その石に名前をつけるなら (ノルチェ)
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いい子量産計画

夢を見た。棒を振る子供の夢。子供が成長して大人になって死ぬまで棒を振る。そんな夢。

 

 「またこの夢かぁ」

 

 柊木ケントは目覚めたベッドの上でため息をついた。物心ついた時からたまに見ているこの夢は夢にしては鮮明で長く、そのせいか目が覚めるとものすごい頭痛に襲われる。今日もそうだ。

 

 「うぅ……かぁさん、薬ちょうだい」

 

 もぞりと起き上がるとリビングの母の所へ向かう。ひどい痛みに歩く振動すら頭に響くようでのそりのそりと体を引きずるように進む。

 リビングではケントの母、柊木アンがモーニングを作っていた。

 

 「あら、またあの夢?」

 「うん」

 

 アンは料理の手を止めてさっと痛み止めをケントに渡す。

 

 「お母様、これじゃなくて青い方くださいませ………」

 「それは大人用。強すぎて胃が荒れるからダメよ」

 「子供用じゃあんまり効かないんですよ」

 「なら、子供用2つね」

 「それじゃあんまり変わらないんですだよ」

 

 文句を言いつつ薬を二錠受け取りミネラルウォーターで流し込んだ。

 

 「今日もひどいみたいね。エキスポ行けそう?」

 

 モーニングを出してアンは心配そうにケントの顔を覗き込む。

 

 「ありがとうございます。お母様。大丈夫だです。ピーターとネッドに約束したからね。でも、モーニングはいらないかと思います。頭痛で食欲がないんです。」

 

 友人二人と今日のエキスポのどこに行きたいか何日も話合ったことを思い出し、頭痛を誤魔化しながらニヤリと笑って見せた。笑顔はひきつっていたが。

 

 トニー・スタークが「私がアイアンマンだ」と宣言してから半年。アメリカは大きな変動と議論の渦のなかにいた。

 アメリカ軍隊武器の開発、生産の最大手であるスタークインダストリーズ。その代表であるトニー・スタークが開発したパワードスーツは個人が戦車や戦闘機に匹敵する戦力を持つことのできる軍事革命と呼べる大発明であった。軍事的な後塵を拝する訳にはいかない諸国は相次いでパワードスーツの開発に着手したが半年の間ではまともに歩く事すら出来ていない有り様である。

 そんな軍事的優位を得たアメリカだが、頭を抱えていた。パワードスーツを開発したトニー・スタークがその技術を解放せず、それどころかスーツの提供すら拒んだのである。

 そうなると世論も国も大騒動となった。やれ、兵器の個人所有だ。やれ、私がアイアンマンだ。やれ、世界平和だ。やれ、世界の危機だ。やれ、私がアイアンマンだ。

 トニー・スタークの主張が少々強すぎる気がするが、トニー本人の活躍で世界中の紛争が収まり世論はおおむねアイアンマンに肯定的であった。

 

 そんな、世の中の動きのなかで最も熱を帯びたのは子供達である。

 

 それも仕方がないことだ。何しろコミックやアニメーションのなかにしかいなかったヒーローが今、そこにいる。平和のために戦い、悪を倒す最強無敵のヒーローに子供達はそれはもう熱狂した。オモチャ屋にはアイアンマンスーツが列をなし、公園ではアイアンマンが溢れ、溢れすぎでアイアンマンVSアイアンマンの構図が毎日のように見られた。

 ケント、ピーター、ネッドの三人も御多分に漏れずアイアンマンごっこを毎日のようにやりつづけた。学校が終わってカバンを家に投げ込んだら自作のスーツを手にそこら中を飛び回り戦った。想像の翼は大いに広がり自分は一号機、二号機、果ては四十二号機まで。または、交代交代でヴィランを作り出し戦い続けた。

 そんな日々が唐突に終わりを告げた。

 スタークエキスポ開催の知らせと、アイアンマンのエキスポ参加である。

 子供達の熱狂は大爆発を起こした。

 本物のアイアンマンに会える?スターク社製アイアンマンなりきりセット?

 知らせの翌日の学校は授業にならない程だった。そんな熱狂はすぐさま親と教師に利用された。

 

 勉強サボらなかったら

 お手伝いしたら

 テストでいい点を取ったら

 言葉遣いを直したら

 

エキスポにつれていってあげる

 

 

 

 邪悪とはこのことか

 

 

 

 かくして、エキスポ開催発表から今日までアメリカ全土でいい子の量産が成功した。

 

 そんないい子(ケント)がたかが頭痛で今日のエキスポに行かないなどあり得ないのだ。

 

「そう、でもリンゴくらい食べていきなさい。剥いてあげるから」

「ありがとう、かあさ………おかあさま。」

「どういたしまして、今のうちに着替えてらっしゃい」

「はーい………」

 

 ケントは昨日の内に準備しておいた服に着替え、荷物を引き下げ母の剥いたリンゴを食べることにした。

 

「準備はできた?」

「ええ、完璧でございます!」

「メイによろしく言っておいてね。それと、迷惑かけないようにしなさいよ」

「心得てございます!」

「頭痛はよさそうね」

「欠片も痛みを感じておりませぬ!」

「………言葉遣いはもういいわ。」

「ほんと?かたっくるしくて嫌だったんだよね!」

「………はぁ」

「もういい?他にないなら集合時間に遅れる前に出発したいんだけど?」

「………」

「………」

「………」

「行ってきますおかあさま」

「いってらっしゃい。気を付けるのよ」

 

かくして、ケントはその日スタークエキスポへと出発した。



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新たなるいい子の出現!もしくは運命の出合い

不定期で申し訳ありません。
二話目です。


待ち合わせ場所につくと親友のネッドがこちらに手を振っていた。

 ネッド・リーズとケントは初等学校に入学したときからの友達だ。アウトドアよりインドア、スポーツよりゲーム、そしてお互い勉強の成績が良かったためいつの間にか友達になっていた。

 

 

「やあ、ケント!遅かったじゃないか!」

「おはようございます。Mr.ネッド。まだ、待ち合わせ時間前でございますよ。」

「………」

「………」

「ケント、いい子量産計画は失敗だ」

「だな。そもそも、餌で釣ろうなんて考えが間違ってる」

「あ、でも先生がこの一月で遅刻者ゼロ、宿題提出率100%、テストの平均点16点アップだって大騒ぎしてた。」

「先生ともあろう人がなんてことだ。もっと僕たちの真の成長を見つめてほしいものだよ」

「あと、教頭先生が鼻歌歌ってた。教員用トイレの前で」

「………あの笑わない教頭先生が?よっぽどだな」

「俺たちは所詮数字でしか評価されない哀れな子羊なのか」

「やめろよネッド。スタークエキスポはあと一年続くんだ。僕らはこれからも数字を先生に捧げ、偽りの人格を張り付けた不自然な生徒を演じなくちゃいけないのさ」

「ま、つまらない話はここまでにして。今日まわるパビリオンの話をしよう。俺、パンフレットに丸をつけてきたんだ」

 

 そう言ってネッドは折り畳んだパンフレットを取り出した。大規模な遊園地程の敷地で行われるスタークエキスポは1日で回りきれるような生易しい広さではない。よっぽど計画的に回っても全てのパビリオンを見るのに三日はかかるだろう。

 ケント達に許された時間は1日。その1日でどこをまわるかは非常に重要な問題だった。

 ネッドのパンフレットにはいくつもの丸印が描かれていたが全てを1日でまわるのは到底無理だろう。

 

「ネッド、さすがにこれ全部は無理だろ。メイおばさんも回れて四つくらいって言ってただろ」

「わかってるけどさ。選びきれなかったんだよ。どれも面白そうでさ。あ、でも特にこのリパルサー技術展示があるパビリオンは行ってみたい!宙に浮く車に乗れるなんて滅多にないぜ!」

「いいな!アイアンマンの飛行技術はリパルサー技術らしいしそこは必ず行こう!」

「よし!あとは………」

「あー、まてネッド。ピーターがいないんじゃまだ決められないよ。」

「それもそうか。」

 そう言って二人はまだいない親友の一人が来ていないか見回した。

 今日はもう一人の親友、ピーター・パーカーとその保護者のメイおばさんが付き添いでエキスポまで車で連れていってくれることになっている。

 メイおばさんの車には二人とも何度かお世話になっているので見ればすぐにわかる。

「ケント!あれ!メイおばさんの車じゃないか?」

「ほんとだ。おーい!」

 メイの車は古いボルボで女性が乗るにはゴツい気もするが10歳の子供達からすればカッコいい車であった。運転席に見えるメイもビシッと決めており、ケント達の学年の美人保護者と言えばメイと言われるだけあって車に負けないかっこよさである。

 ケントとネッドは手を振って合図するとメイの車はケント達の前でピタリと止まり助手席から親友のピーター・パーカーが顔をだした。

 

 

「おはようございます。ネッド・リーズくん。ケント・柊木くん。今日もいい天気で御座いますね。」

 

 

「………」

「………」

 

 

 親友もやっぱりいい子になっていた。

 

 

 

 ペッパー・ポッツ

 現スタークインダストリーズCEOにしてトニース・タークの公私含めたパートナーは移動する車の中でトニーへの悪態を隠す事が出来なくなっていた。

 

「なんであの人は他人の気持ちを逆撫ですることばっかりするのかしら」

 

 現在スタークインダストリーズ本社からスタークエキスポまでの移動の車のなか、運転手のハッピー・ホーガンは口を開くことをためらった。

 以前からペッパーは3日に1日の頻度でトニーへの文句を口にしていたがハッピーも二回に一回は二人の関係を取りなすようにしていた。二人の関係が穏やかであればあるほどいい。自分の職場環境はよくなるからだ。まあ、二回に一回はペッパーの味方をしてトニーを扱き下ろしてたのだが。ハッピーもトニーに言いたいことが無いわけではない。

 だが、この数日。ペッパーがCEOに就任してからは毎日トニーへの文句が立て板に水。しかも泥々のヘドロが止めどなく出てくる。同意も否定も出来ずしどろもどろの返事しか出来なかった。

 しかし、何も言わないまま物事は解決しない。ハッピーは助けを求めるように助手席を見た。隣に座るミステリアスなロシア美人はしかしハッピーには一瞥もくれず手元の書類に目を通してる。まるで愚痴の相手はお前の役目だとでも言わんばかりだ。

 

 この美人、ナタリー・ラッシュマンは最初の方はその美しさとスタイル、当たりの柔らかさに美人大好きなハッピーはクラっときたが、付き合いが長くなるといい性格していることがわかってきた。

 初対面の時はトニーの「トレーニングをつけてやれ」の一言から仕方なくリングに上げて優しく揉んでやろうと思ったらぶん投げられた。

 トニーがレース会場でビリビリスーツの男に襲われたときもいつの間にかいなくなっていて

、自分とペッパーが命かながらトニーを助けて帰って来るといつの間にか側に戻ってきていた。

 どうも彼女はこちらの都合の悪いときには積極的にかかわり合いを持たないタイプのようだった。

 

 さて、ハッピーは止めどないペッパーの愚痴に、ペッパーを宥めることでこの場をやり過ごすことにした。

 

「あー、あの、ペッパーさ………」

「なに!」

「ひっ………」

 

恐る恐る話しかけたハッピーはそれは恐ろしい剣幕で返事をしたペッパーに体がすくんだ。その拍子に運転から気が逸れてしまった。正面では白のボルボが信号で減速していたが気がつくのにワンテンポ遅れた。

 

ゴッ………

 

 軽くぶつけてしまった。

「ハッピー?今のはなんの音?」

「あ、いえ、その信号待ちの車にですね、止まろうとしたんですが………」

「ハッピー?ぶつけたって言うの?運転手のあなたが?」

「あー、あの、はい………」

「あーもう、そうね。私のせいね。声を大きくしすぎたわ。」

「いえ、そんなことは………」

「そんな話より、相手の車に怪我人がいないか聞いてきて。示談でいいから。全面的にこっちが悪いわ」

「はい、直ぐに!」

 

ハッピーは車を停止させるとすぐさま飛び出した。

 

 ボルボの中では運転手の女性が三人の子供達に怪我がないか確認しているようだった。

 

 コンコン

 

 中の女性が振り向いた。子供達を心配し、憤る女性。

 

「………はっ」

 

 美しかった。美しさにハッピーは目を奪われた。頭のなかで鐘がなる。エンジェルが祝福の笛を鳴らす。頭のなかハッピー・ホーガンは車から出てきたメイおばさんに怒鳴られるまで呆けていた。 



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