【東方】幻の蛇を追って蛇が幻想入り【鉄歯車】小説版 (John.Doe)
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第一話 SNAKE IS LOST

 1964年。アメリカ、CIAのFOX部隊に所属するジョン――――愛称ジャック――――が、部屋で葉巻を吹かしていた。顎や口周りに生えた髭と、右目に着けた眼帯が特徴的な彼は、この至福の一時を楽しんでいた。紫煙を燻らせる彼の部屋に、ノックの音が聞こえる。入る様に促した彼が、この至福の一時を中断させた相手を確認すると、再び葉巻を口にした。

「ジャック。よく聞いてくれ」

「なんだ、少佐……ここしばらく見なかったが、どうかしたのか」

 入ってきたのは少佐と呼ばれた50過ぎの男。左目のあたりの傷と白髪が印象的な彼は、仲間内からはゼロ少佐と呼ばれる、ジャックの友人であり上司だ。

「ジャック。あまり蒸し返したくないが……ソ連でのこと、覚えているな」

「……スネークイーター……?」

 そうだ、と肯定してゼロは続ける。

「君はソ連に潜入、一度は失敗したものの、再度潜入したスネークイーター作戦で多少の犠牲や誤差はあったが見事に作戦を遂行。君は望んではいないかもしれないが、BIG BOSSの称号を手にした……」

「……それで。よもや、雑談に来た訳でもないんだろう」

 動揺を押し殺し、先を促した。スネークイーター作戦。ジャックがネイキッド・スネークのコードネームを用いてソ連、ツェリノヤルスクへ潜入。一週間前に行われたバーチャスミッションでアメリカを「裏切り」亡命したザ・ボス。ツェリノヤルスクで起きた核爆発……核弾頭砲撃が「亡命した売国奴、ザ・ボスが撃ちこんだ」とし、アメリカの身の潔白を証明するための作戦。具体的には、ニコライ・ステパノヴィッチ・ソコロフの救出、奪還。新型核搭載戦車、シャゴホッドの破壊。GRU大佐、エウゲニー・ボリソヴィッチ・ヴォルギンの抹殺。そして、ジャックの師であり、アメリカを裏切り亡命したザ・ボスの抹殺……ジャックは見事に本作戦を達成し、大統領からTHE BOSSをこえる者としてBIG BOSSの称号を授与された。

 しかし。ジャックは作戦中サポートをしていたEVAからザ・ボスの意思と真実を聞き、またどうであれ自身の師であり親であったザ・ボスを自身の手で殺したことで、素直に喜ぶことは出来なかった。意を決したスネークは、ゼロを始めFOXの主要メンバーにザ・ボスの意思を告げた。ゆえに今のFOXは、自身らのみだとしても、ザ・ボスの意思を継ごうという意思を共有していた。

「その通り。君に一つ……そうだな、頼みごとをしたいんだ」

「頼みごと……? 任務じゃあないのか?」

「いいや、これはCIAもFOXも関係ない……私個人からの「頼みごと」だ」

「それで……? 俺にわざわざソ連くんだりまで行かせて何をお使いさせるつもりだ?」

 わざわざスネークイーター作戦のことを引っ張り出してきたのだ。ソ連に行かされることは想像に難くない。

「うむ、察しがいいな。君にはもう一度、ソ連に潜入、あるものを捕獲(キャプチャー)してきてもらいたい」

「スナッチ・ミッションか?」

「いいや……対象は人間ではない」

「ではいったい何を?」

「覚えているか、ジャック。君のグラーニニ・ゴルキー南部での行動を――――」

 

 

 

 1964年、8月。スネークイーター作戦に当たっていたスネークことジャックは、グラーニンに会った後、ソコロフが連れていかれたというグロズニィグラードへと行くべく進行していた途中、グラーニニ・ゴルキー南部において衝突したコブラ部隊の一人、ザ・フィアーをなんとか退けたところであった。激しい戦闘と、いつからか食料が尽きていたことで、腹を空かしていた彼は、動植物も多いここで、一旦腹ごしらえをしようと考える。

(昨日の夜仕掛けたネズミ捕りに、何かかかっていればいいんだが……)

 ちょっとした高台に設置されたネズミ取りを覗きこんだスネーク。すると……見た事の無い「何か」がかかっていた。細長くなく、寸胴であるところを除けば、頭の形や模様などは蛇のそれを思わせる。

(……これは、蛇……なのか? パラメディックにでも聞いてみるか……?)

 右肩に装着した無線機に手を伸ばし、軍医であり食料などの情報を記した資料を持つパラメディックの周波数に合わせる。すると、開口一番、やかましい声が聞こえてきた。

『スネーク! ツチノコを捕まえたのね!』

『なんだって!?』

『ホントか、スネーク!?』

「ああ…………」

 パラメディックの声に反応したゼロとシギントが会話に加わる。そのあまりにも高いテンションに、あきれ半分驚き半分でスネークは返す。

『よくやった! さすがはザ・ボスの弟子だ!』

『ああ。君を送りこんだ甲斐があったというものだ!!』

 念のため言っておくと、ジャックはボスの弟子であることに変わりないが、どう考えてもボスの弟子だから捕まえられた訳ではないし、ツチノコを捕まえる為にソ連に来たということでもないのだが……ちなみにこの二人、CIA非公式クラブ「UMA探究倶楽部」のメンバーであり、シギントが副会長、ゼロが会長を務めていたりする。

『さっさと任務を終わらせてそいつを連れて帰ってきてくれ。絶対食べたりするんじゃないぞ。いいな!』

「…………(変人ばっかりだ)」

 実を言うとスネークも第三者から見れば大分変人ではあるのだが、敢えてそこに触れないでおこう。

 

 

 

 

 ジャックは回想を終え、一つの結論を導き出した。あまりにもバカバカしいが。

「あの蛇を食べたことか」

「そうだ! 全く、あれほど食べてはいかんと言ったのに君という奴は……」

 憤慨気味に言うゼロに、ジャックは負けじと憤慨気味に言い返す。

「しかたないだろう! 食糧もなくなって、腹が減っていたんだ!」

 スネークイーター作戦は、ジャックが単身ツェリノヤルスクへと潜入するミッションであり、公式の支援は殆どあてにできなかった。ゆえに、戦士と工作員の役割だけではなく、全ての役割を一人でこなさなければならなかった。無論、食糧の調達も。サバイバルを行いながら任務をこなさなければならなかったのだ。

「確かに、君の言うことももっともかもしれん。君の空腹が過ぎれば、どちらにせよツチノコは持ち帰れなかったかもしれない。それに、確かオセロットにバックパックを捨てられたとも言っていた。だが――――食べてしまったからには責任をとらねばならない。大人とはそういうものだろう? スネーク」

「…………まさか…………」

「そう。君に頼むことは一つ。もう一度ソ連、ツェリノヤルスクへ潜入。どこでもいい、ツチノコをキャプチャーしてくるんだ。いいな!」

 そのあまりにも馬鹿馬鹿しい頼みごとに、ジャックは盛大なため息をついた。

 

 

 

 

 

 1964年、ソ連上空三万フィート。

『降下一分前。間もなく日の出です』

 ハッチ内にアナウンスが聞こえる。再びコンバットタロンに乗り込んだジャック達FOX部隊だが、一体ゼロはどうやってコンバットタロンを拝借したのか誰も知る者はいなかった。というより、自分とゼロ、そしてシギント以外はどうしてこの作戦に参加しているのかと考える者が多数だった。実際は、大半がゼロに半ば強制的に参加させられているのだが。パラメディックを除いて。

『ジャック、今回もFOXメンバーがサポートする。心置きなく飛んでくれ』

『すべて正常。オールグリーン!』

 ハッチ内のランプがオレンジからグリーンに切り替わる。

 

 ハッチが開き、スタンドアップの指示からしばらく。オペレーターのカウントダウンが始まった。

『5,4,3,2,1――――』

『鳥になってこい! 幸運を祈る!』

 ジャックは鋼の床を蹴り、再びソ連の空へ飛んだ――――

 

 

 

 降下中、ジャックはゼロに無線を入れていた。

「ところで少佐。一つ聞いておきたいんだが」

『どうした、ジャック』

「なぜHALO降下なんだ? まさか――――」

『言っただろう? 潜入と。許可など無論とってはいない』

「冷戦下の状況を無視するのか?」

『ツチノコをとらせてくださいなど、敵国に頼めるようなことか?』

「……そうだな、誰もそんな馬鹿げたことを本気に――――」

 とりはしない、と続けようとしたのを、ゼロが被せる。

『ソ連のUMA研究者達が君がツチノコを捕まえたことがあると知ったらどうする!? 君の入国など簡単に断られ、山狩りをしてでも彼らはツチノコを探しだそうとするだろう!!』

 あまりにもあんまりな理由に、スネークはこの頼みごとを聞いてからもっとも大きなため息をついた。ああ、こんな頼みごと聞くんじゃなかった――――そう後悔しても、時は既に遅すぎた。

 

 

 

 森に突入したジャック。減速してもなおそれなりの速度を保ってはいる為、体に当たる木々が痛い。途中、バックパックを引っかけてしまい、またか! と思ったスネークだが、それでもまた取りに行けばいい――――そう考えて降下を完了するべく、パラシュートを体から離す。が――――

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 ジャックの四肢は地面を掴むことなく、そのまま体が崖の向こうへと放り出された。

『スネーク!!』

 ゼロが叫ぶ。スネークが落ちた後を、ふわりふわりとパラシュートが追っていった。なんとも、滑稽な光景である。

 

 

 

 

 

「…………ッ! ここは……?」

 目を覚ましたジャック。

(俺はツェリノヤルスクで崖から落ちた……はずだ。なのになぜ動ける!? 無傷でいる!?)

 ツェリノヤルスクの崖は、とてもじゃないが人が落ちて助かるような崖ではない。そう考えると、動けるどころか傷一つ負っていないことを疑問に思うのは当然のことであった。しかし、今はとりあえずそんなことの理由を考えるより先に考える事がある。バックパックが無い今、持っているものを確認する。

(EZ GUNにフォーティーファイブ、それとパトリオットも無事だな。ナイフも2本ちゃんとある。それにこれは……スニーキングスーツか。腕でも引っかかったか?)

 ボスから受け継いだものの一つであるパトリオットが無事であることに一安心する。本当は墓場に置いてくるべきかとも思ったのだが、手放すな、とボスが言った為に、絶えず携帯しようと思ったのだ。新たなパトリオットの相棒となれるかは疑問であるが。

(無線機も無事のようだな――――――ッ!)

「しまった! カ、カロリーメイトが……! 楽しみだったんだが……新しいメープル味とやら……クソッ!」

 スネークイーター作戦時に支給されたカロリーメイトはチョコレート味だが、これがなかなかにウマかった。それゆえに、食いしん坊でもあるジャックは、今回新しく支給されたメープル味のそれを、バックパックと一緒に紛失したことにかなりのショックをうけたらしい。

 とにかく、気を持ち直してジャックは無線機に手を伸ばす。少佐達に連絡を取れればいいのだが……一つ、気になることがあったため、不安であった。無線機のコール音が鳴り響く。

『大丈夫か、ジャック!?』

「少佐? よかった、無線はつながるな」

『一体どうした?』

「崖から落ちた。目測を誤ったらしい」

『そうか。けがは?』

「何故かしていない。どこかの木にでも引っかかったのかもしれん」

『そうか。それならよかった。崖の上には戻れそうか?』

「いや、それが……」

 スネークが少し言葉に詰まる。それもそのはず――――

「その崖が見当たらない」

『何だって?』

「崖がないんだ。まるで、そう、どこか別の土地に来たような。それともう一つ」

『何だ?』

「辺りの環境も違うようだ。ソ連とは植物が全く違う。少なくともあの近辺にこんな木は無い」

 そう、気になったこととは、辺りに生えている木々が、ソ連で見たものと異なるということだ。

『ふむ……(パラメディック)』

 無線機から聞こえるのは、こちらに話しかけているものではない。マイクがたまたま拾っている位のものだ。

『(はい?)』

『(ジャックが植生がソ連と違うと言っているんだ。相談に乗ってやってくれ)』

『(わかりました)ジャック?』

 パラメディックの声がはっきりと聞こえる。ジャックの会話が再開した。

「パラメディックか?」

『そうよ。それで、どんな特徴か、分かる?』

 何が、というのが植物のものだとすぐに悟ったジャックは、改めて辺りを見渡す。

「そうだな……いくつかのものの葉の形が特徴的だ。カエデなどもあるようだな。だが、見た事もないようなのが一つある」

 どんな? とパラメディックが聞き返すと、ジャックはその見た事のない葉の落ち葉を手に取り、話し始める。

「葉が扇形で、上の方に切れ目があるようだな。それと、筋がその扇に沿うように入っている」

 その特徴にピンと来るものがあったのか、パラメディックが僅かな思案のあと、ある一つの予想を出した。

『それはもしかしてイチョウのものかしら……筋はきっと葉脈ね』

 聞いたことのない植物の名を聞き返した。

『中国が原産の落葉樹よ。中国や日本で多く生息しているわ。もしかしたら、将来は移植されて世界中にある……なんてことになるかもね』

「どうしてそうなるんだ?」

『イチョウはかなり特別なのよ。現存する唯一のイチョウ科の植物で、広葉樹にも針葉樹にも分類が出来ない、特別な木なの。まだまだわからないことが多い木で、解明には時間がかかるらしいわ。そうそう、種子植物のイチョウだけど、精子があることが日本人によって発見されているわ』

「精子、ね。羨ましい話だ」

 ジャックが少し寂しそうに言う。ビキニ環礁での実験で被曝を経験した彼は、生殖機能に支障が出ているのだ。行為に及ぶことは可能だが、精子を正常に作る事ができず、子を成す事は出来ない。それが彼の心に刺さったのだろう。

『あなたの境遇ではそう思ってもおかしくはないわね……じゃあ、あなた好みの話題にでも行きましょうか?』

「なんだ、実でも食えるのか?」

 ジャック好みの話題というと、ズバリ「味」である。食べられるかどうかよりも、味を重視する彼にはもってこいの話題だ。パラメディックの思惑通り、彼のテンションが上がる。

『そうよ。ちょっとクセがあるみたいだけど、日本なんかではかなり料理に使われるらしいわ。今はちょっと時期じゃないけど、時期になったら取り寄せてみたら? ただ、実の発するカルボン酸類のにおいがすこしキツいから、少し覚悟がいるかもね。食べるときは殻を割って中の仁を食べるらしいわ。火を通すと綺麗な緑色になるって話よ。どこかの蛇とは大違いね』

「蛇……ああ、ミドリニシ――――」

 言いかけたジャックの言葉を遮るように、パラメディックが喋り出す。軽くトラウマらしい。

『ところで! そのイチョウの実なんだけどあまり食べると中毒になると言われているから、取り寄せても食べ過ぎないようにね。逆に、喘息なんかに効果があるって話も聞いたことがあるわ』

「そうか。ところで、そのイチョウの実の時期とはいつなんだ?」

『11月ごろだそうよ。一度私も食べてみたいわね。ただ、ちょっと奇妙ね』

 うんちくをこれでもかと語ったパラメディックだが、奇妙な点に気付いたらしい。どうしてかとジャックが聞く。さっきも言ったけど、と前置きをして、パラメディックが説明を始める。

『イチョウはアジアのごく一部、中国や日本に生息しているの。ねえ、数はどれくらいある?』

「そうだな……辺りを見渡せば、空と地面をh見ない限りは360度どこでも一本は見えるな」

『……本格的に生息しているみたいね。それじゃあまるで、中国か日本にでもとんだみたいね』

 そんなバカな、と笑い交じりに言うジャック。それもそのはずだ。

「中国にしても日本にしても、パラシュート降下にミスして自由落下したんだぞ、とても届くような距離じゃ……」

『でも、崖は見えないのよね?』

 ズバリというのを突かれ、ジャックは黙ってしまった。

『うーん、そうなるとそうなるとその二国の可能性が否定できないわ。ツェリノヤルスクほどの崖なら、多少離れていてもすぐにわかるもの』

「……とにかく行動を起こしてみよう。何かわかるかもしれん。少佐、構わないな?」

『ああ』

 今ここで果報を寝て待っても、恐らくは何も起こらない。ジャックは腰を上げる提案を出した。

『だが気をつけろよ。それと……万が一のことを考えて、今回も本名は伏せたほうがいいな』

「そうだな。またネイキッド・スネークを使うか?」

『それで問題ないだろう。では、以後スネークと呼ぶ。他の者も、スネークイーター作戦と同じコードネームで呼び合うこととしよう』

「ああ。それではこれより……帰還を目指して行動を開始する」

 そう言うとジャック――――もとい、スネークは歩き出した。

 

 

 しばらく歩いても変化の見受けられない状態が続き、いかな訓練を重ねたスネークとはいえ、距離感をつかみにくくなっていた。

(何マイル歩いたか……それなりに歩いているんだが……まだ何も――――ん?)

 とある変化を見受けたスネーク。森の中に浮かぶ真っ赤な門――――鳥居だが、スネークが知る由は無い――――を見つけた彼は、他に何もない為、とにかくそこへ行ってみることにする。

 近付いて鳥居をくぐったスネークが見たのは、巨大な建築物だった。少なくともスネークの住むアメリカには無い形状で、見た事のないものだった。

(まいったな……無人か?)

 辺りを見回しても誰もいない。中にはいるのだろうか。だがいきなり中に踏み込む程スネークも不用心かつ無礼者でもない。少佐達なら誰かこの建築物を知らないかと、無線機に手を伸ばす。

「少佐?」

『どうした、スネーク』

「見慣れない建物があるんだが、少佐は知らないか?」

『一体どんな?』

「そうだな……かなりでかい。基本的に木造で、屋根は見た事のないものを使っているな。魚の鱗のように、何かを並べているようだ。それと、正面らしきところには木の大きな箱があるな。何かを入れられるようだ」

『あら、それ神社じゃないかしら?』

 ニッポン大好きパラメディックが首を突っ込む。スネークが聞き返すと、パラメディックは説明を始める。

『ええ。ニッポンの伝統的な建物よ。神様を祀る為のお屋敷で、屋根は恐らく瓦っていうものね。木の箱はお賽銭箱じゃないかしら。上に鈴がない?』

「ああ、このでかい金色のか」

『それとお賽銭箱を使って、神様にお祈りするのよ。せっかくだしやってみたら?』

「どうすればいいんだ?」

『えっと……確かお賽銭箱にお金を入れて、その鈴を鳴らすのよ』

「お金? いったいいくら入れればいいんだ?」

『お気持ち次第、ってところね。所謂チップみたいなものよ。ただ、ニッポンではよく「ご縁があるように」って5円玉を入れるようね』

「なら5¢でいいか。あまりアメリカの金は持ってきていないが……今回は擬装用のものを持っていてよかった」

 早速その5¢を賽銭箱に入れる。

「あら? お客さんかしら?」

 その音を聞きつけたのか、中から誰かの声が聞こえた。扉が開いて、中からその誰かが顔を出す。

「珍しいわね、参拝客なんて。お賽銭まで入れる人は特に」

 どこか機嫌の良さそうなその誰かは、紅白の装束を身に纏った、露出した脇と頭の大きなリボンの特徴的な少女だった。ここ、博麗神社の主、博麗 霊夢である。お互い、これが大きな事件に巻き込まれているがゆえのことなどとは思わないのであった――――



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第二話 THE WORLD OF ILLUSION

「参拝客がそんなに珍しいのか?」

 強調までされた事柄をスネークが聞き返す。すると、つい今しがたまでは嬉しそうだった彼女が、表情を一転させる。

「最近はめっきりね。先代の頃は賑わってたみたいだけど」

「ふむ。ところで君は……」

「私? この神社の巫女よ。博麗 霊夢、みんなには霊夢って呼ばれてるわね」

 霊夢と名乗った彼女は、巫女と言った。スネークにとっては聞いた事もないものだが、おそらくこの神社とやらの経営者のような存在だとは察する。

「そうか。俺はスネーク。ネイキッド・スネークだ」

「そう。よろしく、スネークさん?」

「なんとなくさんづけは懐かしいな。パラメディックに皮肉で呼ばれた以来か」

 バーチャスミッション開始時に、パラメディックと始めて話した時。パラメディックは皮肉交じりに彼を「(スネーク)さん」と呼んだ。女性からは本名を聞きたい、と言ったスネークにお互い様だと言った時のことだ。霊夢はその人とは馬が合いそうだ、とやはり皮肉のように言う。スネークも内心同意して黙る。これ以上何か言うとやかましいことになりそうだった。ところで、と霊夢が切り出す。

「どうした?」

「あなた、外の世界の人よね……それに日本人でもなさそう」

「日本人じゃないとなにか問題が?」

「いえ……そうね、詳しい話はとりあえず中でどうかしら? これも仕事の一部だし」

「そうか。なら、そうさせてもらおう」

 まだ分からないが、霊夢からは害意は感じない。警戒心を捨てきる訳ではないが、なにかしらきっかけを得られると踏んだスネークは従う事にする。

「じゃあ、どうぞ」

 神社内に招いた霊夢だが、スネークの行動を目撃し一瞬で顔色を驚きに変える。

「ちょ、ちょっと! 靴はそこで脱いで頂戴!」

「ん? あ、ああ……すまない、アメリカは靴のまま家に入るからな……」

 2人とも焦っているので気付かなかったが、スネークがぽろっと国を言ってしまった。恐らくソ連ではないから大した問題にはならないだろうが、ゼロは無線機を通して聞こえた失態に軽く頭を抱えていた。

 

 

 

「はい、どうぞ」

 客間に通したスネークの前に、スネーク分のお茶を置く。自分の据わる対面の位置にも置き、テーブルを挟んで座る。

「……これは?」

 アメリカ住まいのスネークは、紅茶やコーヒーは見た事があっても、眼前の極端に薄い(・・・・・)緑色の飲み物らしきそれを見た事は無かった。ついでに言うと、その飲み物らしきものが入れられた器もだが。

「緑茶よ」

「ああ、これが……」

 ニッポン大好きなパラメディックから名前だけは聞いたことがあった。実物を初めて見たスネークは、パラメディックがいたら騒がしそうだなどと内心考えつつ、口をつける。正直、何処かもわからぬところを延々と歩かされたせいで緊張状態にあったため、大変ありがたかった。

「ふむ……」

(緑茶というのはこんなに薄いものなのか?)

(ちょっと三番煎じで薄いけど……)

 2人の思考が同時に発生する。霊夢は丁度茶葉が少なかったため、最近ケチっていたのだ。二番煎じならまだしも、三番煎じでは流石に薄い。

「さて……スネーク、だったかしら」

「ああ」

 今までの若干のんびりした空気が一気に緊張する。顔つきも、両者共に引きしまった。霊夢はまず、現状をスネークに説明し始めた。

「まず、かいつまんで言うと……ここは日本の一部。正確には、日本の中にある、日本から繋がりを極力断った世界」

「……繋がりを、断った? 日本の中にありながら?」

「ええ。結界で外とのかかわりを遮断した、通称幻想郷。それが、ここよ。この神社は、その結界の境目で、結界の一部を管理している」

 博麗大結界。そう呼ばれる結界は、霊夢を含めた博麗の巫女が代々管理している。他には八雲 紫が管理しているものがあり、その両者の結界が幻想郷を外から隔離しているのだ。

「あまりにもファンタジックで信じ難いが……」

 スネークにとって結界はよくわからないが、とにかく世界を隔離していることは分かった。自分はまるで不思議の国のアリスのアリスのような立場と言う事だろうか。しかし。

「あら、驚いたのはこちらも同じよ」

「どういうことだ? 俺が……外にいた人間が来たからか?」

「いいえ。外から来る人間はたまにいるわ。動植物もね。私が驚いたのは、あなたの言葉」

「言葉?」

 きょとんとするスネーク。髭と眼帯をした彼がそんな表情をしても逆に怖いのだが。

「あなた、日本語は出来るの?」

「ああ。今さっき覚えた」

 衝撃的すぎる事実。霊夢は呆れたというような語調で言った。

「……それよ、驚いたのは。あの一瞬で日本語を理解したとでも?」

「諜報活動において現地語の習得は基本だからな」

「…………あんな一瞬でわかる方が外の世界の常識なのかしら……」

 本気でそう思った訳ではないが、そうだと言われてもこの状況では疑いきれない辺りが厄介だ。とはいえ、それが基本だとすれば工作員は今頃スネーク以外誰もいないだろう。

「そのうち猫や犬、猿なんかとも会話しそうね、あなた」

「そうか?」

「ええ。そんな予感がする。どっかのお嬢様(レミリア)じゃないけど、そんな運命を背負ってる気がするわ、あなた」

「ふむ……」

 一度話題を戻すべく、スネークがそれで、と切り出す。

「その結界とやらで隔絶されたこの世界から出る方法はあるのか?」

「ええ。それも私の仕事(?)の一部だから」

 そう聞いたスネークは、早速彼女に出してもらうよう頼んだ。せめてソ連に帰らないと、いつまで経ってもアメリカには帰れない。

 

 

 

 

 

「……………」

「……え……?」

 霊夢が間抜けな顔で僅かに声をあげる。スネークが彼女の思惑と違うのだと察すると、どうしたのかと声をかける。

「……スネーク。あなた、本当に外の世界から来たのよね」

「ああ、多分な。君の話を聞いた限りはそうだろう」

 おかしい、と呻くように漏らしたのを聞き、スネークがどういうことか尋ねる。すると――――

「戻せないのよ。本来なら外の世界へ戻すことが出来るのだけれど、あなたはできない」

「なに!? 一体なぜ!?」

「わからないわ。とりあえず、紫にでも――――」

「呼んだー?」

 相談しよう、と続けようとした霊夢の言葉を遮るように、唐突に空間にスキマがはしり、中から八雲 紫その人が姿を現す。スネークは唐突過ぎるその出現法に驚き、霊夢は逆に驚いた様子もなく、何事も無かったかのように話し始めた。

「ああ、紫。丁度いいわ。ちょっと相談が――――」

(一体どこから……あの黒い裂け目か!? 一体何なんだ、この世界は)

 霊夢が説明をしている間、スネークの頭は絶賛混乱状態であった。そんなスネークに気付いた霊夢が声をかける。

「スネーク、どうしたの?」

「え、ああ……突然現れたものだから……」

「ああ、慣れてないとそりゃ驚くわよね」

 慣れ過ぎていた自分に気付き半ば呆れる霊夢。なんだかんだで付き合いも長くなってきたなぁ、と変なところで実感する。

「これは失礼。スネークさんだったかしら? 私は八雲 紫。ここの結界の、彼女(霊夢)の分以外を管理する妖怪よ」

「結界を……」

「ええ。私はありとあらゆる境目を操ることが出来る――――それこそ、あなたのような人を意図的に出入りさせることだって」

「じゃあ今回()紫が?」

「あらあら、今回()ってなあに?」

 毎度のこと……と暗に言う霊夢に対し、紫が反論を始めた。

「今回()事故よ、事故。さっき、結界に歪みがあったのよ。もしかしたらと思って来てみたけれど」

「スネークがこちらの世界にいた?」

「ええ。ごめんなさいね、巻き込んで」

「いや、厄介ごとに巻き込まれるのはいつものことだ」

 今回も、厄介ごと(ツチノコ捕り)を片付けるところだったしな、と自分の境遇を皮肉るスネーク。自覚はないのだろうが、FOXのメンバーも幻想郷の彼女らも、大体は言葉遊びというか、皮肉というか、とにかくそう言った類のものは好きらしい。

「そう、ありがとう。とりあえず、私も試してみるわ。ちょっと待っててね……」

 ここだけの話であるが、紫は今かなり焦っていた。予想外ということに慣れていないからであろう。いつもの口調よりも砕けているのはそのせいだろう、と霊夢は密かに感じていた。

 

 

 

 

 

「……うーん……」

「……まさか……」

 唸る紫に、スネークが冷や汗をかきながら聞く。その答えは、残念ながら裏切られることは無かった。

「ダメね。歪みのあった場所はわかったんだけど、外の世界に繋がらないわ」

「紫でもダメなんて……一体どういうことかしら?」

「恐らくだけど、世界が違うんじゃないかしら」

「世界? どういうことだ?」

 言葉には出さなかったが、霊夢も疑問のようだ。紫が説明し始める。

「この世にはいくつも世界があるわ。幻想郷を含め、外の世界で一つの世界。もしかしたらあなたは、その外の世界とは違う、もう一つの世界から……ってことよ」

「……帰る方法はあるのか?」

「恐らくね」

 不安げに聞いたスネークに紫は答える。しかし。

「ただ、時間は少しかかると思うわ。別の世界の中でも、あなたがいるっていう条件に該当するものを探さなきゃならないから」

「そうか……手間をかける」

「あら、もとは私のミスよ」

 SFなどを含めた映画好きのパラメディックやゼロから、紫が言うような並列進行世界(パラレルワールド)の話は聞いたことがあった。あるいは枝分かれ(チャート)の方かもしれないが、ともかく、その世界の数は無数に近いというらしい。詳しくは知らないが、ともかくその無数の中から探すのは手間であろう。

「じゃあこっちはこっちで情報を探ってみますか……」

「あら、霊夢が積極的なんて珍しいわねぇ」

「一応異変よ、これ。私の生業なんじゃ、やるしかないじゃない」

 とはいえ、普段の彼女はその生業である「異変の解決」も面倒くさがってやらないことが多々あるのだが。最近は彼女以外も異変に首を突っ込むので困ることは少ないのだが、霊夢は信仰が集まらない原因の一つであることは露ほども思わないようだ。

「それもそうね。異変かは知らないけれど。ところで霊夢?」

「なによ」

「スネーク、どこに行っちゃったの?」

「え? あら……?」

 言われてみれば、スネークが見当たらない。この短時間の内にどこに行ったのだ。そう思っていると、すぐに――――

「うにゃ? うにゃにゃ?」

「外……?」

 外、縁側の方向からスネークのものらしい奇声が聞こえた。霊夢が行ってみると、そこには……

 

 

「……スネーク……?」

「ウニャニャ? ウニャー?」

「……スネーク!」

「!! な、なんだ霊夢か。どうした?」

 ようやくといった状態でスネークが霊夢に気付く。スネークの膝の近くには、白地に黒ぶちの猫が一匹。

「こっちのセリフよ……一体何してるのよ?」

「いや、朝から何も食えてなくてな……近くに捕獲できそうな動物がいるところはないか、と……」

「それを猫に?」

「ああ、猫に」

 さも当然というように答えたスネークに、流石にため息を一つこぼした霊夢。冗談半分で結果を促す。

「……で、その猫からは聞き出せたの?」

「ああ……どうも向こうの山には動物が豊富と……」

 まさか本当に聞き出せていようとは……霊夢は呆れと驚きのないまぜになった感覚を覚える。と、スネークの指し示した山を見て霊夢は気付く。

「ってあの山……」

「なんだ?」

「あそこは止めた方がいいわよ? 危ないから」

 聞き返したスネークに、霊夢はあの山がどういう山か教えることにする。

「天狗や妖怪の住処よあそこ」

 幻想郷では専ら「妖怪の山」と呼ばれる山であり、幻想郷で山といえば大体そこだ。他に山という山が無いからであるが、なにより人間はおろか他所を住処とする妖怪すらも拒む強い排他主義を持つ山として有名だ。入るとすれば異変を解決すべく出動した霊夢や、秋の幸を強奪しようと目論むどこかの魔法使い位のものだ。天狗達に見つかってもはねのけるだけの実力が無ければ大体追い返されるか……死体になってしまうだけだ。

「天狗はわからんが、妖怪はなんとなくわかるな。しかし、ここ(幻想郷)にはそんなものまで住んでいるのか……」

「あんた、さっきまで紫と同じ部屋にいたじゃない……」

「……彼女も「妖怪」だったのか……」

「ええ。そう名乗ってたでしょ」

「あの時は自分の耳を疑ったんだが……本当だったんだな」

「そうよ。ここは妖怪がごく一般的な存在だもの」

 というよりも、ぶっちゃけた話が人間の方が少ないだろう。妖怪は人間無くしては生きていけないため、幻想郷では人間がいる。しかしその数は里一つに収まる程少なかった。

「……取って食われたくないからな、さっさと抜け出したいところだ」

 今さっき同じようなことを企んでいたのはどいつだ、と内心突っ込んだ霊夢は、突如鳴ったスネークの腹の音に顔が間抜けになる。

「……悪いけど、すぐにご飯が出せる状況じゃないのよ、私は」

 決して貧乏という程ではないのだが、一人暮らしの霊夢には突然やってきた誰かに食事をふるまう余裕は無かった。

「あ、ああ……くそっ、せめてカロリーメイトだけでもバックパックから落ちていれば……しかし、その山以外に何か動植物がいるような場所はないのか?」

「まあ、幻想郷ならそこかしこに(妖怪混じりで)動物はいるでしょうけど」

「……ちょっと蛇でも捕ってくる」

「……蛇……?」

 さらりと言ったスネークに霊夢が突っ込む。どうか自分の聞き違いであってくれ、という希望もこめて。

「ああ、蛇だ。カエルでもなんでもいいがな。どこぞ(ソ連)のレーションなんかより断然ウマいしな」

 どこぞの神社の御三方が聞いたらどう思うか、などと愉快な想像をした霊夢だが、博麗の巫女として忠告だけはしておこうとする。

「ま、あまり遠くまで行かないことをお勧めしておくわ。さっきも言ったけど、妖怪がそこらにうろついているのよ、特にこの(神社の)辺りは。多分普通の人間じゃ一対一でも勝ち目は薄いわ。気をつけてね」

「ああ。ところで……」

 霊夢の頭上に青いクエスチョンマークが浮いた……ような気がする。

「霊夢、君の分も捕ってきたほうがいいのか?」

「え?」

「さっきのお茶だ。もしかして、茶葉をそうそう使えない状況なのかと……」

「……遠慮しておくわ。流石に蛇は……」

 そう言いかけて、でも、と霊夢が口ごもる。スネークは先程から蛇を絶賛している。そんなにおいしいのかしら、と霊夢に気の迷いが生まれてしまった。そして――――

「そうね、余裕があったらでいいわ」

「そうか。じゃあ行ってくる」

 そう言ってスネークは博麗神社を一時後にすることになった。

 

 

 

 

 しばらく歩いたところで、スネークは草木をかき分けて中に入っていく。あまり陽の当らないところだ。こういうところは意外と動植物は大きい獲物が多い。格好の狩り場である。しばらくとしないうちに、二羽ほどの鳥を見つけた。サイズ的にはスンダルリチョウと同程度か。丁度いいサイズだ。スネークは腰に下げていたパトリオットを取り出し、ドラムマガジンをセットしチャージングハンドルを引く。飛び立つ隙を与えずフルオートで射撃し、二羽共仕留める。見たことのない鳥である為、念のためパラメディックに聞くべきかと判断したスネークは、無線機に手を伸ばす。

「パラメディック」

『あら、スネーク。どうしたの?』

「鳥を捕獲(キャプチャー)したんだが、こいつは食えるか?」

『うーん……分からないわ。ただ、鳥は毒を持っているものはそう多くないから、念のため火でも通せば大丈夫じゃないかしら。周りの環境が危険でもなければ』

「周りの環境?」

『ええ。たまに、人間の捨てている物、そうね、ビニールや原油なんかが原因で、死んでしまう鳥もいるのよ。それらが人間に無害、というわけでもないの』

「自業自得、か」

『皮肉なものね』

 未だに、世界規模でそういった類の問題は解決されていない。原油が体について飛べなくなったり、ビニールやプラスチックを口にしてしまい消化できないというような死因はむしろ、近年増加傾向にあった。

『ただ、そこはあまり環境は悪くないんでしょう?』

「ああ、むしろかなりいい。少なくともニューヨークやワシントンよりよほどな」

『なら、大丈夫だと思うわ。味は保証できないけど』

 それは楽しみだ、と本当に楽しみにしていることが分かる口調で言ったスネーク。そんな彼に、パラメディックはそれはそうと、と話題を変える。

『なんだかシギントが報告があるって』

「シギントが? わかった」

 周波数を切り替え、シギントの周波数に合わせる。

『よう、スネークか』

「シギントか? 報告があると聞いたんだが」

『ああ。実はあんたの持ってるバッテリーは改良型でな、今回、無線機はつなぎっぱなしにしておいてくれ。会話をこちらでも聞きとっておけばバックアップしやすい』

「なるほど。技術面(小難しい事)はともかく、つなぎっぱなしで大丈夫ということだな」

『本当は映像も送れればもっといいんだがな。しかし、その無線機、もっとスゴイとこがあるんだ』

「一体どんな?」

『前より小型、軽量化したどころか、形状そのものが変わってるだろ』

「ああ。前よりは目立ちにくいようにはなっているな」

 スネークの言うとおり、以前と比べると迷彩が施されて角ばった部分も斜めになっているなど、立体感を無くしたりしてより目立たないようになっている。

『だろう? そのデザイン、苦労したんだぜ。カッコイイだろ?』

 自慢げに言うシギントに対し、スネークはまた予算オーバーで頭を悩ませる少佐の姿が浮かび、黙ってしまう。とにかく、スネークは無線をつなぎっぱなしにするということだけ覚え、博麗神社に戻ることにした。

 

 

 

 

「霊夢、今戻ったぞ」

「あら、意外と早かったのね? で、収穫はあったのかしら?」

「ああ、それなりに大きな鳥が二羽。食べられないことはないだろう」

「そうね。この鳥は多分大丈夫よ。調理は私がするわ」

「そうか? ではそうして貰おう」

 スネークに調理を任せてはどんな形で出てくるか分かったものじゃない。幸いにも霊夢は一人暮らしで、料理は得意だ。調達に対する貸しを作りたくは無いということもあって、霊夢は進んで調理を引き受けた。

「じゃあ、ちょっと待ってて。食事しながら、今後について考えましょう。一筋縄じゃいかないみたいだし」

 そう言って鳥を受け取った彼女は、調理場の方へと向かって行った。



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第三話 BRIEFING

「スネーク、お待たせ」

「これは……」

 霊夢が持ってきたのは皿に大量に乗せられた香ばしい匂いの焼き鳥達。どこぞの鳥の妖怪が(ミスティア)が聞いたら襲ってきそうなメニューである。

「また初めて見るものが出てきたな」

「焼き鳥よ。まあ、鶏肉を串に刺して焼いただけだけど」

 霊夢の言うとおり、下拵えを(新鮮なので臭みなどはないが)する時間はなかったため、串を打って塩をふり、焼いただけではある。

「生よりよほどいい。慣れればむしろ時折恋しくなる味だが……」

 一体どんな食生活をしていたのか……じっとりとした霊夢の視線がスネークに刺さるが、彼は意に介していないらしい。そんな彼らのいる部屋に、紫が(ちゃんとふすまを開けて)入ってきた。

「あら、美味しそうな匂いだと思ったら。どうしたのよそれ」

「スネークが捕ってきたのよ。二羽」

「ああ。捕獲(キャプチャー)には慣れているからな。ソ連じゃ動植物が豊富だから、食事には困らなかった」

「食事、ねえ」

 苦笑いを浮かべる紫の思考は、おそらく先程の霊夢と同一であろう。それもすぐに表情を戻し、紫は本来の目的を告げる。ところで霊夢、と切り出した紫に何よ、と霊夢も返す。

「残念だけど……あなただけが頼りになっちゃったわ」

「どういうこと?」

「歪みを中心に探ったんだけど……当たりはナシ。(スネーク)がどこから来た人間なのか、全くのノーヒントよ」

「……私達にどうしろってのよ。あんたでも解決できない結界関連の問題、他に適任はいないわよ」

「だから、別の角度から調べてほしいのよ。私も結界を片っ端から当たってみるから。冬眠までに間に合えばいいけど」

「……わかったわよ。スネークもそれでいいわね?」

「そうしないと帰れないんだろう? ならやるしかない」

 即答するスネーク。迷いは無い。ボスの教え通り、スネークは一度も「生きることを諦める」ことを考えた事は無い。ここから脱出できないという事は、すなわち「スネークのいた世界で死ぬ」ということだ。

「しかし……どこへ行くべきかしらね」

 霊夢の言うとおり、どこへ行くかは見当がつきにくい。結界に関して幻想郷で専門家といえば、まず霊夢と紫がトップだ。つまり結界そのものを乗り越えることは事実上不可能であるから、別方向から攻めねばならない……が、ではその別方向とは何なのか。幻想郷には確かに様々な住民がいるが……

「そうねぇ、候補としては……魔法使い達か覚り妖怪か運命を操るお嬢様か……希望としては薄いけど、元月の住人を訪れるのもいいかもね」

「……今更かもしれんが、何でもアリなのかこの世界は……」

「外の世界から見たらそうかもしれないわね。もっとも、こちらではありえないことが、あなた達の世界では常識かもしれないけれど。それで、どうする? 最初は」

「そうなのよねぇ……」

 悩む2人。そんな中、スネークがひらめいたことを口にする。

「ところで、こちらの世界には時折外からも入ってくると聞いた。なら、こちらに入ってきて住み着いているような奴はいないのか?」

「ええ、いるわ。あまり好意的な関係とは言えないけど」

 同業者的な意味で、と霊夢は内心皮肉る。しかし次のスネークの発言は、まさに今必要な考えだった。

「だが、そいつらなら出入りの方法を知っているかもしれないんじゃないか?」

「なるほど、確かにそうね。霊夢、どうせなら行ってみたら?」

「行くのはいいけど……」

 何か不安なことがあるらしい霊夢は、少し口ごもる。そして、その不安をぶつけた。

「スネーク、一応聞くわ。あなた、飛べる?」

「飛ぶ? いや、流石に自力じゃ……」

「はあ、しかたない……徒歩で行くしかないか」

 念のため言っておけば、幻想郷でも人間は飛ぶことは基本的に不可能だ。しかしながら圧倒的に人間以外が多いこの幻想郷、飛べないという方が珍しいと言って差し支えないだろう。が、スネークはあくまでも「外の世界の人間」だ。魔法を使うこともできなければ、羽が生えているわけでもない。

 霊夢のあまりにもぐうたらな発言に、紫も少々あきれた様子で返す。

「たまにはいいじゃない。ここでダラダラお茶を飲んでいるんじゃ体にも悪いし暇でしょ?」

「常に半日は寝て冬眠までするあんたに言われる義理はないわね」

 不毛だと断じたのか、霊夢はまあいいかと話を一旦打ち切る。と、突然ところで、と紫がスネークに問い出した。

「あなた、腕に覚えは?」

「無いことはない。こちら(幻想郷)で通じるかどうかは怪しくなってきたがな」

「技術じゃないわ。心の方よ」

 スネークはしばし答えるのに躊躇したが、問題ない、と答える。同じことをボスにも言われた……偶然に思えなかったすねークは、僅かに考え込んでしまったのだ。ならよかった、と安心したように言った紫。霊夢にも話題を振る。

「霊夢、よかったわね」

「何かよくわからないけど……まあいいわ。とりあえずスネーク、ひとつだけ先に忠告しておく」

「ああ」

「これから行くのは、さっき私が行くのを止めさせた山、妖怪の山よ」

「ああ、あの妖怪やら天狗やらがいるという」

「ええ。だから、下手をすれば命を落としかねない……それでもいいわね?」

 霊夢は先程のスネークの即答に迷いが無いことに気付いていた。ゆえに、こうして確認の形をとったのだ。スネークも、その問いに答えを変える程若いわけではない。

「これでもいつ死ぬか分からない世界で生きている。覚悟があるか、と問われれば答えは決まっている。俺に銃を捨てる選択肢はない」

 スネークの答えに覚悟以上のものをどこか感じた霊夢は、わかったわ、とそれを受け入れた。

「それで紫、あんたはどうするの」

「私? (マヨヒガ)に帰って結界を調べてみるわ」

「分かったわ。さて、じゃあ行きますか……」

 

 

 

 

「さて、それじゃ――――」

 霊夢とスネークが神社を出発しようというまさにその時。

「毎度どうも! 清く正しい――――ってあやややや!」

「霊符「夢想封印」!!」

 まるでミサイル迎撃システムのような反射速度で、高速接近してきた烏天狗、射命丸 文にスペルカードを展開した。が、持ち前のスピードを活かして危なげながらもすべて回避して見せる。

「い、いきなりですね」

「いきなり突撃取材に来たのはどこの誰かしら?」

 全部かわしやがって、と心の中で舌打ちをする霊夢。夢想封印は割と広範囲に広がる追跡弾の多いスペルであるがゆえに、回避難度で言えばそれなりのものなのだが。

「あやややや? 私はちゃんと許可をもらいましたが」

「誰に?」

「誰にって、すぐそこにいるじゃないですか」

 そう言って文が視線を送った先をみると――――

「え? って紫!?」

 あら、言ってなかったかしら――――としらばっくれる紫。霊夢はいつものことだと諦めて、次の対策を展開する。

「悪いけど取材ならお断りよ。出かけなきゃいけないから」

「そうですか。ところで、妖怪の山、最近はちょっと危ないですから注意してくださいね」

「はぁ……って、いつ私達がそこに行くって言ったかしら?」

「そりゃもう、スキマから丸聞こえでしたよ」

 取材許可もへったくれもあったもんじゃない。それではただの盗聴である。その怒りの矛先は真っ先に、黒幕たる八雲 紫その人に向いた。

「……紫。後で覚えてなさい」

「あらあら、困ったわ」

 そう言う彼女だが、表情は全く困っていない。まあこのやりとりもまた、毎度のことであった。霊夢はそんな紫を放っておき、先程文の言ったことに質問をぶつける。

「ところで、危ないってどういうことよ」

「最近警備を担当する白狼天狗がピリピリしてるんですよ。なぜかは知りませんけど」

「……だって。どうする? スネーク」

 言外に行きたくない面倒くさいと告げる霊夢。だが、スネークは何度も朴念仁だと言われる位には鈍感である為、それは無意味であった。

「後回しにしてもいいが……一番希望が見えるのはその妖怪の山の中なんだろう?」

「……はぁ。行くしかないか……」

「まあ、行くのはいいんですけど……私も天狗としての役目があるわけで……」

「あらあら、融通の効かないこと」

「手加減はしますから、全力でどうぞ?」

 この一言が身を滅ぼす事になろうとは、文は露ほども考えなかった。せいぜい、先程と同じく夢想封印位が飛んでくるだろう――――そう楽観していた彼女だった。が、霊夢は今鬱憤を晴らせずイライラしていた……それが誤算であったことに気付けなかったのだ。

「あら、そう? じゃ、遠慮なく――――「夢想天生」!!」

「えっちょっ、あやややや!!」

 いきなりラストスペルクラスをぶっ放す。油断していたところに一切の躊躇なくはなたれたそれを、彼女はなすすべなく慌てる位しか出来なかった――――

 

 

 

「さ、行きましょ」

「放っておいていいのか?」

 ズタボロになった文を置いて、霊夢はすたすたと歩き始めた。慈悲のかけらも全く感じない。

「いいのよ。どうせスペルカードルールで死ぬなんて、当たりどころが悪かったとき位なんだし」

「どういうことだ?」

「スペルカードルール。この幻想郷での所謂「お遊び」よ。スペルカードっていうものを使った、「弾幕ごっこ」ね。お互いの地の強さというより、弾幕がいかに派手か、とかきれいか、なんかを重要視するわ」

「なるほど。勝つための、というより魅せるための弾幕か」

 先程霊夢がばら撒いた弾幕が、やたらと広範囲に大量にばら撒かれたのはその概念に沿う為であろうと考える。

「他にも、妖怪に人間が対抗するためっていうのもあるわ。そうねえ、「殺し合い」とかそういうのじゃなくて、ルールの中でやる「試合」とか「決闘」に近いかしら」

 実際のところ、それ以上に逆に、博麗の巫女が手加減する為というのもあるのだが。

「ふぅむ……しかし、さっきのはかなり派手だったが……あれでも死なないのか」

「(多分)死んでないわ。ちなみに、スペルカードルールじゃない限り、殺されないとも限らないわよ」

 というより、恐らく確実に命を狙われる。霊夢が先程言ったように、妖怪相手に勝てる人間はそう多くない。知恵と数でようやく人は対等に戦えるのだ。

「それは恐ろしいな。どうすればいい?」

「あんたもスペルカードを持つ、ってのが一番じゃない? 時間がそれなりにかかるから今は無理だけど」

「そうか……まあ、見つからないよう隠れて進めばいいんだろう?」

「まあね。そううまくいくとは思えないけど」

「それなら俺の本業だ。それに、装備も潜入用なら困らない程度にはあるからな、大丈夫だろう」

「そう。じゃあ、行きましょう」

 そう言って今度こそ2人は歩き始めた。目指すは妖怪の山、守矢神社である。

 

 

 

 

 

 真っ赤に彩られた山の中にて、2人は歩いていた。スネークの後をついていく霊夢は、彼の本業という言葉がハッタリでは無かったことを知る。前にいるスネークは、前方を通り過ぎていく天狗達を観察していた。少数で班を組んでいるようだ。恐らく哨戒を担当しているのだろう。

「霊夢。あの建物か?」

 見え始めていた博麗神社と似たその建築物を指し、スネークが問う。

「ええ。あれが守矢神社……この幻想郷にある神社の一つ、そして……建物ごと引っ越してきた珍しい所よ」

「よし、早速行ってみよう」

「あー……私としては嫌な予感しかしないから行きたくないなぁ」

「そうか?」

「私の勘はよく当たるわよ? そりゃもう適当にふらついても異変の元凶にぶち当たる位には――――とはいえ、今回はあいつら(守矢の三人)が異変の原因じゃないだろうけどね」

「それも勘か?」

「ええ。まあ、前科があるから、無いとは言い切れないけど」

 それを最後に、2人は天狗達が居なくなったタイミングを見計らって一気に走り出した。一直線に守矢神社へと向かって。



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