九頭竜高校四方山話 (ムーさん@南条P)
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猫又と座敷童子

 

猫又獣兵衛、妖怪任侠『猫又組』の組長である。荘厳で穏やか、常に威厳あふれる頼れる組長だ。

そんな彼の最も大事な存在がある。

娘の座敷童子、“千雪”だ。妻の忘れ形見でもある娘は彼にとって一番の宝だ。

 

「ネコ、こっち…。」

 

「おぉう? どうしたってんだい…雪…。」

 

くいくいと座敷童子の小さな手に袖を引かれた獣兵衛は小首を傾げながら、もちもちと足音を立ててついて行く。

雲のない夜、屋敷の縁側を2人で歩いて行くと突然座敷童子が床に座る。“ん…”と言いながら空を指さす彼女に釣られて獣兵衛も空を見上げる。

そこには満点の星空が広がっていた。

 

「あぁ、そういやぁ…今日は七夕だったなぁ…。」

 

「空、見る、一緒。」

 

「あぁ、いいぞ。たまにはゆっくり星見酒も悪くねぇ。」

 

よっこいせ、と獣兵衛が千雪の隣に腰を下ろす。

満面の星空を見上げれば天の川がキレイに見えていた。暗い夜空に宝石を散らしたような星たちに千雪は目を奪われていた。

獣兵衛はそれを見ると小さく微笑み、懐から酒の瓶を取り出せばお猪口に注いで一口呷る。

 

「天の川、織姫、彦星…。」

 

「おぅ、そうだぞ。対岸には織姫と彦星がいてなぁ。年に一回、七夕の日にだけ会えるんだ。」

 

「一年、一日、悲しい…?」

 

千雪の質問に獣兵衛はお猪口に二口目を着けて、首を傾げる。

そんな獣兵衛の様子を千雪はじっと見つめていた。

 

「会える一日があるんだ…寂しくはあれど、悲しい…はねぇんじゃねえか?」

 

その獣兵衛の答えに千雪はさらにじっと覗き込むように見つめる。

そして獣兵衛のもちもちとした頬っぺたを触り始めた。

 

「ネコ、母上、会えない…、ネコ、悲しい?」

 

「なぁんだ…俺の心配かよ…」

 

ふさふさとしたヒゲを撫でてくる千雪を、柔らかい腕で抱き締めるように引き寄せた獣兵衛はふーん、と息をついた。

そして肉球の柔らかい手のひらでむにむにと千雪の頭を撫でてやる。そんな柔らかい感触に千雪も頬を緩めて甘えた。

 

「お前の母親…小雪(さゆき)に会えねぇのは…確かに悲しいがよ…。今は千雪がいてくれらぁ。」

 

もっちもっちと柔らかい肉球で甘えてくる千雪の頬を撫でながらニカッと微笑んだ。

そのままぎゅぅ、と猫特有の温かくて柔らかい身体でもって千雪を抱き締める。ふかふかとした温もりに、千雪みにっこりと目を細めて身を任せた。

 

「ネコ、ぽかぽか、快適…。」

 

湯タンポに抱きつくようにしていれば、ふと視界にぼんやりと光る何かを見つけた。

ふよふよと優しい明かりを灯すそれがなにか分かればはっと身体を起こして彼女は目を輝かせる。

 

「蛍…!」

 

「屋敷の池に釣られて来たのか…、風情があるなぁ…。」

 

優しい明かりを灯す蛍を目で追いかける千雪は縁側から乗り出すと置いてあった下駄を履いてとてとてと駆け出していく。

池へと続く石畳の上を歩くたびにカランコロンと耳に心地のいい音が鳴る。

千雪がはしゃげばそれに着いて回るように蛍が飛ぶ。

 

「おぉい、雪。はしゃぎすぎて池に落ちるなよ?」

 

「大丈夫、私、平気!」

 

いつもより上機嫌にくるくるとはしゃぐ千雪に獣兵衛は溜め息を吐きながらも小さく口角を上げて微笑んだ。

すると、睡蓮の浮かぶ池の近くにいた千雪が唐突に駆け寄り、獣兵衛に抱きついた。

 

「父上、来年、一緒!」

 

「当たり前じゃぁねえか。来年だけじゃねぇ、再来年も、そのあとも、ずっと一緒だ。」

 

ぎゅっと甘えるように抱きついている千雪の頭を撫でながら獣兵衛は呟く。

 

2人の姿は、種族の垣根こそあれど、それはしっかりと親子であった。

 

 

 

 



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工芸のジェイソン先生

 

九頭竜高校の技術教師、ジェイソン・ステイサムの朝は早い。

 

ピピピ ピピピ ピピピ

 

時刻は朝5時、規則正しく音を立てる目覚まし時計を慣れた手つきで止めれば、むくりと巨体を起こして布団から出る。

顔を洗い、歯を磨き、自炊した朝食を摂る。いつものルーティーンだ。

 

寝間着を脱いでいつもの愛用している作業着へと着替え、出勤する準備を整える。

着替え終われば最後にホッケーマスクを被って準備が完了する。

アガリ症な彼を気遣って最初の生徒たちがプレゼントしてくれた、ジェイソン先生の自慢の宝物だ。

 

ホッケーマスクを被ると「うん!」と頷いて車に乗り込む。

そのまま出勤する。片道十数分ほどでつける近所だ。

 

「おはようございます、皆さん。」

 

低く落ち着いた声で挨拶する。挨拶の相手は花壇の花たちだ。

園芸部の生徒たちが丹精込めて世話をしている植物たちに挨拶しながら、一頻り声を掛けていく。人相手なら緊張するが、植物相手ならアガリ症にはならないらしい。

ホッケーマスクの下で微笑みながら、花壇の花を眺めて玄関へと歩いて行く。ジェイソン先生が校舎に着く頃はほとんど誰もいないのが定番だ。

居るとしたら宿直の先生か西ローランド、あとは朝練の生徒らくらいだろう。

 

「あ、ジェイソン先生! おはよーござまーす!」

 

「あ、お、おはようございます…。」

 

威勢の良い生徒の挨拶に少しビクっと震えながらも挨拶を返す。これでも新人教師時代に比べればマシになった…らしい。

昔は生徒の挨拶に対して顔を隠したりしていたという。

朝の爽やかな空気の漂う校舎を歩けば、たどり着いたのは3階の工芸室だ。

職員室という彼の空間もあるのだが、やはりここが一番落ち着くらしい。

 

木材とうっすらとしたボンドの匂いが漂う工芸室は彼の庭のようなものだ。

今は窓際に鹿の皮が吊るされている。学園長に頼まれて解体した鹿のそれだ。

工芸室の棚には、チェーンソーで1本の木材から削り出した木彫りの熊といった置物や、先生お手製の鹿の剥製

などが飾られている。

きちんとホコリも被らずに並べられていることからも、ジェイソン先生の几帳面な性格が垣間見えることだろう。

 

「ふぅ…今日も、頑張ります…よ!」

 

ニッコリとホッケーマスクの下で微笑むと大きく深呼吸する。

九頭竜高校の先生で一番大きな体の持ち主、でも一番の小心者な彼はこうして1人、一番落ち着ける工芸室で自分を鼓舞する。

人見知りで恥ずかしがり屋でアガリ症。でも皆に工芸の楽しさを伝えたい一心で彼は教壇に立つ。その顔には、昔の生徒から貰った一番の宝物、ホッケーマスクがいつも一緒だ。

 

 

 

 



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ココロに咲いたフジの花 【前編】


この短編は、シナリオ「彼方からの君に捧ぐ」に参加したPC2人が主軸となっております。

なのでネタバレが存在している可能性が高いため、閲覧の際はご用心ください。



 

 

(ふじ) (かい)…九頭竜高校3年、所属は古武術部だ。それなりに背は高く、引き締まった身体つきでスポーツ万能。不良ぶることもなく学業にも真面目な好青年だ。端正な顔つきにどこか憂いを帯びた目線、アンニュイな雰囲気を纏う彼を慕う女子生徒は少なくない。

個性の暴力とも揶揄される九頭竜高校において、数少ない普通寄りの生徒なのも、慕われる理由だろう。

 

骨喰(ほねばみ) (こころ)、九頭竜高校1年、傀と同じく古武術部に所属している。

運動神経抜群、頭も悪くなく、学業もそつなくこなす。

人当たりもよく悪い噂1つない、清廉潔白な、清楚な美少女。それが心の評判である。

真面目な女子生徒であり、ともすればこの九頭竜高校では埋もれてしまいがちな少女と言い換えることも出来るだろう。

 

 

 

 

 

「ツモ、…御無礼…。倍満、皆さんのトビですね。」

 

掠れた低い声が麻雀部の部室に小さく溶ける。雀卓には傀を含めた4人が座っており、彼以外の3人が頭を抱えていた。

南3局2本場、麻雀部の3人全員を一度にハコ下に下した傀は軽く頭を下げると席を立つ。

時計を見れば時刻はそれなりに経っていた。ふぅ、と軽く息を吐くと麻雀部の部室を後にする。今日は麻雀部に頼まれて半荘1回だけの勝負をしていた。

元からあった予定にはまだ時間があるから、と安易に勝負を受けたのが良くなかった。彼は歩幅を大きく急いで古武術部の部室の方へと足を伸す。

 

履いている革靴がコツコツと小気味いい音をさせながら彼は急いでいた。

移動してる間も、彼のファンが声を掛ければ無表情ながらも手を振って愛想よく応える。

 

「あ、あの藤先輩!少しいいですか?」

 

「ごめんよ、少し急いでるんだ…」

 

声を掛けてくる女子生徒に申し訳なさそうに謝れば、生徒らもそれを理解したのかそれ以上何も言わずに彼を見送る。

コッコッコッコッと急いでいる彼の足はリズミカルに床を鳴らす。

 

そうして文化部の部室棟から校舎を抜け、古武術部の道場へとやってくるとキョロキョロと周りを見渡した。

道場の入り口の脇には居合道を嗜む部員が切り捨てたであろう御座束や藁束が無造作に積んである。

 

パチリ、パチリ…道場の中から規則正しい音がする。

聞き覚えのあるその音に傀はほっと一息ついた。

 

「御無礼…待たせたね。」

 

落ち着きのある声が広い道場にシンと響く。彼の視線の先には正座して1人で麻雀に勤しむ少女がいた。

 

「藤先輩、大丈夫ですよ?」

 

藤の声に顔を上げた少女は心であった。

4人分の牌をオープンにしながら練習をしているようだ。

にこやかに笑う彼女に安堵したように吐息が漏れる。

 

「遅れてごめんよ、ちょっと麻雀部と勝負してたんだ…。」

 

「そうでしたかぁ…藤先輩が遅れてくるなんて珍しいなぁって思ってましたよ。」

 

静かな道場に鈴のような心の声が響く。その言葉に一度小さく傀が頭を下げれば対面に座る。

傀の予定とは心との麻雀だった。

ジャラジャラと二人で麻雀牌を混ぜながら手積みしていく。

慣れたように2人とも自分の目の前に山を積めば、13枚の牌を手牌に並べる。配牌に眼を通せば2人とも即座に理牌する。

 

「…上手くなったね…。」

 

「そうですかぁ?」

 

1対1で牌を切りながらお互いの河に、手牌の出る位置に意識を向ける。口べたな傀なりに対話しようとした結果がこの2人麻雀だった。

彼女…心とのこれが始まったのはまだ4月のころ、部活どころか学校も休みがちなことを彼女に尋ねたことからだった。「神社の管理があるんですよぉ」という返事に首を傾げた彼は顧問の代理四世に事情を聞いた。

 

両親と死別し引き取ってくれた祖父母も満足に体を動かすことも出来ず、祖父母の神社の管理を彼女が一人ですることとなったのだ。

 

それを聞いた傀は彼女のことを気に掛けるようになったのだ。

 

口べたなりに彼女に話し掛けて、少しでも…少しでも…彼女の傍にいようとした。

最初は憐憫だったのかもしれない。同情だったのかもしれない。同じく両親を失った彼女への同族意識だったかもしれない。

けれど…いつしかそれは恋心へと変わっていた。

 

「最初に、君と打ったときとは別人…だと思う。」

 

「それなら…よかったですぅ。」

 

やや間延びした声で心は笑う。

そうしてゆったりと山に手を伸ばし牌をツモり、不要牌を淀みなく切る。

その一挙手一投足全てに傀は目を奪われていた。けれど声に、態度に出さない。声に出して、態度に出して…彼女との関係が終わるのが怖かったから…。

 

こうして週に数度、お互いが暇な時間を合わせて趣味の麻雀に興じるだけでいい。

傀は自分にそう言い聞かせて納得していた。

 

「…ロン…御無礼。18000(インパチ)だよ。」

 

「あらぁ…。」

 

心の切った牌を見ればパタリと手牌を倒す。それに心はふむ、と声を漏らして点棒を渡す。

彼女の心は揺れない。けれどそれでもいい。点棒を受けとる時、指先が触れあう。ときり、と胸元が暑くなる。

 

「……もうこんな時間だね。今日はこれくらいにしておこうか。」

 

胸に沸いたざわめきを掻き消すように手首の腕時計を見やれば話題を逸らす。

日は沈み、そろそろ暗くなろうという時刻であった。

卓の隅に牌を整理して寄せる。

 

「…最近は物騒だ。送っていくよ。」

 

「はい~、お願いしますぅ。」

 

日が傾いて徐々に暗くなっていく中、2人は道場を出る。

2人のアスファルトを叩く足音が小さく響く。口数少ない傀と自分から多くを話さない心には会話という会話が少ない。

けれど、傀はそれを居心地が悪いと思うことは不思議となかった。

二言三言と言葉を交わしてはまた静寂に戻り、暫くしてはまた小さく言葉を交わす。

そうこうしていれば、心の家へとたどり着く。

彼女の家は神社の横に建てられた社務所のような小さな家だ。

 

「では藤先輩、また明日ですねぇ。今日も送っていただき、ありがとうございます~。」

 

「気にすることはないよ。じゃあ、また明日。」

 

彼女の家を後にすれば、傀は自分の屋敷へと歩みを進める。

考え事をしながら歩けば直ぐに見えてくる。彼の家は和風の造りをした大きな屋敷だ。

江戸時代から続く由緒正しい鍛冶師の家系で、今は祖父が家名を継いでいる。

門を潜り敷地に入れば偶然ばったりと出くわした青年が傀に頭を下げて出迎える。

 

「お帰りなさい、若。今日は遅かったスね。」

 

「あぁ、少し野暮用でね。お祖父さまは?」

 

青年は藤家に泊まり込みで修行している見習いのテツだ。見習いとして修行しながら家のことを手伝っている…謂わば家政夫のような存在で、両親のいない傀にとっては親代わりであり、兄貴分でもある、そんな存在だ。

“野暮用”と聞けばテツは少しニヤニヤと傀のことを見ながら、質問に答えようと口を開いた。

 

「師匠なら大奥さまと一緒に縁側で休んでるッスよ。」

 

「そうか…もう夜は冷えるからほどほどに、と伝えてくれるかい?」

 

「もちろんッスよ。」

 

傀の頼み事を快く了承したテツはニコニコと微笑みながらすっと両手を差し出した。

それを見た傀はふぅ、と少しだけ息を漏らせば左手に持っていた通学鞄を渡す。それを丁寧に受けとればテツは傀の隣を歩いて着いていく。

 

「それで若、まだ告白はしないんスか?」

 

「……はっ?! お、おまっ!何を…!!」

 

テツの言葉にバッと傀は反応する。色白なせいか耳まで赤いのが非常に分かりやすく、それを隠すように傀は耳を手で押さえていた。

 

「冗談スよ、若がめちゃ奥手なのも知ってるスから。でも、ちゃんと伝えられるって時に伝えとかないと後悔するっスよ?」

 

「……、分かってる…。」

 

少しの沈黙のあと傀は小さく頷いた。まだ耳は赤いままだが、表情はいつもの冷静なそれだった。

その表情にテツもニコッと微笑んで背中を叩く。

 

「大丈夫っスよ、若なら!」

 

「…ありがとう、テツ。」

 

頼もしい兄貴分に笑顔を向ければ、そのまま自室に入る。

そのまま部屋着の作務衣に着替えれば小さく息を吐いた。

 

「……告白…か…。」

 

ぽそり、と呟けば部屋の中に言葉が消えていく。テツに言われた言葉に、ぐるぐると形容出来ない感情が胸を掻き回すようだった。

食事を摂ろうとも、熱い湯船に浸かろうとも、その思いが消えることはなかった。

今の、ささやかな日常のなかでの彼女との日々が幸せだった、そんな傀は決意する。

この緩やかに続く日常のなかで、彼女にいつか告白しようと。

 

けれど彼が望んだ緩やかな日常の連鎖は、脆くも、そして突然に崩れ去った。

 

 

 

 

 



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ココロに咲いたフジの花 【後編】


ココロに咲いたフジの花 の後編になります。


 

目が覚める。けれど、視界に写ったのは自分の部屋とは全く違う場所。

潔癖という言葉を通りすぎるほど、清潔感に溢れた純白の世界で目が覚めた。

ここはどこなのだろうか、そんな当然の疑問と共に恩師から教わった言葉を口にする。

 

「今回はクローズドか…。」

 

ぼそりと掠れた声は広い部屋の中へと響くことなく消えていく。

そして覚めた頭を回すためにも視界から可能な限り情報を得ようと周りを見れば、驚愕に目を見開いた。

隣にいたのが骨喰心だったから。

顔にこそ出さないものの、心臓が跳ね上がらんばかりだった。

 

その場にいた全員が起きれば何が起こっているのかのすり合わせ。

状況を整理すればするほど、頭のなかは糸のように絡まっていく。

ついさっきまで、自分の部屋で寝ていたはずなのに…

どうして…という疑問すら陳腐に感じてしまう。

 

それから急に始まった冒険劇に傀は不思議と高揚していた。

先生の言っていたことは眉唾などではなく現実に起きるものであったこと。

期せずして心と共にいれること。

不謹慎ながらもわくわくしている自分がいることに、傀は自分で少し驚いた。未知の連続、知らない世界の知らない常識に戸惑いながらも少しずつなじんでいた。

夜になり、異世界でも同じように休もうと眼を閉じる。

 

時刻は午前2時、就寝からものの数時間で彼は目を覚ました。

強烈な揺れにはっと起きれば急いで部屋を出る。

心の無事を確認すればほっと胸を撫で下ろす。だが、次に続く警報とアナウンスに彼の気は臨戦へとスイッチした。

何かの危険が迫っていることを告げる警報、そして何かが起こっているのであろうことを知らせるアナウンス、ここが安寧のない異世界なのだとまざまざと本能に告げてくる。

 

そこからは必死だった。怒涛だった。

恩師が言っていた怪物を薙ぎ払い、自分を拐った男の家へと連れ込まれる。

 

その男から結婚を申し込まれたかと思えば、不気味な材料で作った食事を振る舞われた。

 

そして三人で寝ることになったとき、自然と男と心の間に割り込むように提案しようと口が動いた。

 

 

これまででも濃すぎるほどの冒険だった。

 

その時、藤は決意した。この異世界から無事に帰れたら、心に自分の想いを伝えようと。

 

そして…決着がついた。全ての元凶を打ち倒し、ようやく元の世界に帰れると、ほっと一息ついた。気を抜いてしまった。

命のやり取りが終わったから、と警戒を全て解いてしまったのだ。だが、それがいけなかった。

 

「藤先輩…」

 

不意に背後から心の声がする。安堵と共に無造作に振り返ろうとしたとき、傀の首に鈍い衝撃が走る。

どす、という生々しい音と共に彼の首筋には心の手刀が打ち付けられていた。その痛みに、衝撃に、意識を刈り取られた傀は朦朧とするなかで彼女を見る。

顔が見えない、けれど、はっきりと声が聞こえた。

 

「大好きでしたよ」

 

と。

薄れていく意識のなか、傀ははっきりと心の言葉を聞いた。

そこで傀の記憶が途切れる……

 

 

 

「……っ!」

 

はっと飛び起きる、意識が覚醒する、急速に頭が冴える。

気を失うまでの記憶が鮮明に流れ込んでくる。それが夢ではなかったことを彼に告げていた。

嫌な予感が脳裏を過り、心臓が早鐘を打つ。震える手を押さえながらスマートフォンを操作し、電話を掛ける。

 

呼び出しのコール音が何度も何度も繰り返し鳴り響くが一向に出ない。

不安を抱えたまま、作務衣からいつもの服に着替えれば靴を履き替えて外に飛び出る。

 

「心…っ、くんっ!」

 

不安に押し潰されそうなほどに脳裏を嫌なヴィジョンが過っていく。

それを薙ぎ払うように傀は必死に走った。だがその時不意に傀の鼓膜を聞き覚えのある単語が震わせた。

“センタードーム”

傀が冒険してきた場所、命のやり取りをした場所。

それと同じ名前が街頭テレビから聞こえてきた。つい、足を止めてそのニュースを見やれば、つい先日にそれが完成したのだという。

 

もしかして、もしかしたら、心もこのニュースを見ているかもしれない。

 

そんな一縷の望みにすがるように傀はニュースで見た場所へと走り出した。肺が痛む、呼吸が苦しい、けれど傀は足を止めない。

 

「はぁ…はぁ…、心、くん…は…」

 

ニュースで見た場所、センタードーム建設予定地にたどり着けば肩で息をしながら周りを見渡す。

見覚えのある顔が2つ、あのものぐさ神主と白髪のボディガードの2人だった。そこに、心の姿はなかった。

 

「あ、どうも…」

 

白髪の女性、アセビが声を掛けてくる。その隣には神主の神谷もいた。

その2人に掠れた声ですがりつく。

 

「心くん、は…、心くんは…? さっきから連絡がつかないんです…!」

 

その言葉に2人は目を逸らす。そんな態度にガチガチと歯が鳴り、身体の震えが止まらない。

瞳孔が開く、呼吸が荒れる、寒気が走る。嫌だ、聞きたくない…止めてくれ…、そんな言葉が口を出そうになる。

 

「彼女は…残ったよ。」

 

その言葉に目の前が真っ暗になった。

残った…、もう会えない…、どうして…、そんな黒い感情が胸を鷲掴みにして離さない。

涙が止めどなく溢れそうになる、そこへ現れた男がいた。

あの男、元凶とそっくりの男だった。

 

「こいつさえ、いなければ……!」

 

赤黒い感情が腹の底から沸いてくる。腰に佩いた刀に手を伸ばす。

斬り殺そうと、胸に沸いた感情に任せて刀を引き抜こうとすればアセビがそれを力付くで止めてくる。

こいつを殺してもどうにもならない、そんな言葉を神谷とアセビが投げ掛けてくる。

 

そんなことは、傀も分かっている。

ここでこの男を殺したところで、心は帰ってこない。

けれどそんな理性で押さえ付けられるほど、傀の胸に沸いた感情は18歳の彼にはそう制御の容易いものではない。

 

 

 

「ぁ、あぁ゛…ぁ゛ぁ……っ!!」

 

アセビや神谷たちと別れた後で、傀は泣いた。潰れた喉から掠れた叫びを、雄叫びをかき鳴らしながら…。

どうして伝えなかったのだろう、どうして彼女を無理やりにでも連れ戻そうとしなかったのだろう、そんな後悔ばかりが募る。

 

だが、どれだけ後悔しても心はいない。何百、何千、何万時間も先の彼方未来の世界にいる。

 

悔やみながらも、胸を擂り潰されそうになりながらも傀の足は動いていた。

ふらつく脚が向かう先は心の家、九重神社だった。

 

からり、と戸を開けて彼女の家に上がればそこには死んだように眠る心の姿があった。

 

「…っ、心、くんっ!」

 

その彼女の姿を認めれば傀はがくりと膝を着いて踞る。

後悔の念が彼の心を押し潰す、想いを伝えられなかった悔しさに歯を喰い縛る、彼女がいないという事実に胸が締め付けられる…。

声にならない叫びをあげながら、傀は彼女の手を握りしめる。

脈がある、まだ暖かい。まだ心は生きている…、でも、もう二度と微笑むことはない、彼女の優しい笑顔が自分に向けられることなど、もう一生ないのだ。

その事実がまた傀に重くのし掛かる。

 

「っ、あ゛ぁ゛…っ、なんで…どうして…っ!!」

 

胸の奥からつんざくように這い出る慟哭、だが彼は立ち止まらない。

止めどなく溢れる涙で視界がぼやける。頬を伝う涙を拭いながら、傀はスマートフォンを取り出せば電話を掛ける。連絡先は病院だった。

 

恩師からの指導の賜物か、傀の行動は早かった。

病院へ連絡し、心を意識不明の患者として搬送してもらう。

次に心と自分の部活の顧問である代理四世へと連絡した。

 

 

 

 

「ボクは…どうしたら、いいのでしょう……」

 

病院のロビーで傀は隣に座る恩師に問い掛ける。

心は意識不明として入院となった。それを見届けた傀は、これからどうしたらいいのか、悩んでいた。

 

「どうしたいんですか、君は。道は君の前にしかありません。」

 

「…ボクは…、ボクは……」

 

同情することなく代理四世の言葉は傀へと投げ掛けられる。

他人にすがることなく、自分で考え、自分の足で立てと、そう告げるようであった。

厳しくも優しい恩師の言葉に傀は泣くのを止めて、立ち上がる。

 

「先生、ありがとうございます…!」

 

立ち上がり、自身に渇を入れるように藤は頬を掌で張る。

決意が固まれば判断も行動も早かった。

心の祖母へ直談判、入院している彼女のことを任せてもらえるようにと頼み込み了承を得る。

 

その日、傀はある決意を元に家へと帰る。

まだ日が沈む前の時間、門を潜ればいつものようにテツが出迎えた。

 

「若、お帰りなさいっ…ス…?」

 

「……あぁ、ただいま。お祖父様は…?」

 

顔が固く基本的に無表情の傀ではあるが付き合いが長ければ何となく雰囲気から感情が汲み取れる。

子供の頃からの付き合いであるテツならばそれこそツーカーの仲だった。そんな彼は傀の雰囲気に気圧され、言葉尻がすぼむ。

 

「お師匠さま、なら…鍛治場にいるっス…」

 

「そうか、ありがとう…」

 

テツの言葉に傀はつかつかと鍛治場へと足を進める。熱の籠った鍛治場からは傀が幼少から馴染んだ匂いが立ち込める。

その中に、その人物はいた。

 

その人物は藤 厳蔵(げんぞう)、傀の祖父にあたる人物であり、幼少に両親を亡くした彼にとっては育ての親にもなる。

齢60をとうに越えているというのに、その背筋は真っ直ぐと伸び、鋭い眼光は威厳を感じさせる。

節くれだった手には鎚が握られ、鉄を打っていた。

 

その厳蔵に傀は足を進めて近づいていく。

 

「お祖父様、話がございます。聞いて頂けますか?」

 

傀の言葉に彼は鎚を傍らに置けば座っていた場所からそのままに振り向いて向き合った。

それに傀は半足を引いて正座する。

じろり、と鋭い厳蔵の目が傀を射抜く。まるで飾った言葉など不要と威圧するかのようだった。

 

「お祖父様…、傀は道を、自らのやりたいことを、真の道を見つけることが出来ました…」

 

「……そうか…、その道とはなんだ、言ってみろ」

 

厳蔵の言葉はずしりとその場の空気を重くする。まるで鉛を溶かして流し込んだように、動くことすら憚られるような、そんな雰囲気が漂った。

だが、それで揺らぐようなほど傀の決意は柔くない。

 

「胸中の奥底より惚れた女性の居場所を作りたい…いえ、守りたいのです!」

 

「…ほう」

 

傀の言葉に厳蔵の目はより鋭さを増す。彼の言葉にどんな意味があるのか、それを汲み取ったのか老人とも思えぬ雰囲気が背中から漂い始めた。

 

「故に、故に傀は藤の家業を継ぐことは出来ぬかもしれません……!

藤の家名、ここに閉ざす不孝をお許しください…、お祖父様…。いかぬとならば、勘当なさっても構いません…!」

 

背筋を伸ばしたまま傀は頭を下げて土下座する。

その姿を厳蔵はじっと見つめていた。

 

幾らの時間が過ぎたであろうか、沈黙に包まれた空間が一言、厳蔵の言葉によって弛緩する。

 

「傀、頭を上げろ…。」

 

「は…!」

 

許しを得れば頭を上げ、背筋を伸ばしまた厳蔵の目を見つめ返す。

退くことはない、と決意の籠る瞳に嘘偽りはどこにもなかった。

 

「…本当にその道でよいのだな…?」

 

「はい! 先ほどの言葉に嘘偽りなく、これを道として定めました!」

 

威圧感溢れるその瞳に射抜かれても、傀の身は、心は揺るがない。

数秒の沈黙の後、厳蔵は背を向ける。

 

「心にそう決めたのなら、好きにしろ。…だが、勘当はせん。家族の縁など切るものか。」

 

「お祖父様…!」

 

「だが……それを途中で投げ出すことは許さん。肝に銘じておけ。」

 

「…はい…っ!」

 

祖父の許しを得れば傀は今一度頭を下げ、鍛治場を後にする。

 

 

それから暫しの時が流れた。

九頭竜高校の近くにある小さな神社、九重神社。少し前に管理者が意識不明となった場所。

そこへ2人の女子高生らしき人物が訪れた。

 

「ねぇ、やめよーよ…いくら学校から近いからってさ…」

 

「いやいや…だからこそだって。廃神社や廃寺を巡ってそれを纏めれば布袋先輩に褒めてもらえるって!」

 

そんな会話をして境内へと足を踏み入れた2人はあれ?と首を傾げる。

境内が荒れていなかったからだ。

 

「あ、あれ?落ち葉1つもない?」

 

きょろきょろと周りを見渡す2人にじゃり、と玉砂利の音を鳴らして近づく人物がいる。

 

「参拝の方ですか?」

 

掠れた声の持ち主は優しい声でそう呼び掛ける。

 

「え、あ、あれ…この神社って、管理者がいないんじゃ…?」

 

「あぁ、ボクが新しい管理人の藤 傀と申します。」

 

そう告げる彼の目は前を向いていた。

 

もし、彼女が帰って来たときに居場所がなかったら…そう思った彼は九重神社の管理人を務めることにした。

 

大好きな彼女を待つために

 

フジの花は神社に咲いた。

 

 

 

 



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生徒指導の西先生

 

九頭竜高校生徒指導主任兼体育教師、西ローランド先生はゴリラ・ゴリラ・ゴリラの愛称で生徒たちから親しまれている。

そんな西ローランド先生は今、書類とにらめっこしていた。

今は3月、彼の手元の書類は新入生たちの一覧だ。

個性の暴風雨、個性のスラム街こと九頭竜高校には毎年多くの新入生がやってくる。

生徒指導の西はそんな新入生たちの顔と名前を入学初日から覚えることを自分へのルールとして定めていたのだ。

顔と名前、クラスを覚え、5月になるころにはどの部活にいるかもきちんと覚えているのが彼のすごいところだ。

 

どんな時も生徒のことをきちんと名前で呼ぶ彼はあまり表には出ないが生徒たちから慕われている。

ゴリラ、ゴリ先、ゴリラゴリラゴリラ、これらはかつての彼の教え子たちが名付けたあだ名。親しみを込めてつけられたあだ名が生徒たちの間で受け継がれて、今でもそう呼ばれているのだ。

それを西は呼ぶな!とは言わない。生徒たちからの愛称だから、と受け入れていた。

 

「1年…A組…通谷千鶴…、実家は…ほう、居合道場なのか。ってことは、古武術部にでも入るのか…?次は…」

 

ずずずとコーヒーを啜りながら、生徒たちの書類1枚1枚に丁寧に目を通して頭にストックしていく。

名前間違いも記憶違いも絶対に起こさず、初対面から気さくに名前で呼び掛けるのが彼のポリシーだ。

 

「今年も個性の嵐だなぁ・・・。」

 

コーヒーカップをソーサーに置いた西先生はさっきまで眺めていた書類を思い返して染々と呟いた。

今の2年も3年も、入学当初から問題児ばかりだった。

 

在学中に学術論文を雑誌に投稿する生徒も入れば、作家デビューする生徒もいる。

まともかと思えばドレス姿で廊下を闊歩する者や常に腰に刀を差している者すらいる。

 

一般的な学生像とは遠くかけ離れた九頭竜の生徒たち、けれども西は彼らを嫌悪したことは一度もない。

 

それらが彼らの大事な「色」であることを知っているからだ。

“普通と違うぞ”、と、そう言葉で否定するのは簡単だ。けれどそれをして彼らに残るのは何なのか、ただ自分を否定された、という事実しかないじゃないか。

だから西は説教こそすれ、否定はしない。

ダメだ、と頭ごなしに言うのではなく、危ないから、と。

 

「今年もやり甲斐があんなぁ、おい。」

 

よしっ!ともう一度自分に喝を入れてまた書類に目を通す。

あと何十、何百といる生徒たち1人1人と向き合うために。

 

彼の名前は西ローランド、九頭竜高校の頼れる生徒指導だ。

 

 

 

 



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伏木野と有栖川

 

 

有栖川(ありすがわ)アリスと伏木野(ふしぎの)(すばる)と言えば、九頭竜高校で知らない者は少ないほど有名な2人組の1つである。

 

九頭竜高校社交ダンス部は、かつては世界選手権にも出場した経験のあるマダム・レベッカによる本格指導で有名な部活である。

社交ダンス部で3年間磨かれ、トップとも言われる2人は校内外問わずにファンクラブが存在する。

 

 

そんな2人の出会いは、彼らが小学生の頃まで遡る。

2人の通うこととなる社交ダンスクラブ“モダン”が彼らの出会いの場所であった。

アリスは実家の教育の一環で、昴は親の趣味が高じて通うこととなったのだ。

 

 

「はじめまして、伏木野昴って言います…!」

 

「今日からここで皆と学ぶことになった昴くんです。仲良く、一緒にダンスをしましょう!」

 

ダンスクラブの初日、前から通っていたメンバーを前に緊張した面持ちで頭を下げる。

そんな昴に拍手をして面々は歓迎した。サラサラとした艶のある茶髪に、優しい顔つきとまるで王子様のような昴に女の子たちは早速そわそわしていた。

 

その日、昴は同じクラブの子たちの自己紹介攻めに遇い、全員の顔と名前を覚えるのに四苦八苦することとなる。引っ込み思案だったこの時の昴にとって自分からぐいぐいと来る自信満々な彼女たちはやや苦手に部類であった。

むしろ「有栖川アリスよ、よろしくね。」の二言だけで済ませたアリスの方がよっぽど気疲れしないほどである。

 

この時、アリスと昴は2人とも身長が伸び始めていた。

昴はまだそれほど目立つと言うほどでもなかったが、アリスは同性どころか男子の中に混じってもそう埋もれることのない背丈へと成長を始めていたのである。

 

2人が出会ってから1年、中学に入学すると共に2人の身長とダンスの腕前はめきめきと伸びていった。

2人が中学2年生になる時には昴は180センチ、アリスは173センチとすっかり大きくなっている。

周りから頭1つ抜けるほど背が伸びた2人は、“モダン”の中でも際立っていた。

 

 

中学生の昴は悩みを抱えていた。悩み、というよりはコンプレックスかもしれない。

成長期からかにょきにょきと背が伸びているのだ。

この前の学校の身体測定で180センチ、だったのだが今測れば183センチとなっていた。

肩幅がそこまで広い訳でもなく、大きいと言うよりも長いという印象を与える彼は周りからつけられるあだ名も相まって少しコンプレックスを抱えていた。

 

「はぁ…なんでこんな伸びちゃったかなぁ…」

 

周りも悪気があってあだ名を着けた訳じゃないのは分かっている。自分への好意や親しみから着けてもらえているから、それ自体に悪感情がある訳じゃない。

けれども、ひょろりと長い手足、それを見るたびに「…男らしくなりたいなぁ」と溜め息を吐くようになっていた。

 

“モダン”に通っていてもそれは割と顕著であった。

そんな悩みを抱える彼に凛とした声が掛けられる。

 

「何を暗い顔をしてますの? 辛気臭い」

 

「有栖川さん…えと、えと、あはは…」

 

ピンと背筋を伸ばして真っ直ぐな視線を投げ掛けるアリスに昴はえぇと…と言葉を濁す。

そんな彼の態度に何かを察してかアリスは一息吐くとまた口を開いた。

 

「貴方のその長い手足は長所よ。ダンスを嗜む私からすれば動きを大きく見せられるそれは羨ましい限りなのよ。」

 

「え、えと…」

 

「胸を張りなさいな。私と同じダンスクラブに通ってるのだから、しゃんとなさい。」

 

戸惑う昴を横目にアリスは言うだけ言うとコツコツとハイヒールの音を響かせながら彼の目の前から立ち去って行く。

その後ろ姿を昴は見送るしかなかった。

 

 

 

 

ある日、アリスが“モダン”でペアを探していた時のことである。

 

「えーと、アリスさん…俺だと背が合わないと思う…」

 

「俺も…たぶん足引っ張っちゃう…」

 

「……そう…」

 

173センチのアリスは、衣裳のヒール込みであれば同年代どころか高校生の中でも背を抜いてしまうほどだ。

それ故に気遣いのつもりで男子たちは彼女とのペアを断っていた。周りも気を遣ってくれているんだ、と彼女自身も分かっている。

分かっているけれど…納得出来るほど大人じゃない。当然だ。まだ14歳なのだ。

 

「…ただ踊りたいだけなのに…」

 

ドレスの裾をぐっと掴みながら俯く。小さな呟きはダンスホールに流れる音楽に掻き消されたのか、誰も反応しなかった。

そんな時、アリスに声を掛ける人物がいた。

 

「えと、有栖川…さん? ボクと踊ってくれない?」

 

おどおどしつつも優しく響く声の主は昴だった。

180センチのひょろりと伸びた長身の彼は、どこかぎこちない笑顔を浮かべながらそこにいた。

 

「私と…?」

 

「う、うん…ダメ、かな?」

 

視界の滲む目元を擦り顔を上げれば目があった。

優しい目に遠慮を湛え、けれども他の男子のようなそれとは違った感情の籠った瞳に、思わずアリスは手を伸ばす。

 

「なら、リードしてくださるかしら?」

 

「う、うん…よろこんで」

 

差し出された手を緊張の色を浮かべながら握ると、昴は小さく微笑んだ。

初めて“モダン”で2人はペアを組んで踊る。

流れる音楽に合わせて2人は息を合わせて優雅にステップを踏む。

 

(…基本に忠実…、堅実で真面目なのね。…踊りやすいわ)

 

初めてペアを組むと言うのに、アリスはその踊りやすさに驚いた。

一度も合わせていないはずなのに、昴のステップが、リードが馴染むことにびっくりした。

 

(…今までの誰よりも踊りやすいかもしれないわ。)

 

手を繋ぐ2人、アリスの視線は目の前で緊張の色を浮かべる昴へと向けられている。

そして曲が佳境へと向かえばヒートアップしていく。昴も緊張が薄れ、楽しむ顔へとなればそれに応えるようにアリスも熱が入る。

そして曲のフィナーレと共にダンスを華やかに終える。そんな2人のダンスに周りは手を止めて見いっていた。

 

「ありがとう、有栖川さん…楽しかったよ…」

 

「こちらこそ、ありがとう。とても楽しかったわ」

 

肩で息をしながら昴は優しく微笑んだ。その笑顔にアリスも笑顔で応える。

そんなアリスに昴は息を呑んでから言葉を続ける。

 

「これからも…有栖川さんと踊りたいな…。いいかな…?」

 

昴の言葉を聞いたアリスは目を点にして数秒だけ言葉に詰まった。けれども、直ぐに右手を差し出す。

 

「いいわ、貴方に私のパートナーになる権利をあげるわ」

 

「…ありがとう、これからよろしくね。有栖川さん。」

 

差し出された手を右手で握り返した昴にアリスは微笑みながら首を左右に振る。

 

「アリス、でいいわ。これからパートナーなのだから。私も昴って呼ぶから」

 

「…うん、分かったよ。アリス」

 

がっちりと手を繋いだ2人はお互いの目を見つめてた。

 

 

パートナーとなった2人、その後は色々とあった。

パートナーになってから初のダンスの大会、“モダン”に特別講師に来たマダム・レベッカの指導と九頭竜高校への勧誘、本当に色々とあった。

中でも、昴の両親へのワガママがかなり派手だった。

 

アリスというパートナーへ合わせる為に、茶髪を染めたいというワガママだ。

これには彼の母親がもう反発、“あのキレイなさらさらの茶髪を染めるなんて!”とわんわん泣いたという。

その場にアリスも立ち会って、2人で説得してどうにか許しを貰えたらしい。

 

そうしてなんやかんやを2人は乗り越えてきた。

パートナーになってから早数年の歳月が流れ、もう高校3年生…

2人は九頭竜高校社交ダンス部のダンスホール、「灯明館」の真ん中に立っていた。

 

「アリス、ボクと一曲…」

 

「もちろんよ、昴」

 

観衆の耳目が集まる最中、2人は手を取り合う。

 

唯一無二のパートナーとして

 

曲に合わせて優雅に踊る

 

 

 

 



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口が裂けても言えない想い


NPC 口咲華恵のキャラ設定に踏み込んだ短編になります。

ご注意を


 

 

九頭竜高校2年生、口咲華恵は「口裂け女」である。

それを知っているのはたった2人、彼女の化粧を担当している演劇部のメイクアップアーティストの伏城リリィ。そして九頭竜高校の保険医である時任翔太だけだ。

 

 

 

「口咲さん、今日はもう帰って大丈夫だよ。」

 

「え、でも…まだお仕事があるように見えますけど…」

 

時刻は19時30分、もう日は沈み夜と言える時間だ。

時任は書類を引き出しの中にしまうとキャスター椅子からくるりと降りる。

 

「もう暗くなるからね。送ってくよ。」

 

「え、で、でも…」

 

鞄を手に持てば帰り支度が完了したと目で合図する。

身長の差からか自然と時任の目線は上を向いて華恵を見つめていた。 

 

「いいから、帰るよ。最近なにかと物騒なんだから。」

 

“仕事なんてまた明日やればいいんだから”と時任は華恵に手招きをする。

保健室の戸締まりを終えれば、車のある駐車場へと2人は向かう。

時任の車はジープ・ラングラー、小柄な時任に不釣り合いなゴツい車だ。

“よっ”と言いながら勢いを着けて運転席に乗り込むと、助手席を開ける。

 

「乗りなよ。近くまで送ってくから。」

 

「は、はい…!」

 

助手席に乗り込むとすぐ隣にいる時任に視線が移る。

広く大きな運転席に座れば余計に彼の小ささが際立つ。

脚を伸ばしてペダルに足を乗せればエンジンを掛けて車を走らせる。

 

「……」

 

「……」

 

2人とも無言のまま車で夜を駆ける。運転に集中しているのか時任はじっと前を見つめていた。

そんな彼のことを横から静かに華恵が眺める。

 

「あ、あの…時任先生」

 

「ん?どうしたの?」

 

話し掛けられれば目線を前から逸らさずに意識の半分を会話に向ける。

 

「えと…やっぱり、なんでもないです…」

 

「…ん、そっか」 

 

言いそうになった言葉を飲み込めば時任は視線を一瞬だけちらりと華恵に向けて、また前を見る。

そうしてとある路地のところに差し掛かれば車を止めた。 

 

「気をつけてね。また明日」

 

「はい、先生…! ありがとうございます」

 

ニッコリと微笑んで運転席から手を振る時任に華恵はドキリとしながら頭を下げる。

華恵を下ろせばまたエンジンを鳴らして遠ざかっていく。その後ろ姿を華恵はランプの灯りが見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 

1人になれば思い返すのは時任との出会いのこと。

怪異でありながら学校に通う華恵、まだ入学したての1年生の頃の話になる。 

 

その頃の華恵は不慣れなメイクで耳まで避けた口の縫い跡を隠していた。

サイドから垂らしたボリュームのある髪の毛で上手く誤魔化しているものの注意深く見ればすぐに違和感に気づくくらいのものだ。だから華恵はバレるんじゃないかと、怯えながらも明るく振る舞って日々を過ごしていた。

 

「いた…っ」 

 

ある時、プリントの端で指先を切ってしまったことがある。

そこまで深い傷ではないがクラスの友達の勧めもあり、保健室に向かうことにした。

 

「失礼しま~す…」

 

「ん、いらっしゃい」

 

かららと戸を開ければふわりと消毒液の匂いが漂う。

保健室の中にいたのは中学生にも見える、白衣に身を包んだ少年だった。

けれどここに通っている生徒は知っている。目の前の少年は実は成年済みで、なんならこの九頭竜高校の保険医であることを。

 

「あの、指を切っちゃって…」

 

「なるほどね。消毒とかもしちゃうから、そこの椅子に座ってよ」

 

指を切った、と聞けば時任は応急箱を取り出して中身をがさがさと漁り始める。

ガーゼとテープ、そして脱脂綿とアルコールを中から引っ張り出せば、華恵と向かい合うように座った。

そして差し出された指先をじっと見つめながら霧吹きで水を吹き掛けて洗い、傷口を観察する。

 

「んー、そこそこ切っちゃったね…。痛かっただろうに、よく我慢出来たね…」

 

傷口をキレイに洗えばアルコールを染み込ませた脱脂綿でちょんちょんと軽く叩くようにして消毒をしていく。

あくまでも華恵が痛くないように気遣いながら。

 

「……はい、これでおしまい! ガーゼが汚れたらちゃんと張り替えること。これ予備のガーゼとテープね?」

 

消毒を済ませれば傷口に被せるようにガーゼを巻き、テープで固定する。

そして予備のガーゼを渡せばニッコリと微笑んだ。

その笑顔に華恵の胸が高鳴った。理由はわからない。でもそれが行けなかった。

頬が紅潮し、血色がよくなったのか耳まで裂けた口の縫い跡が見えてしまったのだ。

 

「…怪我してるのかい? 見せてごらん」

 

「え、あ、えと…」

 

時任の小さくて柔らかい手が華恵の頬を撫でる。縫い跡を隠す為の化粧が落ちて、その下に隠したものを露にさせた。

痛々しく耳まで裂けた口、それを普通の口の大きさに見せるように縫い合わせた大きな傷痕…

それを見れば今までの人たちは驚いて、恐怖して華恵から逃げていった。

きっと時任先生も逃げていくのだろう、と華恵は少しだけ残念な気持ちに駆られた。でも、違った。

 

「…怪我…? いやでも傷口と言うには…うーん…」

 

恐怖するどころか驚くことすらなく、じっと口元を見つめていた。

口元を見つめられることなど初めての出来事で華恵は緊張しながらその場に固まることしか出来ないでいる。

 

「…怪我のようで怪我じゃない…? 縫い跡も…? 口咲さん、君は一体…何者なんだい?」

 

「私は……、私は…」

 

真に自分を心配している時任の視線に、華恵は思わず語ってしまった。口を開いてしまった。

自分が人間ではない、ということを。時任に打ち明けたのだ。

今度こそ逃げられる、恐怖されてしまう…、もしかすればここにいられなくなるかもしれない、そんな想いが彼女の頭の中を駆け巡っていく。

彼女の告白を受け止めた時任は目を見開いて彼女をじっと見つめている。

 

「…口裂け女…あの…? そう、だったんだ…」

 

ふるふると体を震わせ、恐る恐るという風に口を開く時任であるが、しかしその声色に滲んでいる感情は今まで華恵が出会ってきた者とはまるで違っていた。

 

「そっかぁ…怪我とかじゃないんだね…? よかったぁ…」

 

ほっと安堵したように息を吐いた時任は胸を撫で下ろして椅子に座った。

そんな彼の態度にぽかんと華恵は拍子抜けとでも言うように口を小さく開いて、時任を見つめている。

 

「大怪我してるのを隠してるのかもって、ドキドキしちゃったよ…もぅ」

 

少し口先を尖らせてぶー垂れる時任だが、次の瞬間には真面目にな顔に戻っていた。

 

「えーと、口咲さんは口裂け女って言ってたよね? でも、人を襲ったりはしてない?」

 

「…はい、神に誓って言えます。襲ってません…!」

 

真剣な瞳で見つめてくる時任に華恵は頷いてから力強く返事をする。

それを聞いた時任はうんうんと頷いて微笑む。

 

「ならヨシ! 怪我の治療も終わったし、気を付けること!」

 

微笑んでから背を向ける。ふんふんと鼻歌歌いながら書類にペンを走らせていた。

そんな彼に視線を向けていた華恵は静かに頭を下げると保健室を後にする。

 

初めてのことだった。自分が人間じゃないことを打ち明けても逃げなかった、怯えなかった人が。

ドキドキと胸が高鳴る。けれども、それがどんな気持ちなのか今の華恵には分からなかった。

 

 

「先生……」

 

暗い路地で1人佇む華恵はぽつりと呟いた。

今彼女は毎日のように保健室に通っている。それは怪我をしたり体調不良だから、という訳ではない。

自分のことを言いふらさなかった、自分のことを受け入れてくれた時任への恩返しの為に仕事を手伝っているから。

 

けれど、もう1つの理由があった。

それは胸の高鳴る理由と同じ。彼のことが好きだから。

 

でもきっと報われない。

私は怪異、あの人は人間。時任先生は拒絶はしないだろう。けれど、人と怪異の恋なんて、悲劇に終わる。

 

だから私は今のままでいいの、と自分に言い聞かせる。

 

この想いは口が裂けても秘めていようと、心に決める。

 

ずっと側に、ずっと隣にいられる今が幸せだから。

 

 

 

 



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豪川文は動かない

 

九頭竜高校文芸部3年生…豪川文は売れっ子作家で、“ボク”の憧れの先輩だ。

そして“ボク”は今、文先輩のものとおぼしき手帳を拾ってしまった。この黒革で装丁された手帳は間違いなく、彼女のものだ…。

 

心臓が早鐘を打って止まらない。

あの、偉大な先輩の手帳…世間を賑わせる人気作家の手帳なんだ。

思わず生唾を飲む。この中身を見れば、もしかしたら文先輩の作品の秘密が分かるかもしれない。

読んだ人の心を引き付ける、あの魅力の秘密が。

 

 

ぺらっと(ページ)を捲る。そこには暗号のように書きなぐられた文字の羅列。

恐らく走り書きなのだろうメモの数々だが、不思議と文字は読みやすい。

文先輩の達筆な文字がページの至るところに走り書きされている。

乱雑なメモのはずなのに、すらすらと頭に入ってくる。

 

 

……頭がおかしくなりそうだ。

 

数頁捲って、そんな感想が浮かんできた。

メモには脈絡が1つもない。

脳科学、プラナリア、星の軌道、神話、俗説…そんなメモがびっしりと、しかも日本語だけじゃない。

ドイツ語、英語、中国語、他にも読み取れない言語でつらつらとメモがびっしりと並んでいる。

 

なんだ、このメモは……一体いつ、どんな作品のどんな場面で活きるのかと思えるメモがいくつも見つかる。

 

こんな雑多な内容の知識を、まさかあの人は脳内に理路整然と詰め込んでいるのか…?

どんな脳みそならそんなことが可能なんだ…

 

 

ペラペラと流し読みするように頁を捲っていけば、急にフォーマット、というか書き方が変わった。

日付が記入されてて、まるで日記…?

 

 

7月11日

なんと不思議な出来事もあるものだ、面白い

これを観察すればよりリアリティのある作品が書けるだろう

しかし、これは一体なんなのだろうか?

 

 

何かを見つけたのか…?

 

 

7月12日

ほうほう、なるほどなるほど

いわゆる…妖怪というものか、興味深い

今度書こうと思っていた作品の参考にしようじゃないか、これほど貴重な、生きた資料が手に入ったのだ 存分に活用しよう

 

 

妖怪…? 文先輩は正気、なのか…?

 

 

7月13日

ふむ……観察すればするほど奇妙な存在だ 妖怪というのはやはり我々人間の知識の範疇では計れないのだろう

面白い、実に面白い!

布袋くんに教わった知識が正しければ、これは濡女子(ぬれおなご)という怪異だろう

 

 

濡女子(ぬれおなご)…? 聞いたことがある…、え? 先輩は、その妖怪?…とコンタクトを取っているのか…?

何しているんだ…、あの人は…

 

7月14日

濡女子という怪異の性質上、純粋一途…だと言うのが分かった

布袋くんから教わった知識が創作以外で役に立つとは、なかなかどうして面白い

基本的に無害だが、死ぬまで付きまとう…か

 

 

…なんだ、なんだ…えぇ…

うぅん、この…なんだ……えぇ…、前から変人とは思ってたけど、予想の斜め上すぎる…

濡女子に付きまとわれる様子を日記に残してる、でいいのか…?

えぇ…、嘘だろ…?

ペラペラと頁を捲っていって記述を流し読みする。

お?少し記述の長い日付がある……

 

 

7月19日

ふぅん…ふむ、なるほど

濡女子…微笑み返した相手に死ぬまで付きまとう性質の怪異であり、害を与えることはない

だが、しかしそれだけとは思えない 彼女に付きまとわれることになって早1週間ばかり、無害だよ、という布袋くんの証言があったがやはり無害とは思えない…そう思えないのだ

私の身近にいる子が忠告してきた、よくない物に憑かれている、と あの子は霊感の強い子だ

その彼女が言うからには、濡女子がなんらかの害をもたらすのだろうか…?

けれどもこの濡女子の様子を見る限り、敵意や害意があるようにも思えない…

 

 

7月20日

そういうことか…しくじった…っ

あの子が言っていた、良くないものは濡女子なんかじゃぁないッ

私の身に万が一があったときの為に、やはり手記として残しておこうじゃぁないか

濡女子は隠れ蓑…、その陰に隠れていたのだ、濡れ女が…ッ

濡れ女…表記が似ているから混同する者もいるだろう…けれどその性質はまったくの別物

昔読んだ妖怪や怪異の書籍にも書いてあった

蛇の身体に女の顔を持つ怪異

これに狙われたら最後、逃げることすら叶わず殺されるらしい、ほう? 私の命を狙う、かぁ、面白いじゃぁないか

 

 

7月21日

はっはっは、私の命を狙うとはバカな怪異だ

この私の頭脳を以てすれば妖怪の1つや2つ、くぐり抜けられるさ

…退散、というよりも追い払ったに過ぎない 私の命を狙うことがなくなっただけだ

どこかで濡れ女は生き続けているだろう まぁ、私はただの作家だ。妖怪退治は専門家がすればいい

 

 

……

いや、めちゃくちゃ過ぎるだろう!!

…えぇ、いや…うん…すげぇわ…

 

俺はこの手帳の中身を見なかったことにした。

 

見なかったことにして、先輩に返した。

 

 

 



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イタズラ好きのメリーさん


巽メリーの短編ですよー


 

服飾部のいたずらっ子、巽メリーは今日も忙しい。

いつものゴスロリに身を包み、職員室の物陰からある一点を見守っていた。

その一点にいたのは彼女の所属する服飾部の顧問、西ローランド先生だ。先生が書類にペンを走らせようとボールペンの頭をノックした瞬間のこと…

 

「いっでぇぇ!?」

 

バチっ!という静電気の数倍大きな音と共に西ローランド先生が握っていたペンを放り投げる。

ジンジンと肘まで痺れるような痛みに西は椅子に座りながら唸り声をあげていた。

そんな西の様子を見ていた他の先生たちは“またですか”と苦笑いを浮かべたり、クスクス小さく笑っている。

 

「メェェリィィィィィ!!」

 

こんな事をする心当たりは1人しかいない、と西は頭に浮かんだ生徒の名前を叫ぶ。

それを聞いたメリーは物陰から飛び出すとテテテテと駆けて逃げていく。

ビリビリと痺れる腕を抱えながら西は職員室から顔を出し、廊下を走っていくメリーの背中へ叫ぶ。

 

「てめぇ!あとで呼び出しだからなぁ!!」

 

長い廊下を西の声が響く。その音を背にメリーは笑顔で駆けていく。

九頭竜高校に通う者なら1度は見たことがあるだろう、メリーのイタズラだ。

九頭竜高校の有名人、服飾部のメリーはいつもゴスロリを着ている。それが有名な理由か、と言えば一番の理由はそれではない。

 

一番の理由はこのイタズラだろう。ビリビリペンやパッチンガムなど古典的なイタズラだけだが至極楽しそうに仕掛けるのだ。

いつもニコニコ笑顔で、イタズラをしたらクスクスと楽しそうに笑う彼女に、仕掛けられた人たちは毒気を抜かれる。

 

もっとも、西ローランドという最大の被害者がいるのが大きな理由だが。

西先生があんだけのことやられてるから、これくらいまぁいいか、となるのだ。

 

「メリー、あんまやりすぎるなよー!」

 

「まーたビリビリペンの出力上げたのかー?」

 

ニコニコ笑顔を浮かべながら駆けていくメリーに、すれ違う生徒たちは笑顔で声をかける。

そんな彼ら彼女らにメリーはニコニコ笑いながら手を振り返していく。

ゴスロリのまま笑顔で駆けていく彼女の姿はとても画になるものだった。

彼女の後ろ姿を見送る彼らは釣られて微笑んでいた。

 

これが彼女がイタズラ好きで有名でも嫌われていない理由だ。

 

いつも楽しいことに全力で、けれど誰かを悲しませるようなことは決してしない。

 

彼女のイタズラは自分だけの為じゃなく誰かの笑顔の為にする。

 

落ち込んでいる人がいるなら、その人を笑顔にするために。

悩んでいる人がいるなら、その人が吹っ切れるように。

 

その為に彼女は駆けていく。

 

誰かの笑顔の為に、巽メリーは誰かの後ろに立ちにいく。

 

 

 



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好きと言ってほしいから

 

・有栖川アリスの場合

 

「ねぇ、昴…?」

 

「どうしたの、アリス?」

 

学生寮の広い談話室の一角、同じソファーに腰掛ける2人の姿がある。

手元の本に視線を落としている昴にアリスが視線を傾ける。その呼び掛けに昴は本を閉じれば、アリスへと視線を返した。

視線が重なるとアリスはニッコリ微笑み、口を開く。

 

「私のこと、どう思ってる?」

 

「どうって…えと、大切なパートナー、だけど…」

 

期待していた答えと少し違う回答が返ってくるとアリスは少し頬を膨らませ、“違うわ、そうじゃなくて”と言葉を続ける。

そんな彼女の態度に昴は小さく微笑む。

 

「好きだよ、アリス」

 

「ん…知ってるわ」

 

満足の行く答えを聞くと、当然よね、という風にアリスは頷く。

そのまま昴の隣で背もたれに背中を預けながらゆったりとリラックスする。

 

 

・伏木野昴の場合

 

「ね、ねぇ…アリス…」

 

「なにかしら?」

 

打ち合わせ中のダンスホールで、練習用の衣裳に身を包んだ2人はタオルで汗を拭きながら他のペアのダンスを見守る。

そんな時に昴が隣にいるアリスへ、視線を向けずに言葉を掛ける。

 

「…ぼ、ボクのこと、どう思ってる、かな…?」

 

不安そうに言葉を漏らす昴にアリスはふふ、と微笑んで口を開く。

 

「好きに決まってるじゃない。じゃなきゃ実家まで招かないわ」

 

「…うん、ありがとう」

 

アリスの答えに昴はタオルで口元を隠しながら小さく頷いた。

そんな彼の背中をぱんっと掌で軽く叩きながらアリスは笑う。

 

 

 

・豪川文の場合

 

「ふぅ…ふむ…」

 

月の明るい夜、文は後輩の硯と一緒に縁側に腰を掛けていた。

硯が手に持つ徳利から文の手のお猪口へと中身を注いでもらいながら常に立て板に水と言葉を発する口を開く。

 

「…誠に不本意だがね、私と君とは哀しいくらいに他人なんだよ。」

 

世間を賑わす人気売れっ子作家の文が言葉を紡ぐ。その言葉を隣に座る硯はじっと黙って聞いていた。

 

「どれほど心のうちを曝け出しても君は真に私の内側を見たことにならない。君はこの世で最も私に近い光だけれど…だがしかし、君は愛を見たかい?」

 

お猪口を片手にその中身を少しだけ口に含めば、また言葉を続ける。

 

「喉の奥まで焼けつくような、ひりつくような、承認と孤独と役割、執着性欲信仰幻視、それらを混ぜ煮込み、腐らせ、乾燥させた─そのような愛を君は見たかい?」

 

「……」

 

一息でそこまで言いきる文に硯は言葉を繋げることなく耳を傾ける。

 

「私はね、ずぅっと片想いの心地なんだ。さびしンだ……聞いているかい?」

 

「私はここで聞いていますよ。」

 

そこまで言って、ようやく硯が言葉を紡ぐ。手に持つ徳利を置いて。

ちらりと視線を文の背中へと向ければ小さく静かに目を閉じる。

 

「私の気持ちがこいつだとしたらね、こんなお猪口には収まらないさ。収まりきるわけがない。この場所は君と私の2人きり、きっと溺れるほどに─ひぁっ!?」

 

文が次の言葉を紡ぐ前に、その手を取って硯は彼女を抱き締める。

そんな硯の行動に文がすっとんきょうな声をあげるが、構わずに抱き締め続けた。

 

「水入らずの夜と、なさいましょう。……ひとまず、無粋な方はお引き取りを。」

 

じっとりとした目付きで夜闇の中に言葉を投げ掛ける硯は、腕の中で震える文の背中を撫でる。

そんな彼女の言葉に気が付かないで文はにんまりとした笑顔を浮かべていた。

 

「や、やけに積極的じゃぁないか。そうだね、暫くこうしていようか、水無月とは言え、夜は冷えるからねぇ」

 

「…そうですね。…文さん、私も好きですよ。」

 

抱き合ったまま、月を眺める。

文学少女と作家の夜を、一人知るのは月だけだ。

 

 





徳利の中身はただのお茶です


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大西シンバはかく歌いけり

今日は木曜日、九頭竜高校学園祭“九頭竜祭”の初日だ。

演劇部は毎年、九頭竜祭の時は4日間に渡り舞台公演を行うのが慣習であり伝統である。

そんな伝統ある舞台公演の初日、大西シンバは劇場“ハングマハト”の控室にいた。

 

「やっぱりメイク乗りいいね~、シンバは。てか、相変わらず肌キレイだね」

 

「小遣いの半分をスキンケアに回してるしな~」

 

控室の中でシンバはメイクアップ担当の伏城リリィによってメイクしてもらっていた。

会話の合間合間にしきりに深呼吸するシンバを見てリリィはくすくす笑う。

 

「なに笑ってんだよー」

 

「んーん? 緊張してるなーって、らしくないぞーって思ってね」

 

くすくすと小さな笑いを溢すリリィの言い分にシンバも少しだけむっとして口を尖らせた。

 

「らしくないって…演劇部の誰でも緊張するだろ…。クラーラ先輩最後の九頭竜祭公演の、1番手だぞ?」

 

20人近くいる演劇部全員の憧れであり、尊敬の対象であるクラーラは3年生、つまり今年が最後の九頭竜祭だ。そんな彼女の最後の晴れ舞台を彩る為に、部員たちの気合いは頂点と言ってもいい。

そんな舞台の1番槍の名誉を任されたシンバの緊張は今までのどの舞台よりもひどかった。

 

「大丈夫だって、シンバなら~。そういう信頼があるからクラーラ先輩も指名したんだしさ~。」

 

目を閉じながらアイラインのメイクを受けるシンバに言い聞かせるようにリリィは告げる。

どんなメイクも馴染むシンバの顔に、今日の舞台用に考案した化粧を施していく。

 

「…そう思っとく…ん…」

 

「はいはーい、ちょっとお口チャックしててね~」

 

言葉を続けようとしたシンバの口を塞げば、メイクの仕上げを行う。

服飾部に言って誂えた衣裳も相まって、普段とは全く違う雰囲気に仕上がった、

黒を基調とした燕尾服はすらっとした体型のシンバによく似合っていた。

そしてリリィの施したメイクは頬を痩せたように見せながらも、うっすらと引かれた目元のラインが鋭い目力を感じさせる。

 

「はい、かんせー!」

 

「さんきゅ……やっぱリリィのメイクすげぇな…ハリウッドじゃん」

 

「えっへん!」

 

鏡を見て自分の変貌ぶりを確認したシンバはにかっと歯を見せて笑う。

服飾部特製の燕尾服と合わせて吸血鬼に見えなくもない自分の姿にシンバのテンションは上がっていた。

 

そろそろ開演時間となればウォーミングアップを終えた身体で腰を持ち上げ、控室を出ようとする。

そのタイミングでぞろぞろと演劇部のメンバーが入ってきた。

 

「およ?」

 

「そろそろ出番でしょ、シンバ」

 

クラーラを筆頭にローズ、涼と言った面々が控室に揃う。

 

「貴方が緊張してるんじゃないかって、クラーラ先輩が励ましに来てあげたのよ? 感謝なさいね?」

 

「でもまァ、シンバ先輩の顔を見れば心配いらなかったですかネ…?」

 

ローズや涼はシンバの顔を見ると安心したように笑う。

その2人にグータッチを返せば、シンバは深紅のドレスに身を包むクラーラに膝をついて手を伸ばす。

クラーラはメイクで妖艶さを増した笑顔を浮かべながらその手を取った。

 

「私が伴奏できっちりリードするからね!」

 

「ならそれに応えてみせますよ!」

 

お互いの手を取り合いながら2人は舞台に向かう。

舞台の上にはマイク片手にスーツ姿の演劇部員が司会をしていた。

 

 

「さぁ、皆さんお待たせ致しました! 九頭竜祭公演のお時間です! 今年の演目1番目はシューベルトの魔王! ピアノ演奏は我らが部長、クラーラ・クラウス・クラナッハ!そして!独唱するは大西シンバです!」

 

司会の言葉を聞けば客席からは拍手が起こり幕が開いていく。

ステージの中央に集められたスポットライトの真ん中にはシンバがおり、その後ろのピアノの座席にはクラーラが座っていた。

鳴り響く拍手を制するようにシンバが目を閉じたまま手を挙げれば観客たちも手を止め、2人を見守る。

 

スポットライトが照らす中、クラーラがピアノの鍵盤を小さな指で弾いていく。

その演奏を聞きながらシンバは息を吸い口を開いた。

 

風の夜に馬を駆り 駆けりゆく者あり 腕に(わらべ)帯びゆるを しっかとばかり抱きけり

 

一声、彼の歌を聞けば客席の耳目全てはシンバに注がれた。

シューベルトの魔王は、語り部、父親、子、そして魔王の4役を演じ分けながら歌いあげる曲である。

朗々と響き渡る彼の声は劇場を駆け抜け観衆に訴えかける。“俺を見ろ”と。

 

坊や なぜ顔を隠すか

 

語り部とはまた違った低い声に、けれど優しさの溢れる声で歌いあげる。

そしてまた声が変わる。

 

お父さんそこに見えないの 魔王が居る 怖いよ

 

低く響く父親から打って変わって幼さの残る少年の声で。

たった短い時間に見せたその技量に観客たちは既にシンバにしか目が向かなくなった。

 

かわいい坊やおいでよ おもしろい遊びをしよう 川岸に花咲き きれいなおべべがたんとある

 

腹の底から響き渡る、威厳に満ちた恐怖溢れる声。これぞ魔王と言わんばかりの恐ろしい歌声が劇場を走る。

余りの迫力に観客たちは目を見開いてシンバを見つめる。

痩せこけたように見える彼から溢れるこの力強い歌声に釘付けになっていた。

 

坊や一緒においでよ よういはとうに出来てる 娘と踊って遊ぼうよ 歌っておねんねもさしたげる いいところじゃよ さあおいで

お父さん お父さん それそこに 魔王の娘が

 

たった一瞬の間に変わっては響く歌声。魔王と少年の声を一瞬で使い分けて歌を歌いあげる。

 

父も心 おののきつつ あえぐその子をいだきしめ 辛くも宿に着きしが 子は既に息絶えぬ

 

数分の間、スポットライトの中心でシンバは歌いあげた。歌いきった。

ピアノの演奏も終わり2人が礼をして数秒後…、ようやく演目が終わったのだと認識した観客たちが遅れて拍手を送る。万雷の拍手を受けた2人は観客たちから浴びせられる歓声に応えながらステージを後にした。

 

これから始まる公演の皮切りとして最高の役割を果たして─

 

 

 

 



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竜胆桜子の平凡な日常

 

 

「…誕生日おめでとう…? あぁ、こっちの人は京から遠いさかい…、暦が半月ほどずれとるんやなぁ。当日一言もあらへんかったから、人情まで薄いんかと思ってしもたわ。ふふ、堪忍なぁ?」

 

にっこりと微笑みながら桜子は言葉を紡ぐ。一見おしとやかに見える彼女の態度だが、その裏に隠された真意にそれを言われた相手はあはは、と乾いた笑いを浮かべていた。

 

「でも、この簪はええもんやさかい…使わせてもらうな?」

 

ニコニコ微笑みながら、桜子はプレゼントとしてもらった簪を髪に差す。

彼女の濡羽色の髪の毛に添えられた簪は目立ちすぎず、かといって埋もれすぎずの妙であった。茶室の隅に置いてある鏡に映る自身を見れば桜子は微笑みを絶やさない。

 

「ほんに、ええもんやなぁ」

 

いつも言葉をオブラートに何重もくるむ彼女にしては珍しく、手放しに誉めながら満足そうに笑っている。

 

 

 

彼女の名前は竜胆桜子、九頭竜高校の茶道部2年生で茶道部の代表だ。

たおやかでおしとやか、常に和装に身を包む彼女は大和撫子とよく言われる。落ち着いた声でやんわりとした言い回しは確かに大和撫子のそれなのだが…それ以上にその要素を塗りつぶすかのような、無自覚なトゲがある。

 

美しい外見とは裏腹にトゲのある言葉をうっすらと吐く竜胆に親しい生徒らは「毒フグ」「ミズゼリ」「キバナフジ」「九頭竜の観葉毒花」などという異名を彼女に与えている。

だが友達や交友関係が狭い訳ではない。

古武術部の藤や演劇部のローズ、社交ダンス部のフィリップと言った面々とはそれなりに親しく、よく茶室でお茶を飲んでいる姿を目撃されている。

 

「藤先輩…なんや、顔つきが変わりはったなぁ?」

 

「…そうかい?」

 

「なんや最近、神社の管理始めはったみたいやけども…無理してへん? うち心配やわ」

 

桜子の立てたお茶に口をつける藤に対して首を傾げながらゆっくりと尋ねる。

そうすれば藤はなんでもないように頷いてみせた。

 

「君から見て変わったと言うなら、いい兆候なんだろうね」

 

「なんや憑きもんが落ちたみたいやわ」

 

「…なら、よかったよ」

 

こくりとお茶を飲み干すと藤はニコリと笑う。それを見た桜子は小さく頭を下げた。

 

 

「最近、あのお調子者とはどないやの?」

 

「…別に?蓮とはダンスのパートナーってだけよ?」

 

「せやから、そのお調子者とのダンスはどないな調子やの?って聞いたつもりやってんけど…なんや別の意味に捉えたん?」

 

袖で口許を隠してくすくす笑う彼女に友人のフィリップ・ノエルはむっとしたように鋭い目付きをさらに鋭くして睨み付ける。

 

「嫌やわぁ、そない睨み付けんといて…?」

 

「…全く…」

 

はぁと小さく息を吐いたフィリップは目線を切ると椀に注がれたお茶をゆっくりと飲み干していく。

桜子の髪に光る赤い簪を見て見ぬ振りをしながら、フィリップはお茶を飲み干せば肩を竦めた。

一瞬の静寂が訪れるなか、それを破るように鹿威しの音が鳴り響く。

 

「お茶ご馳走さま。次来たらその簪のこと、聞かせなさいよ」

 

「アカンわぁ、これは胸に秘めときたいものやさかい」

 

問い詰めるからと言い残すフィリップに桜子はやんわり微笑んで返す。

同じクラスの彼女たちは少ない言葉で分かり合う親友同士だ。

 

 

なんの変哲もない日常に、桜子はほっこり笑うのだった。

 

 



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琴守あかねはくじけない

 

 

九頭竜高校オカルト部2年生にしてニア以外の唯一の部員、それが琴守あかねという少女だ。

彼女はある種の有名人でもある。“あの”布袋ニアの後輩、というどちらかと言えば悪い意味でだが。

あかねの先輩、布袋ニアを一言で言えば「自由奔放」、この4文字に尽きるだろう。そんな彼女の気まぐれに必ずと言っていいほど巻き込まれるあかねは、周りの生徒たちから憐憫の目を向けられている。

 

 

「はぁ…あともう少し…」

 

パチパチと乾いた音を鳴らす焚き火の前に座りながらあかねは小さく呟く。

時刻は夜、ロケーションは森の中、彼女は今マレーシアにいた。

キャンピング用のヤカンでお湯を沸かし、カップ麺を食べ終えれば火が消えないように見張りをしているのだ。

 

「ニアさん、目的のものは見つかりましたか?」

 

キャンプ地の近くにある太い幹の立派な樹に向かって話し掛ければ、樹上の小屋からラフな格好をしたニアがひょっこり顔を出した。

 

「それがねぇ、さっきから四方八方探しているんだが、一向に気配がないねぇ。やはり、ウソだったのかな。」

 

「インターネット掲示板の書き込みにあった、マレーシアのジャングルにモスマンがいた!なんて言うのを信じるからですよ…。普通だーれも信じませんよ?」

 

串に刺したトカゲの黒焼きを食べながら、樹上のニアに苦言を呈するあかねであったが、ニアはそんな彼女にふぅと鼻を鳴らして首を振った。

 

「それでもしほんとにほんとのことだったらどうするんだい?!」

 

「だとしても!私を拉致っていい訳ないですよね?!」

 

「私に独りでこんな場所に来いって言うのか!?」

 

「だって私いらないですよね!?」

 

焚き火の前で威嚇するようにガルルルルと唸りながらあかねはニアを睨み付ける。

そんな視線をどこ吹く風と涼しい顔で受け流しながらニアは小屋に引っ込む。

 

「と言うか、なんで私に着替えを用意する時間くれないんですかぁ!」

 

「だからぁ!下着は用意してあげたろぉ?」

 

「下着以外の話をしてるんですよ! 私いつものこれですよ?! なんでニアさんはそんな涼しそうな格好なんですか!」

 

「はぁ? 君はオカルト部なんだから常にどこにでも行けるようにしとけばいいじゃぁないか!! 家出る時はガスの元栓閉めてから出ろ!」

 

「はぁぁぁ!? 横暴じゃないですかぁ!!」

 

バンバンバン!と手元のテーブルを叩きながらあかねは樹上のニアを睨み付ける。

あかねの服装はいつも九頭竜高校に通っている時の黒と赤の服だ。対してニアは髪をポニーテールに纏め、半袖シャツで涼しそうにしている。

 

「ぉ!?あれは…!あかねくん!話は後だ!!」

 

「ちょ、ニアさん!?」

 

視界の端に何かを捉えたニアは慌てたように双眼鏡片手に小屋の中に引っ込んでいった。

そんな彼女に毒気を抜かれたあかねは溜め息を吐いてその場に座る。

火の中で枝の弾ける音を聞きながらぼーっと眺めていた。

 

琴守あかねは元々、少しオカルトに興味があるだけの女の子だった。

そして九頭竜高校に入学しオカルト部の部室に入った時、彼女の運命が決まったと言っていいだろう。

 

布袋ニアによって振り回され、1年生の時から南米やアフリカ各地を連れ回されてきた経験は彼女を強くした。

 

「…うん、あと少し」

 

ふっと一息ついた彼女は前を向いた。

 

琴守あかねは挫けない。

 

 



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電脳ヘクサと七色の薬

 

 

ごぽごぽと音を立てる巨釜(おおがま)の中で煮込まれている物を見つめながら電脳ヘクサはニコニコしていた。

今日は新作ポーションを作成をしている。

 

「ふふふ、今日のポーションは自信作!」

 

完成したことを告げるようにぼふっ!と釜の中の薬品が煙を上げればニコニコ笑顔のヘクサは中身を試験管に移し変えていく。

試験管に入れられたポーションは1680万色にゲーミング発光していた。

 

「出来た…! 発色も完璧…! 早速誰かに飲んでもらおう!」

 

んーと首を傾げながらちょうどよく飲んでくれる知り合いはいないかと思案すれば、一人だけ思い浮かんだ。

早速その人物のいるであろう場所へと彼女は走り出す。

 

「アンジェロくぅーん!」

 

「げぇっ! ヘクサ!?」

 

ゲーミング発光ポーション片手に駆けてくるヘクサを見て、アンジェロこと冴羽安十郎は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

そんな反応されてもヘクサは構うことなく手に持っていた試験管を差し出した。

 

「今日は自信作なの!飲んで!」

 

「っ、仕方ねぇなぁ…」

 

ヘクサから差し出された試験管を受け取ったアンジェロはごくり、と喉を鳴らして深呼吸する。

今までの経験から冷や汗を垂らす彼は覚悟を決めたように一気に飲み干した。

 

「っ…ぅ、おえっ、まっずっっっ!!!」

 

口に含んだ瞬間に、苦味、酸味、辛味、エグみ、甘味、その他色んな味がない交ぜになって口内に広がっていく。

どしゃりと音を立てて膝から崩れ落ちるアンジェロは白目を向いていた…。

 

「ア、アンジェロくぅぅぅん!?」

 

げほげほと咳き込みながらその場に膝をつくアンジェロにヘクサは駆け寄ると背中を擦る。

飲み干したポーションを戻すことなく胃に納めたアンジェロは息を吐くと、顔をあげた。

 

「だ、大丈夫…?」

 

「だーかーらー!だからな?! 味見をしてから来いよ!」

 

「えへ、へ…うっかり忘れちゃってた…」

 

少し呆れを滲ませた声を張りながらアンジェロはヘクサを叱る。

そんなアンジェロに対してヘクサは苦笑いして誤魔化した。

 

「俺なら何してもいいとおもってんだろ…」

 

「だ、だってアンジェロくん…いつもポーション飲んでくれるし…?」

 

手元に持っていたお茶を飲み干したアンジェロは大きく息を吐いてからヘクサに向き直る。

 

「いいか? 次からはちゃんと味見してから持ってこいよ?」

 

「は、はーい」

 

空になった試験管をヘクサに渡して言い聞かせると、ヘクサはコクコクと首を縦に振る。

にへへと笑いながら彼女は次の実験の為にも研究室に走り出す。

 

電脳ヘクサは今日も止まらない。

 

 

 



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夏なのにエアコンが壊れた学生寮の話

 

「あっづぅ~…」

 

九頭竜高校学生寮の男子棟“ロミオ荘”に誰のものともつかない声が響き渡る。

時期は夏真っ盛りで夏休みという青春の日々に、ギラギラと照りつける太陽は容赦なく日差しとして降り注いでいる。

茹だるような暑さに寮生たちは日陰でごろんと寝そべっていた。

 

「えーと…皆…、その…あんまりにもみっともないから廊下で寝そべるのは、やめた方が…」

 

あまりの見苦しさに見かねた寮長の伏木野昴が苦言を呈するものの、築地のマグロめいて日陰の床に寝転がる生徒たちは顔をあげて口を開く。

 

「いや…俺たちもさっすがにこんな、こんな死ぬほどだらけた姿を晒したい訳じゃねぇんだよ、昴……けどな? けどな?」

 

「エアコンがぶっ壊れたんだから、しゃーねぇべよ…」

 

「部屋よりも廊下のが風通し良くて涼しいのが悪いっすよ!」

 

「ロボ研の連中、全員コンテストがあるからってこんな時に限っていねぇんっスよぉ!」

 

「み、みんなの言い分も分かるよ…? でも夏場で業者さんたち予約詰まってるみたいだし…今、学校に相談して寮のお風呂を水風呂にしてもらうから、それまで辛抱しててよ…」

 

矢継ぎ早に繰り出される寮生たちの言葉に一つ一つ返事をしながら寮長の昴は苦笑いする。

この日の最高気温は35度、確かにエアコンなしでは辛い…と昴はスマホの天気予報を見ながら項垂れた。まさか寮のエアコンが猛暑で一斉に壊れるなんて、と彼は溜め息をつく。

 

 

「─って感じなんだけど、そっちはどうだい?アリス」

 

『そうねぇ、暑いけれど皆大人しく部屋にいたり、テラスやリビングにいるわ。男子寮の皆みたいに廊下でだらけたり、はないわね』

 

寮生たちの対応に一段落着けた昴は女子棟“ジュリエット荘”の寮長、有栖川アリスに電話をかける。

女子棟も男子棟と同様にエアコンが壊れてしまい、現在絶賛猛暑のただ中である。

 

『と言ってもさすがにこうも暑くてはままなりませんわね……、シャワーを解放しても1度には入れませんし…水泳部のプールは彼らの邪魔になるものねぇ…』

 

「んー、日が傾いてから、なら…少し提案が。」

 

『あら、妙案が?』

 

「うん…今写真送ったから見てみてよ」

 

ピロンと着信音がなればアリスはアプリを開いて昴から送られてきた写真を見る。そうすれば小さく口角を上げて微笑んだ。

 

『いいんじゃないかしら。夏らしくて』

 

「ちょうど近所で夏祭りみたいだし…夕涼み…って感じで。祭りの中なら皆暑さも忘れられると思ってさ」

 

『いい案ね、早速告知してくるわ』

 

そのあと二言三言ばかりの言葉を交わせば2人は通話を切る。

その後夕方になると男子寮女子寮の寮生たちほとんどが祭りに出掛けていった。

 

何人かがグループからはぐれ、人混みへと消えていったのは内緒の話だ。

 

 



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