【Web版】敵のおっぱいなら幾らでも揉めることに気づいた件について(なお、転生後の世界は若干シリアスな模様) (とがの丸夫)
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1章
敵と戦う中なら、おっぱい触り放題だよな?


ハーメルンへの投稿は初めてです。やっちゃいけない事とかしてたら教えていただけると幸いです。

別サイトで別作品書いてますが、そっちで行き詰ったのでストレス発散に書いてます。
ただ主人公が敵に痴漢をするお話です。


「はっ!」

 

 なんてことは無い街並みで白髪の美しい女性が、軽々とその見た目からは想像できない人間大の大剣を振り回す。

 

 彼女が大剣を振るうたび、空気が震え。

 大剣が車に当たれば、重量比なんて関係なく吹き飛ばされ、その持ち主が今後その車を使用できることは無いだろうと、一目で判断できるほどの破壊をもたらす。

 

 そんな剣風の中で俺は一人、そんな彼女に敵として相対していた。

 

「っく! ちょこまかと!」

 

 彼女の大剣を、紙一重で躱しながら、俺の視線を彼女から注意を離さず、視界の中に常に捉えるようにする。

 

 別に当たったところで俺に対してのダメージは低い、車を一撃で大破させる程の威力を持つ攻撃を、例えくらっても問題ないというのは、自分で言っていてもおかしなものだ。

 

 では、何故俺が彼女の攻撃をよけ続けるのか。

 

(ふむ、これは中々の逸材だ……)

 

 それは俺の視線の先を見れば、万人がそれを理解できるだろう。

 

「な、なんで! 当たらないのよ!」

 

 彼女が大剣を振るうたび、美しい見た目通りの麗しい果実が、俺の眼前で揺れているからに他ならない。

 

 ダメージは殆ど受けない自信があるとはいえ、攻撃の反動で俺は吹き飛ばされてしまうだろう。

 

 そうなったら、こうして目の前で揺れる至宝を拝めるこの特等席を、自ら手放すに等しい行為を許容できるはずがない。

 

(あぁ、いい。凄くいい。やっぱりピッタリ戦闘服はこうでないと!)

 

 あ、このままでは俺がただの変態に思われてしまうため、先に言っておこう。

 

 俺はヒーロー。

 そして、俺の目の前で大剣を振るっている彼女は所謂、敵(ヴィラン)と呼ばれる存在だ。

 

 つまり、今の俺はお仕事中ともいえるな。

 そう、世界の平和を守るお仕事に従事しているのだ。

 

 あと、重要な情報があるとするなら。

 俺にはこんな殺伐とした世界ではなく、もっと平和で敵なんていう存在が映画の中だけだった、前世の記憶があるという事と、今世の俺は滅茶苦茶強いってことだろう。

 

 本来であれば、ここでこの世界についてだったり。

 どうしてこんな状況なのかを長々と説明するのだろうけど。

 

 残念ながら、今の俺にはそんな余裕はない。

 

 俺には、目の前で揺れに揺れるたわわな実りを、愛でなくてはいけないのだ。

 そして、俺はヒーロー。敵を前に、戦わないなんて選択はないのだよ。

 

「もういい! ふざけやがってぇ。これで仕留めてやる!」

 

 目の前をちょこまかと動く俺に攻撃が全く当たらないことに、彼女の気持ちは高ぶっているようだ。

 

 大剣を上段に構え、謎エネルギーを溜める動作に入る。

 目の前で収縮されていく謎エネルギーは、そのまま放射されれば周囲に被害をもたらすことは、容易に想像できる。

 

 流石にこれはまずい。

 このまま彼女に街を壊させるのはまずい。

 

 さっきまでのふざけた様子を消した俺は、足に謎エネルギーを溜め、彼女の目の前に高速で移動する。

 

「んなっ!?」

「周りに迷惑掛けちゃいけませんって、親に教わらなかったのか?」

 

 突然目の前に現れた俺に驚き、驚愕の表情を浮かべる彼女。

 

 当然、そんな隙を俺は見逃すことは無く、大剣の柄を蹴り上げる。

 

 力の制御に集中していたのだろう。案外抵抗感もなく大剣は弾き飛ばされていく。

 

 収縮されたエネルギーは制御を失った結果、空気に溶けるように四散していく。

 

「正義執行だ、観念しなあ!」

「ッグ!?」

 

 大剣を弾き飛ばされるという想定外の出来事に、彼女は呆けたままだった。

 戦闘経験が少ない証拠だな、歴戦の猛者であれば、まずもって自分の得物である大剣を手放すなんてあり得ない。

 

 そのあとの行動も、言葉を選ばなければお粗末もいい所。

 

 俺はそんな呆けている彼女に何のためらいもなく、回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 

 他のヒーローであれば、このまま追撃を加えて彼女を捉えるだろう。

 

 だがやるなら徹底的だ。

 それこそ、彼女が何の抵抗も出来ないように。

 

「オラオラオラオラア!」

「っぐ!」

 

 音速に近い速さでラッシュを叩き込む。

 

 最初の回し蹴りが効いているのだろう、彼女からの抵抗は殆どなく、俺の手は何物にも阻害されることなく繰り出されていく。

 

 ぽよん。

 ぷにょん。

 ぷにぃ。

 

「んぐぅぅ!」

「はっはっは! もっと強くなってから出直してくるんだなあ!」

 

 流石に我慢できないとばかりに、必死に抵抗を始めるが、もう遅い。

 

 彼女の些細な抵抗なんて知らぬとばかりに、俺は拳を握り込む、ことは無く全開に開いた状態で、攻撃を繰り出していく。

 

 むにょ。

 むにょむにょ。

 むにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょむにょ。

 

「胸ばっか触んなあ! この変態!!」

「ぐふぅ!?」

 

 俺は彼女の底力をなめていたようだった。

 たった一撃とはいえこの俺にダメージを与えるとは……認めよう、貴様は強いとな!

 

 彼女から繰り出された強烈な蹴りは、俺が俺である象徴を的確に捉えていた。

 

 幾ら最強を自負する俺でも、無意識下で男の急所に貰った一撃は効いてしまった。

 

 股間を押さえて下がるようにたたらを踏んだ俺は、己の失敗を嘆く。

 

(ああ!? も、もっと触っていたかったのにぃ……)

 

 拳を当てるたび、柔らかく形を返るその豊満な肉の喜びが離れて行ってしまう。

 

 すぐさま再度距離を詰めて正義を執行しなければ!

 

 だが、流石に状況が不利だと分かった彼女は、鋭い視線を俺に向けて逃げの態勢にはいる。

 

「ちぃ! 逃がすかあ!」

「追ってきてもいいけど、街に被害が出るのは惜しいだろう?」

 

 しかし、大剣を振り回していた彼女とは別の声と、そいつが仕出かした行動により、俺は追撃を停止させられる。

 

(野郎! 街に向けて攻撃なんてふざけたことしてんじゃねえ!)

 

 突然現れたのは全身を真っ黒な布で包んだ謎の存在だった。

 

 届いた声から女であることは何となく想像が付く、そして逃げようとする大剣女を逃がそうとする所から、仲間かその協力者なのも分かった。

 

 謎女は俺の注意を引くと共に、大剣女が逃げようとする場所とは反対の方向に、謎エネルギー弾を発射する。

 

 同じ謎エネルギーを使用する俺からすれば、そんな攻撃は大剣女の一撃以下だ。俺に当たらないのであればわざわざどうこうする必要もない。

 

 しかし、その方角が不味い。

 

 ここは街中だ。

 

 そして謎女が攻撃した方向には大きなビルが幾つも存在する。

 

 もしもあの攻撃を一般人や普通の建造物に当たってしまえば、想像もしたくない結果が待っているのは確定的だ。

 

 舌打ちをしつつも、ヒーローという職業柄、街に被害を出すわけにはいかない。

 

 思考は一瞬、行動は音速で俺は攻撃に対処するために、謎女の攻撃の進行方向に移動して、謎エネルギー弾を受け止める。

 

 しかし、街を守った代わりに逃した餌は大きかった。

 

 大剣女と謎女が居た場所に視線を向けるが、敵は既に姿を消していて、完全に逃げ切られた後だった。

 

「……っち、逃がしたか」

『ジジ……目標ロスト。街への被害はありません、お疲れ様です。帰投してください』

 

 無線から聞きなれた女性の声に返答しつつ、俺は自分が席を置いている機関に戻るため移動を開始した。

 

 次こそは誰にも邪魔されることなく、あのおっぱいをふんだんに揉みしだいてやる!

 

 これは。

 転生した場所で敵が居て、それに対抗するヒーローがいるこの世界で、ちょっと欲望に忠実な俺が前世からの野望を叶えるために戦う。

 

 そんなお話。




良かったら評価よろしくお願いします。


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プロローグという名の独白

何事もプロローグって必要ですよね。
書くのめんどい……はやくいやらしいことを書きたい。
プロローグ読むのめんどい人用に、後書きに今話の内容を箇条書きでまとめました。


 物語というのは、何事もプロローグというものが存在する。

 

 魔王が誕生したり、世界に突然出現したブラックホールだったり。

 

 謎エネルギーの発見、宇宙人襲来、未確認生物との対面。

 

 そして転生。

 

 最後に転生を持ってきたのは勿論、俺が転生者だからだ。

 

 転生を語るならまずは俺の前世の話を少しだけさせてくれ。

 

 俺、前世、童貞。

 

 よし、前世の話が終わったから俺が転生した世界のことを話そう。

 

 正直、前世の話なんてテンプレもいい所だろう?

 誰が引きこもり大学生の話を深々と聞きたいというんだ、それより今の話だ、前向いてけ。

 

 俺が転生した時代は前世とさほど変わらなかった。

 地理や歴史も俺の前世の記憶と、確認できる限りで差分は無かった。

 

 ただ一つ。

 この世界には超能力と呼ばれるものが、ただのおとぎ話ではなかったこと以外、前世と変わらない世界だった。

 

 超能力。

 それは人知を超えた、人類が出会うには唐突過ぎた代物だ。

 

 俺が転生した10数年前、世界で突如超能力者が現れた。

 ある日歩いていたら突然超能力が発現、その前後で一切の因果関係はなく、急の出来事だったらしい。

 

 その日から世界の各地で超能力に目覚める人間が出現。

 ただ、その絶対数は多くはなかった。

 

 世界は震撼した、良くも悪くも。

 世界中の国々で、超能力の発現した自国民の保護。もっと言えば捕獲隔離が始まった。

 

 世界で最も平和だと言われている日本でも、似たようなことが起きた。

 流石にディストピアものみたいな感じは無かったが、世論のお題目は暗いモノばかりだったらしい。

 

 当然、超能力に目覚めた人間に関連性はない。

 サラリーマン、子供、政治家、芸能人と。年代やその人が持っている技能に共通点は見られなかった。

 

 つまり、後ろ暗い人間にも同じことが起きたということだ。

 

 そして超能力の存在が確認されてから2年後、アメリカで超能力者集団によるテロ行為が行われるようになった。

 

 日本にも非合法な超能力者集団というのは出来ていた。むしろ日本が最初だったのかもしれない。

 なんせ、オタクの国と呼ばれるサブカルチャー国家だぞ?

 

 当初、警察や自衛隊がそういった非合法超能力者集団の摘発、対処を行っていたが、如何せん数も出現地域もバラバラ。

 

 国が運営する組織では、神出鬼没の超能力者集団に対抗するには母体が重すぎた。

 

 拠点を構えるほどの巨大な組織であれば、組織力の高い警察のほうが対処しやすいが、そういうのは少数。

 

 むしろ、少人数による組織、そして数ある組織による蜘蛛の巣状の繋がりが、犯罪シンジケートとして日本に出来上がっていった。

 

 だが、そこで重い腰を上げたのが日本政府のお偉いさんだ。

 

 まずは警察や自衛隊から超能力を発現した人員を集め、少数精鋭の部隊を幾つも作った。

 

 そうすれば、強力な組織力と柔軟さ、そして速さを手に入れた彼らによって、ある程度の対応ができた。

 

 勿論、法律やら人権的な話もいっぱいあったらしいが、そんなのは説明する必要ないだろ?

 

 色々例外的逸話が多い日本だが、何故か超能力関係には積極的に動いた。

 

 次に日本政府が行ったのが、一般人から超能力者の受け入れを行った事。

 

 そうして、敵になる前に国として超能力者を囲い、敵超能力者の対抗手段の一つ“ヒーロー”を作り上げた。

 

 多分だが、日本が超能力者を囲ったのは、内より外に対抗するための措置だったのだろう。

 

 毎年全国で超能力検査を行い、超能力判定を受けた国民に対しての措置も行われたりした。

 

 前情報が長くなったな。

 

 色々搔い摘んで、超能力者だけに焦点を当てていたが、それでも歴史を語ったのだから伸びてしまった。

 

 そろそろ俺の話に戻そう。

 

 さっき話した、毎年行われる超能力検査に引っかかった俺は、前世の記憶から超能力に憧れていたこともあり、喜々として国が作った超能力者専用の施設に所属することになった。

 

 それから10年近く、前世と同じ20という成人(今では18で成人らしいけど)になった俺は、初めて超能力をもって、敵と戦う“ヒーロー”になった。

 

 自分で言うのも何だが、俺の超能力は強い。そう、超能力が強いんだ。だからといって舐めるなよ?

 例え超能力がなくても、俺は強いぞ。

 

 だからとあるヒーロー部隊に配属されてから1年、隊長の戦死やら強大な敵を倒したやらで、あれよあれよと昇進。

 

 まさかのヒーロー活動2年目で、一つのヒーロー部隊を持つことになった。

 

 といっても、構成員は今の所俺だけだ。

 なぜ? 単純な話だ、俺が求める人材が居ないのだ。

 

 俺は強い、何度でも言ってやる。強い俺とチームを組む人間が、並大抵の力でいいはずがない。

 

 さらっといったが、俺がいる世界は優しい場所じゃない。

 数年間部隊のリーダーを務めていた人も、俺の同僚ともいえる奴等も、たった1年で死んでいった。

 

 悲しくないわけがない、まだ20の若造が体験するには、重い出来事ばかりだ。

 

 だから、チームに入れる人間は最低限死なないやつだ。

 

 幸いなことに、俺が強いおかげで1人チームでも問題なく任務を達成できているから、今のところは問題ない。

 

 まぁ、そんな感じで、同年代と比べても濃い経験を積んでいる俺だが、前世からの野望があった。

 

 女の体を弄りたい。

 それも、俺に対して憎悪を向け、世間的に悪い奴。敵だ。

 

 そういえば、大抵の奴がそういう店に行けと言うだろう。

 嫌だね。

 

 どうして男の紳士たらしめる要素を、金を払って享受せねばならんのだ。

 

 それに、前世で童貞の俺がよくネタにしていたのは、敵の女戦闘構成員にいやらしいことをする系だ。

 敵なら後顧の憂いもなく、罪悪感も抱くことなく、好きな事ができる。なんてすばらしいことだ。

 

 それなのにだ。前世の世界と来たらくそみたいなエロ作品を大量に出しやがって!

 

 なにがヒロインレ〇プモノだ、正義のヒーロー(NTR)だ……ふざけんじゃねえ! そんな代物で楽しめるわけがねえだろうが!

 

 俺のネタは納得いかないが所詮、マイナーと呼ばれるものという自覚はある。

 俺は世界を憎んだ、人類を蔑んだ。

 

 お前らは、そんな作品で楽しめるのかと。

 作品だから何してもいいって訳じゃねえんだぞ。

 

 凌辱されるのはいつも善良な人間で、悪役の慰み者? 制作者の人間性を疑うね、きっと陰湿な奴なんだろう(偏見)。

 

 そんな義憤を抱えた俺は、童貞のままその人生の演目を交通事故で終わらせることになったわけだが。

 

 正義の心をもった俺は、今世でも童貞のままだった。

 実力主義なこの世界で、俺にすり寄る奴は居たが、そんな身売りみたいなことしてんじゃねえと突っぱねてやった。

 

 好きな奴にこそ、そういうのをやればいいんだ。

 

 この世界もそうなのか……、そんな気持ちを抱えたままネタ探しをしていた時だった。

 

「あれ? 敵にならアレなことしてもいいんじゃね?」

 

 前世にはなく、今世にあるのも。

 それは敵という、善良なる国民の純然たる脅威。

 

 言い忘れていたが、超能力の発現者に共通点があると一つだけ噂されている。

 “美形が超能力者になりやすい”

 

 実際、敵の殆どが美男美女、ダンディグラマラス。全員がそうというわけじゃないが、確かに比率は高い。

 

 天啓だ。

 

 俺がこの世界に転生した理由を、その時初めて理解できた。

 俺はこの世界で、敵という大義名分を持っていやらしいことをするために、転生したんだ。

 

 “ヒーロー”になって2年、俺は初めて地に足が付いた気がした。

 

 

 ……っと、本来ならここでプロローグは終わりなんだが、あと一つ大事なことを忘れていた。

 

 超能力だ。

 単純に超能力と言っても、超能力と聞いた人は十人十色の想像をするだろう。

 

 だからこのプロローグの中で、読者諸君の認識をある程度統一させておこう。

 

 この世界で言う超能力とは、特殊な未知のエネルギーのことを指す。

 パイロキネシスやら、重力操作やらといった名称を持つ超能力の源と言えるものだ。

 

 ファンタジー物の魔力が想像しやすいか?

 魔力を使って魔法や魔術を行使するのがファンタジー。

 

 謎エネルギー、この世界ではPE(プログレスエネルギー)と呼ばれる力を使って、パイロキネシスや重力操作といった力を行使する。

 

 当然、魔法同様に得手不得手が存在するから、もしも戦いになったときには相性がついてくる。

 

 だが、純然たる力の差というのは明確にすることができる。

 個人で扱えるPEの総量だ。

 

 例えば同じ炎系の力を行使する二人が居たとする、その場合決着の決めてとなるのはPEの総量だ。

 

 PEの総量が大きいというのは、単純に使用できる火力に直結する。

 だからPEの差が大きければ、例え相性が悪いと言われる相手でも完封することができる。

 

 超能力発現当初、俺の総PE量は常人のそれを遥かに超えていた。

 

 ま、だからと言ってその時から俺が最強だったわけじゃないが。

 そこからPEを扱うための訓練や、超能力の訓練、身体的トレーニングに文字通り死に物狂いで挑んださ。

 

 理由?

 正義のために決まってるだろ?

 

 いや、ここでは正直に言おう。

 俺には親族というものが既に存在しない。

 

 俺がヒーロー養成カリキュラムで施設暮らしをしていた時だ、とある敵が両親の住んでいた家の近くで暴走。

 巻き込まれた両親はそのまま……

 

 足が地面に付いている感覚が無かったな。

 その知らせを聞いて、まだその敵が生きているという話を聞いていたはずなのだが、気が付いたら知らない場所にいた。

 

 足元を見ると、そこには敵がいた。

 すぐに理解できた。こいつが俺の両親を殺したんだと。

 

 PEの使い方の最も簡単なモノは身体能力の強化だ。

 単純な身体強化とは言え、俺並に総PEが高ければ体を鋼鉄以上に堅くさせ、拳を振りぬけばコンクリートだろうが鉄の壁だろうが、貫くことができる。

 

 ゆっくりとだ、一撃一撃に意識を集中させて。俺は敵を殴り殺した。

 

 流石に、ヒーローでもない人間が敵だろうと人殺しをすれば問題になる。

 だが、幸いなことに、俺が殺したソイツは相当な能力者だったようで、俺の両親以外にも大勢の人、そしてヒーローを殺していたそうだ。

 

 確かに、アイツは強かったと思う。

 

 そんな奴を訓練生の俺が殴り殺したのだ。

 目撃者がいないことを理由に、俺が敵を殺したことは隠蔽された。

 

 上からその後、今回の件を不問にする代わりに、ヒーローになることを絶対条件に挙げてきた。

 そうだろう。

 

 凶悪で手の付けられなかった敵を、訓練生の俺が倒したのだ。自分で言うのもあれだが、期待の新人だろ?

 

 その話を聞いた時、文字通り頂点に近い男から、世間には公表されていない超能力者のことを教えられた。

 

 超能力者に能力の差が存在することは話したな。

 超能力者は自身が最も得意とする能力に関連する、潜在的欲求が常人の数十倍になるらしい。

 

 例えば、さっき言ったパイロキネシスなんかは分かりやすい。

 パイロキネシスを得意とする能力者は、“何かを燃やす”という潜在的欲求が異常なまでに高くなる。

 

 だから、敵というものが出現するし。

 ヒーローというものが存在する。

 

 敵は単純に、その欲求に抗えなくなった人間の末路。

 ヒーローは自分の欲求を、敵を使って発散する最低な人種だ。

 

 まぁ、悪い話ばかりじゃない。

 その欲求が人のためになるものなら、問題はないのだ。

 

 例えば、治癒系の能力者なら、他者が傷つくことに対しての嫌悪感が強く。

 人の傷を治すことの欲求が強くなる。

 

 思考能力の強化系の能力者なら、研究や情報処理に対する欲求が強く。

 そういった仕事で常人では10数年かかる成果を、1年で成し遂げたりする。

 

 要は欲求のはけ口がどこに向くかだ。

 

 能力が強い人ほど、欲求は強くなる。

 俺は、並みのヒーローが手出しできないほどの強力な能力者を殴り殺した。

 

 上で検討されたのは二つ。

 殺すか、飼い殺すか。

 

 結果が後者だったというだけ。

 だが、俺はその選択を非難しないし、当然だと思っている。

 

 自分の想像できない力を持つ人間ってのは、誰だって怖いだろ?

 

 幸い、ここの給料は正直に言ってバカみたいに良い。

 成果主義であり、敵を倒せば倒すほど、敵が凶悪であればあるほど。受け取れるマージンは青天井だ。

 

 別に飼い殺すと言っても、俺のような強い能力者の扱いが悪ければ、最悪の事態すら想定できる。何より、俺達は上にとっての強力なカードの一枚、捨てるには配役が強すぎるということだろう。

 良くも悪くも、ヒーローも欲求に忠実だ。

 

 だから俺の扱いはかなり良いモノだ。

 全然、飼い殺してもらって構わない。

 

 1年目はともかく、2年目になり、一人部隊のリーダーになった俺は。

 仕事をある程度選べたりする様にもなった。雑魚は弱いヒーローに任せて、マージン率の高い敵だけを狙うこともできる。

 

 流石に断れないものもあるが、それは仕方ないと諦めている。

 

 じゃあ俺の欲求は何だって聞きたいか?

 済まない、俺のは少々特殊でな。

 

 一言で言えば、“興味のわいたことに対する欲求”が俺の欲求になるだろう。

 そう、前世からの欲望に言い換えれば、“敵(女)に嫌らしいことをしたい”が今の俺の欲求だ。




今話のまとめ

主人公現代と殆ど同じ時代に転生。
そこにはPE能力者と呼ばれる存在が居た。
PE能力者は敵と、国運営の組織に所属するヒーローがいる。
主人公は過去に親を敵に殺され、当時子供の主人公が敵討ちをする。
色々頑張って特殊なヒーロー機関”特務”のヒーローになる
なんか敵とか美人ばっかだしおっぱい揉みたくなる


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あ、自己紹介まだだった。

 そういえば、まだ俺の名前を言ってなかったな。

 

 俺の名前は幡部 治彦(はたべ はるひこ)。

 年齢は22になったばかりだ。

 

 自分の欲求に気が付いて、行動に移すと決めてからの最初の戦闘は、幸運にも白髪の大剣美女だった。

 

 今までは戦闘とはただの殺し合い、若しくは一方的な蹂躙という意識を持っていたのだが。

 先日の戦闘で、大剣女のおっぱいを戦闘中に触った時から、そんな野蛮な意識はきれいさっぱり消え去った。

 

 あの柔らかさ、当てた拳によって縦横無尽に形を変えるあの低反発。

 そのくせ、手が離れた瞬間にバネの様に元の綺麗な球体に戻る、高い反発性。

 

 この世の中を探し回ったって、これほどまでの英知を知ることはできないと、その時確信した。

 

 あの戦闘では結果的に敵を取り逃がした、つまりヒーローとして俺に求められている仕事の一つを、失敗したことになる。

 

 戦闘記録を確認すれば、報告になかった伏兵、さらに街へ向けられた攻撃を防ぐための行動が原因ということもあり、お咎めはない。

 

 というよりは、誰も咎められない。

 

 俺は大剣女を簡単にあしらっていたが、それは俺だから出来たことだ。

 確かに、歴戦を戦い抜いている猛者や、ベテランと呼ばれる連中。つまりプロが出張るのであれば、大剣女の対処は容易だ。

 

 しかし、並みのヒーローや新米では良くて時間稼ぎ、悪ければ鎧袖一触だ。

 

 俺が取り逃がした。

 つまり、あの時出れる状態にいた中で、俺以外が出ればそれこそ街に被害が出ていた。

 

 戦闘状況、そして俺がたった1年で上げた成果。

 それを鑑みて、なお俺にいちゃもんを付けるやつがいるとするならば、俺の上司かお上ぐらいなもんだ。

 

 部隊を率いる立場の俺よりも、役職が上な人間なんて履いて捨てるほどいる。

 

 一応、俺が所属する機関の説明も軽くしておこう。

 

 俺が所属するのは組織は、日本国が超能力に対抗するために作り上げた機関、”超能力安全治安維持機関”という何ともひねりのない安直な名前が、母体として管理している。

 

 通称”PE機関”。

 

 俺はその中にある独立遊撃組織にいる。

 簡単に言えば、通常組織のように特定の地区を中心に守る、というわけではなく。

 

 高い戦闘能力と、神出鬼没の敵に対して即応対処する事を目的とした組織だ。

 

 周りからは”特務”なんて呼ばれる、いわばエリート組織だ。

 

 当然、相対する敵の脅威度は高い。

 この間みたいな大剣女といった、普通レベルの敵から。大剣女が子供に見えるほどの、強大な敵の相手だってする。

 

 だからか、”特務”に配属されたヒーローの3年間での殉職率は5割を超えている。

 まさに死ぬことが前提の組織だ。

 

 その分給料がバカみたいに貰えるのが利点だ。この1年での稼ぎだけでも、今から仕事を止めたとしても、死ぬまで金には困らないだろう。

 部隊長にもなれば一定のノルマを守る事は必要だが、仕事を選ぶようなことも出来たりする。

 

 つまり、俺の目的である。”女敵にいやらしいことをする”というのがかなりしやすい。

 色々言ったが、重要なのはココだ。それ以外にないだろ、紳士諸君?

 

 だが、そんな俺は一つの失敗を犯してしまった。

 大剣女との戦いのことだ、俺は初めての実践(パイタッチ)に少々高揚してしまったのだ。

 

 その結果、明らかな格下相手に不覚を取ってしまったのだ。

 もっと上手くやれば、おっぱいだけじゃない、尻だって、首筋といった。様々な部位を堪能できたはずなんだ。

 

 俺は今、特務内で俺に割り当てられている自室で瞑想を行っていた。

 PE能力者にとって、一番の敵は自分の欲求そのものだ。

 

 だから訓練時代からこうして、常に自分の感情や心を制御するために出来るときは瞑想をする。

 

 次こそはあんな失態は犯さない。

 俺は敵にいやらしいことをするために、本気で、全身全霊を掛けて挑むのだ。

 

「ふぅ、噂に聞いていたが。明確な欲求を自覚した途端、PEの総量もそうだが、溢れる欲求への渇望も強烈だな」

 

 俺みたいに、常日頃から感情のコントロールを心がけていれば問題はないのだが。

 

 俺のように毎日といっていいほどの、感情訓練を行っている奴は殆どいないだろう。

 

 そういう奴に限って、自分の欲望に抗えず。最後には敵になってしまう。

 

「汗も掻いたし、シャワーでも浴びるか」

 

 感情コントロール、ただの瞑想一つでさえ、PE能力者がやればその結果は違う。座ってるのに汗が出るなんて、前世では考えられなかっただろう。

 

 汗の嫌な感覚に独り言ちながら、俺は自室から近いシャワールームに向かった。

 

 

 ☆

 

 

「よう! 今日もストイックに頑張ってるねえ、うちの期待の新人君」

 

 シャワーを終えて、自室に戻って次の女敵が出た時のイメトレをしようと思い、廊下を歩いていると。

 

 後ろから突然声を掛けられる。

 

「仕事ですから。というか、もう2年目ですよ俺」

 

 大剣女の時のような、荒々しい口調ではなく、当たり障りのない口調で返答しながら振り返る。

 

 声の主は俺と同じぐらいの身長を持つ、細身の男性。

 街の荒くれもののように短い髪をオールバックにした風貌のこの人は、俺の先輩にあたる人だ。

 

「流石、1年にして様々な成果を上げた”ホワイトジョーカー”だ。名前通り、俺達の切り札だぜ」

「アハハ。止めてくださいよ、”ソニック”さん」

 

 他は知らないが、特務では例え仲間内だとしても、ヒーローの個人情報の殆どが伏せられている。

 それは特務の仕事が、他と比べて特質的なことが原因だ。

 

 だから例え仲間だとしても、俺の本名である幡部 治彦(はたべ はるひこ)という名前を知っている人は殆どない。

 

 逆に、俺は目の前の気の良い先輩のことを、その見た目と”ソニック”という呼び名以外を知らない。

 そのほうがお互いのためだ。

 

 そして、俺のヒーロー名は”ホワイトジョーカー”。

 ヒーロー名を決めるのは自分ではない、特務に配属されてからの1年は番号で呼ばれ、2年目に入ってからヒーロー名を特務のトップから拝命する。

 

 ”ホワイトジョーカー”

 特務に置いての切り札、つまりジョーカーの意味らしい。

 

 大層なヒーロー名を貰ってしまったが、カッコいいので意外と気に入ってたりする。

 

 逆に、目の前にいる先輩は”ソニック”と呼ばれている。

 移動系に特化した能力で、そこから音の速さで助ける、とか。

 

 誰よりも速くみたいな意味らしい。正確なところは本人に聞くことが憚られるので、噂程度だが。

 

 ソニックさんはこうして度々俺に話しかけてくれる、気の良い人だ。

 

 気さくだし、その見た目からは想像できない気遣いもしてくれる、人間的に尊敬できる人だな。

 

「この間の戦闘じゃ、ホワイトジョーカーが相手を逃がしたって話題になってたが。諸々の戦況を聞く限り、お前の行動は最善だったと俺はおもうぜ?」

 

 相手を気にかけた言葉をこうして口に出せる人が、現実にどれだけいるだろうか。

 

「そう言ってもらえると助かります。でも、次は逃がしませんよ」

「そうそう! その意気だぜ!」

 

 別に逃がさない様にすることぐらい、俺には出来た。

 しかし、それをせずに欲望のまま行動した結果、取り逃がしたという結果を残した俺に、そんな言い訳をする権利はない。

 

「ソニックさんはこれからトレーニングですか?」

 

 ソニックさんの服装が、特務のヒーローに配布されているモノではなく、動きやすい運動着だったことに気が付いた。

 

 ソニックさんはソニックさんで、よくトレーニングを自主的に行っているらしい。

 

 俺が何気なく質問をすると、ソニックさんはニカッと歯を見せて笑う。

 

「いやーやっぱり体動かしてないとどうにも落ち着かなくてな。あ、そうだお前もいっしょ――」

 

 ソニックさんが答えようとしたタイミングで、お互いの動きが止まる。

 

 俺達は同じ動作で、自分のポケットから特殊な携帯型の端末を取り出す。

 

 特務では、他組織からの応援やらで唐突に発生する任務の場合、各ヒーローに配布される端末に通知が来る。

 

 端末を開いて今回の任務を確認する。

 

 任務の内容は、大剣を所有する女敵の出現。並びに該当する敵の逮捕。

 対象のプロフィールを確認すると、先日戦った因縁の相手、大剣女だった。

 

 場所やその他の詳細な情報を見ると、出現位置はこの間大剣女と戦闘した場所から、そこまで離れていない場所だった。

 

 既に現地ヒーロー組織が向かったらしいが、戦況は劣勢。

 

 どうも、全身を黒い布で覆った敵も確認されているらしく、二人の敵を相手に現場のヒーローは押されているらしい。

 

 そこで特務に応援要請が来たようだ。

 

 正直、あの程度の敵に劣勢になるなんて、同じヒーローとして不甲斐ないと普段の俺なら思っただろう。

 

 特務は任務柄、実力主義が絶対だ。

 

 実際、同じ内容を見ていたと思えるソニックさんは、応援要請の内容に不満そうな表情をしていた。

 

 だが、俺からすれば願ってもない機会。

 前回の失態を挽回するチャンスが来たのだ。

 

 俺達に送られてくる任務内容に、特務のヒーローの名前が指定されていない場合。

 任務を受けるのは各部隊長に一任される。

 

 つまるところ、任務受諾の早い者勝ちだ。

 

 逆に受けたくなければ、任務の受諾をしなければいい。

 誰も受諾しない場合、特務長と呼ばれる、特務のトップの一存で指名される。

 

 今回の任務はフリー、つまり誰が受諾してもいいということだ。

 

 そんな任務を見た俺がとる行動なんて、決まっていた。

 しかし、前回の失敗もある。次は失敗するなんてダサいこと、俺自身が許せない。

 

 やるなら徹底的にだ。

 

「ソニックさん」

「なんだ?」

 

 俺が名前を呼ぶと、ソニックさんは挑戦的な笑みを浮かべて答える。

 どうも、俺が言おうとしている事に察しが付いている様子だった。

 

 こういうところも、俺がソニックさんに敬語を使う理由にもなってるなんて、本人に言うことは絶対ないだろうけどな。

 

「お願いがあります」

「いいぜ、先輩を頼りな。後輩」




現代ファンタジーモノって最初が一番難しいですよね……

とりあえず今日は後1,2話投稿できそうです。(執筆中)

次の次くらいで、1話目の白髪大剣女の体を弄れそうでござい


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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編1

誤字・脱字のご報告いただきありがとうございます。


「はぁ、はぁ。っぐ……」

「サンデスクさん!」

 

 突如現れた大剣を使う敵と、全身を真っ黒な布で覆った敵。

 二人の敵の出現の報告を受けた俺達は、担当地域に発生した二人の敵の対処に向かった。

 

 最初は二人という少数の敵、対して俺達は6人という手勢。

 

 2対6という構図に、今回の敵との戦闘は容易だと思っていた俺達は、戦闘開始から数十分。

 戦闘開始時にいた5人の部下たちのうち、すでに4人が戦闘不能に追い込まれ。

 

 残ったのは部隊を指揮していた俺と、今年から配属された新米ヒーローのみとなった。

 

 戦況は最悪。

 今しがた新米に向けられた大剣女の攻撃を、防ごうとした俺も。

 想像を絶するその破壊力によって、もはや継戦は不可能。

 

 

「この間の奴みたいに強い奴はいないみたいね」

「仕方ないさ、アイツらは少々特殊だからな」

「ち、あの時の恨みを晴らしたかったのに……」

 

 もはや俺達の事なんて眼中に入っていないような会話をしている敵。

 

 憤慨する気持ちもあったが、しかしそれも仕方のないことだ。

 俺達は2対6という有利な状況で、真正面からぶつかったのにもかかわらず、結果を見ればこのざまだ。

 

 俺達は新米を除いて全滅。

 対して敵には傷一つ無い。

 

 街を守るヒーローが聞いてあきれる。

 

 俺達は、このまま自分たちの守る街が、無残にも破壊される光景を、見せられるのか。

 そんな絶望が胸の中に広がっていく。

 

『……ジジ……サンデスク! よく持ちこたえた! 今そっちに応援の――』

 

 無線から聞こえてくるオペレーターの声。

 

 何が持ちこたえたというのだ。そもそも、こんな強い敵だなんて報告は無かった。

 

 前回の戦闘データから、俺達で対処できると聞いて出撃したのに、戦ってみればなんだ。

 アイツらの強さは異常だ。

 

 知らされていた戦闘能力を遥かに超えていた。

 

 すぐさま異変に気付いて、オペレータに応援の要請を願い出たが、今更誰が応援に駆けつけてこようと、目の前の敵は強大過ぎる。

 

 ヒーローとしてこの街を守り続けて数年、これほどまでの絶望的な戦力差は初めてだった。

 

 誰が来ても結果は変わらないだろう。

 

「とりあえず、うざったいヒーローは始末してしまおう」

「そうね、後から邪魔されても面倒そうだし」

 

 声から女と思われる謎の女の言葉に、簡単に答える大剣を担いだ白髪の女。

 

 半ば折れかけた心で、俺は自身の最期というのを初めて自覚した。

 

「大丈夫、私は優しいから。苦しませず殺してあげる。貴方を殺した後、すぐにお仲間を同じ場所に送ってあげる」

 

 目の前で振り上げられる大剣を、俺はただ黙って見つめていた。

 

 ああ、これから俺は死んでしまうのだろう。

 街を守って死ねるなら本望。だが、俺が殺された後、街もこいつらによって殺されると思うと、いいもしれない気持ちが胸の奥を黒く染めていく。

 

 こいつらが憎い、俺が愛しているこの街を。

 意味もなく破壊するこいつらが、どうしてこうも堂々としてられるんだ。

 

 お前たちは日陰者だろう?

 なのになぜ、日ノ本の往来を、その不遜な両足で立っている。

 

 誰でもいいんだ、目の前の敵をぶちのめしてくれ。

 俺が死んだ後でもいい、俺がどうなってもいい。ただ、理不尽を押し付けてくる目の前の敵に、同じ理不尽を押し付けてくれ。

 

 そんなヒーローとは思えない考えを持ったまま、俺は死ぬのだろう。

 

「じゃ、バイバイ」

 

 大剣女の一振りが、俺の頭をかち割る未来に、俺は目を瞑った。

 死ぬとき、俺はなんて思うのだろうと思っていたが、案外単純だった。

 

「くたばれ、社会のごみが」

 

 こんなことしか言えない俺はヒーローじゃないみたいだ。数年たってようやく気付いた。

 こうして、俺の30という時間の刻みが敵の手によって終止符を――

 

「お前優しいのか。ならこの間の事ぐらい、許してくれるよな?」

 

 ――打たれることは無かった。

 

 知らない男の声に続くようにして、襲ってきた爆発音。

 突然の出来事に、もう開くことは無いと思った目を開いてしまう。

 

 まぶしい光と同時に映ったのは、白髪の大剣女の振りかぶる大剣……ではなく、拳を振り切った姿勢で停止しているヒーローの姿だった。

 

 純白の甲冑はヒーローの純然な正義に見え、強く大地に立つ姿は。

 昔自分が憧れたヒーロー映画に出てくるヒーローのように、どんな強い敵が来たとしても大丈夫だと思える安心感。

 

『もう一度言うぞ! よく持ちこたえた! 特務のヒーローから作戦地域に到着したと報告があった!』

「ああ、見えてる。ヒーローが……来た」

 

 そしてなにより、その姿は。

 今まで見てきた、どのヒーローよりもかっこよかった。

 




ヒーローの登場シーンって、何時になっても興奮しますよね


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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編2

多分、俺はこういうのが書きたかったのかな……なんか、手が止まらないんですよ。。。。


 この地区を担当するヒーローが殺される前に、作戦地域に到着出来た俺は、大剣女に殺されかけたヒーローを助けるついでに。

 あいさつ代わりに、自然なパイタッチ掌底を叩き込んで吹き飛ばした。

 特務が必要になる程の敵であれば、なりふり構わず先の一撃で首を飛ばすのだが。

 

 大剣女自体にそこまでの脅威はない。流石に、ヒーローを殺された場合。俺の欲望を前面に出しての戦闘は行えなくなるから。

 ギリギリ間に合ったのが幸いだ。

 

 前回の戦闘時で戦ったときの情報から、威力を抑えて打ち込んだため、吹き飛ばしはしたがダメージ自体は殆どないだろう。

 

 だが、自然パイタッチ掌底を叩き込んだ時の感触が、俺の想像していたモノと違ったことに、顔には出さないが訝しむ。

 なんというか、堅かったのだ。

 

「よう、この間はよくも逃げてくれたな」

 

 吹き飛んだ先で大きな土煙で、大剣女の状態を伺うことはできないが。

 手ごたえから奴がダウンすることは無いことは、確信していた。

 

 そうして話しかけながら状況を把握する。

 

 ……あれ、ここのヒーローフルボッコにされてね?

 

 どういう魂胆なのか分からないが、敵が現れた場所は街中とは言え、周囲に大きな建物も、民間住宅もない場所だった。

 元は工場跡地、最近ようやく手つかずだった廃工場の解体作業を行っている場所に、奴等は現れたらしい。

 

 十中八九、街への破壊よりも。

 ヒーローを狙った行動。しかも、周りへの被害を考慮しなくてもいいという、ヒーローと戦うためのような場所をわざわざ選んだということだ。

 

 先ほどのパイタッチの堅さもあるが。

 この間戦ったときの大剣女なら、ここで倒れているヒーロー達でもどうにか出来ると思ったが、俺の予想は外れてしまったようだ。

 

「そこのヒーロー……ふむ、仲間が守ってくれたようだな。お前は動けるだろう、倒れてる仲間を連れて帰投しろ」

「は、はい!」

 

 動けるのは新米だと思われる女性のヒーロー。

 ヒーローは戦闘用のコスチュームを着用するが、彼女が来ている水色の戦闘服は支給品だろう。

 

 安物のような体にピッタリと張り付くヒーローコスチュームは、少し前の俺ならダサいの一言で終わってただろう。

 

 俺の指示で、倒れている仲間を必死に回収する女性を改めて見る。

 

 ぴったりと張り付いてるおかげで、スタイルの良さが前面に押し出ている。

 ヒーローは肉体労働で戦闘職、つまり肥満体型では話にならないのだ。

 

 だから俺も含め、ヒーローは皆健康的な肉体を維持する。

 

 俺が助けたヒーローを回収するため、近くに来た彼女が俺に背を向けながら、仲間を回収する。

 

 屈むことで俺に向けられた尻の生地が伸び、より一層体に密着している。

 

 ……うん、良いな。

 

 まさか安物支給戦闘服の素晴らしさに、今更になって気づくとは、俺はこの1年と少しを無駄にしていたようだ。

 

 これからは、もっと周りに目を向けよう。うん。

 

「あ、あの……」

「む、どうした?」

 

 まさか、俺が尻を視察していたことに気付いたのか?

 特務による完全俺仕様のカスタム戦闘服は、ホワイトジョーカーに合うよう白を基調としたフルフェイス装備。

 

 つまり俺の顔が他者から見えるなんてことは無い。

 

 そんな俺の視線に気付くとは、彼女は将来有望なのかもしれない。

 おっと、その前に変態と言われる前に弁明しなくては。

 

「貴方はもしかして。と、特務のヒーローですか?」

 

 

 ……セーフ。

 

 しかし何だろう、安心感とともに訪れる背徳感。

 そしてバレるかばれないかの緊張感。

 

 なるほど、平和な日本でも怪しからん輩がいる理由の一端を、俺は少しだけ理解できたのかもしれない……だが!

 犯罪行為をしてはいけない。その線引きを誤ったやつは、ただのクズだ。

 

 あ、やべ。

 考え事に夢中で、彼女の質問に答えてなかった。

 

「おいおいジョーカー。俺より早く現場に着くとかやるじゃねえか」

 

 慌てて答えようとしたとき、隣に音もなく戦闘服に身を包んだソニックが現れる。

 

 ヒーローで顔を隠す隠さないは個人の自由だが、特務は全員フルフェイスが絶対だ。

 特務の緩いルールの中の、数少ない決まり事だ。

 

 深青色を基調とした、いかにも速さに自信があるという見た目なのがソニックだ。

 

「直線距離なら、ですよ。俺の場合はソニックさんみたいに自由な速さじゃないですから。これぐらいは後輩に譲ってくださいよ」

「はは! 言うじゃねえか!」

「おっと、質問に答えてなかったな。俺は”ホワイトジョーカー”、そしてこちらが――」

「よ、おれは”ソニック”だ。よろしくな!」

「ほ、本物だ……」

 

 せっかく質問に答えたのに、彼女の反応が弱く、少し落ち込みそうだ。

 というか、早く仲間回収して下がれや。若しくは尻をもっといろんな角度で見せてくれ。

 

「雑談は何時でもできる、それより早く仲間を回収して下がれ」

「あ、は、はい! 感謝します!」

 

 まるで軍隊のような返事を返した女性は、そそくさと仲間を回収して下がっていく。

 

 急いで走ってるときの尻も、これまたいいな。健康的なのに目が追ってしまうぞ。

 

「さて、お相手はどちらかな」

「大剣の敵は、俺があそこに吹き飛ばしました。謎女はまだ確認できていません」

 

 ソニックさんの言葉に、すぐさま意識を切り替えて報告を行う。

 しかし、吹き飛ばした場所を確認するが、既に土煙は晴れているのに、いるはずの大剣女の姿が確認できなかった。

 

「おやおや、謎女っては僕の事かい。失礼なヒーローだ」

「私のことは大剣女、ね……その軽口、貴方の両腕と同じようにすりつぶしてやるから」

 

 どうやら大剣女は既に体勢を整えていた。

 少し離れた場所に、謎女と並ぶようにして現れる。

 

「おー資料の通り、大剣の女は偉く美人じゃねえか。やっぱりあっちの方を任せてくれねえか、ジョーカー」

「嫌ですよ、お願いしたじゃないですか先輩。あと、ジョーカーって呼ばれると敵っぽいので、ホワイトを付けてください」

 

 ソニックさんは女遊びが好きとかいうわけじゃない事は知っている、ただの談笑のつもりなんだろうが。

 この話を聞いていた相手さんは、いい気分じゃないだろう。

 

「ヒーローって変態ばかりなの? あと、大剣女って止めてくれるかしら。シルヴィアって名乗ってるの」

「僕はパイモンだよ、よろしくー」

「随分とフレンドリーな敵じゃねえか、そのまま降伏してもらえると。こっちとしても助かるんだがな」

 

 ソニックさんが軽い口調で話しかけるが、その雰囲気はいつでも戦闘に入れるよう、気を引き締めているのが見て取れた。

 だが、俺もソニックさんも、相手がこの要求に従ってくれるなんて一ミリも思ってない。

 

 なら、どうしてこうして話しかけているのか。

 

 

 俺達が相対している敵が、どんな存在なのかを確かめるためだ。

 

 

 敵には様々な奴が居る。

 

 

 ただ破壊衝動に駆られる者。

 憎悪に塗れ、復讐心に飲まれている者。

 この世の不条理に納得しきれず、世界を変えようとする者。

 

 敵の数だけ、敵になった理由が存在する。

 俺達は特務は、敵を見定めて最終的な処理を行う権限も持っている。

 

 

 例えば、もはや取り返しのつかない状態になっている奴。

 そういった人間は、どう足掻いても更生させるのが難しい。しかも、そういう奴に限ってPE値が高い。

 

 人に戻せないなら、飼えないなら。

 特務である俺達は処理する必要がある。

 

 

 いわば、ここで行われているのは最終判断のための面談だ。

 そして、その結果は。

 

 

「残念ね、私たちにも目的がある。ここで大人しく降伏するなら、こんなことしてないわ」

「そうだよね。だからヒーロー、僕たちを止めたいなら戦うしかないのさ」

「はぁ、これって成功した試しがねえんだよな」

「ソニックさんって律儀ですよね」

 

 降伏勧告は受け入れられなかったが、返答の内容から、確たる目的を持っている。

 PEに飲まれているわけでもない。

 

 

 問答無用で処理する必要はなさそうだな。

 

 

「それじゃあ先輩、よろしくお願いします」

「はいよ、可愛い後輩の頼みだ。任されてやるよ」

 

 そうして大剣女改め、シルヴィアとの2回目の戦いが始まった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はあっ!」

 

 2度目になるシルヴィアの攻撃を、余裕をもって回避する。

 

 

 余裕で回避を続けている俺だったが、浮かべている表情は疑問で埋め尽くされていた。

 

 何度目かになるシルヴィアの攻撃、前回の戦闘で見切っているはずの剣筋が、この数日間で驚異的な成長を遂げていた。

 

 

(なるほど、これじゃアイツらが負けるわけだ。前戦ったときと全然違う)

 

 

 技術が向上したわけじゃない。

 大剣を振る速さ、込められている力、そういった単純な身体能力が上がっている。

 

 前戦ったときのシルヴィアの力が1とするなら、今は2以上3未満といったところだろう。

 しかしそれはあり得ないことだ。

 

 

「シルヴィア、お前何をした?」

「ふふっ、前みたいな余裕はどうしたのかしら。ヒーロー?」

 

 

 この数日間で何かがあったのは明白。

 戦闘中に問いただそうと思ったが、シルヴィアは答えるそぶりを見せない。

 

 返答の代わりとばかりに、常人では持ち上げることすら難しいだろう大剣を振るってくる。

 

 

(答えないなら、無力化してから問い詰めればいいか……今はそれよりも、もっと重要なことがある)

 

 俺はシルヴィアの剣を避けながら、彼女の胸に視線を向ける。

 

 

 パイタッチ掌底の時の感触に堅い違和感があった事の原因を探るためだ。

 シルヴィアの恰好を例えるなら、バトルドレスのようなものだろう。

 

 紫色のバトルドレスは、彼女の白髪と合わせると大人の色気を強く感じさせてくれていたのだが。

 今はその胸部分に、装甲のようなものが取り付けられていた。

 

 パイタッチのときの堅い感触はこいつが原因だったわけだ。

 

 

 ……ふざけるなよ。

 

 

 あの柔らかいおっぱいを守るだと?

 

 

「俺を舐めるなよ……」

「ふん、防戦一方の貴方が何を言ったところで。負け惜しみよね」

「……まずはその邪魔なのを排除してからだ」

 

 

 シルヴィアが剣を振り切ったタイミングで、間合いを詰める。

 

「っふ!」

「グフッ!?」

 

 

 正拳を装甲の中央部に当てる。

 

 表面を叩くように叩き付けたが、衝撃は装甲を伝わってしまったため、シルヴィアにダメージが入ってしまう。

 そんな邪魔な物を付けているのが悪い、変な対策をするから痛い目に合うのだ。

 

 

 俺の攻撃で装甲は容易に砕け散り、装甲によって隠されていた胸が、押さえつけられていた反動か、大きく揺れながら現れる。

 だが割れたのは右の胸装甲だけ、残るは左だ。

 

 

「痛いから気を付けろ? もういっちょ!」

「カハッ!」

 

 

 一撃目のダメージから回復しきれていないシルヴィアの右胸、を守っている装甲に向けてもう一度拳を叩き込む。

 

 

 重く拉げる音とともに、右の装甲も取り払うことに成功した俺は。

 一度距離を開けてシルヴィアの回復を待った。

 

 

「っく! 装甲が!」

「っはっはっは! これで準備は整ったな、さあここから本当の戦いだ!」

 

 何故か頬を少しだけ赤く染めたシルヴィアに、俺は宣言した。




同好の士よ。
私の書きたいものは、貴方たちが読みたいと思えるものでしょうか。

評価、感想等頂けると幸いです。


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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編3

( ;∀;)ルーキー日間ランキング1位……
おお、同好の士よ。感謝します……

……そして、1月以上毎日投稿していた小説のブクマを、たった2日で上回ったことに何とも複雑な気持ちです。


「隙だらけだなあ!」

「うっ! んぐぅぅ!」

 

 シルヴィアの胸装甲を破壊した俺は、彼女がギリギリ反応できるぐらいの速度で、攻撃を繰り返していた。

 大剣という巨大で扱いづらい武器を使いながらも、シルヴィアは俺の攻撃を何とか防いでいく。

 

 だが、大剣と拳で攻撃の速度を比較するなんてこと自体、バカらしいものだ。

 確かに、シルヴィアの戦闘能力は劇的に上がっている。例えPE能力者だとしても、あり得ないと断言できるほどのものだ。

 

 現に、現場のヒーロー達は数的優位だったにもかかわらず、一方的な展開になっていた。

 

 

 まぁ、俺には関係ないがな。

 最初の戦闘時ですら、文字通り天と地のパワーバランスだったのだから、その状態で2倍だろうが3倍だろうが水溜りには変わりない。

 水溜り程度が、プールの貯蓄水並みの俺に、勝てるはずがない。

 

 

「くっそお!」

 

 防御し続けるというのは、想像を絶するほどのストレスを相手に与える事ができる。

 特に、攻守の立場、そして戦況的な立場が変わったのなら、通常時以上のストレスだろう。

 

 シルヴィアは堪らず大剣を大きく振り回し、俺との距離を空けようとする。

 

 

 前回みたいに逃がすわけないだろ?

 

 乱雑に振り回す剣筋は、一見近寄りがたいと思える。しかし、PE能力者になればその限りではない。

 前の戦闘をなぞるように、振り回される大剣の合間を縫うようにして、離れずインファイトを仕掛ける。

 

 目線は常に外さず、シルヴィアの縦横無尽に揺れまくっているおっぱいをひたすら観察する。

 

 たてたてたて、よこ、ななめ、たて。

 よこよこななめ。ななめななめ、前後にプッシュ。

 

 

 ペチン

 

 おっと、あまりにも無防備だったから手が出てしまった。

 やはりこの柔らかさはたまらないな。特に過度なストレスと激しい運動を繰り返しているのだ、当然そうなればPE能力者だろうが汗も掻く。

 

 汗を吸っている服を触った感触が手に伝わってくる。

 普通なら、他人の汗なんぞ雑菌パラダイス。洗剤を使ってまで洗いたいという衝動に駆られるはずなのだが。

 

 

 

 ……悪くないな。

 

 

「っふ」

「離れろおおおおおお!」

 

 

 堪らず笑みがこぼれてしまう。

 マスクで顔が見えないとはいえ、声を出してしまえば相手に伝わる。

 

 おっぱいを叩かれ、その直後に俺の漏れ出た声が聞こえたシルヴィアは、顔を真っ赤にしながら怒りの表情と共に、PEを大剣に集中させる。

 

 

 あの時のような、球状に溜めるようなモノではなく、大剣に纏わせるようにPEを操作している。

 攻撃方法としては及第点だな、接近戦中に溜め攻撃なんて選択肢を取るということは、首を差し出しているようなものだ。

 

 その点、得物にPEを纏わせるのなら、威力は下がるが隙は少なくできるし、そのまま威力を上げることができる。

 

 

 怒声ととも振り払われた大剣は、衝撃波となって俺を襲う。

 点でも線でもダメなら、面でということだろう。

 

 こちらも拳にPEを纏わせて、同じように衝撃波を繰り出せば相殺は可能。

 だがそれをするには近すぎる。

 

 手が届く範囲で戦っていたこともあり、その状態でこちらも拳を出してしまうとお互いに吹き飛んでしまう。

 それが狙いなのかもしれないな。

 

 

(舐めるなよ、お前のおっぱいに対する俺の執念は、こんなそよ風じゃあ薙ぎ払えないぜ!)

 

 戦闘による高揚、そして童な自分がこうして、綺麗な女性のおっぱいを叩いたことに対する興奮。

 その二つを持って俺はさらなる前進を求める。

 

 

 

 ズドン!

 

 右足を思い切り地面に突き刺し、右足一本で体を固定する。

 PEによる身体強化をもって、シルヴィアの衝撃波を、俺は真正面から受け止める。

 

 

「う、そ……」

「舐めるなと言っただろう、俺は目的のためなら手段を選ばない人間だ……もう一度言おう、ヒーローを。俺を舐めるな」

 

 

 その美しいおっぱいを眺める特等席を、俺が簡単に手放すわけがないだろう。

 結果、俺はシルヴィアとの距離を離すことなく、無傷のまま衝撃波を耐えきることに成功した。

 

 

 

 

 さて、紳士諸君。

 試練を乗り越えた勇者に、褒美が与えられるのが古今東西の伝承からも明らかなとおりだ。

 

 俺は、こうして彼女。

 シルヴィアのおっぱいから目を離さず、距離を開けずに耐えきったのだ。

 どれだけPE能力者としての戦力差が、俺とシルヴィアにあったとしても、本気を出していない今の俺では、至近距離で振るわれたシルヴィアの攻撃に、多少なりともダメージは負ってしまう。

 

 

 だから……褒美を頂いても良いと考えるのは、間違ってないよな?

 

 

「流石にちょっと痛かったからな……お返しだ」

 

 右パイを1ペチン。

 右を叩かれれば、汝左を差し出すべし。

 左パイを1ぺチン。

 

 

 おお、何度触っても柔い……

 例え敵だとしても、相手が犯罪者だとしても。おっぱいに罪はない。

 故に、俺は優しくパイぺチを行使した……紳士的だろ?

 

 

 両パイを左右からパイペチされたシルヴィアは、何が起きたのか理解できなかった様子だった。

 それもそうだろう、自分の攻撃を真正面から受け止められて、あまつさえ自身のパイをペチンされるなんて、誰が想定できるだろう。

 

 ましてや、相手はヒーローだ。

 

 

 

 ……ん? 俺ってヒーローだよな。

 良いのだろうか、こんなご褒美を頂いてしまった俺は、天罰が下ったりしないのだろうか?

 あまりの幸福に、俺は逡巡する。

 

 

 

 ……うん、問題ないな。だって相手は敵だ、悪い奴なんだ。

 ヒーローが敵を制圧するために、攻撃を加えてもいいと法的に認められ、国から頂いたその役目に従事しているだけだ。

 

 つまり、攻撃がおっぱいに当たってしまうのは、仕方のないことなんだ。

 

 

 文字通り命懸けで日本を守っているんだ、これぐらいの役得あってもまだ足りないまであるぞ?

 

 

 では、気を改めてもう1ペチンを加え――

 

 

 

「戦士の闘争に水を指すな」

「何が戦士の闘争だ! ただ変態が痴漢行為を働いただけだろ!」

 

 ようとしたところを、パイモンからの放たれたエネルギー弾のようなものが襲ってきたため、シルヴィアに対する追撃をやむなく中断。

 避ける動作はせず、PEを纏わせただけの手で弾く。

 

 何と無粋な横やりなんだ。

 

 

 叫ぶパイモンを無視して、顔を真っ赤にして呆けてしまっているシルヴィアに追撃を行おうとするが、無視した瞬間パイモンからの攻撃が連続してきたため。

 

 仕方なく跳躍して距離を離す。

 

 

「ソニックさんはどうした?」

 

 声を掛けながらパイモンの様子を確認する。

 

 全身を隠すように纏っている布は健在だが、ソニックさんとの戦闘のせいで所々破けたりしている。

 俺の評価では、ソニックさんの戦闘能力は高いほうだ。

 

 実際に戦闘記録を確認したわけではないが、それでも俺が特務に来る前から戦い続けている猛者だ。

 そんな人が、目の前のパイモンに負けるとは到底思えなかった。

 

 

「ずっと僕の周りをちょこまかとしてうざかったから、広範囲に吹き飛ばしてやったよ。シルヴィアから君のことは聞いてたからね、もしやと思ってきてみれば……」

 

 パイモンはそう言いながら、ちらりとシルヴィアに視線を向けて、大きくため息をつく。

 

 なるほど、俺の脅威度を正しく認識しているようだ。

 シルヴィア一人では、俺と真正面からやり合うには力不足。

 

 だから一度ソニックさんを戦線から遠ざけて、2対1の状況を作り上げたというわけか。

 中々の策士のようだな。

 

 

「パイモンだったな、どうやらお頭は悪くないようだ」

「そりゃどうも、シルヴィア一人でも多少なりとも君にダメージを与えることはできるようだからね。このままやらせてもらうよ」

「別に構わない」

 

 例えパイモンとシルヴィアを同時に相手をしたとしても、ソニックさんを捉えられない相手なら、例え複数で来られても負ける気がしない。

 

 しかし……俺は今の戦況よりも、一つの疑問を持っていた。

 未だに全身を黒い布で覆っているパイモンは、自身の表情を見せずに、その余裕そうな声色のみでしか、パイモンの様子を窺うことはできない。

 

 

「お前、オスか? メスか?」

「……女だよ。っていうか、人の性別をオスメスで聞いてくるとか。本当にヒーローなの?」

「ふっ、敵にどう思われようが構わないさ。それよりも重要なのは、俺の標的が増えたということ以外にない」

 

 その布の下にどんな姿を隠しているのか……

 人間、押すなと言われれば押したくなるし、隠されているものは暴きたくなるものだ。

 人間を人間たらしめるのは、未知への期待と、新しい世界を見出そうとする覚悟。

 

 

「まずはその布を取り払ってから。もう一度話をしようじゃないか」

 

 俺はパイモンの布を剥がすため、姿勢を低くした。



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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編4

 パイモンの布を取り払うため、姿勢を低くした俺は身体強化を行う。

 

「っふ!」

 

 

 軽く息を吐くようにして低い姿勢から、一足でパイモンの眼前まで高速で移動する。

 

 

 

 武術を極めた達人同士での戦いは、相手の呼吸を読むところから始まる。

 そして、次に観察するのは相手の足の動き。

 

 人間を含めた動物が行動を開始するとき、起点となる身体部位の大半が足になる。

 動くには必ず踏み込む事前動作を要するためだ。

 

 

 昔の武士が着用する袴、あんなダボダボな服を着て戦う人が一時とは言え、何故存在していたのか。

 諸説あるが、その中の一つに足の動作を含め、行動の起点を相手に悟らせないためというのが存在している。

 

 では、俺がパイモンに攻撃を仕掛けるため、体の予備動作を相手に悟らせないようにしたのかと聞かれれば、俺はNOと答える。

 長々と当たってるかも分からない前文を用意してまで、なぜ俺が説明したことと真逆のことをしたのか。

 

 

「なっ!?」

 

 対応されるなんてこれっぽっちも考えてないからだ。

 

 表情は伺えないが、驚愕しているのは声で分かった。

 

 

「目の前にいるのはヒーローだぞ、気を抜いてくれるな」

「ぐっ!」

 

 まずはパイモンにダメージを与えて行動を鈍らせることを考えた俺は、パイモンの頭部を標的に蹴り上げる。

 だが、流石に予備動作から、声を掛けるなんて余裕を見せた事で、辛うじてだがパイモンの両腕によるガードが間に合う。

 

 まぁ、力の差があるからガードしたところで、その上から叩き潰せばいいだけ。

 そう思い、辛うじて拮抗している足に更に力を込めようとする。

 

 

「私を無視しないでくれないかしら!」

 

 力を込めようとした瞬間を狙って、シルヴィアが未だに顔を少し赤くしたまま、俺めがけて大剣を振るう。

 

 

 インファイトを仕掛けていた時のように、不安定な体勢からの攻撃ではなく、しっかりと踏み込んだ大剣の一撃は、流石の俺でも無防備に食らえば、先ほど以上のダメージを負ってしまう。

 

 判断は一瞬に、俺はパイモンに防がれている足を、蹴り上げる動作から押し付ける様にして。

 まるで磁石の反発動作のようにして、シルヴィアの攻撃を回避する。

 

 

「あ、危なかったぁ……まったく、ヒーローなんだから正々堂々と戦ってよね。不意打ちなんて男らしくないよ」

「戦闘に正道も王道もねえよ、勝つか負けるかだ。だから大人しく膝を付けよ、敵」

「アハハ! 傍から見ても君はヒーローに見えないよ! 確かジョーカーと呼ばれていたね、もしかして君は特務かい?」

「よくわかったな。分かったらさっさと降伏しろ、そして顔を見せろ。どうせ可愛いんだろ?」

 

 PE能力者、その中でもPE量が高い人間になるほど、美形になるのは統計的に明らかになっている。

 そして、俺の甘々ではあったが先の蹴りは、大抵の敵は反応できない。

 特務が出張るような敵なら、その限りではないが。並みの敵ならあれで顎を蹴られて、そのまま一発KOだ。

 

 ソニックさんを一時的とは言え、戦闘地域外に吹き飛ばす能力。

 先の俺の攻撃に対する対応から見て、パイモンはシルヴィアよりもPE能力者として一つか二つは上と見ていいだろう。

 

 シルヴィアが接近戦向けのPE能力者なら、パイモンはエネルギー弾等の攻撃を考慮すれば、遠距離戦を得意とするPE能力者と見える。

 

 

 何が言いたいのかって?

 パイモンは十中八九、美少女ということだ。

 

 因みに、パイモンの身長はシルヴィアよりも小さい。

 声もシルヴィアと比べても幾らか高い声色をしている。そして僕っ子という、前世でも漫画でのみ存在が確認されている、レアキャラとなる。

 

 

 

 ……是非とも、そのご尊顔を見たいと思うだろう?

 

「か、かわっ……!?」

「え、何その反応。もしかして初心なの?ねえ、ちょっとお兄さんとお話しようよ。大丈夫、お兄さん優しいからほら、飴ちゃんあげ――」

「だから……私を無視しないでよ!!」

 

 

 パイモンは俺に可愛いと言われたことに驚き、何故か慌てて口と思える場所を、無意味に手で覆う仕草を見せる。

 

 

 おいおい、僕っ子で褒められるのに慣れてないとか。どんだけキャラを付けるんだ、可愛いじゃないか。

 お兄さんの良い所見せちゃうぞ?

 

 しかし、そんな俺に芽生えかけたお兄ちゃん魂を消し去るように、無視されていたシルヴィアが叫びながら、PEを纏わせた大剣で斬撃を飛ばしてくる。

 

 流石に無視し過ぎたか。

 まあ、戦闘中にパイタッチをされまくったのに、パイモンが来てからは一切相手にされなかったのだ。

 無視されるのは誰だって辛いからな、俺も前世で何回か悪戯でそんなことされたことあるが、あれは例え友人間でもきついものがある。

 

 

 そして、ナチュラルに斬撃が飛ぶとか前世では考えられない現象が起きているが、PE溢れるこの世界ではデフォルトだ。慣れてくれ。

 

 

「すまん、別に無視するつもりはなかったんだ。ただパイモンの可愛い素顔が見たくてな」

「ま、また! 僕をか、可愛いって……!?」

「貴方もさっきまでの余裕崩さないでよ!」

 

 かなりの力が込められていたと思われる斬撃を、俺もナチュラルにPEを纏わせた手で弾く。

 こう……パチンベチンって感じに。

 

 文字通り適当な対応と、パイモンのポンコツ具合に苛立ちを隠せないシルヴィアは、怒りが収まらない様子で、何かを取り出す。

 

 

 それはカプセル状の、見た目はどこにでも売っていそうな薬のようなものだった。

 

 

「ま、まて! シルヴィア!」

 

 さっきまでのポンコツがウソのように、真剣な声色で焦ったように叫ぶパイモン。

 しかし、当の本人であるシルヴィアはパイモンの言葉を無視する。

 

 

「私だって、覚悟してここに来たの。貴方がやらないなら私がやるだけよ!」

「違う! これ以上は体を壊すだけだと言っているんだ!」

「こんな世界を壊すためなら、私が壊れるぐらいどうだっていいのよ!」

 

 必死に止めようとするパイモンだったが、シルヴィアは聞く耳を持たず、取り出したカプセルを自身の口に入れ込もうとする。

 

 

「ま、目の前でそれを許すのは漫画の世界だけだわな」

「んぐ!?」

 

 だが、高速でシルヴィアの背後に回った俺が、シルヴィアの開いた口を手で押さえる。

 口を押さえると同時に、シルヴィアの手にしていたカプセルを取り上げる。

 

 

 盛り上がるのはいいけどさ、ヒーローの目の前でそんなことして、止められるとは思わなかったのか?

 

 

 シルヴィアから取り上げたカプセルを観察したいが、それは後でもできる。

 回収したカプセルを、戦闘服に幾つか備え付けられているケースに入れる。

 

 

「んぐう!」

「何を言っているか分からないが、何かしらの証拠を提供してくれてありがとう」

 

 未だに口を押さえられているシルヴィアは、驚いた表情が怒りへとどんどん変わっていき。

 何やら抗議の声を上げるが、口に生暖かい吐息と、少しの湿った感触が俺に伝わるだけで、後はくぐもった声が漏れ出るだけだった。

 

 

 おうふ、手に伝わるこの感触。

 相手が美女だと余計にやばいな、パイタッチに劣らぬ背徳感だ。

 

 いいぞ、もっと騒げ。俺がしっかり押さえてやるからな。

 

 

「騒ぐのはいい、もっとやれ。だが暴れるな」

 

 ま、ここまで感情が高ぶっているんだ。

 口以外も激しく動く。

 

 暴れる両手を、空いている手で無理やり押さえるが、自由に暴れる両手を一本で押さえるのが難しく。

 仕方なく口を塞いでいた手を離して、両手でシルヴィアを拘束する。

 

 

「おっと動くなよ、お前が遠距離向けのPE能力者だってことは当たりが付いている。お前が攻撃すれば俺はともかく、シルヴィアが痛い思いするだけだぞ」

「クッ!」

 

 俺に拘束されたシルヴィアを助けるためか、パイモンが能力を行使しようとするのを言葉でけん制する。

 苦虫を嚙み潰したような表情になるが、パイモンは能力の行使を中断する。

 なるほど、敵にも仲間意識はあるんだな。

 

 パイモンが動かないことを確認した俺は、改めて至近距離からシルヴィアを観察する。

 

 戦闘中は少々魅力的な部位に目が行ってしまい、顔を至近距離でしっかりと見たことは無かったのだ。

 

 

 うん、やはり美人だ。

 顔立ちは整っているし、手入れもしっかりしているのか、荒れているなんてこともない。

 

 バトルドレスなんて普通の女性が着ればアンバランスの一言だが、シルヴィアの場合はむしろバトルドレスが着られているほどだ。

 やはりPE能力者の美形度の高さが窺える。

 

 そして何より目立つのがその白髪だ。

 この世界、PEなんて摩訶不思議な法則が存在するのだが、それでも髪色がピンクだったり緑だったりなんてことはない。

 俺もソニックも、そして他のPE能力者の殆どが、黒髪だ。

 

 たまにブロンドだったりもいるが、白髪というのは今の所見たことがない。

 

 

 両手の拘束を左手に任せて、余裕のできた右手でシルヴィアの髪を無遠慮に撫でる。

 普通なら御法度もいい所だが、相手は敵だ。この髪にシルヴィアがこの数日で、驚異的なまでの力を手に入れた秘密があるかもしれないだろ?

 

 

「白髪か、それにしてもサラサラだな」

 

 自然と口からそんな言葉が漏れ出ていた。

 

 触ってみてわかったが、この白髪は恐らく地毛なのだろう。

 そう確信をモテるほど、シルヴィアの白髪は自然的で……美しかった。

 

 

「……の……るな」

「ん?」

 

 だが、俺が髪を触った瞬間、シルヴィアの様子が変わる。

 さっきまでは逃げ出そうと必死に抵抗していたのに、まるで噓のように静かになる。

 

 シルヴィアが何かを小さく呟いたが、これほどまで近くにいる俺にも聞き取れないほど小さかった。

 

 

「……私の髪にぃ……触るなあ!!」

 

 今度は世界に響かせるようにシルヴィアが叫ぶ。

 そして、叫ぶと同時にシルヴィアを中心としてPEが荒れ狂うように暴れだす。

 

 俺はその現象がどういうものか一瞬で理解した。

 

 

 PE能力の暴走。

 

 

 

 それは一定以上のPE値を持つ能力者が、感情の暴走と共に起こしてしまう最悪の現象だ。




主人公のちょっとアレな言葉遣いは、戦闘コスチュームのマスクの御かげです(唐突の暴露)


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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編5

日間ランキング1位……マジですか……
ちょっと本格的に頑張ろうと思います。

お気に入り登録、高評価、感想、そして無数に広がる誤字脱字のご報告。
誠にありがとうございます。


今回は長めに書きました!


 非PE能力者が、ネットの掲示板などでPE能力者に付いて愚痴っているのを、よく見かける。

 内容は多様だが、幾つかにまとめれば。

 

 派手な能力があって羨ましい。

 人生勝ち組。

 不平等。

 

 とかが殆どだ。

 

 だがしかし、PE能力者から言わせれば皆眉を顰める。

 

 

 勘違いされがちだが、PE能力者は能力の発現からすぐに、自身のPE能力を手足のように自由に扱うなんてことは出来ない。

 前に、感情コントロールの訓練の話をしたと思うが、PE機関の訓練生が一番初めに行うのがこれだ。

 

 そう、戦う方法や、能力の訓練などよりも優先して行われるのが、感情コントロールの訓練。

 つまり何よりも感情というのがPE能力者にとって、一番鍛えなければいけない分野になる。

 

 

 PE能力に目覚めた者のうち、何人かが死亡する。

 誰かに殺されるとかではない、発現した自分のPE能力によって自死するのだ。

 

 発現当初のPE能力は、もちろん個人差はあるが。

 稀に暴走列車のごとく、リミッターが外れた状態で発現する人間がいる。

 そして、列車の運転方法を知らないただの人間が、暴走した列車を止めることなんてできないのと同じで。

 大抵の人がそこで最も多く死んでいく。

 

 

 そうなる前に保護するのも、毎年のPE検査を行う理由の一つだったりする。

 

 

 そして、発現した当初のPE能力は総じて扱いづらい。

 PE値が高ければ、能力の強さも上がるが、その分制御も難しくなる。

 

 俺が人一倍感情コントロールの訓練を酸っぱく行っているのも、常人を遥かに超える自分のPE能力に飲まれないようにするためだ。

 感情のコントロールが不安定になった状態で、PE能力を無理やり行使しようとすると、PE能力の暴走が起きる。

 

 

 PE能力の暴走。

 

 シルヴィアのように、常人では到底持ち上げることすら不可能な大剣を、自由に振り回せる程の力を与え。

 車を嘘のように吹き飛ばし。

 建物をスナックのように破壊する力だ。

 

 

 そんな爆弾並みの力が、人の制御を失い暴走する意味が、非PE能力者に理解できるだろうか。

 自分の扱う力が、何時自分もろとも周囲を巻き込んで、無差別に破壊する可能性を秘めていることの意味を。

 

 本当の意味で理解できるだろうか。

 

 

 だからこそ、ヒーローになる人間は、どれだけ強かろうが感情のコントロール1つでふるい落とされる。

 

 

 

 

 俺は改めて、目の前でPE能力の暴走を起こしているシルヴィアを見る。

 PE能力が暴走した時の被害は、その暴走を起こしたPE能力者によってまちまちだが、総じて言えることがある。

 

 

 それは何もしなければ街に看過できない程の被害を及ぼすということだ。

 

 俺はまがりなりにもヒーローだ、街を壊させるなんてことを見過ごすはずがない。

 ……しかし、どう対処すればいいんだろうか。

 

 

 

「よう、俺が散歩行ってる間になにが起きたんだ?」

 

 暴走を起こしているシルヴィアを視界に収めながら、どう対処しようか考えていると。

 パイモンに吹き飛ばされたはずのソニックさんが、横に立って現状についての説明を求めてきた。

 

 

「パイモン、並びにシルヴィアと交戦。一時的にシルヴィアを拘束しましたが、髪に触れた瞬間にPE能力を暴走させました」

「髪一つで暴走とか、全く敵ってのは本当に身勝手で好かねえな」

 

 ため息をつくソニックさん。

 

 

「すみません。PE能力の暴走を止められませんでした」

「お前は悪くねえよ、俺もパイモンに吹き飛ばされちまったしな。ま、反省会はまた後だ、今はこいつをどうにかするぞ」

「はい!」

 

 

 暴走を目の前に、俺とソニックさんは事態を解決するために行動を開始した。

 

 

 

 

「パイモン、お前も手を貸せ。このままだと最悪シルヴィアを処理しないといけない、だがお前が手を貸すならシルヴィアの暴走を止めることができる」

「……ち、仕方ないな。僕もシルヴィアにはまだ死んでほしくないしね」

 

 暴走するシルヴィアを目の前に、呆然としていたパイモンに協力を申し出る。

 一瞬だけ考える仕草を見せるが、すぐにパイモンは協力を受け入れてくれた。

 

「でもいいの? ヒーローが敵を助けようとしたり、ましてや協力を願い出るなんてさ」

「特務は少々特殊でな、俺達が持っている権限は他のヒーローよりも多い。事態の収拾のためなら、それぐらい問題ないんだよ」

 

 

 特務の性質上、現場での裁量が重視される。

 特務が相手をする敵は、一歩間違えば周囲の人間に被害を及ぼす奴もいる。

 拘束なんて甘いことが出来ない敵もいれば、PE能力が日本にとって有力と判断される敵もいる。

 

 要は敵のスカウトも、特務の権限として俺達は持っているのだ。

 

 その延長線上に、一時的な敵との協力も大っぴらには言えないが、認められている。

 

 

 乱雑に言えば、成果を出せば大抵のことが許される。

 

 

「私が今まで会ったどのヒーローよりも、君達はヒーローらしくないね」

「バカな敵に教えてやろう。ヒーローに求められるのは姿勢じゃない、結果だ」

「話は後でもいいだろ。俺達がいまするべきは目の前で馬鹿してる敵を、一刻も早く助けることだ」

 

 俺達がこうして話をしている間にも、シルヴィアの暴走は加速的にその脅威を周囲に振り撒いている。

 荒れ狂うPEの波は無差別に周囲の環境を破壊していく、俺達が今立っている場所も、シルヴィアに近い場所に位置している。

 

 このまま行動を起こさなければ、もはやシルヴィアに近づく事すら難しくなる。

 

 

 そして、それよりも問題なのがシルヴィアの体だ。

 PEの暴走は能力者本人の体の事なんてお構いなしだ、今こうして時間を無為に浪費している間にも、シルヴィアの体は内側から徐々に破壊されている。

 

 早急にどうにかしなければ、シルヴィアは自滅する。

 

 

「ソニックさん、どう対処すれば?」

「PE能力者の暴走を止める方法は、手段を選ばなければ幾つかある。中でも代表的で最後の手段が対象の始末だが、今回はまだその段階じゃなくて助かる」

「じゃあ、シルヴィアは助けられるんだね?」

 

 敵といえど身内に対する情はある。

 特に裏の人間であればこそ、信用できる人間の少なさから、仲間意識を強く持つことで互いの身を守る。

 

 PE能力者の敵が少数での組織を好むのも、こういった理由が大きい。

 

 

 不安そうなパイモンに、ソニックさんは優しい声で『大丈夫だ』と答える。

 

 

「暴走を止めて、なおかつシルヴィア自身も助ける。この面子で出来ることは少ない、一度しか説明しないから聞き逃すな」

 

 ソニックさんの真剣な声に、俺とパイモンは静かに頷き、ソニックさんからの指示に耳を傾けた。

 

 

 ☆

 

 

「覚悟はいいな?」

「勿論です、ソニックさん」

「覚悟なんて、昔から僕はとっくにしてるさ」

「よし! じゃあさっさと行動を開始するぞ!」

「「応!」」

 

 ソニックさんから説明を受けた俺達は、掛け声に反応すると同時に行動を開始する。

 

 

「ごめんねシルヴィア、当たったらちょっと痛いかもしれないけど我慢だよ!!」

 

 最初に動いたのはパイモンだ。

 パイモンは俺に向けてはなったものと同じ、PE能力によるエネルギー弾を、数えるのも面倒になるほどに連射する。

 

 俺に向けたように、単発でない分威力は落ちてしまうが、今回に関してはそれでいい。

 目的はダメージを与えることじゃないからだ。

 

 

「あああああああああ!」

 

 威力はないとはいえ無数に迫ってくる攻撃に、シルヴィアは周囲を破壊していたPE能力の一部を、防御に回す。

 

 

(ソニックさんの言ってた通りか……)

 

 暴走した状態で、コントロールの効いていない破壊するだけのPEが、どうして防御なんて行動に移れるのか。

 それは生き物の防衛本能によるものだ。

 

 暴走し、本人は無意識だったとしても、生物の本能として外部からの攻撃に無意識下でも防衛本能が動く。

 

 シルヴィアの暴走している姿を見て、ソニックさんの言っていた言葉に半信半疑だったが、先のシルヴィアの反応を見て、その言葉が正しかったと胸を撫でおろす。

 

 

 そして幸いにも、威力よりも数を優先させたパイモンの攻撃は、シルヴィアに届くことは無く。

 真正面から打ち消されるか、弾かれて明後日の方向に飛んで行ってしまうかだ。

 

 

「おいパイモン! 真っすぐシルヴィアに向けて攻撃するんだ! 弾かれる数が多いと俺が相殺しきれない!」

「わ、分かってる!」

 

 シルヴィアによって弾かれたパイモンの攻撃を、高速で移動し続けているソニックさんが打ち消す。

 例え威力が低いと言っても、それは俺達基準だ。

 

 だからもしも弾かれたパイモンの攻撃が、間違って周囲の建造物に飛んで行ってしまえば、待ってるのは目を覆いたくなるほどの二次被害だ。

 

 そうさせないため、機動力に長けているソニックさんが絶えず、移動を繰り返して弾かれたエネルギー弾の対処を行う。

 

 

 絶えず行われる執拗な攻撃に、暴走しているシルヴィアの防御反応がどんどん強くなっていく。

 同時に、周囲に渦巻いていたPEの波が少しばかりだが、弱くなるのが見て取れた。

 

 

 不規則に荒れ狂っていた暴走の波に、防御という無意識下の行動により、本来であれば生まれるはずの無かった規則性が出来上がっていく。

 しかし、現れた規則性に指向性はなく、常人が見れば当初と変わらない暴走に見えるだろう。

 

 

 俺の仕事はここからだ。

 荒れ狂う中に微かにできた規則の中から、僅かな隙間を探す。

 

 考える必要はなく、俺の直感が“行け”と指示を出すまでじっとこらえる。

 

 いつの間にか視界は狭くなっていき、景色が色あせていく。

 そうして、目的を果たすために必要な情報のみを残して、それ以外の情報を次々と排除していく。

 

 

「ちょ、ちょっとジョーカー君!? ぼ、僕のPEがもうそろそろ尽きちゃう!」

 

 どれくらい時間が経ったのか分からないほど集中していた俺に、パイモンの声が聞こえたのかは分からない。

 だが、残された時間が少ないことだけはすぐにわかった。

 

 残された時間は、パイモンの力が尽きるという意味でない。

 シルヴィアが暴走に耐えられず、自壊してしまうまでの時間が、もう残されてないということだ。

 

 

「ふっぐぅ……! も、もう……!」

 

 苦しそうな声だけでも、顔の見えないはずのパイモンが、苦悶の表情を浮かべていることが分かるほどになったときだった。

 

 

 “行け”

 PE能力者としての俺がそう言って、自身が待ち望んでいた言葉を告げた。

 

 

 俺が溜めていた力を解き放ち、体を暴走の波の隙間に滑り込ませるようにして、シルヴィアに接近したのと。

 今まで続けていた無理な攻撃に耐えられず、パイモンが膝から崩れ落ちたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「ッグ……!!」

 

 それから数秒もしないうちに、シルヴィアからくぐもった声が聞こえ。

 あれほど荒れ狂っていた力の波動が、ピタリと止まる。

 

 俺がシルヴィアの腹部に放った拳を引き抜くと、支えを失ったようにしてシルヴィアの体が崩れ落ちる。

 

 

「髪、勝手に触って悪かったな……」

 

 

 暴走する直前、シルヴィアの叫んでいた言葉を思い出す。

 彼女にとって、自身の雪のように白い髪がどういう意味を持っていたのか分からない。

 

 だが、叫んだときのシルヴィアの表情は、何かに怯えているようにも見えた俺は、意識を失っている状態のシルヴィアに、一方的な謝罪をする。

 

 

 

 

「おっし! よくやったぞジョーカー! 流石期待のエースだ!」

「いえ、ソニックさんがこの作戦を考えてくれなかったら、この結果は生まれませんでしたよ」

 

 神妙な気持ちになりかけていた俺だったが、ソニックさんの声に意識を切り替える。

 さっきまで無規則に弾かれていたパイモンの攻撃を、高速移動と合わせて相殺し続けていたソニックさんが。

 まるで疲れを感じさせない軽さで、俺の近くに来る。

 

 だが戦闘服には細かな傷が目立ち、上手く相殺出来なかった攻撃を、自身の体を使って無理やり受け止めた様子が見て取れた。

 

 

 ソニックさんがあの時、俺とパイモンに説明してくれた作戦は至極簡単なものだった。

 その代わり、実行するには現実的とは言いづらいものだったが。

 

 

 

 ソニックさんが伝えてくれた作戦はこうだ。

 

 最終目標は、メンバーの中で攻撃力に長けている俺が、シルヴィアに接近して暴走している状態の意識を刈り取り、暴走を止めること。

 そこで問題なのが、シルヴィアの暴走によって起こされた、自分を中心とした暴走の波動だ。

 無策に突っ込み、能力によるごり押しは出来ない。

 

 正確にはできるが、それに対抗しようとしたシルヴィアが、自身の体の事を考えずに暴走を加速させてしまう可能性が高かったから、力によるごり押しは断念した。

 

 そこで考えたのが、シルヴィアに隙を無理やり作るというものだった。

 

 

 まず始めに、パイモンが得意とする遠距離攻撃で、威力は度外視の数を中心として、シルヴィアに攻撃を継続的に行わせる。

 そして、説明した通り、暴走状態での防御反応によって、無秩序だった暴走の波に少しの規則性を持たせる。

 

 威力がない分、シルヴィアから見た時の脅威度は低いだろう。

 しかし攻撃は攻撃だ、しかも威力はなくとも無数に放たれる攻撃は、思考力を共わない生物からすれば対処せざるを得ない。

 

 二次被害を避けるため、機動性に優れているソニックさんが全体的なカバーに動く。

 

 

 そうしてようやく生み出された隙を、俺がつかみ取る。

 

 

 

 という、話だけ聞けば至って簡単そうで、実行しようとしたときの難度が滅茶苦茶高い作戦が出来上がった。

 

 

 自分で言うのもあれが、常人では到底不可能だ。

 プロと呼ばれるヒーローや、俺達のような特務といった常人以上の力を持つ人間が、協力して初めて成功する作戦だ。

 

 

「謙遜するんじゃねえよ、最後をきっちり決めたのはジョーカー。お前だ」

「ははは、そう言われると頑張った甲斐がありましたよ。でも、ソニックさんがカバーしてくれたから、俺が集中できたのは紛れもない事実ですよ。ありがとうございます」

「ハハ! そう言ってくれると、俺も先輩の矜持が保てたってもんだよ」

「あと、パイモンも頑張ってくれましたからね……あれ?」

 

 互いの健闘を称え、事態の収拾のため一時的とは言え協力を受け入れてくれたパイモンに、話を振るためパイモンを探すが。

 当の本人の姿はなく、周囲を見回すがパイモンの姿が見えなかった。

 

 

「どういうことだ……」

「お、おい! シルヴィアも居なくなってるぞ、ジョーカー!」

「はあ!?」

 

 姿を消したのはパイモンだけではなかった、そこで倒れているはずのシルヴィアも、パイモン同様に忽然と姿を消していた。

 周囲を見回すがパイモン同様、シルヴィアの姿を見つけることはできなかった。

 

 

「してやられたな……」

「まさか移動系の能力者がいたとは、それに気が緩んでいたとはいえ、俺達に気づかれずに二人を回収するなんて、中々やりますね」

 

 この状況で考えられる最も高い可能性は、パイモン達の仲間が最低でも一人、近くに潜伏していたといことだ。

 瞬間移動や、テレポートといったPE能力も稀ではあるが確認されているし、現状から考えて確度は高いだろう。

 

 

「1度ならず2度も逃がしてしまいました……」

「仕方ねえさ、今回は俺も一緒にいたんだ。特務長に怒られるなら一緒だから、そんな落ち込むんじゃねえよ」

「……ありがとうございます」

 

 消えた敵を追うにも、どこに向かって移動したのかもサッパリ分からない。

 結果、俺は何とも締まりの悪い結果を引っ提げて、自分の巣に戻るのだった。



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 シルヴィアとパイモンを取り逃がした俺とソニックさんは、自分たちの所属する特務機関の、本部に帰還した。

 そして、休憩をする暇もなく任務の結果を報告するために、本部のとある一室の前に立っていた。

 

 

「はぁ、毎回この部屋に入るときは緊張するよ。俺」

「そうなんですか? でもソニックさん特務長と普通に話してません?」

 

 俺達の目の前にある両開きの扉の先は、特務機関の実質的なトップである。特務長がいる部屋だ。

 扉を開ける前から感じる異様なプレッシャーは、この部屋にいる特務長という上司に、今回の任務の結果を報告することに起因するものではない。

 

 PE能力者の中でも、猛者ばかりが集う特務機関。

 良くも悪くも、PE能力に秀でている者達は皆アクが強い。

 

 そんな個性の集団を指揮する人間が、普通の非PE能力者なわけがなく。俺達が今感じているプレッシャーは、錯覚でも気のせいでもない。

 この中にいる特務長が発するPEによるものだ。

 

 

 俺は自分のことを圧倒的な強者と断言できる、それだけの力と実績を俺は持っているからだ。

 だが、そんな俺でもこの人には勝てないだろうと、どこか理解させられてしまうのだ。

 

 自分の命を掛け、あらゆる手段をもってしてなお、“足りない”と感じてしまう。

 それが俺達特務に所属するヒーローのトップを務める、特務長という人間だ。

 

 

 隣にいるソニックさんは、そんな特務長が苦手なようで、顔には皺を寄せてこれ見よがしに溜息をついている。

 

 

「普通なんてもんじゃねえよ、毎回辟易してるんだよ。つうか俺よりもお前の方が特務長と上手くやれているだろ?」

「別にそんなことないですよ、俺だって毎回緊張しているんですから。報告は先輩であるソニックさんにお願いしますよ」

 

 

 別に特務長が嫌いでも、苦手というわけでもない。

 ただあの人から感じ取れる力に、体がすくんでしまうだけだ。

 

 

 しかし、そんな俺の発言が気に入らなかったのか、ソニックさんは俺を睨む。

 

 

「ジョーカーよ、お前がここに来てから1年と少しが経ったな」

「そうですね」

「そして名ばかりとは言え、部隊を率いる人間でもある。つまり、俺と同格というわけだ」

「はぁ、まあ役職的には一緒ですけど……」

 

 

 この人は突然何を言っているのだろうか。

 自分たちが今いる場所は、機嫌を損ねたら何をさせられるか分からないような、要注意人物の巣の目の前だぞ。

 

 今話している内容だって、聞かれていると思ったほうがいい。

 だからこそ、俺はここでの発言に気を付けているのだが、今のソニックさんを見ていると、ついぽろっと言ってしまいそうで怖いぞ。

 

 

「先輩後輩の関係は大事だ、だがな? 俺達は特務のヒーローだ、下される任務の難度、そして重要度は他の連中には任せられないものが多い」

「はい、一つ失敗すれば。それこそ数千、下手をすれば万単位の民間人に被害が出てしまう任務もありました」

 

 

 そんな任務、実際に経験した数は1つか2つくらいだった気がする。

 まあ、それだけ大きな危険を伴う場合。特務のヒーローは勿論、特務以外のヒーローや自衛隊などとの協力体制で取り組む。

 

 

「そんな時だ、お前は自分の判断で任務を遂行しなければならない。一番重要なタイミングで、一番重要な選択を迫られるのは、部隊長である俺達だ」

「……はい」

「そんな人間が、自分より長く務めてただけの同格相手に、さん付けしてるんじゃねえ……それじゃあ、お前に部下ができた時に示しが付かねえ」

「いや、でも人としての礼儀が……」

「これはお前だけじゃなく、部下のためでもあるんだ」

 

 

 ソニックさんの言葉に、常識的な思考で俺は返そうとするが。

 そうするよりも早く、ソニックさんは言葉を続ける。

 

 

「部下はな、いつも上を見てるもんだ。この人に付いて行って大丈夫か。この人は自分を扱うに足る人間なのかってな」

「……あ」

「ッフ、わかったか? 礼儀正しいのは重要だ、だがそれ以上に。上に立つ人間にはそれに伴う“姿勢”ってのが必要なんだよ」

 

 

 ソニックさんの言葉に、俺は驚きながらも納得してしまった。

 

 目の前の先輩も、そして特務長や他の部隊長は皆。いつも堂々としており、頼れる人と思えるような人ばかりだ。

 特務長室の前で、うなだれていたソニックさんでさえ。作戦時や訓練、そういった時のこの人の頼もしさは、今日だって目の当たりにしたばかりだ。

 

 

 部隊長に求められるのは、強さは当然として、そういった人間としての器も見られると言うこと。

 要は舐められないということだ。

 

 

「だから俺のことをソニックさんなんて呼ぶんじゃねえ、“ソニック”って呼べ。あと敬語も要らねえ、俺達は対等な関係だからな」

「はい! あ、わ、わかった……ソニック」

「おう、改めてよろしくな。ジョーカー」

 

 

 俺の言葉に満足したのか、ソニックさんはいつもの気前のいい笑顔を見せてくれる。

 

 

「良し、じゃあジョーカー。お前が更に部隊長として成長するために、まずは特務長に正々堂々、胸を張って任務の報告をするんだ!」

「はい!」

 

 

 ソニックさん……いや、ソニックはいい人だ。

 こうして、先輩として足りていない俺に色々と教えてくれ。さらに成長する機会をくれたのだ。

 

 先輩の、目標とするべき存在の言葉を胸に、俺は特務長室の扉を開けて、成長するための一歩を踏み出した。

 

 

 ☆

 

 

 扉を開けて、中に入る。

 扉越しでも感じ取れていた重いPEを、一歩前に出るたび強く感じる。

 

 だが、ここで縮こまっていては、後ろで見守っている仲間に示しが付かない。

 俺は大きく足を前に出し、地面を強く掴むようにして確かに前に出た。

 

 

「待っていたぞ」

 

 

 特務長室に入った俺達に、声を掛けてきたのは、平均身長より少し高い背を持っている俺よりも、頭一つ分背の高いスキンヘッドの大男だった。

 

 名前は“ミスターハンマー”。

 特務の例にもれず、俺達は彼の本名を知らない。

 

 名前と見た目から分かる通り、彼の戦闘スタイルは己の体だけを使った、超肉弾戦闘になり。ソニックさんとはまるで逆タイプの超能力者になる。

 

 

 PE能力は勿論、身体強化。

 だが、能力者としての彼は兵器に例えられるほどだ。

 

 絡め手を得意とするPE能力を持つ敵なんかは、彼にとって恰好の獲物だ。

 それほどまでに、シンプルな力というのは、それ故に強大になる。

 

 

 そんな大男が、その見た目から想像できる低音ボイスで、素材は分からないが、高価なものだと一目で分かるテーブルと椅子がある場所に手で誘導する。

 

 

 高価なテーブルと、それに見合う椅子へと誘導された俺達は、特にこれといった反応を見せることなく、黙って座る。

 特務長室に入ったときは、毎回ここに座らされる事もあり、1年と少しの俺でさえ慣れてしまっている恒例の流れだ。

 

 

 俺達が座ったことを確認すると、ミスターハンマーが……めんどいからこれからはハンマーと呼ぶ。

 ハンマーがテーブルの上に、これまた高そうな木製の容器を4つ並べて、その全てに茶を入れていく。

 

 

 ……大体の人は既に察しているかもしれないが、目の前にいるハンマーは俺達が会うことを目的とした相手ではない。

 俺達と同じ、特務に所属するヒーローだ。階級で言えば俺達より下になる。

 

 

 では、なぜそんな彼がここにいるのかというと、それは今彼が目の前で入れているお茶に関係する。

 

 ある日特務長が、ハンマーの入れたお茶を飲んだ。飲んだ茶の美味しさに胸を打たれた特務長による、鶴の一声によって。

 彼は全てを破壊し、シンプルな力で敵を叩き潰す破壊者から。

 こうして茶と、特務長当てに送られる資料の精査といった、秘書のような繊細な職に転職したのだった。

 

 

 実際、彼の入れるお茶はどうしてか美味い。

 

 

「特務長、お茶を入れました」

「分かった」

 

 茶を入れ終わったハンマーが、この特務長室の中で唯一、木ではない何かの皮を使った椅子が動き、一人の人物が姿を見せる。

 

 

「よく来た、待っていたぞ」

 

 子供のような、まるで鈴の音のような声が、部屋に響く。

 この重苦しい空気が充満する特務長室において、高く跳ねるような声色は、異質だった。

 

 姿を見せた人物。

 身長はかなり低い、まさしく子供と表現できるほどの背格好をしている。

 長い金髪はサイドツインテールにしても、腰まで流れるように垂れている。

 

 見た目も身長同様、幼い顔をしており、ツインテールと合わせて違和感のない顔立ちをしている。

 

 特務長のみが着用を許される上着を羽織り、短いスカートからは健康的な太ももが露になっている。

 

 

 言葉を尽くすのは止めよう。

 俺達の目の前に現れたのは、見た目だけで言えば小さな女の子だった。

 

 

 本来であれば、そんな場違いな人物に何かしらの声が上がるのだが、この場においてはそれがまかり通っている。

 なぜなら。

 

 

「お~やっぱりハンマーのお茶はいつ飲んでも美味しいね」

「ありがとうございます、今日は初めての茶葉を使用してみました。“特務長”」

 

 

 ハンマーのその巨漢な見た目からは想像できない綺麗な言葉遣いに、満足そうな笑みを浮かべている金髪ツインテールの少女こそが、

 俺達が所属する国家PE機関特殊作戦工作公務課、通称“特務機関”のトップにして、アクの強い特務ヒーローたちを力で押さえつけることのできる唯一の人物。

 

 特務機関最高責任者、特選任務長。名前はジョンドゥ。

 今の俺がどう足掻いても勝てないと思ってしまう唯一のPE能力者、化け物だ。




やっと主人公が所属する組織の名称が出ました……(投稿日に考えました)
国家PE機関特殊作戦工作公務課
特務機関最高責任者、特選任務長
自分で書いていて思いましたが、これ覚えられないです。
しっかりメモして忘れないようにしないと。。。



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後ろの正面、だあれ? 1

今回のお話と次話、そしてもしかしたら次次話ぐらいが、序盤で一番の重要回になると思います。


「ふむ、ではジョーカー君はこの薬が今回取り逃がした敵、シルヴィアと呼ばれる女性が、この短期間で驚異的な成長を遂げた原因だと考えているんだね?」

「ええ、まあそうですね。この薬を取り出したときのパイモンとシルヴィアの会話からも、その可能性が高いと思っています」

 

 

 特務長、ジョンドゥは、俺がシルヴィアから回収したカプセル状の薬を手に取り、まじまじと観察する。

 

 

「全く、今どきの敵と来たらこんな得体の知れない物を使うとは思いませんでしたよ。それに、パイモン反応から体への影響は良いモノばかりではない様子でしたし。呆れてしまいますね、所詮は敵。俺でも、例え敵に勝つためとは言え、こんなまがい物に頼りたくはないですね」

「お、おい。それは言い過ぎなんじゃねえか、ジョーカー」

「……」

 

 俺の言葉にソニックは驚いたような反応を見せる。

 

 どうしてソニックがそこまで驚くのかが理解できなかった俺は、ソニックの言葉を一旦無視して、無言でこちらを見つめる特務長に視線を向ける。

 

 

「……そうだね、ジョーカー君の言う通りだ」

「と、特務長まで何を……」

「考えても見たまえ。我々ですらPEについての研究というのは月並な歩みだ。そんな中で、国より敵がPEを短期間で強化出来る薬を開発するなんて、到底現実的じゃない」

 

 

 頼みの特務長ですら、俺の意見に同意したことに、ソニックは諦めたような表情を浮かべる。

 ソニックには申し訳ないが、ここではソニックの考えはマイノリティだ。

 

 そんなソニックの反応を気にも留めず、特務長は観察していた謎の薬をテーブルの上に置く。

 

 

「厳密に言えば、我々でもPE能力者を短期間で強化する薬品は幾らでも作れる。ならば何故そうしないのか」

「……危険性、若しくは現実的じゃないとかですか?」

「その通りだよソニック君。PE能力の強化は確かに可能、だがそれに伴う危険性が釣り合わないんだよ。それこそ、良くて薬の反動で暫くは能力者として使い物にならない。そして悪ければ……」

 

 

 軽い口調とは裏腹に、特務長室に漂う重い空気が厚みを増していくような錯覚が伝わってくる。

 特務長は幼い見た目からアンバランスな印象を受ける程の、邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。

 

 

「廃人か、死ぬか……になるね」

 

 

 場の空気、特務長の邪悪な笑み、そして最先端を行くはずの国の技術でも、未だ実用までこぎつけられない薬。

 そこまで聞いて、最悪の結果が想像できない人間は居ないだろう。

 

 特務長の言葉を予め予想していた俺達だったが、それでも言葉として出されたものを受け止めるには、少々時間を要した。

 

 

「ま、とは言っても、この分野に特化したPE能力者が居たりしたら別だけど、もしもそんな人材が居たら私が見逃すはずがないからね。大方国の腐った政治家共が、小金欲しさに売人のまねごとでもしてるんだろうさ」

 

 そう口にした特務長の様子からは、想像できる因果関係に対して、口では蔑むように言っているがその実、どうでもいいようだった。

 

 もしも、特務長の言っていることが本当だとすれば、バカな政治家のせいで現場のヒーロー達の被害が大きくなるということだ。

 ソニックも同じ考えに至ったのか、疲れたような表情で溜息をついていた。

 

 

「そんな政治家がいるなら敵でいいですよね、俺に処理させてください」

「お、おい! 今の言葉を取り消すんだジョーカー! 冗談で済まされねえぞ!」

 

 

 ここは国直轄の機関であり、俺が今座っている場所はその機関のトップの部屋。

 目の前にいるツインテールの少女も、異端とも言える特務を率いる長だ。

 

 俺の、もはや謀反とも取れる言葉を、ただの戯言として捨てるのか、反逆の意志を持っている危険分子としてこの場で処理されるか。

 それは目の前で満面の笑顔を浮かべる少女次第だ。

 

 だからソニックは慌てているのだろうが、慌てる必要はない。

 

 

「よく言ったぞジョーカー君、もしも腐った豚共を敵と定めることができた時には、君にその任務を任せようじゃないか!」

「楽しみにしています」

「……ど、どうなってんだよ……これ……ジョーカー、お前どうしちまったんだよ……」

 

 どうしたもこうしたもないだろ、腐っているなら斬り落として新しく、新鮮で健康的な物に切り替える方がいいに決まっている。

 

 特務長がどういう人間なのか、そして国の上層部に対してどういう印象を持っているのかをある程度知っている。

 なんせ、この人と初めて出会った時の一言目が、上層部を豚と呼び、家畜と貶していたからだ。

 

 だが、そんなことを知らないソニックからすれば、先の流れは異様なものに見えたのかもしれないな。

 

 疲れ切った様子のソニックは、小さくぶつぶつと何かを呟いている。

 それでも特務の人間なのかと言いたくなってしまうが、ここは我慢だ。なぜなら今のソニックに言葉を投げるのは俺の役目じゃないからだ。

 

 

「ま、そんなぶつぶつ言ってないでさ。特務にいる人間が、上を嫌っているのは知ってることだろ? それよりも、この薬を研究所の連中の所に持って行って、解析を依頼してきてくれ。それが終わったらしばらく休むといいよ。ソニック君」

「……そうですね、そうさせてもらいます」

 

 特務にいる人間、特に戦力として集められた物の中には、半ば脅すようにしてここに入れられた人間もいる。

 そういった事情をソニックも知っているため、特務長の言葉に素直に従い、足早に部屋を出ていった。

 

 部屋を出る瞬間、ソニックが俺の方に視線を送ってきた。

 その瞳にどんな意志が混ぜられていたのか、俺には理解できなかった。

 

 

「では、報告も終わったので俺も失礼します」

「いや、ジョーカー君。しばらくぶりじゃないか、もう少し話をしようじゃないか」

 

 報告も終わり、これ以上ここにいる必要が無いと思った俺は、特務長に断わりを入れようとするが。

 特務長から返ってきたのは、延長の命令だった。

 

 別に断る理由もないため、少し浮かしてしまった腰を、もう一度座り心地のいい椅子に戻す。

 

 

「君と最後に話したのは何時ぶりかな、多分2か月ぐらいだったと思うけど?」

「そうですね、俺が部隊長になったときにお話を頂いたのが最後です」

「そうかそうか、いやぁ。時間が流れるのは早いねえ、あの日からもう2か月も経ったのかー」

 

 ウンウンと、何が楽しいのか分からないが、特務長は満足そうに頷き。

 笑みを浮かべていたせいで細められていた目を少しだけ見開き、俺に視線を送る。

 

 その瞳に映る、まるで濁った光から、俺はどう見えているのだろうか。

 ソニックの時もそうだったが、得体のしれない化け物はそれ以上に何を考えているのか分からなかった。

 

 きっと、ろくでもない事なんだろう。

 

 

「時にジョーカー君、聞きたいことがあるんだけど……君、最近PE総量が急激に増えてないかい?」

 

 特務長から発せられた言葉。

 先ほどまでと変わらない軽い様子なはずなのに、まるで心臓を握られたかのように錯覚してしまう。

 

 別に、自分の欲求を自覚したからと素直に答えればいいのに、俺はなぜか口を開くことができなかった。

 一向に答えない俺に、特務長は意味深な笑みを浮かべながら、再度口を開く。

 

 

「大丈夫、分かってるよ。自分の欲求、欲望を自覚したんだろ? 今の君の様子と、先の作戦記録を見ていればすぐに分かったよ」

 

 特務長はそう言って一つのノートPCを取り出し、操作を行う。

 目的の物が開けた様子で、特務長がノートPCの画面を俺に見せる。

 

 

「ッ!」

 

 

 そこに映っていたのは、俺が自身の欲求を自覚してから初めての戦闘、初めてシルヴィア達と会敵した時の映像だった。

 

 映像の中では明らかに、俺がシルヴィアの胸を揉んでいる様子が映っていた。

 

 

「いやー、あの時はたまたま近くに巡回ドローンがとんでいたんでね、作戦地域も近かったからちょっと貸してもらったんだ」

 

 一度も下げない不気味な口角を維持したまま、なんてことはないという風に特務長は語る。

 対象のドローンをハッキングしたのか、はたまたそれが可能なPE能力者を使ったのか分からないが、今の問題はそこじゃない。

 

 この映像をわざわざ、特務長が俺に見せてきた理由が分からなかったからだ。

 ソニックを退室させたのも、この話をするためだったのだと今になって気づくが、後の祭りだった。

 

 

「いやぁ、まさかヒーローである君の欲求が、こんな下品なものだとは思わなかったよぉ!」

 

 字面だけ見れば、嘆いているように見えるが、目の前にいる化け物の様子はまさにその逆。

 面白いものを見た、興味に尽きないような、どこまでも観察するよう感触だけが分かる瞳で、俺のことをじっと見つめてきている。

 

 訳が分からないが、このまま化け物のペースに任せてはいけない、そう思った俺はどうにか口を開く。

 

 

「べ、別に問題ないですよね? 相手は敵だ……敵になら……何をしてもいいんだろ!? だってアイツらは犯罪者だ! 社会のゴミだ! そんな連中がヒーローである俺に何されようが、当然の報いだろ!?」

 

 まるで気持ちの防波堤が決壊したように、言葉を並べた数だけ、加速度的に気持ちが荒れてしまう。

 ココがどこで、こうして叫ぶように情けなく喚き散らかしている相手が、一体誰なのか。今の俺には、視界にモヤが掛かっているようで何も認識できていなかった。

 

 

「俺はヒーローだ! 敵を殺すのも、捕まえるのも。む、胸を揉むことだって許されるんだ! だって俺はひ、ヒーローな――」

「そうだね」

 

 

 もはや誰に向けているのか分からない癇癪が、鈴のような声の一言で止められる。

 

 声のした方向には一人の少女、特務長が今日一番の笑みを浮かべて俺の方を見ていた。




序盤の主人公の行動、そして思考性に違和感を覚えた人がいてくれたことに感激です!


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後ろの正面、だあれ? 2

「寛容とは何か。それは人間愛の所有である。我々はすべて弱さと過ちから作られているのだ。我々の愚かしさを許し合おう。これが自然界の第一原則である。」

フランス哲学者―フランソワ=マリー・アルエ


 

「そうだね」

 

 その声は実に淡々とした事実を肯定するような、目の前で叫び散らかした相手に向けての言葉としては、場違いも良い所だ。

 しかも、その言葉を発したのは、日本直轄の特殊機関の長。これがもっと軽薄な人間がするような返答を、平和を守る機関のトップがするのだろうか。

 

 可怪しい。

 

 

 普通ならそう思い、相手の言葉に疑念を抱くのが正常なのかもしれない。

 だけど、この時の俺はそう思うことは無かった。

 

 俺はただ、混乱しただけだった。

 

 

「君は何も間違ってなどいないさ、奴等は犯罪者だ。国の敵であり、善良である国民の平和を脅かす危険分子であり……私たちにとっての餌だ」

「え……」

 

 

 特務長は混乱する俺が、追いついてくる事なんて待つことは無く、一方的に話を続ける。

 その顔に浮かべた奇妙なほどに吊り上がった口角を、口が開くたびに歪ませながら。

 

 

「奴等は敵だ。撲殺斬殺絞殺圧殺焼殺凍殺毒殺爆殺銃殺殴殺格殺畜殺撃殺滅殺射殺轢死etc、その全てを彼らに行ったとしても、それを誰が気に留める?」

 

 

 淀みなく語るその目は、限りなく淀んでいる。

 

 

「奴等は巨悪だ、だからこそ奴等に何をしたとしても問題にはならない。流石に映像としてネットに上がれば、無意味なフェミニスト共が騒ぎ立てるかもしれないから、そこは注意する必要があるだろう」

 

「い、いいんですか……」

 

 どうしてこんな言葉を返したのか、この時の俺ですらよくわからなかった。

 

 

「いいんだよ、私が肯定しよう。君が満足するまで殴ればいい、満足するまで犯せばいい、満足するまで市中引き回せばいい。追い、殴り、捕まえ、吊るし、遊び、飽きたら殺せばいい。だってそうだろ? 君たちはヒーローで、奴等は敵なんだから」

「あ……」

 

 特務長が言った最後の言葉、『君たちはヒーロー、奴等は敵』それは俺がいつも心の内で囁いている、一種のまじないのような言葉だった。

 その言葉の意味することも、俺と同じだと思えた。

 

 

「私は君の行動を否定などしないさ、むしろ肯定しよう。君の行動のすべてを無条件で、この私が、ね?」

 

 そう言って微笑みを浮かべた特務長は、どうしてかこの時だけは、邪悪でも濁っているわけでも淀んでいるわけでもなかった。

 全てを浄化するかのような笑顔に、優しくきらめく宝石のような瞳。それはまさしく、慈愛の女神だった。

 

 

「こちらにおいで」

 

 ハンマーが何の予備動作もなく立ち上がり、扉の前に移動する。

 まるで扉を守護するように。

 

 そして唐突に、自身が座る長椅子の端に移動した特務長が俺に語りかけてくる。

 何処に向かえばいいのか分からず、もしかしたらなにかの比喩なのかと思ったが。特務長は困ったような笑みを浮かべて、『隣に来るんだよ』と言い、空いている箇所を手で軽く叩く。

 

 断わるなんて選択肢は俺の中にもはやなく、ただ導かれるようにして指定された場所。

 特務長の隣に座った。

 

 

「頭を此処に」

「え……な、ど、どうして、ですか?」

「いいからここに、君は私の言葉に従っていればいいのさ。ほら」

 

 

 そう言って特務長が指定したのは、自身の膝の上。

 頭をそこに置くということは、所謂膝枕をするということで、流石の俺もどう対応したらいいか分からず、辛うじて疑問符を返すしか出来なかった。

 

 だが半ば強引に、特務長は俺の頭をその小さな両手で掴むと、そのまま自身の膝の上に持っていく。

 自分より一回り以上小さい体に、ほっそりとした足は想像通りに、自分が頭を乗せるには少々手狭だった。

 

 どうしてこうなったのかと、訳の分からない状況に困惑していると、特務長は何も言わずに俺の頭を撫で始める。

 優しく、腫れ物に触るようなその手は抗い難い程に、麻薬のように俺の心を侵していった。

 

 

「時にジョーカー君、ヒーローと警官の違いは分かるかい?」

「えっと、警察はPE能力者が出現するよりも前からある、国と人を守る人で。ヒーローは国が作ったPE機関に所属する、敵から国民と国家を守る人、ですか?」

「違うさ、僕が言っているのは概念のお話だ。ヒーローと警察、ああ、それと自衛隊を含めてもいい。これらの違いは何だと思う」

 

 

 その話はもはや哲学の領域であり、俺がこの答えを返すには難易度の高いお題目で、どう返したらいいのか分からず、言葉を詰まらせてしまう。

 

 特務長はそんな俺に困った表情で視線を向けてくる。まるで出来の悪い生徒を相手にしているようで、俺はたまらなく気恥ずかしくなってしまう。

 しかし膝枕をさせられているこの状況では、顔を隠そうにも、隠せる場所があまりにも少なく、結局顔に熱が上がるさまを見せつける結果になってしまった。

 

 

「仕方ない、君に分かりやすく教えてあげよう。ヒーローと警察の違い、それはかっこいいかだよ」

「え?」

 

 驚く俺に、特務長は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、再度口を開く。

 

 

「ヒーローはね、強くて見た目が良くて、派手で目立って、誰の記憶にも印象強く残り、自分が困っている時に颯爽と現れて助けてくれる人の事をいうのさ。敵が現れて、それっぽい状況に、それっぽく登場して、それっぽい言葉を言って、それっぽい展開で敵を倒す。それが世間で言われるヒーローだ」

 

 強力なヒーローを束ねている長にしては、少々投げやりで、心なしかバカにするような言葉をもって、特務長は続ける。

 

 

「警察はね、有事の際にはその組織力と人的資源を使って、事態の収束を目指す。だけど、警察本来の目的はその前、有事を起こさせないのが仕事さ。小さな芽を見つけ、花開く前に摘む。治安が乱れないよう、取り締まり、憎まれ役を担う。それが警察」

「それじゃあ、ヒーローと警察の違いって、ただそれっぽいかの違いしか無いんじゃ……」

 

 言葉にすれば分かる簡単で明確な答えだ。

 ヒーローがヒーローと呼ばれるタイミングとは何時だろう。

 

 答えは敵と相対したとき、怯えず、逃げず、立ち竦むことなく。颯爽と敵に立ち向かう。

 まさしく漫画やアニメに出てくるヒーローだろう。

 

 じゃあ、警察は?

 同じく犯罪者が現れれば立ち向かい、時として自身の使命を果たすために命を賭す人もいる。

 だが、そういったことはのちの時代で語られ、大抵はニュースに数として取り上げられるだけ。

 

 ヒーローと目的を同じくし、行動し、ヒーロー以上に地道な活動を何十年と続けている彼らが、ヒーローと呼ばれる機会は如何程なのだろう。

 

 

「ふふ、ヒーローをヒーローたらしめるのは何か、それは愚かな国民の偶像だ。誰か人が困ったときに、簡単明快に解決し。高等な思想をもって、ド派手な力で敵とド派手に戦い、傷つき、それでも立ち上がり、カッコいいセリフを持って国民の眼前に立つのがヒーロー」

 

 君はヒーローのジレンマを知っているかい?

 そう続ける言葉の意味を、俺は知っていた。

 

 ヒーローのジレンマ。

 ヒーローがヒーローと呼ばれるためには、明確な敵が必要になる。

 街を破壊し、国民の平和を脅かし、明確な脅威として立ちふさがる敵が、ヒーローには必要なんだ。

 

 もしも、敵が敵として表舞台に出てくる前に対処したとしよう、それを行った人間を国民がヒーローと呼ぶだろうか?

 答えは、否だ。

 

 ヒーローとは、国、そして人に危険が明確な形で迫った状況が無い限り、ヒーローはヒーローになれない。

 人として考えるなら、危険な出来事は起きる前に対処するのが最良。

 だが、それをしてしまうとヒーローは誕生しない。

 

 皮肉にもヒーローを求めるということは、危険を求め、自ら平和を否定する行為になってしまう。

 ヒーローが居ない世界こそが、最も平和で理想的な世界のはずなのにだ。

 

 ヒーローがヒーローらしくあるためには、世界は平和であってはいけない。

 

 

「そう、その通り。そして人をヒーローにする最もな理由は、助けられる人間から見た“助けられ方”だ。愚かだろ? 人間はね、自他の危機ですら物語のように享受してしまうんだよ。自分の考えるヒーロー像が、自分の想定した状況で、自分の望む言葉と力で、自分が楽しめる結末を用意する人間を」

 

 顔を上げる、そこには未だ優しい母のような微笑みを浮かべた幼い見た目の少女の顔が映る。

 話している内容は目を覆いたくなるほど残酷なのに、矛盾をはらんだ、自分たちの根底を揺るがす話をしているはずなのに。

 

 少女の見た目をした化け物は微笑む。

 

 

「“ヒーロー”と、そう呼ぶんだ」



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後ろの正面、だあれ? 3

評価1の数が、、、きついっすねぇ……


 

「”ヒーロー”と、そう呼ぶんだ」

 

 どうして特務長である彼女が、自分たちの存在自体をある種否定するような言葉を発するのか。

 俺には理解できなかった。ただ、彼女の中のヒーロー像というのは、漫画やアニメで出てくるような希望のような存在じゃないのかもしれない。

 

 

「だから君が敵に何をしようが、周りの群衆がそれを周知しない限り、君はヒーローであり、私の大切な部下なのさ」

「……ありがとうございます」

 

 そうか、この人はそれを伝えたかったのか。

 PE能力者の欲求や欲望は最悪、対象者の精神すら覆い、塗りつぶしてしまうと言われている。

 

 もしも俺がそうなったとしても、彼女は俺を見捨てることは無い。

 暗にそう伝えてくれているのだ。

 

 視界と頭の中を覆っていた靄のようなものが晴れていく。

 両親が死んで初めて、俺を認めてくれる人が現れたように感じた。

 

 

「色々聞いて悪かったね、最近の君は調子が悪そうだったから。ついお節介を焼いてしまったよ」

「いえ、ありがとうございます。おかげで心が軽くなりました」

「お節介ついでにもう一つ教えておこう。さっきの話、ヒーローを作るのは誰かという話だ」

「それはさっき聞きましたよ? その人を見る人によって、ヒーローが作られるって」

 

 さっきの話を思い返す。

 別に話の内容は決して聞き心地の言いモノではなかったし、大半の人が眉をひそめて反発するような話だ。

 でも、この人は敢えて俺にその話をしてくれたんだ、そう思うだけで、この人がどうして化け物に見えていたのかが不思議なほどだ。

 

 結局俺も他の人と変わらないということなかもしれない。

 自分が勝てない圧倒的な存在感に、嫉妬し、妬み、そして憧れていたからこそ、存在しない虚像を作り出していたんだ。

 

 そうして、自分の中に無理やり理屈を作り出して、自分という矮小な存在を守ろうとしていたのすぎなかった。

 

 

「そう、私はさっきそういった。だが一つだけ言っていないものがある、それはヒーローを一番最初に作る存在だ」

「一番最初に作る存在、ですか?」

「別に難しくない、心の底で誰だって、自分を物語の主人公だと思っているものだ。つまり、ヒーローの創り手であり、最初のファンは自分自身という事さ」

 

 そうだ、その通りだ。

 

 誰だって自分を他の人とは違う、特別な存在だと思っている。

 だからこそ、他人と比較し、他者を自分の基準で評価する。

 

 別に悪いことじゃない、そうやって周りと自分を比較し続けることで、自分という存在を確たるものにするのが人間だ。

 そして、ヒーローを一番最初にヒーローと思うのは、何時だって自分だろう。

 

 俺だって、俺がヒーローにならないといけないと思って、ここまでやってきたんじゃないか……どうして今までそれを忘れていたんだろう。

 忘れていた理由なんてどうでもいいか、それよりも思い出せたことが重要だ。

 

 

「さて、こんな面倒な話は続けてても暗くなるだけだ、今日の所は君も休んだ方がいいね」

「そう、ですかね。個人的にはもう少しこの状態が望ましいんですけど」

「なんだい、こんな幼児体型もいけるのかい? ま、膝枕ぐらいなら何時でもしてあげるさ、君は大事なヒーローだからね」

 

 別にこうしていたい理由はPEによる欲求じゃない、ただ。

 俺を肯定してくれる、この人の近くに居たいと思っただけだ。膝枕なんてしなくても、この人と一緒の時間を過ごすだけで、心が落ち着くだけだ。

 

 

「そうですね、これ以上してもらうのも気が引けますから。今日はもう休ませてもらおうと思います」

 

 俺はそう言って立ち上がり、部屋を後にしようとするが、扉を開けたタイミングで特務長から待ったの声が掛けられる。

 

 

「あ、そうそう。何度も申し訳ないんだけど、最後に一つだけ質問だ。君にとって”敵”とはなんだい?」

「危険を振り撒く危険分子、見つけ次第排除するべき害虫です」

 

 奴等はただの敵だ、それ以外でもそれ以上でもない。

 暗にそう答えて俺は部屋を今度こそ後にした。

 

 

 

 

 ☆

 

 side;ミスタ―ハンマー

 

 ホワイトジョーカーが退出した特務長室で、俺の目の前では、特務長が周囲の人間には見せる事の出来ないほどの、邪悪な笑みを浮かべている。

 

 

「あれでよかったんですか?」

「もちろんさ、ジョーカー君には自分の力で成長してもらう必要がある。私が手取り足取りして作った存在なんて、要らないからね」

 

 そう言って笑みを強める特務長に、俺は自然と眉を顰めてしまう。

 ジョーカーも災難なことだ、こんな化け物に目を付けられてしまうなんて。

 

 

「それにしても、あんなにも誰よりもヒーローだった彼が、あそこまで精神を侵されるなんて思わなかったよ。少しやり過ぎちゃったかな?」

 

 知らない人間がこのセリフを聞いたところで、何を言っているのか理解できないだろうが、その全容を知ってしまっている俺には、吐き気が込み上げるほどの畜生の所業にしか見えない。

 

 しかし、それを知っているのも特務長本人を除けば俺だけだ。そして、俺はこのことを誰かに言うなんてこともできない。

 全ては彼、哀れにも化け物の標的にされてしまったホワイトジョーカーが、事態を収束させる以外に、解決の道はない。

 

 

「聞いたかい? 敵を”見つけ次第排除するべき害虫”なんて言ったんだよ!? あの彼が!」

 

 興奮が抑えきれないのか、興奮気味にノートPCを操作すると、すぐに一つの映像が映し出される。

 そこに映っているのは、先ほど部屋を出ていった青年。ホワイトジョーカーだった。

 

 だが、映像に映っている彼の表情は、さっきまでの本人とは違い、歪むこともなく、その瞳には眩いほどの光が見て取れた。

 

 

『じゃあ、特務に所属して1日目の君に聞いておこう。君にとって敵とはなんだい?』

 

 先ほど特務長がした質問が、その映像の中でも行われている。

 答えるのは勿論ジョーカー、それも1年前。彼が特務に配属された初日に取られたものだ。

 

 

 映像の中でのジョーカーは、その質問に眉を顰め。悲しそうな表情でも口を開いた。

 

 

『敵……ですか、僕は彼らのことを危険な存在だとは見れないです。PEの欲求や欲望が、彼らの意思とは関係なく蝕んだせいなんです』

『ほう、それはどうしてそう思うんだい?』

 

 分かっているだろうに、映像の中の特務長はとぼけたように返して、ジョーカーに続きを話させる。

 

 

『僕が初めて人を殺したときです。僕の両親を殺した敵は、泣いていました。彼の欲望は純粋な破壊衝動、自分でも押さえられない衝動が、毎日襲ってきて、時たま自分じゃない自分が現れて、暴れだすんだと。彼は言っていました』

『おっと、君のご両親の話なんて……辛いことを聞いてしまったね』

『いいんです、もう終わったことですから」

 

 特務長のそれっぽい謝罪を、素直に受け取ったジョーカーは話を続ける。

 

 

『済まない、ごめん。あんな事するつもりじゃなかった。まるで言い訳でした、文字にすればただあの場を乗り切ろうとしていたと思えます……でも、あの時の彼の目は本当のことを語っていました』

『その敵は、本当に後悔していたと? 殺しなんてしたくなかったって?』

『はい、僕も最初は信じられなかったです。でも、あの時の彼の目をみて本当だと分かったんです。でも、僕はその時感情に溺れてしまい、彼の気持ちを理解できていても、体が止まらなかったんです』

 

 映像の中のジョーカーは自身の両手を見つめる。

 過去の話をした時から、彼の手は震えっぱなしだった。

 

 相当辛い思いをして、この話をしているのが映像からも伝わってくる。

 

 

『そして、僕が彼を殺す瞬間。彼は笑ったんです、”ありがとう”、”これでもう他の人を傷つけないですむ”って、そう……言って。死ぬ瞬間、僕の頭に手を乗せてきました』

 

 敵とヒーローが相対すれば、会話なんてする余裕もなく、互いの機を狙っての読み合いが行われる。

 だから、敵がどうしてこんなことをしたのかなんて会話も、することがない。ましてや、敵の言い訳にも近い懺悔を聞くなんて場面は、皆無と言っていい。

 

 だが、その時のジョーカーは初めてあった敵から、敵の本心を聞いてしまったのだ。

 それはヒーローにとっての劇薬、過去に敵に感化されたヒーローが敵に落ち、若しくは戦闘中の一瞬の思考を鈍らせ、死んでしまうことが、年に1回か2回ほどあると聞く。

 

 

『それは……災難。いや、大きな出来事だったね』

『はい、僕はそれから訓練に全てを費やしてきました。一人でも多く、彼のような敵を助けるために。能力を、力を伸ばしてきました』

『そうか、君は強いんだね。改めて聞こうじゃないか、君にとって”敵”とはなんだい?』

 

 再度、明確な形で質問が投げられる。

 ジョーカーは、1度目の時のような悲しそうな表情ではなく、覚悟を決めた”ヒーロー”の顔をして、ハッキリとした言葉で答えた。

 

 

『国民同様、救い、”守るべき人間”です。少なくとも、PEによって意志を捻じ曲げられた人を、僕は見捨てたくないです』

 

 さっきのジョーカーとはまるで真逆の回答を、1年前の本人が答える。

 同じ人物なのに、その言葉から受ける印象はまるで別人だった。

 

 

「はあああ! もう、さいっこうだよ!」

 

 映像のせいか、はたまた先ほどのジョーカーの様子からか、特務長は高揚を抑えるそぶりも見せず、その場でくるくると回りだす始末。

 

 回ることを止めると、今度は自分の体を抱きしめるようにして、悶え始める。

 

 

「ああ、早く。早くここまで来てくれ、ジョーカー。ここに来て、私を、僕を。”殺してくれ”」

 

 何時からいるのか、確認できない超常の存在。

 ジョンドゥの欲望、それは”自身の死”。

 それも、”最高のヒーロー、自分にとって最大最高、最愛のヒーローによる死”が、化け物の最も強い欲望。

 

 彼は選ばれてしまった、そんな化け物を打ち滅ぼすための救世主。

 ヒーローに。

 

 過去の記憶をバレないように、少しずつ、細部を改変させられ。

 自分の欲望を、下劣で下品な物だと思い込まされ。

 本来の欲望だった、彼だけが持ちえた”■■■■■”でさえ、今では忘れてしまっているだろう。

 

 

「でも、良かったんですか? 彼、あのままだと使い物に――ッ!?」

 

 やり過ぎではないか、遠回しだが言葉にしするが、全身を襲う死の錯覚に最後まで言い切ることは出来なかった。

 首に死神の鎌が当てられている幻覚まで見える。

 

 

「僕のヒーローを、バカにしないでくれるかな。ミスターハンマー」

「も、もうしわ、け! な、ない。です!」

 

 動かない体を無理やり動かして、口だけで必死に謝罪する。

 すると体を襲っていた死の感覚が消え。体が自由になり、慌てて酸素を取り入れる。

 

 下手人である特務長は、先ほどまで浮かべていた笑みを消し、能面のような無の表情でこちらを見ていた。

 

(化け物め!)

 

 俺にできるのは、せいぜい頭の中で勝てない逆立ちをするだけだ。

 

 しかし、瞬きをする間に、化け物の表情はまた不気味なほどに口角をつり上げ、頬を赤く染めていた。

 

 

「はぁ、早く来てくれないと。僕、我慢できないよぉ……僕の、僕だけのヒーロー。早く僕を、終わらせておくれ?」

 

 体をしならせ、抑えきれない欲情を全身に滾らせ、化け物はまるで恋人を待つかのように、情けない声を上げる。

 

 

 記憶を改ざんしたのも、欲望を変質させたのも、今この瞬間、彼を追い詰めているのも目の前の化け物というのが、真実。

 それによって、確かにヒーローだった一人の青年は、思考を捻じ曲げられてもなお、微かに残る心によって、心は壊れる寸前までズタズタに自らしてしまう。

 

 

 

 ”自分の考えるヒーロー像が、自分の想定した状況で、自分の望む言葉と力で、自分が楽しめる結末を用意する人間”

 

 

 助けを求める化け物が、今か今かとヒーローを待ち続けていた。

 

 

「よし、彼もいい具合に成長してるから、本来の自分という存在を再認識させて、もう一回絶望を与えよう。そうすればまた、彼は僕の理想のヒーローに近づいていく……」

 

(済まないジョーカー、君には辛い未来だが。君一つの体で、この化け物を大人しくさせることができるなら、俺は悪魔に魂だって売るつもりだ)

 

 ただ……願わくば、彼の未来に少しでも明るい光が差し込むことを、切に願う。




というわけで、ようやく出せました!
主人公の自分を常に擁護する感じや、無理やりで整合性のない思考。
その他もろもろの原因がここで説明で来たかなと思います!


面白いと思っていただけたら、評価、感想、お待ちしてます!


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合法ロリはバカにされたくない1

アンケートは途中で消えてしまいましたが。一応ご報告。
今後の作品方針をどうしましょうかアンケート!
【シリアスのまま? それともコメディ系?】
①今のままシリアスありの、とがの丸夫が当初描こうとしていた感じでええよ
②もっとコメディ系がいい、暗い話きーらいー(*'▽')、PAIもっとやれー( ゚Д゚)
③ ②+なめんなよぉ、PAI以外にもASHIとか、UNAJIとかもっとあるやろ?もっと責めれー!

【結果、曖昧すんまそ】
①:大体180
②:大体40
③:大体90



 どこか暗い場所に、俺は立っていた。

 あたりを見回すとそこは廃ビルとなっている場所で、割れている窓ガラスから差し込む光のみが、この暗い空間を照らしていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 小さく、まるで虫の息と思える息遣いが、この空間に静かに響いている。

 息遣いの主を探すと、そこには満身創痍という言葉がピッタリな状態の、一人の男が仰向けになっていた。

 

 息遣いと、ゆっくりとした胸の呼吸運動によって、その男がまだ生きている事にすぐに気づいた。

 俺はこの男を知っている。

 

 

 なぜなら俺がこの世界に転生して、初めて殺した男だ。

 

 

 そうか、これは夢なのか。

 明晰夢と呼ばれるものがある、簡単に言えば夢と自覚している状態で夢を見ている状態をさすらしい。

 

 男の身長は、当時の身長が低かった俺と比べて、実に3倍はあったはずだ。

 少なくとも、後で見た身体情報を見れば、3メートルを超える大男だったが、今のように倒れてしまえば見下せる存在だ。

 

 例え夢の中だろうと、俺はこの男を見れば、生きていようが死んでいようが、そんなは関係ないとすぐに殺しにかかると思っていた。

 だが、目の前で粗い呼吸を必死に繰り返す男を見ていても、何故か心は落ち着いていた。

 

 

「よう……殺さ、ねえのか?」

 

 男は俺のことに気が付いている様子で、瀕死の状態でも話しかけてくる。

 

 

 言われなくても、今すぐ殺してやる。

「殺したくない」

 

 ……なんだ?

 

「どうした、怖気づいたのか? 俺はお前の両親を殺した敵だぞ?」

 

 

 今すぐお前を、今以上にズタズタにして、惨たらしく殺してやる!

 その嫌味な口を閉じやがれ! 何を笑っている!!

「貴方は、僕の両親を殺した。最低なクズ野郎だと思ってた。だから僕が両親の敵を取るつもりだった」

 

 

 そうだ、こいつはクズ野郎だ。

 きたねえ口が余計なことを言う前にさっさと殺すべきなんだ。

 こいつはただ大量殺人者だ、殺す以外にこいつにすることなんてねえんだ!

「ねえ、どうして……どうして貴方は今にも泣きそうな顔をしてるんですか?」

 

 

 は?

 こいつが泣きそう?

「僕が殺したいのは貴方じゃない。両親を殺した最低なクズ野郎なんだ、ねえ。ソイツはどこにいるの?」

 

 

 な、何を言っているんだ俺は。

 両親を殺したのはソイツだ、ソイツの能力で、俺の両親は崩れた家の下敷きになって死んだんだ。

 

 

 目の前で繰り広げられる光景を、俺はただの傍観者として見ているしかできなかった。

 おかしい、俺の記憶と違う。

 

 俺はこいつの薄汚い笑みを叩き潰して、それでも消えない笑みを消すために、この手でこいつを殺したんだ。

 

 

「坊主。教えてやる、お前の両親を殺したのは俺だ、そして……こいつでもある」

 

 男はそう言って自分の心臓部を指す。

 

「こいつは……とんでもねえ力だ。まるで世界が、自分を中心に回っているように思える……全てが俺の思いのままだ」

 

 男は小さく笑みをこぼした後、その表情を暗いものに変える。

 

 

「とんだピエロさ、自分でコントロールしてるつもりが、操り人形だったのは俺の方だった」

 

 悔しそうに語る男。

 

「じゃあ、あれをやったのは貴方じゃない。そこにいる奴が、そうしたんだ」

「そうだ、だが。それは俺でもあるんだ」

「じゃあなんで、貴方は悲しそうなの。僕が聞いてあげるよ? じゃないと、両親を殺した奴を見失っちゃう気がするから」

 

 

 俺がそう言うと、男は目を見開いた。

 

 

「へ、こ、こんなんになっちまっては、初めてだぜ……誰かに、聞いてもらえるなんて、な」

 

 

 そこからは男は小さい声で、話し始める。

 

 

 男のPE能力は自己強化を行い、バーサーク状態と呼ばれる破壊衝動によって、今までヒーローとして活動してきた。

 だがある日、男はバーサーク状態の制御が一切効かなくってしまい、仲間に重傷を負わせてしまった。

 

 幸い、死ぬことは無いが、仲間を傷つけたことに変わりはなかった。

 それから、男の周囲が向ける視線は、一変した。

 

 頼れる人から、危ない奴に。

 頼もしい人から、危険な奴に。

 

 男は必死に弁を重ねた。

 だけど誰も聞き入れてくれなかった。

 まるで世界が自分の敵になった様に見えた男は、とある任務中に、また暴走してしまった。

 

 仲間のうち半数を重傷においやり、対峙していた敵は死亡。

 そして男は自分の犯した結果を目に、その場から逃げ出してしまった。

 

 

 周りからの視線を避け続ける日々は、男の精神を徐々に破壊していった。

 だれに相談するにも、頼れる仲間は居ない。

 

 そんなときPE能力がまた暴走した。

 

 今度は街に被害が出た。

 

 

 男は更に怖くなって、山の奥に逃げた。

 

 

 だけど、気が付くと街に戻っている。

 そしていつも目にするのは、壊された街並みと、倒れる元同僚たち。

 

 

 後から、自分が敵として世間に告知されていたことを知った。

 

 

 世界に絶望し、助けてくれる人もいない。

 助ける人間、ヒーローだった彼の前には、ヒーローは現れなかった。

 

 

 男は泣いていた。

 

 

 何度も何度も、ごめんと呟き。

 済まないと謝罪した。

 

 そして、俺は男の手を優しく握った。

 

 

「貴方がしたことは許されない事です、でも。他の誰かが認めなくても、僕が貴方の味方になります。貴方も被害者だから、僕が助けになります」

 

 

 違う。

 こんな世界違う。

 

 俺はこんな男に、優しい言葉なんて掛けてない。

 問答無用で……

 

 

「■■■■?」

 

 

 俺が俺の方を向いて、何かを呟いていた。

 

 

 ☆

 

 

「……なんか、嫌な夢を見た気がする」

 

 全身に広がる汗の嫌な感触で、俺は一日のスタートを決めてしまった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「護衛、ですか?」

「そう、護衛」

 

 

 最悪な目覚めを体験した俺は、朝から特務長に呼び出され、新たな任務を直々に言い渡されていた。

 

 渡された資料を見ると、そこには明らかに幼い容姿を持った女性の写真が貼り付けられている。

 今回の護衛対象ということなのだろう。

 

 

「琴乃朱美(ことの あけみ)。体重46kg、身長145cm、スリーサイズは――」

「いや、そこまではいいです」

「あれ? 君の欲求ってそっち系じゃなかった?」

「流石に守備範囲外なのでやめてください、それに相手は護衛対象、不埒なことはしませんよ」

 

 心外だ、俺の欲求対象は女敵限定だ。

 ……自分で言っといてなんだが、この返しって間違ってる気がするぞ。

 

 とりあえずは任務に集中するべきだと考えた俺は、改めて渡された資料を見る。

 縦横無尽に跳ねている癖毛、というよりは天然パーマなのか分からないが、それを左右で結んでお下げにした少女。

 

 顔に不釣り合いな程大きな眼鏡が印象的で、一度見れば忘れることは早々ないだろう。

 顔立ちもよく、将来どころか、今の状態でも美少女という言葉がぴったりだろう。

 

 

 渡された資料を流し見していくと、資料の中のPE能力の項目に記載がされているのが、目に留まった。

 

 

「電子系のPE能力者、ですか?」

「そう、この間行われた全国一斉PE検査で、彼女にPE能力が備わっていることが発覚したんだよ。そしてまだ正式に決まったわけじゃないけど、特務の技術系として迎え入れようとしている所だ」

 

 特務長のその言葉に、俺は耳を疑った。

 この人は今とんでもないことを言わなかったか?

 

 

「申し訳ないんですけど、特務長。この護衛対象を、うちに入れようとしていると言いました?」

「言ったよ、勿論プロフェッショナルとして、うちの電子系、ヒーローに付けるガジェットとか、色々作ってもらえそうじゃないか」

「えっと、この子は未成年ですよね、大丈夫なんですか?」

 

 流石の異例が多い特務でも、彼女を入れる事は無理というものだ。

 どう見ても未成年な少女を、こんなやばい組織に入れるとかあり得ないだろ。

 

 というか、親御さんからの反発が凄いはずだ。

 しかし、特務長は何を言っているのか分からない様子で、口を開く。

 

 

「何を言ってるんだい? 彼女、朱美ちゃんは22歳だよ。立派な成人に失礼なことはあまりいうもんじゃないよ」

「えっ?」

 

 

 特務長の言葉に俺は再度資料を、今度は細かく読み漏らしのないようにする。

 すると、琴乃朱美の名前の横に、しっかりと22歳という数字が刻まれていた。

 

 

「良かったね、上手くいけば同年代の合法ロリっ子ゲットだぜ!」

「……リリース!」



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合法ロリはバカにされたくない2

イメージは外国映画に出てくる癖毛眼鏡オタクガールの美少女ロリ版ですね


「はぁ、俺がなんでこんなことをしなくちゃいけないんだ……」

「私だって貴方みたいな人に護衛されるなんて嫌よ、そもそも護衛なんて本当に必要なの?」

 

 特務長から琴乃朱美(ことのあけみ)の護衛任務を下された俺は、琴乃朱美本人に直接会い、今回の任務についての説明を行っていた。

 場所は彼女の自宅、現在彼女はアパートに住んでおり、一人暮らしのようだ。

 

 今回の任務は琴乃朱美が俺達特務に所属するまでの期間、彼女の護衛をするという事で、内容だけを聞けばなんてことは無い任務のはずだ。

 だが、問題なのはその任務を特務が行うという事。

 

 一応琴乃朱美はヒーローとしてではなく、特務の技術系研究者としての採用になるらしい。

 つまり、前線に出る必要もなく、本来であれば襲われるなんてことを考える必要は無いはずだ。

 

 特務のヒーローが護衛に付くという事は、目の前の彼女か、その周辺に敵の影が見えているということ。

 PE能力の中でも、技術や知識系というのはかなり稀有だ。

 

 

 情報に長けている敵の組織というのは、大抵巨大な組織になる。

 彼女が特務に所属するまでの期間、敵から狙われていると想定すれば、彼女に実害が及ぶタイミングはここしかない。

 

 特務に所属すれば、基本は特務での生活になるし、街に出る場合も遠出をしない限りは安全だ。

 

 

「護衛は必要だ、お前――「朱美」……朱美、君の力は敵から標的にされやすい類のモノだ。そして俺が派遣されたということは、少なからず敵の影を捉えていると思っていい」

「ふぅん…・・・まあ、守ってくれるなら何でもいいわ」

 

 

 そう言って、やけに呑み込みのいい護衛対象、琴乃朱美(ことのあけみ)を改めて見る。

 

 写真で見た通り、とても22歳には見えないほどの童顔。

 身長も実際に会えばかなり低いことが分かる。パイモンよりも低い。

 

 普通、天然パーマは本人に似合わないことが多々あるが、彼女の場合はそれがない。

 これで成長していたら、さぞ美人になれたことだろう。今じゃ中学生と言われた方がまだ納得がいく。

 

 

「貴方、本当にヒーロー?」

 

 唐突に発せられたその言葉に、胸が締め付けられる。

 

 

「……どういう意味だ?」

「だって、貴方ヒーローらしくないんだもん。女の子に向かって”お前”なんて失礼だし、あとなんか雰囲気がヒーローらしくない」

 

 ヒーローらしくない。

 

 最近よく言われる言葉だ。

 敵にだって言われた言葉、俺はそんなにヒーローらしく見えないのか……

 

 前なら気にしなかった、特務という建前をもって、否定してきたからだ。

 いや、逃げてきた……のかもしれない。

 

 

 ”ヒーローを作るのは誰か”

 特務長の言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 ヒーローという抽象概念を誰が決めるのか、最初は自分。

 だがそれ以降は周りが決める。

 

 つまり、今の俺は敵からも守るべき人間からも、ヒーローには見えない何かと言われたということだ。

 何時から、そう言われるようになったのだろうか……もしかしたら、元々なのかもしれないし、前はヒーローっぽいと言われていたのかもしれない。

 

 ……どうして俺は、それを覚えていないんだろう。

 

 

「そうか、俺は……ヒーローっぽく、ないか……」

「え、ち、ちょちょ! そんな落ち込まないでよ、言った私が悪いみたいになるじゃない!」

 

 あからさまに落ち込む俺に、朱美は慌てた様子で言葉を口にする。

 

 別に彼女が悪いわけじゃない、そう思われる俺が悪いのだから、彼女が慌てる必要も無ければ気にする必要もない。

 

 

「別に、君が気にする必要はない。多分、君の言っていることは事実だ」

「でも、言い過ぎたわ。ごめんなさい。私を守ってくれる人に、さっきの言葉はあんまりだったわ」

 

 多分、彼女はいい人なんだろう。他の人の感情を感じ取ることができ、自分が悪いと思えばすぐに謝ることができる。

 普通の人でも中々できないことだ、ましてや今の俺には到底できることじゃない。

 

 彼女、琴乃朱美は俺が想像する以上に、見た目なんて関係なく、大人だった。

 

 

 ……最後に守るべき人達からヒーローと言われたのは、何時だっただろう。

 空を見上げて考えてみるが、その答えが出てくることは無かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それから俺と朱美は、今後の護衛についての話と、特務に入れば同じ職場で働く同僚になるということもあって、親睦を深めるための交流を行った。

 

 

「へぇ、じゃあPE能力者って自分の欲求、若しくは欲望が強くなっちゃうんだ。じゃあ私もそうなるの?」

 

 話のネタとなるのは、当然かPEと能力者についての話になった。

 その中で彼女、琴乃朱美が一番に興味を示したのは、自分に一番関わってくるだろうPE能力者の欲求についてだった。

 

 

「そうなるな、といってもそこまで異常なものはないさ。例えば朱美は何か好きなモノとかあるか?」

「えぇ、急に言われてもなー……強いてあげるなら、PCとかジャンク品集めて色々作るのは好きかな」

「それが欲求や欲望になるって考えてもらえればいいと思う、朱美の場合はむしろ好きなモノがもっと好きになるって感じだな」

 

 電子系のPE能力者なら、今好きなモノが能力者の欲求や欲望に当たることがほとんどだ。

 当たり、という表現は分からないが、欲望が例え暴走したとしても周りに被害は出づらいし、なったとしても寝不足状態でも研究を続けるとか、そんなモノが多いはずだ。

 

 

「自分の好きなモノが、もっと好きになる、か……うん、いいね」

 

 それを聞いて安心した様子の朱美は、小さく呟いた。

 

 

「それは良かったよ、自分のPE能力に怯えるなんて悲しいからな……敵になる奴も、大半が自分のPE能力に振り回されている。俺はそれを……」

「それを?」

 

 言葉が止まってしまった。

 俺は今、何を言おうとしていた?

 

 まるで自分の口がひとりでに動いていたみたいだ、違和感もなければ嫌悪感もない、ただ当然とばかりに動いていた。

 だが、それは最後の一文を言う前に止まってしまった。

 

 ……続く言葉が、見つからなかったからだ。

 

 

「いや、何でもない。つまりだ、朱美は自分のPE能力を、自分の好きなモノのためにいっぱい使えて、楽しいことに全力で向き合えるってことさ」

「ふふ、凄い風に言ってるだけじゃないの? でも、なんだか今からでもワクワクしちゃうわ!」

「そうだろ? もっと楽しくいこうぜ、自分の未来なんだ。PE能力があるならためらわず使って、自分がやりたいことをやればいいんだからさ」

 

 PE能力に怯える能力者は一定数いる。

 特に他人への被害が出やすい能力者や、感情に起因する能力者は特にそうだ。

 

 目の前で楽しそうに笑顔を振り撒く彼女が、この先もずっと笑顔でいること以外に最良の結果は無いと、思えたからだ。

 

 

「久しぶりに男の人と話したけど、ジョーカーはいい人ね。最初に言ったヒーローっぽくないってのは取り消すわ、貴方っていい人なのね」

「……違うさ、俺はヒーローから一番遠い存在さ」

 

 自嘲するように口が動いてしまう。

 ヒーローっぽいと言われて嬉しいはずなのに、今はその言葉を受け取るべきじゃないと、思ってしまった。

 

 せっかく貰った言葉を無下にしてしまったが、幸いにも彼女は気にした様子を見せず、ケロッとしていた。

 

 

「そう? じゃあさ、今度は貴方の事を教えてよ。PE能力は何なの? それと貴方にも欲求とか欲望はあるんだよね、それってどんなの?」

 

 こうして、詰め寄るように気になることを追求しようとする朱美は、PE能力関係なく研究者向きなんだと思える。

 

 

「俺のPE能力は秘密だ。見せる機会がないのが一番だが、見せる時が来たら、その時教えてやるよ」

「ええ!? なにそれー! ずるいじゃん、私のは電子系だって知ってるんでしょ? ならそれぐらいは教えてよ!」

 

 どうも朱美は気になったことは中々諦められないらしく。

 こちらとしても返しづらい所をついてくる。

 

 こうなれば、ある程度しっかりとした答えを用意しないと、彼女は納得しないだろう。研究者というのはそういうものだ。

 特務の研究員も、皆似たり寄ったりだったしな。

 

 

「はぁ、じゃあ系統だけな。俺のPE能力は展開型の強化系に当たると言われてる」

「言われてる?」

「俺の場合能力が結構曖昧なんだよ、身体強化に変わりはないんだが、通常の強化系のPE能力と違うんだ。だから敢えて言うなら”展開型の強化系”って俺は言ってる」

 

 実際、俺の能力は朱美のように知識や研究向けじゃないし。

 パイロキネシスといった、分かりやすいモノじゃない。

 

 そして、ミスタ―ハンマーや、ソニックのような自己強化ではあるが、単純な能力値の上昇と言われるとそうじゃない。

 だから”展開型の強化系”と、俺が名付けたってだけだ。

 

 特務の研究者も、それに近いと言っていたから別に間違っては無いはずだ。

 

 

「へぇ、じゃあ貴方の能力が見れるときが楽しみね」

「そう簡単に言わないでくれ、俺が能力を本気で使うってことは、文字通り決戦になる。使わないってことが重要なんだよ」

「でも、そうなるとヒーローっぽいことできないね? 敵をこうババーン! って登場してかっこよく倒したりしないの?」

 

 朱美は両手を広げるようにして、疑問を口にする。

 

 

「ヒーローはな、居ないほうがいいんだよ……」

「え?」

 

 まただ、無意識に口が開いて、俺が動かそうとしなくても勝手に動いて、言葉を紡いでいく。

 朱美は、俺が突然ヒーローの存在を否定したことに、驚いた様子でこちらを見る。

 

 

「ヒーローがいるってことは、敵がいるってことなんだ。だから、ヒーローが居なければ敵もいない。必然的に、ヒーローが居ない世界ってのは敵のいない平和な世界になるんだ」

 

 勝手に動く口から発せられた内容に、俺自身が納得してしまった。

 前世を思い出せばそうだった。

 

 確かに犯罪者は平和と言われる日本でも何人も捕まったりするし、世界的に見ればテロリストもいれば、国家間の戦争もあった。

 

 だが、PEが存在しない前世は、PE能力による被害が起きない。

 この世界の平和な日本よりも、ずっと平和だ。

 

 だから、ヒーローが居ない世界のほうが平和なんだ。

 

 

「気に入らない」

「気に入らないか?」

 

 しかし、朱美は俺の言葉に共感してはくれなかった。

 むしろ気に入らないと突っぱねられてしまう。

 

 

「ヒーローが居たっていいじゃない、それで敵が居なければ。ヒーローだけがいる世界になるじゃない」

「ヒーローだけがいる世界に、ヒーローは必要なのか?」

 

 敵を持たないヒーローに何の存在価値があるのだろうか。

 特務長の言っていた”ヒーローのジレンマ”が出てくる、ヒーローをヒーローにするための立役者、敵が居なければヒーローは生れない。

 

 だからこそ、ヒーローが居ない世界が平和だと俺は思っている。

 

 

「必要よ! だってカッコいいじゃん!」

「はぁ!?」

 

 まさかの回答に、俺は堪らず声を上げて驚いてしまった。

 

 まさに暴論もいいところだ。

 ”ヒーローのジレンマ”を真正面から全否定するような言葉を、当然のように堂々と口にした朱美は興奮気味に続けた。

 

 

「敵と戦わなくたって、ビューン! って空を飛んだり、災害が発生したときにグワー! って助けてくれたり、変身したり! それだけでヒーローじゃん!」

 

 興奮したままそう口にする朱美は、その見た目もあってか。幼くて、純粋にヒーロー憧れる子供のようだ。

 

 

「私はね、敵と戦うだけがヒーローじゃないと思うの。だってそんなの悲しいじゃない……」

「悲しい、か……」

 

 朱美が口にした言葉が、胸に突き刺さるようだった。

 自分の考えを否定されたからというわけじゃない、むしろそうだと、共感する自分がいるほどだ。

 

 なら、どうしてその言葉に、俺の体は反応しているのか。

 

 

「これは持論よ、ヒーローって、誰かに頼られたり憧れられる人が、”ヒーロー”なんだと思ってるの」

「……誰かに頼られたり憧れられる」

「そう! ヒーローはね、役職でも称号でも無ければ、敵と戦う人でもない。誰かのために全力な人がヒーローになる、私はそう思ってるの」

 

 頭を鈍器で殴られたようだった。

 

 俺は何時から、敵と戦うだけがヒーローと思っていたのだろう。

 俺にとって、一番最初のヒーローは、テレビの向こうで敵と戦うヒーローと呼ばれる人達じゃなかった。

 

 前世の両親だ。

 

『パパは僕のヒーローだ!』

 

 そういったのは何時だったか。

 でも、小さい頃の小さな世界の中で、確かに俺の両親はヒーローだった。

 

 熱が出た時は会社を休んでまで、看病してくれた母さん。

 ドッジボールでボールを取るのが下手な俺に、一緒になって練習してくれた父さん。

 

 

 それが、俺にとっての最初のヒーロー。

 

 次は今世の両親。

 二人とも、前世の両親と同じぐらい、俺にとってはヒーローだった。

 

 

 決して敵と戦うこともなく、ただ平和な日常にいつも近くに居た、俺だけ頼れる憧れのヒーローだ。

 

 どうして忘れていたんだろう。

 

 

 

 俺の頬が濡れ、水が滴り落ちるような音と、目の前の朱美が驚いた様子を見せたのは同時だった。

 

 

「何で泣いてるの!? 私、なにか言っちゃいけない事言っちゃった!?」

 

 手で頬を触ると、確かに指は濡れていて。

 そこで俺は、自分が泣いているのだと気付いた。

 

 手で拭っても止まることなく溢れる涙に、俺自身戸惑ってしまう。

 慌てて朱美が差し出してくれたティッシュを使い、涙が止まるまで目を覆った。

 

 

「突然済まない、少し昔を思い出してしまっただけだ。気にしないでくれ」

「ほ、ほんとに? 私、本当に何か言っちゃいけない事言ったりしてない?」

 

 未だに自分に原因があると思っているのか、朱美は心配そうな顔を惜しげもなく出しながら、俺の様子を伺う。

 

 本当に、彼女はいい人なんだろう。

 朱美という小さな女性も、俺からすれば立派なヒーローに見える。

 

 そんなヒーローの表情を曇らせておくのは忍びなく、俺は安心させるように彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「本当に違うって、朱美はいい人なんだな」

「ちょ、あ、頭撫でないで! レディーに失礼よ!」

 

 顔を赤くして、抗議する朱美。

 ……え? 顔を赤くするほど嫌だった?

 

 

「す、すんません……調子に乗りました、こんなモブなのに……」

「ええ……そこまで落ち込むの? どんだけ頭撫でたいのよ」

「だって、朱美可愛いし、心も綺麗だし。撫でたくなるじゃん……」

「か……!?」

 

 不貞腐れた俺は、隠すことなく言い訳を述べる。

 だが、それすら不快だったのか、朱美は更に顔を赤くして、言葉を詰まらせてしまう。

 

 あ、褒めるのも無しなんですね。マジすんません。

 

 

 

 ☆

 

 

 顔を赤くして、金魚のように口をパクパクとさせるだけになった朱美が復帰して。

 可愛い女の子にイケメンムーブをかましてしまったことに、自己嫌悪に陥った俺が復帰するまで、暫し無言の気まずい空気が場を支配した。

 

 最終的に、今回のことは無かったことにしようという所で、お互いにとっての落としどころとした。

 

 

「え、ええっと……じゃあ、質問。あ、貴方の欲求はなんです、か?」

 

 だが気まずい空気というのは中々すぐに消えることもなく、少女がたどたどしく、口を開く。

 

 それでもどうにか少し前の空気に戻そうとした朱美だったが、質問内容のチョイスが更に面倒なものだった。

 俺の欲求は、自分で言うのもあれだが、他者に表立って言えることじゃない。

 

 どうにか友好を結べた? と思える朱美に、ありのままに答えてしまえば。

 どんな結末が待っているか……考えたくもない。

 

 

「い、いや。別に人に言えないというか、言いづらいというか……」

「えーいいじゃん、私達のなかでしょー」

「1日目だし、会ってまだ1時間前後だぞ。そもそも、PE能力者の欲求なんて受け入れられるものは少ないぞ」

 

 特に俺のは女性に言える類のものじゃない、下手したら護衛を止めろなんて言われてしまう。

 

 

「安心して! たとえどんなモノだったとしても、私は引かないし、笑ったりしない。ましてや気持ち悪がったりしないから!!」

 

 つうかどうしてそこまで知りたいんだよ……

 他人の欲望とか欲求なんてどうでもいいだろ?

 

 しかし、俺が頑なに何も答えないことに、朱美は痺れを切らしてとんでもないことを言い始めた。

 

 

「もう! 言わないならこっちにも考えがあるんだから! もしもこのまま答えないなら、特務に入らないから!」

「ちょ、それは卑怯だろ……」

「何とでも言うがいいわ!」

 

 もしもこのまま俺が答えないで、本当に朱美が特務に入ることを拒否したとしよう。

 普通に考えれば、そんな感情任せな選択を特務が許すとは思えないが。それでも相手はPE能力者の中でも、かなりレアな能力者だ。

 

 特務以外にも彼女を欲する組織なんて無数にいる。

 

 

 俺は最悪の結果を想像してしまう。

 俺に、このまま断わるという選択肢は無かった。

 

 

「……マジで引くなよ?」

「お、言う気になった? 引かないから、絶対に引かない!」

「……本当か?」

「ホント、ホント」

 

 

「……女性に。い、いやらしいことをしたい欲求…………」

「……えっ?」

 

 

 その言葉を聞いてから十数秒、確かに時が止まった。

 朱美はゆっくりと自分の体を守るように、自身の手で抱きしめる。

 

「……引くわ」

「黙れちんちくりん! 幼児体系に興味ないわ!!」



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合法ロリはバカにされたくない3

 引かないといった矢先に言いやがった!

 俺は我慢できずに声を荒げて、言わないように気を付けていた、彼女の身体的な特徴を大声で叫んでしまった。

 

 本当なら我慢するべきだったし、これがなければもっと円滑に事は運べたと思うが、後の祭りだった。

 

 

「っ!? あー言ったわね! 言っちゃいけない事を、今、ハッキリと言ったわね!」

「あー言いましたとも! 何度だって言ってやるわ、この幼児体型! 俺が反応するのはボンキュッボンだからな! そのペチャパイ膨らませてから文句言いやがれ!」

「あったまきた! ヒーローがそんなこと言っちゃっていいんだ!? 前言撤回よ! この変態痴漢野郎!」

 

 

 まるでお互い火に油を注ぐがごとく、俺達はそのあとも言い合いを続けた。

 

 売り言葉に買い言葉、叩けば叩かれてを繰り返した俺達は、次第にその勢いを弱めていき、最終的には肩で息をしながらにらみ合う冷戦状態に突入した。

 

 お互いに肩で息をしつつも、憎悪を向ける相手に向ける目の鋭さは消えず、このままでは埒が明かないと思った俺は、この状態の面倒さも相まってさっさと謝罪することにした。

 

 

「いや、もうよそう。これ以上は不毛すぎる。済まなかった、別に君のことを悪く言うつもりはなかったんだ……ただ、ちょっと、口が滑ってしまったんだ」

 

 何事も素直に謝ることが、こじれた関係の修復には一番手っ取り早い。俺自身、護衛対象である彼女との関係を良好に保ちたい気持ちもある。

 

 

「……いえ、私も悪かったわ。ごめんなさい、PE能力者の欲望ってその人が選べるわけじゃないのにね。多分、貴方も苦労してるんでしょ?」

「そう思ってもらえると嬉しいよ。まあその欲望自体、自覚したのは最近のことだし、実際は女敵にセクハラして発散してるけどな!」

「うわ、マジで女の敵じゃん。今だけこの幼児体型には感謝するわ」

 

 朱美はさっきと同じように、引いた表情で冷たく言い放つ。

 だが、今度はその表情が続くことは無く、すぐにいつもの表情。いや、それよりも少し不思議そうな表所で朱美は、まるで俺を観察するようにまじまじと見つめる。

 

 

「でも、意外だった」

「意外って?」

「だって、さっきまで話してた時の貴方、まるで追い詰められてるようだったわ。だから私、てっきりあなたの欲望って――」

 

 何故だろう、それから先の言葉を俺は聞くべきじゃないと思ってしまった。

 そう思ったときには既に体が動いていて、それ以上言葉を続けさせないように、朱美の口を塞いでいた。

 

 突然、俺に口を塞がれた朱美は驚いた表情と共に、口元の拘束から全身を使うようにして脱出する。

 

 

「いきなり何するの!?」

「す、済まない。体が勝手に動いたんだ、自分でも驚いてるんだ……」

「まさか貴方やっぱり女ならだれでもいいとか、そう、いう……ジョーカー、貴方大丈夫? 少し震えてるわよ」

 

 そういった朱美の視線は俺の手に注がれていて、自分でも自身の両手を確認すると、確かに俺の両手は小刻みに震えていた。

 

 多分、彼女の口を塞いだタイミングからだろう、さっきの嫌な感覚のせいで両手まで震えてしまったのか。

 

 

「大丈夫だ、気にしないでくれ。それより、もうこの話はいいだろう?」

 

 これ以上この話を続けるのは良くない。それだけは何となくわかった俺は、話をどうにか終わらせようとする。

 

 

「えー……まあいいわ、PE能力者になったばっかりだからよくわかんないけど、欲望が大きくなると貴方が大変なことになるんでしょ?」

「まあ、別に他の能力者と違って暴走とかはしないだろうけど、何だろうな、超欲求不満状態になるって言ったらいいのか?」

「それ、本当に止めてくれない?」

「あ、はい。すんません」

 

 ちょっと冗談めかして言っただけなのに……

 女性の怒ってるときのあの目、まるで道端のゴミを見るかのような目には、流石の俺も耐えられずに再度深々と頭を下げてしまった。

 

 

 

 ☆

 

 

 琴乃朱美の護衛を開始してから数日、別にこれといった出来事はなく、居たって平穏な日が続いている。

 

 最初は敵やPE能力の話もあり、自然と周囲に警戒した様子を見せていた朱美だったが、人間警戒し続けることにかなりの体力を消費してしまう。そのため、日が経つにつれて朱美本人の警戒は徐々に薄くなっていった。

 

 そして、今日の朱美は一切の警戒をしないまでになっていた。

 

 

 護衛対象とは言え、俺が完全体制で彼女を守るというわけではない。

 というよりも、俺一人が派遣されている現状からも、目的は俺が護衛をするということにありそうだ。

 

 一種の番犬代わり、わざと敵にも見えるように動くことで、そもそもの手出しを躊躇させるのが俺の役目だと思っている。

 ヒーローがいるのにも関わらず、誘拐といった行為を強行する場合、むしろ餌にサメが食いついてきたようなものだろう。

 

 

 だが、護衛をされている彼女からすればそんな事情知らんこっちゃないことだ。

 

 

「もー、私外行きたいのー」

「ダメだ、せめて昼間に行けばいいだろ? どうしてわざわざ夜に外に出ようとしてるんだ」

 

 本人の危機意識の低下に伴い、元々特務から提示されていた夜中の外出禁止に、当初納得していた様子だった朱美が、突如として夜中の外出を申し出てきた。

 

 

「はあ、何が『私引きこもりだし―、夜中なんか外でないから別にOK!』 とか言ってただろうが、何手のひら返してんだ」

「だってあの時はそう思わなかったんだよー、ねえいいだろー? 私だってこれでも成人してるんだぞ! 夜遊びさせろってんだ!」

 

 どうして夜中に外に出たいのかも教えてもらえず、俺はどう対処したらいいのか分からなかった。

 護衛といっても、俺の本職は敵と戦う人間だ。人や街を敵から守る事には慣れていても、一人の女性を護衛するなんてことは専門外。

 

 言ってしまえば”なんちゃって護衛”だ、普通に考えればこの任務の粗はすぐに見つかるはず。

 特務長め、俺が分身でも出来ると思ってるのだろうか。

 

 

 未だに騒ぐ朱美に視線を向ける。

 

「理由は分からないが、ダメなものはダメだ。これは君の命にも関わる問題だ。何度も言わせないでくれ」

「ぶーぶー」

「本当に成人してる奴の返しとはとても見えないな。強硬手段とか諦めろ? 君の部屋から外に出れる場所は、その全てにセンサーが付けられてる。誰かが外から入ろうが、中から抜け出そうがすぐに分かるからな」

「ええ!? うそお!」

 

 

 本当だ、現に俺が護衛期間中に借りている直ぐ近くのアパートには、彼女の家周辺のセンサー情報が随時更新されるようになっている。

 別に俺が仕掛けたわけではなく、俺が来るよりも前から特務の別動隊を使って最低限の準備を整えていたらしい。

 

 彼女に接触したその日、指定されたポイントに向かったら全てが整っていたのを見た時は、流石に苦笑いが出てしまった。

 

 

「別に中を監視してるとかじゃない、動きを検知して動作するタイプのものだし、護衛初日に渡したチップを持っているかどうかを見ているだけだ」

「はぁ、良かった。というかこれGPSと危険時の救難信号の事しか教えてくれなかったよね?」

 

 そう言って朱美が見せてきたのは、携帯に付けられるタイプの小さなストラップを見せてくる。

 見た目は小さな棒状の物になっていて、左右を握って捻ることで信号を発信できるものだ。

 

 彼女が特務に正式に所属すれば、この手の装置を多数作ってもらうことになるだろう。

 

 

「朱美は電子系のPE能力者だから、この手のには得意だと思ってたんだが、意外と違うのか?」

「違わないけどさ、なんていったらいいのかな。こういうのに興味ないんだよね、それにこれを分解とか怒られそうだったし」

「まあ、特務に入れば夜中だろうが関係なく、自由に過ごせるはずだから、それまで我慢してくれ」

「ぶー」

 

 その幼い見た目で頬を膨らませる朱美は、知らない人が見れば彼女のことを中学生、下手をすれば小学生に見間違うだろう。

 

 口に出した瞬間蹴りが飛んできそうだったので、何も言わずに膨らんでいる頬を指で突いてみる。

 

 プシュー

 という空気が抜ける音とともに、突然頬を触られたことに朱美は驚いてしまう。

 

 

「お、女の子の頬に気やすく触らないの! 私じゃあなかったら通報されても可笑しくないんだからね!」

「何顔赤くしてるんだよ。別にいいだろ頬ぐらい、朱美のほっぺ柔らかいから触りたくなるだけなんだよ」

「なっ、ちょっ!?」

 

 朱美は素直に褒められるのに弱い。

 これはこの数日間で発見した、朱美の弱点だ。

 

 彼女自身、異性はおろか同姓の友人もほとんど居ないようで、こういったからかいの耐性が全くと言ってない。

 だから平穏なこの数日は度々彼女をからかって遊ぶのが、俺の楽しみになっていた。

 

 恥ずかしさから顔を赤くした彼女は、言葉として消化しきれない声を上げる。

 愛いやつめ、ほれ、もう一方のほっぺを膨らませてみせい?

 

 

「もういい! 出てって!」

 

 からかい過ぎたのか、彼女はそう言って俺を部屋の外に押し出してしまい、扉を勢いよく閉めてしまう。

 

 

 この時、俺は幾つかの失敗を犯していた。

 

 一つは彼女、琴乃朱美がどうして夜中に外に出たがっていたのか、その把握を怠ったこと。

 もう一つは、彼女が発現したてとは言え、電子系のPE能力者という認識を甘く見て、センサーの話をしてしまった事。

 最後に、彼女を狙う敵の気配に、俺自身が気付けなかったことだ。

 

 

 ――ドオン!!!

 

 数日後、大きな破壊音が夜中の街中に響いた日、いつもは部屋にいるはずの彼女は、どうやったのか俺にバレることなく夜中の外に、抜け出していた。

 センサーは何故か反応を示さなかった。




一応最後までの流れを軽く考えたんですけど、思いのほか綺麗に終わりそうで、逆に登場キャラが少なくなる問題が発生しました……


最悪、この作品の完結しない版(思いついたキャラを随時登場させる)を書くことになりそうですね。。。
その場合は、この作品をそのままリメイクして、登場キャラも変えずにシリアス要素を全排除したバージョンにして、書きたい属性キャラをどんどん出す感じですかね。
(シリアスにすると、必然的に解決方向に向かうシナリオになり、結果完結するしかなくね?な流れになってしまいすし。今作がそうなりますね、見切り発車よくないって、それ良く……)

排除するとなると何だろう……それも追々考えていこうと思います。
ま、それよりも今は今作を完成させることに注力していきます。


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合法ロリはバカにされたくない4

 ――ドゴオン!!

 

 夜中の街で響くには大きすぎる破壊音が、断続的に響いてくる。

 場違いで、聞く人によっては恐怖すら感じてしまいそうな暴力の音に、寝ていた俺は飛び起きるようにして事態の把握に努めた。

 

 

 俺がいるのは彼女が住んでいるアパートから、かなり近い別のアパートに宿泊していた。

 近いとは言ってもこの部屋から彼女のアパートを確認することは難しく、彼女の部屋を囲むようにして出入口に使えそうな場所全てに、特務の人間がセンサーを取り付けていた。

 

 そしてそのセンサーの監視状況やログなんかは、俺が今住んでいる一室で全て確認ができるようになっている。

 

 

 センサーの監視状況を確認するが、護衛対象である朱美が部屋から出たという記録はなく、今も聞こえてくるあの破壊音に彼女が関係している可能性が低いことが理解できた。

 

 

 彼女はこの暴力的な破壊音が響いている中でも、普通であれば今は眠ってしまっている時間帯だ。

 熟睡している人間は、例えかなりの大きな音でも自分に関係しない音では、中々起きることは無い。

 

 

 だが、念のために彼女の携帯に電話を掛ける。

 ……30秒間コールを続けても彼女が出ることは無く、本格的に寝ているのだと思えた。

 

 

 ――ドゴオン!!

 

 

 遠くない距離でまた大きな破壊音が響いてくる。

 

 

 今は彼女も熟睡していると思われるが、この音が何度も続けば流石の彼女も起きるだろう。彼女と数日間関わって分かったことの一つに、彼女はホラーといったジャンルが苦手ということ。

 もしも彼女がこの音に気付けば、驚きと同時に怖がってしまう可能性が高い。

 

 

 そこまで考えた俺は念のため、何時でも動けるように彼女のアパートに向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

「ん……空いている?」

 

 朱美のアパートに到着した俺は、彼女の部屋のカギが空いていることに気付いた。

 

 

 嫌な予感とともに部屋に入ると、彼女が寝ているであろうベッドには誰もいない。

 それから部屋中を探し回ったが、彼女の気配すら感じられず、彼女が外に出ていることがその時になってようやくわかった。

 

 

 おかしい、俺が部屋を出る前の監視ログを見たが、彼女が部屋を出たという記録はなかった。

 それに、指定時間外での彼女の外出が確認できた場合、センターが作動して俺の携帯端末にアラートが表示されるようにもなっている。

 

 

 つまり、彼女がセンサーに引っかかる形で外に出たのならば、俺が気づかないはずがないのだ。

 

 

 彼女の携帯に再度電話を掛ける。

 しかし、彼女の携帯の着信音が、静まり返った部屋に響くのみで、誰かが通話に出ることは無かった。

 

 

 俺は自分の失態をそこになってようやく気付く。

 彼女にこの間伝えてしまった情報、センサー、GPS、救難信号。

 

 能力の発現したてで、且つ訓練のようなものを行っていない彼女だが、それでも電子系のPE能力者に変わりはない。

 むしろ、そういった知識や技術的な面で言ってしまえば、電子系のPR能力者には訓練のようなものが、そもそも必要ないという事を失念していた。

 

 

 急いで彼女を探さなくては行けないが、その手掛かりも全てここにある。

 彼女が何時、何処からこの部屋から出ていったのか、彼女がこんな夜中に部屋を抜け出す目的、全ての彼女に繋がるための情報が無い。

 

 

 ――ドゴオン!!

 

「まさかな……」

 俺の心境などお構いなしに聞こえてくる、暴力の音に、俺は冷や汗を流した。

 

 

 

 ☆

 

 

「はあ、はあ、はあ!」

 

 ジョーカーが朱美の部屋に辿り着き、彼女が居ない事に気付いたとき。

 朱美は息を切らしながら、慣れない全力疾走に息を切らしながらも、必死に足を動かしていた。

 

 

「あっはっはっは! いいわねえ! まるで蠅のように逃げるじゃない!」

 

 何故、彼女がこうまで必死に逃げているのか、それは高笑いをしながら追いかけてくる一人の女性の姿と。

 

 

「にゃぁ」

 

 朱美が抱えている足を怪我している猫と、必死に逃げるように走る状況から、大体の人がなんとなくでも理解できるだろう。

 

 

「はあ、はあ……だ、だいじょう、ぶだから……はあ、はあ!」

 

 痛いほどに鼓動を刻む心臓と、普段運動などで使用されていない肺、そして走ること自体年単位で存在しなかった彼女は。全身に感じる苦痛を表情に出さないよう努めながら、自身が抱えている猫にどうにか歪な笑顔を向ける。

 

 

「私が、ま、まもる、から!」

 

 朱美は小さな命を抱えているがゆえに、映像ではなく初めてみる敵から、逃げ切る計画もない逃走を続けていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 十数分前――

 

 

「ふぅ、やっぱりPE能力って凄いのね、センサーのシステムを書き換えちゃうなんて。少し前の私だったら絶対に信じないわ」

 

 ジョーカーの護衛対象である朱美は、独り言を呟きながら、夜の住宅街を歩いていた。

 

 

 手には猫のおやつとして人気な、猫用のお菓子と、牛乳を片手に。本来であれば家にいるはずの朱美は、悠々と歩みを進める。

 

 

 朱美は数日前、ジョーカーから聞かされたセンサーの話から、ジョーカーの護衛が無くなるタイミングを見計らって、センサーをどうにか出来ないかと、試行錯誤を繰り返していた。

 

 彼女にはどうしても、この時間帯に外に出なくてはいけない理由があった。

 

 

 初めは無力化なんてことを考えることは無く、センサーを破壊してでも外に出るつもりだった。

 そう思いながら確認したセンサーは、何故か初めて見るはずの機械なのにも関わらず。まるで直接頭に情報を叩き込むような感覚とともに、センサーの作り、システムの構造、それ以外の情報全てを理解してしまった。

 

 

 確かにPE能力は訓練を要する、しかしそれは発現するPE能力で破壊力を伴うモノが多かったのが主な理由だ。

 逆に、朱美のような殺傷力や破壊性能を持たないPE能力の場合、訓練自体が必要ないケースもある。

 

 そして、外に出たいという一心だった彼女は、自分でも気付かないうちに能力を使用していた。そしてセンサーに関する情報を瞬時に理解し、通常では不可能なシステムのオーバーロード、上書きを行った。

 

 

 センサーが自身を認識しなくなったことも何となく理解した彼女は、自分の位置を知らせてしまう、GPS兼信号発信機になっているストラップを部屋に置くことで、ジョーカーにバレることなく、夜中の街に繰り出すことが出来てしまった。

 

 

 目的地までの途中、コンビニで買った猫用おやつと牛乳の入ったビニール袋を片手に、鼻歌交じりに。この時間でないと行けない目的地を目指していた。

 

 

「ふぅ、ついたー。何日来れてなかったんだろう……今日はいるかなぁ?」

 

 そうして朱美の到着した場所は、取り壊し予定の廃ビルだった。

 取り壊し予定ということもあり、一般人が入らないように引かれている警告ロープを潜ると、慣れた様子で迷うことなく廃ビルの中に入っていく。

 

 

「おーい、ご飯持ってきたぞおー? 出ておいでー」

 

 彼女の声が、ビルの中に木霊する。

 暫く彼女以外の気配が一切感じられなかった空間に、静かにもう一つの気配が混じる。

 

 薄暗い光から抜け出来るようにして、一匹の猫が姿を現す。

 

「にゃあ」

「あ! 久しぶりーみーちゃん! 元気してたー!?」

 

 みーちゃんとは、彼女が目の前の猫に付けた名前。

 あのアパートに住むようになってから、朱美はたまたま見つけたこの廃ビルから聞こえてきた、鳴き声に導かれるようにしてみーちゃんと出会った。

 

 野生の猫の殆どが、人間に寄り付いたりしない。近づくだけでも逃げるし、最悪引っ搔き傷を負わせてくる場合もある。

 しかし、朱美が出会った猫は元々家猫だったのか分からないが、朱美が近づいても逃げることは無く、むしろ体を擦りつけるようにして彼女を歓迎した。

 

 出会いから今日まで、朱美は定期的に夜中にこうして食べ物と飲み水を買っては、みーちゃんと勝手に名付けた猫に会いに来ていた。

 

 

 みーちゃんは朱美にとって特別な存在だった。

 朱美はジョーカーに一つ言っていないことがあった。それは、彼女には友達が居ないということ。

 

 元々地頭がよく、特に計算や科学といった分野に優れ、学生時代から彼女は天才と呼ばれた。

 そして始まったのが小学高学年になったとき、彼女はいじめをされかけた。

 

 当時の彼女は、自分にいじめを行おうとした女子生徒に対して、そのまんまやられたことをやり返すことで撃退した。

 それから彼女にいじめを行おうとする生徒たちを、彼女は真正面から叩き潰していった。

 

 幸い、暴力沙汰になることはなかったが、そのせいで中学で彼女に話しかける同級生はおらず。

 高校に上がっても、同じ中学だった同級生も一緒に入学したことによって、彼女の異端性は1か月も掛からずに広まった。

 

 さらに、朱美は高校でもその学力の高さから近寄りがたい存在になっていた。

 

 

 彼女自身、他の人と話すことに飢えているということなく、むしろ円満な学生生活だと思っていた。

 

 

 そうして一人暮らしを始めた時に出来た初めての友人が、人間ではなく一匹の猫のみーちゃんだった。

 

 

 初めてできた友達は、何時しか彼女の支えの一部になっていた。

 その日嫌なことがあれば、みーちゃんに愚痴を溢し。

 

 嬉しいことがあれば、みーちゃんに楽しそうに報告した。

 

 

 相手は言葉を解せない生き物だったが、それでも初めてできた友達との会話は、朱美という人間の見る世界を変えていった。

 

 自分より先に死んでしまう相手だとわかっていた、数年以内に別れがくるだろうし、今日あったからと言って明日以降会えることが保証された相手でもない。

 だからこそ、朱美はいつ終わるか分からない繋がりを、大切にしていた。

 

 

 自分にPE能力が発現し、身の安全とともに国が作った機関の一つである特務へと、就職先が流れるように決まってしまった。

 就職が決まったとはいえ、バックに国を持つ機関、安易にやっぱり嫌ですなんてことは流石の彼女でも言えなかった。

 

 普通の会社に就職したとしても、周りと上手くやれる自信もない。それなら、研究職という枠で元々好きだった分野にのめり込もうと思った。

 

 

 当然、彼女にとって唯一の友人であり親友であるみーちゃんに、報告しようとした。

 だが、それはジョーカーが来たことで難しくなってしまった。

 

 今から考えれば、素直に言えばよかったと思っている。

 彼から聞いた話では、かなり自由が利く場所と思われる特務なら、もしかしたらみーちゃんも一緒に行けたのかもしれない。

 

 

 だが、彼女の数少ないプライドの1つがその言葉を止めてしまった。

 初めて出来るかもしれない人間の友人に、自分の過去を知られたくなかった。

 

 彼なら笑わないと思えた、いつもは汚い言葉を使ったりもするし、考え方からして朱美と違う彼だったが。

 それでも自分と話している時の彼の通りなら、私が本当に嫌がったり傷つくようなことは言わないだろう。ただしからかったり、バカにするのは簡単に想像できた朱美は、まだ期間があるという免罪符を持って、まずはみーちゃんに確認しようとした。

 

 

「みーちゃんは私と一緒に特務に行ってくれる? 私、貴方と会えなくなるのは寂しいな、一緒に来てくれるなら、向こうでも楽しく過ごせそうなんだけど……」

「にゃあ」

 

 自分の言っていることは伝わってないだろう、それでもみーちゃんは彼女に体を擦りつけるようにして、周囲を回る。

 

 

「みーちゃんが他の猫さんと一緒にいるところ見たことないわ。だからもしも、貴方も一人なら一緒に行ってくれない?」

「ゴロゴロゴロ」

 

 そう言いながら顎の下を撫でると、みーちゃんの猫独特のゴロゴロ音を響かせる。

 その様子に自然と笑みがこぼれてしまうことに気付いた朱美は、1つ頷く。

 

 

「うん、そうよね。貴方も一人、私も一人、だから一緒だよね? 向こうは美味しいご飯いっぱいだよ」

「にゃ!」

 

 ご飯というキーワードに、みーちゃんが強い反応を示す。

 普段から出会うたびに、ご飯というキーワードを連呼していたこともあり、みーちゃんにとってご飯とは魔法の言葉だった。

 

 

「ふふ、やっぱりみーちゃんも美味しいもの食べたいよね……よし、決まりね! 明日、ジョーカーに聞いてみるね」

「にゃー?」

「大丈夫! 私のPE能力ってかなりレアっぽいし、みーちゃん一人ぐらい楽勝よ!」

 

 朱美は一人満足そうな笑みを浮かべながら、向けられたみーちゃんのお尻を小刻みに叩く。

 猫の愛情表現の一つを、こうして彼女に許していることからも、彼女と目の前の猫の関係性を物語っていた。

 

 そうして、最近構えなかった分もと考えていた朱美だったが、それは招かれざる者の登場によって中断させられる。

 

 

「あーら、先に貴方を勧誘しようと思っていたのに、もう就職先決まっちゃったのお?」

 

 聞いたことの無い声が、ビルに響いたことで、さっきまでほのぼのとしていた空気が一瞬にして凍る。

 

 

「だれ?」

「シャー!」

 

 ゴロゴロと鳴いていたみーちゃんは毛を逆立てて威嚇し、朱美も突然現れた、自分を知っている存在を前に警戒を強める。

 

 

 そして声の主が姿をゆっくりと現す。

 首から下はマントに隠されて見えないが、軽くウェーブのかかった長い黒髪と、不気味に吊り上がった表情を見せる一人の女性が、夜中の月明かりに照らされるようにして、近づいてくる。

 

 

「こんばんわ、こんな夜遅くに外に出ちゃ危ないわよ。美人な敵に、襲われちゃうかもしれないから。初めまして、私の名前はパトラ。貴方を攫いに来た美人な敵よ」

 

 そういったパトラは不気味な笑みを強めた。



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合法ロリはバカにされたくない5

 目の前に現れた彼女にとっての初めての敵。

 パトラと名乗った敵は、何かしらのPE能力か分からないが浮遊する拳大の黒い弾を数個浮かべており、彼女が一歩前に動けばそれと合わせて球体も移動している。

 

「ん? これが気になるの? これは最近私たちの界隈で有名になって来ている、とある武器商人が売っている武器なの。話ではそいつもPE能力者で、その能力を使って作られたんだとか噂されてるわ」

「ご丁寧に誰も聞いてないことを答えてくれてありがとう。それで、私になにか用なの?」

 

 敵の様子から、自分に対して危害を加える目的じゃないと考えた朱美は、相手からの情報を引き出すため会話を促す。

 この時、ジョーカーから渡されたストラップがあればと考えたが、彼女自身が部屋に置いてきてしまっている。

 

 ドゴオン!!

 

 だが、パトラは質問には応えず、代わりに浮遊していた球体の一つが突如壁に突撃し、硬いコンクリートでできているはずの壁をたやすく破壊してみせる。

 

 

「すごいでしょ? さっきの噂だけど、普通の人間と今の科学力じゃこれは作れない。つまりPE能力者が作ったってこと、貴方って電子系のPE能力者なんでしょ? なら、これと同じ……いえ、これ以上の武器が作れる。貴方にはそれを作ってほしいの」

「いやよ、なんで貴方達のためにそんなことしなくちゃいけないの。私、お尋ね者にはなりたくないんだけど」

 

 動揺を見せないよう震えそうになる声を無理やり抑えつける。

 パトラの口振りからも、朱美のことを敵は何かしらの手段をもって手にしていることが分かる。彼女のPE能力が電子系だということも、一部の人間にしか知られていないはずだった。

 

 それを目の前の今日初めましての敵が、したり顔で語れるほどには、彼女の情報はあずかり知らぬところで独り歩きしていた。

 

 

「別に、貴方の意志は関係ないの。勘のよさそうなあの坊やも居ない今、是が非でも来てもらうわ」

 

 ドゴオン!

 

 彼女の意志で動かしているであろう球体が、今度は1回目とは対面に位置する壁を破壊する。

 

 

「逃げてもいいのよ、でも。その分痛い目にあってもらうけど」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、パトラが周囲の球体を動かしながら近づいてくる。

 PE能力者としても、能力の性質からしても、朱美にはパトラに対抗する手段が思いつかなかった。

 

 こんなことならと、何度目かになる思考を巡らせ、この場をどうにか抜け出せないと考えるが、状況が悪すぎた。

 

 

「この状況、貴方がどうこうするなんて考えるだけ無駄、さ……こっちに来なさい」

 

 そう言ったパトラは、既に朱美へと手が届く所まで近づいてきていた。

 ゆっくりと伸ばされる手に、朱美は目を強く瞑ることしかできなかった。

 

 せっかく新しい友達が出来て、楽しいことが待っていると思っていたのに。

 

(結局、私の人生って一度も上手くいった試しがないのよね)

 

 

「シャーッ!!」

「きゃあ!」

 

 朱美に伸ばされた手を、横から飛び出したみーちゃんが噛みつくことで止める。

 突然噛まれ、強烈な痛みに襲われたパトラは叫び声を上げ。ほのぼのとした親友の普段見ない勇敢な姿に、朱美は呆気にとられた。

 

 

「ち、血が出ちゃってるじゃないの! 何してくれるのよ!」

 

 だが、所詮は猫の噛みつき。

 痛みを感じ、出血もしているが、その結果は少しの時間と激高する敵という、とても好機とは言えないものになった。

 

 ドゴオン!

 

 怒りの表情を浮かべたパトラから射出された球体が、朱美を助けたみーちゃんに真っすぐに直進。

 壁を破壊した時同様、今度は床をえぐり取るようにしてみーちゃんを巻き込みながら砂塵を散らす。

 

 

「みーちゃん!」

 

 慌てて朱美が破壊された場所に向かうと、そこには傷を負った状態のみーちゃんの姿があった。

 コンクリートを破壊する球体だったが、幸いにもみーちゃんには直撃することは無かったが、それでも怪我を負ってしまったみーちゃんはすぐには動ける様子はなく。

 

 攻撃のショックで意識も失っていた。

 

 

「ち、煙で見えないわ」

 

 パトラと朱美を遮るようにして這い上がっている砂塵によって、視界が切れたことを悟った朱美は、勝手知ったるこの場所から砂塵の中を駆け抜けるようにして、どうにかビルから脱出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 それから数分、朱美は後ろで聞こえてくる破壊音が近くなってくることに怯えながら、必死に足を動かし続けていた。

 

 未だパトラの姿は見えないが、それでも聞こえてくる破壊音は確実に朱美との距離を縮めてきていた。

 

 

(す、姿が見えないのに、どうして私の位置が分かるの……まるで私の位置が分かっているみたいじゃない)

 

 入り組んだ道を選び、どうにか逃げ続けていた朱美だったが、普段運動を一切しないインドアな彼女は、突如足がもつれて転んでしまう。

 

 

「きゃあ!」

 

 どうにか倒れる瞬間、腕に抱えているみーちゃんを庇うようにして倒れたが、その代わり一切の受け身を取ることができなかった朱美の腕からは、それまでに付いた擦り傷よりも酷い傷が見て取れた。

 

 しかし、朱美は笑う足をどうにか動かし、腕に感じるジクジクとした痛みに耐えながらも立ち上がると、また走り始める。

 

 

 足はとうに限界を迎えていた。

 もはや歩くだけでもふらついてしまう体では、これ以上の逃走は困難。

 

 とうとう壁に寄りかかるようにして、朱美は足を止めてしまった。

 

 

「あらあら、もう鬼ごっこはお終いかしら?」

 

 朱美が動きを止めてすぐに、彼女が逃げてきた方向からパトラの声が響いてくる。

 

 全身に纏ったマントは最初に会った時とは変わらず、もはや全身で息をしている状態の朱美に対して、パトラの呼吸は一切乱れていなかった。

 

 

「ふふ、あーんなに入り組んだ道を通ったのに残念だったわね。私が使う玩具がこれ(球体)だけじゃないの、貴方には発信機が付いてるの」

 

 パトラはそう言いながら携帯を取り出し、とある映像が映っている画面を見せる。

 そこには見知った地形が表示されており、その画面の中では赤い点が、今自分のいるであろう場所で点滅していた。

 

 

「は、発信機……」

「そう、だから貴方が必死に逃げ回ってるのがこれで全部見れてたの。アハハハハ! 貴方の死に物狂いの逃走劇は見てて楽しかったわ!」

「そ、それは。はあ、はあ。ど、どうも」

 

 一切回復する様子を見せない自分の体を恨めしく思いながらも、大きく呼吸をしてどうにか体力を少しでも取り戻そうとする朱美は、このまま少しでも時間を稼ごうと、思考を回転させる。

 

 

「どこから、私の情報を、手に入れたの」

「かーんたんよ、貴方のことを私達に高く売る人間が、そっちにいるだけのこと。小遣い稼ぎのネタに貴方はされたのよ」

 

(まあ、大体そんなところだろうって察しはついてたわよ)

 

 自分のPE能力を知っている人間なんて、数えられる程度の数だ。

 そして、敵にこの情報を売れる人間ともなれば、普通の人じゃまずできない。必然的に、お高い椅子にふんぞり返っているくそ野郎だろう。

 

 

「私、PE能力に目覚めたばかりなの。だから貴方が期待するようなモノは無理よ、作らないんじゃない。作れないの」

「ふふ、貴方は本当にPE能力者のこと分かってないのね。私たちは理屈じゃないの、未だに国ですら解明できていない未知の力なんだから。目覚めてから短い貴方でも、自分でも知らないことが分かったり、出来たりって経験なかった?」

「――ッ」

 

 思い出すのはまさしく今日、こんな事態を招くことができてしまった一番の要素、初めて見るセンサーのシステムを書き換えたことだった。

 

 朱美の様子から察したパトラは、笑みを強める。

 

 

「そう! 貴方が今想像したこと、つまり貴方は出来ないと思い込んでいるだけ」

「だ、だからって。私は犯罪者になるわけじゃない。なりたくもないわ!――きゃあ!」

 

 叫ぶように否定した朱美だったが、その言葉を口にした瞬間、パトラの顔に張り付いていた笑みが消え、周囲を浮遊していた球体が彼女を襲った。

 

 驚き、悲鳴を上げてしまったが、球体は直撃することは無く。彼女の足元を深くえぐり取るのみだった。

 

 

「次は当てるわよ。別に、貴方は腕と頭が問題なく動けば問題ないの。だから足とか要らない場所とか、間違えて当てちゃうかもしれないわね」

「クッ!」

「ま、これ以上時間を使って、面倒なヒーローが来ても嫌だし……一緒に来てもらうわよ」

「んぐう!?」

 

 そう言い、朱美には認識できない速さで後ろに移動したパトラに、朱美は拘束されてしまう。

 拘束から逃れようと、暴れるが、直接的な力を持たない彼女のPE能力と、未だ使用されている形跡はないが、あの移動速度から見てもかなりの使い手であるパトラでは、決定的な力の差が存在していた。

 

 そして、口を塞がれた朱美は声を上げることもできず、無意味に暴れるしかできなかった。

 

 

「煩いわよ、もうすこし静かにしてくれ、る!」

「ぐっ!!」

 

 しかし、暴れられることを鬱陶しく思ったパトラが、朱美の腹部に拳を叩き込むことで暴れることすら許されなくなってしまう。

 

 

「さっき言ったわよね、貴方に求めているのはその頭と腕だけなの。これ以上痛い思いをしたくなかったら……分かるわね?」

「……」

 

 初めて味わう暴力に、朱美は生物的な恐怖に包まれてしまい、ただ恐怖に体を震わせるのみだった。

 その様子に気をよくしたのか、パトラは先ほどまでの笑みをまた浮かべる。

 

 

「私、物わかりのいい子って好きなの。大丈夫、窮屈な思いはさせないわ。むしろ貴方は金の生る木なんだから、宝石のように大切に扱われるわよ?」

 

 

 一方的に話を進めたパトラは、もはや朱美の反応など気にする様子すら見せず、移動を開始しようとする。

 

 

「よう、その子を離してくれねえか? 女」

「レディに対する口の利き方に気を付けなさい、それじゃあモテないわよ?」

 

 パトラの踏み出した足に、2歩目はなく。

 後ろから掛けられた声に、パトラはゆっくりと振り返る。

 

 

 必然的に、パトラに拘束されていた朱美にも、声の主の姿が見える。

 その声はこの数日間毎日聞いていたもので、自身を拘束する初めての敵同様、彼女にとって初めてのヒーローだと、すぐにわかった。

 

 しかし、振り返った先に立っていたのは、彼の顔ではなく。

 フルフェイスを被った、全身真っ白のヒーローだった。

 

 

「悪いな、ヒーローってのは遅れてくるらしい」

 

 初めて見るはずの白い姿だったが、聞きなれてしまった声と口調、そして本人には言えないが、一緒にいると安心できるその姿は、まさしく彼女にとって初めてのヒーローだった。

 

 

 




予告したシリアス解放回が、近い……


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合法ロリはバカにされたくない6

はぁ、BF2042おもろくてこんなにも時間が経っていたですぞ。。。

この作品のライトリメイク版(自重ゼロ版)も書かないといけないのに。。。


この世界に転生して、ヒーローといういわば人には過ぎるほどの力を手に入れたとしても、嫌なものは嫌なままだった。

 

「グッ!?」

 

腹部に突き刺さるようにしてもたらされる衝撃。強烈に感じる鈍痛にくぐもった声が漏れる。

能力に目覚め、訓練を重ねて強くなったとしても、この痛みに慣れることはなかった。

 

 

「ジョーカー!」

 

悲痛な叫び声をあげる朱美の声に、俺は答えることができなかった。

全身がボロボロになり、立っているのもやっとな状態。しかもそれが自身の知る人間であればそうなるのもうなずける。

 

「アッハッハッハ! 格好つけて登場しようとするからよ、さっさと後ろから攻撃すればよかったものを、ヒーローってこれだからおバカさんなのよね」

「はぁ、はぁ……」

 

あざ笑うパトラと名乗る敵に、反応することなく荒い呼吸を繰り替えす。

 

俺だって最初は後ろから攻撃するつもりだった。だが奴の周囲に浮遊する黒球、そしてすでに捕まってしまっている朱美。

この状態で後ろから攻撃をするヒーローがいれば、訓練カリキュラムを1からやり直す羽目になるだろう。

 

 

目的は朱美の身柄の確保。

敵を倒すのは二の次、何よりも優先するのは護衛対象の安全。

 

奴の前に出る前から、既に応援は呼んである。

俺がするべきことは敵を倒すことではなく、応援が来る前の時間稼ぎ。だがこれが難しい。

 

 

「ひ、卑怯よ! ジョーカーに能力を使わせないなんて!」

「フフ、卑怯で結構よ。手段を選んで負けるなんて馬鹿のすること、手段を択ばずに勝つのが私達。敵なのよ」

「だ、まれ……敵風情が、ほざいてんじゃ、ねえ。選べないだけ、だろうが!」

 

呼吸をするのも億劫だ、だが奴の意識が朱美に向くのはまずい。

相手の言葉を否定するようにしたおかげで、どうにか奴の注意を俺に引き留めることができるが、その代償は些か高かった。

 

周囲を浮遊する黒球の一つが、加速して俺に攻撃を加えてくる。

 

 

「ガッ!」

 

回避することも、ガードすることもしない俺は、ただ痛みに耐える。

 

 

「まったく、貴方はいいわよね、こうしてヒーローが助けに来てくれるなんて、うらやましいわ」

「なら、どうして敵なんてしてるのよ!」

「簡単よ、あなたの前に現れたのはヒーロー、私の前には理不尽が現れただけ」

 

パトラはそういうと、どこから出したのか。朱美を拘束していない右手に赤く光る鞭のようなものを見せつけるように、持ち上げる。

 

その特徴的な鞭を見た瞬間、自身が記憶しているいくつかの敵の名前が思い浮かぶ。

特務に関係なく、ヒーローたちはある一定の脅威を持つ敵の情報を持っている。そのなかでパトラの次の言葉で、敵の正体を突き止めることができた。

 

「私のPEは鞭を作って自在に操るモノ、名前はローズウィップ。他の敵みたいに潰したり切ったりなんて到底できない安物。でもこれ、ものすごく痛いのよ?」

「なるほど、な。お前、”赤鞭”か」

「あら、私って意外と有名人?」

「名前は覚えてないが、その武器と残虐性はお前しか当てはまらねえからな」

「もう……女性にお前なんて言葉使うものじゃないわ、女から見ればただの暴言よ? 正体がバレてるなら隠す必要はもうないわね 」

 

自身の正体がバレたにも関わらず、パトラは余裕の表情を崩すことなく。あまつさえ自身の姿を隠していたローブをこれ見よがしに取り払う。

 

ローブが取り払われてようやく敵の姿が露になる。

赤くウェーブのかかった髪に、派手なボンテージ姿にいつもの俺ならその姿に歓喜していただろう。しかし今の俺にはそれを目の前に歓声を上げることができなかった。

 

「貴方もいつまでそんな虚勢を張っていられるか見ものだわ」

「ジョーカー! 私のことはもういいから! 能力を使って!」

 

迫りくる黒球を目の前に、俺は小さく呟くしかできなかった。

 

「あぁ。痛いのは、やっぱり嫌だな」

 

 

 

 

目の前で嬲り殺しにされているジョーカーを目の前に、朱美は何をすることもできず、ただ茫然と眺めていることしかできなかった。

 

「アッハッハッハ! やっぱりヒーローって間抜けよね、人質一人取るだけでこれだもの!」

 

朱美は耳元に聞こえる歓喜する声を、どこか遠くに感じていた。

一月ほど前ではニュースとかでしか見聞きしていなかった敵とヒーローが、こうして目の前にいるというのに、それが見せる現実は斯様にも夢のないリアルを叩きつけてくる。

 

知らなかった。

敵と呼ばれる存在が、如何に恐ろしいのか。

 

知りたくなかった。

自身が踏み込もうとしている世界が、恐ろしく残酷な場所だということを。

 

見たくなかった。

ヒーローと呼ばれる存在が、自身のせいで傷つく姿を。

 

(私は何もできないただの一般人だ。PEに目覚めただけの普通の人じゃないか)

 

自分のPE能力は電子系と教えられたのみで、実際に何がどこまで出来るのか皆無だった。

分かってることは電子系端末への理解が異様に高くなったぐらいだ、それがこんな事態を招いた最たる原因だから。

 

どうして彼が護衛として派遣されたのか、その意味をまったく理解しなかった。わかっていたらこんなにもちっぽけなプライドなんて、どぶにでも捨てて彼に事情を話していたかもしれない。

 

無数に湧いてくる後悔とたらればが、あの時気付けば、少しでも彼に相談していたら。朱美自身が自嘲してしまうほどに言い訳が増えていく。

 

 

ドサリ

 

しかしそんな無意味な思考は、目の前のヒーローが倒れたことで強制的に終了させられる。

自身を助けに来たヒーローは、声すらあげることなく静かに倒れてしまった。

 

 

「あーあ、もう終わっちゃった。いくらヒーローでも能力が使えないんじゃこんなものよね」

 

落胆したような声に、今更反応する気力は残っていなかった。

朱美の思考を占めていたのは彼への懺悔、自身とかかわってしまったばっかりに、自分が余計なことをしたばかりに。彼はこうして無残にも傷ついてしまったのだから。

 

(私にもっと力があれば……センサーをハッキングしたみたいに、この黒球をどうにかできれば……)

 

出来もしない希望を、今更になって探し出そうとする。

パトラの言っていたことが本当なのであれば、黒球はPE能力ではなく、PE能力で作られた兵器になる。つまり、ハッキング自体は自身の能力でもできる可能性があるということ。

 

だかハッキング使用にも道具もなければ、方法も分からない。

 

(あれ……)

 

またたらればを繰り返すが、今回は何かが違った。

黒球に意識を向け、”こうしたい”と思ったのと同時に、不思議な感覚が彼女を包み込む。

出来ないと思っていることが出来ると思え、方法も原理も分からないはずなのに、どうしてか分かる。

 

まるで昔からそれが出来ていたかのように、つい少し前までど忘れしていたかのように。

頭が理解、いや。思い出し。口が自然と動いた。

 

「”命令よ”」

 

自分でも発したことのない口調に、違和感はなかった。

呟くように言葉を発した次の瞬間、パトラの周囲を浮遊していた黒球が一斉に静止した。

 

 

「これはいったい、どういうこと……まさかっ!?」

 

黒球の操作が行えなくなったことに気づいたパトラ、すぐさま原因を探そうとして自身が攫おうとしてるターゲットの情報を思い出す。

パトラが気付き行動するよりも早く、朱美は次点の命令を発する。

 

「”私を拘束するこいつを攻撃しなさい!”」

 

機械に命令するにはあまりに抽象的なそれは、朱美のPE能力により主人の命令を違えることなく黒球を上書く。

 

命令を与えられた黒球は、例え数秒前まで命令を発してた主人に冷酷なまでに襲い掛かる。

 

 

「チィ!」

 

今まで操作してきた道具が牙をむいたことに、パトラは苦い表情を浮かべながらも冷静に回避行動をおこなう。

 

「私を抱えてどこまで避けれるかしら?」

「ッ!? 生意気ね!」

 

しかし、朱美がそれを許さないとばかりに暴れるようにしてパトラの行動を妨害する。

パトラは一瞬の思考で優先順位を決める。

 

最大の障害でもあったヒーローは地面に伏しており、目下の問題はどういう理屈か分からないが、操作権限を乗っ取られた黒球。

それを操作する朱美を攻撃しようにも、敵としての経験から覚悟を持った人間の扱いは難しい。

 

最悪、自分の身の安全すら考えずに戦い続ける可能性もある。

幸いなことに、朱美自身には直接的な戦闘力はないことはわかっている。それならばまず、彼女唯一の攻撃手段となった黒球を無力化するところから、確実に進めていけばいい。

 

黒球を買うのにかかった費用を考えれば、あまり好んで取りたくない手段だが、目の前のPE能力者を確保すれば総じて問題はない。

 

 

「いいわ、少し遊んであげる!」

 

パトラはすぐに先ほどまでの余裕な笑みを浮かべて朱美を手放す。

いくら不意を突かれたとはいえ、黒球単体に対する対処は簡単。本来、黒球を使用する目的は自身の補助。

 

鞭という武器の特性上、狭い空間といった限定的な戦況化でも対応できるようにするのが目的だ。

 

口には出さないが、自分が有利だということに変わりはなかった。

 

 

だからこそ黒球に集中して対処してしまう。

戦闘能力が黒球以外に存在しない少女に対しての注意はほとんどなく、例え朱美が倒れ伏しているジョーカーの元に向かったとしても、電子系の能力者である朱美には何もできない。

 

「これが終わったらお仕置きね、それもとびっきりのにしないと」

 

猟奇的な笑みを浮かべるパトラの視界には、ジョーカーの元で蹲るだけの哀れな子羊が見えていた。

 

 

 

 

 

PE能力により、敵の使っていた黒球を乗っ取ることでどうにか対抗手段を得た朱美だったが。

今の彼女に余裕の表情はなく、より一層不安そうな表情が色濃く出ていた。

 

分かっている、自身が乗っ取った黒球はただの時間稼ぎにしかならないということを。

全ての黒球を破壊した敵が、自分にどのような仕打ちをしてくるのか考えたくもなかった。

 

だが、それよりも今は目の前に倒れている、自分のせいでボロボロになったジョーカーを助けることが何よりも優先された。

自分のことなんてどうなってもいい、ただ、長らくできなかった友人を何が何でも助けたかった。

 

 

「起きてよ、ジョーカー!」

 

必死に声を掛けるが、意識を失っているジョーカーは一切の反応を見せない。

それでも朱美は必死に声を掛け続ける。

 

 

「お願いだから……目を開けてよ、貴方強いんでしょ? なら、寝てないで起きてよ……」

 

声は弱弱しくなるのに、ジョーカーを揺さぶる手の力は落ちることはない。

自然とあふれる涙を拭うこともなく、この時ばかりは信仰の欠片も持たない神にさえ懇願した。

 

 

「あ、貴方はどう思ってるか分からないけど、貴方は、私の初めての人間の友達なの……初めての友達をこんなことで失うなんて、嫌なの……お願い、貴方が起きるならなんでもするからぁ」

 

自分でも何を言っているのか分からない言葉を必死に紡いでいく、何でもいい。彼が起きるならなんだってする、敵の武器を作れというならいくらでも作ろう。

今からでもそう懇願すれば、彼が助かるのなら、何度だって頭を地面に叩きつけよう。

 

人に興味なんてないと思っていた。

機械のように、他人を数値でしか見れないのだと。自分以外は馬鹿で、愚かで、対等に思える相手なんて存在しないと、思っていた。

 

なんてことはない、ただ友達を作るのが苦手で。勝手に壁を作っていただけだ。

じゃなければ、目の前の人間一人のためにここまで心がぐちゃぐちゃになるなんてことはない。

 

経った一月も満たない関係だが、人生の中で最も色のある日々だった。

どこかに出掛けたわけでも、何か楽しいことをしたわけでもない。ただ適当にお互いのことを話したり、見ていたテレビ番組や漫画の話をしていただけ。

 

一つ付け加えるのなら、そのどれもが昔の自分が経験しなかった事柄だった。

 

 

そして、青春の最たるものですら、今が初めてだった。

 

体を揺らすことを止め、力の入っていないジョーカーの腕を両手で掴む。

触ったことのない異性の腕は、同じ人間なのかと思ってしまうほどに重く、ごつごつとしていた。

 

両手でやっと持ち上げることのできた手を、慎ましくとも女性と判断できるほどには膨らんでいる場所へと持っていく。

 

 

昔、小さいことに思うところがあり、マッサージをすると大きくなる伝説を試したときとは明らかに違う。

この気持ちが”アレ”なのかと断言できないが、それでも自分以外の人間に胸を触らせることに、抵抗がほとんどなかったのだから心を許してはいるのだろう。

 

 

「ほら……小さいけど、私だってあるのよ? 起きてくれたら、幾らでも、触っていいから。ね? だから、目を、開けて……」

 

恥ずかしさで顔が赤くなるが、そんなことは気にならなかった。

PE能力に伴う欲望が、本能に近いのなら。少しでも可能性があるのなら、なんだっていい。

 

彼の手が触れてから数秒、若しくは十数秒。

自身の背後に響いていた戦闘音が止む。

 

「タイムオーバー、さぁ。私を苛立たせた罪は重いわよ?」

「ジョーカー……貴方が生きてくれるのなら、それ以外望まない。さようなら、私の初めての友達」

 

後悔するでもなく、諦めたわけでもない、ただ願うように朱美が呟いたのと同時に、自身の胸に押し当てているごつごつとした手が、ピクリと動いた。

 

 

「……おぉ、小さいが故の柔らかさ。知らなかったぜ」

 

幻聴ではない、現にその言葉が聞こえた瞬間から、乾いたのどの水を流し込むように、彼の手が優しくもせわしなく動き続けているのだから。

 

とんだヒーローだ、登場も遅ければ目を覚ますの遅いなんて。重役出勤もいいところだ、後でケーキをいっぱい奢ってもらわないと割に合わない。

 

「遅いわよ、じゃないと私、どこか行っちゃうよ……私を守ってくれるんでしょ?」

「それはよくない、俺の聞き間違いじゃなければ、逃がすには獲物が良すぎるからな」

 

目を覚ましたとはいえ、ボロボロの状態は変わらないが、それでも彼はゆっくりと力強く立ち上がる。

 

「ちょっと待っててくれ、少しやらなきゃいけない事があるんでな」

 

状況は少し良くなっただけ、だけど彼。

ジョーカーの背中が大きく見えて、もう大丈夫だと、そう思えた。

 



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合法ロリはバカにされたくない7

どうも、とがの丸夫です。
久しぶりの投稿になります!
(失踪はしませんぞ!)


 いつか見たような暗い空間。

 どうしてこの空間のことを自分は忘れていたのだろうか、周りを見渡すと暗い空間なはずの場所に、瓦礫の山と二人の人影が見える。

 

 一月前も同じような光景を見た。

 片方は数年前の自分、ヒーローに なるためのカリキュラムを受けて間もない自分。

 体に多少の汚れや損傷はあれど、本人いたって健常。

 

 逆に、もう一方は真逆の状態だった。

 大柄な体はボロボロで、荒い呼吸がその人物が辛うじて生きていることを主張している。

 

 満身創痍ということば当てはまる男は、荒い呼吸の中でも嫌味な笑みを浮かべる。

 

「お前の両親を殺したのは俺だ。楽しかったぜ」

 

 男の言葉に、頭が沸騰する。

 どうして人を殺してそんな顔が出来る、詫び入れない、罪悪感を感じないんだ。

 

「罪悪感? んなもんあるわけねえよ、だってよぉ、楽しいもんに罪悪感なんて感じるわけねえだろう?」

 

 ……ああ、こいつは人間じゃない。

 分かってたじゃないか、敵なんて不燃ゴミ以上の無価値な害悪だ。こうして、人を殺したことに愉悦を感じるクズじゃないか。

 俺はこんなクズをただ殺したくて、ヒーローになった。殺した奴が夢にまで出てくるなんて、虫唾が走る。

 

 やめだ、こんな夢さっさと終わらせよう。

 そうすれば糞みたいな夢なんて見なくて済むのだから。

 

 いつの間にか握られていた果物ナイフを握る手に力を籠める。

 人間一人殺すのに大それたものはいらない、PE能力も兵器も高等な技術もいらない。ただのナイフで十分だ。

 

 

 鉄を切れなくても皮ぐらい切れる。骨を断つことはできずとも肉くらいは裂ける。

 1度でだめなら何度でも突き刺せばいい。

 

 こんなこと、子供でも容易だ。

 

 

 ゆっくりと歩みを進める、さほど離れていない距離だ。十数歩でこの手が奴に届くだろう。

 

 

「いい面構えになったじゃねえか、お前もこっち側だ。ようこそ人間の屑の世界へ」

「黙れ、俺はヒーローだ。そしてお前は敵だ」

 

 目の前の男が何かを言っているが関係ない、奴は敵だ。そして俺はヒーローだ。

 

 

「ハハッ! お前はヒーローなんかじゃねえよ、ただの人殺しの糞野郎だ。自分の行動に責任もとれねえ、自分の欲望の制御も、なんだったらその欲望すらまがいモノだ」

「……何が言いたいんだ」

 

 耳を傾けてはいけない、奴と会話する価値なんてないのだから。

 

 

「俺はお前だ。未来のお前だ」

 

 そう口走る男の顔が、瞬きすると文字通り俺と同じ顔になる。

 その顔は到底ヒーローとは似ても似つかない、俺という人間を知らない奴が見れば敵に見えるほどの凶悪な表情を浮かべている。

 

「やめろ、そんなのが俺なわけがないだろう」

「なら見てみろよ、ほれ」

 

 俺の顔をした男が、俺の声で答える。

 ナイフ同様、いつの間にか現れた姿鏡が俺の全身を移す。

 

 

 見てはいけない

 

 

 直感で俺は顔を背けるが、背けた先にも鏡があり、そこには目の前の男同様凶悪な表情を浮かべ、片手にナイフを持つ敵の姿があった。

 

 

「あ、ああ!?」

「ハハッ! どうだ、立派な敵が見えるじゃねえか」

 

 狼狽する俺に向かって、音がさらに口を開く。

 これ以上奴の言葉を聞いてはいけない、だが、一度体内に含んだ毒が抜けないように、奴の言葉が脳内に直接流れてくる。

 

 

「教えてやるよ、俺を殺したお前の本当の欲望をな!」

「やめ、ろ……やめろ。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!」

「なんだ、やっぱりお前もわかってんじゃねえか! ガキのようにわめくんじゃねえよお!」

 

 幾ら声を張り上げても、奴の声が掻き消えることはなかった。それでも必死に声を荒げた。

 

「お前の欲望はなぁ、”能力を使って遊びたい”だけなんだよ、漫画のような世界で、漫画のような力で。物語の主人公みてえに暴れたいだけなんだよ!」

「違う!」

「違わねえよ、お前が敵と戦うとき能力を使わないのはそういうことだろ? 全力で戦っちゃあ楽しめねえもんなあ?」

「違うって言ってるだろ!? 俺の欲望は”ただみんなを助けたい”だけなんだよ!」

 

 奴の言葉を否定するように、俺は無我夢中で叫び返していた。

 

「あれ? 敵の女の人にえっちなことをしたいのが欲望じゃないの?」

 

 後ろからそんな声が聞こえてくる。

 目の前の男の顔はいつの間にか俺ではなく、あの大男の顔に戻っていた。その表情に凶悪さはなく、優し気な笑みを浮かべている。

 

 声の聞こえてきた方向を振り返る。

 そこにはこの夢で最初に大男と向き合っていた、小さな俺がいた。

 

「や、また会ったね。元気してた?」

「まぁ、ぼちぼちだな」

 

 あっけらかんとした声でそう聞いてくる俺に、俺は語彙力の一つもない、なんとも無難な返しをしてしまう。

 小さな俺はそれのどこに喜んだのか、笑みを深める。

 

 

「ねぇ、君の欲望って何かな?」

「はぁ? さっき大声で言ってただろ、俺の欲望は敵の女の子に……」

 

 なんてことはない質問に、俺は素直に答えようとして口が止まる。どうして止まってしまったのか、分からなかった。ただ、何かが違う気がした。

 俺はさっきも同じことを言っていたのだろうか。少し前の自分の言葉が思い出せない。

 小さな俺は、また笑みを深める。

 

「どうして、欲望が1つだけだと思ってるの?」

「……どう、してだ?」

 

 考えたこともなかった。

 PE能力者は自分の能力に関係する欲望が強くなる、だがそれで強くなる欲望が限定される説明にはならない。

 

 俺の反応に満足したのか、小さな俺は一つ頷く。

 

 

「人間の煩悩は108もある、さらにその一つ一つを細かく見れば無限の数になる。人間は欲深いよね……もう一度聞くね、君の欲望はなにかな?」

「……それは」

 

 ヒントを出されたとしても、俺は答えることが出来なかった。

 

「仕方がないなー、じゃあ最後のヒントだよ?」

 

 まるで出来の悪い生徒に向けるような反応をされてる。見た目の年齢で考えれば俺の方が年上なはずなのに、どうやら小さいころの俺は生意気だったようだ。

 俺だけかもしれないが、こんな反応をされ続ければ大の大人でも扱いづらいだろう。

 

 

「今の君の欲望はさっき聞いた。じゃあ、今の欲望に気が付く前の君は、どんな欲望……何をしたかったのかな?」

 

 ああ、そうか。

 バラバラに固まっていたピースが解れていき、今度はしっかりとした形を形成していくように、自分の思考がクリアになっていく。

 

 やりたいことなんていっぱいあったじゃないか。

 父さんのような立派な大人になりたい、強くなりたい、カッコよくなりたい、かわいい子と仲良くなりたい、空を飛びたい、有名になりたい、あれもこれもやりたいこと、したいことなんていっぱいあったじゃないか。

 

 どれも欲望だ。

 

 

 忘れていた。

 俺は抱え込めないほどの欲望を持っていたじゃないか、俺の能力はまさしくその欲望を叶えるものだったじゃないか。

 

 

 ありすぎて大雑把に決めたじゃないか。

 

「そうだね、決めたよね……この日も」

 

 

 小さな俺が振り返ると、さっきまで醜悪な笑みを浮かべていた大男と小さな俺が向かい合っていた。

 大男は先ほどまでの醜悪な笑みがなく、泣きそうな顔をしていた。

 

「すまねえ、すまねえ……」

 

 小さな声で謝り続ける男に、小さな俺は困ったような表情を浮かべたが、直後に何かをひらめいたように笑みを零す。

 

 

「決めた! 僕はヒーローになる! 強くてかっこよくてモテモテで超有名で、君みたいな敵も全部助けるような。ヒーローになる!」

 

 男は小さい俺の馬鹿みたいな宣言に表情を固めてしまう。

 思い出した俺だって、何言ってるんだって思ってしまうほどだ。

 

 だが、あの時の俺はそれが一番だと思った。

 

 救いようのない敵が存在することも、前世の経験から知っている。

 でも、なりたくないのに敵になってしまった人もいることを、この時知ったんだ。だから俺はそんな人もまとめて助けられる人になりたいと思った。

 重力以上に体を縛り付けていた鎖が砕け散ったように、体も心も軽くなった俺の体は浮遊し始める。

 

「そうだったな、思い出した。こんな大事なことなんで忘れたんだか……俺って馬鹿だよな」

「まぁ、忘れてたのは君のせいじゃないけどね?」

「……それって……どういう」

「ごめん時間みたい、今の君はやることがあるんでしょ?」

 

 

 小さい俺の言葉にハッとする。

 そうだ、ここに来る前の俺は赤鞭にボコられたんだった。朱美を人質に取られ、あの黒球を何発も食らって。

 

 ここにいる時間はない、早く目を覚まして朱美を助けないと……でも。

 

 

「だめだ、俺はヒーローじゃない」

「どうして?」

「俺は最低な人間だからだ。PE能力の欲望だから、ヒーローだから、相手が敵だから、糞みたいな言い訳を並べて悪いことをしてきた。俺はヒーローなんかじゃない、ただの黒野郎だ」

「それならちゃんと謝ればいいんだよ」

「謝ったって仕方がないだろ、たとえ許してもらえたとしても、この欲望はもともと俺の中にあったものなんだろ?」

「そうだね、原因はあれど。他人から与えられたモノが欲望になるわけがない、君の中にはその欲望がもともとあっただけだからね」

 

 小さい俺の言葉でいくつかのことが判明する。

 1つ、この欲望はもともと俺が持っていたもの。

 2つ、この欲望を上長させた原因がいる、それも人為的に。

 3つ、この欲望は消えることはない。

 

 2つ目については後でいい。だが、3つ目が問題だ。

 ヒーローを続けるにしてもやめるにしても、この欲望が消えることがないということ。そして、発散されない欲望は暴走を引き起こす。

 つまり、目の前にいる大男と同じ道を辿るということだ。

 

 

「俺は、俺の欲望は、生きていちゃいけない」

「そんなことないよ」

「……え?」

 

 目の前に広がる暗闇のように、絶望しかない未来を見て絶望した俺に、小さい俺は平然とそれを否定する。

 あまりの返答に俺は間抜けな顔をしていたとわかるほどに、意味を持たない言葉が漏れていた。

 

 

「生きちゃいけない人間なんていないんだ。なんてことは言わないさ、でも……自分を生かすのは自分だけなんだから」

「何を言ってるんだ……」

「ふふ、僕は簡単に思いついたよ。犯罪者にならないで、他人に迷惑を掛けないで、ヒーローとしてみんなを助ける方法」

 

 小さい俺の言葉に耳を傾ける。

 まるで長く探していたモノが、ふとした瞬間に見つかった時のような一瞬の間。

 

「――すればいいんだよ」

 

 小さい俺の放った言葉は、至極当然で、当たり前の方法だった。

 

「もう、これ以上時間を無駄にしちゃいけないよ。ほら、君を待ってる人がいるんだから」

 

 俺の疑問を一切受けないという様子で、小さい俺は目の前から消えてしまう。

 

 

 

 色々気になることが増えてしまったが、今の俺にはするべきことがある。

 

 唐突に浮遊し始めた体を動かして、俺は出口を探した。

 どこに向かったらいいのかも分からず、ただ手と足をがむしゃらに動かした。

 

「……カー! ……ジョーカー!」

 

 そんな俺を導くように、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 声の聞こえた方向に向かって必死に体を動かしていく、進んでいるのか分からなくても、ただ前に進もうとした。

 

 

 ☆

 

 

 ゆっくりと意識が覚醒する。

 

 覚醒するとともに、全身を襲う鈍痛に声を挙げそうになったが、それよりも早く自身の手に伝わる感触に意識が集中する。

 確かめるようにゆっくりと手を動かすと、小さいながらも動かした手に併せて形を変えるそれは、久方ぶりの至福だった。

 

「……おぉ、小さいが故の柔らかさ。知らなかったぜ」

 

 感服したように声を出し、小ぶりなそれの持ち主を見る。

 

 そこには揉まれていることに頬を赤らめながらも、喜びの表情を浮かべる朱美の姿があった



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合法ロリはバカにされたくない8

……あの、本当に申し訳ないです。
誤字脱字ばかりで申し訳ないです。
全てのご指摘確認させていただきました。
その全てのご指摘の内容を見て、こんなにもあるのか、、、と膝から崩れ落ちてしました。
でも、読者の皆様のおかげで当作品が小説の体裁を保てていると実感しました。
誠にありがとうございます。


 

 気絶していた時に見た夢のおかげか、まるで長い夢から覚めたような開放感が全身を満たしていた。

 だが、その開放感に浸ることを許してくれる状況ではないのが現実だった。

 

「ふふん、ようやくのお目覚めかしら? でもそんな満身創痍な状態で私とやろうと言うのかしら」

「ああ、やる気十分だ。だがさっきまでの俺とは思わないでくれ」

 

 足は未だに震える、全身を満たすのは開放感だがそこからかき分けるようにして倦怠感と鈍痛が湧いてくる。

 多分少し前までの俺でも今のようにパトラの前に立っていただろう。

 

 少し違うところがあるとするなら――

 

「だ、大丈夫なの?」

「はは、護衛対象に心配されるようじゃ俺もまだまだ半人前ってことだな……だけどこっからは安心してくれ、絶対に君を守って見せるから」

「……うん、見てる。だから見せて、ジョーカーのかっこいいところ」

「ああ」

 

 かっこいいと思われるだけでヒーロー。朱美と初めて話した時の彼女の言葉の意味が少しわかった気がする。

 

 決して万全とは言えず、見せる背中はもしかしたら小さくて弱く見えているのかもしれない。

 だけどこの場にいる守るべきたった一人の、彼女の言葉が……朱美が後ろに居て俺を見てくれているということだけで。足の震えは止まり、力強く地面に突き立てることができた。

 

(とは言ったものの、まずは状況の整理からだ)

 すぐに自分が気絶した前後の差異を確認する。

 朱美には目新しい大きな傷はなく、パトラの周囲には先ほどまで俺を攻撃していたあの黒球がすべて破壊されていた。

 そして周囲の地面は人工物も含めて破壊の跡が目立っていたことからも、朱美のPE能力によるものだと判断が付いた。

 

(まったく、護衛対象に助けられたなんて一生もんの黒歴史だな)

 時間を確認するが自分が気絶してから起き上がるまでの時間はそれほど立っておらず、この分ではまだ援軍を期待するのも難しい。

 

「だが、人質のいない今なら俺一人でも対処可能だ」

「あら、意外と余裕そうじゃない」

 

 俺の言葉にパトラは自身の武器である赤い鞭を構えて戦闘態勢に移る。

 しかしその状態のパトラに俺は待ったを掛けた。

 

「すまない、今からでも降伏してもらうことはできないか?」

「「はあ?」」

 

 俺から発せられた流れを断つ突然の言葉に、パトラだけではなく朱美ですら信じられないといった表情を作る。

 

「君は言っていた、自分の前には理不尽が現れたと……そして自分の前にはヒーローは現れなかったと」

「そうね、だからなにかしら。今からでも私を助けようとしてるのなんてふざけたことは言わないわよね」

「今からでも君を助けたい。君にこれ以上罪を重ねて欲しくないんだ」

 

 気絶する前のパトラの言葉から、彼女自身が元はただの普通の女の子だったことが想像できた。

 つまりパトラが敵になってしまった理由が存在する、それならまだ彼女を助けることができるのかもしれない。

 

「ふざけないでくれる?」

 

 ビシィッ!

 

 パトラが無造作に振るった赤い鞭が俺の僅か数センチ横の空を切り裂く。

 従来、鞭を振るった際の先端の最高速度はマッハを超えるといわれている、ましてやそれをPE能力者が自身のPE能力と併せて使用した場合の威力は、常人であれば一撃たりとも耐えられることはないだろう。

 

 隣で響く乾いた衝撃ではなく、パトラが放つ先ほどまでとは明らかに毛色の雰囲気に、俺は不覚にも動けなかった。

 まるで能面のように一切の感情を見せない表情のそれは、なのにも関わらず彼女の中に渦巻く真っ赤な感情を優に伝えていた。

 

「確かに私の前にヒーローは現れなかった……でもね、ヒーローなんてそもそも要らなかったのよ」

 

 パトラは自身の持つ赤い鞭を眺めながら呟くように話し始める。

 

「私の両親は絵に描いたようなクズだったわ。両親は酒とギャンブルに溺れていたの、それでもあの時の私はそんな両親が大好きだったわ……」

「――ッ」

 

 背後で息を吞む声が聞こえた。

 俺からは窺い知れないがその表情は曇っていたのだろう、パトラが一瞬だけ俺の後ろに向けて少し表情を崩す。

 

「昔はね、そんな両親じゃなかったのよ? 優しいパパと厳しいママでその時はそれが幸せだなんて気が付かなかったわ」

 

 この話を聞く朱美は今どんな表情をしているのだろうか。

 特務の仕事をしていればこの手の話に尽きることはない、なぜならその話の最もな原因がPEによるものだったからだ。

 

「ある日、パパが勤めていた会社がPE能力者によって周辺もろとも破壊されたの。そこから両親は人が変わってしまった」

 

 俺よりも年上と思えるパトラが子供のころ、つまりPE能力の創成期ともいえる期間は数多くの不和の種を広くばら撒いた。

 そしてその種をもっとも深く植え付けられたのは大人もそうだったが、当時何の力を持たない子供たちにとってはそれ以上だったはずだ。

 

「いつからか家には空になった酒瓶が増えて、足の踏み場が減っていった。美味しかったはずの食べ物の味が分からなくなっていった……でもね? それよりも大好きだった両親に叩かれる方が辛かったの」

「そんなっ……」

 

 崩してはいるが結局のところは虐待だ、その意味を知っている朱美が小さく呟く。

 PE能力者となったはず朱美とは全く別の……それこそテレビの向こう側で聞くような話にショックを隠せないようだった。

 

 そんな朱美の呟きが聞こえていないのか、パトラは構わず話を続ける。

 

「帰ってきた両親に叩かれない日が無くなって暫く経ったとき、パパが嬉しそうに縄跳びをしようって言ってきたの」

 

 自分の子供に虐待を繰り返す親がある日突然改心したなんてことはあり得ない。

 それこそ、自分の置かれているどん底ともいえる環境が改善でもされない限り、例え表面上でもマシになるなんてない。

 

 パトラの両親が言った縄跳びというのがどういうものか、朱美も察したように小さく悲鳴を洩らす。

 

「安物のビニール縄の一方をどこかの柱に括り付けるのよ。そしてもう片方をパパが持って回すの」

 

 当時のことを思い出しているのだろう、パトラは赤い鞭をじっと見つめると続く言葉に間が開いた。

 

「縄跳びって苦手でなければ最初は簡単に飛べるわよね、最初は楽しく飛んでた……でも少しずつ縄は早くなっていった。疲れて飛べなくなっても縄は回り続けた」

 

 結局パトラが望んだ両親が現れることはなかった。

 

「パパは笑顔で縄を回し続けたのよ、何度も、何度も。痛くて逃げようとすると大きな声で怒られたわ、正直叩かれたりするよりも痛くて……でもパパはいつもより笑顔だった」

「……いぁ」

 

 想像するに堪えない光景に朱美は小さく声を漏らして耳を塞いでしまう。

 痛みとは無縁の平和な世界にいた朱美ですら知っている、学生の時に授業で行う縄跳びで誰もが経験する痛みだ。

 子供の力ですらその縄を叩きつければ大の大人でも悶絶するほどの痛みだ。拷問の一つとしてよく用いられるほどに、その残虐性は手軽に実現できる。

 

「ふと思ったのよ。どうしてこんなに痛いことを笑顔でパパがするのか……きっとすごく楽しいのだとあの時の私は思ったわ。気が付くと私の手にはこの子が居たの」

 

 こちらにはお構いなしにパトラは赤い鞭、ローズウィップを最愛の恋人にでも向けるような視線を送る。

 パトラが初めてPE能力に目覚め、人の枠からはじき出されたのはその時だったのだろう。

 

「パパがあんなにも楽しそうだったのだから、私も一緒に遊びたくなったの。私も笑顔でパパに向けてこの子を振るったわ……何度もね」

 

 当時のパトラが子供だったとはいえ、PE能力―しかも戦闘に特化した能力―であれば大の大人ですら容易に制圧できる。

 それほどの生物的な強者が振るったローズウィップの威力に、ただの人間が耐えられるとは到底思えない。

 

「パパは痛そうに悲鳴を上げたけど、これはきっとそういう遊びなんだと私は思ったの。だから何度も何度も、パパが声を上げなくなるまで叩きつけたのよ……」

「……その遊びは、楽しかったのか?」

 

 パトラは俺の問いに自重するように小さく笑うと首を横に振った。

 

「分からなかったわ。でもパパが動かなくなったすぐ後にママが帰ってきたのよ、面白さが分からなかったから今度はママと遊んでみたの」

「そんな……」

 

 パトラが初めて殺した相手は実の両親、この時から崩れかけていた彼女の人生は本当の意味で崩れていったのだろう。

 もしもそうなる前に、彼女の前に救いの手が指し伸ばされたのなら。彼女に向けられた暴力から守ってくれる存在が居たのなら、きっとそれは彼女にとってのヒーローだったはずだ。

 

 

「ふふ、バカよね。楽しいわけがないなんて判り切っていたのに……」

「そ、それなら今からでも……も、戻れるかも……ジョーカーなら、助けてくれるはずよ」

 

 もはや堪えきれなくなった朱美が弱弱しくもハッキリと言葉を発する。

 しかしその言葉はパトラにとって最大の禁句だった。

 

 

「バカにしないでくれる?」

「――ッ!」

 

 話を始めた時のようにパトラの見せる表情はまるで能面のように無表情になり、表情以上に感情を感じさせない言葉が冷たく放たれる。

 無表情からは彼女の様子をそれ以上伺うことが出来ないはずだが、彼女の中で渦巻く確かな怒りが伝わってきた。

 

 

「今からでも戻れる? そこのヒーローが助けてくれる?」

 

 パトラは色を感じさせない瞳で朱美を見る。

 いや、微かに感じることのできる色があるとするなら……それは呆れ。

 

 

 

「一体誰が、何時、そんな助けを求めたと言った? 誰が弱かった頃の私に戻りたいと言った?」

 

 

 

 決して大きくない声が、破壊痕の目立つこの空間に鮮明に響いた。

 

「子娘風情がモノを言うんじゃないわよ、貴方が言ったその言葉……それは私に対する最大の侮蔑よ」

 

 バシィッ!!

 

 

 パトラが俺にした時のように無造作にローズウィップを振るう。

 決定的に違うのはその攻撃対象が朱美であり、俺の時とは違い確かに彼女を害する意思を感じさせた。

 

 咄嗟にへたり込んでいた朱美を抱きしめるように抱え、ローズウィップの攻撃を背中で受け止める。

 

「え……じ、ジョーカー?」

 

 しかしPE能力を使用する暇もなく繰り出された攻撃を受け止める術を、満身創痍ともいえる状態の俺は持っていなかった。

 だが守ると宣言した、ならば防げなくとも彼女を脅威から少しでも守って見せるのみだ。

 

 黒弾の時のような鈍い痛みではなく、背中を二つに裂くような痛みに眩暈がする。今までに味わった事の無いほどの痛みに視界が白黒してしまう。

 

「いってぇ……なんだよあれ、めちゃくちゃいてぇじゃねえか……」

「あら、最初に言ったじゃない。この子の攻撃は物凄く痛いのよ」

 

 強烈な痛みに嫌な汗が全身から噴き出る。

 決して生身の状態で受けていい攻撃なんてものではない威力に、朱美が無事であったことに安堵する。

 

 退く様子を見せない痛みに耐えながら俺はゆっくりと立ち上がる、そして朱美を背にして再度パトラと対峙する。

 

「ヒィッ!」

 

 

 背中を見せたと同時に朱美から小さな悲鳴が聞こえてしまう。

 それほどまでにローズウィップの攻撃をまともに受けた俺の背中は、目も当てられない状態なのかもしれない。せめてもの幸いはその傷が俺からは決して見えないことだろう。

 

(あーこれ絶対後で後悔する奴じゃん)

 

 

 そんな俺の状態が余程満足いくものだったのだろうか、パトラは先ほどまでの能面ではなく薄ら寒い笑みを浮かべていた。

 

「どう? たかが一敵の攻撃を受けた気分は」

「最悪の一言に尽きるよ、今まで受けた事の無いほどの痛みだ」

「そうでしょ……なんでか分かるかしら?」

「分からないね、ただただ痛くてそんなの考える余裕がねえよ……」

 

 

 余裕な笑みを浮かべるパトラとは逆に、俺は黒球による攻撃と先ほどのローズウィップの攻撃で、全身を覆う痛みで逆に意識を失わないでいられる状態だった。

 

 しかし、そんな俺の投げやりな回答にパトラは満足そうに笑みを深める。

 

 

「簡単よ、その痛みは私の誇りなの」

 

 朱美がパトラの言葉に疑問を浮かべている様子だったが、俺には分かってしまった。

 それほどまでに、ローズウィップによる攻撃は言葉以上にその強さを雄弁に語っていた。

 

 

「私が両親を殺して今日この日まで生き延びてきた証なのよ。誰の手も借りず、この力一つだけでこの薄暗い世界を生きてきた」

 

 パトラの言う薄暗い世界、それは世界で一番平和とも言われる日本で、平和な日常を過ごしている人間には想像もつかない世界。

 文字通り弱者が強者に媚びへつらい、明確な力関係が存在し、唯の一つとして自分を庇護する存在のいない世界。

 

 奪われるか奪うか、たったそれだけが暗闇の白昼を闊歩する場所。

 

 

「貴方のように心を落ち着かせて、小石の転がる音一つに耳を傾けて静かに目を瞑ることさえ許されない。次に踏みしめる場所すら間違えることのできない、地雷原のような世界を貴方は知っているかしら?」

 

 知っているわけがない。

 パトラは嘲笑を向けることによって言葉なく語る。

 

「どうして私に助けが必要なのかしら、ヒーロー程度に助けてもらうなんて一人で立つことすらできない弱者の言葉よ。そんな言葉を私に向けて言わないでくれるかしら、その言葉は私の人生全てを否定する言葉なのよ」

 

 

 自分たちが救うべき弱者、自分たちが守るべき陽だまりからこれ落ちた哀れな少女の、末路とも言うべき存在であるはずなのに。俺は不覚にも目の前の彼女を見て美しく感じてしまった。

 

 泥の中からでも咲き誇る花のように美しく、嵐の中でその姿を曲げてもなお悠然と立ち続けるヤシの木のように勇ましく、狼のような孤高を体現するのが、暗闇の中でも誇り高く在ろうとするパトラという一人の女性なのだ。

 

 

「あの時の私ならともかく、今の私にとってヒーローなんて存在は無価値なのよ」

 

 ああ、まさしくその通り。

 目の前の敵はヒーローである俺にそう思わせるほどに、強く在ったのだ。

 

 

 今日は何度、自身にヒーロー失格の烙印を刻まねばならないのだろう。降伏なんて言葉を向けること自体、彼女への冒涜のそれではないか。

 

 

 声を荒げることなく、静かにゆっくりと言葉を紡ぐだけで、彼女は自身の存在を目の前にいる俺達に強く叩き付けた。

 

 

 俺は手首に取り付けられている無線を静かに口を近づける。

 

「こちらジョーカー、先ほどの増援要請を撤回する。護衛対象は保護した」

『こちらコマンダー、増援要請の撤回に間違いはないか?』

 

 抑揚のない男性の声が再度の確認を求めてくる。

 ”コマンダー”それは特務が抱える戦術作戦指揮に特化したPE能力を持つヒーロー名だ。

 

 俺の突然の言葉に後ろでは朱美が、そして目の前にいるパトラがそれぞれ驚いた様子を見せる。

 だが俺はそんな二人に反応することなく無線に返答する。

 

「こちらジョーカー、増援申請の撤回に間違いはない。護衛対象付近で敵が暴れているようだ、護衛対象の安全を確保したのち対処に当たる」

『こちらコマンダー、それは容認できない。増援はこのまま送る、付近の敵は増援に任せるんだ。ジョーカーはそのまま護衛対象の安全を確保を最優先に行動しろ。以上』

 

 

 コマンダーは淡々と告げると通信を終了させる。

 

 

「どういうつもりかしら? まさか私に情けを掛けようとなんてしていないわよね」

 

 不満気に眉を顰めたパトラが語気を強める。

 

 

「いや、むしろその逆だ。アンタみたいないい女性とのデートを邪魔されたくはなかったんだよ」

「あら、それはなんて熱烈なお誘いかしら」

「はは、今日は夜が長くなりそうだ」

 

 俺の返答に満足したのか、パトラは先ほどまでの笑みを浮かべながらローズウィップを構える。

 

 

 俺がどうしてあんな事をしたのか、その答えは至極簡単だ。

 かつてないほどの敵を目の前に、ヒーローとして勝ちたいとただ思ってしまっただけだ。

 

 

「シナリオはこうだ。護衛対象を保護したが、無関係に付近で暴れていた敵と偶発的遭遇戦に突入。護衛を保護しつつ敵の無力化に成功ってな」

「フフ、確かジョーカーだったわね。貴方って強くて勇ましいのに、物語を描くにはすこし頭と想像力が足りないようね?」

「別に間違ってないさ、ヒーローと敵が戦ったら勝つのはヒーロー……当たり前だろ? 敵」

 

 

 挑発するように笑みを浮かべようとするが、全身を襲う痛みに理想とは掛け離れた歪な笑みを作る。

 パトラは俺の言葉を喜々として受け入れる。そして隠していただろう加虐的な笑みを浮かび上がらせる。

 

 

「ちょちょ、ちょっとお! わ、私をおいて話を進めないでよ!」

「悪い、だが絶対に朱美は守るから安心してくれ」

「今日はもういいわ、貴方よりも面白そうな殿方と遊べるんだもの」

「……あれ? 私いつの間にか蚊帳の外にされてない?」

 

 

 堪らず朱美が声を上げるが、俺達はそれを足蹴にする。

 不幸中の幸いか、パトラの標的が朱美から俺に移ってくれたことでやりやすくなった。

 

 

 お互いに構え、一瞬にしてその場の空気が張り詰めていくのが分かる。

 朱美はそれに耐えられないのか、荒い呼吸を小さく繰り返すようになった時。

 

 

「そういえば、戦う間に一つお願い事していいか?」

「戦う間にお願い事なんて無粋ね……何かしら?」

 

 

「俺が敵と戦う理由の一つさ、これを言わないと俺は戦えない」

「……あ! ま、まさか―」

 

 俺が小さく笑ったことで朱美が何かに気が付いたように口を開きかけるが、その時には俺は大声で叫んでいた。

 

 

「戦ってるときい! うぉおっぱい揉んでもいいですかあ!」

 

 

 今できる精一杯の思いの丈をパトラに放った。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ?」




最後の主人公の一言は、とがの丸夫も叫んでいます。
skyrimとかfallout4とかのVRあるでしょ?
とがの丸夫はあれがすごく好きです。


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合法ロリはバカにされたくない9

「貴方何言ってるの?」

「ジョーカー……」

 

 俺がお願いを口にしたとたん、張り詰めていた空気の線が二人の女性の呆れた様子の言葉によって緩んでしまう。

 

 

「俺は本気だ。命を懸けてアンタと戦うんだ……頼む‼」

 

 

 恥も外聞もない、俺は土下座をしてパトラに頼み込んだ。

 

「ジョーカー! さっきまでのかっこいい空気が台無しじゃないの!」

「うるさい! 俺は本気でパトラのおっぱいが揉みたいんだ!」

「決め顔で言う内容じゃないよ!」

 

 俺の覚悟を持った言葉に朱美が色々言ってくるが関係ない。俺の欲求は確かに抱えきれないほどの欲求を持っているが、おっぱいに対する気持ちも依然変わりない。

 そして目の前に敵として立っているパトラ。

 

 誇りある強者、そしてめちゃくちゃスタイルがいいのだ。

 

 

「朱美……確かに君の胸は小さい。パトラと比べれば大人と子供だ、だからといって自分を卑下するものじゃない。君も立派なモノを持っていることを俺は知っている」

「なにいいこと言ったみたいな雰囲気作ってるの! ただのセクハラ発言よ!」

「あっはっはっはっは!」

 

 俺のお願い事のバカさ加減になのか、それとも朱美とのやり取りを見てなのか。

 どちらにしてもパトラは大きく笑った。

 

「ジョーカーそれは女性に対して失礼よ……例え本当の事でも」

「貴方も何言ってるのよ! 結局は胸か!? グラマラスボディなの!?」

「男は何時でもアドベンチャーさ」

「だからうっさいわよ!」

「ふふっ。貴方達って面白いのね」

 

 少し前まであれほどまで殺伐としたやり取りをしていたはずだったのに、そしてこの後すぐ殺し合いをする間柄なのだが、この瞬間だけはその一切が嘘であったような空気が当たりを漂う。

 

 

「あー笑ったわ。ジョーカー、それが貴方の命に値するのならいいわよ。でも触る前に貴方の命は無いと思ってね」

 

 しかしパトラのその一言で緩やかな空気が一瞬にして凍り付く。

 パトラの顔は加虐的な笑みで埋め尽くされていた。

 

「ああ、命を掛けるに値することだ。だから俺は本気でアンタの胸を揉みに行く!」

「もう、勝手にすればいいわよ……」

 

 呆れる朱美だが、ありがたいことにその場の空気からすぐに離れていく。

 護衛対象である彼女と離れること事態褒められたことではないが、パトラを相手に彼女を近くに置いておくことの方が危険だ。

 

 彼女が離れてくれたおかげで心置きなく戦える。

 

 

「ねえ、貴方はPE能力を使わないのかしら?」

 

 互いに構えた状態でパトラが問いかけてくる。

 

「そうだな、こんな状態だ。戦えても数分……それなら最初から力を使わせてもらうぜ」

「貴方のPE能力ってどんなのかしらね、動きから見ても近距離の肉弾戦に特化したPE能力なのかしら」

 

 パトラの読み通り俺のPE能力は接近戦闘向けだが、俺は特務の部隊長を努める様になってから自身のPE能力をあまり使って来なかった。

 

 

「先に言っておくが。絶対に笑うなよ?」

「なにかしら、そんなに面白いものなの?」

 

 パトラが面白そうにそう言ってくるが、実際にこのPE能力を使う身からしたら堪ったものじゃない。

 

 

「なあ、アンタは魔法の言葉って知ってるか?」

「さっきから口ばっかりね。もう、魔法の言葉なんてあるわけないじゃない。ヒーロードラマの見過ぎよ」

 

 神経を集中させ、久しぶりに使うPE能力に意識を向ける。

 

「自分じゃないもう一人の……理想の自分になるための魔法の言葉があるんだ。それを教えてやる」

 

 体内になるPEが急速に膨れ上がる感覚が全身を満たしていくと同時に、空気が確かに重くなっていく。

 

「んぐ! な、なに!?」

 

 その変化にパトラが気付いたように驚愕の表情を浮かべる。

 

「敵と戦う前、強い自分になるためにかつて幾千のヒーローがこの言葉を使った。俺の憧れたヒーローもこの言葉をよく使ってたぜ?」

 

 久しぶりに使うPE能力だが、主人以上に俺の体は物覚えがいいらしく。PE能力が発動する直前の状態までをスムーズに実現する。

 残るはトリガーを引くだけ。

 

「言の葉一つ、たったそれだけで人は変われるんだ……『変身』」

 

 

 言葉と共に、膨れ上がった体内のPEが爆ぜた。

 

 

 俺を中心として光が放たれ、世界が白く染まる。

 

 

 パトラの攻撃によってボロボロになっていたスーツが消えていき、放たれた光の一部が全身を覆う。

 

「な、なにが……起きてるの?」

 

 光の強さにパトラが目を覆うが、光の放出はすぐさま終息していく。

 光が消え、夜の世界を照らすモノが該当のみになった場所に佇む俺とパトラの視線が交差する。

 

 

「そ、それが貴方のPE能力なの……」

「ああ、これが俺のPE能力。『変身』だ」

 

 身体的見た目の変化はなく、外面で変わったのは俺の見た目だけだ。しかし内包している力は変身する前を遥かの凌駕していた。

 パトラが目を見開きながら俺の姿を見て口に手を当てる、好戦的な雰囲気はそこになかった。

 

「変身……でもあなた、その恰好……」

「だから言っただろう? 絶対に笑うなと」

 

 ボロボロだった戦闘スーツは無くなり、俺の全身を包むのは純白の戦闘服。

 余計なモノをそぎ落とし、戦闘のみに特化した戦闘状態。これで俺の戦闘準備が整った。

 

「……ぷ、ぷふぅ‼ あ、あっはっはっはっは! な、何それぇ。ぜ、全身タイツじゃない! あ、あははは。お、お腹、お腹痛い!」

 

 そう、俺の今の状態は文字通り白一色の全身タイツ。唯一肌の露出している部分といえば首から上のみだった。

 

 俺がPE能力をここしばらく使用してなかったもっともな理由がこれだった。

 

「だあ! だから笑うなって言ったよなあ!? 俺言ったよね!? 俺だって好きでこんな格好してんじゃねえよ、昔はもっとかっこよかったんだからな!」

「んふ、ちょ、か、かっこよかったって……もしかしてそれの上に肩パットとかじゃないわよね? も、もう笑わせないでくれるかしら。真面目に戦いましょうよ」

 

 未だに笑いを抑えながらもパトラがどうにか話を元の流れに戻そうとする。

 俺もずっと笑われている状態はごめんだ。だが戦いが始まればそんなこと言っている余裕もなくなるだろう。

 

 

「ああ、やろうぜ」

「……・……ぷっはっはっはっは! だ、だめ! そんな恰好で真面目な表情で言わないでぇ! も、もうやだあ!」

 

 

 軌道修正失敗だ。

 

「はぁ、もういいよ。笑え笑え、そしてそのままブタ箱にぶちこ――ぐぁ!」

 

 パトラのあまりの反応に俺は諦めて投げやりにそう言い掛けるが、予備動作なく振るわれたパトラのローズウィップが俺を強襲した。

 油断しきっていた俺は防ぐことも出来ず、まともにローズウィップを腹部に食らってしまう。

 

「あら、もしかしてよーいドンで戦いが始まるとでも思ってたの? お馬鹿ね、ヒーローと敵が同じ空間にいたら既に戦いは始まってるのよ?」

 

 パトラの攻撃を受けた俺はすぐさま距離を離そうと動く。

 

「本当のお馬鹿ね、この距離は私の射程なのよ?」

 

 しかしパトラはそんな俺の行動を読んでいた様子で、動こうとした俺にローズウィップを容赦なく叩き付ける。

 

「俺のPE能力は見た目だけじゃねえ!」

 

 見た目は全身白タイツのふざけた格好だが、戦闘に特化した俺のPE能力によって引き上げられた身体能力によって、繰り出されたローズウィップを途中で掴み取る。

 

 掴んだローズウィップを決して離さないよう両手でしっかりと掴み、そのまま全身をしならせながら力任せに振り回す。

 

「きゃあ!」

 

 当然、ローズウィップの持ち主であるパトラは振り回されるようにして中を舞う。

 PE能力者とは言え、空中に投げ出された状態で態勢を整えることは難しく、空中に投げ出された状態のパトラはまともに動けない。

 

「そんでもってぇ!」

 

 俺は両手で掴んでいるローズウィップを今度は思い切り引っ張る。

 空中でろくに動けないパトラは、抵抗らしい事もできず近接で有利な俺の間合いまでいい気に近づく。

 

 パトラに手が届く距離まで近づいたタイミングを見計らい、俺はローズウィップを手放して両手を自由にする。

 そのまま勢いよく俺の方に向かってくるパトラを受け止めるようにして、俺は両手を前に突き出す。

 

 ぽにゅん

 

 形のいいパトラの胸が、勢いよく俺の両手とぶつかるが、手に伝わるのは柔い感触のみだった。

 

「……よし!」

「何がよしよ!」

「ぶべらっち!」

 

 流石凶悪な敵だ。俺の攻撃を受けてもまともにカウンターを繰り出してくるとは。

 

(それ以上になんていう凶器を隠し持っていたんだ……いや、さらけ出してたわ)

 両手に残る柔らかい確かな肉の感触を、俺は頬に残る痛み以上に強く感じた。



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合法ロリはバカにされたくない10

 久しぶりになるPE能力を使用しての戦闘だったこともあり、当初は解放した力に困惑していたが、死力を尽くす戦闘の中で感覚を取り戻しつつあった。

 

 縦横無尽に繰り出されるローズウィップに当初は避けることもできなかったが、少しずつ攻撃の流れを掴むことが出来たこともあり今ではほとんどの攻撃を避けることが出来るようになっていた。

 そしてローズウィップ、というよりは縄による攻撃の直後はわずかな攻撃の隙間が出ることにも気付けた。

 

(今だ!)

 

 大きく振るわれたローズウィップを避けた直後、攻撃の隙間を通るようにしてパトラへと一気に距離を詰める。

 

「くぅっ!」

「はぁあ!」

 

 大きく踏み込んだ俺は、下からアッパーのように拳を突き上げる。

 拳は防がれることなくパトラの胸の間へと吸い来れ、腕(手首から肘まで)が左右から最高の柔らかさに包まれる。

 

 もにゅん

 

「おはぁ……」

「さっきからふざけてるのかしら!」

 

 あまりの至福に満面の笑みを浮かべていると、顔を真っ赤にしたパトラが勢いよく回し蹴りを繰り出す。

 緩み切っていた俺はそれを真正面から受け、そのまま力の流れに沿うように吹き飛ばされてしまう。

 

 

 戦闘開始からすでに数分、俺と彼女の間で行われた戦闘は、その殆どが先の内容だ。

 怒った状態で繰り出された攻撃は精細さを欠き、俺自身無抵抗に力なく吹き飛ばされていることもあり、派手に吹き飛びはすれどダメージ事態は軽微だった。

 

「もう! さっきからなんなのよ、少し前の勇ましさはどうしたのよ! これじゃ私が馬鹿みたいじゃない!!」

「俺は真剣だ! 真剣に戦って、真剣にアンタの柔らかいお宝を堪能しているだけだ!」

「ひぃ!? き、気持ち悪いわねえ!」

 

 俺が心の底から真剣にそう伝えているのにもかかわらず、パトラはなぜか顔を引きつらせながら一歩下がってしまう。

 

「今更実力差に怖気づいたところで遅いぞ! 俺は絶対にアンタを逃がさないからな!」

 

 相手が一歩下がったのなら俺も一歩前に出ればいい。

 俺はパトラを逃がさない意思を示すように、パトラが下がった分だけ前に出る。

 

「こ、こっち来ないで!」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら。

 パトラは無我夢中にローズウィップを振り回すが、少し前までの空気を切り裂くような鋭さはなく、いたずらにローズウィップがのた打ち回るだけだった。

 

「がははは! 効かん、効かんぞおおお!」

 

 流石にPE能力で作られている武器ということもあり、例え威力が下がったとはいえ当たり続けるのは危険だ。

 だが先ほどまで優勢を保っていたパトラが乱れているまたとないチャンスだ。

 

 体の前に腕をクロスさせ、頭だけ最低限のガードを作ったままパトラに向けて突撃する。

 

「イッツァショ~タ~インムッ!」

 

 大きく跳躍し、加速したまま俺はパトラの胸に向かってダイブする。

 

 ツルン

「きゃあ!」

 

 俺の勢いに押されたパトラが足を滑らせ尻もちをつく。

 そしてダイブ状態の俺は尻もちをついてしまったパトラの胸に飛び込んだ。

 

 ポフン

 先ほどまで武器をでたらめに振り回していたこともあり、パトラの前身はほんのりと熱を帯びていた。

 顔から突っ込んだ谷間には運動によって分泌された微かな汗と、女性特有の魅惑的な甘い香りが鼻孔を強く刺激する。

 

 初めて女性の胸に顔を突っ込み、前世でも今世でも達成できなかった最高イベント、”パフパフ”を俺はついに実現させたのだ。

 

「ぶぼおおおお! ボベヴァバヤヴァボオオオオ!」

(※うおおおお! おれはやったぞおおおおおお!)

 

「ちょ! は、離れなさい!」

「ヤヴァアアアア! オベボボビズブウウウウウ!」

(※やだああああ! 俺ここに住むううううう!)

「何言ってるか分からないわよ! こんのお!」

 

 尻もちをついた状態でではパトラのローズウィップも意味をなさず。片手で倒れないように体を支えているパトラは、唯一自由に動かせる片手でどうにか俺を引きはがそうと試みる。

 だがこの人生において最も幸福と断言できる時間を少しでも味わいたい俺は、引きはがされまいと両手でパトラを抱きしることで抵抗する。

 というよりももっと密着したかったので抱き着いた。

 

「んぅ! ち、力が強すぎる!?」

「ごごばべんぼぶばー! ヴぁぶばばびゃー!」

(※ここは天国じゃー! バルハラじゃー!」

 

 右に頭傾けー。

 ぽよん

 左に頭傾け―。

 ぽよよん

 ちょっと離れてドーン!

 ぽふん

 ちょっと離れて今度はゆーくり。

 ぷにょん

 

(あぁ、もう思い残すことねえわ……)

 どうしてこの世に女性という存在がいるのか、世の男どもが下半身に忠実なのか。この時俺はその真理を完全に理解した。

 男がこれから先も女性に敵うなんて未来はないだろう。そう思わせるほどに彼女たちは完成された存在なのだ。

 

 大きく息を吸って―、鼻で深呼吸ー

 スゥ……ハァ……スゥ……ハァ……

 

 あーだめだ、これは麻薬だ。

 女性一人で一つの国が傾くのもうなずけるほどに、堪えがたい欲求に支配されていく。

 

「……い」

 

 抵抗らしい抵抗が出来ていなかったパトラが小さく何かを呟いた。

 パトラの胸に顔を埋めていた俺の耳は確かな二つの幸せで塞がれていたこともあり、聞き取ることができずに反応した。

 

「んぼ?」

「離れなさいって……言ってるのよおお!」

 

 我慢の限界を迎えたパトラがそう吠えると同時に、パトラの全身から爆発するようにPEが放出される。

 

 内側から爆ぜる感覚と共に、俺が一度瞬きをすると景色がガラリと変わる。

 

 俺は宙を舞っていた。

 

 

「な、なにが起きた?」

 

 どうにか空中で体を捻り地面に着地した俺は、慌ててパトラの様子を確認する。

 パトラは先ほどと同じ場所でピクリとも動かず、全身からPEを放出しながら立ち、ただ俺を睨みつけていた。

 

 

「もういいわ、最初はふざけているのかと思ったけど。本当の本気で貴方がそんなことをしているのなら、私も改めて本気で貴方を殺してあげるわ。ジョーカー」

 

 

 地面が爆ぜ。パトラの姿が消えたと思った時には遅く。

 俺は腹部に強烈な痛みと共に吹き飛ばされていた。

 

 

「があっ!!」

 

 肺が押しつぶされ、痛みと呼吸困難に全身を反らせる。

 痛みに耐えるさなか、薄ら目に見えたパトラの姿が先ほどまでと明らかに違っていた。

 

 攻撃の武器として使っていたローズウィップはパトラの手から消え、代わりにパトラの体を拘束するように、全身にローズウィップを纏ったパトラの姿がそこにあった。

 

(しかも全身を締め付けるローズウィップによって、スケベボディに食い込む感じがまた何ともエ――)

 

 こんな時でもバカな思考をしていしまっていた俺に、パトラが何の躊躇いもなく追い打ちを掛ける。

 

「や、やばっ!」

「遅いのよ!!」

 

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度と破壊力を持ったパトラの攻撃が襲う。

 

 どうにか腕でガードの態勢を構えることは出来たが、その上から押しつぶす程の力をもって更に吹き飛ばされる。

 

 

「か、かぁっ……!」

 

 ようやくできた呼吸も、壁にぶつかった衝撃により再度肺が押しつぶされる。

 

(舐めていたわけじゃない、俺がいままで戦ってきたどの敵よりも今のパトラは……強いっ!)

 

「私、考えたの。貴方がスケベな方じゃなくて、本当の意味で戦闘に真剣になってくれるか……やっと思いついたわ」

 

 未だに倒れている俺に向かい、パトラがゆっくりと近づいてくる。

 髪を掴まれ無理やり体を起こされ、強制的にパトラと鼻先が触れ合うほどの距離まで引っ張られる。

 

「貴方がこのまま真剣にやらずに死んだら、あの子。朱美ちゃんを殺すわ」

 

 

 今日見たどの顔よりも、今のパトラは残虐な笑みを浮かべながら言い放った。

 

「ほら、さっさと本気になってよ……ねっ!」

 

 態勢も整わない俺をパトラが蹴り上げる。

 視界がチカチカと点滅しながら、俺は何度目かになる空中遊泳をする。

 

 

(や、やつは本気だ。俺がこのままなら朱美まで殺される! それはダメだ、ダメだ、ダメだ……ダメだ!)

 

 パトラの顔が閉じた瞼に浮かぶ。

 一度気絶した俺が起き上がったときの、不安そうな顔で俺を心配していた時の顔だ。

 

 俺は彼女に任せろと、守って見せると誓ったじゃないか。

 

(そうだ……おれを。……ヒーローだと……かっこいいところを見せてと、言ってくれた……ヒーローは、約束を……違えてはいけない!)

 

 

 空中を飛んでいる時間はたった数秒もない。

 そんな刹那の中で、俺の意識が切り替わる。

 

(ああ、また俺はやってしまったのか。欲求に負けてしまったのか……今更全力を出したところで、今の俺でパトラに勝てるのか?)

 

 

 言い訳はしない、俺はまた下劣な欲求に負けた。それで俺が死ぬだけなら何ら悔いはない。結局は俺が弱かっただけなのだから。

 

(でも……彼女が傷ついていい理由にはならない! それなら、死ぬ時まで彼女を守るために、戦わなければ……!)

 

 

 その時、俺は意識の中のスイッチが切り替わった感覚を覚えた。

 

 先ほどまでのパトラへ向けていた劣情はなく、後悔もない。

 ただ今は、目的のために死ぬ気でやることをやろう。それだけが思考を独占していた。

 

 

「『変身』」

 

 気が付くと、俺はそう呟いていた。



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合法ロリはバカにされたくない11

「『変身』」

 

ひとりでに動いた俺の口がそう呟いた。

 

最初に変身したときと同じように、俺の体を中心として強烈な光が夜空に放たれた。

 

「あら、これで本気になってくれたのかしら?」

 

光が収まり、地面に着地した俺を見たパトラが上機嫌に口を開く。

 

 

「済まなかったな。こっからは本気の本気だ」

 

パトラにそう答えた俺の姿は、最初の変身の時のような全身白タイツではなく、白を基調とした戦闘服へと変わっていた。

全身の変化も著しいが特に顕著なのは首から上だ。野ざらしだった時とは違い、頭全体を包み込むヘルメットを被っている。

 

(久しぶりにこの状態になったな……)

 

顔を覆うヘルメットを手でなぞりながら、懐かしい感触に頬が緩む。

だが全身に受けたダメージは大きく、この状態だったとしても長く戦うことはできない。狙うのは短期戦。

 

 

「今の貴方なら、私も全力を出せそうね。期待してもいいのかしら? ヒーローさん」

「はは、全力ぐらい幾らでも出させてやるさ。だが俺を失望させるなよ、敵」

 

最初に交わした挑発を再現するが、その時のような空気感ではなく。

今にも空間が軋みを上げるのではないかという力の圧を、お互いが相手に向けていた。

 

 

「そ、じゃあさっそくはじめ――」

「よーいドンは、無いんだろ?」

「――ッ!?」

 

これ以上の会話は要らない。

俺はパトラが話しているのも構わず接近、そのままパトラの無防備な腹に蹴りを叩きこむ。

 

 

「んぐふっ!」

「どうした、さっきのように攻めてこないのか?」

「なめないでよねえ!」

 

俺の不意の一撃を受け、パトラが怯むが。

一喝とともに態勢を整え、突撃してくる。

 

そこから俺達は近距離で戦い続けた。

片方が拳を振るえば片方がそれを受ける、若しくは流しながらカウンターを打ち返す。

相手に一撃加われば、負けじと一撃を加え返す。

 

当たりに重い衝撃が響き渡る中、衝撃の中心点で一歩も引くことなく打ち合った。

 

 

最初は拮抗、しかし次第に形勢が傾き始める。

形勢が変わるに従い、互いの表情も変化していく。

 

 

「あらぁ? なんだか苦しそうねぇ、ヒーローさん?」

「はっ! まだまだ、これからさ!」

 

パトラは余裕の笑みを、そして俺はヘルメットで表情を隠せているが、そこには憎々し気な表情を浮かべていた。

隠せているとは思っていたが、パトラには俺が辛そうにしていることなど手に取るように分かっているようだった。

 

 

「ほらほら、頑張りなさいっな!」

 

パトラの掛け声とともに、俺の体が強烈な衝撃とともに真横に吹き飛ばされる。

 

(なに!? どこから攻撃を……)

 

戦闘に全神経を集中させていたのだ、パトラの足の先から頭のてっぺんまで、見逃すことなく戦えていたはずだった。

油断もなく、隙も無かったはずの不意を突いた下手人を探す。

 

(あれは……)

 

俺が吹き飛ばされる直前まで立っていた場所に目を向けると、そこには地面から生えるように赤く光る棒のようなものが、全身を縦横無尽に捻らせていた。

 

 

「お馬鹿ね、私のローズウィップはPE能力。ただの鞭な分けないじゃない」

 

まんまとトラップに掛かったとパトラが嘲笑の笑みを浮かべる。

 

 

「ちぃ! 自由に動かせる武器とかズル過ぎるだろ……!」

「戦いにズルも正々堂々もないわ、気が付かなかった貴方が間抜けなだけよ」

 

地面から生えていたローズウィップは地面に勢いよく埋まっていき。

同時にパトラの足元に空いていた穴、恐らくそこから俺に不意打ちをした場所まで移動したのだろう。

その穴から出てきた先ほどのローズウィップが、パトラが纏っている赤い光の一本に収まる。

 

「なんつう器用なことしてんだ。そのくせ接近戦もできるとか、どれだけハイスペックなんだよアンタ!」

「単純なPEの出力に頼ってるだけじゃ生きていけないのよ。私の住んでいる世界はね!」

 

パトラが吠える。

パトラが纏っていたローズウィップの何本かが彼女の体から外れ、まるで一本一本に意志が宿っていると思わせる動きで迫る。

 

 

その光景に先ほど受けた衝撃を思い出して眉を顰める。

 

(あんなもの、そう何度も食らえる代物じゃない)

 

どうにか回避行動を取ることでローズウィップの何本かを避けるが、避け切れなかった一本の攻撃が当たってしまう。

重い衝撃とともに体が吹き飛ばされる。

 

 

「あっはっはっは! ほらほらあ、しっかり避けないと危ないわよぉ?」

 

心底嬉しそうなパトラが笑う。

だが陽気なパトラとは逆に、俺を襲うローズウィップの一本一本が無慈悲に攻撃を繰り出し続ける。

 

 

「まるで踊ってるみたいじゃない……それならもっと踊ってもらおうかしら!」

 

パトラは体に纏っているローズウィップを更に攻撃に加え、俺を狙う数が倍近くまで膨れてしまう。

それはとても避け切れる量ではなく、解けきれなかったローズウィップの攻撃が何度も当たってしまう。

 

 

「グッ! ガアッ!」

 

思い切り投げ飛ばされたゴムボールのように、俺はローズウィップの輪の中で吹き飛ばされ続けた。

 

(こ、このままじゃ……マジで、死んじまう……どうにかしないと)

 

朦朧とする意識の中でどうにか突破口を探ろうとするが、全身を襲う打撃による痛みと衝撃に、思考が一向にまとまらない俺はなす術もなく次第に思考すら儘ならなくなってしまう。

 

(あれ? おれ、なにしてたっけ……なんでこんなに視界が、ぐるぐるしてるんだ?)

 

もはや痛覚はなく、自分がどんな状況にいるのかも、何をしているのかも分からなくなった時だった。

 

「まったく、最初は良かったのに……とんだ期待外れね。もういいわ、貴方をさっさと殺してあの子、朱美ちゃんの所に行こうかしら」

 

 

パトラの何気なく呟いた言葉が、どうしてか衝撃の渦の中にいるはずの俺の耳に、ハッキリと響いた。

 

(あけ、み……どこ……だ。 あんしん、しろ。おれ。ま、もる……から)

回らない思考の中でも、朱美を守る思いだけは残っていた。

俺をヒーローと言ってくれた。カッコいいと言ってくれた。

初めてあった日に、俺の欲求を受け止め、少しでも理解を示してくれた優しい彼女の笑顔が思い浮かぶ。

 

感覚が無くなっているはずなのに、手は彼女の柔らかさを覚えていた。

小さいのに、暖かくて……幸せだった。心地よかったあの感触が、鮮明に脳内をフラッシュバックする。

 

彼女は言ってくれた……”幾らでもおっぱいをもん”違う違う、それじゃない。

 

 

彼女は言ってくれた……”カッコいいところを見せて”と。

今の自分を見てみろ、これの何処がカッコいいんだ……。力が戻ったからなんだ、何も成せてないじゃないか。

成さなければならない、あの子にカッコいいと思われるために。泥臭くても立ち上がらなければ。

 

 

(体が、うご、かない……)

だが……体が動かなかった。

 

わかっていた。土壇場の覚醒なんてものは現実にはあり得ない。

主人公なら、ここで立ち上がるだろう。たった一つの思いだけで、地面を踏みしめ、天に拳を突き上げ。猛々しい咆哮を上げて敵に立ち向かうだろう。

 

しかしこれは現実だ。用意されるのは容易に予測できる結末と結果。過程は数多ある事実の積み重なりでしかなく、理不尽に納得させられるだけだ。

起死回生の一手は用意された手法でしかなく、切り札なんてものすら持たない俺が出来ることは殆どない。

主人公なら、ここで新しい力に目覚めるだろう。相手の作った奇跡的な隙を突き、一発逆転の一手を打ち。敵を打ち果たすという結果を手に入れることだろう。

 

 

だが俺は主人公じゃない。

ただ人より少し力があっただけ、なんの役にも立たない前世の記憶を持つだけの、量産型のキャラクターだ。

守りたいモノだってある、その覚悟も持ってる。ある程度の力だって持っている。

しかし、決定的なモノを持っていなかった。それが物語の主人公とモブを分ける壁であり、その壁を通ることが出来るたった一つの通行手形。

 

 

何とも言い訳ばかりじゃないか。一度死んだとしても、覚悟を改めたとしても、いやはやどうして性根の部分は変わらないようだ。

 

 

 

起死回生の一手を持たず、逆転の一手を作ることも出来ない。だがドローになら出来るかもしれない。

主人公になれない俺が持っているものがあるとするなら、それはたった一つ……命を捨ててでも成し遂げる覚悟。

 

生き残るため手法じゃない。

勝つための手段じゃない。

死んででも成し遂げるための、意地汚いイタチの最後っ屁だ。

 

 

(ち……もっと、揉んでおくんだったぜ)

 

何処までも締まりの悪い悪態とともに、俺は体内に残っているPEに意識を向ける。

今のままのPE量ではまったくもって足りない。俺が欲しいのは薪をくべて燃える火ではない。

たった少量でも、混ざった瞬間に何千倍、何万倍もの現象を起こす爆発だ。

 

材料はあるが火力が足りない……ならば足すしかない。捨てる覚悟は出来ている。

命の炎を燃やす不思議な液体を1滴。不思議と穏やかな気持ちで行えたその動作は、最小の動きで最大の効果を発揮した。

 

不思議な液体を1滴垂らす……

 

 

 

ドゴオオオオオオオオ!

 

 

俺の中にある力が爆発した。

 

 

 

収まりきらないほどに膨張したPEが体から放出され、俺を囲んでいたローズウィップ事吹き飛ばす。

 

「な、なに!? あれだけの力を何処から……!? ま、まさか……」

 

パトラが何かを呟くが、俺はその続きを聞くことは無く。力を乱雑に開放する。

パトラが思い至った答えは、多分正解だろう。

 

今の俺の状態をソニックが見ればこう答えただろう。

 

 

【暴走】

 

 

(だけど、これじゃあだめだ。このままじゃ街中への被害が大きくなる。朱美も巻き込んでしまう)

 

必要なのは無法な力じゃない。たった一撃、目の前の敵に向かって放つ必殺の一撃。

それはただの暴走では無理だ。だから最後の一手、盤上をしたからすくいあげる下法。

 

「『変……身』」

 

求めるは敵を殺しきる泥臭くも、原初から続く闘争中で叩かれ。削られ。研磨された獣のごとき必殺の一撃。

その前後に自身の身の有無を見ず。視界を占めるは最後に打ち果たされた敵の姿のみだった。

 

今日3度目になる光が、俺を包んだ。




もうそろそろ1章の終わりが近いですね。


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合法ロリはバカにされたくない12

「『変……身』」

 

 俺の言葉がパトラに聞こえていたのか、そして彼女がどんな様子を見せていたのかは分からなかった。

 彼女のことを気にする余裕が俺にはなかったのだ。それは制御しきれないほどのPEの奔流の中で、無理矢理に自分の力へと形作ろうとすることだけに全神経を集中させていたからだった。

 

 全身を包む心地よい浮遊感に眠気を感じつつも、手だけは動かした。

 

 水の配分を間違えた泥の中で、必死に球体を作ろうとするような感覚。

 力を籠めれば指の隙間から抜けていく力、それでも握りこんだ拳の中で少しでも形として固まればそれでいい。後は同じことを何回でも繰り返せばいいだけだ。

 

 光に包まれた世界で徐々にすり減っていく自意識を何とか保ちながら、無心で手を動かす。

 指先ほどの球体が次第に拳ほどの大きさになる、球体が大きくなるにつれて耐えがたい眠気が待っていたとばかりに襲ってくる。

 

 まだ寝るわけにはいかない、これだけじゃパトラに勝てないかもしれないから。

 

 拳ほどの球体が、両手に抱えるほどまで大きくなる。

 これならいけるかもしれない。確実にパトラを……殺せるかもしれない。

 

 敵でも助けたいなどと、よく言えたものだ。やっぱり俺はヒーローにはなれないのかもしれない。

 だがしかたがない、物事には優先順位がある。両方助けられないなら、より優先度の高い方を助けるしかないじゃないか。

 

 両方を助けるなんて傲慢は、一部の傑物のみに許された特権だ。

 だから諦める。

 

 パトラを諦め、朱美を助ける。

 より優先順位の高い方を……

 

 

 もはや抵抗する気力もなく、俺は静かに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 パトラは目の前の光景を信じられない思い出見つめていた。

【暴走】それはPE能力者が一生抱える爆弾のようなものであり、大なり小なり彼らは自身の力に恐怖を覚えている。

 

 目の前で実際に暴走したものを見たことがあるPE能力者からすれば、それは顕著に表れる。

 それほどまでに暴走は危険な代物だった。

 

 

(わざと……ジョーカーはわざと暴走した。だけど違う、あれは暴走なんかじゃない)

 だが、それは限りなく暴走状態と言えた。

 言うなればリミッターを外したまま、許容を優に超えるほどの燃料を投下し続けいるような状態。いつ、どこが爆発してもおかしくないほどの危うさを孕んだ、一種の時限爆弾だ。

 

 パトラは暴走したPE能力者を見たことがあった。だから知っていた、だからこそ目の前の光景が単純な暴走ではないことに気が付けた。

 しかし、何もできない。どこまでも自信に満ち溢れ、誇り高き孤高を掲げる彼女だったが。それ以上にクレバーな思考から、手を出せば巻き込まれると分析できてしまったからだ。

 

 パトラがこの世に生を賜ってから今日まで、初めて生物的な恐怖を無意識ながらに感じ取ってしまったのだ。

 

 

 故に、ジョーカーは何者にも邪魔されることなく、その力を作り上げてしまう。

 後にこの力に名前が付くとき、それはあまりの危険性から嫌悪すべき力として広まっていく。だが今この瞬間だけは違った、未だその大半がなぞに包まれているPE能力者の隠された新な可能性が、世界に産声を上げた瞬間だった。

 

 パトラは次の瞬間、世界が静止した錯覚に襲われた。

 

 今まで激しく無秩序に溢れていたPEの力が、夜の世界を全て照らしてしまうと思えるほどの強烈な光が、一瞬にして搔き消えたのだ。

 一気に暗闇を取り戻した世界で、パトラは必死に目を凝らした。彼女が視線を向ける先は、先ほどまで言葉では言い表せない現象を起こしていた発生点。

 そこにいるはずのジョーカーを確認するために、パトラは全身の感覚器官全てを総動員した。一瞬でも気をそらせば取られるのは己の心臓だと確信していたからだ。

 

 だが……無意味。

「グルルゥ」

「――ッ!?」

 

 耳元で獣の唸りが聞こえたと思った次の瞬間。

 世界が急速に加速していくなか意識だけを残しパトラの体は壁に激突していた。

 

「がはぁっ!?」

 

 何が起きたの変わらず、パトラは自身を攻撃したであろう唸り声の主と、ジョーカーの姿を探す。

 パトラを攻撃したであろう存在の姿はすぐに確認できた、だがそれは人の形を成してはいる以外の表現がパトラには浮かばなかった。

 

 辛うじて言葉にするなら、”人の形をした怪物”が一番近いのかもしれない。

 

 全身は白く、腕と足は異様なまでに、それこそ人の腰ほどの太さ並みに大きく、そこからは鋭利な爪のようなものが生えている。

 胸にあたるであろう部位には装甲の類はなく、ただ胸の中央付近が青く光を放っていた。

 そして唸り声をあげる頭部には無機物で作られた恐ろしい獣の顔をしている。

 化け物のなりそこなったジョーカー、それがパトラを強襲した者の正体だった。

 

 力を抜いているのか、両腕がだらりと力なく垂れてはいるが、その腕から繰り出される威力はすでに身を持って体験していたパトラは、ゆっくりを起き上がりながらも警戒を最大まで高める。

 

 攻撃によってか、それとも衝突したときの衝撃によってか、パトラの口の中には血が充満していた。

 

「ペッ……やってくれるわね。まさかここまでするなんて、ただのお馬鹿さんじゃないってことかしら?」

 

 あくまで余裕を崩さない。虚勢だろうが何だろうが、今のジョーカーに怯えの一つでも見せなければ。次の瞬間には自身の頭と胴体がお別れをする未来がパトラには見えていた。

 震えそうになる顎に歯ぎしりするほどに力を入れ。引きつる頬には強者の笑みをもって覚悟を固める。

 

 この時すでにパトラの中で目の前の存在から逃げるといった思考はなく、五体満足で生き残れるなどという楽観は捨てていた。

 それほどまでに先の一撃と、目の前に佇むジョーカーの姿は。パトラの脳裏に濃厚なまでの死を告げていた。

 

「やってやろうじゃない……今までだってそうしてきた、勝てない戦いに私は何度だって打ち勝ってきた……別に特別な日じゃない。いつも通り、何ら変わらないくそったれな1日よ」

 

 生きるために死ぬ気で戦う、それはパトラにとって両親を殺した日からの日常だった。

 だからこそ迷いはなかった。

 

「化け物になったぐらいで、この私に勝ったと思うんじゃないわよ!」

 

 体に残るPEを全て消費する勢いでPE能力を発動させる。

 パトラ自身伏せ札を持っているわけでもない、むしろ今パトラがローズウィップを複数個操り、そして身に纏っている力こそがパトラ唯一の伏せ札だった。

 

 先ほどまでの戦闘で多大に消費していたPEが空になるまで力を籠める、体の内から力が抜けていく感覚と比例し、ローズウィップの赤い輝きは強さを増していく。

 

 だが、それは人外と言われるPE能力者の範疇を出なかった。

 

 

 一方、今のジョーカーはその境界線を容易く超えていた。

 

 未だ動きを見せないジョーカーにパトラのローズウィップ達が攻撃を仕掛ける。

 

「グルゥ……」

 

 ジョーカーはそれを受けてもなお、一切の動きを見せず。まるでローズウィップの存在など認識していないのではないかと思えるほどだった。

 だが、パトラの全力ともいえる攻撃は、ジョーカーの体に当たるたびに強烈な余波まで発生させている。

 

 単純に、今のジョーカーが硬すぎるのだ。

 故にいくら強化を施そうとも、いくら無数の攻撃を繰り出そうとも。ジョーカーに認識すらもたれない。

 

 しかし不幸なことに、ジョーカーが唯一認識する存在がこの場にいた。

 

「――ッ! その目は何よ……少し見た目が変わったからって、私を敵とすら認識してないその目」

 

 パトラが歯ぎしりを起こすほどに歯を食いしばる。

 現状では一切のダメージを与えれないと判断したパトラは、分散させていたローズウィップを一つに集束させる。

 

 そうして出来上がったローズウィップの一撃を繰り出す。

 迫りくる一撃を前にジョーカーが初めて動きを見せる。

 

 パシン!

 

 ジョーカーが動かしたのは右腕だった。

 乾いた音とともにパトラの一撃を難なく受け止めたジョーカーが、姿勢を低くする。

 

 まるで獲物に飛びかかる直前の獣のように。

 

 

「ガァッ!」

 

 まずは腕。

 ローズウィップを握っていた腕に重い衝撃を受ける。そしてとても耐えきれない威力を持った攻撃に、パトラの腕が持ち上がらなくなる。

 

 次に反対の腕。

 ジョーカーの狙いにパトラが気付き、体を無理矢理捻ることで回避を試みる。が、それでもジョーカーの攻撃はパトラの残る腕を行動不能に陥れる。

 

 そして片足。

 パトラは自分を支える片足の激痛により、膝をついてしまう。

 

 瞬く間にパトラを襲った痛みと衝撃に、パトラの両腕はぶらりと力なく垂れさがり。

 唯一被害のなかった片足でどうにか倒れないように、片足で体を支える。

 

 

 反応のすべてが許されず。

 抵抗のすべてが意味をなさない。

 

 そして目の前に静かに佇む化け物を前に、絶望という現実を目の前にパトラの心は――

 

「例え首一つになっても、貴方を殺してやるわ。絶対に……」

 

 ――折れる様子を一切見せず、むしろより強固に、眼前の脅威を前に吠える。

 瞳に怯えを見せず、牙を見せる。

 

 

 ジョーカーはそんなパトラに一切の反応をせず、大きく後ろに跳躍する。

 次の瞬間には首を落とされると予測していたパトラは呆気にとられる。だが跳躍後のジョーカーを見て納得する。

 

「ああ、そうなのね……私を殺したいわけじゃない。肉片残らず消し去りたいのね……」

 

 跳躍したジョーカーは着地すると同時に姿勢を地面すれすれまで低くし、構える。

 同時に右手が強く光を放ち、無慈悲なまでの一撃を準備しているのが見て取れた。

 

 上半身が残るのなら、心臓が止まるまで攻撃を繰り出せたかもしれない。

 首から上だけが残るのならば、首を落とされた次の瞬間にジョーカーに嚙みつくことが出来たのかもしれない。

 

 だが、肉片一つとして残さないのであれば、もうパトラの中に手段が思い浮かぶことはなかった。

 

 

 一撃で仕留めることが出来たはずなのに、わざわざ四肢の機能を奪った理由をパトラは明確に理解した。

 

 

 打つ手がもう浮かばないパトラは、それでも最後の瞬間までジョーカーを睨みつける。

 

 

 ジョーカーの手の光がさらに強まっていく。周囲の重力が膨れ上がっているように重く、大気を振動させる純粋な暴力が出来上がっていく。

 

(本当に、もう終わりみたいね……負けたなんて言わないわ、よくて引き分けね。そうでしょう? ジョーカー)

 

 パトラはわかっていた、ジョーカーのあの状態が長く続かないということ。

 そしてジョーカーの手に溜めているあの力が放出された瞬間、自分が消し飛び。そしてジョーカーの命も潰えるということを。

 

 

 パトラが勝者のいない結末を予測し不敵に笑うのと、ジョーカーが走り出したのは同時だった。

 だが、同時に動き出したのは3人だった。

 

 

 ジョーカーが高速でパトラに詰め寄り、渾身の一撃を振りかぶる瞬間。

 1つの小さな影が両者の間に現れる。

 

 

「殺しちゃダメ! ジョーカー!」

 

 そう叫びながら異形の姿となっているジョーカーにすがるように抱き着いた。

 くせ毛が目立ち、顔に不釣り合いなほど大きな黒縁眼鏡をかけた少女.……朱美は涙を流しながら、震える体をジョーカーに押し付ける。

 

「もう……もういいの。ジョーカー……だから、もう。が、頑張らないで……」

「ウゥ……」

 

 今のジョーカーがどんな状態なのか、朱美には分からなかった。だがそれでも今の状態がジョーカーにとっていいモノだと言えない事だけは確かだった。

 

「そんなジョーカー……かっこよくないよお!」

 

 朱美が叫ぶとジョーカーの異形の姿が崩れ始める。

 あれほどパトラの強力な攻撃を受けても傷一つ付かなかった異形の外装が、砂のように細かく消えていく。

 

「お休みなさい。ジョーカー」

 

 全ての外装が消えた後に残ったのは、ボロボロのヒーロースーツ姿のジョーカーだった。




結局ヒロインの涙には勝てないってハッキリわかんだね


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合法ロリはバカにされたくない13

「へんでぃっ!?」

 

 頬に強烈な痛みを感じて目が覚める。

 

「あ、あれ……ここは……」

 

 最初に視界に映ったのは知らない真っ白な天上だった。

 

 

「おはようジョーカー、よく眠れたかしら?」

「いやはやジョーカー君、君はやはりおもしろいねえ」

「はあ、ジョーカー……大まかな話は聞いたが。いや、お前は俺達の期待の星だぜ……」

 

 真っ白な天上をぼうっと眺めていると三者三葉の言葉を投げつけられた。

 嫌に動かしづらい体をどうにか動かして視線を向ける、そこには見知った顔が3つ並んでいた。

 

 なんとなく、さっきも同じ光景を見た気がするが気のせいだろう。

 

 特務長、ソニック、そして朱美。表情もそれぞれ違く、特務長は面白いものを見れたと愉快そうに笑みを浮かべ。

 ソニックは呆れたような、安心したように肩をすくめる。そして朱美は顔を真っ赤にしてプルプルとカタを震わせていた。

 三人がどうしてそんな反応を示しているのか、その答えはすぐに分かった。

 

 動かすのもやっとな状態なはずなのに、まるで別人格でも宿っているのではないかと思えるほど、俺の両手が縦横無尽に動き回っていた。

 片方は特務長の見た目相応の小さな胸を、スーツの上から揉んでおり、スーツの少し堅い素材の感触。しかし手に力を加えれば硬いはずの手触りからは想像もつかない優しい柔らかさがそこにあった。

 例え小さいとは言え、特務という荒事に対応する組織の重役。鍛えこまれた身体故に形の良さがはっきりと現れていた。

 

 モミモミ

 

 大きいものとはまた違う、何というかこう。小さな抵抗感とでもいうのだろうか。うまく表現できないが、昔誰かが胸は脂肪の塊と言っていたあの言葉を、それは嘘だと一喝出来る程に素晴らしいといえた。

 小さくとも、鍛え抜かれた体が作りなす調和。それこそ脂肪の塊とは対極に位置するものといえよう。

 うん、最高でござる。

 

 そしてもう片方の手は朱美の方に伸びており、パトラとの戦闘の時に揉ませてもらったあの感触を、また触れていることに安堵した。

 まあ、触られている本人は顔を真っ赤にしているみたいだが、俺はあの時の言葉を忘れてないぞ。おもいっきり楽しませてもらおうじゃないか。

 

 今日の朱美は厚手のパーカーを着ているようで、手にはごわごわとした感触が伝わってくる。

 しかし、スーツよりも素材自体が柔らかく、指先に少し力を加えると指だけが朱美の胸の形を変える。

 特務長と同時に触らせてもらっているためか、大きさは同じぐらいでも揉んだ時の感覚がまったく違うことに驚いた。

 

 モミモミ、こっちもモミモミ

 

 改めて同時に同じように揉んでみるが、圧倒的に違いがある。

 特務長の場合は柔らかいがその中に確かな抵抗感。そして形を維持しようと胸全体が美しさを保っている。揉むよりも形を変えないように上から優しく撫でる方が、美しさを堪能できる。

 

 これは特務長の鍛えられた体だからこそのモノだろう。これを脂肪と揶揄するのであれば、是非とも一見、いや一触するべきだ。世界が変わるぞ。

 

 では朱美の方はどうなのかというと、小さいのに柔らかと言ったらもうこれ以上の言葉はないだろう。

 彼女の場合、今まで荒事の世界とは無縁の平和な日常にいたのだ。体系の維持や健康面での運動以外鍛えた感じはない。

 

 だが、いや。だからこそ、この胸は少し膨らんだ幸福という表現が正しいと言える。

 垂れもせず、かといって張っているわけでもない。そう、少し膨らんでいるのだ。だから手を当てればそれだけで形が変わる。

 下着の類が邪魔をするがなんのその。下から救うように手のひらを押し上げれば、手に乗らなそうな大きさなのに、チョンっと手に乗るのだ。

 

 軽く押して、すぐに離す。

 ぽよん

 

 手を大きく広げて優しく包む。

 むにむに

 

 天は二物を与えず、しかし素晴らしき実りだけは大盤振る舞いするのだ。神よ、今なら敬虔なる信徒になりましょうぞ。

 そう、神の与えたもうた実りを愛で、育むための組織を作ろう。そして神に祈りを捧げる時は――

 

「ねえ、いつまで……そうしているつもりなの」

 

 新たな道を開きかけていた俺の思考を、朱美の言葉が首根っこを掴んで引き戻す。

 そこには修羅が宿っていた。

 

「これ、二回目なんだけど。最後に言い残すことはあるかしら?」

 

 あ、見たことある光景と思ったらまさかの再犯だったか。

 多分この後起きる出来事も初犯の時と同じなんだろうな。そして結末も然り。

 

 ああ、これはもう逃げられない。

 悟った俺は最後にこの幸福を忘れないように、全神経を手に集中させる。

 

「そうか、2回目なのか……流石俺だ」

 

 ニコリと俺は今世紀最大に良い笑顔を朱美に向ける。

 朱美もニコリと俺に笑顔を返す。

 

 世界はなんとも素晴らしいことに満ちていた。

 

「死にさらせええええええ! この変態いいい!」

 

 朱美の怒声と、股間に衝撃を受けた次の瞬間だけを残して、そこから先の記憶が消えてしまった。

 せめて、先ほどの幸福なひと時だけは決して忘れまい。その覚悟だけが最後まで残っていた。

 

 

 再び俺が意識を取り戻したのは数分後。目が覚めた瞬間を俺は朱美と特務長に誠心誠意土下座した。

 全身打撲、裂傷。いくつかの骨折。日に聞かされた俺の傷は大きく深かったらしい。というか、朱美の一撃が止めになりかけていたとか。

 だが全身に感じる痛み以上に、社会的に死にたくない俺は涙ながらに謝罪を繰り返し。どうにか許してもらうことに成功した。

 

 

 ☆

 土下座をしてから半月が立ち、俺は無事退院となった。

 常人であれば骨折1つで完治まで2か月前後と言われているが、PE能力者には当てはまらない。

 

 PE能力者が人類の進化と呼ばれ、この摩訶不思議なエネルギーにProgressiveの意味が込められているもっともな理由だ。

 ただ単に不思議な力、例えばサイコキネシスやパイロキネシスといった能力だけで言えば、ただ超能力者と呼ばれていただろう。

 だが、PE能力者はただ不思議な力があるだけじゃない。だからこそ超能力者とは呼ばれない。

 

 容姿、病気に対する抵抗力、身体能力、その他雑多な能力値、そして自己治癒力。その全てにおいてPE能力者は常人を圧倒する。

 常人では考えられないほどの力を、種としての”力”が人を超える。なのに、その力は今もなお解明しきれておらず、一説ではPE能力者事態が成長を続けているとも言われいる。

 故にPEと呼ばれている。

 

 だからこそ常人であれば死んでいてもおかしくない傷を負っても、適切な治療を受ければ半月で完治に至る。

 

 ……今特務長と朱美のことを思い浮かべた奴手を挙げろ。俺と一緒に手を挙げようじゃないか。

 

「退院おめでとう。ジョーカー」

 

 病院を出ると朱美が笑顔で出迎えてくれていた。

 

「君が迎えに来てくれたのか、てっきり他の人だと思ってたよ」

「なによ、折角迎えに来てあげたんだから感謝してよね。それともこの画像を世間様に公開してもいいのかしら? 変態さん」

 

 朱美はそう言いながら携帯の画面を見せてくる。

 形態には患者衣を着た俺が綺麗な土下座を決めている姿が、画面いっぱいに映し出されていた。

 

 挑発するような笑みを浮かべる朱美に、俺は鼻を鳴らす。

 

「ふん! 良きものを堪能した対価を払ったまで。むしろ揉んだ者のみに許された証だ、丁寧に拡散してくれ」

「なんで堂々としてるのよ!」

「別に悪いことはしていないだろ? 特務長には許してもらったし、君には元々許可された行為じゃないか」

 

 パトラとの戦闘の時を思い出す。

 あの時彼女から聞いた、いくらでも揉んでいい券を放棄する気はない。

 

 パトラもあの時のことを思い出したのか、起こった表情から羞恥心に顔をワナワナさせ始める。

 

「ち、違うわよ! あ、あの時は貴方がお寝坊さんだったから。早く起きてもらうために言っただけだから、あの時はそうするしかなかったの。ていうかもう駄目! 時効よ時効!」

「原告の主張を却下します。被告の権利は口頭であろうとも契約として成り立っているため、法的な力を有していると判断します」」

「それっぽいこと言って逃げないでよ! だめったらだめ!」

 

 どうにか気持ちを持ち直した朱美が地団太を踏みながら講義する。というかお前20超えてるんだから地団太はないだろう……

 

 肩で息をして病院の前ということも忘れるほど、取り乱していた朱美だが、次第にその勢いを収まっていく。

 

「そうか……そんなに嫌だったんだな。済まないことをした。朱美がそこまで嫌がっていたなんて、気付かなかったんだ……」

「ジョーカー……」

 

 少し申し訳なさそうに謝罪すると、朱美は俺が本当に申し訳なく思っていることが伝わったのか、心配そうな視線を向ける。

 俺は言葉を続けた。

 

「それに、あんな事件に巻き込んでしまったのも、俺の力不足が原因だ。もっと強ければ君に怖い思いもさせることはなかった、ごめん」

 

 頭を下げて謝罪する。

 

「だが、君は俺のあまり人に言えないことを話しても、こうして話しかけてくれる。君とこれらも良好な関係を続けたいんだ」

「ジョーカー。そう、そうだよね。貴方だって好きであんなことをしているわけじゃないんだものね。それなのに……私こそ、ごめんなさい」

「いや、君は悪くない。俺もこの欲求とは折り合いを付けなくちゃいけないと思ってる。でも、今はまだそれが完全に制御できないんだ」

「わかってる……私、貴方がそんなにも悩んでいるなんて、気付けなくて……私に出来ることなら言って、出来る範囲なら私も貴方の助けになりたいの」

 

 頭を上げると朱美が優しい笑顔で俺に手を差し出してくる。

 彼女は優しすぎて、そして勇敢だ、だからこそ子猫を抱えながらもパトラから命がけで逃げ続けた。

 俺が情けなくもパトラに倒されてしまったときも、パトラに抗い、そしてそのまま逃げることもできたはずなのに、俺を助けようとしてくれた。

 

 こうしてまた、俺のような人外にも手を差し出してくれる。

 

「また、同じように君にあんなことをしてしまうかもしれない」

「大丈夫、ジョーカーなら、そ、その……別に、嫌じゃ……ないし」

「え。今……なんて」

「だ、だから。ジョーカーになら。む、胸を触られても……嫌じゃ、ないから」

 

 ピ

 

 その場に流れるには不釣り合いな電子音が、小さく音を鳴らす。

 

「ピ?」

 

 朱美にも音が聞こえたようで、首をかしげながら音の出所を探す。

 

 彼女は優しすぎるのだ。だからこそ、優しさに漬け込む輩が出てこないとは限らない。これは仕方のないことだ。

 騙される前に、騙されることを経験し、予防させなくてはならない。これは誰かが彼女のためにやらなければならないことなんだ。

 

「ねえジョーカー。さっきの音、聞こえた?」

「ああ、聞こえた」

 

 朱美の言葉に俺は答えながら胸ポケットに手を入れる。中からゆっくりと平べったい長方形の棒を取り出す。

 

 一瞬何を取り出したのか、そして物を見てもなお首をかしげる朱美に、俺は棒に配置されているボタンの一つを押す。

 

「む、胸を触られても……嫌じゃ、ないから」

 

 その棒から、朱美の声で先ほどと同じ音声が流れる。

 まるで時間が止まってしまったかのように、朱美と俺の動きが止まり。少ししてお互いに顔を見合わせる。

 

 ニコリと俺が笑みを浮かべ。

 朱美も返すようにニコリと笑顔を見せる。

 

 

「言質とったああああああ!」

「いやあああああああああ!」

 

 高らかに吼える俺と、悲痛な叫び声をあげる朱美。

 

「あんな素晴らしいモノを触らせておいて! やっぱだめなんて許さん! 俺はあれがないと生きてけないんだ!」

 

 俺は朱美に思いを伝えるため、熱いまなざしと確かな気持ちを込めて言った。

 

「決め顔で変なこと言わないでよ! いいからそれ渡しなさい!」

 

 再度顔を赤くした朱美が、俺が手に持っているボイスレコーダーに手を伸ばす。だが戦闘特化の俺と、戦闘向けに特化していない朱美では身体能力に大きな差がある。

 

「ンガッハッハッハ! 絶対に渡さんぞお!」

 

 戦闘に特化したPE能力、そして実戦経験もあるのだ、彼女に万が一でもこのレコーダーを取られることはないだろう。

 だが、PE能力に関しては言えば、彼女も立派なPE能力者。しかも戦闘力に関していえばかなりの強者と思えるパトラが使ってた黒球、聞いた話ではPE能力者が作ったとされる物。

 そんな物を咄嗟にハッキングできてしまうほどに強力な力だったらしい。

 

 俺にとって最大の誤算はそれだった。

 

「舐めないでよね! そんなの手に触れなくたって、どうにでもなるのよ!」

 

 朱美がPE能力を発動する。しかしPEの動きから彼女が何かをしたのはわかったが、何をしたのかまではまったくわからなかった。

 顔に全て出ていたのか、彼女は悪戯が成功したような笑みを浮かべる。

 

「私がパトラとかいう敵の使ってたあの黒球を、どうやって弄ったのかしらないの? もうそのボイスレコーダーの中は空っぽよ」

「な……嘘だ。そんなわけ……」

 

 朱美の勝ち誇ったように告げられた内容に、俺は手を震わせながらも再度再生ボタンを押す。

 

「……」

 

 一度は再生できたことに淡い期待を抱いたが、再生から数十秒待っても期待した声が流れることはなかった。

 本当にボイスレコーダーの中身が空になった事実に、耐えきれなくなった体が膝から崩れ落ちてしまう。

 

「もう、終わりだ……」

 

 世界とはなんと残酷なのだろう。一度は許された権利だろうと、掴み取った力(脅迫材料)ですらこうもあっけなく消えて行ってしまう。

 打ちのめされた心に自然と目からは涙があふれていた。

 

「え!? そ、そんなに落ち込むの!?」

「当たり前だ……君の胸をもう揉めないなんて……」

「えぇ……」

 

 あまりの落ち込み様にさすがの朱美もどんな反応をするべきか困っている様子だった。

 そのまましばらく、膝から崩れ落ちたまま泣き続ける男と。それを目の前に遠い目をする女の姿が、病院の出入り口を塞いでいた。

 

 

「い……いい、わよ」

「……え?」

 

 耐えきれなくなった様に朱美がぽつりと呟く。

 

「だ、だから。あんな卑怯なことしなくても、いいって。言ってるの」

 

 顔を上げて朱美を見る。

 彼女は顔を真っ赤にして、言葉の恥ずかしさからか目には潤んでいた。

 

「ま、マジで……いいの?」

 

 彼女の言った内容に思わず聞き返してしまう。

 男性が胸を触らせるのと、女性が胸を触らせることは全くと言っていいほどの差がある。それを分からないはずがなく、彼女の顔を思わず見つめてしまう。

 

「そ、その代わり。せ、責任……とってもらうから、ね」

 

 そう言うと朱美は視線を他のところに向けてしまう。

 

(まさか、朱美がそこまで考えていたなんて……)

 確かに、女性がそこまで許せる相手となればそれなりの関係を持つ相手だけだろう。ましてや彼女ほどに優しい女性ならば、その線引きがどうなっているのかなんて疑う余地もない。

 そうまで言ってくれる彼女の優しさと思いに、全身を打ちのめされた俺は思わず口を開いてしまった。

 

「え、重」

「その喧嘩、言い値で買わせていただこうかしら?」

 

 危うく再入院することはなかったが、その後会ったソニックにめちゃくちゃ心配されてしまった。




気が付いたら朱美ちゃんがヒロインみたいになってた……


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1章:エピローグ1

 荒ぶる神の気をどうにか静めた後、俺たちは用意されていた車で特務の本部へと向かった。

 

「頼むから事故らないでくれよ? 事故で再入院する史上初のヒーローにはなりたくないからな」

「わ、わかってるわよ」

 

 まだ運転免許を取って1年も経っていないという朱美が、緊張した様子でハンドルを握りながら答える。

 正直なところ、女性に運転させるのは気が引けてしまうので、自分が運転したいところなのだが。

 

「貴方はまだ退院直後なのよ。少しは私を頼ってよ」

 

 と少し困った表情で朱美に言われてしまったため、結局彼女の厚意に甘えさせてもらったのだが、今の彼女の状態を見るにやはり自分が運転するべきだったと思ってしまう。

 しかも運転に集中している今の朱美を、面白半分で茶化すことも憚られてしまい。動にか彼女の気を紛らわせないかと考えた。

 

「そういえば、結局あの後どうなったんだ?」

 

 色々考えたが、結局はパトラとの戦闘後の話を提示してしまった。

 失敗したと思ったが、朱美は大して気にした様子もなく淡々と答え始めた。

 

「あー、あれね。ジョーカーが暴走して、私が止めた後。あのパトラっていう敵が起き上がってきたのよ」

「おいおい、それでよく無事だったな。もしかして増援が間に合ったのか?」

 

 幾らダメージを受けていたとはいえ、あの時のパトラであれば気絶した俺と、戦闘に長けていない朱美を仕留めることぐらいできたはずだ。

 第三者の可能性が無ければ、とてもではないがこの場に俺達がいられる状況なんて考えられなかった。

 

 だが、朱美はどこか言いづらそうに首を振った。

 

「ええっとね、増援は間に合わなかったのよ。私もあの時はもう駄目かと思ったわ」

「じゃああの後どうなったんだ?」

「それがね、パトラが起き上がった後私に向かって伝言を頼んできたの。その後すぐにどこかに逃げて行っちゃって、その後に増援の人。ソニックさんが来てくれたのよ」

 

 コマンダーが増援としてよこしてくれたのはソニックだった。確かに彼の機動力なら複雑な道も関係なく駆けつけられる。今回はそれでも間に合わなかったようだが、これについては俺の方の落ち度だろう。

 

 気になるのはパトラが何もせず、伝言だけ残して立ち去ったということだ。あの時のパトラは確かに俺を殺そうとしていたし、朱美を殺すと言ったときも本当に殺すという意思が感じられた。

 

「伝言か、たった一夜共にしただけでもう友達気分か? 今度会うときは素敵なプレゼントでも用意してやろうじゃないか」

「あはは、私はともかく。貴方は文字通り好敵手として見られてるみたいよ。次は万全な状態のジョーカーを仕留めるって言ってたわよ」

「うへぇ……俺痛いの嫌いなんだよなぁ」

 

 どうやらパトラが俺達を見逃したのは好意とかではなく、獲物認定した結果だったのか。

 今は彼女も傷の治療とかで動けないだろうが、また近いうちに現れそうで面倒だ……。

 

 いや、むしろあのボディが向こうからやってくるということか。であれば決して悪い事ばかりではない、あの時は少ししか堪能できなかったし。

 ただ1つ問題があるとすれば。

 

「次までに今より強くならねえとな、このままじゃマジで喰われそうだ」

「協力するわよ? 私だってもう正式な特務の一員なんだから、サポートなら任せて」

 

 朱美は俺が入院していた半月の間に、今回の敵から狙われたということもあり、本来はもう少し先だったのだが、急遽特務で保護する目的で特例という形で特務の技術者として、正式に就職することになった。

 

 自分の不甲斐なさのせいなのだが、それでも朱美が正式な仲間になったこと、それと安全な場所で匿えることになり安心することができた。

 

 これからは彼女に色々と助けてもらう機会が増えていきそうだ、黒球をハッキングできたPE能力はかなり汎用性が高いらしく、特務に所属して立った数日なのにもかかわらず、能力の高さからかなりの有望株と言われているとソニックが嬉しそうに話していた。

 

 

「助かる。正直PE能力だけだと手数が足りないみたいだしな。それにパトラが使ってた黒球みたいなのは魅力的だ」

 

 パトラが使っていたあの黒球。

 戦闘用ばかりに目が行くが、あれの有用性はむしろヒーローにとって魅力的すぎる。

 

 出来るかどうかは別としても、黒球を自分の意志で操作できるなら、黒球を使った移動力の向上。

 瓦礫の撤去といった人災対処もかなり行いやすい。パトラ自身端末で黒球を動かしていた様子はなかった、多分脳波といったものを使用しているのかもしれにない。

 

 朱美も黒球については色々思うところがあったのか、何度も頷く。

 

「そうね、あの黒球。結局細かい残骸を除いてパトラに持っていかれちゃったのよ、でも時間があればいつか私だってあれ以上のを作って見せるわ」

「ま、そこら辺は俺には専門外だ。だから全面的に頼らせてもらうぜ、後輩」

「あら、もう先輩風? ソニックさんに聞いたけど、貴方まだ2年目なんでしょ。それならすぐに追い抜けそうね」

 

 この半月で朱美とソニックは交流を深めていたようで、それ以降もソニックや、それ以外の特務のメンバーとの話をしながら俺たち猪は本部へと帰還した。

 

 

 side:パトラ

 

 ジョーカーとの戦闘から半月、パトラもジョーカー同様半月もあれば、あれだけ受けたダメージでさえもほぼ完治するまでに至っていた。

 ジョーカーと違い、適切な医療施設を使用していないのにもかかわらず、それだけの速さで回復したのもパトラの常人を凌ぐPEによるものと言えた。

 

「明日には本調子といったところかしら」

 

 体の調子を確かめながら、パトラは薄暗い世界の道を進んでいた。

 

 パトラの名を指す”赤鞭”の呼び名は、表の世界よりも裏の世界の方で広く知られていた。

 PE能力者は皆容姿に優れるが、その中でもパトラは強力なPEに比例するように他のPE能力者を全てにおいて圧倒していた。

 

 当然やっかみも増えるが、その全てをローズウィップで薙ぎ払った彼女の名は、裏の世界で数少ないアンタッチャブル(不接触)の一人とされていた。

 ただ火の粉を払うだけでなく、パトラに手を出したモノ全てが例外なく無残な最期を遂げているのが、彼女が恐れられる理由の一つと言えた。

 

 美しく、苛烈。妖艶に舞うその姿に見せられ、気が付けば誰も彼女の前に立てる者はいなかった。

 

 故に薄暗い世界の中でさえ、パトラは肩で風を切り、薄暗い世界の王道を歩く。

 

 そんな裏の世界の有名人であるパトラが向かったのは、そんな薄暗い世界の中で一等の光を放つ建物だった。

 

 

「邪魔するわよ」

「いらっしゃい……っとアンタかい。”ドクター”ならいつも通り下だ」

 

 建物に入るとアップテンポの音楽が聞こえてくると同時に、巨漢の男がパトラに気付くと、用向きすら聞かずに建物の下、地下に通じる階段を指さす。

 

 パトラもこれといった要件も告げず巨漢の言葉に従い、地下へと通じる階段に向かう。

 通常よりも倍ほど長い階段を下りた先に、錆びれた鉄板のドアが1つだけ現れる。

 

 鉄のドアに近づくが、そこにドアノブの類はなく。ただ扉の形をしただけの鉄とも見えるそれの前にパトラが立つと、近くに備え付けられていたスピーカーから声が聞こえた。

 

「おー赤鞭か。実に一月ぶりだな」

「そうね、でも意外だわ。地下潜りの貴方が日付を覚えているなんて」

 

 若さを感じる女性の言葉にパトラは皮肉を返すが、当の本人は何ら気にする様子も見せず、返事の代わりに鉄のドアがひとりでに開く。

 鉄のドアが声の主の指先1つで開くことを知っていたパトラは、それに反応することなく当然のように中へと入ってく。

 

 中に入るとそこは錆びた鉄のドアからは想像もつかない光景があった。

 汚さを感じさせず、地上の建物が所有している地上面積よりも明らかに広い空間が広がっており。いくつもの実験道具と思えるものや、大型工具が散見している。

 

 中にはパトラがジョーカーとの戦闘に使用していた黒球も転がっている。

 

 近未来とすら思える空間の中、複数置かれているデスクと椅子の中の一つが回転し、パトラの方を向く。

 そこには先ほどの声の主と思える女性が、満面の笑みでパトラを迎えた。

 

「やあパトラ。色々とこの間起きた出来事の事情は知っているつもりだが、あえて聞こうじゃないか。どうしたんだい?」

「”ドクター”相変わらず嫌な話し方ね。分かってるなら私から言うことはないわ。それよりも本題よ」

 

 ドクターと呼ばれた女性は自身の長く整えられた緑髪を一度撫でると、デスクに置いてあった黒球を持ち上げる。

 

「本題とは私の可愛い子供たちを壊したこと以上に大切なのかな?」

 

 ドクターは笑みを浮かべてはいるが、比較的長い付き合いのパトラには彼女が笑みの中に怒りを隠していることがわかっていた。

 ドクター、日本では医者の意味で使用されるが、彼女を指す意味は博士の意味で使用される。

 

 黒球の他に数多くの武器や装置を作り、それを売る彼女は裏の世界においてパトラと並び、裏の世界でアンタッチャブルとされているPE能力者の一人。

 パトラとの違いは、ドクター自身に直接的な戦闘力が無いのにかかわらず、裏の世界で手を出してはいけない人間と呼ばれていることだろう。

 

 パトラが強さで自身の存在を示すのならば、ドクターは直接的なのとは別の力をもって、最恐の狂人とよばれるほどに他者から恐れられる。

 

「確かに私がこれを壊したわ、でもねドクター。あんなPE能力を発現して間もないPE能力者に乗っ取られたりしなければ、私だって壊したりしなかったわ」

「む……確かにそこは私の落ち度だ。まさか遠隔でハッキングされるとは思ってもみなかったよ。いや、PE能力にかまけて思考を止めてしまった私が無能だったのだろう」

「そういってもらえると助かるわ。貴方とは今後も仲良くしたいから」

「私だってそうさ、君ほどの強者に子供たちを使ってもらえるからこそ、クライアントも二つ返事で買ってくれるのだからね」

 

 ”ドクター”と”赤鞭”。二人の関係性を一言で表すならビジネスパートナーが当てはまる。

 互いに信頼しないからこそ、互いの能力に信用を置いている。金と力と技術、そのすべてをたった二人で確立させるには十分な関係と言えた。

 

「それに、退屈してたから丁度良かったさ。彼女、琴音朱美の能力にも俄然興味が湧いてしまうよ」

 

 底なし沼のように、一度手を入れれば逃がさないという意思が、ドクターの目に宿っており。パトラはそれを真正面から見据える。

 

「ま、私は別にそっちはどうでもいいわ。貴方が欲しいって言うから行っただけだし……むしろ私は彼の方かしら」

「あーあ、君に目を付けられるなんて。彼も可哀そうだよ」

「あら。貴方だって同じようなものじゃない。貴方気付いてないでしょうけど、結構なストーカー気質よ?」

 

 二人は愉快だと笑う。

 この場に二人の存在を知るものが居れば、これから裏と表の両方を騒がす大きな事件を起こすのではないかと、すぐさま爆心地から逃げる準備を始めていただろう。

 

「それじゃあ、君の本題について話を戻そう。君が知りたいのはこれだろ?」

 

 ドクターはそう言うと二人から丁度よく見える位置に、映像が空中に投影される。

 映像の中ではジョーカーとパトラが熾烈な戦闘を繰り広げており、戦況は徐々にパトラに傾いていく。

 

 そのままパトラの勝利で終わると思われた瞬間。ジョーカーに突如として異変が訪れる。そこから1分もしない間放たれた光の中から、化け物が現れた。

 全身が白く、手と足が異様に太くなり、頭部は獣のような異形の姿。パトラはその時の光景を思い出し、眉を顰める。

 

 PE能力者の中ですら、ジョーカーが見せた姿は常軌を逸していた。

 映像の中ではその後パトラが一方的に打ちのめされ、最後の止めを刺されると思われた時。ジョーカーの前に朱美が立ちふさがり、泣きながら何かを訴えるとジョーカーの姿が当初のヒーロースーツに戻る。

 

 その映像を見ながら両者はそれぞれ別の表情を見せる。

 

 パトラは憎々しげに、ドクターは嬉々として。同じ映像を見ていたとは思えないほどに、両者の印象は乖離していた。

 

「いや、実に面白い!」

「私は面白くないわ」

 

 感想もまったく真逆。

 

「それでドクター、天才なあなたにはこれについて何かわかるのかしら?」

「分析する限りでならね。まず最初に彼が見せたあの力は明らかにPEの暴走だ。ここまでは今までの暴走と何ら変わりない」

 

 映像が巻き戻り、再びジョーカーが暴走するシーンが流れる。

 映像の中で確かにジョーカーは暴走していたが、次の映像でそれが覆される。

 

「そして重要なのがここだ。本来であれば無差別に規則性なく暴れるはずのPEが、ここでは明らかに指向性を持っている」

 

 先ほどまで暴れていたPEの波が、ジョーカーを中心に渦を巻くように一方向に流れる。

 

「PEに指向性が加えられ、ジョーカーを中心にPEが集まり、光を放つ。この動きは彼の能力発動と一緒だ、規模は違うけどね」

 

 戦闘の中でジョーカーが能力を発動させたのは3回、しかし暴走の時に見られた変身だけはPEの量、そして光の規模がまったくの別規格になっていた。

 

「最後に光が収まり、化け物が出てくる……と」

 

 光の中からジョーカーが化け物の姿で現れるところで、映像が止まる。

 ドクターが映像を見ながら段階別に状態を説明したこともあり、話を聞いていたパトラも何かに気が付いた様に頷く。

 

「つまり、彼が新しい力に目覚めたわけじゃなく、彼本来の能力を発動させたということ?」

「そう、彼は自分の元々持っていたPE能力を発動させたに過ぎない。厳密に分けて言うのであれば、能力は変わらず、PEの質を変えた感じかな」

「PEの質?」

 

 ドクターの言葉にパトラが疑問を見せる。

 PE能力者として強者の中でも上位に位置づけられるパトラですら、ドクターの言葉の意味を理解しかねていた。

 

 ドクターは小さく笑うと、話を続ける。

 

「世の愚か共はPEをただの電力と同じ見方をするが、あれは完全なる間違いだ。PEとは力であり、我々PE能力者にとって第二の血液と呼べる存在なのさ」

「第二の……血液」

「詳しい話は省く、だがそうとでも例えないとPEという未知の力は、私たちの人体に干渉しすぎているのさ」

 

 容姿から始まり、身体含め多種多様な能力、そして常人には不可能な超常の現象を起こせるPEと呼ばれる力。

 当初は電力と同じく、現象を起こすためのエネルギーと考えられていたが。一部の、それこそ国家規模でPEの解析を行っている者たちの中では、PEは第二の血液と呼ばれている。

 

 PEが人体に与える影響というのは広く、そして深かった。

 

「PE能力者の暴走について、データケースが少ないこともあるが。国がひた隠しにしているものがある、それが暴走時におけるPEの性質変化さ」

「それってまさか、今まで膨れ上がったPEを制御できない状態を暴走と呼んでいたのが。実は根本から違っていたということ?」

 

 パトラの言葉にドクターは嬉しそうにうなずく。

 

「膨れ上がったのは確かだけど、それだけだったらPEの操作に長けている私たちが暴走なんてするはずないんだよ。君だって戦闘中に自分のPEを意図的に増幅させているだろ?」

「そ、それは……じゃあ、制御が出来なくなる理由って」

「そう、制御不能になるもっともな理由は、根本からPEの性質が変わったせいと言える。用向きがそもそも変わるのさ、我々が普段使っているPEが安定状態、そして暴走時のは活性状態とも言い換えられる。私も正確なところまでは説明できないのだがね」

 

 困ったようにドクターは肩をすくめるが、今しがたドクターが話した内容はパトラにとって大きな衝撃となった。

 ドクターの言っていた安定状態と活性状態。その意味するところはパトラという一人のPE能力者だけではない、すべてのPE能力者。ひいては国家間のパワーバランスを二分する程のものだった。

 

 それはドクターや朱美といった特殊なPE能力者を除く、すべてのPE能力者を残酷なまでに強者と弱者に分けてしまう。

 

「ま、これが分かったところでなんだけどね」

「それはどういうこと?」

「簡単な話さ、今回のジョーカー君みたいに暴走。活性状態でPE能力を発動させた人が記録上どこにもいないんだよ。普通は活性状態に陥った人間が辿る道は二つだけさ」

「なるほど、今回のケース事態がそもそもありえないということね」

 

 パトラは納得したように頷く。

 そもそも、情報に関して国に勝てる組織は存在しない。そしてその国自体が、明らかなパワーバランスを崩す要素に手を出していない。

 

 活性状態での能力を行使すること事態、想定されていなかったのだ。

 だが、今回の件を国が見逃すはずがない。しかしその危険性とPEが出現してから今日までの動向からも、今後公になることはないと予想できる。

 

 ドクターはパトラの想定を聞くと少しだけ眉を顰める。

 

「普通はそう考えるんだろうけどね……ただ、あそこは例外さ」

「あそこ、っていうのは彼が所属している特務と呼ばれているところかしら?」

 

 パトラの特務という言葉に、この時初めてドクターの顔が歪む。

 

「あそこのトップは化け物さ。ジョーカー君のような能力的な力の話じゃない、存在自体が人外の領域にいる正真正銘の化け物さ」

 

 吐き捨てるようにそう答えたドクターの様子から、パトラはこれ以上の深入りはしない方がいいと考え、話の方向を戻そうと平静を装う。

 

「それで、私から貴方にお願い事があるのだけど? 天才さん」

 

 ピクリとドクターの体が揺れる。

 大きく歪めていた表情が一気に不敵な笑みと変わっていく。

 

「お願いとは君らしくもない。僕らの間にあるのは利害関係のみさ、だから君のお願いとやらを聞かせてもらえないかな?」

「フフ。私って欲張りなの、欲しいものは全部手に入れたくなってしまうのよね」

 

 最恐が不気味に笑い、つられるように最強も笑う。

 




あと2・3話で1章の終了となります!!


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1章:エピローグ2

 病院から無事に本部へと帰還した俺を最初に出迎えたのは、当然ながら上司である特務長だった。

 

「やあ、ジョーカー君。体の方はもう大丈夫なのかな?」

「はい、お陰様で今からでも仕事に復帰したいくらいです」

 

 ミスターハンマーに入れてもらったお茶を飲みながら、俺は特務長室で報告を行うことになった。

 相変わらず見た目からは想像もできない空気を醸し出す特務長は、これまた何を考えているのだろうか分からない笑みを浮かべる。

 

「まさかあの”赤鞭”が出てくるとは私も想定外だったよ、情報部も適当な報告を上げたものだね」

「私も昔赤鞭と戦ったことがありますが、敵でなければ是非ともウチに欲しい人材ですね」

 

 ミスターハンマーがそう答えると、特務長は意外そうにわざとらしく驚いて見せる。

 

「わお、まさか君からそんな言葉が聞けるとは。できれば私も是非ともあってみたいものだね」

「あはは、まあ特務長ならさすがのパトラでも勝てないでしょうね」

「ジョーカー君。君の戦闘記録を見させてもらったけど、私にはとてもじゃないが難しいね」

 

 嬉しそうに返す特務長だが、実際に戦闘になればものの数舜でパトラが倒れる光景が容易に想像できてしまう。

 特務長自身が戦うなんてことは基本的にあり得ないが、それでも彼女が後ろで構えているというだけで、言葉では表せないほどの安心感を得られるのだから不思議だ。

 

「特務長……そろそろ本題の方を」

「わかってるよミスターハンマー、折角の可愛い部下との交流に水を刺さないでくれるかな?」

 

 笑顔で特務長は語りかけるが、なぜかミスターハンマーは一瞬だけ体を硬直させてしまう。だが次の瞬間にはいつも通りの反応を示し、少し肩を竦める。

 

「これは失礼を。ですが彼と話したがっている者も他にいます。特務長であれば彼といつでもお話できるではありませんか?」

 

 言い切る直前、ミスターハンマーの視線が特務長からこちらに向けられる。

 

「そうですよ。特務長からのお声があれば、何時でもお邪魔させていただきますよ」

「そ、そうかい? ならいいのだが……」

 

 ミスターハンマーの言葉に被せるようにして特務長に告げると、特務長は先ほどとは違う笑顔を俺に向ける。

 勘違いかもしれないが、上司にこうして気にかけてもらえるというのはかなりうれしい。しかも中身はともかく、見た目だけで言えばPE能力者らしい容姿も持ち合わせているのだ。

 

 美人で頼れる有能な上司、俗物的な思考だが。男なら誰もが夢見る光景だろう。

 

「特務長が良ければいつでも……それで本題というのは何でしょうか?」

 

 俺からも本題に入って欲しい旨を伝えると、特務長はそうだったと手を叩く。

 ……おう、かわええ。

 

「そうそう、ジョーカー君。君は先の戦闘で暴走したはず、なのに戦闘の記録ではその状態でPE能力を発動させたそうじゃないか」

 

 本題というのはそれだったか。確かに自分が仕出かしたことなのに、アレには疑問ばかり浮かんでしまう。

 何と答えたらいいのか、言葉を探しながらどうにか答える。

 

「自分でもあの時どうしてあんなことが出来たのか分からないんですよ。というか、あの瞬間だけは死んでもパトラに勝とうと必死でしたし」

「死ぬなんて簡単に言わないでくれたまえ。私は君に期待してるんだ、次からは生きるために死ぬ気で頑張ってくると信じているよ」

 

 少し悲しそうな表情で特務長が言う。

 荒事が基本とはいえ、自分の部下が自殺交じりの戦闘を行うというのは、特務長としても看過できないのだろう。

 

 俺も一応は部下を持つ役職にいるのだから、今後はそこも注意して任務にあたるべきだ。

 

「すみません。次からは気を付けます」

 

 素直に謝ると特務長は嬉しそうに頷いてくれた。

 

「よし! じゃあ話の続きだ。本来暴走に陥ったPE能力者の末路は二つだけ、内外の影響に関わらず暴走が沈下して生還。もう一つは命を落とす。だが君が見せたのは第三の結末になる」

 

 特務長の言葉にシルヴィアの時を思い出す。

 彼女は完全に制御不能な状態に陥り、あの時はソニックとパイモンと協力して対処に当たった。だけど暴走中のシルヴィアの意識は感じられなかった。

 

 暴走状態に陥ったPE能力者は、自力での制御ができない。もしくは困難な状況になっているということだ。

 しかし、そうなるとどうして俺がそうならなかったかが問題になる。

 

「どうしてあの時、俺は暴走してたのに意識を保っていられたのでしょうか。確かに意図的に暴走を起こしましたけど、それ以外特別なことをしているわけでもないのに」

「まあ、色々と候補は上げられるけど。憶測の域を出ない、だけど今回の戦闘でもそうだけど、我々よりも強い敵というのは幾らでも存在する」

 

 特務長の声に力が込められる。それはきっと、俺が不甲斐ないせいもあるのだろう。暴走しなくても、普段通りの力でパトラに勝ててさえ入れば……。

 

 その考えが顔に出ていたのか、特務長が困ったように笑う。

 

「君が背負い込むことはない。そのための組織であり、私なのだ。一人で対処できないなら対処できる人員で事に当たればよい、組織の存在意義とはそういうものだ」

「だけど今回みたいなケースもあります。一人で対処できることが最善であることに変わりはありません」

「そうだね、だからこそ我々は不確定に備える必要がある。今回の件で問題点がいくつか浮き彫りになったが、悪い話ばかりでもない」

 

 落ち込む様子の俺とは対照的に、特務長の表情は柔らかだった。

 戦闘員でしかない俺と、国家直属の機関を束ねる彼女とではそもそも見える光景も、手に入る情報量もまったく違うのは自明の理だ。

 

 そんな特務長がプラス面な出来事もあると言ってくれると、少しだけ安心できた。

 

「まずは組織の体制。といってもこれは赤鞭が使っていたあの黒球の有用性、それと今回特務へと来てくれた琴音朱美がメインだね。今までは君たちヒーローの自力に頼っていた部分が大きい、実際それで今までどうにかなってたしね」

 

 特務長が困ったように肩を竦める。

 確かに今までの常識では、PE能力者に銃弾は大した効果もなく、戦車や戦闘機といった従来の兵器はそもそも市街で使用が困難。

 

 だからこそ敵が敵として暴れ、その対抗手段としてヒーローが作られたといってもいい。

 

 今まではそれでどうにかなっていた、どうにか出来てしまっていた。だがパトラが使用した黒球、銃弾よりも高威力であり戦車よりも市街戦に有用と見れた。

 

「今までのようにPE能力による力押し一辺倒を続けていけば、被害は大きくなる。赤鞭が暴れずとも黒球が使える敵が出てくれば、それだけで戦況に影響を及ぼす。以前は対処できた敵に苦戦を強いられ、下手をすればヒーローが負ける事案が増えていくだろう」

「そこで朱美達のような開発向きなPE能力者の出番ということですか」

 

 ミスターハンマーが特務長の言わんとすることを察する。

 

「その通り。コマンダー君が言っていたが黒球一つとっても、全ヒーローに配備されれば、それだけで3割近くの戦力増強が見込めるらしい」

「3割もですか!?」

「使えるものがPE能力者だけなのか、それとも軍人や警察官でも使えるのかなどの条件にもよるらしいが。例え現役のヒーローだけだとしても3割、色々と問題も多いだろうが敵の戦い方が変わり始めているのかもしれないんだ、手札は多い方がいい」

 

 3割という数字の意味する内容を、1ヒーローでしかない俺ですら驚愕するほどだった。

 ましてや方々の状況も知っている特務長からすれば、俺以上に3割の意味を重く考えているはずだ。

 

「ただし、これが敵にとなればその脅威度は3割では済まなくなる」

 

 浮かれかけた気持ちに冷水を掛けられたように、事態の重さがのしかかる。

 黒球だけでなく、兵器の有用性が高まれば敵も同じことをする。むしろ黒球の場合は敵が作った武器にだ、現時点で既に敵に先手を打たれている状況と言えた。

 

「故に我々、特務の目下の目標は二つだ。一つ目は言わずもがな新しい武器の研究開発、これは技術班に期待するしかない。そしてもう一つ、黒球の製造者を見つけて捕まえること」

「製造元なんてわかるんですか?」

 

 言うのは簡単だし重要性も理解できる、だが相手は他の敵と違い表に現れる必要のない存在だ。

 今までのように暴れまわる敵をただ捕まえたりするだけでは絶対に捕まえられない。取引の情報を掴んで現場を、なんてことも難しいだろう。

 

 だが、俺が思い至る問題点などすでに考慮済みのはずだ。そしてわざわざこの話をしたということは――

 

 俺の反応に特務長が笑みを深める。

 

「今も昔も変わらない、"虎穴に入らずんば虎児を得ず"。我々特務にはたまたま派手な戦闘の影響により長期療養が必要と判断されているヒーローがいる。力があり、ヒーローとしての現場経験が短いおかげで、世間や敵に顔がほとんどをばれていない存在がいるのさ」

「マジですか? というか俺の場合パトラとか言うすごく危ない奴に目を付けられてるんですけど……」

 

 確かに半月ほど前までであれば文字通り誰にも素顔を知られていないと言えた。特務内でも交流のある人はソニックさんを含め少数、特務以外のヒーローであれば顔を見られたところで問題もない。

 だが今は違う、どこぞのゲーム見たく無条件で出会ったら即バトル仕掛けてくる相手がいるのだ。しかもしっかりと全身白タイツの顔出しスタイルも見せてしまっている。

 

 絶対に上手くいかない、そう思ってしまう俺とはやはり対照的に、特務長はやる気満々な表情で俺の言葉を否定する。

 

「だーいじょーぶ! 赤鞭って君を獲物判定してるんでしょ? 例え身元が彼女にばれても闇討ちされるだけで済むよ!」

「闇討ちされてるよぉ……ていうか、その製作者とパトラって繋がってるじゃないですか。絶対に無理ですって」

「……行ける行ける!」

「え、なんですかその間。絶対、あー気づいちゃったか―って顔してましたよ!? お言葉ですが、俺は一度パトラにボッコボコにされてるんですけど。次戦っても同じ結果ですよ?」

 

 ダメージを受けていたとか関係なく、例え万全の状態でもパトラに勝てるとは思えなかった。良くて引き分け程度だろう。

 だから別の奴にしてくれと懇願するが、特務長の決定は変わらない様子だった。

 

「任務中は変装させるし戦闘についても任せなさい、そのために一つ目の目標である武器の開発を急ピッチで進めさせてるのさ。加えて言えば赤鞭とドクターが常に一緒にいるわけじゃない、彼らは所詮売り手と買い手。下手したら任務中一度たりともあわないかもしれない」

 

 特務長が俺の逃げる口実のすべてを真正面から打ち砕いていく。だがそれに反応する暇もなく、俺は特務長の発言の一つに襟をひかれた。

 

「あれ? 武器を作った敵の名前ってもうわかってるんですか?」

 

 確かに特務長はここにきて今日初めて上がる名前を口にした”ドクター”。話の流れから博士の意味合いだろう。

 

「まあね、と言っても彼女を知ってる人間は数少ない。直接的な戦闘力を持たず、研究や開発に特化したPE能力者さ。あんな武器を作れる敵だと彼女以外に考えられないんだよ」

「そんな危険な敵がいるなら、どうして今まで名前が上がってこなかったんですか?」

「うん、まあ。そこは上の事情としか言いようがないね」

 

 いつものように揶揄うとかでもなく単に言葉を濁す特務長とは珍しい。俺があまり手を出していい内容でもないと察することができた、これ以上の詮索はやめておこう。

 虎穴に入る前にさらし首にされたのではたまったものじゃない。

 

 今更命令を覆すなんてできないし、与えられた任務をシクシクと成し遂げるしかなさそうだった。

 

「正式な任務は暫くしたら発行されるから。それまでは任務に向けて英気を養って置くように、入用だったらこの間みたいに膝枕でもしようか?」

 

 特務長はそういうと自身の膝を叩く。

 しかし病院であんなことをしてしまった手前、その魅力的な提案を受けるのが少し心苦しかった。

 

「あ、君の場合ははこっちかな?」

 

 自身の足を叩いていた手を自らの胸にまでもっていき、手の平サイズのささやかな膨らみを強調する。

 いつもであれば相手が特務長といは言え、お子様ボディに鼻を吹かすこともできただろう。だが初めて朱美の胸を揉ませてもらったとき、そして病院での出来事が重なった結果。俺はあの慎ましやかな幸福の素晴らしさを知ってしまったのだ。

 

 知ってしまったあの素晴らしさの誘惑は耐え難いものがある。が、ここは職場で相手は誰であろう自分の上司。そして得体のしれない存在だ。

 多様な背徳感と、今後の人生も考えてここは血涙の覚悟で断るべきだ。

 

「ありがとうございます! 是非よろしくお願いします!」

「お前、それでいいのか」

「ハッ!? 口が勝手に!?」

 

 ダメでした。心はともかく体が男の子でした。

 

「あっはっはっはっ! さすがジョーカー君。今はミスターハンマー君もいるしね、今度二人っきりの時にでも期待していてくれ」

「ご配慮感謝します! 立派なますらおとして、お勤め頑張らせていただきます!」

 

 今の俺はやる気に満ち溢れていた。何と良き上司に巡り合えたことだろう……世の男どもには申し訳ないが、この幸せを彼らのためにしっかりと堪能せねば。

 ミスターハンマーがどこか呆れ顔を見せてる気もするが、今の俺はそんなことも気にならないほど有頂天になっていた。

 

「話は以上だよ。あーそうだった、ソニック君が君を待っているようだから顔を出してあげておくれ」

「わっかりました! ソニックに会ってきます、失礼します!」

 

 意気揚々と特務長室を出る。そのまま気分よくソニックの元へ向かおうと、扉を閉めようとしたときだった。

 

「あ、これも言い忘れてた。君が見せてくれた暴走状態でのPE能力発動……あれ、安定して使用できるようにしておいてね」

「勿論です! お任せくださ……い」

 

 バタンと扉がそこで完全に閉まる。

 

「……え?」




ということで2章はそんな感じで潜入捜査と、新しい力ゲットだぜ編。です

次話で1章が終了。そして一応キャラ紹介話を作るつもりです。

2章はキャラ紹介の次からになりますかね。
(もしくは他キャラとの絡み話とかでもいいなとか思ってます)


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1章:エピローグ3

 特務長の部屋を出るときに言われた言葉に頭を抱えつつも、体は役目を果たしていた。

 

「お、ジョーカー。やっと戻ってきたか……って、うぉ!? なんか悪いもんでも食べたか?」

 

 気が付くとソニックの部屋の前まで来ていた俺に、ソニックが驚いた様子で訪ねる。

 任務のことなど話せない事柄を除いて、最後に特務長に言われた内容を伝える。ソニックは驚いた表情をした後、憐れむように肩を叩いてきた。

 

「ま、まあ。特務長がそう言ったってことは、お前さんに期待してるってことだろ? 俺も何か出来るなら手伝うから、そう落ち込むなって」

「ありがとうございます……それで俺に話ってなんでしょうか?」

 

 ソニックの励ましに少しだけ気持ちを持ち直した俺は、ソニックが待っていた理由を聞いた。

 しかし、呼び出した張本人であるはずのソニックが気まずそうに視線を彷徨わせ、まるで覚悟を決めるように口を開いた。

 

「本来こういった話はタブーなんだろうが、ジョーカー。聞かせてもらっていいか?」

「えっと、何についてでしょうか?」

「その前にお前、口調が前みたいに戻っているようだが、何かあったのか?」

 

 ソニックが俺の喋り方が以前のように戻っていることに疑問を持つ。

 確かに、以前にため口でと言われてその通りにしたが、考えた結果俺は以前のように彼に対する話し方を元に戻すことにした。

 

「色々考えたんです。例え俺とソニックが同じ役割を持っていたとしても、ソニックが俺の先輩であることに変わりは無いですから。それに、敬語って敬う人に向けて使う言葉でしょ? 俺は貴方を仲間だと思っています、それ以上に頼れる先輩なんですから」

 

 入院していた半月、俺は一月前の自分の行動について考えていた。彼に対する言葉もそうだが、特務長の質問に答えたときとか今考えればあり得ないと答えるものばかりだった。

 例え前世が20代で、今世合わせの40超えだとしても。経験のない時間というのは何ら意味を持たないのかもしれない。

 

 むしろ精神年齢は10代なのかもしれないな。

 

 自分の考えを全て言ったわけじゃないが、ソニックは何かを察した様子で笑顔を見せる。

 

「そうか……俺は良い後輩を持ったみたいだな」

「すみません、やっぱり先輩にため口は難しいですね。それで話って……」

「ああ、そうだった。話っていうのはお前の欲求についてなんだ」

 

 ソニックの言葉に思わず体に力が入る。

 

「琴音ちゃんが何か言ったわけじゃないんだ。ただ、護衛中のことや赤鞭との戦闘時の話をを聞いてな。もしやと思ったんだが、病院でのことではっきりした」

「どうして、それを今、俺に話そうと?」

「必要なことだと思ったからだ。だが、お前だけに話をさせるのは不公平だろ、だからまずは俺の話を聞いてくれ」

 

 最初に感じた覚悟を持った言葉は、もしかしたら自分のことを話すためのものだったのかもしれない。

 ヒーローだからと言って、自分の欲求や過去について話すのはタブーとされている。ましてや特務に入るPE能力者にまともな人間は少ない。

 

 ソニックは緊張した様子で口を開いた。

 

「俺の欲求は恐怖から逃げることだ」

 

 普段のソニックから想像もできない言葉が出てきた。

 

 それからソニックは自分の過去について話をしてくれた。

 元々は特務ではない普通のヒーローとして活動していたこと、そして初戦闘の時自分の欲求を自覚したらしい。

 

 彼が初めて戦った敵はかなり強く、恐ろしかった。仲間と一緒に凶悪な敵と戦う中、初めて敵と真正面から視線を交わしたソニックは恐怖を強く感じた。

 

 ソニックはその場から一人逃げ出した。

 

 

 今まで自分がどうして加速系のPE能力を発現させたのか、彼自身分からなかったが、全力で逃げ出したときに初めて自分の欲求を理解した。

 それは生物が持つ防衛本能として真っ先に挙げられるものだった。

 

 どこまで走ったか分からない、ただ欲求を自覚した瞬間、彼のPE能力者としての力が確かに強まってしまった。

 それから彼は逃げ続けた。

 敵が少しでも強いとわかれば誰よりも早く逃げた。

 敵が爆弾を仕掛けたとわかった瞬間、現場から逃げ出した。

 

 事前情報で敵が凶悪とわかったら、出撃の一切を断った。

 逃げに逃げ続けた彼はヒーローとして活動することが出来なくなっていった。

 

 語るソニックはどこか遠くを見つめ、悲しむでも後悔するでもなく、ただ過去を振り返っていた。

 

 今まで見てきたソニックはそこに居なかった。俺が見てきたソニックは頼もしく、誰よりも早く動くことで任務で実績を勝ち得てきた。

 だから彼が今しがた語った内容が、とてもではないが信じられなかった。

 

 ソニックはそんな俺の顔を見ると小さく笑った。

 

「驚いたか?」

「驚きました、俺が知ってるソニックとは真逆じゃないですか。その……欲求はどうしたんですか?」

 

 PE能力者の欲求が消えることはない、俺はパトラの時にそれを知った。

 強弱はあれど、人の欲求は多岐にわたる。だがそのどれもが自分が持つ個性であり、それが消えることはない。

 

「今も変わらず、っていうと語弊があるな。だけどな、今でもめちゃくちゃ怖えんだよ。敵と戦うときはいつも膝も声も笑いそうだよ」

「じゃあ、なんで……」

「はじめは特務長さ」

 

 まさかここで特務長の名前が上がるとは思っておらず、俺は驚いてしまった。

 

「逃げて逃げて、仲間からも見放されて、それからも逃げようとしたとき。あの人が声を掛けてくれた」

「それで、どうなったんですか?」

「あの人が初めて俺の前に現れた時に聞かれたんだ、”何が一番怖い?”ってな。その時初めて、怖いものに順番を付けた」

 

 確かにPE能力者の欲求を消すことはできない、むしろPE能力者としてより成長することは自分の欲求も成長していく。彼からすれば、恐怖から逃げる気持ちが加速度的に高まってしまうことになる。

 だが、欲求との付き合い方を変えればある程度の対処はできる。ソニックの場合、それが恐怖に対する優先順位ということだった。

 

「何日も悩んださ、敵、痛み、死ぬこと、怪我、暗いところ、人が自分のせいで死ぬこと。A4の紙が埋まるほど書きだした」

「……沢山あったんですね」

 

 自分にとってマイナスなことを考え続け、書き続ける行為がどれほどつらいのか、経験したことが無くてもやりたいとは決して思えないだろう。

 

「いっぱいあった……でもな、結局紙に書き出したも怖いモノのどれもが一番じゃなかった」

「死ぬこともですか?」

 

 死という言葉は、人間が生きていくうえで決して逃れることのできない、人生の終わりを意味する。

 死を連想させるとして忌み数に数えられる4という数字、病院ではその数字の部屋を無くし、悪魔の数字と並べられるほどに根深く嫌悪されている。

 

 死を題材にした作品は数多く、死に対する恐怖を綴った造物は人間が誕生してから今日まで絶えることない、永遠のテーマだ。

 

 だからこそ、最初に彼が今日に順番を付けると聞いた時、死という言葉が最初に思い浮かんだ。

 

「死ぬことは確か3位だったかな」

「じゃあ2位は何だったんですか」

 

 そう聞くと、ソニックは少しふざけたように言った。

 

「女の子に嫌われることかな」

「……今、真面目な話でしたよね?」

 

 不満そうに言うと、ソニックは笑顔で謝罪する。

 

「分からないことが、一番怖かったんだ」

「分からないこと……ですか?」

 

 どうして分からないことが1番怖いのか、俺は分からずオウム返ししてしまう。

 

「強い敵が怖い、もしも負けて敵に何をされるのか分からないから怖い。死も確かに怖い、死んだ後どうなるのか分からないから怖い」

「未知への恐怖」

「正解だ、後輩君」

 

 ソニックは笑うと俺の頭を乱暴に撫でる。

 

「未知。分からない。だからどうしたらいいのかも分からない、思考できない頭は最後に逃げる。俺が一番恐怖を感じるのはそれだった」

 

 分からないから怖い。単純だがそこに到達する前にもっとわかりやすい対象を使い、それに恐怖していると錯覚させるのが人間の思考だ。

 未知に対して何かをすることはできない。だがそれが別のものに切り替えることで対策が出来る。だから人間は未知を既知に変え、分からないを分かるものに自己解釈していく。

 

 故に最も恐怖する対象は”未知”になる。常人にとってそうであるなら、PE能力者にとってはさらにその意味合いは顕著に表れる。

 

「でも、分からないことが一番怖いのって解決のしようがないと思うんですけど……」

「解決なんてできるわけないだろ? だからそのままさ」

「え?」

 

 ソニックはさも当たり前だという表情で答える。

 

「特務に入って最初の任務で俺は失敗した。敵が強くてな、すぐに逃げようとしたがダメだった。その後敵にボコられて捕まって、そん時は本当にどうなるんだろうって怖くてたまらなかった……」

 

 加速系のPE能力者であるソニックが逃げきれない相手となると、多分同じ系統のPE能力者なのだろう。

 しかし疑問が出てきてしまう、敵がヒーローを捕まえる必要がそもそもないのだ。敵が暴れる時は大抵が金銭か喧嘩か報復、もしくはただの憂さ晴らしのどれかだ。

 

 しかもソニックが特務としての活動し始めの時となると、個人的な報復でもない。

 となるとただヒーローを狙った報復か、それとも別の目的があったのかもしれない。

 

 そう思いソニックに敵の目的を聞くが、首を振って否定された。

 

「分からない。ただ、もうダメだってなったときに当時配属されたチームが助けてくれたんだ」

 

 忘れかけていたが、特務は基本チームで動く。つまり、自分も部下を持った時同じことが起きるのかもしれない。

 

「そんとき言われたよ、お前が敵に捕まれば仲間が助けに来る。お前が逃げれば何かよくないことが起きる。お前が立ち向かえば仲間が付いてくる。ってな。それから俺は怖くても敵から逃げることを止めた」

 

 ソニックの語ったそれはただの言葉遊びでしかない一種の自己暗示とも言えた。無理矢理でもなんでも、結果としてソニックの中の敵に対する未知が消えた。

 残ったのは自分が立ち向かわなかったときの未知。

 

「仲間が戦うとき、俺が行かなかったらどうなるんだろう。無事なのかもしれないし、危険な状態なのかもしれない、わからなかった」

「だからソニックは増援とか、他のチームと協力してるんですか?」

 

 特務においてヒーローは一様に戦闘要員だが、その中でも役割を持つチームは多い。

 俺のチームはそう言った特別な役割はないが、ソニックのチームは基本単独動くことはない。機動力と汎用能力の高いメンバーがほとんどで、大抵が他チームとの連携ないし即応の増援としての役割を担っていた。

 

「そうさ、今回のお前みたいに。助けを求められたとき、現場では何が起きているのか分からない。俺が敵と戦いどうなっても仲間が助けてくれる、だが今助けを求めてるやつはどうなる? 分からない俺は、だから助けに行く。それが特務で見つけた俺なりの欲求との付き合い方だ」

 

 ただの言い訳、無理矢理なこじつけ、だが何ら解決しない問題をそのままにソニックは問題を利用して見せた。

 消せないなら使うしかない、使うなら使いこなすしかない。俺とは全く違うやり方で、ソニックは結果を残してきた。

 

「こんなんでもPE能力者として俺は先輩だ。言うだけでも楽になることはある……だから聞かせてくれ、お前の話を」

 

 そこまで言われた俺に、先輩の頼もしさを断る理由はなかった。




というわけで1章の終了となります。
次話はキャラ紹介話を投稿の予定です!

2章ではシルヴィア&パイモン出てきます!(メインにしたいけど、どうなるんだろう)


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キャラ紹介:1章終了時点

キャラ紹介って書くの難しいですね……


名前:幡部 治彦(はたべ はるひこ)/ ジョーカー

所属:特務

PE能力:変身

 "変身"のキーワードによって発動

 現状3種類の形態が確認できているが、各形態への変身条件は不明。

 どの形態でも基本は白を基調としており、形態ごとに戦闘能力も大きく上下する

 各形態:全身白タイツ顔出し変態形態var、ヒーロー形態 、化け物形態

武器:不明

概要:大学生の前世の記憶を持つ転生者

 転生後の世界でPEという特殊な能力に目覚める。その後ヒーローになるため子供のころからヒーロー養成施設でカリキュラムを受ける。

 両親が敵に殺され、かたき討ちを行う。しかし敵の話を聞くことでヒーローになる目的を確かなものにする。

 欲求が多種多様にあり、1章開始時点ではなぜか「敵にセクハラをする」が欲求だった。1章終了時点ではパトラとの戦闘や朱美とのやり取りを行うことで、自身の欲求を見直す。

 最終的には「敵にセクハラをする」と「ヒーローとして、敵も含めて助けたい人を助ける」といった多数の欲求を叶えるため行動する。

 

 

 

名前:琴音朱美(ことねあけみ)

所属:特務(技術・開発班)

PE能力:電子系

 電子機械に対して事前知識がなくとも構造や仕組みを理解できる。

 ツールを使用せず、PE能力によってハッキングが行える。

概要:

 幼少より同世代との乖離を感じながら生きたため、人との交流経験が乏しい。

 ジョーカーに会うまでは唯一の友達として猫と仲良くしていた。

 PE能力が発現以降はジョーカーと話したり、敵であるパトラとの接触により自分なりに行動することを決意。

 ジョーカーにセクハラ了承をしてしまったことを深く後悔。

 

 

 

名前:ジョン・ドゥ

所属:特務(特務長)

PE能力:不明

武器:不明

概要:ジョーカーが所属する国家直属機関の特務長を務める。

見た目はロリだが、ジョーカーからは化け物と認識されるほどの怪物。

ジョーカーに対して異様な執着を見せる。

 

 

 

名前:ソニック

所属:特務

PE能力:加速系

武器:不明

概要:ジョーカーの先輩に当たり、気さくで頼りがいのある仲間とジョーカーからは認識されている。

自らの欲求”恐怖から逃げること”をジョーカーに明かし、ジョーカーの相談に乗る

特務に所属して以降の出来事により、仲間意識が高く、特務長に対して感謝を感じている。

 

 

 

名前:パトラ(赤鞭)

所属:敵

PE能力:赤い鞭を複数生成、自由に操る

武器:PE能力で作成したローズウィップ

概要:子供のころから両親に虐待を受けていたが、PE能力を発現させるとPE能力で両親を殺害。

以降は裏の世界でアンタッチャブルとされるほどに恐れられる。

ジョーカーに負けたことから、ジョーカーを獲物と公言。敵の中で唯一ジョーカーの素顔を知っている。

 

 

 

名前:シルヴィア

所属:敵

PE能力:不明(ジョーカー予想では身体強化型)

武器:大剣

概要:ジョーカーの最初の犠牲者。

白の長髪をジョーカーに触られたことを起因して”暴走”してしまう。

その後協力体制を敷いたジョーカー、ソニック、パイモンによって気絶させられることで助かる。

ジョーカーたちが確保しようとしたときには姿をくらませていた。

 

 

 

名前:パイモン

所属:敵

PE能力:不明(ボールほどのエネルギー弾を使用している)

武器:不明

概要:

全身を布で隠しており、素顔を隠している。

僕っ子。

ジョーカーに褒められて素直に照れる姿を見せるが、戦闘時の動きや時折戦況を見ての行動を取る。

暴走したシルヴィアを助けたのち、ジョーカーたちの前から姿を消す。

 

 

 

名前:ドクター

所属:敵

PE能力:不明(黒球をPE能力で作成、そのほか多数の武器も作っている)

武器:不明

概要:パトラと利害関係を結ぶ敵

パトラの使用した黒球の作成者。

裏の世界ではシルヴィアと並ぶアンタッチャブルとされている。

武器を開発し、売ることで資金や影響力を高く持っている。

特務についての情報を持っており、特務長に対しても化け物と表現する。

 

 

 

名前:ミスター・ハンマー

所属:特務

PE能力:強化系

武器:不明

概要:第一線を退いてはいるが、現在は特務長の補佐を務める。

特務長についてもかなりの情報を持っており、ジョーカーに対して申し訳なく思いつつも非情な一面を見せる。



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2章:プロローグ

時間が空いてしまいました。
1章のプロローグよりも、2章のプロローグって滅茶苦茶難しいですね。

Songs of Syxにはまって、人口1万人達成してニヤついていたわけじゃないです。はい。

出来れば投稿ペースを上げていきたい。。。


 模様も何もないただの白い天上、壁も白いがそこには幾つもの数式やホワイトボードが並べられていたため、景色としては殺風景ながらも個性は感じられる。

 

「ねえ、貴方はどうしてここに来たの?」

 

 黒い髪の少女が話しかけてくる。

 

「■■と■■が私を■■■■■だって言ってた」

 

 自分で答えているはずなのに、何故か所々が虫食いのようにノイズが混じる。

 黒髪の少女は小さく頷くと笑顔を浮かべる。無邪気と言えるほどに、そこには自分が嫌いなアレの匂いは感じなかった。部屋同様、穢れの無い綺麗なモノだった。

 

「じゃあ私と遊ぼうよ」

「いいよ、でも私他の人と遊んだことない」

「えー、なんでー?」

 

 黒髪の少女が驚いた顔を見せる。自分の言葉に何か驚くことがあったのだろうか。

 

「私の髪って珍しいんだって」

「んーっと、白色だから?」

「そう、■■と■■は褒めてくれるの。だけど皆がこの白い髪を■■■だって言うの、■■だって」

 

 黒髪の少女は自分の白くて長い髪を凝視する。今まで向けられてきた視線とは違う、皆とも、両親ともその視線は違うものだった。好奇心、初めて自分の髪に向けられた視線だった。

 

「あんまり見ないで」

 

 堪らず言ってしまう。

 

「えー貴方の髪って凄く綺麗だよ?」

「綺麗……■■と■■もいつも言ってくれるよ」

 

 黒髪の少女の言葉、 言ってくれる人は少なくても、聞きなれた表現の一つだった。だが、他と同じだと言われてしまった黒髪の少女は頬を膨らませる。

 

「えー! えっとね、ちょっとまって!」

 

 黒髪の少女は頭を抱えてしまう。何かを必死に考えているようだった。

 

「そ、そう! 魅力的!!」

「あんまり言われたことないけど、でも■■がたまに言ってくれるよ」

「ええ!? じ、じゃあね……ええっとね……」

 

 黒髪の少女はまた頭を抱える、きっと新しい表現を必死に考えているのだろう。

 頭を抱えた黒髪の少女はふと自分の短く黒い髪を見る。そして何かに気が付いたように顔を上げる。

 

「私の髪は黒くて短い。それで、貴方の髪は白くて長い……だから……ええっと」

「だから、なに?」

 

 何かに気が付いたというのは錯覚だったみたいだ。黒髪の少女は何かを思いついたようで、ただ事実を述べただけだった。

 聞き返すように尋ねる。黒髪の少女は今度は頭を抱えたりしなかったが、今度は何か言いづらそうに視線を彷徨わせる。

 

「私、生れた時から此処にいるの」

「そうなんだ」

「だから■■と■■も知らないの。私に■■がいるのかも分からないの」

 

 少し気落ちしたように語る黒髪の少女の言葉に、少なからず驚いてしまう。黒髪の少女は普段から楽しそうに、ここに来る大人の人達と楽しそうに話したり、同じようにここにいる同年代と思える子たちといつも遊んでいた。

 

 無口で無表情な自分とは正反対と言える。

 

「だから、私にも■■が欲しいなって。どこかの誰かじゃなくて」

「もしかして私に?」

「うん、ダメ……かな」

 

 黒髪の少女の言わんとすることを察してしまう。数少ない特技だ。

 

「私たち今日が初めて話したよね」

「そうだね」

「私以外のみんなといつも楽しそうだよ?」

「うん、でも皆と貴方は違うの」

「何が?」

「何かが」

 

 全く要領を得ない、子供ながらに達観した思考を持っていると自覚する自分でも、彼女が何を言いたいのかが分からなかった。仲良く遊んだことも、話したことも、名前も知らない。そんな自分を何故なんだろう。ただ疑問だけが浮かんでくる。

 

 だが、目の前の少女は自慢げに話す。

 

「私、こう、ビビッ! ってきたときはね、それに従うって決めてるの!」

 

 つまり何となく。何かに理由を求める自分とは違う、説明のできない理由を目の前の少女は信じ切っていた。いつもなら目の前の少女のような相手をしたとき、自分はどう対応するだろう。不審に思うだろうか、呆れるだろうか、何も感じないのだろうか。

 

 多分何も感じないが正解。

 

「だから、私は黒くて短いままにするから。貴方はその白くて長い髪を大切して!」

 

 何がだからなのだろう、前後の話と何ら関連を持たない話に、思わず首を傾げてしまう。

 

「これはね、私たちだけの約束」

 

 何とも勝手で、一方的な約束をぶつけられたものだ。

 だけど、目の前の少女と話していると不思議と心が暖かくなる。ロウソクの火に手を近づけた時のような、頼りなくとも感じる暖かさのようだ。

 

 多分、自分は笑顔を浮かべていたのだろう。黒髪の少女が自分の顔を見てより一層笑う。

 

 次の瞬間。

 

「ああ、これは夢か。懐かしいなぁ」

 

 これが夢であると確信した。

 見慣れた部屋、見慣れた少女、そして忘れる事の無い彼女との約束。

 

 この時以上に大切な記憶は無いと断言できるほどに、唐突で、突拍子もないやり取り。だけどこれが自分の人生を大きく動かしたのだと、今なら思える。小さな少女との出会いが無ければ、地獄に叩き付けられた自分は生きる目的を無くして、暗い世界をただ彷徨っていただろう。

 

「この夢を見るってことは……」

 

 普段見ない夢を見た。そこに気が付いたと同時に意識が遠くなる。

 

 景色だけが自分を置いて離れていく様子は流石夢といったところだろうか。遠くなっていく景色の中で、黒髪の少女がこちらに手を振っていた。

 

「もう、見せてくれなくても……忘れないわよ」

 

 目の前に何が見えているのか。それすら認識できなくなり、気が付くと視界は暗闇を捉えていた。

 ゆっくりと目を開ける。

 

「えへへ、おはよ」

 

 短く切られた黒い髪の少女の笑顔が視界を占領している。

 自分と殆ど変わらない年齢なはずなのに、目の前の少女は少し成長したとはいえ平均的に見ればかなり小さい方だろう。時間が経っても目の前の少女が浮かべる笑顔に穢れも汚れもないそれに、自然と頬が緩む。

 

「おはよ。私どれくらい寝てたの?」

 

 長い時間寝ていたような気がする。視線を動かすと腕には医療器具が取りつけられており、辺りを見回すと夢の時の部屋ほどではないが、白を基調とした部屋にいることが分かった。

 

 目の前の黒髪の少女に問いかけながら、最後に覚えている記憶を探す。確か自分はあの変なヒーローと戦っていた。口調は粗暴で、相対したときの印象は他の連中と変わらないゴミのような男だ。

 

 マスクをしていたから顔は分からなかったが、マスクの下も印象通りなら見たくもない。

 そんなヒーローを名乗るチンピラは、しかし自分よりも確実に強かったのは確かだった。悔しいが、事実から目を反らしても仕方がない。

 

 勝てないからと、薬を更に飲もうとして。あのヒーローに止められて。それで……

 

「まさかシルヴィアが髪を触られただけで暴走するとは思わなかったよ!!」

 

 黒髪の少女、パイモンが引き継ぐように話す。

 

 そうだ、あの時暴走してしまった。髪をあんな人間に触られたからだ。他人からすれば少し不快と思える程度でも、私にとってはこれ以上の無い侮辱だった。

 

「だって、貴方との約束だから」

 

 この髪だけが、私と彼女のたった一つの約束なのだから。大切なたった一人の家族との約束は、命と同じ重さを持っているのだから。



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白髪な大剣担ぐ美女は、触られたい編6

久しぶりにシルヴィアとパイモン書いてるので少し迷いながら書いてしまいました……
2章は二人とジョーカーを絡めていきたい所存


 目を覚ましたシルヴィアは、笑顔を向けるパイモンと自身が置かれている状況を再度確認する。

 

 清潔感の保たれた部屋とベッド、併せて視界に映ったのは薬品の類が多量に並べられた棚、そしていくつかの器具。およそここが病室のような場所だと再認識する。

 

「パイモン、私ってどれくらい寝てたの」

 

 先ほどと同じように言葉を選ばず問いかける、パイモンは先ほどまでの笑顔から極まりの悪い表情へと歪む。

 

「……1月ぐらい」

「――ッ。そう……長いこと寝ていたのね」

 

 独り言を呟くと、シルヴィアはゆっくりとベッドから出る。

 通常の健常者が一月以上ベッドに寝たきりだった場合、体の筋肉から臓器といった身体機能全般の能力低下が起きる。本来、いきなり起き上がるという動作自体が困難とされる。だが、PE能力者であるシルヴィアは平然とした顔で一月以上ぶりの地面に力強く立った。

 

 立ち上がったシルヴィアは体の部位をそれぞれ稼働させることで、調子を確かめる。

 

「少し鈍ってるかしら」

 

 不満そうに口を開くシルヴィアだが、それでも常人以上の運動が行えるのは大前提であり、普通のヒーローや敵であれば対等以上に戦えてしまうだろう。

 パイモンが少し落ち着いた様子で口を開く。

 

「ま、シルヴィアの暴走を止めたときだって怪我らしい怪我もなかったしね」

「ありがとう」

「おや、もうお目覚めかね?」

 

 二人の会話を第三者の声が止める。

 超えの方向に視線を向けると緑色という珍しい長髪の女性が顔に笑みを張り付け、シルヴィア達を観察するような眼を向けていた。

 

「気分は最悪だけどね。あんな男に負けたなんて……」

「それは仕方ないことだよ、なんたって彼はパトラにも勝った人間だ」

 

 ドクターの言葉にシルヴィア、そしてパイモンも驚く。目の前にいるドクターと呼ばれる敵と並ぶ、裏の世界でアンタッチャブルとされるPE能力者。赤鞭の名前は二人にとっても大きな影響を与えた。

 

 加えて表現するなら、二人にとって赤鞭という存在は羨望の対象でもあった。そんな存在が、泥を投げつけたくなるヒーローに負けたという事実は、二人にとって大きすぎた。

 

「う、うそ……」

 

 シルヴィアが狼狽する。

 

「正確には退けた……だね。なんたって戦闘後に倒れていたのはヒーローの方だったんだから」

「ならっ!」

 

 伝えられた状況に、パイモンが表情を反転させる。しかしドクターはそれに対して首を横に振る。

 

「いや、彼女は負けたと言うだろうね。なんせ狙った獲物に命を救われたようなものだから」

 

 パトラとシルヴィアはその後、ドクターから戦闘の経緯を口頭で伝えられた。

 戦闘が始まり、両者がPE能力を発動させ。その場の流れでシルヴィアを助けた張本人が暴走。しかも暴走しながらも戦闘を続行し、パトラを殺す一歩手前まで追い詰め、最後の一撃を第三者に止められて助かった。

 唯一、ジョーカーが暴走中にPE能力を発動させたという核心に当たる情報のみ伏せて伝えられた情報は、それでも彼女たちに強い印象を持たせる。

 

 敵とヒーローの戦闘における勝利目標は乖離する。通常のヒーローの戦闘における勝利目標は街や住民への被害の防止、敵の制圧。国民からある意味名声に強く左右されるヒーロー。

 逆に国民や周囲からの評価に左右されない敵にとって、勝利条件というのはかなり多様と言える。そして極めた時の回答は至極簡単な表現に落ち着く。

 

 捕まらない。死なない。

 

 戦闘時における優位性が決まっているパトラは、第三者の視点で測れば明らかな勝利と言える。しかし、赤鞭と呼ばれる存在はそれを良しとはしない。ましてや標的に助けられたということは認めたくない現実だった。

 

「そ、そうなんだ。赤鞭がそこまで追いつめられるなんて……というやアイツも暴走したんだね、シルヴィア」

 

 あらましの情報を得たことで、どうにか安どの表情を浮かべるパトラが、同じく暴走を体験したシルヴィアに問いかける。

 

 

「ええ、そうね……」

 

 暴走という常人はあり得ない現象、PE能力者の中でも暴走から生き残った人間は少なく、大抵がその時のことに口を堅くする。それほどまでに衝撃的な体験をしたシルヴィアと、間近で立ち会ったパイモンとでは同じ言葉が持つ可変的な重圧が違った。

 

 必然的にパトラの表情が険しくなる。表情を硬くしたままパトラがドクターに問いかける。

 

「ねえ、その後アイツ……ジョーカーはどうなったの?」

 

 話を進めるため、今まで口にすることがなかったジョーカーの名前をシルヴィアが口にする。心なしか先ほどよりも表情は険しくなる。

 

「そのあと? ああ、特務のお仲間がすぐに駆けつけたよ。確かソニックと呼ばれているヒーローだ、移動系のPE能力を持つ特務の中でもサポートに回ることが多かったはずだ」

「ソニック……あの男だよね」

「私は直接戦ったことなかったけど、パイモンは戦ったのよね」

 

 パイモンが頷く。シルヴィア自身はそのときジョーカーと戦っていたため、ソニックと呼ばれるヒーローと向き合った時間は殆どなかった。だがパイモンと合流したときはそれなりの力を持っていると予測できていた。

 

「彼ねー、名前通りに早かったよ。面倒だったから吹き飛ばしてやったよ」

「彼は特務でのヒーロー歴も長い。長時間の戦闘はおすすめできないね。特に君の場合は」

 

 ドクターの視線がパイモンに向く。言葉の意味を察したパイモンは少し苦い表情を浮かべる。

 

「君の力はピーキーだ。それにPE能力の性質もバレれば簡単に対応できてしまう。だから――」

「分かってる!」

 

 ドクターの言葉を遮るようにしてパイモンが吠える。ジョーカーたちと相対したときとも、シルヴィアと一緒にいるときのような明るさでもない。強く何かを拒絶する意志が、パイモンから発せられていた。

 

「おっと、これは失礼。済まないね、君に対してとやかく言うつもりはない。あくまであの薬の実験台、若しくは赤鞭同様ビジネスパートナーでいたいからね」

「分かってるわよ。確かにあの薬の効果は凄かった。でも、それでもアイツには勝てなかったわ」

 

 シルヴィアは並べられている薬の入った瓶の一つを見る。そこにはジョーカーたちとの戦闘時に服用し、それでも勝てず、懸念されていた副作用すらもいとわずに使用しようとした薬が詰まっている。

 

「今回。暴走の影響もあるけど、君がこれほどまでに長く意識を回復しなかった理由はこいつのせいでもある。今後の経過も含めて暫くは此処にいると良い。そのほうがお互いのためだと私は思うね」

「僕もそれには賛成かな。ドクターのその言葉の裏に何があるかなんてどうでもいいけど、シルヴィアに何かあったときに対応できるのはドクターだけだから」

 

 少し気分を取り戻したパイモンが、それでもまだ戻り切らない声の高さで同意する。シルヴィア達が服用した薬、一種のPE増強薬を作ったのはドクターの元であれば、未だハッキリとしない副作用についても対応ができると判断したからだ。

 シルヴィアも大切な家族にそこまで心配させるわけにもいかず、デメリットらしい事もないためパイモンと同じくドクターの元に暫く身を寄せることに同意する。

 

「今は赤鞭も傷を癒している所だし、私自身あと一月ほどは大人しくしているつもりさ。だから不確定な出来事でもない限り、暫くは安静にしていられると思うよ」

「ありがとう。助かったわ」

「僕からもお礼を言わせて」

 

 確かにドクターの目的はシルヴィア達を気遣ったものではないが、それでも二人にとっては万全の状態でもないシルヴィアと二人でいるよりも、アンタッチャブルに数えられるドクターの元に居られることはメリットしかなかった。

 

 二人の言葉に、ドクターは手を力なく振るう。

 

「あー……よしてくれ、私の目的は依然この薬を万全なものにすること。君たちを気遣っているわけじゃないんだ」

 

 ドクターの言葉に、二人は先ほどまで浮かべる事の無かった笑みを浮かべる。

 

「ええ、それでも……感謝しているの」

「そうだね、ここはあそこに似てるけど。こっちの方が断然居心地良いしねー」

 

 例えPE能力者だとしてもパトラやドクターと違い、名前にも力を持たない二人にとって裏の世界は危険な所に変わりはなかった。

 パイモンとシルヴィアの邪気の感じさせない空気に、ドクターは目を細める。小さく溜息を吐く。

 

「分かったから、それなら早く元気になってくれ。君たちに試してもらいたいモノはまだまだあるんだ」

 

 パイモンがドクターの言葉に懐疑的な視線を向ける。

 

「ええー、それって安全なんだよねえ? やだからね、飲んだら体がブクブクに膨れ上がったりとかしたくないもん!」

「大丈夫よ。私が作るのだから、何だったらお望みの所だけ膨らませたりだってできるのよ?」

 

 ドクターがパイモンとシルヴィアのある部位を見比べるように視線を這わす。その視線にすぐさまシルヴィアは両手で胸を庇う。パイモンは自身の胸に手を当て、となりで庇う仕草をするシルヴィアに視線を向ける。

 

 パイモンから向けられる羨望に近い視線に、シルヴィアが気まずそうに口を開く。

 

「な、なによ……」

「べっつにぃ?」

「あっはっはっは! 君たちはやっぱり仲がいいね」

 

 ドクターが珍しく声を上げて笑う様子に、二人は呆気にとられた。二人にとってドクターという存在は、どれだけプラスに見ても最後には油断できない、隙を見せることが躊躇われるのが最後に残る。

 アルコールと薬品の匂いを漂わせるアンタッチャブルは、そんな二人の様子に再度目を細めると、部屋を出ていこうとする。

 

「ま、先も言った通り、君たちには試してもらいたいものが多いからね。気晴らしに散歩でもしてきたらどうだい? 流石にPE能力者といえども、1月以上寝たきりだと身体能力意外にも不調が起きるからね」

「そうね、リハビリじゃないけど。少しは外に出てみるわ」

「あ、僕もいくー。久しぶりにお買い物しようよー」

「その前に服よね、何時までも患者みたいな服は嫌だわ」

「僕も新しい服欲しい。ねえ、この前みたいにシルヴィアが選んでよ!」

 

 PE能力者と言えど人間、幾ら裏の世界に生きる敵と言えどうら若き乙女。事情を知らなければ若い女性の楽しそうな会話を後に、ドクターは部屋を出ていく。



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