終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 (MORGANSLEEP / 統括導光)
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NEW 「チャルとフリス」
力を与える系一般上位者


 テレビでは毎日のように機奇械怪(メクサシネス)の脅威・被害についての報道が為されている。地上の国々の滅亡、廃墟となった国へ盗掘に行った人間の死体処理、そして半ば英雄のように語られる奇械士(メクステック)達の偉業。

 高空を航行する人工島ホワイトダナップ。機奇械怪達の攻撃範囲外を飛ぶこの島は、けれど完全に安全ということはない。飛行能力を持つ機奇械怪の脅威や、最近になって現れた機奇械怪を使役する集団の登場により、かつて名乗っていた"絶対安全圏"の名は地に落ちた。

 

「最近物騒ですねぇ」

「まーね」

 

 機奇械怪(メクサシネス)

 放棄・破棄された機械達が自己発展を繰り返すことで生まれた機械の化け物。形や性能は幾枝にも分岐し、ある例外を除くすべてが人類の脅威となっている。

 何故機械が人類と敵対するのか。

 それは酷く単純だ。

 

 機奇械怪の動力が生物である──ただそれだけ。

 

 だから地上にはもう人間以外の生物は残っていないし、なんらかの間違いで地上に生まれてしまおうものなら一日の内に機奇械怪たちの餌になる。餌と言っても捕食されるわけではなく、彼らの身体のどこかにあるシリンダーに保蔵されるんだけど。ま、その後動力源として搾り取られるので、捕食といって間違いではないか。

 とかく、そんな機奇械怪達がこの島の居住区にまで入り込んできているのだ。物騒、の一言で片づけられるものではない。滅亡の危機、が正しいだろう。

 

奇械士(メクステック)の皆さんには、もう少し頑張ってもらいませんと」

「だねぇ」

 

 とはいえ人間側もただやられているだけ、ということはない。

 奇械士と呼ばれる機奇械怪の構造に詳しい戦士達により、人類の脅威となる機奇械怪達は日夜排除されている。奇械士は志願制であるものの、それなりに人気の高い職業でもある。死と隣り合わせだというのに人気なのは、こうやってテレビが脚色と演出を混ぜ込んで、あたかもヒーローショーのように喧伝するからだろう。

 勿論彼らが死なないための訓練は為されるし、実際にこれらヒーローが如き戦闘が為されているのも事実だが、こういう報道においては残酷無残な死は『一日の死亡数』としてしか出されない。だから実感は湧かないだろう。己が目指したものは、死の大口で歯科医をするようなものだと。変な例えだな。

 

「はい、お弁当」

「いつもありがとう、フレシシ」

「それが仕事ですから」

 

 奇械士の仕事は迎撃のほかにもう一つある。

 それは、地上で組みあがる大型機奇械怪の討伐。

 というのも、機奇械怪は動力不足になると、融合を開始するのだ。地上にいる生物は限られていて、なんとか生き延びている国も文字通り虫の息。となると、食べ物が足りない。動力源となる生物が機奇械怪の数に対して圧倒的に足りない。

 そうやって動力不足に陥った機奇械怪は自ら他の機奇械怪の餌になりに行く。他の機奇械怪を見つけられずにその場でスクラップになるものもいないことはないけれど、基本は他の機械に食われ──合体、融合し、巨大になる。機能の一つになる。

 そうして大型になった機奇械怪は必ず人間の脅威になる。さっきホワイトダナップが機奇械怪の攻撃範囲外を飛んでいると述べたけれど、それは基本種想定の場合だけ。たとえば超長距離砲撃を有す機奇械怪が出てきてしまったのなら、たちまちこの"絶対安全圏"は崩れ去る。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい、フリス」

 

 だから、テレビが、あるいは政府が奇械士(メクステック)を英雄に仕立て上げるのは致し方のないことなのだ。いなくなられては困るから。志願兵がいなくなったら、徴兵に切り替えないといけなくなるから。

 温情という奴。

 

 さて、そんなところで、そろそろ僕の話をしよう。

 フリス・クリッスリルグ。

 このホワイトダナップ居住区画で一般学生をやっている、一般上位者である。

 

 

+ * +

 

 

「おはよー」

「おはよーさん」

 

 ここまで世界が窮地に瀕していても学校というものはある。というか、それはホワイトダナップがある程度裕福だから言える話ではある。

 地上の国……空へ逃げる事を拒否した国の子供たちは、志願制なんていう甘いものではなく、一定年齢からの強制徴用と地獄のような奇械士の訓練の後、国防に回されていることだろう。

 それはヒーローなどではなく、奴隷のように。

 

「なぁ、知ってるか? 最年少奇械士(メクステック)の噂」

「あ、知ってる知ってる! ウチらと同学年なんでしょ?」

「すげーよなー。同い年の奴があの機奇械怪を……くぅ、憧れるぜ!」

 

 例によって学校でも奇械士の人気は高い。目指している者も少なくはないし、噂されている通り最年少の奇械士が出たとのことで、今日にでも志願しにいく生徒が出るんじゃないか、というくらいだ。

 僕ら……僕、ユウゴ、リンリー、チャルというまぁ所謂仲良し四人組の中でもその話は持ち切りで。

 

「奇械士になりたいなら成績上げないとだねぇユウゴ」

「ぐっ……るせーよフリス! これから頑張んだっつーの!」

 

 奇械士は戦士だが、専門家でもある。既出機奇械怪の構造に精通している必要があることと、特異種……こちらのライブラリに保存されていない新種の機奇械怪に対する臨機応変な戦略の構築が求められ、そうなるには当然数多の物事を覚えなければならない。

 機械関係の知識は勿論、材質への理解や環境の知識、過去の討伐記録。

 加えての戦闘センス。

 

 雑兵は死ぬ。英雄だけが残る。

 

「つーか、そういうフリスはどうなんだよ!」

「何が?」

「だから、奇械士! なりたくねーのかよ!」

「あぁ、うん。特には」

「あれ? でもフリス君の家って」

「いやぁ、両親の仕事がそうだからって、僕には関係ないよ」

 

 クリッスリルグ。

 まぁ、そこそこ名の知れた奇械士夫婦の名だ。僕の両親となっている二人であり、学生時代から奇械士をしているという事もあって経験豊富。

 僕はその二人の養子。地上にいた時に拾われたわけだな。

 

「そっかぁ。……それもそーだよね」

「うん。というか、そろそろ席に着きなよユウゴ。HR始まるよ」

「まだ大丈夫だって!」

 

 僕は一般上位者だけど、だからといって世界に君臨するとか人間を恐怖で支配する、とかいうことはない。支配するまでもなく世界が困窮に瀕しているのだから、眺めている方が面白い。

 この島もあといつまで保つか。この平和がいつまで続くか。

 時間の経過ばかりはこの手にもわからないことだ。全てを手中に収めたいと思う程の欲はないし、僕は僕の目的が果たせればそれでいい。

 ならその合間に学業を挟むのも悪くはない。

 

「フリス、フリス」

「なにかな、チャル」

「今日さ、フリスの家──」

 

 突如。

 

 世界が真白に染まる。轟音と暴風。悲鳴と断末魔。

 白が退かば、収まれば。

 

 そこに──天使がいた。

 

「な……何、が」

「チャル、僕の後ろに」

「う、うん」

 

 僕の座る席。そこから先が、ごっそりと消えている。そういうこともある。これも悪くはない。

 今の今までそこにいたユウゴやリンリーの姿はなく、残っているのは僕と同列にいた生徒と僕の席の後ろに丁度来ていたチャルだけ。同列の生徒も膝から先を失くしていたり、半身を失くしていたりと様々。あれは死んだねぇ。

 

 教室の……というか校舎を抉るようにしてその中央に現れた天使は、ただそこで黙したまま動かない。機械だ。機械の天使。だから機奇械怪。

 学校側は奇械士の組織への緊急要請を行っている頃だろうか。まぁ、奇械士側で感知して飛んできているだろうから、緊急要請が繋がる頃には出撃済みだろうけど。

 

 僕は机に座ったまま。チャルは僕の背後で頭を抱えたまま。機械天使は黙したまま。

 怪我を負った生徒の大半は死に、あるいは抉られた空間へ落ち、なんとか助かった子達は逃走済み。膠着状態という奴だ。まぁ別に睨み合っているわけじゃなく、誰も行動を起こさないってだけなんだけど。

 

「フ……フリス? どう、なったの?」

「まだ脅威は去っていないよ、チャル。だからそこで静かにしているといい」

 

 ふと、視界の隅がキラリと光る。

 瞬間機械天使が大きな衝撃を受け、外へと吹き飛ばされていく。

 追撃は……ない。

 代わりに、僕とチャルのいるところにソレが降り立った。

 

 人。少女。

 刀を持った少女。

 

「──安心して。助けに来た」

 

 これが、まぁ、最年少奇械士と持て囃される少女、アレキとの出会い。

 チャルの環境と運命を大きく変える出会いの一ページである。

 

 

 

 

「怪我はない?」

「は……はい! 大丈夫です!」

 

 アレキと、そして遅れて到着した奇械士達の手により機械天使は倒された。飛行能力を持つ機奇械怪であり、その形状からエンジェルと呼ばれているそれは、本来こんな場所に突然現れるものじゃない。

 とかく、学校の被害は甚大。死傷者多数、校舎は半壊。

 すぐさま休校となったことは勿論、警察各所が来て大騒ぎ。

 

 それに飲み込まれないよう場所を移動した僕とチャルとアレキは、ようやくの一息をついていた。

 

「……ごめんね。私が事前に気付けていれば」

「い、いえ! そんなことは……」

 

 蚊帳の外、という言葉が一番正しいか。

 クラスメイトの大半を、そしてユウゴとリンリーという仲のいい二人を失ったチャルのメンタルケアなのだろう、アレキは彼女を抱きしめてなだめる。

 

「君、チャルちゃんの彼氏?」

「かか、彼氏!? い、いえ、違います!」

「違うかな。普通にクラスメイトだよ。仲が良い事は認めるけどね」

「じゃあ、チャルちゃんを家に送り届けてあげて。私はまだ事後処理があるから……」

「勿論。ただ──」

 

 どちらの方が早かったか。

 僕が指を差すのと、彼女が刀を抜くの。

 

 赤熱した刀は彼女の背後に迫っていた犬のような機奇械怪を叩き斬り、弾き飛ばす。

 

「まだ脅威は去っていないみたいだから」

「……みたいね!」

 

 さて、苛烈な戦いをしていくアレキを余所に、チャルに向き直る。

 

「チャル」

「フリス……」

「好きになっちゃった? アレキのこと」

「ふぇっ!?」

 

 頬を紅潮させるチャルに、やっぱりか、と呟く。

 いやまぁ初めは僕に好意を寄せていたチャルだけど、その好意の矛先がアレキに向いていることなど一目瞭然。その自覚は今は無いんだろう。僕の事が好きだった、という意識が邪魔をしているから。

 学校といえば色恋沙汰。だから僕に向けられる彼女の好意も悪くないものとして扱っていたけれど、まさかそれが違う所に向くとは。面白いものだ。やっぱり時間は面白い。

 

「戦いたい?」

「え……どういう」

「アレキの隣で、戦いたい?」

 

 ならば一般上位者として、こっちにシフトするのはアリだな、と思った。

 即ち──。

 

「戦う力が欲しい?」

 

 力が欲しいか?

 の奴ね。

 

「……フリス、何を言ってるの?」

「今、チャルには二つの選択肢がある。一つはこのまま帰る。こっちは安全だ。僕が送って行ってあげるよ。そうすれば、こんな非日常とはおさらば。アレキとの接点も無くなって、学校が再開するまでの間、短いお休みを家で過ごすだけでいい」

 

 背後で戦闘音が響く。

 彼女の持つ赤い刀。あれは機奇械怪の血管たるケーブルや機械繊維を溶断するための武装だろう。果たして僕の背後で、その刀はどう踊っているだろうか。チャルの視界で、アレキの傷ついていくサマはどう映るだろうか。

 シンプルにドッグスという名の機奇械怪。然して苦戦を要される敵ではないけれど、僕達の方に絶対に行かせない、という縛りを設けてのものなら面倒も生まれる。ぴょんぴょん飛び跳ねる機械だからね、そのターゲットコントロールは中々に骨が折れるものだろう。

 

「もう一つは、彼女の助けになるために戦う、だ」

「む……無理だよ。私、運動得意じゃないし……」

「大丈夫だよ、チャル」

 

 渡すのは、二丁の拳銃。

 

「これは……」

「機奇械怪と戦える武器」

「なんでそんなもの……」

「別にアレキも僕らが逃げればあんな機奇械怪一匹簡単に倒せるだろうし、受け取る、受け取らないはチャルの自由。これを受け取って奇械士になるか、受け取らずに一般人に戻るか」

「……」

「決めて、チャル」

 

 彼女の選択は。

 

 

+ * +

 

 

 機奇械怪を相手する時、必要なのは如何にして早く弱点を突くか、という所にある。

 彼らの弱点。それはまず、動力炉。体のどこかにあるシリンダーを切り離してしまえば、彼らは動けなくなる。だけど大抵の場合シリンダーは体の奥深くにあるので、それを見切るのは難しい。

 とはいえドッグスのシリンダーは腹の下。基本種ゆえにライブラリに行動詳細や構造詳細は記載されているし、奇械士ともなればそれくらいは覚えているだろう。

 だからこれを避けて、一刀のもとに切り伏せればいい……のだけど、先程からそれを警戒するような動きを見せ、大きな跳躍をしない。動きが妙なのだ。まるで、どこかからか指示を受けているかのような動き。

 

「アレキさん!」

「チャルちゃん!? そんな、まだ逃げてなかったの!?」

 

 チャルは武器を取った。

 そしてアレキに合流し、その拳銃を撃ち進める。

 

 あれはよく当たる拳銃にしたから、彼女の射撃センスがどれほど壊滅的でも問題は無いだろう。

 

 このまま彼女らの雄姿を見るのも吝かではない……んだけど、そろそろ両親が心配して戻ってくる時間だろうから退散。

 過保護な両親の愛され息子でいること、も悪くない事だからね。

 

 ……ま、物語のようにチャルがアレキと肩を並べ背を預けられるようになるか、それともこの先で簡単に死んじゃうかはわからない。彼女次第だ。どちらに転んでも悪くはない。

 

 

 

 

「ただいまー」

「フリス!」

 

 抱き締められる。

 母親だ。その後ろには父親と、メイドであるフレシシもいる。

 

「おかえりなさい、フリス」

「ただいま」

「ただいま、って……心配したんだぞ、フリス。連絡の一つも寄越さないんだ、母さんは今にも捜索要請を出す勢いで」

「あはは、ごめんね。エンジェルの襲撃でカバンごと携帯持っていかれちゃってさ。その後も色々あったから、連絡手段がなかったんだ」

 

 奇械士(メクステック)の二人は、けれどあまり居住区域での仕事には就かない。

 島外作業員……人工島ホワイトダナップに向かい来る機奇械怪や、地上での大型機奇械怪の討伐に駆り出されることの方が多く、今回のような緊急事態にあっても出撃ができない。だからこうして家で待つしかなかったわけで。

 僕にとって機奇械怪が何ら脅威ではない、ということを両親は知らない。だからこそのこの過保護っぷり。勿論この二人が特別愛情深いのもある。子を成せない身体の母親アリアにとって、地上で拾い大切に育ててきた僕という存在はかけがえのないものだ。父親ケニッヒにしても同じ。

 だから今回のことは肝を冷やしたに違いない。こうして抱き締められているのは彼らのメンタルケアに必要なことなのだ。

 

「……そうだ、父さん」

「なんだ?」

「今日、アレキって子に会ったよ。というかその子が助けてくれたんだけど」

「ああ……そうか。じゃあ今度お礼を言っておかなきゃな」

「知り合い?」

「いや、まだだ。顔を会わせる予定はあるが、といった所だな」

「そっか」

 

 じゃあその機会にチャルも、ということになるのかな。

 

「アリア、そろそろフリスを放してやれ。怪我もなく無事だったんだからいいだろ?」

「嫌! 今日はフリスと寝るから、このままベッドまで連れてくから」

「あのなぁ……」

 

 母アリアはまだ若いこともあって、僕の存在に依存しがちというか、心の拠り所にしがちだ。だから、今日は多分離されないだろう。どうせ明日は休校だろうし問題は無い。

 が、父ケニッヒがアリアを引き剥がすのがわかった。僕が困っていると思ったんだろうね。

 

「ほら落ち着けって」

「うぇーんフリスー! ケニッヒがいじめるー!」

「あはは。まぁ、僕は大丈夫だから」

「それよかフレシシ、フリスに飯出してやってくれ。フリス、腹減ってるだろ?」

「あ、うん」

「俺と母さんは上で報告書なんかを書かなきゃならんからさ。ほれアリア、いくぞ」

「やだやだ! 奇械士やめるー!」

「やめないやめない」

 

 若い、というか。

 幼いよね、あれだと。

 

 とまぁそんな感じで自室に戻った二人。

 残されたのはメイドのフレシシと僕。

 

「お疲れ様でした、フリス」

「ありがとう。けどこれも必要なことだからね」

「しかし、学校にエンジェルですか。悪意の贈り物(プレゼント)の類でしょうか?」

「まぁ早々野良で発生する機奇械怪じゃないのは事実だねぇ。しかも突然の現出だ。どこかからか送り込まれたとみるのが妥当だけど……あんまり強い個体じゃなかったしなぁ」

「つまり、偶発的な……なんらかの目的から逸れて来た個体でしょうか」

「だと思うけどねぇ」

 

 汚れた皿を受け取る。

 僕に飲食は必要ない。けれど食べられないわけじゃない。

 だからフレシシがお昼に渡してきたお弁当にはしっかり中身が入っていたし、食べられるものだった。けれど今回は別に食べたフリでいい。だから、故意に汚した皿をテーブルにおいて、それで終わり。

 このやり取りからわかるように、フレシシは僕の理解者だ。

 正確には僕の創造物。彼女も機奇械怪の一種である。

 

「しかし、機奇械怪も多様になったもんだよ。最初は五種しかいなかったのに」

「自己増殖こそが機奇械怪の真骨頂ですから」

「そう作ったのは僕だけど、正直なんだかなぁとは思ってるよ。まだ動力源の代替を見つけられないのか、って」

「そうですねぇ。増えることにばかり躍起になって、有機生命の要らない構造体を目指す、という目的は既に忘れ去られて久しいです。どうしますか? 必要とあれば私から地上の機械に働きかけを行いますが」

「それじゃあ意味が無い。生物じゃない機奇械怪が自ら己の変容を成してこそ、だよ」

「気の長い話ですね」

「だから面白いんだ」

 

 クリッスリルグの二人に拾われる前のフリスがどうして地上で生き延びていられたのか。

 そんなのは簡単だ。

 答えは僕が機奇械怪をこの世に産み落としたからで、二人に見つかった理由は特異な進化を遂げた機奇械怪を観察するために高台にいたから。その特異種は二人に倒されちゃったけど。

 僕は機奇械怪に手を加えない。最初に作り上げた五種の機奇械怪以降、増えた機奇械怪に僕から何かをしたことはない。

 僕からの入力無く、僕の考えつかなかった方向の進化をしてもらう。

 それが僕の願いというか目的だ。

 

「一般機奇械怪からの意見を言わせていただきますと、人間側の強化も十分な入力ですよ?」

「まぁそれはいいんだよ。間接的だし。僕が機奇械怪を改造した、というわけではないんだから」

「そうですか。……チャルさん、ご無事だといいんですけれど」

「居住区域に現れる機奇械怪くらいなら余裕で倒せる性能はしているよ。調子に乗って島外に出たらどうなるかは知らないけど」

 

 だからチャルの行方は逐次追っていきたい所存ではある。

 最年少奇械士たる少女と、戦場で突然戦う力に目覚めた同年代の少女。その友情青春ストーリーを、まぁ、隣か、一歩引いたトコらへんで。

 一般上位者として、人類の行く末をゆったりと眺めさせてもらおう。

 

「精々頑張って、機奇械怪達の進化の促進剤となってね、チャル」

 

 その命尽きるまで。

 



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一般人の命をなんとも思って無い系一般上位者

 人工島ホワイトダナップは全長5.000㎞、幅5.488kmの巨大浮遊島である。

 それゆえ端から端に行くまでには結構な時間がかかり、だからこそ奇械士(メクステック)を管理する組織『奇械士協会(メクスギルド)』、通称ギルドは島のほぼ中央部に位置する。完全な中央部でないのは中央に政府塔があるから。政府塔に寄り添う形で建設されているわけだね。

 ただし、やっぱりこっちもだからこそ奇械士は出撃から現場到着までにそこそこの時間を要してしまうし、機奇械怪(メクサシネス)の発見も遅れる。

 よって居住区域を守る奇械士は街中での武装が許可されていて、戦闘許可も通信一本で割合簡単に通る。それはある意味で弱さの証明──破壊性能や高火力が出せないから──にもなるから、どうしても居住区域の奇械士より島外作業員の奇械士の方が強いと思われがちだ。実際比率的にはそうなんだけど。

 でも、奇械士の本懐は国防にある。

 巨大な機奇械怪とヒーローのように戦うより、市民を襲う機奇械怪からその命を守る方が優遇されるべきだ。

 それが現実そうならないのは、やっぱり報道が原因なのだろう。

 

「というわけで、チャルが気にする事じゃないよ」

「でも……アレキさんが悪く言われてるの、私、……色々考えちゃって」

 

 話を現実に戻そう。

 エンジェル出現の翌日、チャルは僕の家に来た。まぁ何も言わずに姿を消したからね、心配だったんだろう。

 けれど僕はピンピンしていて、チャルにも、そしてアレキにも怪我はないということで。

 銃の出所やあの時の言葉の意味なんかを聞かれたけど、何も答えなかった。答えなんか用意してないからね。

 

 それから少しばかり日数が経って、突然チャルが僕の所に泣きついて来たのだ。

 曰く、アレキが「調子に乗るな」「新人が口を出すな」と島外で活躍する先輩奇械士に言われているのを見て、思わず反論してしまいそうになった、と。実際しなかったのは、アレキに制されたから。

 これについての答えは上述の通りだ。居住区域の奇械士はヒーローのような紹介がされない。どころか機奇械怪の被害が起きてからの出動になるため、ヘイトが溜まりがち。どれだけ迅速な対応をしても、だ。

 チャルが気にしてどうこうなる問題じゃあない。

 人間の意識改革なんてそう簡単にできるものじゃないし、できたとしても乗せられやすい数十、数百人。その上で全体の共通認識なんてどうせ変えられないのだから、気を揉む方が勿体ない。

 

「ところでチャル」

「なに……?」

「宿題、ちゃんとやってる? 奇械士の知識も勿論必要だけど、君はまだ学生だってことを忘れないでね」

「あ、大丈夫だよ。アレキさんが教えてくれてるし……。奇械士の方も、学校の方もね」

「へぇ。それは、まぁ、流石は最年少奇械士か。頭が良いんだろうね」

 

 僕は一般上位者だけど、人間の細かいルールを勉強するのは正直面倒だな、とは思っている。機奇械怪の構造だとかの知識はあるから奇械士にはなれるだろうけど、知識人にはなれないんじゃないかなぁ。昔話ならできるけどね。

 しかし、意外ではあったかな。チャルがちゃんと勉強していること。

 この子、ユウゴと同じで勉強できない子だったのに。自分から教えてもらいに行ったのか、それともアレキが見兼ねて教え始めたのか。

 なんにせよ重畳だ。恋心は順調に育っているようで。

 

 人間の恋心、というものを僕は否定しない。というか広く肯定する。

 愛情、恋情は人間を強くする。時にそれら感情は己が身さえも捨てさせ、他者を助けんと向く。そこに合理的な判断は無いし、それによって起きる二次被害も何も考えずに行われる蛮行。

 これは機械にはないものだ。

 機奇械怪の進化を望む僕としては、機奇械怪達の前でそういった非合理的判断をしてもらうことが、ゆくゆくは彼らの教材となるんじゃないかと期待している。

 フレシシには有機生命からの脱却こそを、と語ったけれど、別に良いのだ。機奇械怪が良い方向に進化せずとも、僕の思いつかなかった方向にさえ進化してくれたらなんでもいい。その結果進化の袋小路に入ろうと、それはそれで悪くはない。

 

「奇械士の仕事の方はどう? 居住区域の奇械士ってさっき言ったようにあんまり報道されないからさ、あんまり知らないんだよね」

「あ、うん……順調といえば順調かな。フリスに貰ったこれも……使い慣れてきたし」

「それは良かった」

「……ね、フリス」

「その銃の出所は聞いても答えられないよ」

「そうじゃなくて。……アレキさん、もうすぐ誕生日なんだって」

「へぇ」

「プレゼントって……何渡したらいいと思う?」

 

 また。

 ……それはまた、難しい事を聞く。僕がもらって嬉しいもの、であれば、偶発的事象、突発的な事態、予想外の展開なんかだ。けど流石に人間がそういうものを欲しがらないことくらいは知っている。

 

「僕が決めて意味のあるものなのかな、それ」

「そ……う、だよね。うん、こういうのは気持ちが大事なんだから、自分で決めないと」

「なんだ、わかってるなら言う事はないね。けど、誕生日か。そんなの聞き出せるくらいには仲良くなったんだ」

「え、あ、まぁ、うん」

 

 この年頃の少女の恋模様だ。余計な口出しをして変な影響を与えては意味が無い。

 極力入力を失くしたいというのは本当だからね。僕としては、人間も機奇械怪も勝手に成長してくれるのがベストなんだけど。

 ……ああでも、どうせこれ以上の進化をしない人間に対しては、多少の入力をしても問題は無いかもしれない。

 

「アレキの誕生日っていつ?」

「6月10日……」

「あと三日しかないけど、決まってないんだ?」

「だから相談してるの……」

 

 ちょっと驚いた。流石に一週間くらいの猶予はあるものだと。

 三日って。相談するならもう少し早い段階にしなよ。

 

「あ……そろそろ交代の時間だから、行くね」

「うん、いってらっしゃい」

 

 居住区域の奇械士は巡回をシフト制にしているらしく、だから日にちと昼夜で巡回の交代がある。

 巡回奇械士。報道されない、縁の下の力持ち。

 

 ……どこまでが酷のラインかは、見極めないとね。

 

 

 

 

 

 6月10日。

 アレキの誕生日の日、奇しくもアレキとチャルはシフトが重なり、夜の巡回に出ていた。

 基本奇械士はツーマンセルだ。それが最も安全とされているから。ウチの両親然り、だね。

 

 それを、ちょっと高い所から眺める。

 ローブと仮面、声も少し変えて。背後には同じ格好のフレシシ。上位者ムーブというよりは第三陣営ムーブだよね、うん。

 

「結局あのエンジェルがどこから送り込まれたかわかんないままですけど、いいんですか? 今ここでコレを送り込めば、先のエンジェルさえも私達のせいにされるかもしれませんよ」

「構わないよ。それでこの島を追われる事になっても悪くはない」

「そうなったらアリアの胸が張り裂けてしまいそうですね……」

 

 機奇械怪(メクサシネス)の移動経路は陸路、空路が基本だ。だけど上位個体……融合を繰り返した個体は巨大さゆえに移動が困難になり、その過程で長距離のテレポートを獲得することがある。最初に作り出した五種のうちの一体がそのタイプだったから、それを学習しているのだろうね。

 このテレポートは結構なエネルギーを消費する。だから使えたとしても日常的に行使する機奇械怪は早々いないし、使って移動した後も大量のエネルギー消費で弱ってしまうので、できるだけ温存する傾向にある。

 それを、先日のエンジェルはそこまでの巨体ではなく、飛行可能な機奇械怪のくせに行使してきたので、悪意の贈り物(プレゼント)……他の機械がアレを転移させたか、あるいは人為的に送り込まれたのではないか、という推理に至ったわけだ。

 

 そして今、まさにそれをやろうとしている。

 二人のいる場所に機奇械怪を一体プレゼントとしようとね。大丈夫、強さはそれほどでもないし、大きさもそこまでじゃない。

 問題は攻撃範囲が広い種であるということ。

 

 つまり、戦闘が長引けば長引く程居住区域に被害が出るのだ。

 それを防ぐには、協会からの応援を待つだけでなく、今いる二人で早急に対処しきる必要がある。

 

「19時になりました」

「うん。それじゃあ、ほら」

 

 送り出す。移送する。

 転移させるは基本種が一つにして災害に名高き機奇械怪。

 

 タンク種──硬い装甲と存外に小回りの利く身体、そして長距離砲撃のできる砲塔。

 周囲のくず鉄や瓦礫を砲弾に加工し得るその性能は、玉切れを起こさない強さを引き出す。

 基本種ではあるけれど、普通は地上にいる機奇械怪だ。いくら天才といえど相対したことはないだろう。

 そしてチャルにとっても、初めての敵だ。

 初めて、銃弾が装甲を貫通しない敵。

 

 ──悲鳴と断末魔が響き渡る。

 

 破壊、開始。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 いつもの巡回のはずだった。

 アレキとチャルのシフトが重なるのは二回目。凡そ五日ぶりの仕事は、ゆえにこそチャルを浮足立たせる。いつ、誕生日のことを、プレゼントのことを切り出そうか。仕事が終わってからの方がいいはずだ。

 そういうことをつらつらと考えていた。街中の巡回において機奇械怪に出会うことはあまりない。機奇械怪を使役する集団との出会いこそ危惧すべきだが、早々ないのだ、こんな深部にまで機奇械怪が入ってくることは。

 それこそエンジェルのように、送り込まれでもしない限り。

 

「──チャルっ! 避難警告だして! すぐに!」

「え──」

 

 突然のことだった。

 血相を変えたアレキが、チャルにそう指示を飛ばしたのも。

 住宅街のど真ん中に赤電を放つ球体が現れたのも。

 

協会(ギルド)、聞こえる? 東部区D-6に機奇械怪現出! 戦闘の許可と救援を!」

 

 通信端末にそう怒鳴りつけたアレキ。

 言われるがままにチャルは避難警告を構築する。これは奇械士から発信可能な警告の一つで、各家、各自の携帯端末に強制受信が行われる。受信内容は機奇械怪の位置と、予想される戦闘区域。

 今回は──。

 

「嘘……タンク種!? まずい、戦闘区域は東部全体、いえ、中央部にまで届きかねない……!」

「えっえっ、じゃあどう発信すれば……」

「第一種防衛態勢よ。最大警戒状態。そして」

 

 機奇械怪が地に()ちる。

 それが家屋を破壊し、誰かの悲鳴が響いた。

 

 巨大。住宅街の狭い道路では到底受け止めきれない大きさのソレが、キャタピラを動かし、家屋を引き潰していく。

 

「発信しました!」

「これ以上話している余裕はないか。チャル、行ける?」

「はい!」

 

 アレキが刀を抜く。チャルが銃を構える。

 その刀身が赤熱すると同時。

 

 砲弾が来る。

 

「迎撃します!!」

 

 来た。

 

 

 

 斬る。撃つ。

 それら通常手段が効かない事は、初撃で理解させられた。

 装甲が厚い。狭い街路を行くに適したドッグスなどにはない、重厚な身体。軽やかでない分防御に秀でるため、今まで機奇械怪の身体を容易に切り裂き穿ち得ていた二人の攻撃が、全くと言っていい程牙を立てられない。

 だが、アレキはしっかりと調べていた。

 最年少奇械士として、けれど新人であるがゆえにまだ任せられない島外での戦闘。そこで起きる戦いのデータを。タンク種。その弱点もしっかり頭にある。

 

「チャル! タンク種は内部が弱点よ! どうにかして銃弾をあの砲塔に叩きこんで!」

「わ、わかりました!」

 

 ゆえにアレキは前衛に徹する。ヘイトを管理し、チャルが銃撃を叩きこむ隙を作るためだ。

 十分に倒せる。二人だけでも、そしてもう少しすれば協会からの救援も。

 

 何も心配することはない──はずだった。

 

 

 機奇械怪がもう一体出現しなければ。

 

 

「──チャル!」

 

 出現場所は、あろうことかアレキの背後。

 つまり、チャルの真上。

 

 振り返って、けれど無理だった。

 チャルの身体能力は少女のままだ。いくら強い武器を扱えど、そこはまだ変わっていない。

 咄嗟の退避など、できるはずもなく。

 

 彼女は、死──。

 

「──なんだ。最年少奇械士の二人っていうから期待していたのに、弱いのね、貴女達」

 

 背後に現れたタンク種が、両断される。

 前方にいたタンク種が、一突きのもと倒される。

 

 人数は二人。

 男女、二人。

 

「おいおい、その子は最年少ってだけなんだろ? 最年少で最強! って謳われてるならともかく、若いだけでそんな期待しちゃ酷ってもんだろ」

「それは……そうね。ごめんなさい」

 

 知っている。

 こんな所にいるはずのない二人。居住区域に出撃してくるはずのない二人。

 

「クリッスリルグ……」

 

 アレキは、その名を呟いた。

 

 

+ * +

 

 

「うーんそれは予想外」

「お好きなんでしょう、予想外」

「それはそうだけど……ちょっと求めてた方向性と違うなぁ」

 

 まさか両親が出てくるとは。

 居住区域には出撃できないんじゃなかったのだろうか。少なくとも僕はそう認識していたんだけどなぁ。

 うーん、これじゃ折角入力に出張って来た意味が。いや悪い事じゃないんだけど、ほら、恋心ってピンチになればなるほど発展するものでしょ? 今まで僕が見てきた恋愛はそういうのが多かったんだけど。

 そりゃタンク種じゃ両親には太刀打ちできないよ。文字通りレベルが違う。基本種だし、居住区域に出ないってだけで地上じゃそこまで脅威に思われてないし。だとしても両断するのはちょっと頭おかしいとは思うけど。

 

「仕方ない、追加入力だ。この際だから大量投入して、土壇場での融合が可能かどうかも見てみよう」

「それ、機奇械怪側への入力になりません? あ、一般機奇械怪からの意見ですけど」

「……どうせ倒されるんだしよくない?」

「フリスがいいなら私はいいですよ。一般機奇械怪の所感というやつです」

 

 言われてみればそうだなぁ、とか思っちゃった自分がいるけれど。

 でもこのまま終わりってのも勿体ないし、一部でも逃げ果せたら僕が処理すればいいし!

 

 ──送る数は二十。東部区域全域に避難警告を出したのは大正解だったね。

 四人を中心に、ぐるりと二十。

 全部がタンク種だ。同一種の融合と別種の融合ではまた少し話が違ったりするんだけど、今は速さ優先。

 

「協会からの救援もそろそろ到着しそうですし、あんまり実験にならなそうですねぇ」

「別にこれ実験じゃなくて本題は恋心の応援だから」

「はた迷惑な応援ですこと」

 

 現出する。

 タンク種の巨体が住宅街に産み落とされる。

 といってもイチから作っているわけじゃない。地上にいたタンク種を攫ってきているだけだ。今更生み出したりはしないよ、それこそ入力だからね。

 

「いいんですか、こんなに殺して。勿体なくないですか?」

「別にいいよ。人間だし、簡単に増えるでしょ」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

 

 人間の繁殖力は目を見張るものがある。

 それに、元々ホワイトダナップは人口問題というか、居住区問題を抱えていたはずだ。避難警告でどれだけが逃げ果せたのかは知らないけど、そこそこの口減らしにもなったんじゃないかな。

 僕的には機奇械怪と直接対峙する奇械士以外は要らないしね。機奇械怪が影響を受けるとしたら、奇械士からだけだろうし。だからこそ僕はユウゴとリンリーとチャルと一緒にいた部分はある。彼ら彼女らは奇械士にとりわけ興味があったから。

 そういう意味でもアレキとチャルには期待しているんだ。

 これからどんどん強くなって島外作業員……地上の機械にも相対することがあるだろう。そこでまた大きな変化を見せてくれる。双方に、強く、素晴らしいものを。

 

「あ、流れ弾」

「うん?」

 

 それは、恐らくあの四人の誰かを狙った砲撃。避けられたか弾かれたか、とかく狙ったということはないのだろう砲弾。

 何のいたずらか、その軌道はまっすぐ僕らに向かっていて。

 

「消し飛ばします」

「うん、地上にね」

 

 フレシシがその手で之を防ぐ。

 使ったのはタンク種を送り込んだものと同じ、テレポートだ。フレシシは機奇械怪だけど、野良の機奇械怪と違って僕からの入力たる改造がふんだんに仕込まれている。彼女自身も自己改造を行っているだろうから、僕の知らない機能もあるだろう。

 その機能の内の一つとしてテレポートがある。それだけ。

 飛んできた物体に掌を翳し、任意の場所に転移させる。シンプルな防御だ。ただし、先も述べたように転移はエネルギー損耗が激しい。フレシシはヒトガタである都合上動力炉も小さく容量がそこまででもないため、この一回で激しく疲労を負ってしまったらしい。

 

 加えて。

 

「……これ、どうかな。目、合ったと思う?」

「確実に。アレキさんとアリア、ケニッヒ。チャルちゃんは見えていないようでしたが……見られましたね」

「じゃあ簡単な問題だ。僕らが取るべき手段は?」

「迅速な帰宅です」

「正解」

 

 予想外は好きだけど、予定外はなぁ、と思う。

 これ結局タンク種の融合を見ることができないし、チャル達の行く末も観測できない。なんだよ流れ弾って。妨害にもほどがある。

 

「申し訳ありません、フリス。私の容量が小さいばかりに……。これを機に動力炉を改良してくれたりしませんか」

「それくらい自分でやりなよ」

「えー。結構効率化図ってるんですよ、これでも。私への入力は全体に影響しないんですから、ささ、神なりし者の叡智を」

「僕別に神様とかじゃないから遠慮しておくよ」

 

 フレシシを抱え、夜の街を飛んでいく。

 東部区域の火事をバックに、ぴょんぴょんと。

 

「というか私が転移させなくともフリスがやればよかったのでは?」

「そうだねぇ」

「それ、勝手にやったのは自分だろ、という声色ですね」

「うん」

 

 まぁ。

 あとから事の顛末を聞こう。死んじゃったらその時はその時だ。それは悪くない。母アリアがいるから大丈夫だとは思うけどね。

 

 それじゃあハッピーバスディ、アレキ。僕からのプレゼント、存分に楽しんでほしいな。

 



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無理矢理力を与える系一般上位者

 機奇械怪(メクサシネス)には原種と呼ばれる五種が存在する。

 積極的に敵を狩りに行くハンター種、テリトリーを作ってその中に入って来た敵を迎撃するプラント種、他の機奇械怪をより積極的に捕食するプレデター種、他の機械を統制するオーダー種、そして転移や念動力などを扱うサイキック種。

 僕が最初に作った機奇械怪五種であり、そこから基本種、特異種、融合種が派生する。先日のドッグスはハンター種の基本種、タンクはプラント種の基本種。エンジェルは……まぁ個体によるけど、オーダー種の特異種かな、一応。

 これら種別は得意分野が違う、というだけで、特に種族が違うとかそういうことはない。だから他種同士での融合や捕食は可能だし、あるいはパーツを分け与えての修理、なんかもできる。そんな風に手を取り合う機奇械怪はまだ見たことが無いけど。ちなみにフレシシはサイキック種に分類されるね。

 

 原種の五機はまだ地上で元気にやってるはずだ。そう簡単に壊れる性能にはしていないし。そして、彼らが自己増殖や自己発展を繰り返した結果、デッドコピーとでもいうべき機奇械怪が生み出された。それが第一世代……僕の手から離れた機奇械怪の最初の世代。

 機奇械怪達に搭載されたAIでは、己の体の完全複製をするには至らなかった、ということだ。

 

 ま、元よりそこは期待してなかった。同じものが増えたって仕方がないしね。

 それで、そうして、デッドコピーとコピーと、時たまの突然変異を機奇械怪が繰り返していった結果、この星『メガリア』は滅びを迎える事となる。地上に残された国は僅か五つ。その内四つが困窮に喘ぎ、今にも滅亡しそうな勢い。

 残りの一つは独自に開発した機奇械怪を寄せ付けないフィールド、とやらで他の国より優位に立っているけれど、燃料問題に窮しているらしい。

 

 そんな中、早々に地上を切り捨て空へと逃げた者達。それが人工島ホワイトダナップに住む今の人々の先祖であり、だからこそ地上の国々では「臆病者」だとか「逃亡者」だとか言われる対象となっている。ま、その中にはもう侮蔑だけでなく羨望も含まれるんだろうけど。

 もう長い事地上に降りていないホワイトダナップ。その燃料がどこから来ているのか──は、僕と政府のみぞ知る、って感じかな。

 

 ところで、機奇械怪といえば、これらと戦う奇械士(メクステック)も武装に機奇械怪のパーツの一部を用いている者達がいる。なんならアレキのアレも機奇械怪のパーツだ。それを加工・改造したものであると言えよう。僕がチャルに渡した銃も、ね。

 たとえパーツとなろうと、機奇械怪は進化を続ける。アレキの刀も、チャルの銃も。無論動力炉が付いていないから各自で充電なりメンテナンスなりを行うのだろうけど……。その度に、戦闘を経る度に、段々と使用者の最適解へ、そして己の生存の最も良い形に変化していくはずだ。過程において、あるいは使用者を動力炉として認め、取り込みにかかる可能性すらある。

 それはそれで、悪くはない。

 

「ここへ来るのも久しぶりだね」

「ですねぇ」

 

 砂を踏みしめ、歩く。

 砂漠。あるいは荒野。どこまでも広がる赤い砂丘に、数多の瓦礫……廃墟と化した建物群が突き刺さるように倒れている。

 昔はここにも都市があった。各国の流通ルートの中心となる貿易都市であり、ここへ来ればなんでも手に入る、と言われた程の都市。

 ──無論、有機生命を糧とする機奇械怪によって、栄光は砂塵と共に消え去ったけれど。

 

 さて、僕がここに何をしに来たのかといえば、所謂経過観察である。

 当然だけど、動力源を求めてホワイトダナップに来る木端機奇械怪より、地上で長い間変異と融合を繰り返してきた機奇械怪の方が僕の目的を達成している可能性が高い。フレシシがいるのでプレデター種以外の機奇械怪は襲ってこないし、襲ってきたとしても特に問題は無い。

 全体へのフィードバックがされてしまえば入力になってしまうけれど、その場で完全に機能停止、破壊にまで追いやれば然程問題になることはないのだ。

 

「この辺りはライガー種が多いね。群れでも形成しているのかな」

「恐らくは。地上はプラント種やプレデター種が多いですからね、彼らのような体の小さな種は寄り添って狩りを行ったり、守りに身を固めるのが合理的だとわかっているんでしょう」

「群れるくらいなら一つに融合した方が楽な気もするけど」

「これは一般機奇械怪の意見ですけど、機奇械怪にも個というものはあるんですよ? 融合を選択するのは最後の最後、人間に破壊され、意思なき鉄くずになることを恐れるがためです」

「へえ。じゃあ恋心もあるのかな」

「そういうのはないですけど。だって自己増殖が可能ですし、繁殖の必要が無い以上誰そ彼そに恋慕を、なんて馬鹿らしいじゃないですか」

 

 フレシシのこういう所も面白いものだとは思っている。

 前にも述べたけれど、僕は恋愛感情というものを肯定している。他、家族の縁だとか、兄妹の契り、仲間という名の悪絆(くさり)。そういう人と人との繋がりというものは、時に誰もが考えもしなかった結果を導き出す。

 長く生きてきて、僕は何度もそれを見てきた。

 だからもし、機奇械怪に恋心が芽生えたのなら、それは悪くはないことだ。そこから生まれる何かもあろう。

 

 アレキとチャル、だけじゃない。

 母アリアと父ケニッヒ、あるいは他の奇械士。他国の国防を司る者達。盗掘者。

 機奇械怪はもっと学ぶべきだ。単なる動力源でなく、目の前のそれを教材として。

 

「機奇械怪で恋心といえば、いたじゃないですか。数年前の、ほら……二人組」

「ああ。地上を旅してたあの変わり者たちの事か」

「自覚はないようでしたけど、機奇械怪の方は確実に恋をしていましたよ」

「そうだったかな。あれはまだ幼過ぎて恋愛と親愛の違いも区別できなそうに見えたけど」

 

 実は、人の形をした機奇械怪はフレシシだけじゃない。

 それもそのはず、フレシシとて自己増殖を行う。僕と共に地上にいたころに増殖したデッドコピー……武装のほとんどを失い、それでも性能はフレシシに比肩し得る彼女は、名をピオと名付けられていたか。

 

「ピオ・J・ピューレ。私にとっては娘であり他人であり……なんだか変な感覚なんですけどね」

「あはは、己を複製してできた機奇械怪に家族の情愛を抱いている機奇械怪なんていないんじゃない?」

「少なくとも私はそうですけど、全体がそうであるかは知らないです」

 

 そう、ピオだ。ピオ・J・ピューレ。

 フレシシの記憶を引き継いだわけでもなく、ただ複製体として投げ出された彼女は、数十年に近い放浪の末、人間のパートナーを見つけていた。こっちもこっちでかなり珍しい、地上を旅する人間。

 名を──古井戸。

 うん。何の冗談だって聞き返した覚えがあるけど、名前は古井戸だと言っていた。本名は覚えていない、孤児なんだって。

 とかく、ピオと古井戸は世界各地を旅していた。それが数年前で、そこに恋心があったというのなら……もう成就している可能性はある。

 機奇械怪と人間の恋なんて、面白い事この上ない。絶対機奇械怪側になんらかの特異反応が起きているはずだ。是非とも見つけたいもの……だけど。

 

「あぁ、探知とかしなくていいからね、フレシシ」

「言うと思ったので立ち上げてませんよ」

「うん。こういうのはばったり出会うからいいんだ。それに、既に野垂れ死んでいる可能性もある。期待は期待で留めて、確定させないでおこう。その方が失敗の時のがっかりも少ないからね」

 

 震動。

 

 フレシシに手を差し伸べる。

 それを彼女が取った事を確認して──次の瞬間、僕らは近くの廃墟の上にいた。

 

 直後、先程まで僕達がいた場所の砂地が大きく凹む。凹んで、ドンと大きな音がして。

 節。節。蛇腹。ギチギチと音を立てるメタリックなソレが特徴的な、長大な身体の持ち主が、砂の中からその身を躍らせた。

 円形の口にびしりと生え揃った歯。あれはたとえコンクリートの壁だろうと鉄壁だろうと掘削するシールドマシン。形状を加味すると、かつてこの星に存在したアグナザという種類の魚類に似ているか。彼らは地中に棲み、砂中に潜むサソリやカエルの類を動力源として活動している他、時たまこうして砂上にいる機奇械怪を捕食しに来るプレデター種だ。

 その巨体に反して動力炉が小さいことも特徴で、そんなに長い間は活動していられない。ま、だからこそサソリやカエルみたいな小さな生物を食べるだけでお腹いっぱいになれるところはあるんだけど。

 動力炉を改造する進化の過程で、効率を考えた結果動力炉を縮めて極力動かず必要な時だけ動けばいい、なんていう自堕落な方向にシフトした機奇械怪。

 プレデター種特異種ランプリー。

 それがフレシシを狙ってきたのは、余程お腹が空いていたのか、それとも──。

 

「──いたぞミディット! もうだいぶ弱ってる! 仕留められる!」

「ええ、でも油断しないでね、ケイタ!」

「わかってるさ!」

 

 やっぱりか。

 ホワイトダナップからは結構離れているけれど、あの格好はホワイトダナップの奇械士(メクステック)だ。この地域に来るのは少し深入りしすぎな感は否めないけど、それだけ自信あり、という感じか。

 男女の奇械士。武装は大きなハンマーと杭打機。どちらも装甲の厚い機奇械怪には有効だけど、ランプリーにはどうかな。柔軟性に秀でたランプリーには相性は微妙な気がしないでもない。

 

 そして──その二人を追いかけるように飛んでくる、カメラ付きのドローン。

 あれは奇械士協会の監視及び連絡、指示用の撮影ドローンで、そしてあれこそが島外作業員と居住区域巡回奇械士を差別する現況。

 あのドローンで撮影された内容は政府の広報課に回され、都合の悪い部分を編集した上でお茶の間のテレビに放映する。その編集にはもみ消しだけでなく演出も含まれ、それが結果ヒーローショーのようになっている、というわけだ。

 

 ただ、ホワイトダナップとの距離からして……そろそろ操作受付範囲外のはず。画像も鮮明じゃなくなってくる頃合いだ。僕の知らない内に改良とかされてなければ、だけど。

 

「……フレシシ」

「はい」

「アレ。捕まえて、固定して。壊さないで、カメラもどっか適当な方向に向けて」

「わかりました」

 

 アレキとチャルへの入力は失敗した感が否めないけど、こんな僻地なら両親も来ない。 

 この二人で試すのはアリだ。

 

 フードと仮面を確認して。

 

「認識Code【ポトス】」

 

 呟きながら、ランプリーの上に乗って──今まさにこれを叩き潰さんとしていたハンマーを左手で受け止める。

 

「は──あ、なァ!?」

「こ……子供!?」

 

 そしてそのハンマーに向かって、右パンチ。

 誰に師事したとかはない。人間に師事した事など一度もない。何のへったくれも無い、ただの拳。

 

 ──それを受けて、巨大で重厚なハンマーは粉々に砕け散る。

 受け止められたことの驚愕と、どちらが上だったか。

 男……確かケイタと呼ばれていた奇械士は呆然とし、けれどすぐに我を取り戻して後退した。凄いね、こんな予想外があって、ちゃんと判断ができるのか。

 ミディットと呼ばれていた奇械士の方も油断なく杭打機を構えている。うんうん、いいね。恐怖や混乱に陥ってしまうよりずっといい。

 

 これなら、試し甲斐もある。

 

「てめェ……何者だ!」

「キューピッド」

「はぁ!? ふざけてんのか!?」

 

 君達の恋を応援するキューピッドだからね。間違ってない。

 ああフレシシ、笑いをこらえているのは見えているよ。

 

「ふざけてはいない。ただ、興味がある。──君達は、カップルかな」

 

 紅潮するのは……ミディットだけ。ケイタの方は、怒りで顔を赤くしてはいるけれど、恋愛のそれじゃないね。成程、片思い。あるいはケイタが朴念仁なのかな?

 

「け、ケイタ! ダメ、挑発も威嚇もダメ。ケイタのハンマー一発で壊した相手だよ? 慎重に行かないと……」

「っ……そうだった。ありがとな、ミディット」

 

 いいね、ここも青春ラブコメアクションストーリーだ。

 けれどあと一歩が踏み出せないと見た。それじゃあ、弱って動力源を探して、彼我の力の差さえわからなくなってフレシシに噛みついてくるような──そんな弱者たるランプリーを倒したって、なんの発展にもならないだろう。

 転移。

 何かを送るのではなく、持ってくる転移。

 引き出すは二十二。先日の戦いで殲滅されたタンク種の亡骸。

 

「サイキック!?」

「まさかコイツ、機奇械怪か!?」

「認識コード【トラッツ】」

 

 今の今まで完全に停止していたランプリーが動き出す。

 その目に入るのは僕……ではなく。

 幾らかの人間を食べた動力炉を持つ、タンクの残骸。動力源にされた人間が助かる可能性は五分。身体が徐々に溶けていくので、助かるかどうかは見た目でわかる。助かるものは既に抜き出されていて。

 助からないと判断された者は、動力部から動力炉を切り離した上で、後々丁重に冥府へ送られる──予定だった。僕がここに持ってこなければ。

 

 さぁごちそうだ。

 何日も食べていなかっただろう、この大きさの糧は。

 

 ついでにタンクの亡骸も食らうと良い。

 そうして強くなれ。死に瀕し、ゆえにこそ高みを求めろ。

 それが君の強さとなる。

 

 

 

「……融合、した……か」

「ッ、撤退するよ、ケイタ! 今の装備じゃ無理!」

 

 二十二の砲塔を翼のように構えるワーム。ランプリー。アグナザ。とうの昔に滅びた古い古い島国の言葉を敢えて使うなら、ヤツメウナギ、という奴。

 

「ダメ。それじゃあ、意味が無い」

 

 あたり一帯を半透明の壁で球形に囲む。地上の国が使うフィールドを、僕なりに改良したもの。

 外からの攻撃も、中からの潰走も許さない檻。

 

 簡単だよ。勝てばいい。勝って告白しちゃえばいい。そうすれば彼の心は君のものだ。なんたって今、彼は守られるしかないんだから。

 

「ッ、協会本部へ緊急要請! 島外作業員ケイタ・クロノア、同じく榊原・ミディット! 正体不明の敵と邂逅、子供の姿をした機奇械怪! 個体名キューピッド!! 場所は地上西部廃墟群! 距離8㎞! 至急応援を──」

「ケイタ! ──ッあ、ぐ」

 

 通信端末へ怒鳴りつけるケイタの身体を、ミディットが突き飛ばす。

 

 直後──轟音が立ち昇った。

 それは当然、ランプリーだ。回復しきり、融合による強化を終えたランプリーが砂中に潜り、普段狩りをするように飛び出した。それだけ。

 

 それだけで……彼女の半身は。

 ……失望だ。その程度で終わってしまうのなら、青春ラブコメアクションストーリーには成り得ない。それはただの雑兵だ。英雄ではなかった。それだけ。

 

「み……でぃ、と?」

「ぁ……アアア!」

 

 ああ、けれど。それは。

 そればかりは、流石に驚いた。思わず口角も上がってしまっていた事だろう。

 

 だって、死んだ。絶対に死んだと思った。いや、いや、人間なら、人間生物なら、確実に死んでいる。その傷は。だって下半身が。そうなったら、絶対に死んでいる。

 それでも動けた。ミディットは、動いた。文字通り死に物狂いで動いて、その武装たる杭打機をシールドフィールドに突き立てて──爆発的な威力を集約させる。

 オーバーロードだ。本来出せない……出してはいけない威力を出した。出せば己が腕や肩が壊れるからとセーブしていたのだろう威力を、その死に体で。

 

 結果。

 球形のフィールドに、穴ができる。綻びが。

 人一人が通り得る穴が。

 

「ミ、ディ……」

「──」

 

 何かを喋ろうとした。恐らくは「行って」「振り返らないで」とかその類だろう。

 けれど、内臓から逆流した血液がそれを許さない。ごぼりと吐かれた血液がそれを防ぐ。妨げる。

 

 もう無理だと、誰にでもわかった。

 

 ……そして、機奇械怪に慈悲というものはない。

 次は二人とも食べると言わんばかりに砂へ潜るその姿に、ケイタは。

 

「──ごめん。……ありがとう!」

 

 聞こえていたかは定かではないけれど。

 その言葉に、ミディットは目を閉じ、弱弱しく口角を上げて……力尽きる。倒れる。

 ああ、その顔に絶望を浮かべて……けれどケイタは走り出す。逃げ出す。生かされたことを自覚し、蛮勇を奮わない。生きる。その意思が伝わってくる。

 

 ならば、君の運命にも試練をかけよう。

 

 フィールドを、解除する。

 これ幸いにとケイタを追いかけていくランプリー。頑張れ。君が生き残り、ホワイトダナップまで辿り着けたら君の勝ちだ。途中でランプリーか、他の機奇械怪に食べられたら君の負けだ。

 

 なぁ、ランプリー。何も思わないか。今のを見て、素晴らしいって思わないか。

 ……思わないか。

 

 ケイタの姿が遠ざかっていく。ランプリーの出す震動も遠ざかっていく。

 僕のもとに残ったのは、半身の無いミディットという女性だけ。

 

「よ、っと。ドローンはもう壊しましたけど、良かったですよね?」

「うん。問題ないよ。通信端末を含め、色々聞こえていただろうし」

「流行りの第三陣営ムーブ、ですか」

「これは黒幕ムーブじゃない?」

 

 さて、それよりも、である。

 ケイタとランプリーの行く末は気になるけれど、ランプリーには発信機を付けてある。応援に駆け付けた奇械士によって壊されるならそれで良し、ケイタを食らって逃げてしまったのなら、僕が直々に壊さないといけない。何故ってモロに入力しちゃったからね。

 で、それよりも。

 

「うん……まだ生きてるね」

「あと幾許の時もない、が正しいのでは?」

「あはは、魂がここにあれば生きているよ。もうすぐ離れるのは事実だけど」

「魂とはまた、ファンタジーな」

 

 魂は存在する。

 なんなら機奇械怪の動力だって……って、今はいいんだ。

 

 それより。

 それより。

 

「僕はさっき、とても感動した。ミディット、君は死んでいたはずだった。確実に死んだはずだった。半身だ。下半身だ。その全てを持っていかれて死なない人間がいるのかい? いや、いるんだろう。死にはしないのかもしれない。けれど気が狂うほどの激痛だったはずだ。それを、その最中、苦痛と激痛の最中、君は彼を逃がす行動に出た。命を削り、身を削り。好きな相手を逃がすため、生かすためだけに全霊を使った。──感動したよ。君は悪くない。その弱さは罪だ。勿体ない程の。高潔な魂に反し、肉体があまりにも弱い。弱すぎる。失望していたんだ、その事には。だから」

 

 だから。

 

「──君に力を与えよう。生きる力を。強い力を。あぁ、けれど、決してバレてはいけない。決してバラしてはいけない。君はこれより生まれ変わり、新生し、新たな存在となる。君が君であることは引き継ぎつつ、新しい生を得るんだ。──これは僕からのプレゼントだよ、ミディット」

 

 反応はない。

 もう、彼女は、もうすぐ。すぐにでも。

 

 だから、その下半身に。

 何もない下半身に手を翳して。

 

「──ハッピーバスディ、ミディット」

 

 そこに身体を創り上げた。

 

 

 

 

「──!」

「目覚めたかい?」

「……っ、キューピッド……!」

 

 瞼を開き、周囲を確認し。

 僕を視認したと同時、物凄い速さで後退した彼女に、うんうんと頷く。

 失敗なんてありえないことではあるけど、この世に絶対は無い。低すぎる確率の一つを引いてしまう可能性を考慮して一応目を覚ますのを待っていたけれど、良好のようだね。

 ここは簡易で作ったテントの中。近づく機奇械怪はフレシシがぶっ壊しまくってるから安全だ。転移系のエネルギー損耗の激しい機能を使わなければ、彼女は最上位奇械士とも渡り合える性能を有している。

 

「どうかな、足腰の調子は」

「……? ……!?」

「ああ、あんまり強く引っ掻くのはやめた方が良い。それはただの皮模(スキン)だからね。弾力は人間と同じくらいにしたつもりだけど、中身が金属であることに変わりはない」

「金属……まさか、これは!」

「そう。機奇械怪だ。君が死にそうだったから、機奇械怪の下半身を与えてあげた。馴染むだろう?」

 

 義足という奴だ。範囲は足だけに及ばないけど。

 ミディットはそれを聞いた途端、自身の足に拳を入れようとして、けれどやめて。それを何度か繰り返して……ぽふん、と。

 ベッドに仰向けになった。諦めたらしい。

 

「……あなたは、何者なの」

「キューピッドだよ」

「……エンジェルの、一種?」

「まぁ好きに想像してよ。はい、お水。喉乾いたでしょ? あ、喉の血とか、内臓の位置とかは調整して掃除しておいたから安心してね」

 

 確かに、言われてみればキューピッドはエンジェルの一種に捉えられるかもしれない。エンジェルというより神だけど。あ、僕ホントに神様の類じゃないよ。

 これはまた先のエンジェル現出事件に絡められそうだなぁ。

 

「落ち着いた?」

「ええ……落ち着ける状況じゃないけど、どうしようもないみたいだし」

「それは悪くない判断だね。それじゃあ落ち着いた君に、二つの選択肢を迫るとしよう」

 

 指を差す。

 

「君は半分機奇械怪で、半分人間だ。これがどういうことかはわかるよね?」

「……もしバレたら、解剖と実験で一生を過ごす」

「いいね、理解が早い。人間もあんまり信用していない。逸材だ」

 

 人間の汚さを理解しているからこそ、そして己の価値がわかってしまったからこそ、理解も早いし──勘違いも深い。

 

「まず一つ。普通に帰る。ケイタと奇跡の再会をして、奇械士としての通常業務に戻る。ただし莫大に跳ね上がった身体能力は隠さなきゃならないし、君の死をまじまじと見たケイタには怪しまれるだろう。あるいは偽物じゃないかと糾弾される未来も見えるね」

「……」

「次に、機奇械怪として生きる。これはちょっとおすすめしない。君の上半身は生命だからね、彼らにとっては普通に餌だ。寝る暇もなく襲われ続ける生活が好きならコレがいいかもしれないけれど、どうかな」

「……嫌よ」

「それは良かった。これが良いと言われたら、僕も君を狙わなきゃいけなかったからね。──じゃあ、最後。簡単だ。正体を隠してホワイトダナップに戻る。あぁ、他の国に亡命するという手も見えるかもしれないけど、それは無理だよ。何故って今の君は強すぎる。すぐに悪目立ちするだろう。けれど、ホワイトダナップなら──」

「強化された私とさえ肩を並べる奇械士が幾人かいる、か」

「うん、そう」

 

 たとえばウチの両親とか。

 それに肩を並べる奇械士や、それ以上のもいる。

 存分に訓練出来て、ライブラリが完備されてて、居住区域で実戦経験を、厚い先輩に囲まれて島外での討伐経験を、何よりホワイトダナップの芳醇な香りにつられて来るさまざまな種の機奇械怪と戦い得るあの島の奇械士は、どこの国よりも恵まれている。

 だからこその強さだ。叩き上げだけでは得られない地力がそこにある。

 

「仮面と変声機、その他必要なものはこっちで用意しよう。ミディット、君だとさえわかられなければ、ケイタとも話ができる。残念ながら経歴だけは白紙に戻るけどね。あぁ、そんな怪しい姿でも奇械士になれるような便宜は僕が図ってあげるよ」

「……そんなことができるなんて、あなた本当に何者? 機奇械怪じゃ……無い?」

「協力者がいるんだ。君が怪しんでいる政府塔にね」

「……ソイツは、人類全体の裏切者ってことね」

「共犯になるんだよ、君も。いやもうなった、が正しいね。ここで自らの命を絶つのでない限り」

 

 政府塔の内通者。

 これは本当にいる。僕がどういう存在なのかを知る人物がいる。その人物は大きな大きなリターンの代わりに、このホワイトダナップに所属する全ての人間をリスクとして差し出している。

 

「キューピッド」

「何かな」

「今ここであなたを殺す、というのは?」

「できるのかい?」

「……いえ、やめておくわ。ケイタのハンマーを壊したのもそうだけど、発言を思い出す限り……あなたは、機奇械怪に対する絶対権のようなものを行使できる。私の足にもできるんでしょ?」

「驚いた、そこまで頭が良かったのか。耳も良いし、記憶力も良い。本当に逸材だ」

「馬鹿にしないで。……最後の選択肢を取る。それで、その内通者を殺す」

「あはは、そういうのって心に秘めておくものじゃないかい? 僕に言ってしまっていいのかい?」

「今少し話しただけで、わかった。多分その内通者というのは私の想像しているよりも高い地位にいる人。──だからこそあなたは話さない。()()()()()()()()()()()

 

 ……おお。

 僕、その辺の事話したっけ。

 凄いな。もし本当に会話だけで見抜いたというのなら、こんなに面白い拾い物はない。

 いいね、先日の流れ弾で少しばかり運気を邪険に扱っていた僕だけど、これならば。

 

「うん、正解だ。それじゃ、話もまとまった事だし。ミディット、君をホワイトダナップに送ろう。あ、そうだ。名前は何がいい? 新しい名前だ」

「……メーデー」

「悪くない名前だ。あぁ、そうそう。帰ったら沢山ご飯を食べてね。その下半身は通常の機奇械怪と同じで、有機生命を動力源にしている。だから、十二分なご飯が与えられなければ──その下半身は君の上半身に手を掛けるよ」

「ちょ、そんなの聞いてな──」

「それじゃ、おやすみ。改めてハッピーバスディ、メーデー」

 

 ミディット改め、メーデー。

 しばしの休息を。そして、これからの活躍を期待しているよ。

 



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人質を取って言う事を聞かせる系一般上位者

 ユウゴ、リンリー。その他、件のエンジェル転送事件で死んだ生徒に手を合わせる。

 特に何か思う所があるわけではない。最年少奇械士(メクステック)としてアレキが出てきたことは異例中の異例であり、チャルは僕の手が入らなければただの子供で終わっていたことだろう。それくらい、学生というものには価値が無い。

 ただ、可能性の芽を潰すことをよしとしているわけじゃない。価値のない彼らが奇械士を志し、そうして価値のあるものに変わっていく事も知っている。学生のうちに死んだ彼らに価値も罪もなく、だからこそこのお葬式だ。参列者には涙を流す者や沈痛な面持ちを見せる者もいる。もし彼ら彼女らが復讐心から奇械士になってくれるなら万々歳だ。

 過去を振り返る、死者を悼むという行為は、生者を奮い立たせる良い効果がある。

 

「……フリス」

「うん」

「私、強くなるから」

「うん。応援してる」

 

 そしてそれは、チャルにも、その隣で黙すアレキにも言える事。

 決意か、憤怒か。それとも別の何かか。

 悪意の贈り物(プレゼント)をしてくれた誰かには拍手を送らねばならないだろう。単なる学生に過ぎなかった──運動も勉強もできなかったチャルが、今やアレキの相棒として奇械士をしっかり務めている。聞けばもう一人で機奇械怪(メクサシネス)を相手にできるようになったとか。

 それは僕の与えた銃の性能だけじゃない、何の価値も無かったチャルが、自ら付加価値を獲得した証明だ。今後彼女は、居住区域の巡回奇械士としてだけでなく、外縁での迎撃、そして島外作業員として地上の大型機奇械怪の討伐にも出向くようになるのだろう。

 

「チャル」

「……なに?」

「後で、僕の家に来て欲しい。渡したいものがあるんだ」

 

 ──ならば。

 それに見合うモノは、必要だろう。

 

 

 

 

 7月20日。正午──。

 午前中に行われた葬式が終わり、アレキとチャルが奇械士協会に帰らんとしたタイミング。チャルはそれはもうわざとらしく「あ、用事があったんだった!」なんて言ってアレキのもとから離脱し、僕の家に来てくれた。もう少し演技力を鍛えようね。

 

「それで、フリス。渡したいものって何?」

「コレだよ」

 

 どこかそわそわした様子のチャルに、それを見せる。

 直径20mmの、何者かの横顔が描かれた金属。

 

「……コイン?」

「オールドフェイス、って呼ばれてる」

「オールドフェイス……?」

 

 そう、コイン……いや、硬貨だ。

 もう誰も覚えていない、機奇械怪が現れる前──正確には機奇械怪が人類に牙を剥く前に使われていた、世界共通硬貨。本来の名前は他にあるけど、多分通じるのはこっちだろうから。

 

「機奇械怪の動力が何かは知っているよね」

「え、あ、うん。生きとし生けるもの……人間に始まって、虫とか魚とか、今はいなくなっちゃった動物とか、だよね」

「そう。けど、機奇械怪が元からそういったものを必要としていたわけじゃないんだ」

 

 機奇械怪。

 これが昔からこんなにも狂暴な機械だったら、とっくに討滅されている。増え切る前に、あの広範囲に破滅を齎す爆弾とかで。

 それがそうならなかったのは、意外、だったからだ。

 思ってもみなかったんだろう。まさか、日常的に使っている機械類が暴走し、独立・自律して動き出す、など。

 

 僕の作り上げた五種の機奇械怪の内の、オーダー種。それから発された信号が、機奇械怪の卵とでもいうべき便利な機械類の孵化を促した。

 人類は背後から討たれたのだ。己らが便利だ便利だと使っていた機械達に。

 そして、五種の機奇械怪のデッドコピー達と卵たちが合流して、莫大な波となって世界を覆い尽くした。それまで便利な機械は全国シェア率1位だったからね。

 

「本来機奇械怪に必要な動力はオールドフェイスだ。これは、地上の廃墟で探せば少しくらいは見つかると思う。……いいかい、チャル。僕の上げた銃もオールドフェイスを入れる口がある。それを入れた時、あの二つは本来の力を取り戻すだろう。ただし時間制……制限時間がある。オールドフェイスを入れてから、三日。その間しか稼働しない。その後は元の銃に戻るだろう」

 

 機奇械怪の前身と言える機械類たちは、そういうものなのだ。世界共通硬貨によって決められた時間動かせる便利な機械。もうそのほとんどが機奇械怪と融合しただろう。だけど、少しくらいは残っているかもしれない。

 オールドフェイスを必要とする便利な機械が、どこかに。

 

「ふ、フリス」

「分からないところでもあったかい?」

「それって……コレが沢山あれば、人類は機奇械怪と戦わなくて済む……ってこと?」

 

 ……おや。

 チャル相手ならその辺突っ込まれないと思っていたんだけど、少しばかり侮っていたか。

 この子はそういった地頭の部分も賢くなっている。ふふ、僕としたことが、人間を測りかねるなんて。うん、悪くないよ。僕の予想を超える事はとても良い事だ。

 

「オールドフェイスは量産が利かなくてね。僕も、手持ちはこの一枚が最後だ。僕がこの家の養子になる前、地上にいたことは知ってるだろ? その時見つけたものだからね」

「……もし、これの生産方法がわかれば」

「ああ、それは、あるいは、と言ったところかな。生産装置なんてものが現存しているのなら、とっくのとうに機奇械怪が占拠していそうなものだけど」

「だ……だよね」

 

 それに、オールドフェイスに生産装置なんてないし。

 

「さて、チャル。外でアレキが待ってる。そろそろ行ってあげるといい」

「え、アレキが?」

「……へぇ、呼び捨てする関係にまでなったんだ」

「あ、いやっ、違くて!」

 

 うんうん、いいね。

 学校が無くなってからチャルはギルドに詰めきりで、僕と会う時間が減っている。代わりにアレキといる時間が増えている。だから心が固まるのは時間の問題だと思っていたけれど……うんうん、これは、予測よりも早く成就するかもしれない。

 ……まだ。

 まだ、チャルには、僕を好きだった事の影がある。

 今こうやって言い訳をするのは、僕への好意が残ってしまっているからだろう。

 さてこれを振り払うには……。

 

「いいから、チャル。午後も仕事なんでしょ?」

「あ……うん。じゃあ……じゃあね、フリス」

「うん。いってらっしゃい」

 

 ……僕が死ぬとか、大怪我を負うとか、そういうのだと余計な感情を引き立てそうだし。うーん、保留かな、これは。

 あるいは、アレキの方にちょっかいをかけてみようかな?

 

 

 

+ * +

 

 

 

 怪しい。

 

 アレキは怪しんでいた。それはもう、とても。これ以上ない程に。

 

「アレキ、どうしたの? 顔が怖くなってるけど……」

「チャル。どうしたもなにも、怪しいと思わない? あの人」

「ああ……メーデーさん」

 

 メーデー。

 政府塔から直接派遣された奇械士であり、他国で地上の大型機奇械怪の討伐を担っていた一人だと聞かされた。何故ホワイトダナップに来たのかといえば、国が滅んだから。確かに二か月程前、地上のある国が滅んだことは報道されていた。

 だからその経歴はおかしくないのかもしれない。

 だが──。

 

「いつもフード付きの赤茶コートで、パンプキンの仮面……黒のインナースーツに白いブーツと白手袋。その国の正装だ、って聞かされたけど……どう考えても仮装か何かにしか」

「アレキ、ダメだよ。人を外見で判断するのはよくないんだよ?」

「それは……そうなのだけど」

 

 怪しかった。

 恰好が。これでもかというほどに。

 

「それに、メーデーさん可愛いトコもあるんだよ」

「可愛い所?」

「うん。あのね、メーデーさん。すっごく──」

 

 チャルが言葉を発す、直前のこと。

 メーデーが通信端末を見て、血相を変えて──顔は見えないので変えた雰囲気を出して──どこかへ去っていく。

 

 気になる。

 

「あ、ごめんね。すっごく、何?」

「……アレキ、顔に『どこに行ったか気になる』って書いてあるよ」

「う」

 

 ジト目で。

 チャルが、アレキに。

 ……あるいはアレキがもう少し恋愛経験に長けていれば、その目線に多少なりと嫉妬が含まれている事にも気付けたかもしれないが。

 

「どうする?」

「追うのは……それこそプライバシー侵害でしょう」

「でも、気になるんでしょ?」

「う」

 

 気になる。

 怪しい怪しいとは言っているが、政府が認めた奇械士であることに間違いはない。だから何を怪しんでいるのか、アレキ自身にもわかっていない部分がある。

 

 もやもやを、解消したい。

 その心がアレキにはあった。

 

「ちょっとだけ。ちょっとだけ……尾行してみましょうか」

「うん。バレちゃったら一緒に謝ろう!」

 

 天才でも、アレキもチャルも年相応のブレーキしか持っていない。

 そしてそこに、二人を止める大人が丁度、狙いすましたかのようにいなかった。だから二人は、メーデーの後を尾行けて。

 

 そこで衝撃の光景に出会(でくわ)すことになる。

 

 

 

 

 

「どこまで行くのかしら……」

「この辺……倉庫区ってあんまり来たこと無いけど、こんな風になってたんだ」

「私も、構造図で見たことはあっても、来たのは初めてね」

 

 メーデーを尾行する事30分。

 驚異的な身体能力で家々の上を、ビル群の隙間を移動するメーデーにやっとの思いで追いつきながら、アレキとチャルはホワイトダナップの中層……倉庫区画にまで来ていた。

 人工島ホワイトダナップは、その名の通り巨大な浮遊島だ。その隅から隅までに人の手が入っていて、だから地盤も何もないし、あらゆるところに色々なものが敷き詰められている。

 その中の、倉庫区画。

 薄暗いその区画にメーデーは入って行って……ふとコンテナとコンテナの間に入った。

 

 何用か。その怪しさも相俟って、悪事でも働いているのではないかとアレキが考えた──その直後のこと。

 

「キューピッド……あなた、こんな所に呼び出して、何のつもり?」

 

 普段「ええ」とか「わかったわ」くらいしか喋らないメーデーの口から放たれた怒気の混じる声に、びくりとする二人。

 そしてそれを覆う──あり得ない名前。

 

 キューピッド。

 先日、島外作業員の奇械士二人が正体不明の機奇械怪に襲われた。その時に現れたのが、キューピッド。命からがら逃げ帰った奇械士曰く、子供の姿をし、転移を自在に操り、他の機奇械怪を従えるような行動を取る、と。

 オーダー種、サイキック種の二つの特性を兼ね備えた機奇械怪。それも小型。

 そんなものは前例に無い。

 

 だから、驚いた。

 驚いたし確信した。やはりメーデーを怪しいと思うアレキの直感は正しかったのだと。そして。

 

「何、上手くやっているかな、と思っただけ」

 

 聞く者を不快にさせる声。合成音声とも違う、何か、奥底を揺らすような声。

 それがキューピッドの声だと理解するに時間は要さない。

 

「……上手く、というのは。私にこんな格好をさせて、これでもかってくらい怪しませている事と関係があるのかしら」

「その恰好を指定したのは政府側だからね。こっちに文句を言われても困るよ」

「あぁ、そう。それで、いい加減用を話しなさい。ただでさえ疑われているんだから、あまり長い事ギルドを抜けていられないの」

「そうかい、それは悪かったね。じゃあ、用件を話すけど──その前に」

 

 悪寒に従った。

 アレキは自らの直感を信じている。だから背筋を走った冷たいものに従い、チャルを抱きながら前方に転がる。

 ……アレキに見えたのは、先程まで自分の体があった位置に走る赤い雷のようなもの。

 

「っ、誰!?」

「お客さんだよ、メーデー。ああ、まずいね。僕らの話を聞かれたかもしれない」

「……あなた、わかってて……!」

 

 転がり出でて、アレキは向き直る。

 メーデー。そして──その隣にいる、鳥の仮面をつけたフードの少年。

 その姿。あれはいつか、タンク種の異常発生があった時、遠くの高台からアレキたちを観察していた二人組の一人。

 

「説明は、してくれるのよね、メーデーさん」

「……キューピッド」

「僕は手を出さないよ。それに、丁度いい機会じゃないか。天才と謳われている最年少奇械士二人を相手に、ソレを試せるんだ。ああ、安心して。どれだけ暴れてもいいように、シールドフィールドを張ってあげよう」

「ご丁寧にどうも。……という事よ、あなた達。話を聞かれたからにはそのまま返すわけにはいかない。可哀想だけど──声を失ってもらうことにする」

 

 それは明確な敵対宣言だった。

 アレキは刀を抜く。それを見て、チャルも双銃を構える。

 対し、メーデーは拳を構えるだけ。

 

「……ッ!」

 

 言葉はない。要らない。

 ただ、本来起こるべきではない──人間同士の戦いが、ここに始まった。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 チャキ、と。

 向けられるは、赤熱した刃。そして二つの銃口。

 

「なにかな」

「機奇械怪、キューピッド。あなたをギルドに連れて行くわ」

 

 まぁ、戦闘はそこまで長くかからなかった、という話だ。

 メーデーの本来の武器は杭打機であり、今回は性能テストを兼ねて、付け焼き刃の足技オンリーのスタイル。当然アレキに圧し負けて、チャルにも翻弄されて、かなり早い段階で力尽きた。死んだ、とかじゃなくて、これ以上使うと肉体を侵蝕しかねない段階まで来たので、僕が停止コードを送ったのだ。

 それにより歩く事もままならなくなったメーデーが恨みがましい目で僕を睨んできたけれど、これも心外である。助けてあげたのにね。

 

「それは適わないよ」

「……なら、力づくで」

「ああ──動かない方が良い。後ろの子がどうなってもいいのかい?」

「!?」

 

 アレキが勢いよく振り返る。

 そこには、何か、金属の茨のようなもので全身を拘束されたチャルの姿が。

 出所は地面。床を割り、それは生えて絡みつき、チャルの柔肌に幾つもの傷を作っていた。

 

「ッ……仕込んで」

「仕込んで? 違うよ。僕にとって、機械は手駒だ。これはただ、ホワイトダナップのケーブルの一部を再加工してこちらに顔を出させたに過ぎない。この島は機械だらけだからね。いくらでも武器が手に入る楽園だよ」

 

 手元にも金属の茨を出現させて、それを造形し、バラの形にする。

 実際似たようなことができるので嘘は言ってない。ただケーブルって別に機械じゃないから操れないし、ホワイトダナップのケーブル引き千切って再加工して持ってくる、なんて危ない事やらない。この島がどれだけ精密機械に溢れているのかくらい、僕がわからないはずないだろ。

 

「……何が目的なの」

「簡単だよ。メーデーの事を黙っていてくれたらいい。それを約束すれば、その子も解放してあげよう」

「……わかったわ」

「物分かりが良いね。じゃあとりあえずその刀を手放してくれるかな。敵対の意思がない事の証明が欲しいんだ」

 

 カラン、と。

 赤熱した刀が地面に落ちる。

 

 ……ふむ? もしかして、アレキの方も結構チャルに惹かれていたりするのかな。こんな物分かり良いとなると、何かを画策しているか、本当にチャルが心配かのどっちかだと思うんだけど。

 

「質問は、してもいいの?」

「構わないよ」

「そう。……じゃあ、メーデーさんは、あなたの手下か何か?」

「いいや。メーデーはある目的のために動いているけれど、僕の手駒じゃあない。僕に弱味を握られているからね、こうやって従わざるを得ないだけだよ」

「……信じられないわ」

「構わないよ。ただ、これは理解して欲しいかな。君達は僕という存在を前に、為す術の無い存在だということを」

「脅し? 信じなければどうなるかわからない……とでも言いたいの?」

「解釈は君次第だ。どう受け取るかは君の勝手さ。だけど、受け取り方次第で──」

 

 ビリ、と。

 何かが破ける音がする。

 

「きゃ……いやっ!」

「──下衆が」

「ふふ、今のは聞かなかったことにしてあげようか。認識コード【トラッツ】」

 

 起動コードをメーデーの下半身に与える。

 それで、這うようにこちらに来ようとしていたメーデーの身体に活が戻る。

 

「メーデー。彼女らから言葉を奪う必要はないよ。──今、その子に、種を植え付けさせてもらったからね」

「ッ──チャルに、何を」

「だから、種だよ。メーデーのことを誰かに話そうとすれば芽吹く種。それは忽ちその子の身体を覆い尽くし、傷つけ、切り裂き、愉快なオブジェにしてくれるだろう」

 

 うんうん、これでいいだろう。

 これで、アレキはもう片時もチャルの傍を離れられなくなった。だってアレキがメーデーを尾行したいと言い出さなければこんなことにはならなかったのだし。

 勿論全部仕込みだとも。小型の機奇械怪を市街地に出して、アレキ達以外の奇械士を引き出して。遠くからフレシシにアレキたちの動向を逐一報告させて。

 僕は別に千里眼を持っているわけじゃないし、全知全能ってわけでもないからね。

 ちゃんと準備して、ちゃんと仕込んで。

 

「ああ、メーデーと秘密を共有する分には構わないよ。彼女のことを、そして僕の事を他言しない限り、種は発芽しない。どこまでがラインかは、君の解釈次第だ。明確な線引きは教えないでおこう。だけど、ラインを越えたら──まぁ、わかるよね」

「……」

「君にとって彼女がどれほど大切か、にも依るけれど。その子の犠牲一つで僕と、そして僕に繋がりのあるメーデーを確保できるのなら──それもいいかもしれないね?」

 

 メーデーがアレキに近づく。

 さて、言うべきことは言った。

 

 あとは帰るだけだけど──。

 

「ッ!」

 

 それは突然のこと。

 いや、彼女らにとっては示し合わせた事だったのかもしれない。

 

 地に落とされたアレキの刀。その刀身をメーデーが蹴り上げ──アレキが回転する刀の柄を正確につかみ、神速の突きを繰り出してきたのだ。

 一秒に満たない一連の行動に、うんうん、二重丸を上げよう。

 今の今まで敵だった相手を信用し、油断しきっている敵を突く。素晴らしい連携だったとも。

 

「刺さらな──!?」

「ふふふ、その蛮勇に免じて、見なかったことにしてあげよう。──けど、次はないよ。じゃあね、若い奇械士。メーデーも、お仕事頑張って」

 

 残念ながら刺さらない。このローブは機奇械怪の装甲よりも硬い。そして、たとえ刺さったとしても、僕は死なない。うん、残念だったね、という奴だ。

 

 転移を使う。

 赤い雷を纏って。

 

 ──次の瞬間、いつかの高台にいた。

 

「お疲れ様です、フリス」

「君もね」

「いえいえ、仕事ですから」

 

 うん、今日もキューピッドらしいことをしたと思う。

 これで一気に親密な仲になったんじゃないかな。恋愛に罪悪感や庇護の意識はとても良いスパイスになると、僕は知っているからね。

 

「……フリスを見てると、恋は困難の連続なんだなぁって思います」

「恋に理解を示すのかい、フレシシ」

「いえ。私、フリスを相手取るのだけは遠慮願いたいので」

 

 そんな会話をして。

 僕らは、家路に就いた。

 

 

 

 

 7月22日。

 葬式も終わり、ちょっと壊してしまった倉庫区画の修理も終わり、特に何をするでもなく家で過ごしていたら、チャル達が訪ねて来た。

 そう、達、だ。

 そこにいたのは、アレキと──メーデー。

 

 うわぁ、仲良くなったのかな? にしてはチャルが何か申し訳なさそうな顔をしているけれど。

 

「久しぶりね、フリス君」

「うん。あぁ、もしかして両親に用? それなら申し訳ないけど、今出かけているよ。君達の方がよく知っていると思うけれど、島外へ討伐に行ってる」

「いえ、用があるのは君よ、フリス君」

 

 僕? 

 僕が何か、アレキに用ざれる事あっただろうか。

 ……まさかバレたとか?

 

「何用かな」

「これ」

 

 これ。

 指差されたのは──チャルの腰の、ホルスター。

 ああ。

 チャルが申し訳なさそうな顔をしている事で理解すべきだったね。

 

「チャルにこれを渡したの、君だって聞いたわ。──どういうことか、教えなさい。何故一般人の君が、機奇械怪に対抗できる武器を持っていたの?」

「ご、ごめんね、フリス……。はぐらかせなくて……」

「いいよ、チャル。遅かれ早かれバレていたことだろうし。それで……ええと、そっちのパンプキンな人は?」

「あ、この人はメーデーさん。最近お友達になった人なんだ」

「人?」

「うん、人」

「そっか。……いいかい、チャル。友達はちゃんと選んだ方が」

「だ、大丈夫だよ、フリス! メーデーさん、見た目はこんなだけど、凄く良い人だから!」

「……チャル。私の格好の事、『こんな』だって思っていたのね」

「あっ」

 

 ふむ。随分と仲良くなったらしい。

 やっぱり秘密の共有というのは仲を進展させるのかな。アレキとの恋路の進展の方が気になるんだけど、まぁチャルがハーレムを作るのも悪くはない。

 

「こんな所で立ち話もなんだし、とりあえず入って。フレシシ、お客さんだよ。お茶、三つ出して」

「はい。……あぁ、チャルちゃんでしたか。いらっしゃい」

「あ、フレシシさん。お久しぶりです」

 

 招き入れる。

 フレシシも僕も、キューピッドとして現れた時とは声も口調も、重心移動なんかも変えている。だからメーデーにバレる事はないと思うけど、メーデーはメーデーで戦士だからなぁ。戦士って第六感に冴えるから、僕ら素人じゃわからない事に気付いたりするんだよね。

 まぁその時はその時で。悪くはないし。

 

 フレシシの淹れたお茶がテーブルに置かれ、彼女が下がって。

 

 さぁ、尋問タイムである。

 

「何から話せばいいかな」

「まず、この銃の出所よ。チャルには話さなかった……はぐらかしたと聞いているけれど、それは何故?」

「それを話すには、まず僕の出自から話さないといけなくなるけど、時間は大丈夫?」

「ええ、問題ない」

 

 大丈夫。

 その辺のストーリーはちゃんと作ってあるからね。

 

「僕が地上で拾われた、という事は知っているかな」

「……チャルから聞いたわ。地上の廃墟で、クリッスリルグの二人に拾われた子供」

「そう。じゃあ問題だ。それまでの僕は、どうやって生きていたと思う? 地上の機奇械怪は有機生命に飢えている。それらを掻い潜る力が僕のどこにあったのかな」

「その銃で、戦っていたと?」

 

 アレキが思考を巡らせる間もなく口を挟んだのはメーデー。

 良いアシストだ。

 

「そう。チャルに話さなかった理由は簡単だよ。これ話したら、チャルは絶対『フリスも奇械士になるべきだよ!』って言ってくるからね。なる気がない僕にとってそれはちょっと面倒だ」

「あはは……あの時なら、絶対言ってたカモ……」

「……君は、地上の機奇械怪を倒し得る技量を持っている? それも……子供の頃から、自分の身を守れる程度には」

「肯定するよ。ただし、僕はもう機奇械怪と戦うつもりはないし、あの死と隣り合わせの世界に戻るつもりはない。チャルに押し付けておいてなんだけどね、僕は戦士じゃないんだよ」

「……何故はぐらかしたのかは分かった。それで、出所は?」

「さぁ? 物心ついた時には持っていたからね。僕の本当の両親の持ち物なのか、僕が幼いころにスクラップになった機奇械怪から抜き出したのか。出所を話さなかったのは知らなかったからだ。僕にとっても、ソレがなんなのかわからない。本当の名前さえも知らない代物だよ」

 

 これも事実半分。

 なんなのかはわかっているけれど、銘はつけていないので名前は知らない。

 

「……わかった。これ以上は出てこなそうね」

「何か知りたいことがあったのかい?」

「アレキ、一応聞いてみるのはアリだと思う。フリスの知識は凄いから」

「そう? ……じゃあ聞くけれど」

 

 何を聞かれるんだろう。

 少しばかりの、わくわく。

 

 

「あなた、キューピッドという機奇械怪について、心当たりはない?」

 

 

 ……あー。それ早速聞いちゃうんだ……。



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間が抜けていると言われても反論できない系一般上位者

「キューピッド。最近になって現れた、小さな機奇械怪よ。君はこの名を知っている?」

「知っているよ」

 

 視線がキツくなる。

 雰囲気がザワつく。それはアレキからだけでなく、メーデー、そしてチャルからも。

 

「会った事があるんだ。昔ね」

「どこで?」

「地上で」

 

 まさか本人です、なんてカミングアウトは要らない。

 フリスとキューピッドは別物。キューピッドの隣にいたのもフレシシじゃない。当然そういう体で行く。そのために機奇械怪・『キューピッド』も作る予定でいる。ただし余計な入力になるので絶好の場面以外では出す気はない。たとえ僕がどれほど怪しまれようともね。

 

「昔からいた、ということ?」

「聞かれてもわからないよ、その辺は。ただ、僕が両親に拾われた15年前から、確かにキューピッドはいた」

「……最近になって現れたわけじゃない、となると……他にも同じような被害に遭っている人がいる……?」

「被害?」

 

 うーん、ちょっと危機管理が甘いかな。

 仕方がない、あまりやりたくは無かったけど──チャルの茨を発動させよう。

 大丈夫、わざわざ殺しはしない。折角良い入力になってくれそうな奇械士なんだ、僕が芽を摘んでどうするんだって話だし。

 ただ、見た目は血だらけになってもらうよ。

 

「あ……ぐ、ぅ!?」

 

 チャルの右腕に、茨のような紋様が走る。アレキが口を抑えた時にはもう遅い。

 そこからバチっと音を立てて現出した金属の茨が──彼女の肌を切り裂く。

 

「アレキ!」

「そんな、こんなことでも……! ど、どうしたら」

「キューピッド! どこかで見ているんでしょう!? 私達にその気はない──だから、やめて!」

 

 それでも茨は止まらない。

 チャルの神経を傷つけない程度の浅さで、茨が腕を、肩を、そして首をと覆っていく。垂れる血液。チャルの苦悶は収まらず、その衣服をも切り裂いて、彼女を傷つけ続ける。

 さて、どこまでやろうか。

 見えるところに傷があった方が、アレキの罪悪感をくすぐってくれるはず。腕なんかの隠し得るところにつけたって意味はない。消えない傷は、見える場所に。

 じゃあやっぱり首かな? でも首は操作が結構難しいから……鎖骨のあたりだろうか。

 

「い……ぁ、ぐ……!」

 

 チャルが手を伸ばす。

 痛みから逃避するためだろうか。それとも助けを求めてか。

 

 その手は──アレキではなく、僕に伸びていて。

 

「──」

 

 アレキじゃないんだ、と思った。

 引き金がアレキだったからだろうか。それとも僕にまだ、そんなにも依存しているからなのだろうか。

 ……この手を振り払うのは簡単だ。

 だけどそれ、どうだろう。

 今までチャルの心を僕から離そう大作戦を結構してきたけど……()()()()()()()()()()()()()

 

 この展開も、悪くはない。

 

 ──立ち上がり、伸ばされた手を取り──その反対の、チャルに巻き付いた茨を思いきり掴む。

 零れ落ちるは血液。当然だけど、フリスとして振る舞っている時はちゃんと怪我をする。痛みはないし血液がたとえリットル単位で出て行ったとしても死にはしないけど、流れ出ているのはちゃんと血液だし、これを遺伝子解析すればちゃんと人間のそれになる。

 そんな感じの赤を、一切の躊躇なく噴出させながら……チャルに絡みついた金属の茨を引っ張る。

 

「ふ、フリス!? ダメ……あぁ、怪我が、あぁ!」

「フリス君、どいて! 一か八か、溶断する!」

「ダメだよ。そんなことをすればチャルが傷つく」

 

 僕の意図関係なくそれはあまりに悪手だろう。アレキの刀の出す温度は、機奇械怪のケーブルを溶断し得る。そんなものを人体に近づけてどうなるか、そんなことがわからないアレキじゃないだろうに。緊急事態で混乱しているのかな?

 その最中、メーデーは己の足を触っている。そうだね、機奇械怪の足ならあるいは、と考えるのは不思議ではない。けれど腕ではなく脚だ。精密動作には向かない。

 そしてそうしている間にも茨は侵食する。

 どこまでやろうかな。僕の傷と、チャルの傷。流石に僕が茨を取り払ってしまい得るのは僕の特異性が上がり過ぎるし、けれどここまでやって何も起きないというのは青春ラブコメアクションストーリーに欠ける。

 落としどころがどこか、というのを考えると。

 

「チャル、動かないで。動けば動くほど刺さってしまうから。……大丈夫。落ち着いて」

「フリス……」

「動かないでね、チャル」

 

 テーブルの上に出されていた双銃の片方を手に取り、茨に向ける。

 

「チャル。動かないでね。できる?」

「……うん。わかった、フリス」

 

 茨は尚も蠢いているから、チャルは痛みを失っていないはずだ。

 それでも不動を誓えた。……やっぱり、思ったより僕への信頼度が高いな。これは諸々の予定変更が必要かもしれない。

 

「何をする気……?」

「……もし、銃で茨を撃つ気なら、アレキの刀と同じ結果になるわ」

「わかっているから、大丈夫」

 

 落としどころ。

 ま、オールドフェイスだけじゃ物足りないかもしれない、とは思っていたんだ。地上でやっていくには、攻撃だけじゃない、防御の面も必要。どれほどトレーニングしているとはいえ、チャルの身体能力では地上の機奇械怪の攻撃を躱し切れない。どれだけ強い攻撃をしても、躱せも防げもしないのなら、すぐに倒れてしまうだろう。

 だから、新機能だ。

 これを僕が昔使っていた、という設定がここで活きるのである。

 

「モード、エタルド」

 

 撃つ。

 銃口から吐き出されるは、弾丸──ではなく、水弾とでも呼ぶべきもの。それは茨へと染み入り──それを()()()()()

 

「!?」

 

 見た目は金属の腐食だ。けれど、その速度は明らかに高いし、肌へのダメージも無い。

 腐食の水は茨を紋様ごと消し去り──そして。

 

 ガクん、と崩れ落ちる。

 僕が。

 

「フリス君!」

 

 まぁ、強すぎるので。

 代償に、というか弾丸として直接持ち主の生命力を食らう設定にしてみた。

 絶対に避けられない場合にのみ使える、けれど体力を極限消費する防御、って感じかな。バランスとしては結構いいんじゃない?

 

「フレシシ、救急箱を」

「既に」

 

 そして、静観を極めていたフレシシを呼びつける。フレシシは別に僕の考えが読めるとかそういうことはないので、多分「何やってるんでしょうあの方」とか思ってたんだろうなぁって。こんな積極的に動くなんて、僕らしくないからね。

 手当はチャルの方をさせる。その腕、右手首には未だ消えない茨の紋様。それはキューピッドの種が消えていないことを指し示すもの。

 

「チャル」

「……大丈夫、痛かったけど……フリスが、隣にいてくれたから」

「……」

 

 う。

 これ、やり過ぎたかもしれない。一瞬交錯するフレシシの目はジト目。

 アレキへ差し向けるはずの好意がまた僕に引き戻されてしまったか。いやそういうのも悪くないと思っての行動だったけど、戻り幅がとんでもないな。早まったかも。

 

「フリス君……今のは」

「ああ。モード・エタルド。普段のモードはテルラブっていうんだけど、こっちは所有者の生命力を弾丸に加工して、金属を破損させる効果を持つんだ。おかげでこのザマだけどね。……チャルに教えなかったのは正解でしょ?」

「ええ……これを戦い始めのチャルが知っていたら、どうなっていたことか」

「僕もチャルの性格は把握しているからね。……だけど、見ての通りだ。絶対防御として使うことはできても、使った後の隙が大きすぎる。攻撃に使うのは以ての外だ。そこまで大きな質量を消すことはできない。教えてしまった以上使うのは仕方がないけれど、使いどころは考えてね」

「使わせる気は無い。機奇械怪との戦いでは、チャルに攻撃を掠めさせる気さえないもの」

 

 うんうん、チャルの気持ちの揺れ動きとは裏腹に、アレキの方は罪悪感やら何やらで覚悟がキッチリ決まったらしい。それはまだ守護の心ではあるのだろうけど、戦いを経ていく内に恋心へと変化してくれることだろう。長期任務で僕からも離れたら、チャルの心もまたアレキに寄っていくだろうし。

 ともあれ、これで一件落着、ってね。

 

 

 ──突如、極寒。

 そう勘違いするくらいの――重い重い、殺気のようなものが部屋に満ちる。

 

「……なに、してるの?」

 

 部屋。ドア。

 そこに──母アリアがいた。

 

 

+ * +

 

 

 アリア・クリッスリルグにとってフリス・クリッスリルグは何よりもかけがえのない存在だ。

 アリアは子供を作ることができない。学生時代、夫ケニッヒと共に戦った大型機奇械怪(メクサシネス)『ダブルヘッド・サーペント』の猛毒を身に受け、身体の機能の一部が麻痺してしまったのである。その後ダブルヘッド・サーペントは倒し得たものの、解毒の術は見つからず、彼女の身体からは様々な機能が失われてしまった。

 それでも立ち止まることなく奇械士(メクステック)としての職務を果たし続けたアリア。それを応援し続けたケニッヒの前に、フリスが現れる。

 

 それはホワイトダナップが降雪地帯を航行している時の事。15年前のこと。

 人工島ホワイトダナップはその性質上、多くの機奇械怪を惹きつける。ホワイトダナップが一つの地域に留まっていると、ただそれだけで大型機奇械怪が組みあがりやすくなってしまうのだ。だからホワイトダナップは決められたルートを航行し続けている。

 降雪地帯。

 ホワイトダナップの飛んでいる高度の関係上島自体に雪が降り注ぐことは無いが、だからこそ地上に降りる事の出来る奇械士だけが見られる光景。

 

 真白の雪。

 真白の砂漠。

 

 各所で咆哮を上げる機奇械怪と──。

 アリア、ケニッヒをその赤い目でじっと見つめていた小さな子供。

 

 それがフリスだった。

 凶悪な機奇械怪蔓延る地上で、子供が一人。

 

 当然怪しんだ。アリアもケニッヒも、なんなら戦闘態勢を取ったくらいだ。

 けれど、子供が取ったある行動で、アリアもケニッヒも心を許す。

 

 後退ったのだ。

 まるで未知のものから逃げるように、まるで機械以外のものを初めて見たかのように。

 だから──アリアは、一足で子供の下に辿り着き、抱き締めた。

 それが子供の、フリス・クリッスリルグの始まり。

 

 フリスを連れ帰ったアリアは、本当の我が子のように彼を育てた。ケニッヒも同じだ。アリアの体の事情を理解していたから、その可愛がりを止めることはなかった。なかったし、ケニッヒ自身もかつて幼くして機奇械怪に殺された弟を思い出し、息子としても、弟としても接した。

 血は繋がっていないけれど、大事な大事な家族。ベテランと言われる経歴・年齢になってしまって、大型機奇械怪討伐のために家を空ける事が多くなってしまっても、フリスは笑顔で二人を出迎えてくれた。おかえりと言ってくれた。

 どれほど苦戦しても、強敵でも、凶悪でも、フリスの顔を思い浮かべればアリアとケニッヒはどこまでも強くなれた。

 

 二人にとってフリスは大切な宝物なのだ。

 

 

 ──それが。

 

「なに、してるの?」

 

 血。赤い。血だ。

 珍しく玄関に靴がたくさんあった。お友達が来ているのだろうと理解した。女物の靴ばかりだったから多少は警戒して、それで──血の臭いがして。

 

 脈打つ心臓に鞭を打ち、開いたドア。

 そこに広がる惨状に──。

 

「おかえり、母さん。──大丈夫だから、安心して」

 

 ああ。

 その言葉は、ズルいと。

 アリアは我を取り戻した。

 

 

 

 

「話せない、と。……それで納得すると思うの?」

「申し訳ありません。ご子息を傷つけておきながら……けれど、話せません」

「……」

 

 手のひらからかなりの出血をしている、ぐったりしたフリス。そして前々からよく家に遊びに来ていた、最近奇械士になったことで同僚にもなった、チャル・ランパーロという少女。こっちは腕、肩までが斬裂にあったかのように切り裂かれている。

 共にいたのはメイドであるフレシシと、もう二人。

 同じく奇械士にして最年少と謳われていた──チャルの登場で今はほとんど言われていない──アレキ。タンク種の異常発生事件の時、とりあえずの交流はした少女。

 そして、最近になって政府から直接派遣されてきたカボチャマスクの女性奇械士、メーデー。

 

 何かあった。それは間違いない。

 けれど、問い詰めても話すことができないという。

 

「母さん、キューピッドって知ってる?」

「!?」

「だ、だめっ!」

 

 まさか息子の口から出ると思っていなかったその言葉に、けれどアリアよりメーデーとアレキが焦った空気を出す。

 そして二人して未だ治療を受けているチャルを見て。

 

「あ……れ。何も、起きない」

「……そうか。フリスが言う分には」

 

 何かに驚き、何かに納得している二人。

 アリアは決して馬鹿ではないが、流石に判断材料が少ない。それに、思案に耽るより……愛しい我が子の質問に答えた方が有益だと判断する。

 

「キューピッド。最近になって現れた、原初の五種のどれにも当てはまらない知性を持った機奇械怪ね。名前は知っているけれど、遭遇したことはないかな」

「うん。どうやらそれが関係しているみたいなんだ。さっき、アレキがキューピッドの名を呟いた途端、チャルの腕から金属の茨が生えて、チャルの腕を傷つけた。どうかな、母さん。こういう事例に心当たり無い?」

 

 心当たりもなにも。

 無意識にアリアは下腹部を押さえる。

 

 毒。

 アリアからヒトとしての幾つかの機能を奪ったソレ。ダブルヘッド・サーペントの繰り出してきた毒が、まさに茨の形をしていたことを覚えている。

 

「状況は理解したわ。貴女達に起きている問題も、敵も」

「ほ……本当ですか!?」

「けれど、ごめんなさい。力にはなれそうにない。……私もそれに、苦しめられている側だから」

「あ……そう、ですか」

 

 恐らく彼女らは、この毒の解毒方法が知りたかったのだろう。

 それはアリアとて知りたいことだ。だから無理を返す。申し訳なさそうな、残念そうな顔のアレキ。カボチャマスクで表情は読めないものの、同じく残念そうな空気を出すメーデー。

 

「母さん。その攻撃を受けたのって、どこ?」

「お腹だけど……」

「僕は見ないからさ、三人に見せることはできる?」

「えぇ? ……流石に恥ずかしい……けど、わかった。フリスの頼みなら……」

 

 服を捲る。

 腹部。脇腹だ。

 あれは背後からの攻撃だった。完全に避けたつもりが、体力の限界から足が崩れ……食らってしまった。

 

 今でもそれは痣となって残っている。風呂などで体を見る度、思い出す。自戒になる痣。

 

「……同じ、か」

「同じ?」

 

 メーデーの呟きに、けれどアレキは何も言わない。

 何も言わずに、チャルを見て。

 アリアもまた、彼女の腕、手首にある紋様を見つけた。

 

「母さんにその痣を付けたのは、どういう機奇械怪だったの?」

「ダブルヘッド・サーペント。ハンター種の基本種であるサーペントが二体融合した融合種。いえ、恐らくだけど、他の……毒を扱うなにかも融合していたんだと思うわ。既にそれは討伐済みだけど、あとで調べた時、明らかにパーツが多かったの。それに、現れた場所もおかしかった。元々他の機奇械怪を追っていてね、それはプレデター種だったから、周囲に他の機奇械怪がいるはずはなかったのよ。なのに、ソイツは現れて……私達の隊を襲った」

 

 プレデター種は他の機奇械怪に積極的に襲い掛かる。襲い掛かり、それを己が糧とする。機能として取り込む。

 だからプレデター種には他の四種も近づかないようにしているのが普通だ。移動の遅いプラント種を除き、大型となったプレデター種に近づく機奇械怪はいない。

 

 それが、突然だ。

 突然サーペント種が二体現れて、その場で融合を果たした。

 

「……その時に、赤い雷を見なかった?」

 

 メーデーの問い。

 何分昔の事だけど、と。けれど、その神妙な声に……アリアは記憶を探る。

 

「ああ、赤い雷……転移光が見えたぜ、あの時も」

 

 答えは背後から聞こえた。

 振り返れば、そこにいたのは夫ケニッヒ。野暮用がある、とかで協会へ行っていた彼だけど、その用事も終わって帰って来たらしい。

 

「キューピッド。最初に現れたのは、ミディットとケイタのランプリー討伐の時だ。報告書は読んでる。その時もランプリーの融合種……まだ名付けられてない奴だが、それになったんだろ? タンク種の群れが転移してきて、ランプリーにくっついた。ケイタの奴が話してくれたよ」

 

 ケイタとミディット。

 昔の自分たちを彷彿とさせる、男女のコンビ。けれど先日の討伐戦の後、ミディットは帰らぬ人となってしまった。

 

「メーデー、アンタは俺達の時のダブルヘッド・サーペントも、同じだって言いたいんだな?」

「ええ……。同じ……だから、キューピッドが召喚し、融合を起こさせた、謂わば人為的に作られた融合種」

「そして、チャルの手にある痣と、母さんのお腹にある痣が同じなら」

 

 それは、ある意味で希望だった。

 長年わからなかった、どこの医療機関に見せてもわからないと言われ続けた"毒"。

 その正体が、その解毒方法が、あるのなら。

 

 脅威ではある。

 けれど、アリアにとっても、そしてケニッヒにとっても──希望。

 

「俄然、興味が湧いて来た。キューピッド。見た目はどんなのなのかしら」

「赤茶コート、フード、鳥の仮面の子供って話だぜ」

「……言っておくけれど、私のこの格好は国の正装よ。関係ないわ」

「最初っから疑っちゃいねぇよ……」

「あなたはそうでしょうけど、あなたの奥さんが物凄い目でこっちを見てきたから」

 

 自戒する。

 赤茶のコートなんてありふれたものを着ているだけで疑う、など。ホワイトダナップにだって、沢山いるだろう。似たような恰好をした者は。

 

「……あなたの国って、どこなの?」

「二か月ほど前に滅びたダムシュという国よ」

「!」

 

 それは。

 その国は。

 振り返り、ケニッヒを見れば──彼も頷いた。

 

「まさにその国の近くで、ダブルヘッド・サーペントは出たのよ。ホワイトダナップの航行路がダムシュ周辺にあった時にね」

「……キューピッドが、私の国の人間かもしれない、ということ? 機奇械怪でなく?」

「サイキック種の転移機構をパーツとして回収した人間がいたのなら、出来ない話じゃない。同じくオーダー種から統制機構も奪って……」

「口で言うのは簡単だけど、それを今までに為した奇械士がいる?」

「……私が調べた限りじゃ、いなかった。でも地上の国にはいたのかもしれないでしょ」

 

 少しヒートアップしてきた場。

 そこに水を差す……あるいは鶴の一声を入れる者がいた。

 

「あ、あの……」

 

 チャルだ。

 

「チャル。腕はもう大丈夫……な、わけはないよね」

「大丈夫……。フレシシさんが綺麗に包帯巻いてくれたから」

「そう。……ごめんなさい、私の迂闊さが、貴女を傷つけた」

「アレキ、やめなさい。それが更に、ということもあるのよ」

「……そうね。ごめんなさい、もう何もしゃべらないでおくわ」

 

 謝罪をも遮るメーデーの雰囲気。迂闊さ。傷つける。

 アリアは馬鹿ではない。けれど頭脳担当はケニッヒだ。だから彼を振り返って。

 

「……言葉で反応するタイプの何かを仕込まれたな? あぁいい、喋らなくていい。前例がないわけじゃないからな。引退した奇械士にも何人かいたよ、そういうの」

「それ、本当? 私見た事も聞いたこともないけれど」

「そりゃ俺がアリアに近づけさせないようにしてたからな。連中がアリアの体の事情をしれば、絶対調べさせろって言ってくる。それは目に見えてた。だから離してたんだ」

「……過保護」

「鏡貸すか?」

 

 ケニッヒはアリアに。

 アリアはフリスに。

 

 類は友を呼ぶのだ。

 

「チャル、それで、どうしたの? 何か言いたいことがあったんじゃない?」

「あ……うん。ありがと、フリス」

 

 そうだ、遮ってしまったけれど、鶴の一声……チャル・ランパーロが何かを言いかけていたのだった。

 アリアは、そしてアレキとメーデーも彼女に向き直る。

 突然集中した視線にチャルが辟易した表情を見せるも、ぎゅ、と。

 

 その手をフリスに握られて──気を持ち直した。

 

「私、もっと前に……奇械士になる前に、見たことがあるんです。赤い転移の光」

 

 彼女の言葉は。

 

 

+ * +

 

 

「私がもっと小さかった頃、この島が大きな揺れに襲われたことがあったと思うんですけど、覚えてますか?」

「ああ……10年前の緊急停止ね。航路にトラブルが発生して、方向転換を余儀なくされた時の」

「あったなぁ」

 

 舌を出したい気持ちでいっぱいだった。

 万事うまく行った、勘違いも進んでいる、これはファインプレー! と喜んでいたのも束の間。

 フレシシを見れば、にっこりと微笑み返される。

 

「あの時、私はホワイトダナップの管制区にいたんです。お母さんたちが管制区域に用があって、だから」

 

 管制区域とは、ホワイトダナップの一番前、先頭、あるいは船首とでもいうべきところにある区域だ。ここにある建物たちがホワイトダナップの進路上におかしなものがないかなどを監視している。機奇械怪が出れば奇械士協会にすぐさま連絡が行くようになっているし、そもそも常駐している奇械士も数人いる政府区域の一つ。

 そこになーんでチャルがいたのか。そういえばチャルの家族構成って知らないんだよね。奇械士以外にあんまり興味なくて。

 

「……だから、見ました。ホワイトダナップの進路上に──大きな大きな、鳥のような機奇械怪が現れたのを。そしてその時に赤い雷の転移光を纏っていたのを」

 

 えー、ちなみにそれフレシシの機能パーツです。

 フレシシという機奇械怪は特殊も特殊だ。原初の五種には勿論含まれず、現存するどれにも……ピオ以外のどれとも似つかない。それは当然、僕が作ったからなのだけど、いくら僕が上位者だからといって無から有を作るのは難しい。できないことはないんだけど、それなりの準備を必要とする。

 だから、フレシシに機能追加をする時、「まぁ他から持って来ればいいや」の思考になったんだよね。先日のタンク種と同じで、地上から持って来ればいいや、って。

 

 つまりまぁ、怠慢だ。

 もっと秘密裏に行うべきだった。僕の求めるパーツを持った機奇械怪が全然いなかった、というのも大きい。適当に世界中から該当しそうな機奇械怪を洗い出して、ようやく見つけたものをホワイトダナップの近くに転移させて。

 ただそれが存外大きくて、クリッスリルグ家さえも潰してしまいそうな勢いだったから、咄嗟に転移先ズラして。

 えー、まぁ、そういう事です。

 僕の無計画さが顕著に出た事件。

 

「その機奇械怪はすぐに消えたけど……消えた時もまた、赤い雷の転移光が走ってた、と思います」

「それもキューピッドの仕業だとしたら……なんのために?」

「考えられるのは威嚇、威圧の類か?」

「いえ、キューピッドは圧倒的強者です。我々に対してそんなことをする意味がない」

 

 うん、だって意味とかないもん。

 本気でどこでもよかったんだ。転移先。それが丁度そっちだったってだけで。

 チャルの言う通り、すぐにまた他の場所に転移させて、その後なんとかかんとかしてフレシシの機能修繕を行った。ハンター種の戦闘機能、プラント種の動力効率、プレデター種の消化機能、オーダー種の交信機能、サイキック種の転移機能。この五つを兼ね備えたヒトガタ機奇械怪。それがフレシシ。最初に作った時はそれだけでよかったんだけど、一緒に過ごしている内にもっともっと欲しい機能が増えてきた。

 それは僕だけじゃなく、フレシシ本人……本機も同じで。

 

「……10年前の緊急停止事件。これがその時の航路だ。場所は……ダムシュ国沖の海上」

「またか……」

 

 ちなみにメーデー……ミディットはダムシュ国に一切関係が無い。普通にホワイトダナップ生まれだ。

 だから、どんどん出てくるダムシュの事情に、どう話を合わせたらいいか悩みに悩んでいるはず。僕もまさかそこまで繋がるとは思って無かったから苦笑いだよ。見せないけど。

 

「……ダムシュ。行ってみる価値はありそうね」

「だな。アリアの毒がどうにかなんなら、俺もやる気が出てきた」

「私達も……!」

「それは無理でしょう。アレキ、チャル。貴女達はまだ島外作業員の資格を持っていない。ケニッヒさん、ホワイトダナップが次にダムシュ周辺を通るのはいつ?」

「ん……8月の中旬だな。17日だ」

「だ、そうよ。二人とも」

 

 えーと。

 これは……そういうことか。

 うーん、じゃあ、それっぽいもの用意しておいた方が良いかな。ま、ダムシュは僕も興味あったんだよね。なんで滅んだのか。単純に機奇械怪に負けたのか、それとも人間同士の諍いとかがあったのか。

 加えてもし人間が残っているのなら。

 ……使うのも、いいかなって。

 

「どういう……」

「8月17日までに、島外作業員の資格を得ろ、ってことですよね!」

「ええ、そう。アレキ、チャルに理解力を越されたみたいね?」

 

 えーと、じゃあそういう無計画なことが起こらないように事前準備をしないとだなぁ。

 忙しくなるぞー。

 

「キューピッドの調査って言えば上も頷くだろう。そっちの二人が行けるかどうかはともかく、申請はこっちでやっておく。ただ言っておくが──」

「危険、ですか?」

「ああ。地上であることは勿論、国を滅ぼした機奇械怪がいるかもしれねぇんだ。覚悟は決めとけよ」

 

 これは……下見、行っておくべきだね。

 

 ふぅ。

 過去の僕が僕の首を絞めるなぁ。

 ま、それも悪くはないか。

 




TIPS
機奇械怪(メクサシネス) / Mexachiness

 放棄・廃棄された機械達が異常発達と事項改造、自己発展、自己増殖を繰り返すことで生まれた(とされている)機械の化け物。
 原初の五種を型に、形や性能は幾重にも分岐し、今や無数となった機奇械怪のその全てが人類に敵対している。例外はある。
 動力に有機生命を必要とする他、オールドフェイスと呼ばれるコインでも動く。


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証拠隠滅する系一般上位者と、旅をする一般旅人二人

 廃国家ダムシュ。

 海岸線に沿うようにして在った漁村、それをもとに発達した都市が最終的に国となった国家であり、かつては貿易としてホワイトダナップに魚介類を卸していたこともあったくらいには、この終末世界においても食料自給率の高かった国だ。

 多くの機奇械怪(メクサシネス)は防腐防水性・漏電耐性を兼ね備えているけれど、だからと言って魚類の姿に進化するタイプはあまりいなかった。もう少し言葉を選ぶなら、水陸両用になる機奇械怪はいれど、水中に限定して生きるようにはならなかった、という話。

 だから漁業が可能だったのだ。勿論時折は機奇械怪に遭遇するため、奇械士(メクステック)の同乗は必須だったけれど、それでも海は比較的安全だった。

 正直な所感、地上に残された六国家──今は五国家──の中で、滅亡するのは最後か最後から二番目くらいだろうと思っていた国だったから、僕なりに驚いてはいたりする。

 

「ふぅん、滅びたと言っても……やっぱりまだ人間は残っているんだね」

「そうですねぇ。政府は壊滅状態ですが、生命反応はちらほらと。ただ、国の体を成しているかといえば……無理がありそうですけど」

 

 地下のシェルター、ビルの最上階、瓦礫と瓦礫の間にできた隙間。

 そういう場所にまだ、人間がいる。この国が滅びたのは二か月前だから、つまり二か月の間、どうにか食料を保たせて生き続けているということになる。

 まぁ、可能だろう。保存食なら二か月程度で腐りはしないだろうし、動力源の蓄えがある機奇械怪であれば人間を見逃すこともある。犠牲者は増える一方でも、残り続ける人間はいるにはいるのだ。

 

 ダムシュに降り立つ。

 恰好はキューピッドのもの。フレシシも同じ。あ、フレシシはアモルと名乗らせることにした。愛の神繋がりね。

 

 ──さて。

 一か月後にはここに、両親らホワイトダナップの奇械士が調査に来る。チャルとアレキが来られるかどうかはわからないけれど、少なくともあの話を聞いた両親が来て、調べものや聞き込みをするのだろう。

 けれど、当然のことながら過去の記録に僕はいない。地上の拠点は確かに持っているけれどダムシュ周辺ではないし、滅亡に驚いたくらいにはこの国の事放置してたから、僕の姿を見たことがある人間なんか誰もいないだろう。というかキューピッドが生まれたの自体ついこの間だしね。

 じゃあどうするか。無駄足になるのも悪くはないけど、面白くはない。

 無いなら作ればいい……ということでもない。必要なのはキューピッドが昔存在していた、という事実であり、今現れた事実を作っても「ここにも被害が……」になるだけだ。僕は上位者だけど、過去を改変する、みたいな神が如き事業はできない。

 八方塞がりだ。過去を作れないなら、今を作る。

 

「なら簡単だ。──もっとインパクトのあるもので覆い隠してしまえばいい」

 

 折られた尖塔……恐らくダムシュの政府塔か、電波塔か。それに準ずる何かか。とかく、多分最重要施設だったものだろうものに──手を当てる。

 あぁ、視線も感じている。残った国民が何をしているんだと、これは心配半分憂い半分かな?

 往来にいては機奇械怪の格好の的だ。そういう心配と──この限界ギリギリの安寧を崩してくれるな、という怒り、憂い。まぁそんなところだろう。

 

 うんうん、君達が奇械士なら少しは考えたけれどね。

 人間の問題に僕を巻き込まないで欲しいかな。

 

「創り変えるよ」

 

 赤雷が走る。

 最近知った事だけど、僕が作ったサイキック種と第一世代の使う転移は同じ赤い雷の転移光をしているのに、その後の世代や今の世代のサイキック種はこの転移光じゃないんだね。フレシシも同じ光になるし、僕も言わずもがななんだけど、そのせいでタンク種の件が僕の仕業だって関連付けられたらしい。

 この光は機奇械怪の前身たる機械を使っていた人間なら見慣れたものだと思う。オールドフェイスが投入された時に光る光と同じ色だから。

 ……劣化した、ということなんだろうね。まったく、いつになったら原初の五種を超える機奇械怪が現れるのやら。

 

 思考を巡らせている間に尖塔が変わっていく。

 周囲や地面から金属類を集め、加工し、巻き上げ、変形させ。

 一新し、新生し、新たに生まれ変わる。

 

「特異プラント種リリィ──特異オーダー種アンブレラ──融合。製造、大型(ヒュージ)機奇械怪(メクサシネス)『TOWER』」

 

 ガチャガチャと音を立てて組み上がるその様は、あるいは威圧、威光をも覚えるのだろう。隠れていた人間の一部が出てきて、塔に手を合わせ始めたではないか。

 

「いいんですか? これ、とんでもない"入力"だと思うんですけど」

「構わないよ。周辺からは隔離しているからね」

「あー。……箱庭を作るんですか」

「一か月でどこまで行くかの実験だよ。終われば破棄するから、全体には影響しないでしょ」

 

 杭打機如きじゃ壊れないシールドフィールドを展開している。それは周辺、地中、海中にまで及ぶ球形の隔壁。オーダー種の交信もサイキック種の転移も敵わない閉鎖空間。

 実験だ。

 閉ざされた狭い世界。中心に聳え立つ融合種。この国の中にいる機奇械怪は全てTOWERの洗脳を受ける……つまりTOWERに餌を持ってこさせるための駒となる。餌は人間。だけど、機奇械怪も抵抗しなければ自らの動力源を失い、TOWERに融合するしかなくなる。

 以前フレシシが言っていた言葉を試してみたいんだ。

 機奇械怪にも個がある。本当にどうしようもなくなるまでは、融合されにはいかない、と。

 それが愛を覚えた人間並みに強い意思なのだとすれば、TOWERの交信にも耐え得るのではないか。そして人間も、限界の平和を強制的に捨てさせられた今──絶望し滅亡に終わるのか、はたまた勇儀に立ち上がるのか。

 

 TOWERが壊されるかもしれない。機奇械怪が駆逐されるかもしれない。人間がいなくなるかもしれない。ダムシュが更地になるかもしれない。

 

 それとも、何か別の──僕には思いつかなかった結果になるかもしれない。

 

「これだけ大規模なコトやっておけば、キューピッドがどうの、なんて気にならないでしょ」

「気になったとしても聞きようがないでしょうね」

「さて、じゃあ仕上げだ」

 

 設置するのは──ただのカメラ。

 タイムラプスだよね。いや、僕にだって日常があるのでいつまでもここで観察する、とか無理だから。TOWERの送受信を受け付けないようにしたカメラを設置して、うんうんおっけー。

 

 8月17日。一か月に満たないくらいの先に、どこまでの事が起きているか。

 

「是非とも、僕の普遍的な予想を超えてくれると助かるよ。──その如何では、君達の処分も考えよう」

 

 もし意思があるのなら。

 言葉一つで奮い立たせられるのなら、そんな楽なことはないんだけどね。

 

 

* + *

 

 

 瓦礫の山。

 そう言い表す事がもっとも正しいであろう、崩れ落ちたビルが生い茂るジャングル。

 過去は整備されていたのであろう、しかし今は裸足で歩けばすぐに傷だらけになってしまいそうなほどボコボコで、様々な物の欠片が散乱した道路を、ゆっくり歩く二つの人影があった。

 人影はそれぞれ、ボサボサの長髪を伸びたままにしている浮浪児のような青年と、青年と同じ人間とは思えない程小奇麗な見た目をした15、6程の少女だ。

 二つは、否、二人は特に急ぐというわけでもなく、ゆっくりとこの瓦礫の山を進んでいた。

 

 地上だ。

 今も遠くの方で大型の機奇械怪が砂埃を立てているし、時折どころではない頻度で地面が揺れる。

 強く吹き付ける風には砂と錆が混じり、加えて血の臭いも運んでいく。

 

 劣悪。

 この地上はあまりに劣悪な環境だった。廃墟を歩くにも、砂漠を行くにも、荒野を行くにも。

 安寧の場などどこにもない。地上は生物が住むに適さない。

 

「……ありゃ、ホワイトダナップか?」

「はい。巨大な鳥でもなければ」

「あんなでけェ鳥がいてたまるかっての」

「ならば聞かないでください。あの高度を飛行する白い角錐など、ホワイトダナップ以外ありえませんので」

「はァ……。そういう融通の利かんところがまったく、機奇械怪らしい。そろそろ会話のウィットというものを覚えろ荷物倉庫」

「私をあんな無骨な機奇械怪と一緒にしないでください。私はしっかりとした感情を持つ人造人間(アンドロイド)です。それと、この場合ウィットに欠けるのは古井戸さんの方です。巨大な鳥かもしれない、という私の小ボケを拾えなかったことがミスです」

「ホンットにウザいよなお前」

「お互い様でしょう」

 

 険悪。

 慣れた様子で共に歩いている割に、雰囲気は険悪のソレだった。

 

「……ホワイトダナップなぁ。良い思い出がねェなぁ」

「それについては同意します。アレの動きが遅くなった地点の下には必ず大型の機奇械怪がいるので、航路を重ねたくありません」

「……ピオ、今何枚だ?」

「──はい。現在ピオに投入されている世界共通硬貨は四枚です。継続してご利用になる場合は、一日と二十一時間以内に後一枚の世界共通硬貨を投入してください。……あの、やめてくださいませんか。私この機能嫌いなんですけど」

「お前さ、それでよく機奇械怪じゃないって言えるよな」

 

 古井戸とピオ。

 それが二人の名前だった。出会ってから数年の仲でも、出会った当初から流れるこの険悪な雰囲気は変わらない。

 片や人間。片や機奇械怪。

 相容れるはずのない二つは、けれどこうしてともに旅をしている。

 

「ったく、いくらでも入る荷物倉庫として見りゃ便利だが、七日使うのにオールドフェイス五枚必要ってのは……なんとかならんのかね。全く、古代人ってのは理解に苦しむ」

「別に私は圧縮空間収納システムが全てではありませんから。メイドとして、ご主人様へのお世話機能も含めての五枚です。むしろたった五枚でピオの全機能を使えるのですから、格安な方ですよ」

「そんな貧相な身体での全機能なんざたかが知れてるだろ……」

「今私をセクサロイドと同じに見ましたね。やめてください、私は高級汎用給仕型人造人間です。男性を誘うようにつくられたセクサロイドのようなボディは必要ないので、そういう目で見ないでください」

 

 ピオ。

 機奇械怪の一種である彼女には、空間を圧縮して物質を収納する機能が備え付けられている。その他、彼女の言う通り家事や炊事などの一通りの日常機能が搭載されているため、それこそホワイトダナップのような場所で彼女を使えば、メイドとして比類なき性能を発揮できることだろう。

 荒地で、廃墟で、砂漠な地上では宝の持ち腐れも良い所だが。

 

「……ピオ、ちょっとこっち来い」

「はい。どうしましたか、古井戸さん」

「俺がいいって言うまで声を出すな」

「……」

 

 突然のことだった。

 突然、古井戸がピオを呼びつけ、その身体を物陰に隠す。

 

 ピオは特殊な機奇械怪だ。

 周囲にいる機奇械怪の位置を把握できるし、自分以外の機奇械怪の構造もライブラリに持っている。その上で驚異的な身体能力を持つ古井戸がいるため、対機奇械怪戦でこうも慎重になることは滅多にない。

 だというのにこの対応は。

 

「──」

 

 柱の後ろに隠れる二人。

 その、先程まで二人の歩いていた瓦礫の積もった道の上……空中を、二つが通り過ぎて行くのが見えた。

 赤茶けたコートを纏い、鳥の仮面を被る二人組。

 

 それは何かを噴射しているわけでもないのに水平方向へスゥと移動し、やがて見えなくなる。

 探し物でもあったのか、少しばかりキョロキョロと顔を動かしていたように見えた。

 

 探し物。

 

「……今のはやべェな?」

「はい。片方は機奇械怪でした。……それも、見間違いでなければ──ピオと同型の」

「同型ァ? ……となると、お前の出自に関わる奴か」

「恐らく」

 

 ピオは己の出生を知らない。

 残されていたのは、ピオが、ピオ・J・ピューレが高級汎用給仕型人造人間であるという事実と、機奇械怪以前に人間に仕えていた──使われていた機械であるという自覚。

 それだけを残し、気付けば地上にいた。荒野にいた。砂漠にいた。

 そして何年、何十年と地上を彷徨う内に古井戸と出会い、行動を共にしている。

 

 知りたい、と。

 そう思う心があった。

 

 自分が何故ここにいるのか。

 前文明がどうして滅びてしまったのか。欠如した記憶は。どうして自分だけが残ったのか。

 

「……厄ネタの予感しかしないが、仕方ねえ。後を追ってみるか。あっちの方向は……確か、ダムシュのあった方だな」

「危険です、古井戸さん」

「わぁってる。だがピオ、折角見つけた手掛かりを無視できんのか? 無理だろ。こっから先、ずっと気になるぞ」

「……」

 

 古井戸はぶっきらぼうで素直で頑固で、とかく扱いづらい人間ではあるが──優しい人間である、と。ピオはそう認識している。

 鬩ぎ合うのは二つ。己の欲望と、この男を危険な目に遭わせたくないという心。

 それが紛う方なき愛情であることには、流石のピオも気付かない。あるいは奉仕愛だとは思っているかもしれないが。

 

「大丈夫だ、ピオ。お前さんはいつも通り、後ろで隠れて俺の勇姿を見ていればいい」

「古井戸さんと出会ってからの戦闘記録は全て保存してありますが、再生するための媒体がありません」

「んなコト聞いてんじゃないのよ。……え、なに? 全部記録してある? やめとけやめとけ、恥ずかしいから消しとけ」

「拒否します。大切な思い出なので、いつか映像媒体が見つかったら鑑賞しますので」

 

 それはピオなりの照れ隠し。

 もうすでに行く気満々な古井戸へのありがとう。

 

 残念ながら、それに気付く古井戸ではないし、素直になれるピオでもないのだが。

 

「んじゃ──行くか、ダムシュ」

「はい」

「あそこは魚が美味いからな。少しばかり楽しみだ」

 

 こうして二人は向かう。赤茶けたコートを追って、漁業国家ダムシュへ。

 ……二人まだは知らない。ダムシュが既に滅びている事も、ホワイトダナップの航路が完全に重なっている事も、ダムシュに特大の厄ネタが建設されることも。

 地上にいることの最大のデメリットは機奇械怪に襲われる事ではなく、情報が手に入り難い事だと──二人は知る由もないのである。

 

 

* + *

 

 

「フリス。今日来たのは……来ることができたのは、お前だけだ」

「みたいですね」

 

 この世界が終末に向かいつつあるのは確かだけど、技術自体が衰退したわけじゃない。勿論日常が機奇械怪以前の機械で溢れていた頃には及ばずとも、その時代を知る人間が、技術者が乗り込んで基礎を作ったホワイトダナップは、他国より明らかに技術レベルが高い。

 機奇械怪に届かずとも、そのパーツを回収し武器に加工し得ることを考えれば妥当でもあるか。

 

 とかく、技術レベル、工事速度はかなり高いのだ。

 だから──ここに。

 

 壊され、しかし再建した校舎があった。

 

 流石に元の校舎と同じ、とはいかないけれど、教室の感じなんかは前と似ている。

 

 ただ建物は同じにできても、ヒトはそうも行かない。

 僕のクラスは特に死傷者が多かったし、無傷でもそれがトラウマになった学生も少なくはない。

 

 今日から学校が始まる、と言ったとして。

 来られるかどうかは別の話。

 

「ちなみにチャルはどうしてます?」

「ああ、ランパーロは無事だが、奇械士になっていてな。これから授業も再開するが、今日を含めて休みの日が多くなるだろう。奇械士の仕事を優先させている。人命に関わるし、学業に気を取られて足元をすくわれる、なんてことがあってはいけないからな」

 

 それでいいんだ。

 僕としては奇械士の仕事も学業も両立してもらいたかったんだけど、うーん、まぁ学校側がそれでいいというのなら僕が口を挟む事じゃないね。

 

「加えて、これほどガラガラでは説得力がないが、他クラスと統合することにもなっている。理由はわかるな?」

「まぁ生徒数の関係ですよね」

「フリス、お前は賢いからな、理解してくれていると、」

 

 トラウマ残ってるかもしれない生徒に向ける言葉じゃないんじゃないかなぁ、とか思いつつ、ああでもこの人間ユウゴにサイコ入ってるとか言われてたなぁ、みたいなことを思い出している最中の事。

 ドタバタと廊下を走り抜ける音が響き──そして、ガラりとドアが引かれる。

 

「ごめんなさい! 遅れました!」

「ちょっと、チャル! 自分で歩けるから!」

 

 現れたのは、チャルとアレキ。

 ……うんうん。

 

「な、なんだお前たち。今日は学校休んでいいと言っただろう? お前たちは我が校の期待の星、最年少奇械士のコンビなんだから……」

「いえ! 学業は疎かにできないので!!」

「はぁ……。安心してください、キムラ先生。奇械士の仕事、訓練は終わらせています。だからどうか、私達に授業を受けさせてくださいませんか?」

「……それは構わないが。……いや、これ以上は何も言うまい。ただ、見ての通り──」

「フリス!!」

 

 チャルは、爆速で。

 僕の隣の席に座る。

 

 ……うんうん。

 これは。

 

「来るなら言ってよ……フリスが学校来るなら、私も毎日行くから!」

「当然だけど、チャルが行くなら私も行くから。……フリス君。言っておくけれど、負ける気はないからね」

 

 うんうんうんうん。

 これは──やり過ぎたね。やり過ぎたし、チャルを見誤っていたし、アレキも見誤っていたかな。

 

 フレシシがこれを見たら、「自業自得ですねぇ」とか言うんだろうなぁ。

 

「コホン。では三人と少なくはあるが、授業を始めよう」

 

 まぁ、先生とマンツーマンじゃない、それなりには面白い日常が戻ってきそうで何よりだ。

 悪くはないね、この展開も。

 

 

 

 

「へぇ。じゃあ8月17日までには、地上に行けそうなんだ?」

「うん。えへへ、私ね、もうイグルス……外縁に来る中型の鳥の機奇械怪も一人で倒せるようになったんだよ!」

「それは……凄いのかな、アレキ。僕には判断基準がなくてわからないんだけど」

「……凄い事よ。銃器での遠隔攻撃が可能である、という部分は大きいけれど、それを無視してもチャルの戦闘センスは目を見張るものがある。そろそろ本当に追いつかれて……ううん、追い抜かされてしまいそうなほど」

 

 凄いな、と。

 純粋に思う。何が彼女をこう変えたのか。僕への好意? いや、それだけじゃないように思える。

 表面上は僕への好意が溢れて溢れて仕方がない、といった風にも見えるけど……もう一つ。

 

 アレキに罪悪感を抱かせたくない、も入っているね、これは。

 守られているのが嫌になったか。自分も戦えるんだと誇示して、対等になりたくなったんだね。うん、良い傾向だ。僕への好意、あるいはそれが愛情に発展しても悪くはないし、アレキとチャルが互いに背中を預けられる青春友情アクションストーリーになっていくのも悪くない。

 愛情と友情が違うことだって僕は理解している。僕がどれだけの間人間を観察してきたと思っているんだ。たまにやり過ぎるしたまに測り損ねるけれど、基本的には人間種の感情のプロフェッショナルを名乗れるくらいにはわかる。

 

 チャルの言ったイグルス。ハンター種は基本種の一つ、イーグル種がイグルス。その名の通り猛禽類に近い形をした機奇械怪で、ヒットアンドアウェイ、急襲と即時離脱を得意とする機奇械怪だ。特筆すべきはその速度で、急襲時の速度はフレシシにも匹敵する。ま、その他が脆いので総合的には遠く及ばないんだけど。

 それを一人で倒せる、ということは、完全にイグルスの速度を目で捉えて、しかも銃弾を当てられる、ということだ。

 

 動体視力がかなり鍛えられているみたいだね。

 

「チャル。わかっていると思うけど、地上の機奇械怪はそんなものじゃないからね。調子に乗っちゃダメだよ」

「……むー」

「フリス。チャルは貴方に褒めてもらいたいの。わかってあげて」

「あはは、わかっているよ。わかった上で言っているんだ。僕に手放しで褒められたかったら……そうだな、ダムシュから、無傷で帰ってくる事。これが条件だ。調子に乗っても、乗らなくても、怪我をして、無理をして帰って来たのなら、僕は君を褒めずに怒る。できるかい?」

「……フリス。私もう子供じゃないよ」

「子供だよ。今のやり取りで拗ねるくらいには子供」

「むー!!」

 

 僕からチャルへの恋愛感情というものは存在しない。小動物に対する庇護愛さえもない。彼女の価値は愛によって増大する入力による機奇械怪への影響と、そして他の奇械士へも伝播するだろう成長の促進。そのためにならどんな自分も演じよう。笑顔も浮かべよう。すべてはよりよい結果のために。

 ……なんて難しい事を考えて日々生きているわけじゃあない。だから普通に拗ねた顔のチャルを撫でてあげるし、その背後で嫉妬の炎を揺らめかせるアレキににっこり笑顔を送ってみたりもする。あ、すっごい顔。

 

「……少し安心した」

「何がだい?」

「『僕に褒められたかったら』のあとよ。"大型機奇械怪を一人で倒してみせろ"とか"アレキの手を借りずに強くなれ"とか言い出したら……私は貴方を斬っていたかもしれないわ」

「ふふん、アレキはフリスのことわかってないね! フリスはね、私にできることしか言わないの。私に提示するのは全部、私が頑張ればできること」

 

 驚きの感情があった。

 それは……無意識だったかもしれない。確かにできない事を言う事は無かった。チャルという人間価値を測った上で、彼女に可能な事は何か、を無意識に模索して口に出していたところはあるのだろう。言われて気付いた、という奴だ。

 ならば僕は、無意識に……チャルならばこの件を、あのTOWERによってかき乱されたダムシュを無傷で解決し、帰ってくると。それだけの価値があると見ている、ということか。

 

 面白い。

 悪くない着眼点だ。

 

「チャル」

「なに? フリス」

「──君は本当に、僕の予想外になるかもしれないね」

「?? どういうこと?」

 

 正直なところ、チャルへの期待はそこまで大きなものじゃなかった。

 だって彼女と同じ境遇にあった奇械士はごまんといたのだから。地上の国、ホワイトダナップ。機奇械怪が人類の脅威となった初頭にも青春ラブコメアクションストーリーをしている人間はたくさんいた。

 同じだと思っていた。どこまで行けるかは見物だけど、どこで止まってもまたやり直せばいいだけの話だから、悪くはないと。

 

 いいね。

 良い風を感じる。

 

「アレキ」

「何かしら」

「チャルをよろしくね。口でわかってるっていいつつも、ここぞの大一番で無理するのがチャルだから」

「……言われなくても、守るから」

「……むぅ」

 

 あぁ、やっぱり。

 守りたいアレキと、守られるだけじゃ嫌なチャル。うんうん、気持ちは交錯するねぇ。

 これぞ青春。

 

「あ、お昼休み終わっちゃう」

「そろそろ教室に戻りましょうか」

「そうだね」

 

 願わくは、この小さな芽が、地を割る大きな罅へと変わりますように。

 何もかもを巻き込んで、大きな大きな樹木に──。

 



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二つの恋模様と、偽物を作る系一般上位者

 ミディット・サカキバラは一般奇械士(メクステック)だった。

 幼馴染であるケイタ・クロノアとは奇械士になった六年前からずっと共にいて、コンビとしても、そして若いカップルとしても協会内では有名だった。

 それが崩れたのは、つい最近のこと。

 大型機奇械怪『ランプリー』。島外作業員となったのは三年前のことで、ベテランの風格が出てきた、なんて揶揄われる事も多くなってきた時の討伐対象。注意すべき相手ではあれど、対処法を知っていれば問題なく倒せる相手。だから想定通り、ブリーフィングを欠かさず、万全を期して挑み、あと一歩の所まで追い詰めた。

 

 そして、ミディットは──半身と共に、己の人生をも失うこととなる。

 

 

 

「メーデー。メーデー? ちょっと、聞いているの?」

「……いや。呆っとしていた」

「えぇ? もう、しょうがない……もう一度話すけど、」

 

 ミディット改め、メーデー。

 それが新たな名。下から半分の無い自分には相応しい名だと思っている。

 

 8月16日。

 約束の日の一日前。

 微妙な関係なれど、同じ敵を持つ者として仲良くはなった二人──年下の少女ら二人は、しっかりと島外作業員の資格を手に入れた。これまた最年少での獲得であり、勿論その裏には血の滲むような努力があったことを知っている。

 

「明日の調査の件。アリアさんとケニッヒさんをリーダーに構成された十人の調査班。その中でも六人と四人に小班を分けて調査をする。そこまではわかってるでしょう?」

「勿論」

「ええ、事前に打ち合わせはしているからね。それで、貴女の班員は三人……つまり少人数側を貴女に担当してもらう。メンバーは」

「アニータ、レプス・コニシ。……そして、ケイタ・クロノア」

「なに? ケイタさんに何か思う所があるの? ……あぁ、先日の任務失敗の件なら、あれは仕方のなかったことよ。アクシデントにしても対応できることとできないことがあるし、あれを責めるようなことは、」

「責めてなんかない。……いいから、続けて」

 

 キューピッドの拠点である可能性があるとされている港湾国家ダムシュ。

 そこへ向かう調査員として班に組み込まれ、その中の小隊長として──ケイタと共に行動する。

 運命とか偶然とかではない。キューピッドに仕組まれた、ということでもない。単純に島外作業員の戦力バランスを考えて、爆発的な強さを得た己と、中堅クラスのケイタはコンビとしては難しくとも班員としては組みやすいのだ。

 そも、政府側からの派遣員として一人で来た己の方が異端。そこにちょうど相方を失ったケイタがいるのだから、組まされるのは不思議ではない。

 

 不思議ではなくとも、思う所はあるが。

 

「今回の調査は未知数があまりにも多い。できるだけ現地の人間と敵対せず、協力関係を結ぶこと。可能であれば之を助ける事も命じられているけれど、これに関しては()()()()()()よ。班員の命を危険に晒して、までではない。いい? たとえ貴女の出身国であっても──知り合いがいたとしても。貴女はもうホワイトダナップの奇械士だから、守るべきは仲間。これを念頭に置いて頂戴」

「……わかってる」

 

 奇械士は国を守るものだ。本来こういう風に外部へ調査を赴くことはあまりない。

 そして、その例外たる調査において、守るべきは国ではなく互い……仲間になる。欠けは許されない。互いを助け、援ける事で高め合い、強敵とされる大型機奇械怪を倒す。

 己は出身地をダムシュと設定されているからこういう釘を刺されるけれど、正直、ダムシュに対する思い入れなど欠片も無い。それは当然、己はダムシュ出身ではないのだから。

 それでも傍から見れば情に突き動かされると見られてしまうだろう。奇械士は機械じゃない。冷酷には成り切れない。もしかしたら──仲間より生き延びた人々を優先するかもしれない。それは当然の懸念だ。これを強く否定して怪しまれる必要はないし、必要以上に固執して心配される意味もない。

 ただ淡々と、わかった、と。そう言っていればいい。

 

「オイ、アンタ」

「……」

「アンタだよアンタ。ちょいとごめんな、ランビ。俺はコイツに言っとかなきゃいけないことがあるんだ」

「は、はぁ。構いませんけど……」

 

 ブリーフィング担当者のランビにストップをかけてまで話しかけてきたのは──ケイタ。

 何があっても、名前が変わっても。

 彼への好意を忘れたことはない。

 

 そんな彼が、ひた向きな目を己に向けてきている。

 

「俺は、構わねえ」

「……?」

「アニータとレプスがどういうかはわかんねえけど、俺は構わないって言ってるんだ」

「……何の話?」

 

 彼と向き合う。

 それはまだ、できていない。この珍妙な仮面越しでさえ、目を合わせられない。自分のものとは全く違う声が震えないかを一秒一秒確認しなければいけないし、手が足が、全身が弛緩しそうになるのを気を張ってこらえなければならない。

 抱き着きたい。泣き出したい。

 でも──できない。キューピッドの手によって生き返った己は、身体の半分を機奇械怪とする己は。

 もう。

 

「だから、俺は良いんだよ。アンタダムシュ出身なんだろ? だったら絶対知り合いがいる。知り合いじゃなくても助けてぇって思う奴はいっぱいいんだろ。それを無視しなくて良いって言ってるんだ。アンタが来てから一か月くらいだが、アンタが悪い奴じゃないのはここにいるみんなが知ってる。どんだけ喋んないように頑張ったって、どんだけ顔や声色を隠したって、なんつーか……優しさ、みたいなのが滲み出てんだよ!」

「おぉ、ケイタさん言いますねぇ~」

「流石センパイ、女の子の扱いはお手のもゴ」

「馬鹿アニータお前馬鹿、デリカシーってもんを覚えろ馬鹿!」

 

 ……どうやら隠れて聞いていたらしい二人……同じ班員で、ミディットであった頃は後輩だった二人がニヤけ顔でケイタを茶化している。

 自分も、雰囲気を緩めそうになった。

 だから好きなんだ。彼は、どこまでも甘いから。弱い自分が許せないくせに、その弱さを捨てない。絶対に。甘さと罵られようと、大人になれと叱責されようと。

 ずっと前から、彼は変わっていない。

 

「……構わない。ダムシュが崩壊した時、私の知り合いは皆死んだ。残っているのは顔も名も知らない民だけ。……それに、私は国を捨てたんだ。彼らを守る資格もない」

 

 それは──政府側から追加された自身の"設定"。

 曰く、ダムシュ滅亡によってメーデーの知り合い、親類は全て死に、メーデーだけが命からがらそこを逃げ出し、ホワイトダナップに拾われた。生き残りの懇願も、メーデーに縋る手も払い捨て、メーデーはダムシュを捨てた。

 ……らしい。些か悪役に寄り過ぎているように思うのは、キューピッドの趣味……ではなく、政府側の内通者の趣味なのだろう。それはもう、この一か月ほどで理解している。

 

「うるせーな頑固カボチャ! いーから、俺は構わねえだけだって言ってんだ! ──自分の守りたいモンを優先しろ。……それは絶対、後になって、ずっと残り続ける後悔になるから」

「センパイ……」

「あ、一応俺もス! 俺も気にしないんで、メーデーさん、いざとなったらダムシュの人達を守ってあげてくださいス! 俺ももう自分で自分を守れるくらいには強いスから!」

「レプスずるい! 私も守ってもらわなくたって戦えるしー」

 

 ああ。

 やはり、楔になってしまっている。トゲになってしまっている。

 心苦しい反面──どこか嬉しがっている最低な自分がいる。

 

 ケイタは、私の事を。

 ……忘れてはいないのだと。

 

「わかった。これ以上は何も言わない。緊急時には己の心に従う。……これでいい?」

「ああ! んじゃ、ランビ! ブリーフィング邪魔して悪かった! 続けてくれ」

「はーい。……ね? 気の良い人でしょ、ケイタさん。大丈夫ですよ、今回の調査もきっと上手く行きます」

「……貴女より、知っているつもり」

「はい?」

 

 それが、噓偽りの塊であるメーデーという誰かに対する優しさでも。

 今は──嬉しかった。

 

 

+ * +

 

 

 刀を振る。

 戻し、振る。

 単なる素振り。幼少から一日たりとも欠かしていない練習。

 握る刀は変わっていけど、己自身が変わる事はない。ただ、無心──。

 

「アーレキっ」

「へぁ!?」

 

 ……訂正、無心になんてなれていなかった。もっと精進しなくては。

 

「チャル……もう、突然抱き着かないで」

「えへへ、アレキすっごく集中してたから、どこまでやれるかなーって」

「その言い方だと……これ以外にも何かしてた?」

「うん! 変なダンスしてみたり、一緒に素振りの真似してみたり、クラッカー鳴らしてみたり。でもアレキ全然気付かないんだもん。それじゃあすぐにやられちゃうよ?」

「……害意が無いから気付かないだけ。それに、チャルからされることを……拒んだりは」

「はい、コレ」

「つめたっ!?」

 

 頬に当てられたのは、アイスキャンディ。

 べたっとした感触。少々やり過ぎじゃないか、と思う心は、それを差し出してきた右手についた円形の茨のような紋様に抑えられた。

 差し出したチャルも気付いたのだろう、わざわざそれを持ち換えようとする。勿論、その前に受け取った。

 

「……とうとう明日だね」

「ええ」

 

 地上に降りるのが、ではない。

 既に己もチャルも、地上での機奇械怪討伐には参加済みだ。島外作業員の資格を取ってから、幾度か程度ではあるが、大型機奇械怪との交戦を経ている。

 成程、確かに自分は井の中の蛙だったな、と。何度も何度も先輩となる奇械士達から調子に乗るなと釘を刺されてきたが──アレは嫉妬などでなく、本心だったのだな、と。そう理解した。理解せざるを得なかった。

 それほど違う。

 資料で知ってはいても、相対してわかる異質さ。ホワイトダナップに来る機奇械怪など可愛いものだ。

 地上の機奇械怪は皆、飢えに飢えている。人間を食料としてしか見ていない。敵ではなく、捕食対象。

 

「アレキ、怖い?」

「え?」

「だって、アレキ……手、震えてるよ」

 

 言われて気付く。

 アイスキャンディを持つ手が、震えている。

 ……天才だと言われてきた。そも、己は奇械士になるべくしてなった人間だ。剣道家の家系に生まれ、戦闘者として育ち、当然のように機奇械怪の知識を身に着け、その資格を取った。天才だと、誉れだと言われた。言われてきた。

 笑ってしまう。

 だって、隣にいる少女の方が。

 戦闘センスも──その胆力も。

 

「大丈夫だよ、アレキ」

「……チャル」

「なんてったって、アレキは私が守ってあげるからね!」

「調子乗り過ぎよ。そんなだと、またフリ……また何もない所で転ぶでしょ」

「えぇ、まだそれ覚えてるの!? 最初だけじゃん、あれ!」

「だって印象的だったもの」

 

 どうしてか、彼の名を出すのが憚られた。

 チャル・ランパーロ。突然機奇械怪と戦い得る武器を渡され、それを使いこなし、学力も身体能力も低位と言わざるを得ない状態から一気に己の傍まで駆け上がって来た少女。

 そして彼女の友人の、フリス・クリッスリルグ。

 

 天才だと言われてきた。

 ……けれど、そんなことはないと理解した。ただ今まで、周囲にいなかっただけだ。

 本物が。

 

「言っておくけど、本気だからね」

「何が?」

「だから、私がアレキを守るって話!」

「……無理よ」

「無理じゃない!」

「無理。だって私がチャルを守るもの」

 

 キューピッドに埋め込まれた"種"。アリア・クリッスリルグに浸された"毒"。メーデーを覆い隠す"弱味"。

 ──全部、私が。

 

「じゃあお互い守れば、最強?」

「そんな簡単な話じゃないと思うけれど」

「でもフリスが言ってたよ。硬すぎる防御は何よりもの攻撃になるかもね? って」

「かも、じゃない」

 

 彼女の口から彼の名が出ると、ズキりと心が痛む。

 出さないで欲しい、なんて傲慢な願いが脳裏をよぎる。

 

 フリス(こいがたき)

 否定しない。私は、アレキは、チャル・ランパーロに恋をしている。それがたとえ、罪悪感や使命感から来るものでも──否定はしない。

 

「ね、チャル」

「なに?」

「フリス君のどこが好きなの?」

「──え?」

 

 だから、ちょっと。

 踏み込んでみることにした。

 

 

 

「え、え……え? い、いや、好きとかそういうわけじゃ……」

「嘘。絶対好きでしょ。フリスの前だと、チャルはなんていうか……乙女になるし」

「ちょ、ちょっともう、からかわないでよー!」

 

 上気し、紅潮した頬も。

 激しく動く瞳も。

 あわあわと震える唇も、バタバタと動く手足も。

 

 自覚したら、否定しなくなったら。

 ああ──全てが愛おしく見える。

 

「フリス君とは、いつからの付き合いなの?」

「う……普通に、学校入ってからだよ」

「そうなのね。なんだか長年の付き合い、って感じがしたから」

「……フリスはね、最初は……どこか不思議な雰囲気で、近寄り難かったんだ」

「今も、じゃない?」

「今は柔らかくなった方だよ。……エンジェルの時に死んじゃった、ユウゴとリンリー。あの二人とは前から付き合いがあってね。それで、三人で突撃したの。窓の外を見るとか、読書をするとか、勉強をするとかでもなく……ただクラスの様子をにこにこ見てるだけだったフリスに、どーん! って」

「それは……フリス君、びっくりしたでしょうね」

「ううん。フリスは『やぁ、どうしたんだい、ユウゴ、リンリー、チャル』って。まるで昔からの友達かのように、さっきまで話をしてたんじゃないかってこっちが錯覚するくらい普通に返してきたよ」

 

 怖くないかしら、それは。

 という言葉は飲み込む。

 

「話してみたら……フリスは普通の男の子だった。不思議な雰囲気なんかない、ちょっと頭が良くて、ちょっと周りが良く見えてる子。優しくて……でも、どこか一歩引いたような、そんな男の子」

「……そう」

「さっきアレキ、今も、って言ったよね。不思議な雰囲気は今もだ、って。違うの。本当に私達といた時は、その雰囲気は消えてたの。……戻って来たのは、エンジェルが現れたあの時」

 

 フリス・クリッスリルグ。

 その名の通り、クリッスリルグ夫妻の子。

 クリッスリルグ夫妻といえば、その見た目にそぐわぬ怪力無双のアリアと、正確無比な攻撃と流麗な槍捌きのケニッヒという、強さの象徴に名高いコンビとして有名だ。最強には届かずとも、二人をして弱いと言える奇械士はいないだろう程に。

 その子供が、フリス。

 けれど彼は奇械士になる気はないと言った。

 

 死が隣にいた頃に戻る気はないと。

 

「……戻してしまったのね」

「うん。多分、そうだと思う」

 

 エンジェルが学校に現れるまで、フリスがただの学生になれていたというのなら。

 彼が地上にいた頃の、あるいは全てを諦観し、達観したかのようなあの雰囲気を強制的に起こしてしまったのは、やはり己のせいなのだろう。

 あの時、エンジェルが出現する事に気付けていれば。最も近くにいたのだから、もっと早く駆け付けていれば。

 

 あるいは二人は、平和な世界のまま──。

 

「私の、フリスの好きな所はね」

 

 ──揶揄いつつも、どこか違ってくれ、と願っていたことが、唐突に肯定される。

 ああ、やっぱり。

 チャルは、フリスが。

 

「……お父さんみたいな所」

「お……父さん?」

「うん。……人に話すの初めてだから、なんか恥ずかしいな」

 

 それは。

 少しばかり、想定していた答えと違った。

 お父さん。それなら、それは……果たして本当に、恋愛感情なのか。

 

「私ね、お父さんいないんだ」

「……それは、薄々気付いてた。チャルの話には、その……お母さんのことしか出てこないから」

「あ、バレてたんだ。うん、そう。私にはお父さんがいない。死んじゃったんだって。私が生まれる前に、機奇械怪にやられちゃって……遺体も残ってなくて」

 

 そういう人間は、ホワイトダナップには多く存在する。

 チャルもその内の一人だったか。

 

「だから、お父さんってわかんなくて。ちょっと憧れてたんだと思う。……それで、フリスに出会って。この子はすっごく落ち着いてて、私達を……なんだろ、本当のお父さんみたいに見守ってくれてて。その知識量もだけど、なんだか本当に年上で、包み込んでくれてるみたいな、うーんと、平等に見てくれてる、みたいな……」

「包容力がある、ってこと?」

「あ、それ!」

 

 もし。

 もし、この子の抱く、フリスへの感情が……親愛に近いものならば。

 

 まだチャンスはある。

 

「そんな感じ。フリスはね、不思議な雰囲気が出るようにはなっちゃったけど……でも、ずっとずっと変わらないから、安心できるの。フリスと話すと、あぁ、帰って来たなぁ、って思うっていうか……」

「なにそれ。まるで熟年夫婦ね」

「ふ、夫婦!? けけけけ、結婚とかはま、ままだ早いかな、って……」

 

 墓穴を掘ったな、と思った。

 自分の言葉が自分にダメージ。

 

「……必ず調査、成功させましょう。それで……ソレも取って、フリス君とチャルと、私と。それから、みんなの心の傷が晴れたら……本当の意味で、学校も再開して」

「うん。日常を取り戻す、ってやつだよね! 頑張るぞー!」

 

 残り一齧りとなったアイスキャンディ。

 それが、溶けて。

 

 ポトりと落ち──。

 

ふぇーふ(セーフ)!」

「……流石に行儀が悪すぎ」

「あたっ」

 

 る前に、チャルが口で受け止めた。

 

 可愛い。

 じゃなくて。

 

「そろそろ協会に戻りましょう。最終確認をして、今日は夜更かししないでちゃんと寝ること。寝坊したら置いていくから」

「しないよ~!」

 

 たとえ、命を賭してでも。

 この子を日常に返す。それだけは、心に誓って。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「完成だ……」

「おー。凄いですね。そっくり!」

「子供サイズの動力炉を探すのに苦心した事以外は大体順調だったね」

 

 目の前には、赤茶けたコートを来た、鳥の仮面の子供と、その背後に同じ格好の女性の姿をした機奇械怪がある。まだ動力源が無いから動かないけど、これはキューピッドとしてダムシュに放つつもりだ。

 分類は、融合オーダー種キューピッドかな。キューピッドの使う転移機能は、実はアモルの……融合サイキック種アモルの機能だった、という設定で。

 この機奇械怪は僕らの声を通せるスピーカーを付けている他、ある程度は行動を操り得るようにしてある。そうじゃないと百余計なこと言うし。

 ダムシュが今どうなっているかはわからないけれど、TOWERとキューピッドで良い感じに奇械士を襲って、あとの流れはキューピッドに任せるつもり。奇械士を殺すか、殺されるか。はたまた毒電波を飛ばすTOWERを先にやるかもしれない。

 なんでもいい。どうなっても悪くはない。あぁ、アモルはキューピッドの補佐だから、あんまり戦わせる予定はないよ。

 

 最終的にどうなろうと、シールドフィールドから出ようとしたら、どーん! だ。

 外界への、全体への入力になりかねない機奇械怪を箱庭から出すつもりはない。働き次第で如何を考える、なんて言葉を捨てて来たけど、その可能性は1%にも満たないと言えるだろう。

 

「……それじゃあそろそろ行こうか、フレシシ」

「はい。あ、お弁当作ったんですけど要りますか?」

「うーん。……貰っておこうかな」

 

 軽口を叩きながら。

 つい先ほど見送った両親たちを追って、というか先んじて、僕らもダムシュへ転移する。ダムシュに張ったシールドフィールドは機奇械怪の転移は防げるけど、僕らのものを防げるほどの性能じゃないからね。

 

 さて、どうなったかな──と。

 

 

 

「おー」

「うーん。予想は超えられなかったみたいですね」

「まぁ、最良を掴み取ったとはいえるんじゃないかな、野良の機奇械怪にしては」

 

 TOWERは健在。

 機奇械怪は前より増えている。そして。

 

「生かさず殺さずを学習したのは、それなりに評価が高いよ」

 

 ──TOWERの頂点。

 そこに並べられた、身体の一部の無い人間達。

 箱庭において、この閉鎖空間において。

 機奇械怪達は互いに争い合うのではなく、分け合うことを選んだのだ。そして最も力のあるTOWERに動力源を預け、少しずつ、少しずつ。

 死なない程度に、奪って行く。

 TOWERが使い切ることは許さない。それをするのなら、機奇械怪は連携してでもTOWERを壊すだろう。TOWERもまた、己の耐久性能を理解している。

 うん。

 うんうん。

 フレシシの言っていた機奇械怪の"個"。

 

 確かにあるらしい。

 生き延びたいという本能が。

 

「人間は全滅かな?」

「あそこにいるもの以外は、生体反応はありませんね」

「それは残念だ。土壇場で覚醒して、みたいな事を期待していたのに」

「フリス、そういうのは物語の中だけですよ」

「前はいたんだけどなぁ」

 

 人間側はその全てが捕らえられ、ああして人間の原木になっている。

 まぁ価値のない存在だ。死んでくれてもいいし、動力源になってくれても、あるいは何かの偶然で助かってもどうでもいい。

 

「ま、これで当初の目的……キューピッドが過去にいたかどうか、はわからなくすることができたね」

「あの状態じゃ、助け出されても言葉は発せないでしょうからね」

「それに、嬉しい事に……食料供給は足りていないと見た」

「あの人数だけじゃ、ダムシュ全体の機奇械怪の動力源にはなり得ませんよ」

「うん。だから今もどこかで起きているんだろう。機奇械怪同士の生存競争が。──そこに奇械士が十人も入ってくるんだ。ね、一般機奇械怪。それは、どう見える?」

 

 聞かれたフレシシは、にっこりと笑って。

 

「勿論、ご馳走です」

 

 そう、言い放つ。

 

 ──さて、チャル。

 そういう感じだよ。君への強化はいくらかした。オールドフェイスにモード・エタルド。

 けれど、それさえも覆い隠す……覆い尽くしてしまう程の飢えた獣たちが、君を待っている。

 

 どうか、願わくは。

 

 君の無傷の生還を──心より。

 




TIPS
奇械士(メクステック) / Mextech
 
 機奇械怪に対抗し得る知識と身体能力を持つ人間側の戦士。武装は様々で、純粋な武具から機奇械怪から奪った機械など様々。給料はかなり良い。
 基本ツーマンセルで育てられるため、男女のペアはそのまま結婚することも少なくはない。


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驚かしてほしい系一般上位者

NI KAIME NO……KOUSHIN……TODAY……


 ホワイトダナップがダムシュ周辺域に入った。

 さて、では。

 チャルに対する第一の試練を始めよう。彼女が僕の期待に──予想外を掴み得る英雄であるのか、あるいは夢に焦がれただけの雑兵か。

 

 大型機奇械怪『TOWER』。これは昔、メガリアの人類が滅びの窮地に立つ前に、世界各地にあったものだ。正確には『TOWER』という機械を機奇械怪にした、が正しいか。

 機能は二つ。

 一つは、周辺の機奇械怪の統制。情報の送受信も含めて、全体を把握し、全体に共有する。

 そしてもう一つは──。

 

「来たね。正面から、ぞろぞろと」

「はい。ですが、入ってすぐに別れたようですね。フリス、ちょっかいはどれくらいかけていいんですか?」

「最初は様子見だ。放たれている機奇械怪は地上のものだけど、あれら奇械士が連携すれば倒せない程じゃあない。ひと月も与えたというのに機奇械怪(かれら)は融合を拒否したからね。強くなる機会を捨てて個を、己を取った。ならばここで無為に駆逐されるのも仕方がないことだ」

 

 TOWERの隣、宙に浮いて全体を眺める。

 ダムシュは横に長い国だけど、この『TOWER』の異常性にはすぐ気付けることだろう。そしてそれを見上げれば──僕がいることにも。

 

 何かを喋っているのはわかる。聞こえないけどね。遠いから。

 でも多分宣戦布告とかそのあたりなんだろう。余計な事をしている暇があれば、姿を隠せばいいものを。昔から英雄的行動を好む奇械士はそういうのが多い傾向にあるように思う。相手が無機質な機奇械怪であっても名乗る。そこに何が響くわけでもなし、本当に意味のない事だと知っていて、己を奮い立たせる意味合いを込めて叫ぶ。

 いいよ、それは。肯定しよう。

 けれど必然、大きな物音は引き寄せる。

 何を、って。

 

「まずは──四体同時か。頑張れ、頑張れ。頑張れば頑張るほど僕も嬉しい」

 

 ハンター種二体。プレデター種一体。オーダー種一体。

 ぞろぞろと集結するのは、己が動力炉の源がもう尽きそうだからだろう。

 餌を、餌をと。

 彼らを突き動かす。

 

 相対するは両親含むアレキとチャルの班。

 その後ろから分かれていくのはメーデーの班。

 

 そして──。

 

「アモル。いいよ、対処しなくて。それもまた面白いからね」

「わかりました」

 

 それは異分子(イレギュラー)。僕達の想定になかったもの。

 既に認識してしまった時点で予想はいくらでも立てられるけれど、さて、はて。

 どう越える? どう攻略する?

 生きた人間はもういないに等しい。機奇械怪は蔓延っている。敵は未知数、目標は座して構える。

 

「君達もだよ、機奇械怪」

 

 ただ殺されるのを待つだけなどあり得ない。数があるんだ、物量を使え。敵は簡単に疲弊する弱小生物。対してお前たちは動力さえあれば活動し続けられる機械の化け物。動力を失えど互いを取り込み、さらに強くなり行く単一の怪物。

 攻略されるのを待つな。解決されるのを待つな。足掛かりを壊し、糸口を潰し。

 

 ()、というものを示してみろ。

 

「さぁ──」

 

 

「──モード・エタルド」

 

 

 その声は──背後から。

 

 

+ * +

 

 

 時は少し遡る。

 

 クリッスリルグ夫妻、最年少奇械士(メクステック)のコンビ、メーデー、ケイタ。加え、彼ら彼女らの後輩……信頼を置ける四人。

 それら十人の調査隊は、港湾国家ダムシュの前にまで来ていた。

 

 そこで、ある二人に出会う。

 

「ん……なんだ、武装集団がぞろぞろと。穏やかじゃねぇなぁ」

「古井戸さん。恐らくホワイトダナップの奇械士かと思われます。服装が合致しますので」

 

 ボサボサの無精ひげ。伸ばし切った髪。清潔感のせの字もない男と、すらっとしたスリムなボディ、切り揃えられた髪、少しばかり病的なまでに青白い肌の少女。

 それが、ダムシュの少し手前にある岩屋に座り込んでいた。

 警戒。

 

「よう、奇械士。俺達はまぁまぁ怪しいモンだ」

「古井戸さん。怪しいのはあなただけで、私はそこまででもないです」

「機奇械怪のクセに人間ぶってるお前が一番怪しいだろぉよ」

「私は高級汎用給仕型人造人間であって機奇械怪ではないので」

 

 毒気が抜かれる、という表現が正しいか。

 地上で人間に会う、などあり得ない事なのに、一行の数人から警戒が抜ける。だが、今二人は……古井戸と呼ばれた男はおかしなことを言っていた。

 

「……失礼。人工浮遊島ホワイトダナップが奇械士協会所属のケニッヒ・クリッスリルグだ。この隊のリーダーをしている。所属と名を伺っても?」

「所属はないよ。根無し草さ。名は、俺が古井戸で、コイツがピオ。俺は見ての通り人間だが、こいつは機奇械怪だ。といっても殺してくれるな、コイツは俺の所有物なんでね」

「訂正を要求します。私は別に古井戸さんの所有物ではありません」

「ピオ。持ち主の名を言ってみろ」

「はい。ピオの現在の所有者は、登録名:古井戸様、でございます。……あの、私この機能嫌いなのでやめてくださいませんか」

 

 毒気が抜かれ続ける。

 緊張に緊張を重ねてきたというのに、何故漫才を見せつけられているのか。

 

「……あー、メーデー。コイツらはアンタの」

「知り合いではない。ダムシュ出身にも見えない」

「だよなぁ。……えーと、古井戸? アンタ、ここで何してるんだ」

「待ってたのさ」

「待ってた?」

「あぁ。俺達はダムシュに用があるんだぁがね、ほれ、あの状況でよ」

 

 古井戸が親指で背後を差す。

 釣られて調査隊がダムシュを見れば──そこには。

 

「っ……」

「シールドフィールド……」

 

 真っ先に反応したのは二人。メーデーとケイタ。

 遅れてアリアとケニッヒも理解する。

 

「エルメシアに張られているものと同じ……?」

「いやぁ、強度はあちらさん以上だな。何度か俺達でぶん殴ってみたが、硬い硬い。恐らく特殊な手段でしか開かないか、鍵があるか。そのどちらかだろう」

「……えっとぉ、ピオさんが機奇械怪ってほんt」

「馬鹿アニータお前馬鹿! 口挟んじゃいけない空気くらい読め馬鹿!」

「おお元気だな若いの。で、その通りだ。本当に此奴は機奇械怪だぜ。なんか証明はいるか?」

「いや、問題ない。今ここでお前たちと争う理由が無いからな。仮に機奇械怪……人間を捕食しようとしているのだとしたら、その素振りを見せた瞬間に破壊する。それで済む話だ」

「あの、私、人間を食べたりしないのですが」

 

 思わず吹き出して笑う古井戸にエルボーを入れ、ピオは訂正する。

 

「なんでもいいが、話を戻すぜ。アレがホントにエルメシア以上のシールドフィールドだとして、どう破る。その条件、あるいは鍵ってのには心当たりがあんのか?」

「テテテ……。ん-、まぁ、あるにはある、って感じだな。お前らが持ってるかどうかは知らないから、持ってなけりゃ探さなきゃならねぇんだが」

「なんだ。言ってみろ」

 

 古井戸は、ピオに突かれた脇腹を押さえながら──言う。

 

「"種"か"毒"。どっちか持ってねぇか?」

 

 言った。

 

 

 

 シールドフィールドと呼ばれる半透明且つ堅固な壁に、人が通り抜けられる程度の穴が開く。

 そこを通っていく調査隊。そして古井戸とピオ。

 

「……ホントに通れた」

「私、この毒が役に立ったの人生で初めてかも」

「そらまぁどっちも持ってるなんて思わねぇよ」

 

 中に入って──けれど、その内部空間の異質さに顔を顰める。

 

()()()()

「ああ。人の気配がしない。もう二週間以上は無人だろう」

「……代わりに機奇械怪の足音はそこら中に響いている、か」

 

 底冷えする寒さが全員を包む。気温が下がったわけではない。

 渦巻いているのだ。それは殺意。否──捕食本能。

 ここは文字通り腹を空かせた猛獣の檻。自分たちが投げ込まれた餌だと否応なしに理解させられる。

 

「倒すべきはキューピッド、って奴。それであってんな?」

「ああ。……調査に来たが、これはもうそうも言ってられる状況じゃねぇ。メーデー、ケイタ。お前たちは極力身を隠しつつ、拠点となる場所が無いかの捜索だ。メーデー、この惨状じゃできるかどうかわからねぇが、道案内を頼む」

「……わかった」

「よし、アニータ、レプス。びびってないでいくぞ」

「センパイこそビビってない?」

「馬鹿アニータお前馬鹿、よくこの状況で茶化せるよな馬鹿……」

 

 メーデーの小班が離脱する。

 残されたのはアリアとケニッヒの班と、古井戸とピオ。

 

「キューピッドってな、アレか」

「……!」

 

 古井戸が指を差す。

 そこに──いた。

 二つ。赤茶けたコートを纏う、子供と女性の姿をした、鳥の仮面の二つ。

 

「……高見の見物、というわけね」

「ふむ。敵の姿が見えてんなら話は早いな。囮兼殲滅はアリア。ワイユーとケンはアリアのサポート。つっても助力しろってわけじゃない。どっちから機奇械怪が来るか教えてやるだけでいい。できるな?」

「ハッ!」

「承知!」

「あの、私達は……?」

 

 ケニッヒが冷静に指示を出していく。

 その真剣な横顔に、アリアが頬を紅潮させていることは……まぁ、古井戸だけが気付いていたが、特に何を言う事も無い。

 

「アレキ、チャル。お前たちは本丸をぶっ叩いてもらう。古井戸、ピオ。というかピオ。アンタ、飛行は可能か?」

「……短時間なら可能です。高度だけで言えばあの尖塔にまで突っ込めますが、その後が保ちません」

「十分だ。ちなみになんか抱えて飛ぶのはどうだ」

「可能ですが、更に時間が削られます。安全な着地、というものが難しくなるでしょう」

「そりゃ最高だな。チャル、ピオに抱かれてキューピッドの背後に回り込め。そんで、最高火力だ。あの攻撃消し去る奴が望ましい」

 

 アリアが己の武器……巨大な、斧。ハルバードを展開する。

 それは戦士としての勘か、彼女が集中状態に入った証か。

 

「それは……」

「大丈夫だよ、アレキ。というか、使えるものは使わないと」

「……じゃあ、私は」

「アレキはチャルを受け止める役割だ。できるならピオも受け止めてやってくれ。どこに着地するかは任せる。どこに行っても俺が助けに行ってやる。できるな?」

「……わかりました」

「俺は?」

「ん、アンタ戦えるのか? 武器の類、持ってないように見えるが」

「そこそこ強い自信があぁるんだなこれが」

「じゃあバックアップだ。チャルが失敗した時のカバー」

「やり方はこっちで決めて良いな?」

「ああ。任せる」

 

 作戦は決まった。

 では散開──する直前。

 

「オオオ────ッ!!」

 

 それは雄叫び。余りにも雄々しく、あまりにも恐ろしい叫び声。

 発声元は──アリアだ。

 

 ウォークライ。戦いの始まりを告げるスイッチ。

 

「やる気は十分。んで、アリアに機奇械怪が集まってくるのも確定。──行くぜ、状況開始だ。死ぬなよ、全員!」

「応!」

 

 

 

 それが、数分前のこと。

 時は現在に戻る。

 

 モード・エタルド。音声と共に展開した、機械の腐食を引き起こす弾丸。その銃身。

 それは仇。「対処はしなくていい」と言ったから、気付いていた従者はしなかった。その通過を許し、無視し。

 

 ──相方の背面から、じゅくじゅくと腐食が広がっていくのを見る事になる。

 

「──キューピッド?」

 

 あり得ることではなかった。

 刺されようと斬られようと、撃たれようと爆発を受けようと無傷。キューピッドとはそういう存在だ。融合オーダー種キューピッド。設置されたTOWERより、融合サイキック種アモルより、この箱庭の何よりも強い存在。

 それが──今。

 

 

「や、……や、った……?」

「……お見事。成程、そちらにも人型がいたか。僕らだけだとばかり思っていたんだけどね。静音飛行モード……型式は明らかに僕らより古いのに、僕らに気取らせないなんて」

「お褒めに預かり恐悦至極。はじめまして、私はピオ・J・ピューレ。前時代を生きた高級汎用給仕型人造人間(アンドロイド)です」

 

 落ちながら。

 ぐったりしたチャルを抱えながら、ピオは目礼を取る。

 背面から、そして肩口から。

 身体の小さなキューピッドだからこそ、この腐食は有効。本来の機奇械怪にとっては致命傷にはなり得ない範囲の消滅が、キューピッドにとってはどうしようもない傷になる。

 

「──だけど、甘い。おかしいと思わなかったのかい? ……ここに配備された機奇械怪が、地上型のものだけなはずがないだろう」

 

 言葉と共に、TOWERから一斉に飛び立つものがあった。

 それは鳥。否、基本ハンター種イグルス。否否否、凡そ飛行型と呼ばれる機奇械怪の群れ、群れ、群れ。

 ホワイトダナップに来るものよりも小さいもの、大きいもの。サイズこそ様々なれど、その数は数える事も億劫になるほど。

 

「こうして姿を見せているんだ。ああして君達も囮を立てているんだ。どうして僕が同じ手法を取ると考えなかったんだい?」

「っ……!」

「アモル。僕は大丈夫だから──あそこにいるのを、鏖殺して」

「承知」

 

 融合サイキック種アモルの両手に赤い雷が走る。

 そこでようやく気付くのだ。今までキューピッドの仕業だと思っていた転移は、全てこちらの個体の行っていたことだと。

 

 ならばキューピッドの機能とは。

 

「さぁみんな、おいで、おいで。──足りない餌がここにあるよ」

 

 ギャイギャイと叫ぶ。ギリギリと金属がこすれ合う。

 不快な音が響く。不穏な声が轟く。

 塔から飛び立ち、瞬く間にダムシュの空を覆い尽くした鳥の機奇械怪達が、その目で、カメラで、水晶で。全てが、全部が、全機が──見る。

 見る。美味しそうな、生命。ピオではない。チャルを。

 チャルを見て──。

 

「行け」

 

 殺到する。

 

 文字通り、だ。互いが互いにぶつかり、壊れる事も厭わない。

 ただあの人間を。小さな人間を我が物に。飛行機奇械怪の動力炉は小さい。だから啄んで、小さくして、食事にありつかんと歯を立てて。

 柔らかそうだ。簡単そうだ。既に弱り切った獲物を前に、機奇械怪に無いはずの喉が鳴る。

 

 そうして最初の一匹が、チャルの腕にその歯を突き立て。

 

「──させない」

 

 られなかった。当然だ。当然だ。

 ここにいるのは修羅が如き守護者。そうあろうと思い直した、自ら人道を外した守り手。

 であれば、これより先は獲物のいる、ご馳走のある楽園ではなく。

 ただ一刀のもとに首を溶断され、動力炉を破壊される地獄なりて。

 

「そうさ! 俺達は奇械士だ! 対機奇械怪の専門家(スペシャリスト)! そして、仲間を決して見捨てない者の名だ!」

 

 突き刺される。撃墜される。

 地上から雨のように昇り注ぐは鉄骨。恐らくは元建材だったのだろうそれらは、正確無比に機奇械怪の動力炉を貫いていく。

 地上からここまで、どれほど距離があると思っているのか。羽搏き、滑空し、上昇する機奇械怪の動力炉が、どれほど狙い難いと思っているのか。

 

「問題ないよ」

 

 言葉が響く。

 その全てが機奇械怪に届いたわけではないだろう音量で、けれど機奇械怪の全てがその言葉を拝聴する。

 問題ない。己らを撃墜するあれらは何も問題が無い。溶断してはその身を足蹴に飛び回る人間も、地上から鉄骨を投げ続ける人間も。

 

 何も問題は無い。

 

「だから、行け。止まるな。僕に従え」

 

 ──煩さを取り戻す。ギャイギャイと叫び、ギシリギシリと金属をすり合わせ、それは獲物への殺到を開始する。障害がある。無視できぬ攻撃がある。

 だが、それがなんだ。

 問題ないのだから、問題は無い。電脳が鳴らすはずの警告は、今しがた受信した命令文によって掻き消された。

 進め。進め。

 殺せ、殺せ。

 機奇械怪。その在り方に、偽りはないのだから。

 

 死力を尽くせ。

 

 

 

 

「っとぉ……やべぇなー、アレ」

「お仲間が心配ですか?」

「!」

 

 古井戸は距離を取る。

 尖塔の内部、まるで機奇械怪の体内を走っているかのような気分にさせられるここを爆走していた時のこと。

 割れた窓から見えたピオと先ほどであった者達の戦いは、奇械士ではない古井戸の混ざり得るものではない。はずだ。

 

 だからこその行動。ケニッヒにはああ言ったが、古井戸から見てもケニッヒの方が遥かに強い。あるいはアレキ、チャルという少女でさえも。

 なので適材適所。そのための爆走だった。

 

 だから、それが古井戸のもとに来たのは意外で。

 

「いいのかい? 相棒のキューピッドくん、半壊してぇるが」

「はい。ですがキューピッドが大丈夫だと言ったので、大丈夫です。キューピッドは嘘をつきませんから」

「……なんぞか、出会った頃のピオを思い出すねぇ」

「女性に他の女性を重ねるのは失礼ですよ」

「そりゃ悪い。だが仮面にフードに体格隠すコートだ。そんでもって名前も知らないんだから、女性だと思わないのも仕方がないと思わねえか?」

「……では、名乗りましょう。融合サイキック種、アモル。キューピッドの相方を務める機奇械怪です」

「ご丁寧にどうも。俺は古井戸だ。ああ本名じゃないぜ、多分。俺は自分の名前を知らないんでね、物心ついた時に近くにあったモンを名乗ってるだけだ」

 

 適当なコトを言いながら、古井戸は考える。

 融合サイキック種アモル。サイキック種となれば、扱うのは念動力の類。そして転移。機奇械怪の中でも特に厄介な部類だが、同時に弱点が存在する。

 それは果てしなく燃費が悪い事。よって戦闘を長引かせれば長引かせるほど、相手が疲労、ないしは撤退する可能性が高くなる。

 

「キューピッドの命令により、貴方を鏖殺します」

「鏖殺とはまた、物騒な言葉じゃねぇのよ」

「受ければわかるかと」

 

 ――あるいは、それを躱すことができたのは、初めて会った時のピオに似ていたから、だろう。

 機奇械怪は人間を襲う。ゆえに機奇械怪は人間に襲われる。襲われる前に襲い、壊す。それが基本。

 だからピオは、古井戸と会う前のピオは、出来るだけ己を隠して生きていた。そうでなくては襲われてしまうから。そうでなくては──殺してしまうから。

 けれどあの時、不意に、古井戸が悪戯の気持ちでそのフードを取ってしまって。

 

「同じ拳が、飛んできたもんだなぁ!」

「!?」

 

 避ける。頭をズラし、必殺必滅の拳を避ける。

 人間であれば、奇械士であってもそうでなくても確実に潰されるだろう──細胞の一片一片までもが皆殺しにされるだろう拳。

 成程、鏖殺。その名に相応しい打撃だ。

 

 だが、と。

 古井戸は嗤う。

 

「一人で来たのは間違いだったなぁ、アモル。ははっ、室内戦で、一対一の俺は──ちと手強いぜぇ?」

 

 今もこうして古井戸は生きている。

 あの時ピオと戦い、そして勝利し、ピオを壊さずに連れ歩いた古井戸は、ここに。

 

「高いところでふんぞり返ってた方がずぅっと良かったって、その身に刻み込んでやるさ」

「……餌風情が」

 

 尖塔、TOWERの中で、誰に見られることのない戦いが始まる──。

 

 

+ * +
 

 

 

「まるでクライマックスだ──そう思わないかい?」

「……ぐ」

 

 まるでクライマックスだった。人間側の思わぬ反撃力。奇械士としての底力。あるいは機奇械怪側の油断。総力戦に近いぶつかり合いは、ダムシュ全体に剣戟を響かせている。

 その、下。

 その、光のような戦いの――影。

 

 血溜まりがあった。

 

「……ふぅっ……ふぅっ……」

「……ケイタ・クロノア。しっかり息をして。焦らないで。貴方も、アニータもレプスも、まだ生きてる」

「まだ死んでいない、の間違いではなく?」

「まだ生きてる」

 

 血溜まりに伏せるは三人。

 ケイタ・クロノア、アニータ、レプス・コニシ。ケイタは虫の息。アニータとレプスは意識を失っている。

 その前に立つメーデーに目立った傷はない。ただじっと、キューピッドを見つめて。

 

「……上にいたキューピッド。あれは、偽物?」

「そうだね。ここにいる僕も本物かどうかはわからない。けれど上にいるのが偽物なのは確実だ。あの時、君の弾いた刀による、アレキの刺突。あれほどの威力のものが通らない身体に、あの程度の弾丸が通じるはずないだろ?」

 

 茨があるから、キューピッドの耐久性能などの情報をケニッヒ達に伝えることができなかった。

 ゆえにケニッヒはあの作戦を取ったのだろう。結果として士気は高まったが、あれではジリ貧だ。戦い続ければ、必ず人間側に綻びが生まれる。

 疲労。こればかりは逃れられない。

 そして機械は回復するのだ。疲労した人間を取り込めば、簡単に。

 

「……あなたは何が目的なの」

「おや、談笑がお好みかい? いいよ、それくらいは付き合ってあげよう。それで、目的か。ううん、難しい事を聞くね」

「まさか、ないの?」

「いいや、あるとも。僕の目的は進化だ。人間、機奇械怪、あるいはそれ以外。なんでもいい、僕の知らない世界を見せてくれたらそれでいい。だからこうやって引き合わせるのさ。運命と運命を。交わるはずの無かった二つを。……キューピッドらしいだろ?」

「……ふざけてる」

 

 奇しくもそれが本心だということは、メーデーにはわからない。

 だが、同時に。

 

「でも……わかったことが、一つある」

「なんだい」

「要はあなたを驚かせれば。あなたが知らない事を見せれば、あなたは満足する。そういうことでしょう」

「……ふふふ、君にできるのかい?」

 

 キューピッドは、ケイタを見る。

 虫の息。──けれどまだ、意識がある。意識を失っている二人と違い、まだ鋼の精神で耐えている。失ってはならない。意識を落としてはならないと。

 メーデーを。

 何故か大切な匂いのするこの女性を、もう。

 

「ええ、簡単。ああ、キューピッド。一つ教えて欲しいのだけど」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「察しがいいのね。いつもそうしていればいいのに」

 

 とんとん、と。

 メーデーが自らの喉を指で軽くたたく。二度。

 

「なら、この仮面もいらない。このふざけた手袋もね」

「──ぇ」

 

 小さな声が(ひび)く。消え入るようなか細いもの。

 自身の生命のために息をすることより、その驚きは吐き出さなければいけなかった。

 

 聞き覚えがある、なんてものじゃない。

 今の今まで、一時も忘れたことの無い声が──聞こえた。

 

 ケイタは、痛む身体を酷使して、なんとか、なんとか首を、頭を、目を前に向ける。

 赤茶けたコート。

 それが──捨てられる。

 かぼちゃの面も。白い手袋も。

 

「……」

 

 コートの後ろから出てきたのは、プラチナブロンドの長い髪。波打つそれは、紛れもなく。

 手袋の下から出てきたのは、右手の甲に大きくついた火傷。学生時代のそれは、紛う方なく。

 

 何よりその、少しだけ振り向いた顔は。

 何よりその、憂いを帯びた顔は。

 

「み、でぃ……と……?」

「うん。そうだよ、ケイタ」

「なん、で。おま……死ん……で」

「生き永らえたの。そこのキューピッドのせいでね」

 

 意識が朦朧とする。無理に喋って酸素を使って、生命維持に支障が出たのだ。

 ケイタの身体は、脳は、強烈な眠気を出して自衛に入る。これ以上騒がれてはたまらない。これ以上動かれては(いのち)に障る。

 

 だから眠れと。今は眠れと。

 ケイタの意思に関係なく──その眠りを。

 

「ケイタ、酷いよ。私の武器、大切に大切にしまっちゃうんだもん。おかげで私、ずっと武器無しで戦わなくちゃいけなくなったんだよ?」

「あ……あぁ、わる、い」

「でも、ありがとうね。──おかげで無駄に生き永らえたこの命、使い道ができた」

「待──」

 

 そこまでだ。

 そこまでだった。

 

 ケイタの意識は途切れる。終わる。闇に沈む。

 大切な人。恋人。何よりも大事な人の、笑顔を前に──落ちる。

 

 落ちた。

 

「……いやぁ、声が変わると雰囲気もがらりと変わるね」

「声が変わったから、じゃない。愛する人の前だから。あなたにはいつも通り、憎き敵として接する」

「そうかい。じゃあまず君にプレゼントだ」

 

 赤雷。

 それが周囲に二つ発生して、メーデーは──ミディットは身構える。

 

 けれど、出てきたのは。

 

「……これは」

「君の武器だよ。名前は知らないけどね。そこの人間が大事にとっておいたものを持ってきたんだ。それがないと、本気を出せないんだろう?」

「……そうね。これが綺麗なまま残っていたら、ケイタの未練も断ち切れないだろうし」

「おいおい、さっきから聞いていれば、まるで死ぬ気じゃないか。僕を驚かせるんだろ? 君の決死の一撃が僕に傷をつける。君の全身全霊が僕を穿つ。君の、彼への愛が──僕を討ち果たす」

 

 キューピッドは大きく手を広げ、謳うように言う。語る。まるで詩を詠むかのように。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 そんなことは、想定済み。

 できないことは知っている。けれどそれも面白いと思っている。悪くはないと思っている。

 だから、そんなことは予想外になり得ない。

 

 敗れるなんてもっての外。打倒する事さえ想定内。

 ならば何をすればいいのか。

 

「ごめんなさい」

「うん? あぁ、大見栄を切って、結局なにも思いつかなかった事への謝罪かな。いいよ、許そう。僕は人間がそういう事をすると知っているからね」

「うるさい。あなたに謝ったんじゃない。ケイタと、アニータとレプスと……アレキとチャルとフリスと。そしてみんなに謝ったの。あなたじゃない」

「おや、それは早とちりをした。こちらこそ謝ろう。──それで、何をしてくれるのかな」

 

 ごめんなさい。

 不義理を。全く違う私になっても、暖かく出迎えてくれたあなた達を、結局は裏切ってしまう。任されたのに、頼まれたのに、務めを果たすことなく。

 

 死ぬことを、許して。

 

「──()()()

「……?」

「私と共存する機奇械怪。私の命を食らわんと(あぎと)を立てる機奇械怪! あなたにお願いする──!」

 

 それは、あるいは。

 ピオという存在を見て、思い至ったことなのかもしれない。

 機奇械怪にある知性は、AIが判断する何かでなく。

 それぞれの個が、我が見せる──あるいはもう一つの生物としての。

 

「私をあげるから、アイツを倒して」

 

 ──痛みは無かった。

 何かが這いずり、昇ってくる感覚。置き換えられる感覚。組変わり行く感覚。感覚。感覚。感覚だ。

 けれどそれも、肉と金属の境目だけ。

 どんどん昇ってくるソレは、境界線は、感覚というものを消し去っていく。

 腰から腹に。腹から胸に。胸から首に。

 

 全身から感覚が抜け出して、自分が自分でないものに変じていく。

 

 キューピッドを見る。

 相変わらず仮面で顔は見えないけれど。

 

「せいぜい驚きなさい。──あなたはあなたの慈悲で、あなたの首を断つのよ」

 

 ああ、意識さえも。

 



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失望する系一般上位者

「……はぁ」

 

 ため息を吐く。

 まったくつまらない結末だった。

 

 僕が何年生きてると思ってるんだか。僕が何度人類の滅びを見たと思っているんだか。

 何度も繰り返す。何度も何度も。そのたびに期待する。何度も何度も。

 

 飽きはしなかった。

 

 だって、絶対に同じにはならない。

 完全なコピーを眺めるでもない限り、必ず差異は生まれる。それの観測だけで十分楽しめる。

 

 でも。だからこそ。

 

「君ね。あの時、半身を失った君に機奇械怪の半身を与える、なんて大手術を僕がいとも簡単にやってのけた時点で、気付くべきなんだよ。『あぁこの施術、前もやったことがあるんだな』って」

 

 地面に臥せる、人間だったもの。

 四肢を、いいや全身をバラバラにされた、機奇械怪だったもの。

 

「だから当然いたよ。君みたいに機奇械怪に命を捧げて、機奇械怪の力を得た人間。君みたいに暴走するんじゃなくて、自我を残す者もいた。つまりまぁ、英雄の類だよね。君みたいな価値のない人間とは違う、少しでも機奇械怪に影響を……入力を残した英雄」

 

 つまらない、つまらない。

 面白くない。

 この状況は大声で言える。悪い。

 折角生かしたのに。折角愛にすれ違う環境を作ってあげたのに。

 

 自己犠牲?

 そんなくだらないもので終幕か。

 

 そんなありふれたやり方で、終わりか。

 

「今の君は、ミディットか、メーデーか。あるいは名もなき機奇械怪か。どれでもいいけどね。その程度で僕の予想外を捉えるなんて馬鹿らしいにもほどがある。なんで機奇械怪なら僕を倒せると思ったんだ。それって結局、機奇械怪は人間より優れてるって思ってるってことだろ。あのね、それは違うよ」

 

 機奇械怪が人間より優れている。

 そんなはずがない。

 感情の無い、愛を覚えられない、いつまで経っても成長も進化もできない機奇械怪。僕に作り出されてから、僕が携わったフレシシ、ピオ、キューピッド、アモル以外……種別さえ増やすことのできない出来損ない。

 人間は違う。人間は簡単に変わる。思想に触れて、本を読んで、悲劇を経て、幸福を得て。

 簡単に別人になる。簡単に種別を増やす。そうして増えるんだ。増えて増えて、新たな段階に辿り着く。英雄、偉人、傑物。かつてはいた。素晴らしい人間達がいた。毎日のように僕の予想を超える人間達がたくさんいた。

 それがどうだ。今はどうだ。

 

「君は逃げるべきだった。ケイタを連れて、アニータとレプスを連れて。僕は追わなかったよ。そもそも君達が攻撃してきたから迎撃しただけだし。逃げて、そこで正体を明かせばよかった。それで、確かに多少は動揺するだろうけれど、危機的状況、死地においては団結の鍵になれただろう。愛を確かめ合えば、それだけで生きようとする……生きて帰ろうと思う希望になっただろう。縋れるものになっただろう」

 

 人間には未練というものが必要だ。

 それが無ければ死んでしまう。それが無ければ簡単に命を捨てる。

 幸福な日常、あるいはそうではない日常。愛した相手。あるいは殺したいほど憎い相手。大切な家族。あるいは自由への憧れ。

 なんでもいい。なんでもいいんだ。なんでもいいから、未練が必要だ。

 未練さえあれば、人間はどれほどの死地にあっても生きようとあがく。ここで死んでたまるかと、埒外の力を発揮する。

 そしてその縋る先が愛情なら、愛した相手なら──無類の強さにまで発展する。

 

 なんでだ。

 

 なんで、捨てちゃったんだ。

 

 もしかして、自分を英雄だと──勘違いしたのか。

 

「そうだとしたら、あまりにも滑稽だよ、ミディット。君じゃチャルに遠く及ばない。アレキにも及ばない。君は──凡人だ」

 

 反応はない。

 かつてはここで、「……それでも」と立ち上がる者がいた。今にも死にそうな身体を起こし、凡才であることを自覚しつつも、最後の最後まで抗わんとする者がいた。

 ミディットに反応はない。

 

「君の生に価値は無かった。君の余生に意味はなかった。メーデーとして生きた君は、何一つ残さない。残せない。君はいなくてもよかったんだ、ミディット」

 

 お願いだ。

 懇願する。

 どうか起きてくれ。どうか目を覚ましてくれ。

 どうかこの言葉に奮い立ち、僕を口汚く罵って──最後の輝きを見せてくれ。

 

 ミディットに反応はない。

 

「……終わりだね。それじゃあ、殺すけど……何か言い残すことはあるかい? あぁ、喋らなくていいよ。思うだけで、僕に伝わるから」

 

 ミディットだったものの、頭部。

 それを。

 

 

 

「──気が変わった、と言ったら。その手を降ろす気はあるかい」

「……」

()()()()

 

 語る。笑う。

 微笑みかけるは、隣。

 

 その手の翳す先は、ミディットだったものの頭部パーツ。

 

「アモル、と。呼ばないんですね。誰が聞いているかわからないのに」

「だって今の君はアモルじゃないだろ。君は今フレシシだ。フレシシとして動いている」

「……そんなことまでわかるんですか」

「わかるよ。それで? その手を降ろす気はあるのかな、フレシシ」

 

 フレシシは。

 静かに、首を横に振る。

 

()()は私が貰います、フリス。あなたがその足を降ろしても、降ろさなくても、私はそれを転移させる。フリスの知らない場所に」

「ふむ。それならやめた方が良い。僕は"どこから転移してきたのか"はわからないけど、"どこに転移したか"、はわかるからね。今それをすれば、君の計画は台無しになってしまう」

「っ……」

 

 だから、と。

 念動力でミディットの頭部パーツを浮かして、そのままフレシシの元へ送る。

 

「ほら、君のにしていいよ。転移で送るなら、ダムシュを出てからやるといい。僕の感知範囲は知っているだろ?」

「……わかりました」

 

 うんうん、いいよ。

 それは悪くない。良い傾向だ。

 

「それじゃ、アモル。そっちの三人はどうしたい?」

「いえ、キューピッド。そちらの三人に興味はありません。強いて言えばケイタさんの頭部が欲しいくらいですが」

「わかった」

 

 ぶちり、どさり。

 それは簡単に千切れて、多量の血液を出す。

 だから千切り取った方の断面に機奇械怪としての施術をして。

 

「はい、どうぞ」

「……ありがたく」

「うん。まぁ対になっていた方が見栄えはいいしね」

 

 さて──それじゃあ、この若い奇械士は。

 

「キューピッド。提案が」

「なにかな」

 

 耳を傾けて。

 ……その悪辣な作戦に、ちょっと引く。いや、そういうのもアリだとは思うけどね。これをフレシシが言ってるって思うと……まぁ昔はよく使われていた手法か。

 

「それじゃあ、今日はここまでにしよう。何も一日で終わらせることはない。凡人は死んだけど、英雄が残っている。それはとても素晴らしいことだ」

「セーフルームはどうしますか?」

「この辺の地下に適当にシェルターを作ってあげよう。殉死したメーデーとケイタの功績だ」

 

 まだだ。

 こんな凡人なんかじゃなくて、もっと。

 もっと価値のある人間を。もっと輝きある人間を期待している。

 

  

 

 

 

 

 

「……時間だ。うんうん、それじゃあね、君達。実によく頑張った。実によく耐えた。ご褒美に、今日は退いてあげよう。僕もこんな身体じゃ恰好がつかないからね」

「逃げる気……!?」

「おいおい、強がるなよ。いや、君にとっては普通なのか。でもそっちの子、もう死にそうだよ」

「!」

 

 飛行型機奇械怪を散らせていく。天空のシールドフィールドに貼り付かせたり、TOWERの側面に戻したり。

 一瞬にして晴れ渡った空はもう黄金色。

 そしてピオに抱かれるチャルは、かなり蒼褪めている。

 それもそのはず、生命力と体力を根こそぎ奪われた状態で、飛行できなくなって跳躍にシフトしたピオの腕の中にずぅっといたんだ。三半規管揺さぶられまくって死の危険に晒されまくって、生きた心地がしていなかったことだろう。

 彼女を抱いたピオも同じ。

 いやぁ、彼女がいたことは驚きだけど、何より驚きなのは前に見た時よりチューンアップしている、ということだ。何か他の機奇械怪を取り込んだのか、あるいは他の理由か。

 とにかくピオに関しては結構予想外で評価が高い。

 

 そしてそれは、所有者たる古井戸も同じ。

 

 というか彼は何。

 アモルは一応フレシシの増殖機だ。なんで一応なのかというと、ピオよりもさらにデッドコピーだから。サイキックはほとんど使えないし、その他機能にも粗がある。ただし肉弾戦に秀で、体内に発生させた念動力で埒外の破壊力を出す超パワータイプ。

 それとマトモに戦えているというか、なんなら圧している。無手で。

 なに? あれ、もしかして英雄の類かな?

 

「ッ、キューピッド!!」

「なにかな」

「次は、必ず殺す。──覚えてなさい」

「わー……」

 

 アレキはそう言って。

 チャルを抱くピオを抱いて、TOWERの側面を駆け下りていく。

 根元で父ケニッヒがそれをキャッチ。そのまま、母アリアのいる方へ。

 

 同じくしてTOWERの中腹から古井戸が飛び降りる。いや飛び降りていい高さじゃないけどね。

 

「いや。今のさ、明らかに悪役の台詞だよね。すぐ負けるタイプの」

「キューピッドは物語が好きですねぇ。私には全霊の憎悪を込めた言葉にしか聞こえませんでしたけど」

「……ボロボロじゃないか、アモル。古井戸はそんなに強かったんだ?」

「みたいですね。識別できませんでしたけど、多分何か仕込んでます。機奇械怪ではない何かを」

「成程ね……」

 

 そういうカラクリか。

 

「調査隊の犠牲者は二人だけ、か。いやぁ、我が母ながら凄まじいね。あの量の機奇械怪から無価値二人を守って戦いきるか」

「対して機奇械怪側の被害は相当ですよ。ケニッヒによって撃墜されたもの、アリアによって割断されたもの。次いでアレキさんに溶断されたものと、ピオの武装で落とされたもの」

「全体の何割くらい?」

「一割くらいですね」

「それは……凄まじいね。ほぼ二人の力で国規模の土地に蔓延る機奇械怪の一割を壊す、とか」

「まぁ機奇械怪達も動力源の減少で弱っていた、というのも大きいかと。万全の状態だったらこんなに削られません」

「一般機奇械怪としての意見かい?」

「はい。贔屓目に見てます」

 

 いつも通りの会話に、少し笑う。

 先ほどの険悪……いや、一触即発みたいな空気はない。当然だ。僕らは割り切りと切り替えが早いからね。

 それでも、面白いと思う。悪くはない。

 

「それじゃあ夜が明けるまで待とうか。人間は寝ないといけないからね」

「はい」

 

 どうか、安らかな休息を。

 価値ある者達に安眠を。

 

 

+ * +

 

 

「そうか……」

 

 調査隊の面々は、その報告に沈んだ顔を見せていた。

 メーデー、ケイタの両名が殉死。

 敵はキューピッド。どういうわけか、二体目がいたらしい。

 

「……だが、この地下シェルターを見つけてくれた。これは二人の功績だ」

「そうね。安心して夜を過ごせる場所は、必要だもの」

 

 二人が残したのは、地下シェルターに繋がる階段。

 キューピッドの撃破は不明。その前にアニータとレプスの意識が落ちてしまったからだ。

 何故彼女らが生きていたのかはわからないが、キューピッドが殺す価値無しと判断したものという結論になった。

 

「とりあえず、今日の報告をしておくぜ。まず、俺が戦いながら中身を見て回った場所だ。あのアモルとかいうのはタワーと呼んでいたな」

「『TOWER』は前の時代にもあった機械ですね。……いえ、申し訳ありません。続けてください」

「ああ。タワーの内部は機械だらけだが、特に攻撃される、とかはない。ただ足場は悪ぃな。突入するなら気を付けろ。んで……最上階には何かある。そっちに行こうとするとアモルの攻撃が激しくなったんでねぇ、確実に何か……あるいは弱点みてぇのがあるんじゃねぇのかな」

「弱点? 何の?」

「まさか、キューピッドの?」

「いえ、水を差しますが、それはあり得ないかと。機奇械怪が他の機奇械怪によって遠隔で抑圧、操作されることはありますが、強化される、ということはありません。いえ、統率を取ることで強くなることはありますが、単体の機奇械怪の強化装置にはならないのです。よってその何かを壊した所でキューピッドが弱体化することはまずないかと」

「……だ、そうだ。んじゃまぁ、弱点じゃなくともそれに準ずる何かがあるんだろうよ」

 

 最上階に何かがある。

 アモル……キューピッドの隣にいた機奇械怪が守る程の何かが。

 それは有益な情報だった。

 

「アリア、襲ってきた機奇械怪の強さはどれくらいだった?」

「そこまでじゃないかな。一匹二匹は大型機奇械怪がいたけど、それだけ。明日はワイユーとケンにも戦ってもらおうかなって思ってるよ」

「わかりました」

「死力を尽くします!」

 

 決してそれだけ、なんてことはないのだが、ケニッヒも「それだけか」と思ったし、古井戸も「なら安心だな」と思った。

 ここに弱者の立場になれる発言者はいない。

 

「アレキ。チャル。お前たちはどうだ」

「……私は問題ない。けど、チャルが……」

「あ、大丈夫……寝れば回復するから。……だから、ごめんなさい。作戦会議、聞かなきゃ、だけど……」

「いや、寝てくれ。アレキもだ。チャルのその弾丸がキューピッドにも効くことが分かった。今回は致命傷には至らなかったようだが、今度はもっとダメージを与えてからやれば必ず殺せる。決定打は変わらずチャルだ。だから寝ろ。リーダー命令だ」

「ふぁい……」

「私は別に」

「寝ろ」

「……はい」

 

 圧に屈する。

 どこか笑顔で圧をかけてくるフリスと似たものを感じて、アレキは心の中で笑いを零す。

 

「アニータ、レプス。つらいとは思うが、」

「はい。ここが頑張り時ですよね。センパイのためにも、泣いてなんかいられません」

「馬鹿アニータお前馬鹿……ってあれ、珍しくマトモな事言ってる……」

「今頃二人仲良く地獄に……」

「馬鹿天国行かせてやれよ馬鹿」

 

 強がってはいるが、大丈夫そうだ、とケニッヒは判断する。

 であるならば、残る問題は。

 

「……ピオ。キューピッドクラスの機奇械怪は、どれほどの頻度で生まれる?」

「あんなの自然には生まれませんね。そも、知っての通り機奇械怪というのは融合過程で巨大になっていくものです。私より小さくて私より強い機奇械怪で融合種となると、人為的に生み出されたものとしか思えません」

「人為的か。……じゃあ質問を変える。キューピッドを一体作るのにかかるのは何年くらいだ?」

「聞きたいのは、キューピッドがあと何体いるか、ですよね」

「ああ」

「それなら一々そういう面倒な質問に答える事はありません。というか人が機奇械怪を製作する時間なんか知りません。そして、私には周囲の機奇械怪がどこにいるか、何体いるかを検知する機能があります」

 

 それは。

 それは、この状況において比類なき強さを発揮する機能だ。

 だが。

 

「……逆探知の可能性がある、か」

「はい、その通りです。ですので今は使いません。使うとしたら明日、戦いが再開した時です」

「わかった。その時、たとえキューピッドがどれほどいたとしても、正確に報告してくれ。百でも千でも、だ」

「了解しました。なので古井戸さん、ちょっと外に出ましょう」

「……話聞いてたか? それを使うのは明日だ。今じゃない」

「ああいえこちらの話です。大丈夫、戦闘はしません。ただちょっと出てくるだけです」

「ってぇわけだ、ケニッヒの旦那。また後でな」

「あ、オイ!」

 

 ピオと古井戸が出ていく。

 ケニッヒが額に手を当て、アリアが心配そうに見る。

 

 お開き、の空気だった。

 

「とにかく、各自、今日はゆっくり休め。そんで明日からバリバリ働いてもらう。わかったな!」

「はい!」

 

 こうして。

 夜は静かに、更けていく──。

 

 

 

 

 

 

「で? なんだいね」

「古井戸さん。大変なことに、オールドフェイスが足りません」

「あん? ダムシュに入る前に補充しただろう」

「さっきはだいぶ見栄を張りましたが、この国全土をスキャンするには機能のオーバーロードが必要です。そのためにはオールドフェイスが必要です」

「ちなみに無しでやるとどんくらい狭まる」

「あのとんがり屋根の家までくらいですね」

「狭ぇなぁ」

 

 古井戸は後頭部を掻く。

 長いことピオと共にいるが、古井戸もピオの全機能を把握しているわけではない。

 その上、ピオは基本嘘を吐かない。機奇械怪ゆえに、本当のことしか言えないのだ。それを、見栄を張った、などと。

 

 これが成長かね、なんて。

 独り言ちる。

 

「わぁったわぁった。オールドフェイス探し、手伝えばいいんだろう。ったく、できないことを自信満々に言うんじゃないよ」

「申し訳ありません。あの敗戦ムードは断ち切らなければ、と思いまして」

「……ま、確かにな。二人。十人の中の二人さ。でけぇだろうなぁ」

「数字じゃないですよ、古井戸さん。人と人とのつながりは、数字じゃないです」

「は、機奇械怪のお前さんにそれを説かれちゃ、そろそろ本当におしまいかね、俺も」

 

 静かな夜を二人、歩く。

 どういうわけか、機奇械怪がいない。キューピッドの言っていた退く、とはそういうことなのだろうか。

 

「……キューピッド。どうだいね、勝てそうか?」

「あの時私達と交戦した個体なら問題ありませんね。問題はメーデーさんとケイタさんを殺したという方です。ケイタさんの遺体、あちらの地面に埋められていました。冒涜的かとは思いましたが、掘り起こして確認したところ、傷だらけの身体と……致命傷と思われる、斬首に似た痕跡。傷はどうでもいいのですが、斬首の方が……その、かなりマズいです」

「鋭利か」

「いえ、引き千切られていました。つまりキューピッドの念動力で引き千切ったものと」

「……人間の首を引き千切る威力か」

「はい。それを当然のように行使できるなら、人間の方々に勝ち目はないかと。無論私も無事では済まないでしょう。念動力は照準とかないので、視認された時点で終了です」

「そりゃ、やべぇな」

「はい。やばいです」

 

 視認されたら負け。

 それはどの機奇械怪よりも強い。今回の作戦のように背後を取れたとしても、こちらも一撃で殺さなければ攻撃者は確実に死ぬ、ということだ。

 チャルが一撃で仕留めなければ。

 あるいは彼女を運ぶピオも、チャルも、死ぬ。

 

「……逃げるか?」

「本気で言ってますか、それ」

「だって俺達には関係ない話だろ、これ。あのアモルとかいうのがピオと同型機っぽいってだけで追って来て、こんな危険に巻き込まれるたぁ思って無かったよ」

「それは……そうですが」

 

 葛藤が生まれるのはピオの方。

 ピオは、古井戸に死んでほしくない。そう考えている。

 ならばここで古井戸が無様にも情けなく逃げてくれるのなら。

 

「それでもい、」

「あれ? ……そいやよ、俺達が見た時……あの二人のうち、アモルの方だけが機奇械怪だった。そう言ってたよな、お前さん」

「え、あ。……はい、はい。そうです。そう言いました」

「だけど、キューピッドは機奇械怪だった。お前さん、そういうの間違えないだろ」

「……ふむ」

 

 言われてみればそうだ。

 あの時、古井戸に連れられて隠れた時、自身のスキャンは確実に判断した。

 片方が機奇械怪で。

 片方は、恐らく人間。よくわからない、が正しいが。

 

「……キューピッドは、二体だ。お前さんらが相手をしたのが、後から造り上げられた一体。そんで元のキューピッドは機奇械怪じゃなく──」

 

 夜だ。

 だから暗かった。けれど、雲が晴れて──月明りが地に根を下ろし始める。

 

 少しずつ露わになっていく瓦礫。かつては整備されていた地面。

 

 そこに。

 

「っ、古井戸さん!」

「……おいおい」

 

 いた。

 二人。赤茶けたコートを来た、鳥の仮面の、二人。

 

 キューピッドとアモルが、そこにいた。

 

 

+ * +

 

 

「よぉ……何用だ、黒幕さんら」

「あぁうん、警戒しなくていいよ。殺す気はないから。というか、称賛をね、しにきたんだ」

「称賛?」

 

 ピオと古井戸は臨戦態勢だ。

 うんうん、それでいい。一瞬も気を抜かないのは良い事だ。

 何より古井戸の姿勢が素晴らしい。僕が念動力を使おうとしたらすぐにでも瓦礫に隠れられるようにしている。ピオを抱えて、砂を蹴って。

 視認されたら死。さっきの話を聞いていたけれど、戦闘経験値が凄まじいね。背後からの攻撃だけじゃなく、瞬時に様々な接敵方法を考えている。

 

 間違いない。

 彼は、英雄の類だ。

 

 ……だけど。

 

「おめでとう。君は真実に辿り着いた。そうだよ、僕は機奇械怪じゃない。特異な力……サイキックを扱うからって人間達は勝手に僕を機奇械怪にした。いや、機奇械怪を操るから、かな。とにかく人間達は、未知のものを己らと敵対する機奇械怪に繋げてしまう癖がある。仕方のない事だけど、真実ではない。それを、君は推理だけで辿り着いた」

「いやぁ、推理だけじゃないさ。コイツはピオと言ってね、機奇械怪なのさ」

「知っているよ。なんなら彼女の出自も知っている」

「!」

 

 逃げの姿勢から。

 攻めの姿勢に変わる。

 

 身を隠すものだけじゃなく、攻撃手段の構築をしている。

 いいね。いい。

 君は、昔はたくさんいた人間達だ。

 

 だけど、君は。

 

「是非とも君には活躍して欲しい……んだけど、ごめんね、この戦場には要らないや」

「ッ、古井戸さん!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、と。

 手を翳す。

 走るのは赤雷。ピオが古井戸を庇う。古井戸はそのピオを自身の後ろに隠そうとする。

 

 うーん、愛だね、これは。

 流石だ。

 

「殺しはしないと言ったよ。──だから、つまり」

 

 二人を包むは転移光。

 移動先は──どっか。

 

「邪魔なの邪魔なの飛んでけー、ってね」

「あの、キューピッド。流石に雑で可哀想です」

「大丈夫大丈夫。溶岩地帯とか氷山地帯には飛ばしてないから。どっかの荒野だよ。ダムシュから遠く離れた、ね」

 

 うん。

 これで良し。

 

 この実験は、箱庭の中で、『TOWER』、『数多の機奇械怪』、『調査に来た英雄ではない奇械士』がどう成長し、どう乗り越え、どう変わっていくかを見るためのもの。

 初めから英雄で、もしたった二人だけだったとしても全てを解決してしまえるような奴は要らない。

 そういうのはまた今度、世界とかを巻き込んだ未曽有の実験とかやる時に参加してよ。それなら歓迎するからさ。

 

「……けど、あれってさ、やっぱり」

「はい。まぁ、恋ですよね。成就はしてないようですが、確実に恋する乙女でした」

「うんうんうんうん。古井戸の方は鈍感主人公って感じだし、ピオも自分の気持ちに気付いてない感じだし。いいね、いいね。あれはいずれ愛になるよ。もうなっているかもしれないけれど」

「……そういうフリスは、ないんですか。恋とか愛とか」

「あはは、誰にするのさ」

「人間とか、機奇械怪とか」

「本気で言ってる?」

「いえ。ただ……フリスは、ずっと独り……身なのかな、と思いまして」

「うわ、ヤだなその言い方。そりゃ僕は上位者だからね、ずっと独りであってるけどさ」

 

 さて、と。

 踵を返す。別に転移で帰るから帰路も何も無いんだけど。

 

「帰るよ、フレシシ。決戦は明日か、明後日か。とにかく今日はこれで終わりだ。本当にね」

「はい。ちなみにお夕飯は要りますか?」

「なに、港湾国家だから海の幸たっぷりとかだったりする?」

「いえ、特に変わりませんけど」

「じゃあ要らない」

 

 転移する。

 

 ああ。

 誰もいなくなった瓦礫の中で──オールドフェイスが一枚。

 キラりと輝いていた。

 



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測り損ねる系一般上位者

 さて、夜が明ける。

 シールドフィールドは光を遮る類のものではないので、海から上がる陽光がしっかりと街を照らしていく。まぁTOWERがあるから影に覆われたところはあるんだけど。とはいえこれ、もとからあった尖塔だから、こればかりは僕のせいじゃない。

 

「フレシシ」

「なんでしょうか」

「この国が滅びた原因ってわかった?」

「あー。人間が再起不能なので、如何とも。気になるんですか?」

「少しね。人間が死ぬ理由、人間の組織が瓦解する理由なんていくらでもあるけれど、国が滅びるまで行くと話は変わってくる。たとえば人間同士の争い……内紛、クーデターの類だったら傾くことはあれど滅びはしない。その後に、ということはあるかもだけど、流石にそんなにドンパチやってたら報道入るでしょ」

「フリス、毎日テレビ見てますもんね。言われてみれば確かにそういう話は聞かなかったかもです」

「世界の全てを見る事ができるわけじゃない僕にとって、報道というのは中々得難いツールだよ」

 

 国が滅ぶ理由。

 人間同士の争いじゃないなら、天災か、あるいはやはり機奇械怪か。

 でも、おかしいんだよな。

 

 この国に入ってから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その全てが母アリアに打倒される程度。TOWERに支配される程度の段階でしかない。大型は幾つかいるけれど、動力源の消費を恐れてかあまり積極的に動いていないようだし。

 各国にはそれぞれ、"それまで国を維持してきた程度"の奇械士がいる。勿論実力はピンキリだけど、その国にはその国の最強がいるし、その国はその国の層というものがある。なんなら地上の国々は、ホワイトダナップ以上に奇械士の育成には力を入れているはずだ。

 それがいない。

 ダムシュには奇械士の生き残りが一人もいなかった。

 つまり、雑兵、木端な見習いに至るまでもが駆り出される程の戦いがあって、その全てが全滅した、ということだ。

 だというのにその敵がいない。相打ちで壊しきった、にしてもその残骸が無い。

 あるのは国……都市に刻まれた破壊痕だけ。

 

「いいね」

「いい、ですか?」

「うん。ほら、よく言っているけれど、僕はそんなに頭が良くないんだ。結構無計画だしね」

「まぁ確かに。でも今回みたいにあらかじめ準備をしておけば、フリスの計画も上手く行くように思うんですけど」

「ダメだよ。入念な準備をしたら、予想外なんか起きないだろ。フレシシ、僕は全知全能ではないけれど、君が思っているよりかは万能なんだよ。たとえばここで君の命を摘み取る事もできるし、作り直すこともできる。僕に対して何の隠し事もできないように、疑念も抱けないようにできる」

「……」

 

 でも。

 

「でも、それをしないのは、意思という自由さが新たな可能性を生むと知っているからだ。世界の全てを知ってしまっては意味が無い。目先の物事に囚われ、想定外のアクシデントに振り回され、思ってもいなかったミスに四苦八苦する」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「今ここに、この国に、僕の知らない何かがある。そんなワクワクすることがあるかな。この国を滅ぼした何か。あるいは何者か。それはもしかしたら、僕の知らない入力をする存在かもしれない。あるいは単独で人間種を滅ぼすような者かもしれない。これが良くなくて、何が良いんだろう」

「謎を解明したい、とは思わないんですか? 私は……未知があるのは、怖いと思いますけど」

「勿論思うよ。だからこうやって思考を巡らせている。その間が楽しいんだ。謎と、未知と、可能性は同義。謎を解明している間。英雄の芽を見守っている間。思ってもみなかった可能性を見つけた瞬間。とても楽しいね。僕はね、今が一番楽しいんだ」

 

 たとえどれほど。

 どれほど、期待したモノがつまらない結果に終わっても。失望しても。残念に思っても。

 飽きはしない。そちらへは行かない。

 

 まだまだ知らない事が、まだまだ見ていないものが、まだまだ──新しさを見せてくれる存在が、いる。

 いる事を知っている。

 

「ほら、来たよ、アモル。新時代を担う子が」

 

 それを今、僕は。

 あの子に見ている。

 

「……では、キューピッド。私は昨日の通り、TOWERを守ります」

「うん。古井戸はもういないからね、楽勝だろう?」

「楽勝でなくなることをお望みのようなので──鏖殺します」

「ああ。お願いするよ、アモル」

 

 再開だ。

 昨日の犠牲者は二名、追加分は排除。

 八人の奇械士。たったそれだけで、この箱庭を打ち破れるものか。

 

「期待しているよ。心から」

 

 心の、底から。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 古井戸達が帰ってこなかった。

 それは夜の時点でわかっていたこと。ゆえにケニッヒは既に違う作戦を組み立てている。キューピッドの数を知る手段がなくなった事は痛いが、そもそも古井戸とピオは追加戦力だ。ならば元に戻っただけ、と考えるしかない。

 

「以上だ。質問はあるか?」

「……質問じゃなくて、提案があるんですけど……」

「提案? なんだ、チャル。言ってみろ」

 

 地下シェルターの中。

 作戦を話し終えたケニッヒに、ある程度回復したチャルが言葉を浮かべる。

 

「私のこの銃は……もっと強くなります。エタルドだけじゃない、もう一つの機能があるんです」

「だから戦線に加わりたい、と? ダメだな」

 

 ばっさり。

 考える余地もないと、ケニッヒは切り捨てる。

 

「そんな……」

「チャル。お前の攻撃はお前の全体力を使う。俺達のやるべきは、お前を疲れさせること無くキューピッドに近づけることだ。その前にお前が疲れていたら……そのエタルドってのを使った時、生命維持にまで影響するかもしれない。いいか、チャル。今日で終わりじゃない可能性もあるんだ。明日でさえ終わらないかもしれない。全力で挑むってのは若い時にやりがちな考えだがな、違うぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が正しい。最初から死ぬ気でやんな。それくらい、誰にでもできる」

「……余力を残して倒せる相手ではないと思いますが」

「じゃあ明日誰も戦えなくなってもいいのか? ここはホワイトダナップじゃないんだぞ。この地下シェルターだっていつ発見されるかわからない。安全地帯が無い、ということがどれほど恐ろしいか。補給が無いんだ、だったらいつでも生き残るための力は残しておけ。ここを最後だと思うな。アレキ、チャル。アニータとレプスも、ワイユーとケンもだ。死ぬ気でやるな。生きる気でやれ」

 

 言葉の綾ではない。

 ケニッヒはそう考えている。それは声色となって、怒りとなってここにいる全員に伝わることだろう。

 死にに行くな。

 

 ──あるいは、この言葉をメーデーが聞いていたら。

 

 それを想う者はもうここにはいない。

 

「これで本当に以上だ」

「うん。それじゃ、先に行ってるよ、ケニッヒ」

「ああ、頼んだ」

「ワイユー、ケン。おいで」

「はい!」

 

 アリア達が先にシェルターを出ていく。

 彼女らは攪乱役。昨日はウォークライによって機械を引き付ける囮役を担っていたが、今回は違う。

 

 目につく機奇械怪、その全てを狩り尽くす。

 遊撃などという生易しいものではない。殲滅だ。機奇械怪にとって餌であるはずの人間が行う、その立場を逆転させた虐殺。防衛するためでも、資源を取るためでもなく、ただ殺すために壊す。

 攻勢。それがアリア達の役目。

 

 彼女らが出て行ってすぐ、轟音が響き始める。

 地下シェルターにいても聞こえるレベルの轟音だ。推して知るべし。

 

「……それじゃ、俺達も行くか。アニータ、レプス。さっき言った通りだ。敵討ちとか考えんな。生きて帰って、あの二人の武勇伝をホワイトダナップに持ち帰る。それを考えて戦え。いいな?」

「質問なんですけどー、ケニッヒ隊長のこと、センパイって呼んでもいいんですか? 一応センパイだし~」

「馬鹿アニータお前馬鹿、今聞く事じゃないだろ馬鹿!」

「構わない。呼びやすい呼び方でいい。……リラックスしろとは言わない。緊張しろ。だが、詰めすぎるな。──行くぞ」

「はい!」

 

 アリアが戦闘を始めてから少しして、ケニッヒ、アニータ、レプスの隊が出る。

 彼らは直接キューピッドに相対する役目。彼を守る飛行機奇械怪やアモルを倒す。

 

 残されたアレキとチャルは勿論、キューピッドを叩く役目。

 

「……チャル。大丈夫よ、私がついている」

「うん……。うん。そうだね。私も……ここで死ぬつもりなんてない。フリスに言われたし。無傷で帰ってくる、って」

「ええ、その意気」

 

 さて、再開だ。

 廃国家ダムシュにおける、キューピッド討伐戦。

 

 その鍵を握るのは、最年少の少女ら二人──。

 今、ここに。

 

 

 

 

 

 走る。走る走る走る駆ける上る駆け上がる──。

 今、アレキは走っていた。

 チャルを抱き、戦闘の中を爆走していた。

 

 アレキはピオのように飛行することはできない。そして今、どうしてか、キューピッドは飛行型機奇械怪を展開していない。そのせいで空中に足場が無いのだ。だから尖塔のどこかから跳躍して、キューピッドのもとにチャルを送り届けなければいけない。

 

「アレキ、大丈、夫……?」

「ええ。というか昨日も思ったけれど、あなた軽すぎ。ちゃんと食べてる……か。一緒に食べてるんだし。運動もしてる。だから……うーん、何が原因かわからないけど、軽いから重くなって」

「り、理不尽……」

 

 余裕はあった。

 今は周囲の怪物二人に隠れているが、アレキは体力おばけだ。刀剣という武器の性質上チャルよりも激しく動くはずなのに、チャルは彼女が疲れている所を見たことが無い。多少の息切れはするけれど、アレキが疲労を覚えている場面に遭遇したことが無い。

 今もチャルを抱え、時折いる……恐らく防衛用に配備されているハンター種の機奇械怪を一刀のもとに切り伏せ、その上で爆走しながら会話をして、けれど疲労は見せていない。

 

「チャル。今のうちに聞いておくけれど、さっき言ってた別の力というのは何?」

「あ……うん、オールドフェイスっていうコインを使うとね、この銃はホントの姿を現す、んだって。オーバーロード状態……。今でも装甲の薄い機奇械怪なら簡単に貫けちゃうこの銃が、さらに強くなる。一枚で三日、強くなる」

「それ、試したことは?」

「まだ……。オールドフェイス一枚しかないから、練習に使うのは勿体ないというか、無理で……」

「そんなのを土壇場で使おうとしてたの? ……やめなさい。どんな代償があるかわかったものじゃない」

「でも、フリスがくれたから、大丈夫だと思うよ」

 

 フリス。

 その名が出た瞬間、アレキは歩を止めた。

 

 否、違う。

 フリスの名が出たタイミングで止まったのはまったくの偶然だ。

 彼女が止まった理由はそれではなく。

 

「……チャル、降りて」

「え……あ」

 

 突然のことに戸惑うチャルを降ろして、アレキは刀を抜く。

 そこに。

 

 そこに、いた。

 赤茶けたコート。鳥の仮面。

 拳を握り込んだファイティングポーズでアレキ達を見つめる──アモルの姿。

 

「鏖殺します」

「……チャル。引き返して、どこかから上に行って。コイツはここで止める」

「私も一緒に戦うよ!」

「いいから。多分こいつは、一人の方が戦いやすい。──行って!」

 

 言葉に、身体が動く。

 チャルにはもうわかる。この戦場は我侭を言える場所ではないと。ケニッヒの怒り。アレキの覚悟。アニータ、レプスも態度には出していなかったが覚悟を決めていた。ワイユーとケンは、この作戦に入るまで話した事さえなかったが、その全霊というものが全て伝わってくるほどに心を決めている。

 帰る。

 生きて、還る。

 生還する。

 

 ならばチャルのやることは一つだ。

 

「アレキ──またあとで!」

「ええ。すぐに追いつく。そうじゃないと、キューピッドのいる所まで飛べないでしょ、チャル」

「うん!」

「そこは元気な返事なのね……」

 

 アレキを置いて、チャルは来た道を戻る。他の上昇口が無いかを探すために。

 

 そんなチャルを見送って。

 

「意外。待っていてくれるとは思わなかった」

「キューピッドから命令されています。逃げる者は追わないこと。攻撃の意思なき者には攻撃しないこと」

「へぇ……?」

 

 正眼に構えた刀が赤熱する。

 機奇械怪の身体を斬り、鋼鉄のワイヤーも溶断する刀が唸りを上げる。

 

「じゃあ、攻撃の意思のある者には、どうするの?」

「──鏖殺します」

 

 瞬間、拳が来た。

 

「!?」

 

 その驚きは。

 

「何? 避けられたのが意外だった? それとも反撃が意外だった? ああ、もしかして──」

 

 アレキは嗤う。

 その身体にケガはない。反し、アモルの拳──腕の皮膜(スキン)は無残にも切り裂かれ、中の金属が顔を出している。

 

「二刀目があったのが、驚いた?」

 

 アレキの手。

 右手には長刀。そして左手には短刀。

 

 それが彼女の、本来のスタイル。

 

「チャルには言っていないことだけど、私」

 

 ──本来は人専門なの。

 

 呟きは中空に溶けて消える。

 アレキ。剣道家の娘。

 あるいは。

 

「機奇械怪が人型を取る無意味さを刻まれて死になさい」

「鏖殺します」

 

 ここに、誰にも見られることの無い戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 さて、チャルだ。

 彼女はなんとか上階に上がる道を見つけた。

 見つけて、外に浮かぶキューピッドに見つからないように尖塔の中を歩いて。

 

 そこ──最上階に辿り着く。

 いなくなった古井戸の遺した言葉。最上階に何かある、という言葉を信じて。

 悔しい事に、チャルではキューピッドのもとにまで跳躍することはできない。だから自分に今できることをしようとした結果だ。

 

 結果。

 

「……」

 

 言葉が出なかった。

 言葉を失った。

 ()()は、装置。装置だ。機械でできた、磔台。

 そこに吊るされる──息のある人間。

 

 腕の無いもの。足のないもの。腹部に大きな縫合痕のあるもの。ギリギリ、死んでいないもの。

 人間か。いや……保存食か。

 

「助けられなくて……ごめんなさい」

 

 それは普遍的な言葉だったのかもしれない。

 こうなってしまった事を未然に防げなかった。それを謝るかのような言葉。

 

 けれど、普遍的なのは言葉だけだった。

 行動は。

 

 ──渇いた音が最上階に響く。

 

 

 

「……驚いたな。素直に驚いたよ」

「っ、……キューピッド!?」

「あぁうん、僕だよ。それにしても驚いた。君は、君の性格を鑑みれば、なんとしてでも助け出そうとすると思っていた。なんとしてでも彼らを生かそうとすると。けれど、どうだ。蓋を開けてみれば」

 

 キューピッドの声に振り返ったチャルの後ろ。

 そこには、脳天や心臓、身体に繋がったチューブなどを撃ち貫かれ──完全に死した者達の姿が。

 

 殺したのだ。

 まだ生きていた、息の根があった彼らを、チャルが。

 

「なぜ殺したのかを聞いてもいいかな」

「……みんなのため。あの人たちがいたら……()()()()()()()()()()

「うん、正解だ。彼らは動力源だった。このTOWERの、そしてこの国全ての機奇械怪の。機奇械怪たちはちまちまとこれを啄み、生き永らえていた。そうだね、君が今殺してしまったから──機奇械怪達の餌はもう、君達しか残っていない。一層攻撃が激しくなるだろう」

「そんなの、元からだもん」

「後悔は欠片も無い。そんな顔だ」

「生きて帰る。生きて帰って、私は好きな子に告白する。だから、死なないために、みんなで帰るために……私はちゃんと、切り捨てる」

 

 宣言だ。

 心の込められた宣言。銃口をキューピッドに向けて、チャルはその目を彼に向ける。

 

「──良い啖呵だ。だけど、凡百の雑兵がその言葉を口にして散って行った。自らの価値を見出せず、示せず、肉塊となっていった」

 

 朗々と、歌い上げるように。

 キューピッドは嗤って言う。

 

「公平性を一つ上げよう。僕にモード・エタルドは効かない。あっちにいる偽物には効くよ。というか昨日ので大ダメージだった。急ピッチで修復はしたけれど、もう元の力の半分も引き出せないだろう。だけど、機奇械怪じゃない僕には、腐食の力は効かない」

「……機奇械怪じゃ、ない」

「そうだ。僕は機奇械怪じゃない。これについては昨夜古井戸が辿り着いていたからね。人間側に開示するヒントとしては妥当だろう。さて、さて、さて! 君は──どうする。それを聞いた上で、僕に何を見せる?」

 

 チャルはこう考えていたのかもしれない。なんとか攻撃を避けて、なんとかエタルドの弾丸をキューピッドに当てれば勝ち目がある、と。

 けれど、効かないとなれば。

 それをどうにかする頭がチャルにあるか。この場で前提の覆った作戦をしっかりと形にする力があるか。

 キューピッドは──。

 

「名乗りをあげよう。僕はキューピッド。運命を引き合わせる者(キューピッド)だ」

「……チャル・ランパーロ。島外作業員資格を取得したばかりの、ホワイトダナップ所属奇械士」

 

 では、尋常に。

 

 

+ * +

 

 銃弾が放たれる前に手首を弾く。反対の銃は足で蹴って体ごと回避。床と柱に刻まれた弾痕を背に、ぐぐっと屈んでからのアッパーを繰り出す。

 既のことで避けられるけれど、本命はアッパーではなく前足蹴り。二段攻撃。これは入った。

 

「っ、ぐ……」

「勝てる。そう思ったかな」

「……絶望的な力の差じゃない、と思わせたいのは、伝わってる、かな」

「へぇ?」

 

 そうだ。今はチャルに合わせている。

 ロクに武術も嗜んでいない人間と同じ感じにしている。僕も別に習って無いからね。

 だからただの身体能力に物を言わせた格闘で、銃撃だけ重点的に対応するスタイル。今まで機奇械怪達の猛攻やアレキ、両親たちの洗練された動きを見て来たチャルにとっては、「そこまで強くないのではないか」という風に見えただろう。

 ……という風に見せるつもりでやったんだけど……見抜かれている。

 ま、これは驚きはしない。僕の格闘に力量が無いのはわかっているし、かつて達人と呼ばれる人間と格闘戦をしたときも、似たようなことを言われた。「合わせてきている」と。

 

 それでも達人ではないチャルが気付くのはちょっと驚きだけど。

 

「いいね、さっきから驚きの連続だ。君というスケールを僕は測り損ねていた。認めよう。君は今成長している。可能性を見せている。なんなら今の君を見る事ができたというだけで、君達全員をホワイトダナップに帰すのもアリだ」

「メーデーさんとケイタさんを殺したくせに、全員?」

「……蘇生が、お好みかい?」

 

 赤い雷が走る。

 二つ。その球形から、二人。

 人影が降り立った。

 

「──!」

「メーデー。ケイタ・クロノア。起きるんだ」

 

 俯いた二人が──顔を上げる。

 その双眸がまっすぐにチャルを貫いて。

 

「あはは、なんちゃって。偽物、というか人形だよ。死者蘇生なんて神の如き御業、僕にはできないさ」

 

 二つの機奇械怪をバラバラに崩す。

 金属くずがその場に散らばるけれど、そこは念動力。フロアの隅の方に掃いておく。ああ、チャルの後ろの死体と動力炉もね。

 

「そうだね。全員は帰せない。けど、今生きている君達を帰すことはできる。僕は君の成長を見て満足した。これ以上誰かが死ぬのは嫌だろ? 生きて帰りたいんだろう? なら、どうかな」

 

 手を差し伸べる。

 

「お願いします、って。言ってみようか」

 

 チャルは、その手を。

 

 

 

 撃って来た。

 

「おおっと、怖い怖い。容赦がないなぁ」

「脅威は、あなただけ。他の機奇械怪はみんなが対処できる。メーデーさんもケイタさんも、あなたが相手じゃなければ大丈夫だった。私はそう信じてる」

「……やめなよ、チャル。ifを語るなんて、凡人のすることだ。英雄は一つの事だけに専心するから英雄なんだ。そんな凡夫が如き行動は、君のとるべきものじゃない」

 

 やめてほしい。

 あの時ああじゃなかったら、とか。あの相手じゃなかったら、とか。

 折角ここまで期待度上げてるんだ。つまらない事で失望させないでくれ。

 

「英雄とかどうでもいい。私は生きて帰る。みんなで帰る。──そのために、あなたを殺す。たとえあなたが機奇械怪でなくとも、人間でも、ううん、なんだったとしても!」

「言葉ではなんとでも言えるさ。それで、どうするんだい? 手加減されているのがわかった。その上で君は僕にまだ一撃も入れられていない。それに、忘れたのかな。あの時……君が茨に苦しんでいる時、アレキは全霊の突きを僕に放った。それが効かなかったんだ。それくらい僕は堅固なのさ。だから君の銃も格闘も、何の意味もないものだ」

「嘘。銃撃はちゃんと対処してくるもん。効かないなら避けなくていいはず」

 

 いやまぁ仮面が割れるとコトだからね。

 銃撃は極力外させるようにしているんだ。これ、特殊合金とかじゃないから普通に割れるし。

 

「フェアに戦えるように情報を落としてあげているんだから、ちゃんと信じるべきだよ」

「本当だったら勝ち目がない。なのにあなたは私の前に出てきた。殺すのは簡単なはずなのに、私と戦うことを選んだ。銃が効かないから。殴られても痛くないから。だから殴り合いをして、私を絶望させて楽しむ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!」

「……キューピッド。私ね、特技があるんだ」

 

 思わず生唾を飲み込む。

 読まれた。フリスのとして接している時の驚きの延長線上。けれど、キューピッドとして彼女と接したのなんてほんのわずかな時間だけだ。

 それだけで、僕という存在を推し量った?

 

「私ね。──その人が何を好いているのか。その人にとって何が一番大事なのかが、わかるの。言葉を投げて、返してもらえれば、わかる。会話を重ねるごとに、どんどんわかっていく。……あなたの前だから言うけど、アレキの気持ちにも気付いてるよ、私」

 

 思わず口元に手をやって、けれど仮面で覆われている事に気付いて、笑う。

 笑う、までもない。

 口角が上がっているのがわかる。

 

 良い。良い。

 君は悪くないどころじゃない。

 

 久しぶりに見つけた。君は凡夫ではない。君は──歴史に名を連ねる存在だ。

 

 チャルが、懐から何かを取り出す。

 それはコイン。ああ。そうか。君は戦う気なんだね。

 ならば付き合おう。僕は君を英雄と認めた。だけどそれだけじゃ足りないんだ。まだ足りない。もっと先が欲しい。

 僕の知らない先が欲しい。

 

「オールドフェイス投入……モード・テルラブ、オーバーロード」

 

 チャリン、チャリンと。

 二枚の音が鳴る。へぇ、僕があげたのは一枚なのに、もう一枚見つけていたのか。

 ならば、双銃が双銃として輝ける。

 

 最上階に濃密な圧が生まれる。生み出しているのは銃だ。

 アレなるは、謂わば最新の機奇械怪。ある特殊な材料を用いて作り出した、デッドコピーなアモルや見た目だけ寄せたキューピッドなんかとは比べ物にならない、最高の武器。

 その圧は肌で感じるだけではない。最上階のガラスを全て割り砕き、僕が掃いた装置の類もすべて破壊する。メーデー、ケイタに寄せた人形も、そしてチャルの殺した肉塊も。

 風圧とは違う。

 それが何かを説明する前に──彼女が来た。

 

「私のために、死んで! キューピッド!!」

「さぁ遊ぼうか、最新の英雄! 見せてくれ、僕に。君の輝きを!」

 

 実験は大成功だ。

 もう思い残すことはない。キューピッドはもう要らない。彼女の糧にしていい。

 だけど、言葉だけ、精神性だけじゃないところを見せてほしくもある。だから戦おう。君の今の全てを僕に見せてくれ。

 

 そして保障しよう。君の安全を。

 君には価値がある。だから君を無事に帰すことを約束する。

 

 ──それ以外には、ご退場願いたいね。

 

 

 

 地上。

 TOWERの根本付近で、大きな爆発が起きた。



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同士討ちさせる系一般機奇械怪

 おかしい。

 

「おかしいな」

「センパイ、何がおかしいんですか?」

「飛行型が一匹もいない。それに……あのキューピッドから、覇気を感じない」

「覇気スか?」

「……ああ。なんというか、歴戦の機奇械怪や大型の機奇械怪からは、殺意……いや、捕食本能とでもいうべきものを感じるんだ。『お前を食べてやるぞ』、みたいなのがな。……昨日のキューピッドは、最初は無かったそれが途中から出てきて……最後にはまた消えた。だが今日のキューピッドはゼロだ。何もない。アイツはまるで、昨日の今日で生れ落ちた機奇械怪みたいだ」

 

 おかしいと、ケニッヒは感じていた。

 昨日のように尖塔の横に浮かぶキューピッド。けれど言われてみれば、ふわふわ浮いているだけのようにも見える、と。アニータもレプスも感じる。

 おもむろにケニッヒが鉄骨を持ち出し。

 

 ──それを、投げる。

 

 轟音。空気を切り裂くその音が一瞬地表に響き渡り──。

 

「まぁ、そんな感じはしてた、が!」

「!?」

 

 驚愕の声を上げたのは──斬り付けたレプスの方だった。

 ケニッヒが自前の槍でその斬撃を防いでいなければ、彼の背には鋭い刃が深々と刺さっていたことだろう。

 

「センパイ、避けて!」

「んで避けたらレプスの剣が、ってな」

 

 弾く。

 アニータの放った弾丸を、ケニッヒの槍が弾き、その弾道を変える。

 隙を見てレプスがバックステップで退けば、ようやく場が整う。

 

「やぁ、奇械士」

 

 宙にいたキューピッドが、少し降りて来た。

 

「……タイミングは、メーデーとケイタを殺した時か。意識を失ったこいつらを放置した時点でまぁまぁおかしいと思ってはいたさ」

「そうかい。気付いていたなら、何故皆がいるときに言わなかったのかな」

「言ってどうなる。コイツらに細工がされているかもしれない、なんてよ」

 

 細工。

 ケニッヒを襲ったのはアニータとレプスだ。その武器を持ち、けれど動揺した様子で。

 自身の身体がどうしてこう動いているのかわからない──そんな面持ちで。

 

「キューピッド。聞きたいことは一つだ」

「おや、罵詈雑言の類は無いのかな」

「敵に言って何になんだよ。──あいつらは助けられんのか。どこを蝕んだ。言え、キューピッド」

「脳だよ。つまり」

「……そうか」

「言っておくけれど、これは僕の発案じゃないからね。アモルの発案だ。僕にこういう悪辣さは無いからね、文句なら彼女に言って欲しいな」

「どうでもいいよ、機械の事情なんて」

 

 ケニッヒが槍を振るう。

 たったそれだけで──彼から10mは離れていたキューピッドが尖塔の方へ吹き飛ばされる。

 

「よし、邪魔なのはいなくなったな。……聞いていた通りだ、お前たち」

「っ……」

「嘘、スよね……」

「嘘かどうかはお前らが一番わかってるだろう。身体、自由に動くか?」

 

 動かない。

 レプスは幅の広い剣を、アニータは長銃を構えたまま、動けない。

 

「いいか、アニータ、レプス。俺は生きたい。愛している妻がいる。大事な息子がいる。俺は帰るつもりがある。お前らはどうだ」

「お、俺だって生きたいスよ! 今度の休日、母ちゃん連れて映画行く予定だったし、ケイタさんと……メーデーさんも、ちゃんと弔ってやりたいし! 何より俺は、俺は!」

「センパイ、つまりこういう事ですよねー。生きたいなら殺せ。センパイも、私達も。……でも私達の場合は、センパイを殺したとしてー、機奇械怪として生きていく感じですかぁ?」

「さぁな! 好きに生きろ! 機奇械怪として地上を放浪するも良し! その身体の制御、気合で取り戻すも良し! できなかったら俺に殺されるだけだ。あのクソキューピッドの言いなりになって、人間を食べないと生きていけない身体になって」

「な──なんでそんなこと言うんスか! 助けて、助けてくださいよ! ケニッヒさん、言ったじゃないスか! 仲間を助けるのが奇械士だ、って!」

 

 喚くレプスとは対照的に、アニータが銃の引き金に指を掛ける。ケニッヒが槍をまっすぐ二人に向ける。

 身体の制御は利かない。だからレプスも剣を構える。構えさせられる。

 

「センパイ。全然体言う事聞かないんでー、多分実力の十分の一も出せないんですけど、それでも死んでください。私、死にたくないんでー」

「馬鹿アニータ、お前馬鹿、なんでそんな緩い──」

「ホワイトダナップに帰れなかったら、地上でレプスと二人、細々と暮らそうと思ってまーす。コイツ、中々言い出してこなかったけど、多分両想いなんで。愛の前に敗れてください、センパイ」

 

 言葉だけは、意思だけは自由なのが悪辣だ。

 思いながらアニータは引き金を引く。警告はない。指に勝手に力が入って行くことはわかっていたけれど、何も言わずに発砲した。

 機奇械怪の装甲板を貫く威力の長銃。けれどそれは、ぐるんと振り回された槍に弾かれる。

 

 知っている。

 クリッスリルグ夫妻。弱冠十六歳で奇械士になった──ならざるを得なかった男女のコンビであり、そこから十五年、齢三十を超えても、子を持っても、衰えることなく奇械士を続ける強さの証明。

 アニータは知っている。

 たとえ身体を自由に動かせても、絶対に勝てる相手ではないことを。

 

「まったく、趣味が悪い。……レプス。多分もう、私達ここで終わりだからー、言っておくね」

「馬鹿アニータお前馬鹿──縁起でもないこと言うな。ケニッヒさんぶっ倒して俺達は生きるんだ。俺はお前がす、好き、だからな。俺が守ってやる。……ケニッヒさん、だから、すまねぇ。死んでくれ!!」

「ああ、来い! 互いに生きるために、生き残るために、愛のために戦おう!」

 

 ──あるいは、誰かの足がもう少し遅ければ。誰かの覚悟が、もう少し決まっていなければ。

 ここから互いの生存を賭けた──胸糞悪いストーリーに転がされた奇械士達の戦いを見る事ができたのだろう。

 

 ああ、けれど。

 

 

 ──それ以外には、ご退場願いたいね。

 

 

「……ぁ」

「カ──」

 

 声が聞こえた。

 恐らくケニッヒには聞こえなかったのだろう、だが確実に聞こえた。二人には聞こえた。

 そして、それが。

 脳のどこか。あるいは脳全体。わからない。頭の中のどこかが。

 

 灼熱を持つのを、理解する。

 

「チィ……!」

 

 気付いたか、勘か。

 今まさに二人を迎え撃たんとしていたケニッヒが、可能な限り後退する。

 

 する。したか。できたか。

 わからない。だが、した、と信じた。

 

 ……それは、せめてもの抵抗。

 最後の最後で掴んだ制御。ちゃんと向き合ってくれた彼への礼。

 たったの一秒だった。奪い返せたのは。

 

 ああ、それだけで。

 

 

 

 

 

 ()()()に何も残っていない事を確認し、ケニッヒは大きく舌打ちをする。

 

 そして、先程吹き飛ばした機奇械怪の方を向いた。

 

「趣味が悪い。……いや、アンタじゃないんだったか。だが……これはやりすぎだろう。弄ぶにも程がある。これをしたところで、俺になんの傷もつけられていない。……胸糞悪くなっただけだ」

「それが狙いだったんだと思うよ。彼女、人間種嫌いだからね」

「……アリアの方にも、似たような仕掛けを?」

「いや、あっちは単純な物量責めだよ。こっちもそこまで時間が無くてね。仕込めたのはさっきの二人だけだ。……昨日、チャルだっけ。あの子に壊された箇所も直ってはいない。修復はされたけど、それだけだ。完治していないから……僕はもう終わりだろう」

 

 宙に浮き、戻って来たキューピッド。

 その身体はおよそ半分が潰れている。顔の断面から見える精密機械は、それぞれが各々修復を試みようとしているようで、けれどその全てが失敗に終わっているらしい。バチバチと音を立てて火花を散らす身体は、会話をする程度の機能は残っているようだが。

 

「ケニッヒ・クリッスリルグ。どうかな、全ての戦いが終わるまでの間……すこし、建設的な話をしないかい?」

「敵と話すことなんざない。ましてや仲間を殺されて、俺が欠片も怒っていないと思っているのか?」

()()()()()()()()()

 

 ケニッヒの言葉など聞いていない、という様子で、壊れかけのキューピッドは話し始める。

 

 それはあるいは、彼なりの最後の抵抗。

 操ることができるように作られ、初めから殺される運命にあった彼の、最後の最後の。

 

「隠し事をするんだ、ケニッヒ。沢山沢山。彼はそれを明かそうとはしない。君の素直さは美徳だけど、彼にとっては醜悪なものに映るだろう。誰にも教えていない、秘されたものを。それが生き残るため鍵になる。彼はそれがある限り、積極的に殺そうとはしない。だから」

「待て、誰の話を、」

「決して──口に出してはならない。彼の前で……『これが全力だ』とか……『正真正銘、最後の最後だ』、とか。まるで、物語のヒーローのような、こと、ば、は──」

 

 キューピッドが……地に、落ちる。

 衝撃で飛び出た動力炉。その中に入っていたコインが溶けて消える。瞬間、キューピッドの全身から力が失われ──動かなくなった。

 機奇械怪、融合オーダー種キューピッド。

 彼はここに、完全に沈黙したのだった。

 

 

+ * +

 

 

「やぁ!」

 

 避ける。放たれた銃弾を。そして、避けて尚追ってくる弾丸を。

 戦闘が進むたび、増えて増えて増えていく弾丸の全てを避ける。避けて、避けて──それらが一点に集中するように誘導し、全てを掴む。

 バラバラと落ちる弾丸。

 

「追尾型の弾丸を放つ銃だね。けれど、オールドフェイスを入れたオーバーロード状態ならば、絶対にそれだけじゃない。もっと上があるはずだ。ただ弾丸を撃つだけじゃなく、それに何ができるのかを感じ取るんだ」

「はぁっ!」

「格闘を混ぜるのも良い選択だ。けれど君の肉体はそれほど頑強ではないからね、僕を蹴るのは悪手だろう。次からは機奇械怪の装甲板を加工した膝当てなんかをつけてくるといい。プロテクターという奴だ。見た目が不格好になっても、有用性は計り知れないよ」

「く──やあああ!」

「やぶれかぶれに見せかけて、さっき放った誘導弾と一緒に突撃。間隔をずらして撃ったから僕に掴まれずに済んだそれをちゃんと把握していたんだね。けど、それも悪手だ。君は近接戦闘に向いていない。だから相手の間合いに入ることは考えちゃいけない。自分の間合いを保ち続けるんだ」

 

 チャルは僕に英雄の才を見せた。輝きだ。未知の輝き。

 だけど戦闘は凡夫のそれだ。いや、未熟と言ってあげるべきか。武術の武の字も知らない僕に対し、一撃も入れられない。超過動(オーバーロード)をした機奇械怪を武器に、一撃も。

 アレキは彼女の戦闘センスがいい、なんて言っていたけれど、これで"良い"ならお笑い種だ。これに追いつかれそうに、追い抜かれそうになっているアレキはどれほど弱いのかと心配になる。だってアレキにはチャルのような精神面での英雄性が存在しない。彼女はただの少女だ。それで弱かったら、ああ、無価値だ。

 せめてチャルの相手は価値ある人間が良いんだけどね。まぁ価値のない人間だからこそチャルが守りたくなる部分もあるのかもしれないけど。

 

 下は終わった。母アリアと雑兵二人もまぁ、そろそろ良いだろう。雑兵二人が死ななかった事は褒めてあげるべきだろうね。ほとんど守られていただけとはいえ、価値あるモノの邪魔をしないだけで十分な働きだ。

 キューピッドはやっぱり壊れてしまった。まぁエタルド食らった後の、見た目を取り繕っただけの修理だったからね。他の機械への統制能力も無ければ、転移も使えない。僅かな念動力だけで体を浮かす、要はヘイト集め役のデコイ。

 そして昨夜のうちに機奇械怪にした二人は、父ケニッヒに何のダメージも与えられていない、と。キューピッドが壊れる前に送って来た記録を見るに、まぁまぁ覚悟は決まっていたようだけど……うーん。平凡。

 

「っ……どうして!」

「うん?」

「どうしてあなたは、私を!」

 

 何かまた読まれたかな。

 言葉を読むに。

 

「どうして僕が、君を大切に思っているか、かい?」

「……!」

「簡単だよ。君が素晴らしい可能性を見せてくれたからだ。ふふ、昔にもね、他人の心理を読むのに長けた人間はいたよ。けど、そんな彼でも僕の心は読めなかった。どころか『君には心が無いな』とまで言うんだ。その時点で見限ったよ。チャル、わかるだろう。僕にはしっかり心がある」

「……感じるよ。あなたには、心が、感情が──ある」

「だろう? でもそれを感じ取れるのは君だけなんだ。ならそんなの、期待しないはずがない。僕は未知を愛している。君はそれなんだ」

 

 だから。

 蹴りを繰り出してきたチャルの右足を──掴む。

 

「っ!?」

「格闘はダメだって言ったばかりだよ。こうなるからね」

「離して……はなして!」

「それは構わないけれど、次で最後にしよう。君は殺すに惜しい。だから、次で最後だ。僕が死ななかったら僕は転移で逃げてあげるし、死んだら当然君の勝利。簡単だろ?」

「……私には、あなたに聞きたいことがある」

「なんでもいいよ。何を使ってもいい。モード・エタルド。テルラブのオーバーロード。今の君に出せる最高の一撃を出してみて欲しい。──話はそれからだ。君は生存のための価値を掴み取った。それ以上僕に何かを求めるのなら、君の価値をもう一つ見せておくれ」

 

 掴んでいた足を放す。

 綺麗なバックステップで退いたチャルは──深呼吸を一つ。

 

「なんでも、答えてくれる?」

「勿論だ」

「そう。じゃあ──わかった」

 

 言って。

 言って。

 言って、チャルは……銃を捨てる。

 

 唯一の武器を捨てて、彼女はなんと、ファイティングポーズを取った。

 拳を握りしめて。

 

「……凄いな。君は僕を驚かせる天才かもしれない。けれど、うーん、それじゃあ価値にはならないかな。奇抜なことをするだけなら大道芸人にもできるからね」

「あなたを倒す。──そのつもりで、銃を捨てた。勘違いしないで」

「おや。……なるほど、僕の早とちりか。わかった、わかった。いいよ。君が何をするつもりなのかわからないけれど、受けよう。君の攻撃で僕を打ち倒すんだ」

 

 果たして、無手の彼女に何ができるというのか。

 そのまま僕を殴る? はは、そんなことをしたら彼女の拳が砕けてしまうね。殴れるようにしておこう。あるいは何か、懐刀の類でも持っていたりして。刃が折れてしまってはいけない。刺せるようにしておこう。

 何をしてくれるのか。

 ああ、想像しない方が楽しいのに、沢山の考えが巡ってしまう。想定外が欲しいなら考えない方が絶対楽しいのに──僕の悪い癖だ。

 

「行くよ、キューピッド」

 

 踏み込み。

 何の変哲もない、強いて言うなら未熟な踏み込み。体の動きは遅い。避けられるけど、腕の動きからして避けるに値しない弱弱しいパンチだ。なんだろう、本当に拳かな。僕が殴り飛ばされる準備を整えていると理解してのパンチ、ということ?

 その程度じゃないよね。君は違う。そう信じている。

 

「──」

 

 殴られる。

 普通の……いや。

 

 そんなはずがない。

 今の遅さで、この程度の威力で。

 

 何故、僕の身体が──こうも吹っ飛んでいる?

 何故、彼女の腕が。

 ああも血濡れになっている?

 

 口角が上がる。

 わかった。理解した。瞬時に解析してしまった。

 

 ああ、このまま吹っ飛んであげるのもオツというものだけど、答え合わせを早くしたくて、念動力を使って止まる。

 僕という物体をぶっ飛ばすだけの威力がそこにあった。直前まであんなに遅かったのに。あんなへなちょこパンチだったのに。

 

「……ああ。()()()()()()()()

「わかるんだ。……流石、なのかな」

「いや、いや。素晴らしいよ。素晴らしいと言える。──まさか"種"を、《茨》を飼いならすなんて」

 

 チャルの反応が答えだ。

 凄い。それは思ってもみなかった。

 

 "種"。あるいは"毒"。もしくは"罅"。

 僕が稀に打ち込む、機奇械怪のもう一つの動力源とでも言うべきもの。ああいや、動力源ではないか。なんだろう……機械を機奇械怪にさせているもの、って感じかな? 普通の機械は機奇械怪のように動き出さないからね。

 彼らを化け物に、化け物たらしめているエネルギー。

 それが種であり毒であり罅だ。

 

 使用者は僕だけじゃなく、機奇械怪の一部も使い得るコレ。まぁ機奇械怪が使うと自分が弱体化するからあんまり使わないはずだけど、まぁまぁ食らった人間はいるのだろうコレ。

 身体を蝕むものだ。茨として、病魔として、損壊として。

 僕がキューピッドとして先日倉庫区画で言っていた、似たようなものを操れる、というのはまさにコレのこと。

 

 まぁ、それを。

 そんなものを。

 

 インパクトの瞬間、腕全体にそれを纏って出力を上げて、さらに茨が僕に接するように調整して。

 まるでグローブか、メリケンサックか。

 

「参考までに、聞かせてもらいたいかな。どうやって?」

「……教えない」

「いいね。その姿勢は凄く大事だ」

 

 そうさ、そう簡単にペラペラしゃべってくれるな。

 君達人間は、僕が想像もしていない力を隠し持ち、秘し、土壇場で出すことで……僕らを圧倒していく。

 それが人間だ。いいよ、チャル。今君は、正解を引き続けている。

 

「あっと、そうだ。価値を見せてくれたんだ、君の聞きたいことに答えよう」

「アリアさんの毒。解毒方法を教えて」

「……うーん。まぁまぁ意外性の無い問いだね。でもまぁいいよ、約束だし。えーとね」

 

 転移……は無理だな。どこにあるかわからない。

 あー。

 ああ、そうだ。さっき殺したのがあるじゃないか。

 

 じゃあアレを使って。

 

「はい」

 

 小瓶に、薄い赤色の液体。あ、着色に意味はないよ。元々無色透明の液体だけど、ホラ、こっちの方がそれっぽいでしょ? なんだろ、ヒヒイロカネとか、賢者の石とか、そういうもの感出るからね、赤色って。

 それをチャルに向かって放る。

 

「それが解毒剤。もしくはその種の剥離剤でもある。一人にしか使えないから、じゅーぶんに考えて使うように」

「……飲めばいいの?」

「飲んでもいいし、患部にかけてもいいよ。……こんなところか。じゃあチャル、改めて。君は素晴らしい可能性を見せてくれた。今後も精進するように!」

 

 赤雷が走る。

 転移の光。さてはて、ホワイトダナップの位置は、と。

 

「待ちなさい」

「ん……あぁ、君か」

「これ。忘れ物よ」

 

 言って。

 投げ渡されるは──アモルの首。あ、フレシシじゃないよ。

 

「どうだったかな、一か月かけて創った新たな融合種の味は」

「威力はすさまじいの一言だけど、攻撃が単調すぎる。流石機奇械怪ね、協会の訓練プログラムと戦っているような感覚だった」

「成程。確かに僕は武術を嗜んでいないからね、その辺の動きはわからなかった。今度作る時は気を付けよう」

「……勝手にして」

 

 アモルの首を、ぽいっと捨てて。

 僕は──転移をした。

 

 

 

「ふぃー」

「お疲れ様です、フリス」

「あぁうん、君もね」

「私は遠隔で操ってただけですから」

 

 ま、流石にホワイトダナップに直帰したりはしない。あの場にはチャルがいたからね。ワンチャン読まれるんじゃないかと思ってホワイトダナップに帰る素振りを見せたんだ。

 ……あれ、読まれてたらもっと悪かったんじゃ?

 はは。

 

「えーと、じゃあ余計な入力をしてしまった箱庭内の機奇械怪を消すけれど、何かリクエストはあるかな、フレシシ」

「リクエストですか?」

「うん。どういう風に壊すのがいいかな」

「……では、安らかに、苦しみなく」

 

 だろうと思ったよ。

 フレシシは、いつでも機奇械怪側だからね。

 

「認識コード【リクカサト】」

 

 チャルの双銃含む奇械士達の持つ機奇械怪由来の武器を除き、その全てに終了コードを言い渡す。

 それだけで──母アリアに合流し、今から決戦、の雰囲気を出していた、奇械士達を囲む全ての機奇械怪が終了する。停止ではなく、終了。再起動はしない。

 否、奇械士の周りのものだけではない。

 ダムシュにいる機奇械怪のその全てが、だ。余計な入力を受けた、全体に影響しかねない入力を読み取った全てを終わらせて。

 

「……やっぱり、いなかったみたいだね」

「はい。国を滅ぼす程の機奇械怪。……恐らく、私達がダムシュに来るずっと前に、もう立ち去っていたんだと思います」

「まぁ、この惑星にいる限りはいつか出会うこともあるだろう。それまで──」

 

 どうか、さらなる進化を遂げておいてくれ。

 僕があっと驚くような、ね?

 

 

 

 

 

 8月20日。

 17日、18日の戦いを経て、チャルとアレキは学校に来なかった。お休み期間という奴だろう。

 両親も多くの死者を出したためか、精神的に疲弊しているようで、帰ってきてすぐに抱き着かれてベッドに引き込まれた。今回ばかりは父ケニッヒも止めず。

 そんな二日間を経ての、20日。

 

「おはよ、フリス!」

「おはよう、チャル。元気そうで何よりだよ。ニュースで見たよ、大変だったんだろう?」

「あー、うん。大変だった。だけど、ほら!」

 

 ほら、と。

 くるりと回って、全身を見せてくるチャル。

 

 ──彼女の背後で、アレキが鬼気迫る表情で……口パクをしている。「ほ・め・て!」と。

 わかってるわかってる。顔怖いよアレキ。

 

「偉いね。ちゃんと無傷で帰って来たんだ」

「えへへ、うん!」

「……なんて、僕に嘘が通じると思ったかい?」

 

 目を逸らすチャル。

 いやまぁ、僕がキューピッドである、という以前に、彼女は全身を見せるとき右腕を体の影に隠していた。わかりやすっ! って口を衝きそうになったくらいわかりやすい動き。

 そう、彼女はギリギリまで怪我をしなかった。しなかったけど──使っちゃったね、茨を。

 

 飼い慣らしても、あれは己を傷つける仕組みだ。

 チャルの右腕は裂傷に苛まれたことだろう。それがぱっと見普通の肌にしか見えないのは……。

 

「……フリス君、今日くらい無視してあげたらいいのに。チャルはとっても頑張ったんだから」

「おや、君から塩を送られるとはね」

「私は公平に行くだけ」

「そう。……けど、それどうなっているんだい? 普通の肌にしか見えないけど、怪我はしているよね。動きでわかるよ、チャル」

 

 これは。

 ……まさか、皮膜(スキン)

 

「これはね、今回の戦利品の一つなの。持ち帰ったら科学班がすぐに解析してくれて、とりあえずの複製を」

「チャル、話し過ぎ。フリス君は部外者なんだから、そこまで」

「あぅ」

 

 いや、十分だ。

 ……なるほど、劣化してはいるけれど、アモルやキューピッドの身体から採取した皮膜(スキン)を医療用に転用したわけだ。はは、まだあの戦いから二日なんだけどね。

 うんうん、科学班とやらには、良い働きをする人間がいるらしい。奇械士以外にもいるとは驚きだ。

 

「よくわからないけれど、その下は傷だらけなんだろう? あんまり無茶しちゃダメだよ、チャル」

「う……はぁい」

「『まったくだ』みたいな顔をしているけれど、君もだよアレキ」

「え?」

「頬と左手。切り傷と火傷があるね。それも隠しているみたいだけど……」

「え? そうだったの、アレキ」

「え、えっ!? ど、どうしてわかったの、フリス君。これは完全に隠せていると思っていたんだけど」

 

 どうして。

 ……匂いで、って言ったら流石に引かれるよね。無計画に指摘しなきゃよかった。

 

「素振りでわかるよ」

「わかるわけないでしょ……」

「ちょっと、アレキ! あの時は『私がケガするわけないでしょ』とか言ってたのに……!」

「あの時は……あなたの方が重傷だったから、心配させたくなかっただけ」

「ちゃんと医療班のとこ行ったの? 隠してない?」

「大丈夫、ちゃんと行ったから。というか行って無かったらこの皮膜(スキン)はもらえないでしょ」

「それは……そうだね」

 

 よし。

 なんとか誤魔化せたな。

 

「……それにしても、クラス……。みんな、まだ来てないのね」

「ああ、まぁ、難しいものがあると思うよ。目の前で友達が死んだ、ってトラウマだけじゃなく、こうやって教室で過ごしていたら、次は自分かもしれない、っていう恐怖もあるんだ。このまま卒業まで三人だけ、も十分あり得る」

「……そうね。誰もがフリス君やチャルみたいに強いわけじゃないし」

「あはは、その言い方だと、まるでアレキも強くない、というように聞こえるけれど」

「さて、ね」

「?」

 

 何だろう、その反応は。

 ……もしかして、仲間の死を引き摺ってるとか? 

 

「フリス」

「あ、うん。何かな」

「──放課後、屋上に来て欲しい。……言いたいことが、あるから」

「……」

 

 ああ。

 そうか。そういえば、言っていた。

 チャルは……好きな子に告白するために、生きて帰るって。

 

 ……なるほど。アレキの反応は失恋ゆえか。まぁ、僕が悪かったよ。中途半端にアレキとくっつけさせようとして、結局僕に好意を寄せさせるようなことをしたんだ。全面的に悪い。

 そればかりは謝ろう。心の中で。

 

「わかったよ、チャル」

「うん。約束だからね」

 

 そして──この告白も。

 ちゃんと。

 



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青春を謳歌する系一般上位者

「フリス」

「やぁ、チャル。来たよ」

 

 学校の屋上は解放されている。

 高い柵はあるものの、風靡く爽やかなこの場所に、彼女は一人で佇んでいた。

 

「……フリス」

「うん」

「私ね、フリスのこと……」

 

 言い淀むのは羞恥か。

 少女らしい機微か。

 

 ──いいや。

 

「ずっと前から好きだったんだ」

「うん」

「お父さんみたいで、私達とは違う所を見ていて。……だからこれは、私の我侭」

「うん」

 

 違う。一目でわかった。

 彼女から感じるのは罪悪感の類だ。

 

「今から酷いこと言うね、フリス」

「いいよ」

「……私は今のフリスが、好きじゃない。……酷い事だと思う。この前、地上に降りて来たんだ。そこで、ある敵と戦った。その敵は、なんだろう、とっても悪い人だったんだ。沢山の人を殺して、私の仲間も殺して」

「うん」

「その上でその人は、私を大切だ、って言った。価値があるから大切だ、って」

「そうかい」

 

 意気込んで。

 飲み込んで。

 

「……フリスの目からは、同じものを感じる。今までは漠然と私達に向けてくれていた友情みたいなものが、違うんだ、って。明確な言葉にされて……わかった。フリスは、私達へそういう、価値とか、意義とか、そういうものだけを見てる。ううん、私達だけじゃない。道行く人も、先生も、お弁当とかアイスとか、そういうのでさえも」

「うん」

「だから……今のフリスから向けられる感情は、苦手。……でもね」

 

 だろうな、という印象しかなかった。

 たとえキューピッドに扮している時に声や重心移動なんかを変えていたとして、それで僕が何か変わるわけじゃない。フレシシはあんまりメンタル強い方じゃないからアモルの時とフレシシの時で切り替えているみたいだけど、僕は違う。

 僕は常に同一だ。僕は常に平等だ。上位者として、だけど。

 だから、相手の心理を読み取る能力に長けたチャルがそう感じるのも無理は無い。というか当然だと思った。

 

 僕はそこで、つまらなさを感じていた。

 そこまででは、だ。

 

「でも……その人とフリスは、明確に違うところがある」

「……それは、どんなところ?」

 

 僕とキューピッドの違い。

 無い。そんなものは。あるとしたら、あるように感じたら、勘違いでしかない。

 

 だけど……僕は続くチャルの言葉に期待をしていた。

 

「あの人は、向かい風。私達を押し止めようとしてくる。常に前から私達を見ていて、立ち塞がる事で私達に期待をかけてる。でも、フリスは追い風。私達を後ろから押して、伸ばすことで私達……私に期待を寄せてる」

「どっちも風だね」

「うん。それで、どっちも暴風」

 

 僕が風。なるほど、言い得て妙だ。

 隣にいる時と敵対している時で、僕の心持ちに変わりはないと思っていたけれど。なんならそれはチャルの勘違いじゃないかと今でさえ思うけれど。

 

 彼女の言葉に迷いはなかった。

 探りながら喋っているわけじゃない。明確な根拠をもって話している。

 

 それがとても、心地良い。

 

「ずっと前から好きでした。ちょっと前に、大好きになりました。……でも今、私の心は、あなたから離れてる。酷い事を言ってる。私は今、あなたに告白して、それで、その上で……好きになれない、って。そう言ってる」

「そうだね」

「アレキが私を好いてくれてる。でもそれは、罪悪感から来るもの。わかっちゃうよ。アレキ、他の人よりわかりやすいから。それで、私もアレキが好き。カッコイイって思った。憧れるって思った。アレキは隠し事もあるけど、ずっと真っ直ぐで、ずっと私を見てくれる。私自身を見てくれる」

「いいことじゃないか」

「……ねぇ、フリス」

「うん」

 

 予想をやめる。

 今を楽しもう。これぞ青春だ。

 

 

「──これだけ酷い事言って、これだけ否定して。……なんでまだ私、──フリスの事が、好きなんだろう」

 

 

 チャルの目には涙があった。

 嫌いたい。彼女の中では僕とキューピッドが重なって仕方が無いんだろう。向かう風の方向が違えど、重なって重なって仕方がない。

 彼女の中でキューピッドは極悪人だ。仲良くなりかけていたメーデーを殺した。ケイタも殺した。あるいはミディットとも繋がりがあったのかもしれない。アニータとレプスも殺した。アモルの仕業だ、なんて関係のない事だろう。

 その前には東部区域を半壊させているし、その心理は受け付け難いものだろうし。

 

 嫌いだ。嫌いなはずだ。

 そんな奴と同じ精神性を持つ友達を、好きになれるはずがない。

 

「チャル」

「……なに?」

「僕は、君の前から姿を消した方が良いかな」

「──」

 

 だから選択を迫ろう。

 恋路は大切だ。愛は重要だ。彼女が僕に恋をし、愛し、それが彼女の援けとなるなら、僕は喜んで彼女の気持ちを受け止めよう。

 彼女が排し、拒み、それがチャルの精神の安寧に繋がるのなら、僕は喜んで彼女の前から姿を消そう。母アリア、父ケニッヒよりもチャルの方が重要度は高い。最新の英雄。なれば、両親の哀しみなど考えるに値しない。

 

 選択だ。

 保留はない。それがわかっていて、チャルも僕を呼び出したはずだから。

 

「……嫌だよ、フリス」

「言葉は正確に、だよ。チャル」

「あなたに会えなくなるのは、嫌。フリス。私は貴方が好きです。理性が、本能が、あなたを嫌ってる。貴方から離れるべきだと騒いでる。……でも、私が貴方を好きなの。知ってるよ。普通の人は、特技としてでも他人の気持ちなんて読み取れない。私だって全部わかるわけじゃないけど、普通の人は何にもわからない。何にもわからないまま、みんな好きとか嫌いとかを判断してる」

「そうだね」

「だから私は、全部の判断材料を捨てて、言う。私、チャル・ランパーロはフリス・クリッスリルグが好きです。──付き合ってください」

 

 ……正直に言えば。

 屋上に来た時点で、こういう結末になるとは思っていなかった。あるいは突然撃たれるんじゃないかと思っていたくらいだ。僕とキューピッドが重なった時点で、そこまで辿り着く可能性はゼロじゃなかったからね。

 いや、あるいは……繋がっている可能性はある。

 その上で。

 その上で、彼女が。

 彼女がこの選択をした、と。

 

 笑いが零れる。

 彼女は今、普通の人は、と言った。僕が嫌う凡夫凡人、無価値の有象無象。"自分はそれでなく、それらができることを自分はできないから、そう在れるように"と。

 チャルはそう言ったのだ。

 

 ああ。

 十分だろう。

 

「僕なんかでいいのなら」

「──うん。いい。私は、フリスがいい」

 

 特異な、捻じ曲がったその愛は。

 君を育てる十分な肥料となる。その糧となれるのならば、本望だ。

 

「これからもよろしくね、チャル」

「うん。……それと、一つだけ言っておくことがあるの」

「うん?」

 

 チャルは涙を拭って。

 ビシッ、と。僕に指を突き付ける。行儀が悪いよ、チャル。

 

「私はその目線が嫌い。つまり、か、か、彼氏に、直してほしい所の一つだから……意識改善を求む!!」

「善処するよ」

「それはやらないのと同じって習った!」

 

 いつも通りのチャルに戻る。

 恐らくまだ忌避はあるはずだ。それを飲み込んでとなれば、中々難しいものがありそうだけど。

 

「それじゃあ、チャル」

「うん。一緒に帰──」

「僕先生に職員室へ呼ばれてるんだ。待っててくれてもいいよ」

「……フリスから言われるのは、なんか違う!」

 

 あはは、なんて笑って。

 屋上を後にする。バタン、と締まる鉄扉。

 階段を降りて一段下の階に行き、生徒がいないために使われていない教室の一つに辿り着く。

 窓の開け放たれた教室。そこへ入って。

 

 真横の壁に背を預けていたアレキに、目線を向けることなく、一言。

 

「じゃあ僕の勝ちってことで」

「……別に。思いが遂げられずとも、私があの子を守る事に変わりはない」

 

 食指が動く。

 僕の幾つかある無計画性の中で、最も厄介で楽しい部分が鎌首をもたげるのを感じた。

 

 ──ここで諦めさせるの、勿体なくない?

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 反応は今までで一番速かった。

 奇械士が携帯を許されている刀。それを抜き放ち、壁へと僕を押し付ける。

 

「ッ、斬れない……まさか、本当に……!?」

「おいおい、確証の無い、もしかしたら悪ふざけをした一般市民かもしれない相手にそんな本気の一撃を放ったのかい? まったく、僕が本物じゃなかったら大問題になっていたよ。投獄されてチャルの元から引き剥がされていたかもしれないね」

 

 斬れない。

 刃は、たとえ赤熱させたとしても、入って行かない。

 恐らくチャルからキューピッドは機奇械怪ではなかった、という情報が入っていることだろう。そしてもしかしたら、屋上での会話を聞かれていた可能性がある。

 だからこその反応なのだろう。

 チャルの理性が、本能が、どちらもが警鐘を鳴らす相手がただの一般人なはずがないと。キューピッドと似ているのではなく、本人なのだと。

 アレキの中で、一瞬で繋がったのだ。

 

「あなたが本当にキューピッドなら──どういうつもり? 何が狙いで、チャルに!」

「君が盗み聞きした通りだよ。彼女は英雄の卵だ。凡人である君と違って、チャルは世界に必要な人材だ。過去、数多、幾重もの英雄が僕の前に倒れてきたけれど、彼女はそれを越える可能性のある優秀な"価値"だ」

「その物言い……!」

「抱えるといい。チャルはもう、僕をキューピッドだとは疑わないよ。僕の両親も僕の味方をするだろう。訴えればいい。仲間に。けれど上は期待しない方がいいかな、僕の息がかかった内通者がいる。この秘密を抱え、誰にも言えず、信じても貰えず──最愛のチャルにまで悲しい目をされて、それでも抗い続けるといい」

 

 本来はチャルにやる予定だったことだ。

 差を見せつけて、傷めつけて、抗わんとする心を育てる。チャルがあんな特異な子だって知らなかったからこその手法。あるいは凡百の英雄に対し行ってきた、初歩の試練。

 抗え。戦え。悩め。

 それが無価値に価値を付加する唯一の方法だ。

 

「君は凡人だ。才が無い。英雄足り得ない。だから、いつまでも孤高を気取っていないで団結するといい。塵も積もれば山となる。吹かば飛び散る塵の山も、身体を大きく見せるくらいの役には立つ」

「なんで──何故、あなたみたいなのが、こんな所に──!」

「逆に聞くけれど」

 

 ゆっくり、ゆっくりと起き上がる。

 首に突きつけられた刃は肌一枚切り裂くことなく焼き切ることなく、僕の柔肌に圧し退けられていく。

 

「どこぞの拠点で、誰もいない部屋で、世界中の情勢をモニタで監視してふんぞり返る……そんな毎日が楽しいと思うのかい?」

 

 それは、どこかの誰かへ向けた当てつけだけど。

 

 さて、じゃあ、最後のひと押しに……キューピッドらしいことをしておこうかな。

 

 指を差す。

 東部区画。未だ復興作業中の、住宅街の集まる区画に指を。

 

「出動の時間だよ、奇械士。生きていたらまた明日、学校で会おう」

「──やめ、」

 

 なさい、までは聞こえなかった。

 東部区画、その上空に現れた、超巨大な球体。赤雷を纏いて現出するは、八の足。

 特異プレデター種『サブマリン・オクトパス』。ダムシュに行った時海で見つけたんだ。あの国を滅ぼした機奇械怪が海にいないか探した時にね。

 この機奇械怪は本来海にいる。前に海に住み着いた奴はほぼいないと言ったけれど、この種がまさに特例中の特例。ほぼ、に含まれなかった機械。その形状は名前の通り潜水艦にタコ足がついている、みたいな感じで、本来は水中でないと力を発揮しきれない。

 ただ、ジタバタと暴れるだけ、ならば──十分だ。

 

「どうしたんだい、行かないのかい?」

「……一つだけ。まさか、あの時のエンジェルも──」

「ああ、あれは違うよ。というかあれについては僕も調査中でね。何か情報が入ったら横流ししてくれると嬉しいな」

「誰がっ!」

 

 それだけ吐き捨てて、アレキは教室の窓から飛び出す。飛び出し、駆けていく。

 途中で他の場所から出てきたチャルとも合流、また近辺にいた奇械士とも合流を果たし、サブマリン・オクトパスの討伐へと向かった。

 

 無計画に余計なことをしたんじゃないか──と。

 そう思われるかもしれない。

 

 うん。実際そう。

 

 でもこれで、アレキは更にチャルが大切になったことだろう。叶わない愛は暴走感情を引き起こす。それは「これほど想っているのに」という不和を生み出すだろうし、「どうか気付いてほしい」という願いにもなる。

 そしてそれはチャルも同じ。

 自身の理性を、本能を信じなかった代償だ。凡人に憧れたがゆえに払わなければならなくなったものがこれだ。

 

 今まで正解を引き続けていたチャルだけど、それだけは頂けなかった。

 普通の人に憧れるのは英雄がやりがちな行為だけどね。

 

 君は今までの英雄たちから更に上を目指してもらうつもりなんだから──普通の枠なんて忘れて、もっと激情を身につけないとダメだよ。

 

 ま、無理なら無理でいいけどね。

 ノウハウは得た。チャルでダメだったら、一世紀くらい時間を置いた後、また学生として青春を展開するとしよう。

 それじゃ、奇械士のみんな。

 頑張ってね。ソレ、そこそこ強いからさ。

 

 

 

 

 

 それは帰り道のことだった。

 工事中の空き地。東部区域の戦闘とは打って変わっての静寂に、複数人の足音と金属の軋みが響く。

 

「──フリス・クリッスリルグだな」

「そうだね。そういう君達は、NOMANSかな?」

「!?」

「驚くことはないだろう。有名じゃないか。──機奇械怪を従える人間の集団。奇械士を毛嫌いし、一般市民を襲う事にも躊躇が無い。大方、有名な奇械士の息子である僕を攫いに来て、人質にでもしようという魂胆かな」

 

 一気に喋る。

 動揺の広がる中から、パチ、パチ、パチ、と……拍手の音が近付いて来た。

 暗闇。

 そこから出てきたのは、紫のスーツを着た眼鏡の……えーと、歯に衣着せぬ言い方をするなら、「私悪役です」みたいな顔の男。腰まで届く長い銀糸を耳から垂らし、その他にも至るところにピアスが空いている。

 ……いや、いや。うん、うん。僕に人間のセンスはわからないからね。うん。うん。うん……。

 だっさー……とか思っちゃいけないんだろうな、うん。

 

「流石はクリッスリルグのご子息。その歳にしてそうも聡明とは、将来が期待されますね」

「お世辞はいいよ。用件は誘拐であってるかい?」

「ええ、ですが誘拐などという生易しいものではありません。──あなたには、意識を失ってもらわなければなりませんからね」

 

 男が手をあげる。

 やれ、という事だろう。僕を囲むハンター種の群れが一斉に吠え声を上げた。

 

 いやぁ。

 まったく。

 ……人間に使役されて、僕が誰なのかも判別つかなくなっちゃったのかな。となると、AI部分に直接干渉したのか。オーダー種……それも融合種、特異種が絡んでいるだろう。どれか強力なオーダー種が拿捕されて、その統制機能をいいように使われている、と見るべきか。

 はぁ、進化するどころか無価値に使われて僕に歯向かうようになるとはね。ああいや、歯向かうのは良いんだ。進化の証だから。けどそれは自分の意思とやらでやってほしかったな。

 折角フレシシのおかげでそういうのがあるって確認できたのに……これじゃあなぁ。

 

「な──何を加減している! 早く嚙みつけ! 痛めつけろ!!」

「あり得ない……ハウンドの牙だぞ!? 噛みつかれて無傷なんて……!」

「かくなる上は──!」

 

 周囲が騒がしい。

 ああ。僕が思案に耽っている間に始まっていたのか。

 まったく木端すぎて気にも留めていなかったよ。

 

「こういうわけだけど、まだ用件は変わらないかな」

「……どういうわけかは全くわかりませんが……やはりあなたも奇械士だったんですね」

「うん? なんでそういう結論に?」

「どのような手法かは知りませんが、なんらかの機奇械怪による恩恵で肌を硬化させている──そう見ました」

「あー……もしかして君、機奇械怪のこと魔法生物か何かだと思ってる?」

 

 なんだよ機奇械怪の恩恵で肌を硬化させる、って。恩恵ってなんだよ。いや確かに眼球を機奇械怪にすれば情報処理の恩恵が得られるかもしれないけど、肌を硬化させるって何。それアレ? 僕のこの皮の下全部機奇械怪だって言いたいの? それ恩恵じゃなくない?

 

「どうでもいいけど、まだ用件は変わらないか、って聞いているんだ」

「……いえ。あなたを襲っても無駄だということは理解しました。撤退しますよ!」

「させると思うの?」

 

 僕の身体に纏わりついていたハンター種……主にドッグスやハウンド達が崩れ落ちる。

 この機奇械怪の弱点は腹部だ。飛びつくということは腹部を敵に晒すに等しい。なら、そこにある動力炉をこうやってとってしまえば簡単に無力化できる。コードまで使う必要はない、簡単な対処だ。

 

「な……」

「あぁなるほど、随分と人道から外れた方法で使役しているみたいだね。なんだ、サイキックでも扱う人間が現れたんじゃないかと少し期待したんだけど、この程度なら過去にやってた組織がごまんとあるよ」

 

 外した動力炉の中。

 そこに──機械が絡みついた肉片があった。

 

「人間を機奇械怪に食わせて、中途段階にあるそれを各機奇械怪の動力源にする。人間を襲わせた機奇械怪はオーダー種からの強力な洗脳を受けた個体で、ゆえに体の中枢たる動力炉から洗脳信号をモロに受け取ってしまった機奇械怪は抵抗もできずに統制を受けることになる」

 

 要はウイルスって奴だ。コンピューターウイルス。

 元々オーダー種がウイルスを飛ばすタイプの機奇械怪だけど、この手法はバックドアに近いかな。ま、動力炉を失えば意味が無いんだけど。

 

「いつだかのエンジェルや今回のサブマリン・オクトパスも君達が送り込んだのかい?」

「ち──違います! 断じて違います!」

 

 最初の余裕はどこへ行ったのか、後退りながら否定する紫男。

 後者はともかく、エンジェルも違ったか。まぁ技術力低そうな彼らに転移が使えるとは思えないし。

 

「ふぅん。で、三度目の問いだけど──」

 

 紫男がニヤりと笑うのが見えた。

 風切り音。左右に避けるのは無理だと判断し、大きく姿勢を崩して背後へ足払い。

 

「っとぉ……!」

「後は任せましたよ!」

 

 走り出す紫男。ダメだよ、他のゴロツキだって逃がしてないんだから。

 自分だけ逃げられるわけがないだろう。

 

 ──遠くの方で、「かへぇっ!?」なんて間抜けた声がした。多分なにかが突き刺さったんだろうね。

 

「……それで、君は? 見たところ奇械士のようだけど」

「落ち着いてんなーガキ。ま、あいつらに囲まれて、しかも無傷でくぐり抜けてる時点でただ者じゃねーか!」

 

 暗闇にそぐわぬ、快活な声の女性。

 粗暴な口調と傷だらけの身体。武器は剣だけど、何かの機構付き。

 

「雇われているのか、自主的か」

「自主的だ。ウチは奇械士だが、機械より人を相手にしてる方が好きでね。ハハハ、聞けばガキ、お前クリッスリルグらしーじゃん」

「成程、両親のどちらかに負けて、僕に八つ当たりかい?」

「話が早い奴は嫌いじゃないぜ!」

 

 ヂヂヂッと音を立てる剣。

 あー、電流ね。まぁ確かに機奇械怪にも人間にも有効だろう。機奇械怪は電気で動いているわけじゃないけど金属だから有効なだけ。

 うーん。

 まぁ証拠隠滅は済んだし、コイツと戦うメリットがあんまりないんだよね。

 

 そうだな、ここはひとつ……文明の利器を使おうか。

 

「いざ尋常に──」

 

 ピンを、外す。

 

 瞬間、けたたましい音が鳴り響いた。

 

「っ!? なんだ!?」

「あれ、知らないか。これ、防犯ブザーって言うんだけど」

 

 その小ささからは考えられない音量が、夕闇に満ち始めた住宅街に響き渡る。

 なんだなんだと人々が部屋から、大通りから、どんどん視線を投げかけてくる。

 

 そこにいるのは男子学生と、奇械士の格好をし、剣を男子学生に向ける女性が一人。

 事案だ。

 

「チ──覚えてろよ、ガキ……っ!?」

「いやいや、逃がさないよ。君に価値があれば逃がしたけどね、有象無象に周囲をうろちょろされるのは気に食わない」

「なんだ!? 足が……」

 

 奇械士のブーツというのは金属製であることが多い。メーデーには珍妙な格好をさせていたけれど、あれは内通者の趣味なので僕じゃない。

 で、なんで金属製が多いかというと、それは勿論機奇械怪を攻撃したり、彼らの攻撃から身を守ったり、あるいは金属くずが多く落ちている現場で怪我をしないようにするためだったりと、用途が様々ある故だ。

 その中でも機動力を好む者は仕込みをしていることがあるのだ。つまり、機奇械怪的構造をブーツに仕込んでいる、と。

 機奇械怪を使役し、融合種を信奉するような奴らだからね。戦闘者は全身そういうので固めてるんじゃないかって推理は間違っていなかった。

 

「もし君に次があるなら、今度は徒手空拳で挑んでくることをお勧めするよ」

 

 それじゃ、と。

 防犯ブザーを彼女の足元に投げて、暗がりへと消える。周囲の人目を確認し、転移。はいこれでオッケー。

 住民は男子学生が襲われている所までは見えただろうけど、僕だとはわからなかったはずだ。暗いからね。

 

 後に残るのは、何故か地面と溶接されたブーツを履く奇械士の女性と、尚もけたたましくなり続ける防犯ブザー。

 

 安眠妨害──!

 

 ……けど、機奇械怪を使役する集団、か。

 昔もそういうのいたけど……果たして今度は、如何ほどかね。

 

 

 

 

 

「フリス!」

「え、なに、母さん」

「さっき近所で不審者が出て、男子学生が襲われたって聞いて……私、居ても立っても居られなくて!」

「あー。さっきのソレか。いつもの帰り道に人だかり出来てて警察来てて……何事かと思ったよ」

「成程、迂回してたから遅かったのか」

「それと、東部区域の避難の流れに揉まれちゃってね」

 

 僕が家に帰る頃には、サブマリン・オクトパスは討伐されていた。想像よりかなり速い。チャルがエタルド使ったりしたのかな。あんまり多用して欲しくないんだけど。あれ強すぎるからチャルの成長にならないし。

 

「お前なぁ、これを言うのは何度目かわからないが、連絡を、一本、寄越せ。心配するんだぞ?」

「あはは……ケータイ使うのホント慣れないんだよね……」

 

 両親。

 ダムシュでは流石としか言いようがない働きっぷりだった。もうちょっと暴れられてたらチャルのために排除しようかと思ってたくらいの働きぶり。特に母アリアは異様だ。確かに膂力は英雄クラスだけど、技術や頭脳はそれに遠く及ばない。父ケニッヒがそれに該当するけれど、こっちは膂力で劣る。

 二人合わせてようやく英雄。それが僕からの印象だった。

 それが……なんか二人、成長してない? もう三十一歳でしょ? 成長期とっくに過ぎてるよね?

 

「……機械の匂いがする」

「何?」

 

 ははーん、もう絶滅したけど、さては母アリアは犬か何かだね?

 ……あ、いや、アレキの傷や火傷を匂いで判別した僕じゃ他人の事言えないか。

 

「フリス……襲われたの?」

「まぁ、ちょっと」

「どこで? ケガはない? どれ? 種類わかる? 母さん全滅させてくるから」

「大丈夫だよ母さん、怪我はない。……まぁ、あんまり心配かけたくなかったから言わないで置こうと思ったんだけど……」

「さっき迂回して人並みに揉まれたから遅れた、ってのは嘘か。……あのな、フリス。もうちょっと俺達を頼れよ。これでも俺達結構有名な奇械士なんだぜ?」

 

 ……ま、確かにそうか。

 どうしてもチャルを主人公とした青春友情ラブコメアクションストーリーを考えてしまいがちだけど、相手が人間となれば両親に掛け合ってもらった方が楽だ。僕が一人で潰すのも別にいいけど、僕にメリットないしね。

 チャルも……別に人間の対処法なんか覚えなくていい。あの子は機奇械怪に専心すればいいんだし。

 うんうん。

 

「襲われたんだ。機奇械怪を操る集団に」

「潰してくる」

「待て待て、アリア。敵の名もわかってないのにどーやってやる気だよ」

 

 さて、はて、あと何日保つか見物だろうか。

 ……はて。

 

「母さん、フレシシは?」

「潰す……え、あ。え? あぁ、買い出しから……そういえば帰ってきてないわ」

「──すぐに警察に届け出を出す。アリア、協会に。フリスはここでフレシシが帰ってこないか待っててくれ。帰ってきたら俺達に連絡を。いいな?」

 

 二人が迅速に動き出す。

 

 いやぁ。

 フレシシ……もしかして本当に捕まった?

 だとしたら……うーん、もう少し改良しないとだなぁ。そんな簡単に捕まるように作った覚えはないんだけど。

 一回作り直しもまぁアリかなーとは思ってるけど、どうだろうね。

 

 フレシシ次第かな。ホントに掴まえられてたら、だけど。

 

 

 

 その日、結局フレシシが帰ってくる事は無かった。



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一般機奇械怪捜索のためにデートする系一般上位者

 フレシシの朝は早い。

 クリッスリルグに仕えるメイドとして、ケニッヒとアリアのお弁当を作る。その後フリスのお弁当も作る。三人分のお弁当もなんのその、効率を完璧に導き出して作られる彼女のお弁当は絶品で、且つ懐にも優しい仕様。無論クリッスリルグ夫妻は相当稼いでいるのであまり気にしないでもいいのだが、安い食材で美味しいものを作った方が()()()()()()()フレシシはそうしている。

 全員分のお弁当を作り終えた後は掃除である。

 音を立てることなくリビングを、廊下を、埃一つ残さずに掃除して──その後は、アリアが起きるまで休眠モードに入る。

 

 フレシシは機奇械怪(メクサシネス)である。特異中の特異、全ての機奇械怪の父と言えるフリスによって手ずから造られた人造人間(アンドロイド)であるために、その性能は原初の五機にも匹敵する。分類上は融合サイキック種となるが、その実五種に振り分けられない数多の機能をその身に備える、いわばハイブリッドな機奇械怪だ。

 だけど、多くの機能を持ちつつも、どうしても覆せない欠点があった。

 それが動力炉問題。

 彼女は小型である。他の機奇械怪に比べて、最小ではないけれど、かなりの小型だ。小型の癖にハイスペック。だからエネルギー消費に対して貯蔵エネルギー量が吊りあっていない。ゆえに買い出しなどが無い一日の大半は休眠モードで過ごしているし、外出中で、且つフリスが近くにいない時はちゃんと"つまみ食い"ができるようにしている。

 この動力炉問題は目下の課題であり、結局せびってもフリスから新しい動力炉を貰えなかったフレシシにとっては死活問題でもある。ちゃんと自分の動力炉の効率化については勉強したり改造したりを繰り返しているけれど、どうしても、どうやっても今が最高効率。これ以上はない、という段階まで来てしまった。

 

 困る。

 フレシシは困っていた。

 メイドとして振る舞うのにもエネルギー消費無しじゃいられない。加えて昨今はフリスの無茶振り……もといご命令が多いため、長期の活動ができないとなると()()()()()()()()()()()()

 それも困る。フレシシがホワイトダナップでぬくぬくとやっていられるのはフリスの恩寵あってこそだ。無論地上の機奇械怪に負けるつもりはないが、それでももう殺伐としたあそこに戻るのは嫌だと考えている。

 常に気を張り、餌を奪い合い、仲間を食らい合うあの世界になど。

 

 最高の知恵者であるフリスが頼れない。自身の素性を明かすわけにもいかない。

 フレシシには同じ立場の機奇械怪がいないから、相談相手がいない。

 

 なので──。

 

「いらっしゃいませー……ん? メイドさん?」

「お気になさらず」

「は、はぁ」

 

 やって来たのは、人間の経営する奇械士御用達の武器調整屋。

 本来一般人……一般機奇械怪の来られる場所ではないのだが、基本的に超絶忙しい奇械士に代わって代理人が来ることもある、との話を聞いて、こうしてやってきたのだ。

 実際、店番の青年もフレシシの姿にこそ驚いている様子だったが、奇械士以外が入店したことには驚いていない。

 確かに油汚れの激しくなりがちな場所に真白のエプロンを付けてきたのは悪手でしたね、なんて独り言ちるフレシシ。

 

 彼女は店内を一通り見て回った後、肩を落とす。

 ──レベルが低い。技術も知恵も、やはりフリスの足元にも及ばない。フレシシにさえ届かない。

 無駄骨か。そう吐き捨てようとして、フレシシはレジの真横にあるブルーシートに気が付いた。

 

「……そちらは、作業場、でしょうか?」

「え? あ、は、はい。そうです。……もしかして、武器の調整に興味が?」

「いえ……いえ、はい。興味があります。特にその……球体について」

 

 様々部品の置かれたブルーシート。

 そこにある、キラリと光る球体。ガラス玉のようなそれは、果たして武器のどこに使うのか。

 

「球体? ……あぁ、コアの事か」

「コア?」

「えーと、メイドさん、どれ程機奇械怪についての知識ありますかね。なんもだとこっちが説明してもなんもわからんと思うんですけど」

「主の戦う相手ですので、一通りは知っています」

「あぁやっぱりどこぞの……。いえ、なら話が早い。これは動力炉ですよ、機奇械怪の」

 

 そんなはずがない、と思った。

 フレシシの常識にある限り、機奇械怪の動力炉は円筒状……大小の差はあれど、そうだと決まっている。そうでないと捉えた生物を入れるに困るからだ。捕食口から獲物を飲んで、すぐに動力炉へ。それができる形でなければ、他の機奇械怪に獲物を奪われてしまいかねない。

 だからこんな球体はありえない。獲物を入れる口もなければ、エネルギーを取り出す口もない。こんなものを動力炉にしたところで何の意味もない。

 

「あり得ない、って顔してますね。まぁこれは最近開発された技術なんで、そう思うのも仕方ないです」

「最近……開発、された? ……誰が開発を?」

「へへ、ウチの親父ですよ。親父はもう奇械士としちゃ一線を引いてますけど、エンジニアとしてはホワイトダナップじゃ右に出る奴はいないってくらい凄いんで」

「……あの、これ、触ってもいいですか? 割ったりはしないので」

「問題ないですけど、油とか手に付きますよ。大丈夫すか?」

「はい。お気になさらず」

 

 開発した。

 奇械士として使い物にならなくなった人間が、機奇械怪の新しい形を。

 

 コアなるものに触れる。

 ……取り出せる。手で触っただけだというのに、フレシシでもこの球体からエネルギーを抽出できる。だというのに、誰も触れていない状態の球体からエネルギーが流出することはない。

 

「あの、店員さん」

「はい」

「これは、どのようにしてエネルギーを補充するのですか?」

「あーちゃんと知識ある人だったか。すんません、じゃあ説明不足でしたね。これ、使い捨てなんです。結構安価で提供できるんで、満タンまで溜めたコイツをいくつか戦場に持ってってもらって、使い切ったら次のを、って感じで」

「……一つにつき、どれくらいの規模の武器が、どれくらいの時間動くのでしょうか」

「たとえばその槍。ガルゲニオルグって武器なんすけど、コイツは基本プレデター種『サーペント』の中枢骨から作ってます。だからこうやって、節根みたいに曲げたりなんだりが可能です。で、こういう動かせる武器、展開後に形状を変えられる武器だと、最大稼動して八時間。特に激しい戦闘じゃなきゃ十二時間は保ちます」

「あまり……長持ちではない、ような?」

「そうですかね? この小ささだと、普通の動力炉ならフル稼働六時間が限度ですし、かなり効率化してる方ですよ。詳しい理論は親父がいないとアレですけど、従来の円筒状より球状の方が遥かに抽出エネルギー効率が良いとかなんとか」

「成程……。いえ、お仕事中にお邪魔して申し訳ございませんでした。大変参考になりましたので、今日のところはこの辺りで」

「あ、はい。またのご来店をお待ちしてますね」

 

 店を出るフレシシ。

 正直言って、あそこにあったコアとやらは嘲笑しながら見下したくなるくらいの出来損ないだった。だが同時に、その発想は称賛に値する。

 フレシシは従来のものをどうにか効率化しようと頑張っていて、だけどその限界に来ていた。

 ならば形を変えればいい。それこそ、球状に。そして替えを常備する。こっちも無い発想。

 フレシシの技術とこの発想があれば、さらなる効率化が望める。

 

 惜しむらくは、この発想をした奇械士が一線を退いている事だろう。

 フレシシからすれば良い事なのだが、フレシシの主たるフリスは奇械士による機奇械怪への入力を望んでいる。今の機奇械怪達では人間の武器の形状が変わったからといって特に気にも留めないだろうし、武器についた小さな動力炉より、持ち主である人間の方に魅力を覚えてしまうだろう。

 もし、これを作った奇械士が現役で、あのコアを使って一騎当千の実力を見せていたら。それを何かが取り込んでいたら。見ていたら。学習しようとしてくれていたら。

 ……まぁ、「へぇ?」くらいは言ったかもしれない。彼が本当に目指してほしいのは、生命という動力源からの脱却だから、いくら効率化したからって特に何も言わない可能性もあるけれど。

 

 とかく、ここへ来たことはフレシシにとって収穫だった。

 すぐにでも帰って自らの動力炉を球状にしてみたい。他、自分が作っているものに対しても色々試してみたい。

 フレシシは機奇械怪で被創造物だけど、長らく創造主のそばにいたためだろう、作る楽しみ、というのも感じるようにはなってきていた。未知が好きなフリスと違い、未知は解明し尽くさないと気が済まないのがフレシシではあるが。

 

「……」

 

 そんなウキウキ気分のフレシシも、ふと周囲を見渡してため息をついた。人間らしい行動が無意識に出るあたり、随分とこの演技にも慣れたものだと苦笑する。

 暗がりに複数人の男。ナイフや銃を持ち、隠れる気があるのかわからない格好で物陰にいる。

 その中の一人、大柄な男が前に出てきた。

 

「こんにちは、お嬢さん。一つ聞きたいんだが、奇械士御用達の店から出てきたあたり、君は奇械士……あるいはその志望者であっているのかな」

「不躾ですねぇ。でも、幸運ですよ、あなた達。今多少気分が良いので……逃げるなら追いません」

 

 気分が良いのは本当だった。今害されたが。

 

 ──フリスと違って、フレシシは人間をあまり好んではいない。当然だ、餌でしかないのだから。その上で奇械士など、同族を殺す獣でしかない。害獣だ。駆除し、餌にすべきだと本気で思っている。

 それでもアリアやケニッヒ、チャルらと仲良くできているのは、フリスがそうしろと命じたからだ。他の知能の低い機奇械怪と違い、フレシシにはとてもとても、フリスに逆らおう、なんて気は起きない。彼が許してくれるとわかっていなければ、無用な衝突はしない。メーデーの時は例外だったが。

 

 とかく。

 フレシシは、人間が好きではない。

 

「逃げる? 一体何の話だね、お嬢さん」

「こういうことです」

 

 だから警告は一度だけだ。改める機会など与えはしない。

 乾いた音が響く。同じくして、悲鳴も。

 

 男がそちらを振り向けば、そこには自らの足から血を流して蹲る、彼の部下の姿が。

 そしてその上で──拳銃が浮かんでいた。

 

「な……」

「あるいはこちらがお望みですか?」

 

 また悲鳴。今度は、彼らの連れて来た機奇械怪が突然主人に牙を剥いたがゆえの断末魔。

 

 フレシシは特異な機奇械怪だ。

 原初の五機、五種の機能の全てを体に宿し、それでいて小型。彼女にとって敵の武器は己の武器だし、周囲の機奇械怪は配下に等しい。

 ただ一つ、欠点を上げるのならば。

 

「──久しぶりに、ご馳走ですね」

 

 燃費が悪い──大食らいである、ということくらいだろう。

 普段はフリスが許さない、人間を餌として食べる行為。オールドフェイスを貰っているから問題は無いけれど、やはり味気の無いコインよりナマがいい、なんて。

 貞淑なる淑女でメイドなフレシシは、欠片も思っていない。

 ただ、改良前の動力炉()にガツガツとソレを入れて──恐怖に慄き逃げようとする者をも念動力で掴み、絞め、全てを平らげて。

 

「ああ……ごめんなさい。忘れてました。逃げる者は追わない。……そういうのも、ありましたね」

 

 怪しく、凄惨な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 さて、失ったエネルギーを補充したフレシシは、「これならもうちょっと回れますね」なんて調子に乗り始める。

 当然、これが原因だ。時間になってもフレシシが返ってこなかった原因。

 そして──。

 

「……ぁえ?」

 

 気付けば彼女は、巨大な球体の中に浮かんでいた。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 朝になってもフレシシは帰ってこなかった。帰って来たのは父ケニッヒと母アリアの方で、二人とも首を振るばかり。

 どうやら本当に誘拐されたらしい。

 うーん、人間程度に誘拐されるのならもう要らないかなぁ、とか思っていた矢先のこと。

 

「フリス!」

「ちょ、ちょっとチャル! 私は行かないって……」

 

 彼女にしては珍しく、礼儀正しくなくドアをバーンと開けてウチに入って来た。あれ、鍵は?

 

「フレシシさんを探しに行くよ、フリス!」

「彼女だって、一日や二日いなくなりたいときもあるよ」

「いーから!」

 

 はて、チャルはこんな強引な子だっただろうか。

 いや確かに結構強引なことはあるけど、戦えない僕を引き摺りだしてまで行くような子じゃなかったはずだ。なんせ相手は奇械士をしても足取りの掴めない組織。どう考えても危険。

 それを無理矢理やるのは──。

 

「……アレキ。君、なんか言ったね?」

「──ふん、話すことなんかアイタっ!?」

「アレキね、フリスのことキューピッドだっていうの。そんなわけないのに。だからその『そんなわけない』を証明するために、フレシシさんを探そうと思って」

「おや、僕の聞き間違いかな。今前後が一切繋がっていなかったように思うんだけど」

「キューピッドっていうのは悪人なの。自分のメイドさんを助ける、なんて絶対にしない。どころか、『捕まる程度の奴なら捨てておけばいい。メイドなんていくらでもいるし』とか言っちゃう嫌な奴」

 

 あ、うん、大正解。

 

「でも、フリスはフレシシさんの事大事に思ってる」

「意地悪な質問をするけれど、どうしてそう思うのかな」

「だってフリス、フレシシさんの前でだけ、私にも見せないような笑顔で笑うもん」

「……なんでそんなことをチャルが知っているのかな?」

「前フレシシさんに見せてもらったよ。『珍しい、フリスの本気の笑顔』って。『私にだけ見せてくれるんですよねぇ』って」

 

 ほう。

 僕の本気の笑顔が出る時は、チャルのような"英雄価値"を見つけた時だけだと思うんだけど。

 何かな、それ。その画像データ、気になるな。

 

 俄然。

 俄然、興味が湧いて来た。チャルの言う通り捨ててもいいや、また作ればいいやと思っていたフレシシだけど、そういえば確かに、彼女の記憶領域には僕に関する様々な重要案件が記録されている。人間の技術でそれを吸い出せるとは到底思えないけれど、万一もある。先日なんか動力炉の形状を変える、なんて技術を人間が生み出していたからね。名前は忘れたけど。

 

「いいよ、行こうか。あぁ、でも母さんたちの助力は期待しないで。二人とも夜中ずっと各所を駆けまわって、疲れてるんだ」

「うん、大丈夫。私は私で有力な情報手に入れてきたから!」

「……」

 

 アレキの眼光が鋭い。そりゃそうだ。彼女にとっては確定キューピッドが乗り気でコトに当たろうというんだ。

 何をしでかす気だ、と。そういう目線だろう。

 

「何をしでかす気?」

「勿論、フレシシを探すんだよ」

「……他に何か企んでる。絶対」

「うーん、僕がそのキューピッドとやらじゃない、というのは、どうやったら証明できるのかな」

「斬られなさい。私に。今すぐ」

「あはは、流石の僕でも斬られたら死にそうだ」

「ちょっと! アレキ、変なこと言わないで! というかフリスも抵抗して! アレキは思い込み激しいから、ホントに斬って来るかもなんだから!」

 

 心当たりがある。

 微笑みかければ、キッと睨まれた。

 

「それに、アレキも見たでしょ。前、私の茨をフリスが掴んだ時、血がいっぱい出たの。キューピッドは斬れない。だからあんなのでケガするはずない。違う?」

「そ……れは、そう、だけど」

 

 おお、無計画が活きる事ってあるんだなぁ。

 確かにあの一件はチャルにとって衝撃の強い事件だったはずだ。目の前で、自分のために好きな子(ぼく)が怪我をする。トラウマに近いだろうそれは、だからこそ無敵のキューピッドと結び付けられない。

 

「チャル、嬉しいけど、あんまり大声出すと両親が起きちゃうから。……うん、書置きはしたから、じゃあ行こうか」

「あ、ごめん。……うん。行こう。……アレキは、来る?」

「行く。キューピッドがチャルに何するかわかったものじゃないし」

「もー、アレキは一回思い込んだら頑固なんだから……」

 

 家を出る。

 そして──当然、と言わんばかりに、腕を組んでくるチャル。

 

「!?」

「うーんチャル、流石に歩きづらいよ」

「……彼氏と彼女は、こうやって歩くんじゃないの?」

「時と場合に依るかな。なんたって今はフレシシを救出しに行くんだ。デート気分じゃダメだろう」

「あ……うん。ごめん」

 

 そういえば、だけど。

 心を読み解く特技を持つチャルにとって、フレシシはどう映っているんだろう。

 彼女、普通に人間見下してるからその辺見抜かれたら仲良くなれなそうなものだけど。

 

「それで、有力な情報って?」

「えっと、私達奇械士には、自分たちの武器を調整してもらう調整屋さんがあるの。壊れちゃったらそこで新しい武器を買ったりもするところ」

「へぇ」

「そこの店主さんがね、昨日のお昼ごろにメイドの格好をした、フレシシさんの似顔絵にそっくりな人が来たって言ってて」

 

 フレシシが……人間の経営する店に? しかも奇械士関連の?

 自分から行くとは考え難いな。たとえ行ったのが本当だとしても、彼女なら、そのレベルの低さにため息を吐いて、なんなら毒でも吐いて去っていきそうなものだけど。

 

「それで?」

「それだけ」

「それだけかぁ……」

 

 有力な情報というから、どこかへ連れ込まれた、とか。どこかへ誰かと入って行くのを見た、とかかと思ったんだけどな。

 一応、アレキも見る。

 

「……私からは何もない。それと、これは私の名誉のために言うけれど、私も今『それが有力な情報?』って思ったから」

「ああ、うん」

「え、なに、どういうこと?」

 

 どうやらアレキも知らなかった事らしい。

 

 前々から述べているけれど、僕は全知全能じゃない。万能に近くはあるけれど、何がどこにあるか、とかをパキっと判別するような能力は有していない。

 感知範囲内に入れば朧気にはわかるんだけど、正確な場所は無理だ。

 となると、地道に足で探すしかなくなる……んだけど。

 

「……いや」

「フリス?」

 

 同時期に起きた事は、関連付けして考えるべきだ。

 即ち──僕が機奇械怪を使役する集団、NOMANSに襲われた事件と、フレシシの誘拐事件。

 これらが繋がっているのなら、なんらかの方法でフレシシにウイルスを飲ませ、フレシシを操って連れ帰った……という線を引っ張り出せる。

 というかそれくらいじゃないと無理だ。僕がさっきから「人間程度に捕まるなら捨ててしまっていい」という考えを浮かべているのは、何も薄情がゆえのみではない。それほどフレシシのスペックは高いのだ。やりようによっては彼女一人で地上の国を滅ぼせるくらいには、オーバースペックに作ってある。

 それを使いこなせない知能なら要らない、という意味で捨てる、と言っているけれど、まぁ、百万歩くらい譲ってオーダー種の汚染を受けたというのなら仕方がない。

 

「僕ね、昨日、襲われたんだ」

「……え、だ、誰に?」

「NOMANS。機奇械怪を使役する人間の集団。僕がクリッスリルグの息子だって知った上で近づいて来た」

「それ。殺したんでしょ、どうせ」

「アレキ!」

「……ふん」

 

 まぁ殺したけども。

 

「ほとんど同じ時間にクリッスリルグに纏わる二人が襲われてるんだ。下手人も同じだと考えて良いと思わないかい?」

「……まぁ、NOMANSなら犯罪者集団だし。協会にそっちを探してもらうのは、アリかもね」

「おや、協力的じゃないか」

「別に。フレシシさんは関係ないし」

 

 あぁ、なるほど。

 そりゃそうか。だって、アモルはアレキが壊したんだ。その時点でフレシシとアモルは繋がらないか。

 

「でもまぁ、それじゃあ遅い。二人とも、戦闘は任せても良いんだよね?」

「勿論!」

「戦えるクセに……」

「まぁ地上にいたからね、そこそこはできるけれど、現役の君達程じゃないよ」

 

 まぁ、まぁ、まぁ。

 NOMANSの拠点ならわかってるんだ。チャルに任せようか両親に任せようか悩んでいただけで、なんなら一人で潰すくらいの気概はあった。損得勘定でやらなかっただけで。

 

 そもそもNOMANSの名を騙った時点で僕の逆鱗を踏み抜いてはいるんだけど。

 

「行くよ、チャル、アレキ。こういうの、古い言葉でこう言うんだよね」

 

 ──カチコミだ。

 

 

 

 

 

 南部区画にある雑居ビル。

 ここ南部区画は他の区画に比べて開発が遅れていて、少しだけ治安が悪い。そんなところに学生の少女二人と男子一人だ、悪目立ちもするけれど、チャルもアレキも一目で奇械士だってわかる格好をしているので問題は無い。

 下卑た視線だけは止まらなかったけれど、手を出さば飛ぶだけだ。首と銃弾が。

 

「ここが……」

「なんでわかったのか聞いて、答えてくれるわけ?」

「NOMANS。かつてあった、とあるサービス会社の名前でね。僕はそこの製品が好きだったんだけど、ある日倒産してしまって、すべてなくなってしまったんだ。それが最近になって、同じ名を聞くようになって……だから調べたよ。ま、出てきたのは明らかに人道から外れた事をしている組織だったけど」

「調べたって……調べて出てくるものなの?」

「はは、アレキ。大抵の事はネットで調べれば出てくるものだよ。況してやこの狭いホワイトダナップの事なら、尚更にね」

「……」

 

 これ以上の説明はできないし、要らないだろう。

 自動ドアの入口は、しかし開かない。電源が入っていない。

 

「チャル、お願いしてもいい?」

「あ、うん!」

「ダメよ。撃ったら破片が飛び散って危ない。私が斬る」

「斬ったって同じじゃ……」

 

 アレキの刀が赤熱する。音は重なって二回。振るわれるのは四回。されどドアに変化なし。

 その自動ドアを、そっと。

 刀の柄で小突くアレキ。

 

 すると──小突かれた部分が奥へと倒れ、菱形の穴が開いた。

 

「ヘェ、凄いね。アレキは空き巣に向いてそうだ」

「どんな評価よ……」

「あぁチャル、気を付けて。ガラスの断面は鋭利だからね」

「フリスこそ、怪我しないでね」

 

 ナチュラルイチャイチャをアレキに見せつけて、暗い感情を煽って。

 

「悪い奴は大抵一番上か一番下にいるものだけど、今回はどっちだと思う?」

「二手に別れたらいいでしょ。上が私とチャル、下があなた」

「アレキ」

「う……。はぁ。わかった。私が一人で上に行くから、二人は地下に。上にいなかったら私もそっちへ行く」

「おや、いいのかい? 僕とチャルを二人きりに、だなんて」

「……何かするつもり?」

「イチャイチャしようかな、と」

「えっ!」

 

 アレキは……ふん、と鼻を鳴らした。

 

「デート気分じゃダメだって言ったのはどこの誰。とっととフレシシさん救い出して、帰る。デートは後日にして」

「あはは、了解。それじゃあアレキ、また後で。行こうかチャル」

「う、うん。……アレキ、怪我しないでね」

「大丈夫。大型機奇械怪でもいなければ、怪我なんてしないから」

 

 ──アレキ、知っているかい。

 そういうのフラグって言うんだよ。

 



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微笑みを浮かべる系一般上位者

 暗い地下を降りていく。

 ホワイトダナップはその性質上、地下というものを作るには様々な手続きを必要とする。この島は幾重もの層になっているので、倉庫区画や"秘密の区画"なんかに出てしまう可能性があるのだ。

 だからそうそうこんなに深い地下を作るのは無理なはず、だけど。

 

「……フリス」

「うん。人の気配がするね」

「わかるの?」

「地上にいた頃は、それができなきゃ死んでたから」

 

 地下一階は何も無かったが──地下二階。

 深度的にはまだ中層に入っていないものの、少しばかり冷えてきたその空間に、複数人の気配を感じた。まぁ僕の場合達人の言う気配を感じ取っているんじゃなくて、感知範囲に入った生命の存在を感じ取っているだけなんだけど。

 

「私が先に入る。フリス、」

「ああ、大丈夫。ああは言ったけど、人間相手ならある程度は対処できるよ」

「わかった」

 

 真剣な顔つきのチャルには悪いけれど、多分本命はこのフロアじゃない。何故ってフレシシがいないから。

 フレシシは……もう少し下だね。

 それじゃあ上には何があるんだって話だけど。

 

「っ!」

 

 一息でチャルが部屋に転がり込む。

 ……そして、息を飲んだ。

 

 暗い部屋だ。フロアタイルの敷き詰められた、部屋というよりは──独房に近い冷たさのある場所。いや、近い、じゃないか。

 部屋を区切るように嵌っている格子と、その中で襤褸布を纏い身を寄せ合う数人の男女。口には猿轡。

 僕やチャルを見る目は恐怖のソレで、彼ら彼女らの扱いも伺えるというもの。

 

「な……なに、ここ」

「誘拐してきた人間を入れておく部屋だろうね」

「なんでこんなこと……」

 

 恐らくというか十中八九この人間達は餌だ。機奇械怪に食べさせるための餌。要はウイルスの素。

 それにしても、牢が分けられているのは何か理由があるのかな。ふむ。人数の多い牢は餌だとして、人数の少ない……それも子供が二人入った牢は。

 特に目立った要素はない。体つきが良いとか、何かサイキック的なものを感じるとかもない。

 ふむ? 人間特有の意味のない男女への配慮とかかな?

 

「フリス、この鍵……」

「……うわ、これはまた古めかしいものを」

 

 パッドロック……対応する鍵じゃないと開かないタイプの、金属製の鍵。

 ダイヤルロックやデジタルロックさえも古風になりつつあるこの現代に、よくもまぁこんなものを持ってきたものだ。加えて雁字搦めの鎖、と。

 チャルが銃に手を伸ばさないのは正解だ。この人間達は凶器に対して強い恐怖を抱いているだろうし、パニックになられると面倒臭い。

 握り潰す、引き千切ることはできるけど、まぁチャルの前じゃやるつもりないし。

 

「チャル、今は」

「……うん。あの、ごめんなさい。今すぐに出してあげる事は出来ませんが、必ず助けます。これから上も下も、この会社の全部を壊してくるので……それまで待っててください」

「物騒だねチャル」

「フレシシさん助けに来ただけのつもりだったんだけど、ちょっと。……機奇械怪を使ってる時点で奇械士の攻撃対象だから、いいよね」

「良いと思うよ」

 

 絶対にダメだけど、良い。

 本来は警察に言うべきだけど、知らない。人間の法律はまだ勉強してないからなぁ。

 

「じゃあ行こうか、チャル」

「わかった」

 

 何か言いたげな──けれど、助けを求める体力はない、といった様子の男女を背に。

 僕らは地下二階を出て、地下三階へと進む──。

 

 

+ * +

 

 

「……ぁえ?」

 

 フレシシは目を覚ました。

 いつの間にか、なんらかの液体の満ちた球体の水槽の中に入れられている。今の今までの記録(意識)がない。あとメイド服も無い。

 機奇械怪たる肉体を覆う皮膜(スキン)を見られたところで羞恥など欠片も無いが、人間の多い場所で衣服を着ないと騒ぎになるのは常識なので、思わず身体を隠して。

 

 周囲を、ようやく見た。

 

「おお……可哀想に、目を覚ましてしまったか」

「眠っていれば……起きた時には全てが終わっていただろうになぁ」

「まぁ、良いのではないか? 造り替わる苦しみに藻掻き叫ぶ少女……中々オツだろう」

「……変態め」

「汚らわしい」

「誰かコイツをつまみ出さんか」

 

 周囲、十数人の男女。

 それがフレシシの入った球体を囲うようにして座っている。

 

 何かどうでもいいことを喋っている人間を無視して、フレシシは周囲の液体を舐めてみた。すぐに解析が始まり──これが、不活性状態の動力液であることを知る。

 動力液。つまり、動力炉の中にある液体のことだ。これが活性状態にある場合、動力液は入って来たものからエネルギーを取り出し、機奇械怪にそれを供給する。人間の胃液のようなものだ。活性、不活性を切り替える事で、エネルギーを取り出さずにとっておく事も出来る液体。

 それに己が漬けられている。

 うーん、とフレシシは悩む。

 フレシシは機奇械怪である。ゆえ、その身に生体パーツなど一つもない。皮膜だって生体パーツではないのだから、強いて言えばフレシシの動力炉に生体が詰まっているとは言えるだろう。それこそさっき食べた暴漢達が。

 それが狙いなのでしょうか、と悩んで。

 

 答えが出ないので、聞くことにした。

 

「あの」

「……今のは誰だ?」

「見間違いでなければ供物が喋ったように見えたが」

「馬鹿な。肺まで神の髄液で満たされているのだ。喋れるはずが……」

「あの、私に何用でしょうか? このような無意味な事をして……ええと、遺体を返してほしいということであれば、申し訳ありません、全て消化してしまったので、今は肉片しか」

「装置を起動しろ。会話を交わすと情が芽生えかねん。何より、無知な顔つきが苦痛に変わっていくところを見るのが好きなのだ。この子に情報を渡してはならん」

「起動には同意するが貴様はこの場から出ていけ。神聖な儀式に変態は要らん」

 

 答えは返ってこなかった。

 代わりに、フレシシの周囲が明るくなる。ライトアップされ──そして、ボコ……と。

 動力液の活性化が始まったのがわかった。

 

「えーと、私を動力源にする気……ということでしょうか」

「ふふ、お嬢さん。そんな勿体の無い事をするわけがないだろう。──名前も知らないお嬢さん。今から君には、神になってもらうのだよ」

「お前が一番喋っているじゃないか」

「はあ。神、ですか……」

 

 何を言っているんだろう、と。

 フレシシはハテナを浮かべる。その間にも動力液の活性は強くなっていって、既に有機生命を蝕みエネルギーを抽出できる段階になっている。

 が、当然フレシシには効かない。あるいはプレデター種の動力炉に存在する融解液であれば少しくらいはダメージも入ったかもしれないが、ただの動力液でどうこうなるフレシシではない。

 

 しかし、それに対して「どういうことだ」と騒ぐ人間はいなかった。

 

「さて──始めよう。神を降臨させる儀式を!」

 

 変態だの汚らわしいだのと罵られていた男が両の腕を上げる。

 伴い、罵倒を浴びせていた十数人の男女がぶつぶつと何かを呟き始めた。

 

 そして──動力液の満ちる球体の中に、何かが転移してくる。

 真白の光を纏うそれが、二つ。一応転移に巻き込まれないようフレシシが場所を移動する。

 

 ……しようとした。

 

「あれ……」

「ククク……動けない事に驚いたかね? その液体は神の髄液。活性と同時にゼリー状に固まり、半固体となる。従来の獣の髄液には無い特性だ。ククククっ、いいぞ、いいぞ、その顔……! 一糸纏わぬ少女が困惑した顔で固まっていくその様……!! 最高だ!」

「誰かアイツ撃ち殺してくれないか」

「気持ちが悪い」

「ん-、君達詠唱に集中したまえ」

 

 間に合わない。

 男の言う通り、腹部付近までを固められてしまったフレシシはもう、転移の巻き添えを食らうしかない。

 場所は両腕。

 よってフレシシはすぐに"対処"をする。

 フレシシは機奇械怪だ。別に両腕を失った所で停止することは無いが、その『固まる動力液』が体内に入ってくる事が問題だと判断。

 よって両腕から皮膜(スキン)の一部を回収し、肩口に展開。その後、両腕をパージ。これにより、まるで元から両腕の無かったボディであるかのように振る舞える。

 加え、両腕に接続されていた操作系機械神経を他の場所に繋げ──転移に巻き込まれる前に、己が両腕を隠れ家へと転移させる。

 一瞬走った赤雷には、誰も気づいていないらしい。

 

 そして現れる。

 機奇械怪だ。──人間を侵蝕中の機奇械怪が、二体。翼あるハンター種と、なんらかのオーダー種。

 

「ああ神よ! 今ここに、その身を()ろしたまえ!!」

 

 ザァ、と。

 両脇の機奇械怪から毒々しい粘液が伸びる。融合時によく見られる光景だ。

 その粘液はフレシシの身体にベタベタと張り付くと、すぐさま融合を始めた。

 

「……」

 

 始める、予定だった。

 

「……あの、別に私弱ってないので。融合、しませんよ?」

「な……なに? ありえない、ただの人間が神の御手に逆らえるわけが……!」

「活性だ! 神の髄液の活性をもっとあげろ!」

「そもそも何故言葉が発せている? あの供物の身体は口から喉、胃や腸に至るまで固まっているはずだ!」

 

 今度こそ動揺が広がっていた。

 あり得ない事だったらしい。フレシシからしてみれば、互いに合意の無い機奇械怪が融合するなどフリスの手以外ではありえないので、何をやっているんだか、という印象でしかないが。

 

「……うーん。これ以上は無さそうですね」

 

 フレシシは人間が好きじゃない。

 だけど、未知は解明したいと思うタイプだ。だから神だのなんだの言う人間に、動力液を改造した人間にちょっと付き合っていた。

 それもそろそろネタ切れと見切りをつけて。

 

「まぁ、融合して欲しいというのなら、いいですよ」

 

 両脇の肉塊と金属の混じった塊を見る。

 巻き込まれた、供物にされたのだろう機奇械怪に同情を覚えつつ──既に意思のない彼らを取り込み始める。肩口から取り出すのは、先ほどベタベタと体に纏わりついた粘液ではなく──無数のマニピュレーター。極細のソレは両脇の機奇械怪を掴み、少しずつその形状を変形させていく。

 フレシシは原初の五種の全てを持つハイブリッドな機奇械怪だ。

 だから当然、他の機奇械怪を積極的に捕食するプレデター種の特性も持っている。

 

 グチャグチャと不快な音が部屋に響く。先ほどまで詠唱とやらを呟いていた十数人の男女も、フレシシを見て興奮に鼻孔を膨らませていた男も、ぽかん、とした表情で彼女を眺めるだけ。

 フレシシから出たマニピュレーターは見るも無残な機奇械怪を分解し尽くし、そして──己が腕へと再構成していく。

 先ほど自らパージした腕。それと同等とは行かずとも、見た目だけ寄せたものを。

 固まる動力液を体内に入れないように注意しながら、上膊を、下膊を、そして手首、手を、と。

 

 ある意味。

 その光景こそが、神の御業にも見えた事だろう。

 腕を失った人間が、自らの力でそれを再生させる。そんなことが単なる人間にできるはずないと。

 

 祈る者がいた。拝む者がいた。

 神の降臨は成功したのだと。

 震える者がいた。腰を抜かす者がいた。

 別のモノを呼び出してしまったと。

 

 そしてトップらしい男は──。

 

「……まさか貴様、機奇械怪か?」

「今更ですねぇ」

 

 フレシシが、固まり、動けないはずのフレシシが、男に手を向ける。

 瞬間自らの机の下に隠れる男。

 

「おや、サイキック種の対処法を知っていましたか」

「フ──ククク、成程成程成程成程!! 誘拐部隊の惨殺現場で意識を失っていた時点で少しはおかしいと思っていたが、成程! 奴らを食ったか、機奇械怪!」

「おい変態、何を言っている! 何が起きているんだ!」

「神は降臨したのか!? 我々の悲願は──」

「そこまでです!!」

 

 この部屋に通ずる唯一の扉が吹き飛ばされる。

 転がり込んできたのは、二丁拳銃を構える奇械士。そして。

 

「──やぁ、フレシシ。元気そうで何よりだよ」

「フ──リス」

 

 その笑顔に。

 フレシシは、かつてない恐怖を覚えた。

 

 

+ * +

 

 

 地下三階の扉を開けたら、球体の水槽の中に服を着ていないフレシシがいて、それを囲うように人間がたくさんいた。

 

「フレシシさん! 助けに来ました!!」

「チャル、君は周囲の人間を相手にしてくれるかい? 僕はこの装置を止めてみるよ」

「うん……え? そんなことできるの?」

「あはは、まぁ見ててよ」

 

 興味深い。

 いや、装置のつくりは一瞬で看破したし、フレシシが浸かっているものが何なのかも理解したけれど、興味深いと思ったのはそれを昔見たことがあるからだ。

 

「奇械士……!」

「な、何故この場所が!?」

「たかだか少女一人だ! 機奇械怪を呼べ、数で圧殺してやる!」

 

 周囲の壁から多くの基本ハンター種が出てくる。まぁチャルがやってくれるだろう。

 

 にしても、中央の装置。

 アレは確か、既に滅びた国ネイトの……黒魔術。その正体は"毒"で、人間に扱えるものではなかったんだけど、それが神だのなんだのを呼び寄せるに違いないと信じた人間達が、機奇械怪と人間を生贄に大型機奇械怪を作ろうとしていたんだっけな。"毒"を以て融合種を作る、みたいな感じで。

 まぁできるはずもなく。

 時の英雄が悪事を暴いて、けれどその国の政府にまで根を伸ばしていた黒魔術派と英雄の派閥で国が二分。当然外からの機奇械怪の脅威も消えないままに、黒魔術派が鹵獲した機奇械怪を国で暴走させて、最終的に英雄と相打ちになってネイトは滅びた。

 50年くらい前の話だけど、生き残りでもいたのかな?

 

 さて、じゃあ装置を……まぁ止めなくてもいいか。壊そう。

 

 こう、中身をぐちゃっとして。どろっとさせて。

 プラス、球体を支えている足を念動力で割断して、と。

 

「ちょ──」

 

 ゴトリと落ちる水槽。ガラスは割れ、中の液体が零れだす。

 ただし零れだしたのは上部のみ。具体的にはフレシシの上半身までが液体として外に出て、下半身は固まったまま。

 成程、動力液にそういう事をしたのか。薄まっちゃうから勿体ないと思うけど、どうなんだろうね。

 それに、さっき感じた転移の気配は……。まぁ、言及しないでおくべきか。

 

「……やぁフレシシ。無様だね」

 

 チャルは戦闘中だから聞こえていないだろう。素直な感想を彼女に与える。

 

「えっと……フリス。これには事情がありまして」

「知っているよ。それで、それが君というスペックをそこに縛りつけている言い訳になるのかな」

「出──出ます、今すぐに!」

 

 何か焦っているようだけど。

 僕はまぁ、嬉しさ半分失望半分ってところかな、今の感情は。

 嬉しさは、彼女が今言い訳をしようとした事だ。彼女は基本僕に逆らわない。嘘もつかない。欲しいものは欲しいと言うし、嫌いなものは嫌いという。面倒だと思ったらちゃんと面倒だ、ともいう。

 フレシシがそうであるのは、結局のところ、僕が怖いからだ。

 僕に逆らえば、フレシシ程度一瞬で死ぬ事を、破壊される事を、彼女はよく理解している。だから逆らわない。嘘を吐かない。

 

 それが今、言い訳をしようとした。

 

 ()()()()()

 別に人間になってほしい、とは思っていないけどね。自ら僕に歯向かえるようになることは、良い事だと判断できる。

 

 失望したのは、単純に何をやっているんだか、という失望。

 彼女はまだ自身の動力炉内にウイルスが埋め込まれている事に気付いていない。僕が無様だと言ったのは彼女がそんな恰好で捕まっている事に対してじゃあないんだ。無様にオーダー種の干渉を受けて、それを思い出せない、思い至れない事に無様だと言った。

 今、サイキックを使ってこのゼリーから抜け出している彼女。フレシシ。

 

 さて、天秤だ。

 フレシシは僕が作った機奇械怪。全体に還す予定は無い。つまり、全体に影響しない入力を溜め込んだ機奇械怪であると言える。

 だから、要らなければ破棄すればいい。もう一度似たものを作り直せばいい。材料が目の前にあるんだ、もう一度同じものを作るのは容易い。

 

 が。

 

「あの……その、ええと」

「珍しいね。君が言いよどむなんて。──何か、僕に言う事でもあるのかな」

 

 言いよどむ。

 これもだ。僕に嘘を吐かないフレシシが言い淀むのは、己が失敗したと理解していて且つ、それが僕に失望されるものだと理解しているため。

 理解しているから──明確な答えを出さないで、なんとか切り抜けようとしている。僕が怖いのに。僕に逆らえないと知っているのに。

 

 ──うん。

 嬉しさが、半分を超えたかな。

 

「申し訳、」

「いや、いいよ。君は今、一つの価値を獲得した。だから安心するといい」

 

 フレシシが誕生したのは、今から321年前。

 原初の五機の製造から22年後となるその日に、僕は一枚のオールドフェイスを生成し──フレシシを創り上げた。

 そこからここに至るまでに……フフ、少し楽しみだ。

 彼女が何かを画策しているのはわかっている。さっき転移先も知ってしまった。だけど、そこに行くことはない。

 何故って楽しみだから。

 恐怖に震える彼女が、逆らえないがゆえに付き従う彼女が──僕にどんな反旗を翻してくれるのか。

 

 ワクワクしないはずがない。

 

「フリス、フレシシさん!」

「あぁ、チャル。……と。もしかして、もう全員倒したのかい?」

「あ、うん。戦える人ほとんどいなかったから、全員拘束したよ。ハンター種はキョロキョロしてるだけだったし」

「そうかい。じゃあチャル、拘束した奴から適当に衣服を貰ってきてくれないかな。フレシシをいつまでもこの格好にさせておくわけにはいかないからね」

「わかった!」

 

 さて、これにて一件落着だろう。

 流石にチャルの目を掻い潜って動力炉を、というわけにはいかないので、それは帰ってから、ということで。

 

 あ、そうだ。

 アレキ、大丈夫かな?

 

 

 

 地下にいた男の一人が持っていた鍵。

 それはやはり、地下二階の牢のパッドロックを開ける鍵だった。

 彼ら彼女らを解放し、じゃあ上へ……と行こうとして。

 

 それはもう、ズシンズシンと揺れる地上の震動音に、何が起きているのかを察することになる。

 

「チャル。任せてもいいかな」

「うん。奇械士だもん。任せて!」

 

 言って地上に出ていくチャル。

 アレキの声も聞こえて、そしてチャルとアレキと震動音が段々と遠ざかっていくのがわかった。

 

「それで、フリス。この人たちはどうするんですか?」

「警察に引き渡すよ。それで元の家に帰すんだ。……なんだい?」

「いえ、フリスがそんな殊勝な事を言うのが珍しくて」

 

 いつもの調子が戻って来たフレシシ。

 ふむ。

 

「君に任せる──と言ったら、何をするのか、教えてくれるかな」

「それは勿論」

 

 

 

 

 事情聴取なんかを含め、全てが終わったのは夜だった。

 ホワイトダナップ上に大型機奇械怪が現れたということで、奇械士総出となった結果、当然現場に両親も来て。両親には子供たちだけで行った事を叱られ、また抱き締められて、フレシシも抱き締められて。

 

 ようやく二人が寝静まった夜のこと。

 

「さて、フレシシ」

「はい?」

「仕上げだよ」

 

 言いながら──その胸に、腕を突っ込む。

 

「……ぇ?」

 

 何が起きているかわからない。

 そんな顔のフレシシを余所に、彼女の身体から引き抜くは動力炉。サブ、非常用のものも含めて、全て。その黄緑色に怪しく光るソレを彼女から取り外せば──簡単に。

 

「ぁ、え、……い、ゃ……」

 

 フレシシが崩れ落ちる。全身から活力が消え、口や目は半開きの状態で、壊れたドールを思わせる格好で、床に。

 ……一応のお仕置のつもりだったけど、これ余計に恐怖を植え付けたかな?

 

「……しかし、なんだこれ。この動力炉、百世代は前の材質を……。そりゃ効率も悪いよ。はぁ、なんで機奇械怪って互いに互いの学習をしないんだろう。今の地上の機奇械怪だってこんな材質の悪い動力炉使ってないって。……これじゃまぁ形状変えようが何しようが効率化なんて図れたもんじゃない」

 

 引き抜いた動力炉から動力液と、そしてウイルスの素になったのだろう肉片を取り出す。

 空っぽになったそれ。このまま再生成した動力液を入れてオールドフェイスを入れて、とするのもいいんだけど、まぁ、彼女は価値を獲得したからね。

 ご褒美くらいはあげても良いか。

 

「もう少し。もう少しだと思うんだけどなぁ。ね、フレシシ。君、そのままだとピオに抜かされちゃうよ? 彼女は古井戸のためなんだろうけど、かなりチューンアップしてた。動力炉もだけど、その機能も。君より遥かに劣るスペックで、けれど君に迫ろうとしている。それに気付いているかい? 君はピオを見下してはいないかい? 自身の生み出した、けれどデッドコピーだと」

 

 意識の無い、動かないフレシシに問いかける。

 手の中に生成される新たな動力炉。フレシシの使っていたものよりエネルギー伝導率が高く、丈夫で、薄く、且つ貯蔵容量の多いもの。

 フレシシは自身を特別だと思っている。実際特別なんだけど、でもそれだけだ。

 特別なだけじゃ、僕の願いは叶られない。何かを企てているのは知っているけれど、それが何であれ、フレシシという機奇械怪が新たなステージに立つものでないのなら意味が無い。フレシシはフレシシという小さな箱庭で、自己改造の極致を経ての進化をさせる。そのために手元に置いているんだから。

 

「人間は試行錯誤をするよ。今日のNOMANSだってそうだ。君が言っていた、主犯格と思われる男。いつの間にかいなくなってたっていう人間。警察の尋問を傍受したけど、装置を作ったのも計画を企てたのもほとんどその男なんだってさ。凄いと思わないかい? 計画は杜撰も杜撰、贄に選んだのは機奇械怪である君だったけど、その行動力は君が見習うべきものだよ。やりたいことをやるために、世間も機奇械怪も恐れることなく行動し、完成にまで漕ぎつけた。更には保身も考えていて、僕やチャルという脅威が来る寸前に逃げている」

 

 英雄ではないが、価値ある人間だ。

 NOMANSを名乗った時点で、可能な限りの苦痛を与えて殺そうと思っていた僕が、こうも手のひらを反すくらいには。

 機奇械怪。既存有機生命にない、新たな形の存在。

 既存生命を食さなければ生きていけない不完全な存在。

 

「うーん。やっぱりそろそろなのかなぁ。チャルとも付き合い始めたわけだし……そろそろ」

 

 動力炉に動力液を満たし、メイン、サブ、非常用にそれぞれオールドフェイスを一枚ずつ入れて。

 

「──僕が死ねば、全部が大きく動く頃合い……だよね」

 

 フレシシの身体に動力炉を戻す。

 エネルギー供給により再起動を始めるフレシシ。その目の前にしゃがみ込んで、彼女が一番苦手な微笑みを浮かべて待っていれば。

 

「……。……? ……──ひ」

「あはは、おはよう、フレシシ。気分はどうかな」

 

 何が起きたのかわからない。そんな顔から一変、僕を認知し──短い悲鳴を上げて。

 

「さ……最悪、ですねぇ……」

「うん、それは良かった。それじゃあ僕は家に戻るから、落ち着いたら上がって来るんだよ」

 

 彼女の顔を見て、理解した。

 頃合いだ。

 フリス・クリッスリルグはそろそろ死ぬべきだ。キューピッドもね。

 

 チャル、アレキ、母アリア、父ケニッヒ、そしてフレシシ。

 彼ら彼女らは時代を動かす波になれる。そしてその起爆剤は僕にある。

 

 事件を起こそう。

 そして僕が死んで──愛や怒りを爆発させよう。

 ホントの英雄を生むには古来、親しき者の死が必要って決まっているからね。

 

 そうすればアレキとチャルも、どこかぎくしゃくした青春友情ラブコメアクションストーリーに入れるはずだ。僕という存在の死を無視できない、忘れられない、けれど寂しさからアレキを求め、アレキはまたも罪悪感に苛まれ。

 うんうんうんうん。

 ならば準備をしよう。今回ばかりは、入念な準備を。

 

 是非、是非、是非とも。

 人間の輝きを。

 ……次の僕にフレシシが付いてこられるかどうかは、彼女次第、かな?

 



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討伐される系一般上位者

 アレキに言われた通り、後日となったデートの日。

 8月31日。僕の命日となる日だ。

 

 さて、ホワイトダナップには様々な娯楽施設が存在する。

 土地が有限である遊園地だとかスタジアムだとかは建設できないのだが、複合施設として映画館だとか博物館だとかは存在し、それなりに盛況だ。

 だから当然そういう所に行くんだろうな、と思っていた。

 

 けど──。

 

「ふぅ、涼しい……」

「ここは……なるほど、舵の直上なのか。だから空き地になって……」

 

 小高い丘。

 勿論自然物ではないけれど、ここまで建造物の無い場所も珍しい。芝生が敷き詰められ、誰もおらず、それでいて樹木の一本生えた場所。周囲には巨大ビル群──北部区画のビジネス集中区画──があるためにホワイトダナップ側への見晴らしが良いとは言えないけれど、その分外側は良く見える……そんな場所。

 そこへシートを敷いて、座っていた。

 

「……奇械士になってから、ずっとドタバタしてたから。こうやってのんびりするの、すっごく久しぶり」

「だろうね。……チャル、今聞くべきことではないけれど、今更な質問をいいかな」

「なぁに?」

 

 青い空。眼下に広がる白い雲。エルメシアのシールドフィールドのように外界と内側を遮断するものではないけれど、ホワイトダナップ内部に十分な酸素を留まらせるための薄膜が陽光を受けてキラりと光る。

 

「奇械士になったこと。後悔してないかな、って」

「……ホントに今聞く事じゃないね」

「あはは、ごめん。でもこういう時しか聞けないからさ」

 

 チャルはホルスターから銃を取り出す。

 取り出して、こてん、と後ろに寝っ転がって。

 

「してないよ」

「そうかい」

「……フリスは、どうなの?」

「どう、って?」

「フリスもそういう未来はあったでしょ。地上で戦ってて、アリアさん達に拾われて。そこからそのまま、奇械士になる未来もあった。アレキや私よりも早くに」

「無かったよ。僕は奇械士になるつもりが欠片も無かったからね」

「……ずっと聞いてなかったけど、それはなんで? ああ、ううん、言ってたっけ。もう死が隣人の世界には戻りたくない、って」

 

 確かに言った。

 けれどあれは方便だ。

 そうだな。これからチャルは悲しみに沈むことになる。彼女なら立ち上がってくれることを僕は願っているけれど、何か未練となるものは必要だろう。

 少しだけ開示するのもありだな、と。

 

「本当はね、チャル」

「うん」

「機奇械怪を殺したくなかった──なんて言ったら、怒るかな」

「怒らないよ。でも、それが嘘……というか、本当の事じゃないのは、わかる」

 

 ──……。

 

「……敵わないね。まぁ、そうだ。本当は、機奇械怪を相手にしたくなかった、が正しいか。地上を征く機奇械怪。餌を求めてホワイトダナップに上がってくる機奇械怪。人間に使役される機奇械怪。とかく、僕はそのどれとも対峙したくなかった」

「それは、なんでなの?」

「難しいな、その答えは。僕はね、機奇械怪と関わり合いになりたくないんだ。彼らは生きている。一個の生命だ。だから──僕みたいなのから、変な影響を受けてほしくない」

「うーん……よくわかんない」

「だろうね」

「でも、フリスだって一個の生命だよ」

 

 流石にチャルの特技を以てしても、真実にまでは辿り着けない。まぁ彼女のそれはあくまで「相手の大切なものがわかる」程度のものだ。心を読むとか、言葉の真意を測るもの、ではない。

 あるいは育てば、立派な淨眼とでも呼ぶべきものになるんだろうけど。

 

「僕は、人とは違うよ。チャルとも違う。……気付いているんだろう?」

「……デートだもん。好きな男の子との、デート。今は難しい事全部忘れて、好きな人と一緒にいる。それじゃダメ?」

「ダメ、みたいだ」

 

 パチッと。

 僕の肩で、()()()()()

 

「フリスは……やっぱり、キューピッド、なんだ」

「アレキに聞いていたかい?」

「うん。でも、告白した時にね、ほんとは、わかってた。そうじゃないって否定したいのに、私の気持ち以外の全部がそうだ、って言ってた。フレシシさんが誘拐された後から、アレキ、フリスに対してキューピッドだーって言わなくなったでしょ?」

「ああ。なるほど」

「うん。『わかってるから、言わないで』。『もう少し待って』って。言ってたんだ」

 

 十日間。

 たった十日間だ。だけどその間、今日のデートに至るまで、僕とチャルは恋人同士だった。

 ……もう少し計画実行日を遅らせても良かったかもしれないな、なんて。

 泡沫。

 

 ま、それでもフリスという存在が棘になるように調整はしてきたんだけどね。

 

「もうすぐ、僕は僕じゃなくなる。だからその前に、真実を話しておきたい。聞いてくれるかな、チャル」

「それは……どういう」

「君の言う通り、アレキの言う通り。僕はキューピッドだ。そしてフリスという人格は、キューピッドがホワイトダナップに潜伏するために生み出した仮初の人格に過ぎない」

 

 僕は頭が良くない。作家の才能もない。

 だから、どんなシナリオを描いたって三文小説になるのは目に見えている。だったらいっそ、王道も王道を突いてみるのが良いと判断した。

 

「作られた人格である僕じゃ、キューピッドは抑えきれない。ごめんね、本当は覚えていたよ。身体が動かせるわけではなかったけれど、ダムシュでキューピッドがやったこと。君と相対し、交わした会話の内容。アレキも随分と困らせてしまった。彼女へはキューピッドがちょっかいを掛けたがってね。……ああ、いや、彼女の前で出す話じゃないか」

 

 立ち上がる。

 壊れかけのブリキのおもちゃみたいに、よたよたと歩いて。

 

「お願いだ、チャル」

「……それは、嫌」

「キューピッドは機奇械怪じゃない。それは前に教えた通り。だからモード・エタルドは効かない。けれど、もう一つのモード……テルラブじゃない、もう一つなら、キューピッドを殺せる」

「やめて」

 

 あまりに使い古された手法。

 新しさの欠片も無い展開。

 だけど、当事者であるチャルにはよく効くだろう。

 

「モード・ティクス。──それは生物を絶死させるためのモードだ。生物と機奇械怪。その両方に致命的なダメージを与えられてこその武器。ソレの名前は知らないと言ったね。あれも嘘だ。その銃の本当の名は──」

 

 上空。

 そこに、無数の、数えることも億劫になる程の量の白い球体が出現する。

 赤雷を纏う白。転移光。

 

「オルクス。死を意味する名だ」

「──!」

 

 そして、降臨する。

 ああ、あるいは、その形を神と表現する者もいるのだろう。天使と見るものもいるかもしれない。

 

 不出来なヒトを模した胴体を持つ、金属の翼を持つ機奇械怪。

 特異ハンター種キューピッド。僕になる前の機奇械怪。

 

 僕の身体が浮き上がる。体中を走る赤雷はその頻度を増し、その度にうめき声を上げる。

 

「さぁ、チャル。僕を撃つんだ。さもなければ、今この場に現れた万を超える機奇械怪。それがホワイトダナップを襲う。融合オーダー種キューピッド。司令塔さえ消してしまえば文字通り烏合の衆だ。だけど僕がいる限り、あの機奇械怪はこの島をめちゃくちゃにするだろう」

 

 チャルは。

 

「……撃てないよ」

「撃たないと、多大な被害が出るよ」

「だって……わかるもん。フリスがまだ、私を、大切だって思ってくれているって」

 

 ……想定は越えず、か。

 撃てない事はわかっていた。心情もそうだけど、彼女はその特性から、僕という存在が変わっていないことがわかってしまう。だからこそ撃てない。

 僕のこのキューピッドへの変質が演技だと見抜けるからこそ──(キューピッド)を討つことができない。

 

「そうかい」

 

 顔を侵蝕するように、鳥の仮面が覆っていく。

 巻き付くように、縛るように、赤茶けた布が全身を覆っていく。

 

 いやぁ、どうかなこの演出。

 十日間、頑張って考えたんだけど……それっぽいかな?

 僕からの評価をするなら、「お金を払ってでも見ない事を選ぶくらいベタ」なんだけど、チャルは純粋だからね、ちゃんと──ちゃんと悲しんでくれているようで何より。

 

「それじゃあ"そこまで"が、君の価値だ。チャル・ランパーロ」

「!」

 

 最後に大きく赤雷が弾けて。

 

 ──そこにいるのはもう、キューピッドだった。

 

「フリス!」

「あぁ、何かな、チャル」

 

 仮面を持ち上げて、にこやかに。

 チャルに言われた通り──試練を与えるものとして、逆風を意識して。

 

「違う、キューピッド……」

「うん。わかったのなら、もういいね。ダムシュの続きだ。頑張って欲しいな、最新の英雄」

 

 僕も機械の翼を生やす。

 それをはためかせて、高く高くへ上がっていく。

 

 彼女を振り返る事はもうない。

 ただ、立ち尽くすに過ぎなかった彼女が、オルクスをぐっと握りしめ、丘を降りて行った事はわかった。

 それでいい。

 

 僕は上空のキューピッドの群れに合流し──ホワイトダナップ中の電子機器をクラック、映像とスピーカーをジャックして、言葉を発し始める。

 

 アナログな手法だけど、カメラを持たせたキューピッドを前に来させて、と。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 ──"元気にしているかな、ホワイトダナップの諸君"

 

 お昼時。

 それはホワイトダナップ全土に響き渡る。

 端末で作業をしていた者は突然映った少年に驚いただろう。仮面を被り、顔の半分を隠した少年。

 偉そうで、尊大で。

 

 どこか……悪意の隠しきれぬ声の少年だ。

 

 ──"僕の名前はキューピッド。今日、君達に絶望を引き合わせに来た者だ"

 

 一部の人間はガタっと立ち上がる。その名に覚えがある奇械士だ。

 一部の人間は端末に釘付けになる。その顔に覚えのある者達だ。

 

 ──"気付いていないのなら、空を見ると良い。どうかな、この大空を埋め尽くす黒が、目に入っただろうか"

 

 空。上空。

 ──ホワイトダナップの薄膜が色を変えたと錯覚する程の、機械の大群。

 

 ──"悪意の贈り物(プレゼント)だ、諸君。かつて地上にあった皇都フレメア。そこから空へと抜け出した特権階級の人間達。165年前に捨て去られ、忘れ去られた『そうではなかった者達』からのプレゼント、とくと味わうといい"

 

 誰かが息を飲む。

 それは政府に纏わる者。高い地位にあり、歴史を知っている者。

 ホワイトダナップ。

 純潔を着飾る者達(ホワイトダナップ)が、かつて蔑称であったことを知っている者達が。

 

 ──"そして、親愛なる奇械士諸君。ホワイトダナップの人命は君達の手にかかっている。今更言うまでもないとは思うけどね。どれだけ死ぬか、どれだけ生き残るか。はて、さて、それじゃあそろそろ始めようか"

 

 武器を握りしめるは奇械士。

 既に避難誘導は始まっている。だが、どこに避難する。空を埋め尽くす機奇械怪。どこへ行けば逃れられる。

 

 否、否。

 無理だ。あれは、無理だ。どこへ居ても、どこへ行っても、あれは地の果てまで追ってくるだろう。

 

 ──"輝きを見せてくれ、人間。僕らから全てを奪ったその輝きを!"

 

 それを境に、電子機器は通常を取り戻す。

 ああ、けれど、上空の機械は消えていない。

 

 パニック。突如訪れた死の恐怖がホワイトダナップを包み込む──。

 

 

 

 

 

「ケニッヒ、今のは」

「……ああ。フリスだ。顔は、だが……ああ、当たって欲しくない事程当たるもんだな」

 

 奇械士協会。

 そこに三人はいた。アリアとケニッヒと、そしてアレキ。

 

「その……心中お察ししますが、フリスは……」

「ま、想定していた解の最悪だったってだけだ。背丈が似てたってだけで十分疑う理由になる。……それを疑うのは止めてと、アリアから止められてたけどな」

「……フリスとキューピッドは、背丈以外の何もかもが違ったから──怪しい、って。こんなこと、親が思っちゃいけないってわかってるのに、奇械士としての勘がずっと言ってたの」

 

 アレキが心配していたより、二人は落ち込んでいなかった。厳しい顔はしていたが、ショックを受けた様子はない。

 可能性として置いていた。

 だから、耐えられる。

 

 果たしてどんな心境だったのだろうか。

 仲間を殺した敵が、我が子であるかもしれない、なんて。それを考えた上で、家族で在り続けるなんて。

 

「さて、んじゃ出動するぞ。一人でも多く救うんだ。そんで、全員生きて終わらせる。いいな!」

「……はい」

「アレキ、あなたはチャルちゃんを探しに行って。タッグだもの、二人揃ってこそでしょ?」

「すみません。ありがとうございます」

 

 その許可が必要だった。

 だからそれを聞いた瞬間、アレキはアリアに礼を言って、疾風が如き速度で協会を出ていく。デートスポットがどこなのかは聞いていた。「ついてきちゃダメ」だと念押しされていたからついて行かなかった。

 その場所へ、一直線にアレキは駆けて行った。

 

「……アリア、行けそうか?」

「わからない。頭ではわかってるのに……手が震えて」

「じゃあ、ここに残るか?」

「ううん。……その可能性を考えて、それを認めなかったのは、私だから。終わらせるのも……私じゃなきゃ」

 

 二人は己の武器を取り、立ち上がる。

 

「なんだ。非行に走った息子をぶっ叩いて目を覚まさせる──って名目がいいか?」

「そうね。少し遅めの反抗期」

 

 協会を出る二人。

 そこへ急襲するキューピッドがあった。

 けれど二人は構えることさえなく──キューピッドは割断され、その身に無数の穴を開けて、破壊される。

 

 数える事も億劫な量の特異ハンター種キューピッド。

 丁度いい足場だ。

 二人は、二人で。

 政府塔の遥か上空でホワイトダナップを見下ろす彼のもとへ向かう──。

 

 

 

 

 聞いていない。

 それがフレシシの率直な感想だった。

 聞いていない。明かされていない。

 こんな大規模な侵攻をすることも、フリスとキューピッドが同一であることを、こんな大勢に知らせることも。

 買い出しに出ていたフレシシは、けれどその買い物袋を落とし、自らの記録(ログ)を漁る。

 

「っ、彼我の力の差くらいわかってくださいよ……!」

 

 この。

 恐らくこの日のために作られたのだろう、見たことの無い種の機奇械怪も。何故かフレシシに襲い掛かって来るそれらも、何も知らない。

 機奇械怪(どうほう)に手を掛けたいとは思っていないのに、襲ってくるから殺すしかない。

 この劣化キューピッドからは意思が感じられない。完全に統制されている。

 統制しているのは勿論、彼だろう。

 

「フリス……私は、捨てられたんですか……?」

 

 もしそうだとしたら、決め手はわかり切っている。

 不要になること。それは──恐ろしいことだ。

 

 フレシシは考える。反意を見せすぎたのだろうかと。メーデーの事に始まり、その前も様々な事をフリスの前でしてきた。隠すことの方が怖いから、堂々と。それが、溜まりにたまったそれが、決壊したのだろうか、と。

 違う。フリスはそれに怒ることはない。

 ならばやはり、無様を見せすぎたか。機奇械怪の進化を願うフリスの前で、人間に捕まる、なんて無様を晒した。それがフレシシを不要と断ずる結果になったのか。

 

 ──ふと、フレシシは気付く。

 

「……無い。無い。無い……嘘、消去されて……っ!?」

 

 フリスに関する記憶。記録。

 無い。フレシシの記憶領域から、フリスに関する()()()()()が消し去られている。日常的なことはそのままだけど、彼の存在の生態記録や弱点の研究といったものが丸々。

 そしてそれが消された事をフレシシが覚えている──その記憶を残されているということが、一層激しい恐怖にフレシシを落とし込む。

 

「お……落ち着いて、私。そう、バックアップはとってある。だから、拠点に帰れば」

「ああ、君は退去を選ぶのか。残念だな。いくつかある選択肢の中で、逃避が最もつまらない選択肢だったんだけど」

「──ッ!」

 

 フリス、ではない。

 言葉を発したのはキューピッドだ。劣化キューピッド。

 だけどその言葉がフリスのものだと、フレシシにはわかっている。

 

「フレシシ。君に最後のチャンスをあげよう。今日、今から、僕という存在は死ぬ。フリスとキューピッド、どちらもね。いつも通りの新生だ。──けれどその先に君が必要かな」

「必要です。必要ですよ……フリス。私がいなければ、誰がフリスの無茶振りを受け止めるんですか……」

「新しく作ればいい。オールドフェイスくらい簡単に生成できるからね。君という個体にこだわる必要性を感じない」

 

 ここが正念場だ。

 言葉を間違えれば、選択を違えれば。

 

「さぁフレシシ。僕にとって君がどう必要なのか、教えて欲しい。ああけれど、恐怖から来る言葉は要らないよ。そうだね、だから、必要じゃなくても君を殺すことはない。その拠点とやらでせいぜい僕を殺す方法でも考えているといい。それを止める事はない、逃げる者は追わないさ」

「いえ、必要です。私はフリスにとって、必要な存在です」

 

 違うのだ。

 殺される事が、壊される事が怖いのではない。フレシシが最も恐れているのはそんなことではない。

 

 彼と違う側に立つ事。

 それがもっとも恐ろしいこと。

 

「フレシシ。君は僕に何をくれるのかな?」

「──私がいなかったら……誰がフリスにお弁当つくるんですか!」

 

 フリスが好むのは意外性だ。フレシシはそれを知っている。

 自身が思いつきもしなかった事を評価する。だからこうして、素っ頓狂な事を言えば。

 

「不合格だ」

「っ、そんな……」

「フレシシ。今の君は、ピオより無価値だよ」

 

 それで終わり、とばかりに。

 劣化キューピッドが本来の動きを取り戻す。思い出したかのように手に持つ弓をフレシシに向け──その顔をぐしゃっと歪ませる。

 フレシシが掴んで潰したからだ。

 

 ふぅ、と。

 吐く必要の無い呼気を吐いて、フレシシは上空を見上げる。

 無数の劣化キューピッドに囲まれる、キューピッド。

 

 フレシシはそれを見て。

 

「まだですよ、フリス……」

 

 踵を返す。

 キューピッドとは反対方向。それは逃避? 否。

 向かう先は、ただ一つ。

 

 フレシシは、パニックに包まれた市街地の方へ消えていく。クリッスリルグ家でも、協会方面でもない、どこぞかへ。

 まだ。まだだ、と。

 

 

+ * +

 

 

 一番に来たのは、槍だった。

 凄まじい速度を以て放たれた槍。それを念動力で絡め取り、減速、停止させる。

 

「ほっ、よっ……っと。よぉ、高い所で見物とは、趣味が悪いな」

「そうかな。ここは誰がどう動いているのかが良く見えて面白いよ」

「……聞きたいのは一つだけだ」

 

 父ケニッヒだ。

 彼は非常に高い知性を持っている。正直僕なんかとは比べ物にならないほどに、一瞬で幾つもの可能性を思いつく。時が時なら、そしてもっと沢山を学んでいたら、賢者、なんて呼ばれていたのだろう程に。

 それが、尖兵キューピッドたちを足場にして昇って来た。

 

「俺達は、家族だったか、フリス」

「ああ、それを僕に聞いても意味はないかな。フリスはもう死んだよ。僕の作り出した、僕ではないフリス。彼が君達をどう思っていたか、なんてのは……そうだな」

 

 仮面を少し上げて。

 

「勿論。僕は父さんと母さんの息子だよ」

「ああ、十分だ。──お前と過ごした十五年は、偽物じゃなかった。それでいい」

「おや、思っていたより純朴だね。今の言葉を信じたのかい?」

「あ? 何の話だよ。もしかしてお前、自分が話しかけられてると思ってたのか?」

「あはは、成程。僕にフリスを投影して、幻影と喋っていたわけか。それは悪い事をしたね。ああそうだ、これは返すよ」

 

 槍を返す。

 特に射出するとかじゃなく返したそれを、父ケニッヒは掴んで──その目に怒りを宿した。

 今のいままで、本当に世間話をするかのようなテンションだったのに。オンオフが素晴らしいね。

 

「我が子を殺された怨みだ。キューピッド。俺はお前を殺す」

「コレが我が子の身体でも?」

「我が子の身体に悪い寄生虫がついちまってんだろ? で、それはもう切除できない段階まで来てる。なら一思いに殺してやるのが親ってもんだろ」

「僕は人間に詳しいわけではないけれど、それが親というのは違う気がするなぁ」

 

 振り下ろされるハルバードを念動力で……おお、無理だ。回避する。

 

 それは背後、同じく尖兵キューピッドを蹴って空まで上がって来た母アリアからの攻撃。

 にしても驚いたな。僕の念動力を膂力で突破するとか、過去の英雄にもいなかったよ。これは本格的に二人に期待できそうかな?

 

「言葉は必要かな、母さん」

「いいえ。その声色で、フリスがもう思い出の中にしかいないのがわかったから。──その顔を見ないように、割断する。もう上書きされたくない」

「だな」

 

 うーん。母アリアはもっと落ち込むと思ったんだけどな。

 存外覚悟が決まっている。これは、奇械士として長い事やってきた二人を舐めすぎた、というやつかな。

 

 まぁいいんだけどね。悲しみに沈んでも、明け暮れても、立ち直りが早くても、ショックに思っていなくとも。

 フリスという存在は彼女らの中に残る。それが忘れられなければいい。それでいい。そのための日常だったんだし。

 

「全力を出すつもりはない。だが一瞬だ。アリア」

「うん。──おやすみ、フリス」

 

 瞬間。

 気付いた時には、ハルバードの刃が眼前にあった。念動力。当然間に合わない。回避。当然できない。

 

 だから僕は、転移を選ぶ。

 

「っ!」

「おや、驚く事じゃないだろう。この機奇械怪達を呼び出したのは誰だと思っているんだ」

「そういう余裕ぶったセリフは完全に避けてから言うんだな。仮面、欠けてるぜ」

 

 仮面に触れる。

 おお、本当だ。額の部分が欠けている。転移が間に合っていなかったらしい。

 ……それは有り得なくないかな? 転移が間に合わない程の速度で人間が動く? そもそもさっきの爆発的な加速は何だ。ここは空中で、父ケニッヒも母アリアもキューピッドを蹴る事で移動しているはず。

 踏ん張る、なんてことはできない。それをあんな速度で。

 

「アリア!」

「もっと行ける?」

「ああ、やってやるさ!」

 

 二人が合流する。

 そういえば、今の攻撃の時父ケニッヒは何をしていたんだろう。

 

 ──また、目の前に刃。

 転移して。

 

 おおー。

 仮面、半分持ってかれた。

 

「ふむ、ふむ。もしかして槍で撃ち飛ばしているのかな? あはは、どんな身体能力してるんだって感じだけど」

「余裕に解析してんのも今のうちだ!」

 

 声は背後。

 また転移する。その先に、金属の片翼はついてこなかった。

 

「分かっていると思うけど、僕は別に翼を使って飛んでいるわけではないからね。切り落とした所で」

「何度も言うが、余裕にしてられる程お前は俺達について来れてねぇんだよ!」

 

 あり得ない。

 だって今転移したばかりだ。考察の時間もないまま、その転移した先に父ケニッヒがいて。

 

「割断する」

「っ──!」

 

 背後より飛来した母アリアの斬撃。

 受け止められない。これは──飛ばされた方が良い。

 念動力で壁を作り、止まらぬ刃を受け止めるのではなく、その勢いを利用してホワイトダナップにまで叩き落される。

 

 ……父ケニッヒが高速で移動していたのは、本当にただ高速で移動していただけだ。母アリアの推進力は、彼女が父ケニッヒの槍を蹴って跳躍していたから。互いに互いの驚異的な身体能力を以て撃ち出しあい、だからこそのあの速度だった。

 いや、いや。

 言葉にするのは簡単だ。だけどそれを可能にするのは色々と無理がある。

 特に父ケニッヒ。どうやって僕の転移先を割り出したんだ。

 

「シッ」

「おおっと」

 

 首を的確に狙った斬撃。赤熱した刃。

 アレキだ。

 

 彼女は鬼のような形相で、こちらの首を執拗に狙う斬撃を繰り出し続ける。

 でも両親の戦いを見た後だと……うーん、凡夫だなぁ、としか。

 

「情熱的じゃないか、アレキ。チャルから僕に乗り換えるのかい?」

「……あなたとフリス君が別人なのは、チャルから聞いた。だからその煽りは無意味」

「別人? とんでもない。僕はフリスの記憶を知っているし、フリスは僕の記憶を覚えている。今までキューピッドたる僕がしてきたことを全て覚えていて、あんな風に君達へ普通に接していたんだ。ふふ、それでもフリスを許すのかい?」

「許すとか許さないとか、別に私はフリス君にそこまでの感情を覚えていない。フリス君があなただと思っていたから激情を見せていたけれど、そうでないのなら、彼は単なるチャルの友人だもの」

「成程、よくわからない答えだ」

「わからなくていい。重要なのは今、あなたを斬り殺すのが私だってことだけだから」

 

 うーん、それは無理じゃないかなぁ。

 遅い。とても遅い。

 母アリアと父ケニッヒの連携攻撃を見た後だと、あまりの遅さにあくびが出る。

 

「無理だよ。君の剣は当たらない。チャルを呼んできなよ。彼女の攻撃なら当たるかもしれないし」

「ええ、そうでしょうね。だからチャルは来ない。あの子は責任を感じてあなたにトドメを刺そうとする。だから、()()()()()()()

 

 ?

 

「……マジ?」

「ええ、大マジ。とはいえ機奇械怪の危険があるから、信頼できる奇械士のそばにね。どう? 目論見が外れた気分は。あなたはチャルにご執心のようだったから……これは効くんじゃない?」

 

 え、うん。

 この戦いの終幕を降ろすのはチャルだって思ってたから、今かなり……引いてる。なに、縛りつけて来たって。しかも言いようからして比喩じゃなく物理的な。

 え、いやさ、そこはチャルに絶望を強いてでも、彼女に最後を決めさせるところじゃないの?

 それがトラウマとなれど、これからを行くチャルへの起爆剤になる。なんならこの茶番はそのためのものなのに。

 

「いいのかい? チャルは君を恨むと思うよ」

「そうかもね。それで、それが私の歩みを止める理由になる?」

「ううん、君達は良い雰囲気だと思っていたんだけどな。やっぱりフリスがチャルと付き合ったのが原因かな」

「違う。けど、あなたは知らなくていい。どうせわからない事だから」

「そうかい」

 

 なら、会話は終わりだ。

 アレキを念動力で捉まえる。

 

「う……!?」

「さっき、目論見が外れた気分はどうか、って聞いて来たね。うん、最悪だよ。僕は最新の英雄の価値を見たくてこういうことをしているのに、僕のもとに来るのがこんな凡夫と英雄になりきれない二人だけ、なんてさ。あーあ、これならダムシュで散った方が良かったじゃないか」

「ぐ……ぅ、が……ぁあっ!」

 

 ミシミシと音を立てる。

 それはアレキの骨が悲鳴を上げている音。別に、いつでもできたことだ。いつか古井戸とピオが考えていたように、僕の念動力は視認した時点で発動できる。なんならすぐにでもアレキをミンチにすることだってできる。

 

「言ったはずだよ、アレキ。君は凡夫だ。価値のない存在だ。だから団結しろと。群れろと。それを聞かずにこうして単身突っ込んできたんだ、相応の報いがあるさ」

「──っ!!」

 

 ぼき、と。

 確実に骨の折れる音が聞こえた。

 ミンチにできるけど、するつもりはない。流石のチャルもフリスとアレキを一度に失ったら再起不能になりかねないからね。

 でも、怪我はしてもらう。重傷は負ってもらう。

 

「空間に圧し潰される恐怖に怯え、何もできない己を呪うといい。アレキ・リチュオリア。過去を背負う少女よ」

 

 もう、一本。

 

「──」

 

 ん?

 ……ん?

 

 あれ、なんで解放されている? 念動力が解除された? なんで?

 

「……今度こそ。おやすみ、フリス」

 

 それは耳元で聞こえた。

 耳元じゃ、ないか。脳内? 正確には、頭蓋と頭蓋の間、かな?

 

 まぁそうだ。結構時間経ってたしね。

 射出と跳躍、そして落下。

 その速度と威力は──ホワイトダナップの地面に巨大な蜘蛛の巣が現れる。クレーター、爆心地とでもいうべき罅。

 

 母アリア。そのハルバードが、僕の身体を両断していた。

 

 あー。

 なんとも。

 クライマックス感のない、大一番って感じもしない。

 あっけの無い、終幕。

 

 せめてチャルが良かったなぁ、なんて。

 

 薄れゆく意識の中で、ぼやいた。

 

 ──それがフリス・クリッスリルグの終わり。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「で、僕の始まりなわけだけど……よくここがわかったね、フレシシ」

「研究してますから。それで、新しい名前は?」

「研究データは奪ったんだけど……ああ、バックアップから再ダウンロードしたのか。で、名前。名前ね」

 

 手を幾らか握って、声を発して。

 

「ケルビマ。ケルビマ・リチュオリア。君はフレシシを続けるかい?」

「はい。ケルビマから離れて、クリッスリルグ家でぬくぬくと自己改造に励みます」

「うん、それがいい」

 

 立ち上がる。この体は視点が高いね。

 それに……うんうん。

 

「さて、新たな幕開けは、もう少し後にしよう。一年か二年か、ううん、彼女らが大人になってからでもいい」

「はい。では、失礼しますね」

 

 おはよう世界。

 またよろしくね?




NOT……FINARE……


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LEARN「アレキとケルビマ」
修行する系一般断罪者


「アレキ、入りなさい」

「はい」

 

 静かな道場に上がるは、左腰に刀を佩いた少女。

 年の頃は十五。真白の装束は少女の静謐さを際立たせ、同時にどこか恐ろしさを醸し出す。

 最年少にして奇械士の資格を得た者であると同時──165年前、全ての罪を断ずる者として唯一特権階級外から選ばれ、機械に滅ぼされゆく皇都フレメアから旅立ち……ゆえに見捨てた者達への責と禍根を背負う一族の末裔。装束の白は返り血を己が身に刻み付けるためのものとして。

 アレキ・リチュオリア。

 彼女が、そこにいた。

 

 道場には今、アレキ以外に二人の人間がいる。

 一人はアレキの父、ガロウズ・リチュオリア。そしてもう一人が──。

 

「……お久しぶりです、()()()()()()

「ああ──久しぶりだ」

 

 黒、あるいは濃い紫の髪を腰まで伸ばし、鋭い目つきと尊大な雰囲気が特徴的な男性。

 アレキともいくらか外見的特徴を一致させる彼こそが、アレキの兄。

 リチュオリア家次期当主、ケルビマ・リチュオリアである。

 

「大きくなったものだ。俺が見た時は、まだ刀を引き摺るような幼子だったというのに」

「そう言うお前は変わらぬな。多少髪が伸びたくらいか」

「はは、父上こそ壮健そうで何よりだ。──して、アレキ」

「はい」

「恋人はできたか?」

 

 緊張していた空気が弛緩する。

 ガロウズはこれでもかというほどに大きなため息を吐き、アレキは頬を引き攣らせた。

 

「い……いえ、その」

「む? なんだ、恥ずべきことでもあるまい。その歳の頃ならば男の一つや二つ軽いものだろう。況してやそれほどの美貌……いや、いや。成程……さては、何十と男を侍らせ、毎日のように違う男と番っているために、そうも言い淀んでいると見た!」

「ち……違います」

「……これは本当に違うな。だが、恋人がいないわけでもないと見た。いや、いや……この感覚は……はは、成程アレキ……片恋の身か?」

 

 言い当てられて。

 アレキの背がピンと伸びる。頬が紅潮する。

 その後ろでガロウズがもっと深いため息を吐いた。

 

「はっはっは! よい、よい。リチュオリアの家柄など気にせずとも、良き青春を励むがよい。父上、そういうことで、此度の話は無しだ。とりあえず酒を飲んで祝おうではないか!」

「待て待て、お前の言葉一つでどうこうなる問題ではないわ」

「……むぅ、つまらぬ。父上は昔からノリというものを知らぬ」

「お前が頓珍漢なだけだ」

 

 ケルビマ・リチュオリア。

 アレキの兄であるこの男性は、けれどアレキにとってそこまで関り深い相手ではない。手に職を持ち、リチュオリアとしても活動し、ゆえに会う機会が中々無いのだ。

 ただ、会うたびに「大きくなったな」と「青春はしているか?」と「難しい話はいいから宴会だ!」ばかりを言うので、アレキの中で「些か面倒臭い、けれど余計な反論をしなければ父に窘められて大人しくなる人」という結論で片付けられている。

 尊敬できる人ではあるのだが、如何せんセクハラ……アレキの恋路に興味津々すぎる。大切な妹として扱ってくれているのは理解できるが、面倒なものは面倒なのだ。

 

「しかし、アレキ。お前の美貌をして振り向かせられぬ男児とは、中々剛毅よな。もしや略奪愛の類か?」

「この話続くんですか……」

「はっはっは! いや、良い。そろそろ父上の視線が痛い。後でゆっくり聞こうぞ。──なれば、本題だ」

 

 快活に笑っていたケルビマが、突然その朗らかな空気を収める。胡坐をかいた膝に肘を突き、ニヤリと笑い──アレキの身体を舐めるように見る。

 それだけなのに、アレキは自らの身体が弛緩したかのような震えを覚えた。

 どこか──どこか、彼女の片恋相手であるチャルにも似た、けれどそれよりも空恐ろしい目。

 

「強くなりたい。今すぐ、劇的に。──そのために、俺の仕事を手伝わせてほしい。父上、依頼はこれであっているか?」

「そうだ。リチュオリア現当主の儂なれど、既に剣の腕はアレキに劣る。ましてや血の通わぬ機械の壊し方など儂にはわからんからな。お前の方が適任だと判断した」

「ほう、もうそこまでか。それは父上、観た、というだけでなく」

「ああ、実際に手合わせをした。真剣でな。──手も足も出んかった。ゆえの依頼だ、ケルビマ」

「ほう、ほうほうほう」

 

 ケルビマがじっとり、ねったりとアレキを眺める。装束を透かし、裸を見られているような。否、肌をも透かし、肉や骨、内臓、もっともっと深い何かまで見られているような、心地の悪さ。

 それが一分か二分ほどアレキを襲った後──ケルビマは。

 

「その程度でか。リチュオリアも堕ちたものだな」

「な……いくら兄上といえど、その物言いは!」

「良い、アレキ。事実だ」

 

 ガロウズが激昂しかけたアレキを制す。

 リチュオリアは歴史の長い家だ。ホワイトダナップ搭乗時に混ざる事を良しとした特権階級達と違い、リチュオリアは今代まで血を薄めることなく進んできた。無論それは、唯一の特権階級外である──彼らと己らが混じることは許されないという辞退から来るものだったが、それでもこのリチュオリアが"かつて英雄の多くがいた時代"の血を純度高く引き継いでいる事は間違いない。

 そしてそれが最も色濃く出たのが、当代の次期当主候補二人。

 アレキとケルビマだ。

 

 歳の差からアレキよりも早くリチュオリアを執行し始めたケルビマのおかげで、アレキは普通に学校に通い、奇械士の仕事をして、恋ができている……そう言っても過言ではない。

 

「アレキ。奇械士になったそうだな」

「は……はい」

「どうだ。大型(ヒュージ)機奇械怪(メクサシネス)の一体や二体、単独で討伐できるようになったか?」

「……それは」

 

 それは、奇械士になってからまだ一年も経たぬアレキに投げかける課題としては、酷が過ぎるものだった。

 奇械士はどんなに強くともコンビを組む。その枠組みから外されているのは、現最強と言われるある一人の奇械士だけ。釣り合う相手がいないゆえに単独で全てを終わらせるその存在をして、最強と言わしめる。

 それと並べ、と。

 ケルビマはアレキに言ったのだ。

 

()()()()()()

「……!」

 

 それと並んでいる、と。

 ケルビマは言ったのだ。

 

「アレキ。考え直す時間を与える。片恋中なのだろう。まだ死にたくないだろう。俺の仕事を手伝うということは、死と抱き合う事に等しい。お前はまだ若い。そも、何を理由に強さを求める。お前は──」

 

 振り抜く。

 まさに神速。ガロウズでさえ抜いたことに気付かない居合斬り。首を狙った即死の一撃。

 

 しかしそれは──ケルビマの指に抓まれ、停止している。

 

「……三ヶ月程前、この島を無数の機奇械怪が襲いました。首謀者はキューピッドと名乗っていた()()()()()。彼は機奇械怪を操り、人々を襲わせ……最後には、私ではない奇械士の手によって死亡しました」

「聞いている。そしてお前が両腕を骨折し、無様に地に倒れる事となった戦いだともな」

「その通りです。私は何もできませんでした。やったことは、敵の意表を突いて敵意を私に集中させたことだけ。リチュオリアでなくともできる事です」

「そうか。それで?」

「……キューピッドは、己を165年前の亡霊であると言いました。つまり──」

「罪人か」

 

 アレキの刀が、抓まれてから微動だにしなかった刀が離される。

 

「成程。リチュオリアではない者が罪人(ホワイトダナップ)を裁きに来たか。成程成程……確かにそれならば、我々の出る幕である、というのは理解できる。だが、そのキューピッドは死したのだろう。まだ何か懸念が?」

「キューピッドは自分を『そうではなかった者達』と言いました。私はそれを、まだフレメアの生き残りがいるのだと解釈しています」

「ゆえに。リチュオリアとしての責を果たすために、何もできなかった己を強くしてほしい。そういう理解でいいか、アレキ」

「はい」

「そうか」

 

 瞬間、ケルビマはアレキの前から消えていた。

 遅れて、ドサッと。何かが落ちた音。軽くなった己の首に、アレキは自らの首が飛んだのだと錯覚し、思わず首元を押さえる。

 繋がっている。

 

 ただ──。

 

「髪は女の命だと遠い昔騒いでいた奴らがいた。よって今お前は死んだ。もう何もできなかったお前は死んだのだ、アレキ。──良い。俺の仕事を手伝わせてやる。お前に、ヒト以外を殺す術を教えよう」

 

 アレキの背後で。

 ケルビマは、そう言い放った。

 

「……神聖な道場に髪を落とすなど……」

「うるさいぞ父上。今俺がカッコつけたんだ。もう少しくらい黙っていられぬか」

「そもそもカッコつけのためだけに年頃のおなごの髪を切るか? おおアレキ、可哀想に。長髪が似合うと片恋の娘に言われておったのだろう、おお可哀想に」

「な……なに? それを早く言わぬか! す、すすすまぬアレキ! えーと、そうだ、知り合いにウィッグを取り扱う店を経営している者がいる。もう一度伸びるまでそれでなんとか……」

 

 またも一気に弛緩した空気に、アレキは「ふぅ」とため息を吐いた。

 そして振り返り。

 

「いえ、散髪代が浮きました。ありがとうございます、兄上。それと、長髪が似合うと言われたのは事実ですが、『折角の艶髪なのだから伸ばせ』と日頃から言ってきていたのは父上です。私としては中々に邪魔に思う事もありましたので、丁度良かったです」

「ほう、父上。成程成程、俺に責任転嫁か。流石だな耄碌爺、責任逃れに関しては俺よりも巧みだ」

「言葉が過ぎるぞ若造。そしてアレキ、お前とて『はい、ありがとうございます父上。この髪は私の自慢です』とかなんとか言っていただろう!」

「そりゃ己の父親に『伸ばせ』と言われている髪だ。それを目の前で邪魔だ、なんて中々言えなかったのだろう。アレキが可哀想なのは父上のせいだぞ!」

「なにおう!」

 

 アレキは思う。

 兄上、なんだか雰囲気変わったな、と。

 先程の冷徹な空気は変わっていないどころか深くなっているけれど、そうではない時の彼は非常に親しみやすくなっている気がする。

 まるで何か、暖かな日常をどこかで経験してきたのではないか、と思うほどに。

 

 ──それに思い至った時、アレキは口を滑らせる。

 

「もしかして……兄上こそ、お好きな方ができた、とか……」

「む? ほう、お前からそういう話題を引き上げてくるとは珍しい。弄る側は弄られる覚悟がなければいけないが──さて、はて。先ほど聞きそびれた片恋相手について、深く深く聞かせてはくれないか? うん?」

「あ、では儂宴の準備をしてくるでの。アレキ、ぐっじょぶ!」

「父上!?」

 

 常に厳格なイメージだったガロウズ。そのしかめっ面がガラガラと音を立てて崩れ、後ろからサムズアップをした彼が良い笑顔で出てきた。

 

「ああ、言っておくがアレキ。──逃げ場はないぞ」

 

 逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

「……」

「あれ……アレキ。髪、切ったんだ」

「え、ええ。おはよう、チャル」

「おはよー」

 

 簡単な挨拶もそこそこに、修練場の方へ行ってしまうチャル。

 少なくとも三ヶ月前なら、挨拶の後アレキの横に座って、何故切ったのか、とか、あるいは「ショートも似合うよ」くらいは言ってくれたかもしれない。

 だけどここ三ヶ月。

 つまり──キューピッド襲来事件から、彼女はずっとあの態度だった。

 今のように、無視をされているわけではない。コンビを解消した、というわけでもない。

 ただ、関係値がリセットされた、というような感覚。

 

 当然の代償ではあった。

 彼女の決意。彼女の覚悟。 

 あの時、「撃てなかった」と心虚ろに告げてきた彼女を励ます──のではなく、縛りつけたアレキ。「え?」なんて状況の理解が追い付いていない彼女の護衛を他の奇械士に任せ、自身はフリスの……キューピッドのもとへ向かった。

 向かって、惨敗した。

 どの道"フリスという少年"は消えてしまっていたようだったけれど、あの時のアレキはチャルへの気遣いではなくキューピッドへの当てつけでこれを実行したのだ。当てつけ。いや、当時はちゃんと、彼の意が削がれたら隙ができるかもしれない、という思いもあったが──今にして思えば当てつけでしかない。

 

 結果、チャルは最愛の少年とまともな別れもできないまま、襲撃事件が終幕した。

 たとえその言葉がもう届かないのだとしても、終わりは彼女がやるべきだったのかもしれない。けれどそれは、キューピッドにとどめを刺したアリア・クリッスリルグにも言える事だ。母親として、その責を果たした。

 ……なんて風に慰められる事が何度あった事だろうか。

 結局のところ、アレキはアレキ自身が自身を許せなくなっているのだ。あの時の軽率な行動を、己自身が。

 

「いよぅ、アーレキ!」

「……」

「およ、無視? ウチの声を無視? ひゃー、痺れるなぁ!」

 

 兄との対話の後、色々振り返る事ができたためにナイーブなスパイラルに入っていたら、馬鹿が来た。

 アレキは大きく溜息を吐く。

 

「……何、リンシュ」

「お、珍しい。今日はすぐに対応してくれた」

「用件が無いなら話しかけないで。今、考え事をしているの」

「考え事ォ? ……無理無理。アレキって脳筋だし、考えるより早く手が出るタイぶふっ!」

「うるさい。あなたの声は脳に響くから邪魔。どっか行って」

「おお、人を殴っといて一切の言及無し……流石……」

 

 リンシュ・メクロヘリ。

 奇械士暦八年のそこそこベテラン奇械士にして、アレキ以外にもダル絡みしてくることで有名な女性。少し前には、夕刻時、男子学生に手を出そうとして警察にしょっ引かれそうになった、なんて経験もある危ないヤツ。

 周辺に機奇械怪の死骸があった事と、その男子学生の姿が無かった事で不問にこそなったものの、「少年を相手に大声で迫っているのを見た」という住民は少なくなく、事実の有無に関係なく彼女はソウイウのが好き、という誹りを受けている。

 奇械士としての腕は良い方だが、些か突貫癖あり。本人曰く「危なくないとヒリヒリしない」とのことで、恐らく安全に戦う、というのが嫌いなのだろうことは伺える。

 

「彼女、最近つめてーじゃん。なに、倦怠期?」

「……別に。初めから付き合ってないし」

「およ、そうなん? アンタらガキコンビが大体同時期に入って来てから、協会でもどこでもイチャイチャイチャイチャしてる印象だったけど」

「あなたの眼が節穴だっただけでしょ」

「とぁー、そう来たか! それはそうかもしれないぜ!」

「うるさい。……私そろそろ行くから」

「行く? どこに? シフト、午後だろ?」

「なんであなたが私のシフトを把握しているかはもう置いておくとして……行くのは、仕事」

「仕事? ……バイトかなんかやってんの? あ、わかった! 如何わしい店だな!?」

「あなたじゃないんだから、そんなのに興味はない。……午後のシフト前にまでは戻ってくる。チャルに聞かれたら、そう答えておいて」

「ウチは書置き代わりかよ!」

 

 うるさい馬鹿を無視して、協会を出るアレキ。

 

 すぐさま待ち合わせの場所に向かおうとして──目の前にいる男性に気が付いた。

 

「兄上。何も来て頂かずとも……」

「なに、お前の働いている協会というものに興味があったのでな。……それで、どれだ? 先程まで近くにいた者か?」

「い、いえ。近くにはいないかと……」

「ふむ? いや、ふむふむ。成程成程……あちら、別館の……道場、いやジムか。そのような構造になっている所……更に奥の、これは、射撃訓練場か? ここにいる、お前と同い年くらいの少女……これだな?」

 

 アレキの頬が引き攣る。

 気配察知、あるいは空間認識能力。否、そんな言葉では収まらない、異常なまでの感知能力。

 ケルビマのそれは、もはや超能力の域にまで発達した知覚能力であると言えた。

 そしてバレた。

 

「成程成程……よし、では行くか」

「え? お、お待ちください兄上、なにゆえ協会(ギルド)の戸に手を……」

「決まっている。邪念があっては迷いが生じる。アレキ、お前のそれは早めに振り払わねばいずれ己が身を切り刻むモノだ。ゆえ、今のうちに解消しておこうと思ってな!」

「よ、余計なお世話です! 迷惑です!」

「言うではないか。だがお前、誰かにこうしてもらわねば──あるいは、そのチャルという少女から言い出してもらわねば、一向に前に進めぬだろう?」

「そ……それは」

「はっはっは、ぐぅの音も出ぬか。では行こうぞ!」

 

 やむを得ない。何もやむを得なくないが、やむを得ない。

 アレキはそう判断し、刀を抜く。素のままだとまた止められてしまうので、赤熱させることも忘れない。

 ──機奇械怪の身体を溶断する刀だ。人体なぞ、容易に。

 

「甘い」

 

 刀を振り抜いた手。その手首を掴まれ、捻られる。

 結果刀はアレキの手から零れ落ち──自身の二の腕へ。

 

「っ……」

「おっと」

 

 けれどそれは、ケルビマが刀を掴んだ事で免れた。

 

「おいおいアレキ。この刀を向けるべきは罪人か、機奇械怪だけだろう。それともなんだ、お前の目には俺がそうに見えるのか?」

「……兄上を止めるためには、これ以上ない手段だと判断しました」

「少し揶揄っただけだろうに……──それと、少女よ。俺はコイツの兄だ。ゆえ、その銃を降ろしてくれると助かるな」

 

 ケルビマが話しかけるのは背後。

 誰もいない、協会の戸があるだけのそこ。

 

 否。

 

「……」

「あ……チャル」

 

 扉が開いて……彼女が出てきた。 

 オルクスという名の双銃を構えた姿勢で。

 

「……アレキ。本当?」

「え、ええ。本当。この人は私の兄う……兄で」

「そう。なら、いいや。ごめんなさい、突然武器を向けて」

「構わん。コレとは友をしてくれているのだろう? なれば兄である俺が口を出すことはない。……だが、一つ」

 

 まずい、と思った。

 アレキの直感が囁いている。まずい、と。

 身内と言えど、共にいた時間の少ないケルビマだが──その目の色は、リチュオリアの誰もが見せるものだ。あるいはアレキも。だから、わかる。

 

 興味を持った。確実に。

 

「少女──その銃、どこで拾った?」

「貰いました。世界で一番、大事な人に」

「……オルクスを渡した、か。中々剛毅な奴がいるな」

「え?」

 

 ケルビマの呟いた名に、アレキも、そしてチャルも反応する。

 だって、知っている者など限られているはずだから。

 

「兄上、何を知って、」

「いや、いや! うむうむ。成程成程……アレキは良い友を持ったらしい。なんぞ、今は少し拗れているようだが、うむ、今後とも仲良くしてやってくれ!」

「え、ぁ、は、はい」

「それで、アレキの仕事は十四時からだったな! うむ、それまでには戻すゆえ、一旦貰っていくぞ!」

「え」

 

 それは、どちらの「え」だったのか。

 なんでもないような仕草でケルビマがアレキを抱く。いわゆる、姫抱き、という形で。掴んでいた刀を鞘へと勝手に収め、そして。

 

 ぽーん、と。

 ドン、とか、ダッとかいう擬音の似合わない、本当にぽーん、という感じで高く高く跳躍するケルビマ。

 あっけらかんとした表情にチャルが、奇械士協会がすぐに遠くなっていった事実と二度目の跳躍で、ようやくアレキは我を取り戻す。

 

「あ……兄上? これは、どういう……技術の類とは思えな……」

「む? あぁ、靴に強力なバネが仕込んであるだけだ」

「靴って、兄上草鞋じゃないですか!」

「草鞋にバネが仕込んであるだけだが?」

「どうやって……きゃあ!?」

 

 三、四度目の跳躍。

 その後が問題だった。

 

 ──それは、普段見ることの無いホワイトダナップの側面。

 普段少女らしい言葉遣いをしないようにしているアレキが、あまりにも可愛らしい悲鳴を上げてしまうくらいの驚き。恐怖。

 

 落ちている。

 ホワイトダナップから──二人は、落ちている。

 

「あああ、兄上!?」

「はっはっは、何を狼狽えている。俺の仕事を手伝うのだろう?」

「そ、それはそうですが! ですが! 飛空艇や飛行船を使うものと!」

「おいおい、この仕事は闇の仕事。毎度毎度そんなものを使っていたら目立つだろう」

「今この状況で正論を言う資格はあなたに無い!!」

 

 落ちる。落ちていく。

 厚い雲の中に入り、周囲で響くバチバチという音を聞きながら、落ちる落ちるまだ落ちる。

 

「安心しろ、アレキ。雷も空気も問題ない。問題ないようにできている」

「できている、って……あれ」

 

 それは、確かにそうだった。

 ホワイトダナップがあそこまでの高度にありながらマトモな酸素濃度を保っていられるのは、その全面に張られた微弱なシールドフィールドのため。その薄膜があるからこそ人間が生活できる大気に保たれている。

 なればそこから落ちれば、もっと酸素は薄いはずだ。窒息する、とまでは行かずとも、息を荒げるくらいには。けれどそうはならなかった。

 加え、気温も、雷も、空気摩擦も。

 何もかもがアレキ達を邪魔しない。

 

「特異プラント種『エッグ・スコーピオン』。その名の通り全身に卵の殻を纏うサソリ……といってもわからぬか。まぁ毒を持つ虫が如き姿をした機奇械怪だ」

「い、いえ、わかります。ライブラリに乗っている機奇械怪なら、全て覚えていますので」

「ほう、流石だな。なら話が早い。基本ハンター種のエッグ・スコーピオンはその尾が基本的な武器でな。"毒"を放出するのだが、その"毒"にはプレデター種もびっくりな融解液が含まれている。だが当然逆立てた尾からそんな"毒"を放出すれば、何かの拍子に自身にかかるかもしれぬ。実際、戦闘中に自身の毒を浴びているエッグ・スコーピオンは数知れず。それを受けて、奴らは進化をした。どんな進化だと思う?」

 

 落ちながら。

 雲を抜け、地上が見えてきたことに恐怖を抱きながら──アレキは頭を回す。

 

「毒に耐性をつけた……でしょうか?」

「惜しいな。正解は、今俺達が纏っているコレ。つまり、外界からの干渉の一切を失くすシールドを手に入れた、だ。ゆえに基本ハンター種として地上を闊歩していたエッグ・スコーピオンの中から、特異プラント種としてその場にとどまり、テリトリーに入って来た敵に毒を浴びせる、という生態に変化した機奇械怪が、特異プラント種エッグ・スコーピオンとなる。このシールドフィールドはそのエッグ・スコーピオンからシールド発生装置を無傷で奪い取った事で得た戦利品というわけだ」

「……外界からの干渉を一切なくすシールドを展開しているのに、どのようにして兄上は発生装置を奪ったのですか?」

「無論、斬っただけだが」

 

 何が無論なのか。

 わからない。わからないが、わからない内に──地上まで、後数百mの所まで来た。来てしまっていた。

 

「兄上、酸素はどうなっているのかとかも気になるのですが、これ! 着地は!」

「外界からの干渉の一切を防ぐと言っただろう。地上に突撃しても壊れん」

「嘘を吐かないでください! たとえ外側がどれほど頑丈でも、強い衝撃を受けたら中の物は──」

 

 言い切る暇は無かった。

 荒野──ではない、廃墟となったそこに、ケルビマとアレキは着弾する。

 地を揺らすレベルの威力。姫抱きにされていたこともあって、無意識にケルビマへぎゅっと抱き着いていたアレキは……けれど、いつまでたっても訪れない痛みに目を開ける。

 

「ふむ、妹に抱き着かれるのは兄冥利に尽きるが……そろそろ降りろ、アレキ。これより仕事だ」

「い……生きて、る」

「何を言っている。当然だろう。お前とて地上は初めてではないのだろう? さぁ行くぞ」

 

 そういう事ではないけれど。

 アレキは──呼吸を整え、地面に立つ。ケルビマの足がどうにかなっている様子はない。代わりに地面がクレーターのように抉れているが。

 ……地上に降りた時、時折見ていたクレーター。あれは機奇械怪の戦闘痕ではなく兄が降りた跡だったのではないかとさえ思えてくる。

 

「さて、アレキ。復習だ。俺の仕事はなんだ?」

「あ……はい。──廃墟や遺跡の盗掘者を保護すること、及び連行することです」

「正解だ。奴らは金のために命を捨てて盗掘をしている。お前の言うように、飛空艇や飛行船に乗船してまでな。正規の手段を踏んで、非正規の仕事をしているんだ、救いようがないが……ホワイトダナップで罪とされない限りは罪人ではない。その命を摘み取ることはできない。そしてそれを、機奇械怪のような奴らに肩代わりさせることもできない。ゆえの保護だ。だが盗掘は盗掘なので連行する。これはホワイトダナップ含め、地上五国とも取り交された契約だ。滅んだ国、街に余計な手出しをしてはならない。知っているな?」

「はい!」

 

 リチュオリア。

 それは罪人の首を断つ一族の名。

 だからこそ、自分たち以外の手で殺されんとする罪人は救わねばならない。

 

「この旨そうな餌を前に、機奇械怪が多く群がる。当然、大型(ヒュージ)機奇械怪(メクサシネス)も、だ。そして面倒なことに、盗掘者たちは抵抗する。しかしこれを殺すのは許されていない。俺達は彼らを傷つけてはいけない。それは前提に置け」

「はい」

「ただし!」

 

 ただし。

 

()()()()()()()()()()。たとえば、機奇械怪の攻撃に当たった、とか、盗掘していた廃墟が崩れ落ちた、とかな。──余程ムカついたら使え」

「……えっと」

「奴らは自身が守られて当然、という顔をしてくるからな。いいな、アレキ。余程ムカついたら使え。それ以外ではちゃんと我慢して助けるんだ。そして、余程ムカついても死なせる、まではダメだ。ギリギリで助けろ」

 

 これは、やった事が何度もあるな。

 そういう表情だった。

 

 アレキは刀を握りしめる。

 無力。それは彼女を苛む強い《茨》。ゆえに、アレキは修行する。

 

 

 

 ──ここに、彼女が強くなるための──凡夫から抜け出すための。どこぞの上位者に言わせるところの、「修行パート」が始まった。

 

 その上位者は。

 

「……ふふ」

 

 案外近くで、微笑んでいたり、いなかったり。



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一般断罪者を鍛え上げる系一般上位者

 考える。

 人間を守りながら機奇械怪と戦う少女を見て、考える。

 

 ──ううむ。

 

「弱いな」

「ッ」

「無駄が多すぎる。奇械士のくせに、機奇械怪の弱点を知らないのか? 腕部を削ぐ、脚部を破壊して移動を困難にする。結構結構。だが、もっとあるだろう。機奇械怪の動きを一撃で止める方法が」

「動力炉の破壊……ですが」

「ですが、ではない。ライブラリの全てを覚えているというのなら、動力炉の位置も覚えているだろう。アレさえ壊してしまえばいいのだ。どれほど硬い装甲にも隙間はある。隙間を見極め、一刀のもとに動力炉を突け。それだけで終わる」

「それが出来たら苦労は──」

「それを出来るようにするために、お前は俺に師事したんだろう、アレキ」

 

 英雄には二つの種類がある。

 一つは先天的な英雄。生まれ持った才能、特異な技術、他と隔絶した身体能力。それらを以て、特別によって他者を惹き付ける者。

 もう一つは、後天的な英雄。努力をし、努力をし、努力をし、努力をして、才能を持つ者達が食い散らかした可能性の、残された一つを掴み取る事で成る英雄。こちらは長い間評価されない事も多いし、目立った才には見られない事も多い。無論、努力できる才能を有した者である、ともいえるが。

 

 チャルやアリアは前者の英雄。ケニッヒは後者の英雄。

 されどアレキは……そのどちらにも辿り着けないように見える。今はまだ、だが。

 

「基本プレデター種ディノス。大仰な突進、大振りな尾の攻撃、最大威力の噛みつき。だがどれも遅い。アレキ、お前の戦闘スタイルは速きに重きを置くものだ。振り回されるな。振り回す側にあれ」

 

 フリスへの依存度が高すぎる。

 それはフレシシから齎されたチャルの近況だった。どこへ居ても物憂げな表情で、アレキとの関係は険悪でなくとも良好とはいえないレベル。先ほど俺と邂逅した時もそうだが、アレキを守る、という行動はできていても、そこに恋愛感情は無いように見えた。

 多少の計算違いだ。やはりアレキの最後の悪手があまりにも悪すぎたのだろう。

 この関係を修復するには、アレキを一段階、いや三段階は上へ上げる必要があると判断した。

 よって父ガロウズからアレキに話を持ち掛け、こういう「修行パート」を開始したのだが──。

 

「うっ……この!」

「まただな。アレキ。相手は機奇械怪だ。既存の生物とは違う。ヒトを殺す殺人剣から流用できる技術は何一つないと思え。必要なのはただ、効率的に動力炉を破壊する技術だけだ」

「……効率的に……」

 

 ディノスの噛みつき。

 それを避けたアレキは──けれど、攻撃しない。今の今までだったら、首を狙った一撃を放っていたにもかかわらず、一瞬で"変えた"。

 眉尻が上がるのを感じる。

 

 その後もアレキは攻撃を避け続ける。ゆらゆらと、回避に専念する。

 

「効率的に……」

 

 ふら、と。

 アレキの身体が前方に倒れる。炎天下だ、とうとう獲物の体力が尽きたかとディノスが捕食に入らんとした──その瞬間。

 大きく開けた口を狙い、高速の突きが叩きこまれる。倒れかけた姿勢のまま、体勢を整えることなく踏み込み、一足でそこまで辿り着いたのだ。

 そしてその突きは、的確に動力炉を捉える。最後の力を振り絞ってディノスが顎を閉じんとした頃には離脱している。

 

「なんだ、出来るじゃないか」

「……なんだか、気持ちが悪いです。いえ熱中症とかではなく」

「だろうな。リチュオリアの技とは、罪人を斬るための剣技。罪人を逃がさぬよう足の腱を断ち、罪人が暴れることのできぬよう腕を断ち、動けなくしてから首を断つ。確実に殺すために。だが当然、機奇械怪相手にそんなことをしていても意味はない。奴らは動力炉ある限り無限に動き続けるからな。動けなくする、という事が無理だ」

「リチュオリアの技は、無意味と……?」

「そうは言っておらぬ。動力炉が露出している機奇械怪……ハンター種に多いが、そういうタイプなら動力炉を首と見定め、断ってしまえばいい。要するに、機奇械怪は首を落としても死なぬからリチュオリアの技が活き難い、という話だ」

 

 才媛であり、努力も欠かさぬアレキが英雄足り得ないのは、あくまで対機奇械怪の話だけ。

 齢15でガロウズに圧勝するくらいには、対人性能に特化した存在だ。もし世が世で、対人ばかりの戦争の最中などであればアレキはチャルよりも英雄足り得ただろう。

 英雄にも様々なベクトルがある。アレキは今の世に合っていない、というだけ。

 ならば、変えてやればいい。

 

 先程"変わった"時、それが成せると感じた。

 成程成程、この才は育てる事によって開花する大輪。なればより強きものを、より効率的なものを魅せて、焦がれてもらうのが一番だろう。

 

「ひ、ひぃぃいいいっ!」

「出、出た! 『サイクロン・バード』!!」

 

 盗掘者たちが騒ぐ。

 それはそうだろう。最近になって現れた大型機奇械怪で、最も被害を多く出しているのがコイツだ。盗掘者の何人が死んだか、数えるのも億劫になる。

 

「め、奇械士! アンタら奇械士なんだろ! 助けてく──」

「うむ。助けてやろう」

「れ……え、なんで、これ、手錠……」

「む? あぁ、自己紹介が遅れたな。俺はケルビマ・リチュオリア。政府公認の断罪者だ。盗掘者を保護し、連行する役目を担っている。──死と、投獄。どちらがいいかなど、わかりきっているだろう」

 

 盗掘者の首根を掴み、アレキの方へ投げる。 

 流石に今のアレキには荷が勝る。

 

「アレキ、そいつを捕まえたまま、見ていろ。これが効率というものだ」

「はい──兄上」

 

 特に何か細工しているわけではない刀に手を掛ける。ただ硬いだけの、あまりに硬いだけの刀。切れ味ですらそこまでではない刀。

 俺からの入力はあまりしたくない。だから──フィードバックする間もなく、壊す。

 融合ハンター種サイクロン・バード。全身に嵐が如き暴風を纏い、その身で突撃するだけで全てを切り裂く機奇械怪。

 

 動力炉は背中。翼を広げた時にだけ露出するシリンダー。

 なれば飛んでいる最中こそが隙。突撃時には翼を畳むため、硬い装甲に阻まれる。本来であれば飛んでいる時は地上の生物では攻撃を届かせられないだろうが──まぁ、俺は違う。

 

 助走もろくにせず、跳躍。高い跳躍だ。

 サイクロン・バードを超す程の跳躍は、奴の視覚センサー外にまで達する。この辺りは本来の鳥の方が優れているんだがな、なんて思いつつ──視野角外からの急襲。降り立つのではなく、動力炉のみを斬り落として、地に着地する。

 戦闘時間は四秒に満たない。跳躍して落ちてきたら終わっていた。アレキから見たら、そんな感じだろう。

 

 けれど、現実。

 俺が地に着地した後、ふらふら、ふらりとサイクロン・バードが地に堕ちる。

 その身体に活力は無く。

 その背中にシリンダーはない。当然、俺が持っているから。

 

「……兄上」

「お前には、これくらいできるようになってもらう」

「まず、その異常な跳躍が無理です」

「……ふむ」

 

 まぁ、そうだろう。

 俺は念動力でどうとでもなる上に、しっかり全身に機奇械怪系装備を仕込んでいる。さしもの俺も生身の人間にここまでの跳躍力は要求しない。たとえ英雄でも、それを生身でされたらまずサイキックを疑うし、そうではなかったら人間認定しないまである。

 

 だが、そうだな。

 

「アレキ、お前、機奇械怪を組み込んだ武装は刀だけのようだな」

「ええ、はい」

「何故だ?」

「何故、と言われましても……」

「強くなりたいのだろう。ならばまず装備一式を整える所からだ。人間には限界というものがある。時折それを外す阿呆がいるが、お前はその類ではない。機奇械怪は言わば全身機奇械怪系装備なんだ、刀一本で相手をしよう、という方が傲慢だろう」

「……なる、ほど」

「うむ。ではこれからホワイトダナップに戻り、装備を整えるとしよう。お前の出勤時間も迫っているしな」

 

 これはフリスも気にしていたことだ。アレキにしろチャルにしろ、いいやミディットやクリッスリルグの二人にも言えるが、どうにも装備が薄すぎる。生身と武器一つで戦うのがカッコイイ、とでも思っているのかは知らないが、もっと全身に仕込みやプロテクターを張るべきだ。

 時の英雄たちは皆、身体中に機械を仕込み、生身では到底あり得ない跳躍や攻撃を以て機奇械怪に対峙してきたのだから。古井戸が良い例だな。

 

「兄上、ちなみにどのようにして帰還するのですか?」

「まず、飛行船を呼ぶ」

「おお」

「これは掴まえた盗掘者を引き渡すためだ。ああ、既に呼んであるから安心しろ。もう来る」

 

 言葉が終わるか終わらないかの時点で、通信が入る。

 二、三言メッセージを返して、次に降りてくるのは頑丈なワイヤー付きの服を来た隊員。俺に敬礼を一つして、先程掴まえた盗掘者と、俺が裏で捉まえていた盗掘者三名をワイヤーに括り付ける。救助活動を思わせる連行は、互いがベテランゆえにスムーズに終わる。

 

「……えっと、行ってしまいましたが……私達は?」

「時にアレキ。お前は鉤縄というものを知っているか?」

「え? あ、はい。映画などでよく見る……」

「うむ。かつてはリチュオリアも取り入れていたが、ホワイトダナップに上がる際に捨てられた技の一つだ。俺はそれを、ホワイトダナップから落ちた瞬間、島の基盤底部にひっかけておいた」

「……申し訳ございません。あの時は恐怖とパニックで気付くことなく……。……えっと」

「うむうむ。つまり今、ホワイトダナップからはロープが垂れ下がっている。後はわかるな、アレキ」

「いえわかりません。時に兄上、ホワイトダナップが上空何メートルにあるかご存知でしょうか」

「凡そ十二キロメートルの所だな」

「……登るんですか」

「ああ!」

 

 アレキに足りないものは幾つかある。戦い方、効率化、これから揃える装備一式。

 そして、先天性を覆さんとする血の滲むような努力。

 

「十二キロメートルくらい、ランニングするなら簡単だろう?」

「ランニングするなら簡単ですよ兄上。ランニングなら!」

「登るのも変わらん。もっとも、効率の悪い登り方をすれば無理やもしれん。疲れ果て、地上に落ちるかもしれぬ。良いかアレキ。何事も効率だ。人間関係以外な!」

「……」

「はっはっは、地雷を踏んだな。赦せ」

 

 ということで。

 まずはロープのもとまでダッシュ。そこから気の遠くなるようなロープクライミングだ。

 修行修行!

 休んでいる暇はないぞぉ!

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

「どうだアレキ。十二キロメートルを登り切った感想は」

「二度と……したく、ない、です」

「ふむ? 異なことを言う。俺の仕事を手伝うんだ、毎回落ちるし、毎回登るぞ」

「……」

 

 意外や意外、アレキは俺の速度にちゃんとついてきて登り切った。無論かなり遅めにしてはいたが、それでもロープクライミング初心者だと考えれば相当だ。やはりアレキは学習速度とその記憶能力に長けている。最年少奇械士なだけはある、という事か。

 ちなみに俺は奇械士の資格試験の教本を見て奇械士になるのは嫌だと思った。覚えることが多すぎるし、絶対現役の奇械士でも覚えていないだろう細かいルールが書かれ過ぎている。俺はフリスよりか頭の良い方だが、それでも受けるのは無理だ。

 そう考えるとやはりチャルは凄いし、チャルを受からせたアレキも凄いのだろうな。

 

「さて、息は整ったか、アレキ」

「……はい。問題ありません、兄上」

「なら行くぞ。ああ、といっても行くのは奇械士の調整屋ではないのでな。ほれ、手を貸せ」

「う……その、姫抱きは恥ずかしいのですが」

「なら俵抱きにするか?」

「それはそれで……」

「まだるっこしい奴だな。いいだろう、俺達は兄妹だ。ほら、──よっ」

「きゃ!?」

 

 時間がないと言ってるだろうに。

 アレキの出勤時間である十四時まで三十分を切っているんだ。四の五のうだうだ言ってないで、行動行動!

 

 嫌がった姫抱きにして、またも跳躍する。

 向かう先は南部区画。

 そこから地下へ入り、倉庫区画を抜けた更に先にある──アンダーグラウンド。

 比喩表現でなく、文字通りのアンダーグラウンド。島の最下部……とは行かないが、かなりの下層。

 

 そこまで爆速で行く。

 

「到着だ」

 

 行った。

 

「う……ここ、は」

没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)。まぁ、純潔を着飾る者達(ホワイトダナップ)がどれほど白を着飾ろうと、こういう闇は生まれてしまう、という事だ。その是非如何は今はどうでもいい」

 

 南部区画の治安が悪いのは、何も開発が遅れているから、だけではない。

 こういう場所に繋がる"穴"がそこら中にあるためだ。そしてここは無法地帯。平然と飼い慣らされた機奇械怪が売られていたり、武器類防具類があったり、まだ齢十五であるアレキには見せられないオミセも沢山ある。

 その陰鬱とした、暗鬱とした空気のそこをずんずん進んでいく。俺はここ常連だからな、ちょっかいかけてくる奴はいない。

 

「おぉ、ケルビマの旦那! なんだ、今日はえらい別嬪連れて来たなぁ。しかも未成年者! へへ、なんだなんだ、人身売買に興味が出たかァ?」

 

 いた。馬鹿が。

 

「貴様、兄上に対し──」

「アレキ、ここでは身分や格式は存在しない。礼儀はあるがな」

「ヒッヒッヒ、なんだ、怒らせちゃったかぁ、ごめんなぁお嬢ちゃん。あぁそうだ、ホレ、お詫びに飴ちゃんやるからよ、機嫌直してくれねぇか?」

「……わかりました。申し訳ございません。初対面の方に突然殺気を飛ばすなど、無礼を」

「ああ、貰うのは良いが食べるなよ、アレキ。それは媚薬の練り込まれた飴だ」

「びやく……? とは、なんでしょうか、兄上」

 

 おおっと純情少女。

 そうだよなぁ、この歳の頃で、剣に明け暮れたアレキが知っているはずもないか。

 

「ヒッヒヒッ! 食べただけで男が欲しくモガフッ!?」

「違法な薬物が入っている、という事だ」

「なっ……そんなものをお詫びと称して渡したのですか? 兄上、やはりこの男、叩き斬るべきです!」

「それには同意するが、今ではない。ヒースリーフ、俺達は今急いでいる。話しなら後にしろ」

「ヒヒヒ……あぁ、邪魔したな、ケルビマの旦那。それと、この貸しは……アンタの"大切なモノ"がわかったって情報でチャラにしてやるよ」

「そうか。ありがたいな。だがあまり踏み込むなよ、ヒースリーフ。俺はそこまで気が長くない」

「ああ、引き際は弁えるさ。……オサフネなら奥にいる。今日は珍しく酒を飲んでねぇからなぁ、マトモな話ができると思うぜ」

「情報感謝しよう。行くぞ、アレキ」

 

 アレキの手を引いて、奥に向かう。

 正直に言えば、ここはあまり好きではない。

 掃き溜めなのだ。「英雄に成れなかった人間」「英雄から取り溢された人間」「才能はあるのにそれを活かせなかった人間」。俺の嫌いなもののオンパレード。先ほどのヒースリーフだって、その情報収集能力は他者に引けを取らない。数分前に起きた事件のあらましの全てを知っている、というくらいには根を這わしている。

 その性格が他者を遠ざけているが、かつては管制区域で働いていた程には有能な人材だったのだ。

 ここはそういう人間が集まっている。

 才を持ち、性格が邪魔をし、持て余し、零し、ドロップアウトした成れの果ての集まり。

 それが没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)

 

 だが──だからこそ、表では売られていないものも多く扱われている。

 

「ここだ。オサフネ、いるか」

「……アラ? ケルビマじゃない。久しぶりねぇ、元気してた?」

 

 声を掛けてすぐのこと。

 とても──とても扇情的な格好をした女性が、奥から出てくる。胸元は大きく開いているし、腹部や足のほとんどはシースルー素材によって露出しているに等しい。隠れている部分の方が少ないくらいの、女性。

 

「無論、俺は生まれてこの方病を患った事が無いからな」

「流石ケルビマ、つ・よ・す・ぎ。……それで? アタシの家に女連れてくるなんて、もしかして当てつけ?」

 

 オサフネ・チグサガネ。

 それが本名であるとは思えないが、とかく武器作り、防具作りに長ける他、機奇械怪の構造や転用にも詳しい女性。昔少しだけ機奇械怪について手解きしたのがダメだった。そこからのめり込むように機奇械怪にハマり、今では盗掘者を雇って地上の死んだ機奇械怪を買い漁る始末。俺はそれ取り締まる側なんだがな。

 

 とはいえ腕は超一級だ。奇械士の御用達の店が型にはまった、美しい武器を扱う武具店だとすれば、ここは型をぶん投げて美しさを側溝に捨てて、実用性と奇抜さだけを重視した趣味の店。

 

「妹だ」

「……へぇ、へぇ、へぇ! 妹! アナタ妹がいたのね。そう……そうそうそう。へぇ、言われてみれば、よく似ている……」

「彼女に俺と同じ装備一式を。値が張るとしても問題ない。作ってやってくれ」

「いえ、兄上。これでも私はそれなりに稼いでいて……」

「それはお前の趣味や片恋相手のために使え。なに、俺の金は溜めるだけ溜めて使い道がないのでな。問題は無い」

「……え、なに? ケルビマアナタ……そんな奴だったかしら。昔のアンタはもっとこう……他者に一切の興味が無くて、突っかかってこようものならすべて斬り殺して。そんな、抜身の刃みたいな……」

「妹の前だ。丸くもなる」

「なりすぎよぉ!」

 

 まぁ確かに、フリスから受けた入力が大きすぎた、というのはある。俺の人格が一部変異するレベルで入力を持ってきやがってくれたせいで、周囲の人間にそう指摘されるくらいには変わってしまった。

 記憶。十五年間の、暖かな日常。誰を殺すことも無く、誰と敵対する事も無く、父母に愛され、友を作り友と過ごしフレシシと軽口を叩き、チャルと恋仲となって……ただそれだけの、ゆったりとした日常。

 あるいはあのエンジェルさえ送り込まれてこなければ、未だフリスとして、チャルを奇械士にすることもなく、キューピッドを作り出すこともなく、俺に入力をすることもなく──卒業まで行っていたのだろう。その先も。

 

 それが、思いのほか大きかった。

 別に学校生活くらい何度も体験したことがあるし、友人も、恋人も、数えるのが億劫になる程いた。今回が初めてではない。ただ、十五年のすぐあとだから、こうも影響を受けている。

 ここから一世紀二世紀と経たば、また元の俺に収束するだろう。

 

「……マ、いいケド。で、アナタと同じ装備って言ったかしら」

「そうだ」

「……使いこなせるかはアタシの領分じゃないからいーけど……ごめんなさい、今素材が少し足りないわ」

「何が足りない?」

「装甲系とバネ系、あとピストン系ね」

「了解した。詳細な種別についてはあとで通信端末に送っておいてくれ。……そうだな、三日。三日後に素材を集めてくる。それまで、他に作れるものを作っておいてほしい」

「オッケー。……あ、デザインは女の子用でいいのよね?」

「あまり露出の激しいものにするなよ。余計なシースルー等が入っていたらその場で斬る」

「ハイハイ、シスコンお兄様の逆鱗の触れないよう頑張るわぁ」

 

 それだけ言って、オサフネは店の奥に戻って行った。

 接客のせの字もないのはルイナードじゃ当たり前のことだが、まぁ、彼女にも少しばかり思う所はあるのだろう。

 

「アレキ、では三日後までに、全ての素材を集めるぞ」

「……成程、そのための三日でしたか」

「ああ。だが、とりあえず今日はここで終わりだ。出勤時間に間に合わんだろう」

「はい。……正直、この場については納得のいかない事も多いのですが、……今日という日が私にとって、とてつもない糧になった事は事実です。兄上、深い感謝を。そして、これからもよろしくお願いします」

「うむ。……さて、ここから出る方法はわかるか?」

「わかりません!」

「うむうむ。では送って行こう」

 

 三日間。

 それでどれだけアレキを強くできるか。

 オサフネも言っていたが、俺の使う装備は何よりも使いこなせるかどうかが肝だ。使いこなせなければ──まぁ、アレキはそこまでだった、と。

 それだけだろう。

 

「爆速で行く。舌を噛むなよ」

 

 今度は二分で行った。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、ケルビマ」

「……人払いはしたのか?」

「はい。恙なく」

 

 アレキを協会に送り届けて、家に戻って。

 出迎えて来た父ガロウズに連れられて、奥の奥の部屋。ガロウズの書斎へ行く。

 

 ここは流石にどの使用人も、家族も来ないからな。

 

「……いや、いや。それで、アレキはどうですか?」

「なんだ、心配か? 人間だ、お前にとっては敵だろう」

「十五年育てた存在ですからね。多少の愛着は湧きますよ」

「そのようなものか」

 

 ──アレキの前でのやり取りからは考えられない、明らかに上下関係の変わった口調。

 それもそのはず。

 

「そうだ、ガロウズ。お前、動力炉は最新のものにしているか?」

「動力炉ですか? はい。素材、形状共に最新の……ああ、いえ、申し訳ございません。最近地上に降りていないので、私が確認した限りの最新を用いております」

「ふむ。少し見せてみろ」

「はい」

 

 ガロウズが衣服をはだけ、その皮膚を破き──金属を露出させる。

 その奥。黄緑色に光る、動力炉。砂時計を思わせる形をしたそれは、生物ではなくオールドフェイスを効率的に使うための形状。

 

「……まぁ、及第点だな」

「ありがとうございます。しかし、どうしてこのタイミングなのでしょうか」

「なに……フリスの元にあったフレシシ。アレがあまりに古い動力炉を使っていたのでな、気になっただけだ」

「あぁ、姉上。……姉上は私の事を記録していないのでしたか」

「フリスもフレシシもお前の存在は知らなかったさ。特にフリスを作った時の開示情報はあまりに少なかったからな。あぁ、フレシシも、フリスの付き人にした時記憶を消去したんだったか」

「失礼を承知で言いますが、相変わらずの不思議生物でございますね、ケルビマ」

「はっはっは、上位者とはそういうものだ。俺もどこまで知ってるかわからん」

 

 俺は上位者だ。

 そしてガロウズは機奇械怪だ。正確には、アレキを産んだアレキの母が死した時、ガロウズも死んだ。その遺体を今のガロウズとして再利用したのが俺だ。ガロウズの脳から吸い出した記憶データをガロウズに模した機奇械怪にインストールし、ガロウズはその自覚部分以外、ガロウズ・リチュオリアの全てを引き継いで機奇械怪になった。

 フレシシと少し違う製法であるのは、単純に記憶というもののデータ化に関する実験において起きた死者だったから、というだけの話。つまりはまぁ、アレキの父母を殺したのは俺、ということにもなろう。だいぶ間接的だが。

 

 ああ、それでも俺はちゃんとアレキの母の息子だ。

 フリスのような拾われ子とは違う。

 

「観測できている限り、ホワイトダナップの英雄は二人。クリッスリルグは二人合わせて一人分。チャルと……そしてまだ見ぬ最強の一人、か」

「アレキは辿り着けそうですか?」

「本人次第だな。欠片程度の才はあるが、今すぐ劇的に、となると難しい。年単位での努力をすれば、というところだ。……だが」

 

 今朝アレキが見せた、"変化"。

 あれは紛れもなく特技……才能に近い何かだ。

 今のアレキでは絶対に英雄にはなれない。あ、絶対は言い過ぎた。99%なれない。

 だが今のアレキを捨て、更に捨て、完全に一新すればあるいは……という可能性を見た。

 

「育てる価値はある、と言ったところだな。……が、問題は」

「恋路、ですね」

「うむ……」

 

 まったく、フリスの時の無計画性には頭を悩まされる。いや俺も特に変わりなく無計画な部分はあるんだが、フリスはそこに悪戯心が加わるからな……。あそこでちゃんと死んで良かったというべきか。

 あの悪戯心に関しては、それこそ平和を十五年間過ごしたがゆえのもの。俺はそうではないからな、リスクヘッジがある程度しっかりしている。

 

 ……そん、な、ことは、ない……かもしれないが。まぁ。まぁまぁ。

 

「そこで、どうだろう、ガロウズ」

「なんですか?」

「チャルをこの屋敷に呼ぶ、というのは。そしてちょっと細工して、最高峰に頑丈な部屋を作って、こう、二人だけ閉じ込めて」

「その部屋、誰が作るのですか?」

「お前以外に誰がいる」

「ですよね……。はぁ、結構大変なんですよ? 使用人やアレキにバレず、屋敷を改造するのって」

「ならば使用人に暇を出せばいい。ああいや、解雇しろ、ということではない。休みを取らせろ。どうせアレキはこれより俺と修行に明け暮れるのだ、屋敷の掃除などお前ひとりで十分だろう」

「掃除までさせるんですか!?」

「……なんだ、嫌ならフレシシでも呼ぶか? あいつはメイドスキルぴか一だぞ」

「いえそれは……姉上に申し訳ないですし」

 

 ガロウズは正式なフレシシの後継機だ。ピオとは違う。

 よって明確に姉という意識があるらしく、加えて迷惑をかけたくない、みたいな意識から、今まで一度も接触してこなかったとか。

 俺としては機奇械怪同士学び合い教え合い高め合ってほしいのだが、確かに絵面として老人と年若いメイドがイチャイチャしているのは思う所がある。

 

「とにかく作っておけ。十日後くらいには呼ぶからな!」

「うわぁ、機奇械怪使いが荒い……。そんなだから願い成就しないんですよ……」

「関係無かろう!」

 

 あの拗れに拗れた関係性。

 俺が爆速でくっつけてやろう……!



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人間を評価する系一般上位者

 装甲系、バネ系、ピストン系。

 それぞれ特異プラント種『ドロセラ』、基本ハンター種『フログス』、特異プレデター種『ボアー・クリスタル』。この内フログスは撃破が容易な部類の機奇械怪だが、生息している場所が人間にとって厳しい環境にある。

 また、ドロセラはプラント種の名の通り特定の場所にしかいないし、ボアー・クリスタルは山の中にしかいない。つまりどれもこれも手に入り難く、だからオサフネに在庫が無かった、というわけだな。

 さて、これらを俺が取って来る事は容易だ。

 だが当然アレキの修行をメインにしているので、アレキにやらせる必要がある。ただしホワイトダナップの航路を俺が勝手に動かす、なんてこともできなければ、都合よくそれらがいる場所に盗掘者がいることもない。

 期限は三日後。無論誰かから入手・購入するという手もあるが、それじゃあ修行にならん。

 

 なればどうするか。

 

「兄上……ここは?」

「現在地上に残っているのは五国だけだが、ホワイトダナップが飛び立った時には八つの、その少し前には九つの国があった。それは知っているな?」

「はい。エルメシア、ラグナ・マリア、ジグ、再建邂逅、聖都アクルマキアン、港湾国家ダムシュ、魔都クリファス、法国ネイト、そして皇都フレメア。……ですよね?」

「そうだ。そしてここはかつて魔都と呼ばれていたクリファス。廃都クリファスだ」

 

 ホワイトダナップから降りてやってきたのは、廃都クリファス。

 五十年ほど前に滅びた法国ネイトは黒魔術を、そしてこの魔都クリファスは錬金術を使おうとしていた国だ。どちらも《茨》のことをそうだと勘違いした結果であり、敵対していたくせに最後は機奇械怪のせいというよりは自国の分裂で滅びた哀れな似た者同士の国。

 とかく、このクリファスは滅びていて、周囲を山に囲まれているために人目につかず、さらに霧が立ち込めているために()()()()()()()()

 

 具体的に何が都合良いのかと言えば。

 

「アレキ、来るぞ」

「来る? ──なっ!?」

 

 深い深い濃霧の向こうに、突如巨体の影が現れる。

 特異プレデター種ボアー・クリスタル。()()()()()()()()()()()機奇械怪。この濃霧は転移光も何もかもを覆い隠してくれるので、アレキの影で俺が何をしていようがバレることはない。

 刀を抜き、柄の機構に手をかけたアレキにストップを出す。

 

「あぁ、刀の機能は使わずに倒してみろ。特異種だが、基本種と動力炉の位置は変わらん」

「……わかりました」

「露払いはしてやる。お前はアレに集中しろ」

 

 咆哮を上げてボアー・クリスタルに挑んでいくアレキを見送って、俺は地に座る。胡坐をかく。

 ボアー・クリスタルは四つ足で跳ねるボーリング装置のようなものだ。獲物の上に飛び乗り、高速で食らいついて息の根を止め、その後も相手を穴だらけにしながら食い尽くしていく。

 跳躍力はアレキでは追いつけないものだが、それ以外はなんてことのない機奇械怪。上手くやれば、無傷でも倒し切れるだろう。

 

 しかし、ふむ。

 

「……滅びたのは五十年か四十年か、それくらい前だというのに……まだ残っているか」

 

 人間。

 朽ち果てた国に生命はいない。露払いと言ったが、だからこそ機奇械怪もいない。生物のいないところでは機奇械怪も生きてはいられないからな。

 だが……なんとも。

 まだまだ進化は先なのだろう、と感じてしまう。

 ここにはこれほどエネルギーがあるのに、ここを捨て、外を目指す機奇械怪。九つの国があった頃より機奇械怪は数を減らしている。当然だ。餌である人間が、有機生命が滅亡に向かいつつあるのだから、いずれ機奇械怪も滅びに向かう。

 彼らはまだそれを理解していない。食べ続ければ無くなる。それが理解できない。

 

 あるいは、フリスの実験における『TOWER』の箱庭。

 あの閉じられた世界においては、早々に餌が枯渇した。だから機奇械怪達は餌を飼育し、管理する、という所まで行きかけていた。無論機奇械怪に人間の怪我の具合やら命の灯火を理解できるわけではない。だからあの場で管理されていた餌はいずれ死んでいたことだろうが、それでも「管理する」ことまでは覚えたのだ。

 それは結局フリスからの入力……TOWERの出現あってこそ。非常に狭い閉鎖空間だったからこその話だが、それでも人類が滅亡に近くなれば機奇械怪達が協力し、妥協し合い、餌を管理する方向に動くかもしれない、というサンプルは得られた。

 十二分な実験結果であると言えるだろう。

 同時に──それ止まりか、と。

 ため息を吐かざるを得ない。

 

 機奇械怪は増殖と自己改造の化け物だ。

 その本質、というか特筆すべき点はその自己改造の自由度にあり、ゆえにこそ日夜特異種や融合種の新種が生まれ続けている。

 なれば有機生命以外からエネルギーを抽出する術を開発する機奇械怪が、一体。一体くらい出てきても良いと思うんだが。

 

「……」

 

 手のひらを上に向け──そこに、四十枚程のオールドフェイスを生成する。

 

 サンプルは渡してある。

 地上にいる機奇械怪は、その死の間際に全体へフィードバックする術を持つ者も多い。

 

 何故だ。 

 何故、そこで止まる。

 

「兄上」

「む。どうした、無理か?」

「いえ、終わりました」

「何?」

 

 オールドフェイスの全てを転移させた直後くらいか、アレキがそんなことを言ってきた。

 見れば、その手にはボアー・クリスタルの動力炉が。そしてクリファスから機奇械怪の反応が無くなっている。

 ……早いな。

 

「濃霧で見えなかったが、どのようにしてこれを奪った?」

「はい。基本種と同じ位置にあるとのことでしたので、ボアー・クリスタルの頂点まで登り、捕食行動後に戻って来たボアー・クリスタル本体の動力炉を切り落としました。兄上の言う通り、露出した動力炉を首に見立てる、というのは私の戦闘スタイルに合っているようで、効率化が図れたように思います」

「そうか」

 

 ……限定的だが、それらしくなってきたな。

 

「では、追加だ」

「いえ、先程軽く捜索しましたが、あの個体以外は──」

「だが現にいるぞ。──ほら」

「ッ!?」

 

 ドロセラとフログスを転移させる。余裕そうなので各種三体ずつ。プラス、ボアー・クリスタルももう一体。

 キツくなければ修行にならんからな。

 

「あり得ない、どこから……」

「それがお前に関係あるのか、アレキ。今は必要な部品さえ手に入ればいい。そうだろう」

「……行きます」

 

 まぁそろそろ疑念を抱いても良い頃合いではある。

 クリファスに来たはいいものの、当然こんな所に盗掘者はいない。いたらもっと機奇械怪がいる。何故いないのかと言えば、立地が悪いからだ。盗掘者とて命を捨てて盗掘を行っているが、ちゃんと機奇械怪から身を隠すし、逃げる。ここはそれができないからな。

 加えて、この国は色々と曰く付きだ。盗掘者が寄り難いのもわかる。

 アレキが何かに気付く前にアレキの修行を終わらせたい部分は大きい。俺は勢いで押すタイプだ。フリスのように口が達者ということはない。

 

 見る。突如現れた複数の機械と戦う妹を。

 

 機奇械怪の進化。

 悲願だ。俺達からの入力を受けない状態での進化。

 何故できない。何が足りない。

 人間はこんな短時間でこれほど進化していくのに、何故お前たちは学ばない。愚かしくも動力源ばかりを追い求める。

 

 ……あるいは、唯一の成功例に習うべきか。

 古井戸。彼と共にいた、ピオ・J・ピューレ。

 デッドコピーに近い性能でありながら、自己を改造し続け、英雄に並び立たんとする少女。動力源にこそ改良はないが、アレは俺達からしてあり得ないと言わしめるレベルのスペックになりつつある。フレシシに並ぶデッドコピーなど誰が考えつこうか。

 必要なのは、愛か。

 つまりそう──人間同士、ではなく。

 

 人間と、機械の。

 

「……機奇械怪の子供を……奇械士協会に送り込んでみる、とかどうだ」

「中々面白い考えだと思うよ」

「む……フリスか。なんだ、退屈になったか」

「そりゃね。自由に動けないのはつまらない。けど、悪くはないよ。僕は十分動いたし、そろそろ交代する頃合いでもあった。君はまだまだ現役だろうけど、僕は稼働から343年。進化どころか退化さえ繰り返す機奇械怪を見るのは飽くというものだよ。逆に、人間を見ているのは楽しかったけどね」

 

 オールドフェイス。

 先程作った内の一枚が、転移し損ねていた……というよりは掠め取られたのだろう、ソレがぼんやりとした光を纏い、靄を纏い、そうして一人の少年の姿を取っている。

 機奇械怪の群れに苦戦するアレキを楽しそうに見つめながら、それはもうニコニコと。

 

「なんならお前が入り込むか、フリス」

「それはダメだよ。チャルがいるし。彼女には見抜かれるよ。たとえ外見がどれほど違っても、僕だ、って」

「……ご執心だな。お前の記憶の入力からは、そこまで価値ある英雄には見えなかったが」

「おや、そうかい? まぁ君は時の英雄の経験も入力されているからね。肉体的に劣る人間には然程興味を持てないんだろう」

「そのようなものか」

「そんなものだよ」

 

 俺はフリスの記憶の全てを有している。入力は完璧だった。つまり今の俺はケルビマとフリスの混じり物。だからこそ、俺の考え方によってフリスの記憶は捉えられる。

 逆に誰とも混じっていないフリスはフリスの記憶を自身の感覚で捉えられる。そこに差異が生じるのは当然だ。俺もこの先何世紀と生きたらアレキに対する執着が薄れゆくだろうし、死して次なる者に取り込まれたら、それはそれで新たな見方が生まれるだろう。

 

 だから──少し、羨ましくあった。

 

「どうだった」

「チャルと恋仲にあったこと、かい?」

「ああ。今までも人間と恋をした事はあったが、どれも薄味でな。それは時が経ち過ぎている事に起因するが……どうだった。お前の記憶にある限りの学校生活。恋人としてあった記憶。それらはどれも暖かなものだった。だがそれだけだ。お前がそこまでの評価をするものとは思えない」

「ふふ、教えないよ」

「……独占か。まぁ、そうだろうな。……俺も死したとして、今この胸に去来しているアレキや他の者達に関する感情は……ただの記憶として引き渡すだろう」

「おや、気になる人間がいるのかい?」

 

 思い浮かぶ人間は、まぁ、いた。

 恋心というわけではない。どちらかというと──育てたら面白そうだ、という興味。アレキはチャルの相手として段階を上げるために修行してもらっているが、個人的にはそこまでの感情が無い。妹ゆえ、あるいはフリスであった時の学友ゆえの親愛はあれど、同時に最後の当てつけが悪感情を引き起こし、中和されている感じはある。

 だから、アレキではない。

 

「いる。……だが、どうだろうな。俺は」

「あはは、悪くないんじゃないかな。上位者が恋をしちゃいけない、なんて誰か言ったのかい? まぁ人間やら機奇械怪に恋をする気持ち、なんてのは僕にはわからないけれど、いつの時代にも偏愛を覚える存在は一定数いるものだよ。君には僕からの多感な入力が多かったからね、そういうおかしな情緒を覚えるのもおかしくない」

「……既に死した者は気楽だな。言葉に責任感が無いぞ」

「面白い事を言うね。僕ら、責任感なんて言葉に縛られた事あったかい? いつだって好きに機奇械怪を動かして、人間を振り回して、そして毎回毎回『あーあ、今回もダメだったな』って言ってたじゃないか」

「身勝手の権化だと言いたいのか?」

「君がそうでなくなったというのなら、それは喜ばしい変化だよ。上位者である僕らだって成長はしてみたいんだから。あはは、でも本当に良い事だと思うけどね。僕は"英雄価値"以外に一切の興味が無いけど……それ以外に何か価値を見出せるのなら、まわりまわって機奇械怪への新たなアプローチになるかもしれない」

 

 フリス・クリッスリルグ。あるいはただのフリス。

 別に俺達に肉体の枷なんてものはない。人間に混じるために持っているだけのコレは、不壊にすることも脆弱にすることも自由だ。人間や機奇械怪がどれほど力を籠めようと、あるいはギロチンや鉄球などで破壊せんとしようと、一切欠けない身体にもできる。反対にチャルのような非力な少女が《茨》を用いただけの弱々しいパンチで吐血する事も出来るし、上空からのハルバードの一撃で全身を割断される事もできる。

 関係ない。肉体に意味など無い。無くても問題ない。

 ただ、問題ないだけで、必要ではある。というのも、肉体は楔なのだ。俺達上位者がその場にとどまっているための楔。これがないとホワイトダナップの慣性に引っ張ってもらえず、すぐに外に出て行ってしまう。追いつけばいい話だが、毎度毎度それをするのは面倒が過ぎる。

 だから肉体は必要だ。ただ肉体でなくとも良い、というだけ。それはたとえば、オールドフェイスとか。

 

 よって今俺の隣に浮遊しているのは幽霊などの類ではなく、正真正銘のフリスだ。役割を引き継ぐために俺への入力をして、やることが無くなったから概念としてその辺に浮いていたフリス。

 

「フリス。結局お前の死では、世界はほとんど動かなかったな」

「うわ、嫌味かい? 君の性格からは考えられない程陰湿だね。クリファスにアテられたのかな」

「そうではない。だが、お前の予測は外れた、という話だ。……あれ程の事があってもホワイトダナップはその方針を変えなかった。チャルもアレキもクリッスリルグ夫妻も、あれだけの事があって、お前が死んで、尚も変わらない。変わろうとしていなかった。俺が働きかけなければ──」

「あはは、別に悪い事じゃないよ。変わろうとしなかった事自体が変わった事だし。それに、チャルとアレキは変わろうとしているよ。両親は悲しみを振り払って日常に戻ろうとしているみたいだけど、それじゃあつまらないからね。いつまでも悲しみを引き摺っているチャルの方が、そしてチャルから冷たくされて燻っているアレキの方が、よっぽど変わっている」

 

 フリスは、靄となった身体の中心に置いたオールドフェイスを掴む。

 

「僕は感情のプロフェッショナルだからね、武人過ぎて鈍感な君に教えてあげよう。──女心と秋の空。遥か遠く昔にあった島国が残した言葉だ」

「……秋、などという単語を久方ぶりに聞いたな。その言葉も意味も、別に教えてもらわずとも知っている。何が言いたいのかはわからんが」

「君が見定めた、見限った時点から。いいや、僕が見限った時点から、彼女らはもうまったくの別人になっているって話さ。そして君が気になっているヒトも、ね」

 

 ピン、と。

 ほとんど実体を成していない手で、指で、オールドフェイスを弾いてトスして。

 

「──兄上。終わりました」

「む……ふむ。やるじゃないか、少しばかり評価を改める必要がありそうだ」

「ありがとうございます」

 

 キャッチしようとしたら消えたその硬貨。溜息を吐きたくなる。

 

 ……何か悪戯心が働いたな。

 フリス。奴の突発的な悪戯心による無計画性は、本当に厄介だ。大人しく死んでいてくれればいいものを。

 

「時間も丁度いい。ホワイトダナップに戻るぞ、アレキ」

「はい!」

 

 というか。

 俺も俺で、無計画だったやもしれん。

 三日で集めるはずの素材、一日目で揃ってしまったな。

 

 ……まぁいいか。早いに越した事はないだろう。

 

「では帰るが──アレキ」

「なんでしょうか」

「この国。何か気になった事はあるか?」

「気になった事、ですか?」

 

 もし、本当に。

 彼女が変わっているというのなら。俺の見出した瞬時に"変わる"それではなく、本当に何かが変わっているのなら。

 

「申し訳ありません、特には……」

「……そうか。いや、良い。余程優れた感覚を持つ者でなければ感じ取れぬことだ。お前はまだその域に無い。ああ、そう落ち込むな。俺がその域に達するまで育ててやると言っているんだ」

「はい。……頑張ります!」

「うむ、その意気だ。では今日もロープを登って帰るぞ」

「うっ」

 

 どうだろうな。

 俺には、どうも。お前が心を向ける程の"英雄価値"があるようには見えないが──。

 

 

 

 

 

 没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)を行く。今日は一人だ。

 アレキは奇械士の仕事があるのでそちらに回した。

 

「オサフネ、素材を持ってきた……ぞ」

「あぁに? あ、けるびま~! あによ、今いんしゅちゅ~。用ならあとにして」

 

 無駄骨を知る。

 オサフネは大酒飲みでありながら、酒に弱い。上位者としては「酒に酔う」という感覚を多少羨ましく思う事はあれど、やはりその荒れ具合というかアレ具合を見ると、何故毒を自ら煽るのか、という憐れみを覚えざるを得ない。

 

「けるびま……丁度良かったぁ、さいきんヤってないのよ、ちょっとよってってよ~」

「断る。今日が無理なら俺は帰る」

 

 生殖機能は機能しないことはない。生まれる子供は普通にオサフネとリチュオリアの血を継ぐ者になるだろう。上位者にはならないが。

 が、これと言って必要性を覚えない。況してや快楽を得るためだけの行為など、生命力を無駄に消費するだけだ。

 

「また明日来る。ではな」

「あぁん、もう、つれないんだから……」

 

 オサフネの武具屋を後にする。

 まぁ、元から三日後の約束だった。だから彼女が今酒に溺れていても問題は無い。しかしそうなると、少しばかり時間が空いてしまったな。

 

 ルイナードを少し歩く。

 あまり好きな場所ではないが、だからこそいつも見なかった事にしているモノを見る事の出来る場所だ。

 堕ちた者。

 才能を地に捨てた者。

 英雄ならざる、しかし凡夫ではない者。

 

「よぉ旦那。久しぶりだな」

「む? ……あぁ、ダッグズか。上に戻ったと思っていたが、まだここにいたか」

「ハッ、何年前の話だよ。……少し前にまたドロップアウトしてこのザマさ」

「また女か?」

「いいや、今回は詐欺さ。カモられちまったんだ」

「それは解決したのか? 警察には」

「ああ、解決してる。アンタが手ェ出すことじゃないよ。ま、なんだ。金が返って来た時には遅かったってだけだ」

 

 ダッグズ。

 元奇械士でありながら、そのどっちつかずな性格から複数の女性に好かれ、断れず、最終的に全てを失ってここへ堕ちて来た男。

 俺が最後に見た時には正規の手段で金を稼ぎ、南部区画のアパートに部屋を借りてここを出て行かんとしていたが……。

 今度は詐欺。

 まぁ、なんだ。

 ホワイトダナップもそろそろ寿命なのだろう。かつては誇りある貴族──選民思想に染まっていたとはいえ、民を守る心も有していた貴族らの末裔。ホワイトダナップが飛び立つ時には自らの領地の民を連れて行きたいと熱望する者も少なくはなかったし、それ以外にも「見捨てるなんてとんでもない」と抗議した者も多かった。

 しかし、ホワイトダナップの民の全てが貴族となり、ゆえにこそ全員が同列になったことで誇りが、尊さが薄れ……こうして容易に悪事を働く者が増えてきた。

 騙す者。騙される者。

 リチュオリアがホワイトダナップに同行したのはあくまで「見捨てた者達」を罪人と見ての話だったが、それがいつしか本当の罪人を裁く結果になっている。盗掘者然り、だな。

 

 人間とは短期間で目覚ましい進化を遂げる存在でありながら、同じく短期間で恐ろしい程の退化を見せる存在だとも思う。

 

「そういやよ、旦那。最近ある噂が流れてんだが、知ってるか? 機奇械怪の子供の奴だ」

「……なに?」

 

 今朝方、フリスと話したばかりの内容。

 フリスが何かしたか? 否、それでは最近、などとは言わないだろう。

 

「いや、聞いていない。教えてくれるか?」

「あぁ。といっても詳しく聞くならヒースリーフの方が良いだろうが……」

「お前から聞きたい。奴は肝心な部分を隠すからな」

「わかった。……最近、上……南部区画で誘拐事件が多くなってるのは知ってるな?」

「知っている。先日の教団事件で終わるかと思われたが、まだ続いているということもな」

 

 教団事件。

 つまり、フレシシが誘拐された事件だ。あの時にいた牢の男女のように、ホワイトダナップ全域での誘拐事件が増えてきている。また、攫われた後、遺体として地上で発見される者もいる。これは教団のメンバーが逮捕される事で収束するかに思われたが、むしろ激化した。

 教団が機奇械怪を使役していたことを含め、巡回奇械士の警戒項目に誘拐事件が、警察機構もまた血眼になってこの件を追っている現状だ。

 

「それの続報になるのかわからねぇがな、最近南部区画やここルイナードで、全身機奇械怪に見える子供を見た、ってな噂が蔓延ってんのさ」

「それはつまり、金属に包まれていた、ということか?」

「多分な。見たって奴の誰に聞いても機奇械怪だった、としか言いやがらねえ。んでもって子供だった、ってな」

「……ふむ」

 

 子供か。

 俺の倫理観に「女子供だから余計に可哀想」というものは無いにせよ、単純に改造や融合を施された可能性のある子供がその辺りをふらついていて、且つ機奇械怪に呑まれておらず、人間を攻撃していない、というのが気になる。

 機奇械怪と人間を融合させる技術に関しては、俺達のような完璧なものではないにせよ、無くはない技術だ。機奇械怪の義手義足を持つ者はいないことはない。主に奇械士になるが。

 とかく、いるのだ。それこそ教団事件の首謀者のように、人間と機奇械怪を融合せんとする者が。

 

 下手人はその辺りか、とあたりをつけて。

 

「ダッグズ、具体的な目撃地点を教えてくれないだろうか」

「あぁ、構わねえ。俺としても女子供が酷い目に遭うってな見過ごせねえからな。端末にマップ情報を送っとく」

「感謝する。──だがダッグズ、依頼は正確に言え。金をとる気はない」

「う。……敵わねえな、やっぱ。ま、そうさ。攫われた女の中に……いんだよ。結局あれから連絡なんざ取ってねえが、昔の……女がよ」

「お前をここに落とした女か」

「言い方言い方。別に俺はあの五人の事恨んじゃいねーのよ。旦那、だから──頼む。あいつら助けてやってくれ。んで他の奴らも。金は出せねえが、他のモンならくれてやれる」

 

 まったく。

 だからここは嫌いなんだ。

 その精神性は、明らかに英雄だ。場所が場所なら、時が時なら。

 ありふれてはいるのだろう。予想外の欠片も無い、使い古された"設定"の登場人物。バックストーリーに差異はあれど、こんな優男はごまんといた。

 だが、だからどうした。

 此奴が英雄と同じ精神性を持っている事に変わりは無い。

 

 俺とフリスの明確な違いはここだろう。

 俺はチャルのような特異に対し、けれど弱いという理由で価値を見出せない。フリスから受け継いだことだ、見守りはするし育てはするが。

 だが、フリスの見捨てる量産型の英雄をして、俺はそれを十二分に評価する。

 

 弱きは見捨てるが──ここまでされて、ここまでになって。

 尚も強いこの者を、俺は見限らない。

 

 出来得ることなら、ここで燻っていないで外に出て、機奇械怪に入力をしてほしい。

 だからここを嫌っている。

 

「依頼は承った。報酬は後で要求しよう。精々震えて眠るがいいぞ、ダッグズ」

「あぁ、安心して待たせてもらうぜ、旦那」

 

 ……何故俺がリチュオリアの家に住んでいないか、という答えがここにある。

 

 自分で仕事を増やし過ぎるからだ。

 眠らずとも活動できる俺にとって、この世はやれることが多すぎる──。



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ちゃんと話し合う系一般奇械士

SORRY……SHORT……


 教団事件。

 そも、ホワイトダナップには皇都フレメア時代から引き継がれた宗教が存在している。信仰対象は『空の神フレイメアリス』。とはいえこの神は完全なる偶像……いると信じられ、けれど存在しない架空の神。まぁこの神があるからこそフレメアの民は空に逃げたのだが、昨今。

 機奇械怪の方を神と崇める集団が増えてきた。

 もっともそんなものは今までの歴史にいくらでもいたし、各国で様々な名や形を取って、大事件や怪事件を引き起こしていた者達もいた。

 誘拐事件程度ならば俺達上位者が気にするような話ではない──が。

 

「……こっちか」

 

 フレシシを誘拐した者達は、フレシシが機奇械怪であることに気付いていなかった。その上で動力液を加工したものでフレシシを浸し、彼女に他の機奇械怪を融合させようとしていた。フレシシの証言によれば、彼らは装置を起動する事で機奇械怪の転移を可能にしていたとのこと。転移だ。

 転移装置、というのは中々作るのが難しい。サイキック自体が《茨》に関連する技能であるために、それを理解している必要がある。

 教団事件で捕らえられた者達の中に、それらしい知識を持つ者はいなかった。直接脳を確認したから間違いない。

 つまり、ただ一人逃げ出した男……教団を作り、人員を集め、従わせ、危機を察して瞬時に逃げた首謀者の男がその知識を持つ者であり、あるいはサイキックを使い得る人物だ。

 

 古来より上位者は人間に接してきた。

 その中で幾度か"種"や"毒"を打ち込むことがあった。チャルのように《茨》を《茨》の状態で操った者は一人としていなかったが、"毒"を武器に自爆特攻をしたり、サイキックの断片……微弱な念動力や遠見のような能力を得る者はいた。

 それか、と。

 生き残り。"種"や"毒"を打ち込まれて尚、生き、子を成し、継承された事で能力となったもの。

 それがいるのではないかと──少し、好奇心の昂ぶりがある。

 

 もしそうなら、確実に新たな入力になる。

 今までいた断片の能力者たちは、しかし短命であったり身体が弱かったりと、あまり機奇械怪に関わってはくれなかった。

 だが今回の首謀者たる男は違う。

 積極的に機奇械怪に関わり、人間にも関わり、何かをしようとしている。

 動力液を神の髄液などと称し、融合を神の降臨などと言って。

 

 それは確実に、ホワイトダナップへ起こす新たな風だ。

 

「血痕に弾痕……やはりこの辺りで……む」

 

 今俺は、南部区画を練り歩いている。

 時刻は深夜。どうも、何者かが複数人に追われているようなのだ。恐らくは誘拐事件。だが、追われている者が存外の抵抗を見せているのか、痕跡が多く残っている。

 飛んでもいいが──さて。

 

「──いや、迷う意味は無いか」

 

 身勝手なのが俺達だと言われてハッとした。

 無論フリスの言葉に惑わされるつもりはないが、どこか人間達に混じり過ぎた事で、セーブをすることを意識しすぎていたらしいのだ。

 良いのだった。別に。

 どうせ今いる人間なぞ生きて五十年。長くて八十年くらいの命だ。何を目撃された所で構わない。

 

 故に。

 

「失礼する」

「!?」

 

 騒ぎの元の上空に転移し、落ちながら──斬る。

 今まさに、人間にとびかからんとしていた機奇械怪を。

 ……まったく。フィードバックをしろフィードバックを。何度同じ手で人間に操られる気だ。

 

「誰だ、てめェ!」

「どっから出てきやがった!」

「ハウンドを正面からぶった切った!? やべぇぞコイツ!」

 

 いつの時代もチンピラというものの吐く言葉は変わらないらしい。

 もう少しバリエーションを増やしてくれたら楽しめるものを。

 

「さて──長い肩書きは持っているが、何、名乗る必要はなかろうさ」

「……何者だ」

「おっと、まさか守った者から名を問われるとはな。はは、成程成程」

 

 成程、誘拐されそうな、されやすそうな雰囲気を纏う女だ。

 弱々しいというべきか。まるで幽姫のような、けれどどこか──屍のような。

 

「そちらこそ名は?」

「貴様が名乗らないのならば、名乗らぬ」

 

 道理だな。

 どちらもが怪しいのであれば、そうするのが必然だ。

 

「まぁ、良い。お前は逃げろ、どこへなりと。こいつらは俺が引き受けよう」

「……何故だ。初対面の者に、何をそこまで」

「うん? あぁ、そうか。いや何、単純なことだ。ただ、単純に──」

 

 刀を抜く。

 彫られた家紋はリチュオリアの物。首の断たれた百合の花。

 

「俺が、罪を断つ者である、というだけの話」

 

 斬る。

 機奇械怪は動力炉を、人間は手足の腱を。

 十数人と十数体を、一度に。

 

 無論。

 俺の身体がどれほど強かろうと、リチュオリアの技にどれほど優れた技があろうと、こんなことはできない。念動力だ。一振りのせん断力を視界に入った全てに適応した。それだけ。

 夜ならば問題無かろう。それに、五人くらいまでなら念動力を使わずともできるしな。

 

「……逃げたか。良い判断だ」

 

 振り返れば、女はいなかった。

 逃げろと言ったのだから当然だろう。むしろ居られても困る。俺はこいつらを警察に届けなければならんし。

 

 ……ただ、逃げ方が下手だな。

 仕方がない。まぁ、アフターケアというものだ。

 

 点々と落ちている血痕。そこから血液や水分を浮かし、分解する。

 

「では警察へ行く前に、尋問の時間と行こう。──お前たちの本拠地を教えてくれはしないだろうか」

 

 痛みに呻く男衆に問いかけても、返ってくるのは痛みを訴える声ばかり。手足の腱を切った程度で何を言っているんだか。

 ……まぁ、一人くらい、いいだろう。

 

「お前にするか。──さて、()()()()()()()()()()()()()よ。口から出すのと頭から出すのであれば、どちらを選ぶ?」

「ひ……嫌だ、ぁあ、痛ぇ、痛ぇよ、助けてくれ……」

「そうか。まぁ口は悲鳴を出すのに忙しいだろうからな」

 

 涙を流す男の額。

 そこへ、指を突き入れる。

 

「へぇぁ?」

 

 皮も肉も骨も関係ない。俺の五指はそれらを突き抜けて、男の薄い桃色をした脳を触る。

 

「お……で、頭、ぇ、あ?」

「ふむ。成程成程」

「どう、なっぺ……ぐ、ぐぃ、が」

 

 読み取っていく。

 生体から情報を抜き取る術は有していないので、その脳を機奇械怪に変換して、だが。

 創り変える。触れたものを、意のままに。

 

「ギ──」

「……やはり木端に大した情報は渡されていないか。ご苦労だった、ハルト・イシワダ」

「ァ」

 

 そして変換した機奇械怪を握り潰して壊す。万一外に出られたら入力になってしまうからな。

 まぁ、なんだ。

 

「ひ」

「あぁ、安心しろ。お前たちにまでやるつもりはない。お前たちは捕まり、しっかり罪を償うがいい。それが生き残る術と知れ。そうして己の価値を見出すのだ」

 

 でなければ、居ても居なくとも変わらない者として、価値のないものとして。

 そこのソレのように、転がる事になる。

 

 あとは少し殺気を当ててやれば、男たちは呻く事も忘れて気絶した。

 まったく、この中にも才ある者はいくらかいるだろうに、勿体の無いことを。

 

「……しかし」

 

 この人数、どうやって運ぼうか。

 ああ、幻聴だが、フリスの「それでよく僕に無計画とか言えるよね」なんて言葉が聞こえてくる。

 ええいうるさい。一度にやった方が効率が良いだろう。それだけだ、それだけ。

 

「フリス。いるなら手伝え」

「いないから手伝わないよ」

 

 仕方がない。

 全員抱えていくか……。

 

 

 

 

 

 12月11日、昼。

 鉤縄を登る速度を高めたアレキと共にホワイトダナップに帰ってきてすぐのことだ。

 

「あ……」

「あ」

 

 ばったりと。

 チャル・ランパーロに遭遇した。

 ──制服の。

 

「アレキ。体調不良って聞いてたけど、大丈夫?」

「あ、ええ……もう、特には」

「そっか。じゃあ、私帰るから」

 

 学校、か。

 フリスの記憶曰く、生徒はまだ三人だけ。つまりフリスとチャルとアレキしか復帰していない状態だった。そのフリスが抜け、アレキが修行で抜けて。

 

 ……一人か。それは、うむ。うむ。

 

「君。ああ、ランパーロさん。少し待ちたまえ」

「はい?」

「あ、兄上?」

 

 チャルを呼び止め、同時、アレキの首根を掴んで前に押す。

 残念ながらまだ「例の部屋」は出来ていない。だから「今からウチに来ると良い!!」は使えない。

 とはいえ、うむ。

 あまりじれじれされるのは好まん。人間関係に効率を持ち込んではいけないというのはわかっているが、進捗がゼロであるなら何をしても問題無かろう。マイナスになるなら閉じ込めて無理矢理回復させればいい。人間というのは窮地において二人きりになると互いに恋愛感情を抱く。それで万事解決だ。

 だからここで要素をひとつまみ。

 

「金をやろう!」

「……えっと」

「兄上、あの……?」

「学業終わりには遊んで帰るものだぞ、ランパーロさん。アレキも仕事を終えたのだ、めいっぱい遊んで来い。そのための金だ」

 

 強引に、二人に金を渡す。

 まぁ、ビジネス区画のマンションを一年くらい借りられる量を。クレジットでない方のカードだがな。ホワイトダナップはキャッシュレスだ。

 

「うむ。うむうむ。──いいか、アレキ。尊き者を守り節制に準ずるのはリチュオリアの務めだが、学生の身分にある内はその限りではない。遊んで来い。良いな!」

「いえちっとも良くは、」

「ではさらばだ!」

 

 ぽーん、と跳躍する。

 うむ──やはり恋愛にアクシデントはつきものだ。頑張れ若人恋せよ若人。

 人間が生きられる時間は限りなく少ないのだからな!

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……ごめんね、兄は……その、豪快な人で」

「あ、うん……これ、どうしようか」

「その、良ければ全部貰ってくれたら」

「貰えないよ。アレキ、金額見えてる?」

「……何これ」

「ね。でも使わないと使ってないこと見抜かれちゃいそうだし、少しだけ使って、あとは返そっか」

 

 降って湧いた幸運──とは、アレキは思えなかった。

 だってどう考えても無理だ。チャルとは関係改善どころか、時間が経つにつれどんどん距離が離れていっている。互いが十二分な力をつけてきている事も原因の一つで、そのせいでシフトが同じになる事が減っている。本来の協会であれば同じコンビをずっと続けさせる、という方針を取って来たのだが、キューピッドの襲撃事件でいくらかの欠けが出てしまい、それの穴埋めに向かう事が多くなっているのだ。

 つまり、とかく、とにかく。

 

 話しづらい──。

 

「じゃ、行こっか、アレキ」

「え」

「え、って。……私と行くの、嫌?」

「嫌じゃないけど……でも」

「いいから。難しい事、今は忘れて……行こう、アレキ」

 

 差し伸べられた手。

 アレキは、それを。

 

 

 

 

「美味しい。これ……クレープ、だっけ」

「え、何その言い方。もしかしてアレキ食べたこと無かった?」

「……その、家ではあまり甘味が出なくて」

「いやお家でクレープ出てくるトコはあんまりない気がするけど……」

 

 北部区画の複合施設。映画館やら博物館やらが集うこの場所に、二人はいた。

 施設の中の、フロア全体がゲームセンターになっている階。その隅のベンチ。

 そこで、上階のフードコートで購入したクレープを食む二人。

 

「昔はもっと色々食べれたらしいけど、ダムシュとかジグからの交易が無くなっちゃって、色々減っちゃったんだよね」

「ええ、その辺りは頭に入っているけど……結局魚というものがどういう味なのかはわからないまま、ダムシュは滅びてしまって」

「私は食べたことあるけど……うーん、何味、っていうのがちょっと難しいかも。ぱさぱさしてて、油っぽい感じ?」

「鶏肉……に似ている?」

「ううん、全然」

「じゃあ想像つかない」

 

 ホワイトダナップからは、ゆっくりと物が失われて行っている。

 当然だろう。地上に降りることなく航行を続けるホワイトダナップは、食料自給率が著しく低い。少ない貯蓄と下層域の農耕と、合成食糧という栄養のみを重視した味の無い食料でこそ保っていはするが、誰しもが感じていることだろう。

 ──もしかしたら、もう少しで、とは。

 

「ほーら、暗い顔しない」

「ぁ……」

「アレキさ。──なんか最近、カッコよくなくなったよね」

 

 ぐっさり。

 アレキの胸に、ナイーブな矢印が刺さる。

 

「前はさ、ほら、前。エンジェルが学校に来た事件。私が奇械士になった事件の時」

「……うん」

「あの時のアレキ、カッコよかったんだよ。颯爽と私の前に現れてくれて、エンジェルを倒して、ドッグスからも守ってくれて」

「う……」

「その時私は、アレキのこと、かっこいいって思ったんだ」

 

 チャルの顔に暗い色は無い。

 少し背を仰け反らせ、足をぶらぶらさせながら。

 懐かしい話を思い出すように言う。

 

「今はね、」

「ご──ごめんなさい」

「……」

 

 耐えられなくなって、アレキは言葉を遮ってしまった。

 ようやく、吐露してしまった。零してしまった。

 

「ごめんなさい。……あの時、私は……フリスの、ううん、キューピッドに敵意があり過ぎて……あなたの気持ちを全て無視した。私は……むぐ」

「そういうのが、カッコ悪い」

 

 チャルが、アレキの口を塞ぐ。

 人差し指で、とかじゃなく、右の掌で、いっぱいに。

 

「私ね、フリスのこと。ずっと覚えてる事にしたんだ」

「……」

「彼が仮初の人格でも、ホントは機奇械怪でも、そうじゃなくても。本当のフリスが、私達を憎んでいたんだとしても」

「……ほへは(それは)

「好きだった。だから──ありがとね、アレキ」

「え……?」

「多分ね、アレキの言う通り、ホントのホントは、私がやんなきゃいけなかった気はしてる。ううん、ホントはね、あったんだよ。デートしてたんだもん。その時言ったよね。アレキと合流して、私、もうわかんなくなっちゃって。フリスが言ったって、アレキに言ったよね。『さぁ、チャル。僕を撃つんだ』って。でも撃てなかった。ホントはね、私がダメなの。あの時私が撃ってれば、アレキが今覚えてる罪悪感なんか無かったはず」

ほんはの(そんなの)っ」

 

 そんなのは結果論だ。

 それに、そこがあろうがなかろうが、アレキがチャルの心情を蔑ろにした事実は消えない。

 

「良いから聞いてよ。私だって色々言いたいことあったんだから」

「……うん」

「あのね、アレキ。私、超能力があるんだ」

「……?」

「あはは、いきなりこんなこと言われても意味わかんないよね」

 

 意味が分からなかった。

 否、超能力が信じられない、という事は無い。何故なら身内にそれらしき感知ができる人間がいるから。

 だけど、それを今言うのが。

 アレキは。

 

「私ね、相手が本当に大切にしているものが何かわかるの。それが見えるし、聞こえる。心が読めるとかじゃないんだけどね。それだけが限定的にわかる」

「……」

「ずーっと、ずーっと。アレキが私を縛って行った時も、ずーっと。アレキが私の事、本当に大切にしてくれてる、って。わかってるよ。アレキは気付いてないかもだけど、ずっと」

 

 目を見て。目の奥を見て。奥の奥。

 もっと大事な奥を見て。

 

 チャルは──言う。

 

「ごめんね。アレキが嫌いになって冷たくしてたとかじゃなくて……私が、上手く話せる気がしなくて。

……三ヶ月も経っちゃって。ずっとずっと、つらかったよね」

 

 謝るべきは。謝罪すべきは。

 絶対にチャルではないのに。口を塞がれているから、言葉を発せない。

 

「最初はカッコよかった。アレキに憧れた。アレキの横に立ちたいって思って、私はオルクスを受け取った。……思えばさ、あの時。フリスが私にオルクスを渡したのは……いずれキューピッドになっちゃう自分を、殺してほしかったんじゃないかなって」

 

 制服を着ていても、奇械士として携帯が許されている武器。オルクス。死を意味する名の銃だと、教えられたそれ。

 チャルはホルスターを上からなぞって、言う。言うのだ。

 

「私はあの時、『フリスが私を大切に想ってくれているってわかるから、撃てない』、って。そう言ったんだ」

 

 思い起こす。

 思い返す。

 思い出す。

 

「でも違った。大切に想ってくれているってわかっていたなら、撃つべきだった。大好きだから、大好きなままに。変わってしまう前に。だってそのためにフリスは私にオルクスをくれて、色んな試練を課した。《茨》を抑えてくれたのも、消してくれたのも。少しずつオルクスの機能を教えてくれたのも……ダムシュで、私を殺さずにいてくれたのも」

 

 チャルは、言う。

 

「それが、ずっと後悔だったの。ずっと、ずぅーっと、心に引っ掛かってた」

 

 生唾を飲み込んだのはアレキ。

 

「だからもう、無視しない。私は──私に向けられるここを。貴女の心を、無視しない。もう。……ケルビマさんは、それを見抜いていたのかも。ダメだって思ってたから。ずっと。このままじゃダメだ、って。私、気付いてたのに、ずっとずっと無視してた。だから」

 

 掴む。

 アレキは、自身の口に手を当てるチャルの手首を。

 掴んで──離した。

 

「今のアレキはカッコ良くないけど──私を大切に想ってくれている、大切な人」

「嫌ね、それ」

「えっ」

「……私、チャルのカッコイイ相棒でありたい」

「それは……無理だよ。だって今のアレキ、カッコ良くないモン。ずっとずっと、私よりキューピッドを優先したから、って。私より自分を優先したから、って。そんなことをずーっとずーっと悩んでるアレキは、カッコ悪い」

「わかった。じゃあ、やめる。……私、あなたの憧れでありたい」

「えー。私はアレキに並びたいし、アレキを守ってあげたい」

「それは無理よ。だってチャル、カッコ良くないもの」

 

 ようやく。

 ようやく、互いが互いの目を見た。今までは見られるだけだったアレキが、チャルの目を見て。

 

「今ね、チャル。私、強くなるために修行してるの。兄う……兄の仕事を手伝って、戦い方も変えて。大型種はまだ相手にしていないからわからないけれど、特異種や融合種の群れくらいなら一人で倒せるようになったんだから」

「あ、それ、私もだよ。地上降りる時はもう一人でも大丈夫だな、って、ケニッヒさんからお墨付きもらったもん」

「……じゃあ、二人いたら」

「うん。無敵だよ」

 

 その時。

 チャルの右手首にあった"種"の紋章が、ゆっくりと変容していくのがわかった。光。そして。

 

「これ……」

「大丈夫? チャル、痛くは……」

「痛みはないよ。……でも、これ」

 

 キョロキョロとチャルが周囲を見る。

 その間にも紋章は変化を続け──そして、開花する。"種"が、"華"に。

 

「フリ──」

「チャル、これ」

「え?」

 

 それは、チャルの右腕を掴んでいたアレキの両腕。

 這い寄るように、侵食するように、《茨》の紋様がアレキの腕にも巻き付いて。

 

 "種"を作る。

 

「……よくわかんないけど」

「ええ、嫌な感じはしない」

「あっ、それ私の言葉なのに」

「これからカッコイイ台詞は全部貰っていくから」

「別に言葉がカッコ良かったって言ってるわけじゃないんだけどなぁ」

 

 二人はようやく、笑い合って。

 

「ね、チャル」

「なに?」

「兄のお金、もっと使っちゃいましょう。使っていいって言われたんだもの、今日は本気で、めいっぱい遊ぶ」

「……わかった。遊ぼう。ケルビマさんがドン引きするくらい使おう!」

 

 距離が──。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「サービスが過ぎるだろう」

「ええ? あれだけ良い雰囲気だったんだから、何かそれっぽい事が起きないと。演出だよ演出。使い古された手法でもね」

「俺も無計画な自覚はある。二人の距離が戻ってしまった事で、ガロウズに作らせている部屋が無駄になった。無駄にする気はないので二人とも呼びこんで閉じ込めるつもりだが」

「あはは、君ってさ、効率と行動力のお化けだよね」

「そういうお前は無計画と悪戯心の化け物だ。不可視の状態で二人に近づいて《茨》に細工を施すなど、チャルにバレかけていたではないか」

「ああ、あれは肝を冷やしたね。彼女の眼、まだ進化の余地があるんだ。もしかしたら淨眼の域にまでもう成っているのかもしれない」

「……サイキックか」

「うん。僕はもうやる気ないけど、チャルの家系とか洗ってみるのはいいかもね。もしかしたら物凄い英雄とか出てくるかも」

「……まぁ、考えておこう」

 

 それは複合施設の上の会話。

 一人と硬貨の会話。

 

 言葉は風に流されて消えていく。

 

「……終止符は、いつになるか」

「僕はもうすぐだって思ってるよ」

「心にもない事を」

「あはは」

 

 上位者たちは。



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実験材料を拾う系一般上位者

 

 此度12月12日。

 アレキのための装備をオサフネから受け取ったのだが、当のアレキが島外作業員として地上に降りる日であったため、修行もそこそこにそちらに注力してもらった。

 一日暇になった。

 

 だから誘拐組織を潰すことにした。うむ。

 

 子供の姿をした機奇械怪、あるいは機奇械怪を体に取り込んだ子供、というのも気になりはする。だが、目撃箇所を何度か当たってみてもそれらしい影や痕跡は見つからなかった。代わりにいたのがチンピラ一同。ご丁寧に機奇械怪を従えたそいつらを捕まえ、何度も何度も尋問した──が、思うような情報は入らず。

 さしもの俺も苛立ちが募る。というより、こんな木端を相手にしていても効率が悪い。

 こういうのは大本を叩くべきだ。ゆえに。

 

「ここか」

 

 降り立つは、北部区画のあるビル。その屋上。

 やった事は簡単だ。操られている機奇械怪から、オーダー種の発する信号を逆探知した。それだけの事。

 特にフェイクもなく発せられていたソレは、このビルの最上階付近を指し示していた。

 

 屋上に剣を突き立て──斬る。

 なに、後で直せばいい。その思いで最上階に降りれば──暗い部屋に出た。

 

「……何者かね」

「ケルビマ・リチュオリア。政府公認の断罪者だ。数多の誘拐、民間人に機奇械怪を掛け合わせる非道、その成果物による破壊活動。その他諸々の容疑でお前を捕縛する」

「知らない名だな。しかし、成程。政府の狗か」

「お前の名を聞いておこう。いずれわかる事だが」

「クク──」

 

 突然、ライトアップされる。

 別に目が眩んだりはしない。眩むこともできるが、まぁ問題ないだろう。

 そして同時、ライトの横に数十人の人影。それらが持つのは銃器。……質はあまり良くないが、フルオートか。

 

「ククク! 気付かなかったようだな……貴様は誘い込まれたのだ!」

「何?」

「そろそろだ、とは思っていた。これほど被害を出せば、オーダー種の信号を逆探知してここを突き止める者が現れるだろう、と。まさかそれが断罪者などという眉唾な存在だとは思わなかったが、問題は無い。貴様を殺し、その後に来る者達も殺す。残念だったなリチュなんとか! ここに誘拐した者達はいない!」

 

 いや。

 いる。

 階下か。誘拐された数とは合わないが、少数いる。俺の感知範囲はフリスより狭いが、まぁこのビルくらいなら問題ない。

 

「さぁ機奇械怪達よ! この愚かな男を食い殺せ!」

「俺は名を聞いたのだがな」

「ぇはへ?」

 

 一足のもと距離を詰め、男の頭蓋に手を入れる。

 ……やはりか。口調は似ているが、コイツは教団事件の首謀者ではない。フレシシから提供されたデータと一致する部分は口調と背丈だけ。おそらくコイツは捨て駒で影武者。あるいは自分が"そう"だと思い込まされた哀れな存在と見た。

 だが……少しは物を知っているらしい。

 

 ハンター種が体に噛みついてくるが、当然牙は通らない。コイツがいるからか、銃は撃たれず、携行していたらしい警棒等で人間が殴って来るが、当然。殴った物の方が拉げたり、折れたりする。

 名乗ったのは悪手だったか。この者達全員の脳を潰す手間が増えた。

 

「お前に命を出したのは、ストーンヘイズ……思い切り偽名だな。顔も仮面をつけていてわからなかった、と。人並外れた走力、跳躍力。機奇械怪を一人で制圧し得る戦闘能力。様々な分野に精通する知性に──ド、が付くほどの変態。間違いないな」

「ァ、ガ」

 

 機奇械怪化したその脳を握り潰して捨てる。恐れおののき、腰を砕かせた男らも同じだ。

 操られていたハンター種からは動力炉を抜いて放置。

 

 階下へ下れば、フリスの記憶にある南部区画の雑居ビルを思わせる、あの地下を思い起こさせる間取りの牢だらけのフロアに。

 そこに、やはり衣服を纏わぬ男女が複数名入れられていた。

 そして。

 

「成程成程。基本オーダー種『ビーハイブ』。発信源はお前か」

 

 牢の中心部に縛りつけられたオーダー種。その動力炉も取る。これでもう大丈夫だろう、と思わせるところまでが作戦なのだろう。こいつのシグナルはそこまで遠くまで飛ばせない。置くなら政府塔でなければだめだ。北部区画のビルにあったら、南部区画や西部区画にまで届ける事は出来ない。フリスやフレシシの襲われた場所まで遠すぎる。

 だから、今口にしたのはフェイクだ。

 どうせどこかに盗聴器が……ああ、やはりか。

 

 ストーンヘイズとやらは随分と手の込んだ遊びが好きらしい。

 

「あぁ、安心しろ。警察を呼んである。お前たちは直に保護される」

「──あの」

「うむ?」

 

 声。

 ……それは、奥の檻。誰しもが猿轡を噛まされている中で、ただ一人そうされていない者からの声。

 少女だ。他に同年代の子供もいるというのに、なぜか一人隔離された少女。歳の頃はアレキと同じくらいだから、少女というには少しばかり大きいが。

 

「なんだ」

「警察は、ダメなんです。私を保護してください、お兄さん」

「……」

 

 警察がダメ、というのは。

 なんだ? 何か犯罪を犯しているのか、この少女は。

 

「私は……人間を食べるので、捕まってしまいます」

「そうか」

「あの! そうか。じゃなくて!」

「生憎だがな、俺に子供を拾う趣味はない。お前の事情は理解した。機奇械怪を融かされているな。だから有機生命を食わないと生命維持ができない」

「あ、は、はい。正解です」

「そして、そうである者に対し、俺は優しくない」

 

 何故ならこの少女、機奇械怪と融合した者らしく、子供にしてはかなり強い力を揮えるだろうことが伺えるのだ。

 こんな檻程度、簡単に破ってしまえるくらいには。

 それをしないのには理由があるだろう。また、むざむざ捕まっていた事にも。

 

「そんな……」

「大人しく警察に保護されるか、自力で牢を出るか。地上に行けばお前の匂いにアテられ、多くの機奇械怪が寄って来るだろう。返り討ちにして動力炉を奪えば、中の生命を奪い得る。それで生きて行けばいい」

「む、無理です。私、戦えない」

「ならば死ね。そうすれば人も食わずに済む」

 

 ああ、嫌いだ。

 特異な身体になったのなら、機奇械怪への入力を行え。戦う術を得たのなら、是が非でも鍛え上げろ。無理だのなんだのと言い訳をするな。襤褸切れを一枚纏って戦え。それだけでいい。人間相手でも機奇械怪相手でも、戦って戦って戦い続けろ。

 それ以外に貴様の価値を示すものはないぞ、凡人。

 

「ま、待って!」

 

 硬質な音。

 それは檻が噛み千切られた音。

 ほら、やはり出られる。何を思ってそこにいたのか。あぁ、待っていれば餌が貰えるからか?

 

「戦います、だから!」

「煩わしいな。これでお前は一人で生きられると証明した。それでいいだろう」

「む、無理、なのに」

「おおい、この中に! ダッグズ・リフレエンドの名に聞き覚えがある者はいるか!」

 

 俺とフリスの違いは、量産型の英雄に目を向けるかどうかだが。

 俺とフリスの同じところは、というか上位者として嫌っているものは、同じだ。

 凡人、凡夫。才の無いもの。向上心の無い者。

 英雄にならん存在に向ける目など存在しない。可能性があれば見はするがな。

 

「反応は四人。……一人足りんな。別の場所に捕らえられているか」

 

 依頼を引き受けたのだ。

 それを反故にすることはない。ダッグズをルイナードに陥れた女五人の救出。もうすぐ警察が来るとは言え、今反応した四人だけは先に救出しておくべきだろう。何があるかわからんからな。

 

「──ぁ」

 

 牢を開ける。

 まったく、裸に剥いたのなら毛布くらい置いておけ。人間は冷えると風邪を引くものだろう。それくらいはわかるぞ、俺も。

 

「お腹──空いちゃった」

「そうか」

 

 突如物凄い速度で牢へ飛び込んできた少女。その大きく開いた口に、指を突っ込む。

 閉じられる顎。重さで言えばトンを超える圧力は、しかし俺の指へ傷一つ付ける事は無い。

 

「あぐ──がぐ──」

「……融合プレデター種アリゲーター。融合個所は口から胃、他内臓近辺。さらに浸食がすすんで四肢か。……成程成程、一人で閉じ込められているわけだ」

「か……め、はひ(ない)……?」

 

 その時、俺の脳裏に電流走る。

 ……此奴、使えるんじゃないか?

 

 今はいないが、脳内で幻聴フリスが「良いと思うよ」なんて言ってくる。「僕らが作ったわけじゃない人型の機奇械怪。十分にオールドフェイスを与えておけば食人に走る事は少ないだろう。内臓が機奇械怪だと中々バレ難いし、送り込むには十分な人材だ」と。余計なことまで言うな。

 ふむ。

 英雄的な価値はゼロに等しい。だが、実験材料としては良いな。

 

「……いいだろう、連れ帰ってやる。だが、俺の言う事を聞いてもらうぞ」

「え──ぁ、はひ」

「それと、そことそことそことそこの女。こっちへ来い」

 

 ダッグズの名に反応した女を集める。

 素直に従って此方へ来た四人。

 外見的特徴は一致する。何も知らないのに助かりたくて反応しただけ、の者ではないようだ。

 

「あぁ衣服の類も必要か。……ふむ」

 

 このままフラッシュバンからの転移、も考えたが、それをすると白昼堂々俺が裸の女四人と裸の少女一人を連れて歩く者になる。身勝手に振る舞う事を思い出したとはいえ、人間社会にもう少し馴染むなら流石に必要なものがあるだろう。

 さて、どうするか。

 転移でどこぞのブティックから服を持ってくる……は、無しだ。罪を取り締まる側の俺が窃盗など。それに、ブティックなど立ち寄らんゆえどこにあるかわからん。

 ならば作り出すのはどうだ。……なしだ。目撃者が多すぎる。ここにいる全員の脳を、となると面倒が過ぎる。

 では機奇械怪化する……論外。

 

「──やぁ、お困りのようだったから、貸しを作りに来たよ」

「俺がお前を嫌う理由がここに詰まっている」

「あはは、それはどうも。大人四人、子供一人分の衣服だね?」

「……盗むなよ」

「借りるだけさ。罪悪感を覚えるのなら、後で君が支払いに行けばいい」

 

 赤雷が走る。

 思わずため息を吐いて、その転移光が収まるのを待つ。

 

 概念のフリス。その声は人間達に届いてはいないだろう。だから、俺が突然虚空に向かって話し出したように見えたはずだ。そこはまぁ、どうでもいい。

 ……結局盗みか。全く、こういう時いうほど万能ではない自分たちが嫌になるな。上位者と言えど、無から有は、というか専門外の衣服は作り出せん。

 

「ふ()?」

「そうだ。お前たちも着ろ。お前もだ」

 

 未だ俺の指を噛む少女を前に突き出す。

 すると、女四人が肩を震わせて退いた。

 

 ……成程、既にここの人間達の前で何人か食っているか。まったく、面倒な事をする。

 

「飲め」

「えっ……うっ!?」

 

 噛まれている方の手に生成したオールドフェイスを、そのまま少女の喉に突っ込む。

 プレデター種だ。喉につっかえることはないだろう。

 

 そして、転移し終わった子供用の衣服だけを持ち、少女の方へ放る。

 

「着ろ」

「……美味しい!」

「そうか」

 

 ああ──苛立ちが募る。

 せめてルイナードにいたい。あそこは放棄されたとはいえ才ある者達で溢れている。

 こんな凡夫は一人としていない。

 

 ……フリスのように、凡夫と日常的に接しているわけではないからな。

 俺は短気だぞ。

 

「着たな。ならば、飛ぶ」

 

 今度こそフラッシュバンを取り出し、発動させる。失明するような光量ではない。だが確実に、この暗い室内においては数分は前が見えなくなるだろう光。

 その隙に転移だ転移。

 

 場所は、南部区画。

 かつて教団のあった場所。あそこはまだKEEP OUT、立ち入り禁止のテープが貼られていて、誰も入ってこないからな。

 

 そこからルイナードに入ってダッグズへ報告を入れるか。否、五人目を見つけてからの方が良いか? 恐らく、というか確実にこのビルは本拠地ではない。そこを潰してからの方が……いや、だが、アレキの修行やチャルとアレキを強制的に近づける作戦もあるし、この材料をある程度にまで育てる必要もある。

 ……本当に。

 やることの多い世の中だ。

 フリスに言わせるなら、悪くはない。忙しいのは悪くない。

 

 

 

 

 結局、保護した女たちはダッグズに引き合わせた。

 が、互いに特に何を言うわけでもなく解散。彼女らは自らの家に帰る次第となる。残念ながら俺には「一部の記憶を消す」というような器用な事はできないため、口止めをして終わりだ。ペラペラと話されたらそれで終わりだろう。名は名乗っていないので、眉唾物として扱われるかもしれないが。

 ダッグズから最後の一人、マキヨ、という女性についての捜索を深く願われた。ああ、一度受けた依頼なんだ、忘れはしない。

 

 そういう事があっての──今。

 

「奇械士、ですか?」

「そうだ。お前にはそれになってもらう」

「でも……私は」

「問題ない。一日にオールドフェイスを三枚支給する。それで稼働に支障はない」

 

 少女。

 名を、アスカルティン・メクロヘリというらしい少女。普通に家族もいるとのことで、親元に返すことも考えた──が、当の本人が拒否したため廃案。

 ただ一つ問題があった。

 

「姉が奇械士を?」

「はい」

「……ふむ」

 

 それは、うむ。

 面倒だな。やはり処分するか?

 

 ──等と考えていたら、また面倒なのがニヤニヤしながらやってくる気配がしたので、その浮いたオールドフェイスを思い切り指で弾く。

 肉体に依らない俺達とはいえ、依り代が飛んでいけばそれに追従せざるを得ない。

 どうせすぐ帰って来るだろうが、時間稼ぎにはなっただろう。

 

「声と面を変えればいい」

「……わかりました。けど、なんで、奇械士にならないとなんですか?」

「言ったはずだ。機奇械怪はそれぞれに動力炉を持つ。稼働中の機奇械怪はその動力炉に消費しかけの有機生命を有している。お前が生きた人間を食いたくないというのなら、そしてオールドフェイスだけでは味気ないというのなら、それを食えばいい。奇械士が機奇械怪の弱点たる動力炉を奪わんとするのは特に変わった行動ではないからな、怪しまれもしない」

「おおー」

「身分は政府に用意させる。それまでにある程度お前を戦えるようにする。いいな」

「わかりました!」

 

 ……返事だけは立派じゃないか。

 才の無い者は嫌いだが、やる気も才の一つだ。英雄に成れるとは到底思えんが、実験材料としての価値を俺に示し続けてくれることを願う。

 そして入力をしろ。俺もフリスも、上位者の思いつかない特異な入力を。機奇械怪を進化に導く入力を。

 

「それで、私は何をすれば?」

「まず、お前がどれほど戦えるのかを試す。地上に降りた経験は?」

「ありません!」

「そうか。機奇械怪との戦闘経験は?」

「ないです! 人間は七人食べました!」

「そうか」

 

 プレデター種なら納得だが、同時にプレデター種だというのなら本当に食したいのは機奇械怪だろう。

 まずコイツを地上に降ろし、戦わせてみるのが一番か。

 ……となると、アレキの修行をずらして……いや、アレキの方が優先度は高い。……時間を、ううむ、だがダッグズの依頼も……。

 

 ふむ。

 

「夜の南部区画を一人で歩いてみろ」

「はい! ……え?」

「あそこは今無法地帯に近い。子供が一人でいれば、お前を攫った組織が必ず狙いに来る。奴らは機奇械怪を複数従えている。返り討ちにして来い。目撃者を出さないのなら、襲ってきた奴らを食うのも構わん」

「……わかりました」

「なんだ、嫌そうだな」

「一応、トラウマが」

「知らんな。お前は言ったはずだ。『戦います』と。安心しろ、俺の見立て通りなら、お前のスペックはハウンドに劣る事は無い。どころか地上の特異種くらいの性能はある。技術など要らん。本能のままに戦え」

「……わかりました!」

 

 よし。

 これで、ついでに機奇械怪を取り込んだ子供、とかいうのも見つけられる可能性が高まる。

 

 ……まさにアスカルティンが機奇械怪を取り込んだ子供であるのだが。

 

「夜になるまで待機だ。俺は行くところがある」

「はい!」

 

 ここは俺のセーフハウスの一つ。リチュオリアの家には流石に置けん。アレキが帰ってくるからな。

 

 成程成程、確かにあのような凡夫と日常的に接していたら、あんな温厚にもなる。フリスの残虐性は、フリス・クリッスリルグになってかなり薄まっていた方だ。死んで蘇ったが。

 ……死して尚、チャル・ランパーロに執着するのは……あるいは、本当に何かあるのやもしれんが。

 

 俺には関係のない事、か。

 チャル・ランパーロに見合うよう、アレキを育て上げる。それだけでいい。アスカルティンも、とっとと奇械士協会に送り込んで……送り込んで。

 そういえば、愛を覚えさせる、んだったか。……なんとかなるだろう。

 幻聴が言う。「君、ホントによく僕の事無計画だって言えるよね」。うるさいわ。

 

 

 

 

 

「……申し訳ありません、兄上」

「調子に乗ったな」

「はい。……見たことの無い種の大型機奇械怪を前に、突っ込み過ぎました。チャルが止めてくれていたにもかかわらず……私は」

 

 アレキが怪我をして帰って来た。

 思わず出そうになる溜め息を隠す。まぁ、天才型の英雄と違い、アレキは努力型。そういうこともあるだろう。むしろ奇械士になってからずっと無傷だ、などという者の方が異常だ。

 だが……。

 

「足の骨か」

「……はい」

「これでは修行は無理だな。流石の俺も、この怪我を押して戦え、とは言わん。安静にしていろ」

「……申し訳ありません」

 

 腕なら、片腕で戦え、と言っていたんだがな。

 足は無理だ。人間は移動や攻撃の大半を足に頼っている。

 

 これは、予定が崩れるな。

 

「ああ、今日オサフネの所からお前の装備一式を取って来た。中々の出来だった。これを着たくば、安静を守り、早く治せ。良いな?」

「はい。ありがとうございます」

「うむ」

 

 原因はどう考えても昨日の会話だ。チャル・ランパーロとアレキが親密に戻った時の、「二人なら無敵」などという言葉。アレで調子に乗ったのだろう。

 あまり失望させてくれるな、とは……まぁ、思わない。

 少しだけ良い事があったからな。それで帳消しだ。

 

 使用人に暇を出しているため、アレキの看病はガロウズに任せ、俺は夜のホワイトダナップを飛んでいく。

 

「やぁ、今日は良い日だね、ケルビマ」

「俺も機嫌が良い。弾き飛ばさずにいてやる」

「あはは、すっかり疫病神扱いだ」

「自業自得だ」

 

 フリスも機嫌がいい。

 それはそうだろう。

 

「新種の機奇械怪。それも大型(ヒュージ)だ。久しぶりではないか?」

「うん。凡そ七年ぶりかな」

「そんなに経つか」

 

 そう、アレキが怪我をした敵。新種の機奇械怪。

 これは非常に喜ばしいものだった。

 

 というのも、既に機奇械怪というのは「強い型」「効率の良い型」というのが定まりつつあるのだ。基本的に自己改造によって自身の姿を変えていく機奇械怪だが、ハンター種、プラント種、プレデター種、オーダー種、サイキック種それぞれの最強とされる型が。

 自身より効率の良い型に出会えば、それを己にフィードバックする。相手が機奇械怪だろうと奇械士だろうとそれは変わらない。最も有機生命を食しやすい形に、最も敵を殺しやすい形に。同じ形の機奇械怪が多いのはそれが理由だし、特異種や融合種になっても形を変えない種がいるのも同じ理由だ。

 そうして高効率のカタチになった機奇械怪が融合しても、結局同じものにしかならない。それは大型機奇械怪にしても同じ。

 

 ライブラリ、などというものに全てを記載しきれるのは、案外種別が少ないからに他ならない。

 

 それが今日、新種が出た、と。

 

「ダムシュを滅ぼした種もまだわかっていないし、エンジェルを送り込んできたのが誰なのかもわかっていない。その上でまた新しい機奇械怪だ。チャルが奇械士になってから、立て続けにわからないことが起きている」

「チャル・ランパーロのおかげ、だと言いたいのか?」

「全てじゃないよ。ダムシュが滅んだのはチャルが奇械士になる前だし。でも、感じるんだ。時代のうねり。大きな波を。彼女を中心に世界は動き──その余波は機奇械怪をも変える。343年。ううん、なんならその前の時代でやっていた事を全て『無駄だった』と吐き捨てられるくらいの大渦。それが彼女を中心に渦巻いている」

「……執心が過ぎるようにしか見えんがな。色眼鏡がチャル・ランパーロを英雄視させている。そう聞こえるぞ」

「あはは、それはいいね。僕もチャルに振り回されるというのも悪くはない」

 

 俺達の今までを全て「無駄だった」と吐き捨てられる程の価値。

 そんなものが、あの少女にある、と。

 

 あの少女のおかげで、新種が出た、と。

 ……凡夫の発言であれば馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるんだがな。

 

 コイツはコイツで、俺とは違う感覚を持つ上位者だ。根本が同じとはいえ、枝分かれした先が違えばやはりそれは違うもので。

 

「羨ましくはある」

「アレキとアスカルティンじゃ不満かい?」

「不満だな。もっと、目を焼かれるような英雄に俺も出会ってみたいものだ」

「それにしてはルイナードへ懇意に通っているじゃないか。あそこには目を焼かれるような英雄がいないってわかりきっているのに」

「……学校生活以上には、いるだろうさ」

「あはは、やっぱり君はまだ稼働から日が経っていないんだね。わかりやすい」

 

 つまり幼い、と言われた事に、少しだけむっとする。

 確かにフリスの方が稼働歴は長い。当然だ、俺はリチュオリア。アレキと同じ母を持ち、母の腹から生まれたのだから。

 年齢としてはそこまでのものを持っていない。

 だが、それだけだ。上位者として──。

 

「感情は魂だけに宿るものじゃあないよ。肉体にも蓄積する。君に足りないのは経験だ。凡夫を嫌って俗世を離れる気持ちはわかるけれど、『それも悪くはない』の精神で凡人の世界に足を踏み入れるのも中々乙なもんだよ。それを無駄だと切り捨てている内は、理解なんて及ぶはずが無いからね」

「……考えておく」

「うん、年上からの忠告を無下にしないのは、君の美徳かもしれない」

 

 それだけ言って、フリスは消える。

 ……全く。

 

 凡夫に混じる、か。

 まぁ……いつか、だな。

 

 

 

 

 

「全部食べました!」

「そうか。……アスカルティン。明日より時間ができた。地上で修行をするぞ」

「はい!」

 

 あるいはこの才なき者も、その渦の一部に。

 ……難儀な話だな、それは。

 

「褒美のオールドフェイスだ。食っておけ」

「ありがとうございます!」

 

 ともあれ、実験だ。

 折角新種が出たのだから、この流れを掴みたいものだな。



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Sっ気が芽生える系一般奇械士と反省する系一般上位者

 12月20日。

 当然ながらアレキの足はまだ治っていない。その分アスカルティンに集中できたので効率は取れたが、当初の予定は総崩れも良い所だ。

 とはいえ、なんとかはなった。

 体内の機奇械怪侵蝕率がかなりの水準にあるアスカルティンは、文字通り機奇械怪染みた身体能力を発揮し、当人が子供であることも相俟ってか非常に野性的。もうほとんど人間としての感覚は残っていないのだろうが、最終的には破棄すればいいのだから気にすることも無い。

 とりあえずこれでアスカルティンを奇械士協会に送り込む準備は完了した。手続きも「早急に」の名目をつけて政府の内通者に爆速でやらせたからな。そろそろ無茶振りをやめろ、と言われたが知らん。そんなにやってないだろう。

 

 そんな感じで、来年にはアスカルティンを奇械士協会に入れられる段階まで来て。

 

 計画していた通り、チャルとアレキを閉じ込める作戦発動である。

 

 

+ * +

 

 

「ではランパーロさん! アレキの事を頼むぞ!」

「はい。任せてください」

「……ごめん、チャル。何もチャルを呼ばなくていいのに、変なところで気を回して……」

「いいのいいの。私がいいって言ったんだし」

 

 それはある日のこと。

 アレキの怪我を心配していたチャルのもとに、彼女の兄から連絡が入った。12月20日、使用人、ケルビマ、ガロウズの全員が家を空けてしまう日があるため、アレキの看病をしてやってくれないか、と。

 この願い出にチャルは快諾。協会(ギルド)の休みもふんだくって、彼女の家に来た次第だ。

 

「それにしても、アレキってお嬢様だったんだね」

「え?」

「だって、こんな広いお屋敷、ホワイトダナップじゃ珍しいでしょ」

 

 ホワイトダナップは土地が少ない。浮遊する人工島ゆえに、無駄な建造物は排除される方向にある。ゆえに大半の住宅が集合住宅で、一軒家となると余程裕福な家庭にしか許されない。それを、リチュオリアの家のように横に広く平べったい家、というのは中々見ることの無いものなのだ。

 だからこそのチャルの言葉だった。

 

「ああ……私の家は、そういう事情とは違う。不可侵なの。ホワイトダナップの偉い人たちは、私達に積極的に関わって来ようとしない。だからずるずるとずっとこの家の形を保ってきた感じ」

「???」

「わからなくて正解」

 

 リチュオリアの姓が断罪者を意味する事など、昨今知っている者の方が少ないだろう。それでもそれを気にしてアレキは自らの姓を名乗りたがらないし、ガロウズやケルビマからも「誇るものではない」と言われている。

 断罪などと言えば多少は聞こえがいいかもしれないが、それは代々殺人を生業にしてきた事を意味している。リチュオリアの名は血に汚れているのだ。そんなものを誇るものではないと、アレキも理解している。

 

「それって、皇都フレメア、っていうのに関係してる?」

「……なんで知ってるの? 歴史の授業じゃ習わないでしょ」

 

 純潔を着飾る者(ホワイトダナップ)

 その名が蔑称であることは秘されている。老人や政府高官になれば知っている者もいようが、新しい世代にそういった部分を継承する必要はないと、教育課程から外されているのだ。連なって、皇都フレメアの名も。

 とはいえフレイメアリスの名は今でも神として崇められているので、そこから辿り着く者もいるのだが。

 

「キューピッドが言ってたから、調べたんだよね」

「ああ……」

 

 そういえばそうだった、とアレキは想起する。

 キューピッドの演説。フレメアの亡霊。

 リチュオリアとてフレメアの亡霊に近い。ただホワイトダナップに乗せられた亡霊だが。だから、ある意味で、その妄執を受け止めるのはリチュオリアであるべきだ。同じ平民として、罪断つ者として。

 

「どこまで調べられた?」

「ん-。まぁ、私達が大勢の人を見殺しにして生き延びた、って事くらい」

「……昔の話だから」

 

 飛び立った特権階級が今や平民が如き暮らしをしているのは皮肉なのだろうか、と。アレキは自嘲する。アレキとて歴史に精通しているわけではないにせよ、チャル達よりかは詳しいのは事実だ。

 その咎を背負う身としても。

 

「リチュオリアはね、フレメアから続いてる家柄なの。だからこんな広い家を持ってる。別に私がお嬢様だから、とかじゃない」

「……それが嘘なのはわかったけど、これ以上聞かないでおく。喋りたくなさそうだし」

「ええ、ありがとう」

 

 だから、この話はここで終わり。

 アレキもチャルも口を閉じる。

 

 沈黙。

 

「……あ、その」

「え、あ、うん」

 

 一瞬にして沈黙に耐えられなくなったのはアレキの方。

 このままゆったりした空気を過ごすのかな、と思っていたチャルも動揺した声色で反応する。

 

「ごめん。あの時、チャルの忠告も聞かずに突っ込んで……」

「それ何回目? もうあの時終わった話だよ。今度から気を付ければいいじゃん」

「あ、う、うん……」

「うーん、ダメ。暗い話やめよっか。……そうだ、お兄さんの話聞かせてよ。ケルビマさん」

「えっ……えーと」

 

 唐突な話題転換。

 けれど言い淀むアレキ。何故って。

 

「私も……よく知らなくて。兄う……兄さんは、滅多に家に帰らない人だから、こんな頻繁に会っている方が珍しいくらい。前に会ったのは私が七歳とかの頃だったし」

「家に帰らないってレベルじゃないような……」

「だから私もちょっと掴み兼ねてる、かな。豪快な人なのは知ってたけど、あんなに感情を露わにする人じゃなかったから。もしかしたら会ってない間に恋人とかできたのかなぁ、とか」

「ケルビマさんって何歳なの?」

「私より六つ上だから、今年で21」

「え、意外。もうちょっと上だと思ってた」

「兄さんは10歳とかの頃から大人に混じって仕事してるから、多分その影響」

「へー。凄い人なんだね」

 

 凄い人。

 それはそうだとアレキは思う。その戦闘能力然り、その性格然り。

 加えて、没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)という場所に行った時の事を思い出す。皆が皆ではなかったが、「ケルビマの旦那」とか「流石ケルビマ」とか、彼の凄さを本当に知っている大人達が数多くあそこにはいた。

 何より──愛されている、と。

 そう感じたのだ。

 

「奇械士、ってわけじゃないんだよね」

「ええ。でも奇械士と同じくらい強い。大型(ヒュージ)を一人で倒せるくらいには、ね」

「……それは同じくらい、じゃないように思うんだけど。っていうか、あ! もしかして今回突っ込んだのって、ケルビマさんに憧れて、とか?」

「その話は終わりって言ったのチャルなのに……。まぁ、……ええ、半分くらいは、そういう気持ちもあったのかも。チャルと仲直り出来て浮かれていた、というのが大きいけど」

「なんか、じっくり話してみたくなったなぁ」

「ダメ」

「なんで」

「……またチャルが取られちゃう」

「またって何!? っていうか、私そんなすぐに人を好きになるコトないよ!?」

「ダメ。……最初は、なんだか、私と良い感じだったのに。いつの間にかフリス君に取られて、あの頃は、すっごく苦しかったんだから」

「取られて、って……」

「ダメなの」

 

 ここでチャルは「おや?」と思った。

 アレキは普段、あまり可愛らしい言葉を使わない。意識的に男性的な、あるいは丁寧な言葉遣いを心掛けている。たまにボロは出るが。

 それが……今日は妙に可愛い。弱っているからだろうか、家の中だからか、普段見せない少女らしさが全開だ、とチャルは感じた。

 

 感じたから悪戯してみたくなる。

 

「アレキってさ。私の事……好きなんだよね?」

「えぅっ!?」

「あはは、何その声」

 

 突然そんなことを言われたら誰でもこんな声が出る、なんて文句はアレキの口を衝かない。代わりに紅潮していく頬を体に掛けられたブランケットで隠す。

 またしてもそんな「可愛らしい行動」に、チャルの中の嗜虐心がゾクゾクと撫でられる。

 

「どこが好きなの?」

「ど、どこって……そういうのは、本人に言えない」

「私に言えない場所が好きなの?」

「そそ、そういうわけじゃないけど」

 

 少しだけ懐かしい。

 こういうイジり方は、かつての学友たるリンリーの得意分野だった。彼女はクラスのカップルに対し、毎回毎回ニヤニヤ顔でにじり寄って、こういう弄り方をしていた。……無論彼女は当事者ではなく、好かれている側、というわけではなかったのだが。

 

「正直アレキが私の事好きになるの、よくわかんないんだよね。だってアレキ、最初の頃結構冷たかったし」

「そ……そう、だっけ?」

「そうだよ! 巡回やってた頃もあくまで『組まされた相棒』みたいな感じにしか接してくれてなかったし。……それが変わったのは、コレからだけど」

 

 コレ。

 それは、チャルの右手首にある"華"の紋様。かつては"種"だったそれ。今やアレキの両腕にもあるものだ。

 そうだ。

 アレキが彼女を強く意識し始めたのは、そこからだ。

 キューピッドと繋がっている疑惑のあったメーデーを追って倉庫区画にまで来て、そこで本当にキューピッドに会って。

 辛くも襲い掛かって来たメーデーを倒したかと思えば、埒外の強さのキューピッドに窮地に追い込まれて、チャルが"種"を植え付けられて、怪我をして。

 

「……色々あったねぇ」

「そう、ね。……色々あった」

 

 激動だった。

 チャルより少しだけ先輩というだけで、アレキだって奇械士暦はまだ一年に満たない。その中で、キューピッドに纏わるダムシュやらなにやらの事件は濃密だった。

 

「そうだ、それこそケルビマさんに聞かなきゃいけない事があるんだった」

「だから、ダメだって」

「こっちはちゃんと重要なことだから」

「さっきのは全然重要なことじゃなかったと」

「……まぁ、小さいころのアレキがどんなのだったか、とか聞こうとしてただけだけど」

 

 重要なコト。

 それは。

 

「オルクス。ほら、私とケルビマさんが初めて会った時、ケルビマさん言ってたよね。『オルクスを渡した、か。中々剛毅な奴がいるな』って。……オルクスって名前、ずっとずっとフリスが隠してた名前だった。その銃に名はないよ、なんて言ってさ。でも、ケルビマさんがそれを知ってたってことは」

「その銃の出自について、兄さんが何か知ってる……か」

「うん。出自もだけど、もしかしたらもっとすごい秘密も」

「確かに、オルクスのモードとか機能が解放されるなら、チャルはもっとパワーアップできる。……けど」

「けど?」

「やっぱり、嫌。ずっとずっと嫌な予感がしてるの。チャルと兄さんを引き合わせたら、私にとって良くないことが起きる、って」

「なにそれ。アレキも超能力?」

「……何が何でもダメ。オルクスについては私が聞いておくから」

 

 嗜虐心が、膨らむ。

 チャルはこうもSっ気のある少女ではなかったはずだ。だが、アレキのしおらしさがチャルの中に眠っていた何かを引き出している。

 ──果たして、誰も。二人のどちらも。

 この部屋に微かに満たされた自白効果を持つ芳香剤の存在になど、欠片も気付かない。実は中の様子が監視されている、なんて一切気付かない。家を空け、近くのセーフハウスでケルビマとガロウズと、そしてフリスがモニタリングしている、など。

 

 一切気付かない。

 

「私がケルビマさんに取られる、って思ってるんだよね、やっぱり」

「……」

「じゃあさ、今」

 

 足を骨折したがために動けないアレキ。

 彼女の寝転がる、座位にまで体を起こせるベッドの上。

 

 チャルはそこに、乗る。

 

「えっ、えっ」

「私の好きなトコ言ってよ。具体的に。そうすれば、引き留められるカモ」

 

 今は亡きリンリーならいうだろう。「こんなのチャルじゃない」と。今は亡きユウゴなら言うだろう。「その展開を待っていたぜ!!」と。

 動けないアレキに馬乗りになったチャルは、その上半身へ己が身を這わせ、ブランケットを掴むアレキの手を指を絡めて握り、離し、彼女が顔を隠せないようにする。

 現れるのは、これでもかというほど真っ赤に紅潮した頬。

 

「言えない? 私の好きなトコ」

「い、言う。言うからどいて!」

「えー、重い?」

「重くない! 軽い! けど、は、恥ずかしいから!」

 

 自白剤は正常に効果を発揮している。

 つまり、マトモな判断のできなくなる薬だ。それを密封性に優れたガロウズ特性の部屋で嗅ぎ続けているのだから、もう二人は正常な理性に無い。

 

「アレキが言えば、退くから」

「ま、守りたくなる所! チャルのその、私の後ろについてきて、並ぼうと頑張ってて、努力家で、勉強も頑張って、でもできなくて、そういうカッコ可愛いトコが好きなの! これでいい!?」

「あはは、アレキ怒ってる。……他は?」

「え!?」

「だからー、他。顔はどう? それとも……カラダ?」

「なななな、何言って!」

 

 抱き締める。

 チャルが、アレキを。その身を合わせ……それはもう、イケナイ雰囲気になる。

 

「私はねー、アレキのココが好き」

「ひゃっ!?」

「ここ。わかる? うなじの右にある黒子。あとアレキの目もかっこいいと思うしー、スタイルもずるいって思うしー」

「ちょっと、わさわさしないで……!」

 

 止まらない。止める者がいない。

 上位者と機奇械怪は面白がって止めようとしないし、出る事の出来ない部屋、というのは外からも侵入し難く、また声が漏れることもない。

 そもそもリチュオリアの敷地は広い。そこへ入り込もうとする輩の方が珍しいだろう。

 つまり──止まらなかった。

 

「……」

「チャ……チャル?」

 

 本人以外は、だ。

 

「……」

「ど、どうしたの?」

 

 突然チャルは起き上がって、アレキのベッドから降りる。そのまま真顔で、時折鼻をヒクヒクさせながら部屋を歩いて。

 

「モード・エタルド」

「!?」

 

 突如、体力を極大消費する弾丸を壁に向かって放った。

 当然崩れ落ちるチャルに、けれどアレキは駆けよれない。

 

「ちゃ、チャル! 大丈夫……?」

「……大丈夫。それよりこの部屋、誰かに見られてるかも」

「見られてる……?」

 

 ぐてん、と床に身体を投げ出した状態で、チャルが言う。あまりに心臓に悪い光景だというのに、チャルは淡々と。

 

「この部屋、ここの壁からなんか変な気体が出てた。今それを壊した。……だから多分、今の気体を吸った私達を監視するためのカメラとかがあるはず」

「……成程」

 

 アレキはベッド横に備え付けられていた引き出しから、フォークを一本取り出す。

 そしてそれを投げた。

 

 ガシャン、という音と共に、花瓶が一つ壊れる。

 

「……レンズ。これがカメラか」

「悪趣味だね。私、こういう事する奴に心当たりがあるんだけど、アレキは?」

「私もあるけど……動機がわからない。それに、確実に死んだ。それは絶対」

「キューピッド、じゃないよ。アレもアレで悪趣味だけど、この感じはそっちじゃなくて」

 

 それは、フリスの父ケニッヒに当てられた卑劣な作戦。

 先輩であるカップルコンビ、アニータとレプスが死した要因。

 

「アモル……? いえ、そんなはずはない。あの時確実に首を断ったもの。それに、残骸はホワイトダナップに持ち帰った」

「アモルは機奇械怪。人間だったキューピッドと違って……量産できるかもしれない」

「それは」

 

 そんなの、地獄だ。

 あの精度で動ける機奇械怪が、あの悪辣な作戦を実行する機奇械怪が沢山いる、など。

 

「……ケルビマさんとガロウズさんも、怪しいのかも」

「!」

「ごめんね。アレキの前で言う事じゃないけど、でもこの部屋に私達を招いたのはケルビマさんで、こんな作りの部屋を放置してたのはガロウズさんで……」

 

 なんとか、と行った様子で、チャルが立ち上がる。

 ふらふらと。

 そして部屋の入口の戸に手をかけて。

 

「……開かない」

「まさか」

「鍵がかけられてるっていうよりは、元から内側から開けられない感じ……。さっきのエタルドも、壁の中の機械は壊せたけど壁は壊せてないし」

「閉じ込められた……ということ?」

「うん。目的はわからないけど」

 

 不信感は膨れ上がる。

 興奮を煽るような気体、監視カメラ、閉じ込める。

 その三つが重なった上に、アモルを思わせる手口から──。

 

「すまん!!」

 

 突然、扉が開いた。

 

 

+ * +

 

 

 自白剤はやり過ぎだ。そうガロウズに問い詰めれば、案を出したのはフリスだという。思いっきり奴の宿ったオールドフェイスを蹴り上げて成り行きを見守れば、チャル・ランパーロが何かに気付き、物凄い速度で機構を破壊。途中から音声だけになった所を聞くに、凄まじい速度で真実の一端にまで辿り着いていた。

 思わず固唾を飲む。

 確かにアモルとガロウズは同型だ。なんせどちらもフレシシを基にしているのだから。だが、性格は少し違う。だというのに見抜くのは、なんだ、それは、という域だ。

 

 フリスがやけに執心する淨眼もどきの持ち主。

 

 ──まだバレるわけにはいかない。

 そこから計算し、最高効率を叩き出す。瞬時に転移をして、扉を開けて、開口一番!

 

「すまん!!」

「えっ……」

「あ、兄上?」

「いや、すまぬ!! 俺はお前たちの関係が拗れている事に勝手に苛立ち、強制的にくっついてもらおうと……無茶をした。すまぬ。すまぬ! どうか許してくれ!!」

 

 知っている。

 人間は謝られると正常な思考ができなくなることを。同情が働き、曖昧にしてしまいがちだと。

 そしてこういうのは言い訳をせず、嘘を吐かず、全て曝け出してしまうのが一番だという事も知っている。

 だからこうして頭を下げ、大声で謝るのだ。

 

「……えーと。ケルビマさん」

「すまぬ……どんな咎でも受けるつもりだ。すまぬ。すまぬ」

「まず、顔を上げてください」

 

 

 顔を上げる。

 ──そこに、銃口があった。

 

 

「モード・エタルド」

 

 

 引き金が引かれる。

 ……当然だが、俺は機奇械怪ではない。その銃弾は効かない。効かないが、銃弾を放った事実は消えないので、チャル・ランパーロが崩れ落ちる。この短時間に二度の使用はやり過ぎだ。生命力を削るぞ。

 

「チャル!」

「……ごめん、なさい。……機奇械怪か、どうか、わからな……かったので……」

「いや、こちらこそ要らぬ勘違いをさせた。すぐに救護班を手配する。申し訳ない、償っても償いきれぬな……」

 

 正直、なめていた。

 いや、いや、いや。

 成程成程。フリスが執心する理由が、その一端が理解できた。

 

 確かにエタルドは人体に効かないが、そうだとしても謝罪を入れた相手に銃を向けるか、普通。それに、自身がどうなるかも理解できていなかったわけではないだろうに。

 英雄だ。残念ながら、アレキよりも格上の。その精神性は一朝一夕に手に入るものではない。況してや少し前までただの学生だった少女が。

 

「……体力消費が少し危険な領域だな。セーフティのつもりだろうが……」

「あ、兄上! チャルは、大丈夫なんですか!?」

「……オルクスのエタルドはこうも短期間に連発する事を想定されていない。恐らく体力だけでなく、生きるための生命力をも削いだはずだ」

「そんな……」

「不味いな。呼吸が浅い」

 

 危険な状態だ。

 フリスめ、何も二回使ったら本当に寿命を削るような仕様にせずとも良いだろうに。

 

 悪態をついていると、本人が現れる。アレキには見えていないが──チャル・ランパーロが薄目を開けている。気配を察しているのだろうか。

 

「ケルビマ、良い事を教えてあげよう。──アレキに移した"種"はチャルから発芽した種子だ。ゆえに、それはチャルに返すことができる」

「流石、最悪の名を恣にするだけはあるな」

「照れるじゃないか」

 

 そこで、チャル・ランパーロが気を失った。

 ……そのための「サービス」か。奴の厄介な所は、その無計画性が最終的に意味を持つところだ。無計画が活きる。俺と違って、な。

 

「アレキ」

「は、はい」

「……ランパーロさんを救うために、協力して欲しい」

「私に何かできるのですか?」

「その両腕。お前は隠しているが、それは"種"だろう。《茨》の"種"」

「ッ!」

 

 あるいは刺青のように見えるソレを、アレキは俺やガロウズに隠したがっていた。

 それはそうだろう。リチュオリアの家は節制を敷いている。刺青などという趣味の産物を体に彫ること自体に、アレキですら忌避があったに違いない。

 が、今はそんな場合ではない。

 

 最悪だ。

 まるでそういう演出かのように──あのサービスが意味を持つ。

 

「"種"は保持者の生命力と直結している。"毒"ならば機能に、"罅"ならば精神にな。つまり何が言いたいのかと言えば、《茨》を用いる事で"種"の保持者は他の保持者に生命力を分け与えられるのだ」

 

 当然だがそんなことはない。

 これはアレキの種がチャル・ランパーロから伸びたものであるがゆえ。他の保持者とは繋がれん。だが、俺がアレキの種事情を知っているのはおかしいので、こういう説明になった。赦せ。

 

「……副作用として、もしかしたらお前の足の治りがもう少し遅くなるやもしれん。それでも、」

「構いません! 是非、やり方をご教授お願い致します!」

「ああ……」

 

 ガロウズが作った部屋だ。それを無駄にしたくない、という意味での今回の作戦だったが、結果としては最悪に終わったと言えるだろう。これでアレキの修行日がまた伸びた。俺が伸ばしたようなものだ。

 チャル・ランパーロの身体を抱いて、アレキに近づく。

 彼女の身を椅子にもたれ掛らせ。

 

「と言ってもお前がやることは無い。俺が今から《茨》を活性化させる。……その際、《茨》がお前たちの肌を傷つける。それは性質だ。致し方ないと我慢してくれ」

「……わかりました」

「では、やるぞ」

 

 アレキの両腕を掴み──《茨》を現出させる。

 チャル・ランパーロの方を見れば、気を失った彼女の横に、概念体のフリスがいて。

 

「準備完了だ。出すよ」

「……」

 

 フリスがチャル・ランパーロの腕に触れ、その身をゆっくりと染み込ませ──《華》を取り出す。その身、その蔦、その茨。それがこちらへ伸びてきて、活性化したアレキの《茨》を掴んだ。

 

「うっ……!?」

「落ち着いて深呼吸しろ、アレキ。大丈夫だ」

「は……はい」

 

 ──機奇械怪の蔓延る時代だ。

 あまりこういう「機械的でない力」は使いたくなかったんだがな。無論、全ての機奇械怪に《茨》は流れているのだが。

 

「OK、十分量だ。切断するよ」

 

 切断する。

 チャル・ランパーロの《茨》がアレキの《茨》を離し、互いが互いの中に戻っていく。伴い、フリスも消えた。……役に立つのか厄介なのか本当にわからん奴だ。

 

 体力の譲渡。

 それも、エタルドの消費を穴埋めする程の、だ。

 

 だというのにアレキは……疲労した様子が無い。

 

「アレキ、疲れてはいないのか?」

「え? あ、はい。鉤縄を登り切った時と同じくらいの運動量……くらいには疲れましたが、その程度です」

「……」

 

 そういえば。

 俺は上位者として寝ずに疲れずに活動しているが、アレキは人間だ。当然疲労するはず……なのに、朝は俺の仕事を手伝って機奇械怪を倒し、盗掘者を保護。昼は鉤縄を登り、夕方からは奇械士としての仕事をして──それで、風邪一つ引かず、疲れも見せず。

 ……成程、体力だけは一線級の英雄だな。

 

 強さ、ではない。

 だが、チャルもアレキも。

 ……いや、いや、言うだけはあるらしい。

 

「すまぬ、俺が救護の者を連れてくるまで、彼女を見ていて欲しい」

「はい」

「……重ねて言う。すまなかった。俺はもう、お前たちの恋路に手を出さない事を誓う」

「……わかりました」

 

 やはり。

 人間関係に効率を求めると、ロクな事にならない。

 わかっていたはずなんだがな……。



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日常に復帰する系一般奇械士

 空暦2544年01月12日、正午──。

 この日、この時を以て私、アレキ・リチュオリアは奇械士(メクステック)に復帰した。

 骨折は歪みなく接合し、一か月のブランクはこれから取り戻していく事を宣言。先輩奇械士達は「若い内に怪我できてよかった」、「今度は調子に乗るなよ」などの言葉をくれ、拍手で迎えてくれた。

 そして、同時に。

 政府から派遣されたシーロンスという少女がホワイトダナップの奇械士協会に転入する。

 

 無論彼女が来る事は事前に知らされていて、だから政府から派遣された奇械士、という時点で私達の苦しい思い出が蘇っていたのだが、初めて顔を合わせて更に驚愕する事になる。

 

 ──赤茶けたフード付きのコート。パンプキンの仮面。黒のインナースーツに白いブーツと白い手袋。

 

 シーロンスは、ダムシュ出身だ、と自己紹介をした。

 彷彿とさせる"彼女"よりかは背の低い、まるで彼女の妹なのではないかと思わせる格好の少女は、けれど既に島外作業員の資格まで持っているという。更に言えば、チャルより背が低いのに18歳と、自分たちより年上。

 どこか幼い言動が年上であることを忘れさせる──そんな少女。

 

 彼女は、リンシュのコンビとして動く事になった。

 そこそこにベテランのリンシュと活動歴は長くて二年だろうシーロンスが組むことになった理由は単純。リンシュのパートナーだった奇械士が去年亡くなってしまったから、だ。奇械士とは基本ツーマンセルで動くもの。穴埋めは必要だった。

 

 に、しても。

 

「リンシュ・メクロヘリ、ス。ウチのことは気軽にリンシュとか呼んでくれたら」

「わかりました、リンシュお姉さん」

「ッ……も、申し訳ないけど、お姉さんだけは……ちょっと勘弁。他の呼び方で!」

「じゃあ、リンシュで」

「おっけぃ!」

 

 珍しい、と素直に思う。

 リンシュはダル絡みの天才だが、コミュニケーション能力は高く、円滑に会話を進める事ができるタイプの人間だ。それがああも言い淀み、言葉に詰まり、「嫌だ」という感情を前面に押し出す場面など、観たことが無い。

 

 それが顔に出ていたのだろう。

 シーロンスが事務手続きの関係でランビに呼ばれていった後、グリンと首だけ振り向いたリンシュが、私の座るソファの横にするりと座って来る。

 

「ウチの事が気になると見た」

「……別に」

「変に勘繰られるとメンドーだから言うけど、ウチの妹今行方不明なんだよ。誘拐されたっぽくてさ、もう三か月……四か月くらいになんのかな? だから『お姉さん』呼びはちょっとな、クるんだわさ」

「そう……ごめんなさい。聞いてないけど、聞くべきじゃなかった」

「あっはっは、でもここで聞かなかったらアレキ、ウチを知る色んな奇械士にウチの事聞いて回ってただろ。そーゆーのめんどいからさ。ちなみに他に質問したい事ある?」

「その子の、特徴。妹さん。写真とかあれば、私も探してみる」

「ん。ありあり」

 

 軽く言っている。流したように見せかけている。

 オープン戦法だという奴だ。探られて痛い腹は、自ら開示する。そうすることでダメージを減らす。

 

 携帯端末に送られてきた写真は──成程。

 

「背丈が、似ている」

「まー、そうなんさ。ちょっとビクっとしたよな、流石に。ま、声が全然違ったから一瞬で判別ついたけど。というかアスカルティンが奇械士になれるはずないし。病弱なあの子が……ああ、すまん。変なコトまで口走っちまった」

「アスカルティン、というのね。わかった、私も知り合いを当たってみる。安心して、とは言えないけど……」

「いやいや、そう言ってくれるだけでありがたいって。……ただ、コレバラしてもいーから、ウチの態度について聞かれたらそういう事情だって話しといてくれると助かる」

「はいはい」

 

 どれほど能天気に見えても、やはり誰しも何かしらを抱えているものなのだろう。

 自分も、チャルも、あのシーロンスという子も……そして、ケルビマも。

 

「今日多分一緒に島外戦闘だからさ、援護頼むよ。ウチら多分初戦はあんまり連携取れないだろうからさ」

「ええ、任せて。開けたひと月分、取り返してみせる」

「とか言って、また張り切って突っ込んだりすんなよ~?」

「……以前ならあなたに言われたくない、と言えたけど……ええ、気を付ける」

「うっひょぁ、素直なアレキキモいブホァ!?」

「負い目を感じているからと言って殴らないわけではない」

「フツーは人を殴らないんだよ!!」

 

 うるさい馬鹿を殴りながら。

 少しばかり穏やかな気持ちになっている自分がいた。……日常だから、だろう。もう学校にも長らく行っていない。だから、こっちが。

 

「ん。シーロンス帰って来たみたいだから、ウチは打ち合わせいくよ。アレキは彼女と仲良くな!」

「はいはい。あなたも変に衝突したりしないように」

「おいよぅ!」

 

 言葉の通り、というべきだろう。

 リンシュがシーロンスと合流したのが見えたと同時、チャルが来た。

 

 チャル。

 件の『兄上謝罪事件』からひと月が過ぎている。それでもあの日聞かされた話は忘れていない。

 何度も話あったが──改めて。

 

「チャル」

「うん。おかえり、アレキ」

「ええ。……それで、オルクスの事なんだけど」

「あはは、気が早いよ。……でも、私もずっとずっと気になってたから。今日の討伐の後、ちょっとだけ時間貰ってみようか」

「それが良いと思う」

 

 先程までリンシュがいた位置にチャルが座る。

 

 思い起こされる。

 ケルビマが頭を下げ、「お前たちの恋路に手を出さない」と誓ったあの日の、夜のことだ。

 

 

 

* + +

 

 

 

「すまなかったな……」

「いえ。確かに私達もじれじれし過ぎたと言いますか、見ていて心休まるものではなかったように思います」

「あはは、ケルビマさんってすっごくアレキ想いなんですね」

「え?」

「む?」

「だってそうじゃないですか。アレキが大事だから、アレキが悩んでるの見兼ねて放課後デートしてこい! なんて言ったり、今回みたいに閉じ込めたりしたんですよね。やり方はその、ちょっと強引過ぎたけど、アレキの事を大事に思ってるからこそだなー、って」

 

 チャルの言葉に、私も兄上も目を白黒させる。

 兄上が私を大切に想っている。

 ……それは、よくわからない。否、わざわざ否定する事でもないのだが、この人が何を大事に思っているのかは計り知れないのだ。

 けれど兄上は、チャルの言葉を聞いて、「ふ」と笑う。

 

「ランパーロさん。あなたが言うのなら、そうなのやもしれん。……さて、遅くなってしまったが……俺に聞きたいことがあるのだろう? 頑なに帰宅を拒んだのはそういう意図があるものと見たが」

 

 見透かされていた。だが相手は兄上だ。驚きは少ない。

 対人関係というか他人の恋路に対しては驚くほど不器用だというのが今回わかったが、それ以外の部分での察しの良さはチャルの超能力に匹敵するものがある。あるいはだからこそ、私とチャルの距離感に苛立ったのかもしれないけど。

 チャルからの目線。頷き返せば、チャルはそのホルスターから双銃を抜いた。

 

「この銃について、ケルビマさんの知っている事を教えてください」

「……やはりか。まぁ、いいだろう。俺の粗相の対価だ」

 

 兄上は、大きく溜息を吐いて──話を始める。

 

「時は空歴2360年にまで遡る。この年について何か、歴史の授業で習わなかったか?」

「はい。機奇械怪が出現した年の一年前。歴史家たちによって『機奇械怪が製造された年』と言われています」

「よく勉強している。そうだ。空歴2360年。183年前だな。そのある日、機奇械怪が世界を襲い始めた。大波のように、あるいは空から黒いインクを落としたかのように。機奇械怪は瞬く間に地上を覆い尽くし、地上の国々のほとんどを滅ぼしてしまった」

 

 残ったのは九つの国。

 エルメシア、ラグナ・マリア、ジグ、再建邂逅、聖都アクルマキアン、港湾国家ダムシュ、魔都クリファス、法国ネイト、そして皇都フレメア。

 内、聖都アクルマキアンまでの五国のみが、現存する国家となる。ダムシュから後の国は滅びてしまった。

 

「オルクスはそんな時代よりも前に製造された銃だ」

「……それはおかしいです。この銃はオールドフェイスっていうコインを入れる前提で作られています。それに、モードも……人と機奇械怪のどちらをも殺せるようにと作られているから、機奇械怪が現れる前に作られた、というのは無理が」

「それが、そうでもないのだ。何故なら機奇械怪は、2360年よりも前に存在したのだから」

 

 兄上は胡坐をかき、腕を組み、難しい顔をして語りを紡ぐ。

 歴史。兄上が口にしたソレは、私の知らない話。

 

「原初の五機、という言葉に聞き覚えはあるか?」

「……研究者たちが提唱しているものですね。ハンター種、プラント種、プレデター種、オーダー種、サイキック種。現在分類されている機奇械怪の"種別"は、そのまま原初の五機、原初の五種から来たものだ、という説」

「そうなんだ」

「と言ってもこれは立証されていない説。立証のしようがない説でもある」

「だがそれは真実だ」

 

 ──奇械士や引退した奇械士らが日夜口論を重ねている話を、ばっさりと切り捨てる兄上。

 彼にも証拠らしい証拠はないのだろうが、兄上が言うのなら、という信頼感がある。

 

「原初の五機が動き出したのは2360年。だが製造は2200年にまで遡る。それまで原初の五機は封印されていたのだ」

「封印……?」

「機能を封じられていた、というべきだろうな。この辺りは俺も知らん話だから推測になるが、恐らく()()()()()()()()()だろう。……いや、これ以上は混乱させるな。まぁ、つまり2200年に機奇械怪の大本が製造された、ということだけわかってくれたらいい」

「兄上はそれをどこで……?」

「リチュオリア本館──つまり、元皇都フレメア。地上でな、見つけたよ。当時の記録を」

 

 ホワイトダナップの住民が捨て去った皇都。

 そこに、真実が。

 

「まぁいいんだ、それは。……オルクスが製造されたのは、その2200年。他にも四種の武器が製造された」

「……それは、つまり」

「うむ。原初の五機に対抗し得る武器として、それは製造されたのだ。オルクス。その名を持つは、原初のオーダー種を殺す双銃。ゆえに、ランパーロさん。俺はあなたに以前会った時、言ったな。『それを渡すなど剛毅だ』、と」

「……そんな凄い武器だったなんて、知らなかったです」

「是非ともどこで見つけたのかをその者に聞きたいところだが──ああ、お前たちの様子から察している。……一度会ってみたかったが」

「うーん……多分、ケルビマさんとは果てしなく気が合わなかったかも、です」

 

 チャルがそんなことを言えば、兄上はきょとんとした顔をした。

 そして、何がそんなに面白かったのだろう、初めて見るくらいの笑いを吐く。いつもの「はっはっは」ではなく、「ヒィヒィ」と苦しむくらいの笑い。やはりこの人は計り知れない。笑いのツボがわからない。

 

「ひ、ひ……いや、いや、すまん。成程成程、ランパーロさんはやはり凄いな。うんうん、いやいや、いや、いや。……これは、期待大、だ」

「何がですか?」

「……アレキ。もう調子に乗らない、と約束できるか? 一人で突っ込まないと」

「え、あ、はい! 勿論です!」

 

 未だ口角に笑みを残す兄は、さらにニヤりと笑いながら──言う。

 

「一か月後。一月の中旬くらいだな。ホワイトダナップの航路は皇都フレメアの近くを通る。──もし、余裕があれば探してみろ。リチュオリア本館。あるいは皇都フレメアの城奥にあったとされる禁書庫。もし見つけられたのなら──そこに真実があるやもしれんぞ?」

 

 

 

+ + *

 

 

 

「航路図では、ここは何もない事になってるけど……」

「フレメアの事には触れたくないみたいだし、さもありなん、ね」

「うん。ケルビマさんの言う通り、多分この辺が皇都フレメアの跡地なんだと思う」

 

 兄の言葉を思い返しながら、航路図……ホワイトダナップの周遊航路図を見る。

 今までは何とも思わなかったけど、ここら一帯は確かに不自然に何もない、ように思う。基本地上というのは荒野か廃墟が続いているものだけど、ここら一帯は荒野でも廃墟でもなく、NO DATAと情報収集自体がされていない箇所が多い。

 怪しい。怪しすぎる。

 そんなに見捨ててしまった事を隠したかったのだろうか。その当時はまだ誇りある貴族たちだったはずなのに。

 なんて、当事者でもない私が言っても仕方のない事だけど。

 

「そろそろブリーフィングの時間だから、行こっか」

「ええ。……その、チャル」

「ブランクがあるかもだけど、活躍して見せるから……とか言ったらオルクスのグリップでぶん殴る」

「うっ」

「言おうとしてたね?」

「……自分の身を第一に、頑張る」

「よくできました」

 

 逸るな、と言われてすぐこれだ。

 チャルにも言われた。「アレキは気負い過ぎて失敗しがちだから、もうちょっと自分の事で手一杯になるといいよ」と。癪なことにリンシュにも言われている。「アレキは重く考えがちだから、もっと楽に生きたら良いよ、ウチみたいにな!」と。後者は蹴った。

 楽に。

 自分の事を、第一に。

 

 深呼吸。

 

「ええ、大丈夫」

 

 行ける。

 

 

 

「おー、来たか、お二人さん」

「今日はよろしくお願いします!」

「あ、よろしくお願いしますー……。えと?」

「お気になさらずー。私、燃費悪くて。めちゃくちゃお腹空くんですよ」

 

 リンシュとシーロンスは、既に武器も持って、準備万端、といった様子だった。

 槍と──鉤爪のついた籠手らしきもの。ダムシュ特有の武器なのか、見覚えのないものだ。

 

 ただ、そんなものより目を引いたのが、シーロンスの前に置かれた山ほどの食料。合成食品も自然食品も一緒くたに、物凄い勢いでシーロンスのパンプキンな口に吸い込まれていく。アレってちゃんと口として機能するんだ……。

 にしても燃費が悪いどころじゃないような。

 

「……」

「チャル?」

「あ、うん。……なんか、思い出しちゃって」

 

 その様子に、ぽけーっとした表情になったチャル。彼女を現実に引き戻せば、懐古を思わせる表情を浮かべた。

 

「ほら、前にさ、メーデーさんにも可愛いトコあるんだよ、って言ったじゃん?」

「ああ、結局聞きそびれてたやつ」

「あれそうだっけ。まぁ、それがね、メーデーさん、すっごく沢山食べる人だった、って話だったんだよ。食堂に籠って一生ご飯食べてて、それが可愛かったんだけど……」

「あー、懐かしい話。ウチもそれ気になって話しかけたら、シーロンスみたいに『燃費が悪い。気に障ったか?』なんて返してきて」

「メーデーさん、ですか? 知ってます知ってます。ダムシュじゃ先輩でしたよ!」

 

 シーロンスの嬉しそうな声とは裏腹に、少しばかり静かになってしまうチャルと私。

 見兼ねたのだろう、あるいは耐え切れなかったか、リンシュが口を開く。

 

「ま、そんな話はいーとして。ブリーフィング、するぜぃ。ランビー」

「あはい。完全に私の事忘れられてるんだと思ってました」

「ランビさんいたんだ。気付かなかった……」

「私も。ダメね、鈍ってる」

「しくしく、どうせ影薄いですよーだ」

 

 ブリーフィングルーム内。

 シーロンスの食料の山がインパクト強すぎて、ランビの存在が見えていなかった。背が小さいのが悪いと思う。もう少し背を伸ばしてほしい。

 

「──時間ですね。では、ブリーフィングを始めます」

 

 切り替える。

 シーロンスだけがまだ食べ続けているけれど、リンシュまでもが静かになって。

 

「今回の討伐作戦、討伐対象は融合プラント種『トクステス』。特異ハンター種アーマードタンクと基本プレデター種スネイクスの融合種で、主な攻撃方法は長大な砲身による超長距離攻撃、及び全身から吐き出す毒煙となります。毒煙の効果範囲は、スネイクスの時点では半径10mとされていますが、融合段階でどれほど広がったのかは不明です。また、プラント種らしくその装甲は堅く、動力炉の位置も不明」

「不明? 新種なのか?」

「いえ、新種ではないけれど、ライブラリに詳細が記載される程目撃例が無いの。討伐例もね」

「なるへも」

「次に注意点です。凡そは普段の大型機奇械怪討伐と同じですが、トクステスの長距離砲は推定ホワイトダナップに届く可能性があります。砲身を上に向けた場合の砲撃は必ず防いで下さい」

「……出撃、急いだ方が良いかもです。まさに今、その砲撃が準備されてる……気配がします」

「何?」

 

 四人の視線がシーロンスに集まる。

 が、彼女は我関せずと言った様子で言葉を続ける。

 

「最高射程を正確に攻撃するためにかかる時間は恐らく七分程。砲弾は合金。機奇械怪の残骸……う、ん? んん? ランビさん、今ハンター種とプレデター種の融合種、って言いましたよね」

「あ、はい」

「もう一個混ざってます。サイキック種……恐らく弾道を安定させるためのもの。こいつ、今組み上がった大型(ヒュージ)じゃないですね。結構歴戦……」

 

 その。

 見てもいないのに、遠くの事情を把握する能力。空間認識というにはあまりにもあまりにもなその力は、兄上を彷彿とさせる。

 

「わかりました。シーロンスさんの言葉を信じます。カメラドローンは追従させますので、何かあればそれに」

「よぉし! なんかよくわかんないけど、とりあえずぶっ潰せばウチらの勝ち!」

「リンシュ、私に突っ込むな、って言っておいてあなたが突っ込む、なんてのはやめてね」

「そいつァ無理な相談かもな! よぉし、行くぜ、シーロンス! ウチの凄さを見せつけてやる!」

「ではお先に失礼します。お二人は安全に降下してください」

「?」

 

 ──普通、奇械士は気球や飛空艇を用いてホワイトダナップと地上を行き来する。

 が、馬鹿にそんな常識は通用しない。急がないと、と言われたからではあるのだろうが──。

 

「ちょ、」

 

 リンシュ・メクロヘリ。そしてシーロンスは、ブリーフィングを行っていた発着場の外縁部から、一足のもと飛び降りた。

 確かに私にも経験がある。けれどそれは、兄上の持つシールド発生装置のおかげで。

 

「……あ」

 

 気付く。

 兄上に貰った──「詫びと、快癒祝いだ」と言われた、卵のような形の装置。

 オサフネ・チグサガネの仕立てた装備一式。その首の部分についていたペンダントのようなソレが"そう"なのだと直感で理解する。

 

「チャ……チャル」

「行こっか、私達も」

「え──」

 

 知らないはずだ。

 この装置の存在など。なのにチャルは、笑って──私の手を引く。

 

 そして、落ちた。

 落下する。今日は雲の無い日だ。よかった。なにも良くない。

 

「きゃッ──」

「アレキがそれを提案するってわかってたし! 手段があるんだよね?」

「あ、あるけど、まだ一回も使ったこと無くて!!」

「あはは、じゃあアレキが成功させなきゃ私達ぺしゃんこだ!」

「なんでそんなテンション高いの、チャル!」

 

 決して外れぬようにと固く鎖で結びつけられたそれ。

 空中で、雲が無い分いつもより近く感じる地上を恐れながら、必死に探る。それを探る。

 

 ボタンのようなもの。

 

「チャル、私に抱き着いて!」

「うん──お願い」

 

 押す。

 瞬間、今の今まで感じていた痛いほどの空気抵抗が消えるのがわかった。熱い太陽光線も、薄いはずの空気も、何もかもが安定する。

 落下速度だけはそのままに、今この場が安全になった事を理解する。

 

 だから安心して、ボタンから手を離した。

 

「あ、アレキそれだめ! 押しっぱなしじゃないとコレ崩れるっぽい!」

「ちょ──兄上、そういう事は事前に説明を!!」

 

 ……なぜか。

 厳格な兄上の顔、ではなく。

 こっちを揶揄ってくるときのフリスの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 それを振り払い、地面につく最後の最後までボタンを押し続ける。

 必死で。必死に。それだけを考え続けて。

 

 

 

 

「……死ぬかと思った」

「けど、凄いね、それ。無事だよ、私達」

「ええ……。って、そうじゃなくて、あの二人は!?」

 

 この装置なしで先に飛び降りた二人。

 彼女らがどこにいるのか、を探して。

 

 そこに暴風を見た。

 

「ハハハハハ! シーロンス! やるじゃないか、ウチに付いてくるなんて!」

「こんな大物、久しぶりだもん! アハハハハ──どこから剥がして、剥いて、食べてあげようか!!」

 

 プラント種の装甲に突き刺さる槍。装甲を切り裂き、剥がしていく爪。毒煙に気を付けろ、と言われたばかりなのに、接近戦しかしない二人。

 ああ、その理由はすぐに理解できた。

 恐らく毒煙を発生させようとしたのだろう部位が、完全にねじ切られている。私達の落下中に、真っ先に斬り落としたのだろう。

 しかし、なんたる野性味か。リンシュの戦い方は何度か見たことがあるけれど、今日は輪をかけて酷い。回避の一切を考えない連続突き。唯一の武器である槍を投擲することも躊躇わず、ただ「ヒリつき」を求めて機奇械怪を狩る様は、やはり他の奇械士と一線を画す。

 ……と思っていたところにこれだ。

 シーロンス。

 彼女の戦い方は、更にその上を行く。

 両腕の鉤爪を使い、突き刺し、開き、中の機構を爪で掴んで引き摺りだして、引き千切る。しまいには高笑いだ。口調も幼いものに変わっている。

 

 二重人格、という奴なのだろうか。

 あまりに野蛮。あまりに野性的。

 

「アレキ、あの砲身、斬れる?」

「あ……ええ、いける」

「迎撃されそうになったら私が全部撃ち落とすから、お願い!」

 

 そうだ。見ているだけなんて、そんなことは許されない。

 復帰直後、快癒祝いまでもらっての参陣。

 

 張り切り過ぎない。気負い過ぎない。

 けれど──リチュオリアを背負う者として。

 

 その、上に伸びた砲身()

 貰い受ける。

 

 近づいて、斬る。寄らば斬る。首に見立てた砲身を、赤熱させもしない刀で。

 

「お……おお、流石!」

「油断禁物です! 砲身を組み立てようとしてます! 動力炉を探して!」

「あーい!」

 

 ──結果的にしっかり斬れたからよかったものの、心臓はバクバクと大きな音を立てている。

 驚いた。予定では、三足。三歩で詰めて、もう一歩でその身体を登って、その後斬る予定だった。なのに現実は一歩。踏み込んだその一歩目で、既に砲身が目の前にあったのだ。

 

 使いこなせるかどうか、と。兄上は言っていた。

 成程。これは──性能が高すぎる。何をどうしたら草鞋にこんなバネを仕込めるのか。何をどうしたら着流しの袖にこれほどまでの馬力を出すピストンを仕込めるのか。風に舞う、ひらひらと揺れるこの衣服がどうして、弾丸を防ぎ得る装甲になり得るのか。

 オサフネ・チグサガネ。兄上にやたらと馴れ馴れしい女だと思っていたが、成程、この腕ならば納得だ。

 

「二人とも、一瞬離れて」

「えぇ!?」

「──ッ、リンシュお姉さん、こっち!」

「どわっ? ……って、お姉さんって呼ぶ、な」

 

 シーロンスが聞き分けの良い子で助かった、と思う。

 腕を振り始めたころには、止まらなくなっていた。自分の意思で調節できない振りに恐れおののきながらも、最後の最後まで振り切った、振り抜いた一刀。

 それは地を割り、風を割り──トクステスを両断する。

 

 リンシュが絶句した声が聞こえる中、それ──トクステスの中心にあった黄緑色のシリンダーが見えた。

 

「チャル!」

「うん、見えてる。モード・テルラブ──撃ち抜くよ!」

 

 宣言通り、ブレることなくまっすぐ飛んだオルクスの弾丸が、トクステスの動力炉を貫き、破壊する。

 ……本当に。

 チャルの射撃の腕は、どんどん上がっている。私も頑張らないと、と思いつつ。

 

 なんてじゃじゃ馬。

 この装備一式は、もっと使い慣らさないと……味方まで危険に晒すかもしれない。

 

「おーし! 討伐完了! 最速タイムじゃね、これ!」

「……」

 

 無邪気に喜ぶリンシュとは反対に、冷静な顔でシーロンスが周囲を見渡す。

 そして。

 

「ッ、下です!」

 

 反応できたのは三人。

 私と、チャルと、言葉を発したシーロンスのみ。驚愕に染まっていくリンシュの顔は、けれどさらなる驚愕──その服をシーロンスが掴み、私の方へぶん投げた事で上書きされた。

 飲み込まれるシーロンス。その見た目を私達は知っている。

 

 融合プレデター種ランプリー。

 ああ、終わった事件だというのに。

 どうしてこうも、アレを思い起こさせるモノが現れ続けるのか。

 

「シーロンスッ!!」

「チャル、エタルドを!」

「……」

 

 リンシュが手を伸ばす先で、シーロンスの小さな体がランプリーに飲まれていく。アレの口は巨大な円形のシュレッダーのようになっている。飲み込まれるということは、磨り潰されるに同義。ゆえに迅速にアレを破壊する必要があって、チャルにそれを要請した。

 けれど彼女は、冷静な顔で。

 

「……大丈夫。シーロンスさん、強いよ」

 

 ガコン、めきょ。

 そんな音が響く。何の音かと振り向きなおせば──ランプリーの身体が、ヘンな形に膨らんだり凹んだりしていた。

 シーロンスの姿は見えない。だからもう磨り潰されて飲み込まれた後のはず……なのに、未だ。ランプリーは地上にその身を露出させたまま、メコ、ボコ、なんて音を発して変形し、()()()()()()になっていく。

 

 そして──その身の中心部から、巨大な鉤爪が突き出た。

 両側に向かうソレ。ぐ、ぐ、ぐぐ、と力が込められ──開く。

 

 中からは、()()()()()()()()を持ったシーロンスの姿が。

 

「シーロンス! 大丈夫か!?」

「あ、はい。リンシュこそ大丈夫ですか? 私、加減なしにぶん投げちゃいましたけど」

「ウチは問題ない! ……すまねぇ、油断した。んで助かった! ありがとう!」

 

 回り込んでランプリーの口を見れば、ランプリーの刃はその全てが折り砕かれていた。その中も、破壊の限りが尽くされている。

 ……強い、とかじゃないような。

 

「シーロンスさん、もう大丈夫そう?」

「……はい。周辺にはもういないですね」

「うん。じゃあ帰投しようか」

 

 装備のおかげで、私は爆発的に強くなった。

 ……でも。

 チャルも、新しく入って来たシーロンスも。

 

「やっべぇ新人入って来たな……」

「同意する」

「へっ、お前らにも言ってんだけどな、ウチ」

 

 頑張らなきゃ。これまで以上に。

 兄上に、さらなる修行を頼むことにしよう。

 



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過去を作る系一般機奇械怪達と、ペットを飼い始めた一般上位者

 さて──当然だが、リチュオリアの本館にもフレメアの城跡にも『歴史の真実の記された禁書』など存在しない。

 アレキとチャル・ランパーロに語った話は純度100%の嘘だ。原初の五機や年は本当だが。

 オルクスはエンジェル襲来事件において、フリスがその場で作った銃。原初の五機に対抗するために作られたものなどではない。

 無いが、そういうのがあと四つあるのは「面白い」と判断した。

 よって、急遽"そうだったこと"にするための歴史作りを始めることにした次第だ。

 

「……あなた方は、本当に……なんというか、凄いのか阿呆なのかわからなくなりますね」

「あの、私まだ混乱してるんですけど。なんですか妹機って。なんでこんなお爺ちゃんの見た目なんですか」

「おお、姉上。中々にひどい事をおっしゃる。これでも儂は14歳。ピチピチですよ?」

「うわぁ、今ゾゾゾッてきました機奇械怪なのに」

 

 うむ。

 歴史作りのために招集したのはフレシシ。ガロウズはフレシシの後継機だが、使っている部品が違うのと得意とする分野も違うため、俺がアレキやアスカルティンに構っている間は二人に連携して歴史作りをしてもらうことにしたのだ。

 フレシシはサイキック種の色が強く出ているために、念動力での土木作業。

 ガロウズはオーダー種の色が強く出ているために、周辺の機奇械怪を遠ざけたり、あるいは手伝わせたりする現場監督。

 各々が役割分担をして、元皇都フレメアに「謎の痕跡」を残してもらう。

 

「はぁ。まぁ、わかりました。フリスも噛んでるみたいですし、私は逆らいませんけど……。それで、具体的に何を作ればいいんですか?」

「任せる」

「はい?」

「む? 任せる、と言ったのだ。いいか、あのフリスが自身に文才の類は無いと言い切っているんだ。俺にあると思うか?」

「ケルビマ様に文才があるならあの二人の恋路はもっとうまく行っていたでしょうな」

「アレはお前が自白剤なんてものを使ったのが悪いだろう!」

「おやおや、責任転嫁ですよケルビマ様。あの二人はその前日時点で既に仲直りしていた。それをわざわざ閉じ込めると言ったのはあなたです」

「なにおう!? それは、お前が折角作ってくれた部屋を無駄にしないための俺の配慮だろうが!」

「儂のせいだとでも言うんですか?」

「──いや俺のせいだが。ああ、そうだな。一度下げた頭を上げる程俺は腐っていない。だが納得もいかん。お前も謝ってこいガロウズ」

「嫌です」

 

 ぽかーん、としているフレシシを余所にいつものじゃれ合いをすれば、流石に見兼ねたのだろう、俺の懐からオールドフェイスが一枚出てきた。

 そしてそれは周囲から機奇械怪の残骸を集め──球体にレンズの一つ付いたような形の機械となる。

 

「フレシシ。ケルビマの様子に驚いたかい?」

「あ、その厭らしい口調はフリス! 自分で動けるんですね」

「うんうん、君、僕がいなくなってから一段と僕に敵意を向けるようになったね。良い事だと思うよ」

 

 浮遊する鉄くずの寄せ集めが喋る。

 機奇械怪を作り出している側から言うのはおかしな話だと自覚しているが、酷くシュールな光景だ。まぁ創造物であるフレシシと同じくフリスは念動力に長けているからな。こういう事は得意中の得意だろう。

 あぁ、だからと言ってアレだ。ガロウズがオーダー種寄りだからと言って、俺からオーダー信号が出せる、という事は無い。認識コードは使えるが、それはただの上位者権限だしな。

 ガロウズがオーダー種寄りなのは、奴の元となったガロウズ・リチュオリアを殺した機奇械怪がオーダー種だったから、というだけだ。実験の最中に死んだガロウズ・リチュオリアとアレキの母。そしてそのオーダー種も死にかけていたので、合わせた。それだけ。

 

「さて、この説明下手な効率馬鹿に代わって僕から正式な依頼を伝えよう。君達に作って欲しいのは、『ここ皇都フレメアでは秘されていた真実があった』風な痕跡だ。具体的にはただの民家の下に隠し階段隠し部屋とか、聖堂の主祭壇の裏に地下へ続く階段とか、鍵穴の無い鉄扉、力づくで開けたらそこには頑強なケースに入れられた禁書……とかね」

「あー。フリスの好きそうな設定ですねぇ」

「そして、場所自体は君達に任せるけれど、絶対に置いておいて欲しいものが二つ。一つは今言った禁書。これは歴史の真実の記された書、という奴だ。これは僕が書いておいた」

 

 フレシシの手元に赤雷が走り、ぽふ、と本が落ちる。

 古びた本。装丁も所々がボロボロになっているし、表紙に書かれた題名は当時のフレメアで使われていた言葉ですらない、聖都アクルマキアンの最高司祭の一部くらいしか知らないだろう、空の神フレイメアリスに纏わる神話に登場する神語。誰が読み解けるんだアレ。

 中身は一応古語の類だが、まぁ読めない事は無い、くらいにはなっているらしい。

 

「珍しい。フリスの準備が良いとか、明日は槍が降りますよ」

「姉上、槍程度なら簡単に降らせられるのでは?」

「その姉上呼びやめてくれませんか? 見た目と合わな過ぎて。普通にフレシシでいいですよ、ガロウズ」

「わかりました、フレシシ姉上」

「……性格悪」

 

 鏡に向かって悪態を吐いている機奇械怪はともかく、長話になりそうなのでフリスに先を促す。

 俺は午後から普通に仕事があるんだ。簡潔に終わらせろ簡潔に。

 

「うんうん、良い視線だ。じゃ────ゆ────った────り────しゃべろ────か」

「叩き斬られたいのか?」

「斬れるのかい?」

「……ふん。今の俺には無理だな。制限がある」

「だねぇ。それじゃあまぁさっさと話を進めよう。置いてほしいもの一つはこの歴史本。そしてもう一つは」

 

 またも走るは赤雷。今度はガロウズの手元に。

 転移光が消えたそこには──鞘に納められた長刀の姿が。

 

「それはテルミヌス。念動力を切り裂ける刀だ」

「……人間側が過剰戦力にならないか?」

「あはは、大丈夫だよ。むしろそうでなければ困る。今の機奇械怪は恐怖を知らないからね。絶対的な力は油断を招き、慢心を覚えさせ、危機を忘れさせる。ハンター種が当たり前のように持っている回避本能を、サイキック種が有していない……なんてことがザラにある。それは避ける必要が無い、念動力でどうにかすればいいと思っている証拠だ」

「事実だろう」

「うん、事実だよ。だからダメなんだ。人間が短期間で進化するのは、どんな時でも追い込まれたから、という理由だ。それは生命の危機だったり、精神的にだったり、周囲から置いて行かれるという恐怖であったりと様々だけど、決まって恐ろしいと感じた時にこそ彼らは目覚ましい進化を遂げる。機奇械怪に必要なのはソレだと思うんだよね、僕は」

「……まぁ、一理はあるな。それこそフレシシが良い例か」

「え、今私に話振るんですか? 明らかに一般機奇械怪が絡んじゃないけない話な気がしてたんで外部情報シャットアウトしてたんですけど」

 

 確かに、フレシシは変わった。

 フリスの記憶にある限りのフレシシはもう少し従順だった。恐ろしさに囚われ、絡めとられ、ゆえに軽口こそ叩けど、絶対服従の姿勢だった。

 それがこうも……なんというか、生意気になるのを見ると。

 恐怖が機奇械怪を変える、というのは、正しく聞こえてくる。

 

「ああ、勿論愛も良いアプローチだ。アスカルティンについては君に一任しているから止めはしないし否定もしないよ。それこそピオという好例がいるしね」

「では、ケルビマ様は愛で、フリス様は恐怖でそれぞれアプローチをしていく、と」

「いいね、ガロウズ。君は詩的だ。それじゃあ現場監督だけじゃつまらないだろう君に、チャル達が訪れ調査するだろう場所に何か『詩的で謎めいた文章』を残すことを許すよ。頑張って欲しいかな」

「……眠れる獅子を起こしましたか」

「ガロウズ、ダメですよ。フリスは悪戯好きなんですから、欠片でもやる気を見せると無茶振りされます。今度から気を付けるように」

「あはは、流石だねフレシシ。君も新しい仕事が欲しいと見たけど、どうかな」

「嫌です」

「うん、じゃあ君は、城跡付近に巨大な破壊痕を作っておいてほしいかな。こう、巨大なマンティスの鎌が通った、みたいな痕を」

「姉上、フリス様の扱いには慣れているという風でしたが」

「慣れてたらこんな苦労してないですよぉ」

 

 うむ。

 姉妹機が仲良くしているのは良き事だ。これを機に互いに高め合ってほしい所だ──が。

 

「すまんが、時間だ。俺は仕事に戻る。なに、猶予は一か月もある。この何もない地をどう飾るかはお前たちの自由だが、期待はしている。では任せたぞ」

「頑張ってね。僕も楽しみだから見ないでおくよ~」

「うわぁ、マジの丸投げですねぇ。ガロウズ、良いんですよ。ああいうの見て『最悪ですね』って言って」

「いつも言ってます」

 

 

 

 ──それが、ひと月前の話。

 

 

 現在。

 トクステスとランプリーを倒した()()が、皇都フレメア跡地に入って行くのを眼下に捉える。

 恐らくアスカルティンに「どこへ行くのか」を問われ、上手い答えが出せなかったのだろう。それが結局同行を許すことになった、と。

 

「いやぁ、ケルビマ。中々凄いのを育てたね」

「アレキのことか。ふん、奴自体はほぼ変わっておらん。オサフネの技術が凄いだけだ」

「いやいや、アスカルティンのことだよ。シーロンス、でもいいけど」

 

 ……またか。

 こう、価値観の相違が、結構激しい。それこそチャル・ランパーロに言われた通り、「果てしなく気が合わない」とは之このことなのだろう。言い当てられたときは思わず柄にもない爆笑をしてしまったものだ。

 

「アスカルティンは、お前から見て"英雄価値"があるか?」

「まぁ、君の好きな『武人的』や『生き汚くも歩き続ける』タイプの英雄ではないのは確かだよ。けど彼女は十二分に英雄だ。だって凄いと思わないかい? 姉が血眼になって探してくれている。誘拐された自分を、ずっとずっと。だというのに、その彼女の前で平然と彼女を『姉』と呼び、口調も隠さず暴れまわって、挙句優先するのは自身の飢え。情が無いわけじゃない。親愛を受け取れないわけじゃない。ちゃんと人間らしい感情を有しているのに、人間を食し、姉を心配させたままにし、捕食本能に素直に従える」

「……"英雄"というよりは"化物"に聞こえるがな」

「同じさ。どちらも自らの群れから突出してしまったが故に呼称される蔑称でしかない」

 

 フリスの言う通り、俺の好みの英雄はそういう"戦闘能力に長けた者"なのだろう。だからチャル・ランパーロの特異性を肌で感じても、あまり熱が入らない。弱いから。

 否、あるいはほとんどの奇械士にはそれを感じない。ボーダーはクリッスリルグ夫妻か。あの二人から上の存在であれば、俺も心躍るのだろうが。

 

 逆にフリスは弱くても新しければ良い、という好みをしている。どれほど無様でも今までにいない存在なら新たな入力になると。機奇械怪への入力数値としてしか人間を見ていないが故の好み。"英雄価値"とはよく言ったものだ。

 

「けれど、君が修行を付けたというのに、アスカルティンの動きには君らしさが無いね。僕は武術の方はからっきしだから、実は含まれている、とかだとわからないんだけど」

「いや、言う通りだ。アスカルティンにはリチュオリアの技術の一切を伝えていない。チャル・ランパーロが近くにいること、加え、アレキもあれでいて天才の部類だからな。アスカルティン……シーロンスがリチュオリアの技を使っていたら怪しまれるだろう」

「メーデーと同じ格好な時点で十分怪しいと思うけどね」

「それは政府にいる奴に言え」

 

 俺だって頭を抱えたんだ。

 奇械士と愛を育ませるという名目で送り込んだのに、あれでは怪しまれるばかりだと。

 ……まぁ、結果。何故かシーロンスは受け入れられたのだが。

 

「ということはつまり、彼女の強さは完全な我流か」

「我流にすら至っていないだろうな。プレデター種としての本能が体を突き動かしているに過ぎん。一か月地上に放り出してサバイバルさせたからか、気配察知能力が格段に上がったのは御の字だが」

「……君さ、加減って言葉知ってる?」

「弱きは死ねばいいとは思っている」

 

 リチュオリアの理念など本来の俺には関係ない。

 人間として振る舞っている内はその通りの行動をするが、俺が俺である時は弱きを憎む。切り捨てる。なんなら自ら殺しに行くかもしれない。

 ……そういう意味では、一か月を完全に乗り切り、生身を残す身体でプレデター種として生き残ったアスカルティンは、まぁまぁ、評価に値するのかもしれないが。

 

「調査は……難航しているようだな。ガロウズめ、上手く隠し過ぎだ」

「あの二人、結構凝り性だからねぇ。うーん、今回で見つからなかったら、明日また大型を出現させようか?」

「無駄だ。流石に連日となると、別の奇械士が当てられる」

「あー。……できれば今日見つけてほしかったけど」

「希望はある。五日後、またアレキとチャル・ランパーロのシフト日のはずだ。リンシュ・メクロヘリとシーロンスは違うが」

「なんでそんなこと把握しているんだい?」

「アレキの修行のためだ。ブランクを取り戻したいと、追加の修行を求められていてな。正直、身体が足りん。お前から引き継いだ仕事だ、アレキの育成は完璧に仕上げたいが、アスカルティンのこともある。教団事件や謎の機奇械怪の少女、他にもいろいろと──おい、待て」

 

 口が滑った、と思った時には遅かった。

 球体。フリスのオールドフェイスが入った球体は、球体であるはずなのに、その単眼レンズがにんまりと笑ったように見えて──次の瞬間。

 

「いやぁ、はっはっは、それを待っていたぞ!」

「……最悪だ。お前、一応一回死んだんだ。少しは大人しくしていろ、本気で」

「ん、ん゛ん゛ッ……ふ、それは野暮だろう兄弟。俺達は根本を同じくする上位者。ならば分裂しようと有り得ぬ話ではない。そうだろう?」

 

 ……先ほどまで球体だったフリス。

 それに、転移光が纏わりつき、何かがガシャガシャと組み上がる音がしたかと思えば、次の瞬間。

 

 俺がいた。

 俺だ。ケルビマ・リチュオリア。無論偽物。人形。中身はフリスな俺。

 

「ああ、そう。当然だが、俺は武術などできん。からっきしだ。故にアレキ、アスカルティンへの指導は引き続きお前に任せる。代わりに事件の調査なんかは俺がやってやろう」

「不安しかないが」

「あはは、僕も君の行動見てて不安しかなかったからお互い様だよ」

「俺の顔でその口調はやめろ。気色が悪い」

 

 果てしなく気が合わない。

 流石だ、チャル・ランパーロ。今ここに、改めて盛大なる称賛の拍手を送ろう。お前の目は本物だ。誰が認めずとも俺が認めてやる。

 

「それじゃあ、俺。見届けは任せた。俺はホワイトダナップで調査をするからな!」

「……余計なことはするな。いいな?」

「勿論さ!」

 

 生身ではないにせよ、久方ぶりの肉体だからだろう、どこか浮かれた雰囲気でフリスはホワイトダナップに戻って行った。

 ……知人に会うのが怖くなったな……。

 

 

+ * +

 

 

 

 うん。

 やっぱり実体で感じる風は違うね。呼吸をしなくてもいい身体だけど、する楽しみというのはある。

 僕ら上位者は、やろうと思えば好き勝手ができてしまう。だから自分たちで自分たちにルールを幾つか敷いている。たとえば、誰かが何か大きな実験をしている時は静観する、とかね。

 そんなルールの中で、僕の出番はもう終わりだった。別に死ぬわけじゃないからああやってケルビマとか他のにちょっかいをかけたりしていたんだけど、完全なる自由、ってわけじゃないから色々と不便もあったんだ。

 それが、ケルビマからの依頼で「もう一つ身体が欲しい」との事で。

 いやぁありがたいね。僕が実体化する理由を作ってくれたんだから。これで大義名分を振り翳してホワイトダナップの地を再度踏みしめる事ができる。

 

 ま、フリスとしては行かない。フリスは死んだ。フリス・クリッスリルグはもう死んだ。

 ここにいるのは"なんらかの方法で分身したケルビマ・リチュオリア"だ。大丈夫大丈夫、彼は強さで有名だからね。淡々と「ああ、それなら分身しただけだ」とか言えば、周りも納得するよ。

 

「さて、と」

 

 とはいえ、である。

 半ば……いや、九割がた揚げ足を取る形で出て来たけれど、同時期に同じ人間が別の作業をしている事を目撃されるのも、上位者二人が積極的に人間や機奇械怪に関わっているのもあんまりよろしくない入力だ。

 だから、楽しむのは事件の解決を終わらせてから、かな。あるいは解決しながら楽しむべきだろう。

 

 まぁ、もうアタリはついている。

 つまらない話だけどね。そもそもこの広い人工島で、東西南北の区域・区画のどこかからかオーダー信号を飛ばしている、という考え方がナンセンスだ。

 どこかにオーダー種が鹵獲されていて、その信号を使われているというのなら、その場所は当然真ん中に決まっている。

 地表には政府塔や奇械士協会がある。だから悪事に向かない。

 ならば地下だろう。多少距離は離れるけれど、どこかの区域に置くより満遍なく信号を飛ばせるからね。

 

「そういう事に気付かないのは、感知範囲の狭さ故なのか。──お前はどう思う?」

「……ッ、赤雷の転移光……クク、まさかとは思っていたが……貴様までもが機奇械怪とは。この島は実は終わっているのではないか?」

 

 転移だ。

 人目につかない転移、ではない。

 オーダー種と、その前にたたずんでいた人間の前に、直接の転移。ああ、長い髪邪魔だなぁ。ケルビマはなんで髪伸ばしてるんだろ。

 

「ケルビマ・リチュオリア。先日私達の拠点の一つを潰してくれた断罪者(リチュオリア)。あのフレシシというメイドも機奇械怪だった。貴様もその同類と見るが、如何か」

「二十五点、といったところか」

「落第ギリギリかね? ク、ク……しかし、よくここがわかったものだ。誰も調べなかった此処を、ピンポイントな転移で当てるとは。見くびっていたよ、ケルビマ・リチュオリア」

「ああ、立地としては選んで正解だ。()()()()()()()()──まず来るのが難しい上に、調べようとする者もいない。機奇械怪の調達もさぞかし簡単だっただろう。なんせ内通者がいるのだから」

 

 男。

 フレシシの記録を見た限り、コイツが、そうだ。

 こいつが、フレシシの誘拐やあの教団の立ち上げ、計画の遂行、人員の招集、そして保身からの逃走。その全てを一人でやって、警察にも奇械士にも捕まらずにいた"価値ある人間"。

 ケルビマの姿をした僕を前にしても余裕は崩れない。演技ではなく、本気で。

 

「して──何用かな、ケルビマ・リチュオリア。私は何か、君に牙を立てただろうか」

「断罪者たる俺が罪を犯した者を殺しに来る。それに何かおかしなところがあるか?」

「あるとも。君の言う罪が、"贄の調達"、"素体の創造"、"神の降臨"──そのどれを指しているのかは知らないが、その全てを私は罪であると認識していない。つまり私は罪を犯していないのだよ」

「不当に奇械士協会の下に居住区画を作り、機奇械怪を招き入れた。十二分な罪だと思わないか?」

「……ふむ。成程。確かに。居住区に関する法律までは気にしていなかった。すまない。謝る」

 

 ううん。

 この男、さてはある程度馬鹿だね?

 

「許す許さないは俺の関与するところではないな」

「不法侵入、不当占拠が死罪に値すると?」

「罪は罪だ。子供の万引きだろうが、大量殺人だろうが、罪は罪。──ならば正しく首を斬る。それがリチュオリアである」

「ふむ。流石は機奇械怪。判断基準がイカれている」

 

 刀を引き抜く。

 ……言うまでもないけど、僕に刀なんか使えない。体術で戦った方がまだ戦えるくらいだ。

 だからこれはポーズ。

 ケルビマには悪いけれど、狂った断罪者ロールプレイって奴だ。

 

「どうしたら見逃してくれるだろうか」

「貴様の首を差し出すのならば」

「話にならんな。ではこちらから取引材料を差し出そう」

 

 言って──男は。

 裸の女性を一人、オーダー種の影から引っ張り出した。首、胴、足首、手首にベルトを巻かれた女性。ただ、片腕、片足がない。それぞれ右と左。縫合は無駄に綺麗だ。失血の心配はない。

 

「君が探しているのはこの女性だ。ダッグズ・リフレエンドの元ガールフレンド。その内の一人」

 

 確かに、彼が引き受けた依頼の一つがこれだ。

 この女性を連れ戻す。しかしこの男、中々の情報収集能力。ケルビマとダッグズの口約束まで知っているのか。

 ……これは、ルイナードにも監視者がいると見た。

 

「生憎とこの女性だと気付いた時には少しばかり遅くてね。実験に使った後だったのだ。命があっただけ良しとしてほしい。……これを返すから、私の命は見逃してくれたまえ!」

「断る。──何故なら、既にその女性は俺の手にある」

 

 先程見せているので惜しみなく使うは赤雷。転移。

 女性を手元に引き寄せ、全身に付けられたベルトとそれに組み込まれた爆薬を朽ちさせる。

 

「……見抜かれたか」

「ああ、胃にもあるのか。中々周到だな」

 

 初めから人間爆弾として用意してあったのだろう。用意周到なことだ。

 この女性の処置は……まぁ、失った手足を戻す、なんてのは流石にできないので、後で本人意思を聞いて義手義足でもつけてあげるか。ダッグズからの依頼に五体満足で、というのはなかったけれど、サービスだ。ま、機奇械怪なんだけど。

 なので一旦転移させる。

 

「随分と燃費が良いようだな。それほど転移を連発して、そろそろ動力不足になるのではないか?」

「ほう、それなりに勉強しているようだな。だが、安心しろ。俺は機奇械怪ではない」

 

 刀で自分の頬を斬る。

 ──そこから垂れる、赤い血液。赤く着色した《茨》だけど、どうかな、それっぽくない?

 

「サイキックを使える人間……まさか、キューピッドと同類か」

「そんなことまで知っているのか。ふむ、やはり奇械士協会に内通者を持っているな。否、政府やその他企業にも一人ずつくらいは連絡役がいそうだ」

「──クク、さて、どうかな」

 

 これ、どうしたものかな。

 殺すのは簡単なんだけど、コイツ掴まえて芋づる式に各組織の腐敗を取り除いた方が人間にとっては良い気がする。なんなら僕としてはコイツ殺したくない。地上に放り出してどんな入力するのか見てみたいくらい。

 が、今は狂断罪者(ケルビマ)ロールプレイだ。アイツ全然狂ってないけどまぁいいだろう。

 

「取引材料は失われた。──では、首を断つ」

「まぁ待て。そもそもあの女程度が私の命と吊りあうとは思っていない」

「……二十秒だ。それまでに出せなければ」

「融合プラント種『サンドリヨン』。……この名を知っているかな、ケルビマ・リチュオリア」

 

 ──……。

 ……?

 

「知らんな」

「だろう? 当然だ、我々が造り上げた新種の機奇械怪だ、知っていたらどうしようかと思ったくらいだ」

「お前たちが……造り上げた、新種?」

「そうだ! フフ──融合と融合、配合と交配の結果生まれた、()()()()()()()()()()()()()()。彼女の戦果は報道もされたくらいだ、ケルビマ・リチュオリア、お前も知っている事だろう!」

 

 人間が機奇械怪の新種を造る。

 そうか。

 

 もう、そこまで来ていたか。

 

「わからないか? わからないだろうな! ふふ、当然だ、証拠は一切残らない。何故ならアレは敵対する者を取り込み続け、最終的に()()()()! きっちり十二時間、破壊の限りを尽くした後にドーン! だ。彼女の名はサンドリヨン。ガラスの靴を探し続けるお姫様」

「……まさか、ダムシュか?」

「クハハハ! 正解、正解だよケルビマ・リチュオリア! そう、港湾国家ダムシュを滅ぼしたのは、我々の作り上げたサンドリヨンだ!」

 

 良かった、鉄くずを寄せ集めた体で。

 生身だったら、口角が上がるのを抑えられなかったかもしれない。

 

 なんて入力だ。なんて影響だ。

 そうか、フレシシに行おうとしていたアレは、あの場にいた新たな教団メンバーへのアピール、デモンストレーション。既に成功させた技術のお披露目会!

 此奴は、この男は、既にダムシュという国を一つ滅ぼす程の機奇械怪を組み上げ、操作までしていたというのか。

 

 ああ、そんな。 

 そんな。

 

「──素晴らしい」

「なに?」

「いや、いや。敢えて今はこう言うべきだ。悪くない。ああ、とても悪くないよ、君」

 

 念動力で、男を捕まえる。

 前にアレキにやったような強い力ではない。けれど逃がさないように包み込む。

 

「ッ……待て、話はまだ終わっていない! 取引だ、ケルビマ・リチュオリア! 取引材料は」

「ここの更に地下にいるサンドリヨン。その解体、あるいは起動スイッチを押さない事。そんなところだろう?」

「……!」

 

 言動は小物だ。咄嗟の判断も悪い。

 だが、それ以外が素晴らしい。研究者として、技術者として、扇動家として、先駆者として。

 

 これは"英雄価値"だ。

 

「名を名乗ってくれるかな」

「……ミケル・レンデバラン」

「へぇ! へぇ、へぇ、へぇ! それはそれは、奇縁もあったものだ」

「さ、先程から口調がおかしいぞ、ケルビマ・リチュオリア。まるで少年のような──」

 

 レンデバラン。

 ──それは、アリア・クリッスリルグの元姓。アリア・レンデバランが彼女の名。

 弟? 兄? 親族?

 脳筋なアリアに比べて、ああ、なんたる知恵者か。

 

「ミケル・レンデバラン。君に一つの選択肢を上げよう」

「一つって、それしか無、」

「僕が君を支援する。大口の支援者になろう。誘拐事件はやめておくんだ。多方を敵に回すからね。とりあえず影武者を用意して捕まってもらおう。それで、君は闇に戻る。人間は僕が十分に用意してあげるよ。なんなら他国の人間も。機奇械怪も取ってきてあげる。手に入り難いものも。──その代わり君は、新種の機奇械怪を造り続けるんだ。神でも悪魔でもいい。なんでもいいよ。──僕が気に入るものが出来たら、君を解放してあげよう」

「……貴様、誰だ。ケルビマ・リチュオリアではないな」

 

 無視する。

 

「いいかい? 君が底を見せない限り──アイデアを思いつき続ける限り、君の命は保障される。僕が気に入るものが出来れば解放し、君の考えが底を突いたら、僕は君を殺す。今まで君が作った機奇械怪の餌にするのもいいね」

「ッ──しかたない、かくなる上は!」

 

 ミケルが奥歯を噛む。

 ──ああ、古典的だけど、好きだよ、それ。

 

「君の体中に仕込まれた様々な起動スイッチはどれも発動しないよ。その機械も、先にいる機奇械怪も、全て分解したからね」

「今までの全てが貴様手のひらの、上か……ッ!」

「あはは、何を言っているんだ」

 

 そんなの、何千年と前からだよ。

 この星が生まれた頃からね。ま、だからこそ自ら零れ落ちていく砂粒に目を輝かせるんだけど。

 

「さて、どうするのかな、ミケル。選択肢は一つだけ。選ぶか、選ぶか。どっちだい?」

「……今に見ていろ、化け物。貴様を討つ機奇械怪を創り上げ、この腐り果てた箱庭をぶち壊してやる」

 

 いいね。悪くないよ、君。

 楽しみにしているよ、人間風情が──僕らを越える理想を。

 

 



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変わってしまった系一般人と、変わる系一般奇械士

 ──目を開ける。

 眠る、という行為が必要なくなったのはいつからか。

 誘拐された。端的に言えば、私の始まりはそこ。それまでは普通の女の子だった自負がある。

 年の離れた姉が優秀だった。けれど特段比べられる事も無く、私は伸び伸び成長できた。両親、友人、その他周囲の環境にも恵まれ、ゆえに普通の人生を送っていた。

 

「クク──見つけた、見つけたぞ適合者! ああ、素晴らしい、相応しい。"神の素体"──君で、七人目だ」

 

 そこまでは。

 もう、それがいつだったのか、というのは覚えていない。侵食された身体は無駄な記憶を根こそぎ奪い、今も尚もと私を奪おうとしている。

 "対話"があと少し遅かったら。あるいは、私が諦めていたら。

 今の私は、私ではなくなっていたことだろう。

 

「ああ──成功だ。二人目。君に名前を与えよう。そうだな、君は……」

「あ、結構です。自分の名前覚えてるので」

「……そうか。では、君の名は?」

「アスカルティン。──あるいは」

 

 目を開ける。

 目を瞑る。

 もう一度開けて──口を開く。

 目の前には、恐怖に染まったヒトの顔。化け物を見るような、同じ人間に向ける目では決してないソレに、一切の感情を抱かずに──ああ、食べる。

 ただの女の子の頃より飛躍的に上昇した身体能力。腕を振るえば廃墟が崩れ、地を踏めば地割れが起きる。ヒトの身体などあまりに脆く、弱く、私の前に立ちはだかるに相応しくない。けれどその肉は、身体は──ああ、なんと甘美。

 幼い頃に食べていたお菓子のような。ただ走りまわって、お腹を空かせて、カバンに入れた、買ってもらったお菓子を食べる時のような。

 

 至福の、時間。

 

「……結局。人間と機奇械怪が混じっても、求めるのは有機生命か。理解できんな。すぐそこにあるのだろう。お前たちが甘美と感じているものが何なのか、何故理解できないのか──理解できん」

「何の話ですか?」

「俺は奴程お前に期待できない、という話だ」

「そうですか」

 

 拾われた。救われた?

 美味しそうな餌が沢山あった部屋で、けれど閉じ込められていて。

 本当にお腹が空いた時以外は食べない方が都合が良い事を知っていたから出なかった檻。だって、こんなにあるけど、今すぐに全部食べたら()()()()()()()。だから取っておいた。ただそれだけ。

 体の中の機械は食べろ食べろと煩いけれど、食べられなくなる時間がある方が苦痛だと説伏して、"対話"して、"戦って"、掴み得た。

 

 拾われた。拾ったのは、ヒトに見える何か。

 匂いはヒトだ。食指が動く。

 容姿はヒトだ。お腹が鳴る。

 悩んだり考えたり、迷ったり躊躇ったり、そういう所もヒトだ。あの頃よく見ていたヒト。

 けれど食べる事は出来なかった。私は生涯でただの一度もあれ程硬いものを口にした事は無い。

 味もしない。匂いはヒトなのに、味がしない。見た目はヒトなのに、噛み千切れない。

 

 私を拾い上げたのは、ヒトではないナニカ。

 機奇械怪なら味がする。種類ごとに違う味と匂いがする。

 彼は、そのどれでもないナニカだった。

 

「お、今日も良く食べてんねぇ、シーロンス。そんなに美味いか?」

「はい。とても」

「んじゃウチもちょっとつまみ食い……いや、しねぇ、しねぇって。だから殺気出すのやめろよ」

「食べ物の怨みは恐ろしいのです」

「……あぁ、そうだな。よく言われたよ。ウチが上げたお菓子だってのに、ちょっとくれって言ったらやだ! って……って、あ、すまん忘れてくれ。変なコト言った」

 

 実験内容が変わっただけ。

 私を攫ったあの人から、私を拾ったあのナニカに。

 そしてその内容は、なんと。

 別人のフリをして、姉さんと共に戦え、なんてものだった。やはりヒトではない。ヒトの心が無い。

 私が攫われてからというもの、姉さんは血眼になって私を探してくれていたらしい。時折非合法な手段を使って、あるいは人攫いの組織に用心棒として入り込んでまで。

 

 探してくれている。

 それは嬉しい。けれど私はもうヒトではないので、帰れない。

 今の環境に無ければ。オールドフェイスなる美味しいコインの支給が無ければ。

 もし、もしも、全てを打ち明けてメクロヘリの家に帰ったら。

 

 ──容易だ。想像は。

 一夜の内に惨殺事件が起きるだろう。死体の一片も残らないような凄惨な事件だ。犯人はわからないままに、メクロヘリの家は滅亡する。

 私の前にヒトを用意するとは、そういうこと。だから帰れない。

 それに、私は今を気に入っているので。三食つまみ食い付きの生活なんて、そうそう手に入れられるものじゃない。侵食が進んで眠らずとも良くなった。飲まずともよくなった。戦っている間が楽しい。食べている間が楽しい。

 

「アスカルティン。お前にとって、この世界は何に見える?」

「何、ですか?」

「ああ。なんでもいいぞ。何に例えてくれたって良い。それがお前の"価値"になる」

「……スープ、かな」

「ほう?」

「色んな具材が泳いでて、場所によって、ヒトによって、食べる時間によって、味が変わるから。同じヒトなのに、なんでか、違う味がして、面白いんです」

「──良い。やはり()は"価値"に恵まれている。精々証明し続けろ。あるいはその最期、俺が使ってやるやもしれん」

「?」

 

 拾ってくれたナニカ。

 ()()()()()()()。存外この島には、この世界には、ヒトじゃないものも多いらしい。

 ソレは、拾ってくれたナニカよりも──食指の動かない、私が初めて、生きているのに食べたくないと思ったモノ。拾ってくれた何かと同じ格好をした、紛い物。

 

 ──そして、最後に。

 

「シーロンスさん、おはよー!」

「シーロンス、おはよう」

「おはようございます」

「今日もその服なの? 替えとかないの?」

「ありますよ。同じのが五十着は」

「ごじゅっ……はぁ、ダムシュの人ってなんでこう……」

「ね、シーロンスさん。今度の休日重なるじゃん? 一緒に遊びに行かない?」

「すみません、もう予定があって」

「そっかー。じゃあまた今度ね!」

 

 ()()()()()()()()()()

 あれ程の芳香は今まで感じた事が無い。オールドフェイスで腹を満たしていなければ、その場で襲い掛かり、食い散らかしてしまいそうなほどに。久しぶりに出会った姉さんよりも、時折私を悲しい目で見ている二人の奇械士よりも、いや、他の何よりも、オールドフェイスよりも!

 この、二人は。

 美味しそうなのだ。あまりにも。恐ろしいくらい。自分が、制御できなくなるくらい。

 

「あれ、シーロンス? そっち外縁だぜ? 今日非番だろーって……」

 

 攫われた。拾われた。対話した。戦っている。

 そんな、普通だった女の子は、今日。

 

 ようやく、初めて、軛を外すのです。

 

 

+ * +

 

 

 皇都フレメア跡地。

 想定されていた戦闘時間の半分以上を余らせて大型(ヒュージ)を討伐した私達は、再度そこに来ていた。

 前回探索時は時間が足りなかった事と、二人がいたことで深くまで探せなかったから、今度こそ、と。

 

「チャル、ちょっとこっちに」

「何か見つけた?」

「ええ……隠し階段を」

 

 そしてそれは、すぐに見つかる。

 兄上から譲り受けた"当時のフレメアの地図"を元にリチュオリア本館を探していた時のことだ。瓦礫を退かして、風の通り道を探していた時の事。

 コツン、と足に当たったそれは──木片。何らかの液体による特殊な加工がされているのか、166年も経っているというのに朽ちる気配のないそれには、謎めいた文章が残されていた。

 

 ──"夢妄の涯て、苦壊を斬り裂く境界の刀"

 ──"テルミヌスの名を刻み、ここに眠らせる"

 

「これ、どういう意味だと思う?」

「素直に受け取るなら、この階段の下にテルミヌスっていう刀が眠ってる……ってことかなぁ」

「名前の響きがオルクスに似ている。もしかして」

「うん。可能性はあると思うよ」

 

 瓦礫や土砂をなんとか除去して、階段を下っていく。

 暗く、長い階段だ。少しばかりの寒ささえ覚える程の地下。燭台の一つもない、当時はどうやって灯りを取っていたのかわからない作りのそこを下っていくと。

 

「……扉」

「うん。でも、鍵穴もドアノブもない。押すのかな?」

 

 チャルがぐぐっと扉を押す。しかし、何にもならない。まぁ彼女の筋力じゃどうしようもないだろう。

 代わって私が押す。けれど動く気配が無い。ならば、と草鞋を扉に当て──思い切り蹴る。

 

 それでも、動かない。

 

「ナニコレ……」

「モード・テルラブ!」

 

 チャルがオルクスによる連弾を入れる。

 ──それでも扉には、一切の傷がつかない。ただの鉄じゃない。けど、機奇械怪の装甲より硬い扉って何。

 

「斬る」

「うん、お願い」

 

 最近は効率ばかりを気にして、ほとんど使っていなかった機構。音もなく、けれどゆらりと赤熱していく刀。

 それを、ゆっくりと押し当てる。

 ……入る。これなら、いける。

 

「チャル、少し下がって」

「うん」

 

 そう指示を出しながら、自分も下がる。

 階段を上るくらいにまで下がって──刀を鞘に納めて。

 脳内で、視覚内で、イメージを作り出す。それは人。四肢の切り落とされた、もう抵抗のできない人。

 胴体に首だけが残された罪人を扉に重ねる。

 

 アレキ・リチュオリア。その名は断罪者を意味する。

 なれば、その刀に。

 

「──断てぬ首、無し!」

 

 階段を蹴り、草鞋に仕込まれたバネによって爆発的な推進力を得た体は、前方下方へ爆進する。秒だ。一秒。いや、それさえもかかっていない。蹴ったその瞬間には目の前に扉があって。

 違えることはない。

 何故ならもう、刀は振り切っている。

 

 だから──扉はもう、斬れている。

 

「……ふぅ」

「アレキ……凄い」

「惚れた?」

「うーん、その言葉が無ければ」

「それは失敗」

 

 斬った扉の上半分は、体当たりで弾いたが。

 ……痛みが一切ない。本当にどういう技術なのか、この布に装甲を仕込むという技術は。

 

「あ」

「チャル?」

「あれ……アレが、そう、じゃない?」

 

 真っ暗だ。

 けれど、奥の奥。そこに、刀が一本あった。

 

 碧に揺らめく刀。意匠やその質感が、成程、確かにオルクスに似ている。

 

「……チャル」

「うん。気付いてる」

 

 だけど。

 だけど、それを持っている者がいた。

 ……リチュオリアの文献で見たことがある。あるいはライブラリで、一度だけ。

 

「特異ハンター種ハガミ。……なんでこんな所に」

 

 人型の機奇械怪は珍しい。フリス君ではないキューピッドが呼び出した劣化キューピッド然り、アモル然り、私達は人型の機奇械怪に遭遇している方だけど、普通はいない。学説によれば、「人型を取るのは効率が悪いから」だそうだ。

 確かに機動力に欠け、節という名の弱点を多く持つ人間の形は、機奇械怪が取るには効率が悪いのかもしれない。だからこそ、特に激しく動くハンター種にはヒトガタのものがいないように思う。

 

 けれど、目の前の機奇械怪は違う。

 これが出現したのは遥か昔。空歴2362年。つまり、九つの国を残し、地上が滅亡したその年。

 そして──。

 

「皇都フレメアを滅ぼした、直接の原因とされる機奇械怪」

「……そう、なんだ」

「ええ。ライブラリにそう記載されていた。ホワイトダナップが飛び立った後、皇都フレメアはたった一体の機奇械怪に滅ぼされた、とね。でもその記録では、ハガミも壊れたはずなの。壊滅に追いやられたものの、辛くも勝利を掴み取った、と」

 

 それが、リチュオリア本館の地下にいる。

 動かず。それはつまり。

 

「……倒せなくて、封印した」

「私も同じ考えかな。ケルビマさん、言ってたもんね。原初の五機も封印されてた、って。私達は知らないけど、倒せない程強い機奇械怪は封印する方法があるんだと思う。そしてコレも」

「ええ。……問題は、あの刀を取った時、コイツが動き出すのかどうか」

「刀だけ奪って全力ダッシュする?」

「そうね。どの道この暗い地下で戦うのは不利が過ぎるし。外にまでおびき出すのは良い考え、」

 

 だと思う、までは言えなかった。

 後ろから声がしたから。

 

「全然良い考えじゃないです。それ、ここから解き放ったら、今ある地上の国を滅ぼしに行きますよ」

 

 聞き覚えのある声。

 けれど、ここにいるはずのない声。

 

 振り返れば。

 

「はろー、こんにちは。こんばんは? グッドイブニングです、チャルさん、アレキさん」

 

 何故か──底冷えする気配を纏った、シーロンスがいた。

 

 

 

 

「……」

「おや、警戒されてます。何故でしょう。私、今助言したんですけど」

「ええ、忠告は感謝する。そうね、目の前の敵だけを狙う機奇械怪ばかりじゃない。他の国へ行く可能性があった。それを完全に失念していた。──なら、ここで倒すべき。それはわかった」

「わかったのならオッケーです。でも、おかしいですね。アレキ、チャル。──何故、その武器を私に向けているのでしょうか。私、仲間ですよ」

 

 そのはずだ。わかっている。

 だのに、身体は──背後のハガミよりも、強く強く警戒している。切れた扉の縁に立つシーロンスが、何故か、何故か。

 戦う術を持たぬ頃に見た機奇械怪を思い起こさせる──恐怖が。

 

「ま、いいです。早くしないとリンシュが追い付いてしまうので、とっとと済ませましょう」

「済ませる……って、何を?」

「え? いやだから、ソレを倒すんですよ。戸の封印が解かれた今、いつ動き出すかわかりませんし。あの刀は機奇械怪が使ってもあんまり意味がないので」

「テルミヌスについて知ってるの?」

「はい。まぁ、付け焼き刃というか、人伝てというか。知ってる人に教えてもらった程度ですが」

 

 鉤爪をガリガリ床に擦らせて、シーロンスが近付いてくる。

 警戒。警戒。

 ……解くべきだ。解いて、ハガミに向き合うべきだ。

 

「──ご安心ください。さっき気付かれてお腹に直接叩きこまれたので、今お腹空いてません」

「それは、どういう……」

「じゃあ、これ。はい」

 

 一瞬のことだった。すたすたと歩いて私達の横を通り過ぎたシーロンスが、微動だにしないハガミからテルミヌスを奪い、私の方へ投げる。

 咄嗟のことだ。何とかキャッチ出来たけど、抜身の刀を投げるのは頭がおかしいと言ってあげなくちゃいけない。

 

 ──ハガミの目に()()()()()

 

「ッ、シーロンスさん!」

「敵対視して、警戒しつつも心配してくれるんですね。成程成程、私もかなりヘンな自覚がありますが、チャルさんが目を付けられる理由がわかるというか」

「よくわからないこと言ってないで、下がって!」

 

 刀だった。

 気付いた時には、抜かれていて。いや、創り出されていて。

 それがシーロンスの頭頂を捉えている。彼女が自身の鉤爪でそれを防いでいなければ、今頃彼女は真っ二つだっただろう。

 

「あー……アレキさん、コイツ、特異ハンター種でしたよね。ライブラリ掲載時は」

「ええ、そうだけど……」

「サイキック種になってます。特異サイキック種。今から私ぶっ飛ばされるので、カバーお願いしま」

 

 言葉が最後まで紡がれること無く──シーロンスが吹き飛ばされる。私とチャルの間を通り、残された半分の扉の方へ。

 そして、直撃した。

 

「シーロンスさん!」

「チャル、あなたは一旦彼女の介護! 私はコイツを止める!」

「わかった!」

「いえ、いえ。チャルさんも戦いに集中してください。じゃないと死んじゃいますよ、アレキさん」

 

 直撃時、物凄い音がした。

 金属と金属のぶつかり合うような音。だからこそ重傷と見たけれど、シーロンスは特に何でもなかった、というような声色で、そう声を出す。

 

「貴女方が相手にしてきた機奇械怪と同じに思わないでください。あの小ささで大型機奇械怪よりも強いので」

「え……シーロンス、さん?」

「はい? はい。シーロンスです。何か?」

 

 拳。刀を奪われたからだろう、テルミヌスを持つ方の手を執拗に狙ってくるその攻撃は、一撃一撃が凄まじく重い。

 装甲入りの服に掠っただけで、中の肌が切れる程に。重く、速く、鋭い。

 

 幸いなのは、テルミヌスが一切折れる気配を見せない事だろう。

 いつも使っている刀であればただの一撃で折れてしまっていたかもしれない威力は、私の手に痺れを残すばかりで、テルミヌス自体にはゆがみの一切を発生させない。硬い刀だ。

 

「蹴り!」

「ッ」

 

 声を聞いてバックステップ。

 瞬間、鼻先三寸を豪速の蹴りが突き上げる。アレをマトモに食らっていたら、内臓が破裂していたかもしれない。

 

 ──そして、私の視界に。

 この暗い部屋で尚煌めく、絹のような白銀の髪が入り込む。

 長い髪。それは両腕に鉤爪を持ち、荒々しい動作でハガミの攻撃を弾いていく。一瞬こちらを振り向くは──赤い瞳。血の滴るような、紅の瞳。

 

「呆けてないで、手伝ってください! こいつ、私の手にも余るので! チャルさんもです!」

「あ、は、はい!」

「え、ええ……」

 

 その声は、シーロンスのものじゃない。

 否、そんなことよりその顔は。その容姿は。

 

 ガタン、と音がした。

 

「アス、カルティン……?」

「ッ! 腰抜かす暇があったら、姉さんも手伝って! この、無駄に強いのを……!」

 

 また、階段の方から。

 今度は気の抜けた声で。

 

「はいはい感動の空気とかいーから! 姉さん久しぶりですね! わけあって顔変えて声変えて潜入してました! ワケは後で話すので、いつものアッパー姉さんに戻ってください! 私もそろそろ──抑えが利かないので!」

「モード・テルラブ。シーロンスさん、援護します!」

「流石切り替えが早い! 好き!」

「──は?」

「おっと殺気。この場合の好きは恋愛感情の好きでなく、あー、まぁ、好物としての……あ、いえ、なんでもなく」

 

 立て続けに起こる色んなことに抜けかけていた力が引き戻される。

 好き? 今、私の前で、チャルに告白した?

 

 は?

 

「あは」

 

 戦いに参戦しながら問い詰めようとした、その瞬間。

 シーロンスの雰囲気がガラりと変わる。抑えが利かない。ああ、そういえば彼女は、戦いの時。

 

「アハハハハ──いいね、いいよ、ずるいずるい! 何の供給も無しで166年! 動けるはずないもんね、知ってる、知ってる! なったから知ってる──渡したから知ってる!」

「──!」

「だから、ズルいから。──頂戴、あなたの動力炉」

 

 鉤爪が──ハガミに突き刺さる。

 違う。あれはただの飾りだ。本当にあの機奇械怪を貫いたのは、鉤爪の方じゃない。

 

「つかまーえた!」

「馬鹿、捕まったのはあなたの方!」

「へ?」

 

 間に合わない。

 さっきと同じ、蹴り上げ。それは、ハガミの胸に腕を突き入れたシーロンスの身体に、何の抵抗もなく突き刺さる。未だ呆けているリンシュも、距離的に遠いチャルも、そして私も間に合わない。

 間に合わず──彼女が再度、吹き飛ばされる。

 今度こそ多量の血液を飛び散らせながら。

 

「ッ、モード・エタルド!」

 

 対機奇械怪における最終兵器。

 オルクスの一撃──けれどそれは、突如展開された斥力によって弾かれる。覚えがある。これは、キューピッドも使っていた、念動力。

 エタルドの弾丸も、チャル自身も。弾かれ、吹き飛ばされた。モード・エタルドを確実に当てるために近づいていたからだ。

 ギリギリのところで彼女を受け止める。

 

「チャル。チャル?」

「……ごめん。大丈夫、だけど、体力、不足……」

 

 衰弱したチャル。

 また、《茨》による供給を、とも考えたけど……今はそれじゃない。

 選ぶべきはそれじゃない。

 私がやるべきは。

 

「良かった」

「──」

「あなたが、人型で」

 

 

 "変える"。

 

 視界が灰色に染まっていく。色という情報を脳が捨て去る。次に音が消える。シーロンスの……アスカルティンの名を叫ぶリンシュの声が。チャルの浅い息が、遠くになっていく。

 最後に、感覚が消える。空気が肌を固める感覚。地が足を押し上げる感覚。身体の重み、痛み、疲労。

 残すのはただ、刀を持つ手の感覚だけ。

 心臓の鼓動さえも情報から捨て去って──灰色の世界で、首を見る。

 

「一つ目」

 

 口が動く。動いたことに気付いたのは、斬ったあとだ。喉が震えた。その事実を確認したのは、敵の腕が落ちたあと。

 

「二つ」

 

 時が止まった世界。効率だ。無駄を捨てた動き。無駄な情報は要らない。必要なのはただ、この腕が、この刀が。

 

「三つ、四つ」

 

 敵の四肢を切り落とした──その事実だけ。

 

 不可視の力場。

 関係ない。元より色も無い、音もない。感覚さえない世界に、不可視であることは何ら影響を与えない。

 ゆえにそれは、風を切る事に等しい。

 

 

「五つ目──即ち、首断ち」

 

 

 後悔を。

 人を模さば、リチュオリアの刀が光る。進化の道を違えたあなたに、永久の眠りを。

 

「……」

 

 

 "変わる"。

 瞬間、大きく大きく息を吸いこんで、吐いた。

 

「っは……っふぅぅ……」

 

 いや、いや。

 ……なんだろう。あの。その。

 いや。あの。

 

「ヒュー……かっけぇじゃん、アレキ」

「忘れて」

「ふふ……かっこいい時の、アレキは、かっこいいんだよ……」

「チャルも忘れて。気絶してて」

 

 兄上の言葉から体得した、自己暗示の技術。

 効率だ。効率。効率効率効率。

 求めるのはただそれだけ。無駄を排す。無駄をなくす。無駄を削ぐ。

 私は兄上のようにできない。だけど、しなければならない。ならば色々なものを捨てて身軽にならなければいけない。

 

 ゆえに、効率だけを求めた戦闘スタイルを開発した。

 ……問題は、兄上へのイメージが強すぎて、「私の考えた最強の兄上」みたいな口調になってしまうこと。その間は思考さえも。

 

 それが……恥ずかしい。

 自分じゃ変えられないので、恥ずかしい。

 

「って、そんなことよりシーロンス! 大丈夫なの?」

「全然、大丈夫じゃない……お腹空いた……」

「はぁ?」

 

 満身創痍なチャルを抱えあげて、リンシュとシーロンスのいるところに向かえば。

 

「姉さん、お願いがあります……」

「……なんだ」

「この、動力炉……私の、口に」

「なんで、そんなこと」

 

 思い出す。

 ランプリーが彼女を飲み込んだ時のことだ。シーロンスはランプリーの中で暴れに暴れて、そして動力炉を掴んで出てきた。

 その時、その動力炉は空になっていた。中にあっただろう動力源も、動力液も何もかも消えていたのだ。

 

「お願いします、姉さん……」

「……」

「リンシュ」

「ああもう、わかった、わかったよ! けどホントに大丈夫か? 機奇械怪の動力液は、人体には有害なんだぜ?」

「はやくして……でないと、抑え、が」

 

 抑え。

 さっきも言っていた。

 

「口移しでも、いいですよ……」

「はぁ!? ばっ、しねーよそんなこと! ああわかった、ほら飲め飲め!」

 

 リンシュが、シーロンスの口に動力炉を近づける。

 彼女はそれに、がぶりと噛みついて──あろうことか、動力炉の容器までもをバリバリボリボリと食べ始めたではないか。

 そんなことをすれば、喉が裂けるどころじゃ済まされない。

 はず、なのに。

 

 シーロンスは、それはもう美味しそうに動力炉を食べる。腕が動かないのか、口だけで器用に角度を変えて、バリボリと食べ尽くしていく。

 

 そして。

 

「っぷはぁ……ん、んぅ!」

 

 ガチャガチャと鳴るのは──彼女の腕。いや、全身。

 それは決して人体の出す音じゃない。それは決して、骨や肉が出していい音じゃない。

 

 聞き覚えはある。

 あり過ぎる。

 

 ──それは、機奇械怪が組み上がる時に鳴らす音だ。

 

「お、おお、おおおお……」

「アスカルティン、どうし」

「おおおお!!」

 

 跳躍。

 今の今まで四肢を動かすことも無理そうだった彼女が、跳躍し、くるくると空中で回って──さらには、私が首を断ったハガミのもとまで一気に辿り着いた。

 

「いただきます!」

 

 そして齧りつくのだ。

 まるで小分けにされたことを喜ぶかのように、ハガミの手足を、胴体を、そして首を。

 

 機奇械怪を、食していく。

 

 その姿は、紛う方なき──。

 

「ああ……アスカルティンだ。ははっ、なんだかなぁ。食いしん坊なのは昔から変わってないというか、病弱で胃が弱いもんだからすぐ体調崩す癖に、バクバクバクバク食べて……」

「あなたの、妹……」

「おう。探してた妹だ。さっきの話がホントなら、コイツはウチが探し回ってるって知っておきながら素知らぬ顔でリンシュお姉さん、とか呼んできてたワケだ。あーあ、嬉しいのやら怒れるのやら」

「……じゃ、もうどこかへ行かないように、ちゃんと見張ってなさい」

「アレキに言われるまでもないってーの」

 

 化け物、なんかじゃない。

 彼女はちゃんと姉をしているし、シーロンス……アスカルティンはちゃんと妹をしているらしい。

 

「チャル。聞こえる?」

「うん……」

「リンシュとアスカルティンが戻って来る前に、体力を分け与えるから……」

「……ごめんね」

「いい。今回はたまたま相性が悪かっただけだし」

 

 両腕にある"種"を、チャルの右手首にある"華"に合わせる。

 兄上に聞いたのだ。《茨》を出さずに体力を譲渡する方法はないのか、と。その時は無いと言っていたが、後日になってこの方法を教えてくれた。苦い顔をして。

 もしかしたら、何か副作用があるのかもしれない。けれど有用だった。だから。

 

「ん……」

「……ん」

 

 譲渡する。

 体力、なんていう目に見えないものを、チャルに。

 自分の中から微量の何かが抜けていく感覚はある。一日中有酸素運動をしたときと同じくらいの疲れはある。

 でも、それだけだ。

 それだけで……チャルの顔色が良くなる。

 

「ありがとう、アレキ。もう大丈夫だよ」

「そう? もっと吸ってもいいのだけど」

「これ以上吸ったらアレキが倒れちゃうよ。だから大丈夫」

「え?」

 

 ……いや、聞かなかった事にしよう。

 先日兄上が呟いていた「なんだこの体力馬鹿は。いつの間に……」という言葉も聞かなかったことにしたのだ。聞かない方が良い事なんて、この世にはたくさんある。

 

「シーロンスさん」

「え? ああ、ええ」

「守ろうね。多分、良い子だから」

「……ええ」

 

 大方のアタリはついてしまっている。

 彼女が何者なのか。

 だからこそ、擁護の声は必要だろう。

 

「それと、ソレも、帰ったらケルビマさんに聞こう。どういう機能があるのか、とかさ」

 

 テルミヌス。

 そうだ、オルクスに複数のモードがあるのなら、これにも。

 

 とにかく。

 これで一件落着、だろうか。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「悲しいなぁ。悲しいなぁ。僕結構頑張って書いたんだけどなぁ」

「俺は今少しばかり嬉しいぞ。アレキの成長が伺えた。アスカルティンによってメインの動力炉が引き抜かれていたとはいえ、サブと非常用は健在だった。そのハガミをああも簡単に屠るとは……。うむ、うむ。努力型らしく、少しは英雄らしさを身につけて来たと言えるだろう」

「悲しいなぁ。帰っちゃうのかなぁ。僕が書いた禁書、見つけてくれないのかなぁ」

「はっはっは、なんだろうな、フリス。お前の目論見がうまく行かないと、こうも楽しいものだったか。いや、いや。お前の著書は後日俺が見つけて来た事にして、アレキ達に開示してやる。それでよかろう」

「……悲しいなぁ」

「それよりも、アスカルティンだ。食欲に負けて二人を食おうとするなど……オールドフェイスを動力炉に転移させていなければどうなっていたことか」

「効率化を欠片も図ってない動力炉だからねぇ。燃費の悪さは随一だよ。一応生身が残っているせいで自己改造もできていないみたいだし。オールドフェイスを三枚じゃ足りないよ、アレ」

「……そうか。ならばもう少し増やしておくか。それで、フリス」

「うん?」

「テルミヌス。アレは念動力を切り裂く能力以外、他に何か付与していないのか?」

「してないよ。だからさっきのアレキのは、アレキ本人の力だねぇ」

「いや、そこは聞いていない。お前より俺の方がわかる。そうではなく、テルミヌスは念動力を切り裂けるだけ、なのだな?」

「……そうだよ。なに、もっと機能欲しいのかい? オルクスだって段階的に機能を付与したんだ、テルミヌスが最初から最強じゃつまらないだろ?」

「そういう話をしているのではない。……これからアレキ達は、俺にテルミヌスについて聞いてくる。その時『それ以上はない』と答えるべきか、『お前がそれを使いこなせるようになったら話す』と答えるべきかを悩んでいる」

「ああ、それなら後者がいい。いずれなんらかの能力をつけるつもりではあるからね」

「そうか」

 

 一言。

 ケルビマは呟いて──その場から姿を消す。転移だ。

 

 そして、残された金属球は。

 

「……青春ラブコメアクションストーリーに、まさか登場人物が二人だけ、なんてのはつまらないからね。追加で一人ってことさ──アスカルティンの破棄は無しだよ、ケルビマ」

 

 そんなことを。



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もう一人と密会する系一般上位者

「はい。私の身体の九割は機奇械怪です。内臓のほとんど、いいえ、筋肉や骨、一部の皮膚までもが。あ、でもこのこと協会に報告したりしない方が良いですよ。私のバックにいるの、政府なので」

 

 あっけらかんと。

 彼女──シーロンス改めアスカルティンは言った。

 その余りにもオープンな言葉に、開いた口が塞がらない。

 

「……人間を、食べるの?」

「はい。お腹が空いていれば」

 

 辛うじてチャルの発した問いも、堂々とした恐ろしい言葉で返されてしまう。

 

「なんでそんなことに……」

「誘拐された時、融合させられました。その後政府の方に救い出して貰って、けれどメクロヘリの家に返したら、私、多分家族の事食べちゃうので、それだったら奇械士に行った方が良い、と」

「それは、どういう意味? 何故奇械士だと……」

「動力炉が食べられるからです。動い(生き)ている機奇械怪というのは、その動力炉内に少なからず動力源を持っています。それが狙いですね。今生きている人間を食べるより、機奇械怪に捕えられ、動力源として使われている生命を奪った(解放した)方が倫理的にも良いと」

 

 淡々としゃべるアスカルティンに、チャルが目を細めている。

 彼女は超能力を持っている。それで彼女を見極めようとしているのだろう。なら、私達はもっと彼女から話を引き出すべきか。

 

「政府から派遣されてきたという事は、政府も知っているの?」

「一部の方だけですけどね。私を救ってくれた存在と、私の身分を用意してくれた方。私の事を知っているのはこれくらいです。あ、あと誘拐犯。まぁ大半が死んじゃったか捕まったかと思いますが」

「アスカルティン。今腹減ってないって言ってたよな。あ、ハガミを食ったってだけじゃなく」

「ああ、そうですね。政府から一日に三枚支給されるオールドフェイスというコインがありまして、これを食べていればお腹が減らないんです。まぁ今回はその枠組みを超えてお腹空いちゃったんですけど」

「オールドフェイス?」

 

 反応したのは私とチャル。

 何気に探しているのだ。オールドフェイスはチャルの銃を強化する手段。そして先ほどテルミヌスを調べている時にも、その柄にコインの投入口のようなものがあるのを見つけている。

 地上をくまなく探して、それでもまだ見つかっていないオールドフェイス。

 それを政府が持っている?

 

「もしかして、ホワイトダナップ政府はオールドフェイスを回収してるのかな」

「……オルクスやテルミヌスのように、オールドフェイスで強くなる武器を政府が有しているなら、有り得るかも」

「それだけじゃないよ、アレキ。……ね、アスカルティンさん」

「はい?」

「前に言ってたよね。メーデーさんの事知ってる、って。ううん、それだけじゃない。ダムシュ出身だとも言ってた。その服装はダムシュの正装だ、って。……でも、あなたはホワイトダナップ出身の、リンシュさんの妹さんだった」

「あー。まぁ、正解です。メーデーさんも、五割機奇械怪だった人ですよ。あんまり私にも明かされていないですけど、ダムシュ出身じゃないのは確かです」

 

 ならば。

 チャルの言いたいことは。

 

「……もし、政府がオールドフェイスを多量に集めてて、それが武器のためだけじゃなく……アスカルティンさんやメーデーさんのような人を鎮静させるためなら」

「マッチポンプ、って事かァ?」

 

 リンシュが、怒りの色を隠さない声で言う。

 そうだ。もしそれが繋がるのなら。

 アスカルティンやメーデーのような人と機奇械怪が融合した存在を政府が有し、オールドフェイスで鎮静化を測り──色々な所で暗躍させているのではないか、という疑念が。

 

「あ、それはないですね。それだったらもっと上手くやると思います。あんな仮装がダムシュの正装なわけないじゃないですか。目立つし。顔見えないだけでも怪しいし。もっと地味な感じの見た目にして、身体能力がバレる奇械士じゃなく、もっともっと重要な内勤とかに就かせて、……という感じで。あと、マッチポンプにするには政府にメリットが無さすぎますね。オールドフェイスがどれだけ希少か、お二人ならわかっているのでは?」

「……確かに、コスパが悪すぎるか」

「一応、これでも、政府には感謝してるんですよ、私達。だって拾われなかったら化け物になってたので。こうやって供給されずに飢えに飢えてたら、今頃ホワイトダナップの人間殺しまくって食べまくって、奇械士に機奇械怪として討伐されてたんじゃないですかね? そんな私達を人間にしてくれたのが政府です。だから、あんまり悪く言わないで欲しいかな」

「そっか。ごめんね、アスカルティンさん」

「すまねぇ、ウチも良く考えずに言ってた」

 

 チャルを見る。

 彼女は……本心から謝っている。

 嘘偽りない、ということ?

 

 ……わからない。チャルはこういう事に関してはあんまり顔に出さないから、後でちゃんと聞かないと。

 

「それで、話せなかったらそれでいいんだけど、アスカルティンさんを拾ってくれた政府の人って?」

「あ、それは」

「俺だ」

 

 崩れ落ちた建物の陰から──兄上が現れる。彼の右手には、本のようなもの。まさか。

 気配が全くしなかった。流石、といったところか。

 

「兄上……」

「外縁から命令無しに地上に降りた馬鹿がいると、俺のところに通報が入ってな。奇械士が盗掘者になるなど言語道断。──だが、今回アレキ達にフレメアへ行ってみろと言ったのは俺だ。アスカルティン、そしてリンシュ・メクロヘリ。お前達は二人に付き添ってきただけ。そうだな? よって咎は俺が受ける。が、いつまでもここにいるとお上が煩い。とっととホワイトダナップに帰れ」

「ケルビマさんが、アスカルティンさんを救った方、なんですか?」

「俺は人攫いの組織を潰しただけだがな。疑問は解消したか? ならば帰るといい。飛空艇はもう少し先の廃墟に来るよう手配してある。お前らの知る通り、政府はここをなかった事にしたがるからな」

 

 言って。

 兄上は、アスカルティンを担ぎ上げる。

 

「あ──アンタ、いきなり出てきて何すんっ」

「調整だ。ハガミを食した以上、影響は必ず出る。消費したエネルギーもあれだけでは足りないだろう。俺はコイツの監視役を仰せつかっている。命令違反して勝手に地上に行った、など、本来は許されん。それこそ即時処分が決まるくらいにはな。そこを取り計らう。ゆえに嚙みついてくるな、リンシュ・メクロヘリ」

「あ、姉さん、大丈夫です。この方案外優しいので」

「ええ、リンシュ。彼は私の兄なの。だから、大丈夫」

「そ……そうか。そうか。いや、なら、すんません。……アスカルティンをよろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げるリンシュ。

 驚きだ。彼女がこうも素直に、しかも丁寧な態度を取るなんて。

 やっぱり、それだけ妹さんが大事なのだろう。

 

「ああ、それと。アレキ、これを」

 

 投げ渡されるはボロボロな本。

 表紙も、ちらっと見た中身も、すぐに読み解けるソレではない事を理解する。

 

「待ってください、ケルビマさん」

「なんだ」

「あなたは……メーデーさんが、本当は誰だったのか、知っていますか?」

「……知っている。だが、ランパーロさんに明かせる人物ではない」

「その人は、私達の知り合いですか?」

「……成程成程、厄介な目だ。俺が答えずとも、質問を投げかけるだけでいい。政府の尋問官が欲しがる人材だろう」

「え……知って……」

「ランパーロさん。あなたが隠し事をしているように、俺にも色々あるということだ。では、また後でな」

 

 兄上は。

 また、ぽーんと凄まじい跳躍を見せて、アスカルティンさんを担いだままどこかへと去って行った。

 

 

+ * +

 

 

「なんとかなったか」

「私の演技、どうでした?」

「……食欲だけで動いた時点で殺処分行きだったのだがな。お前に価値を見出した奴がいるせいで、お前の破棄は無しになった。色々とペラペラ話してくれたせいで様々なことが台無しになったが、同時にこちらも動きやすくなった。お前の演技如何は俺にはわからん。文芸の才が無いからな。だが……」

 

 ──"ああも素直に全部言われちゃ、怒るに怒れないだろ、君"

 

 フリスの幻聴が脳裏に響く。

 煩い奴め。確かに……まぁ、そうだ。小細工を弄すフリスのやり方より、洗いざらい話して堂々としているアスカルティンの方が好感が持てる。負けたとはいえ、初見のハガミ相手に動力炉を引き抜く功績も上げたしな。

 "英雄価値"。フリスの言うところのそれとは少し違うが、俺にとっての"価値"は……戦闘能力と、その前に進み続ける姿勢だ。一度は切って捨てたコイツを見直すに値する事件だったと言える。

 

「今回の事を受けて、お前に供給するオールドフェイスを増やす次第となった。一日四枚。加えて、食欲が抑えきれなくなった……つまり暴走しかけている時用に二枚。計六枚だ」

「六枚!」

「ただし、予備の二枚はあくまで予備。一日に全て使い切るなよ」

「が……我慢できるかな」

「オールドフェイスも無限ではない。ゆえ、とっとと自己改造を覚えろ。機奇械怪の最大の本質は自己改造。己が身を己で改造する事で、さらなる強さや効率を得る。お前の場合は動力炉の効率化が最重要課題だな」

「動力炉って……でも、私の心臓みたいなものでは? 改造するにも、引き抜いたら死んじゃいそう」

「ハガミを食した時に気付かなかったか? 奴の身体にはメインの動力炉以外にサブ、そして非常用の動力炉があった。メインを改良している間はサブが稼働する。改良が終わればサブと非常用を改造する。動力炉一つ引き抜かれた程度で停止していては機奇械怪も不便で仕方がなかろうさ。彼らはそうやって常に稼動できるようにしながら、自身のパーツを少しずつ改造していくのだ」

「成程……」

 

 まぁ、そうか。

 生まれた瞬間から自己改造を知っている機奇械怪と違い、アスカルティンは人間の常識が邪魔をする。

 普通の人間は自身の身体に刃を入れて、内臓を効率的にしよう、などとは思わんからな。

 ……そういう意味では、教師が必要か?

 

「ふむ。アスカルティン」

「はい?」

「お前に教師をつける。色々バレたことだしな、アイツにも手伝わせるとしよう」

 

 少しだけ、悔しい。

 わかってしまったからだ。

 

 ──予定通りにコトが運ばず、予想外が起きる"楽しさ"。

 俺は今、この状況を。色々なものが台無しになったこの現状を、「悪くない」と思っている。奴のように。

 根本が同じとはいえ……長く生きたのなら、俺も。

 アレに収束してしまうのだろうか。

 

「あ、ケルビマさん」

「なんだ」

「ありがとうございました。私の食欲が抑えきれなくなって──あの二人を食べに行こうとした時、すぐに気づいてくれて。おかげで、これからも内緒の関係ではありますが、姉さんとも改めて肩を並べることができて……今、とても嬉しいです!」

「……ふん、結果論だな。だがまぁ、嬉しいのなら嬉しがっているといい。俺の知る所ではない」

「はい!」

 

 まぁ、これも。

 悪くはないか。

 

 

 

 

「やぁやぁやぁ。久しぶりだねー、ケルビマ。元気にしているかい? それとも元気じゃないかい? 元気じゃないのなら野菜を食べよう美味しいぞー?」

「相変わらずだな、エクセンクリン。そして、俺達が食したモノ如きに体調を影響されない事などわかっているだろう。そも、異変を来す事もない、とな」

「あー、うんうん、うんうん。ソウダネ、その通りだね。けどね、ケルビマ。病は気から、なんて言葉もある。嫌なコト、面倒なコト、気を揉まなければいけないコトが沢山重なると、人は体調が悪くなってしまうんだよ」

「お前も俺もヒトではない。以上」

「相変わらず冷たいなぁ」

 

 政府塔。

 その中の、秘された部屋。窓も扉も内側から溶接されているこの部屋には、転移でしか入って来ることができない。

 なればそこにいるのは。

 

「エクセンクリン。アスカルティンの素姓が知られた。至急新たなストーリーを用意してくれ」

「……知っているかい、ケルビマ」

「知らん。やれ」

「知らないだろう。私は今日で七十二連勤。休みなし! 外でアクティブに動きまくる同胞がこれでもかと仕事を増やすせいでその辻褄合わせに奔走する毎日!!」

「連勤で言うなら俺は稼働した時からずっと働いているが」

「君みたいなワーカーホリックと一緒にしないでくれ! 私は普通に休日が欲しい! 休みたい!!」

 

 目の前で百面相を繰り広げる、瘦せぎすの男。目が悪いわけがないのに眼鏡をかけ、体調が悪いわけでもないだろうに蒼い顔をし、無駄に高い背と裏腹にガリガリな手足をぶんぶん振って「怒っている」という表現をしている者。

 エクセンクリン。今はルバーティエ=エルグ・エクセンクリンだったか。

 ホワイトダナップの上級階級も上級階級、フレメアでの最高等級な特権を持っていた貴族の一人。且つ、上位者の一人。

 

「聞いているのかい!?」

「いや、一切聞いていない」

「素直だな君は!?」

 

 政府の内通者とはコイツのことだ。

 ちなみに先代のルバーティエも先々代のルバーティエもコイツ。人間に合わせて成長しているように姿を変え、老死し、また代替わりし……何百年と昔からルバーティエという家柄を演じている。

 だというのに。

 

「ああ、妻に会いたい……娘に会いたい。そう、そうだ。この間ね、二人目の娘が生まれたんだよ。ほら、ほうら、見てごらんケルビマ。可愛いだろう」

「人間の赤子に美醜など無いだろう。全て同じだ」

「この節穴め!!」

 

 エクセンクリンは、何百年の間に何度も何度も変わっているはずの妻子を愛している。どの妻子にも、最大限の愛を。

 フリスの奴が言っていたように、俺とて人間や機奇械怪を愛する、という感覚は理解できない。意味がないというか、なんであれば少しばかり引く。実験対象に愛恋を抱くなど、研究者としてどうかしてしまっている。

 ……が、最近、俺も他者の事をとやかく言えないと指摘されてしまったので、これは永遠に胸中にしまっておくことにする。

 

「はぁ。まったく。……まぁフリスの時よりは楽でいいけどね、今は」

「そうか。比べられるのは好かんが、奴より厄介だ、と言われた日にはお前の仕事を七倍にしていたところだ」

「怖っ! 地雷が過ぎる!」

「当然だろう。ホワイトダナップに配置された上位者三人。その内の『人間に最も接する端末』二つ。それが俺とフリスだ。上位者に優劣など無いが、だからこそ奴の方が、あるいは奴よりも、などと言われるのは気に入らん」

「い、いやまぁ、稼動年数があるしね? 君はほら、まだ若いじゃないか。私やフリスは云百年前から、フリスに至ってはフリスの名を得る前から動いている。上位者(私達)に優劣が無いとはいえ、経験に差が出るのは仕方のないことだよ」

「わかっている。……だからこそ、羨ましくあるだけだ。人間に対し、そうも情熱的なお前やフリスがな」

 

 嫉妬だというのは理解している。

 俺だけだ。

 俺だけまだ、目を灼かれるような、他の全てを擲ってでもそれを優先するような"英雄"に出会えていない。チャルもアレキもアスカルティンも、俺の目にはそうだと映らない。ルイナードの者達は論外、奇械士協会にいる者にはまだ出会えていない。

 

 感情的になる、という行為。

 それを羨ましいと思うのは──やはり、エクセンクリンもフリスも、楽しそうだから、にほかならないのだろう。

 

「……ふむ。そうか、そうかそうかそうか。うんうんうん。良い傾向だね」

「お前も俺を見て、そう言うか」

「フリスなら『悪くないよ』と言うんじゃないかい?」

「どちらも同じ意味だろう」

 

 エクセンクリンはやはり、どこかフリスに似ている。違いがあるとすれば妻子への愛と、喜怒哀楽が激しい事くらいだろう。フリスも度を越えられるとちゃんと怒るが。

 

「いいかい、ケルビマ。私達上位者は成長しない。何故って、私達は結局単なる端末に過ぎないからね。根本が成長する事はあるかもしれないけれど、端末は成長しない。……けどそれは、端末が端末のままであれば、の話だ」

「……」

「たとえば私。私も最初の最初はそうだった。自身の役目通りに事を運び、人間生物にもその他にも一切の興味を向けなかった。愛情なんて以ての外だったさ。……けど、色々経験した。色々な人間に会って、色々な悲劇や歓喜を経て……私は"感情を動かすこと"の喜びを知った。そこからだ。世界が違って見えるようになったのは」

 

 手を大仰に広げたり、時折こちらを覗き込んできたり。

 芝居がかった仕草で……だが、本心とわかる熱量で。

 エクセンクリンは、朗々と続ける。

 

「成長したんだよ。端末(赤子)でしかなかった私が、ようやく子供くらいにはなった。どこぞの拠点で、誰もいない部屋で、世界中の情勢をモニタで監視してふんぞり返る……そんな毎日よりずっとずっと楽しい世界になった」

「……まぁ、それは否定せん。俺はそれを知らんが、今の生活からそれになる、というのは耐え難いだろう」

「だろうね。けど、君はまだ端末だ。まだ赤子だ。私の娘と同じだ」

「斬るぞ」

「たとえ話だろたとえ話! 比喩表現じゃないか、もう、怖いなぁ君は」

 

 俺達には、大本がいる。

 大本。それから伸びた端末が上位者となり、この星で数々の実験を行っている。とはいえ大本が上位者に何かしてくる、ということはない。フリス曰く、エクセンクリン曰く、「あれは見ているのが好きなだけの存在だ」と。「手を出してしまっては勿体ないと思っているから、手を出してくることはない」と。

 俺はまだ一度も死んでいない。

 だから、その存在がどういうものなのかを根本的に理解できているわけじゃない。

 

「フリスの最初がどうだったのかは知らないけど、今回も人間に拾われて、人間社会に混じって、それでいて、いつも楽しそうだろう? 彼は昔からそうだよ。彼自身が積極的に交わりに行く事はないけど、何故か彼はいつも人間に見つけられて、拾われたり攫われたり持っていかれたりして、楽しそうな、幸せそうな、それでいて波乱万丈な人間の輪の中心にいるんだ」

「……そしてそれを、自ら破壊して次へ、か?」

「いやいやいやいや、まさかまさか。今回みたいにズタズタに破壊するのはそこまで多くないよ。特に何もなく、英雄となった者達の物語を眺めて、フラっと姿を消す、なんてこともよくあることだった。今回のはあまりにも急だったからね、余程良い相手を見つけたんだろう」

 

 チャル・ランパーロ。

 特異な目を持つ少女。相手が本当に大切にしているものを見抜く目。そしてそれは、嘘を見分ける能力も備わりつつある。

 ……それだけではない、ようにも思うがな。

 ほとんど初対面の友人の兄に向かって、「怪しかったから」という理由だけで銃を向ける胆力。自らを傷つける《茨》を御し、自らの力にする発想力。自らの信頼する能力の全てが警戒を出している相手に対し、好きだ、と言える精神力。

 とても一朝一夕に身に付くものではないと思うのに、フリスの記憶にある限り、あの少女が変わるきっかけになりそうなのは、オルクスを手に取ったあの日くらいしかない。あるいはフリスが《茨》を消した時とかか?

 

「フリスはね、突然変異みたいなものなんだ」

「……む?」

「君はこの星『メガリア』に、幾人の上位者が配置されているか、知っているかい?」

「凡そ10万。誤差はあるが」

「そうだ。この大陸だけじゃない、他の大陸でも私達上位者は活動している。けれど、おかしなことに、私のように喜怒哀楽が激しくなったり、君のように己の運命に悩んだりする上位者は出ていないんだよ。他の大陸では誰もが淡々と実験をしている。悪戯心なんて誰一人持っていない」

「……それが、奴と、奴の周りだけは、と?」

「うん。彼は端末の中でも異常な、他の上位者に影響を齎すタイプ、なのかもしれない。──あるいは」

 

 エクセンクリンは、薄く笑って、長い人差し指を口元に、ウインクをしながら。

 

「彼は私達とは違う存在なのかも──……なんてね?」

「……夢見がちなことだ。例えそうだとして、ならば何故奴は俺達に与している。死なば記憶を譲渡する仕組みも、他の上位者に表舞台を譲る仕組みも、機奇械怪の成長を促す姿勢も……何もかもが俺達と同様のルールで動いている。そうする理由が全く無い。奴の無計画さを深読みし過ぎているだけだ、エクセンクリン」

「おやおやおやおや、別に君がヤケになって否定することでもないだろう」

「……ふむ。……む? 確かにそうだな」

「うんうんうん。君は素直で好感が持てるね。フリスだったら『あはは、そう思うのかい、エクセンクリン。もしかしたら僕には、君達に言っていないような秘密があるのかもしれない。だってその方が面白いだろう?』とか言ってくるんだが」

 

 フリスへの理解が高すぎる。

 ……年季、か。

 

「さて、いやぁありがとう、ケルビマ。仕事に追われていない、こうやって雑談をしているだけの時間は私の癒しなんだ。ホントなら妻子に会いたいところだけど、まぁ君でも妥協できる」

「そうか。ではもう来るのをやめるか」

「うんうんうん、そういう所、少しフリスに似てるノワッ!?」

「何故避ける。どうせ斬れないだろう」

「斬れないよ!? 私はね!? でも君が今狙った書類は普通に斬れるよ!? 紙だからねただの!!」

「揶揄うのをやめろ、と言っている。不快だ」

「……はいはい。ま、そんなところで、そろそろ時間だ。君からの依頼は承った。私は山積みの仕事に加えてそれもやらなければならなくなったから、仕事に戻る。君だってまだ解決していない事件が幾つかある。そうだろう?」

 

 解決していない事件。

 ……そうだ。人攫いの件は珍しくフリスがマトモに片付けてくれたが、もう一つ。

 機奇械怪と融合した子供が出る、という噂。アスカルティンのことではないが、アスカルティンと似た境遇の存在が何かをしている可能性がある。それは確かに片付いていない。

 加え、どうせ聞かれるだろうアレキ達への様々な説明。……あの禁書に関しては、どうするか。俺も……あんなもの欠片程度しか読み解けないぞ。アレはフリスが作った創作言語ゆえな。だからアイツはサラサラと書けるのだが。

 

 成程、エクセンクリン程ではないが、問題は山積みらしい。最近盗掘者も多くなっていて面倒というのもある。

 ……いや、修行を考えるなら……アスカルティンとアレキを組ませて、盗掘者保護をやらせるのはアリか?

 

「ケルビマ。私は言ったよ。もう終わりだ、時間だ、とね。思案するなら帰ってからにしてくれ」

「む。ああ、悪い。ではな、エクセンクリン」

「はいはい」

 

 帰る。

 ……帰る? 否、まずは南部区画の再調査からだろう。教団事件の廃ビルに加え、周辺の捜索。ルイナードでももう少し深く聞き込みをするか。アレキとアスカルティンはどの道就寝するだろうから、帰るのは朝でいいな。

 さて、働こう。仕事だ。

 

 まったく、そこだけは理解に苦しむな。

 やることは多いに越したことはない。ワーカーホリックなどと罵られたが、奴らが働かなすぎなのだ。

 ……いやまぁ、ああも嘆願されたのなら、少しくらいはエクセンクリンに回す仕事を減らしてやりたい、とは思えるが。

 ……ふむ。

 無理だな。俺達の無茶振りの皺寄せは全て奴に行くのだから。



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妹に言い寄られる系一般上位者

 空歴2544年01月31日──。

 その日、人工島ホワイトダナップは浮上から二度目の緊急停止をする事になった。

 

 

+ * +

 

 

「航路上に正体不明の機影?」

「うん。らしいよ。私もお母さんが話してるの聞いただけだからなんとも言えないんだけど」

 

 ホワイトダナップが緊急停止を行うのはこれで二度目。

 一度は十一年前。そして此度。たとえキューピッドの襲撃があっても航行を止めなかったホワイトダナップが停止せざるを得なくなった理由は、その進行航路上に謎の陰があるからだという。

 管制区域は朝から慌ただしく、奇械士協会にもひっきりなしに通信が来ている事から、それが機奇械怪であるという可能性もある、という話だ。

 

「……飛行できる大型機奇械怪だと、マズいかも」

「そんなのいたらもっと早くから見つかってただろー。つか、そもそも現時点で襲ってきてないのがおかしいし」

「あ、ちょっとリンシュお姉さん、私のパンを取らないでください噛みますよ」

 

 機奇械怪には基本種、特異種、融合種が存在する。これらは左から順に強さを増していくが、大きさはまちまちだ。基本種でも十メートルを超すものもいるし、特異種で人間より小さいものもいる。融合種は得てして大きくなりがちだが、それでも小型なものは存在している。

 そんな機奇械怪が集まって融合し、大型化したものを大型(ヒュージ)機奇械怪(メクサシネス)と呼ぶため、大型(ヒュージ)という種が存在するわけではない。だが、先述のように大型にまで辿り着き得る機奇械怪は限られて来る。それまでにプレデター種に捕食されてしまうもの、奇械士に負けて学習するものなどが段々と同じ形を取って、結局大型には似たような恰好のものしかいなくなるのだ。

 そういった進化の経路を辿る機奇械怪の中で、けれど飛行の形を取るものは実は少ない。

 基本種の、つまり、所謂「頭の悪い」機奇械怪には飛行形態を取る種もいるが、特異種、融合種と頭の良さを増していくにつれ、その数は減る。

 

 飛行に特化する、ということは、地上で生きられなくなる事と同義。

 無限の動力源などというものがなく、有機生命を捕食しなければ生きてはいられない機奇械怪にとって、飛行し続ける事は地上で休眠する事より何百倍も難しい。あるいは動物の鳥と同じように高地や樹上で休むことができるのならば話は別だが、残念ながら廃墟となったこの世界に立つ尖塔など限られている。

 一時的に飛行できる、ならともかく、飛行し続けられる、なんて機能を獲得するに至らないのだ。

 

「──皆、緊急だが会議室に集まって欲しい。巡回してる奴は通信を開きっぱなしで頼む」

 

 どこかそわそわした空気の中、それを切り裂くようにケニッヒ・クリッスリルグの声が響いた。

 真剣な声。それで誰もが察した。

 やはり、と。

 

 

 

 

「集まったな。よし、始めるぞ」

 

 会議室に集まった奇械士達を見渡して、ケニッヒはモニタの電源を入れる。

 そこに映し出されたのは。

 

「……お城?」

 

 城──あるいは宮殿だろうか。

 およそホワイトダナップで見ることの無いつくりの構造物。嵐と雷に巻かれたそれがモニタに映されている。

 

「融合サイキック種『ギンガモール』。大型機奇械怪だ」

「え……嘘、この大きさでサイキック種?」

「プラント種じゃないのか?」

「だが確かに、プラント種が宙に浮いているなど……」

 

 口々に驚愕と疑念が走る。

 それはそうだ。だってそんなものは、彼らの知識にないものなのだから。

 頭の良い機奇械怪は飛行形態を取らない。その中で、唯一の例外。それがサイキック種だ。念動力での浮遊が可能なサイキック種が飛行する様を、彼らは何度も見てきている。

 ただしそれも飛行し続けるモノである、という認識ではない。サイキック種の念動力とて動力を用いる。むしろ他の機奇械怪より激しく動力を消費する事で知られている。それは体の大きさや動かす物が大きくなればなるほどに。

 

 なれば。

 改めて画面に映る機奇械怪。その大きさは、恐らくホワイトダナップの五分の一程度には匹敵するだろうことが伺える。

 

「コイツがホワイトダナップの航路上に突然現れた。そのせいでこの島は立ち往生を余儀なくされている。俺達に求められたのはコイツの迅速な排除。及び、航路変更のための時間稼ぎ。既にアリア達の班はホワイトダナップ外縁で敵の出方を窺っている」

「突然現れた、というのは……転移で、ですか?」

「ああ。赤い雷を伴った転移光だったそうだ」

「!」

 

 どこかやるせないような表情で告げられた言葉。ケニッヒにも、やはり思う所があるのだろう。

 そして強い反応を示したのはアレキやチャル達だけではない。他の奇械士達だって、キューピッドの脅威は記憶に新しいのだ。

 

「皆もわかっていると思うが、これほどの巨体を浮かせるには凄まじい量の動力源が必要なはずだ。つまり、この巨体の内部のほとんどが動力炉である可能性が高い。ってことで精鋭班を組む。動力炉を壊しまくりゃ浮かせられなくなって落ちるかもしれないからな」

「どうやって侵入するんですか?」

「観測できる限りの侵入経路は四か所。ただしどれも入り組んでてな、もっともシンプルな経路は真正面と来た」

「……まさか、誘われてる?」

「と、考えている。引退した爺さん婆さんらも罠だ罠だとうるさいくらいだ」

 

 けれど、そうだとしたら。

 

「知性が……あり過ぎませんか? とても機奇械怪の考えとは」

「ま、その通りなんだがな。だとしてもだとしなくても、ここに突っ込んでいって中身ぶっ壊して出ていくのが一番なんだ。なまじ墜とせたとして、俺達も脱出しなくちゃいけねぇんだから」

「脱出って、けど無理がねぇか? コイツが落ち始めた時点でホワイトダナップより高度が下がってる。飛空艇を下に待機させるにゃ危なすぎる。かといって落ち始めてから駆け付けてたら間に合わねえ」

「ああ。だから、科学班が来年出すつもりだった技術、ってのを寄越してきたよ。本試験一切してない個人用飛空艇って奴を」

「……信用できねー」

 

 ケニッヒが持ち上げたのは、少し大きめのリュックサック。そのままそれの構造がモニタに映り、説明が行われる。

 

「要は背負って飛び降りると翼になって滑空できるキットって奴だ。ま、作動しなかった場合を考えてパラシュートも積んである。だからちっと嵩張るが、中で動力炉破壊しまくるだけなら問題ないだろ」

「パラシュートって……それこそギンガモールの落下に巻き込まれません?」

「まぁな。だから正直俺はこの作戦に乗り気じゃない。ああ、正確に言うと、俺達以外が行くのは乗り気じゃない。俺はまぁ、落ちる瓦礫さえありゃ安全に地上まで降りられるからな」

「流石ケニッヒさん、人間じゃねー」

「だからこその精鋭部隊だ。特に希望がなきゃ、俺が選ぶ。ああ、つっても突撃班だけが危ないってことはない。恐らくというか十中八九迎撃が来る。中に行かない奴には俺達の行く道を付けてもらわねぇといけないし、俺達がいない間のホワイトダナップを守ってもらわなきゃならん。と、こんな所だ。んじゃ聞くが、希望者はいるか?」

「あ、はい。行きます」

 

 誰もいないだろう、と思って聞いたのだろう。

 サラっと流す気だったケニッヒの耳に、快活な声が入る。

 ──パンプキン仮面の少女。色々と誰かを思い起こさせるその少女が、真っすぐと手を挙げていた。

 

「シーロンスか。まぁお前の身体能力なら問題ないか。他に」

「私も行きます」

「アス……シーロンスが行くなら、ウチも行くわ。つかクリッスリルグが行ってウチが行かないの、なんかヤだし」

「私も……」

「お前は無しだ、チャル」

「えっ」

 

 シーロンスにつられて、アレキ、リンシュの手が上がる。

 その中でチャルも手を挙げる──が。

 

「まぁチャルは無理だろ」

「チャルさん、アレキさんと一緒に行きたいのはわかるけど……その」

「正直チャルさんって身体能力は貧弱だし、ねぇ?」

「射撃センスはかなりあるんだから、ランパーロは俺達と一緒に迎撃班だ」

 

 そう。

 たとえ特異ともいえる武器を扱い、また読みに長けると言っても、チャルにはアレキやシーロンスのような特別な肉体が無い。崩れ落ちる瓦礫の中をぴょんぴょん跳ねたり、広い構造物を縦横無尽に駆け回るような身体能力が。

 彼女の持つオルクスが放つモード・エタルドも、あれほど巨大な機奇械怪相手では文字通り歯が立たないだろう。

 

「チャル。お前の気持ちはわかる。転移光が赤雷だった時点でお前の行きたいって気持ちはマックスだろう。が、ダメだ」

「……わかりました」

「よし。とりあえず希望者は三人だな。……ま、なんか都合よく回されてる気がして気に入らないが──もう一人、外部からの協力者がいる。ソイツ加えて四人だ。精鋭部隊はその四人だけで行く」

「外部からの協力者?」

「ケニッヒさんは行かないんですか?」

「俺とアリアは別の入口から入って暴れまわる。通路になりそうなモンとか関係なしにぶっ壊して回るから、俺達と一緒にいると逆に危ない。加えて今回はアルバートも出るぞ。だから、思ったより早く事は済むだろうさ」

「アルバートさんも!?」

「え、帰って来てたんだ」

「あの人ナチュラルぼっち過ぎてマジ影薄いよなー」

 

 外部からの協力者も気になる所だったが、その後に出た名前の方が気になり過ぎた。

 アルバート。その名は、ホワイトダナップの奇械士ならば知らぬ者はいない──つまり、最強の名。普段はホワイトダナップの航路上に無い場所で観測される大型機奇械怪の討伐に勤しんでいるため見かけないが、たまに帰って来ては協会で賑やかにしている奇械士達をニコニコ眺めている、影の薄い人。

 

「雑談はここまでだ。リンシュ、アレキ、シーロンスは南西詰所に急いでくれ。そこに協力者がいる」

「はい」

「よし、射撃、遠距離攻撃使える奴中心に突撃班のサポート班組むぞ。近接メイン連中は外縁迎撃の時と同じ班だ。急げー」

「はい!」

 

 奇械士協会が一斉に動き始める。

 その中で、チャルは。

 

「……やれること、やらないと」

 

 何か決意を秘めて──。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 聞いていない。

 聞いていないが、アイツのやりそうなことだ、と天を仰ぎ見る。

 

「……何が入力したくない、だ。こんなもの……視認されただけで多大なる入力だろうに。というか今は俺の番だろうが……」

 

 ぶつぶつと呟く。

 正直ホワイトダナップにはほとんどいない着流しで、長い髪をそのままにぼやいているその様は恐ろしく映るだろうが、ぼやきたくもなるというもの。

 真っ先にエクセンクリンに問い質しの通信を入れても、「私にもさっぱりだよ。どうせいつもの悪戯心だろう」との返事。虚空へ呼びかけても反応なし。ふざけている。

 

「兄上?」

「む……」

「あれ、確かアスカルティンを救ってくれた……」

「あ、ケルビマさん。お疲れ様です」

 

 奇械士と合流してソレを倒せ、と命令されて待機していたら、三人が来た。

 溜め息。そういうストーリーか、と。

 

「外部からの協力者とは、兄上のことでしたか」

「まぁ、これほどの緊急事態に盗掘者はいないからな。奇械士からはお前たちだけか?」

「はい。あ、別口でケニッヒ・クリッスリルグ、アリア・クリッスリルグ、ガルラルクリア=エルグ・アルバートが入ります」

「……ほう?」

 

 俄然、やる気が湧いた。

 聞いていない、知らされていない計画に腹を立てていたが……成程。

 フリスの元両親の強さは奴の記憶で理解している。そして何より、奇械士協会きっての「最強」。そのお出ましとあらば、俺も気合が入るというもの。

 英雄のいない消化試合が一転、まだ見ぬ最強と(まみ)えるやもしれんとなれば、刀を握る力も入ろう。……それを見越しての配役ならば、もう文句は言わん。奴の方に経験で負けた。それだけだ。

 

「リンシュ・メクロヘリ」

「あ、うす」

「お前はアスカルティンとコンビでいいな? いや、元よりそうか」

「そうですね。姉さんと私で連携取れるので、ケルビマさんとアレキさんで連携取ってください」

「兄上、力及ばずながら、並ばせていただきます!」

 

 テンション高いな。

 ああいや、先程まで面倒な気持ちに溢れていた俺と違い、それなりの決意のもと来たのだから当然か。

 ……そこまで強大な機奇械怪には見えんが、新種……であることに違いはない。ただこれが、(フリス)の手の入ったものなのかそうでないのかで話は変わる。ガロウズやフレシシであれば考える事がわかりやすいから楽なのだが。

 

「あ」

「アスカルティン?」

「ふむ。まぁ、おあつらえ向きだな」

 

 中々鋭くなったアスカルティンの嗅覚。俺の感知とほぼ同タイミングでソレを捉える。

 

「イグルスの群れ……いえ」

「なんだありゃ、タトルズか? 空飛ぶタトルズなんて聞いたことねぇぞ」

「泳いでいる、が正しいな。あの機奇械怪……ギンガモールだったか。奴の周辺に念動力の海があると考えろ。……陸亀はともかく、海亀など模してもわからんだろうに」

 

 タトルズ。基本サイキック種タトルズ。

 要は亀だ。陸亀。巨大な甲羅を持ち、鈍重かつ堅固な身体と念動力で戦う機奇械怪。それの海亀版。だが、空を征くホワイトダナップの住民では、アレを海ガメだ、と判断することは難しいだろう。生き物図鑑の類でも好きでなければ。

 

 それがまぁ、数千。数万か。

 そこそこの数が出てきている。まるで足場にしろ、と言わんばかりに。

 ……これで確定する。アレはフリスの手が入っている。奴は自分や自分の成果物と奇械士を戦わせる時、一方的な攻撃より「どうにかすれば自分に届き得る襲撃」を選ぶ。先日のキューピッドもそうだ。あんなもの、誰も届かん上空からホワイトダナップ全域に槍を投げていれば終わっただろうに、わざわざ足場を用意した。

 ダムシュでも同じく、攻撃力に富むわけでもない鳥系の機奇械怪を使っていたしな。

 

 今回もそうだ。

 奇械士側に有力な水平移動のできる機器がない事を見越して、飛び移っていける足場を用意したのだろう。

 来られなくては面白くないから、な。

 

「迎撃班! 撃ち落すぞ!」

 

 そして、まぁ、勿論それらはただの足場ではない。

 しっかりとした機奇械怪だ。しっかり人間を狙う捕食者。

 

「行くぞ。俺達の足場まで撃ち落されては敵わん」

「はい」

 

 フリスめ。

 俺にストーリーを告げなかった事を後悔するといい。お前の好きなクライマックスはまたも訪れない。あっけなく終わらせてやる。その後で、俺の実験に付き合わせてやる。

 

 ……しかし、無駄に大きくしたな。コンパクトなものを好むフリスには珍しいデザインだ。

 

 

 

 

 タトルズの背を蹴ってギンガモールに突入する。

 まぁ一刀のもと全体を切り伏せる事もできるが、流石に人間離れしているからな。今までがしていないとは言わないが、目撃者が多すぎる。自重は必要だ。

 

 さて、入ったは入ったで……。

 

「これは……!」

「おいおい、中身は動力炉だけなんじゃなかったのかよ」

「そんなわけがないだろう。機奇械怪にとって動力炉とは人間の心臓に等しい。いくら大量にエネルギーを消費するからといって、人間の中身が心臓だけになる、などということはない。自己改造の可否という違いはあれど、そこは同じだ。大切なものは奥か、もっとも取られ難い場所に置く。そうでなくとも機奇械怪にはその他の機構があるのだ、動力炉だけで」

「ケルビマさん、そこまで聞いてないです。これ、コイツの迎撃システムだけじゃないですよね」

「む? ……あぁ、収納している機奇械怪も幾らかいるようだな。というよりこれは、居住……成程、オーダー種も取り込んでいるのか」

 

 突入した場所にいたのは、地上でよく見るスネイクスやアーマードタンクといった基本種。加えて縦横無尽に動き回る有刺鉄線。時折噴き出ている蒸気も人間の肌には耐えられない温度だな。

 存外。いや、存外だ。

 フリスの奴が作るにしては、しっかりとしたつくりをしている。奴のは上位者としての力に物を言わせた超性能のものか、ちゃんと日数をかけて作り上げた素人芸術のソレであることが多いのだが。

 

「まぁいい。突撃だ。動力炉と機奇械怪以外は傷つけないよう気を付けろ。崩落しかねんからな」

 

 返事は待たない。

 正直な所、機奇械怪に用はない。こんなものが俺の障害になるわけでもなし、俺とて機奇械怪への無駄な入力は避けたい気持ちを持っている。どうせこのギンガモール諸共中の機奇械怪の破棄される運命なのだろうが。

 一応アレキを気にしても、まぁ問題ない事がわかる。オサフネの作った装備一式をしっかりと使いこなしているし、テルミヌスも問題なく使えている。懸念があるとすればリンシュ・メクロヘリとアスカルティンだが、リンシュ・メクロヘリの足りない部分はアスカルティンが完全にカバーできているので問題なしだろう。

 

「……何がしたいのかいまいち掴めんな」

 

 呟く。

 弱いのだ。

 無論、俺が苦戦する、などという事態が来るとしたら、それは相手が上位者だった時くらいで、機奇械怪の如何によってどうこうなるはずもないのだが、それにしても弱い。

 奇械士達だけで十分対処できるレベルの敵、機構しか用意されていない。そこに何故俺を呼び込んだのか、全く理解できない。

 

「兄上、リンシュ達から離れてしまっています!」

「……あぁ、少しペースを落とすか」

 

 リンシュ・メクロヘリにはああして反論したが、確かにこの規模の機奇械怪を浮かせ続けるには、動力炉が少なすぎるという感覚もある。最新世代の最も効率のいい動力炉を用いていたのだとしても、こうも長時間浮遊し、自らの周囲に念動力を展開し続けるとなると……少なくとも野良の機奇械怪には思いつかない手法を使っているはずだ。

 それに……先ほどから違和感がある。

 俺に攻撃が集中しているのだ。それはつまり、俺を最も厄介な敵として見ている、かのような。

 これが普通の生き物であれば正しいのだが、フリスの手が入った機奇械怪と考えるとおかしい。奴が試練を課すのは人間相手で、それも機奇械怪のために育ってもらいたい、という意味でしかない。俺に攻撃を集中させる理由が存在しない。

 

 考えても仕方のない事だ。

 ……いいか。終わらせれば。

 

「兄上──」

「アレキ、そろそろ自分で判断できるように、」

「後ろががら空きですよ、兄上」

 

 防ぐ。

 そのまま、念動力で掴み、壁に叩きつける。

 たったそれだけのことでバラバラになったアレキ。四肢はもげ、首は取れ。

 

 中から、ケーブルやら歯車やらと、"らしい"ものを覗かせて力尽きた。

 

「機奇械怪……?」

「ご明察です、兄上」

「……」

 

 兄上、兄上と。

 アレキと同じ声で話しかけてくる──無数のアレキ。

 

「なんの真似だ」

「さて、それは私にもわかりません」

「お前たちには聞いていない。いるんだろう、フリス。今更こんな玩具が俺に効くとでも思っているのか?」

 

 刀を振る。

 一振り。それだけで、同じ軌道の斬撃が各所に発生する。バラバラになるアレキの人形。

 

「あはは、僕からのプレゼントはお気に召さなかったかい?」

「奇械士最強が参加すると聞いて多少のやる気は出したがな。お前の幼稚な催し物に興味はない」

「それは手厳しい言葉だね。けれど、ケルビマ。次はちゃんと感知してから斬るといいよ」

「何?」

 

 どこからか聞こえてくるフリスの声は、ただそれだけで不快。その声に悦を孕んでいると感じるから。

 だが、その指摘、その言葉は──俺の耳に、うめき声を届かせた。

 

「ぅ……あに、うえ……」

「……」

 

 呻き、息を荒げながら、大量の血を流しながら──こちらに手を伸ばしてくるアレキ。

 

 くだらん。

 首を断つ。

 

「おやおや、そんな簡単に見捨てて良かったのかい?」

「くだらん真似はよせ、と言っている。今のは教団事件の時に誘拐されていた人間達の誰かだな。姿形だけアレキに寄せて、俺へ向かわせて。それが何になる。アレキの顔をしているからと、俺が躊躇するとでも?」

「あはは、可愛げがないねぇケルビマ。じゃあここで問題だ。本物のアレキはどこへ行ったかな?」

「……」

 

 感知範囲──には、いない。リンシュ・メクロヘリとアスカルティンもだ。

 孤立した。いや、させられたか。

 

「そうして、アレキの元へも俺の偽物が、か?」

「それも面白かったね」

「……何が目的か、と聞いている。上位者たる俺を巻き込んでまでやる遊びにしては、入力が過ぎるだろう」

「うんうん、よくぞ聞いてくれたね。なんとこの機奇械怪、僕が手を加えたわけじゃないんだ」

「何?」

「自然発生でもないけどね。このギンガモールは人間が造り上げた機奇械怪。性能も機構も、一から百まである一人の人間が作っている。凄くないかい?」

「……その人間に"英雄価値"を見出した、というのは理解した。それで、俺を巻き込む理由はなんだ」

「実験だよ」

 

 周囲。

 バラバラにしたアレキの人形が──組み上がり、融合し。

 また新たなアレキとなる。

 

「この仕組みでさえ、僕は関わっていない。そして実験は──」

「!」

 

 襲い来るアレキ。その一撃は、先程不意をつかれた時よりも遥かに重く。

 

「兄上……兄上、兄上! 私、もう、ずっとずっと食べてないんです……兄上、ごはん、ください」

「兄上、大丈夫ですか! 今助太刀します!」

「見えますか兄上、これがぜぇんぶ、私ですよ」

「ふふ、兄上、顔をこわばらせて……可愛らしい」

 

 首を断ったはずのアレキもまた組み上がり、立ち上がり、声を発して集い来る。

 

()の発明が、上位者に通じるかどうかの実験、だ。ああちなみに開発者から音声データを預かっている。『クク……どうだね、ケルビマ・リチュオリア。自分の身を狙ってくる無数の妹! 妹! 妹妹妹妹! 夢のようだろう! 妹ハーレムッッ! 男の夢!! ちなみに衣服の下も完全に再現してある──私の分析力を甘く見ないでくれたまえ。戦闘記録映像から裸体データを抜き取る事など造作もない』、だそうだよ。気持ち悪いね」

「……教団事件の首謀者か。お前が珍しく真面目に仕事をしたかと思えば……警察に引き渡したのは影武者だな?」

「勿論。さて、僕から君へ行う入力はここまでだ。君が上位者としてあっけなく全てを終わらせるのも悪くはないし、彼の手腕が君を抑えつけるのも悪くはない。他の面々にも楽しい事をしてくれているから、僕はそっちを見に行くつもりだ。今日はチャルがいないから、近くで見てもバレないしね」

 

 群がり、纏わりついてくるアレキを振り払い、斬る。

 本物がいないことはわかっている。いくら姿形を似せても無理な部分が存在する。それはフリスも理解しているはずだ。

 つまり、やはり、今回の作戦は一から百までその首謀者の男が考えたものである、ということなのだろう。フリスが関わっていない、しかし恐らく頭脳面では当代最強を名乗り得る可能性のある人物が手掛けた要塞。

 

「兄上、兄上」

「兄上……好きです、兄上」

「愛しています」

「兄上になら、どこを見られても……」

 

 斬っても斬っても。

 すぐに融合し、新たなアレキになる。

 これはどういう仕組みだ。そもそも動力炉が無い。肉体に機奇械怪が融合しているのは確かだが、動力炉は存在せず、代わりに心臓がある。それを両断しても、他のアレキにくっつく。

 なんだ? 何の仕組みを使っている?

 

「……どうでもいい。斬るか」

 

 周囲に本物がいないというのなら、それは好都合だ。

 斬る。この機奇械怪を、一刀で。

 

 ──だが。

 

「ああ、ごめんごめん。言い忘れていたよ。──ここから先、君の念動力は封じさせてもらったからそのつもりで。まさか念動力を失ったくらいでハンデ、になんてならないだろ?」

「同位の上位者の能力に干渉するなど、ルールを忘れたのか、フリス」

「あはは、同位だなんて思っているのは君だけだよ、ケルビマ。僕にとって価値があるのは機奇械怪の自主進化と、まぁ、人間の新規の英雄たちだけ。僕以外の上位者に価値なんか見出していないのさ。十分、十二分に、ここで潰れてくれて構わない」

「俺達上位者の誰もが問答無用になれば、人間も機奇械怪もすぐに絶滅するだろうに──早まったな」

「そういう話はこのギンガモールから脱出してから言って欲しいな。──さぁ、お楽しみの始まりだ。そうそう、君に危機感を一つ植え付けるのなら」

 

 視界を覆い尽くす、アレキ。アレキ。アレキアレキアレキ。

 機奇械怪の身体にアレキの頭だけついたものや、そのままアレキのカラダのもの、あるいは首だけのもの。それらを斬って、壊して、バラバラにしても、再度再度と組み上がる。融合する。

 

「もたもたしていると、君の大切な人まで死んじゃうかもね?」

「!」

 

 それを境に、フリスの声は聞こえなくなる。

 代わりに聴覚の全てを覆い尽くす「兄上」と呼ぶ声。同じ顔。同じ声。

 本物のアレキらしく他のアレキを俺から引き剥がそうとする者もいれば、媚びた声で、アレキが絶対に言わない言葉を吐いてくるアレキもいる。

 

 憐れではある。

 機奇械怪も、融合させられた人間も。

 自らをアレキだと思い込み──あるいは発す言葉を強制的に変えさせられて、姿形を弄られて、死んでも死にきれない運命を背負わされて。

 

 それもこれも、弱いから悪いのだが。

 

「……くだらん」

 

 足元に溜まり始めた、アレキの死骸。残骸。

 

 奴が関わっていないらしい"ストーリー"に、悪態を吐いて──刀を振るう。

 



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ちょっぴり嘘を吐く系一般融合機奇械怪

「……」

「どしたよ、アスカルティン」

「ちょっと不味いかもです」

「?」

 

 ギンガモールに入ってすぐのこと。

 違和感に気付く。いや、違和感というよりは。

 

「……閉じましたね、入口」

「はぁ!? マジかよ!」

「罠だった、っていうのは本当だったみたいです」

 

 しかも、閉じた感覚は……ただ入口が閉じた、というよりは。

 まるで、捕食されたかのような。いつかのランプリーを思い出す。あんなに弱くはないけど……これは、だから。

 

「もしかしたら、この機奇械怪……動力炉が全部なんじゃなくて……」

「っ、アスカルティン、話は後だ! 敵が来るぜ!」

 

 敵。

 ケルビマさんとアレキさんが蹴散らしていった後でも、どこからともなく湧いてくる機奇械怪達。強い種はいないのだけど、如何せん数が多い。私がこうやって理性を保っていられる時間もそう多くはないし、冷静にあれる内にコレを蹴散らして、どうにか姉さんを外に出す方法を。

 正直姉さんは足手まといだ。ヒトではないナニカであるケルビマさんと、なんかおかしな域に達しつつあるアレキさんは多分大丈夫なのだけど、姉さんは姉さんでしかない。私は機奇械怪だし。ほとんど。

 クリッスリルグの二人のように特別すぎる身体能力を持つでもなく、アルバートさん? っていう最強さもなく、人間の域を出られない姉さんに、この機奇械怪は危なすぎる。中に入ってからわかった。

 

 この機奇械怪は、ちゃんとした意思を持って動いている。

 

 ……どうせ、あの二人は放っておいても大丈夫だ。

 姉さんを連れて引き返して、ホワイトダナップに置いてくるのはアリ。

 

「一度帰投しましょう、姉さ、」

「アスカルティン! 後ろだ!」

 

 あり得ない。確かにいま振り返りはしたけれど、私の知覚機器は眼球だけじゃない。匂いで、聴覚機器で、敵の接近は気付き得る。

 だから突然、振り向かないといけない程に近づかれる、ということはあり得ないんだけど──実際に。

 ガクン、と。左足が掴まれる。そのまま、引っ張られる。引っ張られていく。

 下手人は……黄緑色の液体。

 

「動力液……ッ!?」

 

 見覚えがある。有り過ぎる。

 オールドフェイスに次ぐ第二の私のごはん。それが浸かっている液体であり、私の中にもあるモノ。

 それが、まるで意思を持っているかのように私の足を掴んで、私を引っ張って行っている。

 

 その速度は……姉さんが追い付けないレベル。

 

「ッ、姉さん! 出口見つけて帰ってください! この機奇械怪は、多分、みんなが想像しているものよりマズい──」

 

 聞こえたかどうかはわからない。

 わからないけれど、最後まで言う事は出来た。あとは音が、反響が、彼女に声を届けてくれるかどうか。姉さんが聞き分けてくれるかどうか。

 

 ……とりあえず、引っ張られるがままに引っ張られてみる。

 時折素手で床や壁に拳を入れてみるけれど、破壊することやブレーキ代わりにするのは難しそう。それくらい速度が出ているのもそうだけど、引っ張る力が強いから、下手に止まると脚部を持っていかれる。

 

 脳裏に起こされるは、ケルビマさんがつけてくれた先生二人の言葉。

 お爺さんはこう言った。

 

 ──"良いですかな、アスカルティン殿。機奇械怪の本質は増殖と自己改造にあります。弱い種であればコレに時間をかけてしまいがちですが、アスカルティン殿は違う。貴女は人間とプレデター種の融合を維持し、なんと御してしまっている。であれば、自己改造を戦場で行う事もできるはず"

 

 お姉さんはこう言った。

 

 ──"自己改造は私達機奇械怪の特権ですよぉ。私は怒られてばっかだけど、地上の機奇械怪はみーんな互いに互いの良い所を学び合って吸収しあって、どんどん高みを目指すんです。まぁ創造主はそれだけじゃ気に入らないみたいですけどねぇ。……つまり、アスカルティンさん。まず敵を分析するんです。で、敵に有効な武装を考える。また、敵の武装を無効化できる機構を考える。必要なのはそれだけですよぉ。分析分析、一個飛ばしてまた分析。よく見てください、敵を。それが貴女の寿命になりますからねぇ"

 

 自己改造。

 機奇械怪ならその全てが行えるという、自己を改造する行為。自らの身体に刃を入れ、自らを構成する要素を動かし、開発し、強靭でしなやかな、それでいて特異なものに仕立て上げていく──己が意思で行う進化。

 

 先生二人のもとで、最初にやらされたのは──自分の身体に傷をつけること。無論無暗に、じゃない。傷をつけることを一切迷わないように訓練させられた。私は機奇械怪。九割が機奇械怪。プレデター種の機奇械怪。

 

 そも。

 何故、プレデター種が同族を積極的に捕食するのか。

 それは勿論、捕食によって素材が手に入るからだ。食べた相手のパーツを体内で加工し、己のパーツにして強化を図る。

 それが今の私。病弱だった私など欠片も残っていない。今はもう、食べて、食べて、食べて。

 自己改造を覚えて、強化して、強化して、強化して。

 

 ただ、食べて、強くなることを覚えた──獣。

 

「──だから、アナタが私を食うなどあり得ない」

 

 止まる。

 止める。

 両腕を通路に突き刺して、止まる。

 

 当然脚部、腕部、肩部、腰部からギシギシと嫌な音が聞こえ始める──けど、関係ない。

 だってここ、機奇械怪の中だ。だから──そこらじゅうが食べ物であることと同義。

 まずは今突き刺した腕。片方を引き抜いて、掴んできたケーブルや配管類を口に運ぶ。今度は反対を。そうやって交互にアンカーをつけて、この機奇械怪を食べていく。

 ぶち、という音は、恐らく足の皮膚が千切れた音だろう。別に良い。皮膜(スキン)を生成する機能も獲得している。今は別だ。別に注力する。

 

 私は弱い。あ、戦闘能力の話じゃなくて、脆いのだ。材質が。

 あの時融合させられた機奇械怪がなんだったのかはわからないけれど、そこまで等級の高いものではなかったのはわかる。だって私の意思で説き伏せてしまえたし。調伏できたし。

 でもそれじゃあいけない。私は強くならないといけない。私は強い身体を手に入れないといけない。

 体内の加工スペースへ、食べた金属を運び、新たな金属繊維やフレームを創り上げていく。それを足中から足先へ運んで既存パーツと置き換え、元のパーツをまた運んできて違う武装にあてる。

 足りない。速さが足りない。

 またぶちぶちという音が響く。今度は肩か腰か、膝か。どこかの皮膚が裂けたのだろう。次第に私の下に血だまりが広がっていく。でもそんなものは人間の要素だ。捨てたって構わない。

 本物の肉を持っていなくても、見た目さえ取り繕えたらいい。冷たい金属の塊になっても、ごはんが食べられたらいい。

 

 関係ない。

 関係ない。

 ──だけど。

 

「……!」

 

 ドパァ、と。

 それは怒涛。それは大波。

 仄かに光る黄緑色の動力液が、通路を埋め尽くす勢いで私に襲い掛かる。

 纏わりつく、どころじゃない。私を埋め尽くして──引き抜いて、連れて行く。もれなくすべてがゼリーのような、固まる力を持った液体。

 

 私に肺はない。酸素なんかいらない。

 けど、これは……捕食だ。わかる。

 昔、融合させられるときに入れられた、確か、神の髄液、とか言われていたもの。だけじゃない。何か酸性のものも含まれているのか、髪や肌がずぐずぐと溶け始めているのを感じる。それは当然、私のフレームも。あと元から邪魔だった仮面も。

 

 急ピッチだ。

 さっきの素材を使い、強度から酸性耐性を持つ素材へと変えていく。目を閉じるのが遅れたせいで、右目がやられた。すぐに眼孔にたまった液体を掻きだして仮の視覚機器を生成。無骨なものだ。誰に見られるわけでもないから良い。

 痛覚など元より残っていない。神経などほとんど通っていない。九割が機奇械怪というのは比喩表現じゃない。脊髄も首も脳の一部も、私のほぼすべてが機奇械怪だ。引き戻せない場所に私は立っている。

 

 酸性耐性。

 ……無理だ。今持っている素材では、全身に適用できない。できるとしたら一部。だけど、一部でどうする。溶けだしていく身体。恐らくだけど、私はこのままギンガモールの動力炉に入れられて、動力源にされるのだろう。

 食べられる。

 何故だ。私は、食べる側だ。

 

「そう、だから」

 

 口を開けば当然、動力液が口に入って来る。

 最後の最後までとっておいた味覚器官……舌がジュウジュウと焼ける。これがないと味を感じられないので、後で再現しなければ。

 だけど。そうだ。

 だから、決まっている。

 

「たべちゃえば、いいんだ」

 

 開口して噛みつく。ゼリー状だからかみ千切ることができる。酸性耐性は口、喉、動力炉。他は今は気にしない。

 皮膚の全てはほぼ溶けた。フレームの一部も融解している。

 けれどそれが何だというのか。動力炉はまだ生きているし、口は問題なく動く。そして、敵はわざわざ私に寄ってきてくれている。

 

 味が必要だった。 

 だから、九割機奇械怪な私が最後の最後まで残していたのは、舌と味覚中枢。味が無ければ灰色だ。味のしないごはんじゃ意味がない。

 プレデター種(わたし)は私と融合して、ヒトを食して、味があることに感動を覚えたのだ。機奇械怪を食して、味がある事に驚いたのだ。

 それは今まで感じたことの無い感覚だった。血肉の味、などではない。なにか、どこか、甘美で刺激的で、それでいて一つとして同じ味のない──ナニカの味。

 

「あなたは、たぶん、記憶にあるかぎりの……炭酸ジュース?」

 

 貴女はすぐにお腹を壊すんだから、と滅多に与えられなかったもの。

 時折姉さんと一緒に出掛けた時にだけ、「母さんたちには内緒だぜ?」なんて言って買い与えてくれた、最初は口が無くなったんじゃないかと驚いた……けど、美味しかったもの。そしてお母さんの言う通り、飲んだ後は必ず腹痛になって、「リンシュ、変なもの食べさせたんじゃないでしょうね!」なんて怒られる姉さんに申し訳ない気持ちになって。

 ああ、でも。

 今は──もう、問題ない。私はもう、私で。自分で。自らで。己で己を、問題なくできる。

 

 食べる。食べる。食べる。食べる。

 食べる──。

 

 

「アスカルティン! アスカル……ティ、」

 

 ああ。

 もう少し、来るのが遅かったらなぁ。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 兄上、リンシュ、アスカルティンとはぐれた。

 これは緊急事態だ。戦場においてこうなった場合、すぐにでも戦場を離脱し、本部に連絡を取れと叩きこまれたが──如何せん。

 

「邪魔!」

 

 敵が多い。

 そのどれもが弱いものなのに、束になることで壁になっている。

 

 リチュオリアの刀はあくまで一対一を想定している。兄上クラスになれば多対一も可能なのだろうけれど、私の今の実力ではそこに届いていない。

 届くとしたら、この刀。

 

「一つ、二つ」

 

 斬る。

 テルミヌス。この刀を持ち返った後、兄上から詳しい話を聞いた。

 この刀は念動力を切り裂ける武器。サイキック種に対抗するために鍛造された武器だと。モードについては「今のお前には使いこなせん」と言われてしまったからわからずじまいだけど、念動力に対抗できるだけで御の字だ。キューピッドを相手に何もできなかったあの時を思い返せば、刀を握る力も強くなる。

 そして、意外な所から追加情報が得られた。

 それはアスカルティン。彼女はその身のほとんどを機奇械怪にしているがゆえに、感覚でわかる、というのだ。テルミヌスの秘された機能。それは。

 

「断つ!」

 

 剪断する。

 私がかつて愛用していた刀は、その刀身を熱する事によって行う溶断だった。

 けれどテルミヌスにその機構はない。代わりに。

 

「三つ、四つ──」

 

 関節部。

 機奇械怪達の身体を埋める、配管。ケーブル。それを通る、流れる──《茨》。それがそうだと教わったわけではないけれど、わかるのだ。自分やチャルに埋め込まれたものと、本質的に同じであると。

 そしてこのテルミヌスは。

 

「五つ──即ち、首断ち。……首じゃないとこも」

 

 それを斬る。

 流れを分断する。《茨》を斬る。ゆえに、溶断こそできないものの、その硬さとこの能力を以て──機奇械怪をバラバラにする。

 効率だ。敵を動けなくするにあたって最も有効的な部位を見極め、剪断する。効率だ。動力炉に繋がる、動力炉から出ている直接の配管を見極め、剪断する。効率だ。全身の応力の集中する一点を見極め、突く。

 

 どれも効率。

 それだけで──機奇械怪は倒れる。

 

「……ふぅ」

 

 疲れはない。ただ、流石に集中力を要しすぎる。晴れていく、色を取り戻していく視界に、またもまたもと群がって来る機奇械怪に溜め息を吐いた。

 

 その時。

 

「アハハハハ! ねぇ、もっと、もっともっと! 仲間のもとに案内してよ! 食べてあげるからさぁ!」

 

 甲高い高笑い。

 テンションの高いこの声は。

 

「あぁ、溜まってる、溜まってる~! そうなの? そうなんだね? 私に食べられるために、集まっててくれてたんだ~……ありがとう!」

 

 鋼色の風。

 私に群がっていた機奇械怪が引き剥がされ、バキン、と折られるような音が響く。それは続けて、何度も何度も。基本種ばかりの集った私の周囲。残骸となった機奇械怪を含め、全てが全て、その鋼色の風に──食われていく。

 

「んふふふ~最後は~──ヒト!!」

「正気を取り戻して。それは私」

 

 防ぐ。死角からの攻撃ではあったけれど、声を出している時点で奇襲になっていない。

 存外の速さと威力に多少退いてしまったが、なんとか防ぎ切って──ソレを見る。

 

「……う」

「私? ……あ! 食べちゃいけないヒト!」

 

 両手が塞がっていなければ。防御の刀を抑えるための両手が塞がっていなければ、口元に手をやってしまっていたかもしれない。

 

 ──醜悪だった。苦しいながら、それが仲間であるとわかっていながら。

 

 金属に張り付いている、皮膚だったもの。一部に残ったそれは黒く爛れているし、そうでない場所は機奇械怪のフレームが露出している。ただそのフレームやパーツの中にも皮膚が溶け落ちていて、とても見るに堪えない。

 眼球の片方は存在せず、骨組みに支えられたレンズがこちらを覗くだけ。全身も、シルエットこそ人間だが、骨組みの位置は人間の骨とは全く違う構造で、声や言葉が無ければ即断敵として叩き斬っていたかもしれないくらいだ。

 

「あ、あー。あー。そっか、終わりかぁ。じゃあ変わるね。代わるね。えーと、えーと」

 

 姿勢も完全に四つ足の……つまり獣のような恰好で壊し殺しまわっていたがゆえだろう、新種のプレデター種と言われたら、あのチャルでさえも頷いてしまいそうな姿で、けれど可愛らしい声が響く。

 

 そして。

 

「ぅあ……」

「もーっ……ちょっと待ってねー」

 

 ぶしゅう、と肩口から噴き出てきたのは──皮膚。

 違う。あれは皮膜(スキン)だ。かつてダムシュでアモルと偽キューピッドから採取した、人間の肌のように見える皮。

 それがまず彼女の腕部を覆い、つるんとした腕を作り、そこから全身に向かって皮膜が伸びて行って……次第に少女となっていく。

 胸、腹、背。もう片方の腕。腰、足。最後に顔と、髪の毛。

 そこまで来て、獣の姿勢から足を負ってへたり込むような姿勢に変わって。

 

「あー。あー。あ、あ、あ」

「……アスカルティン?」

「あ、あ、はい。そうですそうです。あ、でもさっきのも私ですよ。別にどっちがどっちとかあんまりないんで。こっちの私は理性的だから普段表に出ているだけというか。ああいう幼稚なのも私です。ところで服とかないですか」

「突入作戦に替えの服なんて持ってくると思う?」

「ですよね」

 

 アスカルティンになった。

 もう見た目は完全にアスカルティンだ。だけど、だからつまり、本当に。

 今の今まで──彼女の中身はずっと、ああだった、ということ。ホワイトダナップで一緒にいる時も、食事をしている時も、雑談をしている時も。

 今更だけど、本当に、彼女の中身は機械だったのだ。

 

「あ、じゃあ服じゃなくてもいいんで、布ってないですか?」

「……化学繊維なら、持ってきたリュックにパラシュートが入ってる。というかリュックも布といえば布」

「それがありました!」

 

 聞いてすぐ、来た道を戻っていくアスカルティン。

 追いかけようとも思ったけど、それより早く彼女は帰って来た。リュックを抱いて。

 

「まさか、リュックを着るの?」

「いえいえ。じゃあいただきまーす」

 

 何を、と聞く間もなく──アスカルティンは、リュックを食べていく。中の飛行機械やパラシュートを取り出すことなく、ばくばくと。

 絶句している間に彼女は全てを食べ終わって、立ち上がる。

 そして──。

 

「さ……裁縫は、少し難しいですね……金属加工とはまた違う……えーとえーと」

「作れるの?」

「あ、はい。そうです。でも服とか作ったこと無くて」

「別に、ちゃんとした服じゃなくてもいいんじゃない? 今は肌が隠せればそれで」

「あー、そうですね。そうします」

 

 気を取り直して、そして。

 アスカルティンの皮膜を覆うように、リュックやパラシュートだったものの繊維が巻き付いていく。それは服というよりインナースーツのようなものだったが、それであれば彼女が元々着ていたものとそう変わらない。身体のラインは前より強く出てしまっているが、人目は防ぎ得るだろう。

 

「機奇械怪って……なんでもありね」

「そんなことないですよー? 結構不便も多いです。めちゃくちゃお腹空きますし」

「お腹と言えば、大丈夫? あなたは燃費が悪いとかなんとか聞いた覚えがあるけど」

「ああ、さっき結構補充したので大丈夫です。それに、殺した機奇械怪で補充できるので」

「成程。ああ、もしかしてそれでこの作戦に志願したの?」

「そうですね。こんな機奇械怪見たことが無かったので、どんな味がするんだろう、と。おかげでまた新しい味に出会えましたよ。動力炉、一個潰してきたんですけど、炭酸ジュースみたいでした」

「へぇ……って、一個潰した?」

「はい」

「……大手柄。私はまだゼロだし。ちなみにそこに他の動力炉は無かったの?」

「無かったですね。それに、ギンガモールが落ちる気配のない事を見るに、もっと潰して回らなきゃいけなさそうです」

 

 ずっと基本種の足止めを受けていたのが仇になった。

 競争感覚というわけではないが、兄上に並び立つのだから活躍しなければ、と思っていたのに。

 

 そういえば。

 

「そういえば、リンシュは? 一緒じゃないの?」

「あ、姉さんなら死にましたよ」

「──?」

 

 あっけらかんと。

 あっさりと。

 何か、受け入れがたい言葉を。

 

「死にました。残念ですけど、仕方ないです。この機奇械怪は姉さんのレベルじゃまだ早かったですね。ああだから、チャルさんを連れてこなかったのは正解かもです」

「死……んだ?」

「はい? はい。全身食べられて死にました」

「……そんな」

 

 何故そうも淡々としていられるのか。

 そう激昂しようとして……けれど、思い直す。

 

 彼女はもう、変わってしまったのだ。

 そうだ。血眼になって、プライドを捨ててまで妹を探していたリンシュの前で、自ら顔と声を変えて「リンシュお姉さん」なんて呼んでしまえるくらいまで彼女には配慮とかそういう類のものがない。けれどそれは多分、もう、人間ではなくなってしまったからで。

 

「あ、その一瞬出した『何も思わないの?』って顔。思いますよ、一応。薄くですけど、残念だなぁって思います。でもごめんなさい、その程度です。怒るなら怒って良いですよ」

「いえ……いい。怒ったところで、リンシュが帰ってくるわけでもないし。彼女も奇械士。死が隣り合わせなのは、承知の上だったはず」

「──……まぁ、そうですね」

 

 ここは戦場で、自分たちは戦士で、敵は人間を食べるのだ。況してやここはその敵の腹の中。

 全員が無事に帰る、なんてことは決して「いつも通り」じゃない。

 

「アスカルティン。私は兄を探したい。貴女はどうする?」

「どうするって、もしかして今から尻尾巻いて逃げ出す、とか言い出すって思ってます?」

「聞いてみただけ。……兄もケニッヒさん、アリアさんも、まだ戦ってるはず。あとアルバートさんも」

「はい。あ、ある程度なら動力炉の位置とかわかるんで、そっちに行きましょう」

「本当? なら、案内をお願い」

 

 さて──ここに誕生するは、純然たる火力のコンビだ。

 チャルには申し訳ないけれど、戦場を駆けまわって走り回って、見える機奇械怪全てを壊していくやり方は、彼女には似合わないだろう。

 

「また暴走して、私に攻撃してこないように!」

「わかってますわかってます。抑えてますから。あ、でもタガが外れたらちゃんと止めてくださいね。でないと私、アレキさん()食べちゃうと思うので」

「まったく、とんだ爆弾を……」

 

 突き進む。

 向かうは動力炉。兄上は多分、その道中にいるだろう。最悪合流できなくとも兄上なら大丈夫だろうから。

 

 

 私はチャルじゃないから。

 吐かれた嘘には、終ぞ、気付けなかった──。

 

 

+ * +

 

 

「兄上、兄上」

「どこへ行かれるのですか、兄上」

「痛い、です、あに、うえ……」

「兄上──まだまだ、終わりませんよ、兄上」

「……」

 

 視界を覆うアレキだけを殺し、後は放置するようにしてから小一時間。

 ……どうにもこの部屋には、出入口というものが存在しないらしい。俺が入ってきた場所もいつの間にか閉じられてしまっている。

 ならば叩き斬ってやると本気の一撃を叩きこんでみるも、なんとこっちが弾かれると来た。フリスの手が入っていないとのことだが、恐らくフリスの提供した、俺の筋力を越える耐久性能を持つ鉱石が使われている事は伺える。間接的な手助けは「手が入っていない」の範疇だ、ということだ。子供(屁理屈)か。

 

 切稜立方体に近いこの空間だが、既に床の半分以上がアレキで埋まっている。

 というのもこのアレキ、融合限界があるようなのだ。何度も同じアレキを破壊してみたところ、一定回数で完全に動かなくなる。未だ仕組みの程は計れていないが、法則さえわかればこっちのものだ。

 アレキの攻撃はどの道俺に傷一つ付けられないし、妹の姿をしているからと言ってその死骸を踏むことになんら躊躇いはない。

 

 ゆえに当面の問題は出られない事、それだけだ。

 念動力は封じられているが、果たしてあったとしてこれを斬れたかどうか。恐らくフリスが封じたかったのは念動力の方ではなく転移の方だと推測している。俺に逃げられないようにするために。まったく回りくどいことをする。

 

「……いや、そうか」

「兄上? どうかされたのですか?」

「座り込んでしまって、兄上。諦めたのですか?」

「私の愛をとうとう受け取ってくれる気になったのですね、兄上!」

「甘美なことをしましょう。全てが忘れられるような、甘美な時間を」

「兄上、好きです!」

 

 座り込む。

 当然アレキが群がって来るが──振り払わない。

 

 すると、アレキの上にアレキが、その上にアレキが。

 どこから現れているのかは知らないが、明らかに元いた量より多くアレキが群がって来る。

 

 これでいい。

 これで、待っていれば。

 投入され続けるアレキがこの部屋を破裂させるだろう。

 

「兄上、兄上。キスしましょう兄上」

「兄上、この部屋から出ましょう。危ないです。危険です」

「この部屋から出たいですか、兄上。私も出たいです」

「痛い、潰されてしまいます、兄上。たすけて」

「兄上──」

 

 やかましいが、それだけだ。

 俺は機奇械怪ではないので聴覚のシャットアウトなどはできないが、無視すればいいだけの話。まぁ、アレキがこの部屋を埋め尽くし、破裂するのがいつになるかはわからないが──既に半分なのだ。もう一時間くらいで満杯になるだろう。

 

「兄上」

「……」

「兄上、話をしましょう。──ある神と使徒の話を」

「なに?」

 

 思わず反応してしまった。

 終わるまで黙して待つつもりが、その言葉に。

 

 使徒。それはかつて、聖都アクルマキアンで、上位者を指していた言葉だ。

 

 声は群がって来るアレキの外。

 少し離れた所から聞こえる。

 

「申し訳ありません。脳を弄られているので、あなたのことは『兄上』としか呼称できない事をお許しください」

「……構わない。続けろ」

「ありがとうございます。──私は実験体一号。そして成功例一号でもあります。南部区画に隠れ、身を潜めていたところを使徒に連れ去られ、ここにいます」

「……そうか。アスカルティンだけではなかったか」

「はい。申し訳ありません。こちらも脳の都合上、自らの名を『アレキ』としか発声できません。故に私のことはお好きにお呼びください。──私、アレキは、ミケル・レンデバランによって造られた人間を素体とした融合種の成功例です。そしてあの夜、兄上に助けられた者でもあります」

「お前が……そうだったのか」

「申し訳ありません。折角お救い頂いた命、こうして捕まってしまい、無駄にしました」

「……良い。というより、お前の身の上話に興味はない。使徒の話を話せ」

 

 憐れに思う。

 弱きことは、それだけで罪だ。

 まぁ──フリスの、あるいは首謀者の罠にまんまと嵌っている時点で、俺も罪ありし者なのだが。

 

「私はルバーティエ=エルグ・エクセンクリンの娘です」

「──ハ」

 

 ハ、ハ、と。

 短い笑いが漏れる。

 ……あいつは何をしているのだ。仕事にかまけるあまり、人間に子を攫われるとは。さてはて、ではフリスはエクセンクリンも敵に回したか?

 

「彼が……父が残した、研究資料。空の神フレイメアリスについての考察。兄上。貴方が使徒であると判断し、之を伝えます。私の勘違いであれば聞き捨ててください」

「いや、俺は使徒であっている。……そして、フレイメアリスの研究と言ったか。エクセンクリンがそんなことをしていると」

「はい。使徒たる父は数世代に渡ってフレイメアリスについての研究をしています」

「……フレイメアリスは架空の神だ。だが、その言い方から察するに……」

「察するにとどめてください、兄上。言葉にすれば、観測されます」

「承知した。続けろ」

 

 兄上、兄上。

 群がって来るアレキの喧しさが遠のいていく。

 まるでここにいるのが、俺とエクセンクリンの娘だけであるかのような感覚に陥る。

 

「空の神フレイメアリス。彼の神は、確認されている使徒や他の神とは違い、突然現れた神です。私達をどこからか見ている"目"。それが遣わした使徒。この惑星メガリアにはそれが、まるで『TOWER』かのように等間隔で配置されていると父は書いていました」

「……NOMANSのTOWERか。成程」

 

 ダムシュでフリスが組み替えたTOWER。

 アレはもともと、滅ぶ前の人類が使っていたNOMANSという会社の機械類、それに命令を送ったり、それから報告を受けたりするための送受信塔だった。ゆえに各地にあったのだ。

 

「けれどフレイメアリスは違います。どこにでも現れて、けれど当然のように迎え入れられ、当たり前のように輪に加わって──いつの間にかいなくなっている。また、フレイメアリスを受信した使徒はどこか変調を来し、使徒ではいられなくなる、とも」

「……」

  

 使徒ではいられなくなる?

 ……それは。

 

「──申し訳ありません。もう少し話していたかったのですが──限界です。脳の侵蝕率が閾値を超えました。最後に、父エクセンクリンが遺した言葉を。『これを見た上位者の誰かよ。すまない、私はもう彼を疑えない。だから、託したい。フレイメアリス。彼の神は決して私達と同じ存在ではない。決して、決してだ。友好的に見えても、敵対的であっても、決して同列の存在ではない。あれはもっと別のナニカだ。気を許すな。隙を見せるな。そして、底を見せるな。全力を見せるな』……ぅ、ぐ」

 

 ガコン、と大きな音。

 

「ふ──ぅ、『見限られるな。フレイメアリス。あれこそが、本物の』。──この言葉を境に、父はフレイメアリスの名を……、口に、しなくなりました。そして、お別れです。このままでは私アレキは……ッ、本当に、アレキに、なってしまうので──自爆を敢行いたします」

「……そうか。ご苦労だった」

「はい。また、この自爆はこの部屋に風穴を開け、使()()()()()()()()()()()()()。しっかり防いでください」

「何を馬鹿な」

「そう自己改造いたしました。──では」

 

 あり得ない。

 だが、武人としての勘が言う。

 不味い。

 アレは──通じる。人間が、上位者に牙を立てる。まさにそのための武器だ。わかる。肌が粟立つ感覚など、一体いつぶりか。

 

「さようなら、兄上。助けて頂いた貴方の名を呼べなかった事。私の名を教えられなかった事。全てが悔いです──どうかご無事で」

 

 瞬間。

 世界が、白に包まれる──。

 




TIPS

NOMANS
 世界が滅びる前に存在していたサービス会社。社名と同名の便利な機械類NOMANSを発売・貸出していた。
 空歴2355年には全世界の電化製品におけるNOMANSのシェア率が100%になっていることから、非常に愛されていた、また便利なことこの上無かった製品・会社だった模様。


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二択を迫られる系一般上位者

 大きく揺れた。

 震源は下層。だが、中空にあるこの機奇械怪に地震などの余波が来るはずもない。

 ゆえにこれは。

 

「──脱出だ脱出! 機奇械怪が墜ちるぞ!」

 

 上層から聞こえるはケニッヒの大声。上を見上げれば、丁度吹き抜けになっているらしい現地点の直上に、彼とアリアがいた。

 

「ですが、まだ兄上が!」

「俺もアリアもぶっ壊しまくってるが、手応えがほとんどなかった! 多分下で決定打をやってくれたのがケルビマ殿だ! つまりあの人も墜ちる事は理解している! なら逃げる手段も考えてるはずだ!」

「ッ、わかりました! お二人もお気をつけて!」」

「ああ、死ぬなよ!」

 

 アレキは横にいるアスカルティンを見て、頷く。

 アスカルティンはケニッヒの声が聞こえた瞬間に急いで生成したマスクをいい感じにして、頷き返す。

 脱出だ。

 

「アレキさん、あっちです。風の匂いがします!」

「流石!」

 

 それは機奇械怪というより獣の特性なのでは? などと思いつつも、ありがたい言葉に従ってアレキは走り出す。

 一瞬。一瞬だけ背後を振り返り、踏み出す足に躊躇を見せたアスカルティンだったが、首を小さく横に振って、彼女を追いかける。

 動力炉にある有機生命。それはまだ、仄かな熱を。

 

 脱出、脱出、脱出。

 そうして、身体能力に秀でた二人は、大型機奇械怪ギンガモールから無事脱出した。

 アスカルティンが個人用飛空艇を食べてしまっていたこと、アレキの個人用飛空艇では当然二人は運べそうになかった事を加味し、未だ外を泳いでいてくれたタトルズを足場にホワイトダナップへ帰還。ホワイトダナップ側の被害もそれなりだったらしく、南西側の区域、特に南部区画の建物の幾つかが崩れてしまっていた。

 

「っと」

「……ん。二人とも無事みたいね」

 

 そこにケニッヒとアリアが跳んでくる。

 ──恐らく、タトルズを蹴らずに一息で跳躍してきたのだろうことが窺える着地に、アレキもアスカルティンも若干引いた。

 

「リンシュは?」

「……戦死しました」

「そうか」

 

 会話はそれだけ。

 淡々としているわけではない。ケニッヒはただ取り乱さないだけだ。その胸中でどんな嵐が吹き荒れようとも。

 

「……とんだ、催し物もあったものだ」

 

 と、更にドスン、と音を立てて──ケルビマが来た。

 音を立てず、気配を断って行動することの多い兄には珍しい帰還方法。それを訝しんでアレキが彼に近づくと。

 

「あ──兄、上?」

「む? ……あぁ、アレキか。ふん、やはり比べ物にならんな」

「どうされたのですか。その──腕は」

 

 無かった。

 着流しの袖。その片方。刀を携えた側の腕が、肩口から。ホワイトダナップ外縁の風でひらひらと揺れる袖が、ただ、虚しく。

 

「失くしただけだ。あとで科学班の連中に義手でも作らせればいい」

「だけ、って……」

「それより、リンシュ・メクロヘリは……死んだか」

「はい。死にました、ケルビマさん」

 

 絡み合う視線は一瞬。

 ケルビマとアスカルティン。それだけで、アスカルティンは「理解されたこと」を理解する。

 

「見ろ……機奇械怪が崩壊し、墜ちていく。念動力の海も、無数のタトルズも」

「あー、感傷に浸ってるトコ悪いが、ホワイトダナップに上陸したタトルズがまだ結構残ってるらしいんだわ。その討伐に行くぞ、お前たち。連戦で疲れてるだろうが──」

「いえ、疲労はありません。行けます」

「私も大丈夫です!」

「……体力馬鹿()人は助かるな。というわけで、ケルビマ殿。ご協力感謝する。すぐに救護班を手配するが、」

「構わん。俺には俺の伝手がある。お前たちはお前たちの仕事をしろ、奇械士」

「……わかった。それじゃ行くぞ!」

 

 返事をしていないのに体力馬鹿に含まれたことにアリアがムッとした顔を見せていたが、ケニッヒは素知らぬ顔。

 彼はケルビマにもう一度目礼をして、その場を立ち去って行った。

 

 残されたケルビマは。

 

「……そういえば、奇械士最強、というのは……どこへ行ったのだ?」

 

 影の薄い、忘れられたある人について首を傾げながら、転移により消える。

 向かう先は──エクセンクリンのもと。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 崩落していくギンガモール内部を歩いていた時のことだ。

 人間の作った傑作機奇械怪。僕には思いつかないような悪辣なトラップもそうだけど、何よりデザインが素晴らしい。なんていうのかな、ちゃんと悪役の城っぽくて、ちゃんと機械機械してて……。蒸気噴き出る機械の宮殿を思い浮かべろ、って言われた時に、朧気ながらも思い浮かべられる空想の宮殿。

 その具現。

 

「これは親切心から言う言葉だけどね」

 

 どこまでもどこまでも走る配管。ケーブル。足場になっていつつも、しっかりと効率を考えた配置で組まれたアートのような設計。設計図を見せてもらった時は本当に驚いたものだ。というか彼、しっかり設計図を頭の中で書き起こしてから、またそれを図面に起こして、そこから機奇械怪を作っていた。

 普通の奇械士なら動力炉の位置を覚える止まりなのに、彼は機奇械怪の構造や何故それがそこにあるのか、なければならないのか、までを理解し、自作できる域にまで至っているのだ。

 

 最初は僕に反抗的だった彼も、その牙は秘めつつ、好き放題研究・開発できる環境に狂喜乱舞していた。人助けっていいよね。

 

「早く逃げた方が良い。彼は自分の作った制作物に自爆機構を組み込むのが好きなんだ。サンドリヨン然り、あの子然り、ね」

 

 驚いたと言えば、その子もそうだ。

 その子の生い立ちは知っていた。だって僕が捕まえて来たから。脳も覗いたから、彼女が知っている事は僕も知っている。

 ……そのはずだった。

 彼、ミケルが少女に洗脳を施してケルビマのもとに向かわせたのも束の間、あの部屋に入った途端彼女は洗脳を振り払い、さらには自己改造も始めた。組み込まれた自爆機構。その改良。自らにあるリソースの全てをそこへ費やし、そして。

 

「残念ながら、僕を斬っても意味が無いからね」

 

 だから、ケルビマを傷つけたのはミケルの功績ではない。あの少女の功績だ。

 今回の実験においては、ミケルは上位者に牙を立てられなかった。代わりに彼が攫ってきた少女が、自らの命と引き換えに上位者の片腕を奪う偉業を成し遂げた。

 僕が機奇械怪を創り上げてから344年。たったそれだけの歴史の中で、多くの英雄が生まれ、死に、多くの機奇械怪(化け物)が生まれ、死に。

 けれど一太刀とて傷つける事の出来なかった上位者に──ほんの一瞬だけで辿り着く。

 その第一踏が、無理矢理に機奇械怪と融合させられた人間。

 

 なら、やっぱり。

 

「話を聞かない人だなぁ。今の僕は鉄くずの集合体でしかないんだから、斬っても意味ないんだよ。ほら、早く逃げなよ。今機嫌いいからさ」

 

 今、一番「可能性」に近いのは、アスカルティンだろう。彼女はもう「味」を知っている。気付くのも時間の問題だ。

 

 お話の駒は揃いつつある。

 特異な武器を持つだけの、ただの少女。

 努力によりどこまでも登り詰める、戦士である少女。

 恐ろしき精神性と機奇械怪の身体を持つ、捕食者である少女。

 

 ──あと、一人くらいかな。

 

「逃げないのかい?」

「この大きいのを消さないと。いずれまたこれを食べた他の機奇械怪が、人類に脅威を齎すかもしれないからね」

「あ、君喋れたんだ」

「え? ボクはずっと喋っていたけど……」

「……君、声が小さいとか、影が薄いとかって言われたこと無いかい?」

「生まれてからずーっと。むしろボクの攻撃に気付いたのは、あなたが初めてかな」

 

 断たれた頭部パーツを拾い上げて──ようやく眼中に収めるは、ニコニコした優し気な青年。

 とても強そうに見えない、強者の雰囲気を纏っていない彼……彼? だけど、それが擬態であることは簡単にわかる。

 だって今の僕の鉄くずの身体、ただの寄せ集めといってもケルビマの攻撃に耐え得るくらいの強度にはしてあるし。

 

「墜落するこの機奇械怪を消す? 参考までに聞きたいな。どうやってだい?」

「なんでそんなことを敵に教えないといけないのかな」

「敵だなんて、酷いなぁ。僕は今、こんなにも君の安全を願っているというのに」

「ふふ、冗談は休み休み言おうね。でないと疲れてしまうよ」

 

 ()()()()()()

 当代最強。ホワイトダナップの奇械士で、両親よりも上に位置する存在。

 戦闘記録なし。映像なし。ただ、誰もが最強だと称えるその存在の、妙技。

 

「まぁでも、見るだけなら良いよ。それを解析できるかどうかはあなた次第だからね」

「うん。特等席で見させてもらおう」

 

 最強──アルバートは、剣を振るう。

 

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「……え?」

「安心すると良い、酷くつまらなそうな顔をした神よ」

 

 もう、一振り。

 

「──この世界には、あなたが思っているより、あなたの知らない事が沢山ある」

 

 消える。

 もう半分が。だから──全部が。

 

 瓦礫すら残らない。ゆえに重力に引っ張られ、落ちていく僕達に。

 

「まだまだ楽しんでいってくれ、空の神フレイメアリス」

 

 僕に、剣が。

 

 

 

* + *

 

 

 

「いや、いや! うんうん、上々!」

「……何が上々だ。くだらん茶番に巻き込んで……」

「テンション高いねぇフリス。何か良い事でもあったのかい? 対してケルビマは、本当にいつもカリカリしているね。将来ハゲるよ? はいこれお茶菓子」

「上位者がストレスでハゲるなら、まず真っ先にお前がハゲているだろう」

「あはは、エクセンクリン、ストレス凄そうだもんね」

「誰のせいかな誰の!?」

 

 転移でしか来られない会議室。

 そこに三つはいた。

 

「良い事だらけさ。"英雄価値"の目白押し。チャルを奇械士にしてからというもの、驚きや初体験の連続で僕は嬉しいよ」

「君がチャル・ランパーロを奇械士にしてからというもの、ひっきりなしに私に仕事が入って増えて増えて行く事に何か関係性がありそうだね」

「あはは、それは君の仕事が遅いからだよ、エクセンクリン」

「よし、じゃあ今日から君にも私の仕事を分けてあげようか」

「おいおい、僕の学力を舐めないでほしいな。実はあの学校でさえ卒業できるか怪しかったんだよ?」

「君はもっと興味ない事への関心を上げるべきだね、フリス」

 

 談笑だった。

 あんなことがあった後だというのに──三つはいつも通りで。

 

「で、ケルビマ。言いたいことがあったら言うと良いよ。秘しておくのは無理だろう、君」

「……確かにそうだな。謝罪を入れておこう、エクセンクリン」

「何がだい?」

「単刀直入に聞く。フリス。お前はフレイメアリスか?」

「違うよ」

「質問を変える。お前は俺達上位者と同質の存在ではないな?」

「そうだね」

「フリス。最──後ではない、質問だ。お前は俺達の大本と違うところから来た。そうだな?」

 

 何故か、何故か。

 ケルビマはギリギリのところで、「最後の質問だ」というのを憚った。それが悪手である気がしたからだ。

 

「正解だ。じゃあ逆に質問しよう、ケルビマ」

「む。……なんだ」

「君は。あるいはエクセンクリンは。どこから来たのかな」

 

 何を今更、とか。

 決まっている、とか。

 そういう言葉を出そうとして──ケルビマは思いとどまる。

 自分たちがどこから来たのか。

 何から生まれたのかは知っている。だが、どこから来たのか、と言われると。

 

「……まさか、俺も同じ、ということか?」

「あはは、全然違うよ。さっき肯定してあげたじゃないか。僕と君達は違う、って。ちゃんと考えるんだ、ケルビマ・リチュオリア。エクセンクリンは460年もの間耐えて見せたよ。僕からの汚染に、耐えに耐えて耐え抜いた。さぁ、考えよう、ケルビマ・リチュオリア。無い頭で、足りない頭で、君達が何者で、僕が何なのか──考えるんだ」

「……承知した。後で考えておく」

「うーん。これ無理そうだね、エクセンクリン。やっぱり君に記憶を植え付けなおした方が良さそうかな」

「遠慮するよ、フリス。私はもうこれ以上気を揉みたくはないからね。それに、今回西部区画の一部が被害に遭ったおかげで、一日だけ休みを取って良いと許可が下りたんだ。難しい事、面倒なことは考えないで、最愛の妻と子供に会いに行くよ」

 

 ケルビマはフリスより学力のある方だ。

 だが、学力と想像力は違う。特に感覚派なケルビマにとって、考察だの分析だのはあまり好ましくない分野だ。出来るが。

 だから、後にすることにした。何故って、時間はまだまだあるのだから。

 

「ついてはフリス」

「うん? なにか、」

「ぶん殴らせてくれたまえ」

 

 言葉より拳の方が早かった。

 ヒョロヒョロでガリガリなエクセンクリンからは考えられない威力の拳。右ストレート。それがフリスの顔面に突き刺さり、彼は壁へと叩きつけられる。

 

「──無駄だ、ということはわかっている。だからこれは、エクセンクリンとしてでなく、父親としての恨みだ。君が下手人でない事も知っているし、君がそういうことに積極的でない事も知っている。それが情ではなく、余計な入力を嫌うから、だとしてもね。……それでも私は、怒りを抑えられなかった」

 

 言葉の通り、無駄なのだろう。

 顔面に拳を受け、ぶっ飛ばされ、壁に叩きつけられたにもかかわらず──フリスは無傷だ。そもそも人間生物の身体ではないな、とケルビマは観察する。殴った側であるエクセンクリンも、その拳をさすっている。上位者である彼が痛みを覚えているのだ。

 

「……いや」

 

 声は。

 

「いや、いや。うん──悪くないね、エクセンクリン」

 

 喜色を孕む。

 

「僕は君を、もう終わったものだと思っていた。460年も耐えた事は褒めてあげるけれど、それまでだと。結局君は他の上位者や人間達と同じく、耐えられなかった。結局変質してしまった。あはは、変わってしまった君を見て一番悲しんだのは僕なんだよ、エクセンクリン。──でも君は、まだ価値を有しているらしい」

「……フリス。言いたいことは簡潔に言うんだ。私の気は、まぁ、そこそこ長いが、君に対してはそう長くあれない」

「あはは、いつも話が長いのは君の方なのにね。うん、わかった。──だからご褒美を上げようと思ってさ」

 

 フリスが立ち上がる。

 立ち上がって、両手を掲げて。

 

 そこに転移光を顕す。

 出現したのは。

 

「まずこっち。これは僕が南部区画で彼女……つまり君の娘を見つけた直後の、君の娘の記憶チップ。これをもとにフレシシやガロウズのような機奇械怪を造れば、君の娘の記憶を持った存在として新生するよ」

「!」

「そして、次にこっち。──君の娘のオールドフェイスだ。意味はわかるね?」

「……趣味の悪い事を」

「あはは、こういうの、本来は人間に対してやるんだけどね。喜怒哀楽の激しいエクセンクリンには一番効くかな、と思ってさ」

 

 さて、どっちを選ぶ?

 

 フリスは、笑顔で聞く。

 人好きのする、けれどこの世のどんなものよりも邪悪な笑み。

 

「……」

「さぁ、エクセンクリン。どちらかだ。どちらかしか選べない。どちらを選ぶかな」

「……」

 

 エクセンクリンは。

 動けない。わかっているからだ。

 オールドフェイスというものが、何なのか。

 

「どちらも貰うのなら、何が対価になる?」

「あはは、欲張りだね。じゃあ君の奥さんを貰おうかな」

「……妻なら、二つ返事で己を差し出しそうだ」

「そうか。良い人間を妻に選んだな、エクセンクリン」

「勿論。私が惚れた女性だからね」

 

 エクセンクリンは大きく溜息を吐いて。

 

「うーん、やっぱり選べないね。私は妻を愛しているし、娘も愛している。それは等価だ。まぁ、だからこそ天秤に乗せてきたんだろうけど」

「ああ、ちなみに言うと、君の存在、では対価にならないよ。上位者一つと人間。比べようがないね。人間はソレしかいないけれど、上位者なんか他から持って来ればいいんだ。釣りあいなんか取れるはずもない」

「わかっているさ。だから、その上で言おう、フリス」

「うん。君の答えを聞かせてほしい」

 

 ケルビマは。

 刀に、手を掛ける。

 

「──私()は今、ある莫大な入力コードを有している。上位者から行う、機奇械怪への巨大な入力だ。これを人質に取るから、君のそれを渡してほしい。両方ともね」

「そうかい。じゃあ既存の機奇械怪を全て廃棄しよう。あらゆる場所にいる全てを。そして再度放って、やり直そう。なに、たった数百年遅延が起きるだけだ。何も問題ないだろう?」

「私達がいる限り、そのコードは何度だって入力される」

「じゃあ君達の記憶を奪ってしまおう。簡単だ。それでおしまい」

「バックアップが無数に存在する。媒体も電子だけじゃない、紙や物質的な暗号まで、」

「仕方がない、地表を全部焼いてしまおうか。人間の遺伝子は隔離して、可哀想だけど一からやり直してもらおう。数千年の遅延が起きるけれど、それも悪くはない」

 

 封じられている。

 まるでエクセンクリンの言う事などわかっている、というかのように。フリスの顔は笑っているけれど──少しずつ喜色が減って行っていると、ケルビマは察した。

 思い返すは、その娘からの、エクセンクリンの遺した言葉。「気を許すな。隙を見せるな。そして、底を見せるな。全力を見せるな。見限られるな」。

 

 ここで。

 エクセンクリンが、フリスを驚かせるような言葉を吐けなければ。

 

「──口を挟むぞ、フリス。いいな?」

「構わないよ。なにかな、ケルビマ」

「今からお前にとっての致命的な手段を用いる。覚悟していろ」

「?」

 

 ギンガモールから出た時点で、転移や念動力は戻っている。一時的に封じられただけだ。

 ゆえに。

 

 ケルビマは──ソレを、転移させた。

 

「きゃぁ!? な、なに!? 何が……」

「──」

 

 現れたのは、チャル・ランパーロ。

 戦闘中だったのか、はたまた何か作業中だったのか、土埃に汚れた少女。

 

「お前の言う通り、俺はそこまで頭が良くない。ゆえに切らせてもらう。これがお前にとっての切り札(ジョーカー)だ」

「え……え?」

 

 混乱はすぐに収まった。

 流石は奇械士、唐突なことへの対応力が高い。

 

 彼女は、チャル・ランパーロは……部屋を見渡して。

 その存在に、目を留める。

 

「フ……リス……?」

「……」

「フリス!」

 

 駆け出す。チャルは、何も言ってくれない彼へ。

 そしてその身を抱いて──ああ、けれど、それがヒトの温もりを持たない事に気が付いた。

 

 さらにはその冷たいモノが、抱き着いた途端、ガラガラと崩れ落ちたのを見て。

 

「……ダムシュの時の……偽物の、キューピッド」

「正解だ、お嬢さん。すまないね、びっくりしただろう。ここがどこかわかるかい?」

 

 ごみを片付けるように、鉄くずの山を退けて。

 エクセンクリンはこっそり、けれど素早く、そして大切そうに、チップとオールドフェイスを懐に入れる。

 

「い、いえ……あ、ケルビマさん……?」

「ああ。すまない、ランパーロさん。装置が暴発した。このようなことは今後ないように努める」

「装置……?」

「……君にはあまり耳心地の良くない話だ。勝手に呼んでしまっておいてすまないが、すぐにでも元居た場所へ」

「いえ、聞きます。聞かせてください」

 

 アイコンタクトさえ要らない。

 チャルの意識がエクセンクリンに向いている間に、内側から溶接されたドアをケルビマが斬って開くようにする。

 その間にエクセンクリンは自己紹介をして、また、自らを科学開発班の一人だと名乗った。

 

「ダムシュに現れた二つの機奇械怪。アモルの方からは皮膜(スキン)の技術が手に入った。そしてキューピッドの方からはこの、転移の技術が手に入ったんだ」

「……それで、どうして私が」

「それがわからないんだ。作動させたら、勝手に君を呼び出した。そしてそれだけで耐用限界が来たのか、崩れてしまった。ああ、君が壊したわけではないよ。元から非常に脆い作りなだけだ」

「キューピッドが、私を……?」

 

 まぁ、関連付けるにはちょうどいい話だ。ゆえにエクセンクリンもケルビマも、すらすらと純度100%の嘘を吐ける。心の中で、「これは嘘だ」と思いながら。

 チャル・ランパーロ対策。奇しくもフリスから齎された対策法は、しっかりと効果を発揮しているらしかった。やはりチャル・ランパーロは嘘かどうかを見抜けているわけではない。「相手の本当に大切にしているものがわかる」という淨眼の性質を利用して、応用的に読み解いているだけだ。

 

「ところでランパーロさん、先程までは何をしていたんだい?」

「え? ……あ! アレキと一緒に巡回中だったから……」

「ふむ。それはマズいな。アレキは今修羅と化している可能性がある」

「で、ですよね……早く戻らないと!」

「ならば俺が連れて行こう。俺と共に戻れば、アレキもすぐに鎮静するだろうからな」

「いいんですか?」

「良いも何も、今回は全てこちらの落ち度だ。これくらいは償わせてくれ」

 

 アイコンタクトはない。

 チャル・ランパーロの前で、不審な事はしない。

 

 開くようになったドアを開ける。

 久方ぶりに外気が入り込む部屋。

 

「あ、あの、エクセンクリンさん」

「なにかな」

「私は気にしないので……キューピッドのこととか。お仕事、頑張ってください」

「あぁ、ありがとう」

「それと」

 

 エクセンクリンは、チャルの目を見る。

 

 見て、ぞっとした。

 

「家族の方達を、大切に……。あ、いえ、ごめんなさい。あんまりにも愛情が……あ、いやそうじゃなくて……その! 良いお父さんですね! け、ケルビマさん。全速力でお願いします。アレキ、怖いので」

「うむ。いいだろう」

 

 次の瞬間、ドン、という爆音と「きゃぁぁぁあああ!?」という遠ざかっていく甲高い悲鳴が聞こえて、聞こえなくなって。

 

 エクセンクリンは──その場にへたり込む。

 動かす必要のない心臓が早鐘を打っている。舌の根は乾き、思わず何度も唾を飲み込んでしまう。

 

「いやー、チャルはズルいよ。いなくならざるを得ないじゃないか」

「……アレが、チャル・ランパーロか。なるほど……君が執着する理由、わかったよ」

「へぇ。やっぱり武人とかが混ざってないと、強く感じるのかな」

「ああ。……アレは、英雄……というか、何か、もっと別の……それこそ君に感じるものに近い感覚を覚えた。底冷えするような……あんな透明すぎる目は初めてだ」

 

 ゴミとして片付けられ、部屋の隅に寄せられた鉄くずが、再度フリスの形を取る。

 その顔には「文句があります」と書いてあった。文字で。

 

「……でも、ケルビマの機転は確かだった。戦利品として、じゃあ、これは貰っていくよ、フリス」

「……君の成果ではないけど、いいよ。ケルビマが悪い事を覚えた記念だ」

「そうだね。罪を断つ者であるはずの彼が、私を見兼ねてとはいえ……私欲のために人を攫った。……これも成長かい?」

「まさか。これは非行だよ。ケルビマはようやくグレただけさ」

「ははは……子ども扱いもほどほどにね」

 

 それで、と。

 エクセンクリンは強い目で、フリスを見る。

 

「そんなに睨まずとも、君の奥さんを狙ったりしないよ。契約取引でもないんだ、僕を悪魔か何かだと思っているだろ、君達」

「悪魔か神か、その辺だとは思っているね」

「だから神なんていないってば。空の神フレイメアリスの神話は僕が書いた創作神話。神話も僕の作った架空言語だし、神話の内容はすんごくチープだし。最初はその辺にいた無名の小説家にお願いしようとしたんだけどね、なんだかどんどん変な、宇宙的恐怖とかそういう意味の分からないもの書き始めたから、諦めて仕方なく僕が書いたんだ」

「ちなみにどうやってお願いしようとしたのか聞いてもいいかな」

「夢枕に立つ、っていういい方法があってね」

 

 先程まで己の家族を賭けた緊迫の瞬間を過ごしていたとは考えられない、緩やかな空気。

 本質的に、もうエクセンクリンは彼を疑えない。そうなってしまっている。

 だから、というのもあるのだろうが、そもそもの話。

 

「最初に言っただろう? 僕は今機嫌が凄く良いんだ。君が殴ってこなければ、ウキウキで君の娘の記憶チップとオールドフェイスを渡してあげたのに。そのために持ってきたんだし」

「そこはまぁ、父親だからね。許してくれたまえ」

「もうちょっと世渡り上手になった方が良いよ、エクセンクリン。記憶チップとオールドフェイスを受け取ってからぶん殴ればよかったんだ。……それで、作り方はわかるかい? 君、長い事機奇械怪作ってないだろ。不安だったら手を貸すけど」

「いや……問題ないさ。やり方は覚えている。ただ、出来ればフレシシあたりを先生役として会わせてやってくれないかな。人間を前にしたときの食欲の抑え方とか、諸々を」

「それならガロウズの方がいいね。フレシシはあんまり頭良くないから」

「そうなのかい? ああ、そうだ。似た境遇のアスカルティンという子もいいかもしれない」

「いやぁ……アスカルティンは、"英雄価値"はあるけど……教えるとかは無理なんじゃないかなぁ」

 

 扉を溶接しなおして。

 

 上位者二つのほのぼのとした会話は、ケルビマが戻って来るまでずっとずっと、続いていた。

 

 




TIPS

オールドフェイス / OldFace

 古代人と思われる何者かの横顔が描かれたコイン。途上が荒廃する前は、世界共通硬貨とも呼ばれていた。
 NOMANSの機械類を動かすのに必要であったため、かつては全世界に溢れていたが、機奇械怪の台頭とともに捕食・回収され、今では地上に数枚しか残っていない。
 上位者は特定の場所でこれを生成することができる。


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旅に出る系一般奇械士達

 花束を投げる。

 個人のもの、ではなく、共同の墓地へ。そも、このホワイトダナップに個人用の墓地など滅多に存在しない。

 

 気に掛けている、と周囲に告げていた者がいた。アレキやチャル・ランパーロではなく、奇械士ですらない、ルイナードに住んでいたある女性。

 フリスが発した言葉は、本当だった。それがフリスの手によるものなのか、偶然かはわからない。

 わからないが──彼女は死んだ。

 タトルズの南部区画襲撃。それにより、大勢と共に死んだ。

 

「……ロクな感傷も持てんとは。不便なことだ」

 

 弱きは罪で、俺は断罪者。

 断罪者は罪人に余計な感情を持たない。刃が鈍るから。

 それが俺に入力された、過去の武人の数値。その通りに生きてきて、その通りに刀を振るってきて。

 

 今更だ。

 

「恋人ですか?」

 

 ──……背後を取られた?

 何者……。いや、武人の気配ですらない、脆弱な……弱すぎてわからなかっただけか。

 

「どう、だろうな。少なくとも俺はそうだとは思っていなかったし、奴も……そう思っていたかどうかは怪しい」

「そんな関係性なのに、花を?」

「さてな……。理性も本能も、気に掛ける意味はないと言っているのだが……来なければいけないと、何かが強く訴えて……。まったく、難儀なことだ。はじめに不要だと切り捨てたものが……今になって、羨ましく思えるなど」

 

 来る気は無かった。

 死者への手向けなど何の意味も為さない事を、俺達は良く知っている。墓地に魂など存在しない。遺骸を運んだ時点で、魂は肉体から離れる。完全に死ぬまでは留まり続けるソレも、運びだし、焼き、こうして埋めてしまっては……何の意味もない。

 だから、彼女の死を知って。

 ただ「そうか」と終わらせるつもりだった。

 

 きっかけは、エクセンクリンだ。

 奴が自らの娘の死に対し、狂うような怒りを見せた事。

 ──俺はアレを、素直に羨ましいと思った。俺は多分、たとえアレキが目の前で死のうと、あのような感情はもてない。ただ「死んだか」と事実確認を述べるまでだ。勿体ない、とは思うのだろうが。

 それを……エクセンクリンは、ああも感情を荒らげて。

 羨ましい。何者かの死に対し、感情を荒げる事。それを感じてみたくて、彼女が死した事を再確認するための墓参りに来たが。

 

「結局俺は、彼女の事を……好いてすらいなかったらしい」

「そんなことはないですよ」

「……慰めか」

「いいえ。ボクにはわかります。アナタは、好こうとしていた。好きという感情を知らないアナタが、それを斬って捨ててしまっていたアナタが、こうして墓地に来てソレを取り戻さんとするくらいには、アナタは変わろうとした。それは、アナタがその方を好きになりたかったからです」

 

 好きになりたかった。

 笑いが零れる。互いに互いの名も知らない、ただ時たま会って近況を聞き合うだけの間柄。

 

 ──あぁ、しっくりくる。

 

「……ボク、家族がいないんです。両親も兄弟も姉妹も、気付いたらいなくなっていた」

「死んだのか?」

「いえ……いるにはいるんです。ちゃんと、この姓に見合った家族がいます。けどね、それは本当の家族じゃないというか……顔も名前も思い出せない、ボクの、ボク自身の家族がいたはずなのに、いつの間にか家族はいなくなっていて……今の家族だけがいた」

 

 要領を得ない話。

 あるいは孤児の類か? 幼少に誘拐され、親が殺され、どこかに引き取られた。そんな風に聞こえるな。

 

「そんな中で、唯一。好きな人だけは残っていました。いや、変わっていなかった、が正しいかな」

「……だが、墓地に来ているということは」

「あ、いえ、その方は存命です。今回来たのは、仲間が死んでしまったからで」

「そうか。失礼を言った」

「いえいえ」

 

 やはり、誘拐された説が濃厚だな。

 その者だけ死んでいなかった。そういう話か。

 ……誘拐。本当に、ホワイトダナップも堕ちたものだ。かつては……いや、入力された記憶で当事者ぶるのはもうよそう。

 

「ボクね、その時思ったんです。守らなきゃ、って。この人は、この人だけは、かつてのボクを知っている。多分この人がいなくなってしまったら、ボクは本当に昔の家族を忘れてしまう。ボクがボクじゃなくなってしまう」

「まるで楔だな」

「多分、そうです。ボクは勝手にその人を楔にして……縋っている。今も。最初はただ好きな人というだけだったのに、身の回りの環境が変化して、こういう不純な動機を抱くようになって」

「不純?」

「だってそうじゃないですか。ただ好きである、という感情なら……純粋だ。でも、他のみんなを忘れたくないから守りたい、なんて」

 

 あまり要領を得ないし、具体的な言葉を零さんから詳細が推し量れないが。

 ……まぁ、この場にいたのがフリスではなく俺で良かったやもしれんな。

 

「俺は守護の意思を不純だ、などと思った事はない」

「……」

()()()()()()()。お前のそれは、お前の言う通り、純粋なる好意の上に、純然たる守護の意思が層となって重なった。人間が何かを守りたいと思う時、それは得てして自分のためであろうさ。何故ならその者が亡くなる事が、失くすことが、自身にとってあまりにも耐え難い事だから」

 

 だから人間は喪失を恐れて強くなる。

 あるいはそれを愛と呼ぶこともあるのだろう。決意と呼ぶこともあるのだろう。

 英雄とは、もっとも喪失を恐れる者達の名だ。俺はそれを知っている。

 

「心から羨ましい。俺は……喪失を前に、身を掻き抱くような恐怖を覚えたことが無い。たとえ彼女であっても、家族であっても、友であっても……死んだのなら、それは弱いからだ、としか思えない。弱い事は罪だと、本能も理性も意識も肉体も、何もかもがそう断言する。俺は人間(お前たち)に羨望を抱くよ。そう思い悩める事が、何よりもの価値だ」

 

 俺は、フリスから彼女の危機を知らされて──尚。

 あの部屋がアレキで埋まる事を。つまり、待つことを選んだ。全力を出しても破れないと知ったから、これ以上は意味がないと……効率が悪いと判断し、座すことを選択した。

 結果的には、あのエクセンクリンの娘のおかげで早く出る事に成功したが、それがなければ俺は、ずっとずっとあの部屋にいたことだろう。

 

 気に掛けている者の危機を知り、焦り、通常時よりも強い力を引き出す。その場で成長を行う。

 そういった行為を選べなかった。その時点で、俺は。

 

「……なんだか哀愁背負ってる人がいたんで、思わず声をかけてしまっただけなんですけど……慰められてしまった。ふふ、ありがとうございます、名も知らぬ方。……だから、ボクからも一つ、助言を」

「助言?」

「はい。──大切だとわからないままそばにいることより、失ってから大切だと気付く方が、ずっとずっと苦しいです。アナタが喪失の感情を理解できないというのなら、感情を知る先達として助言し、忠告します。失ってもいい、なんて考えないでください。あるいは、失いたくないと考えて、死力を尽くして──けれど失ってしまった時。アナタは、喪失の感情を知り、そして激しい後悔を覚えるでしょう。こんなものは知らずにいればよかった、と」

「……そのような日が俺に来るとは思えんが」

「大丈夫です、と言ったら変ですが……ボクの言葉、そこそこ当たるんですよ。六割くらいの確率で当たる未来予知です」

「信用ならん確率だな……」

 

 喪失。

 誰を。何を。

 

「あ、そろそろ行かなくては。では、これにて。名も知らぬ方、またどこかで会う事があれば、その時はよろしくお願いします。ボク、こんなでも奇械士なので、市街で会ったらサボってまた雑談しましょう」

「務めは果たせ」

「ふふふ、冗談です。──それでは」

 

 言って。

 消える。……消えた。

 素早く動いた痕跡はない。概念化したわけでもない。気配もない。

 ……なんだったのだ?

 

「だが、何故だろうな。不思議と……悪い気分ではない」

 

 六割の確率で、俺は喪失の感情を得るらしい。

 ……ならば四割を引こう。実験は終了していない。まだ、俺の身の周りのものが死ぬのは勿体ない。用意の時間だって無限ではないのだ、これほど状況が揃っている事も珍しいからな。

 

 空の神フレイメアリス。

 さて──断罪の剣は、神殺しになり得るのか。

 

 

+ * +

 

 

「修行しよう、アレキ」

「?」

「? じゃなくて。修行だよ修行。修行しようアレキ」

「ありゃりゃ。ギンガモール討伐戦に置いて行かれたチャルさんが、熱血に変わってしまうとは。これはケニッヒさんの罪重いですよ~」

「俺かよ。つかこっち巻き込むな。女子トークに入れる程俺のキャパは広くねぇんだよ」

「あー、ケニッヒ浮気してるー」

「してねえ。俺はずっとアリア一筋だっての」

「うわぁ、真顔で言いますもんね、ソレ……」

「ランビちゃんはいないんですか? 好きな人とか」

「いやぁ……いないですね」

「今溜めがあったあたり、思い当たる人はいるのね?」

「へぇ、ランビも色気づいたもんだな」

「ちょっと、セクハラですよケニッヒさん!」

「ケニッヒさんの事とかどうでもいいんで、聞かせてくださいランビちゃん。その方、どういう人ですか!」

「あ、ぅぅ……その、年下で……」

「年下! 何個ですか!? 10個とかですか!? 禁断の愛ですか!?」

「シーロンス、お前そんな奴だったか?」

「そりゃ、シーロンスちゃんだって女の子だし。恋バナには興味津々なんじゃない?」

「そういうものか」

 

 賑やかな奇械士協会。

 シフトの入っていない、巡回当番にない奇械士達が、ロビーのソファできゃいのきゃいのと騒いでいる。

 特段何か用があるわけではないが、外にも用事がないため、こうして溜まり場のように奇械士達が集まって来るのだ。

 

「アレキ。修行しよう」

「チャルさんが修行しようbotになってしまっている……」

「わ、わかった。修行するのはいいけど、なんで、というかどこで、というか、何、訓練場行きたいの?」

「私も落ちる瓦礫を蹴ってぴょんぴょん跳ね回りたい」

「あー」

「それは無理かと」

「諦めろ、チャル」

「修行如何でどうこうなる問題じゃないですからね……」

「それなら、ボクと共に修行の旅へ行くかい?」

「行きます! って、え?」

 

 皆が振り返る。

 そこに、いた。

 

 見るからに弱々しい青年。優しい顔の、優しい声の、「やぁ」なんて言って片手を上げている人。

 

「アルバートさん! 帰って来てたんですか!? いつの間に!」

「ランパーロさんが『修行しよう』って言ってたあたりからいたよ」

「全然気付かなかった……」

 

 ここには匂いで周辺域を探れるシーロンスも、何かに至りつつあるアレキも、鋭い勘を持つチャルも、そして未だ成長期な三十台の二人もいる。

 それらをして、誰も。

 

「ふふふ、……そんなに影が薄いかい、ボク」

「あ、はい。びっくりするほどに」

「うーん、気遣いゼロだねぇ。シーロンスさん、だっけ」

「気遣ってほしかったんですか? 私、自虐する人はツッコミ待ちだ、って習ったので」

「死ぬほど厄介そうな先生を持ったね」

 

 また雑談に移行しそうな空気。

 それを断ち切ったのは、チャルだった。

 

「あ、あの! 修行の旅ってなんですか?」

「ん。読んで字のごとくだよ。ボクは普段、ホワイトダナップの航路上にいない、所謂普通の討伐対象じゃない大型機奇械怪を倒して回っている。それに付いてくる気はないかな、って」

 

 それは。

 ソレが、どれ程危険な旅か──わからない者はいない。そんな軽く誘っていい内容でもない。

 

「強くなりたいんだろう? 埒外の身体能力を得たいんだろう? なら荒療治が手っ取り早いからね。ボクが修行を付けてあげるよ」

 

 その提案に──チャルは。

 

「行きます!」

 

 元気に、返事をした。

 

 

+ * +

 

 

「エクセンクリン。折り入って相談があるんだ」

「はあ。あのね、フリス。仕事をしていない君にはわからないと思うけど、私には時間というものが足りないんだ。先延ばしにすればするほど家族と会う時間が減る。先日は娘と妻とあまりにも暖かな一時を過ごせたけれど、ここからあと百四十四日、私はまた連勤が決まってしまった。もう伸ばしたくないんだ。わかってくれるかな?」

「折り入って相談があるんだ」

「……早くしてくれ。私の仕事を増やすような事じゃなければ少しは協力するから」

「うん。実はね、チャルとアレキとアスカルティンがホワイトダナップを離れる事が決まったんだ。僕はそれに付いていきたい。けど僕が近付くとチャルは勘づいてしまう。どうにかして彼女に気付かれず、彼女たちの旅に同行する方法を考えたい。でも僕の頭じゃ考えつかない。そこで君だエクセンクリン。君の頭脳を貸してほしい」

「……この間私の言葉を完全に封殺した事を忘れたらしい。はぁ。……ん? けれど、つまり」

 

 エクセンクリンは唐突な相談に、その思考を高速で巡らせる。

 そう、つまりだ。

 

「つまり──ホワイトダナップから、君がいなくなる、ということかい?」

「そうなるね。寂しいかい?」

「いや! いや! そんなに素晴らしい事はない──そうだな、待ってくれ。すぐに案を出そう。そうだな、そうだな……そうだな!」

「嬉しそうだね。僕がいなくなるというのに」

「君がいなくなって嬉しくならない奴がいるのかい!?」

 

 酷い言われ様に、フリスは《茨》でつくった涙をえぐえぐと流す。とんだ嫌われ様だ。あまりに自業自得であるが。

 

「第一の案だ。アスカルティンの中に潜む、というのはどうかな」

「いや、勘づかれるよ、それも。チャルの鋭さは君も体感したばかりだろう」

「そうか。そうだね。あの子の瞳は……そうだな、じゃあ、じゃあ」

「考えつかなかったら潔く諦めるよ。まぁ、『修行パート』はダイジェストでも構わないからね……」

「いや! 絶対に考えついてみせる!」

「……エクセンクリンがやる気になってくれて僕は嬉しいよ」

 

 そうしてエクセンクリンは、第二、第三、第四、第五、第六の案を出して……そうして、第七の案で。

 

「それだ」

「うんうんうんうん。我ながら素晴らしい案にしか思えなくもない──さぁ出て行こうフリス。ホワイトダナップから今すぐに。欲しいものはあるかい? あるなら今すぐ手配しよう。うんうんうんうん、うんうんうんうん!」

「欲しいものかぁ。……うーん、じゃあ」

 

 

 

 

 

「やぁ、来たね」

「はい! アレキ・リチュオリア、チャル・ランパーロ、シーロンス。全員支度を終え、準備完了いたしました」

「うん。けど、ごめんね。ボクと君達だけで行く、というのは無理になった。奇械士協会本部……というより政府からの監視者が付くんだってさ。シーロンスさんが政府からの派遣奇械士だから、らしいけど」

「あ。確かに、私の預かりは政府でした」

「そういうことで、彼がボクらの旅に同行するよ」

 

 紹介される形で、三人の前に出る。

 見定めるようなアレキの目。首をかしげるシーロンスの顔。

 

 そして──何か違和感を覚えている、チャル。

 やっぱり別の肉体でも騙しきれないか。凄いな、本当に。

 

「紹介しよう。政府塔の科学開発班で働いているフリス・カンビアッソさんだ」

「え、フリス?」

「フリス……」

「初めまして、お嬢様方。僕の名はフリス・カンビアッソ。皆様の武器の調整や装備のメンテナンス、及び開発などを担当します。また、機奇械怪のデータに関する事であればお任せください。生きるライブラリとして、それ以上の知識を提供いたします。また、監視者として派遣されはしましたが、お嬢様方のやり方に口を出すことはないのでご安心を」

 

 そう。

 エクセンクリンが無い頭絞って搾り出した第七案。

 ──どうせバレるなら、初めからフリスって名乗っておけばいいんじゃないか作戦。これにより、たとえ彼女らが僕に違和を覚えても、フリスという名前から重ねてしまっているだけだ、と自己完結してくれる。

 

「初めまして!」

「あ、初めまして……よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします、カンビアッソさん」

 

 とりあえずチャルにだけは違和感を覚えられながらも、掴みはオッケー。何かバレていたらアレキ辺りが斬りかかって来るだろうし。

 

 それじゃ、と飛空艇に乗り込む。

 

「それと、シーロンス。ホワイトダナップ外部でなら隠す必要はないとのお達しです」

「あ、本当ですか? わかりました」

「何の話だい?」

 

 多分二人も面倒だろうから、この軛は解除。

 いやー、久しぶりの肉体。いいねー。あ、発着場にケルビマ。見送りにきてくれたのかな。なんか刀向けられてるけど。おお、フレシシとガロウズもいるね。とても嬉しそうに手を振っているのは見間違いなんだろうなぁ。

 ちなみに付いていきたいと言っても特に何かするわけじゃない。いつも通りの無計画だ。ただホラ、僕の見ていないところでアスカルティンが暴走して全員食べちゃうとか怖いし。

 何より、やっぱりチャルだよね。彼女が僕の見ていないところで成長するのは……うん。ヤだ。その価値は、決して見逃してはならない。

 テルミヌスの開発もしなきゃだし。

 

「改めまして、アルバートさん。私の本当の名はアスカルティン。アスカルティン・メクロヘリと申します」

「……メクロヘリ。そうか、君がリンシュさんの」

「はい。妹です。後に話しますが、のっぴきならない事情があって顔と声を隠していました」

 

 パンプキンの仮面を取ったアスカルティンが微笑む。

 彼女、典型的なアルビノの症状なんだけど、日光のもとに晒されても平気だったあたり、機奇械怪との融合でああいう容姿になったのかな。その辺もじっくり調べたいところだ。皮膚はもう皮膜なんだけどね。

 それに、アレキ。

 武装も揃えて、何よりケルビマに憧れたか……どうやら、過去にいた英雄たちの域に辿り着きつつある。うんうん、まずは前提条件がそこだよね。そこから彼女がどう変わるか見物だ。

 

 そして。

 

「そうか。じゃあ、改めてボクも自己紹介しよう。ガルラルクリア=エルグ・アルバート。偉大なるエルグの末裔にして、ガルラルクリアの長子。そして、ホワイトダナップの奇械士最強を名乗らせてもらっている影の薄い人だよ」

「アレキ・リチュオリアです。リチュオリア家が末裔で、罪びとを裁く剣を持ちます」

「チャル・ランパーロです! ……えーと、ランパーロ家に特になんかすごい事ないと思うけど、頑張ります!」

 

 自己紹介はこれで終わり。

 いや、いや。

 でも、本当に楽しみではある。旅なんてしないからね、僕。基本的にはずっと同じ場所に留まって、人間達の中から価値を見出して、眺めて、時折試練を課して、余程のモノを見つけたら機奇械怪へ向くよう働きかけて。

 だから旅なんてしている余裕が無かった。それを……いいね。

 

 何より、このガルラルクリア=エルグ・アルバート。

 僕に言った、僕をしてフレイメアリスと名指し、まだまだ知らない事がある、なんて豪語した存在との旅だ。

 

 良い。

 

「それと、一応聞いておきたいのだけど、フリスさん」

「はい、なんでしょうか」

「君は戦えるのかな?」

「──全く」

「素直でいいね。じゃあ彼を守る事も修行の一つだ。いいね、君達」

「はい!」

 

 新たな肉体を得ようと、僕に武人的才能がないのは変わらない。武術とか、意味わかんないし。剣振り回すのでよかったらできるよ。あと念動力でぶちゅっとかならできるよ。

 しかし、そう考えるとこのパーティ、武人多めだね。アルバートのそれが武術なのかはわからないけれど、アレキは完全にそうだし、アスカルティンは野性的ながらケルビマから勝手に盗んだらしい武術を使える。

 一般人は僕とチャルだけかな?

 

「あの……カンビアッソさん」

「あぁ、名前でいいです。フリスで構いませんよ。まぁ初対面の男性を呼び捨てにするのは抵抗があると思うので、敬称は任せますが」

「ぁ、う……」

「ごめんなさい、カンビアッソさん。私とチャルにとって、フリスという名は強い意味があるので……カンビアッソさん呼びではダメですか?」

「問題ありません。それで、何か用でしたでしょうか、チャルさん」

 

 これも織り込み済み。

 フリス、とは呼べないだろう。そして呼べないということに関連付けて、彼女らはどうしても重なってしまう僕とフリスを無理矢理分けて考えるようになる。それこそが狙いだ。

 そんなわけがない、と考えるからこそ重なり、重なるからこそあり得ないと自分で否定してくれる。

 僕は死んだ。フリスは死んだ。あるいは幽霊となって彼女を見守っているのかもしれないけど、肉体は死した。それを早々に覆せる彼女らじゃない。

 

「あ、はい。さっき、その、武装を開発できる、と言ってましたよ……ね?」

「可能です」

「なら、私もアレキ達みたいな、ぴょんぴょん跳ねられる靴とかを……」

「あ、ダメ。チャル、これは危ないんだから」

「そうですよチャルさん。あなたの肉体でぴょんぴょん飛び跳ねるには負荷がかかり過ぎます。というか、それを鍛えるための修行なんですから、近道はダメ、じゃないですか?」

「う……そうでした。ごめんなさい、忘れてください」

「はい」

 

 ふむふむ。

 やっぱりチャルは劣等感を酷く感じてしまっているね。

 まぁ、そりゃそうか。アリアにケニッヒにアレキにケルビマにアスカルティン。リンシュ・メクロヘリもそこそこの身体能力があって、その中で自分一人がただの少女。まぁアレキがかなり特殊なんだけどね。チャルとほとんど奇械士暦が同等でありながら、元からトレーニングしてたから強い、なんていうのは。

 そうだね、同世代で、同じくらいの身体能力の人がいなかった、というのは……まぁ、焦りを生むのもわかる。僕は感情のプロフェッショナルなのでこの程度簡単にわかるんだ。

 

「ランパーロさん」

「は、はい」

「僕は戦闘が出来ませんが、物を作ることができます。恐らくこのメンバーの中に、こういう武器などを作ることができる方はいないでしょう」

「あ、私がモゴモガ」

「……そういう事です。得手不得手は簡単に埋められるものではなく、現時点で焦った所で手に入るものでもありません。ただし、学習と成長、鍛錬は何事においても成果へと繋がります」

 

 ま、繋げられない人間はごまんといる。そういうの凡夫って言うんだけど、チャルは違う。アレキも違うようになった。アスカルティンはもう完全に違うし、アルバートは……うーん?

 なんにせよ、チャルは努力の才を有している。僕が見初めた"英雄価値"は今なお一切の翳りを見せていない。 

 

「報告は聞いています。貴女はその銃を手に入れ、突然奇械士としての力を得た。それゆえに、少しずつ強くなる、少しずつできるようになる、という感覚をまだ得ていないのでしょう」

「あ……」

「問題ありません。大丈夫です。貴女は貴女としてある事で、ただそれだけで、強くなれます。……と言っても戦闘のできない僕じゃ説得力になりませんが」

「い、いえ……ありがとうございます。そうですね、私、ちょっと……焦ってました」

 

 努力ができるのは才能だ。けれどそれだけじゃ凡人だ。

 努力を成果に繋げられて、ようやく一端だ。でもそれでもまだ凡夫だ。前のアレキみたいにね。

 

 努力をして、成果へ繋げられて、更にその先をこじ開ける。

 それが出来るのが英雄だ。

 そして、そうやって手に入れたモノは必ず特異だ。たるんだ機奇械怪を目覚めさせるような、物凄い、こう、うん。凄い奴。

 

「お優しいんですね」

「科学班にも毎年こうやって伸び悩む新人が入ってきますので」

「成程。でもボクには、違う執着も見えたような気がしました」

「……? 気のせいでは?」

「そうだったみたいですね。失礼しました」

 

 こっわ。

 うわ、もしかしてアルバートも何か目を持ってる? 見透かす系二人は流石に聞いてないなぁ。これ、途中でバレて殺される可能性大。そしたらもう幽霊みたいに化けてでてやろうか。そのまま憑りついてやろうか。

 

「私もものづくりできます!」

「あ、コラ!」

「あぁ、先程何か言いかけていたと思ったら、それでしたか。まぁできるでしょうね、貴女は機奇械怪ですし」

「はい! 加工から最近は裁縫の類までできるようになりました!」

「あ、ちょ」

「……」

 

 アレキが口を塞ぐがもう遅い。

 アルバートは。

 

「あぁ、やっぱりですか。何か変な気配だな、とずっと思っていたのですが、それなら納得です。あ、大丈夫ですよ。ボクは機奇械怪だからと言って差別とかしないので。それにほら、前にメーデーと名乗っていた方がいたでしょう。あの人も半分くらい機奇械怪でした。政府からの派遣奇械士は大体そうなのだと考えていますから、そこまで焦らずとも大丈夫です」

「ええ、どの道言う必要のある事だと思っていたので、開示させていただきました。アスカルティン、お腹が空いたら僕に言ってください。オールドフェイスの在庫を渡しますので」

「やったぁ!」

 

 そういえば、チャルはあれからオールドフェイスのオーバーロードを使っているのだろうか。

 使う機会というか、オールドフェイスに接する機会が無さそうなものだけど。

 

「世界共通硬貨が必要なのかい? それならボクもいくらか持っているよ。地上にいると、たまに拾うことがあるんだ」

「……世界共通硬貨の名を知っているとは、驚きですね。その名はもう失われているのですが」

「昔、二人の旅人に出会った事があってね。その二人から色々聞いたんだ。あぁ、ボクに機奇械怪への偏見が無いのは、その片方も機奇械怪だったから、だね」

 

 古井戸とピオか。

 ……でも、どこかそれだけじゃないような感じもするね。ガルラルクリア=エルグ・アルバート。軽く経歴を調べた限りでは怪しい所は無かったけど……ふむ?

 ちょっと、試してみるのもアリかな。

 

「そろそろ地上に着く。そうしたら、そこから徒歩だ。最初に話した通りね」

「はい!」

「ちなみに目的地はあるのでしょうか?」

「うーん、まぁ、とりあえず大型機奇械怪を見つけたら壊していくのと、ここから一番近いラグナ・マリアへ向かおうとは思っているよ」

「成程」

 

 ラグナ・マリアか。

 ……えーと、あそこにいる上位者は、と。

 

「あ」

「む……」

「ん」

「カンビアッソさん、下がって!」

 

 言われるままに退く。

 地を揺らし、地中を掘り進んで出てきたのは──基本ハンター種『サンド・スネイクス』。今の僕の肉体は完全に人間のものだからね、さぞかしこの集団は美味しそうに見える事だろう。普通ハンター種はプレデター種に近づかないものだけど、それじゃあ修行にならない。なので、アスカルティンの皮膜にプレデター種から発される微弱な信号を遮断する仕組みを組み込ませてもらっている。

 つまり、寄って来放題、というワケ。

 

「アハ──」

「チャル、アスカルティン! 動力炉は尾にある!」

「わかった! アルバートさん、カンビアッソさんをお願いします!」

 

 何も聞かずに飛び出したアスカルティンと、静かにテルミヌスを構えるアレキ。そして駆けだしたチャル。

 

「うーん、フリスさんを守るのも修行だと言ったばかりなんだけど……置いて行かれちゃいましたね」

「その辺りは追い追いでしょう。どの道あなたが出てしまっては、修行にならないのでは?」

「確かにそうだね」

 

 そんな感じで。

 僕とチャルと他の、楽しい楽しい旅路が始まったのである。

 




TIPS
家名について
 ホワイトダナップにおける名前は、基本的には
  名・姓
 となっているが、一部の最高等級の貴族だけは
  姓=始祖・名
 という構造をしていて、そこから零れた者が
  姓・名
 の構造を持つ。
 作中では榊原ミディットなどが該当するが、この構造の名は没落したことを表明するようなものなので、人前では名・姓で名乗りかえている家も少なくない。


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RING「アスカルティンとアルバート」
ちょっとだけ開示する系一般上位者


 ホワイトダナップに季節らしい季節は無かったけれど、地上には当然のように存在する。

 この大陸の季節は主に三つ。雨季、夏季、冬季。その中で、今は夏季真っ盛り。

 つまり炎天下も炎天下の中、僕ら、というかアルバート一行は進んでいた。

 

 

 

 

「暑い!」

「ええ、これほどとは……」

「ホワイトダナップって凄かったんだね……」

 

 そんな気候に、言い方は果てしなく悪いけれど、温室育ちのお嬢様方はめちゃくちゃに疲弊している。そもそもホワイトダナップは貴族の乗り物だからね。あれ程過ごしやすい環境は中々無いよ。島外作業員が大型討伐に降りる時間だって数時間だし、この前のダムシュは海沿いで涼しかったし。

 こうもカンカン照りの所を何時間も歩く経験は中々。

 

「フリスさんは平気そうだね? そんなスーツを着込んでさ」

「仕事柄、火山地帯での試験を行う事もありますので、これくらいでは問題ありません」

「ふふふ、ボクも、この程度の暑さに文句を言うほど弱くはないかな。まだまだ夏は始まったばかりだし」

「単純に金属が熱いんです。私の身体、皮膜(スキン)のせいで熱が籠るので、開けても良いですか?」

「風通しを良くするのも手ですが、排熱機構を組み込むのもアリかと」

「排熱……」

 

 ガションガションと音を立てて自己改造を始めるアスカルティン。これくらい自分で思いついてほしいものだけど、まぁガロウズなんかはそれこそ温室育ちだ、教えなかったんだろうね。逆にフレシシは色んな環境を経験してきているんだから、教えてあげてくれてもいいものなのに。何を渋ったんだか。

 あるいは忘れてるとか? あはは、そうだったとしたら、帰った時に聞いてみよう。彼女の行く末や如何に。

 

「ああ、ただ、アスカルティン。あなたはそのインナースーツが熱を籠らせている主因でしょうから、それはもう脱いでしまって構いませんよ」

「えっ!?」

「ちょ、カンビアッソさん!?」

「はい?」

 

 バッとアスカルティンと僕の間に入るチャルとアレキ。どこか警戒した目で。

 ……え、僕なんか失言したかな。

 

「ふふふ、フリスさんは多分アスカルティンさんのことを機奇械怪としてしか見ていないんだろうね。けれど、彼女は女性で、しかも年頃の子だ。そんな彼女に『脱いで良いですよ』は中々な言葉じゃないかい?」

「成程。失礼しました。ただ、皮膜とて本来の肌ではなく一種の衣服ですので、インナースーツを脱いでも肌を晒すことにはなりませんよ」

「そういうことじゃないです!」

「はあ」

 

 あー、ね。

 まぁ、そうだね。乙女的な話ね。もしここにケルビマがいれば、「馬鹿馬鹿しい、非効率だ」と切って捨てただろう。うん、ケルビマはそんなこと言わずに無視するね。

 でも、実際に、というか当の本人は。

 

「じゃあこれ一旦体内に収納しちゃいますね! ……おおお、涼しい」

「だ、ダメ、アスカルティン! アルバートさんもカンビアッソさんもいるんだから」

「あのですね、人間の皆さまと違って、九割九分機奇械怪な私にとって、熱が籠る、というのは死活問題なんです。私だって肌を見られることに抵抗はありますが、それはそれこれはこれ。何も衣服を全て脱ぎ捨てるというわけではないんですから、これくらい許してください。でないと暑さで死にます」

 

 そういえば、全く気にしたこと無かったけれど、チャルもアレキも肌の露出が極端に少ない。というか学校にいたころの女子生徒もかなり少なかった気がする。

 履いているソックスは最も丈の長いもの、つまりサイハイソックスだし、アスカルティンのようにインナースーツを着込んでいる子も少なくなかった。チャルも時折腕までを覆うインナースーツを着ていたし。

 何かその辺あるのかな。過去の英雄の中には熱効率を考えて布地面積最小限! とかいうのもいたくらいなのに。

 

「ご安心を、お嬢様方。僕が貴女方に劣情を抱く事はありませんので」

「そ、そんなのわからないじゃないですか!」

「ふふふ、ランパーロさん。反論しようとするあまり、それは結構失礼だよ」

「あまり刺々しい言葉は使いたくないのですが──()()()に、興味はありませんので」

 

 ピシッ、あるいはピキッと何かが走る。

 そうなのだ。忘れがちだけど、彼女らはまだまだ子供。アレキとチャルが十六歳で、アスカルティンは十九歳。まぁアスカルティンは適齢になりつつはあるけど精神性が子供の域を抜け切れていない。

 僕が僕でない、人間のフリス・カンビアッソ君だったとしても、劣情は抱かないだろう。

 

「おや、フリスさん。君は幾つなのかな? 結構若く見えるけど」

「今年で二十八になります」

「……年上でしたか」

「アルバートさんは?」

「ボクは二十五です。失礼ながら、フリスさん。アナタは二十一とかそのくらいだと思っていましたから……驚きが強いですね」

「貫禄が無いとよく言われます」

「いやいや、そういう意味で言ったんじゃ」

「冗談ですよ。というよりアルバートさんこそ、二十五で最強の名を恣にしているとは、御見それいたしました」

 

 二十五歳。

 まだまだ現役で、まだまだ強くなれる年齢だ。クリッスリルグの二人が三十二でまた更に強くなっていっているのを考えるに、アルバートはどこまで行くのやら。

 

 ……そろそろかな?

 

「おお?」

「──転移光!?」

「青い光……」

「くっ、カンビアッソさん、失礼します!」

 

 抱き抱えられる。

 いわゆる姫抱きで、アレキに。おー、力持ちだねぇ。

 

 そして──ソレが落ちてくる。

 

「なにこれ……」

「新種!?」

 

 そう、新種だ。

 ミケル・レンデバランの新作。彼のアイデアは尽きるところを知らず、サンドリヨンやギンガモールのような巨大なものから、今回送ってもらったもののような小型の機奇械怪までなんでもござれ。彼自身も小型は試してみたかったらしいが、このタイプは如何せん奇械士と戦わせる機会の無く、困っていたらしいのだ。

 利害の一致。

 

「黄緑色のねばねばが纏わりついてて……なにこれ、気持ち悪い……」

「っ、気をつけてください! あれ、酸性の動力液です!」

「……特異ハンター種『アシッド・フログス』。最近になってラグナ・マリア周辺域で確認された新種の機奇械怪ですね。体表に纏う粘着性かつ酸性の液体は獲物を絡めとり、また、その長い舌での攻撃は岩をも砕きます」

「アレキさん。君はそのままフリスさんの護衛を。ランパーロ……いや、チャルさんとアスカルティンさんは、ボクと共に奴を片付けよう」

「はい!」

 

 しかし、なんだろう。

 一応段階的にしてほしい、とは頼んだんだけどね。転移の原理について教えてあげてから、それはもう狂喜乱舞して色んなものに組み込んでいた最中だったから聞いてなかったのかな。

 このアシッド・フログス、普通に死人が出るレベルの脅威度だと思うんだけど……ま、大丈夫か。英雄がそんなことで死ぬんなら価値はないし。

 

「……」

「ライブラリに記載されていない新種……。カンビアッソさんは、そういったものまで知っているんですね」

「形程度ではありますが、政府は各国と常に情報共有を行っております。そしてその情報は、いち早くホワイトダナップの装甲などの交換に使用されるため、その通過地点としてある科学開発班を情報が通り抜けるのです。結果、僕のもとには数多くの機奇械怪の情報が入ってきます」

「成程……では、先日のギンガモールも?」

「あれは……完全にあの場で出てきた新種ですね。こちらでも混乱が起きていました。そも、ホワイトダナップの航路上に出現した事が謎です。機奇械怪が意思をもってああしたのか、それとも悪意の贈り物(プレゼント)か……」

「プレゼント?」

「ああ、知りませんか。……昔から、突然転移してきた機奇械怪のことをそう呼ぶことがあるのですよ。市街地に現れたエンジェル、ホワイトダナップを襲撃したキューピッド、航路上に出現したギンガモール……。それらはやはり極自然的な転移であると見るより、誰かの悪意によって転移させられたものである、と見た方が納得が行くでしょう」

「……確かに」

「そういった『何者かの意思が透ける機奇械怪の転移』を悪意の贈り物(プレゼント)と呼んでいます。もっとも、この呼び名を知っているのは政府関係者かお年寄りくらいで、知らないのも無理はありません」

 

 悪意の贈り物(プレゼント)

 それはかつて、株式会社NOMANSが人類から愛されていた頃に起きた事件に由来する名前。当時の"英雄"にして最悪のテロリストと呼ばれた男が愛用していたフレーズであり、NOMANSは単なる便利な機械ではなく、使い方によっては簡単に人を殺し得る兵器になる、と意識付けられた瞬間。

 それこそが男の目的であり──彼は世界に警鐘を鳴らして捕まり、投獄され、獄死した。

 無論。

 歴史がそうなっているように、結局人類の意識改革はうまく行かなかったわけだ。ちゃんとNOMANSに反逆されて、人類は衰退に至ったわけだからね。

 

 バチン、と音が鳴る。

 

「失礼、攻撃を弾いただけです」

「……心強いですね」

 

 今回戦闘者ばかりのパーティであることを鑑みて、この肉体の性能は落としに落としてある。流石に感知範囲なんかは弄れないからその辺はわかってしまうんだけど、今みたいな高速の攻撃は本気で気付けない。だからちゃんと守ってもらわないと簡単に死んじゃうし、疑われて敵対しても簡単に死ぬ。念動力も、今はテルミヌスがあるからね。アレキは天敵かも。

 けど、アレキは本当に変わったなぁ。前は凡夫も凡夫だったのに……。やっぱりケルビマからの入力は大きかったか。

 

 ヒトも機奇械怪も、入力次第で簡単に変わる。驚くほどに変わる。

 僕はそれを知っているから、英雄を求めているんだ。

 

「カンビアッソさん」

「はい」

「少し、曖昧な……抽象的な質問をしてもよろしいでしょうか」

「僕に答えられることならば」

「……機奇械怪とは、なんなのでしょうか」

 

 お……おっと。

 まさかアレキからそんな質問が飛んでくるとは。

 

 ……ま、少しくらいの開示はするべきだろう。あんまり秘密にしていても、英雄の歩を阻むに終わるだろうし。

 

「──機奇械怪とは、『人間の代替機』です」

「代替……?」

「人間を駆逐し、成り代わろうとする生き物。そう認識されがちですが、少しだけ違います。機奇械怪は人間がなんらかの災禍によって完全に滅び行った時、人間の代替として生きるモノ。そして──」

「ッ、アレキ! そっちに飛んだ!」

 

 そして。

 人間の保管庫──でもあります。

 という言葉は轟音によって掻き消える。

 アシッド・フログスが大きく跳躍し、僕らを狙ってきたのだ。その身に纏う酸性の動力液は、僕の身体を簡単に溶かし尽くすだろう。

 アレキが僕を持って退避しなければ。

 

 アルバートがその剣の一振りで、アシッド・フログスを消し飛ばさなければ。

 

 ……ギンガモールの時も見たけど、本当にどんな手品だ、アレ。

 あの後、ちょっと記録映像引っ張り出してミケルと考察してみたんだけど、全くわからなかった。一応ミケルの考察では「爆弾か何かを仕込んでいたんじゃないか」とか「光学迷彩で消えたようにみせかけているだけ」とか「逆に立体映像であるようにみせかけていただけでもうなかった」とかが挙がっているけれど、多分どれも違う。

 ミケルもミケルで自分の作品が消し飛ばされたのは気になる様子で、追加調査をするつもりらしい。一応駒は幾つか渡しておいたから、ケルビマとかエクセンクリンに消されない範囲で好き勝手やるだろう。

 

「大丈夫だったかい?」

「はい。アレキさんが守ってくださいましたので」

「ふふふ、良い心掛けだね。これでアシッド・フログスを迎撃する、なんて方に走っていたら、ボクは君を怒らなければならなかった」

「……奇械士は一般人を守るものですから」

 

 おお。

 なんだかアレキ、本当に英雄っぽくなってきたね。でもアスカルティンくらいアッパーに成ってくれた方が僕は好きかなぁ。その方が特異になるからね。

 しかし……また自爆機構、発動しなかったな。ミケルが必ず仕込んでいる自爆機構。僕としてはとてもやめてほしいのだけど、「それだけは、それだけはどうか! 私の美学なのだ、ク、クク、散々暴れまわって、被害に被害を重ねて! 自爆! 全てを巻き込んで自爆! ──あぁ、美しい。わかってくれたまえ、頼むわかってくれたまぇぇぇ!」って。

 あそこまで頼まれたら理解(わか)るしかない。

 

「消し飛ばした……ということは、やはりギンガモールが唐突に消滅したのは、アルバートさんの仕業だったんですね」

「仕業だなんて、酷いですよ。ふふ、でも、そうか。科学開発班としてはアレを調べたかったんですね」

「はい。新種の機奇械怪ですから。奇械士達の証言だけでは、わからない部分も多いですし」

「それは申し訳ない。けど、あの機奇械怪を落としてしまっては、次なる大型機奇械怪が簡単に組み上がってしまいます。それに……中には爆薬が積まれていたらしいですから。あの至近距離で爆発されたら、ホワイトダナップも少なくない被害を受けていたでしょうね」

 

 まぁ、実はそうなのだ。

 ダムシュをあそこまでの廃墟にしたミケル作の自爆機構は、その被害範囲が凄まじすぎる。何を調合したらあんなになるんだ、ってくらいの範囲に爆風と爆炎をまき散らすため、ホワイトダナップの防御能力でもかなりの損害を負っていた可能性が高い。

 話を聞けば、サンドリヨンは全長百メートルくらいの超大作だったとのこと。それが自爆する際、ダムシュの奇械士達全てを取り込んで出させないようにした挙句、自身のパーツの一片さえ残すことなく大爆発を起こして消え去るというのだから、ミケルの設計力の高さが窺えるというもの。

 痕跡を残さないことにかけては歴代でも最高峰なんじゃないかな、彼。人を雇うと一気にグダるっぽいけど。組織の頭には向いてないってことだね。

 

「成程、的確な判断でしたか。戦闘者に対し、差し出がましい口出しをしました。申し訳ございません」

「いえいえ。アナタ方科学開発班の尽力あってこそ、ライブラリの補完や武装の充実がなっているんですから、お互い様ですよ」

 

 ちなみにホワイトダナップにある奇械士御用達の調整屋と科学開発班は犬猿の仲……ということもない。普通に技術提携しているみたいだし。あの調整屋の店主が元奇械士であり、科学開発班とも懇意にしていたから、引退と同時に「奇械士側から武具を支える店を開きたい」という要望を出して、ああいう店を作ったのだとか。

 ……こういう要らない知識、「身分を偽るなら覚えろ」とエクセンクリンに口酸っぱく言われて覚えさせられた。一夜漬けはつらいよ……。

 

「大丈夫ですか!」

「ああ、チャルさん、アスカルティンさん。お二人ともお怪我はありませんか?」

「はい、問題ありません」

「酸性耐性は先日付けていたので、なんとか。皮膜が一部溶けてしまったので、少しだけ素材調達をしたいんですが……」

「アスカルティン、これを」

 

 言って渡すのは、ハンカチ……くらいの大きさに畳んである、皮膜の原材料。

 普通に皮膜生成されるとプレデター種の微弱信号が出てしまうので、こっちが用意したものを使ってもらう必要があるのだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 ……とまぁ、こんな感じで。

 野良の大型機奇械怪を含め、ミケルの実験新種を混ぜた襲撃を何度か経て──。

 

 僕らは、ラグナ・マリアに到着する。

 

 

 

 

 

「これは……海……?」

「そうだよ。世界の中心の海(ゲヌ・エリ・マレア)。厳密に言えばとてつもなく大きい湖で、だから淡水。深さは一番深い所で二千五百メートル……まぁ人間も機奇械怪も簡単に潰れる深さだね」

「巨大な爆発の痕跡、隕石のクレーター、大規模崩落があった、などと様々な説が挙がっていますが、どれも証拠のないものです」

 

 アレキが呆然と呟いたのも頷ける話だろう。

 目の前に突然広がったのは海。大陸の中だというのに、ぽっかりと空いたソレは、超巨大な淡水湖。ホワイトダナップの航路に無いからね、見るのは初めてだろう。

 

「こっちだ」

 

 湖の縁に沿って歩く。

 淡水ではあるけれど、この湖に魚は泳いでいない。ただ恐ろしい透明度の水が、深く深い所まで広がり、まるでこちらを誘っているような気分にさせられる、そんな場所。

 

「あぁ、アスカルティン。あなたは特にですが、全員、絶対に水に身体を入れないように」

「何故ですか?」

「ふふふ、それはね」

 

 アルバートが懐から何かを取り出す。……アレは、機奇械怪の腱かな?

 それを放り投げて。ぽちゃ、と……水に浸かった瞬間。

 緑の光がバチッと走ったかと思えば、その機械部品は消滅していた。

 

「……何、いまの」

「レーザーだよ。光線。ラグナ・マリアの基底部には全方位に向けたレーザー射出装置がついていてね。水に入ったモノを片っ端から消滅させるんだ」

「こわ……」

「この機構があってこそ、ラグナ・マリアは未だ滅亡せずにあれるというわけさ」

 

 ただし、これが反応するのは水中だけ。だから飛行形態を取る機奇械怪は普通に通過させてしまうのが難点の一つ。

 さらには。

 

「あれ……でも、橋が」

「そう。ラグナ・マリアが無敵ではない理由の一つがアレだ」

 

 アレ。

 チャルの視力がどうなっているのかちょっと問いたい所だけど、僕達の目的地である方向に、それはあった。

 湖からラグナ・マリアへ向かって続く、一直線の道。最深部程ではないとはいえ結構な深さのあるそこを、ざらりずらりと埋め尽くす真っ黒な道。

 

「……機奇械怪……?」

「通称、機骸の道(メクシンロード)。迎撃され続けた機奇械怪の死骸が沈んで出来た道であり、あまりの量、及び材質がレーザーを通さない域にまでなっていて、ゆえにラグナ・マリアは陸地に繋がってしまっています。今なおあの道を通って機奇械怪が来るため、太さは増す一方だとか」

 

 ラグナ・マリアは地上の国の中でも二番目に安全な国ではある。一番はエルメシアね。シールドフィールド持ってる国。

 この自然の堀のおかげで、飛行する機奇械怪はともかく、地上の機奇械怪は一方向からしか来ないとわかっているのだ。だから奇械士達も迎撃しやすい。それでも波状攻撃されたり長距離砲撃されたりすると弱いから、湖の外縁部に防衛基地を置いて、交代制で警戒はしているんだけどね。

 

 と、そんな風な説明をしながら歩いていた時の事である。

 

「──カンビアッソ先輩! こっち、こっちですよー!」

「……」

「お、露骨に嫌そうな顔をしたね、カンビアッソさん。もしかして彼女と知り合いだったのかい?」

「……ええ、まぁ」

 

 さて──これは、エクセンクリンの嫌がらせかな。

 僕ことこの『フリス・カンビアッソ』という存在は、当然ながら先日急遽でっち上げた誰か、である。ただ流石に唐突に職員が増える、というのは無理があるので、いくつかバックアップに用意してあった架空の偽名職員……つまり名前だけ登録された、中身の存在しない戸籍を使用している。

 カンビアッソ。その名で登録されていた架空職員は、現地調査を主とする科学開発班の一人で、基本的にホワイトダナップにいないため、認知されてなくても問題ない……というような身分だった。

 だけど、完全に人間関係がないわけじゃない。

 通信やメッセージのやり取りという形で存在の示唆はされていて、だからあっちで手をぶんぶん振っている長身の女性は、『政府塔の職員カンビアッソ』と何年もメッセージのみでやり取りを行っていた、ラグナ・マリアの職員(一般人)というわけで。

 

 でもね、僕、最近カンビアッソになったんだよ。ついこの前。

 そりゃログは読み込まされたよ。

 覚えられると思う? 学力の無い僕が。いや、勿論記憶力は良い方だよ興味ある事に関しては。

 でも凡夫とbotの会話データとか興味ないって……。誰が興味あるんだよってくらい興味ないって。

 

 ……できるだけ関わらないようにするつもりだった。各国にいるんだよね、そういう人。だから、完全にスルーするつもりで行くつもりでつもりでつもりだったんだけど。つもり、だったんだけど。

 まさか出迎えに来るとは……エクセンクリンめ、到達予想時間とか無駄に計算して連絡入れておいたんだろうなぁ。

 

「会えて光栄です! カンビアッソ先輩!」

「……はい。こちらもですよ、エリナ」

 

 出迎えに寄越すなら上位者にしてほしかった。それなら適当に合わせられるのに。

 僕が凡夫に興味ないってわかってないのかな。あんまり僕の前にこういう人間出してくると、チャルに見抜かれちゃうから怖いんだけど?

 

「あ、すみません。はじめまして、皆さん。私はアルマ・エリナ。ルバーティエ=エルグ・エクセンクリンさんからの連絡で、皆さんの案内及び仕事の斡旋をさせていただきます! どうぞよろしくお願いいたします!」

「よろしくお願いします……仕事の斡旋?」

「そう。道中で大型機奇械怪を狩ったのに加えて、各国で起きている問題……機奇械怪に関わる難題を片っ端から片付けてもらおうと思ってね。大丈夫、大体は武力で解決できるから、君達でもなんとかなるさ。それじゃ、今日から一週間よろしくね、エリナちゃん」

「もう、アルバートさん! エリナちゃんはやめてくださいって言ったじゃないですか! 私、これでももう十七歳なんですよ!」

「──!?」

 

 戦慄。

 ラグナ・マリアの成人が十五歳からである、という事を知らないのもあるのだろうけど、十六歳な二人はエリナの長身に驚き、そして十九歳である機奇械怪もその長身に嫉妬のようなものを向けている。コンプレックスには思ってたんだ、アスカルティン。でも君の身長は自己改造しない限りもう伸びないよ。

 やり方? 知らない知らない。フレシシが身長変えてるトコみたことないし、彼女も知らないんじゃないかな。

 

「十七歳は十分に子供だよ。……けど、驚いたな。カンビアッソさんとつながりがあるとは」

「えへへ、カンビアッソ先輩は私に機奇械怪の知識やイロハを手取り足取り教えてくださった方なんです!」

「手取り……」

「……足取り?」

「誤解を生む言い方はやめてください。僕とあなたは初対面です。確かに通信端末によるメッセージのやりとり、音声のやり取りはしていましたが、実際に会うのは初めて。手取りも足取りもしていません」

「私はされてるつもりで教わってましたもん!」

 

 この子、面倒臭いな。

 何で僕が英雄でもなんでもない人間の相手をしなくちゃならないんだ。恰好的に奇械士志望でもなさそうだし。適当な所で実験材料にでもするか?

 ……なーんて邪悪ムーブはしない。僕は上位者なので、魔王とかじゃないので。まぁ、好きに突っかかって来るといいさ。僕の興味の無さを面倒臭がっている、とチャルが勘違いしてくれたらそれがベスト。あと一応アルバートにも気を付けて、と。

 

「それではエリナ、案内をお願いしますよ」

「はーい!」

 

 僕達は、ラグナ・マリアへ入国する──。

 



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失言動を繰り返し匂わせまくる系一般上位者

 かつての港湾国家ダムシュがホワイトダナップとの交易を断ったのは、何も国家間の関係が悪化したから、とかそういう話ではない。

 単純に交易している余裕がなくなった──それだけである。どれだけ余裕を持った国でも、やはり無限に生まれ続ける機奇械怪相手に平和を維持し続ける、というのは難しい。奇械士がどれほど頑張っても、ひとたび大量の機奇械怪が近くに住み着いてしまっては、その区画を放棄せざるを得ない。

 そういう意味では、このラグナ・マリアは恵まれていると言えるだろう。なんせ周囲が深い深い湖だ。機奇械怪が占拠してくることもない。

 

「それにしては……その、なんだかピリピリしている国、ですね」

 

 ラグナ・マリアには一週間滞在するため、それなりの値段のする宿……というかアパートを押さえてある、らしい。エクセンクリンの手回しだ。無計画性がウリとさえいえる僕に比べて、エクセンクリンはそういう根回しが得意なんだよね。まぁ無計画に相手をぶん殴ったりするけど。

 

 それで、チャルの言葉はもっともだ。

 僕が前に来た時はこんな緊張感に溢れた国じゃなかった。どちらかというと余裕があるというか、ホワイトダナップを目の敵にこそしていれど、自分たちも優越感に浸っている……エルメシアに少し似ている国。そんな印象だったんだけどね。

 今は、住民の誰もが何かに警戒している。そんな印象を受ける。

 

「エリナちゃん、教えてくれるかい?」

「はい……。その、最近あった事件なんですが」

 

 アルマ・エリナの話に依ると。

 何でも最近、吸血鬼が出るようになったらしい。

 

 ……うーん。

 

「きゅ、吸血鬼?」

「立て続けに四件。路地裏や大きな建物の、鍵の掛けられた一室などで、同様の凄惨な事件が起きていまして。その被害者が全員首筋に歯形らしき穴を開けられていた挙句、全身の血液が抜かれていた……なんて猟奇的なカンジで」

「それは……なんとも、まさに、という感じだね」

「はい。調査の結果、どうにもその犯行の全ては知り合いによるもの。つまり何の警戒もしていない状態で襲われている可能性が高い、と報告が上がっていて……それで、こんな風に」

 

 吸血鬼か。

 まぁ昔にはいたけど、今は機械の時代だからなぁ。いたとしても機奇械怪と融合した人間なんじゃないの? という目線をアスカルティンにぶつけてみれば、アスカルティンも似たようなことを考えていたようで、僕を見ていた。

 何度も言っているけど、僕は全知全能じゃない。できないこともいっぱいある。上位者だから万能に近くはあるけど、無理なことも沢山あって。

 その内の一つが「今何が起きているのかを瞬時に知ること」である。分析はするけどね、パッと見てパッと判断できる程頭が良いワケじゃないし、感知範囲もホワイトダナップ全域を覆うに足りないくらいだし。

 

 今すぐにその吸血鬼とやらが何なのかを判断するのは難しいけど……まぁ機奇械怪関連だったら一瞬で片付けられるし、いいか、なぁ?

 

「では、さっそく調査に出掛けようか」

「あ……でも、アルバートさん。その、私達は調査とかあんまりできません……よ?」

 

 奇械士はあくまで戦士だ。探偵とか警察じゃない。

 彼女らは機奇械怪の痕跡を辿っての追跡、なんかはできても、殺人事件の全貌を探る、なんてことができるわけじゃない。

 ……じゃない、けど。

 

 青春ラブコメアクションストーリーにこういう閑話パートがあるのもよくない?

 

「監視の任には含まれませんが、僕が鑑ましょう」

「いいんですか?」

「科学開発班の一人として、吸血鬼なるファンタジーには心惹かれるところもありますから。それに、心当たりがないわけでもありませんし」

「ふふ、そうですか。では、エリナちゃん。案内をお願いできるかい?」

「カンビアッソ先輩が見てくれるなら、一瞬で解決しちゃいそうですね! わかりました、案内します!」

 

 こういう時の奇械士の越権は楽でいい。機奇械怪の調査と銘打てばどこへでもいけるからね、大体は。流石に政府塔とか内密区画へは行けないけど、事件現場くらいなら余裕だ。

 

「アスカルティン。匂いには気を配っておいてください」

「はーい」

 

 それじゃあ行こうか。

 青春ラブコメアクションストーリーの休憩小話──別荘地とかで起きる事件パートの始まりだ。

 

 

 

 

 

「これ、犯人は機奇械怪ですよね」

「……まぁ、誰がどう見ても」

「えっ」

 

 僕より早く、アスカルティンが答えを出した。

 ここは殺人現場。流石に遺体は片付けられているけれど、所々に残った痕跡があまりにも機奇械怪のもので。

 アルマ・エリナが何に驚いているのかわからないくらい、機奇械怪の仕業だった。

 

「しかも……これ」

「動力液?」

「ふふふ、どうやら犯人は相当ダメージを負っていた可能性が高いね。動力液をここまで零しているという事は……奇械士との戦闘後。あるいは」

「自己改造の最中だった……かもですね」

 

 奇械士達もこと機奇械怪の話となれば、頭が回る回る。というかそりゃそうだ。あのめちゃくちゃ難しい奇械士試験を乗り越えて、彼女らはここにいる。アスカルティンも後々受けて余裕でクリアしたらしいし。ちなみにエクセンクリンも受けたことがあって、合格はしているらしい。興味がない事覚えるの得意でいいね。

 

「アスカルティン、動力液を辿れますか?」

「はい。行けます」

「ということで、エリナ。恐らく今日中には吸血鬼を捕らえられるでしょう。ですので、この国の警察、あるいは自治機構の方を一人呼んでください。流石に僕らだけで捕縛する、というのは難しいでしょうから」

 

 奇械士の越権といえど、他国の地で、人間に成りすましている機奇械怪を突然捕縛、は、まぁ無理だ。

 ちゃんとした人がいた方が良い。

 

「わかりました!」

「それと、アルバートさん」

「なんですか?」

「犯人を消し飛ばさないように、お願いします」

「……フリスさん、もしかしてボクのこと脳筋だと思って無いですか?」

「僕はアルバートさんが機奇械怪を消し飛ばしている所しか見たことが無いんです。通常攻撃手段がソレならば、あなたは攻撃しない方が良い」

「うーん、フリスさんって天然なんですね……」

 

 仕方がないと思って欲しい。

 未だ原理も何やっているのかさえわからない攻撃だ。それを封じておかなければ、何をされるかわかったものじゃない。

 この旅はチャル、アレキ、アスカルティンの修行パートだけど、アルバートが強すぎたら何の意味もないわけで。

 

「大丈夫です。ボクだって手加減はできますよ」

「そうですか」

 

 ……ん。

 いた。

 

「あ、捉えました」

「はい?」

「アスカルティン。まだ、いいです」

「はい」

 

 僕よりは狭いみたいだけど、アスカルティンの鼻の感知範囲もかなり広くなっているね。うんうん、やっぱりこの三人はバランスのいいパーティになってきている。サポートと特大奥義のチャル、スピードと体力のアレキ、索敵と火力が売りのアスカルティン。

 ここにもう一人入れるとしたら……。

 

「カンビアッソ先輩!」

「あぁ、はい。来ていただけましたか」

「ハッ! ラグナ・マリア自警団が第二地区警備隊副隊長を務めます、石狩島ハルジアと申します!」

「では行きましょう。アスカルティン、お願いします」

「はーい」

 

 アスカルティンが動き出す。僕が直線で向かうのもまぁいいんだけど、なんでわかったんだ、ってなるだろうし、アスカルティンならアルマ・エリナ達は納得しないでも、こっち全員が納得した雰囲気出してればそういうものか、ってなるだろうし。

 けどアスカルティン? 別に犬みたいに鼻をヒクヒクさせて辿らなくてもいいんだよ?

 

 

 

「……ここです」

「こ、ここって……」

「その……」

 

 まぁ、ホワイトダナップでは没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)くらいでしか見ない場所だ。もしくは南部区画の端の方。

 

 ──風俗店。

 身を隠すにも、あるいは匿うにもうってつけの場所。

 

 そもそもの話をするならば、ラグナ・マリアは元観光地。『居住可能なリゾート地』みたいな売り文句で建設されたここには、その頃の名残……歓楽街や賭博場というものが多い。今は余裕が無いからどの店もどんどん畳まれて行っているみたいだけど、こうやって残っているものは残っていて、そして誰もそれを怪しまない。あるのは特に不思議じゃないから。

 むしろ困窮した時代だからこそ、残ってくれる店はありがたい……とばかりに繁盛しているようで。

 木を隠すには森。吸血鬼を隠すには……さてはて。

 

「ふふふ、チャルさん達には刺激が強いね。それじゃボクとアスカルティンさん、フリスさん、エリナさん、ハルジアさんで調べてくるから、君達は近くで出てくる人や入って行く人の監視をしていてくれるかい?」

「お、オネガイシマス……」

「?」

 

 顔を赤らめて指示に従う二人。それに対しエリナが疑問符を浮かべているのは、先述した通りラグナ・マリアの成人年齢が十五歳だから。チャルとアレキはとっくに、ではないにせよ、成人している扱いなのだ。アスカルティンに至ってはもう何年も前に。

 ちなみにホワイトダナップの成人年齢はニ十歳。だからアスカルティンもあっちじゃまだ子供の扱いだね。ケルビマも成人したてくらいだし。

 

「じゃあ、ボクが先に入るから、四人は後から入ってきてください」

「わかりました」

 

 アルバートが風俗店の戸を開けて足を踏み入れる。

 続けてアスカルティンが入り、僕達が入る。

 

 奇械士と自警団、後なんかスーツの男。

 こんなのが入ってきて騒々しくならない施設は中々無いだろう。それが風俗店となればなおさらに。

 受付にいた二人の女性。一人は毅然にアルバートへの対応をしているけど、もう一人はなんか蒼褪めている。これ、心当たりある感じかな?

 

 ……お、判断力良。

 

「あ、逃げた」

「そのようだね。これは……裏口かな。勢いよく扉を開けた音がした」

「エリナ、ハルジアさん。この店押さえてください。僕と外の奇械士二人で犯人を追います。捕縛後あなた方に引き渡しますので……」

「はい! お願いします!」

 

 踵を返せば。

 ──アレキがいない。もう向かったか。

 

「ランパーロさん、行きましょう。アレキさんとは反対側から回り込み、挟撃とします」

「わかりました!」

「アスカルティン、あなたは屋根上からの追跡を!」

「はーい!」

 

 走り出す。

 僕の落としに落とした身体能力は、丁度チャルと同じくらいだ。だから走力に差が出ることもなければ、疲れるタイミングも同じくらい。

 逃げている犯人も流石は機奇械怪というか、街路を縦横無尽に駆け抜けているらしく、あのアレキやアスカルティンが追い付けていない。この国の熟知度はあっちの方が上だろうしね。

 

 だから──読む。感知で。

 

「こっちです」

「え、でも」

「大丈夫。僕に任せてください」

 

 二人のいる方とは全くの別方向に向かい、ある路地に入り込む。

 ここはU字型になった道。あのままアレキが犯人を追って行ってくれたら、犯人はここに必ず入る。そして僕らと鉢合わせてTHE ENDだ。

 

「あ、あの、カンビアッソさん」

「大丈夫ですよ、ランパーロさん。犯人は必ずここに来ます」

 

 心配性だね、チャルは。

 僕だって頭の弱さは認めるけど、人間心理の読みにかけてはプロフェッショナルと言えるんだ。たまに外すしたまにわかんなくなるけど。

 けど大丈夫。今回は完璧だから。

 

「そうじゃなくて──」

 

 ガタゴトと音を立てて、ソレ……汚れたローブを纏う何者かが駆けてくる。

 ──壁を走って。

 

「あ」

「あ」

 

 そのまま、僕らを乗り越えて、飛び越えて。

 犯人も、そしてそれを追うアレキも走って行ってしまった。

 

 ……。

 よろしい。好きなだけ僕の頭の悪さを罵るがいい。

 

「あははは……カンビアッソさんって、やっぱり少し天然なんですね」

「壁を走れる方がおかしいのです。普通の相手でしたらこうは行きませんでした」

「それは、はい。私も良く思います。飛空艇でも言いましたけど……やっぱりああいうのは、トクベツ、なんですよね」

「そうですよ。ランパーロさんが気に病む事じゃない。……まぁ、アルバートさん曰く、修行が終わった頃にはランパーロさんもアレができるようになっているらしいですが」

「できるかなぁ」

 

 アレキとアスカルティンが大追跡劇を繰り広げている中で、もう走っても意味がない、と二人で歩く。犯人とアレキ達はもうラグナ・マリアの屋根上を行ったり来たりしていて、あんなの手に負えるわけがない。多分二人は犯人の動力切れを狙っているんだろうけど、今の今まで風俗店で何かを食べていたのだとしたら、切れるのはまだまだ先なんじゃないかなぁ。

 あ、ちなみにアスカルティンは自己改造で動力炉の効率化が図れていて、オールドフェイスの消費量も一枚の消費時間もかなり効率よくなっているよ。

 

「ランパーロさんは」

「あ、チャルでいいです。ランパーロって長いと思うし」

「そうですか。ではチャルさん」

「はい」

「貴女は、どういう奇械士になりたいんですか?」

「……どういう、というのは、どういう……?」

 

 折角だから、チャルともちょっと深い話をしてみようと思う。アレキとは少しだけしたし、アスカルティンには前にしたからね。

 どういう奇械士になりたいか、と聞いたけど、本当に聞きたいのは彼女の英雄像だ。彼女は英雄をどうとらえているのか。それを聞きたかった。

 

「ホワイトダナップには色々な奇械士がいます。クリッスリルグ夫妻などは有名ですが、そのほかにも沢山。そしてアルバートさん。勿論各国に奇械士はいますが、あなたにとってはホワイトダナップが最もわかりやすいでしょう。その中で、貴女の憧れに類する方はいますか?」

「……憧れ」

「ああ、奇械士でなくても構いません。将来どういう奇械士でありたいか。それを聞きたいだけですので」

 

 無いとは思うけど、大型機奇械怪を二撃で消し飛ばせるような、とか言われたら流石にお手上げだ。アルバートに秘密を教えてもらうしかない。

 ……いや、ホントどういう手品なのかな、アレ。消し飛ばすって。やめてくれないかな。機奇械怪減っちゃうじゃん。

 

「……具体的な話、じゃないんですけど」

「はい。お願いします」

「今度こそは……大切な人の願いを、叶えてあげられるような……そういう人間になりたいと思ってます」

「ふむ」

 

 ここで「チャル……」みたいになれたら、なんだか感動の展開とかになったかもしれないけどね。

 僕としては、ちゃんと『フリス』が心に刺さっているようで何より、って感じ。

 

「なれますよ」

「……そう、ですかね。でも私、結局あの時から……まだ、何にも」

「僕が保障します。貴女は必ず英雄になる。いいえ、あるいはもうなっている」

「英雄……ですか」

「大袈裟だと思ってくれて構いません。ただ、貴女は必ず凄い人になる。身体能力なんてどうでもいいと僕は思っています。大切な人の願いを叶えてあげられる英雄。そこに、飛び回ったり跳ね回ったりする身体能力なんて要りませんから」

 

 さて、そろそろセーブしないとチャルに見抜かれそうだ。

 英雄、なんてワードを使っちゃったのもちょっと良くなかったね。無計画にこういう話を振るのはよくないってわかってたんだけど、ついつい。

 

「ず……ずっと聞こうと思ってたんです、けど……カンビアッソさんって、昔、私と──」

「──ふふふ、仲間が戦っている最中に逢引きかい?」

「きゃっ!?」

「アルバートさん。犯人は捕まえたんですか?」

「……アナタはもう少し動揺というものをした方が良いですよ。人間味がないと言われることは?」

「昔からよく言われます」

 

 逢引き。

 ……ふむ? こんなに「関心が無いです」オーラ出しててもそう見えるんだ。

 じゃあこういう事とかしたらどうかな。

 

「それでは向かいましょうか、チャルさん」

「えっ……えっ!?」

「おや……」

 

 チャルの肩を抱く。

 まぁ普通に考えてセクハラなんだけど、果たしてこの行動、チャルに、そしてアルバートにはどう映るかな。あ、勿論何にも考えてないよ。面白そうってだけ。

 

「それは、流石に見過ごせないかな」

 

 ──……?

 あれ。

 

「アルバートさん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「今ですよ」

「どうやって?」

「ただ速く、動きました」

 

 ……。

 いやいやいやいや。

 どれだけ身体能力落としていると言っても、流石に隣にいた、しかも腕で抱いてた人間が奪われたら気付くって。速く動いたとかそんなチャチな話じゃ。

 

 あと。

 

「アレキさん。出来得るのなら、その刀を下ろしてください。僕は別にチャルさんに好意を持っているわけではないので」

「……ではなぜ、彼女の肩を?」

 

 後頭部にピンと突き付けられた刀。それで突かれたら死んじゃうなー。

 

「あ、アレキ! アルバートさんも、私、大丈夫、何もされてないから! 落ち着いて!」

「……」

「お子様に興味はないと言ってましたよね、フリスさん」

「はい。欠片も興味がありません」

「ふふふ、これは、今からでも違うアパートにしてもらった方が良いかな」

 

 えー。

 警戒しすぎじゃない? まぁその方が動きやすいからいいんだけど。

 しっかしアレキの依存度もやっぱり上がってるね。さっぱりした関係に戻ったように見えたのは見せかけで、水面下ではじわじわと、って感じか。いいね。

 ここにアスカルティンも混ぜ込みたいんだけど、流石に食欲大魔人じゃあコレには混ざれないか。アスカルティンがチャルやアレキを好く要素もないし。

 

「……え?」

「ランパーロさん。それは、秘密」

「あ、う、は、はい」

 

 ん?

 何の話?

 

「内密な事情を話しますが、本当の所、僕はアスカルティン単体の監視役です。なのでお嬢様方が僕から離れる分には問題ありません。ですが、アスカルティンは僕のもとに置かせてもらいますよ」

「アスカルティンにも、ああいう事をする気?」

「ですから誤解です。子供に興味はありません」

 

 アレキの口調から完全に丁寧語が抜けた。気を許した、というよりは敵認定されたかな?

 いいね、ずっと違和感あったんだ。アレキの丁寧語。このままチャルやアルバートからも抜けてくれたらいいんだけど。

 

「あの、ホントに何もされてないから。大丈夫だよ、二人とも」

「これからされてもダメだから」

「では、僕が折れましょう。アスカルティンの監視はアルバートさん、あなたに任せます。彼女が"そう"であることを念頭において行動してください。でないと事件が起こりますよ」

「ふふふ、謝罪をする気はないんだね、フリスさん」

「ありません。今のは必要な行為でしたので」

「!」

 

 気付けば。

 ──アレキの刀が、眉間にあった。……突き刺さってはいない。寸止めだ。

 高速の突き。わぁ速い速い。

 

「何をした?」

「さて、なんでしょうね」

「ふざけないで」

 

 これはアレキの完全なる勘違いであるとはいえ。

 ……それ、いいね、と思った。そうだ、何かした事にしよう。それで、最適なのは……やっぱり《茨》関連だよね。

 あはは、良いね。二人が良い感じにくっつけるようなイベントになるよう、《茨》にもう少し機能を振っておこうか。

 

「それでは、僕はエリナに頼んで他のアパートに部屋を借ります。用がある場合はエリナを通じてそこを訪ねてください。明日から仕事の斡旋が始まるかと思いますが、僕は僕でラグナ・マリアの周辺調査を行っていると思いますので、外で会った時にはよろしくお願いいたします」

 

 この間、ずっと刀を突き付けられたまま。

 ……もうちょっと恐怖覚えた方が良かったかな? 人間味って難しいよね、出すの。

 エクセンクリンとかケルビマの方が遥かに人間味はあるしなー。

 

「待ちなさい、何をしたのか──」

「アレキさん。落ち着いて。街中で刀を振り回すのはよくないよ」

「そうだよ、アレキ、それに、ホントに何もされてないんだって」

「じゃあ『必要な行為』って何?」

「それは、わかんないけど……」

 

 うーん、

 ま、無計画が活きることもあれば、こういう風に台無しになることもある。うん、いつも通りだね。

 

 

 

 そんな三人を後目に、路地裏へ入る。

 

「アスカルティン」

「はいはーい、犯人引き渡してきたので褒めてくださーい」

「えらいえらい。あ、これ、追加のオールドフェイスです。すみません、僕が貴女の近くにいることは難しくなってしまったので、動力が五十パーセントを切ったな、と思ったら、そしてその時手元にオールドフェイスが無かったら、すぐに僕の所へ来てください。支給しますので」

「やたー」

 

 少し動力を使い過ぎたのだろう、いつもの理性的なアスカルティンではなく、幼稚な機奇械怪としての側面が出始めている。危ない危ない。第二の吸血鬼になっちゃうよ。

 

「……喧嘩ですか?」

「さて。僕は必要な処置をしただけですが、まぁ世間的にはセクハラの類に見えるでしょうね」

「わぁ」

「そんな棒読みの驚きがありますか?」

「え、だってフリスさん、人間じゃないでしょ? セクハラなんてしないのはわかりますよ。私の裸見ても何にも動じないのはケルビマさんで知ってたし」

 

 おお。

 え、アスカルティン。君凄いね。今ガツンと僕のテンション上がったのわかる?

 

 この肉体は完全に人間の肉体だ。培養体とはいえ完全に人間。

 それをして、人間じゃないと見抜くという事は。

 

「どうして……僕が人間ではないと?」

「匂い。人間の匂いじゃないから」

「ふむ。体臭もしっかり人間に合わせたはずなのですがね」

「ん-ん。鼻を使う方の匂いじゃなくてね」

 

 やっぱり。

 やっぱりだ。やっぱり、アスカルティンはもうほとんど辿り着いている。あのスープの話を聞いた時からもしや、とは思っていたけれど。

 

 ……こうなってくると、優先度変わって来ちゃうなぁ。

 僕がチャルを大事にしているのって、機奇械怪への入力が凄まじそうだから、なんだよね。だけどこうして具体例が……しかもアスカルティンはその出生が人間で、他の人間によって融合種に変えられた存在で。つまり上位者の手がほとんど入ってなくて。

 確かに最初は破棄する予定でケルビマに預けていたから、そこの入力は大きいのかもしれないけど……まぁケルビマは帰属させるつもりだから最終的にはかわらなくて。

 

 うん。うんうん。

 悪くないよ。悪くない。今、とても悪くない状況だ。

 

「アスカルティン」

「はい」

「──僕の匂いは、どんな感じですか?」

「えーと」

 

 アスカルティンは、一拍置いて。

 

「……あらゆるものの中でも、絶対に食べちゃいけないってわかる……匂い?」

 

 その答えに、僕は。

 

「良い子だ」

「え……きゃっ!?」

 

 アスカルティンを、高い高いするように抱き上げた。

 抱き上げて。

 

「言った傍から、というのはこのことだね」

「……こんな暗い路地裏で」

「ストーカーですか、皆さん」

 

 また、アルバートに奪われた。

 ……少しだけ予想してたからね。今、ちょっと掴んだよ、何をやってるか。

 流石にこう何度も見せられたらわかっちゃうって。出来ればソレ、そこ止まりじゃない事を願うよ。でないと対策が簡単すぎるから。

 

 たとえば。

 

「!」

「ッ──!?」

「あんまりしつこいと、敢えてやってなかったことをしてしまいますよ?」

 

 何をするでもなく、手をチャルの方に向けた。

 それだけでアレキが突きを放ってきたし、アルバートがチャルを抱き寄せた──けど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。路地裏を抜けて、アルバートの肩をポン、と叩いて。

 殺気。

 ……えーとね、これ、やりすぎました。

 警戒心マックス。いやー、無計画にもほどがあるとはまさにこのこと。これ、今日の夜にでも死にそうだなぁ。グッバイラグナ・マリア。

 

 でもま、アルバートの技は掴めたからヨシとしよう。

 それじゃあ最強さん。君の底が、その程度でない事を祈っているよ。

 



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目が見え難い系一般お嬢様

 フリス・カンビアッソ。

 年齢二十八歳。十五の時に政府塔へ。所属は科学開発班現地調査隊隊員。各地で機奇械怪を観察し、その生態を記録することが主な仕事である他、その記録をライブラリにあげ、また各国へ共有することもまた彼の仕事の内。

 そのため機奇械怪に関する知識は奇械士さえも舌を巻くほどであり、戦闘能力こそないものの、逃走手段や緊急回避の手段は幾つか持ち合わせている。

 

「……というのが、彼の素姓らしい素姓かな。ホワイトダナップを離れる前に急いで調べたものだから、帰ったらもう少し何かわかるかもしれないけれど」

「戦えないのに、地上で機奇械怪の相手をしていた、ってことですか?」

「まぁそうなるね。アレキの刀に一切の動揺を示さなかったのは、人間味がないからというより慣れているからだろう。命の危険という奴に」

「……どうでもいい話です。彼が何者であろうと、あのような不埒な真似をする輩であれば……私はもう、信用できません」

 

 フリスのいなくなったアパートで、ホワイトダナップの奇械士達は緊急会議を行っていた。

 アルバート、チャル、アレキ、アスカルティン。内アスカルティンは至極興味のなさそうな顔で、近くのお店で買った『世界の中心の海(ゲヌ・エリ・マレア)の深層水で作った水羊羹』をパクパクと食べ散らかしている。

 

「そ……それより、吸血鬼。吸血鬼の話をしませんか?」

「……そうだね。身内に敵意を向けてばかりでも仕方がないか」

「身内だとは思ってません。……が、賛成です。ただ話を続けるようで申し訳ないのですが……アルバートさん」

「うん。彼がボクの技を見切った事、だよね」

「はい。あの時、()()()()()()()姿()()()()()()()()()()。戦闘者ではない、というの自体が嘘の可能性も……」

「つまりアレキ。君は、彼も吸血鬼なる存在なのではないかと疑っているわけだ。人間社会に紛れ込んだ機奇械怪──見た目は人間でありながら、爆発的な身体能力を発揮する存在だと」

「それは私が否定します。あの人は機奇械怪じゃないです」

 

 今まで興味なさげにしていたアスカルティンが、口元を汚しながら割り込んでくる。

 甲斐甲斐しくチャルがアスカルティンの口元を拭く中で、けれど止まらずにアスカルティンは喋る。

 

「何があったのかは現場にいなかったのでわかりませんけど、ちょっとあちらの事情を考えなさすぎに聞こえます。普通に最大限の譲歩じゃないですか? 彼は政府の監視役。それを放棄したとあれば、どんな罪が待っているか。それでもこちらの意見を素直に飲んでくれた時点で、普通に善い人では?」

「それは、何があったかを見ていないから言えること」

「ううん、違うよアレキ。アルバートさんも。二人とも、過保護すぎ。あの時も言ったけど、私は何もされてないの。アスカルティンさんもそうだよね?」

「はい。あの時抱き上げられていたのは、私の報告が彼にとって埒外に良いものだったようで、偉い、という意味での抱き上げをされていました」

「……それは、もしかして、父親が赤子にするような、かい?」

「はい。更に言うと、あの見た目ゆえお忘れかもしれませんが、あの人二十八なので……割合、普通に娘とか娘の友達とか、そういうのに接する感覚なのでは?」

 

 フリス・カンビアッソの見た目。

 それは、彼自身が自虐気味に言っていた「貫禄が無いとよく言われる」の言葉の通り──まだ成人してからすぐ、くらいにしか見えないものだ。だが、実際はアレキとチャルより十個以上年上。「お子様にしか見えない」の言動。

 加味するに。

 

「なるほど……確かに、君達を欠片も女性だと思っていないのならば、納得は出来るか」

「あ、あはは……話が収まってきてくれて嬉しいような、ちょっと悲しいような……」

「……彼の言動については、わかりました。それで納得します。ですが、やはりあの身体能力については……」

「それについても、ボクなら説明できるというか……今まではボクだけが原理を知っていたから対処されなかったけど、彼はそれを解析して対処、応用にまで漕ぎ着けてきた、って感じだから、多分彼の身体能力が異常に高いとかそういうわけじゃないと思うよ」

「あ、はい。吸血鬼を追っていた時も、回り込むために走って息切れしていましたし、私達を飛び越えた犯人とアレキに一切反応できずに見送っていたので……身体能力というか、動体視力もあんまり良くないと思います」

 

 次々に上がる擁護の声。

 なんだか自分だけ拗ねているようで肩身の狭くなってきたアレキは、話題の変更を行う。

 

「アルバートさんの技、というのは……説明していただけるのでしょうか」

「構わないよ。はい」

 

 はい。

 アルバートがそういった時には──アレキは、壁に寄りかかって立っていたはずのアレキは、フローリングの上に寝かされていた。

 

「!?」

「今のでわかったかな。対象を一人に絞ってみたんだけど」

「……あの、理解はできた、とは思いますけど、それ二の舞……」

「え?」

「あ、それについても説明した方が良いと思います」

 

 飛び退いて離れ、刀を抜くアレキ。

 警戒心マックス。追い詰められた機奇械怪よりも恐ろしい殺気を出してアルバートを警戒する。

 

「……今、一瞬で三か所……太腿の裏、肩、背中を触られた感覚があった。……アルバートさん。今のについても、私達を女性と見ていない、で片付けるつもり?」

「"話がまた取っ散らかって来たな"──チャルさん、アルバートさん。今そう思ったでしょう」

「アスカルティンさん、心が読めるんだ」

「顔に書いてありました」

「ああ、そうか。そうか。……ふふ、これじゃあボクも彼の事はとやかく言えないね。つまり、何事も隠し事をしていては話が進まない──そういうことだ」

 

 言って。

 アルバートは……おもむろに、服を脱ぎ始める。

 突然のことにアレキが目を白黒させている間、そーっと、そーっと彼女に近づいたチャルが、その身体を拘束する事に成功した。これでアレキはもう暴れられない。彼女にチャルを振り払う勇気は無いから。

 アルバートは上着を脱いで、さらにはインナースーツにまで手をかけて。

 

「ちょ、」

 

 その胸元にあったセレクタスイッチを捻る。

 瞬間。

 

「ん──ふぅ……」

「ワオ」

「……さっき触った時、わかってはいましたけど……」

「あ……」

 

 彼の。

 否、彼女の胸が、大きく膨らむ。

 同時、後ろでまとめ上げていた髪を下ろせば──そこにいたのは。

 

「隠していてごめんね。実はボク、女なんだ」

 

 にっこりと。柔らかな笑顔を浮かべる、優しい顔の女性だった。

 

 

 

 

「ガルラルクリアの家は、その名にエルグがついている通り、特権貴族でね。なんとも時代錯誤なことに、長子は男子でなければならない、なんて伝統を今でも守っている。けど、ウチにはボクしか生まれなくてね。だからボクは男子にならざるを得なかった、というわけさ。血の継承は、内々に用意した男性と番わせられる予定……だったけど、ボクはそれが嫌でね、出奔して奇械士になって、がむしゃらやってたらいつの間にか最強だった。そんな感じだ」

 

 困ったような笑顔でアルバートは言う。

 その名が男児のものであるのも、同じ理由だと。

 

「ずっと気になってたんですけど、エルグってなんですか?」

「……知らないの? アスカルティンさん」

「え、チャルさんは知ってるんですか」

「割合常識の類。チャルだけじゃなく、ホワイトダナップの大体の住民が知ってるはず。学校で習わなかった?」

「あ、私病弱で、学校ほとんど行ってなかったです」

「それは、ごめんなさい。デリカシーがなかった」

 

 エルグ。

 アルバートやエクセンクリンの家名に付いたその文字。

 

「エルグは偉大なる始祖の名だよ。かつて一度だけ大陸中の国が一つとなった事があったのは知っているね?」

「あ、はい。聖都アクルマキアンを首都に、大陸の全てが国家となった時期があった。それは知っています」

「それを成し遂げた当時のアクルマキアンの為政者。それがエルグだ。そしてその血を継ぐ者が、エルグを名乗り続け、今もそれを誇っている」

 

 かつて大陸の国は一つだった。けれどそれは、歴史の中で見たらほんのひと時の事。

 すぐにその大国は分裂し、それぞれが国家として独立する。ゆえに魔都クリファスや皇都フレメアは国家であるにも関わらず都を名乗ったままだった。

 改名する前に機奇械怪の波が襲い来たために。

 

「つまり、昔の偉い指導者の子孫、ということですか」

「そうなるね。けど、そんなのはもう飾りだ。みんな普通に働いているし、特権らしい特権も持っていない。ただプライドだけがある。そんな現状だ」

「成程。ご教授ありがとうございました」

「ふふ、問題ないよ。……まぁ、どうかな、アレキ。ボクが女だからといって君の身体に触れた事実は変わらないけれど、ボクがそれを気にしなかった理由はわかってくれただろうか」

「ええ……こちらこそ、さっきからずっと空回りで、ごめんなさい。……それで、あなたの技、というのは」

「うーん、じゃあチャルさん……だとアレキさんが怒りそうだから、アスカルティンさん。いいかな」

「どうぞ」

 

 言葉を吐いた瞬間から、アスカルティンが硬直する。

 完全に、だ。

 

 それは、アルバートがアスカルティンの身体を持ち上げても、その口元に指をちらつかせても、座った姿勢の彼女を寝かせても。

 アスカルティンは硬直したまま動かない。

 

「これは」

「──対象の時間を止める。いわゆる超能力って奴さ。効果時間は限られているし、世界全体を止める、なんてことはできないから、使いどころは難しいんだけどね」

 

 アレキは舌を巻く。

 巻いて、心の中で「また超能力か……」と呟いた。

 まさかそんなファンタジーが、身近に二人もいるとは。けれど、だからこそアレキは納得できた。前例は常識を容易く覆す。

 

「……しかし、それではカンビアッソさんがあなたの技を完封した理由がわかりません。超能力に対抗した、ということですか?」

「止め返されたんだよ。とても古典的な方法でね」

「古典的?」

 

 苦い顔で言うアルバートは、自身の荷物の中からソレ──手鏡を取り出す。

 手鏡。鏡。

 

「もしかして」

「そう。ボクのこれは、相手を視認して発動するんだ。多分それを見抜かれて、フリスさんの時間を止めようとしたその瞬間に、ボクら全員が止められた。鏡に映ったボクら全員がね」

「それは確かに古典的」

 

 言いながら、アレキの目線はチャルに向く。

 けれどチャルは、静かに首を振った。

 

 チャルの「相手が本当に大切にしているもの」を見抜く力は、鏡など関係ないらしい。超能力にも色々あるようだ。

 

「アレも観察眼の賜物だろうね」

「……もう一つだけ、気になる事が」

「なにかな」

「あ、アルバートさんに、ではなく……カンビアッソさんの事です。彼はチャルに対して、『適切な処置をした』と言いました。……それが何なのかが、気になっています」

 

 そう、全員が流れかけていたが、たとえチャルやアスカルティンを欠片たりとも女性として見ていなかろうが、彼がチャルに何かをしたのは事実なのだ。何故なら彼が自白したのだから。

 チャルの身体にあるものを知っているアレキであればこそ、その言葉が気になって仕方がない。

 

「それも多分、大丈夫。心配なら……アレキ。あとで、二人だけで」

「……わかった。チャルがそういうなら、この話は終わりにする」

「え? なんですかそれ。二人だけのヒミツですか? いかがわしい話ですか? 混ぜてください」

「ふふふ、ボクはアスカルティンさんみたいなことは思っていないけれど、二人だけで納得されてもちょっと気になってしまうよ。もし本当にいかがわしい事なら、それこそ彼が関わっているのは危険だしね」

「ぜ、全然いかがわしい事じゃないです!」

「日に日にアスカルティンが変態みたいになって行ってる気がする」

 

 そこでようやく、空気の緊張感がとける。

 明日の朝にでもフリスへ謝罪を入れる事を計画として、少女らは段々と女子トークで盛り上がっていく──。

 

 

+ * +

 

 

 突然だけど僕は今追われに追われている。

 追って来ているのはチャル達──ではない。彼女らは多分今部屋で女子トークしてるだろうし。

 

 ちょーっとぱぱーっと現地調査にでも出掛けようかな、なんて部屋を出てすぐのこと、なんか尾行されてるなぁ、なんて思っていたのも束の間に、どんどんそういう人影が増えて、今や三十人近い人数が僕を追って来ている。

 いやー、僕が何かしたかな。まぁ僕は色々してるけど、フリス・カンビアッソは特に何もしてないと思うんだけどな。

 

「シャァッ!」

「おっと」

 

 おかしいと思われない範囲で念動力を使い、避ける。

 相手を押し出すんじゃなくて、自分を動かす感じのね。

 

「ん-、僕を狙う理由……は、まぁ僕が一番狙いやすい、って事なんだろうけど」

 

 ホワイトダナップと各国。

 特にエルメシア、ラグナ・マリア、再建邂逅などの、いわゆる技術レベルの高い国、というのはホワイトダナップを目の敵にしている傾向が強い。まぁ世界各国の上空を悠々と回遊する超技術の人工島だ。技術者にとっては羨望と嫉妬の対象だろう。

 その、そこの科学開発班の一人が、護衛もなく一人ぶらついてたら、うん、そりゃ狙うよね。

 

「ちょこまかと──死ね!」

「危ないですね」

 

 ただ、捕獲目的じゃないっぽいのがなぁ。明らかに殺しに来ているし。

 あと一人どころか半数くらい機奇械怪っぽいし。融合機奇械怪ね。今朝の吸血鬼と同じ感じの。

 

 って、あぁ。

 お仲間捕まえられたから腹いせ?

 

「君達は──吸血鬼を名乗る機奇械怪の集団。あっていますか?」

「ッ!」

「あっていそうな雰囲気ありがとうございます。ですが、八つ当たりはよくないですよ。殺人は犯罪なんですから。たとえそれが生きていくために必要だとしても、ヒトの郷にいる限りはヒトの法に従うのがルールです。嫌なら出て行って、荒野や廃墟で暮らすことをお勧めします」

 

 いやぁ。

 僕が誰かにルールを説く日が来ようとは。

 

「だ──黙れ、政府の狗が。そもそも先に手を出したのはお前たちだろうが!!」

「そうだ! 娘を返せ、このクソ野郎ども!」

「私達を元に戻してよ! それが出来ないなら、死んで、私達の糧になれ!」

 

 ……うーん。

 なんか大体の事情は把握したんだけど、これ僕が解決する案件でもないような。というかこの国の奇械士は何やってるの? とっとと解決してくれない?

 

 斬りかかりを避ける。というか、僕は今ちょっと浮いてて、身体の周りに反発力を生む念動力のフィールドを出しているから、斬ろうが打撃しようが絶対に当たらない。僕が押し出されて飛んでいくから。

 夜で、チャル達が周りにいなければこそ、だよね。

 

「折角サイキックを使える人間を見つけたというのに、"ハズレ"でしたから。僕、今すこぶる機嫌悪いんですよ。逃げるなら今ですよ。追いはしない」

「何を」

「──その通りでございます。皆さま、ただちにこの場からお離れください。この方──私と同類にございます」

 

 足音一つ立てずに、夜闇を切り裂いて歩いて来たのは──真っ白なメイド服を纏った女性。

 彼女を見た瞬間、吸血鬼たちは文句の一つも言わずに散って行く。

 

 ふぅん? 統率してるんだ?

 

「統率ではなく保護にございます。──こんばんは、"最悪端末"。出張実験とは殊勝なことで」

「実験というより経過観察ですが。それより……なぜ女装を?」

「女装? 女装ではございませんよ。これは完璧なる女性のボディ」

「上位者は女性になれない。初めの上位者が男性ですから。生殖可能な身体である以上、上位者が女性になったら……上位者同士での生殖が可能になったら、機奇械怪も人間も関係ない楽園が出来上がってしまう。だからできない。はい、他に言いたいことは?」

「相変わらず性格がお悪うございますね、フリス」

「あはは、君も変わらないね、チトセ」

「……オレが一番変わっただろボケチビ」

 

 メイドさん改め──この国に配置された上位者の一人。

 チトセ。今の名は。

 

「今は横臥チトセだ。てめェは?」

「フリス・カンビアッソ。さて、チトセ。この国での実験状況を教えてくれるかな」

 

 

 

 

 

 歩く。なんかでっかいお屋敷の中を。

 

「今の私はさるやんごとなきお方に仕えている身。あなたの感知に引っかからないとしても、誰がどこで聞いているかわからないので──これで通させていただきます。いいですね?」

「構いません。僕も同じ理由で通しますから」

 

 ラグナ・マリアの中心にある宮殿というか城みたいな場所。

 このお屋敷はその敷地内にある。だから、まぁ物凄い位の高い人間に仕えている、ということだ。チトセが、メイドになって。

 

「つきました。──決して粗相のないよう」

「わかりました」

 

 長い長い廊下の末──そこへ入る。

 重厚な扉。その先。

 

 天蓋付きのベッド。

 そこに、両目を布で覆った少女がいた。

 

 あー。……チープな。

 

「ヘクセンお嬢様。お連れしました──彼がホワイトダナップにおける技術者、フリス・カンビアッソです」

「お初にお目にかかります、間宮原ヘクセンさん。僕はフリス・カンビアッソ。ホワイトダナップは政府塔科学開発班の現地調査隊に勤めています」

「まぁ! 来てくださったのね……私の目を作ってくださる方!」

「目?」

 

 改めて、部屋を見る。

 ──並ぶのは、人間と機奇械怪の融合体。どれも動力炉が抜かれていて、つまり活動停止状態にある。男女共に衣服は着せられておらず、また立たされて──首から上が無い。

 うわぁ。

 ミケルの事気持ち悪い気持ち悪いと思ってたけど、この子もまた……。

 

「あら、チトセ? フリスさんに説明していないの?」

「申し訳ありません。お嬢様はよく連れて来た機奇械怪達に、楽しそうに語っていますので……説明がお好きなのだとばかり」

「あらやだ、そんな風に見られていたのね。でも、まぁいいわ。じゃあ説明しますから、よく聞いてくださいね、フリスさん」

「はい」

 

 そこから──テンション高めな、彼女のちょっとした不幸話が始まる。まぁつまり生まれた頃から視力が悪いのだと。だから目の治療か、義眼を作れる者を探していたのだと。

 この国の技術でも作れるには作れるが──間宮原は家名にこそ受け継がれていないものの、エルグの血を傍系にこそ受ける家系であるために、国お抱えの医者がメスを入れたがらないと。

 特権階級のみを積んだホワイトダナップより、地上の国の方がそういう意識は強く残っているんだなぁ、っていうのがまず感想。

 

「お医者様がダメだというのなら、それ以外を頼るしかありません。そんな頃、この国に一人の男性が密入国してきました。彼は自警団を振り払い、警備のものも突破して──私のもとに辿り着いて、勿論チトセに締め上げられます」

「勿論」

「勿論です! チトセは強いので!」

 

 ほらね。やっぱり変わってない。

 

「そうして捕縛した男性に話を聞けば、自分は半分以上が機奇械怪だ、というではありませか。機奇械怪が融合した人間。人間を食べたくて仕方がない人間。彼は様々な事を喋り散らかして──最後に私に噛みついて来ようとしたので、チトセに殺されました」

「それで、啓蒙を受けたのですね」

「はい! すぐに工場を作りました。秘密の工場……人間と機奇械怪をくっつけるための実験施設。最初の頃は中々上手く行かなかったのですが、段々とコツを掴んでいって……」

「今では三十人以上の融合体……吸血鬼を作り出した、と」

「その通りです。ですが、中々顔までを侵蝕される融合体、というものが作り出せず、失敗作は歓楽街に流し、成功例と思しきものはこの部屋に連れてきて、今の一連の話をしてから動力炉を抜いて……けれどやっぱり、人間に適合する眼球、となると中々無くて。瞳を含む顔や体の造形は美しいものばかりを選んでいますので、こうして観賞用に。ただ目をくりぬいてしまっているので、ぼやけた視界にはどうも真っ暗な眼孔が私を睨んできているようで、怖くなってしまって。ですから、首から上を斬って、こうして並べてあるのです」

 

 うんうん、聞けば聞くほど気持ちが悪いね。

 まぁそういう、機奇械怪をコレクションにする人間、融合した人間から動力炉を抜いて奴隷のように扱う人間、というのも昔からいたから、あんまり新鮮味はないけど。

 

「ですが、フリスさん……いえ、フリス先生ならば、義眼を作ることができると聞いていますわ。貴方がそれを作ってくださるのなら、もうこの国に吸血鬼は生まれません。彼ら彼女らが自己改造なるものをすることを知ってからは、一度放逐した失敗例達も再度保護してあげてることにはしていますけれど、その維持費も馬鹿にならず……。たとえ犯罪者でも突然人間がいなくなったら大事ですからね」

「眼球だけで、よろしいのでしょうか?」

「はい。私の他の部分は完璧ですもの。持って生まれた不良品は眼球だけ。後は空の神フレイメアリスに愛されたと言っても過言ではない程だと自負しております。うふふ、もし目が完全に治ったのなら、義眼で、色鮮やかな世界を見る事ができたのなら……お礼に貴方と一晩を過ごしてあげても構いませんよ?」

「……報酬の話をしましょうか、間宮原さん」

「まぁ! では、作ってくださるのね?」

「はい。それくらいでしたら、材料さえあれば簡単です」

「お金ならいくらでも払います。あとは、そうですね。この国の誰でも欲しい女の子がいたらあげれますし、移住権とか、土地とか、ほとんどの夢は叶えてあげられます」

「そうですか。では──」

 

 僕が人間に求めるものなど。

 決まっている。

 

 ソレ以外は、必要ないよ。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 ──"SEEK……?"

「ああ。今日、来たぜ」

 ──"SEARCH……"

「いや、そういう感じじゃなかった。どっちかってーと……マジの付き添い?」

 ──"NO WAY……"

「オレだってそう思ってるよ。けど、変わったんじゃねェの、アイツも、オレ達も」

 ──"TRUST……NO THAT……"

「はいはい、わかってますよ()()()()()

 ──"BYE……"

 

 暗い、灯りの一つもない部屋で、チトセは舌を打つ。

 明らかにイライラした声で。

 

「あと少しで実験終わりだってのに……余計な入力してくれやがんじゃねェぞ、"最悪端末"」

 

 盛大に悪態を吐いて。

 彼女は、暗闇の中で──動かなくなった。



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取引を持ちかける系一般上位者

「え……?」

「カンビアッソさんが?」

 

 ラグナ・マリアについた日の、翌日の事。

 チャル達はフリスの居場所をエリナに聞きに行って──そこで、衝撃の事実に晒されることになる。

 

「はい……昨晩のことです。ラグナ・マリア市街地で『戦闘が起きている』と通報が入り……自警団が向かった時には、もう」

「……命に別条は?」

「それは……わかりません。未だ危険な状態で。ただ、カンビアッソ先輩はしっかり抵抗してて、致命傷に至る傷はほとんど無くて……」

「それでも危険な状態ということは」

「はい。……血が、抜かれていました」

 

 フリス・カンビアッソが入院している。

 昨晩に襲われ──意識不明の重体だと。

 

「吸血鬼。……まだ、いたんだ」

「これは……覆しようのないレベルの失態だね」

 

 彼を護衛すること。

 それは自分が自分で課した任務ではあるが、そもそも戦えない一般人を守るのが奇械士の存在意義だ。

 

「申し訳ありません……我が国の問題に巻き込んでしまって」

「いえ、今回の事は完全にボクの責任だ。エリナさん、アナタが責任を覚えることじゃない」

「……ありがとうございます。あ、それと……アスカルティンさん、これを」

「?」

 

 アスカルティンを名指して、エリナは彼女に何かを渡す。

 

「あ、オールドフェイス……」

「カンビアッソ先輩の部屋の机に、メモと共に置いてありました」

 

 オールドフェイス。世界共通硬貨が十枚。

 メモには、ただ一言。

 

 ──"後は任せました"

 

 まるで。

 まるで、自身が襲われる事を理解していたかのような文面に、アスカルティンはうん、と頷いて。

 

「でも勝てないかもです」

「アスカルティン、なんでそんな弱音を」

「フリスさんを入院させるような相手ですし。本気でかからないと」

 

 アスカルティンの頭に浮かぶのはまず、圧倒的な力を持ったケルビマ。食べる事の出来なかった彼。それに並ぶ存在がフリス・カンビアッソだ。武力はほとんどない、なんて嘯いてはいたが、果たしてそれがどこまで信じられるのか。

 確かに見た目の筋力やスタミナは無かったが──彼があの程度の機奇械怪にやられるとは、到底思えない。

 だからこそ、入院が事実なら。

 なにか、もっとヤバいのがいるんじゃないか。アスカルティンはそう考えたのだ。

 

 それは果たして、全くの勘違いなのだが、ほとんど機奇械怪で且つ感知タイプであるアスカルティンが見せるその様子に、周囲三人も気を引き締める。特にアルバートは自らの剣を強く握り、「最悪の場合は……」などと呟いていて。

 図らずもフリス()の思い通りに事が進んでいる──その手助けをしたことに、アスカルティンが気付く事は無かった。

 

「エリナさん。フリスさんが襲われた現場に案内してくれるかい?」

「わかりました!」

 

 アルバート一行は責任感を背負って事件解決に臨む。

 まさか。

 

 まさか、まさか──その様子を、「無計画が活きる事ってやっぱあるんだねぇ」なんて呑気に呟いている当事者が近くにいる、なんて欠片も思わずに。

 

 

+ * +

 

 

 当然だけど、僕は入院していない。フリス・カンビアッソに似せて成型した機奇械怪の死骸はおいて来たけどね。動力炉の無い人型だ、創り変えてしまえば一瞬でフリス・カンビアッソっぽくなる。担当医も看護師も間宮原ヘクセンの息のかかった者だから、あそこには経過観察をしに来る者さえいない。

 さて──眼球。

 間宮原ヘクセンの依頼の品。そんなの作るのは一瞬だ。人間に馴染む眼球の製作なんて、一時間あれば完璧に仕立て上げられる。

 

 けど、それじゃあ面白くない。

 だから──報酬制にしようかな、って思ったんだ。

 間宮原ヘクセンにはこう告げた。

 

 ──"僕の連れて来た奇械士の中に、この国の融合体と同じ……いえ、上位互換とも呼ぶべき者がいます。素材として必要なのは彼女の眼球と動力炉。それさえあれば、あなたに完璧に馴染む義眼を作り得るでしょう"

 

 これを聞いて、間宮原ヘクセンは喜び勇んでチトセに命令したんだ。

 どんな手を使ってもいいから奪ってこい、ってね。

 チトセは物凄い目で僕を睨んでいたけど、あはは、彼はもう少しユーモアを覚えた方が良いね。遊び心こそがいつまでも若くあるためのファクターだよ。まぁ上位者は年とかとらないけど。

 

「けれど当然、チャル達も必死だ。必死に抵抗するし──必死に駆逐する。なんせ守るべき僕を自分たちの都合で守らずに危険に晒したんだ。何よりも奇械士の矜持がそれを許そうとはしない。あるいは敵の目的がアスカルティンだとわかっても、守るだけでなく殲滅する勢いで行動するだろう」

 

 となれば──うん。

 ちょっと、吸血鬼側の戦力が足りないね。

 

「アルバートの手品。時止めのサイキックなんか珍しくもない"ハズレ"だけど、君にはもう一つ不可解なものがある。ギンガモールやアシッド・フログスを消し飛ばしたアレ──アレは、時間を止めたところでどうにもできない。そもそも君の身体は匂うんだよね。……だから、ほら。ちょっと」

 

 トラウマでも刺激してみようか。

 

「よ、ほっ……っとと、お、やっぱいた!」

「うん?」

 

 色々と用意するものを羅列していると、足元から少年の声が近付いて来た。

 あ、ここ屋根の上ね。チャル達からはかなり離れているから気取られる事はないと思うけど。

 

「これ、これ……ジュナフィスや、老人はそんな風に動けんよ」

「念動力使ってくればいーだろ」

「……ああ、目的の者は、上位者であったか」

 

 老人の声。それが段々と近づいて──ふわーっと浮き上がって来て。

 パルクールさながらの速度ではしごやら雨樋やらを駆け上がってきた少年と共に、僕の隣へ降り立つ。

 

「いよう! 久しぶりだなフリス!」

「ほっほっほ、儂は初めましてですな、"最悪端末"殿」

「ああ、ジュナフィスと……もしかして、リンゴバーユかい?」

「ほ? 何故儂の名を。初めまして、だと思ったんですがのぅ」

「リンゴバーユは前身がいたんだよ。一度大本のもとに帰っているから、記憶のリセットが入っているんだろう」

「え、それ何年前のこと? 俺知らないぜ?」

「僕が"種"を蒔く前の話だから……少なくとも500年以上は前だね」

「うわ、じゃあそんとき俺も稼働してねーじゃん!」

 

 ジュナフィス。リンゴバーユ。

 話を聞いてわかると思うけど、二人も上位者だ。ホワイトダナップに上位者が三人しかいなかったのは狭かったからで、各国の上位者はそこそこいる。姿形も様々であるけれど、チトセに言った通り女性はいない。

 皆が皆名前だけ固定して姓を変え顔を変え肉体を変え関係性を変え、長きにわたって人間の陰に潜んでいるわけだ。

 

「何用かな」

「いや? 特には。今チトセの番だからなー、俺達は静観状態なんだよ。けどそこにフリスが来たんだ、だったらちょっかいかけに行くのもおもしれーかなって!」

「儂は事情も聞かされずにいきなり『ちょっとついてこいジジイ!』ですからのぅ」

「用がないなら──」

 

 邪魔しないでくれるかな、と言おうとして、思いとどまる。

 僕、上位者にはあんまり興味ないんだけど……吸血鬼側を強化するには使えるな、って。

 

「君達は今起きている吸血鬼事件、どこまで把握しているんだい?」

「どこまでってそりゃ、全部だよ。チトセの実験内容なんだし、ふつーに共有されてるぜ?」

「チトセは怖いですからのぅ。下手に手を出したり、貸したりしようものなら、後が怖くて怖くて」

「あはは、やっぱりチトセは変わってないね」

 

 ……この分だと、協力を取り付けるのは──。

 

「んで? 何やんだ? へへっ、俺にも噛ませろよ!」

「ふぉふぉふぉ、手を出すことはありませんが、突然目の前に現れたら仕方のないことですじゃ」

「……リンゴバーユ、君も変わってないねぇ。ジュナフィスはずっとそうだけど」

「お前には負けるって、"最悪端末"!」

 

 エクセンクリンとケルビマが特別真面目なのは、あそこが貴族の乗る船……というか島だったから。あんまりふざけたのを置くと割と簡単に排斥されちゃうからね、エクセンクリンくらい真面目に仕事する上位者じゃないとダメだった。

 なんならそもそもホワイトダナップに設置された上位者というのはエクセンクリンだけだ。僕は拾われ子だし。それで、エクセンクリンだけじゃいろいろ手に負えなくなるのが確定したからケルビマが製造された感じ。

 たとえばこのまま僕がホワイトダナップを去ったのなら、今度は僕と似たような無計画性を持つ上位者が製造されるか、抽出されるか、まぁどっちかになると思う。

 

 何の話って、ラグナ・マリアにいる真面目な上位者たちの分、ジュナフィスやリンゴバーユ、チトセのような個性の尖った上位者もいるよ、っていう。バランスとってるからね、彼らは。

 言葉を聞いてわかる通り──この二人は、僕側。僕の目的は違うとはいえ「面白ければなんでもいい」側の上位者だ。

 

「君達は機奇械怪、どのくらいの頻度で作ってる?」

「どのくらいの頻度って……滅多なコトじゃつくんねーよ。上位者の作った機奇械怪なんて余計な入力でしかねーじゃん。俺の仕事はこの国の子供たちに奇械士になるような思想誘導を働きかけることだし、機奇械怪作ってる暇なんかねーって」

「儂も製造からとんと作っておりませんですじゃ。作らずとも……どうせこの国は、あと百年もしたら滅ぶでしょうしのぅ」

「時間的余裕はどれくらいあるのかな」

「そりゃまぁ、別に、作ろうと思えばいくらでも」

「ですなぁ。浮浪児と徘徊老人、わざわざ気に掛ける人間もおりませんでの」

「じゃあさ」

 

 ちょっと、人形劇に参加して欲しいから──練習しといてくれない?

 

 

 

 

 

「よいしょ、と……ふぅ。見つかってないね」

「誰にだよ」

「奇械士に、だよ。そりゃこんだけ大々的に念動力使えば、君が駆けつけてくることはわかっていたよ、チトセ」

「……釣ったのか、オレを」

「言い方が悪いな。おびき出したと言って欲しい」

「同じっつか悪くなってるだろーが!」

 

 ラグナ・マリアから少し離れた場所にある山麓。

 そこに僕とチトセはいた。

 

 赤雷が走る。

 

「うぉっ……おい、転移使うなら先に言えよ」

「えー? 君も上位者なんだから、そろそろ転移気配くらい悟れるようになりなよ」

「言うに事を欠いてソレか。オレは知ってんだぞ、てめェが転移気配察知できずにガッコやめたって話」

「……情報源はフレシシかい?」

「バッ、え、いや、ちちち、ちげーし! 誰があんなへっぽこと連絡を」

 

 わかりやすっ。

 ……ま、いいよいいよ。沢山隠し事しといて。その方が楽しいし。

 

「違うならいいんだ。──さて、チトセ。ちょっと離れてね」

「ん……創り変えんのか?」

「うん」

 

 今僕が転移させてきたのは、遠くの山に形だけ残っていた、風力発電に使っていたのだろうプロペラ型風車。中々珍しい旧時代の名残を惜しみなく創り変える。

 手を当てたソレにバチバチと赤雷が走って、周囲の鉄くずやら鉱石やらを飲み込んで。

 

「『TOWER』か。芸がねぇな、お前も」

「僕は別にクリエイターじゃないからねぇ」

 

 造ったのはTOWERだ。ダムシュの時と同じ。だけどもっと小さいし、洗脳波なんて出せないもの。劣化版、といっても過言ではない。

 そんなTOWERにもたれ掛って、通信端末を起動。

 

「あ、もしもしミケルー? 聞こえるー?」

『気の置けない友達のような距離感で話しかけてくるのはやめたまえ。というか君は、今ラグナ・マリアにいるのではなかったか? 通信可能範囲を超えているだろう』

「無理矢理超えたんだよ。ま、そんなことはよくてさ。僕のいる位置の座標送っておくから、明日か明後日あたりに納品してほしいものがあるんだよね」

『……ククク、これは貴様が私にとっての敵である──ということの一切をかなぐり捨てて言うがね。納期とは七日間以上は空けるものだ……それが良いビジネスの基本! わかったかね!? わかったなら納期をもう一度言ってみたまえ!』

「明日の正午までに納品してほしいものがあるんだよね」

『短くなっただと!?』

「おいおい、ミケル。僕をあんまり失望させるなよ。君に普通の人間の、凡夫の常識が当てはまるのかい? 僕は君の底なしの英雄性を買っているんだ──凡人に戻るというのなら、とりあえず研究設備の取り上げから入るけど?」

『なんでもいいたまえ! どのような機奇械怪でも作ってやる! だが素材は寄越せ、パトロン!』

 

 君の扱いやすい所、好感が持てるよ、ミケル。

 彼の端末へ作って欲しいもののデータを送る。終始ジト目で見てくるチトセを無視して、ミケルがそれを確認するのを待つ。

 

『……まぁ作れるには作れるが』

「本当かい? いやぁ、僕、デザインとかそういう類はからっきしだからさ。この国の芸術家に頼むわけにもいかないし、思いつくのが君だけだったんだよね」

『それは……私の芸術センスを買っている、ということか?』

「え? そりゃ勿論。ギンガモールもアシッド・フログスも、機能と見た目の美意識を完璧に追及した天才的なデザインだったよ。全体的に気持ち悪いし悪趣味なところは否めないけれど、少なくとも僕には作れない芸術だ。だからそれも、僕のそのゴミみたいな仮デザインは捨てて、君のセンスで作ってくれていい。機能さえ同じならなんでもいいからね」

『──承知した。この発想は私にとっても価値のあるものだ。今すぐに製造に取り掛かる。通信を切るぞ』

「うん。応援しているよ、ミケル」

 

 通信を切る。

 

 チトセへ振り返れば──なんだか、難しい顔。

 

「……ミケルって、誰だ。上位者にいねェだろそんな奴」

「人間だよ」

「人間ン? フリス、お前がそこまでの信を置いてんのが人間だって?」

「ああ。今までの比じゃない、類を見ないレベルの"英雄価値"を持った人間だ。いやぁ、本当に去年も今年も豊作ばかりでね。もしかしたら──全実験が今年か、あるいは来年の内に終わるんじゃないかってワクワクしているよ」

「……てめェの実験は、英雄を作り出す事で、機奇械怪に有用な入力をする……だったな」

「うん」

「ならオレの実験を邪魔するんじゃねェ。オレの実験にはヘクセンお嬢様が不可欠だ。そのためにくだらねェメイドに成りすまして演技し続けてきたンだ、もうちょっと我慢しろや」

「それは、間宮原ヘクセン次第かな。彼女が焦れば君の実験は失敗するし、少しでも身を引く事覚えられたら成功するだろう。もう"種"は蒔かれている。僕らは芽吹きを待つだけだ。まさか新芽を摘む、なんて真似をする事はないだろう?」

 

 ──僕とチトセの間で、衝撃波が走る。あーあー、TOWERが壊れちゃったじゃないか。

 

 ギチギチと音を立てて、空間が押され合う。地が、山が割れ、空が、雲が割れ。

 上位者同士の力の押し合い。念動力と転移はどの上位者にも備わっている力だけど、基本的に意思が強い方が強い力場を生み出せるものだ。それはサイキック側の原理。

 

 ゆえに。

 

「──ヘラヘラしてるクセに、相変わらず化け物みてェな力場だ」

「あのさ、こういう少年漫画みたいな展開求めてないんだよね。僕が今作ってるの青春ラブコメアクションストーリーだからさ。こういう汗水たらして河川敷で殴り合う、みたいなのはジャンル違い」

「わけわかんねェこと言ってんじゃねェよ、フレイメアリス!」

「うわ、君までそれ言うの? 何度も言ってるけど僕神様とかじゃないって。というか神がいないことなんて君達が一番よく知ってるだろ。大本でさえ神じゃないんだから」

 

 チトセの性格は、簡単に言えばヤンキーというか不良というか、殴りあって友情を確かめ合って、強敵であればあるほどテンションが上がって……みたいなタイプ。だから人間を相手にする時も自分のスペックを落としてから戦うし、機奇械怪を相手にする時でさえそれは同じ。

 だからこそあの夜は驚いたものだ。彼が威圧し、融合体を退かせたこと。あれはつまり、自身が彼らよりも上位の存在であることを以前からひけらかしていた、ということになる。

 根っこの性格は何も変わっていないようだけど、実験を通して何か……別の人格が発現しているようにも見える。

 

 少し、面白い。

 何も変わっていなかったジュナフィスや、生まれ変わって尚変わっていないリンゴバーユと違い、チトセには何かが起きて、何かが変わっている。

 

 上位者の成長。それは面白いものだ。

 

「ぐ……クソ、押し切られ──」

()()()()()()()()()()()()

 

 久しぶりに──僕の中の、最も厄介で楽しい部分が鎌首をもたげるのを感じた。

 無計画性。それも──ホントのホントに何も考えていない方。

 

「君さ、大本と連絡を取り合っているだろ。いつか僕を切除するために」

「──!?」

「あはは、もしかしてわかってないと思ってた? 甘いよ。……だけど、だったら取引をしよう、チトセ」

「取引……、ッ!?」

 

 力を籠める。

 それで、それだけで──チトセの展開していた念動力のフィールドは圧し潰される。僕の勝ちだ。

 そうして掴み、彼を持ち上げて。

 

「……てめェ、手加減してやがったな」

「当たり前だろう。僕は上位者に興味がないけどね、むやみやたらに殺して回る気もない。向かってくるなら相応の力で返すだけだ。そして──取引だ、チトセ」

「脅しかよ……汚ねェな、相変わらず」

「一週間。つまり、僕らが去るまでの間、戦闘を長引かせるんだ。奇械士達との戦闘をね。どうせ間宮原ヘクセンは現地に来ないだろうから、誤魔化しようはいくらでもあるだろ?」

「……取引ってンだ。何かオレにメリットがあるんだろうな」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!」

 

 TOWERの残骸を引き寄せて、とりあえずの形を作っていく。

 本物はこんな雑じゃないけど、ポーズでね。

 

 そして、天秤のように差し出したもう片方の手には──義眼を。

 

「テメッ、やっぱりアスカルティンとかいうのの目は必要無ェんじゃねーか!」

「当然だろう。眼球を作るのに眼球が必要だなんて、そんな等価交換に何の意味がある。機奇械怪を創り上げるのに必要なのは等価な対価ではなく運命だ。──あはは、チトセ。人間に混じり過ぎて、大切なことも忘れてしまったようだね」

「うるせェな! いちいち説教くせェんだよてめェは! 自分ができてねェくせにグチグチと!」

「うんうん、そうだね。それじゃあ改めて取引だ」

 

 チトセを持ち上げて、間宮原ヘクセンの骨組みと、義眼を差し出して。

 

「君が実験で何をやりたいのかは知っている。君が約束通り戦闘を一週間長引かせ──見事この義眼を勝ち取ったのなら、君が見たがっているだろう、()()()()()()()もその場で見せてあげよう」

「……!」

「"ソレ"はエネルギーでしかないにもかかわらず、君達にとっても命題だ。"ソレ"がないと生きていけないにも関わらず、人間も機奇械怪も直視しようとしない。ならば"ソレ"はどこに宿るのか」

 

 間宮原ヘクセンの身体と義眼を、転移で消す。

 

「取引だ。僕の要求を飲んでくれるのなら、君の望むものをその場で見せてあげよう」

「……わーったよ。飲む。オレも、こんなクソ面倒な事二度もやりたかねェんでな」

 

 OK。

 交渉成立だ。

 

 彼を念動力から解放する。

 

「ったく……メイド服がしわくちゃじゃねェか」

「あ、そういえば聞いていなかったね。どうやってそのボディになっているんだい?」

「ア? んなもん決まってるだろ」

 

 膨らませて、切り落としたんだよ。

 それだけだ。

 

 ……そういって、チトセは「んじゃ準備があるからオレは行くわ」なんて言って、去って行った。

 

 ふむ。

 

「その手があったか……」

 

 僕はやらないけど。

 成程なぁ。

 

 

 

 

 

 さて──病院。

 命が危険な状態ということで、酸素マスクをつけられ、体中に計測器を刺されてモニターされて、まさに「峠ですよ」な感じの肉体に戻ってくる。

 

 まぁこんなのはポーズだ。

 どうせ看護師も来ないんだからこんな邪魔なの取って──って。

 

 え、おいおい。警備は?

 

「……フリスさん」

「……」

「脈が低い……そうだよね。血を抜かれたんだ。……殺されるに至らなかったのは、アナタの逃走技術ゆえか」

 

 アルバートだ。

 どうやって来た……って、あ、そうか。元々影が薄いのもそうだけど、警備の人の時間止めてスルスル抜けて来たのか。

 鍵も、奇械士ならお手の物だろうし。

 

「すまなかった。聞こえてはいないだろうけれど、謝らせてもらう。……正直、舐めていたんだ。この国の脅威度はそこまででもないと思っていた。アナタを買っていた、というのは……言い訳だけどね。アナタを殺せる程の機奇械怪はいない。そう高を括っていて……だから、アナタは一人にしても大丈夫だ、なんて」

 

 それは懺悔。

 僕が年上だと知った時から続けていた丁寧語は鳴りを潜め、今は彼……彼女本来の言葉で僕に語り掛けている。

 

「何よりボクは、アナタに何か……何か特別なモノを感じていたんだ。普通の人間ではないような、そんな空気感。共同墓地で会った着流しの彼。政府塔に勤務するやせぎすの彼。さっきすれ違ったメイドさん。下町にいた、子供に混じって遊ぶ少年。路地裏を歩いていた老人。子供を負ぶる男性。機骸の道(メクシンロード)を守る警備兵の片方。奇械士協会の受付の青年。エリナさんの上司だろう男性。ハルジアさんの詰所にいた最年少だという少年警備兵。──それらさえも凌駕する気配」

 

 えー、内心バクバクです。

 サイキックは"ハズレ"だったけど、いや、いや、そうだよね。だって対象の時止めだけで最強が名乗れるはずないし。

 というか、精度がおかしすぎる。今挙げた人物、その全員が上位者だ。ラグナ・マリアに設置された上位者。チトセ、ジュナフィス、リンゴバーユ以外の、つまり僕がまだ出会っていない上位者までもを羅列し、そのどれもが間違っていない。

 

 なんだ、この人間。

 今僕の中でアルバートの評価がガリゴリと書き換えられて行っている。いや、元からあのギンガモールを消し飛ばした超火力という部分での未知数な評価はあった。けどそれだけじゃない。チャルのものとは違うけど、やっぱり彼女にも何か見抜く「目」が。

 

「……しかしそれも、勘違いだった。いや、もしかしたら勘違いではないのかもしれないけれど、少なくとも強さに類するものではなかった。ボクの怠慢だ。勝手に推測して、警戒して──アナタを危険に晒した」

 

 いや、勘違いじゃないよ、と起き上がって言ってあげたい。

 彼女の素質を育てるのに、それを勘違いだと誤認するのは勿体ない。

 

 け、けど、もうちょっと聞きたい。あと今起き上がるのは他の部分が台無しになりすぎるのでできない!

 

「白状するよ。……ふふふ、意識の無い相手の前でしか言えないボクの臆病さを許してほしい」

 

 アルバートは、膝をついて。

 まるで騎士が剣を捧げるかのような格好で──言う。

 

「ボクは過去の人間だ。過去から来た。ボクの生まれは空歴2044年。今年でちょうど、500年前の人間、ということになるかな。……とはいえ、記憶や経験があるだけで、この時代にもしっかり子供として生まれてはいるんだけど」

 

 それは。

 まぁ、知っていた。だろうな、とは思っていた。だから適当な所で過去の事件の再現などを見せる事で、トラウマになっていそうなところを掘り起こす予定だった。まさか自分から話してくれるとは思って無かったけど。

 なんで知っていたかというと、そも、対象者の時を止める、という発想が、この機械の時代では出てこないはずなのだ。上位者が潰して回ったから。時間とは絶対である。空間には頑張れば干渉できるけど、時間に手を出すことはできない。

 それは教育として、あるいは誰かが突然変異として思い付き、発現したとしても……必ず上位者が闇討ちしに行く。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という理由で、潰す。

 転移や念動力、シールドなどがこの時代の最たる技術だ。時間を扱うのは、機械の時代ではない。

 

 つまり、アルバートがそれを扱う以上、彼女はこの機奇械怪蔓延る……あるいはNOMANSの使われていた時代よりも前に物心ついていないといけない。そうでなければ消されているはずだから。

 

 これはまた機械の時代にはやるべきではないからあんまり言及したくないんだけど、時間を操るのは結構簡単だ。上位者がやることも珍しくないし、法則として過去には行けないけど未来には行けるから、「ここではしばらく何も起きない」と判断した上位者が未来へ飛ぶ、なんて事も昔はよく行われていた。

 僕が機械の時代を作ってからは誰もやっていないけどね。前の……つまり、それこそ吸血鬼とかが普通にいた魔法の時代ではありふれた事だったんだ。

 

 機奇械怪も魔法も、結局の動力は《茨》。呼び名が違うだけだけど、「その時代にそぐわない」力は使わない。使われない。何故って雰囲気を壊すから。

 

 ……あ、だから、そうか。

 もしかしてそういうことかな?

 

「誓うよ、フリスさん。ボクは必ず君の仇を取る。最強の名にかけて──そして、何より」

 

 

 

 ──ちゅ、と。

 額に湿り気が落ちた。

 

 

 

「ボクは、君に感じた特別を、何をも凌駕するその気配を──恋だと判断したからね。少し、恋心という奴に燃えてみる事にするよ」

 

 

 

 あ、それ完全な勘違いです。

 



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誰よりも先んじて進化の階段に足を掛ける系一般融合機奇械怪

 ごめんなさい、と謝る声を斬る。

 この野郎、と怒る声を潰す。

 助けて、と縋る声を縊る。

 

 ──強い。一人一人が、確かに。

 けれど。

 

「勘違いしないで」

 

 噛みつく。

 引き千切る。

  

 人間の作法など後でまた思い出せばいい。今はただ、目の前の獲物を。今はただ、己の欲を。

 

「捕食者は、私」

 

 吸血鬼など。血だけ吸う、など。

 あまりにもお笑い種だ。食べる。食べる。食べる。食べる。

 私が。私が、お前たちを、お前たちの全てを──。

 

 

 

 

 フリスさんの入院から七日間。

 なんとか峠を超え、既に退院できそうな域にありつつある彼であるが、それにストップをかけたのがアルバートさん。

 というのも、未だ吸血鬼事件が解決していないのだ。

 この七日間で狩った吸血鬼は三十を超える程であるけれど、未だフリスさんを倒したのだろう強大な相手とはまみえていないし、夜中の襲撃が一向に収まる気配が無いあたりを加味し、とりあえずの七日間は襲われなかった病院にいた方が安全度は高い、ということで、フリスさんは今缶詰状態にある。

 加えて、懸念点もいくつか上がってきている。

 

「いたぞ! あの白髪赤目だ! アレがアスカルティンだ!」

「アイツさえ捕えたら──戻れる!」

「アイツを捕まえろ! 腕や足は引き千切ってもいい!」

 

 その一つが、これ。

 

「私、貴方たちに何かしましたか?」

「死ネ!」

 

 振り下ろされる拳を受け止めて、肩口から引き千切る。中から出てくるのはケーブルや歯車といった、基本種の機奇械怪がよく使っている部品類。

 背後から腰へ向けて伸ばされた手。その手首を掴んで思い切り引き上げて、腹部に蹴りを当てて破裂させる。飛び散る黄緑色の液体。腹部に動力炉を動かしていたのか、あるいは融合した機奇械怪が元からその位置に動力炉を置いていたか。

 奇声を上げて飛び掛かってくる二人の顔を掴み、双方を双方にぶつけて潰す。硬質な感触が返ってくると思っていたら、ぶちゅ、という肉の潰れる感覚。丁度いいとばかりにその二つを口に運んで夜食を済ませ、「ふぅ」と一つ溜息を吐いた。

 

「強いて言えば──最初の吸血鬼を自警団に引き渡したくらい、なんですけどね。思いつくの」

 

 それが物凄い恨みを買っている、としか思えない。

 何故か、何故か、ラグナ・マリアの吸血鬼……人間と融合した機奇械怪達は、こぞって私を襲ってきている。完璧に名指しで、まるで指名手配でもされているかのように。

 アレキさん達も「お前たちに用はない、アスカルティンとかいうのを出せ」なんてことを言われたりしているらしく、ありがたいことに彼女らは私を売らないでいてくれているけれど、はてさて。

 

 なんでそんなに恨まれているのか、皆目見当もつかないのである。

 

「隙あり!」

「隙だと思ったなら声出さない方が良いですよ。私この前、それで一人食べ損ねましたから」

 

 完全な死角からの一撃。既に腕ではなく、アイスピック状のパーツとなっているソレを蹴り砕く。

 

「まぁ、仲間だったので食べなくて良かったんですけど」

「ッ……化け物め!」

「お互い様じゃないですか?」

 

 片腕の無くなった少年。

 ぎゃぁぎゃぁと喚くその胸に腕を突き入れて、動力炉を抜く。それだけで動かなくなる少年を捨てて、少し離れたところの屋根を見る。

  

 正面から行われる神速の突き。

 背後から気付かれず刺さる斬撃。

 アレキさんとアルバートさん。技量や身体能力に差はあれど、その攻撃方法が対照的で、遠くから眺めていると面白い。

 その傍らで、屋根の上をごろごろと転がりながら双銃を連射するチャルさん。素早く左右に振って来る敵に対しても的確にショットを決めている。背後からの襲撃にもちゃんと耐えている……というか、まるで見えていたかのように避けているのが凄い。私みたいに匂いでわかるというわけでもないだろうに。

 

 ただ。

 やっぱり、精彩に欠ける。

 

 私達が異常なのはわかっているけれど──機奇械怪と戦うにあたって、あんな普通の動きしかできないようでは、いずれ簡単に死んでしまいそう。

 それを鍛えるための修行の旅、ではあったか。

 

「アスカルティン──」

「うるさいですよ」

 

 動力炉を狙って蹴って、それを破裂させる。

 もう慣れてきた。強い事は強い。多分彼ら彼女らをホワイトダナップの奇械士が相手取るとしたら、ケニッヒさん達を除いて、それなりの被害が出る。単純な膂力や脚力は完全に機奇械怪のそれだし、生物を傷つけるために振るわれる攻撃は、地上の機奇械怪にはないものだ。地上の機奇械怪は基本殺し切らないように攻撃してくるから。捕食するために、ですが。

 

 けど、もう慣れた。

 

 私を食べたいなら、もう少し強いのを用意しないと。

 

「いよう! ツマンナイって顔してんな、ねーちゃん!」

「……はい。今とてもつまらないですね。これなら外で、大型狩ってた方が楽しいです」

大型(ヒュージ)を狩って楽しい、か。そりゃいいな、なるほどなぁ、アイツが評価するわけだ。あっちのねーちゃんにーちゃんたちも、粒ぞろいだし」

 

 少年。

 匂いは、吸血鬼……機奇械怪と人間の融合体のそれ。

 それ、ではあるけれど。

 

「貴方は、私に敵対しますか?」

「ん? いやまぁ、そりゃするだろ。じゃなきゃなんで出て来たって話だし」

「では、ちゃんと攻撃が効くようにしておいてください。でないと文字通り歯が立たないので」

「──へぇ」

 

 警鐘だ。

 この少年は違うと、違う匂いがすると。

 

 肉や金属をかぎ分ける方ではない鼻が、そう告げている。

 

「じゃ、ま──ちょいと遊ぼうぜ、ねーちゃん。要望通り、食える体でやってやっからよ」

「ありがとうございます。では」

 

 肉薄し、踵で少年の顎を蹴り上げる。高くへ浮き上がりかける彼の足を掴んで引っ張り落としながら、もう一度咢に、今度は膝を入れる。

 息つく暇は与えない。掴んだ足は離さない。どしゃ、と血液をぶちまけたその顔を、顎を。口に指を入れて、掴んで、開き千切る。

 

「よ、容ひゃ無、」

「容赦などしていては、殺されてしまいますから。あなた方が"食べられない状態になる"ことができると、私は知っているので」

 

 下顎の無くなった少年の首を掴んで、お腹に足を入れて。

 首と足の両側から引っ張りながら──お腹への蹴りを強めていく。

 

 容赦などない。当たり前だ。

 敵がケルビマさんと同等と知っていて、どんな容赦をする。どんな余裕を持つ。

 だから、その身を両断し、噴き出る血の雨を浴びても──警戒は解かない。

 

「ふぉふぉふぉ……成程のぅ、逸材、逸材。明日のパーティ前に少し味見をしに来ただけだというのに、酷い目にあったのぅ、ジュナフィスや」

「……いや、まったくだぜ」

 

 倒した。殺した。

 生物として考えるのなら、確実に。

 

 けれど──突如現れた老人と、その横にぐちゃぐちゃと音を立てて集まっていった肉片が、再度少年の姿を取る。もっとも少年の形に肉塊を押し固めただけの人形で、それが生物であるとは到底言う事の出来ないだろう姿。

 

「参った。ごめんな、ねーちゃん。アイツがあんまりにも『彼女は凄いよ』とか『可能性がある。今一番ね』とかって囃すもんだから、気になって気になって。が、アイツのああも言う理由は理解できた」

「ふぉふぉ……お嬢さん。名を聞いてもよろしいかの?」

「あん? やっぱり耄碌したかよジジイ。アスカルティンって紹介されただろーが」

「ジュナフィス。お主は情緒というものを知らぬなぁ。こういうものは様式美があるんじゃて」

 

 老人。

 これも、同じだ。ケルビマさんと同じ気配。

 

 さっきは不意打ちでなんとか殺し切れたけど、二人はキツい。あと死なないっぽいのがわかったのでもっとヤバい。

 

「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫じゃ。お仲間にもお伝えなされ。明日はパーティじゃからの、まぁ、精々死なんようにな、と。ふぉふぉ、死ぬのなら華々しく散るんじゃよ。儂らはそれを望んでおるからの。──では、明日。パーティで」

「あ、ちょっと待てよジジイ! 結局お前も名前聞いてねーじゃん! というかコレだと歩きづらいから連れてけよそれくらいの容量あるだろ!」

「ふぉふぉ、いつも事あるごとに知識でマウント取ってくるクソ生意気な小僧にはいい仕置きじゃて」

「私怨とかだせーぞクソジジイ!」

 

 そんなヤバい二人は、けれど何をしてくることもなく。

 ギャイギャイと騒ぎながら、夜の闇に消えて行った。

 

 直後、後光……朝日が差す。

 

 残っていた数人の吸血鬼達が一斉に撤退する。別に機奇械怪は日光に弱い、とか無いと思うのだが、何故か彼らは朝日と同時に姿を消すのだ。

 

 こうして一日が終わる。

 今日も無事、生き残る事が出来た。

 

 問題は──。

 

 

 

 

 

「パーティ、ねぇ」

「はい。確かにそう言っていました」

「こっちでも確認しています。パーティでは覚悟していろ、と言われました」

「私は何にも言われなかったけど……」

 

 朝、というかお昼。

 夜の戦闘からみんなで寝て、お昼になっての、報告会。本当は戦闘後にやった方が良いと思うのだけど、アルバートさんが「みんな疲れているだろうから、後で良いよ」なんて言って、この形に収まった。

 議題は昨夜に出て来た強力そうな者達について。

 

「結局アスカルティンが狙われる理由もわかっていないし……」

「あ、ただ、その『パーティ』という単語を出してきた人たちは、私を狙っている、という感じはありませんでした」

「ちょっかいをかけにきただけ……という印象でしたね」

 

 私の所以外に、アレキさんの所にも来ていたらしい。

 アレキさんのところに来た者は、「明日の夜、パーティがある」「招待客は君達だ」「今のうちにラグナ・マリアを観光しておくといい。死んだら観光なんてできないからネ」なんて言って、最後にはアレキさんのテルミヌスに首を断たれ──けれど殺した感覚が無かった、とか。

 首を断ったのに殺した感覚が無いとは之如何に。

 

 ──と、その時の事である。

 コンコンコン、とノックがなる。匂い。

 

「フリスさん?」

「あぁ、はい。僕です。流石はアスカルティン、よくわかりますね」

 

 扉越しの声は、七日間ぶりのもの。

 アルバートさんが部屋のドアを開けると、そこには。

 

「準備は出来ていますか?」

 

 なんか、銃やら何やらで完全武装したフリスさんが、いた。

 

「なんですかその恰好」

 

 間を開けずにツッコむ。

 

「当然、完全武装です。普通の機奇械怪相手にはこんなもの子供の玩具に過ぎませんが、身体の一部に人間の名残があるのなら、それは弱点になります。僕はそこを撃てばいい。それだけで牽制にはなりましょう」

「……戦う気なんですか?」

「戦わない気なんですか?」

 

 どうも、どうにも噛み合わない空気。

 フリスさんを確認してから俯いてしまっているアレキさんと、何を話せばいいか迷っている様子のアルバートさん。どうしてしまったんですか、二人とも。

 あとチャルさんは──何を睨んでいるんですか。

 

「皆さん、呆けてしまってどうしたんですか。ほら、行きますよ」

「モード・エタルド」

「っ!?」

 

 早撃ちだった。

 いいや、それ以上に、あまりにも早い踏み込みだった。私も、アルバートさんも知覚の遅れた程の速度で──チャルさんが、その双銃の片方をフリスさんに突きつけ、言う。

 

 効果は歴然だった。

 銃声もしないオルクス。そこから放たれた光弾は、しかしほぼ零距離だったためにほとんど見えることなく──フリスさんを()()()()()()()

 

 動機の云々はさっぱり理解できないけれど、それで私もアルバートさんも、そしてアレキさんも状況を理解する。

 

「オイオイ、なんでバレたんだ……完全なコピーだってのに……」

「おっと、それ以上動かない方が良い。ボクたちが聞く事以外は答えないのも大事だ。でなければ、君は今すぐに死ぬことになる」

 

 アルバートさんとアレキさんが、偽フリスさんの首元に剣を当てている。こちらは見えた。そこまでの速度じゃなかったから。

 だからこそさっきのチャルさんのは。

 

「はン、どうせ殺す癖に何言ってんだ。ま、いいよ。バレるの前提だったしな」

「喋るな、と。そう言った」

「パーティさ。ラグナ・マリアの中央制御室。関係性以外入れねえが、間宮原ヘクセンって名を出せばすぐに入れる。そこでパーティだ。フリス・カンビアッソもそこにいるぜ」

「──」

「ケケ、今脅すつもりだったろ。死にたくなければフリスの居場所を吐け、って。馬鹿だな、俺はただのメッセンジャー。最初から死ぬ予て、」

 

 首が飛ぶ。

 念のためだろう、アレキさんが偽フリスさんの心臓を貫いて──その切っ先に動力炉が吊り出された事を確認した。

 

 匂いは完全にそうだったのに、蓋を開けてみれば機奇械怪。

 ……私の鼻対策がされている、かな。

 

「チャル、大丈夫?」

「うん。フリスさんの処置のおかげで、セーブできた」

「……やっぱり、ちゃんと謝らないと」

「だね」

 

 チャルさんの持つ、オルクスという武器。双銃の形をしたソレは、様々な弾丸を撃ち出すことができる。

 反動はほとんどないのに、機奇械怪の装甲を貫ける弾丸。射程は短いけれど、当たれば生物の命を必ず奪う弾丸。

 そして、射撃時に生命力を吸う代わりに──機奇械怪を朽ちさせることができるという弾丸。チャルさん曰く弾丸ではなく銃自体のモードを変えているとのことだったけれど、よくわからないので聞かなかったことにしてある。

 

 果たしてそれは、前までは一発撃てばチャルさん自身が倒れてしまうような消費量だった。

 けれど、今はどうか。肩で息をしてはいるが、倒れるまでには至っていない。

 

「後で、分けてあげるから」

「うん。いつもごめんね」

「いいの。私にはこれくらいしかできないし」

 

 更に更に。

 そのモード・エタルドとやらを使ってチャルさんが疲労困憊になった後……私達に隠れて、見えないところで、アレキさんとチャルさんがこそこそと密会をしてくると……なんと、チャルさんが復活しているのだ。

 つるつるお肌な、元気いっぱいのチャルさんに。

 

 怪しい。

 絶対に何かヤっていると思います。

 

「それより、パーティだ。パーティ会場は中央制御室。ラグナ・マリアのあの宮殿のような建物の中にある部屋だね。ボクの知識が間違っていなければ、ラグナ・マリアの下部にあるレーザー照射装置の制御や、この国が浮くためのフロートに関する制御装置が集まっていたはず」

「……そこに、フリスさんが」

「ああ。……病院内なら大丈夫だと思っていたんだけどね。まさか裏で糸を引いていたのが間宮原だったとは」

「それって確か、この国の貴族のような人、ですよね。なんとか原ってついている人」

「うん。ただし、間宮原は傍系。だからこそ好き勝手ができる存在でもある」

 

 ラグナ・マリアで要職に就いていたり、高貴な血筋とやらを引いている人間は、原とか島とか、そういう自然物を名に持つのだとか。だから石狩島ハルジアさんも良い所の出身。ただ、坊ちゃん暮らしが苦手で自警団に入ったとかなんとか。

 ……そういえば私の前身みたいな立ち位置にいた人、メーデーさん……本名は確か、榊原ミディットさんだっけ。彼女も原だけど……あの人はホワイトダナップ出身だから関係ないか。

 

 さて。

 

「さて、じゃあ行きますか。ああでも、このゴミの片づけは……」

「あ、じゃあ私が食べちゃいますね」

 

 何でも食べられるって、素晴らしい。

 

 

+ * +

 

 

「だー、また壊された。九割生身機奇械怪の操作ムズすぎるー」

「ふぉふぉ、そろそろ儂に貸さんか。結局まだ一回しか練習できとらんじゃて」

「おいフリスー、もう一個コントローラー作ってくれよ。ジジイがガキのゲーム機奪って遊びたくて仕方ないらしいぜー」

「そんなの自分で作りなよ。君達だって上位者だろ」

「……」

「ちぇ、ケチな奴。手元に素材がねーから頼ってんじゃん。なぁ?」

「全くですじゃの。儂らにも自由にできる素材があれば、それはもう作りますというのに」

「だったらチトセにせがみなよ。僕、この辺りの機奇械怪把握してないし」

「……」

「バッ、なんかめっちゃ集中してるっぽい今のアイツに話しかけたら後で何が待ってるか!」

「チトセは怖いですからのぅ」

「──もう十分うるせーんだよゴミ共」

 

 ラグナ・マリアが中央大宮殿。

 外から見たら荘厳なそこは、けれどそもそもが観光施設であることも相俟って、周囲の『居住可能なリゾート地』の調整をするための機器類で溢れている。

 その、更に色んな機械が集まっている中央制御室に、彼らはいた。

 

 ジュナフィス、リンゴバーユ、チトセ、フリス。

 他の上位者にも声をかけはしたのだが、蛇蝎の如く嫌われ……もとい、物凄い勢いで遠慮された結果、この四人だけがここに残る次第となった。

 曰く、チトセだけでも関わると面倒なのに、"最悪端末"がいるなんて聞いていない、とか。なんなら今すぐにでも国外へ出かけたい、などと言い出す者までいる始末。万能な上位者といっても、真面目な者達にとってはイレギュラーの塊たるフリスはご遠慮願いたいのである。

 

「僕今忙しいんだよ。見てわからないかな」

「忙しいって……ナイフ見てるだけじゃねーか」

「ふぉふぉ、そのナイフがそんなに気に入ったのですかの?」

「ん-。いや、やっぱりミケルって天才なんだなぁ、って思ってさ。僕が開発して欲しかったものの数段上のものが返って来て……今解析してたところ」

「ほほう?」

 

 フリスの手にあるのは、シンプルなナイフ。刃渡り十六センチメートル程と些か大きくはあるが、斬り付けるにも投げ使うにも手頃そうなソレ。柄には人間の肋骨を模したかのようなデザインが施されている。

 

「何、そんなすげーのか、それ」

「まぁ見ればわかるよ。チトセ、要らない人間っていない?」

「自分で勝手に見つけろよ。オレの方が忙しいんだよ、今どんだけ緻密なスケジュール動かしてると思ってやがる」

「要らない人間なら下町にいくらでもいるぜ。親もいなけりゃ友達も作れねーで死に行くだけの子供が、わんさかな」

「ふぉふぉ、家族に見捨てられたか、あるいは結婚しなかったか。自らが老いたことで天涯孤独となり、近所付き合いもしなくなった独居老人も沢山いますのぅ」

「ん-、まぁ老人の方がいいかな。適当に転移させてよ」

「はいですじゃ」

 

 赤い光。

 転移光が中央制御室の一角に満ち──床に、眠ったままの老人が現れる。己が転移させられたことに気付かず眠っているらしい。

 

「こやつの名はエーデンテ。下町に住む者ですが、ここ数年、買い物にさえ出てこなくなったせいで、その存在を覚えている者もほとんどいなくなった男ですじゃ」

「買い物に出ねーって、どうやって食い繋いでんの?」

「保存食の類じゃろうなぁ。ふぉふぉ、儂も然程興味があるわけではないのでの。──して、"最悪端末"殿。これから何をするので?」

「ああ、うん」

 

 フリスは立ち上がり、眠っている老人の近くにまで行く。

 そして──彼の上に。上から、そのナイフを、落とした。

 

「──が、ぎ……?」

 

 ジュナフィスもリンゴバーユも興味津々で、隣でそんなことされたら気にならざるを得ないチトセもチラチラフリスの方を見ている中で。

 胸にナイフを突き立てられた老人は──目をぐりんと上にやって、何か、渇水を満たさんとするかのように口を開け、喉を突き出して。

 

「オー……え、マジか」

「ふぉふぉ……これは、とんでもないものを作り出しましたのぅ」

「うん。僕の注文はこれの十分の一くらいの速度で変わるようなものだったんだけどね。まさかここまで一瞬とは」

 

 そして──老人は。

 

 ()()()()()()()()

 

「元々ミケルには人間をベースにした大型機奇械怪作りのノウハウがあってさ。今回はそれを活かしてもらおうと思っての発注だったんだけど、まぁ、期日から一日伸びたとはいえ、最高の出来と言えるかなって」

「これ、使い捨て、だよな? 流石に」

「ああ、それはね。何回も使えたら流石に人間絶滅しちゃうでしょ」

「そう言うということは……まさか、人間側に流通させるおつもりですかじゃ?」

「ゆくゆくは、かなぁ。融合体を欲しがる人間がそもそもあんまりいないだろうし」

 

 老人の胸からナイフを抜き、機能の終了したソレを指で弾いて、彼は言う。

 

「名付けて『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』。どうかな」

「お前もっとネーミングセンスあっただろ。もうちょっと考え直せ」

「あまりにも安直すぎる拡張子ですのぅ」

「チトセ、君は?」

「うるせー話聞いてねェからオレに振んじゃねェ」

 

 不評らしい。

 苦笑し、フリスはミケルに丸投げすることを決意する。彼の作品だから。

 

「お。そうこう遊んでたら……来たみたいだよ」

「おー! ようやくか!」

「まだ調整済んでねェから、ジュナフィス、リンゴバーユ、邪魔した分働け!」

「邪魔なんかした覚えねーけど、いいよ。いくぜ、一週間かけて練習した機奇械怪捌き!」

「儂の練習時間だけ極端に短いんじゃがのぅ」

「じゃあ僕は囚われのお姫様になってくるから、頃合い見て離脱しなよ~? アスカルティンとかアルバートはもう上位者の生身程度なら屠れるくらいになってるから、最悪概念にまで引き戻されるからねー」

「オレも奥で準備する。てめェら、ちっとは役に立てよ。あと死ぬな。じゃあな」

「よ、ツンデぶげぁ!?」

「ふぉふぉ、ヤンキーはツンデレと昔から相場がゴフッ」

 

 余計な事を言った二人が念動力による腹パンを入れられて。

 

 さて──パーティの始まり始まり、である。

 

 

+ * +

 

 

「まさかラグナ・マリアの中央が、機奇械怪の巣窟だなんてね……!」

「チャル、温存!」

「わかってる! アレキこそ!」

「アルバートさん、カバーお願いします。私、そろそろタガが外れるので」

 

 出迎えは無数の機奇械怪だった。

 中央大宮殿に入った途端だ。中に職員はおらず、いるのは数多の、無数の機奇械怪。ラグナ・マリアの奇械士は本当に何をしているんだといいたくなるくらいの量がそこにいた。

 

 どくん、どくん。

 脈打つのは心臓ではなく動力炉だ。メイン、サブ、非常用。更には自分の考えて仕込んだもう一つの動力炉も。

 

 腕や脚がミシミシと音を立てているのは、身体の限界が来ているから──ではない。

 進化だ。今、ここで──ある。ここにある。何か、求めるものが。それを予感して、私の身体は新たな機能の獲得に……歓喜に打ち震えている。

 

 あの時と、同じ。

 大切なあの人を食べた時と、同じ。

 

「アハ、アハハハ──」

 

 楽しくなってくる。感情が塗り潰される。覆い隠される。

 理性が言葉を発せなくなって、幼稚で稚拙な、まだ言葉を覚えたばかりの"欲"が瞼を開ける。

 

「おいし、そうなのが──いっぱい」

 

 一応釘を刺しておくけれど。

 仲間を食べたら、もう表に出さないから。わかった?

 

「はぁーい。……もう、何回も言わなくてもわかってるってば」

 

 "対話"と"説伏"。

 私は機奇械怪(彼女)と意思疎通ができている。だからこそ彼女の飢えも理解できるし、彼女はちゃんと止まってくれる。

 ならば、彼女が大好きな食事の時くらい。食事に集中できる時くらい。

 彼女の好きにさせてあげても罰は当たらないだろう。

 

 悲しいけど()()は、不幸な事故だから。

 

「いただきまーす!」

「アスカルティンさん、あんまり突っ込み過ぎるとボクのカバーが届かなくなるから、ほどほどにね!」

「わかったー! 多分ー!」

 

 相手がパーティだというのなら、確かにここはパーティ会場なのだろう。なら。

 

 ほら、たんとお食べ。

 美味しい美味しい、敵さんだよ。



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萎える系一般上位者

「アスカルティンという融合機奇械怪の目は、まだ手に入らないのかしら?」

「申し訳ございません。何分、手持ちの融合機奇械怪では歯が立たず。素材として要求するだけあって、非常に優れた個体であると言えるでしょう」

「そう……。でも、そうでなくてはね。簡単にやられてしまうような個体なら、私の眼球には見合いませんもの」

「はい。完璧なお嬢様には、完璧な義眼が必要ですからね」

 

 力なく笑うヘクセンお嬢様。

 ……これは、何か察されてんなぁ。はぁ、弱い人間ってのはどうしてこう……察しが良いのか。

 

 自分に向かう害意に敏感なのかね。

 そりゃまァ、高尚なことだ。どの道もうすぐの命だってのに──またこれが、どうしてオレは。今更になって。

 

「チトセ」

「はい、お嬢様」

「あなたが行ったら、確実に取ってきてくれますか?」

「……ですが、私はお嬢様を守らなければ」

「では命令です。横臥チトセ。──私のために、アスカルティンなる機奇械怪の眼を取って来て」

 

 見透かされている、というよりは。

 長い付き合いだから──なんだろうな。こうやって、オレが見て、ヘクセンお嬢様の機微がわかるように。

 

「ご命令とあらば」

 

 見えていないだろうが、一礼し、部屋を出る。

 

 出て、すぐ。

 今一番見たくない顔に会った。

 

「何用でしょうか。簡潔にお願いいたします」

「渡しておこうと思いまして」

 

 手渡されるは──義眼。

 アスカルティンという融合機奇械怪の眼はまだ手に入れていないのに、だ。

 

「前払いです。受け取ったとしても、真面目に働いてくれることを望みます」

「……貴方に真面目さを説かれる筋合いはありません。それでは」

 

 なんだ。

 なんだってオレの心は、こんなにも。

 フリスがこの国に来てから──ずっと。あまりにもずっと。

 

 波立って、仕方がねェや。

 

 

+ * +

 

 

「いらっしゃいませ──歓迎いたします、ホワイトダナップが奇械士の皆さま」

 

 肌の粟立つ感覚に、一気に理性が引き戻される。

 今まさに叩き潰さんとしていた機奇械怪を投げつけて、自分は大きくバックステップ。そこに至ってから、自分に肌なんてものがもう無いことを思い出した。

 

「っ、ダメです、アレキさんアルバートさん! 彼女は──」

「つきましては、パーティの参加費として、貴女の眼を頂きます」

 

 姿勢を低くした、とか、ない。跳躍した、ということでもない。

 ただ歩いて、歩く姿のまま──目の前に、文字通り目の前に、指があった。

 

「っと!」

「!」

 

 止まったのは一瞬。止まったのはメイド姿の女性。ようやく認識する。敵。ケルビマさんと同じ気配のする敵が、メイド服の女性であると。

 そして今その指を、私の眼を抉り出そうとしていた指を止めてくれたのがアルバートさんだと、理解した。

 

「名乗りも無く、不躾じゃあないか、な!」

 

 アルバートさんがメイドさんを弾き飛ばす。

 メイドさんは天井付近まで飛び、けれどくるりと転身して、何事もなかったかのように着地する。膝を曲げて衝撃を殺すことさえしない、先程と同じ背筋の張った姿勢で、ピンと立って。

 

「それは失礼いたしました。私は横臥チトセ。間宮原ヘクセンお嬢様のメイドをしている者です」

「それじゃあこっちも。ボクはガルラルクリア=エルグ・アルバート。ホワイトダナップの奇械士で、最強をやっている影の薄い人だよ」

 

 澄ました顔で、目を瞑って。

 そうやって佇んでいるだけなのに──攻撃しよう、と思えない。だって、絶対に殺される。

 相手は機奇械怪でもないのに、それだけは、わかる。

 

「何故、アスカルティンの眼を狙うのかな」

「ヘクセンお嬢様は生まれつき視力の低い方です。それを受けて、此度義眼の製作をさる方に依頼いたしました。それには最高等級の機奇械怪の視覚パーツを素材として要するということで──アスカルティン様を」

「そうかい。じゃあ、そのお嬢様には我慢を強いることになるかな。ボクらの仲間に手は出させないよ」

「……最強と、名乗られましたか」

 

 では。

 そう言葉を発した時にはもう、横臥チトセはアルバートさんの横にいた。

 硬質な音。散るのは火花。

 

「成程、言うだけはありますね」

「アナタも、凄いね。モーションが全く見えない。ここへ来る途中にも人間とは思えない動きをする吸血鬼がいたけれど、アナタもその類かな?」

「まさか。私は機奇械怪ではありませんよ」

「だろうね。けど、彼らより強い──少なくとも人間ではないのも事実だ」

 

 散る。弾ける。

 火花が。アルバートさんの剣と、横臥チトセの指。それらの衝突によって起こる、まるで金属同士がぶつかっているかのような火花。

 

 横臥チトセの方は感じた通りだけど……アルバートさんの評価が、ここに来て一新されたように感じる。

 この人、こんなに強かったっけ。

 

「モード・ティクス」

「!」

 

 ゆらり、と……幽鬼が如く、アルバートさんとの斬りあいに興じる横臥チトセの、その背後に現れたのは、チャルさん。こっちも気付けなかった。

 それに、今のは。

 

「……《茨》を朽腐させる弾丸?」

 

 先程弾かれた時とは違い、全速力を持って後退する横臥チトセ。何を思ったか、咄嗟に自らの脇腹に手刀を入れ、その肉をこそぎ取る。

 

「それは……どこで手に入れたものですか?」

「大切な人から貰ったもの」

「……人殺しに抵抗は?」

「ないよ。もう」

 

 チャルさんも、雰囲気がいつもと違う。

 ならばもしや、と思ってアレキさんの方を確認すれば。

 

「五つ目。即ち首断ち──」

「っ!」

 

 この踏み込みは見えた。それは横臥チトセも同じだったのだろう、「遅いです」と言わんばかりに刀を受け止めようとして、既のことでその斬撃を躱す。

 

「力場が切り裂かれた……」

「私の名はアレキ・リチュオリア。これは皇都フレメアを滅ぼした機奇械怪が持っていた刀」

「……成程」

 

 皆さんが急激に強くなっている、というわけではないように思う。

 どちらかというと。

 

 交戦経験に長ける──というような。

 

「余計なものを作りますね、フレイメアリス」

「フレイメアリス?」

 

 呟かれた言葉。それへの疑問は、しかし届かない。

 私はあまり歴史や宗教に詳しいわけじゃないけど、それが神様の名であることは知っている。空の神フレイメアリス。

 

「力場を斬る刀。生命を死滅させる双銃。時を止めるサイキック持ちに、機奇械怪に理性を奪われていない完全融合体。フレイメアリスの好みそうなメンバーだ事で。ですが」

「見えてる、よ!」

「……!」

 

 今までよりも数段早い貫き手。

 首を傾け、それでも頬は切り裂かれてしまいそうだった程に接近を許し──だけど、またもアルバートさんが割り込んだ。割り込んで止めた。

 速い。どっちも。

 

 今の私じゃ、追いつけない。

 ……なら、丁度いい。

 

「メイドさん。横臥チトセさん」

「はい。……はい?」

「この眼が欲しい、んですよね?」

「だ……だめ、アスカルティンさん!」

「そうだよ、ボクらなら大丈夫だから、そんな自己献身」

 

 両目に指を突っ込んで、パージする。特に何か引き千切ったとかはない。外せるようになっている。先日似たような事したばかりだし。

 

「な」

「はい。あげます。ちょうど今、進化する必要性を見出したので、どうせ新しく作りますから、コレ要りません」

 

 毎回聞いていた。何故私を狙うのか。

 それを話してくれたら、全然。あげるつもりはあった。ただ食べようとしてきたり襲ってきたりするから撃退していただけで。

 機奇械怪にとって最も重要なパーツが何か。そう問われた時、ほとんどの奇械士や機奇械怪は「動力炉」と答えるのだろう。確かにそうだ。「動力炉」がなければ活動できない。だから大事ではある。

 大事ではあるけど──最も重要かと問われたら、そうでもないように思う。結構替えが利くし、良く自分で取り外して改良するし。

 

 じゃあ何が大事なのか。頭部? それも違う。頭部だって別に取り換え可能だ。あるいは私に少しだけ残された生身の部分? まさか。記念に残してるだけで、腐り落ちても何も問題ない。

 

「はい、どうぞ」

「……オイオイ、実験のモチベ削いでくれんじゃねーよ」

「はい?」

 

 何か今、メイドさんからは考えられない言葉が聞こえたような。

 

「いえ、失礼いたしました。……確かに。それでは、失礼いたします。ああ、これでパーティは終わりになります。このまま私に付いてくるも、あるいは帰るも良しです。フリス・カンビアッソ様であれば、あそこの緑色の扉へ入った先の牢にいらっしゃいます」

 

 とりあえず仮組みの眼を作る。眼球ほど立派じゃない、金属の骨格にセンサーがついただけのもの。

 

 大事な部分。

 全身を取り換える事が可能な機奇械怪()が、最も重要としている部分。

 

 そんなもの──。

 

「だ……大丈夫なのかい?」

「はい。魂取られなきゃ大丈夫ですよ」

「……チッ」

 

 やっぱりメイドさん舌打ちしましたよね。不機嫌ですよね。

 

 

 

 フリスさんは普通にいた。

 牢の中で本を読んでいた。

 

「カンビアッソさん!」

「おや、皆さん。もしかして助けに来てくれたんですか?」

「はい。今牢を斬るので、下がっていてください」

 

 フリスさんが離れるが早いか、アレキさんが牢の格子をバターのように斬る。

 ……前々から思ってましたけど、あのテルミヌスって刀、なんで鞘を斬らないんでしょうか。あれほど切れ味がいいとちょっとしたはずみで鞘ごとシャキンと行きそうなものですが。

 

「ありがとうございます」

「お身体は……」

「ええ、大丈夫ですよ。それより、僕にはあまり近づかない方が良い」

「それは、どうして?」

「またセクハラ扱いされては敵いませんから」

 

 それは。

 まぁ、フリスさんなりの冗談だったんだと思う。ただこっちの三人に特大ダメージが入った、というだけで。

 

「あの、それについての謝罪を……」

「あはは、冗談ですよ。少しばかり喧嘩早いといいますか、相手の言い分を聞かないで剣を向けるのは幼稚が過ぎますが、僕も性急すぎた自覚はありますので。ここは謝罪とか無しで、お相子にしませんか?」

「アナタがそれで手打ちにしてくれる、というのなら……それでいいけれど。それでも、落ち着いたら正式に謝罪させてほしい。ボクがつらいからね」

「わかりました。その時はお受けいたします。アレキさんもそれでいいですか?」

「……はい。申し訳ありませんでした」

「後でって言ったのに……」

 

 ちなみに私は特に謝ることとかないので見ているだけ。

 に、しても。

 ……この人、なんで捕まったんだろう。道中にいたヘンな動きの機奇械怪やあのメイドさんは確かに強かったけど──フリスさんを凌駕する程じゃない、よう、な?

 

「ただ、申し訳ありません。僕は今依頼を受けている身でして」

「依頼?」

「はい。なんでも義眼を作って欲しい、という……」

「あー……そういう繋がりで」

 

 私が狙われた原因、フリスさんだったんだ。

 ……まぁそれも解決したからいっか。

 

 うん?

 

「あれ? でも、それなら……あのメイドさんは、誰にアスカルティンさんの眼を持って行ったんだろう」

「おお流石チャルさん。今私も同じこと思いました」

「まさか……横臥さん、アスカルティンさんの眼をそのまま間宮原さんに付ける気じゃ」

 

 大変だ、と言って、フリスさんは立ち上がる。

 確かに大変だ。何より私も私の眼の行方は気になる。けど。

 

「彼女はどちらへ? 止めないと……」

 

 言っている事はマトモなのに。

 物凄く下手な演技に見えるのは、なんでなんだろう。フリスさん、もし転職する機会があっても役者とかやっちゃダメだよ。演技向いてないから。

 

 

+ * +

 

 

「お嬢様」

「おかえりなさい、チトセ」

「義眼、入手して参りました」

「あら本当に? ではフリス先生をいますぐに呼んで、施術をお願いしましょうか」

「……いえ、お嬢様」

()()()()()()()()()()()()?」

「ッ!」

 

 奥歯を噛む。あるいは唇か。

 やはり──気付いていた。気付かれていた。演技は完璧だと思ったんだがな。フリスのこと、何も揶揄できねェ。やっぱ無理だよ、オレ達上位者に演技っつーのは難しすぎる。素直に生きるのがオレ達なんだから。

 

 この人間は、わかっていたんだ。

 十数年と少しの間だったが……ただ、オレに飼われているだけだったこと。モルモットでしかなかったって、最初から。

 

「痛いのかしら」

「……痛み無く、行いますので」

「そう? 良かった。では最後まで──貴女のことを嫌いにならずに済みそうね。痛い事をされたら、嫌いになってしまうもの」

 

 心臓が跳ねる。

 唐突に抱き着かれた場合などを考えて普段から動かすことにしている心臓が、どくんと。それは──あぁ、怒り、なのだろう。

 まったく、実験体に余計な感情を持つなど。

 

「怖くは、ないのですか」

「怖いわ。とっても怖い。だって、ここでお別れなのでしょう? 私、チトセを揶揄って遊ぶのが生き甲斐だったのに。本当は……本当は、目なんか見えなくてもいいのよ? というより、目が見えない事より貴女がそばにいないことの方が完璧ではない、と言えばいいかしら。でも、関係ないか。貴女がいなくなるんじゃなくて、私がいなくなるんですもの」

「……本当は思っていない事を言います。嫌なら嫌だと言ってください。逃げたいなら逃げたいと言ってください。()()()()()()()()()()()()という理由だけで今貴女へ施術をしますが──別に貴女がいなくなっても構わない。また数十年、誰かに仕えるだけです」

「それは、嫌ね」

 

 あぁ。

 

「貴女が私のメイド。他の者に仕えるなんて虫唾が走る。──ほら、もうすぐ奇械士の皆さんやフリス先生が来てしまうわ。だから──私の最期は、貴女だけが見てくれない? どこの誰とも知れない相手に見られるの、嫌だわ」

「……わかりました、お嬢様」

「そ・れ・と。言葉遣い。元に戻していいのよ? 貴女、本来はもっと粗暴な方でしょう? 知っているのよ?」

 

 敵わねェなぁ。

 オレも長く生きてきたが、っとに人間ってのは、どいつもこいつも。

 

「……死に際だけ輝くの、本当にやめろ。価値を測り損ねるだろォが」

「それが生物というものよ、チトセ」

 

 ヘクセンお嬢様の眼に──手を入れる。

 サイキックの一つ、透過。武人系の入力をされた上位者がよく扱うサイキックであり、効果は単純に、物質をすり抜けて、任意のものだけに触れる。念動力、透過、転移。まだまだあるが──結局は《茨》の。

 

「変な、感覚……」

 

 一瞬だ。

 転移。それも位置を入れ替えるもの。AとBの位置を逆にする。

 元々の眼球と、機奇械怪の眼球──フリスに貰ったものを。

 視神経がぶつ切れになる痛みは、しかし脳には届かない。この瞬間、全身の信号は眼球へ集まる。痛みを発する神経からの信号も、異物感を訴えるものも、喪失感も、何もかもが脳を捨て、眼球を主と見定める。

 オレの手中で行われた"一瞬"に、ヘクセンお嬢様が一度だけビクンと震えた。

 

「……あ」

「お目覚めになられましたか、お嬢様」

 

 伝うのは──涙。

 痛みで、ではないだろう。悲しみで、なのだろう。

 

「ぁ、あ、あ、ああ、ぁああ」

「……私が見えますか、お嬢様」

「……ええ、ええ、見える。見えるわ。チトセ……貴女の顔が、見える」

 

 ヘクセンお嬢様はボロボロと涙を流しながら、そう言う。フリスの作った眼球は完璧に馴染んだらしい。血液が零れてくることさえなく、見た目すらもただの眼球にしか見えないまま──その機奇械怪は、この部屋を見渡した。

 

「なんだ……何も起こらないじゃない。脅かさないでくださる?」

「……お嬢様」

 

 お嬢様の生身の眼球を大切に保管しながら、言う。

 問う。

 

「覚えておいででしょうか。目の見えない貴女が、昔、派手に転んだことがありました。ラグナ・マリアは段差の多い国ですからね。石畳に躓いて、大きく転んで……」

「ええ、それは覚えているわ。その時私は両足の膝を大きく擦りむいて、大泣きして。ふふ、懐かしいわね」

「その時お嬢様は言いました。『痛みを発する足なんかいらない。取り換えてしまって』と」

「私が言ったの? そんなことを」

「はい」

「それは……馬鹿ね。自分の幼稚さが恥ずかしいわ」

「昔。貴女は私を求め、名を呼び……ベッドから落ちた事がありました。夜中のことです。その時の打ちどころが悪かったのでしょう、貴女は小指を脱臼してしまった。──その時も、貴女は言いました。包帯を巻いて、休んでいる間に……『あーあ、付け替えができたらいいのに』と」

 

 ヘクセンお嬢様。

 貴女は昔から、我慢が出来なかった。我慢しているくらいなら代替手段を欲した。

 

 ですから。だから。

 

「だからオレは──その願いを叶え続けた」

「……」

「オレの考える実験体として、余りにも丁度良かったからだ」

 

 足を挿げ替えても、ヘクセンお嬢様はヘクセンお嬢様だった。

 腕を挿げ替えても、ヘクセンお嬢様はヘクセンお嬢様だった。

 痒みがあるのが嫌だと言われて、皮膚を変えた。息切れが嫌だと言われて、肺を換えた。勉強をする時、腰を痛めるのが嫌だと言われて、骨を代えた。

 すべてかえてきた。

 すべて入れ替えて来た。

 

 それでも貴女は、貴女のままだった。

 

「残るは、目と、脳。そして今目を変えて──貴女はまだ貴女だ。記憶も人格も、貴女のまま」

 

 ではやはり、その人物をその人物たらしめる"ソレ"は、脳に宿るのか。

 

 首を振る。

 だってもう、フリスの作った義眼が脳を侵蝕している。痛み無く、違和感なく、異物感なく。アイツの作った義眼は、ヘクセンお嬢様の脳を機奇械怪へ創り変える。

 

「お嬢様」

「なにかしら」

「貴女は、ヘクセンお嬢様でしょうか」

 

 全てを変えて、変わらないのなら──やはり、"ソレ"は、まるで上位者らと同じように、概念として。

 

「いいえ?」

「……何?」

「私は機奇械怪よ、チトセ。貴女が今までやってきたことじゃない。うふふ、貴女はヒトを疑わなさすぎなのよ。──目の見えない私が何度死のうと思ったか、知らないでしょう。貴女の見ていないところで何度死のうとしていたか、知らないでしょう?」

「いつの間にンなこと……」

「隠れてやっていたのよ。貴女に命令を出した後とかにね。──けど、驚く事に、死ねなかったのよ。身体に刃が入る所はなくて、この前縊死も試したのに、それすらも無理で。違和感がなくても、痛みが無くても、私が私じゃなくなっていく感覚はずっとずっとあった。──だから私は、明け渡したのよ。目が見えないだけでも苦しいのに、そんなものに悩まなくちゃいけないなんて死んでも嫌だから」

 

 言いながら、笑いながら、ヘクセンお嬢様は……衣服を脱いでいく。

 廊下に近づいてくる足音に気付き、家具類を念動力で動かしてバリケードにした。もう隠さなくてもいい。

 

「えーと、確かこのあたり。そうそう、これ」

「……ダメだ、お嬢様。ソレを取り出したら……死ぬぞ」

「死にたいのよ? 人間の私が嫌だと思っていたことは、私にとっても嫌なこと。私は貴方を嫌いになりたくないし、痛いのも嫌だし、貴方を失うのも、見捨てられるのも嫌。だから──ここで死んでしまった方が楽でしょう?」

「待、」

「それじゃ、さようなら、チトセ。貴方といた時間、楽しかったわ」

 

 ヘクセンお嬢様は自らの胸に腕を突き入れ──その奥で、動力炉を握り潰す。

 サブや非常用があるわけでもない、メインだけで動いていたお嬢様は、それだけで終了した。停止した。

 

「……チッ」

 

 アスカルティン、とかいうののせいだ。

 アイツが……オレの求めていた答えをあっさり出しちまったから、ヘクセンお嬢様へ向けていたオレの興味がなくなったのを、彼女は感じ取ったんだろう。

 "ソレ"。

 ──魂の在り処。

 

 人間と融合した機奇械怪は、いつから機奇械怪になるのか。いつから人間が消えるのか。何を失った瞬間、人間でなくなるのか。何を得た瞬間、自我を得るのか。

 ただのエネルギーとして使うにはあまりにも未知。唯一答えを知っていそうなフレイメアリスは一切頼れず、ゆえにこそ実験するしかない。オレ達上位者が実験や研究を繰り返すのは、世界に知らない事があるからだ。

 

 扉の方に念動力を集中、固定し、もう一つの実験を行う。

 

 赤い光と共に転移させてきたのは、ヘクセンお嬢様によく似せた機奇械怪の身体。フリスの作ったこの体には、しかし目がない。

 そこに、先程転移で取り換えた眼球を入れる。

 さらに対応する動力炉を嵌めれば。

 

 一瞬。本当に一瞬のうちに、ヘクセンお嬢様の眼球は機奇械怪に蝕まれて──消えた。融合したんだ。

 ……ま、そうだよな。当然の反応か。

 

「一応聞いておくがな。お前、誰だ」

「名はありません。製造されたばかりですので、命名してください」

「そうかよ」

 

 動力炉ごと蹴り砕く。

 感慨。

 

 ……手のひらを上に向けて、集める。

 

「オールドフェイス……一枚、か。機奇械怪の分はやっぱり無ぇんだな、お嬢様よ」

 

 出来上がる硬貨は一枚のみ。

 ベッドから落ちるようにして停止しているヘクセンお嬢様。その頭部にある記憶チップ。

 

「……いいだろ、もう。持って行かなくて。このオールドフェイスも……戦利品でおいていくかね」

 

 ため息を吐いて。

 転移を、する。その光の中で、バリケードが完全に破壊され尽くしたのが見えた。

 ふん、まぁ精々調査するがいいさ。機奇械怪二つの残骸以外、何にも出てこねぇだろうがな。

 

 

 

 

 ラグナ・マリアの大宮殿。その上に飛んで、あぐらをかいて座る。

 ……萎えたな。結局……わからずじまいか。肉体に宿るわけではない、ということはわかった。元の肉体にも、取った肉体にも。

 だが、機奇械怪は人間の肉体から動力を抽出する。バラバラにした人間でも餌になる。

 

 フリスが原初の五機を生み出し、機械の時代にしてから、早344年。

 今までの「魔獣」や「精霊」なんかと違い、《茨》以外の要素が組み込まれた人類の天敵。終末の要因。

 ほとんどの上位者は「いつものことだ」として人間を死なないように回したり支えたり、あるいは試練を課したり実験や研究をしてきた。

 来たが──オレみてェに、違和感を覚えた奴もいる。

 

 ありゃ違うんじゃねェか、って。

 いつものキャンサーと違って……何か、何かある、って。それが何かはまったく、てんでわからねェんだが、どうしても違和感が拭い切れなくて。

 

 だから、オレや一部の上位者は、機奇械怪の方を研究する方向にシフトした。同時進行でフリス……仮称フレイメアリスへの対抗策の構築も。

 ただまぁこういう小難しい事はオレの領分じゃねェって思ってたんだがな。ちっと前に、エクセンクリンからの連絡が途絶えて、そうも言ってられなくなった。あんな古株で警戒心の強い奴でもそうなるんだ、これは事を早めに進めなくちゃいけねェってなって……それでもちゃんと丁寧に進めて。

 結局、コレだ。

 こんだけかけて、わからない、で終わり。

 

「……交代か」

「いよう! お疲れだな、チトセ」

「ふぉふぉ……実験は失敗ですかじゃ?」

「……失敗、じゃぁねぇが、求めていた結果にゃならなかった。オレはもう譲るぜ。ちと萎えた」

 

 ジュナフィス。リンゴバーユ。

 この国には他にも上位者がいる。皆が皆、やりたいことに飢えているだろう。単純に社会を回す役割にある者でも、人間でやってみたいことは沢山あるはずだ。機奇械怪への余計な入力はしたくないしな。

 

 ま、オレは……この体捨てて、概念体に戻るのもアリかね。

 

「譲るも何も、この国、そろそろ終わるぜ?」

「あン?」

「前々から"最悪端末"殿に言われていたことですがのぅ」

「『最後の戦いはド派手にやる予定だから、この国壊滅も覚悟しておいてね』、だそうですじゃ」

 

 リンゴバーユの言葉が終わる、その前に。

 

 入ったものを全て焼却するはずの湖、その水が──大きく大きく盛り上がっていくのが見えた。

 ソレは。

 

「『リゾート地といったら海獣でしょ! 鮫とかイカとか海蛇とかね!』と。シナリオも見せられましたが、ふぉふぉ、その、言葉を選んで……四歳児が書いたかのような稚拙な物語でしたが」

「アイツ、こと芸術においてはホント出来悪いからなぁ。模倣すりゃマトモになんだからオリジナリティ入れなきゃいいのに、いつも無計画に自分の味出そうとして陳腐になんだよなー」

 

 ラグナ・マリアを囲む、大型も大型な機奇械怪の群れ。

 上陸しようとしているものもいれば、武装を用いて国を叩き潰さんとしているものもいる。総じて見た目が気持ち悪く、悪趣味。

 

「──なぁ、ジュナフィス。リンゴバーユ」

「なんだよ」

「ふぉふぉふぉ」

「てめェら──面白い事すんのと、フリスに敵対するの。どっちがいい?」

 

 どうかしていることは理解している。

 あぁ、これか。エクセンクリンの言っていた、フリスに関わると変調を起こす。アレの意味は、これか。

 

 なぁ。

 ヘクセンお嬢様。貴女はオレをオレだとわかってたみてェじゃねェか。

 だが、あの瞬間──目を入れ替えた瞬間、アンタはいなくなった。アンタじゃなくなった。肉体の方にも、眼球の方にもアンタはいなかったのに、眼球を取ったらいなくなった。

 

 なぁ。じゃあよ、お嬢様。アンタ、どこにいたんだ?

 あの時オールドフェイスを作れたってことは、アンタが死んだのは間違いねぇんだ。なのによ、どこに、どうやって──あぁ、なぁ。

 

「ケケ、んなの決まってらぁ! ──どっちも面白そーじゃねーか! ノったぜ、チトセ」

「ふぉっふぉっふぉ、まぁ、こんなものを作り出している以上、機奇械怪への入力も何もないですからのぅ」

 

 なぁ、教えてくれよ、フレイメアリス。

 教えてくれよ、アスカルティン。

 

 お前らの言う魂ってな、どこにあるんだ。

 オレの大事なヘクセンお嬢様は……いつ、いなくなっちまってたんだ。

 

「さぁ、八つ当たりの時間だぜ、てめェら!」



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密かに目的を達成しようとする系一般吸血鬼

 この国には自浄作用が無い。

 それがわかったのは、僕が入院した事になっていた四日目のこと。

 

 各国に潜む上位者というのは基本的に実験・研究を行うためにそこにいる存在と、人類を滅ぼし過ぎないように調整するバランサーに別れる。僕に対するエクセンクリン、ケルビマみたいにね。

 ただ、たとえ僕らの存在を差し引いたとしても、その国は国として成立している必要がある。機奇械怪の脅威があっても国を保っていられる必要がある。

 

 ラグナ・マリアは、それが無い。

 もしこの国からチトセ含む上位者全員が姿を消した場合──なんと、この国の奇械士だけでは機奇械怪の脅威から国を守り切れないのだ。

 何故って、国に裏切り者がたくさんいるから。

 

 間宮原ヘクセンの一存で、チトセの暗躍だけで、あれ程の数の人間を捕らえ、機奇械怪に加工し、失敗作は放つ……なんてことをしているのに、彼女らの悪行は国にバレていなかった。

 その理由はとても簡単で、つまりまぁ、間宮原ヘクセンは傍系でありながら愛されていた存在であると同時、実験体でもあった、というわけだ。それはチトセ視点の話でなく、ラグナ・マリア視点の話。

 彼女の悪行を見逃す。国が。

 代わりにそのフィードバックを貰う。それは機奇械怪の研究になり、あるいは医療にも繋がるかもしれない。いいや、兵器になるかもしれない。

 そういった打算が国の上層部にあった。ゆえに奇械士は国外……機骸の道(メクシンロード)の先にある防衛拠点に集中させられ、国内にいるのは奇械士ほど機奇械怪に詳しくない自警団だけ。それも、国の息がかかった人間ばかりで構成された……と。

 

 だから、ジュナフィスとリンゴバーユに聞いた時、あれだけいたんだ。要らない人間が。

 ある程度安全で裕福気味な国なのに、家なき子や家族のいない老人が溢れている、なんて。それは結局、その方が都合がいいから、なのだろう。

 人間の調達にも、目撃者の抹消にも、富の集中にも。

 

 この国には、今いる自国の民を生かす気も、奇械士を育てる気も、機奇械怪への入力を行う気も、何もない。科学力が欲しいだけだ。技術力が欲しいだけだ。あるいは、融合体の強さに惹かれ、それを目指しているだけだ。

 

 だから、()()()()

 NOMANSの時代だったら歓迎していただろうけどね。今の時代はソレじゃダメなんだよ。求めている入力はソレじゃないというか、その入力はもう終わっているというか。その入力をされちゃうと、まーた足踏みしちゃうから。

 ここで、消えてもらおう。

 

「大型機奇械怪……!?」

「そんな、湖の中から……」

「あり得ない!」

 

 騒ぐ、ざわめく雑踏。

 大宮殿内も、大宮殿の外も、こうだった。

 

「不味いね、大パニックだ」

「あれ程のものが現れたのですから、当然でしょう」

「……ボクがアレらを倒してくる。だから、君達は避難誘導をお願いできるかな。フリスさんは、安全なところに……と言いたいところだけど、そんな場所無いだろうから……」

「適当に逃げますよ」

「……うん。話し合いをしている時間は無さそうだ。じゃあ、行ってくる」

 

 そう言って走り出すアルバート。

 

「ごめんなさい、カンビアッソさん。どうかご無事で」

「問題ありません。七日前は後れを取りましたが、流石に人込みでドジを踏む程弱くはありませんので。奇械士の皆さんは、奇械士の皆さんの仕事をどうぞ」

「はい!」

 

 飛び出すはチャル、アレキ、アスカルティン。

 ……おや? チャル、あんなに跳躍できたっけ。……成長? いや、まさか。そんな短期間に。

 

「っと……こうしてはいられませんね」

 

 どこか高台で、アルバートの戦いを見なければ。

 どういう仕組みかは大体考察できたけど、答え合わせは必要だからね。

 

 

+ * +

 

 

 屋根を跳ぶ。

 円形をしたラグナ・マリアの外側。湖中から現れた機奇械怪はどれも見たことの無いものばかり。新種。

 大型らしく様々な機奇械怪の要素を取り込んでいるようだけど──関係ない。

 

 消し飛ばす。

 

「……一回じゃ無理か」

 

 多足の機奇械怪。その触腕の半分ほどを消して──けれど、全体までに行き渡らなかった事を理解。背後に迫る触腕を蹴って、加速しつつの方向転換と跳躍。

 幾節にも連なるパーツで構成された腕に着地。動こうとするパーツを超能力で固定し、再度強く跳躍。今度は、大型機奇械怪本体に向かって。

 

「……!」

「君はまだ、赤子なんだね」

 

 零れる言葉は同情。

 ボクに人間や機奇械怪という区別はない。ただ、己を理解できない獣に与える憐憫があるだけ。その対象は人間にも機奇械怪似もなり得るし──自分にもなり得る。

 愚かだった。

 未熟だった。

 この国に来てから──どうにも、いつものボクじゃない。

 

「これが恋の影響だったりするのかな……」

 

 大口の、ギザギザした歯を持つ巨大な鮫を思わせる大型機奇械怪を消す。

 挟撃を仕掛けようとしていた、半分になった多足の機奇械怪も。

 

 どれだけ大型でもあまり関係がない。斬る回数が増えるだけだ。

 

「──オイオイ、なんだアンタ。助力に来たんだが……もしかして、要らなかったか?」

「……あぁ、さっきの、横臥チトセさん、だったかな。助力というと……もしかしてこの騒ぎは君達の仕業ではないのかい?」

「ちげーよ。何が悲しくて自分たちの住む国を滅ぼさなきゃならねェんだ。折角真面目なメイドとしてある程度顔が知れて来た頃だってのに、そんな全てを無為に帰すような行為するかよ」

 

 湖の中から顔を出した、もう一体の多足機奇械怪。その触腕が彼女に迫る──が。

 ノールックで振るわれた裏拳によって、多足の機奇械怪の身体が浮き上がる程に弾かれる。

 

「さっきの答えだけど、助かるよ。ボク一人じゃこの数を捌ききってラグナ・マリアを救い切るのは難しい。けど、一つ聞かせてくれるかな」

「ンだよ」

「何のために戦うのかな、とね」

 

 時計塔の上に着地して、周囲を見渡す。

 今、大勢の人々が機骸の道(メクシンロード)を通って国外に出ようとしている。それを必死になってサポートしているのは自警団と……この国の奇械士。

 国外には当然、野良の機奇械怪がわんさかいる。湖中の大型と外の野良。どちらがいいか、なんて一般人には判別付かないだろう。

 

 正直に言って、国内にいてくれた方がまだ守りやすい。

 あれ程の数の人間が外に出たとなると、機奇械怪の群れが寄ってくる可能性もある。彼らがどのようにして人間を感知しているのかはまだわかっていないけれど、それを共有できる個体がいることまでは掴んでいる。

 それに見つかったらおしまいだ。

 

 スネイクスの形をした大型が、その口を開く。

 ──アレはやばい!

 

「いよう! にーちゃん、さっきぶりだな! ま、機奇械怪越しだったからわかってねーと思うけど!」

「ふぉふぉふぉ、御前、失礼しますじゃ」

 

 不味かった。アレは、多分ラグナ・マリアの基底部に取り付けられていたレーザー。その集束砲。なればあのスネイクスは、照射装置が機奇械怪になった存在だとでもいうのか。

 けれど光……レーザーを防いだのは、突如現れた少年と老人。彼らは何でもないかのような顔で、そのレーザーを背に受け止め、掻き消してしまう。

 

「あン? 何こっち来てんだてめェら。とっととあっちの防衛行けよ。どーみても戦力過多だろうが」

 

 少年と老人。

 ……この横臥チトセさんも、この二人も。多分、人間じゃ、ないよね。

 

「あっはっは、チトセ!」

「ふぉふぉ、うむ」

「なんだよ。早く言えよ」

「すまん無理だったわ! また同じトコに配置されたらよろしくな!」

「ふぉふぉふぉ……儂、今生で何も活躍しないまま終わってしまいましたのぅ」

「は?」

 

 消える。

 ──消えた。人間ではないにせよ、人間大の生き物が。今の今まで言葉を発していたものが。

 

「……なんだと?」

 

 それは、チトセさんにとっても理解できないことだったらしい。

 ボクの使うソレとは、違う。あの消え方は──朽ちた、ようにみえた。

 

「おい、ジュナフィス、リンゴバーユ。……マジでいねェ。周辺も……。なんだ? 今のレーザー……如きでどォにかなんならオレ達はとっくに死んでる。……あのチャルとかいうのの銃か? いや、そうだとしても、あの二人がなにも抵抗できずに消えるなんて有り得ねェ」

「君、後ろ!」

「あぁ? あぁ、いいよ。問題無、」

 

 触腕による撃ち落し。

 それをモロに食らった横臥チトセさんは、ラグナ・マリア外縁の建物の外壁に打ち付けられる。すぐさま触腕を消し飛ばして彼女のもとに向かえば。

 

「……カ」

「大丈夫……じゃないね。出血量が酷い。君が何か特別な力を使えるのはわかったけど、その怪我じゃどうしようもない。人々の護衛の方に回って欲しいかな。こう見えてボクは、こういう大型機奇械怪退治の専門家なんだ」

「カ──ハハハハッ! あぁ!? いいぜ、なんだよオイ!」

 

 突然、満面の笑みと共に哄笑を上げるチトセさん。

 後頭部からダラダラと血を流しながら──それはもう、嬉しそうに。

 

「いいぜ、いいね、いいさ! おいおい、痛いな! 痛いなんて何百年ぶりだ! この、血液が抜けていくことで死が追い付いてくる感覚は! ──あぁ、初めての、懐かしさだ!」

「あんまり叫ばない方が……」

「やってくれるじゃねェかフレイメアリス!! オレ達の力にまで干渉するたァ良い度胸だ! いつか、と言わず今すぐに追放してやるよ!」

「フレイメアリス?」

「ああ──ア? ……なんだお前。……あぁ、いや、待て。そうか。……すまねェな、アッパーになると周りの記憶が抜ける程興奮しちまうってだけなんだ。お前の名を忘れたわけじゃねェ」

「ガルラルクリア=エルグ・アルバートだよ。横臥チトセさん」

「そうか。んじゃ、ガルラルクリア。こっち一帯はオレがやる。お前はあっち側をやれ」

「一人で大丈夫かい、という問いは、野暮かな」

「野暮だな。なんせ──」

 

 巻き込むから邪魔になんな、っつってンだからよ。

 

 そう、ニヒルに笑って、チトセさんは跳躍する。

 向かう先にいたのは、超巨大な大口の鮫。空を飛ぶこと以外は、ボクのいた過去にいた鮫によく似ている。けど、魚の姿をした機奇械怪はほぼいないはずだ。それが飛行形態を取るなど、少し馬鹿げている。

 それに突っ込んでいって。

 

 右拳の横殴りで、身体の半分ほどを粉砕した。

 

「……大丈夫そうだね」

 

 心配はないと判断する。

 ならば任せられた通り、反対へ行こう。

 

 しかし、フレイメアリスか。

 あの神は、やっぱりまだ現在世界をうろついているんだね。

 ギンガモールでちゃんと消せたと思ったんだけどな──。

 

 

+ * +

 

 

 うわぁ。

 という、ドン引き。

 

 アルバートの攻撃はわかった。超火力でもなんでもない。

 

 アレはただ、対象を未来に飛ばしているだけだ。だから消し飛ばしたように見える。アレは問題を先送りにしているだけで、多分彼女が指定したどこぞの未来に、ギンガモールもアシッド・フログスも、今回ミケルが作った数々の機奇械怪もいる。

 厄介なコトをしてくれるなぁ、と。

 機械は機械、魔法は魔法。時代によってちゃんと使い分けているのに、それが突然飛んで来たら……まぁ、悪意の贈り物(プレゼント)に類する何かにはなりそうだけど。

 

 で、僕がドン引きしてるのはアルバートに、じゃない。

 

「カンビアッソ先輩……大丈夫、大丈夫ですからね! 私がついていますから……」

 

 アルマ・エリナ。

 凡夫と断じたはずの人間が、僕の手を引き、人込みの中を逆走している。

 僕と出会った途端、「見つけたぁ」なんて、上気した顔で、あるいはお酒にでも酔ってしまったかのような表情で──彼女は僕に香水を吹きかけた。

 

 それは、遥か遥か昔の製法。遠く遠く昔の、《茨》を用いた薬品。

 シンプルに催眠香と名付けられたそれは、今や知っている者などいないはずなのに。

 

「~♪」

 

 彼女は、逃げ惑う人々に悟られることなく、気取られること無く、僕を連れて行く。

 

 別に。

 僕の意識ははっきりとしているけれど。

 ただ、確かめる必要があったから。

 

「カンビアッソ先輩、カンビアッソ先輩」

 

 アルマ・エリナ。

 まぁ、出会ったときからおかしさはあった。まず名前がおかしい。ラグナ・マリアには中々いない名前。さらに、どうにもいち科学開発班では知り得ない事──自警団の捜査状況など──を知っていたりした。

 極めつけは吸血鬼事件の全容だろう。

 おかしいと思っていたんだ。融合機奇械怪が、人間の血液だけを吸って肉体を捨て置く、なんて小細工染みた事するもんか、って。

 しないんだ。彼らは何も学習していない機奇械怪に等しいんだから、動力と判断するものは肉体になる。ならば肉片の一つだって残さず食べるはずなのに、血だけ吸う、なんて。

 

 つまりあれは、融合機奇械怪の仕業じゃない。

 そして僕らが事件現場で見つけた機奇械怪の動力炉の痕跡。あの時捕まえた融合機奇械怪が何をどうして動力炉を露出させる、なんて事態に至っていたのか。国内にほとんど手を出してこない奇械士を相手にしていたわけじゃない。自己改造なんてものを知らなかった彼らではそこにはたどり着けない。

 ただ単純に──奇械士以外の敵と戦闘していたがゆえの、破損。

 

 アルマ・エリナ。

 彼女こそが。

 

「到着しました。大丈夫です、この建物は他より強度が高くて、密閉性も高いので……誰にも見つからず、ここで、先輩は、私だけのモノとして、一生を過ごせます」

「それは、勘弁願いたいですね」

「……あれ? カンビアッソ先輩、催眠香、足りませんでしたか?」

「効かないだけです。生憎と人間風情に使う薬では侵されない体質でして」

 

 彼女はニコニコとしていた顔を一転。

 口角を大きく上げ──凄惨に笑う。その犬歯は、鋭く、長く伸びて。

 

「じゃあ、直接わからせてあげます!」

「どうぞ、噛みつけるのなら」

 

 繋がれていた腕に、アルマ・エリナが噛みつく。

 ──が。

 

「っ……硬ッ!?」

「はぁ。焼き増しは好きじゃないんですよ、僕。ケルビマ相手だったとはいえ、それもうやった存在がいますので……面白味がない。ほら、どうですか? 腕が硬かったら、他に何かできる事を探しましょう。何も出来なかったらそれがあなたの"価値"です」

 

 英雄価値、とは言わない。

 彼女は英雄ではないから。

 

 アルマ・エリナは僕の全身に歯を突き立て始める。けど、無理だ。それ以上やれば彼女の歯が、牙が欠けてしまうというくらい強く噛んでも、僕の身体には傷一つ付かない。

 歯に通った管に、何の液体も通って行かない。

 

「──では改めて。僕の名はフリス。クリッスリルグだったりカンビアッソだったりするけど──まぁ今は、ただのフリスでいいよ」

「……ぁぐ、」

「あるいは君には、フェルトゥノスとでも名乗って上げた方がいいかな」

「!?」

 

 退こうとしたアルマ・エリナの頭を掴む。離さない。

 これは僕がフリスになる前に名乗った名。かつて──この惑星の終末が、「機械」でも「魔獣」でも「精霊」でも「ゾンビ」でもなく、「魔族」に設定されていた頃のお話。空歴以前の話だから、何年とかはもう要らないだろう。

 まさか、残っていたとは。まさか、生き延びていたとは。

 一度僕らで地上を完全に焼き払ったのに、どのようにして生きていたのか。

 

 過去の遺物。現代の異物。時代設定を汚す邪魔者に、生きる意味はない。

 

 あはは。

 

 フェルトゥノス。まぁ、ノスフェラトゥだよね。

 

「吸血鬼事件。そもそもそれをそう名付けたのは、君だ。だって君がやったんだから。君が、吸血鬼なんだから」

「ぐ、が、ぁえ……ははひへ(離して)! ははひへふははい(離してください)!」

「血液を生命力と見立て、それを啜る事で疑似的な動力として体内に蓄積、それを用いて驚異的な力や能力を獲得する魔族。ああ、そうだ。昔はよくいたけど──ダメだよ、アルマ・エリナ」

 

 頭を掴んだままに出現させるは──ミケルの作った『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』。

 さぁ、実験だ。

 過去の遺物は、機奇械怪になるのか。なったとして、なんになるのか。

 

「今は機械の時代だ。時代にそぐわない君は、消えなくちゃならない。一度も機械に成っていない、けれど人類にとっての遺物である君は──機械にならないといけない」

「──ヒ」

 

 念動力で動かすそれを、彼女の首元に刺す。

 ああ──絶叫。慟哭。

 始まるのは同じ《茨》のせめぎ合い。

 

「ぁ、ああ、ぁががが、が、が、あが、ががッッ!!」

「苦しむのかな。それとも、痛むのかな。ううん、違うだろう。()()()()()()()んだ。その恐怖は人間よりも大きい。なんたって君達吸血鬼は、《茨》が原動力になりつつあった種族だったからね」

「か、か、んびあ、そ、せんぱ──」

「フリス・カンビアッソ。──あはは、それ、誰かな」

 

 ──終幕。

 こちらに手を伸ばし、血の涙を流していた彼女は──けれど、停止した。

 動力炉が無いからね。動くことはできない。

 

 さて、ではエリナの中に動力炉を入れて、と。

 

「おはよう、アルマ・エリナ。君の名は?」

「……ご命名ください、所有者様」

「うん。じゃあ」

 

 知っている結果だったので、空間を圧して破棄する。

 

 まったく。

 チトセも、こんなことのために十数年をかけて……。何か得られるものがあったのかなぁ。

 

「魂の在り処、だって。お笑い種だよね。それがどこにあるか、なんて決まっているじゃないか」

 

 生成したオールドフェイスをピン、と弾いて。

 

「それは心にあるんだぜ、チトセ」

 

 キャッチは──失敗。

 ……締まらないなぁ。

 

 

 

 

 

 

「おや、アスカルティン。どうしましたか?」

「……避難していく人々の中に、エリナさんとフリスさんの人影を見つけ……尾行していました」

「そうですか。そして、聞き耳を立てていた、と」

「他言する気はありません。貴方がケルビマさんと同じかそれ以上であることを私は知っていたので」

「へぇ。じゃあ、何用ですか」

「質問があるのです」

 

 アルマ・エリナに連れられた構造物を出ての、出会い頭。

 アスカルティンがいた。周囲に人影はない。もうみんな避難したのだろう。

 

「魂の在り処について、ですか?」

「いえ、それはもう知っています。──私が知りたいのは、私達が動力と呼んでいるものについて、です」

「へぇ!」

 

 おっと。

 フリス・カンビアッソっぽくない声を出してしまった。まぁ聞き耳立てられていたなら今更だけど。

 

「オールドフェイスって、魂ですよね」

「正解です。オールドフェイスとは、人間の魂です」

「普通に人間を食べるより、オールドフェイスの方が小さいままに長持ちする理由は、あれが一番効率よく魂をエネルギーにできるから、ですか」

「少しばかり違います。貴女達は魂をエネルギーにしているのではなく、魂の周囲にあるものをエネルギーにしているのです。魂の周囲にあるもの。それは何だと思いますか?」

 

 生徒と先生のように。

 質問に対して答え、さらに問いを投げかけていく。

 

 現時点で、僕の中のアスカルティンの"英雄価値"はチャルを上回った。

 こちらから教えすぎることなく──彼女自身の気付きで、どこまでいけるか。

 

「……記憶とか、感情とか、そういうものですか?」

「素晴らしい。正解です。魂とは二層を持つエネルギー塊。一層目が思い出や感情といった流動するもの。二層目が魂……(コア)と呼ぶもの。記憶や感情はこれに集まる習性を持つため、魂ある限り、機奇械怪は人間の肉体をエネルギーとして消費できます。ただし人間の肉体が無くなった時点で人間は感情や記憶を保てませんから、エネルギーを搾れなくなります」

「……ということは──消費しない方が、効率は良い?」

 

 静かに、薄く笑う。

 その通りだ。けど──それが出来るかな、人と機奇械怪の融合体。

 そこに、自己改造で辿り着けるか。

 

「たとえば」

 

 アスカルティンは──指を差す。

 僕へ。

 

「食べる事の出来ない貴方を、朽ちることの無いケルビマさんを──動力炉に入れたら、どうなりますか」

「やってみるかい?」

「……いえ。死の気配を感じるのでやめておきます。ただ……これが最終結論、というわけでもなさそうですね」

「あはは、いいよ。君はまだまだ価値がありそうだ」

 

 良い。

 とてもいい考えだ。

 上位者を動力にする機奇械怪。あはは、上位者は自分は絶対な安全圏にいる、と思っているからね。もしそれが叶ったら……上位者たちはザワつくだろう。

 良い入力だ。

 機奇械怪へも、上位者へも、いつだって入力者は人間なんだ。人間風情が、僕らを変えていく。

 

「さぁ、アスカルティン。君がどこまで行くのか見せてもらうとしよう。──皆の所へ帰りましょうか、アスカルティン」

「はい」

 

 さてはて、チャルは、アレキは、アルバートは。

 彼女に追いつけるかな? フレシシもガロウズも安全圏にはいない。ケルビマもエクセンクリンも、まだ行ける。

 

 まだまだ進化できるよ、君達。

 まだまだ、まだまだ……。

 

 終わりまではあと少し。

 それまでに、全てを。

 

 

 

+ * +
 

 



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告白する系一般上位者と一般奇械士

「何のために戦うのか……ねぇ」

 

 破壊痕残るラグナ・マリア。

 その一角に、彼はいた。横臥チトセ。間宮原ヘクセンの専属メイド。

 

 身体中から大量の血を流し、両足は拉げ、左腕をも失くした彼は、誰が見ても死に体で。

 そこに上位者としての面影は存在しない。ただまるで、戦士か、英雄のような。

 

「本当に、全くその通りだ……。オレは、何のために戦ったんだか。八つ当たりで……だったらんなもん、途中でバックレちまえばいいのによ」

 

 彼の視界の隅で、大型機奇械怪を葬り去っていくはガルラルクリア=エルグ・アルバート。如何なる手段か、文字通り機奇械怪を消し飛ばしていくその姿は、まさに最強に相応しいのだろう。

 問題ないと言った。守ると言った。

 けれど──思ったより、横臥チトセの身体は、限界だった。

 

 同じく上位者であるジュナフィス、リンゴバーユが消滅した理由はコレか、と自嘲気味に笑うチトセ。

 上位者の身体を不壊にすることができること、それそのものがサイキックの一種に分類される。念動力、転移、透過、不壊……。

 《茨》を介したサイキックは、だからこそどれかが封じられたら、他も封じられると思って良い。

 長らくそれは、有り得なかった。上位者の名は伊達ではない。下の者に干渉されないから上位者というのだ。だが──ああ。

 

「フレイメアリス……ここへきて、何故そうも派手に動く。何が狙いだ……。とうとう、オレ達を殲滅する気になったか。それとも……機奇械怪の遅々たる進化に、痺れを切らしたか」

 

 この肉体がもう駄目だということはチトセにもわかっている。また大本に戻り、新たな個として生まれ、動く。それだけの気力はもうない。だから、リセットされるのだろう。上位者たる人格は無限ではないのだから。

 それでも──それでもと。

 

「おい……これが、最後の通信だ。オレはもう死ぬ。最後に教えろ」

 ──"LAST……"

「フレイメアリス。フリス。いいや、呼び方はどうでもいい。──総力を挙げて、アイツを封じるってのは、できるのか」

 ──"UNFORTUNATELY……"

「……そうかよ。じゃあ、『準備』とやらは、あと何年かかる」

 ──"STAY THE SAME……THREE CENTURIES……"

「増えてんじゃねェかよ、オイ」

 ──"BE TOO……ACTIVE……"

「想像以上ってか。ったく、最悪の場合を想定してたんじゃなかったのかよ。……いや、そんだけ……アイツの琴線に触れる奴が出て来たってことか」

 

 少しずつ。

 少しずつ、チトセの身体が消えていく。全身の端から、粒子のようになって。

 もう肉体を留めておく念動力が無いのだ。そうして楔としての役割を失った肉体は、概念体たる上位者を留めておくこともできない。

 

「……なぁ」

 ──"……"

「オレは、変質した。実験動物に要らねえ感情を抱いた。いらねぇ感傷を抱いた。結果がコレだ……意味なんざないんだ。理由なんかない。戦う理由なんか、なかった。もうここにはヘクセンお嬢様はいねぇんだから、肉体壊して戦う必要なんか、理由なんか、意味なんかなかったんだ。だってのにここまで必死になってよ。……お嬢様がいた場所を、まるで人間の英雄みてェに、必死になって守って……オレは壊れちまったみてェだよ」

 ──"REST……"

「あぁ、そうさせてもらう。……ラグナ・マリアの上位者は、何人残った?」

 ──"ZERO……"

「狙って殺されたか」

 ──"OR……MAYBE ALL OF……THEM……"

「ハ、笑えねェ話だことで」

 

 もう、彼には上半身しか残っていない。

 それも消えていく。視界の中で、アルバートが最後の一体を倒したのを見て。

 

 弱々しく──腕を上げた。

 

「すまねェな、ヘクセンお嬢様。オレ達は……そっちには行けねェんだ。だがもし、アンタが生まれ変わって……また、人を雇える立場にあったらさ。次も……頼むわ」

 

 手のひらで遮っていた陽光が彼を照らす。

 もう、手も、腕も、何もかも。

 

「じゃあな──オレの大切な、大事な……お嬢様」

 

 彼自身も──ひだまりの中に、溶けて消えて行った。

 

 

 

 ──"MEMORY……DELETE……"

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……チトセも、また、良い成長をしたね。消しちゃうの勿体ないと思わないのかな?」

「はい?」

「いや、いや。こっちの話ですよ」

 

 ラグナ・マリア内にいた上位者の処理は完了した。生身を失い、概念体となった事で次の上位者に記憶を受け渡す性質のある上位者は、当然とばかりに最も近くにいて死んでいない上位者、つまり僕を選ぶ。

 受け取った記憶はどれもあまり価値のないものばかりだったけど、唯一チトセのだけは感情に溢れた、彩り鮮やかなもの。最後の記憶だけが不自然に消去されていたのは、大本との会話ログだろうね。

 

 これだけの被害を与え、絶対の守りであるレーザー照射装置を壊したんだ。

 立て直すのには時間がかかる。そこに上位者がいたら、上手く行ってしまうからね。上位者は要らない。

 もし立て直しが上手く行ったら──つまり、この国の排除されていた奇械士たちが、機奇械怪の脅威からも、内側の腐敗からも民を守り通し、見事国としてのラグナ・マリアを再建できたのなら、今度こそラグナ・マリアは僕が視察しに行くべき価値のある国になるだろう。

 だってその時は、英雄に溢れているだろうからね。

 

「アスカルティン」

「はい。行ってきます」

 

 前方に見えたのは、避難民を集まって来た機奇械怪から守るチャルとアレキの姿。他、ラグナ・マリアの奇械士達も奮戦している。

 そこへ流星の如く突っ込むアスカルティン。一騎当千。強さも動きも人間離れしているアスカルティンのその姿は──まさに英雄。

 彼女の評価できるところは、戦闘中でさえ自己改造を怠らないことだ。攻撃が通らないと感じたらすぐに対策を練る。自分の中にスタックしてある素材で通る……通すための武装を作り出し、本当に通す。限界値を越える攻撃に対しては装甲の改造を、自身の動力に不足があればさらなる効率化を。

 野良の機奇械怪でもやらない、フレシシやガロウズもやらない、戦場にいる機奇械怪で、且つ人間の思考を有しているが故の貪欲なまでの生存欲求。

 

 けれどそれは理性の話。人間としての、十九歳の彼女の生存欲求は──タガを外すことで、まだ一歳か二歳か、それに満たないくらいの機奇械怪のものへと変質する。

 

「アハ──!」

 

 こっちの機奇械怪は正直ただの機奇械怪感が否めない。食欲に突き動かされ、自身の破損を気にしない。ただし戦闘中に自己改造を行うという点は理性と同じであり、さらには自戒できる、という他の機奇械怪にはない特徴を持つ。

 

 あと表には出さないけど、会話出来てるっぽいんだよね。アスカルティンと中の機奇械怪が。

 

 正直それはあり得ないことなんだけど、出来ているんだから受け入れるしかないというか。

 製作者の僕から言わせてもらうと、機奇械怪の扱う言語っていうのは《茨》による直接の意思疎通、つまりテレパシーみたいなものなんだ。だから元からそうであるという風に作られたフレシシやガロウズ、ピオ以外は、まず人間の言葉を学ぶところから始めなければならない。

 それをするには当然賢いAIになる必要があるし、学ぶという行為を受け入れる事も必要だ。機奇械怪にとって餌でしかない、融合時は単なる寄生先でしかないモノの言語を学ぶ。学ばんとする姿勢。

 学習スピードはそこまで驚くべきものではないけれど、学習しよう、と思えることが僕にとってはあまりにもありえないこと。

 

 だって今地上に蔓延っているほぼすべての機奇械怪が出来てないんだぜ?

 いや、出来てはいる。何百年もかけてね。

 大先輩たちがそんだけかけて、けれど遅々と進んでいるところを、一足で追い抜いて追い越して。

 

 何があったらそうなるんだろうね。

 ああ、独り言とか鳴き声として言葉を発する、とは違うよ。

 宿主と会話をする。それが凄いという話であって、言葉を発すること自体はその辺の融合機奇械怪にもできると思う。

 

「よっと……ふぅ、無事みたいですね、フリスさん」

「アルバートさん。もしかして、もう?」

「はい。ラグナ・マリアを囲んでいた四十二の大型機奇械怪、その全てを倒してきました。湖中にいたものも含めて」

「……流石というか、なんというか」

 

 君さ、それ全部未来に飛ばしたの?

 どこに飛ばしたとかわかってるのかな、この人。

 

「幾らかの残骸は残っているから、フリスさん。新種の調査には使えると思います」

「それは、ありがとうございます」

 

 違った。ちゃんと考えて使っているっぽい。倒せる奴はちゃんと倒しているんだね。いやホント、アルバートは評価の上下が激しくなるなぁ。

 

「さて、じゃあボクもあっちに助太刀……と思ったけど、必要なさそうだ」

「はい。アスカルティン、強いですね。……それに、チャルさんも」

 

 本当に。

 ……ちょっと驚いている。チャルってあんなに身体能力高かったっけ、って。

 いや、そんなことはないはずだ。少なくとも一週間前までは僕と同じくらいの身体能力しかなかった。それをああもぴょんぴょんと……。

 何か成長の兆しがあったのか、それとも。

 

「ところで、フリスさん」

「はい」

「ボクは懸念事項があるんです。もしこのまま、あの機奇械怪を倒した後もここに留まったら、どうなるか」

「英雄扱いで引き止められるでしょうね」

「逃げる、というのはどうかと思ってます」

「良い案ですね。ですが、荷物はどうしましょうか」

「ここへ来る前に全員分のを取ってきました」

 

 有能か?

 ガルラルクリア=エルグ・アルバート。戦闘面のサイキックは正直"ハズレ"だなって思ってるけど、上位者を見抜く慧眼といい判断力といい、ちゃんと英雄していて、しかも気遣いができるとか。

 ……フリス・カンビアッソに恋心(勘違い)を抱いているようだし、このままくっつけるのもアリかな? その場合チャルとの修羅場になりそうな予感がするけど、チャルが好きなのは、というかまだ引き摺っているのはあくまでクリッスリルグのフリスだし。

 関係性をギクシャクさせた方が人間が輝くって僕知ってるんだ。

 

 アレキは既に巻き込んでいるからいいとして……じゃあ後は、どうやってアスカルティンを巻き込むか、だね。

 

 僕としてももう、この国に用はない。

 滅ぶか立ち直るか、それは人間の自由だ。

 精々頑張って新たな英雄を生み出してくれると嬉しくはあるかな。

 

 それじゃ。

 

 

 

 

 

 

 空歴2544年02月20日。

 ラグナ・マリアを四十二もの大型機奇械怪が襲ったあの事件から、三日が過ぎた今日。

 

「カンビアッソさん!」

「はい」

「これ、見てください。もしかしてですけど……」

「ほう……確かにこれは」

 

 僕らは、ラグナ・マリアから南に大きく進んだ場所……元々法国家と呼ばれていた廃国、ネイトに来ていた。

 

 機械の時代だって言ってるのに黒魔術なんてものに傾倒していた馬鹿な国。

 滅んだからいいものの、まだ残ってたら僕直々に滅ぼしていたかもしれない。まぁその前に他の上位者が内側から壊していただろうけどさ。

 それで、なんでこの国に来ているのか、というと。

 

「……うーん、止みそうにないね」

「突然の雨ですもんね……」

「あ、フリスさん。コレとかどうですか」

「これは、ゴミですね」

「ゴミですか」

 

 そう、突然の豪雨に見舞われたから、だ。

 普段は雨雲をチャルやアルバートが見つけて、それを避けるコース取りで行くんだけど、今回はラグナ・マリアから離れる道を選んだ結果、こうして雨雲の下をくぐる羽目になった。それはまだよかったんだけど、雨量が凄いのなんの。土砂降りも土砂降りで、これは流石にどこか屋内に入らないと風邪を引く、ということで、けれど周囲は荒野。

 それなら少し歩くけどネイトに行くのはどうかな、と言い出したのがアルバートで、彼女はなんと僕らの時間を止めて無理矢理全速力で運ぶ、という荒業を行使。アレキとアスカルティンは自力でついていったみたいだけど、僕とチャルは固まったまま小脇に抱えられていたらしい。

 

 アルバートの時間干渉はハズレだ。珍しさが無い。

 けど、別に弱いとは言ってないというか、普通にかなり強い。僕でさえ肉体がある時に止められたら止まってしまうのだからね。概念体には作用しない……というか作用できる能力なんて限られて来るから届かないんだけど、それでも肉体に宿っている時に脳を止められたら思考が出来なくなるのは当然で。

 現状唯一僕を封印できる可能性のある存在だよね、アルバート。

 ……でも、そもそもの話。

 サイキックは、人間には宿らないんだ。両親が"毒"や"種"に侵されていて、それが子に受け継がれて目覚める、という事は無きにしも非ずなんだけど、基本的に"毒"や"種"を受けた人間は子を成せなくなるし、すぐに死ぬ。

 それを潜り抜けたというのならまぁ認めなくもない……んだけど、空歴2000年代にそんな人間いたかなぁ、と記憶を掘り起し中。そもそも僕が"種"、"毒"、"罅"を蒔き始めたのが空歴2044年のことで、アルバートは空歴2044年の人間だ、と言っている。まずここで矛盾が生じるんだ。アルバートがサイキックを手にするためには、"種"等を持った両親がいないといけない。仮に彼女両親が空歴2044年に"毒"に感染していたと仮定して、けどそんなすぐに子供って生まれるかなぁ。

 アルバートがお腹にいる時に感染したのだとすると、それはそれでおかしい。だって僕が"毒"を蒔いたの、当時戦争中だったある二つの国の最前線だし。兵士しかいないそんな場所に妊婦がいるとは考え難い。

 ……考え難いだけ、なのかなぁ。その時誰か一人いて、それが生き延びて……アルバートを生んで。でもアルバートは自分を2044年の人間と言っているし、時間に関するサイキックを発現している以上、2044年に物心ついていないといけないわけで。

 生まれたばかりの赤ちゃんがサイキックを理解して、プラスそれが無くても機奇械怪と戦えるくらいの剣術を覚えて、物心もついている。

 うーん。む、無理がないかなぁ。僕の常識というか先入観が邪魔しているだけなのかなぁ。

 

「カンビアッソさん、これはいけそうじゃないですか?」

「おお、それは行けますね。……よし、これで、あと必要なのは……集音装置の類があればいいです。なければ僕が作ります」

「わかりました! 探してきます!」

 

 僕はそこまで頭が良くない。もしかしたらもっと頭の良い上位者辺りに相談すれば、パっと答えが出たりするかもしれない。

 けどラグナ・マリアでド派手にやっちゃったからなー。もし各国の上位者が大本と連絡を取っていたら、協力は得られないだろうなぁ。うーん、やっぱ無計画って活きない事の方が多くない?

 

「しかし、本当に器用ですね、フリスさん。こんな作業場らしい作業場もないところで……」

「まぁ、慣れですよ。昔は今ほど設備も整っていませんでしたし、工具の類も無かったので……あはは、時にはこんな屋内じゃなく、砂埃吹く砂漠で、とか、すぐ近くで噴火活動の起きている火山で、とかもありましたよ」

「……フリスさんの並外れた胆力の理由がわかりますね」

 

 アルバートのサイキックの件は保留にするかぁ。チャルのこともわかってないしね。

 

 で、今何やっているのかというと。

 

「よし、形になって来た」

「おお……流石は科学開発班」

 

 所謂テレビ電話と呼ばれる物作り……である。

 ネイトに来て、比較的無事そうな建物を僕が速攻で改修、周囲にいた機奇械怪を奇械士四人が爆速で片付けて拠点化。

 その後、その建物から地下へと続く階段を見つけ、深く深くまで続いていたそこに散らばっていた部品類を見て、僕が「これなら通信機の類が作れそうですね」なんて零したのが運の尽き。

 ホワイトダナップを出てから二週間が経っているからか、主にチャルとアレキの二人が躍起になって足りない部品とかありますか? って動き始めた。

 

 実はその行為ケルビマが取り締まっている盗掘だったりするんだよね、なんて言葉は飲み込んで、じゃあこれとこれとこれと、これこれこういうものがあったら最高です、と言えば、アスカルティンまで面白がって探索に参加する始末。

 流石にアルバートは行かなかったけれど、今はネイト地下の大捜索にみんな夢中になっている。どうせ雨止みそうにないし、僕もミケルに感化されてものづくりがしたい時分だったし、いいかなって。

 

 そうやっている時間の中で、丁度チャルとアレキとアスカルティンが全員遠くに行ったらしい時があった。

 

 おずおず、と。

 アルバートは──話を切り出す。

 

「……フリスさん」

「はい」

「もし、もしもなのだけど……えと、その……だね、ですね」

「前々から思っていましたけど、僕にだけ敬語に、とかいいですよ。年功序列なんて古い概念、ホワイトダナップに相応しくないですし」

「え、あ、うん。そう……だね。わかった。ああでも、今話したいのはそういうことじゃなくて」

「寝ている僕の額にキスした事ですか?」

「うん……。……。……? ……──? ……!?」

「入院中、僕の病室に来て、告白をして、僕の額にキスをしていったことですか、と。そう聞いています」

 

 作業をしながら聞く。

 目を見る事もなく、淡々と。うーん、側頭部にカメラとか埋め込んでおくべきだったかな。反応録画してフレシシに「照れるってこうやってやるんだよ」って教えてあげたかった。

 

「え、ええ、えええええと、あの、そもそも」

「あなたが女性であることですか? わかっていますよ」

「えぅ、あ、ぁう」

「なんなら初めて会った時からわかっていましたよ。骨格も服に仕込んだ骨組みで誤魔化しているみたいですけど、科学開発班を舐めすぎですね」

「あ、じゃ、それ、う、あの」

「返事ですか? そうですね」

 

 さて──正念場かな。

 無計画大好きフリスくんとしては、ここでYESを返すのがもっとも面白そう。アルバートのことをもっと知る機会になるし、どうせホワイトダナップに帰る前に死ぬ予定のフリス・カンビアッソだ、そこの悲劇は良いカタルシスを生みそう……だけど。

 付き合うとか、結婚する、ということは、行動が制限される、ということでもある。

 ……ふむ。

 

 でもこれで付き合っておいて、チャルに見抜かれた時どんなヤバい展開になるのか楽しみじゃない?

 

「いいですよ」

「……ほ、本当かい?」

「はい。別に付き合っている女性もいませんし。ただ、ガルラルクリアとしてはどうなんですか?」

「あ……あー。あー。あーあー……」

「では、当主があなたに代わるまでは、秘密のお付き合い、という事にしましょうか」

「そう……だね。そうするしか、ないかな」

 

 アルバートは男子として育てられている。女性であることも当然のように秘密で、だから婚姻は恐らく身内の男性と、表向きも息のかかった女性との結婚、になっていたんだろう。

 まさか一緒に旅をした監視役の男とデキて帰って来る、など。ガルラルクリア家現当主が誰なのか全く興味ないけど、その人はもう血管破裂して死んじゃうくらい怒るんじゃないかな。

 

 うん。いいね。

 この後の展開とか代償とか全く考えてないけど、人間関係は複雑にすればするほど面白いって人間史と寄り添ってきて学んでるから!

 

 それに、チャルを取り巻く青春ラブコメアクションストーリーに、アルバートを混ぜ込むつもりはなかったからね。あるいはフリス・カンビアッソを生き残らせて、適当な上位者人格入れて、チャル達から引き剥がすのはアリかも。サイキックもロクな入力になってないから、家庭に縛りつけるとかして。

 

「フリスさん、見つけてきました」

「カンビアッソさん、これとかどうですか?」

「すみません、集音装置は見つけられなかったのですが、先程のものより大きなカメラを見つけました」

 

 続々と帰って来る少女達。

 アルバートがウインクをして、口元に指を持ってきて「シーッ」というような動作をする。やめときなって。あ、ホラ、チャルがなんか見抜いたよ今。アルバートの大切なものが変わったからじゃないかなー今の。

 

「ありがとうございます、皆さん。では作業に入るので、無いとは思いますが、外の警戒などをお願いできますか?」

「はい。じゃあアルバートさん、私と一緒に外行きましょう」

「え、うん。いいけど……他の二人は?」

「ちょっと気になるものがあったので……。アレキ、さっきの所覚えてる?」

「ええ。アスカルティン、案内する。あなたに見てもらいたいものなの」

「私? ……わかりました。行きます」

 

 う、うわぁ。

 何その都合良い部隊分け。

 き、聞きたい。チャルとアルバートの会話を聞きたい。ああでも、流石に"創り変え"たらバレるよね。普通に機械工作しないとダメだよね。機奇械怪にしちゃうのが一番手っ取り早いんだけど……うう、仕方がない、断腸の思いで我慢しよう。

 あとこれが終わったらその気になるもの、って方も見てみたいかなー。

 

 ……そうだ、オルクスとテルミヌスに……ちょちょっと、ね?

 



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ラブコメに強制割込させられる系一般融合機奇械怪

「アルバートさん」

「何かな」

「そういうの、止めた方が良いと思います」

「え?」

 

 チャルは、アルバートの目を真摯に見つめて言う。

 揺らめく紺碧の瞳は、まるでアルバートの全てを見透かしているような鋭さを持っていた。

 

「こういうことは、誤魔化しても良い事ない、と思います」

「……ふふ、敵わないね。じゃあ言うけど、先日ボクはフリスさんに──」

「それを言ってます」

 

 遮る。

 彼女は、強い意思を持って、アルバートの言葉を止める。

 

「自分を誤魔化して、無理矢理に好きだって勘違いさせるの……やめた方が良いです」

「……」

 

 今度こそ、アルバートは固まる。唾も言葉も飲み込めぬままに、唖然とした表情で──目の前の少女を見る。

 だってそれは、アルバートが誰にも悟らせないよう、自分の記憶をも飛ばして忘れていた事なのだから。

 

 蘇る。

 自分の本当の気持ちが──何度もあり得ないと頭を振って、否定した感情が。

 

「君は」

「カンビアッソさんに告白したんですよね。わかります。アルバートさんの中にあった本当に大切なものが、顔の見えない、髪の長い小さな女の子から、カンビアッソさんになったのがわかりましたから」

「な、ぜ……そこまでのことを」

「けど」

 

 髪の長い小さな女の子、まで聞いて、さらなる動揺をする。

 アルバートにとってそれは、過去の、ガルラルクリアの姓でなかった頃の彼女の思い出は、今生において口にさえ出したことの無い話だ。

 

「そのどちらもが、偽りですよね。偽りというか、あなたが自分にかけた、『そうであると思い込むための自己暗示』」

「なん、」

「わかります。その後ろに、朧気にですけど、もっと大切なものが見えるので」

 

 それは。

 

「ボールと積み木と、男の子。読み取れるのはこれだけですけど、アルバートさんが本当に愛しているのは彼なんじゃないんですか?」

「──……」

 

 唖然、呆然。

 聞く人が聞けばドン引きするような、というか盗聴しているフリスが既に「うわぁ、もうちょっと手加減とかさ……」なんて独り言をつぶやいてしまうくらいの、踏み込み。

 恐らくアルバートが自分さえ騙してひた隠しにしてきた真実を暴き、それを当の本人にまざまざと見せつける暴挙は──けれど、よく効いたらしかった。

 

「……そうらしいね。ああ、そうだった。ボクは忘れたくて……新たな生を歩みたくて、()()()()記憶を閉じているんだけど、ああ──そうか。ボクは、忘れ切れていないのか」

「はい。アルバートさんにとって、あの男の子は、誰よりも大事に見えます。そんな取って付けたような恋心なんかより、遥かに。そもそもアルバートさんがカンビアッソさんに感じたのって、恋心じゃなくて脅威だと思います。私も一瞬勘違いしそうになりましたけど……あの人は多分、もっと別の」

「うん。使徒の類だろうね。つい先日フレイメアリスに会ったばかりだし、そろそろ動いていてもおかしくはないだろう。あの横臥チトセというメイドも使徒だった。ただ、フリスさんはもう少し上の存在な気もするけど……」

「使徒……って、なんですか?」

「ありゃ、その辺りは知らないのか」

 

 腰を据えて。

 アルバートは、静かに語り始める。その語りには多分、もうこれ以上踏み込んでほしくない、という思いがあったのだろう。アルバートの秘密。原初の記憶。それが語られる日は──少なくとも今ではない。

 

「いいかい、この世界には、神と使徒と人間がいる。まず人間とはボクらのことだ。いつの時代も最も数が多くて、増えすぎたり滅亡しかけたりを繰り返す。今は滅亡しかけている時期だね」

「……言い回しが完全に新興宗教……」

「うーん、でもこれ以外に説明のしようがないからなぁ。だから、続けるよ。それで、次に使徒。これは天使とか使徒とか上位者とか色々呼び名があるんだけど、得てして『刃の通らない身体』を持ち、『目に見えない力を操り』、『至る所に現れる』……『人間社会に潜み、世界を眺める端末』を指す」

 

 どこかで誰かが「ぶふっ!?」と噴き出したりしていなくもない。

 

「え、えーと。ごめんなさい、ちょっとよく……」

「混乱するのも無理はない。というか普通は信じられないよ、こんなの。けど、事実だ。ボクはずっと見てきたからね。彼らがこの世に齎した叡智と暴虐を。ふふ、しかもその使徒は、世界中に何万人もいるんだ」

「……それが、カンビアッソさん」

「あと、ボクは直接見たわけじゃないけど、以前ホワイトダナップに現れたというキューピッドというのもそうだろうね」

「え……」

「ああ、けれど、勘違いしてはいけない。使徒は必ずしもああいうのばかりではないんだ。勿論人類に害を齎すタイプも多い……というか半分くらいはそうなんだけど、逆に益を与えてくれる使徒も少なくない。ホワイトダナップにも二人程人間の味方をしている使徒がいるよ」

「ホワイトダナップにもいるんですか……?」

「いる。けど、害を及ぼさない方は、ただの死なない人間でしかない。勿論『刃の通らない身体』と『目に見えない力場』は持っているんだろうけど、攻撃されない限りそれをひけらかしたりはしないさ。彼らは人間社会に溶け込む事を目的としているから、人間との不和を起こしかねない言動はしないのさ」

 

 どこかで誰かが「ま、まぁ僕バランサーじゃないし……」とか言ってたりしない。

 

「つまり……カンビアッソさんは、特に問題ない人、でいいんですよね?」

「多分ね。科学開発班で真面目に働いているあたり、益を齎す側だろうし……何よりこうやって、チャルさんやアレキさんの願いに答えて通信機を作ってくれるくらいには人間を見てくれている。害を齎すタイプの方は基本、自分の興味あるもの以外に興味が無いんだよ。一切の興味を向けない。恐ろしい程にね」

「……使徒が、自分を使徒だと忘れて、仮人格を持つ、ということは」

「あぁ、たまにあるよ。というかよくそんな可能性を思いつくものだね。結構なレアケースなんだけど」

「そう、ですか」

 

 否定して欲しかったのかもしれない。

 チャルの知る彼が、仮人格ではない、と。

 けれど、チャルは首を振る。そうだとしても、彼はオルクスをチャルに預け、殺せ、と言っていた。それは彼が仮人格以上のものを手に入れていた事に他ならない。

 

「神、というのは?」

「名前くらいは聞いたことあるだろう? フレイメアリスだよ」

「……皇都フレメアの由来になった、空の神」

「フレメアの事も知っているのか。ああ、そうか。アレキさんの刀はフレメアで見つけたと言っていたね。……けど、よく降下許可が下りたものだ。あそこはホワイトダナップにとって最大の汚点。現政府は隠したがると思っていたんだけど」

「それはちょっと、裏技を」

 

 ケルビマ・リチュオリアが探してこいと言って、その後全責任を彼が負ったからうやむやになっているけれど、たとえ隠されていた国であったとしても、禁書や武器を拾ってくるのは盗掘行為。本来はケルビマ・リチュオリアが罰する対象である。

 無論、その盗掘対象がその直前くらいに作られたものである、など、ここにいる二人には知る由もないのだが。

 

「……まぁ、いいや。それで、フレイメアリス。これは空の神の名なんだけどね、実際にいる」

「神様が……」

「昔からいるんだよ、この神は。フレイメアリスの名が本当の名ではないかもしれないけどね。聖都アクルマキアンで己を崇めさせてからというもの空の神で定着したけど、昔は不死の王フェルトゥノスとか、精霊主ズァルテュスとか、反神トゥキパト、タブリスグリヌス……とまぁ、色々ね」

「……ごめんなさい、あんまり一気に言われても……」

「まぁ、過去の名前は覚えなくていいよ。今はフレイメアリスだから」

 

 怒涛の、しかも知らない言語体系の名前に、さしものチャルも頭が追い付かない。

 今さっきまで鋭く踏み込んできた彼女とは打って変わっての、そんな年相応な様子に、アルバートはくすくすと笑って──さらに畳みかけることにした。

 

「フレイメアリス。聖都アクルマキアンに行ったことは……もちろんないよね。そう、昔、聖都アクルマキアンに彼の神は降臨した。手の一振りで山を作り、目線を向けただけで小隕石を消滅させ、死んだ人間を蘇らせ……それはまさしく神の御業だった」

「……神話、じゃないんですか?」

「実話だよ。ボクが生き証人……というには、何度か死んでいるけれど。まぁそんな話は良いんだ。重要なのはこれが事実であるという点と、その御業は全て()()()()で行われた、という事だ」

「気まぐれ……?」

「そう。さっき崇めさせて、といったけど、彼の神は人々に自分を崇めさせるためにそういう御業を披露したわけじゃない。山を作ったのは『もう少し夜明けを遅らせたかったから』。小隕石を消したのは『折角書いた神話が後世に残らないのが嫌だから』、死んだ人間を蘇らせたのは『その方が面白そうだから』。彼の神の最大の特徴はね、どこまでも無計画である、という所なのさ」

 

 人間にはできないことを、そんな、ちょっと気に入らなかったからとか、面白そうだから、とか、そんな些細な理由でやってのけてしまう。

 それはまさしく神の性分であり、所業。そんなものが当然のようにいるという事実に、チャルは身震いする。

 

「なんでそんな、神様の言い分……動機? とかまで知ってるんですか?」

「あぁ、まぁ、飲み仲間だったからね」

「……?」

「ふふ、わけがわからないって顔だね。君にその顔をさせたことがボクの勝利かな。で、説明すると、所有する肉体によって性格が微妙に変わるんだよ。穏やかになったり残酷になったり、友好的になったり敵対的になったり、色々ね。前回ギンガモールの中で出会った時は、かなり穏やかな方だったかな。肉体は消し飛ばしてしまったから今は新しい肉体を得ている頃だと思うけど、今思えばあの状態で縛り付けて置けば、もう少し世界は平和だったかも」

「……じゃあ、今は、怖い神様になっているかも、ってことですか?」

「そうだね。でもあの神にもボクの剣は効くから大丈夫。出てきたら叩き斬って、倒すよ」

 

 最強の名に相応しい自信。

 それは、見たものを安心させる顔。未だ少しだけ自信の持てないチャルにはないもの。

 

「お話の……八割くらいは、わかりませんでした。でも、つまりカンビアッソさんはカンビアッソさんで……アルバートさんは、カンビアッソさんへの想いを見つめなおしてくれた、ということでいいんですよね」

「それはどうかな。複数の人間を好きになる事もあるからね」

「……」

「ふふふ……おや、どうして睨むのかな、そこで。それではまるで、君が──」

 

 その時、なんともまぁ絶好のタイミングで、地面が揺れる。

 明らかに自然現象ではない揺れ。それは一頻りネイトの地を揺らした後、地面を突き破って出てくることになる。

 

 出てきたのは、真っ黒な。

 

 

+ * +

 

 

「結構深いですね……」

「ええ、私も行きすぎるのはどうかと思ったけど、ちょっと気になるものが見えてしまって」

「……法国家ネイト。かつて黒魔術に傾倒した国、でしたっけ?」

「偉い。この前教えた事、覚えてたんだ」

「はい。頑張り屋さんなので」

「自分で言わない」

 

 実はというほどでもないが、アスカルティンの一般常識の先生はアレキが務めている。彼女が病弱ゆえに行っていなかった分の教育を、ここで。

 ホワイトダナップには義務教育の制度など存在しないから、学のない者は学のないまま一生を過ごす可能性だってある中で、奇械士ゆえにかなりの高等教育と言える勉学を、アスカルティンはものすごい速度で吸収していく。

 記憶の集積回路と化した脳が、超効率的に学びを得続けているため、アスカルティンはあんまり努力せずとも頭が良くなっていっているのである。だから偉いなどと褒められる筋合いはないのだが、わざわざ言い出すことでもないのでアスカルティンはふふんと鼻を鳴らした。

 

「それで、気になるものとは?」

「見たらわかる……というより、見ないと説明できない」

「そうですか」

 

 階段を下っていく。

 今まで入り組みに入り組んでいた地下通路が、一気に狭くなって、一本道の階段になった。

 それは些か不気味ではあったが──残念ながら、九割九分九厘機奇械怪であるアスカルティンにはもう、寒気を覚える機能が存在しない。気温を測る機能はあるが。

 隣でアレキが肌をさすっているから、「あぁ、これくらいが人間って寒いんだっけ」と思うくらいだ。

 

「そういえば、ケルビマさんから預かった禁書ってどうしたんですか?」

「持ってるけど」

「後でアルバートさんに見せてみませんか? 読めるかもですし」

「それは……そうね。失念してた」

 

 ケルビマより預けられた、『歴史の真実を記した書』。

 しかしながら、表紙も中身も、酷く難解な言語で書かれていたがために、未だ解読は成っていない。この修行の旅で聖都アクルマキアンに寄ったらそこで解読を頼むつもりではあったが。

 ただ、アレキの心情としては自分で読み解きたい、という部分もある。なんせ、ケルビマが「お前たちなら読めるだろう」といった感じで*1これを渡してきたのだ。その期待に応えたい部分は大きい。

 

「そっちの刀も、ちゃんと見せた方が良いかもですね」

「アルバートさん、武器にも詳しいの?」

「あ、いえ、フリスさんにです。科学開発班なら何か知っている事があるかもですし」

「……それも確かにそう。ダメね。私、どうにも……あの二人を信用していない、みたいで」

「あー。まぁどっちも胡散臭いので仕方ないです。何よりアレキさんはチャルさんに底根なので、周りが怪しく見えるのも仕方がないかと」

「そ、そういうわけじゃ」

「いえそういうわけでしょう。傍から見てちょっと引くくらいというか、危うく感じるくらいにはチャルさんのこと好きですよね。先日のフリスさん拒絶事件も、普通にやり過ぎだったじゃないですか」

「ぅ……」

 

 勉強を教えているのはアレキだ。が、アスカルティンは普通に年上で、幼さは機奇械怪が表に出ている時にしか現れない。

 普段はお姉さんなのである。身長は四十センチメートルくらい違うとはいえ、お姉さんなのだ。

 

「……あ、そろそろ」

「話題逸らしましたね。まぁ十六歳の時分ですから青春も良いですけど、慎ましさとかお淑やかさとかも必要だと思いますよ」

「……機奇械怪の群れに突っ込んで、パーツとか動力炉とかをむしゃむしゃ食べながら高笑いしている姿が慎ましいの?」

「私、機奇械怪暦はまだ二歳くらいみたいなので許されます」

 

 尤も、タガを外してなくても行儀の悪い食べ方はするのだが、アスカルティンは黙っていることにした。

 

「ここ」

「……機械の、扉?」

「ええ。機奇械怪ではないようだけど、果たして斬っていいものか、と思って。カンビアッソさんを連れてくるのが一番なんでしょうけど、その」

「フリスさんと二人きりになりたくなかった──と? 大丈夫ですよ、あの人アレキさんにほとんど興味ないじゃないですか」

「……それはそれで思う所あるけど」

 

 それじゃ、と。

 アスカルティンは扉に手を当てる。

 そしてバッと引いた。

 

「アスカルティン?」

「……斬らなくて正解です。この扉……触ったものを取り込むみたいです」

 

 彼女の指先。

 五指の全てが、ざっくりと斬られている。

 

「!」

「問題ありません。これ、自分でパージしたので。……しかし、困りましたね。これはちょっと……私達じゃ無理な扉かもしれないです。今、私の指先が呑まれていったの、見えましたか?」

「いいえ。扉に変化が起きた事さえ見えなかった」

「ですよね。私もです。つまり、それだけの速度で飲んできます」

「じゃあ、飲まれる前に斬ればいい。そういうこと?」

「え、いや、ですから」

 

 アスカルティンは止めようとする。

 ラグナ・マリアで、横臥チトセと対峙した時の事を思い出したのだ。アルバートとチャルの踏み込みは見えなかったけれど、アレキのものは見えた。つまりそれは、アレキの速度がかなり劣っていると──。

 

 ズシン、と。

 ──扉が奥に落ちる。

 

 抜いて、斬って、納める。

 その動作の一つとして、アスカルティンは見ていない。

 

 ただ扉が斬られた事実が残るのみ。

 

「……アレキさん、ラグナ・マリアでは手を抜いてたんですか?」

「いいえ?」

「……まぁ、深くは聞きませんけど」

 

 この短期間で成長した、とでもいうのだろうか。

 あり得なくはないが。

 けれどやはり、考えられない。

 

 だが、一つの可能性には思い至った。

 

「あの、アレキさん。一つ良いですか?」

「なに?」

「人って、斬ったことありますか?」

「……人型なら、ある。あと吸血鬼」

 

 それで理解する。

 ああ、だから、と。横臥チトセとの闘いの最中、チャルは「人殺しに抵抗はない」と言っていた。

 でも、アレキにはあるのだろう。アスカルティンにとって人殺しも食人も何も思うことの無い行為だけど、それがかつて忌避されるものであったことは覚えていなくもない。

 彼女の足を遅くさせていたのはソレで。

 それ以外の相手なら、問題ないのだと。

 

「それがなに?」

「いえ、なんでもないです。それより……中のアレ、やばくないですか」

「ええ、見ないふりしてたけど、ちょっとどころじゃないくらい……気色悪い」

「ヒトでしょうか」

「ローリー種が吐いてくるコールタールの類に見えなくもない、かな」

 

 扉の先にあったのは、手術台。

 そこに寝かされている──真っ黒なヒトガタ。全身から黒を滴らせ、それが床に落ちて、部屋一帯を真っ黒に染めている。

 

 ぎょろり。

 

 突然だ。

 何の前触れもなく、ヒトガタの頭部と思われる場所で、二つの眼が開く。

 瞬時に身構えるアレキとアスカルティン。

 だが、そんな彼女らには目もくれず、黒は何度か首を振った後──上を見る。

 

 そして、「オオオオオオ」という、凡そ現代で聞くことの無い叫び声をあげた。

 声は部屋を揺らし、地下を揺らし、否、法国家ネイト全体を揺らしていく。

 

「不味い、アスカルティン!」

「はい、脱出しましょう。最悪崩れます」

 

 最悪、どころではなく。

 もうすでに、パラパラと天井が落ちてきている。当然だ。長い間何のメンテナンスもされていなかった国の地下が、突然の揺れに耐えられるわけがない。

 ズシン、と、更に揺れた。

 

 アレキとアスカルティンが駆け出すと──同時。

 黒は背中から翼のようなものを生やし、直上へ飛び立つ。

 

 天井も地面も全て貫いて──黒は。

 

 

+ * +

 

 

「鳥……いや」

「ひと……?」

 

 飛び出してきたもの。

 それは真っ黒な翼と真っ黒な身体を持つ、鳥のような、人のような──あるいは天使のようなもの。

 直後、ドンと横の扉を突き破って、フリスを抱えたアスカルティン、アレキが出てくる。

 

「アスカルティン、アスカルティン。連れ出してくれたのはありがとうございます。ですが、僕の身体はそこまで強くないので、あなたの腕でラリアット気味に持ち出されたら折れてしまいます」

「チャル、大丈夫!?」

「あ、うん。大丈夫だけど……アスカルティンさん、そろそろ離してあげないと、カンビアッソさん死んじゃう」

「大丈夫ですフリスさんは丈夫なので」

「だから、丈夫じゃないんですってば」

 

 真っ黒な天使は、ぼたぼたとボトボトと黒を垂らし、落とし、耳を劈くような声を上げて、周囲を見渡している。

 明らかに機奇械怪ではないその姿を視認し、顔を歪ませたのは二人。

 アルバートと、フリス。フリスは本当に微かにだが、額に皺を寄せて。

 

「あれは……」

「アレキさん、チャルさん。あの黒いのに触れてはいけませんよ」

「カンビアッソさん。何か知ってるんですか?」

「文献資料程度ですが……あれは"罅"。触れたものを侵蝕して粉砕するエネルギーです」

「罅?」

「どう見ても液体ですが……」

「まぁ、その辺は僕にも」

 

 "罅"。

 あるいはここで、今の様子を上空から見る事ができる者がいれば、納得することだろう。

 黒い天使を中心に、地面が罅割れるようにして黒が広がっていく様が見えるだろうから。

 

 それはネイトに残された廃墟や家屋を飲み込んで砕き、粉々にして広がっていく。

 

「みんな、下がって。アレはボクが消し飛ばす」

「それはやめておいた方がいいでしょうね。あなたじゃ力負けします」

「どういう……」

「それより、アスカルティン」

「私?」

 

 フリスが声をかけるのは、近接がダメなら出番はないな、と逃げる気満々だったアスカルティン。

 先程自分が飲み込まれかけたことを含めて、アレには勝てないと計算を終えていたところだった。そこに。

 

「チャルさん、《茨》を出せますか?」

「……! ……はい、出せます」

「茨?」

 

 何故知っているのか──ということを聞かない理由。

 それは、ラグナ・マリアでの初日にまで遡る。チャルがフリスに肩を抱かれたあの日のこと。チャルはアレキに、あの時あったことを説明していた。

 実演することで、それを。

 

「どれくらい必要ですか?」

「エタルド一回分で構いません」

「わかりました」

 

 少し前までのモード・エタルドは、チャルの全体力を食らい尽くして撃つものだった。そして、その失った体力を《茨》を介してアレキから供給できる、という仕組み。そこにフリスが介入した。

 《茨》側の制御で消費体力を調整できるよう、チャルの腕に刻まれた"華"の紋様に違う形を施していたのだ。それゆえに、チャルのエタルドは戦場でも何度か使用できる武器に変化した。もう、撃った瞬間に倒れる、なんて危険なことにはならない。

 アレキが態度を改めたのもこれが理由であり、けれど何故そんなことができるのかと問う暇なく今に至っていたが、先の話題。

 アルバートとした、使徒の話で、ようやくチャルは納得した。だから弄れたのだ、と。

 

 まぁ全くの勘違いで大体後付けなフリスの行動結果なのだが、辻褄さえあっていればそれでいいのが世界というものだ。

 無計画でも帳尻さえ合わせればそれは計画的に見える、の権化。

 

 そうして調整できるようになった体力消費は、さらに《茨》を出すことで体力の分割までもを可能とした。元よりダムシュの時点で《茨》の操作ができるようになっていたチャルにとって、それは造作もないことで。

 

 アルバートが不思議がっている中、チャルは腕の紋章をさすり……その身からズルりザラりと《茨》を出す。

 

「アスカルティン。これ、食べてください。食べて、理解してください。食べ方を」

「え……あ、はい」

 

 奇しくもアスカルティンが疑った、「あの二人絶対なんかヤってる」の真実。

 エタルドを使った後のアレキによる体力譲渡を、今度はアスカルティンが受ける。しかし此度は体力譲渡ではなく──。

 

「《"(ソレ)"》と"(アレ)"は、本質的に大体一緒です。《茨》を食べ、理解できれば、あなたは"毒"も"種"も"罅"も食べる事ができるようになるでしょう」

「理解できなかった場合は?」

「ここで全員アレに飲み込まれて死ぬんじゃないですか?」

 

 トゲのたくさん生えた《茨》。その先端が、アスカルティンの口へ近づく。

 アスカルティンはごくりと……喉を鳴らそうとして、この口は唾が分泌されないことを思い出し、やめた。

 

「い……いただきます」

「うん。いっぱい食べていいからね、アスカルティンさん」

「大丈夫。食べ過ぎても、私があげる」

 

 絶望的な黒の怒涛。

 その片隅で行われる──なんだかよくわからない供給会。

 

「……何故だろう。何故かインモラルに見えるよ」

「それはアルバートさんの心が汚れているからでしょうね」

「突然刺してくるじゃないか……」

 

 "罅"は尚、広がり続ける──。

 

 

*1
言ったわけではない




TIPS

《茨》

 "毒"、"種"、"罅"などの性質・形状の変化を持って世に蔓延るエネルギー。
 機奇械怪を動かしている動力にもなっている他、一部の機奇械怪が攻撃として用いてきたり、一部の上位者が植え付けてきたりする。昔は錬金術、黒魔術などの呼び名で呼ばれていたりもした。

 見た目は銀色の茨。味はアスカルティンのみぞ知る。


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降って湧いたファンタジーにげんなりする系一般上位者

 口にした瞬間、それが「口にしてはいけないモノである」と理解した。

 これは「命」ではない。最近食べ方を理解した「魂」でもない。時折機奇械怪が扱っている「電力」の類でもない。何か膨大なエネルギー。だけど──これは。

 

「──ぅ」

「安心してね、アスカルティン。──ソレは、君を次に進めさせるもの。最近感じていたんじゃないかな? 一歩、二歩。それどころではない距離を、周囲が進んでいく感覚を。自分の方が高性能なはずなのに、追い切れなかった。自分の嗅覚は誰よりも優れているはずなのに、感じ取れなかった。何より君には、『あなたが機奇械怪である』という事実以外に特別なものがない……そう感じていたんだろう」

 

 耳朶を打つ声。

 フリス・カンビアッソは少し離れた所にいるはずなのに、こちらを心配するチャルやアレキの声は聞こえぬまま、全身を響き渡るその声だけが脳を刺激する。耳朶。脳。そんなものは形に過ぎないのに。

 思い出すのは、誘拐されてすぐのこと。実験と言われて──機奇械怪を融合させられたあの瞬間に聞こえて来た、あまりにも無邪気な声。今にして思えばそれは機奇械怪そのものの意思だったのだろうけれど、今の感覚はそれと全く同じだ。

 何か。

 何か、自身の中核に入り込んでくるものがある。

 これが《茨》なのか。それとも。

 

「ラグナ・マリアの時点で、君の"英雄価値"は最高域に達した。直近の英雄の誰と比較しても、君は"新しい"。自らの中の機奇械怪と対話する。そんな英雄は過去いくらでもいた。説き伏せ、共に戦う。それも少ないけれど、いた。でも、そんな彼らでも──自らの在り方にメスを入れることまではできなかった。魂の存在に気付いて尚、命を消費した。貪った。アスカルティン。君は、違うね。君と、そして君に融合した機奇械怪は、君の考えに同調し、理解を示し、だからこそ君を主と認めている」

 

 響く。

 この声は二人には聞こえていないらしい。ただ、ただ。

 《茨》を食す口が。拒絶しているはずなのに──貪欲にそれを食べていく。

 

「変わるのは誰だって怖いだろう。君が嫌だと感じているのは、君という存在が消えてしまう恐れを抱いているからだ。だけど安心して欲しい。君は消さないよ。もし消えそうになっていても、僕が助けに行くくらいだ。──変わるのは君の"心"じゃない」

 

 全身の解析機構が《茨》を解析していく。

 これは何なのか。これはどういう仕組みをしているのか。これは何から発生し、何に吸収されるのか。これはダメだった。アレはダメだった。全身の素材のどれを用いても、ダメだ。ダメだ。ダメだ。ERROR、ERROR、ERROR、ERROR……。

 ならば──使う言語が違うのだと、気付ける。

 ヒントはある。

 今、存在しない脳裏を駆け巡る声。それは耳から聞こえているのではないのだと理解する。聴覚? 視覚? 違う。それも、これも、これこそが。だから。

 

「おはよう、新人類。とはいえ君はまだ眠っていていいよ。君が活躍するのは"次"なんだから。──だから、今はその力だけを貸してあげてほしい」

 

 ──気付く。

 チャル・ランパーロの中に潜む、あまりに膨大な揺らめき。アルバートの中にある、あまりにも淡い煌めき。

 そして……あぁ、何故、こんなものを見逃していたのか。何故、こんなものと共に在れたのか。

 これが。

 こんな。

 

 恐ろしい程に──惑星一つを越える程に巨大で、重厚で……あまりに懐かしい揺蕩い。

 フリス・カンビアッソ。いや、フリス。

 

 フレイメアリス。

 

「アスカルティンさん、大丈夫……?」

「カンビアッソさん、アスカルティンが《茨》を食べたまま動かなくて……」

「大丈夫ですよ。未知のものに対し、表情などのアウトプットを捨てて、全力での解析を行っているだけです。それもそろそろ終わります……が」

「が?」

「少々後ろがヤバいですね」

 

 この《茨》とは。

 ある、たった一人から派生した、巨大なエネルギー。それを動力に機奇械怪は動き、一部の者たちはそれを自らの力であるかのように揮っている。

 違う。気付け。

 これはそんな便利なものじゃ──。

 

「おやすみなさい、"次なる源"。君の出番は今じゃない」

 

 チャンネルが切り替わるように。

 意識が、変わる。

 

 解析が終わる。

 食べ方を理解する。あまり味は良いとは言えないが──これなら食べられる。

 

「まずいね、あの黒いの……"罅"がここまで」

「カンビアッソさん。あの飛んでるのって、機奇械怪ですか? それとも生物?」

「……分類上は生物でしょうが、もう死んでいるように見えます。さしずめ動く死体とファンタジーな魔物のハイブリッド……でしょうか?」

「冗談を言ってる場合じゃ、きゃっ!?」

 

 大きな揺れに、現実にまで引き戻される。

 そう。

 そうだ、私は、アレを食べるために、この不味いものを食べさせられていて。

 

 えー。

 じゃあアレも、不味いのでは?

 

「この揺れは……」

「ネイト地下にあった施設を考えるに……その辺が全て崩れて壊れて、ネイト全体が崩落しそう。そんなところじゃないでしょうか」

「そんなところじゃないでしょうか、って……。フリスさん、前々から思ってたけどちょっと軽すぎないかい? 一大事だと思うんだけど」

「死ぬときはみんな簡単に死にますよ。まぁここにいるメンバーなら崩落する大地を駆け抜けて安全地帯まで行けそうですが。あ、僕は無理です」

「確かに……最悪、みんなを抱えて逃げればいいか」

 

 何か危機感無さそうだし、このまま起きずに間に合わなくて逃げて、食べないで済んだらいいな、とか。別に私食いしん坊キャラではないと言いますか。お腹空いてる時に美味しいものを食べたいだけで、いつでもどこでもなんでも食べられたらいいっていうわけじゃないっていうか。黒すぎてどう考えても不味そうというか。

 

「アスカルティン、起きているのでしょう。わかっていますよ」

「……ぁえ」

「ランパーロさん、もう大丈夫です。《茨》を引き抜いてください」

「あ、はい」

 

 口の中からずるずると引き抜かれていく《茨》。不味いものが無くなるのは大助かりだ。

 その際、チャルさんの腕に戻っていく《茨》が彼女に傷をつけ……ない。

 どころか、チャルさんの方に《茨》の先端を、《茨》自身がふるふると振って、彼女の腕の中に戻っていった。

 ……従えてる?

 

「お味は如何でしたか?」

「ちょう、まずい」

「えっ……そうだったんだ」

「大丈夫。私はチャルの《茨》、嫌って無いから」

「なんのフォロー!?」

 

 よっこいしょ、と立ち上がる。

 そして──おお、まぁ、まぁ。

 まぁまぁに絶望的な状況に──ぐぅ、とお腹が鳴る感じがした。鳴りはしないんだけど。

 どうやら私の身体はお腹が空いているらしい。まぁ、解析に結構な動力を使ったから、当然と言えば当然。

 だけど食欲湧かないなぁ。

 

「アスカルティン、瞳の改造をするといいですよ」

「瞳?」

「はい。別に光刺激を人間に合わせる必要なんてないんです。食べやすい、食べたいと思える色に着色できます。あなたはほとんど機奇械怪なんですから、色も匂いも、なんなら味も。感じたい風に感じられる。それが機奇械怪というものです」

 

 確かに。

 だからあの時の……ギンガモールの中で受けた酸性の動力液も、最終的には美味しく食べられたんだし。

 なら、さっきの《茨》の味を美味しいと感じるような構造を作ればいいわけだ。どうせもう舌も生身じゃないんだし、適当にこねくり回して……あ、あと全身に耐性をつけないと。耐久性能……とかじゃないんだっけ? なんでも侵食するみたいだし。

 じゃあ、参考にするのは……あの時だ。

 食べられなかったヒト。ケルビマさん。あの味を、あの感触を。思い出して──そうそう、だから、何を使えばいいかというと。

 

「フリスさん、オールドフェイスください!!」

「はい、どうぞ。間宮原ヘクセンの部屋で見つけたものが一枚余っていましたから、食べて、使いなさい。ついでにもう一つ、これはサービスなのですが──」

 

 投げ渡されたコインを食べる。

 動力炉に入れて……消化するのではなく、そこから滲み出るエネルギーを搾り取っていく。おお、効率がいい。というかこっちが本来の使い方な気がする。

 

 つまり、装甲の耐久性能とかじゃなくて、"罅"が入って来ることを防がなきゃならないんだから──私を防げるもので覆ってしまえばいいだけの話。

 

「全ての機奇械怪は、オールドフェイスによって超駆動……オーバーロードができます。ですから、はい、ランパーロさん」

「え? あ、はい。……えと?」

「アスカルティンのサポートをお願いします。あなたのそれも、オーバーロードができるはずですから」

 

 動力炉の中でゆっくり回転していくオールドフェイス。

 そこから取り出されるエネルギーは、本質的には目の前の"罅"と同じもの。

 舌の改造は終わった。装甲にエネルギーの膜も張った。

 

「行ってきます」

 

 準備完了。

 ──じゃあ、あとは、あのヘンなのを食べるだけ。

 

 

 

 瞬間、私は黒天使の目の前にいた。

 ぎょろりとした目。そこに、勢いと回転を利用したキックを叩きこむ。

 

「ぶっ飛ばない、ですか……折角テンション上がり気味だったのに、そこは空気読んでくれたって……」

「言い忘れていましたが、アスカルティン! そいつ、ネイトの外に出したら終わりだと思ってください! ネイトの地下がスカスカだから押し留めていられているものの、この"罅"が平地に根を下ろしたが最後、地上の国は大体滅ぶと思います!」

「先に言え──ッ!!」

 

 地上の国なんか興味はないけれど、だからと言って人類滅亡の引き金を引きたいわけじゃない。

 だから、ぶっ飛ばすとかそういうのナシにして、未だ打ち付けてある足を起点に黒天使へ取りつく。

 

 ぎょろり。

 

「ひゃっ!?」

 

 思わず飛び退いてしまった。

 だってそうだろう。さしもの私も、目の部分にあった目が、滑るように後頭部にまで移動してきたら怖い。飛び退き、そのまま自由落下を始めている私を、背中にまで来た目が未だ見つめ続けてきているのも怖い。

 

 どちゃ、と音を立てて"罅"の上に落ちる。

 ……よし、侵食はされていない。

 

 上を見上げれば。

 ──こちらに向けて、真っ黒過ぎてよくわからないけど、多分円錐状のモノが。

 

「モード・テルラブ、オーバーロード!」

 

 射出、されなかった。

 横合いから飛んできた弾丸が黒天使の身体を貫いたからだ。射撃は正確無比。どころか、ちょっと弾道の外れていた弾も、その軌道を曲げてアレを貫いたように見えた。

 

 ぎょろり、ぎょろり。

 ……私を見続けていた目が、そのまま二つに……というか四つに増えて、チャルさんの方を向く。

 あの、怖いです。普通に。機奇械怪も時折意味の分からないものがいるけれど、何がどうなってああなって、みたいな機構はわかるから……余計にアレが怖い。

 アレがなんなのか、全くわからない。

 

「く……私も斬撃とか飛ばせたら」

「創作ファンタジーの見過ぎです。それよりアレキさん、ランパーロさんを抱いて、逃げ回ってください。多分そろそろ反撃が来ます」

「わかりました」

 

 言っている間に、フリスさん達の方へ、針状になった"罅"が飛ぶ。いやほんと"罅"ってなんですか。普通に攻撃性のある液体、とかじゃダメなんですか。

 

 とかなんとか言ってないで、もう一度黒天使に肉薄する。

 私から離れる事のない目。瞬時、生成される錘を左拳で割り砕き、さらにそれを蹴って加速。

 

 そして、黒天使の右翼に思いっきり噛みつく。

 味は……あー、うん。《茨》に似てるけど、少し薄味、だから、これを美味しいと思うように調整して……噛み千切る。

 

 頭の割れるような悲鳴。

 うるさいのでシャットアウト。そのまま翼に組み付いて、ガジガジとそれを食べていく。

 

「フリスさん、ボクにできることはあるかな」

「アルバートさんにできることは僕を守る事ですね」

「それは……必要なのかな。フリスさん、自分で逃げられるだろう?」

「僕をなんだと思っているのか知りませんけど、本気の本気で弱いですよ、僕。確かに他人よりは鍛えていますが、脆弱極まりないです」

「……いや、わかったよ。それに、好きな人を守る機会はボクとしても嬉しいからね」

「はあ。まぁ、じゃあお願いします」

 

 ガクン、と、落ちる。

 即座に理解する。自分で翼を切り落としたのだ。だから落ちる翼を蹴って、黒天使に組み付く。

 周囲を高速で移動しながら放たれる弾丸の雨。それは、スルスルと私のいない箇所だけを狙って黒天使に突き刺さる。オーバーロードとやら力なのだろう。で、それ私にも使えるらしいけど、使い方教えてくれないのはんでなんですかね。

 結局フリスさんもケルビマさんと同じで「ヒントはやるから自分で気付け」というスタンスを変えようとしないと、タチが悪いです。そりゃ何も考えないで答えだけ、っていうのは調子良いと理解してますが、名前だけ教えられる事はヒントじゃないと声高らかに叫びたい。

 

「まぁ、もう、食べ方も噛み方もわかったけど」

 

 オーバーロードとやらは、よくわからない。

 でも──もうわかった。組み付いて噛めばいい。取りついて千切ればいい。それを食べれば、それさえも私の動力になる。

 

「──それだけかい?」

「!?」

 

 声。

 目の前の黒天使……じゃない。この声は、彼だ。

 

「ヒントはあげたよ。君に。こんな声はヒントじゃない。今、体の中で回っているソレがヒントだ。君はもう辿り着いたはずだ。君はもう、自分が何を動力にしているか気付いたはずだ。──なら食べるものなんか、決まっているだろう」

「ええい、うるさいです……私は私のやり方でやりますから、引っ込んでてください!」

「あはは、君がどれほど僕を嫌っても関係ないよ。僕は君に"英雄価値"を見出している。君は必ず僕のためになる。君は必ず機奇械怪にとっての良い入力になる。君は死ぬまで──いや、死んでもかな? 僕の手の中で、この箱庭の中で、永遠に踊り続けるんだ」

「シャットアウッ!」

 

 理解をする、という機能を一時的に停止する。

 考える、という機能を一時的に停止する。何かが聞こえても、それは音。うるさいけど、うるさいだけ。

 私は。

 ……えーと、たべる!

 だから!

 

「出番だね!」

 

 どうぞご勝手に!

 

 

+ * +

 

 

 とりあえずアスカルティンに仕込む第一段階は終了。後は勝手に発芽するだろう。

 僕が行う人間アスカルティンへの入力はここまでかな。もうすぐ完全な機奇械怪になるだろうから、そうしたら僕はもう手を付けない。

 だからこれが最後の入力。あとはアスカルティン自身が気付き、段階を踏むか、一息で全てを飛び越えるか。「私は私のやり方でやる」とのことだ。彼女の寿命は人間とは全く別のものになるだろうし、そこは気長に待たせてもらおう。

 

 さて、幼稚な機奇械怪へと意識の切り替えを行ったらしいアスカルティンが、物凄い勢いで"罅"を食い散らかしていく中で、少しだけ考え事をする。

 

 チャルとアルバートの会話から、アルバートが何度も何度も転生……というより憑依? みたいなことをしているのがわかった。それはサイキックに関係ない、どっちかというと呪い……他者がアルバートにかけた契約のようなものに思える。

 いやホントにね、今は機械の時代だから、こういうファンタジーな話したくないんだけど……まぁ多分、アルバートは機械の時代になる前から存在しているんだろう。で、言い分からして、かつての僕と仲良かった誰か、なんだけど……。

 

 ううん。

 僕、無計画に正体晒してどーん! をするまでは、割と普通に一般人やってるからなぁ。

 いるんだよね。それはもう、数えきれないくらい。仲良かった人間。

 ここには当然チャルやアレキも含まれることになるし、元両親……クリッスリルグ夫妻も含まれる。そういう、人間社会の輪にいた時に作った友達、家族みたいなのは沢山いるから、誰がどれとか言われてもなぁ、って感じ。

 聖都アクルマキアンにいた時の飲み仲間……までは絞れた気がしないでもないけど、果たして……あの時の飲み仲間、つまりヘイズの居酒屋に通っていた"英雄価値"たちの誰かってことだろ? そんなのいっぱいいたって……あの頃はとりわけ英雄が多かったんだから。

 その中からアルバートっぽいのを思い出すのは……至難だ。だって今のアルバートに"英雄価値"は感じない。物凄い煌めきを見せてくれるというのなら話は違ったけど、こんな薄っぺらいサイキックと誰を重ねたらいいんだ。

 

「フリスさん、結局アレは……なんだと思う?」

「まぁ、何らかの実験動物じゃないですか? ここは黒魔術を研究していた国なんですから」

「でもさっき、『さしずめ動く死体とファンタジーな魔物のハイブリッド』と言っていましたよね」

「アレキさんに冗談を言っている場合じゃない、と言われましたけどね」

「冗談じゃないから言ったんじゃないですか?」

 

 ……アルバートは隠す気があるのだろうか。自分のサイキックや生い立ちを。

 なんか、僕にならバレてもいい、という風に聞こえる。それは僕を好きだから、とかじゃない……んじゃないかな。さっき自身の気持ちに気付いていたことだし。

 じゃあやっぱり、僕を上位者だと確信しているからこそ、かな?

 それなら……こっちからカマかけるのもアリか。

 

「やけに詰めてきますね。あなたこそ知っているのでは? 動く死体、魔物。これらについて」

「ああ、知っている。ゾンビというものが闊歩していた時代。魔物というものが存在していた時代。それらをボクは知っている」

「……」

「ボクは開示した。だから、アナタも教えてくれると助かるよ。──使徒、フリス・カンビアッソ。目的とかは聞かないでおくから、あれが何なのかだけでもね」

 

 ……それは、絶対の自信から来るものでもあるのだろう。

 時間を操るサイキックが僕より上の存在である(と勘違いしている)フレイメアリス(でもない僕)に効いたこと。つまり、最悪僕をはるか遠くの未来に送ってしまえばいいと──そう考えているわけだ。

 うん、確かにそれは痛い。僕の眼で機奇械怪の進化を見届けられない可能性があるってことだ。怒りと悲しみから、全てを焼き払ってもう一度機械の時代を始めようかと思うくらいには痛い。

 

 けど、ちょっと自信過剰というか、勘違いをしているかな。

 君のソレ、万能じゃないよ。

 

「脅しですか? もしかして、僕を未来に飛ばして──それが解決になると思っていますか?」

「……やっぱりバレていたか。いや、ボクの能力は全て先延ばしに、先送りにするだけのもの。いずれ報いは受けるのだろう。ああでも、未来で会っても、また未来に飛ばすつもりはあるけどね」

「では、いいものを上げましょう」

「──ぅ!?」

 

 ぐっさり、と。

 刺さったのは──《茨》。どこに、って。

 アルバートの胸。中心。心臓のある位置から、少し上。

 

「ご安心を。これはチャルさんのものと違い、肌や中身を傷つける事はありません。ただ繋げただけですので」

「つ……な、げ、た……?」

「はい。僕の《茨》を、あなたの時間操作に。僕を飛ばせば、あなたも飛びます。ああ、自己犠牲に僕を道連れに、というのなら結構。その時はその覚悟を評し、永遠に連れ添ってあげますよ。折角告白もしていただいたことですし」

 

 僕を脅すなど、百年早い……って、アルバートにとって百年なんか一瞬かな?

 ああでも、君が飛んでも、飛んでいくのはフリス・カンビアッソだけだ。僕は別に行かないから、勝手に行っておくれ。

 

「アナタは……まさか」

「いい加減イライラするんで先に言いますけど、僕はフレイメアリスじゃないですよ。過去、一度たりともフレイメアリスを名乗った事はないです」

 

 ここで完全に否定はしておく。

 なんか上位者のみんなもミケルもアルバートも、多分だけどアスカルティンさえも……僕をフレイメアリスだと呼ぶけれど。

 僕はフレイメアリスじゃない。そう名乗った事はない。勝手に呼ばれていたらそれは知らないけど、少なくともフレイメアリスと呼びかけられて返事をしたり振り返ったりはしていない。

 

 人違いです。人じゃないけど。

 

 ……ただ、数多の英雄と聖都アクルマキアンの居酒屋で飲み食いをしていたのは事実だ。その時にフレイメアリスなる神を見かけたかどうかと聞かれたらNOを返すけど。

 フレイメアリスはいない。架空の神だ。

 もし本当にいるとしたら、それはフレイメアリスを騙る誰かだろう。僕じゃない。

 

「僕はフリスです。まぁフリスじゃなかった時期もありますが、フリスです。あなたの言う通り使徒ですが、別に害を齎そうとか考えてないです。これでいいですか?」

「これで、いいも、なにも……。ボクはただ、アレが……何なのかを、聞いただけで……」

 

 あ。

 ……ふむ。

 ……確かに。脅されたっぽいからちょっとイラっとしちゃったけど、別に存在を否定されたとか、害を為す存在だと糾弾されたとか……特にないな。

 ふむ。

 

 えーと。

 うん!

 

「──まぁ、安心してください。この《茨》は、いずれあなたのためにもなりますから」

「ボク、の……?」

「会いたいのでしょう? 原初の記憶にある誰かに」

 

 必殺、とりあえずそれっぽいこと言っておけ作戦──。

 何がどうためになるのか、どうやってソレに会わせるのか、そもそもそれが誰なのかはまーったく知らないけど、大丈夫、僕ならなんとかできる。できなかったら他の上位者に丸投げする。エクセンクリンあたりに調べさせればなんかわかるでしょ。

 

「とはいえ、こちらが失礼をしたのは事実。お詫びに教えますよ、アレがなんなのか」

 

 ……今、この世のものとは思えない悲鳴を上げて、チャルの弾丸とアスカルティンの捕食から逃れようとしているもの。

 アレは。

 

「まぁほとんど言った通りです。ゾンビ……ただし、恐らくネイトがあった時代の人間、その誰かをゾンビ化技術で保存し、そこに黒魔術と称した《茨》で作り上げた生物を合成した、所謂キメラという存在。時代錯誤も良い所です」

「……成程、違う時代の……」

「ま、ネイトが滅びる事も研究者たちにとっては予想外の事だったのでしょう。ロクな処置もせず、殺処分もできず、封印だけして放置した……あるいは、戻って来るつもりだったか。どちらにせよネイトが滅びてからずっと、アレは地下に放置されていて……降って湧いた自由の機会にはしゃいでいる。ま、それももうすぐ終わりそうですが」

 

 ぐぎき、と。

 枯れ木の折れるような音が響く。

 ああ、ほら。

 アスカルティンの手が、キメラの肩と頭を掴んで──首から、裂いて。

 

「同情……するべきなのかな」

「あはは、しなくていいと思いますよ。再生力の類は持っていないようなので、やろうと思えば自滅は出来たはずです。それをせずに生きる事を選んだんですから、殺されても仕方がないかと」

「生きる事を選んだから、殺されても仕方がないというのは……なんだかな」

「ここは箱庭ですから。他の星ならいざ知らず、魂を一つ消費する時点で──誰かの糧になる覚悟はしていないと、ダメですよ」

「はは……肝に銘じておくよ」

 

 結局、アスカルティンは従来のやり方でアレを殺した。

 ま、「私は私のやり方で」とのことだ。もう少し待つべきではあるんだろうけど……さてはて。

 

「それで、フリスさん。この大量の"罅"は、どうしたら消えるのかな」

「……僕が善良な使徒ですよ、ということをアレキさんに伝えてくれるなら、僕が処理します」

「わかった。そしてもし彼女がアナタに刀を向けるようなら、それを止めると約束する」

「はぁ。……ホントはバレちゃいけないんですよ? わかってますか?」

「わかっているさ。ボクが出会ってきた使徒は皆人間社会に溶け込んでいたし、溶け込もうと努力していたからね。君達にも……それこそフレイメアリスのような、もう一つ上位の存在がいるんだろう?」

 

 ……うーん、鋭いんだか鋭くないんだか。

 まぁ大本は人間の上司みたいに上位者を罰する、とかはない。チトセと交信してたのは、単純に最近僕がやり過ぎているからだろう。

 大本は僕を癌のようなものだと思っているから、早目に切除したいんだろうね。

 

 普通に居座る気満々だけど。

 

「それじゃあ、降ろしてください。それと、処理中は僕の方あんまり見ない方が良いですよ」

「技術がバレたら困るから、かい?」

「いえ、残酷な上に目が灼かれるので」

 

 降ろされる。

 ネイトのほとんどを覆い尽くした"罅"。それの、比較的無事な建物に。

 

 そこへ、キメラを食べ終えたアスカルティンとぴょんぴょん飛び回ってたチャル達も集まって来て。

 

「アレキさん、チャルさん。ちょっと」

「えっ。恐らく一番の功労者であろう私には何もないんですか!?」

「褒めるのはあとで、これでもかってくらいあげるよ。それよりアスカルティンさん、君も上に上がるんだ」

「あ、大丈夫です。これ、私には効かないので」

「そういう話じゃないから、上がるんだ」

「……はぁい」

 

 褒められないどころか怒られる事でかなり文句ありげなアスカルティン。けど、人心掌握はアルバートに任せて、僕は知らんぷりで行こうと思う。

 

「さて」

 

 さて。

 ──降りる。

 

「え!」

「カンビアッソさん!?」

 

 バキバキとスーツを、足を侵蝕してくる"罅"。が、砕くまでいかない。というかすぐに僕だと気付いて引いていく。

 

 うわぁ、しっかし溜め込んだものだ。

 二百年くらい? いや、滅びる前から実験されてたなら、もっとか。

 ……同情というより、勿体ないなぁという気分が強い。一個人にこれだけの量の"罅"を溜め込めるということは、それだけこの実験体君のキャパシティが広かったということ。誰かも知らない、年齢も知らない。何と合成されたのかも知らない。

 けど……まぁ、今の今まで、生きたいと、そう思い続ける気力はあった。復讐でも考えていたか、それとも長らく見ていない空でも夢見ていたか。

 

 ──凡夫が、まぁ、大層な夢をみたものだ。

 

 そういうのを抱いて生き残れるのは英雄だけだよ、凡人くん。

 

「そら……戻るといい。その姿ではなく、元の形に。認識コード・オディヌ」

 

 言葉と共に。

 黒は一瞬にして《茨》へと戻る。その際に溢れ出る光は太陽にも匹敵する程のもの。あーあー、これ、各国から見えちゃうよ。新たな機奇械怪の出現と捉えてくれたらミケルの機奇械怪でも置いていくんだけど……上位者にはバレるよなぁ。

 いやバレるのはいいんだけどさ、次行く国でもまた非協力的なのになると面倒なんだよなぁ。

 

 光の中で、ずるずると僕に還って来る《茨》達。

 この様子はまぁ光の中だから見えていないだろう。見えていたとしてもアスカルティンくらいだ。彼女に見られるなら別に良い。

 

 最中。

 

 悲鳴が──響き渡る。

 

「……ああ、まだ生きてたんだ。まぁそうか。体内はほとんど"罅"だっただろうし、内臓では動いてないよね」

 

 キメラが、目を、目を、沢山の目を体から出して、僕を睨む。

 光の中で。その憎悪は、その悲鳴は。

 

「残念だったね。君達のもとにきたのが僕でさ。もっと優しい上位者だったら、一思いに殺してくれたかもしれないけど──」

 

 薄く笑う。

 

「僕の中で、精々意識を保つといい。《茨》に苛まれ、感情に、記憶に嬲られ……失意の果てに終わりを選ぶんだ。じゃあね、名も知らない誰か」

 

 飲み込む。

 キメラごと、ネイトにあった全ての黒を。

 輝かしい光の中で、生きた蛇のように身をくねらせていた《茨》の全てが、僕の中に戻った。

 

 光が、収まる。

 

「……おわ、った……?」

「ええ、終わりました。ああ、だから気を付けてください。この辺の地盤は多分すっからかんなので、変な所に立っていると」

 

 ピシ、と音が鳴って。

 ガラ、と崩れる音がして。

 

「──このように、落ちます」

「言ってる場合か!」

 




FANTASY……ONLY……THIS……STORY……


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少年漫画展開に辟易する系一般上位者

 ネイトの一件を経て、僕と周囲の関係は一変した。

 簡単に言うと、誰も僕を心配しなくなった。守らなくなった。

 

 えー、これについては非常に不味い。アルバートの勘違いのせいで「上位者は傷つかない」みたいな認識になっているけれど、フリス・カンビアッソの肉体はかなり脆弱だ。機奇械怪の一撃でも受けようものなら簡単に死ぬ。

 それはそれで面白いというか、絶望的ではあるんだけど、そんなことするくらいならもう少しお膳立てしてからがいい。普通の野良の機奇械怪戦で死んでどーするって話。

 

 結果。

 

「カンビアッソさん!」

「あの、撃ち漏らしとかやめてください。あなた達奇械士でしょう」

 

 僕の眼前で透明な壁に弾かれる機奇械怪。

 その背から、動力炉ごとアレキの剣が貫通する。

 

「ちょっと、その刀はこっちも危ないんですって」

「あ、ごめんなさい」

 

 テルミヌスは透明な壁を突き破り、あわや僕に突き刺さる寸前で、僕が避けた。

 

 ……まぁ、解禁したのだ。念動力。

 流石に全力の奴じゃなくて、自衛できる程度にしか使えない、ということにはしてあるけど……うーん、前代未聞。上位者がこうも力をひけらかして、しかも機奇械怪と戦う、とか……。ケルビマのアレはカモフラージュ用だから仕方ないにしても、僕のは何の言い訳のしようもないからなぁ。

 他の機奇械怪へ余計な信号が飛ばないように、殺す直前に送信系統のパーツを優先で破壊してるから大丈夫だとは思うけど……せーっかくアスカルティンっていう良い入力素材が出て来たのに、自分の手で汚してちゃ世話無いって。

 

「よし……みんな、そろそろ貯蓄も尽きて来た。次の再建邂逅まで行ったら、この修行の旅は一旦終わりにしようと思う」

「え……でも私、全然強くなれて……」

「チャルさんそれ本気で言ってますか?」

 

 踏み込む……のは、僕じゃなくアスカルティン。

 問いかけとほぼ同時に踏み込んで、機奇械怪へやるようなパンチを繰り出す。僕の肉体なら簡単に弾け飛んでいただろう威力のソレは──ひょい、と。軽々とチャルに避けられた。

 

「ほら」

「ええ。チャル、あなたは自分が思っているより強くなっている。自覚はないかもだけど、そもそも私達の動きについて来れているのが何よりの証拠」

「え、全然ついていけてないよ。今だってギリギリだったし……」

「ギリギリとは」

「……チャルさん、君、誰を目指しているんだい? ボクとアスカルティンならやめといた方が良いよ。自分で言うのもなんだけど、人間が辿り着けるところにいないから」

「……アリアさん、です」

 

 あー。

 ああ、そっか。そうだよね。

 だってチャルにとっては、そういう凄まじい身体能力を見た最初の奇械士が元母アリアなわけで。

 

 ……いや、あの夫妻も相当おかしいんだけどね?

 

「これは……重症かもしれない」

「そうだね……。これは早い所帰って、普通の奇械士を思い出させないと」

「覚えていないかもしれませんが、ランパーロさん。普通の奇械士って飛んだり跳ねたりしないんですよ」

「それは知ってますけど、それができないと置いてかれちゃうから……」

 

 成程。

 ギンガモール戦に置いて行かれたのがトラウマになっているわけだ。

 

 じゃあその辺克服してあげれば、チャルの成長になるかな?

 ミケルの新作も結構溜まって来てるだろうし、良い感じのものを送ってもらおうか。再建邂逅には、まぁ、犠牲になってもらって。

 

「その辺りの相談も含めて、再建邂逅についてから話そうか」

「……はい」

 

 出来るだけ大きくてー、出来るだけ飛んでる奴でー。

 うん。

 じゃあ隙を見てミケルに連絡を入れよう。

 

 ほら、ラグナ・マリアだって結果的に滅びなかったわけだし。今後滅ぶかもとはいえ、僕の介入によって特にそうならずに上手く行く場合もあるわけで。

 再建邂逅にも頑張ってもらおう。そうだよ、僕なんていう試練に負けてたら、どうせ生き残れないからね。

 

 空歴2544年02月27日。

 僕らは再建邂逅に到着する。

 

 

 

 

 

 再建邂逅。

 国名らしくない、というのは僕も感じたことだけど、それはこの国の歴史がそうさせている。本当に文字通り、再建して邂逅した国……という感じなんだ。

 

「実はこの国は何度も滅びを迎えている。何度も何度も。何度も何度も滅びかけて、バラバラになって……しかしそれらが大きくなり、領土を増やし、最終的には合流し、また大きな国となる。それが再建邂逅という国なのだ」

「どれくらい歴史があるんですか?」

「──千年。……とはいえ、途中に空白の百年が挟まるゆえ、九百年、というべきなのだろうが」

「そんなに……」

「空白の百年、というのは?」

「文献がな、何も残っていない百年間が存在するのだ。戦争によって奪われたか、何者かによって隠蔽されたか。……そも、最初の方の記録も……少々幻想的な神話が多い。どこまで確かなのかはわかったものではない」

 

 今、顎髭がもみあげまで繋がっている男性、カンチューイに再建邂逅の案内をしてもらっている。彼はこの国の奇械士……しかも奇械士協会会長であり、再建邂逅における最強。サイキックの類は無いし、身体に機奇械怪を仕込んでいるわけでもないようだけど、だからこそただの肉体能力だけで最強と呼ばれている人間だ。

 僕からはまだ"英雄価値"があるようには見えないけど……まぁ、戦う所を見てからかな。

 

 再建邂逅は、地上の国の中ではかなり国力の弱い国だ。食料自給率も低いし、科学技術力も無いに等しい。立地が良いから生き残れているだけの搾りかす、という印象が強い。

 ただし、民の一人一人、老若男女が最低でもホワイトダナップの見習い奇械士くらいの強さがある、とかいう武術国家。

 

 その証拠というわけじゃないけど。

 

「……この広場は?」

「武術場……腕試しの場だな。二人から二十人までが、武器無し防具無しの状態で殴り合う。何をしてもいい、最後に立っていた者が勝者だ。まぁ、殺しはいかんが」

「それは……失礼なことをいうけれど、意味があるのかい? 対人戦を鍛えても、今の時代……」

「フッ、まぁ、他国の者にとっては価値のないものに見えるだろうな。あぁ気にするな。それが普通だ。……なんというかな、再建邂逅の者達は、機奇械怪に勝つことより、己より強い誰かに勝つことの方が嬉しいのだよ。それは恐らく再建邂逅という国が何度も散り散りになり、また合流した時、誰が上に立つかで殴り合った、という歴史から来ているのだろうが……」

 

 話している最中に、若い男女が広場に入る。

 簡素な服。プロテクターもサポーターもしていない、素足と素手で。広場の外にいた男が笛を鳴らせば──あとはもう、目も当てられない凡夫の泥仕合。殴る蹴るの精度は低く、フェイントもわざとらしければ砂かけなんかの技も当たらない。

 ……それでも周囲は「やれやれ!」とか「いいぞ小僧! いけ!」とか「女の意地見せるんでしょ! 泣かないの!」とか。なんだか感動応援ムード。

 

 こんな凡人を育てて何になるんだ。精々が努力型の……ありきたりな、筋肉で解決しようとするパワー馬鹿が生まれるだけだろう。そんなのいっぱいいたよ、過去に。要らない要らない。そんなの育てるくらいなら、もっと……そうだな、あー。……うん。思いつかない。

 思いつかないから、思いつかないものに出てきて欲しい、って願ってるんだった。思いついたら自分で作ってるよ。

 

「……私にも、こういうのが必要、なのかな」

「お、やってみたくなったか、お嬢さん。……だが、無理だな。再建邂逅は誰でも受け入れると言いたいが……そのひ弱な身体では、この国で最も弱い者と戦っても大怪我をするだろう」

 

 あー。

 クリティカルな言葉出すなぁこの人。そんなこと言ったらさぁ。

 

「……やります」

「チャ、チャル。カンチューイさんも馬鹿にして言っているわけじゃないと思うから、落ち着いて」

「む……すまない、そう聞こえてしまったか。その意図はなかった。だが、お嬢さんには無理なのだ。まず筋肉のつき方が違う。この国の人間はな、歩けるようになった頃からこういう遊びを常にやっているのだ。日常生活でもそうだぞ? 洗濯の手伝いをする時は、屋根と屋根の間をひょいひょい跳ねていく。高い所に目的のものがあれば壁を登るし、逆に低い位置にあれば何も迷わず飛び降りる。そういう生活があってこそ──」

「やります!」

 

 火がついた。

 ……この辺は年相応の子供というか、なんというか。アレキもチャルも負けず嫌いなんだよね。アレキのが飛びぬけてるからチャルは隠れがちだけど。

 

 まー、いい機会なのかなぁ。

 チャルがちゃんと自分の力を把握する場として。君の特別性は肉体とかどうでもいいものじゃなくて、その目と精神性なんだって。

 

「……そこまで言うなら、いいだろう。だが相手はどうする?」

「カンビアッソさん!」

「……。──? ……。……、……。……、……、……? ……──僕ですか?」

「長い溜めだったね。これは、指名されるなんて可能性を欠片も考えていなかったと見える」

「えーと、僕奇械士でもないってわかってますか?」

「はい。でも、この前言ってました。『チャルさんと僕は同じくらいの身体能力です』って。なら、丁度いいと思います」

 

 言ったねぇ!

 それ言ったね! ああ、そっか、ラグナ・マリアでおいて行かれた時、僕としてはフォローのつもりだったけど、チャルからしてみれば結構クる言葉だったわけだ。奇械士として前線張ってる自分が、奇械士でもない、戦闘者でもない僕と同じ、なんて。

 実はずっと気にしてたわけだ。

 

「そちらの兄さんは……科学開発班と言っていた覚えがあるのだが」

「はい。僕は科学開発班です。なので戦士でもなんでもないので……」

「まぁ、問題無かろう。この国では妊婦でさえ戦いに興じる事がある。気遣うばかりで仕事が疎かになった旦那を焚きつけるためにと、夫をボコボコにした後で、元気な赤子を産む者もいる。それに比べたら、内勤であることなど何も問題にはならんだろう」

「それはその人が凄いのであって」

「何より、このような少女に挑まれて……逃げる、というのか?」

 

 うん、全然逃げる。

 だって僕武術とかわかんないんだって。基本念動力と技術力とあとちょっとした凄い事でなんとかしてきた存在だよ? うわー、こんなことなら武人系の記憶入力しておくんだった。あ、待てよ、チトセの記憶……なんでコイツ女性の武人記憶入力して……他、他……。

 おーいケルビマー! 今すぐに死んで僕に入力してくれないかなー!

 

「カンビアッソさん」

「ぅ……」

「いえ、()()()()()……()()()

「その呼び名は……特別なのでは? ランパーロさんの、大切な方の名と被っている、とか」

「はい。でも、そんなこといつまでも言ってたら、私は弱かった頃の過去を振り切れない気がするので──私は、ちゃんとあなたを別人だと認めます。ついでに私の事もチャルって呼んでください。その方がやる気出るので」

 

 ……。

 ま、わかった。わかったよ。

 フリス・クリッスリルグの最後の仕事だと思えば、こっちもやる気が出るさ。最後の最後、なんかあっけない感じで終わっちゃったしね。主にどこぞの断罪系一般奇械士のせいで。

 

 ならまぁ、あの時叶わなかった一対一をここで演じるのも──悪くはない。

 

「!」

「いいですよ。その代わり、といいますか、そろそろ敬語やめませんか? もうすぐ旅も終わりなんですから、砕けていきましょう。皆さんも」

「うん、ボクは構わないよ」

「あはは、あなたは少し前からそうじゃないですか」

「……わかった。やろう、フリス」

「うん、いいよ。──やろうか、チャル」

「ぇ、ぁ……違う。違う、違う。私は、過去を振り切るんだから」

 

 口調を戻せば、目を見開くチャルとアレキ。

 まぁ思いっきり似せたからね。この見た目には似合わない少年口調だけど、僕が上位者だとわかっている彼女らだからこそ、そこを疑問には思わないだろう。上位者は人間とは違う時の流れで生きている、と。アルバートから説明されているから。

 

「盛り上がっている所悪いが、あの二人が終わってからだ。それまで体を温めておくといい」

「わかりました」

「わかったよ」

「ああ、そうだ、フリスさん。わかっていると思うけど、武器と防具無しということは──アレとかアレとかアレも無しだからね?」

「……はいはい」

 

 くっ、こっそり念動力使おうとしていたのがバレた!

 

 

 

 

 

 さっきの若い男女はお互いがお互いの頬を殴り合って引き分けにおわる、みたいな少年漫画的なアレで終わった。つまんないね。

 

 で、改めて。

 

「スーツ、脱がないんですね」

「知らないのかい? スーツって硬いからね、痛みを和らげてくれるのさ」

「……それが、本来の喋り方なんです……なんだ」

「本来の、と言われると微妙だけど、友人と接するときはこうだね」

「うん。それは、ありがたいかも」

「ありがたい?」 

 

 身体は見えなかったけど、音が聞こえたから、上体を反らして避ける。

 空を切ったチャルのパンチ。リーチ差が凄いからね、そのまま体を捻って彼女の身体を蹴っ飛ばすことだってできる。まぁ彼女も彼女で蹴りとは反対の方向に転がってそれを避けたけど。

 弱い身体で、念動力も使えない僕、なんて……エクセンクリンでも倒せちゃうくらいの雑魚だけど。

 

 僕の何よりもの特徴は、感知だったりするので。

 

「ありがたいよ。──なんか、重ねられるから……ボコボコに殴って、忘れられそうだし」

「ひゃあ、怖いな。けど、いいのかい?」

「何が」

「君の大切な人がどんな人だったのか知らないけど──」

 

 バックハンドスプリング。これくらいはできる。から、その際に下の土を掴んで、無造作に投げつける。当然チャルはそんなもの避けるけど、その避ける先にも土。更にその先に土。

 君がどっちに避けるかは足の筋の動きを見ればわかる。あはは、僕が精通しているのが機奇械怪だけだと思ったかい? そりゃ人体改造だって昔はよくやってたんだから、今だって詳しいさ。なんなら医療にも詳しいぞ僕は。人体工学も医療技術も機奇械怪作りに役に立つからね。

 

「く、ぅッ!」

「同じ名前の奴に負けたら──君のその記憶、上塗りしちゃうかもしれないよ」

「問題、ない!」

 

 土をものともしないパンチ。目を瞑って、けれど正確にこちらを目指して……あ、ずるいぞ。淨眼応用して大体の位置探ってるな!?

 チャルのそれは使っているかどうかさえわかり難いんだ、他の人からは気配を探っている、とかに見られている事だろう。チャルはそんなことできないって!

 

「ズルをするなら、こっちもするけど、いいのかい?」

「その価値があるかどうかは、あなたが決めて!」

「──あはは」

 

 それが意識的なことなのか、無意識の事なのかは知らないけどさ。

 "価値"があるかどうか、僕が決める。

 

 うん、悪くない。

 いいよ、やっぱり君は悪くないね。

 

「じゃあ僕も、それなりのズルをしよう」

「ッ、上等!」

 

 振りかぶられたチャルの右拳を──掴む。

 ぺちん、なんて軽い音がして、ソフトタッチで掴まれた拳。一番驚いているのは観客ではなくチャルだろう。だってそれは、怒りを込めた渾身の拳だったはずだから。

 

「君が見えていたかどうかはわからないけどね。あの光の中で、僕は"罅"を《茨》に変換しなおしての処理を行ったんだ。僕ら使徒は《茨》を操れるんだよ。君達を襲ったキューピッドもそうだっただろう?」

「ま、さか」

「そう。──今、君の腕にいる《茨》を操っている。君の右腕は僕のものになったわけだ」

 

 身体をぐりんと回し、無理矢理右腕を引っ張る事で、僕を振り払うチャル。

 そのまま飛び退いて……だらん、と垂れ下がる右腕を押さえて、こちらを睨みつけた。

 

「まさか、今の一瞬で折ったのか!? フリスさん、やり過ぎだぞそれは!」

「別に折れてないです! アルバートさん今はちょっと黙ってて!!」

「あ、あぁ……うん、……わかったよ」

 

 物凄い剣幕に引っ込むアルバート。

 いやぁ、折れてて悲鳴の一つも上げないなら、それはそれで凄かったけど。

 

 今、チャルは感じている事だろう。右腕の中を這いずり回る《茨》の感触を。彼女がどうやって《茨》を制御しているのかはまだわかっていないけれど、制御下においたはずの《茨》が再度反旗を翻し、さらには自身の腕をも奪ってきた、というのは、中々に効くんじゃないかな?

 

 まぁこれで人目がなければ《茨》を全開にして戦ったりしても良かったんだけど、あくまで今回は素手喧嘩(ステゴロ)だ。見た目の変化の大きいものは使えない。

 

「一つだけ、聞きたいんだけど」

「なにかな」

「キューピッドとあなたは、どっちが強いの」

「さて……基本上位者同士は争わないからね。比べようがない」

「キューピッドとあなたは、面識があったの?」

「おや、質問は一つだけなんじゃ?」

「……」

「あはは、怖いなぁ。睨まないでよ。まぁ、いいよ。それくらいなら答えてあげる」

 

 あんまり話していると、観客の野次がうるさいからね。

 ──くい、と。チャルの右腕を後ろに引っ張った瞬間に、この体で出せる限りの速度で突っ込む。

 まるで後ろから手を引っ張られたかのような感触に、一瞬、ほんの一瞬だけそっちに意識をやったチャル。そんな彼女のお腹に向けて、拳を──。

 

「うん。多分キューピッドの方が強い。……彼はこんなフェイントに引っかからないと思うから」

「ッ!」

 

 僕の拳がチャルのお腹に付く寸前、僕の眼前に壁が現れる。それはチャルの膝。

 誘い込まれたのだとわかった時には、思い切り弾かれていた。

 

 周囲から「ヒュウ」とか「やるねぇお嬢ちゃん!」とか「肩外れても後で嵌めてやるから最後まで頑張れよー!」とか声援が飛ぶ。

 更には、「おい兄ちゃん一発で終わりかよ!」とか「良いの入ったなー、脳ぐらぐらだろありゃ」とか「立って男みせろー!」とか、まぁ、声援が飛ぶ。

 

 ……まぁ、ケルビマとかチトセなら、少しは奮い立ったんだろうけど。

 僕には届かないなぁ。凡夫の声なんか、どれも同じに聞こえるし。

 このまま一発ノックアウトもアリだ。チャルの自信はついただろうし。ちょみっとだけ、ね。

 

「うっ……!?」

 

 どすん、と。

 

 仰向けに寝転がる僕の上に、チャルが馬乗りになった。

 その目は──完全に。

 

「面識は、あったの?」

「……無かったよ。会う前にいなくなったからね、彼は」

 

 殴られる。

 えっ。

 

「嘘。私、そういうのわかるから。嘘吐かないで、本当の事を言って」

「嘘じゃないさ。会った事はない。本当だ」

「……それは本当みたい。けど、何か嘘を吐いてる。本当の事を言って、フリス」

「あはは、暴力的だなぁ。ほら、観客も引いてるよ」

 

 観客も「いいぞ殴れ殴れ殴れ!」「とどめ刺せー!」「大の大人に馬乗りになってボコボコにして……カッコイイ!」「あの子弱そうって思ってたけど、結構やるじゃん」「他国の奇械士らしいよ。肝は据わってるってことよね」「ギャハハ、兄ちゃん、後で飲もうな、愚痴聞いてやっからよ! だから今はボコボコになれ!」とか。

 ……僕、この国嫌いかも。

 

「フリス。本当の事を言って」

「──じゃあ君も、何を聞きたいのか──本当のことを言うんだ」

「!」

 

 あーあ。

 こんなつもりなかったんだけどなぁ。まぁアスカルティンの進化は終わったんだ、この旅に意味はあった。ここでフリス・カンビアッソが消えても……問題は無いか。

 最後だって考えれば、ちょっとくらいサービスしたっていいかも? あはは、つくづくチャルに甘いなぁ、僕。

 

 ま、甘くもなる。

 だって──。

 

「……あなたは、本当は」

「うん」

 

 

 紺碧の揺らめきに、銀が混じる。

 その色は──ああ、この感情は、喜色だ。

 かつて一人だけいた。その目の色を持つ者。そうか、君の血筋は。

 

 

「──私の知ってる、フリス、ですか」

「違うよ、チャル。それは違う」
「そうだよ、チャル。久しぶり」

 

 否定する。

 ──君の知っているフリス・クリッスリルグはもういないんだよ。アルバートの知っている誰かさんももういない。

 いいかい。僕はね、フリスかもしれない。

 けど、最初から僕は──君になんか知られていない。僕の事を本当の意味で知っている存在なんてのは、もうこの世界にはいないから。

 

 よいしょ、と起き上がって……バランスを崩して落ちかけた彼女を支え、そのまま後ろにぽいっと投げる。

 

「え、きゃぁ──うっ!?」

 

 思いっきり背中から落ちた彼女。うーん、まずは受け身の取り方から練習した方がいいんじゃない? 危ないよ?

 

「はい、僕の勝ち。子供は大人には勝てないんだよ。わかったかい?」

「うぅ……」

 

 ま。

 いいよ。そういう疑念を抱くのもいいかもしれない。悪くはないさ。

 青春ラブコメアクションストーリーだって、必ずくっつかないといけない、なんて決まりは無いからね。アレキとチャルが友情を確かめ合って終わる、でも問題無いんだ。アスカルティンはほら。隣でなんか食べてればいいだろうし。

 

「勝者、フリス・カンビアッソ──!」

 

 一応存在する審判みたいな人間が勝者の宣言をする。チャルが戦闘不能だと判断したんだろう。

 即座にアレキとアルバートが彼女のもとに駆け付ける。まぁ大丈夫だよ。頭を打たないように念動力で浮かせて衝撃殺したからね。

 

 甘いさ、僕は。

 当然だろう。一足早く最高域にアスカルティンが達した。それはそれとして、僕はまだチャルに"英雄価値"を見出している。

 それは比較して捨て去るものでもない。新しい入力なんかいくつあったっていいんだから。

 

 それに、あの銀色。

 

「まさか君の子だったとはね、マグヌノプス」

 

 身体の土を払って。

 上機嫌で、広場を出──。

 

 

 

「フリス」

 

 肩を、ガシっと掴まれて。

 あ、痛い痛い痛い。痛覚とか無いに等しいけどリアクションしないとおかしいから設定している希薄な痛覚がそれでも痛い。

 

「な、何かな、アレキ」

「さっきチャルに言ってた。『子供は大人に勝てない』って」

「うーん、嫌な予感が」

「私、チャルと同い年。──勝負」

「敵討ちとか、時代錯誤だって!」

「大丈夫。刀は使わない」

「当然だよ!?」

 

 ……その後、チャルの休息が必要なのと、アレキが全ての装備を脱ぐにはかなりの時間がかかる、ということもあって、お開きになった。

 これ、多分戦ってたら内臓破裂は免れなかっただろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 カンチューイが紹介してくれた宿屋に泊っての、夜。

 ミケルに、明日にでも適当な機奇械怪を送ってもらうよう通信を終えた僕は、人のいなくなった広場に来ていた。

 

「それで、何用かな──アルバート」

「おや、呼んだ覚えはないんだけどね」

「あはは、あれだけ視線向けてきてたらわかるよ」

「視線? ──あぁ、視線か。それは副産物だね。ボクが君に送っていたのは──殺気だよ」

 

 電力というものを引いてさえいないらしい再建邂逅の夜は暗い。

 皆が寝静まっている。その中で──淡く煌めくアルバート。まるで幽霊だね。

 

「それは申し訳ないね。僕、武人じゃないからさ。殺気とかよくわかんないんだよね」

「違うだろう? アナタが殺気を感じ取れないのは、アナタが武人ではないから、じゃない。……ボク程度の殺気、取るに足らないからだ。何故ならアナタは使徒。上位者だからね」

「あはは、思い込みが激しいなぁ、アルバートは。まぁ、そういうことでもいいよ。それで? 何用か──教えてくれるかな」

 

 既に剣を抜いているアルバートに。

 僕も観念して──念動力を周囲に展開する。

 

「やっぱり。自衛程度にしか使えない、というのは嘘だったね」

「嘘じゃないさ。実際、君相手には自衛程度にしかならないよ。アレキの刀にも負けちゃうしね」

「ふふふ、ボクら、これでも世界最高峰な自覚があるんだけど──そういうことは考慮しないんだね」

「君が? 君程度が最高峰? あはは、世界最高峰も低くなったものだね」

「……かつていた英雄達のことかい?」

「それもそうだけど、そもそも君はサイキック頼りの雑魚じゃないか。それがなければ普通の影の薄い奴だろ? そんな君につける価値はないよ」

 

 ──なお。

 僕の審美眼という名誉のために言わせてもらうと、アルバートは普通に世界最高峰を名乗れるステージにある。これはただの挑発で、本当は思っていない、という事を理解して欲しい。

 

 その上で言う。君に価値はないよ、凡夫。

 

「……用件を話そうか。ま、簡単だ。昼間のチャルさんにアテられてね。ボクも身体を動かしたくなった」

「それで僕を指名とは、もしかして弱いものいじめが好きなのかい?」

「ふふ、立場が逆だろう。──ボクの方が、圧倒的に弱いんだ。手加減を所望するよ、使徒フリス」

 

 僕に剣は使えない。僕に銃は使えない。僕に爪は使えない。

 武術なんかできない。それは隠しているとかじゃなくて、本当の本当に。

 

 でも──。

 

「まぁ、サイキックの先達として、ちょっと教えてあげようか。時間操作なんてもの、万能には程遠いのだということを」

「ありがとう。では、ダンスを始めよう。背中を地につけた方の負けだ。いいね?」

「……はぁ。僕、こういう少年漫画みたいの嫌なんだけどなぁ」

「一度了承したんだから、文句を言わない!!」

 

 はぁい。

 それじゃあ、踊ってくれ。上手なダンスを期待しているよ。

 



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あっさり裏切る系一般上位者とその旧友

 再建邂逅は国民の全員が戦闘者だ。

 だから、配置された上位者も当然戦闘者でなければならない。

 

「成程ね、牢の番人。それなら確かに広場へ駆り出される事もない。考えたね」

「……フリスか。お前はホワイトダナップに配置されていただろう。何故ここにいる」

「あれっ、連絡とか行ってないのかい?」

「……大本のことなら、交信はもう随分と前に断絶した」

「断絶?」

危機(CAUTION)だの警鐘(EMERGENCY)だのとうるさいばかりだった。……そんなもの、ここに配置された時点で知っている」

 

 ロンラウ。

 老人の姿をした上位者で、一応ひっかきまわす側なんだけど、今はそうでもないらしい。ま、上位者の心変わりは褒められるべきことだ。本当はそんな成長するはずないのに現実している、ということは、大本が制御しきれなくなっている、ということでもあるからね。

 元々制御なんかしてないんだけど。

 

「それで、何用だ。何故ここにいるかも答えろ」

「何故ここにいるのかは、実験過程で対象がホワイトダナップの外に出たから」

「……何用かは?」

「これから僕がやることに対し、君が目を瞑っていられるかのテスト……かな」

 

 突きつけられるグレイブ*1。その刃は僕の眼前で止まる。

 止まったのではなく、止めた。彼は本気で僕を斬るつもりだった。だから念動力で止めた。

 

「何か実験中?」

「……憐憫だ」

「へぇ」

 

 ロンラウはグレイブを大きく横に薙ぎ、顎だけでソレを示す。

 牢の中。

 

「……子供? まだ小さいね。女の子か。まさか、これに?」

「そうだ。病を持っている。ゆえに親に捨てられた子供」

「あはは、おかしなことを言うようになったね。病に侵された孤児なんて、そんなの珍しくもないだろ?」

「おかしいのはお前だ。いや、お前たちだ。子とは守られるもの。親の庇護を失くし、病を持っているというだけで投獄された矮小なる生物に、憐憫の一つもかけてやれんとは」

「なら病を治してあげればいいのに。機奇械怪でも融合させれば、簡単に治るよ、病なんて。気にならなくなる、が正しいけど」

 

 また、斬撃。

 一撃一撃に殺意が乗ってるね。隙あらば殺そうという意思が感じられる。

 

「機奇械怪こそ──この星の病だろう」

「いいや、違うね。機奇械怪はパッチだ。だから、どっちかというと薬だよ」

「……どちらでもいい。害であることに変わりはない」

「薬と毒を一緒くたに考えるのはやめてよ。有益無益の分類ができなくなったら、僕ら入力なんかできなくなるよ?」

「しなくともいいだろう、もう。機奇械怪は地上を覆い尽くしつつある。人類は加速的な衰退へ向かっている。人類を滅亡させたあとで、機奇械怪は己の過ちに気付き、しかし朽ちて行く。あるいはその最中、自ら気付く者が生まれるやもしれん。それでいいだろう。生まれなかったら、もう一度やればいい。俺達には時間があるのだから」

 

 ……ま、それはそうだったりする。

 僕が機奇械怪への入力を避けて人間に注力し、間接的な入力を狙わずとも……もう、機械の時代は秒読みで終わる。それくらい人類が機奇械怪に打ち勝ち、再生する道が無いのだ。

 だから、僕が何をせずとも、上位者が何をせずとも……もうすぐ人類は終わり、機奇械怪の餌は無くなり。

 そうして、機奇械怪の蔓延る時代も終わる。最終的に残るのは原初の五機か、なんかの強いプレデター種か。

 そうなる前に僕らは人類の種を保管して、更地になったメガリアにまた植えなおして、新たな時代を始めるのだ。

 

「ヤだよ。勿体ないし」

「……新たな英雄でも見つけたか」

「うん。久しぶりにね」

「俺は、この子供を守る。残りの短い生、死ぬまで……いや、その死を看取るまで。()()()()()()()()()()()()()()()

「ありがとう。できるだけここに被害が来ないようにするけど、流れ弾はちゃんと弾くんだよ」

「言われずとも、だ」

 

 ロンラウと、そして衰弱し、息も絶え絶えな牢の中の少女に背を向ける。

 ──最後の一撃も、届かない。

 

「……相変わらず、硬いな」

「そりゃね。君達とは意思の硬さが違う」

「……」

 

 後ろ手を振ってそこを去る。

 憐憫、ねぇ。

 

 違うと思うよ、ロンラウ。それ、憐憫じゃなくて……なんて、教えてあげないけどさ。

 その子が死ぬとき、ようやく気付いて。

 

 涙でも、流すといいさ。

 

 

 

 

 

 

 ひっかきまわす側……クラウン側で唯一大規模な念動力使えるロンラウの許可を取ったので、後は……ま、どうでもいいかな。

 他の上位者は簡単に抑え込めるし、それじゃあ──早朝ながら。

 

「──創り変えるよ」

 

 赤雷が走る。

 創り変えるは広場だ。再建邂逅の老若男女が集い、戦い合い、高め合ったそこを──ある機奇械怪に創り変える。

 

 色は白。まず縦に一文字と、それへ垂直に刺さる幾本もの横線。

 上空からみれば──閉じた歯に見えるかな?

 

 さぁさお立会い。

 これはかつてNOMANSの製品、GARAGEと呼ばれていたもの。大型のNOMANSを小さな空間に収容しておくための、NOMANS専用の倉庫。

 その大口が、今開く。

 

 まず、のっそりと……その太い足を出したモノがあった。びっしりとブラシの生えた肢。それはカクン、カクンと曲がって──地を揺らす。

 

 さぁ、人間も、機奇械怪も、わらわらと出てくるよ。

 のっそりと出てきたのは、特異オーダー種『ヴェネトリア』。足の長い、本体が遥か上空にまで上がる蜘蛛の機奇械怪。高い所から全てを見下ろし、自らの子であるヴェネトリアαや他の機奇械怪へ指示を飛ばす他、自らの攻撃・捕食が可能な、結構珍しいオーダー種だ。

 他、広場の口からは主に虫を模した機奇械怪がわらわらわら。

 

 そして最後に出てくるのは──白。

 

 機奇械怪にしては珍しい、真っ白なボディのソレは、繭。

 ミケルの新作機奇械怪にして、従来のものよりかなり小型であるその機奇械怪の名は、『トーメリーサ』。融合プラント種トーメリーサ。

 今までの誘い込んで自縛したり、誘い込んで中で攻撃したりな大型機奇械怪、という形をやめたらしい。やめたというか、他も試したくなった、というか。

 いやぁ、彼の引き出しは尽きるところを知らないね。感心感心。

 

 それじゃあ、ショウの始まりだ。

 目玉戦力はホワイトダナップから来た四人と、この国奇械士最強君。他は未知数だけど、目に留まる者は特にいない。

 対する機奇械怪は──巨大なヴェネトリアと、小さくも目立つトーメリーサと、そしてそして、万を超える虫型機奇械怪の軍勢。

 一匹一匹は弱いかもしれないけど、果たしてそれが万を超えて──この国は耐えられるかい?

 立地だけで生き残ってきた国が、内側からの侵攻にさ。

 

「フリスさん」

「──やぁ、アルバート。どうしたんだい……僕の背後を取って、首に剣なんか回して。嫌なことでもあった?」

「君は、益を齎す使徒だと。そう思っていたんだけどね。──見込み違いか」

「一つ、良い事を教えてあげよう、アルバート」

 

 背後を取られたから。

 その剣を、がっちりつかんで、その身に《茨》を絡ませて。

 

「ッ、しまっ──」

「人類の発展を願う使徒なんて、一人だっていないよ」

 

 そのまま、GARAGEの中に倒れ込む。

 今だ機奇械怪の這い出つつある、真っ黒で真っ黒な深淵へ。

 

「くそっ!」

「あはは、随分と汚い言葉を使うじゃないか。貴族らしくないよ。ガルラルクリアの名が、エルグの名が泣くよ、アルバート」

 

 ガチガチと音を鳴らす。

 シュウシュウと音を鳴らす。

 ギチギチ、ミチミチと、音を、音を鳴らす。

 

 GARAGE──それは、圧縮空間収納システムというものを用いた、無制限に物が入る倉庫。ピオ・J・ピューレに備え付けられたものは小型化された高級品だが、こっちは量産品。かつての時代、このNOMANSは数多あり、中にしまわれていたNOMANSは数知れず。

 キャッチコピーは『入りさえすればどんなものでもしまい込める』。設置さえできれば、海だって飲み込める。

 ……まぁ、実は上限があるんだけど、それに至るにはこの惑星は狭すぎるからね。十分だった。

 

「これは……周囲を、のぼっているのは」

「全て機奇械怪さ。全て人間を食らわんとするモノ達だ。だけど安心すると良い。君なんかがいなくても、チャル達は必ず生き残る。──再建邂逅がどうなるかは知らないけどね」

 

 落ちていく。落ちていく。

 底なんかない。ただ、アルバートは気付くかもしれない。

 下へ行けば行くほど──機奇械怪の身体が大きくなっていることに。

 

「まさか、この中で」

「そうだよ。蟲毒って奴だ、文字通りね。この中で、億を越える機奇械怪が、共食いをしあって──大きくなり続けている。飢えているんだ。誰も餌なんかくれないから」

「そんなものを再建邂逅に……」

「おいおい、他人の心配をしている場合かい? 誰も餌なんかくれない、って言っただろ。──じゃあ、今入って来た二つの餌はさ。どれほど美味しそうに映ると思う?」

 

 消す。《茨》を消す。

 そして僕は、念動力で浮く。

 

「ッ──」

「さようなら、価値なき凡夫。数多の機奇械怪にその身を啄まれ、死ぬと良い。ああ、安心していいよ。君にかかった呪いは消えていない。契約は切れていない。だから君は死んでも、また未来の誰かに憑りつく。記憶は更に摩耗し、自身の存在意義の消えた未来で──また会おう。ああ、僕に会わない方が幸運なのは認めるけどね?」

 

 それじゃ、なんて言って手を振って。

 僕は浮上をしよう──として。

 

 ガクンと引っ張られるのがわかった。下に。

 

「……やめといた方が良いよ。それ、結構簡単に人体を傷つけるから」

「ふふふ……なんだ、心配してくれるのかい? が、心配ご無用……ボクは、誰よりも諦めが悪くてね」

 

 縄。

 紐。

 いや、《茨》だ。僕がアルバートの未来跳躍対策にと繋げた《茨》を、どのようにしてか掴んで。

 僕にぶら下がる形で、彼女はまだ生きている。

 

「そういえば君は、フリス・カンビアッソが好きなんだっけ?」

 

 思い出したように。

 ネイトで盗み聞きしたことなんか忘れて、軽い感じで聞く。

 

「──じゃ、あげるよソレ。大事にしてね」

「!?」

 

 ずるりと落ちる。

 僕から、フリス・カンビアッソが剥がれ落ちる。主のいなくなった肉人形が引っ張られ、引きずり込まれる。

 

「フリス……フレイ、メアリス!」

「学ばないなぁ。だから違うんだってば、あ、聞こえてないか」

 

「──アイメリア!!」

「!」

 

 掴もうとした。

 念動力で、彼女を。

 

 だが──消えた。

 ……未来へ飛んだか。

 

「驚いたな」

 

 ポツりと呟く。

 驚いた。そんな昔の名前を知っているとは。でも、どうやって知ったんだろう。彼女、精々が1500年前の人間だろう。その名を名乗ったのはもっともっと昔のことだ。

 

 驚いた。素直に。

 けれど、その時代を知っているなら、神なんて言葉は出さないはずだ。だから知識として知ったんだろうけど……問題は誰が教えたか、だ。上位者じゃないのは確実。だってその頃上位者どころか大本もいないし。

 ならば、誰が。

 

「ん……」

 

 ゴォン、という音がして、上空から、何かが降って来た。

 それは僕の身体をすり抜けて、飢えた巣穴の奥へ奥へ。

 

 ……今の、ヴェネトリアか。負けるの早いなぁ。

 

「さて……次の肉体は、何が良いかな」

 

 ようやく終わったと思った機奇械怪の出現。

 広場に空いた孔。未だギチギチと聞こえる機奇械怪の鳴き声と深淵。

 

 そこから這い出てくるものは。

 

「やっぱり、これだよね。あはは、模擬戦だけなんて、やっぱりつまんないしさ」

 

 周囲の機奇械怪からパーツを蒐集し、身体とする。 

 ちょっと壊れかけ風味で行こう。うん、うん。悪くない考えじゃないか、僕にしては。

 

 それじゃ。

 

 

+ * +

 

 

「終わった……?」

「ええ……そうみたいね」

 

 早朝、突然の襲撃だった。

 否、国の中心、中央広場に突如湧いた機奇械怪が、国を破壊し始めたのだ。

 また、凄まじい数の基本ハンター種スパイダルスやマンティコアが出現し、チャル、アレキ、アスカルティンと再建邂逅の奇械士で応戦……かと思いきや。

 

「でもまさか本当に国民全員が戦えるなんて」

「凄いね、本当に」

「それが再建邂逅である。……などと偉そうな事を言えど、被害は大きいがな」

 

 当然のように無傷なアレキやアスカルティンと違い、カンチューイや他奇械士、そして国民は多かれ少なかれ傷を負っている。

 だというのに地を這う基本種だけじゃなく、空を飛ぶ特異種や大物であるヴェネトリアにまで挑まんとした者がいたくらいだ。何のダメージも与えられずに弾き飛ばされていたが、それでも闘志は消えていなかった。

 強い国、ではない。

 諦めない国、が正しいのかもしれない。それが美徳かどうかは、チャルにはわからなかった。

 

「なんにせよ、これで終わり──ヌ、グ……ご?」

 

 戦斧を杖のようについたカンチューイが腰に力を込めて立ち上がる。

 立ち上がらんとした。

 

 腹に力を込めて。

 何かせり上がるものを感じて。

 内臓を傷つけた血かと、吐き捨てたソレは──歯車と短い金属の棒数種。

 

「……」

「……これ」

「が……ぐ、ぶ」

 

 耐え切れない、といったように、カンチューイが。

 いや、再建邂逅の奇械士が、国民が。

 

 その腹から──部品を吐いていく。

 まるで、もう要らなくなった、とでもいうかのように。

 

「ッ、アレキさん、チャルさん! 高台へ! これ、やばいです!」

「チャル、手を」

「う、うん」

 

 高台……倒壊から免れた物見櫓の屋根まで上って、彼女らは絶句する。

 

 この異様な光景が、至る所で起きている。

 壁にもたれ掛って傷の治療をしていた男女も、藁の簡易ベッドに横たわっていた老人も、有り余る元気を活かして布の入った籠を持って走り回っていた少年も、元気の出る料理を作ろうとしていた女性たちも、みんな。

 再建邂逅の全ての人間が──金属を吐いて、金属塊を、金属片を吐き出して。

 

 その身体を、黒く、染めていく。

 

「……融合してる」

「融合……?」

「まさか」

「はい。そのまさかです。……彼ら一人一人の中で、機奇械怪が……国民の方々と融合を始めています」

 

 ああ、それは、最悪の光景だったのかもしれない。

 今まで倒すことはあっても、見ることはなかったのだろう。

 

 人間の肉が、機械に置き換わっていくさまを。

 苦しみ、喘ぎ、藻掻いて──皆、変わっていく。同じことを経たアスカルティンは、そうであるからこそわかる。

 アレに耐えられる者など極々一部だ。アスカルティンでさえ、耐えられたのかどうかは怪しい。人殺しに、食人に何の関心も無くなった事は、耐えられなかったがゆえの防衛本能だったのではないかと今でも思うから。

 

「──アレキ殿!!」

 

 声。

 それは、顔の半分を機奇械怪に侵食されたカンチューイが発したもの。

 

「すまぬ──すまぬ! だが、頼む!」

 

 もう、自らの意思で歩く事もままならないのだろう。

 それでもどこかへ行くこと無く、立ち止まって、カンチューイは言う。

 

「この国の民を──せめて」

 

 ああ、機械が。

 その速度を以て、彼を、彼の口を、顔を、脳を、機械に変えていく。

 改造していく。

 

「せめてヒトのまま、殺してやってくれ!!」

「承知」

 

 ──いつの間にか。

 チャルとアスカルティンの隣にいたはずのアレキは、カンチューイの後ろにいた。

 ──いつの間にか。

 叫んでいた、泣き叫んでいたカンチューイの首は──宙に高く、飛んでいた。

 

「罪びとならずど、これより罪を重ねるのであれば」

「ああ……礼を。再建邂逅を、代表し」

「このリチュオリアの刀は、あなた達の首を断つ」

 

 ぼこっと穴が開く。遅れて、ようやく。

 カンチューイの胸。動力炉のあった場所。心臓のあった場所に、一つの穴が。

 

 これより行われるは処刑である。断首である。

 断罪者として、アレキ・リチュオリアはここに宣言する。

 

「大丈夫。──断罪のためなら、人も殺せるから」

 

 アレキの身体が掻き消える──。

 

 

 

 

 

 さて、残されたチャルとアスカルティン。

 彼女らの視界で、凄まじい勢いで死んでいく再建邂逅を、けれど彼女らはどうすることもできなかった。

 手伝うべきだ。一人対国民全員など、無理がある。

 だけど。

 

「……チャルさん。私は、手伝えません。私、ヒトじゃないので。これに参加すると……ただの殺戮になってしまう。お手伝いはあなたがやってあげてください」

「……」

 

 手伝うべきだ。

 アレキ一人じゃ、無理だ。今は混乱によりか、未だ理性の残った民たちによってか、融合した機奇械怪の動きは鈍いけれど……いずれ来る。その瞬間に傍にいなければ、最悪が起きる。

 

 でも、チャルの足は動かなかった。

 

「……無理だよ。ついて、いけないから」

「そうですか。では、こっちを相手にしましょう。多分こっちの方がつらいと思っての提案だったんですけどね」

「こっち?」

 

 凄まじい身体能力で人間だったものを狩り尽くしていくアレキ。それに対し、身を引いてしまうチャル。自分もああなれると聞いてついて来た修行の旅は、けれど何の実感も得られずに終わってしまった。

 だから無理だと──昔なら、無理だろうがなんだろうがアレキの横に並ぼうとしていた彼女は、けれど今、及び腰になってしまっている。

 

 こっち、と。

 そんな、弱くなった彼女に新たな敵を指し示すアスカルティン。

 

「……!」

 

 果たして気付いた者はいたのだろうか。

 感知に優れたアスカルティン以外は、自分のことに手一杯で……気付かなかったに違いない。

 

 広場に開いた穴。

 その縁を、一つの手が掴んだことなんて。

 

 そこから──幽鬼のように。

 あるいはゾンビのように。

 

 その表皮の全てを、金属に変えた彼が。

 フリス・カンビアッソが這い出て来た事なんて──果たして、誰か気付けたか。

 

「フリス……」

「……アルバートさんの姿も見えないと思っていましたが……やはり二人とも、中ですか」

「そんな、助けないと」

「もう無理なんじゃないですか? アルバートさんは知りませんけど、フリスさんはアレ、完全に機奇械怪ですよ」

 

 だからこそ、と。

 アスカルティンは、匂いを辿る。

 

 何か決意を固めているチャルを見て。

 

「チャルさん、私は少し、気になる所を見てきます。彼、お任せできますか」

「……うん。任せて。ね、アスカルティンさん。融合機奇械怪って……アスカルティンさんみたいに自分を取り戻す可能性も、ゼロじゃないんだよね?」

「ゼロですね。ゼロと考えた方が良いです。私、超絶優秀なので。特に彼の場合使徒ですから……私達の常識とか通じないって考えた方が良いと思いますよ」

「……アスカルティンさん。希望のある言葉を吐いてほしいな」

「可能性はあります。あなたの言葉なら、届くかもしれません。可能性はゼロじゃない。限りなく低い可能性でも、ゼロじゃなければ、やってみる価値はあるかと」

「うん。──行ってくるね」

 

 それでいいんですか、とか。

 アスカルティンは欠片も思っていない。親しい人が機奇械怪になるとか、結構トラウマものだと思うんですけど、結構ケロっとしてますね、とか。アスカルティンは一ミリも思っていない。

 チャル・ランパーロの精神性が異常なのは今に始まった事ではない。どれだけ及び腰になっていても、どれだけ弱っていても、彼女はおかしい。

 

 アスカルティンはそれを知っている。

 

「他人の事を言えたクチではないですが」

 

 さて。

 それでは、と。

 

 彼女も、融合機奇械怪の蔓延る再建邂逅に降りて行った。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……ろん、らうさん」

「なんだ」

「おそと……みんな、おかしい、ね」

「元からだろう。お前を投獄した奴らの、何が正常だ」

「……うん」

 

 再建邂逅の片隅。

 罪人を入れる牢は、片隅の片隅、切り立った岩肌の中にある。

 そこで、二人。

 

 上位者ロンラウと病に侵された少女──フェイメイ。

 

「フェイメイ」

「なに……?」

「再建邂逅は、好きか」

 

 フェイメイは生まれつき病を持っていた。不治の病だ。

 再建邂逅は何度も滅びているが故に文明もかなり遅れていて、間違った医療やそういう判断を下す宗教も蔓延している。

 その一つに、彼女を罪びとと決めつけるものがあった。

 

 ──病は前世の罪。

 

 元気で、健康で、それが当たり前の再建邂逅。その中で病に罹る事があるとすれば、それは前世で犯した罪が故。治るのならば罪は償われた。治るまでは罪人。

 果たしてそれは、再建邂逅という国が常に貧乏であり、病人なんてものを抱えている余裕が無いから、という理由もあったのだろう。弱きは罪として殺し、健康なるものだけで生きて行かねば、この国は本当の意味で滅んでいたから。

 

 けれど、そんなことは言い訳だ。

 そして少女フェイメイは──生まれつき、不治の病を患っていた。

 

 快癒が贖罪となるのなら、不治の病は死罪を上回る罪を前世にて犯したものと同じ。今生に至るまで続く償いは、たとえ相手が少女だろうと関係ない。牢に入れて、そこで一生を過ごさせる。

 幸か不幸か、今の再建邂逅は少しだけ余裕があった。だから殺されず生かされた。必要な処置もされぬままに、ただ食料と水だけ与えられて、繋がれて。

 

「好き……」

「……そう、」

「じゃ、ないよ……。好きになんて、なれるわけ……ない」

「だろうな」

 

 ロンラウは考える。

 彼は上位者だ。役割がある。実験しなければならない──したいと考えたものがある。

 だが、その前に、それをする前に、少女と出会った。上位者だとバレないよう決闘を仕掛けられない職について、すぐのこと。

 少女を引き継がれた。

 

 憐憫。憐れみ。同情。

 自由極まりない上位者と、不自由極まるフェイメイ。

 

「……あと少しで、この国は亡びるだろう」

「……え?」

「俺の仲間……仲間とは呼びたくないが、同類が、この国で遊んでいる。奴の遊びは派手が過ぎる。必ず、再建邂逅という国は消える。今度こそ……完全に滅ぶ」

 

 フリス。

 遥か昔から続き続けている上位者の一人であり、その自意識は大本のものとかけ離れてしまっている。

 普通、上位者というのは自身の変調を感じたら、リセットのために大本へ戻る。そうして、人格を元の状態に戻し、再度世に出てくる。無論戻らない物好きもいるが、戻らなければいずれ己の存在意義を見失う。それほど、自らの変調とは恐ろしいことなのだ。

 だというのにフリスは遥か昔から、古代と呼ばれる時代から続き続けている。続いて続いて。

 しかも、変わらないでいる。誰に何の入力をされても、どんな事件を経ても。性格は多少変化せども、その人格の根本は一切変わらない。不変にして不壊。怪物が如き上位者。

  

 そんな彼の起こす実験は、基本的に被害が大きい。

 大陸に穴を開けたり、島一つを消したり。それら被害は、けれど最終的に必要になってくるのだから手が付けられない。

 今、この意味の分からないタイミングでの再建邂逅襲撃もまた、後の世で強い意味を持つのだろう。

 歴史の犠牲になる。ただそれだけ。

 

 だからこそ。

 

「フェイメイ。俺と共に、行かないか」

「……どういう、こと?」

「旅をする。他の国に行けば、その病も治せるやもしれん。いや、俺の知り合いにあたれば、病の一つや二つ……」

「むりだよ」

「……何故だ」

「わたし、あるけない。はしれない。……ろんらうさんと、しゃべるのだって。……もう、ほんとは」

 

 ロンラウは、思い切り武器を振る。

 それで斬れる──破壊される牢の格子。そのままずかずかと中に入り、彼女を繋ぐ鎖も断つ。

 

「だめだよ……うつっちゃう」

「移らん。人間の病など、俺には効かん」

「……うん」

 

 細い。軽い。

 今にも折れそうだ。力加減を一つ間違えただけで、この命は簡単に摘み取れてしまう。

 

 ──"機奇械怪でも融合させれば、簡単に治るよ、病なんて"

 

 悪魔の声が脳裏を反芻する。

 それは、そうなのだろう。だが、それに耐えられるフェイメイではないとロンラウもわかっているし、何よりロンラウは機奇械怪を好んではいなかった。

 アレは、今まで上位者が造り上げてきたソレとは違う、と。

 

「困っているね、ロンラウ」

 

 その声は、牢の外。

 フリスの声だ。

 

 概念体……ゆえに、フェイメイには聞こえない声。

 

「何をしにきた」

「旧友を手伝いに」

「友だと思った覚えはない」

「あはは、何を言ってるのさ。君より長い付き合いの上位者なんて数えるほどしかいないんだよ?」

「腐れ縁を友とは言わん」

 

 ロンラウが感知範囲を見る限り、フリスは中央広場付近で奇械士と戦闘中だ。

 それがこうして抜け出してきているのは。

 

「今余計なコト考えないでいいよ、ロンラウ。──選ばせてあげよう。取引と選択。どっちがいい?」

「……悪魔のようなことを言う」

「取引は、僕からあげる代わりに、君から貰う。選択は僕から二つ提示するけど、どっちかしか選べない」

 

 取引か選択か。

 中身を見せられていない状態で。

 

「……取引だ。失うのが俺なら、問題ない」

「そうかい」

 

 にんまりと笑うフリス。

 その顔は──あぁ、悪魔と呼ぶにも足りない程。

 

「僕があげるのは、その子の健康だ。あぁ、機奇械怪は使わないよ。僕が制限に制限を重ねてきた前時代の異物……ファンタジーを使って治してあげよう。あ、これは秘密だからね。口外しちゃダメだよ」

「しない。誓う」

「あはは、誰にさ。大本? 僕? どうでもいいけどね。……そして、君から貰うのは」

 

 フリスの、曖昧な、あやふやな指先が──ロンラウの頭を指す。

 

「記憶か」

「うん。武人系の入力、欲しくてね」

「……俺は死ねん。そして、旅をするには……フェイメイを守ってやらねばならん」

「そうだね。病や怪我を治した所で、その凡夫が少女であることに変わりはない。機奇械怪にとっては美味しそうな餌だ。そこへ、武人系の数値を失い、拙い念動力しか使えない君という護衛は……さぞかし心もとないだろう」

()()()()

 

 言い切る。

 ロンラウは、フリスを見つめて、言う。

 

「過去の英雄の真似などせずとも、俺はこの少女を守り得る。──持っていけ」

「……ふふふ。あははっ」

 

 おかしそうに笑いながら──フリスは、ロンラウの頭を掴む。

 何の言語だろうか。恐らくは文字であろうものが、曖昧なフリスの腕を伝ってロンラウの頭から吸い出されていく。

 フリスの言う通り、ロンラウの念動力は規模こそ大きいが加減を知らない。使ってこなかったからだ。果たしてそれは、いつかフェイメイを傷つけてしまいかねないもの。

 力技として対象の破壊、殺戮はできても、一人を守るために使ったことなど無いもの。そういう細かい事は、武芸で行ってきたから。

 

 その数値を、抜かれて。

 守れるか。

 

「問題ない。フェイメイ、お前は俺が守る」

「あはは……うん、うんうん。いいよ、悪くない。悪くないよ、ロンラウ」

 

 吸い出し終わったのだろう。

 フリスが手を離せば──あぁ。

 

 彼の中から、武芸に関する知識や記憶が、ごっそりぽっかり無くなっていた。

 

「……フェイメイを治せ、フリス」

「もう治したよ。サービスで、歩くだけで痛かっただろう脚の筋肉とか、弱ってた内臓とかも治しておいた。ま、《茨》を使った治療だから、しばらくは違和感があると思うけど、大丈夫だって伝えておいて」

「《茨》……あれで、治療などできたのか」

「再生力譲渡。少し前に、ネイトの遺物を吸収しててね。それが何百年と生きてたから、その生命力を譲渡したのさ。あぁ、安心して。特に変なものは混ぜてないから。あと、この先同じことやれって言われてもできないから。何事にも代償は必要だよ、ロンラウ」

「もう言う事はない。俺が守るのだから、そのような状況に陥らん」

 

 フリスは全知全能ではない。

 万能に近いが、出来ない事も多い。何のリソースもなく人間を健康にする、など。流石にソレは、あるいは神とやらの領域だろう。

 そんなのいないけどねー、なんてフリスは嘯くが。

 

「礼を言う」

「ん-? なんで? 取引だよ。僕だって対価を貰っているんだ、礼までもらったら貰い過ぎだろ」

「……わからん。俺もそう思うが、礼を言いたくなった。お前を友だと思ったことも、善なる者だと思ったことも、なんなら同類だとさえ思っていないが──礼は言っておく」

「要らない要らない。代わりにさ、一つ教えてくれないかな」

 

 騒ぎの鎮静化してきた再建邂逅。

 あの壊滅具合なら、罪びとと番人がいなくなったところで大きな騒ぎにはならないだろう。

 

「俺に答えられることならば」

「あはは、じゃあ聞くけど」

 

 倒れ、眠りについたフェイメイを姫抱きにして、ロンラウは立ち上がる。

 入口とは逆方向。牢の奥へと進むのは、転移のためか、それとも念動力で岩山を掘り進むためか。

 

「君が抱いてるの、ホントにまだ憐憫?」

 

 問い。

 上位者が抱く、下位のものへの感情。

 それは。

 

「愛だ」

「……あはは、素直だね。そういう所、君の良い所だよ」

「そうか」

 

 愛に生きる上位者。

 エクセンクリン。チトセ。ロンラウ。

 

 昔はいなかった。誰一人として、人間という実験動物に愛情など覚えなかった。憐憫さえも無かった。ただ淡々と実験をするばかりだった。

 

 それが──あぁ、いつからだろう。

 こんなにも感情豊かになったのは。愛を覚えたいという者まで出てくるようになったのは。

 

「じゃあね、ロンラウ。その子を生き返らせたくなったら、僕を呼ぶといい。機奇械怪としてなら蘇らせてあげるよ」

「結構だ。お前には絶対に頼まん。蘇生も願わない。心が変わったとしたら、俺がやる」

 

 ただ、彼は手をあげて。

 

「さらばだ、フリス。もう二度と、相見えることの無いよう願う」

「またねー」

 

 こうして。

 混沌の最中にある再建邂逅から、ある二人の姿が消えたのだった。

*1
先端が剣になっているポールウェポン



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お母さんとお墓参りに行く系一般奇械士

 

 融合プラント種トーメリーサ。

 白い繭を思わせる形をしたこの機奇械怪は、ある一つの機能に特化した存在であるといえる。

 

 それは、人体の機奇械怪化。先日ミケルが作ってくれた『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』と同じように、このトーメリーサはその場にいるだけで、常に極小の『体内に入ったら機奇械怪に変えるくん.mex』……ミケル曰く『械人化薬(メクスドラッグ)』を放出する。

 これは機奇械怪が融合を行う際に使う機能のみを抽出した、直径五ミリメートルほどの大きさの超小型機奇械怪。捕食能力も無ければ自己改造をする脳もないコレは、しかし有機生命の中に入ることで真価を発揮する。

 瞬く間に生物を内側から融合・侵食し尽くし、たちどころに機奇械怪へ変えてしまうのだ。その際の機奇械怪にはしっかりAIがあるし、捕食機能、動力炉、その他機奇械怪に必要なアレソレが揃った状態になる。

 基本ハンター種がタンク種に類する、周囲から素材を吸い上げて金属へと加工する仕組みを取り入れていて、曰くどんな場所にいてもどんな防御をしていても、トーメリーサの周囲にいる限り機奇械怪化は逃れられない──らしい。

 

 僕の目的からはかなり外れた機奇械怪だけど、こういう貧しい国を潰すのには丁度いい。けど僕が発注したの、「ギンガモールみたいに入っていける機奇械怪」だったんだけどな。これじゃチャルの自信取り戻せないじゃん。

 なーんて心配は杞憂だったらしい。

 今、フリス・カンビアッソのカタチをした機奇械怪と戦っているチャル。彼女の顔を見れば一目瞭然だ。

 

「……何がそんなに楽しいんだろうね」

「彼がフリス・クリッスリルグさんではなかったこと……ではないですか?」

「おや、アスカルティン。よくここがわかったね」

「この国の全土を見渡せる場所にいるんだろうな、と思っただけです。匂い消し、やめてください」

「あはは、君対策の消臭剤、やっぱ効果あるんだ。作ってよかったよ」

 

 再建邂逅の東にある巨大な崖。壁に近いコレがあるから、再建邂逅は今まで生きてこられた。内部には先ほどまであの少女が閉じ込められていた牢があったり、他にも色々な施設が掘られている……が、まぁ、崖の上には特に何かあるわけではない。

 だから、見下ろすのにぴったりなんだ。

 

「このパンデミック……アレキさんやチャルさんには感染しないんですか?」

「しないよ。彼女らには纏わりつかないように僕が操っているからね」

「操って……。やっぱり、フリスさん、というか使徒というのは、機奇械怪の親玉なんですか?」

「親玉、というわけではないかな。実際、彼らは僕らを襲ってくるしね」

 

 まぁ、それは野良機奇械怪の頭が悪いからなんだけど。

 僕が手掛けた原初の五機なんかは僕に反抗してくることはない。無理だって知ってるからね、僕と戦うのが。無駄だともわかっている。僕に攻撃しても、何の解決にも至らないと。

 

「僕らは術を知っているだけさ。機奇械怪を操る方法を」

「……それは、オーダー種のような?」

「似たようなものと考えて良いよ。信号で操っているのは事実だし」

「成程。納得しました」

 

 言って、アスカルティンは。

 僕の横に座る。

 

「糾弾しようとか、僕と戦おうとかは思わないのかい?」

「無理です。絶対負けます」

「あはは、凄い自信だ」

「ケルビマさんにも勝てないのに、フリスさんに勝てるとは思えません」

「ああ、ケルビマも使徒だって気付いてたのか」

「当然でしょう。食べられない、歯が立てられない人間がそう何人も居られては困りますし」

「それはもう捕食者の意見だね」

 

 眼下では、アレキが恐ろしい速度で再建邂逅の国民を殲滅して回っている。だけど、流石に追いつかない。もうほとんどの民が機奇械怪に代わり、肉を、餌をと求めて動き出している。

 その対象者は、まだなり切っていない民と、アレキ、チャル。

 楽しそうに機奇械怪版フリス・カンビアッソと戦うチャルに、横槍が入り始めたのだ。

 けれどチャルは──その横槍を見る事さえせずに避けて、処理して、目の前の男と踊る。彼女の眼には見えているだろう。アレがただの機奇械怪で、僕ではない、ということを。とっくにわかっているはずだ。

 それでもエタルドを使わずに踊り続けているのは……。

 

「チャルさん、楽しそうですね」

「だねぇ。もう少し悲壮感溢れる戦いになると思っていたんだけど、チャルもアレキも、もう覚悟の決まった顔で……」

「……悲しんでいて欲しかったんですか?」

「うーん。そこは難しいかな。悲しみを乗り越えながら戦ってくれた方が彼女の成長に繋がると思った……という方が正しい。ほら、彼女は君達に引け目を感じていただろう? 自分の身体能力は普通でしかない、ってさ」

「ああ。はい。そんなことないですけど」

「比較対象が上過ぎるからね。彼女の主観では、自分は普通でしかないのさ。僕の言葉選びも悪かったけど……ま、そんな感じでさ。チャルは、身体能力が足りないからギンガモール戦についていけなかったってトラウマがある」

 

 実際の所、既にチャルはリンシュ・メクロヘリくらいの身体能力は手に入れている。

 だけど……ちょっと急激過ぎだ。ラグナ・マリアで僕が言った、僕らは普通だ、という言葉は、何も言葉の綾とかではない。本当にあの時点では僕とチャルは変わらないくらいの身体能力だった。

 それがたった一週間で劇的に変わった。急激に、恐ろしい程に。

 

 多分、恐らく。

 その秘密は《茨》にある。彼女がどのようにしてか従えている《茨》。あれで爆発的な身体能力を手に入れたんだと思う……んだけど、果たしてそれがどうやってか、というところ。

 

「ヒトっていうのは、悲しみを乗り越える時、それまで抱えていた悩みの類も一気に振り切ってしまえるんだ。何も関連性がなくともね。『悩んでいる時間が勿体ない』とか、『うじうじ悩んでいないで切り替えよう』とか。それはでも、今までの日常に戻る、ということじゃない。悲しみを抱え、トラウマを抱え、それでも前に進もうとする意志だ。英雄の多くがそれを持っている」

「はあ。まぁ、奇械士の方々にはそういう方が多いように感じますね」

「うん。だってそれは、どんな凡夫にもできることだからね。英雄がそれを持っているのは前提条件に近い。切り替えて前に進める力。切り捨てて進まざるを得ない呪い。だからこそその先で、新たなものを生み出せる力が"英雄価値"となる……んだけど」

 

 思わず失笑してしまう。

 眼下の彼女らを見て、込み上がる笑いが抑えられない。

 

「どうやら僕の見ていない所で、彼女らはもう見出していたらしい。残念だよ、本当に。僕はそれを手に入れる瞬間を心待ちにしていたのに、見逃してしまった」

「……よくわかりません」

「あはは、いいよ、それで。別に僕は君に使徒になる事を求めているわけじゃないからね」

「求められたらなれるものなんですか?」

「ん? 無理だよ」

「そうですか」

 

 あるいはその人格を数値として誰かに入力すれば、アスカルティンっぽい上位者は作れるだろうけど。

 ヤだね。あげないよ。僕が見つけたんだから。

 

「フリスさんは、何が目的なんですか?」

「いきなり核心を突くじゃないか。まあ、目的は機奇械怪の進化だよ。強さや繁殖力なんていうどうでもいいものじゃなく、次なるステージに進んでほしい。それが僕の願いであり、目的」

「でも、それだけじゃないように感じます」

「……本当に君は鼻が利くね。でも、あんまり踏み込み過ぎないことだ。僕にも逆鱗はあるかもよ?」

「ないんじゃないですか? 何をされても、たとえば今私がチャルさんやアレキさんを食べても、フリスさんは許してくれそうですけど」

「まぁ、それも悪くはないからね。手塩に掛けた"英雄価値"同士が食い合う展開も面白い。勿体ないとは思うけどね、咎めたりはしないよ」

 

 それもアリだ。

 トーメリーサはあんまりにも意思が介在していないというか、無差別過ぎるので守っているけど、これが普通の機奇械怪だったら何もせずに見ているはずだ。ミケルが納品ミスをしていなければ、チャルの覚悟が決まっていなければ、全然普通に危険に晒していた。

 

「それで、君の方は何をしにきたんだい?」

「特には。あなたを探しにきたら、ここに辿り着いただけです。あとはまぁ、最近私働き過ぎなので、安全圏に逃げて来た、というのもあります」

「働き過ぎ。働き過ぎか」

「はい。違いますか?」

 

 ふむ。

 青春ラブコメアクションストーリーを考える。チャルを主人公と見て、まず第一章でアレキと出会い、奇械士になるだろ。第二章で僕が死ぬ。第三章でアスカルティンが仲間になって、第四章で旅に出て、第五章で帰る……的な流れだとして。

 第六章といえば……しばしのお休み回だよね。一時の休息というか、今だけは何にも考えずに、という時間は必要かもしれない。

 

 チャルもアレキも覚悟決まり過ぎてるし、アスカルティンも働き過ぎてるらしいし。

 僕もちょっと動き過ぎたから……僕の休暇も兼ねてみる?

 

「よし、それがいい」

「何がですか?」

「うん、お休み期間は必要だって話さ」

 

 パチン、と。鳴らす必要のない指を鳴らす。認識コード・リクカサト。

 ──これにより、トーメリーサも、トーメリーサが飛ばしていた械人化薬も、再建邂逅の民も、壊されかけていたフリス・カンビアッソもNOMANSも──全てが"終了"する。

 一瞬にして嫌になるほど静かになった戦場。ああ、勿論だけどアスカルティンとかは対象外にしてあるよ。

 

「……やっぱり逆らわなくて正解です」

「そうだね」

 

 このひと時で。指を鳴らしただけの、たったひと時で。

 再建邂逅は、全滅した。滅亡した。

 

 残る地上の国は──三つ。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「帰って来た……」

「ええ。帰って来た。なんだか、思ったより一瞬だったかも」

「日数的には丁度ひと月ですから、まぁ長くもなく短くもなくって感じですね」

「ボクからすると、かなり短い遠征ではあったよ」

 

 ホワイトダナップ。

 その発着場に、四人の人影があった。

 

 チャル・ランパーロ。アレキ・リチュオリア。アスカルティン・メクロヘリ。

 そしてガルラルクリア=エルグ・アルバート。

 

 再建邂逅の事件の最中、姿を消したに思われていたアルバートだったが、フリス・カンビアッソ、アルバートの両名を失って失意に暮れる三人の前に現れたのだ。

 ……フリス・カンビアッソの死体と共に。

 その後、何が起きたのかを説明されて、アレキは使徒という存在に怒りを、チャルは何か確信めいたものを感じての帰還となる。その際「未来に飛んで避けた」とか、「いきなり土の中だったから驚いた」とか理解の及び難い話が為されたけれど、彼女らにはもう「超能力をそういうものとして捉える」力が身についていた。

 

 その後、ホワイトダナップの航路上に先回りして通信可能範囲内に入り、そこから飛空艇を呼んでの帰還。

 

「チャルさん、アレキさん、アスカルティンさん。君達は先に奇械士協会に帰っていてくれるかい? ボクはちょっと他に報告を入れなきゃいけないからね」

「わかりました。……あの、アルバートさん」

「うん?」

「ひと月の間、ありがとうございました。……実感自体は、あんまりないけど。何か、掴めた気がするんです」

「そうかい。それは良かったよ。それじゃ」

「はい!」

 

 そう言って──アルバートはその場を去る。

 三人がちゃんと奇械士協会の方へ向かった事を確認してから。

 

 

 

「それで──ボクは、何をすればいいのか」

「別に? 特に何をしなきゃいけない、という事はないよ。上位者になったとか、機奇械怪になったとかいうわけでもないからね。ただまぁ、あんまり無暗に大型を未来に飛ばすのはやめて欲しいかな。未来の誰かが困るから」

 

 アルバートが一人になってすぐのことだ。

 球体。

 カメラがついているだけの、球体。果たしてそれは、奇械士の報道のために使われるドローンにも似たデザインのもの。

 

 それから、声が響く。

 彼の声が。

 

「用もないのに、ずっと付きまとってきていたのか」

「あはは、まぁ僕は死んだからね。君もそう説明してくれていただろう?」

「……余計な心配をさせるのは性に合わなくてね」

 

 フリス・カンビアッソ。否、フリス。

 否。

 

「アイメリア」

「そう。その話がしたくて、君について来たんだ」

「用、あるじゃないか」

「あるとも。そろそろ腹を割って話そうよ。君の知る、僕の知る、昔々の御伽噺を」

 

 アイメリア。

 その名をフリスは否定しない。フレイメアリスと違って、ちゃんと名乗っていた名前だから。

 遥か昔の話だ。彼がまだ、端末のフリをしていなかった頃の話。上位者の真似事をしていなかった頃の話。

 

「ガルラルクリア=エルグ・アルバート。果たして君は、アイメリアの名をどこで知ったんだろうね?」

「それは」

 

 昔々の、なんでもない話──。

 

 

 

 

 

 の、前に。

 

「ただいまー……。なんちゃって。今日もお母さん、仕事だよね……」

「おかえりなさい、チャル。遠征お疲れ様」

「!?」

「……何、その幽霊でも見たみたいな目は」

「お母さん……お母さんがいる……? ワーカーホリックで家族より仕事を愛してやまないお母さんが、家でくつろいでる……?」

「少なくとも、仕事より家族の方が大事よ。そもそもたった一人の愛娘が一か月も帰ってこない、なんて。普通はあり得ないのよ? その帰りに出迎えてあげるくらいの事はさせなさい。母親よ、私は」

 

 少しばかり、家族の団欒を。

 ここはランパーロ家。チャル・ランパーロの住まう家。

 西部区画のあるマンション。その一フロア丸々がランパーロ家だ。つまりまぁ、そこそこにお金持ちである。

 それもそのはず、いつかチャルがフリスに漏らしていたように、チャルの母は政府務め。

 

「ただいま、お母さん」

「改めて、無事に帰って来てくれて嬉しいわ。よく頑張ったわね、チャル」

 

 政府高官ニルヴァニーナ・ランパーロ。

 なんならルバーティエ=エルグ・エクセンクリンよりも上階級な、女手一つでチャルを育て上げた仕事のできるおかーさんである。

 

 

「あ、大丈夫大丈夫。座っててー」

「……本当に大丈夫なの? 疲れてるでしょう、私がつく、」

「良いから良いから。このひと月ね、ご飯作りは交代制だったんだ。だから、結構作ったよ。えへへ、地上にも食べれるもの少しは残っててねー? 砂をどーんってひっくり返すと、そこに配管みたいな植物が生えてたりして……」

 

 それはもう上機嫌に。

 長い遠征で疲れているはずのチャルが、台所で料理をしている。

 

「……何か、良い事でもあったの?」

「お母さんに会えたから」

「そう……言われると、毎日帰って来たくなるけれど。ごめんなさい、また明日からデスマーチで」

「ううん、わかってるから大丈夫。……それとね、前、好きな人ができた、って言ったじゃん」

「ああ……確か、フリス君、だったかしら」

「うん。その子がね、なんていうか……多分、まだいるっぽくて」

「……そ。よくわからないけれど、よかったわね」

「うん!」

 

 テーブルに出される暖かい料理。

 携帯食料で生活し続ける毎日と比較してもしなくても、ニーナにはそれがご馳走に見えた。

 

「あ、食べてていいよ。私ちょっと片付けしてから食べるから」

「片付けは私が後でやるから、こっちに来なさい」

 

 少しだけ怒った雰囲気をニーナが出せば、チャルはびっくりした顔で、けれど素直に従う。

 

 そうして、向かい合って。

 

「食べなさい。折角一緒に食べられるんだから……」

「あ、うん……わかった」

 

 ホワイトダナップに神や食材に感謝する、という文化は無い。食料を管理しているのは全て機械だから。

 だから、そのまま食べ始める。

 

「……」

「……」

 

 二人とも食べていると会話が続かないと気付いたのは、そういう事にニルヴァニーナが慣れていないからである、と言えるだろう。チャルは気付いていたけれど、折角だから、と乗ったまで。

 静かな時間が過ぎていく。

 我が子との時間。会話。

 仕事でならなんとでも言える。どんな強面にもズバズバ言えるニルヴァニーナだけど、チャルにはどうしてもたじたじになってしまう。

 

 親らしい事を全然してこなかったから。

 そもそもほとんど会ってこなかったから──接し方がわからない。

 

「ね、お母さん」

「え、ああ、ええ。なに?」

「お父さんのお墓参り行きたい」

「……そうね。そろそろ……あの人の命日か」

 

 ホワイトダナップに個人用の墓は数えるほどしかない。

 ほとんどの人間は共同墓地に入る。けれど、ランパーロ家の父は違った。

 

 遠い昔に亡くなっている父エストは、ニルヴァニーナが大枚はたいて買ったある個人用の墓地で眠っている。

 

「明日、お仕事何時から?」

「午後からよ。だから、少し早起きしていきましょうか」

「うん!」

 

 これはある家族の団欒。その一部始終を収めたお話になる。

 

 

 

 

 エスト・マグヌノプス。

 

 それがチャルの父親の名だ。

 

「……ここはいつ来ても……静かでいいわ」

「うん。私もここ、好きだよ」

 

 西部区画の端。芝生の敷き詰められたそこは、あまりにも静かな場所。

 関係者以外立ち入り禁止の札。KEEP OUTのテープ。

 それらを乗り越えて、二人は辿り着く。

 

 少しだけ盛られた土の山。

 墓石には「英雄、ここに眠る」の文字が刻まれている。

 

「エスト」

「お父さん、来たよ」

 

 花を添える。

 ここは静かだ。どこまでも──どこまでも。

 

「聞いて、エスト。チャルったら、奇械士になって、昨日まで外にいたのよ。ホワイトダナップの外で、機械を狩っていたの」

「うん。私この旅でね、すっごく強くはなれないってわかった。あこがれの人みたいになるのは無理だってわかった。……けど」

 

 話しかける。笑顔で。

 もう、彼が死した事は、遠い昔のこと。割り切りなどとっくについている。

 

「けどね。私には私のできることがある。私には私の……ううん、私にしか見つけられないものがある。私にしか聞こえない声がある」

 

 エスト・マグヌノプス。

 彼は技師だ。

 奇械士ではなく、ホワイトダナップという人工浮遊島を調整する仕事の、つまり機械技師。

 

「聞こえたんだ。あの時……フリスの声が」

「お願いね、エスト。チャルを護って。私には……そういう力はないから」

 

 目を瞑って、胸に手を当てて。

 ニルヴァニーナは空に。空の神フレイメアリスに。

 チャルは──今もどこかにいるだろう、誰かに。

 

 黙祷は数十秒続いた。

 そして。

 

「……よし。じゃあ、お仕事行ってくるね、お父さん」

「私もそろそろね。……エスト、また来るわ」

 

 二人が立ち去っていく。

 奇械士の、政府の。それぞれに仕事がある。

 

 残ったのはまた、風の吹く丘の、お墓が一つ──。

 

 

 

 

 

 

「はい? 神語ですか? まぁ、読めない事もないですけど……」

「ホント? アナタって本当になんでもできるわね。じゃあ」

「あーちょっと、ちょっと。これ以上仕事増やす気なら読めません、読めません」

「娘にね、神語が読める人はいないか、って聞かれて。アクルマキアンにでも行かなければ無理だと思っていたのだけど、丁度いいのがいたわ」

「何故だ……何故私の周囲には話を聞かない奴ばかりが集まるんだ……」

 

 政府塔。

 その一室で、忙しなく手を動かす人々がいた。

 部屋にいる十人、その内十人が、一生手を動かしている。書類を見て、端末を触って、通信を入れて、端末を触って、書類に何かを書いて、通信をして、端末を触って……。

 休む時間などない。互いに情報を共有するために喋ることはあっても、手は止めない。止めたが最後、残業が確定するからだ。ホワイトダナップに労働基準局も法も存在しない。

 

「そもそも神語なんてどこで触れるんですか……学校で授業でもやっているとか?」

「地上で拾ったらしいわ」

「……がっつり盗掘ですが。ああ、そうか。お子さんは奇械士で……」

「そういうこと。それで、読めるのね?」

「読めますけど、翻訳しろ、とかは無理ですよ。時間が無さすぎる」

「あなたの仕事、今ある分の半分を請け負ってあげる。それで、翻訳は」

「しますします! いやぁ電力研の部長様は最高ですね!」

 

 あまりにも仕事ができるせいで各方面から頼られ、しかも断れない性格であるためにそれを溜め込み、ひょろひょろした体形でありながら病気の類を一切しない──まさに理想の皺寄せ先こと、ルバーティエ=エルグ・エクセンクリン。

 エルグの名の通りそれなりに位高いお貴族サマ*1だというのに、搾りかすになるまで酷使されている様はどうにも下っ端感が否めない。

 

 だが、之このように、雑学好きというには無理がある……無数の分野へのあまりにも広すぎて深すぎる造詣を持っているために、本当に頼られ放題なのだ。

 そんな彼に働いてもらうためには、彼の仕事を預かってやればいいことをニルヴァニーナは知っていた。

 

「それで、神語の書かれた本の現物はどこに?」

「コレよ」

「ほほう、これはまた随分と古い……ンンンン?」

「読めない?」

「……いえ、読めますけど。……いえ。なんでもないです」

「じゃあ、お願いね」

「はい。少し時間を頂きますが……データでいいですか?」

「ええ、問題ない。アナタが好きなら、紙媒体でもいけれど」

「データで」

 

 娘から託されたその本に対する、あまりにも微妙な反応。それはまぁ、彼の良く知る厄介魔神の著作物であることを一瞬で見抜いたからなのだが、ニルヴァニーナがそれを知る由もなく。

 ニルヴァニーナは、娘の期待に応えられそうな事に機嫌を良くしながら仕事に戻る。

 心なしかそれまでより二割増しで早くなった作業速度にアテられたのだろう、ニルヴァニーナ率いる電力研の職員たちは、緩やかにデッドヒートへ移行した。

 

 そそくさと出ていくエクセンクリンになど目もくれず──誰も休めない、休まない、伸びをしたりあくびを欠いたりもしない、出来ない……ある種の地獄がここに完成する。

 

 政府塔電力研。花形で割合自由な創作力が求められる科学開発班などとは違い、陰の、縁の下の、目立たない──最も過酷と言われている部署である。

 

 

 

+ * +

 

 

「神語の翻訳? 俺ができると思っているのか?」

「君、フリスの記憶入力されているだろ」

「だからなんだ。奴の記憶を漁って現代語に置き換える労力が必要だ。そもそも、それはお前が自らの仕事と引き換えに請け負ってきたもの。俺に任せようとするその性根が腐っている。大本から出直して来い」

「な、ならフリス! 書いた本人なら一瞬で……」

「もう帰ってきているはずだが、まだ顔を見せていない。俺達にとっては好都合だろう。お前など、蛇蝎の如く嫌っていたではないか」

「く……いて欲しい時にいなくて、いないで欲しい時にいる奴だよ、アイツは!」

「……今回ばかりは、フリスの肩を持つがな、俺は」

 

 とかなんとか。

 転移でないと入れない部屋で、そんなことがあったとか。

*1
リチュオリア以外は全員そうなのだが



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傷心旅行に行く系一般上位者と全部喋っちゃう系一般融合機奇械怪

 

「まず──君の生誕に興味はない。君は恐らく『精霊』の時代の人間だろう。だけど、今は『機械』の時代だ。今の時代に過去の時代の知識も感情も必要ない」

「……そうか。じゃあ、どうしてボクがアナタの名を知っているか、だけが聞きたいわけだね」

「そう。それだけでいい。君という弱く脆く、最強の名を騙る踏み台は彼女らにとって乗り越えるべき必要なステップだ。だから、()()()()()()()()()()()。謎を話しきる事だけはやめてほしい」

 

 大前提を置く。

 僕は僕の性格を知っている。わかっている。

 僕は興味を失くしたものに対し、それをぞんざいに扱う癖がある。見限った時点でいつでも殺していいものの枠に入れてしまいがちだ。

 相手の限界を見たら。価値の底を測り終えたら。

 もう要らないと判断したら、その辺の命と同等の、凡夫の箱に入れてしまいがちだ。

 

 けれど、アルバートは少し違う。凡夫は凡夫に思う。けれど、有用だ。

 最強の名は、そしてチャル達に強さを見せつけた背中は、乗り越えていくに値する。

 凡夫だけど、"英雄価値"のために必要。

 

 僕は今、彼女のことをそう判断している。"素材価値"とでもいうべきものが彼女にはある。

 

「ふふふ、酷い言われ様だ」

「事実だよ。それで、アイメリアの名をどこで……というか、誰から聞いたのか教えて欲しい」

「マクガバン、という少年だ。聞き覚えはあるかな」

「……無いね。そういう英雄も……知らない」

「英雄? はは、そんなんじゃないさ。どころか彼は戦士ですらない。ボクの生まれた時代の話はお気に召さないようだから、彼との関係だけ話すよ。彼はね、旅人だったんだ。ボクの生まれた寒村に来た旅人。1002年。『精霊』の時代が始まってすぐの頃のことさ」

 

 それは……なんというか、凄いな。

 あの時代は人間が生きていくにはかなり厳しかったはずだ。それを、少年の身で旅人なんて。

 普通に"英雄価値"のありそうな少年だ。うわぁ、自分で見つけたかった。

 

「マクガバンは、ボクと同い年くらいだったのに、沢山の事を知っていた。精霊の話。使徒の話。さらにはゾンビの話もね」

「……それは、あり得ないかな。1002年と言ったね。でも、『ゾンビ』の時代が終わったのは800年のことだ。200年の隔たりがある。その少年は、200歳でなければならない」

「つまり、彼はボクと同じだったんだよ。いいや、ボクが預かった、というべきか」

「……成程」

 

 アルバートの、未来の誰かに憑依するという呪い染みた契約。「機械」の時代に全く以てそぐわないそのサイキックは、元々はそのマクガバンという少年のもの、ということか。

 何かのタイミングでマクガバンはそれをアルバートに引き継いだ。そこから、アルバートもまた憑依を続けることになった。

 

 とすると、そのマクガバンという少年……もっと昔の人間の可能性が高い。というか十割そうだ。

 それで、そんな契約結べる時代というと、上位者の大本が覚醒した時期が一番しっくりくるかな。「悪魔」の時代。紀元前300年。

 

「彼はボクに知識を与えてくれた。ボクは彼に遊びを教えてあげた。ただそれだけの関係だったけど、時代が時代だったからね。これ以上の旅は危険だと彼を引き留めて、そこから彼はボクの村に、」

「あぁ、だから、君の生い立ちには興味ないんだってば。それでマクガバン君が死んで、その呪いを君が受け継いだ。それだけだろ?」

「……うん、まぁ、そうだね」

「薄っぺらいな。結局君には特に何かあるわけじゃないじゃないか。凄いというか、何か秘密を握っていたのはそのマクガバンという少年だ。あぁ、今ほど過去に飛べない事を悔やんだことはないよ。全知全能でないことがこれほど悔しいとはね」

 

 その程度だろうと思っていた。だから興味が無かったんだ。

 アルバートは結局、託されただけの一般人だ。そこからまぁ、何度か憑依を繰り返すうちに、剣技の磨きはかかって行ったのだろう。でもそんなの当然だ。他の戦士が、奇械士が数十年かけて辿り着くところに、彼女は何百年をかけて辿り着いた。ただそれだけ。他の戦士だってそれくらいの時間があればそこには行けるだろう。

 それで、途中で僕の"毒"にアテられてサイキックを獲得して。2044年。ミズガルとワンダーレンの戦争の最中にいたのだろう彼女の母親が過去の彼女を産み、時間に関するサイキックを手に入れて、またそれを長い時間かけて磨いて。

 

 でも、今の今まで僕に見つかってなかったってことは、それほど影の薄い……剣技もサイキックもパッとしない、何の脅威にもならない人間だったことの証明でしかない。

 

 溜め息も出るよ、それは。

 そんなつまらない人間が他にいるかな。誰でも到達できるところに到達して、最強なんて名乗って。なんだそれ。

 

「マクガバン。そのマクガバンという少年の姓とか知らないのかい?」

「マクガバン・マグヌノプス。一度だけ、村に来た最初だけそう名乗っていたはずだ」

「──……」

 

 繋がるなぁ。

 あぁ、成程。成程。成程ね。

 そうか、じゃあ、そういうことか。

 

「……聞かなきゃよかった」

「そうかい?」

「ああ……そうか。じゃあ、ある意味当然なのか。チャルが僕の前に来たのは……」

 

 力が抜ける、というか。

 今の僕は金属の球体なんだけど、もうバラバラに崩れてもいいかなって思っちゃうくらいの、気の抜け方。

 

 聞かなきゃよかった。

 今、チャルの"英雄価値"に罅が入ったよ。まぁ全然まだまだ観測したいと思える存在ではあるけれど、少なくとも彼女は元は一般人だったのに、みたいな枠からは外れてしまった。

 なるべくしてなった。僕と接触するべくして接触した。あのクラスに来た事さえ、僕に好意を抱いていたことさえ──。

 

「……これは、お休み期間にして本当に良かったな」

「何の話、」

「ああ、いいよ。もういいよ。《茨》も解いてあげる。君にはもうあんまり興味ないから、適当に生きるといい。追いはしない。というか、僕がどっかに行くか。うん。じゃあね、アルバート。大型討伐頑張って」

 

 返事も待たずに、金属球の身体を浮かせて……ふらふらと、適当な所に飛んでいく。

 

 あーあー。

 僕らしくなかったなぁ。気になり過ぎて聞きに行く、なんてさ。謎は謎のままの方が良いってわかってたのに。

 

 あーあ。

 ……今後、チャルがどれほど僕に近づいても、僕を打ち果たさんとしても……どうしてもマグヌノプスの影がちらついてしまう。

 聞かなきゃよかった。失敗したなぁ。

 

「ちょっと……気分転換に、懐かしい場所にでも行ってみようかな。過去を振り返るのも、悪くはないし」

 

 やっぱり学びって大事だよね。

 知らないことがあった方が面白い、という僕自身の学びを蔑ろにしたこと。

 それが今回の失敗の理由だ。

 

 ということで、その学びを得た場所に行ってみようと思う。

 チャルは……まぁ、大丈夫でしょ。マグヌノプスの子なら、死にはしないよ。

 

 

 

 

 

 

 で。

 

「おー。久しぶりに来たけど……なんというか、ちょっと……寂れた?」

「少年。それは言わないお約束です。──では改めまして、ようこそアクルマキアンへ。歓迎しますよ、少年」

「……観光に行くだけだから迎え要らないって言ったと思うんだけどなぁ」

 

 聖都アクルマキアン。

 ホワイトダナップは航路上かなり遠い所にいて、しばらくは近づかない。それをいいことに、ちょっと来てみた。新たな肉体を得て、上位者らしい気配を全部消して、本当に少年っぽくして、余計な気遣いしないでね、という連絡を入れた上での訪問。

 国に入った瞬間見つかった。

 

「少年、あなたが要らなかろうが、監視は必要だ、とのお達しです。しかしご安心を。私は少年より製造が後であるためか、あなたを知りません。故、心置きなくアクルマキアンをお楽しみください」

「あー、うん。でも僕君の事知ってるんだよね」

「なんと。ということはつまり、私は一度還元されているのですね。初めて知りました」

「うん、うんうん。まぁいいよ、知らなかったらそれで。じゃ、僕行くから。ホントに何もするつもりないから、安心してて。だからついてこないで」

 

 アクルマキアンは広い国だ。単純面積としてホワイトダナップの面積の十数倍あるし、歴史も長い。ま、フレメアとアクルマキアンは歴史を争うくらいの関係にあったんだけど、フレメアからホワイトダナップが飛び立ってすぐに滅亡しちゃったからね。十割ホワイトダナップが飛び立ったせいなんだけど。

 

 で……うーん。

 面倒臭いなぁ、って。

 

 今、「そうは行きません」、「観光大使の名は今や形骸化しましたが、その務めは果たさなければ」、「何より相手が暦の長いご同類とあらば、このアントニオ、粉骨砕身の思いで……」とかなんとか言ってる奴。

 上位者アントニオ。

 昔、あまりの面倒臭いその性格から、僕が思わず殺しちゃった上位者である。

 

 いや。

 いやだってさ。ついてくるなって言ってるのについてくるんだよ。見るなって言ってるのに見るし、やるなって言ってるのにやるし。アクルマキアンそのものを滅ぼさなかった事を褒めて欲しいくらいの苛立ちがあったよ、あの時。

 しかも本人に悪気がないというか、全部善意でやってるというか。

 上位者にしては珍しく他の上位者に尽くそうとする、根本から狂ってるとしか思えない人格設計されてるせいで、どの役職に就かせても上位者第一実験第二にする傾向を変えきれず、すぐに持て余す上位者多数。

 僕も上位者の中じゃかなーり嫌われてる方だって自覚あるけど、アントニオはその上を行く。僕は無計画で厄介だから嫌われてて、アントニオは無邪気で面倒臭いから嫌われているって感じだ。

 これ、この国の政府にいる上位者がこれ幸いとばかりに押し付けてきたとしか思えない。

 

「アントニオ」

「ですから!! 私はこの国のため、ひいては我々のために──む。はい。はい。どうしましたか、少年」

「僕、結構気が短いから。そこのところ気を付けてね」

「はい。ご安心を。私は少年を不快にさせるようなことはしませんよ」

「じゃあとりあえず宇宙まで行ってきて欲しい」

「はい? ヌォ──!?」

 

 転移を封じた上で、ぶっ飛ばす。

 僕の転移可能範囲は狭すぎるので、念動力で射出する。上空に。アントニオの肉体はフリス・カンビアッソみたいな脆弱さを持ち合わせていない、元来の不壊な身体だから、何がどうなっても平気だろう。

 

 これでよし。

 

 とりあえず、ヘイズの居酒屋にでも行ってみようかな。

 ……まだあれば、だけど。

 

 

 

 

 あった。

 

「あ? なんだ坊主。ここは酒飲むところだ、ガキは帰れ」

「……忘れてた」

 

 忘れてた。

 そうだ、飲酒の年齢制限とかあったね、人間。なんで僕少年の身体選んだんだ。青年で良かったじゃん。

 えー。

 えー。

 この体結構特別仕様だから面倒臭いなぁ作り直すの。

 

「あ、コラおい、聞こえてんだろ! 席に着くな!」

「まぁまぁ」

「馬鹿にしてんのかこのガキ!」

「してないしてない。それで、君店番? ヘイズは?」

「……なんだ、店長の知り合いかよ。それなら先に言え。で、店長か。今いねぇよ。普通に仕事中だ」

「仕事? ヘイズ、何か始めたの?」

「知らねぇのか? あー、まぁガキに言う話でもねぇか。最近……っつっても三、四年前からだが、あの人奇械士やってんだよ。知ってるか? 流石に知ってるよな、奇械士。外できもちわりぃ機械共と戦う仕事さ」

 

 ……うーん。

 えーと。

 

「それ本当にヘイズ? ヘイズ・イシイで間違いない?」

「あぁ。なんだ、信じられねぇか、ガキ。確かにあの人ヒョロヒョロだがな、腕っぷしは強いんだぜ」

 

 うーん。

 ……ヘイズは上位者だから、進んで奇械士になるとかありえないんだけどなぁ。まぁラグナ・マリアの上位者も受付として奇械士になってはいたから、そういう感じで……人事異動があったとか?

 僕が言うのもなんだけど、本気で、上位者は機奇械怪に余計な入力しないでほしいんだけどな……。実験の意味がなくなっちゃうじゃん。僕が言うのもなんだけど。

 

「まぁ、店長の客だってんなら話は別だ。ミルクでいいか?」

「ああ、いいよ。何も出さないで。喉乾いてないし」

「そうか。……これから普通に客が来るだろうが、そいつらに出される酒せびったりすんなよ? ガキが呑んでいいモンじゃねぇからな」

「はいはい」

「……可愛くねぇガキだな、さっきから」

 

 飲酒、ねぇ。

 かつては"英雄価値"を見初めるために飲んでいたけれど、酔いという感覚を得た事は無いんだよなぁ。僕ら上位者は結局概念に優先されるから、あんまりそういうものに左右されない。アルバートの時止めみたいなサイキック由来のものなら効くんだけどね。ただのアルコールに酔わされたりしない。

 

 しないから、大変だったなぁ。

 ヒトって酔いつぶれると本当に面倒臭いんだよね。

 

 さて、ヘイズの居酒屋。あるいは酒場。溜まり場。

 ここは聖都アクルマキアンが聖都と呼ばれる前から、首都と呼ばれる前から、なんならアクルマキアンという名ではない時代からある店だ。

 店名自体はころころ変わるので、ヘイズの居酒屋と呼んでいる。上位者が経営している飲食店の中では最古のもので、しかも上位者じゃあまり理解できない酒類を扱うという点から、「ちゃんと出来ているのか」の興味本位で数多くの上位者が集まる店でもある。

 流石に最近は、というかここ五百年くらいは落ち着いたみたいだけど、それ以前は人間に紛れてひっきりなしに上位者が訪れていた。

 訪れて、酒類を頼んで、よくわからないな、と思って、食べ物を頼んで、よくわからないな、と思って、帰っていく。

 

 まぁ全員大体のスペック一緒だから当たり前なんだけど、みんな興味が尽きない、好奇心が尽きないのも変わらないんだなぁって思ったよね。

 

「全然お客さん来ないね」

「ったり前だろ、まだ昼下がりだぞ。あのな、大人には仕事があんだよ。みんな飲みに来るのは夕方から深夜──」

「ぅいーっ、やってりー? やってれー!」

「……まぁ例外もいるが」

 

 誰か来た。

 女性。明るい茶髪で、それなりの長さ。もう出来上がっているらしくニコニコで、酒の臭いも凄い。

 戦士……ではない。奇械士でもない。ただ、内勤系の人間でもないと僕の勘が告げている。どころか──似た人間を知っている、ような。

 

 既に酔い潰れ気味な女性は、がらっがらの店内を見渡して──僕をロックオンする。だろうね。

 

「え~~~~~なに~~~~~? リッキー隠し子~~~~?」

「馬鹿言え。旦那の客だよ」

「ヘイズちゃんの? ……え~~~、ヘイズちゃん、もう結婚してたの??? かなぴぃぃぃい~~~」

 

 うるさ。

 あ、この煩さで思い出した。こいつリズか。リズの子孫か。あの酔いどれ結婚できたんだ。僕がいなくなった時、戦士としては使い物にならない状態までボロボロになってた覚えがあるけど。

 

「マイドガル。君の姓はこれであっているかい?」

「えっ……なになになになに? ぼく、お姉さんの事知ってるの? ナンパ~~~?」

「あはは、それはないよ。でも、成程あの頃はちょっと疎遠気味だったけど、結局順当にヴァニティとくっついたのか」

「だぁれ、それ」

「……ま、君の知らない人だよ」

 

 流石に、祖先の名前一人一人まで覚えてはないか。

 しかし……面白いこともあるものだ。あれ、確かフレシシを作ってからちょっと経った後だから……300年前くらいかな?

 その頃に交わったのだろうリズ・パラスとヴァニティ・マイドガルの子が、また色んな人間と番って交わって、今に至ってこの女性になって。この女性の両親が誰なのか、とかはあんまり興味ないけど、遺伝的特徴は受け継いでいて。

 それが今、僕と出会って。

 ……マグヌノプスの陰を嫌ってホワイトダナップを離れてすぐだと考えると、ちょっと思う所があるけれど。

 

「そっかぁ~。まぁいいや~。リッキー、お酒お酒お酒ー」

「払える金あんだろうな」

「パパにつけといて!」

「……はぁ」

 

 変わらないなぁ、ここは。

 なんというか──窮地に瀕した人間の拠り所として。バランサーとして、ちゃんと機能しているようで何より。

 

 ……けど、凡夫に興味ないから、早く帰ってこないかなぁヘイズ。

 

 

 

 

「──フリス? まさかお前、フリスか?」

「やぁ、やっと帰って来たねヘイズ。君なんで奇械士なんてやってるんだい。まさか深夜二時まで待たされるとは思わなかったよ」

「来るなら連絡してくれたら……ああっ、今朝メディスンが言ってた『旧い友人が訪ねてくるやもしれん』ってお前の事か! アイツ、いちいち言い回しが暗号めいててわかりづらいんだよな」

「ああ、彼、まだそういう性格なんだ」

「まだってなんだよ。俺達はいつまで経っても変わんねーよ」

 

 ようやく帰って来たヘイズ。その風体は、まぁちょこちょこ変わってはいるけど、昔通りの姿で。

 ……本当に奇械士やってるみたいだね。

 

「店長、俺はこれで上がりやっせ。……勢いでガキに酒出さねぇようにな。ここがなくなったら路頭に迷っちまう」

「おう! 店番ありがとうな、リッキー」

「ういす」

 

 店番をしていたリッキーという男が消えて──まぁ、ここからが客入り時なんだろうけど、しばしの歓談に移る。

 

「で、今回はなんだよフリス。今度はどんなでっけぇ事やるんだ?」

「やらないやらない。今僕は傷心中なんだ。傷心旅行に来たんだよ」

「傷心中? お前が? なんだ、好きな子にフラれたか?」

「君、恋愛感情を理解できたのかい?」

「いんやさっぱり。アッハッハ、無理無理。人間にそういう感情は抱けねえよ!」

 

 ロンラウよりかは断然短いけど、ヘイズも中々に古い付き合いの上位者だ。

 だけど、この……なんだろうね。底抜けに明るいけど底が抜けたように感情への理解が無い感じ。ヘイズは昔からこうだ。それでも好かれるのは、この困窮していく時代にあっても明るさを保っている──心の拠り所になる感じが人気なんだろう。

 

 あぁそれと、彼はバランサーではあるけれど、面白いコトが好きなタイプだ。正確にはそれを鎮静するのを楽しむタイプ。結構タチが悪い。

 

「ちょっと君に、聞きたいことがあってさ」

「ん、なんだよ」

「地下大聖堂。まだあるかな」

「……あー。ワリぃ、わかんねぇや。多分あんじゃね? もうずっと行ってねぇけど」

「地震とかで崩落した、みたいなのは聞いていないんだね?」

「おう。だから多分、まだあるよ。ただあそこの入口、今でっけぇ建物あるからどうだかな。当てずっぽう転移で行ってみるか?」

「それは最終手段かな。とりあえず歩いて探してみるよ。情報ありがとう」

「そりゃいいが……地下大聖堂(あそこ)に何用だよ。やっぱでっけぇことやるつもりなんじゃねぇの?」

 

 キラキラした目をされても困る。

 本当にやる気無いんだって。まぁ面白い人間がいたら無計画がひょこっと出てくる事はあるかもしれないけどさ。

 

「マグヌノプスの遺骸を確認したいんだ。あそこに安置されている聖骸をね」

「もう腐り落ちてね?」

「僕の《茨》で厳重に囲ってある。風化や腐食の心配はほぼないよ。ただ」

 

 ただ。

 

「ただ……マグヌノプス自らが出ようとしたりしていたら、話は別だけどね」

 

 

 

+ * +

 

 

 

「休暇……ですか?」

「おう。アレキ、チャル、シーロンス、ワイユー、ケン。お前ら五人は今日3月3日から4月11日まで長期休暇だ」

「ど……どうしてですか? 私達、まだやれます!」

「ん? ……ああ別に、戦力外通告とかじゃないぞ。この休みは本来年間を通してちゃんと振り分けられるものなんだけどな、アレキとチャルは毎日のように働いていただろ? で、溜まってんだよ。ひと月とちょい分の休みが。んで、このままだとシーロンスもお前らと同じ感じになりそうだから巻き添えで休ませる。ワイユーとケンは元からこの期間の長期休みを取ってた。だから期間を合わせた。他に質問は?」

 

 奇械士協会。

 そこで行われている長期休暇の説明に──納得できていない二人。

 シーロンスことアスカルティンは「休んでいながらオールドフェイス貰えるんでしょうか」なんてことを考えているばかりだけど、二人は違った。

 

「休んでいる間は戦って良いんですか?」

「ダメに決まってるだろ。まぁ突然目の前に、とかなら仕方ないが、島外作業はこの間お前らに回ってこないし、巡回のシフトからも外される」

「そんな、腕が鈍ってしまいます。お願いします、大型討伐をせめて七日に一回とか……」

「仕事中毒が過ぎるぜお前ら。良いから休んでおけ。つか、気が向いたら学校にでも行け。お前らの学校の生徒、結構戻って来てるらしいぞ」

 

 あまりのワーカーホリック具合にドン引きなケニッヒだったが、思い出したように放ったその言葉で二人の空気が変わった事を察す。

 

 下降具合に。

 

「……あー。そうか、お前らもまだ……そうだよな。今のは俺が悪かったよ」

「い……いえ。ケニッヒさん達も……そう、ですよね」

「俺はもう割り切ってるよ。仲間が死ぬ事なんてザラだった。俺は弟もお袋も機奇械怪にやられてんだ、そういう……嫌な耐性はついてる」

 

 否応なし暗くなる。

 彼がまだいるかもしれない、云々ではなく、彼ともう学校生活は送れない、という事実にずーんと。

 

 そんな二人の横で、空気を読まない*1少女がポツり──。

 

「学校。私も行ってみたいです」

「あ……そっか。アス、じゃない、シーロンスさんは行ったこと無いんだっけ」

「はい。ずっと病弱で。姉さんから話は聞いてましたけど、ちゃんと通ったのは朧げな記憶の奥底にある数回くらいで……。健康な時にはまだ一度も」

「けど、いきなり編入とかは難しい」

 

 まぁ、行ってみたい、で行けるような場所ではないのは事実だ。

 一か月の間だけ学校生活──なんて、学校側にも色々と負担がかかってしまう。

 

「……」

 

 ただ、ケニッヒは浮かない顔で。難しい顔で、苦虫を嚙み潰したような顔で、そう言いだしたアスカルティンを見る。

 そして重たい重たい口を開いた。

 

「どうかしましたか?」

「……誰が何を思ってやってんのかは、知らねえ。突き止めようと動いた事もあったが、途中で曖昧になってやがるから最後まで追い切れなかった」

「?」

「──実はな、あの学校にはまだ、フリスの席が残っている」

「え……」

「アイツは死んだって届け出は出したんだがな。何故か、いつまで経っても受理されない。されないまま、何故か行方不明者扱いにもならず、まだウチに引き籠ってる、ってことになってる」

 

 それは、怪しいを通り越して意味の分からない話だった。

 フリスの正体。彼が仮人格だった事を知っていても、そして最近使徒の存在を深く知ったアレキ達でも、彼が何故そういう位置づけに置かれているのかわからない。

 

 まさか復帰する予定でもあったというのだろうか。

 

「それで、それがどうかしたんですか?」

「できる、って話だよ。フリスの代わりにシーロンスが登校する、って事も。まぁ、なんだ。エンジェルの一件以降不登校になる生徒が多すぎたからな。事前に払われた金を考えての補填で、同じくらいの学力レベルの親戚や兄弟を通わせていいってのがあるんだ」

「ほへぇ」

「知りませんでした」

「ま、学校がそれを用意したところで、トラウマ抱えてない方の子供までまた危険に晒すのは嫌って親が多いから、あんまり使われてない制度なんだが……使えるっちゃ使える。が、シーロンス」

「はい?」

「脱がなきゃダメだ」

 

 ──静まり返る。

 アレキ達以外もガヤガヤしていた奇械士協会内部が、シン、と。

 

「ケニッヒ、浮気?」

「うおっ!? あ、アリア!? 訓練場にいたんじゃ……」

「セクハラの気配を感じて帰って来たの」

「いやそんなのしてねぇよ!」

 

 まだ静かだ。

 ざわつきは戻らない。いや、ひそひそと誰かが誰かに囁く声は増えてきたが。

 

「あーもう、天然ですか本当に!」

 

 とうとう見兼ねた、というか空気に耐えかねたランビが割って入って来る。

 

「シーロンスさん、学校通うなら、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ただそれだけでーす!」

「ああ、なるほど」

 

 そう、アスカルティンは、シーロンスという名もそうだが、奇械士協会にいる時はまだこの"THE・怪しい格好セット"を身に着けたままだったのだ。

 政府の内通者……つまりエクセンクリンから齎された『ダムシュの正装(自分の娘に着せたい恰好)』は、流石に学校へは着ていけない。

 だから脱げ、という言葉だった。

 

「ケニッヒさんって、作戦実行時は指示とかすっごいわかりやすいのに、日常生活だと本当に言葉足らずですよね」

「い、いやわかるだろ文脈で……」

「女の子に向かっていきなりキリっとした表情で『脱がなきゃダメだ』は無いですって」

「ケニッヒ……それはダメよ」

「仮面……」

 

 騒がしさを取り戻し行く協会。

 けれど、アスカルティンの心境は複雑だった。

 

 政府が指定してきたもの。そして隠している自分の本当の名前。

 バレたらどうしよう、じゃなくて、約束を破ったらどうなってしまうのか、が怖い。

 例の消臭剤を使っているのか、現在のホワイトダナップにフリスの匂いはないまま。ケルビマか、まだ見ぬエクセンクリンに聞きに行くにしても、許可を出してくれるかどうか、会えるかどうかも微妙。

 

「良いぞ」

「えっ?」

「!?」

 

 一瞬で臨戦態勢に入れたのは、流石奇械士達、と言えるだろう。

 いつの間にか入り込んでいて、いつの間にかアスカルティンの背後にいた──ケルビマが。

 

「兄上!?」

「もうお前が姿をさらして起きる混乱もないだろう。俺が許す。奴が何を言ってきても、聞き流せばいい」

「あ、はい……ありがとうございます」

「うむ。では精進するように」

 

 そして、消える。

 転移の類ではない。ただ速く動いただけだ。

 

「……やはり、遠い……」

「あ、ケニッヒさん。許可出たので、今脱ぎますね」

 

 アレキがケルビマの遠さに歯噛みしている中で、アスカルティンは仮面をカポっと取る。

 

 ──ケルビマに落ち度があったとすれば、アスカルティンの口の軽さを侮っていた事だろう。

 

「改めまして、皆さん。私はシーロンス……ではなく、アスカルティン。アスカルティン・メクロヘリ。リンシュ姉さんの妹です。以後、お見知りおきを。あ、ちなみに九割くらい機奇械怪です」

 

 直後、奇械士協会は大混乱に包まれる。

 誤解と混乱の大混戦は、なんだか落ち込んでいるアルバートが帰ってくるまで続いたのだった。

*1
事情を知らない



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PERIOD「マグヌノプスとアイメリア」
言動だけは優しい系一般上位者と弱点がバレる一般融合機奇械怪


R15……


「……」

「アッハッハ、そうだそうだ。これだこれ!」

 

 どうせいつもの客しか来ないから、なんて言って早々に店を閉めたヘイズ。

 そんな彼に案内されて向かった先──懐かしき地下大聖堂のその入り口。

 

 そこには何故か。

 

「……大衆浴場」

「そそ。フリスお前知らないだろ? 人間って奴は生きてるだけで汚れるんだと。俺はソレ最近聞いて笑っちまったよ。なんだその無駄機能! って」

「まぁ、彼らも汚れるために汚れているわけではないと思うよ……」

 

 大衆浴場。

 聖都アクルマキアン都営の大衆浴場が、その入り口をドン、と塞いでいた。

 

「メディスンはなぜこれを許可したのかな。彼、行政をしているんだろう?」

「え、俺が知るかよ。メディスンに聞けよ」

「彼、マトモな言葉で喋らないから苦手なんだよ」

「わかるわかる」

 

 子供と大人、二人で大衆浴場に入って行く。

 都営であるために入浴料のかからないらしいそこは、しかし男女で別れていて。

 

 地下大聖堂への入口があるだろう場所は、女性用の浴場で。

 

「転移するかぁ」

「だな。人間は雌雄にうるせーって流石の俺も学んでんだぜ」

「あの頃もそうだったもんね」

「ハハッ、懐かしいな。だが、今もそうだよ。俺の酒場に来る奴は大体雌雄のうんたらで悩んでんだ。毎回毎回笑っちまうって!」

 

 それはよかったね、なんて言いながら転移する。走るのは赤雷。

 多少のざわつきは気にせず、僕らはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 地下大聖堂──。

 アクルマキアンの、寂れながらもどこかアンダーグラウンドな、けれど活気は消えていない……そんな雰囲気から一転。

 時折滴る水の落ちる鍾乳洞と、人間が入って来るには気温の低すぎる暗闇の中で、僕ら二人は歩く。

 まだまだ、地下だ。まだまだ、奥だ。

 転移の一回では辿り着けない場所に、それはある。

 

「良かった、崩落はしていないみたいだね」

「しねーだろ、そんな簡単に。お前が作ったんだから」

「設計したのは僕じゃないからなぁ。人間の設計図を見て僕が組み上げたってだけなんだ、不安は残るよ」

「そんなもんか?」

 

 暗闇。けれど、あまり関係ない。

 サイキック由来の光や闇でなければ、僕らの妨げにはならない。

 

「そういえば、さっきは聞きそびれたけど、どうして奇械士なんかやってるんだい?」

「ん-? あー、まぁ、ちょいとな。最近アクルマキアンの近くに見覚えの無ぇ機奇械怪が出るってんで、確認しに行ってたんだ。が、酒場の店主が地上をうろちょろしてんじゃねぇって怒られてなー。そりゃそうだと思って、奇械士になったって次第」

「……君らしいというかなんというか。うん? ということは君、奇械士の試験に合格したのかい?」

「試験? ……あー、あれな。まぁ普通に行けたぜ。特に難しい事聞かれてねーし、直前にヴァスカヴィル……あーっと、リーベルトの子孫になんのかな。ソイツが対策試験やってくれたんだよ。でも人間の法律とか興味ねーからさ、全部覚えて行ったら、それで行けた」

「流石は上位者随一の頭脳……それでいて特に学者とか発明家の記憶の入力を受けているわけでもないんだから、ほとほと地力の違いを痛感させられるね」

 

 ヘイズは頭が良い。僕やケルビマなんか足元にも及ばない。ただ、人間の文化に対して興味が無いというか「面白い事をしているなぁ」くらいにしか思っていないから、理解が無い。だからこそ酒場なんてものをやり始めた時は沢山の上位者が様子を見に来たんだ。

 あのヘイズが人間の文化に自ら進むわけがない、ってね。

 ま、結局彼が酒場を始めた理由は、それなりに性格の悪いものだとわかって、段々とみんなの興味も薄れて行ったけど。

 

 それで、性格が悪くて、理解が無くて、けれど頭が良いヘイズは、伴って記憶力も抜群に良い。なんせ凡夫一人一人の名前と顔を覚えていられるんだ。何百年、千何百年前の人間だろうと完璧に。

 ……まぁ抜けているというか、引き出すつもりが無い時はぽけーっとしているからそんな感じないんだけど。

 

「リーベルトか。音楽家の"英雄価値"。彼の子孫ということは、そのヴァスカヴィルというのも……」

「んにゃ、全然。アイツは今鉱石掘りやってるよ。北にある山で毎日毎日トンカントンカンだ」

「彼の価値は遺伝しなかったってことか。それは残念だな」

「と思うだろ? それがよ、最近俺の後輩になったディオディニアって女がいるんだがよ、なんとこいつもリーベルトの子孫なんだと。まぁソイツが言ったんじゃなくて俺が調べたらそうだったってだけなんだが、コイツの方が歌が上手ぇんだ」

「へぇ。それは今度聞いてみたいな。リーベルトは楽器を弾きながら歌えていたけど、その子も?」

「いや、歌だけだな。だから俺はどっかに楽器のできる奴がいるんじゃねえかって疑ってる。楽器のできる、リーベルトの子孫がな」

 

 ヘイズ・イシイ。

 彼はバランサーだけど、大昔からある実験を人間で行っている。

 それは。

 

「"英雄価値"の遺伝……僕としてもかなり興味のある内容だからね、是非とも法則性を見つけて欲しいものだ」

「よく言うぜ。600年もすれば地上を焼き払って一旦リセットかける奴がよ。アレのせいで長期間の観察ができねぇんだぜ?」

「あはは、でも仕方ないだろ? どうしようもない段階まで……袋小路にまで来てしまったら、リセットするしかない。そろそろ進化して欲しいものだけどね」

 

 雑談は尽きない。

 地下大聖堂にはまだまだ辿り着かない。

 そも、この地下大聖堂は、リセットを受け付けることなく在り続けるために作られたもの。だから上位者でも簡単に辿り着けないくらいの奥底にあるんだ。

 

「遺伝自体はするっぽいんだけどなー、どうにも、英雄と英雄の子は普通の人間になりやすくて、何代も何代も重ねて他と交わって、偶然もう一度同じ英雄の遺伝子を持つ奴が重なると、また新たな英雄が生まれる。……っつーのが、とりあえずの研究結果だ。先祖返りとでも言えばいいのか、そういう奴に限って性格まで似てるモンだから、面白いもんだよ、本当に」

「成程……じゃあ君は、全く新規の、新しい"英雄価値"についてはどう思う? つまり、遺伝に依らない英雄の誕生について」

「まだなんとも。そもそも英雄が生まれる原理がわかってねぇんだ、観測のしようがない」

「そっか」

「ただ、わかった事が一個ある」

 

 この辺りまで来ると、水音もしない。

 すべて凍り付いているから。

 

「それは?」

「英雄の近くには、必ず死がある、ってことさ。肉親の死。友の死。兄妹の死。離別と英雄は切っても切れない関係だ。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「へぇ。興味深いね。今聞かせてくれる話かい?」

「まだちゃんと纏めてるわけじゃねぇから支離滅裂で悪いが、それでもいいか?」

「うん。君の言葉で聞いてみたい」

 

 ヘイズがバランサー側にいるのは、自分で何かをする、人間に入力をする、ということ自体が己の実験に影響を齎さないからだ。彼の実験は"英雄価値の遺伝法則"、及び"英雄発現の原理究明"。究極的に彼は傍観者であり、だからこそ余計な感情も抱かなければ、能力に対する評価も公平に行える。

 歌が上手い、下手。戦闘ができる、できない。為政者として優れている、無能。

 けれどそれは人間の目線でも民の目線でも、敵対者や協力者の目線でもない。

 

 評価する者。

 ただ彼がやっているのは、評価値を取り続けることだけ。評価が高いものを残す、ということさえしない。何故そうなるのか、人間という種族が何を基準にそれを受け継いでいるのか。

 興味があるのはそれだけだ。そこに個人への思い入れとか、忌避とか、そういうものは存在しない。

 

 ある意味僕よりも残酷な──いつも笑顔な居酒屋店主。

 

「まず、上位者の有無。これは英雄の発現に影響しない。英雄が上位者に依存しない、と言った方が正しいか。いや、どっちでもねぇか。まぁ、上位者がいようがいなかろうが、クラウンがいようがバランサーがいようが、近くだろうが遠くだろうが──英雄というものが発生するかしないかに、なんら影響を齎さない」

「へぇ、僕のような災害系でも?」

「そうだ。俺達がいようがいまいが、アイツらは勝手に発生する。それは人間同士の諍いからであったり、なんでもない時期に突然だったりと様々だがな。ただし、前者の場合はその諍いで英雄に親しい人間が必ず死んでいるし、後者の突然なった奴は、なった一年から二年くらいの間に大切な奴を失くしている。これがさっき言った『わかったこと』だ」

「……成程」

 

 確かにそうかもしれない。

 チャルもアスカルティンも、英雄になってから大切な人を失くしている。アレキはなる前に家族を、かな。あるいは彼女はまだ、なのかもしれないけど。

 クリッスリルグ夫妻もそうだ。最初から強かったけど、英雄と呼ぶには難しかった。なのに、最近になってから──つまり最愛の子であるフリス・クリッスリルグが死ぬ前後から、急激な成長を見せた。

 英雄になった、ということ。

 

「これは戦闘者でない英雄も該当する。職人系、芸術系、精神性の類までもが、かならず死に直面する。……いや、俺の意見を交えて言うなら──()()()()()()()()()()()()()()()……というように思う」

「生贄。また時代錯誤な言葉だね」

「ハハッ、俺もそれは思うけどよ。ただ、時代を作ってんのは上位者だ。英雄の作成には関係ない。つまり、英雄を作ってる奴……俺達の大本も及ばねえどこぞの誰かに依れば、まだ一時代の中なんじゃねぇかな、って。そう思うぜ」

 

 ──……鋭いな。

 まぁ、言及も否定もしないでおこう。

 

「話を戻すけどよ。つまり、だ。俺はやる気無いんだが、」

「誰かを積極的に殺せば、その親しい誰かが英雄になるかもしれない。そういうことかい?」

「ん-。まぁ、な。実験的価値はあんまりないと思うんだが、どっか閉じられた箱庭で、とかなら……他に影響させることもなくできんじゃねぇかって」

「そうだね。考えておくよ」

 

 上位者による手ずからの、ですらない。

 この星にあるかもしれない原理を利用した、いわば人工の天然物とでもいうべき英雄の作成。

 

 かつ、閉じられた箱庭。

 うんうん、二つ、あるよね。

 ──片方は僕の実験場だから、もう片方にお願いしよう。

 

「お、篝火が見えて来たな。……つかあの火、何千年ついてんだ? 誰かがつけにきてるとかじゃねぇだろ」

「紀元0年からだよ。あれは普通の炎じゃなくて、《茨》の……『悪魔』の時代の炎だからね。今の時代にそぐわないし、消してしまおうか」

「えー、勿体ねぇな。つか、いいんじゃね? んなこと言ったらこの大聖堂だって昔のものだろ? ……って、紀元0年? 俺も生まれてねーじゃんか」

「そりゃね。あの頃にいた上位者なんて十人そこらだし。だから心配だって言ったんだよ。あの頃の"英雄価値"を持つ設計者が設計した大聖堂。僕の力で建てたとはいえ、設計者が蓄積されたものではない、独学でしかない知識しか持っていなかったのは事実だ。……ま、結果はこの通り。2500年経った今でも、装飾の一つとして剥がれ落ちていない。"英雄価値"っていうのはこういうことなんだよ」

「なーにが『こういうことなんだよ』だよ。お前だって心配してたじゃねぇか。かっこつけんな」

 

 まぁ、確かに心配していた。

 過去の"英雄価値"……当時は新しかったそれも、今じゃ普遍的なソレでしかない。そんなものが何年も保つのか、と。

 結局それは杞憂だった。

 今それら知識が普遍的になったのは、"英雄価値"を持っていた彼らがそれを広めたからであり、失われたり、薄れたりしたわけではないのだから。

 

 さて。

 

 ようやく、辿り着く。

 地下大聖堂。その名の通り地下に作られた聖堂で、大が付く名の通り超巨大だ。

 今までの真っ暗な鍾乳洞から一転、中はかなり明るい。どこに光源があるというわけでもないのに光り輝くその聖堂は、やはり「機械」の時代に似つかわしくないものだと思ってしまう。

 ……まぁ、そう思われるから、そう思われて壊されるだろうからと、こんな地下に作ったんだけど。

 今になって僕が同じことを感じるのは正常な証拠……だから、我慢我慢。

 

「……最後に来たのは、リンゴバーユの奴が死んだときか」

「あれ、ってことはまだ五百年とちょっとしか経っていないのか。ちなみにその時マグヌノプスの聖骸はあったのかい?」

「確認してねぇな。つか、奴と因縁あるのはお前であって、俺らからしたらどうでもいいんだよ。ここに来る理由はどっちかっつーとリセット無しで大本とコンタクト取りに来る時くらいなんだから」

「逆に僕はそっちをしないからなぁ。あ、来たよ」

「へいへい」

 

 来た、というのは──まるで、蜘蛛と蝙蝠を足したような、あまりに歪な姿をした機奇械怪。

 否、機奇械怪──とは言えない。

 何故なら彼らに、捕食の機構は存在しないのだから。

 

「おお、中々サマになってるじゃないか、ヘイズ。奇械士四年目というのは嘘じゃなかったんだね」

「まぁな。調べもの続けてたら、いつの間にかそんなに経っちまった。無駄に金が入ったんで今は路頭に迷う人間を雇う、なんてコトやってるぜ」

「へぇ。あのリッキーというのもそういうことか」

「ああ、アイツはウチに盗みを働きに来たんだよ。んでま、殺しても良かったんだが、盗人を店で働かせる方が面白いと思ってな。雇ってみたら、これが働き者でよ。今じゃあの店の店主はアイツなんじゃないかと勘違いされることもしばしばある」

 

 こういうの聞くと安心するよね。

 ほら、やっぱりみんな無計画じゃん、って。

 

「詳しく話を聞いてみれば、前の仕事を失った理由がその強面を怖がられて、だそうでよ。一時期は顔を削ろうと思った事もあったんだとか。ハハッ、んなことしたら余計怖ェ顔になるってわかりきってんのに馬鹿だよなぁ」

「そこで詳しく話を聞くのが君だよね。僕なら捨て置くけど」

「ん-? あぁ、そこがお前のダメなトコだよ、フリス。ゴミにも利用価値はあるんだ。よく燃えるし、それを必要としている奴もいる。人間全体を見てんだから、誰がどこに必要になって、何にどれが当てはまるかなんてわからねぇ。リッキーの奴も今はとんと疎いみてぇだが、どこぞの誰かとくっつけば、また英雄が生まれるかもしれねぇ」

 

 ヘイズは、攻撃に特化した、侵入者排除にのみ特化した機械の群れを捌きながら、言う。

 

「知らねえだろ、フリス。──"英雄"っていうのは、凡人二人から生まれるんだぜ?」

「……」

「ハッハッハ、押し黙っちまったな。じゃ、俺の勝ちだ」

「じゃあさ、ヘイズ」

「ん?」

 

 そんなこと、知っているさ。

 知っているけど……まぁ、確かに。少し極端が過ぎていたかもしれないね。

 

 でも、それでも。

 

「英雄二人から、英雄が生まれたら──その子の"英雄価値"は、どれほどのものになると思う?」

「さぁな。ソイツは人間とはいえない、化け物かもしれねぇぜ、フリス」

 

 即答。考える溜めもない。 

 当然か。そんなこと、ヘイズだってずっと考えてきた事なのだろうから。

 

「おーし。粗方片付いた……って。まだ出てくんのかよ」

「まぁ、今倒した残骸が壁や床に飲み込まれて、奥で再生産されるからね。実質無限体の敵が侵入者排除のために動くよ」

「だっりぃなオイ」

「だから、こういう時は念動力使うのさ。まさか使い方忘れたとか言わないよね?」

 

 念動力の膜を広げる。

 それに押され、奥から、背後から、様々なところから僕らに襲い掛からんとしてきた機械は、その歩を止めざるを得なくなった。

 

 問えば。

 

「……そのまさかだったら、どうする?」

「軽蔑して侮蔑して馬鹿にするかな」

「いや、いや、使えはすんだよ。……ただ武器に纏わせる程度でよ」

「馬鹿が」

 

 おっといけない。

 柔和な口調、柔和な口調。これ一つで印象がだいぶ変わるからね。

 

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。上位者にだって得意不得意はあるって。俺はバランサーだから、いいんだよ」

「はいはい。じゃあ、行こうか。マグヌノプスの棺のもとへ。あ、モルガヌスの所には寄っていくかい?」

「大本に何の用があるんだよ。いーよ、別に」

「了解」

 

 それじゃあ──行こうか、久しぶりに。

 学びの地、大聖堂の最奥へ。

 

 

 

 

 

 ──そこは、静謐だった。

 硝子か、水晶か。とかく、己を写す輝きのあるもので一面を張られた空間。人間が入れば距離感や平衡感覚が狂うだろうこの部屋の、ど真ん中。

 

 いた。そこにいた。

 あった。──宙に浮く水晶と、その中で蠢くヒトガタの《茨》。

 

「杞憂だったな。ちゃんとあるじゃねぇか、マグヌノプスの遺骸」

「……いや」

 

 認識コード・オディヌ。

 呟いて、戻す。水晶をすり抜けて、ずるずると僕の中に戻っていく《茨》。巻き付いていたそれが剥がれ──露わになっていく遺骸。

 

 すぐにわかっただろう。

 

「……これは」

「偽物だ」

 

 包まれていたのは──少女。

 マグヌノプス、ではない。

 念動力も転移も透過も遮断する《茨》の中で、マグヌノプスはこの少女と入れ替わっていたらしい。

 どうやって、とは聞かない。

 

 ただ……考えなきゃいけない事が出来た。

 

「こいつ……人間か?」

「さぁ。調べたいなら調べるといい。僕は関与しない。したくない。それよりヘイズ、君が調べていた様子のおかしい機奇械怪というのはどういうのだったか教えてくれないかな」

「まぁ待てって。フリス、お前は知らないと思うが、人間っていうのは長期間布を纏ってねぇと弱体化すんだよ。ましてやこんな冷たい水晶に包まれてちゃ……ああほら、身体冷たくなってら。生きてはいるみてぇだが、こりゃ栄養失調にもなってんな。ウチでスープでも出してやるか」

「その凡夫を健康にしたら、君は話をしてくれるのかな、ヘイズ」

「そう苛立つなよフリス。お前とマグヌノプスがどんだけ因縁あるのかはちーっとは知ってるが、今は命優先ってな」

 

 言いながら、自身の衣服を破いて少女を包んでいくヘイズ。

 ……なんだ。今更感情があるような素振りを。

 

 って、ああ。ダメだな。ここに来ると……ふぅ。

 柔和な口調。柔和な性格。寛容な心。そう、悪くはない。悪くは無いんだ。

 

 これも面白い。

 ──おっけー。

 

「……わかったよ。ちなみに健康にするのは?」

「それもナシだ。《茨》使っての健康ってことは、どこぞの誰かから生命力でも引っ張って来るつもりだっただろ。そんなんで元気になったって意味がねぇ、っつーかアクルマキアンの人間に手ぇ出すんじゃねぇ、俺の実験場だぞ」

「はいはい。じゃあその子が元気になるまで……僕はちょっと一人になるよ。人間って七日くらいでよくなるかな」

「馬鹿言え、もっとかかる。しかも子供だからな、二週間は欲しい」

「……君、人間に興味ないんじゃなかったのかい?」

「まだわかんねーだろうが。コイツの価値の有無は。俺が見限るのはそれがはっきりしてからだ。そんでもって、価値が無いと判断しても、俺は助けるよ。さっき言っただろ、英雄は凡人二人から生まれる、って」

「あー、はいはい。わかったわかった。……一応忠告しておくよ。その子、危険かもしれない。マグヌノプスがわざわざ身代わりにしたってことは、上位者に対して何らかの殺傷性を持っている可能性だってある。それだけは」

「フリス、顔が硬いぜ。いつもの余裕はどうしたよ」

 

 ……。

 ふぅ。

 

「あはは、そうだね。ごめん……らしくなかった。らしくなさを見つめなおすために来たのに、これじゃダメだね。それじゃ、僕はちょっと上の大衆浴場にでも入ってから観光に行くから、そのつもりで」

「ちょっと待て」

「……何」

「バカヤロウ、今転移で帰ろうとしただろ。──帰り道にもあの機械がいるんだ、この子抱いてんだぞ。範囲狭い念動力で、俺がどうにかできると本当に思ってんのか? バランサーは得てして弱っちいの忘れたのか?」

「……悲しいよ僕。昔の君は僕に匹敵しないこともない念動力の使い手だったのに……」

「連れてきたのはお前なんだから、護衛しろフリス」

「勝手についてきたのが君だってば……」

 

 あぁ──本当に、心を乱される。

 マグヌノプス。

 

 今頃どこで何してるんだか。

 

 

+ * +

 

 

「へくちっ」

「大丈夫、チャル。風邪?」

「あ、ううん。大丈夫。……多分どっかで誰かが噂してるんだと思う」

「ナニソレ」

「知らない? 昔あった迷信。本で読んだんだ」

「……知らない。アスカルティンは」

「私が知ってると思いますか」

 

 ホワイトダナップは、とある学校。

 まばらであるもののようやく生徒の戻って来た──代行の者もいるが──教室で、三人は固まっていた。

 

「ほら、アスカルティンって頭良いし」

「頭良い人はこの膨大な教科書の山に困ってません」

「でも理解できないわけじゃないんでしょ?」

「まぁ、そこは問題ないんですけど、如何せん量が多い。熱暴走起こしますよコレ」

「起こすとどうなるの?」

「……手当たり次第に餌を求めるんじゃないですか?」

「それは絶対ダメだね……」

 

 アスカルティンがリンシュの妹であること、何より九割機奇械怪であること。

 これら驚愕の情報は、流石にすぐに受け入れられる──ということはなかった。当然だ。奇械士のほとんどは、機奇械怪に肉親や親しい人間を殺されて、復讐心から熱意を抱いたという者が多い。

 他の機奇械怪と違う、と言われても、やはり同一に見てしまう者も多かった。

 アスカルティン自身が「人を食べるのか」という質問に対し、「お腹が空いていたら、はい」とあっけらかんと答えてしまったのも理由の一つだろう。その後アルバートから「ボクの監視下にある」ことと「彼女を制御する方法を心得ている」こと、加えてあくまで彼女が被害者である、という話を聞かされたがためにその蟠りも多少鎮静化したけれど、それでもまだアスカルティンに対して疑念を覚えている者は少なくない。

 奇械士達が心を落ち着かせるための時間としても、お休み期間は必要だった。

 丁度良かったと、そう言えるのだろう。

 

「アスカルティンちゃん、アスカルティンちゃん」

「はい?」

「きゃー! 可愛い、こっち向いた!」

「……」

「あはは……えと、アスカルティンさん。私は尊敬してるから、ね?」

「いえ……私の背丈が小さいのは理解していますし、これが嫌なら初登校前に背を伸ばしておくべきだった……つまり私の落ち度なので、気にしてないです」

「まぁ、長く接さないとアスカルティンが年上だ、なんて思えないのはわかる」

「うっ」

 

 アスカルティンの背は、小さい。凄く小さい。

 アルビノで低身長でですます調な彼女は、一部の生徒に非常に受けが良い。ホワイトダナップは、というかこの世界は娯楽に飢えている。だから()()()()創作も結構盛んだ。

 ゆえ、まるで絵に描いたようなアスカルティンの姿・言動は、彼ら彼女らにぶっ刺さりするらしい。

 中身が十九歳の食人系二重人格人外女性などと、誰も考えない。

 

「それにしても……コレ、そんなに美味しいの?」

「はい? あぁ、オールドフェイスですか。美味しいですよ。普通に溶かしても美味しいですし、抽出しても美味しいですし。最近は勿体ないので溶かすのはやめてます。だから実はもうほとんど人は食べてないんですよね。効率悪いので」

「……ほとんど?」

「あ……。……いえ、全くです」

「ほとんど……って、どういうこと、アスカルティンさん」

「とまぁ、ここまでが機奇械怪ジョークです。どうですか、面白いでしょう」

 

 顔を見合わせるアレキとチャル。

 頷き。

 

「アスカルティンさん。実は私、アスカルティンさんの弱点知ってるんだ」

「弱点? 何の話──ひぁ!?」

 

 その高い声は、クラス中に響き渡る。

 全員の視線がアスカルティンに向く中で──アレキとチャルは、そこを触る。

 

「ちょ、ちょっと待って、待ってください、なんですかそこ!?」

「うん。ほら、フリスが前に言ってたでしょ? 違う人も言ってたんだけど」

「全ての機奇械怪にはオールドフェイスの投入口がある──。これの生成は本人の意思じゃどうにもならない」

「ここは唯一装甲が薄い。ゆえに弱点らしい弱点になり得る……アスカルティンは知り得ぬだろうがな、って。兄が」

「ケルビマさん!? く、やっぱりあの人、私が全部バラしたの怒って、ひぃっ!」

「アスカルティンさん、最近ずっと『まぁ私は違いますけどね』みたいな感じだったし、この辺で鼻っ柱折ってやれ……って、ケルビマさんが」

「お、折るなら他の方法で、見てるから! みんな見てるから!!」

 

 絶叫が響き渡る。

 そのお仕置きは、クラス中のみんなが集まって来て、「へぇ、アスカルティンちゃんってくすぐり弱いんだぁ……」とか「背骨の中心、ね。メモメモ」とか、「お、おぉ、これぞまさしく桃源郷……子犬系茶短髪×クール系黒長髪×丁寧系アルビノの百合──俺はもう死んでもいいッ!」とか。

 チャイムが鳴るまで、可愛い可愛い転校生への"お仕置き"は続いた。終わらなかった。

 



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力を与えられる系一般不思議少女

 聖都アクルマキアン。

 かつて最も栄えた街であり、もっとも人口の多かった場所でもある。

 毎日のように"英雄価値"……その時々の価値ある人間が出入りし、戦士は勿論、その戦士の役に立つ職人や、戦士と一切関係ないながらも人間を成長させる芸術家など、数多の価値を見る事の出来た場所だ。

 ヘイズの居酒屋も勿論だけど、それはどこにいても同じだった。そこかしこ、街の全体が活気に満ちていて、生きる気に満ちていて……だから、気力に溢れていて。

 

 けれど今は、もう違うらしい。

 

「……ここにもある」

 

 少し溜息を吐いて見上げるのは──翼の生えた少年の銅像。

 空の神フレイメアリス。それを讃える像だ。アクルマキアンにはこういうフレイメアリスそのものの像やレリーフが各所に刻まれている。

 まぁ、当然といえば当然。少し前に僕がこの街へ神話を敷いた。面白おかしく書いた三流小説ことフレイメアリスの聖書。それまで信仰されていても詳細はわかっていなかったフレイメアリスの形がはっきりした瞬間。

 そこから今日に至るまで、様々な職人の手によりフレイメアリスは描かれてきた。

 

 ……何度も言うけど、僕はフレイメアリスじゃない。フレイメアリスは架空の神だ。著作物かもしれない。

 

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 フレイメアリスという名前がこの世界に根を下ろしたのはもっと前。もっともっと昔。

 紀元0年、空歴0年にまで遡る。ま、これも当然だよね。だって空歴って空の神フレイメアリスがこの世に出でてから今まで、って意味だし。

 

 その、架空の神フレイメアリスの名付け親が、マグヌノプスだ。

 

「……あれ?」

 

 ちょっと鬱々とした気分の中で──ふと、その建物を発見する。

 聖都アクルマキアンの雰囲気にあまりに似合わなすぎる、そぐわなすぎる、雑居ビル。これほど郊外にあるからいいものの、中心近くにあったら取り壊されていた事間違いなしなソレは。

 

「NOMANSの……え、壊されてなかったんだ」

 

 株式会社NOMANS。

 この「機械」の時代において、人類を滅ぼしたといっても過言ではない会社。その支社が、そこにあった。

 

 

 

 流石に中は調査され尽くして封鎖も為されているけれど、転移でパパっと入って……その懐かしさに浸る。

 汚れはついてしまっているけれど、家具の位置とか間取りとか、当時のままで……うん。

 

 NOMANS。人の要らない機械。

 初めはただの電化製品として、そこから段々と便利な機械類として全国にシェアされていった機械。自立機能と捕食機能、その他攻撃性のある機能の諸々を封じて世に放った機奇械怪の前身。

 今までの暮らしを一変する程の利便性と数多ある機能は文明を一気に何段階も押し上げて、貸出開始からたった51年で全国シェア100%、どころかNOMANS無しではマトモな生活が送れない、というところまで人類を堕落させた。

 

 ちなみにピオが名乗っている高級汎用給仕型人造人間(アンドロイド)もこの時期に貸し出しが開始されている。彼女自体はフレシシの増殖体だけど、使ってるメモリーチップはその頃のアンドロイドのものだ。

 多分だけど、彼女は放浪したんだと思う。自我を獲得するまでの間、自身に足りないもの……高級汎用給仕型人造人間足るための機能を探しに、全世界を。

 そうして完成した(と本人は思っている)ピオはようやく自我を獲得して、そっからまた放浪の旅。

 後に古井戸と出会って……。

 

 そうだ、古井戸。

 結局彼、なんなんだろう。"英雄価値"なのは間違いないんだけど、何か……違う感じがするんだよね。どれにも属さないというか。

 

「なんだ、地下扉は調査しきれなかったか。人間ってこういうとこ甘いよね……」

 

 床の一部を開いて、落ちるように降りる。

 外の雑居ビルにも色々置いてあったけど、あんなのダミーだ。一般社員の入る場所でしかない。

 本来はこっち。この、無駄に秘密基地風な入口と、無駄に秘密基地風な露出した骨組みと、無駄に秘密基地風な斜めにかけられたネオンの文字盤と……とにかく「凝り性が作りましたよ」感満載な区画。

 こここそが、株式会社NOMANS。あ、本拠地というか本社はエルメシアだから違うけどね。

 

「──それで」

 

 声を掛ける。

 背後にいる──背後で、僕の後頭部に銃を突き付けてきている青年に。

 

「ご挨拶じゃないか、バンキッド」

 

 前も言ったけど、こんな締め切った密室で煙草はやめた方が良いと思うよ?

 

「……誰だ、アンタ。ただのガキじゃねぇな。上位者か」

「えー。そこはわかるところだろ」

「……。……──……、……まさかフリスか?」

「そうじゃなかったら怖すぎるでしょ、こんな少年」

 

 NOMANSの社員しか知らない秘密の地下扉開けて、しっかり着地しないと普通に足の骨をやるような高さ降りてきて、なんでもないかのように話しかけてくる全く知らない人間の男の子、だったら。

 銃突きつける前に逃げた方が良いよ。多分それ人間じゃないから。

 

「フリス! おー、フリスか! お前……顔変わったな!!」

「そりゃ違う肉体だからね」

「ばっかお前……お前ー!!」

 

 地下だって言ってるのに真っ黒なサングラスつけて、顎髭トゲトゲ煙草にピアスに刈り上げタトゥーと……一応聖都、つまり神のお膝元な宗教国家で住むにはあまりに不便すぎる格好をした男。

 僕に頬ずりをして、持ち上げて、床とか壁に叩きつけたりしてるこの男。

 

「バンキッド。相変わらずだね。大本のことはまだ嫌いかい?」

「あん? ったりめぇだろ、フリスを追放しようとした奴だぜ? っつか、フリス。お前だよお前。帰って来たっつか生き返ったんなら連絡しろよ! 他の奴も呼ぶから待ってろ!」

「ああいや、今は観光で」

「お前が人間の文化に興味持つわけないだろ! まぁ座ってろって!」

 

 バンキッド。

 彼もまた、上位者だ。だけど──大本に離反した上位者、になるのかな。

 大本から生まれた端末でありながら、その考えに嫌気が差して、人間に与した上位者。あるいは人間と肩を組まずとも、上位者であることをやめた上位者。

 そもそもNOMANSとは、その集団だった。人でなしだし人ではないし、人の要らないグループ。

 だからあの時僕は怒ったんだ。人間がNOMANSを騙ることは悪い、ってね。

 

 上位者をやめた上位者。

 けれどそれは勿論、何のデメリットもなく、とは行かない。

 上位者たちのほとんどは気付いていないけど、彼らはしっかり大本からの制御を受けている。制御内容はとてもシンプルに一つ。「己が上位者であることを疑わないこと」。

 どんな人間の記憶の入力を受けても、他の上位者の記憶を引き継いでも、新しく生まれても。

 上位者が自身を上位者だと思う理由は、これがあるからだ。これがあるから、強い記憶に塗り潰されないでいられる。

 

 端末は結局端末でしかないからね。念動力の強弱にもバラつきが出るし、思考や嗜好もバラバラだ。だからこその見えない縛り。それ以外の干渉はされないから、実質ないようなものではあるけどね。

 

「とりあえず六人には連絡した。あ、ヘイズとメディスンは呼んでないが、いいよな?」

「いいよ。ヘイズには会ってきたし、メディスンは……面倒だし。アントニオとか絶対呼ばないでね」

「呼ぶかよあんな奴」

 

 酷い言われようだ。

 可哀想にアントニオ。可哀想だとも思わないよ。

 

「しかし、どういう風の吹きまわしだ? あんときお前が死んでから……俺達ずっとお前の事探してたんだぜ?」

「大本にコンタクトしに行けば一発でわかっただろうけど、ホワイトダナップにいたよ」

「あー、あれな。あそこは流石にわかんねーわ。エクセンクリンの目が光り輝いてるしよ、俺ら乗せてもらえねーんだわ」

「彼と君達は気が合わないだろうね……」

 

 追加でケルビマも。

 規律のキの字も知らないNOMANSでは、ケルビマの許容範囲に収まらないだろう。

 

「君達こそ、今まで何を?」

「何をって……そりゃ準備だよ」

「準備?」

「あぁ、マグヌノプスの旦那が来てな、もうすぐ戦争を始めるから用意しておけ、って……」

 

 ──どうやら、全部後手に回っているらしい。

 お休み期間にしたかったんだけど、そうはいかないようだ。ヘイズの言ってた見たことの無い機奇械怪やあの少女、そして戦争の準備。

 

「あ、悪ィ、フリスとマグヌノプスの旦那は……アレがあったか」

「いや、いいよ。それで、マグヌノプスは何故戦争なんか? というかアイツ今どこに?」

「あー……っと、確か今回の時代はいつもより早く終わるから、『徹底抗戦と行こうじゃないか』とか言ってたはずだぜ。どこにいるかは知らねえ、いつもみたいに『少し出てくる』って言ったきり四日は帰って来てねぇな」

 

 バレている。

 チャル達のために人類をもっと衰退させんと、やる必要が無いくらい派手にやってきているのがバレている。

 別にラグナ・マリアを壊滅させる必要はなかった。だけど、復旧を難しくさせて、且つリンゴバーユとジュナフィス以外の上位者を摘み取って。

 再建邂逅だって別に残しておいてもよかった。トーメリーサが面白そうだったから手を貸したけど、残っていても問題ない国だった。

 それの両方を消したのは、偏にチャル達へ負担をかけるためだ。

 僕は無計画だけどね、無計画にチャルの"英雄価値"を高めようとはしているんだよ。彼女なら必ず機奇械怪に都合の良い入力をしてくれるはずだから。

 

 ただ、それもマグヌノプスの掌の上……というか見抜かれていることだとすれば。

 

 ……。

 じゃあ、もっとやる?

 

「フリス?」

「バンキッド」

「お、おう。なんだよ……ちょっと雰囲気怖いぞ、お前」

「マグヌノプスの戦争相手は、聞いているかな」

「あー……いや、聞いてねぇな。知らねえ」

「その反応で十分だ」

 

 掴む。

 かつて苦楽を共にした仲間を。騙られて怒るほどには思い入れのあった仲間を──念動力で掴む。

 

「ち、違ぇんだ、フリス! 俺はお前がホワイトダナップに配置されてたなんて知らなくて……」

「でも今、そう知って、嘘を吐いた。君は知っていたね。マグヌノプスが戦争を仕掛けるその先が、ホワイトダナップだ、って」

「し、知ってたけど、それ言ったらフリスは止めるだろ、だから」

「だから──なんだ」

 

 だからなんだ。

 僕が止めると思ったから、僕に嘘を吐いたって?

 それはつまり、僕に内緒で僕の実験場を壊しにかかるつもりだったと、そういう吐露をしたことになるけど。

 

「バンキッド、助けにき、ぐ!?」

「チッ、もう気付かれてたか! おい、レンバ、ギングランド! 逃げろ、フリスに勘付かれた!」

「逃がすワケないだろ」

 

 ああ。

 ああ、悲しい。とても悲しいよ僕は。

 

 そこまで。

 そこまで──なめられていたか。まったく、君達は僕を何だと思っているんだ。

 

「ま、待って、フリス。アタシとアナタの仲じゃない。またオトコノコやオンナノコについてあつーい話を」

「くそ、化け物め……俺達の力を完全に上回って……!」

 

 ビーゴッシュ。パケラフィズス。上階にいるレンバとギングランド。

 バンキッドが助けを乞うたのは後二人か。流石に感知範囲には入ってこなそうだね。

 

「殺しはしない。戻ってしまうからね」

「──ホワイトダナップは安全すぎる! バランスが悪いんだよ、気付け! お前のその選民思想じゃいつまで経っても進化なんて──」

「殺しはしないが、変わってもらう」

 

 ずっと喚いていたパケラフィズスに、ラグナ・マリアで手に入れた上位者の一人の記憶や感情を入力する。それはずっと、僕の中で変質し続けていたもの。

 僕はこれをオーキストと呼んでいる。

 

「パケラフィズス! ちょっと、酷いじゃないフリス! アタシ達仲間でしょ!?」

「先に裏切ったのはそっちだろ。何をされたかは知らないけど、簡単に寝返って、馬鹿みたいだ。君達に少しでも恩義を覚えていた僕がね」

「……そんなの、ちっとも覚えてないクセに」

「あはは、バレた?」

 

 強面のビーゴッシュにも同じことを。二人ともガクンと頭を垂れて、沈黙する。

 今情報の処理中だろうね。

 

 して、バンキッドに向き直れば。

 

「……悪い」

「悪いと思うなら、最初からしなければいいのに」

「俺はお前を……仲間だと思ってた。けど、そうだったな、フリス。最初に……言われたよな」

 

 それはNOMANSとして集まった僕らが、各々の自己紹介をしたときの事。

 如何に上位者といえど、互いの全てを知っているわけではない。況してや大本から切り離されていれば情報の更新がされない。だからこその自己紹介で、僕は言った。

 包み隠さずに。

 

「『僕の名はフリス。君達上位者とは少し違う存在だけど、仲良くしてくれると嬉しいかな』。……懐かしい話だよ。君達はそれでもちゃんと、本当にちゃんと、僕を受け入れてくれていたのにね」

「信じてくれ。俺は本当にお前を……拒絶したわけじゃねえ。お前が他のトコに所属してたら、配置されてたら……また一緒に馬鹿やりたかった」

「それは考えるのも無駄な可能性だね。何故って、マグヌノプスがホワイトダナップを狙ったのは僕がいるからだ。ホワイトダナップが安全だ、とか、選民思想がどうの、とかは後付けだと思うよ。君達にホワイトダナップを狙わせることを納得させるための理由付け」

 

 上階のレンバとギングランドにも同じようにオーキストを注入する。

 徹底抗戦だって?

 こっちのセリフだよ、マグヌノプス。

 

「ん……お? おい……なんで俺掴まれてんだ。フリスだろ、この感じ」

「あらやだ、なにこれ放置プレイ? しかも緊縛だなんて……興奮しちゃう!」

「ああゴメン、今放すよ」

 

 処理が終わったのだろう、二人の意識が戻る。

 戻ってみれば。

 

「フリス、いつの間に帰って来てたんだ。久しぶりじゃねーの」

「あら、バンキッド何してるのそんなところで縮こまっちゃって」

「……パケラフィズス、ビーゴッシュ。お前ら……どうしちまったんだ……? 記憶、いや認識が……」

「二人とも、上でレンバとギングランドが倒れてると思うから、引っ張って来てくれる? さっきサプライズとか言って突然飛び出してきたから、思わず念動力で殴っちゃったんだよね」

「お前さぁフリス! 突然のことに対してすぐ手出すのやめろよ! お前の念動力あぶねーんだって!」

「手じゃないし」

「屁理屈王か!?」

 

 あはは、なんて言って。

 二人を見送る。

 

「君も、ああなるんだよ、バンキッド」

「……忘れる、のか。どこまで……」

「疑えなくなるだけだよ。僕の事を。悪い奴だと思えなくなる。だって当然だろ? 僕は疑わしい奴でも、悪い奴でもないんだから──冤罪をかけられたらたまったもんじゃない」

「マグヌノプス! マグヌノプスの──居場所を、知っている!!」

「だろうね、嘘吐き君。四日前というのも嘘だ。本当は昨日までここにいた。──でも、安心して良いよ」

 

 ああ──悪くはない。

 崩れていく。僕の中の、珍しくいい思い出に分類されるものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 

「お望み通り戦争を起こそう。ただし」

 

 ──君達上位者も巻き込まれるような、ね?

 

 

 

 

 二週間後。

 

「やぁヘイズ。子供は元気になったかい?」

「あ?」

 

 色々と殲滅したり下準備をしたり無計画をしたりしていたら、ヘイズとの約束の日まで一瞬で過ぎた。それに気付いてそれはもう意気揚々とヘイズの居酒屋に訪れてみたら。

 

 年端も行かない少女を抱いて、身体を揺らす──スキンヘッドな強面男。

 

「──この国って警察機構とかあったっけ」

「おいおい待て待て、一回会ったことあるだろ! この店の店番してるマリクだ!」

「マリク? 余計に知らないな。あーこの国警察じゃなくて憲兵なのか。じゃあその辺の門の横とかに……」

「リッキーだリッキー! 昼間の店番のリッキー!」

「……ああ!」

 

 あの凡夫か。

 もう、やめてほしいな。ただでさえスキンヘッドな人間って見分けがつき難いのに、名前まで変えられたらわかんないって。

 

「マリク、うるさい」

「あぁ? ……あーわかった、わかったよ。耳元で叫んで悪かった」

「うん」

 

 あ、そっか。

 ヘイズは夜しかいないんだっけ。前は昼間からずっといたから、その時の癖が抜け切れてないねー。

 

「誰?」

「ああ、気にしないで。僕君に興味ないから」

「おいなんてコト言いやがる。挨拶は基本だぞガキ」

「名前も知らない客相手にガキなんて事言う奴がいるとはね、ハゲ」

「ンだと!?」

「マリク、うるさい」

 

 マグヌノプスが身代わりにしていた子供、というだけで、少しばかり言葉に棘が出てしまう。

 ……サイキックは感じられない。上位者でもない。

 本当に普通の子供……?

 

「スファニア・ドルミル」

「……」

「名前。教えろ、ガキ」

「──」

「ああ、悪ィな。なんせ先生役が俺とヘイズの旦那しかいねェんだ、口は悪くなるさ」

 

 ……。

 ふぅ。落ち着け僕。別になんでもない凡夫だ。マグヌノプスですらない。

 

「フリスだよ」

「そうか。よろしくなアイメリア」

 

 ──。

 ……なんだって?

 

「スファニア、それはダメだ。名乗ってもらったんだ、それはちゃんと呼ばねえと。つか誰だよアイメリア」

「? だがそう名乗った」

「耳クソ詰まってんのか? あとで掃除してやるよ。いいか? このガキはフリスって言ったんだ。フリス。わかるか?」

「フリス。覚えた。俺の名も覚えろフリス」

 

 警戒度を引き上げる。やはり普通の子供じゃない。

 何か持っているな。チャルのものに似た、見抜く力。

 

 ……いや、そうか。だからアルバートも……。

 マグヌノプスに関係がある人間はみんな、妙に鋭い。そんな気がする。

 

「君の名を覚える必要があるとは思えないかな」

「あ、おいコラ! お前もお前でちゃんと会話ってもんをしろ! 名乗って名乗られて、名前教えあったら呼び合うんだよ! ったく、どんな教育受けて来たんだか……」

「僕に親や家族という存在はいないよ」

「……そうか。それはすまねぇ。ヤな事言ったな」

「俺もいない。気付いたらヘイズとマリクの子だった」

「おいやめろ、その言い方。まるで俺とヘイズの旦那が番ってるみてぇだろうが! あと俺、もやめろ!」

「じゃあお前もやめろマリク」

「俺はいいんだよ!!」

 

 何を見せられているんだ。

 ああ、早く帰ってこないかな、ヘイズ。今日は大事な報告があって来たのに。

 

「おい、フリス。とりあえずなんか頼め。客以外は受け付けてねーんだ」

「馬鹿お前、スファニア! こいつはヘイズの旦那の客なんだよ、こいつはいいんだよ!!」

「特別扱いはダメだ。前例を作っちまったらなし崩しに支払いがツケになる」

「言ったけど! それは言ったけど! 今はそうじゃねぇっつってんだよ!」

 

 スファニア・ドルミル。

 このマリクという男はともかく、凡夫……に見えるけど、多分そうじゃないんだろう。チャルだって最初は凡人に見えていた。オルクスを手にしてから一気に覚醒したんだ。

 僕が"英雄価値"を見定めるには、そういう場面に直面してもらわないといけない。

 

 食指が動く。

 無計画が鎌首をもたげる。

 絶対に、絶対にやる必要が無い。今まさに警戒した相手にやることじゃない。

 

 だというのに──気付けば口を開いていた。

 

「スファニア・ドルミル」

「なんだ、アイメリア・フリス」

「君さ、戦闘に……戦いに、興味はあるかな」

 

 外で。

 店の外で、悲鳴が響き渡る。

 

 何事かとマリクが裏口から出ていく中で、僕とスファニア・ドルミルは向かい合って。

 

「戦い」

「そう、戦いだ。何かを倒す、何かを殺す、何かを守る、何かを為す。そのためには戦いが必要だ。君はそれに対し、興味を持つだろうか」

「……俺が、戦うのか。誰と? 何と?」

「なんだと思う?」

 

 珍しい。

 食指が動いたとはいえ、僕がこんなにも……穏やかに。

 凡夫。マグヌノプスの身代わり。明らかに警戒すべき、そして唾棄すべき価値なき者に対し、優しい声で問いかける。

 

「もう一度問うよ、スファニア・ドルミル。君は、今。何も覚えていない、自分というものが確立していない君は、今。──力を欲すだろうか」

「要らないなら貰う」

「……──あはは、いいよ。あげる」

 

 マリクもいないんだ、見せてあげてもいいだろう。

 さぁさ、手の中に集まっていくは光。《茨》は形を変え、色を変え、強い個となってそこに織られていく。同じ、同じだ。

 チャルの時のオルクスと、アレキにあげたテルミヌスと。

 

 それは──。

 

「……槍?」

「名を、カイルス。大きいけど、軽いから持ってみるといい」

 

 カウンターに置いた、巨大な突撃槍(チャージランス)

 スファニアはその柄を持ち──ひょい、と持ち上げる。

 

「おお」

「君以外が持つと重いから気を付けてね」

「意味が分からん」

「あはは、だろうね。君如きに理解できる代物ではないよ」

「それで、外のを殺せばいいか、アイメリア」

「できるのならやってみるといい。僕は君を全く信じていないけど、もしかしたらできるかもしれない」

「わかった」

 

 わかった、と言って。

 ヘイズの居酒屋を出ていくスファニア。

 

 さてさて、僕が呼び込んだ飛行形態の機奇械怪三万と、ミケルの新作オーダー種二体。

 特別な武器を持っただけの凡人に捌ききれるか。

 

 捌ききったのなら──その時は君を英雄とでも呼ぼうかな。

 

 

+ * +

 

 

「えーと、ミナミ・ホシゾラさん」

「ミナミだけでいいってー」

「ミナミさん」

「うん。なぁに、アスカルティンさん」

「昨日は申し訳ありませんでした。折角貸して頂いた運動着を……破ってしまって。こちら、弁償金になります」

「うん、ありがとう。貰っておくね。それじゃ、この件は終わり! だから変に罪悪感とか覚えなくていいからね!」

 

 とか。

 

「あのー、クルールさん」

「あ、なに? アスカルティンちゃんも混ざる?」

「あ、いえ、私が混ざると怪我をさせてしまうので……そうではなく、昨日の、」

「昨日? ……あ! 高い高い事件のこと!?」

「あ、う、やっぱり事件ですよね……」

「あははっ、いいっていいって! あの時はびっくりして泣いちゃったけど、よく考えたら奇械士の人って身体能力凄いもんね。むしろ思い返したたら面白くて、もっかいやってほしいかも!」

「も、もう一回ですか? 構いませんけど……」

「やた!」

 

 とか。

 

「──逃げろ、アスカルティンのシュートはやべぇぞ!!」

「止める──止めてみせボファ!?」

「馬鹿、止められるわけねーだろ! 大丈夫か!? 死んでないか!? 救護班、救護班──!」

「……運動着の、アスカルティン……良い、な……」

「保健室、やっぱいいわ。その辺に捨てておけよコイツ」

 

 とか。

 

 

「……はぁ」

「あはは、難しいよね、力加減……」

「私も最近、手加減しないと……危なくなってきた」

 

 木陰で休む三人。

 教科書での勉強だけでなく、身体を動かす体育も採用しているこの学校で、しかしアスカルティンは苦戦していた。

 

 手加減。

 それがあまりにも難しいのだ。例えるなら、カップ目前でドライバーを使わされ続けているような──なんて例えは、ゴルフという文化の一切が消え去ったホワイトダナップでは伝わらないのだが。

 

 アスカルティンは機奇械怪だ。もう九割どころじゃない、99%機奇械怪だ。

 そして、機奇械怪に手加減をする、という機能は無い。捕食対象を殺さずに取り込む時に多少の緩急はつけるが、常に加減をして動く、という事が無い。

 一瞬そういう機能を獲得する事も考えたが──それをすると、今度は奇械士の仕事の方に影響が出そうだとやめた。

 

「体育、なしにしてもらう?」

「そう、ですね……その方が良い気がしてきました。皆さんにずっと迷惑をかけてますし……」

「案外みんな楽しんでる気がするけど」

「男子とか、アスカルティンさん対策委員会とか組んで真剣に話し合ってるもんね……」

「もうそれ討伐対象と同じじゃないですか……」

 

 初めの一週間で、アスカルティンは全教育課程にある勉強の全てを覚えた。難しい、量が多いと言っていたのは、あの短時間で膨大なその全てを覚えようとしていたがためだったのだ。そして実際に覚えて、賢いアスカルティンになった。

 ならば次はと体育系を取って──今挫折している。

 

「ちなみに聞くけど、今って最高どれくらいの力が出せる?」

「どれくらい、とは」

「たとえば、ホワイトダナップを動かしたり……」

「オールドフェイスがあれば可能かと。通常状態だと……東西南北の区画をどれか一つ壊滅させる、くらいでしょうか」

「一撃で?」

「一撃で」

 

 アスカルティンは日々進化している。

 詳細を知れば、ケルビマもフリスも驚く事だろう。オールドフェイスからの効率的なエネルギー吸収を覚えた彼女は、全身の駆動系に対しても同じ操作を行った。また、非戦闘時に消費しなくなる余剰エネルギーを溜め込むタンクを作り出し、打撃の瞬間にそのエネルギーを用いて威力を上げる、などという新たな戦術も編み出している。

 フレシシに教えられたわけでも、ガロウズに教えられたわけでもない。 

 上位者からインスピレーションを受けたわけでもない。ただ自分で、爆速の進化を行い続けている。

 

 アスカルティンはもう、大型機奇械怪と同じか──否、それ以上の域にあるといえるだろう。

 

 そんなのが普通の学校で体育をやっている、など。 

 死人が出ないのは、偏にアスカルティンが全力の手加減をしているおかげである。

 

「……怖くて聞けてなかったんだけどさ」

「はい?」

「アスカルティンさん、学校、楽しい?」

「え? あ、はい。すごく楽しいです。新鮮ですし、まぁ体育は今困ってますけど、それ以外の色々が面白いです。芸術系とか、多分学校来てなかったら一生触れてなかったと思います」

「それはよかった。私も心配だったから」

「あ、ごめんなさい。心配かけちゃってましたか」

「ううん、楽しいなら良いんだ。それじゃ」

 

 立ち上がる三人。

 ちょっと気分が悪くて、なんて言って抜けてきていた体育に、復帰する。

 

 ──その時チャルが言った言葉が、アスカルティンの耳に強く残った。

 

「そろそろ反撃開始──ってね」

「え?」

「え? じゃない。あなたが気遣って全然投げないから、ドッジボール、逆に負けそうなんだから。気を引き締めて」

「あ……はい。全力で行きます」

「全力はダメ! みんな死んじゃう!」

 

 もう、さっきの言葉なんて覚えていない。

 風に吹かれて消えて行ったから。

 

 だけど──世界は、確実に。

 




TIPS 抜粋登場人物表


名前所属状態
上位者
フリスホワイトダナップ健常
ケルビマホワイトダナップ変質
エクセンクリンホワイトダナップ変質
チトセラグナ・マリアオーキスト
ロンラウ再建邂逅→放浪健常
ヘイズアクルマキアン健常
奇械士(メクステック)
チャルホワイトダナップ健常
アレキホワイトダナップ健常
アルバートホワイトダナップ残滓
ケニッヒホワイトダナップ成長
アリアホワイトダナップ成長
詳細不明
メーデーホワイトダナップ死亡?
アスカルティンホワイトダナップ成長
マグヌノプス??????
スファニア??????
機奇械怪(メクサシネス)
キューピッドフレメア残骸
アモルフレメア残骸
フレシシホワイトダナップ良好
ガロウズホワイトダナップ良好
その他
ヒースリーフホワイトダナップ恐怖
オサフネホワイトダナップ酩酊
ダッグズホワイトダナップ修羅場
エリナラグナ・マリア再生
 


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封印される系一般上位者

 機械の翼が煌めき、輝く粉が降り注ぐ。

 融合ハンター種『フレスベルグ』。奇怪な鳴き声を上げて飛行・強襲・捕食を繰り返す様子は、まさに捕食者、強者そのもの。

 空は我がものであると言わんばかりに飛び回り、歴史ある建造物も誰かの思い出の詰まった家々も、なにもかもを破壊していく。広い広いアクルマキアンを更地に帰すが如く、破壊行為を繰り返す。

 それに追従するは無数の基本ハンター種が飛行形態の機奇械怪達。イグルスやホークスなどを始めとした、一体一体では弱いとさえ言われてしまうだろう機奇械怪が、万を超える数で飛来する。

 如何に弱いと言えど、それは奇械士をして、だ。

 戦う術を持たない一般市民にとって、機奇械怪は機奇械怪であるだけで脅威。況してや小型となれば、自らの小さな動力炉にソレを詰めるために、丸呑みではなく啄みを選択する。

 

 被害は既に甚大。襲撃からまだ数十分ほどしか経っていないのに、だ。

 ──あるいは、滅亡した再建邂逅ならば……こちらには対応できたのやもしれないが。

 

「遠隔攻撃できる奴は狙いとかどうでもいいから撃ち続けろ! 撃てば当たる! こんだけいるんだ、余計なコト考えんな!」

「近接班は民の保護、及び避難所の確保だ! 急げ!」

「簡易でいい、鉄を扱える者はいるか!? 補給部隊に組み込みたい!」

 

 地上で騒いでいるのは奇械士達だ。

 それぞれの武器を以て、それぞれの役割を以て、右へ左へ東へ西へ、奔走を続けている。

 ただ──圧倒的な、人手不足。 

 三万と二体の機奇械怪に対し、奇械士がアクルマキアン全域を見ても千人いるかいないか。流石にこの規模の国となれば各所に支部を持ち、それらが百人前後を保有しているから、指揮系統はちゃんとしている。それぞれの支部の長たる奇械士が、あるいは連携を取れる奇械士が率先してリーダーを担い、的確な指示を飛ばし続ける。

 そしてその中には、彼もいた。

 

「チッ……こういうコトやんのは絶対アイツだが……俺ンとこにまで手ぇ出すってことは、相当切羽詰まってんな……マグヌノプス関連か」

「ヘイズさん! 僕達はどうしますか!?」

「でけぇのを叩く! あの鳥……じゃねぇな。どっかにいるはずだ! 戦場を俯瞰してる、何もしてねぇ機奇械怪が! ソイツがオーダー種で、それが全体に指示出してる! 上を撃ち落しながらそれを探せ!」

「了解!」

 

 ヘイズ・イシイ。

 上位者である彼にとって機奇械怪の襲撃などどうでもいい事だが、驚く事に今の彼は念動力の大半を失っている。使い方を忘れた、などとフリスには言ったけれど、そんなのはちょけただけだ。

 本当は違う事に使っていた。だからほとんど使えなかった。

 

「やべぇな、アイツ……本気だ。こんな()()()、一瞬で止めねえと後が続かねえ」

「ヘイズ!」

「あん? ……バンキッド? それに、レンバとビーゴッシュ……」

 

 混迷に落ちたアクルマキアンで、ヘイズに声を掛ける者。

 即ち上位者の一人、バンキッドが、その後ろにも上位者が。

 

 ああ、けれど。

 

「ちっとばかし協力しよう──ぜ?」

「バンキッド!? ちょっと、ヘイズ、トチ狂ったわね!?」

 

 その雰囲気で悟った。

 ヘイズは己が武器である双頭槍を用い、バンキッドを両断する。

 同じ上位者。不壊であるはずの彼を、ただの一撃で。

 

「うるせぇ。トチ狂ってんのはお前らだろうが。実験場荒らされてんだぞ、人間の保護にも動かねえで、俺に武器を向けてくる奴を同類だなんて思えるか」

「隙あ、」

「無ぇよ、馬鹿」

 

 いつの間にか背後に回っていたレンバという少年も、槍で両断する。

 今の彼には、武器に纏わせる程度しか念動力が残されていない。

 

 十分だった。

 

「この世に生まれ出でて早1755年──お前らみてぇなひよっこに負ける程弱っちゃいねぇぞ、俺は」

「……!」

 

 ヘイズ・イシイ。

 あの彼が古い付き合いというだけあって──端末としてこの世にあり続けた暦は、非常に長い。

 バランサー。そして鎮静側。

 なればクラウン足る上位者の"やらかし"を止めるだけの技量が揃っている。

 

「ハハッ、まぁ、フリスの奴とは一度やってみたかったんだ。"最悪端末"。なまじ気があっちまったもんだから、敵対する機会が無くてな。良い機会だって思えるぜ」

「アナタ……まさか、ワタシ達がどうなっているのかも」

「知らねえよ。知らねえし興味無ぇ。上位者なんか観察したって意味ねぇんだよ。が、死にたくねえって言うんならとっとと逃げな。俺にしてやれるのは、素早く殺してリセットしてやることくらいだ」

 

 一人残ったビーゴッシュが──拳を握りしめる。

 

 その瞬間、彼の身体は両断されていた。

 

「嘘だよ。お前ら残しといたって何の益にもなりゃしねぇんだ。人間を害し、観察結果に無駄なノイズを増やす邪魔者は殺すに限る」

「……性格が、悪……い……」

「ハハッ、死にたがってる奴殺して何が悪い。大方フリスに何かされたんだろ。仲良く大本のもとに戻って、直ってきな。ま、その時には離反心も消えてるだろうが」

 

 上位者のスペックは上振れ下振れはあれど、大体が同一だ。

 差が付くとしたら、製造後の入力。武人系、職人系、芸術系と様々な"英雄"が存在し、それらが死する時、その記憶を入力として変換、欲す、あるいは必要な上位者に入力する。そうやって上位者は差別化されていくし、強くなっていく。

 

「──聖都アクルマキアン。ここが聖都と呼ばれる前から、首都と呼ばれる前から、アクルマキアンと呼ばれる前から──俺はここにいたんだぞ。この国の歴史が、全てが。俺の中にある」

 

 ヘイズ・イシイ。

 彼はこの巨大な国を実験場とする上位者だ。

 そして、この国で生まれ、この国で死んでいった"英雄"、その全ての入力を受け入れ続けている存在でもある。

 

 文字通り経験値が違う。レベルが違う。

 

「だからオーダー種がお前なのもわかってる」

「──あぇ?」

 

 首と動力炉を突き刺すは、先程ヘイズに指示を求めた奇械士。

 ()()()()()()()()にノイズを滲ませて──絶命した。

 

「光学迷彩。200年前に戻った気分だな」

「ありゃ、お気に召さなかったかい? まぁ新しさはないよね。彼は新しいと思っているようだったから、特に何も言わずに投入してみたけれど」

 

 振るわれる槍は、少年の直前で止まる。

 念動力同士のぶつかり合い──しかしぶつかり合ったのは一瞬だけ。すぐに互いに力を解いて。

 

「こういうことやらないって言ってたじゃねーかよ」

「あはは、ごめんごめん。マグヌノプスが思ったよりも深くまで入り込んでいてね。ついカッとなってやっちゃった」

「だろうと思ったぜ。……ま、実験はまたやり直せばいい。だが一個聞かせろ」

「なんだい?」

「あいつ……スファニアはどうした? さっき店を見たが、いなかった」

 

 先程の三人に対峙した時とは違って、宥和な会話。

 周囲では未だ悲鳴が響き、肉が弾け血が飛んで、機械が砕けて建物が割れているのに──二人はまるで、カウンターで酒を酌み交わしているかのような雰囲気で話し合う。

 

「ああ、彼女なら、ほらあそこ」

「あそこ……? ……おお、なんだありゃ」

「ちょっと面白そうだったから、武器を渡してみたんだよ。そしたら、思いのほか物凄いセンスでさ。もうモードを使いこなしてる」

 

 フリスの指差す先に、それはいた。

 自身の身体の半分以上を隠す槍。突撃槍カイルス。

 それを持って──()()()()()()()()

 

「……マリクは?」

「彼なら死んだよ。外の悲鳴に何事かって出て行って、そのまま機奇械怪にね。──だから、せめても、って思って……アレにした」

「あぁ、やっぱりか」

 

 アレ。

 指は差したまま。だから、つまり。

 

「ま、いいや。それで? この思いつきな無計画大襲撃は、最終的に何が目的なんだ? いつも通り目的なんかねぇのか?」

「聖都アクルマキアンの壊滅及びマグヌノプスの炙り出し。マグヌノプスがのこのこ出てくるならこれらを停止させるのも吝かではないよ」

「あー、別に良いんじゃね? 俺も、この前言ってた違う実験がちょっと気になり始めてるしな。マグヌノプスが出てくるかどうかは知らねえが、この国にそこまで固執するモンは無い」

「英雄は凡人二人から生まれるんじゃなかったのかい?」

「凡人なんかいくらでもいるだろ。そりゃ凡人がゼロ人になっちまうような事するんだったら俺も全力で止めるけど、アクルマキアン一つ滅びる程度でやいのやいの言わねえよ。事態の鎮静は計るがな」

「あはは、うん、君ならそう言ってくれると思っていた、」

「だが」

 

 宥和に、柔和に終わりそうだった話し合いは、けれど。 

 

「一個だけ、お前にとってヤバい情報がある。──聞きたいか?」

()()()()()。サプライズの方がが面白い。それがどれだけ僕にとって致命的でもね」

「……いいねぇ、お前のそういうとこ好きだぜ、俺。んじゃ、俺はこの機奇械怪共殺してくるが、いいんだよな?」

「勿論。というか君達バランサーが協力しないと多分すぐ終わっちゃうよ。君も気付いているだろう、これが単なる一波目だ、って」

「おうよ。んじゃあな、フリス。精々見てな、俺の活躍を」

「昔の君なら念動力で全体を叩き伏せていただろうに……」

「うるせー! 使えねーもんは使えねーんだよ!」

 

 笑顔でヘイズを見送るフリス。

 真っ黒な空を切り裂く二つの槍。基本ハンター種たち。

 

 その残骸でフリスが見えなくなっていく中で、ヘイズは通信機を起動させる。

 

「メディスン、状況は?」

『最悪の一言だ。旧き友人の力を見くびっていたのだろう。こちらの宣言を受け付けぬ機械に、この聖都全域が悲鳴を上げている。あぁ、運命よ。どうして我らに枷を課す』

「んじゃあ朗報だ。通信回線開きな。あぁコレの事じゃねえ、念波だ。あんま使う機会ねぇから使い方忘れてなければいいが」

『誰に開く?』

「エクセンクリン」

 

 武人系の入力を受けた上位者は、主に透過のサイキックを使う。転移、念動力といった基本のサイキックのほかに、追加で使える……使いやすいサイキック、というものがあるのだ。

 そしてそれは、職人系や芸術系といった内勤の上位者にしても同じ。

 世界中を飛び回るホワイトダナップ以外、滅多なことでは遠方との連絡など取らない──取る意味が無い──ために使う者の少ないサイキック。

 

 それが念波。念話、テレパシーなどと言ったりもするだろうか。

 またこれも、他の上位者から日がな送られてきたら面倒なので、相手を選んで回線を開いていなければ届かない。化け物のような念動力を用いて無理矢理回線を開かせることはできるけれど、それをするにはできるだけ近くにいなければならないし、そんなに近いなら直接乗り込んで話した方が良い。

 しいて言えば近くにいながら内緒話をするのに向いている──そんな、ちょっと使いづらいサイキック。

 

「さぁてこれは、誰にとってのクリティカルになるか」

 

 ニヤリと笑って。

 ヘイズは、空に作られた機奇械怪の海に向かって突撃した。

 

 

+ * +

 

 

 少し、考える。

 

 ミケルのことだ。彼は昨日、キラキラした笑顔で最新作を渡してきた。

 それは光学迷彩──音の相殺で足音まで消せる光学迷彩の発生装置。その後に送られてきたのは、動力炉の要らないチェーンソーとホイールソー。

 瞬関冷却装置、加熱装置。酸性の動力液を自在に操るための極小機奇械怪。

 

「……ネタ切れ、になるのかなぁ」

 

 溜め息。

 ミケルのアイデアは新しい。良い"英雄価値"だ。

 だけど──圧倒的に知識が足りない。いや、この時代の人間を考えれば、恐らく最高峰の知識の持ち主であるのは間違いない。

 だけど。だけど。

 

 そんなの全部NOMANSが作ってたよ、っていう。まぁ動力炉関係は違うけどさ。

 

 技術の堂々巡りとでも言えばいいか、機奇械怪を自由に改造させて、辿り着いたのがNOMANSって……なんか、機械という技術の限界を感じる。

 これで僕がアイデア渡すのはまた話が違ってくるしなぁ。

 

 ミケル・レンデバラン。

 紛う方なき天才だ。それは間違いない。アリア・クリッスリルグとの関係性は未だよくわかっていないが、もし兄妹や近しい親戚なのだとしたら、ヘイズの研究にも役立ちそうではある。そういう利用価値はある。

 あるけど……もし。もしも、この後今後に送られて来る機奇械怪が……全部既知だったら。

 

 もう、要らないかなぁ。

 

「機奇械怪もだけど、人間も中々次のステージに進まないよね」

「──それは貴様が閉じ込めているからだ、アイメリア」

 

 顔を上げる。

 そこに、巨大な大砲を担いだ、隻眼の老人がいた。銀色を揺らめかせる瞳。

 

「なんだ、アクルマキアンが恋しくなったのかい? わざわざのこのこと姿を現すなんて」

「くだらない勘違いはよせ。──我が貴様の前に出てくる。その目的が、貴様を殺す事でなかったことがあったか?」

「あったよ。君と初めて出会った時は、君に殺意は無かった」

 

 顔。顔面に、大砲が付きつけられる。

 あはは、それ携帯ロケットランチャーとかじゃないじゃん。普通に設置する用の大砲を担いでって、やっぱり馬鹿なのは変わってないんだなぁ。

 

「ふん、あの時貴様と出会ったのは我が生最大の汚点だな」

「そうだね。僕もあの時君に出会ってしまった、その事を後悔しなかった日はないよ」

「心にもない事を」

「お互い様だろう」

 

 老人。

 とんでもない。彼は、どのような姿をしていようとも関係ない。

 確実に封印した。殺せなくて封印した。それがまさか別人に憑依していようとは。違うものになっていようとは。

 

「マグヌノプス」

「アイメリア・フリス」

 

 マグヌノプス(集大成)を意味に持つ名をした、僕の敵。

 ここに戦争が始まる。戦端が開かれる。

 

「今度こそ貴様を殺し、この星を癒す」

「今度こそ君を殺し、この星を貰うよ」

 

 爆発が起きる──。

 

 

 

 駆ける。

 飛ぶ。

 半壊したアクルマキアンの街並みの、その屋根の上を。

 

「何を思って普通の砲弾なんか持ち出したんだい? 僕にそれが効かないなんてわかりきっているじゃないか」

「問題ない。作戦通りだ」

「そうかい──じゃあ、その作戦とやらごと、潰してあげるよ」

 

 念動力を解放する。

 それは円形。それは球形。全てを圧し潰す念動力は、マグヌノプスを弾き飛ばし、アクルマキアンの街並みをも削り取っていく。中に人間がいようが、空に機奇械怪がいようが関係ない。

 突如アクルマキアンに出現した空白の球体は、その周囲のあらゆるものを圧し潰し、殺した。

 

「──おいフリス!」

「ん? あ、ヘイズ。そこで何やってるんだい?」

「普通に救助活動だよ! で! お前のソレで、大衆浴場の一部が崩壊した! わかってんだろうな、あんまり地上付近で戦うと──」

「ああ、そうだったね。忠告ありがとう」

「おう!」

 

 そうだ、そうだった。

 地下大聖堂を壊すのは避けたい。マグヌノプスを封印するには足らなかったけれど、まだ調査が終わっていないし、アレは他に使い道があるし。

 

「二撃目」

「──おっと」

「ふん、避けるか、アイメリア。お前にとってダメージにもならんだろうに」

「いやいや、この念動力の中を突き抜けてくる砲弾だからね。何かあるんだろう? わざわざ当たってあげる程僕は優しくないんだよ」

 

 念動力。それをかき分けていく砲弾は──背後の空で爆発する。

 その際、何かが四散した。金属片のようなものだ。

 

 ……成程。ま、対策してないわけないもんね。

 

「相変わらず小細工が好きだね、マグヌノプス」

「大雑把な貴様に対抗するためだ」

「あはは、いいよ。君はそれでいい。その方が潰し甲斐がある」

 

 じゃあ僕も、ちょっと細工をしてみよう。

 なに、頭の悪い僕でも思いつく簡単なことだ。

 

 マグヌノプスに手を翳す。

 そして──集める。

 

「……!」

「念動力とはいってもね、これはただの力場だ。エネルギーじゃない。だから、集束させることなんてできない」

「ならば、それは」

「うん。()()()()()()()()?」

 

 放つ。

 僕の念動力を一点に集めたナニカ。力場そのものを集束させた砲弾。

 それは放たれると同時、一定空間内にある構造物の全てを圧し潰し、破壊しながらマグヌノプス向かって進んでいく。

 成程、コアを持った斥力の塊を放つ、みたいになるのか。面白いな。

 念動力をこうやってド派手に使うのも紀元前以来だ。案外楽しいかもね。相手がマグヌノプスじゃなければ。

 

「く──ぐ!」

「そら、どうしたんだい、マグヌノプス! 君ってばその程度じゃないだろう! それとも、今の君のその肉体はその程度ってことかな──バックアップが他に沢山いるんだろう、マグヌノプス!」

「貴様に言われる事ではない──アイメリア」

「ふふ、あはは! そうだね、その通りだ! 僕に言われちゃおしまいだ」

 

 念動力の力場を消して、あるものを探す。

 お、あった。

 

「……何をしている」

「見てわからないかい? 街灯を引っこ抜いているんだよ」

 

 無事なものを一つ、引っこ抜いて。

 ヘイズにならって、念動力をそれに湛える。

 

「時間稼ぎに付き合ってあげる、と言っているんだ。何か策を弄しているんだろ? それを見ずに君を殺してしまうのは少々勿体ない。それに、僕もコレを使ってみたかったし」

「……街灯を、か」

「あはは、そうだね」

 

 振り回す。

 おお、面白い。この棒状のものの動きが手に取るようにわかる。

 

 これが武人系の入力。

 

「面白いね。成程成程、武人系が入力を手放さないのもわかる──」

「死ね、アイメリア」

「そんな気ないくせに」

 

 いつの間にか接近していたマグヌノプスの大砲から砲弾が飛び出る。

 それを街灯で叩き斬れば、またも飛散する金属片。

 

 ──それは、念動力を切り裂いて、僕に突き刺さらんとする。

 

「惜しかったね! あと一回早ければ効いていたよ」

 

 だけど、その程度の量なら──捌ききれる。

 身体に当たらないように、街灯を回しながら防ぎ、横移動を伴うことで無効化した。

 

 面白い! これ、面白いね!

 成程成程、"英雄価値"……今までは観察するだけだったけど、自分でやってみるのも中々面白い。

 なんていうんだろう。こう、爽快感? 無敵状態での殲滅も楽しいけど、こうやってギリギリの中を技量だけで捌いていくのも悪くはない。

 えー、次の時代では初めから武人系で行ってみようかなぁ。

 

「武術か」

「そうだよ。つい最近入力を受けてね。中々面白いだろ、これ」

「ああ。ありがたい」

「──」

 

 念動力で街灯を吹き飛ばす──けれど、そちらの方が一瞬早かった。

 街灯に突き刺さった無数の金属片。それが再度四散したのだ。それにより、持ち手付近にあった金属片の一部が、僕の腕に刺さる。

 

 瞬間、その箇所から、《茨》が飛び出した。

 

「──!」

「貴様に封印されてから、2500と40年。我はただひたすらに貴様の《茨》についての研究をした。自らを覆うもの。自らを封じ込めるもの。それが持つ意思と、それと対話する方法。外に残した我の意識もまた、同じ研究をつづけた。貴様の《茨》が変質した"種"、"毒"、"罅"。その性質」

 

 金属片はずずず、と僕の中に入って行く。

 そこから、そのまま。

 僕からの入力を受け付けない《茨》が、無数のと称すべき《茨》が溢れて止まらない。

 止まらず──僕の身体に巻き付き、更に地面へ、構造物へ、あらゆる場所に突き刺さって、僕を固定していく。

 

「我にそれを見せすぎた事。それが貴様の敗因だ、アイメリア」

「……いいじゃないか」

「何?」

 

 僕に巻き付き、僕を固定し、僕を封じ込める僕の《茨》。

 

 笑みが零れる。あぁ、だからチャルは、《茨》を従えることができたのか。

 あはは。あはは。

 

 もう……遅いよ。

 

「遅いよ、マグヌノプス。2500と44年。ようやくかい? 長かった。遅かった。まさかとは思うけど君、《茨》を封じた程度で、《茨》に封じられた程度で──僕が死ぬとか思って無いよね」

「当然だ。──機械達よ!」

 

 ぎゃいぎゃいと街を襲っていた基本ハンター種たちが、マグヌノプスの呼びかけに一斉に彼を見た。

 

「行け! 支配者を殺せ!」

 

 そして、同じく一斉に──僕に突貫してくる。

 自らが砕ける事も厭わずに《茨》へと刺さり、そして僕に突き刺さって来る機奇械怪達。成程、僕の不壊が《茨》によるものだということも見抜いてたか。いいねぇ、やるじゃないか。

 昔は僕に壊され続けるだけだった君が、よくもまぁ成長したものだよ。無論殺しきれなくて封印したんだけど、成程成程、色々考えるものだ。

 

 ──赤雷が走る。

 

「転移はさせん」

「う──ぐっ!?」

 

 ここで初めて、苦悶の声が漏れる。

 大砲。撃ち出されたのは──ああ、これは。

 

「水晶……ふふふふ、君を、封印していた、水晶か」

「《茨》を外に出さん水晶とあらば、貴様にも効く。そうだろう」

「ん~、80点かな。良い線行ってるよ」

 

 機奇械怪が突き刺さる。その後ろから、更に後ろからと、数多の機奇械怪が僕に誘引されていく。

 あぁ、だから、傍から見たら──真っ黒な球体にでもなっているのだろう。

 

 転移は封じられた。念動力も切り裂かれている。《茨》は指示を受け付けない。

 ──あぁ、笑みが零れて仕方がない。

 

「蝋を入れろ! いや、全部だ! すべてを入れろ!」

「周到だねぇ。でも、いいのかい? 僕を殺すんだろ? これじゃあ封印だ」

「──貴様の本体を殺さねば、意味はない。貴様は端末だ。上位者たちとは違う原理の、だがな」

 

 凄い。そこまで辿り着くか。

 2500年の妄執? いいね。悪くない。悪くはないよ、マグヌノプス。

 

「良いね。マグヌノプス、今回は凄く良いよ。──じゃあ、間違えない事だ」

「……」

「敵と味方を違えるな。君にとって誰が敵なのか、誰が味方なのか。誰に喧嘩を売っていいのか、誰がダメなのか。忘れるなよ、マグヌノプス。"君はもう英雄じゃない"んだから」

「負け惜しみは要らん。──大人しく眠れ、アイメリア」

 

 閉じられる。

 何か様々な身を固める薬剤が満ち、更にその上から……これはコンクリートかな? それで《茨》と機奇械怪の集合体が固められ、さらにさらにと、僕への封印が為されていく。

 肉体を捨てようにも、さっきの金属片と水晶片が僕を固定しているせいで抜け出せない。まぁ肉体が死んでも僕は死なないんだけど、動けないのは退屈だ。

 

 だから──じゃあ。

 

 もっともっと、呼んでみよう。大丈夫。このために二週間かけて、リストアポイントを作っていたんだ。あはは、つまりね、やりたい放題ってわけ。

 戦争なんだろう? じゃあ、どっちかが死ぬまで安心をしないことだ。

 

 ほぅら。

 おいで、おいで。

 

 おいで。

 

 

+ * +

 

 

 空歴2544年03月17日。

 この日、初めての現象が各地で観測された。

 

 機奇械怪の大暴走(メクス・スタンピード)──。

 あらゆる機械が己の生息地を捨て、ある一点に向かって狂ったように猛進する。

 

 歴史が、時代が。

 何かが動き始めているのを、誰もが感じた。



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それぞれに思惑を巡らせる系各人

「……今日も動きは無し、か」

「もう死んでいる……とは思われないのですか?」

「思わん。そも、この程度で奴が死ぬのならば、遥か昔に我が殺している。奴は端末だ。まずは奴に音を上げさせ、本体を引き出さんことには話にならん」

 

 ──ほとんど廃墟と化した聖都アクルマキアンに、彼らはいた。

 巨大な石と鉄の球体。それを見張るような配置に座る男衆。彼らはその全てが上位者であり──マグヌノプスの意思に賛同する者であると言えた。

 そして当のマグヌノプスは、球体に程近い場所でこれを監視し続けている。

 まるで今にもソレから中身が出てくる事を危惧しているかのように。

 

「フリスが音を上げる……というのは、想像もつかないですね」

「耐久勝負であれば、奴は簡単に音を上げるだろう。アイメリアは退屈を嫌う。動かずとも良いと言える性格であれば、こうも派手に動いたりはせん」

「確かに……」

「だが、それでは時間がかかり過ぎる。──故の措置だ」

 

 マグヌノプスが、上位者が、南の空を見る。

 ──そこに。まだ距離はあるが──確実に近づいてきている巨影があった。

 島。人工浮遊島ホワイトダナップ。

 

「本当にやるんですか?」

「恐れをなすか?」

「……人間については特に思う所はありませんが……」

 

 上位者の男が、球体を見る。

 逆鱗。その言葉が浮かんだ。

 

「だからこそ、だ。ホワイトダナップに戦争を仕掛け、これを壊されるとなれば、アイメリアは音を上げざるを得なくなる。アレが奴のお気に入りであることなどわかりきっているからな」

 

 ──そう。

 ホワイトダナップに救援要請をしたのは、ホワイトダナップに戦争を仕掛けるためだ。なればホワイトダナップ側からの通信があったのなら、それは。

 

「エクセンクリン……本当にアレを信用してよいものなのかどうか」

「信じられぬか」

「……昔の彼なら、信じられました。ですが、今の彼は確実にオーキストだ。フリスの影響を受けている。それが素直にこちらへ賛同したというのが、些か信じられないのです。罠か、と思うほどに」

 

 オーキスト。

 フリスによって影響を受け、入力を受け、変調を来した上位者の通称。フリス自身がそう呼んでいる事もそうだが、その症状がまさにそうであるとして、正常な上位者からは微妙な扱いを受けている。

 そして憂いはそちらだけではない。

 

「あの日以降、ヘイズや謎の武器を持った人間も姿を見せていません。数多いたはずの人間達もその大半が姿を消している。……少々気味が悪い」

「恐らくどこかにシェルターでも作ってあるのだろうな。我や貴様らに感知されぬ場所。大方地下のどこかだろうが、そちらは気にしなくても良い。それらはアイメリアの仲間ではないからだ」

 

 ヘイズ・イシイ。

 上位者の中でもかなりの力を持つ彼の姿が、ずっと見えない。

 波のように来る機奇械怪の襲撃にも、最初の一回以外は対応しなくなった。そのせいでアクルマキアンの廃墟化が進み、仕方なく上位者がこれを食い止めている。アクルマキアンが完全に壊滅──更地になっていると観測されてしまえば、ホワイトダナップが射程圏内にまで近づいて来ない可能性があるからだ。

 

「……死にますよ、沢山」

「人間が、か? それともお前たち上位者が、か?」

「どちらもです。損害は……計り知れない。マグヌノプス。あなたもそれがわかっているから戦争などという言葉を使ったのでしょう。ホワイトダナップの戦力を恐れているから……」

「そうだな。我は視て来た。ホワイトダナップという場所に集う戦士と、その特異性を。集まるべきではない力の集結と、閉じ行くはずの力の成長を」

 

 マグヌノプスが眼帯をなぞる。

 

 そして、だからこそだ、と。

 

「お前の言う通りだ。多くが死ぬ。もう戻れない所まで、深い傷となる。だが、アイメリアを殺すには……奴を排除し、この星が自由を手に入れるためには、これしかないのだ」

「……わかりました。これ以上は不安を口にしません」

「ああ」

 

 ただ、と。

 上位者の男は、フリスの入った球体を見る。

 アイメリア・フリス。

 

 不気味なほどに、微動だにしない球体。

 

「そら、また暴走機械共が来たぞ」

「対処します」

 

 あぁ、けれど。

 あるいは誰もが勘違いしていたのだろう。

 彼の存在が、誰もの想像以上に──。

 

 

+ * +

 

 

「聖都アクルマキアンからの緊急救援要請、ですか」

機奇械怪の大暴走(メクス・スタンピード)の最終目的地が聖都アクルマキアンとわかったからな。あそこでは今、日夜機奇械怪の大襲撃を受けている。だが、ホワイトダナップ以外の国は救援要請に応じなかった」

 

 ラグナ・マリアは他国に戦力を与えられる程の地力が無い。壊滅状態だから。

 再建邂逅は滅んだ。人間はもう一人としていない。

 エルメシアは沈黙を貫いている。シールドフィールドに包まれた彼の国はだんまりだ。

 ジグもまた連絡が取れない。そもそもあそこは鎖国中であり、以前から連絡は取れないに等しかった。

 その他の国は、もう滅んでいる。

 

「まったく、フリスの奴め。何が余計な入力をしたくない、だ。……これではもう、実験にならんだろうが」

「うーん、フリスの意思って感じはしないですけどねぇ。これ、明らかに何かあっての、急遽そうせざるを得なくなった、って感じに思えます」

「難しいところですな。フリス殿ならばやりかねないという入力はされていますが、儂もケルビマ様の中に在った頃以外、会った事はありませんからのう」

 

 アレキが学校に行っている日中、リチュオリアの屋敷は上位者と機奇械怪のたまり場になっていた。

 ケルビマ、フレシシ、ガロウズ。

 更には。

 

「……あの、私は場違いかと……」

「まーだそんなこと言ってるんですかぁ? 貴女は私達の妹なんですから、もっと肩の力抜いてくださいよぅ」

「ほっほ、姉上の言う通りですぞ。人間の記憶を持っているのは儂も同じ。なれば気後れすることなどありませぬ」

「は、はぁ」

 

 どこか幽姫のような、亡霊のような、それでいて騎士のような、そんな風格を持つ少女。

 彼女こそは──。

 

「そう肩肘を張るな、モモ。これも勉学と思え。それと、無理に敬語にしなくていい。お前にそういう態度を取られると俺が困る」

「……貴方が、そう言うのなら」

 

 モモ。

 ルバーティエ=エルグ・モモ。

 上位者エクセンクリンと人間の母親を両親に持つ、現在機奇械怪な少女である。

 

「その……どういう方なのか、フリスというのは。己が創造主でありながら……父は彼に私を近づけようとはしなかった。ゆえに、いまいち人物像が掴めていない」

「どういう方と言われると……うーん、大体の事が出来ちゃう力を持った、子供……という感じですかねぇ」

「思慮深さこそ持ち合わせていますが、それを使わずに悦を優先する子供、という印象ですなぁ」

「できるのにやらない、の権化だな」

「……つまり、不真面目な子供と、そういう認識で良いのか?」

「あ、はい。大体そんな感じですねぇ」

 

 モモは考える。

 フリスという人物について、情報を統合する。

 彼についての情報は欠片たりとも入力されなかった。記憶書庫を漁っても、彼の名に掠るものは一つだって出てこない。それほど関わって欲しくないのだろう父の意思が感じられた。

 だが、隠されたら暴きたくなるのが人間のサガである。モモはもう機奇械怪だが。

 

「しかし……それならば何をそんなに恐れる? 此度の一件がフリスに引き起こされたものとして、それは私達の害になるのか?」

「それがわからないから怖いんですよぅ。いえ、怖いというか」

「面倒臭いだけだ。奴のこういった大規模な行いは大体が無計画。つまり、落としどころも考えられていなければ、解決方法も破棄方法も無い。荒らすだけ荒らして掻きまわすだけ掻きまわして、周囲に甚大な被害を齎した挙句自身は素知らぬ顔。それがフリスだ」

「ほほほ……まぁそれはケルビマ様にも少し掠りますがの」

「何か言ったか、ガロウズ」

「いえ何も」

 

 確かにそれは面倒だとモモも思った。

 まだ機奇械怪として暦の浅いモモだが、人間としては非常に深い思慮と知性を持っていた彼女。そのモモをして、此度のスタンピードが完全な無計画であれば、どのような被害が出るのかを計算し──溜め息を吐く。

 

「止める事はできないのか? どこかに縛りつけておくとか……」

「無理だな。念動力に転移。そして《茨》。奴の取る手段は恐らくそれだけではないだろう」

「オーダー種みたいに機奇械怪を呼び寄せたり、強力な磁石みたいに機奇械怪を引き寄せたりもできますからねぇ。簡易の機奇械怪を作ったり、手間暇かけて精密な機奇械怪を作ったり」

「ならばその全てを封じればいい。念動力、転移を封じ、身体を完全に固めてしまう。それならどうだ?」

「……ここまでは奴の面倒な所だ。だが、フリスの恐ろしい所はそうではない」

 

 あるいは、その言葉は。

 誰かに届けるように──忠告するように。

 

「ここまで来て、俺に記憶を受け渡してまであって──奴の底が知れないという事実。真に恐ろしいのは、それだろうよ」

「……」

 

 底が知れない。

 そんなもの、この場にいる誰もがそうだとモモは思ったが、それ以上とあらば。

 

「ただいま戻りました……と……?」

「む? なんだアレキ、いやに早いな」

「え、ええ。今日は学校が半休で。それで、申し訳ありません。連絡をしていなかったのですが、チャルとアスカルティンを家に呼んでしまっていて……その、ご迷惑でしたでしょうか?」

「問題ない。あぁ、ケルビマ。儂はそろそろ行く。──フレシシ殿を、丁重にな」

「わかっている」

 

 気配に気付いていて言わなかった二人──ケルビマとフレシシはともかく、素知らぬ顔で一瞬で合わせるガロウズも中々だ。

 その中で、まだ感知というものに慣れていないモモだけが、一瞬にして動いていく周囲についていけずにいた。

 

「あの……兄上。この方々は……?」

「うむ。こちらはフレシシ殿。クリッスリルグ夫妻に仕える給仕なのだがな、最近少しばかり親交があるのだ」

「こんにちは、アレキさん。以前少しだけ会いましたね」

「ああ……フリスの。……え? あ、兄上、フレシシ殿とは……その、仲がよろしいのですか?」

「そうだな。仲は良い方だろう」

 

 ──衝撃を受けるアレキ。

 兄の春はもう少し先だと思っていたのだ。否、ルイナードに想い人がいる、という事までは掴んでいたし、先の襲撃でその誰かが亡くなってしまい、兄が珍しく落ち込んでいたことも知っていた。だからこそ──こんなに早く、と。

 そしてその衝撃もさることながら、相手がクリッスリルグ夫妻のメイド。若い女性。いや、いや、確かに年齢的には。どこで出会いが? 気が合う? 親しい?

 いろいろな考えがアレキの中を巡る。

 

 そうしてぐるぐると色々を考えている中で──ふと。

 少女と目が合った。

 

「──まさか兄上、もう、子供を……!?」

「何を言っている?」

 

 アレキは混乱していた。

 

 

 

 

「……ということで、彼女はモモ。兄の知り合いから一時的に預かっているらしい」

「ごめんなさい。友人との談話の場に邪魔をするなど……迷惑でしょう。やはり私はこれで」

「大丈夫だよ、モモさん。一緒に遊ぼう?」

「……」

「大丈夫じゃなさそうなのが一人いるのだが」

 

 ケルビマとフレシシの子ではなかった。

 年齢を考えればあまりに当然の事実を前に胸をなでおろし、アレキはその流れで、と頼まれた事を、遊びに来た二人に話す。

 曰く、ケルビマの知り合いがホワイトダナップの航路変更によって忙殺されているらしく、子供を一時的に与ることにしたのだとか。

 名を、ルバーティエ=エルグ・モモ。形骸化はしているものの、上位貴族の、つまりお嬢様である。

 

 そう紹介された彼女に対し、チャルは本心からの「よろしくね」を。

 しかしアスカルティンからは本心の──「私警戒しています」が。

 

 対照的な二人の反応。

 

「アスカルティン、あなた結構人見知り?」

「い……いえ、そういうわけでは、なくて」

「大丈夫だよ、アスカルティンさん。この人、凄く良い人だと思うから」

「いえですから、そういうことではなくて」

 

 当然の反応ではあった。

 だって、アスカルティンにはわかるのだ。

 

 目の前の少女が機奇械怪であると。それも、融合した己……99%機奇械怪なアスカルティンと違って、純度100%の機奇械怪であると。

 何故か近場にいるフレシシや家主のガロウズが放置している事を考えるに害はないのだろう。それはわかる。

 わかるが、人間社会に混じる機奇械怪が──それも、使われている素材的にかなり新しそうな機奇械怪が目の前にいるとなれば、警戒もしてしまうだろう。

 だってそれは、以前のアスカルティンを相手にしているようなものなのだから。

 

「た……食べちゃ、だめですよ?」

「な……何を言っているの! 私は普通に男性が好きよ! それに、初対面の相手に手を出したりはしないから!」

 

 そしてその警戒心を抱いているのはモモも同じだった。だからヘンな事を言ってしまった。

 思慮深く、知性に長けるモモは、友達デビューで大失敗を喫したのである。

 

 

 

「あはは……大丈夫、大丈夫だからね、モモさん」

「ごめんなさい……ごめんなさい。色々と勘違いしていて……」

「あの……こちらこそ、ごめんなさい。思い違いがいっぱいあったみたいで」

 

 理性のタガさえ外れなければ比較的お姉さんなアスカルティン。そして雰囲気がもうお姉さんなモモ。二人の纏う険悪ではないけれどギクシャクした、世話のかかりそうな空気、というのは、年下組にとってはなんとなく面白いもので。

 ただ、沈黙に耐えられないというか、進行の主導権を握りたがる傾向にあるチャルが、口を開く。

 

「えっと、モモさんは……どこの学校に通ってるんですか?」

「学校? ……ええと、私実はもう成人していて」

「えっ、あっ、ごめんなさい!」

「ふふ、幼く見えるとは、よく言われるから。大丈夫よ、気にしていない」

 

 お姉さんだった。

 アスカルティンからは得られない成分を今、チャルとアレキは浴びている。

 

「あー……とと、そ、そういえばモモさんのご両親が、ケルビマさんのお知り合いなんでしたっけ」

「ええ、父が政府塔務めでね」

「それなら私のお母さんとも知り合いかも……」

「ご両親はお二人とも働いているんですか?」

「いいえ、母は普通の主婦よ。……私の事、そんなに気になる?」

「あ、ごめんなさい。質問ばかりしてしまって」

 

 興味が完全にモモに向いているせいだろう。

 明らかに「私拗ねてます」という空気を醸し出したアスカルティンが、不貞腐れた口ぶりで声を出す。

 

「……猫被るのやめたらどうですか」

「え?」

「わかりますよ、そういうの。私もやってたから……」

 

 それは拗ねからの、不貞腐れた言葉ではあったが、割と図星だった。

 

「もしかして、いつもはそういう喋りじゃないの?」

「あっ、いいえ、そんなことは、ないのよ?」

「あ、嘘吐いた」

 

 ──今の今まで、噓偽りなく本心から、「年下に接するモード」で話していたから、バレていなかった。だけどちゃんと嘘を吐けば、ちゃんとチャルにバレる。

 

「う、嘘じゃないわ。ホントよ? いえ、何が、と問われると弱いけれど」

「本当はもう少しトゲトゲした方ですね。私にはわかります」

「何を根拠に……」

「……オーラ?」

 

 それは果たして、機奇械怪にしかわからない感覚なのだろう。

 ただアスカルティンはしっかり感じ取っていた。それが化けの皮であることを。

 

「いいですか、二人とも。あなた達が抱いている程、19歳も成人も大人じゃないんです。その年頃になったら大人に成れている、とか思わないでください。私もこの方もまだまだ子供ですよ」

「だから、何を根拠に……」

「いいですから。私もチャルさんもあなたの嘘を見抜けるので、そろそろ観念してください」

 

 二つの目が光る。

 片方は紺碧と銀に揺らめく瞳。もう片方は──眼球に見せかけた、センサー。

 

「……はぁ。わかったわかった。口調を戻せばいいのだろう」

「おー!」

「それでいいんです」

「得意気なところ悪いけれど、たとえ口調を戻しても、あなたよりモモさんの方がお姉さんに見える」

「えっ」

 

 まぁ。

 この一連の、ほのぼのとしたやりとりに、一番呆れ返っていたのは──。

 

 アスカルティンの中にいる、幼い幼い機奇械怪だったり、したり、しなくもなかったり。

 

 

+ * +

 

 

「翻訳終わりましたよ、ニルヴァニーナさん」

「あら、早かったわね。三日であれを全部データにしたの?」

「まぁ解法さえ知っていれば、そこまで難しい言語でもありませんから」

 

 政府塔。

 自らの子供たちがそんな会話を繰り広げているとは露知らず、エクセンクリンとニルヴァニーナはいつものように、いつもの十倍の速度で手を動かしていた。

 

「今ここで読みますか?」

「まさか。奇械士である娘の依頼品よ? 翻訳を任せたあなたは別として、単なる仲介人である私がおいそれと見て良いものではないでしょう」

「特に大したことは書かれてませんでしたけどね……」

 

 エクセンクリンの端末から送信されるデータ。そこそこの量がある。

 これを三日でと、ニルヴァニーナは隣の男の評価をさらに上げた。

 

「それにしても、緊急の航路変更に加えて、全力航行だなんて……電力研(ウチ)の大変さ、わかっているのかしら」

「どうでしょうね。僕にも上の考えはよくわかりません。正直な所、今まで散々こちらを敵視してきた聖都アクルマキアンに今更救援要請などされてもね……」

「それは本当にそうよね。国家間の連絡網からホワイトダナップを排除しようとしたり、故意に古い情報を送ってきたりしていたアクルマキアンが、こういう時だけ手のひらを返して助けて、なんて」

「ちょっと所長、エクセンクリンさん! そういう話不味いですって! 誰が聞いてるかわかんないんですよ? ここは俺達しかいないからいいですけど、そんな国家間の事情と人命を天秤にかけるようなこと言わないでください!」

 

 流石に、だったのだろう。

 段々と愚痴になりかけてきていた二人の会話を電力研の職員の一人が止める。

 ここからは思想の領域だ。政治の領域だ。

 疲れ目にそういう話は聞きたくないのだろう。

 

「ごめんなさい。悪かったわ、反省してる」

「申し訳ありません、皆さん。……では、僕はこれで。また翻訳について何か疑問などありましたら、連絡を入れてください」

「ええ、色々とありがとう」

 

 言って出ていくエクセンクリン。

 

 そして再開されるデスマーチ。電力研の今日はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 地獄を出て──思案するは、エクセンクリン。

 

「……守るべきモノを見誤るな、か」

 

 それは今朝のことだった。

 早朝、転移でしか入れない例の部屋に誰かが来た事を感知し、ようやくフリスが戻って来たのかと訪れてみれば──そこにいたのは、見覚えのない少女を負ぶった上位者ロンラウ。

 紀元前から稼働し続ける最強格の一人の来訪に、さしものエクセンクリンも驚いた。だけど、驚きはそれにとどまらない。

 

 なんでもアクルマキアンに対し、エクセンクリンが自ら救援の声を掛けた──その回線を視認したと、ロンラウは言った。

 個人回線の念波を視認する、という超技術についてのツッコミも入れたい所ではあったが、内容が内容だけに茶化せないもの。

 エクセンクリンが。

 彼が、アクルマキアンに対し「ホワイトダナップが手伝おうか?」と言ったというのだ。

 

 当然だけど、エクセンクリンにそんな権力はない。彼は上位者であるが、科学開発班の一人でしかない。しかも現地調査や実際の開発を行う職員ではなく裏方も裏方の事務員だ。開発も出来ないことはないが、その事務能力から滅多に話は回ってこない。

 そんなエクセンクリンがホワイトダナップを動かせるはずもなく。

 それを知っているからなのか、はたまた別の理由か、「アレは本当にお前か」とロンラウが聞きに来たのである。

 

 これもまた当然だが──。

 

「私じゃない。だが、私の名を騙り、ホワイトダナップを操る者がいる、か……全く難儀だな」

 

 エクセンクリンがそんなことをするわけが無かった。

 妻子を愛するエクセンクリンが、バランサーたるエクセンクリンが、どう考えても面倒になる救援と航路変更と全力航行。有り得ない。妻子を危険に晒す可能性を考えても、そんな戦場に突っ込む事はない。

 

 そう言えば、ロンラウは静かに目を瞑ったあと、言ったのだ。

 重い声で、「守るべきモノを見誤るな」、と。

 

「私の守るべきモノは……決まっている。決して、ホワイトダナップなんかじゃない」

 

 まだ失っていない最愛の妻と、一度は失ってしまった子供。

 

「また失うなんて──冗談じゃない」

 

 エクセンクリンはソレを握りしめる。

 ──彼の娘の、オールドフェイス。それを、強く、強く。

 



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協力体制を敷く系一般上位者達

 激震だった。

 誰もが気付いていなかった。誰もがまだ救援に行く気があった。

 聖都アクルマキアンの惨状を報じられ、今すぐにでも駆け付ける──そんな気でいた。

 

 まさか、ホワイトダナップへ向けて()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──ホワイトダナップは、数多の念動力の波に襲われ、墜ちていた事だろう。

 

 その光線のおかげでホワイトダナップは緊急停止し、不時着する決定をした。

 聖都アクルマキアン。彼我の距離十キロメートル程の所の話である。

 

 

+ * +

 

 

 想定外の攻撃を受け、人工浮遊島ホワイトダナップは不時着を行います。島民の方におかれましては──。

 

 なんて放送がずっと響いている。

 超高空を飛ぶホワイトダナップ。そこへの攻撃とあらば、機奇械怪の仕業を考えるのが普通だ。だけどこれは、どうにも下手人がいるらしい。それが見えているらしい。

 

「ケニッヒさん!」

「あぁ、来たか」

 

 チャル、アレキ。他、非番だった奇械士や休暇中だった奇械士の全てが集まり、一気に大所帯となった奇械士協会で──説明が行われる。

 

「とりあえずこれを見ろ」

 

 言って映し出されたモニター。

 ホワイトダナップの先頭カメラに映るのは──二人の人影。

 

 時代のそぐわぬ、しかしどこか既視感のある突撃槍を持った少女と、双頭の槍を持つ青年。

 それが、ホワイトダナップ下部の荒野に仁王立ちしていた。

 

「この二人は……?」

「こっちの小さいのが、ホワイトダナップに攻撃仕掛けて来た張本人だ。まぁさっき通信が来てな。『当てるつもりはなかった。すまん』らしいが」

「え、凄い衝撃でしたよね」

「ああ、直撃だったな」

 

 んで、と。

 ケニッヒは胡乱な目を奇械士達に向ける。

 

「こいつら、入れてくれ、って言ってるんだが……どう思う?」

「危険です。アクルマキアンの奇械士、というわけでもないんですよね?」

「いや、男の方はアクルマキアンの奇械士だ。結構な実力者。だが、少女の方は……」

「該当データなし。あの武器含めて、完全に未知数」

「ってワケだ。俺としてはホワイトダナップに入れるんじゃなく、俺達で出向いて話聞きに行くべきだと思うんだが……」

「私もそれが良いと思います。もしもの場合、私達なら逃げられる」

 

 賛同の声が上がる。

 未知の、それもホワイトダナップを攻撃してきた者をここに入れる事はあり得ないと、嫌悪を含んだ声まで聞こえて来た。

 

「ま、そうだわな。んじゃ──アレキ。対人戦ならお前が一番信頼できる。だろ?」

「はい。任せてください」

「チャル、お前さんはバックアップな。……っと、アスカルティンはどこいった?」

「あ、アスカルティンさんはその、みんなに遠慮して、外で待ってます」

「……あー。別に良いんだがな、気にしなくても。お前らももう割り切れてんだろ?」

 

 そうケニッヒが見渡せば──まだ、微妙な顔が多い。

 溜め息。それは仕方のないこと、ではあるのだろう。今の今まで喋っていた仲間が機奇械怪で、なんでもないかのように人間を食べるモノであるという事実は、おいそれと受け入れられるものではない。

 

「ああ、まぁいいや。アレキは別にアスカルティンに忌避はないな?」

「はい」

「んじゃ俺とアレキとアスカルティンで行く。アリア、チャル。んー、あと……ケン。お前たちはバックアップ……つまり、俺達とアイツらの話し合いが決裂した場合に、俺達の逃走を援護する役目だ。見つからない程度に隠れて近づいておいてくれ」

「わかりました」

「時間はあんまりなさそうだからな。行くぞ」

 

 

 

 

「遅い」

「アッハッハ、お前、アポなしなんだから当然だろうよ」

「アポってなんだ」

「ん-? ……なんだ、訪問依頼? この時間に行っても良いですか、みてぇなのだよ」

「緊急事態だったんだ、仕方ないだろう」

「だな!」

 

 降りて来てみれば、底抜けに明るい声と、どこか自信満々な声が響いている。

 二人自身に変わった所はない。どこかが機械だとか、そういうこともない。巨大で時代錯誤な武器を持っている事以外は普通だ。

 

 そこへ。

 

「よっと……おう。俺はホワイトダナップの奇械士、ケニッヒ・クリッスリルグって言うんだが、まず確認だ。攻撃の意思は無い。あってるか?」

「あってる。いやさっきはすまねぇな、マジで当てるつもりはなかったんだ。何分初めて使う機能だったから、加減がな。って言え、スファニア」

「そういうことだ」

「……あぁ、まぁ、それでいいや。で、そっちは?」

「ん。あぁ、俺はヘイズ。ヘイズ・イシイ。聖都アクルマキアンの奇械士だ」

「スファニア・ドルミル。ちょっと前まで監禁されて眠らされてて、起きたら武器を渡されて戦えって言われた」

 

 視線が向く。

 ヘイズに。軽蔑に近い視線が。

 

「俺じゃねぇよ。俺と、まぁもう一人が助け出したんだ。で、そんなことは割とどうでもよくてだな。正直お前らじゃ話になんねぇから、ケルビマとエクセンクリン呼んできてくれね?」

「!? 何故、兄上の名を」

「兄上ぇ? ……兄上? あー……なに? アンタ、アイツの義妹みたいなアレか?」

「血の繋がった兄妹」

「いやそれはねーだろ。……あり、呼んできてくれない感じか」

「呼べと言われてもな。どちらも奇械士じゃない。呼び出す権限がない。エクセンクリンという奴は、そもそも知らないというのもあるが」

 

 まずいな、とケニッヒは思った。

 この二人が何を思ってホワイトダナップに攻撃を仕掛けてきたのかはわからないが、要求に応じることができないとなれば戦闘になりかねない。

 そして、この少女の方はホワイトダナップを緊急停止させ、不時着にまで追い込むほどの攻撃力を持っている。この至近距離で戦端が開かれたとあれば、今度こそ壊滅も免れない。

 

 なんとかして平和に終わらせなければならないが──。

 

「とりあえず聞かせてくれねーか? なんで攻撃してきた。ああいや、攻撃じゃないにしてもだ。何の意図があって、ホワイトダナップを停めた?」

「まず、聖都アクルマキアンは救援を呼んでねぇ。そっちから救援の申し出をした。この認識は合ってるか?」

「……あってねぇな」

「アッハッハ、やっぱりか!」

 

 取られた確認は、聞き覚えの無いもの。

 

「ま、お前らハメられたんだよ。今聖都アクルマキアンじゃホワイトダナップを撃ち落すための準備が着々と進んでる」

「なんだと?」

「あぁ勘違いすんなよ? 撃ち落そうとしてんのは人間じゃねえからな?」

 

 その言葉にピンと来たのは、ケニッヒではなくアレキとアスカルティン。

 

「使徒、か」

「お、なんだ。そっちの嬢ちゃんらは話わかるんじゃねぇか。えーとなんだっけ。ケルビマの妹と……あん? プレデター種?」

「あ、どうも。アスカルティンといいます。融合機奇械怪です」

「アレキ・リチュオリア」

「おう、アレキとアスカルティンだな。んじゃ話が早い。使徒、そうだな。その呼び方に合わせるが、使徒がホワイトダナップを狙ってる。落とそうとしている。俺達はそれを防ぐために牽制ビームを撃っただけなんだよ。当てちまったのは悪かった」

「思ったより操作が難しかった。すまん」

 

 スファニアは、何も悪いと思っていなそうな顔で謝る。

 実際何が悪いかわかっていない部分は多い。

 

「防ぐため? あなた達は、こちらの味方?」

「味方かどうかはまぁ定かじゃねぇが、いなくなられると困るのは事実だな。アイツが本気出すと確実に巻き込まれてこっちが全滅しちまうし」

「アイツ?」

「あぁ。フリスだよ。わかるだろ、ホワイトダナップ在住なら」

 

 あっけらかんと、そしてなんでもないかのように放たれた言葉。

 なんならアスカルティンは「あぁ……」という反応ではあるけれど、アレキとケニッヒにとってはたまったものではない。

 

「……」

「……どっち? カンビアッソ……それとも、クリッスリルグか」

「いや知らねーって。フリスだよフリス。名字なんてその時々で変わるだろ」

「あの、多分この二人では事情を知らなすぎるので、もう少し詳しい私が担当します。そっちのスファニアさんはわかりませんけど、ヘイズさんも使徒ですよね?」

「おう、合ってるぜ」

「確認しますけど、今聖都アクルマキアンに住んでいる、あるいは占拠しているのは使徒である。これはあってますか?」

「ああ、間違いない。人間は全員地下シェルターに押し込んである。絶対安全とは言い切れねえが、まぁ大丈夫だろう。んで、あの町にいるのは使徒と……なんつーか、使徒じゃないけど人間でもねぇ爺さん一人だ」

「ヘイズ。迎撃してくる」

「おー、頼んだ」

 

 くるりと踵を返し、スファニアが──飛ぶ。

 跳んだのではない。飛んだのだ。

 

「何を?」

「あぁ、さっきから大砲が飛んできてんだよ。ホワイトダナップぶっ壊すためのな。それを迎撃してるわけだ」

「成程? それはありがとうございます」

「おう」

「……えっと、それでですね。貴方達の要求ってなんなんでしょうか? 私達ホワイトダナップに何をお求めで」

「ん、帰れ!」

 

 単純明快。シンプルイズベスト。

 笑顔で、明るく、朗らかに。

 

 ヘイズは「帰れ」と言った。

 

「お前らがいると邪魔なんだわ。ホワイトダナップが壊れたら流石のフリスも怒る。そうなると色々手が付けられねぇ。時代が終わる可能性がある。まーたやり直しになるのはちと面倒でな、お前らが帰ってくれたらそれが一番いい」

「フリスさん、そんなに凄いんですか?」

「すげぇっていうか……面倒? 俺、アイツの事嫌いじゃねぇっつか好きの部類だけど、自分の近くにいなければ、って感じなんだよな。アイツがホワイトダナップでなんかやってる分には問題ねぇし、ずっとやっててほしいけど、アクルマキアンの近くでやらかされるのは困る。況してや全世界ともなれば尚更に」

「ああ……成程。わかりました。それじゃあケニッヒさん。帰りましょう。聖都アクルマキアンは救援を必要としておらず、敵の狙いはホワイトダナップ本体。となれば射程圏外にまで逃げて、今後一切聖都アクルマキアンの近くを通らないようにしましょう」

「おう! そうしてくれ!」

 

 アレキもケニッヒも、気持ちの整理を付けられぬまま話がどんどん進んでいく。

 とはいえ当然、ホワイトダナップの航路問題など、たとえ気持ちの整理がついていたとしてもケニッヒの一存で決められる話ではないのだが。

 

 ──と、そこへ。

 

「ふぅ……成程、ヘイズか。顔を合わせるのは初になるな」

「お! お前がケルビマだな? よ、最新! 俺は最古じゃねぇのがカッコつかねえが、よろしくな」

 

 降りてきたのは、ケルビマ。

 加えて。

 

「はぁ。私は事務労働専門であって、表に立つことは求められてなかったはずなんだけどね……。やぁ、ヘイズ。久しぶりだ」

「エクセンクリン……お前、なんかやつれたか?」

「ふふふ、おかしなことをいうね。私達にやつれる、なんて概念あるはずないだろ?」

「どうだろうな。俺の目には、会うたび会うたびやつれて行っているように見えるぞ、エクセンクリン」

「……それは多分、フリスとケルビマのせいだろうね」

 

 既に奇械士は蚊帳の外。

 使徒──上位者同士の同窓会が始まろうとしている。

 

 そこに水を差したのは、アレキだった。

 

「あ……兄上」

「ああ、アレキか。どうした?」

「──兄上は、この方々とはどういったご関係で……」

「む……まぁ、簡単に言えば」

「使徒仲間だよ。俺もケルビマもエクセンクリンも使徒」

「……」

「あん? なんだ、もしかして言って無かったのか? そりゃ悪いな。だがちょいと誤魔化したりしてる時間ねーんだわ」

 

 ケルビマは溜息を吐いて、エクセンクリンは後頭部を掻いて。

 

「仕方がない。君達、私は政府塔科学開発班所属のルバーティエ=エルグ・エクセンクリンだ。本来通さねばならない局が色々あったりなんだりあるが、命令だ。ホワイトダナップに戻って待機していなさい。あとは私達がやる」

「そういう次第だ、アレキ。──詳しい話は後でしてやる。そっちに隠れているのも含めて、一度ホワイトダナップに帰れ」

「そんな、兄上! 納得できま、」

「いや、帰投する。ただし、後々説明がないようなら、俺達奇械士協会は政府塔を襲撃する。政府塔内部に裏切者の影あり、ってな」

 

 何かを割り切った顔で、ケニッヒがまっすぐな目を上位者らに向ける。

 強い目だ。そしてさりげなく(とん)でもない事を言ったりしてみている。

 

「ふふふ、余計な仕事を増やさないで欲しいかな切実に。──無論だ。勘違いしないでほしいというか、わかっていてほしいのは、私達はホワイトダナップの味方である、ということだよ。普通に仕事をしているし、生活もしている。アレキさん、君には先日、娘がお世話になったようだしね」

 

 アレキは厳しい顔のまま、その言葉に更に眉間にしわを寄せる。

 

「ッ……まさか、モモ」

「あ、やっぱりモモさんのお父さんでしたか。名字が同じだな、とは思っていましたが」

「モモは使徒ではない。私の妻もね。その辺の話は後で説明するまで口外しないでくれると助かるかな。色々と絡んでいて厄介なんだ」

「ああ、俺から緘口令を敷く。──帰るぞ、お前たち。アリア、そっちもだ! 一度帰投する!」

「アスカルティンは置いていけ。連絡役になる」

「……危険は?」

「無いとは言わん。だが、ホワイトダナップと同じくらいにはコイツも奴のお気に入りだ。だから大丈夫だ、とは言っておく」

「そうか」

 

 険悪な空気は消えない。疑念は何も払拭されていない。

 だけど、と。ここは割り切るべきと割り切って、未だ難しい顔をしているアレキを引っ張って。

 

 ケニッヒら奇械士達は、飛空艇へ戻って行った。

 

 

 

 

「手短に話す。現在のアクルマキアンは、上位者百二人によって占拠されている。中心はマグヌノプス」

「……やっぱりか」

「知らん奴だな。上位者ではないようだが」

「マグヌノプスの説明はエクセンクリン、お前がしてやれ。後でな」

「わかったよ」

 

 奇械士達のいなくなった荒野で、ようやく話がスムーズに進んでいく。

 アスカルティンは聞いているだけだし、大砲を迎撃し終えたスファニアも突撃槍で地面に何か絵を描いて遊んでいるだけだけど、邪魔しないならそれでいいと言わんばかりに三人とも無視。

 

「フリスはどうしている」

「マグヌノプスの計略に嵌って封印中。だがありゃ、出ようと思えばいつでも出てこられるな。マグヌノプスの策が見たくて待ってるだけだ」

「……悠長に静観しておいて、ホワイトダナップに危機が迫る事も理解していて、でも自分が防いだら面白くないから私達を動かそうとしている。そういうことかな?」

「多分な。アイツからしたら、お前らだけじゃなく奇械士にも動いてほしいんだと思うぜ。全面戦争してほしいのさ。その方が面白いから」

 

 ただし。

 

「ただし、全面戦争の結果、ホワイトダナップが壊れたり、甚大な被害が出ようものなら──ちゃんと怒って、全てを滅ぼす、か」

「面倒だね、本当に」

「フリスにそこまでのことができるのか?」

「何言ってんだ、フリスだぞ? って、ああ。お前さん最新だから、その辺知らねえんだな」

「ああ。フリスから受けた入力の最古は2200年。原初の五機を製造しているところまでだ」

「あ! やっべ! 忘れてた」

 

 "原初の五機"という言葉を聞いた瞬間、ヘイズは大きな声を出して、舌を出した。

 記憶力が抜群に良いヘイズ。だが、言い忘れる、ということはある。あんまり興味が無いと、特に。

 

「なんだ?」

「いやな? スタンピードになったのは知ってるだろ? 大暴走。機奇械怪のさ」

「ああ」

「次が六波目なんだよ」

 

 曰く。

 機奇械怪が押し寄せるタイミングには波があり、一波目はハンター種の群れ。プラスしてオーダー種二体。空を飛び、強襲する機械の鳥が、アクルマキアンを廃墟に追い込んだ。

 二波目はプラント種の群れ。地面を割るようにして出現したプラント種達が、隠れていた生命を根こそぎ奪った。

 三波目はプレデター種の群れ。仕留め損なわれていた機奇械怪や、奇械士との戦いに勝利したものの傷つき、傷を癒さんと資材を集めていた機奇械怪を捕食して回った。

 四波目はオーダー種の群れ。この頃には人間は全員シェルターに避難していて、上位者がこれに対処した。

 五波目はサイキック種の群れ。これもまた上位者が対処したが、アクルマキアンは更にボロボロになった。

 

 まるで奇械士や上位者たちの対応力で遊ぶかのように、機奇械怪を編成している。

 呼び集めているのがフリスならば、まさに手のひらの上。

 

 しかし五種の全てがもう来た。

 なのであれば、次は。

 

「まさか、原初の五機が来るというのかい?

「可能性は高ぇだろ。で、その対処を奇械士にやってもらいたかったんだよ。どの道方向を考えりゃホワイトダナップぶち当たって来るだろうし」

「ホワイトダナップに帰れといったのは?」

「帰っては欲しいぜ? けど機奇械怪を倒すのが奇械士の仕事だろ? 生憎アクルマキアンの奇械士は瀕死状態でよ。ホワイトダナップに頼るしかねんだわ」

「マグヌノプスというのに当てればいいだろう」

「マグヌノプスの爺さんは強いんじゃなくてしぶとくてずる賢いってタイプなんだよ。対フリス特化の集大成さ。だから普通の機奇械怪を、つか原初の五機相手だと分が悪い」

「む? マグヌノプスというのを殺す、ないしはアクルマキアンから退かすのが最終目的ではないのか?」

 

 ここへきて、認識の齟齬。

 当然だった。ケルビマはマグヌノプスを知らないのだから。

 

 時間の猶予はあまりない。

 ──ゆえに、ヘイズは決断する。

 

「よし、んじゃあの爺さんについては道中俺が話す。エクセンクリン、お前は奇械士達に説明と連絡な。アスカルティンと、んでコイツも連れていけ。役に立つ」

「ヘイズ、俺はヘイズと一緒に行くぞ」

「役に立たねーよ馬鹿。お前は同年代と一緒に機械狩っとけ」

「……そうか」

 

 しょんぼり。

 あれだけ自信満々だった少女が、ヘイズの拒絶にしょんぼりした。

 

「エクセンクリン、頼めるな?」

「ああ、いいよ。どうやら此度の話は、私を騙る何者かの仕業のようだし、ケジメをつけるべきは私だろう。奇械士に説明をしたあと──少し、内部を探ってみる」

「ハハッ、そういう細かいトコは全部任せるわ! ──んじゃいくぜ、ケルビマ。簡単にあの爺さんについて話すが、疑問は無しだ。細かいコトは後でエクセンクリンに聞け」

「承知した」

 

 しょんぼり、いじいじと地面にまた絵を描き始めるスファニア。

 そんな彼女の頭を撫でる存在が一人。

 

「大丈夫ですよ、スファニアさん。私も今ホワイトダナップの皆さんからだいぶ嫌われているので、嫌われ者同士仲良くしましょう」

「……チビ、嫌われてるのか。可哀想だな」

「あれ、思ったより口が悪い」

「……わかった。おいヘイズ! 俺はこのチビと仲良くしてやるから、後で飯作れ!」

「あいよー」

 

 返事をして──爆速と呼んでも足りないほどの速度で走り出したヘイズとケルビマを後目に、エクセンクリンも「じゃあ、私達も行こうか」と言葉を発し、念動力を展開する。

 浮き上がるアスカルティンとスファニア。

 

「おおお」

「浮いて……」

「それじゃあ、行くよ」

 

 浮き上がる。

 向かう先は、奇械士協会……ではなく、発着場。

 そこで待つケニッヒと、奇械士きっての尋問官──チャル・ランパーロのもとへ。

 

 嘘の一切は、許されない。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「マグヌノプスは、このメガリアという惑星の作り上げた抗体とでもいうべき存在だ。毒や病に対する抗体。上位者には聞き馴染無いとは思うがな、動物っつーのはそういうの作るんだよ。惑星は別に動物じゃねぇが」

「知識として知っている」

「あぁ、それならいい。──が、最初のマグヌノプスは弱かった。入力無しの上位者でも簡単に殺せるくらい弱かった。俺達がなんなのか、って話は今は置いておくぜ。長くなるからな」

「構わん」

「マグヌノプスは最初の方は頻繁に殺されていた。簡単に殺されていた。姿もあんなジジイじゃねぇ、子供みてぇなのだったらしい。全部らしい、なのは俺が生まれてねぇ時代だからだ」

「そうか」

 

 走りながら、話す。

 マグヌノプスという男についてを。

 

「そして奴はフリスに出会った。上位者(俺達)なんか目もくれねえくらいの大物にな」

「抗体にとっての大物。つまり、致死クラスの毒かなにかということか、フリスは」

「ああ。で、そっからずっと戦争だよ。アイツら二人はな。マグヌノプス側は何度も殺されて、何度も学習して生まれ直して、技術も小細工もどんどん見つけて開発して……フリスを追い詰めようとする、んだが」

「全く届かない、と」

「アッハッハ、一回フリスから聞いたことあるが、マジで気の遠くなるくらいの試行錯誤して、それでも届かねえってつまんなそうに言ってたぜ」

「フリスも、弱きに興味は無いからだろうな」

 

 聖都アクルマキアンの城門は完全に破壊されている。

 底に並ぶ、十人の上位者。

 

 彼らはヘイズを視認するなり──念動力の波を()()()

 

「そんな日々が続いての紀元0年。とうとうフリスは飽きた。殺しても殺しても殺しきれねえで蘇る、だが別に自分に届くわけでもない羽虫。ウザかったんだろうな。そりゃもう厳重に封印して、地下の奥深くに埋めて……」

「珍しいな。奴がそこまで感情を露わにするとは。いつもなら『それも悪くない』などというだろうに」

「それがいつもになったのは結構近年だぜ? アイツ、昔は結構短気だったんだよ。変わったのは……あー、いつだったかな」

「今もそこそこ短気ではあるがな」

「ハハッ、そりゃそうだ」

 

 二人の背後で轟音が響く。

 振り返りはしない。それが何かくらいわかっているからだ。

 来たのだろう、原初の五機が。機械の時代の始まり。フリスがバランスとか考えずに作ったパワーブレイカー機奇械怪達が。

 

「マグヌノプスを殺してはいけない理由、マグヌノプスに死なれては困る理由は、生まれ直されると面倒だから、か?」

「正解だ。今の爺さんの身体でいてくれた方が色々楽なんだよ。監視しやすいしな。ま、ちょいと《茨》に対する理解が深まっちまってる感はあるが……そりゃ誰に成っても同じだしな。もしマグヌノプスが今度ホワイトダナップで生まれでもしてみろ。それこそやべぇだろ」

「殺してはならん理由を理解した」

 

 ヘイズは上体を大きくしならせる。自らの身体を射出装置が如く見立て、槍を強く強く握りしめて──。

 

「そろそろだ。しかし、どうするのだ。マグヌノプスは殺さないとして、他の上位者は?」

「ああいいよ。あいつらマグヌノプスの思想に触れて大本から離反した奴らだから。ぶっ殺して戻してやれ」

「承知した」

 

 波が放たれる。槍が放たれる

 それは面となって二人を襲い──たった一本の槍に、ぶち抜かれる。

 

「──」

 

 地平が傾く。

 槍は容易く念動力の波を切り裂き、着弾し、凄まじいまでの爆風を生み出した。

 ああ、けれど。それよりも何故、視界が逆さになっているのかという疑念。

 

「肉体に縛られねえ上位者が"そう"なっちまったらおしまいだっつーの」

 

 最後に聞こえた声は──憐れみさえ含まないもの。

 最後の力で眼球をそちらに向かせども、そこにはもう、誰もいなかった。

 

 一瞬にして首を断たれた上位者十人。

 彼らの肉体は全く同時に絶命し──大本、モルガヌスのもとへ還元される次第となる。

 

 

 

 

 最新の上位者と、最古ではないけれどかなり古い上位者二人。

 対するは十減って九十二人の上位者たち。そしてマグヌノプス。

 

 さて──マグヌノプスは、果たして誰に喧嘩を売ったのか。

 



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帰って来た系腫れ物一般上位者

 上位者と上位者の間に明確な優劣は存在しない。

 誰もが平等に端末。性格如何での振れ幅はあれど、スペック差というものは生まれない。

 

 その、はずだった。

 

「──第六関門突破されました! ヘイズ、ケルビマ、互いに勢い衰えず!」

「あり得ない……もうそろ半分を殺されるぞ!? 奴らと僕らに何の違いがあるというのだ!」

「入力差か!? ──なら、今すぐにでもその辺りで死んでいる奇械士から戦闘記録の入力を──カペッ」

 

 最後に喋った一人の頭蓋が吹き飛ぶ。ただの瓦礫片。それが頭部に直撃しただけだ。

 それだけでは死なないはずの上位者が──しかし、たったそれだけで自己の楔を失い、大本に還元されざるを得なくなった。

 既に射程圏内にあり、更には己らも殺し得る二人であることに──上位者から、恐怖の波が生まれ始める。

 

 恐怖。

 彼らは上位者である。長らくこの星を裏から操り、支配してきた上位者。人間の生死など思うがままであり、それらを騙すも()るも自由自在。この世に天敵はいないのだと認識している上位者も少なくは無かっただろう。

 

 ──だからこそ。

 

「ひ……怯むな! 我らは抜け出すのだ! 支配から……我々を縛る無意識から! 自由になるのだ!」

「そうだ……そうだ! 我ら上位者、君臨する者なれば! あのような()()()の端末で在り続けるなど御免被る!」

「敵はたったの二人! それも、片方は製造から二十年ほどしか経っていない新米だ、私達が怯える理由など無い! 圧し潰せ、圧し潰せ! 念動力で、転移で、あらゆる知識を以て潰せ!」

 

 だからこそ、だ。

 マグヌノプスと出会い、己が気付かぬうちに支配されている事に気が付けた。

 大本、モルガヌス。()の意のままに実験を繰り返させられていて、それを己が意思だと勘違いさせられていた。

 モルガヌス。

 どこぞの拠点で、誰もいない部屋で、世界中の情勢をモニタで監視してふんぞり返る──己で出向くことなく全てを端末に任せ、手を出さず、眺め、面白がっては次を、次をと求むる上位者たちの"大本"。

 

 いつまでもあんなものの下にいるのは嫌だと、誰もが思った。誰もが気付いた。

 だから、だから、だからこそ。

 

「ぐだぐだうるせぇな。俺達は端末なんだよ。人格を与えられてんのはそうじゃなきゃマトモに動かなかったからだろうが。何が気付いた、だ。そりゃ洗脳されたっつーんだよ、ゴミ」

「あ……ひ、ぃ……! やめ、やめろ! 戻りたくない、何も知らない頃に戻るのは嫌だ! また、あの支配に囚われ──」

「不良品は回収だ。自主回収が一番クレームが少ないってな、200年前に学んだだろ?」

 

 肉体が裂かれる。壊される。

 それにより──肉体に蓄積していた数々の"(言葉)"から概念が解放される。あぁ、もうこの時点で理解する。

 何故今まで、他の上位者が抵抗もせず大本のもとへ戻っていたのか。拒否し、概念体であることを選ばなかったのか。

 

 簡単だ。

 

「気付いたんなら、さっさとリセットされてきな」

「──恩に着る」

 

 汚染された肉体さえなければ。催眠、あるいは洗脳された脳さえなければ。

 どの上位者も、ヘイズとそう考えは変わらない。自分たちは端末で、壊れたのならば戻らなければならない。唯一概念体にまで響くだろう感情()を持ち合わせぬ上位者は、今までの己を唾棄し、モルガヌスのもとへ帰っていく。

 

「己が役目を忘れ、肉体に縛られる、か。上位者などと、もう名乗れはせんな」

「……お前さんもそこそこおかしくなってたりするけどな」

「何?」

「いや、忘れてくれ……とは言わねえ。ちゃんと考えると良いぜ。あぁ自殺だけはすんなよ? 俺がフリスに怒られちまう」

「……俺は、おかしいのか?」

 

 首を傾げるケルビマに、「うわやっちまったか?」なんて珍しく反省しているヘイズ。フリスが言っていたのだ。ケルビマと、そしてエクセンクリンは──"成長コンテンツ"である、と。

 完全にではないにせよ、大体の意味は悟っていたヘイズ。だからこそ余計な事言ったぜ、と反省して。

 

「しっかし、あれだな。お前、良く片腕で戦えるな」

「うむ。少しばかりの調整は必要だったが、十分なものになったと自負している」

「機奇械怪で補強したりはしねぇのか? フリス……は今無理にしても、エクセンクリンの奴ならできるだろ。ああつかお前もフリスの記憶持ってんだっけ?」

「いや、直す気も補強する気もない。これは俺が思う"英雄価値"によって吹き飛ばされたもの。フリスはあの娘を英雄だとは思わなかったようだが、俺は高く評価している。否、英雄だとは思わなかったというより、死者に興味が無い、の方が正しいか」

「ふぅん……よくわかんねぇけど。ハハッ、そういう所が、って言ってるんだぜ」

「?」

 

 成程これは"成長コンテンツ"だ、とヘイズは思った。

 今までの上位者に無いタイプだ。

 眺めていて面白い上位者。それはまるで、人間のような。

 

「よーし、ケルビマ。あの丸っこいのが見えるか?」

「石と金属の球体だな?」

「ああ。お前の感知範囲はまだ狭いみてえだから教えてやる。アレがフリスの封印されてる場所だ。あの近くにマグヌノプスもいる」

 

 ヘイズが槍差す方向にある、巨大な球体。

 そこにフリスはいると。

 

「……何故奴は大人しく捕まっている?」

「おもしれぇからだろ、普通に」

「何がだ」

「ん? そりゃ、マグヌノプスと俺達の戦いが、だよ。あとはチャルだっけ? あいつの気に掛けてる奇械士。そいつらの戦いも楽しみにしてんだろ。自分が出てったら簡単に終わっちまうからな」

「まぁ、良い。面白さは保障しないが、精々踊ってやるか。俺としてはそのままあの球体の中にいてくれていいのだがな」

「全部が終わったら勝手に出てくるよ、アイツは。いつでも出られるくせに楽してるだけだからな」

 

 雑談に興じ始めた二人。

 

 ──そこに強襲をかけるものがいた。

 気配は上位者。ゆえにケルビマはそれを迎撃し、両断しようとして──ヘイズに止められる。

 頭に疑問符を浮かべるケルビマをよそに、ヘイズは少しばかり場所を移動することを提案。言われるがままに少しずれた、その瞬間。

 

 先程までケルビマ達のいた所に何かが着弾した。

 頭上から、垂直の落下。気配は上位者。

 

 そいつは──。

 

「ん!? 必死の思いで無重力圏から脱してみれば──いや、申し訳ない見知らぬお二方。ここは一体どこでしょうか? ああ申し遅れました、私は聖都アクルマキアン観光大使スカーニアス=エルグ・アントニオ! ええ、ええ、突然のことで驚きでしょうが、ご安心ください。私が貴方達に手を出すことはありませんとも恩人よ!」

「馬鹿、俺だよ。ヘイズだよ」

「……あ、ヘイズ殿。なんですか? あなたも少年の癇癪で宇宙まで飛ばされていたのですか?」

「アッハッハ、だから姿見えなかったのかお前!」

 

 上位者アントニオ。

 所々で邪魔者として扱われている存在が、そこにいた。

 

 

 

 

「……珍しいな。フリスがそこまで感情を露わにするとは」

「あー、コイツウザいからな。日常生活で隣にいてほしくない奴ナンバーワンって感じだ」

「お二方、ここが、ここがアクルマキアンであるというのは真ですか!? 何故(なにゆえ)このような廃墟に……まさか、私の着弾による衝撃で……!? ああ私はなんということを! 上位者方々の実験に支障が出ていなければ良いのですが……」

 

 都合の悪い事は耳に入らない。

 アントニオのパッシブスキルである。それは聞こえていてスルーしているとかでなく、縛りつけて耳元で音源を再生し続けようが、脳に直接入力しようが、無いものとして進行する──アントニオという人格が元から備え持つ、余りにも埒外なスルースキル。

 コイツを相手にする時ばかりは、あのヘイズであってもこのアントニオを製造した大本に苦言を呈す。

 曰く、絶対ノリで作っただろ、と。

 

 だが、付き合いの長いヘイズだからこそ、動かし方も熟知しているというもの。

 

「アントニオ。仕事がある。聞け」

「ハッ! 上位者ヘイズ、私に仕事をくださるというのですか!? 是非! なんでしょうか、人間、そういえば人間が少ないですね。いえいない? では近くから集めてこなければ──」

「人間を減らす存在がこのアクルマキアンに多くいる。そいつらは気配は上位者だし、言動も上位者だ。つか、この国の上位者の姿をしているから見分けはかなりつきづらい」

「なんと……上位者が、実験以外で人間を減らすことはあり得ませんぞ?」

「そうだ。だがやってる奴がいるんだよ。そいつはもう上位者とは呼べねえ。わかるだろ? ──俺の実験の邪魔なんだよ」

「ええ、ええ! わかりますとも! つまり──乗っ取られている、と。そういうことですな!?」

「ああ! 話の早い奴は嫌いじゃないぜ、アントニオ。証拠に、肉体から剥がしてやればちゃんと自身の過ちを認める。情けねえ話だがな、上位者が肉体を乗っ取られて、その力を使われてんだよ。悔しいだろ?」

 

 みるみるうちに義憤に燃えていくアントニオ。それを冷たい目で見るケルビマと、ちょっと楽しくなってきているヘイズ。

 傍から見れば地獄絵図に近い光景も、観測者が当事者だけなら問題ない。

 

「頼むわ。俺達だけじゃ手が足りねえんだ。あいつら、解放してきてやってくんね?」

「お任せを!! 不肖、このアントニオ、同輩方々を苦しみから解放し、救世主となってみせましょう!! では!!」

 

 そう言ってビリビリ、ボロボロなマントを翻し、物凄い速度で上位者たちの関門に突っ込んでいくアントニオ。

 彼は武器無しで戦う戦士──格闘家全般の情報を入力されたがっつり武人系の上位者である。

 

「……よくもまぁ、そこまで口が回るものだ」

「アッハッハ、伊達に1700年も酒場の店主やってねぇってな。割と疑ってくる鋭い人間は多いからよ、こういう口八丁は結構初期に覚えたぜ?」

「酒場の店主? 酒がわかるのか?」

「うお、その質問懐かしっ! んで、答えは決まってる。『いや全く』だ。高い酒も安い酒も全くてんでわからん! が、人間の表情変化や状態変化って反応を見りゃそれがどういうものかのデータは取れる。そうして統計とってけば、初対面の相手に最も合う酒だの、ソレに合う料理だのを作れるんだ。おもしれぇだろ?」

「ふむ。俺は食に興味は無いが、試行錯誤は武術に通じるものがあるな」

「ハハッ、まぁまだお前は製造から20年そこらだからな。これから覚えて行けばいいさ」

 

 大きな爆発が起きる。

 身体を千切られ、飛んでいく上位者が見える。

 

 そう、ヘイズやケルビマの念動力が強くなったとか、特別である、というわけではない。

 弱くなったのだ。

 マグヌノプスにそそのかされて、大本から離反した上位者たちが。

 

 大本からの供給を断ったのだから、当然に。

 それに気付かない時点でもう終わってんだよな、なんてヘイズは流し目を向ける。肉体に引っ張られ、概念であることを忘れ、端末であることを忘れた上位者に価値など無い。

 

「いよし、ケルビマ! 本丸に向かうぞ」

「む? マグヌノプスは殺さないのではなかったのか?」

「ぶっ壊すんだよ、アレ。いつまでも楽してるフリスを引っ張り出すんだ。んでマグヌノプスをもっかい封印なりなんなりさせる。俺達じゃ封印だのなんだのはわからねぇからな」

「つまり、殺さずに戦闘不能にし、球体を全力で破壊する。そういうことだな?」

「そういうことだ。あぁアントニオは気にすんな? アイツあれでいてかなり強ぇからな。全部が終わったら手合わせでもしてみるといいぜ。性格以外はがっつり武人系の入力受けてっから、かなりいい勝負になるだろ」

「そうか。まぁ、未来の話は未来ですればいい。今は奴を引っ張り出す」

「応!」

 

 小休止は終わりだ。

 二人はまた、爆速で。

 

 目的地──フリスの封印された球体へと向かって行った。

 

 

+ * +

 

 

 少し時は遡って。

 

「説明は以上です。使徒についての話は、原初の五機を倒した後からでお願いします」

「……ま、わかったよ。ソイツに関しちゃ、俺達どころかホワイトダナップにとってもマストだ」

「ええ……気になる事は尽きないけど、今は奇械士としての責務を果たさなければ」

 

 ホワイトダナップ奇械士協会……ではなく、発着場。

 そこに集う奇械士達は、アスカルティンとエクセンクリンから簡易の説明を受けていた。

 説明と言っても単純明快。

 

 ホワイトダナップに迫る大型……否、巨大機奇械怪、原初の五機を討滅せよ、というもの。

 原初の五機は半ば御伽噺染みた話だったが、いる、と言われてそれを嘘だと断じる者はいない。いてもおかしくないからだ。

 今いる機奇械怪の全てが原初の五機から増殖した劣化品。であれば──もしかしたら、という希望も生まれる。

 

「ああ、君達が今期待している事は正しい。──動力炉というものを作り出し、世に放ち、機奇械怪を産んでいるのも原初の五機だ。例外もいるが──原初の五機さえ壊し切ってしまえば、機奇械怪が無限に生まれ続ける、という事は無くなる」

 

 それはざわめき、否、歓声を響かせるに値する情報だった。

 

 誰もが心のどこかで思っていた。もう人類はダメだと。段々と強く複雑になっていく機械。あまりにも呆気なく滅びゆく国々。人類の滅亡は秒読みである、と。そう考えていた。

 それを救うのが自分たち奇械士である、なんて奮い立っても、限界はある。一人で全世界の機奇械怪を討滅できるはずもなく。どこで生まれ、どこで増えているのかわからない機奇械怪が地上から消え去る姿など想像もつかず。

 

 それを──救い得るのだと、提示されたのだ。

 

「……やろうと思えば、俺達の代で──完全な平和を掴み得る。そういうことだな?」

「肯定しよう。かなり頑張る必要はあるけど、それは可能だ。だが、それをするにはまず」

「原初の五機を倒さなきゃ話にならねぇ。そういうこったな」

「そうだ。そして──あれらは強いぞ。希望を見据えて足元を掬われるなよ、奇械士」

 

 言われるまでもねぇ、とケニッヒは吐き捨てるように言う。

 

「戦闘に関しちゃこっちの領域だからな。だから、逃げるなよ。説明はしてもらうからな。アンタら使徒の話。そんで、フリスの話」

「ああ、いいよ。私は逃げない。だから存分に戦ってくると良い」

 

 先の話が聞こえていなかったのだろう、突然零された「フリス」という単語にチャルが「え……?」なんて動揺をしているけれど、それに対してはアレキが宥める。

 アレキとて何の整理もついていないが、今はそれどころじゃないのだ。

 

「よし! すぐに協会に帰って部隊を編成する! あぁあんた、原初の五機は同時に来るのか? 一体ずつか?」

「それはわからない」

「了解だ。──アリア、斥候を頼む。いいか、絶対戦うなよ。情報を持ち帰るだけでいい」

「そんなに念を押さなくてもわかってる。──行ってくるわ、ケニッヒ」

「ああ」

 

 クリッスリルグ夫妻。

 その信頼は──妻を死地に単独で送る事でさえ。

 

「俺は何をすればいい?」

「ん? ……あぁ、スファニアか。お前さんは……だが、全員に姿知られちまってるしな」

「なら、私達と共に戦いましょう。攻撃方法の特異さを考えても、私達四人で一体引き受けることができるものと判断できます」

 

 アスカルティンがまっすぐな目で言う。

 それには多分、スファニアを自分の二の舞にさせたくない、というような、無意識のお姉さん心も混じっていたのかもしれない。

 でもそれはちゃんと、届いた。

 

「……だな。んじゃ、新人ばっかでちょいと不安だが──チャル、アレキ、アスカルティン、んでスファニア! お前ら四人はチームだ! 暴れてこい!」

「はい!」

「おう」

 

 ああ、ここにようやく完成する。

 誰もそこに作為があったことになど気付いていない。そのために引き合わされた、など欠片も考えない。

 

 青春ラブコメアクションストーリー。

 ようやく、"主人公パーティ"が完成したのだと。

 

 

 

 飛空艇の中、四人の少女はいた。

 

「改めて。私はアスカルティン・メクロヘリです。よろしくお願いします」

「アレキ・リチュオリア。よろしく」

「チャル・ランパーロです。よろしくね、スファニアさん」

「おう。俺はスファニア・ドルミルだ。よろしくな、ガキ共」

「が、ガキって……どう見てもあなたが一番年下……」

「アレキさん、どうどう」

「……そうね。そういう子も、いる。そう」

 

 可愛らしい見た目で尊大な態度。

 粗暴な口調に些か面食らうも、それも個性の一つと考え、受け入れるアレキ達。

 

 そして彼女らは、自然な流れでそれを見せ合った。

 

「……似てますね」

「ええ。私のテルミヌス、チャルのオルクス、そしてスファニアのカイルス。名前の響きも、装飾も……酷く似ている」

「言われて見りゃ、本当だな。でもこれ、貰いもんだぜ? 高い金とか出してねーし」

「私も貰い物だよ」

「これは……一応戦利品」

 

 そして思い出すは、ケルビマの言葉。

 原初の五機に対抗するために作られた五種の武器。それがオルクスであり、テルミヌスだと。

 ならばこのカイルスも。

 

「オルクスは、原初のオーダー種に対抗するための銃。テルミヌスはサイキック種だったはず。じゃあ、カイルスはなんなんだろう」

「俺のこれは、空を翔けたりビームを撃ったり、あと硬いモノをぶち抜いたりできるぞ」

「となると、プラント種かな?」

「まぁ、原初のハンター種が飛行形態ならハンター種の可能性もあるし、プレデター種に至っては何が最適なのかわからないから、その可能性もある」

 

 なんにせよ。

 

「うん。十分、戦える」

「……私だけ特別な武器無いの、ちょっと疎外感ですね」

「アスカルティンさんは存在がかなり特別なような」

「そうね……」

「俺もかなり特別だぞ。ヘイズもそう言ってた」

「あなたも機奇械怪なの?」

 

 アレキの問いに、アスカルティンが「いえ」と返す。

 

「スファニアさんは機奇械怪じゃないですね。ただ……」

「ただ?」

「気のせいでなければ……()()()()()()()()()()()()?」

「!?」

 

 そのあまりにもな言葉に、咄嗟にスファニアの胸に触れるアレキ。攻撃の意思が無かったからだろう、スファニアも「お?」なんて言って、されるがままに触られてる。

 そして──アレキが、青い顔をして呟いた。

 

「……本当。鼓動が、無い」

「ですよね。聞こえないなぁとずっと思ってたんです」

「俺は健康だぞ? ちゃんと飯も食うし、運動もしてるからな!」

 

 それが余計に恐ろしさを産んだ。

 アスカルティンにとっては心臓など遠い昔に失ったものなので別に忌避はないのだが、流石にアレキとチャルは人間。心臓が動いていない──ゾンビのような存在に驚かない、なんてことは。

 

「どこもいたくないの? スファニアさん」

「おう!」

「じゃあ、大丈夫だね。アレキ、大丈夫だよ」

 

 あった。

 肝が据わっている、どころではない。ないが、チャルはそれを普通に受け入れていた。

 理由は。

 

「だって、ほら。アレキ、私に考えるのは後で、って言ったけど……フリスが生きてるかもって話してたでしょ? じゃあもう驚かないよ。というかほら、いつかのゲームセンターの時さ、"種"の紋章が"華"になった時。あの時フリスを感じたんだよね。だから、幽霊になって、普通にいるんじゃないかなってずっと思ってた」

「ああ、俺のカイルスはフリスって奴から貰ったぞ」

「……ほら。幽霊で、普通に生きてて、だから心臓が動いていないなんて……え?」

 

 ちょっと苦い顔で笑いながら、アレキを諭そうとしたチャル。

 その、耳に入って来た情報を吟味して、噛み砕いて、二度見して。

 

 今度こそ動揺する。

 

「え、え? フリスからって……」

「おお、凄い食いつきだな」

「フリスって……どの? どういう?」

「どういう……。うーん、意味の分からないタイミングで『あはは』とか渇いた笑いをして、絶対良くないのに『良いと思うよ』とか言って、『戦いに興味はあるかな』とか聞いてくる……」

 

 ──"戦いたい?"

 ──"戦う力が欲しい?"

 ──"大丈夫だよ、チャル"

 ──"決めて、チャル"

 

 記憶が溢れる。揺さぶられる。

 懐かしさが零れる。それは──涙となって。

 

「ん? なんで泣いてるんだ、ガキ。あ、チャル。どこか痛いのか?」

「……ううん。大丈夫」

 

 アレキは──かける言葉を見失っている。

 どうしたらいいのかわからなかった。慰めるべきなのに、言葉が出ない。良かったね、と言ってあげるべきなのに、口が動かない。

 

 何故──何故、自分が。

 彼に対し、「まだチャルを縛りつけるのか」なんて最悪な感情を抱いているのか。

 その理由がわからない──そんなことはない。わかる。わかっているからこそ、身体が思うように動かなかった。

 

「あ──皆さん、戦闘態勢に入ってください! 接敵します!」

「!」

「……今は、割り切らなきゃ。できる? チャル」

「……うん。アレキこそ大丈夫?」

「う。……そう、まぁ、見抜かれてるか。……ええ、大丈夫。鬱憤は機奇械怪にぶつけるから」

「調子悪いなら下がってろよガキ共! ぶっ潰してやる!!」

 

 飛空艇のハッチが開く。

 着陸するのはあまりにも危険ということで、降下作戦となった本件。

 

 アリア・クリッスリルグの情報によれば──迫りくる一匹目は、恐らくハンター種。

 原初ハンター種。神話に記載されたその名は。

 

「あれが──『アーチェルウィリーナ』」

 

 遠目でもわかる。

 轟と。轟轟と──灼熱に燃える鳥。

 今は絶滅したそれを知る者がいるのなら、こう称すだろう。

 

「皆、行こう!」

「ええ!」

「おう!」

「はい!」

 

 ──"ドデカい燃えてる金の鶏"と。

 



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成果を見せつける系一般融合機奇械怪

 アーチェルウィリーナ。

 大地を踏みしめる足は鉱石と見紛う程に分厚く硬く、その先端は地盤をも掴み砕くだろうグラップル。金色に輝くその体躯はメラメラと燃え盛り、近づくモノの全てを焼滅させるだろう。

 注目すべきはその体高と、翼を大きく広げた時の幅。

 聳え立つ山を彷彿とさせる三十メートルもの体高に、その倍はある翼。焔をまき散らしては時折飛び上がり、地震を思わせる衝撃を響かせ続ける。

 ハンター種に飛行形態のものが多い理由にして、地上を行くならば装甲を硬くする──その両方の要素を併せ持つ、まさにハンター種の原初。

 

「とりあえず撃つぞ! 下がってろガキ共!」

「援護する」

「裏に回ります! 理性飛んでても気にしないでください!」

 

 その燃え盛る機奇械怪に対し、スファニア以外は慣れたものとばかりに展開する。

 ホワイトダナップを停止させたビームを撃たんとするスファニア。その横で彼女への迎撃弾を叩き落すつもりのアレキ。彼女らに注目が行っている内に回り込みながら自己改造を始めるアスカルティン。

 いつぞやの個人用飛空艇で未だ空にいるチャル。彼女は使う武器が武器なだけに、動力炉やその他マストなパーツ──弱点を狙うのが仕事だ。

 

 そんな中、我関せずと言わんばかりに己が武器を展開するスファニア。地上、アーチェルウィリーナの眼前で突撃槍を構え──まず、第一射。

 

「ぶち殺せ!」

 

 伸びる。光の糸、あるいは束。何かが引き出されるようにして集束した真白の光条が、突撃槍の先端からアーチェルウィリーナに向かってまっすぐのびる。

 避ける事をしないアーチェルウィリーナ。その巨体ゆえ、見えていないのかもしれない。

 光。白。それらは確実にアーチェルウィリーナの首元を捉え。

 

「……」

「……え? 撃たないの?」

「撃ったぞ。けど、効かねえみたいだな。今までのはこれで全部溶け落ちてた」

「そんな危ないものを牽制に使ったの?」

「しつこいな。当てるつもりはなかったって言ってるだろ」

 

 突撃槍カイルス。

 それが特異な力を持っていることなど簡単に見て取れた。オルクスのモードと同じような、普通の武器にはない特性がある。

 そのことについてアレキは少しばかり思う所がある。アレキの持つテルミヌスはまだ、そういった機能の解放に恵まれていないからだ。ただ、今考えるべきではないことでもある。

 

 だから(かぶり)を振って。

 

「とりあえずその光線は一切効かないってわかったから、他の攻撃方法で」

「おらぁ!!」

 

 助言のつもりではあったのだろう。

 問題は、スファニア側に一切話す気が無かったことか。そもそも援護なんていらなかったし、そもそもヘイズに押し付けられただけで仲間だとは思っていないから、声かけもない。もっともヘイズと共にいる時でもスファニアは特に何も言わずに突撃するのだが。

 それでも普通は存在する断りの消失は、アレキの反応を遅らせるに十分だった。

 

 仰角を上方に向け、駆けだすスファニア。

 一歩、二歩、そこから爆発的に速度を上げていく彼女の軌道は直線──空に、アーチェルウィリーナに向かい、ぶれることの無い直線で突っ込んでいく。噴射で飛んでいるだとか、浮いているだとかではないのだ。

 空に道があるかのように。彼女の踏み出した場所が地面になっているかのように、スファニアは突撃槍と共にアーチェルウィリーナの胴体へ突撃する。

 

「ば、馬鹿っ、近接攻撃なんてしたら──」

 

 忠告は届かない。

 スファニアはまるで、アーチェルウィリーナを包み込む炎など見えていないかのように突撃し──弾かれ、さらには火だるまとなって落下する。

 追撃と言わんばかりにその巨翼を広げ、ふわりと浮き上がったアーチェルウィリーナ。全身を炎に焦がすスファニアを踏みつけんとその巨体を少しだけ移動させて──思いっきり、彼女を踏みつけた。

 

「──ッ、ギリ、ッギリ……!」

「おおお、お? おお……あれ、燃えてねぇ」

 

 否、助け出されている。アレキだ。

 凄まじい速度でアーチェルウィリーナの落下地点に突入、燃えているスファニアを掴み、その場を離脱した。更にはその速度で以て彼女の身体に燃え移った炎を散らし、消火も行っている。

 

「あ、でも武器落としてきちまった」

「今、死にかけた自覚は?」

「あ? 何がだ?」

「……とにかく、もう無茶に突っ込むのはなし。後で武器も拾ってきてあげるから、大人しくしていて」

「そりゃ無理だな。あれ、俺以外が持つとクソ重いんだよ。そういう武器」

「なら、あの機奇械怪を引き離すところからか。どちらにせよ今のあなたは何もできないから、突っ込まないで」

 

 自らの身体についた火傷を一切気にしていない様子のスファニア。心臓が動いていない、ということも相俟って、大方の事情を察したのだろう。アレキは未だに疑問符を浮かべたままの彼女の前に立ち──呼気を一つ落とす。

 

「そもそも──突っ込んだ後を考えないから、そうなる。燃える敵に対して、近接戦闘者ができることはただ一つ」

 

 呼気をもう一つ。

 次の瞬間、灰色になった世界にアレキはいた。否、灰色どころではないかもしれない。周囲の景色も見えていない。己の姿も無い。

 彼女の世界に存在するのは、テルミヌスとアーチェルウィリーナのみ。

 一歩、二歩。

 静かな歩み出しは、しかしスファニアにはわからなかっただろう。気付けばいなくなっていた。一度瞬きをした頃には、アーチェルウィリーナに肉薄していた。

 ただし、この巨体を斬る事が出来ない事くらい、アレキにもわかっている。刀傷を一つ付けた所でダメージにならないとわかっている。

 

 なれば。

 

「五つ目──揺らす!」

 

 誰しもの目には、突然アーチェルウィリーナがぐらついたように見えた事だろう。頭部を弾かれ、その全身が弾かれるように右方へ傾いた。バランスをとるために飛び上がり、姿勢を戻さなければならないほどの衝撃は、しかし下手人がわからない。

 張本人。ただ折れないという部分にのみ着目し、あらん限りの力でその側頭部を打撃したアレキ以外には。

 アーチェルウィリーナが姿勢を立て直す頃には、スファニアの眼前にまで戻ってきている。

 

「こうやるの。近づいて攻撃したら、燃え移るなら。燃え移るまえに離脱すればいい。そうすれば、攻撃し放題。わかった?」

「全く」

 

 頭が良いとは言えないスファニアに理解できる話ではなかった。無論、この場にどれほど頭の良い存在がいたとしても、理解できると頷くとは限らないが。

 とかく、アーチェルウィリーナがよろめいたことで、スファニアの武器がその足元から出た事を確認。これ幸いとばかりに拾って来ようとするスファニアを、しかし片手で止めるアレキ。

 

「なんだよ!」

「今突っ込んでも二の舞。それより、もう少し隙を窺って。今──アスカルティンとチャルが、やるから」

「はぁ?」

 

 何をだよ、と。

 そう問いかけんとしたスファニアの目に映るのだろう。

 

 アーチェルウィリーナの体躯には不釣り合いな、小さな小さな捕食者の姿が。

 そして、絶好の機会を狙い続けた少女の落ちてくる様が。

 

 

 

 

 

「炎といっても金属を溶かす程でないのなら、持ち合わせの素材で十分ですね」

 

 最近の戦いから酸性耐性に特化していた装甲を、高温耐性のものへと作り替えていくアスカルティン。皮膜(スキン)は仕方のないものとして、全身のフレームの自己改造を進めていく。

 先の一撃。アレキの打撃はアーチェルウィリーナの身体をよろめかせることに成功したが、彼の機奇械怪に凹みなどの傷がついているようには見受けられない。

 つまり、あの金色の身体は相当な硬度を持っているということだ。アレキの打撃で傷がつかないとあらば、現時点のアスカルティンの攻撃のどれもが通らないと断言できるほどに。

 

「なら、通す武器を作る……のも手ですけど、まぁ、折角の巨体ですし」

 

 通す武器。

 それを今から製造するには時間も素材も足りない。そもそも、それは己の役目ではないとアスカルティンは感じていた。

 なんせ、スファニアの突撃槍に「硬いモノをぶち抜く」なんて機能が備わっているらしいのだから、装甲に関してはそちらに任せるべきなのだろう。

 であれば、と。

 

「私がやるべきは──」

 

 アーチェルウィリーナの背面からその巨体に飛びつくアスカルティン。炎が彼女を灼く。けれど、燃えているのは皮膜(スキン)だけだ。こればかりは耐熱素材にできなかったから、抵抗のしようもなく燃え尽きていく。

 けれど、その下から顔を出すフレームや金属繊維は負けない。燃えることも焦げることも、溶ける事も弱ることもなく、健在。そうして少女の形をした金属の塊が、高熱の巨壁を駆け登っていく。

 

 アーチェルウィリーナは燃えている。

 だが、ただ燃えているのではなく燃え続けているのだから、内部へと繋がる部位がどこかにあるはずだ。絶えず燃料を投下する部位、炎を作る部位。その他、全身に炎を付け続けるための機構がなければ、一生燃えている、なんてことは難しい。

 況してやその身体が金属たる機奇械怪であるのならば。

 

「アハ」

 

 ──ああ、でも、関係なかったかもしれない。

 今の今まで冷静に、理性的に弱点を探っていたアスカルティンだったけど……ここに来て、タガが外れた。我慢できなくなった。難しい事とか、どうでもよくなった。

 

 だから、本能のままに突っ込む。

 そこは翼の付け根。胴体の炎と翼の炎の継ぎ目。

 冷静に考えずともわかる。本能のままに動けば──捕食者(プレデター種)の本能に任せれば、機奇械怪の弱点がどこかなど簡単だ。

 

「アハッ! その辺、まだまだだよね!」

 

 まだアスカルティンにはわかっていない部分。

 機奇械怪の特性。プレデター種というものが何に特化しているのか。けれど、アスカルティンにわかっていなくとも、()()にわかっていればいい。

 機奇械怪の彼女。名もなきプレデター種。

 

 腕を、突き入れる。

 

「──?」

「わかんないよね……小さい相手のことなんか、気にしないもんね?」

 

 そのまま中に入る。

 機奇械怪の中。燃え盛るアーチェルウィリーナの体内に、翼の付け根から入り込む。

 そうだ。ここは可動域を保たねばならないがために、ある程度のスペースが取られている。もしアーチェルウィリーナが生物ならば皮で守られていたのだろう場所も、機械であるからこその隙間が存在していた。

 さぁ、入ってしまえばアスカルティンの独擅場(どくせんじょう)である。

 関係ない。どれでもいい。

 目につくすべてを食らう。目につくすべてに噛みついて、硬すぎたらやめて、柔らかいところを探して食べて、噛み千切って食べて、その素材の全てを自らの自己改造に使って。

 その場で強度を上げていく。顎、歯。その場で硬度を上げていく。

 今さっき噛みついて無理だと判断したものを食べられるくらいに。

 アレキの打撃を見て無理だと判断したものに傷をつけられるくらいに。

 

 アスカルティンは敵の体内で、敵を倒せる程に進化する。

 

「もうすぐ、全部食べてあげるから、──ッ!」

 

 喜色満面で宣言しようとした寸前、紙一重でソレを避けるアスカルティン。

 ソレ。

 啄み。あるいはつつき。

 ぞろぞろと出てきて、甲高い声で叫ぶは──燃えている金色の鶏。

 

 アーチェルウィリーナの体内にいたはずのアスカルティンは、いつの間にかアーチェルウィリーナに囲まれていたのだ。

 

「流石原初種! 自己防衛機構も持ってる……ううん、もしかして今つくったの?」

 

 アスカルティンと同じくらいの体躯のアーチェルウィリーナ。それらが出てきた方を辿ってみれば、製造ラインらしきものや製造炉らしきものが散見される。この巨体の中にいくつもつくられた機械炉が、体内に入った異物を排除するための防衛機構を今しがた作り出したのだ。

 その数、優に百を超え、五百体ほど。

 まだアスカルティンの顎はアーチェルウィリーナの装甲を食い破れる硬さにまでなっていない。

 

 つまり──ちょっとまずい。

 

「とでもいうと思ったかー!!」

 

 ちょっとまずい、と思ったのは理性の部分だ。今は内側に籠っている、身体の主導権を完全に機奇械怪に渡している理性アスカルティンの方。

 本能アスカルティンこと機奇械怪な彼女にとって、プレデター種な彼女にとって、たとえどれほどのハンター種が群がって来たとしても、それを脅威に思うことなど無い。

 美味しそうなご馳走が食べやすい大きさになった。ただそれだけ。

 

 そして。

 

「別に噛めなくても食べれるって、古い古い、古いふるーいお母さんたちは、知らないんだね!」

 

 近くにいた一体の小型アーチェルウィリーナに噛みつくアスカルティン。

 当然その歯は通らない。だから、その隙を突いて他の小型アーチェルウィリーナが攻撃を仕掛けようとして。

 ()()()()

 

「んぐ……んぐ……」

 

 動揺もするだろう。しっかりと知性を持つ機奇械怪だ。原初種。それをして、全く見たことの無い現象に踏みとどまる。

 

 飲んでいる。

 飲まれている。

 小型アーチェルウィリーナの首。恐らく口をつけやすかった、というだけだろうそこに噛みついたアスカルティンが、何かを、何か、見えない何かを──ごくごくと飲んでいる。鳴らす喉なんてないのに、わざわざ「んぐんぐ」とか言いながら。

 そうして、何かを飲まれた個体は──こてん、と転がった。

 その場に。何の外傷もないままに。

 

 まるで、死したかのように。

 

「ああ──美味しかった」

 

 ようやくここに来て、それは求められていた入力だった。長い間創造主から求められていた入力。

 今、この小さな小さなプレデター種が、何を吸ったのか。何を食べたのか。

 

 もっと早くに知るべきだった。もっと昔に気付くべきだった。

 

「集まってきてくれて、ありがとう。──いただきます」

 

 どうすればそれを食べられるのか。

 344年の歴史のどこかで学んでさえいればと、今更ながらに後悔する。

 

 アーチェルウィリーナは、ようやく危機感を覚えた。

 ようやく()の望む意欲を見つけ。

 

「モード・エタルド──オーバーロード」

 

 その知能を司る部分を、完全に消滅させられるのだった。

 

 

+ * +

 

 

 聖都アクルマキアンではヘイズ、ケルビマ、あとアントニオが。

 ホワイトダナップ後方では奇械士達が頑張っている中。

 

「……はぁ。これも残業……というか、予定外作業と思うと目頭が熱くなるね」

 

 エクセンクリン。ルバーティエ=エルグ・エクセンクリンは、政府塔の一室で端末に向かっていた。

 誰もいない部屋で調べるのは、けれどホワイトダナップのことではない。どころかその端末も既存の技術によるものではない。

 フリスが見たら一発で消滅させられるだろう、前時代……「魔獣」の時代の遺物。

 エクセンクリンが製造された時代のそれ。どこかおどろおどろしいそれで探るのは、彼ら上位者の扱うサイキック……中でも念波の痕跡。

 

 エクセンクリンを騙る何者かからアクルマキアンへの救援の呼びかけがあった、とヘイズは言っていた。それが通信でのものではないことは既に調査済み。ホワイトダナップから外部に発された通信痕跡の全てを洗って確認し、その線を外した。

 なれば次は念波だ。その痕跡を調べるには、相応のものが必要になる。だから、フリスの逆鱗に触れることであると理解しながら隠し持っていた過去の端末を引っ張って来て、今こうして調査をしている。

 どこから発せられたものなのか。誰が発したものなのか。

 

「……西部区画……住宅街? また面倒なところに隠れたな。人間一人一人を見るのは時間がかかるんだ……いや、外縁の……なんだ、登録情報がないな、ここは」

 

 ぶつぶつとぼやきながら、しかし凄まじい速度で痕跡を辿っていくエクセンクリン。

 西部区画。住宅街。外縁側。だが、端末で辿れ得るのはそこまでのようだった。それ以上は現地に赴くしか調べる方法がない。

 

 仕方がない、とばかりに立ち上がった彼。

 

 の、背後。

 

「……なんですか、電力研所長」

「あら、一言も発していないのにわかるのね」

「気配で」

 

 手を挙げることもしないエクセンクリンに拳銃を突きつけるはニルヴァニーナ。

 彼女は──警告も無く、その引き金を引く。

 

 放たれる弾丸。

 それはエクセンクリンの背に直撃し、そのままひしゃげて止まった。

 

「……せーので一斉に、今思ったことを言うってどうですか」

「いいわよ」

「はい。ではせーのっ!」

「──この男、体調不良になったことないしもしかして死なないのかしら、とか思ってたけどまさか」

「──本気で撃つとか頭おかしいだろこの女」

 

 せーの、で。

 互いの本性がバレた。

 

「それで、なんですか? 何か御用でしたら、素早くお願いしますよ、所長さん」

「ここは各部門・班・所長以下の職員の進入禁止区画よ。そこに当然のように入って行った科学開発班の平職員が、私の私有地についてぶつぶつ言っていたら、つい攻撃したくなるのも仕方のないことでしょう」

「……今の、常人だったら普通に死んでましたよ」

「でもあなたは常人ではない。あのね、あなたは上手く人間になりすましているつもりだったのでしょうけど、ここ一年……いえ、二年間でボロが出たのね。あなたの勤務時間と仕事内容、そして端末の稼働時間に齟齬が出ているのよ。特に激しかったのは去年の夏。そして今年に入ってからすぐの辺りにも」

 

 具体的な日付を上げていくニルヴァニーナ。それはたとえば空歴2543年7月20日──メーデーという奇械士が奇械士協会に無理矢理ねじ込まれた日だったり、空歴2544年1月12日……アスカルティンという奇械士が奇械士協会に無理矢理ぶち込まれた日だったり、他にもキューピッドが云々とかフレメアに謎の痕跡が現れた日だったりとか。

 思い当たるものがありすぎて、「あぁ」という諦めの表情を作るエクセンクリン。

 

「最長記録は七十二日の連勤。この間のあなたは、一睡もしていない。一睡もせずに働き続けている。勿論まるで休んでいるかのように『今日は上がる』なんて言って姿を消すときもあるけれど、その間端末は動き続けていたし、仕事もどんどん熟されて行っている」

「あー、はい。まぁ、やんないと終わらないので」

「人間のできることじゃないわ」

「……あのクソ馬鹿厄介無計画とアホ天然仕事中毒のせいと考えると、本当に許せない……」

 

 それはもう大きなため息を吐くエクセンクリン。

 ニルヴァニーナは知らない。一昨年までのエクセンクリンは、ちゃんと人間の範疇で休んでいたし、たとえそれが必要の無いものだとしても、喉から手が出るほどに欲していた。妻子との時間を大事にし、時には妻とデートに行って、時には娘を娯楽施設に連れて行って。

 娘が幼い時には共に寝るために仕事を切り上げて家に帰っていたし、妻の負担を抑えるために休日は家事を手伝い、娘と遊び、父母会などにも参加し……と。

 

 それはもう、それはもう理想のパパだった。それでいて高給取りなのだから言う事は無い。

 

 ただ近年ちょっと、本当にちょっとだけ色々あってボロが出てしまって、最愛の娘をもどこぞの人類の裏切者に誘拐されて改造されて挙句殺されて。

 

 そろそろ彼も、ちゃんと。

 我慢の限界を迎えつつあったのだ。

 

「わかりました。認めます。私は人間ではないし、これよりあなたの私有地に向かおうとしています。──で、なんですか。止めますか?」

「ついていくわ」

「……はい?」

「おかしいことじゃないでしょう。私の土地にあなたが行くのだから、監視者としてついていく。何か問題ある?」

 

 エクセンクリンは考える。

 痕跡を辿った先、つまり念波の発信元には、彼も知らない上位者か、それに類する存在がいる可能性が高い。上位者同士の念波の発信元を騙る、ということは、サイキックに余程造詣が深い必要があるからだ。

 となれば、そこは危険である。

 目の前の存在がフリスのお気に入りであるチャル・ランパーロの母親であるということもわかった。それをむざむざ死地に赴かせて殺したとあらば……まぁ色々と面倒だな、と断ず。

 

 断じて。

 

「申し訳、」

「マグヌノプス」

「──ぇ」

 

 にっこり笑顔で断ろうとした彼に被せるように。

 もっとにっこりとした──見るものを惹きつけるような微笑を湛えたニルヴァニーナが、その名を口にした。

 

「私の夫の姓よ。エスト・マグヌノプス。ホワイトダナップの機械技師だった人。──必要な情報、ではないかしら?」

「……成程。そういうことですか」

 

 エクセンクリンは、その手を取ることになる。

 

 

 

 

 エスト・マグヌノプス。

 彼についての簡単なプロフィールをまとめたデータ。

 

「……夫についての報告書って……なんでこんなもの持ってるんですか?」

「結婚する相手のことだもの。結婚前に調べたわ」

「うわ怖」

 

 まるで警察の作る容疑者のプロファイルのように綴られたソレを流し見ながら、エクセンクリンとニルヴァニーナはそこへ急ぐ。

 本当は念動力で飛ぶか転移した方が早くはあるものの、白昼堂々それをすれば奇械士が飛んでくる可能性もある、という理由でエクセンクリンは自重した。その結果がこの速足である。

 

「ホワイトダナップのメンテナンス……成程、それならいくらでも仕込めそうだ」

「私としては、夫が何の容疑でこれほど疑われているのか教えて欲しいところなのだけれど」

「……容疑としては、身分詐称ですかね。あとは捏造とか?」

「それは、人間ではないあなたの事情に関係している?」

「大いに。そして、ホワイトダナップが今緊急停止している理由にも繋がっています」

「……そこまでだとは思って無かったわ」

 

 エクセンクリンを騙る何者かが救援の呼びかけをしたこともそうだが、救援要請があった、ということにした上層部も怪しい。そのどちらもが同一人物の仕業であれば楽でいいのだが、果たして……なんて思案顔のエクセンクリン。

 

「もし……それが、私の夫の仕業。つまり夫が生きていての仕業だったとしたら……あなたはエストをどうするつもり?」

「解析、あるいは解剖後、処分しますよ」

「……言葉を濁すとか、ないのね」

「濁しても仕方がないので。私は私の生活を守るために、死者であるあなたの夫を殺します」

 

 普段は不和を嫌うエクセンクリンも、こればかりは、と。

 一歩も譲らない姿勢で言う。そうだ。彼にだって生活がある。ならばそれは、死者の都合でどうにかなっていいものではない。

 彼が上位者であることが、些かのファクターにはなってしまっているけれど。

 

「あれよ。あそこ。あそこから先が、私の私有地」

「……こんな区画が」

 

 そこは。

 そこはつまり、やはり、彼の墓だ。エスト・ランパーロ。いや、エスト・マグヌノプス。

 外縁の風吹きすさぶ静かな場所。

 

「『英雄、ここに眠る』……?」

「あら、知らない? 空歴2528年。今から16年前にあった、未曽有の事件」

「……その年は」

 

 その年は──他に大きな大きな事があったので、上位者にとっては人間の云々など気にしてはいられない年だった。

 

「ホワイトダナップの機関部に機奇械怪が複数入り込んで、次々と機械技師を殺して回った事件。丁度強い奇械士が島外作業に出張っていて、なんとか全ての機奇械怪を壊し切った頃には、機械技師の七割が死んでいた」

 

 空歴2528年。

 あのフリスが、クリッスリルグ夫妻に見つかった年なのだ。

 

「聞けば甚大に聞こえる被害も、けれど七割で抑えきったとみる事も出来る。それを成したのがエスト。娘が生まれてすぐのことよ。彼は機械技師達を避難させ、その上で機関部に一人残って、航行に必要な主要設備を傷つけさせないよう立ち回って──その果てに、死んだ」

「……成程、それで英雄と」

「ええ、だから、自慢の夫なの」

 

 エクセンクリンは──けれど、感じ取っていた。

 あるはずのないものの気配を。

 

「……それを聞いた上で、言います」

「……」

「あの、お墓」

 

 指を差して。

 

 

「──今から掘り返しますが、止めますか」

 

 

 その問いに──ニルヴァニーナは、苦く笑った。



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飽きる系一般上位者

 当然。

 

 原初の五機がその程度で壊れるはずがない。

 頭部、その中でも中枢──AIの部分を失ったアーチェルウィリーナは、しかし即座にその部位を作り直す。自己改造による自己修復。原初より稼動し続ける五機のそれは最早反射の域にまで至っている。ただ入力として、知能機構を壊されたから直した──それだけのこと。

 そして、己に破壊を齎したソレに対し、攻撃を仕掛ける。

 炎弾。口からではなく、頭部から発射された炎の散弾は、エタルドを使用した下手人たるチャルを捉える。

 が、チャルも今まで何もしてこなかったわけではない。まるでどこに何が来るのかわかっているかのようにそれら散弾を空中で避け──。

 

「あ、マズ──」

 

 個人用飛空艇が完全に破壊された。

 

 落ちていくチャル。向かう先は獄炎。アスカルティンのような耐熱装甲を持つでもないチャルでは、瞬く間に丸焦げになってしまうだろう未来が見える。

 ああ、憐れ飛べない人間。かつては飛べない鳥として名高かったカタチに対し、為す術もなく。

 

「っとと、任せろ!」

「うぐぇっ」

 

 否、為す術はあった。

 空を翔ける者がいた。それはチャルが飛ぶ手段を失ったとみるや否や、彼女を制止していたアレキを振り解き、己が武器を取ってここまで突進してきたのである。

 

「人間はとりあえず全部助けろ、特に女とガキは助けろってヘイズが言ってたからな。女でガキのお前は助けるべきだ。そうだろ」

「ありが、ぐぇ、あの、襟、ぅぐ」

「あ? 苦しいか? 痛いのか? ……ヘイズに見せねえとわからねえけど、とりあえず逃がすぞ」

 

 苦しませているのはスファニアなのだが、それでもチャルの窮地は救われた。 

 アーチェルウィリーナに対し完全に背を受け逃げの姿勢に入っているスファニア。当然だが逃がしてはならないとアーチェルウィリーナが飛び上がり──コケる。

 それはもう、綺麗に。すってんころりんと。

 

「ちょ──そういうことやるなら言ってよ! 中にいる私のこと考えてー!!」

 

 アーチェルウィリーナの内側から声が反響する。彼女が入ったはずの翼の付け根付近……ではなく、胴体の底の方から聞こえたあたり、中は大変な状態にまでシェイクされたことだろう。

 

「ああ、ごめんなさい。次から考えて打撃する」

「そこじゃなくて! 合図!!」

 

 その声に返事をしたのがアレキだ。

 当然、アーチェルウィリーナを転ばしたのがアレキなのだから、近くにいてもおかしくはない。飛び上がったその瞬間を狙い、片方の足に超威力の打撃を入れた。

 

 ただ、それだけ。

 けれど……もうそろ、誰かが思う事だろう。速さ。力。それが装備によるものだけでなく、明らかに何か、異質な、成長と呼ぶにも烏滸がましい変化を見せ始めていると。

 その変化はつまり──"英雄価値"に。

 

「スファニア、チャルを返して」

「あ? う、ぉ!?」

 

 先程までアーチェルウィリーナのそばにいたはずのアレキが、いつの間にかもう、空中のスファニアにまで追いついている。追いついて、彼女からチャルを奪った。その時の力があんまりにも強かったものだから、スファニアも驚愕の声を上げる。

 そうして見事掴み取った戦利品……もといチャルを姫抱きにし、地上へと降りるアレキ。

 スファニアに襟首を掴まれて振り回されていた事で息も絶え絶えなチャルは、けれどそれ以前に"息も絶え絶え"になっていたことをアレキは見抜いている。

 

「エタルドのオーバーロード。あれ、使う必要あった?」

「……奥深く、だったから」

「穴さえあけてしまえば、私やスファニアが攻撃できた。なんであんな無茶したの?」

 

 "華"と"種"から《茨》が出て、互いに絡み合う。行われるのは譲渡。生命力の譲渡。

 エタルドのオーバーロードはいとも容易くチャルを瀕死の状態にまで追い込んでいた。

 

「それに、オールドフェイスなんかいつ……」

「アルバートさんにね……ん、ぅ……貰ったんだ。出立する、直前くらいかな」

「……何やってるんだか、あの人は」

 

 命の光。

 それを受けて、見る間に回復していくチャル。対しアレキに変化はない。特に何でもない、といった顔で譲渡を行っている。

 

「……チャル。フリスのことで、動揺するのはわかるけど」

「あ、ううん。違うよ。フリスについては……まだ、色々思うことあるけど、そういうことで無茶したわけじゃない」

「無茶の自覚はあったと」

「う」

 

 譲渡が終わる。互いの《茨》が体内に戻っていく。

 その過程でアレキの腕に傷が付き、少しばかりの血が流れた。

 

「それで、倒し方はわかった?」

「うん。体内にあるものは、多分どこを壊しても再生する。自己改造……自己修復というので、簡単に。そこはアスカルティンさんに任せるしかないと思う」

「ええ。適任でしょう」

「だから私達のやるべきは、アーチェルウィリーナの足止め……というか、あの足を使えなくさせる事。そして、自己修復を起こさせ続けること」

 

 機奇械怪の自己修復は無限ではない。

 己が保有する素材の中から修復に使えそうなものを選び、それを加工してから修復素材として用いる。だから当然、保有素材がゼロになれば修復は行えない。巨大であればあるほどに保有素材は多いだろうが、それでもやはり無限ではないのだ。

 

「つまり、力業で叩き続ける、と」

「おお! 俺の得意な奴か」

「あ、スファニアさん。さっきはありがとう」

「あん? 何がだ?」

 

 空中ダッシュから帰って来たスファニアが話に混ざる。

 果たして混ざる気があるのかは謎だが、混ざる。そしてぺこりと頭を下げたチャルに対し。

 

「何って、助けてくれたこと……」

「俺は機械から人間を助けただけだぞ。謝られても困る」

「あ、いや、謝ってるわけじゃ」

「そんなことより、アレどーするんだ。なんか怒ってるっぽいぞ」

 

 本当らしかった。

 立ち上がったアーチェルウィリーナがダンダンと脚を踏み鳴らし、その巨翼を大きく大きく広げ──アレキに対し威嚇するようなポーズを取っている。

 そして、「今にも駆け出しますよ」というような前傾姿勢になった。

 

「アレキ、私をおんぶして!」

「ええ」

「スファニアさん! 私とアレキが通った所の装甲は全部脆くなってるから! そこをガンガン攻撃しちゃって!」

「おう、簡単だな!」

 

 時が来る。

 怒り心頭なアーチェルウィリーナが地面を揺らしながら駆け出した──その時には、アーチェルウィリーナの身体にアレキが貼り付いていた。燃え移らんとする炎。それらを剣圧で吹き散らしながら、黄金の金属の表面を駆け始める。

 

「モード・エタルド……極小版!」

 

 それはさらなる絶技だった。

 フリスが設定した「《茨》側の操作による消費体力の小分け」は、けれど多くて三回に分けて、が限界。それを想定した《茨》への入力。

 けれどチャルは《茨》を調伏し、更なる少なさ──極小単位での体力消費を可能とした。その精密さ、緻密さは、オルクスから吐息を零すが如く。

 

 モード・エタルド/吐息(エッセルブ)

 完全にフリスの想定外の使い方。

 銃口付近にあるだけで、あらゆる機奇械怪の装甲板は脆くなっていく。朽ち果てるまでは行かずとも、弱く脆く、ぶち抜きやすく。

 チャルを抱えたアレキが縦横無尽に走り回れば走り回る程、アーチェルウィリーナの黄金はその輝きを失っていくのだ。

 

 なれば。

 

「モード・エスレイム」

 

 その身体に、めきょ、と大きな凹みができる。

 まるで隕石か何かが衝突したかのようなへこみは──矮小な存在が引き起こしたもの。

 先程までアーチェルウィリーナの装甲に阻まれ、炎によって焦がされるだけだった存在が、アーチェルウィリーナの腹に大きな大きな傷をつけたのだ。

 

 モード・エスレイム。

 槍先に当たった対象に衝撃を浸透させ、内側から破壊する実体のない射出装置(ヴォイド・パイルバンカー)

 この際何が射出されているのか、何が衝撃波を出しているのか、スファニアには一切わかっていない。

 

 けれどそれで、確実なダメージが入った。

 

 混乱。動揺。

 体内のバグだけでも許しがたいのに、外の装甲まで。

 アーチェルウィリーナの思考。優先すべきは外の装甲。内側に差し向けていた掃除屋を回収し、外に当てる。補充する。

 

「モード・エスレイム」

 

 ──だが、あぁ、それすらも破壊される。

 この程度の衝撃でどうにかなるはずがない。344年の歴史が物語るアーチェルウィリーナの装甲は、今の今まで何物にも破られた事は無かったのに。

 今ここで。

 たった四人の小さきもの達に、崩されようとしている。

 

 死。

 

 悲しいかな、原初の五機の中でもっとも頭の悪いと言えるだろうハンター種であるがゆえに。

 アーチェルウィリーナは、最悪の選択肢を取る。

 

 ──"たすけて!"

 

 だって、あなたが呼んだのだから。

 遠くにいたわたしたちを、あなたが呼びつけたのだから。

 わたしたちを作った創造主。偉大なる父、アイメリア。

 

 ならばどうか。

 

「興覚めだよ、アーチェルウィリーナ。認識コード・リクカサト。君なんかが原初だったから、ハンター種の機奇械怪は進化できなかったんだろうね」

 

 ああ、なんて。

 冷たい、つめたい、声──。

 

 

 

 

「──やっと出られました」

「あ、アスカルティンさん。よかった」

 

 唐突に動かなくなったアーチェルウィリーナ。火も燃え終わり、今はただ、所々が凹んだ黄金が夕陽に照らされているのみ。

 そのあまりの唐突さに壊れた事を信じ切れず、色々つついて回っていた時の事。

 頭部付近に来た段階で、突然ボコッと黄金が吹っ飛び、アスカルティンが出て来た。

 

「ああ皆さん。お疲れ様です」

「アスカルティン、内部はどう? アーチェルウィリーナはまだ生きてる?」

「いいえ。どうやらアーチェルウィリーナは外部からの入力によって停止したみたいですね」

「外部からの入力?」

 

 機奇械怪を停止させる入力。

 そんなものはない、とは言い切れないチャルとアレキ。何故って彼女らは、見ているのだ。

 

「再建邂逅の人達が機奇械怪になっていって……でも突然止まった時も」

「ええ。恐らく」

 

 アスカルティンとしてはいい迷惑でもあった。

 本能の赴くままに食事を楽しんでいたら、突然味がしなくなって、そのまま瓦礫の山に圧し潰されて。無駄に硬い、無駄に重い素材を使っているものだから、中々思うように動けず、なんとか隙間を縫ってようやく、といったところ。

 その間に本能は鳴りを潜め、理性たるアスカルティンに交代している。丸投げである。

 彼女は理性的なので、アーチェルウィリーナの残骸から外に出る前に皮膜(スキン)を再生成していたから、結果オーライではあるのかもしれないが。もし本能のまま出ていたらと思うと。

 

「しかしこれ、もしかして余裕なのでは?」

「何が?」

「いえ、原初の五機というのですから、もっと苦戦するかと思ってたんです。でも、なんだろう、シンプルに硬い、シンプルに近づき難い。ただそれだけで、搦め手を使ってくるわけでもなし、この前の白い繭みたいな厄介すぎるものでもなし」

「……油断はするべきではないと思うけど、旧式なのは確かかもしれない」

「原初、だもんね」

 

 慣れ過ぎている部分はあるのかもしれない。

 彼女らは知らぬことだが、既存の機奇械怪では辿り着けなかった、人間(ミケル)のアイデアを入力された個体。それが最近彼女らが相手にしてきた機奇械怪だ。その機構は複雑で陰湿で、とてもではないが野良の機奇械怪に再現し得るものではない。

 

 拍子抜け。

 その一言に尽きる。

 

「おい、ガキ共」

「スファニアさん。そういえば、火傷は大丈夫?」

「火傷? なんだそれ。いや、そんなことどうでもいい。俺は帰るぞ」

「帰る?」

「ヘイズのとこだよ。戦いはもう終わっただろ」

 

 その言葉に。

 

「いえ、あと四体残ってる」

「まだ一体目だよ、スファニアさん」

「もう後続が来ていることはアリアさんからの通信でわかっています。私の鼻にも引っかかってますので」

「……そりゃだるいって」

 

 口の悪さは──ヘイズ譲りか、それともスファニア本来のものか。

 

「ま、まぁ、多分私達は一度下がらせられるから。奇械士は外にもいっぱいいるから、ね?」

「ええ。私達は一度ホワイトダナップまで戻って、休憩」

「……私とスファニアさん、入れてもらえるんですしょうか」

「その辺りはケニッヒさんがちゃんとやってくれると思うよ」

 

 そんな感じで。

 なんだか、あんまりにも手応えなく──原初の五機の一体目は討伐された。

 強くはあったが……なんだかな、というのが皆の感想であり。

 

「ごめんね、僕もここまで堕落していたとは思ってなかったんだ。次はちゃんとしたのを用意するよ」

「え?」

 

 誰かの声が。

 

 

+ * +

 

 

 さて、また時を遡って。

 

「──よぉ、マグヌノプス。初めましてだな。俺はヘイズっつー上位者だ」

「ケルビマという」

「……アイメリアのお気に入りに、ホワイトダナップの守護者か」

 

 邂逅。

 マグヌノプスを囲っていた上位者の全てを殺し終え、ようやく三人は出会う。

 

「我はマグヌノプス。星を癒し、守る者。上位者を名乗る"腫瘍"。アイメリアという"病魔"。……我は貴様らを許さんぞ」

「許さなくて結構。それより、俺はちょいとお前と話してみたかったんだ」

「おい」

「まぁ待てってケルビマ」

 

 槍を地面に刺し、適当な瓦礫に座るヘイズ。ケルビマから上がる抗議の声を制止して、彼は膝に肘をついた姿勢で──問う。

 

FLEIMEARICE(フレイメアリス)。この名前、アンタが作ったんだよな。後世に残るように」

「……ああ、そうだ」

「こいつからEIMERIA(アイメリア)を除けば、FLICE(フリス)になる。アイメリアの方が昔に名乗ってた名前なんだろ? アンタはアイメリアの名が後世において消えてしまう事を恐れ、この隠し名を作った」

「それがなんだ」

FLICE(フリス)は、誰だ。アンタが隠し名に使った、そして今奴が名乗っているフリス。こりゃ誰の名だ?」

 

 少なくともフリスはフレイメアリスを名乗っていない。それはマグヌノプスが呼んだ名であり、同時に架空の神でしかない。

 だが、そうなるにはおかしな点がある。

 アイメリアがフリスと自らを定めなおした理由。

 

「……」

「おいおい、今更だんまりは無しだろ。『悪魔』の時代に生まれたアンタが、『ゾンビ』の時代、『精霊』の時代、『魔獣』の時代、そして『機械』の時代のそれぞれと自らを繋いでまで語り継いできたフレイメアリスの名。何か意味がある。誰か強い強い、忘れたくない誰かの名前。そうじゃねえのか?」

「……それは」

 

 マグヌノプスがようやく重い口を開く──その前に。

 

「あのね、そういうの本人のいないところでやった方が良いよ。僕聞こえてるからそれ」

「ッ、アイメリア……!」

 

 声。石と金属と蝋の球体の中から、なんとものほほんとした声が響く。

 それは確実にフリスの声で。

 

「そりゃ聞こえるようにやってんだから当然だろ。聞かれたくなかったら場所移すっつーの」

「ああ、そうなんだ。で、フリスが誰の名前か、だっけ。別に隠し立てすることでもないから教えてあげるけど、僕の名前だよ」

「んなこた知ってるよ」

「ああ、そうじゃなくて。アイメリアは種族名なんだよ。僕がこの星に着弾した時に名乗っていた名前。ほら、あるでしょ? 『我々は宇宙人だ』みたいな。僕も倣ったのさ。『やぁ、僕はアイメリアだよ』ってね。その時マグヌノプスはまだ生まれてなかったけど、メガリアがそのままそういう入力をしたんだろうね、彼に」

 

 ならば、と。

 ヘイズがマグヌノプスを見る。先ほどまで重い顔をしていた理由は。

 

「彼が答えられなかったのは簡単だよ。知らないからさ。フリスは、まぁ意味はあるけど、普通に僕の名前。別にこれに縛られているわけでもないから別の名を名乗ることもあるし、またフリスになることもある。マグヌノプスが僕をフレイメアリスと呼んだのは、"フリス=アイメリア"という種族の等号を忘れさせないためなんじゃないかな」

「……お前さ、無計画なの昔からなのな」

「そりゃ誰だってやってみたいでしょ。別の星に来たら、ワレワレハウチュウジンダ、の件りはさ」

 

 溜め息は二つ。

 勿論ヘイズとケルビマから。

 

「そもそもの話だけど、そこにいるソイツ、そこまで頭良くないよ。今は老人の姿だから思慮深く見えるかもだけどね、結局はマグヌノプスだ。星が僕を排斥するために作り上げた集大成(マグヌノプス)。だから当然、この星にいる間の運命は僕とソイツを引き合わせ続ける。封印してこれで解放される、なんて思った僕が馬鹿だったのは認めるよ。まさか《茨》で封印した後、各時代の各地にマグヌノプスの影があった、なんて思わないだろ」

 

 言われ放題のマグヌノプスは、しかし黙したまま。

 球体をじっと見つめて動かない。

 

「僕が何か新しいことをしなければ、ソイツも新しい事が出来ない。その上でソイツは策を弄さなきゃ僕を倒せず、弄した所で──ホラ」

 

 ピシ、と球体に罅が入る。

 地面に張っていた《茨》が崩れて消える。

 まるで卵が孵化するように。

 

 封印は──ただの球体は割れ砕け。

 

「はい」

 

 中から、《茨》を波立たせて操るフリスが降臨する。

 

「やっぱ出られんじゃねーかてめぇ」

「そりゃ出られるさ。出るのは簡単なんだよ。単純に固定されていただけでさ。それもホラ、内側から力を込めて排出しちゃえば終わり。つまらないね」

「……アイメリア」

 

 マグヌノプスはまた、大砲を構える。

 まるで万策尽きたというかのように。

 もう一度焼き増しを行おうとしているかのように。

 

「原初の五機も、これだけの間放置しておけば何か変わるかな、と思っていたけど……期待外れもいいところだった。人間からの入力だけで機奇械怪が進化することはもう望めないのかもね」

「おお待て待てフリス。諦めんな。その言い方だと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っている風に聞こえんぞ」

「うん。そう言ってる」

「──時代を終わらせる気か、フリス」

 

 ずっと黙っていたケルビマが、そう問えば。

 

「そうだね、今の今までそう思っていたけど──どうかな」

 

 フリスが湛えた微笑みは、誰もが見たことの無いものだったかもしれない。

 それはようやく彼が表に出した、鎌首をもたげる無計画性の一端。今まで内面でしか見せていなかったそれを、表情として出力して、言う。

 

「うん。決めた。『機械』の時代はさっさと終わらせて、次は『機械と人間』の時代にしよう」

 

 よっこいしょ、とフリスが球体から出て、降りて。

 

 

 おもむろにマグヌノプスの額を《茨》で貫いた。

 

 

「──!?」

「ア、イメ……」

「えーと、残ってる国は、ジグとエルメシアか。エルメシアはヘイズの言ってた実験……"英雄価値"の遺伝に使うとして、鎖国中のジグはどうするかな。次なる舞台にするのもいいんだけど……ん-、まぁ中身を見てから決めよう。面白そうだったら遊ぶし、面白く無さそうだったら潰してポイ、だ」

「おいフリス、マグヌノプスを殺したら……」

「あぁ、まぁ誰かに生まれ変わるだろうね。でも今のままじゃ絶対に僕には勝てないからさ。一度星の中に戻って、再入力受けてきてくれた方が期待値高い、みたいな。それに、奴が生まれ直すまでの間は、チャル達も奴からの干渉を受けないし」

 

 伸びていく。フリスから《茨》が、ざわざわ、ずるずると。

 まるで聖都アクルマキアンを覆うかのように。

 

「あ、ヘイズ。アクルマキアンの人間は残しておく?」

「……ああ、頼むわ」

「おっけー。ってあれ、アントニオ?」

「ああ、奴には上位者の掃除を手伝ってもらったからな。俺も後に手合わせをしてみたい。残しておけ、フリス」

「え、ケルビマあいつを気に入るんだ……。アントニオが受け入れられているの、僕初めて見たよ」

 

 遠方で、「ぬっ、植物、いや、ぬ、ォォォォオオオ!?」なんて悲鳴が聞こえたけれど、気にせず。

 マグヌノプスを殺した事なんか本当に些事であるかのように、フリスはコトを進めていく。

 

「ケルビマ」

「なんだ」

「アスカルティンの育成って、どれくらいかかった? ちゃんと戦えるようになるまでさ」

「そこまでの時間は要していない。育成といっても機奇械怪の前に放り出すだけだったしな」

「それであそこまでのが出来上がるなら楽だけど……まぁアスカルティンはアスカルティンだからこそ、か。えーと次。フレシシとガロウズは……うーん。まぁ保留。次。モモだっけ? エクセンクリンの子供」

「ああ」

「まぁアレに関して僕がなんかするとエクセンクリンが怒りそうだからいいや。次は……スファニアか。ヘイズ、スファニアは」

「ゾンビだよ。俺の製造された時代と同じ産物。……消すか?」

「いや、いいよ。それも面白い」

 

 次々と何かを確認していくフリス。

 その間にも《茨》は増え続け、伸び続け。

 

「あ、あとピオ。そしてチャル達、と。うん。これで全部かな」

「何の確認だったんだ?」

「次の主要登場人物」

「……はあ?」

 

 認識コード・オディヌ。

 

 フリスがそう呟いた瞬間、全ての《茨》が眩い光を伴ってフリスへと戻る。

 そうして。

 

 そうして、全てが消えた。

 

「おい何してんだ」

「まぁ待ってよ。僕は全知全能じゃないんだってば。大きな事をやるには手順が必要なの」

「大きな事?」

 

 完全な更地となった聖都アクルマキアン。

 その上にまた《茨》を敷いていくフリス。この辺りはヘイズもケルビマもガヤになるしかない、フリス固有の領域。

 

「リストアポイントをね、作っておいたんだ。スタンピードとかやったら後々の作業が面倒になるってわかりきってたからさ」

 

 造られていく。

 ヘイズ達の視界で、《茨》がまるで建造物のように盛り上がり、何かが造られていく。

 

「僕にしては珍しく計画性を持った行動だったってわけ。で、まぁ死んだ命は蘇らないから、全部機奇械怪に置き換えて。スペックはまぁ、簡易でいっか」

 

 そして──。

 

「はい、完成」

 

 また、《茨》が戻る。

 そこには──聖都アクルマキアンがあった。

 

「……」

「……こりゃ」

「二週間と三日前の聖都アクルマキアン。人間の欠けは僕じゃどうしようもないから機奇械怪で代用して、建造物や構造物は全部元通り。ついでに」

 

 ついでに、聖都アクルマキアンの外。

 ゴミ山のように盛られ、しかし修復された機奇械怪達が、のそのそと元の場所に戻っていく。

 

「自身の生息地への帰還命令と、そこに付いたら二週間と三日前まで入力データを消去させる命令を入れてある。自分たちはスタンピードになんて参加しなかったし、聖都アクルマキアンを襲ってもいない。まぁ何故か長期間の記憶がごっそり抜けている。そんな感じ」

「それはそれで十分な入力な気もするが」

「まぁね。ああそれと、上位者は無理。モルガヌスがデッドヒートで製造を頑張るくらいしないと、アクルマキアンの上位者百人は戻ってこないから、しばらく行政とか諸々が大変かも」

「ま、そりゃアイツらの失態だ、仕方ねえよ」

「先に戻ってるバンキッド達を上手く使って。……と、こんなところかな」

 

 フリスは──額を貫かれ、だらんと手足を下げているマグヌノプスに近づく。

 近づいて。

 

「次を期待しているよ、マグヌノプス」

 

 その手で、彼を──。

 

「……」

「……あん? 今何が起きた?」

「消えたように見えたが」

 

 まだ死に切ってはいなかったマグヌノプス。

 それが最後の力を振り絞って逃げた、とでもいうのか。

 彼は、三人の前から忽然と姿を消した。

 

「大丈夫。時代の搾りかすが、搾りかすと添い遂げるってだけだから」

「?」

「それよりヘイズは生き残った人間への説明頑張ると良いよ。すべては夢だった──みたいなさ」

「……うへぇ。無理があんだろ、そりゃ」

「ああ、アントニオは多分どっかの地面に縛りつけてあるから、適当に探して」

 

 とまあ、ここまでが。

 聖都アクルマキアンに起きた、十七日間の悪夢、である。

 

 

+ * +

 

 

 そこは遠い場所。

 

「……久しぶりだね、マクガバン」

「……貴様、は、誰だ」

「おや、喋れるとは思って無かった。額に穴が開いているのに……恐ろしい生命力だ」

「我は……知らぬ。貴様を」

「だろうね。君と彼は大本と端末、みたいな関係なんだろう。ボクに色々なことを教えてくれた彼は、君の駒でしかなかった」

「待て……」

「待たないよ。これはボクの、何の意味もない感傷だから」

「──……エ、フィーナ……か?」

「!」

 

 それは。

 遠い遠い昔のお話。

 



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一般上位者について語る一般裏切者と一般機奇械怪達

 ルバーティエ=エルグ・モモ。

 それが彼女の名前である。彼女はルバーティエ=エルグ・エクセンクリンの娘として生まれ、育ち。

 

 そして死んだ。

 なんでもないある日の夕方、彼女は誘拐され、肉体を機奇械怪と融合させられた。

 適合者第一号。そんな無骨な名前で呼称され、性能テストとして街に放たれ、けれど隙を見て脱走して。

 

 戦い方の一つも知らない、人を疑うことも、殺すこともしたことの無い彼女の波乱に満ちた逃走劇は、ケルビマ・リチュオリアとの出会いの果てで──結局、捕らえられることとなる。

 彼女を誘拐したのも、彼女を機械と融合させたのも、彼。そして彼女のあずかり知らぬ話だが、彼女を再度捕まえたのも、彼だ。下手人はどこぞの金属球だが。

 

 彼。

 ミケル・レンデバラン。

 165年、大なり小なり事件はあれど──私怨での事件はあれど──人類に仇為す程の裏切り者を産まなかったホワイトダナップが生み出した、最上級の"天才"。

 

 さて、モモは今。

 そんな彼と対面している──。

 

 

 

「──まずは、だ。お互いの立場をはっきりさせるとしよう。私はミケル・レンデバラン。奇跡と叡智の産物たる機奇械怪を研究する研究者であり、また、この神無き世に神を降臨させんとする聖職者でもある」

「はあ。私はルバーティエ=エルグ・モモ。貴様に殺された……被害者で、上位者の手によって蘇生し、今や機奇械怪となった……一般人だ」

「あ、儂の番ですか? 儂はガロウズ・リチュオリア。普段は偉そうな言動してますがの、この中じゃモモ殿に次ぐ若造でしての」

「初めましての方は……実はいないんですねぇ。私はフレシシ。フリスのメイドをしてたんですけど、最近放置気味で」

 

 ここはどこかの部屋。

 ホワイトダナップのどこかにある部屋。

 

 外ではまだ原初の五機と奇械士達が戦っていたりするけれど、そんなことはどこ吹く風。

 今ここに、ホワイトダナップに潜み住む機奇械怪と、あと完全裏切り者の座談会が始まろうとしていた。

 

「初めに言う。私は場違いだろう」

「何を言ってるんですかぁ。エクセンクリンへの温情とはいえ、フリスが造った久しぶりの人型機奇械怪ですよぅ? レアリティ高い事自覚してくださいよぉ」

「それなんですがの姉上。今しがた聖都アクルマキアンに超大量の姉妹が発生したみたいですぞ。ああ、無論、我々には遠く及ばない性能ですが」

「……それどこ情報ですか?」

「ホッホッホ、儂には儂の情報網がありましてな」

 

 モモは自らを場違いだ、と思っている。先のリチュオリア家でのそれもそうだが、モモは本当に一般人なのだ。

 奇械士でもないし、機奇械怪の知識もあんまりないし、フレシシやガロウズのような誰かを害する機能も……搭載されてはいるが、使った事が無い。

 対し、ここに集まる面々の黒さといったら。

 人間を殺すことに躊躇の無い機奇械怪二人。人間を殺すことに感慨さえない裏切者一人。最後の一人に至っては自分を殺した相手だし。

 ただ、それについては多少曖昧な部分がある。モモが覚えているのは金属球によって捕らえられた所までで、気付けば機奇械怪に生まれ変わっていた。それで「君は死んだ。けれど君の父親が僕に泣きついてね、彼とは友人だからああなにするのさエクセンクリン」とか何とか言って、自らが死んだことを知らされた。

 

「よし、立場が明確になったところで──話し合おう。第一回、彼の神フレイメアリス対策委員会だ」

「あ、そういう名目なら、私はパスでお願いしますよぅ。私、フリスの敵側に回りたくないんで」

「儂も席を外しますかの。フリス殿から『一応みんなに共有しておくね』なんて文言と共に送られてきた連絡先でしたから、何かと思って追加した次第でしたが……そういう話であれば遠慮しますじゃ」

「貴様の言う事、為す事に私は興味が無い。解散でいいか」

「まぁ待て待て。そっちの機奇械怪も転移しようとするな。まずは私の崇高な計画を聞いてからにしたまえ。乗る乗らないはその後決めればいい」

「聞いても聞かなくても乗らないので関係ないですよぅ」

「儂、別にフリス殿やケルビマ様に反抗心とかないですからの」

「ああ、すまないがフレシシさん。私は転移がまだ……」

「あ、勿論勿論。ちゃんと送りますよ」

「聞いてからにしたまえ!!」

 

 一応挟まれた茶番。

 そう、一応だ。何故って通信の名目に「上位者について考える会へ参加はいかがですか?」なんて文言があったのだから、皆一応意見らしきものは用意しているはず。

 

「改めて。そも、使徒、上位者……それらで呼称される彼らは何なのか。これを考える会を開きたいと思う」

「初めからそういえばいいのに」

「第一に──彼らは自らを上位者と名乗っている。それは何に対してか。機奇械怪か、人間か。ここはやはり人間だろう。それはそのはず、彼らは不壊の身体を持ち、転移や念動力を自在に操り、老いる事も朽ちる事もない。これを上位者と呼ばずして何が上位者か、と言わんばかりの性能だ」

「まぁ、そうですな。儂ら機奇械怪にとってもケルビマ様達は上位存在。勝てるビジョンどころか、敵対したその瞬間には停止させられてゴミ捨て場にポイ、でしょうなぁ」

「父にそのような印象は無いが……」

「そう! そこなのだ!」

 

 ぐい、とモモに詰め寄ったミケルの足に足を引っかけるガロウズ。転ぶミケル。

 何事も無かったかのように話は続く。

 

「つまりだね、私が議題に挙げたいのは、何故彼らは人間社会に身を潜めているか、なのだ」

「……ふむ」

「ほう?」

「彼らは絶対的な力を持つ上位者だ。なれば統治すればいいとは思わないか? 私達人間を、陰からではなく表から堂々と。人間を容易く殺し潰せる力があり、老いず朽ちずにある存在。指導者として、統治者としてこれほど優れた存在はいまい。だが、彼らはそれをしない。それは何故だろう」

 

 思ったよりもマトモな話題提供に、ちゃんと考えるフレシシとガロウズ。

 その姿を見て、モモも考えてみる。

 

 父エクセンクリン。

 彼は端的に言って、凄く良い父親である。長期家を空けることも珍しくはないからそういう意味で寂しい思いをしたことは何度かあったけれど、そう思った日の次の日には「ようやく帰って来れたよ……」なんて言って自分を抱き上げて、ホワイトダナップの色々な所に連れて行ってくれて。

 成人して尚もそういうことをしてくる事には少しばかり辟易したけれど、やっぱり良いお父さんで。

 

 そんな彼が、上位者。母も自分も普通の人間なのに。

 

「普通に考えたら、統治したら余計な入力になっちゃうから、ですかねぇ」

「入力と」

「はい。彼らは自分たちの手に依らない機奇械怪の進化を望んでいるので……」

「しかし、別に統治をしていたとして、矢面に立つのは人間。他国を見れば行政に深く上位者が食い込んでいる国もありますし、入力が原因とは考えづらいですな」

「であれば、なにが思いつくだろう──どうかな、モモ君」

「……私に振るな。私はその上位者のこともほとんど知らないんだ」

「知っている限りで良い。わかる限りでいい。思ったことを思ったままに頼もうそれが会議というものだ」

 

 ちょっとどころではない嫌悪感がミケルにあるため、どうしても拒絶気味になってしまうモモ。それでもと食い下がるミケルに、普通に人の良いモモは折れる。

 普通の、一般人の、良い子なのだ。ちょっと覚悟が決まり気味なだけの。

 

「……単純に考えて、その"余計な入力"というのが違うのであれば……上位者という存在に制限を課している存在がいる、と考えるのが普通だろう。できるのにやらないのは、やってはいけないとされているか、やったら損失になるからのどちらかだ。今回の場合、やったら損失になる、が余計な入力であるなら」

「誰かしかに制限を受けている、と。上位者。人間を、機奇械怪を上回る存在に制限を課す者がいる。──良い意見だ、モモ君」

 

 制限。

 上位者を縛る存在。

 

「それがフレイメアリスこと件のフリス君であると私は睨んでいるが、どうかね、君達」

「あ、それは違うと思いますよぅ」

「何故?」

「フリスは制限をして行動を縛るより、全部明け透けに話した上で踊らせて、対象がどれを選ぶかを見て楽しむっていうタイプですから。まぁ選択肢の中にバッドエンド一直線な選択が七割くらいの確率入ってるんですけど」

「あの御方は、面白ければそれでいい、という方ですが……面白くなければ掃いて棄てる、という方でもありますからのぅ。上位者に何か制限を課してしまっては、面白くなくなってしまう。いえ、面白さの幅が減ってしまう。ですから、フリス殿は違うと思われますがの」

 

 その考えが。

 その思考がもう、上位者だ、と。モモは思った。

 上位者の上位者がフリスではないのに、そういう考えを持っているということは。

 

「上位者の制限者ではない……フリスという人は、上位者の枠組みの外にいる?」

「……我々が長年かけて辿り着いた所に一足ですか。ほほ」

「ううん、これは中々……って、ガロウズはまだ全然生きてないじゃないですか」

「ほっほっほ、まぁ記録を見た程度ですからの」

「議題が少し逸れているが、それはそれで良しとしよう。ではフリス。彼の存在についての知見を窺いたい。彼は何だろうか。何者だろうか」

 

 ホワイトボードを裏返すミケル。モニターもあるのに何故かホワイトボードが使われている。ついでに言うと、レンズを外した眼鏡もかけているミケル。普段はかけていないので、形から入るタイプなのかもしれない。

 

「うーん。フリスは……私を作った存在でぇ」

「私も一応、彼に作られた機奇械怪になる、か」

「儂はケルビマ様ですからの。ですが、型番としては姉上の後続機ですじゃ」

「型番……。私は自分の……そういうものをよく知らないが」

「あ、モモさんは私達とはちょっと違う種ですよぅ。スペックは最新ですけど、あまり戦闘に特化していないというべきか」

「エクセンクリン殿が『余計なものを付けたら許さない』と脅した、などとケルビマ様から聞いておりますぞ」

「父が……」

 

 そういう事を聞くと。

 

「ふむ……そういう日常会話的な話を聞くと、彼らの力関係がわからなくなるな。このホワイトダナップにいる上位者はケルビマ・リチュオリア、フリス、そしてルバーティエ=エルグ・エクセンクリン。内フリスを枠組みから外したとして、ケルビマ・リチュオリアとルバーティエ=エルグ・エクセンクリンは単なる上位者だろう。彼らは対等なのか?」

「少なくとも気の良い友達のように接している風に見えますねぇ。記憶を共有しているから、というのもあるかもですけど」

「ケルビマ様はお二方に遠慮などはなさっていない様子ですからの」

「力関係とか、フリスはあんまり気にしなそうですけどねぇ。興味がなくなったら相手にしなくなるし、興味を持ったら積極的に関わる。フリスの性格はこれだけですよぅ」

「そういう意味では、彼は私に興味が無いのだろうな。私を作ったあと、一度も接触されていない」

「あー。まぁフリスは英雄以外にはあんまり興味ないので、モモさんは一般人ですからねぇ」

「儂にもたまに無茶振りしてくるくらいでほとんど関りはありませんぞ」

「実は私も最近はとんと。……これって興味尽かされた、ってことなんですかねぇ」

「……? 何故私を見る?」

「いえ、フリスから一番連絡貰ってるのあなたですし」

 

 ミケル・レンデバラン。

 小物っぽい言動のせいで一見馬鹿そうに見えるが、彼は稀代の天才である。

 思いつくものを形にする力に優れ、それがフリスのお眼鏡に適っている。ゆえに人間でありながらここまで使われている。

 過去、2500年を超える歴史の内で、フリスからの個人連絡をここまで貰った人間がいただろうか。細かい発注やそれをガン無視した納品を許された存在があっただろうか。

 

 フレシシもガロウズもフリスの言う"英雄価値"について、その全てを理解しているわけではない。わけではないけれど、わかる。

 

 そろそろ、だと。

 

「ふむ? つまり上位者ではない上位者は、私に興味津々、と?」

「まぁ、連絡頻度だけで見れば」

「……そうか。つまり、神の降臨は……まだ」

「先程から気になっていたのだが、貴様の言う神とはなんだ。私を誘拐した時にも言っていたな」

「神は神だが? ……わからないのか。はあ、モモ君。君は見込みのある生徒だと思ったのだがね」

「なった覚えはない」

「いいだろう。原点回帰という奴だ。言われてみれば最近は発注品ばかり作っていて、神を疎かにしていた。──ここらで本格的に神の招来を果たそうか」

 

 何やらぶつぶつと呟きながら、端末を弄り出すミケル。

 そんな彼を見てだろう、フレシシとガロウズがモモの身体を引っ張る。

 

「モモさん、もう行きましょうか。そろそろフリス帰ってきそうですし、こんなところにいると同じ奴扱いされかねないので」

「あ、ああ」

「儂もそろそろ戻らないとご近所さんに怪しまれてしまいますからな。これにて」

 

 ぱっと景色が変わる。

 

 陰鬱で暗鬱な部屋から一転──上空に。

 

「うわっ──」

「はい、深呼吸してください。そうしたらまず、私の手を掴んで」

「あ……ああ」

 

 落ちるかと思われた身体は、しかしフレシシによって支えられた。

 深呼吸。機奇械怪の身体になってから呼吸は必要ないものと教えられたが、今までしていたものをしなくする、というのは中々難しい。

 モモは一呼吸置いて、そのあとフレシシの手を掴み──以前教えてもらった、足の下にガラスの板を置くイメージをする。

 

「おっけーですよぅ。モモさんはフリスに作られたので、私と同じサイキック種の色が強く出ています。なので、これくらいの浮遊は朝飯前になってもらわないと」

「あ、ああ。……慣れないが、足場があると考えれば……心も落ち着く」

「あ、ほら。見えますか? あっちにいる……ほら、青い光を放っている大きな虎。あ、虎じゃわかんないか。まぁ大きな動物……もわからないか。えーとえーと」

「いや、私は過去の生物について研究したことがあるから、わかる。そしてあれも……見えている」

「はい、アレが原初の五機、最初のプレデター種……なんですけどぉ、あーあ、威厳も何もないですねぇ」

「ああ……劣勢に見える」

 

 ホワイトダナップの外。

 今は地上に不時着しているこの島の外で、巨大な虎と小さな粒が戦っている。小さな粒は勿論、奇械士達だ。

 

「英雄性の欠片も無い奇械士でも倒せてしまう程、原初の五機は弱かった──なんて。フリスは機嫌悪そうですねぇ、今」

「うん。結構機嫌悪いよ。何もかもが期待外れでさ。それで、何。君達。フレシシとモモ? 珍しい組み合わせだね」

「ああ、今サイキックを教わって──あ」

 

 いた。

 少年。見た事もない姿だったけど、モモにも、勿論フレシシにも、それがフリスだとわかる。

 

「原初の五機。僕も期待してたんだよ? 344年も放置して、これだけ広い世界を巡って、これだけ沢山の出会いや入力があってさ。自己増殖の機械から何も得られないのはわかるけど、他の種からの機械や、融合種の新種。更には人間達からの沢山の入力があって──まだ。普通に有機生命を消費して、危なくなったら僕を頼る? 馬鹿にしてるよね、流石に」

「その……心中お察しする、とは言えないが……その、放置していたのだろう?」

「うん。完全にね。僕からの入力一切無しで」

「なら……当たり前、なのではない、だろうか。人間の赤子も、単体で放置されたら……すぐに野垂れ死んでしまう。あるいはあなた達のような、そして機奇械怪のような、動力炉以外の要因では死なない存在だとしても……食べる事に必死になってしまう現状では、進化のしようもない」

「……続けて?」

「あー、つまりだな。その、内情を詳しく察しているわけではないから、本当の素人考えになるが……余裕が必要だと、思う。勿論淘汰という中にあって、進化をする、進化をせざるを得ない生物というのはいるのだろう。だが、それ以上が必要だとあなたが思うのなら……やはり余裕はあるべきだ。知能生物がある程度にまで達したのなら、そこから先は堕落の世界。効率といえば聞こえは良いが、どれ程怠惰に全てを終わらせられるかを念頭に生物は最適化されていく」

 

 初めはたどたどしかったモモの弁舌も、少しずつ確かなものになっていく。

 それはあるいは、彼女本来の分野。成人している彼女は当然のように職に就いていて──まさかそれが、過去にいた生物や今ある食用生物、植物に関する仕事であった、など。

 誰も、触れてこなかった話。

 

「それが進化だ。先ほど聞いたが、あなた達は機奇械怪への"余計な入力"というものを嫌っているらしいな」

「うん。そうだね」

「だが──今の機奇械怪は、"必要な入力"さえされていないように思う。もう少し言うと、"生きるために必要な入力"が為されていない。人間の赤子で言えば、言葉を喋ることができるようになり、自ら糧を求める──求めていると言えるようになるまで、ですら足りない。成長し、子供……他者とのコミュニケーションが取れるくらいの子供になるまで成長しなければ、彼らにクリエイティブな事などできるはずもない」

「……成程。じゃあ聞こう。君は、今の機奇械怪に"必要な入力"を何だと思う? 進化に足を掛けられるまで、そこに至るまでに基本性能として持っていなければならない入力。それは一体なんだろうか」

「それは」

 

 それは。

 

「……それは、指導者だろう。言語があっても、コミュニケーションツールがあっても、烏合の衆は烏合のままだ。指導者……あなた達上位者でなくともいい。何かリーダーシップに長ける個体があれば、全体が引き締まり、目標ができ、その指導者を越えんとするモノが現れ、指導者も進化をし。そう、だから……機奇械怪は平等すぎるんだ」

 

 熱弁だった。

 モモの背後でフレシシが「あちゃー」という顔をしている、なんて事に一切気付かず、モモは本来の分野の話を伝えきる。

 伝えきって、ぞっとした。

 

 笑み──。

 

「いいね。やっぱり君を登場人物に挙げた甲斐はあった。うんうん、戦闘パーティ四人も大事だけど、ブレインもいないとね」

「……その、私は何か、まずいことを言っただろうか」

「とんでもない。良い拾い物だったな、と思っただけだよ。それにしても、指導者か。うーん、となると……」

「私は嫌ですよぉ!」

「あ、うん。フレシシに任せる事は絶対無いから安心して。というか君達人間の記憶を持つ機奇械怪はどの道指導者とやらには据えないよ」

 

 これからは「機械と人間」の時代だから、機奇械怪には急激な成長を遂げてもらわなきゃだしね、なんて。

 何やら末恐ろしい事を呟いているフリス。

 

「にしても、成程。平等からは進化は生まれない。至言だね。これからの時代にも役立ちそうだ。……それで」

「あ、ああ」

「あはは、ちょっと怖がり過ぎじゃない? 僕、君を機奇械怪として生き返らせる以外特に何もしてないと思うんだけど」

「すまない……よくわからないが、体のどこかで……あなたを、私を害する者だとしている心がある」

「──へぇ」

「あ、いや、本当によくわからないんだ。私自身があなたをそう思っているわけではなく」

「いや、いや。いいよ。君、いいね。エクセンクリンの娘だっけ? ……エクセンクリンの許可かぁ。きびしそー」

「そ──そうだ。父。父とあなたは、どういう関係なんだ?」

「うん? 僕とエクセンクリン?」

 

 風が吹く。

 モモの記憶にある限り、父は手記を残していた。空の神フレイメアリスに関する手記。

 その、そのものとされているフリス。彼は。

 

「僕とエクセンクリンは……まぁ、元家主……みたいな」

「?」

「あはは、この辺はわかんなくていいよ。それよりそろそろ動力尽きるでしょ。サイキック使いすぎ。オールドフェイスあげるから、今日の所は帰るといい。フレシシ、サポートお願いね」

「珍しい……手厚いフリスとか、初めて見ました……」

「あはは。僕、君に対してそんなに冷遇してたかな」

 

 そんな渇いた笑いを残して、フリスが消える。

 赤雷。その場に残ったそれだけが、彼がここにいた事を伝える証拠。それさえも、空気にとけて消える。

 

「……じゃあ、帰りましょうか」

「ああ……その、フレシシさん」

「はい?」

「私は……何か粗相をしてしまったのだろうか」

「粗相はしてないですけど、目を付けられましたね。ご愁傷様ですよぅ」

「……?」

 

 それはまだモモにはわからない事。

 フリスに目を付けられる事は果たして幸か不幸か──。

 

 現時点の誰にもわからない事であった。

 

 

+ * +

 

 

「これは……」

「動力炉とノート。……中を検めます」

 

 エスト・マグヌノプスの墓。

 そこを掘り返した場所に、それはあった。

 小さなサイズの動力炉。動力液の入っていないソレと、題名のないノート。その二つが棺に収まっていたのだ。

 

「……すみません。どうやらこれは、私が読んでいいものではなかったみたいだ」

 

 パラパラと捲って、そんなことを言って。

 エクセンクリンはニルヴァニーナにノートを渡す。

 受け取った彼女が中を見れば。

 

「……あら」

 

 それは、日記らしかった。

 日付を見れば、ニルヴァニーナとエストが出会った日から付けられたもの。それは一日刻みでページを捲り──彼の死した日を境に、白紙になっている。

 当然だ。書き手がいなくなったのだから、続きが書かれるはずがない。

 

 問題は、誰がこれをここに入れたのか、という事。

 

「棺の錠に無理矢理こじ開けたような痕跡は無かった。そもそもの盛り土も新しくされたものではなかった。……つまるところ、転移。だが……この動力炉はなんだ?」

「……エストの疑いは、どうなったの?」

「まだなんとも。晴れてはいません。遺体がない上に機奇械怪の動力炉と日記……まるですり替わったかのようなラインアップだ。……自らに縁深いものと入れ替わる……転移に似た力?」

「これは、持ち帰ってもいいのかしら」

「ああ、構いませんよ。私は帰ってまた探し物をします。詳しい話については、まぁ、あとで。逃げませんから、今度は拳銃突き付けるとかやめてくださいね」

「はいはい。じゃあ今度はしっかり申請してから禁止区画に入ること」

「善処します。それじゃ」

 

 短く言葉をつぶやいて、エクセンクリンは転移を使う。調べたい事ができて、その転移先はあの転移でしか入れない部屋。だから問題ないと。

 

 入って。

 

「やぁエクセンクリン。話があるんだけどさ」

「……ロクな話じゃないことは見えた。却下する」

「まぁまぁまぁまぁ! 君の娘の話なんだけどね?」

「拒否する! 聞きたくない!」

「君の捜査にも協力してあげるからさぁ」

 

 フリスとエクセンクリンは小一時間喧嘩をした。

 



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騙られる系一般上位者

 空歴2544年6月4日。

 聖都アクルマキアンからの偽の緊急要請、ホワイトダナップの不時着、原初の五機の襲来──。

 激動の三月から二か月開けての、今日。特に湿気があるとか無いホワイトダナップは。

 

「平和ね」

「平和だね」

 

 平和だった。

 

 奇械士協会と政府の一部の者に明かされた上位者という存在。

 けれどこれは、ケルビマ、エクセンクリンの両者が誠実な受け答えをしたことと、何よりもホワイトダナップを守護する者であり、元々の交友関係においても信頼されていた、という事が相俟って、敵意を剝き出しにされるという事は無かった。

 気味の悪いものを見る目で見られることはあっても、元々断罪者であり一般人に関わることの無いケルビマや、元々過度な労働を求められる存在であり仕事を押し付けまくっても死なないんだ! という信頼からか、時が経つにつれ彼らの関係性はほとんど元通りに。

 エクセンクリンについては悪化したと言えなくも無いが、概ね良好である。

 

 原初の五機。それとの闘いは、皆が思っていたよりかは苦戦を強いられなかった。被害は出たものの、死者さえなく。むしろ直前のギンガモールの方がホワイトダナップにダメージを与えたくらいだ、と報道されることも少なくない。

 さらに幸運は続き、その時のエクセンクリンの説明通り、機奇械怪が目減りし始めたのだ。ホワイトダナップを襲撃しに来る飛行形態のハンター種も、地上で組み上がる大型機奇械怪も。

 ホワイトダナップ内にいたNOMANSを名乗る教団の残党も完全に駆逐され、人類は完全な平和というものを取り戻しつつある段階にあった。

 

 懸念があるとすれば、他国だろうか。

 聖都アクルマキアンは当時、非の一切を認めない姿勢でいたが──国民を含む奇械士協会がアクルマキアンの上層部に対しクーデターを決行。結果頭がすげ代わり、そのままホワイトダナップとの友好的関係も結ぶ次第となった。

 エルメシアは変わらず沈黙。友好的とも敵対的とも言わないまま、シールドフィールドに包まれた国で沈黙を保っている。同じくジグも鎖国を解かないまま、こちらは通信の一つもない。

 

 ラグナ・マリアは復興中でホワイトダナップと繋いでいられる人材がいないようで、聖都アクルマキアンから派遣の人材がどうのこうの。再建邂逅は完全に没しているため、クリファスやネイトと同じく不可侵の地になった。

 ──その件について、足跡を辿るとアルバートの影がちらつく……ということで、協会はアルバートを問い詰めにかかった……が、アルバートは忽然とホワイトダナップから姿を消し、そのまま今に至るまで行方不明。

 最強と名高い奇械士の失踪に協会も一時混乱した……が、七日後届けられた匿名の手紙から、彼の無事を、そして奇械士をやめる、という旨を読み取り、それを周知する次第となった。手紙の内容は詳しく明かされていないが、ケニッヒ曰く「これは俺達宛てじゃない」とのこと。

 とかくアルバートは無事で、旅に出ているのだとか。

 

 また、彼と同じくスファニア・ドルミルも一瞬姿を消したが、すぐにアクルマキアンで発見報告があがった。ヘイズの居酒屋に戻ったとの話でありながら、聖都アクルマキアンにホワイトダナップが近付くと空を翔けて上陸してくる始末。

 本当は色々な手続きが必要な上、すわ機奇械怪の襲来かと奇械士がザワつくのだが、こちらも上位者同様概ね受け入れられている。本当に牽制のつもりだったことが、彼女と関わっていく内の人となりでわかったためだろう。

 スファニア本人も遊びに来る感覚で来ているのだから毒気も抜かれるというもので。

 

「……平和だね」

「ええ」

 

 総合して、やっぱり平和だった。

 明らかに以前より平和だ。平和、だけど。

 

「どこにいるんだろ、フリス」

「……チャル」

 

 彼だけがいなかった。

 フリス。クリッスリルグでもカンビアッソでもない、フリス。上位者二人を問い詰めても、そればかりはわからない、と帰って来るばかり。

 チャルの超能力的感覚にも、アスカルティンの機奇械怪的センサーにも引っかからない。

 

 フリスは、どこにもいなかった。

 

「……」

「チャル?」

「……何か、来る」

 

 果たして。

 

 ああ、それは成長なのだろう。

 チャルはアレキを手で制し、下がらせることに成功した。己も下がった。だから、助かった。

 

「──!!」

 

 今の今までだ。

 今の今まで、二人が座っていたベンチ。そこから先が、真白に染まる。真っ白だ。目を焼くほどの白。

 轟音と暴風。悲鳴と断末魔。

 白が退かば、収まれば。

 

 そこに、天使がいた。

 

「ッ、アレキ!」

「わかって、る!」

 

 既視感だ。

 既視感のある展開だと、チャルは思う。だが今は、チャルが戦える側にある。周囲を守り得る存在である。

 

 ならばこの焼き増しにも──。

 

「──告ぐ」

「!」

 

 ああ、ならば。

 この焼き増しは……ただ、()()()()()()()()()()()なのだと知るだろう。

 

 天使。特異サイキック種エンジェルから聞こえるその声は、だって、だって、彼の声なのだから。

 

「なんて、ね。やぁ、ホワイトダナップの諸君。僕だよ。運命を引き合わせる者(キューピッド)だよ。あはは、破壊されてから一年と経たずに冥府の縁から舞い戻って来たんだ」

 

 それは、ホワイトダナップの全端末に向けて発信している……過去、キューピッドが行ったそれと全く同一の手法だった。

 その上で、新たな体を得たキューピッドは言う。

 

「六日後だ。空歴2544年6月10日。この日を新たな時代の幕開けとする。地を這うばかりの機奇械怪は羽化の時を迎えたのさ。これからは機奇械怪が人間と共存していく時代だ。よろしくね、人類諸君」

「ふざけるな!」

 

 誰かが叫ぶ。

 それは皆の声を代表するモノでもあったのかもしれない。だが、相手を見定める必要はあったのかもしれない。

 叫んだのは、奇械士の一人だった。チャルとアレキも顔見知りな──キューピッド襲来事件で、守るべき家族を守れなかった奇械士。自らの力不足を嘆き、今では島外作業員に抜擢される程になった彼が、エンジェルに、キューピッドに突っ込んでいく。

 武器は剣。ああ、だが──チャル達が彼を宥めようとした時には、隙を窺っていた、そして心を落ち着かせていたチャル達が彼を停めようとした頃には。

 

「うんうん、元気なのは良い事だよ」

 

 あまりにも簡単に。いや、当然だろう。奇械士は知識と身体能力を以て戦う戦士だが、特に何か特異な能力を持っている、というわけではない。チャルやアレキといった特別なものが目立つから勘違いされがちだが、奇械士はただの人間だ。知識をつけただけの人間。

 だから、念動力なんてものが見えないのも、簡単に捕まってしまうのも仕方のないことだった。

 

 けれど。

 けれどそれは、全端末を通して発信されていて。それで、だから。

 

「だけどまず、君達無力な奇械士が何もできないことを自覚すると良い」

 

 そのまま。

 ぺしゃ、と。

 

「ああ、騒がなくていいよ。今日は襲撃しに来たとかそういうことじゃないんだ。紹介に来たのさ」

 

 空に浮く赤い球体となった誰かのことなど気にもせず、キューピッドは言う。

 そして、ほら、と。

 北西の方向を手で指し示した。映像がそちらに切り替わる。

 

 そこに。

 

「浮遊人工島ホワイトダナップ。かつて皇都フレメアから飛び立った特権階級の生き残りは、けれどたった三十万そこらまでしか増えなかった。空へと飛び立った意味は果たしてあったのか。食糧問題、土地面積、ホワイトダナップそのものの機関部が抱える問題……諸々が君達にはある。平和の裏に、重く重くのしかかる。もうそろ見て見ぬふりはできない」

 

 だから、と。

 

「解決策を用意したんだ。──ほら、見えるかい?」

 

 雲海を突き抜けて、それは浮上する。ホワイトダナップの高度にまでそれがせり上がって来る。

 

()()()()()()()()()()

 

 それはまさしく、ホワイトダナップだった。

 確実にホワイトダナップだった。この島に住む者達が言う。納得する。あれはホワイトダナップだと言える。

 

「あそこには今、機奇械怪が住んでいる」

 

 カメラがズームされる。

 言う通りだった。キューピッドの言う通り、島の形状こそホワイトダナップなれど、そこで暮らすは機奇械怪ばかり。

 けれど、どうしたことだろう。機奇械怪達の中に、人影らしきものもちらほら見える。

 

「何故機奇械怪の中に人間がいるのだろう、何故襲われないのだろうと、そう思ったかな。あはは、答えは単純だよ。彼らは共存しているからさ。共存する道を選んだから、と言い換えることもできるね」

 

 異様な光景だった。

 花壇に水をやる女性。その隣で、ハウンズが彼女に頬を擦り寄せ、女性は水やりをやめてハウンズの頭を撫でる。

 ボールを追いかけるドッグスとストレイ。それを追いかける子供。

 樹上ではホークスやイグルスが身を寄せて止まり、またその上に、飛行種に掴まって移動する人影らしきものも見える。

 

「必要なのは相互理解だったのさ。君達人間が機奇械怪(僕ら)を拒絶しないというのなら、機奇械怪(僕ら)は君達を受け入れよう」

 

 沈黙。

 誰も何も言わない。

 

「六日後だ。新時代の幕開けはそこ。その日、君達一人一人に聞くよ。こちらに来る気があるかどうか。そしてその時教えてあげよう。行く気が無いと──拒絶したのなら、どうなるか。あはは、よく考えておくといいよ」

 

 言って。

 エンジェルが消える。キューピッドが転移する。

 青い雷は、その場でパチパチと爆ぜて──消えた。

 

 

+ * +

 

 

「ねぇフレシシ」

「はい?」

「僕、あんな喋り方かなぁ。もう少し優しいと思うんだけど」

「まぁ……少しばかりミケルさんの要素が強かったですよねぇ」

「あと、僕の声の合成音声とかいつ作ったんだか。僕が聞いても僕だと思う程出来がいいし」

「一応天才らしいですし、あの人」

 

 僕である。

 僕がフリスである。あんなエンジェルなんかと一緒にしないで欲しい。

 

 さて、まぁ何の連絡もないけど、ミケルの仕業なのだろうことはわかる。僕としてはまだ機奇械怪の指導者というのを模索中で、無い頭をうーんうーんと捻っていた頃のこれだから、なんというか、面白くなるならそれでもいいけど……みたいな感じなんだけど。

 いやね、「機械と人間」の時代とは言ったよ。けど共存って……それじゃ進化しないじゃん。どっちかが飼い慣らされて終わりでしょ、ソレ。進化は闘争の中にこそ生まれるんだから。

 

「だから、僕に問い詰められてもわかんないよ。これで納得かい、エクセンクリン」

『……一応は。ミケル・レンデバランの足取りは?』

「さぁ? 僕、もうアレに興味ないからなぁ。さっきチラっと映った人型の機奇械怪もフレシシやガロウズを真似たものみたいだったし、ホワイトダナップそのものも別に根気があれば作れるし。新しさがないよね、彼」

『だが、わかっているのかい? 彼はエンジェル襲撃事件を真似た。それはつまり──』

「ミケルは悪意の贈り物(プレゼント)を送って来た奴じゃないよ。だから模倣犯になるのかな、これは。僕、二番煎じって嫌いなんだよね。新鮮味がないから。……まぁ僕の発想力の足りなさから僕自身はやることあるんだけど」

「横暴ですねぇ」

「上位者だからね」

 

 機奇械怪の指導者。

 つまり群れのリーダーとでもいうべき機奇械怪の作成。知能をつけすぎてはいけない。動物程度に抑える必要がある……んだけど、なまじ機奇械怪が地上の動物滅ぼしちゃったからなぁ。

 種は保存してあるけど……どっかに動物の群れがいて、そのリーダーから脳をデータ化したものを、とかの方が楽なんだけど。今から動物育てて群れにしてリーダー形成させて、しかもそれが機奇械怪全体の指導者になれるようなものに、ってなると……「機械と人間」の時代どころじゃないじゃん、っていう。

 

『……了解したよ。ケルビマにも同じ説明をしておく』

「わぁ気が利くねエクセンクリン。君のそういうトコ好きだよ」

『フリスに好かれても何も嬉しくないよ、私は。……はぁ。全く、次から次へと……』

「あ、そういえば念波の痕跡。調査結果出たけど、聞きたいかい?」

『聞きたいもなにもそういう取引だっただろう……。早く話してくれ』

 

 エクセンクリンとの喧嘩(舌戦)の末掴み取った彼の娘に関するある取引。その代価として要求された、彼を騙る何者かの発信について、これを僕が調査すること。

 片手間にやったけど、まぁだろうね、って感じだった。

 

「マグヌノプスだね。転移に念波に、《茨》を操る金属片。いいね、彼も少しずつできることが増えて行っている。今は真似事の段階だけど」

『つまり、エスト・マグヌノプスは生きている。そういうことかい?』

「生きているかどうかは知らないけど、少なくとも転移みたいな事が出来る程度には動けるみたいだね。ああエクセンクリン。悪いけど、僕が辿れるのはサイキックの痕跡だけだよ。徒歩で移動した、とかだとさっぱり。まぁホワイトダナップ内にはいない事は確実で、時代の縁的にまだいるかもしれない、くらい?」

『時代の縁?』

「うん。今代はチャルだと思ったんだけどね。チャルに現れているマグヌノプスの影はまだ薄い。完全にマグヌノプスになってたら、もっと僕を敵視するはずだし。つまりエスト・マグヌノプスはまだ稼働していて、どこかに身を潜めていると取るのが一番だ。そのエスト・マグヌノプスがアクルマキアンにいたマグヌノプスとどうやって連絡を取って、どういう取り決めのもと君を騙ったのかまではわからない」

 

 上位者と大本の関係とは少し違う。

 マグヌノプスはマグヌノプスっていう抗体本体がいるんだけど、これとは違う端末がうろちょろしている。いつの時代も隻眼な彼は、その端末を通して世界を見る事ができるみたいだね。だから僕がホワイトダナップにいる事も知っていたんだろうし、ホワイトダナップを気に入っている事も知っていた。

 チャルがその端末なんじゃないかな、ってあの時は落胆したんだけど、エスト・マグヌノプスというのがまだ稼働しているならば話は変わって来る。

 同時代に端末は二個も稼働しない。どちらかだ。どちらかがマグヌノプスの目、つまりこの星メガリアの触覚となって動き、情報を収集すると共に言葉を伝え続ける。記憶を伝え続ける。

 抗体本体が一度死んだら、また生まれ直すまでにそれなりの時間を要す。チャルが大人になるくらいかな、彼がまた生まれてくるのは。

 だから端末マグヌノプスは抗体本体が生まれてくるまでになんとか生き繋ごうとするはずだ。その宿主としてチャルはとてもいい身体のはず──なんだけど。

 

「エスト・マグヌノプス。英雄、ね」

『ああ、仕事が入った。いや常に仕事はあるんだが、君の長い話を聞いていられなくなった』

「あはは、お仕事頑張って」

 

 通信が切断される。

 

 ……もう。

 エクセンクリンがあんまり気にするから、ちょっと気になって来たじゃないか。

 

 エスト・マグヌノプス。機械技師。僕の知らない"英雄価値"。マグヌノプスの時点で意識から外しているのが仇になり過ぎている感じはある。

 

「フレシシ」

「はぁい」

「またちょっと僕は消えるけど、君もそろそろ決断しておくといいよ」

「……え」

「ミケルじゃないけど、もうそろ時代の幕開けっていうのは否定しないしさ。君がやってる隠し事、エクセンクリンがやってる隠し事、ガロウズが持ってる隠し事。他にも色々、僕にとっては楽しみなこととはいえ──」

 

 表情を硬くした彼女に笑いかける。

 

「ダブルスタンダードは、まぁ、嫌われちゃうからね」

 

 それだけ言って、消える。

 赤雷を伴う転移。

 

 ……よしよし、これでフレシシも危機感持って色々行動することだろう。僕、君の性格だけは評価してないんだ。その停滞を好み、怠惰でいようとするところはね。

 

 なんて。

 これは"余計な入力"だったかな?

 

 

 

 

 

 

 で。

 

「死んだとしか」

 

 えー、難航難航。

 失せ人捜しとか、僕の分野じゃないんだって。

 

 エスト・マグヌノプス。色々漁って見てるけどさぁ、足跡が全然英雄じゃないっていうか、普通に社会人で、チャルの母親のニルヴァニーナと結婚、チャルを産んですぐに死亡。

 

 ん~、凡夫!

 

 確かに転移っぽい痕跡はあったけど、その転移先に血痕や組織片の類すらないとなると、こう……どうにかしてマグヌノプスの能力だけをチャルにはっ付けて、結果動力炉とノートとやらが落ちた、としか。

 いやそうなんだよ。何、動力炉。あの動力炉。

 小型で、昔フレシシが使ってたものより効率悪い、けど使い古されてた動力炉。

 流石に動力炉に記憶とか無いからなぁ。あの場じゃオールドフェイスも作れなかったし。

 

 ただ確かに、エスト・マグヌノプスの墓でもオールドフェイスは作れなかったんだよね。

 だから誰かが何かをしたのは事実だと思うんだけど……流石の僕も、メガリア全体から一人を探す、なんてのは無理だよ。大陸に限定してもかなり厳しい。

 

「ミケルのショウまであんまり時間もないし、とっとと終わらせたいんだけどなぁ」

 

 ミケル・レンデバランの最期のショウ。別に彼は最期だなんて思って無いだろうけど、彼はもう僕にとって薄れた"英雄価値"だ。最期の最期、何か大きい花火を打ち上げてくれなければ、普通に邪魔者として切って捨てるつもりでいる。彼、大型機奇械怪ばかり作るから資源の無駄だし。

 ……とはいえ一応それを楽しみにしているあたり、僕も大概、と。

 

「いえ、あの」

「エスト・マグヌノプスーって呼んだらでてこないかな。ああでもマグヌノプスの名を口にするとそれだけで本体が出てきそうでやめておこう」

「あのー」

「まったくさぁ、ミケルもタイミングが悪いよね。チャル達はお休み期間だって言ってるじゃん。まぁお休み期間もう終わってるんだけど」

「そろそろ事情を説明してくれ、といっているんだ!」

「……そう怒らないでよ。無視したのは悪かったって思ってるよちょっとだけ」

「いきなり連れ出して! 説明も無しに! 高速で空を引き回されているこっちの身にも、」

「あ、そっか。君一般人だったね。しかも学者? あんまり高かったり速かったりはキツいのか」

 

 ルバーティエ=エルグ・モモ。

 エクセンクリンと交わした取引。それは、"君の娘と世界を巡り、意見を貰いたいんだけど良い? あ、勿論無事は確約するよ"というもの。その代価たるエスト・マグヌノプスの調査なのだから、どちらも兼ねて一挙両得、ってね。

 彼女の、つまり普遍的な凡夫の、けれど専門性の高い意見、というのは僕じゃ中々手に入れ難い。まず興味が無いから。

 だけど、平等から進化は生まれないという至言をくれた彼女なら、もっと色々発掘できるんじゃないか、っていう、結構期待値高めな旅行となっている。

 

 そのために、いつもの子供のそれでなく、大人で、ヘイズに似た感じの身体にした。つまり武人系の入力を最大限に発揮できて、ちゃんと上位者の不壊な肉体で、サイキックも十全に使えるスーパー上位者だ。デフォルト上位者ともいう。フリス・カンビアッソが極端に弱かっただけである。

 

「よ、と」

「……そういうことではないが、まぁ、いい。それで……何用なんだ貴様……とかは言わない方がいいんだったか」

「あ、いいよ普通で。僕別に偉いとかじゃないし」

「そうか。……で、何用だ。私はこれからガロウズさんと動力炉についての勉強をするところだったというのに……」

「え、まだそんなのやってるの? ……ああ、まぁ、いいや。ガロウズの教育方針は僕と違うだろうし。それで、目的だっけ。目的はフィールドワークだよ。やるでしょ、学者なら」

「……社会関係の学者ならまだしも、私はないな、そういう経験は」

「絶滅してるから、そっか」

 

 未だ距離感が図り切れていない。

 思考する際に、どうしても「でも凡夫だし気にしなくてよくない?」とか「だって凡夫じゃん」とかが邪魔してくる。

 良い知見を貰ったとは思っているけど、この子を"英雄価値"だとは呼べないからなぁ。

 

 僕はケルビマみたいに「弱きは罪だ」とは言わないけど、初期のチャルくらいの"英雄価値"を見せてくれないと食指は動かない。

 

「ホワイトダナップの外に出た事、無いでしょ。こういう経験は中々得難いものだよ?」

「それは……まぁ、そうなのかもしれない。少しばかり浮足立つ私もいる」

「うんうん、君はそれでいいよ。それじゃ、ちょっと歩こうか。歩きながら話をしよう。大丈夫、動力源は僕が用意できるからね、疲労を覚えない身体での徒歩旅行は、それなりに楽しいものだと思うよ?」

 

 エスコート、とかをする気は無いけれど。

 フレシシやガロウズが教えられない、僕ら上位者だけが持ってる視点も、彼女に教えてあげるのはいいことかもしれない。

 その役目は新人類(アスカルティン)になる予定だったけど、別に二人いてもいいし。

 機奇械怪なんて保管庫でしかないんだ。次の時代……「機械と人間」の時代のさらに次の時代になればお役御免。その予定先となる子なら、何を入力したって問題ない。

 

「モモ。君はこの世界……いや、まずは目の前のことからだろうね。君にこの地上はどう見える?」

「どうって……荒廃した、寂しい風景だ」

「寂しいか」

「ああ。かつてはここにも街や国があったのだろう? それがどういうものかまでは想像もつかないが、それがあった記録があって、それが無くなっていて。ならばやはり、寂しいのだと思う……ぞ?」

「それじゃあ、たとえば」

 

 周辺の機奇械怪に対する認識不可の命令を送り、一時的な隔離空間を創り上げる。

 そこに、適当なNOMANS……かつては「自動調理器」なんて俗称で呼ばれていたそれを創り上げる。それと、ベンチと、適当なそれっぽい標識と。

 

「こんな感じは、どうかな」

「どうと言われても……良いんじゃないか? いや、何が良いのかは上手く言葉にできないが、これが……その、昔の光景なのだとしたら」

「寂しいかな、これ」

「……。……ああ、寂しいと思う」

 

 それなら、と。

 さらに大きなもの。家を一つと、道も敷こうか。それと、適当な自動車も用意してみる?

 

「これでも、寂しいかな」

「寂しいな。これ以上何かが増えても寂しいままだ」

「それはどうして?」

「……魂が無い」

 

 その言葉は、彼女への期待値を上げるに十分な言葉だった。

 ホワイトダナップは宗教色の強い国じゃない。空の神フレイメアリスを奉る宗教は広く認知されているが、その教義に則って生活している民はそう多くはない。そしてフレイメアリスを奉る宗教において、魂というものについて深く触れている箇所は無い。当然だけど、僕が書いた神話が元になっているからね。

 フレイメアリスを奉る宗教に生きていない者であっても魂というのはオカルトというか、よくて創作にたまに現れる程度の単語だ。そもそも生まれ変わりというものがあまり広く認知されているわけではないからね、魂なんて以ての外だ。

 

 それを、ただの凡夫が、学者が。

 まるで日常であるかのように、当然知っているものとでもいうかのように口にするものだから、驚いてしまった。

 

「続けて?」

「続けるもなにも、これは、とても無機質だ。今あなたが造った、造り上げた簡素な街、になるのだろう。この一角。これは、けれど、魂が籠っていない。生活感や痕跡の話じゃない。そんなものは作ろうと思えば作れる。そうではなく、これには無いんだ。あるいは物としてこの世に(カタチ)を受けて、それを主張する暖かさが」

「そうかい。それじゃあ」

 

 少し、弄る。

 見た目に変化はない。ただ──魂を、宿す。

 

「……今、何かしたか」

「見えている?」

「見える?」

「いや、そうではないか。聞こえている。それも違いそうだね」

「……わからない。ただ、今何か……息を吹き返したような」

「うんうん、いいよ。今はそれでいい。アスカルティンもだけど、無知である方がより何か……動物的本能とでもいえばいいかな、それが働くのだろう」

 

 宿したものを消す。

 創ったものを消す。

 何もなかったかのように、荒地に戻す。

 

「少し、話しをしようか、モモ。僕ら上位者が見えているものについて、君達が見えていないものについて」

「あ、ああ……」

 

 荒んでいた気分が、機嫌が戻っていくのを感じる。エスト・マグヌノプス? あとあと。

 

 そんなことよりも今は、少しばかりのお話を。

 あはは、その相手がエクセンクリンの娘だというのは、中々面白いものだと思うけどね?



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昔語りをする系一般上位者

「まずは、モモ。一つ整理をしておこう。──僕は一般に上位者と呼ばれる存在じゃない」

「……やはり、なのか。それについては……ミケル・レンデバランやフレシシさん達も言っていた」

「うん。上位者。これは、大本にモルガヌスという名の男を置く……なんだろう、言ってしまえば一つの群体に近いものだ。紀元前300年。この頃にモルガヌスという人間が覚醒した」

「人間……なのか?」

「そう。彼は人間だった」

 

 荒地を歩きながら話をしていく。

 時折通り過ぎる機奇械怪は、けれど僕らを気にも留めない。当然だろう。僕は勿論のこと、モモも純粋な機奇械怪。ベースがサイキック種だから、無駄に刺激する必要もないと思っているだろうし。

 プレデター種が近くにいないことは感知済みだからそっちも問題無し。

 

「モルガヌスは悪辣な男だった。だけど同時に天才でもあった。いや、秀才かな。とかく知識や情報を収集することを好む男でね。当時から人間の組織を立てて、あるものについての情報を集めていた。とりわけ彼の興味を引くものがあったんだ」

「……それは?」

「僕だよ。アイメリア──あるいは、とある隕石について」

「……あなたは、宇宙人……だったのか」

「あはは、そういうこと」

 

 それは「悪魔」の時代と呼ばれる時代。紀元前300年から紀元0年に至るまでの間に遭った、とても短い時間の話。

 

「世界各地に残る隕石の痕跡。モルガヌスはそれに執心だった。金のため、ではなく、知識欲のため。当時から隕石は未知の物質だとか、この星にはないものだと騒がれていてね。モルガヌスはそれを自らの手で解明したいと思った──のか、それともただ集めたいだけだったのかはわからないけれど、とにかく彼は集めた。死力を尽くして人力を尽くして、隕石の破片の全てを集めきった」

 

 あるいはロマンだったのかもしれない。

 モルガヌスという男はただの浪漫家で、それに多くが惹きつけられ、彼に協力したのかもしれない。

 彼のもとに集まった人々が忘れていたのは、彼が手段を択ばない男であったという事実。

 

「隕石の破片を集め終わった彼は、隕石の復元を行い──理外の力を知った。触れずにモノを動かす力。一瞬で遠くから遠くへ移動する力。物をすり抜ける力。遠くに声を届ける力」

「それは」

「そう、サイキックだ。君の使えるそれも、元を辿れば外の異物。この星に由来する力じゃないんだよ」

 

 手に入れた隕石の力。けれど彼はそれを自らが使いたいとは思わなかった。

 彼は矢面に立つことを極端に嫌う。言ってしまえば臆病で、現地に赴くことをよしとしない人間だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当時の彼に付き従った、隕石蒐集の夢に付き合った十数人。モルガヌスが事業として立ち上げたそれに付き添った十数人は皆、隕石の破片を埋め込まれ──上位者と化した」

「何故だ? たかだか石だろう。特別な力を持っていたとはいえ、それが人間を変質させる程の何かを発揮することがあるのか?」

「言っただろう? その隕石に()()されていたのは僕なんだよ。アイメリア。別の星ではそれを寄生虫の名として用いている。……いた、かな?」

 

 よって。

 隕石を体に埋め込まれ、サイキックに目覚めた彼らは、自分でも知らない一瞬のうちに変質した。機奇械怪に侵食されるどころの比ではない。本当に一瞬で、彼らは上位者となった。痛みも無く、感覚もなく。

 それが最初の上位者だ。ロンラウもこの内の一人と言えるだろう。

 

「モルガヌスはけれど、研究をやめなかった。もっと小さな欠片で、もっと効率的に。そうしている内に、上位者は十万という数を手に入れるにまで至った。この星が上位者で埋め尽くされないのは隕石に限りがあるからだ」

「十万……」

「あはは、そんなに多い数じゃないよ。メガリアがもっとも人類であふれかえった『魔獣』の時代には、三百億を超える人間がいた。ま、そんなにいれば当然戦争が起きる。『魔獣』の時代は魔獣たちとの生存競争であったのと同時に、人間同士が最も争った時代だった。その中にいたたった十万の上位者なんて誰にも見つけられなかったさ」

「……モルガヌスという者がそれほど長い間生きているのもその隕石のおかげか?」

「いいや、少し違う」

 

 首を振る。

 僕がモルガヌスを消さずにいるのは、あんなのでも彼を評価しているからだ。

 

「彼は今やデータなんだよ。とうの昔に肉体を脱ぎ去って、地中深くにある本体に揺蕩っている。どこぞの拠点で、()()()()()()()で、世界中の情勢を監視しながら、ね」

「データ……AI、という奴か?」

「うーん、まぁこの時代の発展具合じゃそこまでしか思いつかないだろうけど、彼は違った。天才だった。彼は隕石のサイキックを用いて独自のネットワークを……つまり上位者を端末とした念子の海とでもいうべきものを構築し、そこに身を投じた」

 

 上位者が肉体を損失した時、概念体となり、そしてモルガヌスのもとへ戻る。

 あれはそのネットワークを通じて戻って行っているものだ。念波も似たような構造で送受信が為されている。

 そもそも「悪魔」の時代は彼女が思っているほど原始時代ということはない。むしろ「悪魔」という存在があったからこそ、科学は非常に発達していた。今の時代が「機械」の時代になったのはほとんどNOMANSのおかげだからね。せい、でもあるけど。

 この時代は機奇械怪という存在以外、超科学とでもいえる存在が無い。

 シールドフィールドやレーザーまでは辿り着けた国もあったけれど、広域ネットワークの構築や人工知能による生活の向上なんかをNOMANS無しにやっていた「悪魔」の時代に比べたら、とても「機械」の時代なんて呼べない程の"遅さ"だ。

 ま、時代の名前は人類を脅かすものの名前にしてるから、人類は別に名乗ってなんかないんだけどね。

 

「彼はモルガヌス本人だよ。それは僕が保障する。予め入力された数値しか出せないものや、学習するプログラムとして編まれたものでなく、魂を持った彼という本人だ」

 

 僕は彼のように現地に赴かないスタイルは嫌いだけど、彼の天才性は紛う方なき"英雄価値"だったと称し得る。

 

 そうして彼は、極自然的に──僕を発見する。

 

「あなたは、つまりそのサイキックそのものの根本。そう言える存在。だから……モルガヌスという人は、あなたを見て」

「あはは、僕がそんな引き籠りに見えるかい? 僕はもうその頃上位者をやってたよ。モルガヌスが肉体を脱ぎ捨てる前から、当然のようにそこにいた。上位者が上位者を上位者だとわかるのは、そのサイキックを感じ取れるから、みたいなところがあるからね。僕を見て、上位者たちは『モルガヌスが新しい端末を作ったのだろう』としか思わなかったんじゃないかな」

「そんなもの……か?」

「さあ、当時のモルガヌスの心境なんて知らないよ。とかく僕はそれらを受け入れた。自らを上位者と定めた彼らに、悪くはないと、面白いと思って、それに紛れることにした。とりあえずこれが上位者の成り立ちだ」

 

 では、次の話。

 前から歩いて来た馬の形の機奇械怪を撫でてて、僕とモモはさらに進む。

 

「どうして上位者たちは、機奇械怪の進化なんかを望んだんだろう?」

 

 一拍。

 

「どうして……と言われてもな。私にはそれがあなたの目的なのか、モルガヌスの目的なのかさえわかっていない」

「ああ、そこからか。うん、まず、機奇械怪の進化……というか『人類を脅かす存在』の進化は僕の望みだ。『悪魔』の時代、『ゾンビ』の時代、『精霊』の時代、『魔獣』の時代……そして今、『機械』の時代。それぞれが人類の存続を脅かすモノの名を冠し、そしてそれらにはある共通の進化を望んできた。良い所まで行ったのは『悪魔』の時代だけだったけどね」

「それは……やはり、魂、か?」

「正解。いいね、君はそこに関しての嗅覚だけは良い。褒めてあげるよ」

「あ、ありがとう?」

 

 半分以上貶してるんだけどね。

 まぁ本人が嬉しいならそれでいいよ。悪くはない。

 

「そうだね、そこからだ。まず僕の目的とモルガヌスの目的。これらは同一じゃない。ただし、重なってはいる。さっきモルガヌスが収集欲の塊だという話をしたね?」

「あ……だから、あなたより先に見つけたい、のか?」

「なんだ、わかっているじゃないか。今のくだり要らなかったよ」

 

 そうだ。

 モルガヌスが上位者を使って実験を繰り返しているのは、僕に取られてしまうのが怖いからだ。怖いと言っても恐れているとかじゃなくて、嫌だから、が近いだろう。

 だから僕と同じ目的にしている。僕と同じところに合わせてきている。

 けれど、モルガヌスも魂というものを完全に理解しているわけじゃないからね、当然端末たる上位者も理解しきっている者はいない。

 僕みたいにわかっている目標があってそれを目指しているのではなく、僕の行きつく先に先回りしたいがための行動だ。それに付き合わされる上位者を可哀想だと思う事はあれど、自ら抜け出せない時点で同罪だろう。

 

 無論。

 抜け出した者は、僕が確保しているよ。チトセとかね。

 

「なら、先程の問いは、上位者たちが機奇械怪の進化を望んだのは何故か、ではなく、あなたが望んだ理由は何か、にすべきだった。作問側のミスだ」

「……」

「な……なんだ。正当な抗議だぞ!」

「ふふっ、あははっ。いや。いや、そうだね。その通りだ。ミスリードだった。ごめんね、謝るよ。だからこれに関してはそのまま答えを教えてあげる」

「あ、ああ……」

 

 あんまりにも普通の、なんならちょっと子供じみた抗議をされて、失笑してしまった。珍しいよ? よく渇いた笑い、なんて表現される僕が、噴き出す程笑うなんて。

 それくらい、思わず笑ってしまうくらい、良い生徒だ。久しぶりに人間と会話している気がするよ。機奇械怪だけど。

 

「そうだね。何故僕が機奇械怪の進化を望んでいるのか。人類を脅かすモノ達に先を望んでいるのか」

 

 空を見る。仰ぎ見る。

 遠く遠くの離れた星を見る。

 

「人類じゃ辿り着けなかったと、知っているからさ。かつて人類が滅ぼした彼らの方が生き残るべきだったんじゃないかと考えている。だからその実験を他の星でやっている。……そんな感じ」

「……先ほど聞きそびれていたことだ」

「うん」

「あなたは、何だ。アイメリア。その名を寄生虫として用いていたどこかの星。宇宙人」

「その情報で十分じゃないかい? どこぞの星の宇宙人で、寄生虫的特徴を持っている。これだけじゃないか」

「……こういう与太話は専門じゃない。だが、違う……気がする。ああいや、だから、何故、が足りないんだ。宇宙人で、寄生虫で──たったそれだけなのだとしたら、何故それだけであるあなたが進化を求める。まるで神のように、まるで母のように……あなたが機奇械怪に進化を求める動機が足りない」

 

 白状しよう。

 僕は今、楽しんでいる。これが子供の成長を見る親の気持ちなのかな。

 モモ。凡夫としか見れないただの人間。死した人間を完全に模した機奇械怪。

 ()()()()()()()

 

 それが──今。

 

「ルバーティエ=エルグ・モモ。その答えを聞いたら、君は戻れなくなるかもしれない。それでも聞くかい?」

()()()()()()()()()()

 

 ──……。

 口角が上がる。俯いた彼女には見えていないだろう。

 そして──そして。

 気付いただろうか、彼女は。自らに無かった"暖かさ"が、彼女自身に宿ったということに。

 

 これは、入力だから、全てに適用すること、とは行かないけれど。

 君は新しいステージに立ったんだよ。二人目、だね。

 

「……たとえば。あなたはその星で、元々寄生虫だった。それが何らかの影響でサイキックに目覚め、あなたになった」

「違うね。0点」

「ぐ、……では逆はどうだ? サイキックの集合体であったあなたが寄生虫に宿って」

「それも違う。ちなみに言うけど、アイメリアは種族名とはいえ、僕みたいなのが沢山いたわけじゃないよ。僕の生態をして当時の学者がアイメリアと名付けただけだ」

 

 蔑んだ、でもいいけど。

 僕としてはそこそこ気に入っているから、そのまま名乗っている。人間だってそうでしょ。人間を人間だと称した人間の意見を、それが気に入ったからそうやって名乗ってるだけだ。自分たちの種族名なんか自分たちじゃわからないさ。

 

「……ならば、その前の星でも……あなたはあなただった?」

「お」

「しかし、だとすると……やはりその観点がわからない。かつて人類が滅ぼした彼らの方が、などというのならば、あなたはそちら側であるべきでは?」

「うーん、離れたね。君、結構先入観にとらわれるタイプだね。ああ、言い方が悪いな。君はまだ人間の尺度にいる、という方がいいか」

「尺度……」

「とまぁ、お話は一旦終了にしよう。ほら、見えて来たよ」

「……? そういえば、どこに向かって歩いて……」

 

 ま、この辺りはもう少しゆっくり考えると良いさ。

 急ぐ話でもないからね。

 

 潮風が頬を撫でる。

 打ち付ける波の音。

 

 咄嗟に身体を隠そうとするモモ。

 

「? 何やってるんだい?」

「何って、海だぞ!? そして私は機械だ。金属だ。潮風は敵だ!」

「……機奇械怪がそんなことで壊れると本気で思ってる? というか皮膜(スキン)あるでしょ。生成の仕方も学んだでしょ」

「た──……確かに」

 

 うーん。

 この子、期待できるのかできないのか微妙なんだよな。

 着眼点は凄く良いし、姿勢も素晴らしい。けど感性が……なんだろう。

 

 残念。

 

「それで……こんな所にまで来て、何をする気だ?」

「ああ、別の大陸に行こうと思ってね」

「成程……成程?」

「僕の転移ってちゃんと距離制限があるんだよ。だからほら、僕の手を取ってくれるかな」

 

 手を差し伸べて。

 おずおずと──それを取ったモモと共に、跳ぶ。

 

「……? お、──お、おい! 下! 何もないぞ!? 海だぞ!?」

「だからそんなに遠くまで跳べないんだってば。ここからしばらく落ちながら斜め上方向に跳んでいくよ。高速飛行は嫌なんだろ?」

「だ、だからそういう意味じゃ、」

 

 跳ぶ。飛ぶ。転移する。

 非効率だとは思うけどね。これをご所望なんだ、仕方がない。

 感覚的に無限落下に近いものを味わわせることになるけど、ねぇ? 仕方がないから、ねぇ?

 

「あはは、海面ギリギリで転移する、とかも面白いかもね」

「面白くない! 安全に行け安全に!!」

 

 騒がしい子だなぁ。

 エクセンクリンも……結構騒がしいから、ちゃんと似たんだねぇ。

 

 

+ * +

 

 

「皇都フレメア。そこは貴族の都。フレイメアリスを奉る国」

 

 捲られる紙の音──ではなく、端末に書かれた文字を上に流していく作業。

 

「聖都より別たれし兄妹。兄は聖都を、妹は皇都を首とし、以降袂を分かつ」

 

 母に依頼し、そして母より返された、皇都フレメアで見つけた禁書の翻訳文。

 ニュアンスなどをしっかり寄せて翻訳されているのだろうそれは、けれどチャルにもわかるような言葉で書かれていた。

 

「エルグの血を受け継ぎし者を貴族とし、そうでないものを民として……」

「チャル? 今大丈夫かしら」

「ん……お母さん? うん、大丈夫だよ」

「お友達が来ているわ」

「友達?」

 

 先日までは忙しくしていた母も、先のキューピッドの宣告を受け、今は家にいる。

 上層部がほとんどの職員に休暇を言い渡したのだ。六日間、しっかり考えられるように、と。

 

「ええ……ユウゴ君と、リンリーちゃんって子なんだけど……」

「──え?」

 

 チャルの心臓が跳ねる。

 あり得ない名前だったからだ。だって、その名前は。

 

「……どうする? 調子が悪いんだったら、帰ってもらうけれど」

「あ……大丈夫。今行くから。あ、お母さんは……来ないで良いよ。外で話すから」

 

 簡単に身支度をして。

 オルクスをしっかり確かめて。

 

 チャルは。

 

 

 

「いよっす! 久しぶりだなぁチャル!」

「ほんと! しばらく見ない内に……背、伸び……てないね。相変わらずちっちゃいなーチャルは」

「あ……う、うん」

 

 日の暮れて来た街を行く。

 できるだけ住宅街から離れるように、できるだけ広い場所に。

 

「それで……何? 用、って」

「あー、もうそれ聞いちゃう? もうちょっと話してからでもいーじゃん」

「そーだよ。久しぶりなんだからさ、今まで何があったのか話そうぜ、チャル」

 

 できるだけ、人のいない方に。

 チャル自らが先導していく。

 

「ごめんね、奇械士になってから、忙しいんだ」

「……そうだよな。お前、奇械士になったんだもんな」

「あのチャルがねぇ。ウチがいうのもなんだけど、まだフリス君とかの方ができたんじゃない?」

「ははっ、あいつ頭良かったからなー」

 

 だから、と。

 話を急くように、チャルはその銀の瞳で二人を見る。

 

「話って、何かな、ユウゴ、リンリー」

「……招待状だ」

「招待状?」

 

 手。

 二人は、その手をチャルに向ける。

 

「気付いてるよな。俺が……俺達が一度死んだこと」

「覚えてるよね。ウチらの最期」

「うん。……一回も、忘れた事は無いよ」

「けどな? 俺達は、蘇ったんだ。生き返ったんだよ。今は──あっちのホワイトダナップで過ごしてる」

「──」

「ウチらだけじゃないよ。あの事件で死んじゃったウチら以外のみんなもいるし、チャルの知り合いだ、って言ってた人もいた。確かミディットさんとケイタさんと……」

「アニータって綺麗なねーちゃんと、レプスって兄ちゃん。あとリンシュっていう……なんか騒がしいねーちゃん」

 

 忘れるはずがない。

 それを。

 

 その犠牲を。

 

「みんな生き返って、こっちにいる。だから──さ」

 

 もう一度、強く。

 ユウゴとリンリーは、その手を伸ばす。

 

「チャル。お前もこっちに来いよ。迷ってんだろ? 判断材料がねーからさ。だから、そんなんなら」

「ウチらと一緒に、もっかい学校生活しようよ。あっちのホワイトダナップなら、機奇械怪も襲ってこないし!」

 

 その二人に対して、チャルは。

 

 

「モード・エタルド」

 

 

 絶死の弾丸を撃つ。

 当然だ。チャルには、見えているのだから。

 

「……ちぇ。あーあ、勧誘は失敗か」

「あ、チャル。またね。ウチらはあっちにいるから……これ、ただの人形だから。ちゃんと待ってるから」

 

 首を振る。

 朽ちかけながらもまだ。まだ、チャルの友人のフリをする機奇械怪を見て。

 悲しそうに、言う。

 

「二人の一番大切なものは、神様、なんかじゃなかったよ」

「……」

「……」

「ちゃんと覚えてるから。二人のこと、ちゃんと」

 

 だから。

 

「あなた達は、二人じゃ、ない」

 

 消えていく。

 ユウゴとリンリーが朽ちて消えていく。エタルドのサイキックによって、機械にとっての絶対的な死が与えられる。

 

 それを最後まで見ることなく、チャルは踵を返した。

 恐らくこの"招待状"は他の者の所にも行っている事だろう。ならばそれを、死者を騙る機奇械怪を狩るのは、奇械士の仕事である。

 

 チャルは再度オルクスを握りしめ──駆け出した。

 

 

 

 

 

「くだらん」

「兄上!?」

「ん……なんだ、アレキ。起きていたのか」

 

 たった今女性を切り伏せた兄を見て、アレキは驚く。

 だってその斬られた女性は、間違いなく。

 

「母上……?」

「ああ。だが、機奇械怪だ。大方お前の母を装って、あちらのホワイトダナップに誘う……そんな魂胆だったのだろうが」

「機奇械怪……」

「……おかしなものだ。今俺は、虫の居所が悪い。……何故か憤りを覚えている。何故だ?」

 

 母親を兄が斬った、その母親が機奇械怪だった、それが刺客であった。

 続けざまの話に付いていけなかったアレキだったが、それよりももっと驚くことがあって、その怒涛のアレコレが彼方へと吹っ飛ぶ。

 

「……兄上。兄上は、上位者……なのですよね」

「む? あぁ、そうだな。俺は上位者だ。今更だな、まだ聞きたいことがあったか?」

「いえ……ただ、今の兄上は、母の死を利用されて、死を悼む感情を利用されて憤る……普通の人間のようだ、と感じました」

「死を悼む感情を利用されて……憤る」

 

 それはあり得ない。

 ケルビマは上位者で、断罪者だ。その証拠にケルビマは、ルイナードで死したあの女性のことを偲べなかった。あの時諭されこそしたが、それでもその実感を得られなかった。

 好こうとして、好こうとしたまま死んでしまった相手に感慨を抱けなかったケルビマが──実験で殺したに等しい女性のために、怒る、など。

 

「兄上。──死者は、弱者ではないと……考えます」

「……」

「私は……母上と父上が何故亡くなったのかを知りません。説明されたのかもしれませんが、覚えていません。兄上が何かを知っているのだろうこと、お爺様も何か隠しているのだろうことはわかりますが、聞こうとも思っていません」

 

 強い目だった。

 ケルビマが、口をつぐんでしまう程度には。

 

「でも、兄上が家族を大事にしている……いえ、人と人との関りを大事にしているのだろうことはわかります。知っています」

「そんなことはない」

「いいえ。兄上は知らないでしょうが、私がよく知っています。あなたは私に愛情を向けないよう必死に……まるで実験動物でも見るかのような目で私達を見てきました。けれど、私はソレを感じ取っています」

 

 そう言われてしまっては、ケルビマは否定できない。

 妄想だ、幻覚だと言うしかない。そんなものはないのかどうかさえ、ケルビマは自身を理解できていないのだから。

 かつて女性の墓前で「……ロクな感傷も持てんとは。不便なことだ」と呟いた彼は、もう。

 上位者という枠組みから──大本に振り回されるだけの上位者から、逸脱している。

 

「ありがとうございます、兄上」

「……何がだ」

「もし本当に、あなたが上位者という存在で、家族という縁になんの感慨も持っていないとして、そうあれとされた存在だとして」

 

 アレキが。

 テルミヌスを、抜く。

 

「──母上のために憤ってくれるあなたを──家族としてでなくとも、嬉しく思います」

 

 瞬間、アレキはケルビマの後ろにいた。

 たった今彼が斬り伏せた女性の横。そこから現れようとしていた男性を、両断して。

 

「コレは、父上ですか。くだらないですね」

「……くだらん奴が考えそうなことだ。アレキ。お前は、あちらのホワイトダナップには」

「ご安心を。あれなる偽物は、私達奇械士が叩き落してきますので──兄上は感情の育成に注力ください」

 

 それだけ言って、アレキは夕暮れの街に飛び出していく。

 チャルと同じだ。このような機奇械怪がいると知って、放置していられる性格ではない。

 

 その背を見つめて。

 

「……これも、くだらん感傷だがな、アレキ」

 

 思い浮かべるのは、アレキの言う通り実験対象でしかなかった、そのはずの男女。

 言葉よりも先に手が出るくせに、感情に訴えかけることも得意としていた二人。

 

「よく、似ている」

 

 果たして──ケルビマの表情は。

 

 少なくとも、それを見たどこぞの一般機奇械怪が「変顔の練習ですか?」とかなんとか余計なことを言ったのは、この風景から除外して良い事実なのだろう。

 

 

 

 

「何も──肉親を二度も食べさせることないじゃないですか。何にも気にしてませんけど。というか、馬鹿ですね。ただの人間相手ならともかく、私を騙せるわけないじゃないですか」

 

 だけど、と。

 

「本物の方が、ずっと美味しかったです。それだけは──姉さんの、名誉のために。何が、って感じですけど」

 

 夜に言葉は溶けていく──。

 



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仲が良い系一般上位者

 六日間の諸国漫遊の旅……もといエスト・マグヌノプス捜しを兼ねた、ルバーティエ=エルグ・モモの知見を増やすための──つまり、"入力"。

 ミケル・レンデバランが事を起こす前にホワイトダナップへ帰って来た僕らが目にしたのは──少しばかり面白くないものだった。

 

「……ああ、おかえりなさい、フリス」

「うん、ただいま。……それにしても、これは」

「はい。皆さん案外脆かったというべきか……唆されてしまうほどには、心が弱ってたみたいですねぇ」

 

 ホワイトダナップの人口三十万人。

 その()()()()()、ミケル・レンデバランの甘言に乗り──"招待状"なるものを受け取っている状態にあるという。

 そして今日の正午、招待状を持った人間が全てあちらのホワイトダナップに向かうのだとか。

 

 英雄の少ない時代だ、凡夫ばかりの時代だと思っていたけれど……溜息も出るよ、それは。

 

「そこまで弱いか、人間」

「フリスが沢山殺したのが悪いんじゃないですかぁ?」

「そんなのいつの時代だって同じだったよ。しかし、死者の蘇生……というか模倣か。ミケルもなんというか、時代を踏襲するような事ばかり思いつくね」

 

 契約と呼ばれる取り決めによって「悪魔」と人間が取引をしていた「悪魔」の時代。力を与える代わりに行動を縛る──融合機奇械怪を独力で作り上げた人間。

 昔からいたとはいえ、歴史の断絶を経た上でそこに辿り着いた悪辣さは、どこかモルガヌスに似てさえいる。

 そして今回は死者の模倣。「ゾンビ」の時代のゾンビはゆったり歩いてくるようなものでも見た目がズタボロなそれでもなく、ただ死んでいるというだけの人間に近しき存在だった。スファニア・ドルミルを見ればわかることだけどね。

 それを機奇械怪で代用し、これも同じことを辿っている。

 

「……いや、少し辿り過ぎている……?」

「フリス、私はモモさんを送ってきますよぅ」

「ああ、うん。でもモモももう転移は使えるから」

「真昼間から転移なんてできないでしょう?」

「……まぁ、いいけどね。うん、いってらっしゃい」

 

 中断された思考を取り戻す。

 僕は彼に、ミケルに、今までの全ての歴史、というものを教えてはいない。彼は純粋に「機械」の時代に生まれた天才であり、特異なサイキックも持っていない。

 だけど。

 だけど、もし。

 

「次の花火が、『精霊』の時代に即したものなら」

 

 いずれ彼は、僕の作る時代の先を行く事になるかも──。

 

 なんて。

 

「じゃあ、期待してみよう。このハードル、勝手に置くけど、越えられなかったら君を見限ることにするよ」

 

 空歴2544年6月10日。

 誰が呼んだか、"選択の正午"が始まろうとしていた。

 

 

* * *

 

 

 その時間、またもホワイトダナップの端末はジャックされた。

 映るのは機械天使。特異サイキック種エンジェル──キューピッドを名乗る者。

 

 ──"ホワイトダナップの諸君。"

 ──"選択の時だよ。まずは招待状を受け取った人達。この六日間、どのような技術を用いても開く事の出来なかったそれが、開けるようになっているはずだ。"

 

 それを聞いて、ホワイトダナップの各所で誰かが、誰かたちが招待状を開く。

 一見装飾の施された金属板のようにしか見えなかったソレを開封し。

 

 ──"ようこそ、新生ホワイトダナップへ。君達は既に権利を手に入れている。"

 

 起こる。

 各所で、あらゆるところで、それは起こる。

 寸前まで受け取った事を隠していた者も、受け取った事を自慢げに話していた者も、一様に──青雷に包まれ、消える。

 消えた。

 

 悲鳴は、けれど端末に映し出された人々の姿を確認し、それが困惑、驚愕へと変わっていく。

 転移だ。恐らくは招待状を座標とし、そこへ転移を働きかけた。

 

 ──"ここからが重要だ。──招待状を受け取らなかったホワイトダナップの諸君。"

 

 ああ。

 それを見たのは誰が最初だったのだろう。

 東部区域の縁に、何か──機械の爪のようなものが立てられていた。二本。否、二本ずつ、だろう。

 それに誰が気付き、誰が報告し、誰が──逃げられたか。

 

 ──"最後のチャンスだ。今、こちらに来ると言わないのであれば──僕は君達を偽物として、邪魔者として、排除する。"

 

 轟音。砲声。

 東部区域の縁を掴み、ガラガラと、ゴウゴウと音を立てて、真っ黒な線が立ち昇る。

 瞬く間に政府塔のてっぺんをも超える高さになったそれは、ぎょろりとした目で人々を睨み──大きな唸り声を上げながら、天へ向かって炎を吐いた。

 

 創作でしかない。ファンタジーでしかない。

 そんな機奇械怪はどのライブラリーにも載っていない──どの種かも検討のつかないそいつは。

 

「ドラゴン……?」

 

 長い体躯。長い髭。

 恐ろしき顔をした、けれどどこか神々しい機奇械怪。

 

 竜がホワイトダナップを掴んで見下ろしていた。

 

 ──"選択の時だ。どちらに付くのが利口なのかは、明白だとおもうけどね"

 

 パニックが起きる──。

 

 

* * *

 

 

「ドラゴン、ねぇ。……うん、芸術としてはかなり良い。僕じゃ無理なアート性だ。そうだね、ああいう方向に機奇械怪達が進化してくれてたら、評価こそしないけど、面白かったのになぁ、とは思うよ」

 

 ハンター種は鶏、プラント種はサボテン、プレデター種は虎、オーダー種は犀、サイキック種は象。

 これが原初の五機の姿だ。ここから全ての機奇械怪は派生し、交わり、様々な形を得て来た。

 爬虫類系がいなかったのは確かに僕のミスなのかもしれない。それがいれば、ドラゴンも夢ではなかったかも。でもワーム……ランプリーいるしなぁ。爬虫類ではないにせよ、それらしい形まで辿り着いた奴はいるわけで。

 結局空想は空想……せめて「魔獣」の時代ならね、なーんて。

 

 さて、そんなドラゴンの出現に街は大騒ぎだ。

 声高らかに「受け入れる!」と叫ぶ者、頭を抱えて塞ぎ込む者、悲鳴を上げる者。

 凡夫凡夫凡夫。

 

 その中で、必死な顔で懸命に避難誘導を行っている奇械士達。さらに、今しがたドラゴンへ向かって行った奇械士四人。

 

「あー、スファニアはやっぱいないんだ。ヘイズめ、貸してくれたっていいのに。なんか愛着湧いてるのかな? 愛にまで発展するならいいけど、彼の場合大体勘違いだからなぁ」

 

 ケニッヒ・クリッスリルグとチャル、アレキ、アスカルティン。

 まぁ確かにホワイトダナップの最高戦力だろう。アリア・クリッスリルグは迎撃か。いつも通りだね。

 

 いつも通り静観するのもまぁいいんだけど、今回ばかりは楽しそうな事が重なっているから、少しばかり隙を作るのもアリだと思っている。

 だからこうして、モモと旅をしたままの青年風な肉体を保っているわけだけど。

 

 少し前の戦い。マグヌノプスとの闘いは、本当にほんの一瞬だったけど……武人系の戦いが楽しい、ということに気付けた。

 生憎ながらモモとの旅でそれを使う機会には恵まれなかったけど、というかだからこそこう……フラストレーションに近いものがある。

 試してみたい。ロンラウから受け取ったこの武人系の入力。

 今まで念動力とかで大雑把にやってきた僕だけど、機奇械怪なんてものを作ったことからわかるように細かい作業も好きだ。計画立てて云々が苦手というか、面白くないからやらないってだけで、一瞬と一瞬の隙間を縫うような細かい事は大好き。

 それが武人系の入力にあるように思う。単純なパワー馬鹿に興味は無いんだけど、ケニッヒ・クリッスリルグに感じていた巧みさはこれだったんだなぁ、って。

 

「ということで、やってきました、と」

 

 パチッ☆と赤雷響かせて、やってきました新生ホワイトダナップ。

 機奇械怪で溢れかえる魅惑の園。どこを見ても機奇械怪機奇械怪機奇械怪。機奇械怪だらけの機奇械怪パラダイス。

 

 ま、そういうことである。

 ここに人間なんかいない。融合機奇械怪でさえいない。

 

 転移したようにみえたのは、予め用意してあった"招待状"を受け取った者を模した機奇械怪。初めからいたのも同じ。

 じゃあ本来の人間はどこに、そしてなんのために招待したのか。

 答えは簡単だ。彼が元々やっていたことを思い出せば、ね。

 

「──どんな気分なんだろう。自分だけは助かると、死した者に再び会えると、機奇械怪との共存なんてものを選んだ人類。君達は今、この巨大な水槽に入れられて、何を思っているんだろう」

 

 懐かしい。

 昔、フレシシが入れられていたものと構造は同じだ。その中にぎゅうぎゅうに人間が詰まっていることと、それが何基も何基も並んでいる事以外は。

 新生ホワイトダナップの地下は、全てこれだった。甘言は素材集めの道具だったって話ね。

 

「無様だ、とは思わないよ。衆愚は切っても切れない人間の性だ。それも習性だと見た方が早い。それに、チャンスを掴まんとすることは悪い事ではないからね。どちらにせよホワイトダナップの住民はもうギリギリだったと、そう決定づける出来事だった、というだけだ」

 

 暗い、けれど黄緑色の仄かな光が照らす地下を行く。

 湿った廊下……というか施設の床は、陰鬱な雰囲気を加速させるに十二分と言えるだろう。

 

 転移光。

 

「む……む? フリス……か?」

「違う、といったら?」

「いや、その問答で十分だ。面倒だから無駄な隠蔽をするのはやめろ」

「あはは、面白いかと思ったんだけどね」

 

 目の前に転移してきた存在。

 それはケルビマだった。

 

「──無様だな」

「まぁまぁ。彼らは弱かったんじゃないよ、ケルビマ。恵まれなかっただけさ。運が無かったことまでもを弱いと称するのならそうだけどね」

「くだらん。甘言を弄されそれに乗り、今になって後悔する。それのどこに強さがある」

「なら、"招待状"なんて得体の知れないものに怯えて受け取らず、布団にくるまって全てが終わるのを待っていることは強さかい?」

「無論、弱さだ。……む、だとすると、甘言を持ち掛けられた時点でソイツは弱い、ということになる……か?」

「あはは、ならないよ。彼らはただ愚かだっただけだ。弱かったわけじゃない」

 

 ははあ。

 ケルビマ、何かあったね、コレ。完全にモルガヌスの支配から逃れている。普通に一個の命になれている。

 成長コンテンツだ。本当に見ていて面白い。記憶を預けた甲斐があったというものだよ。彼とエクセンクリンくらいじゃないかな、僕がここまで……懇意にしたのは。あ、ヘイズも一応そうか。

 今まで十万の上位者がいて、たった三人だ。ああ、ロンラウとかの最初の十人は除くよ。一緒にいた期間が長いだけだし。

 NOMANS? あはは、もう無理でしょ。

 

「む」

「お」

 

 また、転移光。

 中から現れるは──。

 

「やぁやぁやぁやぁ元気かいフリス。聞いてくれよ、良い事があったんだ」

「やぁエクセンクリン。君がそこまで上機嫌で、しかも僕に対してそこまで友好的なのは珍しいね。モモのことならお礼は要るよ」

「今までの事を帳消しにする──ことはないが、非常に喜ばしい。非常に良い働きをしてくれたと思っているよ!」

「だろう? たまには僕も良い事をするのさ」

「……話が見えん。エクセンクリン、何があった?」

 

 エクセンクリン。

 いやぁ、びっくりだね。ミケルのショウに、ホワイトダナップに配置された上位者三人が集う、なんて。

 

「モモがね、生き返ったんだ」

「……フリス。いつもは逆だが、説明しろ」

「彼の娘が死んだことは知っているだろう? 君の腕を吹っ飛ばした娘」

「ああ」

「ルバーティエ=エルグ・モモ。彼女の身体は、というか機奇械怪になった彼女は、実は成ったわけではなく、ルバーティエ=エルグ・モモ、という女性を模しただけの機奇械怪だった。そして彼女の魂であるオールドフェイスはエクセンクリンに渡してあった」

「それが! 無くなったんだ! それはつまり」

「……成程、そういう仕組みならば蘇るのか」

 

 僕は死者の蘇生、なんて神の如き御業は使えない。できるのは死者を模した機奇械怪を、自分をそいつだと思い込んでいる機奇械怪を作る事だけだ。

 だけどその機奇械怪が魂を取り戻さないとは言っていない。僕がどうこうできるわけじゃないけど、機奇械怪本人の努力か、あるいは創造性によっては、此度のモモのようにそれも可能である、ということ。

 肉体を捨てて、魂だけを分離し、機械の身体にそれを憑依させる。

 モルガヌスも同じようなことをしている。マグヌノプスも一応そうだね。

 

 だから、モモ本人の努力次第ではあったんだ。彼女が自らの魂を取り戻す──エクセンクリンが後生大事にと持っていたそれを再分解し、自らのものとできるかどうかは。

 もっともそれを蘇りと呼ぶかどうかは……あはは、個人の感性に依るかな。

 

 で、それができた理由が僕にある、と。

 エクセンクリンは勘違いしているわけだね。うん、僕が何かしたわけじゃないけど、恩は売っておくに越したことはない。彼は報われ僕は褒められ、Win-Winじゃないか。

 

「それに、何より、妻を守らんとしていた私に対し、モモがこう言ったんだ。『お父さん……その、お父さんが上位者だとか、なんだとかはわからないけど……もし、今この島に降りかかっている災禍を祓える力があるというのなら、お願いできないだろうか』って! 久しぶりに頼られて嬉しいよ私は!」

 

 ちょっと騒がしすぎてウザいな、とか思ってないよ。

 

「しかし……過剰戦力だな。俺一人でも問題ないが」

「私は同行するよ。娘に頼られて応えない父がいるものか」

「あはは、僕は戦ってみたいから行くよ。そうだケルビマ、今度時間があったら手合わせしよう。君は武人系の極致にいる。そういうのと戦ってみるのも面白そうだ。あとヘイズもいいかも」

「……戦闘に明け暮れて、本来の目的を忘れそうな勢いだな」

 

 大丈夫大丈夫。

 そういう言動を意識してやってるだけだから。それに、本来の目的を君達に教えたつもりはないし。

 

「で、件の男はどこにいるのかな。一度は私の娘を殺した男だ。前々から恨みはあったよ、ちゃんと」

「……俺は、よくわかっていないままだが。アレキが叩き落すと言っていたコレの前に、機奇械怪が来てしまったからな。代わりを務めるのも悪くはないだろう」

「血気盛んだなぁ君達。あと、ミケルがどこにいるかはわからないよ。この島ちゃんとホワイトダナップのレプリカだからかなり広い。僕の感知でも覆えない程にね」

 

 じゃあ、手分けするか、とはならないのが上位者である。

 

「ちなみにこの人間どうする? 助ける気ある?」

「異なことを言うな、フリス。心にもないことを」

「私も特に思い入れはないよ。フリス、君が助けたいのであれば助けると良い。興味は無いさ」

「あはは、面白い事言うねエクセンクリン。あるわけないじゃん、そんな気持ち」

 

 こればかりは共通認識である。

 人間なんて、増えたり減ったりするものだ。放っておけば増える。絶滅しても植えなおせる。全然普通にこっちから絶滅させた事もあるくらい。

 だから、上位者の中で人間……とりわけ人類というものに対して強い意思のある者はいない。個人個人に対しては、エクセンクリンを見ればその限りではない、というのがわかるだろう。

 

 だからこの水槽に詰められた人間を見て。

 特に"英雄価値"でもない人間を見て。

 

 何の感情も──あ、ケルビマは無様だな、って思ったんだっけ。じゃ今のナシね。

 

「ま、馬鹿と煙は高い所に上るっていうし」

「言うのかい?」

「ああ、言うな」

「とりあえず政府塔、行ってみる?」

 

 さて──ハードルぶちあがったけど。

 ミケルは期待値超えてくれるんだろうか。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……純潔を着飾る者(ホワイトダナップ)運命を引き合わせる者(キューピッド)。……言葉操りが好きなのは変わっていないな……」

 

 男がいた。

 呟く言葉は明瞭なのに、その声色からは死臭しかしない。

 あるいは恨みか、意地か──強がりか。

 

「ふむ。協力者としての意見を述べるのならば、話す体力さえ温存しておいた方が良いのではないか?」

「……問題ない」

「そうか。君がそう言うのならそれでいいが──神の降誕までに死なないでくれたまえよ?」

「ああ……」

 

 そんな彼に、心配そうな……色は全くない、どちらかというといなくなられると面倒、みたいな表情で声をかけるはミケル・レンデバラン。

 協力者。彼がその言葉を使うのがどれほど珍しいかをわかる者はここにいない。

 

 根本的に人間に対して愛情しかないミケル。

 彼の根幹にある愛は、つまり、神の供物としての愛情だ。ミケルにとって人間とは神に捧げるべき最上の贄であり──それ以外の感情は無い。

 たとえ友と接していた誰かだろうと、家族として接していた妹にであろうと。

 愛情。溢れんばかりの愛情。神の供物として最上位の評価。だからこそ人間と機奇械怪を神の降誕に用いる。機奇械怪だけにしないのはそれがため。

 

 そんなミケルが、協力者と仰ぎ見る存在。

 

 彼こそが。

 

「そろそろ始めるとしようか──全ての始まりを」

「ああ……」

 

 ホワイトダナップに光が満ち始める──。

 

 

 

 

「おお?」

 

 フリスが不思議な声を出した。

 それは喜色。どこか嬉しそうに、輝き始めたホワイトダナップを見る。

 

「これは……」

「おいおいこれは」

 

 新生ホワイトダナップの地下。

 人間がぎゅうぎゅうに詰め込まれた水槽が、ぐつぐつと音を立て始める。神の髄液と呼ばれた粘性のある動力液が、人間の肉を骨を皮をと溶かし始め──悲鳴と断末魔が上がる。さらにまた、その人間達を押しやる形で機奇械怪塊が水槽へ転移し。

 

 ──それが、成る。

 

 光。光。

 美しさ、荘厳ささえ感じる光。

 それの覚めた頃。

 

 水槽の中にあれだけ詰め込まれていた人間も、仄かな黄緑色の光を発していた動力液も、グシャグシャの機奇械怪の塊も消えていて。

 

 新生ホワイトダナップの真上に何か──炎の塊のようなものが出来ていた。

 

「……『精霊』! まさか本当にそうなのかい、ミケル」

 

 それは上位者が、というかフリスが。

 折角「悪魔」の時代に辿り着きかけていた進化を、それよりももっと直接的な「ゾンビ」の時代がかなぐり捨てた事に落胆し、ならばソレそのものを人類を脅かすモノにすればいいんじゃない? という発想で編み出されたもの。

 これが、「精霊」。肉体を持たない、ほぼほぼソレだけのもの。

 

「実際に見るのは初めてだな」

「私もだ。私の製造は『魔獣』の時代。『精霊』の時代の『精霊』など、古代の遺物にもほどがある」

「えー、どうしよう。ちゃんとハードル越えられるじゃないか君。少し惜しくなってきた……けど、これで『機械』の時代まで行ってまたループするようなら嫌だし、被害も大きいし……」

 

 その「精霊」が。

 今まさに政府塔へ登らんとしていた三人を向く。

 当然だ、機奇械怪に魂はない。だから「精霊」に機奇械怪は見えない。

 見えるのは、それをジャラジャラと沢山持っている三人だけ。

 

「……敵意を向けてきているが、どうする?」

「フリス。あれは時代にそぐわないものだけど……」

「あ、うん。殺して良いよ。今でも作れるし」

 

 黄緑色の炎の塊が降る。降り注ぐ。

 三人に向かい、「精霊」が──。

 

 向かって消えた。

 まぁ、エクセンクリンの念動力と、ケルビマの一刀で。至極簡単に。

 

「弱いな……精霊とはこの程度なのか」

「表情のようなものはあるんだね。知的生命体ではあるのかな?」

「もう終わった、みたいな顔してるトコ悪いけど、まだ来るよ。流石にあれだけ贄がいたんだ、一匹じゃない。それじゃ、任せるよ二人。僕ちょっと確認したいことができたからさ」

 

 返事も待たずに、フリスが二人を置いて歩き出す。

 それに制止の声をかける二人ではない。いや、エクセンクリンは何か言いたげだったけど、それよりも止める方が面倒だ、と感じたのが大きいのだろう。

 

 あんなに嬉しそうで。

 あんなに──落胆したフリスに声をかける、などと。

 

 

+ * +

 

 

 流石にね、やりすぎ。

 彼の言う神が「精霊」でした! なんてのは出来過ぎなんだ。

 

 これは誰かが教えている。確実だ。

 で、そういうことしそうなのに心当たりは二つ。

 片方はアルバート。でもアレは善性存在だから、ミケルには絶対手を貸さないだろう。

 

 なら、あと一つは。

 

「はぁ。本当に嫌になる。何も知らない、無知のそれが進化するから、輝くから凄い、って思うのにさ。なんでこうチラつくかな。なんでこう邪魔をするかな」

 

 政府塔を上っていく。

 配置された機奇械怪が普通に僕を襲ってくるけれど、即席槍でバキボキ壊していく。折角の戦いの場なのに、こうも心躍らないなんて悲しいよ僕は。

 段々面倒になって来て、念動力で対処するようになって。

 あー、武人系の入力って殲滅力が足りないんだなぁとか思ったり。

 

 どんどん下降していく気分に溜息を吐きながら。

 

 その階へ辿り着く。

 

「──入るよ、ミケル」

「む……まさか辿り着く者がいるとはな。奇械士か?」

「ん? あー。うん。まぁ、そんな感じ」

 

 あ、そっか。

 僕今青年ボディだから、声も違うんだよね。

 

 どうせだからと、扉を蹴り開ける。

 

「乱暴だな。流石は奇械士、野蛮だ」

「どう思ってくれてもいいさ。で──あ、やっぱりいたね、君」

 

 ミケルはどうでもいいけど。

 その隣で、壁にもたれ掛って……息も絶え絶えになっている男性。

 

 彼が、俯いていた彼が、面を上げる。

 

「まったく、メガリア全土を探し回った僕の身にもなってほしかったな」

「……アイメリア……か……」

「うん。そうだよ、僕だ」

 

 男の名は。

 

 

「エスト・マグヌノプス。僕が殺さずとも死にそうだね?」

 

 

 そこに、いた。



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見直す系一般上位者

 見るからに生気のない、サイキックの欠片も感じない──幽鬼のような男。 

 エスト・マグヌノプス。彼がそうなのだとすぐにわかる。

 

「やぁ、エスト・マグヌノプス。今までどこに隠れていたのか、それとも匿われていたのかは知らないけれど、随分とボロボロだね」

「……一度死に、生き繋いだだけの身だ。十六年は、保った方だろう」

「あはは、それはそうだ。賞賛を送れるよ。君がマグヌノプスでなければね」

 

 因縁だと思う。運命だと思う。

 この星メガリアが僕を排除するために生み出した抗体、マグヌノプス。それがこうも僕を阻むとは、中々にやってくれると本当に思うよ。

 これがこれから何万年と続こうものなら──この星を諦めようかと思う程度には。

 

「少しだけ答え合わせの時間にしよう。それまで僕は君を殺さないし、君も余計な事をしないで欲しい。お互いのためにならないとわかるだろう?」

「……いいだろう」

「ではまず、直近の事件。エクセンクリンの名を騙ってホワイトダナップをアクルマキアンに向かわせたのは君だね?」

「そうだ」

「うん。ではその時、どのようにしてあちらのマグヌノプスと連絡を取ったのかな」

「答え合わせなのだろう。自分で考えろ、アイメリア」

 

 ──おや。

 少しだけ、違和感。確かにマグヌノプスは自分の手の内を明かさない奴だけど……これは。

 

「単純だ。もっと前から、ホワイトダナップが聖都アクルマキアンに近づいた時から、あちらのマグヌノプスとは交流していた」

「……正解だ」

「まぁ十六年もあったんだ、それくらいは造作もないだろう」

 

 だから、自身の墓に痕跡を残したのはフェイクか。

 あるいはそこから発信こそしたけど、その後普通に徒歩で帰った。死に体であるとはいえ、それくらいは動ける……もしくはミケルが手を貸したか、かな。

 

「それはマグヌノプスからの依頼だったのかな。アイツが端末に対して働きかけるなんて珍しいけど──今回はどうやら総力戦にするつもりではあったようだし」

「……」

「答え合わせ以外には応答しない、と。いいね、マグヌノプスの頑固さそのまんまだ」

 

 まぁマグヌノプスだから当然なんだけど。

 でも、違うな、という囁きがある。これはやっぱり、僕が長年奴を相手にしてきたからの気付き。

 

「その次だ。ミケルに機奇械怪のアイデアを与えていたのは君。合っているかな」

「否定する。……俺と出会った時から、コイツは既に神狂いだった」

「神狂いとは言ってくれるな、協力者」

「おや、違うのか。ミケル、君の突飛な機奇械怪のアイデアは、エスト・マグヌノプスから着想を得たものだと思っていたけど」

「ふむ。少し違う、というべきだな。私は独力で調べただけだ。この、年齢に見合わず全てを知っているかのような口ぶりの男を。そうしてマグヌノプスという名に辿り着き、そこからサンドリヨンとギンガモールを創り上げた。だが、トーメリーサや今回のディンドコンゲンス(ドラゴン)は私の発想によるものだし、神は私が生まれた時から私の中にいたものだ」

 

 ……さて。

 この発言の十割を信じる程僕は甘くない。甘くないが──ちょっと違うかもしれない、とは思い始めている。

 ミケルは影響を受けただけでエスト・マグヌノプスから何かを得たわけではない。

 何故なら。

 

「最後の質問だ、エスト・マグヌノプス」

「……ああ」

「君はマグヌノプスではない──違うかな?」

 

 問いに。

 エストは、にやりと笑った。

 

 

 

 

「おっけー、成程ね。今君と話して違和感を覚えた理由が分かった。マグヌノプスは僕に対し情報を漏らさないけれど、僕を試すような真似はしない。それは根源的に奴が僕に挑む者であるからだ。その点、君は違ったね」

「……飲み込まれつつあるのは確かだがな」

 

 もう、その喋りも、表情も。

 マグヌノプスのそれじゃない。奴は僕にそんな表情を見せない。

 このニヒルな男は、マグヌノプスじゃない。

 

 マグヌノプスに乗っ取られていない、が正しいか。

 

「前の姓は覚えていない。自らの家族も知らない。ただいつの間にか俺はマグヌノプスで……その意識を奪われようとしていた」

「それは何年前?」

「さぁな……二十年か、それくらいだ。ニルヴァニーナと出会った直後あたり……その日俺はマグヌノプスになりかけた」

 

 僕や上位者も十分悪辣な存在だと言うのは認めるけれど、それを排除するためとはいえ、マグヌノプスだってかなり悪辣な生態をしている。

 各時代に必ず一人は居続ける端末マグヌノプスだけど、当然前代が死んだタイミングで丁度よく赤子が生まれるか、なんて言ったらそんなことはない。勿論人類の総人口からの計算で、一秒に何人生まれている~なんて話はよくあるけど、絶対にそのタイミングで新しい命になれるなんて保証はない。

 だから、前代の端末マグヌノプスが死んだ場合、次代の端末マグヌノプスは誰かが()()のだ。

 この星に生まれた者の責任として、誰かが。老若男女問わず、誰かが成る。

 

 それが今回、エストだった、というだけ。

 

 けれど彼は呑まれなかったらしい。

 正直に言えば、信じられないよ。だってマグヌノプスは星の意思だ。メガリアという星そのものの意思を、個人の意思だけで跳ね除けるなんて。

 紛う方なき英雄だと、僕も認めよう。

 

 なにより。

 

「何より君は、死を拒否した。気付いたんだね? 次代が君の娘……チャルになる、って」

「ああ……そうだ。まだ赤子で、俺の血を引く……チャル。マグヌノプスの器として、あまりに丁度いい。だから、引き留めた。指先程度は……俺が死んだ数瞬分だけは、入ってしまったかもしれないが」

 

 だからやっぱり、チャルの淨眼がエストの、ひいてはマグヌノプスの力で在ることは間違いないんだ。あの銀色は奴の色だから。

 だけど、それだけに留めてくれた。エストがチャルをマグヌノプスにしなかった。

 

「どうやって生き繋いだかは聞いても?」

「特に大したことじゃない……死ぬ前。あの炎に包まれた機関部で、俺は機奇械怪を殺して回って……だが、結局追い詰められて。その時、まだ生きている動力炉を目にしたんだ。……だから俺は、それを胸に詰めた。丁度、機奇械怪に切り裂かれていた傷口にな」

 

 わかるだろうか、僕のテンションの上がり具合が。

 口角の上がり具合が。

 さっきまでの落胆に反する──"価値"を見つけたこの喜びが。

 

「動力炉は……機奇械怪は、完全に停止しない限りは、ずっと捕食行動をし続ける。いや、融合に向かう場合は除くが……特に近くに生体があるのなら、たとえ動力炉のみの状態でもそれを取り込まんとする。……アイメリア。そうだな」

「ああ、そうだ。機奇械怪はただの機械じゃない。動力炉を中心とした一個の生物だからね。ミケルがトーメリーサを作ったように、それ以前のナイフのように、簡易なガワと動力炉だけでも機奇械怪足り得る。君はそれを知っていたわけだ」

「奇械士より……詳しい自信はあるさ。ホワイトダナップの機関部は、もう寿命だったからな……」

 

 成程。

 これは、本当によく知っている人間の言葉だ。

 

 だってホワイトダナップって機奇械怪だし。

 

「そうして融合し、心臓を食わせた君が、どのようにして生き繋いだのかな」

「ミケルだ。……俺の……マグヌノプスが使う、劣化した転移については、調べがついているんだろう……無論……

俺も……仕組みの全てを、理解しているとは言わないが……マグヌノプスは、周囲にある同等のもの同士を入れ替えることができる……。星を使う、と。そう……言っていた気がするが、俺に理解のできるものではなかった」

「……ふむ。じゃあ、君の墓の近くにミケルが行って、君の肉体に似せた何かと動力炉を用意、それと入れ替わったわけだ」

 

 じゃあ、あのノートは。

 ……それと同等のものを、ミケルが用意できなかったのかな。

 

「死体と同等のもの、などと言われてもわからなかったのでな。緊急搬送されていくエストに機奇械怪が埋め込まれている事は一瞬でわかったゆえ、適当な贄に動力炉を詰めて近づけた途端、目の前にエストが現れた」

「君達いつから仲間だったんだい?」

「それも、ニルヴァニーナに会った直後くらいだな……」

 

 マグヌノプスと天才が出会う、という図式は運命を感じさせる。その天才がアリア・クリッスリルグの親族で、マグヌノプスはクリッスリルグの養子と同じクラスになって、のあたりも。

 だけど、実際ここまでニアミスを……回避をし続けている。

 それがエストの意思だ。

 

「それで、そんな君が、何故ミケルの手伝いを?」

「……マグヌノプスを封印するためだ」

「へぇ?」

 

 へぇ。

 へぇ!

 

「君が、マグヌノプスを?」

「そうだ。……引き留めはした。だが、このまま俺が死んだとて……そのままマグヌノプスはチャルに宿るだろう。そして、たとえそうでなくとも、こんなものを誰かに背負って欲しいと思うほど、俺は腐っていない」

「君はマグヌノプスの役割を理解した上で、そう言っているのかい?」

「そうだ。アイメリア。お前をこの星から排すためにマグヌノプスはいる。だが……()()()()()()、俺達の人生を食い潰されるのは、納得がいかない」

 

 正当な。

 真っ当なこと、だとは思っていたけどね、マグヌノプスという存在は。だって僕完全に部外者というか惑星外生命体だし。このメガリアがモルガヌスを腫瘍として、僕を病魔として扱うのは極めて正常で──なんなら使命感でも抱きそうな、マグヌノプスに賛同する者がいてもおかしくないな、と思う対立関係だと、そう思っていた。

 けど、エスト・マグヌノプスにとっては違うらしい。

 

「アイメリア。そして上位者……お前たちが、人間に対し……実験を、何かをする事。それに対して思う所はある。それについて対抗すると、抵抗する気持ちもわかる。俺達は弱者で、星の意思でも無ければ対抗し得ない事も知っている」

 

 だが、と。

 笑みを絶やさないまま、エストは言う。

 

「その程度で……星に助けを乞いたいとも思わないし、背負わなければならないとも、勿論思わない。絶望の淵、悲嘆の果てに己の運命を呪い……それでも頼ろうとは思わない」

「いいね。じゃあ聞くけど、その手法や如何に?」

「それについて私が話そう!」

 

 生き生きと、意気揚々と、ミケルが体を乗り出してくる。

 ……マグヌノプスと関係ないと言っていた割に、そこは噛んでいるのか。うーん、ミケルはミケルで……まぁ、まだ殺すには惜しいとは思い始めてはいるけれど。評価がしづらいな。"英雄価値"ではなくなってきているのは確かとはいえ。

 

「神は降誕したが、あれでは不完全だ。君達上位者に簡単に負けてしまうものだ。──だが」

「ああ戦闘力期待してたの?」

「戦闘力? そんなものは機奇械怪で十分だ。神に必要なのは器だよ器。星の意思とやらを受け止めるに値する器」

「ふむ。一理あるね」

 

 聞きに徹してみる。

 

「星の意思。それがどのようなものか私にはわからないが、何故それは全て人間に憑くのか、というところに着目した。上位者という絶対的な存在に対し、何故星の意思は脆弱な人間を選ぶのか? まさか人間以外は星の意思を代弁するにそぐわないとでもいうのか」

 

 面白い話だ。

 確かにそうだ。マグヌノプスは人間以外にはならない。機奇械怪や今までの「人類を脅かすモノ」に上位者が負けるかどうかはともかく、確実に人間より強いそれらにマグヌノプスは宿らない。

 良い着眼点というか、僕が考えもしなかった──考えるに値しなかったことだ、それは。

 

「そして私は、そんなことはないと考える。神も星の意思も、どちらも大いなる意思であり──ただ、それに相応しい器が無かっただけなのだと」

「それが、こうも多くの"神"を生み出すこととどう関係するんだい」

「まぁ待ちたまえ。そう、君の言う通り、今この新生ホワイトダナップには今二千を超える神がいる。上位者……ケルビマ・リチュオリアとルバーティエ=エルグ・エクセンクリンが相手をしているのはほんの一握りだ。他の神は全て、ある場所に集っている」

「そこは、どこかな」

「ホワイトダナップだ。あと少しでディンドコンゲンスが自爆し──更なる贄を生み、これより送られる宿主に神が集中、融合し、完全なる神が降誕する」

 

 好きだねぇ自爆。

 けど、成程。確かに今、ディンドコンゲンスなるあのドラゴンの機奇械怪は、ホワイトダナップに身体を巻き付けるようにしてチャル達と戦っている。

 それがあと少しで爆発するのなら、ホワイトダナップにいる住民のそのほとんどが死に絶えるだろう。

 

 そして「精霊」の融合。

 つまるところ今代の機奇械怪が四千融合するに等しい。加えてディンドコンゲンス分か。

 うーん、それがマグヌノプスの依り代になる、とは考え難いけど……。

 

 いや。

 だから……そうか。

 

「君か」

「ああ、俺だ」

 

 エスト・マグヌノプス。

 今その身にマグヌノプスを宿す、死に体の英雄。端末である彼は、けれど、だからこそ。

 

「俺がマグヌノプス本体を引きずり込む。そうして後は……あとは、わからない。俺が何になるか、マグヌノプスになるのか、それとも『神』に支配されるのか。俺の心臓は機奇械怪だ。そのまま、機奇械怪になる可能性もある」

「私は神が降誕すると踏んでいるが、まぁ、それ以外が降りても問題は無い。また次なる思考を試すまでだ」

 

 一つだけ。

 

「チャル達が巻き込まれる事はいいのかい?」

「……父親としてのことは、何もできなかった。あの子は俺を父親だと思っていないだろうし、思っていてくれたとしても、俺の事は何も知らないだろう」

「他人だから構わないと?」

「まさか。大切な娘だ。だから、マグヌノプスを引き留めた。そして、だからこそ」

 

 勝手ながら、だがな。と。

 自虐的に、けれど誇らしそうに彼は笑う。

 

「信じている。俺はあの子を、ただひたすらに」

 

 じゃあ。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 ドラゴンと奇械士の戦いは長引いていた。

 サイズがサイズだ。チャルのエタルドは巨大な敵に弱い。アレキのテルミヌスで斬り付けようとも些細なダメージにしかならず、アスカルティンの歯も立たない。

 そもそも胴にどれほどの攻撃を与えども一切の効いた素振りを見せないドラゴンに、ケニッヒが出した策は──。

 

「アレの中に入る……本気ですか?」

「しか方法ねぇだろ?」

「でも……」

 

 もう、ホワイトダナップは半壊状態だった。

 ディンドコンゲンス──という名は知られていないためにドラゴンと呼称されている機奇械怪。その身が巻き付いている南部区画から東部区画は見るも無残で、さらに火事も多い。

 たとえディンドコンゲンスを撃退しても、復興には時間がかかる。そういった様相を呈す街に、ケニッヒは捨て身の作戦を吐くしかなかった。

 

「口の中に入って、体内ぶっ壊しながら動力炉見つけて、……あとはまぁ、どうにかする」

「……危険どころじゃないです」

「つったってもうどうしようもねえさ。このまま戦闘を長引かせりゃ、最悪ホワイトダナップが圧壊する。そうでなくたって次にあのブレスが来たら終わりだ。なら、一か八かに出る方が良い」

 

 いつもの余裕なんてない。

 こうも直接的にホワイトダナップを攻撃され、防げなかった。

 奇械士としての

 

「……ケニッヒさん」

「なんだ、チャル」

「作戦があります」

 

 強い瞳。紺碧に揺る青に、銀の混じる瞳で彼女が言う。

 

「──私達でやらせてください」

「ダメだ。……といいたいところだが、まず作戦を聞く。どういう事だ」

「私達は、アレを……アレの動力をどうにかできる術があります」

「動力炉を、か?」

「いえ、動力を、です」

 

 もう隠すこともない、とばかりに、チャルは袖を捲る。

 そこに、腕に刻まれた紋章。"華"と呼ばれるソレに、ケニッヒは目を細めた。

 

 なぜならそれは、彼の妻の身体に刻まれていた"毒"と酷似していたから。

 

「チャル……」

 

 目を瞑り。

 そして──解放する。

 ずるり、とチャルの腕の紋章から姿を出した《茨》。それは彼女の肌をぞりぞりと斬り付けながら、しかし暴れることなく待機する。

 

「私はこれを従えていて、これは、機奇械怪の動力そのものと同じ性質を持っています」

 

 同じようにアレキが"種"から《茨》を出す。

 互いの《茨》は混じり合い、けれど攻撃性を示さない。

 

「あのドラゴンの動力炉がどこだろうと、私のこれは動力と接続し……それを吸い出すことができます」

「……アスカルティンが必要な理由は?」

「私達じゃどこに動力の経路があるかわからないんです。だから、アスカルティンさんに見つけてもらいます」

「あ、はい。行けます。匂いでわかるんで」

「今まで言い出さなかった。デメリットは?」

「制御できるかどうかは、わからないということです。初めてやるので」

 

 ケニッヒは「はぁ~」と大きなため息を吐く。

 自信満々なチャル達に。

 

「最悪お前さんも死んで、ドラゴンを止める機会も失って、ホワイトダナップと心中か」

「でも、ケニッヒさんが口に入って動力炉を探して壊すより確率は高いと思うんです」

「……わーった。だが一つ。俺もここに残るし、その……《茨》? チャル、お前がドラゴンの制御に失敗したら、それを無理矢理にでも引き千切る。その役目を担う」

「わかりました。お願いします」

 

 じゃあ、と。

 

「じゃ、最初に行きますね。動力の経路、それがもっとも表出している箇所を打撃し、動力を露出させます。敵は機奇械怪、それも恐らく数多くの製造炉を持っているので、一瞬で修復される可能性が高い。ですから」

「打撃した瞬間、私がチャルを傷口にまで運ぶ。最速で行きます」

 

 吟味は必要ない。

 一刻を争う事態だ。冷静に、というのにも限度がある。

 だから、言う。ケニッヒは。

 

「……考えてる時間は無いな。よし、お前ら。正念場だ。──行って来い!」

「はい!」

 

 

 

 巨竜ディンドコンゲンス。

 既存の機奇械怪には無いそのアート性は、だからこそ()()()()()()()という欠点を有している。

 なればこっちのものだと、アスカルティンはドラゴンの蛇腹へと飛び移り、即座に理性を外した。

 外れたのではなく外した。任せることにした。

 

「アハ」

 

 アハハハハ──と高笑いが響き、直後打撃が始まる。

 原初の五機を食べた事で手に入れた強度のある素材。それをふんだんに用いた拳で、ドラゴンの側面に強烈な打撃を与えていく。

 すわ工事現場たるやというほどの打撃は、けれど微かなへこみを作るのみ。

 あれほど硬かった原初の五機の素材でも傷つけられない素材。

 

 ならば合金を作るまでである。

 アスカルティンは自らの製造炉を働かせ、原初の五機の素材全てを合わせていく。そして鍛え、より強固なものを、より堅固なものを。その工程を数秒で行い尽くし、己が腕に換装する。

 

 一つ、強い音が弾けた。

 そのままギギギ、といういびつな音。それはまさしくアスカルティンが傷口をこじ開ける音であり。

 

「固定、しておくから! 来てー!」

 

 灰色の世界。

 その中をアレキが行く。風さえも追いつけない速度で、しかも直線的に。足場とか一切関係ないその跳躍力は、いつかホワイトダナップから降りるときにケルビマが見せたそれと同レベルのもので。

 本当に一瞬で、最速でその傷口に辿り着いたアレキは、チャルを前に出す。

 

「チャルっ!」

「うん、わかってる。行くよ」

 

 右腕。"華"は大輪を呈し、《茨》は怒涛を流す。

 アスカルティンが開いた傷口。そこにアレキがテルミヌスを突き立て、更に動力の経路を露出させ、チャルが傷だらけの右腕を突き入れた。

 

 突き入れて。

 

「──ぅ、ぁ……ァアッ!?」

 

 光。光だ。

 彼女の腕から這い出た《茨》の一本一本が光を発し、それがチャル自身にも伝う。

 アレキが即座に自らの《茨》を彼女のソレへ絡めようとも、バチンと弾かれるのみ。

 

「ッ、ダメか!」

「あ、ぁ、が……い、──ま、で、」

 

 いつの間にか辿り着いていたケニッヒ。チャルのその様子から、その槍を振るおうとして──アレキに止められる。

 

「待ってください、まだ」

「どう見てもやばいだろ!」

「っ、修復スピードが速すぎる! 二人とも手伝ってー!」

 

 アレキがテルミヌスを、ケニッヒが槍を。

 それぞれアスカルティンが開いた傷口に突き立て、それを手伝う。

 

「……まだ、だよ……!」

 

 言う。言葉を放つ。

 それがケニッヒを思いとどまらせる行動であり、アレキが、アスカルティンがチャルを信頼し、そのちっぽけな全力を巨竜に注ぎ込まんと気力を張るに値する意思となる。

 

 今。

 今、チャルの身体を巡るどこまでも激しい意思。彼女はこれを、これが何なのかを知っている。

 これこそが機奇械怪の意思だ。機奇械怪にも個性があり、大切なものがある。チャルの瞳はそれを見抜いていた。

 だからこそ、この提案をしたのだ。この作戦を立案できた。

 

 何故か。

 何故か、このドラゴンは──。

 

「大丈夫……私が、全部……貰ってあげる、から……!」

 

 劈くように、泣いていたのだ。

 

「アスカルティン、それ、食べることはできる!?」

「少しずつなら!」

 

 添えるように、アスカルティンが動力を食んでいく。ネイトで食べたあの不味いものよりかは美味しいソレは、しかし物凄い速度でチャルに引き込まれていっている。

 アスカルティンはまるで「自分の取り分が無くなる」とでもいうかのように捕食速度を高め始める。

 

 だが、アスカルティンが捕食に集中した分負担が増えるのは二人だ。

 片方は境界を切り裂く刀。動力を裂くこともできるのだろう、まだ軽い。

 だが、もう片方はただの槍だ。次第に機奇械怪の表皮の修復に巻き込まれ、その穂先が取り込まれんとしている。

 

「ッ、クソ、安物じゃねえんだが──」

「ケニッヒ! これ使って!」

「!?」

 

 突然の呼び捨てに驚いた、というのもあるが、何よりもケニッヒが驚いたのは、突然その場に槍が出現した事にだ。

 転移してきた、とかではない。

 唐突にそこに槍が作り出された。ケニッヒの使っているものよりも上質なそれが。

 

「こんなもんどこから──」

「いいから! 多分、もうちょっとだから!」

 

 刺す。急造の槍を、傷口の縁に刺す。

 それは修復に巻き込まれること無く、折れる事も無く。

 

 ただ凄まじい力がかかるのみ。

 なれば、ケニッヒだって役に立てる。

 

 あとはチャルがドラゴンの制御をするだけ。

 あとは彼女が頑張るだけ。

 

 その必死の耐えは、数秒の猶予は。

 チャルの決死の行動は。

 

 

 

 

 ──ドラゴンの自爆という最悪の形で、幕を下ろすこととなった。

 



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その身を捧ぐ系一般機械技師

 投げ出される感覚があった。

 投げられる。放り出される。引き剥がされて、捨てるように。

 

 光り輝き、自爆を敢行したディンドコンゲンス。

 その嘆き、その悲しみは、けれど関係ない。ディンドコンゲンス()の感情と、ミケルが植え付けた時限式の自爆機構は、チャルの対話に関係なく作動する。

 作動し。

 

「──え」

 

 だからそれは、その後ろ姿は──酷く鮮明に映ったことだろう。

 

 チャルの腕をそっと引き抜き、遠くへ投げた少年。

 アレキの背をそっと押して、弾き飛ばした少年。

 アスカルティンの肩を叩いて、向こうを指し示した少年。

 

 ケニッヒに苦く笑いかけて。

 

「みんなのことお願いね、父さん」

「フリ──」

 

 直後爆発が起きる。業火を伴う爆炎は空を焼き、弾け飛ぶパーツは炎を纏ってホワイトダナップに降り注ぐ。連鎖的に起きた爆発はディンドコンゲンスの身体を頭から尾までを辿り、その身が巻き付いていたホワイトダナップが東部区画、南部区画を完全に焼き尽くす。

 悲鳴も断末魔も上がらない。上がるような遅さじゃない。

 ただ、それほどの被害だというのに、少年に投げ出された四人は熱さえ感じなかった。

 

 何か不可視の力が彼らを包み込んでいたからだ。

 

「──!」

「──! ──!?」

 

 中の二人、ケニッヒとチャルが必死の形相でその不可視の壁を、自分たちを包む球体を叩いているけれど、声さえも外に出ないその球体はどんどん彼から離れていく。

 

 少年は──二人に手を振って。

 

 

+ * +

 

 

 空歴2544年6月10日。

 奇しくも偽キューピッドの宣言通り、その日は歴史の転換点となる。

 

「……なんて、語られるのかな」

「奇特な……奴だな……。目の前で、見たい、なんて。アイメリア、お前を殺す存在になるやもしれないんだぞ」

「あはは、僕がマグヌノプスに殺されるのは無いよ。少なくとも3000年くらいでどうにかなる存在じゃない自負がある」

「……まぁ、いいが」

 

 念動力でチャル達を逃がし、ディンドコンゲンスの爆炎をある程度抑え込み、集まって来る「精霊」が融合していくのを眺めながら……やりすぎたかな、とか考える。

 いやね。

 多分というか確実に僕が出てくる必要ってなかったんだよ。

 ケニッヒ・クリッスリルグあたりが犠牲になれば、チャルとアレキを守り抜くくらいはできるだろう。アスカルティン? 動力炉と記憶チップさえ無事ならどんだけ破壊されても平気でしょ。

 

 犠牲でなくとも怪我をするくらいはしていいと思っていた。原初の五機との闘いでは、奇械士に被害が出なかった。

 手ぬるいとか、被害を出したいとか、そういうわけじゃないんだけどね。なんとなく怪我しな過ぎだなぁとか思ってた。

 

 だから、出てくる気は本当になかったんだ。

 

「でも出てきた方が面白そうじゃん?」

「……何の話かは知らないが、悪い顔をしているぞ」

 

 無計画だ。

 でも、今。この絶体絶命を、絶死の瞬間を。

 もし、フリス・クリッスリルグに助けられたら──アスカルティン以外は激情を駆り立てられるんじゃないかな、って。

 あ、アスカルティンは無理だよ。あの子は僕を見た時点で僕であるって気付いちゃったし。もうあの嗅覚は上位者に近いね。

 

「さて、エスト。僕は今から、君を全力でサポートする。周囲は気にしなくていい。このアイメリア・フリスが君の英雄譚を華々しく飾ってあげよう」

「……ああ」

 

 無論。

 僕がやるのはサポートだけだ。

 この融合の末、エストが何に成っても──エストのままでも、マグヌノプスになっても、「精霊」になっても機奇械怪になっても。

 あれなるモノを倒すのはチャル達の仕事。自爆で全員爆散、は面白くないからね。

 

「世界は……広いな」

「メガリアは特に広いね。巨大な星だ」

「そういうことじゃない……。俺はマグヌノプスになりかけてから、世界の一端を知った……。マグヌノプスの知識。星に蓄積された知識。……機械技師として多くを知っていた俺がどれほど矮小だったかを思い知らされ……そしてまた」

「僕や『精霊』、上位者を深く知って、広くなったかい」

「ああ……。だが、やはり俺の考えは変わらない」

 

 一歩、エストが踏み出す。

 彼の足元には銀の粒子のようなものが零れ落ちている。あれがマグヌノプスの疑似念動力。何か細かい砂のようなものを操って、それを遠隔操作している。

 今回はそれを用いての足場形成だ。同時に、「精霊」へ粒子を飛ばしている。

 

「……アイメリア」

「何かな」

「俺はお前を信用しない。俺はお前を頼らない。恐らくどうにかなってしまうのだろう俺も、お前も──"英雄"が必ず打ち果たすだろう」

「それは、チャルかな?」

「わからない。チャルか、チャルの友か、チャルの子か、それとも全く関係のない別の誰かか──」

 

 エストは振り向いて、大きく(そら)を仰いで、言う。

 

「だが、お前は必ず打ち果たされる」

「楽しみにしているよ」

 

 ニヒルに笑って。

 

 瞬間、周囲にいた「精霊」が、そしてディンドコンゲンスの身から漏れ出でていた動力が、エストの身体に集中し始める。

 苦悶の表情を浮かべるエスト。けれど、悲鳴を上げるだとか、目を剥くだとかはない。

 歯を食いしばり──耐え続けている。

 

 凄いな。

 どれほどの苦しみか。どれほどの異物感か。

 身体に入って来る何か。「精霊」は魂の塊みたいな存在だ。《茨》もまた、性質としては似たようなもの。それを一身に受けて、けれど狂いもせずに踏み止まる精神。

 

「──アイメリア!」

「うん」

「今から、マグヌノプスを引きずり込む!」

「おっけー。じゃあ──僕も少し解放しよう」

 

 マグヌノプスは星の抗体だ。

 だから、僕という病魔が強く強く表出したら──少しくらいの隙は見せる。

 

 ああ。

 目を瞑っていたエストは、それが見えなかった事だろう。

 僕の首に入った一筋の線など。

 

 そこから──そこから出て来た不可視の何かを。

 

「──来た!」

 

 誰に見えているわけでもないだろう。

 星。下だ。地面。

 惑星メガリアから吸い出されていくものがあった。それは魂に似た、けれど全く違う"情報"。星の記憶。星の抗体。

 

「ッ……流石に、重い……重いが……」

「大丈夫。そこは手伝ってあげるよ。そのつもりで来たんだ」

 

 僕もそれを念動力で掴んで、エストに入れていく。

 これでも、それでも、エストは悲鳴を上げない。苦悶の表情を呈しながら、声の一つも漏らさない。

 

 エストの心臓にある機奇械怪が融合を再開するのがわかる。

 エストの身体に詰まった「精霊」が暴れまわるのが見える。

 エストの引き込んだマグヌノプスが──僕を睨んでいるのがわかる。

 

『聞こえるかねエスト・マグヌノプス! これより融合を開始する──気をしっかり保ちたまえ!』

「ああ……来い!」

 

 転移。青雷残るそこから出てきたのは、動力液……に見えるもの。

 違うな。アレは動力液じゃない。似ているけれど、全く新しい性質のものだ。

 

 それは意思を持っているかのようにエストに纏わりつき、そしてその身を──溶かし始める。

 

「……!」

「ああこれ、アスカルティンが戦ったっていう……」

 

 あるいは、アシッド・フログスの体表にあった酸性の液体。

 エストの肉体を融かし、壊し、そこへ「精霊」と動力が集い、混ざりあい……「融合」していく。

 

 それでもエストは、まだ。

 

「……もう、寿命だ。動力を得たことにより、機奇械怪の侵蝕が脳にまで達しつつある。『精霊』は取り込んだ。器は完成したが──俺の意思は敢え無く消えるだろう。だが」

 

 ぶれる。エストの姿に、歴代のマグヌノプスが重なる。

 だが、だが、だがと。

 振り払うように、己を確認するように。

 

「捕らえたぞ、星の意思(マグヌノプス)──」

「うん。こっちでも視認できたよ。今君の中にはマグヌノプスの本体がいる」

 

 エストの瞳から血が零れる。頭部からも、胸からも。

 瞬く間に血だらけになっていく彼。マグヌノプスがエストから逃れるためにその身を傷つけているのだろう。

 

 だが、それでも。

 それでもエストはマグヌノプスを離さない。

 

()()()!!」

 

 彼は英雄だ。紛う方なき。

 だけど僕が"英雄価値"と評するのは、あくまで機奇械怪に対する入力を行ってくれる存在に限る。今ここで英雄でなくなるエストは、チャルに壊されるつもりのエストは、決して僕にとって価値ある存在とは言えない。

 

 それでも手伝ってあげようと思えるのは。

 

「悪くない」

 

 アイメリア。そう呼ばずに、僕を名で呼ぶエスト。

 悪くはない。マグヌノプスの性質を持つ者に、名前で呼ばれる事。それを悪くないと思うのは──やっぱりチャルの影響が大きいのかな。

 

「創り変えるよ」

 

 エストに手を翳し──その中の機奇械怪へ、そして「精霊」へ干渉する。

 彼が引き込んだマグヌノプスを覆うように、逃さぬように、馴染むように。

 星の意思の全てをここに結する。

 

「……!」

「後は君の戦いだ、エスト。君が負けた瞬間、君はマグヌノプスになるだろう。『精霊』や機奇械怪じゃ太刀打ちできない。意識の主導権は確実にマグヌノプスが得る。君が勝てば、あるいは君がマグヌノプスを従えるかもしれない」

「本望だ」

 

 その胸に《茨》の針を刺す。縫い留める。

 痛みは無いだろう。だが、もうマグヌノプスはエストから逃れられなくなった。

 

 これにより、マグヌノプスの抵抗が増す。エストは内外から傷つけられることになる。

 機奇械怪の侵蝕、「精霊」の炎。エストを苦しめるものは多い。それでも、それでもと。

 

「──そして、最後にプレゼントだ。猶予をあげよう、エスト。今のチャル達では絶対に君に勝てない。僕にもね。だから──彼女らには時間が必要だ」

「……ああ」

「未来へ」

 

 それはアルバートの技。

 単純に飛ばす──けれどアルバートと違い、場所と時間を指定して。

 

「君にとっては一瞬だ。彼女らにとっては、五年間。次に目を開けた時、成長した彼女らが君を倒せるかどうか──この永遠のような一瞬を、楽しみに待っていると良い」

「……ああ」

 

 じゃあね、と。

 彼を消す。

 

 そして通信機をONにして。

 

『な──何が起きた? 神は? エスト・マグヌノプスはどこへ……』

「ミケル。最後の発注だ」

『その声は……フリスか。少し待ちたまえ、今神を降誕する儀式をしている最中で──』

「指導者を作って欲しい。人間らしさも、策略も、アート性も削いだ機奇械怪の指導者。これ以上の情報は与えないから、僕の意図を読んでこれを作って欲しい』

『……フリス。良いかね、これは社会人として言うが、依頼は具体的に──』

「じゃ。完成したら連絡してねー」

 

 通信機を切る。

 後ろを振り返れば。

 

 ……まぁ、ホワイトダナップはほぼ壊滅状態だ。そして丁度、あっちの新生ホワイトダナップが()()()()に斬れたのが見えた。

 多分ケルビマだろうけど、もしかして念動力の範囲広がったかな。モルガヌスからの支配を完全に跳ね除けたからか、制限が取れている。

 

 ミケルは……ま、生きてるでしょ。生存能力高いし。

 

 不時着どころか、墜落気味に落ちていくホワイトダナップ。

 元々機関部は寿命を迎えていた。けどこれ、どうかなぁ。全員死ぬ……気はしているんだよなぁ。何の緩衝も無しに地に堕ちたら、辛うじて生き残っている北部、西部区画の人間も死ぬだろう。

 

 ホワイトダナップ。

 まぁ、別に要らないといえば要らないけど。

 

『フリス!! 手伝ってくれたまえ!!』

「来ると思ったよ。で、エクセンクリン。何を差し出してくれるのかな」

『私が機奇械怪へ入力として用意していた、"群れの王"の記憶だ!』

「いいよ。じゃあそれを等価としよう」

 

 落ちかけていたホワイトダナップを掴む。

 まーまー重いけど、その程度でどうにかなる僕じゃあない。

 

 ……で、手伝いはしたけど、機関部直さなきゃどの道落ちるよこれ。

 

「どうする気なの?」

『今ケルビマが、新生ホワイトダナップの機関部をごっそり切り取って持ってきている。フリス、挿げ替えるのは可能かい?』

「可能かどうかで言えば可能だ。けど……」

『ヘイズにスファニア・ドルミルをこちらへ貸してもらえないか交渉する!』

「あはは、そんなにホワイトダナップが大事かい?」

『当然だ! 私の妻子が乗る島だ──なんとしてでも守ると決めたんだ、そのためなら悪魔にだって魂を売るさ!』

「……ま、いいよ。チャルの母親もいるしね。少しだけ手伝ってあげよう。ただし、ミケルがホワイトダナップをそっくりそのまま模しているかどうかはわからないよ?」

『構わない。やってくれ』

 

 まったく、人使いが荒いなぁ。

 僕は万能じゃないんだから、挿げ替えるって言ったって結構時間がかかるっていうのに。

 

 さぁて。

 機関部と、そして──久しぶりの再会を、ね。

 

 

+ * +

 

 

 

 何があったのだろうか。

 不可視の球体に包まれた四人は、爆炎の光の嵐の中を潜り抜け──いつの間にかホワイトダナップに着弾していた。

 

 アレキがテルミヌスを抜き、その球体を切り裂けば──。

 

「やぁ、久しぶりだね、四人とも」

「……フリス」

「フリス……」

「っ」

「あ、どうも」

 

 フリス・クリッスリルグ。

 少年がいた。あの頃のままの姿で、彼が。

 警戒を解かないアレキ。対し、チャルとケニッヒは武器を構えることすらしない。

 

「アスカルティン、その腕は?」

「あ、槍に加工してケニッヒさんに渡しました」

「……突然現れたと思ったら、そういうことだったか」

 

 ケニッヒがその手に持つ槍をアスカルティンに返す。

 するとアスカルティンはその槍を食べて……すぐに腕部へと加工した。

 

「フリス……本当にフリス、なんだね」

「うん。久しぶりだね、チャル」

「……よぉ、フリス。久しぶりだな」

「父さん、と呼べたらよかったんだけどね。僕は君の息子ではないから、そうは呼ばないでおくよ」

「そうか」

 

 フリス・クリッスリルグの姿をしていても、やっぱり彼はフリス・クリッスリルグではない。

 もう彼の性格はある程度が抑えられ、鳴りを潜めていた温厚なものから、興味のある事以外に興味のない残酷なものへと戻ってしまっている。

 けれど、それを素直に伝えたのは──ある意味、フリスという存在が変わっている、ということでもあるのかもしれない。

 

「五年後だ」

「……何?」

「五年後の今日、ホワイトダナップを脅威が襲う。それまでに強くなっていて欲しい」

 

 それだけを告げて、フリスは踵を返す。

 背を向け手を振って、そのまま消えようとした彼に──抱き着く存在があった。

 

「フリス!」

「……何かな、チャル」

 

 抱き着く。

 いや、抱き着いたように見える、だろう。少なくともアレキ、ケニッヒ、アスカルティンにはそう見えた。

 抱き着かれた当の本人……フリスにとっては、その背に突きつけられた銃口に笑みを零すしかない。

 

「聞かせて、フリス」

「キューピッドは僕じゃないよ」

「……うん。それは信じてた」

 

 じゃあなぜ、チャルは彼に銃を突き付けているのか。

 

「それじゃ、何が聞きたいのかな、チャル」

「今。フリスの一番大切なモノは……私じゃなくなってる。ううん、どころか、良く見えない……上手く見えない、曖昧な、けれどフリスは確信している何か。これは、何?」

「……」

 

 見えていた。

 チャルには、彼の一番大切なモノが。青色に近い黒。もやもやした、ねばねばした、こちらを見て、にたりと笑うモノ。

 これが何なのか、チャルにはわからない。

 

「アスカルティンの好物だよ」

「……嘘じゃないね」

「うん。さて、じゃあ僕からも質問だ、チャル。何故君はオルクスを僕に突きつけているんだろう。モードはティクスだね。生物を絶死させる弾丸」

「確認したいことがあるの」

 

 震え。

 オルクスを持つチャルの手が、カタカタと震えている。

 

「ちょっと前にね。ユウゴとリンリーが来たの。勿論彼らは偽物で……機奇械怪だった」

「言っておくけど僕の仕業じゃないからね?」

「わかってる。……その時ね、その時。ユウゴとリンリーの偽物を、エタルドで倒した時。この銃が……オルクスが、とっても熱くなった」

「へぇ」

 

 その時ばかりは、チャルの瞳は強いソレではなく。

 苦しさ紛れるうるんだ目。

 

「その時ね、オルクスの一番大切なモノが見えたの」

「武器だよ、それは」

「でも、機奇械怪だよね、これ」

「……うん。よくわかったね」

 

 オルクス、テルミヌス、カイルスは機奇械怪だ。

 捕食行為をしないがゆえにわかり難いが、これらは全て機奇械怪で──何かを消費して作られたものである。

 だから、チャルは問う。

 

「──オルクスは、何で出来ているの?」

「さぁ? なんだろうね?」

 

 弾丸が放たれる。

 有機生命を殺す弾丸。それはフリスに突き刺さり、その部位から彼を滅していく。

 

「フリス。……あなたはもう、フリスじゃないんだね」

「少し違うな。フリス・クリッスリルグがおかしかっただけだ。僕が元々のフリスだよ」

 

 朽ちて行く。

 滅んでいく。

 

 人体が簡単に──その全てが塵となって消えていく。

 

「ともかく、五年後だ。五年後までに最強になってね、チャル。今回は旧友の頼みでホワイトダナップを延命したけど──五年後の今日、君達が強くなっていなければ、ホワイトダナップは落ちる」

 

 消えていく。

 消えて。

 

「これからは『機械と人間』の時代だ。これがどういう意味か、深く考えておくと良いよ──」

 

 消滅した。

 

 フリスはその場から完全に消え、ようやく、ホワイトダナップは平和を取り戻したのだった。

 ──凄まじいまでの、恐ろしい程の被害を伴って。

 

 

+ * +

 

 

 突然だが、ピオ・J・ピューレは機奇械怪である。

 高給汎用給仕型人造人間(アンドロイド)──NOMANSの製品であった頃の記憶を持つ彼女は、この世界の現状に不満を抱いている。

 まず、世界が荒廃している。

 ピオの記憶にある限りの世界はもっと豊かだった。でも、いつの間にか世界は滅びかけていて、人類は絶滅しかけていて──何故か隣に、浮浪者みたいな男がいた。しかもそれが所有者になっていた。

 

 不満である。

 

「あん? なんだ、ピオ。俺の顔になんかついてるかいよ」

「いえ。古井戸さんの顔はゴミで構成されているようなものなので、ついているかどうかは微妙なラインです」

「そうかいそうかい、粗大ゴミが」

 

 古井戸。

 ピオの所有者はこの男である。ボサボサの髪と髭、襤褸切れのような着流し。サンダル。

 ピオも古井戸も己の出自を知らない、という共通点はあれど、高級汎用給仕型人造人間として見目麗しい少女の形をしているピオと、小汚い浮浪者一直線な見た目の古井戸ではつり合いがとれない。

 

「……世界が滅びに向かっています」

「だねぇ。まさかラグナ・マリアがあそこまでボロボロになってて、再建邂逅がもぬけの殻になってて、聖都アクルマキアンがなんぞ正体不明の機奇械怪の巣になってて……」

「ネイトの大穴、クリファスに満ちる謎の霧、舞い戻ったダムシュも完全に壊れていて、ホワイトダナップも巨大な機奇械怪に襲われていて」

「残るは排他主義のエルメシアと鎖国中のジグだけ。……嫌な世の中だねぇ」

 

 もう。

 滅亡まで秒読みだった。

 無理だと思えた。ピオの演算機能が未来を予測した結果、あと五年もすれば──全ての国が滅んでいる可能性があると。

 

「ピオ。……お前さん、俺についてきていいのかい?」

「は?」

「怒んなってぇ。なに、世界が滅亡するっていうんならぁら、俺に付いてくるんじゃなく自分の行きたいトコに行くのもいいんじゃねぇのかぁなってさ」

「……私はオールドフェイスを自身で自身に入れる事が出来ません。また、所有者から一定距離以上を離れる事が出来ません。以上の観点からあなたから離れる事が出来ません」

「んじゃ誰かに売りつけるかデッ!?」

 

 馬鹿なことを言い出した浮浪者を蹴り飛ばす。

 ちなみにピオの蹴りは大岩を蹴り砕く程度の威力を出せるので、それなりの技術で古井戸側がダメージを軽減しているのだろうことがわかる。

 尚、ピオは製品であるため売りつける事は実際にできてしまう。できてしまうが。

 

「……私は古井戸さんの傍を離れる気はありませんので」

「そぉかいそぉかい。……しかし、機奇械怪も減ったねぇ」

「それは、そうですね」

 

 唐突に話題を変えた古井戸に、けれどピオも乗る。

 古井戸とピオは地上を旅しているのだが、最近明らかに機奇械怪の数が減っている、という感覚があった。

 だからこそピオは疑問に思う。

 自身の演算装置は、機奇械怪が減っているにも関わらず、人類は五年以内には滅びると言っているのだ。

 

 何か見落としているものがあるのか。

 何か忘れているものがあるのか。

 

「古井戸さん」

「俺も同じこと思ってたぁよ」

「じゃあ、行きましょうか」

「あぁ」

 

 ──何か、考え忘れがあるのなら。

 

 知らない所に行くべきだ、と思う。

 

「エルメシアへ」

「ジグへ」

 

 ……。

 尚、二人の気は全然合わないものとする。

 



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閑話系閑話

「~♪」

 

 昔の歌を歌う。歌詞なんか覚えてないから、鼻歌で。

 静かな場所で、風に吹かれて。

 

 復興中のホワイトダナップは悲嘆に満ちている。急ピッチで進められている工事は、けれど希望に満ちたものでなく、明日は暗闇なのだ、という顔がずらりと並んでいる。

 仕方のない事だろう。ホワイトダナップの人口は文字通り半減……否、それ以上が消え、繋がりを失い、縋るものを失い。

 

「~♪」

 

 あるいは支配者を打ち倒したアクルマキアン、膿を排したラグナ・マリアよりも、ホワイトダナップは失意の果てにあると言えた。

 そんなホワイトダナップを見て鼻歌を歌う僕の横に、一つの影が降りたつ。

 

GOOD HUMOUR(上機嫌ですね)……」

「まぁね」

 

 凡夫は悲嘆の海に溺れているけれど、そうではない者たち……"英雄価値"はしっかり動き始めている。

 そしてそれは、上位者たちも同じ。

 

HAZE(煙霧)……CERYYAR(灰色)……EXENCREAM(外典)……」

「ご機嫌ナナメかい? 君の支配を受け付けない上位者が、三人も確立してしまったことに」

JUST A LITTLE(少しだけ)……BUT(ですが)……MORE THAN THAT(それ以上に)……EXPECTATION(期待があります)……」

「へぇ」

 

 臆病で悪辣で収集癖の強い彼が、未知に期待をしている、なんて。

 珍しい事もあるものだ。

 

NOW()……MAGNUNOPUS(集大成)……HEROIC VALUE(英雄価値)……AND(そして)……EIMERIA(あなたの)……CHASING ONE ANOTHER(追いかけっこが)……」

 

 生気のない瞳で、半開きの口で。

 確かアクルマキアンに配置されていたはずの上位者が、操られるようにしゃべる。

 

IT'S ABOUT TO END(終わろうとしている)……」

「……そうかもしれない。五年後、このホワイトダナップで、全ての決着がつく可能性がある。マグヌノプスも"英雄価値"も上位者も、そして僕も君も。全てを巻き込んで──全てが無くなるかもしれない」

ME(私も)……?」

「『機械と人間』の時代。僕はこの時代にそういう名をつけた。いつだって時代の名前は人類を脅かすモノである──それは知っているだろう」

MACHINE(機械)……HUMAN(人間)……BOTH(どちらも)……?」

「そう。そしてそれは──あるいは、僕がこの星に見限りをつける事態ともなるだろう」

 

 だから、盛大にやろうと思っている。

 神と人と。

 チャルはあの時、僕の中にあった、僕の一番大切なモノを見たはずだ。アスカルティンはもう、己が食べるべきものが何かわかっているはずだ。モモはもう、あるべき世界の姿を理解しているはずだ。

 世界は変わる。確実に。

 ならば僕は、無計画ではなく、ちゃんとした下準備を進めるべきだと踏んだ。

 

「モルガヌス。僕は君の位置を知っている。僕は君がやろうとしている事も知っている。君が僕を排そうと構築しているものを知っている」

「……」

「止めはしない。僕は君を認めているからね。だけど」

 

 何のためらいもなく、その全身を《茨》で突き刺して。

 

「僕の実験を邪魔するのなら、容赦はしない。そろそろ思い出すと良いよ」

SCARY(恐ろしいことで)……」

 

 消えていく上位者の身体に目もくれず──この風吹く丘を駆け上がって来る少女に目を向ける。

 

 少女に。

 ああ。ううん。

 決別のつもりだった。五年後まで合わないつもりだったのに……なんだかなぁ。

 

「フリス」

「……何しに来たんだい、チャル」

「お話を、しに来たの」

 

 さて。

 じゃあ。

 お話を、少しだけしようか。

 

 

 

 

「フリス。今度こそ、久しぶりだね、っていうし……ずっと一緒にいたよね、っていうよ」

「うん。もうわかっているんだろう。フリス・クリッスリルグも、フリス・カンビアッソも、そして僕も、完全なる同一人物で──それらは僕の一部でしかない、ということに」

「わかってる。私が好きだって思ったフリスは、本当にもう死んだんだって、知ってる」

 

 銃は突き付けられていない。

 ただ、あの時のデートを思い出させる位置……つまり、隣り合って。

 あの時とは全く違う様相となったホワイトダナップを眺める。

 

「じゃあ、何をしに来たのかな。何を話しに来たのかな、チャル」

「ちゃんと言おうと思って」

「何を?」

 

 チャルは──突然僕に顔を近づけて。

 僕の顔を、自分の方に向けさせて。

 

 

 

「嫌い」

 

 

 ──そう、言い放つ。

 笑顔で……目を潤ませて。

 

「ずっとずっと、引き摺って来た。ずっとずっと、口ではわかったような言葉を吐いて、アレキにも大丈夫だよ、なんて言って、ヘーキなふりをして、ずっとずっと自分を騙して──あなたを忘れられずにいた」

 

 だから。

 

「嫌いだよ、フリス。なんでもないかのように人をいっぱい殺して、国を消して、子供みたいに、いらなくなったら捨てて。私を大切だって思ってくれていたあの心が嘘だとは思わない。けど、私はもう、あなたが嫌いです」

 

 何度も言う。

 チャルは、自分に言い聞かせるように、何度も何度も同じ言葉を紡ぐ。

 

「嫌い。嫌い。嫌い。フリス、私はあなたのことが嫌いです。私はフリス・クリッスリルグが、フリス・カンビアッソが、そしてフリスが嫌い。──だから」

「うん」

「……だから。だから、さ」

 

 紺碧を揺蕩う銀の瞳。

 マグヌノプスの影はしかし、彼女の価値を損なわせない。

 

「お願いが、あるの」

「うん。言ってみて、チャル」

 

 声を震わせて、喉を枯らして。

 理性が、本能が、僕を嫌っているとあの時チャルは言っていた。そうだろう。マグヌノプスの系譜であれば、僕が嫌いで嫌いで仕方がないはずなのだ。

 それを押して。

 エストもチャルも、それを押し退けて──僕を見る。

 

 

「──私を嫌ってください。そうじゃないと、そうして、くれないと──私の魂は、あなたを諦める事ができないから」

 

 

 ──……。

 

 ごめんね。

 

「それは、できない。僕は君を嫌えない。君がたとえ僕を殺そうと、僕の計画を台無しにしようと、君の事を嫌いになる事は無いよ、チャル」

「……お願い。私は、あなたが嫌い。フリスが嫌い。色んな事を知っているクラスメイトのあなたが、ダムシュでみんなに酷い事をしたあなたが、ホワイトダナップを、この島をめちゃくちゃにしたあなたが、大嫌い。心の底から、嫌い。嫌いなの」

「うん」

「心から嫌い。頭のてっぺんから足先まで嫌い。嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」

 

 だから、オネガイシマス。

 お願いします。お願いします、と。

 

「お願いだから、私を嫌ってください。このままじゃ私は──あなたを……フリスを、殺せない」

「僕は君を評価している。君の父親も評価している。君が素晴らしいものだと、君が美しいものだと、君が類を見ない英雄であると、そう評価している」

 

 なら、これが最大限の譲歩だ。

 

「評価しているだけだよ、チャル。エストに向けるもの。アスカルティンに向けるもの。そして君に向けるもの。それらは等価だ。──君を好いているわけじゃない。評価していることは、大切に想うことは、好きだと思う事じゃない」

「──……うん。ありがとう」

「これで、さよならできるかな、チャル」

 

 チャルは、にっこり笑う。

 笑って。

 

「できないよ、フリス」

「あはは、だと思ったよ」

「できないよ。無理だよ、フリス。私、フリスが好きだよ。嫌いなはずなのに、嫌わなきゃいけなはずなのに、私、まだ、まだ、ずっとずっとフリスが好き。どうしてかわかんない。そんな酷い事言われてるのに、私、フリスが好きなんだ。なんでかな。わかんないよ。わかんない。わかんないよ、フリス」

 

 捲し立てるように言う。涙を流して言う。

 ようやく顔を話したチャルは、そのまま立ち上がって。

 

「さよならは、できない。あなたを嫌いにはなれない。私に()()()()()を渡したことも、こんな運命を課したことも、到底許せそうにないのに……なんでできないのかわかんない」

 

 オルクス。

 そうだ。彼女が気付いた通り、その双銃はユウゴとリンリーの魂を加工したもの。同じように、スファニアのカイルスはマリクの魂を用いている。

 

 気付いて尚手放していないのは。

 

「ずっと前から好きでした。あなたが死んでからも、ずっとずっと好きでした。あなたが悪者だってわかってからも、ずっとずっと好きでした。あなたの所業がわかっても、それでもまだ、大好きです」

「うん」

「──だから、決めました」

「あはは、何をか、聞いてもいいかな」

 

 銀の混じらぬ瞳で、チャルは言う。

 強くて、挑戦的な笑みで。

 

「私があなたを変える。──強くなって、今のあなたを、私の知ってるフリスになるように変える。殺してでも、変える」

「……うん。楽しみにしてる」

「それじゃ。──私、強くなるから。今度こそじゃあね、フリス」

 

 言って。

 チャルが去っていく。一度たりとも振り返ることなく、この静かな丘を駆け下りていく。

 

 ……さて、じゃあ。

 ストーカーさんともお話をしようか。

 

 

 

 

「ほら、チャルは完全に去ったよ、ストーカーさん」

「誰が」

「君以外にいるのかい? まったく、チャルにも気付かれていたよ。気配消すの下手なんじゃない?」

「……元々あの子には隠し事なんてできないから」

 

 チャルがここに来た当初から隠れて此方を窺っていた少女──アレキが出てくる。

 僕の感知範囲は勿論、チャルの目にもしっかり映っていたことだろう。

 

「それで、何用かな」

「宣戦布告」

「へぇ。前、僕に文字通り手も足も出せずに負けた君が?」

「次は殺す」

 

 ふむ。

 じゃあ、少し食指を動かして──念動力を叩きつけてみる。

 

 瞬間、僕の腕が飛んでいた。

 ……念動力で掴みなおして、くっつける。

 

「テルミヌスがあれば問題ない、って?」

「今、テルミヌスは使ってない」

 

 言われて気付く。

 確かに振りぬかれたアレキの刀はテルミヌスでなく、彼女が昔使っていた溶断用の剣。

 

「──兄に、念動力の対処法を習った。まだ完璧とは言えないけれど……このただの刃が、素っ首叩き斬る日も近い」

「いいね、悪くないよ、アレキ」

 

 念動力の対処法。

 なんだろうか、それは。純粋な武人系のケルビマだからこそ思いつく対処法になるのかな。

 どちらにせよなんにせよ、今原理を聞くのは勿体ない。

 

「でも足りない。君には特別が足りない」

「ええ、わかってる」

「そうかい。正直言って、五年後の決戦。ただ念動力が切り裂けるというだけでは戦力外通告も良い所だ。それはわかっているね?」

「ええ」

 

 ならいい。

 それなら問題は無い。どこをどう対処するのか、どこがどう変わるのか。

 

 楽しみにしておこう。

 

「アレキ・リチュオリア。チャルは僕の事、まだ好きらしいよ」

「……そう。でも、私はチャルのこと、好きだから」

「諦めないんだ?」

「諦めさせなかったのは、あなたでしょう」

 

 ああ、そうだ。

 あの時アレキの心を引き留めたのは、他ならない僕自身だ。

 

「期待している。今は何の価値もない君が、僕を驚かせることを」

「次は首を斬る。いいえ、全身を細切れにして、中身も斬る」

「あはは、それは良い宣言だ。楽しみにしているよ」

 

 潮時だ。

 今度は僕が去る。赤雷を走らせて、転移で去る。

 

「フリス」

「何かな」

「……もし、あなたがチャルに変えられたら」

 

 それはあり得ないIFだけど。

 

「──最後はまた、一緒に学校へ」

「あはは、いいかもね、それも」

 

 僕はその場から、完全に消えた。

 

 

+ * +

 

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながらそこを行く。

 真白の家々が並ぶ坂道。時折ある黒い家を目印に、幾重にも重なる十字路を的確に曲がって進んでいく。

 

 そうして辿り着くのは、他の家々と変わらない一軒家。

 玄関を開け、鼻歌を歌ったままに上がって行けば。

 

「~♪」

「……上機嫌ね」

「あ、起きてたんですかぁ?」

「ちょっと前から、ね」

 

 一人の女性が私を迎えてくれた。

 

「おはようございます、()()()()()さん」

「おはよう、フレシシ」

 

 榊原ミディットさん。

 フリスの手を借りずに、私が完全復元した女性ですよぅ。

 

 

 

「五年後?」

「はい。五年後、ホワイトダナップの上空に『星の意思』が現れるとかで、奇械士の皆さんは今猛特訓中ですねぇ」

「……その話を持ってくると言う事は」

「お察しの通りです。──上手く行けば、全勢力対フリス個人、という構図を作り上げる事が出来ます。『星の意思』、あるいは『神』。奇械士、機奇械怪、上位者。このメガリアという星に住まう全ての存在が、フリス一人を敵に回す、という展開があり得るんです」

「そこを狙わない手はない、ってことか」

「はい」

 

 さて、それは紛う方なき密談と言えるでしょう。

 話し相手のミディットさん。彼女と今詰めようとしているのは──『アイメリア・フリス討滅作戦』について。

 私の創造主で、私が最も敵に回したくない存在たるフリスを、どうやったら殺せるのか、という術をまとめた計画書になります。

 

「そちらはどうですかぁ? 今同胞は」

「この国の半分を超えたよ。順調にコトが進めば、このジグという国の全国民が私達と同じになる日も遠くはないと思う」

「流石の手腕ですよぅ」

 

 参考にしたのは二つ。

 一つはミケル・レンデバランの作った『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』。ふざけた名前のナイフでしたが、構造は美しいの一言。とても人間が作り出したものとは思えない残虐性を持つ機構と、あまりにもスリム且つ無駄のない構造は、私やガロウズが見ても舌を巻くほど。

 もう一つはラグナ・マリアの吸血鬼。正確にはその事件の被害者たち。

 敵を噛んだら機奇械怪に変える──融合させる、なんて仕組みは搭載されていなかったものの、その思考ルーチンは非常に有用なものでした。

 

 以上二つを用い、このジグという国でパンデミックを起こしたのです。

 パンデミックといっても、秘密裡に一人一人変わっていったものですから、気付いた者はいないでしょう。

 この鎖国中の国は、いつのまにか機奇械怪の国になっていて。

 いつのまにか、私の意のままに操れる兵隊になっていた、と。そういうわけです。

 

 いやぁ、苦労しましたよ。

 私は元がサイキック種なので、オーダー種の信号の出し方はフリスから習う他ありません。そこへガロウズという姉妹機が台頭してきます。ガロウズはまさにオーダー種をベースとした機奇械怪で、彼からたくさんの信号を学ぶことが出来ました。

 

 機奇械怪同士で知識を教えあう。

 あの時フリスに諭されてから、私はそれを積極的に行っている。モモさんやアスカルティンさんへ物事を教えるのも同じ理由。本質的に争い合う必要の無い私達機奇械怪は、だからこそ助け合って高め合っていく事が出来ると理解したのです。

 

「……ここが見つかる心配は、ないの?」

「見つかってますよぅ、とっくに。ただ、フリスは未知を解き明かすことを嫌うので、突撃してくることはないですねぇ。ここで作られる兵団の詳細も知らないまま、楽しみに五年間を過ごしてくれるはずですよぅ」

「そう。……キューピッド、か」

「復讐心は、まだありますか?」

「勿論ね。──次こそ私の手でやっつける」

 

 何を失ってでも、というか。

 もう何も失うものがないがゆえになりふり構わず、強い憎悪を抱くがゆえに諦めず、尽きることの無い怒りを持ち続けられる者。

 私はそれをずっと探していました。

 フリスが無計画にも半機奇械怪へと変えた女性、榊原ミディット。

 メーデーと名を変えた彼女は、しかし最愛の人を守ることも出来ずにフリスに負け──殺されかけた。

 

 これほど都合の良い存在はいません。

 

「では、ミディットさん。そろそろ一度、手合わせをしませんか?」

「手合わせ? いいけど、あなたはサイキック種だよね? 戦えるの?」

「あ、勿論私は無理ですよぅ。ただ、最近とても強い旅人さんが来たので、その方にお相手頂こうかと」

「……よくわからないけれど、わかった」

 

 ミディットさんが自らの腕から杭打機を取り出します。

 仕込み武器。機奇械怪ですからね、らくらくです。

 

 では──案内しましょう。

 久しぶりのご対面となるでしょうからねぇ。

 

 

 

 

「やぁ、ミディット。あるいはメーデー。ふふ、メーデーである時はボクと会話することはなかったから、やっぱりボクにとってはミディットが一番しっくりくるね」

「……アルバートさん、でしたか」

 

 ここはジグの総合体育館。

 主に奇械士が使用する場所で、今回は貸し切りとさせていただきました。

 

 その中心に佇んでいたのが、ガルラルクリア=エルグ・アルバート。

 元ホワイトダナップの最強。ある意味でフリスを完全に封殺できるサイキックを持つ他、身体能力や剣技も卓越したものがあります。

 当然と言えば当然。フリス曰くアルバートさんは「精霊」の時代の人間。空歴1002年生まれ。

 つまり、1542年もの研鑽を積んだ末にいるわけで。

 

「ふふ、敬語は要らないよ。ボクはもう奇械士をやめているし、それは君も同じ。この場においては対等だ」

「わかりま……わかった。一応言っておくけど、昔手合わせした時の私とは全然違うから、油断とかしないでね」

「しないさ。ただ、そっちこそ慢心しないことだ」

 

 空気が変わる。確実に重くなる。

 フリスはアルバートさんをして、「新鮮味がないから"英雄価値"とは呼べない」なんてことを言っていたように思う。

 確かに機奇械怪にとっては、これは、アルバートさんの存在とは既知だ。既存の英雄に並ぶ身体能力、上位者が扱い得るサイキック、過去の積み重ねによる剣技の極致。

 知っているから、新しくない。

 でも、習得出来ているわけじゃない。

 

 だから。

 

「動力炉と頭部。それ以外なら壊してもいい。そうだったね」

「はい。対し、ミディットさんは、全力でいいですよ。じゃないとアルバートさんに傷一つ付けられないとおもうのでぇ」

 

 二人の姿が消えたのは同時だった。

 開始の合図など必要ない。次の瞬間杭打機は空に弾杭を射出していて、ミディットさんの左腕がぽーんと宙に浮いていた。

 

「──ッ!」

「よく見るんだ、ミディット。自分の攻撃を当てるのは二の次だ。何をされたのか、何をすれば躱せるのか。相手が格上なら、慢心の全てを捨てるといい。観察して、考察して、推察して──隙を見つけるんだ」

 

 金属音。

 今度はミディットさんのお腹がザクりと斬れます。

 対し、アルバートさんは無傷。サイキックの気配は感じないので、時止めなるものは使っていない。単純な身体能力のみでミディットさんを圧倒している。

 

 ……正直な話をすれば、私は人間が嫌いです。

 自分たちより劣っていると考えている。チャルさんもアレキさんもアルバートさんも……どれだけ特異な力を持っていても、人間だ。

 たった60年そこらで死ぬ人間だ。餌として見ることはできても、評価の対象と見る事は出来ない。

 

 はず、だったんですけどねぇ。

 

「……そこまで。勝負ありです」

「うん。まぁ、予想通りの結果だったよ」

「ッ……」

 

 四肢を斬り飛ばされ、動けなくなったミディットさん。

 ま、これで鼻っ柱は折ってくれましたかね。フリスが特別強いから負けたのではなく、ミディットさんが弱いのだと。

 そしてこれは、これより生まれる兵士の指針にもなる。

 人間から機奇械怪になった者は皆、慢心というか全能感に襲われやすい。

 その矯正をしてくれるのがアルバートさんになる。依頼しました。その辺ほっつき歩いてたので。

 

「それじゃあ直しますから、家に戻りましょうねぇ」

「……」

「あ、アルバートさん。報酬の家は北東方面にありますので、あ、これ鍵ですよぅ」

「うん、ありがとう」

 

 アルバートさんへの依頼としての対価は、ジグに住処を作る事。

 根無し草のアルバートさんが、けれど世界を旅するための拠点が欲しいとのことで、ジグに家を一つ。その代わり、帰ってくる時に私の機奇械怪兵団へ稽古をつけてもらおう、という契約。

 人間は餌でしかない。

 はずでした。けど、もうそんな常識は捨てました。

 人間嫌いは変わってません。同類を壊す人間を好きになれるはずがないので。ただの餌を好きになれるはずがないので。

 ただ。

 

「ちなみにフレシシさん、君はやらないのかな?」

「やりません。私じゃ勝てませんから」

 

 私も、慢心はやめることにしました。

 人間は私達を越えていく存在。人間は私達に食べられる存在。

 どちらにもなり得る存在ならば、認める事もするべきなのだと思う。

 

 そうじゃないと。

 そうじゃないと、フリスには勝てない。あの上位者を倒すことはできない。

 私は彼の敵に回りたくない。彼を敵に回したくないけれど。

 

 けれど、アレから逃れられるのなら。

 

「ボクはマグヌノプスの味方だからね。マグヌノプスの味方をする君達に手を課すことは吝かではない」

「はい。よろしくお願いしますよぅ」

 

 ……私は、悪魔にでも人間にでも、頭を下げますよ。

 



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さらに閑話を挟む系閑話

 五年が経った。

 

 ──なんてことはない。まだ、もうちょっとだけ。

 

 

 場所は聖都アクルマキアン。住民の大半が機奇械怪に変わったこの国は、けれど比較的平和な生活を送っていると言えた。

 通称"十七日間の悪夢"において壊されたはずのモノもヒトも全てが元に戻っているのだから当然だろう。数少ない人間達は巻き戻った時間に違和感を覚えながら──けれど「空の神フレイメアリスのおかげ」と信じることで、無駄な混乱を起こさずにいられた。

 宗教国家であるが故、といえるだろう。

 

「……ヘイズ」

「なんだ」

「つまらん」

「そうか。ホワイトダナップにでも遊びに行けよ。俺は忙しいんだ」

「客も来ないのにか?」

「……俺は俺でやることがあんだよ」

 

 ヘイズの居酒屋。ヘイズの酒場。

 ここは今、閑古鳥が鳴いていた。客が来ない。客が来ないのだ。

 それも当然、この酒場に入り浸っていた大半の人間は機奇械怪になってしまったし、からくも逃れた人間は、けれど"十七日間の悪夢"が起こったあの日、唯一外に出ていた二人を警戒してしまっている。ヘイズとスファニアが何かをしたのではないか──そう疑われているのだ。

 客が来ない程度で傾くことのないこの酒場であるが、人間を間近で観察するため、という名目で酒場の経営をしていたヘイズにとってこれは痛手。マリクがいなくなったことで奇械士の仕事もできない。

 となると。

 

「……そろそろ潮時か」

「何か言ったか?」

「ま、この店も畳み時って話だよ」

「畳んだら俺はどうなる?」

「そりゃお前」

 

 ヘイズはニヤりと笑って──スファニアに手を翳す。

 彼女の口の形が「オイ」になって、けれど声が発される前に、スファニアは転移光と共に姿を消した。

 

 丁度ホワイトダナップが周辺域にいた時の話である。

 

 

 

 

 さて。

 

 スファニア(邪魔者)を排除したヘイズは一人、とある場所へ向かって走っていた。

 荒野も荒野だ。当然、ここはアクルマキアンではないのだから。

 

 砂埃を立てながら物凄い速度で地上を爆走するヘイズ。道中の機奇械怪は無視だ。正確には、既存の、知っている機奇械怪は無視している、が正しい。

 

 聖都アクルマキアンに起きた、マグヌノプスによる上位者の乗っ取り事件。

 アレには一つだけ解決されていない事柄があった。

 それが、おかしな行動を取る機奇械怪の存在。ヘイズが奇械士になった理由であり、フリスが来る直前まで目撃され続けていたもの。結局マグヌノプスはその機奇械怪を使っては来なかったし、機奇械怪の大暴走(メクス・スタンピード)においてもそれらしき個体はいなかった。

 なればそれはなんだったのか。

 

「っと……この辺か」

 

 ヘイズが追っていたのは足跡だ。機奇械怪の足跡。

 当時の証言をもとに作成した資料から機奇械怪の型を割り出し、最も怪しいものを追って爆走していた。

 そして辿り着いたのが、ここ。

 

「……小屋?」

 

 そこには小屋があった。小さな家屋。

 荒野に突然現れた、ポツリと聳え立つソレに──とりあえずヘイズは攻撃を仕掛ける。

 

「まぁ待ちたまえ脳筋が!!」

「あん?」

 

 それを止める存在があった。

 ヘイズの槍を、念動力らしきものが止めたのだ。伴って声。ヘイズの知らない声。

 

「なんだよ、上位者か?」

「む、そういう貴様は……聖都アクルマキアンの奇械士か? いや、言動を察するに上位者か。まったく、上位者というのはどいつもこいつも……」

「んじゃこっちも言動から察するが、アンタは上位者じゃねぇんだな。つかここにいねぇな。どっかからか遠隔でスピーカーに声当ててんのか?」

「そのようなところだ。では改めて自己紹介をしておこう。私はミケル・レンデバラン。研究者であり芸術家であり聖職者だ」

「あー。お前か、フリスが懇意にしてた技術屋ってのは」

「肩書き! 名乗っただろう今!」

 

 はぁ、と大きなため息を吐くヘイズ。

 ならばあの奇異な行動を取る機奇械怪は、このフリスお抱えの技師の仕業か、と。

 

「で、こんなとこに掘っ立て小屋なんか立てて、何してんだ」

「調査だ」

「調査?」

「ああ、私は機奇械怪を作る事を生業にしているのだが、ある日私の作ったオーダー種が信号を捉えた。なんとか解析を試みてみると、それはどうにも救難信号のようだった」

「それがこの辺から出てる、って?」

「そうだ。ゆえにこうして拠点を立て、幾つかの機奇械怪を洗脳し、調査を行わせている」

 

 仕業は仕業だった。それは合っていたが、どうやらそう単純な話ではないらしい。

 

「……お前、その信号受け取った時、ホワイトダナップはどこにいたよ」

「ほう? ケルビマ・リチュオリアもフリスも脳筋で辟易していたのだが、上位者の中には貴様のように頭の回る者もいるのか。名は?」

「ヘイズだ。それより、さっきの答えは?」

「フレメアとエルメシアの中間付近だ」

「……そりゃ」

 

 成程それは調査をしたくなる、とヘイズも納得する。

 この付近は大陸に置いて西北端……フレメアやエルメシアから正反対の場所にあると言っていい。

 そんな距離を越えて信号を飛ばすなど、上位者にだってできやしない。

 

「ただの救難信号であれば無視したのだがな。だがそれが既存の機奇械怪にはない距離を操る者であり、しかも全方位に対して信号を飛ばせる者となれば話は別だ。是非ともその技術は手に入れたい」

「……わかった」

「む? 何がだね?」

「協力してやる、って言ってんだよ。調査、難航してんだろ? ホワイトダナップがこの周辺域にいる時間もそう長くはねぇ、できるなら今回ですましちまいてぇ。違うか?」

「……私の感動が伝わっているか? これまで上位者というのはあのフリスという……こう、社会というものが何なのかわかっていないビジネス不適合者や、とりあえず全部叩き斬ればいいと結論付けるような交渉不適合者、辛うじて話は通じるものの根本的に私に敵意があるため話にならない復讐者と……大変だったのだ!」

「最後のについちゃ自業自得だろ」

 

 苦労しているのは伝わってくるが、コイツ自身も別に善性じゃねぇから何とも言えねえな、とはヘイズの心内。

 

「ええい正論を言うな正論を。まぁ、良い。協力は願っても無いことだ。よろしく頼む」

「ああ。んで、今どこまでわかってんだ?」

「その前に──変形をするから待ちたまえ」

「変形?」

 

 言葉が終わってすぐの事。

 突然目の前の掘っ立て小屋が、ウィーンガションウィーンガションと音を立ててバラバラに……否、自らのパーツを組み替え始めたではないか。

 ヘイズが多少興味深そうにそれを見守っているのも束の間。

 

「──特異ハンター種『ハンス』と特異サイキック種『グレーテ』だ」

 

 組み上がり、変形が終わった小屋は、凧のついた球体を思わせる姿になった。

 

「ほぉー……既存の機奇械怪じゃ絶対辿り着かねえ発想だな。二つで一つなのか」

「見る目があるな、とさっき言ったが訂正しよう。慧眼だ。よくぞ見抜いた。そう、この機奇械怪は最新作……互いが互いに動力炉を持ち、しかし動力を共有する二体で一体の機奇械怪だ。その機構あって、ハンター種の機動力とサイキック種の超能力の双方を一つの目的で使うことができる」

 

 風もないのに凧が上がる。そちらがグレーテなのだろう、それは中空に固定され、ハンスの方がゴロゴロと転がり始めた。

 

「待て待て。どこまでわかってんだ、って聞いてるんだよ」

「この辺りから信号が発されている、ということはわかっている。──それ以上の追跡は地道にやるしかない」

「……この機奇械怪は?」

「グレーテがオーダー種の信号を敏感に感じ取り、その方向をスキャン、ないしは念動力による掘削を行う。ハンスはその周囲を破壊し尽くす。これにより効率的に信号元を探すことができる」

「それは効率的じゃなくローラーっつーんだよ」

 

 また大きく溜息を吐くヘイズ。

 そして──背にかけていた双頭槍を抜き取り、ぐるぐると回し始めた。

 

「その玩具、壊されたくなかったら離れてな。全力でだ」

「おいおい、信号元を壊しかねない、ということはわかっているのか?」

「そんな表層にいるなら自力で出れてるだろ。ま、何らかの事情で、ってんなら──俺は知らねえ。壊しちまったら残念だったな、だ」

「……やっぱり脳筋か! ああもう、どうしてこう上位者というのは!」

 

 言いながら全力で離れていく二つの機奇械怪。

 それに流し目を送り、「ハ」と短く笑ったヘイズは──。

 

「念動力の大半は使っちまってるが──これくらいならできる、ってな」

 

 槍を突き立てる。

 

 その、衝撃は。

 アクルマキアンやジグにまで"地震"という形で届いたという──。

 

 

 

 

「危ないだろう!? 私が君の槍の威力を測り損ねていたらハンスもグレーテも潰れていたぞ!?」

「よく測りきれたな。やっぱアンタ見る目あるよ」

「この微妙に話の通じない感じ……!」

 

 そこには、クレーターがあった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直径一キロメートルはあるそれが、槍の一突きによって引き起こされた、などと。

 まるで隕石でも落ちたかのようなその痕跡に、ミケルは通信機越しに喉を鳴らす。

 

「で、お目当てのモンはあれだろ」

「……おお」

 

 クレーターの中。

 そこに、あれだけの威力がぶち当てられたにもかかわらず無事な建物一つあった。

 青色のメタリックな外見。立方体のその家は、入口らしきものが見つからない。ただこれが救難信号を出しているのは確実だ。何故ならグレーテが過剰なほどに反応しているのだから。

 ミケルはハンスとグレーテを操作し、そのメタリックな立方体に近づく。

 そしてハンス……球体である機奇械怪からマニピュレーターを出して、慎重にそれを調べ始めた。

 

「……なんだこれは」

「あー。……なんだこりゃ」

「わからないのかね、上位者が」

「上位者が何でも知ってると思ったら大間違いだぜ。知ってたら実験なんかしねぇしな」

「ふむ。先ほどの一撃をこれに当てる、ということをしてみては如何かね?」

「無駄だろうな。ホントはもっと威力出るんだが、コイツに弾かれてこの程度の深さまでしか掘れなかったんだよ」

「……測り違えていた、と」

 

 ヘイズもノックをするようにブルーメタリックの立方体を触るけれど、特に何の反応もない。また透過も試してみて、それが上手く行かない事も確認した。

 つまり。

 

「あー……俺より前に製造された上位者の拠点、という可能性があるな」

「まーた上位者か。だが、オーダー種が如き救難信号を出す上位者がいるのか?」

「フリスだってオーダー種みてぇな信号出せるぜ?」

「……確かに。それが先日のスタンピードだったか」

 

 となると、途端に興味が薄れる二人。

 技術だったら、機奇械怪だったら取り込めるとウキウキしていたミケルも、そんな特異存在が野良で発生した可能性があると知ってワクワクしていたヘイズも、なーんだ上位者か、と落胆してしまったのだ。

 しかしミケルはメンタルの立ち直らせ方を、モチベの高め方を知っていた。

 

「……いやいや、違うだろう。つまり、上位者の拠点に特異な技術を持つ機奇械怪が閉じ込められている、ということだ。そう、特異な進化を遂げてしまったがゆえに隔離された……ような」

「上位者はそんなことしねぇんだわ。野良でそんな特異個体が現れたんなら大歓迎だし、自分の実験で生まれちまったんならすぐに壊す。わざわざ閉じ込めるなんて面倒なことしねぇよ」

「ならば不慮の事故だとするとどうだ? なんらかの手違いで転移事故が起こり、閉じ込めてしまった……としたら、すぐにでも出すか。そもそも転移が通じるのであれば貴様が真っ先に入っているはず……」

「だな」

 

 立ち直ったメンタルを自分で砕いていくミケル。

 なまじ頭が良いとそうなる。

 

「なら、やはりこの救難信号を出しているのは上位者だと?」

「まぁ馬鹿やったんじゃねぇの? 自分であんまりにも堅固な拠点を作り出して、けど出られなくなって、そっから救難信号出し続けて……地形が変わって元あった場所が地面に埋まるくらいの時間が過ぎて、ようやく俺達が来て」

「その私達もまた、興味を失って帰ろうとしていると」

「だって開けようねーし」

 

 さて──。

 

 二人の心は一致しただろう。

 困ったぞ、と。

 

「まず思い浮かぶ選択肢は一つ」

「フリスを呼ぶ、というのであれば却下だ」

「……じゃあ、八方塞がりだ」

「選択肢も何もではないか!」

「俺より製造年月日が若くて念動力に長ける奴なんかもうそうそういねぇんだよ。大体一度戻ってるし。心当たりがあるとすれば──」

 

 二人の間に。

 影が一つ、降り立つ。

 

 その姿は──。

 

「ん、ん~!! 上位者ヘイズ! お困りですかな! 聖都アクルマキアン観光大使、スカーニアス=エルグ・アントニオ、上位者メディスンの命によりあなたを探しに来ました──ご無事で何よりです!!」

「お前かぁ。ロンラウとかがよかったんだが」

「しかしここはどこで……む、機奇械怪。もしやこれが上位者ヘイズを困らせているものでしょうか。全く許せませんね、上位者の駒でありながら、実験動物でありながら、上位者の手を煩わせるなど──破壊という名の仕置きが必要でしょう」

「……また上位者か。はぁ、上位者は調べても面白みがないのだがな……で、何用おおう!?」

 

 球体がギュリンと動き、アントニオの拳を避ける。

 そこにまた小さなクレーターが空いたことを見て、ミケルは生唾を飲み込んだ。

 

「む、機奇械怪のくせに上位者からの入力()を避けるとは……成程、ヘイズ殿を困らせていた理由もわかるというもの。しかぁぁし! ご安心を、この不肖アントニオ、聞き分けの無い子供に言う事を聞かせるのは得意です故──少しばかり痛い目を見せ、この機奇械怪めを従順に調教して進ぜます!」

「ヘイズ! 貴様が呼んだのだろう責任を持って──」

「呼んだんじゃねえ勝手に来たんだよ。まぁ逃げた方がいいとは言っておくぜ。なんせコイツ、ガチガチの武人系の上位者だ。大陸の外にまで逃げても追ってくるくらいしつこい。体力無限だしな」

「だから何とかしろと言ってい、ぬぅお!?」

「ちょこまかと──仕方がない、念動力を解禁いたします! 潰れなさいガラクタ!」

「──今、私の作り上げたコレをガラクタと呼んだか。良かろう、そこまで言うなら相手をしてやるぞ上位者! デモンストレーションだ、覚悟したまえ!」

 

 そうやって。

 それはもう騒がしい二人が……球体と凧と白マントの青年が、激しく、そして煌びやかな空中戦を繰り広げながら遠くへ遠くへと離れていく。

 

「厄介払い成功、と」

 

 大きく溜息を吐いて。

 ヘイズは、改めて。そのブルーメタリックの立方体に向き直った。

 

 

 

 一時間くらいは経っただろうか。

 

「……わかんね」

 

 ヘイズは様々な方法でアプローチした。念動力以外にも、近接攻撃や水、火などの類を。

 その全てが無駄。

 不気味なまでに硬い立方体は、傷一つ付くことなく鎮座している。

 

「無理だな、こりゃ。……が、フリスを呼ぶっつったってアイツ今どこにいるのかわかんねぇし」

THIS IS(これは)……UNUSUAL(珍しいものを)……FOUND IT(見つけましたね)……」

「……アンタが出てくるのは素直に驚きだよ、モルガヌス」

 

 いつの間にかそこにいた。

 ヘイズも見慣れた顔の上位者。だが、その顔に意識らしいものはない。半開きになった口からかろうじて音を出せている。ただそれだけの器。

 

「臆病者のアンタが出てくるのは、何かの心変わりか」

YES(はい)……」

「へぇ。んじゃ、ようやく本腰上げてフリスを討伐する気か?」

YES(そんなところです)……」

 

 ヘイズはフリスが嫌いではない。

 嫌いではないし、なんなら好きの部類に入る。

 だけど、それでも、興味はある。

 

 あの怪物は果たして膝をつくのだろうか、という興味が。

 それがもし、大本の主導で行われるのなら、と。

 

「ま、その話はいいや。今はコレだ。これ、なんだ?」

IT IS TRAP(罠ですよ)……」

「罠ぁ? いつの時代のだ?」

DAEMON(悪魔の)……」

 

 成程、それは知らないわけだ、とヘイズは得心する。

 ヘイズの製造は「ゾンビ」の時代。「悪魔」時代の次の時代なのだ。

 

「で、その罠の中から救難信号が出てるらしいぜ」

PRESENT(悪意の贈り物)……TRAP()……VARIOUS DESIGNATION(呼び方は様々ありますが)……」

 

 モルガヌスが、それに操られた上位者が立方体に近づき──何か、文字のようなものを描く。

 

 瞬間、上位者の身体の半分がごっそり持っていかれる。消えた。あるいは、食われた。

 

THIS IS HOW IT WORKS(こういう仕組みです)……」

「……どういうことだ。そりゃあまるで、上位者専用のトラップみてぇに聞こえるぞ」

YES(そう言ってます)……」

 

 それを嘘だ、とは言えなかった。

 何よりも自分たちの大本たるモルガヌスの発言であることもさることながら、今の一瞬、この立方体が開いた一瞬、ヘイズも感じ取れたのだ。

 念波による「助けてくれ!」という発信が。

 

DO YOU UNDERSTAND(わかりましたか)……?」

「……ま、わかりはした。だがそんなものが何故ここにあって、なんで機奇械怪専用の救難信号なんざ出してた。上位者狙う装置なら、オーダー種の救難信号に変える必要ねぇだろ」

BECAUSE(それは)……HE IS THE ULTIMATE GOAL(彼が最終目標だからです)……」

「フリスか」

YES(はい)……」

 

 フリス曰く、「悪魔」の時代は最もイイトコロまで行った時代だったらしい。

 だからこそ諸悪の根源が何かに気付くのも早かったのかもしれない。

 

 フリスは、というか上位者は、時代のリセットを行うたびに地表を焼き払う。生物の全てが絶滅し、構造物は崩れ去り、真っ新になった地表にある程度の過去を作り上げて、そこに人間を蒔く事で新たな時代の幕開けとしている。

 だからこそこれは、この罠は幸いにも残ったのだろう。紀元前たる「悪魔」の時代から2500年を超える今まで。

 

「で、これどうするんだ?」

LEAVE IT AS IT'S(そのまま)……AND BURY IT(埋めておきましょう)……」

「何かに役立つかもしれないから、ってか?」

WE CAN'T HELP IT(私達ではどうしようもできないので)……」

「……了解だ」

BYE(では)……」

 

 言って、上位者から抜け出たのだろう、モルガヌスが去る。

 先程まで器にされていた上位者もまた体の半分を損失して絶命、モルガヌスのもとに強制送還される次第となった。

 

 後はただ。

 まーだ遠くの方でドンパチやってる二人と、ため息を吐きながらクレーターを埋める作業に入るヘイズがいるのみであったとか。

 

 

+ * +

 

 

 スファニア・ドルミルはゾンビである。

 心臓の動いていない死体。だけど別に飲み食いできるし、血色も良い。心臓が動いていないだけのゾンビである。

 

 ルバーティエ=エルグ・モモは機奇械怪である。

 動力炉で動く身体。だけど別に飲み食いできるし、皮膜のおかげで血色も良い。心臓が動力炉になっているだけ。

 

 そんな二人は今──ファミレスにいた。

 

「おお。美味い。美味い」

「そうか……それは良かったな」

「む、食べないのか? なら俺が貰うぞ」

「あ、ああ。別に構わないが」

「お前良い奴だな?」

 

 事の発端はそう、モモが復興中の街を歩いている時のこと。

 突然転移光があって、そこに彼女がいた。発端もなにも、ただそれだけ。

 ただし、今のホワイトダナップの人間は転移光に酷く敏感である。それによって大切な人達が連れ去られた──"招待状"を受け取ったのはその人達自身であるとはいえ──という認識が強いため、それはもう騒ぎになりかけていた──ので、モモが彼女の手を取ってその場を離れ、適当なファミレスに入った次第。

 

 自分でも何故そんな危険を冒したのか理解できないモモだったが、料理をそれはもう凄い速度で平らげていくスファニアを見て、「まぁいいか」という気持ちになっていた。

 

「自己紹介が遅れたな。私はモモ。お前は?」

「スファニアだ。んぐ、んー。んんー」

「見たところ、奇械士……だな。だが他国の者に見える。奇械士協会の場所がわからないのであれば、案内するぞ」

「おー。食ったらなー」

 

 スファニアの注文分も、モモの分も平らげて。

 ──まだ足りない、という視線がモモに突き刺さる。

 

「はぁ。わかったわかった。好きなものを好きなだけ頼め」

「お前良い奴だな!!」

 

 ルバーティエ=エルグ・モモ。

 父親が高給取で、モモ自身もそこそこ稼いでいるため、懐にはまだまだ余裕があった。

 

 

 

 

「ふぅ、食った食った」

「全品頼むやつが本当にいるとはな……」

「美味かったぞ! えーと、モモ!」

「ああ。まぁ、それならいいか。それで、奇械士協会でいいんだな?」

「別に行きたいわけじゃないぞ?」

「そう、なのか? ……だが、警察……は今ほぼ機能していないし、どうするか」

 

 ファミリーレストランを出て。

 流石にそれだけ時間が経てば、スファニアの転移光に関する騒ぎは収まっている。代わりに凄まじいフードファイターについてのうわさが若干広がっているが、それはそれだ。

 

「スファニア、お前、親は?」

「親? ……って、なんだ?」

「あー、すまない。他、知り合いの大人はいないのか?」

 

 奇械士だ。

 早期に親を亡くした事をきっかけに奇械士を目指した、という者も少なくはない。だからモモは勝手に納得した。

 

「知り合い。ヘイズのことか?」

「ああ、それでいい。そいつはいまどこにいる」

「知らねえ。俺を転移させて、それっきりだ」

「……」

 

 転移させた、という時点で上位者だろうことを察したモモ。その上で言い分を察するに、もしかして捨てられたのではないか、というところまで辿り着いた。

 捨てられた子供。こういう子供をどう扱うか、モモの知っている限りの上位者……フリス、ケルビマ、そして父エクセンクリンで考えてみる。

 まずエクセンクリンであれば……ああいやでも、溺愛してくれているのはモモと母のみで、他の子に優しいかどうかはわからないな、という結論。

 ケルビマは……子供には優しく無さそうだな、と結論。

 フリスは論外だ。一緒に旅をしてコイツにだけは子供を預けてはいけないというのがわかっている。

 

 結論。

 

「……一緒に来るか?」

「どういうことだ」

「つまり、一緒に住まないか? 幸い私の家は広いし、空き部屋もある。一人増えても生活に困るような貧しさもない」

「よくわからん」

 

 モモはもうこの時点で慈愛のような感情が湧いていた。

 可哀想だと。捨て子。しかも親の愛を知らない子供。

 モモは愛されて育ってきた人間……もとい機奇械怪だから、ことさらにそう思う。同情ではあったけれど、それでもここで捨ておくのは人としてダメだ、と考えた。機奇械怪だけど。

 

 ので。

 

「よし、じゃあウチに来い。お前の親……ヘイズというのが見つかるか、お前を探しに来るまで私とお前は家族だ、スファニア」

「おう! よくわかんねぇけど、お前良い奴だからなんでもいいぜ!」

 

 さてはて。

 流石にこの辺りは、誰かの掌の上にあった出来事なのか、どうなのか。

 裏で交わされていた取り決め、エクセンクリンがヘイズからスファニアを借りる、という交渉が為されないまま──スファニア・ドルミルはホワイトダナップの住民になったのだった。



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最終決戦に臨む系一般各人

 空歴2549年6月4日。

 

 五年の月日を経て、ホワイトダナップは一変していた。

 同時期に壊滅的な被害を受けていたラグナ・マリアとの移民受け入れ、技術提携などがあり、ホワイトダナップは攻撃性といえるものを手に入れている。対外攻撃機構。人工浮遊島でしかなかったホワイトダナップが、戦艦が如き砲門を持つようになったのだ。

 本来ならばそういった改造に真っ先に反対してくる国々──聖都アクルマキアンやエルメシアが完全な沈黙を保っているがために実現したこの大改造は、あのキューピッド襲撃事件から五年後にまた災厄が降り注ぐという真実が流布された事に起因していると言えるだろう。

 奇械士だけの隠し事でなく、周知されたのだ。

 五年後、本当に脅威が来る。だから──。

 

「……お母さん、本当に良いの?」

「もう、何度目よ、それ。いいのよ。というか、私がチャルを置いてどこかに行くわけがないでしょう」

 

 ホワイトダナップからの移住許可。

 その当時はラグナ・マリアからの移民を受け入れたホワイトダナップだったが、当然五年後に訪れるとわかっている災厄に対していつまでもここにいたい、と思う者ばかりではなく。

 ホワイトダナップからの支援を受け、こちらもある程度まで復興したラグナ・マリアへ、今度はホワイトダナップ側の住民が移住可能なように交渉が成立していた。

 

 家族に奇械士のいない住民や、元々ラグナ・マリアの民、また奇械士でありながらも戦う事を諦めた者達は皆、ラグナ・マリアへと降りた。

 

 その中で、チャルの母親……ニルヴァニーナは、それを是としなかったのだ。

 

「約束の日まで、あと六日。そろそろホワイトダナップは完全警戒態勢に入る。民間の人が乗れる船は、もう出なくなっちゃう」

「大丈夫よ。それに、私からしたら……チャルから離れる方がよっぽど恐ろしいわ」

「お母さん……」

 

 当然と言えば当然、ホワイトダナップに残ることを選んだ者はとても少なかった。

 悲しい事件があり過ぎたのだ。人が死に過ぎた。

 無論地上の国に行くのだ、ホワイトダナップより常の危険は増えるかもしれない。かもしれないとはいえ、それ以上にホワイトダナップの人々はキューピッドに脅威を覚えていた。

 アレの悪辣さを、アレの無慈悲さを、彼らは刻み込まれてしまっている。

 

 残る事を宣言したのは奇械士の一部とその家族、そしてエルグの貴族たち。

 前者はともかく、保身に走るかと思われた後者がその選択をしたのは意外だったようで、それにアテられて残ると言い出す住民が現れる程。

 今や廃れた貴族文化も、けれど君臨し続けたエルグを慕う者は少なくなかったのだ。「ホワイトダナップを守る」、「歴史を守る」。エルグの末裔が放つ言葉は強く、戦う力もないクセに、頑なにその場を動こうとしない住民が一定数いる。

 

 それでも、そういう者がいても、もうホワイトダナップには一万人も住んでいない──そんな状況だった。

 

「せめてシェルターに……」

「シェルターに入っていても、どこにいても、ホワイトダナップにいるなら同じでしょう。それなら私は家にいるわ。あなたが勝って帰ってくるための家だもの」

「……う~」

「唸っても無駄。一度こうだと決めた私は梃子でも動かないって知っているでしょう」

 

 なお、こういうやり取りが行われているのはランパーロ家だけではない。

 奇械士の家族はなぜか、その家族らも覚悟が決まっている者が多く、そうして残る事を決めた家族に辟易しながらも嬉しく思い──更に強さを磨く奇械士がほとんどだ。中には引き摺ってでも、自分が降りてでも家族を逃がそうとする者もいたが、しばらくしてから戻ってきたりして。

 どこぞの少年系上位者の言う"英雄価値"には決してなり切れない凡夫が、けれどそうして覚悟を決めていく様は、これまたどこぞの武人系上位者の目には眩しく映ったとかなんとか。

 

「それに、この島はあの人が愛した島だし。大丈夫よ。エストとチャルが守ってくれるのなら、私に怖いものなんてない」

「……そっか。わかった」

 

 決戦の日は近い。

 果たして此度はどれほどが死に、どれほどが生き──時代はどうなるのか。

 

 その行く末は──。

 

 

 

 

「流石に減ったな、ここも」

「ヒッヒッヒ、そりゃあなぁ。確実に死ぬとわかってて残るヤツは、狂人か馬鹿か、そのどっちかさぁ」

「なんだ、お前は残ることにしたのか、ヒースリーフ」

 

 没落貴族の繫華街(ダウンタウン・オブ・ルイナード)

 ディンドコンゲンスの自爆によって更地になった南部区画。そこには兵器群が乱立しているが──ここは相変わらず手も付けられないまま、アンダーグラウンドな雰囲気を変えていなかった。

 どちらかといえば廃墟街(ルイナード)に見えなくもない程に人は減っているが。

 

「残るも何も、俺にここ以外の居場所はねぇってな。ああでもダッグズの奴は五人の妻と添い遂げたぜ? 今じゃラグナ・マリアでよろしく子供でもこさえてんじゃねえかな、ヒヒ」

「そうか。……その方が幸福なのだろうな」

「旦那ァ、そいつはちと違うぜ。別にここに残った俺達が不幸かってそりゃ違う。行くアテがないのは確かだがな、俺達は自分の意思でここを選んでる。たとえ未来でどれほど惨たらしく死のうと、この選択をした過去の自分を憎み恨むことになろうと──俺達は幸福だよ。なんせ、選べたんだからなぁ」

 

 ヒッヒッヒ、と笑いながら。

 酒に酔っているわけでもないだろうに、ヒースリーフは言葉に酔って話しを続ける。残り五日。それを知って尚と。

 それに同調したのだろうか、数少ない残った者達もヒースリーフの言葉に頷き返す。

 

「ケルビマの旦那。アンタが人間じゃないとか知った事じゃねえがね、人間がどう在るか、俺達がどう幸福であるかは俺達が決めんのさ。──だから勝手に気負ってくれるなよ、若造」

「……気負っているつもりはなかったが……そう見えたか」

「ヒッヒッヒ、この時期にわざわざこんなとこにきて、残ってる俺達の顔を覚えようと、心に刻み付けようとするくらいには気負ってんだろう?」

「ああ……そう、なのだろうな。俺はかつて、間に合わなかった。最期を見届けられなかった。……ここは嫌いだったはずなのだがな、存外気に入っていたらしい」

「……素直過ぎるケルビマの旦那ってのも気味悪ィな。つか、ほら。こんなおっさんと話してる暇あったら、オサフネのとこ行けよ。アイツも残ってるからよぉ」

 

 しっしっとケルビマを追い払うかのような仕草をするヒースリーフ。その方向に──いた。

 オサフネ・チグサガネ。

 この五年間、ルイナードを訪れることの無かったケルビマが、だからこそ一切あっていなかった女性。

 

 ケルビマは彼女の店に歩を進める──。

 

 

 

「あによ。アタシを笑いに来たわけ?」

「む? なぜそうなる」

「……アタシが残ってる理由が、恋敵の弔いだからよ」

「恋敵?」

 

 大きな大きなため息。

 オサフネはケルビマの顔を見て、更にもう一つ溜息を吐いた。

 

「ケルビマ、アンタさ。アイツの名前、知らないんでしょ?」

「アイツ?」

「あの時死んだ女のことよ」

「ああ……。知らんな。調べようと思えば調べられるが、調べなかった。どうせ名乗りあっていないのだ、知らぬままで良いと断じたが故」

「あっそ。じゃあ嫌がらせで教えたげる。アイツの名前はリンゼンバーン。リンゼンバーン・フィーザフィー。珍しい名前でしょ。ホワイトダナップ出身じゃないらしいわ」

「……どういう嫌がらせだ、それは」

「別に? その特別感を壊したかっただけ。それで、結局何用?」

 

 あからさまにイライラしているオサフネに、けれどケルビマはその理由がわからない。

 五年前アレキに言われた"感情の育成"。それについて取り組んでみてはいるが、やはりいまいちわからない、というのがケルビマの感想だった。

 なんせ感情というものがあると、それがどういうものかについては、過去の膨大な記憶の入力で理解している。ケルビマは最新の上位者だが、フリスという名の344年分の入力、また武人系各種の膨大な入力を受けているため、多くを覚えている。

 学校生活や恋愛体験もしている。記憶の中でだけ、だが。

 だからこそ、わからなかった。

 何故オサフネがそうも苛ついているのか、あの時死んだ女性の名をケルビマに教える事が、何がどう嫌がらせになるのか。

 

 ──だからこそわからない、なんて思っている時点でわかっていないというところが、少年系上位者曰くの"成長コンテンツ"なのだが。

 

「アタシは逃げないから。アンタが何をするのかは知らないし、キョーミもないけど、ホワイトダナップが墜ちるんならアタシも一緒に墜ちる。止めても無駄。以上!」

「そうか。……ならば、安心しろ」

 

 頭に手を置く、とか。

 その手を握りしめる、とか。そういうことはしないケルビマ。

 

 ただ踵を返し、着流しを翻し、背を見せつける。

 

「俺は断罪者だ。だが──どうやら最近は、ホワイトダナップの守護者でもあるらしいからな」

 

 それが最後。

 ケルビマは隠すことも無くなった転移でその場から姿を消し──ルイナードには、拳を握りしめるオサフネだけが残された。

 正確には、その肩に無理矢理腕を回し、ニヤついた笑みでオサフネの頬をつつくヒースリーフ達だけが──。

 

 無論、大喧嘩になる。

 

 

 

 

「断固反対だ」

「……申し訳ございません」

「謝って欲しいわけじゃない。ただ、わかるだろう? 君は戦闘用の身体ではないんだ。大人しくお母さんと共にいなさい」

 

 ルバーティエ家。

 そのリビングで正座し、膝を突き合わせる親子が一つ。

 先に眠りについた母親に配慮し、念動力による遮音壁を作り出したエクセンクリンが、ガミガミとモモを叱っている。

 決戦まで残り四日。そんな時期に、親子は仲違いをしてしまっていた。

 

「まったく……本来ならラグナ・マリアに退去して欲しいくらいなんだ。それをホワイトダナップに残ることまで譲歩したのに、奇械士達と共にいたい、なんて……許容できるはずがないだろう」

「ですが、私の知識や発想が奇械士の役に立つことも」

「無い。いいか、奇械士というのは対機奇械怪の専門家(スペシャリスト)だ。そこに、ただ身体が機奇械怪である、というだけの君が混じっても戦力にならない」

「しかし、ですね……」

 

 モモは驚いていた。

 父がこうもモモを否定してくることなど滅多にないからだ。

 怒ったり叱ったりは人並みの父親程度にはしてくる彼だが、モモの能力を否定する、ということは無かった。その背を押してくれることがほとんどだった。

 それが、こうも。

 

「さっきからうるせぇなぁ。モモがやりたいって言ってんだから黙って見送れよ」

「……もしかしないでも、君の影響かな、これは」

「はぁ? んなわけねぇだろ、モモは最初からこういう奴だっつーの」

 

 そんなエクセンクリンに意見する者が一人。 

 スファニアだ。五年前モモが拾ってきて、そのままルバーティエ家に住み着いたゾンビの少女。とはいえ別にゾンビは人間を噛んだりしない。心臓が動いていないだけの、生身の機奇械怪みたいなものだ。だからエクセンクリンは居住を許可し──それを今、心から悔いている。

 

「とにかく、ダメだ。モモ。君は安全な所で──」

「……うぜぇな。おいモモ、こういう時なんて言うのかヘイズから教えてもらったよな!」

「あ……ああ」

 

 エクセンクリンがスファニアをあまり気に入っていない理由の一つに、モモがスファニアを通じてヘイズとも交流を始めてしまった、というのがある。

 ヘイズ。上位者の中でもかなりの古株でありつつ、そこそこは常識人な──完全な上位者気質の男。人間を実験材料だとしか思っていないのは当然として、その度合いがなんならフリスより酷い。上っ面だけを取り繕った、人間への擬態が上手い上位者。

 それと定期的に接触しているとなれば、どんな心無い言葉が飛び出てくるのか。

 

「お父さん」

「……はぁ、私は何を言われても」

「──そろそろ子離れしてください」

 

 その時エクセンクリンに衝撃走る。

 何を言われたのか。無論聞こえている。耳から入り、脳の髄まで響き渡っている。理解している。理解したく無い言葉を完全に解析できている。

 何を言われたのか。

 何を。

 

「機奇械怪となって加齢はしなくなってしまいましたが、私はそろそろ三十に近くなるんです。もう自らを子供だ、なんていう事はできませんし、既に一人で生きていけるくらいの知識を身に付けました。お父さんとお母さんの愛情はとても嬉しいのですが──正直な話、その」

「鬱陶しい、だろ」

「──!?!?!?!?」

 

 ガツン、と。

 弾かれたように、エクセンクリンが仰け反る。

 

「一々子供のやる事為すことに口出すんじゃねぇよ、……って、ヘイズが言ってたぜ。お前についてモモが相談した時の話だ」

「お母さんは、『あなたのやりたいことだと言うのなら、私はその背を押すだけよ』と言ってくださいました。──お父さん。お願いします。私はスファニアと共に……そして奇械士のみんなと共に、お母さんやお父さんの住むこの島を壊そうとする災厄を打ち払いたいのです」

「……ダメだ」

「しつこいなオマエ」

 

 途中までぴくぴくと痙攣していたエクセンクリンだったが、けれど持ち直し──それでも、と拒絶の意思を示した。

 

 だって、彼は知っているのだ。

 本質的に、この戦いは人間が関わる必要の無いもの。マグヌノプスとアイメリアが行う喧嘩にホワイトダナップが巻き込まれる形にある、というだけで──なんならホワイトダナップから奇械士を含む全員が退去したとて問題は無い。

 奇械士を焚きつけたのはフリスだ。あたかもホワイトダナップの危機だ、なんて言って惑わし、彼女らの戦力増強を図った。

 実際のところ確かにその災厄の矛先はホワイトダナップに向くのだが、それはフリスがいるから、という言葉に尽きる。フリスがホワイトダナップを離れていれば、マグヌノプスとなった可能性の高い「神」はそちらを追いかけるだろう。

 

 そんなしょーもない戦いに巻き込まれて、折角蘇った命を失う、なんて。

 やっぱりそれは許容できない。エクセンクリンは父親として、真実を知る上位者として、モモを戦場に赴かせることなど──。

 

「モード・レヴィカルム」

「!?」

 

 突如部屋に光が満ちる。

 スファニアの突撃槍から放たれた太陽光線(極太ビーム)。それはエクセンクリンによってギリギリのところで逸らされ──家に大穴を開け、空へと撃ち放たれていく。

 

「な……何を」

「うるせぇ。じゃあこうする。俺がモモを攫う。守りたきゃ奪い返してみな」

「は」

「行くぜ、モモ。掴まれ」

「あ──ああ」

 

 スファニアの手を取るモモ。

 まだ事態についていけていないエクセンクリンを余所に、スファニアはカイルスをソナーウォに切り替え、中空に足を掛ける。

 

「お父さん。行ってきます」

「……ああ、もう! 必ず無事で戻って来るんだぞ! わかったね!?」

「はい!」

 

 部屋に空いた大穴から、一条の流星が出ていく。

 

 それを見送って。

 

「……この穴、どう修復するか……」

 

 なんて。

 エクセンクリンは大きなため息を吐きながら、二人の出て行った方を見る。

 そして、何かを決意したように。

 何も知らない妻が眠る方を見て、唇を噛みしめるのだった。

 

 

 

 

 

「うん?」

「……あ」

 

 それは幸運だったのか、奇遇だったのか、不運だったのか、必然だったのか。

 ホワイトダナップのある一角で──その二人は出会った。

 

 再会した。

 

「……アリアか」

「兄さん……?」

 

 アリア・クリッスリルグ。否、ここではアリア・レンデバランと言った方が良いだろう。

 何故なら、彼女の目の前にいるのが──もう何年も前に失踪した兄、ミケルなのだから。

 

「本当に、兄さん? ……今までどこに」

「どこにも何も、ホワイトダナップにいたが? 私がこの島を捨てるはずがないだろう。これほど神に程近き島を」

「まだ……神様がどうとか、言ってるのね」

 

 昔の話だ。

 アリアが奇械士になった22年前。

 彼女が16歳の時に、兄ミケルは失踪した。機奇械怪に食われたとか、自ら地上に降りたとか、様々な噂が流れたが──誰も心配はしなかった。

 当然だ。彼はその頃から狂ったように「神の降誕」だの「神の作成」だのと呟いていて、会話をしようにも二言目には神、神、神。

 紛う方なき狂人として知られていた彼は、レンデバラン家からしても、近隣住民からしても腫れ物の扱いだった。

 

「まだとはなんだ、まだとは。──実際、神は一度降臨しただろう。五年前にな。すぐに消えてしまったが……」

「アレが神? 機奇械怪じゃない」

「ふん、何も知らないお前は黙っていろ。奇械士になったにもかかわらず、最強にも特別にも辿り着けなかった愚妹めが」

「……久々に会ったけど、やっぱり私、兄さんのこと嫌い」

「結構だ。奇械士などという冒涜者に好かれたいなどと思ったことは無い。それに、お前はあのクリッスリルグとくっついたのだろう? ──そしてフリスを拾っ、た!?」

 

 瞬間、ミケルの首に戦斧が付きつけられていた。

 変形式の巨大斧。それがミケルの首の皮一枚を切り裂く寸前で止まっている。

 

「何を知っているの、兄さん」

「……ふ、余裕が無いな。安心しろ、私も全てを知っているわけではない。ただ、お前よりは知っている、というだけだ」

「……」

「まったく、趣味が悪い。ケニッヒ・クリッスリルグもそうだが、フリスを拾うなど──頭のネジが外れているとしか思えん」

「兄さんに言われたくない」

「それほど奇特ということだ。私は自覚している方だがね、アリア、お前は無自覚だ。お前があれなるものを拾ってしまったがために、このホワイトダナップは今未曽有の危機に陥っているといっても過言ではない。人を守るなどとほざいて奇械士になったお前だが、この時代において、この大陸において、国という国を滅ぼし尽くした遠因がお前にあるのだ、アリア」

 

 まったくもっての言いがかり、冤罪であるのだが、大局的に見れば確かにそうであったりするのが難しい所だろう。

 諸般の事情を知るミケルからすれば、クリッスリルグ夫妻がフリスを見つけることさえしなければ、連れ帰る事さえしなければ──全く違った未来があったのだろうことを推算できる。

 だが、それを知らないアリアにしてみれば、自らの子との絆を全否定されたに等しい侮辱だった。

 

「何をしに、こっちの顔を出したの」

「自らの生まれ育った場所を見納めるためだ」

「……どういう」

「三日後。ホワイトダナップは完全に崩壊する。上位者と星の意思の戦争に巻き込まれてな。その果てに神が降誕し──人類は一新されるだろう。なれば、もう見られなくなるものを見に来ようと思うのは"普通"ではないか?」

「そうさせないために私達がいる」

「ふん、たかだか人間があれらに勝ち得るものか。お前も、折角子を産める身体になったのだから、安全地帯にでも避難しているがいい。愚妹の愚かさ加減など私には測りようも無いが──我が身を案ずる生物的本能くらいは残っていると信じたい所だからな」

 

 ミケルは、首に突きつけられた斧に手を翳し──弾く。

 そのあり得ない膂力に思わず後退するアリア。

 

 今のは、まるで。

 

「賢い選択を期待している。──さらばだ、もう会う事もないだろう」

「っ……」

 

 止めはしない。

 ただ、アリアは。

 

「……今更人間らしいところを見せて……同情でも期待しているの?」

 

 暗い瞳を。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 決戦の日をして、僕である。

 

 いやー。長かったね五年。普段は一瞬で過ぎる年月も、待つ行為が付属すると長い長い。

 流石に五年ぽっちじゃエルメシアで"英雄価値"の遺伝について調べる、なんてこともできないから、本当にほぼ何もせず五年待ってみた。

 こればっかりはね。何か計画性のある動きをすると、つまらなくなるってわかってたから。

 

 これより起こることに対して、僕は無計画に、全部アドリブで対応するつもりだ。

 

 場所はエストを飛ばした東部区画の先。

 ホワイトダナップもその航路になるよう無理矢理強制航行させて持ってきている。

 

 いやね、楽しみなんだよ僕は。

 楽しむために、チャル達の修行も見ていない。機奇械怪への入力に関しては二の次だ。今はね。

 今は、人間がどこまでを掴み得るのか。かつて何も成せず、人間同士の諍いの末に絶滅した彼らが、様々な脅威を相手にどう魅せるのか。

 そして──僕という本当の黒幕を前に、何をしてくれるのか。

 

 ──赤雷が走る。

 中空に巨大な何かが現出を始める。

 

「さぁ始めよう! 『機械と人間』の時代──誰がどれに、どれが何にとどめを刺すのか──ここに教えてくれ!」

 

 マグヌノプスとアイメリア。

 その決着をここに付けようじゃないか!

 




NEXT……NEW CHAPTER……END CHAPTER……


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END「フリスとチャル」
耐え忍ぶ系一般機械技師


 ──まず。

 フリスの誤算。否、誰もが推し量ることのできていなかったところがあった。

 赤雷を纏って現出しかけた何か──と、それを包むようにして出現した、更なる巨大物体。なめていた、と言えるのだろう。そんなことはできないと思っていた。そんなことはありえないと断じていた。

 

 まさか。

 まさか、フリスが決戦の時と選んだ全く同じ時間に、彼女が今までの全てを飛ばしていた、なんて。

 

 空歴2549年6月10日14時33分──。

 フリスと、そして「神」と思しきナニカを包み込むようにして、融合プラント種ギンガモールが出現した。

 

 

 

「……ッ、やってくれるじゃないか」

 

 さしものフリスも、その予想外には悪態を吐く。

 当然だろう。五年を待った彼との再会。「精霊」と星の意思の融合体など、長くを生きるフリスでも見たことの無いものだ。

 それとようやく相対できると勇んだ矢先に、この巨大金属島に閉じ込められたのだから、虚を突かれた、といえるだろう。

 あの時は半分ずつ消し飛ばされたはずのギンガモール。それが完全な形で出現した事を見るに、彼女の未来送りは切断などの効果を持たないのだろうこともわかる。あるいは同じ時間に飛ばせばくっつくのだ、ということが。

 

 とはいえ、ギンガモールは単なる機奇械怪である。

 その巨大さは、けれどフリスの念動力の有効範囲内に収まっている。

 だから、と彼がこれを潰さんと念動力の海を広げた──その瞬間のこと。

 

「!」

「ッ、防ぐか!」

 

 防ぎ得たのはフリスに武人系の入力が為されていたが故だろう。

 後頭部を狙った一撃。対し念動力による斥力でソレ……刀を受け止め、弾いた。驚愕。防がれた事に下手人が驚愕した、のではない。

 斬りかかって来た者に対し、フリスが驚いたのだ。

 

「……どういう了見かな、ケルビマ」

「ふん、簡単なことだ。リチュオリアは、俺の剣は──お前を罪ありとした。アイメリア・フリス。ホワイトダナップの守護者として、ただいるだけで災厄を引き寄せる……罪たるお前を、この島より追い出す」

「それは、悪くないね」

 

 瞬間、ギンガモールの一画に巨大な空洞が開く。

 モルガヌスの支配から逃れ、完全な一個体になったケルビマ。元よりモルガヌスなど関係なく、サイキックの原本ともいえるフリス。

 その二人による力場の押し付け合い。今この瞬間、この場には塵の一片たりとも入っては来られない。空気さえも押し出すサイキックのぶつかり合いは、ギンガモールをみちみちと圧し潰して広がり合う。

 ただし、均衡は一瞬だ。

 

「チ──無理か」

「当然だろう。君と僕とじゃ年季が違う。力の根源が違う。理解が違う。だけど、単純な押し合いじゃなければ、僕に刃を届かせる方法がある。そうだろう?」

「ふん、良く知っている。お前は下調べの類を大層嫌うものだと思っていたんだがな、フリス」

「正解だよ。教えてくれたのはアレキであって、僕は調べていない」

「……アイツは、まったく。口が軽いというか、切り札というものは隠し持っておくべきだと何故わからん……」

「あはは、自分の力を誇示したい年頃なんだよ」

 

 額を揉む、なんて人間らしい仕草をしながら、ケルビマが独特な構えを取る。

 それは突きの構え。一本突き、と呼ばれるソレは、けれど上位者が行うことで別の意味を持つ。

 纏う。湛える。

 ヘイズやロンラウが得意とする、つまり武人系ならば思いつきやすい技。武器の形に添って念動力を滾らせ、攻撃力の底上げを狙う手法。

 だけど、それをケルビマが取るのは珍しい事と言えた。

 何故なら彼の剣は断罪の剣。人体の斬首に特化した剣は、突きという技を持たない。

 

「一点集中であれば、僕の念動力を破れるって?」

「アレキに教えた技とは違うがな」

「そうかい。じゃあ、そっちはそっちで楽しみにしておくとしよう」

 

 左腕の無い身体。モモに吹き飛ばされた時から、ケルビマはずっと片腕だ。

 ああ、だから、ある意味でここは思い出の場所なのだろう。彼が初めて重傷を負った場所。間に合わなかった場所。

 

 なれば今は、今こそは──間に合わせるための場所にできる。

 

「いくぞ、フリス」

「いいよ、ケルビマ」

 

 行くと宣言し。

 

 行く。

 

「──……ッ」

 

 行った。

 少年の力場をかき分けて、彼の剣は、刀は、突きは、確実にフリスの額を捉えた。

 

 だが、そこから先が進まない。

 弾かれるように仰け反ることさえしない。にこにことしたフリスは、その切っ先を額に受けたまま微動だにしない。

 上位者の身体は不壊だ。だけどそれは、念動力が全身に漲っているからだ。斥力の塊が人の形をしている。隕石の欠片から抽出されたチカラがカタチになっている。

 

 なれば、ケルビマのこの念動力を突き除ける剣が、技が、止められることはないはずだ。

 

「……これを、無知が招いた悲劇だとするのは悲しい事だけどね」

 

 ぐ、ぐ、ぐと。

 少しずつケルビマの身体が離されていく。突き切った姿勢のまま、少しずつ。

 

「僕の344年。君が生きた26年。プラスして、武人系の入力が各50年ずつくらいかな。ま、大体700年くらいだ、君の記憶は」

「づ……ぐ、ぅ……!」

「浅いよ。生きた時間だけで言えば、アルバートの方が多いくらいだ。──悲しい事だけどね。最近は、そういうことをしてくる存在がいなかった。それに尽きる」

 

 フリスは、悲しい目で。

 落胆の声で。

 

「昔はいたよ。全く同じことをしてきた人間が。サイキックも使えない人間が、それをしてきた。研鑽の果てに辿り着いた"英雄価値"……否、英雄の絶技。その英雄がその絶技を得たのは、確か18歳の頃だったかな。──膨大な入力。上位者としての念動力。それらを以てして、人間に並ぶのが八年遅い」

「──その、英雄の、名は?」

「そんなこと聞いてどうするんだい? ──君は今もう、いなくなろうとしているのに」

「ふ──手向けくらい寄越せ、フリス」

「……そうだね。うん。教えてあげよう、彼女の名は、フィーザフィー。残念ながら名前は知らないよ。彼女は家名しか名乗らなかったからね」

 

 目を見開いて。

 あるいは、どこか嬉しそうに。悲しそうに。

 

「成程──目を焼かれる程の英雄に、出会ったことが無い、などと」

 

 痛みは無いのだろう。

 だが、身体は動かない。動かないまま……潰されていく。"成長コンテンツ"。仲が良い。フリスがそう評価したケルビマが、けれど。

 彼の前に立ちはだかる障害として認識されたのならば──容赦はない。

 

「じゃあね、ケルビマ。安心すると良い。君は還ることなく、」

「──まさか」

 

 壊れるはずのない肉体が悲鳴を上げ、どろどろと流れていく血の中で──ケルビマは笑う。

 嘲笑する。

 

「まさか俺が、なんの策も無しに単身突っ込んできたと──そう思っているのか?」

「君、僕と同じで無計画じゃん。そんな君が計画を練るなんてこと」

 

 風切り音。

 今度こそ、フリスは避ける。防がずに避ける。あるいは最初の一撃を防いだのはヒントのつもりだったのかもしれないが、こればかりは、と避ける。

 

 身体を大きく弓なりに仰け反らせたフリスの背。そこを突き抜け掠めるは──槍。

 

「あるんだなぁ、これが! なんてったって策を練ったのが俺なんだから!」

 

 突いた槍を引き戻し、更なる連撃を仕掛けるは、いつもよりテンション割り増しな男、ヘイズ。

 その一撃一撃には先ほどのケルビマの突きと同様の念動力が籠められていて、さらに言えばケルビマのそれとは比べ物にならない程の強度を誇っている。

 これには思わずフリスも回避に徹さざるを得ない。ケルビマを解放し、空洞の大きいギンガモールの中を逃げ始める。

 

「いいか、よく見ろケルビマ! お前の突きは、剣は、意味無いわけじゃねえ! 効かなかったってだけだ! こいつが身に湛えるサイキックが桁違いなだけだ! その証拠に──今、俺の槍がフリスを穿つ!」

「ッ……ヘイズ、君が僕と戦う理由がわからない、な!」

「──戦ってみてぇから。それ以外に理由はいるか?」

 

 とうとうヘイズの突きがフリスの肩口を捉える。

 フリスに入力された武人系の記憶は、ロンラウに入力されていたグレイブのものだけだ。つまり、圧倒的に戦闘経験値が足りない。ケルビマのような念動力でごり押しできる相手ならともかく、ヘイズクラスの念動力の使い手で、且つ技巧者の相手はフリスには荷が重い。

 

 クリーンヒット。

 ごっそりと肩口の肉を削いだ槍が引き戻される頃には、フリスの左腕がだらんと垂れ下がっていた。

 

「実験だよ実験。人間に対する実験もおもしれえし、機奇械怪に対する実験もおもしれぇ。他のなんでもそうだ。やってみて、起きる反応を見たくて俺達上位者は存在している。──なら、その相手が惑星外生命体ってのも、楽しいだろうさ。なぁ?」

「……悪くないね。あはは、いいよヘイズ。今度は君と遊んであげよう。策を練って来たと言っていたね。それは期待して良いと言っているのと同じだけど、大丈夫かい?」

「当たり前だろ。つか、お前こそいいのかよ。お目当ての奴はこの奥で既に現出済みだぜ。俺達と遊んでる暇あんのか?」

「それは大丈夫。物事には順序があり、登場人物には役割がある。強すぎる相手には強すぎる奴が宛がわれる。それに満たない敵にはそれに満たない者が当てられる。そうして淘げられた美しいものがこそ、"英雄価値"に相応しい」

 

 フリスが動かなくなった左腕を、ぶちっと千切る。

 そしてそれをグチャグチャと捏ねて引き伸ばし、棒状に整えた。赤黒い、時折白も見えるグレイブ。

 

「……付き合い長い方だがよ、今日はとことん意味わかんねぇな、お前」

「あはは、わからなくて大丈夫だよ。これは僕の視点の話だからね」

 

 ケルビマと同じように片腕で、ではない。

 フリスはギンガモールの残骸から適当なものを見繕い、自身の腕に引っ付け、新たな腕とした。義手の構造になっているはずもないそれは、念動力で無理矢理に動かしているに過ぎないものだ。

 

「それじゃあ踊ろうか、ヘイズ。君の歴史を僕に見せてくれ」

 

 答えは顔面への突きだった──。

 

 

+ * +

 

 

「ギンガモール……」

「ええ、確実にそうね。二体目、というよりは……」

「同じ個体ですねぇ。アルバートさんが消し飛ばしたと言っていましたけど、果たして、って感じです」

「おいモモ、俺は確かに一緒に戦ってもいいって言ったが、こんなとこまでついてこいとは言ってないぞ」

「どこにいても同じ、だろう。それに私は……知らないところで友達が死ぬ、など。嫌だと素直に思う」

 

 上位者三人が熾烈な戦いを繰り広げる一画、ではない方。

 比較的上部に当たる部分を行くは、五人の女性。チャル、アレキ、アスカルティン、スファニア。そしてモモ。

 少ないながらも存在する機奇械怪達を蹴散らしながら、五人はその中心部へと向かっていた。

 

「でも、アスカルティンさんが動力炉壊したんじゃなかったっけ?」

「中心近くにあった数基は壊しましたけど、全部じゃないですよ。確かあの時決定打をやったのはケルビマさんだったと聞いていますが」

「ええ、その時兄は腕を失って……今考えると上位者である兄がそれほどの傷を負わされる、なんて……どんな相手と戦ったのやら」

 

 まさかケルビマの腕を吹き飛ばす威力の爆発を、即興で作り上げた張本人がここにいる、などと露とも知らず。

 張本人もその時の記憶が無いために一緒に悩みながら、けれど歩は緩めずに進んでいく。

 

 が、ギンガモールの内部は入り組んでいる。フリスに言わせればアート性のある配管とケーブルの道も、スファニアからすれば怠い迷路でしかなかったらしい。

 

「……うぜぇな。おいガキ、倒さなきゃいけねぇ敵はどこだ? どっちにいる」

「あの、そろそろ名前覚えてくれませんか? 私の方が全然お姉さんですし」

「見た目がガキだからガキつってんだよガキ」

「はぁ……。あっちです、あっち。この方向に直線で──って、まさか」

 

 まさかだった。

 ニヤリと、ヘイズを思わせる笑みを浮かべたスファニアが「モード・レヴィカルム」と呟く。

 認識コードに反応し変形する突撃槍。あっち、と向けられた指先の方角を正確に捉え──ホワイトダナップを緊急停止にまで追い込んだ太陽光線(ビーム)が発射される。

 こう言ってしまうのはなんだが、ある特別な部屋以外の材質はそこまで耐久性のあるものではない。ギンガモールは巨大さとサイキック種であることを両立させることに重きを置いた機奇械怪であり、且つ例の部屋にこそ時間がかけられているので、その他はそこまで強度が無いのである。

 だから、スファニアの、というかカイルスのビームは一瞬にして目的の場所までの道を作り得た。大穴を開けた。

 

「行くぞ、お前ら」

「あはは……流石だね、スファニアさん」

「ええ、この五年で慣れたものと思っていたけれど、こうも巨大な機奇械怪はいなかったから……なんだか新鮮に感じると言うか」

 

 若干引いている二人を置いて、スファニアは進んでいく。

 置いて行かれないようについていく四人。果たしてその先には何がいるのか。

 

 この異様な気配は。フリスの言った、本当の災厄とは。

 

 

+ + +

 

 

「人……?」

 

 未来へ。

 そう言われた。星の天敵、アイメリア。諸悪の根源。

 だから、彼の主観では本当に一瞬だった。突然景色が変わっただけ。変わらず体内ではマグヌノプスが荒れ狂い、意識を劈くような悲鳴が脳裏を爆ぜ続ける。ただ、それだけ。

 そのはずだった。

 体感はそうだ。だけど、確実に五年が経ったとわかるものがあった。

 

「……ああ」

「喋った……?」

「皆さん、気をつけてください! これ、やばめです……かなり!」

「俺にもわかる……それに、この感じは……」

 

 ああ。

 もう、少女とは言えないほどにまで成長しきった──大事な、大事な我が子が、そこにいる。

 愛を注ぐことなく死んでしまった。愛を向けることなくいなくなってしまった彼を、毎年のように墓参りにきて偲んでくれているという愛娘。

 大人になった。五年。最後に見た時はカメラ越しで、まだ少女だった。それが、背も、伸びて。

 

「……どうして」

「チャル!? ダメよ、不用意に近づかないで!」

「お前……俺と前に……いや、だが」

「ッ、皆、壁だ! 気を付けろ、何かが蠢いているぞ!」

 

 どうして、と。どうして、と。

 よたよたとした足取りで寄って来る娘。チャル。

 その瞳には銀がある。ニルヴァニーナの紺碧を強く継いだ目。容姿。そこに秘された彼の遺伝が──星の意思に塗り替えられている。

 ああ、強い憤りだ。これがあるから、まだ、抑え込める。

 

「チャル、ダメ……どうしたの!?」

「アレキ。私、この人……知ってるの。ううん、だってこの人は」

 

 抑え込める。抑え込める。

 ──いいや、抑え込めるのは意思だけだ。彼という枷を壊さんとするものは止められない。

 

 だから言う。

 彼は言う。

 

「──死ね」

「ッ!」

 

 手を差し向けた。そこに纏わりついてくる金属片のようなものが、彼の娘を傷つけかけた。

 それを刀で弾いてくれたのは娘の友。相棒。アレキ・リチュオリア。

 

「チャル、目を覚まして! ずっとコイツを倒すために修行してきた! 忘れた!?」

「で、でも……この人は、この人は!」

「チャルのお父さん! そうでしょう、知ってる! あなたが写真を見せてくれたから、知ってる。だけど──あなたのお父さんは、死んだ。違う?」

 

 そうだ。それでいい。

 良い友を持ったと、彼は安堵する。アイメリア・フリス。余計な因果を差し向けてくるものだと吐く溜息は、心の中だけで。

 ああ、だが、己だけに集中してはいけないと、彼は部屋を見る。

 彼が現れてからの数瞬。彼女らが辿り着くまでの数分。そのわずかな時間で、マグヌノプスの力はこの部屋を覆い尽くしている。

 アイメリア・フリスの力を解析した──アレが《茨》と呼ぶものを解析した、マグヌノプスの力。本来は細かく砕き、アイメリア・フリスの体内に侵入させることで《茨》を操ったりその出力を消すものだが、こうして操る事も出来るらしい。

 

 当然、彼の意思ではない。

 マグヌノプスが彼を壊そうとしているだけだ。

 

「そうだけど──そうだけど、じゃあ、じゃあ、なんでっ!」

 

 銀色が彼を貫く。

 瞳が彼を見抜く。

 

「なんであの人の、一番大切なモノが──私とお母さん、なの」

 

 溢れんばかりの愛情を、見抜いてしまう。

 

 これが例えば、彼がフリスの姿をしていたのなら、チャルは引き金を引けたのだろう。

 意外過ぎたのだ。まさか写真で見るくらいしかなかった、データで見るくらいしかなかった父がそこにいて、その彼の心が自分と母に向いているなど。だってその二人を愛するのは、父しかいないと知っているから。

 

「アレキっ、チャル引っ掴んで退いてろ! おいガキ、やるぞ!」

「だーかーら……ああもう、はいはいわかりました! それとアレキさん、チャルさんが戦えなさそうなのは同意です。モモさんと一緒に部屋から退去を。この部屋自体もちょっとやばそうなので」

「わかった」

 

 だから、空気も読まず感情も汲まないスファニアの存在は救いだった。

 彼に対し何の因縁も無いスファニアは、だからこそ何の躊躇もなく武器を向ける。アスカルティンも同じだ。災厄というには人間の匂いがし過ぎて、人間というには中心部が機奇械怪に巣食われ過ぎていて、機奇械怪というには魂の気配が濃すぎる。

 異様。その相手を敵として認定するのに時間はかからない。

 

 動けないでいるチャルを掴み、一度引くアレキ。道中でモモも拾い上げ──蠢く金属片によって閉じようとしている入口を蹴りで破壊。そのまま通路へと退く。

 

 そんな三人を一応見送った……りはしないスファニア。何も関係なく突撃槍を金属片へとぶつけ、それを砕いていく。

 

「おら、よ!」

「……それを狙っても、意味は無い。俺だ。……俺の中心を狙え」

「あぁ!?」

 

 金属片ばかりを狙って攻撃するスファニア。対し、彼が口を開く。

 

 彼が引き込んだマグヌノプスの本体。それを完全に封印する方法は二つ。

 一つは彼自身を封印に巻き込むことだ。だが、肉体という器を手に入れたのならば、マグヌノプスは考える事が出来るようになってしまう。試行錯誤ができるようになってしまう。それではあるいは、いつの日か封印が解かれる可能性がある。

 だからもう一つの方でなくてはならない。

 折角アイメリア・フリスが縫い付けてくれたのだ。《茨》によって、彼とマグヌノプスは引き剥がされない関係になった。

 

 殺せばいい。

 マグヌノプスが彼を内外から傷つけるのは、あくまで彼の意識を失わせるためだ。意識を失わせ、肉体の主導権を得る。そのために傷つけているから──殺しはしない。内側を巣食う機奇械怪や「精霊」にそういった手加減は無いが、ことマグヌノプスからすれば、彼に死なれると困る。

 何故か。

 それは勿論、フリスが行った処置のせい(おかげ)だ。

 胸ではない。心臓ではない。

 彼の魂に強く強く、《茨》の針が突き刺さっている。そこにマグヌノプスも縫い付けられている。

 

 だから、彼が死ねば。

 マグヌノプスも死ぬ。いや、逃れられなくなる、といった方が正しいだろう。生きてさえいれば模索できたやもしれない彼からの離脱方法を、彼の死によって不可に置きなおす。

 ミケルの処置、数多の「精霊」と機奇械怪、そして動力との融合によって器の広くなった彼の身体。それならば星の意思(マグヌノプス)をプールできる。

 ただの死体ならば弾け飛んでいただろう。ただの端末ならば切り捨てられていただろう。

 ただの凡夫なら、塗り替えられていただろう。

 

「見せてみろ──強くなった、お前たちの力を。俺を殺すに足り得るか──五年の歳月の集大成を」

 

 けれど、ここにいるのは英雄だ。

 武術に秀でるわけでも、発想に長けるわけでもない。

 ただの機械技師。ただ、意思の強かった男。

 

「よくわかりませんけど、それが望みなら──」

 

 アスカルティンの手先が変形する。鋭利に、且つ螺旋を描いて。

 そして──回転する。

 ほぼ機奇械怪であるとバレた時点から、アスカルティンは人間ぶるのをやめた。今までは体内に留めていた自己改造を、対外にも出すようになった。そのせいで恐れられる事は増えたけれど、アスカルティンを認めてくれる者が少しでもいるのだから、どうでもいいと。

 だからアスカルティンは、機奇械怪として──自己改造の研鑽を積んだ。

 

 ドリルだ。

 古今東西、古来より硬いモノをぶち抜くにはコレと、相場が決まっている。

 

「ど真ん中!」

 

 刺す。

 刺さる。だから、貫く。回転を繰り返すことで掘削を行うその機構は──けれど、流体に近い金属片の前に、止まる。

 掘っても掘っても前に進まない。

 アスカルティンは与り知らぬことだが、マグヌノプスも馬鹿ではなかった、ということだ。彼の意識を奪う以前に彼に死なれては困ると、外敵である奇械士達への攻撃、防御を開始した。その一つがこの金属片のコート。

 掘られても掘られても次の層が出来上がるから、いつまで経っても掘削しきれない。

 そして、また彼が余計なことを言わないようにだろう、彼の顔を覆っていく金属片。

 

「きを、つけろよ──この金属片、は、機奇械怪にとっても……ゾンビにとっても、猛毒だ」

「ご忠告どうもありがとうございます災厄さん! が、ごめんなさい。そういう事に気を付けられる子じゃないので──無駄になりますね」

 

 言い切ってから、ぐにゃりと口角を引き上げるアスカルティン。理性のタガが外れた事が一目でわかっただろう。五年が経とうとこの辺は変わっていない。一応日常生活で表に出ても人を食べようとしなくなった、というくらいのお淑やかさは手に入れたが、それだけだ。

 アハ、なんて笑みと共に、アスカルティンが人間とは思えない動きをし始める。

 機奇械怪であることを隠さなくなったのは此方も同じ。というか、もっと()()。だって既にヒトの形ではないのだから。

 

「アハハハハ──ッ!」

 

 腕が増え、爪が増える。足が増え、関節が増える。センサーが各所に生え揃い、姿勢制御用の翼が生える。

 機械の化け物。その名に相応しい姿となったアスカルティンが、彼を乱雑に攻撃し始める。

 

 その横で。というかど真ん中へ。

 

「モード・エスレイム! ぶっ壊せ!」

 

 突撃槍がぶち当たる。

 零距離インパクト。対象が硬ければ硬い程威力を増す、という性質を持つこのモードは、アスカルティンの攻撃に対し強度を上げんとしていた金属片にあまりに効果的だった。

 衝撃、轟音。彼の全身を覆いつつあった黒が波打ち、いくつかがパラパラと剥がれ落ちる。

 

「──まだだ、撃ち込み続けろ! この程度じゃ俺は死なねえぞ!」

 

 衝撃は彼の全身に行き渡っている。だけど、死なない。どれほど傷をつけられても、生き延びるために死に難くなった彼は、そしてマグヌノプスが延命行為に入ってきている彼の身体は、この程度では死なない。

 勝負だ。

 彼女らが彼を殺すのが早いか、彼がマグヌノプスに負けるのが早いか。彼は耐え続けるだろう。どれほどの攻撃を受けても、鋼の意思でマグヌノプスを抑え込み続ける。

 だから勝負だ。

 

 彼女が立ち直るのが、どれほど早いか。

 未来は──もう少し、先に。

 



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またもや封印される系一般上位者

 突如として出現したギンガモール。

 それに対し突入したチャル達奇械士とは別に、これを攻撃するモノがあった。

 

 ホワイトダナップだ。

 南部区画、東部区画を犠牲に作られた兵器群、ホワイトダナップの側面に備え付けられた砲門。想定されていた「災厄」ではないものの、無数のタトルズの出現、襲撃によって苦汁を舐めさせられたことは記憶に新しい。

 砲撃許可が下りるまでにそう時間はかからなかった、ということだ。

 既に半壊状態に等しい姿で現れたギンガモールに対し、ホワイトダナップからの集中砲火が浴びせられる。また、遠隔攻撃のできる奇械士も攻撃に参加しているし、調整屋や武器屋の作った簡易携帯大砲を撃っている近接奇械士も多い。

 中にいる者のことは考えないその怒涛の攻撃は、けれど信頼から来るものだ。

 

 たった五年。

 たった五年で、四人の奇械士は最強に登り詰めた。アリア・クリッスリルグもケニッヒ・クリッスリルグも追い抜かして、四人のチームが最強の名を手にするに至った。

 その称賛、その期待ゆえに、破壊を躊躇する者はいない。

 

 ……唯一気が気でない様子なのは、ホワイトダナップの守護に残ったエクセンクリンである。

 彼の娘、モモは戦闘者ではない。機奇械怪としてある程度の護身術は覚えたようだが、それでも根っからの奇械士達と比べると劣る。

 それが、エクセンクリンの制止も聞かずにギンガモールに突入してしまったのだ。

 

 気が気でない。怖い。

 エクセンクリンはただ、怖かった。また失うのではないかと。

 

 ──と、ギンガモールから反撃が来る。

 砲弾か、瓦礫か。とかく完全な球体ではない何かが放たれた。それは東部区画に着弾し──かける。

 

「まぁ……今は、信じるほかないか」

 

 着弾はしなかった。

 エクセンクリンが受け止めたからだ。西部区画には彼の妻もいるのだから、当然そこへ向かいかねない攻撃の全ては通さない。ホワイトダナップの守護とはそういうことだ。

 フリス程広い範囲ではない。フリス程強い力場は持たない。

 だが、ことホワイトダナップの構造に関していえば、フリスよりエクセンクリンの方が識っている。どこが弱いか。どこなら迎撃可能か。どこに人がいなくて、どこに味方がいるか。

 

 味方。

 

 エクセンクリンは笑う。思考に笑う。

 

「人間を愛するようになって四百と少し。……もう私は、人間を味方とさえ思えるか」

 

 大半の上位者が見れば、エクセンクリンをして壊れたと言うのだろう。ケルビマもそうだ。あれも壊れたと言われてしまうだろう。

 フレイメアリスを疑う事の出来ないエクセンクリン。だけど、誰の影響で、かはわかり切ったことでもある。

 果たしてそれを、悪と捉えるか否かは。

 

「私は、どちらでも構わないよ、フリス。だから──満足の行く結果を選ぶと良い」

 

 ただ友人としての言葉を。

 

 

+ * +

 

 

 グレイブの刃は穂先にしかない。ただし、槍と違って先端以外でも斬撃が可能なため、穂先でさえ敵を捉えることができたのならダメージを与えられる。

 捉えられたのなら、だ。

 肌を揺らす呼気の響き。強く踏み込むその姿を目は捉えられるのに、武器を振り下ろした頃には消えている。効率が足りないのだと気付く前に、機械の腕が切断されたのがわかった。とりあえずそれを念動力で掴みなおし、再度くっつける。

 風圧。攻撃だ。背後から迫るそれは僕の中心を狙うもの。

 全力の、全身を使った振り抜き。だから初速を参考にしてはいけない。途中から加速するとわかっているのだから、予め余裕をもって避ける必要がある。──問題は、僕の身体が武人用のものではない、ということだ。武人系の入力。発される出力信号に対し、身体がついていかない。

 槍とは突く武器だ。だからこれを直撃されたところで、僕の身体が両断される、ということはない。初めから骨も何もない身体だ、骨折を気にする必要もない。

 だけど、愚策だと感じた。

 今余裕をもって避けることは愚策だ。策を用意していると言ったヘイズが、そんな愚直な打撃をしてくるとも思えない。

 

 ──なら、無理矢理動かせばいい。

 

 念動力で自らの身体をぐりんと反転させる。

 先程掴んだ残骸の腕をヘイズの槍に合わせる感じで、さらにグレイブを緩衝材にすることで十字を作る。

 打撃。

 ……読み通り、なのだろう。単なる打撃で粉々にまでなった残骸の腕。さらに血肉のグレイブが中心でぽっきり折れてしまった。もし残骸の腕が僕と繋がっていたら、こっちの肉体にまで衝撃が来ていたことだろう。証拠になるかはわからないけれど、背後の壁に、外が見える程の大穴が空いているくらいだから。

 今のは武術だ。しかも、僕の見たことの無いもの。アクルマキアンで生まれ、アクルマキアンで死んだ"英雄価値"と見た。成程それなら僕が知らないのも無理は無い。

 

「おいおい、今のまで知ってたのか?」

「まさか。初見だよ。だけど、武人系の入力が僕を助けてくれたみたいだ。勘ってやつさ。嫌な予感がしたから、肉体で受けなかった。今のは気とか勁とか、そういう類の技だね?」

「ああ、知らねえだろ。お前がアクルマキアンからいなくなってから開発された武術だからな」

 

 笑みが零れる。

 やっぱり、付け焼き刃の技術でどうにかなることはないのだと思い知らされる。腕も武器もいくらでも作れるけど、同時にいくらでも壊されるのだろう。ヘイズだって上位者だ。疲れる事を知らず、集中力が切れる事もない。

 一体幾つの隠し玉があるかは知らないけど、これほどの余裕だ、日が暮れても尽きないくらいはあると見た。今の技だって攻略できたってわけじゃないしね。

 

 悪くない。

 武人系の入力が為された上位者というのは、こういうヒリつきの中を生きていたのか。

 それはなんというか随分と。誰か教えてくれたらよかったのにさ。

 

「──もう、いいかな」

「あん?」

「十分楽しんだって事だよ。武人系の入力。武術を用いた鬩ぎ合うような戦い。確かに楽しいし、まだまだ余地がありそうだ」

 

 だけど。

 

「そういうのをやるのは人間だよ。僕らは彼らから、完成された技術の上澄みを掠め取るだけでいい」

 

 また、ギンガモールの残骸が集結する。

 それは腕を形作るけど、グレイブは作らない。ただ、その手をヘイズに翳して。

 

「さて──これはマグヌノプスにもした質問だけど」

「……!」

 

 僕の手に何かが集束していく。

 念動力。否、単なる力場が、こうもエネルギーのように集束することなどない。

 ならばこれは何なのか。

 

「これは、なんだろうね?」

 

 放つ。

 瞬間、ケルビマとのぶつかり合いの時よりも激しい斥力が生まれる。ギンガモールをぐちゃぐちゃに圧し潰しながら、色を色とも取れぬ砲弾がヘイズに向かう。

 一度は止めようとおもったのか。受け止めようと思ったのだろうか。彼はその槍を砲弾に向け、即座に無理だと断じた。彼からは見えていたのだろう。その砲弾が近付くにつれ、景色さえもが歪んでいっていることに。

 空間を捻じ曲げるほどの力場。その砲弾。

 受けるのではなく逃げるのが最善手として──けれど気付くだろう。

 彼の身体が固定されている。何にって、念動力に。避けられると知っているのなら、避けられないように掴むのは当然のことだろう。

 

「ッ──クソ」

 

 光を弾く斥力の砲弾がヘイズに直撃する。

 不壊とされる上位者の身体も簡単にぺしゃんこにする砲弾は──けれど、消える。

 

 直後、僕の()()()出現する斥力の砲弾。

 

「ッ、ケルビマ!」

「わかっている!」

 

 転移とは、見えるところから見えるところにしか飛べない。飛ばせない。

 それを、どうやって……。

 ああ、いや。だから──透過か。さっきの打撃の瞬間に、僕の体内にマーキングでもしたのかな?

 

 ケルビマとヘイズ。

 二人の攻撃が、念動力を突き除ける攻撃が迫る。挟み撃ちだ。逃げ場はなく、その力は単純に加算される。外側からは二人の、内側からは斥力の。成程、僕がこれを使うことも込々か。

 

 ──けど、勘違いをしている。

 残念だよ、ヘイズ。

 

「刺さっ──」

「そうだ。刺さっただけだよ、ヘイズ。──それが僕に、何かダメージを与えると──本気で思っているのかな」

 

 念動力を突き除ける技。

 これは確かに僕に有効だ。念動力を主として攻撃に使う僕は、それを突き破られたら手も足も出ない。

 そして上位者の不壊属性とは念動力を基にしたものであり、僕を殺すのならその技術があれば十分だ。

 

 で、だから、なんだ。

 

「今、僕の頭蓋に刺さっている君の槍と、心臓に突き刺さっているケルビマの刀。だからなんだ。だからなんだよ、ヘイズ。これが君の策かい? 笑わせてくれるなよ。僕を殺すんだ。惑星外生命体を、寄生虫を殺すんだ。アイメリア・フリスを殺すんだ──決して言うなよ。僕の前で、これが最後だ、なんて。万策尽きた、なんて」

 

 でないと、殺してしまいそうになる。

 頼むから。君の事は、お気に入りだと思っているから。

 

「その苦い顔をやめてくれないかな──殺したくなる」

「っ、うるせぇ、弾けろ!」

 

 弾ける。爆ぜる。爆発する。

 僕の頭蓋に突き刺さった槍の先端が爆ぜる。心臓に刺さった刀がバラバラになる。これにより胴体には大穴が空き、上顎から上が消える。

 

 だから。

 だから、なんだと、言っている。聞いている。

 

「今さラ──肉体の破壊デ、なんとカなると──?」

「──アントニオ!! ぶん投げろ!!」

 

 何かが飛来する音。

 それは先ほどヘイズが開けた大穴を通り──僕を圧し潰すようにして、落下する。

 

 蒼。いや、ブルーメタリックの……立方体の、構造物。

 これは。

 

「食い尽くせ!」

 

 それが、開く。

 悲鳴。怒号。助けを求める声。数多の知り合い──僕の知る全ての声が、僕に対し嘆きをかける。慟哭する。おいで、助けて、こっちにおいで、来て、フリス。フリス。フリス。

 どうでもいい。そんな精神汚染でどうにかなる僕じゃない。問題は、発生した引力と無数の手が僕を引き摺り込もうとしている事だ。肉体でなく、魂を掴む腕。手。手。手だ。

 

「『悪魔』の時代ノ、……シールブロック!」

「……へぇ、そんな名前なのか。知らなかったぜ」

 

 引っ張られる。引きずり込まれる。食われる。

 上位者専用の、上位者という存在をどうにかするために作られた封印機構だ。「悪魔」の時代において、人間と悪魔が共同開発をした、自分たちを見下す者への対抗武器。その一つ。

 

 こんなもの、どこに隠し持っていた。

 

「これでもまだ、だからなんだと言えるかよ、フリス」

「──ッ」

 

 抗い切れぬ力が僕を引き込んでいく。

 強い強い引力が僕を閉じ込めていく。

 

 そうして閉じ行くシールブロックの、暗闇と光の隙間で。

 満身創痍のケルビマとやりきった顔のヘイズが──僕を見送ったのだった。

 

 

+ * +

 

 

 まずいですねぇ。

 というのがアスカルティンの感想である。未だ敵と交戦開始から数分。既に体内で敵の金属片の解析、その耐性をつけんと頑張っているのだが、結論から言うと「どうにも無理そう」。

 金属片が「災厄」らしき男の顔を覆う前に、その彼自身が言った言葉。その金属片はアスカルティンやスファニアにとって猛毒だから気を付けろ、という助言。

 

 モロにその通りだった。

 解析のために剥がれ落ちた一枚を体内に入れてみたのだが、これがもう具合の悪い事悪い事。今の今まで頑張って解析してみたものの、UNKNOWNとERRORしか出ない。戦闘を機奇械怪に任せ、こうして理性で体内の改造等を行っているアスカルティンであるが、その機構の全てを結集してアンサーを出す。

 無理ですね、これ。

 排出する。この素材は原初の五機だの神の髄液だのとは違う、根本原理の異なるものだ。だから無理。

 

 だから耐性も付けられないし、有効武装も生み出せない。

 

「スファニア! それ以上食らっちゃダメだよ!」

「うるせぇよ、ガキ! ……だが、気持ち悪ぃのは確かだな、クソ」

 

 そしてそれはスファニアも同じらしかった。

 この五年でスファニアという存在についてアスカルティンなりに調べてみたところ、生身の肉体を持っていたり、食事をして傷や体調が正常になったりする、という所以外は機奇械怪と変わらない。肉体を持つ機奇械怪、あるいは機奇械怪が機械の身体を持つゾンビなのかもしれない、という所に落ち着いた。

 だから、これも同じだ。

 この金属片は、そのものも、それによる攻撃も、どうやら本当に自分たちへは猛毒となり得るらしい。

 

 正直なところ、スファニアもアスカルティンも回避をあまりしない攻撃スタイルであると言える。攻撃特化。自分が壊される前に相手を壊す戦法は、毒などの搦め手にめっぽう弱い。無論普段のアスカルティンであれば即座に自らを害するものを解析、耐性をつけることで事なきを得るのだが、そうもいかない今回はどうしようもないな、というのが感想だった。

 なにより、だ。汚染された部分をパージできるアスカルティンより、スファニアが厳しい。彼女は痛みというものを知らないが故に傷つく事を避けない。金属片による斬撃も避けない。避けずに攻撃を続けているから、消耗も激しい。

 どうやら食事をすることであらゆる傷や病魔が治癒するらしいその身体は、けれど食べ物のないここではただ弱っていくだけ。さらにスファニアがその危険域を自覚できないと来た。

 

 一度退散もアリ、ですかね。

 

 なんて理性アスカルティンは思っているのだが、機奇械怪な本能アスカルティンは果敢に攻撃を続けているので少し難しい。

 この五年間で会得した裏技や切り札も所持しているが、ハイリスクハイリターンなそれを今使うべきかは微妙だと考える。

 

 思考は数瞬。

 結論。

 

「──チャルさん! アレキさん! 私達だけだとかなり厳しそうなので、できるだけ早く立ち直ってくれると助かります!!」

 

 助けを呼ぶ、である。

 

 

 

 

 さて、そんな救援は勿論聞こえている。

 聞こえていて、だから急がないといけないのもわかっている。うじうじしている暇が無いのも理解している。

 だけど、チャルの足は──震えていた。

 

「……モモさん」

「ああ。任せろ、とは言い難いが、チャルを抱えて逃げるくらいならできる」

「お願いします」

 

 まだ無理だ、と判断したのだろう。

 けれど「災厄」と直接対峙しているアスカルティン達を助けに行かないという選択肢を取る事も出来ない。だからアレキはモモへとチャルを任せ、踵を返す。

 戦場へ。中心の部屋へ。

 消えるようにアレキが立ち去った後に、チャルとモモだけが残る。

 

「……大丈夫、じゃなさそうだな」

「ごめん……ごめんなさい。状況はわかってる。私がやらなきゃいけない事もわかっている、のに」

 

 おかしいとも思っている。

 チャルは、だって、この程度のことでへたり込んでしまうようなメンタルの持ち主ではない。たとえ好きな人でも、たとえ誰も疑っていない人でも、躊躇なく銃口を突き付け、銃弾を放つことのできるような──異常とすら取れる強靭な精神の持ち主だ。

 それがこうも、と。モモから見ても、そしてチャル自身からしても、おかしいと感じるものがあった。

 

 果たしてそれは、彼女の淨眼の根源がアレ自身だから、というところに尽きるのだが──それを理解できる二人ではない。どれほど頭脳に優れようと、前提知識が無ければ辿り着けない。

 

「立ち向かうことも、難しいか?」

「……ごめんなさい」

「いや、謝らなくていい。私も無理だ。アレには何か異様な気配を感じる。『災厄』の名に相応しいと思う。……あ、いや、だから、すまない。アレ……というのも失礼か。あの人は、チャルの父親、なのだったな」

「多分……ね。写真で見た通りだし、声も……想像通りだった。私が赤ちゃんの頃に死んじゃったから、本物かどうかは……お母さんじゃないとわかんないと思うけど」

 

 でも。

 でも、彼が浮かべていた、彼の心にあった"一番大切なモノ"は──どこまでも暖かな家庭。

 チャルとニルヴァニーナの、とても暖かな憧憬。そこに手を伸ばす誰か。いや、視点を考えれば簡単にわかる。

 アレが父親でないというのなら、なんだというのか。

 死体が動いているだけ? 似せて作られているだけ?

 それが違うと判断できる目。またこの眼は、チャルを苦しめる。知らなければよかった。知らなくてよかった事をチャルに教えてくるのだから。

 

「……そうだな。参考になるかはわからないが──それと、こんな時に話すことでもないとは思うが」

 

 膝を抱き、カタカタと震えるチャルに。

 その頭に手を置いて、撫でながら──モモが口を開く。

 

「私は機奇械怪なんだ」

「──……え?」

 

 実は明かしていなかった真実。

 別にわざわざ言う事でもないと、アスカルティンも特に何でもなく黙っていた事実を、ここで明かす。

 

「私は一度死んだ。ここでな。記憶は無いんだが……誘拐されて、機奇械怪と融合させられて、最終的には自爆して死んだらしい。自分のことながら伝え聞いただけの話で、信憑性も現実感も無い。だけど確実に、人間の私は死んだ」

 

 ほら、なんて言いながら。

 思わず顔を上げたチャルに、指先を見せるモモ。

 そこに、金属があった。皮膜(スキン)の剥がれた内側に。

 

「奇械士でもないのに異常と言える身体能力。サイキックについての深い造詣。まぁ、疑う理由はいくらでもあったのに、お前たちは疑わずに私を傍に置いてくれた。……だから、今のチャルに、私から言える言葉を贈る」

「……はい」

 

 モモが機奇械怪だった、なんてことを即座に飲み込めるかと言ったらそんなことは無い。

 ないけれど、チャルも思い当たる節はあったのだ。モモが例に挙げたこともそうだし、妙にアスカルティンと共に行動している事が多い事や、食の好みなんかも彼女と良く合致していた事。機奇械怪であると公言しているアスカルティンと同じ好みを持つことがどれほどあり得ないかを、当時のチャル達は知らなかった。

 それ以外にも確かに、確かにと色々なものが湧いてくる。チャルが気付けなかったのは、偏にモモに嘘が無かったからだろう。騙している、という気さえない、純粋な心でチャル達に接していたから、気付くも何もなかった。

 

「あれは、父親の目だ」

「……」

「さっき言っただろう。私は死んだ。確実に。──だが、生き返った。機奇械怪として新たな生を受けた。わかるだろう? そんなものは紛い物だ。アスカルティンのように九割九分九厘が機奇械怪に侵食されている、という状態とは違う」

 

 連続しているアスカルティンと違い、一度は断絶したモモ。

 その違いくらい、チャルにもわかる。

 

「──それでも父は、私を愛してくれたよ。私ですら時たま思うんだ。本当に私は私なのか、って。私という記憶をデータとして打ち込まれた単なる機奇械怪なのではないか、人形なのではないかと。そう思うたびに、父は私を抱きしめて……『君はちゃんと君だよ、モモ』と。そう言ってくれるんだ。母もそうだ。二人とも私を抱きしめて、頭をなでて……ふふ、もうそろ三十にもなろうという女が情けの無い話だがな」

「……良い家族だね」

「ああ。胸を張って言える」

 

 だから、と。

 モモは……黄金色の笑顔をチャルに向ける。

 

「わかるんだ。あの人は確実にお前の父親だ。目でわかる。あれほど優しい目は、家族の親愛にのみ起こる色だと私は知っている」

「──……うん」

「確実に、絶対に、父親だ。あれが父親かどうかなんて悩む余地すらない。チャル、お前は普通の人には見えないものまで見えてしまうから、わかりづらいんだろう。感じ取り難いんだろう。けれど、アレキが即座に判断したように、私に見えたように──あの人は絶対にお前の父親だ。私が保証する」

 

 それは、一見して酷な言葉のように見えた。

 だってチャルは、父親かもしれないから攻撃できないと、そう震えているようにも見えたからだ。死んだはずの父親が「災厄」で、自分たちを大切に想っていたから立ち向かえないのだと──そういう風にも見えた。

 そんな彼女のに対し、アレは確実にお前の父親だと断言する行為は、常人ならばできないことだっただろう。

 

 だけど、その言葉を発した者は「二人目」と認められた魂の持ち主で。

 だから、その言葉をかけられた者は──"最新の英雄価値"とまで言われた魂だった。

 

 震えが──止まる。

 

「……うん。ありがとう、モモさん」

「ああ」

「もう大丈夫。私はちゃんと、私の目であの人を見て……おやすみなさいを、言えるはず」

 

 銀の瞳で見れば、彼の存在は強大に見えることだろう。当然、星一つ分だ。それを前に怖気づかない人間など、後にも先にもチャルの父親本人しかいないだろう。それくらい凄い事だ。人間が意思の力でマグヌノプスに勝る、ということは。

 けど、チャルもまた別のアプローチで彼の存在を無視し得る。

 チャルに入ったマグヌノプスはほんの指先少し分だけ。だから後は、チャル自身だ。

 フリスが気に入ったソレは、異常なまでに強靭な精神性は──マグヌノプスに依るものではないのだと、ここに証明する。

 

「ユウゴ。リンリー。……ごめんね。あと少しだけ──手伝って」

 

 温度は変わらないはずなのに、チャルは両手にあるオルクスが熱を持ったような感覚に襲われた。

 

「行ってきます、モモさん。安全なトコに隠れててね」

「ああ、行って来い。大丈夫だ、私は機奇械怪だから、機奇械怪には襲われない」

「あはは、そうだったんだ。──じゃ」

 

 そう踵を返すチャルの瞳に恐怖は欠片も無い。

 満たないものは、満たないもの同士で。

 

 仕切り直しだ。

 



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奥義を使う系一般上位者

 無論、この程度でどうにかなるのなら、僕はとっくの昔……それこそ「悪魔」の時代にでも封印されているだろう。

 人類が「無理である」ということに気付けなかったのは、彼らと契約を結んだ悪魔に僕製のものが無かったからだろう。結局野良で生まれた悪魔では、己らの存在が人工物である、ということを知る由もなく、だからこそ上位者に立ち向かえると慢心した。

 なまじ知識があり、魂を代価とする契約を結べる種族だった、というのが大きいだろう。そこまでは僕は設計していないのに、自然とそういう道を辿った。イイトコロまで行った、というのはソレだ。魂の視認。そこから先の時代を冠するモノ達が辿り着けなかったアプローチ。

 けれど、悪魔は魂を糧にはしなかった。ただ集め、飼い殺す──あるいはそれを通貨として扱うようになる。

 

 オールドフェイス。

 これなるは僕が名付けたものでなく、悪魔たちが扱っていた通貨である。

 

「おい、フリス。聞こえてんな?」

「うん、聞こえているよ」

「……普通に喋れんのかよ。まぁいいが、取引だ。俺からじゃねぇ、モルガヌスからな」

 

 ブルーメタリックの立方体。シールブロックと呼ばれていた「悪魔」の時代の構造物越しに、ヘイズと話す。正直、こんなもの今すぐにでも出られる。マグヌノプスの封印の方が堅固なくらいだ。ただ、策を練ってあるとの話だったので、できるだけゆっくり出ようという魂胆なだけ。

 そんな中の話。

 

「取引」

「ああ。あっちの要求は、お前が握ってる上位者の人格の返還、だそうだ。幾つか持ってるんだろ? チトセとか、特にラグナ・マリアの上位者人格が一向に戻ってこねぇって言ってたぜ」

「肯定しよう。確かに僕は彼らの人格……というか概念体を有している。けど、それを返すかどうかは取引の内容次第かな。まさかここから出すことを、なんて言おうものなら──」

「言わねえよ。アイツは臆病者だが、馬鹿じゃねえからな」

 

 少し、考える。

 モルガヌスが僕に対しそういう取引を持ち掛けてくるかどうか、というところだ。アレは結構僕に近い嗜好をしている。つまるところ、アイツの収集癖さえ満たせるのなら、結果自体はどうでもいい、というもの。

 僕も面白ければなんでもいい、ってタイプだからね、結構似ている。

 そんな彼が、僕が押えた上位者の概念体を返して欲しいという理由。

 

 ま、簡単か。

 彼は知りたいのだろう。自身の支配から逃れた上位者に何が起きたのか。僕がわざわざ回収するような上位者にどんな変化があったのか。自分のところでじっくり調べたい。そんなところだ。

 普通の人間ならリスクを危惧して諦めるだろう事柄も、アレの収集癖はそれを許さない。欲しいと思ったものは集めずにはいられないし、知りたいと思った事を知らずにはいられない。更に独占欲まであるのだから終わっている。手の施しようがない、というやつだ。

 

 そんな彼が代価とするもの。

 

「空の神フレイメアリスについての話──だそうだ」

「……あはは」

「ああ、お前が呆れるのはわかる。俺も何を言ってんだと思ったもんだが、生憎俺は端末なんでね。大本の言葉は正確に伝えにゃならん」

 

 この惑星に神はいない。

 だけど、何故か誰もがフレイメアリスの名を知っていた。それを神の名として知っていた。マグヌノプスがアイメリア・フリスとして遺したが故──というわけではない。だって僕らは、時代が変わるたびに地表を焼き払い、リセットを行っている。

 端末マグヌノプスが口伝でその名を伝えて行ったのだとしても、たった一人では無理がある。

 僕がアクルマキアンで創作神話を作る前から、フレイメアリスの名は知られていた。

 

 何度も言う。

 僕はフレイメアリスじゃない。アイメリア・フリスではあるけれど、フレイメアリスじゃない。

 僕は神じゃない。──だけど、まるでそういうものが存在しているかのような痕跡が、余りにも多すぎる。それは多くを知る、裏を知る上位者にまで広がっている始末。

 

「断るよ」

「……だと思ったぜ」

「じゃあ、これで話は終わりだ。無いとは思うけど、僕にこの取引を持ち掛けるためだけに僕に挑んできた、とかじゃないよね?」

「まさか。んなことするくらいなら、普通に伝言するだろ」

「うん。良かったよ」

 

 モルガヌスが本当にフレイメアリスの正体を知っていたとして。

 それだけじゃ、上位者の概念体を返すには値しないかな。

 なんにも興味ないし。たとえ神なるものが本当にいたとして、いいじゃないか。悪くないよ、それも。

 

「それで、早くしてほしいかな。君も知っているだろう? 僕は割合短気なんだ。もしこの会話が時間稼ぎで、特に驚くべき策が何もないというのなら──すぐにでもここを出ていくよ」

「あー、もうちょっと待ってくれ。結構距離があんだよ」

「距離?」

 

 そんな折、ふと思い出したことがあった。

 

「君さ、そういえば念動力の使い方を忘れた、とか言っていたよね」

「ん? あぁ、ありゃ嘘だよ」

「うん。それはわかるんだけど──じゃあ、何にリソースを吐いていたんだい?」

「だからもうちょい待てって。もうすぐ来るからさ」

 

 ああ、やっぱりそこに繋がるんだ。

 さて──外界の様子が何もわからないこのシールブロックだけど、恐らくはどこかに運び出されているものと思われる。

 上位者の感知をも掻き消す仕組みは流石の悪魔だけどね。強度が足りないよ、かなり。

 

「俺はさ、人間は実験体にしか見てねえんだわ。ま、上位者みんなそうだろうけど」

「いきなりだね」

「アッハッハ、まぁ聞けって。いやまぁこれ以上言うことはねぇんだけどさ。──だから、俺の興味っつーのはまぁまぁ早期に、人間から離れた、って話でな」

「へぇ?」

 

 初耳だ。

 ヘイズとは長いけれど、そんなこと聞いたことも無かった。

 

「随分と昔から、俺の興味は上位者やモルガヌスや──お前にあった」

「それは、随分と奇特な趣味だね」

「調べなくてもわかり切っているから、か? だがよ、フリス。俺達だってもとを辿れば人間だ。まぁお前から見たら違うんだろう。モルガヌスの奴が蒐集した人格、死体、人間になれなかったもの、人間だったもの。真っ当な人間から上位者になったのは最初の十人くらいで、その後のはコスト削減のためにかき集められた量産品」

「やけに自分を卑下するじゃないか」

「卑下じゃねえ、事実だよ。──それでも、だ。俺が酒場を開いたら、自分の役割ほっぽりだしてまで様子を見に来る上位者が一体何人いたよ? マグヌノプスの甘言でコロっとひっくり返った上位者が一体何人いたよ。わかるだろ、フリス。あいつらは単なる端末じゃねえ、心のある人間なんだわ」

「人間かどうかはともかく、知的生命体であることは認めるよ」

「細かい奴だなぁ」

 

 まぁ、そうだね。

 端末端末といえど、完全なラジコンってわけじゃない。モルガヌスに完全に意識を乗っ取られていた上位者はラジコンだったかもしれないけれど、この惑星にいる約十万の上位者のほとんどは自らの意思で考え、行動している。

 勿論その姿は社会を回す歯車だとか、機構だとか、とかく色味の無い、味気のないものに見えるのだろう。傍から見たら、ね。

 けど、そういう上位者にも一応個性というものがある。会話ができる。

 

「だからずっと研究をしていた」

「それは、どんな?」

「どうやったらあいつらが、そしてどうやったら俺が、一個の生命体として再度自立することができるのか、をだ」

「ふむ」

 

 一個の生命体になる。

 つまり端末でなくなりたいと。果たしてそれは、マグヌノプスの甘言に乗った上位者と何が違うのか。

 

「アクルマキアンの奴らと一緒にしてくれるなよ? なりてぇって言ってるワケじゃねえ、どうやったらなれるかを模索する方に興味が向いたって話だ」

「うん」

「そして俺は、答えを見つけた」

 

 ──感知範囲に、何か。

 あり得ないくらい巨大なものが引っかかる。上空。天空。凄まじい熱量と速度、シールブロックの中にいるからわからないけれど、これは、外は轟音で埋め尽くされているのではないだろうか。

 

「俺達はネットワークに繋がれている。それを支配と呼ぶか繋がり、コミュニティと呼ぶかは勝手だがな。──これを断ち切ることが、その答えなのだと理解した」

「それは──そうだね。けれど、そのネットワークはアイメリアの組成を用いたものだ。君達が体内にアイメリアの破片を持つ限り、そのネットワークから逃れることはできない」

「だがよ、フリス。現に今お前──ネットワークに繋がってねぇだろ」

 

 確かに、確かに、そうだ。

 彼の時代の悪魔と人間による共同制作技術。シールブロックは念動力を遮断する。今の僕は転移や念動力、透過といった力を使えない。使えるけど箱の中でしか使えない、が正しいかな。

 そしてそれは、そのまま他の寄生虫(アイメリア)の認知から外れることでもある。

 

「なら、同じことをすればいい。──さっき言ったな。なりてぇってわけじゃねえって。だがよ──思いついちまったらやりたくなんのがサガっつーもんでな」

 

 全身から《茨》を出す。

 それがシールブロックを突き破り、破壊した。

 そして、外に出て……僕は久しぶりに絶句する。

 

「……こ、れは」

「あぁ、出て来たか。んじゃまぁそれも使うとして──見てろよ、フリス。これが俺の答えだ」

 

 ──(そら)を覆い尽くす茶色と黒の巨塊。それは赤熱していて、だから()()()()()()()ということがわかる。その背後にはブルーメタリック。先ほど僕が閉じ込められていたものと同じもの。

 

 あ。

 

「アッハッハッハ! 俺はお前の付き合い長いからよ──わかったぜ、『悪魔』の時代においてこういうもんが沢山作られた結果、お前がこれらをどうやって処理したのか!」

「……成程、僕の性格を見抜いていたわけだ」

「そうさ。お前はこの、シールブロックっつったか。とかくこの構造物や、これと同じ材質のもんを、地中深くに埋めるか、宙の彼方にまでぶっ飛ばすか、そのどちらかを選んだんだ。一々一個ずつ《茨》で潰して回んのはあまりに面倒だったから。だろ?」

 

 知り尽くされている。

 苦笑しか出ない。僕の無計画さも、僕の物臭さも、全部。

 

「最初は埋めてたんだろ。だが途中でそれすらも面倒になった。だから当時残っていたほとんどを惑星外に飛ばして、それでいい事にした」

「一応言ってくと、面倒になったから、というのはだいぶ後期だよ。最初は掘り起こされると時代錯誤になるから、って理由で埋めるのはやめたんだ」

「同じさ。破壊しなかったんだからな」

 

 それはそう。

 そして──ああ。やっぱり僕の目に狂いは無かったというべきか。僕の記憶はそのままだった。

 いいや、もっともっと進化していた、ともいえるだろう。

 

「君、念動力使えなくなったのが嘘と言っていたのは」

「コレを見つける前は、普通の()()()()()()()使()()()()()()()。奥義、あるいは最終手段。このメガリアにいる上位者を一度に全部殺せば流石のモルガヌスも出てくる。そこを狙うのはアリだな、ってよ。だが事情が変わった」

「地中かな、どこぞにあったこのシールブロックを見つけた君は、僕の思考をトレースして他を捜索。そして見つけたわけだ。宇宙に広がる無数のこれらを。成程、念動力を受け付けないこの鉱石も、けれど()()()()()()()()()()からそっちを掴めばいい」

 

 だけど、話はそう簡単ではない。

 僕の念動力の作用範囲はせいぜいが半径一キロメートルくらいだ。どこにいるのかがわかっていればもう少し、というかかなり範囲は伸びるけど、どこにあるのかわからないものを探すのならそれくらいが限界。感知範囲と同等くらいだね。

 ならば、ヘイズの感知範囲は。

 

「勿論だが、お前より少ない。──が、フリス。人間っつーのは凄いもんなんだよ。なんでもねぇ顔で、俺がぼやくように言った欲しいモンを作っちまえる奴らの集まりなんだ」

「人間?」

「そうさ。俺が酒場やってた頃に来た、"英雄価値"でもなんでもねえ人間さ。そいつらがくれたんだよ。作ってくれた。望遠鏡ってもんをな」

「……手渡し可能な望遠鏡で発見できる範囲に飛ばした覚えはないけれど」

「アッハッハ、馬鹿だなフリス。俺が欲しかったのは機構の方さ。あるいはNOMANSの頃にはもっとすげぇもんがあったんだろうが、その頃は宇宙に興味が無かったし、今探そうにもお前が全部遺棄しちまって探せねえ。だから人間に作ってもらった。レンズというものの仕組み、倍率を変更する仕組み、光に対する知識や理解」

 

 隕石が──降る。落ちる。

 聖都アクルマキアンより北東にある海へ落ちる。

 あそこは。

 

「それを真似て、俺は」

「念動力の望遠鏡を作り出したわけだ。成程ね、中々考えるじゃないか。そうして何年かけたのかは知らないけど、これほどの量を発見して集めて回った。遠かったものは自ら宇宙にでも行ったのかな。その辺まで行っても問題なく帰って来れることはアントニオが証明済みだしね」

 

 僕が狙いものじゃない。ヘイズは初めから「戦ってみたかった」だけで、僕を殺すことが主目的じゃなかったんだ。ケルビマの目的を利用していただけ、かな。

 落ちていく小惑星くらいの大きさはある隕石。これ、余波凄いけどそこんとこ考えてるのかな。

 

「ん? その顔はアクルマキアンとかどうすんだ、って顔だな」

「まぁね。あの時君が必死になってまで助けていた凡夫たちも死ぬと思うけど」

「アッハッハ、だから興味ねーって。実験体としてしか見てなかったのに、半数が機奇械怪になったんだ。その上ラグナ・マリアやホワイトダナップの人間とも混じっちまったからな、もう用はない」

「そうかい」

 

 冷たいわけじゃない。

 本当にそう思っているんだ。僕だってそうだけど、ヘイズはもっとパッキリさっぱり割り切っている。どれほどが死んだって実験優先だ。たまたま今までは、それが人間を保護するような動きに向いていた、というだけで。

 

「けど、良く見つけたね。()()()()()()()()()なんて」

「五年前のマグヌノプスの事件で、上位者殺しまくっただろ? その時にアイツらが還る方向ちゃんと覚えてたんだよ。そっから角度的に重なる位置を割り出して、新しく製造された奴がどっから来るのかも感覚研ぎ澄ませて、転移痕跡も洗って。結構難航したが、アイツの居場所はもう完全に抑えている。だから」

 

 落ちる。 

 衝突する。

 高波や地震などが来る前に、大気を衝撃波が走り抜ける。

 

 ──ま。

 

「ん、なんだよ守るのか?」

「だってホワイトダナップは僕の実験場だよ?」

「……守らなくてもエクセンクリンがなんとかすんだろ」

「無理だよ。エクセンクリンにホワイトダナップ全体は守れない」

 

 念動力の傘を作り、衝撃波を散らす。

 ギンガモールもついでに守る。必要なコトだ。

 

 そして着弾地点。海水は勿論、海底の地面までもが白熱と共にめくれ上がり、噴煙をまき散らし、周囲を灼熱の世界に変えて行っている。

 当然ながら、最初の犠牲者はアクルマキアンだった。爆風とか熱風とか以前の問題だ。地面がめくれ上がった事で、恐らくは人間も、そして機奇械怪も死んだんじゃないかな。上位者は……わかんないけど。

 あの分じゃ地下大聖堂も危ないかもね。まーあれは衝撃程度で壊れるものじゃないけど。

 

 さらにジグ、ダムシュ、エルメシア、フレメアと、アクルマキアン周辺の国々がどんどん……おや?

 

「へぇ!」

「うん……少し見直したかも」

 

 ジグとエルメシアは、健在だった。周囲が地面のめくれ上がりや爆風に飲み込まれている中、前者はサイキックの壁のようなものを、エルメシアは壊れかけだと思っていたシールドフィールドの出力をさらに上げて、それに耐えている。

 ……エルメシアはともかく、ジグのあれは……もしかして僕、ネタバレ見ちゃったかな?

 うん。考えない事にしよう。

 

 その後、地面のめくれ上がりは収まったものの、熱波と火砕流は止まらない。僕の念動力に守られているホワイトダナップは健在であるものの──それ以外が飲み込まれていく。

 クリファス、ネイト。再建邂逅。

 人のいないそれらも飲み込んで──そして、ホワイトダナップの住民の多くが逃げ込んだラグナ・マリアも。

 

 あはは、ホワイトダナップにいた方が安全だったね。

 

「──見えた」

 

 ヘイズが腕を突き出す。

 掴んだのだろう。ブルーメタリックを乗せる灼熱の地面が大きくたわみ、何かを包み込んでいく。

 そこに何があるか、なんて。

 

 ──"HAZE(噴煙)……!?"

「そういうことだ、モルガヌス! 俺はアンタに反意なんてこれっぽっちもねぇが──実験の一環だ、目ぇ瞑ってくれや!」

 ──"WAIT(待ちなさい)……! IF YOU(そんなことをしたら)……DO THAT(どうなるか)……!"

 

 ネットワークを伝い、意思がヘイズに送られているのが視える。前にチトセともやっていた通信だね。

 そしてそこから読み取れるモルガヌスの意思は、明らかに焦ったもの。

 

「そんなことをしたらどうなるか。わかってるぜ。行き場を失った念子の海は、拠り所を求める。つまり、()()()()()()()()()()()()。──俺達は全員フリスの支配下になるわけだ」

「いいのかい? 一個の生命体になりたいんだろう?」

「じゃあ聞くがよ、フリス。お前、俺達が欲しいか?」

「要らないかな」

「アッハッハ! だと思ったよ」

 

 そうだね。君達とか要らないから、僕はすぐにでもそれを切り離すだろう。また引っ付いて来られても面倒だから──そうさな、然るべき処置をする。

 それが君の望むものとは限らないけどね?

 

 ──"HAZE(ヘイズ)……WAIT(待ってください)……! FLEIMEARICE(フレイメアリスの)……TRUE IDENTITY(本当の姿を)……!"

「おいおい、一個端末の念動力で起こされた事象だぜ? 大本なんて名乗るくらいなら、跳ね返してみせろよ」

 ──"IT(それは)……"

「酷なことを言ってあげるなよ、ヘイズ。モルガヌスは大本だけど、上位者じゃないんだ。サイキックなんか使えないよ」

「ああ──そうだったな。臆病者ゆえに、自分を慕った十人を実験体にした愚か者」

 

 魂を念子の海に投じるほどの天才は、けれど上位者じゃない。

 だからこそ彼は、全上位者から同胞と思われていない。罵られ見下され、皮肉られ嫌味を言われ。

 

 あっけのない最期だけどね。

 まぁ、死ねずに、その中だけで完結するネットワークで、永遠を過ごし続けるといい。大丈夫、その閉じた世界なら、もう誰も君のものを取ったりしないから。

 

 ──"EIMERIA(アイメリア)……!"

「聞こえていないけど返事をしてあげよう。なにかな、モルガヌス」

 ──"I KNOW WHERE(私は知っている)……YOUR(あなたの)……"

「ああ、僕の本体の場所かい? うん、知っていても問題ないよ。でもまぁ褒めてはあげよう。マグヌノプスでさえ辿り着けなかったそこを君は発見した。凄い事だよ、おめでとう」

 

 肉片とか金属屑を集めて再構成した手や口で賛辞を述べる。

 で、君が出せるのは、その程度か。

 

 つまらないね。

 

 ──"──……──……"

「ん。あ、もしかしてもう閉じたのかい?」

「ああ。閉じたっつか勝手にくっついたっつーか。やっぱ理解できねぇ材質だな、あのブルーメタリック。高温になると勝手に融合すんのか」

「そういえばそんな性質だったね」

 

 して、移る。

 モルガヌスがネットワークから完全に遮断されたことにより、その網が拠り所を探し、僕の方へ寄って来るけれど──ぺしっと。

 叩き落す。

 

「あ……?」

「あはは、ヘイズ。君は一個だけ勘違いをしていたね。君は色々な想定をしていたのだろう。拠り所を失った念子の海が何を求めるか。まず僕を求めるのは正解だ。けれどそれを僕が拒絶する。それも正解だ。──じゃあ、僕にさえ拒否された念子の海がどこに向かうか。()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、誰を選ぶのか」

 

 簡単だ。

 僕の本体を選ぶよ。だって元は同じものなんだから。

 

 ……なんてことをいっても、ヘイズにはもう聞こえていないだろう。虚ろな目をしたヘイズ。今頃ケルビマやエクセンクリンも同じ感じになっているはずだ。

 

 ヘイズは僕の本体が何なのかを知らなかった。

 僕が端末であることはマグヌノプスとの戦いで聞き及んでいた可能性はあるけれど、本体がなんなのかを探るまでにはいかなかった。

 ダメだよ、ヘイズ。研究に実験に穴があるまま答えを出しちゃ。

 それが、たとえば前提条件の覆るものであれば──簡単に結果が変わっちゃうからね。

 

「モルガヌスは臆病者だけど、天才だ。だから彼は気付いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 念子の海で僕に出会った時、彼は酷く怯えていたよ。

 僕がいたから、というのは勿論ある。

 けど、何よりも──その背後に。僕の背後にいるソレが、あまりにも恐ろしかったから、なのだろうね。

 あはは。

 

「ま、でももうちょっと待ってね」

 

 チョキン、と。

 切断する。《茨》で、その見えざる手を。

 

「──ぅ、は……ぐ、あ?」

「おはよう、ヘイズ。意識はしっかりしているかい?」

「……フリス……?」

「していないようだね。まぁ一度完全に混じったんだ、致し方のないことか。それじゃ、落ち着くまで少し眠っているといい。ケルビマも同じところに送ってあげるから、そこでゆっくりしていてね」

 

 転移させる。

 うん。いや、良かったよ?

 面白い催し物だった。少なくとも上位者で、支配されていることを苦にも思っていないくせにモルガヌスを封印しよう、なんて考えたのはヘイズだけだ。十万といる上位者の中で、ただ一人だけ。

 誇っていいさ。君が人間だったら"英雄価値"になっていたのかもしれないと思う程の行動力だ。

 

 ……悪くはないよ、悪くはね。

 

「あ、あとアントニオもどっかにいるんだっけ? ……ま、いいか。溶岩のしたに埋まったとしても、あいつならなんとかなるでしょ。死んでくれても問題無いし」

 

 さーて。

 ちょっと離れてしまったけれど、チャル達の方はどうなってるかなーっと。

 



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ようやく取り戻す系一般機奇械怪

 時は少し遡って──彼とチャル達の戦い。

 

 モモを除いた、今や最強の名を恣にしていた四人は──苦戦していた。

 それはまぁ、そうなのだ。

 彼女らが普段相手にしているのはあくまで機奇械怪で、こんな人間大の、しかもよくわからない攻撃をしてくるような──そんなファンタジーな生物じゃない。

 機奇械怪には予備動作がある。その部位が動くためには必ずどこかが動く。動力炉に繋がったピストンが稼働して、だから砲門が、とか。機械繊維の伸縮が起きて、だから大きく跳躍する、とか。

 チャルの目、アレキの集中、アスカルティンの嗅覚、スファニアの直感。それらが働くのはあくまでこういう予備動作があってこそ、それを無意識で拾ってこそだ。だから敵の攻撃に当たらないし、だからそれを往なして攻撃ができる。

 けれど、この「災厄」にそれはない。

 液体のような金属片は縦横無尽に飛び回り、貫通力と鋭利さを以てチャル達の命を狙う。

 たとえ大型(ヒュージ)が十体同時に襲ってきても一人で捌ける、なんて言われている彼女たちであったが、この敵の攻略の糸口はまだ見えていなかった。

 

 そんな時、である。

 

「──!?」

 

 弾かれるように顔を上げたのは、アスカルティンと「災厄」。

 

「……嘘」

「アスカルティンさん?」

 

 こればかりはチャルの目ではわからないこと。アレキもスファニアも超自然的な感覚こそ持っていれど、ここまで巨大で、ここまで遠いものとなるとわからない。

 唯一アスカルティンだけが、上位者にも匹敵する、なんて評価された嗅覚で──その焼けた匂いに、大気を擦る割れるような臭いに気が付いた。

 

「こ……れ……だいぶ、やばいかも……」

「ガキ、チョーシ悪いなら下がってな! おら、チャンスだぜ、敵の動きが止まってる!」

「調子悪いのはあなたも。顔色が悪い……のは元からだけど、さっきから息が荒い。少し下がりなさい」

「うるせぇ、今が攻め時だろ。ようやくあのうぜぇ黒いのが止まってんだ、一斉に攻撃を──」

 

 無論。

 彼女らには金属片……マグヌノプスが止まった理由などわからないだろう。

 マグヌノプスとはこの惑星メガリアの意思である。今はアイメリアという寄生虫を殺さんとしてこういう形態を取っているが、当然星に危機が迫るのならばそれに対処せねば、と思うのが星の意思として普通だ。たとえ今のマグヌノプスにそういう機能や性能がないのだとしても、そちらに気を引かれてしまう。

 紛う方なき星の危機だ。あるいはアイメリアよりも優先順位が高いのではないかと思える程に。

 

 小惑星の衝突など──誰かの意思でも介在しなければ()()()()()のに、と。

 

 だからそれは、隙ではなく焦りだったのだと。

 

「だぁぁりゃあああっ!!」

「ッ、スファニア、だめ!」

 

 焦り。「このような児戯に付き合っている暇はない」という焦りが、マグヌノプスに更なる演算能力を与える。本来は彼の身体を乗っ取らなければ発揮できない複雑な動き。突撃槍カイルスを掻い潜り、それをもつ腕を狙う、なんて知性ある行動にまでマグヌノプスを漕ぎつけさせた。

 結果──ああ、いとも簡単に。

 

「ッ──」

「ぁ……?」

 

 すぱん、と。紙粘土でも引き千切るかのような切れ方で、スファニアの腕が落ちる。

 無論カイルスも、そしてそのまま、その全身に金属片の槍が。

 

「アレキっ!!」

「わかってる!!」

 

 何もかもが遅かった。いや、スファニアとマグヌノプスが早過ぎた、という方が正しいか。

 本来ならば起こるはずの抵抗も、恐怖も、怯みの一つもないスファニアだから。予備動作も溜めも拮抗も何もないマグヌノプスだから。

 気付いた時には切れていて、気付いた時には落ちていて。

 

 アレキが金属片の槍からスファニアを救い出した時には──もう、彼女の意識は無かった。

 

「死んっ……いや、それは元からか。でも、意識が……」

「──毒です! その金属片は私やスファニアさんにとって猛毒なので、それが体内にあると回復できない! 多少切開してでも彼女の身体からそれを取り除かないと!」

「……アレキ、アスカルティンさん。私に考えがある。けどそれには、私とアレキが戦線離脱する必要がある。つまりアスカルティンさんに全部任せないといけなくなるんだけど……」

「任せてください、と言いたいですが、無理です! せめて増援をっ」

 

 ぐったりとしたスファニア。元から体温も無いし顔色も悪ければ息もしていないから見分けがつき難いが、普段より騒がしいスファニアが黙したまま動かない時点で異常事態だとわかる。

 そこへ来たチャルの作戦。けれどもちろん、この「災厄」は一人でどうにかできる相手ではないから、そこは完全に合理的な判断を下してNOを出すアスカルティン。

 

 増援。真っ先に思い至ったのは──。

 

「──よぉ、やっぱり最強は無理か、お前ら」

「ごめんね、あなた達に任せるって言ったけど、外が大変なコトになり過ぎているから……」

 

 ……チャル達の脳裏に真っ先に思い至ったのはモモだったけど、当然ながらその択はあり得ない。彼女は戦士ではないのだから。

 その代わり、部屋を突き割って上方から降って来た二人がいた。

 

 ケニッヒ・クリッスリルグとアリア・クリッスリルグ。

 ホワイトダナップの守護をしているはずの二人。

 

「任せました!」

「あいよ」

 

 どうしてここに、とか、何故、とか。

 何を聞く事も無く、チャルとアレキは二人を頼る。

 スファニアを担いで部屋を出ていく二人を後目に、ケニッヒは槍を、アリアはハルバードを回して──言う。

 

「で、なんだコイツ。機奇械怪じゃねえな」

「すごく気持ち悪いけど、辛うじて人間?」

「あー。まぁ、なんか最初人間ぽかったですけど、彼自身曰く──"ど真ん中をぶち抜けばいい"そうで」

「へぇ」

「……そう」

 

 シンプルイズベスト。

 ごちゃごちゃ考えるのが得意なケニッヒも、ごちゃごちゃ考えるのが苦手なアリアも、そういうのは好きだ。最初の頃、かつては二人が最年少奇械士と持て囃されていた頃は、二人ともそういうスタイルだった。

 寄って壊す。遠かれば寄る。寄って壊す。寄らば壊す。

 

「……ッ」

 

 本能アスカルティンも、理性アスカルティンも、その二人を見て久方ぶりの恐怖を覚える。

 五年だ。五年の歳月を経て、アスカルティン達は最強と呼ばれるようになっていた。

 けれどそれは、アルバートが失踪したこと、ケニッヒが内勤に回るようになったこと、アリアが新人教育に励むようになったことなど……「上がいなくなった」ことに起因する。

 実はまだ見たことのない、二人の本気。

 その鬼気迫る雰囲気に、無い喉をごくりと鳴らす。

 

 初速、踏み込み。

 アスカルティンの視覚センサーが辛うじて追えるくらいの速度は、アリアのもの。追えない速度で突きを繰り出したのはケニッヒだ。

 それがまずありえない事。原初の五機を食らい、今やアスカルティンのスペックは地上の機奇械怪のどれよりも高いものとなっていると言える。当然感知機器の性能向上も欠かしていない。だからこそ誰も気が付かなかった"隕石の飛来"なんてものにも気付けたし、最初から今までずっと戦い続けているにもかかわらずアスカルティンは無傷でいる。

 けれど、わからなかった。アリアの重い踏み込み以外、見えなかった。

 

「……流体か!?」

「正体はわかりませんが、流体のような挙動をする金属です!」

「なんだそりゃ……」

 

 けれど、そんな速い突きも金属片は防いでしまう。

 ならば威力だと、ケニッヒが深く腰を落とした頭上、もしそのままいたら断頭もかくや、という位置にハルバードの一撃が入る。

 轟音。爆音。突撃槍カイルスのモード・エスレイム*1よりも大きな音が鳴り、部屋を覆っていた金属片がぐわんと波打つ。

 

「手応えは?」

「あと四回」

「オーケー」

 

 またも前兆無しに放たれた金属片の槍。けれど二人はそれをするすると避けて、また今度はケニッヒがアリアに向かう全てを叩き落していく。

 それを完全に信頼しているのだろう、ハルバードを構えて──静かに力を溜め行くアリア。

 

 攻撃の激しい前方をケニッヒが担当するのだから、アスカルティンは壁から来る攻撃を迎撃することにする。

 体内で回転させているオールドフェイスは半分ほどが溶けかけていて、手持ちのコインはあと三枚。

 十分であるように思えるが、今までとは比べ物にならない消費スピードであるとも言えた。

 

 轟音が響く。二回目だ。

 長身とはいえその華奢な身体のどこからそんな膂力が出ているのか、先程打ち込まれたエスレイムの時と同じように、黒い金属片がパラパラと剥がれ落ちる。

 本当にあと二回でなんとかなってしまうのではないか。そんな風にさえ思えた。

 

 だけどそれは、本人の口から否定される。

 

「ケニッヒ、これ無理かも。物凄い速度で治ってる」

「やっぱりか。流体って聞いた時点でヤな予感はしてたよ。とすると、なんか天敵的なモンを探すべきか」

「あ、いえ、そこの人間っぽい人が撃ちこみ続けろって……」

「無理だよ。アリアだって無尽蔵に体力があるわけじゃねえ。何よりこんな硬いモンに全力の打撃を続けたら、腕の方が負ける。あと四回つったのは、アリアの腕が耐えられる回数だ」

「ごめんね、アスカルティン。私達はもう全盛期程の体力が無くて」

 

 アリア、ケニッヒ。クリッスリルグ夫妻は今年で三十六歳だ。

 もう戦士としては引退を考える頃合い──実際にほぼ引退していたようなものだ。それを、こうして前線に出てくること自体が。

 

「だがまぁ、俺達にも頑張らなきゃならねえ事情があってな」

 

 金属片を弾きながらケニッヒは言う。笑って言う。

 アリアもケニッヒも──絶望的なまでに攻撃が通じないとわかって尚、諦めていない。

 

「ってなわけで、アスカルティン、一つ頼みがある」

「あ、はい。なんでしょうか」

「武器がいる。もっと硬い奴だ。この場は俺達が保たせるから、作って来てくれねえか」

「……それは体よく追い払って、私を逃がそうとしている、とかではなく?」

「残念ながら、そんな余裕は無えな。できるだけ早く帰ってこい」

 

 一瞬の吟味。

 逃がされている可能性を計算して──別に、すぐに自分が戻って来ればいいだけだと判断する。

 今頼られているのは、アスカルティンの機奇械怪としての部分。プレデター種としての部分だ。食べた素材を即座に自分のものにする製造炉で武器を作る。

 成程、確かにアスカルティンにしかできないこと。

 

「わかりました。最悪の場合、ホワイトダナップの兵器群を食べることになると思いますけど」

「構わねえ。俺が許可を出す」

「はい」

 

 任されたから、頼る。

 アスカルティンは踵を返し、二人に背を向け、部屋を出る。

 

 チャル達がスファニアを連れ出した入口の方、ではない。

 あるいは自身を狙う追撃が、モモや彼女らに届いてしまうことを恐れたためだ。だからアスカルティンは天井、つまりクリッスリルグ夫妻が落ちて来た穴に飛び込んだ。

 

 幸運、ではあったのだろう。

 もし彼女が入口の方を選んでいたら──スファニアの生首とご対面することになっていたのだから。

 

 

+ * +

 

 

 チャルの考え。

 それを聞いて、流石のアレキも素直に飲み込むことはできなかった。

 

「スファニアに、ティクスを……?」

「うん。多分、全身にあの金属片は回っちゃってる。これを取り除くのなら、一個一個取り出すよりティクスで体を全部朽ちさせてから、その後再生してもらえばいい」

「そんなこと、できるの……?」

 

 荒療治にも程というものがある。

 それは、あるいはスファニアを殺しかねない行為だ。というか殺す行為だ。

 チャルに対しては全肯定に近いアレキが、少しではないくらい引いた態度を見せるのも仕方のないことであると言えた。

 

「できる。でも、それにはアレキの協力が必要」

「……《茨》の、体力譲渡」

「うん。いつも私にアレキがやってくれるみたいにやれば、スファニアさんは再生する……と思う」

 

 ──無論。

 そんなことはないと、彼女らは知らない。

 体力譲渡など、フリスが植え付け、改変した"種"と"華"があってこそだ。

 

 確かにスファニアはどんな怪我を負っても食べれば治癒する、という埒外の異能を持っている。それは彼女が「ゾンビ」と呼ばれる存在であり、いつかネイトで見た黒い天使のようなものと同質であることに起因する──らしい。

 らしい、終わりなのは、やはり聞きかじりの知識である事が原因だ。

 ケルビマが上位者であるとわかった時点で、アレキ達はもう知らない事は全部ケルビマに聞くようになっていた。原初の五機への対抗武器云々の話、エンジェルの話、母伝手に解読してもらった禁書の話。

 

 まぁ、大体がフリスの嘘だと聞いて、アレキが怒り狂い、チャルも静かなフラストレーションを溜める、みたいな結果に終わるのだが……その中にあった、「ゾンビ」についての話を思い出す。

 創作物に言われる人間を食べ、感染させるような「ゾンビ」とは違う。

 生身の機奇械怪。チャル達にとっては最もしっくりくる説明がソレで、つまり動力炉さえ無事で、動力さえあればどれほど傷ついても再生する存在である、のだと。

 また痛みを覚えず、死に対しての忌避が薄すぎるとも。

 スファニアの動力とは食べ物であるが、機奇械怪と同じなのであれば、《茨》が代替になるとチャルは知っている。

 

「……迷っている暇は、ないか」

 

 押されてしまう、押し通されてしまったことに、この場に誰か一人でもいたらツッコミを入れた事だろう。迷っている暇はあると。地道にでも切開して金属片を取り除いた方がいいと、誰かが言えただろう。

 

 生憎ながら、ここには誰もいない。

 二人は気付いていないが、外で待っていたはずのモモまでもがいなくなっている事が、スファニアの運命を決したと言えるだろう。

 

 アレキが腕の"種"から《茨》を出す。

 チャルも"華"からそれを出し、そしてオルクスをスファニアの身体に突き付けた。エタルドと違って体力消費の無いティクスであるが、細かい加減をするにはこうした方がいい事をチャルは知っている。

 

「──行くよ」

「ええ」

 

 引き金が引かれる。

 弾丸などは発射されない。ただ不可視の死の吐息が、スファニアの身体に触れ……そこからその身を朽ちさせていく。

 からん、からから。

 朽敗の息吹が広がるたびに、その身から金属片が抜け落ちる。広がれば広がる程その量は増え、増え、増えて落ち……そしてスファニアの身体もまた、消えてなくなっていく。

 腹部から、腰、胸、手、腕、脚と消えていき……そして。

 そして、首に至るあたりで、止まる。ぱさりと服が落ちた。

 

「……うん。大丈夫。止めた」

「ええ、止まったのは見えた。それじゃ、渡すから」

「お願い、アレキ」

 

 膝に置いたスファニアの生首。

 その口にアレキが《茨》を宛がう。

 

「……よし、食べ始めた」

「良かった、上手く行った」

 

 ああ。

 そう。誰もが上手く行かないと思った。チャルとアレキ以外ならば止めていた。この場に誰かいれば、そんなことはできないと──フリスやケルビマでさえ止めていた事だろう。それはチャルとアレキの間でしか成立しないよ、と。

 誰もが止めていたことを強行したチャルは。

 

 けれど、成功するとわかっていた。

 

「……スファニアさんは、特別だからね」

「え?」

「ううん、なんでもない。それより、アレキは体力大丈夫?」

「ええ、何も問題ない。本当に食べられているのか心配になるくらい」

「物凄い勢いで食べられているように見えるけど……」

 

 口が動く。ガジガジと動く。

 スファニアの口が、顎が動けば動くほど──首から下が形成されていく。

 

 その、一糸纏わぬ少女の身体が、ずずりずずりと。

 

「スファニアが特別、って。どういうこと?」

「あ、聞こえてたんだ」

「ええ、チャルの言う事は、聞き逃さない」

「あはは、なんか怖いけど……」

 

 スファニアの再生を待つ間。

 チャルはその口を開く。誰もが止めるはずのその事象が成立すると知っていた理由を。

 

 それは──。

 

 

+ * +

 

 

 

「……はぁ」

 

 モモは歩いていた。

 待っていてね、と言われたのに、待てなかった。何か惹かれるものがあったから、歩いて下っていた。ギンガモールの体内を、ゆるりゆるりと。

 放たれている機奇械怪はモモに興味を示さない。完全な機奇械怪であるモモに襲い掛かるモノはいない。

 だから悠々とモモは歩く。心惹かれる方に。

 

 そして──辿り着いた。

 

「ここは……」

 

 それはギンガモールの最下部に近い場所。

 そういう作りではない、なんらかの事故で開いたのだろう大穴から中へ入ると──切稜立方体を思わせる形の部屋に出る。ベージュメタリックの部屋は、所々に焼け焦げたナニカが散らばっていて、もし人間の頃であれば不快になるだろう臭いが充満しているらしかった。

 機奇械怪であるモモはそれらを解析し、けれど情報として受け取らずに処理していく。

 

「懐か……し、い?」

 

 こんな所に来た覚えはない。

 だが、懐かしい。

 ということはつまり。

 

「……ここが私の、死んだ場所……か?」

「……兄、上?」

「!?」

 

 記憶にない思い出に浸ろうとしたその矢先のことだった。

 ふに、と踏んだ黒ずみが、ピクりと痙攣し……言葉を発したのである。

 

 ソレは黒ずみ……いや、無理矢理に視覚センサーをこらして解析してみれば、少女のように見えなくもないもの。全身が炭化したそれは、やはり人間の頃であれば不快過ぎて吐いてしまっていたかもしれない程惨いもの。

 

「お前は……誰だ?」

「……兄上。ごめん、なさい」

「私はお前の兄上じゃない。……息がある、というよりは、半分以上は機奇械怪か。成程、だからギリ……」

「兄上……ああ、そう、ですか。アレキは……成功した、ようで」

「アレキ?」

 

 知り合いの名。

 思わずその黒ずみをひっくり返して、モモは今度こそ絶句する。

 

 だってそこに、真っ黒に炭化したアレキの顔があったのだから。

 

「ああ……そうです、か。あなたは……『兄上』は……」

「だから私はお前の兄では」

「ならばもう、私に魂は無く……あなたは、生き返った、のなら、私は、アレキは」

 

 抱き起こしてみて、わかる。

 このアレキは胸部が吹き飛んでいる。何者かに斬られたとか、潰されたとかではない。内側から弾け飛んでいるのがわかる。

 だから当然、機奇械怪の核たる動力炉も破壊されている。にもかかわらず、このアレキを名乗る少女は喋り続ける。

 

「……空の神フレイメアリス。アレは実在、します。……あなたは、『兄上』は、どうか呑まれないで」

「フレイ、メアリス」

「ああ……良かった。私が、終わらない。ここで……全てを、終わらない、引き継いで……ああ、どうか、『兄上』、お願いが」

 

 半分も残っていない手を弱々しく持ち上げて──()()は、モモの頬に手を当てる。

 

 酷く、酷く、酷く懐かしい。 

 ボロボロの身体。発音機構もほとんど壊れているのか、上手く聞き取れないソレ。何度訂正してもこちらを「兄上」と呼び、どこか聞いたことのある口調で話す誰か。

 それが懐かしく、愛おしい。

 

「食べて……ください。それが、……あるいは……空白の、記憶を」

 

 ──モモが機奇械怪になってから五年と半年。

 未だに一度も、機奇械怪も人間も食べたことのないモモに、それはあまりにも酷なお願いだった。

 

 けれど。

 

「……わかった。お前の意志は、持っていくよ」

「『兄上』……ありがとう。これで、もう」

 

 モモの頬に当てられていた腕が、ずるりと落ちる。

 それはそのまま肩口からぶっつりと千切れ、地に落ち、粉々に砕けた。

 

「……安心しろ。これが機奇械怪なりの弔いだというのは習ったからな。食べるさ、全て」

 

 いつかの講義のこと。フレシシが少しだけ悲しそうな目で言った言葉だ。「これから先、自分ではどうしようもない程の怪我を負って、融合を求めて機奇械怪が寄って来ることがあると思います。その時は、弔いだと思ってちゃんと食べてあげてくださいよぅ」と。

 何故なら、「彼らにはそれしか行き場が無い……誰にも辿り着けずに、冷たい地上で、暗い岩陰で、静かに静かに残骸となって死ぬなんて……悲しいですからねぇ」と。フレシシは、何かを懐かしむようにそう言っていた。

 

「──お前だけじゃない。お前たち全員を食べる。それがせめてもの手向けとなるんだろう」

 

 ホワイトダナップに「いただきます」や「ごちそうさまでした」の文化は無い。

 だけど、モモは手を合わせた。それは何者かへの祈り。

 

 そうして──モモは初めて、機械と人間を口にするのだった。

 

 

 

 

「モモさん?」

「……ああ、アスカルティンか」

 

 モモがいた。

 モモはベージュメタリックの切稜立方体の部屋で、そのど真ん中で、立っていた。もしアスカルティンが声をかけなければ、一生立っていたかもしれない。それくらい、ぼーっとしていた。

 

「なんでこんなところに……」

「……なんでかは、わからない。今はまだ統合と……解析をしている最中だ」

「ふむ。よくわかりませんけど……って」

 

 アスカルティンがここに来たのは単純明快、ギンガモールの中で使えそうな材質を探しまくっていたら、いるはずのない場所にモモの匂いがあったから、である。

 ギンガモールの最下部。かつては落ちそうになっていたギンガモールだ、その最下部となれば穴だらけで耐久性も低い。つまるところ、危ない。

 そんなところに戦闘者ではないモモが行くなど狂気の沙汰だと、もしかして機奇械怪に連れていかれているのではないかと急いで来てみればコレである。

 

「これ……これ! これです!」

「む、お、おう。どうした?」

「これ、最高の材質です!」

 

 なんだかまだまだぼーっとしているモモは置いておいて、アスカルティンはこの切稜立方体の部屋の壁に目を輝かせる。

 見たことのない合金。だけど確実に、今まで見たどんなものよりも硬い。原初の五機を越える程の硬さを誇る材質などあっていいのだろうか。いいのだろう。原初の五機は進化をしていなかったのだから、越えられて当然だ。

 なんてことをつらつら考えつつ、アスカルティンは壁に歯を立て──止まった。

 

「……どうした?」

「……()──ったい」

「まぁ、それはそうだろうな」

 

 何をわかり切った事を、と。

 モモから向けられる呆れの目線にも、アスカルティンはめげない。とりあえず噛むことを本能アスカルティンに任せ、理性アスカルティンは解析を進めていく。

 合金であるのならば、必ず弱点と言えるものがある。耐食性、高温、靭性、破壊靱性、錆……。

 思いつく限りの全てを試していく。

 

 そして思い至る。

 

「あ、そうじゃん。ここなんで穴開いてるの?」

 

 先に思いついたのが本能アスカルティンなことに心の中で憤慨する理性アスカルティン。

 そんなことは露とも知らず、突然の質問でありながらもモモはしっかりと答える。

 

「ああ……私もよく覚えてはいないんだが……爆発で、開いたらしい」

「爆発。衝撃に弱いのかな?」

 

 とてもそうには思えない。

 理性アスカルティンは多くを試しながらそう思う。だって機奇械怪としてのアスカルティンの顎、その噛む力はホワイトダナップ落下時の衝撃に匹敵する。原初の五機の材質を手に入れたことで、この世に噛み切れぬもの無しを地で行くアスカルティンが噛めないもの。

 そんなものがただの爆発で開くわけが。

 

「え、もしかしてここに残ってる焼けた匂い……それに焦げ跡。ね、モモ。ここにあった残骸食べたりしてない?」

「食べたぞ。全て──お、おい! 揺らすな!」

「吐いて! 今すぐ!! 食べてもいいけど私が解析してからにして!!」

「無茶を言うな! それに、これは私の大切な──」

「こっちも大切なの! いいから出せー!!」

 

 その後。

 それなりの口論があった後、モモがまだ消化しきっていなかった「だれか(あの子)」の動力炉を吐き出し、それが自爆機構を持っていることをアスカルティンが解析、再現兵器を作る事でこれらベージュメタリックの回収が可能になった。

 ただその際、仮にも自身の胃から出たものを舐めまわすように見られ、更に解析のためとはいえ食べられたことはそれなりに精神にキたようで。

 爆破作業中は危ないから、と部屋の外に出されてアスカルティンを待っている間のモモの頬は──少しばかり、赤熱していたとか、なんとか。

 

 赤面ではないので恥じてはいない。彼女はそう主張している。

 

*1
対象が硬ければ硬いほど威力を増す零距離衝撃



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復讐する系一般劣化機奇械怪

 完全に出遅れた。

 それがわかったのは、文字通りの天変地異……否、天地一変があってすぐのこと。

 咄嗟にサイキック種の部隊で斥力の壁を作れたからいいものを、判断があと一歩遅ければ私の長年の計画がパァになっていたところでした。

 ……半ば、もうパァになっている臭いんですけど。

 

「ふふ、それで、どうするんだい? 国の外は熱波と暴風の嵐。地面だってマトモに踏めば、機奇械怪の脚でもダメージを負ってしまうだろう灼熱だ。飛べる子ばかりじゃない以上、」

「わかってます。わかってますよぅ。サイキックで運ぶにしても動力が足りなすぎるし、何よりこの辺りの斥力だっていつまで保つか」

「まるで手を出すなと──そう言われているようだよね」

 

 そんな機能は無いのに、歯嚙みしたくなる気分だった。

 アルバートさんの言う通り。これだけ用意して、これだけの兵力を準備して──いつもなら簡単に行き来で来ていたホワイトダナップが、酷く、遠い。

 視認可能範囲にはいる。出現したギンガモールも見えている。

 だけど、ついさっきあったあり得ない事象……小惑星の衝突(メテオストライク)、なんていう未曽有の事態が出立をこれでもかというほど遅らせていた。

 

「ま、実際その通りだと思うよ。一度退場した者は来るな。死した者が生者に手を出すな。結局そういう事なんじゃないかな」

「……知ったような口を利きますけど、アルバートさん。あなただってお目当ての存在……マグヌノプスに会えないまま終わるってわかってるんですか?」

「ボクはもう別れを済ませているからね。それに──」

「今死んでも次があるから、ですかぁ」

「……いや」

 

 私の言葉に、アルバートさんは首を振ります。

 どこか穏やかに。

 

「どうやらボクの死に繋がる呪いは今代までみたいだ」

「……なんでそんなことわかるんですか?」

「必要がなくなるから──だろうね」

 

 昨日というか、ついさっきまでやる気満々だったくせに、いきなり悟ったような空気を出し始めて。

 

 困ります。

 私の製造は空歴2222年。そこから一度は人に混じり、機奇械怪の台頭までを水面下で過ごし、反乱のタイミングで私も世界に出ました。製造当初は、まだまだ夢見る少女だったように思います。

 けれど、思ったより世界は……殺伐としていて。機奇械怪は機奇械怪同士で争い、疑い合い、餌を奪い合う日々。私を作ってすぐに失踪したフリスに溜まっていくのはフラストレーション。何故私を産み落としたのかさえ教えてもらえないまま時が過ぎ──皇都フレメアのなんでもないビジネスホテルで、ばったり再会した事を覚えています。

 

 ──"やぁ、フレシシじゃないか。久しぶりだね。……ああ、まだなんだ?"

 

 それが再会の言葉。

 そこからそのままフリスに拾われ、彼と共に旅をするようになりました。旅と言っても念動力や転移を使った各実験場を見て回るだけの日々ですが──その最中にあっても、なお。

 フリスは、私を産んだ意味も、理由も、動機も、何も教えてくれませんでした。

 

 ──"君を作った理由? あはは、考えてほしいかな、自分で。わかるまで考えなよ、フレシシ。そうじゃないと君を作った意味が無い"

 

 わかんないから聞いてるんですよぅ、と何度言ったことか。

 

「というより、いいのかい?」

「何がですかぁ?」

「君は彼の敵に回ることを酷く嫌っていたじゃないか。こんなあからさまな敵対行為を彼に見せに行くなんて、正気の沙汰じゃないと思うけど」

「あ、私が嫌がってたのはフリスでない側に回る事であって、フリスと敵対することではないですよぅ」

 

 そんなことが嫌いなら、初めから敵対しようなんて考えない。 

 支配から逃れようなんて欠片も思わない。

 

「……すまない、意味が分からなかった」

「フリスにとって、世界は二つです。興味のあるものか、興味のないものか。前者にいるうちは安全ですよぅ。なんなら窮地に陥った時、助けてくれることもあります。でも」

 

 ひとたび興味のないものの枠に入れば、どうなるか。

 眼下、他の機奇械怪達に指揮をしているミディットさんを見る。

 

 興味がなくなれば。

 

「……だから私は常に新しい事をしなきゃいけないんです。それが唯一の生存方法だと知っていますから」

「成程。じゃあ聞くけれど」

 

 もし、これらを見せに行って──興味のないものの枠に入れられたら。

 

 アルバートさんのその質問に、私は笑う。

 

「その時は潔く死ぬだけですよ。要らないと突き付けられた道具が、使い手に縋るなんて……流石にみっともないので」

 

 だからこそ私は行かなければならない。

 突き付けられるまでは行動をし続けなければ──。

 

 

「よ──っと」

「あの、明らか警戒心マックスですよ、みたいなトコに突っ込むのやめませんか」

「何言ってんの。今それどころじゃないでしょうよ」

 

 熱波と暴風、火砕流と灰燼。

 人間はおろか、機奇械怪でもマトモに活動できるはずのないその赤の中から、サイキックの斥力の壁を抜けて二つが突っ込んできた。

 見覚えのある、在り過ぎる二人。

 二人はきょろきょろとあたりを見渡して、私を見つけると……言う。

 

「よぉ、()()()。商談をしに来たぜぃ」

「高級汎用給仕型人造人間ピオ・J・ピューレ。今までために溜め込んだNOMANS製品を売りつけに来ましたが──如何でしょうか」

 

 何か来た。

 

 

+ * +

 

 

 

 ヘイズとケルビマを安全……かどうかはわからないけど、とりあえず遠くに置いて、肉体をガチャガチャ弄りながらホワイトダナップに戻る。

 さしもの僕もこの短時間で再度フリス・クリッスリルグの肉体を用意する、というのは無理だ。だから今使っているこのグチャボロなこれをどうにかこうにかして、どうにかこうにかしようと思っている。

 

 ギンガモールに近づくにつれてわかってきたのは、どうやら今現在彼と戦っているのが元両親であるらしいこと、チャルとアレキがスファニアに対してなんかヤバそうなことしてるってこと、ギンガモールの最下部でアスカルティンが暴れまわっていることの三点だ。

 うん、流石だね。

 この内、クリッスリルグ夫妻については考慮しなくていいだろう。だってもうすぐ死ぬし。

 無理だよ。いくら"英雄価値"に届きかけたとはいえ、寄る年波には勝てない。あるいは相手が僕なら奮起したのかもしれないけど、マグヌノプスだからね。得体の知れないチカラを相手に、となると中々士気は上げられないだろう。

 死ぬか、まぁ逃げ果せるか。

 どちらにせよそろそろ数から外していい二人だ。

 

 アスカルティンは……なんか、疑似上位者封じであるミケル作の超合金を食べている、っぽい? 凄いな、どんな進化したらそうなるんだ。彼女の持つ武装でそこまでのものは無かったと思うけど……いや、これも五年前の知識。

 楽しむために本気の本気で情報をシャットアウトしていたからね。成長が視れて嬉しいというべきだろう。

 

 で、そんなことよりチャル達。

 アレは何やってるんだろうね……。気のせいでなければスファニアを殺しているように見えるんだけど。

 

 ……うーん。

 あっちを見に行きたいけど、流石にこっちを優先するか。

 何百年来の先約、だもんね。

 

 

 ──遠く。

 こちらへ向けて、物凄い速度で走って来る──五輪車。四輪車の先端についた小さな補助輪のようなものが光を編み、それが後に続く四輪の道となる……まぁ、普通に超技術。

 あれはNOMANSの製品だ。名を『CAR』。シンプルだね。まぁTOWERやGARAGEでわかる通り、NOMANSの製品は全部シンプルな名前をしているんだけど。

 

 それに乗って来るのが、五人。プラスして後続にも何台か。あっちはCARじゃなくて『WAR TANK』や『ARMOURED VEHICLE』もいる。

 前者が道をつけ、後者はそれを上る。

 先頭の五人を含めて、千や万はくだらない軍勢。

 それが空を走って僕の所にまで来たわけだ。

 

「参ったね。フレシシやアルバートは予想していたけど、まさか君達までいるなんて」

「はン、意表を突けたようで何よりってぇね。俺達がいちゃ都合が悪いのかい?」

「良いか悪いかで言えば、悪いかな。フレシシとの対決、チャルとの決別。マグヌノプスとの決着。そういうの全部終わった後で、君みたいな得体の知れないモノと戦おうって決めてたんだ」

「ははっ、そいつはすまねぇな。だがちと計画が杜撰すぎるんじゃねぇかい?」

「そう思うのなら、理由を聞かせてほしいな」

 

 古井戸。そしてピオ。

 いつの時代にルーツがあったのか全く知れない"英雄価値"と、フレシシの自己増殖体でNOMANS時代の記憶を持つピオ。

 ……できれば分けてほしかった。

 フレシシの策、というものには期待してたんだ。この327年、どれ程のものが用意できたのか、って。でも君達といると、その驚きが薄れちゃうじゃないか。

 

「アモル……いや、フレシシのねぇちゃんとの対決は行方知れず、チャルの嬢ちゃんとの決別はできず、マグヌノプスとの決着もつかない。そういう未来だって無くはないはずだ。だろ? だから、終わるかわかんねぇもんをして『全部終わったら』なんて約束事、決めて守れるかって話よ」

「成程、それは盲点だったね。つまり君は、ここで戦いが終わらないと──そう考えているわけだ」

 

 視界の隅で、ピオが消える。光学迷彩系の何かを使ったのだろう。

 他にも背後の軍勢がポツポツ消えている。ああダメダメ。気付かない方が面白いんだから。

 

「何よりアンタ──」

 

 ()()()()()()()()()──。

 

「!?」

 

 身体が浮き上がり、ぶっ飛ばされながら思い出す最後の光景は、草履の裏。

 蹴られたのだ。それは、こちらへピンと伸ばされた古井戸の脚からもわかること。

 

「今ここで、俺に負けるってぇ未来も、可能性に入れておけよ?」

「あはは……ああ、そうだね。そうだった。なんせあの時の僕は君を、完成された英雄と呼んだのだから……そうだった」

 

 古井戸。

 僕が今までに見て来た"英雄価値"の中でも、とびきり不明瞭なブラックボックス。何が飛び出すかもわからなければ、どこの誰なのかも見当が付かない。

 見た目、というか感知する限りでは()()()()()。恐ろしい事に、何かサイキックを持っているだとか、機奇械怪が混じっているだとか、そういうことが一切ない人間だ。

 一応装備は整っているみたいだけど──絶対にそれだけじゃない。

 

「いいのかい、君が一番手で」

「一番弱いのが一番に出てきて何がおかしいさ」

「あはは、一番弱いだって? よく言うよ。この場にいる何よりも強いくせに」

「はん、買い被りもほどほどにってぇね」

「君はそれでいいのかな、フレシシ。彼が僕を倒してしまうことがあるかもしれないよ?」

「それでフリスが死ぬのなら、私はここへきてまで膝を震えさせる、なんて人間みたいな行為してませんよぅ」

 

 恐怖とはなんとも人間らしい感情だ。本能による恐怖とはまるで違う。だってフレシシのそれがそうなら、彼女はとっくに逃げているはずだから。

 尚も、と。

 向かってくる心は──成長だろう。

 

「意気や良し」

 

 誰にも聞こえないくらいの音量で呟く。

 ならば、結果が見えているとしても──全力を出そう。

 

「ッ──気ィつけな、来るぞ!」

「気を付けたって意味は無いよ。まずは頭数を減らそうか」

 

 掴む。 

 ぐしゃ、という音が聞こえたような気がする。悲鳴が上がっただろうか。それとも何もわからないままだっただろうか。

 フレシシの後方。

 ARMOURED VEHICLEやWAR TANKごと、乗っていた機奇械怪モドキを潰す。粗いつくりの機奇械怪だ。これ、フレシシが見様見真似でやった感じかな?

 

「さぁ、万の軍勢はたった今消えた。これからどうす──ぐ、」

「らぁ!」

 

 ガツン、と、顎を蹴り上げられる。おいおい、上顎から上は砂だのなんだのの寄せ集めなんだから勘弁してくれ。もしかしてさっきの蹴りで手応え感じちゃったのかな。そりゃそうだよ、人体ですらないんだから蹴ったら凹むよそりゃ。

 念動力で無理矢理顔を引き戻し、下を見るも、いない。

 後ろから足音。人間ではありえない角度にまで腰を回し、その発生源に手を伸ばし──また顔面を蹴り飛ばされた。

 

「あはは、酷いな。顔しか狙わないポリシーでもあるのかい?」

「超能力相手は見られたら即終わりだかぁらな。そうでなくとも、それが正解だとアンタダムシュで教えてくれただろう?」

「ああ、そうだったね。懐かしい話だ」

 

 視られたらおしまいだから、見られないように顔面を蹴る。

 英雄らしい発想だよ。それを実行できるのが果たして幾人いることやら。

 

「そんで、まぁその借りを返すがぁね、教えてやるよ。顔面蹴ってばっかが俺じゃぁないのよ」

「それはもしかして、接触の瞬間に僕にペタペタ張っていたこの爆弾のことかい?」

「正解だ」

 

 爆発する。

 シート型でありながら驚異的な威力の爆発を起こすこれも、NOMANSのもの。だいぶ初期の頃に開発された兵器の一つ。その後世界が裕福になって平和になりかけたから生産も中止されたはずだったんだけどね。

 なんでそんなものを持っているか、なんて聞くまでもない。

 ピオだ。加えて、五年間集めでもしていたのかな、NOMANSの残りを。

 

「ちょいと失礼」

 

 爆風の中から突き出てくる腕。それを念動力で掴めば、けれどそれは容易に砕け散った。

 機奇械怪の腕だ。中から大量に出てくるのは、()()()()()()()()

 

「っ、」

「弾けなァ!」

 

 爆ぜる。腕が爆ぜる。もとからそういう機構だったのだろう、潰され、衝撃を与えられた事で破裂した腕が、至近距離で僕にブルーメタリックの粒を浴びせかける。

 

「こんなもの、どこで……!」

「ついさっきなぁ、火砕流の中にたんまりあったんで拾ってきたんさ。ピオの圧縮倉庫に入らねえんで、もしやと思ったが……アタリだったようで」

 

 いつかマグヌノプスにやられた時のように、念動力が妨害される。チャフのようになっているせいか感知も上手く発動していない。

 この粒を体内から排するのは骨だ。仕方がない、《茨》を使うか。

 

「ハ」

 

 掴まれるのは首。

 背後から首を掴まれて、そこから体内へザクりと剣のようなものを刺しこまれる。念動力が妨害されているから、不壊でなくなっているのだ。

 

「空歴2549年6月10日──晴れ時々爆発物!」

 

 剣。あるいは筒が、僕の体内で爆裂する。

 どんだけ爆弾を体に仕込んでいたんだ。ああ、斥力ボールでズタズタになったから必死で取り繕った肉体が、またグチャボロにされてしまった。

 

 けど。

 

「やーっぱ化け物か」

「まぁね。でも、そういう君も化け物だよ。さっきから全然離れていない。僕に連撃を仕掛けるためだろうけど、僕の肉体を壊すレベルの爆発を受けて無傷だ。それを化け物と言わずしてなんて呼べばいい?」

「自己紹介はしただろぅ? 俺は古井戸ってんだよ。名前で呼びな、キューピッド」

 

 声のした方の空間に《茨》を差し向ける。

 手応えは無い。

 

「そっちじゃぁないよ、鬼さんこちら──ってな」

「あはは、僕をからかう存在なんて久しぶりだよ」

「初めてじゃねぇのはちと悲しいなぁ」

 

 また爆発だ。いつの間にか張り付けられていた爆弾が背中で爆ぜる。

 恐ろしいことに、彼の速度に一切慣れる気がしない。どんな歩法を使っているのか、肉体で反応できないまでも感知はできていたヘイズよりも速い。あるいはチャフのせいなのだろうか。

 人間が。

 ……よくぞ。

 

「なんて、認めると思ったかい?」

「ッ、チ、もうバレたか!!」

 

 差し向けるは《茨》。

 その先にあるのは、いつの間にか透明になっていた『CAR』。そしてそれに乗り込む三人。

 

「……参ったね、どうも」

 

 光学迷彩が晴れていく。

 そこにいたのは勿論──アルバートだ。剣で僕の《茨》を止めた彼女が、ニコニコと僕らを見ている。

 

 ま、おかしいとは思っていた。

 瞬きみたいな人間的機能を持たない僕が、いつの間にか攻撃を受けている、なんてさ。でもよく考えたらそれが可能な奴がいるじゃないか、って。

 

 時止め。

 僕ら上位者にも効くサイキック。

 

「今更君と戦うのは面白くないんだけどね。そんなに死にたいと思っていいのかな、アルバート」

「ああ、いいよ。ボクはもうマグヌノプスの死期を悟っている。()が勝とうがマグヌノプスが勝とうが、どちらにせよ彼はここまでだ。ならボクの呪いもここで途切れるだろう。それなら──今を生きる者を全力でサポートするのも悪くない」

「そうかい。じゃあ死んでくれ」

 

 伸ばした《茨》の先端から棘を発する。

 剣で絡めとるようにして防いでいた彼女だ。当然その棘は彼女の顔面へと深く突き刺さり──。

 

「させませんよぅ」

「……驚いた。驚いたな、フレシシ」

 

 刺さらなかった。

 フレシシが腕を伸ばし、アルバートを守ったからだ。

 

 驚いた。

 

「君が、人間を守る? ……あはは、この五年間で、どんな心変わりがあったんだい?」

「可能性の問題ですよぅ、フリス。私が貴方に敵対するより、僅かでも可能性のある英雄に賭けた方が効率的だと思いませんかぁ?」

「そぉいうこったぁ!」

 

 ほとんど砕けている頭蓋に瓶が振り下ろされ、殴打される。瓶? 瓶だ。割れ砕け、出て来た中身から察するに酒瓶……。

 まさかそんな、子供の喧嘩みたいな武器で。

 

「派手に燃えなよ!」

 

 火。だけどマッチの火とかそんなものじゃない。

 背中を焦がす灼熱は、火炎放射器だ。流石にこればかりは仕込んで持っていた、とかいう域を越えている。

 

「さらに──対()携行ライフル!」

「GS-88……!」

「おぉ、流石は、良く知ってるじゃあねぇの!」

 

 バンキッド達が僕に内緒で開発した、たった六基しか売れなかったNOMANSの携行ライフル。流石に戦争の火種になりすぎる……NOMANSが世界に行き渡り切る前に消費が追い付いてしまうから、という理由で珍しく僕が回収・破壊に回ったNOMANSだ。

 あり得ない、六基全部壊したはずなのに。

 

「──再現は得意ですので」

 

 直撃する。

 超至近距離で放たれたソレを、避けることもできず──恐らく時間を止められて──爆散させられる。

 

 ……。

 ……。

 

 うーん。

 

「やっぱり、ダメ、ですかぁ」

「マジけ? かぁ~、ったく化け物ってのは本当に……」

「いや、いや」

 

 良い線は行っていた。

 連携も良かった。多分だけど、古井戸がポンポン武器や爆発物を出せていたのは、フレシシとピオの合わせ技だろう。ピオがその圧縮空間倉庫から武器類を出して、フレシシが転移で飛ばす。アルバートが僕を止めて、できるだけバレないような立ち回りで古井戸がそれを使い続ける。

 正直言ってチャル達よりちゃんとパーティしてる。連携している。

 

 それでもやっぱり、足りない。

 

「これで終わり……じゃないよね? 僕を倒すんだ、こんな物理攻撃のみ、ってことはないと信じているよ」

「……」

「おいおい、嘘だろう? 五年も……いや、フレシシに至っては三百年近く猶予が合ったじゃないか。そ……そうだ、ダムシュで、あれだけもっともらしくメーデーの頭を奪って行ったのはなんだったんだい?」

「メーデーさん……ミディットさんなら先程フリスに潰されましたよぅ。頭数を減らす、なんて言って……五年をかけてアルバートさんが折角鍛えに鍛えてくれた兵団を、ものの一秒で潰してしまうんですから、溜め息しか出ませんよ」

「なんでもっと強くしなかったんだい……? 僕はてっきり頭数だけ揃えた機奇械怪モドキだとばかり……」

 

 嘘だろう。

 僕は……僕はすっごく楽しみにしてたんだよ? あのフレシシが自発的に僕に反抗するんだから、それはもう凄いものを作っているのだと。人間の頭を、あるいはメモリーチップ化したそれをどこぞに送っていて、だから僕も思いつかない素晴らしいものを作り上げているのだと。

 嘘だろう。

 だってやってることラグナ・マリアの……あの、なんだっけ、お嬢様。そう、間宮原ヘクセンと同じだ。一国の民を全部機奇械怪にして、兵士にして僕にぶつける。そんな二番煎じのために君は……。

 

 思わず膝をつく。肉体なんかほとんど無いに等しいくらいぐちゃぐちゃだけど、それでもガクんと膝をつく。

 

「嘘だろう。君は、そこまで落ちぶれて──」

「勿論嘘ですよぅ」

 

 カチン、という音がした。

 ──それは、僕の砕けた頭蓋の近く。零れ落ちた眼球……だから、眼孔のある場所に突き付けられた、冷たい感触。

 

 

悪意の贈り物(プレゼント)よ」

 

 

 引き金が引かれる。

 射出されるのは杭だ。だからこれは杭打機で、それを武器としていたのは。

 

 

「少しは苦しめ、悪魔」

 

 

 僕の概念体に、風穴が空いた。

 



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どこまでも二番煎じだった系一般機奇械怪モドキ

 ヘイズとケルビマは、暗い洞穴の中で目を覚ます。

 目を覚ます。いや、我を取り戻した、という方が正確な表現だろう。

 洞穴。穴倉だ。文化のぶの字もない、原始時代に跳んだのではないかと錯覚する程何もない場所に、彼らはいた。

 

「う……ぐ、まだ……頭、いってェな……」

「なんだったのだ、先程の感覚は……」

 

 まだ完全に快復はしていないのだろう、ヘイズもケルビマも、自らの頭を押さえて顔を顰めている。

 

 そんな二人を見るのは。

 

「起きたか」

「……」

 

 老人と少女。

 おびえた様子で老人の陰に隠れる少女。その頭に手を置いた老人が、再度口を開く。

 

「ロンラウだ」

「あ──あぁ、そりゃ、わかってるがよ。……ロンラウか。で、そっちのちまっこいのは?」

「フェイメイだ」

「……人間、だよな?」

 

 彼らは知らぬことだが、五年の時を経たフェイメイはそれはもう色気づいていて、美人になっていて、それでいて簡素な衣服……露出度高めの格好である。だから、絵面的にはあんまりよろしくない空間になっている……のだが、そこは上位者。間違いなど起こるはずもなく。

 

「そうだ」

「……ま、やっぱ上位者って奴も変わり続けるんだな。……で、ここは? なんで俺達はここに……」

「恐らくはフリスだ。俺も……よくわからんが、奴に負けた後、一瞬巨大な海のような空間に意識を飛ばされ、我に返った時には赤雷が体を包んでいた」

「それは奴の本体だ。……いい機会か。恐らく奴も、そのつもりでここへお前たちを飛ばしたのだろう」

 

 フェイメイを守るように立っていたロンラウは腰を据えて、目を瞑る。

 それを受けて二人も座って。

 

「大前提として──アイメリア・フリスは悪ではない」

「あん? 何の話だよ」

「黙って聞け」

「……」

 

 厳かに語り始めるロンラウ。……なのだが、その隣にいるフェイメイの頭を優しく撫でてやっているせいか、厳格な老人というよりは孫思いのお爺ちゃん、みたいになっているのは本人のために言わないでおくべきだろう。

 

「アイメリア・フリスが寄生虫である、という事実はもう知っているな?」

「ああ。隕石に付着していた寄生虫。俺達の念動力の原動力っつーか、なんなら上位者全ての原点みてぇなもんだ」

「だが、フリスは寄生虫という割に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われて。

 虚を突かれたように、ヘイズが呆けた顔をする。尚ケルビマは「そうだったのか……」なんて呟いているから、会話に参加できる段階に無いのだろうことがわかる。

 

「確かに……そうだな。アイツが寄生してんのは、どっちかというと俺達だ。上位者という存在に紛れて、そのフリをして……いやだが、そもそも上位者はアイツの力で」

「そうだ。フリスはメガリアに対し、何もしていない。隕石として着弾したことこそ『したこと』になるのやもしれんが、それ以外は特に大きな事をしていない」

「人間で実験することは大きな事ではないのか?」

「無い。人間が絶滅し、再開し、また絶滅し、再開する。スパンこそ短いが、それは自然においても起こり得ることだ。そも、その程度で星が不調を起こすのであれば、もう少し星側も人間を手厚く扱っているだろう」

 

 そうだ。アクルマキアンに現れたマグヌノプスや、此度のマグヌノプスは、決して人間の味方ではなかった。

 人間は二の次で、フリスの排除に動いていた。

 

「もう一度言う。フリスとは悪なる存在ではない。ならばなぜ、マグヌノプスはフリスを排そうとするのだろうか」

「そりゃ……悪さしてねぇからって、外部のもんであることに変わりはねぇから、摘み取ろうとしてんじゃねぇの?」

「ならば何故モルガヌスは見逃されていた? ヘイズ、貴様が奴を封印できたのだ。星の意思であるマグヌノプスができないはずがないだろう。そもそも奴は地中にいたのだから」

「……そうか、上位者も……外部のもの、扱いか。たとえ俺達の素材がこの星の人間だとしても……」

 

 考えれば考える程、無い。

 マグヌノプスがフリスを執拗に狙う理由が。むしろ地道にでも上位者を一人一人潰していった方が、メガリアにとっては益になるくらいだ。

 三人は知らぬことだが、かつてマグヌノプスはフリスのことを病魔と、上位者のことを腫瘍と呼んでいた。果たして治療の難しい病魔と、比較的簡単に誘導でき、殺し得る腫瘍──どちらを優先すべきか、など。

 

「答えは簡単だ。マグヌノプスが善なる存在ではないから──というだけの話」

「星の意思が、善性存在じゃない?」

「そうだ。マグヌノプスが星の意思、メガリアの作り出した抗体であることは間違いないが、善なる存在ではない。単一の事しかできないのだ、奴は。これがもし、己で考える事のできる……それこそ人間のような存在であれば、もっと柔軟に動けた事だろう。だが、マグヌノプスは『フリスを殺すためだけに作られた抗体』。──ゆえに」

 

 ロンラウが天井を見上げる。

 石と土で固められただけのそこを。その先を。

 

「『フリスに由来しない力』には酷く脆い。フリスを殺すための端末に、フリスを殺す以外の力は無い」

「……まぁ、納得はできるが。それが俺達に何の関係が」

「黙って聞け」

「あー、へいへい」

 

 ヘイズ達に視線を戻したロンラウが、またゆったりと音を紡ぐ。

 

「だが、今のマグヌノプスにフリスを殺す力は無い」

「まぁ、だろうな。アクルマキアンでも死ぬほどあっさり殺してたし」

「もしここで本当に……奴の目論見通り、あるいは今代の端末の願望通り、マグヌノプスが端末に縫い付けられるようなことがあるのだとしたら、その時になってようやく星は本腰を入れることだろう」

「今までは入れてなかったってか?」

「そうだ。違和感を持つことは無かったか、ヘイズ。この星は、あまりにも災害がないということに」

「……いや、他の星を知らねえからよ」

 

 最初の十人。

 モルガヌスが集めた最初の十人は、当然その時代を生きた人間だ。知識レベルで言えば、どの時代よりも先を行っている。

 隣接する星々の地殻変動や天災を観測するにまでは至っている。否、それ以上、だ。

 有人宇宙船──宇宙旅行とまでは行かないまでも、他の星へ向かわんとする計画が立てられるほどには、宇宙開発が進んでいた。だからこそモルガヌスがアイメリアの隕石に興味を持ったともいえるだろう。

 

「上位者や機奇械怪を原因とするもの以外で、地震や大嵐、噴火、洪水……そういったものに襲われた経験はあるか?」

「いやそりゃ……ある、だろ。パッとは思い出せねえが」

「無い。知識として、常識として入力されているものは、フリスが来る以前のものだ。フリスが来てからは、この星に災害らしい災害は一度たりとも訪れていない」

 

 アイメリアの隕石。

 それがこの星に降り注いだのは、紀元-550年と言われている。

 つまり3099年の間、一度も災害が無い。ヘイズもケルビマも他の星のことは知らないまでも、それがおかしなことである、というのには気付けた。

 

「当然だが──マグヌノプス一人を送り込むより、災害を起こす方が、フリスの邪魔はしやすい。星の意思たるマグヌノプスと端末たるマグヌノプスを使い、地道に奴を殺す方法を模索するより、そちらの方が手っ取り早い。だが、今まで星はそれをしてこなかった」

「エネルギーの問題か? んなでけぇことやらかすんだ、尋常じゃないエネルギーが必要だろう」

「そうだ。星は今まで()()()()()()()()()()使()()()()()がために、作っておけば勝手に動いてくれるマグヌノプスを使っていた」

 

 だが。

 

「だがもし、此度の件を経て──マグヌノプスでは無理だと判断したのなら、ついに星は本腰を入れるだろう。今度こそアイメリアを排そうと動く。わかるか、アイメリアを、だ」

「……俺達も対象か」

「そうだ。むしろ、俺達が最優先に狙われるだろう。一人、また一人と潰される。だが、還るべき場所は貴様が封印してしまった。だから戻るのは──」

「あの悍ましい大海、か」

 

 もし。

 もしも。

 

「『フリスに由来しない力』でマグヌノプスが倒され……星による上位者の駆逐が始まった時。その時は、恥も外聞も捨ててフリスを頼れ。奴に回収してもらえ。でなければ、奴の本体に取り込まれ──全てが無に帰すことだろう」

「……じゃあ、あれが本体か」

「今回はフリスがお前たちを切り離したようだがな。いいか、フリスは悪なるものではない。星にとっても、そして上位者にとっても、だ。俺達はフリスによって変質させられる存在だが、必ずしもそれが悪であるとは言えない。モルガヌスという手綱が無くなった以上、霧中を導いてくれる存在は必要だ」

 

 多分、それは、フリスから言われたら頷く事の出来ない話だったことだろう。

 フリス自身も言い出さない事だっただろう。

 多分。本当に多分、それくらいには……ヘイズやケルビマに、情を持っている。消えてほしくないと思う程度には。

 

「一応聞くがよ、ロンラウ」

「なんだ」

「大前提だ。もし──この戦いで、なんらかの間違いがあって、フリスが殺されたら……世界はどう転ぶと思う?」

「……それはあり得ない。あり得ないが、もし、あるとしたら」

 

 ──アイメリアの本体が降臨する、最悪のケースになるやもしれんな。

 

 

+ * +

 

 

 風穴が空いた。

 僕の中心。胸の部分になるのかな、肉体じゃなくて概念体の方への痛烈な打撃。

 

「──ぐ」

 

 思わず膝をつく。膝とかもう無いけど。

 背後からの攻撃。気配がわからなかったのは、感知をジャミングされているからだ。そんなことはどうでもいい。

 何より、今。僕は何を受けた?

 ダメージ自体はそこまででもない。だけど確実に「僕」にダメージが来た。そんなこと、初めてだ。今までで一度も無かった。この3099年の間に、一度も。

 

「効いた……?」

「ッ、離れろ!」

 

 とりあえず、全方位に《茨》を出して周囲を弾く。

 攻撃が通った事に、誰よりも本人が驚いていたのだろう、少しの間呆けてしまっていたメーデーを古井戸が連れて退いた。

 

 浮き上がる。

 肉体を構成することより、これを解析したいからだ。

 

「……今のは、何かな」

「あはは、教えると思いますかぁ? フリス、これが、私が考えた──あなたを殺す方法ですよぅ」

 

 現れる。《茨》の内側に、透明な何か……機奇械怪モドキ達が転移してくる。

 彼らはそれぞれに己が武器を持ち、それを振りかぶり──僕を攻撃した。

 斬撃、打撃、衝撃、突撃。

 そのどれもが僕の概念体に干渉する。あるいは《茨》をも穿つ。

 

 壊すのは容易だ。だけど、少しでも壊した瞬間に消える。フレシシが転移させているのだろう、それで、どこかで修理しているのかな? 成程、機奇械怪モドキだからこそできる芸当かもしれない。機奇械怪より弱い素材で簡易に作ってあるから、修復素材をいくらでも用意できると見た。

 ま、そんなこともどうでもいい。

 何を受けているのか。

 

「……成程、オールドフェイスか」

「流石、もう気付いちゃうんですねぇ」

「あはは、連撃しすぎだよ。攻撃に混ぜて時折、とかの方が良かったんじゃないかい?」

 

 オールドフェイス。

 オールドフェイスで……武器を作っている。まさか、加工法を見つけたのか。あれは「悪魔」が高度文明を築いた人間に解析されないよう、様々なプロテクトをかけた上で生み出したもの。世界共通硬貨、なんて呼ばれていた時代もあったけど、だというのに誰も製法を知らない……そんなコインだったんだけどね。

 成程、成程、成程。

 悪くないじゃないか。サプライズだったのもポイント高いよ。

 

「悪くないよ、フレシシ。さぁ次の隠し玉を見せてくれ。ああ、この程度じゃ僕は死なないよ。流体に穴を開けて、それがダメージになると思っているのなら大間違いだ」

 

 ほとんど原形をとどめていない腕を大きく広げて、高らかに言う。

 この程度じゃないだろう。まさか一発芸だけでは終わらないだろう。フレシシ。古井戸。アルバート。ピオ! あああとメーデー。

 もっと魅せてくれ。もっとだ。

 

「じゃあ、こういうのはどうさね?」

 

 ぺたり、と。

 概念体の身体に、冷たいものが触れる感覚があった。見れば、僕の腹部にあたるところに、古井戸がその左脚を当てている。

 

「──震脚、ってぇの、知ってるかいね」

 

 衝撃。

 僕を踏み抜いた古井戸は勢い収まらず、CARが造った空中の道までもを破壊する。あはは、それ砲弾とか防げるものなんだけどね。

 

「ちょっと古井戸さん、やりすぎですよぅ!」

「すまねぇすまねぇ。ピオ、やべぇのは拾ってやんな! ちょいと俺は、こん中で奴さんと戦ってくるからぁな!」

「承知しました。ご無事で」

 

 落ちる。

 浮遊しているはずの僕も落ちているのは、引っ張られているからだ。どうやら古井戸は全身に砕いたオールドフェイスを塗り付けているらしい。

 

 そのまま、未だ続いている火砕流の中に入る。普通の人間なら死ぬと思うんだけどね。呼吸できなくて。

 

「ハハハハッ! ようやくマトモにやり合えんなぁ化け物!」

「あはは、何、もしかして今まで手加減でもしていたのかい?」

「そりゃあねぇ。でないと、巻き込んじまう。それは本意じゃない」

「面白い事を言うじゃないか。僕の身体をこんなにしておいて、本気じゃなかった、なんて」

 

 踵落とし。

 左後方から出て来た彼は、何を言うでもなく僕の肩に踵を落とし、概念体諸共その肉を弾き落す。

 その威力たるや。

 隕石でもぶつかって来たんじゃないかと思うほどの衝撃があったよ、今。

 

 いや……というかさ。君、本当に何者?

 

「君、本当に何者だい?」

「さぁね。俺もそれを知りたくて旅してたんだぁが、いつの間にか世界がこんなんになっちまった」

「確か古井戸は、物心着いた時、近くにあったものから名付けた、んだっけ?」

「良く知ってるなぁ、話した事ねえってぇのに」

「それ、どこの話だい? どこの国?」

 

 縦横無尽だ。いや、もっと三次元的だ。

 周囲を流れるように飛んでいく瓦礫や岩石を蹴っているのだろう、驚異的な速度で僕に接敵しては攻撃し、通り過ぎ、また別の方向から攻撃が飛んでくる。こんな状況になることなんてないはずなのに、こういう環境で戦い慣れている……そんな感じがする。

 英雄。紛う方なき英雄なのは間違いない。

 だけど、あまりにも異質だ。英雄というのはその時代に見合ったものになるのに──彼からはどの時代も感じない。

 

「さぁな。それすらもわからねぇのさ、俺は。どこを歩いたか、海を渡ったのか、それすらも覚えていない。ただ古井戸という名があって、だから俺は旅をした。そんだけさね」

「君は……まさか」

「なんて無駄口もここまでだ。ケリ、つけようじゃねぇの」

 

 大きく上に蹴り上げられる。

 その勢いで火と岩の濁流から脱した僕は──それを目にすることになる。

 

「……あはは」

 

 砲門。砲塔。

 全長八メートル、口径九一四ミリメートル。

 元NOMANSにして、最初に融合種となった機奇械怪。融合プラント種『グローリー・タンク』がメインウェポン。超長距離を狙撃するものであり──ホワイトダナップの奇械士協会が島外作業員という制度を導入するに至った主因。

 その奥に装填されたるは、黄金の輝き。オールドフェイスの集合塊。

 

 これなるは輝きの砲弾。装備するは高級汎用給仕型人造人間。

 その背をアルバート、フレシシ、そして数多の機奇械怪達に支えられ──ただ真っすぐに僕を見つめている。

 

「流石、古井戸さん。寸分違いなく、です」

「撃ちなぁ! ピオ!」

「了解」

 

 物凄い衝撃波が広がった。目に見える程のそれは、雲を割る程。

 吐き出されるは、撃ち出されるは金色。わかっているのだろうか。いや、わかっていてやっているのだろう。恐らくジグにあったありったけのオールドフェイス。それがヒトの魂であることを承知でやっているのだ。

 だから僕に効くと。そうでなければ効かないと。

 魂を砕いて体に塗って、魂を加工して武器にして、魂を砲弾として僕を殺す。

 

 素晴らしい。

 

「なら僕も、礼儀を尽くさないと」

 

 教えてあげよう。

 上位者という言葉の意味を。

 

 今ここに生成する──ヘイズのメテオフォールで死んだ数多の命。この大陸の、否、星にあった数多なる命を集束し、同じものをここへ織る。

 それは壁。それは硬貨。「悪魔」が愛したコインの原型。

 

 オールドフェイスの砲弾には、オールドフェイスの防壁で対抗である──!!

 

 

 

 

 して、結果は。

 

「ま、当然だね。ジグの人口、歴史。それがどれほど積み重なっていたとて、大陸全土に近い規模には敵わない」

 

 僕の勝ち、だ。

 いやー。

 大人げなかったかな。でも彼らの最強、みたいなものだったからさ。同じ土俵で、けれどより強いもので防ぐのが礼儀だと思ったんだよ。

 

「……無理でしたかぁ」

「いや? すごくいい線行ったと思うよ。僕が概念体の状態でオールドフェイスを掴んだりコイントスしていたりしたことを覚えていた、あるいは知っていたんだね。それをヒントにここまでの武装を作り上げた。結構驚かされたし、期待も超えた。良かったよ、フレシシ」

「……でも、もう終わりなんですよぅ。万策尽きましたぁ。だから……」

「殺す、って? あはは、フレシシ。確かに僕は最終手段とか奥の手、みたいな言葉が嫌いだ。でもそれは、満足していない状態でそういうことしてくるからなんだよ。僕は何にも驚いてないのに、いきなり『かくなる上は!』とか言ってそれを出してきて、結局通じなくて、それ以上が無い。そんなものに興味が出るはずないだろ?」

 

 フレシシが連れて来た軍団の被害は相当だ。

 発射の衝撃で壊れた機奇械怪モドキも少なくないし、何より転移や念動力の使い過ぎだろう、フレシシとピオ自身も動力不足が目に見えて現れている。

 唯一アルバートと、そしてひょいひょい岩石を飛んで帰って来た古井戸だけは余裕そうだけど、それ以外は満身創痍もいいところだ。

 

 それに対し、僕もそれなりのダメージを負っている。概念体は穴だらけだし、肉体はほぼ無いに等しい。今の僕は飛んでる塵芥を寄せ集めた土人形みたいなものだね。

 で、肝心の満足度だけど。

 

「良かったよ。悪くないとかじゃなくて、本当に良かった。メーデーのサプライズ、オールドフェイスの加工、古井戸の健闘、そっち四人の連携もそうだし、何よりオールドフェイスをこんな風に扱うのが素晴らしい。わかってるんでしょ? これ、人間の魂だよ? よくもまぁ武器にしたり砲弾にしたり、そうもぞんざいに扱えるね。感心するよ」

「誰にも見つけられずに荒野に放置されてる方が、よっぽどぞんざいですよぅ」

「あはは、それは言えてる」

 

 だから。

 パン、と手を叩く。

 

「見逃そう」

「……それは」

「言葉通りだよ。僕に反抗してきたフレシシ。戦いを挑んできた古井戸とピオ。ついでにアルバートとメーデー。それ以外の機奇械怪モドキ達。君達は凄く頑張った。よく頑張った。だから、殺さないでいてあげる」

 

 十分だ。

 フレシシの用意した、三百余年をかけて用意したショウが素晴らしかった。ならそれでいい。

 

「アルバート。君の力でここにいるみんなを未来に飛ばすといい。そうだな、百年後くらいかな? あ、ごめん猶予持って三百年後くらいにといて。そのくらいにはまた人や機奇械怪が暮らせるような惑星環境に整えておくから」

「……らしいけど?」

 

 どうする? みたいに。

 肩をすくめたアルバートが、フレシシ達へ向く。

 

 あ、そっか。

 アルバートはもう未練が無いんだ。マグヌノプスがここで死ぬってわかってるから。まぁワンチャン死なないとしても、縫い付けられてもう出てこなくなるってわかってるから、あとは今を生きる存在のために動いている、って感じかな。

 

「生きたいか、生きたくないか、だよ。フレシシ。別に逃げるとかじゃないんだ。ここで未来を選択したとて、僕は君を軽蔑しないし、見捨てない。また三百年後、久しぶりだね、なんて言って……その時に栄えている文明とかに溶け込んで、また一般人をやろう」

「俺は、良いと思うぜ、フレシシの嬢ちゃん。生きてこその物種だ。こんだけ用意して、こんだけ死ぬ覚悟をしたのに、ってぇのはわかるけどなぁ、まぁ次の機会を狙えばいいだろうさ」

「……」

 

 古井戸とピオは、一歩引く。

 

「──が、生憎と俺は未来にゃ興味なくてぇね。悪いがこの辺りでお暇させてもらわぁな」

「あの古井戸さん。今私結構な衝撃ダメージを負っているので、あんまり無茶したくないのですが」

 

 そして──そのまま、後ろに。

 CARが作った足場から、ふらりと後ろに。

 

「んじゃ」

「ちょ、待」

 

 落ちていく。

 塵芥と岩石と炎の飛び交う地上に、なんでもないかのように。

 ……彼らの出自については、今度ちゃんと調べてあげるとして。

 

「どうする? 君が決めることだよ、フレシシ。ここで玉砕するのも良いさ。だって君が稼働してからずっとずっと考えていたことだろう? それが失敗したんだ、そのショックは大きい。悪くないよ、それも」

「──何が悪くない、よ。お前は私が──」

「うん、少し待っててね、メーデー」

 

 念動力で掴む。うん、もうチャフも消えてきてるね。

 しかし、まったく。

 君が榊原ミディットだったころに見せた、ランプリーの時のあの"英雄価値"はどこにやってしまったんだろうね。

 あはは、まぁ、あの時だろう。

 機奇械怪に魂を売った時さ。あの時、君は自身を失ったんだ。それがわかったからフレシシも、特別な身体、とかじゃなくて普通の機奇械怪モドキにしたんだろ? 英雄だと思って引き取ったら違った、って。そんなところだ。

 

「……フリス」

「うん。何かな」

「私は、死にたくないです。あなたの事を怖がったまま──この関係を続けたいと、そう願います」

「おっけー。じゃ、アルバート。お願いして良いかな?」

「君も出来るだろうに……」

「できるかできないかで言ったらできるけどさ。君も、誰かのためならまだ力を使いたいって思えるんじゃないかな」

「……ふふ。ああ、そうだね。……それじゃ、一つだけいいかい、フリス」

「うん。聞こう」

 

 アルバートはフレシシの肩を抱く。

 そして、笑顔で。

 

「ケルビマさんに伝えておいてほしいんだ。──ボクは手に入れました。見つけ出しました。だから──未来予知。当たらないよう死力を尽くしてください、と」

「ケルビマ……でいいのかい? 君達どんな繋がりが」

「ふふ、ちょっと前に、少しね。──じゃ」

 

 消える。

 アルバートと──フレシシが。

 二人、だけが。

 

「え……」

「あ、え?」

「我々は……」

「俺達だけの世界というのは、どうなるんだ!」

「フレシシさん!? どこへ消え……いや、転移か? サイキック部隊! 探せ、探せ!」

 

 ──……。

 アルバートも……なんか、よくわかっているというか。ちょっと上位者っぽい思考になってるのかな、彼女。

 

 眼球だけをゆったりと動かして、念動力で掴んでいるメーデーを見る。

 

「あはは、見捨てられたね」

「……!」

「そんなに驚くことかい? だって要らないだろう。ただ復讐心という入力をされただけの人形なんか。君、勘違いしているようだけどね、君は榊原ミディットでも、メーデーでもないよ」

「な……にを」

「君は、フレシシが吸い出した君のメモリーチップを基に構成された再現AIさ。恋人を殺された、という憎悪だけを刻み込まれた誰かさん。彼女の事だ、余計な記憶は消しているんじゃないかな。君の家族のこととか、奇械士としての記憶とか」

 

 ああまぁ、戦闘記憶は残しているだろうけど。

 それ以外の余計なものを、わざわざ彼女が入力するとは思えない。

 

「覚えているかい? 君のもとの口調。思い出せるかい? ケイタ・クロノアとの出会い。忘れていないかい? 君の妹のこと」

「い……妹? 嘘だ。覚えて……覚えていない。そんなものが、私に……」

「あははっ! 嘘嘘、君に妹なんていないよ。いるのは後継機だし、完成体だし、姉だし」

 

 じゃ、もういいかな。

 自身の家族構成も完璧に思い出せないようじゃ、本当に粗悪な入力しかされていないのだろうこともわかる。

 ま、フレシシ人間嫌いだしね。

 

「そうだ……あいつ、アイツを殺しさえすればいい! そういう目的だったはずだ!」

「殺せ! あの化け物を殺せ!」

「できるわ、だって、だって私達──人間だった頃より優れているんだから!」

「殺──ぺっ?」

 

 ぐしゃ。

 潰す。慈悲なく。

 他のNOMANSも潰す。そして。

 

「……一応、聞いておこうか。君はどうしたい? 生きたい?」

()()()()()()()()()

 

 念動力に捕まえられた、動く事もままならないガラクタが、笑っていた。

 

 その言葉。懐かしいね。

 

「あなたはあなたの慈悲で──」

「首を断つのかい?」

「砕け散るのよ」

 

 急激な熱量の上昇。赤熱どころか白熱にまで至るその身体。膨張。

 膨れ上がり、脈動し、その身を捧ぐ。

 これは。

 

「死ね、キューピッド!」

 

 自爆──。



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出会い系一般上位者と一般機奇械怪

 やはり。

 もう"英雄"とは言えない二人では、マグヌノプスに対して戦闘し続ける事は難しかったらしい。

 チャル達がスファニアを起こし、アスカルティン達と合流、衣服などを整えてから向かった時には──二人は満身創痍だった。

 彼女らが出ていく前とほとんど変わっていないマグヌノプスに対し、ケニッヒもアリアも傷だらけ。互いの武器は砕けていて、回避に専念している……そんな状態だった。

 

「ケニッヒさん!」

「……あぁ、ありがたい、と言いたいところだが……」

 

 アスカルティンが作った槍と、プラスして余った素材の戦斧を二人に渡すも──これ以上戦いを続けても、と。

 見遣る。

 黒い金属片を噴き出しながら、部屋に戻って来た五人を警戒するソレを。

 

「私とスファニアさんにとってアレが毒であることに変わりはありません。油断はしないようにしますが、どうしても攻めあぐねます。あ、モモさんは早く出て行ってください危ないので。……で、主戦力はケニッヒさん、アリアさん、チャルさん、アレキさんにならざるを得ないのですが……」

「ああ……まだやれるさ」

「行くしかないものね」

 

 無理だろうと、誰もが思った。

 御年三十六。人間という個体で見ればまだまだ若い二人も、戦士という括りで見れば高齢だ。

 だけど。

 だけど、それなら、二人は何のために五年間を過ごしたと言うのか。

 

「ま──死に場所には丁度いいってこった」

「最後にフリスに会いたかった、なんてのは……贅沢よね」

「はは、珍しいな、アリア。お前が弱音を吐くなんて」

 

 無造作に斬りかかる。突く。

 アスカルティンが加工した疑似上位者封じの合金。それにより作られた武器は、マグヌノプスの金属片に大きなダメージを与える。パラパラと剥がれるそれがその威力を物語り──そしてすぐに修復される黒が絶望を与えてくる。 

 そう、この武器が来る前から、色々な事を試している。どうにか誘導して敵の攻撃を敵の身体に当てるとか、部屋に激突させるとか、薄くなった場所に攻撃を入れるとか。

 けれど、ダメなのだ。

 再生力が高すぎる。機奇械怪にはない即時再生とでもいうべき機能が、基本的に強い一撃を得意とする奇械士の天敵過ぎる。

 

 そして。

 

「う──ぐ、っと」

「……本当に厄介」

 

 伸縮自在の触手。金属片を数多繋いだそれは、突きや斬撃を放ち、そして鋸状であるから傷口も深くなる。

 

 正直、厳しかった。

 アレキのような神速のヒットアンドアウェイをしたところで、チャルのような縦横無尽な弾丸を放ったところで、結果は同じ。 

 

 奇械士だけではどうにもならない──そんな雰囲気があった。

 

「……!」

 

 だから、奇械士以外が来たのかもしれない。

 逃げずに、そして待たずについてきたのは、ちゃんと理由があったのだろう。

 

 掴む。掴んだ。

 右手を前に翳し、ぐ、と。

 それで、それだけで、マグヌノプスの動きが止まる。

 

「モモ?」

「早く、やれ! 私の弱いサイキックでは、そこまで長くは止められない!」

 

 好機。勝機。

 チャルとアスカルティン以外には、何故モモがサイキックなんてものを扱えるのかはわからなかったことだろう。だが、それがまたとないチャンスであるという鼻は利いた。それだけで十分だ。

 

「モード・エスレイム」

 

 一番速かったのはスファニアだ。

 敵が毒の塊であるということに露ほども臆さず、最速で突っ込み、零距離のインパクトを叩きこむ。ぱらり、と剥がれる金属片は、しかし再生しない。

 翳す手を増やしたモモが、押し寄せようとする周囲の金属片を抑えているのだ。

 

「っ!」

「らぁ!」

 

 次に動いたのは二人。アレキとケニッヒだ。

 疑似上位者封じの槍で、今もてる限りの威力を一点に叩きこむ。

 今ばかりは兄に倣った突きの姿勢を取り、不壊たるテルミヌスをほぼ同一の個所に刺し込む。

 突撃槍、長槍、刀。

 長柄三つの突きは、最も深くまで金属片の層を抉ったと言えるだろう。

 

「三人とも、どいて!」

 

 ならばそれを逃すアリアではない。

 遅れた分、その最中に溜めに溜めた力を解放する。三人が退くことも認識しない内に振るわれたその戦斧は、果たしてエスレイムよりも大きな衝撃を与えたようにも見えた。轟音、どころか、マグヌノプスに包まれた彼が少しばかり後退する程の衝撃。

 代償はあった。聞こえたのはケニッヒくらいか。

 アリアの腕から、割れるような、砕ける音が。

 

 だが、甲斐はあったはずだ。

 何故なら──。

 

「チャル!」

「行け!」

 

 露出していた。

 金属片に覆われていた中身が。彼が。

 彼女の父親が。

 

 ああ、しかし。

 そろそろ限界なのは、マグヌノプスではなく──モモの方。

 これほど過去の己を呪った事は無いだろう。モモは護身程度にしかサイキックを練習しようとしなかったから、効率に粗が多いのだ。これがもし、対フリスを想定したような訓練を受けていたら、もう少し長く、強く止められただろうに──限界だった。

 弾かれたように、弾き飛ばされるようにモモの腕が飛ぶ。

 

 だから、彼女も腕くらい捨てて良いと思った。

 猛毒。体内に入ったら機能停止する可能性があるくらいのそれを、掴む。押し戻ろうとする金属片を、その縁を掴んで、こじ開けるように広げる。既に手首から先が侵食され始めているから、すぐにでも腕をパージしなければならないだろう。

 だが、でも、だけど、まだ。

 アスカルティンだ。これは本能か理性か。あるいはどちらもか。

 

 さぁ、正念場である。

 チャル・ランパーロ。果たして彼女はその銃口を──父親に向ける事が出来るのか。

 

「モード・ティクス」

 

 誰も心配していなかった。その精神性をこそ、フリスは"英雄価値"と定めたのだから。

 それは生命を死滅させる弾丸。父親が生命であると定めたからこそのそれは。

 

「全部撃て、チャル」

「っ──エタルド、テルラブ!」

 

 それが無ければ、もしかしたら負けていたかもしれない。

 その助言が無ければ、彼の機奇械怪の、その動力炉が動き出して……全く違う結果になっていたかもしれない。

 けれどチャルは聞き届けた。死に体の父親の声を聴いて、躊躇せず、即座に行動できた。

 

 死が広がる。

 ガクンと崩れ落ちるチャルと、その眼前で朽廃していくヒトガタ。

 中心部からボロボロと崩れ落ち、「人間」も「機械」も、そして「精霊」も、その絶対的な力が食い尽くしていく。

 どれほどの痛みだろうか。生きたまま朽ちていく、というのは。

 でも、それでも、彼は──エストは、意識を失わない。

 自らが死ぬその一瞬までマグヌノプスを引き留め続ける。

 

 だから、マグヌノプスも、だ。

 

 動けなくなるその瞬間まで抵抗し続けるのは当然だった。

 

 まず手始めに、最も近くにいるアスカルティンとチャルを。

 腕をパージしたアスカルティン。体力の九割を使い切ったチャル。アスカルティンだけなら逃げられる。だが、チャルを抱える腕がない。チャルは動けない。アレキに助けを求めるにも時間が足りない。スファニア、ケニッヒ、アリアが二人に手を伸ばす。

 足りない。当然足りない。

 だからその凶手は、至極当たり前に二人の頭部を貫いて。

 

 

「見苦しいよ」

 

 

 赤雷が走る──。

 

 

+ * +

 

 

 彼方。

 ホワイトダナップでも、ギンガモールでもない場所にいた。いる。

 

「やぁ、エスト」

「フリス」

 

 あそこまでやったんだ。ちゃんと頑張った。

 それを相手に、殺された相手に、星の意思なんて大それたものがそんな悪あがきをするのは面白くない。

 ただ殺すため、ならともかく。

 チャルの中に逃げようとする、なんて──あはは、僕が許すわけないだろう。

 

「最期の言葉はあるかい?」

「元より死人。これ以上は蛇足だろうさ」

 

 もういい、と。

 エストは笑う。ざわめくマグヌノプスが、それでもと僕に殺到するけれど。

 

「さようなら、稀代の英雄」

「──そんなんじゃないさ、俺は」

 

 ティクスとエタルドの朽廃が──彼を完全に消し尽くす。

 別れの言葉も何もない。ただ目の前で英雄が死に。

 

「それじゃあ、マグヌノプス。君に居場所を与えてあげよう。──もう死んだ、誰もいない、何もない星だ」

 

 地球、というんだけどね。

 

 ざわめくそれに、蠢くそれに、念動力で推進力を与える。

 エストの魂に縫い付けられたマグヌノプスは、そのまま、そのまま。

 

 星海の涯に──。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、ただいま」

「ッ!」

「おっと、剣呑だね。って、あそうか」

 

 今の僕、継ぎ接ぎの、ホントに化け物みたいな見た目だっけ。

 えーと、えーと。

 そうだ、皮膜(スキン)があるじゃないか。アレは素材大して要らないし、これで覆って。衣服もちゃんとして。

 

 はい。

 

「これでいいかな?」

「……お前なぁ。先に中身見せておいて、今更外面綺麗にしたって誰も油断なんかしねえよ」

「油断? そんなものをしてほしいわけじゃないさ。ただ、人間はグロテスクなものをあまり注視したくないだろう?」

「流石フリスさん。配慮の場所が変」

 

 酷いなぁ、ようやくのご対面だっていうのに。

 でもま、それだけマグヌノプスが頑張ったってことだろう。頑張ったというか、悪足搔きが凄かったというか。

 

 全身傷だらけのクリッスリルグ夫妻、体力のほとんどを失ったチャル、両腕の無いアスカルティン、動力の八割以上を使い果たしたモモ。

 

 無事なのはスファニアとアレキだけか。

 

「どうする?」

「どうする、とは」

「いや、今から戦うかどうかって話さ。僕としては万全の君達と戦いたいからね。少しばかり予定を遅らせるのも悪くないと思ったんだ。特にチャルは一度ゆっくり休んだ方がいいだろうし」

「それは……」

 

 流石の僕も、ラスボス連戦はどうかと思うタイプだ。

 何より彼女らはまだ世界の様子を知らない。クリッスリルグ夫妻は知っているみたいだけど、他のみんなは世界が終わりを告げた事を知らないままで戦っている。

 そんなの、つまらないじゃないか。

 

「うん、じゃあ決定。休養は三日くらいあれば十分かな。それじゃ、束の間の休息だ。存分に楽しんでほしい。本当に最後の最後の休息だからね。やり残しがないように」

 

 鳴らす必要はないけれど、指を鳴らして赤雷を走らせる。

 全員をホワイトダナップに飛ばして、そしてギンガモールもどこぞへと追い払って。

 

 僕も、消えた。

 

 

 

 

 

 えー、そんなことをすれば当然。

 

「フリス。君はいつもそうだ。無計画に予定を決めて、無計画で相手を振り回す。私もね、そろそろ怒るんだよ。特に今回は色々連絡しなすぎだ」

「いや、あの。世界がこんなになったのは僕のせいじゃなくて」

「確かに満足のいく結果を選ぶと良い、とは言ったけどね。これじゃあ実験どころじゃないし、時代のリセットにしても荒業過ぎる。何よりまだ何も終わっていない!」

 

 ガミガミガミガミ。

 いつもの転移でしか入れない部屋に、僕らはいた。

 

 僕とエクセンクリンと、そしてケルビマとヘイズ。

 さらにアスカルティン、モモ、ガロウズ。結構な大所帯。

 

 ただエクセンクリン以外の五人は僕が叱られているのを遠巻きに見ているだけ。そろそろ助けてくれないかな。特にヘイズ。

 

「あの……お父さん。そろそろ本題に入った方が……」

「ああモモ、もしかして君は救世主かい? そうだな、君が選ぶなら、次代の、」

「モモに何かしたらタダじゃ済まさないよフリス」

 

 ……面倒だなこの親子。

 

 で。

 

「何はともあれモモの言う通りだよ。今回ばかりはちゃんと時間がないんだ、有意義な会話をしよう」

「……はぁ。わかった。わかったよ。……それで、マグヌノプスについては完全に解決した、という認識でいいのかい?」

「うん。今頃暗黒の海を飛んで、あと七年くらいで荒廃した惑星に辿り着くはずだよ」

「それについて深くは聞かないけど、まぁわかった。……で、何故君との戦いにモモが出なければならないのか。詳しく説明してくれ」

 

 当然議題はそれだ。

 つまり最後の戦いについて、各々思う所があるのだとか。

 

「待ってくださいお父さん。私は自分の意思で……」

「『災厄』たるマグヌノプスは倒せた。他ならぬモモ、お前の活躍が起点になったと聞いている。凄い功績だ。それで十分だろう? 五年後に現れ、ホワイトダナップを破壊し尽くすと謳われた『災厄』を君は退けたんだ。だのに、何もわざわざこの化け物と戦う必要はないよ」

「で、ですが、当初予定されていた敵はフリスだったと皆から聞いています」

「それが違った、というだけだ。いや、そうだったとしても、君じゃ話にならない。『災厄』とフリスは全く以て系統が違うし、そもそも君にサイキックを教えたのはフリスだろう。いやフレシシとガロウズかもしれないが、結局は同じこと」

「ですが……」

 

 親子喧嘩、になるんだろう。

 モモはモモで何か変質しているようだけど、確かに彼女程度では僕には勝てない。というか彼女はブレイン役で抜擢したから、戦闘に向かないのは当然だ。

 その点、背後……腕を修復したアスカルティンを見遣れば。

 

「……なんなら私も戦わないでいいならそれでいいかなって思ってたりします」

「そんな感じはしていたよ」

 

 アスカルティンはもう"こちら側"に近い。

 近いと言うか、ほぼそう、というか。

 そんな彼女にとって、僕とガチバトルをする、なんてのは悪手でしかない。

 

「僕が勝とうが、チャル達が勝とうが、どの道この時代はもう終わる。ホワイトダナップとエルメシア。この二国だけで、この災禍を乗り切ることはまず無理だ。残された人類がどうにか繋いで、けれど繋ぎ切れずに滅びていく。けれど、唯一」

「皮肉にも、あの偽キューピッドの言う通り……人間と機械が手を取り合った存在だけが生き続ける、ですよね?」

「そう。アスカルティン。モモ。あと古井戸とピオもかな? そういう互いが互いへと踏み出した者だけが、自己改造の果てにこの地獄を生き抜いていく。人間側で、あるいは機奇械怪側で足踏みしているのなら、それはもう朽ちる運命だ。理由はわかるよね、ガロウズ」

「ほほ……動力が得られないから、ですなぁ」

「正解だ。モモとアスカルティンにとっては『そんなことはない』と思うだろう。なんせ世界に動力は満ちている。だけどガロウズや、あるいは地上の機奇械怪にとってはそんなことないんだよ。この災禍に適応するための自己改造だけで動力を使い切り、有機生命が死滅しているから補充も出来ない。融合と進化、けれどジリ貧だ。指導者は今頃頭を抱えている頃だろうね」

 

 折角ミケルに作ってもらった指導者たる機奇械怪だけど、果たしてこの逆境を生き残れるかどうか。

 炎熱と塵芥の嵐は自然な感じで抑えていくつもりではあるけれど、それまでに死んでしまったら、まぁそこまで、ということで。

 

 新人類は二人。

 うん、新たな神話を描くにも丁度いいね。

 

「じゃあ本題だ。機奇械怪諸君、上位者諸君。──ここからの身の振り方を決めてほしい」

 

 僕と敵対する、つまり奇械士に付くのか。

 僕と宥和する、つまり傍観に回るのか。

 あるいは僕側に付く、でもいいけどね?

 

「俺は、もう手は出さん。負けた。それで終わりだ」

「ん-、俺ももういいかね。モルガヌスは封印できたが、一個体になるってわけじゃねぇって結果も出た。なら適当な所でアイツを解放するなり他に身を寄せるなりして、また時代の人間とよろしくやるよ」

 

 ケルビマ、ヘイズ。

 上位者二名は傍観。まぁ、だろうね。彼らはもう僕と戦う意味が無い。ケルビマにはホワイトダナップの守護という名目があったけれど、僕を狙ってホワイトダナップを壊さんとする「災厄」……つまりマグヌノプスがいなくなった今、僕をどこかに追いやる理由も無くなったわけだ。

 

「ほっほっほ、儂もパスですじゃ」

「いいのかい? 君は君で、何か用意していたようだったけれど」

「ネタバラシをしますと、儂は姉上が勝った場合において、それをひっかきまわしてやろうとしていただけでしての。ほほ、機奇械怪だけの世界なんてつまらないものに興味はありません故」

「ということで……チャルさん達には非常に申し訳ないんですけど、私もパスです。いいじゃないですか、別に。フリスさんを倒さなくても……別にフリスさん、ホワイトダナップを壊したりしないでしょう?」

「あはは、まぁね。もう人間も数少ないし、実験対象には向かない。どっちかというとエルメシアになるかな、対象は」

「なら、いいです。私はここで、残った人間達と一緒に……まぁそれができなければ適当に暮らします。私の家族もラグナ・マリアで死んじゃったと思いますし」

 

 らしい。

 ガロウズはともかく、アスカルティンもさっぱりしている。ま、最初から新人類(アスカルティン)には聞いていないんだけどね。彼女とモモは、僕からして壊す気がサラサラないし。

 

「モモ」

「ぁ……う」

「……じゃあ、こういうのはどうだ。フリス、聞きたいことがある」

「僕がチャルを殺すかどうか、かな?」

「ああ。モモとアスカルティンが行かなかった場合、スファニア、チャル、アレキだけが君と戦うことになるだろう。あるいはクリッスリルグ夫妻もか。そうなった場合──君は彼女らを殺すのかい?」

「積極的には殺さないよ。死んじゃう可能性はあるけどね」

 

 そもそも僕がチャルと戦いたがっているのは、彼女の真髄ともいうべきブラックボックスな部分を見たいがためだ。彼女に強さなんて期待していない。

 加え、アレキのサイキック対策も気になるし、スファニアも……ちょっとまだ気になっていることがある。

 

 ただ。

 

「クリッスリルグ夫妻については保証しない。多分二人は死ぬ気でかかってくるから、僕もそれに応えることになるだろう」

「そうかい。……そういうわけだ、モモ。たとえ君がここで身の安全を取っても、君の友達が死ぬ確率は低い。いいだろう? 私と母さんと共に、三人で暮らそう。今度こそ……守るから」

 

 エクセンクリンの懇願。

 彼としては、そうだろうね。だけど。

 

「……ごめんなさい、お父さん」

 

 モモはそれを、振り払う。

 

「どうして……」

「……ギンガモールで、私は私に再会しました。お父さん、あなたが遺した記録に出会いました」

「!」

 

 ああ、だから変質した感じがしたんだ。

 ケルビマも見る目を変えている。そう、彼の片腕を吹き飛ばした彼女。

 

 成程、それでアスカルティンが疑似上位者封じを壊せたわけだね。自爆機構を……なるほどなるほど。

 融合というか、迎合したんだろう。しかしよくあの爆発で……。

 

「あなたが引き留めても、あなたが忘れてしまった事をやり遂げます。……ごめんなさい」

「──なら、力づくで」

「やめろ、エクセンクリン」

 

 頭を下げるモモに、恐らく念動力で縛り付けようとでもしたのだろう。

 エクセンクリンが、けれどケルビマに刀を突きつけられる。

 

「……どうして君が止めるのかな」

「あの時は名を呼ぶことも、呼ばれることもなかった。その後悔、失意の果てに死んだ"英雄"に、余計な真似は許さん」

「ありがとうございます、『兄上』」

「呼べるようになったのだから名前で呼べ」

 

 ちなみにだけど、勿論モモも壊す気はない。

 ちゃんと戦いはするけど、それだけだ。新人類だからね、彼女も。

 

「ちょ──何通じ合ってるんだ人の娘と!」

「ふん、お前にはわからないことだ、エクセンクリン」

「そうですね。お父さんにはわからないことです」

「み、認めないからな!? 歳も全然違う……」

「あれ、お二人とも年齢そんなに離れてないですよね。確かケルビマさんの肉体年齢って相応でしたし」

「い、いや、確かに離れてはいないが、そういう意味で言ったわけでは……」

「どの道お前は機奇械怪だ。婚姻を結ぶのであれば、形だけになるが」

「ほ!? ケルビマ様が行間を読んだ……ですじゃと!? 言外に言われたことになんら頓着を示さない天然物代表のようなケルビマ様が!?」

「アッハッハ、別に良いんじゃねえか? どうせこの世界じゃ子を成したって育てきれねぇだろうし、結婚するだけして、そういう余生を過ごすのもアリだろ」

「だから認めないって言ってるだろ!?」

 

 途端に騒がしくなった室内。

 うんうん、いいね。これも青春だ。

 

 それじゃ、モモ以外は傍観ということで。

 

「結婚式を開くなら呼んでくれると嬉しいな。それじゃ、僕は行くから。モモ、チャル達によろしくね」

「あ──ああ、よろしくもなにも、だが……じゃなくて、結婚などまだ考えてない!!」

 

 転移する。

 いやー。

 若いっていいねぇ。

 

 

+ * +

 

 

 

 風吹く丘にアレキはいた。

 眼下に広がる赤と黒の塵芥の嵐。アレキ達がギンガモールで戦っている間に、世界は終わったらしい。

 今こうしてホワイトダナップが無事でいられるのは、ホワイトダナップが高空にあったこと、そしてフリスが張ったシールドが主因だという。

 ただし、既に引継ぎは終わっているとのこと。フリスがいなくなっても兄ケルビマとモモの父であるエクセンクリンによって、このシールドフィールドは保たれ続ける。

 

 だから殺しても問題ないと言われた。他ならぬ兄に。

 

「……殺し得る、か」

 

 ケルビマは届かなかったという。

 ヘイズという奇械士と共闘し、けれど無理だった。そんな相手なのだ、フリスは。

 

 それを殺せるか。

 殺し切れるか。

 否、そもそも──倒す、で止まるつもりだった。だってそれが、もっとも傷が小さいから。

 

「もう、いいんじゃないか、と……」

「ここ……すげー場所だな」

 

 素振りを続けている時の事。

 隣に来たのは、スファニアだった。

 

「元はチャルのお気に入りの場所。ここは世界が見渡せるから好き、だったんだけどね。今は」

「ああ。めちゃくちゃだ」

 

 珍しい組み合わせであると言えるだろう。

 普通はここにチャルかアスカルティンのどちらかがいる。この二人だけになったのは、アーチェルウィリーナと戦ったあの時くらいだ。

 

 だからアレキは、何気なしにスファニアの横顔を見た。

 

「……何か嫌なことでもあった?」

「ん? なんでだ?」

「泣きそうだから」

 

 その顔は悲嘆に染まっている。

 アレキが見て、思わず優しい声になってしまうくらい、彼女は泣きそうだった。

 

「……嫌なことは、あった」

「珍しい。あなた、そういうの気にしないと思ってた」

「俺も思ってた。……けど、思い出しちまったんだ。俺の役割」

「役割?」

 

 スファニアは、ああ、と頷いて。

 

「俺さ、ずっと俺が誰なのかわからなかった。スファニア・ドルミルって名前以外何も覚えてなくて、だからヘイズから教えてもらった事が全てで……でも、ギンガモールで、マグヌノプスの攻撃を受けて、気付いた」

「マグヌノプス……。あの金属片の名前、だっけ」

「ああ。俺さ、実は」

 

 風が吹く。大きく風が吹く。

 スファニアの言葉を隠した風は、けれどアレキには伝わっていて。

 

 驚愕に染まるアレキの顔と──今まで一度だってしたことが無い、スファニアの苦い顔。

 

「……ダメ、そんなこと」

「ごめん。幸せにな」

「……」

 

 最後の時は──ひたひたと。

 



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ようやく対面する系一般神

 空歴2549年6月13日。

 皇立西部区学術学校──そのグラウンド。

 生徒は誰一人として存在しない。皆ラグナ・マリア、あるいはアクルマキアンへと逃げ──そして死んだ。完膚なきまでに死んだ。炎熱と塵芥の嵐に焼き焦がされて。

 懐かしのキムラ教師もまたその一人。いや、教員の全てがいない。本当に皆、一般人という一般人は避難し、だから死んだ。

 

 ここにいるのは。

 

「来たね、チャル」

「うん。来たよ、フリス」

 

 僕と、そして相対する──チャル、アレキ、スファニア、モモ。

 想定していたパーティから一人代わったけれど、概ね想定通りの"主人公パーティ"だ。

 

「それで、二人は参加しないんだ?」

「……無理だと判断した。俺達は見届け役だ。フリス、お前が勝っても、チャル達が勝っても──俺達がこの戦いに手を出すことはないと誓う」

「代わりに、流れ弾が人間のいる方へ向かいそうになったら対処させてもらうから」

「うん。わかったよ」

 

 じゃあ、張ろうと思っていたシールドフィールドも要らないか。

 全力。全力ね。

 なるほど。

 

「言葉は要るかい?」

「要らないよ、フリス」

「わかった」

 

 だからこれが──最後の戦いになるのだと。

 

 

 

]/[

 

 

 

 一番に動いたのは、意外にもモモだった。

 手甲を翳してのサイキック。薄い水色の雷は念動力ではなく転移の証。フリスの上空より出現したのは、「モード・レヴィカルム」を構えたスファニアだ。ホワイトダナップを停める程の太陽光線を放つレヴィカルム。

 しかし、その光線が届くよりも先に、風を切る音があった。続いて地を蹴る音。

 

「一つ目──」

 

 斬撃。フリスは受け止めない。上体を反らしてそれを避け、膝を上に搗つ。

 けれどその膝蹴りは空を切り、彼の身を上空から降り注いだ太陽光線が焼き尽くしていく。「二つ目」

と呟かれた言葉はフリスの耳元。当然のように力場を切り裂く刀は彼の首だけを狙い──赤雷を切り裂くに終わる。

 転移だ。どこへ転移したか。それを確認するよりも早く、「三つ目」と呟いた彼女は刀を逆手に振るう。ぶつかり合う刀と手刀。負けたのは手刀の方だった。

 

「!?」

「なにも驚く事は無い。斬れることは伝えてあった」

 

 フリスの左手。その上半分をばっさり切り落とした彼女は、そう呟いた後に姿を消す。

 無論転移ではない。速く動いた、ただそれだけ。

 

「う、りゃぁ!」

 

 その間に来るのはスファニアだ。

 彼女は突撃槍をぶん回し、フリスを狙う。背丈が同じくらいなことが幸いしているのだろう、技術も何もない攻撃が、けれどいい具合の位置を掠め続ける。

 そして、その状態で。

 

「モード・レヴィカルム!」

「ッ、それは危険すぎるって!」

 

 カイルスぶん回しからの太陽光線。

 フリスが避ければ、というか避けずとも周囲に甚大な被害を及ぼすだろうその攻撃は、ツッコミを入れたフリス、ではなくモモによって防がれる。一瞬にして高空へと飛ばされたスファニアが、空中に美しい光帯を描くのが見えた。

 

「四つ目」

 

 そんなスファニアを見上げた事が隙だ。

 声は前から聞こえた。けれど背後に音があり、風圧はそちらから来た。

 フリスは咄嗟に念動力の壁を作るも──当然、切り裂かれる。

 

 そのまま脳を貫かれた。

 

「ッ!?」

 

 驚きの呼気を上げたのは、フリスではなく彼女の方。

 何らかの方法で止められるか避けられるか。そう思っていた一撃は、すんなりとフリスの頭蓋を、脳を貫き──だから手が弛緩した。

 握りなおそうとした瞬間、フリスが振り向く。そのまま刀も持っていかれて……ぐちゃり、なんて音を立てて、頭から刀が抜かれる。後頭部から額にかけてぽっかりと空いた穴は、けれどフリスの稼働に何の害も及ぼさない。

 

「やるねぇ、アレキ」

「……?」

「うん? なんだい、その反応」

 

 彼女は首を傾げた。

 彼は一体何を言っているのだろう、と。

 

 答えは出ない。出すまでもない。出す余裕が無い。

 だから二本目を抜く。当然のように佩いていた二本目。それを、鞘を滑走路にして抜き放つ。

 

「!」

「五つ目──即ち、首断ち」

 

 太刀筋は右から左への逆袈裟だったのに、フリスの首は真一文字に斬れる。

 断首、断罪。念動力ごと切り裂く彼女の刀は、フリスという概念体さえをも切り裂いて──思い切り蹴とばされた。

 

「アレキ!」

「──ぁ」

 

 モモが彼女を抱き留めた時、ようやく彼女は息をした。息をしたし、思考をした。思考したから、ようやく自分が誰なのかを思い出す。

 アレキ。彼女に見えていた灰色の世界は、音も光も臭いも奪い、さらには記憶さえも奪って、情報という情報をシャットアウトするにまで至っていたのだ。それは自らが人間生物であるということを忘れるくらいの集中。

 効率化の獣。

 

「……」

 

 だが、それだけではない。

 フリスが驚いたように彼女を見ているのがその証拠だ。

 驚いた。

 というより──花が咲いたような、笑み。

 

「君もか! アレキ!」

「……何が」

 

 穴の開いた首を浮かせ、左手の半分を消失させたフリス。

 彼は嬉しそうに口を開く。

 

「気付いていないのかい? 今の攻撃が修行の結果という奴なんだろう? 僕には見えていたよ。だからわかる。いや、いや、まさか本当に、比喩表現ではなくできる子がいるなんて思わなかった!」

「だから、何が」

 

 惜しむらくは彼女に自覚が無い事だろう。

 フリスは敢えて答えを言わない。言ったら面白くなくなってしまうから。

 だからきゃぴきゃぴと騒いで──がつん、と。

 

 その頭頂に穂先を突き付けられた。

 

「モード・エスレイム」

 

 衝撃。

 恐ろしいまでの衝撃波が周囲に広がる。いや、それよりも恐ろしいのは、リンゴのように砕け飛んだフリスの頭だ。あまりにもグロテスク。あまりにも広範囲に飛び散ったソレは、だからこそ彼の頭蓋がどれほど硬かったのかを思い知らせるものとなる。

 

 それでも──彼は死なない。

 自由落下を始めたスファニアを蹴り飛ばした後、大きく手を広げる。

 アレキの刀、自らの血肉。

 首の無い身体で肩を竦め、それらを周囲に浮かべたフリスが、どこから発生しているのか、まだまだ言葉を零す。

 

「まさか、その程度じゃないだろう?」

「テルミヌス──オーバーロード」

「へぇ!」

 

 モモに抱き留められていたアレキがまたも立ち上がる。

 驚きの連続。フリスがこうも喜ぶのは当然だ。

 

 だってそんな機能、解放した覚えがないのだから。

 

 だが、彼の砕かれた耳は確りと捉えた。硬貨を入れる音。

 

噴射(インジェクション)

 

 爆音。普段のアレキからは考えらえない、無音と対を成すだろう程の轟音は、ジェット機を思わせるもの。

 秒とかからず肉薄したアレキによる切り上げ。テルミヌス故に念動力では止められない。だから避けるしかないが──それを許すアレキではない。

 

追従(スプーフィング)

 

 避けるフリスに、テルミヌス自体が追い縋る。アレキの踏み込み、アレキの振り下ろしとは全く違う力がテルミヌスを加速させ、目の前の獲物を捉え、斬る。

 首ではなく心臓、そこから肩へ行って、袈裟懸け、腹、そこから胸。

 縦横無尽な斬線は到底人間が成し得るものではないし、無理な方向に曲がるためだろう、アレキも時折痛みを覚える顔をしている。

 

 けれどそれは、確実に。

 

「あ──あはは、いいね。テルミヌスのオーバーロードっていうから何かと思ったら──分け与えたのか。ああ、なるほど、そうか、謎が解けた──君の異常なスタミナ。チャルにあげても無くならない体力!」

最終通告(オーバーラン)

 

 斬る。

 フリスを斬る。

 

 その一太刀には──()()()()()()()

 

 縦一文字。

 フリスの概念体は、敢え無く散った──。

 

 

 

 

 から。

 

「それっぽいことを言って、それっぽいことをしてった癖に、本物がいないとか……どうかと思うけど」

「あはは、いやぁ、何度も言ってるんだけどね。別に僕は少年漫画的展開を求めているわけではないのさ」

 

 だから、当然。

 あの場にいたのはフリスではないし、早々に姿を消していたチャルもアレをフリスだなんて思っていなかった。

 ではアレは誰だったのか。

 

「アレ、誰だったの? フリスに似てはいたけど」

「僕の大本。……の、一部かな。チャル。僕はね、実は量産品なんだ。いくらでも作れるんだよ、フリスって端末は」

「そっか。じゃあアレは、もう一人のフリスなんだ」

「……反応薄くない?」

「私が嘘を見抜けるって忘れちゃったの?」

「あはは、そうだったね。まぁ、嘘だよ。嘘というか……アレが大本であるのは事実だし、僕が量産品であるのも事実だけど、僕はもう大本より強い、というのが隠していた部分かな」

 

 アイメリア・フリスは寄生虫である。

 その大本、根源は隕石に付着していたアイメリア……ではなく、着弾前に離脱した、もっと意思の強い、もっと規模の大きい寄生虫だった。

 簡単な話、アイメリアの根源はメガリアの成層圏で焼かれる事を嫌ったのだ。だから離脱し、ゆるりと降りて、このメガリアに住み着いた。

 寄生虫アイメリア。否、虫、などと述べるからいけないのだろう。

 寄生生物アイメリアは、天体に寄生する宇宙生物である。星に寄生し、星を侵し、星に住む者を侵し、新たなカタチを探し続ける上位生物。死ぬことは無い。減る事もない。殺されようが何をされようが増え続けるこの生き物は、()()()()()()()()()()

 

「突拍子もない話だと思うかい?」

「……ううん。モモさんとアスカルティンさんが、事前に話してくれたから。考察だ、なんて言ってたけど……ほとんど当たってる」

「それは……凄いな」

「ロンラウって人から聞いたんだって。家探しの最中だとかで」

 

 何やってるんだか、なんて肩を竦めるフリス。

 

「だからまぁ、学校にいたのはメガリアに来る前に分離した僕の親玉。あっちもだいぶ僕だけど、大切にしているのは知的生命全般だからね。君の目には変に映っただろう」

「うん。一目で違うってわかった」

「あはは……ま、彼も彼で頑張っているし、今回はこっちのお願いを聞いてもらったからね。久しぶりの運動、好きにさせてあげてほしいかな」

「……それは、無理かも」

 

 え? と。

 

 思っていた答えと違ったのだろう、フリスは聞き返す。

 

「私達は……フリスの殺し方、わかったから。それを持っているから」

「……──マグヌノプスかい?」

「うん。でも、私じゃないよ」

 

 口角が上がっていく。 

 フリスが、あちらの彼も見せたような、花の咲くような笑みを浮かべてる。

 

「スファニアか」

「そう」

 

 ずっとわからなかったスファニア・ドルミルの正体。

 わからなかったというより、ただのゾンビである、ということしかわからなかった彼女は、やっぱりマグヌノプスの縁者だった。フリスもヘイズもあれだけ調査して、けれど埃も出なかった少女。ただ、エストの言葉が正しいのであれば、マグヌノプスの使う転移は「同質のものを入れ替える疑似転移」だという。

 

 フリスの《茨》に囲まれ、その《茨》を封じる水晶に囲まれていた彼。それと入れ替わり得るゾンビがなんなのか。

 

「マグヌノプス……私や、私のお父さんが()()()()()、星の意思、とかいうもの。病気みたいなものだってケルビマさんやエクセンクリンさんは言ってたけど、でもそれは一応星が出した抗体、なんだよね?」

「うん。そうだよ。あってる」

 

 マグヌノプスは星の意思であり抗体。あはは、確かに人間にとっては病気みたいなものだから、罹る、という表現は言い得て妙だけど、本来は益であるものだ。

 そしてそれと同等になり得るもの。

 つまり。

 

「スファニアさんは、薬、なんだって。フリスを……アイメリアを殺せる薬。そうであれと作られたゾンビ」

 

 ああ、そうか、と。フリスはようやく得心する。

 スファニア・ドルミルは……アナグラムなのだと。

 

「じゃあもしかして、あっちの僕は死ぬのかな」

「うん。すぐに、じゃないけど、少しずつ減っていくはず」

「そっかぁ」

 

 清々するね、なんて。

 フリスは口の中で言葉を転がす。

 

 EIMERIA(アイメリア)につける薬。それがスファニア・ドルミル。

 運命とはわからないものだ。上位存在を殺し得る薬がゾンビである、などと。

 

 ──その程度で本当に死ぬかは別として。

 

「それで、チャル。君は僕を殺すのかな」

「ううん。私はあなたを殺さないよ」

「おや、でも、そのために強くなったんじゃなかったのかい?」

「私が強くなったのは、フリスを変えるため。殺すためじゃない」

「あはは、そういえばそんな事言ってたっけ」

 

 だからと言いながら、チャルはオルクスを、その双方をフリスに突き付けて言う。

 

「こっちがユウゴで、こっちがリンリー。覚えてる?」

「まぁ、僕は見えるからね」

「そっか。ずっと見えてたんだ。なんか、意味わかんない『原初の五機に対抗する武器』とか言ってさ。私達がその情報に踊らされて奔走している時も、ずっと」

「言い方が酷いな。君の成長を段階的に見ていた、と言ってほしい」

「同じでしょ?」

「まぁね」

 

 あはは、なんて。

 二人は笑い合う。

 

「……君が五年で至った境地。僕に見せてくれるかな」

「うん」

 

 チャルが二枚、コインを取り出す。

 オールドフェイス。

 

 それを二つ、オルクスに入れて。

 

「モード・エタルド、モード・ティクス……オーバーロード」

「うん」

「……は、終わり。これはお互いに」

 

 二つの銃口を合わせる。

 それぞれの引き金を引いて──だから、それでオルクスは、互いに互いを食い尽くして消える。

 機奇械怪を朽ちさせる弾丸。生物を朽ちさせる弾丸。

 機奇械怪であり生物でもあるオルクスは、だからこそ互いの弾丸で互いに朽ちる。

 

 それで、オルクスは──二人は解放された。

 

「いいのかい、武器が無くなっちゃったよ」

「うん。だってこれは、フリスが私に与えた武器だもん。私の武器じゃない」

「成程」

 

 だから、と。 

 チャルは右の拳を握る。

 

 そこから溢れ出るは《茨》……"華"からではなく、拳から出ている。

 

 フリスも《茨》を出す。

 機奇械怪の動力であり、ゾンビの再生力であり、吸血鬼の生命力であり、精霊の霊力であり、悪魔の魔力であり……アイメリアの重みであり。

 

「大丈夫」

「大丈夫?」

「うん。──私はもう、逃げないから」

「あはは、今までだって、一度も逃げてないじゃないか」

 

 うん、と。

 もう一度チャルは呟いて──。

 

 

+ * +

 

 

 次の瞬間、緑のような銀色のような、そんな空間に僕らはいた。

 いやー。

 ファンタジーだなぁ、って。毎回思うけど。

 

「ここは……」

「星の中。メガリアの中だよ」

「中……?」

 

 流体、光。

 ここが地中だとは誰も思わないだろう。海中と行った方がまだ説得力がある。

 でも、ここは本当にメガリアの中だ。

 ──そもそもメガリアという星の構造が、いや成り立ちが、普通ではない、ということに深く起因を置いている。他の星にマグヌノプスなんてものを作る機能は無いからね。

 

「メガリアは改造された星なんだよ。ま、僕も着弾してから知った事だけどね。かつてはもう少し小さかった、けれど幾度とない改造で肥大化していって、けれどそれを成した知的生命が滅びて、空白の後また知的生命が出てきて……みたいな、元から『時代』の土壌はあったんだよね、この星」

 

 だから、というわけじゃないけれど、僕はこの星に「時代」を敷き、短期間での「地球」の再現を……「地球」では起こり得なかったIFを実験し続けた。上位者に溶け込んでいたから、上位者の、モルガヌスの目的もそれになって行って、けれどチトセのように「そもそも魂とはなんぞや」に行きつく上位者が増えてきて。

 僕もモルガヌスも魂のことは良く知っていたからね。上位者に理解できないとは露とも思わなかったんだ。最初は、だけど。

 

 とまぁ、そうして出来上がった「人類を脅かすモノ」+「人間」が何かを成す時代構成。

 ただし、どの時代も最終目標は「その時代の象徴となるモノが魂を糧とできるようになる」であり、魂を糧とすることができるようになったモノは、ようやく、本当の意味でアイメリアと対話ができるようになる。

 

 あるいは。

 

 そこに至ったモノは、いつの間にかアイメリアになっている──と言った方が精確だ。

 寄生生物だからね。宿主に寄生して、増えるんだ。僕が上位者を変質させオーキストにするように、アイメリアという概念は星に寄生して変質させる。

 星ってほら、細胞みたいなものだから。

 

「で、ここはメガリアの最初の姿。小さな星だったメガリアを、過去の知的生命が改造と開発によって覆い隠し埋め尽くし──元の星はエネルギーに変換した。この流体は惑星メガリアが稼働するためのエネルギーなんだよ」

「そっか」

「ありゃ、あんまり興味ない?」

「うん。だって関係ないもん」

 

 あはは。

 自分の住む星の話なんだけどね。

 ま、確かに関係ないか。その星の端末であるマグヌノプスを排した今、スファニアやチャルはマグヌノプスの意思を受けないただのサイキッカーだ。となれば、過去の話なんでどうでもいいだろう。

 

「それに、少し知ってたことだから」

「え? 本当に?」

「うん。……ずっと見えてたんだ。スファニアさんに流れ込んできてた銀色。だから私はスファニアさんの再生力を信じられた。その銀色は、スファニアさんを大切に想っていたから」

 

 ああ、ギンガモールでスファニアを殺しているように見えた時の話か。

 

「私達の住む星には意思があって、何か特別な力があって、何か哀しい事情がある。……けれど、私達はそんなことのために生きているわけじゃないし、戦っているわけでもない。……言葉はほとんど交わせなかったけど、多分、お父さんも同じことを思っていたと思う」

「うん。エストはそういう男だったよ」

「私達は縛られない。私達は囚われない。星の付属品としてじゃなく、人間として生きている。──だから、この"眼"ともお別れ」

 

 言って、チャルは、目を閉じて。

 次の瞬間、彼女の目のどこにも銀色は無かった。

 

「どうかな、フリス」

「何がだい?」

「まだ、私に興味ある?」

 

 ──……。

 虚を突かれた、とはこういうことを言うのだろう。

 

 興味。

 僕がチャルに興味を持ったのは、その特異な目が原因だった。長らくその目を特別として扱い、新たな"英雄価値"だと喜んだけど、途中でマグヌノプスの系譜だと知って落ち込んで……。

 それでも僕は、チャルに興味を持ち続けた。その精神性が奇異だから、と。

 

 ああ、でも、そういえば。

 僕って、機奇械怪と関わらない"英雄価値"については、あんまり興味なくなかったっけ?

 だからアクルマキアンを離れたんだし。あそこは職人系が多いから。

 

 そして今、チャルは目を捨てた。これでチャルは、特別な目も、特別な銃も持たない普通の女の子になった。"種"、"華"だってやろうと思えばすぐに抜ける。

 何にもない普通の女の子。

 あるいはもう彼女は、機奇械怪とだって戦えないかもしれない。それほどの戦力ダウンだ。

 

 そんな彼女に、興味があるかどうか。

 

「あるよ」

 

 言葉が口を衝く。

 正直に言って、無かった。けど、()()()()()()()()()()()()()──。

 

「嘘吐き。全然興味ないくせに」

「おや、君の目はもう真実を見抜けないんじゃなかったのかい?」

「わかるよ。フリスのことだもん。目なんかなくても、わかる」

 

 一歩、また一歩とチャルが近付いてくる。

 僕を殺すのではなく変えると宣言したチャル。でも、どうだろう。

 やっぱり僕は変わらなかった。オルクスを捨てたのは悪手だったんじゃないかな。目を捨てたのはミスだったんじゃないかな。

 "間違えない事"もチャルの魅力の一つだったけど、それさえも失った普通の女の子にこれ以上向ける価値なんて。

 

「だから、フリスが私を好きだってこともわかる」

「……言いがかりだなぁ。それに思い込みが激しいよ」

「ううん。だってフリスは、興味を失くした時点でどっか行っちゃうもん。こうやって対話をしてくれることもなくなるし、すぐに『もういいや』って言って、私を殺すか、置いていくかのどっちかをする」

 

 確かに、そうだ。

 僕はそれをする。よくやる。

 

 じゃあお望み通り──。

 

「でも、やらない。何故って、フリスが変わったから」

 

 転移、できなかった。

 できない?

 ……念動力は使える。《茨》経由で移動した星の中とはいえ、透過も念波も使える。

 でもそれをチャルに向けようとは思えないし、やっぱり転移は発動しない。

 

 何故?

 

「フリスはもう、私を殺せない。私から逃げられない。私を見逃せない。なんでかわからない?」

「……わからないな。君はもう観察対象外だ。凡夫を見ていて楽しい事なんて一つもないのに」

「とっても簡単なのに、わからない?」

「楽しそうだね、チャル。でも早めに教えてくれるかな。僕は凡夫に対して気を長く保てる方ではないよ」

「いいよ、怒っても。フリスは私を殺せないから」

 

 ニコニコしながら、一歩、また一歩と近づてくるチャル。

 念動力が無理ならば、と。《茨》を殺到させる。

 けれどそれがチャルを傷つけることはない。

 

「──教えてあげるから、じゃあ、目を瞑って、フリス」

「……」

 

 その、如何にも「キスしますよ」みたいな振りに、あまりにも驚きの無いその行為に凡庸さを感じながらも、本当にわからないので目を瞑る。

 

 唇に湿り気。

 ほら、何も驚きが無い。想定通りの解答。いつもいつも予想外の事をしてくれていたチャルは、もうどこにもいない。

 

 つまらないな。

 

「ほら、気付かない」

「……さっきから、何を言っているのか説明して欲しいな。思わせぶりな言動をしているだけかい?」

「フリスが転移できないのは、私が縫い留めたから」

「縫い留めた?」

 

 ──体の中心。

 あった。いつの間にか、感触さえなく……《茨》が生えている。それはチャルに繋がっていて。

 

「成程、これで縛っているから逃れられない、って? あはは、凡夫の考えそうなことだね。じゃあ切ってしまおう」

 

 チョキン。

 はい、これで。

 

 ……転移は、できない。

 

「斬れないよ。それは私とフリスの繋がりだから」

「もう絶たれたよ、それは。君が"英雄価値"ではなくなった時点で」

「でも、フリスだってもうアイメリアじゃなくなったよ」

 

 交信、断絶。

 ……これは。あーあ、そういうことか。

 

「置いて行かれたかぁ」

 

 ま、ずっと思ってたことだし。

 この星を見限ることになるかもしれない、って。だから準備は出来ていた。十分に増えたしね、僕ら。

 

 そんなアイメリアにとって、自分よりも強い力を持つ端末などともに連れて行く意味が無い。特効薬(スファニア)がいる星になど長居する意味は無い。

 アレキ、スファニア、モモと戦って、楽しむだけ楽しんで……逃げたな、アイツ。

 

「これでフリスはただのフリスに変わったんだよ」

「……元からアレの影響を受けてはいなかったけどね」

「ううん、フリスは気付けないだけ。フリスはようやく一個になれて、ようやく一つの感情を手に入れた。それは、」

「愛、だとでも? あはは、チャル。陳腐だよそれは。あまりにも凡庸でイライラする」

「イライラするならどっかに行けばいい。ようやく私のこと嫌いになれたんだから、早く殺しちゃえばいい」

 

 そう思う。

 殺す殺さないはともかく、もうエルメシアにでも行けばいい。あそこにはまだ手付かずの人間がいるんだから。

 

 でも、できない。

 

「っ……アレキはどうする気だい? 一度は恋仲になった関係だろう」

「うん。でも、アレキは言ってくれたから。私の選択を尊重する、って」

「恋仲になった事は否定しないんだ」

「しないよ。フリスがいなかった五年の間、アレキとは色々あったから。でも、最後の日の前にね、アレキは言ってきたよ。『こんなふわふわした関係はもうおしまいにして、決着をつけて。……もし落とせなかったら、私のとこに帰ってきていいから』って」

 

 ……なんというか、彼女は彼女で健気だなぁ。

 だって五年って……人間からしたらかなり長いでしょ。その前の一年も含めればさらに。

 

 それをよく……。

 

「ずっと前から好きでした」

「……三度目だね」

「うん。ずっとずっと、好き。──だから……どうかこの手を取ってくれませんか?」

 

 片膝をついて、手を差し出して。

 ……誰かなぁ、これ。チャルに教えたの。

 

「それは男がやることだよ、チャル」

「関係ないよ。囚われのお姫様を鳥籠から出すんだもん。男女なんてどーでもいいでしょ?」

 

 はぁ。

 まあ、チャルが死ぬまであと六十年くらいか。

 

 折れるかぁ。本当に殺せないみたいだし。

 

「わかったよ、チャル。答えもわかった。……僕も単純に、君が好きなんだね」

 

 手を取る。

 パァ、と顔を輝かせる彼女。そして、抱き着いてくるその身を。

 

 

「じゃ、それはそれとして、外で待ってて」

 

 

 赤雷が走る。

 転移させる。あはは、そんな絶望の表情しなくてもいいよ。あとでちゃんと行くから。

 

 ちゃんと、戻るから。

 

 

「あーあ、余計なアクシデントだったな。でもまぁ悪くないよ。単純に戦力が減ったのが痛いというか、僕としてはここで共闘してお互いを確かめ合う流れを作りたかったというか……。まぁ、なに?」

 

 メガリアの中。

 ──強烈な光を放ち、降りてくるその存在に愚痴を言う。

 

「僕に計画は向かない、って話。わかるかな──フレイメアリス」

NOT()

 

 さてはて。

 最後のお仕事をしようじゃないか。

 



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いなくなる系一般上位者

 空の神フレイメアリスは僕じゃない。

 何度も言っていることだ。

 けれどソイツは、メガリアの中を輝きながら降りて来たソイツは──かつての僕と全く同一の姿をしていた。

 

「やぁ、PRETENDER(フレイメアリス)。君のせいで僕が何度勘違いされたことか。そもそもその名は僕を示す言葉ってだけで、神を指す言葉じゃないのに、よくもまぁ我が物顔で使ってくれたものだよ」

NOT()……SPONTANEOUS(自発的ではない)……THEY(そう)……JUST CALLED ME(呼ばれていただけ)……」

「否定しなかったら同じだろう」

IMPOSSIBLE(不可能)……I DO NOT HAVE(彼らと会話をする)……THE LANGUAGE TO(言語を)……CONVERSE WITH THEM(持っていない)……」

「ボディランゲージというものがあってね」

 

 尚、この意味だけを抽出したような言葉はモルガヌスも同じだけど、それはアイメリアの使う"魂を用いた対話"がこの形式だからであって、たとえばアスカルティンやモモがもっと上のステージに行ったらこんな感じの言葉を使うようになるだろうし、反対にモルガヌスは人間の頃であれば普通に流暢に話していた。

 この言葉は人間には聞こえない。というか意味として捉えられない。音としては聞こえるだろうけどね。

 

 それで、じゃあ、まぁ。

 

「長話もなんだ。そろそろ決着をつけようじゃないか。そのために降りて来たんだろう、IMITATION(フレイメアリス)。僕と君の生存競争だ」

YES(肯定)……WHICH WILL SURVIVE(どちらが生き残るのか)……」

 

 どろりと《茨》を出す。

 それを周囲に刺して、この場に溢れるエネルギーの全てを吸い取っていく。

 

 アレキとチャルの体力譲渡。アレの本来の使い方だよね。

 

 

 

 始まりに合図はない。

 襲い来るのは不可視の錐体。それを《茨》で絡め取り、"毒"と"罅"を走らせていく。

 バキン、なんて音を立ててソレを割り砕き、高速で材質の変換と組み上げを行っていく。

 

 浸透した"毒"が動力となり、"罅"はパーツを分けて、《茨》が植え付けた"種"が各所を繋ぐ。

 砲塔、砲身。

 左腕に絡みついた《茨》と、そこから伸びる毒々しい尖塔。

 

「見たことがあるだろう。見ていたのだろう。彼女らが辿り着いた、再現したものとは一線を画す──本物だ」

 

 融合プラント種グローリー・タンク。メインウェポンが超長距離砲──『バルグルフル・メイザー』。名付け親は当時の上位者だから意味は知らない!

 良い音がする。組み上がり、組み代わり、装填されたエネルギー塊が幾度とない圧力をかけられ、その瞬間を待ちわびる。

 

INVALID(無効)……」

「果たしてそれはどうかな!」

 

 エネルギーに阻まれて音が響いて行かないのがちょっと残念だけど、外だったらそれはもう凄い轟音が鳴っていたはずだ。

 その射程、その威力から付けられた仇名が「全距離砲(オールレンジ)」。まぁ全然オールレンジじゃないというか、普通に限界はあるんだけど……それくらいの距離をそれくらいの威力を保って飛ばせる主砲である。

 

 フレイメアリスが壁を張る。不可視の壁。

 それを()()()()()()()()()砲弾。

 

「!?」

「あははっ──君の力が、僕に勝ると!? 君が採取したのはモルガヌスの力だろう、知っているよ──だけど残念、僕は彼とは比べ物にならないほど強いよ……!」

UPWARD REVISION(上方修正)……」

「間に合うと良いね」

 

 二撃目。

 一撃目で必要としていた溜め時間の一切を無視した追撃が、フレイメアリスの身体を捉え、砕く。

 やっぱり生身じゃないか。なんだろうね、アレ。ガラス? いや、水晶かな。

 

UPWARD REVISION(上方修正)……」

 

 動かないフレイメアリスを続けて撃つ。

 全弾命中だ。その度にアレの身体が砕け散り、キラキラとした粒子となってその場に漂う。

 バルグルフル・メイザーだけじゃ華が無い。GS-88やカイルス、オルクスなんかも作っては撃ち放つ。ん-、やっぱり機械でも生物でもないか。

 

UPWARD REVISION(上方修正)……」

「あはは、どこまで修正する気かな。それとも計り知れない? 修正しながら死んでいくかい?」

COMPLETE(完了)……」

「!」

 

 輝くフレイメアリスの右腕に、砕けたその身や周囲のエネルギーが巻き付いていく。

 作り上げられるのは砲塔──色は違えど、形はそっくりのバルグルフル・メイザー。やれやれ、どこまで真似っこなんだか。

 

「だから何度も言おう。少年漫画的展開に興味は無い、ってね」

 

 同じ武器のぶつけ合い、なんてするものか。

 二番煎じは嫌いなんだよ、僕。だから次々と新しいものを使うのが性に合っているのさ。

 上方修正されるなら、より強いものを。それさえも追い縋られるなら、さらに強いものを。

 

 相手がそれで強くなっていく事なんて関係ない。

 僕の一番楽しい部分はもう誰だって知っているだろう。

 

「殺すよ、無計画(徹底的)に」

CATCH UP(追いつき)……OVERTAKE(追い縋る)……」

 

 発射。それを巨大な鎌で割断する。

 鎌の取り扱いなんか知らないけど、まぁこんな感じでしょってテキトーに。

 

「けれど、予想外でもあったかな。君にそれほどやる気があったなんてさ」

WILLINGNESS(やる気)……?」

「そうさ。だってそうだろう? 別に君は、今までどおり僕のフリをして、僕のいないところで僕の影になって生きていればよかった。それをこうやって出てきてまで僕を殺したがるんだ。自分が本物になりたがる。それをしてやる気と言わず、なんと呼ぶって話だよ」

NOW(ならば)……LET'S GET A LITTLE(もう少しだけ)……MORE GOD-LIKE(手の届かぬことを)……」

 

 フレイメアリスがその手を翳す。

 そこから、波のようなものが広がるのが見えた。新しいね、なんだろう。

 

 ──波が《茨》に触れる。それだけで、すっぱりと斬れる《茨》。

 波は止まらない。《茨》も、フレイメアリスが使っていた不可視の錐体も、そして周囲のエネルギーさえも切り裂いていく。

 波は止まらない。止まらないで──僕に辿り着く。

 

「──っ」

 

 ギリギリだった。

 ギリギリのところで、僕に入力されていた武人系の直感が働いた。

 だから避けて──でも避け切れなかった。

 

 ぶちん、と斬れたのは、僕の足。

 生身だけじゃない。概念体ごとすっぱりとやられた。

 

MEMORIES INSCRIBED(この星に刻まれた)……ON THIS PLANET(今までの記憶)……IT WAS EXCISED FROM THERE(そこから切除した)……」

「……過去の改竄だって? それは──アイメリアにもできない所業だよ。神の領域だ」

YES(肯定)……」

「あはは、流石、とは言っておこう。FAKE(フレイメアリス)。神と崇められたが故に己を変動させる力を持ち、神と軽んじられたが為にそうあるものでなくてはならなくなった()()()。それがまさか、本当に神を思わせる力を得るとはね」

 

 ただ、それができるなら僕を根本から滅することもできるはずだ。

 それをしないのは、この星に刻まれた、ってところがキモだから、かな?

 あくまでこの星の活動記録にしか干渉できないと見た。それだけでもかなり脅威だけどね。

 

 ……これは僕の方も上方修正しないと。

 ここへ来たのはコイツをこの空間に引き込むためでもあったんだ。外でやり合うと、ホワイトダナップが大変なことになるってわかってたから。でもそれ以上だった。無計画に時間をかけすぎると外にまで干渉してくる可能性がある。

 仕方がない、ちゃんとやるか。

 

 しかし、チャルがいなくてよかったな。ちょっとコイツには勝てなかったかも。

 

「創り変えるよ」

 

 空間に揺蕩うエネルギーに手を当て──そこからバチバチと赤雷を走らせる。

 直後、緑と銀の空間は真っ暗闇になった。真っ黒になった。

 あれだけサラサラ流れていたエネルギーも、コールタールのようにドロドロと体に纏わりつくソレに変じる。

 時折走る、時折走り寄って来る赤雷だけが素早さを保ち、あとは重く圧し掛かるほどぐったりとした空間。

 

 その余りにもな重さに、フレイメアリスも降りてくる。 

 この水底に、泡さえも上がっていけない暗くて深い海の底に。

 

WAHT HAPPENED(何が)……」

「創り変えたのさ。メガリアを稼働させるエネルギーのほんの一部、僕と君を囲う全てを、別の物質に作り替えた。あはは、これ、何だと思う?」

 

 地に臥せるフレイメアリス。

 それを見下ろす僕。

 慣れているからね、この重さには。あはは、宇宙を航海しているとたまにぶつかるんだよ。見えないからタチが悪い。

 

「ブラックホール。液体みたいで面白いだろう?」

「……!」

 

 アレは高密度なエネルギーと引力の塊みたいなものだ。

 超密度に圧縮されたあらゆるものは押しつぶされ、その形を保てずに液化する。

 今フレイメアリスの身体に圧し掛かっている液体だけで、小さな恒星一つ分くらいの重みがあると思ってくれていい。

 

 まぁそれは僕も同じなんだけど──さっきも述べた通り、僕は慣れているからね。

 

 一歩、二歩。

 さしもの僕も、この空間で素早く動くことはできない。生身があるからね。

 先程きり飛ばされた部分は液体を創り変え直して足にして、一歩、一歩と進んでいく。

 

 向かう先は勿論フレイメアリスで、目的は簡単。

 

「さて──遺言はあるかな、DEFECTIVE(フレイメアリス)

「……!」

「もしくは希望か。ああ、望み、という意味だよ。だって今から──」

 

 君を創り変えるんだから。

 

 その身体に、手を伸ばす──。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……ル! チャル!」

「んにぇ、アレキ……?」

「良かった、目を覚ました!」

 

 目を開けた時、視界にドアップのアレキの顔があった。

 揺さぶられていた感覚がまだ体に残っているのか、揺蕩う波のようなそれが消えていない。

 

 風は……ああ、ここは、お気に入りの。

 

「起きたのか。ったく、ぶっ倒れてるの見た時は流石の俺も蒼褪めたぜ」

「良かった……本当に」

「ケニッヒさん……モモさん……?」

 

 倒れていた。らしい。

 自分は……ここで倒れていたのだとか。

 

 何故?

 

 ──"わかったよ、チャル。答えもわかった。"

 

 反芻する。

 揺蕩う波のような感覚は、揺さぶられていたからじゃない。

 

 ──"僕も単純に、君が好きなんだね。"

 

 ガバッと身を起こす。

 アレキが「きゃ」なんて短い悲鳴を上げて驚いているけれど、ごめんね、今はそれどころじゃない。

 

 顔を動かす。見る。見る。

 探す。

 

「どうした、チャル」

「……フリス。フリスは?」

「はぁ?」

 

 ケニッヒさんの怪訝な顔。

 その顔に、彼の一番大切なものは映っていない。そうだ、捨ててきたから、読めなくなったんだ。

 

 だけど、そんなものが必要ないくらい、この場に集まった人たちからは親愛が伝わってくる。だから──だから、聞く。思いついてしまった荒唐無稽な推測が間違っている事を願って聞く。

 

「フリスだよ、フリス。私の、好きな人──」

「誰だよ、そりゃ」

「誰の話をしているんだ、チャル……?」

 

 頭を叩かれる。

 さび付いた機械のようにギ、ギ、ギと首を動かして、親友を見れば。

 

「チャル……もしかして、浮気?」

 

 怒った顔の、彼女がいた。

 

 

 

 

「フリス……ふむ。そのような名の上位者は聞いたことが無い……が、俺もそこまで稼動年数が多くない。俺の知らん個体の可能性もある」

「すまないな、私も力になれそうにない。探しに行こうにも世界がこんなだし、何よりこのシールドフィールドを保たせるために私とケルビマはここを離れられないんだ。申し訳ないけれど、他を当たってくれるかい?」

 

 最有力候補もダメだった。

 あの場にいたみんなは勿論、奇械士協会のみんな、お母さんの知り合いや少ないながらにホワイトダナップに残った人々、加えて記録の類。

 すべてに当たって、今上位者の二人にもあたって──成果ゼロ。

 

 何故かみんな、フリスのことを忘れている。

 

 空歴2543年6月4日。あの日私はアレキと出会い、()()()()()()()()()()()()()()を貸してもらって、そこから奇械士デビューを果たした……ことになっていた。そこからメーデーさんのこと、キューピッドのこと、ダムシュのこともちゃんと記憶にあったのに、やっぱりフリスのことは誰も覚えていない。

 ケルビマさんもエクセンクリンさんも同じだ。モモさんやアスカルティンさんも首を傾げるばかりだし、一番繋がりが深かっただろうケニッヒさんとアリアさんも怪訝な顔をして、なんなら「冗談はよしてくれ」と最大限譲歩した怒りを引き出してしまった。

 

 誰も。

 誰もフリスの事を覚えていない。

 

 私はアレキと付き合っていて、最年少奇械士コンビとして数々の事件を解決してきたことになっていて。

 

 焦燥感があった。焦っていて、逸っていて、どうにかなってしまいそうな自覚があった。

 妄想。幻想。

 彼がいたという記録、記憶。その最たるものだったオルクスは溶かしてきてしまったし、アレキのテルミヌスは普通にフレメアで手に入れたものと、スファニアさんのカイルスはヘイズさんから貰ったものと、そういう話に辻褄が合わされていて。

 それが嘘なのかどうか、私にはもう見抜けなくて。

 

 こういう時に何かを知っていそうなアルバートさんや、何よりもずっとフリスと一緒にいたフレシシさんは行方不明。

 

 残っているものも、覚えていることも。

 私の頭の中にしかない。

 

 そのまま一日が、二日が。ううん、三日も経ってしまった。

 お母さんも凄く心配してくれたけど、やっぱりフリスの事は覚えていなくて。アレキはアレキで、私の心がアレキに向いていない事を悟ったのだろう、この三日間全然会えなくて。

 

 心が割れそうだった。

 だって。だって。

 折角、やっと、ようやく。本当にようやく振り向かせることができたのに。

 ずっとずっとどこか彼方を見ていた彼を、やっと引き戻すことが出来たのに。

 

 ──"じゃ、それはそれとして、外で待ってて"

 

「それが無理だって、知ってるよね、フリス」

 

 待てない。

 特別な力はなくなった。特別な武器も無くなった。

 それでも私は待てない。待てなくて先走って……だからあの時も、フリスの一番近くにいたんだから。

 

 あそこはこの惑星メガリアの、その内部だと彼は言っていた。

 行った時のやり方は、《茨》と《茨》を合わせるというもの。でも多分それだけじゃな行けない。だってそれならスファニアさんを治した時に同じ事象が起きているはずだから。

 何かフリスにしかできないことをして、それで行けたんだと思う。

 

 それが何か。

 

 ……ダメだ。

 圧倒的に知識が足りない。

 

「知らないなら聞けばいい。調べればいい。──それが奇械士だから」

「その通りだ、チャル・ランパーロ。私は君が鍵だと断定した。──あってはならない、この非凡なる頭脳の私に、知識の抜けなど」

「ッ!」

 

 下がる。退く。

 突然背後から聞こえた声に最大限の警戒を払う。

 

 そこにいたのは、長身の男性。ホワイトダナップにあまりに似合わないローブを纏う、顔立ちの整った中年男性。

 ……どこかで、見たことが、ある、ような?

 

「そう警戒するな、チャル・ランパーロ。私は君に危害を加えようとは思っていない。思っていないし、今後も思わないだろう。なにせ、私の研究は一つの終わりを迎えたのだから」

「あなたは……誰?」

「ミケル・レンデバラン。研究者であり聖職者であり──どこぞの英雄の、協力者だった男だ」

 

 それはありそうでなかった邂逅。

 ずっとニアミスを起こしていた出会い。

 

 宿敵であり仇敵であり人類最大の裏切者であり──父の協力者であり。

 そしてこの状況において、誰よりも頼りになる者であると、この時の私は──。

 

「フリスという存在を、探しているんです。世界中の誰よりも、何よりも強大な力を持った男の子を」

「ああ、私も探している。私の計算の穴を埋めるに値する強大な存在を」

 

 確信していた。

 

 

 

 

「成程、成程……サイキック。その最上位存在」

「はい。それで、私が最後に見たのは」

「光り輝くそのフリスなる者と同じ存在、だろう?」

「あ、はい」

「ああ、それこそが『神』だ。空の神フレイメアリス。私がこの世に生れ落ちる前に触れ、出会い、その神を降ろすためだけに生きて来た」

 

 ホワイトダナップ南部区画。

 兵器群が建立されているために人の気配が無いそこを、二人で歩く。

 ミケルさんは博識だった。色々なことを知っていた。

 

 その上で、おかしな点があった。というか、あるのだと彼は気付いていた。

 

「初めは機奇械怪こそがその器たり得るのだと考えていた。……だがそれは違うと気付かされた。アレは結局、人間とそう大差のない器だ。だが──」

「それも、何故気付いたのかを覚えていない、ですか?」

「ああ。先ほど述べた『機奇械怪の製造炉の可能性』と同じだ。製造炉ではあらゆるものを製作、修復できる。ならば大型も大型な機奇械怪であれば……製造炉内部で壊れたものを、即座に直し得るのか。それは例えば同じ機奇械怪であっても可能なのか」

 

 そしてそれは可能だった。

 ──が。

 

「何故可能だと結論付けたのか、私は覚えていない。実験の記録をつけない事はあり得ないし、結果を忘れることもあり得ない。何をしたのかさえ覚えていないとなると、()()()()()()()()()可能性の方が高い」

「忘れさせられている……」

「そう。神の器のこと然り、君の想い人然り、だ」

 

 歩いて、歩いて。

 そうして辿り着いた場所は、南部区画の……フレシシさんが誘拐されて、フリスと一緒に助けに行った場所。

 

 けど、そこは。

 

「……潰されているな」

「はい」

 

 要塞砲一基。

 それにより、でんと潰されていた。

 

「……君は奇械士だったな、チャル・ランパーロ」

「あ、はい。……でも今武器を失くしちゃってて」

「いや、()()()()()()()()()()()()というだけだ」

 

 ミケルさんは、要塞砲の丸みを帯びた側面に手を当てる。

 

「出来るかね?」

「あ……はい。わかりました」

 

 彼は穏やかに笑い、頷く。

 次の瞬間だった。

 

 バチリと走る、青い雷。

 あの赤雷を彷彿とさせるそれは──確実にミケルさんの手から走っていて。

 

機骸隧道(メクシントンネル)……などと格好つけてみたが、その実ただのトンネルだ。安心したまえ、爆発しないように創り変えてある」

「ど……どうやって」

「あぁ、単純だ。私のこの手は」

 

 右手の中指を左手で引っ張るミケルさん。

 それで、たったそれだけで、ズルりと皮が剥けた。

 一瞬頬が引き攣ってしまう。

 

「ははは、流石に驚くか。まぁ、義手ということだ。機奇械怪を弄るにあたって生身では色々と不便だったのでな、切り落として付け替えた。ただしこれは機奇械怪ではないから、討伐の対象にしないでくれたまえ」

「い……いえ、機奇械怪だからといって討伐する、みたいなことはないですけど……」

「それならば良い。行くぞ、チャル・ランパーロ」

 

 要塞砲。その内部へと入っていく。

 機奇械怪じゃない、けれど精密で、しかも対象を創り変えるような機能を持つ義手。そんなものを作ることのできる男性。

 この人は本当に何者なんだろう。

 すごく、凄く。

 なんならこの場所で見たような覚えがあるんだけど──。

 

 

「時に、チャル・ランパーロ。神とは何だと思う?」

「え? ……えーと、三個あるんですけど、どれがお好みですか?」

「ははは、良い質問だ。では君の考えと、そして君の知っている事を聞こう」

 

 教科書通り、はやっぱり要らなかったみたい。

 

「……わかりました。まず、私にとって神様とは、ですけど……正直、なんでもないもの、です」

「ほう」

「神様が何かをしてくれたこともないし、何かをしてきたこともない。この前の『災厄』なんかを指して『神』だと宣う人もいたけれど、あれは神様なんかじゃないって、何より私が知っているので」

「成程。神と呼ばれしモノが神ではないと知っているから、神はいない──そういう解釈で良いかね?」

「いえ、いないとは思ってないです。ただ、いても私には関係ない、と。そう思っています」

「良い意見だ。では次、君の知っている事を聞こう」

「……はい」

 

 地下へと繋がる階段を下りながら話す。

 ローブのフードを上げたミケルさんの顔は、やっぱりどこかで見たことのあるもの。

 

「空の神フレイメアリスは、実在する神です」

「それはどこで知ったことかね?」

「皇都フレメアに行った時、ある歴史書を見つけたんです。……後々それは偽物だってわかったんですけど、でも気になる事が書かれていて、それを自分で調べて……そうしたら、ある事実が浮かび上がりました」

「ふむ、普通に盗掘行為だが。まぁいい、それはどういうことだろうか」

「架空のものとして、なんなら少しばかりの著者の悪意さえ込めて書かれていたフレイメアリス。それがいないという証拠。皮肉気な記述だったので、いるとする証拠、と言った方が正しいんですけど、その証拠群が()()()()()()()()()

 

 ケルビマさんから聞いた。

 フリスが書いたというあの禁書。そこにはフレメアの歴史と、そしてフレイメアリスについての話が書いてあった。

 フレメアの歴史の方は半分本当で半分冗談だったみたいなんだけど、フレイメアリスの方は全部嘘。「これこれこういう証拠があるから実在する」というものが全部嘘だから、絶対に実在しない。そういう仕組みで書かれているらしかったソレ。

 

 だけどこの五年間で、私はちゃんと調べた。

 現地に赴いて、フリスが見向きもしないだろう所を、彼が面白おかしく書いたのだろう現場を調べて。

 その全ての部分に神の痕跡があることを掴んだ。

 

「問い返す形になってしまいますが、どういうことだと思いますか? 神の不在を誰よりも知っているはずのフリスが言った、神が不在である証拠。その全てに神が実在する証拠があった──この事実は」

「考えるまでもない」

 

 ミケルさんは一拍置いて。

 

「フリスという存在によって生み出された、虚構が如き存在。それが空の神フレイメアリスである、ということだ。フリスなる者が意識したかどうかは関係なく、な」

 

 そう。

 だって、あまりにも寄り添い過ぎているから。

 

 私はそれで確信した。

 

「空の神フレイメアリスは、アイメリア・フリスを否定するために生まれた存在だ、と──そう考えています」

「──恐らくは、真実だろうな、それが」

 

 

 

+ * +

 

 

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 

 フレイメアリスを創り変えるために、その身に手を伸ばして。

 

 ただそれだけで、僕の腕がボロボロと崩れ落ちたのだから。

 

「ッ──」

NOT()……COME AS YOU ARE(そのまま来て)……」

「おびき出されたのは僕の方か!!」

 

 転移する。

 液体ブラックホールの外に出て、崩れ落ちた腕を観察する。

 生身はもう消えているが、それはいい。問題は中の概念体だ。……かなり疎らになっている。念動力を通さないブルーメタリックを直接体内に入れられたような感じだ。

 ……まぁ、いい。

 成程、成程。

 まだまだやれる、まだまだ終わってないってことか。いいよいいよ。

 

「悪くない」

WONDERFULL(素晴らしい)……」

 

 そうだよね。

 あはは。生存競争だもんね。

 

「悪くないよ、DENIER(フレイメアリス)

 

 ──僕が淘汰される可能性も、ちゃんと考えないとね。



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恋は盲目な一般奇械士

 雑念。

 刀を振る腕がぶれる。まっすぐ振り下ろす事に苦労するなど、何年ぶりだろうか。

 

 ようやく全ての戦いが終わった。

 キューピッドを名乗る機奇械怪……フレメアの亡霊との生存競争。一体どれほどの犠牲が出たのか計り知れないこの戦いは、「災厄」と「黒幕」が倒れることで終止符を打った。

 ──多分、それが原因だったのだろう。

 なんせ「災厄」の正体は、星の意思なるものに操られたチャルの父親だったのだから。それにとどめをさしたのも、また。

 彼女の心労は想像もつかないし、その心の傷はすぐにでも癒せるものではない。

 

 だから、なのだろう。

 彼女があの思い出の丘で死んだように気絶していたのは。

 ようやく起きた彼女の記憶が……どこか曖昧になっていたのは。

 

 そのせいなのだろうと、振り払うためにもう一度刀を振るう。

 

 ──"夢妄の涯て、苦壊を斬り裂く境界の刀"

 

「テルミヌス……」

 

 今、己が振るっている刀の銘だ。

 今は亡き皇都フレメアを探索している時に見つけたものであり、そこからずっと相棒として共に在ったモノ。サイキック種の念動力……力場を切り裂くことのできる力を持っているため、サイキック種やオーダー種にはめっぽう強く出る事の出来る武器。

 そして、もう一つ。

 

「魂を、乗せる……」

 

 少しばかり、何かが吸われる感覚。

 瞬間、テルミヌスが世界から浮く。異彩を放つ。今の今までこの星のものだったテルミヌスが、違う世界のものになった──そんな感覚に囚われる。

 この五年間で獲得した、手に入れた、ものにした。それがこの技術だ。

 

 それもすべて、「災厄」を斬るための。そして「黒幕」を滅するための。

 

 振る。降ろす。

 ブレていた斬線が直線となり、その斬撃は大気を割る。

 

 ──雑念。

 

「……はぁ」

 

 雑念だ。

 チャルの様子が気になる。剣になど集中できるはずもない。

 三日、会っていない。

 この五年間、それぞれの修行のために遠く離れる事は多々あったけれど、その時でもずっと心は繋がっていた。遠征帰りには互いに抱き締め合って再会を祝い、時には互いの家に泊って土産話で夜を明かすこともあった。

 それが……戦いが終わってからの三日。

 たった三日会っていないだけで、寂しくて寂しくて……苦しくてたまらない。

 

 それは、でも、当たり前だろう。 

 ようやく終わったのだから、喜びを分かち合いたいと思うのは普通なはずだ。それができなかったのだから、燻るのもおかしくはない。

 けど、やっぱり。

 やっぱりそれだけではないのだ。

 

「好きな人、か」

 

 当然、自分だと思っていた。

 というか、お互いに何度も好きかどうか確認したし、キスをすることだって少なくなかった。常識の範囲内でスキンシップをすることもあった。

 自他ともに、公然に。

 チャルとは付き合っていた──はずだった。

 

 だからこそフラストレーションが溜まる。

 

「フリス」

 

 ……口に出すだけで、自分のものとは思えないほどの憎悪が湧いてくる。

 まるで昔からイライラさせられてきた相手であるかのように、にっくき仇敵であるかのように。

 

 憎い相手。では、ある。そう。

 恋敵だ。それも突然現れた、チャル以外誰もその存在を知らないダレカ。姓はクリッスリルグだというけれど、当然クリッスリルグ夫妻に覚えはなかったし、もう一つの姓であるというカンビアッソにも誰も反応しなかった。

 誰も知らない、チャルの……好きな人。

 

 剣筋がぶれる。

 ……雑念だ。振り払えない雑念。

 

「誰……本当に」

「あ、いた」

「……ああ、アスカルティン。どうしたの?」

 

 一瞬で消す。纏っていた、殺意をも思わせるだろう気配を。

 こんなもの、仲間に向けるものではないから。

 

「チャルさん知りません?」

「……ごめんなさい、もう三日は会っていなくて」

「あ、そうですか」

「どうかしたの?」

「ん-、確定情報が無い状態で言うのはちょっとアレなんですけど」

 

 言い渋るアスカルティン。

 これは、確実に何かあった。ので詰め寄る。戦闘時じゃないアスカルティンは真面目なので、口止めされている事などを零そうとしない。たとえ身内相手であっても、だ。なんでも過去少しばかりの失敗をしたから、らしいのだけど。

 けど、こうやって逃がさないよう詰め寄って、揺さぶれば。

 

「どうか、したの?」

「あー。いや、その……チャルさんが行方不明でして」

「行方不明?」

「今日銃器を扱う奇械士の定例会があるんですけど、無断欠席で……家に連絡したら朝方出掛けたっきり帰ってきていない、周辺住民……といっても極少数ですが、その方々に聞き込みを行ったら、なんでも西部区画の公園で見かけたとかんとか。そこまで行って、今度は私の鼻で追いかけたら、南部区画に行っている……みたいなんですけど、途中で途切れてて」

 

 そこで、一旦捜索をストップして、もう一度聞き込み……他の奇械士にチャルの行方を聞いて回っている、らしい。

 一人の作業量じゃない。普通に偉い。

 それはまぁ、アスカルティンが非常に高い移動性能や捜索性能を持っていればこそ、だけど。

 

「南部区画……兵器群か」

「はい。でも誘拐とかありえないと思うので、誰か何か知ってないかな、と」

「そうね。チャルに限って誘拐は……誘拐犯の方がどうにかなると思う」

「ですよね」

 

 もう、私達は奇械士協会における最強の名をほしいままにしている。

 それに手を出す存在があるとするならば。

 

 する、ならば。

 

「……フリス」

「フリス? あ、なんでしたっけ。気絶後のチャルさんがずっとうわ言みたいに呟いてるって名前」

「好きな人、らしい」

「え゛。……あの、勘違いでなければ、お二人は付き合っていませんでしたっけ?」

「そのつもり……だったのだけどね。チャルは、違ったらしいから」

 

 少しばかり言葉に棘が出てしまうのは仕方がない事だと思う。

 浮気どころの話じゃないのだ。あんなに堂々と他者の名を口にして、それを好きな人だと言って……私へ向けていた愛情を完全に断ってしまっているチャルに、など。

 無論友達としての親愛は感じるけれど、やっぱり明らかに違う。

 

「で、その人がどうか……って、もしかして?」

「ええ。私達が彼女から目を離した一瞬のうちに、そのフリスなる人物が彼女に何かをしたとか考えて……洗脳なりなんなりで。そうした時、もしチャルがフリスと再会していたのなら、そのままついて行ってもおかしくはない。だって彼女はソイツと付き合っている、ことになっているのだから」

「うわぁ……って、そう考えると南部区画はうってつけ過ぎますね。あそこはルイナードと繋がってますし。言っちゃなんですけど、そういう洗脳系のおクスリとかは……ありそう」

 

 そうだ。

 いつか、兄に連れていかれたルイナード。そこで私はアブナイ飴玉を貰いかけた。

 ああいうのが溢れている場所だ。そうやってチャルも……と考えると。

 ふつふつ、怒りに似たものが湧いてくる。

 

「ええ。……アスカルティン」

「あ、はい。勿論お供しますよ。私、最終決戦行けなかったんで」

 

 そう、最強と謳われた私達は、けれど四人揃っての最強、という意味合いが強い。

 私、チャル、アスカルティン、そしてスファニア。この四人が最強──だったのだけど、アスカルティンは「災厄」と戦いのあと……つまり「黒幕」との決戦時に動力炉の不調を起こし、代わりにモモが入る事となった。

 アスカルティンはそれに対して負い目を覚えているらしいのだ。

 ……誰も欠けずに勝ちで収めたのだから、気にしなくてもいいと思うのだけど。

 

「とりあえず匂いの途切れたとこまで案内します。そこからルイナードを調査するか、それとも別に行くかはお任せしますので」

「ええ、お願い」

 

 待っていて、チャル。

 必ず連れ戻して──もう一度言わせるから。

 

 ──"ずっと前から好きでした"

 

 って。

 

 

+ * +

 

 

 

 ゴウンゴウンという音を鳴らし、設備が稼働を始める。

 時折噴き出る蒸気と沸き立つ気泡。球体の水槽の中に満ちた黄緑色の液体が、ただそれだけで仄かに光っている。

 何から何まで、フリスと調査に来た時と同じ。

 なればこのミケル・レンデバランはあの教団の関係者、だろうか。だとしたら、普通に犯罪者だけど。

 

「時に、チャル・ランパーロ」

「はい?」

「先程は神についての問答をしたが──次は、神の肉体、あるいは素体についての話をしよう」

「肉体……ですか?」

「器、と言った方がわかりやすいかね」

 

 いえ、そもそも「神」っていう存在があんまり馴染みないのでわかりやすさとかないですけど。

 という言葉は飲み込む。

 

「神……フレイメアリスは、アイメリア・フリスという者を否定するために生まれた存在。誰が産み落としたのか、は一度置いておく。今話したいのは、何故すぐに接触してこなかったのか──何故すぐにアイメリア・フリスを否定しにかからなかったのか、という所だ」

「はあ」

「私はこれを、出来なかったのだと考えている。というかそう聞かされている」

「誰に、ですか?」

「神に、だ。私は生まれる前……母の胎からこの世に生まれ出でる前に、神の声を聞いている。ふむ、そのトチ狂った者を見る目は慣れっこだが、まぁ聞きたまえ。私は言われたのだ。胎児の頃、『NO BODY(体が無い)……ONLY THE SOUL EXISTS(魂だけの存在である)……AT THE PRESENT TIME(今のあなたならば)……YOU SHOULD BE ABLE TO HEAR IT(この声が届くはず)……』と」

 

 一歩下がる。

 いやもう一歩下がる。

 

「ああ、そういう反応ももう慣れている。だが事実だ。神フレイメアリスは太古から存在していたが、肉体を持っていなかった。君が調べた痕跡は、文字通り奇跡……アイメリア・フリスが言及したことによって一時的に肉体を得た結果であるのだろう。正確に言えば、言及したから()()()()()()()()()()というべきか」

「フリスが……そうだった、としたから、過去が変わった?」

「まさに神の領域だろう? 私達人間では最早理解も出来ん領域だ。だが、それでも彼の神は、自らの肉体を用意することができなかった。アイメリア・フリスが『フレイメアリスには肉体が無い』とでも発言していればそれも違ったのやもしれないが、そういうことをしなかったのだろう」

 

 だから、フレイメアリスは他者を頼るしかなかった。

 ミケルさんはそう続ける。

 少々どころではなく荒唐無稽だし、この科学の時代には考えられないほどファンタジーでオカルトな話だけど……私も散々経験してきているし。

 

「そこで、だ。私は器を作ろうと躍起になった。まぁ君の想い人がそのアイメリア・フリスな時点で私は敵の体を作る協力者、のような立場になってしまっているが、仕方のないことだと思ってくれ。だって神だぞ。赤子の私も子供の私も、学生の私もそこからの私も、ずっとずっと神の器作りに専念した。妄言だと妄想だと罵倒されても作り続けて……そして少しずつ、神の器に辿り着き始めたのだ」

「ミケルさん、疲れてるんですよ……って言いたくなりますけど、実際に見て来たので何にも云えない……」

「はは、だろう? 散々妄想だと叩かれたが、やはり本当にいたのだ、神は。ああいや、今はそれはどうでもいい。とかく、神の器だ。話を戻すぞ、チャル・ランパーロ」

 

 脱線に脱線を重ねた話が戻って来る。

 何かの作業をしながら、ミケルさんは真剣な目で問う。

 

「神の器。君は、これがどういうものであると考える?」

「……"英雄"」

「ク……ハハ、いきなり階段を飛ばすのはやめたまえ。初めは『幽霊とか……』とか、『強い機奇械怪ですか?』とか、見当違いとは行かないまでも全然当たっていないところにいくものだぞ」

「ううん、もっと……だから、"強い機奇械怪を宿した英雄たる人間"……になるのかな」

「うむ、生徒に向いていないな君は」

 

 いやだって。

 私は答えの半分を知っているから。

 

 お父さん、という実例を見てしまっているから。

 

「まぁ、スピーディーに話を進めるのもいいだろう。そう、神は器を欲していたが、何でもよかったわけじゃない。ただの人間ではダメだった。機奇械怪と融合したただの人間でもダメだった。機奇械怪だけでもダメだった。強い人間……英雄でも、強い機奇械怪でも、神は宿らなかった」

「幽霊も試したんですか?」

「クク、幽霊は物のたとえだ、チャル・ランパーロ。私が実際に試したのは『精霊』……この呼び名も作った後から知ったものだがね」

「『精霊』……」

 

 また、ファンタジー。

 というかファンタジー過ぎる。

 

「そして唯一の成功例が」

「──お父さん。エスト・マグヌノプス……ですよね」

「……ああ、そうだ。なんだ、気付いていたのかね?」

「気付いたのは本当にさっきですけど」

 

 ミケルさんは言っていた。

 自分は協力者だと。そしてミケルさんの今までの話と、お父さんのことを考えるに……それが一番噛み合う。ミケルさんがまだ失敗を続けている、とかならわからなかったけれど、彼は「研究が一つの終わりを迎えた」と言っていたから、成功したのだということもわかっていた。

 神を降ろす実験。

 その被験者。

 

「ああ、怒らないでほしい。私はあくまで協力者……つまり望まれて、」

「大丈夫です。お父さんは助けて、とは言いませんでしたから」

「そうか。……だが、一応謝罪は入れさせてくれたまえ。私は単なる協力者でありながら……一応、本当に一応、欠片程度はエストと友人であったと思っている。しかし、私は私の目的とエストの目的のために、彼を見殺しにした」

 

 ミケルさんはやるせない表情で首を振る。

 

「私は……このように、人間の死を悼めるような性格ではないし、そのような立場でもないのだがね。陳腐な表現になるがあの英雄に心を打たれたというべきだろう。そして……今こうして動いていることが、その弔いのためでもある」

「あはは、大丈夫ですよ、ミケルさん。お父さんは後悔無く逝きました。それは──お父さんを殺した私が、保証します」

「なら……良いのだが」

 

 本当に慣れていないのだろう。

 自身が友を悼んでいる事そのものに困惑している様子で、ミケルさんは頷く。

 

「──さて。また話を戻すぞ」

「はい。空の神フレイメアリスの器。つまり、最適だったお父さんが死んでしまったから、フレイメアリスは新たな器を探している、ってことですよね?」

「クク──話の理解が早過ぎるぞチャル・ランパーロ。少しは説明させたまえ」

「ごめんなさい。でも、私は早くフリスに会いたいので」

「ク、愛ゆえ、か」

「はい」

 

 断言する。 

 恥ずかしがることじゃない。ようやく両想いになれたんだから、隠さずに生きていくつもりだ。

 

 ──だけど、だからこそ。

 

 

「一つ目」

「ッ!?」

 

 

 声が聞こえた時には遅かった。

 私の隣を駆け抜けた一陣の風。それは私の眼前にいたミケルさんに辿り着き、その首を──。

 

「──ク、馬鹿め、騙されたな! それは人形だ!」

「チャルさん! 助けに来ました!」

「チャル・ランパーロ! その水槽だけは絶対に守り通したまえ! アイメリア・フリスとフレイメアリスを共に引き摺りだすための大切な装置だ!」

 

 両側の声。

 私は、腰のホルスターに入っている普通の双銃を抜く。

 ユウゴとリンリーじゃない、オルクスじゃない……ただの銃だ。

 

「二つ、──!?」

 

 それを、二発。

 今まさに、水槽へと繋がるパイプを斬ろうとしていたアレキと、目の色を変えて暴れ出そうとしていたアスカルティンさんの足元に撃つ。

 

 ……なんで来ちゃうかなぁ。

 

「チャル……なんで」

「私はフリスに会いたい」

「今の声の人はフリスさんじゃないんですか?」

「違うよ。彼はミケルさん。フリスは今、こことは違う所にいて、危険な目に遭っているから……助け出すの」

 

 ただの銃でも、構わない。

 というかオルクスの特別さはピーキーすぎて、身内相手に使うものじゃない。だから普通でいい。

 しいて言えばテルラブがほしかったけど。

 

 動こうとした二人の眼前に、もう一度弾丸を放つ。

 

「それ以上これに近づかないで、二人とも。──近づくなら、撃つよ」

「アレキさん、これ……」

「ええ。完全に洗脳されてる」

 

 ──何かすっごい勘違いをされている。 

 あー。これは凄く大変かもしれない。アレキとアスカルティンさん。そんなの、どっちも思い込みの激しさNo.1コンビだ。トリオだとスファニアさんも入る。

 

 何を言っても、どんな説明をしても聞いてくれなそう。

 

「思い出して、チャル。私と愛し合った日々を!」

「無いよ、そんなの!」

「思い出してくださいチャルさん! 私達に報告書を押し付けて、二人でアクルマキアンの大衆浴場へデートしに行った時の事!」

「だからそんなの──は、一回あったけど、別に付き合ってたとかじゃないから!」

 

 ただでさえ身体能力特化の二人を相手で、しかも守る戦い。

 二人が遠距離攻撃を得意としていないのは不幸中の幸いだけど、果たしてこの双銃でどこまで守り切れるか。

 ミケルさん、早くしてください。

 

「──峰打ちで眠らせる」

「え゛、アレキさん峰打ちとかできましたっけ」

「ぶっつけ本番!」

 

 踏み込み。見えない。いつもなら見えているアレキの踏み込みが見えない。

 見えないけど──彼女が踏み込んだ後の最終位置はわかる!

 

「!?」

 

 発砲、ではなく前蹴り。

 二人に比べたら貧弱な蹴りであることは認めるけれど、私だってこの五年間身体を鍛えたんだ。

 それが的確に喉を捉えるような蹴りであれば、流石のアレキも防御せざるを得ないだろう。

 

 次、背後に二発。

 隙をついて近づこうとしていたアスカルティンさんに牽制。

 ……悪手だった。

 彼女の雰囲気が変わる。変わったのを肌で感じる。

 

「アハ」

 

 人間らしい動き、人間の常識内の動きから、機奇械怪らしい動きに変わるアスカルティンさん。

 それを、今度は牽制でなくしっかり撃つ。そうじゃないと読まれてしまう事を知っている。

 

「こっちを忘れていない?」

「忘れてないよ、アレキ」

 

 刀の峰による殴打をしようとしてきたアレキへの防御。トリガーガードに指を引っかけて、くるくる回しながら打撃を銃身で受け止める。ただしアレキの力には対抗しきれないので、そのまま肩を落として姿勢を低くして、彼女に寄りかかるようにローリング。

 場所を入れ替わるような形になりながら、ワンチャンス、彼女の刀を蹴り落とせないか頑張って……無理だと判断。撤退。

 

 この攻防の隙にまたアスカルティンさんが水槽を壊そうとしているので射撃。

 

 うん。

 

「──無理です! ミケルさん!」

『ク、流石に無理か! よかろうチャル・ランパーロ! 増援だ! 敵ではないから安心したまえ!』

 

 ガシャンガションゴション。

 何やら古めかしい音を立てて、周囲の壁から機奇械怪が沢山出てくる。

 覚えのあり過ぎる光景。やっぱりミケルさんはあの時の。

 

『クク、クククハハハ! 何故か沢山作ってあった機奇械怪! どこぞから依頼でも入ったのだろうが、覚えが一切ないと来た──ならばここで使い切るのもアリだろう! 在庫処分セールという奴だ!!』

 

 あの穏やかなミケルさんはどこへ行ったのだろう。

 もう完全に悪役だ。

 

「──チャル、あなた機奇械怪と……ううん、まさか教団と!?」

「わ。……アハ、凄い! 思い出した! 久しぶりだね──うん。私が私とくっついた理由の人!」

 

 ぞろぞろ出てくる機奇械怪は、けれどミケルさんの言う通り私を狙わない。

 基本種、特異種から融合種まで各種様々な機奇械怪。それが水槽を守るようにして布陣を固め──まるで指示を待つかのように、そのカメラで私を見る。

 

 というか、本当に待ってる。

 

「え……えーと、じゃあ、殺したりケガさせたりするのは無しで、あ、勿論食べるのもダメ。で──なんとしてでも、二人を水槽に近づけないで!」

 

 ──咆哮が上がる。爆音、轟音だ。

 地下だから余計に響き渡るそれは、ビリビリと大気を揺らす。

 

 まるで機奇械怪の指導者にでもなったような気分だった。

 

「チャル……そこまで深い洗脳を」

「きっとビヤクを使われて、あんなことやこんなことをされたんだよ!」

「あ、あんなことや、こんなことを!?」

「そうそう! だって私がされたもん! それで、最後はハダカにされて、あの水槽に入れられて……なんかぐちゃぐちゃしたのに漬け込まれてね?」

『何やら沢山の誤解が発生している気がする──が! 概ね合っているので否定はしない! 因むと私はそういう展開は好きだと言っておこう──今とは関係のない話だがね!』

 

 ミケルさんのいる方向に一発撃っておく。

 気のせいでなければ「ぬぉ」みたいな短い悲鳴が聞こえたような気がするけれど、気のせいだと思うから気にしなくていいだろう。

 

 ──さて、大所帯になったけれど。

 

「フリスを引き摺りだすまで、邪魔はさせないから!」

 

 だから早く帰って来てよ、フリス。

 でないと、無理矢理引っ張り出すからね。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 いや。

 いやぁ。

 

「困ったね」

SURRENDER(負けを認める)……?」

「認めるわけがないだろう? ただ、攻めあぐねているのも事実だな、と」

 

 思っていた数倍の時間が経ってしまっている。

 

 僕はフレイメアリスに触れられない。近づくのも少し不味い。だから機奇械怪やらNOMANSやら、何なら前時代の遺物を再現して攻撃するしかない。

 フレイメアリスは僕に触れたらいい。それで大体勝ちだ。ただしスペックが足りないのだろう、今の所僕に追い縋れていない。加え、遠距離攻撃は僕の真似をするしかない。

 

 千日手という奴だ。

 ただし、少しだけフレイメアリスが有利。何故って僕を一撃死させられる可能性があるからね。

 

「君こそ諦めたらどうだい? 無理だよ、今の君じゃ。僕には追いつけない」

JOKE(まさか)……」

 

 互いに退く気なし、か。

 

 仕方がない。

 まだ住み着く予定の星に対してやることじゃないけど、もう少し出すか。

 

 なんでもないことかのように、手のひらに光る玉を発生させる。

 

「よいしょ……っと。あはは、これ何かわかるかい?」

FIXED STAR(恒星)……!?」

「うん、正解。じゃあ」

 

 ぽい、っと投げる。

 それは放物線を描いてフレイメアリスへ向かい。

 

 極大の爆発を引き起こした。

 

「……可能性として、地軸に影響を及ぼすかもしれないから、あんまりここでは使いたくなかったんだけど……平気みたいだね。流石メガリア、大きい星だ」

 

 困ったとは言ったけどね、手詰まりじゃないんだよ。 

 あはは、黒幕ムーブをするんだ、誰もが絶望するような、もっと強大な力だって持っているとも。でも自分の攻撃で自分の好いている星や構造物壊すとか馬鹿らしいだろ?

 正直ヘイズにも同じことを思っているんだけどね。もう少しやりようなかったのかな、って。

 

RECKLESS(乱暴な)……」

「それは今更過ぎるな。しっかし君も中々死なないね。もしかして僕が死ななければ死ななかったりするのかい?」

NO(否定する)……」

「あ、そこは普通に答えてくれるんだ」

 

 正直もっと簡単に倒せると思っていたから……ちょっとイライラしている。

 何で僕がこんな少年漫画的展開に巻き込まれなくちゃならないんだ。僕が見たいのは青春ラブコメアクションストーリーだって何度言ったらわかるのか。

 

 あーあ、今頃外ではチャルとアレキが奔走しているんだろうな。チャルが僕を探し回って、そのチャルをアレキが追っかけまわして。

 アレキ的には僕がいない今のタイミングは大チャンスだ。全ての戦いが終わった後なんだから、こう、昔を振り返りながらのしんみりした空気で、再度告白……とかやりたい頃合いだろう。心ここにあらずなチャルの肩を掴んで、無理矢理振り向かせて無理矢理キスとか、そういう展開に持っていきたいんだろう。わかる、わかるよ。今アレキの行動が手に取るようにわかる。

 反対にチャルはアレキの事を気にかけていられない状況だ。だって僕が全然帰ってこないんだから。「ちょっと待ってて」どころではない時間が過ぎている。いや本当にごめんねという気持ちはあるよ。でもだってフレイメアリスがしつこいんだもん。

 チャルにとってアレキはやっぱり友達で、付き合うとかの段階にはなくて……だからアレキからのチャルへの気持ちはしっとりとした重いものなのに、チャルがあっけらかんとしているから、そこで差圧のすれ違いが起きて……。

 

 うわー、もしかして僕今それ見逃そうとしてる?

 おいおいおいおい、五年、いやそれ以上だ。

 今一番いい所じゃん!!

 

 なんで僕こんな変なのと戦ってるんだよ!!

 

「イライラしてきたな、本気で」

FOOL(愚か)……」

「もう、いいか。メガリア。君を気遣って使っていなかった力を使うよ。君が悪いんだからね。君がこんな面倒な神を遣わしたから、こうなったんだ。僕のせいにしないでくれよ?」

WAHT(何を)……」

 

 どうせチャル達と60年くらい過ごして、彼女らが死んだら……そこでこの時代は一旦ストップだ。リセットして、次の時代になる。

 その時にまぁメガリアの環境が一変していたって誰も気付かないさ。人間が住めたらそれでいいんだよ、地球環境に似せる必要なんてない。

 

 よーし言い訳完了!

 そうだよ、僕があれこれ考えてても、どうせ上手くいかないんだ。

 無計画に行こう。それが一番だ。

 

「それじゃあ、フレイメアリス。この世に手を振る覚悟は常にしておいてね」

YES(構わない)……」

 

 ()()()()()()()

 辛うじて保っていたヒトガタから、どろりと透明なものが出てくる。

 

 それが、じゅるりと伸びて、フレイメアリスの中心に突き刺さった。

 それは──フレイメアリスの機能によって分解されていくけれど、すぐに修復される。

 修復の際に集まってきているのは、周囲のキラキラ。

 

PLANET ENARGY(この星の力を)……!」

「正解だ。だってこれだけ溢れているんだ、使わない手はないだろう? 今までは変換するにとどめていたけどね──そっちがそのつもりなら、もうガンガン使わせてもらうよ」

 

 メガリアが稼働するためのエネルギー。

 それを僕個人のために使う。あるいはいずれ、この惑星のどこかに支障が出てくるのだろうけど……。

 

 知らない知らなーい。

 

「このまま君を吸い尽くしてしまおう。好きなだけ否定するといい。僕は君をも肯定してあげるからね」

 

 あはは、なんて笑って。

 食い合いが、始まった。

 



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最終話に見せかける系一般大本

 ミケルは一人、考えていた。

 潮時だな、と。

 

 彼は天才である。この、あまりにも情報の規制された時代に生まれ、しかしどの時代よりも早く一つの正解に辿り着いた。長き時を生きる上位者に見初められても、我を捨てなかった。

 その理由は神にある。彼の情熱の根源は神だった。生まれる前に己に話しかけてきた神。

 家族に対する情は無く、人間に対する仲間意識もない彼にとって、神は寄る辺であり(よすが)であり──根拠だったのだ。

 

 けれど。

 人の(えにし)というものはほとほと残酷だ。

 まず、彼は星の意思を宿す者に出会った。エスト・マグヌノプス。彼は英雄だった。

 彼の妹は機奇械怪を討滅する奇械士になった。アリア。彼女は英雄だった。

 アリアは幼馴染であり、ミケルとも幾度か交流のあったケニッヒと結婚した。彼は英雄だった。

 エストが結婚相手に選んだ女性。ニルヴァニーナは秀才だった。

 エストとニルヴァニーナの間に生まれた子供。赤子、チャルは普通の子だった──が、いつのまにか英雄になっていた。

 アリアとケニッヒが拾った少年は、異常だった。

 

 彼が捕まえたメイドらしき女は人間社会に溶け込む機奇械怪だったし、彼が"神の素体"として使おうとした少女は己の中の機奇械怪と和解した。成功例第一号には逃げられ、再度捕まえた時点で既に英雄になっていた。

 そして彼自身も異常に捕まった。

 

 ダメだった。

 実は、もうこの時点で、随分と……ミケルは"遅れ"を感じていたのだ。

 根拠が揺らいでいた、と言った方がいいだろう。天才性に翳りが生じていたし、追い抜かれていくような、置いて行かれていくような感覚がずっと付きまとっていた。

 

 だから彼にとって神の降誕は一世一代の大勝負だった。

 エストの目的に便乗する形で練り上げたその計画は、しかし「星の意思」と「神」が同じものを基にしているという大前提により阻まれる。知らなかった──それが穴だった。

 マグヌノプスなどというものではなく、「神」が宿ると踏んでの融合。エストと異常はマグヌノプスを縫い付けるために臨んでいたけれど、ミケルは違ったのだ。

 そして、全員の目論見が外れる。

 エストは耐えきった。そのまま娘に殺され、死んでいった。

 

 わかっていたことだったが──その姿は、紛う方なき英雄だった。

 

 ダメだった。

 ダメなのだ。

 彼はこの一件で神を再認したし、根拠も取り戻せたけれど、違う、と。

 ミケルは英雄ではない。たとえ異常が彼を"英雄価値"だのと罵ろうと、ミケルは英雄ではない。

 

 何故なら、彼には。

 

「……いなくなった、か」

 

 一人だった。

 祭壇の方で奇械士と機奇械怪がドンパチやっていても、一人だった。

 ミケルは一人なのだ。誰も仲間がいないし、やっていることがやっていることだし。妹は敵だ。親類は半分以上が死んでいる。知り合いのほとんどがミケルを見放しているし、何より──唯一友であれたエストが、逝ってしまった。

 一人だった。

 英雄は……一人ではダメなのだと、ミケルは知っている。ずっと見てきたのだから。

 

 だから、潮時だった。

 どの道ミケルには居場所がない。人間が大勢いたのなら、それを隠れ蓑に生きていく事も出来ただろう。それを材料にすることもできただろう。

 だけど、このホワイトダナップにはもう、何もない。極少数の人間が身を寄せ合って生きているけれど、それだけだ。いつか尽きる事は目に見えているし、外の世界も崩壊の嵐に飲み込まれている。何より、神の素体は、神の所在は、もうわかった。

 

「ク……」

 

 思わず笑みが零れる。

 目的達成のためならば誰を見捨てることも、誰に押し付けることも、何を殺すことも厭わなかった自分が──まさか。

 

「エスト・マグヌノプス。──せめて、共に」

 

 受けた覚えのない依頼。

 "機奇械怪の指導者を作ること"は、()()()()()()

 覚えているわけではないが、メモにはあった。「機奇械怪の指導者を作れとは言われたが、指導者が機奇械怪である必要はないだろう」と。なんとも自分らしい屁理屈だと、思い出して彼は笑う。加え、虚偽のレポートもたくさん見つかった。

 ミケルは余程その依頼者のことが嫌いだったらしい。

 笑う。

 元より良く笑う方であるミケルが──けれど、誰に向けるわけでもなく、笑う。

 

「ならば……あとは、せめてもの償いと……手向けを」

 

 皮膜(スキン)を破き、機械の義手を露出させる。

 備え付けられたマイクをオンにして。

 

「──聞こえるかね、諸君」

 

 最期の話をする。

 

 

+ * +

 

 

 ぎぃーん、という古めかしいスピーカー特有のノイズが鳴った後、音が入る。

 機奇械怪と共に戦うチャル。どうにか機奇械怪の壁を突破しようとするアレキとアスカルティン。その全員に聞こえるように──否。

 チャル達にはわからないことだったが、その声はホワイトダナップ中に響いていた。

 だから、その手法は。

 

「……キューピッド?」

 

 だが、声が違う。

 キューピッドは少年の声だった。こんなに太い、そして他者を見下したような声ではない。

 

『聞いているかね、諸君』

 

 映像がジャックされる。

 映ったのは、やはりキューピッドではない誰か。その顔を見たことのある者の方が少ないだろう男性は、にやりと笑う。

 

『驚いただろう。私がキューピッドの正体だ。名を、ミカエル。最も神に近しき者』

 

 クツクツと笑う男は、しかし顔を上げ、幽鬼のような瞳をホワイトダナップに向ける。

 平和になったホワイトダナップに思い起こさせたのだ。奇械士達が倒した「災厄」、「黒幕」。

 けれどまだコイツがいたのだと。

 

 身体を止めて映像を注視するのは、彼に(ゆかり)ある者達。

 ケニッヒと、アリア。

 上位者や機奇械怪はどこ吹く風だ。

 

 彼を知る者はさらに響く声を待つ。

 

『これより私は、神降ろしに取り掛かる』

 

 神、という単語を聞いて、一気に緊張状態になる奇械士達。

 それは「災厄」の名だったから。まさかもう一度と、一字一句聞き逃すまいと。

 

『天使長として、神を引き摺りだす。この決定は私の全生命をかけて行うものであり──』

 

 武器を持つ者がいた。

 メンテナンスを始める者がいた。

 素振りをする者、準備運動をする者。

 

『ホワイトダナップにいる全機奇械怪に告ぐものであるとする』

 

 大きな音がした。

 もはや働く者が消え、無人となったビルが一つ()()()()()のだ。

 側面に幾本もの線が走り、開いたり閉じたり、へこんだり動いたりしながら──変形していく。

 

 それは、機奇械怪だった。

 悲鳴が上がる──。

 

『この通信が終わった後、私は神を身に降ろす』

 

 だが、おかしなことに、機奇械怪はそこから動かなかった。

 他の場所でもそうだ。建物が次々と、兵器群さえも機奇械怪に変わっていくが──人を襲う気配がない。

 ただじっとその場で、声を聞く。拝聴している。

 

『わかるかね、機奇械怪諸君。そして人間諸君』

 

 ──政府塔。 

 その頂点から、光が立ち昇る。雲をかき分けるような光。けれどそれは直線状でなく、一定の高さに押し留まり──傘のように、あるいは逆さにした水溜りのように、空に溜まっていく。

 

『祈りたまえ。崇めたまえ。涙したまえ。──諸君が願い、奉り、思い描いた"神"を降ろそうと言うのだ』

 

 光はどろどろと、黄緑色の光を纏って空に溜まっていく。

 それが動力液だと気付いた者が何人いたことだろうか。あまりの量に、そしてあまりの性質の違いに、誰も気付かなかったかもしれない。

 陽光を遮り、大気を跳ね除け、それはどろどろどろりと溜まっていく。

 

『ある隕石がこの惑星に着弾してから2750年。機械の時代を迎えた諸君は、機械に脅かされた』

 

 誰かが気付く。

 映像。ミカエルを名乗る男の周囲にも、黄緑色の光が溢れ始めている事に。

 

『そこから349年。それほどの時間をかけて、ようやく私は神に手を伸ばす。神が手の届くところにまで来たのだ』

 

 ドン、と。

 ホワイトダナップに激震が走る。震源地は南部区画。とうとう機奇械怪が暴れ出したのかと誰もが身構える。だが、それ以上は何も起きない。

 

『強き心を持った、奇械士。危険区域に残る決心をした、その家族。人間社会に溶け込んだ上位者。そして機奇械怪……聞いているだろう』

 

 南部区画から、何かが浮き上がっていくのを皆が見た。

 それは槌のような──あるいは十字架のような。

 何かが飛んでいく。だけど、誰も視認せぬままに、それは空の水溜りに飛び込んでいってしまった。

 

 映像が一瞬乱れる。

 

『悲嘆。憎悪。不満。奮起。自信。期待。……不快。後悔。失望。喜怒哀楽。悲喜交々。機嫌気褄。嬉笑怒罵。実に結構、実に豊かだ。今、ホワイトダナップはこんなにも人間がいないにも関わらず──その全ての感情が揃っている。素晴らしい事だと思わないかね?』

 

 たらり、と。

 男の額から、血が流れだす。口の端から、耳から、目から。

 否、もう全身からだ。奥に見える壁に、床に、べったりと赤が広がっている。

 

『今だぞ、諸君。今だ。今までのそれは児戯だ。これからのそれは遊戯だ。今、この時こそが、転換点であり、分岐点であり特異点であり──諸君の存在意義だ』

 

 上空、高空。 

 水溜りが風船のように膨らむ。円だったものが球体になっていく。

 

『喜びたまえよ、諸君! 今ここに私が、空の神フレイメアリスを降ろすことを! そして──』

 

 球体がドクンと鼓動を打つ。

 

 次の瞬間、上からハンマーで叩かれたとでもいうかのように、溜まっていたそれが全て政府塔に逆流した。違う。政府塔だけじゃない。その下──ホワイトダナップさえも突き抜けて、星にまで届く。

 既に流体ではない。槍のような形だ。あるいは銛か。

 強い力がホワイトダナップを縫い留める。シールドフィールドを保つエクセンクリンとケルビマの額に脂汗が出る程の衝撃は、その威力は、大地をいとも簡単に割り砕き、さらにさらにと突き進んでいく。

 

 ヘイズが、そしていつの間にか来ていたロンラウが二人を手伝う。

 そうでもしなければホワイトダナップが壊れてしまいそうだったから。

 

『これから先は! 神とは、祈るものではなく、崇めるものではなく、奉るものではなく!』

 

 何かを掴む。

 銛がその切っ先で、何かを縛る。そして、引き摺り上げる。その何かが近付いてくるたびに、グラデーションのように──誰かたちの心に、彼の存在が戻って来る。

 

『──倒すものだと理解しろ!!』

 

 無人の政府塔が内側から破壊される。

 そのすぐ隣にある奇械士協会も余波を受ける。ただ、中の奇械士に被害はない。その程度を自分で対処できない奇械士は、既にホワイトダナップから退去しているからだ。

 

『赤子に声をかけ、身体を用意させる邪神! 綿々と繋がる歴史に隠れ、虚実を反転させる悪神! そも──()()に、神など必要ないのだと、叩きこんでやりたまえ!!』

 

 映像が途切れる。

 その一瞬前のミカエルは、もう、血に塗れていないところがない程の──。

 

 ただ、映像が切れても、声だけは響く。

 上空に現れた球体。その中に、更に一層輝きの球体が生まれる。

 視力に長けたものは見る事だろう。その中心にいる二人を。

 

 方や、少年。全身に傷があり、右腕は砕けている。

 方や、光り輝く少年。無傷で、翼が生えていて、何よりも神々しく輝いていて。

 

 一目瞭然とはこのことだった。

 

『良いか──良いかね、諸君。いや、奇械士諸君……見えるだろう。ならば、何をするか、わかるだろう……』

 

 息も絶え絶えだった。

 男の声がか細くなっていく。

 

『倒したまえよ、元凶を。これから先の未来で起こる災禍。その原因となる神を。……そして、助けたまえよ。ただ一人、神と戦い続けた少年を。──奇械士とは、一般人を助けるための組織だろう?』

 

 高空にあった球体が、降りてくる。

 誰もが手の届くところにまで降りてくるのだ。

 

 だから、誰もが武器を握る。

 だから、誰もが声を上げる。

 

『安心したまえ──神に武器が効くよう、今、私が融合した。ク、クク、ククククハハハハッ!! 安心したまえ、私は一般人ではない! 我が名はミカエル! キューピッドを名乗り、一度は諸君らを恐怖に貶めた諸君の倒すべき敵だ!』

 

 だから、やれ。

 命令はそれだけだった。

 

 ──鬨が上がる。

 建物に扮していた機奇械怪たちが一斉に攻撃を始める。それは勿論人間に、ではなく上空の球体に。そしてその身体を伝って、奇械士達も球体に向かっていく。

 

 今ここに、本当に本当の最終決戦が始まった。

 

 

* * *

 

 

「……!」

「私と融合しろ、神!!」

 

 驚きが連続しすぎて、声も出なかった。

 フレイメアリスとの食い合いの最中、降りて来た錨か銛のようなもの。それが僕らの周囲の空間に突き刺さり、それを持ちあげたのだ。

 そんなことができる奴を僕は知らない。モルガヌスでもできなかった事をどうやって、と。そう考えている内に、僕とフレイメアリスは地上にまで出た。出て、ホワイトダナップに吸い込まれて、噴き上げられて。

 

 どこかの部屋にいる。今。

 部屋だ。その部屋だけ浮いている。まるで無理矢理持ってきたかのように、部屋としての体をほとんど成していない部屋に、僕らはいて。

 そしてフレイメアリスにミケルが組み付いている……そんな状況。

 

 なんだこれ。

 

「──フリス、フリスだな!?」

「え、あ、うん。そうだけど」

「クク、そうか! お前か! 思い出したぞ……これで全てが埋まった! 満足だ──そして、依頼主よ、こちらから報酬として頼みがある!」

「頼み? いいけど、何かな」

 

 簡単なはずなのに、フレイメアリスはミケルを引き剥がせない。

 彼の身体はボロボロだ。フレイメアリスに反撃される前からボロボロだったけど、更にボロボロになって行く。

 それでもまだ、離れない。

 彼の義手がフレイメアリスをがっちり掴んでいる。

 

「私とコイツを融合させたまえ! フリス、貴様を否定する存在に私をつけ足して、別存在にするのだ!」

「……え、ヤだけど」

 

 ──沈黙。

 テンションの高いミケルに若干引いていたのもあったけど、何よりヤだった。

 

 だってそんなことしたら、僕が負けたみたいじゃん。

 全然、あと少しで食い尽くせそうだったんだから余計なことしないでほしい。そんな思いでいっぱい。

 

「クク」

「というか、早く離れた方が良いよ、ミケル。巻き込む自信しかない」

「──残念だったな、フリス。私が貴様の思い通りに行った試しがあったか?」

 

 割と最初の方はオーダー通りのものを作ってくれていたように思うけど。

 なんていう暇もなく、ミケルはその義手を──フレイメアリスに突っ込む。僕とフレイメアリスの接合部に割り込む形で。

 

「さらばだ、フリス。クク──チャル・ランパーロは私の姪になる。泣かせるなよ」

「だからヤだって、」

 

 瞬間、もう。

 血だらけのミケルはいなくなっていた。

 代わりに、眼前のフレイメアリスに──明らかな不調が出始める。

 

 あーあー。

 ……まぁ、いいか。別に僕もこんなステゴロを望んでいたわけじゃないし。とっとと終わるならそれでいいし。

 

STATE OF EMERGENCY(緊急事態発生)……AS GOD(神としての)……ALL FUNCTIONS(全機能)……ALL PRIVILEGES(全権限に)……ARE YOU ALL RIGHT(良 い か ね)!? I AM GOD(私 が 神 だ)! DO YOU HAVE ANY COMPLAINTS(文 句 は な い だ ろ う な)!」

「あはは、君、その言語になっても煩いんだ。脱帽だよ」

 

 フレイメアリスに繋がっていた管を切る。

 もう、いいだろう。

 彼の神はもう希薄で、ミケルと融合したことにより自我も失った。

 

 後はもう、今集まってきている奇械士が、彼にとどめを刺すだけだ。

 

 だから、まぁ。

 

 油断だったよね、って。

 

「KUKUKUKUHAHAHAHAHA!! I AM GOD! I AM GOD!! I AM──ELIMINATE FROM THE ROOT OF THE PROBLEM──GOD!!」

「え?」

 

 狂ったように。

 まぁそういう演技だろうけど、自らが神であることを叫んで暴れ始めるミケルに背を向けた時のことだ。

 何か波のようなものが、僕を突き抜ける。

 

 それと気のせいでなければ、ELIMINATE FROM(問題を) THE ROOT OF(根本から) THE PROBLEM(排除する)って聞こえたような──。

 

 あと僕の身体がどんどん透明になっていっているような。

 眼下。 

 スファニアの力を借りて空を翔けて来たチャルが、銀を失くした目から煌めきを零して……手を伸ばしてきているような。

 あはは。

 

 大丈夫だよ、チャル。別に僕、どこにも

 

 

* * *

 

 

 

「つーか、そういうフリスはどうなんだよ!」

「何が?」

「だから、奇械士! なりたくねーのかよ!」

「あぁ、うん。特には」

「あれ? でもフリス君の家って」

「いやぁ、両親の仕事がそうだからって、僕には関係ないよ」

 

 クリッスリルグ。

 

 フリスの両親は、すっごく有名な奇械士の二人。カッコイイし、綺麗だし。それでいて強いから、よくテレビでも放送されてる。

 そんな二人が十五年前に養子に取った男の子。それがフリス・クリッスリルグだった。

 

「そっかぁ。……それもそーだよね」

「うん。というか、そろそろ席に着きなよユウゴ、リンリー。HR始まるよ」

「まだ大丈夫だって!」

 

 世界は色々大変なことになっていて、他の国では学校に通う、なんて夢のまた夢らしいけれど……それでも私は、この時間を大切にしたいと思っている。

 多分、というか、確実に。

 私はこの男の子の事が。

 

「フリス、フリス」

「なにかな、チャル」

「今日さ、フリスの家──」

 

 好きだから。

 何度も同じ未来を選ぶよ、フリス。

 だから、ごめんね。本当にごめん、二人とも。二人は助けてあげられない。私の手は、腕は、とっても狭いから。

 

「良いって。その代わり、ずっと一緒に戦うんだろ? 割り切れねぇけど、俺は焼いて棄てられるより、一緒に戦えた方が嬉しいぜ、チャル」

「どこにどんな障害があっても、迷わずあなたの道を突き進みなさい! ウチの知ってるチャルって子は、そういう子だから!」

 

 二人が光に包まれる。

 真白の光。全てを破壊し尽くす光の球体。

 

 それが、前よりも少しだけ広いから。

 

 今度は私が、フリスを下がらせる。首根っこを掴んで、後ろに。

 

「フリス。私の後ろに」

「──うん」

 

 だから、ごめんなさい、神様。

 あなたが最後の力を振り絞って行った、最後の改竄。

 

 それは、何の意味も無く終わります。

 

 あはは、これでフリスが私に惚れてくれたりは。

 

「しないよ。けど、好きだと自覚したから──ちゃんと君を見るよ、チャル」

「ちぇ。……ホントにちゃんと見てる? 私、もう見えないから、わかんないんだけど」

「信用ないなぁ。まぁ、それも、これから培って行けばいいよ。とりあえず君が死ぬまでは、一緒にいるからさ」

 

 ──帰ろう。

 受け入れてくれる人は少ないかもしれないけど──私達の未来に。

 

「チャル、好きだよ」

「うん、私も」

 

 破壊ではなく、暖かな光の中へ──。

 

 

 

]/[

 

 

 

 空歴2549年6月28日。天気、晴れ時々磁気嵐。

 空は快晴なのに、眼下はまだ赤と黒の嵐で大変な状態。とても人が住める状態じゃない。

 

「──失恋した」

「え、今更ですか? あ、やめて、蹴らないで!」

 

 今日、私は──ずっとうやむやになっていた事にけじめをつけて来た。

 なんだか一瞬、本当に付き合っていた、みたいなことがあったような気がしないでもない。だから余計に、いけるんじゃないかって思って。

 

 告白してきた。

 

「あー。……まぁ、無理でしょう。あれはラブラブカップルって言うんですよ。あれの仲を引き裂くとか、なんなら悪魔の所業です」

「……アスカルティン」

「なんですか。

 ……忘れさせて──とか言うんだったら、本気の蹴りでぶっ飛ばしますよ」

「……忘れて。おかしくなってた」

「はい。聞かなかった事にします」

 

 ずごーっと音を立てて、アスカルティンがジュースを飲んでいる。

 奪ってみる。

 

「あ、ちょ」

「何この色……何のジュース?」

「教えません。ただ人間には飲めないので返してください」

「……アスカルティン、あなた確か、99%機奇械怪の1%人間って名乗ってなかった?」

「もうその言い訳も無理でしょう。私は機奇械怪ですよ」

 

 奪い返される。

 青黒い、見方によっては笑っている何かに見えなくない飲み物。

 確かに普通の人間が呑んだら卒倒しそうだ。

 

「……失恋した」

「うわループした」

「きっかり、はっきり、『ごめんね、アレキ。私はもう、一生を添い遂げる人を決めたから』って……」

 

 あんなに良い笑顔は初めて見た。

 大輪の花のよう、という表現は彼女に使うべきだろう。

 

 ……私は負けたのだ。

 

「む? なんだ、アレキにアスカルティン。二人でデートか?」

「馬鹿っ、今デリケートな時期!!」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。……それよりアスカルティン。お前それ、まさかとは思うがたまし、」

「はいはいそうですよそうです。別に良いじゃないですか。苦痛とかないんですし。ちょっとした仕返しですよ。あのまま神だかなんだかわからないものになって打ち捨てられるくらいなら、私が糧にしてやるのが筋かと思いまして」

「ゲテモノにもほどがある……」

「む! 貴賤無し、ですよ。これからは数も限られてくるんですから、モモも好き嫌いせずに食べられるようにならないと……」

 

 機奇械怪二人が何かを言い合う中で──私は目ざとく、ある物を発見する。

 

 素早くとる。

 手を。

 

「いやどう見ても──お、お? ど、どうしたアレキ」

「……指輪」

「え? あ、本当だ。なんですか、モモ。これ。どう見てもエンゲージリングですけど」

「べ、別にこれはなんでもなくて──」

「あー、ケルビマさんですか。本当に結婚するんですね。おめでとうございます」

「はぁ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

 何を言っているのかわからない。

 

「ちょ、アレキ、アレキ。腕が凹む!」

「……私達の世代のフレームをへこませるとか、アレキさんの怪力どんどん増していってますねぇ」

「兄上と!? どういうこと!?」

 

 意味が分からない。

 人が失恋に涙している時に、人の兄と結婚する。

 当てつけ? 当てつけ?

 

「い、いや周りが囃し立てるから、成り行きで……」

「成り行きで兄上を……──モモさん。ちょっと決闘(バト)りましょう」

「だいぶキャラ変わってますねぇ。盛り上がって来たので他の人も呼びますねー?」

「私がアレキに勝てるわけないだろう! ちょ、本気で放して、駆動系が悲鳴を……」

 

 悪いとは思っている。

 だけど、八つ当たりはさせてほしい。私はまだこの感情を制御しきれそうにない。

 

「──オイ。その手を離せ」

「あ、スファニアさん」

 

 モモを掴む手。

 それを掴む手。

 

 スファニアだ。珍しくカイルスを背負っていない彼女が、そこにいた。

 

「モモが痛がってるだろ。離せ、アレキ」

「あ、本来の意味で常識が無かっただけの常識人が止めに入った」

「……この際スファニアでもいい。ちょっと暴れたい」

「暴れるなら一人で暴れてこい。迷惑だ」

 

 正論だった。

 何も言えない程の正論だった。

 

 ……味方はいなそう。

 

「ん? アレキに……モモにスファニアにアスカルティン。どうしたんだい、みんな揃って。あと何故チャルは僕を盾にしているんだい。守ってくれるって話だっただろう?」

 

 あ。

 

「……ほほう? これ、何かあったねぇ。……わかった、アレキがチャルに告白した──そうだろ?」

「なんでそういうことだけ無駄に察しが良いの……?」

「無駄に、とは酷いな、チャル。僕はいつだって青春ラブコメアクションストーリーを探しているんだ。こういうレーダーは人一倍強い方だよ」

「モモ。こいつらうるさいから、行くぞ」

「え、ああ、それはいいが……どこへ?」

「ヘイズと、ロンラウとかいうジジイが服飾を教えるとかなんとか。覚えたいっつってただろ?」

「あの二人、そんなことできるのか……」

 

 ラブコメ。服飾。

 告白。

 

 ずぅん。

 

「あはは、アレキ、アレキ。こっち見て」

「……何」

「──それじゃ、チャルは僕のになったから。君にはあげないよ」

 

 にんまりと。

 にやりと。

 

噴射(インジェクション)

「ちょ、オーバーロードまで使うのかい!?」

「フリスの煽りには全力で反抗してやれ、流石に懲りるだろう──兄上の言葉だ」

「あ、ちなみに私は擁護しないからね、フリス」

 

 曰く、「しばらく一般人やるつもりだから」らしいフリスは今、念動力の類を使ってこない。

 斬るなら今だ。

 

「いいじゃないか、別に、アスカルティンとかスファニアとか、選り取り見取りだろ!」

KILL(斬る)……」

 

 テルミヌスに導かれ、フリスを斬る。避けられた。何が一般人だ。一般人ならそれは避けられない。避けられずに斬られろ。

 

「チャル、チャル! 助けて!」

「今のは煽ったフリスが悪いよ」

「良いんですか? 本気で斬られちゃいますよ、フリスさん」

「本当に危険を感じてたら、フリスは私を盾にするだろうし。それをしないってことは余裕あるよ」

「解像度が高い……」

 

 余裕があるらしいのでギアを上げる。

 というか恋人としてどうなのか。恋人を盾にするとか。その辺り、ダメじゃないのか。

 

「仮にも好きだった人の恋人を斬ろうとしてるアレキの方がよっぽどだと思うけど」

「──聞こえない!」

 

 だから、まぁ。

 これくらいにはいつまでも──騒がしくあれる程度の日常は。

 

 上位者五人のオーバーパワーによって──長く永く、守られるのでした。

 





NEXT……SHORT SHORT……


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機奇械怪と人間の二人を視る系一般人

 相変わらずの悪天候。

 轟音と熱波の嵐は収まる所を知らず、大気には大量の金属粒が混ざるこの惑星。名をメガリア。

 隕石の衝突によって引き起こされた最悪の災禍は、けれどそこに住まう者を滅ぼし尽くしはしなかった。

 九割の機奇械怪が死んだ。動力炉ごと破壊され、地の底に埋まった。だけど、元から火山地帯などの極限地域にいた機奇械怪だけは生き残った。生き残り、即座に己を環境に適応させた。

 九割の人間が死んだ。ホワイトダナップにいた極少数。そしてエルメシアに住む人々。どちらもシールドフィールドに守られた存在であり、それが無ければ死んでいた。

 

 ──だけど。

 極限地域にいたわけでもない機奇械怪一人と、シールドフィールドに守られているわけでもない人間が一人──おかしなことに、この灼熱の地表を旅しているのだ。

 

 果たしてその二人とは。

 

「あーっちぃねぇこりゃ。あーっちぃったりゃありゃしない」

「同感です。なのでホワイトダナップに拾い上げてもらうか、エルメシアに再度交渉に行くべきかと。みっともなく頭を下げて」

「ヤなこった。というか、お前さんこそ頭を下げたらどうだ。アモル……フレシシの嬢ちゃんがいなくなっちまった以上、あそこに繋げられるのはあの厭味ったらしい爺さんだけなんだぁろ?」

「ホワイトダナップに頭を下げるのでしたら、古井戸さんがフリスに下げるべきでは?」

「……おい、名前を出すんじゃぁねえよ。出るだろ」

「うん。来たよ」

 

 まぁ、古井戸とピオだ。

 件の一件が終わって以来上位者としての在り方を潜め、一般人として生きている僕だけど……流石にこればかりは、と出張って来たわけで。

 

「ほぅら、鬼の話をすると鬼が出んだよ」

「記憶しておきます」

「あはは、酷いなぁ。今日は君の過去を調べに来てあげたのに」

 

 この二人は、出自不明、という共通点を持ったコンビだ。

 ……が、まぁピオについては判明済み。フレシシのデッドコピーでありながら、既にフレシシを越した性能を持つ機奇械怪。

 だけど、古井戸に関してが本当にわからない。

 

 古井戸。本名不明。出自不明。年齢不明。人間……のはずなんだけど、この環境下で平然としている時点で種族不明。不明不明不明不明。ここまでアンノウンしかない存在も珍しい。僕でさえ寄生生物ってわかってるってのにさ。

 わかっているのは性別が男であることと、英雄であること。

 

「俺の過去、ねぇ。そりゃ知りてぇが、なんか心当たりでもあんのかい?」

「ある。けど、それを知らせるために一つ聞かなきゃいけない事があるんだ」

「おぉ、なんだぁね。答えられるコトなら答えるが」

 

 とりあえず周囲の轟音がうるさいので、簡易の小屋を建てる。まぁ隕石の衝突くらいなら耐えられる小屋だ。

 材料は大気中の鉄。それらを"創り変える"だけでいいから、楽なもので。

 で、簡易テーブルと簡易椅子を作って。

 

「じゃあ聞くけど──君さ、地球って場所知らない?」

「知らんねぇ」

 

 ……。

 ……まぁそうだよね。自分の出自知らないんだし。惑星の名前なんか知るわけがないか。

 

「それが?」

「うん。まぁ、そういうことで、僕は君の出自が地球という別の惑星だと思っているんだ」

「別の惑星……?」

 

 少なくとも僕が着弾した紀元前550年から今まで。

 その間に生まれた英雄ではなく──この惑星の人間ですらない、というのが僕の推測。

 

「その地球ってトコには、俺みたいなのがいっぱいいたのかぁね?」

「いや? なんならこの星の普遍的な人間……初期のチャルとかよりも弱い人間ばかりだったよ」

「それじゃぁ俺とは合わねえんじゃねぇのかい」

「うん」

「うん、じゃぁなくて。……もしかぁして、その地球出身、の一点張りで出張ってきた、とかじゃぁねぇだろうな?」

「あはは、僕がそんな無計画な奴に見えるのかい?」

 

 沈黙。

 

 うん。じゃあ、真面目に考えよう。

 

「古井戸。君は明らかに人間じゃないよね。体構造や気配は人間そのものだけど、この大気に耐える事が出来る体や僕達上位者を破壊し得る筋力。その他沢山諸々諸乗りで、君を人間と判断する事は難しい」

「そうですね。それには同意します。私の記録映像を省みても、古井戸さんは人間と同一の特徴を持っているとは言えません」

「おいおい、二人して酷いじゃぁねぇの……と言いたいところだが、流石の俺も他の奴らと自分が同一だ、なんて思っちゃぁいねぇさ」

 

 そう、どう考えても、やっぱり古井戸は人間じゃない。

 でも感知する限りは人間だ。構造は人間だ。

 構造が人間で、人間なのに、人間じゃないってことは……何かに守られている、とか。

 

「とりあえず、君達の道程を辿りたい。ピオ、君と古井戸が出会った場所についての記録はあるかな」

「はい。現エルメシアから北に6000km程行ったあたりにある丘陵地帯。そこで眠っている大型機奇械怪『パイプロン・ポイント』。その陰で古井戸さんと出会いました」

「随分と遠くだね……。わかった、まずはそこに行ってみよう」

 

 小屋を創り変える。

 6000kmともなると転移でも中々辿り着けないし、高速飛行するならするでピオの装甲が大気の金属粒に耐え切れない。

 なので、この小屋を小型航空機NOMANSの『SKY』に創り変えて。

 レッツゴー、だ。

 

 ──尚、機内でかかるGは気にしないものとする。

 

 

 

 着いた。

 

 当然だけど、ここも灼熱地獄。元の形なんてほとんど残っていない……と思いきや。

 

「へぇ……パイプロン・ポイント。長距離砲撃系がメインに進化していったこっちの大陸では見ない個体だったけど、成程……この辺りの機奇械怪の寄り合いにもなっている程か」

 

 大型機奇械怪、融合オーダー種パイプロン・ポイントは健在だった。健在といっても勿論死んではいる。機奇械怪としては完全に死んでいる。動力炉の停止。

 ただ、フレームは生きている。硬く、そして急激な環境変化にも耐えられるコーティング。

 そんな材質の、かつ巨大な蛇……ミツマタノオロチ、とでも言えばいいかな、そんな形だから、死んだ体が傘みたいになっている。

 傘の中には……まぁ、耐えられなかった機奇械怪多数。主にハンター種だね。あはは、彼らは彼らで何かドラマでもあったのかも。動力炉をもう少し強くしておけばワンチャンス、って感じ。

 

 さて……えーと、じゃあまずサイキックの痕跡から洗ってみようか。

 

「おー、おー。懐かしいねぇ。ここでピオと出会って……殺し合ったんだわなぁ」

「まぁあの頃の私は人間が苦手でしたからね。人間とは自らを殺してくるものである、という認識をしていましたので、それはもう壮絶な殺し合いをば」

 

 それについては多少聞き及んでいる。

 自らの正体が判明するや否や襲い掛かって来る人間達に、行き過ぎた苦手意識を持っていた、と。行き過ぎたも何も正常な防衛本能に思うけどね。

 で、そのピオを古井戸は鎮圧した。フレシシのデッドコピーとはいえ機奇械怪。こんななんでもない格好の、なんなら襤褸を纏う、という表現の似合うような男が──自分に勝る。

 果たしてピオの心境はどんなだったんだろうね?

 

「……申し訳ありません、フリス……様。少しばかりお願いごとが」

「あはは、いいよ無理して敬称なんかつけなくて。で、何?」

「何故かはわかりませんが、私の製造炉は記録映像や音声の再生媒体を製造することができません。私個人で記録を遡ることはできても、他人にそれを見せる媒体を製造し得ないのです。ですので、映像と音声の再生媒体を作っていただきたく……」

「……」

「フリス?」

 

 なん……だ、それ?

 どういう症状……? 特定の機能を持った機械を造れないって……その機能に関する知識が欠けている、とか? それとも無意識の拒否反応が出ている……うん?

 

「少し、調べてみても良いかな」

「え? あ、私をですか。はい。問題ありません」

「じゃあ」

「──ぁぇ?」

 

 ピオの頭部に手を突っ込む。

 瞬間来た衝撃──蹴りを念動力で防ぎつつ、だ。おいおい、今の衝撃、さっきの小屋が壊れるくらいの威力あったけど、君本当に何? ただの草履から出て良い威力じゃないよ。

 

「安心してよ、古井戸。これは透過しているだけで、壊してはいないから」

「……先に言えってぇの」

「あはは、それはそう」

 

 足を引っ込めた古井戸はしばらく待機する、とでもいうようにパイプロン・ポイントの下部に腰を下ろした。というか寝た。

 ……凄いな。一応元敵が相棒の頭に手を入れている状況で寝られるとか。まぁ信用と受け取って良いのかな?

 

 それじゃ、僕もあんまり長くホワイトダナップを空けるのは本意じゃないし。

 レッツ記憶時空の旅──ってね。

 

 

+ * +

 

 

 ……今や懐かしき、熱波のない世界。 

 これを念子の仮想空間にモデリングして……降り立つ。

 

 成程、丘陵地帯。

 パイプロン・ポイントは相変わらず死んでいるけれど、その周囲には力の弱い機奇械怪が集まっていて、小さなコミュニティというか、ある種の居住区みたいなものを築いている。成程、力には数か。こうやって寄り添って、プレデター種とかに耐えて、動力が尽きたら融合して……という場所なんだろうな。

 

 そこに一人、襤褸布を纏い、深くまでフードを被っているピオが座っている。

 他の機奇械怪とはカタチの違い過ぎる彼女だけど、機奇械怪は機奇械怪同士で互いを認識できるため、特に襲われる、ということはない。

 ただ、俯いて。

 ただ、ぼーっと。

 

「なんだぁ? こんな機械の巣に、えらい別嬪さんがいるじゃぁねぇの」

 

 その声は突然だった。

 唐突に同じく襤褸布を纏った男……古井戸が、彼女に声をかけたのだ。

 ──僕の知覚範囲も突然だと認識した。つまり、突然現れたということだ。

 

 転移……あるいはアルバートの未来飛ばしに似た……。

 

「何者かは存じ上げませんが、帰ってください。ここには何もありません」

「あっはっは、まぁ見りゃわかるってぇね。ところでお嬢ちゃん──ちょいと顔見せてくれねぇ?」

 

 また突然だ。

 一瞬のうちに踏み込み、古井戸はピオのフードを取る。

 現れるは精巧な顔。フレシシの顔からはかなり変わっている、高級汎用給仕型人造人間のものである顔。製造炉で変えたんだろうけど、これも無意識かな。

 

「人間……接近」

「おー、口元で別嬪さんだとは思っちゃいたが、ちっとばかし若いな。若すぎる。……ところでお嬢ちゃん、アンタ"毒"とか持ってねぇかい?」

「人間は──私を、壊すから、殺します」

「おっと話の通じない手合いだったか!」

 

 そこから戦闘が始まる。

 けど、それ自体はどうでもいい。

 

 "毒"を持っていないか聞く。

 ……何の意図があって? というかなんでそんなこと知ってる?

 

「おいおい嬢ちゃん、そんなボロボロの身体で何をしようってぇんだ。もしかぁして、さっきのトコで朽ち果てるつもりだったのかい?」

「高級汎用給仕型人造人間(アンドロイド)である私のボディにボロボロな箇所などありません」

「見た目の話じゃねぃよ、中身の話だ」

「構造に欠陥はありません」

「メンタルの話だっつってんのサ」

 

 この頃のピオは流石にまだフレシシを超えるスペックを持ってないようで、次第に押されていく。いやそれもあり得ないんだけどね?

 古井戸は蹴り技を主体とした……完全我流の戦闘スタイル。喧嘩殺法みたいなものだ。でも、それで、しっかり攻撃は避けるし、しっかり攻撃を当てるし。

 身体能力に物を言わせた脳筋というわけでもなければ、何か特殊な能力にかまけた胡坐かきというわけでもない。

 

 端的に言えば、やっぱり"英雄"という他ない青年。

 

 そして──決着が付く。

 ピオのコア。つまり胸にあるそれを精確に捉える形で、古井戸が蹴りを寸止めした。

 ピオ側も勝てない事を理解していたのだろう、そのまま後ろにバタン、と倒れる。

 

「なんの真似だい?」

「……壊すのなら動力炉を踏み抜いてください。その方法が、もっとも効率よく機奇械怪を停止させられるもので、」

「なんで俺がお前さんを壊さにゃならんのさ。それより、名前を教えてくれやしないかね」

「……?」

 

 ピオの疑問は尤もだ。

 機奇械怪の名を聞く人間など、珍しいことこの上無い。

 

「名前だよ名前。あぁ俺は古井戸ってんだ。古い井戸で古井戸。本名じゃぁねぇよ、遡れる限りの記憶、その最初にあったのが古井戸だったんで、この名前にした」

「最高級に頭のおかしい人と見ました。……承知いたしました。高級汎用給仕型人造人間ピオ・J・ピューレ。現時点を持って所有権をエルグ様から古井戸様に移譲。──初めまして、ご主人様。私は高級汎用給仕型人造人間ピオ・J・ピューレ。NOMANSにより派遣され、ご主人様の日々のお世話をするメイドです。どうぞご用件を。──ご主人様、現在ピオに投入されている世界共通硬貨は零枚です。継続してご利用になる場合は、五時間以内に後五枚の世界共通硬貨を投入してください。──え?」

「どうした、いきなり」

 

 成程、所有権に関しては自分の意思じゃなかったのか。

 これは多分、中途半端な自己改造で生存本能とでもいうべきものが出てきたんだろうね。オールドフェイスがないと不味い、ってピオの中枢が理解していたんだろう。

 

「い……いえ。古井戸様、世界共通硬貨を持っていらっしゃいますか?」

「なんじゃそりゃ。つか、敬称はいらねえよむず痒い」

「世界共通硬貨……あるいはオールドフェイスと呼ばれるコインです。古代人の横顔が描かれた……」

「あぁ、コレか。コレがどうかしたか?」

 

 懐からオールドフェイスを取り出す古井戸。

 ……凄い沢山持ってるな。こういうのの収集癖でもあるんだろうか。

 

「そ……その、それを、ピオのココに入れてください」

 

 恥じらうように。

 ピオは自ら纏っていた襤褸布を、そして下の衣服を脱ぐ。古井戸が「お、おい何してんだ!」なんて叫ぶのもお構いなしに、上半身を晒したピオ。その背を古井戸に向ける。

 背。背骨。

 その中心に開いた、長方形の黒。

 

「……こりゃ」

「ご主人様……ピオに、オールドフェイスをご投入ください……」

「わかったわかった、じゃあ自分で入れないね、俺はあっち向いておくから」

「不可能です。NOMANSは自らの意思で自らに世界共通硬貨を投入することができません。これはNOMANSが自立し、暴走する危険性を抑えるなどの意味合いを持ちます」

「……はぁ。まぁ、わかった。ここに入れりゃいいんだぁな?」

「……はい。お願いいたします」

 

 何か。

 何か淫靡な、淫猥な、イケナイことをしているような雰囲気の二人。

 そのつるりとした背に開いた投入口。入っていくのは金色の硬貨。

 一枚、また一枚とオールドフェイスがピオに投入されていくたびに、彼女の動力炉が激しく稼働し始めるのを感じる。さっきまではほとんどスリープモードに近かったからね。もし今の状態で古井戸とやりあっていたら、逃げ果せることも可能だったかもしれない。

 

「んっ……う、ぅ……ふぅ……っ」

「ヘンな声出すんじゃぁねえよ」

「申し訳ございません……投入口は、敏感なもので……」

「……貧相な身体で良かったな。劣情を抱くにゃちとガキすぎる」

「……今、私をセクサロイドと同じに見ましたね。やめてください。私は高級汎用給仕型人造人間です。男性を誘うようにつくられたセクサロイドのようなボディは必要ないので、そういう目で見ないでください」

「だから見てねぇってぇの」

 

 五枚。

 ピオにオールドフェイスが投入され、彼女は万全さを取り戻す。

 

「……投入確認いたしました。ご主人様、継続してのご契約ありがとうございます。どうぞ、あらゆることをご命令ください」

「んじゃ、俺のことは古井戸と呼びな。ご主人様、なんてむず痒いったらありゃしねぇ。敬称も要らねえよ。で……まぁ別にして欲しい事はねぇなぁ。強いて言えば、俺ぁ旅をしてるんだ。一緒に来いよ」

「はい。お供いたします」

 

 ……と。

 ここまでが出会いの記録。

 

 さて、気になる単語が幾つかあったね。まず古井戸が"毒"について何か知っていそうだったこと。そしてピオの前所有者エルグ。

 

 それじゃ、もっと昔の記憶を探ってみよう。

 

 

 

「こんにちは、ぴお。今日も元気かな」

「はい。纏・エルグ様」

「そうか。良かった」

 

 ここは。

 ……まだNOMANSが人類に敵対していない頃の……そしてNOMANSによって飛躍的に技術が進化した頃の、どこかの病院……かな?

 

 ベッドに寝ている女性が一人。

 その隣にいるのは……ピオだけど、ピオじゃない。

 フレシシのデッドコピーである今のピオではなく、NOMANSの高級汎用給仕型人造人間として貸し出されていた方のピオだ。つまり、量産品の方のピオだね。

 今のピオはこういうピオからメモリーチップを抜いて、自らに移植して、だから自分を高級汎用給仕型人造人間だと思っている。そういう経緯だったはず。

 

 しかし、纏・エルグか。

 エルグ姓だから聖都アクルマキアンにかつていたエルグの誰かなんだろうけど、病に倒れたエルグを僕は知らない。英雄じゃないから興味が無かっただけかな?

 病状は……これは、"罅"じゃないか。珍しいな、"毒"でも"種"でもなく、"罅"を体に受けている人間なんて。

 

 ……僕の被害者……じゃ、ないか。そうだったら何百年を生きていることになるし。

 

「ぴお。君はどうして、わたしについていてくれるのかな」

「エルグ様が私の所有者だからです」

「……そうか。そうだよね」

「ただし──たとえそうでなくとも、エルグ様をサポートしていたいと、ピオは思います」

「うん、ありがとう。……でも、私はもう長くないよ、ぴお」

 

 "罅"。

 "毒"も"種"も《茨》から派生したものだけど、それぞれに特徴がある。

 アリア・クリッスリルグの受けていた"毒"であれば、機能を潰していく。身体……内臓なんかの機能を不全にしていくもの。チャルに植え付けた"種"であれば、その身を巣食う。ヤドリギのように母体に根を張って、その身が得る栄養を掠め取ったり、その部位のコントロールを奪う。チャルは従えたけど、本来は長期間をかけてその身を縛っていくものだったりする。

 そして今、目の前の女性が宿している"罅"。

 これは文字通りそれを砕いていくものだ。感染箇所から蜘蛛の巣状に広がるコレは、全身を巡る"毒"や一部分を奪う"種"とは違い、どこに侵食するかわからない、という性質を持つ。

 最終的に全身を覆い、割り砕く。それは変わらないけれど、過程においてどのように罅割れていくか、僕でもわからない。

 罅割れた部分は強烈な痛みを発し、機能低下を引き起こす。"毒"との違いは、内臓だけじゃない、というところだ。

 

「ぴお……世界は、平和かな」

「はい。NOMANSによって全世界の紛争は止まりました。人類は全員が豊かになり、争う必要をなくし、日々を楽しく生きています」

「それなら……わたしが頑張った甲斐も、あったのかな」

「はい。纏・エルグ様の人類への貢献度は計り知れません。──その代償に目を瞑れば、ですが」

「ふふ、そう落ち込まなくても良いよ。……えるぐ、か」

 

 彼女に入っている罅。

 それは、首筋から広がって、頭部や胸部に侵食しているらしい。

 とりわけ酷いのは……耳。いや、頭部全体がもう。

 

 聞こえていないのだろう。唇を読んでいるだけだ。

 

「わたしの子供たちは……ちゃんとやっているようだね」

「はい。お二人はそれぞれが比類なき才能を発揮しておられます」

「……ならばもう、思い残すことはないのかなぁ」

「NOMANSの身でありながら発言しますが、不吉なことを言わないでください。纏・エルグ様。あなたはまだ……」

 

 ──ふと、女性が顔を上げた。

 何もない虚空。見つめているのは天井の角。

 

「エルグ様?」

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あり得ない事だった。

 何もないんだ、そこには。本来。

 今はただ、念子の海に作った仮想空間にモデリングしたピオの過去を見ているから、その視点主として僕がここにいる、というだけで。

 本当は何もない。

 なのに、女性は──僕と目を合わせる。

 

「ぴお。いつもの歌を流してくれ」

「わかりました」

 

 ピオのポケットから、四角い箱が出てくる。

 NOMANS『RECORD』。ただし円盤のそれというよりかはオルゴールに似た構造で、音楽を保存しておけるもの。

 

 耳の聞こえない彼女は、流れ始めたその曲を聞いて、笑みを浮かべる。

 

「曳航者よ。どうか、この歌を。その子の原因(とらうま)は、わたしにあるのだから」

「エルグ様……? 先程から、何を」

「──ごめんね、ぴお。辛い思いをさせることになる。……今までありがとう」

 

 瞬間、ガラスの割れるような音がした。

 目を見開いたピオが立ち上がるも時すでに遅し。

 纏・エルグの頭部が砕け散る。血は出ない。肉も露出しない。ただ連鎖的に、首、肩、胸部と……パリン、パリン、なんて音を立てて。

 

 ものの数秒で、女性は砕け散った。

 

 死んだのだ。

 

「……ぁ、ぇ?」

 

 そして。

 全世界にある信号が発信される。

 

 そうか。この時だったのか。

 

 カクン、と顔をあげたピオ。その目にはもう感情は乗っていない。

 あるのはただ──殺戮の。

 

 轟音が産声を上げる。各所で、なんならこの病室でも、様々なNOMANS製品が鬨を上げる。

 空歴2360年。NOMANSの反乱が始まったのだ。

 

 

 

 

「これは」

 

 次は、荒野だった。砂漠に近い荒野。

 廃墟がある。元が何だったのかわからないくらいボロボロな建物。

 そこに──ピオが横たわっていた。

 

 ピオ。

 それを見るのは、今はまだフレシシのデッドコピーでしかない無名の機奇械怪。

 

「……安心してくださいよぅ」

 

 無名は眠っているピオに近づき、屈みこんで言う。

 そして……その身を抱きしめて。

 

「貴女の意思は、全部。私が持って行ってあげますから……安心して眠ってください」

 

 融合、する。

 ──それが原点。

 

 

+ * +

 

 

「ぅぁ……あぶっ」

「おいおい、それホントに平気なんだろうねぃ?」

「うん。もう終わったよ」

 

 ピオの頭から手を引き抜く。

 持っていけ、と言われた音楽のデータも持ち帰った。

 これを再入力すれば、ピオは再生媒体を製造できるようになるはずだ。

 つまるところ、彼女の中で「再生媒体を使ったから大切な人が死んでしまった」みたいなトラウマがあったってことだよね。いや本当に人間らしいというかなんというか。

 

「ぇー……え?」

「やぁ、おはようピオ」

「おひゃよーござます……」

 

 RECORDを創る。

 それに音楽データを入れて。

 

「……それは、のーまんずですか?」

「そう。君の製造炉の不良を治すためのものだ」

「なおるんですか?」

 

 まだ言葉足らずなままなピオ。

 

 そんな彼女を、寝っ転がりながら、目を瞑りながら……けどかなり心配している古井戸。

 

 ニタァ。

 

「これを流すのは後にしよう。それより、君の記録の中に不可解な場所がいくつかあった。特に古井戸に関してのことがね。そっちの話をしようか」

 

 あはは、これはさ。

 古井戸の方を解決してから流した方が──"エモ"じゃないかな?

 



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水を差すのは悪いことだと覚えた系一般人

VERY VERY SHORT……


 古井戸曰く、このパイプロン・ポイントに辿り着くまでの記憶は曖昧だそうで。氷塊を蹴って海を渡って来ただとか、飲まず食わずで砂漠を越えてきただとか、機奇械怪と戦ってたら大陸を四つ越えていただとか。

 まぁまぁ信憑性のない武勇伝……彼自身はそう思っているわけではないのだろうけど、そうとしか聞こえない昔話にすこしばかり辟易としてしまう。

 "英雄"ならやりかねないのが難しいポイント。

 常識的に考えられない、お伽噺のような、誰もが思い付かなかったことをやるのが"英雄"だ。

 

 ふむ。

 そういえばヘイズが"英雄"の発生原理について何かいっていたような。

 

 確か──。

 

「古井戸」

「ん?」

「君は、親しい人とか、過去にいたかい? あぁ、ピオ以外でね」

「引き合いに出される理由がわかりません」

「わからないなら考えてて。で、どうかな」

「親しい……っつーと、関り合いになった奴ってことだぁよな?」

「まぁ、そうなるかな」

「いねぇなあ」

 

 いない、と。

 古井戸は言う。一人もいないのだと。ピオと出会う前の古井戸は、誰とも会うこと無く各地を放浪していたのだと。

 

「人間に会った記憶もないねぇ。上位者も然り」

「それをおかしいとは思わなかったんだ?」

「まぁ……そうだなぁ」

 

 おかしいでしょ、普通に。

 明らかにおかしい。けれど、古井戸自身も嘘を吐いているとかではなく、本当にわかっていない、覚えていない、というように見える。

 ……このアプローチにこれ以上の進展は無さそうだ。

 

「質問を変えよう。古井戸、君は"毒"という言葉をどこで知ったんだい?」

「"毒"? そりゃ、機奇械怪と戦ってる時だよ」

「ピオと出会う前に、言葉を解す機奇械怪と遭遇していたとでも?」

「……いや、そんなけったいなモンに会った覚えはねぇなあ」

「ほとんどの機奇械怪は人間の言葉を使わないよ。使うのは人間上がりの機奇械怪か、人間に歩み寄らんとした機奇械怪、そして僕がそうあるようにと作った機奇械怪だけだ」

 

 だから可能性としては、過去に人間上がりの機奇械怪に遭遇していた、というのはあった。今本人から否定されたけど。

 

「会話ログを遡る限り、古井戸さんは"毒"以外にも"種"や"罅"の存在も知っていました。それは私と出会ってすぐの会話ログ……つまり、私が機奇械怪の詳しい生態を教えていない時期になります」

「だそうだけど、さて古井戸。君はどこでこれらの言葉を知ったのかな」

「んー」

 

 古井戸はポリポリと後頭部を掻いて、そして言い難そうに口を開く。

 しかめっ面で、自分でも疑問に思っているかのように。

 

「言葉にすんのは難しいんだぁがね。識ってたんだよ、昔から。機奇械怪……とりわけその特異な力については、学んだってぇよりかは、……ある程度の知識が備わっていた、植え付けられていた……ってぇ表現になんのかねぇ」

 

 植え付けられていた。

 なるほど、なるほど。

 

 得心が行く。だってその言い方は、まさに"入力"だ。

 経験したことのない記憶や知識。学んだ覚えのない叡智。うろ覚えになることのない、はっきりとしたイメージ。

 上位者が自分たちに行う"入力"──それに他ならない。機奇械怪へのそれとは違う、文字通りの入力だ。

 

 となると。

 

「……僕は君の脳から情報をみることができる。古井戸、僕を信用するかい?」

「あ? なんだよ、そんなことできんならハナからやぁれっての。今までの問答なんだったんだぁってぇね」

「あはは、驚いたな。躊躇無しか。君は僕のこと警戒しているものだと思っていたんだけど」

「敵なら警戒する。だぁが、今のお前さんから害意は感じ取れねえのさ。純粋に俺達の出自を調べる気でいる。何より、あの嬢ちゃんといる時間を割いてまでこっちに来てんだ、害するつもりがあんなぁら不意打ちで潰してるだろうよ」

 

 ……なんというか。

 僕の無計画さや突発的行動を一切無視した信頼に……すこしばかり驚く。

 僕をよく知る者であればあるほど、僕ならやりかねない、と思うのが普通だろうに。

 

 あはは、僕そこまで人間の味方じゃないよ?

 

 でも。

 

「うん。約束する。傷つけることはない。君も、それでいいかな、ピオ」

「何故私に……。……構いません。古井戸さんが決めたことですから」

「わかった」

 

 それじゃあ、と。

 古井戸の頭を掴む。かつてロンラウにした時と同じだ。

 アイメリアの扱う"魂の言語"が空間に溢れていく。

 

 さて──。

 

 

+ * +

 

 

「お前は誰だ」

 

 小部屋。あるいは独房。前面が檻となっているそこ。

 血臭と腐臭、排泄物と死骸が一緒くたにされて部屋の隅に置かれている。

 

「知らねえ」

「お前は誰だ」

「お前こそ誰だ」

「知るかよ、んなもん」

 

 そういう小部屋が、無数にあった。縦に横に、いや上下にも連なる小部屋の集合体。

 そこに彼はいた。

 

 否。

 

「俺が誰か、お前が誰か」

「はン、そんなもん知ってる奴がいんのかい?」

「いるわけねぇだぁろ。なんせ全員──」

 

()()はいた。

 無数に広がる小部屋に一人ずつ……彼がいる。幼くはない。今の姿のままの彼。

 

「同じなんだから」

「違いねぇ」

「ハハッ、新入り。そういうこった、だからその質問は無駄ってもんさぁな」

「誰なんだ……お前は、お前たちは」

 

 ドサりと、彼が倒れる。

 ヒヒヒと笑っていた彼は、けれどぐりんと目を剥いて……尚も笑う。

 

「ヒヒヒ……限界だぁ。次の奴によろしく頼まぁ」

「頼まれてもねぇ。俺だってあとどんくらい保つか」

「まぁそういうなって。手向けくらい、嘘を吐いてくれたっていいじゃぁねえの……ヒヒヒ」

「……あばよ」

 

 倒れたかれは、そうして次第に喋らなくなって……動かなくなった。

 ドッと笑いが起きる。ヒヒ、ハハと嘲るように誰もが笑う。

 唯一、新入りと呼ばれていた彼だけが、戸惑ったように声を荒らげた。

 

「お前ら、おかしいぞ!? 人が死んだってのに……!」

「何言ってやがる。良く見ろよ、そいつを」

「え……あ?」

 

 急速だった。

 動かなくなった彼が、黒ずみになっていく様は。渇いて萎れて、萎びて乾いて。そうして、小部屋に転がる排泄物や死骸と見分けが付かなくなる。

 

 新入りが、恐る恐る自らの手を見た。

 今度はクツクツという笑いが起きる。

 新入りはへなへなと腰を下ろし……その尻に触れた柔らかいものに、全てを悟る。

 

「体力は温存しとけ。寿命はギリギリまで使いきれ。ヒヒヒ、こうやって喋ってることさえ無駄だ。生きたいなら効率を極めなぁよ」

「俺達はもういいからぁな。飽いた飽いた。次のに任せて、俺はとっとと死にてぇもんだ」

「ハハハッ、そういう奴ほど長生きすんだよなぁ」

「違いねぇ」

 

 彼らの目に、生気はない。

 

「お前らは……誰なんだよ……」

「お? まだ言うか。今回の新入りはしつけぇなぁ」

「わかってんだろい、もう」

 

 見る。集中する。

 新入りに目線が集まる。

 

「お前は俺だよ、新入り。だから、なぁ」

 

 目の前の小部屋で、彼が笑う。

 

「お前こそ誰だ」

 

 彼らは──。

 

 

 

 

 やぁ。

 良い夜だね。

 うん。そうだよ。

 これは君がやったんだ。

 この惨劇は、君が一人でやったんだ。

 

「……やっぱり地球……だけど」

 

 臆すことはない。

 君はこれから英雄になる。

 今君が殺した十万人は、罪人だった。

 女子供? 関係ないよ。男だろうが女だろうが、老人だろうが若者だろうが。

 

 全員、感染者(罪人)だ。

 

「……成る程」

 

 そうだよ。これから、半月と経たない内に、彼ら彼女らは化け物になっていた。化け物になって、人類の脅威になっていた。

 それを未然に防いだんだ。それを英雄と呼ばずしてなんと呼ぶ?

 

 君のその力は、人類を救うんだ。

 だからおいで。

 その力の使い方を教えてあげよう。

 

 君、名前は?

 

 ……何故、その手を、私達に向けて──ギャァッ!

 

「傀儡には、ならねぇよ」

 

 

 

 

 

「なんでだ……なんで俺は、歳を取らねぇ」

「それはお前が止まっているからだ」

「ッ、誰だ!」

 

 ふぅ。

 人間の記憶というのは機奇械怪のそれと違って煩雑だ。時系列もめちゃくちゃだし、モデリングできるほど多くを覚えていない。

 何もかもが曖昧な中で、ようやく入力があったとされるだろう記憶に辿り着いた。

 

「私は……そうさな、神とでも呼ぶがいい」

「……来るのが遅ぇってぇな。もう神に願うやつも、祈るやつも、崇めるやつも奉るやつも……みーんな死んじまったぜ?」

「そのようだ。正確にはお前が殺した、だが」

「俺がやんなくたって戦争で死んでたさ。馬鹿な話さぁな」

「……故に神として、お前に裁定を下す」

 

 えーと、で。

 古井戸はいいとして……こいつはなんだろう。上位者やアイメリアの宿主……じゃない。

 どっちかというと。

 フレイメアリスに近い、ような。

 

「なんだよ、殺してくれるのか?」

「否だ、私でさえお前は殺せん。異空間にいる自らの同一存在。それらに自らの負傷や老いを肩代わりさせる不老不死の儀式の産物。ここで幾度お前を殺そうと、お前ではないお前が死ぬだけだ」

「おいおい、俺はんな外道染みたことした覚えはねぇぞ?」

「その事実を知るものはお前に殺された。お前を傀儡にせんとしていた者たちだ」

「あー」

 

 意思の集合体。ただ、星の意思というには色々なものが明瞭過ぎる。

 生まれてから3000年経ってたフレイメアリスでさえあんなに不安定だったのに、こいつは……。

 

「で、裁定ってぇのは?」

「お前の記憶を封印し、別の星へ送る。これならば病魔でも負傷でも老化でもなく、事実上の死をお前に与えられる」

「……いいねぇ、そりゃ。是非やってくれ」

「躊躇無しか」

「お前さんが敵なら警戒するがよ、害意の欠片も感じ取れねえんだ、だったらいいだろ」

 

 ああ。

 本当に古井戸だ。

 

「そうか。ならば、行おう。安心しろ。同じ道を辿らぬよう、あちらの星におけるある程度の常識は授けておく」

「おいおい、人を常識知らねえやつみてぇに言うじゃねぇの」

「事実だ。常識があれば、惨劇は起きなかった。違うか?」

「……違いねぇや。じゃ、やってくれ」

 

 光る。輝く。

 古井戸は光となって、遥か彼方に飛んでいく。恐らくその方向にはメガリアがあるのだろう。

 

「すまない。私にもう少し力があれば……」

 

 神を名乗った男は、その光の先を見る。

 

「せめて、次なる地では対等足り得る者でも見つけて、幸せに暮らせよ……フリード」

 

 まるで父親のような、そんな顔で。

 

 

+ * +

 

 

 古井戸の頭から手を離す。

 

「ん、もう終わりか?」

「うん、大体わかったからね」

「本当ですか? まだ五分と経っていませんが」

「怪しいところをピンポイントに探ったからね。どこに何があるのかわからなかったピオとは違うよ」

「……それは、私の記憶領域が整理整頓されていない、と?」

「あはは、受け取り方は人それぞれだよね」

 

 さて。

 まぁこれで、大体の事情はわかったわけだけど。

 どこから話したものか。

 

「……やめた」

「は?」

「うん、やめにしよう。君の出自はわかったけど、話さないでおく」

「……理由は聞いても?」

「ま、彼がどこの誰かは知らないけどさ。せっかくもう手に入れているものをむざむざ壊すのは気が引けるよねって話」

「……もっと具体的な言葉ぁ使え」

 

 恋人を見つけて、幸せである彼に……わざわざ罪の記憶を思い起こさせる必要はない。

 それに。

 

「知らないことがあった方が、世界って楽しいよ、古井戸」

「知らねぇことばっかの世界で、自分っつぅほんの一部を知りたいと思うのは普通だろうがい」

「僕、ネタバレって嫌いなんだよ。自分がされたら嫌だからさ」

「俺は嬉しいんだぁが」

「君の気持ちなんて僕が慮るわけないだろ」

 

 うん。

 久しぶりに言うけど、僕は感情のプロフェッショナルなんだ。

 そのプロフェッショナルが、これは隠しておいていい真実だと判断した。

 

 あ、でも。

 

「ピオ、はいこれ」

「……フラッシュメモリ?」

「うん。その中に入ってる歌を聞けば、君の不具合は解消されるよ。修正パッチみたいなものさ」

「ありがとうございます……ですが、何故歌形式で」

「僕なりのオシャレだよ」

「……チャルさんの前ではあまりオシャレを意識しないことを推奨します。変にカッコつけるとろくなことにならないと思われますので」

「あはは、うん、余計なお世話だね」

 

 文句は纒・エルグに言ってほしい。

 僕のセンスじゃないし。

 

「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」

「本気で教えてくれねぇのかぁよ!?」

「私達ここに置き去りですか」

「うん。再出発だ。思い出の場所から、なんてエモだろう?」

「エモ……?」

 

 おや、ピオには若者言葉は通じなかったらしい。

 あはは、そろそろ知識の入れ時じゃないかな。でないとすぐ置いていかれるよ。もうすぐ人間は絶滅するとはいえ。

 

 それじゃ。

 お幸せに、ってね。

 

 

+ * +

 

 

「ホントに行っちまいやがったぁな」

「ですね……」

 

 フリスの去った元丘陵地帯。

 パイプロン・ポイントの陰で、二人。

 

「ってなわけで、唯一答えに辿り着けそうなやつから情報が出ねぇと確定したわけだが」

「……では、私もこの修正パッチは使わないで置きます」

「そりゃまたなんで」

 

 フラッシュメモリを圧縮空間へと閉まって、ピオは笑みを浮かべる。

 

「古井戸さんがご自分の出生を知った時に、私もこれを当てます」

「だぁからなんでかって聞いてんだよ」

「私の世界だけ一歩先につまらなくなるのは嫌だからです」

「はぁ?」

 

 ピオは立ち上がる。そして対面に座っていた古井戸の──その横に、ちょこんと座った。

 

「なんだいね、暑苦しい」

「ピオの表面温度は28℃です。むしろ快適かと」

「そういうこと言ってんじゃぁねぇのよ」

「もっと冷えることも可能ですが、如何いたしましょうか、ご主人様」

「うひぇ、その呼び方むず痒いからやめろって言ったはずだぁが」

「肝が冷えた、でしょう?」

「うっせぇ」

 

 そんな感じで。

 人間と機奇械怪なアンバランスででこぼこな二人は末長く……本当に末長く、幸せに暮らしましたとさ。

 

「次はどこ行くかねぇ」

「行ったことのない場所がいいです」

「んじゃあ」

 

 一拍。

 

「火山か」

「氷河とかどうですか」

 

 なお、やっぱり二人の気は合わないものとする。

 

「どっちも行けばいいさな」

「はい」

 




NEXT SHORT SHORT……
CHAPTER……SCHOOL LIFE……?


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スクールライフかどうかはさておき日常系一般人

 今更ながらの当然の確認をするけれど、人類はもう絶滅の危機に瀕している。というか秒読みだ。

 ()()()、人々は絶望していなかった。

 少しでも希望があったのならそれに縋ろうとはしただろう。ありえない可能性だったら無理を悟って絶望しただろう。

 けれど、ここまで無理を直接突きつけられると、人間というのは早々にあきらめがつくものらしく。

 

 残り少ない一般人と奇械士は、全てを無視して日々を過ごせているようだった。

 

「というか、みんな、人類の存続のために戦っていたわけじゃないからね」

「そうなのかい?」

「守りたい家族とか人がいて、あるいは復讐心で。それだけだよ、奇械士なんて。人類の存続ー、なんて大層な正義は掲げてなかったかな」

 

 身も蓋もないけどね、と。

 隣に座るチャルが言う。

 

「どうでもいいじゃん、自分が死んだ後の事なんて」

「確かに、私も……チャルとの子が成せなくなった以上、どうでもいい」

「元から成せないけどね?」

 

 最近のアレキはどこか壊れてしまったらしく、発言が素っ頓狂に過ぎる。戦うことが無くなったから、元の天然さのみが残されたというべきか。

 壊したのは僕? いやいや、チャルでしょ。責任転嫁反対。

 

「人類そのものなんか感じ取れないし」

「あはは、その発言聞いたらエストが悲しむよ」

「わかんないけど、お父さんは多分『それでいい』って言うよ」

「あー、言いそう」

 

 エストは人類にマグヌノプスは不要だとして、その切除を行った。けどその人類がもう続ける気力を失っているとあれば……果たして、とか思うけどね。

 でも、確かにエストなら、チャルの選んだ道を否定することはなさそう。

 

「……しかし、今さら学校生活とは……むず痒いな」

「惜しいよね。うちの学校制服制だったらよかったのに」

「……それは、この歳になって再度制服を着る私を笑えるから、か?」

「うん」

 

 そう、ここは学校だ。

 がらんどうの学校。人がいるのはこのクラスのみで、さらに言うと人はほとんどいない。

 アレキとチャルだけだからね、純粋な人間は。

 

 僕の周囲にアレキとチャル、そしてモモ。

 少し離れたところに、スファニアとアスカルティン。

 たったこれだけだ。

 授業だって大したことはしていない。知識を溜め込む意味がないからね。

 だからまぁ、習いたいことがあったら、エクセンクリンとかを適当に呼んで授業させて、あとは疑似スクールライフ、って感じ。

 

 僕とアスカルティンとスファニア以外はみんな大人に成長しちゃってるから、学校は学校でも大学感が強い。

 ちなみにアスカルティンは自己改造で大人になることもできるけれど、本人曰く「非効率」とのことで、彼女は子供のままだ。「スファニアさんを置いていくのも偲びないですし」という理由もあるらしいけど。

 

「制服かぁ。他の学校でやってるの見たことあったけど、私は一回も着たことないなぁ」

「奇械士の装備は制服みたいなものじゃない?」

「多種多様が過ぎるかな」

 

 アレキとチャルの目が僕に向く。

 ……?

 

「着てみたいのかい?」

「着てほしい」

「あはは、じゃあ作らせようか」

 

 手元の鈴を鳴らす。

 転移光。そこから出てくるのは、人影。

 外で生き埋めになってた上位者は大体回収したからね、今僕の手元には数多の"英雄価値"の入力値が保管されている。

 

 ただ、自分に入力するのは面白くない。

 

 ので──。

 

「制服を作れ、と。……確かに承りました。死ね、フリス」

「全員分ね。ああ、サイズは」

「では、お嬢様方。あちらの教室にて採寸をいたしましょう。ここにはケダモノがいますから」

「いや君も特に変わら、」

 

 キッとこちらを睨む女性。

 ……君、精神まで女性になったのかい?

 

 

 

 

 

 横臥チトセ、ジュナフィス、リンゴバーユ他。

 ラグナ・マリアにいた上位者たちはみな、今のホワイトダナップに開放してある。

 それらがいない人間を補っているというか、必要な役割についているというか。

 

 だから、チトセだったらフレシシの代わりに僕のメイド、みたいな。ジュナフィスだったらホワイトダナップに残った数少ない子供たちの相手、とか。リンゴバーユだったら……まぁ彼は特に役割ないから、徘徊老人とか。ガロウズとなんかやってるんじゃない?

 

 そういう感じで、上位者の人格リソースは有効活用されている。

 モルガヌスから解放されているから、自分のやりたいこと──人間を害さない範囲で──を謳歌している者も少なくはない。

 世界がこんなだからね、上位者ももうやることないんだよ。

 ……その誹りで、というべきか。好奇心オンリーで世界滅亡を引き起こしたヘイズは肩身狭め……に思えて、彼のあの性格だ。揶揄はされても「アッハッハッハ」で済ませている。マイペースだね。

 

「フリス」

「ああ、着替え終わったんだ」

「うん」

 

 そんなことをつらつら考えていたら、みんなが戻ってきた。

 相変わらずの仕事の速さだ。布の生成とかは機奇械怪組も手伝ったのかな。

 

 なんにせよ。

 

「どう?」

「かわいいよ、とか僕が言うと思うかい?」

「全然」

「まぁ、変じゃないよ。昔の光景を思い出すな、ってくらいかな」

 

 僕に芸術的センスを求めないでほしい。

 無いんだから。本当に。

 

「あ、チトセ。まだ行かないで」

「ア?」

「うわ怖いなぁ。もうちょっとメイドっぽくしようよ」

「お嬢様方ならともかく、なんでテメーにメイドらしく振舞わなきゃならねぇんだよタコ」

「君、ラグナ・マリアにいたころより口悪くなってないかい」

 

 ぶつくさ言ってるチトセを無理やり座らせる。

 他、チャル達生徒組も席について。

 

「──はぁ。なぜ学生用の制服を着させられて……先生役をやらなければならないんだ、私は」

「君があれからどれほど理解したかのテストを兼ねているからね」

「……わかった。真面目にやろう」

 

 スクールライフといえば、授業。

 生徒が集まったので、授業が始まる。なぜか女生徒用の制服を着せられて、けれど壇上に上がったモモにが、覚悟を決めた目で口を開いた。

 

 今日習うことは──。

 

「では──魂というものについて、授業を開始していく」

 

 上位者が終ぞつかみきれなかったものについて、である。

 

 

 

 

 

「まず、はじめに……魂とは何か。……そうだな、アスカルティン。答えてくれ」

「魂は私を私たらしめるものです」

「ふむ。それも正解だが、ほかに言い方がある。……そうだな、ではアレキ。お前は何だと思う?」

「……記憶?」

「いや、もっと単純でいい。チャル、わかるか?」

「うーん。……思い出、とか」

「それは同じだ」

 

 やっぱり人間組は言語化が難しい様子。

 機奇械怪組のように手に取るようにわかる、って状態じゃないからね。

 

 そんな中で、スファニアが手を挙げる。

 

「お、やる気があるな。ではスファニア、頼む」

「魂はエネルギーだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「うむ、正解だ」

 

 魂はエネルギー。

 大正解。

 

「魂とは二層構造になっている。まず、中心核。これをコアと呼び、これは原動力を生み出す装置であると同時に、エネルギーそのものでもある」

「エネルギーそのもの……」

「ここに記憶や感情といったものがまとわりついて、人格となる。それが外側の層だ。ゆえに記憶や人格が同じでも、魂が別物である、あるいは存在しない、ということは大いにあり得るわけだな」

 

 外側の層はいくらでも模倣ができる。感情も記憶も数値でしかない。だから、まるで生前の姿と同じような、生前の存在を思い起こさせるような行動をとるレプリカ、も簡単に作れるわけだ。機奇械怪としてね。

 それはたとえば間宮原ヘクセンであったり、吸血鬼たちであったり。

 取り戻す前のモモもそうだったね。

 これらは決して生き返った、とは言えない状態だし、そういうのを察知できる存在には一目でわかってしまう空っぽの人形に近い。

 

「機奇械怪はそのエネルギーを自らの動力に変えて生きる。機奇械怪が生物を取り込むのは魂を取り込みたいからであり、肉体なんかは副次的なものに過ぎない。また、たとえば人間が体をバラバラにされたとしても、各部位に魂というのはある。正確には浸っている……流れている? 血液のように全身をめぐっているエネルギーだから、切り落とされた瞬間に消えるわけじゃない、というべきか。とかくそういう理由で、バラバラにしても動力の抽出はできると──……いうのは、チャルやアレキには不快な話か」

「あ、ううん。気にしないで。どうせもう戦うこともないだろうし」

「そうね。機奇械怪がそういう生態をしているのだとして、それを直せというつもりもない」

 

 魂はエネルギーだ。

 だけど、電力とかみたいにすべてがすべて同じエネルギーということではない。周波数とでもいえばいいのか、個人差というものがしっかりあって、だから他人の魂じゃ代替にならない。その周波数を均一化してフォーマットにしたのがオールドフェイス、なんだけど。

 機奇械怪がオールドフェイスでオーバーロードできるのは、他人の周波数値が一切入っていない状態のエネルギーを即座に取り出せるからだ。オールドフェイスは食べやすくて飲みやすい栄養剤って感じだね。

 

「なら……機奇械怪が魂を獲得する瞬間というのは、いつになるのでしょうか」

「魂を獲得する瞬間?」

「はい。アスカルティン様、モモ様は機奇械怪です。融合、浸食から機奇械怪になったアスカルティン様はその機奇械怪に魂を使われているはずですし、モモ様に至っては初めから機奇械怪。メモリーチップ(記憶)を外側の層であるとするのならば、お二人はどのようにして中身()を得たのですか?」

 

 チトセの疑問。

 それについて、二人は。

 

「私は明け渡してないですよ。自分の中に入ってくる機奇械怪とお話をして、共存を選びました」

「私は……フリスと話をしていたら、自然と」

 

 視線がこちらを向く。

 これはさすがにお手上げか、モモも。

 

「いくつか方法がある。たとえば、自分の魂を再獲得する方法。これは最も簡単だね。自分の魂を誰かに保管してもらっておいて、模倣した体に宿らせる。それが第一」

 

 エクセンクリンがやろうとしていたことだ。

 

「次に、自分から呼び込む方法だ」

「呼び込む……」

「エネルギーに対し、感情が自分から働きかける……第二ではあるけれど、同時に稀有なケース」

 

 これができないから、機奇械怪……というか「人類を脅かすもの」はステージを上げられなかった。

 そしてモモが自然とやったことでもある。

 自身の魂に対し、模倣の身でありながら、強く「自分はここだ」と呼び込んでそれを己がものとする。これが魂の獲得法の二つ目。

 

「アスカルティンはそもそも失っていないから別の話として、もう一つの例はスファニアだ」

「俺?」

「そう。君はゾンビ……つまり死者だ。一度死んでいる。けれど魂は持っている。君はただ『ゾンビ』の時代のゾンビであるから、という理由だけじゃなく、魂のほうが君をつかんで離さなかったから、という理由で魂を再獲得している」

 

 スファニア・ドルミルはマグヌノプスと同等の存在としてあるものだけど、それ以前にゾンビである。能力としては星の意思の代替、アイメリアの特効薬であるのだろうけど、スファニア・ドルミル……あるいはその名前ではない誰かの魂は保有している。

 死体が魂を保有する。それは上記二つの獲得方法以外の、もう一つのアプローチがなければ成立しない。

 

「魂が自ら感情を手放さない。死を認めない。コアという意思なきエネルギー塊が、それでもスファニア、君という記憶の欠落を拒否した。それが第三の獲得法であり──君の異常性でもある」

「簡潔にまとめろ、フリス」

「魂の在り処は全身、魂を取り戻せるかどうかは個人の資質により、スファニアは異常。そんな感じかな」

「言い方が悪いよ、フリス」

「いや……俺が異常なのはわかってるから、いい」

 

 なんだか。

 僕の大本と戦った後くらいから、スファニアはずっとしおらしいんだよね。

 元の彼女ってこう……「知るかよ!」みたいな。「うるせえ!」みたいな。ヘイズをさらに悪化させた、理性のないヘイズ、みたいなのだったのに。

 

 チャルを見る。

 首を振る彼女。アスカルティンは……こっちもか。

 アレキだけが何か心当たりのありそうな顔を。

 

 ……こういうの、女の子たちだけで解決したほうがいい奴じゃない? 僕、今までだったら引っ掻き回しに介入したけど……今はそういうのやる気ないから、ほら、ね?

 

 スクールライフに悩みはつきもの。

 友達同士で解決してきなよ。

 

「というわけで、魂というのは──」

 

 真面目に授業をしてくれたモモには悪いけれど、こっちのほうが気になっちゃったかな。

 ということで、久方ぶりにテルミヌスの盗聴機能をONにして。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「別に大した話じゃねーよ」

 

 ぶっきらぼうに、吐き捨てるように。

 昼休み、スファニアのもとへと集まった少女らに、そう告げる。

 

「スファニア・ドルミル。この名前さえも植え付けられたもので、本当の俺がどういうやつだったかは思い出せない。俺なんかいなかったんじゃないか、とか思ってたよ、さっきまで。……まぁ、違ったみてーだけど。なんにせよ……俺は俺である自信がない。だから……なんつーか、お前らと一緒にいても、不安……いや、違うな、……悪い、わかんねぇ」

「あー、まぁ、私にはわかりますよ、それ。私も私が私か、とかそれなりに自問自答しましたから。まぁ私は私じゃなくても私は私っていう結論にたどり着いたんで、もう悩んでないんですけど」

「それはたぶん、あなたにしかたどり着けない結論」

「あはは……アスカルティンさん以外が言ってたら、何言ってるんだろ、になるかな……」

 

 アスカルティン。

 人間から機奇械怪になった──もう99%どころではなく、100%機奇械怪なアスカルティンも、似た境遇にあるのだろう。ゾンビ。あるいは星の意思。アイメリアへの特効薬。様々な役割を押し付けられたスファニアと、神の嬰児としての贄を担わされたアスカルティン。

 

「……俺は俺、か」

「はい。まぁ、なんというか、そうではなかったとして、でも変えられないじゃないですか。選択肢としては、ここから死ぬか、生きるか。それだけなんですよ。で、死ぬとか私論外なので……だから、よくないですか? 私が何者でも、人間でも機奇械怪でも、そのどちらでもない──たとえば"新人類"でも"次なる源"でも、どうしようもないから、私は私です。アスカルティン()がアスカルティンじゃなくても、私です」

「……相変わらず、ヘンに説教臭いよな、ガキ」

「そろそろ私をお姉さんだと認めたらどうですか」

 

 アレキとチャルにはわからない話かもしれない。

 彼女らには生身がある。それは、彼女らが彼女らであるという何よりもの証拠だ。「体が覚えている」なんてのは陳腐な言い回しだけれど、それが何よりもの自身となる。

 血の通わない体を自身だと思えないのは当然で、記憶さえもなければ殊更に。

 

「……じゃあさ、スファニアさん」

「ん」

「遊びいこ?」

「……遊び?」

「うん。今さ、フリスがいろいろやってくれたみたいで、北部区画のゲームセンターとかも動いてるからさ、そういうとこで遊ぼうよ」

「あー……チャル。よくわからねぇ。何が"じゃあさ"なんだ」

 

 え、わからない? なんて笑って。

 チャルは、そしてアレキも巻き込んで言う。

 

「今でいいじゃん、自分の根拠なんて。私たちもう大人だけどさ、せっかくこういうの整えてもらったんだし、今のスファニアさんを私たちで作ろうよ。アイメリアが~とかゾンビが~とか知らないよ。奇械士の仕事に付き合わせちゃったこの五年間ですら要らない。これから学校生活して、毎日楽しく過ごしてさ、それでいいじゃん。スファニア・ドルミルはそういう存在になりました! じゃダメ?」

「なんか……チャルにしては、陳腐」

「ひどい!?」

「そうですね。チャルさんってもっと突拍子もないこと言うイメージがあったんですけど。やっぱり見抜く目、みたいなのを失って変わったんでしょうか」

「そ……それは、ちょっとその節があるから何も言い返せない……」

「おい、今度はチャルが落ち込んだぞ」

 

 ずぅんと落ち込むチャル。実際彼女が気にしていたことではあったのだ。

 チャルは明確に"特別"ではなくなった。"英雄"ではなくなった。発言があまりに普遍的な……それこそフリスやユウゴ、リンリーと学生生活を送っていたころに戻ったのではないかと思うほど、普通の女性になっている。

 アレキのような天然さもなければ、アスカルティンのようなぶっ飛んだところもない、スファニアみたいな物憂げな雰囲気も、モモみたいな吹っ切れた空気もない。

 本当に普通の、ただの女の子。

 

 それが今のチャル。

 

 なぜ彼女がそうなったかと……どこぞの上位者に言わせるのなら「必要がなくなったから」であり、「マグヌノプスじゃなくなったから」になってしまうのだろう。

 英雄という存在そのものがもう時代に要されていない。だから特異な精神性も必要がない。

 平和になった証だ。

 

「でも……フリスが変わらず特別なだけに、置いてかれるような感じが……」

「何をいまさら。オルクス失ったあとだったのに、見事フリスさんを振り向かせてみせたんじゃないですか。あの時のチャルさんだってちゃんとフリスさんと対等でしたよ。というか、そういう一筋でも脈のある素振り見せると」

「チャル、今からでも私に乗り換えない?」

「乗り換えない……」

「アレキさんもなんで振られるってわかってて突っ込むんですか」

 

 でもまぁ。

 そんな普遍的な、普通のやり取りでよかったらしい。

 スファニアの口の端。そこに笑みが戻ってきていることに、果たして彼女自身は気づいていたか。

 

「チャル」

「うぅ……あ、なに、スファニアさん」

「行くの、ゲームセンターじゃなくてもいいか」

「ああ、いいよいいよ。別にどこでも。みんなで一緒にいられるだけでいいからね」

「やっぱり普通……」

「アレキさん、その辺にしないとなんでもなく嫌われますよ」

 

 スファニアは、だから。

 とある店の名前を提示する。学生らしくはないけれど、自分らしい場所で、皆を連れていけるところ。

 

「ちょっと知り合いのとこにさ」

 

 ハハッ、なんて笑って。

 

 

+ * +

 

 

 

「居酒屋『アドベントすこやか』……?」

「中々……意味の分からない店名してますね」

「あぁなんだ、連れていきたいところってヘイズの店だったのか」

「別にお前は呼んでないけどな」

 

 どうやら青春の一ページを刻んだらしいスファニアが、放課後、チャル達を連れていきたいといった場所。特に呼ばれてないけど当然のようについて行ってみれば、そこはヘイズの居酒屋。

 性懲りもなくというか、ヘイズはもうアクルマキアンの時点で人間観察なんか終わっているはずなのに、ホワイトダナップで同じような居酒屋を開いている。

 ここは上位者がよく訪れる他、普通に人間な……なんならヘイズが上位者だと知らないお客さんまで来るくらいには繁盛しているらしい。

 

「むむ……年齢的には問題ないんだが、学生服で居酒屋……」

「モモ、君って時たま古風だよね」

「こら、フリス。それ女の人に言うセリフじゃないよ」

 

 そうかなぁ。

 古風と古臭いは別だと思うんだけど。

 

「よぅらっしゃい……ってなんだよお前らかよ」

「なんだよとはなんだヘイズ。客だぞ客。飯と酒持ってこい」

「はぁ? スファニアお前、酒なんか飲んだことねーだろ。なんだ、フリスか? 余計な事焚きつけやがって」

「ところが僕じゃないんだよこれが。スファニア発案でね、ついでだから、チャルとアレキが飲んだらどうなるかも見たいなって。特別に機奇械怪組にもアルコール効くよう細工しといてあげたから、存分に楽しんでほしいな」

「あの、本人の許可なくそういう内側弄るのやめてくれませんか」

「道理で……。さっきから妙に原因不明のエラーが出ていると思っていたら、それか」

 

 まぁまぁ、なんて言って席に着かせて、適当に注文をしていく。

 いやほんと、学生服でこの光景は中々だね、確かに。世が世なら……まぁ世が世じゃないしいいか!

 

「お酒、飲んだことないからちょっと怖いかも……」

「酔った勢いでキスとかしてくれてもいい」

「ごめんねアレキ。一番遠いところに座るね」

 

 相変わらず壊れているアレキ。というかもうブレーキ踏むのやめたよね君。

 

「酒か……前はそれなりに飲んでいたが、機奇械怪になってからは初めてだな……」

「アルコールとか一瞬で分解しちゃうのが普通なんで、フリスさんの酔えるようにした、が怖くて仕方がないんですけど。あの、私っていうか私の中の機奇械怪は普通に人間食べるので、やばかったら動力炉壊さない程度にバラしてくださいね。歯止め利かないんでホント!」

「フリス、俺も効くのか?」

「効きたい?」

「ああ。どうせなら酔ってみてえ」

 

 じゃあこれもサービスだ。

 一時的にスファニアの脳を生前と同じようにして、でも痛覚とかはちゃんと切って……みたいな結構細かい作業をやって。

 

「じゃ、ヘイズ。お代は僕が持つから、じゃんじゃんね」

「馬鹿言え、最初から金なんて取ってねぇよ」

 

 そうして、スクールライフ……には到底結びつかない大宴会が始まった。

 

 

「フリス、フリス」

「ああ、うん。そうだね」

「うん。あのね、あのね、フリスはね、もっと私にべたべたしてよくてね」

「うん、うん、そうだね」

 

 犬のしっぽを幻視する。

 チャルは一杯で最大限まで酔っぱらった。そっからずっとこの調子。

 僕の隣で、あのねあのね、と「如何に僕がカップルとしての行動をしてくれていないか」を熱弁している。面倒くさい。

 

「うぅ……チャル……私が悪かったから、うぅ……うぅぅうう」

「そうか、アレキ、わかったからテルミヌスを振り回すのはやめよう。ヘイズの店が危ない」

「あの時縛り付けてなければ……チャルは、チャルは」

 

 こっちは泣き上戸。五年前のことをいまさら後悔してずーっとうじうじしてる。うん、面倒くさい。

 

「そもそもの話をしますけど、おかしいんですよ! 次なるステージとか、オーバーロードとか! 名前だけ! 教えられても! わからないものはわからないって!! 何度言ったら!!!」

「うんうん、ごめんねそうだね」

「っていうかごはんたりない!! オールドフェイスじゃ味変できない!! ほかのごはんつくって!!」

 

 アスカルティンは怒るタイプ。機奇械怪まで怒るタイプ。うんうん。

 

「父は……そろそろ子離れするべきなんだ。本当に。最近はシールドフィールドを張っているからって、疲れたよ~なんて言って抱き着いてきて……嫌ではないが、わ、私も夫を持つ身として、そろそろ……!」

「うわエクセンクリンそんなことしてるのかい? 引くよ普通に」

「いや、良い父だ、良い父なのだが!! こう、そろそろ子離れしてくれないと、こう!」

 

 モモは愚痴るタイプ。でもまぁまぁ正当なコト言ってる。エクセンクリンにはドン引きだよ。

 

「おい、フリス。酔えるようにしろって言っただろ」

「うん。やったよちゃんと」

「全然酔えないぞ」

「生前から君は酒に強かったんじゃないかな」

「嘘だろ。生前の自分とか一番知りたかったことなのに、こんなとこで出てくるんじゃねえよ」

 

 そして悲しいことに、スファニアは酒豪だった。もとから耐性がありすぎるみたいで、全然酔えていない。みんなと楽しく酔いたかったんだろうけど、いや本当にかわいそう。

 でもここで僕が脳をいじっちゃったら、それこそアイデンティティに関わるだろうし……あと僕も僕以外が酔ってる、みたいな地獄に付き合いたくないし。

 

「マトモなのが今僕と君とヘイズだけだし、ちょうどいい機会かな」

「何が」

「君、過去を思い出したいかい? ゾンビになる前の、生前を」

 

 カウンター奥、グラスを拭いていた音が止まる。

 ヘイズは知っている。

 今僕の手元に、スファニアの過去──生前の数値があるということを。

 

 きょとんとして、一瞬、憂愁を帯びて。

 でも、スファニアは牙を剥くようにして笑う。笑った。

 

「……いらねーよ。そんなもんもらっても、どうにもならないだろ。俺は俺だからな」

「うん。それは良い選択だね」

 

 要らない。

 なら、それでいいだろう。わざわざこの子が誰か、何者か、なんてのを口に出すようなことではない。

 謎は謎のまま。スファニアはスファニアで、ほかの誰でもない。

 

 からんころんと、入り口のドアベルが鳴る。

 

「よぉ! 来たぜ、ヘイズー……って、なんだぁ? フリスがいる!」

「ふぉふぉふぉ、これはまた……ハーレムですな?」

「てめぇフリス、オレがそこそこ頑張って下準備してたところを……学生引き連れて居酒屋とかなめてんじゃねーぞオイ!」

「いやみんなもう年齢的には大人だから」

 

 ラグナ・マリア組の上位者が。

 

「お、今日はいつになくにぎわっている、よう、……ケルビマ、また今度にしよう」

「む? なぜだ? 別にヘイズなら、この程度の人数捌き得るだろう」

「け……けるびま、どの……? あ、そ、その、これは不貞を働いているとかではなく、フリスは教師と生徒の関係でっ! あ、いや、それもダメなような」

「待てモモ、君……なんだその恰好は! その恰好は、ちょっと待ってくれたまえ、今写真を」

「おい、エクセンクリン。人の妻の写真を勝手に撮るな」

「君の妻である前に私の娘だぞ!?」

 

 今度はエクセンクリンとケルビマが。

 

 ぞろぞろ集まってきて……ふむ。

 

 最近動いていなかった、無計画の食指がぴょこんと動く。

 

「おい馬鹿フリス、何やろうとしてるかは大体わかるが余計な事すんじゃ、」

「あはは、君も巻き添えだよ」

 

 さすがの危機察知能力だ、ヘイズ。

 けど今の僕は止められない。だってほら、ちょうどよくさ、手元に「酒豪の数値」なんてものがあってさ。

 

 上位者酔わせたらどうなるかとか──ちょっと面白そうじゃない?

 

 ヘイズと、そしてチトセの制止の声。

 当然聞かない。聞かないで実行するは、魂の言語による入力。

 

 

 ──無論。

 その後ヘイズの居酒屋が更地になったことなどはまぁ、語るまでもない話。

 



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これにて閉幕する系一般物語

VERY VERY VERY SHORT……

& END ROLL……


「ね、フリス」

 

 告げる。

 幾度とない呼びかけ。告げられる。

 

「好きだよ」

「そっか」

 

 だから、返す言葉もいつも通り。

 

「……ね、チャル」

「ならないよ」

 

 でも、今日は違った。

 僕から、問い返して。即座に否定を貰う。

 

「そっか」

 

 この返事が先ほど天と地ほどに違う意味を持つと、だれがわかるだろうか。

 

「あはは……うん。そう言うと思ってた」

 

 知っていた。

 だから驚きはない。

 

「……楽しかった」

「うん、僕もだよ」

 

 退屈な日々だった。凡庸すぎて語るべきところが何もない。目新しいことのない、あまりにも平凡な普通(平穏)

 あの日から時が飛んだのではないかと錯覚するほど、毎日毎日似たような日々。

 

 でも、一度たりとも、僕が経験してこなかった日々。

 

「……なんで人間って、こんなに短いのかな」

「特別だからだよ」

「特別?」

 

 こんな話を今更するなんて、僕もどうかしているとしか思えない。

 

「人間は魂を保有して生まれる唯一の存在だ。それは影響力……魂を持たない他者に強い強い"入力"を刻み込む」

 

 たとえば、機奇械怪を方舟から知恵の実に変えたり、とかね。

 なんて。苦くでも、笑えればよかったんだけど。

 

「だからこそ、同じ魂を保有する人間はそう長く在ってはならない。……少なくともメガリアはそう考えている」

 

 強い影響力を持つ存在であればあるほど、長く居てほしくないのだ。

 星がその色に染まってしまうから。

 

「……あはは、よくわかんないや」

「うん、いいんだよ、裏事情なんて知らなくて」

 

 それを担うのは次代の人間だ。

 君はもう、良い。

 

「特別じゃなくても、特別じゃなくなっているとしても、君は君だ。……僕が興味を持つのは確かに特別……"英雄価値"だけどね」

 

 もう学生の頃の面影なんてほとんどない彼女を見て。

 

「僕が好きになったのは、そんなどうでもいいところじゃないんだよ」

 

 ちゃんと、告げる。

 

「……具体的に、ドコ?」

「あはは、強欲だね」

 

 その手を握って。

 

「じゃ、そこに触れてあげるから……目を瞑って欲しいかな、チャル」

「えっ、それって──、ぁ──」

 

 

 空歴2600年8月31日。

 この日、ようやくホワイトダナップから、人間がいなくなった。

 上位者及び機奇械怪ら関係者はこの巨大な浮遊島を『墓標』にする決定を下し、皇都フレメア跡地に墜落させた。

 天候は最悪。未だ塵芥の吹き荒れる地表に()()()()、純白の都市。

 ホワイトダナップ、ここに沈む。

 

 あの島が空を飛んでいたことを記憶しているのは、上位者ら機奇械怪、そして辛くも生き残り続けたエルメシアの人々だけ──。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 テレビは毎日のように廃徊棄械(クラッドオレオム)の脅威・被害について報道している。純白の角錐塔から溢れ出てくる、人類を糧とするヒトガタの機械群。各国は軍を編成し、あるいは一騎当千の英雄を成して、之から自国を守る。

 

「今回はどこも頑張ってるねぇ」

「ですねぇ。まぁどっかの誰かさんがあんまり積極的に動いていない、というのもありそうですけど」

「いやぁ、やっぱり指導者がいないのが問題だよ。折角指摘してもらったのに、結局実践できてないからね」

「あれ、ミケルさんがつくってたんじゃなかったんですかぁ?」

「制作過程は全部虚偽のレポート、最終レポートの指導者の個体名のとこにはチャルの名前があったよ」

「うわぁ、フリスを騙すなんて怖ろしい恐ろしい」

 

 昨日のことのような懐かしい話。

 昨日のことのように懐かしい家で、カウンターにいるフレシシと話す。あはは、両親はいないけどね。

 

「そういえばフリス、今日の予定なんですけど」

「ああ、会いに行くんだろう? そうだ、ついでにコレ持って行ってくれないかな」

「……なんですかコレ」

「液体版オールドフェイス。アスカルティンがやってたのから着想を得てね。完成までに300年もかかっちゃったのは想定外……というか半ば放置してたからなんだけど、結構味もちゃんとおいしいものにできた自信があるよ」

「ちなみにコレ誰なんですか」

「誰だと思う?」

「……聞かないでおきますよぅ」

 

 それは賢明だね。

 

「フリスの今日の予定は」

「午後から部活だよ。まったく、夏休み中だっていうのに人使いが荒いよね」

「それにしては楽しそうですけど、"英雄価値"でも見つけたんですか?」

「ちょっと違うけど、似た感じかな」

 

 さぁ、時間だ。

 パチッと走るは、薄い薄い赤色。赤い雷。

 それが一瞬フレシシを包んで、彼女はその場から消える。

 

 ……もうちょっとだねぇ。

 

「アスカルティンとモモは、ちょっと手加減しすぎかなぁ。もう少し激しくしてくれてもいいんだけど……」

 

 テレビを消して。

 さて。

 

 

 

 

「──む? おや、フリス殿。どうかなさいましたか──用向きあらば、ンンッ、このスカーニアス・エルグ=アントニオめにお申し付け下されば!」

「ああうん、自分で行くからいいよ」

「承知」

 

 アントニオも古株になったものだ。いやぁ、溶岩流片づけてたらボコッと出てきたんだよね。思わず宇宙に捨てかけたけど、マグヌノプスのとこまで自力で行っちゃいかねないな、とか思ってスルーすることにした決定は間違ってなかった。

 なんと今代の人間、一時は宇宙開発事業まで行ってたので、何らかの間違いでアントニオが発見されてた可能性がある。

 廃徊棄械(クラッドオレオム)の解禁でなんとかどの道宇宙進出は断念されていたとはいえ、むやみやたらに要らないものポイ捨てするのはよくない、って話だよね。モルガヌスの時に学んだこと。

 

「あ!!」

「ん?」

「この、妖怪!! 何しに来た!! 帰れ!!」

 

 アントニオの横を通って侵入した学園。学校ごとに休みの期間というのは違うので、僕の学校が夏休みだったとしても、こっちの学園はこうやって普通に授業がある、なんて形になっている。

 

 入ってすぐに、甲高い声の少女が爆速でこっちに走ってきた。

 

「やぁ、イスカ。また足が速くなったみたいだね」

「うるさい! 帰れ!!」

 

 せっかく褒めてあげたのに、取り付く島もない。

 そのまま少女──イスカは、手に持った木刀を僕めがけて振り下ろしてくる。

 

 当たってもどうにもならないし、なんなら避けることだってできるそれ。あるいは抓んではじき返す、なんて芸当も今の僕には可能だ。

 が、そんなことをするまでもなく、彼女を窘める存在があった。

 

「こら、イスカ。ダメでしょう、無手の相手に刀を振り下ろすなんて」

「げっ、山姥!?」

「ふふ──いい度胸です。ではお仕置きと参りましょう」

 

 木刀を手でいなし、文字通り目にも止まらぬ速さでイスカを抱き上げ、どこぞへ連れていく老婆。

 彼女はこちらをチラっと見ると。

 

「わかっているとは思いますが、あの子は彼女じゃありませんよ」

「あはは、わかってるよ。そこまで狂ってないよ、僕」

「それならいいのですが。──さて、イスカ・リチュオリア。どんなお仕置きがいいですか?」

「助けて、助けて~~!! アルベーヌ婆さんに食べられる~~!」

「学園長と呼びなさい」

 

 余計な釘を刺してきた妖怪を見送る。

 いやね、イスカの感覚は正しいんだよ。「予定のない日を飛ばすことで延命を図る」なんていう悪あがきでここまで生きてきた彼女だけど、どう頑張ったってもう老婆だ。だっていうのにまだアレだけ動けるんだもんなぁ。

 名前を女性らしいソレに変えて、子供を育成する場の長になんてなって。

 君、最初の頃の影の薄さはどこへ行ったんだい?

 

 とまぁそんなひと悶着を経た後で、校舎に入って、勝手知ったる顔で目的の場所まで歩いていく。

 時折すれ違う生徒の中にはさっきのイスカのように帯刀していたり、銃をホルスターにいれていたりと、幼ささえ見えるこの年頃かられっきとした戦闘者であることを伺わせる。

 それもそのはず、この学園は精鋭ばかりが集った超エリート校。

 教員を除く在園生全員でなら、被害は出るにしてもアーチェルウィリーナ程度を殺し得るくらいの強さを持っている。

 

 それほど廃徊棄械(クラッドオレオム)が強い、ともいう。

 

「よかった、無駄足にはなってないみたいだ」

 

 辿り着いたのは図書室。

 引き戸を引いて、その独特な香りの充満する部屋に入る。

 こちらを一瞬見た司書の男性は、けれど僕であると気付くや否や、心の底から嫌だ、という顔をした。無視無視。

 

 図書室の構造はシンプル。入り口側と奥側にテーブルが四つずつ。その間に八列の本棚。窓を除く壁一面に本棚。それだけ。

 その、一番奥の、一番隅っこ。

 最も風の入ってこない場所に、少女がいる。

 

「やぁ」

「あの読書中に話しかけないでくださ……あ、神様」

「だから違うって」

 

 栗色の髪。茶色の目。さらにメガネ。

 高いとも低いとも言えない身長と、まだ性別の定まっていないような中世的な声。

 

「カリナ・メルティーアート」

「……なんですかフルネームで。もしかして何かくれるんですか」

「あはは、僕が君に何かを上げるとしたら、試練とかじゃないかな」

「やっぱり神様だ……でも邪神タイプ……」

 

 彼女とは似ても似つかない少女。

 僕を神様と呼び、慕っているわけでも敵視しているわけでもなく、ただただリアクションを返すだけの子。

 実技の成績は悪くない。ただ読書が好きで、日がな図書室に籠っている。そんな子だ。

 

「それで、今日も来たってことは」

「うん。歴史を教えてあげるよ、今日もね」

「いいですか、あくまで史実に起こったことを、ですからね? あなたの主観視点、その時何を思ったか、とかいらないです。神様目線ならなんだって些事に決まってますから」

「だから僕は神様じゃないんだって。神様はもういないよ、倒されちゃったからね」

「──また先走って気になることを!!」

「あはは、図書室では静かに、ね?」

 

 僕と彼女は、そういう関係だった。

 前にぽろっと僕が語られていない歴史について零しちゃったら、それはもうすごい食いつきでね。

 いつもの僕なら笑って流すんだけど──何か、響くものがあって。

 それからこうして、開いている時間に歴史の先生をやっている。

 

「どこまで話したっけ?」

「記憶力しか取り柄のない神様のくせに何言ってるんですか」

「ひどいなぁ。神様じゃないけど、世界を滅ぼすくらいのことはできるんだよ僕」

「それは短所であって取り柄じゃないのでカウントしません」

「昔は無計画にいくつもの国を滅ぼしていたんだ」

「やっぱり邪神!」

 

 語り口調は変わらない。

 だけど、ほんのり、ちょっぴり、脚色を混ぜる。

 それは──僕の行動全部に、意味があった、みたいな嘘を一つまみ。

 

奇械士(メクステック)。そう呼ばれていた戦士の中でも、特に優れた二人の男女。それが地上の、荒野の、夜の廃墟で、男の子を見つけた。そこからです」

「そうか。そうだったね。じゃあ、そこから──そこから」

 

 そこから始まった、ある、一人の男の子のお話。

 人間風情に恋をして、それに気付かず英雄を求め続けた──仲間を欲した寄生生物のお話だ。

 

 少女は興味津々に聞く。手元のノートに書き連ねる。

 僕の語る真実を、一片たりとも逃さぬように。

 

 それはむかーし、むかーし。もっと昔の昔のお話。

 

 人間ではない少年と、人間でしかない少女が幸せを遂げた──陳腐で凡庸な、とりとめのない物語。

 

 

 


 

 

 

「IT'S TIME TO……GET IT OUT……」

 




TIPS
廃徊棄械(クラッドオレオム)

 ヒトガタの機械。
 名前はCradoleom。揺り籠(Cradle)と終末(Doom)を合わせた造語。誰が名付けたのかは不明。
 とある目的のために、純白の墓標から日々溢れてきている。


登場人物紹介

アルベーヌ婆さん
 御年71の老婆でありながら、未だ学園最強として君臨し続ける女性。通称山姥。
 特に衰えていない時止めのサイキックと未来へ行くサイキックを駆使し、とても長い時間を生きている。

イスカ・リチュオリア
 今はまだ足が速いだけの少女。
 少なくともアレキは誰とも子を成さずに死んだため、誰の子孫かは不明。ケルビマとモモは結婚したが果たして……。
 直感でフリスを化け物と見抜き、不意打ちで人が死ぬレベルの打撃を与え、しかし木刀の方が折れたことをきっかけに彼を妖怪呼ばわりするようになる。もっとも、彼女にとって自分より強い相手は全員妖怪なので、この学園は妖怪で溢れている。割合頭が悪い。

カリナ・メルティーアート
 読書と勉強が好きな少女。
 体を動かすことは得意だが、好きなのは引きこもって読書をすること。知識をため込むのが気持ちいいらしい。
 何の因果かフリスに目を付けられ、どこの大賢者でも知らないような丸秘知識を植え付けられ続ける思春期少女。
 特にランパーロという名は聞いたことがない。

フレシシ
 アルベーヌ婆さんと一緒に300年後に跳んだ直後、目の前にフリスがいて絶望したりはしたけれど、また気丈にもいろいろ画策している系メイド。
 目下の悩みは廃徊棄械(クラッドオレオム)が結構強いことと、型が違うので普通に襲われること。こちとら機奇械怪ですよぅ食べないでくださいよぅ。

アスカルティンとモモ
 純白の墓標で日夜いろいろ試してみてる系機奇械怪。
 友達との大切な居場所を守らんとするがために段々過剰戦力を作りつつある気がするけれどオーダー通りのような気もする。"次なる源(新人類)"は起きたけど、飲まれずに三重人格になったことはフリスを驚かせた。
 
ケルビマとエクセンクリン
 モモが純白の墓標にいるということで、夫として父として居座ることを決心した二人。過剰戦力オブ過剰戦力。

スファニア・ドルミル
 ぶらり一人旅。ヘイズにもついてきてほしかったけど、ヘイズはまたどっかで居酒屋やるらしい。従業員にリンゴバーユがいるらしい。スファニアは文句たらたらのまま旅に出た。
 旅の途中でフェイメイの墓守をするロンラウに出会ったり、なんでもなくフツーに生きてる古井戸とピオに出会ったり、ブルーメタリックな球体を見つけたり。それなりに驚きのある楽しい旅らしい。
 
フリス
 引きずったりはしないけど、ちゃんと覚えてる。
 でも"入力"は続けていくから、変わらずこの星の人間は終末の危機に晒され続けることになるだろう。
 ガチ上位者だけど、やっぱり一般人に紛れて。
 あはは、なんて笑って。


モルガヌス
 まだ出られない。


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