奴隷船の船員になりましたが俺は元気です (犬八)
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平船員、成り上がりを目指す

「唐突だが、貴様は死んだぞ」

「……は?」

 

 そう俺に話しかけてきたのは見上げるほど大きいまるで山のような男。

 一体なんだ、と周りを見てみると、そこは何もない空間……色すらもない完全なる無色の空間だった。

 黒だとか、白だとか、俺が認識できる色は一切ない完全なる無色。

 無色ばかりの世界で……無色無色言い過ぎて悲しくなってきた。まだ二十代前半だが職歴職無しの俺に無色という言葉は辛い。

 ……唯一、色があるのは俺と目の前の男だけ。

 

「あー、その? これってもしかして、ネット小説でよく見る展開ですか? 間違えて殺してしまってー……とか」

「あ?完璧なる唯一の神である私が間違えるはずないだろ、この無職が。生涯童貞の呪いを掛けた上で蝉の雄に転生させてやろうか?」

「ぐっ……!? 無職で童貞なのは事実だけど言わんといてください! あれですか!? 俺には子孫を残す価値も無いってことですか!?」

「馬鹿野郎、人間誰でも子孫を残す価値はあるだろ。産めよ増やせよ地に満ちよって言葉を知らんのか?」

「じゃあなんで、童貞の蝉に転生しろなんて言うたんですか!?」

「私をイラッとさせたから」

「酷いっ、横暴だぁぁぁ!?」

 

 ……はぁはぁはぁ、突っ込んでたら切りがねぇ。

 とにかく今は状況を把握しなくては。

 

「えと、神様? それでなんで私はここに?」

「それはアレだよ。お前さ、自殺したろ?」

 

 ……あぁ思い出した。

 そういえば俺、あまりにも人生に絶望して自殺をしたんだったな。

 中卒職歴なしの無職の俺が生きている意味もないと思い、ビルから飛び降りた……はずだ。

 日曜の真っ昼間、しかも人がいっぱいいる中で自殺したんだ。下手すりゃ、他の人も犠牲になったんじゃ無かろうか。

 だとしたら、うん……悪いことしたなぁ。

 

「漸く、思い出したみたいだな」

「はい……その、もしかして、俺って地獄に送られたりするんですか? ほら、沢山の人にトラウマなり、下手すりゃ巻き込んだりしたわけですし」

「知るか、他の連中がどうなろうと私の知っちゃこっちゃねぇさ。そら、幼女の消えないトラウマになったりしたが、ぶっちゃけそれだけだからな」

 

 それだけって……また随分と冷たい神様だな。

 

「そらそうさ。神様ってのは基本的にはシステムじゃないと駄目なんだよ。人間に入れ込んじゃ、世界のバランスが崩れるからな。こうしてテメェと会話してるのだって、神様として失格さ」

「心、読まんといてください。……で、なんで態々、俺なんかと話そうと思ったんすか?」

「決まってんだろ。暇だったからよ、お前のことを別世界に転生させて観察しようと思ってな」

「やっぱりそういう展開じゃないですか!?」

 

 やっぱり神様と会話してるってなると、こうなるんじゃないかと思ってたんだよな!

 ミスとかじゃ無いみたいだが、神様が態々、別の世界に転生させる何て言うんだから、きっとチートだって貰えるはず!

 

「やんねぇよ。そんなの与えたら、つまんねぇじゃんか」

「……えっ?」

「あぁ安心しろ、その世界での主要な言語を翻訳する能力と文字の読み書きできる能力だけは与えてやる。それと怪しまれんように服装も、それっぽいのにしてやるさ」

 

 そう、神様は俺に指を向けると同時に頭の中に情報の塊が流れ込んでくる感覚が俺を襲う。

 一瞬、目の前がくらっとして、ありもしない地面にぶっ倒れそうになるが、何とか持ちこたえる。

 服を見てみると、いつの間にかジャージから絹で織られたシャツ……確か、シュミーズと動物の皮で作られたっぽいズボンとブーツに着替えさせられている。

 

「うむ、それっぽい格好になったな。それと気分が変わったし、一つだけチートを授けてやろう」

「マジっすか!? 神様、ありがとうございます!」

 

 まさか、この神様がチートをくれるとは思わなかった。

 てっきり何も持たせられないで、異世界に送られるもんだと思ってたが……いったい、どんなチートなんだろうか?

 候補としては世界最強の剣の腕とか、最高の魔法の才能とか、無限の魔力とか、何か特別な技能だったりとか、色々とあるが……。

 ともあれ、どんなものだってチートってだけで体が震える。

 

「一生、病気にかからないと言うチートをな」

「ありがたいけど微妙に違う!? その、神様?俺が望むのは──」

「あー、聞こえねー。んじゃ、送るから目でも瞑ってろよー」

 

 ちょっと待って! まだ話は終わってない! ……って、あぁぁあああぁあああっ!!

 

 ● ● ●

 

 ……そんなことがあって現在。

 

「おらっ、新米! ぼけーっとしてねぇで、とっとと大砲運べ!」

「うーす」

 

 俺はとある船で平船員として働いていた。

 どうやらここは中世に近い世界のようで識字率もそこまで高くないと言うことが来たときに分かった。

 であれば俺が神様から授かった読み書きできる能力を活かした仕事につこうと思ったんだが……なんでこうなったかなぁ?

 

「せんぱーい、大砲運び終わりましたー。次はどうすれば……」

「運ぶだけじゃダメだろ! しっかりと縄で縛って動かないようにしねぇか! 轢き殺されても知らねぇぞ!」

「うっす! すんません!」

 

 ……轢き殺される。あぁ、嫌なことを思い出した。

 いつだっけかなー? 確か、異世界に来てからすぐに起こったことだっけか?

 気がついたら船に乗せられてて、何がなんだか分からなかった俺に話しかけてくれた女の子がいたんだ。

 その子はここが新大陸と呼ばれる大陸に奴隷を買うために運航する商船であると教えてくれた。

 俺が船に乗ったばかりの新米だと分かると、「仕方ないなぁ」と苦笑しながら船の仕事について教えてくれようとして、甲板に出たとき。

 ちょうど縄が切れて、あちらこちらに大暴れしている大砲に轢かれてミンチとなった。

 ……うっぷ、思い出しただけで吐き気が。

 

「大丈夫か? 小坊主?」

「……大丈夫っすよ、船長」

 

 作業中の俺に話しかけてきたのは、まだ若い青年と呼べる年齢の男。

 この人がこの船の副船長であり、俺の上司でもあるクリストフォロス・ソンオグツ。通称、クリストファー船長。

 明らかに無理してるだろう俺の姿を見て、船長は笑いながら俺の背中を強く三回叩いた。

 

「そうかいそうかい! なら安心したぜ。航海はまだまだ長いんだ、何せ船にお宝がいっぱいになるまで帰れねぇんだからな! 健康が一番、何よりも大事さ! さぁ仕事を頑張ろうぜ!」

「うーす」

 

 ……出航から早二週間、当たり前だが新大陸は未だに見えず、敵船やら海賊とは未だに会ってない。

 これからどうなるんだろうなぁ?



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無職、騙される

「……腹、減ったなぁ」

 

 この世界に来てから、もう二日も経った。

 仕事なんて、すぐに見つかるもんだと思っていたが、どうやら思っていたよりも中世 (風の)の世界と言うのは横の繋がりが重要なようだ。

 とにかくそこら中の店に働かせてくれと頭を下げてみたが、俺のことをよく知らないからと言う理由で全敗。

 よくある冒険者ギルドなんて物も探してみたが、都合よくいかず……俺は橋の下で夜を過ごす日々を送っていた。

 ……それにしても腹減った。冗談抜きで、それだけは辛い。

 神様から授かったチートを屈指して、食べられる食べられない関係なく野草を貪り、泥水の方がマシだと言わんばかりの汚い川(と言うより元の世界でいう生活排水の方が近いんじゃないか?)を啜り、腹を満たしていたが。

 病気にならないのは置いておいて、食べられない野草を無理矢理、食べるのは精神的にかなりキツい。

 何しろ、味が酷いのだ。そして、それを流し込むために飲んだ水がこれまた不味いんだ。

 俺にどうしろってんだド畜生。

 

「あら? こんなところでどうしたの?」

「……人生の意味について考えてます」

 

 就職活動に失敗し、雨宿りついでに店の屋根の下で黄昏ていた俺に話しかけてきたのは、この店の女主人だった。

 この人との関係を一言でいうと、先程の就職活動でいつも通り、よく知らないからと言う理由で断られ、更に文字の読み書きや計算ができることをアピールしても、そもそも文字の読み書きできる奴が街には数える程しかいないから俺がメニュー書いても意味ない(計算も同じ)と理由まで付け足して不採用の理由を教えてくれた人だ。

 ある意味、これからの就職活動のことを考えると、俺がダメな理由を教えてくれた恩人……なのかなぁ?

 他の人達は教えてくれなかったし……。

 

「若い子が、そんなこと考えるもんじゃないわよー。まだまだ人生は長いんだからさ」

「だったら雇ってくださいよ。俺、腹が減って仕方がないんす。金稼いで、腹一杯飯食いたいんです……」

「それは無理。都会なら兎も角、こんな田舎町でよく知らない子を雇う人はいないわ」

「ですよねー。……はぁ、こうなりゃ都会に出ようかなぁ。でもなぁ、金がなぁ」

「……仕方ないわねぇ、雇うことはできないけど」

 

 かたりっ、とおばさんは床に何か、置いた。

 ……これはサンドイッチ?

 

「おばさんからの餞別。これ食べて仕事探し、頑張りなさい」

「あ……ありがとうございます!」

 

 くぅ……! これは美味い! 美味すぎる!

 丸二日、まともな飯を食ってなかったからなのか、このサンドイッチは殺人的な美味さだった。

 この固いパンも、獣臭い干し肉も、微妙に痛んでいるレタスも、まるで高級料理店の食材のようだとも俺は感じられる。

 なんだか、変な味もするが、恐らく食材が原因なので気にしないで、俺は気にせずに食べ続け──バタリッ

 

「ぐがっ……すぅすぅ……」

「漸く、眠ってくれたかい。さてと、連中が来るが時間は──」

 

 ● ● ●

 

「もう二度とサンドイッチなんて食わねぇ……!」

「急に何言い出してんだ?お前」

 

 俺は今、先輩のジャームスさんと一緒に見張りを行っていた。

 基本的に俺達、平船員の主な仕事は荒事があった時の対処や港に降りた時の荷物の荷卸し、そして平時の仕事として交代での見張り等だ。

 その為、俺は大体二日に一回はこうして見張りを行っている訳なんだが……。

 

「……暇っすねぇ」

「まっ、仕方がねぇさ。この辺はまだフリュームの領海だからな。イルキスの商船も海賊船も、もう少ししたら姿を現すさ。ベイルの軍艦とかなら、たまに見つかるかもしれんが……」

「ベイルって何処っすか? イルキスが敵国なのは知ってますが……」

「どっちも敵国なのは変わりねぇさ。ただベイルの方が俺達よりもでっかく強いだけで」

「んなもんに見つかったら絶望的じゃないすか。絶対、死にますよ、俺達」

「全く、その通りだ。だから来ないように俺達は祈るだけさ……っと」

「おっ」

 

 1、2、3……っと! んー、漸く終わったか。

 この馬鹿デカイ砂時計の砂が全部、落ちきるのをどれだけ待ったことか。

 これで俺達は一日半は自由の身だ……つっても、やることなんざ飯食って寝ることしかねぇんだけどなぁ。

 本とか持ってきてないし……てか、買う金もねぇし。

 ゲームとか携帯とかの類いは、そもそもこの世界、その手の機械はまだ生まれてないから用意できないし……。

 

「おい、小坊主! お前は次の見張りのジェームスとブルソを呼んでこい! 俺はそれまで見張りをしといてやる」

「うす!」

 

 ……それにしても、名前似てるよなぁ。

 よく勘違いするから、名字を教えて……あぁ、この世界って名字なんて無いんだっけ?

 一応、貴族とかならあるらしいが……平民とかだと、名字代わりに生まれ故郷の名前つけるくらいしかしないとか。

 

 ● ● ●

 

「あっ! ジェームスさん、こんなところにいたんですか! もう交代の時間ですよ、ブルソさんはもう見張りに行ってますから早く起きてください!」

「んぁ?」

 

 船内を探し回って、何処にもいないと思われていたジェームスさんがいた場所は何と、酒樽と酒樽の間に寝ていた。

 勝手に酒や水を飲むことは船内のルールに違反しているが、酒樽の間に寝てはいけないと言うルールはない。

 このアル中は少しでもアルコールを求める為に、香りだけでもとこんなところで寝ているのだろう。

 

「ふわぁ、もう見張りの時間かよ。全く、人が気持ちよく寝てたってのに、いい加減にしてほしいぜ……」

「こんなところで寝られるあんたは素直に凄いと思いますが、今はそれより見張りです。ブルソさん一人じゃ限界があるので早く行ってください」

「わあってるよ……っと」

 

 ジェームスさんは器用に立ち上がると、そのまま甲板に向かう。

 俺も寝る場所へ向かう為、ジェームスさんの隣を歩く。

 

「全くよ、忙しいったらありゃしねぇぜ。なんで俺が今更、平船員なんてしにゃくちゃにゃらんのだ」

「ジェームスさんも薬盛られた感じっす?俺もなんすよ」

「おっ、ここにも被害者が一人いたか。全くよ、あぁいうのは勘弁してほしいわ。海軍の人拐いよりはマシなんだが……」

「どんだけっすか、海軍。てか、忙しい忙しいって言っても、俺達平船員ですし、まだ楽じゃないですか。捕虜も奴隷もいないから見張りしてるだけでいいですし」

「高級船員様達は毎日忙しそうで何よイテッ!?」

「んぎっ!?」

「……喋ってる暇があるなら働け」

 

 殴られると同時に喋りかけられる。

 振り向くと、そこには俺の半分くらいの身長に、短い黒髪で褐色肌の女の子。頭には小さな犬の耳を着けており、無気力な目で俺達を見つめている。

 

「いっつぅ……ジズさん! 何するんすか!?」

「働かざる者食うべからず。私の国の諺」

「俺は終わったんすよ! 今日の仕事! だからフライパンで叩かんといてください、マジで!」

「因みに俺は働いてないけど、飯くれない?」

「霜でも食ってろ……あんたは飯食ってもよし、着いてきて」

「うーっす」

 

 残念そうな素振りを見せるジェームスさんを横目に俺はジズさんの後をついていく。

 尻尾の揺れ方を見る限り、どうやら今日はいつもよりはまともな飯みたいだな。

 これは楽しみだ。



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食事、獣人と共に

「おまたせ」

 

 ……そう言い、出された食事はいつもの麦粥(オートミール)に作りおきのパッサパサのジャガイモが一つ、そして干し肉が一切れ。

 ジャガイモを崩して一口食べてみると、これでもかと塩味が聞いており、水で流し込みたくなる。

 が、俺が一日に飲める水は日に二回の食事の時に出される一杯の水だけ……我慢しなくては。

 

「……じゃねぇ!? ジズさんが嬉しそうにしてたから、漸くぶりにまともな飯食えると思ったらいつもと変わんねーじゃん!?」

「祝日だから特別な料理。海水を混ぜて煮たジャガイモと干し肉がある」

「変わってねーよ! いつもと同じクソ不味い料理じゃん! 大皿一杯の麦粥(オートミール)は、もうこりごりなんだよ! 無味無臭の麦粥(オートミール)を只管、流し込む行為はもう嫌なの!! 特別な日ならせめて、もうちょっとマシな料理作ってくれよ、マジでっ!! あんた料理人だろ!?」

 

 はぁはぁはぁ……思わず、愚痴ってしまった。

 ジズさんには悪いことをぐぇっ!?

 

「……そんな台詞、これを見てから言え」

「く、苦しい……! つ、着いてくから首閉めないで……!」

 

 ジズさんに連れられてやって来たのは、船にある食料保存庫だ。

 他の部屋と比べても換気が行き届いており、結構涼しい。多分 湿気による食料への被害を逸らすため……だと思う。

 

「えっと、ジズさん? 一体なんでここに?」

「……まず、これを見ろ」

 

 指差した方を見ると、そこには大量の麦の入ったが麻袋一つ。

 ……これがいったいどうしたんだ?

 

「次にこれを見てみろ」

 

 その隣にはもう一つの麻袋が、更にその隣には麻袋が……と数えきれない程の麻袋が並んでいる。

 部屋の住みにぽつん、とジャガイモが詰め込まれている箱が数箱置かれていた。

 ……まさか、これって。

 

「これ、全部オートミール。他には高級船員用のジャガイモが十数箱と干し肉が数十枚、以上が船の食料」

「……い、いやいやいや、全部オートミールだとしても、まだ調理方法あるでしょ。ほら? 麦パンとか作れませんか?」

 

 何とか、単調な食事を避ける為、パンは作れないのかと提案してみる。

 だけど、その提案にジズさんは困ったような表情を見せて。

 

「麦だけじゃパンは作れない。いや、作れるけど卵もないし、水も一日に規定の量しか料理に使えない。何より……」

 

 小さく溜め息をついて、酷く残念そうに言った。

 

「火が使える時間も限られてる。船の中じゃ火災防止の為に一日一時間しか火が使えない。一時間で全員分のパンを焼くのは無理」

「……マジっすか」

「マジっす。……で、どう頑張っても作れないって分かってくれた?」

「うっす、理解したっす」

「……じゃ、帰ろう」

 

 小さく頷き、俺はジズさんの後に続いた。

 その後ろ姿は大分気落ちしており、俺に料理を不味いと言われたのが悔しかったのか、それともこんなものしか作れない自分の腕にガッカリしてるのか。

 何か言い出そうとしても、何も思い付かず……食堂についた。

 

「……食べ飽きてるって気持ちは分かる」

「ジズさん?」

 

 食いかけの食事を前にジズさんは素手でジャガイモを一口分に崩して、口に運ぶ。

 口から指へ、透明な涎の糸が真っ直ぐ延びたかと思うと、プツンっと切れて見えなくなった。

 

「少しだけ、美味しいご飯の食べ方、教えてあげる」

 

 そう言うと、ジズさんは崩したジャガイモをオートミールに入れると、スプーンでオートミールを掬い、こちらに向けてくる。

 ……これを食べろと言うことだろうか?

 と言うか、この状況って結構恥ずかしいものがあるのだが……うん、ジズさんのことだし気にしてないんだろうなぁ。

 男は度胸、食わないと始まらんか。

 差し出されたスプーンに口をつけ、いつもと変わらないオートミールを──。

 

「あれ、美味しい? ……いや、食感とか殆ど変わんないけど、何かいつもと違うような?」

「オートミールは元々、各々の好きな味付けで楽しむ料理。蜂蜜や砂糖をかけてデザート風に食べるのも、塩をかけて食べるのもその人の自由」

「……てことは、今まで食いかた間違ってましたか? 俺」

「間違ってはない。海水を混ぜてもしょぱくて苦くなるだけ、塩なんて船の上じゃ作れないし。でも」

 

 と、崩したジャガイモを掌で転がしながらジズさんは珍しく笑う。

 

「こんな風に濃い塩味がついたものを混ぜれば、そこそこ美味しく食べられる」

「それでも、そこそこなんすね」

「船の上だから。陸なら美味しい私特製のオートミールをご馳走してあげるのに」

「いや、陸までオートミールは正直勘弁っす」

「……そう、残念」

 

 しゅん、と一瞬だけ落ち込んだ様子を見せるが、ジズさんは何事もなかったように更に自分の分のオートミールを注ぎ、ジャガイモを一つ手に取り、そのままテーブルの上に置く。

 干し肉は自分用に、と大きめに切り分けた物をテーブルの上に置いて俺の膝の上で食べだした。

 

「……何故!?」

「君の膝の上、結構気持ちいいから。他の船乗りと違って、まだ筋肉が発達してないし、椅子にはちょうどいい」

「そりゃこの椅子よりはマシだと思いますが……」

 

 俺達が座る椅子は正直言ってかなり酷い。

 そもそも椅子なのかどうか怪しいレベルであり……ぶっちゃけると木の中身をくり貫いて椅子代わりにしている。

 その為、座り心地は悪く、尻を痛めている船員もいるほどだ。

 

「そう言うわけだから。お礼と思って椅子代わりになって」

「……うっす」

 

 食事を提供される立場なんだし文句は言えんか。

 ジズさんに従い、俺は黙って椅子代わりになって食事を続けた。

 

● ● ●

 

 食事を終えた俺はジズさんと別れて、自分の寝床に足を運んでいた。

 寝床と言っても、平船員には船室なんて高価なものは与えられていない。自分の船室を与えられるのは高級船員に限る。

 では俺達、平船員が何処で寝泊まりしているのかというと……あったあった。

 

「よしよしっ、今日も誰も入ってないな」

 

 空樽をどけると、そこにはなんかよく分からない(恐らく、船を作った時に生まれた欠陥)人一人分くらいは入れそうな穴が空いていた。

 ……そう、ここが俺の寝床だ。寝床? 布団や毛布は? と思うかもしれないが、この船にそんなものを持ち込めるスペースは存在しない。

 俺みたく寝やすい場所を確保しているのは稀で平船員は基本的に、その辺の床で寝るか、『今』は船底に何もないからそこで寝るか、天気のいい日は甲板で寝るか……選択肢はこれくらいしかない。

 

「さてと、明日も早いしとっとと寝るかぁ……」

 

 穴の中に潜り込み、寝ようと瞼を閉じる……が。

 

「あっ! ここにいたんですね、探しましたよ!」

「……どーしたんすか、船長(・・)。俺、明日早いからとっとと寝たいんすけど」

 

 穴から這いずり出てみると、そこにいたのはふわふわの長い金髪を靡かせた少女。

 名前をミア・リリーホワイト、この船の船長であり同時に俺の雇い主でもある。え? 船長はクリストファー船長だって?

 ……色々と事情があるんだよ、正直な話をすると説明すると長くなるし、俺もよく理解していないんだがともあれ、この船には船長が2人いるってことを覚えてくれてればいい。

 

「ならクリストファーに明日、貴方を休ませるよう進言しましょう。これなら構わないでしょう?」

「休みくれるなら話し相手くらい構いませんが……」

「ふふ、その言葉を待ってましたよ。この船、知識人が少なすぎるんです。私の話を理解してくれるのはクリストファーとノーマ以外だと貴方くらいですのよ」

 

 俺としては我が儘お嬢様の話し相手を勤めるのは面倒で堪らないんですがね。

 ……ま、こんな風な文句を聞かれたら、どうなることやらだし口には出さないが。

 

「ささっ! 早く部屋に行きましょう! 貴方のお話、どれも新鮮で楽しいの! 今日もいっぱい聞かせてちょうだい!」

 

 そういう訳で俺は疲れと眠気に堪えながらお嬢様の我が儘に付き合うことになるのであった。



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無職、回想録

 ……頭痛っ。ここは何処だ? 薄暗いけど、えらい広い部屋だってことくらいは分かる。けどなんだかグラグラしてるし……分からん。

 どう見たって現代に帰ってきたって感じではないみたいだけど誘拐、って訳じゃないよな? 俺みたいな貧乏人を攫うメリットはないし、奴隷にするってのなら酒場のおばちゃんから聞いたジョネト人って連中が最適だって聞くし……というか、ジョネト人以外は奴隷としての価値は殆どないらしいし。

 俺は見たことないけど曰く、ジョネト人は魔物って呼ばれる生き物と体の一部が繋がった人種らしく、それ故に力が強く、体力もあるから奴隷として最適だという。

 ともあれ、そんなわけだから奴隷として誘拐されたわけじゃない……なら、どうして俺はここにいる?という疑問が残る。

 ……とりあえず、外に出てみるかぁ。あの扉から自由に出られるみたいだし、そこで話を聞けば何か分かるかもしれない。

 

「いだっ!?」

「へっ!? す、すんません!」

 

 うわ、誰か踏んだ。薄暗くてよく分からなかったけど、どうやらこの部屋には俺の他にも人がいるらしい。

 踏んだ人はいらいらとしながらも気をつけろ、とだけ俺に言うと腕を枕にしてもう一度、寝始めた……随分とバイタリティに溢れてやがる、もしかして一度、この状況を経験済み……とかじゃないよな?

 異世界とは言え、流石にこんな状況に二度も三度も遭遇するとは考えられない。

 とにかく、足元に気をつけながら外に出よう。

 

「失礼しまーす……」

 

 何とか扉までたどり着き、恐る恐る開けてみれば、そこは火もないのに薄明りに照らされている廊下だった。

 これ、所謂魔法って奴か? 実物は見たことないが(またか)、酒場のおばちゃん曰く、この世界には魔法ってものが存在していて火を放って敵を攻撃したり、夜の闇をまるで真昼のように照らしたりと色々と出来るらしい。

 真昼には程遠いが、ランタンや松明がないというのに辺りを照らすくらいには明るいこれは間違いなく、魔法によるものだろう。

 ……もしかして俺、魔法使いの実験材料として売られた? いやいや、まさかそんなことは。

 

「あ! 起きてたんだ!」

「ひういっ!?」

 

 突然、話しかけられて変な声が出てしまった。

 声のした方へ視線を向ければ、そこにいたのは随分とラフな格好な女の子が一人。肩には束ねられたロープを掛けていて、髪をバンダナで纏めている。

 

「あはは! 変な声ー。もしかして君、この仕事初めて?」

「し、仕事すか? え、どういうこと?」

「あー……もしかして君、目が覚めたらここにいた感じ?」

 

 こくり、と首を縦に振る。

 

「そりゃあお気の毒に。ここは商船グランパス号だよ! 私達はこれから新大陸に行って奴隷を買い込むの、分かった?」

「いや!? 全然意味が分からないんですけど!? え、商船? 奴隷!? な、なんで俺こんなところに連れてこられたの!? そ、そういう仕事は向いてないと思うので今すぐ降ろして……」

「無理無理、もう港から出航して半日は経ってるから。君はこのまま新大陸までの長い航海に付き合ってもらいます!」

 

 そんな快活な笑顔を見せられても困るんですけどぉ!?

 え、なんで? 範日経ったって……俺、どんだけ寝てたの? てか、どうしてこんなところに俺はいるのぉ!?

 突然の状況に項垂れていると、彼女はけらけらと笑いながら。

 

「君、眠る前に何か食べ物貰わなかった? 古いパンとか、かびた干し肉とか」

「……サンドイッチを一切れ貰いましたけど」

「あ、じゃあ確定だね! 君、睡眠薬盛られて水夫として売られたよ。サンドイッチに睡眠薬を混ぜるの、カタールの大釜の女将さんがよく使う手口だし」

 

 ……カタールの大釜、そういやあのお店、そんな名前だったなぁ。

 成る程成る程、人の良さそうなあの笑みも、俺の悩みに真摯に答えてくれたあの態度も、全ては俺を水夫として売り飛ばす為の算段だったのかぁ。

 

「ふざけんじゃねぇ!!」

「うわ、こわー……自業自得なのにここまでキレてる人、久しぶりに見た」

 

 うっせーよ!? こちとらまともな飯も食えずに漸くありついた飯が睡眠薬のサンドイッチだったんだぞ!?

 しかも、あの優しそうな姿は全部、俺を売り飛ばす為の算段だったなんてさー! もう人のこと信じられねぇったりゃありゃしねぇ!!

 

「あはは、まぁこれも人生経験ってことで割り切りなよ。きて、船の中案内したげる」

 

 ……腐ってても仕方ないかぁ、小さく溜め息をつきながら俺は立ち上がり、女に付いていく。

 船の中は案外広いようで廊下は両手を広げられるくらいには広く、大体10m感覚で左右に扉があり、8枚ほどの扉を(俺が出てきた扉も合わせれば10枚)横切れば階段が見えてきた。

 

「ここが船の最下層、主に買った奴隷の住居スペースね。今は君がいた部屋みたいに空っぽだけど新大陸に着くころには奴隷用の部屋を作る予定」

「上は何があるんだ?」

「一番上は甲板、その間が食糧庫とか高級船員の為の部屋、キッチンに奴隷以外の商品置き場、それに医療室とか色々」

「高級船員達の部屋……? なぁ俺達の部屋は何処にあるんだ? まさか奴隷達と一緒って訳じゃないよな?」

「あはは、まーさか。私達に部屋なんてあるわけないでしょー? 奴隷が詰め込まれる前は最下層の部屋使ってもいいだろうけど、詰め込まれたら甲板なりその辺の廊下なり好きな所で寝ていいんだよ」

 

 船員のプライバシーは0ですかい。

 まぁ魔法とかファンタジーの要素はあるわけだけど、文明レベルは中世辺りなわけだしね。人権とか期待した俺が馬鹿だったわ。

 

「とりあえず甲板長に紹介するから付いてきてー。君、船仕事初めてみたいだし、仕事に関わる人の顔とか覚えておかないと大変だよ?」

「ん、気を付ける」

 

 とりあえず港へ帰れない以上、船の仕事はしなくちゃいけない。

 マイナス思考になりそうなことは考えないで、まずは仕事を覚えないと。話はそれからだ。

 踊り場を2つ超えて、俺は船の一番上……甲板へと繋がるドアの前まで辿り着いた。息を軽く整えて。

 

「ささ! ここが君の職場だよ! 一緒に目いっぱい働こ」

 

 ドアを開けて甲板へ彼女が一歩踏み込んだ瞬間。

 

「大砲がそっち行ったぞぉぉぉ! 気をつけろォ!!」

「ねぶべぇえ」

 

 ドアの前を横切る鉄の塊に彼女は引かれて肉の塊となった。

 鉄の塊は彼女の肉を引き釣りながらドアを破壊し、甲板のあちこちを赤色に染めて、漸く動きが止まったかと思えば甲板のあちこちに肉の塊が広がり、その死の香りに俺は思わず吐き気を催し。

 

「ぼええぇぇええ!」

 

 空っぽの胃の中身を吐き出した。

 胃液しか吐き出さないが、それでも吐き気は止まらず、地面へ視線を向ければ、そこには先ほどまで俺と会話していただろう唇の破片と半分ほど潰されている瞳と目が合った。

 

「うぶぅ……」

 

 ヤバい、また吐き気が……。

 堪らず、吐こうとすれば誰かに肩を叩かれて。

 

「おい、それ以上、甲板を汚すんじゃねぇ。吐くならあっちで吐きな」

 

 そう告げた誰かは海の方を指を指す。

 声の主へ視線を向ければ、その人は身長が俺よりも頭一つ分は高く、三角帽子を被っており、副葬からして身分の高いものだと理解できた。

 

「小僧、船での仕事は初めてか? なら早い内に理解しときな、俺達の仕事は想像している以上にずっと死に近い。それこそ運ぶ商品よりもずっとな」

「で……でも、こう簡単に人死ぬなんて……」

 

 俺の問いに彼はけらけらと笑いながら。

 

「人間なんて遅かれ早かれ死ぬものさ! 大事なのはどう死んだかよりもどう生きたかだ! 記憶に残るような男になりな!」

「それ答えになって……いたっ!」

 

 つ、強く肩叩きすぎだろ。

 思わず声に出てしまったけど、男は何が楽しいのか口を大きく開けて笑い。

 

「男に答えなんて必要ないのさ! 俺はクリストフォロス・ソンオグツ。この船、グランパス号の船長の1人さ! 気軽にクリストファー船長って呼びな、小僧!」

 

 やっぱり偉い人だったか。というか、船長の1人ってどういうことだ? まさか言葉通り、船長が2人3人いるわけじゃないだろうし、副船長がいるとかそんなところか。

 いや、そんなことよりも自己紹介がまだだったな。ともかく、俺は自己紹介が遅れたことを謝って自分の名前を名乗り、頭を軽く下げた。

 

「珍しい名前だな、東方の出か? まぁいい、共に旅をする仲間だ、よろしく頼むぜ!」

「……よろしくお願いします」

 

 吐き気を抑えながら、俺は言葉を返す。

 ……何というか、強制的とはいえ人の死がとんでもなく軽い職場に付いてしまったな。

 船長の後ろで死んだあの子の死体を水夫達が海に投げ捨てているし……うん、早く慣れた方がいいな、これは。



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無職、回想録その2

「甲板長! 新入りだ、思いっきりこき使ってやりな!」

「なんだい、もしかしてずぶの素人がいるってのかい? 全く、そんな使えない奴を用意するだなんて何を考えているんだか」

「……俺だって出来れば働きたくなかったすよ、気が付いたらここにいたんで」

 

 クリストファー船長に案内されて、俺は船員達を指揮する女の下へ案内された。

 ぼさぼさの髪の毛を一つに纏めて、袖のない服を身に着けた二十歳前後の女性であった。

 見た目は普通の人間に見えるが、腰のあたりから伸びた長い尻尾と人間の耳に当たる部分が獣のものであり彼女は所謂、獣人であると分かる。

 甲板長はキッ、と縦に割れた目で俺を睨みつけると。

 

「成る程な、小僧は水夫狩りに狙われたってところか。だったらあたしから言うことは一つだ、早いところ船での生活に慣れな。じゃないと、馬鹿共みたくなるぞ」

「うわっ」

 

 指差した先に視線を向ければ、そこにいたのは縛り付けられて吊るされている数人の男達の姿があった。

 顔面は痣だらけで、背中に目を向ければ、皮がずる剥けており、肉が見えている部分もあった。恐らく、鞭を打たれて数時間は経ったのか剥き出しになった肉は変色しており、ハエが集っている様子が見て取られた。

 いったい、どうしてあぁなったのか?と訪ねれば。

 

「あいつらも小僧と同じ水夫狩りの被害者でな、働かされるのに納得いかないとかで反乱を起こそうとしてあの様だ。死にたくなければ真面目に働くことだな」

「……うっす、頑張ります」

 

 どうやらこの仕事場は命の価値だけではなく、水夫の価値も相当に低いようだ。……陸に帰りたい、でもあぁはなりたくない。

 そんな複雑な葛藤を抱きながら俺は小さく溜め息をつくと。

 

「そんなに心配するな小坊主。一度慣れたら二度と陸じゃ暮らせないのが船仕事ってもんだ、慣れたら楽しいぜ、俺が保証してやる」

「出来る限り、努力する所存です」

 

 船長の励ましに言葉を返した。

 ……とにかく、あぁならない為にも真面目に働くしかないか。住めば都っていうし、慣れれば奴隷船の仕事も悪くないかもしれない。

 

「そんじゃ甲板長、後は任せたぜ」

「任せな、私に掛かればどんな童だろうと一週間で海の男にしてやるさ」

 

 そう自慢げに胸を張る甲板長に対して、クリストファー船長はけらけらと笑いながらその場を去った。

 

「さて、小僧。それじゃあ軽くだが、船での仕事を教えてやると基本的には見張り仕事以外は自分で出来ることを見つけてそれをやれ、以上だ」

「……え、以上だって。あのー、他に何か説明解かないんすか? 例えば、大砲出したりマストを畳んだりとか」

「なんだ、船での仕事、分かってるんじゃないか。だったら十分な戦力になるな、ほら! とっとと散りな! サボってる姿見つけたらケツ蹴るから覚悟しときな!」

 

 な……なんつー無責任な。手厚く指導してくれるとか期待していなかったが、ここまで雑だとは。

 恐るべし、中世の船仕事。サボってたりしたりしたら、俺の同類みたくなる可能性高いし真面目に働こう。

 

 ● ● ●

 

 

 そんなわけで自分の出来る仕事を探すべく、船の中を探索しようとしたのだが。

 

「おい、坊主! 早く網持ってこい! 縄だけじゃいい加減限界だ!!」

「はい、ただいまぁー!」

 

 探索するよりも前に仕事を見つけてしまった。

 どうやら名前も知らないあの子を轢いた大砲は未だに大暴れしていたようで、何人かの水夫が必死に大砲をロープで固定している現場と遭遇した俺は網を両手に抱えて走り回っていた。

 この船に搭載されている大砲は約30門、その数が多いのか少ないのか分からないが、ともあれ大砲の殆どがロープで軽く固定されていただけのようで残るは固定すらされていない始末。

 それ故、揺れる船内で大砲は大暴れ、既に犠牲者(あの子以外で)も出ているようで船内はてんやわんやであった。

 漸く、一息付けた頃には空が茜色に染まっており、一日の終わりを感じさせていた。

 

「お疲れさん、どうだい? 船の仕事は?」

「……すっごく疲れました。仕事っつっても大砲縛ったり、縛る為の網を用意したりするだけでしたけど……甲板長はどんな仕事してたんすか?」

「あたしかい? あたしの仕事は仕事しながら、お前らがサボらないように見張って指示出して……まぁそんなところかね?」

 

 そう言われてみれば甲板長の体は煤や埃で汚れているな。

 あっちもあっちで大変だったみたいだけど、俺みたく汗だくって訳じゃないし比較的楽なのかな?

 こっちが死ぬ思いをしてその程度なのはそれはそれでムカつくが、まぁそんなことよりもだ。

 

「今日の仕事もこれで終わりっすね~、それじゃあ俺はこの辺で失礼させて……」

「何言ってるんだい? お前の仕事はまだ終わってないよ」

 

 えっ。

 

「今日の見張りはお前さんとジェームスの奴だ、とっとと見張り台に行きな」

「……うっす」

 

 ……こういう状況、なんていうんだっけ。

 期待外れというか、肩透かしというか……あぁ、この諺がこの状況にふさわしいかな。聞かれた所で異世界なんだから誰にも分からないし文句言われんだろ。

 

「頼む木の下に雨漏るって言うのが適切かな?」

「珍しい言葉ですね、どういう意味なんですか?」

 

 あぁ、それはな……って、えっ? 誰だ話しかけてきたのは?

 甲板長や船長じゃないだろうし、そもそもこの船に乗ってる連中は言葉の意味を知りたいなんて言う学があるとは思えない。

 じゃあいったい誰が?と声をした方へ振り向いてみれば。

 

「あんた誰!?」

「初めまして、私はこの船の船長を勤めております。リリーホワイト家の摘女、ミアと申します。貴方もこの船の労働者……じゃない、水夫ですわよね?」

 

 そこにいたのは金髪の髪を靡かせたミアと名乗る小さな少女であった。

 ……船長? 船長!? え、この船の船長ってクリストファー船長じゃないの? そういえばあの人、船長の1人だとか言ってたけどまさか、マジで船長複数いるのか?

 頭が二つでやっていけるのかよ、と俺が混乱しているとミア船長?は不思議そうに俺の顔を下から覗き込み。

 

「あの、どうなされましたか?私、何か可笑しなことを言ったでしょうか?」

「い、いやぁ……」

 

 異世界だと船長が二人いるのって普通なのかな? それをわざわざ聞いたとなると失礼なことになるだろうし……うん、下手をすれば鞭打ちが待ち構えている。

 どう答えるべきか、このまま黙っているのも心象に悪いだろう。

 

「あぁ、もしかして先にクリストファーにお会いしました? 船長が二人となると船乗りの方はまず驚くでしょうし仕方ありませんね」

「……あ、やっぱり船長が二人って普通じゃないんすね。俺、東の出なのでこっちじゃそれが普通なのかな、と」

 

 東の出なのは確かだし、クリストファー船長も俺の名前を聞いて東方の出か? とわざわざ確認してきたくらいだから、この世界にも日本、あるいはアジア的な国があるのは確かだろう。

 なら嘘は言っていないし、ある程度の誤魔化しは効くだろうから問題ないだろう。

 

「リリーホワイト家は昔から貿易で栄えた家なんです。摘女である私も、商売を学ぶ為、将来の為にと船長として船に乗せられまして……まぁ、ここまでなら比較的何処にでもよくある話なのですが」

 

 そこまで言うと、ミア船長は小さく溜め息を吐いて。

 

「お父様ったら心配性でして。私一人に船を任せるのは不安だからと、経験豊富なクリストファーをもう一人の船長として雇い入れましたの。船長が二人いる理由は私の経歴を穢さない為、それとベテランの彼を副船長扱いしたら反乱起こるかもしれませんし、報酬やら指揮系統やらで面倒事が起きるのでもうまとめて船長二人にしようということになりまして」

「はぁ、お嬢様ってのも大変なんすね」

 

 まぁ一般水夫……いや、見習い水夫の俺からしたら関係ない話なんだが。

 早い所、見張り台に向かわないと鞭打ちが待っている、適当に話を切り上げよう。

 

「それじゃあ俺はこの辺で失礼させていただきますね、まだ見張り仕事が残っているので」

「あ、ちょっとお待ちになって!」

 

 まだ話が終わってなかったのか。

 足を止めて、振り向けば、ミア船長は何故か、困り顔を浮かべていて。

 

「あの、もし宜しければなのですけど……私の話し相手になってもらえませんか? ほら、この船って学がない人ばかりでしょう? 私の話に付き合ってくれそうなの、クリストファーを除けば航海士のノーマさんと貴方くらいですの」

「あー……申し訳ありませんが、俺も仕事がありますので。そのノーマって人に話を聞いてもらったらどうでしょうか?」

「ノーマは航海日誌を付けるのに忙しいそうで。全く、彼女ったら真面目なんですから」

 

 女だったのか、ノーマさん。

 ともあれ、このまま船長命令? を無視するのは不味いし、遅刻しても不味いのは確かだ。

 

「それじゃあ見張り台に向かうまでの間、話し相手になるってのは」

「そうだ! 良いこと思いつきましたわ! マリアに今日の見張り番は別の者を回すように手配するので貴方は私とお喋りすればいいのですわ!」

「いや、流石にそういうわけには」

 

 マリアって……確か、甲板長の名前だったよな? わざわざ平船員を休ませる為に割と偉い人に命令したとなると、ミア船長の面子を傷つけることになるかもしれない。

 そもそも船長命令とはいえ、サボったら罰せられる危険性もあるし、彼女の面子を守る為にも断ろうとしたのだが。

 

「駄目……ですか?」

 

 まるで捨てられた子犬のように瞳を潤ませてこちらをじっと見つめてきた。

 

「……い、一日だけっすよ? 流石に何度もサボったら他の水夫への示しがつきませんし」

「やたっ! それじゃあマリアに代わりの水夫を用意するよう言ってきますね! 貴方は先に食堂へ向かってください!」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、花が咲いたような笑顔で船内へ駆けていく。

 ま、マジかぁ。俺もそんなに学があるわけじゃないし、この世界のお嬢様のお相手、務まるだろうか? ……なんて思ったのだが。

 

 ● ● ●

 

「まぁ、それではケンジローはどうなったんですの? 恋人も失い、復讐も終えた彼はいったいどのような末路を?」

「いや、まだまだ話は終わりませんよ。恋人の仇を討ったケンジローは旅を続けるんです、そこで彼が使う拳法と源流を同じとする武術家と出会ってですね……」

 

 船に乗って早二週間、なんだかんだで定期的にミア船長と話をする程度には仲良くなっていた。

 他の船員からは仕事をサボっていると思われて居心地は若干悪いが、ジェームスさんやジャームスさんみたく仲の良い船員もいるにはいるし、問い詰められたとしてもだ。

 お前らが俺の代わり……船長の話し相手出来るのなら変わってやる、と言ったら皆黙るしかないわけだから案外、何とかなるものだ。

 実際、俺と変わってミア船長の話し相手に立候補した奴は次の日、甲板に氷漬けの死体で見つかったわけだし(尚、死体は海に捨てた)……うん、ミア船長は怒らせないようにしよう。

 

「それで? ケンジローはどうなったんですの? 武術家達と出会い、どのような冒険を!?」

「船長、そろそろいい時間ですし眠った方がいいんじゃ」

「こんな面白い話を聞いたら眠れませんわ!」

 

 ……うん、今日の夜も眠れなさそうだ。



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