渋谷で百鬼夜行が行われるジャンプの漫画に転生したんで、平安の今から準備する (三白めめ)
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始まり
さあ来世に期待ね


一発ネタです。


 呪術全盛期、平安。要人暗殺やその対抗、妖の祓滅にと陰陽呪術の飛び交うこの時代に、令和の世から転生したのである。なお、現代日本人にこの時代の衛生環境が耐えられるのかという問題は、だいたいは()()()のおかげという言葉で片が付く。

 そう、陰陽術である。この世界には陰陽師や法師がいて、呪術的バトルが繰り広げられているのだ。生前大流行していた漫画が呪術戦をしていたので、そういう世界だと認識すれば納得がいった。

 生まれは京ではなかったが、幸いにも陰陽呪術を扱う家系。自らのできることを自覚して、生前の知識も合わせて研究をすれば、生活圏にいる妖くらいなら難なく祓えるようになった。さて、今の世は平安だ。ミーハーというわけではないが、安倍晴明だとか蘆屋道満とか、そのあたりの有名人物に会っておきたい。それにはとある事情と実益もあるのだが……

 

 思い立ったら、あとは準備をするだけだ。京にて立身出世を目指すと言えば、親は当然賛成する。なにせ、俺の地元である播磨国──兵庫県ではかの蘆屋道満に並びうるとまで噂されているのだ。その評判に違うことなく京都までの道中にいた妖怪を祓い続け、その実力を見込まれてトントン拍子に陰陽寮へ就職が叶った。

 

 そこからは思った以上に人生は進んでいく。幸いにも才能や()()に恵まれ、あの安倍晴明と並んで宮中で謳われる陰陽師として名を連ねるまでに至ったのだ。

 そして、これは陰陽術と違って星を読むといった根拠はないが、世界は違っても現代日本を知っているからか、俺は千年後に起こることを漠然と把握できるのだ。

 そう。この世界では、千年後に渋谷で百鬼夜行が起こる。この一文で理解できるものも多いだろう。渋谷事変である。どうやらこの世界は、"呪術廻戦"のようだな。

 

 さて、では俺は転生しているし最強としてブイブイ言わせているかと問われると、無論そうではない。現代ならともかく、ここは人外魔境平安。晴明は特にチート野郎というか、永劫輪廻と名付けた局地的重力変動砲撃を連射してくるやべー奴なのである。勝てない。出会った当初の術比べは五分の勝率で若干こちらが上だったが、領域や縛りについて話しただけで最強になった。かつての夏油も同じ気持ちを味わったのかもしれない。これが、最強に置いていかれる感覚かぁ……。"自分の周囲に重力場を作ることで時間を滞留させる"みたいなことをしてくるあたり、平安時代の術師の恐ろしさを理解する。無下限みたいなことしてくるし、晴明って実は五条家の人間だったりしない?まあ、血筋からして違うだろうけど。

 

 さて、平安の現在にて俺がすべきことは、死滅回游へ参戦するための準備だろう。いや、それだけじゃない。原作の流れも見たい。特級過呪怨霊の存在そのものに興味を惹かれるのもあるが、一番の目的は映画以上の迫力で呪術廻戦及び呪術廻戦零(乙骨の活躍)を見たいからだ。さらに欲を出すなら現代日本の娯楽も恋しいのである。いくら陰陽術といえど、食材そのものの美味しさはどうにもできないのだ。

 人を殺すことに抵抗はないのかと言えば、ない。平安故致し方なしというのもあるが……

 それこそ本編のセリフからの受け売りだが、『一度人を殺したら、殺すって選択肢が生活に入り込む』のだ。それは、事故であれ事件であれ、最も分かりやすいのは自殺だろうか。ともかく、"転生前の自分"を前世と認識した時点で、自分を殺したと認識した──無意識に、死ぬ前の世界には戻らないという縛りが成立したのだろう。ある意味、自分の人生を代償とした縛り。それがどれほど強力かは言うまでもない。

 要は、多大な呪力とその出力を得て、この時代には致命的になるであろう躊躇を失くせたのだ。よかったことだらけだと思いたい。

 

 さて、受肉についてはこの時代に生まれているであろう黒幕に頼るのもいいが、そうすると受肉先がランダムになる。もしそのせいで仙台に行かざるを得なかった場合「友達とか恋人とかいないんですか」という120だか130億だか稼いだ純愛マンのナチュラル煽りで精神的に死んでしまう。それに、死滅回游からしか原作の流れを見ることができないのも欠点だ。裏梅のように事前に受肉できていれば別だが、それも難しいだろう。

 よって、目指すべきは計画的な受肉。五百年をめどに次の受肉先を選定することで、目的の千年後に二度目の受肉を果たす。気分はラクダワラ。完璧な計画だ。ついでに、原作の出来事を実際に見たい。映画やテレビのスクリーン越しでも素晴らしい光景だったんだ。間近で見たらどれほど盛り上がるだろう。

 そのためにも、特級相当の実力を付けなければならない。力が無ければ死ぬし、「仮にも平安の術師がこの程度か」なんて言われたらメンタルに結構クる。とりあえず羅生門とかにいるような有名どころの呪霊を殺して回ったり、後の世なら呪詛師に認定される類の術者を討伐したりと、ひたすらに経験を積んでいった。藤原氏の暗殺部隊に特級相当の術師がいなかったりと、些か疑問に思うところはあったが……

 

 ──そういえば、宿儺を見かけないな。現れるのはもう少し先なんだろうか。

 そういった疑問を、「平安は原作前だから生まれる時期にスレ違いがあるよね」とか「記憶があいまいになってるからしょうがない」といった惰性で流してはいけなかったのだ。そのツケは、はるか先の未来で払うこととなった。そんなことを気にできないくらいには平成に向けての準備を推し進めて、研究資料を隠したりしつつ自らを呪物に加工する。そうして五百年後に向けた受肉のテストや受肉先になる予定の家系を調整し始めるなどといった呪術廻戦の原作開始までの備えを万全とし、千年物の呪具や呪物が手元に来るよう細工や保管も完了した。

 

 

 斯くして千年後、平成の世に二度目の受肉を果たした俺が知ったのは──

 

「東京都立呪術高等専門学校、どこ……?」

 

 クソみたいな御三家ではなく花開院なる家が陰陽師の大家となっていて、別に人の負の感情から呪霊が生まれるわけでもないという事実だった。さらに挙げるなら、別に生得術式なんて概念も存在しない。あと、俺の受肉先が幼女。

 なお、渋谷どころか東京で百鬼夜行が行われる事実は変わらないものとする。

 どうしよう……これ。

 

 


 安倍晴明が"最強"の陰陽師であり、我らが祖たる蘆屋道満が後世まで陰陽術を残した"最優"だとすれば、陰陽術そのものの発展に最も寄与した"最新"の陰陽師こそ、烏崎契克(けいかつ)だった。

 自らの奥義たる"極ノ番"に、式神や術式を必中とする"領域展開"、自他を問わない呪的契約である"縛り"や"術式開示"といった概念の創出。

 晴明すら烏崎の提唱したそれらを用いていたと言えば、どれほどの評価を得ているか分かるだろう。

 彼の晩年には、多くの謎が残されている。"宿儺"や"裏梅"といった存在しないもしくは過去の伝承にのみ存在する術師の捜索に加え、沖縄から北海道まで正確に描かれた、"死滅回游"の文字と共にいくつかの地域が円で囲まれている日本地図などの、何らかを計画している証拠がいくつも存在しているのだ。

 そして、最も秘匿されるべき研究──呪物の受肉と、適合する器の耐久性について。悪用を防ぐためにこの書に詳細は記さないが、この研究の発覚と同時に、蘆屋家当主が契克の討伐のため向かうことが決定されていた。

 これらの功罪を以って、烏崎契克を特級の警戒対象──"灰色"として認定。遺された資料から推測できる、千年後の受肉に注意を払うこと。受肉体に対しては、当主の一存による捕縛及び秘匿死刑を許可する。

 ──花開院秘録より抜粋。




TS要素が薄すぎるので、もう少し続くかもしれない。


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しょうがないから五条先生ポジションを目指していく

なお、どちらかといえば羂索に近いものとする。


 令和、平安、戦国、平成。都合四つの時代を知ったうえでの結論として。趣とは速度だったのだと、烏崎契克は考える。播磨国──兵庫県から関東への移動など、千年前ならばどれほどの時間がかかっていただろうか。新幹線の座席に座り、歴史の教科書をパラパラと捲りながら外の景色の流れに感嘆の息を吐く。

 

 生きていた時代は遥かに異なるとはいえ、誰しもが命の脅かされる心配のない長距離の旅ができることにはやはり驚愕を禁じ得ない。かつての京ならば、貴族に同行している従者や武士の数名が妖や野盗に殺されることなど当たり前だったと言えば、その違いは明らかになるだろうか。

 

 そうのんびりと考えを巡らせていると、いつしか目的の駅へと着いた。後は電車を乗り継いでいけば、転校する学校のある都市──浮世絵町へと辿り着く。

 

 妖怪の主とやらに興味があって引っ越してきた通り、この町には確かに妖が多い。とはいえ、八から九割方は羽虫の如きという形容詞が付くのだが。

 それにしても、ビルが立ち並ぶ都会の光景というのは実家のような安心感を覚える。すでに死んで戻れない前世とはいえ、ある種の原風景として心に残っているわけだ。それに、死滅回游を始めとして当世での豪遊を楽しみにしていたのだから、こうしてここにいるのは素晴らしいと言っていいだろう。

 

「ただ、呪術高専が影も形も見当たらないのだけれども」

 

 東京にも京都にも、呪術高等専門学校が存在しないのだ。天元様もいない。"闇の質屋"なる呪詛師のネットワークのようなものを当たって賞金首だとかのリストを見てみたが、五条悟だとかの名前は全く見当たらない。一縷の希望を託したが、伏黒、もしくは禪院甚爾という人物もいない。どういうことだ……。

 そしてこの時代、妖怪がヤクザの真似事をしているのだ。楽しそうだね。妖の分際で。

 なんとなく既視感があるというか、おそらく何かしらの原作なのだろうが、思い出せない。そして、それはこの世界がコラボだかクロスオーバーだかの世界線でない限り──

 

「呪術廻戦じゃない……ってコト!?」

 

 まさか、今までの仕込みの八割が無駄になると思わなかった……。俺は特級術師にはなれないということか。この残酷な現実に足から力が抜け、駅のベンチに座り込む。道理で宿儺が平安にいないわけだ。

 ただ、職業の縁というものはあるようで。偶然にも、陰陽師に出くわしたのだ。外見年齢から察するに中学生くらい。

 宮仕えの時に身に着けた対暗殺者用へのノウハウを活かして観察してみると、財布の中に式神が数体、さらに服の各所に護符を仕込んでいた。このことからも推察できる通り同業者だろう。見たところ、身体的な年齢も近い。

「ねえ、そこのキミ。少しいいかい?」

「あ、はい。なんでしょか?」

 

 言霊への対策は無し。けれど警戒自体はしていることから俺が陰陽師だということは気づいていると見て間違いないだろう。対人、もしくは策を弄する妖と戦う経験を積んでいないのだろうか。──もしくは、使役する式神でのゴリ押しで勝てるから、その必要もないのか。

 

 術比べをしてみたいという好奇心を抑えて、何の小細工もせずに話しかける。目線が下の方に向けられているのがムカつく。今の身体は小学生に近い背丈ゆえにしょうがないのは分かるが、見下されることが癪に障るのは、平安で陰陽師のトップ層に名を連ねていたプライドからだろうか。

 

「いやぁ、見たところ同業者っぽいからさ。妖怪の主だっけ?それ狙いかなって」

「……だったら、どうするんです?」

 

 警戒を強めた。が、まあ問題はないだろう。やはり実力をその目で見てみたいが、この場で事を構えるつもりはない。

 

「せっかくだからお近づきになろうかと。ついでに手を組めたら楽だろうと思ってね」

 

 それなりに強い術師ではあるだろうし、興味が湧いた。なんなら領域展開ができるくらいにまで面倒を見てもいいかもしれないと思うほどだ。こういうところは平安の時に弟子を取っていた経験からだろうか。才能のある人間が燻るのを見るのは趣味じゃない。

 

「と言っても、信用できるくらいの情報を出さないと難しいか。私は烏崎契克。明日からこの町の中学校に通うこととなった、しがない陰陽師だよ」

 俺がそう名乗ると、眼前の彼女は少し顔をしかめた。確かに横着三割とネームバリュー七割を狙って名前は平安の頃と同じやつを名乗ってるけど、そこまで疑われるか……?いや、オカルトに詳しければそれなりに有名だろうし、名前が安倍晴明の人と会ったような感覚だろうか。

 

「中学っ……そらそうや。なんか、おじいちゃんと話してるみたいやったわ。私は花開院ゆら言います。中学も多分同じとこやと思う」

 

 ……違った。花開院って、蘆屋の子孫だ。なるほど、これ、ファーストコンタクト大失敗か?いや、案外何とかなるだろう。賀茂のりとしがのりとしだった感じのアレだ。もしかしたら、色々と複雑な家庭事情だと思われたのかもしれない。

 

「まぁ、よろしく頼むよ。ゆらちゃん」

 

 ……名前にちゃん付けって、距離感大丈夫かな?現代のことが分からなくなってきた。……今の俺は幼女だし大丈夫だろう。

 


 

 眼前の彼女が"烏崎契克"と名乗った時、花開院ゆらは初めてその姿が実像を持ったように感じた。

「(なんでここまで気づけんかったんや)」

 原理は単純な隠形。ただし、そこらにいる人間とだけ認識させるような。完全に隠れるのではなく、取るに足らない誰かと思わせて相手の口を軽くする純粋な技術だった。

 ゆらも烏崎契克という名は何度も耳にしてきた。千年前の陰陽師であり、蘇るすべを用意した()()()()()。その伝承から、我こそはかの陰陽師であると名を騙る()()()が多いと兄が愚痴を吐いていたことを覚えている。そして、そういった手合いはこけおどしが大半だと。ただ──

「本物なんか……?」

 目の前の少女には、そういったある種の気迫が存在しなかった。そうであるからそう名乗り、敵とみなしていないからただそこにいる。ゆらは未だ経験していないが、神と呼称される領域の妖に近い雰囲気すら幼い彼女から放たれていた。

 

「駅の付近で長々と話しては迷惑だろうし、場所を変えないかい?」

 

 お互いこの町に来たばかりで、土地勘もないけど。そう笑いながら言う彼女と少し歩いて分かった限り、"できれば偽物であってほしい"という思いが大きくなった。

 まずこの浮世絵町についてだが、妖怪の主がいるというだけあって、妖が多い。そして、烏崎契克を名乗った彼女は、見つけたそれらを殴って祓っていた。全て一撃。町中で戦端を開くことなく殺していく姿に確かな格を感じさせる。

 

「宣戦布告だよ。(呪霊)の分際で社会生活を真似してるなら、末端の組織を潰せば上が動かざるを得ないだろう?」

 

 大江山や滝夜叉のような強者の徒党と違って、組織による弱者の保護が目的らしいし。

 そう言いながら裏通りの妖怪を滅していた彼女は、世間話のようにゆらへ話しかけてきた。

 

「そういえば、ゆらちゃんって修行に来たんだっけ」

 口の裂けた女の腹を拳でブチ抜きながら話されては少し肝が冷えるが、相手は妖怪だしと気にしないことにしてゆらは答える。

 

「ええ、はい。妖怪の主を滅して、花開院の当主を継ぐんです」

「そっか。じゃあいくつかのアドバイスだ。まず、人語を喋る妖は、基本的には会話に応じず殺すこと。相手は言霊とか時間稼ぎとかが目的だろうからね」

 

 確かに、喉を潰すことによって言霊のような不意打ちや抵抗をさせていない。見て学ぶということにおいて、ゆらはこのとき多くの知見を得ていた。

 

「二つ目。見たところ、ゆらちゃんは式神使いだね。なら、接近戦の対策はしてるかい?手数の面からしても、格闘の心得はあったほうがいい。もちろん、対術師を想定して、通常兵器でも構わないけど」

 

 これは受け売りだけど。そう契克は続ける。

 

「術師相手であれば、狙撃銃のような近代兵器は積極的に取り入れていくべきだと思うよ」

 

 そうして、陰陽師二人の"挨拶回り"は、ゆらが引っ越しの荷ほどきをしていないと気づくまで続いた。




続きました。


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秘匿死刑って言葉に憧れる年頃だった

ようやく帳を降ろせるものとする。


 転校の挨拶をしたら、騒がしいオカルトマニアに絡まれた。清継何某というらしく、やはり平安と同じ名義を使っていたからか、彼の琴線に触れたらしい。そんな彼は、呪物の蒐集をしているらしい。ゆらちゃんがそれに食いつき、ついでに便乗させてもらうことにした。清十字怪奇探偵団なる組織を設立したようで、これもある種のコネと言えるのだろうか。

 そうして放課後に呪いの人形を見に行って、ゆらちゃんが陰陽師と名乗ったわけだ。人形本体については、日記を読んだ相手に危害を加えるという縛りでやっと一般人を殺せる程度の相手に語るようなことは少ない。

 それよりも。

 

「なんで、妖怪が学校にいるのかな」

 

 及川氷麗といったっけ。人間の振りをして、妖が学校に通っているということの方が興味深い。妖の分際で楽しそうだとは言ったけど、まさかここまで人生エンジョイ勢だとは。(おそれ)の痕跡──残穢が残っていれば、現行犯扱いで祓えるんだけど。流石に白昼から殺しにかかるのは今後の活動に支障が出る。

 そんなこんなで色々と楽しい中学校生活の昼休み、ゆらちゃんが自分の机でプリントとにらめっこしているのが目に付いた。人生4週目が言っても説得力はないが、休み時間にまで勉強しなきゃいけないほどの頭じゃ陰陽師は務まらない。ということは、むしろその逆。

 

「呪術規定か」

 

 戦乱によって高まった負の感情から起こる呪霊の活性化を予期し、総合的な呪術対策を行うための規定。──という名目で作った、秘匿死刑というオシャレワードを使いたいがために設立したルールだ。流石に500年前に作ったときからは色々と変わっているだろう。

 

「そうなんよ。覚えることが多くてな。当主になろう思ったなら、これ全部覚えなあかん言われて……」

「どれどれ……」

 

 A4用紙二枚分の本文と、注釈や特例処理について書かれた紙が四枚。文字がびっしりと詰まっているこれを、中学生に暗記させるというのは酷だろう。

 

「(それに、そんなに変わってないし)」

 

 心結心結(ゆいゆい)や天海と作った時から内容がそんなに変わっていない。まあ、彼らも晴明に連なる者たちだから、自分たちに有利な文言は変えない方が都合がいいという判断かもしれないけど。精々が廃藩置県の影響で、アイヌや琉球の連中との協力要件とかが改訂されたくらいだろうか。

 

「ゆらちゃん、祖父が当主なんだっけ。世襲でいけるんじゃない?」

 

 この様子だと、上層部やそれに紐づいた総監部も世襲や保身が蔓延っているだろうと見当をつけ、試しに聞いてみる。そういう性格ではないだろうが、俺は花開院の家庭事情を知らない。ワンチャン、禪院みたいなドロドロお家バトルが繰り広げられている可能性があるのだ。

 

「あー、一応、私が当主としては最有力らしいねんけど……」

 

 そうして語るところによると、どうやら短命の呪いなるもののせいで、分家の才能ある人間を本家入りさせることもあるらしい。呪いのせいとはいえ、思った以上に御三家要素が強かった。しかも、花開院は"破軍"という式神を使える人間が当主になるというしきたりがあるそうだ。十種影法術じゃん。ゆらちゃんは伏黒だった……?今度領域展開する時は、花開院ゆらへの影響を考慮しよう。そう心に決めて、プリントを覚える作業を再開する。

 

「というか、なんで陰陽師の規定が呪術規定なんや」

「陰陽規定って、ゴロが悪くない?」

 

 その辺りは、芥見先生の原作をそのままお借りした弊害だ。まさか陰陽師が呪術師じゃなかったなんて……。

 

「ん?呪詛師認定……?」

 

 呪術規定にもう一度目を通していると、そんな単語が目に付く。呪詛師云々については、作った当時は決めていなかったはずだ。幕府や国が陰陽師を抱えている都合上、戦いに駆り出されて対立する可能性が高く、呪術師と呪詛師の区分があいまいになってしまう。それを避けるために泣く泣く削られたのだが……

 

「確か、明治くらいに呪詛師って概念が決まったはずや。歴史関係まで覚える余裕がないからうろ覚えやけど……」

 

 ありがとう!名も知らぬ明治の術師!割と人生で一番と言ってもいいくらいには感謝してる!

 

 

 

 さて、なぜか学校に来ていた推定雪女が親しくしていた奴良くんという少年の家に行き、この家焼き払った方がいいんじゃないかと思うくらいには妖怪が跋扈していた(花開院ゆらへの影響を考慮し、行動を起こさなかった)と思った帰り道。俺は浮世絵町の一番街──いわゆる繁華街に来ていた。

 

「ヤクザの真似事をしてるなら、こういうとこのショバ代が収入源だろうし」

 

 順番に殺して歩こうか。呪力を練って、あの言葉を唱える。

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 ~~っ!平安は隠す必要がなかったし、戦国は陰陽呪術が飛び交っていたから同じく使う意味がなかったが、ようやく。ようやく、都会で帳を降ろすことができた!まあ、元が夜だから帳はさほど目立たないが。

 呪術規定で呪詛師の区分が存在する以上、宿儺のように区域一つを消し飛ばす領域展開はマズく、少なくとも今するべきではない。

 

「順番に殺していこうか」

 

 懐から取り出した煙草のケースを叩き、指に挟んだ一本に火を着ける。傍から見ればタバコを吸う中学生と非行の代名詞だが、まあ理由もなくそんなことをするわけじゃない。

 

遷煙呪法

 

 ──煙。煙に巻く、煙幕といった隠すという意味合いに加え、憑き物落としなどにも古来から使われてきた。そして、薬草などの効能の摂取にも。では、この術式は?

 前に重心を寄せ、一歩踏み出す。同時、コンクリートで舗装された足元が砕ける。轟音と共に駆け出すその姿は誰にも認識されず、纏っている煙に反応した妖の頭部を精密に破壊した。

 そう。答えは全て。流石に二回の人生と、前世で培ったサブカル知識があるのだ。伊達に平安陰陽師最強の一角に名を連ねていない。むしろこの万能性で勝てない晴明とかいうチートがおかしいのだ。

 

「なんというか、つまらないね」

 

 夜の繁華街を高速で駆け抜けるのは楽しいが、少ししたら飽きた。弱者蹂躙を楽しめる性格でもなし、実質的には大物が釣れるまで続ける単純作業である。

 

「どうせなら、ゆらちゃんを誘えばよかった」

 

 奴良なんとやらの家からの帰り道が同じだからと、家長という同級生(彼女も清十字怪奇探偵団に所属している)を送って帰っている。もう帰っただろうが、中学生女子がどれくらい話しながら帰るのかわからない。ゆらちゃんも俺と同じ一人暮らしだし、もしかしたら家永さんの家に泊まると突発的に決めるかもしれない。そのあたりはいくら前世が現代人だったとはいえ、女子中学生の生活に詳しいわけじゃない。というかストーカーじゃあるまいし、男がそんなこと知ってるわけがないだろう。そして前世持ちで人生4週目にして女子生活1回目が、普通の女子中学生とキャピキャピ話せるわけがなく。つまり──

 

「電話していいのかな」

 

 女子の友達付き合いというものがさっぱりわからない。まあ、同盟を組んだ同業者ということで業務連絡の範疇だろう。電話で片手が塞がるので、パンチや手刀の代わりに蹴りへと攻撃手段を切り替えて、携帯の電話帳に唯一登録されている番号から電話をかけた。

 

「……つながらない」

 

 流石に、九時にもなってないのに寝ることはないだろう。話に夢中になっていて気づかないか、修行中か。どちらにせよ直接探した方が早いかもしれない。そう思った数秒後、路地裏にてスーツを着た人型の鼠の死体が大量に見つかった。

 

「獣……式神だね」

 

 転がっている死体は、喉や頭を食い千切られたものと、爆ぜたように肉片が散らばっているものの二種類。で、ゆらちゃんも家長さんもいないってことは──

 

「人質にでも取られたのかな」

 

 殲滅能力が無い方の式神使いだったかぁ……。伏黒の満象みたいに水で範囲攻撃できれば話は別なんだろうけど。いい感じの妖怪を見繕って、調伏チャレンジさせてみてもいいかもしれない。

 

「さて、ゆらちゃんはどっちのタイプかな」

 

 おそらく、式神は取り上げられているだろう。その状況で、殺意のインスピレーションが湧くか、まだそこまでイカレてないか。っと。

 

「なんか来た。百鬼夜行もどきか」

 

 帳の外から妖が侵入してきたのを感知する。それなりの数だったので様子を見に行ってみると、学生エンジョイ勢(及川氷麗)さんもいた。あれ、やっぱり雪女だったのか。領域や式神の姿は無し。ゆらちゃん、やっぱり頭の螺子がトんでるレベルじゃなかった。……やっぱり本格的な命の危機が必要かもしれない。どうしようかと考えを巡らせていると、相応に気を引くことがあった。ぞろぞろしていた百鬼の先頭を見た時だった。

 

「あれ、奴良くん?」

 

 なんと見知った呪力の相手がいたのだ。及川さんが特に親しい相手は奴良くんだった。その彼を"若"って呼んでいたし、まず間違いないだろう。昼は妖の臭いがしなかったとなると、半妖の類だろうか。使っているのも畏というよりは陰陽術──術式に近いし、奴良くんは実のところ妖の主より陰陽師の方が向いているかもしれない。

 

「今度それとなく誘ってみようか」

 

 残念ながらこの世界は呪術廻戦じゃないようだけど、まあ似たようなものらしい。なら、()()()()()()()()()()()()()漫画や小説好きとして喜ばしい限りだ。楽しみにしていた生の原作を見れないのは残念だが、それはつまり、俺の想像できない混沌ということなんだから。

 

 それなりに長かった単純作業から未来への楽しみを見つけ、今夜はいい夢が見られそうだと気分上々で部屋に帰った。




評価が赤くなってました。


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TS娘は温泉に入るべき

これがTSした意味の内の一つです。


 青春。学園系漫画のインパクトで高校から始まるものだと思ってしまうが、実のところ中学生からでも青春は送れるのではないかと、精神年齢100歳くらいの俺は思う。原作でも、東堂と虎杖が中学から青春を送っていたし。存在しない記憶の中でだけど。

 それはそれとして青春である。どういうことかというと、ゴールデンウィークに旅行に行くことになったのだ。……前世では旅行なんて男友達と行くことしかなかった気がする。

 ともかく、その旅行先は捩眼山。牛鬼の住む場所だという。牛鬼、か。懐かしい名前だ。頼光──源頼光が討伐に向かったのを、晴明と手伝った記憶がある。まあ、関東に逃げたあたりで俺と晴明は離脱したが。流石に京の守護が職場(陰陽寮)の仕事だったからな。

 

「千年前からの妖怪か」

 

 なんというか、ゆらちゃんも呪術高専1年みたいな人生を送ってると思う。せいぜいが二~三級の鼠の危機を切り抜けたと思ったら、実質特級案件のような妖と対峙しなきゃならないハードモード。

 

「ま、なんとかなるだろう」

「烏崎さん、なんか言うた?」

 

 そして今は新幹線。今生2度目になるが、ふかふかの座席はやっぱり座り心地がいい。牛車とか席が硬くて仕方がなかった。平安人からすれば当たり前だろうけれど、元現代人からすればやはりリクライニングシートが恋しいのである。

 

「いやさ、奴良くんは陰陽師に向いているんじゃないかとね」

 

 まあ、矛先を向けるようで悪いがついでに話しておこう。

 

「──えっ!?」

 

 話題を振られた彼の驚き具合は見ていて面白い。エンジョイ勢さん(雪女)がせわしなく気にかけていることから、彼が妖怪として重要なポジションにいるのは間違いないだろう。ただ、その気配がしないってことは、おそらく半妖。

 

「詳しくは話せないが、統計的に見て才能があるよ。陰陽師の」

「いや、確かに人のためって意味では立派な職業なんだろうけど……流石にそれは……」

 

 思ったよりも困惑してる。妖怪の主の跡継ぎ候補と推定できるのに、晴明の事情(半妖のあれそれ)とか知らないのか?いや、あいつの隠蔽が上手いだけか。

 

「まあ、気が向いたら言いなよ。術式の診断くらいはやってみるから」

 

 そんな話をしていたら、清継何某がガタリと興奮で立ち上がり、それと同時に目的地に着いた。バランスを崩して倒れそうになる彼を横目に、荷物を持って新幹線を降りる。彼は自分にも才能があるんじゃないかと思っているかもしれないが、残念ながらどちらかといえば向いていない方だ。才能だけで判断するなら、一緒に来ている鳥居さんという猫目の少女が凄まじい才能を持っている。もしこの世界が呪術廻戦であれば、死滅回游に参加していたであろうレベルの潜在スペックだ。……どうしてこの世界は呪術廻戦じゃないんだ。

 ただ、イカれ具合を考慮すると話は別だけど。

 

 で、バスを乗り継ぎ山道の石段を上って一時間。梅若丸のほこらなる場所に辿り着き、化原先生なる作家が待っていたと出てきたが……

 

「(黒。操られてる?)」

 

 その体の周囲から、不自然な畏の流れを感じる。少なくとも死体ではない。意識はない生餌のようなものだろうか。胸ポケットに入れていた煙草の箱から一本取り出し、呪力(という名の陽の力。命名:烏崎契克)を籠める。火行符で巻いた煙草は、ライターで着火せずとも煙を立ち昇らせる。遷煙呪法・丹引(たなびき)。効果自体は煙を纏わりつかせての追跡とシンプルなものだが、応用が利く。牛鬼の来歴やもげた爪を見学した後、清継の所有する別荘に皆が気を取られたとき。

 

「そうだ。ゆらちゃん、起爆符の余りってある?」

「……?まああるけど」

 

 爆発する符を一枚借り、手元の煙に近づけて使う。それは近くで爆発することなく、煙を伝って生餌の操り手だろう場所で爆ぜた。

 

「おや、手ごたえが薄いね。遠隔操作の術式だけあって、危機には聡いのかな」

 

 下山すると告げさせてから糸を切り離すあたり、狙いは俺やゆらちゃんのような陰陽師ではない。人質を取らない主義か、騙されやすそうな奴良くんあたりが目的か。

 

「えっと、何したん?」

「妖を祓おうとした。まあ、ギリギリで逃げられたけど」

 

 あ、ゆらちゃんの顔が少し青ざめた。

 

「誘い込まれたってことやんな」

「まあ、牛鬼が直接出張ることはないだろう。修行としてはちょうどいい命の危機じゃないかい?」

 

 ここで下山すると清継くんを始めとした多数の人間を守りながらの逃走になるので、仕掛けてきた相手を各個撃破する方がいいという結論になって、図らずもゆらちゃんを鍛える機会が訪れたと思ったんだけど……。

 

 清継が「女の子たち、先に思う存分入るがいい」と温泉を紹介したせいで、俺は女子と一緒に風呂に入らなければいけないかもしれないという危機に直面していた。

 なんというか、現代にいるせいで変に青春真っ盛りの男子としての感覚を取り戻してしまう。

 及川さんは妖怪探索に行くと言っているし、そこに便乗しよう。助けてエンジョイ勢さん!

 

 

 

「来てよかったぁー!」

 

 中学生とは思えないくらいの発育の巻さんが、本当に気持ちよさそうに湯船につかっている。

 ダメだった。押しが……押しが強い……。女子中学生って思ったより圧が強い。これが現代の同調圧力か……。平安や戦国で婚姻を結んでいるから、女体を見ることに恥じらいがあるわけではないが、女湯に堂々と入る経験は存在しないし、普通に犯罪だ。いや、今の身体は少女だから問題ないんだけど。

 

「契ちゃん、ちっちゃくてかわいい!」

 

 スキンシップが激しい!裸で無防備に触られるということに慣れていないし、自分の身体がぷにぷにしていることへの違和感もある。本当に、羂索はどういう気分でリ美肉したのだろうか。同じような状況になっても、俺ではさっぱり理解できない。

 胸が薄くストンとした体だからか、動かすときの違和感が少なく、腕の稼働部位も確保できているのは喜ばしい。胸が大きくてもいいことだけじゃないというのは、そうなっていない身からしてもある程度理解できるのだなと多少なりとも女心を理解できた気がしないでもなかった。

 溜息を吐きながら夜空を眺めていると、人里から離れているだけあって星が奇麗だった。ただし、視界の端に何体かの妖怪がちらつかなければ、という前提の下でだが。

 それにしても、よりによって温泉で俺に挑むか……。牛鬼は千年前の妖だから、いくら京から離れているとはいえ使う術式は知っていると思ったんだが。もしかして、奴良くんご一行としか認識されてない?

 

「さて、ゆらちゃん。よく聞いておいてね。私の術式は遷煙呪法。煙を起点として事象を引き起こす」

 

 あちらが仕掛けてくる前に、大勢を決しておこう。始めるのは術式の開示。よりにもよって"湯煙"に満ちた場所で戦闘を行う運の無さを理解して後悔するといい。

 

「正確には煙に含まれる成分及び効能の拡大が術式の効果だ」

 

 例えば、儀式で使われるような麻であれば、知覚の強化や身体能力の増幅といった。そして。

 

「この場においては、硫黄による爆発のような!」

 

 火行符に呪力を流し込む。当然その札を起点に火が着き……

 

「信じてるよ☆」

「ウソやろ!」

 

 爆破!流石に硫黄は持ち歩けないので、こういった場所や地域限定の術式利用は新鮮な気分になった。そして、心は男の子なので、爆破というそれそのものに心が躍る。

 ゆらちゃんも護符で巻さんや鳥居さんを含めて無事に防げたようだし、目立っていたデカブツは一掃できた。敵地ということをちゃんと念頭に置いて、いつもの護符とかを風呂に持ち込んでいたみたいだ。風呂と厠と飯時は暗殺されやすいからね。禪院っぽい家の当主になるなら、そういった意識の持ちようは大切だ。最悪、やらかしていたら反転術式とごめんなさいだった。流石に治せないのに一般人を巻き込んだりはしない。そもそも、ゆらちゃんは敵地だと伝えたのに防御を怠るような未熟は晒さないだろうし。

 

「ごめん、後はよろしく」

 

 もう一度術式を使い、次は身体強化を行う。()()()()()()()()()()()()を殴り、そのまま森の方へと向かう。当然タオルは巻いている。

 

「噂には聞いていたが。どうやら本当らしい。久しいな、烏崎契克」

 

 さきほど殴り飛ばした彼は、一向に傷を負っていない。流石に千年以上生きる妖というだけはあるか。

 

「そちらからすれば、千年ぶりかな。牛鬼」

 

 牛鬼は手に携えた刀を正眼へ。俺は、タオルの内側に入れていたラミネート加工済みの符を出し、刀へと変える。これ以上の言葉はない。俺は別に話してもいいが、あちらは言霊の警戒だとかで気を張り詰めているし、何を言っても答えはしないだろう。

 

 場の重圧が増す。俺は体から立ち昇る煙を憑き物落とし──退魔のそれと解釈して刀に纏わせる。

 

「私は牛鬼。顔は牛であり、この身は土蜘蛛。ならば私は、土蜘蛛は、百鬼をも打ち砕く──災禍だ」

 

 術式の開示。牛鬼は牛鬼であるが故に強いという、甚爾君並みに元も子もない開示だったが。

 俺は先ほどの温泉で開示を終え、互いにパフォーマンスは万全だ。……遠くで、水が轟音と共に飛沫を飛ばす。

 ──次の瞬間、周囲の木々が吹き飛んだ。全力の踏み込み。そこから繰り出される渾身の一閃は、それ自体が強大な風となって辺りを食い荒らす。

 時間にして数秒。刹那に畏と陰陽呪術との攻防が繰り広げられ、背を向けるように交差を終えた。

 

 俺の刀が折れる。格はせいぜい二~三級とはいえ、仮にも疑似的な退魔の剣がだ。油断しているわけじゃなかったが、流石は千年クラス。俺や晴明から逃げ切っただけのことはある。

 そして、牛鬼の右目が爆ぜた。

 やったこと自体は簡単だ。牛鬼自身の出血──()()を起点としてその体内に干渉した。体を爆散させる予定だったが、たかだか眼球一つで抑え込まれるとは。

 

 ……逃げた。まあ、この戦いはあっちからしたら想定外だったのだろう。痕跡もきれいに消していて、追跡は困難。というか、寒いし早く服を着たい。

 

 それにしても、牛鬼は奴良くんと敵対してるにしては手緩いというか、仲間を一人ずつ殺していくみたいなことをしてないし、もしかしてただの仲間割れ……?妖怪の主とやら、純粋に内憂で外患に対処する余裕がない?

 

 もしかして、晴明復活の準備が始まるまでは暇なのでは?ゆらちゃんを鍛えるくらいしかやることが無い……?




呪術全盛期の倫理観で現代に来てる系TS娘です。


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これ、十種影法術……?/『特級■■』

独自解釈が含まれます。

感想欄で、主人公の渾名がメロンパンになってて笑う。私もそう思うよ。


「縛りと術式の強化について、面白い例があるんだ」

 妖怪研究サークルこと清十字団で、"紫の鏡"の話が出たことで、ちょうどいいからゆらちゃんに話しておこうと思った。特に縛りについてはゆらちゃんも無意識にやっていたから、そのあたりの知識を深めるのは悪くないだろう。清継くんが電話をかけているのを横目に話し始める。

 

「二十歳になると死ぬというのは、あちら側からすれば、二十歳になった人間しか対象に取れないという縛りになるわけだ」

「対象を絞るより、時間や通常時の呪力を制限する方が便利ではあるんよな」

 

 そういった点では、逢魔ヶ時というのは理にかなっている縛りだ。夕方の特定の時間しか活動しないという、時間を限定する条件。

 

「半妖とか、四分の一が妖怪だったりする陰陽師が強いのも同じ理屈だね。一日の半分や四分の一しか妖に成れないという縛りを結ぶことで、自分の呪力を強化しているわけだ」

 

 一種の天与呪縛かもしれないね。そう話していると、スピーカーモードにしていたらしい携帯から、妖怪に襲われているという悲鳴が聞こえた。

 

「急いで……探すんや!」

「ん。ちょっと待ってて」

 

 小瓶に入れていた白砂を取り出し、周囲に撒く。それらは地面に着く前に燕となり、校舎の中へと入っていった。道満がよくやっていた簡易式だ。

 

「……校内に反応なし。男子トイレって言ってたよね」

「せやけど、反応がないって……」

 

 いや、まさかこんなにちょうどいいタイミングになるとは思わなかった。

 

「さっきの話の続きだけどね」

 

 男子トイレに足を運びながら、続きを語り始める。

 

「重い縛りを結ぶことで、不完全な領域くらいなら作ることも可能なんだよ。まあ、応用性だとかリスクだとかの関係でそこまでやるのは稀だけど」

 

「悠長に話していて大丈夫なのかい……?」

 

 清継くんが不安そうにしているが、大丈夫だろう。場所は把握しているし。

 

「ここから戦闘になると思うから、巻き込むとアレだし帰った方がいいよ。鏡の破片とか危ないだろうし」

「……心配する気持ちは私も一緒や。だからこそ、一般人を危険な場所に連れてくいう判断は下せへん」

 

 ゆらちゃんも同じように判断したようで、ついてきた一行に退くよう説得してくれている。

 

「さて、領域内に隠れているのなら、それはどこだと思う?」

 

 三階の男子トイレにて。着いたが、そこに家長さんや妖の姿はない。

 

「鏡の妖怪やし、鏡の中やろ。となると探すべきは……」

 

 男子トイレの姿見に視線を向ける。不完全な領域、その発生源を探れば……

 

「見つけた!」

「では、次のステップ。どう対処する?」

 

 特定の条件を付けた帳のように、不可視と出入りの阻止を混ぜているのだろう。呪力のゴリ押しや領域をぶつけるといった解決方法が考えられるけれど、ゆらちゃんはどうするか。

 

「領域は使えん。ここまできて気づけへんってことは、縛りの代わりに認識されるのを防いどるってことやろ。おそらく……」

 

 考えを巡らせたゆらちゃんは、懐から手のひらサイズの箱を取り出す。

 

「開!」

 

 結界術によって閉ざされていたそれに入っていたのは、同じくそれに入るくらいの低級の妖怪。

 

「蠅頭か。そこで思い出すのはいいね」

 

 人間に対して無害になるよう品種改良した妖怪。こういう特殊な領域対策に道満が頑張っていたのを覚えている。

 

「行け……!」

 

 蠅頭は鏡に向かっていくと、その体がするりとその中に入り込んだ。当然、その体に巻き付けられた紐ごと。

 

「お見事!」

 

 紐付けるというように、異界や領域に対して紐を使うというのは一般的な行動だ。そして、一般的だからこそ効果がある。そして、一時的に領域とこちら側を繋げたとなれば、中の様子も見ることができるということだ。

紫色をした鏡が家長さんの前に立っている。あちらも俺たちが鏡の中を見ることができていると気づいたのだろう。急いで姿見を割ろうとするが、その前に鏡の中──あの妖怪の領域へと入り込んだ。

 

なっ……なんで陰陽師が……。人間にはオデが見ぃれないのにぃいい

「家長さんを離しや。離さんくても、滅して取り返すけど」

 

 落ち武者の式神──武曲を呼び出し、一撃で鏡の半分ほどを叩き割る。ゆらちゃん、知り合いに手を出されると攻撃性が強くなる感じかな?相手の動揺から、この領域に必中効果はないと気づいたのだろうか。思考として纏まっていなくても、直感として気づいてそうなあたり、天性の才能だ。

 さて、思ったよりも相手が弱い。八十八橋の呪霊に近く、縛りで強化した術式での隠蔽が主で、本体の性能は低いのかな。ただ、結界術がメインになっていて、術式が結界内部で展開されている。この状況なら、あるいは……。

 

マズイマズイマズイマズイ!……っ!

「畏れの増加……!土壇場で目覚めたか!」

 

 ゆらちゃんは急いで武曲に二撃目を命じるが、膨れ上がった畏で防御されて滅するには至らない。

 

領ォ域展かァァァイ!

 

 

 

 

 術式で構築した鏡の中。なるほど、確かに領域展開に到達するにはちょうどいい。

 妖──雲外鏡が、周囲の鏡から増殖していく。自身を増やす領域。本体がいるか、好きな分身を本体にできるのか。この状況から必中の攻撃が大量に飛んでくるとなると、相応に苦労するだろう。

 まあ、私は問題ないが。

 

「シン・陰流『簡易領域』」

 

 そして、当然ゆらちゃん──蘆屋の子孫たる花開院が領域対策を習得していないわけもなく。鏡と同化させてくる攻撃を、近づいた鏡すべてを叩き割ることによって対処した。

 

「式神使いやからって、体術修めてへんわけないやろ。それに、一体一体が強いわけやない。命の危機に、生き残ることを優先した解釈になったいうわけか。小賢しい」

 

 術式の性能を看破したか。戦術眼は磨かれているようで喜ばしい限りだ。

 

「ついでに助言しておこうか。おそらく縛りの内容は『必殺』。鏡の中に入れた人間を必ず殺さなければいけないというものだろう。一度入れてしまえばノーリスクだからね。誰だって考えることさ」

 

 つまり、この場から逃げ切れたとしても、領域──鏡の中に入れた俺たちを殺せなかったと見做され、術式は大幅に弱体化する。危機への反応からして命までは賭けていないだろうが、術式の再使用までは大幅なインターバルが発生するだろう。

 

オデはぁ……っ、死なないぃぃいいいいい!

 

 鏡の反射を使った目晦まし。どこまでも生きぎたないというか。ちゃっかり家長さんを抱えたまま逃走するあたり、標的を取り逃がすのはそれほどマズいのだろうか。

 

「……っ逃がすか!」

 

 数秒の硬直から回復したゆらちゃんが追おうとするが。

 

「いや、終わったよ」

 

 『必殺』『13歳に対象を限定』という、大きな縛り二つを破ったんだ。消滅するくらいにまで畏れは減るだろう。あれから考えられる末路としては、再起不能が一番いいと言えるレベルだ。

 

「さて、縛りを活かした敵と戦ったことだし、ゆらちゃんの術式についても話そうか」

 

 流石に放課後の男子トイレの中で駄弁るのはマズいと、廊下まで出てきた。清継くんには連絡を入れ、妖怪は消滅したと伝える。

 

「領域使うん相手にして疲れたんやけど……」

 

 確証を得られた以上、今話した方がいいだろう。というか、俺が話したい。

 

「当然だけど、人型というのは、人を模しているからその形になるわけだ」

「毎回急に話し出すんよなぁ……」

 

 どうせ、この後にちゃんと興味を示すだろう。今日はタイムセールもなかったし、ゆっくりと話す時間がある。

 

「けど、ゆらちゃんの式神は違う。人型の形代から、貪狼や禄存のような獣を出している。これがどういう意味か分かるかい?」

「……いや、まさか、形代の意味がない言うとんのか?」

 

 流石は自分の術式。理解が早くて助かるね。

 

「つまり、君の本来の術式は、精神から直接式神を出力するものだと考えられる。紙を核にするのは、縛りとして機能していると考えられるね」

 

 実質伏黒恵。あとは当主を継いだ翌日には花開院家が壊滅していれば完全に伏黒だ。破軍が相伝術式みたいな扱いになってるし、もしかしたら花開院の本家に入れなかった誰かが『全部壊して』ありえるかもしれない。

 

「拡張性という点で見ても、ゆらちゃんの術式は非常に興味深いものだからね。このまま研鑽を重ねるのを期待しているよ」

「……なあ。あんたは──」

 

 なにかゆらちゃんが考え込んでいるけど、術式の理解が深まったようならなによりだ。

 

「何が見たいんや……?」

 


 

 その夜、岐阜県山中──山中跡地。キンッという音と共に、山が割れた。山に住む妖や登山客、山を構成する砂といった一切の区別なく行われた切断の術式。それを為した妖は、一瞥することなく西──京都の方角へと足を向ける。

 

「狐が目覚めたか。そうなれば、陰陽師も動かざるを得ない。実に素晴らしい餌場だ」

 

 傲岸にして不遜。その風格は千年を生きる妖たちと、いや、その上澄みと比べてもなんら遜色はない。

 

 畏が形を成すのが妖であるならば、過去の人物が畏によって再び形を得ることもあるのではないか。

 例えば、神話に語られる呪詛師。彼はかつて殺されたはずの者であり、しかし平安の世にて烏崎契克が探していたことによって、生存論がまことしやかに語られた。

 関東は岐阜、飛騨の国において毒持つ神龍を殺した英雄であり、日本書紀に語られる最強の略奪者。畏れによって二度目の生を受け、自らの呪術によって受肉を果たした彼こそが──

 

「待っていろ。皆殺しだ」

 

 ──特級■■、両面宿儺。




平安の宿儺ではないので安心です


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『玉折事変』

幕間、誰かの抱いた夢の話。


 地獄で、かつての記憶を思い出すときがある。母が討たれ、私が闇の主になると決意する以前。半妖の天与呪縛を持つ陰陽師、()()()()として世とつながりを持っていた頃のことだ。

 

 

 

「人間とか呪霊……妖怪だっけ。それを含めて、私たちは強者としか関わっていないから、弱者の考えが分からないんだよね。ほら、上が保身で待機命令ばっかり出すから」

 

 五条袈裟を着た彼は、そう話し始めた。陰陽寮で業務を片付け、一段落したことで暇になったのだろう。今着ている服も仏門に属しているわけではなく、せっかくだから着てみたかったというだけらしい。二日前にはきちんと陰陽寮の衣服を着ていたことから、また数日で飽きるはずだ。

 そんな彼は、いつも妖のことを呪霊と呼ぶ。天与呪縛や呪力といった概念は確かに彼──烏崎契克が創出したものではあるが、そこまで呪いに拘る理由だけは私を含めて誰にもわかっていなかった。

 

 しかし、弱者の考え、か。この男の言うことには、確かな経験を伺わせた。まるで、自分以外の強者の考えをいくつも見てきたかのような。

 

「よくあることさ。被害者の弱さも、加害者の弱さも。強者からすれば食傷するだけだ」

 

 それには同意する。実際に、いくら私たちが陰陽の調和を保ったところで、私欲だけでそれを乱すものを、人や妖の区別なく数多く見てきた。権力者の腐敗、妖の無謀な下克上。そういったことは数えるときりがない。

 

「基本的に、妖は人よりも強い。だから、陰陽寮は弱者の縋る先となっている。"私たちは、日の落ちた暗がりの明かりとしてあるべき"らしいよ。道満がそう言ってた」

「……弱者救済か。やはり、あのジジィの言うことは理解できない考えだな。弱者どころか、私にはあれらが猿にしか見えないのだ」

 

 言葉にするとしっくりくる。自分たちとは違う、非術師の猿。そう零すと、契克は心底愉快そうに笑った。

 

「あははっ!猿か。だとしたらそうだな。その猿をどうにかする方法がいくつかあるのを知っているかい?」

 

 生き生きと語るその姿は、まるで陰陽寮の登用試験のために勉強していた学生のようで。彼は無邪気さすら感じられる態度で、一つ指を立てた。

 

「つまるところ、非術師によって呪霊……(おそれ)って呼んでたっけ。それが生み出されるわけだ。そして、それを私たち術師に祓うよう依頼する」

 

 終わらない繰り返しだ。極端なことを言えば、陰陽寮の者だけが陽を担い、母を始めとした京の妖のみが陰を担うのが理想なのだが。しかし、猿どもによってその調和が乱されている。こちらの反応を窺った後、契克は立てている指を三本に増やした。

 

「私が知る限り、それを解決する三種類の方法が存在している。一つ目が、非術師を皆殺しにすること。私たちが全力を出せばなんとかできるかも知れないけど、それを為した後の社会生活を送らなければならないという点で没かな」

 

 まあ、そうだろう。陰陽師(強者)を基準として正しく畏れが分配されはするだろうが、補給や社会の維持が困難になる。それに蘆屋道満は間違いなく反発するだろうし、こちらもある程度の支持が得られるだろうが、陰陽師同士で殺し合うのは好ましくない。

 

「二つ目が、呪力からの脱却。皆が呪霊……妖怪を認識できなくなれば、それらは存在できなくなる」

 

 とはいえ、その方法の目処や方法までは知らないけど。そう無責任に言うあたり、やはり烏崎契克という男は思い付きで行動することが多いのかもしれなかった。元はといえば、美しい陰陽の調和を保つ方法を聞いているのであって、妖の消滅を目的としているわけではない。

 

「そして最後。呪力の最適化だ。全人類を術師にすることで、陰陽の入り混じった混沌を作り出す。必然的にぶつかり合う呪いは先鋭化され、いくつもの新しい可能性が生まれるはずさ」

 

 言っていることは、前者二つよりも魅力的だった。新たな混沌といくつもの可能性。なにより、互いに高め合わなければならない環境に身を置くことで皆が陰陽の均整がとれた世に相応しい術者になれば、あるいは永遠の秩序も容易に為し得るのではないか。

 

「……それは確かに最も理にかなっている。だが、その方法を実行する手段がないぞ」

「それはちゃんと考えているよ。魂に触れ、その形状を操作する術式が存在する」

 

 私の知らない術式……。この男の情報網がどうなっているかと疑問に思う。私とは違う天才。最強ではないが、間違いなく陽の世界を牽引するに相応しい人間だ。

 

「その程度を私が怠るわけないだろう。質問が軽くなってきているよ」

 

 こんな煽りさえしなければ、の話だが。彼曰く、術師なんてイカレてないとできない仕事だという点を考慮すると、わざとやもしれない……いや、奴は割と素で言っているな。幾度か共に大妖を滅したりすると分かるのだが、この男は手柄の独占などの現世利益をあまり求めていない。簡易領域も蘆屋貞綱に伝えて広めさせたりと、なにができるかという好奇心が一番で、名声は二の次だと思っている。とはいえ、本人が知らずとも名声は付いてくるのだが。

 

無為転変といってね。それによって、非術師に術式を目覚めさせることや、呪物が受肉するための器の強度を上げることができるんだ」

「随分と計画的だな。その第三案に名はあるのか?」

 

 それこそ、まるで初めから計画していたような。先の展望が見えているからこその物言いだった。

 

「そうだな……『死滅回游』と言うべきだろうね」

 

 死滅回游。新たな可能性、か。それならば。

 

「千年の先で、猿のいない人と妖の理想世界が完成する道筋。新たな世界に適応できぬ猿どもを殺す回遊か」

 

 最強になれると期待して契克が私に知識を授けたように、並び立てるこの陰陽師へ私の夢を期待するのは悪くないのかもしれない。

 

「君が心の底から笑える世界になるといいね」

 

 人でも妖でもないこの身を、愛という呪いの賜物(天与呪縛)だと称したのは、目の前にいるお前なのだから。

 


 

 そして、それなりに幸福だった日々も終わる。"最強"は闇の主と名を変え、"最優"はそれへ対抗する後世のために生涯をささげた。そして、"最巧"にして"最新"は、未来(原作)のために"最強"へ挑む。

 

 斯くして、特級呪霊の大妖怪、鵺。特級指定術師である烏崎契克、その対処を任された同じく特級の陰陽師たる芦屋道満。三人の特級が出揃った。各々が大義を抱き、それに共感する者が後ろへ続く。しかし、気は張り詰めつつも先陣を切るのは三勢力の首魁。当然だ。なにせ人数や人員の質、思想の優劣など飾り同然。この三人の対決によって大勢が決するのだから。

 

 後に『玉折事変』として語られる、陰陽呪術の頂上決戦。これはかつて見た夢想の話であり、大いなる勘違いの答え合わせが始まる前の、0の物語だ。そして、千年後に呪いは廻ると思い込んで行動した男の話でもある。ならば、『一途』な願いの先にある、夢の末路は──

 

 

「契克、お前の唱える死滅回游の目的は理解できる。だが、弱き者に力を与えたところで、醜さが際立つだけだ。よって私は──闇の主たる鵺は、猿共の鏖殺をここに掲げる。愚かな者は、愚かな行動に走るのだ。故に、私が全てを調整せねばならない」

 

「違う。千年後の荒野にあるべきは、呪術の廻る戦いの場だ。君の理想を叶えるわけにはいかない。──一度最強()に言ってみたかったんだ。おやすみ、安倍晴明。新しい世界でまた会おう」

 

「陰陽師の使命は、戦えぬ者を守ること。そのためにワシは力をつけ、より多くを守るために京へと来たのじゃ。おぬしらの企み、陰陽師として決して放置できるものではない!貞綱のやつに後は託した。この蘆屋道満、命を懸けて自らの本分を全うする!」

 

「──星辰操術」
「遷煙呪法」
「紫微斗法術!」

 

 

「「「──領域展開」」」

 

 ──叶うことない『逆夢』だ。

 

 


 

 古い記憶を辿り終えた。あの時は三者が共に甚大な傷を負って引き分けたが、千年後の今、間も無く私は此岸の表舞台に姿を見せる。契克の語っていた、千年後の荒野。そこで再び美しき世界──眩しい闇を創るのだ。それが強者の為すべき正しさであり、私こそが"最強"なのだから。




結果、非術師(さるども)の皆殺しを掲げて疑似無下限バリアしつつ百鬼夜行を率いる"最強"が誕生しました。


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懐玉
神絵師の腕を食べれば絵が上手くなるんですか!?


上手くならなかった模様。


 ゆらちゃんが、ムチという妖怪の攻撃を落花の情で捌き切って倒した日の夜。

 浮世絵町の一番街で火事があったらしいと顔を出してみれば、予想通りに妖怪が暴れまわっていた。ひとまず帳を降ろし、被害の拡大を防ぐ。妖は出入り不可、人間は進入禁止で脱出は可能といった区分にすることで、真っ当な被害の拡大防止をした。見かけた妖を祓いつつ、ゆらちゃんに電話をかける。

 

「ゆらちゃん、一番街に大量の妖怪が湧いてる。私だけだと少し手が足りなくてね」

 

 予想では七月下旬──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ゆらちゃんの経験値という意味も存在するが、手が足りないのも事実。基本的には一掃できる雑魚の集まりだが、ただ一体だけ、別格がいる。

 

「なんであのレベルのが混ざってるんだ……?」

 

 顔に狐文字の書かれた布を巻き付け、薙刀を持って空を飛んでいる彼女──夜雀は、どう見ても調伏された高位の式神だ。手を抜いているというか、それなりの畏を使いつつガラスを割るくらいしかしていないが。

 

「あれは、足止めしないとマズいかな」

 

 呪術師──陰陽師の成長曲線が一定ではないことを考慮したとしても、現在のゆらちゃんでは手に負えない相手だ。いずれはアレを倒せるくらいになってほしいが、今それを要求するのは無理難題にもほどがある。

 地を蹴り、助走をつけてビルを駆け上る。今の速度なら、十分に追いつくことのできる範囲だ。

 追われていることに気付いたようで、夜雀は羽を飛ばす。残穢から、相手は陰陽師だと分かっているだろう。その上で選んだ攻撃ならば受けるのは危険だ。呪力を放出し、下に落ちるガラスの破片ごと力技で消し飛ばした。生まれた空白地点を一気に詰め、全力で蹴り飛ばす。呪力の乗った蹴りは相応の威力があったが、どこかのビルの屋上に叩きつけられる直前に体勢を立て直された。

 

「術式は、闇影呪法」

「術式の開示か。続けるといい」

 

 倒壊していない二つのビルに囲まれた屋上に、お互い足を着けた。今の蹴りであちらの片腕は持っていったはずだけど、もう治っている。再生が早いな。

 

「触れた相手の目に呪力の羽が突き刺さり、それによって相手の視界を奪う。羽は刺さった時点で物質化して、誰の眼にも見えるようになる」

 

 呪力が増大した。それにしても、術式か。やはり式神ということを隠そうとしていない。それは、バレていると察知できるくらいに強いということでもある。

 

「速い……!」

 

 飛び立ち、羽を無数に飛ばしてきた。速度や精度は格段に向上しており、回避したことで突き刺さった羽は、鉄筋コンクリートのビルを何棟も貫通している。

 ここまでのスペックの向上は術式の開示だけじゃない。仲間を欺くための畏や呪力のセーブを止めたということだ。

 

「遷煙呪法!」

 

 吸うのは、対特級相当のための薬草タバコ。害ある効果を除去し、身体能力の強化効率を何倍にも高めて取り込んだ。俗っぽい言い方をすればドーピング。

 空を飛ぶ夜雀に対し、ビルの側面を駆けて跳躍することで三次元戦闘という同じ条件に立つ。

 ゆらちゃんが到着したのか、呪力を纏った水流の柱が周囲の妖怪に向けて突き刺さっていく。その合間を縫うように互いが加速を続け、徐々に距離が縮まっている手ごたえを感じる。

 

「呪力が尽きない。本体からの供給か」

 

 薙刀を使うまでもなく、飛翔の速度で周囲のガラスが割れる。そのレベルの高速機動と精度を維持できるほどの呪力出力で、これほどの時間戦えるわけがない。式神の術者がよほど強力な──それこそ術師としての上澄みレベルでなければ、式神自体が維持されていないだろう。そして、追いついたと確信した直後。

 

 ──目の前が黒に包まれた。羽は全て呪力で叩き落しているはず。ならば。

 

「術式?いや、ブラフか!」

 

 大量の羽で周囲を埋め尽くしたのか。術式と違って一瞬で視覚効果は失われるが、その一瞬がこの高速戦闘では重要となる。

 術式を開示したが故に通用するブラフ。巧いな。高位の妖怪や陰陽師と戦い慣れている。このまま戦い続けても、どちらが先にミスをするかの勝負になるだろう。そして、夜明け以降にまで戦いがもつれ込むのを避けたいあちらと、ゆらちゃんが巻き込まれることを考慮して長時間の広範囲戦闘を避けたいこちら。思惑が一致しているのであれば、おそらく短期決戦になるだろう。そしてその場合、決め手となるのは──

 

「人が多いが、使うべきか……」

 

 必中必殺にまで昇華した、俺の領域を。

 

「ああ、それは困るなぁ」

 

 ビルの窓一枚隔てた向こうで、とある術師が呟く声が聞こえた。彼の声は、正確にはビルのガラスからこちらに伝わってきている。鏡を使用した術式。顔は見えないが、今俺が戦っている式神の主となれば、相当な実力者だろう。

 

「ボクと取引をしよう。死滅回游最後の鍵について」

 

 現状、彼──安倍有行とその式神たる夜雀のみが知り得る情報は、俺にとって素晴らしく心の躍るものだった。曰く、よく行く寄席の噺家から聞いた話らしい。

 

「鏡斎というんだけどね──」

 

 


 

「昔の……ああ、私から見て昔の話だけども」

 

 その日の朝。借りているアパートの一室のリビングで、俺は焼肉をしていた。朝から肉は重くないかと思うだろうが、昼は学校に行かなければならないし、夜には試したいことがあるのでこのタイミングしかないのだ。

 それにしてもこの状況。与太話を本気にしたバカと言われても不思議じゃないな。どういうことかというと──

 

「絵師の腕を食べると絵が上手くなるという話がある。まあ、始まりはTwitter……おっと、この時代にはまだなかったか。そこが発祥という時点で真偽の判別はつくだろう」

 

 現代ジョークを語ることのできる相手がいないというのは、些かに寂しいものだ。共通の話題が集団をつくるのであれば、その点で俺はどこまでも唯我にして絶対とでも言えるのだろうか。

 

「そしてこれは私の専門分野の話になる。呪物を取り込むと、その()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、呪物なんて毒のようなものだし、耐性がなければ人格が乗っ取られるだけなんだが。

 

「まあ、そこはさっき言った通り専門分野。人格を保ったまま二つ目の術式を得るくらいは訳ないんだ」

 

 自分と、プラスもう一個。それがキャパシティ的に私の限界だけど。それが最初の話と何が関係あるか。簡単な話だ。

 

「絵師の腕を食うという話でキャッキャしていたと思ったら、本当に腕を食う必要性が生まれるとは奇縁と感じたんだよ」

 

 食事中に長々と話すなと思うかもしれない。とはいえ、俺は一人で飯を食べているのだから、独り言を言うくらいは許容されるだろう。

 

「いただきますと言うほどに敬意を払ってはいないから、こうして腕を食べる理由を話している。聞こえてはいないだろうけどね」

 

 妖怪に手を合わせるのも何か違うだろうと淡々と食べ始めると、焼肉らしく、塩が効いた味だった。もしこれで絵が上手くなっていたら、意外と儲けものかもしれない。将来、神絵師として崇め奉られるかも。ゲロ雑巾みたいな味じゃなくてよかった。

 

 肉を完食したあたりで術式は定着したようだ。これを他人で試すのは、流石に人倫に反するというか間違いなく呪詛師認定される。まだ最悪でもグレーゾーンにいたい以上、自分で試すのが一番だろう。

 肉を切り分けていたのとは別のナイフを取り出し、呪力を込める。切れ味を強化したそれは、俺の右腕を容易く切り落とした。

 

「成功すればいいな」

 

 失敗したら、反転術式で治そう。そう思いつつ、新しく手に入れた術式を使用する。俺の出自もあって、やり方は手に取るようにわかった。治った腕を、次は刃物のように鋭くしたり、座ったままで皿を流し台におけるほどに長くしてみたりもした。なるほど、これは確かに、試行錯誤を楽しむ気持ちもわかる。

 

「それにしても、俺という魂を保って転生した私にこの術式か。皮肉と言うべきか、運命と言うべきか」

 

 "烏崎契克"という魂として長く過ごしているからか、自分を二人にする分身は生理的に嫌悪感がある。受肉したことで(カタチ)が決まったからか、長時間の変形も不可能。ただ、それでもやれることは十分以上に存在していた。

 遷煙呪法だけでは晴明に勝てなかったのなら、新たな強みが必要だ。しかし、研鑽でどうにかなるような領域はお互い既に超えている。なら、新しい力を得るのが第一だ。

 魂を保ち、転生と受肉によって自分を保ち続けているこの身は、有為転変とは真逆。ならばやはり、例え事前知識がなかったとしても、俺はこう名付けただろう。

 

「無為転変」




夏休み編突入からインフレ環境が加速します。
ところで、鬼纏を使うとその証が背中に刻まれる男がいましたよね……?


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教え子のイカレ方を見てみよう

そもそも師事していないし、こいつが一番イカレているものとする。


「バイクに乗ろう!」

 

 生徒会選挙で犬神が出た日の放課後、体育館では姿を見なかった彼女──烏崎契克が(いつものように)唐突にそう言いだしたとき、ゆらはまた妖怪退治の流れだろうと見当をつける。

 

「清継くんが"首切りライダー"という噂を仕入れてきてね」

 

 交通事故で頭と首が分かれたバイク乗りが、同じようにバイクに乗っている人間の首を切ろうとしてくるという怪談だ。どうにも、不良グループが遭遇し、リーダー他何人かの首が落とされたらしい。同行していた他のメンバーはそれを見て運転を誤り事故を起こし、今は入院中のようだ。

 

「わざわざ行こう言うて提案したんなら、本物ってことやろ?」

 

 十割方予想通りだった流れのために、とっとと結論まで話を飛ばす。そもそもゆらも契克も裏側──陰陽呪術について熟知している側の人間だ。一般的な中学生らしく、嘘か誠かキャッキャと話すような日常とは縁が遠い。

 

「まあ、いわゆる修行というやつさ」

「でも、私らって中学生やろ。無免許?」

 

 式神に乗ったり、契克の場合であれば走るのが妥当だろうが、わざわざバイクに乗ると言っているのだから、そうするのだろう。なぜそうしたいかは、ゆらには見当がつかないが。案外乗ってみたかったからというだけの理由かもしれない。

 

「そのための人払いさ。結界を使って、都内の道路を拠点とする妖を一ヶ所に集める。四国から大勢の妖がこちらに向かってきているようだし、派手なドライブといこう」

 

 絶対バイクに乗りたいだけやろ……。そう呟いたゆらの言葉は聞き流されていた。

 

 

 

 20時55分、首都高速。人払いや道路工事の看板などの偽装を用いてゆらと契克の貸し切りになっているその場所で、二人は契克の持ち込んだバイクにもたれかかって話していた。

 

「……なあ。なんか妖怪以外の気配もするんやけど」

 

 そう。本来ならゆらと契克、そして妖怪しかこの場にいないはずだ。しかし、感じるのは何人分もの呪力。明らかに外様の介入が発生しているのだ。

 そう言うゆらに、契克は懐から取り出した携帯の画面を見せた。飛ばしの携帯とはいえ、二つ折りのそれには懐かしさを覚える。表示されたサイトは裏の掲示板。

 

「花開院家次期当主、花開院ゆらの……懸賞……金……?」

「そう。今日の21時から3時間、ゆらちゃんの首に賞金300万円が懸かる。頑張って生き延びてね」

 

 現在時刻は20時58分。周囲の気配に警戒していたとはいえ、まさか自分の命が狙われていると思っていなかったゆらは、反射的にカエルの財布から何枚かの式神を取り出した。

 

「……あと二分やんか!」

 

 貪狼を呼び出し、その背に乗った。鹿──禄存を周辺の警戒にあて、残りは指の間に挟む。契克はバイクに跨り、そのマフラーから排気音を響かせている。

 

「ホンットにふざけんなや!絶対後で滅したる!」

 

 ──そして、21時ジャスト。まずはライフル弾がゆらの頭部に向けて発射された。呪力を帯びているそれを、ゆらは頭部に展開していた護符で受ける。弾が止まった直後に手元に置き、残穢を辿りつつ移動を開始。

 向かってきた火車──燃え盛る無人の自動車を貪狼が噛み砕き、ゆら自身はその向こう側へと跳躍した。電灯の上で式神を構えている男にラミネート加工されたカードを投げると、その掌に突き刺さる。呪力で強化した投擲。そしてそのカード──形代から落ち武者の式神である武曲が召喚された。至近距離で人型の式神に詰められれば、その不利は覆せない。その場から吹き飛ばされ、道路の下へと落ちていく。

 

「妖怪が1に呪詛師が1……いや2やね」

 

 先のライフル弾の下手人は、火車の炎でスコープの反射を晒した。そんな相手を見逃しておくはずがなく、象の式神である巨門で狙撃位置ごと踏み潰される末路を辿る。

 今のゆらに、相手の生死を気にしている暇はない。別に死んでいたとしても呪詛師だ。そのくらいなら既に経験している。

 

「あっちは気楽そうやな」

 

 ゆらをこの状況に連れてきた犯人の方を見やると、楽しそうに大型バイクを乗り回している。ともすれば風圧で吹き飛ばされそうな体だが、呪力で身体能力を強化しているのだろう。足を車体にぶつけて傾きを変え、ドリフトや空中での方向転換などアクロバティックな走行をやってのけている。すれ違いざまに妖怪を轢いて滅しているあたり、仕事内容は真面目にこなしているのがなんともモヤモヤとした気持ちになるが。

 

 21時30分。考え事ができる程度には、妖や呪詛師の襲撃を捌くのに慣れてきた頃。契克とゆらが車線で対面した。

 

「ゆらちゃん!」

 

 眼前の彼女はバイクのハンドルから片手を離し、ゆらの方へと手を伸ばしている。……飛び移れということだろうか。ゆらとしてはあの運転を見た後に相乗りしたくはないが、確かに式神を一体フリーにできるというのは大きい。数秒の逡巡の後、ゆらは貪狼から宙へと身を投げた。

 

「よしきた!」「無為転変」

 

 手を掴まれると同時、なにかがガチリと噛みあう感覚を覚えた。あるべき形に最適化されたような……。そんな違和感を覚えた直後、契克のその幼児体形に見合わない膂力でバイクの後ろへとエスコートされる。完全に腰を下ろしたのを確認した後に急加速。ウィリー走行で速度を上げ、ガードレールを飛び越えて落ちることで、殲滅し終わった現在の車線から下へと進路を変更した。

 

「廉貞!式神改造──人式一体!」

 

 その落下中。ゆらは金魚の式神──廉貞を左腕と一体化させ、大砲のように構える。鋼鉄の馬と式神によって行われる流鏑馬(やぶさめ)は、バイクの着地前には目に見える範囲の的たる妖たちを正確に滅していった。

 

「(速っ……!バイクに呪物でも仕込んどるんか!?)」

 

 運転は、先ほどゆらが見ていたものと変わりない。意志の疎通を故意にしないまま、衝動のままに速度を上げているとしか思えないドライブが続いている。宙に浮く感覚や大きく体勢を崩す車体で相手の術式などの状況を把握し、式神に指示を出して、廉貞による水の砲撃を繰り返す。

 いっぱいいっぱいで他に考える余裕のないゆらは気づいていないが、この状態でまともに呪術戦をできていること自体が十分に異常だ。一度止めるよう要請するでもなく、現状で最善を尽くす。花開院ゆらは、当然のように術師らしくイカれていた。

 

 そして、ライダースーツに身を包んだ首の無い目標──"首切りライダー"を見つけた。

 

「まだ来うへんのか……。何か、条件……っ!」

 

 彼我の距離が2メートルほどになった途端、ぞわりとした感覚が背筋に奔る。簡易領域を使うゆらは、それに覚えがあった。

 

「領域!範囲を狭めたことで、自身に追従するようになっとるんか」

 

 結界術を得手とする分家の雅次(まさつぐ)によって、領域内での簡易領域は何度か体験する機会が与えられている。だからこそ──

 

「なんで、生きとるんや?」

 

 首切りライダーの話は、生還した目撃者によって伝えられた話だ。必中の領域に入り込んだのなら、生きて帰ることなど不可能。陰陽師であるゆらはともかく、非術師はとうに死んでいるはず。

 

「ゆらちゃん、どうするんだい?」

「ちょっと待ってや」

 

 この状況で考えられる手段は二つ。一つ目は、簡易領域を使いながら領域内へ突っ込む。ただ、法定速度をはるかに超えた時速200kmで加速するバイクの上に両足で立ち続けるのは、体勢が崩れて術が乱れる可能性がある。

 だとすると、更に賭けとなる二つ目。その検証のために、呪符を一枚投げる。領域のギリギリを狙ったそれは、領域の中に入り込んだのち、道路に落ちたと同時に引き裂かれた。

 

「──なら、領域のギリギリで私ごと後輪上げて!」

「いいよ」

 

 縛りが、バイクや車で走っている──つまり、足やタイヤなどが地面についている可能性だ。無事だった連中は、事故の拍子にタイヤが道路から離れたのだろう。車体が横倒しになったことで、運良く縛りの対象外になった。

 それならば辻褄が合う。

 

「ほな、やろか」

 

 膝を曲げ、バイクの後部に足を乗せる。クラウチングスタートを思わせる体勢から、後輪が上がると同時に呪力を乗せて空中へ踏み出す。

 いくら戦い慣れているとはいえ、高速で空中に投げ出される経験は少ない。流れていく景色を横目に、ゆらは空中で体勢を整える。領域に入ってもまだ無事という時点で、推測した縛りはおそらく正解。地に着いてはいけないというそれを考えると、式神を出すのは悪手だ。空中で大きく身動きできないこちらと違い、相手の妖怪はバイクによって蛇行できる。よって廉貞での射撃は不利。

 導き出された結論は──

 

「直接殴る!」

 

 前へ前へと重心を向ける。砲弾のように向かってくるゆらを察知したのか、"首無しライダー"は、やはりと言うべきか、バイクを不規則にカーブさせて狙いを逸らそうとした。このまま地面に落ちればゆらは死ぬ。

 

「紫微斗法術、拡張術式!」

 

 人式一体ではない、式神同士の融合。巨門と禄存を合わせ、巨大な角を持った象を呼び出す。当然、元となった二体より性能は落ちる上に、現状では身体が地に着いた瞬間に首を落とされるが、今必要なのはその巨大さ。角を踏み台に、更に前方へ加速。呪力を乗せて振りかぶった拳によって、妖の胴体をブチ破ってバイクごと破壊した。爆発炎上したそれは、乗っていた妖ごと燃やし尽くす。

 

「(なんか妙や。手ごたえが、今までの妖怪とちゃう。そもそもあれ、妖やったんか……?)」

 

 領域が解除されたことで近づけるようになった契克のバイクが、殴り抜いた勢いで減速したゆらを回収する。

 

「お見事」

「まだ終わっとらんのやろ?」

 

 その隙を狙って、道路から出現した式神がゆらたちに襲い掛かる。武曲を呼び出してそれを払いのけると、即座に廉貞を出して再び射撃戦へ移行した。

 

 そこからのことはゆらの記憶にない。携帯のアラーム音で意識が浮上し、表示されているデジタル時計を見れば24時ちょうどを示していたことから、この理不尽のような殲滅戦が終わりを告げたと気づいたくらいだ。

 中学生のゆらにとっては、精神的な休息を必要としていた。

 

「浮世絵町の方でも大規模な妖気があるね。連戦だけど大丈夫かい?」

「当たり前やろ。花開院を、私をナメんなや」

 

 無免許運転に身を任せるのは不安しかないが、なんだかんだで浮世絵町からここまでの道中に加え、この3時間は事故なく……事故()なく運転していたのだ。連戦が終わったら一発殴ろう。そう決意し、自身より小さな背中にポスリと身体を預けてゆらは沈むように眠りに就いた。

 


 

 掌でゆらちゃんに触れると、術式を発動してここまでに負った傷を元に戻した。悪意以外で使うのであっても、やはりこの術式は便利だ。

 ゆらちゃんの実戦経験のために妖怪の多かった体育館から離れて帳を降ろしていた日の夜。ゆらちゃんが生徒の保護に奔走していて犬神と戦っていないと分かったので、この術式なら欠損も直せるから無茶もできるだろうと修羅場を開催してみたが、まさか欠損どころか重傷無しで切り抜けるのは想定外だった。元から高いポテンシャルがあったのに加え、自慢じゃないが場数を踏ませたのが大きかったのだろう。呪術師の成長曲線は一定じゃないとはいうが、今はいわば成長期。どこまでいけるかと非常に興味深い。

 

「ちゃんとイカレてるようだね。前の鼠の時は、追い詰められ方が足りなかったのかな」

 

 願わくば、俺が期待している以上の可能性を見せてくれ。ゆらちゃんの術式──紫微斗法術は、平安の時に領域と極ノ番を見ている。それはつまり、領域の変化やそもそもの対応が可能かは別として、千年を生きる強者たちも当然知っているということだ。なにせ、当時の使い手は蘆屋道満。そのレベルに並ぶために必要なのは、発想力だ。レジィがレシートを使っていたように、現代だからこその発展性が必要だろう。

 今の俺の手元には死滅回游もできる力、無為転変がある。まあ、コロニーを分ける結界もないから、実際にやろうと思ってできるわけではないが。ただ、味方の魂の調整(レベルアップ)くらいならできる。経験を即座に定着させるなら、別に魂に負荷はない。睡眠の間に行われる脳の情報整理が精度向上されるようなものだ。

 茨木童子や鬼童丸といった防御不能技がデフォルトの連中と渡り合うためにも、強さの定着は手伝える。あとは、ゆらちゃん本人のアイデア次第だ。こればっかりはどうしようもない。インスピレーションを得られる機会を増やすくらいだろうか。

 

「それにしても、ゆらちゃんに加えて、天与呪縛を得た()()()()()か。本当に退屈しないね」

 

 そうだろう?()()()()()くん。

 

 妖気の増した浮世絵町はすぐそこだった。

 


 

 同時刻、高速道路を一望できる場所にて、着物の男が佇んでいた。

 

「首無しライダー、これにて(しま)(かな)

 

 左耳に鈴の飾りを着けている彼──柳田は、同じ組織に所属する『腕』の作品である"首無しライダー"、その顛末を確認しに来たのだ。

 

「領域、ね。確かに、着想を得たというのも本当みたいだ」

 

 片腕を失った代わりに、あのままなら一生涯得られなかった"死そのものの感覚"を掴めた。そう言っていた彼の新作は、確かに素晴らしい出来栄えだ。まだ自分たち──百物語組が表に出ることはできないが、いずれ()(もと)の復活のために大きく動く。

 

「地獄絵図、どうなるの哉」

 

 来る12月24日の百鬼夜行、鏡斎の担当は渋谷。()()()()()()()()()その畏は、どれほどのものを作り上げるのか。




野盗狩りみたいなノリで死地に連れ出していく。


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避難訓練初心者か?

この世界でも怪死者や行方不明者が一万人を超えてそう。


 バイクを走らせて浮世絵町に向かう間、段々と感じる妖気が少なくなっているとゆらちゃんは言っていた。実際に辿り着いてみると、仮面を着けた狸の妖が、敵味方無差別に刀を振るっていた。刀は斬る度に(おそれ)……畏?を出力し、所有者へと追加していた。呪力ならともかく、なんで刀が畏を持っているんだ?

 

「蠱術や。多分、妖を斬れば斬るほど強くなっていく。ようできた刀やね。多分特級クラス」

「そっか。どう対処するつもりだい?」

 

 まあ、それはともかく。敵の場合、やり方はいくらでもある。平安時代に現代知識を使って手に入れたアレを使えば、間違いなく殺しきれるが……

 

「あの刀で斬られる前に、妖を先に滅し尽くす」

 

 そう言ってゆらちゃんは式神の形代を四枚取り出した。参戦し、方針も決めた以上はそちらに従おう。そもそも、アレは晴明とかの術師殺しに使いたい代物だ。縛りですらない小さな拘りやプライドと言われればその通りだが、こういった精神的な支柱は意外と大事になる。

 

「貪狼、禄存、巨門、武曲。行け!」

 

 式神を放つと共に、ゆらちゃん自身もバイクから降りて駆け出す。近接戦闘タイプの所作が板についてきたようだ。

 

「じゃあ、私は演出でも頑張ろうか」

 

 バイクで妖怪の集団へと突っ込み、呪力を込めた拳を車体に叩きつける。爆発寸前に蹴り飛ばし、一帯を爆炎が包んだ。バイク自体は中古の市販品だから、使い捨てるのも惜しくない。

 瓦落瓦落とは違って爆発の煙を使って残骸に呪力を纏わせているが、起きる事象は似たようなもの──範囲全体への攻撃となる。

 

「そして、無為転変」

 

 一度触れるだけで、妖怪はいとも簡単に形を変える。自分の腕の変形や他人の治療は何度も試したが、悪意を持って他の生物を変形させるのは初めてだ。最初は上手くいかずにバアンッと爆ぜさせてしまっていたが、何回か試せば、グニィという感じに小さくしたり変形させたりすることができた。

 妖が金属片に貫かれたりして燃え尽きた後、別の方向から大量の水が流れてくる。水源は、ゆらちゃんの式神の象──巨門。水を出しているのは、廉貞と融合したからか。

 ゆらちゃん本人は、前線で戦っている。式神使いは近接戦闘が苦手と思われているようで、ゆらちゃんからすれば入れ食いのような状態だ。

 

「数が減った?」

 

 勢いが弱まったと感じて辺りを見ると、妖怪の動きが二分されていた。一方は、ゆらちゃんや俺の姿を見て離れており、もう一方は俺たちを殺そうと襲ってきている。

 

「ああ、牛鬼か」

 

 術式や手傷を負わせたことから、本人と断定されたんだろう。晴明と並ぶ最強格と戦いたいやつは少ないのか。千年前の野心全振り蛮族共とは違って大人しいな。ということは、逃げている方は浮世絵町を拠点とする妖だ。奴良組と言っていたか。トップが半妖なら、名字から素性が割れる可能性を考えて組の名前は変えた方がいいと思うけど……。もうだめだよ。奴良くんが半妖だって隠せてないって。

 

 そう思っていたら、噂をすればとばかりに牛鬼がこっちに来た。

 

「単刀直入に聞く。今回こちらと敵対する気はあるか」

「返答としては"どちらでもいい"かな。組織の違いを区別して祓うほど仲良くなっているつもりはないけど、逃げるなら追って殺しはしない。この乱戦で逃げられるかどうかは別として」

 

 当然と言えば当然だけど、戦場でしか会わないから最小限のコミュニケーションになっている。組の名前を出さないのは、前述の理由があるからかな?

 

「お前の事情はともかく、こちらのシマに手を出した落とし前、いずれつけさせてもらうぞ」

 

 まあ、舐められたままなのは体面に関わるだろう。いや、最近はどうなっているんだ?妖怪が変に組織化していて、こっち(陰陽師)が関わるとどうなるかが分からない。

 平安なら、大半の徒党は京を陥落させるために組んでいたから皆殺しで済んだ。戦国は、乱世だったのでどのみち鏖殺すれば解決した。

 ……現代、よくわからないな。"何事も暴力で解決するのが一番だ"と何かの本で読んだが、あながち間違いではなかったらしい。

 

「それにしてもその体……いや、私が口を出すことではないな」

「そうやって中途半端なのが一番困ると思わないかい?」

 

 もったいぶるような言い方は本当にやめてほしい。現実に伏線なんて要らないし、疑問はすぐに解決させてほしいのだ。そう思って続きを促すが……。

 

「──どういうことだ?覚えていないなど……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。落とし前か報復か知らないが、これがそうだというならやり方がみみっちいと思わないのか。

 複雑な思いを抱えていると、ゆらちゃんの方も静かになってきた。そちらに目線をやると、火を噴く鶏や鈎針の髪をした妖を祓ったようだ。ゆらちゃん、会った当初は近接戦闘も最低限できる程度の式神使いだったのに、いつの間にか式神と一緒に突っ込んでいくタイプの戦い方をしている。本人の気質が直情型だし、そっちの方が向いているのもあるけど。

 そんなこんなで、大勢は決してきた。どうやら四国の出らしい妖怪はあらかた祓われたり死んだりして、奴良組の妖怪は奴良くんの近くにいる。あそこの集団に突っ込んで領域展開したら面白そうだが、彼はもしかしたら現代の異能に成れるかもしれない。その芽を潰すことはしたくないので、大人しく観戦するだけにしておこう。

 ビルの屋上の縁に腰かけ、眼下を眺める。空は白んできて、奴良くんは限界が近いみたいだ。そう言えば、あの刀で刺された傷があったっけ。それでも戦っているあたり、立派にイカレていると言うべきか……。

 ゆらちゃんの方は、あの呪具の奪取に挑戦していた。あわよくば片腕ごともぎ取るといったところか。式神を囮に、刀身より内側の距離での戦闘を挑んでいる。

 無為転変で作ったポケットサイズの"駒"を使って援護射撃でもしようかと考えたが、絵面が最悪にもほどがある。どれくらいの期間保存できるかの確認のために二~三個ほど残して、残りは目に付いた四国の何体かに向けて放つ。真人がやっていたような飛び道具としての運用も確かに効果があるようだ。

 

「お… …がい。ころして」

 

 という声が、傍から見ていた妖怪にも精神的な被害を与えるようで、勝手にこの状況を怖れていた。妖怪は精神に依存するという点で、この技は想定よりずっと効果的なようだ。

 

 さて、そんなことを確認しつつゆらちゃんの方に目線を戻すと、流石に陰陽師だと気づかれたのか、大将だろう妖怪が一般人を狙い始めた。野次馬根性というのか、そいつらは退こうとしないからゆらちゃんは庇わざるを得ない。引くことを覚えろKS。

 

「なんと言うか、晴明の言うことも分かるんだよね」

 

 やはり人間は愚か。懐古厨というわけではないが、"殺れるなら殺っとけ。無理なら逃げろ"の平安や戦国と違って、戦えないのにその場に残るやつが多い。避難訓練初心者か?

 

 さて、ゆらちゃんに代わって、側近からリクオ様と呼ばれている、さっきから奴良組と名乗る連中のトップ。何者なのか全くわからないが、夜が明けてきて畏れが弱まっているみたいだ。

 まあ誰だか知らないが、持っている術式は特級と言っても過言ではない。幸い、今は呪力を使ってもギリギリ自壊しない時間だろう。

 

「へ?そっち……?」

 

 てっきり、他の妖怪の畏をコピーして何かしらすると思っていたが。奴良くんが使ったのは妖怪としての畏。相手の認識をズラすのは強いのだろうが、それだけではまだ上位勢には勝てない。簡易領域か領域展開で中和しないと、領域内必中にはどうしようもないのだ。で、貞綱くんが簡易領域にちゃんと門外不出の縛りを加えているから今の奴良くんは習得できない。領域展開は……ワンチャンあるか?

 今度改めて陰陽師をやってみないか誘おうと決意しつつ、彼の畏──鏡花水月が上手く働いたのを見る。その後はなんか、四国の親玉だとかぬらりひょんとやらだかが和平交渉をやっているのを横目にゆらちゃんを迎えに行く。特級相当呪具の刀は、夜雀が回収していった。あの縛り、無事に回収を終えるためにあったのか。

 

「おつかれ、ゆらちゃん」

「はぁ……えらい疲れたわ」

 

 300万程度に釣られた呪詛師と、浮世絵町に向かっている妖怪たちに加えて想定よりは強かった首無しライダーの一斉討伐。その後は少し休んだ後に浮世絵町でひたすらに襲ってくる妖怪を捌き切る。特級呪具を持った妖怪相手に一般人を庇いながら戦うとなると、だいぶ消耗しているだろう。

 

「実のところ、邪魔じゃなかったかい?あの人間たち」

 

 正直、あれらが大人しく逃げていれば、ゆらちゃんにはあの狸の妖怪を倒すこともできていた。なんというか、藤原の貴族共の傲慢さがそのまま一般人ナイズされた感じの人間しかいないような気がしてくる。烏鷺の言っている藤原とは方向性こそ違うが、やっぱり藤原はロクでもないな!

 

「それはそういうもんやろ?」

 

 だから、ゆらちゃんがこう返してくるのも想定内というか、道満の子孫だしそう言うだろうねという感じだった。弱者救済を掲げて、こう、いい感じに答えるんだろうと。

 

「救った人に罵られることもしょっちゅうや。もっと早う来たら誰々も助かったとか、あんな悪人を救う価値なんてなかったとか」

 

 それでも。ゆらちゃんが──花開院ゆらがそう言った時、道満は人間賛歌のようなことを言っていたよなと目を見開いた。

 

「けどな。弱くて醜くて、救いとうないな思っても。その時は確かに私らを必要としたんや」

 

 例え話になるけど。そう続ける。彼女の先祖は、弱さを尊いものだと言っていた。だから、救いたくないと思ったと言ったゆらちゃんは間違いなく花開院ゆらという個人で。

 

「暗闇を照らした先が眩しい虚無で、光が掻き消されたとしても。縋りつく手を振り払うんはちゃうやろ」

 

 晴明の言っていた理想を思い出す。光の要らない眩しい闇。……道満は、晴明の正体について書き残さなかったはずだ。なら、ゆらちゃんはこの答えに自力で辿り着いたということか。

 

「人が醜いんはいつかみんな知ることや。陰陽師でなくても、接客業や弁護士でも同じやと思う。けど、救いたくないからって見捨てたら、きっとどこかで思い出すはめになる。それに、ただでさえ呪詛師相手に殺人までやらかしとるのに、見捨てるって選択肢まで私の人生に入れたくないんよ」

 

 『殺す』と『見捨てる』が選択肢に含まれる人生って、傍から見れば碌でもないから。つまり、自分のためだと。夜の明けた空の朝日が逆光になってか、そう言ったゆらちゃんが妙に眩しく見えた。

 

「せや、忘れとったけど……。一発……殴ら、せ、ろ……」

 

 体力も限界だったのか、倒れるように体ごと殴ってくる。眠りかけだというのに、きっちり重心を移動させて拳を打ち込んできたのは意地と言うべきか。

 今日は学校を休むことになるだろうなと思いながら、俺より背の高いゆらちゃんを背負って、朝焼けに包まれた街を歩きだした。

 

 


 

 そして、決着が着いてから数週間後。俺とゆらちゃん、そして奴良くんは、新しい陰陽師と邂逅する。

 

「奴良リクオとかいったか。どんな女がタイプだ?

 

 彼──花開院竜二という陰陽師はまず最初に、女の好みを聞いてきた。




次回、呪い合い。
ゆらちゃんも中学校にマトモに通えるくらいの常識はあると信じている。話を進めていくたびに、成功体験とステゴロのアドレナリンでどんどんゆらちゃんがイカレていく……卑屈さはどこに行ったんだろう……?


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『呪い合い』

書きたかった場面の話。


「奴良リクオとかいったか。どんな女がタイプだ?」

 

 黒い外套を纏った和装の男──花開院竜二は、リクオに対しそう問いを投げた。

 東堂じゃんという契克の呟きをよそに、竜二は質問を補足する。

 

「女の好みを聞いているのだ。タッパとケツがデカい女というように答えたらいい。……別に男でも気にはせんぞ」

「──何を言うとんねや?」

 

 ゆらの表情には戸惑いのみが浮かぶ。東堂式コミュニケーションを初めて目の当たりにしたとすれば、この反応は当然のことだ。それに、眼前にいるのは兄。つまり、自分の身内が学友に問いかけているのだ。気まずいにもほどがある。

 

「えっと……、え?タイプって……」

「ああ、別にうちの妹と答えてくれても構わない。俺はシスコンというわけではないからな。思ったことをそのまま言ってくれ

 

 まだ怪訝そうな表情を止めないゆらに、竜二は理由を聞かれているのだと気づいて説明を始めた。

 

「理由か?俺はその男が妖怪だと思っているが、お前は人間だと主張しているからな。確かめるために聞いた。男子中学生だろう?そのくらいの相手を信用できるか確かめるなら、性癖の一つでも訊いた方が手っ取り早い。現代社会にどれだけ馴染んでいるかの尺度にもなる」

 

 十中八九嘘だろう。だが、この竜二という男が本当に東堂式コミュニケーションの使い手という可能性もある。……その場合、答えによっては人間であってもつまらないと殴られる場合が発生するが。

 

「あ……明るくて優しい子……かなぁ……?」

「そうか。大して面白くないな」

「自分から聞いといてなんやねんその言い草……」

 

 戸惑いながらの答えに、速攻でつまらないとレスポンスを返した。即座に殴り掛からないことに怪訝そうな顔をする契克と、不満を露わにするゆら。そして、この掛け合いによって竜二は目的を術中に嵌めることができた。

 

「では、二つ目の質問だ。──お前は妖怪か?」

「……四分の一だけ。夜は妖怪になる……っ!?」

 

 やはりというべきか、リクオは()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか本当に性癖で信用できるか判断すると?そんなわけないだろう。どう答えようと知ったことではない。この話題が一番意識の空白を生み出せるパターンというだけだ」

「言霊……!」

「呪言使いには遥かに及ばないが、意識の空白を使った暗示だ。初歩的な話術だぞ」

 

 お前は直情的すぎる。ゆらにそう告げた竜二は、奴良の言葉を聞いてどうするか逡巡しているゆらへと式神──餓狼を嗾けた。

 

「お前は当主候補だ。それが妖の前で無防備に立つなど言語道断。そもそもだ。烏崎契克を名乗る陰陽師に術式を何度も晒すだと?相手が本物か実力のある狂人かはともかく、愚策極まりないぜ」

 

 面倒なことに、以前のお前からとてつもなく成長している。そう言って竜二は顔を顰める。

 

「俺が派遣されたこと自体が特殊なんだ。この街を担当していた"窓"の報告からすると、当主案件だろうが」

 

 窓──呪いが見える、陰陽師の補助を行う人間。彼らの報告から、未承認の帳の発生が何度か確認されていた。その結界の精度は、それ自体が高等な技術によって組まれているということも。仮にその術師が本物だとすれば、この時期に表に出るのは厄介極まりない。ただでさえ狐に加えて飛騨の一件があるというのに。そうぼやきつつ、竜二はゆらを戦闘不能に追い込んだ。

 

「妖怪は絶対"悪"。それを忘れて真っ先に失われるのはお前の命だ。学べよ、ゆら」

 

 餓狼改め言言。水の式神と言葉を操ってゆらを完封した竜二は、彼女と共にいる二人へと目を向けた。

 

「魔魅流、お前は妖の方をやれ。ゆら相手ならともかく、あの陰陽師はお前では分が悪い」

 

 狙うは、烏崎契克を名乗る陰陽師。忌名か呪詛師の偽名か──本物か。羽衣狐の復活を念頭に置くと、時期として本物の可能性が高い。なら、小手調べではなく必殺を期すべきだ。

 

「"餓狼"、喰らえ」

 

 水を操るという術式の開示はゆらと戦った時点で済ませている。向上した呪力を速度に変換しつつ向かった式神は、金属の刃に貫かれた。本来水に転じて躱すはずの式神は、金属音を響かせてその動きを停止する。

 

「はったりに見せかけた二の矢。二択を迫ることで対策を立てさせないその組み立て方は研鑽が窺えるね」

「……見破られてから言われても、褒められている気はしないのだが」

 

 向かわせたのは、水気ではなく金気で形作った餓狼。水の式神と判断して木気で防御した場合、相克して防御ごと噛み砕く必殺の二撃目。これこそが、術式の開示を済ませた後の第二の刃だった。しかし、妖怪ならともかく相手は手練れの陰陽師だ。この程度には引っかからないだろう。

 

「では、次はこちらから行こうか」

 

 懐から煙草を一本取り出し、契克は火を着ける。巻いている紙を火行符にしているからか、ライターやマッチを取り出さずともその特有の匂いが立ち昇り始めた。

 煙草……推測できるのは、火か煙だ。そして、偽りといえども一度式神を見せた以上、その性質を見破られていてもおかしくはない。

 この状況で使うのであれば、術式はおそらく──

 

「煙……自身の隠形か、吸い込むことで発揮される類か」

「初見でそこまで辿り着けるとは。咄嗟に口元を隠すのも判断力の賜物かな」

 

 煙草から立ち昇る煙は徐々にその範囲を増やしていき、廃ビルに空いた穴から出ていくこともない。

 

「さて、互いの条件を対等にするためにも私の術──遷煙呪法の説明をしておこう」

 

 はっきりと顔を見ることができないほどの煙の中で、声変りが遠い少女の声が耳に届く。

 

「とうに察しているとは思うけど、この術の要は煙、正確には煙に含まれる効能の増幅だ。かつては身体強化や傷の治癒に使っていたが、今生においては新たな使い方を見出してね。喜びのあまりこうして他人に語っているわけだ」

 

「餓狼、喰ら……っ!」

 

 悠長に語っているのを隙とみて、式神に再び攻撃を指示した直後。息が詰まる。というよりは呼吸ができなくなったという方が正しいだろうか。喉を押さえ、必死に息を取り入れようとしているのが煙越しのゆらにも認識できた。

 

「煙草の煙を使えば、一酸化炭素を充満させることも可能となる。言葉も陰陽術の一種ならば、陰陽師の口を閉ざすのは常道だろう?」

 

 レジィではないが、術師も現代文明の利器を積極的に取り入れていくべきだと思うよ。悠長にそう話す契克は、彼の次の手を待っているのだろうか。レジィとは誰だと考える余裕もない竜二は、自らの呪力操作に集中する。

 

「ふぅ。全く、死の淵で術式を精密に動かすなど、ゆらにやらせるべき修行なんだがな」

 

 そして──酸欠で藻掻いていたのとは一転、竜二はしっかりと地面を踏みしめており、その目は敵意を持って相手を見据えていた。

 

「さっきも開示していたけど、水を操作する術式だろう? 血液を使い、自らの心臓を強制的に動かしたのか。発想と、躊躇なくそれを行える胆力。なるほど、呪術師だ」

 

 術式解釈の拡大。体液を暴れさせると言っていたから発想自体はあったのだろうが、自分の身体での精密操作を実行に移したのは、本人のセンスと術式への深い理解があってこそだろう。

 火のついたままの煙草を口に咥え、契克は空いた両手で拍手をする。

 

「では、攻め方を変えよう」

 

 タバコの火を消す。煙を漂わせていた先ほどと違い、次は自らが煙を吸い込んだ。おそらく、これが先ほど言っていた身体強化。つまりは。

 

「純粋な、暴力だ」

 

 これまでの隠形を利用したのではなく、純粋な脚力によって見失わせる。普段の竜二なら、結界に誘い込むといった策を弄するだろう。しかし、言言を生命維持に充てている現在はそれも難しい。

 

「いいだろう。乗ってやる」

 

 よって、逆転の発想。血流を維持している言言を、そのまま身体制御に回す。心臓を動かすのでさえ精神力を多大に割くのだから、加速した近接戦闘の制御など数秒前までの竜二なら不可能なことだった。

 

「そうだな。名付けるとすれば──"流言"」

 

 それは、花開院竜二の人生史上初の、急成長!

 血流の加速で活性化した脳が、高速で流れていく情報を正確に処理していく。目では追えるが体が反応できない速度で繰り出された拳を、全身の血液を動かすことで無理矢理に右へと動かして躱す。

 勢いをそのまま足の振り上げへと利用して契克の左側頭部へと回し蹴りを放つと、それを軸にそのままの勢いで回転して天井や壁を駆ける。蹴りは左腕に防がれたが、距離を空けることができた。

 更に深く精神を集中させ、言言の精度を上げる。脳に血が巡り、集中力と思考、情報処理能力がより鋭くなっていく。

 

「加茂の赤血操術のように、血液の循環速度を上げたか。しかし、式神を適切に操作しながらの高速戦闘は其方の得手ではないだろう。持って三十秒といったところか」

 

「そう長くやるつもりはないさ」

 

 高揚と共に、自然と口の端がつり上がる。地面が砕かれた音と共に到達した飛び蹴りを体を少し捻ることで躱し、高速で右の拳を繰り出す。宙返りの要領で体をずらされたことで当たらずに終わったが、軸足は払えた。倒れ込む少女の頭部に拳を振り下ろし──

 

「煙かっ」

 

 煙幕が張られ、距離を取らざるを得なくなった。だが、この速度での戦闘中に繊細な設定が行えるとは思えない。なら──

 

「狙いは足場!」

 

 手法は不明だが、足を止めることを重点に置くはずだ。ならば、こちらは動き続けるのが正解だろう。

 壁を駆けのぼり、天井を経由して三次元的な軌道を描く。数瞬前まで竜二のいた場所には、黒い粘ついた液体が溜まっていた。

 

「煙草と言っていたか。となるとタールだな」

「正解!」

 

 踏み砕いた瓦礫を足元や壁のタール溜まりへ蹴り飛ばし、暫定的な足場を作る。

 言言で自分の身体を操作し、進む軌道を考えつつかなりの速さで迫ってくる敵の対処を行う。血流総体としての速度は高速に保ちつつ、失血死を防ぐために傷を負った部位の動きのみ分割して停滞させるという無茶をこなしつつだ。一手でも失敗すれば自壊へと繋がるそれは加速し覚醒した思考でもその処理能力を酷使するものだった。

 それでも、竜二が感じていたのは苦痛ではなく──

 

「まったく、妖どもが殺し合いを好むのも納得できる。これが、戦いか!」

 

 最高の解放感。自らの枠を破壊したこの瞬間にも、次の一手のために今まで学んだ知識が走馬灯のように脳を巡り、より深く理解されていく。

 拳や足を交わし、瓦礫の粉塵で目晦ましを行い距離を取る、その繰り返し。それはいつかどちらかが失敗することで終わるもので。覆しようもない実力差からして、下手を打つのはどちらかなど最初から決まっていた。竜二は自らの動きを誤り、タールへと足を踏み入れる。

 当然、彼女はその隙を見逃さない。

 

「──入れ替わりか!あの動きをよくやってのけた」

 

 しかし契克が肋骨の数本も蹴り砕いたと思った直後、竜二の体が水に変化した。距離を取ったどこかのタイミングだろう。それを悟らせないのもまた見事。

 

「人型を操る手法は、先ほど大量に経験したからな。そして一撃当たれば、今の俺ならどうとでもできる」

 

 式神、言言。以前までなら体液を暴れさせることがその能力であった。だが陰陽を深く理解した現在の竜二ならば、その逆。体液の完全な停止すら可能となっていた。体液全てが動かないから、身体や、望めば脳もまた動かない。至って科学的な理屈での必勝パターン。つまり。

 

「──詰みだ」

「──否。これで、三十秒が経った」

 

 直後、竜二の動きが止まる。ついに肉体が限界を迎えたというそれだけの話だが──

 

「……おかしい。ちょうど三十秒だと?……まさか、あの時言霊をっ!」

 

 ()()()()()()。あの言葉への警戒を解くために、自分の術をわざと詳細に解説していたのか。術式開示によって"言葉を聞く"ことそのものへの警戒を薄れさせた。つまりは、純粋な駆け引きでの敗北。

 言言で自分の身体を操作することに意識を費やしていたこともあって、言霊への対策に気を配ることができていなかった。

 

「くっ。ゆらを笑えんな……」

 

 言葉もまた陰陽術と言うのなら、それは陰陽師同士の対決としては相応しい決着といえるだろう。

 命を取らないのは、あくまで殺し合いではないからか。大きくため息を吐いて、竜二は持ち込んだ治癒符を全て使う。万全とはいかないが、通常の妖なら祓うのに支障はない程度にまで持ち直した。

 

「本当に面倒な状況だ」

 

 最悪の場合を想定して聞かなければならない。

 

「烏崎契克。お前は妖怪に与する気はあるか?」

 

 味方か敵かは別だ。少なくとも、人間に対し積極的敵対を表明している宿儺や羽衣狐より優先度は落ちる。よって、確かめるべきはそれらと合流されないかどうか。

 

「術師は呪霊──妖怪を祓うものだろう?そこを違える気はないよ」

 

 その答えを聞いた時点で、竜二にできることはいざという時の備えのみになった。

 

「魔魅流、代われ」

 

 ここからはオレがやると、竜二は告げる。術師同士の呪い合いとは違う、事前調査と先人たちの智恵によって完成された"花開院"としての手法はここからだった。




お兄ちゃんがお兄ちゃんになっていく……

6/13は更新が無いです


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『廻る呪いへ』

この作品は、基本的に魔改造陰陽師サイドの話です。


「さて、仲間──級友か」

 

 烏崎契克との戦いで負った傷は治しており、精神の消耗を除けば万全の状態の竜二は、奴良リクオの前へと立つ。リクオの消耗はさほどない。同時に、戦っていた魔魅流も。

 純粋な相性差。魔魅流は畏を使ったリクオを捉えられないが、落花の情が相手では、認識を消そうと刀に触れた瞬間に迎撃される。結果として、互いに距離を取っての硬直状態となっていた。

 よって、状況を覆すとすれば、それは同時に致命的な一手。

 

「ゆら、そいつはもうクラスメイトじゃないぞ」

 

 そして放った一言は、リクオの動きを止めるのには十分な効果があった。

 さて、妖怪や人に関わらず、ヤクザというものは社会に深く食い込んでいるものである。そして、真っ当な社会はそういったものを許容しない。であれば当然、そういった対策も既に完成しているというわけで──

 

「妖怪と発覚した時点で、その妖の転校手続きを済ませた。昨今は餌場を学校に定める妖怪が生徒を装うというのも珍しい手口ではなくてな。必然、そういった社会的手段も方法は確立しているのだ」

 

 人ならざる者が社会の領分を侵そうとするのなら、首輪を着ける手法など作業と言っても過言ではなかった。事前準備と調査の時間があるならなおさらだ。

 

「今回の場合、児童福祉法を応用した。児童の健全な育成に関するなにやらというものでな。ありがたかったよ。お前の家を調べたら、不自然な支出が多く出た。加えて、目撃情報があった店で続出する食い逃げ」

 

 一つ溜息を吐き、竜二は語る。とはいえリクオには知り得ないことだが、支出の方について明確な証拠がない。食い逃げに関しては、発生した日にリクオが来店していたという状況証拠だけだ。現在の論理の組み立ては、四分の一が妖という事実と、戦闘中の発言で見て取れる人格からの推察が中心となっている。

 

「町を守る、だったか。ならば安心しろ。この町のあらゆる店で、既にお前は出禁扱いだ。今頃万引きや食い逃げの犯人として恨みを集めているんじゃないか?」

 

 畏を集めるいいシノギとやらになっているじゃないか。金額にして三十二万円ほどだ。そう嘲笑する竜二の態度は、誰が見ても挑発だと気づくだろう。

 しかし、仕掛けられない。ぬらりくらりと在ることはできず、リクオの心は怒りと戸惑いで満ちていた。

 妖怪としてのリクオは、人間である昼のリクオの生活を壊した眼前の人物に対しての怒りを。

 そして、人間の、育った環境から良心が発達しきっていなかった奴良リクオは、その具体的な被害金額に。

 それはつまり、畏を使うことができないほどに相手のペースに吞まれているということを意味していた。

 

「奴良リクオ。お前に妖怪であるという疑惑が掛かった時点で、経歴や足取りは調べた」

 

 だから、これは人間:奴良リクオが答えるべきことで。

 

「嘘偽りなく答えろ。7月18日、お前は呪詛師1名及び集英建設に所属する非術師10名を殺傷した疑いがある」

 

 人にあだなす奴を許さないと。そう言ったリクオ自身の矛盾に決着をつけるときだ。

 

「……なるほどね。では、少し手伝おうか」

 

 契克によって帳が更に展開される。ただし、周囲を闇に閉ざす通常のそれとは違い、光で照らすという性質を持っているが。

 

「そう長くは持たないけど、それで十分だろう?」

 

 体育館で犬神と戦った時のように、昼間でも周囲が闇に閉ざされていれば、リクオは妖となれる。逆に周囲が明るければ、たとえ夜だとしても人間の姿にならざるを得ないということだ。

 

「……続けるぞ。言っておくが、これは裁判じゃない。黙秘すれば滅する。虚偽の否認も同じだ」

「あいつらは邪魅を騙って地上げをしていた」

 

 事の顛末は、建設会社とグルだった神主が、邪魅と称して式神を向かわせて嫌がらせや命の危機で住民の立ち退きを促していたというものだ。

 それを論拠に正当な行いだったと主張する。

 

「なら、神主を殺すだけに留めるべきだったな。神社の全焼、柱の下敷きになっての骨折。いずれも非術師の被った害だ」

 

 しかし、争点は非術師の殺傷について。

 少し、リクオは目を閉じて考える。敵の前でそんなことをするのは不用心だが、おそらくこれは意見を聞くことだけを目的にしているのだろう。そう見当をつけての行動だった。

 実際、契克が帳を降ろしているということが、中立な立場として参戦しているという証明となる。

 そうして考えて、自分の本音を自覚した。それは案外簡単なもので、少しの笑みすら浮かんでしまう。

 

「──私情だよ」

 

 取り繕わない本心を語り出した。

 

「立派な妖怪の主になりたかったのも、立派な人間になりたかったのも、ボクが生きてていいと思いたかったからなんだ」

「だから、あいつらを無事に逃がしたら、ボクはきっと胸を張って生きられなくなる。いつかふとした時に、どこかの誰かが理不尽な不幸に襲われてるんだと思ってしまう」

 

 救った相手が人を殺したらどうするのか。正確には、平気で人を殺すような相手を救うのか。人間である奴良リクオにとっての答えがそれだった。

 

 奴良リクオはそもそもとして、いい妖怪もいるというスタンスを取っていた。それはつまり、善と悪を自らの内で区別しているということで。そして、妖怪と人間との間で生きるということは、価値基準も同じだということを意味している。同時に、リクオにとって法は順守するものではない。ぬらりひょんの孫として、祖父の食い逃げや様々な悪行に幼い頃から親しんできた。それは妖の、強者の理論こそを絶対の基準とする者であり──

 

「ボクは、自分のために、不平等に人を救うんだ」

 

 すなわち、"悪い妖怪"を殺す決断ができる奴良リクオは、"悪い人間"とみなした相手を害することに何の躊躇もない人間でもあった。

 

「──なるほど。……立派にイカレている。半妖だったか。非術師に手を出していなければ、陰陽師として大成できたやもしれなかったな」

 

 どんな女が好みだと聞いた時と違い、真摯にその答えを受け止める。それは、竜二にとっては妖怪の戯言ではなく、一人の人間の解答だと見做したからかもしれない。

 

 式神を取り出す竜二。今のリクオであれば、式神──言言の攻撃に当たるだけでもその命が尽きるだろう。リクオは最後まで生き足掻こうと退魔刀──祢々切丸を構え、両者の間に緊張が走る。自分の動機を自覚し、荒れていた感情が凪いだのか、祢々切丸の切っ先には、わずかにリクオ自身の呪力が流れていた。

 

 数秒の後、竜二は顔を顰める。どうやら式神による連絡のようだ。

 

「──は?冗談も……冗談じゃない!?正式な通達!?この時期に内憂を抱えるなど、正気か?……断れない、か……。上層部め、腐りきっているとは思っていたが、ここまでとはな……」

 

 舌打ちを隠さず、竜二は怒りを込めた踏み付けで床を叩き割る。リクオに向いたその目は、嫌悪感を滲ませていた。

 

「確認だ。お前には二つの選択肢がある。一つ目は、このままオレに祓われること。個人的にはこちらをお勧めする。誇りを守ってそのまま死ね」

 

 そう言いつつも式神を収めることから、一つ目の行動をとるのは竜二が言うところの上層部の思惑に反するのだろう。

 

「二つ目だが……」

 

 そう言うと竜二は苦々しい顔となる。深くため息を吐き、数秒立ってようやくその言葉を口にした。

 

「お前、陰陽師になれ」

 

 奇しくも、先ほど竜二自身が評価した通り。十分にイカレていて、素養も抜群な人材へのスカウトが行われたのだった。

 

「……誘いを受けたのは二回目だよ」

 

 烏崎契克、蘆屋に連なる花開院の本家の人間。その二人に勧誘されるほどにはリクオという人間の精神性は術師に向いていて──

 

「これは陰陽師に伝わる言葉だが、術師に悔いの無い死はないそうだ」

 

 そう前置きをして、竜二は告げた。

 

「選べ。ここで妖として誇りを抱いて死ぬか、いつか人として後悔を抱えて死ぬのかを」

 

 どのみち死ぬじゃないか。そう呟いて、リクオは言葉を返す。

 

「誰かを守れずに、人であることを呪いたくない。だから、ボクは──」

 

 平安から始まった呪いは、こうして主役の一人を舞台に上げる準備を整える。

 

「術師になる」

 

 また一人、廻る呪いの戦場へと踏み込んだ。




やけに都合のいいタイミングで連絡が来ましたね。


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呪胎戴天
どんな顔してあいつに会えばいいんだよ


TSさせた意味その2です。


 夏休みに、京都観光に来た。といっても、肝心の京都は大惨事未遂だけど。

 

「協力者という立場として、相手の手の内でも晒しておこうか」

 

 表向きは、京の争乱において雇われた外部の術師。まあ、やらかせば当主が出張らなければならないようなヤツを野放しにできるかと、"花開院ゆらを殺さない"という縛りで雇われた。

 曰く、鍛えることもあるだろうからある程度の傷は許すとのこと。互いに知っているから明言はしなかったが、"花開院家に従う"だとかのアバウトな縛りだと、対価を払えるかという懸念もあったのだろう。縛りの適用範囲を限定することで、効果を強くするということも狙ったのかもしれないし。ちなみに、俺が対価として得たのは京都全域におけるスピーカーの使用権だ。現代に来てからやりたかったことだが、廻廻奇譚を流しながら戦うのもありじゃないかと思えてきた。……耳コピだけど。こう、秤先輩みたいに音楽を流せる術式だったら話は別なのだろうか。

 さて、京都に着いてからのこと。ゆらちゃんが修行する合間の休憩時間に無為転変の応用で何度目かの欠損を治しつつ、幹部クラスになっているだろう京妖怪の情報を話す。といっても、知っていて特筆すべきは二体だけだが。

 

「まず、茨木童子だ。アレは、純粋に面倒だよ。畏が帯電しているせいで防御ができない。防御しようにも、雷の速度に反応するのは難しいし」

「マジか……」

 

 こいつのせいで、鹿紫雲と一緒の特性だと大はしゃぎしたのだ。あの喜びを返してほしい。幸いにも今は現代だから、スピーカーで廻廻奇譚を大音量で流しながら戦えばいい感じになるかもしれない。

 ……あちらをタてればの歌詞を知ることが出来なかったのが、今生における後悔のひとつだろう。

 

「同時に、雷そのものの性質として、通過ルートを描かないと攻撃できないって弱点がある。この辺りは理科の授業だね。秒速200kmの遅い雷が先に発生して、その後に秒速10万kmの帰還雷撃が奔る」

「秒速200kmを弱点って言えるんなら、弱点なんやろな」

 

 まあ、反転術式でのゴリ押しとか、やりようはある程度存在する。

 

「参考程度に話すと、千年前時点ではフィジカルで躱したり、無敵バリアでどうにかしたりしていたよ」

 

 無下限バリアの晴明は言わずもがな、頼光とかいうフィジカルモンスターもなかなかのバケモノだった。雷を避けるってどういうことだよ。

 

「で、もう一人は鬼童丸。雑に強い」

「雑に強いってなんや」

 

 本当に、雑に強いとしか言いようがない。バランスよく強いというか、ちゃんと必殺を持っているというか。

 

「術式は、剣の軌道をその場に残すってだけ。要は当たり判定を置いておくだけなんだけどね。剣戟自体が速いから、同時にいくつもの斬撃が発生するようなものだと思っておけばいい」

 

 厄介なのはここからで、簡易領域や領域展開を身に付けていないとダメな理由でもある。

 

「そのうえで領域を使うと、当たり判定が全部必中になる」

 

 事前に情報を知っておかないと、膾にされて死ぬ。人力での伏魔御厨子みたいなものだ。

 

「対策としては、領域内じゃないと武器が壊れる可能性を残しているという点かな」

 

 全力の一撃を刀に叩き込めば、武器破壊を狙える。手刀も術式対象内だが、刀でさえやっとなのだ。素手だと一度撃つのが限界だろう。

 それに、刀身を延長させる術式じゃないから、リーチの外にいれば攻撃は届かない。当然、領域内で必中効果を使われたら別だが。

 

「羽衣狐についてはなんかないん?」

「あれは、しょっちゅう転生しているからね。どうにも情報が足りない」

 

 知らない手数を駆使されるのは厄介だ。とはいえ、なんか晴明の復活に忙しいようだし前線に出ることは少ないだろう。詳しい内容は聞いていないけど。私に協力要請したわけじゃないから、呪物を使っての受肉ではなさそうだ。

 後は……特になかった気がする。

 

「せや、京の妖怪やないんやけど、宿儺についてはなんか知っとらんの?」

「──へ?」

 

 宿儺いるの!?そう思いつつゆらちゃんが持っている情報を聞くと、やっぱり宿儺だった。どういうことだ……?平安にはいなかったはずだけど。やっぱり時代がズレた?まあ、とりあえず知っている情報を教えよう。自分の知っている知識を話すのは、いつの時代も気分がいい。

 

「その山が切れたのは、呪力や畏のない相手に使われる『解』だね」

「なら、そういうんがあるやつには違うんか?」

 

 晴明と一緒に戦いたかったから、現状で戦うのは想定していないんだけど。なんなら、彼にとっての地雷(伏黒恵)が存在しないから皆殺しという選択肢が常に付きまとう。

 

「呪力を帯びた相手には、『捌』っていう斬撃が使われるよ。呪力差に応じた威力になるはずだ」

 

 それにしても、宿儺がいるのか……。どうすれば会えるだろうか。むやみに探し回るのは疲れるというか、そもそも現地入りしているか分からない。

 ……大方、土蜘蛛がケンカを売りに行くだろう。そこに便乗するか。あいつだって黒沐死の如く玉折事変で乱入してきたし、お互い様だろう。

 

「ゆらちゃん、そういえば土蜘蛛ってどうなっていたかな」

「……封印されてるけど。なんや気になったん?」

 

 ──よし、封印解けるまで待つか。ゆらちゃんに頑張ってほしい気持ちはあるし、呪霊──妖怪が跋扈する世の中になるのは良心が痛む。

 ただ、千年前からの目的の一つと比べると、どうしても優先順位が落ちる。

 

「いや、納得したってだけ」

 

 この現代でインターネット掲示板の民度やスナック菓子のおいしさを懐かしんでいたが、どうにも何か足りないと思っていたんだ。

 平安や戦国で、結婚もしたし友もできた。ただ、それで人生に満足することはなかったのだ。なにせ元から俺の目的はそうじゃない。

 

「そろそろ、卓に着きたくなった」

 

 殺意のブレーキを外す。ゆらちゃんをここまでレベルアップさせたグレートティーチャーではなく、特級術師として呪いを始めよう。

 ──少し気分が高揚した。

 


 

 時刻は進み、ゆらちゃんが花開院の本家に顔を出さなくてはならない頃。だいぶ警戒されているようで、俺はひとり京都で観光しつつ妖を祓っていた。そんな最中、顔見知りと出くわす。会うのは千年来だろうか。少し老けた印象の彼は、この場で戦うつもりはないと話を切り出した。

 

 京都府某所、何人ものメイドが働くような洋風の豪邸、その応接間にて。親子にも見えるだろう二人が向かい合って座っている。とはいえ、その関係は親の仇であったり、職場で目にした相手だったりと複雑な事情を内包しているのだが。一方は酒吞童子の実子こと鬼童丸。もう一方は、俺だ。

 

「この時に限り、貴様と我らの目的は一致しているはずだ」

「根拠は?」

 

 高そうな紅茶──当然毒なども入っていないと確認したそれを飲んでいると、鬼童丸は早速本題へと入った。まあ、その前の社交辞令も千年ぶりだなとかの程度だったが。五百年前は、俺が応仁の乱から秀吉が天下統一する前あたりまでを活動期間にしていたから、羽衣狐が淀殿として暗躍していた時期とはギリギリですれ違っているのだ。

 そして、本題は晴明復活までの一時的な停戦。既に花開院と組んでいるのは調査済みなのか、京妖怪(こちら)側に着けという内容ではなかった。

 

「死滅回游。それが未だに起きていないということそのものが答えだ。宿儺は既に飛騨より動いた。呪術全盛の世を再び齎そうというのであれば、残るは我らの主──鵺の復活のみだろう」

 

 確かに、晴明が復活した方が面白そうというのはある。ただ、復活の方法がいまいちわからない。受肉のための器を用意するなら、自慢じゃないが俺の方が専門だし。方向性の違いから袂を分かったが、友達としての経験から相談したら答えるだろうくらいは推測できたはずだ。なら、別のアプローチ。

 

「羽衣狐を使って、彼岸との道でも開くつもりかい?」

「いや、我らが主は羽衣狐様より再び産まれる」

 

 数秒、思考が止まる。これが虎杖と高田ちゃんのペンダントを見た真人の気持ちか……。えっと、あいつもう一回母親から生まれようとしてるってこと?そりゃ、呪物を使った受肉より安定感はあるだろうけど。再び私を産んでくださいって頼んだのか?

 

「──キッショ。なんだよあいつ」

 

 割と偽らざる本音というか、"最強"っていう存在は思いもよらないことをするんだなと納得した。女子高校生のスカート穿くとかいうレベルじゃないぞ。性癖の主張が強過ぎない?千年越しに他人の口から性癖の開示をされるとは思わなかった。

 

「素体の強度とか自我とかを考えると、確かに手段としては最良のひとつだけど……。えぇ……」

 

 正直、迷う。晴明と対宿儺レイド戦をやってみたい気持ちはある。あっちは俺をどう思っているか知らないが、こちらは"親友(マイフレンド)"と言っても差し支えないくらいの友人関係を築いていたつもりだ。

 でも、あいつが蘇ったとしてまともに顔を見ることができる自信が無い。分かってはいるんだ。万全な状態での復活を果たすという点ではその手法が最良だと。ただ、今の俺は女の身体だ。こう……わかるだろ?心理的になんか……キツイ……。

 こんなところで男女間の友情について考えたくなかった!今は闇の主こと鵺の復活について一時的な停戦を結ぶかどうかという割と呪術界的に重要な話をしていたはずだ。それが何で、心が男性の転生少女と性癖開示した最強男の友達付き合いにおける今後を検討する必要が発生するんだろう。

 

「とりあえず、停戦については無しかな。大方、土蜘蛛にも同じような条件で誘いをかけたんだろう?」

 

 間違いなく土蜘蛛はノってくる。そして、仮に宿儺と俺が戦うことになれば、乱入は間違いないだろう。となれば、京妖怪陣営として扱われる土蜘蛛に手を出すのは縛りに反することとなる。

 

「──仔細把握した。ならば、もうここに用はないはずだ。外まで送っていこう」

 

 交渉は決裂。ただ、晴明と積極的な敵対をする気はないということはあちらも理解したのか、険悪な空気にはならなかった。

 

「ここで殺すとは言わないんだね」

「我らの悲願は"鵺"の復活だ。貴様を殺しきるには損失が大きい」

 

 送っていくというのも、屋敷内で片っ端から鏖殺を開始されることを懸念してだろう。流石にそれは無粋だから、やらかすつもりはないのだが。

 

「万が一に他の陰陽師がここを見つけて攻めてくれば、貴様も術式を使うだろう」

 

 それはそうだ。千年前に晴明と親交があった関係上、俺ならやらかすだろうとか晴明から聞いていたのだろうか。

 

「まあ、ここのことを話すつもりはないさ。自殺を教唆する趣味はないからね」

 

 そうして黄昏時の京都へと再び足を運んだ。懐から術式のための煙草を取り出して一服する。効能は精神安定。

 

「──どんな顔して晴明(あいつ)に会えばいいんだよ」

 

 そういえば、平安時代では性癖とか好きな女の話とかしなかったな。晴明とは親しかったし、お互いに研鑽を重ねるのは楽しかったけれど、そういったバカみたいな話もしてみたかったのかもしれない。澄んだ頭で、そんなことを思った。




男同士だったらなんてことはなかったのに、親友認定していた相手の性癖を開示されて戸惑っているTS娘。
精神的BL要素はありません。


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『盃盟操術』

間違えて投稿日を明日にしていたことに気付きました。


 第二の封印──相克寺。手が足りないからと観光から呼び戻されて、俺はそこの防衛に当たっていた。

 

「鹿金寺の時は、当主候補三人で挑んだんだっけ」

 

 呪具製作者と、式神を作れる使い手。加えて領域展開を行える術師の三人がかりだったようで、拡張性の点では色々とやれそうな術式が揃っていたらしい。

 呪具を作れるなら前線に出ずに後方支援を担当しておけばいいのではと思うかもしれないが、まあアレだろう。五条悟のハンガーラックを作りたくなった組屋鞣造のように、羽衣狐のファーコートでも作りたくなったんじゃないか?

 それで負けたという末路まで組屋鞣造リスペクトだと思いたくはないが。そんなこともあり、最後の封印まで守る者がいなくなったから人を集めてどうにかするらしい。

 

 で、福寿流の"結合結界"なる数十人規模で行う結界が張られているので、部外者が変に加えると派閥だとか色々で面倒になりそうだからそこらの屋根の上で眺めていたのだが……

 

「いや、確かに統制の利く呪霊に呪具持たせれば強いだろうとは思ったけど……」

 

 "結界を破ること"に特化した呪具を量産して、妖に持たせる。そんなことを敵が行っていた。なんなら、陣頭で指揮を執っている男は陰陽師の服を着ている。周囲の反応からして、彼が秋房という呪具製作者だろう。呪詛師として術師の拠点に襲撃するってところまで組屋リスペクトしなくていいんじゃないか……?

 

「ゆらちゃん、どうする?」

 

 俺の現在の雇い主はゆらちゃんだ。現状、戦線が崩れているとはいえ指揮をとれる人間は残っている。もちろん、全て殺して解決しろと言われれば従うが……

 

「黒幕、探して!」

 

 ゆらちゃんからのオーダーは、裏切ったと目される陰陽師──花開院秋房を正気に戻す方法を探すことだ。

 そして、それなら──

 

「彼、憑かれてるね」

 

 無為転変で魂を知覚できるようになり、そういったことを簡単にこなせるようになった俺にとって容易い事だった。妖怪が体内に侵入している。十中八九それのせいだろう。

 

「なら──っ!」

 

 咄嗟に避けたのは、事前情報があったからだろうか。俺とゆらちゃんの間に雷撃が奔る。

 

「茨木童子っ!」

 

 顔の半分を卒塔婆で覆った、京妖怪幹部の一角。茨木童子がこちらへと仕掛けてきた。

 

 


 

 場所は、茨木童子と烏崎契克の戦場から離れた先。陣頭指揮を執る秋房に対し、同胞たる陰陽師が迎え撃つ。

 

「さて、陰陽師らしく呪い合おう、と言う必要はないな」

 

 花開院竜二は、そう言って拳を構えた。とはいえ、いきなり仕掛けるわけではない。言葉を交わす。遠くから眺める妖たちの視線は不愉快だが、今はそれを意識の外へと追いやる。こちらへ攻撃してこない限りは、無視でも対処としては問題ない。

 なにせ、そちらの方角から漂う煙や走る雷撃に触れれば即座に命が失われる。それらから逃げることに意識が割かれるだろう。おそらく、こちらへの手出しはされない。

 契克(あれ)を味方に引き入れたのは正しい判断だったと思いつつ、竜二は陰陽師らしく言葉を操る。

 

「心が折れたのか?"越えられない才の持ち主が現れて"道を誤ったか?」

 

 心の闇が増し、冷静な判断能力を失いつつある秋房にも、竜二の全身に流れる呪力が増大したことが分かる。

 

「……違う。私は常に正しい。私より努力した者などいない!誰もが認めた存在なのだ、私は!」

 

 平常心を保った状態とはかけ離れている秋房は、当主になるのは自分だと、努力が認められなかったことへの呪いを叫ぶ。普段なら反応しない挑発だろうと、今の彼は答えてしまう。

 

「哀しすぎるぜ……。お前は"玉折に堕ちる"危うさを持っていた。だが、どこかで踏みとどまれると信じていたんだが──」

 

 それを聞き、淡々と歩を進める竜二。目から流れる水滴は、涙だろうか。放ちかけていた言葉を一度区切る。そこに込められたのは。

 

「今のお前なら、式神を出さなくても倒せそうだ。お前、老いてからは『当主になれなかったのは子の出来が悪かったからだ』とか言い出しそうだよな」

 

 挑発だ。もしゆらが見ていれば、冷静さを奪うためでも言い過ぎではないかと困惑するくらいには煽ったことで、秋房の呪力量が増大した。負の感情──怒りによるそれは、制御されることなく竜二に叩きつけられる。

 

「だまれ!だまれだまれだまれだまれだまれぇ!だまれ!!」

 

 当然、自制心が壊れた秋房は感情のままに槍を振るう。当たれば致命傷は免れないだろうその一閃を、竜二はそれよりも速く背後に回ることで躱す。

 

「言っただろう。今のお前なら、式神を出さなくても勝てるってな」

 

 振り向きざまに放たれた横薙ぎは、跳躍からの一蹴で反撃を喰らう。感情に任せた大振りは全て迎撃され、秋房の焦燥は最大限に達した。

 

「なぜだ!私には才がある!私がやらねばならぬのだ!私が……私が正しい!それがなぜ!」

「──お前が目の前のことすら見えていないからだ」

 

 自らの"最強"と自負する妖刀──騎億。それが、式神を使()()()()()()()()陰陽師に圧倒されて手も足も出ない。その事実に一瞬思考が止まる。

 

「式神──"狂言"」

 

 そして、それを狙っていた竜二が機会を逃すはずがなく。猛毒と化した自身の式神を、秋房へと叩きつける。

 

「そうだ。ひとつ言っていなかったんだが。拡張術式"流言"。言言を使って、自分の身体を操作する技だ。これを最近使えるようになってな。……言っただろう、式神を()()()()()()勝てるってな」

 

 全身の筋肉を無理矢理動かした痛みに顔を顰めながら、竜二はその槍を手放せと説く。解毒をしなければ一分以内に死ぬという説明付きだ。術式の開示とならないよう気を使って話したのは、明らかに平静を失っていた様子から操られているせいでここまで悪化したのだと察していたからだろう。

 

「ふぅむ。羽衣狐様……こやつの身体……もうもちませんぞ」

 

 倒れ伏す秋房の首筋から、頭部に巨大な目玉を備えた妖が出現する。鏖地蔵と呼ばれたそれは、人体の稼働を無視して秋房を立たせ、槍を強く握らせる。

 秋房が操られていることが明確になったが、それで事態が好転するわけでもない。既に体内に入り込んでいることで、人体の内側で作用する言言で引き剥がすのは難しくなる。更に挙げるなら"流言"と併用しなければ槍を避けることが困難だ。

 打つ手がない。あるいはとゆらの方を見るが、守勢に回っている周囲の陰陽師を守ることで手が埋まっている。肝心な時に頼れそうな烏崎契克は、顔の半分を卒塔婆で覆った妖──茨木童子と戦っており、余波の影響を鑑みてもこちらに呼ぶわけにはいかないだろう。

 

 

「盃盟操術・武僧」

 

 ──露出したその頭部を、正確に撃ち抜く弾丸が無ければ、の話だが。それを為したのは、度の入っていない伊達眼鏡を掛けた少年だ。左手にだけ黒の手袋を着けており、その手に握るオートマチックの銃から落ちた薬莢の音で、そちらへと注目が集まる。

 

「やっと来たか。その様子だと、術式も万全に使えるようだな」

 

 竜二の声に呼応するように、彼は真っ直ぐに駆ける。当然、ただ一人で疾走を続ける男を狙って呪具を持った妖が何体も襲ってくるが──

 

「どいてっ!」

 

 左手に持っていた銃はすでになく、どこからか取り出した三節混でそれらを叩き伏せた。その用途を終えた後に投げ捨てられた三節混は解けるように消え、日本刀の柄のみが左の手元へ出現する。

 

「シン・陰流 抜刀」

 

 引き出すように両手で柄を握る。片手よりも両手で刀を振る方が速度が出るという話がある。そして、シン・陰流最速の技である抜刀がそこに組み合わされば──

 

「盃盟操術・氷凝、黒羽」

 

 否、ここにきて更なる加速。風によって更に速度を上げ、凍結した鞘で居合の摩擦そのものを軽減させる。回避どころか反応すら不可能なその一閃は、秋房を操る暇を与えず老妖の首を落とした。

 

「間に合ってよかった……!」

 

 妖怪として鬼纏(まとい)を使うことで背に紋様と共に記録された術式を、()()()姿()でいるうち5分の間だけ全て使用可能にする。

 妖と人間としての在り方を両立させなければならないその術式を使いこなした彼──奴良リクオは、今は人間の陰陽師として陰陽師(なかま)を助けられるほどの成長も遂げていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!おのれ……死を……一度死んだではないか!」

 

 滅されなかったのは、そこらの妖に自身の一部を仕込んでいたからだろう。その体を突き破るように鏖地蔵が現れる。その体は酷く衰弱しており、戦闘に耐え得るものではないと誰もが悟った。

 それは、同時に機を逃すまいと構える陰陽師と、背後に佇む羽衣狐がぶつかり合う可能性を示している。戦端が開かれるその寸前。

 煙幕が辺りを覆う。煙が晴れた頃には陰陽師たちは既にその場から退いており、相克寺に残る陰陽師は死者のみとなっていた。

 魔除けや百鬼避けの効果が含まれているのか、残穢を辿って追うことも叶わない。

 

 

 ──そして、明け渡された相克寺の封印が解かれ、封じられていた妖が目覚めを迎える。四つの腕を持つ鬼。妖や陰陽師の入り混じる京都において、最大の力を持つ一角たる土蜘蛛がここに参戦した。鬼童丸から現代の京の情報を聞き、土蜘蛛は告げる。

 

「てめぇらとつるんだ覚えはねぇ。契克に宿儺。こいつらとはワシがやる。てめぇらは手ぇだすなよ」

 

 土蜘蛛が、動く。




奴良くんもインフレ環境対応です。


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平安の時にパチってきた

前哨戦


 第一の封印、弐條城。

 防衛戦力:一人。

 

 ──その前日。

 


 

 花開院本家に半妖が入り込むということは、前代未聞のことだった。まだ蘆屋と名乗っていた頃も、晴明やその息子である吉平を招いたことが無い。少なくとも俺はそう記憶している。ちなみに、俺も呼ばれたことが無い。職場ではよく話していたんだけど。まあ、仕事の付き合いをプライベートに持ち込みたくない感じだったんだろう。嫌われていたってわけじゃないと思いたい。

 さて、そんなことを成し遂げた奴良くんではあるが。

 

「盃盟操術だっけ。術式」

 

 刻まれた術式の持ち主と信頼関係を築くことを縛りにしている以上、奴良組の妖怪を滅すると明確な不利益になる。逆に祓わなければ、術師の奴良くんは人を守るという理想の下、花開院に協力するだろう。メリットとデメリットを提示した交渉。ヤクザの若頭というだけあって、そういった社会性を身につけ始めているのか?自分たちは必要悪だとか言い出したら困るけど、まあ大丈夫だろう。

 

「あー……陰陽師として登録されている以上、こいつが連れているのは式神だ。なにかやらかした場合、責任は全て術者にある」

 

 頭痛を堪えるように額に手を当てる竜二。現状で合法的に協力を取り付ける手段はこれしかないが、まあ、花開院本家がいいと言えば問題ないのだろう。

 

 そんな紹介も終わり、京都府知事や市長、京都府警といった非術師のお偉いさんがいる場へと向かう。現状の説明をしているらしく、花開院家の信用は地に落ちたとかなんとか言っている。お猿さんかな?平安のクソ上司(藤原)を思い出してグニィとしたくなってきた頃。

 

「最初に言うとくと、最後の封印、弐條城は落ちます」

 

 ゆらちゃんの使う"破軍"によって呼び出された、十三代目花開院秀元はそう言った。

 

「そこにおる祢々切丸の持ち主──ぬらりひょんの孫と、破軍を使うゆらちゃん。この二人が、守勢に回った羽衣狐を倒すのに重要や」

 

 十三代目が語る内容は、羽衣狐が弐條城で出産しようとしているので、その隙を突いて攻勢に出るというものだった。──産まれるのは晴明だろうなぁ。

 

「まあ、ただで渡すのもなんかシャクやん?というわけで、第一の封印は代理を呼びましょ」

 

 明け渡していいから、戦力を削いでおく。とはいえ、周囲の陰陽師の反応は芳しくない。そりゃ、当主があらかた殺されるか重傷を負っているんだから当然だろう。ということで、出番は外様の術師。というか俺だ。

 

「よろしくな。えっと、今は──」

「烏崎契克。そう名乗っている」

 

 予想通りのざわつき。どれだけ俺の名を騙った呪詛師が多かったんだ……。名乗るだけアドとかそういう話だったのか?

 

「単身で突っ込んで、三割くらい壊滅させたら帰る。慣らしたもんやと聞いとるけど」

 

 ……ああ、戦国時代に流行った戦法だ。殴り込み後、即座に領域展開。術式が焼き切れたら他の術師と協力して逃走する。取得難易度の低い、必殺じゃない必中領域ブームが誕生したのもこのせいだ。……室町から江戸にかけて強者の再出現が起きたのはこれのせいだったかもしれない。

 

「それでいこうか。間違いなく土蜘蛛の乱入はあるだろうけど」

「で、その隙に奴良クンとゆらちゃんが、伏目稲荷の再封印を行う」

 

 改めて聞くと、かなり無茶なことを言っていると思う。単騎での足止めが成功することを前提にしているあたり、立派にイカレてる。

 ほら、周りの一般陰陽師は不安しかないように十三代目を見つめているし。そんなことを言っていると、襖が勢いよく開いた。

 

「──申し上げます!奴良組が来た方角から、別の術師の残穢が発生。痕跡からして、飛騨と同じ術者──宿儺です!」

「向かった方角は?」

 

 動揺が広がる中、真っ先に反応を返したのは竜二だった。俺はほら、テンション上がってた。

 

「おそらく、弐條城かと」

 

 マジ?土蜘蛛と宿儺とで三つ巴になりそうだ。十三代目の秀元は、ちょうどよかったとか呟いてる。

 

「……ゆらちゃんの方に行かれると面倒やし、足止めよろしく!なんなら倒してくれてもええよ!」

 

 笑顔の固まった十三代目が、にこやかに言ってきた。俺としては疑似仙台結界みたいなものだから楽しそうだが、傍から見れば死んで来いと言っているのと同義だ。受肉じゃなく式神としての召喚だと、術者の知識インストールはされないのか?倫理観終わってるじゃん。周りもちょっと引いてるし……

 

「ひとつ、取引をしたい」

 

 相手が相手だ。万全の準備を整えておきたい。

 

「ああ、花開院の方に何かしてもらいたいわけじゃないんだ。京都府警あたりがいいかな」

 


 

 そして、順平の嫌いそうな雰囲気の非術師男子高校生四人が殺されたのを見た。花開院家とは、弐條城から140メートルの地上範囲に誰が踏み入ろうと、その死の責任を負わなくていいという縛りを結んでいる。あれを止めに入るのは流石にリスクが大きい。

 

 呪力を練った直後、この場の妖は二種類のものに分けられた。一つは、千年前から生きる、もしくはそれに等しい場数を踏んでいるグループ。それが発動する前に殺さねばという直感に従い、全力を以て息の根を止めにかかる。土蜘蛛からの"手を出すな"というのは縛りではなく宣言だ。生命の危機に配慮をする暇はない。

 二つ目は、それをしらない妖怪。目の前の童女を生き胆としか見ておらず、今までの陰陽師がそうだったように、足掻きを見たうえで殺せばいいと高を括る連中だ。

 

 ──そして、生存は平等にその実力のみによって左右される。

 

「領域展開」

 

 理論自体は宿儺のそれを参照。当然、キャンパスを用いず空に絵を描くような神業を要求されるが、縛りと難易度のイメージは既にモデルが存在している。

 

 領域が敷かれた直後、百鬼夜行が導火線のように爆ぜていく。返り血、流血、血潮。そういったある程度以上の質量を持った血液を"血煙"と見做し、体内から体外へと拡散させる。術式は、領域内のすべてを対象として作用して無差別かつ自動的に発動。

 

「加茂の赤血操術ほど万能じゃないんだ」

 

 晴明の疑似無下限を突破するために考えた技が、偶然必殺になっているというだけだし、百歛のように圧縮して放つこともできない。ただ、鏖殺には向いた技だ。

 そうして作り上げた百と十数体分の妖の質量でできた煙が、土蜘蛛に迫る──直前。

 

「領域展開」

 

 互いに閉じない領域がせめぎ合う。この戦いに入り込み、俺の領域と拮抗することができるとなれば誰かは推測できる。

 術者は、閉じていない領域へ入ってきた人物だった。

 

「土蜘蛛」

「ああ、オレの戦いだ。手ぇだすなよ」

 

 羽衣狐や鬼童丸は、土蜘蛛を置いて弐條城へと歩を進める。この場において利害が一致したのか。

 その流れに逆らうように、 骨の巨体が、乱入者へと向かう。

 

「くしぇものぉぉお!」

 

 ただの陰陽師や妖であれば、それ──がしゃどくろの腕の一振りで血煙と化すだろう。単純な考え故に、持てる力を抑えることなく叩きつける。千年前から変わらない、呪いに相応しい在り方だ。

 

「餓者髑髏か」

 

 対する"彼"は目の前の妖の名を呼ぶ。それ自体に意味はない。強いて言うのであれば、個として認識するくらいの気まぐれを起こしたのだと示すためか。

 自身を眺める彼へ、がしゃどくろは手を伸ばす。虫を潰すように、そこにいたから殺すくらいの気持ちだったのだろう。

 

「渇きを癒すために俺から奪うと。なるほど、妖の習性を咎める気はない」

 

 対するは唯我独尊。骸骨の手で影が差したことを不快に思ったのか、それは顔を顰める。そして、不快さを覚えたそれを放置するわけもなく。

 

「が、弁えろ。奪うのは常に俺だ」

 

 鋭く澄んだ音の後、がしゃどくろの骨が縦に斬られる。中指から別れるように両断された腕は、眼下の男を避けるように落下した。そして、遷煙呪法による呪力を纏った血煙が骨の残骸を飲み込み、塵へ還るまで破壊を尽くされる。

 

「宿儺か!」

「揃ったな……!」

 

 平安以前の最強と、災禍たる土蜘蛛。そして特級術師の俺。それらが、激突する。

 領域によって術式が焼き切れたので、そのための対策でもあった無為転変を使う。右手を鋭利な刃へと変え、極めて短い時間と言う縛りで強度を維持し、中距離──宿儺と土蜘蛛の両者へと攻撃を行った。

 対する宿儺は、炎の矢を形成する。烏崎契克が平安に残したメモに書いてあった通りだ。この宿儺は、『解』と『捌』の二種類の斬撃を繰り出す術式と、炎を作り出す術式がある。

 逆説、今の宿儺にはその術式しかない。それがなぜかといえば、「一応備忘録代わりのメモだけど、間違った情報を載せて『こいつ知ったかぶりしてるニワカだろwww』とか言われたらやだなぁ」という思考が働いたからだ。

 そして、彼らへと全力の踏み込みを行う土蜘蛛。淀みない呪力の操作によって為された、巨体が繰り出す音を置き去りにした突進は、しかし俺が左手で投げたとある呪具によってその速度を大きく落とした。

 

「特級呪具──天逆鉾。平安の時にパチってきた本物だ。効果は保証するよ」

 

 現代知識──坂本龍馬が抜いた天逆鉾が高千穂峰に刺さっているというそれによって手に入れ、相応の大きさの欠片を加工した特級呪具。宿儺が妖怪ではなく受肉した術師であることによって、術師殺しにのみ使うという縛りの条件を満たしたのだ。

 投げた逆鉾は、繋がれた鎖によって即座に引き戻される。蛇のように不規則な軌道を描くそれは、もちろん特級呪具たる万里ノ鎖だ。術式による煙で端を観測させないことによって、鎖を際限なく伸ばし続けていた。

 

「惜しむらくは、私がフィジカルギフテッドじゃないということかな」

 

 甚爾君とまではいかないが、このスタイルは十分に強い。天逆鉾を取ってきたときは、晴明から素でバカと言われたが。シンプルな罵倒だった。

 鎖へと『捌』が浴びせられるが、仮にも特級呪具。それに強度も念のためにと高めておいたのだ。当面は問題はない。

 

「『捌』」

「無為転変──多重魂」

 

 京都刑務所にて収監されていた死刑囚数十人分の駒を、無為転変によって融合させる。そして──

 

「撥体!」

 

 発生した拒絶反応を利用し、爆発的に高まった魂の質量を放つ。視界一杯を埋め尽くすほどの改造人間を高速で撃ち出した。

 

「『解』」

「いいぜぇ……!もっと魅せてみろ!」

 

 術式と、呪力による身体強化の力押し。どちらにせよその一撃を打開するのに十分だということに相違なく。

 

「まずは……宿儺ァ!」

 

 ──さて、ドルゥブ・ラクダワラという男を知っているだろうか。呪術廻戦の死滅回游編にて、激戦区である仙台コロニーにおける三竦みの四つ巴の一角を構成していたのだが、彼は現代の異能こと乙骨に、ダイジェストで殺された。つまるところ、平安以前と平安期では大きな違いがあるということで……

 

「──あれ?……なんで」

 

 現代の陰陽師ならともかく、平安における最上位層が戦えば。それも接近戦が主体となった平安以前の術師に、術式解除の武器を携えて戦ったのならば、相性差というものもあって、多少の余力を残しつつ倒すことすら可能だった。

 

 ……"宿儺"がこんな簡単に倒れる?

 

 そのすぐ後、弐條城が強い畏を放つ。改築されたというか、昔の姿に戻ったみたいだ。

 

「足りねぇな」

 

 それを区切りとして手を止めた土蜘蛛がそう呟く。

 

玉折事変(最上)を知っちまったからか、これじゃまだ足りねぇ」

 

 お前もそうだろう。そう言って土蜘蛛は彼方へと跳躍した。方向からして奴良くんのところだろうか。

 

 生き胆を集めようと出てきた妖を殺す。先ほどの宿儺や土蜘蛛、千年前に晴明と戦っていた時の高揚感はまるでない。

 

「バトルジャンキーの気なんてないはずなんだけど」

 

 そこは、週刊少年ジャンプの愛読者の魂だからだろうか。男の子として戦いが好きな気持ちは千年前から変わらないのだろう。

 

「……あれ?もしかして、晴明に会いたい?」

 

 身体は女とはいえ、間違いなく恋とかではないが。千年ぶりの同窓会というか職場の集まりというか。そういうのを楽しみにしていたことに気付いた。石流風にいうのならデザートだ。まあ、メインディッシュの呪術廻戦はなかったが。

 

「間違いなく恋愛沙汰にはならないけど」

 

 今なら戦闘で上がったテンションで、晴明の性癖も許せそうな気がする。

 とりあえずとゆらちゃんに連絡を入れて、そのまま京都観光に出ることにした。見かけた妖怪は殺しておこう。茨木童子や鬼童丸あたりと戦うのもいいかもしれない。

 

 


 

「あれは、実のところ相当に弱体化している」

 

 呪力や戦闘センスではなく、気持ちの問題だと。鵺は産まれる前、地獄にて考えを巡らせる。

 

「自覚していないのか、自分を誤魔化しているのか。お前の目指していた"呪術の廻る戦"は未だに起こっていない。そして、それはこの時点で既に起きていると想定していたのだろう」

 

 現状、誰も読み切れていない契克の内心へと、晴明は最も迫っていた。

 

「結局のところ、妥協と刹那の快楽に縋っているだけだ」

 

 故に、自身の復活まで彼を敵に回さない方法は簡単だった。"何もしない"。明確な目的を設定させてしまうと、思い付きと好奇心で動く性格をしている契克は全力でそれを打倒しようとする。第一目標の"呪術が廻る戦いの場"──"呪術廻戦"と仮称するそれが始まることが無いからこそ、目先の娯楽に飛びつかなければ、今までが無駄になったと考えてしまうからだ。

 だからこそ、晴明は彼を味方に引き入れることもなく、敵として御門院から刺客を差し向けることもしない。

 

「心の底から笑える世界になるといい、か。お前も、心の底から笑えてはいないだろう」

 

 千年前において、烏崎契克の望みは"千年後に到達すれば叶っていた"ものだった。しかし、今は違う。自身と同じように、目的を達するためには"世界を変えなければならない"。だとすれば、再び此岸へ産まれ直したときに、彼へ話すことはこうだろう。

 

「これからの世界の話をしよう」




どうしてラスボスが一番主人公への理解度と好感度が高いんですか……?


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『力を貸して』

インフレ環境の奴良くん回。
そういえば、原作って伏目稲荷だったり弐條城だったり、本来の京都の地名とずれてるんですよね。


 ──二條城における戦いから五分後。第八の再封印が為された伏目稲荷跡地にて。

 その場は既に無数の鳥居の残骸や瓦礫で荒れていた。奴良組の妖の大半は地面のシミと化したか、戦闘不能となっているかに分けられる。比較的軽傷で立っているのは、リクオに付いてきた遠野の妖怪の中で最も強いイタクと、治療を担当するため後方にいた鴆くらいだろう。

 そして、この場で戦っている()は、奴良組の大将であるリクオと、この惨状を作り出した土蜘蛛の二人だ。

 

 リクオは左手に持つ拳銃の引き金を引き、その直後に放り捨てる。呪力を纏った弾丸が土蜘蛛の脚へと当たり、当たれば致死となる突進の角度を少しだけ逸らした。

 

「鏡花水月──!」

 

 そして、"ぬらりひょん"という妖にとっては、その少しだけで回避には十分となった。畏を使い、認識をずらして背後に回りこむ。祢々切丸は、元が護身用の短刀ということもあって射程が短い。そして、土蜘蛛と戦うにおいて、それは一手間違えれば致命傷につながる欠点だ。

 勢いのままに回転してこちらへと突進しようとする土蜘蛛へ、虚空から引き出した太刀を振り抜く。狙うは足。殺気で対応されないよう、祢々切丸を使うのは確実に()れる瞬間だけだ。

 斬る必要はなく、刃が食い込めばそれでいい。氷麗(つらら)を鬼纏ったことで刻まれた術式を使い、その部分を凍り付かせる。すぐさま手放して、前に進みつつ十字槍を手に取った。

 

 ──盃盟操術・武僧。奴良組に所属する妖怪である黒田坊を鬼纏ったことで使用可能になった術式だ。効果は、元となった彼と同じように武器や暗器を無から取り出すこと。ただ、リクオの場合は手袋付近の空間を介して、手に持つという動作が必要となる。

 

 十字槍で狙うのは、土蜘蛛の関節部。基本的な構造が人型から大きく逸脱していないなら、膝の関節といった動くための部位を攻めるのが効果的だろう。

 

「……速いっ」

 

 ただし、正確に当てられたらという前提が含まれるが。どこでもいいから刃が刺さればいいと振った太刀とは違い、一点を刺すのは難易度が大きく上昇する。それも、火傷が無視できなくなってきた左腕でだ。

 

妖怪(こっち)じゃ持たねぇか……」

 

 人間の姿でならともかく、妖怪の状態で呪力を使うのはリスクが伴う。相応の術者によるサポートがあって初めて、呪力を併用した戦闘ができる。いくらリクオが才能ある術師といえど、それは身体面とは別の話だ。左腕が使い物にならなくなる前に、決着を付けなければならないだろう。

 二度目の鏡花水月はまだ通用している。関節を貫いた槍を足場に、超至近距離である胴体へと跳躍した。右手の祢々切丸を構え、その体を斬り割こうとした直前。土蜘蛛の身体が回る。それによる風圧だけで、空中にいたリクオは木の葉のように吹き飛んだ。その先には土蜘蛛の腕。祢々切丸で受けると、当たり所が悪ければ刀身が折れてしまう。それを避けるため、左腕の無理を押して術式を更に使った。

 取り出したハンマーで拳を防ぐ。壊れることを前提に呪力で強化したからか、激突時の衝撃が全身を強く揺さぶった程度で済んだ。

 

「(左腕は……まだ動く)」

「そんだけじゃねーだろ」

 

 状況を打開する方法があるということは、土蜘蛛も察していた。ならば、望むのは小技の応酬ではなくメインディッシュ()の前のオードブル(歯ごたえのある敵)

 

「ちまちまやってんなよ。右手のそれが本命だろぉ?」

 

 さあ斬ってこいと、腕を広げて迎え撃つ姿勢をとる。そして──

 

 土蜘蛛の片腕。四本あるうちの一本が()()()()()()()

 

「体は重いし二発撃てたらええとこやし……こんなん極ノ番なんて言い張れるか!」

 

 それを為したのは、今まで傍観していた花開院ゆら。何かの術式を全力で使ったようで、肩で息を切らして立っていた。

 

「てめーは、四百年前の陰陽師(シケたヤツ)か。今度は()りに……いや、てめぇじゃねぇな。──そっちの女かァ!」

 

 自身の腕を食い千切った候補にまずは見知った顔を挙げ、呪力の高まりから即座に違うと否定する。そして目に付いた呪力──現代の陰陽師に、面白いのがいたと興味を示した。

 

「使ってんのは相伝か。が、道満のヤツがそんな技使った覚えはねぇ。……いいぜ、愉しくなってきた」

 

 ただでさえ先ほどの戦いで調子が上がっていた土蜘蛛に、更に興が乗る。いつの間にか立ち上がり、彼の放つ威圧感が増していた。

 

「ゆらちゃん……なんで喧嘩売ったん?ボク、どうにかして逃げよ言うたんやけど……」

「今の姿が妖怪なんは気ぃ食わんけど、それでも奴良くんは陰陽師としては後輩や!見捨てたら寝覚め悪いやろ!」

 

 あと、すごすごと逃げ帰るのはムカつく。腕の一本は貰ってかんと気が済まん。そう言い切ったゆらは、一度大きく息を吐く。それは決して諦めではなく、自らのすべきことを終わらせたからだ。なにせ──

 

「来いっつったのはお前だろ」

 

 片腕を失ったことと、興味を引く対象が現れたこと。その二つの大きな隙を、ぬらりひょんの血筋が見逃すわけがなく。

 

「鴆!力を貸してくれ!」

「まかしとけ若頭っ!」

 

 下僕(しもべ)の畏を一撃に乗せる畏砲(いずつ)を、ゆらが作り出した切断面に当てる。鴆の羽の毒を傷口から一気に叩きこめば、リクオの勝ちの目は十分に残されていた。このまま押し切る。そして、その目論見は成功し──

 

「まだ……満足してやれねぇなぁ!」

 

 そのうえでまだどっしりと立ち、戦闘を継続できるのが土蜘蛛という妖だった。呪力で毒を抑えつけ、その反動でまた片腕が失われる。袈裟に斬られた傷は意に介さず、

 

「あっちの女陰陽師も興味あるが、目の前の馳走を余所にゃあできんよなぁ!──真剣勝負(ガチンコ)だ。全力、出し切ろうぜ」

 

 畏が膨れ上がる。糸を吐く術式は無粋。小細工なしの、純粋な殴り合いを挑む土蜘蛛。

 

「お前が欲しい。オレの刃になれ、イタク」

 

 対するリクオは、新たに遠野の鎌鼬──イタクの畏を鬼纏った。

 

 

鬼 纏
 

 

 

 そうして繰り出す一閃に、リクオは誘いに乗って全力を出した。左の拳を握りしめ、盃盟操術を使う。選択するのは氷凝。吹雪と例えるには鋭すぎる風が祢々切丸の周囲に吹き荒ぶ。人と妖の両方の性質、その到達点というには未だ拙く、左腕は今にも炭となる寸前だ。生来の回復力で辛うじて持たせてはいるが、既にその腕の感覚はない。

 

「いくぜ、土蜘蛛!」

 

 そして、傷口が凍り付く回復不能にして最速の刃は──

 

「──六か七分目だな」

 

 畏を一点に集めた掌底で防がれた。当然、土蜘蛛の手のひらは切れる。が、それまでだ。腕を刃が通ることは能わず。リクオはボロボロになった左腕に拳を叩きつけられ、石畳の剥がれた地面を転がる。

 

「どういう……ことだ……」

 

 間違いなく渾身の一撃。それが、通じない……?

 

「最初に闘ったのがてめーらなら満足したんだがなぁ……。伊達藩だかで聞いた、"ふるこぅす"?だったか。それでいうところの"おおどぶる"が上等過ぎたんでな。次も相応じゃねぇと足りねぇんだよ」

 

 鬼らしく、女を奪っていくのもいいな。そう言って土蜘蛛は倒れている氷麗を掴み上げる。サイズからすれば、摘まみ上げると形容した方が適切ではあったが。

 

「相剋寺にいる。またやろうぜ」

 

 立ち去る土蜘蛛には、傷が残っていなかった。膨大な畏による身体の修復。簡単にはできないそれを、切断された腕がそのまま残っているとはいえ元に戻すことができたことからも、彼が持つ強さを周囲は悟ってしまう。

 

「まて……土蜘蛛っ!土蜘蛛ぉぉぉおおおお!」

 

 日が差し込む。同時に妖としての畏は使えなくなり、人の姿へと戻る。今のリクオでは、土蜘蛛を倒すどころか、その場に留める手段もない。

 

「領域……」

 

 ──本当に?

 

 怒りによって急激に膨れ上がった呪力が周囲一帯を包む。朝日に照らされた地面は再び暗くなり、夏には舞いようの無い桜の花が周囲に散り始めた。

 

「展、開……っ!」

 

 そして、領域が閉じる。遺された土蜘蛛とリクオ以外の全員からは、彼らが真っ黒な球体に入ったように見えるだろう。

 

 

領 域 展 開
 

 

 

 

「──本当に、魅せてくれるぜ!」

 

 だからこそ、手加減はしない。そう考えた土蜘蛛は、即座にリクオへと拳を振り下ろす。その拳はリクオをすり抜け、大地に巨大なクレーターを作り上げた。

 

「領域内なら、昼でもボクの──ぬらりひょんの術式を使うことができる」

 

 そして、必中とはすなわち使用した術式が必ず効果を及ぼすということ。つまり──

 

「領域が解除されるまで、ボクに攻撃は通用しない」

 

 必殺の効果はない。ただの必中にして、無敵の領域。傷を見せず、百鬼を率いる主として堂々と立つためのそれこそが奴良リクオの領域展開だった。

 妖怪と人間で呪力と畏の性質が切り替わるからか、リクオは反転術式を習得する難易度が比較的低い。そして、急成長のためのキッカケと必要性は今まさに訪れている。

 よって、反転術式を会得したリクオが術式によってこれから取り出す無数の武器は、微弱ながらも全てが退魔の剣としての性質を帯びていた。

 

「上ォ等ッ!」

 

 しかし、たかがそれだけで退く土蜘蛛ではない。今のリクオは満身創痍だ。領域が解除されるまで待てば、確実に倒しきれるだろう。

 

「それじゃぁ、"鵺"に届かねぇ」

 

 触れられない"無敵"を殺しきる。その考えから逃げてしまえば、そこらの雑魚と変わらない、程度の浅い在り方に堕ちてしまう。

 

発気揚揚(はっけよーい)──!」

「みんな、力を貸して……っ!明鏡止水──桜!」

 

 互いに思惑は一致していた。領域を維持している間に相手を倒すため、全力を眼前の敵へと放つ。土蜘蛛は、全力の張り手を。リクオは、使用可能な全ての術式を一点に集中させた砲撃を。その二つがぶつかり合い、不完全な領域を破壊しつつ拮抗が崩れ──

 

 

 そして、結界が解ける。

 そこにいたのは膝をついた土蜘蛛と、刀を支えとしながらも、辛うじて立っていたリクオだった。

 

「ボクの……ボクたちの……勝ち、だ……!」




領域展開中は魔虚羅ソードもどきを無制限に出しつつ、常時必中の鏡花水月で相手の攻撃は当たらない。純愛砲みたいな感じで絆ビームを撃てる奴良リクオです。


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魔虚羅っぽいやつ

全部乗せはロマン。


 やることもないというか、なんかやる気が出ないので、京都を一周してから花開院の本家に戻ってきた。

 暴走族みたいなことをしていた火車を蹴り飛ばし、なんかいっぱいいた鳥っぽい妖怪の羽を捥ぎつつ枯山水を眺めたりと、京都観光も一段落したというところ。

 監視も兼ねてここで泊まれと言われていた花開院本家が壊れていた。

 

「なんで?」

 

 あと、二十七代目当主として紹介されていた爺さんはだいぶボロボロになって膝をついている。なんか道満に似た雰囲気だったから、間に合ったら手伝ってあげてもよかったんだけど。

 その下手人は神父服を着ている妖怪で、それこそ呪霊っぽい虫どもを侍らしている。神父服の彼は翅が生えているし、複眼で下半身は色々な虫の特徴が集まっている。見るからにこいつも虫の妖だ。

 

「──殺そうか」

 

 流石に雇われている身で襲われている雇用主を無視するのはまずい。

 敵もこちらに気付いたようで、生き胆だなんだと言いながらこちらへと注目を向けてきた。

 

「ジューダス……!」

 

 は?いや、ユダって意味だっけ。HELLSINGの神父が言ってた覚えがある。全く今の状況と関連性が分からないが。

 

「貴様の罪は、闇の聖母(マリア)に生き胆を捧げることによって赦されるだろう。一時と言えど主に認められ、列聖された身だ。大人しくその身を(ぬえ)に捧げよ」

「えっと……?」

 

 順番に整理しようか。神を鵺って言っていたから、おそらく主=神=晴明なんだろう。で、主を産むからマリアが羽衣狐。ジューダスってのは、玉折事変で敵対陣営になっていた俺か?

 よし、なんとなくわかってきた。煩わしい太陽的なニュアンスで判断すればいいわけだ。

 とそんな風に考えていたら、二十七代目が辛うじて立てる程度には回復している。

 

「ワシはいい!囚われている子らを優先しろ!」

 

 ……了解。そういうところだぞ蘆屋の子孫。身体強化を使い、一息に殴り殺していく。緑色の血を撒き散らしながら首が飛んでいく姿は壮観かもしれない。やってる側は何も楽しくないが。

 

「エイメン」

 

 あっちはあっちで止める気はないようだ。まあ、雑魚がいくら死のうとそれより優先すべきことがあるのだろう。破軍使いの少女はどこかと聞いている。

 

「ゆらなら、"戦い"に出ておるよ……」

 

 しょうけらと名乗ったキリスト教かぶれの彼はそんなはずがないと否定するが、道満が源流の、人を守るために戦うような連中のトップが後方でゆったりしているはずがないだろう。平安エアプか?……実際、平安にあんな長髪男を見かけなかったし、四百年前だかに加入したメンバーかもしれない。

 それはそれとして、実際、戦いに出ているというのは事実だ。

 

「なるほど、嘘はなかったようだ。美徳だな。故に苦しまぬよう首を刎ねよう」

 

 あれが"ゆら"かと、しょうけらはゆらちゃんの方を指差した。

 

「お……おじいちゃん!?」

 

 ゆらちゃんが今帰ってきた。ただ、二十七代目の首には既に十字架を模した槍の刃が当てられている。俺も含めて間に合わないだろう。

 

「ゆらか……」

 

 名前を呼んで、爺さんは一度言葉を止めた。てっきり、「もっと強くなって、自分たちの代わりに人を守れ」とでも言うかと思ったんだが。

 

「後は頼んだ」

 

 だからこそ、首を斬られるその前に言い残した言葉が、同じ陰陽師として託すというものだったことに目を見開いた。

 

「契克。おじいちゃんは治せる?」

 

 ゆらちゃんはそう聞く。焦った様子がないのは、遺言の意図を理解したからだろう。

 

「無理だね。もう死んでる」

 

 俺としても嘘を言うつもりは無いし、自然治癒を早めるならともかく、傷口を固定するような真似はできない。新田新のように期待せんとってくださいよと言う以前の問題だ。

 

「そっか。分かった」

 

 ゆらの手には、5枚の形代。そして周囲には花開院の歴代当主こと破軍が控えていた。今しがた死んだ二十七代目らしき骸骨もそこにいる。

 

「式神融合──十八飛星策天紫微斗」

 

 それらをすべて使った、式神の六体融合。鹿の角を持ち、狼の顎を持つ象の如き巨体は、二足歩行の具足に身を包み、水を纏った退魔の剣を持っていた。

 

「ルチフェル……っ!それは神に仇なす者の……!」

 

 いやぁ、強いんだよな、これ。道満はこれに呪具と自分のフィジカルで前線張ってたし。実際、ゆらちゃんも同じ方法を取っている。

 というか、それがルシファーなら道満はサタンになるのか?ちょっと面白いな。

 紫微斗が剣で薙ぎ払うと、妖は次々に消滅する。これだから疑似魔虚羅ソードは……。道満に「式神全部合体させたら凄いの出来そうじゃない?」とか言うんじゃなかった。やっぱり、タイマン限定調伏チャレンジとかを縛りに加えた方が良かったんじゃないか?

 

 ふと屋敷の中を見てみると、奴良組にいた巨体の妖と呪具製作者くんが共闘していた。どうやら屋敷の中に入り込んだ妖を倒しているみたいだ。何かしらに憑かれていたときの禪院扇みたいな発言はなく、少しメンタルの弱そうな青年になっていた。これがあの陰陽師の素なんだろうか。

 

 メンタルのブレが無いゆらちゃんが妖怪全般に有利を取れる式神を出せた時点で勝ちの目が決まっていたから周辺を見ていたが、予想通りしょうけらは追い詰められていた。

 

「罪人よ。貴様がいるから、この者は死んだのだ」

 

 二十七代目の首をこれ見よがしに掲げるしょうけら。京都以前のゆらちゃんなら効果はあっただろうが、当主に相応しい術師として後を託された今のゆらちゃんには効果が無いだろう。

 ──なかった。虫らしい末路というか、持っていた首ごと剣で叩き潰されている。

 

「破軍は、歴代当主から力を借りるんや。今更死体に拘ってもしゃあないやろ。それに、託されたのに立ち止まっとる暇なんかない」

 

 何を託されたとか問うまでもなかった。これが中学生のメンタルか……?

 

 そうして戦闘が終わり、ゆらちゃんは一度空を眺める。呪具製作者くん──秋房くんも合流したようで、二十七代目がどうなったかとかを聞いてきた。

 

「妖が盾みたいなことしよったから、纏めて祓った」

「……そうか。二十七代目は最期になんと」

 

 息を吸い込み、軽く吐いてからゆらちゃんは言う。

 

「"後は頼んだ"、って言うとった」

 

 そうして言葉が続く。

 

「なあ、現状で破軍を唯一使えるのは私だけや。そして、前当主から直々に"後は頼んだ"と言われたんよ」

「ああ、そうだな」

 

 納得したように秋房は頷く。そこに以前のような負の感情は見られない。吹っ切れたのかは分からないが、今のゆらちゃんの姿を見て納得したのかもしれない。

 

「なら、今の花開院の当主は私ってことでええよな」

 

 そこにいたのは、祖父の死に悲しむ中学生ではなく、陰陽師の大家たる花開院家の当主の風格を携えた少女だった。

 

「烏崎契克。雇用条件の更新……いや、取引や。花開院家当主としてあんたの秘匿死刑執行を差し止める縛りを結んだる。代わりに、羽衣狐の討伐に協力しろ」

 

 ──ゆらちゃん、その権限が欲しいから当主になりたかったのか。ただ。

 

「へえ?たかが現代最強を張れるくらいで、私に命令すると?」

 

 命令されるのは癪に障る。仮にも呪術全盛期で晴明や道満と並ぶ術師だ。仕事としてならともかく、同じ術師としてというなら話は別だろう。式神を全部融合させる荒業を使った後といえど、ゆらちゃんの呪力自体はまだそれなりに残っている。じゃあ、此処で始めても問題ないな。

 

「証明しなよ。何を託されたか」

 

 相手は、道満と同じ相伝の術式。ちょくちょく魂の調整はしていたから、完成度も彼に比類するものと見ていいだろう。

 土蜘蛛は晴明の復活までは呪霊サークル……じゃなかった。羽衣狐一派の手助けをするだろうから、晴明は復活するとみていいはずだ。前哨戦にはちょうどいい。

 

「色々と教えてきた身だ。成果を確認するのも悪くないだろう」




本家強襲後に、ノリと勢いで始まる内輪揉め。


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『一発殴らせろ』

TSさせた理由その3。


「烏崎契克。……取引や。花開院家当主として秘匿死刑を差し止める。代わりに、羽衣狐の討伐に協力しろ」

「へえ?たかが現代最強を張れるくらいで、私に命令すると?」

 

 契克からすれば、無謀。当然だ。彼にとって、晴明が復活することはデメリットではない。それに、ゆらは知る由もないが、呪術廻戦ではないこの世界を守る理由も契克には特にないのだ。

 

「従わない場合、この場であんたを祓う」

「できるのかい?」

 

 正直、わからない。経歴とその力の一端は知っているし、その上で勝てるとは言い切れない。けれど。

 

「託されたんや。やらんわけないやろ」

 

 間違いなく、烏崎契克という人間は乗ってくる。数ヶ月、修行という名目で様々な修羅場に連れ出され、命の危機を超えてきたゆらは直感していた。契克は他人の技術に関心を抱いている。少なくとも天上天下唯我独尊というような性格はしていない。秘匿死刑の差し止めはあくまで口実。

 

「けれど、それは命を懸ければ私に届くと確信している時にのみ使う言葉だろう」

 

 未だ余裕を崩さない契克に、一度言ってやろうと思っていた。だからちょうどいい機会だろう。

 

「なら、やろか。──清十字団の内輪もめ」

「……ははっ。一体どこでそういう悪知恵を身に付けたのさ」

 

 要は、今からするのは秘匿死刑の執行ではなく、ただの喧嘩だと。ちゃんと勝敗を決めて、自分が勝ったとしても死刑執行じゃないから殺す必要はないと言い張る口実。つまりは、自分が勝つ前提の備えだ。

 

「喧嘩で殺し合うこともないだろう。一撃入れたらそっちの勝ちでいいよ」

「一撃で死んだら知らんけど、ってことやな」

 

 どこまでも殺伐としていながら、清十字団という同じサークルに所属している仲間として笑い合う。それは陰陽師、呪いを扱う呪術師としては最もらしいあり方やもしれなかった。

 

「では、開始の合図にこう言おう。──思う存分、呪い合おうじゃないか」

 

 その言葉と同時に、契克は左手の呪符から鎖を取り出す。それと同じくして太ももに着けたホルダーから一本の短刀を抜いた。

 

「貪狼、禄存!」

 

 対してゆらが選択したのは速攻。おそらく取り出される呪具は特級の効果を持つと判断し、速度に優れた四足の獣の式神を呼び出した。

 

「対術師では通常兵器が有効だと前に話したけどね。実のところ私がそれらを使うことはそんなにない」

 

 拳銃くらいは使うけど、私の場合は接近戦の方が強いからね。そう言って契克は短刀に鎖を取り付ける。

 

「──術師を殺すなら、このスタイルと決めているんだ」

 

 取り出した鎖は、短刀が無い方の先端付近が煙で覆われており、その全長が把握できない。

 契克は鎖の途中を掴み、勢いをつけて手放すことで、自らの周りに鎖を滞空させる。

 

「特級呪具──天逆鉾。平安の時にパチってきた本物だ。効果は保証するよ」

「アホ!死んでも治らんアホなんか!」

 

 出現した当初に想定していたよりも長い鎖は自在な挙動を描き、先に取り付けられた天逆鉾は、ゆらの放った式神にかすり傷を付けた。次の瞬間。

 

「消えた──?」

 

 特級呪具、天逆鉾。その効果、発動中の術式強制解除。

 

「チッ!」

 

 ありうると想定していたとはいえ、少し傷を負っただけで二体の式神が消されるとは。当然、式神を放った時点でゆらもその場から動いている。まずは、鎖でのリーチ切れを狙って遠距離へ。壁面を駆け上がり、屋根の上に乗って鎖が伸びきった瞬間に距離を詰めようと考えるゆら。しかし──

 

「どこまで──いや、ちゃう。おそらくあの鎖も特級。だとすると……"万里ノ鎖"……!」

 

 ゆらもまた花開院。特級呪具の特徴から、一致するものを導き出すのは容易だった。となれば、無限に伸びる鎖に対して距離を置くのは悪手。ゆらは式神で攻撃しなければならないが、あちらは強化した膂力で鎖を操作するだけでいい。消耗戦を挑むのなら、呪力が先に尽きるのはゆらの方だ。それに──

 

「逃げ続けて勝っても楽しゅうない。ええよ、呪い合ったろうやないか」

 

 一発殴らせろ。落ち着いていながらも極めてシンプルなその感情は、この場においてゆら自身の呪力を少し水増しした。その感情を自覚した瞬間を、瞬間的な呪力の必要な踏み込みに合わせる。前へと加速し、鎖が引き戻されるより先に、最短距離で彼に向かう。

 

「間違ってはいないね。鎖より内側に辿り着ければ、勝機は生まれるかもしれない。だから、まずは自分を超えてみようか」

 

 先ほどまでゆらを追っていた鎖を引き戻し、自身の周囲へ円を描くような軌道へと変更した。

 半径2.21メートル。契克自身は両足を地につけて、動くことはない。

 

「──趣味が悪ないか?」

 

 シン・陰流・簡易領域。歴史上では蘆屋が創ったとされる技術を、子孫である花開院に超えてみろと言っているのだ。

 

「対策済みだろ?」

「そりゃ、まあ」

 

 投げつけるのは、無数の起爆札。呪力に反応して爆発するそれらだが、蛇のように向かい迎撃してくる天逆鉾によってそのすべてが無効化された。

 そう。簡易領域によって、2.21メートルの範囲に入ってきたモノをフルオートで迎撃する。蛇のように柔軟な動きをする鎖であれば、日本刀のように一度抜刀したという弱点も存在しない。故に、効果対象内に入ったものを一切の区別なく迎撃する。それが例え、()()()だろうと。

 

 爆音と黒煙。もちろん、煙を術式として使う契克に黒煙での目晦ましは意味がないが……。

 

「無限に伸びる言うても、鎖は鎖や。乱れたやろ」

 

 自爆覚悟で更に前へと進み、風によって軌跡が逸れた万里ノ鎖を通り過ぎ、ゆらは契克へと肉薄する。服は破れ、露出した肌からは破片による傷がいくつも見られた。

 

「手榴弾って。それでも陰陽師かい?」

 

 通常兵器をお勧めしながらどの口が。そう思いつつ、ゆらは言葉を返す。

 

「殺すと思って行動したなら、全部呪いやろ」

 

 ゆらの手には、5枚の形代。そして周囲には花開院の歴代当主こと破軍が控えていた。

 

「式神融合──十八飛星策天紫微斗」

 

 それらをすべて使った、式神の六体融合。先ほどしょうけらに対してゆらが出したそれは、かつて道満もまた呼び出していた最強の式神だ。

 

「しかし、それはあくまで退魔に特化した武器だ。呪霊なら一撃で吹き飛ぶだろうけど、受肉体にはただの剣と変わらないさ」

 

 当然、玉折事変で道満とも戦った契克には、その点も把握されている。それに、一度契克の目の前で出している以上、すぐさま攻略されるだろう。だが、さしたる問題ではない。なにせゆらの目的は最初から、契克を殴ることだ。

 

「人式一体!」

 

 融合させた式神を自らの身に纏う。服が変化しないのは、動きやすさを追求したからか、今の姿から変える必要はないと判断したからか。しかし、ゆらが纏う雰囲気は大きく変化していた。御門院や安倍姓に名を連ねる者達と同等の重圧を放つ、最強の姿。

 

「極ノ番。七殺葬送(MAXIMUMゆらモード)

「(──固定砲台に徹して300秒。零距離で戦わなあかんなら、もっと短くなる)」

 

 『奥の手』を考慮するなら、おそらく30秒。それを超えた時点で、ゆらの呪力が尽きる。

 

「そうだ、それでいい。もっと魅せてくれ!」

「ええよ。目にもの見せたるわ」

 

 そう言って、ゆらは左腕の血管側に、右の拳を押し当てる。

 

「──布瑠部」

 

 その言葉を聞いた途端、契克の動きが止まった。それは、竜二の推測した悪癖。

 


 

「奴はおそらく、初見の術式を妨害しない。新しい可能性に目が無いと言うか、余裕の表れと考えるべきか」

 

 ともかく、大技であれば間違いなく迎撃しようとするだろう。

 

「ブラフでもいい。──そうだな。古い祝詞だと、"布瑠部由良由良"とでも言えば引っかかるだろう」

 


 

「ブラフか!」

 

 何も起きていないことから、今のはハッタリと気づく。ただ、対魔虚羅の攻略手段として全力の一撃を放つ準備で、一手遅れた。その隙にゆらはクロスレンジに到達。先ほどまで至る所に負っていた傷は、常時自動的に行われる反転術式によって治癒が完了している。傷によって動きが阻害されない今、このまま一気に攻め込む。

 

 ──さて、これは契克自身も知らないことなのだが。この世界にも女神は存在する。それは転生がどうのといった意味ではなく、人格があるわけでもない。

 なにせそれは、微笑む相手を選ばないのだから。

 

 既に全ての式神と融合しているが故に、呪力の乱れなく一瞬で武曲の薙刀を展開したゆらの一撃は、契克の防御とぶつかった瞬間に、()()()()を発した。

 

「なんや……これっ!」

()()!?」

 

 疑問の言葉とは裏腹に、ゆらは高揚感に包まれていた。振り抜いた薙刀を呪力に戻したことで、何も持たない右腕は下がり切っている。その掌を返し、五指を熊手のように開く。柄を持っていたことで跳ね上げていた左手も同じように。

 

「──貪狼」

 

 口を閉じるようにその腕を縦に交差させれば、それに沿うようにビル一つを飲み込むほどの獣の──狼の顎が現出する。当然、自動的な反転術式はゆらの攻撃にも全て付与されていた。

 修行のために通常のゆらの術式速度に合わせた動きが身についていた契克では、これの迎撃は不可能。回避を選択したことで一歩退いた。避けきれずに千切れた髪と牙の間に、再び黒い閃光が発生する。2.5乗の威力となったその顎は、その通過した範囲を塵一つなく消し飛ばしていた。

 そして、地を蹴ったその刹那、滞空する0.2秒間。それこそがゆらが初めから見出していた勝機だった。

 

「(成功回数無しのぶっつけ本番。けどなんでやろうな。今はただひたすらに、この躍動が心地良い!)」

 

「──領域展開!」

 

「(──成功したっ!なら、この一瞬に総てを賭けろ!)」

 次の瞬間には、契克も領域を敷く。どちらが洗練されているかとなれば、契克の方に軍配が上がるだろう。だからこその、この0.2秒。黒閃によって引き出した120%のポテンシャルを、領域によって更に押し上げる。誰も知り得ない偶然によって背中を押された、唯一の勝ち筋だった。

 烏崎契克がその名になる以前。平安への転生を神の奇跡と例えるのならば、花開院ゆらがこの瞬間に辿り着けたこともまた、女神が微笑んだ結果と言えるだろう。

 偶然によって齎された運命は対等。互いに再度の術式を使う時間はない。ゆらの纏っていた式神が剥がれた。呪力の限界が近い。全身の守りを失うことを妥協し、腕部の残滓のみを留め続けることを選択。

 同時に、契克はこの勝負で無為転変を使わないことを決めた。出し惜しみではない。ただ、それを使ったらテンションが下がる、というよりもゆらの全力を上回ることを優先したのだ。この一撃を防ぎきれば、確実に自分も黒閃が出せる。その確信があってこその、クロスカウンター狙い。

 

「「黒閃!」」

 

 互いへの一撃。確信はあった。この瞬間において、黒い火花は二人に微笑んでいる。ならば、この場において問われるのは力の優劣ではない。勝敗を決するとしたら、それは単純な──

 

「……冗談だろう」

 

 ()()()だった。

 

 ボクシングにおけるカウンターブロウとしてのクロスカウンター。ゆらの拳だけが、契克へと届いていた。なにせ、ゆらの方が腕が長かったから。

 黒い火花の残滓を纏い、契克は数メートルほど吹き飛ばされる。両足で着地こそしたが、勝敗は明確だろう。同じように拳に黒い火花を散らせ、拳を振り抜いたまま地面に倒れ込むゆら。それは、確かに契克を殴ったということで──

 

「死んではいないとは言え、負けた側がこれを言うのも違う気はするけど、あえて言おうか」

 

 生死が関わらない以上、明確に強さを比較することはできない。だが、結果だけを語るのであれば。

 

「──誇れ。お前は強い」

 

 安倍晴明に続き、二度目の。そして、この時代においては初めての敗北だった。




ここでゆらちゃんが勝たないと、現状に飽きた契克が復活した晴明の誘いに乗って、『世界的問題児二人。ただし最強』ルートに行っていました。

TS娘が男の時とは違う身長に戸惑うのはいいですよね!今回は、身長差で中学生に負けたTS娘の話です。


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『過ぎ去りし過去を思う』

平安の日常回+α


 ぬらりひょんは、ここ最近の激動を思い返していた。妖の無差別な殺戮を発端とした浮世絵町のシマ荒らしに、四国から来た妖との抗争。後者は解決したが、前者は平安の陰陽師である烏崎契克によるものだと牛鬼は言っていた。どう落とし前を着けさせるかといったところで、牛鬼曰く、自分のシマを含めた牛鬼組の総てを懸ければようやく勝負に持ち込めるらしい。

 一度クラスメイトと一緒に家に来たことはあったが、その時は花開院の娘の方が目立っていて、()()()()()()()()()()()()()()()……

 リクオに組を譲ろうというところでそんな厄介事が飛び込んできていた。

 四国との抗争が一段落したと思ったら、行政から連絡されたリクオの転校とその取り消し。花開院の陰陽師によるもののようで、表社会への影響力が衰えた現代ではどうしたものかと頭を悩ませる必要がなくなったことに安堵を覚えた直後、リクオが陰陽師の修行もすると言い出す。

 どうやら、人間であることを後悔したくないと言っており、一日の四分の一しか戦う力を持たないことに危機感を覚えたようだ。

 花開院の娘が家を訪ねてきたことを思い出し、まあ奴良組を売るような真似はしないと確認も取れたので向かわせたら、一週間ほどで帰ってきた。

 基礎はすぐに身に着けて応用に移ろうかといったところで、術式の使用条件を満たしておらずどうしようもなくなったらしい。

 

「血筋かのぅ……」

 

 ぬらりひょんの妻であった珱姫も、誰に習いもせずに他者に対して反転術式を使えた。そう考えると、それだけの早さで習得するのも納得がいく。

 そして、術式について聞くと、鬼纏を習得しなければならないという。

 ならばとリクオを遠野へと送り、畏についての理解を深めさせる。見事にそれも掴んだようで、戻ってきた頃には、三代目の総大将を継ぐに相応しい実力になっていた。

 

 これで、リクオに安心して組を任せられる。そう判断し、ぬらりひょんはカラス天狗を連れて弐條城へと向かった。

 そして、羽衣狐との対峙を終え、背後から茨木童子に斬られたことを契機に闘争を開始した時──

 

「貴様を見ていると、戦いだけが愉悦ではないと実感する」

「……どういうことじゃ」

 

 鬼童丸が剣戟と共に放ったその言葉に、ぬらりひょんは反応する。

 

「いやなに。四百年前から老いたものだと思ったまでだ。ぬらりひょん」

 

 そう言うと、鬼童丸は刀を仕舞う。

 

「何のつもりだ?」

「貴様を葬るのはここでないというだけだ」

 

 訝しく思いながら、ぬらりひょんは城の外へと駆けた。鬼童丸は見逃したといえど、他の妖は追ってくる。手柄を求める鏖地蔵がその筆頭だろう。

 

「──幾度かの邂逅を経て気付かないか。一体哀れなのはどちらだろうな」

 

 戦いの最中とは別種の笑みを浮かべ、鬼童丸はそう呟いた。

 

 


 

 

──胎児は夢を見る。

 

 

 平安時代において多くの呪術文化遺産を残した烏崎契克だが、死ぬ前に破棄した物もいくつか存在する。壊すならば初めから作るなと言われるかもしれないが──

 

「これはしょうがないと思うんだ」

 

 陰陽寮、功績を鑑みて契克個人へ与えられた区画にて。彼は"こたつ"とやらに入って寝転がっていた。季節は冬、貴族は相変わらず保身のために待機命令が多くなっているのに、暖房設備無しで暇を潰せというのは酷なものだろう。

 来年の具注暦は数週間前に書き終わって、こたつの天板に放置。どうせ早く出しても、書いておいた禍福の出来事にケチをつけられ、なんとか変えられないものかと媚や賄賂が行き交うだけだ。ギリギリに提出しようと心を決めていたのだろう。

 

「暇なのはわかるが、見た目はどうにかならないのか」

 

 熱を逃がさないよう作った結界の中へ入ってきた私は苦言を呈するが、彼曰く、これを手放すのは考えられないらしい。威厳も何もあったものではないが、他の利用者は私と道満くらいだ。結界の外からはこちら側を見ることができない仕様上、どう見られるかに気を使う必要はないのだろう。

 

「君や道満は私がこういう姿を晒そうと今更だろう?そして、他は私の結界に入って来られない。何も問題ないね」

 

 そうではあるのだが、もしかしたら私と契克が敵対する可能性もあるのだ。隙を晒しすぎるのも考え物だろう。

 

「確かに、堂々と布団を敷くよりはマシだろうが……」

 

 熱の保持や空気の循環など、遷煙呪法──煙を扱う術式への理解が完璧だからこそできる精密な技術によって、"こたつ"のある快適な空間が作られていた。

 

「技術の無駄遣いにも程があるだろう」

「京への貢献を鑑みれば、これくらいはやっても咎められないはずだよ」

 

 天板の裏に火行符を仕込み、発火しないよう余分な熱を金行符で外へと逃す。火を熾したり炭を持って動き回る必要すらなく、こたつ布団に入りながら少しの呪力で暖まるこの仕組みは、一歩も動く必要が無いという点で画期的な物だった。

 こたつの四隅には、分かれるようにそれぞれ道満や私の仕事の書簡などが置かれている。いつの間にかこたつで暖を取りながら書類仕事を片付けるようになり、稀に三人揃ってこたつを囲んでいることもあった。

 

「そういえば、頼光から伝言だ。冬が明けたら、大江山の大規模な討伐を行うって」

 

 こたつに膝を入れた私に、彼は頼まれていた連絡を済ませた。陰陽寮にいる間は、研究か仕事の話が大半を占める。そして、こたつに入って研究をすることはないので、この話の切り出し方は無粋でもなかった。

 

「道満のジジイも言っていたな。貴族の一部が、大江山の酒のために女子供を不当に捕え、贄としていると」

 

 酒吞童子の名の由来である、汲めども尽きせぬ酒の泉。それによる朝廷の腐敗を見過ごせない道満が清和源氏に働きかけたのだろう。頼光はどちらかといえば傭兵に近い気質であり、妖を憎んでいるわけでもない。仕事である以上、妖を討つことも逆賊を討つことも変わりないというだけだ。半妖と知ってなお私の助力を借りに来ることがあるのも、そこに区別する必要はないと考えていることが大きい。

 

「私としても、頼光の体質は興味深い。一切の呪力が存在しない身体だったか」

「そうだね。呪力と引き換えに、圧倒的な身体能力を手に入れた、天与の暴君。それが彼だよ」

 

 そう言って契克が付け加えた「甚爾君みたいだね」という言葉に対して、甚爾という人物もその天与呪縛を持っているのだろうと見当をつける。

 

「ということは、特級呪具二つを贅沢にも使った戦い方は、その甚爾とやらの戦法が元になっているということか?」

 

 ただでさえ天逆鉾を高千穂峰から持ち帰るという暴挙をした上に、もう一つ特級クラスの呪具を組み合わせて使うという戦い方を、呪具とセットで契克は頼光に教えていた。

 

「弓で狙って撃つより、鎖を使って纏めて葬る方が効率がいいからね」

 

 確かに強いのだろうが、私からすればバカと言う以外に形容することが無かった。実行すると思わなかったというか、発想が斜めに吹き飛んでいるというか。確かにやるなとは言われていないが、普通はやらないだろう。それに、思いついたからとはいえすぐさまその戦闘法を確立するのも十分におかしい。

 

「まったく、それができるのはお前と頼光くらいだ」

 

 足を伸ばして座り、机のお茶へと手を伸ばす。少し眉を顰めたのは、この場に来ることのできるもう一人が訪れたのを知覚したからだ。

 

「なんじゃ、おぬしらも来ておったのか」

「老体には、内裏とこちらの往復は堪えるでしょう。あちらで大人しくしてはいかがです?」

 

 一言目から辛辣な物言いをするのは、ある意味遠慮がないというべきか。蘆屋道満は慣れたものだとこたつに入る。

 

「……足を蹴るな!ワシは老人じゃぞ」

「都合の良いときだけジジイだと主張するな」

「最近、新たに子を孕ませたと聞いたけど」

 

 無遠慮にこたつへ入ってきたので、足を蹴ってやる。術式は使っていないのだから、このくらいは許せ。そう思っていると、文句をつけてきたので契克と一緒に反論する。とはいえ、全員が冗談だと理解した上でのことだ。夏はともかく*1冬はこうしてこたつへ集まることが多いので、半ば決まったやり取りのようになっている。

 

「大江山討伐については、契克から既に聞いたか?」

 

 道満もまた私生活の話をする気が無く、やはりこれからのことを語ることが多い。この結界を作った契克のように研究成果を明かす性格をしていないので、必然的に仕事の話が主になる。

 

「ああ。主目的は酒吞童子だろう」

「そうじゃ。忌むべきことに、彼奴の酒に魅了されて子女や無辜の民を鬼へ渡す者もおる。一刻も早く止めるべきことだ」

 

 どうするべきという義務感についてはこの場の三者が三様の考えを持つが、それはそれとして。

 

「だが、どうやって殺すんだ?」

 

「それはワシに策がある」

 

 紫微斗法術の術式反転。破軍が死者の力を借りる技だとすれば、その逆は──

 

「地獄を開く気か……!」

 

 私は明確に顔を歪める。永遠の秩序を目指す私にとって、地獄はできることならば関わりたくもないものだ。

 

(たかむら)からも、みだりに使うなと厳命されておる。故、大江山にて開くのは一度のみじゃ」

 

 封印術において至上の才を持ち、死者を封じる領域たる『地獄』そのものとなった小野篁。そこへと一時的に繋げるその技は、反魂の術を使う身にとって最大の障害だった。

 そうして大まかな戦略を決めた後、口火を切ったのは私か契克のはずだ。

 

「そろそろ決めようか。具注暦を誰が持っていくか」

 

 こたつから出て、内裏へと具注暦を持っていかなければならない。期日は今日。必然、重要な仕事として陰陽寮で任されていたここにいる三人のうち誰かが持っていく必要がある。

 

「契克。最後の確認を終わらせたのはお前だったな。ちょうどお前のこたつの上に置いてあることだ、お前が行くべきではないか?」

「道満はこの後に弟子の面倒を見に行くだろう?ここを発つついでに持って行ってくれるとありがたいんだけど。上層部(うえ)からの覚えをよくする機会だろうし」

「暦というのであれば、星辰操術を操るおぬしが向いておるじゃろう。なあ、晴明。おぬしが適任と思うが?」

 

 こたつから出たくないが故の押し付け合い。後に起こる決定的な訣別と比べれば極めて些細なそれは、この場においては遠慮なく話せる仲であることも意味していた。

 

「「領域──」」

「止めんかそこの問題児二人!」

 

 まあ、仲がいいかどうかというのであれば、間違いなくロクなものではないが。ただ、少なくともこの場や母の住む堂では、結界の外──非術師(さる)のいる俗世よりは自然に笑えた気がしたのだ。

 

 

 ──そんな他愛のない日々を、間も無く生まれる胎児(晴明)は思い返していた。

*1
(遺憾だが、道満の廉貞と遷煙呪法の水煙で涼んでいる)




こんなTS娘の親友ムーブしてるのに、晴明ルートじゃないんですか!?
今後一番可哀そうな目にあうのはぬらりひょんです


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ハブられた……/『私怨もあるがね』

今回はだいぶ短め。


「で、なんかもう察せるんやけど確認しとこか。羽衣狐が産もうとしとるのって……」

「晴明だね」

 

 決着の後に気を失ったゆらちゃんを介抱していたら、半日後の起き抜けに放たれた質問がそれだった。奴良くんにも、同じようなことを土蜘蛛が話しているだろう。土蜘蛛が勝とうと負けようと、鵺のことは教えた方が面白いと判断するはずだ。

 さて、その奴良くんは土蜘蛛との決着後に、数日間倒れていたらしい。倒れたと言っても土蜘蛛に膝をつかせたことが大きいのか、百鬼夜行がバラバラになることはなく。あちらは手分けして京の妖怪を倒したり、結界の再封印を手伝ったりしていたらしい。

 そんな奴良くんが目覚めて、羽衣狐を倒すために弐條城へ向かうと知らせが入ってきた。当然、こちらとしてもそれに乗じないわけがなく。

 門番の鬼がいたので、他の立場ならともかく門番なんて名乗っている以上、きっちりと殺して道を開けさせた。

 その後に待ち構えていたサトリを、盃盟操術の範囲攻撃で一掃する奴良くん。鎌鼬と氷凝の組み合わせが雑に強い。まだ昼の姿でいるのに自分の組を率いているあたり、土蜘蛛が膝をついたことが大きいのだろう。そしてサトリというブレインを失った、口の大きい妖──鬼一口が奴良くんに勝てるわけがなく。俺たちは特に損耗なく弐條城の回廊を進むこととなった。

 

「……まあ、来るだろうと思っていたよ」

 

 そして、現在立ちふさがっているのが鬼童丸だ。先ほど、城全体に大きな揺れが起きた。おそらく、もうすぐ晴明が生まれるのだろう。

 

「鬼童丸……確か、領域を使うんやったか」

 

 足止めにも最適な人選だろう。領域を閉じられてしまえば、少なくともそいつは相手を倒すか領域の維持ができなくなるまでそこから進めない。

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 奴良くんが帳を降ろし、妖怪へと姿を変える。相手が妖となったからか、鬼童丸は京妖怪側に付かないかと問うた。まあ、人間に対する方向性の違いで決裂したが。ゆらちゃんのお兄さん曰く、奴良くんは呪詛師とつるんでいた非術師(さる)の建設会社(地上げ屋?)に重傷だか死傷だかを負わせていたらしいから、鵺の復活ではなく晴明としての大義で人間の奴良くんにアプローチをかければ……いや、それも無理そうだ。彼、不平等に人を救うと明言しているし。

 

「……しょせんは相容れぬか」

 

 鬼童丸はそう呟くと共に、領域を展開した。──俺を除いて。

 

「……なんで?」

 

 理解はできる。奴良くんやその側近は強い。それに加えて俺も相手にするとなると、鬼童丸とその部下では手に余る。

 

「しょうがない。先に進むか……」

 

 虎杖みたいに結界を外から破壊するのもアリではあるが、どうにもそんな気分になれない。仮にも宿敵と見られていいだろう人物からハブられたのが傷ついたのだろうか。

 晴明が復活するまでもう少しということで、感傷的な気分になっているのかもしれない。

 

「ハブられるのはキツイね……」

 

 平安や戦国では実力的にもエリートだったから、仕事をサボることはあっても除け者にされることはなかった。前世はうろ覚えだが、いじめみたいな感じのことに巻き込まれてはいないはずだ。孤高ではなくスルーされる孤立がこんなに微妙な気持ちになるとは思わなかった……

 そうして一人で階段を上っていたら、城自体が崩れ始める。晴明が復活したのかと思ったら、空には巨大な黒い赤子が浮かんでいた。

 

「あれが晴明かぁ……」

 

 受胎戴天かな?

 


 

(さて)、これは(やっこ)しか知らないことだけれども」

 

 そう前置きをして、天海──御門院天海は語る。

 

「当然だが、(やっこ)の結界は、葵城の螺旋の封印のためにある。しかし、それだけのために、京をその大きく回った延長線上に置いたと?」

 

 当然、そんなわけがない。もちろん、これは結界の製作者でないと思い至れない発想ではあるという前提が発生するが。

 

「螺旋の封印の延長線。それはいずれも死滅回游の結界予定地だ」

 

 平安時代に烏崎契克が日本地図──それも実際に測量したものと相違ない精度のそれを残していたおかげで、螺旋の封印と死滅回游の予定地を合わせる算段は簡単についた。これは陰陽寮でも総監部の者しか知らない秘密ではあるけれども。

 

「それに、江戸の世では陰陽寮が再び実権を取り戻した」

 

 それを為したのは(やっこ)だけでなく、心結心結(ゆいゆい)()()の二人もいてこそだけどね。そう言って天海は最終確認を始める。

 

「ぬらりひょん、お主は羽衣狐を一度屠れるほどには強かったが、しかし悲しいかな。やくざ者の因果ともいえるが、死体の処理を専門家に任せなかっただろう。一応、僕は陰陽頭(おんようのかみ)として総監部を設立した一人だからね。葬儀後の死体一つくらいならどうとでもできる」

 

 その後の仕込みは心結心結の仕事だったから、詳しくは把握していないが、あちらはあちらで色々と仕組んでいるだろう。仕込みは江戸時代に陰陽寮の実権を握った天海と、形代を使った呪術のプロである心結心結──御門院の歴代当主二人によるものだ。そうそう破れはしない。例えば、使った死体の関係者に"彼をただの一般人"くらいの印象しか残させない、とか。

 

「お主が偽名を名乗っていたのも、戦国を歩んだ身故と考えれば納得がいく。ただ、納得と許しは別問題だろう?」

 

 なに、他愛ない悪戯だ。……烏崎契克としての因縁は、烏崎契克としてつければいい。ただ、五百年前の最初の受肉での縁は、残りの二人が御門院であるが故に今日まで続くものとなっていた。

 

「お主がいなければ、僕はもっと老いた後に当主となっていただろう。──お礼参りというやつだ。仮にも陰陽頭に修羅場を幾度も潜らせた私怨もあるからね」




そのうち、天海、心結心結世代の話もやります。

晴明「ここで鬼童丸が契克を領域に巻き込むと、間違いなくテンションが上がった勢いで羽衣狐が倒されます。だから、ここでやる気を下げておく必要があったんですね」


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久しぶりだね/『今度は私が』

20話目にして辿り着いた。これが、TSさせた本当の意味です。


「妾はこの時を、千年──待ったのだ」

 

 黒い球体──宙に浮いた巨大な赤子の臍に繋がるように、羽衣狐は弐條城の上空にいた。ここにいる妖すべてに、よくぞ妾の下に集まったと語りかける。そこに京や奴良組のような区別は一切なく、"最強"が生まれるとなればその認識も正しいのだろうが、その力を知らない者からしたら傲慢としか言いようのない態度で話を続ける。

 

「かつて──人と共に闇があった。妾たち闇の化生は、常に人の営みの傍らに存在した」

 

 まあ、人を食うのは迷惑だが。前世の記憶が無ければ、俺だって雑魚がどうなろうと知ったことじゃないと言いそうだけど、あいにくそうはいかないようで。俺にも良心というものはある程度残っているのだった。

 

「けれど、人は美しいままに生きていけない。やがて穢れ、醜悪な本性が心を占める」

 

 ここは意見の相違だな。天海や心結心結はイカレてはいるが、醜悪ではない。……多分。

 

「妾はいつかこの世を、純粋なもので埋め尽くしとうなった。それは黒く、どこまでも黒く──、一点のけがれもない純粋な黒」

 

 ……もしかして、羽衣狐が死んだ後、晴明と彼女は一度も会えていない?方向性が若干ズレているというか、いや、お前ら弱いから捨て駒になってと思っていたとしても、流石に公の場では言わないか。でも、割と本心で言ってる気がする。

 そう考えていると、彼女は先ほどまでの一糸まとわぬ姿から黒いセーラー服を身に着けて瓦礫に降り立った。

 

「この黒き髪──黒きまなこ、黒き衣のごとく完全なる闇を。さぁ……守っておくれ。純然たる……闇の下僕たちよ!」

 

 やっぱり、晴明と方向性が違う。妖怪至上主義を掲げるのは、晴明と少し異なっている。あいつは一定の強さを求めるから。正直、狂骨と呼ばれる少女の妖はボーダー未満だろう。

 さて、そうしているうちに敵はこちらを殺そうと動き始めた。にしても、ゆらちゃんは動揺が少ない。なんかこう、俺に似た反応というか、晴明はあんな姿じゃなかったとデジャブった感じだろうか。本人も自覚していないようだけど。

 

「契克、やれるか?」

「縛りだからね。羽衣狐を打倒することには協力するさ」

 

 なんか、無抵抗にならざるを得ない晴明を殴るのは、とてつもなく気が乗らないが。羽衣狐の討伐というのであれば、まあやる気にはなる。

 そうしていると、奴良くんが"守れ"と告げていたから晴明はまだ完全じゃないと推測して、十三代目秀元がそれが正しいだろうと肯定する。

 まあ、俺からすればそれはそうだとしか思わないので、先に鬼や京妖怪の迎撃を始めたが。

 そして、半分以上崩れた弐條城を駆け回り、目に付いた鬼や妖を片っ端から殺していく。そうして走り、直撃しかけた雷撃を辛うじて躱す。

 

「鬼太鼓……茨木童子か」

 

 足を止め、そちらに注目を向けさせるための初撃は躱すことができた。ここからは、一対一。雷も回避不能のものとなるだろう。

 

「その前に、っと」

 

 遷煙呪法を使用。煙草の蒸気を指定して、周囲に撒いた。鉄扇などの武器を使う羽衣狐にとって、熱で使えなくなる尾の武器がいくつかあるだろう。こちらにかかりきりにはなるが、最低限のサポートは済ませておく。近くにいた妖怪が蒸気に焼かれて死んだのはまあ特筆すべきことじゃないだろう。無差別殺戮にも便利な能力だと思うくらいだ。

 

 そして、雷を無為転変でゴリ押ししつつ近接戦闘を行う。ジョジョ四部のレッド・ホット・チリ・ペッパーみたいに、茨木童子を海水に叩き込めば割と簡単に決着しそうなのだが。それができそうな竜二くんは鵺の封印に挑戦している。……無理だったみたいだ。鵺に打ち込もうとした杭が土蜘蛛に迎撃された。土蜘蛛のファインプレーだね。

 さて、雷使い相手に無敵で殴りに行く現状、どうせならあちらをタてればでも流したかった。ゴミのような情報を流し込みたくなる衝動を覚えつつ殴り、せめて脳内でパチンコ特有のドキュドキュという音をイメージしながら戦っていると、鵺──なんかアレを晴明って呼ぶのは嫌だな。クソデカ赤さんでいいや。クソデカ赤さんの表面が剥がれる。どうやら剥がれた欠片に羽衣狐の記憶が映りこんでいるようで、そこに存在しない記憶があったのだろう。突如として虎杖が弟だった情報が脳内に溢れ出した腸相みたいなことになっていた。

 その隙を突いて羽衣狐を退魔刀で貫く奴良くん。その拍子に羽衣狐の本体が依り代から分離された。なんか鏖地蔵とやらに何かされていたらしいが、そんなことよりもクソデカ赤さんの内側から一人の男が立ち上がろうとしていたことの方が重要だ。茨木童子も戦う手を一度止めている。……懐かしい呪力だ。全裸だけど。

 

「せ……せいめいお前……お前が後ろで糸を引いておったのか!?」

 

 方向性や復活のための仕込みを相談できていなかったらしい。やっぱり五百年スパンで受肉先にいい感じの家などを見繕っておいた俺の方法は正しかったようだ。

 

「すまぬ、母上……」

 

 金髪になっていた晴明の第一声がそれだった。顔の良さで誤魔化すつもりか?お前今裸だぞ?

 ……なんか羽衣狐本人がもういいのじゃとか言っている。誤魔化せちゃったよ。

 

 そして、地獄が開く。蘇った本人の意思があれば、割と簡単に地獄は口を開ける。ただ、大抵は開いた地獄にそのまま連れていかれるが。小野篁という結界はそういうものだ。逆説、適切な縛りや呪力で抑え込むことができれば有効に利用することもできるが。

 

「思っていたのです。平安のあの時に母が死んだのもまた、母が弱かったからだと」

 

 そう羽衣狐に告げた晴明は、呪力で強化した腕で心臓を抉り出した。何のためらいもない動きからは、かねてよりそれをしようと思っていたのだと分かる。思い付きでやったにしては逡巡が一切なかった。

 

「千年間ありがとう……偉大なる母よ。故に一度、私の太陽には沈んでいただく」

 

 それを自らの術式によって宙に浮かせ、心臓を失ってよろめく羽衣狐を地獄へとそっと突き飛ばす。

 

「眩い闇の光として、再び相まみえましょう」

 

 地獄に落ちてなお愛していると叫ぶ彼女に背を向けて、晴明は真の百鬼夜行の主となりて歩むと宣言した。

 そして──

 

「晴明!千年振りだぁぁぁ!」

 

 復活を歓喜して真っ先に襲い掛かった土蜘蛛の拳は、晴明によって防がれる。土蜘蛛は、基本的に領域展延を使いつつ攻撃を行う。術式を小細工や小手先の技とみなしているが故に課した、領域を展開しないという縛り。それによって跳ね上がった基礎スペックと呪力操作精度でも、晴明には傷を付けることができなかった。

 

「──まさかてめぇ、神に……!」

「ああ、神の座が空いたのは僥倖だった」

 

 そう言って、晴明は自身が復活する際の細工を語る。"天曺地府祭"。人が現御神(アキツミカミ)となる術であり、本来は天皇の即位によって執り行われるものだ。が、第二次世界大戦の敗北と、それに伴う天皇の人間宣言によって神の座が空いた。それにより、晴明神社による晴明自身の畏と呪力の強化は更に強く──あるいは高天原に坐すという神にすら並びうるほどの神性すら手に入れている。黒閃の火花に微笑まれたゆらちゃん、現代の異能を得た奴良くん、この世界に転生した俺と同じように、晴明もまた運命を味方につけた一人だろう。

 

「術式反転・赫」

 

 重力の収束を逆転。斥力とも違う、弾き飛ばす重力が土蜘蛛を襲う。玉折事変のように万全な状態ならともかく、腕が三本となっている現在の土蜘蛛にはそれを対処することは不可能であり、羽衣狐のように地獄へ落ちていった。

 

 そして、千年前の殴り合い同窓会的な出来事をこなした直後。

 晴明は術式を使い、俺の目の前に移動してきた。久しぶりに見たけれど、無下限式瞬間移動は本当に反則だと思う。反応できないって。

 

「久しぶりだね。晴明」

「ああ、本当に久方ぶりだ」

 

 だが、反撃の準備は済んでいる。近づいたということは、超重力砲撃を連射してくるスタイルじゃないだろうし。それならまだ対策は可能だ。天逆鉾で無下限風バリアを解いて……

 そう考えていると、晴明が動いた。どう動こうと、とりあえずこちらは常時防御の攻略から始めないといけない。逆鉾を持つ手を振り上げた途端、その手が掴まれて身体が持ち上げられる。まあ、たかが腕くらいなら許容範囲だ。遷煙呪法の強みは、煙を吹き付けても発動すること。つまり手が空いていなくても問題ない。

 晴明の無下限モドキは、超重力によって次元を歪ませる一種のブラックホールだ。つまり、近づくほどに空間が歪み、時間が遅くなるために無下限の近似値に辿り着けている。

 何が言いたいかと言うと、煙幕による目晦ましは昔から有効だった。ただ、最強の術師を前にそんなことをする相手はいなかったというだけで。あとは煙を吹くだけと口を開いたその次の瞬間──

 

「せんえ……んンっ!?」

 

 口の中に、ぬめる何かが入り込んだ。異物感に対して舌でそれを押しのけようとするが、その舌自体が押さえつけられている。目の前には、やけに顔の近い晴明。目の中に浮かんでいる五芒星の紋様がはっきりと見えて、顔の良さにムカついてきた。

 一応戦いの最中だというのにそんな場違いなことを考えているのは、今起きていることへの認識が追い付いていないからだろう。

 

 ──俺は、全裸の晴明に抱えられ、キスをされていた。

 

 


 

 かつての親友、それも今は全裸の。そんな男にキスをされて、契克は戸惑っていた。それもそうで、契克自身の自意識は男だ。前世も含めれば三度の生を男として過ごしており、今生は女子中学生だが未だ生理が来ていない。生理については、そもそも人の子を孕む機能を備えていないというのが真相ではあるが。

 

「あえ……ぅ……」

 

 そんな契克は、認識上は男同士でのキスをしているということへの理解が追い付いていない。親友である晴明をそんな目で見たことは一度もなかったし、仮にも戦いの最中にそのような行為をしてくるということは全くの予想外だった。

 

「あっ……! んぅぁ……ぐぎゅっ!」

 

 生理的な反応として、小さな舌がチロチロと動く。晴明はそれが邪魔だと言わんばかりに、自らの舌でそれを押さえつけた。そして、少しした頃。契克の黒目が上を向き、口の端からは涎と血が垂れる。生き胆を喰らう手段としては羽衣狐も取っていたそれだが、契克は、江戸時代を含めて一度もその方法を目にしていない。よって完全な不意打ちは成功し、女子供の生き胆──それも平安における最上位のそれを、晴明は手に入れることができた。口づけもこれが目的だった。心臓を直接抜き取るのは、当然警戒される。故に、最も確実な手段がこれだ。もちろん、晴明に契克への恋愛感情などない。受肉の素体が女なのも、女子供の生き胆の方がより手に入る畏が強いからだ。必要だからと迷わず実行できるあたり、やはりイカレている部類に入るのだろうが。

 

 反転術式を会得しており、無為転変も可能な契克にとってたかが心臓くらいなら生命の維持に問題ないが、身体の反応は別だ。体格差のために持ち上げられており、宙に浮いていた足先が不随意に動く。指先は閉じて開いてを繰り返し、背筋に電流が走るような快感が常に発生していた。もしかしたら程度の気持ちで契克の身体に施されていた悪戯だが、反撃するという考えに至らせないという想定外の効力を発揮しており、契克の状態を遠隔から見ていた心結心結(はんにん)も驚いている。

 

「ぁん、れ……?」

 

 心臓は失われたが、血の巡りには問題が無い。纏まらない意識と共に、心結心結が仕掛けていた心理的迷彩が解除される。そして、この場にいる者で契克を──心理迷彩が解けたことで姿を明確認識できるようになった彼女を見た反応は二種類に分かれた。一つが、黒田坊のように四百年より後に奴良組に加わった、もしくは生まれた妖怪。それらは晴明のとった行動そのものに戸惑っている。

 

「珱……ひ、め……?」

 

 そして、もう一つ。()()を知る者の筆頭として、その様子に目を見開いて動きを止めているぬらりひょん──リクオの祖父がいた。まるで時間が止まったかのように呆然とする姿は、かつて百鬼夜行を率いて羽衣狐を一度倒したとは思えないほど弱々しかった。

 

「策を弄することの愉悦を知ったのは、千年でこれが初めてだ」

 

 そして、その背後に立つ鬼童丸。刀は大きく振り上げられており、そのままでは間違いなくぬらりひょんを絶命させるだろう。

 

「よう……ひめ……珱姫ぇ!」

 

 しかし、愛した妻の姿が別の人間に利用され、ましてや唇を奪われている現状に他のことを気にかけている心の余裕はなく。

 ようやくわずかに意識が現実に戻ってきたぬらりひょんが叫び、それに反応するように契克の腕が動く。天逆鉾をちょうどよく手にあったからとそちらに投げ、振り下ろされた刀の軌道をわずかに逸らした。

 

「致命傷を避けたか……!死者の思いとでもいうつもりか」

「いや、首がもげた蜻蛉(とんぼ)が、外部からの刺激に反応したようなものだろう」

 

 致命傷を避けただけであって、戦場に出るのは当分不可能、ともすればこれからの生においては死を覚悟して一回できるか程度の傷だ。今起きたことを冷静に分析した晴明は、今の現象を捨ておいていいと判断する。

 

「……人の心とかないんか」

 

 ゆらの式神である破軍として、唯一実体化している十三代目秀元はぼそりと呟く。気づけなかった自分への怒りと、死者であり友人(ぬらりひょん)の思い人を弄んだ晴明たちへの怒りで徐々に声量を増していった声は、周囲に響くほどに大きくなった。

 

「ざけんなや……このドブカスがぁ!」

 

 柄にもなく激昂する彼に、ゆらは何の反応も示せない。なぜならば、ゆらの脳は別のことで埋め尽くされていた。晴明が復活した瞬間、ゆらの脳裏に溢れ出した、存在しない記憶。

 三人でこたつを囲んだり、しょうもないことで喧嘩している晴明と契克を眺めたり。そして、ともに酒吞童子の討伐のため足並みをそろえて戦ったことに、玉折事変で道を違えたところまで。それら蘆屋道満の記憶を追体験したゆらは、その情報の処理に気を取られている。

 

 そして誰も邪魔されない今、晴明は契克の心臓を飲み込んだ。同時に、規格外に増大する畏。この世界に存在する最高の生き胆を喰らうことによって、"鵺"──安倍晴明が完全に蘇る。

 そして、多少なりとも視界の焦点が合ってきた契克が心臓を修復する寸前──晴明は取り出していた羽衣狐の心臓を、彼に埋め込んだ。

 

「専用に誂えた()()に、心臓によってより強くなった血の縁。これで、次に生まれる母は最も強靭な体として生まれる」

 

 即ち、晴明にとっては一度母を殺すことすら計画の内だった。母が死んだのは、人より弱かったから。であれば、より強い母体から生まれた体を使えばいい。

 持ち上げられていた手を離され、呆然としたまま地面にぺたりと座った契克に晴明は冷静な視線を向け続ける。

 

「お前なら、最も強い母の身体を孕めるだろう」

 

 反転術式と他者の回復を独学で身に着けた天才(珱姫)の身体に受肉した、晴明が認めた自らに並びうる術師(契克)。そして、たった今移植した心臓による羽衣狐本来との強いつながり。これならば、これまでの千年で最も強い羽衣狐が生まれるだろう。母体としての調整によって、契克から生まれるのは人ではなく半妖か妖怪だけだ。

 

「千年前から抱いていたお前の目的──"呪術廻戦"は叶わなかったのだろう。ならば、今度は私がお前に生きる意味を与える。──共に来い。前に話していただろう。私とお前ならば、非術師(さるども)を全て殺すことも可能だと。お前と私で、これからの世界を創るぞ」

 

 差し伸べる晴明の手を、契克は──




精神的BL要素無しの友情オンリーなTS娘とのキスシーンを書きたかった。
20話目にしてようやく主人公の容姿を描写できたんですよ。

Q.なんで晴明陣営は主人公を幼い姿にTSさせたんですか?
A.女子供にして最強に並ぶ術師の生き胆で晴明を完全復活させるためであり、羽衣狐を歴代最強の身体にして産み直させるためでもある。ついでにぬらりひょんの脳を破壊して確実に葬れたらいいなと思っていた。
平安時代の女性は10代前半で成人するので、子供の生き胆というならそれ以下の年齢の体にする必要がありました。

これが"意味"です。


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番外:意味と意義
『十二天将+2』


番外編。黒閃が微笑まずに分岐した先の話。


「そうだね。ならこれからは、それが私の理由だ」

 

 ──その手を取った。

 

 


 

 

 葵螺旋城、()()()に与えられた離宮にて。

 

「家系図が複雑骨折しとるやんけ」

 

 蜘蛛の巣も斯くやという状況に、新たな十二天将の一人が呟く。自分が死んだら式神になることは分かっていたが、まさかそっちの式神になるとは思わなかった。そう思いながら、彼女は麦茶に手を伸ばす。人が減ったことで温暖化が解消されて夏場でもクーラーが不要になった日本では、もし暑くなれば水行符を使う程度で済んでいた。

 麦茶の並んだテーブルには、同じく十二天将の一人にさせられた被害者……本当に被害者か?ともかく、新しい式神と、その娘の二人がソファーに座っていた。まあ、娘の方は晴明の母親なのだが。

 

「千年前の親友の母を産んだってなんなんや……それに、いつの間にか私含めて三幹部みたいになっとるし……」

 

 そんな事情に関係者として巻き込まれているのだと実感して、彼女は何度目かの溜息を吐く。まさか()()()()()好待遇でスカウトを受けるとは思わなかった。まあ、死因は物理的ヘッドハンティングだったのだが。

 

 日本は平和になった。火力発電だとか、工場だとかの煙──工業文明に頼らざるを得ない非術師はその煙が自らへ牙を剥いたことで死んでいき、後は死滅回游だったり晴明が鏖殺を行ったりで非術師は滅んだ。

 今や標高の高い山に行かなくとも澄んだ空気を味わうことができ、夜には満天の星を眺めることができる。それでいて、陰陽術によって生活のレベルは以前と変わらないままになっているあたり、契克は天才だったということだろう。まあ、立ち並ぶビルは醜いからと消し飛んだが些事だ。

 そんなことを考える、今は半ば燃え尽きたように日常を送っている彼女だが。生前最後の戦いでは、神となって平安の全盛期以上となっている晴明に数ヶ月は治らない傷を与えていた。時期は晴明の復活から数か月後、"羽衣狐の出産直前を狙った"一対一。羽衣狐が晴明を産むか、契克が羽衣狐を産むかという違いはあったが、身重で戦力の一人が動けない機を狙ったのに変わりはない。その作戦には、道満由来の記憶で元は男だったと知っている同級生の少女が、幼いままで妊婦になっているという様子に精神的なダメージを負いそうになるという欠点もあったが。

 道を阻もうとする晴明の百鬼夜行をひたすらに殺し、花開院の陰陽師が何人も犠牲になりつつ前へ前へと進んでようやく訪れた、晴明との決戦。

 黒い閃光と共に生涯最高の一撃を与えたその代償が命であり、彼女は全力を出し切って死んだはずだったのだが……

 

「はぁ……よりにもよって殺し合った敵の式神って……」

「破軍の娘、うるさいぞ」

 

 晴明の母にして友人の娘──羽衣狐に文句を言われる。人間だった時なら敵意しか抱かなかっただろうが、式神──神の眷属に近い状態になって価値観も影響されたのだろうか、個人として特に思うところもない。……その家族というか、血縁関係については頭が痛いが。

 

「私は複雑骨折家系図に入ってへんのや。五芒星もびっくりの人間関係やぞ」

「……羨ましいのか?」

「同情はするさ。ゆらちゃんは道満の記憶も持っているだろうし」

 

 羨ましくはないし、記憶もほぼ勝手に脳内に溢れ出したのだ。知らない方が良かったというか、眼前の少女が平安時代の彼にダブる。恋愛感情がなかったとはいえ、よく晴明は契克にキスできたものだ。

 そんなことを生前であれば激しく主張していたのだろうが、今はただ落ち着いて答える。

 

「死ねないし辞められない職場の人間関係が終わっとったらこうもなるやろ」

「それは運が悪かったとしか言いようがないね。私とゆらちゃんは、晴明にとって最大の敵であり、同時に()()()()()でもあるんだから。式神になって死ねなくなったのは、命を代償に呪力の制限解除をしたからだよ。死なれたら困るからね」

 

 行きつけのパン屋が潰れる。職場の人間関係が色んな意味でキツイのに辞められない。そんな絶望の積み重ねが、生前は中学生だった彼女を大人にしていた。

 

「職場とは言うがな。妾たちが動かねばならん事態などそうそう来ぬだろう」

「奴良くんがおるやん。あと、お兄ちゃんとか」

 

 強くて、その上で新しい世界に馴染めない者たち。特に奴良くんの方は随分と血気盛んなようで、もはやヤクザというよりテロ組織に近い。戦力を必要としている人間に妖怪の戦力を提供したり、散発的な破壊活動を繰り返したり。

 清継や家長カナといった知り合いの非術師が死んだからだろう。カタギと呼べる人間がいなくなったこともあって、奴良組は事実上の過激派テロ組織に転向していた。

 花開院家は内部分裂。研究に重点を置く者と、自身の地位向上を目的として御門院に合流する者、始祖である道満の意志を継いで弱者の保護を行おうとする者の三種類に分かれた。とはいえ、弱者の保護といえど相手は術師だ。背中を刺されて命を失う者が最も多いのが最後の派閥であり、壊滅は間近になりかけていた。

 

 そんなことができているのも、社会構造を維持できるほどには平和だからである。

 とはいえ、民主主義ではなく管理社会と例えた方が近いが。御門院とその派閥で社会を再編し、式神を創る術の持ち主に作らせた、術師の呪力登録と管理を行う式神。その運用を開始して平和を維持することができているのだ。

 

「毎回思うのだけど、シビュラシステム的なあれかな?」

「シビュラって、海外の巫女やっけ。あのカミサマの支配する世界にはちょうどええ名前やね」

 

 最悪のネーミングだと思う。自身を神と称する、というか実際に神になったのが自分の仇であり、今の主なのだから。苛立ちはないが、少し憂鬱な気分になったゆらは足音に気付く。それは残り二人も同様だった。

 

「噂をすれば」

 

 入ってきたのは、神になったことで金色の髪に変色した晴明だ。ゆらが傷つけた全治数ヶ月の傷も、一年が過ぎればすっかり治っている。そのことに不満を覚えつつ、仕事の話だろうと当たりをつける。ただ話をしにこの離宮へ訪れることもあるが、その時は何か食べるものを持ち込んでいるのだ。金髪で高身長の居丈高が蕎麦を持ってくる姿は、不覚にもクスリと笑ってしまった。

 

「私たちが出るべき事案だ。行くぞ」

「御門院に任せたらええんとちゃいます?それか、"最も偉大なる式神使い"さんに」

 

 十二天将の一体として晴明の側に所属することとなった後、彼へ深手を負わせたとして安倍姓三代目こと安倍雄呂血に術比べを挑まれたのだ。ただ、相手は典型的な式神使いというか、近接戦闘が苦手だった。

 結果、極ノ番で式神を全て自分に融合させ、埋葬蟲(しびむし)という八つ首の大蛇を倒して術者を殴り倒すことで勝利。なにか奥の手を持っていたようだが、出される前にノックアウトすれば関係なかった。

 天海僧正として知られる御門院天海と、天海の一つ前の当主だった心結心結の二人が何かを納得するかのように頷いていたのが気になったくらいか。およそ五百年前が在位期間だったことから、たぶん式神使いに近接戦をさせようとする師匠面(契克)の被害に遭ったのだろう。今度話してもいいかもしれない。契克被害者の会を作れそうだ。

 ここまでできて、契克に勝てない。ただそれだけは本当に悔しかった。もし勝てたら、何か違っただろうか。ゆらがそう思っていると、晴明の言葉で現実に引き戻された。

 

「相手は滝夜叉だ。同じ朝敵たる蜘蛛の一族を力で従え、軍勢としてこちらへ侵攻してきている。よって、私たちが出ることとした」

「滝夜叉っていうと……ああ」

 

 ゆらと契克は()()のことが頭によぎる。珍しい青色の髪をしていた彼女は、天然の呪物の器として類稀な才能を持っていた。それこそ、滝夜叉が受肉してなお自我が残るほどには。

 

「器の方が、情に惹かれて奴良くんに付く可能性か」

「せやった。……なんで私のクラスメイトはこう……才能あるやつばっかりなんや」

 

 死滅回游で、とある絵師が呪物を内に秘めた彼女を"特級仮想怨霊・滝夜叉"に変化させたことで、全盛期と全く同じ力で受肉した滝夜叉。あれが敵に回るのはできれば避けたいところだった。

 

「方法は?」

「常々同じであろう。価値が無ければ死ぬだけのこと」

 

 及川さん──雪女に続いてまたクラスメイトを殺すことになるのは気が進まないと、ゆらは滝夜叉が強いことを願う。まあ、彼女が殺されるような可能性は限りなく薄いが。そもそも、晴明が戦うことを決める相手だ。相応の力は持っていると判別されているのと同義だろう。

 それにしても、そのくらいの実力を持っているならともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。新しい世界における秩序の番人の一人は、人間たる花開院の術師ではなく神に連なる眷属の一柱として思考した。

 

「行きましょう、母よ。そして我が式神。由良、契克」

「はいはい。で、ご主人様とでも呼んだ方がいいのかい?」

「私は嫌やぞ。それ」

「破軍使い、お前は晴明の式であろう。少しは敬う姿勢を見せよ」

 

 かつての──平安の頃以来だろうか。晴明が誰かとともに歩くのは。並んで四人、地上への階段を降りていく。

 澄んだ星空を眺め、晴明は考える。あの時の悲劇を超え、もう誰にも殺されない程に強くなった母を始めとして、道満に並ぶ実力に加えて彼の記憶を引き継いだ少女や、契克と共に過ごすこの世界は──

 

「ふふっ。騒がしいな、まったく」

 

 ──最強の二人となった彼や契克にとって、心からの笑顔を浮かべられるものだった。




IFルートが書きたくなってきたので書きました。晴明ルートのハッピーエンドです。
永遠の秩序というか、PSYCHO-PASS的な管理社会になりましたし、奴良くん回りが大変なことになりましたが、晴明陣営はハッピーエンドです。生前のゆらちゃんはともかく、式神の由良ちゃんもハッピーなエンドでした。


騒がしくも心から笑える日々は、これからも永遠に続くでしょう。


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葦を啣む雁
『それ以外に負けられるか』


最強を倒そうとする話。
アンケートの御協力ありがとうございました。


「いや、もう少し、見ていたいものがあるんだ」

 

 ──その手を取らなかった。

 

「……なるほど。そこな少女か」

 

 晴明は、生まれる前に京都全域のことを把握している。よって、契克が一度敗北していることも知っていた。

 

「試すとしよう。この程度で死ぬならば、それまでだったということだ」

 

 同時に、晴明の前の空間が歪む。永劫輪廻──超重力砲撃が、ゆらに対して撃ち出された。本来ならば、一射でも陰陽師一人を葬るのに過剰といえるだろう。ましてや、現在の晴明は神となっている。それが三連続でゆらへと投射された。ならば──

 

「──こん、くらいで……死ぬわけないやろ……」

 

 片腕を犠牲に防ぎ切ったのは、それだけでも偉業と称せるだろう。そして、自動で施される反転術式によって欠損は回復する。

 

「ふむ、相応の力はあるようだ」

 

 晴明が表情を変えていないのは、些事と割り切っているのか、それが当然だと思っていたからか。

 そうしていると、頭部に巨大な目玉が付いた妖──鏖地蔵が晴明の傍に寄る。その手には一振りの刀。

 

「晴明様。約束通り、刀をお持ちしましたよ」

 

 刀──魔王の小槌を手に取り、晴明は鏖地蔵へ山ン元五郎左衛門という人物への労いの言葉をかけた。その鏖地蔵本人は、山ン元の目玉と言う個体だと名乗っていたが。

 

 刀を手に取った晴明に、武曲の薙刀を形成しているゆらが接近していた。一瞬で距離を詰めたゆらに対し、晴明は横薙ぎの一閃で迎え撃つ。

 

「援護しよう。──領域展開」

「それならば、こうせざるを得ないか。領域展開」

「お前らほんまふざけんなや!」

 

 回復した契克が領域を展開し、晴明も合わせて領域を敷く。それにより発生する無差別な必中効果を避けるため、ゆらは簡易領域を使う。領域の押し合いで、術式が回復するまでは超重力圏による防御が解除されている。よって、互いの攻撃は有効。薙刀と、晴明の薙いだ刀が金属音と爆風を以てぶつかり合った。

 その激突の余波で、京都全域が炎に包まれる。ゆらの体には傷一つついていない。直後に、既に跡地と形容していいだろう弐條城の床から無数の棘──鹿のそれに似た角が波のように晴明に迫っていく。そして、それを足場に八艘飛びの如く駆ける契克。即席の連携は、しかしゆらが道満の記憶を持っていることもあって年季の入ったそれとなっていた。

 ──戦う前に、晴明の情報をできるだけ託した。蘆屋道満のその判断は間違っていないだろう。実際、何も知らなければ咄嗟の領域に対応できず、晴明が纏っている"無限の距離"に全ての攻撃が阻まれていた。

 ただ、道満は既に死んだ身として、表舞台に出ることを避けた。故に、現代の陰陽師の強さについては、ゆらを基準にするしかない。

 結果、傍から見れば、周囲の被害を考えない暴走と同義の戦いとなってしまっていた。

 そして、これは道満も契克も気づけていない、ゆらしか推測できていないことだが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。晴明を打倒するための必要条件がそうである以上、ゆらに取れる手段は契克を殺してから晴明に挑むか、契克と共に"最強"に挑むかの二択であった。

 

「刀は──今は不要か」

 

 魔王の小槌を使うのは、あくまで鵺としてだ。現人神の安倍晴明としては、使う必要が無い。空間の軋む音と共に、魔王の小槌が高速で射出された。それに対し、二発の銃弾が叩き込まれる。続いて切先に合わせるように槍が投げられた。威力が殺された刀は、祢々切丸によって弾かれる。続いて、それを為した彼は太刀を虚空から引き出し、勢いのままに鏖地蔵へ切りかかった。両手を上げて、京の町が燃えている様を楽しんでいたその翁に反応できるはずもなく。斬撃に、続くハンマーでの殴打、斧や大質量の大剣の攻撃に加えて祢々切丸の剣閃といった全力の連撃に跡形もなく消滅した。そこまでしたのは、彼──リクオの父親を殺した仇の一人だからか。

 

「千年前に死んだ奴が、この世で好き勝手やってんじゃねぇ」

 

 羽衣狐との戦いで疲弊した中で更に術式を使い、左腕は崩れかけて息を切らしているが、それでも奴良リクオは立っていた。

 

「……なんだ、お前は」

「あー、らしいで、契克」

「耳が痛いね」

 

 道満はどうか微妙なところだが、記録上千年前に死んでいた契克が微妙な表情を浮かべる。

 

「……奴良くん、今は引っ込んどき。あんたが倒さなあかんのは"鵺"や。晴明ちゃう」

「どういうことだ」

 

 語る必要はない。というより晴明のいるこの場で語るのは不利益にしかならない以上、話すべきではないと判断して、ゆらは再び攻勢に戻る。

 相手もゆらが反転術式を使えることは理解済みのようで、機動力の重点である足と、反転術式そのものの弱点である頭部を狙っていた。

 

「"最強(晴明)"は私らが倒すいうことや」

 

 そしてその場合、ゆらたちの勝敗に関わらず、平安より生きる"鵺"を倒す必要がリクオにはある。よって今後のことを考えれば、彼がここで倒れることは避けておきたい。

 

「たたっ切る!」

 

 ただし、本人は祖父や父の大切な人を利用した策略を練った晴明への怒りが抑えられていないようだが。

 

「……ゆらちゃん、そろそろだ」

「術式が戻るんか」

 

 晴明の周囲が歪む気配がした。術式の回復。それによる無下限のような守りの復活を意味しており……

 

「なん……だと……」

 

 リクオの全力の突きは、晴明の周囲に存在する無限の距離によって届くことなく動きを止めた。

 

「なるほど、祢々切丸か。それに、術師としても見所はある。だが私を倒す程ではない」

 

 そして、少し触れるだけで祢々切丸は砕け散る。

 

「盃盟操術……っ!」

「遅い」

 

 左腕を捨てる覚悟で咄嗟に自らの術式を使おうとするが、晴明は既に重力場をリクオの付近に発生させている。本来ならば誰も手が届かずに圧殺されるそれに対し、リクオの服の襟が遠くから掴まれて、辛うじて躱すことができていた。

 

「間に合ったかな」

 

 無為転変。それによって契克は自身の腕を伸ばしてリクオを引き寄せる。それでも致命傷は避けられないはずだったが、羽衣狐の残骸が庇うことによって、幸いにも無傷で下がることができた。

 

 ──そして、御門院心結心結の仕掛けた機構が起動する。安倍晴明の復活後、珱姫の体が無為転変の対象になった時に発動するそれは、天海の施した全国規模の結界を通じて、マーキングした者に対して呪物や術式の最適化を行うものだった。

 

「……では一度退こうか」

 

 それを察知し、晴明は御門院の本拠地に戻ろうとする。

 

「逃げるつもりなんか?」

「そうだ。ここは一旦退くとしよう」

 

 当然、逃がさないとばかりにゆらは攻撃を畳みかけた。契克から渡された天逆鉾を構え、貪狼や禄存といった四足歩行で速度に優れる式神も呼び出す。

 

「星辰操術・極ノ番」

 

 次の瞬間、それらは全て消滅していた。呼び出した貪狼や禄存といった式神や、自分が移動した距離を含めて初めからなかったかのように消え去っている。そして、傍らにいたはずの契克もいない。全てが数秒前に戻ったような状態の中、晴明の手には先ほど手放したはずの魔王の小槌が握られていた。

 

「千年間ご苦労だった。鬼童丸……茨木童子……そして京妖怪(しもべ)たちよ」

 

 そう語った晴明の眼前には、いつの間にか黒く捻じれた空間が現れている。

 

「回游の終わりに再び会おう。道満を継ぐ者、そして若き魑魅魍魎の主にして術師よ」

 

 空間の先に姿を消した晴明や、それに続く京妖怪を追って飛び出そうとするリクオだが、先ほど重傷を負った祖父のことが頭によぎり、一瞬ためらってしまう。そして、選ぶのは祖父の安否。そうしてそちらの方に向かうと、それとは逆方向──晴明を追って門へと滑り込んだゆらの姿とすれ違った。

 

「奴良くん、後はよろしく」

「っおい!待て!」

 

 そして、出現した門のような空間が消え去る直前。ゆらがそこへと滑り込んだ。

 

「行きやがった……」

 

 無事を祈るしかないと考え、リクオは祖父の下へと急ぐ。

 

 

 葵螺旋城、その頂上にて。御門院の五代目を除いた全ての当主が揃っていた。周囲には当主ではないが相応の力を持った御門院の精鋭が控えている。彼らの目的はただ一つ。祖たる晴明を迎えることだ。

 そして、晴明は大妖怪の大群を連れ、葵螺旋城へと降り立った。

 

「よくぞ、我が身の還る場所を……守り尽くしてくれたな。礼を言うぞ、息子どもよ……」

 

 そして、この場にいる安倍姓二代目こと吉平は、奇妙な気配を感じる。血縁と言うのだろうか。この場において血のつながりを明確に感じるのは父である晴明ただ一人のはずだ。しかし、それとは違う、多少薄けれども確かに感じるそれは、()()()()()()()かのように動かない一人の幼い少女が大本となっていた。

 

「(確か、父の言っていた計画の一つだったか。とはいえ私のやることは存在しなかったから、概略を聞いた程度だが)」

 

 そして、吉平は京都にて何が起きたかを知ることとなる。そして、これからのことについても。

 吉平は、玉折事変の際に烏崎契克の姿を見たことはある。確かに男だったはずだ。

 

「(……これから祖母を産む? 烏崎契克が? なぜ女に……? オレのような天与呪縛か???)」

 

 ただ、理解できるかどうかは別だった。脳が現状の理解に処理を割いている直後。

 

「──去ねや」

 

 この空間が、大きな獣の顎で噛み砕かれる。対処は各々で違った。後方へ飛びのく天海と心結心結、式神に乗って躱す雄呂血と有弘。有行は懐の鏡の中に避難して事なきを得ていた。そして最も多かった対処が──

 

「御前だぞ、場ァ弁えろや!」

「この術式──花開院の陰陽師か!」

 

 水蛭子や長親のように、攻撃を相殺することだった。

 

「晴明様の前でこんなことやらかしてんだ!覚悟はできてんだろォ……な……っ」

 

 御門院最強と言って憚らない水蛭子が先陣を切ろうとする。実際、身体を五行それぞれに置き換えた彼は、破壊性能の一点においては確かに御門院で最も優れていた。

 四肢そのものが五行になっている、ということは、常に術式が発動しているということで。それはつまり、ゆらが投擲した天逆鉾でいともたやすく無力化できるということも意味していた。体に刺さったそれを逆手で持ち、呪力で強化した身体能力で、執拗に頭部や心臓を貫く。幕末以来使ったことのないという彼の極ノ番は、その使い手ごと葬り去られた。

 

「まず一人」

 

 そして、一人やられて八対一の状況であるとはいえ、御門院側も本気で対処すべき相手だと見做す。呪具頼りの戦い方ではない、確かな戦闘スタイル。戦い方に既視感を覚えた天海は、晴明の方をちらりと見た。

 

「(結界の常として、内側から外側への脆弱性が高い。ある程度対策をしているとはいえ、葵螺旋城もまた同様だ。あの小娘が逃げる前に、晴明様が対処してくれれば最も楽なのだけれど……)」

 

 天海は思考する。今暴れている陰陽師の小娘に、晴明は見定めるような視線を向けていた。つまり、よほどの強者か、かつての知己か。花開院であることを加味するに……

 

「蘆屋道満、その受肉体といったところかな?」

「ちゃうわ。契克と一緒にせんといて」

 

 流石に風評被害は避けたいと否定するゆら。

 

「術式は相伝……紫微斗法術ですか。なら、蘆屋道満の記憶と経験を引き継いだというところでしょうネ」

 

 そして、御門院の当主は即ち少なくとも一分野を極めたと言える者たちだ。情報を与えれば、手の内は暴かれる。今回であれば、形代、即ち人間を対象とした術の専門である心結心結が正解したように。

 

「上等や。"最強"に挑むんやぞ。それ以外に負けられるか」

 

 ──全員ブチ抜いたる。そう言ってゆらは天逆鉾を構えなおした。




ラスボスと戦った後に自分がレイドボスになる系ヒロイン。
妊婦を戦わせるのはコンプライアンス的にアレなので、メロンパンはちょっとの間戦えません。


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『勝利条件』/AAでよく目にしていた

実は色々と考えていた話。


 まず動いたのは、雄呂血だった。天逆鉾の実物を今まで見たことはなかったが、当たった時点で術式が解けるものと推測。呼び出した"実体のある"式神に対してどうなるかの検証も兼ねて巨大な大蛇を呼び出した。

 ゆらは回避を選択。蛇の頭に乗り、呪力で形成した薙刀をその目に突き刺す。薙刀を放置して飛び降りれば、先ほどまでゆらのいた空間を無数の鷹が突進していた。

 飛び降りると共に、廉貞と融合させた禄存の角を呼び出す。両足をつけて上に乗り、ウォータースライダーのように滑って移動する。

 向かう先は、居合の構えを取る男。彼──長親は、自らの視界を2.5メートルに制限することで、その範囲内を一切の区別なく切り刻む術式を持つ。

 対するは、シン・陰流──抜刀の構えを取るゆら。花開院と御門院の抜刀術、その最速を競う戦いは、ゆらが動きながら抜刀を使用することが可能になったことで優位に立っていた。

 長親の持つ刀を砕き、その勢いで首を斬り落とす。七対一。噴出した血がゆらの服や、足元の水を赤く染めた。

 

「雲よ、矢を放て」

 

 長親の術式は強力だったが、無差別故に援護は不可能となっていた。よって、彼が死んだ直後、想定通りに足場が狙われる。正確には、水を流しているところに雷が落ちることによって。吉平による天候操作の術式。雨乞いに代表されるそれは古来より世界各地で見られるものであり、だからこそ基礎を突き詰めることで強大な威力を誇る術式となっていた。

 ゆらは角で形成した足場を消去。飛び散った水飛沫が雷によって電気を無差別に振り撒く。

 

「螺旋蟲!」

 

 即座に、天海が蝸牛の粘液を展開して雷を抑え込む。そして、ゆらはその隙を逃さない。式神で対処したその瞬間に呪力で強化した蹴りを放った。

 

()ったと思ったのだけど……入れ替わり、既に経験済みだったか」

 

 それは粘液で作られた擬態だったが。ゆらは絡めとろうとするそれを、すぐさま飛び退くことで回避した。ゆらの兄が契克と戦っていた時に披露していたが故に、その対策も既に想定できていたのだ。

 

「……方違(かたたがえ)

 

 そして、そこに設置される禁忌の方角。敵味方問わず、その場でその方向に行った者に災いを起こすその術は、ゆらの動きを一時的に止めることに成功した。呪力の放出で即座に破壊されるそれらだが、短期決戦を取らなければならないゆらにとって、呪力量の損失は厳しいものとなっている。

 

「すでに死んでいるなら、なにも気にすることはないわね」

 

 そして、動きが止まったのなら必殺の一撃が投射される。死体である水蛭子を、心結心結は強制的に動かした。方違や呪力の衝撃で死したその体が崩れていくのも厭わず、ゆらの至近距離まで辿り着かせる。そして──

 

五蘊皆球(ごうんかいきゅう)──でしたか」

 

 相剋関係となっている五行を強制的に融合させることにより、純粋なエネルギーを取り出す。当然、それを制御する人格のない現在はただの大規模な自爆にしかならないが、死体を利用するのであればそれで十分だった。

 

「ちっ!貪狼!」

 

 対抗するため、ゆらは自らの出せる最大威力である獣の顎──貪狼でエネルギーごと死体を砕こうとする。自壊を続ける水蛭子は容易くその形を跡形も残さず滅することができたが、大規模な破壊の渦動は別だ。

 爆風が周囲に吹き荒ぶ。晴明に付いてきた妖の中でも比較的弱い者や、研鑽を怠っていた御門院の陰陽師が巻き添えに死んでいく中、直撃したゆらは肉と腸が抉れる痛みを覚え、即座にそれが反転術式で治癒されることを知覚した。止まれば即座に死ぬだろう。そんな暴威の中、ゆらは攻勢を続けていた。守りに回った瞬間に、反転術式があっても追いつかなくなる──極ノ番の継続時間も限界に近いこともあって、攻め続けるしかないということを考慮しても異常なほどの、それこそ一人でも多く屠ることを目的とする動き。

 

「……哀れだな」

 

 晴明は呟く。いくら道満の記憶と経験を追体験したといえど、あまりにも無謀な八対一。現在は六対一にまでもつれ込んでいるが、晴明自身が出れば、数の差も相まって敗北は確実だろう。晴明以外の御門院や安倍姓と渡り合えているだけであって、晴明の参戦でその均衡は崩れる。それを理解した上で彼女はこの無謀な賭けをしていた……?

 

「いや、自覚的な自棄だと……?」

 

 晴明にはその理由が理解できない。生来の強者であり、在りし日を目指すものとして定めて客観的に見ることのできない彼は、()()()()()()()を解することが不可能だった。

 目的は察することができないが、重力の檻などいくらでもやりようがあると考えてゆらを捕らえる晴明は、そのゆら自身が懐から拳銃を取り出したことに珍しく驚愕の表情を浮かべた。その銃口が向いている先は、烏崎契克だったのだから。

 不意打ちを、この現状で唯一の味方に向けて使う。確かに契克は羽衣狐を孕んでいるが故にその判断も間違っていないが……

 晴明は自らの直感に従い、再び空間を繋ぐ門を形成。引き金に指をかけたゆらを葵螺旋城の外へと転移させた。

「──!まだ終わってへん!……晴明!」

「刺し違えてでも、という意図ではないだろう。ならば、何故だ」

 

 ともかく。そう考えて晴明は意識を失っている契克を離宮へ連れていく。万が一意識を取り戻したとき、さきほどのゆらのように大立ち回りで生き残っている当主が減らされるのは面倒だった。

 

「身重で身体能力が落ちていれば、十分に止めることが可能だろう」

 

 契克がこちらに付かなかったとしても、事実上の封印が可能というメリットがある。そう想定して実行した珱姫の体に受肉させて孕ませるという手段は、正しく成立していた。

 

 


 

 この世界、ぬらりひょんの孫だった。やることもなく離宮に閉じ込められている現在、ふと気が付いたのだ。原作完結が10年ほど前だったことから思い至らなかったが、道理で羽衣狐に見覚えがあると思った。やる夫スレのAAでよく目にしていたのだ。AAの都合上カラーではなかったので、黒と白だけとはいえイメージと合致するには時間がかかっていたが。

 

「道理で呪霊はいないし、畏なんて言葉があると思った」

 

 なら、ゆらちゃんが無謀な突撃をしてきたことにも理由が存在しているかもしれない。とはいえ、あれは特攻に近いだろう。幸いにもどこかに飛ばされたが、去り際に見たゆらちゃんの目は、死ぬ覚悟も宿していたそれだった。つまり、ゆらちゃんが死んでも目的は達成できる……正確には、俺とゆらちゃんが死ぬのも勝利条件の一つだった……?

 

「──そっか」

 

 考えてみれば簡単な話だ。なんてことはない。結局のところ、晴明は晴明だからこそ最強なのであって、最強だから安倍晴明というわけではないのだ。

 

「……結局聞く羽目になったね」

 

 何を託されたのか。部品として必要だから死ぬというのであれば、それでも構わない。それもまた生き方の一つで、"熱"の有無はともかく否定する権利は誰にもないと俺は思う。ただ、それが考えた末の答えなのかどうかくらいは、確かめるべきだ。俺と、ゆらちゃん自身の最期のために。

 

 ……そろそろ目を逸らすのは止めにしよう。俺の自意識が男だから、男と恋愛するのは生理的に無理だったが。まさか処女懐胎とは……。成長が早いからか、十月十日もかからないだろうが、本当に複雑な気分になる。確かに理にかなってはいる。理論上は、そうするのが最適だと言うのも理解できた。

 ──虎杖の母親が判明した時の気持ちが何倍にもなった気分だ。

 

「囚われのヒロインなんて柄じゃないけどね」

 

 五条先生ポジションを狙っていたとはいえ、事実上の封印みたいなことになるとは思わなかった。死滅回游開催前に封印されるところまでそっくりだとは。そういう点では、ゆらちゃんの成長は俺のおかげと言えるかもしれない。なにせ俺は実質五条先生ポジションだったのだから。

 

「……十年前かぁ」

 

 呪術廻戦の十年くらい前。一巻発売は2008年だ。源氏物語は週間連載ではないのでそれほど意識していない平安や戦国と違って、平成の今は娯楽が多い。十数年の重みは相当に深かったのだ。受肉によって百と数十年生きた人間の言うことではないが、2008年のアニメといえばとらドラ!や黒執事、とある魔術の禁書目録。十年前ならガルパンやトータルイクリプス(TE勢)というように具体例で考えると、意外と精神にキた。光どころか眩い闇にゴーウィゴーウィしてしまっているのが晴明だが。

 

「まあ、なんとかなるか」

 

 身体が重い。記憶は既にあいまいだが、小学校だかで妊婦の体験だかをしていなければ動くのも苦労しただろう。……吐き気してきた。




ようやく勘違いに気付く。


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『伊達藩に行こう』/日本版マーリン的な

歴史考証を投げ捨てた話。戦国における術師の影響で、本来の歴史よりいくつかのイベントが早くなったりしています。


「伊達藩に行こう!」

 

 (やっこ)の数少ない友人である()()がそう提案したとき、齢を考えろと言ったのは妥当だと思う。見かけは若く保っているといえど、そろそろ寿命を迎えてもおかしくない年齢だ。旅の道中でぽっくり死んでいたなど洒落にもならない。

 芥見という名前も仮の名だと本人が言っていたからだ。彼が死ぬ前にそろそろ本名を聞きたいところだが……。そう思っていると、茶を飲んでいたもう一人が反応した。

 

「京から伊達というと、随分と遠いわ」

 

 まだ和装だった心結心結が苦言を呈する。とはいえ、彼女自身の問題ではない。実際、若くして泰山府君祭による不老の延命を会得していた彼女は、見かけより遥かに体力がある。おそらく、現在の御門院家当主である僕が京を離れて大丈夫かということだろう。

 

「この時期の伊達藩……ああ、使節か。であれば、僕は基督教に対し万全を期すための視察という名目で行けるね」

「使節……ああ、慶長遣欧使節ね。以前は面倒なことになったのだけれど……」

 

 心結心結の在位期間に派遣された天正遣欧少年使節は、基督教の布教が目的だったが故に対処せざるを得なかった。というより、特級指定相当の海外の妖を連れてきていたせいで、僕や心結心結、それと勝手に付いてきた芥見で九州まで出張ることになったのだ。新たな知見を得られたのは意義深かったが、できればこんな修羅場は避けたいところだろう。……まあ、芥見がそういった現場を調べてくるせいで、陰陽頭に就任した僕が出る案件が多くなったのだが。

 

「今回は貿易目的らしいし、前回みたいなことにはならないと思いたいね」

「私、前線で切った張ったする戦い方じゃないと何度言えば分かるのかしら……」

 

 心結心結の術式は傀儡操術で、術式の解釈を広げることで人間や妖の同士討ちや遠隔操作を行うまでに至っていた。つまり、本来は遠くから傀儡を使って戦うのが定石のはずだ。

 同じように、僕の得手は結界術であって、式神を伴って殴り合うのは得意分野じゃない。勝ち筋を作らせないよう、最低限は修めた方がいいと鍛錬した、というよりはその必要性に駆られて身についていたが、できるならやりたくはなかった。

 そうして京から伊達藩へと移動に長けた式神に乗って、それなりの時間をかけながら進む。白装──安倍姓に頼るのは恐れ多いが、雄呂血様の蛇ならすぐに着くと考えると、巨大な式神の有用性も理解できた。

 

 そして、以前の使節が持ち帰って来たもの──海外の妖怪ではなく、西洋の音楽などについて話したりしながらの道中も終わり、伊達藩へと到着する。

 

「これが、どれす……?」

「ゴスロリとも言うらしいね。ゴシックロリータだったっけ。海外の年号と服の種類らしいよ」

 

 心結心結は、持ち帰ってきた品を興味深そうに眺めていた。事前に欧州について調べていた芥見がそれぞれの解説を行い、ついでに呪詛を含んだ品を仕分けていく。結界での隔離と分析は僕の仕事だから、正体不明の物を矢継ぎ早に回されるよりはましだが、どうにも鑑賞会の片手間にやっているようにしか見えない。

 

「藩主から検品の返礼として、いくつか持って帰っていいと言われているよ」

 

 僕は海外における呪詛のデータが取れれば十分なので、おそらくは心結心結が決めることになるだろう。視線が洋服の方へ向いていることからも明らかだ。

 

「ねえ、天海。私は貴方の一代前の当主──いわば先代にして師のひとりと言っても過言ではないわ。言いたいことはわかるわネ?」

 

 随分とあのドレスが気に入ったようで、真っ先にそれの解析と解呪を済ませろとのお達しが来た。明らかに厄物というか、女の情念が絡んでいるだろう代物だ。……手間がかかることは明らかだった。

 

「芥見、他の……なんで揚げ菓子を食べてるんだ!」

「正確にはチュロスだよ。流石スペインまで行った使節だね」

 

 一応許可されているとはいえ、検品中にその報酬となるものを無断で食べているのはどうかと思う。というか、それはついさっき呪詛などが無いか確かめたばかりのものだ。いくらなんでも早すぎる。

 縛りではない約束だから問題ないと判断したのだろうが、彼が割と自由人だということを忘れていた。ともかく、芥見に他の検品を任せ、ドレスの方に着手する。

 

「基本骨子としては妖刀に近い。しかし、何をすればここまで強い呪いになるのか……。げに恐ろしきは女の情念といったところかね」

 

 過呪の怨念とも形容できるそれの解析と呪いの封印を終えて心結心結に渡すと、早速着替えてくるとこの場を去った。……まだ品を検めている途中なのだけど。未だにチュロスとやらを食べながら片手間で作業している芥見と、仕事を放棄して着替えに行った心結心結を横目に、とりあえず任せていた分以外は終わらせる。三年ほど研鑽しなければ得られないくらいの知見がこの一時で得られたのは貴重だったが、かなり疲れた。

 

「……芥見、それ一本くれないか?」

「ん」

 

 終わらせた報酬として食べるチュロスは思ったよりも甘くて、酷使した頭にはありがたかったが、水が欲しくなる。

 

「私にもひとついただくわ」

 

 それなりに苦戦して着替えたのだろう。複雑な構造の洋服を着た心結心結もやっと戻ってきた。伊達藩は京より気温が低いためか、夏場でも汗をかいている様子はない。

 三人で、洋菓子を食べる。全ての品を検め終わり、後は適当に話しつつ帰る支度をするだけだ。

 

「気になったのだけど、あの馬は何だったの?」

 

 芥見は伊達藩に来た時、謎の馬を藩主である伊達政宗に譲渡していた。なにやら胴に鉄の筒を取り付け、手綱の代わりに龍の角のようなものが後ろに二つ、持ち手のようについている奇妙な馬だ。

 

「馬イクだよ。せっかく伊達政宗に会えるんだ。それくらいはしてもいいと思ってね」

「ばいく……?」

 

 そういえば、この男は偶に突拍子もないことをやる。特にまだ乱世だった頃はそれが顕著で、ようやくなりを潜めたと思ったのだが……。そういえば、あの奇妙な馬の他に、荷重を軽減する籠手も送っていた気がする。あと、それなりの等級の日本刀を六本。まさか、六刀流でもさせようとしたのだろうか。指の間に挟むくらいしか方法としてはないと思うが。

 思えば、戦国では領域展開の他に、火縄銃二丁を持って敵陣に突っ込むような男だ。遷煙呪法が火縄銃と相性がいいとはいえ、それを高威力の誘導付きで連射するような真似をする馬鹿でもある。それでいて戦国武将なら防げるはずだと妙な期待をしていたあたり、大将を張る人間は自分と互角くらいの実力とでも思っていたのだろうか。それができる可能性があるのは音に聞く本多忠勝くらいだ。

 

 そもそも、芥見のやっていることの目的が分からない。豊臣に処刑されかけた伊達政宗に呪具や馬を与えたかと思えば、豊臣側である石田三成に一級相当の呪具──振るうほどに自身の速度が増す長刀を対価無しに渡したりする。武器商人と呼ぶには商いをしておらず、乱世を望むには秩序側に立っている在り方は、長年の付き合いがある僕からしても些かに不気味だった。

 

「まあ、何にせよやることは変わらないか」

 

 術の研鑽という点で、芥見は極めて有為な人物だ。彼が死ぬまでは、友達を続けてもいいだろう。……今まで散々修羅場に連れていかれた恨みがあるから、死んだら大喜びしてやるけれど。

 

 


 

 

 戦国時代何もわからない……。俺はフィーリングで日本史をやっている。

 せっかく呪術廻戦で術式バトルができるなら、BASARAするのもやぶさかではない。そう思って戦国時代はだいぶ暴れまわったのだが、いかんせん俺と他の戦国武将では強さの格が違った。ホンダム……本多忠勝は相応の強さだったが、他があんまり……

 なので、関ヶ原に向けて有名な戦国武将に武器を配ることにした。平安の時に作るだけ作って使わない呪具があるので、それをこの機会に放出しよう。やっぱり塩漬けは勿体ない。

 ……関ヶ原には体の寿命が持たないのが残念だったが、いい感じになるだろう。あと、本来の歴史より使節の時期が早かったりするので、洋菓子を目当てに伊達藩まで行った。伊達政宗といえば有名な武将だ。とはいえ独眼竜が有名で、武器自体はさほど高名なものじゃなかったはずだ。なので六爪流と馬イクでいい感じにパーリーしてほしいという願いを込めて渡しに行くことにする。

 一人じゃなんか寂しいというか、せっかく人脈を作ったのだから皆で旅行に行こうと天海や心結心結を誘ったら、快諾してくれたのには助かった。一人旅は平成になって新幹線ができてからでないと暇でしょうがない。

 

「将来的には俺が美少女キャラとしてガチャから出る……ってコト!?」

 

 戦国武将が美少女化する平成だ。二丁の火縄銃で前線に出る凸砂的な立ち回りをした記録を残している俺が美少女化されてもおかしくない。なんなら、平安の陰陽師としての俺──烏崎契克も同じ可能性を持っている。……CVはだれになるだろう。

 前世では"自分を美少女化してみた"とか"自分をアニメキャラ化してみた"的な診断がネットに存在した記憶があるが、俺はアニメキャラ化することが内定しているようなものだ。それも、アニメの題材としてはもってこいの戦国や平安の有名人物となれば、大御所や有名声優がつくだろう。

 

 そういえば、古典というか平安以後の俺の評価だが。日本版マーリンというか、晴明を始めとして頼光とかの英雄に対する助言者としての立場になっていた。平安の物語で困ったら俺を出しておけというか、晴明を正義の陰陽師として語る都合上、悪の立場になる道満の功績のいくつかが俺の逸話と統合された感じだ。

 

 平安の当時は想定していなかった、後世の評価という楽しみが増えている中、伊達藩から京へ帰る。現在の寿命は近いが、受肉先の家系も決まったことだし、後は流れに任せるだけだ。次の受肉は平成。ついに望んでいた原作がやってくる。

 

「楽しみだ。本当に」

 




アニメやゲームより先に、自分自身が女体化して受肉した。


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描写からしてジャンプじゃないだろ/『他に方法はないんやけど』

世界がジャンプの漫画だと認識した話。


 暇だ。テレビもない。車の騒音がないのはいいことだが、ネットやラジオすらないのは本当に暇だった。

 それにしても、ぬらりひょんの孫か。呪術廻戦じゃなかったことはショックだが、同じジャンプには変わりない。

 

「アニメ終了が16巻あたりだっけ。惰性をとっくに過ぎてるね」

 

 安心院(あんしんいん)さん曰く十巻以上続くコミックスは惰性。とはいえ、当のめだかボックス自体が十巻をオーバーしているし、ノックスの十戒のようなものだ*1。そういえば、めだかボックスのアニメも10年前だっけ。結局、俺の生きている間に-13組編は放送されなかったわけだ。

 

「それにしても、無駄に長生きしちまったぜ」

 

 平安から準備していたのがほとんど無駄になった。……ゆらちゃんがヒロインということは、俺が一撃入れられたのも納得できる。京都というホームグラウンドで、戦うべき相手は花開院とも因縁のある羽衣狐だ。負けイベントに勝った程度の乱数は起きるだろう。そもそもの黒閃が乱数の存在だったし、早く気付くべきだったかもしれない。

 

「にしても、描写からしてジャンプじゃないだろ」

 

 俺の呪力を吸って急激に膨れた孕み腹を見る。エイリアンみたいに体を突き破って産まれたら嫌だとは思うが、それならそれでしょうがないだろう。……やることがないと、本格的にネガティブな考えしか浮かんでこないな。

 

「この世界がジャンプだったら大失敗したな。修行パートなんて伝統的に評判が悪いじゃないか」

 

 十年前から相変わらず、修行回は人気とアンケートの下がり方が激しいのだ。まあ、突如として始まる学園編とトーナメントバトルよりはマシなんだろうが。さて、それならとっとと脱出するとしよう。仮にこれがぬらりひょんの孫の世界なら、妊婦の腹を蹴ったり殴ったりといったことはしないだろう。倫理的にアウトというか、ヤングな方のジャンプでもあるかどうかというレベルになる。じゃあ大丈夫だな。描写はあっていせいぜいR-15くらいだろう。

 

 流石に天海が専門というだけあって時間は掛かったが、結界を解除して壁を蹴破る。物理的にボテっとした腹で足の可動域が狭くなっていて、呪力も五割ほどが子宮内の妖に吸われていた。

 なにも考え無しに力押しを選んだわけじゃない。今の俺は、晴明の母親を人質に取っているようなものだ。もちろん晴明も防御は張っているだろうが、それは俺を守ることと紙一重になる。

 

 さて、この葵螺旋城は名前の通り螺旋となって上へ上へと建築されている。上るにはそれぞれの離宮を通らなければならないが、降りるなら話は別だ。一気に飛び降りればいい。葵城跡地は水が張っていたから、落下しても問題なかったはずだ。そうして視界の端に捉える星が上に落ちるのを見ながら地上に着くと、冬になっていた。

 

「なんで……?」

 

 まあ、晴明があの離宮の時間を遅くしていたとかだろう。神に等しくなって、術式を拡張する解釈が多少無茶でもこなせるようになっている。というか、重力操作能力が強すぎるのだ。

 濡れた服を乾かすために、煙草の自販機を破壊して一カートンほど頂戴する。この時代には既にタスポだかなんだかが必要になっていたんだと懐かしい気分になりつつ、そのうちの一本に火を着け、煙を服に纏わせて乾燥させた。

 

「ちょっと!なにやってるのよ!」

 

 それなりに大きな声に振り向くと、けばけばしい化粧をした知らないおばさんがこちらを指差している。ワカメみたいな髪に、いかにも語尾にザマスと言ってそうなメガネだ。

 

「あー、場所移すよ」

 

 ここ、屋外喫煙アウトだっけ。どうも晴明と会ってから、平安の時の感覚が戻ってきている気がする。今の俺は現代人だ。気を付けないと。

 

「そうじゃないわよ! アンタ妊婦でしょ! それもそんな歳で! いやねぇ、これだから若い子は。そういうゴミに私の税金が払われてるわけでしょぉ?」

「あー、もう行っていいかな?」

 

 話が長い。眼前にいる人間の実力くらい弁えろ。そういえば、社会にはネットに晒されるくらいに民度の悪い人間もいるんだった。

 

「ただでさえ喫煙者なのに、妊娠までしてるなんて、お荷物よ!お・に・も・つ! 未成年喫煙と、私に受動喫煙させた罪で死刑になりなさい! ほら! 早く!」

「聞いて……?」

「とっとと消えなさいよ!この世からっ!」

 

 二ページで死ぬモブのような造形をしているのに、邪魔だ。仙骨から伸びた狐の尻尾が目の前の女の心臓を貫き、その体を引き寄せる。

 

「こっちは千年前と五百年前もヘビースモーカーやってるんだ。余計なお世話だよ」

 

 ……やっちゃったぜ。まあ、主要キャラじゃないしいいか。

 

「──そういえば、もうひとつくらい後悔があったんだ」

 

 ギリギリで魂が残っているうちに無為転変を使って名前も知らない女の骨や内臓を改造し、戦国時代に使い慣れたのと同じサイズの日本刀を形作る。

 

「チェンソーマンの第二部、読みそびれた」

 

 もう持ち主は使うことのない財布を見ると、このおばさんは田中というらしい。数万の臨時収入も得て、当面の武器として暫定田中剣の他にチェーンソーも買えそうだ。とりあえず、主要キャラ以外の妖は殺して回っても問題ないな。さっさと実質的な呪力制限を解除したいし、心臓を奪って出産したい。……出産したいって言ってるのヤバいな。

 

「いこう。田中剣」

 

 田中剣だとなんか足りないな。けど、何が足りないのかわからない。悩ましいところだ。とりあえず、ホームセンターまでの道すがら、目に付いた妖を狩っていこう。もしかしたら、犠牲者の財布とかが落ちているかもしれない。

 

 


 

 

「どこや、ここ……」

 晴明を追って着いた城でひと暴れした後、強制的に転移されたどこかで。夏も終わりに近づいた頃とは思えない涼しさの風が吹いた。どこかの国道沿いの橋であり、川が下に流れている。近くに何かしらのスタジアムがあることから場所の特定は割と簡単かもしれない。

 

「気温、京都とか東京ちゃうよな。もっと北?」

 

 近くの柱の上の時計を見ると、陽が落ちるのがやけに早かった。ゆらは最近理科で習った知識を思い出す。北海道に近づくほど、日没は早くなるというものだ。

 

「となると、ここは東北あたりか。どないしよ。金とか持ってへんのやけど」

 

 少し歩いて、周辺の地図が描いてある看板を見つけた。大きなスタジアムには地名もついてあるだろうと見当をつけて、現在地の近くにあるあのスタジアムの名前を調べると……

 

「ユアテックスタジアム、仙台!?」

 

 死滅回游の結界へのランダム転送。それによって転移させられたゆらは、無一文かつ連絡手段無しで仙台にいた。中学生でバイトができない上に、わざわざ調べない限りは東北の術師なんて京都の陰陽師が知る由もない。

 

「仙台から東京って、いくらかかるんや。せめて、こっちの陰陽師にアプローチする手段……」

 

 その時、ゆらに一つのアイデアが浮かぶ。一度やった方法で、現在の状況からでもやれる手段だ。

 

「いや……けど、これは……。他に方法はないんやけど……」

 

 数秒の逡巡の後、ゆらは浮世絵町以来のそれを実行することを決意した。即ち、他の陰陽師が気づくまでひたすらに妖を滅する。シマが荒らされれば妖怪はケジメだか落とし前だかのためにより多くの数を派遣するから、実質入れ食い状態だ。晴明を除いた歴代当主と戦っていた名残か、今のゆらには戦うことを前提とした思考が定着してしまっていた。

 

「アレを師弟関係言うんは嫌なんやけど、なぁんか似てきた感じするわ」

 

 もしかしたら、ある程度以上の術師は、変に策を弄するより真正面から突き進んだ方がいいのかもしれない。道満の記憶でも、大妖怪を相手にするとき以外は大抵が真正面での殴り込みだった。

 

「んじゃ、やろか」

 

 この近くには刑場跡地があったはずだと思い至った。近くが住宅地だから微妙かもしれないが、鵺──晴明の復活で全国の妖が活性化している可能性もある。行ってみて損はないだろう。

 

「……寝る場所、どうしよ」

 

 連戦に次ぐ連戦、それも大物が相手だったのだ。ここから徹夜で戦うのはごめんだった。そういえば、天逆鉾を持ちっぱなしだ。今度返さなきゃ。そう思いながら、ゆらは逆鉾を懐に仕舞った。

*1
提唱したロナルド・A・ノックス自身がそれを破った推理小説を書いている




ゆらちゃんは仙台コロニーにて参戦です。石流はいないけどBASARAの名残はあるかもしれない。
珱姫(男口調で妊娠済み喫煙者かつ不可視の狐尻尾TS娘)、これ以上弄ぶな案件では?まあ、感想欄でメロンパンとか言われていたので、死体の尊厳くらいいいよね。本作一番の被害者はぬらりひょん。

そういえば、十年前ネタを擦っていますがハーメルンも十周年ですね。おめでとうございます。


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『回数券』

初期構想でやりたかったことの一つ、もしくは修行パートで首都高を選んだ理由。


 9月2日。盆や夏季休暇も終わり、帰省から帰った人々が学校や会社への不満を漏らすその頃に、それは起きた。

 全国十箇所に発生した結界。その周辺では一般人が散見され、いずれも「仮面を着けた黒装束の男に、外へ避難するかと聞かれた」と証言していた。内部にはインターネットや携帯の電波が届かず、外部とは隔絶された環境にある。そして、以上から、花開院は存在を示唆されていた"死滅回游"の発生と断定。前当主である二十七代目秀元は戦死し、当主代行は秋房に決まる。そして、新当主と目されていた、現在は行方不明の彼女は──

 

 

 仙台結界(コロニー)成立から少しした頃。気づかずに倒していたが、妖怪の一部も回游の泳者(プレイヤー)として参加していたようで、十点を得ていたことにゆらは気づいた。既に泳者として登録を済まされていたことは、契克の無為転変が起動の鍵となっていたことによる識別の都合だろう。修行で負った欠損を治された覚えがあり、それが原因だろうと当たりをつける。現在の思考は別のこと──

 

「どないしよか……」

 

 戦闘能力のない式神に告げられた八つの総則──回游の参加者である泳者(プレイヤー)を殺して点が入る制度、十九日以内に点が変動しない場合の術式剥奪。そして非術師が一点に術師が五点という区分と百得点を消費することで可能となる総則の追加について悩んでいた。回游の継続に差し支えなければという条件はあるが、現状で必要と考えられるのは結界間での連絡手段の確立と点数の譲渡だ。

 

 ゆらに非術師を殺す選択肢が無い以上、必要なのは最低でも術師二十人。点数の譲渡ルールを追加して、術式の剥奪による死を防ぐことができれば最低限となる。問題は、ゆらにとっては連戦になるということだ。復活した晴明との戦いの直後に、御門院や安倍姓の歴代当主を相手にし、それから少ししての死滅回游開始。猶予自体は相当に存在しているが、早く総則を追加しなくては非術師の犠牲が増える可能性がある。

 なにか手段はないか。そう思いながらポケットを探ると、煙草の箱が見つかった。当然だが中学生のゆらはタバコを吸わないことから、煙の呪法を使う契克の物だと理解する。なら、わざわざゆらの懐に入れた理由はなにか。そう考えながら一本を箱から取り出す。

 

「煙草……まさか……」

 

 巻いてある紙は火行符で、呪力を流せばライターが要らずに煙が立ち上る仕様だ。道満の記憶を得たゆらはこれを知っている。こういうものを軽率に渡すあたり、身内には甘いというか。

 

「やっぱりあいつの呪具やんけ」

 

 天与の暴君に等しい頼光や特殊な血筋の金時はともかく、他の頼光四天王がなぜ平安の妖怪と互角以上に戦えていたのか。その理由でもあった。足取りは戦闘している方へ。戦う手段があるのなら、一般人を狙う、もしくは一般人ごと躊躇いなく攻撃する相手を放っておく理由にはならない。少し休んで回復した呪力で貪狼を呼び出し、巨大な式神や乱戦の最中に突っ込んで殺していく。とはいえ敵を早く排除することによって脅威を退けるスタイルでは、呪力の限界もまたすぐに訪れてしまう。よって──

 

「しゃあない。使うか」

 

 天逆鉾を左手に握ったまま、火のついた煙草を人差し指と中指の間に挟む。右手には拳銃と、対術師を想定した戦闘スタイルで、立ち昇る煙を深く吸い込んだ。

 契克が作った最高傑作。自身の術式を組み合わせて作った、量産性と効果を両立させた至高の一品。名前は、確か──

 

模倣:回数券(クーポン)、やったか」

 

 


 

 回游開始から数ヶ月。主催した天海の目的がまさしく結界の永続故に爆弾が落とされることはなく、極めて健全に回游は進行していた。そして、東京第二コロニーにて、膨れた胎でチェーンソーを振り回して戦う少女──契克の姿があった。追加された総則によって、他泳者の情報──名前や得点、ルール追加回数と滞在結界(コロニー)が判明し、"烏崎契克"を倒そうと集まった術師の山の上に座り、契克は呟く。

 

「『だが私の現実(リアル)には呪術(フィクション)が降りてきてしまった。私はもう読み手としても書き手としても、モチベーションを失ったのだよ』」

「偉人の言葉か?」

 

 知識人が行う英文学の引用、と例えるには些かに軽い口調、どちらかといえば漫画の名言をそのまま言ったような軽薄さで、契克は語る。眼前には千年前に見知った顔。今まで戦った有象無象とは違い、陰陽寮でも名の知られていた術師の一人だ。大人しく話を聞いているように見えて、言霊の対策を完了している。

 

「私の好きな漫画家志望者、シャルル・ベルナールの言葉だよ」

「志望かよ」

 

 なお、シャルル・ベルナールはこの世界に存在しない。

 

「さて、どうしたものか。見ての通り私は万全に動けない状態で、呪力出力も低下している」

 

 これはゆら──道満と晴明しかしらないことだが。契克がまともに話している時点で、全力ではあっても本気ではない。そもそも、契克は平安における"最新"であって、最も恐れられていたのは知識とその応用力だ。そして、呪術廻戦の原作に備えて、現代の知識を活用することはさほどない。──少なくとも素面の間は。

 

「仕方がないから、本気を出そうか。遷煙呪法・極ノ番(オーバードーズ)

 

 つまり、契克にとっての極ノ番は、極まった必殺技というよりも手札を全て解禁するための──トび方だ。チェーンソーを左手に握ったまま、煙草を人差し指と中指の間に挟む。右手には、ヤクザの事務所から強奪してきた拳銃を持つ。田中剣は本体の魂が消えて刃こぼれしたから捨てた。

 

「……なるほど、確かにそれっぽいな。生憎と今は持っていないが、天逆鉾(ドス)(チャカ)麻薬(ヤク)で敵を討つ。ぬらりひょんの孫はヤクザ(極道)漫画だし、それくらいはしてもいいと、()()は思うぜ」

 

 それは平安時代に晴明や道満の前で数度しか見せたことのない全力だった。強者としてのロールプレイを投げ捨てた、素の一人称での戦闘。無数の鳥が契克へと迫り、そのすべてが爆発する。契克は爆発の寸前にチェーンソーで全ての鳥を斬り落とし、更に前へ。強化した筋力でチェーンソーによる突きを放ち、腹を刺した。

 その程度で致命傷にならないと互いに知っているが故に、内臓をかき回すそれを放置した彼は攻撃の手を止めない。契克も考えは同じと攻撃に回し、互いに反転術式の使い手として脳を破壊する一撃を優先した。至近距離ならと拳を振るう男に対して契克は手に持った銃を発砲し、その拳を逸らす。互いに打つ手は一度止まり、男は距離を取ろうとする──直後に契克の腕が割け、内側から手榴弾が転がった。既にピンの抜かれているそれは、男の顔がある目の前で爆ぜる。当然、契克も巻き添えを喰らい、互いが頭部に深刻な傷を負った。

 ──ただし、契克は無為転変によって脳の位置をずらしていたが。

 

「……マジかよ」

「やっぱり、事前準備は大事だよな。回游が始まってからじゃ遅かったんだって」

 

 平安から準備していたか。その違いが勝敗の差だったと契克は言った。そして、自分の所持点数に五点が追加されたことを確認したと共に、仙骨から狐の尻尾が伸びて不随意に相手の心臓を貫いて吸収する。

 

「そういえば、これ使ったし言っとくべきか。──ぶっ殺した」

 

 痛覚を抑えるために高揚感が増す作用を持たせているからか、キメてから戦うと、自制が利きづらくなるという点があった。契克自身は何度か使っているので耐性がそれなりにあるが、初使用する場合はマズいかもしれない。

 

「ゆらちゃんに一箱分渡してたっけ。まあ大丈夫だろ」

 

 首都高で暴走し(はしっ)た仲間だ。麻薬(ヤク)キメても大丈夫な精神力だとは確認している。未成年だということを考慮しても、せいぜい一日くらい眠りが浅くなる程度の反動だろう。そう判断し、ゆらのことを頭から追いやった。一箱使い切っても、大した問題は発生しないはずだ。




首都高を燃やしたり妖怪解体(バラ)したりしながら暴走(はし)った、仕事の都合上裏社会でしか生きられない義務教育年齢。つまりそういうことです。

珱姫(男口調で妊娠済みヤクキメ喫煙者かつ狐尻尾TS娘)


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『東京第一結界』

死滅回游参戦者の話。


 二つの結界が発生した東京、そのうちの一つの前にリクオはいた。

 関東一円をシマとする奴良組として結界を放置するわけにもいかず、同時に術師として花開院から届いた東京コロニーの一つを調査する要請を機に、組の戦力を二つに分けて東京結界の対処に向かうこととなる。東京第二結界には黒田坊及び青田坊、海があることから河童など。そして東京第一結界には、三代目を正式に継いだリクオが首無などの少数を率いて向かう。

 幸いだったのは、花開院からの連絡で、結界内では呪力使用の如何に関わらず結界外との通信が不可能だと事前に知っている点か。百鬼夜行ではなく、実力不明の術師に対して単独での勝機が存在する精鋭のみで構成した少数精鋭で結界で向かう。

 その道中。清十字怪奇探偵団の団長である清継から連絡が入る。結界の成立と同時に、同じく団員である青髪の少女──鳥居夏実との連絡が取れなくなったようだ。清継はリクオの事情を知らないことから、純粋に何か知らないかと連絡を回したのだろう。そしてリクオは、東京結界のどちらかにいるだろうと推測。

 

「黒、鳥居さんとは面識があったよね」

「ハッ。言葉は交わしていませんが、拙僧は一度会っております」

 

 青田坊の方は、京都の時などで何度も顔を見ている。リクオとは別の結界の方にいた際にも保護が可能だと確認し、全体に告げる。

 

「最後に確認する。目的は、結界内の調査。情報を持ち帰ることが目的だから、死なないことを優先してほしい。それと、奴良組として間違っても仁義に外れる真似をするな」

 

 祢々切丸は秋房の手によって修理が行われており、盃盟操術を始めとした呪術のみがリクオの戦闘手段となっていた。その都合上、夜間は自傷を伴うことになり、これまでと違って昼の間に戦わなければならなくなっている。

 よって、黒手袋を着けていつでも武器を取り出せるよう術式の準備をした。昼の姿でも戦えるようにというリクオの思いは、確かに実を結んでいたのだ。

 

「よぉ!俺はコガネ! この結界の中では死滅回游って殺し合いのゲームが開催中だ! 一度足を踏み入れたらお前も泳者(プレイヤー)!それでもオマエは結界(なか)に入るのかい!?」

 

 そして、結界前で出現した式神から参加の意思を確認される。とはいえ、答えが変わるはずもなく。

 

「あぁ、問題ない。みんな──いこう!」

 

 結界に一歩踏み出した次の瞬間、隣にいた仲間たちの姿は見当たらなくなっていた。結界によるランダムな場所への強制転移。そして──

 

「盃盟操術・氷凝!」

 

 眼前に広がった炎を氷の壁で防いだ。咄嗟の反応だったが、幸いにも氷を溶かしても残るほどの勢いではなかったようで、リクオ自身は傷を負っていない。

 

「……外したか」

 

 視界の先には、日本刀を持った和装の男がいた。老齢というには少しの若さが残っており、オールバックの髪を後ろで結っている。リクオを見据えていることから、先ほどの一撃は彼が行ったのだろうと推測できる。

 

「過去の術師ではないな。老獪、老練。そういった長年の経験は見受けられない」

「……退いてくれませんか。できれば殺したくない」

 

 合流しなくても問題ない精鋭を連れてきてはいるが、こうした転移先で待ち構えているのが集団だった場合、もしくは過去の術師と遭遇したとしても勝てるかは不確定なものとなる。

 

「(結界内部とはいえ誤算だった……! 総則じゃない、"結界の法則"!)」

 

 虚空から取り出したようにも見える拳銃で、足を狙って二発。すぐさま左手に持ったそれを放り捨て、今度はライフルで腕を狙った。

 

「甘いな」

 

 そして、それらは全て斬り落とされた。同時、呪力で強化した身体能力で刀の間合いまで詰められる。

 

「泳者を殺さねば点は入らぬぞ。慢心か、術師にあるまじき甘さか。いずれにせよ、そうして無為に命を散らす前に、骨の髄まで焼き尽くしてくれる!」

「……っ!」

 

 刀に纏った炎が蛇のように迫る。大剣を取り出し、その質量での防御を迂回するように掠った火は軽傷に止まり、リクオは地面に突き刺したそれから手を放してナイフを新たに握った。夜の姿──ぬらりひょんとして身に着けていた高速戦闘を、畏による認識阻害の代わりに純粋な身体能力で行う。狙うのは相手の武器である日本刀だ。

 

「盃盟操術・鎌鼬」

 

 攻撃に使う風を加速に利用し、捉えきれない動きによって守りに回らざるを得ない刀の破壊を目指す。そして──

 

「貫くほどの一念ではあるか」

「これ以上はいいでしょう。もう一度言います。退いてください」

 

 切先を含んだ刀身の半ばが地面へ突き刺さる。彼の使っていたのは炎の術式である以上、その基点だろう日本刀が折れたことで継戦能力は著しく落ちたと判断し、更に前へと距離を詰めたその時。

 

「──術式開放。『焦眉之赳』!」

 

 折ったはずの刀身が、炎によって延長された。

 

「……躱しきれないっ!」

「刀身を折り、間合いを縮めたと判断して深く踏み込んだな。だが、私は術師だ。存在理由に由来することしかできん妖や、ただの剣士とは違う。そして、これで確証が持てた。オマエは術師との殺し合いには慣れていないのだろう」

 

 振り下ろされた刀は、先ほどとは比べ物にならないほどの爆炎を噴き上げる。咄嗟に後方へ跳躍したリクオだが、それでも右肩に深い傷を負う。熱傷によって動きにくくなった右腕に眉根を寄せつつ、武器を片手で振るえる長剣へと切り替えた。

 

「人を殺したくないというその一念は認めよう。しかし、我々術師は譲れぬ信念と呪力(ちから)を以て戦う。オマエの思いと同じように、皆手抜かりなく理由を持っているのだ」

 

 それを聞き、リクオは覚悟を決める。おそらく、この選択は後悔としてついて回るだろう。術師に悔いの無い死はないと竜二が言っていたように、死の間際ですら頭によぎるかもしれない。それでも。

 

「──覚悟は決まった。"ボク"は、お前を殺す」

「そうか。……名前はなんという」

 

 互いに事情があり、その上で譲れないのならば、こうして決着をつけるしかない。花開院のような大家ではないが、呪術界の名家に生きる者として、その覚悟を持った者への敬意として。彼はリクオへ名を問うた。

 

「リクオ。奴良リクオです」

「──いいだろう! 私は術師として、オマエを焼き尽くすべき敵として迎え撃つ!」

 

 男は刀を構える。それに呼応するようにリクオも長剣を握り、前へと駆けた。

 

「来い! 奴良リクオ!」

 

 刀と剣が交差する。斜めに切り上げたリクオの剣は、円を描くように男の首へと向かう。対して男は炎を纏わせた刀でそれの迎撃を行った。宣言通りに迎え撃つ動き。そしてそれは成功し──

 

「盃盟操術・武僧」

 

 空いていた片腕は鞘を握る構えを取っており、そこから見えない柄を握った左手は、炎で目が眩む中で一本の太刀を手に持っていた。

 

「シン・陰流 抜刀」

 

 そこから繰り出される最速の居合が、男の首を刎ねる。首から血が噴き出し、まもなく死ぬだろう彼の最期の言葉が耳に入った。

 

「……さらば、我が娘たち。……我が人生の、誇……り……」

 

 それは、一人の男の人生を終わらせたとリクオが実感するのに十分なものだった。術師を殺したことによる五点が自らの持つポイントに加算されたことを認識し、その死を悼む。目を瞑らなかったのは、結界内という戦場であるためか。

 

「──行こう」

 

 結界にいるだろう鳥居(非術師)の保護のためにも、結界外への離脱を総則に追加することが長期的な目標の一つになるだろう。そう判断し、リクオは別れてしまった奴良組の妖たちと合流するために歩を進めた。

 

 


 

 そして、東京結界内にて、結界全てにおいて最速で百点を獲得した者がいた。薙刀を片手に携えた、()()()()()。死滅回游上は鳥居夏実として登録されている彼女は、一つの総則の追加をコガネに要求する。

 

「ルール追加。全泳者(プレイヤー)の情報を開示して」

 

 彼女──鳥居夏実として登録されている彼女は、そうして目的の名前を探し始めた。




戦った男の名前は敢えて出していません。


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『慈悲深きこと即ち残酷なり』

ゆらちゃんが無双する話。


 死滅回游開始からおおよそ十九時間後に、回游全体としての大きな進展が発生した。

 各々に憑いている、ゲームマスターの窓口たるコガネが口を開く。注目を集めるようにリンゴンリンゴンと音を立てた後に全泳者(プレイヤー)に向けて行われたアナウンスは、総則の追加だった。

 

「泳者による総則の追加が行われました! 〈総則〉9:泳者は他泳者の情報──"名前""得点""ルール追加回数""滞留結界(コロニー)"を参照できる」

 

 それと共に、コガネがモニターとしての役目も果たすようになる。参加者の一覧を表示するようになり、ほぼすべての参加者がそちらに気を取られた。回游結界内に入った理由に、知り合いと連絡が取れなくなったという人間も一定数存在していることも大きいだろう。因縁ある者を探す過去の術師、強者と戦いたいがために自らより過去の高名な術師を探す者、そしてリクオのように知り合いの名前を真っ先に探す者もいる。

 だからこそ──

 

「仕掛けてくんならここやな!」

 

 現在三十五点を保有する彼女──ゆらは、参照より先に周囲の警戒を優先。自身に一直線に向かってきた黒い霧を躱す。十数メートルにもわたるそれは、しかし多少掠っただけではゆらの体に傷を付けることはなかった。

 

「けど、今の──畏か?」

 

 一度飛び退き、冷静に周囲を観察して分かったことは、あれは人の多い場所を狙って移動しているかもしれないということ。来た方向は人の多い大通り付近からだったことからもその推測の正しさは担保されている。感じた性質としておそらく妖怪。 そして、一瞬だけ霧の中に入った時に無数の人間の声で聞こえたその言葉から、何かの──おそらく血なまぐさい出来事から発生したものだと推測できた。

 

「Aujourd'hui, la cruauté est la pitié, et la pitié est la cruauté.』

 

 中学生のゆらはまだ習っていないことだが、これはとある日に使われた合言葉のようなものである。「今日は残酷なことこそ慈悲にして、慈悲深きこと即ち残酷なり」"サンバルテルミの虐殺"──1572年のパリにて行われた一万から三万ほどの犠牲者が出た虐殺であり、フランスからイタリアのローマまで下って無数の死者を出した特級指定だ。

 本来であればその怨念が仙台、いや、そもそも日本に到達することはない筈のもの。それはしかし、過去に一度日本へと到達している。海外に派遣された使節団が連れてくるという形で。

 天正遣欧少年使節団。秀吉が鎖国を選ぶ一端となったその出来事は、かつて御門院心結心結(ゆいゆい)や天海、それに芥見の三人で対処に当たったものだった。

 

「……マズいマズいマズい!」

 

 血の匂いからして、死んでいるのは一人や二人じゃないと推測するゆら。移動する領域は、以前に遭遇していた。先ほどの霧はそれに近いと推測できる。おそらくは不完全な領域。必中効果は付与されていない、純粋な別空間としての役割を果たしているのだろう。

 内部の確認は不可能。正体が分からないのなら、現状ですべきはリスクの考慮だった。

 

「(考えろ……現状で最も避けるべきは、非術師の方へこの妖怪が向かうことや。そんで、最良は協力できる複数人で事に当たる……回游参加者を確認して、仙台コロニー内にいる花開院分家の術師を探す……?)」

 

 少しの思考の後、ゆらが出した結論は──

 

「ここで殺れれば終わる!」

 

 単独で殺しきることだった。現状のゆらは不完全な領域という点から勘で導き出したが、この妖怪の厄介な点は、殺した相手を取り込むという一点にある。極端な話、誰かが結界内に入って殺されるより早く、その場にいる亡霊を殺せばカタが着くのだ。

 迷いなく霧の中に入ると、その先には大量の死体が並ぶ広場だった。馬に乗り、槍を携えた兵士たちを始め、武装した市民らが口々に同じ言葉を述べながら虐殺を行っている。死体の中には最近流行りのバンドの意匠が入ったTシャツを着ている者もいることから、この妖怪が現代に復活してからある程度以上の被害を振り撒いたことが察せられた。

 

『Aujourd'hui, la cruauté est la pitié, et la pitié est la cruauté.』

「何言っとるかわからへんねん! 日本語で話せや!」

 

 無数の銃弾が大声を出したゆらに対して放たれるが、畏によって多少は強化されているとはいえ元は普通の弾丸だ。術師としてのスペックに加えて回数券(ヤク)をキメた現在の動体視力や身体能力なら、銃弾を見ながらの回避と手に持った逆鉾による斬り落としは容易い。

 そして、反撃に移る際に要求されるのは速度。相手は個体ごとに判別するなら一般的な悪霊とさほど変わらない。軍と同じで、脅威なのは人を殺せる十分な火力が、集団で振るわれるという点のみだ。よって人が怨念によって変化したそれに有効なのは、同じように人を殺す殺戮速度となる。選択する手札は、対術師としての拳銃ではなく、術式による広域攻撃だった。

 

「式神融合──禄存・巨門・武曲・廉貞」

 

 自身との融合ではなく、式神だけでの四体融合。廉貞によって広場一帯に満遍なく展開された水溜まりから、まるで魚が跳ねるように槍の如き鋭さとなった無数の巨大な鹿の角が突き出してくる。竜二から驚くほどの才能があると称されたゆらの呪力量は視界一杯を槍と称するべき角で埋め尽くし、15世紀にヴラド三世が行ったそれの半分ほどの数ではあるが、市民と兵士の亡霊一万人を串刺しにして滅した。一本一本の呪力消費は少ないが、極めて広範囲にわたって展開したことで多少の疲労はある。とはいえ、今のゆらなら十秒ほど術式を使わなければ回復する程度ではあるが。

 そして、回数券の薬効が続いているうちに全力で走りつつ、天逆鉾を市民や兵士に振るっていく。性質上殺せば死ぬことは先ほどの串刺しでも確認済みだが、頭を撃てば死ぬかどうかの確証は取れていない。それなら短刀で致命傷を負わせる方が確実に滅することができる。ゆらはそう判断し、ゾンビゲームも斯くやとひたすらに刺し殺しては斬り殺しを繰り返していく。

 

domain expansion(領域展開)."Massacre de la Saint──』

 

 そしてこの妖怪──サンバルテルミの怨念は、ゆらをなんとしてでも殺すべき対象として見做したのだろう。無数の亡霊の共通した最期の光景そのものが、ゆらが滅した一万人を除いてもなお残る五千人ほどで一つの領域を展開しようとした時。バチバチという帯電と空気を斬り割く音と共に、残る妖が次々と殺されていった。ゆらに雷を使える式神はなく、魔魅流が京都から最も遠い結界である仙台に来るには、回游結界の発生前から動かないと間に合う時間じゃないだろう。よって、これを為しているのは別の術師か呪具使い。

 

「新手──分家のだれか、いうには早すぎるペースやな。投射呪法でも持っとる高得点の保有者か過去の術師か……?」

 

 そうして、三本の日本刀を爪のように片手ずつ、合計六刀を持ったその人間は、雷光を宙に描くようにこちらへ向けて駆けながら鏖殺を続けてくる。そして、ゆらの目の前に彼が現れた時、それが最も想定していなかった人物だったことに強い衝撃を受けた。

 

「待ちぃや。呪力を持たんはずやろ……なんでこっちにおるん……」

 

 降霊の術式を目覚めさせたとある男が、歴史に名を残した人物を自身の肉体として降ろせば楽に強くなれるんじゃないかと思い、その目論見を正しく成功させたことによって蘇った怪物。

 天与の肉体は、情報として紐づいた人格までもを正しく降ろして術者の人格を呪力もろとも消滅させる。肉体が魂を凌駕したことによって平安から蘇った、呪力を持たない怪物。生前の一切のしがらみを捨てた、剥き出しの肉体がそこに存在した。

 

「源頼光!」

 

 伊達政宗の遺産たる六刀の呪具を手に、再び生を受けた、天与の暴君・頼光。誰も想定していないイレギュラーがここに飛び入った。




天与の暴君が使う游雲が無いので、六爪流で代用しました。
またゆらちゃんがメロンパンのノリと勢いの後始末してる……


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『"最優"と"暴君"』

剥き出しの肉体、その躍動の話。


 ビルの屋上を繋ぐように、水平に雷電が奔る。

 正しくは、帯電した刀を持った男──源頼光が高速でビルを跳んでいるというべきか。振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げ……刀同士がぶつかる音が連続して続き、まるで一枚の金属板が軋むような響きを奏でていた。

 

「速すぎやろ!」

 

 その音の奏者となっているもう一人──ゆらは、手に持った天逆鉾で片手に三本ずつ握られた日本刀の連撃を捌く。契克が残していた回数券(クーポン)で反応ができているが、効果が切れた時点で形勢は相手に傾くことは明らかだった。刀による斬撃自体は防げているが、纏っている雷に一手使って対処しなければならないのもそれに拍車をかけている。天逆鉾によって無効化はできるが、電光を消しつつ刀身を受ける軌道を取らせてはくれない。

 

「(二本目を吸う隙は……無さそうやな)」

 

 頼光は脅威ではあるが、同時に呪力が存在しないという弱点を抱えている。それならば、極ノ番を使うことで中距離戦闘に持ち込むことが理想だ。が、頼光はそのための時間を確保させないよう立ち回っていた。平安の時ならともかく、今回はあの六本の呪具によって手数も万全になっている。手甲剣のような取り回しの良さに、手首の動きも組み合わせた軌道によってリーチと小回りが利く状態が加わっていた。

 

「あんなん、普通重くて持ちきれんやろ」

 

 通常と同じ大きさと重量を持つ日本刀を、指の間に挟んで振り回す。本来なら専用の籠手を使って運用するべきそれを素手で為すのは、筋力を含めて強化されているが故の、まさしく暴君の所業。

 そして、何合も繰り返された打ち合いは、ゆらが予想していなかった挙動によって中断された。

 

「──撃ち落し!?」

 

 傍から見れば悪手。六爪を一斉に振り下ろし、ビルの下へとゆらが叩きつけられる。壁面を削っての落下はそれなりのダメージだが、速度を落として着地の準備を整えるには格好の時間だった。

 当然、落下の最中にゆらは極ノ番の発動を終える。そして、速度差で当てられない拳銃の代わりに取り出した二本目の回数券(クーポン)を吸う。

 

「極ノ番。七殺葬送(MAXIMUMゆらモード)

 

 その瞬間、ゆらの顔のすぐ横を高速で何かが通り過ぎた。そして、一瞬途切れる左手の感覚。それが飛んできた方向に視線をやれば、血しぶきと共に天逆鉾を持った左手が宙を舞っていた。そして、徒手となっている頼光。

 

「指と腕の動きで全部投擲したんか!」

 

 自動で発動する反転術式によって、すぐさま左手が治癒する。同時に禄存を使って壁面から鋭い角を無数に出現させたが、左手から強奪した天逆鉾によって全てが折られた。

 投擲の勢いで天地逆転したような状態から、自由落下しつつ腹筋や身体の動きなどで体勢を整える。足の踏ん張りがきかない空中にいるということを感じさせない身のこなしで一連の動きを行った彼は、落とす側と落とされた側という距離という速度の差を嘲笑うかのように、ゆらと同じタイミングで着地した。

 

「……最悪から二番目、ってとこやね」

 

 ゆらの──正確には紫微斗法術の強みは手数だ。一体が対応されようと、他の式神との融合によってほとんど別物となる拡張性を持つ。しかし、それはどこまでいっても式神であるという枠を超えることができない。もちろん、それが適用されるほどの状況は極めて稀だが、ゆらにとってはこれで二度目となる。

 幸いなのは、以前と違って万里ノ鎖がないことだろうか。ただし、今度は一撃決着ではなく命の取り合いだが。

 

「当たったら死ぬな」

 

 ゆらの極ノ番は、全ての式神と自身を融合させるものだ。よって、天逆鉾による術式解除が行われるのと同時に無防備になる。そして、術式の強制解除能力を持つそれがよりにもよって頼光の手に渡ったことで、中距離からの攻撃はほぼ無効となった。間違いなく反応される。

 距離を詰めた頼光に対し、ゆらは廉貞による射撃を行う。回避と逆鉾による迎撃によって有効打には至らないが、水溜まり──自身の呪力が一定以上存在する場所を作ることが目的だ。

 即座にそれらから金属の角を出現させる。武曲と禄存を組み合わせるのは先ほどの特級指定に対して行ったのと同じだが、今回は鋭さと数を重視したものだ。並の術師に向けるにも過剰なそれは、しかし呪力を一切持たない眼前の彼に重傷を与えるには遠かった。

 

「ホントに厄介やな、その体質」

 

 呪力がないことで気配や動きがまるで読めず、必然的に目視にのみ頼った戦闘になる。

 ビルやその周辺に植えられている樹を足場に、頼光は立体的な軌道でゆらに迫ってきた。とはいえ、回数券(クーポン)で中学生という成長ハンデを打ち消している今なら捉えきれないわけではない。貪狼や武曲と比べて威力は劣るが、発生の早い禄存の角を使って迎撃する。足や手で触れた際の呪力のマーキング先から突き出すそれに弾き飛ばされるようにして、頼光はビルへ後退した。

 

「残念、寄らせへんよ」

 

 天逆鉾の脅威を知って接近を許すわけがなく。八重垣のように無数に展開した角が接近を阻む。ゆら自身に逆鉾が命中することは避けられたが、過剰なほどの防御を張らなければそれごと貫かれるというのは神経を使う。そして、攻撃されてから防御を解くまでの一瞬で頼光は自身の姿を隠した。目を逸らさなかったゆらが見失うほどに戦い方が巧い。

 

「やっぱり身ぃ隠すよな……」

 

 スペックがほぼ同等の現状で、彼は呪力ゼロというアドバンテージを活かす戦い方──奇襲を選んだ。

 

「なら、隠れ場所を潰そか。──貪狼!」

 

 腕の交差によって出現した視界いっぱいの狼の顎が周囲を更地にする。誰もいないビルは跡形もなく崩れ、ゆらの周囲に遮蔽物は存在しなくなった。

 

「(遮蔽物なし、奇襲はできない)」

 

 その直後、微細な呪力の何かが向かってくる。隠し持っていた呪具か何かと警戒するが──

 

「人やと!?」

 

 投げつけられたそれは人間だった。おそらく、その辺りにいた非術師。だが、その程度でゆらは動揺しない。そして、本命は目晦ましや精神的動揺ではなく、それにつられたものだった。

 

「霧──さっきの妖怪か!」

 

 数人を残して壊滅した、"サンバルテルミの怨念"。それが減った人数を補充しようと追いかけてきたのだ。もはや残滓に近いそれだが、この瞬間には"視界を塞ぐ"という致命的な結果を齎した。

 咄嗟に角を周囲に出すが、数瞬、反応が遅れて──

 

「(あ、無理やな、これ)」

 

 喉笛に刃が突き立てられる。そして発動中の術式の強制解除により、纏っていた極ノ番及び自動で発動する反転術式は停止。それ以上の傷を広げないようゆらは突き刺さった逆鉾を掴むが、ドーピングで強化しているとはいえ天与の暴君とは筋力に差があり、止めることは叶わず。そのまま斜めに下ろされた刃が胸を通り、血を噴出させた。その勢いのまま足へ何度も天逆鉾が振り下ろされ、確実に動きを取れなくする。

 そして、反転術式使いを殺す常道として、脳の破壊を実行した。刃渡りを考慮して、逆鉾ではなく地面に突き刺さっている六本の内の日本刀の一つを引き抜き、虚ろな目で倒れ込むゆらの頭部を一突き。血の海を作りながら動かなくなる様子を確認した。

 

 

「──少し、勘が戻ったかな」

 

 息を吐き、ついでと言わんばかりにチャフとして利用した"サンバルテルミの怨念"を完全に消滅させると、魂の情報の照合が完了したことを示すように、殺戮者の瞳に明確な理性が戻る。呪力が存在しないことから泳者(プレイヤー)として登録されることはないが、結界による束縛も受けない。降霊の際に目的とされた、獲得点数の高い"術師を殺す"という命令を元に、何物にも縛られない怪物はこの場を後にした。

 

 

 ──さて、泳者にはある利点が存在する。それは総則として定められており、おそらく現在ポイントを獲得している誰もがその恩恵にあずかっているはずだ。

 点数を獲得したという事実そのもの。それこそが、泳者が得ることができる最大の情報である。

 

 

 源頼光:非泳者。獲得ポイント:なし。

 花開院ゆら:仙台コロニー泳者。獲得ポイント:35




勝負はこれからだろ。


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『デモンストレーション』

人類は愚かという話part1。


「新手……それも数が多いっ!」

 

 炎使いの男をその手で殺したすぐ後。転移先で戦っていたからか、リクオは他の相手との連戦をすることになっていた。とはいえ、術師ではなく妖怪だろう。四つの目を持ち鋭い牙を備えた、まるでホラー映画に出てきそうな見た目のものや、縦に大きく口が裂けている六本腕のものなど、バリエーションに富んだそれらが徒党を組んでリクオへと襲い掛かってきた。

 

「……京妖怪ほどじゃないな。初心者狩りってヤツか?」

 

 対戦ゲームをしていたクラスメイトが、初心者狩りがどうのと言っていたのを思い出す。ルールの定められた戦いという点では、この戦いもゲームじみていると嫌悪感を抱きながら考えた。

 リクオが戦っている相手の力は京都で戦った妖怪たちほどではなく、理性もさほどないように思える。数を頼りにしているのか八体と多かったが、現在のリクオが苦戦する道理はなく、距離を離して一体ずつ倒していけば、苦労するような相手でもなかった。

 

「泳者であれば40点、か」

 

 泳者であるかないかに関わらず命を奪うことは好ましくないが、理性なく襲ってきた以上、殺さなければ他に危害が及んだかもしれない。

 現状、殺し合いに参加しないことを選んだ泳者のための『点数の譲渡』を百点での総則追加で行うことを優先すべきだろうと見当をつける。おそらく、強者との戦いを望む手合いが結界間の移動を追加するはずだ。なら、自分が動くべきは一般人の保護。結界からの脱出も考えたが、死滅回游の永続という総則のためには入れ替えになるだろう。もちろんこんなことを続けさせるつもりはないが、打開策が見つからない現状はやれることをやるしかない。

 そう結論付け、リクオは自らの得点を確認する。そこには──

 

奴良リクオ:東京第一コロニー泳者。得点:13

 

 


 

 

 時は少し前に遡る。外部からのランダム転移先、その一ヶ所が見下ろせる場所にて。

 

「奴良リクオ。オレとしてもお前には完成してほしいと思っていてね」

 

 硯と筆を持った、緑眼の男──鏡斎はそう語る。計画では想定していなかったが、百鬼夜行において有効な一手を作り出せると考えた百物語組の総意によって東京第一コロニーへ赴いた彼は、戦闘の最中にいるリクオを眺めていた。傍らには服の背中部分が剥がれた女性が八人。手足を縛られた彼女らは、しかしそれ以外の対策をされておらず。元から東京結界内におり、回游直前に結界内の非術師に向けて一斉に行われた"逃げるかどうか"に無回答、もしくは否と言った者たちだと推測できる。

 

「十二月に起こす百鬼夜行にて、地獄絵図のための至高の模範(モデル)となるために、点を与えるのもやぶさかではないんだ」

 

 白い背中に筆で妖の絵を描くと、彼女らの体が歪んでいく。骨格を無視し、三本目や四本目の腕が生えたそこには、もはや元の人間の面影はなかった。

 

「無為転変。気に入ってるんだ。名前はさ」

 

 そうして出来上がった六体の改造人間(妖怪)は、幽かな自我で鏡斎の命令を待っている。正確にはそのように作り替えたのだが。

 

「あの男──奴良リクオを殺せ」

 

 シンプルな一言と共に、改造人間をリクオに差し向ける。もちろん、この程度で死ぬとは思っていない。しかし、鏡斎の目的は点数を与えることだ。人から生まれた呪いらしく、そこには悪意も存在しているが。

 

 

「で、百物語組の先生よぉ。ホントにあの力が手に入んだよなぁ?」

 

 そして、それがリクオへと向かっている最中に、彼に別の来客が訪れた。関東一帯を拠点とする、非術師の極道(ヤクザ)。妖や呪詛師との関わりが一切なかったが故に警察しかマークしていなかったその団体は、死滅回游で殺される一点の被害者から、再び一般市民を食い物にする加害者になろうとしていた。

 

「ああ、まあそんなもんよ」

 

 自身の術式を用いて術師に──呪詛師にする工程を行う鏡斎にとって彼らは全く興味がなかった。この前()()()()()()()()()()()()から、いずれ訪れる地獄絵図のための背景として呪詛師を増やしているだけだ。

 

「一時はどうなるかと思ったが、これでまた堅気(カタギ)恐喝(ガジ)れるぜ!」

政治家(ブタ)暴対法(マナー)押し付けられた時にゃぁ、旧き良き自由もなくなっちまったかと思ったがよぉ。これがあるんなら官憲(イヌ)も殺し放題だよなぁ!」

 

 眼下で戦っている術師のデモンストレーション(リクオ)を見て、極道たちはかつてを回顧し始める。堅気(カタギ)恐喝(ガジ)り、邪魔な政治家(ブタ)沈殺(しず)め、児童臓物(ガキモツ)売捌(トバ)していたあの頃……。多くの人間にとってはそのまま滅ぶべき極道たちだが、鏡斎ら百物語組にとっては人間らしく利用しやすいものだった。

 

「あと……なんだったか。『あそこの奴良リクオってのが、東京の裏の支配者だ。彼がいる限り、他の極道(あんたら)は弾圧されたままだろうな』」

「若造じゃねえか」

「だが、手練れなのは間違いないぜ。実際、先生も支配者って言ってんだからよ」

 

 敵を明確に定めさせるという、圓朝から頼まれた伝言を終わらせる。百物語組は死滅回游の先、十二月の百鬼夜行を見据えた下準備を着々と進めていた。

 

「んじゃ、終わらせようか。──無為転変」

 

 まずは力を与える。そこまでが鏡斎の仕事だ。後は圓朝がなんとかするだろう。全東京極道の会長・組長・幹部を集めての扇動。そのための布石が、水面下で打たれていた。

 


 

 そして、奴良組に動揺が走った。追加された総則によって、泳者の名前と点数は常に確認できる状況にある。そんな中での、獲得ポイント13。得点の譲渡が総則に追加されていない以上、五の倍数でない点は非術師を手にかけたことを意味している。

 リクオが直接選んで連れてきた精鋭故に、何か事情があったのだと全員が推察するだろう。だが、何があったかを知ることはできない以上、それからの行動はバラバラとなる。総大将一人では対処しきれないことが起きたと合流を急ぐ者に、仁義を外れることはするなという命令を優先して非術師の保護を優先する者。足並みの乱れた状態で、遭遇した仲間同士の方針の食い違いで少し揉め事が発生することもあった。そして、純粋な距離もあって、リクオはまだ仲間に合流することができていない。

 

「追加……八点……?」

 

 よってリクオは、現在起きたことの分析を一人で行わなければならなかった。八体倒したから八点。極めて単純な推測が可能だからこそ、今しがた倒した妖怪と思われるそれの死体を検分することに思い至る。

 

「──腕時計?それに指輪……まさか……」

 

 何かないかと目星をつけて当たってみれば、反射光から腕時計を見つけることができた。四本ある腕の左側の一本に着けられており、はじめからあったものだと推測される。他の個体には、指輪をはめているものもいた。肥大化した手の中でその部分だけ指輪のサイズで締め付けられていたことから、その姿になる前のものだったのだろう。

 そこから導き出される結論は一つ。

 

「人間、なのか……!」

 

 例えるなら、改造人間。魂の形のみを変えることによって、非術師を奇形の怪物へと変貌させていたのだ。拳を強く握り、今までに相対したことのない邪悪への怒りを自覚する。畏や食料として人間を殺してきた妖は、ガゴゼや京妖怪などそれなりの数を見てきた。ただ、今回は違う。悪意を持って人を消耗品にしている。相手が妖怪か術師かに関わらず、越えてはいけない一線をやすやすと超えたそれに対する負の感情は、父親である鯉伴を謀殺した晴明に対するものに並ぶほどだった。

 

 

 

 

 ──そして、仙台コロニーにて。泳者を殺しまわるイレギュラー、源頼光はまた一つ徒党を組んでいた術師の集団を壊滅させた。ゆらとの戦いで破れたTシャツは着替え、新しく黒い無地のTシャツと白いカンフーパンツとなっていた。

 そして、ゆらと戦って半日が経った頃だろうか。夕日が差し込む中で、術師たちが拠点としていたビルのドアを開けて悠々と外に出てきた彼の視線の先に、一人の少女が立っていた。髪やところどころ破れている服は頭部から流れた血で赤く染まっている。

 

「よぉ。久しぶりやな」

「……マジか」

 

 瞳孔が開き、それこそキマったような目と笑みをしていたのは、頭部を突き刺して殺したはずのゆらだった。




鏡斎→全く来る題材じゃないが、仕事絵を描いている。
リクオ→非術師を改造人間にして嗾けるやつが存在すると認知。
ゆら→そうか?そうだなそーかもなぁ!!


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『そうか?そうやなそうかもなぁ!』

覚醒した話。


「……マジか」

「大マジや。元気ピンピンってやつやね」

 

 頭を刺して殺したはずのゆらが、頼光の前に立っていた。

 

「紫微斗法術、道満の相伝だろ?どうやって──」

 

 頼光の知る限り、その相伝術式に数秒前の事象を粉砕するような無茶はできなかったはずだ。そして、自動で発動する反転術式は天逆鉾で解除済み。となれば考えられるのは──

 

「反転術式か!」

「正っ解!」

 

 喉を貫かれた時点で反撃を諦め、反転術式に全神経を注いだ。もちろん理論があっているからといって普通はすぐにできるわけがない。ただ、自動的な反転術式で感覚を覚えていたことで十分なきっかけはあった。

 

「今まで自発的にできたことはなかったし、道満の記憶でもなんか感覚でやっとったしな。適当すぎるやろ」

 

 多くの弟子や子を抱えていたにも関わらず、本人は「ひゅーっとやってひょいっ」で済ませていたのだと愚痴を零す。頼光は以前のゆらとの戦いを思い出すが、その時と比べて考えられないほどにハイになっている様子を奇妙に思う。

 

「私を首チョンパせぇへんかったり逆鉾使わんかったりとあるけどな、纏めるとたった一つや」

「……んだよ」

 

 そうして口を開いたゆらは、昂った笑みのまま話した。

 

「死ぬときは独りやって思い出させた。それがあんたの敗因や」

 

 晴明を倒すのに必死で忘れていたのを思い出させてくれてありがとうとゆらは語る。あと少しで命を奪っていた相手に礼を言うくらいに、今のゆらは気分上々だった。

 

「──敗因?」

 

 対して頼光は未だ不敵。相手は蘆屋の相伝。契克の使っていた煙草を持っていたことから協力関係にあるだろうが、傍から見て殺した状態でも介入してこなかったことを鑑みるに、持っているのは道具だけの可能性が高い。一対一の状態なら。

 

「勝負はこれからだろ」

「あ゛ー? そうか? そうやなそうかもなぁ!」

 

 天逆鉾を構える頼光と、呪符を構えるゆら。瞬く間に駆けだした頼光はすれ違いざまに足を狙った振り下ろしを行い、そのまま背後を経由し反対側へ移動。初撃をバックステップで躱したゆらへ二撃目を繰り出そうとした瞬間──足元に大穴が空いた錯覚を覚える。ゆらはそれが起きると知っていたかのように距離を取っていた。

 

「(確か、相伝は六種だったよな。その中にこういうことができるのはいなかったはずだ)」

 

 大江山征伐などで組んだときに耳にしていた、道満の術式開示を思い出す。頼光が知る限り、今の現象は当時の紫微斗法術から少し変化していると推測できた。

 

「紫微斗法術は、予め設定した式神を精神から出力するものや。相伝で破軍、廉貞、禄存、貪狼、武曲、巨門の六種。それに自分自身を含めて式神を融合させることができる」

「……術式開示か」

 

 だからこそ、この術式開示は通る。式神に対して圧倒的なアドバンテージを持つ特級呪具を握っている以上、妨げる意味もないと頼光は判断するとゆらも理解していたからだ。

 

「術式反転は、地獄を開くんだったか」

 

 確かに厄介だが、呪力を持たない頼光は地獄──篁の領域に干渉されない。ゆらも生者である以上意味はなく、先の戦いの繰り返しにしかならないと疑問が生まれた。術式を開示したところで、天逆鉾が当たれば強制的に式神が霧散する。

 

「『精神から直接』式神を出力する。それが私の術式や。であれば、術式の反転でできるのは、式神の入力」

 

 しかし、ゆらが話したのは頼光も知らないものだった。ヒント自体は、契克と会ってそれほど時間が立っていない頃に存在している。紫外鏡と戦ったついでに語られたそれをきっかけに、ゆらはこの瞬間に"無限の手札"を手に入れていた。

 

「術式反転──命盤」

 

 いつものように式神の形代を取り出したゆらだが、そこから出てきたのは今まで使役した六種に当てはまらない式神──葵螺旋城にて雄呂血が使役していた大蛇だった。

 

「大蛇及び禄存──虹龍」

 

 そして、即座に自身の式神である禄存と融合。龍のような姿をした強大な式神を創り出した。体長はゆらをはるかに超えているその竜が、その質量を以って頼光に襲い掛かった。

 

「要は、式神をコピーして取り込む技やね」

 

 現物を見なければならないという縛りで負担を軽減しているが、呪力の消費は著しいものとなる。それに、式神を模倣して取り込むといえば使い勝手はいいが、精神に異物を付け足すのと同義だ。

 

「あんま使いとうないんやけどな! ゲロ雑巾を口直しなしで食べたような気分や」

 

 現状はハイになって気になりはしないが、真っ当な術師であれば避けるべき選択肢だった。破軍で道満の記憶を経験した、つまりは他者の精神もしくは魂に触れたことがあったからこそできる術理。

 

「(そういえば、なんか……大変なことになっとるな。奴良くんは端数が中途半端になっとったし。けど──)」

 

 思うところは色々とある。宮城にある花開院の分家が壊滅していたり、奴良くんの点数が非術師を殺さないとならないようなものになっていたりと、懸念すべきことも。ただ、それよりも。

 

「(今はただただ、この世界が心地いい)」

 

 この瞬間が全てに勝っていた。

 

「巨門及び強毛裸丸──坦懐」

 

 続いて花開院分家の一つである破戸流の創造式神である単眼の巨体と、同じように巨大な象を融合。全長7メートルほどの巨人が現れ、地面を抉りながら張り手を放つ。虹龍と同時に繰り出された純粋質量が頼光を襲う。仮に逆鉾を振るったとして、消せるのはどちらか一方。頼光は咄嗟に巨人を逆鉾で消し、虹龍の突進は後ろに跳んで威力を軽減した。それでもビルを一棟突き破ったが、瓦礫が散乱する先に既にその姿はない。

 

「──狙いは天逆鉾(こっち)だよな」

 

 その場所を、ゆらの蹴りが着弾する。極ノ番による()()()の融合により、大蛇の飛行能力を獲得していた彼女が、まるで日曜日の特撮ヒーローのように上空からの蹴りを放っていたのだ。

 

「外したか」

 

 蹴りを放った足は、異形と化した槍を纏っていた。憑鬼槍。八十流の妖刀にして秋房の最高傑作は、鬼──式神を憑依させるという性質上ゆらとも相性が良い。

 

「反則だろ。オマエ」 

 

 頼光は呟く。契克の使っていた煙草を持っていたことから想像はできていたが、やはりロクでもなかった。

 

「オマエ、烏崎契克の弟子あたりか? やりたい放題しやがって」

「やめろ! 気にしとるねんぞ。それと、私は花開院や」

 

 攻撃を当てられたが、有効打にはなっていない。相手は無尽蔵のフィジカルを持ち、ゆらは膨大とはいえ限りある呪力をバカスカと使っている。なら、必要なのは"必殺の一撃"。

 

「……やるか」

 

 弓を射るかのように腕を構えた。左腕は親指を下に、人差し指と中指を伸ばす。右手は矢をつがえているかのようにしたその姿は、仮に契克が見ていれば『(フーガ)』みたいだとでも言っていただろう。

 もちろん、起死回生の一手となるようなものを素直に通すはずがない。直線距離で天逆鉾を突き立てに来た頼光に対し、ゆらは高高度へ飛翔することで回避する。呪力ゼロの天与呪縛に対する対処法、それは空を飛ぶことだった。

 体勢の制御を考えずに宙に浮いたことで、天地逆転した状態になる。高揚と空高くにいる万能感に任せ、自らの鼓舞を兼ねて言葉を発した。

 

「天上天下唯我独尊」

 

 行うのは、以前に契克と戦った時と同じくらいの無茶。形を与えず、術式の順転と反転を同時に行う。契克曰く、便宜上"虚式"と名付けたそれは、晴明以外に為した人間を見たことが無いそうだが……

 

「──なら、私にできひん道理はないよな!」

 

 ゆらは知らないが、原理としては畏砲に近い。ただそれが、一体の妖で行うか、自身の呪力を含めたすべての式神で行うかの違いというだけであって。

 渦を巻く力が、腕の間に形成される。間違いなく必殺。極ノ番による融合で全ての式神を自身の呪力として扱える状態でなければ不可能な最大の一撃。いつも通りにいい感じの名前を付けようと考えたゆらだが、たまには捻らずにそのままのネーミングをしようと思い至る。そして、その名前は奇しくも──

 

「虚式──うずまき」

 

 百鬼夜行を操る疑似的な無限使いへ戦いを挑むには、皮肉が効いたものだった。

 つがえた矢のように放たれたそれは、天逆鉾にあたらない左半身へ的中し、左腕を含めた腹部半分ほどを消失させてその先の建物すらも破壊している。間違いなく致命傷。

 

「……最期に言い残すことはあるか?」

 

 地面に降り立ってそう聞いたのは、生来の気質に加えて道満の記憶を通して知らない仲ではないからか。

 

「逆鉾と煙草持ってるし、契克も生き返ってんだろ。いい感じに言っといてくれ。──それとオマエ、名前は?」

 

 そういえば聞いていなかったと、頼光は名前を問う。強化された五感で、道満と一致する動きが散見されたことからなにか事情はあるのだろうと理解した上で、本人ではないと当たりをつけた。

 

「……花開院ゆら」

 

 そして、ゆらが自身の名字を名乗った時、頼光は笑みを浮かべる。

 

「……蘆屋じゃなかったか。よかったな」

 

 玉折事変に伴う一連の動乱後、晴明の悪評を押し付けられて、蘆屋の姓を持つ陰陽師が肩身の狭い──迫害ともとれる状態になっていたことを思い出した頼光は、最期にそう言って息絶えた。

 

「──じゃあな。頼光」




全部載せフォームに拡張性を追加しました。花開院を統べる当主なら、分家の力を使えてもおかしくないですよね。

次回、久しぶりのメロンパン登場回。


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呪いを片側に押し付けることができるんです

上層部の派閥とか過去の話とか。


 下へ、下へ、下へ。飛び込んだ狐を追いかけて、また戻ってこられるかなんてちっとも考えもせずに。

 飴玉とクッキーでできた人形──クリスマスによく見る感じのアレを見て、夢を見ていると認識する。乙女チックというか、今の体は確かに女ではあるがと笑みが零れ、美味しそうだと思い始めた。

 ひたひたと歩くのにきちきちとした目的は無くて、鮮やかな飴を選んで摘まめば、きらきらの光が足元を埋める。さるのぬいぐるみは無視して歩く。後ろの鴉はずっと鳴いていて、かりかり羽を動かしていた。

 お菓子の人形は輪になって、かごめかごめときんきん響く。駆けた狐がぺろりと飲み込み、口いっぱいに頬張っている。それを見ているとなんだか、

 おなかがすきました。

 


 

 日時不詳、桜島コロニーにて。晴明が契克に対し羽衣狐を孕ませたことにより、一つの爆弾が投下されていた。

 静かに呪具の鎧が動く。バックパックやガントレットからは蒸気機関の煙が噴き出し、高温のそれは陽炎のように姿をぼやけさせている。

その頭部には、中世で使われていたようなペストマスクを被っており、その人相は判別できない。

 その彼もしくは彼女の後に続くのは、同じく鴉の仮面を着けた者たち。

 天海が率いていた者たちを源流とする保守派、御門院派閥。当時から続く"善良な陰陽師"である花開院。そして上層部創設時から続く最後の派閥こそがこの集団だった。

 呪術研究の最先端にして、"烏崎契克の遺稿"といった忌庫収納物の管理・運用を担う研究者たち。第二次世界大戦中はドイツのアーネンエルベと共同研究を行っていたという噂もある彼らは、その仮面と統一された装備から"鴉羽"と呼称されていた。

 派閥の始まりである"遺稿"の書き手であった契克が煙の術式を使うことから、文明の利器を用いることや出自を問わないこともあって、花開院と同じかそれ以上に一般家庭出身の術師の受け皿の役割を担っている。もちろん派閥の上層は研究者としての気質が強くなっているが、ほぼオーパーツともいえる”遺稿”による利権を獲得してきた鴉羽に金銭面での問題や争いは存在していない。

 まあ、"遺稿"は現代知識を利用していい感じに受肉後の基盤を整えるための覚書であり、がんばって思い出した世界史のうろ覚えだったりするのだが。それによって交流のある他国の革命や新大陸の発見などのある程度が分かっていれば、その投資で利益を得ることは容易かった。

 当然ながら契克も暗号で書いていたが、千年あれば解読できるような天才というのは現れるもので。幸いにも遺稿などの契克の遺産の管理と研究をしていた者たちだったが故に、現世利益より呪術を探究する方へ興味が振り切れていた。

 その流れを汲む鴉羽は"遺稿"に記された装備──現在身に纏っているそれの一着を烏崎契克に渡し、彼らはその後ろから行動の情報収集を試みる。現代知識を踏まえて書いた、いわば現代における最強装備セットだからこそ、この時代において揃えることは難しいことではなかった。

 

「反応確認」

「確認」「呪胎症例」「羽衣狐の例からも、心臓が餌だろう」

「術師の判別が行われている」「感覚器?」「認識手段を確認」

 

 両手には特に呪具を持っておらず、ただ歩いているだけで四本の尻尾が自動で動き、近づいてきた術師のみを殺して心臓を奪っていく。

 ふらふらとした足取りが元に戻り、契克は即座に自身の術式を使用する。特定のパターンに応じる──というより足取りが変わる瞬間に二本目の尻尾が動いたことから、羽衣狐のように転生するごとに尻尾が対応しているとみるべきだろう。

 

「遷煙呪法──丹引」

 

 煙を伝って連鎖的に効果が発動する術式効果は、ペストマスク内部にある薬草の煙の効果を劇的な物とした。

 回数券によって強化されたその煙を内部の機械が察知し、蒸気機関はより回転数を増す。上昇した五感の能力や運動機能を補助するように機関の鎧は稼働率を高め、過負荷は遷煙呪法による冷却などによって調整される。そうしている間にも鴉羽以外の術師は殺されていき、コンクリートの床は赤い血に染まっていった。

 

 徒党を組んだ術師たちは、術師を殺しまわっている危険な相手を殺しておこうと周囲に布陣を敷く。データの収集に重点を置いている鴉羽たちは動かず、契克のみで対応にあたる必要があった。

 相手の使用する術式は、釘を媒介とする呪い。丑三つ時の藁人形として呪いの代名詞にされるそれは、実際に使用者が一定数存在する。顔立ちからして兄弟かなにかだろう。四人が一斉に放った釘が装甲の隙間を縫って契克へと突き刺さる。

 

 ──さて、2020年代の令和日本サブカルチャー界隈において最も知られていて効果のある呪い避けとは何だろうか。人形?──紙では効果が薄い。強い呪いに対しては焼き切れる防波堤でしかないだろう。では、人間? 呪いを移す強度としては適切だが、しかし人間を何人も持ち歩くのは困難である。

 ──ならば、持ち歩けるようにすればいい。その答えは2017年1月の時点で既に示されていた。"遺稿"に記されていた手法の一つであり、烏崎契克の帰還と彼による無為転変によって工程の大幅な短縮が為されたそれは、今や全ての鴉羽たちに複数装備されている。概略にはこう書かれていた。

 

『呪いを片側に押し付けることができるんです』

 

 薬莢ほどの大きさの"ソレ"が腕部から排出される。死刑囚や呪詛師を素材とした"呪い避け"は、ある程度以上の呪いに対しても効果を発揮することが再確認された。

 一本目の尻尾が動き、ガントレットから弾丸のような何かが発射される。撃ち出されたそれは空中で変形し、大きく口を開けた異形となって攻撃してきた兄弟たちに襲い掛かった。無為転変による撥体。それを躱すことが出来なかったのは、鎧の内側で呪力を纏った煙が充満していて呪力の流れを読むことができなくなっているからだ。

 それでも、流石に泳者として生き残っているだけはあるだろう。最低限の傷で済ませた彼らに対して、続いて腕部から排出された蒸気機関の煙が襲い掛かる。元が高温の蒸気であるために防御は不可能。同時に呪力に由来しない火傷も副次的に発生するそれに対応することはできず、()()()()()()()()()()()()()もできないままに襲い掛かってきた泳者たちはその命を点数に変える。

 そして、これで百点が確定した契克は、薄れた自我の中で総則の追加を要求した。

 

「おなかすいた。別の所に行きたい」

 

 結界間の移動。術師を無差別に殺して喰らう怪物が、結界から解き放たれる。

 


 

 夢を見た。平安の頃、玉折事変のしばらく後のことだ。

 

「いいのかい? その……だいぶ酷いことになっているけど」

 

 蘆屋道満にかけられた、内裏の破壊及び藤原顕光と共謀しての朝廷転覆を図った容疑。もちろん、内裏を壊したのは母を殺された当時の晴明で、藤原顕光は道満が晴明を止めようと独自に協力していた相手というだけだ。ただ、玉折事変は仕掛けた晴明の陣営が比較的傷が浅く──正確には晴明の息子の吉平が道満の陣営へ多く損害を与えていたことから、その後の動向は晴明に有利に動いていた。

 そして、晴明の掲げる"非術師の抹殺"を術師による特権社会としか認識していない権力重視のバカや、道満を追い落とそうとする術師や妖怪によって、ここぞとばかりに道満に大量の冤罪が掛けられる。陰陽寮での発言力が落ちていた道満にはそれを覆すことができず、俺も余命を考えると受肉のための準備で道満を助ける余裕がなくなっていた。晴明も何かしらの企みがあって世俗からは少し離れているようで、実質的に晴明派閥を率いる吉平は敵対する蘆屋に手を貸すことが体裁としてできない。

 それによって起きたのが、道満が京から追放される事態だ。明朝、ただ一人で京を出ていく彼と話しに、俺はそこにいた。蘆屋の一族は、最後に結託されないようこの日は屋敷から出ないように厳命されており、大罪人として扱われている以上近づく人間はいない。よって、ここにいるのは俺だけだ。

 

「ワシは良い。あの戦いで言ったじゃろう、託してきたとな。……守ってきた者に裏切られたのは悲しいが、それもまた人だ」

 

 罪人として京を追われることから、あまり話す時間もない。別れまでの間に、話さなければならないことを全て話そうと彼は言った。

 

「友や恋人を見つけるといい。結ばれた女がいるのは知っておるが、お主はその先の未来を見据え過ぎじゃ。今の幸せをもっと楽しめ。それが去ろうとする老人から言える、最後の言葉だ」

 

 そうして、道満は弟子も連れずに去っていく。ぼそりと呟いた言葉は、ちゃんと最後まで聞こえていた。

 

「お主と……癪じゃが晴明ともともに語らっていたあの日々は、実に楽しいものじゃったなぁ」

 

 視界の端に、"彼"を捉える。最後に顔を見に来たのだろうか。遠くて顔は見えないが、拳を強く握りしめている。……今思えば、これが二度目の悲劇だったのかもしれない。陰陽の調和のとれた世界を目指し、非術師の愚かさに絶望した。そして共に語らっていた者が去ったことで、弱者であることが悪と断ずるようになったのだろう。

 

「今の幸せを楽しむ、か……」

 

 それができていたのは、俺や晴明がお前といた時だったよ。

 

 そうして俺が陰陽寮に顔を出していた時、『大逆人:芦屋道満』を京から追放した英雄として、外から帰ってきた晴明が無数の拍手や笑顔と共に迎えられているのを見た。




 ペストマスクと大きめのコートに蒸気機関の、自我ふわふわTSロリです。男の子ってこういうの好きなんでしょう?

Q.なんで晴明は闇が光の上に立つこと(妖怪を頂点とする世界)から強者が管理する世界を創ろうと二度目の方針転換をしたの?
A.自身が認めた気の置けない相手が迫害されて、結局弱い奴は愚かという結論に至った。直接戦って決着をつけたならともかく、雑魚が強者に呪いを押し付けるのは違うよなぁ! 晴明の理想は、番外編ルートとか過去編の、こたつで駄弁る日常系陰陽コメディー。
 母親が殺されて、責務から解放して楽しく過ごせるようにさせたかった相手は迫害されて会えなくなったのが、この作品の晴明です。なお、それを讃えられている模様。
ゆらが玉折事変までしか記憶を見ていないのも、その後は迫害とかでロクでもなかったからです。


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死体の山

そういえば、この作品は一発ネタだったんですよね。よくここまで続きました。


 本来は行う必要のない死滅回游を晴明が認めた理由はいたって単純で、出産のためには栄養が必要であるということだった。

 それだけなら羽衣狐の時と同じように生き胆を持ってこさせれば済む話だが、回游がある程度進んだことにより術師の力が増している。質という点では優れているものが選別されていて望ましいが、それを喰らうためには母体が直接喰らいに行くしかない。

 長距離の移動手段は、清浄──全国に存在している徒党を組んだ妖の拠点を強襲するそれ──に使う予定の飛行能力を持った大蛇を使う。ある程度の隠形を施すが、実力ある術師にはそれが見えるはずだ。

 だが、むしろそれこそが狙いでもある。強大な力を持つ式神が回游結界へ向かったということ自体が重要となっていた。

 

 以前にリクオの祓除を差し止めたように、契克は総監部へのツテを持っている。そして、"遺稿"の存在意義がメモである以上、確認のために直接の接触をする必要があった。つまり、契克──芥見の派閥である"鴉羽"は開祖が現在どのような姿をしているかを認識しているのである。

 式神の術者は1185年から当主となった安倍雄呂血だ。平安より妖などの外敵は減っていたが、清盛の死や木曽義仲の乱といった権力に内憂を抱えている最中に吉平から当主を譲られ、後に"神風"と称される鏖殺──元寇に乗じた他国の術師集団の排除を行った彼女が動くのならば、相応の相手だと認識される。よって、研究者の集まりでもある"鴉羽"は確実にそちらへ向かう。

 

 桜島コロニーだったのは偶然だ。どの結界でもあまり変わりはなく、ゆらのいる仙台コロニーではなかったのは運が良かったといえるだろう。

 

 回游はいずれ強者の睨み合いによって停滞すると察し、その状況を回避するために主催者が用意した"爆弾"があると予想する、高得点の泳者だが、外部との連絡手段がない以上はそうだと分からない。

 ただ、桜島コロニー内の人間は、結界内の泳者名に一人追加されたことに気付くだろう。烏崎契克。平安に名を馳せた術師と同名であるならば受肉体だろうということは、過去の術師が参戦する死滅回游では基本的な認識となっていた。

 

「お待ちしておりました」

 

 そして、その半日後には"鴉羽"の十数名が結界内を訪れる。術式に目覚めた一般人や、過去の術師といった個人あるいは即席のグループとは違い、統率の取れた戦闘集団への対応を余儀なくされたコロニー内の泳者は、一対多に対応できないものから次々と倒されていった。一連の行動をまるで作業のようにこなした彼らは、夢を見ているかのようにフラフラとした足取りで術師を殺す契克と出会う。

 

 

 

 彼らは、結界に到着すると同時に背負っていた棺を下ろす。そこにはぎっしりと肉塊が詰まっており、蓋が空いたことでそれは体を伸ばして現世へと出てきた。

 幾魂異性体。呪物の受肉研究の過程で保管されていた"呪物の成りそこない"を、無為転変によって合成した殺戮人形だ。それらは本来であればすぐさま燃え尽きるが、仮にも呪物になるほどの魂の強度は、戦闘経験のみを統合することに成功していた。

 回游に訪れた鴉羽と同じ数だけ起動したそれは、膨大な呪力と質量で他を圧倒する。

 

 ──鴉羽の脅威は、その装備の量産性にあった。御門院が精鋭を更に選りすぐって分野に特化させるのだとすれば、鴉羽はその逆。有する技術によって誰しもが一定以上の成果を出せるようにする。優れた兵器を代替可能な人間によって運用させるという現代に適合した考え方は、闇が薄れた平成の世には起きなかったはずの大規模集団戦──戦争にて本領を発揮した。

 結界の機構によって侵入と同時に転移場所がランダムに選択されるが、誰が契克に会ってもいいよう彼のための装備を全ての人員が持っている。ワンオフの専用装備ではなく、サイズさえ合えば誰もが使える物だからこそ、ある程度の数を作っておくということが可能となっていた。

 

 ドレスを着つけするかのように、一時動きを止めていた契克へ装備を着けさせる。袖に腕を通し、腕や背部の装置を稼働状態にして、最後にペストマスクを頭部へ固定した。

 薬草の香りに、反射で術式を使う。四本の尾で敵を屠っていた、羽衣狐を彷彿とさせる戦い方が変化する。平安の術師である烏崎契克としてのそれと、両腕に存在する撥体の射出口から、二丁の銃を使っていた芥見としての戦い方を。いわば術師としての無意識を取り戻した契克は、栄養を必要としている本能に従って動き出す。近くにいた餌として鴉羽を狙うが、彼らの連れていた肉塊──幾魂異性体が彼らを庇う。バラバラに引き裂かれたそれは、契克に周囲の状況を判断させる程度に理性を取り戻させたようで、鴉羽を自身の味方だと認識したようだ。

 そこからは簡単に語れる出来事となる。回遊結界全体で見ても上位数名に入る実力者が、泳者として登録されている術師を捕食し始めた。それだけのことであり、それを阻めるものは桜島結界内には存在していなかったのだ。

 

 


 

 戦国で暴れまわっていた時、気が楽だった。ただただ殺しの技術を披露すれば英雄と讃えられていたあの時は、平安の後期よりよっぽど楽しかったと思う。道満と別れ、晴明とも疎遠になったあの後は、ただひたすらに研究に打ち込んだ。そうして何人も屍を積み上げた血塗れの手で、原作が始まった東京で何をしたいかをメモしていた。

 俺が生きるたびに後ろには屍が積み上げられて行って、振り向いた過去を死体の山が見えなくさせている。『そんなに殺せば、何が何だか分からなくなる』というのはなんのゲームの言葉だったか。ともかく、転生して以降の俺の人生は、他者に苦痛を与えることで成り立っていたんだ。

 

 晴明には色々と言ったが、呪術廻戦のラストに何があるかなんてわからない。けど、私はそれを見るために耐えてきたんだ。

 

 だから、この世界が"ぬらりひょんの孫"で、晴明が倒されるという結末も思い出したときに。俺は今までの人生の意味が分からなくなった。よくあるオタクの会話みたいに、他の作品の引用が先に頭に浮かんで、自分が何をしたいかと思えなくなる。

 

 "我思う故に我あり"とはいうが、■■■■という前世と、烏崎契克という自意識、そして天海たちの友達としての芥見といくつも自分が存在する俺は、一体誰なんだろうな。

 そんなことを思いながら、いつの間にか手に取っていた飴玉(心臓)を飲み込んだ。夢でも不快感は覚えるのか、夏だからかすっかり暑くなっていた。




原作を間違えて人生二回溶かしたときの顔。
この作品でやるべきことの残りは、TS娘わからせです。


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『なんで戦うんですか』

改造人間を撃破したリクオ。だが……!という話。もしくは一話目のあの言葉。


 差し向けられた改造人間を鏖殺し、それを作り出した相手に怒りを覚えつつ歩く東京第一コロニーのビル街にて、リクオは目標の一つを達成した。行方不明となっていた鳥居夏実の確認。彼女は無事であり、そしてそれこそが問題であった。

 

「鳥居さん、だよね……」

 

 姿自体は彼女だが、周囲に散らばる血や術師の死体がそうでないことを示唆している。ちょうど手に持った薙刀で血振りを行っており、その光景を作り出したのが誰かは一目瞭然だ。

 

「そうだよぉ?」

 

 纏う雰囲気は強者のそれで、術式が覚醒したわけではないと察した。なら、考えられる要因は一つだろう。

 

「……受肉か」

 

 器によっては身体に影響を与えると言われるそれならば、髪色が変化していることにも納得がいく。

 

「正解! ということは、器の方の知り合い? ……あー、奴良リクオ。術師だったんだ。器の方は知らないんだって」

 

 受肉体は器の記憶を継承しているという事実が分かったこともそうだが、ひとまず対話するだけの理性があることを確認した。所持得点も百点を消費してなお百五点と、五の倍数であることから非術師に手を出していない可能性が存在している。

 だからこそ、リクオの抱いた疑問は一つだった。

 

「なんで戦うんですか」

「これは死滅回游だよ? 点数取らなきゃ」

 

 頭に疑問符を浮かべながら答える鳥居に、リクオは意図が伝わってなかったと理解して言い直す。受肉体は一応年上で、対話できるならある程度の礼儀は必要かもしれないと敬語を使っていた。

 

「いや、そうじゃなくて。積極的に戦う理由はなんですか? 力が無いなら、必死になるのも分かります。けど、今の鳥居さんなら獲りたいときに点が獲れる」

 

 

「……器が非術師だったから分かんないんだけど、カジュアル受肉が流行ってたりするー?」

 

 溜息を吐いて答える鳥居は、なんかムカつくという苛立ちを覚えつつ答えた。

 

「一度目の人生に悔いが無かったら受肉なんてしようと思わないでしょ。それに、手引きしているのが晴明の子孫に契克だよ? 備えはしておくべきだよね」

 

 それを聞いて、リクオは考える。ガゴゼや窮鼠の在り方に嫌悪感を示したように、リクオにとって重要なことは自分を優先することじゃない。だからこそ──

 

「友達とか恋人とかいないんですか?」

 

 リクオは、戦う理由を確かめたかった。

 

「……は?」

「ボクも少し前まで友達だと胸を張って言える人はいなかったけど、全く共感できない」

 

 家永カナは昔からの友達のような関係だが、リクオ自身は立派な人間でないことに引け目を抱いていた。それでも、たとえ友達のような関係じゃなかったとしても、普通の日常を守りたいと思ったのだ。

 

「悔いがあるからって、何百年、何千年越しに人まで殺して……なんで自分なんかのために必死になるんですか?」

 

 リクオが接してきた尊敬できる者たちは、妖怪や人間という区別はともかく誰かを守るために戦うことに一貫している。先ほどリクオが殺した術師も、最期に思っていたのは娘のことだった。だから、リクオにとって自分のために戦うというのは、いまいち理解できないものとなっていた。

 

「オマエ、藤原の人間か!」

 

 そして、その一言は今の鳥居──滝夜叉姫にとってラインを超えた発言だった。父である平将門を死に追いやった藤原の人間と同じようなことを言うリクオは、彼女にとって怨敵の血族と判断してもおかしなかった。器の話し方を多少模倣したものから余裕が消える。

 

 鳥居の持つ薙刀のリーチの外の距離に立っていたリクオだが、呪力の流れに不穏なものを察知して横へと移動する。直後に立っていたところを斬撃が飛んでくる。

 

「私の術式は呪力の放出だよ」

 

 なにより性質(たち)が悪いのは、一言で術式開示が終わるという事実だった。不意打ちを躱した瞬間に開示による能力の上昇。それによって、呪力の操作精度がより向上する。

 

「追ってくるのか!」

 

 刃先の延長に気を配っていようと、それとは関係なく軌道が変化してリクオを追う。立ち並ぶビルで射線を切ることができているが、決定打に欠けていた。そして厄介なのは──

 

「よっとー!」

 

 放出された呪力とは別方向から鳥居が迫ってきているということだ。自身を討とうとする武者と戦った経験などもあって、白兵能力も高い水準でまとまっている。リクオも長刀やハンマーで刃を防ぐが、同時に放出された呪力で強制的に距離を取らされる繰り返しとなっていた。

 幸いなのは、刃からしか呪力が発生しないことか。髪や足などから撃たれていれば、圧倒的不利な状況となっていただろう。それでも不利な状況には変わりなく、近接戦闘で血を流すくらいには追い込まれていた。

 そして、これは術式を施した()以外は知る由もないことだが、現状では血を流したということそのものがさらに不利な状況に繋がる。

 

「使おっか。──受胎変性。仮想怨霊へと切り替え」

 

 その瞬間、呪力の質が変化する。受肉した滝夜叉姫のものから、妖や呪いの発する畏へと。薙刀は刃の部分が九十度に曲がり、金槌のように平らな面が出来上がる。もう片手には五寸釘。この変化こそが死滅回游によって描くことのできた、鏡斎の傑作。自然発生した宿儺の業を再現した、呪いにして人であるという在り方の体現だった。

 そして、一般に知られている滝夜叉姫の姿は、五寸釘と藁人形。つまり──

 

「──"共鳴り"」

 

 リクオが傷を負い、血や髪の毛を体から離れさせた時点でその術式は使えるのだった。血の付いた藁人形に釘を打ち付ける。それはよく知られている丑刻参りのそれであり。

 

「芻霊、呪法……」

 

 術式自体は伝統的なものであったために概要を知っていたリクオも、その危険性を認識した。さほど価値の低い"血液"によるものは威力が低いが、それでも手傷を確実に負わせられている。

 相手が欠損したのが貴重な部位ほど威力の上昇する芻霊呪法と、直撃すれば一部位は持っていかれるだろう斬撃の放出。そして鳥居の純粋な技量の高さが打倒を至難な技としていた。

 

「遠距離は、弾かれるな」

 

 血や髪などを使う共鳴りの使用時は藁人形に釘を打ち込む都合上隙ができるが、うかつに接近しすぎれば呪力放出で腕を持っていかれる。そうなれば、それでの共鳴りでリクオは死ぬ。しかし、遠距離ならあの呪力出力との戦いだ。加えて薙刀で銃弾が弾かれるだろうことは想定できる。それなら、狙うのは近接。

 

 それを見越したのか、共鳴りは一度に止めて鳥居も距離を詰める。金槌から薙刀の刃へと即座に変形し、その後に一度上へと跳躍。反対側へ場所を変えた後は直線で迫ってくるように斬撃を配置し、移動ルートを限定。突進と頭上、周囲を囲む四つの刃で確実に攻撃を当てる布陣を形成していた。

 

「盃盟操術──殺取(あやとり)

 

 対するリクオは、かなりの長さを持つ紐を取り出す。盃を交わした首無が使っていたそれは、呪力を通すことでかなりの硬度となった。

 ギャリギャリと表面を削る音とともに自分を取り囲む呪力の刃を防ぐ。そう何度も使える手ではないが、牽制を防ぐには十分な役目を果たしていた。

 

「やるねー」

 

 変形する薙刀から発せられるのは畏だったことから、おそらく仮想怨霊としての滝夜叉姫に付随する物だったのだろう。呪力の込められた紐を薙刀で直接切断すると、リクオは断ち切られるまでの僅かな時間を使って大剣を取り出して振り抜く。可動部を狙って繰り出された大質量の打撃は、鳥居がそれを蹴り上げることで空を切った。足を上げたことでスカートの布が作り出した死角にリクオは新しく抜いたナイフを振るう。友達といえるだろう相手を殺すつもりはないので、狙うのは戦闘不能。そのために足を動けなくするくらいの判断は即座にできるようになっていた。

 一抹の申し訳なさを抱きつつ、スパッツごと大腿動脈を斬る。

 

「出血で倒れてくれればいいんだけど……」

 

 そう思うリクオだが、その目論見は不可能だと悟った。発せられる気配が畏に切り替わると共に、負った傷が修復される。畏によって自らを修復するのは、人にできず妖にのみ許された行いだった。

 

 四分の一が妖怪であるリクオに対し、鳥居夏実(人間)滝夜叉姫(妖怪)を十割で切り替えることのできる相手がそこには存在していた。




鏡斎からすれば、本人にファンアートを直接受け取ってもらった感じです。

原作で滝夜叉姫の戦闘描写が薙刀振り回すしかないんですけど……


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『気に食わないんだよ!』

我慢比べの話。


 風を切る音と共に、連続した斬撃が飛ぶ。長柄武器としてのリーチがそのまま放出された呪力へと変換され、武器で受けるか全力で回避をするかの二択をリクオに迫っていた。

 

「……やりにくい!」

 

 現状、中距離での銃撃と回避を繰り返しているのには理由がある。一つは、受肉にはクラスメイトの体が使われているということ。もう一つは、周囲への被害だった。

 一撃が建物を両断する程度の威力を持っているが故に、ビルが立ち並ぶ東京では倒壊が致命的なものになりかねない。

 そして、都市部のビル特有の一面ガラス張りになっている構造が鳥居へと味方する。

 

「見ーつけた!」

 

 放出される呪力の射線を切ろうとしたリクオだが、周囲は透明なガラスのビルしかない。もちろんそれらは強化ガラスでできているが、この戦いの最中にあってはさほど大差なかった。

 鳥居の放った大振りの横薙ぎが、彼女の視界に収まっているビルを斜めに斬り落とす。衝撃で割れたガラスが白昼の光を反射し、その向う側にあるリクオの姿を眩ませた。

 

 ぬらりひょんの孫であるリクオにとって、姿を隠してからの不意打ちは血筋としてならしたものだ。選択するのは大剣。一撃で仕留めるのは不可能と判断し、有利に立ち回ることを優先する。

 

「鳥居さん、ごめん!」

 

 死角から振り下ろした重い一撃は、薙刀による防御で阻まれることなく片腕をへし折った。コンクリートを割ったその打撃は、床を崩して地下駐車場へと戦場を移す。

 来場者用の誘導路を通ることなく行きついたそこは、百台余りを収容することのできるほどの広さを持ちながらも静けさだけがあった。おそらくは、先ほど崩れたビルの内のどこかのものだろう。それなりの規模を持った企業だったのだろうが、今は社員が使うような車は一台も残っていない。何かの業者が止めているトラックが散見できるがその程度だろう。

 落下中に幾許かの距離を取った二人は、一度その距離を保つ。呪霊体に切り替えて折れた腕を治す鳥居──滝夜叉姫と、取り回しに長けた長剣へ武器を持ち替えるリクオ。

 

「……骨折を治した? もしかすると──」

 

 そして、そのこと自体がリクオの勝機を見出すきっかけとなった。

 

「第二ラウンド、スタート!」

 

 ガシャンという変形音と共に、鳥居の持つ武器がハンマーから薙刀へと変形する。変形と同時に繰り出された斬撃は、間違いなくリクオの首を捉えた。

 

「──鏡花水月」

 

 しかし、落としたはずの首と残った胴体は雲散霧消する。地下駐車場という光の無い環境が故に、リクオはこの瞬間、妖に変化していた。それでも、薙刀の延長線上にあったトラックは紙細工のように容易く切り刻まれ、そこからの追撃が崩壊した車体の燃料タンクに命中して散らした火花に引火する。

 炎上した車体は周囲を照らし、妖怪に変化したリクオを人間の姿に戻す。

 

「どこいったのかなぁ?」

 

 明るくなった視界で周囲を覗う鳥居だが、リクオの姿は見当たらない。考えられるのはトラックの裏か。そう見当をつけ、その場から動くことなく手当たり次第に斬撃を放っていく。

 炎に照らされて、揺らめく人影が壁に映し出される。その動きが一台のトラックの裏で止まると、下段から打ち上げられる大剣の一振りでその車が持ち上げられた。

 呪力で強化された蹴りがトラックへ放たれ、サッカーボールのように一直線に鳥居へ向かってくる。

 

「派手だね!」

 

 もちろん、トラックは金属の残骸になるまで切り刻まれた。だが、それはリクオが近づくまでの即席の盾としては十分な役目を果たしている。

 

「これで!」

「遅いって!」

 

 リクオは電光石火の踏み込みで、燃えるトラックの車体へ肉薄。残骸ごと斬った居合によって鳥居の片腕を奪う。──それが可能だったのは、リクオが片腕を捨てる覚悟だったからだ。傷としては同程度。しかし、損失としてはリクオの方が大きい。

 

「相打ち狙いだったりする? クラスメイトを殺せないからとかでさ」

 

 致命的だと呟いて、鳥居は薙刀を変形させる。呪霊体へ切り替わったと同時、呪力による欠損部位の補填が行われ、万全の状態へと戻った。同時に五寸釘を懐から取り出し、宙を舞うリクオの右腕へと照準を定める。

 

「気に食わないんだよ! 悲劇のヒロインだとか、憐れみに畏が集まるのが。そうやって私を押し付けるな! 私は今度こそ、何者かに成る(私として生きる)!」

 

 打ち出した釘は寸分違わず目標を撃ち抜いた。リクオがそれを阻まなかったのは、それを撃たせるという目的に加えてなにか思うところもあったのかもしれない。

 

「芻霊呪法・共鳴り!」

 

 欠損した片腕は、血液を使ったものとは別格の威力を以て作用する。大量の血を吐くリクオだが、脳をやられていないと判断して当初の予定通り前へ前へと進む。そして──

 

「それ゛、を……待゛って゛た!」

 

 術式使用から五分経過。焼け付いた術式の回復まで、再度の盃盟操術使用は不可能となる。それでも問題ない。リクオの見出した勝機は──

 

「なにして……んんん!?」

 

 キスだった。

 反転術式を呪霊体である現在の鳥居の脳へ流すため、直線で流しやすい口を経由させたのだ。リクオとしては、銃を口に突っ込んで引き金を引くような認識での行為。

 

「我慢比べだ。鳥居さん」

 

 時間制限のあるリクオでは、中距離で引き撃ちをしてくる可能性のある鳥居を倒すのは困難だ。故に、相手には勝ちを確信させなければならなかった。戦闘中に考えられる限りで最大の効果を発揮する共鳴り。それを撃つときでなければ、呪霊体にはならないだろう。

 身体から釘が突き出してくるような感覚に、いや、実際にはそうなっているのかもしれないと考えながら、リクオは再度反転術式を吹き込む。

 

「オマエ、ふざけッ──!」

 

 呪霊体が崩れてきた。血が混じっているだけのリクオとは違い、妖怪としての滝夜叉姫と受肉体としての滝夜叉姫の二つは別々に存在している。これによって二つの術式を所持したり、欠損の治癒などの反転術式では消費が激しい行動を容易く行えたりするのだが、同時に妖怪の時──呪霊体では反転術式が害になるという妖怪としての弱点を引き継いでもいた。

 芻霊呪法を使う呪力のコントロールが、ファーストキスを奪われた怒りで乱れる。それでも術式自体の継続はされるのが流石というべきか。

 

「なんとか、なったみたいだ」

 

 術式が停止したのは、薙刀と共に妖怪としての気配が消滅した時だった。かなりの消耗だったのか、鳥居は膝をついている。

 

「……聞きたいことがあります」

「っつ。はあ? なんだ」

 

 リクオとしては、鳥居の体を殺すつもりは全くない。そして、二度目の人生という目的は戦う前に聞いた。なら。

 

「鳥居さんを返してくれませんか? 緊急時や監視下にある時に表に出てもいい縛りを結べば、命は保証します」

 

 記憶を参照できたのなら、鳥居夏実としての魂を取り戻すこともできるかもしれない。共存という形なら、ここで死ぬよりマシと相手も納得する可能性がある。落としどころとしては適切だろう。

 

「……保証はできないが、やってはみる」

 

 口に入った血を吐きながら、少し顔を赤くした鳥居は頷く。

 

「それと、あなたが持っている百点、使わせてくれませんか?」

「そっちが本来の用事だと思ってたんだけど」

 

 そうして縛りの詳細や百点の使い道について詰め、ひとまず回游終了までは今の彼女──滝夜叉姫が鳥居の体の主導権を握ることが決まった。総則の追加に関しては、当初から決めていたことを共有するくらいだ。そして。

 

『承認されました。総則10:泳者(プレイヤー)は他泳者に任意の得点(ポイント)を譲渡することができる』

 

 行方不明になっていた鳥居の保護と、戦えない者が術式の剥奪で死ぬことを防ぐ点数の譲渡ルールの追加。ひとまずの目的を達したリクオは、コンクリートの壁にもたれかかる。

 

「安心したら、なんか力が……腕、どうしよっか……」

「あ! 待って待って! 腕は拾って治しとくから! くっつけるのはなんか……頑張れ!」

 

 気を失うかのように眠るリクオは、既に止血を終えていた。その辺りはちゃんとしていると思いつつ、鳥居は自分が釘を打ち込んだ腕を回収する。

 

「ところで、現代だとキスって一般的なの……?」

 

 受肉したのが中学生だからか、彼女はそのあたりの恋愛に疎かった。




藤原を憎んでいて呪力放出で戦う、キスで倒された呪霊。流石に頭にパンツ被せるわけにはいかなかったので、ラクダワラさん要素はない。
奴良くんは、極道呪詛師とか海外の刺客とかが集まる東京百鬼夜行で主役を張るから……いつもボロボロになって勝つわけじゃないはず……


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『服着ろや』/またね

巨大ボスと戦う話。遺言について考えるものとする。


 結界間の移動が可能となった総則の追加により、泳者の移動が開始された。残存者のいない桜島コロニーへの移動や、現状最も人の多い東京第一及び第二コロニーが人気になっていることが窺える。

 次々と滞在コロニーの欄が変わっていく中、ゆらはあることに気付く。

 

「京都コロニー、ほとんどおらんな……」

 

 蜘蛛の子を散らすように、京都コロニーにいる泳者が次々と別の結界へ移動し始めたのだ。そして、数少ないそのコロニー内で生存している術師の名に、目立つものが一人いた。

 

「烏崎、契克」

 

 またやらかしたか、なにかしらの要因で暴走したか。ともかく、ゆらとしては京都になにかあるのはマズいという判断の下そちらに向かうことを決めた。もちろん、契克を止められるのは知る限り自分だけというのもあるが。リクオはできるか定かでないことに加え、鵺を倒す最有力候補である以上無事でいてほしい。

 

 以前に戦った"方違え"の術式を応用したのだろう転移を経て、京都コロニーへと転移する。

 

「ご丁寧に、転移先はランダムか!」

 

 そして、上空への転送から落下が開始された。眼下には煙に包まれた街並み。落下の勢いでビルの壁面を斜め下に駆け、ある程度勢いが乗ったところで横へと方向転換する。そうして壁面や地面を使って街を走っていると、煙の向こうから巨大な四本の尾を視界に捉えた。

 

「狐……はぁ、そういうことか?」

 

 考えられる限り最悪の想定をしておく。尾に近づくたびに煙が濃くなっていき、見るからにラリっている人間が目につくようになった。

 本来であれば、一帯に充満している煙は感覚喪失や幻覚など様々な効果をもたらすものだ。それこそ、より強い煙に慣れていなければ動くことすらままならないだろう。

 ──つまり、ゆらは大丈夫だということだ。

 

 そして、ゆらは煙の根源へと辿り着く。ビルひとつほどの大きさを持つ頭部を持った狐が、四本の尻尾の先から煙を吐き出し続けていた。

 

「なんやあれ……」

 

 畏と呪力が不規則に混ざり合った感覚が、相手の次の動きを読めなくしている。呪力ゼロ故に動きが読めなかった頼光に続き、また予備動作の察知無しで戦う羽目になるだろう。

 

「なんや、私の戦う相手が毎回楽に勝たせてくれへんのやけど!」

 

 煙が揺らぐ。尻尾の一本が横薙ぎにゆらへと迫る。走っていた壁を蹴って空中へと身を投げ出せば、さきほどまでゆらが駆けていたビルがだるま落としに失敗したかのように倒壊した。

 尻尾へ乗り、武曲の薙刀をそこへ突き刺す。そのまま引きずるように根元へと向かって進めば、魚を下ろす要領で傷を与えることができた。天逆鉾を最後に刺しても特に変わらなかったことから、この大きさは式神などではなく元の体が変化したものだろうと当たりをつける。

 幽かな光に影が差す。直感に従って尻尾から飛び降りるゆらは、大きく口を開けて飲み込もうとしていた狐の顔と目が合った。

 

「飛ぶんは後を考えるとまだやりとうないし、試してみるか」

 

 万里ノ鎖ほどではないが、ある程度の長さと強度を確保した鎖を天逆鉾に取り付ける。ゆらの左右から尾が一本ずつ迫ってきている中で逆鉾を投擲し、目に刺さるのを確認したとともに鎖を引いた。

 宙を滑るような動きは致命的な傷を回避し、それでも躱しきれない攻撃は重心を変えて腕で受ける。拳の皮が擦り切れる程度の被害は、反転術式ですぐさま治せるので問題ない。鎖が破壊される前に逆鉾を引き抜いて起点を尾の一本へ変更。ワイヤーアクションのように止まることなく立体的な軌道で狐の周囲を飛び回って傷を与えていった。振り子の如く加速していく中で、振るう薙刀の切り裂く速度も増していく。度々地面に擦れて火花を散らしながら巨躯を少しずつ刻んでいき、四足の間を潜り抜けて腱を斬り動きを止めたりと解体と呼ぶに相応しい工程をいくつも重ねていった。

 多少の傷は負いながらも状況はゆらの有利から覆ることが無く、ついには狐の首を落とすに至る。

 

「……案外、なんとかなるもんやな」

 

 ──そこで、ゆらの誤算が二つほど存在した。はじめに、最悪を想定したゆらはそれが正しいかを検証することができていない。もう一つは、この世界ではどうしようもないこととして、ゆらが進撃の巨人を読んでいないということだ。

 

「──おいしそう」

 

 

 つまり、羽衣狐の完全顕現だと思い込んでいたゆらは、まだ出産すら為されていなかったということを想定の外においていた。そして、脊髄から出てくる烏崎契克に対して無警戒だったということを意味してもいる。

 

「これで、生きとんのか……っ!」

 

 肉に埋まっていた手や足は既にそこから抜けており、鎖を逆に契克が引っ張ることでゆらが引き寄せられた。ゆらの唇が奪われる。傍から見れば見目のいい少女同士の口づけは、一方が喀血するような声を出していることから実態を察せられるだろう。一瞬ゆらの目が裏返り、口の端から血が伝った。

 ()(唾液)の糸が唇の間にかかり、ゆらの心臓が捕食される一連の出来事は終わる。

 

「心臓返せ。あと服着ろや……!」

 

 血を吐きながら、ゆらは口の中で弄んでいた肉片を飲み込む。本当は適当に吐き捨てようと思っていたのだが、これからの呪力の消費を考えると、補給はしておいた方がいいと仕方なく食べたのだ。

 

「人んタン()食べたのは初めてやな」

 

 自分だけ心臓を奪われるのがなんか癪に障ったので、相手の舌を噛み切った。自分と契克の血をカクテルした味しかしなかったが。

 

 

 そして、ゆらの心臓を飲み込んだことで、契克の下腹部にいる存在──羽衣狐が発する畏が強大なものとなった。

 

「動いてる……っ」

 

 契克の腹は臨月のように膨れ、急速に女性的な成長をしたためか、髪が腰ほどにまで伸びる。ゆらが認識する限り、この場にいるのはゆらと契克しかいない以上裸でも問題はないが、なんとなく複雑な気分を抱いていた。

 

 


 

 

 死ぬ前の一言二言、いわゆる最期の言葉はなにを言ったんだっけ。前世も含めれば三回はいう機会があったはずだ。まあ、前世の最期はよく覚えてないから即死だったかもしれないけど。

 きっと、前世はアレだろう。漫画や小説を買ったりできる程度には安定した家庭で育ってきただろうから、「お母さん……」とかかもしれない。三十代ではなかったはずだから、母親も存命だろう。親不孝を悔やんだのかもしれないし、俺が死んでも元気に生きてくれみたいな感じのアレの可能性もある。ベタだけど。

 平安は、家族や妻の方が先に死んだから残す言葉も特になかったことを覚えている。地獄の存在は知っていたけど、呪物になる以上そっちには行かないから「地獄で会おうぜ……」は違う。「猫になって……」は寄生獣のあの犬を思い出すから論外。

 思い出した。「おやすみなさい」だ。マジで安らかに死んだんだな。

 戦国の時は、何を言ったんだっけ。親しかったのが心結心結や天海と寿命では死ななくなった組だから、俺個人が遺す言葉だったはずだ。「生きて……」じゃないことは確かだ。あいつらは勝手に生きるだろう。死ぬときにワンポイントアドバイスするような感じじゃなかったし、気さくなジョークを交わすわけでもなかった。

 「またね」じゃん。次の受肉が平成で、原作に関わる俺と裏方だろう天海たちではあまり関わらないだろうと思ってそういうことを言っていたはずだ。……もしかして、受肉の器を心結心結とかが作ってたのってそのせいか? 友情が俺の想定より重かった感じ?

 そっかぁ……。確かにまた会えたけどさ。その一言で五百年くらいかけるか。……心結心結や天海の中で、「全部壊して」くらいの呪いになってたりしないよな。

 ──まさかね。




こいつクッソ重い友情関係しか結ばないな。

心臓と舌の交換。


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『わからせたるわ』

TS娘わからせの話。


 契克の足を液体が伝う。最初は雫のように垂れていた水滴が、流れているといっていいほどにその量を増やしていった。

 

「破水……とっとと殺さなあかんか」

 

 まもなく羽衣狐が産まれるだろうという予兆。普通の出産と違う点があるとすれば、羊水は黒く濃い畏を纏っているということだろうか。

 最良で、出産後に正気を取り戻した契克と羽衣狐を討伐。最悪は、羽衣狐と組んで二対一の状況だ。

 回数券を箱から取り出す。仙台コロニーで戦い始めてからずっと使っている現状、あるかもしれない後遺症を気にするほどの余裕もない。

 逆鉾を持ち、狙うは膨れた子宮。産まれるのが妖怪か半妖の状態かは知らないが、身動きができないうちに確実に殺せばいいだけだ。それが可能なだけの実力を持っているゆらは、そのままであれば確実に殺害を成し遂げていた。

 

 突如として、時間の流れが早くならなければ。星が高速で宙を流れ、木々は青々とした葉を落とした冬になる。ゆらはただ一人、自身が取り残されているのを感じた。まるで神がそう意図したかのように。

 

「母に死なれては困る。努力を無為にするのは心が痛むが、こちらとしても悲願なのでな」

 

 そして、契克がその場を離れて別コロニーに行ったりする景色が過ぎ去っていき、ゆらの認識において一瞬で冬になった頃。

 契克の股の間から、足と尻尾が見える。逆子と形容できるだろうそれは、しかし強大な妖の誕生としては相応しいものだった。

 十本の尻尾が周囲を薙ぎ払う。まだ生れ落ちていない赤子にもかかわらず、その風圧だけで壊れかけのビルが全て崩れ落ちた。

 

「……大人しくしとけや!」

 

 ゆらもまた距離を取らされる、その寸前。契克の懐へと手を伸ばす。先ほどまでは何も持っていなかったゆらの左手には、鎖──万里ノ鎖が握られていた。

 

「当面はこれでなんとかなりそうやけど」

 

 水溜まりになるほどに滴り落ちた羊水に、ぺたりと小さな足が着く。産まれた赤子は猿のようだと聞くが、今しがた誕生した彼女は初めから完成された美しさを持っていた。数瞬ごとに成長していくその体は、京都で見たのと同じ姿へと戻っている。違う点と言えば、服が和装であるという点くらいだろうか。足元にある畏の羊水が羽衣狐に集まり、その服を形成した。

 

「蘆屋……いや、破軍の娘に烏崎か。出迎え御苦労」

 

 再誕して、京の出産と同じような尊大さを見せる彼女に警戒を解かず、ゆらは必要なことだけを確かめる。

 

「一応聞いとくわ。ここで闘る気は?」

「妾は晴明に会いに行く。邪魔をせぬならこちらも手を出さぬよ」

 

 羽衣狐はゆらと契克の両方の方へと向き直った。

 

「晴明からそなたらのことは聞いていた。これからもなかよくしてくれると嬉しい」

 

 最後にそう言い、羽衣狐は彼方へと跳躍した。薬物で強化されたゆらの動体視力をして普通に動きを捉えられる事実は、即ちゆらほどの実力が無ければ一方的に敗北するということを意味している。

 

「まあ、それはええか。奴良くんとかがなんとかするやろ」

 

 妖を見逃すのはどうかと思うが、少なくとも今のゆらにとって、その後のことを考える余裕はなかった。羽衣狐の出産を終えた契克だが、その残滓といえる畏がまだ残留している。二対一では勝ち目が薄かった以上、ここは見逃すことに天秤が傾いた。

 

「正気には……戻ってなさそうやな」

 

 四本の尻尾はゆらの方を向いており、敵意を持っていることもまた感じ取れた。とはいえ、竜二ならともかくゆらにとって説得で正気に戻すような話術は得手でない。やるべきことは簡単だ。

 

「死んでも文句無しやね」

 

 殴って元に戻す。死んでもまあそれはそれで予定通りだ。ゆらの放つ敵意に反応したのか、契克もまた言葉を返す。

 

「この終わりに何があるかなんてわからない。けど、私はそれを見るために耐えてきたんだ」

「分かっとる。そんで、私らにも守るべきものはあるんや。……始めよか」

 

 死滅回游を終わらせる手段は分からないが、どうすればそのための足がかりが生まれるかについては見当がついている。だからこそ、呪術廻戦における正しい終わりを知ることができなかった契克は、この機会に期待するしかないと考えていた。

 そして、ゆらはそれを許容するわけにはいかない。

 

 最初に動いたのはゆらだった。いつぞやの戦いとは逆に、万里ノ鎖を取り付けた天逆鉾を投擲する。同時に極ノ番を起動。今までの戦闘で使用した呪力は、回数券によってすべて回復していることで万全。もちろん何のリスクもないと思ってはいないが、何も果たせず死ぬよりはマシだ。

 対して契克の四本目の尻尾が動く。それとともに無数の撥体が射出され、ゆらに襲い掛かってきた。空中に飛翔して三次元的軌道を描くゆらだが、的確な射撃精度によって常に動かざるを得なくされている。

 

「呪力消費が……っ」

 

 羽衣狐の尻尾が転生した数と話していたことから、契克の持つ本数から考えておそらくあと三回の変化を残していると考えると、できれば呪力消費は少なくしたい。後に控えているのが、戦国における芥見と、平安の烏崎契克と推測できることからもなおさらだ。

 逆鉾で牽制を放ちつつ最速の発生速度を誇る禄存の角で迎撃し、廉貞による砲撃で的確に傷を与えていく。ゆらの反転術式は軽傷に対して任意で発動させるものと、欠損や重傷を自動で治す二種類に設定されていた。現在は軽傷のみで、呪力消費の多い後者は発動していない。

 

「……決定打があらへん」

 

 しかし相手も尻尾でこちらの攻撃を逸らしている。逆鉾は発動中の術式を解除する効果を持つが、撥体のように発動した結果を打ち消すことはできない。となれば、射撃による削り合いが主となる。

 毒々しい色をした人や妖の成れ果てと、金属が宙に描く軌跡がぶつかり合う。そして、現在の烏崎契克は本能で動く妖に近い戦い方をしていた。つまり、使用回数の少ない鴉羽の武装より、撥体のような使い慣れたものを扱うパターンが多い。そうなれば、手数の差でゆらに劣る契克がひざを折る方が先だった。

 

「……あと三本や」

 

 四本あった尻尾の内一本が消滅する。そして、三本目の尾から放たれた畏が霧のように契克を包み、それが晴れた時にはまた別の姿へと変わっていた。

 両手に火縄銃を持ち、足軽のような軽装の上にコートを羽織っている。性別が変わらないのは、器が強固に作られていたからか。

 

「やっぱり同一人物やんか。芥見」

 

 契克と直接会って話したことで予想はしていたが、実際に知る者は天海や心結心結だけだった秘密をゆらも実際に認識した。

 芥見という偽名を使っていたが、間違いなく彼は烏崎契克だろう。

 

「殺すことが選択肢にあるんだ。幸福は、他人の人生を消費してしか得られないのだから」

「それでも、全部奪わなあかんわけやない。他人を犠牲にしなくてもええ人を一人でも多くするために、私らがおるんやから」

 

 戦国で、他人を殺さなければならなかった以上しょうがないと納得する。そして、それを自分の中で割り切らないとやっていけないという弱さも理解を示した。そのうえで、ゆらはその奪うことで成り立つ幸福を全て肯定することはできなかった。それが花開院ゆらという術師が術師であり続ける理由であり、義務教育を終えていないうちから呪詛師を殺すことを受け入れられる程度にはイカレている所以でもある。

 

「近づけへんのは面倒やな。さっきと同じやり方で効くかわからへんし……」

 

 推測だが、契克は夢を見ているのに近い状態だろう。ある程度の衝撃や傷といったダメージを与えれば、見ている夢にも影響が及ぶ。目が覚めるまで殴り続ければいいというのはゆらにとっても分かりやすくてありがたかった。

 だからこその、それぞれ違うやり方でないと夢を変化させることができないのではないかという懸念だ。

 空を飛んでいるゆらへハリネズミのように回避しようもない弾丸が迫る。

 

「武曲、巨門!」

 

 武曲の薙刀に巨門を融合させ、巨大化した武具によって弾丸を弾く。それを契克に向かって投げつけ、同時に突進。近距離での格闘に持ち込んだ。万里ノ鎖が持つ無限の射程という利点が失われるが、あれは連射される銃撃を相手取るには心許ない。

 銃床を使っての振り下ろす打撃を落花の情で迎撃し、逆鉾で銃を狙う。現代でもわざわざ火縄銃を使っていることから考えると、間違いなく遷煙呪法で連射可能にしている。なら、天逆鉾による術式解除が有効に働くだろう。鎖を振り回して攻撃に使いながら、腕ごと銃を斬り落とそうとする。

 

「今はどうせまた生えるやろ」

 

 足払いをその場で跳んで躱し、その隙に頭部を狙って放たれた弾丸は射線上に割り込ませた鎖で受け止める。銃や殴打の余波で比較的無事だった周囲の建造物が崩れていく中、ゆらと契克は煙を揺らめかせて攻撃の応酬を行っていた。

 そして──

 

「これで!」

 

 ゆらの逆鉾が両腕を斬り落とすとともに、呪力が大量に込められた銃撃が至近距離の腹部で炸裂する。吹き飛ばされ、爆発によって体の向こう側が見えるくらいに穴が開いたゆらだが、反転術式によって即座に治療を行う。

 

 ゆらが態勢を整えたのと同じくして、契克の尻尾がまた一本消滅する。残る尾は二本。そして、それがゆらの記憶にある限り最も手ごわい状態だった。

 

「久しぶりやな。"烏崎契克"」

 

 平安の術師、烏崎契克。蘆屋道満の記憶を追体験したゆらにとっては今の契克以上によく知っている時代の相手だ。姿はいつぞやの気まぐれで着ていた五条袈裟であり、少女の姿には多少アンバランスにも思える。

 

「ねえ、道満。正義の是非を問うなら、秤がずっと傾いていればいいと思わないかい? 心が揺れなければ、常に公正な結果を出せるのだから。独りで生きるには、私たちの世界が広くなり過ぎた」

「それでも、夢のために進んだことは否定せんよ。それは、あの場にいた誰も否定せんし、否定させん」

 

 玉折事変、いや、その前の晴明に起きた悲劇から始まった離別は悲しいものだった。道満の記憶を鑑みるに、あの別れは三様に惜しんでいたものだった。だが、それが間違いだったとは思えない。ゆらからすれば晴明の思想は受け入れられないものだが、それでもその理想に救われた者もいるだろう。喚き散らす非術師を救う価値があるのかと悩んで、そこで同じ悩みを持つ相手に相談できるというのはいいことだと考える。ゆらは一人で結論を出せるほどに強いが、彼女自身も皆が自分程強くはないと理解していた。

 契克も同じだ。一歩間違えれば呪詛師に堕ちる、呪術の探求というテーマを術師として在りながら行える受け皿を作った。それは尊敬すべきことだろう。

 

 二人は二本ずつ回数券を取り出し、火を付けた。箱には『いざというとき以外は二度キメをやめましょう』と書かれていたが、今こそがそのいざというときだ。

 ゆらの認識する世界が減速する。その中で自分と契克だけは通常の速度で動いていた。

 

「式神──いや、殴る方が速い!」

 

 今までの式神六種による完全融合に、新たに術式反転によって追加した式神も加える。龍の尾と角が生え、背中からは翼のように異形の槍──憑鬼槍が突き出している様は妖の域に近いと言っても過言ではなく、しかし人のままで戦っていた。

 遷煙呪法による煙がゆらを囲む前に、尻尾で辺りの空気を薙ぎ払う。煙が爆ぜたことから、捻目山の時に見た丹引という手法だろう。

 契克の蹴りが天逆鉾を持つ右腕を捉え、十数メートル先へと吹き飛ばす。回収は不可能と判断したゆらは背中の槍を契克に突き出した。足を振り抜いた状態の契克はそれを戻す反動で宙返りを行い、突き出してきた槍を掌で押さえることによって軌道を変える。

 もちろん高速で繰り出される刺突に触れた手はボロボロだが、その速度によって煙のようになった血がゆらの傷口に入り込もうとしてきた。体内に入れば、そこからの丹引で呪力の防御を無視した爆発が発生する。いわば必殺の一撃だ。

 

「知ってたけど厄介やな! 出血してもさせても有利とか!」

 

 とはいっても、玉折事変で戦った以上その対策も確立している。自身と融合している武曲の鎧を即座に展開。義手のようにはなるが、これによって傷口を塞ぐことができる。あとは反転術式で出血だけ止めればいい。最低限の呪力消費での応急手当。それでも道満が僅かに後れを取ったのはその腕の反応速度が落ちるという点に由来するが、ゆらはそれを槍の翼と龍の尾で補う。

 そして、実力が拮抗しているのなら決め手は未知のものであり──

 

「虚式──うずまき」

 

 あくまで平安の頃を夢に見ているだけの烏崎契克では、最強の一撃を手に入れたゆらの初撃に対応することはできなかった。

 

 

 ──そして、最後の尾だけが残る。同時に、黒い霧が契克を包んだ。また姿が変わるのかと思ったが、そこにいたのはただの人型の存在だった。顔は黒く塗りつぶされており、服装もぼやけて特定の個人と認識することもできない。

 

「空想が現実になることなんて、誰も望んじゃいなかったんだ」「執念も消え果てたのに、未練だけが残っていた」「俺が誰なのか思い出せないのに、苦痛だけは離れない」

 

 それは、真に前世と呼べるものの残骸。烏崎契克が捨て去った誰かの思いだった。

 それは時々決まった形を取る。目を隠した長身の男性や、火山を思わせる頭部の異形など。だがそれらに強者特有の圧は感じられず、まるで影法師のような不安定さを漂わせていた。

 

「今のあんたが誰かは知らへんけど、それは分からんでもないよ。私らはどうしようもなく、表の世界には辿り着けへん。たまに、血の匂いのせん生活を考えることもある」

 

 ゆらはきっと、世間一般からすれば「かわいそう」と言われる部類の人間なんだろう。呪詛師や人格を持った妖怪と戦うことを生まれた時から決められて、物心ついた時には殺しの技を叩きこまれた。それでも、ゆらは逃げようと思ったことはなく後悔もしていない。転校という形で中学に行き、契克やリクオといった仲間の他に、清継や家長カナといった守るべき人たちを明確に認識してその温かさに触れた。

 

「恐怖を恐怖として受け止めて、そのうえでそれを糧として生きることができる。その日常を守るために、闇は暗いままでないとあかんのや」

 

 妖怪がいなくなれば人は平和に生きていけるのか。その問いはよく議論される。そしてその答えは否だ。妖怪は畏れられ、そして消費され忘れ去られるだろう。しかし眩い闇の下では、不条理と不可能に立ち向かう者はいなくなって、人の醜さを直視することになる。

 

「空想が現実になって、人は生きてける。せやから目ぇ瞑って、その痛みを暗がりの中に押し付けて生きてくしかないんやろ」

 

 どうしようもないことは、それはそれだと割り切ってしまえばいい。できる限りのことはして、それでも無理なら無理だと諦めるのも肝心だ。それが出来なくて潰れてしまった前例(友人)を、二人ほど知っているのだから。

 

 ゆらはただひたすらに駆ける。なんとなくあの影法師がどういうものかを認識していた。あれは畏そのものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそがあの影法師たちの正体だった。

 故にすべきことは単純。気を取られずに、真っ直ぐ走って、思いっきり顔面を殴る!

 その勢いのままきりもみ回転し、顔のない誰かは纏う畏ごと霧散した。仮面が壊れるように、黒く塗りつぶされた顔が再び見えるようになる。

 

 最後の尻尾もまた消え去り、結界全体を覆っていた煙もまた晴れた。残っているのは更地になった戦場と、ゆらと契克の二人だけだ。

 契克はしっかりと目を開けていて、畏ももはや残っていない。烏崎契克を正気に戻すという点において、もはややることは残っていなかった。

 

「何をしたいかなんて、最初から存在しなかった。ここにいることに意味を見出せなければ、オレが崩れていきそうで」

 

 捨てられた子犬みたいになっている、眼前の彼女をそのままにしておくのであればという話だが。

 

「……でも、あんたは晴明の手を取らへんかった」

 

 人生に意味を持たせるなら、晴明の誘いに乗ればよかった。そうすればきっと、『世界は晴明の望む通り平和になって、多くの人が幸せに暮らしました』で終わるだろう。

 

「……奇跡に意味を見出したかった。長い時間をかけて、それが全て勘違いだと知った時、それが最後の縁だったから」

 

 要は、確率の低い方に賭けたのだと。確かに契克から聞いた通り、黒閃が成功することは極めて稀らしい。ただ──

 

「一人だけ賭ける側気取りなんてええ度胸やんか……」

 

 ゆらとしては気に入らなかった。道満としての記憶を持っている以上、晴明にもある程度友情は感じているが、だからこそ。

 

「なんで私の友人は悉く神様気取りやったり神様になったりするんや!」

 

 神になって愚民を支配するだとか、神様気取りの傍観者として賭けを見守るだとかが本当に気に食わない。

 

「──なら、わからせたるわ。あんたは私の友達、烏崎契克やってなぁ!」

 

 だから、ここまで降りてこいと、ゆらは神様たち(バカやってる友達)に突き付けると決めたのだ。




もしくは、過去を受け入れて勘違いに向き合う話。


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友達

わからせ編決着です。


 兵庫県■■市■区■■■町■番地■■■、■■■■マンション■階■■■号室。入居者は兄弟とその両親だった。"俺"には兄弟や姉妹はいなかったのだけど。

 

「ショッギョ・ムッジョだのアイエエエだのとネタにしていたのが嗤えてくるね」

 

 呪いが廻ることを望んでいたから、一度大切なもの(前世)を捨てた以上今世も色々と失うのは当然かもしれない。なら、何かを所有していると考えなければいいのだろうか。……どこかで聞いたような言葉だ。まるで肝心なところや図書館で逃げ続けている男の内心のような。……なんかそれはダメな気がする。

 

 ──顔が痛い。目の前には拳を振り抜いたゆらちゃん。

 ……もしかして、殴られた? ガワは女の子やぞ。

 

 カラオケで何曲も歌ったような息苦しさと爽快感に、夢を見ていたような感覚と共に今までの行動を思い出す。それと、自分の身に起きたことも。

 

「……晴明ェ! アイツ、ほんっとアイツ!」

 

 復活の方法から嫌な予感はしていたが、マジでやりやがった!髪で胸が隠れてるけど裸だし、なんか足が水分で冷える。あと股が痛い。

なんで俺がそんな状況なのにゆらちゃんは拳を構えてるんだ。

 

「にしても、『変身をあと二回も私は残している』と言えなかったのは残念かな」

「それや」

 

 とりあえず、殴るか対話するか一方に決めてほしい。音が遅れて聞こえるような拳を繰り出しながら会話を始めるのは信頼で片付けていい話じゃないと思う

 

「なんか、あんたの言葉って薄っぺらいんや。本心が見えないんよ」

「安心しなよ。別にうまく話せないわけじゃないさ。しかし、この世界の十二月に"件"の話題を出すことになるとはね」

 

 引用が多数を占めるからな。オタクは大体アニメの引用をしたがるものだ。……あと、主語も大きくなりがち。今のようにね。

 それにしても、ぬらりひょんの孫においては渋谷の百鬼夜行は件が発端になるんだったか。

 

「……色々考えたんやけどな。未来人が近いんか?」

 

 もしかして、俺のことを言ってるのか? ちょっとびっくりした。半分くらい当たってる。

 

「──超能力者や宇宙人、異世界人の可能性もあるよ」

 

 対有機生命体コンタクト用……なんだっけ。この世界の外から来たなにかしらともいえる。

 

「それはええねん。どのみち、友達には変わらへんからな」

 

 ……?

 

「それは、オレとゆらちゃんが?」

「他にここにはおらへんやろ。平安の記憶も合わせると、兄より付き合いが長いんや」

 

 友達……そんなもの、どうせ離れていくのに。過去も前世も、捨てたはずのものが追いかけてくるなら。

 

「作った物は離れていく。だから、もういい。手放すよ」

「勝手に決めんなや! それはそれで、これはこれやぞ。全部勝手に纏めて背負わんといて!」

 

 開き直りと八つ当たりだ。正当性なんてないことも分かってる。ただ、俺が正気に戻ったのにまだ殴ろうとしてくるゆらちゃんもどうかと思う。だから。こっからは喧嘩だ。

 

「さて、先ほど件の話題を出した後にこれをするのは、盗作のようで気は進まないが……まあ、仮面を着けたデビルマンモーの元ネタも似たようなことをしているし許してくれるよな!」

 

 使うのは、羽衣狐戦の備えの時についでに要請した仕掛け。京都市内のスピーカー全てから音楽を流す権利だ。流す曲はもちろん。

 

「廻廻奇譚!」

 

 独特のイントロと共に、大音量で曲が流れ出す。オープニングを流しながら、作品のヒロインと喧嘩するのは乙なものじゃないか?

 別の世界だけど。なんかもはや原作とは別物になってるけど。

 

 さて、喧嘩とは言ったものの、本気の対人戦なら晴明以外に負けることはない。

 

「──遷煙呪法」

 

 懐に忍ばせている、ダウナー系のアレを超高純度の煙として吹き付ける。分類上は毒であるから、反転術式を使うにも特殊なセンスが要求されるのだ。基本的にこれをやっていれば勝てる出し得技。

 

「っあ゛あ゛あ゛!」

 

 のはずなんだけど、ゆらちゃんはなんで普通に動けるんだ? もしかして──

 

「……回数券、何本使った?」

「いちいち覚えとらんわ!」

 

 ……ゆらちゃんが高校卒業できるか不安になってきた。寿命足りるかな。

 

 しょうがないので、いつぞやの竜二戦と同じように身体強化に全振りする。必勝パターンが効かないのが辛い。なんなら逆鉾と万里ノ鎖がゆらちゃんの手にある。

 

「この前のお返しや!」

 

 鎖が蛇のように迫ってきた。それと共にゆらちゃんは距離を詰め、背中の槍と尻尾でオールレンジ攻撃をこなす。確かに、式神の出力がゆらちゃんの術式だから、反転すれば入力できるだろうとは思ったけど……

 

「オレが言うのもなんだけど、本当に人間!?」

「失礼やな。女の子やぞ」

 

 心象を表に出せばまるで人外、物の怪みたいだ。

 尻尾に乗ったり宙返りで槍を蹴り飛ばしたりして一撃一撃を逸らすが、やけに逆鉾の扱いが上手い。尻尾の方は色々とアレだったさっきのオレを見て参考にしたにせよ、逆鉾の方は……

 

「なにせ頼光と実際に戦ったんやからな! 頭ブッ刺されたわ」

「よく生きてたな」

 

 本人登場か。それはしょうがない。おおかた口寄せで魂の情報まで引っ張られてきたとかだろう。これだから天与の暴君は。

 そうして話しながらの攻防が続く。殴り、防御し、いつの間にかゆらちゃんの極ノ番は解けていた。同時に、オレの遷煙呪法も。互いに消耗激しく、今や呪力を篭めたただの殴り合いだ。

 煙の水分が冬の冷気で雪へと変わり、この場所へと降り出す。

 

「何物にも成れないだけの屍だ、嗤えよ」

「だーかーらっ! あんたは私の友達だって言ってるやろ!」

 

 曲が静かになる。ちょうど言葉と歌詞が重なって、独創性の欠片もないと自嘲した。曇らせは好んでいたが、自分がそうなる立場になるとそうも言っていられないものだ。

 だから、目の前の彼女がひたすらに眩しくて、傍にいるには不釣り合いに思えてしまう。

 

「ずっと隠し事をしてきた!」

「千年かけて色々企んどったやつと迷惑さは同じや! やから先にあんたから殴っとる!」

 

 腹を殴られ、黒い閃光が奔る。一応女の子だぞ。怒りを乗せて同じように腹を殴れば、こちらにも黒閃が発生した。

 

あの時(玉折事変)に、誰の味方もできなかった!」

「どのみち全員纏めて殴るつもりやったから構わへんよ!」

 

 左手を折られたので、同じように左手を殴って骨を粉砕する。当然といわんばかりに、互いに打撃の瞬間は黒い光が出た。

 

「ゆらちゃんや奴良くんを巻き込んだ!」

「奴良くんは元からヤクザやろ! そのうち決めなきゃあかんことが、あの時に早まっただけや! それに私は今更やろ! 実際、強くならんと晴明の復活で全部終わっとった」

 

 そう言ってゆらちゃんは右ストレートを振りかぶる。とはいえ、オレも負けるつもりはない。前回の反省を活かして今回はカウンターだ。拳が届かない距離までバックステップし、その後一気に畳みかける。

 

「やから、あんたが未来人やろうと異星人やろうと知ったこっちゃない! ここまで墜ちてこい!」

 

 腕を高速で動かすゆらちゃん。対するオレは後ろへ跳躍し、即座に前方へ加速する準備を整えた。

 ──そして、銃声。

 

「やっと撃てたわ」

 

 ゆらちゃんの手元にある拳銃からは、硝煙が立ち昇っていた。曲が止まる。

 

「しまったなぁ……忘れてた」

 

 そうして、オレの意識は暗転する。

 

「河原の殴り合いには、締まらん決着やけどなぁ」

 

 意識を失う直前、腕を掴まれる感触と一緒にそんな声が聞こえた。

 そうだった。どうでもいいなら、さっさと結界から離れるなりすればよかったんだ。──捨てきれなかった。プライドとかじゃなくて、友情を。

 

 

 

 ──目が覚める。布の肌触りから、上下ともに服を着ていることが理解できた。

 

「冬やと風邪ひくやろ。服、スーパーから持ってきといた」

 

 周囲の光景からして、そのスーパーだろう。寝ていた木製のベンチから起き上がり、ゆらちゃんの話を聞く。

 

「なあ、考えたんやけど。この回游の黒幕引きずり出す案」

 

 起きたのなら仕事の話だと唐突に告げられたそれは、理論上可能だろうという与太話。回游の永続という条件を満たし、敵を同じ土俵に立たせることも可能な最強にして最悪の一手である。

 

「……正気? 名案だとは思うけど、オレとしてはゆらちゃんにやらせたくは……」

「アホか。烏崎契克がこれやるんはホンマにシャレならんわ!」

 

 実際に可能かどうかの検証は、破軍で呼び出した十三代目秀元と確認していたようだ。なんて言っていたか聞いたら、溜息と「三日天下かぁ」の一言だったらしい。 

 

「ポイント結構持っとるやろ? 七十点くらいくれへん?」

 

 まあ、オレがこの総則を追加すると本当に面倒なことにしかならないからいいか。……花開院の現当主がやるのも大問題だろうけど。そうだ。オレもまだ百点ちょい残っているし、総則を追加しておこう。

 

「……友達なんだ。一緒にバカやろうぜ」

 

 ポイントの譲渡手続きを終え、ゆらちゃんは自身に百と五点を所持していることを確認した。そして、コガネを通してこう告げる。

 

「総則追加。──現在発生している結界全てを統合。その規模を日本全土へ拡大」

「総則追加。泳者の現在地も開示して」

 

 そして訪れる一分ほどの沈黙。回游の永続といったルールに引っかからないかやリソースの調整などを計算しているのだろう。そして──

 

「……総則が追加されました。総則12:回游を日本全土へ拡大。総則13:泳者の現在地を開示」

 

 彼方を遮っていた結界が消え、桜島コロニーなどでなければ観測が困難になる。いや、今やコロニーという区切りすら無粋だ。泳者の一覧には、御門院天海や安倍晴明といったビッグネームが一気に追加される。そして、その現在地も。

 

「これで晴明らは全員巻き込んだ。で、誰倒せば回游は終わるんや?」

「回游の仕組みは天海が設定した。主催者が管理者になれない縛りでこの規模の結界を築いたなら、同じくらいに付き合いの長い心結心結だろうな。別に天元様云々は気にする必要もないから縛りを考慮しなくていいし」

 

 その心結心結の現在地は東京第二コロニー。そして、そこには天海もいる。

 

「これで呪詛師だと言われてもおかしくないな。オレたち」

「……当主はクビやろうな。任期半年も持たへんかったかぁ」

 

 いくら必要といえど、こうしてこの国すべてを敵に回すようなことをするとは思わなった。

 

「神様倒そうとしてんねんぞ。こんくらいなんとかするわ。……人守るんは奴良くんに任せる。従えとるんは多いし何とかなるやろ」

 

 ゆらちゃんは椅子から立ち上がる。服を整え、巨大な空飛ぶ蛇を呼び出した。

 

「──終わらせに行こか」




次回、疑似死滅回遊編最終戦。


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一人は寂しいよ/『最悪の呪詛師』

死滅回游編、決着。


 元から壊滅状態だった京都を移動すること数分。ゆらちゃんが出した飛行する大蛇が撃ち落される。旧東京第二コロニー上空数百メートル。真下からそこへ放たれた超高密度の呪力は、式神から血を噴出させることすらせず通過地点を消滅させた。

 

「あれ生きとったんか。自爆したんかと思った」

 

 落下中、ゆらちゃんのボヤキが聞こえる。どういうことかと聞くと、殺したはずの相手を動かしている術師がいるらしい。心結心結だな。

 

「天海の本領は結界術だ。領域対策は忘れずに」

 

 そして、降る雪が上へと流れていく様を見ながら着地の姿勢を整える。ここにいる全員の考えは同じだろう。ただでさえ陰陽頭として政治的な駆け引きにも長けた天海がいるのだ。話すのは隙を晒すだけとなる。言葉や嘘も呪術の一つだ。

 

 眼下には海と無数のコンテナ。いわゆる埠頭とでもいうのだろうか。そこに着地すると共に、粉砕されたコンクリートの砂塵を天海へ向かわせた。それに割り込む影が大きく口を開けると、土煙は瞬く間に消え去る。

 

「木克土。体を五行に置き換えていると、修復と再利用も楽ね」

 

 五蘊皆球という極ノ番が放たれたことで分かってはいたが、やはりゆらちゃんが殺したという相手を再利用しているらしい。なんか頭部は常に変化し続ける異形の木になっているが。

 ひとまず、あの厄介な操り人形をどうにかすべきと距離を詰めて殴ろうとしたゆらちゃんだが、その拳は近くにいた俺に当たる。

 

「同士討ちか……」

 

 近くにあったコンテナから金属の動く音がする。側面を吹き飛ばして現れたのは、無数の人型機械だった。……メカ丸!? あれ究極メカ丸っぽいな。傀儡操術ということで、武器を色々詰め込んだ人形を作ったら強いんじゃないかとは言ったが、本当に作れたのか?

 

「泰世といったかしら。鍛冶を専攻にした十三代目候補がいたから少し、ネ」

 

 相手を攻撃しようとしても味方に攻撃が当たる以上、攻撃に対して回避か防御するだけになってしまう。

 少し考えこむゆらちゃん。彼女はふと何か思いついたのか、少し笑ってから空を飛んだ。式神を出していないことから、極ノ番を使ったのだろう。けど、わざわざ逃げるために使用したのか?

 

「まあ、手を出さないのが賢明ね。ただ、御門院三人を一人で倒すのは無茶じゃないかしら」

 

 余裕を含ませて話す心結心結とは逆に、天海は怪訝な表情をしていた。

 

「芥見が連れてくるような奴が、素直に離脱する? それも単身で(やっこ)たちの拠点に攻め込んでくるような術師が?」

 

 イヤな予感がする。そう考えている天海や俺に答え合わせの時が訪れた。

 

「いや、ホント申し訳ない思っとるねんで? ──纏めて()ね!」

 

 上空から膨大な呪力を感知する。そこには、以前の戦いで見たことのあるゆらちゃんの必殺技──『虚式・うずまき』が俺ごと辺り一帯を巻き込むように放たれた。

 

「ほら見ろやっぱりイカレてるじゃないか!」

 

 味方を含めて範囲攻撃をするという戦法、それも最大火力を叩きこむと想定していなかったことで、心結心結が操っていた人型はその九割以上が消滅。残り一割は、俺がゆらちゃんに向けて全力で蹴り飛ばした。

 反撃とばかりに俺に向けて廉貞の砲撃を放ってきたので、近くにいたメカ丸もどきを掴んで盾にする。天海の放つ蝸牛の式神も同じように防御して、通過した軌道で領域を展開される前にそれらを破壊しておく。

 そうしてひとまずの脅威を排除したが、問題は天海や心結心結本体だった。

 

「私とあんたの速度が合わへん! 巻き込むから速度合わせて!」

 

 空を飛んでいることで高低差による回避ができるゆらちゃんと違って、俺は地上を走っているので天海の式神が放つ粘液を移動して避けなければならない。結果としてゆらちゃんが射撃できる位置に着く時には、俺が回避を強制されて巻き込めなくなってしまう。

 これを何とかしろというのは割と無茶だ……! まあ、できないことはないが。

 湾岸近くということもあり、倉庫近くにあったバイクを使う。エンジンがあるなら遷煙呪法で色々とやって、無事にアクセルをふかすことに成功した。

 

「いつぞやの首都高を思い出すなぁ!」

「螺旋蟲!」

 

 術式で馬力を強化したバイクを動かすと、天海も自らの式神から粘液を出してウォータースライダーのように高速で地面を滑り始める。

 粘液は海水に浮くようで、海に道を作り出して縦横無尽に駆けている。同時に蛇と百足が合わさったもう一種類の式神──毒蜷局(どくとぐろ)が俺のバイクを追って絞め殺そうとしていた。

 

「丁寧に粘液で遠距離攻撃もしてくるしさ!」

 

 連射してくる上に、一発一発がコンクリートを深く抉る威力をしてくる。流石に普通のバイクじゃ水上を走れないので、頼りになるのはゆらちゃんだ。

 

「っぶないなぁ!」

 

 それも、俺を対象に天海や心結心結、彼女が操る各々を巻き込んで撃つという制限付きだが。

 

「こっちも必死でやっとる! ホント、殺したのに動くなや!」

 

 空から見れば、大規模な呪力の爆発が縦横無尽に飛び交っているのだろう。飛べる妖怪がゆらちゃんを追い、もはや崩れていくだけの水蛭子が自爆同然の極ノ番で特攻を続ける。屍や形代とはいえ数十体の妖を全て操っているのだから、心結心結も御門院の当主だったということだ。ゆらちゃんは龍のように尻尾で叩き落としたりと人外じみた戦い方で空中戦をこなしている。初めて出会った時と比べて、随分とアグレッシブというかイカレたというか……

 水面を廉貞の砲撃が通過することでできた水煙を使って天海を攻撃しているが、回避されて決定的な隙にはならない。

 

「ここまで機動戦闘が上手いとは思わなかったよ!」

「誰に(やっこ)たちがその必要性を押し付けられたとっ!」

 

 天海の仮面が割れる。そこにあったのは五十代半ば程の男性の顔だった。戦国当時からすれば、寿命ギリギリの年齢だろう。

 

「そんな顔だったんだ」

「お主がいなければあと十数年は老いていただろうな」

 

 ゆらちゃんがこっちに向かってくる。──やりたいことは分かった。終わらせよう。

 走っているバイクの上に立ち、差し出されたゆらちゃんの手を握る。同時にバイクの後部を蹴り上げ、車体ごと宙に浮かせた。繋いだ手を起点に一回転し、現在の場所を交代。バイクを蹴り飛ばした先にいたゆらちゃんがそれを避けると、俺が向かっていた海へと落ちていった。

 

「そんなもので今更!」

 

 もちろんバイクの爆発程度で天海を倒せるとは思っていない。呪力の籠った煙が水煙と合わさることそのものが重要だった。

 水が龍のように形を取り、俺の周囲で蜷局を巻く。呪力の籠ったそれに触れた毒蜷局は、水流に解体されるようにバラバラになって消えた。

 

「液体なら、僕の得手と言っている!」

 

 天海もそれが可能だと理解したようで、上を通って水に沈んで混ざった粘液を使って同じように螺旋の龍を作り出す。海から同じ二体の龍が出現し、互いに睨み合っていた。

 

「こっちも決めよか。──借りるで、兄ちゃん。術式反転・命盤」

 

 ゆらちゃんは新たに一体の式神を精神に入力する。兄の使っている式神である言言。水を扱うそれは確かに海に面したこの場には最適だ。

 

「呼び水をどうするかの発想はある。兄ちゃんなら、あの海をそのまま使ったんやろうけど」

 

 自身から出力するという都合上、自身の体を変化させたようにどうにかしなければならない。ゆらちゃんはその問題に対し、躊躇いなく手首の血管を噛み千切った。

 噴き出す血液が海水に交じる。現れたのは三対目の龍。俺と天海が作り出した海の青とは違い、それは赤々とした液体で構成されていた。

 

「水蛭子、これで最後よ。命を捧げなさい」

 

 そして、心結心結はもはや残骸に近い水蛭子を純粋な力へと還元する。操っていた妖すべてに命を捧げさせることで膨大な呪力を手に入れ、今までなら自爆として使っていたそれに明確な形を与えた。力の奔流を最適な形へ整えたそれは、出現している三頭と同じ龍の姿だ。傀儡操術で行っていた同士討ちの効果は解除されるが、もとより仲間を巻き込んで攻撃するという攻略方法を見出していた以上変わらないと思ったんだろう。

 

 天海は俺を、心結心結はゆらちゃんを。眼前の敵に対して、それぞれが全力を篭めて攻撃する。攻撃が相殺されたときのために、より速く一撃を叩きこめるよう龍の顎に合わせるように前へ前へと進んでいた。

 水流に乗り、高く舞い上がったまま斜め下へと蹴り穿つ。天海も似た考えに至ったようで、斜め上へ蹴りを放っていた。

 

 龍と龍、蹴撃同士がぶつかることを契機に、結界や爆発など無数の術式が相殺し合う。

 平安の烏崎契克()なら、このまま硬直状態が続いていただろう。ただ、芥見としての俺なら話は別だ。

 懐から拳銃を取り出す。

 

芥見(オレ)といえば、これだろ?」

 

 雷管の爆発と同時に遷煙呪法を使用。発射速度が強化された弾丸が、天海の眉間へと撃ち出された。

 

「その対策をしていないとでも思うたか!?」

 

 天海も対策をしているはずだ。というか、していなければ困る。

 

「術式の進化というか、使ってるものの進化だけどな」

 

 現代の銃は、火縄銃より安定性と直進性が増しているのだ。ライフリングがどうのという話は知っているが、詳しい原理までは知らない。

 今重要なのは、火縄銃と同じように逸らそうとすれば──

 

「逸らし、きれない……っ!」

 

 それでも勢いが弱まった弾丸を、殴ることによって頭へと押し込む。天海の作り出した龍が消え、俺の龍が一気に押し返した。

 元の水に還るように形を崩した簡易的な式神から地面に降りると、押し流されて天海も地面へ転がる。大の字になったその末端は徐々に崩れて、身体が限界だと分かるだろう。

 

「向こうも、決着が着いたようだね」

 

 純エネルギーと全式神が融合したそれのぶつかり合いは、後者──ゆらちゃんが制したようだ。その体がボロボロで、両腕がなくなっているあたり、その激戦具合は読み取れる。……回数券を使っても、お互いに当分は呪力切れになりそうだ。

 

「敗北、か……」

「そうだな。オレの勝ちだ」

 

 戦闘が終わり、ようやく言葉を交わす。敵対しているとはいえ、術師というのは難儀なものだ。

 

「そちらがお主の地か。正直、あの話し方は似合っていなかったぞ」

「……どういう風に思ってたのさ」

「落ち着きのない餓鬼」

 

 最期になって、だいぶ色々なことを言われてる気がする。

 

「それは私も思っていたわね。思い付きで伊達や長崎に行こうなんて言い出したときはずっと色濃く」

 

 心結心結も来た。どうやら、術式でむりやり自分の体を動かしてきたみたいだ。といっても、戦えるほどの呪力は残っていない。

 

「おかげでこのドレスが手に入ったし、天海は経験を積めたから一概に悪いとは言わないけれど」

「心労はだいぶかかったがなぁ」

 

 ……悪いとは思ってる。それにしても、こうして話すのも最後か。戦国の時は先に逝ったし、平安の時は道満や晴明と離れ離れだったから、大切な友人を見送るのはこれが最初だった。

 

「あの、さ──」

 

 二人はもう消えかけで、あと一言くらいしか残せないことが分かる。この時になって初めて実感した。

 

「一人は寂しいよ」

 

 だから、最後に天海と心結心結が二人揃って笑ったことに、初めて驚いたかもしれない。

 

「「やっと気付いたか。バーカ」」

 

 フランクな言葉遣いはどこで知ったんだろうか。訊きたいことはたくさんあって、もうそれを直接聞くこともできないと理解する。

 

 主催者とゲームマスターを倒したからか、コガネが機能停止した。同時に海の彼方に見えていた黒い結界が消滅し、死滅回游が終わりを迎えたと認識できる。

 

「終わった、か」

「ああ、私らで終わらせたんや」

 

 とはいえ、これですべてが終わったわけじゃない。おそらく百物語組は動くだろう。今は12月。あと数週間で、平安から知っていたそれ──澁谷を含めた東京百鬼夜行が行われる。

 

「とりあえず、オレが知る限りのこれからの出来事を話しとく」

 

 そうして話した東京百鬼夜行と清浄だが、清浄の方は死滅回游という形であらかた終わっていた。

 

「なあ、百鬼夜行の発端は"件"が奴良くんを殺せって予言するんで間違いないな?」

「あくまでオレの知る未来だとそうだな」

 

 そうしてゆらちゃんが告げたのは、またしてもろくでもないというか、それを言うことになるとは思わなかったという作戦だった。

 

「まあ、どのみちオレもゆらちゃんも術師からするとお尋ね者だ。そこまでやるのも悪くない。文面はオレが考えるよ」

「もう私、間違いなく実家帰れんな」

 


 

 そして、12月23日。インターネット上で"件の予言"が拡散され始める。

 

「近く、この國は滅びる。助かりたくば、人と妖の間に生まれた呪われし者……奴良組三代目、奴良リクオを殺せ」

 

 その話が一部の人々の間に流れ始める中、東京全域のモニターが一斉に一つの映像を流した。

 映っているのは二人の少女。もし奴良リクオや花開院竜二などが見れば、その二人が誰なのかに気付くだろう。

 

「来たる12月24日! 日没と同時に! 我々は百鬼夜行を行う!」

「場所は呪いの坩堝、東京全域!」

 

 12月23日に上げられたその映像は、多くの反響を呼んだ。いたずらと思えない規模や、不自然な大規模テロとして知られている京都炎上や死滅回游に由来する社会不安は、百鬼夜行という言葉に信憑性を持たせていた。

 

「地獄絵図を描きたくなければ、死力を尽くして止めに来い」

 

 五条袈裟を着た少女と、いかにも陰陽師といった服装を着た中学生ほどの彼女たちは交互に話す。

 

「烏崎契克及び花開院ゆらの名の下に宣言する!」

 

 それは、平安における最高峰の陰陽師と現花開院家当主。

 

「思う存分、呪い合おうじゃないか」

 

 その二人が、最悪の呪詛師として手を組んだのだった。




これにて戦国の因縁は清算終了。
原作における空白の四か月は終わり、東京百鬼夜行編、開幕。


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東京百鬼夜行
横合いからかっさらう/『俺はお兄ちゃんだぞ!!!』


渋谷事変/東京百鬼夜行編、開始。


「ネットの書き込みに呪詛が混じっとるくらいじゃ本家引っ張ってこれへんけど、これならイケるやろ」

 

 鴉羽から電脳などのネットに長けた術師を集めて行ったモニタージャックは無事に成功を収めた。まさか言う機会があるとは思わなかった百鬼夜行宣言ができて、内心の満足感が凄い。

 

「あとは、上手く動いてくれればいいんだけど」

 

 百物語組や花開院、鴉羽と奴良組に加えて()()()()()()。全部合わさった大乱戦だ。肝心の奴良くんも上手く立ち回ってほしい。

 

 

 ──時は、回游が終息した12月16日に遡る。天海を倒してこれからどうするかと話していた中で、俺の知っていて変化の少ないだろう百物語組の百鬼夜行について話した。

 

「これ、私が花開院動かしたら身内贔屓とかで色々言われるやろうしなぁ……」

 

 ただでさえ晴明が復活して天海──御門院の派閥が勢いづいているのだ。上層部の現状は、花開院に賭けるか御門院に着くかの二択を迫られていると言ってもいい。晴明側は現体制を破壊して世界を支配すればそれで終わるが、花開院の目的は現状の社会を維持することである以上、政治的なことにも気を使わなければならなかった。

 

「これで、東京で暴れる妖怪はオレたちの百鬼夜行と思われるわけだ。実際はどうであれね」

 

 山ン本の○○といった部位が独立していることから、百物語組には明確なトップが存在していない。一応は脳が地獄にいる山ン本の意志を伝えているみたいだが、表に出ていない以上は関係のないことだ。

 本来得るはずだった畏は、首謀者として認識された俺たち二人が横合いからその大半をかっさらう。

 

 そして、それとは別に花開院全体を動かさなければならない理由があった。

 

「サンバルテルミのアレねぇ……」

 

 ゆらちゃんは仙台で、サンバルテルミの怨霊と戦っていた。中学の学習範囲ではないから、その来歴とかを軽く話しておこう。……マサカ―デラサンバルテルミって響きが少年の心に残っていたおかげで、だいぶうろ覚えだった世界史を話すことができた。

 

「つまり、閉鎖空間での怨念集合体……。あっちは非術師が被害者やったからマシな規模やったけど、死滅回游でそれが起きたら」

 

 そして、その可能性が無いとは言い切れない。術師殺しになれていた頼光や受肉組ならともかく、非術師から覚醒した術師には、呪力を篭めた武器で殺さないと呪霊に転じる可能性があるという基礎を知らない者もいるだろう。

 そして、晴明が自分に何のメリットもないことをするとは思えない。間違いなく非術師を殺すという点で有効な一手──大量虐殺が可能な妖を生み出すことはしているはずだ。

 

「あるだろうね。妖としては特級指定の規模と強さのやつが。──特級集積怨霊・死滅回游魚とでも名付けようか」

「それは、規模としてどんくらいになるん?」

 

 試算する。近くにいた鴉羽にも同じく計算させるが、計算結果は同じだろう。

 

「東京全域だな。だからオレは百鬼夜行を東京全域に指定したんだ」

 


 

 12月20日、竜二はリクオとその式神という扱いになっている鴆を連れてとある暴力団事務所に押し入っていた。抵抗する者もいたが、術師二人に敵うことはなく。無事にその場の制圧を完了した。

 

「なあ、こいつらは裏社会の人間だろうけど、妖怪(こっち)に踏み込んじゃいないんだろ?」

 

 そのあたりの線引きがどうなっているのかと鴆は疑問を口にする。対して竜二は少し顔を顰めるが、その点に答えていく。

 

「……数日前から、大陸の術師の動向が怪しい。原因は上空を通過したあの大蛇の式神だ。鴉羽の連中と交渉して手に入れた情報だが、元寇で神風と呼ばれた現象は、アレが引き起こしたらしい」

 

 さらりと明かされた歴史の裏側に、高校に行ったら知識の擦り合わせで苦労しそうだとリクオは困ったような笑みを浮かべた。

 

「海外の術師団体は専門外だが、最近はロケットランチャーを始めとした重火器も密輸されていたらしい」

 

 リクオの苦々しい笑みが固まる。唐突にシャレにならないことになってきた。

 

「それじゃ抗争というより」

「ああ。戦争だろうな」

 

 事務所の書類を漁りながらの会話の中、竜二は引き出しの裏に隠されていた鍵を見つける。

 

「それと、呪詛師が一斉に鳴りを潜めている。公安に確認を取ったが、指定暴力団のいくつかが不自然なほど活動をしていない」

「まさか、呪詛師とそいつらヤクザが組んでるのか……?」

 

 それは、言葉で表すより深刻な事態だった。弱い妖怪の保護という目的で"組"の概念が生まれた現在の妖怪任侠は、その性質上自らの勢力を地方で区切らざるを得ない。そこに地方関係なく広域で活動を行える暴力団が呪詛師として参入するとなると、畏の取り合いを想定した百鬼夜行戦ではなく、今まで経験したことのない散発的奇襲と抗争に対応しなければいけなくなる。

 

「ヤクザ共の最大の利点は、人数が多いってことだ。──都内で起きた行方不明事件の四割に、複数の残穢が発生していた」

 

 暗に、ヤクザが呪詛師集団になっている可能性を示唆した竜二は、先ほど見つけた鍵で事務所一階の床の錠前を外す。

 電気の点いていない階段を降りていくと、そこに()()()のは老若男女様々な人間だった。

 

「なんだ……これ……」

 

 そこにあったのは、老若男女様々な人間だった。腕が銃や金槌になっている者や、檻の中で首から上がなくなった少年の横に寝ている青あざだらけの少女など、常人が見れば吐き気を催すような惨状が目の前に存在している。

 

「鴆!」

 

 連れてくるよう言われていたのはこのためかと、リクオは鴆に指示を出して助けようとするが。

 

「吐かなくなったのは場慣れして喜ばしい限りだが、少し待て」

 

 リクオを制止した竜二は手元の紙に何かを書いていた。

 

「術師は……最低でも三人だな。なにもされていないガキは、若いことから考えて式神の生贄か。呪具と融合させられてるのは、拒絶反応が思ったより少ない。詳細は……鴉羽に話付けた方が早いな。最後のはサンドバッグ代わりか。罠はないな」

 

 淡々と分析を進める竜二は、リクオに何枚かの紙を渡す。

 

「状況に即したトリアージの早見表だ。他に敵対する術師もいないと確認した。そこの式神を使ってさっさと治しに行け」

 

 人使いが荒いというか、素っ気ないのにはもう慣れた。というのもリクオは竜二に都外含めて何度か呼び出され、様々な事件の処理に同行していたからだ。それは死滅回游以前を始め、回游が終わった翌日の17日からは連日だった。とおりゃんせの怪、都市伝説の××村、呪殺のメール、縛りの失敗で術式に自我を乗っ取られた術師の対処など色々な事柄に遭遇し、それらを退けてきた。

 

 本格的な治療は鴆に任せ、リクオは致命的な人間の命を持たせようと反転術式を施す。もちろん専門ではないリクオに完治まで至らせることはできないが、鴆が診るまで命を繋ぐことくらいならできた。

 治療はなんとかなり、どうしようもなかった人間以外は確実に命が助かるくらいにまで処置を施せた時。そういった呪術的被害者のための医療チームが派遣されるまでの間に竜二は話し始めた。

 

呪術(ウラ)の世界は寡占市場としての色が強い。利益にはなるが、参入に純粋な力を要する」

 

 伝えたいことは至って簡単だ。ただ、リクオに伝わるかは別として。

 

「寡占……?」

「ああ、そういえばお前は中学生だったか。寡占市場は少数の売り手に支配されている状態を指す。覚えておけ」

 

 どうも判断力とかが中学生離れしていて、同じくらいの人生経験を積んだ相手と話していると錯覚していた。そう述べた竜二にリクオは怒りを滲ませて言う。

 

「そうじゃない!この惨状はっ」

 

「回游で術師の数が増えて、いわゆる極道とそいつらや現役の呪詛師が手を組んだ。呪具で実験できるほどの資金はヤクザで、取り扱いは呪詛師が握っているわけだな。……ふざけてるぜ」

 

 

 少し前のリクオならともかく、今ならわかる。竜二の言葉もまた怒りが込められており、飄々とした言葉は敵地で呪力を乱さないためのものだった。

 

兄不孝の妹(ゆら)がどっかいった捜索も兼ねてはいるが、基本的にはそういった組織的術師を潰していくのがお前を呼んだ目的だ。ほぼ確実に起きるだろう何かの前に、可能な限り戦力を削る」

 

 そして、12月23日にそれは起きた。烏崎契克と花開院ゆらによる、百鬼夜行の宣言。これによってゆらは当主を解任される。

 新当主となった秋房は、東京に花開院各分家当主の派遣を決定した。この背景には、晴明の復活で勢いづいた御門院派閥が花開院の戦力を削っておきたいという政治的駆け引きもあったとされる。

 御門院の派閥は皇居の守護を除いて静観。名目上は東京百鬼夜行を機に発生しうる妖の一斉蜂起への警戒とのことだった。鴉羽は百鬼夜行の討伐に参戦。同時に東京ひとつを飲み込む規模の霧──『特級集積怨霊・死滅回游魚』と名付けられたそれの存在を挙げ、総力で当たるべきとの考えを示した。

 そして、ゆらの兄ということで渦中にあり、監視をつけるかどうかと議論されていた花開院竜二は──

 

「どけ! 俺はお兄ちゃんだぞ!!!」

 

 そういった諸々の事情を無視して単独で東京へ向かっていた。




ゆら&契克:大勢に『百鬼夜行の首謀者』と認識されている。
リクオ:呪言によって『滅びを回避するために殺さなければいけいない相手』と認識されている。
花開院:目的は『百鬼夜行の対処』。
呪詛師:大陸のマフィアも含まれており、東京を自らの勢力下に置こうとしている。
死滅回游魚:特級過呪怨霊。サンバルテルミの怨霊と似たようなもの。
竜二:全力でお兄ちゃんを遂行する。


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『家に火が!』

日常を失う話。


 12月24日。本来であれば冬休みに突入しているはずのその日は、大規模地震と地下有毒ガスの噴出による休校の埋め合わせで授業日になっていた。もちろん裏の事情を知っているリクオはその異変が死滅回游によるものだと知っている。

 ゆらと契克の宣戦布告もあり、関東をシマとする奴良組三代目としてその日は大規模抗争のための備えをしていた。

 冬至から二日しか経っていないこの日の日没はそれなりに早く、百鬼夜行が行われると目されている時間まであと一時間といった頃。

 なにかの異臭を感じる。晴明と戦った京都で嗅いだことのあるようなそれは──

 

「煙……!?」

 

 真っ先に疑ったのは、煙を使う術師──烏崎契克だが、彼女のそれとは違って呪力が感じられなかった。むしろ、普通の火事のような……

 

「リクオ様! 家に火が!」

 

 雪女──つららが走って伝えに来たことは、ある程度予想はしていたことだ。何人もの男が家に火を着けており、捉えられると同時に自爆した。爆弾を持っていなかった人間も、その爆発に巻き込まれて死亡したという。

 

「やりやがった……っ!」

 

 竜二の言っていた、鳴りを潜めていたヤクザ。呪いの世界へ手を伸ばした彼らが、百鬼夜行に乗じてシマを取りに来たのだ。

 続いて、強い衝撃が家全体に奔る。トラックだのと騒がしいことから、それが突っ込んできたと把握できた。その直後、呪力が込められた爆発が何度も起きる。場所は異なっているが、家が崩れていく音が常に聞こえてきた。

 

「こいつら、なんで陰陽術をっ! ギャー!」

「このバケモン、畏じゃなくて呪力がっ!」

 

 奴良組にいた妖怪の断末魔が聞こえる方向へ駆ける。その時、リクオは祖父──ぬらりひょんとすれ違った。

 

「じいちゃん!?」

 

 京都で負った怪我に由来する昏睡からは目覚めたが、それでも本調子じゃないはずだ。

 

「リクオ、話は納豆の奴から聞いた。お前は百鬼夜行の対処に行け」

「けど、傷が……」

 

 リクオとしてはありがたいが、負傷をおして戦うことの安否を気にしないほど冷酷ではなかった。

 

「珱姫を弄びやがった奴らを叩っ切れねぇのは悔しいが、家やシマぁ好き勝手荒されんのを見逃せるかってんだ」

 

 だから行けと、総大将は告げる。それならば、リクオの答えは一つだった。

 

「頼んだ!」

「おう、行け!」

 

 そして家から出たリクオは、一発の銃弾が飛んでくることを認識する。火事の熱に気を取られていたのか、反応が僅かに遅れた。

 

「リクオ様!」

 

 氷麗は氷を盾にしてそれを止めるが、直後に反対側から弾丸。それも呪力を纏ったものが飛んでくる。

 花開院から、祢々切丸が直るまでの代用品として渡されていた小刀でそれを防いだリクオは、つららと共に裏路地まで身を隠した。射線を切るという目的は成功したのかここまで狙撃されることはないが、一息つくようなことはできなかった。

 

「来たな! 人と妖の子め! この時を25年待っガガベッ」

 

 黒いバイクのライダースーツに怪しい覆面を来た男が飛び掛かってくる。呪力を纏っていないことから非術師であるとはわかったが、恰好からしてヤクザ関連ではない。それに。

 

「あいつ、ボクのこと知ってた……人と妖の子って……」

 

 術師ならともかく、非術師に素性が知られている。それは死滅回游から起きていた日常と非日常の境界が崩れていることをより強く実感させた。

 

 日没まではあと少し。裏路地に引きこもっているわけにもいかず、合流場所に指定しておいた奴良組傘下の店へ向かうリクオ達だが、非術師の追手は増えるばかりだ。ナイフや警棒を持ったチンピラ、ガスマスクを着けた改造銃の持ち主など多くの相手に襲われる。リクオが傷を負うことはないが、足止めも含めて精神的な疲労は積み重なっていくばかりだ。

 そして──

 

「追い詰めたぞ、奴良リクオ。この國のためにお前を処刑する」

「〈件〉の予言だ。悪く思うな」

「追いついたー」「まだ死んでねぇの」

 無数の人や道を塞ぐように通りがかる車によって進む先を妨害され、工事中のビルへ誘導された。

 ある程度の人数が結託しているようで、様々な人間がリクオを取り囲む。そのうちの一人、バットを持ったガタイのいい男がそれを頭部めがけて振るった。

 しゃがんで避けるリクオだが、バットの当たった鉄骨が歪んでいることから殺意の高さを察する。

 

「〈件〉の予言って何ですか!?」

 

 全員がその予言とやらを共通認識として動いている以上、それが原因だと推測できるが……

 

「しらばっくれるんじゃねーよ。人間のカッコしやがってよ……とっとと正体あらわせよ、妖怪」

 

 どうにも害意が強すぎて話が通じない。会話をする必要が無かったガゴゼや窮鼠、強者としての余裕があった牛鬼など話が通じる相手やしなくてもよかった相手が多く、こうした話が通じない人間を相手にするのは初めてだった。

 再びの銃声。この一週間でヤクザを相手に戦う経験も積んでいたリクオはそれに反応して躱すことができた。

 

「惜しい!」

「どこがだ。次は俺だ、見てろー」

 

 顕微鏡のレボルバーのようなスコープを着けていた男の銃が凍る。氷麗が畏を使ったのだ。

 

「あんたたち……それ以上やったらもう手加減はしない!」

 

 ただ、それはリクオにとってもまずい事だった。たとえ相手がどれほど屑だろうと、非術師に式神が攻撃を加えるのは呪術規定に引っかかる。術師をやるにあたって、自分の従えている妖を式神として扱うという灰色すれすれのことをしている以上、糾弾材料を増やすのは不都合だった。

 それに、銃を凍らせるような現象を目の当たりにして携帯やビデオカメラを向ける人間が更に増える。

 

「おぉ……ほっ」

「と……撮れ!」

「あの娘……やっぱ妖怪の女の子なんだ……」

 

 ざわめきが大きくなり、どうするかと考えるリクオは、人混みの一人がカメラ以外の──手作りの銃のようなものを取り出す姿を視界に捉えた。

 

「氷麗!」

 

 銃口から針が射出され、それに繋がっている銅線が突き刺さった氷麗と銃を結ぶ。銃型スタンガンであるテーザー銃は、なにか仕掛けがあるのか微弱に呪力を帯びていた。

 

「ヒャッハー! 見ろよオレの象をも殺す改造テーザー銃! 妖怪女退治したぜー! 眉唾とは思ったが、妖怪に聞くパーツってのも嘘じゃないみたいだなぁ!」

 

 呪力を帯びた攻撃に倒れる氷麗。そして、今の言葉を聞いた以上、リクオが実力行使に出ない理由も失われた。

 懐から取り出した黒い手袋を、左手につける。特殊な動作から周囲は妖怪に変身するのかと騒がしくなるがそれは無視。

 

「呪詛師との違法取引の参考人として同行願う。全員共犯と見做すけど、文句あります?」

「は? 何言ってんだ。頭おかしくなったんじゃねーの?」

「妖怪がまともなワケないって!」

 

 一応、怒りを抑えて正式な手続きを取る。断られることは分かっていたが、その確認が欲しかったのだ。

 

「黙ってりゃいい気になりやがって……」

 

 瞬く間にその場にいる全員の両手を折り、ビデオカメラや携帯を破壊する。

 呪具を呪詛師と取引したという旨の発言があり、事情聴取を拒否した。警察ならいったん戻って正式な手続きを踏むところだが、陰陽師は話が別だ。その場合、殺さなきゃよし。竜二がやっていたこの手法を取るあたり、彼と同行して影響されたと言えるかもしれない。

 

「もう一回聞く。〈件〉の予言ってなんだ」

 

 苦痛に呻く男は、痛みと恐怖で怯えて涙を流しながら話す。

 

「ネットで広まってたんだ……今この國に変なことばかり起きるのはある男のせいだって……。この國を救うには、妖と人の子である奴良組三代目"奴良リクオ"を殺せってさ……」

 

 それで納得がいく。リクオの家は、小学生の頃"妖怪屋敷"と噂されていた。名前とそんな怪しい素性なら、火を着けるような者もでるだろう。躊躇っていたとしても、積極的にやる人間が近くにいるならなおさら。──例え、それがヤクザの仕込みだろうと判別することは不可能に違いない。

 詳しく聞こうとするリクオだが、その試みは中断される。肉の──人の潰れる音とともに、二メートルは優に超える女が上から降りてきたのだ。

 

「せっかく変身が見られると思ったのに、ちっともダメね。中学生一人本気にさせられないなんて」

 

 そう話す間にも、触手のようにしなる腕が男たちの頭部を吹き飛ばして食い千切る。

 

「初めまして、奴良リクオ君……。私の名前は悪食の野風。あなたと同じ妖怪よ」

 

 多くの人の悲鳴を背景に、顔に着いた血を舐め取りながらその妖怪は名を名乗った。

 

「や……やめろォ!」

 

 早く変身しろと促す彼女に、リクオは黒い手袋の近くの空間から太刀を引き出す。妖怪になる必要はない。日の落ちていない今でも戦えるように、リクオは術師になる事を望んだのだから。

 シン陰流・抜刀に氷麗やイタクの術式を加えた最高速の居合は、野風の半身を切断する。

 

「このまま祓う……っ!?」

 

 もう一撃を放とうとしているリクオは、何かが高速で飛んでくる音に気付いた。直後、爆発。

 気絶したつららを抱えて回避したリクオは、それが竜二の言っていたロケットランチャーによるものだと気づいた。非術師を巻き込むことを厭わない攻撃は、明確に敵だということを示している。

 

你把它拿下来了(外したか)

 

 声が聞こえた方向を見れば、まさしくそれを担いだ黒スーツの男。リクオには外国語としか判別できないが、彼が話しているのは中国語だ。彼は撃ち切った射出装置を放り捨てると、手の甲を合わせるように指を絡めた。両手の小指から人差し指までの第二関節を曲げ、まるで節足動物の脚のような形を作る。最後に親指の爪を合わせたその手は、蜘蛛を思わせる形だった。

 

一顿饭(食事)

 

 建設中のビルの外壁を取り繕うかのように、白い蜘蛛の糸が鉄骨を覆って繭を作り出す。とっさに野風の方を見れば、その姿はすでにない。

 

「なんだコイツ!」

「やっぱりこれ、あの妖怪が……」

 

 そして、人を相手にしていたからか注視していない頭上から悲鳴が聞こえる。そちらを見れば、鉄骨を糸と見立てているのだろうか、ビルのフロア二階分ほどの大きさを持つ蜘蛛が男たちを捕食していた。

 

「いい加減にしろよ……お前ら!」

 

 銃で脚を撃ち、バランスを崩して落ちてきたところを斧とメイスで潰す。式神としての耐久力が優れているのか、先ほど人を食ったことで耐久力が上昇したのか、糸を吐いて武器を使えなくすることによる戦闘時間の遅延を図ってきた。頭を何度も破壊した後に、氷凝と名付けた氷麗の術式で凍結させる。蟲を使う術式は、子を産み出すことで戦闘続行を図る場合が多い。竜二が度々口にしていて、実際にそれを経験した身としてはそういった警戒に呪力を割くことが無駄ではないと理解していた。

 

 式神が消滅すると、糸が粘り気を失う。どこに行ったのかと周囲を見回しているリクオは、駅前から多くの悲鳴が聞こえてきた。

 

「まさか……まさかまさか──」

 

 目覚めた氷麗に生き残りを任せ、リクオはそちらへ向かう。蜘蛛を呼び出した呪詛師も気になるが、今はより差し迫った危機を何とかする方が重要だ。

 

 駅前に着けば、そこには腕や足を野風に喰われた被害者が大勢いた。頭部を失った死体がいくつも転がっていることからも、彼女が何をしていたのかは察せられるだろう。

 

「あら、やっと来たみたい。少しだけだけど、食べたおかげで体も戻ったわ」

 

 言葉通り、野風の体は斬られたはずの半身が戻っている。それでも"少し"しか食べていないと言っていることからも、生かしておけばどうなるかは自明だった。

 

「ほら、早く妖怪になりなさいな」

「お前一体……何考えてんだ……」

 

 術式を使い、一気にカタを着けようとするリクオだが、五分間という術式の時間制限が来てしまう。手元の武器だけでは、殺しきれるか分からない。

 

「……なら、望み通りにしてやるよ」

 

 そして、リクオは帳を下ろす。

 

「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

 

 周囲を夜のようにすることで、夜闇でしかなれない妖怪の姿に変化する。マズい事態だということは理解していた。それでも、無辜の人々を見捨てて保身を図るような仁義に反することはしないと決めたのだ。

 

「それよ、その姿! その肉が()べたかったのよー!」

 

 巨大な女としての皮を剥がし、無数の口の付いた怪物としてリクオに襲い掛かる野風。十二指腸という内臓がイメージするように、悪臭を放つその歯が届くことはなく、その体は一刀で切り伏せられた。

 

「テメ―が喰っていいのはオレの刃だけだ」

 

 妖怪としての姿を現したリクオに、氷麗が近づく。

 

「三代目、ご……ごぶじで……」

 

 追っていた男は車に乗って逃走したことを報告すると、雪女としての畏を隠さない彼女は傍に寄る。

 

「うぅ……バ、化物! 化物ぉ……!」

 

 嗚咽や恐怖と共に、リクオが指さされる。野風の血が大量にかかったことによるパニックからの行動だったかもしれない。だが、怪物を殺す力を持った怪物がそこにいるという事実には変わらなかった。

 

「うわっ本当だ……」

「え? でも今助けて……」

「妖怪がもう一人いるぞ!?」

 

 恐慌状態は伝染する。親子が手を引き、恋人を置いて、這いつくばって。多種多様だがしかして一様に、誰しもがリクオから逃げていた。

 

「そういうことかよ……オレの大事なもの一つ……見事にブッつぶしやがった」

 

 日常が破壊されたことを理解したリクオは、これが敵の狙いだったと噛みしめる。

 

 ──そして、悲鳴が止む。息の根が止まったのではなく、単純な存在としての重圧によって停止したのだ。

 

「気ぃ早いねん。日は落ちとるけど、宣言までは待ってほしかったわ」

 

 上空を旋回する大蛇から降りた少女は、かなりの高度からの降下にも拘わらずほぼ無音で着地した。

 この東京にいる誰もが、彼女のことを知っていた。この死滅回游にて結界を日本全土に広げた争いを望む権化にして、東京百鬼夜行を宣言した片割れ。

 

「ふふっ。久しぶりやね、奴良くん」

 

 現代最強にして、最悪の呪詛師の一人。花開院ゆらだった。




リクオ:初手実家襲撃。かわいそう。
奴良組:本家で極道呪詛師と交戦中。家にトラックとRPG-7ぶち込まれた。
百物語組:悪食の野風、散る。
中国裏社会:奴良組を狙う。
ゆら:黒幕っぽい演技ってこれでええんやろか。こういうの、絶対契克の方が向いてるやろ……


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『術式開示』

ゲーム開始の話。


「ふふっ。久しぶりやね、奴良くん」

「ゆら……ちゃん……」

 

 存在そのものが放つ重圧の後、リクオが口を開いたことで周囲の緊張が解ける。それはホッとするというわけではなく、この惨劇の元凶と目される存在が目の前にいることの恐怖を思い出したというだけだが。

 そうして逃げ出す人々とは逆に、ゆらとリクオのいる方向へ向かってくる男がいた。着物姿の彼は、一目で噺家であると直感するだろう。

 

「一晩だ。一晩で君達の存在は消え失せるよ」

 

 一晩で奴良組全ての畏を、百物語組が奪うから。そう告げると、巨大な鳥が「奴良リクオを殺せ」と呪言を放った。

 それを聞き、ゆらは一つ頷く。

 

「なら、こっちも始めよか」

 

 一言そう呟くとともに、東京全体を暗い影が覆う。日が落ちてなお発生した暗がりに空を見上げると、そこには魚の鱗が並んでいた。

 

「特級集積怨霊・死滅回游魚。契克が言うには、百の物語を終わらせる……でうすなんたららしいわ」

 

 上空の"魚"から、強大な畏が発生する。──領域展開。有象無象の区別なく、東京全域に展開されたそれが効果を発揮する直前、金色の光が天を包む。

 

「──雅次兄ちゃん、間に合わせたみたいやね」

 

 天海の施した螺旋の封印──式神の軌道を領域とする旧来のそれを参考に、花開院雅次は東京全てを対象とした領域を開発していた。勝つことではなく、領域効果を緩和することに重点を置いたそれは、せめぎ合いの敗北にもかかわらず一定のフィルターとなっていた。

 そして、死滅回游魚の領域展開により、領域内の妖怪及び人間に情報が流し込まれる。常に呪力や畏が奪われ、他者を殺すことによって所持するそれらを得ることができる。

 幸いにも雅次の領域で緩和することによって簒奪される量は当初の半分ほどに減っているが、それでも非術師にとっては致命的だ。

 

「あぁ、面の皮が……まあいいでしょう」

 

 山ン本の面の皮──珠三郎の奥の手である領域が使えなくなったことに苦々しい笑いを浮かべつつ、圓朝は話を続ける。

 

「さっ、早速ゲームを始めましょう」

 

 奴良リクオを殺せと呪言が飛ぶ中、彼は簡単にゲームの内容を説明した。口、耳、腕、面の皮、骨、鼻、脳。そう呼ばれる七人の幹部を夜明までに見つけ出して潰せば、奴良組の勝利だと。

 

「これから東京中に、あたしらが作った……百物語の妖怪を全部放ちます」

 

 まあ、主演を奪われたのは癪ですが。そうゆらの方を見る圓朝。百鬼夜行の宣戦布告によって花開院の陰陽師が東京に集まったのは、百物語組にとっても想定外の出来事となっていた。

 

「な……何を言ってるんだ……?」

 

 ただ、突然ゲームと言い出されたリクオは怒りより困惑の方が強い。そこに口を挟んだのは、耳に鈴をつけた男──柳田だった。

 

「もっと優しく説明すると、今度こそお前らは終わりってこと哉」

 

 見下した笑みでクスクスと笑う彼らは、最後に少し付け足す。

 

「単純な追いかけっこですよ。ルールは特になし。何をやっても構いませんよ。強いていうなら舞台は東京……この領域でお互い外には行けませんが。残りは十四時間です」

「あの魚を何とかできるリミットもそこらへんやね。頑張りや」

 

 どれくらいの猶予が遺されているかはゆらも答える。

 

「ちょうど、畏を賭けあう場もできました。お互いに頑張りましょう!」

 

 その話が終わるのを待っていたとばかりに、リクオは刀を振るう。咄嗟に後ろに下がった圓朝がそれを回避し、やはり人を襲ったと野次馬が騒ぎ出した。

 

「わかってると思いますが……人間は自らが助かるため、君を殺そうと本気で来ますよ」

 

 悠々と話す圓朝は、噺家の本分とばかりに口を止めない。

 

「君は今から一千万の都民に襲われる。人間てなあおそろしい生き物だ。身にかかる不幸を何かのせいにしたがる」

 

 そうして扇子をゆらに向けた彼は、それをくるりとリクオの方へ回す。

 

「今は昔よりも噂が広まるのが早いから更にたちが悪い。信じて救われるならウソだってデマだってかまやしない。君が信じて守ろうとしている人間なんて……そんなもんだよ」

 

 そうだろうと、光の無いその視線をゆらの方へと遣る。

 

「だから、玉折に堕ちるんでしょう」

 

 かつて嘘によって追いやられた道満の子孫へそうして語り、彼は扇子を広げた。

 

「おっと、はじめまして。あたしの名は圓朝。百物語を語り継ぐ……噺家でございます」

「──そうか。俺はお兄ちゃんだ」

 

 その扇子が、水によって弾き飛ばされる。畏の産物だからか、それは地面に着く前に消えた。今まで奴良リクオという"大衆の敵"に向けられていた視線が、文脈を断ち切る言葉でそちらへ向く。

 

「よう、ゆら。兄の居ぬ間になんとやらといったところか?」

「兄ちゃん……」

 

 竜二は一度リクオの方に目を遣る。今のリクオには不自然なほどに注目が集まっていない。それこそ数秒前までの敵意に満ちたそれが、一斉に竜二に集まったかのように。

 

「──助かる」

 

 祖父や竜二といった、妖怪や人間に関係なく助けられてリクオは駆け出している。そして、それを見届けた竜二はようやくゆらと言葉を交わす。

 

「お前が無事でよかった。たっぷりおしおきしてやらないといけないようだからなぁ……!」

「今やらんでええの?」

 

 立場上訊くゆらだが、そうしないことは分かっていた。

 

「あとどれくらい保つ」

「……一ヶ月くらい」

 

 花開院竜二という陰陽師は確実にゆらの現状を把握して、対処の優先順位を下げると確信していたからだ。

 

「はぁ……お前があの無茶をしたことで、花開院全体をほぼ論争なしで動かすことができた。まあ、最大戦力のお前を失ったがな」

「皮肉交じりにしか喋れへんのか!」

 

 ひとまず、ゆらは先ほど聞いた内容を伝える。竜二からの補足は、極道や中国などの裏社会の連中が動いたということだ。結界にいて見えなかったゆらは知らないが、元寇において襲来した術師を鏖殺した安倍雄呂血の式神が姿を現したことに、大陸の連中は随分と怯えていた。それこそ、ちょうどいいタイミングだからと東京への襲撃を強行する程度には。

 

「そして、まず間違いなく百物語組は──」

 

 竜二がそれを言い終わる前に、ビルを巨大な腕が貫通した。

 

「畏を奪っているお前らを狙いに来る。っと言うまでもなかったな」

 

 現れたのは、裸に法被、ズボンをはいた巨漢だった。

 

「おっし! お前、花開院ゆらだろ? オレは"檄鉄の雷電"──七人の幹部の一人だ」

「ゆら、お前はあの魚削っとけ。俺はこれを祓う」

 

 適材適所。馬鹿でかい相手は、バカみたいな火力に任せる。そう言って竜二は雷電の方へ歩みを進める。

 

「信頼されとるんかなぁ?」

 

 対してゆらはその目的通り、死滅回游魚の討伐のために契克と合流しに動いた。

 

「さて、始めるか」

「お前、陰陽師だろ? いいのかよ、奴良リクオを殺しに行かなくて」

 

 そう話す雷電は、瓦礫を蹴って場を整える。遠くに逃げていた人々に当たりそうになるが、それには全く頓着していない。

 

「人を害する妖怪を滅するのが優先だ」

「そうかい。──じゃ、やるか」

 

 それを言い終わるかというところで、水でできた狼が牙を剥く。対して腕でその牙を受け止めた雷電は、全く微動だにせずにそれを眺めていた。

 

「へえ、柔い牙だな……フンヌッ」

 

 力を籠めると、その狼──餓狼の顎ごと牙が弾ける。

 

「なるほど、それなりの力はあるようだな」

「おうよ! オレは最強に頑丈だ。なにせ、オレは全部骨でできてるんだからなぁ!」

 

 術式の開示。正直聞かなくていいが、初見殺しを警戒するに越したことはないと竜二は判断する。

 

「いいか……? この世で一番かてぇのは何か……? ダイヤじゃあねぇんだ。オレだよ! 一番硬いのはこのオレだ! なぜなら!」

 

 そこで雷電は言葉に詰まる。竜二も攻撃の手を止めて続きを促すが、何か考えている様子は変わらない。

 

「えーと……密……密度だよ。鏡斎が……説明してくれてて……な? 金剛石が炭素の……密度がすげぇから……えー……。とにかく! 一本の腕に骨を集めたのがこの!」

 

 腕が蛇腹剣のように分割され、その届く距離が伸びる。畏の発現がそれだと推測し、術式は骨の圧縮と当たりをつけた。

 

「"龍の腕"だ!」

 

 当たればすべて爆ぜる。そう言って放たれた貫手は、ビルを貫通してコンクリートをひっくり返した。

 

「純粋な力か。面倒だな」

 

 竜二は単純な回避に重点を置く。体術を鍛える必要性から、式神使いがやるものじゃないだろうと訓練をしていた回避術が役に立ったようだ。

 

「攻撃が通らぬか」

「ちょこまかと避けやがるな……逃げてるだけかよ!」

 

 水による変わり身や目晦ましによって、竜二はただひたすらに逃げ続けていた。時々攻撃する式神で傷がつくことはなく、傍から見れば一方的な戦い。

 

「眼球も通らないな。軟骨はともかく知覚器官ならばと思ったが」

「無駄だ! オレは最硬にして最強なんだからな!」

 

 ──つまり、勝ち目は既に見出されているということだ。

 

「オレが伸ばせるのは腕だけじゃねえぜ。足も伸ばせば"双龍の牙"ってな!」

 

 巨大な足と腕で逃げ道を塞ぐ。これで逃げ道はなくなった。アイアンメイデンのように、無数の鋭い棘が発生するその掌と足が竜二に迫る。

 

「言言は水を操る式神だ。毒を使う狂言、体内の血液を操作する流言、純水を作り出す金生水という応用も存在する」

 

 開示終了。それは、狂言にあるような"毒の強化"もできるということで──

 

「走れ、狂言」

 

 術式開示により、この瞬間に骨が完全に溶け切ったのだ。それによって骨は崩れ、竜二に触れる前にその"双龍の牙"は欠け落ちた。

 

「な……なんで、オレの腕が……脚が……!」

「コーラってあるだろ。あれの酸で歯が溶けるのは有名な話だ。助かったよ。密度だのなんだのと話してくれて。おかげでこれが有効と確信できた」

 

 攻撃していたのは、酸性の水を骨に触れさせるため。術式開示をこのタイミングで行ったのは、それを悟らせないためだった。術式開示のメリットとデメリットを把握したそれは、経験に裏打ちされた戦い方となっている。

 

「忘れてるようだがなぁ……四肢は四本あるから四肢なんだよォ! おるRUルあaアあぁぁぁ!」

 

 雷電は、比較的狂言に触れていないもう一方の手足を使って同じ攻撃を放つ。今度は同じ手が通じない。

 

「ああ。そして、妖怪の話を大人しく聞いていたのにも理由はある」

 

 雷電の真下から、水が噴き出す。それは先ほどまでの式神のそれとは違い、触れた骨の表面が即座に溶けていた。

 

「金生水の陣。これを敷くにはある程度の時間が必要でな。術式の開示で時間を取ってくれたようでなによりだ。……もう聞こえていないか」

 

 触れたものを溶かす純水は、硬さに関係なくただ万象を溶解させる。それは、最強の頑丈さを謳っていた雷電もまた等しかった。

 

「最硬だったか。終わってみれば、コンクリートと変わらないな」

 


 

 そして、人の悪意は拡大する。

 

「あの青髪の子、見たことある……奴良リクオと一緒にいた……」

「鳥居夏実って、あの?」

「死滅回游で真っ先にルール追加してた名前だ」

 

 澁谷、108ビル。円形の構造が特徴的なそこでは、小規模な地獄絵図が繰り広げられていた。

 

「殺し合いに積極的だったんでしょ? なら今も……」

「バカ! 奴良リクオを殺してくれるかもしれないんだよ!」

 

 偏見と殺意。鳥居夏実が知らないはずのその感覚が、嫌な既視感として発生する。

 

「(こいつらウザくない? 呪力はあっても損はないし、殺っちゃおうよ)」

「ダメだって……。巻もいるし」

 

 外は妖怪と極道によって地獄絵図になっている中、鳥居夏実は自分の中のもう一人──滝夜叉姫に話しかけられていた。




奴良リクオ:澁谷へ向かう。
ゆら:短命の呪いとか関係なく寿命がヤバい。まあどのみち晴明戦がアレなので誤差。
お兄ちゃん:お兄ちゃん。強い。
安倍雄呂血:源平の戦い真っ最中に当主の座を譲られた女。鎌倉幕府のあれこれで溜まったストレスを元寇でぶつけたら大陸の術師があらかた死んだ。混沌とした状況はこの人のせい。
呪詛師:中国勢もヤクザも、奴良リクオを殺せば関東は獲れるという認識。
圓朝:企画した畏の奪い合いがなんかいろんな勢力に便乗されてる。まあ、それはそれで盛り上がるのでヨシ!
鏡斎:澁谷担当。人と妖は手を取り合って共闘できることを示している。


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『あんたの名前を』

名前を聞く話。


 現状の渋谷では、大まかに三種類の恐怖が存在していた。

 外にいる妖怪に殺される恐怖と、刺青を腕や背に彫った極道が建物に入って襲ってくること。そして、死滅回游魚の領域によって立てこもっていても呪力──命が減っていくというものだ。

 安全と思われる場所にいてもいつか限界に陥り、外に出て化け物を倒すか、中にいる人間で殺し合うかしかない。よくあるホラー映画のようなシチュエーションが、この渋谷では発生してた。

 

「(あの魚、もとは人なだけあって悪意が凄いねぇ。点数じゃなくて呪力を直接徴収するから互助も難しいし)」

 

 鳥居の頭に自分と同じ声が響く。滝夜叉姫と名乗る彼女は、夏から冬にかけて起きた現象──彼女は死滅回游と呼ぶそれで、鳥居の体を使って暴れていた。鳥居もその記憶はある。といっても俯瞰してみているような形でしかなかったが。

 奴良リクオとの戦いで呪霊体を剥がされた後、他者に反転術式を施せるわけではない彼女は彼が起きるまで看病したりしていて、いつの間にか結界が解除されていた。

 その後は監視ということで花開院の陰陽師が来たのだが、現在は妖の餌になってしまっている。そして緊急時だからと事あるごとに話しかけ、代わろうかと誘うのだ。この108ビルへヤクザや妖怪から逃げるときも、他人事のように状況を分析していた。

 

「(まあ、あの魚以外なら大体倒せそうだし。快適に生き残るだけなら楽だよ?)」

 

 その言葉通り、彼女に身体を委ねればこの状況も随分と好転するだろう。

 ただ、怖かった。化物を殺せる怪物として他人に認識されることが。

 鳥居夏実という少女は日常を過ごす一般人で、それしか道の無かった者(花開院ゆら)そういう家柄の者(奴良リクオ)とは違う。敵を討つための思考停止──殺すための訓練などしていないのだから。

 

「(戸惑ってる時間もないし、早く決めた方がいーよ)」

 

 脳内の彼女がそう言った少し後に、不規則な足音と若々しい声が聞こえてきた。声変り特有の低さから、高校や大学初年度あたりだろうか。

 

「みんな! ここならまだ生きている人がいそうだ!」

 

 その言葉に、助けが来たのだと周囲が色めき立つ。招かれなければ妖怪は入ってこれないのである種防壁が破られた可能性はあるが、それを知らない彼女たちからすれば救いの手だった。

 

「(術師三。全員素人かぁ。……血の臭いくらい隠せよ)」

 

 巻とどうするか顔を見合わせていた鳥居だが、滝夜叉姫の言葉に状況は好転したわけではないと悟る。

 

「巻、今のは敵」

「え!?」

 

 その後に金属が硬い──それこそ骨にぶつかった音と少女の悲鳴。そして少し遅れて青年の悲鳴が聞こえた。

 阿鼻叫喚は、妖怪が建物内に入ってきたのだと知らせている。

 

「(どうするのさ。そろそろ後が無くなってきたみたいだけどぉ?)」

「落ち着いて、できるだけ上行こ!」

 

 リーダーシップに優れる巻が、他の居合わせた子を連れて上の方へと避難する。シャッターを下ろせばある程度の時間は稼げるだろう。

 

「それにしても、マジで人に手ぇ出すかよ!」

 

 呪力の奪い合いについては共通認識として知らされていたから、巻にも推測はついていた。さっき入ってきた青年たちは、人を殺すことで呪力を確保しようとしたのだろう。

 可能性は考えられたが本当にやるやつがいるかと、巻は愚痴を零しながら上層階へと駆けていく。

 そして、シャッターが閉まる。といってもそのままではすぐに破られるだろう。だから、巻はその場に残った。お前もいけとは言われたが、鳥居自身も残ることを選択する。

 

「へへ……渋谷になんか遊びにくんじゃなかったな―、鳥居ィ」

 

 巻は十徳ナイフを構えた。……おそらく、何体かは倒せるだろう。対峙している中には異形に変貌させられた人間が何体もいて、質より量を重視したのか死にかけも一定数存在している。

 

「巻……ごめんね」

 

 だからこそ、巻にそれをさせるわけにはいかない。この選択をすることで、暗闇に一歩踏み出すことになるのだろう。普通から半歩離れた場所に立って、完全には日常に戻れない。そのことを決意して──

 ──鳥居は左目を歪めた笑みを浮かべた。

 

「滝夜叉姫、あいつらを倒して巻を守って」

「りょーかい! 久々に自由な体だ」

 

 黒髪が青へ染まっていく。左側が歪んだ笑みと同じように、左側から青が広がる。手元には、雑貨屋から盗んできたカッターナイフ。咄嗟に手に取った刃物だが、呪力の負荷に耐えきれず折れたら新しい刃を引き出せばいいというのは便利かもしれない。

 幸いにも他の人の避難は終わっていて、残っているのは巻と敵だけだ。チキチキとカッターナイフの刃を出す音が聞こえた次の瞬間には、シャッターやその前に立つ鳥居たちを襲おうと半円状に囲んでいた妖や人間はその胴体を横に両断されていた。

 身体の主導権を入れ替えた鳥居は意識が残っている状態だ。あそこに転がっている死体には人間が混じっていると滝夜叉姫から聞いていて、実際に腕時計を異形の腕に巻いていることなどから推測が正しいと判断できた。

 

「(私が)」

 

 例え自身に何の力がなくとも、鳥居は巻を残して一人だけ逃げるようなことはしなかっただろう。彼女にはそういった責任感と良識があり、だからこそ人を殺したという事実は重くのしかかっていた。

 

「あれは治せないし、介錯でしょ」

 

 歩いて、カッターを振って、両断された死体を踏みつけて進む。数時間前のショッピング中のように、周囲の服やアクセサリーを眺めながらの進行は、まるでその周囲だけは日常と変わらないような錯覚を覚えた。

 

「店員いないし、ノーカンだよねー」

 

 強化ガラスを切断し、展示されているネックレスを奪う。誰も止める人がおらず、いたとしても呪力の刃を飛ばす彼女に近づこうとは思わない。

 呪力に耐えきれなくなった刃が壊れ、キチキチとカッターの刃を伸ばして再度放出を行う。先ほどまでの必死の逃走とは逆に、上から下へ。死骸の波は返すように、人から妖のものへと逆転していた。

 

 ──これはさきの奴良リクオにも当てはまるが、多少なりとも苦戦していれば見方が変わっただろう。判官びいきや御伽噺の騎士のような構図は、正義と悪という分かりやすい例えを成立させるのにちょうどよかった。

 しかし、彼や彼女は死滅回游にて間違いなく強者の位置に存在する。よって、百物語組など各組織の幹部クラスならともかく、そうでない敵に対しては傷を負うことすらない。

 

「ばけもの……」

「やっぱり、殺人鬼……」

 

 そして、こうしてひそひそと話される恐怖は、滝夜叉姫にとって鬱陶しい存在に他ならなかった。

 

「文句あんなら殴りに来いよ。藤原(あいつ)らでもそうしたっての」

 

 当たっても当たらなくてもどちらでもいい。そう思いながら、声のした方へ一閃。無意識に──いや、鳥居が強く意識に干渉することで腕は少し上へ逸れたことで、幸いにも怪我はないようだ。

 

「……お前、誰だよ」

 

 そして、ビル内にいる妖怪や異形となった人間を皆殺しにした後。鳥居に対して声をかけてきた人間がいた。

 

「友達を疑うなんてひどいなぁ……鳥居夏実だよぉ」

親友(ともだち)だから分かんだよ。今のお前は鳥居じゃねぇ」

 

 足は震えている。力の差は当然理解していて、それでもさっきまで持っていた十徳ナイフを持っていないことに疑問を覚えた。

 

「それで? 夏実を返せとか言うつもりかな?」

 

 それにしては、ナイフの一つも構えていないことは疑問に覚えるが。泣き落としなんかで感情に訴えるつもりだろうか。そう考える滝夜叉姫に、巻は抱き着いた。

 

「──ごめんな、全部背負わせて」

 

 敵意はない。相手は素人で、構え方からも術師や戦闘者でないことは明らかだった。

 

「……それで、こんなことさせてる私が悪いって結論?」

「いや、お前がいなきゃどうしようもなかったし、それは感謝してる……」

 

 滝夜叉姫は、今抱き着いている少女くらいならすぐにでも殺せた。ただ、復讐が心に強く焼き付いている彼女にとっては敵意の無い彼女の心情が、少し気になったのだ。

 

「私には、夏実の背負ったもんを引き受けるなんてできないけどさ。帰る場所にはなってやれる。誰からも化物と言われようと、私は絶対に夏実と親友(ともだち)でい続ける!」

 

 それは、奴良リクオや烏崎契克、花開院ゆらといったそうあるしかない者たちとの決定的な違いだった。日常にいるべき存在だったことで、そこに引き戻してくれる友達がいる。

 

「なあ、あんたの名前を教えてくれない?」

「それは……なんで……?」

「──助けてくれた相手の名前は、知っておきたいからな」

 

 そう微笑む巻に──

 

「……呆れた。今はその恩人が数時間後に死んでてもおかしくない状況なんだけどねー」

「夏実は死なせやしないって。絶対、私も守ってやる」

 

 私が、じゃないのは身の程をわきまえているというか、それでも守るというあたり豪胆というべきか。

 

「……五月(さつき)

「ん?」

五月(さつき)! それが私の名前。滝夜叉姫って名前の方が知られてるけど」

 

 そうして名乗った彼女は、更に言葉を紡ぐ。

 

「へ? 私それ初めて聞いた……」

 

 鳥居の口から、鳥居の口調で言葉が発せられた。驚いた口調ではあるが、表情は変わっていない。

 

「話す必要もなさそうだったからねー。っと、状況が状況だから体はまだ返せないけど、普通に話せるようにはしたよ」

 

 適当なベンチに座り、カッターナイフの刃を代える。その隣に巻も座り、隠れている人間を除けば周囲に誰もいない中、二人、いや、三人はつかの間の休息を楽しんだ。

 日常に戻ることのできる彼女らは、奴良リクオや花開院ゆらの戦う舞台にともに立つことはないだろう。

 

「いいね……美しい友情だ。なら、お互いの肉を味わっても見たくなるだろう」

「──そこまでだ」

 

 しかし、それをよしとするからこそ、奴良リクオは扉の前に立つ鏡斎へと切りかかったのだ。そうした日常へ彼女たちを戻すために。

 

「てめぇの地獄はここで終わりだ。覚悟しな」

「この絵は、お前の屍で完成する。ここからが始まりだ」

 

 澁谷にて、人を歪める術の使い手と主役を張る男が対峙した。




次回、リクオ対無為転変。
日常に戻る気が無い勢を40話くらい書いてきたせいで、マトモな人間が分からなくなってきた。


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『戦争なんだよ』

百年後の荒野の話。


 さて、俺がこの世界を呪術廻戦の世界だと仮定した理由はこの渋谷百鬼夜行だが、ならばこの時代に受肉してから澁谷に何も仕掛けをしていないだろうか。

 

「やれ」

「はい」

 

 色々考えたが、足元から吹き飛ばすのが手っ取り早い。地下道に仕掛けた爆弾を起爆させる。爆発というなら、遷煙呪法で呪力を乗せられるので妖にも効力が発揮されるのだ。

 ビルの上から、澁谷の道路が一斉に崩れる様を見る。これの最終確認とかでゆらちゃんに色々任せたのは悪いなとは思う。ちょっとだけ。

 

「なんか、こういう光景をどっかで見たことある……極道か」

 

 まあ、一般人は建物内に避難しているだろう。そう思っていると、知り合いの姿が見えた。妖怪の姿の奴良くんと、予想通り改造人間を量産していた鏡斎だ。腕は治っているらしい。地下鉄の方へ落下している二人とは別に、ビルの屋上へ跳躍する影があった。青い髪になっているが、鳥居さんだったか。術式に目覚めたか受肉体だろう。

 

「掃討開始。あの魚が胴元で取っていくのは気に入らないけど、弱らせるのは別のがやるだろうから」

 

 予想が正しければだが、天海や心結心結が東京第二コロニーにいたのは葵螺旋城への突入を警戒した以外にも理由があるはずだ。御門院が晴明の復活までの道筋を整え、帰る場所を維持する集団だとすれば、あいつが完全復活した今は特にすることが無い筈。

 そして、あいつは俺のこと行き当たりばったりなところがあるとか思ってそうだが、晴明の方も最強だからかワンマンが目立つ。大方、後は好きにしろとか部下に言ったはずだ。

 そして、デカい蛇なんて式神を使ってた陰陽師──白装だったことから安倍姓だろう。彼女が死滅回游魚なんてデカブツを調伏しに来ないはずがない。晴明や天海、心結心結から察するに、仕事に縛られなくなれば好き勝手にやり出すのは血筋だろう。

 ──ほら、金屏風が割れてデカい古代魚の式神が食らいついてきた。なんか怪獣大決戦の様相を呈してきたが、本来の百物語組編だと最後になんか青行灯ロボ? っぽい感じのなんかとか巨大な山ン本本体が出てきたような気がする。東京滅びそう。

 

「現代兵器が大量に飛び交ってる……」

 

 戦場もかくやというくらいに対戦車兵器やら地対空ミサイルやらが放たれている。神風の原因らしいとは聞いたけど、どれだけビビってるんだ。あれらを買う金でどれだけ漫画やアニメが買えるか……というか、むしろアニメを作ってもらえるくらいの金がありそうだ。

 それが地を薙ぐ蛇の式神で一蹴されるのだから無常感がある。なんか、残っていたビルが倒れて更地になってるんだが大丈夫か? まあ、いいか。

 死滅回游魚の領域効果と百物語組から奪い取った畏で、今のリソースはかつてないほど万全だ。これなら、奥の手を準備してもまだ有り余るかもしれない。

 

 

 先ほどまで空を覆っていた金の天幕が降り注ぐ中、リクオと鏡斎は地下鉄のホームに降り立った。

 

「死滅回游からここまで、お前のことは観察していたんだがね」

 

 口を開いた鏡斎は、少し不満げに続ける。

 

「どうも認識が正確じゃないようだ。それじゃ最高傑作にはならない」

「こっちはてめぇの作品を壊しに来たんだ」

 

 対して、術師の言葉は聞かないのが対策だと熟知しているリクオはいつでも仕掛けられるよう構えていた。

 相手はおそらく山ン本の"腕"だろうが、言霊などの呪力を纏った言葉だけが意味を持つとは限らない。純粋な話術の誘導も考慮し、常に警戒を続けていた。

 

「聞いてくれよ。心持ち──圓朝が言うところのゲームに関する話でもあるんだから。死滅回游は、いわば画風が違ったのさ。あれは術師の戦いで、祭りや清算と例えた方が適切だ」

「こいつは違うって言うのかよ」

 

 リクオにとっては、どちらも無辜の一般人を巻き込むものだ。戦いに駆り立て、踏み込まなくていい筈の暗闇に人を引きずり込むそれは忌むべき物として認識していた。

 

「あぁ、やっぱりか。どうせお前は害虫駆除とか、昔話の妖怪退治とか、その程度の認識で澁谷(ここ)に来たんだろ?」

 

 人を異形に変える、仁義を外れた妖怪が許せない。それは妖怪としてのリクオの原動力だった。自身が従える百鬼夜行にも、命に代えても仁義を守らせることを厳命したのは、明確に正義としての像を描いていたからだ。

 

「上に立つ奴がセコイ真似許しちゃいけねぇだろうが」

「そこが甘いんだよ。そう言った時点で、どうしようもなくお前は人間にしか寄り添えない」

 

 それは、リクオの側近たちでは至れない結論だった。雪女である氷麗ならまだ可能性があり、それ以外では絶対に不可能な。

 

「お前が初めて殺したガゴゼは人を喰う妖怪で、そういう風に畏を得る本能が存在してる」

 

 出自はどうであれ、人を守る妖怪である黒田坊や青田坊にはそういった本能はない。首無は人としての意識が強く、河童や雪女は年月の積み重ねや教育で大人しくなっている。

 

「お前がやっているのは、人に味のない食事を強要するようなものなのさ」

 

 そう言って、鏡斎は異形と化した人間や妖怪をリクオに差し向けた。今のリクオでは足止めにもならないような敵だが、人を斬るということは相応のストレスを蓄積させている。

 

「これはね、戦争なんだよ。間違いを正す戦いじゃない」

 

 筆を持って駆ける彼は、畏の滴る筆先をリクオの腕へと走らせた。畏を使って咄嗟に躱すと、それはリクオを囲んでいた改造妖たちへと触れる。

 

「混色・撥体」

 

 続いて襲い掛かる、認識をずらそうと関係のない大質量の射出。巨大な口を刀で斬って自身への被害を逸らすが、両断されたそれぞれが地下鉄澁谷駅の壁を壊して近くにいた人間を磨り潰した。

 

「お前は他の誰よりもオレに近い。お前はオレだ。奴良リクオ! オレが何も考えず人を殺すように、お前も何も考えずに人を助ける!」

 

 それは、人と妖の間で生きる故の齟齬。人を害すると定義されて畏れられる妖怪──人との共存が極めて困難な存在に対してどうするかというそれは、陰陽師として学び始めた昼のリクオも考えていたことだ。そして、それはとうに答えが出ている。不平等に救うという答えは変わらない。よって──

 

妖怪(オレたち)の本能と人間(お前達)の理性が獲得した尊厳! 百年後に残るのはどちらかという戦いだ!」

 

 人間の感性で妖怪と共存を図るか、妖怪が弄ぶために人の生存を許すのか。死滅回游が強者同士の戦いと巻き込まれる弱者という構図だとすれば、これはその逆。強者にとっては関係ないが、そうでない者にとっては世界の在り方を左右する戦争だった。

 

「未来を左右する、誰しもが当事者となる戦争! 傍観者のいないこれこそが地獄絵図と呼ぶに相応しい……」

「……ああ、そうか」

 

 千年前からの宿願とか、四百年前の復讐とか、壮大な目的と戦うことが多くて忘れていたのだ。奴良リクオは最初に──

 

「もう意味も理由もいらない」

 

 クラスメイトを助けるために人手が必要で、そのために奴良組を継ぐと宣言したのだから。関東一帯に影響力を有するヤクザの元締めの立場が欲しかったりしたんじゃない。

 

「この行いに意味が生まれんのは、俺が死んで何百年経った後かもしれねぇ」

 

 それでも構わないのだと、リクオは続ける。

 

「俺は守りたいから守るし、外道だと思ったヤツを討つ。それが間違いだったら、その時を生きる誰かが正してくれるだろ」

 

 不平等で差別的で他人任せ。それでも。

 

「人間ってのはそんなもんだろ。何百年先のことも一人でやろうとしたら、上手くいかないに決まってる」

「……違う、なんだ、お前は……」

 

 その言葉を聞いて困惑する鏡斎。なにせ今まで彼が見てきたのは悪に怒りを覚え、仁義を外れることを許さない、いわゆる正義の味方にして"いいヤクザ"だった。それが迫害する人の愚かさに絶望して玉折に堕ちるか、屍を晒すか。いずれにしろ失墜によって至高の地獄絵図は完成すると目していたのだ。

 それが、意味も理由もいらないと全てを投げ出した。それは"奴良リクオによって完成する地獄絵図"が正しいのかと思考せざるを得なくなるのに十分であり──

 

「今は妖怪だけどな、術師の言葉を聞くなよ」

 

 竜二にいくつもの修羅場へ同行させられ、そのやり口を覚えたリクオにとっては"作り出した隙"を利用することなど容易かった。首を斬り、両手を落とし、心臓を一突き。ここで術式を使うのは避けたい都合、畏による回復を警戒して体を切り刻み続けることになる。

 よろめく鏡斎は、空を見上げた。地下からでは、地上にあるだろう地獄絵図を眺めることなど到底できない。

 

「オレの地獄は残る……だが、嗚々……最期にそれを見られないのは……口惜しい、な……」

 

 消滅すると同時に、リクオに大量の畏が流れ込む。空に浮かんでいる魚の領域効果だろう。そして、畏の流れはいくつかのルートが存在した。リクオへ流れる経路、天上の魚へ行く経路。そして、どこかへ向かう三種類。

 

「アジトは、そっちか!」




全部ひとりでやろうとする人が多すぎるんですよね。


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御門院家ぶっ壊そー

三話連続で投稿しています。


なお、後は決戦だけとする。


 なんかすごいことになってるというか、東京で怪獣大決戦が行われていた。深川では青い鎧の巨大人型武者が立ち上がり、空には東京全土を覆う大きさの死滅回游魚。そしてそれよりは小さいが、その分呪力が濃密な大魚がそれに躍りかかっている。

 

「あれ、青行灯だな」

「冷静に見とる場合ちゃうやろ」

 

 とはいえ、俺が言い出した秘密兵器の試験運用が目的の一つである以上はゆらちゃんも呪力を適度にしか使えない。肉体への負担もあって、全力で戦うのは最後の最後、決着のまえの数秒間だけとなるだろう。

 

「調子の方はどうだった?」

 

 呪力の制御が少し不安定になっていることを除けば、呪力量の増大など予想通りの効果が発揮されていた。

 

「問題は()()()だけど……」

「まあ大丈夫や。抑え込めばええし、晴明とやる時は後のこと考えんくてええからな」

 

 見た目の方にも想定されている以上の変化はないので、あとは実地試験だ。

 

「あそこに突っ込むんやろ? もう慣れたわ」

 

 そうして向かおうとするゆらちゃんだが、一度動きを止める。彼方には大きい蜘蛛。それが大魚の方へ襲い掛かっているのだ。そして、それらすべてを倒そうと身体を駆け上っている奴良リクオ。

 

「奴良くん、なんか可哀そうなことになっとるんやけど」

「まあ、なんとかなるさ、たぶん」

 

 見物していたら、成長した奴良くんみたいな姿の人が突っ込んできた。なんか背中合わせで戦ってる。ぬらりひょんっぽい。

 

「これで終わりか……」

 

 東京が怪獣大決戦で崩壊していく様を見て、どこか名残惜しい気持ちになる。考えてみれば、これで俺の持つ"原作"というアドバンテージは完全に消滅するのだ。澁谷に仕掛けた爆弾が原作知識を利用した最後の仕掛けだろうか。原作だ何だと考えていたが、この状況で原作もなにもあったものじゃない。消滅したのは東京もだった。

 

 奴良くんとぬらりひょんは青行灯や死滅回游魚を相手に、斬っては跳びの大立ち回りを繰り返している。小さい方の古代魚とその上に乗っている式神使いは、同じくらいの大きさの蜘蛛や武器人間と戦い、新宿とか、というより東京全体を更地に変えていた。

 ──俺は、本質的には天海や心結心結、あの白装の式神使いと同じ部類だ。呪術廻戦じゃないと分かったこの世界で、原作という未来に囚われずに自由に振舞っていた。いわば、今まで自分で定めていた使命からの解放──仕事が終わった土曜日だろう。

 だからこの夜明けに日曜日を迎えてするのは、親友と遊ぶことだ。

 

「じゃあ、オレは先に行くとするよ。飛べないからね」

「はぁ? なんや、あんたはこういうのに嬉々として突っ込んでいきそうやと思っとったんやけど」

 

 踵を返した俺に対して、ゆらちゃんはそう声をかけた。まあ、たしかにそうではあるが、こればかりは俺の信条の問題だ。

 

「実のところ、オレが干渉したのはそこらの妖怪を狩ることと、過去の術師と戦った死滅回游くらいだ」

 

 京都では、なんか強者に避けられていた感じが否めないが。鬼童丸が領域から俺を除外したあたりで察した。

 

「あれは奴良くんの将来の問題だ。オレが出張るものじゃない。芥見としての因縁と、オレと道満と晴明の因縁。オレが終わらせるのはこの二つくらいさ」

「……本音は?」

 

 少し考えてから返されたその言葉に、一つ溜息を吐いて返答する。なんというか、道満の記憶を追体験したせいか付き合いの長さがそのまま反映されている気がした。

 

「あのスケールになると、傍から眺めてる方が楽しい」

 

 要はそういうことだ。平成に転生したということは、令和の時点で存在していた怪獣映画がいくつも見られないことを意味している。ので、怪物同士の戦いで街を破壊される光景は規模がデカすぎて怪獣映画みたいな気持ちで見られた。

 

「んじゃ、現地集合で」

「最後まで軽いな。……後で追いつくから、全力で死んでき」

「ああ、逝ってくるとも」

 

 決戦の地──葵城頂上で集合と告げて、倒壊した建物が並ぶ東京を歩く。その辺りに転がっていたバイクに呪力を通し、悪路を難なく走れるくらいに出力を強化した。

 空を見上げれば、白装の陰陽師が笑って戦っている。鎌倉時代から考えても、現在のような規模の戦場は存在しなかっただろう。国土全体で行われた術式から誕生した呪霊、万全を期した式神使い、ぬらりひょんとその孫。東京の大舞台で戦うのに相応の格を持った連中が集まっているのだから。

 

 それにしても、俺が会った長命の陰陽師たちはどいつもこいつも笑って戦い、そして死ぬ。この世界をメチャクチャにして、生きてる証を刻んで。

 そういえば、全てが終わった後はどうなるのだろうか。晴明が勝ったら術師と強い呪いだけの世界になるのだろうけど、ゆらちゃんと俺が勝ったときのイメージがつかめいない。チェンソーマンみたいに、民間の陰陽師(デビルハンター)が職業として存在し始めるのだろうか。それならそれで面白そうだ。できればそれを見たかったのだけど。そこまで上手くいくかは運任せになる。

 

 未来のことに考えを巡らせながらバイクを走らせ、瓦礫の積み重なる市街から段々ときれいになっていく道を辿っていく。

 

「さあ、最終決戦だ。御門院家ぶっ壊そーなんて」

 

 


 

 

 そうして辿り着いた葵城は、既に門が開いていた。城を作ったのが天海だから、その彼が死んだらそうなるんだろう。

 主の居なくなった離宮を歩く。水の張られた場は、心結心結のものだろう。所々に洋風の意匠もあり、あいつが気に入ったものが置かれているのを懐かしい気持ちで眺めた。

 

「……テディベア」

 

 天海と三人で伊達藩に行った時に、ゴスロリの他に気に入ったからと持って帰ったものだ。形代としても使っていたからか、いくつもストックされている。……死体は砂となって宙に舞い、墓はない。なら、そのままでいいだろう。

 次の、鏡張りの間では素直に通された。百物語、というより鏡斎とか夜雀とかの情報取引くらいしか因縁が無いし、引き留める理由もないのだろう。

 吉平くんは宮を留守にしていた。まあ、言葉を交わすべきは俺じゃないのだろう。四分の三が人である妖怪こそが、四分の一が妖である陰陽師にとっての因縁だろうから。

 

 葵螺旋城の天守閣へと辿り着く。扉を開けるとともに声が聞こえ──

 

「人は食物連鎖の頂点に立ち、更に高位の存在を夢想して神と呼んだ」

 

 東京全域、いや、この日本国内すべてが夜へと戻る。

 

「おかしいと思わないか? 夢想せずとも、この私がいるというのに」

 

 都市の光で見えないはずの満天の星は、いつかの大江山の戦いの帰りに三人で見た光景とひどく似ていて……

 

「なら、オレはこう言うとしよう。『それでも神に挑まずして、何の人間か?』」

 

 そして、惑星が落ちる。天体の操作。個人に対してぶつけるには過剰な火力だ。最期の戦いには悪くない。

 

 ゆらちゃんが追いつくまでのこの時間に、俺は俺の全てを以て晴明に挑む。百鬼夜行で受けた畏を、この瞬間に使い切る。

 

「抽出概念は北欧の主神。M■■■ing及び■■■魔術■■■目録より同一記号を模倣」

 

 俺が妖としてゆらちゃんと戦っていた時の、最初の尾の形態。制御していなかったから単なる力を出力するだけの影法師だったが、適切に扱えば違う。

 

「呪的手段に基づき、魔法名を宣言する」

 

 その本質は神降ろし。漫画にメモを書くかのように、別の物を現実に定着させる、人の形をした儀式。

 

「魔法名:『未だ人である我が望みと我が名において、我は神を討つ事を誓言する』」

 

 左目を顰め、歪な笑みを浮かべる。今世の知識も前世の記憶も一切合切総動員した、俺の最後の大舞台だ。

 

「『(フーガ)』」

 

 宙へと投げられた黄金の槍が、落下する惑星と衝突する。衝撃は螺旋城の頂点を吹き飛ばし、互いに空中へ立つことになった。

 玉折事変でも、こんな風に周りが更地になっていたと思い出す。

 

「きっと産まれる前から決まってたってやつだ。バーリトゥード(なんでもあり)の術比べ、しようか」




こいつがいたから呪術廻戦の法則が紛れ込んだので、だいたい無自覚マッチポンプ。


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終わり
特級術師オリ主


ようやくあらすじを回収できる。


 ──葵城跡。

 ──直上、葵螺旋城。

 ──頂天、本殿にて。

 

 

 向かい合うのは二人。片方が纏うは陰陽寮の狩衣。もう一方は、現代の洋装。右目に五芒星の刻まれた男とブレザーを羽織った学生服の少女は、陰陽術という土俵で対等に渡り合っていた。周囲を見回せば外界を見下ろせるほどに見通しが良くなっており、彼らの戦いの壮絶さが伺い知れる。

 

「まあ、なんでもありとは言ったけど。正直さっきみたいなのは呪力消費がきつい。大技の迎撃が精いっぱいなんだよな」

 

「そのようだ。だが、あるのだろう?無下限の守りを抜ける術の一つや二つ」

 

「──当然!」

 

 叫ぶと共に少女のポケットより取り出された呪符から繰り出された無数の雷は、男が手を一振りするだけで水へと変じた。五行による天候の操作と、その逆工程の行使を経て宙に散ったそれら、五行のうちの水気は八つ首を持つ龍へと変じて少女へ襲い掛かる。

 4階建てのビルほどの水龍とは比べ物にならないくらいに小さい少女の体躯は、龍の顎に噛み砕かれて無数の呪符へと姿を変えた。

 簡易的な式による、本体と見分けがつかないほどの身代わり。そして、本物の少女は既に動かなくなっている十二の鎧を踏み台にして男の頭上へと跳んでいた。鎧といえど、その大きさは人をはるかに超えたものだ。巨大な蛇や人型など様々な形のそれを使い、陰陽術で強化した身体能力で足場として跳躍する。一秒後には男の頭上を取った次の瞬間──

 

急々如律令(オーダー)

 

 言葉と共に懐から宙に舞う幾百の呪符。一枚一枚が致命の一撃を放てるであろう回避不能な符の群れへ、男──安倍晴明は、ただ手を動かした。

 

「術式順転──天文操作」

 

 それだけで発動する、晴明の得意術式。すべてを押しつぶし、ひれ伏せさせる重力。陰陽術の窮極ともいえるその術式は、舞い散る呪符を一つ残らず地に落として無力化した。

 

「やっぱりズルくない? それ」

 

 同時に、水竜を回避するために跳んだ少女──呪物:契克の指の受肉体にして本人である烏崎契克にもその効力は発揮される。無防備に地に叩き落されてしまえば、敗北は必定。その状況に、契克は既に対処を完了していた。

 

「四神を以て界を分つ」

 

 跳躍と共に四方に投げていた護符で結界を構成する。並の、いや、一流の陰陽師ですら実現不可能な精度の結界は、過度にかかる重力を遮断して、契克の着地を滑らかなものとした。

 

 陰陽術の最終目標とも称される天候操作や雷撃、相手の術式を利用した強大な呪詛返しといった超高等技術がいとも容易く飛び交い、それでもなお決着のつかない生死をかけた術比べ。

 

「本命は呪いか」

 

「流石にバレるよね……」

 

 しかし、それこそがブラフ。晴明の纏う無下限の守り──自身の間に超重力で形成した無限の距離を発生させるそれだが、例えば本体に直接攻撃を発生させれば突破は可能になる。無限について理解することはできないが、似たような存在に対してどうするかはある程度知識を備えている。

 対象の脳内を起点とすれば、物理的距離による減衰や無効化が発生しない。では、その方法はどうするか。それも呪いだ。自身と相手の動きをリンクさせる、丑の刻参りなどの類感呪術。

 

「所作による錯覚……いや、(たい)なる(けい)なれば、(しか)して(しゅ)なり、か」

 

 芻霊呪法と原理自体は同じであり、呪術という親和性で消費呪力を軽減しているとはいえ、太刀で斬られたとはっきりと思い浮かばせるほどのジェスチャーの技量を引っ張ってくるのは相当に負担が大きい。

 

「そして、その付け焼刃に頼るお前じゃないだろう」

 

 故に、万里ノ鎖と天逆鉾による背後からの刺突は横に重力をかけたことによる高速移動で回避された。

 

「これも防がれるってマジ?」

 

 一手も違わぬが故に拮抗している彼らは、ついに互いが誇る最強の術──極の番同士での決着へと移行する。

 

「最後の最後でゴリラ廻戦というのも、どうかと思うけどね」

 

 其は、技術の粋。死滅回游及び渋谷事変で集まった畏と呪力を解放し、今まで展開していなかった四本の狐尾を展開する。選択する戦術は、単純な突撃。そのために身体機能を全力で強化した。同時に遷煙呪法を使用。高温の煙を纏い、多少なりとも自身の位置をずらす。装束による科学的及び呪術的支援、純粋な身体能力強化といった技術を集め、天逆鉾による必殺を狙う。時代は変われど、烏崎契克の戦い方はそれに集束した。

 

 対するは、その名も高き陰陽師。橙の髪に白の衣は、一目見た者に畏怖を抱かせる。天曺地府祭を執り行い、天皇が只人に堕ち空位となった現人神の座へと至った彼はまさしく最強の陰陽師といえよう。

 その彼の誇る唯一の式神である十二天将は、しかし動けずに今や砕け散っていた。それも仕方ない事だろう。相手はかの烏崎契克。最新の技術を取り込み続けて絶えず進歩を重ねる、あらゆる技は初見にして必殺を徹底する彼が相手ではいかなる式神であろうとも荷が重い。たとえそれが、陰陽道における最強の式神たる十二天将すべてであろうと。

 故に、唯一彼もしくは彼女に勝ちうるその主が取る手段は一つ。

 

「励起せよ、十二天将。これなる陰陽師。謹んで泰山府君、冥道の諸神に申し上げ奉る。返魂。式神融合・天将の鬼纏──十二単。永劫輪廻」

 

 泰山府君祭。死者を蘇らせるその術理をして、十二天将を強制的に再起動させる。自らの式たる仏神十二体の力を全て自らの元へと集約するそれが、鵺であり安倍晴明である彼の持つ、正真正銘の”最強の姿”だった。人界と妖、正しく陰陽を司る新たなる闇の主の鬼纏は、ついに十二の神すら自らの眷属、百鬼とみなしたのだ。そうして繰り出される極ノ番。順転と反転を衝突させることによって作り出したのは、局所的な時間異常。当たればその場所が消滅するそれを至近距離で放つのは、さもないと相手は確実に生き残るという確信があったからか。

 

「バン、ウン、タラク、キリク、アク」

 

 晴明が五芒星(セーマン)を描く。自らの名を冠したそれから繰り出されるのは、間違いなく必殺の一撃。契克も同じタイミングで最高速度に到達。助走距離を取らず、瞬間的に全力に到達するのは純粋な歩法も合わさったものだ。

 

「「滅」」

 

 禹歩を交えながら駆けることで、合間に挟む致命にして牽制の術式は当然のごとくお互いから逸れていく。飛び交う五行の力は相克し合い、駆け抜ける二人の周囲を彩るように弾けて消滅する。

 狙うは、最大の威力をぶつける交差の瞬間。

 限界まで堆積した呪いの一蹴りと、時空すら歪ませる重力の奔流がここに相対した。現代における、安倍晴明と烏崎契克の術比べ。闇の覇権も永遠の秩序も関係ない、どちらが上かだけを求めた戦いの、その決着は──

 

 

 

「だから、言ったんだ。君は最強になれるってさ」

 

 最強だと信じ、持ちうる知識を託した彼が勝利した。一点突破によって致命の一歩手前の深手を負い、片腕を失い脇腹に大きな欠落が生まれてなお、晴明は立っている。

 それは、眼前の友人から託された願い(呪い)のため。

 

「ああ、勝つさ。これ(最強)は、お前から貰ったのだから」

 

 最大にして最強の一撃を受けた契克の体は、もはや死の間際にある。だから、彼が死ぬその瞬間こそが──

 

「勝負はこれからやろ」

 

 彼ら(契克とゆら)にとっての勝機だった。極ノ番を使用したゆらの突貫。晴明も深手を負っていて、既に無限の距離を用いた守りは消散している。しかし、それでも届かない。

 ──これは別の未来の話ではあるが、晴明とゆらが戦った場合、晴明に軍配が上がる。そして、占術──星を読むことのできる晴明にとってそれは既知のことで。再度撃ち放った永劫輪廻がゆらの胸から下を吹き飛ばして、契克の残骸ごと彼女を城の外へと落下させた。狙い通りに。

 

「無策で来たわけでもあるまい。魅せてみろ、お前たちの総てを!」

 

 

 

 落ちる。墜ちる。腕も足も心臓も失って、葵螺旋城から地上へと一直線へ落下した。

 衝撃で体は襤褸のようになって、今にも意識を失いそうだ。そのまま近くを手放せば楽になれるのだろう。ただ──

 

「(あと数秒、気張れ……っ)」

 

 大きく口を開ける。予め投げておいた最後の切り札が落ちてくる瞬間まで、死ぬわけにはいかない。

 それは、薬指くらいの大きさだった。正確には、薬指そのもの。先ほど消し飛んだ契克の残骸にして、彼もしくは彼女が最期まで遺そうと庇っていた部位。

 

「最、期の……!」

 

 天海や心結心結が珱姫の体に仕込んだのと同じ、呪物と化した烏崎契克だ。自身の指一本を呪物に加工したのは、先ほどの交叉が終わってからゆらが来るまでの瞬間まで。その時間で成し遂げる技術力こそが、契克の本懐であった。

 

「最後の!」

 

 指定された言葉を叫ぶ。本当に必要かは分からないがと訝しみつつ。そして──

 

「変身!」

 

 それを飲み込む。頭と襤褸切れのような胴体しか残っていないが、それでも魂は健在だ。呪物そのものに宿っていた呪力をリソースに、反転術式を使って体を修復する。呪物の元の人格に死にかけの身体が引っ張られ、ゆらの髪からは色が抜ける。片目が空色に変わり、銀色となった髪は風に靡いていた。ふたり合わせた総呪力量は今や晴明と並ぶほど。本来の世界(ぬらりひょんの孫)の異物にして、最強と並ぶ存在。銀髪オッドアイの彼女は──

 

『特級術師オリ主フォームとでも名付けようか?』

「ダサいわ」

『しょうがないだろう。前前前世からの夢だったんだから』

 

 ──千年後に受肉した、特級術師オリ主だった。

 

 城からの落下を終え、地面へと着地する。帳は降りておらず、先ほどからの攻防は外からよく見えるだろう。もはやこの東京に夜はなく、喧騒は既に止んでいる。晴明以外の御門院や安倍姓は、悔いなく死んだか今も戦っているのだろう。

 

「一撃。それ以外は持たん」

『上等。どのみち最高火力の勝負になるな』

 

 ゆらは再び極ノ番を使用。飛行する彼女を撃ち落とそうとする晴明だが、呪力を篭めた煙幕でその動きを感知することができない。もとよりこれくらいなら突破できるだろうと超高重力の負荷によって周囲一帯を叩き落そうとするが、契克とゆらの二人分の呪力によって力技で飛翔が継続される。

 再び螺旋城の頂上へ舞い戻ったゆらは、全呪力を使った虚式を構える。

 

「なるほど。ならば全力で受けてたとう」

 

 この一撃ですべてが終わる。そのことへの名残惜しさと全力の術比べという高揚感を抱き、二人──いや、三人は最後の術式行使を準備した。

 

「なあ、契克。最期にもう一度、力を貸して」

『呪力の制限解除か。縛りは』

「未来全部。心も、身体も全部持ってけ」

『オレ一人じゃ体乗っ取っても命が持たないさ。──だから、オレの分も追加だ』

「……心中相手としては最悪や」

『あなたで満ちれば後悔はないくらいは言って欲しかったんだけど』

 

 狐の特級呪霊を従え、今からうずまきを撃とうとする最強オリ主たち(ゆら)。対するは無下限の守りを持った原作最強の陰陽師(晴明)

 

「完全な世界ならば、道満の掲げた大義もまた叶うだろう。お前たちは何故、そうまでして私を阻むか!」

 

 晴明は声を張り上げる。それに対して、ゆらと契克はただ笑った。

 

「失礼やな」

 

 それは、単純に。

 

「友情だよ」「友情や」

 

 こいつには負けたくないという、意地。

 

「──ならばこちらも友情だ」

 

 それもそうだと晴明は納得して、ゆらと同じ高さまで飛ぶ。回避は不可能、いや、はじめからその気もない至近距離。

 

「虚式・うずまき」

「畏砲・永劫輪廻」

 

 互いが無邪気に笑い、全力で攻撃を放った──




これがやりたかった。


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エピローグ
原作:ぬらりひょんの孫。クロスオーバーは概念だけ


エピローグ


 ぶつかり合った際の時間異常だかなんだかで、俺と晴明、ゆらちゃんはこたつの部屋にいた。陰陽寮で俺が作ったあの結界内のところだ。

 

「……どっちが契克で、どっちが道満だ?」

 

 まあ、今の俺とゆらちゃんはどっちも銀髪オッドアイなのだが。

 

「私がこっちだね」

 

 晴明と話すときは、やっぱりこの話し方の方が楽だ。なんか、コイツの場合はこうって感じなんだよな。

 

「なあ、結局どっちが勝ったん?」

 

 どことなくそわそわとしているゆらちゃんだが、確かにそれは気になる。祖先の記憶というか道満の記憶も経験したとはいえ、ゆらちゃんもお年頃(中学生)なんだろう。勝ち負けにこだわるのは俺も覚えがあった。というか、俺も気になる。

 

「……引き分けじゃないか?契克以外」

「なんで???」

 

 唐突にハブられたことに遺憾の意を示すが、「お前は一度負けているだろう」と言われて納得した。戦績で言えば一敗ではあるな。

 

「というか、こんなかやとアンタが一番弱いんやない?」

「いやいや、まさかそんなはずが……あるね……」

 

 俺、ゆらちゃんにも晴明にも負けてるじゃん。マジか。ちょっと凹む。

 そんな風に適当に駄弁っていると、なんかこのまま延々と話せそうだなと思えてきた。

 おもむろに、晴明が立ち上がる。

 

「契克、道満──今は花開院ゆらだったか。私は先に戻るとしよう。百鬼の主として、戦わなければならない相手がいる」

 

 ああ、奴良くんか。彼、領域内にいる自身の百鬼夜行の畏全部使えるとかいう詰め合わせセットだっけ。でも、勝てるか?

 

「なあ、アンタ、あの守りはどうしたん?」

 

 ゆらちゃんの指摘に晴明の方を見れば、例の無下限バリアがなくなっている。術式が焼き付いたんだろう。あの出力をインターバルほぼなしで撃てばそうなる。おそらく、奴良くんとの戦いではまだ戻らないだろう。

 

「奴良リクオも、吉平との戦いで術式が焼け付いている。あとは、鵺とぬらりひょんの戦いだ」

 

 例の刀──魔王の小槌を取り出す晴明。そういえば、あれ刀だったな。ずっと射出して使ってたから飛び道具かと思ってた。

 けど、鵺と奴良くんの戦いか。原作からしてそうなるんだろうな。もう原作なんてあてにならないけど、ある程度の指標にはなる。

 

「お前たちとの術比べは、本当に得難い一時だった。背負う物の多かった玉折の時よりもよほど」

 

 結界の外へ歩き出している彼の顔は見えないが、その声音は確かに楽しそうだった。

 

 

「ああ、それと。今自覚できたんだがな」

 

 晴明は振り返る。平安で見慣れた、いつもの表情。

 

「寂しいものだ。一人はな」

 

「寂しんぼか? まあ、それは私もこの前知ったんだけど」

 

 そんな軽口で終わって。結局、この部屋でのいつもの別れ方になった。

 


 

 まず、俺とゆらちゃんは別に死んでなかった。晴明のやつ、最後に反転術式で俺たちも治していったらしい。なんか、余裕っぽくてムカついた。来世で会ったらリベンジマッチ挑んでやろう。絶対に。

 なんか魂の形がどうので、俺はゆらちゃんと同じ見た目と同じになった。──ゆらちゃんの見た目も変わってるんだけど。

 

 戦いが終わって半年。世界は変わった。たぶん、いい方に。

 呪霊、妖怪、悪魔──呼び方はなんでもいいが、とりあえずソレがあるということが一般化して、国が対策を立ち上げるまでさほどかからなかった。陰陽師の才能のある若者を集めた学び舎──東京都立呪術高等専門学校が設立され、京都にも京都校が開校。公安警察が公安対魔課を設置した辺りで大笑いした。クロスオーバーにもほどがあるだろう。東京でヤクザだとかがドンパチしたことでこうなったのか?

 

 進路として、奴良くんや鳥居夏美は呪術高専に。若者なんだから、青春を楽しんでほしい。俺とゆらちゃんは京都校の方に入学。高校を卒業する年齢になった竜次が先生をやっているのだから、絵面が向いていなかった。京都と東京で交流戦を提案してあるから、その時が楽しみだ。

 

 俺が産んだ方の羽衣狐は、蘇った方の羽衣狐と戦ったらしい。決着していないが、なんか複雑な気分だ。別に母性は湧いてこない。というか、ゆらちゃんが俺が産んだ方を調伏した。式神にして術式反転でその力を獲得と、もはやどこに向かっているのか分からない。向こう千年間の最強枠でも狙っているんだろうか。

 

 さて、当の奴良くんだが、人を守るために百鬼夜行の主と陰陽師の二足の草鞋をやり通すらしい。吉平くんは、基礎を鍛え上げてなんでも自分一人でできるようにした努力家だったからな。ある意味ではリクオと逆と言える。陰陽師であることを選んだ吉平くんと、妖怪であることを選んだ奴良くんでお互い思うところがあったんだろう。何かを見つけられたなら、それでいい。きっと、悔いなく死ねたんだろう。

 

 もしかしたら、死ぬときは誰だって独りなんてことはなく、術師でも悔いなく死ねるやつが多いのかもしれない。なにせ、この世界は呪術が廻って、ぬらりひょんに孫がいて、なんかもうメチャクチャな世界なのだから。

 だから、このあとの人生も、銀髪オッドアイの平安特級術師としてブイブイ言わせるくらいでいいだろう。ひとまず、交流戦で無双しようか。

 まあ、原作:ぬらりひょんの孫。クロスオーバーは概念だけな世界ではあるけれど。晴明や道満、心結心結に空海、奴良くんにゆらちゃんといろんな連中の結果な今のこの世は、楽しいことに変わりないのだから!




投稿に間が空いてしまいましたが、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました!
感想や評価、アクセス数は大きな励みになりました。まさかの日刊ランキング一位獲得などもあり、思いついて見切り発車した一発ネタで完結に至ることができたのはひとえに皆様のおかげです!
改めて、本当にありがとうございました!


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