幼馴染彼女NTR転生 (効果音)
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泣かないで、蓋をして

またこの作者見切り発車して誤字脱字確認してない……ってコト!?


 未埜連理(いまのれんり)の一番古い記憶は、幼馴染みと結婚の約束をした時のことだ。

 ベタだベタだ。スティックのりみたいな外国産の飴みたいにベタベタなことだけど、どうにも夢で見る位には記憶に残っているらしい。

 

「それ、いらないの?」

「流石に男なのに、これ持ってるのはヤだよ」

 

 近所で毎年八月三日に行われている夏祭りを幼馴染みで家が近所の女の子の鳶一折紙と親同伴で回っていて、鞘が安っぽい金で塗られ刀身はペラっペラな刀を欲しがった俺は、親にくじ引きを引かせてもらったものの、当たったのはオモチャの指輪。

 女子向けのオモチャにガッカリしていたら折紙が羨ましそうな目でこちらを見ていた。

 

「……欲しいの?」

「……ほんのちょっぴり」

 

 いらない上に家にあるのが男友達にバレたらからかいを受ける物を恥ずかしそうだが引き取ってくれるのは願ったり叶ったりで、俺は折紙にそれを渡した。

 

「左手のくすり指にハメてくれないの?」

「なんでさ?」

「この前、テレビで男の人が女の人に指輪を渡すときは左手薬指にするって言ってた」

 

 それは結婚式の話であって、こういうのとは違うのでは?

 そもそも結婚って大人同士でするものだし、そうツッコミを入れると折紙は恥ずかしそうに、こちらに小指を差し出す。

 

「じゃあ、十年後に……け、結婚しよう。指輪、それまで捨てないで取っておくから」

「……えー、うーん。まぁいいや。ん、約束」

 

 折紙の提案した約束に何故か頭の中で『止めとけ、ロクなことにならない』と制止する気持ちがあったが、それを無視して、小指と小指を絡ませる

 ──指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボン飲ます。

 こどもの儀式をしていると両者の両親が、微笑ましいものを見る目をしながら頷いているのに気づいた俺はすぐに小指を離したところで記憶は途切れている。

 

 

 そんな夢を小学六年生の八月三日に見てしまっていた。

 来年からは中学生だ。小学生最後の夏休みをそんなちょっと人様には言えない経験は、さっさと忘れて時効にしてしまいたい。

 

「なんか、嫌な予感がする」

 

 八月三日。

 例年通りなら、夏祭りにたこ焼きでも買い帰って家で食べてお祭りの楽しさを捨てたような日を過ごす予定だったのだが、何故か今日は家に居ては行けない気がする。

 

「何でだっけ……?」

 

 ベッドから抜け出し身支度を済ませ、少し駆け足でリビングに向かって母親に挨拶も忘れて出掛ける口実を思い付きで話した。

 

「母さん! 今日は父さんも家に居るし、どっか出掛けようよ! 車で良い感じのとこにさ! ばあちゃんの家の畑でも良いからさ!」

「朝起きたら先に挨拶って言ってるでしょ! それにアンタ去年行ったら手伝わずに暇そうにしてたじゃない」

 

 母さんが痛いところを突いてくる。確かに去年の夏休みに行った時は暑くて疲れるからっていう理由で縁側で麦茶飲んでた記憶しかないけど、今回は引けない。

 

「父さんは?」

「そうだなぁ……たまには突発で行くのも良いだろう。行こっか」

「すーぐそうやって連理を甘やかすんだから、たくもう」

 

 父さんの気紛れか、それとも機嫌が良かっただけなのか分からなかったが出掛けることが確定して安堵していた。

 俺の両親は特別厳しい家庭でもなかったし、かと言って放任主義でもなく、やりたいことは言えばできる限りの範囲で叶えてくれる親だった。

 

「そういえば、連理。もう夏祭りは折紙ちゃんと行ってないのか?」

「いや、行かないけど? 普通に夏祭りでも何でも遊ぶなら友達と行くし」

 

 素っ気なく父さんにそう言うと、落ち込んだ様子でメガネのレンズをメガネ拭きで磨き始めた。

 今朝見た夢が夢なせいで何のことを言っているか大体予想がついたが、もう向こうも忘れているだろうし男子と遊ぶことも早々ないだろう。

 

「よし、お昼過ぎに出よっか」

 

 こういう時、化粧をする母さんが一番時間を使うのだが、父さんは父さんでそれを読んで到着が丁度よくなる時に出発を決めた。

 それまで結構時間が開いていたせいで、暇になって近くを散歩しようと外に出るとこれから出掛けるタイミングだったらしい折紙と鉢合わせた。

 

「あ、おはよう。連理はこれからどっか行くの?」

「おはよ。ばあちゃんちの方に行くけど、まだ出ないかな」

 

 何だかんだで一対一で他に誰も居ない所で話すのはかなり久しぶりだ。

 こっちも言葉は出てこないし、折紙も何か言葉に詰まってる感じがする。

 

「そう、なんだ。あっ、連理は今日のお祭りは?」

「たこ焼き買うだけかな。ここ数年は買うだけで家で食べてる」

「私は毎年ちゃんと行ってるよ。母さんが浴衣着せてくれるから……その……」

 

 この調子だとあまり会話も続かなさそうだったこともあり、適当に話の落ちをつけて折紙とは別れて散歩を再開した。

 

「なんでああも母さんの化粧は長いんだろうか」

 

 誰に話してる訳でもない独り言を呟いていると、公園の近くで一人で寂しそうにしてる女の子を見つけた。

 年は三つくらい下で、炎髪灼眼と表せそうな短めのツインテールの子が夏休み真っ只中のこの時期に一人で公園に居るのは、少し気になる。

 

 ──止めておけ、関わるな。

 

 公園の方に足を伸ばそうとした瞬間に何かに足を止めさせられて、ふと目に入った時計が出発時間の五分前を指し示していて、後ろ髪を引かれる気持ちでその場を後にして、自宅前に待機していた父さんの車に乗り込んだ。

 

 嫌な予感から逃げるために起こした行動とあの女の子を見捨てたのは間違いだったと、言うように事故が起きた。

 車で天宮市から出て少しした位のタイミングで大火事が発生した。その大火事から逃げるようにスピードを無視して飛び出した車が俺の乗っている車に後ろから衝突。

 母さんは俺を抱いて庇って、父さんは俺の乗っている座席に何か危険が無いように限界までハンドルを離さなかったから死んだ。

 

 二人とも俺のせいで死んだのかもしれない。

 二人とも俺が確証もない嫌な予感で出掛けさせたから死んだのかもしれない。

 

 二人の葬儀はすぐに行われて、親戚の人や親の会社の人、交流がある人達を呼ばれていた。

 その一人一人が俺を見ると口を揃えて言う。

 

 ──君の両親は、君を守った。

 

 目線を子供の俺に合わせるために、屈んでそう告げてくる。

 ニュースでは天宮市の大火事の方が大事で、そっちのニュースが連日流れていた。

 見知らぬ人は、両親のことなんて知らないと言わんばかりに。

 身近な人は、親が死んだという話を綺麗な言葉だけを並べて美談にしようと。

 そう言っている様に見えただけだった。

 

「父さんは、母さんは──」

 

 違う。そうじゃない。

 

「──俺」

 

 一番、怖かったのは。

 

「何でこうなるって分かってたんだ……?」

 

 事故が起きた時に、驚きがなかった。

 人間極度の驚きに遭遇すると何も考えられなくなると言うが、そういうのじゃなかった。

 既に知っている感覚がした。

 

「──ん理! 連理!」

「折、紙?」

 

 葬儀が一段落して、待機所で座っていると折紙から話し掛けられていたことに気付いた。

 うちの近所で交流があったから呼ばれたのだろう。けど、彼女も彼女で大変だったはずだ。

 同じ地域に住んでるなら大火事の真っ只中にいたはずなのに血縁でもない人の葬儀に来てくれているのは何でだろうか。

 

「ようやく、返事してくれた。凄い顔してたから心配で声掛けちゃった」

「……居たの?」

「うん。最初からずっと」

 

 本当にそうなのだろう。ずっと隣で誰か相手が子供だから居てくれた大人じゃなくて、そうじゃない誰かが居てくれた気がしていた。

 

「ごめん……」

 

 昔から事故の時の既視感は、折紙と出会った時からずっと感じてた。

 それが気持ち悪くて、高学年になった辺りで避ける様にしてた。

 

「良いよ。そんなの……良いんだよ」

 

 その後、葬儀が終わるまで折紙はずっと隣に居たけど、何も話すこともなく、俺は親戚の家に引き取られる形で天宮市を去った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから丁度一年後、中学生になって住所も学校も変わり、ようやく俺は両親のことで折り合いを着け、嘘でも笑えるようになった頃に、折紙の両親が事故で亡くなった。

 俺を引き取ってくれた叔父さんは、鳶一家が両親の葬儀に来てくれたのを覚えていたらしく、俺に折紙家の葬儀に出るように言ってきた。

 

「……一年か」

 

 葬儀で焼香を上げた時に、既視感が一際強くなった。

 何故か折紙の両親の死について知っていた気がする。この事はどうやっても変えられない。どんな事があっても変えられないという確信だけがあった。

 一年前にこの感覚のせいで親を殺した筈なのに、人の親でもこうなってしまうのは無性に腹が立った。

 

「折紙」

「……あ、連理来てくれたんだ」

 

 一年前の写し鏡みたいに、俺と折紙は再会する。

 掛ける言葉なんて何が正しいかわからない。わからないけど、今は彼女の隣に居たくなった。

 このまま、あの時の俺みたいに喋らなくても良い。隣に居てくれただけで俺は──。

 

「……あのね、連理」

「ん」

「ごめんなさい……」

 

 俺に顔が見えない様に伏せた折紙が突然謝り出す。

 

「なんで謝るのさ」

「あの時、あんまり連理の気持ちわかってなかった。

 両親が亡くなって辛そうな連理を助けてあげたいってだけだった……」

 

 いざ自分もそうなって、という感じの折紙。彼女が感じているのは俺が当時感じてた物とは多分別種の、純粋な辛さだと思う。

 

「折紙。辛かったら泣いて良いんだと思う」

「連理はそうだったの……?」

「わかんない、わかんないよ。でも、こういう時は我慢しなくて良いと思う」

 

 そう言うと折紙は、決壊したダムみたい涙を流して泣いていた。

 それに対して何かする訳でもなく、ただ横に座っている。楽にしてあげたい訳でもなかった。気持ちを共有したい訳でもなかった。

 ただ、あの時みたいに泣けない所まで合わせ鏡みたいにならなくて良かったという気持ちが、心の中にある。

 

 それから何分か何時間経ったか、わからなかったが折紙が泣き止み、葬儀も滞りなく終わりを迎える。

 帰り道、叔父さんと折紙を引き取る予定の叔母さんが気を遣ったのか二人きりで話す時間を用意した。そういう関係でもないのに余計な気を遣ってくれる人達だ。

 

「今年も去年も夏祭り行けなかったね」

「折紙は行きたかったのか?」

「うん。毎年行ってたから、行きたかったよ。でも、来年からは叔母さんのとこに行くから難しいかな」

 

 そっか。と特に言うことも思い付かずに返事をする。

 

「ところでなんだけど、ちょっと手出して?」

「え? こう?」

 

 折紙に言われた通りに平手で手を差し出すと、小指以外を彼女の左手に畳まれて、逆の手で無理矢理指切りをさせられる。

 

「はい、約束。高校入る位に天宮市に戻ってきて、一緒にお祭り行こっか」

「いや、なんで?」

「教えてあげない」

 

 指切りを解いて逃げるように距離を取った折紙が振り向くと小学生時代の肩に触れるぐらいの長さから少し伸びた白色の髪と笑顔が妙に眩しく見えた。

 




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ずっと、ココにあるコトバ

デパプリからラブコメの波動を感じる。


 叔父さんに引き取られ小学六年生の半ばから転校し、そこから中学生になった俺は周囲に馴染めない。

 

 というわけでも無く。普通に友達を作り、普通に学業に勤しみ、叔父さんとも最初は距離があったけど徐々に打ち解けてきたつもりで小学校を卒業、そして中学校に入学して三年の時が経った。

 

「もう進路を決めるような時期か」

 

 中学三年生の夏。俺は学校で担任の教師から配布された進路希望調査のプリントを片手に、ベッドの上に寝そべる。

 引き取られてからは天宮市から離れているため、折紙と会うこともなくなり互いに携帯電話を持っていて連絡先を持っているのにも関わらず、連絡を取り合うことはなく今彼女が何をしているのか、俺と同じく進路を決めている頃の筈だがどうしているのだろうか。

 

「約束、向こうはどうだか……」

 

 あの日、折紙の両親の葬式の日に再会の約束していたことを思い出した。

 正直、鳶一折紙という少女が自分の中で引っ掛かっている理由もわからないし、ここまで彼女との約束をちゃんと覚えている自分に対して少し引いている。

 恋愛感情を持っているか、と言われるとNOである。

 だって、別に好きじゃないし。そもそも恋なんてまだしたこともない。

 

「なんなんだ、本当に」

 

 今の環境が悪いということは全くない。

 むしろ叔父さんは本当の親のように接してくれている。不自由もなく、学校生活だって良好で何も文句はない。

 叔父さんの帰る時間が安定しないこともあって自分で料理を覚えたけど、それ以外は叔父さんに頼りっぱなしだ。

 ただ、それに甘えていることが何となく嫌だ。本当の親から親離れする機会を失って、今度は叔父さんに恩を返したくて大人になろうと知りもしない大人を想像して、そうなろうとしている。

 抱いているそれが正しいかは分からないけど、まずは一人でも暮らせるようになるのが、今漠然とやりたいことだった。

 

「……なら、叔父さんを説得出来て且つ一人でも暮らせそうな場所は──」

 

 天宮市にまだ残されている生家に戻るか、もしくは寮に入ること。バイトもせず、纏まった金もない中学生の自分にはこれしか選択肢はない。

 問題は家と進学する学校を決めても別に折紙と巡り合える訳ではないということ。もし、仮に別々の高校に進んだ場合、出会う確率は著しく下がる。

 

「あぁ、もう……まどろっこしい」

 

 ごちゃごちゃ考えたことは何時だってうまく行った試しはない。

 余計なことは考えずに、俺は叔父さんに話すことを整理して天宮市の高校の情報をまとめて、それに向けて準備を始めた。

 

 

 

 夏から次の春までというのは受験生に取ってはあっという間に過ぎてしまう期間で、気が付いた頃には受験と中学の卒業式を終えた俺は、叔父さんが管理していてくれた生家に届いた荷物を受け取って叔父さんと共に掃除をしていた。

 とはいえ、俺が進路を決めて少ししてから叔父さんが、大方準備を進めていてくれたため、やることと言えば床に掃除機をかける位しかやることは無かった。

 

「うん、綺麗になった。後は連理君がちゃんとお掃除してくれれば、おじさん安心かな」

「元々叔父さんが準備してくれてたからじゃないか……。ありがたいけど」

 

 そっか、余計なお世話だったかなぁ。と叔父さんは後頭部を掻きながら笑っていたけど、何か言いたそうな表情をしていた。

 結局、一人暮らしの準備を最後の最後まで手伝ってもらってしまって申し訳ない。今日は叔父さんの好きな料理でも振舞おうと、スーパーに買い出しに行こうとした矢先、叔父さんに呼び止められた。

 

「連理君。おじさん、毎日は様子見に来れないし君が独り立ちしたくて、一人暮らしをしたいってのは……分かる。分かるんだけどさ……」

「えっと、叔父さん?」

 

 叔父さんがいつになく、言い難そうな様子でモジモジしていた。先程からそうだけど、いつものほほんとしていて言い淀む姿なんて全然見たことが無かったせいで、少し困惑してしまった。

 後で、と言って叔父さんを振り払うのは簡単ではあるが、何となく叔父さんのしようとしている話は今この時を逃したら、もう二度と出来ない気がして脚が動かなかった。

 

「連理君との生活が三年半くらい経って、いつも通りになってきたと思ってたんだ。だから連理君がこの家に戻りたいって聞いた時ね、嬉しい半分悲しい半分だったんだよね」

「……叔父さん。そんな」

「今まで、連理君はあの事故に関することの話するの嫌そうだったし、無理におじさんを親だと思えって……おじさんが言うのも嫌だったから、連理君が進路を決めてからずっと我慢してたんだけど、良い機会だから言わせてほしいんだ」

 

 叔父さんが本人の言う通り、その時から何も言わずに居てくれたことが分かる位、普段の叔父さんからは想像できない程の時間を掛けて、言葉を選んで、喉を震わせていた。

 そういう風に我慢させてしまったことの申し訳なさと、そんな顔をさせたくて一人暮らしをしたかった訳じゃないと、規模は違うけど、両親の事故の時に感じたこんな筈じゃなかったという焦りを感じて、身体が強張る。

 

「辛くなったら、実家だと思ってこっちの戻ってきて良いからね。勿論この家が連理君の実家なんだけど、おじさんは連理君が料理を覚えてくれて、奥さんが亡くなって独りになったのに慣れちゃって、冷食とかお惣菜を食べるのがいつも通りになっちゃったおじさんが、久しぶりに家族で手料理を食べるのって良いって思ったんだ。

 ええと……うーん。だから……そうだなぁ……」

「お、叔父さん?」

 

 途中まで、そんな風に思われていると思って無くてじんわり来ていたのに、締まり切らない叔父さんのおかげなのか強張りも溶けて思わず、苦笑いが出てしまった。

 お互い慣れない空気感で、硬直していたであろう表情が綻んで、この三年余りで築いた空気感に戻って叔父さんもいつもの調子になる。

 

「やっぱり、難しいことは良いや。

 おじさんが言いたいのは、例えどんな風に環境が変わっても、どんな事を連理君がやっていても、君を思う人の気持ちは、本当の親でも、その代わりのおじさんでも、変わらないと思うからそれは忘れないでいてほしいな」

「──」

 

 叔父さんに、初めて恩を返したいと思ったのはいつ頃だろうか?

 多分、小学校の卒業式の時。来賓席で叔父さんが泣いてるのを檀の上から見た時だった、と思う。

 きっと、あの時から、いやそれよりも前から叔父さんは、ただの保護者から本当の親みたいに思ってくれていた。

 それなのに、俺は大人になりたいだとか、本当の親がどうとか。そんなことはどうでも良いことだったんだと、今気づかされた。

 

「──なら、夏休みとかには顔出すよ。俺も叔父さんのこと心配だからさ」

「……そっか、あぁ……安心したよ」

 

 叔父さんはいつも以上に穏やかな雰囲気で、新聞紙を広げて顔を隠したのを見て、これはお腹を空かせて待っていてもらわないと困るかもしれない位に今日の献立の中身を充実させることを考えながら玄関の扉を開けると、数年前に見慣れた筈の風景だけど、当時と比べればかなり視点が上になった光景が広がっていた。

 

「行ってきます……!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ふわぁ……ぁわふ」

 

 来禅高校入学式当日。中学時代に地元を一度離れて再び地元に戻ってきたせいもあってか、顔見知りが全く見当たらない状態での環境では退屈でしかなく漏れ出る欠伸を殺しきれない。

 一通りの流れを終え、所属クラスの教室で自己紹介や担任教師の話も終わり解散の運びになったのだが、入学式の看板と一緒に写真を撮るアレは叔父さんが忙しい中、仕事を半休にして来てくれたので入学式が始まる前に俺、俺と叔父さんのツーショット、そして何故か叔父さん単体の写真を撮ったので、帰りに撮る必要もない。

 近くの席の生徒と適当に雑談をして、空腹になったタイミングでクラスメイトがポロポロと帰り出したので、それに便乗して家に帰ることにした。

 帰りに校門の前で記念写真を撮っている生徒とその親を掻き分けて校門を抜け、歩いて十分はしない位置にあるコンビニに立ち寄って暇つぶしに雑誌のコーナーで今週発売の雑誌を立ち読みしていると、コンビニのガラス越しに見覚えのある姿が走り去って行くのが見えた。

 腰に届くほど長い白い髪に、髪に三つのヘアピンを付けた来禅高校の女子制服を着た女子だった。

 

「折、紙……?」

 

 最後に会った時とは変わっているが、彼女の後ろ姿を見た時に数年振りの既視感を感じて確信した。この感覚は鳶一折紙を見た時の感覚に他ならない。

 今回は既視感だけではなく、違和感も感じている。今年度に折紙が来禅に入学している事に対して、何か致命的に間違いが起きている気がしてならない。

 

「また、これか」

 

 折紙の姿が見えなくなった頃に、彼女を追うわけでもなくコンビニで立ち読みしていた雑誌と適当におにぎりを買って、帰宅した。

 家の照明をつけずにリビングのソファーの上で横になっていた。

 叔父さん云々の言い訳が無くなった今、天宮市に戻ってきた理由は包み隠さずに言えば約束のことしかないのだが、その相手を見つけて何もしないのは、何をしたいのか自分でも分からない。

 

「何やってんだか、約束じゃなかったのかよ……」

 

 一旦考えるのをやめて、流石に空腹に耐えられなくなってコンビニで買ったおにぎりに手を付けようとした途端、インターホンが鳴りおにぎりの包装を破こうとした手が止まる。

 思考と手が止まり数秒固まってしまったが、もう一度インターホンが鳴って我に返る。

 

「あーはいはい。今出ますよー」

 

 念のため照明をつけてから玄関を開けると、息が上がって肩で息をしている折紙が居た。

 ついでに芋けんぴらしき何かを普段ヘアピンを付けてる逆位置に付けている。先程コンビニ前を走っている時は付けていなかったのに何があったというのか、そもそも何で芋けんぴなのか疑問は尽きない。

 

「連理っ!」

「折紙?」

 

 何でなのか、これならあの時に声掛けてた方が良かったのか。頭が痛くなってきた気がするが、彼女も彼女で俺の右手の辺りに視線が行った気がしたが、すぐにハッとして息を整える。

 

「久しぶり、連理も戻って来たんだね」

「まぁ、色々あって……とりあえず上がったら?」

 

 流石に玄関先で芋けんぴにツッコミを入れるとご近所さんに見られている状態で、折紙が恥ずか死ぬ可能性を考慮して、家の中に誘導してそこで言おう。

 来客用のコップと茶を用意しながら、その算段を立てて言おうと思ったが思いの外唇が重い。久しぶりの再会で約束のこともあって、このシチュエーションで芋けんぴを指摘する勇気は今の俺には無かった。

 

「お茶どうぞ」

「あっ、どうも……」

 

 それから五分か、十分、それとも分単位ではなく秒単位でも気不味くて時間の流れが遅く感じているのか、相手が喋り難そうなのを気遣ってお互いに黙っているだけなのか。何だか色々どうでも良くなってきて口を開く。

 

「「 あの! 」」

「「 あ、どうぞ…… 」」

 

 二度被った。クソっ、なんでこんなとこで息合ってるんだ。多分思っていることは同じだからとアイコンタクトで把握した気がしたのでお互いに頷き合って、お互いに口を開いた。

 

「約束のこと、覚えてるか?」

「何でずっとおにぎり持ってるの?」

「「 あ、そっち……? 」」

 

 バッドコミュニケーション。そういう言葉が似合う状況だった。もしかして約束覚えてたのって俺だけなのだろうか? そうならかなり恥ずかしいし、建前で叔父さん云々で進路決めた俺ってなんだったのだろうか? いや、それよりおにぎりのことを指摘されるなら俺も折紙には言うことがある。

 

「じゃあ言わせてもらうけど、お前頭に芋けんぴ付いてんだよ!」

「あ……こ、これは同じクラスの人と色々あって付けることになったというか、なんと言うか。そもそも連理だって何故か頑なにおにぎりを手に持ってて私も芋けんぴ付けてる状態で約束の話なんてしたくないよ! もうちょっと状況ってものがあるでしょ!?」

 

 それはそう。いや、でも芋けんぴ付けたまま幼馴染が家に来るのは少しだけ止めてほしかった。溜息を吐いてクールダウンして湯呑に口を付けて一服する。

 今のやり取りからして、恐らく折紙も約束の事は覚えているらしい。それは……嬉しい気がする。

 

「そういえば今日コンビニ前で走ってたけど、何やってたんだ?」

「え、あー……それはその……ね?」

 

 コンビニでのことを思い出して折紙にその事を聞くと、彼女は芋けんぴのヘアピンを外しながら恥ずかしそうに目を泳がせる。

 芋けんぴの件があって走っていたのか、走っていたから芋けんぴなのか。どうでも良い話ではあると思うが気になる。

 

「いや、何も分からん……」

「だから……その、入学式で連理のこと見つけたから終わった後に探してたの! それだけ! お茶ご馳走様でした!」

 

 一瞬言い淀み、その後一口に言い切った折紙は出されたお茶を一気飲みしてから急に家を飛び出してしまった。それに呆気を取られた俺はおにぎりを一度テーブルに置き、彼女を追いかけられないまま一時間程その場で固まっていた。

 

「そんなの、ダメだろ」

 

 自分の態度に言ったのか、彼女の言動に言ったのか。分からないまま、その日は何もする気が起きなかった。




この前書いた純愛杯より純愛の匂いがしますねぇ。

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繰り返し、廻る痛み

モンハン楽しい。


 入学式翌日。

 折紙が家を飛び出た後、彼女がギリギリ起きていそうな時間に明日改めて話したいという旨のメールを彼女に送って、初回授業故に特段難しい所もない、それどころか楽な日なのもあり、授業を受けていたらあっという間に。という事もなく、むしろ余裕があったせいで体感時間が長く感じた。

 そして放課後、屋上に彼女を呼び出していたため急いで屋上に行こうとしたが、クラス内で女子が話している噂が耳に入る。

 

「昨日、南甲町の辺りでウチの男子生徒が、女子生徒の弱みを握って芋けんぴを髪に付けさせて町中走り回らせたんだってさー……何だっけ、えーと、確か女子の名前は鳶一さんだったかな」

「それ、どんな状況よ。罰ゲームだとしても意味分かんないし……。その鳶一さんって確か初日なのに別クラスの男子が恋人にしたい女子ランキングだか何だかで一位にしてた子でしょ」

 

 妙な尾びれが付いて噂が広まっていた。

 何で初日なのに恋人にしたいランキングが出来ているのかとか、そもそも何で芋けんぴ注目されてて男子の方の名前広まってないんだよとか色々ツッコミたかったが、そうすると『未埜君反応し過ぎでしょ、もしかして噂の男子って未埜君なんじゃ?』とか『そういえば未埜君って南甲町に住んでるんだったよね?』と言われて、事実無根の『入学初日から噂の美少女に芋けんぴ装備させて辱め罪』とかいう意味の分からない罪状を突き付けられそうだったので、喉元まで出掛けた言葉を飲み込む。

 

「……っし!」

 

 噂話に巻き込まれないように屋上に向かい天井のフェンスにもたれ掛かる、折紙から少し遅れると連絡があったので、十分程待っていると彼女がやってきた。

 先日と変わらず、長い髪に昔から付けているヘアピン。芋けんぴは付けていなかったが基本的には幼馴染として見慣れた姿の彼女が現れて安心した。

 

「昨日振り。お前、あのヘアピン家に置いてっただろ」

「昨日振り。ヘアピンは……ちょっと知らないかなぁ?」

 

 惚ける折紙が隣に来て、フェンス越しに町を眺め懐かしむような表情をする。

 それを見て自分も振り返ると、大火災で荒れていた南甲町の辺りが復興を終えて形は変わったが、正直全ての建物に思い入れがある訳でもない。

 加えて自分の家も折紙の家も運良く目立った被害もなかった。だから、町に対しては特に言うことが無かった。

 

「戻ってきたって感じするね」

「あんまりこういうの見ても俺は特に無いけど、そういうもん?」

「そういうもんなの」

 

 何でわかんないかな。みたいなニュアンスで言われた。別に町にノスタルジーは感じていない。

 どちらかというと、十年以上離れていたならともかく、どちらかというと親は死んだのに町は特に気にしてない。誰も気に止めない。知らない他人の事なんて皆そうだけど、そんな感じがして、折り合いはつけたつもりでも嫌な気がした。

 

「昨日はごめんなさい」

「何でさ」

 

 折紙がフェンスに向いていた身体をこちらに向き直して、少しだけ頭を下げてきた。

 

「連理は再会の約束のこと、覚えてて天宮市に戻ってきたのに私は全然違うこと気にしてたから……その」

 

 どうやら昨日のアイコンタクト事故の事を言っているらしい。

 何というかアレは笑い話とかの類いじゃないだろうか?

 

「気にしてない。そもそも折紙も約束のこと、覚えてて俺を探してたなら、コンビニ前で見掛けたのに声掛けなかった俺も悪かった」

 

 こちらも頭を下げるとお互いに頭を下げている状態になってしまったため、お互い様だということ落としどころをつけて頭を上げる。

 

「それはそうと、連理ってこういうの覚えてる方なんだね。ちょっと意外かも」

「たかだか二年ちょいじゃ忘れない」

 

 我ながら素直じゃない。けど、覚えてた理由も分からないんじゃこう言うしかない。

 

「これから三年間よろしく」

「ん──」

 

 折紙が握手を求めるように手を差し出した。

 その手を取ろうとするが、急にピクリと手が止まってしまう。自分の身体の癖に言うことを聞かない。

 

「えっと……嫌だった?」

「そんなことは……」

 

 ない。

 今まで小学生位の時だったとはいえ、軽いボディタッチの一つや二つ平然とやっていた筈。

 しかも、挨拶の握手なんてどうってことない。筈。

 だけど、何故か気恥ずかしい九割、いつぞやの脳内警告が一割が邪魔をする。

 思考が深化していたが、折紙がちょっとだけ不安そうな顔をした辺りで我に返って手を握る。

 

「よろしく」

「うん、よろしく」

 

 出来るだけ速やかに手を離して、距離を取る。折紙の手の感触は、よく分からなかった。

 

「それじゃあ、私は用事あるからもう行くね」

「おう」

 

 そう言って彼女は別れ際に手をひらひらさせて屋上から去る折紙を見送り、数分後は自分も帰路に着いた。

 

 

 ◇

 

 

「疲れた……」

 

 その後、俺は真っ直ぐ家に帰らずに自宅の周辺地域を散策してアルバイトの求人情報を探していた。

 叔父さんからの仕送りと親の遺産はあるが、今のうちにアルバイトして別の貯蓄をしたい。

 というか、アルバイトしてないと暇で死んでしまいそうだ。

 結局は見つからず近場の公園のベンチで天を見上げていた。

 

「そこら辺に楽な仕事転がってないもんか」

 

 暇だからアルバイトを探しているのに、暇そうなバイトを探しているというのも無茶苦茶な話だが、キツイ仕事は嫌なのだ。

 ニュースでブラックバイトが~という話を見るがそうはなりたくない。

 なんか、こうしているとリストラされて家族に嘘ついて公園で項垂れているダメオヤジみたいだ。

 

「帰るか」

 

 そう呟いて公園を出ようとすると、足元にサッカーボールが転がってくる。

 軽く足の爪先で軽く上に飛ばしてキャッチすると、子供が一人こちらに手を振っているのに気づいた。

 

「すみませーん! 僕のですー!」

「道路にまで蹴飛ばすなよー!」

 

 ボールを投げ渡すと彼は後ろの方に居た小学生位の集団の中に戻っていって球蹴りを再開する。

 それを少しだけ眺めてから家に帰ろうとすると、空間が震動した。揺れで足元が不安定になって転びかけたが、なんとか耐えてその場に屈む。周囲を見渡すと少し離れたビルの屋上から階層回分が削り取られている。

 間違いない空間震だ。

 

「──っ!?」

 

 それから一秒も経たない内に空間震警報が鳴り響いて、最寄りのシェルターの方に人が雪崩れ込む。

 この天宮市には空間震用のシェルターが多数存在していて、収まるまでは避難するのが普通なのだが──。

 

「あのクソガキっ!」

 

 この街に何年か住んでいる人間は避難訓練や親の教育で避難に慣れていて、道の中央で列になって走らず焦らず押さずにシェルターに向かっているのだが、道の端で先程ボールの少年がシェルターとは逆の方向に走っていた。

 

「避難しなきゃならないってのに!」

 

 数瞬、自分の安全やら色々考えたが全部投げ捨てて少年を追う。

 子供だけあって無尽蔵体力に追い付くのは骨を折ったけど、何とか追い付いた。

 

「避難しないでこんなとこに!」

「ボールがっ! こっちに行っちゃったから! 父さんに買って貰ったばっかりで……」

 

 そんなことのために──。

 いや、この子のことは知らないし父親とどんな関係かは知りはしないけど、とにかく、ボールのために落とす命なんてダメだ。

 泣きそうになりながらボールを探している少年の抱き上げて、シェルターの方に走る。

 中華料理屋か何かの厨房に引火したのか爆発が近くで起きて、その爆風に背中を炙られる。

 服に引火はしなかったものの、それでも滅茶苦茶に熱い。

 

「あっつっ!! ボールは俺のせいで失くしたって言っといて!」

「飛んでる……」

 

 少年は返事をする訳でもなく、俺の後ろの何かに目を奪われているのか、俺の話を聞いてる雰囲気じゃなかった。

 正直俺も今はそれを気にしてる場合じゃない。シェルターは閉じなければシェルターとして意味をなさないため、ある程度人が集まったらそのシェルターの入口は閉じられて中から開けないと外からの出入りは出来ない。

 

「どっかないのか!?」

 

 少年を追いかけるために走り出してから一時間程経過する頃には体力の限界が近く、地面に座り込んでしまった。

 後入れ可能なシェルターは近くにはあるが、時間が経ちすぎて人数に余裕があるか分からない。

 

「はぁ、はぁ……ああクソ、何でこんな」

「あの……ごめんなさい」

「あ、あー……まぁ、大丈夫」

 

 少年も落ち着いてきたのか、もの凄く申し訳なさそうに謝ってきた。

 どっちかっていうと、少年のことを気にするよりシェルターに避難してなかったことで、担任や叔父さんに怒られるんじゃないかという方が不安で仕方なかった。

 何とか気合いを入れ直して受け入れ可能なシェルターを探して見つけたが入れて一人だという。そうなれば必然的に少年を入れることになる。

 

「ここは……あと、一人か。良かった」

「でもにーちゃんは?」

 

 少年を不安がらせてしまったが、こればっかりは仕方ない。笑顔を作って彼に目線を合わせるために屈む。

 

「大丈夫。君より足が速いから、また会おうな」

 

 先程追い付いた足を自慢げに叩いて、開けてもらったシェルターの中に入る少年を見届けから別のシェルターを探しに行く、次に近いシェルターは、確か陸上自衛隊駐屯地前だったはず。

 遠くで何かの爆発音が聞こえてくる中、目的地を目指して歩いていると空の方から声が聞こえてきた。

 

「隊長。逃げ遅れた民間人を発見。保護します」

 

 妙にピッチリしたスーツに空を飛ぶのを可能にしているであろう鋼の翼、軍隊が持つにしてはメカニカルなデザインの銃。

 平たく括ってしまえば、プラモデルの雑誌に乗っていそうな美少女メカフィギュアのような格好をした鳶一折紙が険しい顔をしながら地上に降りてきた。

 

「折紙、だよな?」

「細かいことは後にして」

 

 そのどえらい格好は何? とは言えなかった。

 そもそも空間震は災害なのに何故武器を手にしているのかとか色々聞きたいことがある。

 でも、今じゃない。今は……そう、目のやり場に困る。

 折紙の装着している装備は、今は誘導してもらっているから見えないけど胸元はガッツリ開いてるし、とはいえ後ろは後ろで背中は見えるし、年頃の青少年には中々厳しいものがあった。

 

「民間人の安全を確認。すぐに現場に向かいます」

 

 駐屯地に案内され一応避難できて安心したのか、緊張の糸が切れてその場で倒れてしまった。

 

 

 ◇

 

 

 次に目が覚めると病院だった。確か、大火災の時も同じ病院に連れ込まれたから覚えている。

 

「入学数日で病院行きってマジかよ……」

 

 普通に叔父さんに怒られる。

 何時間寝てたかも分からない。固まった身体をゆらゆらと揺らしながらほぐして起き上がる。

 身体が痛む訳ではないので、週明けの学校も問題なく登校出来そうだ。出来ることなら皆勤賞は取ってみたい。

 それから軽い身体検査をした結果異常無しだったが、しばらく待てと言われてその通りにしていると、自衛隊の部隊の隊長らしい人が来て注意されたのと何個か質問された。

 

「君、空間震の時にASTの隊員以外何か見た?」

「いえ、何も……そもそも、そのASTって何なんですか?」

「一応機密……と言えば機密なんだけど、ね」

 

 完全な情報統制は出来ない上に完全に秘匿するよりは納得出来るだろうからという理由で、精霊という空間震を発生させている存在と、それを討伐するのが目的のASTという対精霊部隊の説明を受けた。

 勿論、誰であっても話してはいけないという約束はさせられて質問は受け付けないと言われ、そのまま健常者は帰れと言わんばかりの勢いで病院を追い出された。

 

「はー……色々有りすぎだ」

 

 色々有りすぎて疲労感がドっと身体にのし掛かってきた。叔父さんに連絡して、大体のことは伝えると「わかった、近々話し合おうか。今後も気をつけて」とあっさりした返答が帰ってきて驚いた。

 もう少しお小言があるかと思っていたが、叔父さんも忙しいのだろうか? いや、近々話し合おうって言ってる時点でかなり怒られるとは思う。

 

「腹減ったな」

 

 そういえば、学校で昼食を摂ってから何も食べないまま時刻は夜九時。流石に何か食べたい。

 目の前には何軒かある飲食店。ガッツリ食べたいが方向性しか決まっておらず、これと言った希望がない。

 

「青少年。そろそろ補導時間だぞ」

「うぇ? まだ九時じゃ……って、おい公務員」

 

 不意に後ろから肩に手を置かれて驚きながら振り向くと望む反応を見れたのか、ふふっとイタズラが成功して嬉しそうな表情の折紙が居た。

 そういえば、さっき聞いた話でASTが陸自の管轄って言ってたからコイツ公務員なんだよな……。

 

「この時間にこんなとこ来て、何してんの?」

「飯食いに来たんだけど、やっぱ変更」

 

 結局避難した後に会えなかったし、丁度良いか。

 家にある程度作り置きはあるし、どうせ話すこともあるだろうという口実で折紙を自宅に招く。

 

「適当なとこ座っといて」

「何もしないのもアレだし、手伝うよ」

「じゃあ皿出しといて、昔と変わってないから」

「ん、了解」

 

 俺の家だし、作り置きを温める位だったので大変ではなかったのだが、手伝いを申し出てくれたので皿の用意をしてもらうことにした。

 皿はキッチンの吊り戸棚にあるため、必然的に折紙の視界は上の方に固定される。その隙を逃さずに芋けんぴのヘアピンを折紙の持っていた通学鞄に仕込んでおく。いい加減持って帰ってほしい。いらない。

 

「料理とかするようになったんだね、ちょっと意外」

「まぁ……叔父さんがちょっと、うん、アレだったから」

「叔父さんの料理に何があったの?」

 

 ネットで見たレシピを使って唐揚げ作ってくれたのは良いけど、結果は火の通った鶏肉と謎の熱々の粉が完成しただけで、特に何もなかった。

 雑談をしながら食事を終えると、何となく会話が途切れてしまう。

 

「……」

 

 つい、先日にも言葉のごっつんこをしてしまったせいか、お互いに警戒してしまっている。テーブルを挟んで腕や首のちょっとした動作で相手を牽制する不毛な時間を過ごしていると、先に口を開いたのは折紙の方だった。

 

「そういえば……連理、明後日って空いてる?」

「何でまた?」

「今日、連理が助けたっていう男の子の親御さんが話をしたいって、言うんだけど……さ」

 

 今日が金曜日。なので明後日の日曜日は問題なく暇なのだが、妙に歯切れの悪い彼女を見て嫌な予感がする。ギャグとかそういうのではなく、もっと真面目な方向の話で。

 

「空いてるけど?」

「……無理に行かなくても、私はいいと思う」

「そんなに?」

 

 折紙が無言で、例の男の子の父親らしき人物の写真を渡される。

 受け取った写真に写っている顔には見覚えがあった。

 その顔は二度と見ないと思っていた。

 

「なぁ、冗談とかじゃないんだよな?」

「もしそうなら、遠慮なく殴って良いよ」

 

 写真の男は、四年前に一度だけ会ったことのある人だった。

 

「……ごめん、今はわかんない」

「無理ないよ……。土曜の夜までに決めてくれれば、良いから。それじゃあね」

 

 心配そうな表情をした折紙は、いつか見せた時の表情と一緒だった気がした。

 帰宅する折紙を近所とはいえ一応家まで送ろうとしたら、真顔で──

 

「私、連理と喧嘩しても負ける気はしないけど?」

「お前それで遠慮なく殴って良いとかよく言えたな」

 

 とにかく彼女を見送った後、両親の仏壇の前で渡された写真をもう一度見る。

 

「父さん、母さん。俺、どうして良いかわからないよ」

 

 その写真の男は間違いなく、四年前の事故で俺の乗っていた車に衝突した車の運転手の顔だった。

 

 




自衛隊特殊部隊員>>>>(越えられない壁)>>>>一般人

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変わらずに変わっていくキミに

地球防衛しないと地球とプロフェッサーが爆発しそうだったの約二ヵ月空きました。
今日はモンハンのアプデ日です。


 最寄り駅近くの喫茶店の中で、店主の趣味か雰囲気作りのためか、落ち着いた曲調のクラシック音楽とは裏腹に緊張が解れずに落ち着かないでいる。

 これから俺が助けた子供の親であり、四年前の事故の加害者に会うことになっている。

 あの交通事故のことは叔父さんが色々してくれていたお陰で、初対面以降会ったことは無い。叔父さんに話は行っていたらしく、被害者の俺本人の合意であるならという条件で会うことを許されているらしい。

 

「……会って何しようってんだよ」

 

 一応、AST等の情報が出回らないように人払いをした上で折紙が店のバックヤードで、ここを映像のみで監視しながら待機しているのを良いことに悪態をついた。

 席に座ってすぐ出されたコーヒーにスティックシュガーとコンデンスミルクを入れようと、卓上に手を伸ばそうとすると──

 

「すまない。待たせた」

 

 カランカラン、と店のドアが開いて鈴が鳴る。高身長で黒スーツが妙に似合う如何にもデキる男といった雰囲気を纏う人がそこに居た。

 自然な足取りでこちらの席に接近してきて、俺の対面に着席する。

 

「……知っているだろうが、立壁清正だ。よろしく」

「どうも……」

 

 互いに軽くお辞儀をして、出会い頭は問題なし。

 正直な話一発位殴ってやろうかとも思ったが、殴ったところでどうにもならないと、理性的になって止めた。

 

「この度は息子を助けてもらったこと……いや、それだけじゃないな。

 私も過去に命を救われている。君と御両親には感謝してもしきれない」

 

 社交辞令だ、そんなものは。実際にどう思ってるかは知ったこっちゃないけど、感謝されてどうにかなる話じゃない。

 

「……それだけなら帰りますけど」

「今日の主目的他にある。君にする相談では無いとは重々承知した上でなのだが……」

 

 意外だった。これを機にってことだと思っていたがそうでもないらしい。

 立壁さんが何か言いたそうだったので何も言わずに待っていても口を開こうとしない。

 

「あの、主目的とは?」

「……すまない。少し、言葉を選んでいる。

 息子にも遺伝してしまって、私の悪癖を継がせてしまって、申し訳ないと思ってばかりだ」

 

 家族のことなんて聞いてない。

 事故なのだから、故意で俺の親を殺した訳でないのは頭では理解していた。だけど、目の前にいる男から不器用さが見え隠れするのは、今までのイメージと違った。

 

「はぁ、それで……?」

「そう。息子が私に何か言おうとしているのは分かるのだ。だが、こちらから聞いてしまうと息子の為にならないだろう。しかし……自分から踏み出す機会を搾取してしまうのは、父親として──」

「長い。長過ぎて主題が分からなくなってるでしょう」

 

 顔に手を当てて、もう片方の手の平を立壁さんに向けて制止する。

 整理すると、いつの間にか主題に入っていったのはまだ良い。息子の口下手? 自分の方? それともまだ主題じゃない? そもそもそんな話を事故った相手にするの?

 わからん。とりあえずこの人に主導権を握らせて喋っちゃダメな気がしてきた。

 

「えー、と。立壁さんは息子さんと話したいんですか? それとも息子さんに成長して欲しいんですか?」

「そうだな……息子に悩んでる事を話してほしい」

 

 数日前のあの空間震の時、あの子供は確かボールを気にして避難が遅れた。

 つまり、あまり買って貰えないからすぐ失くしたら怒られると思っているか、大事な思い出があるからのどちらか……だと思っていたけど、立壁さんの様子を見てると、あまりコミュニケーションがうまく行ってなくて、口数の少ない怖い雰囲気の父親として映っているのかもしれない。

 

「とりあえず、息子さんと会話したら良いんじゃないですか?」

「……妻にもよく言われているが、仕事が忙しいものでな」

 

 そんな話それこそ奥さんにすれば良いのではないだろうか。そんな家庭相談に乗る義理はない。

 適当に切り上げて終わりにしよう。

 

「あの、何で俺にそんな相談を?」

「……そうだな、人と話すのが得意でない息子が、君の事を話したがるものだから、気になってしまったんだ」

「だからって実の息子を差し置いて、こっちに逃げないでくださいよ!」

 

 放っておくのは、違うだろう。

 あのガキだって、俺と立壁さんに接点があったから話のネタにしようとしたのかもしれないのに。

 

「口下手でも息子さんに話し掛けて、好きなこととか話してやるとか、それが出来ないというのなら……間違った事はしない父であってください。

 息子というのは身近な大人を見て育つんですから、父親って存在がしっかりしてないとダメなんですよ!」

「……そう、だな」

 

 立壁さんが何か気にしていたが無視をして、勢いのまま席から立ち上がりテーブルを手で叩いてしまう。

 つい熱くなって、そうしまったことが我ながら嫌になる。可能なら今すぐこの場から立ち去ってしまいたい。いや、もうこうなったら、ここで打ち切って帰ってしまおう。

 

「家庭相談をしたいだけなら、もう帰ります!」

 

 一応出されたコーヒーを一気に飲み干して喫茶店から外に出て逃げるように走る。十分近く走ってから、立壁さんが追ってこないのを確認し立ち止まる。

 辺りを見渡すと、住宅街の方に入ってしまったらしいことが分かる。コンビニらしきものはスマホのマップ機能で確認しても見当たらない。再開発都市として東京23区内に負けず劣らずな発展をしている天宮市の中でも割と珍しい部類の場所だ。

 

「アホか……」

 

 落ち着いて状況を飲み込んだと同時に、砂糖とミルクを入れずにブラックのまま一気飲みしてしまった味覚が破壊された。それをどうにかしようと自販機を探し回るために大通りの方に足を向ける。

 苦手な味なのだから、飲まずにそのまま出て行ってしまえば良かったけど、出されたものを残していくのは気が引けたし、かと言ってあそこで砂糖とミルクを入れてから飲むのはどこか間抜けだったので強がりをしてしまった。

 

「冷静に話だけ聞いて帰ろうとか思っていたのに、あんな風に出て行ったのは十分ダサいか」

 

 歩くこと数分。自宅の近い南甲町にある公園のベンチに腰を落ち着けて、自販機で購入した乳酸菌飲料を半分位の量を口に残ったコーヒー味と共に流し込む。

 それからしばらく空を眺める。

 今頃、喫茶店では固まっているであろう立壁さんと口下手の彼から話を聞いて状況を把握しなければいけない折紙が取り残されていると思うと大変そうだ。と他人事みたいに思えた。

 折紙に一報入れるかと細い息を吐いてスマホを取り出すと、首筋に冷たくて固い感覚が走る。

 

「冷たぁっ!?」

「お疲れ様」

 

 紅茶のペットボトルを持った折紙が居た。

 大方あの態度はない。とかそういう事を言いに来たのだろう。アレがないのは俺にだってわかってる。というか若干後処理が面倒だったのか、少しだけ恨めしそうな表情をしていた。

 

「音声は聞いてなかったから、何を話してたかは分からなかったけど、手が出なかったのは良かったんじゃない」

「……半端なだけだろ」

 

 隣に座った折紙を横目に自嘲する。

 

「父親どうこうを気にする位なら、自分でちゃんとした父親をやっていて欲しかった。

 そうでなければ、何のために両親は立壁さんを助けたんだ……って言うのは俺の勝手な言い分」

「そっか。でも、それだけじゃないでしょ?」

 

 本当は一発殴りたかった。本当は人殺しと罵る位はしてもバチは当たらないと、思っていたのに。

 それが復讐なんてモノだって、考えてはいなかったけど、こんなに立壁さんの人の部分を、ただ息子とコミュニケーションを取りたそうな不器用な父親なだけの部分を見てしまったら、そんな気は失せてしまって代わりにイラついた。

 違うな、そうじゃない。

 

「やっぱり、父さんと母さんを殺したのは立壁さんとか火事じゃなくて、俺なんだ」

「それは──」

「違わない。誰かが殺意を持ってやった訳じゃないなら、それはあの日に出掛けようって言い出した俺のせい。

 それだけは絶対変わらない。俺から、俺の両親の死は奪わせない」

 

 ようやく、口に出せた。

 あの日の葬式からずっと抱えたままで、その答えも知っていた気がするけど口に出せなくて、どうにもできなくて泣くことも出来なかった。

 だけど、今日ようやく吐き出せたと思う。

 

「……そんな風に思ってたんだ」

「本当にそうだと思ったのはついさっきで、それまではよく理解してくて考えないようにしてた。

 だから、折紙には言うことがある」

 

 意外と人間の記憶力というのはバカにならないもので、過去にあった出来事が鮮明に思い出せる癖に、たった一つの一際強い記憶も同時に思い出してしまってそれに上書きされていく。

 きょとんとしている折紙の方を向いて、その時の事を言おうと思ったけど、照れ臭くなってやめた。

 

「お前、髪ボサボサなんだよ。走ってきたのバレバレ」

「なっ──!?」

 

 実は来た時から気になってた。

 くるんと輪になっている前髪を手で軽く払う。折角長くて綺麗な髪なのだから、しっかり気にしておくべき。という理屈で、そういうアレじゃない。

 

「まぁ、そんだけ心配してくれたなら……嬉しいけどさ。ありがとう」

「え、いや……あ、あ」

 

 それはそれとして、これ位は言わないと……一応色々気を遣ってくれてる相手に申し訳ない。

 良さそうな感じに前髪が整ったのを見て、手を離すと折紙は口をパクパクしながら動揺していた。流石にやり過ぎたか?

 

「連理が素直にありがとうって言ってるぅぅぅぅ!?」

「おい」

 

 またこのパターンか。

 いや、日頃の行いだとは思うけど、これはこれで何というか……うん。

 

「いやだって、年間感謝輸出量が数える程しかないあの連理だよ!?」

「年間感謝輸出量」

 

 あんまりなお言葉に、ついツッコミを忘れていたが、これはこれで懐かしい気持ちになる。

 それにしても、空間震が起きた時レベルで深刻そうな表情をしている折紙にはちょっとムカついてきた。

 

「まぁ、連理のツンデレはどうでも良いんだけど、それより立壁さんから伝言」

「……それで?」

 

 急に真面目雰囲気に戻った折紙の言葉を半分無視して耳を傾ける。

 一応ふざけて良いラインを見極めている所はあると思うので、こちらも真面目に聞く。いや、この前こいつ芋けんぴ付けながら人探ししてたのもあって微妙に俺の知らない幼馴染かもしれないから油断出来ない。

 

「ASTに入らないかって、提案しに来たのにアイスブレーキングのつもりで変な話題振りして申し訳。ってさ」

 

 折紙曰く、立壁さんは陸自の上の方の人で、空間震を起こしている存在の精霊かそれを討滅するASTを知ってしまった被害者に勧誘をしていて、何でもそう言った被害者は入隊志願をするケースが多く、狭き門を通った後はその分モチベーションも高い傾向にあるらしい。

 おおよそ、ASTの存在を聞いたから一応聞かれたのだろう。

 

「興味ない。俺は俺のことで精一杯だし、バイトも見つけないといけないし」

「……一応公務員扱いだから入隊できればお給料出るよ?」

 

 月にこれ位。と折紙がスマホに表示した給与明細を見せられて、少し心が揺れたが色んな意味で男子高校生には過ぎたる力だったので丁重にお断りしつつ、やっぱりこの女は急に無意識か何なのか分からないが真顔でマウントを取ってくるのは俺の知らない三年間で何があったのか少しだけ気になった。

 

 




ロングの折紙はこういう事言う

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真実(ミスキャスト)

ずっとぼざろの二次週刊更新してました。申し訳ないです。
頑張ってこっちも更新進めます。


 期末テストも終わり、夏休み前日で一部の生徒が熱狂を抑えられずに暴れそうな七月下旬。少しだけ例年よりも空間震が多いと言われているが、一般学生の俺に何か関係あるかというとちょっとしたトラブル位の感覚でしかなく、部活にも入らずにだらだらとバイトと学業をこなしていくだけの日々が続いていた。

 

「夏休みだからといってはしゃぎ過ぎないように、以上。解散」

『しゃっあああああっあああ!!!!』

 

 事務的な挨拶を残して教室を去った教師を見送ったクラスの一同は、沸いた。

 お気に入りのアーティストのライブにでも来たような盛り上がり方をしていたため、下手に動くとノリが悪いと言われそうだったので、動かずにいる。

 

「おおう……皆元気だな」

「そんな元気の無い人生二週目みたいなこと言ってますけど、私は知ってますよ。未埜先輩」

 

 隣の席のツインテール女子、飛び級で入学したっていう。名前は確か……岡峰美紀恵だったっけ。

 皆がみっきーと呼ぶせいでたまに本名を忘れる。年下には代わりないからという理由で同輩に先輩付けを忘れない娘なんだけどね、うん。

 

「知ってるって、何を?」

「未埜先輩が折紙さんと屋上で密会していたり──」

「やめなさいよ!」

 

 多分まだ事実なところで岡峰の言葉を遮る。

 密会と言われれば密会かもしれないが、これ以上話を掘られると尾びれの付いた噂が蔓延しそうだったので、それだけは阻止しなければならなかった。

 

「誤解ないように言っとくけど、アイツは昔ご近所だったのが、今もたまたまご近所だってだけ」

「あ、なるほど~。そうだったんですね」

 

 あっさり信じたな……別のクラスで有名なトリオだったらもっと根掘り葉掘り聞いた上で妄言を周囲にばらまくというのに。

 

「それはそれとして、私A……じゃなくて、アルバイト先で折紙さんとよく会うんですけど、空間震の度に人助けして逃げ遅れてるって心配してましたよ」

「アルバイト先のことはちょっと事情聞いたけど、そういうとこで働いてる人達に言われても……」

「そういう人達が無力感を覚えるのはそういう時なんですよ」

 

 教室の中だからか隠そうとしているのか、岡峰の悔しそうな表情とぎゅっと握った掌は夏休み気分で浮かれていたクラスメイトの誰一人気付くことはなかった。

 

「……なんか、ごめん」

「先輩が謝ることじゃないですよ。誰かが心配しているという事だけは覚えてくださいね?」

「出来る限りはそうする……俺は帰るわ。また夏休み明けにな」

 

 岡峰に釘を刺され、これ以上の話は外でするには踏み込んだ話になる予感がした頃。クラスメイトもボチボチ解散し始めたことに乗じて逃げるように帰宅する。年下の女の子に咎められて、それに居心地が悪くなって逃げるというのは我ながら情けない。

 

「夏休みか……バイトして、どっかで帰省して──」

 

 だらだらするか。と自宅でポストに入っていた郵便物をリビングのテーブルにぶちまけながら、夏休みにやることを考えていると、ふと折紙の顔が過る。

 八月三日。夏祭りの開催を告知する広告がポストに入っていたせいか同時に色々思い出してしまう。

 いくら再会の約束を覚えていた折紙だとしても十年近く前のあんな約束を覚えてましたなんて話をしたらよっぽど良い雰囲気でなければドン引きされることは間違いない。

 

「……大体、命日なんだし。そっちの方が優先でしょうが」

 

 実際に用事はあるのだから、それまではあまり考えないようにしたい。

 

「とは言え、買い出し行かないとだな……」

 

 一人暮らしに慣れたは良いものの、二人分の調理をしなくても良いという事もあって総菜をおかずに自分で米を炊いてレトルトの汁物を用意するだけのことも多い。

 そもそも料理を覚えたのは叔父さんが居たからという理由もある。自分だけ食べる分だけの調理は少しばかりコスパが悪い。

 若干の面倒臭さを感じながら玄関扉を四十五度くらい開けると何かにぶつかった音がした。

 

「あだっ!?」

「今なんか当たったな」

 

 それ以上扉を開かずに隙間から抜けるように外に出ると額を抑えて蹲っている折紙の姿があった。

 さっきぶつかったものの正体を察すると共に、今から出掛けようと思っていたのに出鼻をくじかれた気がして少しだけもう行かなくても良いかとも思い始める。

 

「こ、こんにちは。今日から夏休みだね」

 

 こっちに気付いた折紙が何もなかったかのように立ち上がって挨拶をする。

 

「お、おう。こんにちは。怪我とか大丈夫?」

「こんにちは!」

 

 どうやら無かったことにしたいらしい。

 一旦家に上げて打ち身に効く湿布を渡してみたところ、丁重に断れたため本当に無かったことにしたいらしい以上に圧が強かったのもあり、これ以上触れないようにした。

 水出しの麦茶を出して数分黙られてしまい、コップの中の氷が解け始めたせいでカランと音が鳴った頃に折紙が口を開いた。

 

「ところで、ダメ元でなんだけど、連理って夏休みの……八月三日の夜って空いてる?」

「……空けられない。ことはないけれど……なんでまた」

 

 覚えているし、さっき思いっきり後回しにしたことではあるのだが……こう、直球で来られると何とも言えない気持ちになってくる。

 

「これっ、今年は空間振が多くなってきたからこういうお祭りをしっかりやって市民や外の人を安心させようって目的で開催するから、サクラとして最低でも一人は連れて回っててほしいって上司からお願いされちゃったんだけど、さ……良かったら行かない?」

「……なるほどな?」

 

 テーブルに置きっぱなしだった夏祭りの広告で顔を隠している折紙の奇行は少し気になる。それでも大体の理由はわかる。

 おおよそ夏祭りの雰囲気は好きだから行きたいものの、浴衣着て行ったとしても一人では虚しいから着いてきてほしい。そんな所だろう。昔からそうである。そんなことで幼馴染を舐めるな。

 

「良いけど……叔父さんに話は通しておくから」

「じゃ、当日ね」

 

 折紙が広告をくしゃりを握り潰して小さくガッツポーズを作ってから、お邪魔しましたと捨て台詞のようにそそくさと帰っていく彼女の表情は嬉しそうであった。

 

「あのさぁ! ああ、もう」

 

 一人になったリビングで後頭部をガシガシと掻きながら悶える。最近薄々と思っていなかった訳ではないが、やっぱりそういうことなのだろうな。と自覚すると同時に自己嫌悪に陥る。

 彼女の前になると躊躇ってしまうというか、斜に構えがちというか。何というか色々情けない。

 

 

 ◇

 

 

 そうして夏祭り当日。今年は親戚の集まりも悪かったという理由もあって叔父さんと一緒に食事をして墓参りして、ちょっとだけ話したら解散となった。

 その際に夏祭りの件を話したら生暖かい視線を送られたので、即座にお帰りいただいた。

 

「人多いな……」

 

 それにしても、サクラなんていらないんじゃないか? という位には集合場所に指定されていた神社の入口は人でごった返していたため、少し離れた場所に位置取っていた折紙を見つけた。

 白い浴衣を藤色の帯で留めた、線の細い女の子がそこに居た。髪の色と少し遠くを見て何か考え事をしていそうな表情もあって、どこか浮世離れしたような綺麗さがある。

 その姿は大変好ましい姿である筈なのに、どうしてもASTの時の彼女を思い出してしまった。

 普通の女の子らしい姿なのに、似合っている筈なのに、違和感が拭えない。

 

 頭が、痛い。けれど、気合で無視をする。

 

「お待たせ」

「そんなに待ってないよ。ついさっき来たばっかだし」

「……こういうのってお世辞ってよく言うらしいけど──」

「じゃあ三時間待たされたから色々奢ってね」

「ごめんて」

 

 地雷を踏んでしまったらしい。いや、ああ言えば機嫌を損ねるだろうなという確信はあったのに、つい癖で言ってしまった。

 折紙もわかりやすく不機嫌ですというポーズを取っている辺り本気で怒っている訳ではない筈なので、彼女と横並びで神社の境内に入る。

 

「そういえば、浴衣似合ってるじゃん」

「お待たせの次にそれを言ってほしかったなぁ」

 

 彼女は冗談めかしたように笑っているが、似合っているという感想自体は事実なのだから、三つ位なら何か奢っても良い気持ちにはなる。

 それからかき氷を食べて、たこ焼きで舌を火傷し合い、射的屋で現役自衛隊の腕を自慢気に誇られたりと、有体に言ってしまえば楽しかった。

 

 頭は割れそうだった。

 

「そろそろ花火始まるらしいから、移動しない?」

 

 何か意を決したような表情の折紙に服の裾を引っ張られながら神社から少し離れた場所に、明らかに市の行政が設置したものではないベンチが置いてあった。

 流石にここまで来たら覚悟を決めるしかない。何があるかは考えなくてもわかる。

 

「十年前のコト覚えてる?」

「っ、躊躇わずにそういうことを……覚えてるよ」

「……そっか、それってさ──」

 

 マズイマズイマズイ。目を合わせられない。心臓がうるさい。環境音が何も聞こえない。思っていた数倍は動機が酷い。

 その場で俺は動けない。折紙が立ち上がって手に持っていた小物入れから大切そうに保管されていたであろうおもちゃの指輪を差し出す。

 

「未埜連理さん。貴方のコトが好きです。

 もし、あの日の約束が有効なら……この指輪を──」

 

 やっぱりだけども、ああもう、遠回しに飾るのは止めるとして、このシチュエーションで、この想いは否定しようもない。

 立ち上がって、彼女の持っている指輪を手に取る。

 

「俺も好きだよ。好きだ。だから、また別の約束。十年後にまた君に指輪を渡すよ」

 

 そう言うと折紙は目をほんの少し見開いた後に、辛抱堪らない様子で俺に抱き着いた。

 多分お互いに顔を真っ赤にしているであろう状態が数分続く。前に気不味くなって体感時間が長くなった記憶がある。今回はそれとは逆に数分あった筈なのにほんの一瞬に感じる。

 

「ありがとう……約束覚えててくれて、嬉しい。これからよろしくね」

「こちらこそよろしく」

 

 気恥ずかしさから折紙が離れて距離を取った。いつの間にか花火は打ちあがり始めていた。

 彼女か、花火か。どちらの綺麗さに見惚れていたかわからない少しだけ、気を緩めていると頬に何か触れる感触がする。折紙が自分の唇に手を当てながら震えているのを見ると何が触れたかは言われずともわかる。

 

「ゆ、油断したでしょ?」

「そんな満身創痍になりながらすることじゃないと思うんだけど……嬉しいけども」

「うっ……」

 

 少しだけそっぽを向いて呟くと折紙が心臓の辺りを抑えて蹲る振りをしていた。薄命系の純愛物だとこういうタイミングでヒロインの病気が発覚するパターンもあったりするせいで、それこそ心臓に悪いので止めて──

 

 

デート・ア・ライブ

 

 

 

「あっ……えっ……?」

「どうかした? 大丈夫?」

 

 少しだけ立ち眩んでしまったせいで、折紙を不安がらせてしまったが、嘘のように調子は良い。

 

「あ、ああ、いや……何でもない」

 

 今の一瞬で、今まで感じていた違和感や頭の痛みが無くなった。何でそうだったのかわからないくらいで、逆に何でそうだったのかわかるのに、頭が情報量に追い付いていない。

 

「なら、良かった。花火も終わっちゃったし……一緒に帰らない?」

「もう暗いしな……送ってくよ」

「お隣さんだから大して離れてないけどね」

 

 普段からの仕返しだと言わんばかりに微笑む折紙の顔が可愛く見える。見えるけど、それがおぞましくも感じてしまった。

 今は出来る限り帰って、横になって情報を整理したい。

 帰り道では何を話しながら帰ったか覚えていない程記憶が定かではないが、気が付いた頃にはベッドの上で見慣れた天井があった。

 

「ウソだと言ってくれよ……本当に」

 

 俺は所謂転生者で、ここが『デート・ア・ライブ』というライトノベルの世界で──。

 主人公は五河士道で、鳶一折紙という少女は彼に恋する筈だったという事実を、折紙が頬にキスしてしまった瞬間に全て思い出してしまい、その日は一睡も出来なかった。

 

 俺はきっと彼女には相応しくない。

 

 




NTRしたのでタイトル回収です。

原作知識(完結まで)を得たのでようやくタイトル回収です。

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