
「よく来てくれましたね、アスラン!」
ライブ衣装を身にまとった歌姫、そして……俺の大切な恋人であるミーア・キャンベル。彼女が俺を笑顔で迎えてくれた。
「当然だ。テレビに出るのは気恥ずかしくはあるが、立場上こう言う事はちゃんとしないといけないしな。
それが俺の責務でもある」
「そうなんですね。ふふ、アスランのそう言うところも格好いいですよ」
「歌姫の恋人として、俺の事も世間に広がってもいる。だからこそこの場で誠実に示さないといけないからな。心から君の事を、愛していると」
歌姫であるミーアが俺との交際をライブで公表してから、思った通り世間は大騒ぎになっていた。……ただ、それでも彼女の人気が傷つくような事はなく、むしろ歓迎し応援してくれた。
色々と騒がれる事は大変かもしれない。それでも変な事は何も起こらずに、ミーアの想いをみんなが暖かく迎えてくれた事が、俺にとっても何よりだった。
今日はその事でオーブの大手テレビ局の特集があり、ゲストとして俺とミーアが招待された訳だ。せっかくだ、色々と想いを伝えられたら良いと思う。ただ、その前に。
「アスラン? そんなにあたしを見つめて、どうしたの?」
俺の様子に不思議そうなミーア。
スタジオにいるにも関わらず、俺は愛している彼女を見つめて、それから──。
「好きだ、ミーア。──君の事が」
「!!」
そのまま顔を寄せて、ミーアの唇に自身の唇と合わせて口付けを交わした。
少しして唇を離すと、頬を染めて嬉しげな……けれどやはり驚きを見せたような彼女の表情が目の前にあった。
「とても……嬉しいですけれど、ここでキスだなんて。驚いてしまいました」
「テレビ放送の場だ。ただ、放送される前にこうして伝えたいと思った。俺の想いを」
放送が始まればこうは行かない。だからその前に俺はこうしたかった。好きな人への想いはやはり、一番の形で伝えたいものだから。
我ながら良い事だと思った、だが……。
「あの、アスラン」
俺の言葉を聞いて、心なしか申し訳ないような表情で、ミーアは声をかける。
「改まって、どうかしたのか?」
「アスランには言いにくいのですけれど……その、実は番組はもう放送されているんです」
「何だって!?」
見るとカメラは俺たちに向けられて動いていた。てっきり俺は、これから番組を始めるとばかり思っていた。
だから……と言う事は。
「もしかして、さっきのキスも放送されて……いたのか?」
顔を赤くしてドキドキしながら尋ねる俺に、ミーアもまた同じように赤面して、小さく頷く。
正直言えば滅茶苦茶に恥ずかしい、けれど。
「……まぁ、仕方ないか」
照れながらも俺は──いつものように、ミーアに微笑みかけた。
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