拗らせたツンデレ魔術士の尊厳をゆるく破壊しながらデレさせる (ジョク・カノサ)
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プライスレスな依頼者

「死にたくない……!」

 

 女は絶望の淵に立っていた。

 

「まだ誰も見返せてない……!」

 

 顔を涙と鼻水で濡らし、目の前に迫り来る現実──死を受け入れられず、子供のように頭を振る。

 

「私はまだ──」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「依頼内容は()()の踏破よ」

 

 女は腕を組み仁王立ちでそう言い放った。ド派手なピンク色の髪を二つ結びにし、幼さの残る顔立ちは仏頂面を浮かべている。

 

「質問だ」

 

 そんな女に集められた周囲の同業者たちから疑問の声が上がった。ヒゲ面の男は言葉を続ける。

 

「裏道の存在は聞いたことがある。だが詳細は知らん。情報はあるのか?」

 

「ほとんど無いわ。分かるのは裏道の内容は挑むごとに魔術によって変わるということだけ」

 

「俺も質問だ。なぜ術護派遣を通さずに依頼する?」

 

「通せないから。理由は言えない」

 

「情報は無いというが……何か勝算があるのか?」

 

「特に無いわ。それでも私は行かなければならない」

 

 質問と返答の応酬。その中で同業者達の態度が急速に呆れに変わっていくのを感じる。そりゃそうだ。

 

「……報酬は?」

 

 そして、俺達雇われにとって一番重要な質問に対して女は手を腰に当て自信満々に答えた。

 

「金銭の類は無いわ! あえて言うとすればこの私──未来の魔導師たるツーリン・カデルイレとのコネクション、そして信用ね!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 魔術学国トルプスはその名の通り魔術によって発展を重ねている国である。

 

 この国では魔術の研究とそれを成す人員の育成を最重要視している。そしてそれが行われる最もスタンダードで最前線の場所こそが中央学院。

 

 この学院に入学する手段は一つ、試験に合格すること。その詳しい内容は実施の度に変わるが、最終試験だけは毎回同じで障害が設置された()を通り合格の証を獲得するというものだ。

 

 学院への入学を望むのならこれが常道だろう。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「普通ならそれが常道なの。でも試験の過程で出てくるでしょ? 最終試験に辿り着く前に落ちた馬鹿が。そういうヤツらが最後に縋るのがこの裏道なの」

 

「成程なあ」

 

 依頼主……ツーリンの説明に素直に納得する。どこか他人事のように語ってるが突っ込まないでおこう。

 

「術護の癖にこんなことも知らないのね。不安だわ」

 

「ああん?」

 

 ため息混じり+胡散臭そうなモノを見る目だった。前言撤回。お前もその馬鹿の一人だろって言ってやろうかコラ。

 

「何よ、文句あるの?」

 

「ありありだコラ」

 

「まあまあ。裏道に関しては私も薄っすらとした知識しかありませんでした。知らないのも無理はありません」

 

 ロン毛の穏やかな雰囲気をまとったイケメン、スレイが割って入って来た。

 

「私も初耳。普通の試験の護衛なら何度か受けたことがあるけれど」

 

「拙者もだ」

 

 赤みを帯びた髪が特徴的な女ベスタ、無精髭を生やしたチョンマゲ男ザリがそれに続く。どうやら裏道とやらはそこまで有名なモノでもないらしい。

 

 ──あの馬鹿げた報酬内容を聞いた後、その場に集まっていた同業者のほとんどは一斉に白けた態度に変化し早々に離散していった。残ったのはこの俺……ジェリルを含めた四人だけ。

 

「そう。ま、そんなものよね。魔術の素質が無い人間なんて」

 

 ツーリンは俺達をひとまとめに見下すような目で一瞥した後、ズンズンと前に進んでいった。

 

「クソムカつくな。なあ、アイツぶっ飛ばさねえ?」

 

「まあまあ……それにしても、強気な子ですねえ」

 

「強気っつーか失礼だろアレは。あの訳分かんねえ報酬内容でも引き受けてくれた相手に向かってよお」

 

 将来偉くなる自分と今の内から繋がりが持てる、なんてガキでも設定しない報酬。術護派遣を通さず依頼してきたのも納得で、こんな報酬じゃ依頼が通るワケがないんだよな。

 

「しっかし……アンタらも物好きだな。なんでこんな依頼を受けたんだ?」

 

 術護派遣ってのは要は用心棒だ。魔術士が危険を伴う実験や実習、試験を行う際の付き添い人であり、その多くは国外から来てこの国に居座っているような人間。

 

 そんな奴らが報酬に何を求めるのか? そんなもん普通は金に決まってる。だから俺以外にも引き受けるヤツが居るとは思ってなかった。

 

「私は単純な好奇心ですね。裏道がどのようなモノなのか、前々から気にはなっていたのでどうせなら可憐な少女のお手伝いをしつつ、といった具合です」

 

「特に深い理由は無いわ。ただ……あの子、無茶しそうじゃない? 妹を見てるみたいで気になったのよ。別にお金には困ってないし」

 

「……苦難を求めて」

 

 最後のザリはともかくスレイとベスタは中々にお人好しな理由だった。まあこの国には俺も含めて色んなのが寄って来る。こういうのも中には居るか。

 

「というか、それこそ物好きなのはアナタもじゃない? 別にあの子が気になるってワケでもなさそうだけど」

 

「あー……表が出たからな」

 

「表、ですか?」

 

 疑問を浮かべるスレイに対し、俺は懐から剣と盾の文様が刻まれた一枚の硬貨を取り出した。

 

「やりたくねえってことに出くわしたらコレで決めてんだよ。表だったらやる、裏ならやらない。表が剣で裏が盾な」

 

「それはまた……不思議な取り決めですね」

 

「やりたいことばっかやってると腐るからな。適度なムチってやつだ」

 

「アナタの方がよっぽど物好きじゃない?」

 

「かもな」

 

「僧のようだ」

 

「そんな高尚なもんじゃねえよ。俺はただ──」

 

「着いたわよ」

 

 俺達を先導していたツーリンが立ち止まった。その目の前には簡素な青い扉。その横には注意書きが刻まれている。

 

 ここは裏道が存在するという国内のとある施設だ。依頼を受けたのはついさっきだが、何かに急かされるように依頼主様はその足でここに俺達を連れてきた。

 

「この先が裏道。……準備は良い?」

 

 全員が口々に問題無しの意図を伝える。随分とせっかちな展開だが文句があるヤツは居ないらしい。

 

 ふと気づく。全員が渋みの混じった顔で俺の方を見ていた。

 

「君は……本当にその装備でいいのかい?」

 

「ん、なんか問題あるか?」

 

 スレイは俺の腰にぶら下がった武器が気になるようだった。ツーリンは正気を疑うような目で俺を見ている。

 

「問題も何もそれ、ただの木の棒じゃない」

 

「棍棒だよ棍棒」

 

「同じよ。あのね、子供の遊びじゃないの。周りを見なさいよ。それぞれが剣にナイフに刀、そういうしっかりした武器に加えて防具とか小道具なりを持ってきてるのよ? それに比べて何? アンタの格好は。その棒以外何も持ってないじゃない」

 

「俺にはこれが一本で十分なんだよ」

 

「……論外ね」

 

「ああ? なんだコラ。お前も装備なんて──」

 

「正直言って私はアナタ達にそこまで期待していないし、信頼もしていない」

 

 腹が立つほどスルッと俺を無視し、ツーリンは俺達全体に警告するような声音で語り始めた。

 

「これは噂程度の話でしかないけど……過去にここで死にかけた挑戦者が居たらしいわ。それほど危険が伴う場所だと思ってくれて良い。だから」

 

 帰るなら今の内よ。

 

 そう告げた直後、ツーリンは推し量るように俺達を視る。どうやら自分が無茶苦茶な依頼をしている自覚は多少なりともあるらしい。だが、誰もその場から離れようとはしなかった。

 

「──まあまあ。そこまで深刻に考えなくても良いのでは」

 

 死にかけた挑戦者が居る。そんな噂を聞いてもスレイはその微笑と余裕を崩さず、ツーリンの目の前へと一歩を踏み出した。

 

「この裏道はあくまで学院が用意したモノなのでしょう? であれば挑戦者を死なせてしまうような内容にするとは考えにくい。ベスタ嬢と同じく私も何度か通常の試験の護衛を請け負ったことがありますが、人死にが出るような体験は一度としてしていませんから」

 

 そのまま膝を折り、忠誠を誓う騎士のようにツーリンの手を取る。

 

「噂とは時に歪み、誇張されるモノ。そしてそれに未知への恐怖が加わり、貴女を蝕んでいる。……そう心配せずともよろしい。幾多の知見を得てきたこのスレイが、見事この未知を打ち破り、貴女の切なる願いを叶えてご覧に入れましょう」



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試練

「──ひいいいいいいいいいい!!! ママァァァァァァ!!!」

 

 とんでもなく情けない声を発しながら来た道を逆走し、走り去っていくスレイを俺達は呆然と眺めていた。

 

「おい、どうすんだ」

 

「……構ってる余裕は無いわ。進みましょう」

 

「アレじゃこの先厳しそうだしね。本人が言った通り別に死にはしないでしょうし」

 

 何も言わず態度で示すザリも含め満場一致で歩を進めることが決まる。

 

 それもその筈で、裏道に足を踏み入れたタイミングからスレイはそれまでの余裕を崩し、動揺しっぱなしの見る影もない姿を晒していた。こうなるのは必然だったのかもしれない。

 

「暗所が病的に苦手なヤツってのは何人か知ってるが……アイツもそうだったのかもしんねえな」

 

 扉の先は暗闇だった。そして入口の脇には持ち主の魔力を吸い辺りを照らすトーチが一本。その先はそこそこの幅のある道が真っすぐに続いている。

 

 俺達は今、トーチを持ったベスタを先頭に道をひたすらに進んでいた。

 

「静かに」

 

 窘めるようなツーリンの口調には緊張も混じっている。額から一滴、汗が垂れるのが見えた。

 

 ──裏道に設けられた障害……試練とでも言うべきそれは既に始まっている。言葉で表すとすれば、ただひたすらに続く暗闇を僅かな光源と共に進み続ける、といった感じか。

 

 中々にいやらしい仕掛けだ。これがただ暗闇を進むだけだと確定していればただ走り抜ければ良いが、具体的な内容が分からない以上、あるかどうかも分からない敵や罠を警戒して進まなければならない。

 

 加えて視覚が制限された状態では音は重要な情報だ。気晴らしに無駄話をするのも憚られる。

 

 ジリジリと、スタミナと精神力が削られていく。それが狙いだろう。

 

「むっ」

 

「どうした?」

 

「……いや、何でもない。気のせいだ」

 

 ザリが刀に手を添えたが、すぐに離す。この状況では神経質になるのもしょうがない。

 

 優秀で真面目なヤツほど警戒し疲弊する。そんな試練のようにも思えた。

 

「……おい、依頼主様よお」

 

「静かにと言った筈よ」

 

「いいじゃねえか。黙ってりゃ思うツボ、適度に心を休めた方が良いだろ」

 

「っ、そんな甘い考えで進んで罠を見落としたらどうするのよ」

 

「そんときゃその時だろ」

 

「ふざけないで! 私はこの挑戦に全てを──」

 

「落ち着きなさいツーリン。適度に気を緩ませるってのは私も賛成。警戒のし過ぎで潰れちゃ本末転倒じゃない?」

 

「……」

 

「最低限の警戒は私がやっとくわ。少し休みなさい」

 

 ベスタの申し出に多少間を開けた後、ツーリンは大きく息を吐いた。観念したのか表情を緩めて胡乱な目で俺を見る。

 

「はあ……それで、何?」

 

「なんでこんな場所にわざわざ挑戦しようと思ったのかが気になってな」

 

「入学許可の証を取る為って言ったでしょ? 話聞いてなかったの? それとも忘れたの? バカなの?」

 

「あーうるせえ、それは分かってんだよ。俺が聞きたいのはなんで次の普通の試験を待たなかったのかって話だよ」

 

「はあ?」

 

「別に試験は一年に一回ってワケじゃねえだろ。こんなリスクのある選択肢取らずに次の試験まで待てばいい」

 

「……ああ、アンタ私が試験に落ちたと思ってるのね」

 

「は、違えの?」

 

「違う」

 

 ツーリンは俺から目を逸らした。歩調に合わせて揺れる手が硬く閉じられる。

 

「私は……最近まで学院に居たわ」

 

「ん? じゃあ試験には合格してるってことか」

 

「とっくの昔にね。今はもう学籍は無いし、入学の証も没収されたけど」

 

「要するに……追い出されたってことか」

 

「少しは物分かりが良いようね。だからもう私は普通の試験を受けられない、受けさせてもらえないの」

 

 ということは、俺に裏道の説明をした際にどこか試験落ちたヤツらに対して他人事だったのはそれが原因だったのか。

 

「追い出されたってのに戻れんのか? いくら裏道つっても証は普通のと変わんねえんじゃねえの?」

 

「……裏道は落伍者が縋る道。そう言ったわね」 

 

「ああ」

 

「それも存在理由の一つ。でも一番大きな意義は──何としてでも学院に入りたい。そういう人の為のモノよ」

 

 ツーリンの目はトーチの青い光を照り返し、煌々と輝いている。

 

「貧乏とか、犯罪歴があるとか。それにアンタ達のような異邦人。魔術を学びたいと思っても学院への入学を妨げる障害は沢山あるわ。普通の試験すら受けられない、それでも学院に入りたい。この裏道が想定してるのはそういう人材」

 

「……なるほど」

 

「だから私にはここしかないの。一度学院を追い出されたとしても、この先にある証を見せつければもしかしたら……話しすぎたわ。どうでもいいでしょ私の事情なんて。休憩は終わりよ」

 

 そう締めくくり、ツーリンは再び無言で歩き始めた。俺は気を利かせてくれたベスタからトーチを受け取り、先頭の役割を入れ替わる。

 

 僅かしか先が見えず、どこまで続くのかも分からない暗闇。俺は取り戻した緊張の中でツーリンが見せた目の輝きを思い出していた。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 結局、暗闇が終わるまでの間に何かが起こることは無かった。俺達は無駄に削られただけ。これを考えたヤツは間違いなく性格が悪い。

 

 そして、すぐにそれをもう一度感じるハメになる。

 

「クッソ……止まるな!!!」

 

 それまでとは違う横幅が広まった無機質な道が、過剰な光源によって照らされ前へと続いている。

 

 そんな眩しさの中で俺達はひた走る。背後から迫るのは大量の──人形。

 

「ありゃなんだ!」

 

「傀儡兵よ……! 魔力で動いてる……!」

 

 ガシャガシャと迫る足音に混じり、息を乱したツーリンの返答が耳に届く。肩越しに背後を見ればのっぺりとした顔の人形──傀儡兵がすぐ側にまで来ている。

 

「まったく……意地の悪い仕掛けね! このまま走りっぱなしで良いの!?」

 

「傀儡兵はちょっとやそっとじゃ壊れない……一々対応してたら……キリが、無い……!」

 

 ここまでの道中で俺達は確実に疲弊している。特にツーリンがマズイ。

 

「……! 行き止まりだぞ!」

 

 ドギツイ光の中に見えたのは壁。いや、あれは。

 

「門か!」

 

 良く分からん模様が刻まれた巨大な門が行く手を阻んでいた。俺達は仕方なくその目の前で立ち止まる。

 

「どうする! こんなもん開けられる気がしねえぞ!」

 

「待って……これは式錠門よ……」

 

「つまり!?」

 

「……私なら開けられる! 少し時間を稼いで!!」

 

「……了解。ベスタ、アンタはソイツの守りを頼む」

 

「分かったわ」

 

 解錠に取り掛かったツーリンを背に俺とザリが立つ。傀儡兵は目前に迫っていた。

 

「オラァ!!」

 

 一匹目の頭を棍棒で殴り飛ばす。人のそれに石の感触を足したような奇妙な殴り御心地。こりゃ確かに頑丈だ。

 

 二匹、三匹と続けて殴り飛ばした後、最初の一匹が立ち上がり再び動き始めた。

 

「チッ。一発叩くだけじゃ壊しきれない──!」

 

 寒気を感じてその場から横っ飛びに移動する。間も無くして、俺が立っていた場所に刃が振るわれ、目の前に立っていた二体の傀儡兵が真っ二つになる。

 

 刀の男、ザリの一撃だ。

 

「あっぶね、でもやるじゃねえかオッサン! 居合ってヤツか!」

 

「……硬いな」

 

 ザリは再び刀を鞘に戻し、感触を確かめるようにぼそりと呟いた。

 

「そう何度も斬れるモノではない」

 

「でもやるしかねえだろ」

 

 殴り、蹴り、叩く。気合の声と鈍い音だけが響く。一匹取り逃す。ベスタが対応する。

 

 そうして、ザリが斬り完全に停止したのも含めて二十体ほど倒した辺りで、焦りの籠ったツーリンの宣言が聞こえた。

 

「あと少し…………解けた!」

 

 門が開かれていく重厚な音。門に刻まれた模様が輝いている。どうやら成功したようだ。想定していたよりもずっと速い。

 

「通れるわ!」

 

 一瞬だけ視界を背後に回す。人一人分ほどに門が開かれている。

 

 全員の位置関係。俺が最前でザリがやや後方。ベスタとツーリンは既に門の向こう。目の前からは相変わらずの大群。

 

「──行け、オッサン!」

 

「……!」

 

 俺の意図を汲み取ったザリが後ろへ退く。ザリを追いかけようとした傀儡兵を蹴り飛ばす。

 

「速く! すぐに閉まるわ!」

 

 ツーリンの催促。ザリが門の向こうへ渡る。それと同時に、門が再び動き出していた。

 ……こりゃ無理だ。

 

「行け」

 

 俺はそう伝え絡みついて来た傀儡兵の首を捻じ切る。

 門が締まる寸前、隙間から最後に見えたのは目を見開かせたツーリンの姿だった。



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単純な理由

「大丈夫よ。死にはしないわ」

 

「……」

 

 完全に塞がった門の前でツーリンは立ち尽くす。無慈悲な拒絶は音すらも通さない。

 

「あの場所にも逃げ道があったのは彼も気づいている筈よ」

 

 ベスタが語る逃げ道。それはここまでの道中、道の側面に設けられた幾つかの扉のことだった。

 

 意思の挫けた挑戦者を誘う逃げ道であり、外へ繋がっている。扉には総じてそういった文が刻まれていた。

 

「あんな武器でもあの物量に対応出来てたみたいだし……きっと上手く抜け出して外に出てるわよ」

 

「……そうね」

 

 ツーリンは顔を上げる。直前まで浮かべていた戸惑いのような表情は既に消えていた。

 

「進みま──」

 

「危ない!」

 

「……っ!?」

 

 一閃。ツーリンの眼前を刃が通る。それが当たらなかったのは咄嗟にベスタがツーリンの服を掴み引き寄せたからだった。

 

「……どういうつもり?」

 

 ツーリンを背後に回し、ベスタは刃の元凶──空を斬った状態で静止しているザリを睨む。不愛想だった表情は一変し、何かを我慢するように歯を食いしばっていた。

 

「もう……我慢が出来ん……」

 

 それまでの口数の少なさ、声量の小ささから一変した──。

 

「魔羅が苛々(イライラ)する!」

 

 魂の叫び。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 東に位置するとある国。ザリはそこで生まれ、罪を犯した。

 

 計十数人にも及ぶ民間人の殺害。そしてその全てが若い女。ザリは生まれ故郷からの逃亡を余儀なくされる。

 

 そして逃げ続けた果てに魔術学国トルブスへと辿り着き、衝動を抑え術護として密やかに暮らしていたのにも関わらず、護衛を求める一人の少女に心奪われ、ここに至るまで凶刃を振るう機会を虎視眈々と待ち続けていた。

 

 何故そうまでして殺すのか? 幾らそう問われようともザリは殺しを止めることは出来ないだろう。

 

 それのみが己を慰められる唯一の手段だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なに……なんなの!?」

 

「下がって!」

 

「もう、我慢ならんのだ!!」

 

 全てはこの時の為。邪魔な男二人は幸運にも消え、柔肌を守るのは自らの性癖から外れた女が一人。

 

「どけい──皺ァ!!」

 

「失礼ね」

 

「むっ!?」

 

 刀を構え踏み出そうとしたザリに対し、ベスタは後方へ下がりながらそれを投擲した。

 

「っ……暗器か!」

 

 時間差を付けて放たれたのは三本の投げナイフ。しかしその内の二本は刃に弾かれ、胴体へと辿り着いた一本も突き刺さることはなかった。破れたザリの衣服の内には、鈍い光。

 

「鎖帷子よ!」

 

 ザリは快哉を叫んだ。目の前の女は無力であり、自らを阻むには足らぬと確信したからだ。勝ちを確信した狂人は気を緩ませながら警告する。

 

「俺が斬りたいのは初心な女のみ! 貴様に一切の興味は無いが、邪魔立てするのならあっ?」

 

 ──敗因を挙げるのであればそれが一つ目だろう。初手で大した攻撃をしてこなかったベスタへの侮りと、焦がれた瞬間を目の前にした慢心。

 

ナイフ(それ)は囮」

 

 加えて直前に放たれた尋常の大きさであるナイフ。それらによって、ベスタが続けざまに指で弾くようにして放ったそれ──針に反応することが出来なかった。

 

「……!? あっ、がっ!?」

 

「それに、まだ皺なんて一つも無いわよ」

 

 針が首元へ刺さった直後、ザリは刀を手から落とし悶えながら倒れ伏した。

 

「……殺したの?」

 

「麻痺毒よ。死にはしないだろうけどしばらくは動けないわ」

 

「そう……」

 

「何でかは知らないけど、アナタを狙ってたみたいねコイツ。……どうする? もう私達だけになっちゃったけど」

 

 一人は早々に逃げ去り、一人は恐らくリタイア、一人は凶行に失敗し蹲っている。そしてこの先にどんな障害が待っているのかも分からない。

 

「──当然、進むわ」

 

 それでも、諦める訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ザリの乱心後、ベスタは休息を提案したがツーリンはそれを望まず、二人は門の先へ続く無機質な直路を進んでいた。

 

「何も無いわね……案外、もうゴールは目の前なんじゃない?」

 

「……そうね」

 

「それにしてもロクでもない男ばっかり。木の棒を武器にしてる人が一番依頼に真摯だったなんて想像出来た?」

 

「……」

 

「……どうしたの?」

 

 会話に応じず、ツーリンは訝しむような視線をベスタへと向ける。

 

「アンタは……なんで依頼を受けたの」

 

「理由の話? それならさっきしてたけど聞こえなかった?」

 

「聞こえてた。でもあんなの嘘でしょ。何が目的なの」

 

「……疑ってるのね」

 

 直前の出来事が疑心を生んでいる。ベスタはそう理解し苦笑いを浮かべた。

 

「それでもアナタが妹に似ていたから、としか言いようが無いわ。嘘……というかさっきは言ってなかったことならあるけど」

 

「何?」

 

「その妹、もう死んじゃってるのよ」

 

「え……」

 

「私達が住んでた村に盗賊が来た時だったわ。男連中に混じって戦ったの。盗賊は追い払えたんだけど、その時にした怪我の具合が悪くてそのまま死んじゃった」

 

「……」

 

「気が強くて無鉄砲で……本当に似てるわ。信じられないのも分かるけど、そうとしか言いようがないのよ」

 

 背後を歩くツーリンからはベスタの表情は伺えない。しかし、その声音からは確かな暖かさと厚意があった。

 

「その気持ちはここまで態度で示してきたつもりだわ」

 

 門前での護衛、直前の凶行の阻止。確かにベスタは実直にツーリンの依頼に応えてきた。

 

「……分かったわ」

 

 強張らせていた表情を緩め、ツーリンは漏れ出たかのような笑みを浮かべる。肩越しに振り返りそれを見たベスタも同じように笑った。

 

 そうして、間も無く二人は道の終わりへと辿り着く。

 

「ここは……」

 

 そこは先程の門前よりも遥かに広く開かれた空間だった。壁面は全て白で統一され、照明によって光が満ちている。

 

「あっ、あれ!」

 

 ツーリンは思わず指差し、叫んだ。部屋の中央に設けられた台の上には、ここまでやって来た挑戦者を称えるように学院への入学証──白い鍵の形をしたそれが設置され、輝いていた。

 

「入学証! ということはさっきのが最後の──」

 

 直後、ツーリンは地面に突き飛ばされていた。

 

「っ……え?」

 

 この状況でそれが出来る人物は一人しか居ない。倒れ込んだツーリンの視線の先には、部屋の中心へと脇目も振らず走り出したベスタの姿。

 

「はっ……ここがゴールならアンタはもう用無しよ!」

 

 ──二枚舌のベスタ。それが盗賊時代の彼女の呼び名だった。

 

 騙し、嘲り、裏切る。悪徳の限りを尽くし、女は欲しいがままに盗み続けた。

 

 やがて敵を作りすぎたことで一度死にかけた彼女は己の活動領域から遠く離れた地へと逃げ、安寧を求めた。

 

「ここの攻略には魔術が不可欠だからねえ! 利用させてもらったよ!」

 

 ベスタは過去に幾度か、単身で裏道へと挑戦しその度に失敗していた。そしてその経験から得た一つの確信。

 

 それは魔術の才能の有無。裏道の内容は挑戦ごとに変化するが、一貫して魔術の素養を問うような障害は必ず出現する。それによって素養の無いベスタは単身での攻略を諦めざるをえなかった。

 

 だからこそ、ベスタはツーリンに目を付けた。術護派遣を通さず裏道へと挑戦しようとし、恐らく魔術の素養を持つ格好の獲物を。

 

「これでようやく依頼人(クライアント)にせっつかれずに済む……!」

 

 そこには直前に見せた暖かみのある笑みは無く、欲望と打算に取りつかれた貌だけがあった。

 

 その目的は──金。厳正な表の試験ではなく、裏道であれば証の所得者=入学者とはならない。つまりは譲渡や売買が可能。そう考えた証を求めるある依頼人との契約。

 

 ベスタに盗賊に妹を殺された過去など無く、そもそも妹など居ない。

 

「いただきぃ!」

 

 純粋な欲望を満たす為に脇目も振らずに証へと手を伸ばす。

 

 ──しかし、それが届くことはなかった。

 

「え?」

 

 これ以上の障害は無い。そうタカをくくっていたベスタは走りながらも唖然とした声を漏らした。

 

 床から付きあがるように自らの進路上に突如現れたのは──箱としか呼べない物体。

 

「くっ!」

 

 その青白い光を発し宙に浮く正六面体に対し、足を止め反射的にベスタは身構える。だが出来ることはなかった。

 

「がっ、あっ、かひゅっ……」

 

 予備動作も無く箱の正面に出現し離れた青い杭が、ベスタの胸元へと吸い込まれるように飛来し突き刺さった。

 

 それも一本だけではなく、二本、三本と続き、呼吸音のようにも悲鳴にも聞こえる声を上げてベスタは倒れ込む。

 

「……」

 

 そして、その光景をツーリンはただただ見ていた。

 

「……はっ」

 

 ゆっくりと立ち上がり、スカートの汚れを払う。

 

「だから何?」

 

 床と天井から、同じような箱達が無数に湧き出る。

 

「知ってたわよ。あんな依頼で集まるような人間なんて、ハナから信用してない」

 

 その足は震えていた。

 

「だからここまで来れただけでも……十分なのよ!!」

 

 震えを誤魔化すように叫び、ツーリンは走り出した。それに反応し幾つかの箱が杭を放つ。

 

「はあっ、はあっ……!」

 

 形振り構わず走り、避け、転がる。しかしいくら走ろうが証までの距離は縮まらない。

 

 中心部に迫るほどに箱の数は増え、飛来する杭の数は増す。その回避の為に直線的な移動は出来なくなり、むしろ中心との距離は離れていった。

 

「うぐっ!」

 

 やがて、一本の杭が右足を貫いた。杭が太腿を貫通した状態で走り続けられる訳も無く、つんのめるように前方へと転がり倒れ伏す。

 

「うぅぅぅ……」

 

 激しい痛み。立ち上がることすら出来ず尻餅を付いた状態でツーリンは後ずさる。

 

 証との距離は何も縮まっていない。未だ無機質な箱達は宙を浮遊している。

 

 その内の一つが、ツーリンとの距離を縮め始める。

 

「死にたくない……!」

 

 朧に見えたのはベスタの姿。穴だらけになった身体は生気を失っていた。

 

「まだ誰も見返せてない……!」

 

 いつの間にか溢れ出していた涙が頬を濡らす。目の前には確かな死が迫っている。

 

 箱の正面に浮かび上がった杭。射出されたそれに対し、目を見開いてツーリンは叫ぶ。

 

「私はまだ──」

 

「ま、お前は逃げないんだろうな」

 

 その瞬間、ツーリンの視界に見覚えのある背中が割り込んだ。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「痛ってえ」

 

「……なんで」

 

 腕にぶっ刺さった青い杭を引き抜く。なんだこれ、と確かめようとした瞬間には手から消えて霧散していた。

 

「すぐに消えんのか。……よお、お嬢様。鼻水垂らしてざまあねえな」

 

「……!」

 

「ざまあねえなあ!!」

 

「っるっさい! なんで二回も言うのよ!」

 

 慌てて袖で顔を拭きながら返事をしてきた。足に穴は空いてるが思いのほか大丈夫そうだ。

 

「なんでアンタがここに……」

 

「いやーあの門な、一回開けちまったらその後に閉まっても仕掛けは解除されたまんまらしくてな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの仕掛け抜きでもクソデカい門を一人で開けるのは流石にしんどかった。お陰で想像以上に時間を使った。

 

「……そうじゃない」

 

「あ?」

 

「なんで!?」

 

 あの強気な表情は見る影もない、折れかけ寸前のような情けない顔。言葉は少ないが何が疑問なのかは分かった。

 

 あの場にあったリタイア扉。なんでそれを使わずにわざわざ律儀にここまで来たかって話だろう。

 

 実際、それも選択肢だった。十分仕事はしたし帰ってもいいだろうという思いはあった。

 

「聞こえてなかったか?」

 

 それでもここに来たのは、極々単純な理由。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 弾かれ宙を舞うコインを手の甲に収める。結果は。

 

(……裏か)

 

 コインが示したのは盾。つまりは裏だった。

 

(ま、流石にアホらしいしな。お天道様も気を使って──)

 

「本当に良いの!?」

 

 目の前ではあの女が響き渡る声で散り行く同業者達に問いかけていた。その目は見開き、瞳が燃えているような力強さだった。

 

「私は絶対に裏道を踏破する! そして学院で魔導師になる! 今は何も払えないけど絶対にアンタ達は得をする!」

 

 だからそれじゃマトモなヤツは動かねえって。

 

「後悔するのはアンタらの方よ!」

 

 マジで馬鹿だなコイツ。

 

「私は逃げない!絶対にやり遂げるんだから!」

 

 ……。

 

「ほんとにバカばっかりね!もういいわよ!」 

 

 ──ここじゃ、アイツみたいなのは珍しくもない。今まで見てきた魔術士ってやつは程度の差はあれど誰もが夢や目標を追っていた。

 

 ただ、コイツは恐らくワケアリだ。魔術士だろうが普通の人間だろうが、何かしらの問題を抱えた人間ってのはどことなく目が死んでるもんだし、卑屈さを抱えるようになる。

 

 だがコイツは違う。言い分から自分が言ってることの無茶苦茶さもある程度は飲み込んでるだろう。それでも強気な態度を崩さない、理想を実現しようとする意気の強さ。

 

 ……俺とは違い、あの女には確かにそれがあるように感じた。言ってしまえばそれしか無いし、それはただの虚勢とも呼べるのかもしれない。

 

「はっ」

 

 俺は……手の甲のコインを摘まんだ。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そう、単純だ。

 

「──表が出たからだよ」



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腕の中

「オラァ!」

 

 飛んで来た針を避け、射出元である箱をぶん殴る。石のような肉のような気味の悪い感触と共に箱は飛んでいった。

 

「終わったか!」

 

「……出来たわ」

 

 ツーリンの方へと戻り飛んで来た針を棍棒で弾きつつ後ろ目で確認。足に出来た穴の止血は完了したみたいだ。

 

「んじゃ……行くぞ」

 

「う、うん」

 

 棍棒を腰にぶら下げ、空いた両手でツーリンを横抱きに抱える。

 

「しっかり捕まってろよ」

 

 首にかかった両手の力が強まるのを感じた瞬間、俺は走り出した。同時に動き出したのに反応したのか無数の杭が飛んでくる。

 

 だが、数は多くても飛んでくる速度は大したことがない。

 

「はっはー!当たんねえなあ!!」

 

「ちょっと!ツバ飛んでる!」

 

「我慢しろや!」

 

 止まらずに走り続ける。目的地は中央の台……ではなく、宙に浮く他と比べて一際デカい箱だ。

 

「んで、こいつらなんなんだ!」

 

「魔術の練習に使う(マト)よ!普通ならただ魔力を吸収するだけの道具を攻撃が出来るように改造してる!」

 

「あのデカいのに近づく理由は!」

 

「あれだけ攻撃してこない上に幾つかの箱に守られてる!多分攻撃の機能が無い代わりに他のを統率してる!」

 

「なるほど、リーダーを叩くって訳か!」

 

 証が置かれた台座の周りは既に大量の箱に囲まれている。流石にアレを切り抜けて証を掠め取っちまうのは無理だ。

 

 だからこそのツーリンの提案。それを実現する為に、まずはデカ箱周辺の空間と他の箱の攻撃が無い時間の確保が必要だ。

 

「邪魔だ!」

 

 作戦の実現の為に箱どもを蹴り飛ばしまくる。コイツらは一旦吹き飛ばしちまえば動きが鈍いせいで戻ってくるのに時間がかかるようだ。

 

 しばらくそれを繰り返し、デカ箱の付近を一旦は掃除することに成功した。

 

「凄い……」

 

 腕の中からそんな呟きが聞こえてくる。

 

「見直したか?」

 

「まっ、まあね!」

 

「そりゃ良かった。で、どうすんだ?」

 

 未だにデカ箱は宙に浮いている。一人なら飛んで近づくことも出来なくはないが、流石にアレをぶっ壊すのは無理そうだ。

 

「魔術をぶつけるわ」

 

「ん、魔力は吸収すんじゃねえの」

 

「許容量があるの。それ以上を注ぎこめば壊せる」

 

「へえ。……てかそういやお前、魔術使えんの?」

 

 攻略法は納得出来たが、それを出来るのかという疑問はあった。なんせコイツは大体の魔術士が持ってるような杖やらなにやらを持ってない。あの門は開けられたようだが、あのデカ箱を倒せるような魔術を本当に使えるのか。

 

「……使えるわ」

 

 後ろめたさのある返事だった。デカ箱を見つめながらツーリンは言葉を続ける。

 

「アンタ、魔力が多いんでしょ?だからこんな無茶な動きが出来る」

 

「おう」

 

「……貸して」

 

「は?」

 

「貸してって言ってるの、アンタの魔力を」

 

「そりゃいいけど……どうやって?」

 

「このまま何もしなくていいわ」

 

 そう言われた途端、身体から微かに力が抜けていくような感覚を感じた。ツーリンが両手を引っかけて触れている首の辺りが起点だった。

 

「アンタの魔力をそのまま奔流に変えてアイツにぶつける。式は頭の中に描く」

 

 そう言いながら片方の手を首から外し、手をデカ箱へと向ける。赤い光が掌から漏れるように輝いている。

 

「……アンタのお陰よ」

 

 俺を見ようとはせず、呟くようにツーリンは感謝を伝えてきた。

 そして、膨大な赤い魔力の奔流が放たれ――デカ箱を飲み込んだ。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 私はずっと、才能に囲まれて生きてきた。

 

 皆が魔術の天才。父も母も兄も姉も妹も全員が。そういう家系。

 

 私は落ちこぼれだった。体内の魔力量が少なすぎて簡単な魔術すらも使えなかった。家族はそんな私を蔑んだ。

 

 見返したかった。だから魔力が少なくても出来る魔術式の勉強に没頭した。その甲斐あって中央学院入ることも出来た。

 

 それでも家族の目は変わらなかった。

 

 ――だから私は、他人の魔力を吸い取る術を覚えた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 目的を果たした俺達は帰路についていた。あの攻撃でデカ箱は動きを止め、同時に他の箱も停止。同時に出口へと繋がる扉も現れた。

 

「他人に触れ、魔力を吸い、自分のモノとして使う。これは学院では禁術だったの。だから私は追放された」

 

 俺の背中におぶさりながらツーリンは語る。止血したとはいえ足の怪我は健在。だが横抱きは恥ずかしかったらしい。

 

 その手には勝ち取った入学の証がしっかりと握られている。

 

「それ、そんなに悪いことか?」

 

「さあね。禁術にしたからには理由があるんでしょうけど。何度か試しても何も問題はないし、関係無いわ。魔力さえ確保出来れば私の欠点は無くなる。これが私のスタートラインなの。そう、学院に認めさせる」

 

「そう上手くいくかねえ」

 

「……じゃないと私は、誰も見返せない」

 

「……家族だとか才能だとか、そういう話はどこも同じなんだな」

 

「?」

 

「こっちの話。……ま、俺は十分お前を認めてるけどな。最後に口だけじゃないってのも分かったし、他人の魔力を使うのだって悪いことだとは思わん」

 

「……アンタに認められても意味なんて無いでしょ」

 

「お、調子が戻って来たな。……そういや、アイツらほっといて良かったのか」

 

 門を超えた先で倒れていたザリを何かがあったのは察していたが、どうやら二人は裏切ったらしい。

 

「あの変態の方はもう外に放り出されてるんじゃない。それくらいの仕掛けはされてる筈。もう片方も……処理される筈だわ」

 

「そうか。結局、自業自得とはいえ死人が出ちまった。学院もとんでもねえ仕掛けをしやがる。スレイの推測は派手に外れたな」

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「依頼の報酬、覚えてる?」

 

「お前とのコネクションだろ。それが何だよ、今更他になんか寄越せとか言うつもりはないぞ」

 

「……私が学院に戻れたらアンタを専属の術護にしてあげるわ」

 

「専属ぅ?」

 

「そのままの意味よ。私の依頼の話は全部アンタに回すから。そのバカみたいに多い魔力は私が一番上手く活用できるわ。これが報酬ね」

 

「それ報酬かあ……?」

 

「そうなったらちゃんとお金だって払えるだろうし、何よりわ・た・しの専属よ?光栄でしょ?」

 

「いや、調子戻りすぎだわお前」

 

「ふふっ……他の魔術士の依頼を受けさせる暇なんて、作らせないんだから」

 

 証を手に入れたからか依頼主様は随分とご機嫌なようだ。笑い声を聞いたのは初めてかもしれない。

 

 ずり落ちそうになったのか、首元に回された両腕の力が強くなった。

 

 ……分かっていたことだが現状、この依頼で俺が得た物は何も無いに等しい。だが、悪くない気分だった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あ、そういやさあ」

 

「?」

 

「お前ちょっと漏らした?さっきから変なニオイが――」

 

「……っ!」

 

「いてっ」




短編の予定だったんですがツンデレ(らしきもの)を書くのが楽しかったので一応これで一区切り、良い感じの設定とか展開とか思いついたら続きを書くかもしれません
ツンデレはヤンデレでもありますし、良いですよね


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