Pokemon -翡翠の勇者 - (いぬぬわん)
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付録
イラストコーナー



いぬぬわんTwitter⬇︎
https://twitter.com/edyIe79v6mpwgW5

更新2023/02/02 開設




 

 おはこんいぬちゃお。いぬぬわんです。某パルデア地方ではこのような挨拶が主流だとお聞きしたので……え、違う?あ、そう……。

 

 一度このページを公開した頃、深夜テンションで載せていた自分の書き込みがとても見てられなかったので最初の挨拶から書き直させていただきました。いやー失敬失敬。

 

 さて改めまして、この度は『Pokemon 翡翠の勇者』をお目にかけてくださってありがとうございます。文量がとんでもないにも関わらず実にたくさんの方に見ていただけて驚いている今日この頃ですが、これからも暇があったら読んでいただけると嬉しいです。

 

 このページは個人的に描いた本作関係のイラストを載せていこうと思って開設したのですが、実はこっそりTwitterにてファンアートまでいただけました。嬉しすぎます。泣いてます。またその絵がすごく表情豊かで躍動感があってですね(以下略)

 

 ……それでこの折にこれから万が一にもファンアートを描いていただけましたら、こちらのページに作者さんの名前と一緒に掲載させて頂こうと思います。それで今回ページを一新したというわけです。

 

 目的としてはイラストが小説を読む上でビジュアルの補完になればなというもの、単純に頂いた宝物を見て欲しいという思いがあります。ですので、無いとは思いますが作品への誹謗中傷はご遠慮下さい。本当にこれだけは切にお願いするしかないのです。どうかご理解とご協力を!

 

 もし万が一にも『イラスト描いてあげたわよ!』と投げつけてくださる方がいらっしゃいましたら、TwitterやってますのでそちらのDMからお送りください。催促でもなんでもないので!よかったらでいいので!(ホントダヨ)

 

 このお話、世界観、キャラクターを気に入ってくださっている方がいるというだけで私はもうある意味満足しております。ですので、本編の完走はここまで読んでくださった皆さんへの返礼だと思ってます。最後まで書き切り、それを読み終えた瞬間、皆さんに少しでも何か残せたらなと思って頑張ります。

 

 繰り返しになりますが、本当に皆さんのご読了、ご感想に深く感謝を述べさせていただきます。ありがとうございます。

 

 これからも、どうか翡翠の勇者を応援してください!

 

 以上、いぬぬわんからでした♪

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

割と渾身の出来。左の斬撃とも翼ともつかないエフェクトがお気に入り。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

最初に描いたユウキモリ。この頃は設定以上に目が死んでいる。キモリはわかばと呼ばれる前か……なんかむくんでない?

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

キャラ練習。全身絵が苦手だったのでその練習も。

年相応の等身(15歳)に描く難しさを痛感した。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

初ファンアート!この方めちゃめちゃ描いてくれてるんです。

初期の目が死んだユウキくんとわかばの再現度えぐいです。

暖かいタッチが好み過ぎて泣いちゃう……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

お膝の上に乗せている!?一体どんくらい機嫌よかったら乗ってくれるんだ!?ちょっとわかばこっちおいで(たたきつける)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

あんぎゃーかわいい!!!チャマメとユウキのカップリング!恐ろしい破壊力だ……ムロでの活躍を絵にしてくださいました♪

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

まさかのハイクオリティ漫画風。恐ろしい才能……

旅立つ決意を言葉にするあのシーン完全再現なんですが!

言い値払うぞこんちくしょー!!!(情緒)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

「サオリさんの原案ありますか?」そんな一言に軽率に原案提出したら爆誕したハイパー美人サオリさん。よくあんな落書きみたいな絵をここまで……私も頑張って清書したい!!!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

原案からまたしても生命を吹き込んだmeさんのユリちゃん!

もう公式絵でいいんじゃなかろうか?もうこの純粋さが出てるのよ。絵に。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

キンセツからずっとグッジョブ過ぎたタイキくんがようやく二次元化。道着にスキンヘッドって描いたこと無さ過ぎましたが、タイキくんへの一念だけで受肉化させられたこと、ホッとしてます。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

無理してカラーにした結果というか……もっと可愛く描きたい。ハルカはどこまでも可愛く描きたい……誰か……助けて……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

豪快にも2パターン描いてくださいました!!!

もう今にも動き出しそうな絵が……素敵過ぎます!!!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

結構お気に入りのウリューくん。背景にギャラドスのバクア描きたかったけど断念。画力が足りない!

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

いつぞやTwitterであげたヒデキ。

実は今見た目変えようかと……うーん。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

何気にビジュアルが決まらなかったとですが、やっと納得のいくものに——と思ったら初登場の表現と偉く違うなオイ‼︎すみません。このちっこいのがツシマさんです。本編の表現変えておきました。第19話です。すみません……。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

ツシマさんがキノココと遂に‼︎

いや本編でも会わせてやれよいぬぬわん……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

はぁっ!?カラー!?カラーナンデ!?

物語始まっちゃうじゃねぇか!!!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

ブチギレお嬢様。ツツジさんは振り回されてて欲しい……あのシーン切り取ってくださるの感謝でしかない。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

ハルカ!可愛らしいタッチなのに赤塗りされて強者感が溢れておる……スゲェ!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

102番道路にて……皆さんは近道を過信してはいけませんわよ?(ツツジさん談)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

余計な一言によってユウキのしっぽを踏んづけたタイキ。後ろの怪物には何も伝わってない様子……。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:あめだまつぶつぶさん

あーーーーーー!これは第18話のミツルからのお手紙読んでるシーンですね⁉︎ ミツルの出オチで半笑いのユウキくんと抱えてるアカカブのなんと愛らしいことか……ご馳走様です!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ツバサとヒメコ!てぇてぇ……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

第131話のタイキが救われるお話を……今にも動き出しそうな絵に仕上げてくれて‼︎

感謝が尽きない。まじでバケモン見たいなクソデカ感情に包まれました。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

王子様風。“貴光子(ノーブル)”の異名をものにしたかも知れない世界線ですね。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

デフォルメ!しかもカラーバージョンとは……このままアニメ化して動かねえかなぁ〜。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

タイキとリッキー!もう少し絡み多くてもいいペア。手持ちにいることすっかり忘れてしまう作者を許しておくれ……。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

あかーーーーん!恋してるぅ!!!顔がッ‼︎ 恋して——あぁぁぁぁぁ(三十路手前には一周回って刺激が強すぎた)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

気合い入りすぎでしょ⁉︎——と言わざるを得ない作画!鬱シーンのダークさをこれでもかと再現された逸品。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

やっぱり清楚ちゃんの立ち絵は素晴らしいものがある。栄養が溢れてるというかなんというか(怖)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

ハジツゲにて再会するも、素直になれないヒメコとアホみたいな鈍さを見せるユウキ。再現度たけぇなおい。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ジグザグマ時代のチャマメ。可愛すぎるこの序盤ノーマル。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ハジツゲにて。ツバサとのデートコーデ計画中の惨劇——もとい試着に挑むタイキ。これを見たユウキは「何があってもカゲツさんには相談しない」と固く決意したそうな。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ダチラとフーパとヤミラミ。

最高のヴィランとは、例え倒されても己のスタンスを保つ奴だと思う。それはそれとして憎いね彼は。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

めっちゃ背伸びして描いたキモリ時代のわかば。彼の最高の相棒。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

あなをほる特訓中のナックラーの頃のアカカブ。作中ではサラッと習得してましたが、結構大変だったみたいですぜ。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ダチラ戦で見せたマジギレモード。こういうダークな雰囲気は描いてて楽しい♪

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ミツルとキルリア(アグロ)

キルリアのあの圧倒的な可愛さは頭部の黄金比に由来していると見た。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

翡翠の勇者執筆1周年!ご愛読ありがとうございました!!!リーフブレードは生涯愛する必殺技。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:いぬぬわん

ハジツゲ編から出てきた最強のイケおじです。ヤドキングは私の推しポケなんですが、それにしたって強すぎませんかねアンタ……(作者もドン引き)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

色んなユウキくんを描いていただきました!やっぱこういう顔曇らせ系が似合うなウチのユウキくんは……苦労ばっかさせてすまん!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

さっそくあのイケおじ描いてもらっちゃった!ウヒョォォォ渋いぃぃぃ!!!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

キンセツで出会った師匠を描いて貰いました!もう懐かしいな……推しを出したあの日が。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

ユウキくんのパパ、センリさんをありがとうッ‼︎ なーんかどっか抜けてるんですよねこの人w

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

これは修行回想のあったタイキくんとカゲツさん。

カゲツさんセクシーすぎません?

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

いつもの3人!こんなにたくさん書いていただけたことに改めて感謝……‼︎

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

作:meさん

いつもあったかい質感の絵を描かれる方ですが、デイズ関連書く時のダークさが途轍もなく好みです。この異様さ……たまらん!

 

 

 

 

 

 



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翡翠メモ【53】

 

 

 

 このページは作中で登場した人物、組織、単語などを解説した設定資料集です。長編で二次創作でも多くのオリジナル設定が詰め込まれているので、読み進めていく上で参考にしてくださればと思います。

 

 メモの順番に特に理由はありません。本編後語りで書いたナンバリングの順番に書いてます。分類別にして纏められられるくらいメモが増えればまた手直しがあるかも?ですw

 

 読者さんの進捗によっては、ネタバレに当たるものも出てくるかもしれませんので、本編を最新話まで読んだ上で読むことをお勧めします。ご注意を!

 

 

 

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〜翡翠メモ1〜

 

『対戦禁止区域』

 

ポケモンバトルを対人間でやる場合、その戦闘を始める、または戦闘中にそのエリアに立ち入る事を禁止されているエリアのこと。

わかりやすく“セーフティエリア”の俗称で呼ばれることが多い。

 

エリアと言われているが、実際は突発的な事故を避けるため、ほとんどの場合備え付けのコート外での戦闘は固く禁じられている。

 

ポケモンの連れ歩きは許されているが、それも良識的なサイズであることやそのポケモンが有害な事象を引き起こさないようにとトレーナーに課す責任は多い。

 

なるべくならボールに収納している方が無難なため、エチケットとしてボールに入れっぱなしのトレーナーも多い。

 

ちなみに犯罪行為が見られた場合、突発的に戦闘が必要に駆られた場合はその限りではない。ただしその後はその地域のジムリーダーを始めとした責任者が聴取を取り、事実確認と過剰な戦闘ではなかったかと検証は細かくされる。

 

 

 

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〜翡翠メモ2〜

 

『ギルド』

 

HLC『ヒワマキ支部』が統括する団体の総称。

プロトレーナーでかつバッジ保有数が6つを超えたものが設立可能であり、その存在理由は様々。

自然保護をお題目にして活動する団体や、考古学に携わる団体、治安維持に貢献する団体などジャンルは多岐にわたる。

 

ある程度HLCに『有用である』と判断してもらわなければ活動の援助金がもらえないため、設立には明確な目的が必要になってくる。

 

ちなみにグループ名は自由だが、ほとんどの場合わかりやすく「〜団」と名乗っているところが多い。

 

 

 

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〜翡翠メモ3〜

 

『プロの階級クラス』

 

ホウエン地方のプロトレーナーにはバッジ数と大会戦績、HLC貢献度に応じたポイントが与えられ、A~Cまでの階級が与えられる。

 

プロに成り立てのトレーナーにはC級ライセンスが与えられ、以上の業績が基準点を達するとB級、A級へと昇格できる。

 

A級には具体的なランキングが存在し、その上位100人がホウエンプロリーグへの参加資格を得る。

 

ライセンスの位が高いとHLCを通して公募されている仕事の幅が広がり、その分割のいい仕事ややりがいのある仕事が増える。

 

トーナメント参加資格の中には「B級まで」や「A級のみ」といった格式を分けて設定されたトーナメントも存在するため、トレーナーの棲み分けをするように努められている。

 

 

 

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〜翡翠メモ4〜

 

『PINE』

 

この世界のSNSの一種。現代の主な連絡手段の一つで、チャットとビデオ通話に対応したアプリである。

 

HLC公式アカウントからは参加した大会の運営情報が送られてきたり、プロに関するニュースや仕事依頼の一覧など様々な情報が得られる。

 

情報共有の為にチームで仕事をする場合などはグループチャットを作成してそこでやり取りを始める場合もある。

 

 

 

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〜翡翠メモ5〜

 

『ジムバッジ』

 

ポケモントレーナージムのリーダーを倒す事で貰える強者の証。

ホウエン地方では全8つのバッジが存在し、そのどれか1つでも獲得できれば、HLC公認のプロトレーナーへの申請が可能になる。

 

ジム戦はHLCによって決められた手持ちでジムリーダー側は戦うが、バッジ保有数によって、その強さの上限も変化する。それに比例して、バッジ獲得数に応じた特典も存在する。

 

以下はランキングポイント加算以外の特典の概要である。

 

・1つ……HLC提携施設の無償化、フレンドリーショップでの購入の割引、プロ申請の許諾、HLC公募の仕事の受注。

 

・2つ……トレーナーズランク“B級”への昇格申請。

 

・3つ……立入制限エリア“丙区”までの立入許可。

 

・4つ……HLC提携の組織所属の推薦、HLC提携の組織的技術による提供の推薦。

 

・5つ……立入制限エリア“乙区”までの立入許可。

 

・6つ……トレーナーズランク“A級”への昇格申請、“ギルド”設立権の獲得。

 

・7つ……HLC治安維持局所属トレーナーの推薦、公的携帯獣行使権及び立ち合い、ジムリーダー所属申請。

 

・8つ……立入制限エリア“甲区”までの立入許可。

 

 

 

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〜翡翠メモ6〜

 

『派生技』

 

本来の技をトレーニングを積む事で独自に発展させた技。

周知されている能力を超えた発想と弛まぬ努力で得られる技であり、その傾向から大別していくつかのパターンの派生ができるとされている。

 

「強化型」……本来の技の威力・効果を底上げするもの。形を変えて圧縮したり、遠距離技の使用を近距離限定に絞ったりする事で派生可能。

 

「付加型」……技に追加効果を持たせる。使用するポケモンが持つ特性などが反映されやすく、技術以上に才能が求められる。

 

「変異型」……技のタイプそのものを変える。本来の自分の一致するタイプに変化させる事で擬似的に強化型のような効果が期待できる。変異型に派生した場合、まるっきり違う技に変わる可能性もある。

 

「複合型」……技と技を掛け合わせて強力な技に昇華する。二つ以上の技発動を同時に行い制御する必要がある。

 

——以上の型をさらに複合したりする事で技の派生は理論上無限とされている。既知の技は知られているものが多く対応されやすいため、プロトレーナーは日々これらの技の発展を目指すこととなる。

 

ただし、本来の技よりも格段に消耗しやすいため、乱発は控えるのがいいだろう。

 

 

 

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〜翡翠メモ7〜

 

『マルチナビ』

 

『多機能総合場面使用端末』というひとつ持っているだけであらゆる場面に対応することをコンセプトに作られた“デボン・コーポレーション”によって提供されているデバイス。

 

用途は様々であり、特に根無草の旅トレーナーが重宝する「物体をデータ化してナビ内のフォルダに収納する」“ソリッドオーバーストレージ(SOS)”などは有名で、カントー地方の天才プログラマーと共同で開発されたものである。

 

元来あったコミュニケーション機能はそのままに、各組織が開発したアプリの導入の敷居を下げたりする柔軟性のおかけで、使用者にとって使い易く改造できる点で評価が高い。

 

ただし、その柔軟性ゆえ違法アプリなどのグレーな仕様用途についての対応が叫ばれる背景もある。

 

 

 

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〜翡翠メモ8〜

 

『モンスターボール』

 

ポケモンを使役する方法を模索してたどり着いた技術の結晶として生まれた、ポケモンを捕獲・持ち運びに使用される球状の機械。

ポケモンの身体を小さくさせ、狭い場所に入る本能を利用し、投げつけたポケモンをボールの中に誘導する作用を持つ。

 

一度捕獲されると自動的にそのボールが棲家となり、以後はボールの伝送機能で戻すことが可能になる。

モンスターボールの引越は可能であり、故障したりより住み易いボールへの移住が検討される時には引越をする場合がある。

 

既に定住のモンスターボールが登録されているポケモンに、別のモンスターボールを投げつけても反応しない。

噂ではその機能を無視して他人のポケモンを鹵獲する手段を持つ団体がいるなどというものがあるが……

 

 

 

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〜翡翠メモ9〜

 

『ステータスチェッカー』

 

ポケモンの体調を細かく精査できるマルチナビのアプリの一種。

能力についた上方下方修正や状態異常などを確認する事で、バトル中の繊細なヘルスを確認できる。

 

このアプリで確認できるのは事前に登録をしたポケモンのみであり、必然的に自分のポケモンにしか使えない。アプリで記録を取った以前の情報と比較して現在のコンディションを割り出す為らしい。

 

 

 

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〜翡翠メモ10〜

 

『入賞特典』

 

“グレートリーグ”トーナメントはその規模や人数によって上下するが、ベスト4以内のトレーナーに贈られる特典がある。

 

優勝者にはトロフィーと賞金が確定され、2位以下にも応じた賞金や物品が渡される。

 

取材やスポンサーの注目度も高い為、参加者はここを血眼になって目指す者がほとんどである。

 

 

 

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〜翡翠メモ11〜

 

『カイナシティ』

 

造船業と漁業を中心に発展した港町。

『カイナ漁港連合』が港を取り仕切っていた時代があり、その背景から排他的な歴史を持つ街としても知られていた。その歴史には倒産前の“ダイキンセツホールディングス”による強行的な地域開発による影響も少なからずあり、自然を壊す建設事業に難色を示す者も多い。

 

漁港連合の取締役が代替わりし、海洋環境保護団体“アクア団”との連結のもと、意識改革を数年前から行っており、現在は多くの船の来航を受け入れるようになった。

 

その裏には、いつも人々に寄り添い引っ張る大きな男の姿があったという……

 

 

 

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〜翡翠メモ12〜

 

学校(スクール)

 

ホウエン地方ではカナズミシティにだけ存在する教育機関。

入校は6歳から可能であり、学年などは存在しない。

必要なカリキュラムをこなし、必修科目と実地試験を突破することで卒業証書が渡される。

 

この証書はジムへの入会、カナズミ大学(カレッジ)への進学、ギルド入団など多様な場面で効果を発揮するため、幼少期からポケモンについてこの学校で学ぶトレーナーも多い。

 

実際はその学校で才能を見極められる場となっている。

 

 

 

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〜翡翠メモ13〜

 

『Pokeman』

 

ホウエン有数のポケモントレーナーに関する情報誌。

主にプロトレーナーを中心に取り上げられる。

本拠地は“キンセツシティ”にあり、そこからホウエン中にジャーナリストを派遣している。

 

目的はホウエンのトレーナー業の活性化であり、取り沙汰されるトレーナーには自然と周りの目も集まるため、プロトレーナー達も記事になることに喜びを感じる者も多い。

 

ポップな特集もあり、人気のトレーナーのコーディネイトなどが取り上げられるコーナーなどは人気を博し、ホウエンに住まう人にも幅広く受け入れられる雑誌を多く出版している。

 

 

 

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〜翡翠メモ14〜

 

『特性』

 

ポケモンに備わっている固有の性質の総称。

常時効果を発揮するものだったり、決まった法則に従って発動するものだったりと様々で、バトルに大きく影響を与えるものが多い。

 

また特性を伸ばす拡張訓練を行うことで、さらに固有の特性を得ることも可能。潜在的に有しているものなら、例外を除いて習得が可能になる。

 

『基本特性』……生まれ持った特性。同じポケモンでも個体によって有する特性は違う場合もある。

 

『種族特性』……そのポケモンの種が持つ特徴を特性にまで引き上げた能力。トレーナーの指導の元、習得できるかどうかは努力と才能にかかっている。

 

『潜在特性』……基本特性で発現している特性と違う特性。二種以上確認されている特性を後天的に習得させる訓練の後に習得が可能。また親のポケモンの特性を発現させられる可能性もある。

 

『稀少特性』……確認が正式にされていない特性。特殊な個体に多く、『首領個体』や『色違い』に発現する事も。生涯中、出会えるトレーナーは少ない。

 

 

 

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〜翡翠メモ15〜

 

『紅燕娘レッドスワロー』

 

カナズミジム攻略後、カナズミ大学(カレッジ)主催のトーナメントで優勝した事を皮切りに一気に知名度を増した“ミシロタウンのハルカ”の二つ名。

 

『コートを縦横無尽に翻る姿が紅の燕のようだ』——と大手雑誌に取り上げられてからこの名がついた。

 

戦闘スタイルは極めて攻撃的であり、攻める割に受ける被弾が極端に少なく、バトルの模様はまるで闘牛士のそれに近いとされている。

 

どこのジムにもギルドにも所属せず、またトーナメントすら出た事がなかったハルカのその唐突に表した頭角により、一気にメディアの注目が集まった。

 

 

 

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〜翡翠メモ16〜

 

『デボン・コーポレーション』

 

天然資源調達のために設立されたホウエン地方のトップ企業。

現在は研鑽された技術をさまざまな分野に発展させて、日用品、製薬、インフラなどその働きは多岐にわたる。

 

その中でもやはりエネルギー資源供給は他の追随を許さない。そのシェア率は驚異の99%。

 

現在の社長、“ツワブキ・ムクゲ”は“クスノキ造船所”と提携した大規模なプロジェクトの発表を控えており、その詳細を確認すべく多くのメディアの注目の的となっている。

 

 

 

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〜翡翠メモ17〜

 

『コイキングとギャラドス』

 

水棲の魚の形をしたコイキングとその進化後のギャラドスのギャップがすごい事はあまりにも有名であり、トレーナーでなくてもその生態はよく知られていた。

 

強い生命力と繁殖力によって生息域が広範囲な為誰でも捕獲が可能なのだが、多くのトレーナーは育成・調教難易度の高さに挫折し、このポケモンの使用を控えている。

 

進化できる条件が経験を積む最もポピュラーなものだが、コイキングの戦闘適正が低すぎて、その条件を満たすことができない。

 

よしんばできたとしても、今度は進化後の性格の凶暴化を鎮静させなければならない為、その際の被害を考慮して育てる人間はさらに減るのである。

 

 

 

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〜翡翠メモ18〜

 

『ポケモンコンテスト』

 

民間コミュニティの有志を募って2002年に開催された『ポケモンコンテスト』以来、白熱しているホウエン地方名物。

 

ポケモンの「見た目」、「技の見栄え」、「トレーナーとのシナジー」というバトルにはない審査基準によって一番を決めるこの大会は、人気ゆえに他の地方でも開催されるようになる。

 

コンテスト発祥の地ということもあり、ホウエン地方のコンテストレベルは最高峰。一般トレーナーといえど、プロ顔負けの実力を持つ者もいる。

 

スポンサーがついたトレーナー、コミュニティなどはメディア露出する機会も多く、アイドルとして活躍する者も多くいる。

 

 

 

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〜翡翠メモ19〜

 

『立入制限エリア』

 

ホウエン地方各地に点在するHLC管轄の下指定された地域・建造物のこと。立入が身に危険を招く場所や重要指定物を保護するなど様々な目的で設定されている。ダンジョンの一部など、必ずしもその地域全体が指定されるわけではない。立入の有資格者は数人から数十人に至る未資格者の立会が可能な場合もある。

 

以下はその種類。

 

『丙区』……ジムバッジ3つまで保有するトレーナーが立ち入れる。HLC管轄の重要指定物や貴重な生態系がこれに当たる。

 

『乙区』……ジムバッジ6つまで保有するトレーナーが立ち入れる。危険な個体・群生のポケモンの存在が確認されている。無事に帰る為には様々な能力が求められる。

 

『甲区』……ジムバッジ8つ全て保有するトレーナーが立ち入れる。“首領個体”の生息域が指定されているとされる。

 

 

 

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〜翡翠メモ20〜

 

『トーナメントクラス』

 

HLC公認のプロ仕様のトーナメント“グレートリーグ”には格式があり、年内の参加トレーナーの質、入賞者のその後の活躍などにより、シーズンが始まる時に決まる。

 

プロなら誰でも出られるトーナメントを“グレート3”、“B級以上”のライセンスを持つトレーナーに絞られる大会を“グレート2”、“A級”だらけのトーナメントには“グレート1”という俗称がつけられている。公式の呼び名はなく、どのように入賞者にトレーナーポイントが与えられるかなど詳しい審査基準は開示されていない為、あくまで目安程度にしかならないが、上を目指すトレーナーは格式の高いトーナメントに参加する。入賞賞金などに大した差はない。

 

 

 

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〜翡翠メモ21〜

 

『ホウエンリーグ委員会“HLC”』

 

前身であるホウエン地方自治体を2014年に改正し、よりポケモンリーグに適した体系化を測った組織。現在のホウエン地方でのトレーナー活動の支援と制御を目的としている。

 

その際に様々な改正法案を通し、また既存の規定を撤廃と改定をした事で、以前までとはまるで別の組織となっている。

 

その最たる改革のひとつに『四天王制度の撤廃』があり、「ごく少数のトレーナーに衆目の目を集めてしまうこの制度には欠陥があり、幅広いトレーナーの活躍の機会を逸する」としてこれを推し進めた。

 

現在はサイユウシティに本拠地があり、“チャンピオンロード”の改修工事を経て、大きな地方都市を築いている。

 

 

 

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〜翡翠メモ22〜

 

『キンセツシティ』

 

ホウエン地方中央に位置する街。機械仕掛けの建物そのものの中に街があり、昼夜問わず煌々と明かりが灯る眠らない街。

 

『ダイキンセツホールディングス』がその技術力と高いエネルギー供給力を誇示するために興した街とも揶揄されるが、実際に通運の観点からかなり昔から重宝されている街ではあったことは確かである。

 

『ダイキンセツホールディングス』倒産後、ジムが置かれホウエン地方政府の管理下に置かれる事となって以来、ジムリーダーである“テッセン”が街の管理を任されている。

 

テッセンによる管理は街の改造という形でその姿を大きく変える影響を与えたが、驚くほど緻密で利便性とエネルギー効率に富んだ設計は現在他の企業が参考にするほどである。

 

 

 

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〜翡翠メモ23〜

 

『ニューキンセツ』

 

キンセツシティ地下に広がる広大な居住施設。

 

かつて『ダイキンセツホールディングス』が総力を上げて増設していたエネルギープラントの置き場としてくり抜かれた空間だったが、稼働する前に企業が倒産。後に『デボン・コーポレーション』に買い取られるまでは文字通り、ホウエンのアンダーグラウンドと化していた。

 

キンセツシティ内での格差と差別的な視線に物申す下層と、治安の悪さを問題視する上層とでの対立も相まって、社会問題と化していたところを『デボン・コーポレーション』が土地を買い取り、仲介人としてジムリーダー“テッセン”を置く。

 

差別的な発言が目立つ上層と、治安維持が求められる下層それぞれの問題解決に取り組んだ彼の功績もあり、以前よりそれらの声が上がるのは少なくなっていた……。

 

 

 

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〜翡翠メモ24〜

 

『エリートトレーナー』

 

カナズミ多種目履修学校——通称大学(カレッジ)の全習業過程を終え、卒業試験を通過することで得られるアマチュア最高峰の称号。この称号はトレーナーとして実力をはっきりと表すものとされ、強さの指標にされる。

 

ジム側の人間にスカウトされずとも、カナズミ教育委員会の推薦で望むジムに行けることから、多くのトレーナーがこぞって大学(カレッジ)に集まる。

 

 

 

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〜翡翠メモ25〜

 

『襲逆者』

 

旧ホウエンリーグ体制下、最後の四天王として君臨していた一番手カゲツの二つ名。粗暴な性格の彼とは裏腹に、多彩な補助技を主体とした搦手が得意なトレーナー。他の四天王から『人の嫌がる事をさせたら右に出るものはいない』と揶揄されるほどで、強引に突破しようとする相手に対して強力な反撃を加えることからその名がついた。

 

四天王制度廃止後、ある意味最も目立った人物であり、新体制のホウエン政府に物申す姿は今も語種である。

 

 

 

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〜翡翠メモ26〜

 

『奇天烈』

 

キンセツジムリーダー、テッセンの通り名としてこれほどマッチしたものはないとされる。膨大な経験、そして鋭い洞察力により相手の思惑を丸裸にする戦法は、他の誰にも真似できないとさせるほどであり、逆に当の本人が発想する戦術は誰にも予測不能。元来の破天荒さも相まって並のトレーナーでは何をされたのかすらわからずに敗北する。

 

元はとある会社を退職後、道楽で始めたバトルだとされているが、若手ひしめくこのホウエンでプロとしての活躍経験もあるテッセンはまさに特異な存在と呼ぶべきだろう。

 

 

 

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〜翡翠メモ 27〜

 

『重赫教導者』

 

ポケモンを飼育、調教、使役などの最中に意図的、または過失によって他者に対して重大な損失を与えた場合、その当人に課せられる刑罰対象者のこと。極めて重い罪が赤く表現されることからこの名が付いたとされている。

 

登録されているトレーナーズIDの更迭、ホウエン地方での活動制限、街間の移動の制限、HLCによる監視体制を敷かれる事になる。

 

その関係で多くの仕事にも『問題あり』として敬遠されるゆえに、実質的に社会的死を意味するものとなる。手続きを踏んで、他地方に流れる者がほとんどだ。

 

公になった人物に、大きな役職を担当していたトレーナーの名はないが……

 

 

 

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〜翡翠メモ 28〜

 

『四天王』

 

旧体制のホウエン地方にあった最強のトレーナー4人で構成された、当時トレーナーにとって最も栄誉あるとされる殿堂入りを阻む門番。ホウエン各地にあるジムバッジ8個を持つことで彼らに挑むことが可能になり、彼らに勝ち、さらに殿堂入り者の中から運営委員会に選ばれたトレーナーである“チャンピオン”を倒すことで初めて殿堂入りとされる。

 

しかし“二千年戦争”に駆り出された四天王のうち、ゲンジを除きチャンピオンを含む四人のトレーナーはその時の打撃によって役職を降りてしまい、代わりにその戦争で英雄とされるまでに至ったトレーナーが四天王とチャンピオンに据えられる事になる。

 

急造の四天王とチャンピオンの在り方ではあったが、最後にして最強とまで呼ばれるほどのレベルであり、先鋒を務める襲逆者(レイダー)すら突破困難となっていた。

 

 

 

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〜翡翠メモ 29〜

 

『トレーナーズID』

 

満10歳から取得可能なポケモン捕獲、育成、使役する為に必要なポケモン取扱者証書。ホウエン地方在住者がHLCに申請し、1週間から1ヶ月くらいの間で審査が完了する。

 

ID申請を請け負う人間はHLCから特定の基準を満たすものでなければならない為、教育機関や博士号取得者など、社会的地位が確立されている者が担当することが多い。

 

トレーナーズIDは身分証と同じ扱いなのと、ポケモンセンターの利用やフレンドリーショップなどで仕入れられるモンスターボール類の購入にも提示が義務付けられている為、根無草の彼らにとって必ず必要になるものである。

 

 

 

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〜翡翠メモ 30〜

 

『フエンタウン』

 

ホウエン観光地の中でも指折りの観光名所で有名な温泉街。

特に名産『フエンせんべい』は地方を越えて多くの人間に愛されているソウルフードである。それと活火山であるえんとつ山が生み出す天然温泉目当てに訪れる旅人が後を経たない。

 

観光客の多さ故に開発の声も上がるが、景観を壊しかねない事と拠点を置いているマグマ団の嘆願もあって通行手段には難があるものの、その自然を守りたいと思えるほどの美しい風景は今も健在である。

 

 

 

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〜翡翠メモ 31〜

 

『ポケモン保持上限数』

 

個人がポケモンが封入されたモンスターボール類を保持して行動できるボールの個数。

 

原則モンスターボール6個までは保持可能であり、それ以上ポケモンを捕獲した場合はボールのセーフティ機能が自動で働き、SOS機能(ソリッドオーバーストレージ)に上限を超過した分のモンスターボールを保管する必要がある。

 

制限理由は個人のポケモン捕獲記録をシステムが検知できるよう、ポケモンのボックス送信記録を活用する為、また個人が大きな武力を有し、甚大な被害を未然に防ぐ為など、不当な乱獲や暴力行為に対する予防策になっている背景がある。

 

 

 

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〜翡翠メモ 32〜

 

『マサトのアブソル』

 

・特性 強運(基)、厄脈感知やくみゃくかんち(種)

・技 辻斬り、追い討ち、サイコカッター、かまいたち

・持ち物 ピントレンズ

・性格 いじっぱり

・個体評価 A

 

・概要

 ホウエン中央部の山岳地域に生息報告が集まる個体数の少なさで有名なポケモン。右顔面側部から伸びる鎌状のツノが特徴で、近距離戦闘が得意。決して素早さは高くないが、自身の直感を具体的なイメージに起こして発動する“厄脈感知やくみゃくかんち”を使った最速の回避術によって、極端に被弾数が少ない。後の先を取るスタイルで、反撃の一閃が必殺級に仕上がっている。

 

・厄脈感知やくみゃくかんち

 対象に定めた生物に与える被害を予感する特性。これという決まった情報源ではない所謂“勘”を頼りにするが、アブソルのそれは未来視に近いものとなる。発動中は視界に捉えた景色が暗くなり、辺り一面に大小様々な赤いヒビが入り、その箇所に対象の生物への被害がやってくる。赤黒く染まるほどその場所の危険度が上がる。そのヒビを避ける事で相手からの攻撃を躱したり、逆に相手のヒビを視ることでその隙を突ける。弱点としては視れる対象が生命体一つだけであること、ヒビの度合いだけでは、相手が具体的にどんな攻撃を仕掛けてくるのかがわからないことが挙げられる。

 

・辻斬り【裏討ライアーノック】

 辻斬りと不意打ちの複合派生技。初撃の斬撃技が与えるはずだったダメージを相手の背中にコピー&ペーストする。この際、物理的な回避方法は存在しない。刃の部分が接触しなければ発動せず、非生物には効果がない。これは技を受けたポケモンがイメージした脅威を強烈に引き出して、本当に攻撃を受けたと錯覚させるため。被害を受けたポケモンの脳が作り出した幻想に生命エネルギーを加えて現実のものにしているためである。

 

・追い討ち【這撃フィアプレス】

 拡張訓練により、本来の『交代する相手へ威力を上げた攻撃を先んじて当たる』という概念を拡張。『後退する相手へ距離を詰めて攻撃する』というものに昇華したもの。純粋な派生技である。距離をとった相手の距離を詰める際、本来のポケモンの素早さを参照せず、移動というよりワープに近い。

 

 

 

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〜翡翠メモ 33〜

 

『えんとつ山』

 

ホウエン地方最高峰の活火山。大きな噴火を起こさず、安定して活動を続けるそのメカニズムは長らくして解明されてはいないが、その地下熱と火山灰は麓の大地に多くの恵みをもたらしている。

 

火口付近は舗装され、ロープウェイによって行き来が可能であり、観光名所としても名高い。警備にはマグマ団が当たっており、安全に通行が可能である。

 

 

 

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〜翡翠メモ 34〜

 

『三頭火』

 

マグマ団幹部3枠に属するトレーナーの俗称。“司令”、“警邏”、“書記”の3部隊で構成されている組織の中核を成す存在。選ばれるトレーナーはその腕前もさることながら、思考回路も非凡である事を求められ、それ故にその任に就く為には、リーダーマツブサからの指名だけが条件となる。その制度に疑問視する声は意外なほど少なく、現にまとまりを見せているマグマ団は有数のギルドの中でも抜きん出た組織力を保っている。

 

 

 

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〜翡翠メモ 35〜

 

固有独導能力(パーソナルスキル)常在編』

 

ポケモンとトレーナーの目に見えない精神エネルギー器官(ここでは俗称として『心』とする)同士を感覚的に繋ぎ維持する技術。有り体に言えば能力の発動方法である。この能力発動には以下の2種類の起動因子(トリガー)を引き起こす必要がある。

 

・備わっている力の源となる体の部位(心臓、脳、目など)を強く意識する身体的起動因子(トリガー)

・明確な目的意識と熱烈な願望。手持ちのポケモンとそれらの要素を高いレベルで維持する精神的起動因子(トリガー)

 

 この状態は接続時と継続中に、主に人間側の『心』に負担を強いる場合が多く、別の生命体同士で『心』を繋げた時に摩擦のような拒否反応が出ることから『生命の摩耗(エナジーフリック)』と呼ばれる現象が発生する。これは人間にもポケモンにも個体差がある為、相性の良し悪しによってはあまり感じない場合もあるらしいが、この能力を持つ者——俗称『特異保有者(スキルホルダー)』のサンプルが少ないため、詳しいことはまだわかっていないのが現状だ。ただ、トレーニング次第で、その負担を軽減・克服に至るケースは認められている。

 

用語まとめ

固有独導能力(パーソナルスキル)常在(じょうざい)

起動因子(トリガー)

生命の摩耗(エナジーフリック)

特異保有者(スキルホルダー)

 

 

 

 

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〜翡翠メモ 36〜

 

『いたずら者のフーパ』

 

ホウエン地方に昔から伝わっているお伽話。様々な絵本作家たちが題材にしてきたポピュラーな童話である。

 

リングを通してあらゆる場所に繋がる力を有したフーパが、街や村でいたずらをし、懲らしめられたり反省したりする物語が多く、子供たちからも人気があるシリーズ。しかし中には恐ろしい怪物に変身する話もあるとされるが、大抵は原作者を真似て作った二次創作である場合がほとんどだと言われている。

 

 

 

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〜翡翠メモ 37〜

 

固有独導能力(パーソナルスキル) 感添(かんてん)編』

 

ポケモンと生命エネルギーを共有したことで、その膨大なエネルギーに感化された状態を感添(かんてん)と言い、トレーナー側に作用する場合がある。

 

筋力、五感、反射神経、思考回転など、さまざまなものに作用するが、個人差によって発現する能力は違ってくる。

 

感添(かんてん)能力が発展していくにつれ、自身のイメージを能力に上乗せできるようになる。この状態は今まで能力の恩恵となっていた向上した能力に指向性を与える事でより偏った分野での活躍をさせる場合に訓練で習得する場合が多い。

 

感添(かんてん)能力に特化した者が発揮する能力は凄まじく、絆魂(はんごん)に匹敵する発現者もいると言われている。

 

 

 

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〜翡翠メモ 38〜

 

『ハジツゲタウン』

 

ホウエン地方最高峰の活火山“えんとつ山”と北側に位置する農村。年中活動を続ける山がもたらす火山灰は近隣にしきりに降り積もる為、この土地ならではの処世術が編み出されてきた。

 

辺境の地と灰による公害のため、あまり好き好んで住み着く人間は少ないが、その豊富な天然資源のために移住する者もいる。灰の混ざった土壌は水捌けが良く、一部の木の実などの作物にとって条件がよかったり、鉱物採掘の為のアクセスの良さから持ち物(ギア)職人が集まったりするなど——知る人ぞ知る利便性を兼ね備えている。

 

かつて“流星の民”の拠点として使用された過去がある為か、未だに偏見を持つ者もいる。しかしそれを気にしない者にとっては、不便ながらも穏やかな時間を過ごせる場所となる。

 

 

 

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〜翡翠メモ 39〜

 

『生命エネルギー』

 

人間とポケモンを含む全ての生命体に流れる目に見えないエネルギー。そのエネルギーの存在は、ポケモンという種を研究する過程で大昔に発見されたのを機に人類史に登場することになる。

 

エネルギーを有する種族によって若干異なる性質はあるが、血流や電流など、体を巡る物質に乗って全身を循環している場合が多い。その中でもポケモンの持つエネルギー効率はそれ以外の生命体よりも高水準で、貯蔵量、出力、利用効率が高い。そのおかげでポケモンは『タイプ』と『技』を高次元で扱うことができる。

 

 

 

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〜翡翠メモ 40〜

 

『タイプと技』

 

ポケモンが持つ生命エネルギーの種類を指して『タイプ』。それを利用及び行使して発生する特殊な現象を『技』という。

 

現在発見されているタイプは全18種類。常に全身を循環する生命エネルギーはこのどれか1,2種類に該当し、その種類によって外的要因からの耐性を獲得している。タイプによってはその影響を完全に無効にするものもあるが、その逆に弱点となるタイプの生命エネルギーを受けると甚大な被害を被ることも。

 

技はそんな生命エネルギーを武器に変える能力。自然に流しているエネルギーを意識的に操作することで技となるが、普段使いのエネルギーと同じタイプの技は比較的習得が容易であり、出力も高くなる。逆にその他のタイプ技を使用する場合は、そのエネルギーを何らかの方法で性質を変化させなければならないため、必然的に扱いは難しく、場合よっては習得そのものが不可能な場合もある。

 

 

 

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〜翡翠メモ 41〜

 

『ソリッドオーバーストレージ(SOS)』

 

物体を電子データに変換し、電子端末に収納するテクノロジー。ポケモンを電子情報に変換して送受信を可能としたカントーの技術者が、物体にも応用した経緯から広い地方に普及した。

 

この革新的な技術により物流の概念が根本から変化し、人々の日常はより便利なものとなった——が、それに伴って運送会社の存続が危ぶまれたり、技術への疑念を持つ者からの抗議を受けたり、重要な取引におけるトラブルを懸念する者も現れたりと、一般普及に至るまでは乗り越えるべき壁が多かった背景がある。

 

あまりにも大きい、または複雑な仕組みのものはデータ容量によるがまず収納できない。その為、現在のアナログ収納カバンは質の高い保護性能を誇るものが多く普及し始めたという側面もあり、技術屋の向上意識を高めた——などと噂される。

 

 

 

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〜翡翠メモ 42〜

 

治安維持局(セキュリティ)

 

HLC直轄の治安維持組織であり、プロ資格を持つトレーナーを多く有している。組織をまとめ上げる長官はHLCの役職経験が5年以上の者が就任し、その任を全うする。

 

治安維持局(セキュリティ)所属の条件として『バッジ取得数7つ以上』と『ジムリーダーまたはHLC監督部署からの推薦』が挙げられ、どちらも凄腕のトレーナーにしか許されていない。それだけこの組織の保有する武力も大きいことはHLCがこれまでホウエンを牛耳る組織として名を馳せた理由に直結している。

 

 

 

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〜翡翠メモ 43〜

 

『二千年戦争』

 

現歴2000〜2007年の間に勃発した、“流星の民”による一斉蜂起。この時代の終末論を叫び、その事実を受け止めようとしない当時のホウエン政府に対して仕掛けられた武力行使は長きに渡ってホウエン全土を破壊し尽くした。

 

戦争が長期化した理由には当初政府が対応できると見積もった作戦が、四天王と政府管轄とトレーナーに頼り切っていたこと。そして蜂起に賛同したホウエントレーナーの多さがあった。これにより必要以上に多くの犠牲者が生まれ、ホウエンに住む人々には深くその傷跡が刻まれることとなった。

 

その悲劇に終止符を打ったのが、当時まだ名も知らないトレーナーが率いた、英雄たち——後の四天王である。

 

 

 

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〜翡翠メモ 44〜

 

SSS(スリーエス)

 

ホウエンの大型ギルド“アクア団”の3名の幹部の通り名——“Subleaders of Sea Scheme(サブリーダーオブシースキーム)”の略。海上保安と自然保護を名目に掲げ活動するアクア団の主戦力であり、海の荒くれ者たちの抑止力として存在する。

 

そのため実力と胆力を兼ね備えた逸材が集められるのだが、そうした人種はとにかく血の気が多く、一般人からも恐れられている。おかげで海の治安が守られている側面もあるが、人気が定着しないために新規団員の獲得が難しくなっているのがジレンマらしい。

 

 

 

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〜翡翠メモ 45〜

 

領域変遷(コートグラップ)

 

天候、地形、空間の性質を変化させる技の俗称。主に“にほんばれ”や“グラスフィールド”などが挙げられる。

 

これらの技は高等技能とされ、その主な理由は、膨大なタイプ付与された生命エネルギーでその空間を満たす必要がある為。出力はもちろんのこと、それらを制御するための技術的な面でも習得難易度を上げる要因となっている。

 

技の追加効果で変化させるとなると、その膨大なエネルギーの値は自然災害のそれに匹敵するとさえ言われている……。

 

 

 

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〜翡翠メモ 46〜

 

『流星の滝』

 

ハジツゲタウンとカナズミタウンを結ぶ山岳地帯に存在する洞窟。豊富な水が流れ溜まり、巨大な瀑布が訪れた人間の記憶に焼き付けられる。

 

 この場所が出来上がるプロセスは今も専門家の間で議論がなされているが、その一説に隕石が作り出したクレーターに溶岩が流れ込んだり、その地中の養分を吸って分解するソルロックなどの岩石ポケモンが地形を形成しながら、また隕石の落下があったり……そうした長い時間の中で起きるサイクルが、今の洞窟を作り上げているとしているものが有力視されている。

 

 この場所にしか生息しないポケモンも多い為、訪れるトレーナーも多いのだが、度々その地下で暮らしている原住民との衝突があるとかないとか……。

 

 

 

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〜翡翠メモ 47〜

 

『波導』

 

生命エネルギーとそれを制御・操作する技術の総称。現在は流星の民の間でのみ使われている。ポケモンと協力して行使する“固有独導能力(パーソナルスキル)”とは元手にするエネルギーが同じではあるが、こちらは人間単身でもある程度使用可能。

 

由来はかつてその技術を正確に扱える一族からの口伝らしく、長く緻密な鍛錬により習得が可能とされている。

 

そのエネルギーを目視するための能力を伸ばすことで、エネルギーの流れ方や色合いなどから相手の感情を読み取ることも可能とされているが、これは鍛錬以上に才能が求められる。逆に単純な五感や肉体強化は鍛えるほど能力が向上しやすい。

 

この能力に恵まれた民は、長らく民の間で大切に扱われてきた。

 

 

 

〜翡翠メモ 48〜

 

『龍神様』

 

流星の民が口伝で受け継がれる伝説の存在。ポケモンではないかと言われているが正体は不明。流星の民は長らく流星郷で龍神様を崇拝しており、ホウエンを厄災から救う守り神としている。

 

二千年前にその姿を見せて以降、たびたび現れていると言い伝えられているが、現在はそれに当たる存在を観測できた者はおらず、二千年戦争の折にははっきりと存在そのものを否定された経緯がある。

 

 

 

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〜翡翠メモ 49〜

 

竜皇(ドラゴン)のゲンジ』

 

ホウエン四天王最後の一角を務め上げた、最強のドラゴンタイプの使い手。旧ホウエン体制の黎明期から存在し、その歳は定かではないが、とても現役トレーナーができるほどではないと……少なくとも50年近く言われてきたことから、“生きた化石”と称される。

 

四天王制度下での戦闘スタイルは『受けて返す』を徹底する横綱相撲。あくまで挑んでくるトレーナーの真価を見極めることに注力してきた彼は、ドラゴンタイプの強力なフィジカルに物を言わせて圧力をかけてくる。

 

竜皇(ドラゴン)の二つ名には、『この世で彼を超えるドラゴン使いは存在しない』——という至高の存在であるという意味が込められている。

 

 

 

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〜翡翠メモ 50〜

 

炎纏戴天皇(えんてんたいてんおう)

 

竜皇(ドラゴン)のゲンジが使用する固有独導能力(パーソナルスキル)、絆魂。

 

対象のポケモンの主要タイプに“炎”を追加。使用する技にも効果が付与される。常時体表が発火しているため、使用するポケモンにも相応の負荷がかかる。屈強でかつ忍耐、勇気が求められる扱いの難しい絆魂と称される。

 

ボーマンダのオウガはその条件を満たしており、年老いた今でもこの技に踏み切ることに躊躇いはない。長年ゲンジと付き合ってきた彼だからこそ、十二分に能力を発揮できると言える。

 

 

 

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〜翡翠メモ 51〜

 

『捨て身タックル【愚經炎葬(グギョウエンソウ)】』

 

ゲンジのボーマンダ、オウガが使用する“捨て身タックル”の“派生技”。標的と定めた相手とオウガ本体とを直線で結び、その動線に炎で装飾された結界を張る。その結界は強固で出入りは基本不可能。さらに内部にいる生命体は『回避する本能』を阻害され、事実上の必中状態になる。

 

技の威力強化ではなくこの結界が本質であり、莫大な威力を誇るオウガによる突進攻撃をより確実に当てるためにこのような仕様にゲンジは鍛え上げた。敵にも必中状態が付与される点は副産物として生じたが、そうした条件が知らずに結界を強固にし、密閉性を強めたと、技の習得後に発覚したそうだ。

 

このように、技や特性にある程度の条件を設けることで実際の効力を底上げする技術も存在するが、何がどのように効力を強めるのかはやってみないとわからない場合が多い。

 

 

 

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〜翡翠メモ 52〜

 

『海の皇子マナフィ』

 

誰も知らない海の底に沈む、水ポケモンたちの楽園を納める皇子マナフィのお伽話。

 

その楽園では誰もが幸せに暮らしており、もし誰かが傷ついても、マナフィが心を通わせてそのポケモンを慰める。

 

その優しい在り方に、幼い頃に何度も読み返す読者も多く、出版したものが託児所などに寄贈されることも多い。

 

 

 

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〜翡翠メモ 53〜

 

『立入指定区域(立入制限エリア)』

 

HLC規定で定められた『立入が極めて危険、および重要資源、文化財の喪失可能性のある区域』に設けられた、制限域の総称。

 

その危険度、重要度から“甲”、“乙”、“丙”の3区分に分けられ、必要な資格と場合によってはHLCに正式な手続きを申請しなければ立入ができないとされている。

 

しかし知らないうちに迷い込んだ場合や、遭難などでやむを得ず滞在を余儀なくされてしまった場合はその限りではない。また、有資格者の立ち会いの元、無資格者の同行が許される場合もある。

 

以下はその区分に必要な資格と格付け理由である。

 

“甲”……ジムバッジ8つ全てを獲得したプロトレーナーにのみ立入が許された場所。危険かつ重要な文化財が存在するため、強さと賢さを充分に有した人材のみということでこの区分となる。立入日2週間前より申請が必要であり、相応の立入理由を確認、精査された上で許可が降りる。ルネシティ地下に存在する“目覚めの祠”などが該当する。

 

“乙”……ジムバッジ5つを獲得したプロトレーナーに資格が与えられている。重要文化財が指定されている地域に多く割り当てられており、破損や盗難を避ける観点から充分にHLCに信頼されているトレーナーとしてこの区分となっている。流星郷付近の階層にはこの区分が設けられており、現在は立入を厳しく制限されているため、資格者であっても立入は困難となっている。

 

“丙”……ジムバッジ3つを獲得したプロトレーナーに資格が与えられる。遭難可能性の高いダンジョンの下層、自然区域に多く割り当てられており、単独での走破が可能かどうかという点で、この資格条件となる。

 

 

 

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プロローグ1
1st



10年ぶりにポケモンをはじめた老トレーナーです。
サファイアど世代だったのでアルファサファイアもやってみたんですがなにあれめちゃめちゃええやん……




 

 

 

——。

 

 

————。

 

 

——うっすらと、暗い世界に光が見えた。

 

 

 

 その中にぼんやりとした輪郭がいくつもあり、そのうちそれが形を帯びて、だんだんといつもの見慣れた自室の景色に変わっていく……まだ重いまぶたを擦って、薄暗い自室のカーテンから差し込む光から、いつの間にか夜が明けている事を俺は悟った。

 

 

 

(あー。また寝落ちしたか…)

 

 

 

 スリープモードになったモニターが、目の前で沈黙している。そこで俺が昨晩、ひとしきりやっていた作業のことを思い出して、その途中で眠りこけてしまったのだとわかった。別に珍しいことではないし、昨晩の記憶が正しければ、概ね作業は終わっていたはずなので、大して気にすることでもない。強いて言うなら、この凝り固まった体が動くたびにパキパキと音を立てるようになってしまったことが悩ましいくらいだ。

 

 

 

(……腹減ったな)

 

 

 

 胃袋は空腹を訴えていた。朝イチから元気なもんだと呆れるが、今日はその欲求に従うとしよう。二度寝はその後で……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「あら?今日は早いわね」

 

 

 

 2階の自室を後に、俺は階下に足を運ぶ。そこにいた1階の台所で洗い物をしていた母が不思議そうに話しかけてきた。

 

 

 

「うん。たまにはね…」

 

 

 

 短く返す。寝起きはあまり口も頭も回らないから、正直会話が面倒くさい。でもあまり冷淡にしていると、母がヘソを曲げかねない。今俺の食欲を満たせるのは、母の一存にかかっているのだ。

 

 

 

「あんたまた遅くまでパソコンと睨めっこしてたでしょ? 目ぇ悪くしても知らないわよ?」

 

「しょうがないだろ?オダマキ博士のデータ整理、本当むちゃくちゃなんだから…」

 

 

 

 煩わしさが声に出てしまう。でもこれはしょうがない。昨日従事した仕事内容は、それはそれは大変で面倒くさく、長い時間の割に地味すぎるものだったのだから。無作為に作られたとしか思えないフォルダの数。しかも名前をデフォルトのままに。その膨大な宇宙を研究所で見つけた俺は、持ち帰ってキチンとした保存場所に種類別にして整える事を買って出たのである。

 

 

 

「博士の無精っぷりには参るよ。先週だってデボンに提出予定だった資料の原本がゴミ箱に後一歩で突っ込まれるところだったんだから……」

 

「それで研究所の汚さに見かねてその週は掃除に出ずっぱりだったのよね。よくやるわねホント」

 

 

 

 母はそう言って笑いながら俺のためのトーストを焼き上げてくれていた。一度バターを塗った食パンをトースターに突っ込んで軽く炙る。母のこだわりで、そのあともう一度バターを塗り直して2度焼きする算段なのだろう。これが中々いける。

 

 

 

「でもそう言うところはホントお父さんに似たのね。マメで整理好きで、自分のことでは適当でも他の人のために手を焼きたがるところとか特に」

 

「……そんな大層なもんじゃ。あんなの見たら誰だってそうするさ」

 

 

 

 そう言って俺はいつの間にか淹れてくれていたコーヒーに口をつける。「15歳でブラックかよ」と、ジョウト地方の幼馴染のツッコミが脳裏をよぎるが気にしない。

 

 

 

「で、今日もその博士のために世話焼きするんでしょ?昼からだっけ?」

 

 

 

 母はそう言って時計をチラリと確認した。時刻は7時過ぎ。約束の時間は昼過ぎて2時なのでまだ余裕はあった。

 

 

 

「さすがに昨日は夜更かししすぎたから、飯食ったらちょっとだけ寝るよ」

 

「相変わらず不規則ねー。じゃあお昼できたら呼ぶわよ」

 

「へーい」

 

 

 

 そう言う頃には先ほどのトーストがすでに皿にあげられて俺の目の前に滑り込んできた。うん。いつも通り最高の出来栄えだ。

 

 

 

「いただきまーす」

 

 

 

 人並みに心配してくれる母だが、こうして予定を伝えると必要以上に言葉を重ねないのはありがたい。口に出すのは恥ずかしいが、自慢の母親だと心の中で今日も呟きながら、極上のバタートーストに齧り付き——

 

 

「あ。ハルカちゃんから伝言。バトルの準備してきてね♪——だって」

 

 

 

 その一言で、飲み込みかけたトーストが逆流した。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——アチャモ(ちゃも)“ひのこ”!」

 

 

 

 通りのいい声と共に、赤いひよこのようなポケモン——アチャモの“ちゃも”から勢いよく烈火が飛散する。それが緑のヤモリポケモン——キモリを覆い、弱点となる火の前になす術なく戦闘不能にされてしまう。そこで白衣を着たふくよかな男性が赤旗を振り上げ、勝者の名前を上げる。

 

 

 

「ハルカの勝利——だね♪これでハルカとの対戦は20戦全部ハルカの勝ちか」

 

「へへへへへ♪ まだまだユウキくんには負けないもんね〜」

 

「はいはい俺の負けです。弱くてごめんねホント」

 

 

 

 そう言って不貞腐れるように草地に座り込む俺。そこにいるキモリにスプレータイプの『きずぐすり』を患部に吹きかけて、戦いで負った傷の処置をし始めた。

 

 

 

「すねないでよー。帰ってきたら相手してくれるって言ったのユウキくんなんだからね?」

 

 

 

 そう言って勝ったちゃもを撫でるハルカ。赤いキャミソール風にホットパンツというハツラツとした格好の少女はケラケラと笑いながら座り込む俺のそばまできた。見上げる元気はないが、おそらく渾身のドヤ顔がそこにはあるのだろう。

 

 

 

「俺に勝ったって自慢できることでもないだろ?」

 

「へへへ。私は楽しいよ〜?ユウキくんとバトルできるの♪」

 

「バッジ持ちのトレーナー様が、初心者いじめるのが楽しいって?」

 

「ひどーい!そんなわけないでしょ!」

 

「冗談だよ。息抜きの相手くらい、俺にもできるってことだろ?」

 

 

 

 そうやって肩で返事していると、急にハルカの元気がなくなったように思えた。今度は見上げると、ハルカはまだ何か不服そうな顔をしている。

 

 

 

「んー。本当に楽しいのに…」

 

「……?な、なんかわからんが、ありがと…?」

 

 

 

 ジト目で圧をかけられた俺は気の利いたこと一つ言えない。それでもぎこちない俺の返事にとりあえず満足したのか、またさっきみたいな軽快な笑みを浮かべて俺に手を差し伸べてきた。

 

 

 

「わかればよろしい!そんじゃ、バトルが終わったので……?」

 

「……ありがとうございました」

 

 

 

 ため息混じりに感謝を述べて、その手に応じる。半ば強制だったが……トレーナーとして戦った以上はあいさつは礼儀というものだ。

 

いまいち釈然としないやりとりだったが、ともあれ『約束』は果たせた……これでやっと『本題』に入れる。

 

 

 

「さて。そろぼち始めるか。遊んでばっかだと日が沈む」

 

「えー?バトルも大事なトレーナーの仕事だよー?」

 

「はは。そんなにきっちり働くこともないんだぞーユウキくん」

 

「ええほんと似た親子ですね。そうやって横道に突っ込むから今日この日にやること詰め込むことになったんでしょうが…」

 

 

 

 そういうとこだぞ。という念を込めて呆れながら俺は諭す。諭したところで汲み取ってくれないのがこの親子だが。頼む。せめて大人のオダマキ博士。あなただけはもう少し危機感を持ってくれ。

 

 

 

「もう待ったはなしですからね。それじゃあ『14:37。101番道路にてフィールドワークを開始します。作業監督者、ミシロのオダマキ博士。作業員3名。主目標、ポチエナの生息数の補足』」

 

 

 

 軽口に付き合うとほんとに長くなるので、俺は研究所で使う簡易デバイスから、記録用アプリを立ち上げ、REC機能をオンにする。記録が開始されてから、いつものフィールドワーク用の手順を踏み、必要情報を録画に残した。

 

 

 

「しょうがないなー。それじゃ始めちゃおっか。ポチエナ探し」

 

 

 

 こうして、本題の『フィールドワーク』はぬるりと始まることとなった。

 

 

 

 

 

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物語、始まりは緩やかな日々——。

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2nd



暑い時ほどサファイアをプレイしていた時のことを思い出します。
キモリ選んでいた私はテッセンのレアコイルがマジで抜けんくて泣いた……でんじは…ソニックブーム…しびれ……うごけ…………ガクッ





 

 

 

 ジョウト地方からホウエン地方に越してきたのは大体一年くらい前。

 

 俺、ユウキは向こうでは——自分で言うのもなんだが——取り立てて目標を持たない無気力な少年だった。同年代の子供は物心ついた時から、その性格を問わず誰も彼もが“ポケモンと旅をする”ことに憧れを抱いている。そんな様子を他所に、俺は適齢期の10歳を超えても家から出るそぶりすら見せることはなかった。 

 

 そんな俺に、友達と呼べる人は少なかった。家から出ることを美徳とさえ感じる人たちにとっては、俺はいつまでも親に甘える脛齧りにも映っただろう。

 

 旅に出るのは別に義務ではない。そんな法律はないからだ。だが実際、子供はいろんな理由で旅に出かけていく。

 

 ある者はポケモンリーグ制覇を目指して。

 

 ある者は一人前の大人になるために。

 

 ある者は未来の伴侶を探すために。

 

 ある者はそんな目標を探すために。

 

 『子供のうちに旅に出て、何者かになっていく…』そうした共通認識が、俺を取り巻く環境には満ちていた。

 

 13歳を迎える頃には、数少ない遊び相手の友人も旅に出かけてしまった。俺は一人、取り残されたような気持ちになった……。

 

 幸い母親はそんな俺でも信頼してくれていたようで、一度たりとも『旅に出かけない?』と言われたことはなかった。一度だけ俺の方から切り出したこともあるが、その時ですら『あんたが行きたくなったらでいいんじゃない?』と言われる始末。相変わらず俺は家を出ることはなかったが、そんな居心地の良さのおかげで、今も母の世話になっている。

 

 ホウエンに引っ越すことになってもその気持ちは変わらなかった。懐の深い母親の足だけは引っ張らないように、俺は新天地のミシロタウンでは働くことを決意した。しかし聞いていた以上にミシロがとんでもなくど田舎だったため、町の中でできそうな仕事を見つけるのは困難を極めた。

 

 

 

「隣町に通うか……?でも道路を抜けるためにポケモンは連れていかなきゃキツいし…」

 

 

 

 ミシロの北に位置するここよりは栄えたコトキのフレンドリィショップの求人広告を眺めながら、そんなことをぼやいていた時、事件は起きた。

 

 

 

「たーーーすけーーーてくれーーーーーー!」

 

 

 

 ……なんとも情けない声だった。声の雰囲気からしてそこそこの大人だと判別できたが、大の大人が叫ぶには、生涯人に聞かれたことを思い出すたびに死にたくなる。そんな声。

 

 いや、そうは言っても気を抜くべきじゃなかった。こんなへんぴな町で、人通りの少ないこんな場所で救助を求めるようなことがおこったのだ。さすがに(一応)善良な町民として、駆けつけないわけにはいかなかった。

 

 そこで目撃したのは1人の成人男性。白衣をまとったふくよかな男性で、顎ひげは理的な見た目を少しワイルドに飾っている。そんな男が半泣きで草地に倒れ込み、目の前の黒い小型のポケモン——ポチエナに吠えまくられていたのだ。先ほどの情けない声色であーあーと声を上げながら、腰を抜かしているのかその場から動けずにいるようだ。

 

 

 

「き、きみ!そこのきみ!た、たすけてくれ‼︎」

 

 

 

 男は俺を見つけて救助を求める。いややばいのはわかるけど、俺にはポケモンを退けるだけの力も知恵もない。ポケモンを持っていればなんとかなったかもしれないが、今考えつく限りでも石を投げる以外にまともな考えが思いつかなかった。

 

 

 

「は、早く!い、今にも噛みつかれそうなんだぁ‼︎」

 

 

 

 その声に反応して、さらにその黒い獣は唸りをあげる。

 

 これまずいよな…?このままではおっさんのパニックに刺激されてより襲われる可能性が上がる。でも石なんか投げようもんなら、逆上したあいつがそこのおっさんか俺に飛び掛かってくる未来が見える……というかそもそもなんで子供の俺に助けを——

 

 

 

「……あ!ごめん!おじさん!()()()()()()()()()()んだ‼︎」

 

 

 

 失念していた。 自分にあまりにも関わりがなかったから忘れてたけど、普通の俺くらいの少年少女はポケモンを持っているもんなんだ。あのおじさんは俺の見た目から地方を旅するトレーナーだと感じたのかもしれない。この世界で、こんな田舎にいる見ず知らずの少年なんて変わり者でなければまずトレーナーだと思われるだろう。

 

 そもそもの話、あのおじさんがポケモン連れてない事の方が遥かに迂闊なんだけど、気づくのに数秒遅れたことに関しては申し訳なかった。

 

 

 

「え!?じゃ、じゃあそこの!そこのカバン!それで助け——」

 

——ガァァァァ!!!

 

 

 

 おじさんはそこだそこだと草むらを指差すが、その動きが野生の琴線に触れた。黒い獣はついに声を上げて、男に向かって飛び掛かった。それを見た俺は反射的におじさんの差した先に駆け出した。おじさんは持っていた金属の箱でポチエナの牙から逃れるが、もう時間の問題だった。

 

 とにかくおじさんの示すそこを目指して、草の根をわけて「それ」を探した——そこには飾り気のないショルダーポーチがあった。

 

 

 

(中になんかあるのか!?まさかとは思うけど——)

 

 

 

 この状況を打開するもの。なんとなくの予想はついていたが……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——それでキモリをパートナーにしたんだよねぇ〜♪」

 

 

 

 フィールドワークの時間はあっという間に過ぎ、日も傾き始めた頃に、俺たちオダマキ博士一行は撤収作業に勤しんでいた。

 

 今日のポケモンの目撃数やら、捕獲数、気候、空気、土壌……必要なサンプルの有無を確認した後、設営していた簡易ベースキャンプの仕舞いに入る。そんな中、満面の笑みでハルカは俺の方を見ながらウキウキで話を続けた。

 

 

 

「最初に飛び出したキモリがポチエナに向かって“はたく”一閃!あわやオダマキと言ったところを颯爽と助太刀した緑の勇者とその主人——」

 

「やめろよ。そんなかっこいいもんじゃないって」

 

 

 

 謎に芝居がかったハルカの口調に苦笑いしかできない俺。どこで覚えたんだ…?ともあれ実際、本当にこれっぽっちもかっこいいものではなかった。

 

 

 

「カバンの中にあったモンスターボールの使い方すらわからなかったんだぞ?あん時のオダマキ博士の『え?そんなことも知らないの!?』って顔は忘れられないって」

 

「はっはっはっ♪ いやぁあの時は本当に焦ったよ〜」

 

「お父さんはもちっと反省してね。」

 

 

 

 ハルカの顔はいつも通りのスマイルだったが、声色と目は笑っていなかった。話の方向がオダマキ博士の急所を捉えたところで、この話は笑い話としていつも落とす。これで何度目か。今ではすっかりキモリの初邂逅話はこの3人の会話では鉄板ネタになっていた。

 

 こうして笑い話にできているのも、あの時誰も大した怪我をしなかったからだ。

 

 

 

「キモリ。ほんとにありがとな」

 

 

 

 傍らでキャンプの資材をまとめて抱え上げているキモリに向かって感謝する。 ボールから出現したキモリは真っ直ぐにオダマキ博士とポチエナの間に割って入って、すぐに自慢の尻尾で迎撃してくれた。オダマキ博士は多少擦りむいたようだが、それでもポチエナの牙や爪に引き裂かれなかったのは、ひとえにキモリの迅速な救助のおかげだった。

 

 突然感謝されたキモリは、大きな目をパチクリさせてキョトンとした顔をしていたが、すぐに自分の仕事に向き直り、俺の言葉に応えることなく先を歩いて行った。

 

 

 

「……仕事熱心、というか仕事人?」

 

 

 

 『自分、今仕事中なんで』みたいな空気を出している背中は、小さなポケモンとは思えないほど頼もしく見える。

 

 もうあの事件から半年も経っているのに、未だにキモリとはまともに話ができていない。結局、逃げ帰ってきたあの日以来、博士の勧めでしばらくキモリを連れ歩くことになった俺だが、キモリを戦闘に出したのはその事件と、さっきのようにハルカとバトルする時のみ。基本的にフィールドワークの手伝いと、コトキタウンまで行く時の用心棒として連れ歩くことをキモリには任せている。

 

 それであの性格だ。オダマキ博士のところでフィールドワークを手伝う傍ら、ポケモンの知識をつけるために座学を続けてわかったことでもあるが……このキモリはやはりポケモンの中でも大人しく、そして多くを語らない。

 

 『キモリ』という種族がというわけではなく、この個体が特にそうなんだとか。ポケモンの感情表現は表情や仕草ですることが多いが、彼はそれが苦手なのか、そもそも感情の起伏が緩やかなのか…どっちみち側から見れば何考えてるかわかりにくい。

 

 結果、俺も下手なことを言って信頼を落とすことは避けたいから必要以上にコミュニケーションをとろうとはしない。まぁ家で出されたエサやきのみには普通に手をつけるようになったことを考えれば、関係としては前進していると思うが。

 

 

 

「キモリは気に入ったかい?ユウキくん」

 

「え?……あ、いや、はい」

 

 

 

 背後から急に博士に声をかけられて、少し歯切れの悪い返しになってしまった。まだ思うところがあるし、向こうも俺には思うことがあるだろうし……いや、今聞かれているのは俺の気持ちだけ、か。

 

 

 

「……キモリはかっこいいですよね。なんか見ててすごいなって思うことが多かったです」

 

「ほう?例えばどんなふうにだい?」

 

「え?どんなって——」

 

 

 

 藪から棒になんだこの人?そんなこと急に聞かれても……ずっと満面の笑みだし、その顔は本当ハルカと親子なんだなって再確認させられる。

 

 

 

「……俺ってトレーナーとしてはあんまりじゃないですか?バトルするわけでもないし、レベル上げやステータスを上げるために特訓するわけでもないし」

 

 

 

 キモリの戦闘力の高さを考えれば、キモリが俺に不満を持っても不思議じゃない。件のポチエナ騒動でも、不足の事態でボールから出たのにあの判断力と勇気。そして一撃でポチエナを黙らせるほどのするどい一撃……バトルのセンスは素人の俺から見ても明白だった。

 

 それがこの半年、まるでその才能を持て余させてしまうような生活ばかりを遅らせてしまっている。面倒を見る身として、キモリには本当はしたいことをして欲しいとは思うのだが……。

 

 

「ふむ。それでそれで?」

 

 

 博士は笑顔を崩さずに続きを聞こうと耳を傾けてくる。正直この問答に何の意味があるのかわからないが、なんとなく博士の笑みの中に真剣さのようなものが感じられた。

 

 だから答えにくいっていうのもあるが……俺は続きを口にする。

 

 

「いや、だから、それでも……それでも半年。キモリは何も不満一つ面に出さずに俺の生活の手伝いをしてくれているのがかっこいいなって思ったんです」

 

 

 キモリにとってみれば『食べ物と住むところで世話になっている』と感じているのかもしれないが、それでも本能寄りで生きるポケモンにしては律儀な方だ。もう少し拗ねたり、反抗の意思を表明しても驚くことじゃない。

 

 職人気質な気がしないでもないが、そんなキモリに、ポケモンというよりは人として尊敬できる点があるなぁと、俺は話しながらそう思ったのかもしれない。

 

 

 

「——だから、その働きにもう少し応えてあげたいって思うこともあるんですけどね」

 

「……やっぱりか」

 

「え?」

 

「いやなんでも。そうだなぁ……バトルのことならそんなに心配しなくてもいいんじゃないかな?」

 

 

 

 博士は俺の心配を気にするなと言う。

 

 

 

「キモリにとって何が最善か。トレーナーとして考えるのはいい事だけど、それは結局のところ本人が決める事じゃないか?君には周りの人が勝手に押し付ける価値観ってものがどんな影響を与えるか分かると思うけど」

 

 

 

 博士の言葉は俺の急所を抉った。心がざわつくのを感じたのだ。

 

 

 

「……俺、キモリに押しつけていたでしょうか?」

 

 

 

 どうにか出せた言葉はそんなもの。

 

 それは、かつて周囲に向けられてきた目線——『お前の年頃は旅に出るのが幸せなんだ』という、押し売り幸福論。もしかしたら俺は、バトルをすることがキモリの幸福だと、勝手に決めて距離を置いていた?

 

 でもオダマキ博士は、笑顔を少しも崩さずに続ける。

 

 

 

「いやそんなことはないさ。君がそうしていたなら、キモリはこの半年で君のそばにいる事を苦痛に思っただろうからね」

 

 

 

 我慢強いキモリだが、それでも嫌な奴の隣に居続けるほどの義理を通す道理はない。そんなニュアンスの込められた言葉だった。

 

 

 

「僕が言いたかったのはね。君がそこまで『相手の心に敏感だった』からキモリは君の力になっているんじゃないかなってことなんだ」

 

 

 キモリがバトルの才能があろうが。将来はポケモンリーグで活躍できる力を持っていようが……今目の前に、真剣に向き合ってくれるトレーナーを見限ってまで目指すことを『キモリはしたくない』。と。

 

 相変わらずの笑顔のオダマキ博士はそんなことを言うのだ。

 

 

 

「だから君も、キモリを縛っているとか考えなくてもいいと思うよ?少なくとも、側から見える君たち2人の仲は良好に思えるからね」

 

 

 

 それは距離感を保ってキモリのパーソナルスペースを侵さないようにしている所も含めてだよ。と付け加えながら。

 

 言われた言葉は、思いのほか心に刺さった。胸やら顔やら……目に熱いものが込み上げて来た時にハッとして博士から顔を背けてしまう。

 

 流石に恥ずかしい。こんな急に色々言われて泣いてるとか思われると——

 

 

 

「あー!お父さんユウキくん泣かせたの!?」 

 

「ちがっ!泣いてない!泣いてないし‼︎」

 

「はっはっはっ♪若いとはいいものだね!」

 

 

 

 後方からハルカが叫ぶ、なんとか堰を切らずに否定する俺、他人事のように笑う博士……。

 

 そんな俺たちがミシロに戻ってきた頃、森の彼方に夕日が沈む頃になっていた。

 

 ミシロに来て半年。

 

 この場所をもう恋しくなるほどになったのは、きっとキモリと……博士やハルカたちのおかげだろう。今晩は、ぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

「——にしても」

 

 

 

 オダマキ博士は俗に言うタヌキ親父ってやつなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

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3rd


※アチャモにニックネームつけるの忘れてました!!!
アチャモ▶︎ちゃも に変更致します!!!
申し訳ない!!!(全力土下座ズザァ‼︎

ちなみにアチャモのニックネームはポケスペからいただきました。もうこれ以外ハマる名前思いつかん(ポケスペすげぇ)




 

 

 

 ミシロに来て半年。

 

 その節目より少し前の話、ハルカという少女がミシロに帰ってくると一報が町中に広まった。どうもオダマキ博士の一人娘であるハルカが公式戦にて、かのカナズミシティのジムリーダーを倒してバッジを獲得したというのだ。

 

 ハルカは俺と同い年らしく、バトルも博士のフィールドワークの一環で野山を舞台に独学で学んだという異例の経歴も相まって、地元ミシロに留まらず、コトキやトウカといった町のトレーナーたちにも広まり、ちょっとした有名人になっている。

 

 俺にしてみればまさに対極の存在。そんな彼女について興味を抱くのは自然なことで、ミシロには同年代の友人はいなかったので話もしてみたいと人並みに思い、近づいてみた。

 

 ——それが間違いだった。

 

 

 

「ちゃも!“ひのこ”!」

 

「ちゃも!“つつく”!」

 

 

 

 開口一番。彼女は俺にバトルを申し込んできた。

 

 トレーナーたるもの、バトルを申し込まれたら断れない。そうした通例はここミシロでも有効であり、かなり人のいる場所で申し込まれたとあっては断ることができなかった。

 

 今までなら『ポケモンもってないのでー』という最強の断り文句が使えたのだが、キモリを持っていることを博士がしっかり口を滑らせやがったので観念するしかなく……何度もキモリが轟沈するのを見守ることしかできなかった。すまんキモリ。

 

 

 

「はい!私の勝ち♪」

 

「これは弱いものイジメです」

 

 

 

 当然の抗議である。

 

 いきなり勝負ふっかけてきて、草タイプのキモリに相性抜群のアチャモをぶつけてきて……しかもジム攻略まで果たしているということはそれなりにレベルも高いアチャモをだ。

 

 そんな負け確定の勝負をふっかけてきといてなんて言い草だろう。満面の笑みが、悪意のなさを強調するのも帰ってタチが悪い。こちとらキモリにやっとこさ手渡しできのみを上げられたところだってのに……

 

 

 

「許してやってくれユウキくん。ハルカにとって地元に同い年くらいの男の子がミシロにいるだけで嬉しいことなんだ」

 

 

 

 いつもそう言って、オダマキ博士が弁解する。

 

 そんなものだろうか。確かに楽しそうだが、圧倒的な力で初心者を捩じ伏せているようにしか見えないのだが。

 

 

 

「あのキモリを手持ちにしてるって聞いたらそりゃね。でもまだまだトレーナーとしては私の方が先輩だねぇ〜?」

 

「そう最初に申し上げたんですけどねぇ〜?」

 

 

 

 ニタリとドヤ顔するハルカに渾身のイラつきスマイルをかます俺。この場合、女の子にムキになるなんて男のすることか?というモラルは無効となる。ホウエン辞典にもそう付け加えさせる。

 

 

 

「ははは♪でも本当に仲良さそうだねそのキモリ。その子は気難しいって話だったのにね」

 

 

 

 ハルカはそう言ってキモリを撫でる。気難しい?確かにぶっきらぼうではあるかもしれないが、今も撫でられて嫌がる仕草ひとつ見せないくらいにはおとなしい方だけど。

 

 

 

「ユウキくん!ぜひキモリといつか旅に出てみてね!絶対楽しいから!」

 

 

 

 ハルカは今度は俺の手をとってブンブンと強烈なシェイクハンドをかます。あの、年頃の娘さんの距離感としてどうなんだい?俺はあんま免疫ないから恥ずかしいんだけど。

 

 

 

「いや、その、俺は今のところ旅する気は……」

 

「そうなの?でもいつかでいいんだよ!その時は私も応援するからね」

 

 

 

 強引。一言で片付けられるその言動。

 

 志が真逆だとは思っていたが、性格もまんまこの通り正反対。これが地元で唯一の同年代か……贅沢は言えないなと、俺は心の中でため息をつくしかなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——え?もう旅に出るのか?」

 

 

 博士のデータファイルの整理をほぼ徹夜で仕上げ、後の昼下がりに出かけたフィールドワーク。その翌日の我が家の朝飯に、しれっと顔を出すハルカ。彼女のさらっと言った一言に間の抜けた返事をする俺。聞けばハルカはもう次の旅の支度を終わらせていたのである。

 

 帰ってきて1ヶ月。逆にこんなに滞在するつもりもなかったんだけどね。と付け足すハルカ。

 

 

「そうか……次はどこいくんだ?」

 

「んーとね。ここからだと103番道路から出る遊覧船でキンセツシティを目指すのが早いけど、トウカの港からムロに行ってリベンジしにいく方に今のところしてるよ」

 

 

 キンセツシティはこことは比べ物にならない大都会で、そこのジムリーダーの意向で街そのものが『巨大な電気回路』になっているような場所らしい。

 

 それに対してムロタウンはここミシロレベルの田舎であり、ここが森の田舎と揶揄するなら、ムロは海の孤島とでもいうべきか。とにかく地形の関係でかなり過酷な場所であるがゆえに、ポケモンの鍛錬という観点から構えられたジムがそこにある。

 

 両極端な旅路だが、ハルカはリベンジしたいという気持ちからムロタウンへの道のりを選択したようだ。

 

 

 

「確か初めて挑戦したのがムロなんだっけ?」

 

「そう!ちゃもは将来格闘タイプの達人になるってセンリおじさんに言われてね。初めにお世話になるならそこだって教えてくれたの」

 

「へぇー。あの人がそんな気の利いた事いったの?」

 

 

 

 ハルカがお変わり分のトーストをお願いする前に焼き上げられた追加2枚のトーストを、本人の前に置きながら、母さんも会話に混ざってきた。センリおじさんとは、まさに俺の父親。母さんの夫その人だからだ。

 

 

 

「センリさんすごく優しかったよ!バトルじゃ手は抜かないからジム戦は厳しいらしいけど」

 

「そういうところは根っからの真面目っぷりがそうさせるんでしょうねぇ」

 

「こっちきてもう半年にもなるけど、ミシロにはまだ顔出してないしね」

 

 

 

 それを聞いて、ハルカは少し驚いたような顔をした。

 

 

 

「え!?トウカとミシロってそんなに離れてないのに、一回も!?」

 

「ん。そうだよ。親父はジムの寮で寝泊まりしてるから。会ったのだってこっちに越してきた折に顔出ししに行った時と、ミシロの住民登録やらの手続きで親父の署名を貰いに行った時くらいだよ」

 

 

 

 だから持ち家はミシロのこの家だけどねと注釈を入れておいた。ハルカからしてみれば、フィールドワークの拠点をミシロでどっしり構えるオダマキ博士でも家にはちゃんと帰ってくるものだから、家族に顔を出さずにずっとジム経営に勤しんでいる事は理解しがたいようだった。

 

 

 

「さ、さみしくない!?おばさんも!?」

 

「そう言う事素直に聞くところ、ある意味すごいよなおまえ……」

 

 

 

 割と踏み込んだ話題なんだけど。まぁそうした切り口がハルカのいいところでもある。俺たちにしてみれば、いい機会だし話をしておこうと思えたからだ。

 

 

 

「あのねハルカちゃん。あの人はあんなだから、ポケモンと向き合うってなっちゃうと他が見えなくなっちゃうの。それはオダマキさんも同じようなもんだし、それはわかるわよね?」

 

「うん。お父さん。ポケモンの話しすぎてお母さんによく怒られるし」

 

 

 

 うわー容易に想像つく。

 

 

 

「ふふ。でもあなたのお母さんもなんだかんだそれを許してあげてるでしょ?うちも似たようなもんってことよ」

 

 

 

 結局そこが魅力だった。母はこともなげにそう言う。

 

 

 

「——で、母さんがそれでいいって言うなら俺が文句言うわけにもいかないってわけだよ」

 

 

 

 続けて俺も意向を述べる。

 

 もちろんジョウト地方に置き去りにされたことに何も思わないわけはなく、その思いを近くの母にぶつけたことだってあった。でも当の母さんはこんなスタンスだし。寂しい思いをさせてごめんねと母さんに言われてしまったら、もう何も言えなくなったのを覚えている。

 

 母さんが悪いわけではないし、そんな母さんが父さんの奔放を許している。その理屈を理解したら、俺がとやかく言うのも何か違う気がしたのだ。

 

 

 

「う〜。そういうもんかな〜」

 

 

 

 今聞いたばかりのハルカに、無理にわかってもらおうとは俺も母さんも思ってはいない。現にこうして人のために心から悩めるのはハルカのいいところだし。

 

 というのも、ハルカの父オダマキ博士とうちの大黒柱とは学生時代からの親友らしいのだ。家族ぐるみでこうして仲良くなっている以上、ハルカにとっては他人事ではないのだろう。

 

 気持ちだけは、ありがたく受け取っておこうと思う。

 

 

 

「その優しさを、俺との初対面で見せて欲しかったよ」

 

「…?なんか言った?」

 

「イヤナンデモー」

 

 

 

 相性経験気力全てでマウントとってフルボッコにしてきた記憶など彼女にあろうはずはないのだ。今の小言は忘れてくれ。

 

 

 

「でも、そろそろ帰ってきてほしいのは確かなのよね。あの人に渡すはずだったジョウトからの荷物、取りに行くって言ったっきり連絡ないんだもの」

 

 

 

 そう言って母さんは玄関の入り口付近のクローゼットに目をやる。大した大きさのものではないらしいが、どうやら大切なもののようで、父センリからは取りに行くから大事に保管しておいてくれとのこと。いや、だったら早く取りに来なよ……。

 

 

 

「わたしが届けてようか!?ちょうど通り道だし……」

 

 

 

 ハルカの申し出はありがたい。

 

 あんな意味深なものをずっと置いておくのはやはり中身が気になって仕方ないわけで。親父には悪いが、他の家の用事を頼まれたいたいけな少女に頭を下げてもらお——

 

 

 

「だったらユウキ。あんた届けてきなさいよ」

 

「……は?」

 

 

 

 死角からの一撃。あまりの一言に俺の脳が意味を理解できずに麻痺状態に陥った。

 

 

 

「人ん家の大事なものを、よその子に預けるよりあんたが直接持っていってあげればいいじゃない」

 

「え、いや、そこそこ遠いし」

 

「もうキモリがいるでしょ?コトキに行ったりはもうキモリとならいけるんだし、トウカぐらいちょっと長くなるだけでしょ?」

 

「一人息子が危ないと思いませんか——」

 

「だったらわたしがついていってあげる!」

 

 

 

 最後の抵抗すら、ハルカによって撃破された。

 

 トウカまでの道のりは一人旅としては過去最長。そのハードルの高さはこれまで限られたテリトリーでしか生きてこなかった俺にとっては未知。しかし守ってくれるポケモンはいる。道中の護衛にはジムバッジ獲得トレーナーという豪華特典付き。

 

 断る理由が、なくなってしまった……。

 

 

 

「安心して!トウカまで、わたしが責任持って連れて行くから♪」

 

 

 

 またこの満面の笑みが、俺をさらなる試練へと導くことになると……

想像に難くない俺だった。恨むぜ親父……。

 

 

 

 

 

 

 

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少年の小さな冒険が始まる——!

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第一部【グロウアップグリーン】
第1話 親と子



燃えてる時はイラストも描いちゃう。
キモリとユウキのイラストTwitterに投稿しときますねー(上手いとは言ってない)
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 トウカまでの道のりは容易いもの——では全くなかった。

 

 コトキまではいい。あそこはいつもフィールドワークや買い出しでよく行っていたからだ。しかしそこから東に向かって102番道路を歩くのは俺は初めてであり、その先導はこともあろうかこのハルカである。

 

 

 

「私に任せて♪」

 

 

 

 今思えば浅はかだった。この言葉に自信しかないということを、逆に警戒すべきだった。

 

 まず、こいつは正規の道を選ばなかった。ハルカがミシロで過ごす間、当然彼女もオダマキ博士のフィールドワークを手伝っていたわけだが、その活動範囲は俺のそれよりも広く、この102番道路にまで及んでいたらしい。

 

 だから今回は俺に地理の得意さを自慢したかったのだろう。誰しも経験はないだろうか?皆が知らない場所で自分だけその土地の理解が深い時、その知識をひけらかしたくなるその感情に。 

 

 今回のハルカはその例にもれない。当然その行動のお決まりのパターンも添えられて……。

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 

 結果ハルカは102番道路の裏道を進路に選択した。皆が通りやすいようにある程度整えられたひらけた草道ではなく、野生のポケモンや動物の踏み締めだけが道と化しているそんな裏道をだ。

 

 そしてお決まりの結末。迷子である。

 

 

 

「きゃあああああああ‼︎」

「うわぁああああああ‼︎」

 

 

 

 そうして迷い込んだ場所が野生のポケモンの狩場だったり巣だったり……何度死ぬかと思ったか。当初の予定では昼過ぎにはトウカに着くはずだったが、ボロボロになって着いた時、辺りは夕方を過ぎてもう薄暗くなっていた。

 

 

 

「ハルカさぁーーーん?」

 

「ははは……ごめんね?」

 

 

 

 いつもの満面の笑み——も、今回ばかりは気まずさと疲労を隠せていない。

 

 さすがに悪いと思ったのか、その後俺がずっと睨んでいると両手を合わせてへーこらし始めた。俺が言うのもなんだが、初期の旅路をハードモードにした挙句、最終的にキモリの嗅覚を頼りに森を抜け、目の前で初心者トレーナーに土下座よろしくの謝罪をするスーパールーキーなんて……みたくなかった。

 

 

 

「随分おそかったな二人とも」

 

 

 

 そんなやりとりをしていると、近づいてくる一人の男性。辺りは薄暗く、顔つきはわかりにくいが、俺たちを知っている口ぶりの様子と、馴染みのある声色でそれがすぐに俺たちを待っていた人物だとわかった。

 

 

 

「……親父。ひさしぶり」

 

 

 

 トウカシティジムリーダー“センリ”——俺の父親が出迎えてくれた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ははははは。それであんな格好だったのか」

 

「笑い事じゃないよ本当……」

 

「ほんっっっっっっとうにごめんね‼︎」

 

 

 

 結局俺らはトウカジムの寮に泊まることになった。

 

 本来なら俺は荷物を届けたらとんぼがえり。ハルカはその足でムロタウンへ向かう腹づもりだったが、到着が激遅になったので親父の計らいでそうすることになったのだ。

 

 で、今は寮の食堂で夕飯をいただいてる最中。

 

 

 

「あれ?それにしてもなんか用意いいよな?俺たちが遅くなるって知らなかった割に…」

 

 

 

 それは——寮の部屋がしっかり使えるようにふた部屋も用意してくれていて、飯もすぐにありつけて、なんならこの前にはすでに熱々に焚き上げられた風呂まで用意された——まさにVIP待遇を受けたことでもった疑念だ。

 

 最悪俺はポケモンセンターのソファで一晩明かすつもりでいたのだから。

 

 

 

「何、オダマキ博士から連絡があったからだよ」

 

「博士から?」

 

「ああ。『娘がやたら張り切ってお宅の息子さんをひきずり回してるだろうから、着いたら色々と面倒見てあげてくれ』とね」

 

 

 

 なるほど。それなら得心がいく。

 

 ハルカの性格を誰よりも知っているオダマキ博士ならそうした事態に陥ることは容易に想像できたのだろう。抜けてるところはあるが、やはりタヌキ親父。その采配には脱帽である。

 

 

 

「なーんか失礼な視線を受けてるような?」

 

「ソンナコトナイヨー」

 

「ある顔だよそれは!」

 

 

 

 今回ばかりはハルカが悪い。むしろ痛いところをダイレクトアタックしなかっただけありがたいと思ってもらいたい。ん?それなら博士よ。先に俺に言ってくれてもよかったのではないか???

 

 

 

「ともあれ、二人が無事に着いてよかったよ。ハルカちゃんはともかく、ユウキは中々自分の町を出ないようだからね」

 

「そうだねー。誰かさんみたいに出ずっぱりで一度も新居の内覧にすらこない人に比べれば……」

 

「それは、そのぉ……アハハ。そういう物言いはやっぱ母さんの子供だなぁ」

 

「へいへい。ちゃんとあなたの子供でもありますよ」

 

 

 

 父はバツが悪いとばかりに後頭部をかく。今更怒る気にもならないので、俺がこれ以上追求する気はないが。

 

 少し前なら、こんなに父とも軽口を叩くことはなかっただろう。引っ越してきて久しぶりに会った時は、正直戸惑ってロクに話もできなかったが、ミシロでの経験は俺に余裕を与えてくれたのか……同じ食卓で今談笑しているのは、割と個人的にはすごいとおもっている。

 

 ……などと感傷に浸っていると、あることに気づいた。

 

 

 

「……そういえば、なんか食堂俺らしか使ってないみたいだけど?」

 

 

 

 なんとなく周りを見回してみると、俺たち3人と、アチャモ(ちゃも)とキモリの2匹以外に、人影ひとつなかった。それどころか、使い終わった食器やテーブルクロスひとつ汚れていない。広さは20人は座れるであろう食卓が、この飯時にたった3人に占拠されているのだ。

 

 他の寮生はどこにいる?

 

 

 

「あまりここは使わないからな〜。みんなここで料理したりはするが、基本は自室や修練場に持ち込んだりするから」

 

「飯の時間とか決まってないの?」

 

「ああ。このジムのモットーでもあるが『自分で考えること』を追求した結果だよ」

 

 

 

 父曰く、ポケモントレーナーの強さは『自己判断力』で決まるとされている。

 

 これはあるテレビ番組で取材を受けた父が放った一言だった。トレーナーの育てるポケモンはその種類が変われば種類の数だけ違いがあり、たとえ同種のポケモンだとしても、個体によって性格や得意不得意は変わってくる。それに加えて何が好みで、何が嫌いか。どこが好きで、何時が動きたくないのか。時折人間のような気持ちを示すポケモンの複雑なメンタルロジックに触れる時、それはもう他の人が立ち入れないほど繊細な行動が求められるのだ。

 

 父はそこを徹底したポケモンの育て方をジムに加わるトレーナーに教えているらしい。

 

 

 

「——もちろん求められた指導はするし、明らかな間違いについてはこちらから助言を加えることもある。だが、それも『求めるもの』はトレーナー個人が選ぶことだ。つまりこれも『選択』——『判断力』だ」

 

 

 

 何気ない一言から、先ほどまで威厳のかけらも感じさせない父親が、一気にジムリーダーの顔になる。いつのまにか始まったトレーナー講座に俺もハルカも聞き入っていた。

 

 

 

「……ハハ。まあだからこそ、食事を『いつ』摂り、『どこで』『どうする』のかをトレーナーたちに決めさせると、必然的にこうなるわけだ」

 

「ふーん。まぁそんなもんなのかな」

 

「でも言ってることは最もだと思うよ!やっぱりセンリおじさんはすごいなぁ♪」

 

 

 

 知らない世界の話に、平凡な返しをする俺と感嘆するハルカ。それと対照的に淡白な反応の俺。こういうところが、我ながらつくづく俺はトレーナーになりたいという気概がないのだろうなと思う。

 

 

 

「そう言ってくれると助かるよハルカちゃん。そうだ。君たちに少し提案があるんだが——」

 

 

 

 しかし、何かを親父が言いかけたその時、食堂の出入り口あたりで物音がした。それはとても慌ただしく、靴を脱ぐのに手間取っているような……その音の立て主が勢いよく飛び込んできた。

 

 

 

「——おわっとととと!し、シショー!センリ師匠‼︎キルリアがやっと“サイコキネシス”を覚えて‼︎」

 

 

 

 嬉しそうに、顔を紅潮させながら息巻く少年だった。緑の髪がもっさりと乗っかった顔は幼く、薄灰色のトレーナーウェアに身を包んでいた。どうやら我が父ジムリーダーに用らしい。

 

 

「ミツルくん。食堂でも修練場でも。大きな音を立てての入室は控えるよう言わなかったかい?」

 

「うっ……す、すいません…」

 

「ここには今お客さんもいるが、外で脱ぎ履きする時に気づかなかったかな?」

 

「それは……ごめんなさい…つい舞いあがっちゃって……」

 

 

 入ってきた少年に容赦なく冷や水をかけるジムリーダー。父が誰かに物を教えている姿ってなんとなく想像つかなかったが、教えを説いている相手だと、声色が変わらなくても結構しっかり指導していることが伺えた。

 

 

 

「それはいいから、ちゃんと挨拶してごらん」

 

「は、はい。……その、すいません。はじめまして。僕はトウカ門下生のミツルと言います。よろしくお願いします」

 

 

 

 父に促されるままに挨拶をするミツル。ん?トウカ門下生??ジムトレーナーってそんな呼び名あったっけ?

 

 

 

「ミツルくん……その肩書きを名乗るのはやめるよう言わなかったかい?」

 

「いいえ師匠!これだけは譲れません!いずれ僕を皮切りにセンリ師匠にもっと沢山の方を指導する立場として『師範』を名乗っていただくために!」

 

 

 

 あ。また火がついた。やたら熱しやすく冷めやすいタイプだな。というか『師範』ってなんだ?初耳だけど?

 

 

 

「ミツル……くん?その、師範っていうのは?」

 

 

 

 ハルカも聞き馴染みがないようで、その真意を聞きたいみたいだった。ナイスハルカ。しかしこれがさらなるスイッチを入れることになるとは思わず……——

 

 

 

「だってそうでしょう!?ジムリーダーセンリはこのホウエンリーグにおいても高い戦績を残しており、その敏腕さは指導者という立場でも大いに振るわれているんですよ!トウカジム出身のトレーナーはホウエンリーグ主催の大会で多くの成績を残していて、ポケモン工学、ブリーダー、博士号取得者などバトルに限らず多くの優秀な人材として今若い人たちが最前線で活躍していたり……とにかくセンリ師匠はもっと多くのトレーナーに認知されてもおかしくないほどの方で——」

 

「あー。ミツルくん?その辺にしとこうか。熱が入りすぎて途方もない場所まで歩いてるよ?」

 

 

 

 その言葉で我に帰るミツル。気づけばミツルは熱弁により自分が歩き回って、俺の目の前に立っていたはずが今は食堂奥の開けたスペースで両手で天を仰いでいた。

 

 

 

「し、失礼しましたぁ‼︎」

 

「アハハハハ♪ ミツルくん面白いね!おじ——センリさんのこと、本当に好きなんだね」

 

 

 

 ハルカのおいうちが炸裂。既に赤く染まっていたミツルの顔が、今はオニゴーリを梅干色に染めたみたいなとんでもない顔になっている。なにそれどうやんの?

 

 

 

「褒められるのは嬉しいが、やはり持ち上げられるのは居心地が悪いね。余所では言わないでくれよ」

 

「…………はい」

 

 

 

 あ。今の間は絶対言ってる感じだ。これは親父、苦労してるんだろうな。

 

 

 

「ま、まぁそれはそうとして。ミツルくん。キルリアの件についてはまた明日様子を見よう。新技を覚えたんだろう?初日は無理して使わず、感覚を養うようにしてあげなさい。明日にはキルリアももっと技の精度が上がるだろう」

 

「えぇ……でも忘れちゃわないかなぁ。今すぐ見せたいんですが」

 

「大丈夫だ。君だって自転車に長いこと乗らなくても乗り方を忘れたりはしないだろう?ポケモンもそれと一緒だから」

 

 

 一瞬顔色が怪しくなったミツルだが、そんな親父のアドバイスで花が咲いたように明るくなった。それに安心したのか、俺たちに一礼するとすぐに食堂から飛び出して行く。慌ただしいというかなんというか……

 

 

 

「あ、嵐みたいなやつだったな…」

 

「でもおじさんすごい!ちょっと不安に思った教え子にあんなに的確にアドバイスできるなんて!」

 

 

 

 確かに流石はホウエン屈指のジムリーダー。言ってる事自体はそこまで難しいことではないように思えたが、問題はそう答える『速度』だ。

 

 少ない質問から教え子の要点を見極め、必要な言葉を最小かつ最大の効果を与えるように心掛けていなければ、あんなにするするとアドバイスできるものじゃない。とりわけあの手の猪突猛進型とでもいうのか。単純で素直な生徒にはうってつけだろう。

 

 ……自宅では見せない気遣いっぷりだ。

 

 

 

「ハルカちゃんまでよしてくれ。ただ私は、知っていることを伝えているだけだよ」

 

「すごいって言葉は素直に受け止めてもいいと思うけどなぁ。褒められて嫌な人なんていないわけだし」

 

「時折お前って同い年とは思えない一言出してくるよな」

 

「「それはユウキ(くん)が言っていいことじゃない」」

 

 

 

 なぜだ。なぜそこでシンクロできる?いつ打ち合わせしたんだ?

 

 

 

「まぁそんな変わり者さがわたしには眩しくも見えるよ。いつかその特性が、トレーナーに必要な能力になる気がするからな」

 

「だってさ。ユウキくん♪」

 

「お、俺は別にトレーナーになるなんて…」

 

 

 

 そこで親父は俺の方に向き直る。どこか不思議そうな顔をして。

 

 

 

「ん?お前、トレーナーになりたいわけじゃなかったのか?」

 

「はぁ?博士や母さんになんて聞いてたのかは知らないけど、今日は家にあった親父の荷物を渡しに来ただけだよ。こんなに遅くならなければすぐ帰るとこだったし。もし俺をトレーナーと呼ぶんなら『キモリを連れて歩いてる一般人』って方がしっくりくるよ」

 

 

 

 そこまで言い切って、少し、ほんの少し胸が痛くなった。こないだのオダマキ博士との話を思い出したから……

 

 

 

——その働きにもう少し応えてあげたい……

 

 

 

 ちらりとキモリの方を見る。

 

 一連の動向を見てるのか見てないのか、あるいは興味すらないような面持ちで食後のきのみをかじりながら窓の外を見ている。まだ、あいつが何を考えているのかわからない。

 

 

 

「うーん。そう言うことか。では、俺が提案しても無駄だったかな」

 

「え?何を……?」

 

「ん。さっきお前たちに聞こうとしてたことさ」

 

 

 

 そういえばさっきミツルが乱入する前に何か言いかけていたな。しかし今の話となんの関係が?

 

 

 

「聞いても意味ないと思うが、まぁいい。——お前たち、うちのジムで指導を受ける気はないか?」

 

「え?」 

 

「それって、ジムトレーナーになれってことですか?」

 

 

 

 『ジムトレーナー』

 

 ホウエン地方に8つ点在するジムでポケモントレーナーとしての技術を鍛錬するトレーナーたちのこと。

 

 昔はトレーナーとジムの関係はあくまで旅で鍛えたポケモンの腕試しのような場所だったが、ホウエンリーグ委員会——通称“HLC”の体系化によりトレーナーがジムに入って鍛え直す側面を持つようになっている。

 

 そしてやはり、ジムごとの特徴の偏りを除けば、旅で我流を突き進むよりも、強力な腕前のジムリーダーの直接指導を受けられるトレーナーは成長速度も完成度も平均して高いのだ。

 

 

 

「もちろんハルカちゃんはすでにジムバッジを獲得してるから、ユウキに比べたらメリットは薄いが……それでも色々経験したあとなら自分に何が足りないのか、その解消法を模索するだろうと思ってね。その助けになればと思っての進言だよ」

 

「えへへへ。ありがとうございます」

 

 

 

 ハルカはジムリーダーに直接試合を申し込む、いわゆる『道場破り』でジムバッジをもぎ取っているから、そのために修行するバッジ無獲得者に比べて得られるものが少ない。もちろん今言ったように、それでもジムリーダーの指導は魅力的なのだろう。バトルは素人なのでさっぱりだが、俺にわかるのはそれくらいだ。

 

 

 

「——ユウキについてはもう少し母さんと話をした方が良さそうだね。本当ならこのままウチで預かる気でもいたんだが」

 

「……なんで俺なんだよ。今見てても思ったけど、親父忙しそうじゃん?ジムトレーナーが少なくて困ってるわけでもないだろ?」

 

「確かに今は教え子たちで手一杯だけどな。それでも、息子がトレーナーになりたいと思うなら、それを全力でバックアップしたいと思うのは当然だろう?——まぁ、帰らずに仕事ばかりの俺が、何をと思うかもしれんが……」

 

「帰らずにって……それはもういいから」

 

 

 

 自重気味に笑う親父は、どこか寂しそうだった。

 

 ——なんとなく、わかった。

 

 きっと博士も母さんも、俺から『ポケモンと旅に出たい』という気配を感じ取ったのかもしれない。はじめてのポケモンとの生活。バトル。それに関わるたくさんの人たち。目まぐるしく俺の世界が変わったから、俺の気持ちも変わったと思ったのかもしれない。親父の……ジムリーダーとしてのセンリの言葉は俺の後押しになるんじゃないか——そんな思いで親父のとこに来させたのだ。

 

 ……あの荷物運びは、そのついでってわけか。

 

 

 

「もちろんお前に才能があるのを認めた上でこの話は持ちかけている。そのキモリを見ればわかる。お前がトレーナーに必要最低限、でも大きな力にもなり得るものを持っていることをな」

 

「トレーナー……最低限の?」

 

 

 

 才能?トレーナーの?キモリを見ればわかるだって?……あのキモリは、俺が育てたわけじゃないのに?

 

 

 

「だから、お前に少しでも気があるなら——」

「悪いけど!!!」

 

 

 

 そこで……俺の感情は溢れ出してしまった。

 

 ついて出た言葉に、俺自身制御がきかない。何気ない会話なら……いつも通りにしてれば平気だと思ったのに。……折り合いをつけていたはずなのに。

 

 また、こんな……。

 

 

 

 冷ややかな空気が辺りに漂う。親父もハルカも、今は俺の方を見て固まっているんだろう。俺はそちらをちらりとも見れなかった。

 

 

 

「……悪いけど。俺はトレーナーになる気はないよ」

 

 

 

 声色はなんとか落ち着けた。でも心はまだ、荒れたままだ……。

 

 

 

「俺には帰ってやることあるから。博士の研究もそうだけど。家の手伝いしなきゃ。母さん一人であんな広い新居掃除させるの可哀想だし」

 

 

 

 どうにか。どうにかおさめてこれが限界だった。暗い感情が胸に広がり、口に出した言葉で空気を重く沈めてしまった。

 

 こういうのは無しにしたかったはずなのに。ハルカだっているのに。頭ではいくら冷静な回答が浮かんでも、それを発信する術を、今の俺は持たない。

 

 

 

「……明日起きたら帰るから。それじゃあ」

 

「あ、ユウキく……」

 

 

 

 ハルカが何か言いかけていた気がした。

 

 でも今は見せられない。この顔だけは、あの子に見せられない。

 

 そのまま、俺は用意された寮部屋に向かっていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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確執は未だ……——。

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第2話 吐露



アルファサファイア攻略完了!
なんだかカロス地方というところのお話も関わってるようで……
次はXYプレイかのぅ…(ृ ु ´灬`)ु





 

 

 

 ——コンコン。

 

 

 

 

 

 控えめな音が、ドアから聞こえた。

 

 それがノックだとはわかっているが、応える気にはなれない。トウカジムの寮に俺だとわかってノックするのは、おそらく親父かハルカだろう。どちらも俺を心配して見にくるのだ。

 

 そんな相手に、今合わせるような顔は——

 

 

 

 ——ガチャ。

 

「入るんかい‼︎」

 

「わわっ!思ったより元気そうだね!?」

 

「あんだけしらけさせといた張本人の部屋によく突撃できるなお前!そう言うとこだぞ本当‼︎」

 

 

 

 入ってきたのはハルカだった。こいつにはいつかデリカシーという横文字を脳内に突っ込みたい。

 

 

 

「ははははは。なんかカリカリしてたから、大丈夫かなぁって思ってさ♪」

 

 

 

 俺の怒声にいつもの満面の笑みで受け切られてしまう。 こうなっては、俺もこれ以上強くは言えない。第一、ハルカには悪いと思ってしまってる分、そもそも強く言える立場ではないのだ。

 

 

 

「……さっきは悪かったよ。いきなり気分悪くさせたな」

 

 

 

 バツが悪いことこの上ない。そのせいで、今はハルカの顔をまともに見れないでいた。

 

 父親との確執——。

 

 偉大なジムリーダーという世間の評価が、家庭を顧みなかった犠牲の上にあることをどうしても切り離して考えられない自分。長い間顔すら見せなかったのに、まるで今の今まで一緒に暮らしていた父親のような口ぶりが、今日はどうしても我慢ならなかった自分。

 

 今更……今更ながら、俺はどうもまだ親父を許せないでいたことに気づいた。

 

 でもだからこそ、ハルカには悪いと思った。

 

 平気そうに振る舞っておきながら、1番気まずい状況で巻き込んでしまったからだ。そんな家庭とは関係のないハルカに、親子のゴタゴタを見せてしまった事。どこを切り取って見ても、俺がハルカに見せられる顔はなかった。

 

 そんなことを考えていると、俺の頭に何かが添えられる。両耳のあたりに暖かい感触を受け、今何が行われているのか数瞬考えた時——

 

 

 

「——えいっ」

 

 

 

 俺の首は180度横に回った。

 

 

 

「あガッ⁉︎⁉︎」

 

「こっちみろぉ〜♪」

 

 

 

 かわいい口調でかわいくないパワープレー。俺の頭を両手で挟み、勢いよく捻るその様は歴戦の抹殺者(イレイザー)の手際だった。

 

 

 

「いてててててててて‼︎」

 

「ユウキくんが悪いんだよー?人とはちゃんと目を見て話しましょー」

 

「わ、わかったわかったわかった!わかったから手を離せ!首の!なんかアカン筋がピキピキいってっから‼︎」

 

 

 

 命乞いにも似た了承に満足したのか、ハルカは俺を解放した。そこそこじたばたしたのに全く離れる気がしなかったので、女子に純粋なパワー負けを喫したことに少し凹んだのは内緒だ。

 

 

 

「あー……相変わらず距離感バグってるよなお前。何の用だよ」

 

 

 

 痛めた首をさすりながら、ハルカに向き直る。

 

 何を言われるかと思い、想像するが、ハルカがこちらの予想通りに何かした試しがない。ハルカのことだ。また斜め上の発言で驚かされることに決まって——

 

 

 

「ん?別にないよそんなの」

 

「あー。そうきたか。別にない……へ?」

 

 

 

 案の定驚かされた。でもこれは、なんというか、別の意味で驚いた。

 

 

 

「なに?なぁーに想像してたのぉー?」

 

「いや、なんというか、もっと質問攻めにされるもんだとばかり……」

 

 

 

 ハルカのあのバグった距離感の詰めかたが今回も炸裂するもんだとばかり身構えていたが、今回も想像の裏をかかれる形となったか。

 

 

 

「聞いてほしいの?」

 

「えっ?」

 

 

 

 そう言われて、固まってしまった。なぜどきりとさせられたのかわからない。

 

 

 

「ユウキくんにだって言いたくないことのひとつやふたつあるのはわかってるつもりだよ?だから無理にとは言わないけど……」

 

 

 

 これも何と言うか意外だ。相手が隠し事をしていたら「何隠してるの?」って平気で突撃するタイプだと思っていたから。

 

 

 

「ユウキくんが『言いたいこと』なら。わたし喜んで聞いちゃうよ♪」

 

 

 薄暗い部屋でも、ハルカの笑顔はよく見える。口角が上がって膨れた、血色のいい頬が輝いているようだ。

 

 その顔に一瞬どきりとさせられる。

 

 自分のことながら、意外だった。もっと難しいことだとも思ってた。それがハルカに対して申し訳なく思う気持ちなのか……人柄を信頼してのことかはわからない。

 

 もしかしたら誰でもいい——ただ吐き出したいだけなのかもしれないけど……。

 

 

 

「……悪い。ちょっと付き合ってくれるか?」

 

 

 

 半ば根負けする形で、俺は今の気持ちを話すことにした。俺の……本当の気持ちってやつを……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 親父がホウエン地方へ行くことが決まったのは、俺が5歳のころだったらしい。

 

 それまでは親父がどんだけトレーナー業が忙しくても必ず晩飯には家に帰ってきていたことを、なんとなく覚えている。

 

 親父の好きなシチューは、いつも試合で勝った時のご褒美。親父の苦手な蕎麦は、いつも試合で負けた時の罰ゲーム。どちらも美味しくいただける俺たちは、いつもその顔が赤くなったり青くなったりするのを見て楽しんでいたのを、かすかにだけど覚えていた。

 

 だから、ホウエン地方に行くのが決まった時は大泣きしたみたいだ。

 

 毎日帰ってこれるわけじゃない。帰ってこれる日がいつかわからない。家族が、自分が嫌いになったのかと子供ながらに問い詰めたのはあまり覚えていないけど。母が言うにはそれはもうすごかったようで。

 

 

 

「——ごめんなユウキ。でも父さん、絶対向こうで強いトレーナーになって来るからな!」

 

 

 

 そんなふうに俺を宥める親父だけは、よく覚えている。

 

 今思えば、そんなものを当時の俺は望んでいなかったと思う。ただ毎日、明るく楽しい生活を、俺たちと送って欲しかっただけ……そんな俺の気持ちをよそに、力強く、それでも優しく頭を撫でる親父。

 

 やっぱり俺は泣くことをやめなかった。そうして泣き疲れて眠った。

 

 その間に、親父はホウエンへ渡る船に乗ったようだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——すぐにはその現実味が湧かなかった。

 

 毎日帰ってくるはずの父親が、夕飯に顔を出さない日が1日。

 

 2日、3日、4日……

 

 そうして月日が経つにつれ、抱いていた寂しささえも少しずつ薄れていく。俺がスクールの通信教育を受ける頃には、親父が家にいないのは当たり前になっていた。時折、ホウエンから遠方通信でテレビ電話が来ることもあったから、親父の元気に向こうで活躍する話を聞いていつも胸が躍っていた。

 

 近くにはいなくても、優しい父は必ず、『そこ』にいてくれたからだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ある日を境に、テレビでの連絡をよこさなくなった。短い電話が母と交わされ、俺には声の一つもかけてくれなくなった。

 

 それがなぜなのか。父の状態はどうなのか。何が起こったのか。

 

 それを知ることを考えることが……子供ながらに少し怖かった。

 

 そして、母が初めて泣いているとこを見た。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——そっから、母さんは前よりちょっと元気がなくなったんだ。何があったのか聞いても『大丈夫』の一点張り……俺には父さんに何かあったことは察する事はできても、具体的なことは何一つわからなかった……」

 

「……」

 

 

 そんな話を、ハルカは一切口を挟まず、ただ時折頷くだけで、真剣な顔で聴いてくれた。

 

 意外……というと流石に失礼だろう。流石に今茶々を入れる気はない。

 

 

「……それが長く続いて、俺は思ったんだ。『母さんには、やっぱり親父が必要だったんじゃないか』ってな」

 

 

 家族が同じ家で過ごす——当たり前過ぎて忘れそうになるが、じゃあなぜ同じ家で暮らすのだろう?とその時俺は考えた。

 

 どの家庭も、ほぼみんな例外を除けば自然とそうしている。そうしないのが不自然だから。なぜ——?

 

 そう考えて母を見ると、単に経済的にまとまって暮らす方がお得だとか、子供を24時間見守るのに便利だからだとか……そうした打算的な理由ではないと俺は思った。

 

 

 

「『家族は一緒に居たいからいるんだ』——理屈抜きで。だから、いなくなると寂しいんだって……」

 

「……あ」

 

 

 

 子供のような簡単な俺の解答。それを聞いて初めて、ハルカの表情が変わった。

 

 そうだ。ハルカの想像通りだ。

 

 家族が離れると、あんなにも強く見えた母が弱ったのだ。父親という存在がいないのは、ただ寂しいだけじゃない。子供を一人育て、何かトラブルが起こっても頼れるパートナーがそばにいないという不安だってつきまとう。実際、俺が『それが理由』で学校に直接通わなかったり、トレーナーという夢を持とうとしなかった時の世間の目から、俺を守ろうと必死になっていた母を、俺は知っていたから……。

 

 

 

「だから……お母さんをひとりぼっちにしちゃわないために……?」

 

「……笑っていいぞ?マザコンだって言われても、実際そうなんだから」

 

 

 

 母が自分も苦しい中、そんなふうに俺を育ててくれた事を知って、それで余計にその考えに執着するようになった。

 

 初めは親父がいなくなった事を理由に、俺は母をひとりにしたくなかった。それで近所で遊ぶ友達は作っても、旅立たせることを教育してくる学校にはなるべく近づかないようにした。

 

 そしたらそれが原因で世間からの風当たりは強くなった。

 

 何も知らないそんな奴らから俺を守るために、母は益々いろんなものと戦った。

 

そうしてくれた事、そうさせてしまった事。

 

感謝と罪悪感で、俺はそれに見合う見返りを母に与えたいと思った。そのためにも、俺は家で……母さんのそばにいなくちゃいけないと思ったんだ。

 

 

 

「……笑わない。笑うわけない」

 

 

 

 そこまで聞いて、口を開いたハルカの声は少し震えているようだった。それでも、その声に優しい気持ちが含まれているのを感じた。

 

 

 

「ユウキくんの心からの頑張りを、笑うなんてできない……本当に君は優しい人なんだね」

 

 

 

 ハルカはそういうと、右手を俺の頭の上にポンと置く。そのまま慣れた手つきで、ゆっくりと俺の頭を撫でるのだ。

 

 

 

「おいちょ——!?」

 

「いいから。今はハルカさんに誉めさせてくれたまえよ♪」

 

 

 

 妙な口ぶりと理由で、優しく撫でられる俺になす術はない。さっきとは別の理由だが、この拘束からはしばらく抜けられそうになかった。

 

 

 

「家族を大切に出来る人はね——」

 

 

 

 彼女は綴る。

 

 家族を大切に出来る人は、他の誰かも大切に出来る人だとハルカは言った。

 

 本当に自分本位の人間は、自分の行動の責任を取ろうとしない。自分がしたことが、他の誰かを傷つけるかもしれないことを考えない……。

 

 それを考えられる人は、きっと今後出会う人たちにもたくさん優しく出来る……。

 

 優しく語るハルカの言葉に、俺は聞き入ってしまっていた。

 

 

「——私はね。そんなユウキくんだからこそ、旅に出てほしいって思うんだ」

 

「……なんでだよ」

 

 

 ハルカは本音でそう言う。それがわかるからこそ、何で俺にそんな風に思うのかがわからなかった。

 

 目立った能力はない。経験もない。血筋はジムリーダーの子供でも、強いトレーナーになれる保証なんて……“何者かになれる保証”なんてどこにもない。

 

 

 

「旅に出ても、何もできないかもしれないじゃないか。ただいたずらに家を出て、目指すものにたどり着けるなんて誰が言える?なんで信じられる?その間に寂しい思いを人にさせて、心配かけさせて、その上で惨めな結果しか出せなかったら?そしたら——」

 

 

 

 そしたら、母さんはなんて思うだろう。親父も……なんて思うんだろうな……。

 

 ここまで吐き出して、思いついて。その思いを口に出す前に、ハルカが次を口にした。

 

 

 

「……こわい?自分を知るのが」

 

 

 

 たった一言。ポツリと耳に届く。

 

 そのハルカの一言は、今の俺の気持ちをピタリと当てていた。的を射ていた。言い訳のしようがないほどに……。

 

 

 

「……だせぇよな。結局俺、やらない理由ばっか考えてたのか」

 

 

 

 今更気づいた。旅に出ない本当の理由。

 

 母さんを寂しがらせたくないのも——

 

 母さんに報いたいのも——

 

 親父のようになりたくないのも——

 

 みんな俺の、ただ虚勢を突き通すための言い訳だ。

 

 

 

「何がダサいの?」

 

 

 

 ハルカはさらに問う。これ以上曝け出せってか?

 

 まあ、ここまでいっちゃえば……ここまで気づいちゃったらおんなじか。もうヤケクソの心境で、俺は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 

 

 

「ダサいことこの上ないだろ。俺は、自分の正体を知るのが怖いんだ。俺は旅に出ない事を取り柄のない凡人に収まる理由にしたかったんだ。本当に気づかなきゃいけないもんから逃げようとしたんだよ……。親父のせいにしてれば、正当な言い分で守られる。母さんのためにといえば、優しい人だと肯定される……それに甘えて自分にはそれ以外に能力がないことを……」

 

 

 それを暴かれるのが、怖かったんだ。

 

 きっとそうなったら、今度こそ俺は誰からも見向きもされなくなる……元より何も持たないこと……魅力のカケラもない自分。目の前の、友人にさえ——

 

 

 

「なら。今日は初めて自分を知った日になるのかな?」

 

 

 

 ハルカは言う。それがどういう意味か、最初はわからなかった。

 

 

 

「——ユウキくんが、ユウキくんの気持ちに気づいたんだよ。見つけてもらえたんだよ。他でもないユウキくん自身に。その気持ちを……」

 

 

 

 それを見つけてもらえないのは、本当に悲しくて、苦しいことだから。

 

 いつものハルカからは想像もつかない、今日何度目かの衝撃に……俺の目頭が熱くなる。

 

 こんな自分を知っても。

 

 こんな情けないやつの言い分を聞いても。

 

 ……ハルカはそれを受け止めてくれた。

 

 認めて……くれたんだ。

 

 

「でもユウキくん。きっと知らない自分は、もっとたくさんあるよ。私も旅を始めて色んな自分を見つけたんだ。その中には、私も忘れてしまいたいような気持ちもあるけど……」

 

 

 少し目を伏せて、ハルカは言う。

 

 あの自己肯定を自然に出来るハルカが?なんて今は思わない。ハルカの今までの言葉には、それだけの重みがあったから。

 

 それに俺みたいに見ないふりをしようとするわけでもなく、がむしゃらに無くそうとするやけでもなく……受け止め、認めてるみたいな。優しい覚悟のような重みが。

 

 俺は今、初めてハルカを、尊敬の目で見ていた。

 

 

「——私はそれらを見つけられて本当によかったと思ってる。そして、もっとたくさんの自分を知りたい。それを教えてくれる仲間と旅をしたい……ポケモンって、そういうのも教えてくれるから」

 

 

 ハルカはそう言いながら、今はボールに収まっているキモリの方を見る。

 

 手元にずっと俺が握りしめていた、大切な相棒。初めて自分を守ってくれた他者で、守りたい小さい命。俺はいつの間にか、このキモリのことを好きになっていたことにも、今更ながら気づいた。

 

 

 

「ね?また気づいたでしょ?知らない自分に♪」

 

 

 

 そう言うハルカは、いつの間にかいつもの調子に戻っていた。それと同時に、今まで吐き出してきたポエムよろしくのセリフが一気にフラッシュバック。時間差で駆け巡る羞恥の電撃が俺を襲った。

 

 

「ああああああああああああああ‼︎恥っずっっっっっっ‼︎」

 

 

 人前で言葉を荒げて、一人悲劇の役者のごとく部屋に閉じこもって、女の子に優しくされて、気持ちのままにカッコつけたセリフを吐く。自虐にしたって俺は……俺はなんという……。

 

 

「やめてよ〜。私もそこそこ恥ずかしい事言っちゃったことになるじゃん」

 

「うっ……いや、感謝しなきゃ……だよ…な……」

 

 

 先程まで、とても同い年には思えないハルカの言葉と雰囲気を、今は微塵も感じさせない。

 

 それでも、俺にもっと考える材料をくれたのは他でもないハルカだ。その事実は変わらない。

 

 なんでかこいつの前だと、いつもより少しだけ大胆な思考になってしまう。ハルカの積極的な気持ちが、ちょっとだけ感染るみたいに。だから、今日はかっこつけるだけかっこつけてみる。

 

 

「なんていうか……世話になった礼ってわけじゃないけどさ……一個だけ。何でも言う事聞いてやるよ」

 

 

 友達にする人生相談にしては、さすがに内容がヘビー過ぎた。なのにハルカは、ハルカなりに色々気をつかってくれたわけで、結局なんか前向きな気持ちにさせられたのだ。

 

 やはり、きちんときた礼はしなければ——

 

 なんて思ったところでハッとする。

 

 目の前にいた少女の目に『あ。新しいおもちゃはっけぇ〜〜〜ん♪』という感情が芽生えていたことに。

 

 

「なぁ〜んでもいいんだぁ〜?ふぅ〜〜〜ん⁇」

 

「あ、ちょ!待って!今のはなんというか——」

 

「男に二言があるんですかぁ〜?」

 

 

 とどめだった。

 

 さすがハルカさん。バトルでもつめの甘いことはされませんもんね。間違いなく自分の迂闊な発言で自爆した。

 

 あーもう。なるようになれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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月明かりの中、二人の子供は少しだけ大人へ——。

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第3話 親心



誤字報告ありがとうございましたぁ!!!!
一応チェックしとるんですがこういう抜けをご指摘いただけて感謝です(T ^ T)
ORAS終わりました。XYやるべき???





 

 

 

 目覚めたのは、日の出より少し前。俺は軽く身なりを整えて、荷物を持って部屋を出る。宣言通り、みんなが起きる前にトウカを発つつもりでいた。

 

 それで一応昨晩は世話になったので、ハルカの部屋の前を確認しに行くと、ドアの隙間から、なにやら白いものが顔を出していた。

 

 

 

「——『お寝坊さんへ。先に行きます♪ 約束忘れないでね!——ハルカ』……か」

 

 

 

 それは小さな手紙。

 

 どうやら、ハルカは俺よりも先に起きて、自分の旅に出かけたようだ。俺がここを確認に来ることを見抜いて書き置きするあたりほんとに抜け目ない。悪戯っぽく笑うあいつの顔が目に浮かぶ。

 

 

 

「……了解」

 

 

 

 念を押されるあの“約束”。

 

 手紙の主人に小さく頷くと、俺と踵を返して、自分の行き先に顔を向けた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 朝日が登り始め、トウカシティの入り口まで足を運んだ。朝焼けに照らされる街を背に、俺は少し眠たい気持ちを払うように伸びをする。そうして街から出ようと、入り口のアーチをくぐろうとした時だった。

 

 

 

「——お早い帰りだな。ユウキ」

 

 

 

 アーチの支柱の影から声をかけられた。

 

 当然こんな朝早くから、自分に声をかける人間など、現状一人しかいない。俺は、昨日のことを少し思い出して焦る気持ちを落ち着かせ……父親、センリへと対峙する。

 

 

 

「……言ったろ?起きたら帰るって」

 

「朝飯くらい食って行ってもいいんだぞ?」

 

 

 

 父に特に変わった様子はない。でもだからこそ、気さくに話しかけてくる父親の心境はわからない。変に気を遣って俺の気を逆撫でしないようにしているのか……あるいは単に昨晩の件を気にしていないのか……もっとほかに何か考えているのか……。

 

 

 

「いいよ……。一食一泊させてもらえただけでも感謝してる」

 

 

 

 俺も、今は何を考えてるのか……俺自身がよくわかっていない。こうしていても、次に何を口にしたらいいのか。

 

 ……ハルカに励まされたのに、俺はまた少し、暗い気持ちに覆われていく。どう接したらいいか。今の俺は答えを知らない。

 

 

 

「それこそ気にするな。俺はお前の父親……だからな」

 

 

 

 それが耳に入ったとき、俺は不思議とその言葉が嫌じゃなかった。昨日は父親面されることにも怒りの気持ちがあったのに。

 

 どうやら、昨晩のハルカの励ましに心を動かされたのは本当だったようだ。自分のことながら、変化していく心に戸惑うばかりだ。

 

 しかし、父はそんな優しい言葉とは裏腹に、少しだけ顔を引き締めているように見えた。

 

 

 

「ユウキ」

 

 

 

 父が俺の名前を呼ぶ。

 

 その言葉には、何か思いのようなものを感じた。耳を傾けなければ——そう思わせる声色だったからだ。

 

 

 

「……俺のことを、許せとは言わない」

 

 

 

 いきなりの直球。俺の気持ち——それに向き合うつもりだと、その一言で十分伝わった。

 

 

 

「俺は家族を置き去りにした……俺は自分の夢を追うために、ホウエンに渡り、ジムリーダーを務めている。それが家族を犠牲にして立っていることを、否定なんかできない」

 

 

 父から、初めての独白だった。

 

 父に会っても、優しい言葉ではあるが、それでも素っ気なさを感じることしかなかった。

 

 それが今は、目の前にいる俺に対して、はっきりと自分の気持ちを打ち明けている。そして、その気持ちを続けて、こう言い放った。

 

 

 

「だが、いやだからこそ、俺は謝らない」

 

 

 

 その言葉に、反射的に俺は父を睨んだ。琴線に触れる——いくら正直に物を言ったって、それで許されることなんて多くはない。少なくとも俺にその度量はない。 

 

 また余裕がなくなった俺は、親父に一言言ってやろうとして——

 

 

 

「——代わりに……ただ、感謝を」

 

 

 

 怒りの言葉を発しようとした俺の口は、それを聞いてまた止まった。父親であるセンリは、その後深く頭を下げてこういうからだ。

 

 

 

「……今まで母さんを支えてくれて、ありがとう」

 

 

 

 感謝の言葉。

 

 その気持ちを伝えんとばかりに下げ続ける頭。

 

 ざわめきから複雑、怒りから驚きへ……朝一番から、これほど気持ちを揺さぶられたのは初めての経験だった。

 

 

 

「母さんに伝えてくれ。遅くなったが、そろそろ一度帰る——」

 

 

 

 シチューか蕎麦でも作って待っててくれ。と。

 

 それを聞いた時、俺はなんとなくわかったのかもしれない。

 

 俺が思うほど、人は単純じゃない。

 

 色んなことを思って、人は行動する。だから人の気持ちを計るのは難しい。でも、その奥底の気持ちは、口にしちゃえばわりと単純で、そしてそう簡単には変わらないもの。

 

 それを言うことが難しいと感じるだけで……。

 

 

 

「……わかった。伝えるよ」

 

 

 

 少なくとも親父は忘れていなかった。

 

 遠くの地方に置き去りにした家族のことを。

 

 そこで食べたものも。

 

 過ごした時間も。

 

 きっと、俺が泣いていたことも……。

 

 俺はそれだけ言って、父と別れる。これ以上はまだ、難しい。まだ父の全部を許す気にはなれない。

 

 それでも、少しだけ。

 

 少しだけ、歩み寄れる気がした。

 

 それは今日、少しだけ俺の願いに応えてくれたようだったから……。

 

 

 

「ちゃんと帰ってあげてくれよ。親父」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりユウキ、キモリ。早かったわね」

 

 

 

 トウカからの帰り道は、キモリの護衛もあって何もなかった。

 

 真っ直ぐミシロの自宅まで帰ってきた俺たちは、母がいつものように朝の炊事をしているのを確認して、なんだか少しホッとする。

 

 慌ただしい旅路と慣れない外泊。ついでにしては重苦しい親父との対面や気持ちの変化と——

 

 気が抜けた拍子に、身体の疲れをドッと感じた。

 

 

「ご飯まだできてないから、もうちょい待っててねー」

 

「……うん」

 

 

 俺はそれだけ返事して、テーブルにつく。念のため帰り道は、キモリを出しっぱなしにして歩いたので、彼にも労いの気持ちを込めてオレンのきのみを与える。——と。

 

 

 

(……ちゃんと二人分作ってるじゃん)

 

 

 

 朝食の支度は、米と味噌汁、ベーコンエッグというスタンダードなものを用意しているようだった。

 

 簡単にできるものではあるが、それでも母が一人で食事を摂るつもりなら、ここまでしっかりと準備なんかしないだろう。

 

 母さんは、人に作る時しかまともに料理をしない。トースト焼いて食べるくらいなもんだ。つまり、俺がこの時間帯に帰ってくるのを知っていた。

 

 そこまで思考が行き着くと、母さんは焼き上げた卵とベーコンを皿に盛りながら話す。

 

 

 

「お父さんから聞いたわよー。キモリと仲良さそうにしてたって」

 

 

 

 不意に父のワードが出た時、心臓が高鳴った。内容は思っていたのとは違っていたが、動揺は隠せない。

 

 

 

「え、あ、いや……そうだっけ?」

 

 

 

 そういえば、昨日親父もそんなこと言ってたか?キモリを見てればわかるとかなんとか……あれってそういうこと?

 

 

 

「まぁウチに居た時から、あんたら仲良さげだったもんね。今更か」

 

「言われてる俺は実感ないんだけど……」

 

「鈍感な男の子はこの先大変ねー」

 

 

 

 俺が鈍感?なんだろう、何か含みのある言い方だ。

 

 

 

「これ見てごらん」

 

 

 

 すると携帯端末の液晶画面を俺に見せてきた。そこには、俺とキモリが写った写真がいくつも表示されていた。

 

 

 

「んー。なにこれ?」

 

「あんたを見続けてるキモリの写真」

 

「ふーん——え、なんて?」

 

 

 

 母の言葉を理解するのに時間がかかった。

 

 キモリが?俺を⁇——普段興味なさそうにして、目を合わせることの方が少ない方だぞ?

 

 しかし見せられた数十枚の写真は、俺が見てない死角からこちらをみるキモリの姿だった。

 

 普段から隠し撮りしてたのかとツッコミたいところだったが、そんなことよりもこの事実に驚いた。てっきりキモリは、俺に興味はないのだとばかり……——

 

 

 

「あんたは色んなことに気づくくせに、自分に関することには本当に鈍感なのよ。キモリはこーんなにもあんたのことが気になってるのにねー」

 

 

 

 そう言われると、なんだか恥ずかしい。自分の鈍さに心当たりも……なくはないから。

 

 だがそれ以上に、キモリが俺に関心を持っているという事実が嬉しかった。

 

 手塩にかけて育てたわけじゃない。それでも、一緒に暮らす中で、キモリは俺への評価を上げてくれていた。キモリは、俺に興味を持ってくれていたのだ。

 

 

 

「親父は……知ってたのか」

 

 

 

 ここまで来ると、なんとなくわかる。

 

 母さんは親父に俺のことを話していたのだ。俺がどんな生活を送っていて、どんな友達と過ごしているのか。キモリというポケモンを手に入れたこと。その関係がどうなっているのかを。

 

 それで直接、俺たちの雰囲気を見て、親父は俺にトレーナーとして、ジムへの所属を申し出たのだろう。

 

 きっと、傍にいたキモリが、また俺を見ていただろうから……。

 

 

 

「……たく。わかりづらいぞお前」

 

 

 

 そう言って、俺は困ったように笑う。

 

 今もこうしてキモリを見ても、こいつは明後日の方向を向いてきのみを頬張るだけだった。その表情からはまだ読み取れないが、今思うと、これも照れ隠しのうちなのかもしれない……。

 

 そして、俺はそれを教えてくれた親父に、少しだけ感謝を抱く。

 

 

 

「……親父がさ。そのうち帰るって。シチューでも蕎麦でもいいから、なんか作ってやってよ」

 

「あら。直接いえばいいのに照れ屋なんだら♪ うんと山盛りの蕎麦でも(こしら)えちゃおうかしら〜♫」

 

 

 

 親父からの伝言を聞くと、満面の笑みとウキウキな足音を奏でながら、しっかりと苦手な方を選ぶ母。うーんこういうとこが恐ろしい。

 

 ともあれ、これで俺の仕事も終わった——そう一息ついたところだった。

 

 

 

「ま。それはいいとして……それ食ったら行きなさいよ」

 

「え?」

 

 

 

 気づけば目の前には朝食が並べ終わっていた。香ばしいにおいが鼻腔をくすぐり、食事の時間だと胃袋が鳴く。

 

 それにありつきたい気持ちと、不意にそんなことを言われて戸惑う俺は固まってしまう。

 

 何の話だ?そもそも行くってどこに?いや、それはもう決まってる……のか?でも……。

 

 

 

「……母さんは、俺に旅に出てほしい?」

 

 

 

 数年ぶりに言うセリフ。

 

 以前は俺が、世間体を気にして母に進言した。その時の返事は、行きたくなったら行けばいいとのことだった。

 

 でも、今は俺の気持ちが違う。それは母も知ってくれていると思う。なら、今はどう答えるのだろう?

 

 

 

「んー。別に?」

 

 

 

 ガクッ。とてつもなく気の抜けた返事だった。それでも。と母は続ける。

 

 

 

「あんたがしたい事をしてれば、私は……私たちはそれでいいのよ。ただ元気でいさえしてくれれば」

 

 

 

 それが親ってもんだからね——そう付け加えて、俺を真っ直ぐ見つめる母。

 

 純粋な親の気持ちだった。親父も——そう思っているだろうという含みも込められていた。

 

 それはきっと、嘘じゃない。だから、俺も本当のことが言いたくなったんだ。

 

 

 

「……約束があるんだ」

 

 

 

 唐突に、俺は母さんに切り出す。それが、俺が旅に出る今の動機だからだ。

 

 

 

「——ハルカと約束した。俺は、もうちょっと強くなる。トレーナーとして。ハルカに負けない程度には……」

 

 

 

 それが、昨晩の約束。

 

 俺が口を滑らせて、ひとつだけハルカの願いを叶える事になったこと。

 

 

 

「——『ハルカのライバルになる』。あいつと戦えるようになるために、俺、旅に出てくるよ」

 

 

 

 初めて出来た旅への動機。

 

 他の誰でもない。自分の気持ちで旅へ出る。やっと踏ん切りがついたような気がした。

 

 ようやく言えた。

 

 不恰好だけど、本当の気持ちを——

 

 

 

「その言葉を待っていた‼︎」

 

 

 

 バンッ!と玄関の扉が勢いよく開け放たれ、白衣の中年が情緒もなく飛び込んできた。その人物は俺のよく知る、かのポケモン研究に没頭することしか頭にないオダマキ博士その人だった。なんか台無しである。

 

 

 

「なんですか急に——」

 

「いやぁ君が旅に出てくれるなんて嬉しい事この上ないよ!なので選別にこいつをプレゼントしたいと思ってね」

 

 

 

 そういう博士は強引に俺にある端末を渡す。

 

 黄色い外装の手のひらサイズのそれは、最近発売された旅人御用達の『ポケモンマルチナビ』とトレーナーの免許証となる『トレーナーズID』だった。

 

 

 

「博士?!なんだよこれ?!」

 

「君が旅に出ることになったら渡そうと思っていたんだよ。トレーナーズIDは前から発行申請出してたんだけど……そいつは私のところで世話を焼いてくれたほんのお礼だと思って受け取ってくれ」

 

 

 

 などと年甲斐もなくウィンクするオダマキ博士。なんか聞き捨てならない一言が混ざっていた。

 

 トレーナーズIDは申請出して一週間くらいは審査で許可が降りるまで時間がかかるのだ。それを本人に断りもなく(おそらく母が願書書いて)前々からこう言う時のために行動していたんだろう。

 

 しかしなるほど。博士もまた一枚噛んでいたってことか。なにやら自分が思っている以上に、周りの大人から注目されていたことに気づくと、もう恥ずかしいやらなにやらで……俺はとてもじゃないが、合わせる顔がなかった。

 

 

 

「……ありがとう。博士——」

 

「ちなみにそっちは私が独自に開発した『ポケモン図鑑共有システム』が内臓されていてね!ハルカにも同じ物を渡してあるから、二人が旅で出会ったポケモンについては随時登録されていくからね!どんどんポケモンを見つけて、どんどんポケモンを捕まえてくれたまえよ?」

 

 

 

 前言撤回。この人やっぱポケモンのことしか考えてねーわ。この旅を博士の研究用フィールドワークに使う気満々だった。

 

 結局、この博士にも俺が旅に出るメリットがある。それも見越しての協力態勢なのだろうな。抜け目ない。

 

 中々高級端末を受け取ってしまったが、もらった以上の仕事はするか。それでも……それでも一応は母の気持ちも聞いておきたい。

 

 

 

「——母さんは……ひとりでも大丈夫か?」

 

「大丈夫よ」

 

 

 

 即答。まるでそう聞かれることがわかっていたように。

 

 

 

「前のジョウトなら……ちょっとキツかったかもね。今はハルカちゃんのお母さんが友達になってくれたし。町のみんなも、雰囲気も大好きになったしねー。せいぜい伸び伸びやってるよ♪」

 

 

 

 思えば、母がこちらに来てからの顔色は良くなっていた。気づいてないわけではなかったが、本当に元気になったんだな……。

 

 

 

「……飯はちゃんと食ってくれよ?」

 

「はいはい。一応ちゃんとしたもの食べるわよ」

 

「電話はするから——」

 

「それ、全部わたしのセリフじゃない?」

 

「あ……」

 

「連絡なんて、たまにでいいわよ?言うでしょ?便りがないのは元気な証拠って」

 

 

 

 敵わない。そんな言葉しか見つからない。

 

 母には寂しい思いをさせるだろうが、ここまで言われては、もう何も返す言葉はない。

 

 今はただ。旅路に着くだけだ。

 

 

 

「ユウキくん。ハルカと会ったらよろしく伝えてくれ」

 

「……はい」

 

 

 

 この数日で、俺の気持ちは劇的に変わった。それが良いことなのかはわからない。

 

 それでもこの旅で、いつかその答えは出るだろう。

 

 

 

 ——『自分が何者だった』かは。

 

 

 

 

「いってらっしゃい。ユウキ」

 

 

 

 母のもうしばらく聞けないその言葉に、俺はいつものように返す。次にただいまを言える時、もう少しだけ強くなって帰ってこれるよう願いながら。

 

 

 

「いってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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小さな一歩が大きな旅路へ……ユウキ、出立——!

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第4話 始めの一歩



わりとコンスタントに投稿できてる……おれ、えらい。





 

 

 

「……なんでまたボロボロなんだ」

 

「はは……」

 

 

 

 再び102番道路を通り、トウカシティへと足を運んだ俺は、最初と同じくらい疲労していた。

 

 それは今俺が抱えているポケモン、“ジグザグマ”のために負った、名誉の負傷というやつである……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 コトキタウンを中継して、102番道路に入ってすぐ、俺は負傷したジグザグマを見つけた。

 

 駆け寄ると、ひどく弱っていて、特に左脚からは出血が見えるほどのダメージを負っている様子が見えた。一応オダマキ博士のとこに居た時から、ポケモンへの応急手当ての心得を習得していたので、キモリ用に仕入れていた“きずぐすり”を患部に使い、包帯で巻いておいた。適切な手当ができたのか、ジグザグマの表情は少しだけ和らいで見える。

 

 それでも弱っているとはいえ、手負いの野生のポケモンに近づくのは危ないことは百も承知で、多少ひっかかれることは想定していた。

 

 その割に案外素直というか……などと思っていると——

 

 

 

——グルル……!

 

 

 

 目の前に現れたのは1匹の“ポチエナ”だった。

 

 黒い体毛を逆立てた子犬程度の大きさのポケモンで、この辺りでもよく見かける。性格は個体によるが好戦的なものもいる。こいつもそのタチなのか、俺たちに襲い掛からんと牙を剥き出しにしていた。

 

 

 

(ポチエナ……もしかしてこいつにやられたのか?)

 

 

 

 ジグザグマを見ると、ポチエナの存在に気づいて震えていた。ただ攻撃的な鳴き声にビビっているだけにも見えるが、それにしたってポチエナもジグザグマに執着している様に見える。

 

 

 

「とりあえず追い払うか——“キモリ”!」

 

 

 

 俺は手持ちのバッグからボールを取り出し、我が相棒の名前を呼びながらそいつを放り投げる。

 

 飛び出した緑のポケモンが、俺たちとポチエナとの間に割って入り、旅で初のポケモンバトルへと発展した。

 

 

 

「なんでこうポチエナとばっか戦ってるんだろ……“にらみつける”!」

 

 

 思えばキモリとの思い出深い初戦もポチエナだった。

 

 あの時は出したキモリがはたくの一撃でポチエナを追い払ってくれたが、さて今回はどうなるか。

 

 とりあえず睨みをきかせてポチエナに牽制をかける。キモリの眼光は鋭くポチエナを捉え、しっかりポチエナを動揺させているようだった。

 

 だが、それを見てもポチエナはすぐに気を持ち直して、今度は大きく口を開けて——

 

 

 

——アォォォォン!!!

 

「——!“とおぼえ”!?」

 

 

 

“とおぼえ”——。

 

 声帯を震わせて自身を鼓舞する技。訓練次第で、相手が理性の薄いポケモンなら動揺も誘えたりもする技だが、問題は()()()使()()()ということ。

 

 

 

「……とおぼえはそこそこ鍛えられたポチエナが習得する技で野良が使ってきたのは初めて見る……こいつ、『強個体(きょうこたい)』ってやつか!?」

 

 

 

 普段見かけるポケモンでも個性があり、同じポケモンでも違ったステータスを持つものがいる。

 

 その中でも強個体(きょうこたい)は、見かけは変わらないが単純に周囲のポケモンよりも強く育ったものを指す。

 

 そうなってくると、当然手強いわけで——

 

 

 

——たいあたり(ガルァ)‼︎

 

 

 

 気合十分のポチエナは強烈なタックルをキモリめがけてかます。

 

 

 

「キモリよけろ!」

 

 

 

 反射的にキモリに叫ぶ。もちろんキモリも避ける気でいたので、指示通りポチエナを避け——

 

 

 

“はたく”——‼︎

 

 

 

 たいあたりを躱し、ポチエナの背後をとったキモリはなんと独自に動いて技を出した。いやキモリさん。イケメン過ぎません?

 

 

 

——ガァッ!?

 

 

 

 さすがに強個体とはいえ、この反撃は予想だにせずはたくが背中にクリーンヒット。態勢不十分もあってかなり後退するポチエナ。

 

 まだ戦闘不能になるわけではないが、これで逃げてくれるかも……。

 

 

 

——ガァッ!ガァッ!!

 

 

 

 だめか。やはり白黒つけるまで交戦の意思は揺るがないようだ。にしてもやたら攻撃的なやつだな……強個体って強さゆえに攻撃性が増すのか?

 

 

 

「しょうがない。キモリ!今度はこっちから攻めろ!」

 

 

 とにかく早くこの戦闘を終わらせることを今は優先。

 

 背後でぐったりしてるジグザグマをここからまだ近いコトキのポケモンセンターに運ぶのに時間をあまりかけたくないからだ。

 

 それを受けたキモリは、ポチエナに向かって距離を詰める。

 

 スピードでは分があるキモリはあっという間にポチエナを間合いに捉える。

 

 

 

“はたく”——‼︎」

 

 

 

 今度は正面からポチエナに真っ直ぐしっぽを振り下ろす。自分の身体の長さに匹敵するしっぽが、ポチエナの頭部を捉え——

 

 

 

——グルォ!

 

 

 

 ポチエナはギリギリで引きつけてそれをかわした。

 

 

 

(あのスピードを見切ったのか?!)

 

 

 

 確かに直線的な攻撃だが、人の教育を受けていない野生のポチエナには充分脅威のはず。それを目もそらさず、ギリギリで見切ってかわすって、こいつ戦い慣れてるのか?

 

 

 

「考えても埒があかない!キモリ!もう一度“はたく”だ!」

 

 

 

 今は迷いを振り切って、ポチエナとの戦闘に集中。すかさず追撃の指示を与え、キモリを戦わせる。

 

 キモリはそれを聞き、一度身体を強ばらせる。一瞬の間から、先ほどとは比べ物にならない速さでポチエナにとびかかった。

 

 

 

「これって、電光石火(でんこうせっか)——!?」

 

 

 今度俺を驚かせたのはキモリの方だった。今までアチャモとの戦いでは一度も見せたことがない技を放ったのだ。

 

 一筋の緑の帯を引きながら、キモリは突っ込んでいく。その電光石火にポチエナは反応できず吹き飛ばされる。

 

 地面に倒れるポチエナに、先ほど指示したはたくがポチエナに振り下ろされる。この一連のコンビネーションを受け、今度こそポチエナは戦闘不能になった。

 

 

 

「ふぅ……なんかいきなりめちゃくちゃだったな……と、とりあえずキモリ。お疲れ様」

 

 

 

 無事戦闘終了とのことで、まずは戦ってくれたキモリを労う。

 

 ——にしても、怪我したジグザグマの手当に強個体のポチエナ。戦い慣れした野生のポケモンとキモリの新技と、トウカで親父に話すネタとして充分すぎる。

 

 ともあれ一見落着。あとはジグザグマをポケセンに——

 

 

 

——ガルルルルルル……!

 

 

 

 背後から、殺気を放つ存在に気づいた。そいつ()は俺たちを見て、明らかな敵意を向けていた。

 

 

 

「——ポチエナの……『群れ』ぇぇぇえええ!?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ははは。それでジグザグマ抱えて102番道路を突っ走ってきたのか」

 

「笑い事じゃねぇ……」

 

 

 

 そして今に至る。俺たちは、命からがらトウカまで全力逃亡を決め込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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恐るべき、102番道路……——!

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第5話 名付け



先日久しぶりにサウナ入ってきました。
フエンタウンのサウナとかどっかでコラボフェアしないかな?





 

 

 

 ここはトウカシティのポケモンセンター。

 

 街に必ず一つ存在するこの場所は、旅で傷ついたポケモンを治療するための施設だ。昔は利用者が『トレーナーズID』というトレーナーの身分証書を提示すれば誰でも無料で扱えるようになっていたが、リーグ委員会の大幅な運営変更とかの影響で、しっかりと治療費をとられるようになった。それでも使っている技術を考えれば大した額ではないが、やはり確実に利用頻度が多くなることを考えると……先が思いやられる。

 

 今回は道端で拾った『ジグザグマ』を治療するために入った。今は受付にジグザグマと、一応キモリの入ったモンスターボールを預けて、待合のベンチに親父との腰掛けて、ことの経緯を話しているところだった。

 

 

 

「で。あのジグザグマどうする気なんだ?」

 

「え、どうするって……」

 

 

 

 どうする……とは、やはりジグザグマの今後のことだろうか。

 

 成り行きとはいえ、本来野生のポケモンをモンスターボールでの捕獲もせずに治療を施すことはあまりない。オダマキ博士の手伝いでフィールドワークをしていた時も「なるべく野生のポケモンに干渉せず、基本は観測に徹することを留意する」事を教えられていた。今回はあまりにもジグザグマが消耗していて放っておけなかったから手を出したが、自然の中で起こる傷害に、やはり安易に関わるべきではなかったかもしれない。

 

 「可哀想だから」——そうやって自分の価値観で身勝手に事を起こすのは俺だって本意じゃない。人間の手がついたポケモンは、自然でやっていくのが今後難しくなる可能性だってあるのだから。

 

 もし責任というものがあって、俺にできる事があるんだとしたら……——

 

 

 

「——まぁ、このまま俺の手持ちにするかな。ジグザグマがよければ、だけど」

 

 

 

 ——と言う結論に至るわけだ。その答えで満足したのか、親父の口調は軽くなる。

 

 

 

「そうかぁ。いやぁ“ジグザグマ”はいいぞ?個体差もあるが基本素直でいい子が多いからトレーニングに積極的だし、特性の“ものひろい”は旅路で思わぬ掘り出し物と出会える可能性もあるからな。バトルでのステータスは少し物足りなさを感じるが、優秀な技範囲がそれをカバーしてくれるし、育てるトレーナー次第で個性が出るあたりが堪らない——」

 

「熱弁ドーモ」

 

 

 

 急に火がついたように語り出すのだから、こう言うあたり、昨日のミツル?に通じるものがある。

 

 そうだった……この人の『ノーマル(ポケモン)語り』が酷いのは有名だった。相手がトレーナーでなくても同じ熱量で喋るんだもんなと、母さんのことを思い出しながら思う。

 

 

 

「す、すまん。ともかくジグザグマは初心者トレーナーにもオススメだと父さんは思うぞ! ぜひ大切にしてやってくれ」

 

 

 

 気を取り直した父は、そう言って親指を立てる。なんかテンション高いな今日……。

 

 しかしジムリーダーの太鼓判なら、嫌々でジグザグマを育てることにはならないと思う。実際かわいいしな。あいつ。

 

 

 

「ところでユウキ。“ニックネーム”はつけないのか?」

 

「あー……」

 

 

 

 『ニックネーム』——。

 

 トレーナーの保有するポケモンは種族名とは別に愛称をつけられる。元々愛着が湧くからという理由でつける場合が多いが、最近はそのメリットにもトレーナーたちが注目している分野でもある。固有の気に入った名前を貰えたポケモンがモチベーションを高くしたり、同じポケモンを繰り出した際の指示の間違いを防いだりなど、副次的な恩恵も馬鹿にならないからだ。

 

 身近なところで言えば、ハルカのアチャモの『ちゃも』がいい例だ。

 

 あのアチャモは名前を大層気に入ったそうで、元々小心者だったらしいが、名付け以降はかなりアグレッシブな戦い方をするようになったらしい。

 

 

 

「親父は手持ちに名前つけてんの?」

 

「ああ。リーグ戦で使用する子はつけてるよ」

 

 

 

 やはり親父もその有用性は認めているのか、実践しているらしかった。この先上を目指すなら、できることはやったほうが良さそうだ。

 

 

 

「あいつらの治療が終わったら、つけてみるか」

 

 

 

 とりあえず気に入ってもらえる名前を、それまでに考えておかなければ……やはりこういうのは本人が気にいるのも大事だが、他のトレーナーから変な目で見られないようなのにもしたい。てか呼ぶ時恥ずかしいのは絶対にイヤ——

 

 そこでふと、親父の付けた名前が気になった。

 

 

 

「……ちなみに親父どの。なんて名前つけてるの?」

 

「ん。ケッキングにつけてるやつは『天元丸』だ」

 

 

 

 好奇心から聞いた俺が馬鹿だった。このネーミングセンスが、遺伝されてない事をただただ願う。武将かそいつは。

 

 

 

——ピンポーン。

 

「《番号札302番をお持ちのお客様。ポケモンの治療が完了致しましたので、3番カウンターまでお越しください》」

 

 

 

 絶望的なネーミングセンスを父に見せつけられたところで、自分の番号がアナウンスされた。思ったより早いなと思いつつ、俺は呼ばれるままに受付3番のカウンターに向かう。

 

 

 

「——はい♪あなたのポケモン、キモリとジグザグマは元気になりましたよー。またのお越しをお待ちしております」

 

 

 

 ポケモン救命看護師——俗称『ジョーイ』と呼ばれるポケセンの治療担当者から受け取ったキモリ入りのボールとジグザグマ。尻尾を振り、舌が口から飛び出るほどに息を荒げて俺を直視してくる。

 

 

 

(かわいい……)

 

 

 

 どうやら俺が助けたということを認知しているらしく、お礼と言わんばかりにその身体を擦り寄らせてくる。ジグザグマは警戒心が強い時は、その体毛を逆立て、力むことで硬質化する性質がある。そんなものに擦り寄られていたら、今頃俺の胸部はズタボロだっただろう。

 

 

 

「早速ジグザグマと仲良くやってるようだな。毛も逆立ててない……と」

 

 

 

 親父はジグザグマを見てそう言う。親父の見立ても俺と同じだったようで、懐かれてるのはひしひしと伝わってくる。

 

 

 

「んー。とりあえず元気になったことだし、外出るか」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ジグザグマ、お前俺と来るか?」

 

 

 

 ポケモンセンターから出てすぐの広場で、ジグザグマに呼びかける俺。俺の手には、旅に出る前に母からもらったスタンダードな空のモンスターボールが握られている。ジグザグマは言われた意図をすぐには理解できないようで、舌を出して小首を傾げている。

 

 野生のポケモンは、人馴れしてるポケモンに比べて意思疎通が図りづらい。どうやったら伝わるかなぁと考えて、あーでもないこーでもないと自問していたら、ジグザグマは俺の握っている紅白色のボールをじっと見つめていた。

 

 その後、ジグザグマは自分からそのボールに額を軽く打ち付ける。ボールは野生のポケモンの存在を感知し、大口を開けてジグザグマを迎え入れた。一瞬で光の筋になったジグザグマがボールに飲み込まれると、数度軽くボールが震え、程なくしてボールは挙動を止めた。

 

 ——ジグザグマ、ゲットである。

 

 

「……よかったってことか?」

 

「ああ。ジグザグマは、お前を主人と認めたようだ」

 

 

 

 何か釈然としない——というか実感がない。バトルして弱らせて捕まえるのが基本だからか、こんなにすんなりポケモンを手に入れられるのは変な感じだ。

 

 

 

「それほど助けてくれたお前の姿に魅せられたのだろう。まさに王子様ってやつだな♪」

 

「ぐ……その表現は嫌すぎる……」

 

 

 

 冗談とわかっていても鳥肌が立つこと言うな。

 

 ともあれ、自分でポケモンを手に入れ、これでいよいよポケモントレーナーになったんだという自覚がついてくる。なんだかんだ、嬉しかったのは確かだ。

 

 

 

「で、名前は何にするんだ?」

 

 

 

 先ほどしていたニックネームの件を持ち出す親父。さっきのあなたのセンスを目の当たりにしてちょっと気が進まなくなったんだけど……せめて付けられたこいつらが笑われない程度の無難なやつにしようと思うけど。

 

 

 

「ジグザグマは……『チャマメ』——かな」

 

 

 

 理由は茶色の“まめだぬきポケモン”だから——我ながら安直もいいとこである。

 

 

 

「『チャマメ』かぁ。かわいいじゃないか。試しに呼んでみたらどうだ?」

 

「わかってもらえっかなぁ……」

 

 

 

 ポケモンの名付けは実にざっくばらんである。

 

 持ち主が決めた名前を呼んで、本人が気にいって自分のことだと認知するようになれば、もうそれで成立する。だからこそ、名付けは慎重に成らざるを得ない。

 

 変な名前で一度認知してしまうと、その変更は初めてつける時よりも格段に難しいからだ。ポケモンも、自分の呼び名がコロコロ変わるのは混乱するだろうし……。

 

 

 

「——ちゃ、チャマメ……?」

 

 

 

 おっかなびっくり呼んでみた。赤い半透明のカプセルの中からこちらを見ているジグザグマが、少し不思議そうな顔をしているように見える。なんだこれ、思ったより恥ずかしいぞ……?

 

 

——♪

 

 

 しかしジグザグマは呼ばれたのが自分の名前だと認識したようで、嬉しそうにボールの中で飛び跳ねている。うーん。なんだこいつ天使か?

 

 

 

「うまくいったようで何よりだ」

 

ジグザグマ(チャマメ)が素直でほんと助かるよ……じゃあ、あとはこいつか」

 

 

 

 無事チャマメの名付けが終わったところで、兼ねてよりパートナーになってくれているキモリのボールに目をやる。キモリはいつも通り、仏頂面で我関せずのような雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「こいつ、あだ名とか嫌がりそうだよな……」

 

 

 

「個人を識別する記号で何をむきになっている?」と言わんばかりの頓着のなさ。加えて、一回冗談で『キモちゃん』と呼んでみたところ『はぁ?ぶちのめすぞヒューマン』と言わんばかりのにらみつけるを食らわされた過去がある。以来、下手に名前をつけられないのである。

 

 

 

「まぁ付けてみて気に入らなそうなら今まで通りでいいんじゃないか?どうせ付けるだけならタダだ」

 

 

 

 それは正論である。

 

 やらない理由を探す悪癖に対処する事も考えると、進歩するためにはこういったハードルも越えねばならないというわけか。慣れないことも、まずはやってみてから。

 

 

 

「…………」

 

「そ、そんな肩に力入れるなよ?ほんと、思いつきとかでいいんだから——」

 

「——『わかば』」

 

 

 

 俺はその名を口にした。

 

 実は……かなり前から決めていた。

 

 ハルカとちゃもを見ていて、あんなふうじゃなくても、キモリとはもう少し良好な関係を作れないだろうかと考えていた時に思いついた名前だ。

 

 

 

「『わかば』……まぁこれから大きくなるわけだし……若葉色の身体には合ってるかなって——ほら、そろそろ夏も近いし、季語的には若葉っていうのは——」

 

 

 

 名付けの披露は思ったよりも恥ずかしくて、つい口が軽くなってしまう。テンパるとよく喋る自分がなんだかおかしくて、それを見ている親父も苦笑いだ。そんな変な名前をつけた気はしないけど……キモリは——

 

 気にいるだろうか……?

 

 

 

「……わかば?」

 

——……。

 

 

 

 応答はない。ただ目をつむっているだけだ。やっぱまだこういうのは難しかった——

 

 

 

——パァーン!

 

 

 

 名付けが失敗したと落胆したところで、キモリのボールは勢いよくその口を開ける。キモリが自身の意思で、ボールの外へ出てきたのだ。

 

 そして、出てきたキモリは、俺に対してはすに構えた姿勢で俺を見る。

 

 

 

「えーと……どしたキモリさん?」

 

 

 

 そう問うと、キモリはプイッとそっぽを向いた。

 

 あれ?なんか用があって出てきたんじゃ?ほら、名前つけるとか余計なことすんな的な抗議とか——

 

 

 

()()じゃないんじゃないか?」

 

 

 

 親父が口を開く。

 

 そうじゃない?とは⁇不思議に眉をひそめると、親父は小さく笑って……——

 

 

 

「名前……もう『キモリ』じゃないんじゃないか?」

 

「……え?」

 

 

 

 もしかして、気に入った?うそ……これでいいのか?

 

 そう思ってキモリを見ると、そっぽを向きながら、その大きな尻尾で地面をタン、タン、と叩いていた。これは、いつもきのみなどを要求するときの仕草である。

 

 つまり、今キモリは……欲している……。

 

 

 

「わ……——『キモリ(わかば)』」

 

 

 

 わかばは首だけ振り返り、小さく頷いた。

 

 このツンデレめ……やっぱりまだまだこいつのことはわからないことだらけである。

 

 でも……前進は、してるよな?

 

 

 

「はぁーーーーーー。つかれた」

 

「ははは。おめでとうユウキ」

 

 

 

 ただ名前をつけるだけでこの有様だ。こんなんで、本当にハルカと並ぶほどのトレーナーになれんのかね?今ここにはいない俺を焚きつけた少女の顔を思い浮かべながら、俺は少し笑っていた。

 

 

 

「——さて。それではユウキ。こうしてポケモンも手に入れ、名付けも完了するとこも見れたことだし——ジムリーダーとして少し話をさせてくれるか?」

 

 

 

 自分の旅路の先が思いやられると俺が嘆いていると、不意に親父が話す。

 

 改まった父は、俺をトウカジムへと案内するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その名が示す明日が来るように——。

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第6話 道のり



最近整体に通ってます。
そんな私は20代……




 

 

 

 ——トウカシティ。トウカジム。

 

 2014年に発足した『ホウエンリーグ管理委員会』よりも以前から存在する伝統あるトレーナージムであり、その頃から数多くの実力者を輩出してきた……いわゆる“名門”というやつである。

 

 数あるジムの中でもその格式は高く、人気もあるため倍率も高い。ジムトレーナーになるだけでも、推薦を受けるか実力をジムリーダーに示すかしなければならず、そのリーダーともなれば、さらにその難易度はプロの最前線で活躍する以上のものだということは、想像に難くない。

 

 それが我が父……トウカジムリーダーのセンリなのだ。

 

 

 

「早速だが、ユウキ。お前をトウカのジムトレーナーに推薦したい」

 

「えっと……」

 

 

 

 そんな親父は、真剣に俺に向き合っている。それに対して、俺はいきなりのことに間の抜けた返事しかできないでいた。

 

 ジムの修練場の一部屋には、俺と親父、ボールから出たままのキモリ(わかば)と、昨晩はしゃぎ倒していた緑のもっさりヘアが特徴的なミツルもいる。

 

 

 

「昨夜お見かけした時はまさかとは思いましたが、やはりあなたが師匠の息子さんだったんですね!改めまして、僕はトウカ門下一番弟子のミツルです♪ やはりトレーナーとしての才能はアリということですよね!?——でなきゃセンリ師匠が、身内とはいえ直々にお誘いすることなんてないんですし!」

 

 

 

 捲し立てるミツルに、若干引いてる俺。こいつデフォルトでテンション高いのか。

 

 

 

「さ、才能うんぬんは知らねーよ?親父が誘ってくれるなら、そりゃあ見込みなしってわけじゃないんだろうけど……」

 

「またまたぁ♪お聞きしましたよ?かの『紅燕娘(レッドスワロー)』とも呼ばれている期待の新星——ハルカさんのライバルなんですよね?」

 

 

 

 紅燕娘(レッドスワロー)ぅ〜?あいつそんな通り名ついてんの?誰が付けたんだ——ってちょっと待て。

 

 

 

「だ、誰がライバルだって?!」

 

「え。だってあのハルカさんと互角に渡り合う実力があるんでしょ?」

 

 

 

 ねぇよ。

 

 このひと月はあいつにいいように弄ばれこそすれ、互角の名勝負をした覚えなんて1ミリもないわ。てか何?誰がそんなこと言ったの??

 

 

 

「——ほら。『Pokeman(ポケマン)』の新刊でハルカさんご本人が言ってますよ」

 

 

 

 ——は?何言ってんだこいつ?

 

 ミツルがどこからか出してきたトレーナー御用達の週刊情報雑誌『Pokeman(ポケマン)』の1ページが目に飛び込んできた。そこは新人特集コーナーにハルカのことが載っている。

 

 

 

「——『地元のミシロに帰ってきたら、スゴいトレーナーがいました!私と同い年で、最近越してきてトレーナーを始めた彼だけど、ステキな私のライバルです♪今からリーグ戦が楽しみだなぁ』ぁあああ‼︎⁉︎」

 

 

 あんの、ばかたれがぁ‼︎なに大ボラ吹いてんだ⁉︎確かにライバルになるっつったけど、将来的に〜とかそういうニュアンスだったじゃん‼︎何ホウエン地方全域に発信しちゃってんの⁉︎素敵なスマイルで何しでかしてんの⁉︎笑ってんじゃねぇよ‼︎‼︎

 

 

 

「ミツルくん⁉︎これあいつがいつ言ったとか書いてないわけ⁉︎」

 

「え?今日発売の新刊ですから、この一週間くらいのうちのどこかで受けた取材でだと思いますけど?」

 

 

 

 オーマイガッ‼︎

 

 あいつそいえば何してるかわからん時間多かったもんな!あんなど田舎(ミシロ)にそんな超新星が二人もいるわけねぇだろ‼︎てかそもそもの話、あいつにライバルになる宣言かましたの昨日だったと記憶しとるんですが⁉︎何?こうなることがわかっててそれより前にインタビュー受けたの? エスパーなの?予知能力なの?死ぬの???

 

 

 

「……はは。考えるだけ無駄な気がしてきた」

 

 

 

 そこまで悶絶して脳内では暴れに暴れた俺だったが、諦めの境地で落ち着く。

 

 ハルカが俺と親父の確執から、俺が旅に出るように仕向けるように暗躍してた可能性すらあるが……あいつのことだ。打算云々とかじゃなく、思い込みがはげしいというか……マジで俺がなれるとか思ってるからこんなふうに言うんだろうな。

 

 たかだかひと月の付き合いだが、計画して嘘をつくような子ではないことだけはわかる。むしろ嘘がない分、自分が信じたことには絶対の自信があるのかもしれない……にしたって荷が重いが。

 

 

 

「あー。盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

 

「あ!すいません師匠……脱線させてしまって……」

 

 

 

 コホンッと咳払いひとつ。親父がミツルに物申すと、ミツルは割って入ってきたことを謝罪した。そういえばジムトレーナーに誘われてるんだっけね。

 

 

 

「——話を戻すが、ジムトレーナーになるようお前を誘うのは、いくつか理由がある。お前が受けるも受けないもその説明を聞いてからでも遅くはないだろう——まず、お前がハルカちゃんに並ぶトレーナーになるという事がどういう事か。お前は本当に理解しているか?」

 

「……」

 

 

 

 真剣な問いかけに、俺は口をつぐんだ。

 

 それは理解していないから——というよりは、やはり難しいことなんだという雰囲気を感じ取って、ことの重大さに緊張したからだ。

 

 

 

「うむ。ハルカちゃんと並ぶ——それはつまり、彼女が目指す『ランカー』にお前もその名を連ねるという事だ」

 

 

 

 『ランカー』——。

 

 プロとして名が広く知れ渡るトレーナーの中でも、更に実力が認められているリーグ戦に参加するトレーナーを指す。

 

 その道は想像でしかないが、険しすぎるほど険しく、その制度ゆえに、才気あふれる者が血の滲むような努力と鍛錬を惜しまずに……それでも一握りのトレーナーだけがなれると言われている。

 

 それを目指す——そういう腹づもりなら、親父としてもやはりいい加減な覚悟で俺に目指させたくはないのだろう。

 

 そのことを、まずは理解しているか。親父は俺の腹づもりや見通しを知りたがっている。

 

 

 

「……ああ。我ながら、いきなりとんでもない約束をしたと思ってるよ」

 

 

 

 実際迂闊だった。

 

 ハルカの実力は知っているつもりだったが、いつものバトルはただ文字通り遊ばれていたんだと思う。

 

 俺もハルカの評判はここ数日で知っているが、こうしてホウエン全域にも広まるほど輝かしい活躍が知れ渡っている。前評判だけが伸びている……という甘いものじゃない。ハルカは本当の実力者なんだ。

 

 それは、親父が俺の目的を聞いてこの反応だからこそ、今やっと実感しているところだ。

 

 

 

「冗談……ではないようだな。いや、冗談のような成長速度を見せるあの子に追いつき追い越そうなどと、今までのお前なら考えもせんか」

 

「はは。本当にな」

 

「……だからこそ、お前にはジムトレーナーとしてここで研鑽を積んでもらいたいのだ」

 

 

 

 親父はそのためのバックアップなら惜しまない。そうとも聞こえるような口調で俺に勧めてくる。だから、俺も素直にわからないことを聞こうと思った。

 

 

 

「——親父のその申し出。きっとありがたいもんなんだろうけどさ。答える前に、一個聞きたいことがあるんだけど……」

 

 

 

 なんだ?と耳を傾けてくる親父。横のミツルも俺の次の言葉に耳を澄ます。

 

 

 

「——『プロ』ってどうやったらなれんの?」

 

ズゴォーーーーー。

 

 

 

 二人は勢いよくその場に突っ伏した。なんだ?なんか変なこと聞いた?

 

 

 

「……お前、そんなことも知らずにランカーを目指したのか?」

 

「しょ、しょうがねぇだろ!?今のいままで全く興味なかったんだから!」

 

 

 

 俺は自分の無知を指摘されて、羞恥で顔を蒸気させる。まぁ……確かに目標に対して俺の知識量は全くと言っていいほど追いついていなかった。

 

 『プロのなり方』なんて。きっと俺よりも小さい子供ですらわかってることなんだろう……。そりゃこけもするか。

 

 

 

「今どき子供でも知ってることですからね……」

 

 

 

 ミツルくん?わかってるから追い打ちしないで?死体蹴りだぞ?

 

 

 

「まぁそれも含めて、細かく説明していこうか——ミツルくん、プロになる方法はいくつあるかわかるか?」

 

 

 

 親父はミツルに話を振った。ミツルも自分に振られるとは思ってなかったようで、少し口籠ったが、すぐに思いつくことを答える。

 

 

 

「あ、えっと……大きく分けると、二つ……ですよね?」

 

 

 

 ミツルの答えに満足したのか、親父は首を縦に振る。親父は何も言わないので、ミツルが話の先を続けた。

 

 

 

「——1つは、さっきユウキさんにもお話があった『ジムトレーナーになって研鑽を積む』っていう方法です……僕もそうですが、月々の会費・授業料を納め、且つそのジムリーダーに了承を得られた人が取る方法がひとつ」

 

 

 ジムトレーナーは誰でもなれるわけではない。

 

 ホウエン地方には、全部で8つのジムが存在し、それらに対応したジムリーダーが存在する。そのジムリーダーに『トレーナーとしての資質あり』と太鼓判を押させることで、はじめてジムトレーナーになる権利が得られる。アマチュアの大会とか、ポケモントレーナーの為の学校などはその実力証明の場ともなる。

 

 

 

「——通常、満遍なく色んなことを学べる学校よりも、高度で専門的な教育を受けられるため会費も決して安くはありませんが、それを差し引いてもそれらがジムの運営資金と委員会の活動献金に回されることを考えると、ジムトレーナーは破格の対応を受けられていると言っていいです」

 

 

 

 ミツル自身がそのジムトレーナーで、その教育に満足している……言っている事の裏付けとしては十分だろう。

 

 ポケモンリーグの運営はとにかく金がかかる。各ジムの運営もそれは同じであり、例え教育費が高いと感じるとしても、それだけの価値がジムにはあるのだ。

 

 ポケモンの捕獲、育成、知識、教養、適正の見極め……学べることは星の数ほどある。今ミツルはそこで多くを学べているからこそ、メリットについて強く推すのだろう。

 

 

 

「——そうして鍛錬を積み、自分も納得の実力をつけた人から、ジムリーダーへ挑戦する……それでどこかのジムのバッジをひとつでも獲得できたら、その人はホウエンリーグ管理委員会——通称『HLC』公認のプロとして認定されるんです」

 

「え?バッジ一個でも取れたらいいのか?」

 

 

 

 ミツルは頷いてそれを肯定した。

 

 内容としてはどっかのジムで修行して、ジムリーダーに挑戦という……拍子抜けなほどシンプルなものだった。そしてそれは同時に、ハルカはすでにプロの土俵に上がっていることも俺は知った。

 

 

 

「——そしてもうひとつの方法は、直接ジムリーダーを打ち負かすことだ」

 

 

 

 重く口を閉ざしていた父が、腕組みしたままそう告げる。ハルカがそうしたように——そんなニュアンスを込められていたと思う。

 

 

 

「……僕はそっちの方法はおすすめできません」

 

「おすすめできない?」

 

 

 

 ミツルは、少し顔を伏せながらそう言う。顔の陰りはその難易度の高さを思ってのものだろうか?でもジムリーダーを倒せる実力さえあれば、問答無用でプロにはなれるということがさっきの説明ではわかった。もちろん簡単ではないだろうが、何度か挑戦してみるのも悪くないと思ったが——

 

 

 

「——それこそ費用が高いんです。ジム挑戦権を買うのは」

 

「ち、挑戦権……?」

 

「はい。ジム挑戦には約束金として必ず3万円の納付を義務付けられてるんです」

 

「さ、3万——!?」

 

 

 初耳だった。でも確かに無制限だと、軽い気持ちで腕試しにくる輩で殺到することは想像に難くない。

 

 しかし一度のバトルで賞金に賭ける金額が万額に達するようなことはそうないと聞く……それをたった一回のバトルに、3万も持っていかれるのは信じられないという気持ちだった。

 

 

 

「中には確かに……それでもジムリーダーを打倒する人はいます。最速で駆け上がって……今地道に研鑽を積んでいるのが馬鹿みたいに思えるような、そんな人も……」

 

 

 

 ミツルは握った拳に力を込めていた。

 

 無意識だろうか、何かこの取り決めに特別な思い入れでもあるのだろうか?しかし実際、ハルカなんかを見てるとわからなくもなかった。

 

 

 

「——でも、だからこそそういう人は『特別』なんです。『特別』……『天才』と言い換えてもいいかもしれませんが、そんな人を基準にして、無駄にジム戦を消化するのは……身を滅ぼすだけだと思います」

 

 

 

 ミツルの言うことは、素人の俺が聞いても最もだと思った。

 

 『実戦がトレーナーを大きくする』——それはある雑誌に載っていたプロの言葉だ。でもそれは、たくさんの労力と時間を注ぎ込んだ先行投資から得られる経験。それを踏まえずに無策で自分の才能だけを試そうと壁にぶつかっても、無慈悲に跳ね返され、自信をなくすだけだろう。それだけでなく、多くの金も失う結果になる。旅資金として母から持たされた金も、そんなことに使っていたら一瞬で使い果たすことになるだろう。

 

 

 

「ユウキさん。ジム挑戦は本当に難しいんです。何度もジムに挑戦してプロになる道を短縮しようと賭けに出るより、堅実に強くなるためのジムトレーナー期間を乗り越えてから、充分な勝算を用意してジムリーダーに挑む方がいいとは思いませんか?」

 

「いや……それはそうだろうよ」

 

 

 

 最早異論の余地もない。

 

 旅はとにかく金が入り用だ。自分とポケモンの食費、宿泊代、道具購入や施設利用……それを賄うためには、現地での収入が必要になる。そういう時に強いトレーナーであれば、大きな大会の優勝賞金で生計を立てることも視野に入ってくる。

 

 旅をしたいと思うのは勝手かもしれないが、強くなければ早々に出戻りする羽目になるのは目に見えていた。今更だが、ハルカの凄さを感じる。

 

 

 

「ユウキ。お前がハルカちゃんを追うという目標は立派だ。だが、ハルカちゃんと同じ道を辿る必要はないも思うぞ」

 

「……」

 

 

 

 ハルカがすごい速度でホウエンを駆け上がる……それにあてられて、自分の成長速度を見誤るな——そう親父は言った。

 

 

 

「……ジムトレーナーの会費は、俺が出そうと思っているしな」

 

「は!?」

 

「当然だろう?お前はジムトレーナーの前に俺の子供だ。子供が入り用になった金を親が負担するのは当たり前だろう」

 

 

 

 破格の誘いに、破格の提案だった。いや、そもそもあんたの教えを受けることになってるわけで……というか、そんなのは流石に贔屓すぎないか——と、半ばパニックに近い心境に俺はなる。

 

 

 

「ミツルくんはいいのかよ!?あんなこと言ってるけど」

 

「え?いいんじゃないですか?」

 

 

 

 ジムトレーナーでちゃんと会費を納めてるミツルも親父に賛成だった。こういうのって自分で負担するからこそ意味があるんじゃないのか?思うところとかないの?

 

 

 

「僕だって最初は親の脛齧りです。もうここに来て5年……実力がついてきて、育成にかけていた時間をバイトやバトルあてられるようになってから、少しずつ親にかえしてるんですよ。それができるようになったのも、ここ1年くらいですし……」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 

 逆にいえば、それだけ自分の身の回りのことを自分で賄うというのは過酷ということだ。こういうところは、理不尽なほど実力主義だよな。

 

 それに——と親父は続ける。

 

 

 

「お前がその恩恵に甘える子ではないと、母さんからも聞いてるよ。きっと申し出を断るだろうってこともね。でも、だからこそ今ある縁を利用するぐらいでいないでどうする?」

 

 

 

 ——ハルカちゃんを追うなら、何でも使って強くなるくらいでなければな。

 

 

 全くその通りである。

 

 本当に、その通りだ。少なくとも、今急いであいつを追いかけるだけの真っ当な理由は……今の俺にはない。

 

 本当は、早くあいつの願いを叶えてあげたいんだけど——

 

 

 

「……とりあえず、二人の言いたいことはわかったよ」

 

「それじゃあ——」

 

「体験入会……ってことは可能?」

 

 

 

 ミツルの笑顔に水を差すように俺は親父に問いかけた。

 

 体験入会——つまりお試しでトウカジムのメニューに参加したいということだ。

 

 

「ふむ……確かにそれは可能だが、何か提案に不満でもあったか?」

 

「ないない。むしろやりすぎなくらいだろ。それこそ息子に言われたくはないだろうけどやっぱ甘やかしすぎだと思う……」

 

 

 

 親父も自覚があったのか、少し照れていた。

 

 

 

「我ながら図々しいことは百も承知だけど、このまま美味い話に載せられて……そんな流されて進路を決めるようなマネはしたくないんだ」

 

 

 

 それが俺の本音だった。

 

 みんな、プロを目指す人たちは自分でその道を選んでいる。でも、俺はまだどこか人に流されている気がするのだ。

 

 ハルカに激励くらって、母さんに後押しされて、親父の世話になって……。

 

 でも、俺は“こいつら”の……この腰にぶら下げた相棒たちのトレーナーなんだ。

 

 ——自分のことは、自分で決めたい。

 

 

 

「……お前がそう言える息子で、よかったよ」

 

「え?」

 

「認めよう。今日から一週間——“ミシロタウンのユウキ”を、我がトウカジムのトレーニングメニューに加える事を了承しよう」

 

「師匠がそう言うなら……僕も、ユウキさんを応援しますね!」

 

 

 

 親父がなんかつぶやいた気がしたが……ともあれ、トウカジムで世話になることになった。

 

 なにやら釈然としないこともあるが、それでもこの一週間は、絶対に無駄にはしないことだけを、小さく心の中で誓う俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第7話 鍛錬と焦り



雨は続くのに気温は上がる一方……だれかにほんばれしてくれ。





 

 

 

「——コートダッシュ10本!!!」

 

 

 

 乾いた合図と共に、四肢に力が入る。ツヤツヤの床を蹴り上げて、ポケモンバトルで使用するコートの端からダッシュを決め込んでいた。

 

 横幅15メートルにもなるトウカジムの修練場コートの端まで辿り着くと、(きびす)を返し、間髪入れずにもと来た道を走り始める。左右にも俺と同じ年かそれ以下の子供が懸命に走っているが、正直言ってその差はどんどんはなされていっている。

 

 

 

「ユウキくん!ペース1往復分で落ちてるわよ!大丈夫⁉︎」

 

「は、はいぃ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 練習を監督している女性トレーナーがゲキを飛ばし、俺はそれに辛うじて応えるので精一杯だ。

 

 ターンのたびに靴底が音をキュッと奏でる。心地いい音とは裏腹に、グリップした力が足首と腰に負担をかけ、いつも4、5本のダッシュから悲鳴を上げる。

 

 このコートダッシュも3セット目。滴る汗が全身を覆い、疲れをどっと感じさせる。そして——

 

 

 

——バタン。

 

 

 

 あえなく、俺は意識を手放す。

 

 

 

「あぁ!ユウキさんがまた倒れたぁ!」

 

 

 

 なんだか遠くの方で同じトレーニングをしてた女の子の声がしてる気がする。俺よりも年下なのに平気でついていく姿は、今の俺には……まぶしすぎ……る——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「あのね。ユウキくん。ぶっ倒れるまでやるなって何度言ったらわかるの?」

 

 

 

 俺はどうやら酸欠で倒れたらしい。

 

 目が覚めると、俺は修練場の隅で寝かされていた。過度な無酸素運動をひたすらにやった結果、慣れない体はもう無理だと活動を停止したようだ。

 

 そして起き上がると、いつものようにコーチトレーナーに叱られるのである。

 

 え、なんでそんな冷静なのかって?

 

 これが3度目だからだよ。

 

 

 

「すいません……」

 

「ジムリーダーから聞いてるけど、君は見かけの割に本当に無茶する子ね……私も、正しいトレーニングの仕方を教えはするけど、自己管理ができるかどうかもトレーナーの必要な資質よ?」

 

「重ね重ね申し訳ない……」

 

 

 

 練習で何かしら怪我をしたら、それは監督者の責任問題になる。そんなことは最初に倒れた時に聞いていたのだが、肝に銘じてない俺がどう考えても悪い。

 

 

 

「ギリギリまで自分を追い込むのはトレーニングでは必要なこともあるけど、ギリギリ『耐えられる』範囲を超えないようにしなさい」

 

 

 

 コーチの忠告はごもっとも。

 

 トウカジムの体験入会期間は現在で3日目。午前中にやるこの『トレーナー基礎体力トレーニング』は、トウカジムで数少ない全員参加のメニューなのだが、いつもどこかのタイミングでぶっ倒れてしまう。

 

 

 

「……運動不足が、たたってるよな」

 

 

 

 10歳の頃から俺は本格的な引きこもりになっていた。それから5年の月日は、幼少の頃にあったはずの体力すら失くしてしまうのには十分だった。

 

 思えばフィールドワークも散歩みたいなもんだったから、プロを目指す本格的なトレーニングにいきなりついていけるはずがないのだ。この3日間は、特にそれを思い知らされた。

 

 はじめは悔しくて、倒れたあとは資料を読み込んで、ペース配分や呼吸法、フォームチェックなど、とにかくトレーニングに耐えられる工夫を調べてみた。

 

 でも翌日はそれを意識する暇がトレーニング中にないことを悟った。今日こそはと今しがたトライして撃沈したわけだが、さすがに歳下の子供たちが楽々こなすトレーニングに全くついていけてないのはへこむ……。

 

 ポケモントレーナーとしてより、人として……。

 

 

 

「はぁ……まぁいいわ。とりあえず、大事を取って今日は昼まで休んでなさい。くれぐれも無理はしないこと。いいわね?」

 

「……うす」

 

 

 

 へこみながらも、なんとか返事はできた。コーチはそういうと、意気揚揚と体を動かすプロの卵たちのところへ向かった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 改めてだが、トウカジムでの体験入会期間に入って3日目になる。

 

 朝の基礎トレをみっちりやるこのメニューを、未だ俺は完遂したことがない。

 

 ハードなトレーニングを行うためには、作られた土台がものを言う。トレーニングについていけないのは、俺が自分自身に積立をしてこなかったツケだ。ジムトレーナーのみんなからすれば、ウォームアップくらいのものでも、俺からすればついていくのでやっとのレベルなのだ。

 

 それでも、高い目標を掲げてしまった俺は、こんなことでつまづいている場合ではない。すでにジム攻略を推し進めているハルカは、ほっとけばどんどん先に行ってしまう。俺がもたつけば、その分あいつを待たせることになるのだ。

 

 親父やコーチからも焦るなとは言われているが……気持ちはもう正直焦りに焦っている。

 

 

 

「——『電撃!紅燕娘(レッドスワロー)バッジ二つ目を獲得!!!』……か」

 

 

 

 ムロに向かったというハルカは、旅立って2日目でムロジムを攻略していた。その一報は、テレビナビのスポーツ枠で取り上げられており、華々しい活躍をするハルカの試合が報じられていた。

 

 

 

「ハルカさん、やっぱりすごいですね」

 

「んー……」

 

 

 

 昼前のトレーニングはなんとか倒れることなく終わり、昼食の時間に顔を合わせたミツルと二人で卓を囲んだ。相変わらず食堂に人気はなく、他のみんなは自分のポケモンたちとそれぞれ自由にやっているようだった。

 

 かえって静かでいいなと内心思いながら、俺はジム外のショップで買ってきたサンドイッチを頬張る。ちなみにミツルはとんかつだ。

 

 

 

「ハルカさん、このままずっとノンストップで駆け上がっていくんでしょうか……」

 

「んー……」

 

「ユウキさんが公式戦で当たることになるのはいつに——」

 

「だぁーやめろ!飯が不味くなる!」

 

「す、すいません!」

 

 

 

 ミツルが俺の思っていることを的確に突くのでつい取り乱してしまった。いかんいかん。ミツルにあたってもしょうがない……事実は事実なのだから。

 

 

 

「……わかってるよ。俺はまだスタートラインにすら立ってない、上を見ることすらおこがましいってことはさ」

 

「あ、いや……そんな……」

 

 

 

 ミツルは遠慮するが、実際ここでの体たらくを見ていれば、そう思われても不思議じゃない。体力に関しては先の通り、全くと言っていいほどトレーニングについていけていない。

 

 そもそもの話、俺はトレーナーがここまで基礎体力に力を入れるとは思っていなかった。トレーナーはポケモンをしつけ、成長を促し、バトルで勝つための指示をする——ざっくり言うと、育成が主な仕事だと思っていた。

 

 だがその育成にこそ、本当に体力を使うことになるのだ。ポケモンの鍛錬は、とにかく体を動かさせることに尽きる。的確なトレーニングを指示して、ポケモンの長所を伸ばし、短所を補うというものを実践するわけだが、その指示をする人間が体力がないのでは話にならない。だからトレーニングに協力できるだけの基礎体力が必要なのだ。

 

 トレーニング機材の一部には、人間が稼働させなければいけないものもある。加えて、持久力を鍛えるために走るのは、やはりポケモンも人間も変わらない。ポケモンの身体能力は人間の比ではないから、それについていくのだけでも至難の業。時には危険な技の練習で怪我をすることもあるから、受け身などの体の動かし方までしっかりと身体に叩き込む必要もある。

 

 トウカジムは他のジムに比べても特にこうした面に力を入れているようで、地味ながらもジム生のみんなも納得して励んでいる。

 

 親父曰く、『正しき育成は、正しき基礎から』。理論はしっかりしていて、我が父ながら素晴らしいの一言につきる。

 

 

 

「わかっちゃいるんだけどな……」

 

 

 

 その基礎こそ、本当なら多くの時間を費やして少しずつ積み重ねていくもの……一朝一夕にはならないことは、この3日で身に染みている。そして、さらに追い討ちをかけるのが——

 

 

 

「ところでユウキさん。ジムの中で誰かに勝てましたか?」

 

「ブフーーー‼︎」

 

 

 

 その一言に俺の器官が暴走。頬張っていたサンドイッチが口から飛び散る。もったいない。何言ってくれてんの?

 

 

 

「わぁーごめんなさいごめんなさい!そろそろ一回くらいはなんとかなったんじゃないかって——し、しまってる……くるし……!」

 

 

 突然急所中の急所をぶち抜きやがった無礼者の胸ぐらを掴んで締め上げてしまった。いかんいかん。最近なんだか情緒が不安定だ。

 

 ミツルくんにあたってもしかたないよな……いや、ひょっとしてわざとやってる?

 

 

 

「ごめん……ちょっと過敏になってるわ」

 

「……じゃあ、まだなんですか」

 

 

 

 やめろ。そんな憐れむような目で見るな——ってなんで泣いてんの⁉︎

 

 

 

「うぅ……ごめんなさい。センリさん(ししょう)からは、家族を支えるために身を粉にして働いていたとお聞きしていたのに……」

 

「うん、なんの話だ?」

 

 

 

 なぜかいきなり身に覚えのない話を始めるミツル。すると彼はいきなり俺に詰め寄り、いつもの口調で捲し立てる。

 

 

 

「ホウエンで師匠が成功するまで、お母様を健気に一人で支えていたんでしょう⁉︎なんて涙ぐましい……会えなくて寂しくても、父の立場を尊重して、お母様にも迷惑をかけまいと旅に行きたい気持ちを押し殺して家族に尽くす!——それゆえに同年代のトレーナーに対してハンデを背負っているようなもの。しかしその境遇のせいにせず!甘えず!誰もが天才と謳うあの紅燕娘(レッドスワロー)に挑むというのですから!……ああ、僕ってやつは……それなのになんて無神経なことを‼︎」

 

 

 

 とんでもなく顔を近づけたと思ったら、今度は明後日の方向に向いて語り出し、感情が高まると頭を抱えて土下座を始めるミツル。なんだこの生き物……今すぐ学会で発表してやろうか?

 

 

 

「だ〜いぶ尾鰭(おひれ)ついてんな。つきすぎて事実がどこにもないんだけど」

 

「またまたぁご謙遜を♪でなければ、その歳からいきなり旅支度を始めた素人依然のユウキさんがあの天才少女に挑むわけないじゃないですか!」

 

 

 

 ベリーグッドスマイルで切れ味抜群の一言に血反吐を吐く俺。ごめん、俺立ち上がれそうにない……。

 

 机に頭突きをかますかのごとく突っ伏した俺に、ミツルは——

 

 

 

「ユウキさん、頭大丈夫⁉︎」

 

 

 

 それはぶつけた頭を心配してるのかな?それともアホだと言っているのかな?

 

 

 

「……はぁ。飯終わったし、そろそろいくわ」

 

 

 

 慌ただしい昼食もそこそこに、俺は食堂を後にする……今日もまた、忙しくなるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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出遅れは痛く……しかし受け入れて前へ——!

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第8話 「思ったより」



誤字報告ありがとうございました!
めちゃんこ助かります!!!

「アルセウス」はじめました。
とりあえずイーブイいるらしいので全力で探し回ってます(野生で出るのか???)





 

 

 

 トウカジムには、敷地内にさまざまな修練場がある。

 

 今日基礎トレで使った場所は『第一修練場』と呼ばれる場所だ。ジムチャレンジや、大きなジム内大会などで使用されることが多い。それ以外の修練場は『第二』から『第五』まであり、トウカジムの敷地内にそれぞれ用途別に存在する。

 

 今俺がいるのは、人気が少ない『第四』。ここは屋外の修練場であり、バトルコートがない。代わりに、ポケモン用の大型のトレーニング機材が数多く備えられている。持ち運びできないゆえ、取り回しが難しいのを嫌うトレーナーも多く、利用者数が少ない。俺にとっては逆に集中してトレーニングを行えるということで、なにかと好都合だった。

 

 

 

「——出てこい」

 

 

 

 俺は二つの紅白色のボールから「キモリ(わかば)」と「ジグザグマ(チャマメ)」を解放する。

 

 わかばは出てきてもいつも通り、なに考えてるかわからない感じだ。逆にチャマメの方は、訓練の時間になったのが嬉しいのか、こっちもいつも通り飛び跳ねて喜んでいる。

 

 

 

「よし……そんじゃ始めるか」

 

 

 

 俺は機材の中から『アジリティアスレチック』と記されたものを選んだ。

 

 長さ10mの丸太わ横倒し、地面から30cmは離した位置で大きな支柱によって両端を支えられている——見た目は丸太の遊具のようなもので、丸太には長細い突起がまばらに取り付けられていて、片方の支柱には人間が回すためのハンドルが取り付けられている。

 

 チャマメはすでに丸太の片側の支柱の上にスタンバイしている。これを使い始めて3日目。わざわざ使い方を教えなくてもわかっているようだ。

 

 わかばはというと、その様子をただ眺めているだけで、特に反応を示していない様子。まぁこのトレーニングは実質チャマメ用なので、わかばには少しだけ待ってもらってるだけなんだが。

 

 

 

「よーし——チャマメ!今日もよろしくな!」

 

 

 

 高いところからチャマメが「まだ?まだ?」とこちらを見てくる。わかったわかった。早くやろうな。

 

 俺は支柱に備え付けられているハンドル——その上にあるパネルに手をかざす。液晶が反応して起動したのが確認できると、『トレーニングレベルの選択』を確認して『レベル2』をタップ。機材の設定が済んだので、あとはいつものようにハンドルを握り、回し始めると——

 

 

 

——ガコンッ!ガラガラガラガラ……。

 

 

 

 丸太はゆっくり回転を始めた。マシンの起動に大はしゃぎのチャマメはすぐにその丸太の上に飛び乗り、突起を避けながら走り始める。

 

 今やっているのは『俊敏性』と『判断力』を鍛えるトレーニングだ。丸太という足場が回転する中で、いかに早く渡り切れるのか。突起の障害をいかに効率よくかわせるのか……という目的でやらせている。

 

 

 

(ま、チャマメにしてみればただ遊んでもらってるだけだと思ってるんだろうけどな……)

 

 

 

 元々野生で走り回るのは好きだったのか、こうした訓練はチャマメにとって遊びの一環に見えるのだろう。最初にこの機械を動かした時は、突然の騒音に驚いてなかなかトレーニングになりそうもなかったのが、慣れてしまえばこの通りである。その時はわかばが乗って、「危なくないよー」って教えてくれたおかげでもあるのだが……。

 

 

 

「んー。レベル2くらいだともう楽勝かな」

 

 

 

 レベルは『1〜9』まであり、レベルが上がるほど丸太の回転が速くなる。今やってるレベル2程度なら、俺が細かい指示を出さなくてもこなせるくらいにはチャマメも成長していた。チャマメは何も考えずにひたすら丸太の上を往復しまくるだけだが、ジグザグに動き回って突起をかわしながら進む姿は、どんどんスピードを上げている。この調子なら、この一週間で後半のレベルに挑戦するのも可能かもしれない。

 

 

 

「とりあえず、チャマメは走らせるのが1番合ってんのかな……?」

 

 

 

 少し臆病な面があるが、走り回ることが好きなチャマメにとって、持久走やアスレチックは楽しくやれる訓練らしい。素直な性格なおかげで、トレーニングに参加させることに手がかからないのはありがたいことだった。これも、ジグザグマという種が育てやすいと言われる所以かもしれない。

 

 

 

「——さて、後はお前なんだが……」

 

 

 

 ——と、わかばのほうに向いた時だった。

 

 

 

「あのー!すいません!」

 

 

 

 突然声をかけられて、ギクッとなる。誰だよ……せっかく人気がないとこ選んできたのに……。

 

 見れば、そこには俺より背の低いの女の子が立っている。被られたサンバイザーとポニーテールのよく似合う、爽やかなスポーツ少女という出立だった。

 

 

 

「ユウキさん……ですよね?センリさんの息子さんの……」

 

 

 

 恐る恐る聞いてくる少女に見覚えはない。間違いなく初対面だが、俺にはすでに彼女が何をしに来たのか察しがついていた。

 

 ため息混じりに、俺は彼女と数度言葉を交わして、『第四』を後にすることにした……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『第三修練場』——。

 

 ここは屋外の修練場の中でも活気あふれる場所だった。

 

 理由は試合用に使えるコートが六つあり、バトルする分には申し分ないという点。トウカジムの敷地ギリギリにあり、ここではジム外からのトレーナーも入り混じって対戦(バトル)を繰り広げられる点——この二点から、トウカシティという都会でもホットスポットとして知られるこの場所になっているわけだ。

 

 俺は今、そんな場所で俺を呼んだ女の子と向かい合っている。

 

 互いのポケモンを間に置き、対峙している——

 

 

 

「エネコ!——“おうふくビンタ”!」

 

「チャマメ!よけろ!」

 

 

 

 桃色のこねこポケモン“エネコ”に檄を飛ばす女の子に対して、俺はジグザグマ(チャマメ)に回避を指示。向こうのエネコは険しい表情でチャマメに襲い掛かるが、チャマメは驚きながらもその場をダッシュで切り抜けた。

 

 まだバトルに慣れてはいないチャマメだが、俺の指示に懸命に応えようと必死にコートを駆け回る。

 

 ちょっと周りの視線が生暖かい気もするが、回避の仕方が言い訳できないほどブサイクなのはしょうがない。俺にできるのは、できるだけチャマメの自信をつけさせることくらいだ。

 

 

 

「いいぞチャマメ!そのまま走り回れ!」

 

「エネコ、逃がさないで!“チャームボイス”!」

 

 

 

 “チャームボイス”——。

 

 声帯を武器にするこの技はフェアリータイプの特殊技で、特別な音波が相手ポケモンにダメージを与える。それがチャマメにヒットする。

 

 

 

——グッ‼︎

 

 

 

 今度は技から逃げられなかったチャマメが、その場で顔をしかめる。ダメージそのものは大したことないだろうが、何度も撃たれるのはまずい。

 

 そう考えると、距離をとったのは失敗だった。こちらにはこの間合いを保ったままの状況で、エネコに与えられる技をひとつも覚えていないからだ。

 

 

 

「——チャマメ!“頭突き”いけるか?!」

 

 

 

 俺はチャマメに問う。

 

 “頭突き”はジグザグマが覚えるノーマルタイプの中でも威力が高く、使いこなせば安定した火力になる『体突系』の技だ。体重を乗せた体当たりを、姿勢を真っ直ぐに、より効果的な角度でぶちかます頭突きは、昨日やっとこさできるようになった技だ。

 

 ただ本番で使うのは今回が初めてで、実際チャマメができるか不安なところ。本来戦闘中にポケモンに確認をとる時点でトレーナーとしてはおかしな話なのだが、チャマメも俺もバトルは手探りな状況なので今はしかたない。

 

 まずは目の前の戦闘に集中。二発目のチャームボイスが飛んでくる前に、チャマメのやる気も測りたいところだった。

 

 

 

——グマッ‼︎

 

 

 

 チャマメは了解した。

 

 自信……というよりは、期待に応えたいという返事だったと思う。いい子だなぁお前。

 

 

 

「させない!“チャームボイス”‼︎」

 

 

 

 エネコは再び遠距離からチャームボイスを放つ。

 

 チャームボイスはその『必中性能』が売り。狙った場所に当てるのは訓練が必要だが、使いこなすと相手を一方的に離れた場所から削れる。しかも近距離ではおうふくビンタで対抗できる。やはり相手の手札と経験が上なのは認めざるを得ない。

 

 でも——

 

 

 

「……今日こそは勝つ!」

 

 

 

 チャマメは二発目のチャームボイスをくらい、苦悶の表情——でもすぐに目を開いて、しっかりとエネコに狙いを定める。

 

 必ず相手に当てるために。

 

 

「いい子だ……行け!“頭突き”‼︎」

 

 

 チャームボイスの終わり際、ダメージの影響から解かれるその一瞬で頭突きを指示する。チャマメは勢いよく飛び出し、一直線にエネコに突撃していく。

 

 

 

「速い!——エネコよけて!!!」

 

 

 

 技の終わり際を狙った。しかし相手との距離は目算で10m。チャマメの瞬発力で届くかどうかは微妙な距離だ。

 

 

 

——ニャ゛!!!

 

 

 

 躱された。かなり焦っていたようだが、済んでのところでエネコは跳躍して頭突きから逃れた。

 

 

 

「まだだ!追え!チャマメ!」

 

「ここだ!——“おうふくビンタ”‼︎」

 

 

 

 追撃の指示の俺に対して、すぐに迎撃態勢に入ったエネコ側。チャマメは標的を失って一瞬敵を探して動きを止めていたので、この攻撃に抗う術はない。エネコの尾がしきりにチャマメを襲った。

 

 

 

——クーン……。

 

「——ジグザグマ、戦闘不能。勝者ユリ!」

 

 

 

 審判がコールし、赤旗がエネコ側に振りあげられる。

 

 2度のチャームボイスを受けていたチャマメには充分な威力を誇ったおうふくビンタ。この結末は当然だった。

 

 

 

「やったねエネコ!よくがんばったね♪」

 

——ニャァ〜ン♡

 

 

 

 勝った喜びそのままに、相棒とハグをする相手チーム。栄光を受けるのは勝者の特権。バトルの後は周りで見ていた観客も拍手で讃えている……また勝てなかったか。

 

 

 

「……おつかれ、チャマメ。よく頑張ったな」

 

——クゥーン……。

 

 

 

 申し訳なさそうにしているチャマメを、俺は撫でることしかできない。

 

 実際チャマメはよくやっている。空いた時間には先程のような訓練を何時間もこなし、技の習得のための特訓そのものには慣れずに苦労したのだ。それでも習得を始めて2日目で頭突きを覚え、今日には実戦でも披露してみせた。

 

 ……問題は、きっと俺にある。

 

 

 

(あそこですぐに頭突きを選択したのがまずかったんだ。いや、むしろあの距離になるように指示したことか?エネコの覚える技を事前にある程度勉強していれば、遠距離戦になれば手も足も出ないことくらいわかりそうなもんだし……でもチャマメのスペックを考えるとあそこはもっとこう……——)

 

「——の……あのー‼︎」

 

「うわぁ‼︎な、何⁉︎」

 

 

 思考に全キャパシティを振っていたので、まさか話しかけられているとは思わなかった。気づいたら先程戦っていた女の子——ユリがそばまで来ていた。

 

 

 

「あ、いや、対戦してくれてありがとうございましたって……それだけです!」

 

「あ、あぁ……こちらこそ、ありがとう」

 

 

 

 終わったら挨拶。そして再戦を誓う握手。考え事は結構だが、まずは礼節を学べと自分を叱責しながら、俺は彼女に応じた。

 

 

 

「——ところで本当にユウキさん、『センリさんの息子さん』なんですか?」

 

 

 

 ドクン——。

 

 そう質問され、俺は固まってしまう。そう。元々俺がなんでこの子と勝負することになったのかは、これが原因でもあった。

 

 『ジムリーダーの息子がいる』——その情報は体験入会の時に瞬く間に知れ渡ることとなった。まあ当然な話だが、それ以来、この午後からのそれぞれ自由にポケモン育成に励む『フリーワーク』の時間になると、必ず誰かがバトルをふっかけてくるようになったのだ。

 

 俺としても経験は積めるだけ積みたいし、この敷地内での非公式バトルでは負けた側が勝った側に支払う『賞金』のシステムは発生しない決まりになっている。ノーリスクでバトルの経験が積めるならと了承したのだが、それ以降、興味本位で挑んでくるトレーナーが後を立たないのだ。

 

 

 

「あー……悪いな。期待に添えなくて」

 

「え⁉︎あ、いや!そんなつもりじゃなくて……」

 

 

 

 ジムリーダーセンリは、他のリーダーと比べても人気のある人物。その息子がどんな人間で、どんなバトルをするのか……逆の立場なら俺だって気になる。そして、その実力が凡夫のそれだとわかったら、きっとがっかりすることも……。

 

 

 

「あ、あの、わたしセンリさんにポケモン教わったのがきっかけでジムトレーナーになって、それで——」

 

「いやいや本当に申し訳ない。まだトレーナーになって半年くらいだから、許してくれな」

 

「は、半年……」

 

 

 

 おーい少女よ。『半年でその程度?』って顔に出ちゃってるって。

 

 いや、でもそうなのか?……半年かけてこのレベルってそんなやばい?どんどん気まずくなってきた……。

 

 

「じ、じゃあ俺はこれで!ほんと、ごめんね!」

 

「あ……!」

 

 

 

 戦闘不能になったチャマメを抱えて、コートを後にするために足早に立ち去る。あんな女の子にまで気を遣われたらマジでたまったもんじゃない。

 

 そうしてコート外に出て観戦者の合間をぬっていると——

 

 

 

 ——あれがジムリーダーの息子?思ったより、普通だな……。

 

 

 

 そんな声が耳に届いた。

 

 それは……いつまでも頭に響く。俺の心に嫌なものを残した。

 

 なんだよ……わかっていたことじゃないか。今更他人にそんなこと言われたくらいでへこむな。

 

 そう自分に言い聞かせても、俺は自分の足を急かせることしかできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

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その言葉、少年には重く——。

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第9話 面白いもの



お気に入りの件数がひとつ増えるたびに気持ち悪い顔でにやついてまう……好きなこと書いてるのを見ず知らずの方に良いと思ってもらえるだけで嬉しおすなぁ( ˘ω˘ )

本編!!!!!!






 

 

 

 ——ユウキがトウカジムに体験入会して、3日目の夜。

 

 ジムリーダー職を全うするセンリは、寮館の自室でひとり資料に目を通していた。その仕事にもひと段落つけようかと思っていたそこに、ひとりの女性が訪ねてきた。

 

 

 

「リーダー。失礼します」

 

「どうぞー」

 

 

 

 センリの部屋の扉を叩いたのは、ジムトレーナーの一人で、トレーナーの基礎トレーニングのコーチを務めているサオリだった。

 

 装いはコーチングの時に着用する黒いジャージ風のウェア。今はコンタクトからデスクワーク用のブルーライトカットのメガネに切り替えている。

 

 

 

「遅くなってしまい申し訳ありません——頼まれていた計算が終わりました」

 

「いや謝らないでくれ。むしろ忙しいところ、ありがとう」

 

 

 

 律儀に頭を下げるサオリに、センリは申し訳なさそうにする。そして、彼女が紙面にまとめた束を受け取ろうとして——

 

 

「——なにぶん、()()()()()()()()()()()()()に手間取ってしまいましたので」

 

 

 

 誌面を握ったセンリの手が動揺で汗ばむ。

 

 

 

「あ、アハハ……すまないな。アナログ人間で……」

 

「好き嫌いせず、しばらく電子端末でデータのやり取りを行うのは如何ですか?わたしは慣れましたが、やはりその他の役職との情報共有も円滑になると思われますが」

 

 

 

 そう言ってサオリは手持ちの『マルチナビ』の画面を見せる。そこにはジム内のデータ集計・管理を務めるトレーナーの連絡先が一堂に介しているグループチャットの内容が表示されていた。トウカジムでは普段、こちらから主要な連絡を取り、データ本文のやりとりは電子化したもので行なっている。

 

 

 

「ハハ……今度検討してみるよ」

 

「まぁよろしいですが——多忙なんですから、仕事のしやすさも考えて、やり方を調整するのもおすすめしますよ」

 

 

 

 そう付け加え、サオリはそれ以上追求する様子は見せなかった。だがそれは、彼女には他に聞きたいことがあったからだ。

 

 

 

「……リーダー。少しよろしいですか?」

 

 

 

 サオリは改まってセンリに向き直る。センリはもう自分に用はないと思っていたので首を傾げていた。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

「その……出過ぎたことかもしれませんが……——ユウキくんのことです」

 

 

 

 彼女が重く口にした名前は、センリにとって大事な一人息子であるユウキの話だった。センリは顔色ひとつ変えず、サオリの話に耳を傾けている。

 

 

 

「——こちらで体験入会という形で預かるトレーナーは多くいます。その中で、ジムの気風に合わない者や実力が伴わない者を選別する期間として、うちでは預かっているつもりです」

 

「その通りだね……それで?」

 

「……はっきり言って、今のユウキくんの実力では、ジムトレーナーとしてやっていくのは無理があるのではないかと」

 

 

 

 ユウキは目の前の上司の息子だ。それを侮辱していると捉えられてもおかしくないほどはっきりと実力不足を指摘するのは相応の勇気がいる。

 

 しかし、事実を指摘するのが彼の周りで働く者の務めであり、もし万が一にもセンリが極めて個人的な感情で息子をジム入りさせたのだとしたら、サオリとしては看過できない。実力が伴わない親の七光など、周りも決して納得しない。ユウキにもセンリにも良くない印象を抱く者が現れるからだ。

 

 しかし、問われたセンリは口を閉じたままだった。何か言われることも覚悟して話していたサオリは、不可解に思っていることをさらに問う。

 

 

 

「聞けば、このジムへの参加を推薦したのはリーダーご本人とおっしゃるではありませんか……どうしてそんな無謀なことを?」

 

 

 

 ジムトレーナーの推薦は、ジムリーダーとそれに認められた数人のジムトレーナーに一任され、候補者が現れた時には彼らが集まって開く『審議委員会』にてその成否を問う。

 

 

 しかし今回、実力不明のユウキが参入できたのは、その中でも最も発言力のあるジムリーダーが発した事が大きかった。特例ともいえる今回の処置は、下手をすれば先ほどサオリが危惧したような事態を招きかねない。

 

 それをわからないセンリではないだろうに——そういう気持ちでサオリはいてもたってもいられなかった。

 

 

 

「無謀……か。確かにそう見えるかもな」

 

「……ユウキくんは忍耐強く、また勤勉です。それはこの3日の彼の姿勢でわかります」

 

 

 

 サオリは——実力はともかく、ユウキの事そう評価していた。

 

 朝早くから始まる基礎トレはどのジムの練習と比較してもかなり厳しいが、彼は倒れることはあっても、決して自分から諦めたりはしない。それにフリーワークでは、おそらく独学で、あのやたら落ち着きのないジグザグマに頭突きを覚えさせているのも評価している。ジグザグマの性能を理解し、性格もよく観察した上で、充分な威力の頭突きを習得させられたと思われる。

 

 ただそれでも、ユウキがトウカのジムトレーナーを名乗るにはまだ経験も実力も不足ではないかというのが結論だった。さらにサオリは付け足す。

 

 

 

「——彼が伸び代のある10歳前後なら、私ももう少し長い目で見る選択もあるでしょう。しかし彼は今年15歳。プロを目指す年齢としては、ギリギリもいいところです」

 

 

 

 厳しい現実をサオリは口にする。

 

 プロは、ジムバッジ取得の瞬間から『HLC』から認定される。しかしその最初の一個の取得は、本来であればトレーナーズIDの取得可能な年齢10歳からはじめて、2,3年はかかると言われている。そしてプロとして生計を立て、多くの人に認められ……華々しく活躍できるのはさらにそこからバッジ取得をさらに重ね、最低でも6個以上獲得してからになるだろう。

 

 それにどれほどの時間を要するのか……本人の技量と運次第で長くも短くもなる。

 

 実際、プロとして食っていく前に別の道を歩むことになる者の方が多いのが実情だ。そのことを考えると、今こんな無謀な挑戦のスタートを切らせること自体、良くない気がしていた。

 

 彼の将来を考えれば、中年まで実るかどうかもわからないプロへの下積みをさせることに賛成できなかった。

 

 

 

「私は……彼を好ましくも思います。個人的に少し期待も。他ならぬあなたのお子さんで、あなたのご指名でこちらにこられたのですから……しかし今のところ、彼に取り立てて秀でたものを感じることは——」

 

「ありがとう。サオリさん」

 

 

 

 え?——サオリはセンリの予想外の反応に口を止めた。自分の息子を悪く言われて、なぜ感謝することがあるのだと驚いたからだ。

 

 

 

「この3日間、ユウキをよくみていてくれたんだね。嬉しいよ」

 

「……わたしは、別に」

 

 

 

 少し恥ずかしそうに返すサオリ。

 

 サオリはセンリには自分には及ばない考えがあるのではないかという淡い期待もあった。だからこそユウキの一挙手一投足を見続けてきただけなのだが、それがセンリにとって嬉しいことだったらしい。

 

 わたしはただ否定的な意見を述べるだけだというのにと、彼の感謝を真正面から受け止められないでいるサオリに、センリは続ける。

 

 

 

「サオリさんの言うことは全て正解だよ。私たちトレーナーは、誰しもが一度は目指し、そのほとんどが夢半ばで潰え……そして全盛期で活躍できる期間はほんの少しだ」

 

 

 

 だから——。

 

 だからこそその一瞬の煌めきが、人々の心を動かす。時に命すら焦がすような戦いを繰り広げ、それを見た子供たちが自分も——そうしてその熱は受け継がれていく。

 

 

 

「ユウキはね。ここに入る日にプロを目指し出したばかりなんだ」

 

「え?」

 

 

 

 ユウキの経緯は、噂話と今の本人の行状である程度予測しかしていなかったサオリにとって、意外な事実だった。噂では、家庭環境が良くなったらいつか旅に出たいと思っていた……くらいの経緯だとばかり。

 

 でも……なら尚更、今からのプロトレーナーへの道筋が険しい事をもっと念を押すべきではないだろうかという疑問がわく。

 

 

 

「……ポケモンと生活を始めたのは、わずか半年前。それまではプロはおろか、トレーナーになることすらあいつの頭の中にはなかったんだよ」

 

 

 

 それもまた、サオリの価値観にはないユウキの生い立ちだった。

 

 ホウエン地方は自然の形を多く残した土地で、プロを目指す云々を除いても、自然のポケモンと共存することが当たり前だ。そのポケモンとの生活を、15歳になるまで一度も経験していないと言うこと自体、信じられない話だった。

 

 

 

「そんな……あのジグザグマとですか?」

 

「いや。あのジグザグマの捕獲は、ここに入会した日と同じだよ」

 

「え……じゃあ、あの——」

 

「そう。あのキモリがあいつの初めてのパートナーだ」

 

「キモリ……?あの、いつも()()()()()()()()()()()()()()あの——⁉︎」

 

 

 

 

 サオリにはそれは信じられない情報だった。なぜなら、サオリはそのキモリが戦っているところを見たことがなかったからだ。

 

 

 

「まさか……だって、あの子は()()()()()()()使()()()()()()んですよ⁉︎」

 

 

 

 サオリが驚いた理由——。

 

 ユウキはこのジムに来て、ただの一度もバトルでキモリを使用していない。もしキモリを従えた期間が長いというなら、まず間違いなくそちらをバトルで選出する。指示の通りや育ち具合を考えても、育成優先もバトル選出もこちらが理にかなっているはずだ。

 

 

 

 

「あのキモリ……何かわけありなのですか?」

 

「……さぁな。その点については、私も多くは聞かされてはいない——」

 

 

 

 センリはただ——と一言付け加える。

 

 

 

「ユウキは……あいつは、トレーナーとしての矜持をすでにひとつ持っているよ」

 

「トレーナーとしての……矜持?」

 

 

 

 センリの言葉に、不可解な顔をするサオリ。

 

 

 

「……これ以上は、私の主観だからな。サオリさん。もしよかったら、帰りに『第四』を覗いてみてはどうかな?」

 

 

 

 センリは話を打ち切って、彼女に提案する。

 

 

 

「——面白いものがみれるかもしれない」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『第四修練場』——。

 

 時刻は10時を回り、遅くまでトレーニングしているトレーナーでも、翌日のことを考えて身体を休めている者がほとんどだ。一応ジム内のセキュリティに登録されているトレーナーなら、修練場をいつ使おうが構わないことにはなっているが……。

 

 

 

「——リーダーは何のことをいっていたんだろう……ん?明かりが……?」

 

 

 

 センリに言われるがままに、第四まで足を運んだサオリは、第四の照明がついていることに気がつく。使用者が消し忘れたのかとも思ったが、修練場の中で響く音が、誰かがまだ使用中であることを示していた。

 

 

 

(こんな時間に……?一体——)

 

 

 

 第四のフェンス越しに中を覗いてみると、そこにはユウキとキモリがいた。ユウキは大型のトレーニング機材を稼働させている途中のようで、煌々と照らされた額には汗が滲んでいる。

 

 彼がこんな時間までトレーニングをしていたことは知らなかった。しかし一体なんでこんな時間に——そう思っていた矢先だった。

 

 

 

「——キモリ(わかば)“電光石火”‼︎」

 

 

 

 ユウキが技を叫んだ。それを受けて、キモリは指示通りの技を行う。すると、先程までキモリがいた場所に凄い勢いでボールが着弾した。

 

 

 

「これ……『ブリッツエスケープ』?」

 

 

 

『ブリッツエスケープ』

 

 大型機材の一種で、強力なボール射出機である。マシン起動後は設定したレベルに応じて、対象を狙うボールを装填したガトリング砲がポケモンを襲う。それをトレーナーのサポートで交わしながら機械に近づき、指定したシンボルにタッチすればトレーニングクリアとなる。

 

 一般的な回避トレーニングであり、少し旧式というだけで、別段珍しくもないものだが——問題はそのレベル設定である。

 

 

 

「なに……これ……?」

 

 

 

 射出されるボールの数は毎秒7,8発を超えている。標準精度も高く、電光石火で動いたキモリにしっかりと狙いが定まっていた。

 

 明らかにレベルは高度な設定。目算だが、レベルは8ぐらいに設定されているはずだ。

 

 

 

「——かわせ!!!——“はたけ”!——電光石火(つっこめ)!——」

 

 

 

 目まぐるしく動くキモリに対して、様々な指示を出すユウキ。

 

 実際指示通り、その中でキモリは一度も被弾することなく、時にボールをかわし、はたき落とし、着実に前に進み続けていた。とてもここ数日トレーニングについていくのもやっとだった素人同然のユウキとは思えない指示捌き。

 

 その姿は真に迫るというか……サオリに迫力を感じさせた。

 

 

 

「たった半年でキモリをここまで育てたというの——でも……ならなぜ?」

 

 

 

 サオリには不可解だった。

 

 あのレベルのトレーニングが可能なキモリなら、先刻行われた対戦で使用していれば勝機は充分にあったと思われる。ここへ来てまだ目立った活躍を見せない彼にとっては、ジム内での勝ちは喉から手が出るほど欲しいだろうに。

 

 それをあえて勝率の低い、手に入れたばかりのジグザグマで挑んだのは解せなかった。昼間の様子はサオリも観衆にまぎれて見ていたが、あの時の悔しがり方は本物のように思える。それならやはりキモリを選んでいれば——

 

 そこまでサオリが考えたところで、トレーニングの方には変化が起きていた。だんだんとだが、指示しているユウキとキモリの動きにズレが起きはじめていたのだ。

 

 

 

「——くっ!かわせっ!——ちがう!もうワンテンポ速く‼︎」

 

 

 

 指示が噛み合わなくなった時に、サオリは違和感に気づく。

 

 ユウキの指示のテンポが悪くなったにも関わらず、キモリは一定のペースで未だに被弾を許してはいなかった。ユウキの言葉も、キモリに向けられていたものというより、自分への叱責にも聞こえるようになっている。

 

 

 

「まさかあのキモリ……独断で!?」 

 

 

 

 どこからそうしていたのかはわからない。

 

 少なくとも、最初の数秒はユウキの指示通りに動いていたと思っていたのだ。だが、ユウキが自分の動きに追いつけなくなったと見るや、キモリは自分の判断でボールを捌きはじめた。そうして完全にユウキがおいてけぼりを食らった頃、ブリッツエスケープに停止の信号を彼は送っていた。

 

 

 

「——まだダメか……」

 

 

 

 ここまで見ていたサオリにも、今彼が何をしていたのかが朧げながらにわかった。項垂(うなだ)れる彼の姿を見て、サオリの中にあったひとつの違和感が解消されつつあった。

 

 

 

(どういう理由があるのかはわからないけど……あのキモリは相当なレベルまで育っている。でも、ユウキくん自身がまだ扱い切れていないんだわ……)

 

 

 

 今見たように、キモリのスペックは高い。とりわけそのスピードは、ジムトレーナーたちの手持ちといえど簡単に捉えられるものではないだろう。しかし肝心のユウキ本人もそのスピードについていけてない。ハイスピードで動くキモリへの指示は、見てから言葉を発しても遅い。

 

 実際はどんな攻撃がどこから、どのようなタイミングで来るかを先に予測しておく必要がある。キモリがバトルでそのユウキの指示を待っていたら、今の判断速度ではスペックを余す事なく使い切るのは難しいだろう。かといって、キモリに追いつくのは一朝一夕にはいかない。今までできなかったことができるようになるには、それ相応の努力と時間が必要なのだ。

 

 しかし……とサオリは内心感心していた。

 

 

 

(普通あの歳で自分を律することは難しい。あれほどの能力を秘めたキモリを持っていれば、誰だって粋がりたくなる……それを抑えて、扱い切れるまでは対人戦で使用しないことにし、こうして隠れて努力を積んでいるなんて……なかなか出来ることじゃない)

 

 

 

 サオリは未熟な子供の思考回路をよく知っている。だからこそ、分を弁えたユウキの態度に感心したのだ。

 

 トレーナーは、ポケモンの手綱を握るべき存在。その関係を確立できていないポケモンは、いくら強くても認められない。それを従えられる実力を、トレーナーが持たなければ、わかっている人間には認めてもらえない。

 

 トレーナーとしての矜持——センリが放った一言は、きっとこういうことなのだろうとサオリは納得した。

 

 ジムトレーナーをやっている者は、常に自分との戦いの中で生きている。認めたくない欠点、弱点、傾向……ネガティヴにならざるを得ないほど、向き合わなければいけないものがたくさんある。

 

 彼はすでにそのことを、知ってか知らずか……弁えていた。

 

 

 

(やはり、あの人の子供ね……)

 

 

 

 そんなことを思いつつ、これ以上覗き見をするのは野暮だと感じたサオリは、第四から立ち去ろうとした。

 

 でもその時、ユウキの様子が少し変だと感じた。なにやらひとりごとをぶつぶつと言っているようで、荷物をまとめて置いた場所から何かのノートとペンを取り出した。

 

 

 

……バトルではやっぱ指示の速さが重要なんだよな……的確なもんをいかに速く導くか……だからわかばやチャマメの得意なことは事前に………戦う相手の情報は……もっといろんなポケモンを広く知っておくのは大事だよな……博士にデータ送ってもらうか——

 

 

 

 微かに聞こえるその呟きを、全て聞き取れたわけではないが、その内容をノートに走り書きしているのはわかった。昼間はあれほど落ち込んでいたように思えたのに、彼はすでに前向きに対戦で得た情報から自分を伸ばす方法を模索していたのだ。

 

 その姿勢は、彼の父が常に示す姿勢と重なる。

 

 

 

「……わたしも、まだまだのようね」

 

 

 

 自分の眼は、まだまだ人を見抜けるほどではなかったと自嘲するサオリ。

 

 まだ彼は植物の種なのだと。それが陽の光を浴びるまで、土の中、人の目の届かないところでどう成長するのか……彼がこの先どうなるのか、もう少し見てみるのも悪くないと、帰りがけにそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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密かに向けられる眼差しを、少年はまだ知らない——。

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第10話 認める瞳



スカーレットヴァイオレットまでにこのシリーズ終わるかな……
失踪だけは……なんとか……かきあげてぇなぁ。





 

 

 

「——ラスト一本!」

 

 

 

 朝の基礎トレ。今はその最後のコートダッシュ中だった。

 

 

 

「ゼェ…!ゼェ……‼︎」

 

 

 

 悲鳴をあげる足。酸素をかき込む口と肺。張り裂けそうなほど高鳴る心臓……全身が異常事態を訴え、体を休める事を警告するが、それを押し殺して俺は最後のダッシュを決め込む。

 

 

 

「——ハァッ‼︎」

 

 

 

 気づけばコートを横断し切っていた。まるで実感がなかったが、どうやら俺は初めて、朝の基礎トレを最後までやり通せたようだ。

 

 

 

「おめでとうユウキくん!」

 

「へ……?」

 

 

 

 終わった余韻を噛み締める前に、急に周りが沸いた。なんだなんだ⁉︎

 

 

 

「いやぁ〜本当に一週間がんばったな!」

 

「まだやっとこさって感じだけど」

 

「根性はあるよな!」

 

「ユウキくんがんばったねぇ!」

 

 

 

 一緒に練習していたトレーナーたちにいきなりもみくちゃにされて、戸惑うことしかできない俺だった。しかし意外とみんな優しいと言うか……やべ、ちょっと泣きそうかも。

 

 努力の成果は中々見えないもんだと、昨日までの自分ならため息をついて終わりだったんだろう。でもこうしてやり終えてみると、達成感が体中に染み渡るようだった。

 

 不思議と疲れや倦怠感が薄く、汗ばんだ体を第一修練場に吹く風が撫でるのに心地よさを覚えていた。

 

 そう……俺は体験入会最終日にて、トレーナーの基礎トレーニングのメニューをぶっ倒れずにこなしたのだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「おめでとうございますユウキさん‼︎」

 

「「おめでとぉー♪」」

 

 

 

 基礎トレ終わりの昼食で、珍しく食堂に5人もの人間が集っている。まるで祝勝会でもしてんのかってくらい盛大に食卓を囲む面々に、俺は大袈裟だなぁと自分の飯にありつく。

 

 俺とミツル、あとはこないだ戦って以来仲良くなったユリちゃんに、ミツルと同期のジムトレーナーでヒデキとヒトミが顔を合わせている。二人はこの間から、ミツル繋がりで飯を食う仲になっている。

 

 

 

「まぁにしても、バトルの方は相変わらず酷いみたいだけどな♪」

 

「ヒデキ!あんたまたユウキくんに失礼ばっかり!」

 

「へーへー。どーせ俺はやられ役がお似合いですよー」

 

 

 若草色の髪のオレンジのウェアを着たヒデキはいつも対戦の成績や内容をいじってくる。

 

 それを同じ髪色のセミロングを持つ幼馴染のヒトミが叱責する。彼女はヒデキの装いに似た格好で、違いは袖なしのウェアであるというくらい。

 

 俺はいつもそれを受けて軽く拗ねてみたりするが、もうこのやりとりも慣れたもんで、最初ほどあたふたすることもない。

 

 

 

「ちぇー。最初は面白いぐらい凹んでたのになぁ。つまんねぇの」

 

「あんたってやつは……ごめんねユウキくん。こいつデリカシーってもんがないんだから」

 

「いいって。でもヒデキはそのうち覚えとけよー」

 

 

 

 強くなったら真っ先にお前からボコボコにしてやる——なんて言っておく。言うだけはタダなのだ。

 

 

 

「でもユウキさん。最近調子はいいんじゃないですか?外来の方には勝てるようになってきたんでしょ?」

 

「うんうん!ユウキさん、私と戦った時よりうんと強くなってるもん!」

 

 

 

 ミツルとユリちゃんはそう言って俺を励ましてくれる。うんうん君たちは本当にいい子たちだ。ヒデキとは大違い。まあそうは言っても、彼にも感謝はあるけど。

 

 

 

「その辺はヒデキが茶々入れるから、ムキになってそこを直したりしたのがよかったんだろうな」

 

 

 そんな事を言うと、ヒデキはキョトンとした顔で俺をみる。まさか自分が誉められるとは思ってないって顔だな。よし。そのまま固まってろ。

 

 

 

「ヒデキは言うことストレートだからね。これでもうちょっとデリケートなことに気づいてくれたら……」

 

 

 

 ヒトミが頭を抱えつつも、ヒデキの長所を正確に捉えていた。最近この二人と絡み出してから、俺のトレーナーとしての実力は格段に上がっていったと思う。

 

 ヒデキは言い方がアレだが、俺の弱点については的を得た意見を持っていた。それを素直に聞き入れてからトレーニングで克服を目指すと、わりとしっくりきたりするのだ……ちょっと釈然としないけど。

 

 

 

「そういうヒトミさんも教えるの上手ですよね。僕もいつもお世話になってますし」

 

「や、やめてよ!私のはあくまで守備に特化した考え方なんだから」

 

 

 

 ヒトミはミツルに褒められて、照れ臭そうにしている。

 

 実際ヒトミからも教わることは多い。バトル中に相手からの情報を得るシーンなどで、相手との距離の取り方や立ち回りについてはヒトミの知識がいつも役に立つ。本人はこうは言っているが、対戦中、生半可な攻めでは触ることすら許されないほど手堅いトレーナーだ。

 

 ちなみにミツルも親父の一番弟子を名乗るだけあり、バトルについてはこの二人に匹敵する力を持っている。手合わせこそまだしてないが、対戦を見学した折には見事な試合を見せてくれた。

 

 ユリちゃんは癒し。でもまだ俺より強い。

 

 

 

「でもお前、そろそろジムトレーナーの1人くらいには勝てそうなもんだけどな」

 

「うっせーほっとけ」

 

 

 

 ヒデキがオレンの果汁ジュースに口をつけながら言う。

 

 でもそのご指摘の通り、まだ俺はジムの所属者には勝てていない。外来と呼ばれるジムの外から『第三修練場』で行われるフリー対戦をしに来る連中となら勝率五分五分にはなってきたが、いかんせん同門のトレーナーにはあと少しで勝てない。

 

 出来ることはしてきたつもりだし、上達の実感もちゃんとある割には、しっかりとした成果が得られていないのが、なんとなくモヤモヤしている。着眼点が鋭いヒデキがそう言うのなら尚更だった。

 

 

 

「まぁそれはそれとして。今日で体験入会も終わるんでしょ?明日からは本格的にうちのジム所属になるの?」

 

「あーそうなるのか……ちなみに体験入会と正規入会って、やることは変わるのか?」

 

 

 

 そういえば、親父にそのことを聞き忘れていた。

 

 一応お試しでということで、特に断る理由もなかったから体験の方は引き受けたが、ここしばらくはトレーニングに手一杯だったから、その後の事まで気が回ってなかった。

 

 足を止めてじっくりポケモンを育成するなら、所属するメリットやジムトレーナーならではのやるべき事とかも知っておきたいので、質問してみる。

 

 

 

「うーん。基本的には今までしてきたことの繰り返しかな。朝練して自主練して対戦して……あ、ジム対抗の団体戦とかたまにあるかな。ジム同士の都合がつかないことの方が多いからあんまり頻度は多くないけど」

 

「あとは地域交流の一環で、イベントの手伝いに駆り出されたり、周辺区域の捜査できた営利団体の護衛とかもやったりしますよ」

 

「そのレベルのやつは色々とひとり立ちできるやつが任せられる仕事だけどな。お前にはまだ早いぜユウキ?」

 

 

 

 三人の話を聞くに、集中してポケモン育成はできそうで、それでも他にやることはあるっちゃある……みたいな感じかな。煽り散らしてくるヒデキはこの際無視して、俺もある程度は知っておく必要があることを自覚した。

 

 さて……どうしたもんか。

 

 

 

「——ユウキくんはいる?」

 

 

 

 歓談を楽しんでいる場所に、外から声がかけられた。振り返ると、午前中の基礎トレを担当しているコーチのサオリさんが立っている。俺に用事?

 

 

 

「えっと、なんですか?」

 

「あー……少し時間もらえるかしら?」

 

 

 

 サオリさんは俺を連れ出して、何か話があるらしかった。どこかバツが悪そうなのが気になるが。

 

 なんだろ……嫌な予感がする……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——あなたをこのまま、ジムトレーナーとして迎え入れることができなくなりました」

 

「え?俺、破門?」

 

 

 

 ジムの庭先でサオリさんとのご歓談へシフトした俺は、まさかの破門宣言を受けて目を丸くしていた。まだ体験入会中だったから、期限切れになる今日に何かしらそれ関係の話ををされる予測はしていたが。

 

 

 

「俺、またなんかやっちゃいました?」

 

 

 

 我ながらなんとも間抜けな声である。

 

 確かにトレーナーとしての実力も実績もないに等しい俺ではあるが、我ながら割と真面目にトレーニングに勤しんでいたと思う。真面目さがどれほど評価されるかはわからないが、ジム内で揉め事を起こしたわけでもないし……そんなジム側に損失与えたかなぁと、悲しい気持ちが言葉に表れてしまった。

 

 しかし理由くらいは知りたい。そう思い問いかけたが、サオリさんは渋るように何も言わない。決定事項だし、もう他人だから説明の必要もない感じ?

 

 サオリさんは基礎トレでも真剣に俺の体力強化に付き合ってくれていただけにこの冷遇は正直ショックだ。

 

 

 

「——理由は話せません。でも、私の話を聞いてくれる?」

 

「はなし……?」

 

 

 

 どうすることもできない俺には、彼女の話に耳を傾けるしかできなかった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——よって“ミシロタウンのユウキ”は、我がジムには必要なし。それが役員の総意である」

 

「御言葉ですが‼︎」

 

 

 

 ユウキの体験入会が6日経った頃。トウカジムの役員たちが臨時集会を始めていた。

 

 複数の身なりが整った中年から高齢の人間までが揃っており、その中にはジムリーダーセンリと付き添いのサオリもいた。

 

 今は役員の一人で、経理を主に担当する男のまとめの言葉に、サオリは不服を唱えていたところだった。

 

 

 

「なんだセンリくん。君の付き人は発言の許可も得ずに、みだりに話すのかね?」

 

 

 

 嫌味な一言を薄ら笑いで放つ男のに、噛み付くような視線を向けるサオリ。君には聞いていないとばかりに経理の男はサオリの視線を跳ね返す。

 

 元々この経理とセンリとの反りがあっていなかった。サオリにとってもセンリとは何かと意見が分かれる経理は好きになれない存在だ。

 

 

 

「サオリくん。落ち着きなさい——経理も発言はもう少し穏やかな言葉を使用していただきたい」

 

 

 

 両者を諌めるように落ち着いた態度を崩さないセンリ。自分の浅慮な行動でセンリに恥をかかしてしまったと思ったサオリは、すぐに態度を改める。だが、やはり決議に納得はしていなかった。

 

 

 

「ふん……今やトウカジムの人気はホウエン全域でもNo. 1だ。そのブランドを守り、より多くの、将来有望なトレーナーを引き入れ育て排出することは——ひいてはホウエンリーグへの貢献度となるのだ。それはトレーナーである君たちの方が理解があると思っていたが?」

 

「しかし、それとミシロタウンのユウキを受け入れないことに直結しないと思われます」

 

 

 

 鼻息荒く決議の背景を語る経理に、センリは父親としてではなく、ジムリーダーの姿勢で臨む。センリにとってジムの人気がどれほど重要視しているかは定かではないが、サオリにとってもそれは同意見だ。

 

 

 

「確かに彼の『ネームバリュー』は大きな物だ……ジムリーダーセンリの息子がプロの世界に飛び込む。親子二代でホウエンリーグを盛り上げてくれるなら私も大歓迎だよ」

 

 

 

 経理の物言いには、サオリの癇に触る。まるでトレーナーを商品のように扱え姿勢に怒りを覚えるのは当然のことだ。

 

 しかし彼なりの言い分を聞くに、なぜそのユウキを受け入れないことになるのかが疑問になる。

 

 

 

「——ただ、彼が大したトレーナーでないと発覚し、いたずらに世間の注目を集めたらどうだ?マスコミは目ざとい。どんなネタでも『見てもらおう』と装飾を施し、あっという間に世間の笑いものにされるだろう。そうなってくると、トウカジムの名前に傷がつくことは明白だ。もちろん、ユウキくんとやらにとっても良いことはない」

 

 

 それは——と口を開きかけるサオリだが、言い分に全く同感できないわけではない。

 

 ジムの価値を貶めるかどうかと言う点は、ジムトレーナーとしての誇りを持つサオリにとって重要な事項ではある。この男ほど守銭奴的な思考は持ち合わせていないが、マスコミが食いつきそうなネタであることは確かだ。しかも、ユウキは年齢が15と、適齢期を過ぎてかなり経つ。

 

『話題のジムリーダー。息子は大成ならず』——そんな勝手なレッテルを押されるハメにならないとは言い切れない。

 

 

 

「ですがそれは憶測ではありませんか?彼が周囲に及ぼす影響はまだ——」

 

「ジム内の士気にも影響している。そう聞いているが?」

 

 

 

 サオリの発言に、さらに返す刀で痛いところを指摘される。こちらは事実が混じっている分厄介だ。

 

 

 

「『ジムリーダーの息子』というのは何も世間だけの問題じゃない。ジム内の人間にはその実力が知れ渡っているんだろう?同じジムトレーナーたちが呟くのも無理はない……」

 

 

 

 身贔屓で選ばれただけじゃないか——その空気が、今のトウカジムを覆っていた。

 

 実際そんな噂話を小耳に挟むことが最近多くなったとサオリ自身思っている。ユウキの努力を知らない者たちにとって、彼は目の毒になっていたのだ。

 

 もちろん、彼が努力を怠らず、着実に成長している事だって事実だ。だが人は、所詮上部しか見れない生き物。結果を出さない者に言い訳は許さない。

 

 経理の言うことに何も言い返せないのが悔しい。しかしこのままというわけにもいかない。ユウキは今日まで努力を続けてきたからだ。

 

 それでも今答えを持たないサオリにとって、この決議を覆すことは難しかった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ユウキくん。もしあなたにその気があるのなら、私が選ぶ人間と戦ってもらえるかしら?」

 

 

 

 破門をくらってお払い箱——そんな流れだったが、今度はいきなり何の説明もなくそんな提案をサオリさんはしてきた。な、なんだってんだ?

 

 

 

「えーと。話が全く見えないんですが……」

 

「あなたがその試合で勝てば、あなたをジムトレーナーとして迎えることを約束するわ」

 

「……は?」

 

 

 

 サオリさんが何を言ってるのかさっぱりだった。

 

 どうして破門なのかの理由もわからないのに、さらに誰かと戦って勝てばジムトレーナーとして認める?実力を示せってことなのは何となくわかるけど、逆に条件までつけて俺を起用する理由がわからない。

 

 少しでもジムにふさわしくないトレーナーだと思われたなら、無理にジムトレーナーにすることもないだろうに……。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 急に彼女は頭を下げる。こちとらいきなりに次ぐいきなりで参ってるのにさらになんだこの人は?戸惑うばかりの俺に、彼女は謝罪の言葉を続けた。

 

 

 

「多くを説明できないこと、申し訳なく思っています。この提案だって、今まで頑張ってきたあなたにはきっと不服でしょう……」

 

「いや、不服とかそういうのは……」

 

 

 

 頑張ってきた……そう言えるのは、きっと俺のトレーニングを見ていたから言えるのだろう。この人はいい加減なことは言わない。それがこの一週間、彼女の教えを受けていた俺が信じられる事実だった。真面目で、ひたむきで、冷たく接しているように見えてアフターケアを怠らないから、俺が倒れても大事には至らなかった。

 

 プロとして、この人は俺を一個人として見てくれている。そんな人が『話せない』と言っているのだ。只事ではないんだろうなと、鈍い俺でもなんとなく想像がつく。

 

 でも……そう繋げて彼女が驚くべきことを口走った。

 

 

 

「——でもこれだけは信じてください。あなたを評価している人間は、たくさんいるわ」

 

 

 

 そんな人のそんな言葉が、胸に刺さった。

 

 俺を?と疑問に思い、信じられない気持ちと、サオリさんが言うそれはただの気休めではないという思い。二つの気持ちが混じって、またもや戸惑いの顔色しか見せられない俺は、小さく呟いた。

 

 

 

「もしそんな人がいるなら……俺がそのバトルで勝てば、証明できる?」

 

 

 

 みんなの評価は間違いじゃなかった——と。

 

 その問いに、今度はしっかりとサオリさんは頷いた。もしその中にサオリさんも含まれているなら、俺はそれだけでも、ほんの少しだけ頑張ってみたいと思う。

 

 どうせ何もしなければ追い出されるだけなのだ。俺がその勝負を受けるのも今のところデメリットはなさそうだし。何より……頑張ってきたのは()()()()()()()()()

 

 

 

「——やってみますか」

 

 

 

 俺は二つの紅白玉を見つめながら、サオリさんのいうことを了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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全ては友の為……小さな命の努力を証明する為に——。

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第11話 仕向けられた戦い


朝起きて、スマホ見たら……感想いただいちゃいました(小声)
これって返信とかするもんかなぁとかいやなんかはしゃぐと引かれるかなぁとか考えてそっとgoodだけ押させていただきました。

今日はめっちゃ元気です。





 

 

 『第一修練場』——。

 

 屋内の修練場の中ではトウカジムで最大のこの場所に、今は多くのトレーナーが詰め掛けている。中央のフローリング仕様のバトルコートにモップがけをする者まで見えており、これから行われる試合の為に人員が割かれていることから、それが大事な試合だと目に見えてわかる。

 

 2階の観覧席には既に多くの人で埋め尽くされている。そんな観客が見に来たのは……俺の『ジムトレーナー正規採用をかけた対人戦』である。

 

 どうしてこんな……俺の試合が注目を集めてるのか全く心当たりがない俺は、緊張で今、髪の毛からつま先まで震えまくっていた。

 

 

 

「……ナンデスカコノヒトダカリハ?」

 

「経理の仕業ね……人を集めてどうするつもりなの?」

 

 

 

 サオリさんが訝しんでいる様子だが、俺は俺でそれどころではない。理由はどうあれ、この中で試合するという現実が受け止めきれないでいる。ふざけんな。首謀者はマジで一回殴らせてくれ。

 

 

 

「——君がユウキくんだね?」

 

 

 

 俺が密かに誰ともわからないやつに殺意を向けていると、身なりのいいおじさんが話しかけてきた。表情は柔らかいが、どこか気が許せない雰囲気がある。

 

 

 

「えっと……?」

 

「これは失礼。私はこのトウカジムで経理を担当させてもらっているツネヨシという者だ。今回の件は災難だったね」

 

「……?は、はぁ」

 

(よく言うわ……自分で仕向けたくせに……)

 

 

 

 今回の件と申されましても俺には何一つピンときていない。なんかサオリさんから黒い波動が送られてきてるのは気のせいかな?

 

 

 

「これは経理。このような場所にまでご足労いただいて……で、これは何の騒ぎです?」

 

「いやなに。()()()()導入された正規ジムトレーナーに昇格するための制度。それに組み込む試合を是非皆にも見てもらおうとな」

 

 

 

 サオリさんが事態の確認をするが、経理を名乗るツネヨシなる男は薄ら笑いを浮かべて答えた。ん?と言うことはなにか?これおっさんが仕向けたの?

 

 

 

「今回から……ですか」

 

「何か不服かね?」

 

「いいえ……今更でしょう。それで、観衆を集めたその意図についてお聞かせ願えますか?」

 

 

 

 裏で握り拳作って歯を食いしばる俺をよそに、サオリさんはツネヨシに質問を続ける。

 

 

 

「この新制度が、今後入ってくるトレーナーたちの質を上げるものだと理解して欲しいのだよ……このトレーナー飽和時代。新たに夢を抱いてやってくる者達がこのジムにも多くやってくるだろう?それで彼らは心配になるわけだよ。『自分達に教育が行き渡るのが遅くなるのでは?』——とね」

 

 

 

 マンツーマンでの指導を積極的に行うトウカジムでは、当然教え手の数も相当数必要になる。

 

 しかしやはりというべきか、人手は足りていない。このジムの教育者側はいつも多忙を極めている。しかも安易に人を増やせばいいというものでもない。教育者の質も、当然問われるわけだからだ。

 

 

 

「——要は来るものを厳選し、有望な人材だけを育てることに専念する……と?」

 

「そうだな……わたしも心苦しいものはあるが、少しでも君たちの負担を少なくしたいとも思うのだよ。それに、今所属している教え子たちも安心できるわけだ」

 

 

 

 サオリさんの質問にスラスラと答えていく経理。最もらしいことは言っているように見えるが、それはつまり、ジム側も今後は選り好みしていくと公言しているようなものだった。

 

 

 

「——と、言うわけで頑張ってくれたまえよ?君には『ジムリーダーの息子』として、期待している」

 

 

 

 ツネヨシはそう言い終える頃には背中を向けて立ち去っていた……あ。一発殴るのを忘れていた。

 

 

 

「申し訳ないわ。まさかここまで大事にされるなんて……」

 

「……いやいいです。なんかもうしょうがないことなんでしょ?」

 

 

 

 なんとなくわかってきた。

 

 さっきの男はいわゆる重役。その男の指令によって、俺は試されることになったのだろう。『ジムリーダーの息子』なんてわざわざ言うくらいだ。ずっと不甲斐ない姿を見せ続けてきた俺が面白くないのだろう。

 

 サオリさんは被害者もいいところだ。きっとこの板挟みに悩み、俺に気を遣いさえしていたのだろう。そんな人を少しでも疑った自分が今は恨めしい。

 

 

 

「俺、さっきのおっさん嫌いです」

 

「こら。目上の人の悪口言わない」

 

「でもサオリさんも嫌いですよね?」

 

「……それでもダメよ?聞こえちゃうから」

 

 

 

 認めたって事でOK?うん。やっぱサオリさん溜め込んでるな。ご自愛くださいよほんと。

 

 

 

「……じゃあもう頑張るしかないですね。ここまで来ちゃったら」

 

 

 

 開き直るしかない。というかもう最初から俺に選択肢なんかないんだ。

 

 

 

「すまないわね……」

 

「なんでサオリさんが謝るんですか?」

 

「……大人の事情に巻き込んでしまって」

 

 

 

 そう言うサオリさんの姿に、ここ最近見せていた厳しくも凛々しいコーチの風格はなかった。それがどこかおかしくて、笑いが込み上げてきた。

 

 

 

「な、何かおかしかったかしら…?」

 

「い、いや……失礼ですけど、なんか似合わないかなって。謝ってばっかなの」

 

「うっ……そ、そうかしら…?」

 

 

 

 恥ずかしそうに明後日の方を見るサオリさんは、どこか親しみやすさを感じる。うん。やっぱこの人いい人だよな。

 

 

 

「そうね……ではあえて、私からはお願いしてもいいかしら?」

 

「え?」

 

 

 

 サオリさんを笑った俺に対して、何かしらの逆襲か——と身構えた。不敵な笑みを浮かべる彼女は、いつもの鬼コーチの顔でこう言い放つ。

 

 

 

「勝って……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 試合開始間際、主審を務めるトレーナーから大雑把にルールを聞いた。

 

 試合の形式は『フリー戦』。試合中に道具の使用だけは禁止されているが、それ以外に特にバトルの規制はない。

 

 俺の経歴を鑑みて、こちらは2匹の手持ちを使えるが、対戦相手のトレーナーは手持ち1匹だけという縛りは設けている。それでも実力差が埋まるとは思えないが……。

 

 あとはトレーナーシップに則り……と言ったマナー的なことを言われ、俺はコートの端、自分の立ち位置であるトレーナーズサークルに入った。

 

 対戦相手は見知らぬトレーナー。サオリさんが選んだトレーナーと聞いてはいたから、見知った誰かの可能性も期待したんだが……と、それ以上は俺も考えない。

 

 

 

(どうせ考えたって出来ることと出来ないことははっきりしてんだ……今は、こいつらを信じる)

 

 

 

 ボールの中から見た俺の相棒たちは、真っ直ぐに俺を見てくれていた。それだけで、俺は一人でここに立っているわけではないと勇気づけられる。

 

 

 

「はぁ……サオリさんがあんなこと言わなきゃ、頑張るだけのつもりだったんだけどな」

 

 

 

 今回の相手がどんなトレーナーかはわからないが、プロ志望の俺を試す人間が弱いわけはないだろう。今までのやり取り考えても、間違いなく俺より格上のトレーナーだ。普通に考えれば無理ゲーだけど……。

 

 

 

「あんなこと言われちゃ……なぁ」

 

 

 

 我ながら単純だが、どうやら応援の一言で勝ちたくなってしまったようだ。

 

 だから俺も全力だ。できることを、できるだけやる。

 

 もちろん、勝つつもりで……だ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——大丈夫かなぁユウキさん」

 

 

 

 観客席には、ユウキの見知ったトレーナーが横並びで座っていた。そのうちの一人ユリが、不安そうにその瞳を揺らしている。

 

 

 

「大丈夫ですよ!ユウキさんは今日まで本当に頑張ってきましたから!」

 

 

 

 それを受けてミツルが肯定する。しかし、後の二人——ヒデキとヒトミは顔をしかめていた。

 

 

 

「あんのバカ。なんでこんな条件受けやがったんだ……」

 

「そもそもなんでいきなりそんな話になるわけ?ユウキくんみたいに経験が浅い人をサポートするのがジムの役割でしょ?」

 

 

 

 ユウキが迂闊にもそんな条件を飲んだことに対して怒りを抱くヒデキ。そしてヒトミは、今回の対戦に違和感を覚えていた。

 

 少なくとも敬愛しているあのセンリが出す条件とは思えない。元々そういう決まりならともかく、ユウキを体験入会に誘っておいて正規入会を賭けてその腕で試すというのは、矛盾が生じている。

 

 

 

「確かに師匠のやり方じゃない……じゃあ他の誰かがユウキさんをジムに入れたがらないってこと?」

 

「そこまでは私もわかんないわよ!?」

 

「気なくせぇな。でもそういう奴は俺も知ってるぜ……?」

 

 

 

 ヒデキは顎で周りを指しながら観客の中にいると指摘する。気づけばそこかしこで、ユウキについてあれやこれやと囁かれていた。

 

 

 

「正規雇用のために試験?初めて聞いたぜ?」

 

「あいつ実力やっぱないんじゃない?だからこんな試験させられてんだよ」

 

「えーかわいそー。てか次からみんなあんな風に試験すんの?」

 

「俺は助かるなぁ〜。最近ジムのコーチ忙しすぎてボヤいてるのみちゃってさー……」

 

「才能ないなら早めに諦めたほうが身のためだろ」

 

 

 

 方々で好き勝手言うトレーナーたちの声は、ミツルたち四人にとってはあまり気持ちのいいものではなかった。

 

 『才能がない』——などと聞こえたヒデキは、立ち上がって聞こえた方に睨みを利かせる。すぐにヒトミがヒデキを諌めたので大事にはならなかったが、それでも腹の虫はおさまりそうになかった。

 

 

 

「ケッ——どいつもこいつも節穴かよ。あいつがどんだけ努力してると思って……」

 

「あれ?ヒデキあんたユウキくんの心配してんの?」

 

「ち、ちげぇよ‼︎俺だって教えを説いた側だぜ⁉︎そんなあいつが無様に負けられたら俺の()()()にかかわるってもんだろうがっ‼︎」

 

沽券(こけん)よ。二度と間違うな漢字オンチ」

 

「ユウキさん……がんばれ……!」

 

 

 

 ヒデキをヒトミが小突いている時、ユリはユウキの無事を祈っていた。

 

 ここ数日、ユウキの頑張っていた事をこの四人にはすでに知っている。それを見ていれば、今のような無責任な発言をする者など誰もいないはずだ。

 

 だからこそ、ユウキには頑張ってもらいたい。

 

 

 

「——あれ?なんだろあの人」

 

 

 

 ふとミツルは、一階コートの隅の扉で人影を見つけた。どこかで見覚えがある人物は、先程ユウキと話をしていた経理のツネヨシだった。

 

 

 

「——キルリア?」

 

 

 

 すると手持ちのボールが微かに震える。大人しくしていたはずのキルリアが、何やら反応を示していた。

 

 

 

「……あの人のことが気になるのかい?」

 

 

 

 ボール越しにキルリアの赤いツノが明滅しているのがわかり、これはキルリアが持つ『感情検知』の特性が発揮されていることに気がつくミツル。バトルでもないこんな時に出るのは、何かおかしなことが起こる前触れだとミツルは感じ取った。

 

 

 

「ごめん!ちょっと席外すね!」

 

「——ってちょ、どこいんだよ⁉︎もう試合始まりそうだぞ!」

 

「ごめん!すぐ戻るから‼︎」

 

 

 

 そう言ってミツルは客席を降りていった。

 

 何事もなければそれでいい。

 

 ミツルはそう願いながら、胸騒ぎのままに通路を駆けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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不穏な空気の中、戦いの火蓋が切られる——。

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第12話 奮闘



またまた感想いただけて……感謝陳謝シャシャシャシャ……!
最近暑いゆえ文章がちゃんと書けてないかも(ーー;)
あ、はじめからそうでもないから大丈夫?あ、そう……



みなさんも熱中症には気をつけてくださいね!!!





 

 

 

「両者、準備はいいですか?」

 

 

 

 バトルコートの側面に設けられた主審台に乗り、審判役のトレーナーが両選手に意志を問う。

 

 相手のトレーナーは「問題ない」と一言だけ。かく言う俺は「問題は大ありだけどやるしかない」って感じだった。

 

 これに負ければトウカジムは追い出される。勝てなければ期待してくれている人たちをがっかりさせる。なにより、俺の手持ちのポケモンたちが不当な扱いを受ける……。

 

 

 

(責任重大だな……)

 

 

 

 別に誰に課されたわけでもない重圧。今まで感じたこともない視線。好奇、期待、疑心……色んなものが自分の内側と外側で渦巻いている。

 

 でも不思議と俺の頭は冴えていた。今は向こうが何を出してくるのか、どんなタイプのトレーナーなのか、格上でも食らいつく隙を見逃さないように細心の注意を自然と払っている。

 

 きっと、みんなが特訓に付き合ってくれたおかげだ。この中に……俺を応援してくれる人も少なからずいる。それだけで頑張ろうと思えた。

 

 

 

「——お願いします」

 

 

 

 審判に了承の意を伝え、俺は一つのボールを握る。

 

 

 

「では、これより試合を始めます——構えて!」

 

 

 

 この瞬間、互いが戦闘体制に入る。

 

 淡白な印象を受けた対戦相手から、目に見えない熱意のようなものを感じた気がした。このひりつく感覚に自分を震わせ、審判の掛け声を待つ。

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)‼︎」

 

「いけ!ジグザグマ(チャマメ)‼︎」

「いけ。マッスグマ‼︎」

 

 

 

 審判のコールで、互いのポケモンが姿を現す。その瞬間、客席が沸き立ち歓声が上がった。

 

 そんな中、俺の選んだポケモンは“ジグザグマ(チャマメ)”。今日まで一番頑張ったと言っても過言ではない、この七日、磨き続けたポケモンだ。しかしこれは奇遇というか……対戦相手のポケモンはよりにもよって“マッスグマ”だった。

 

 

 

「まじか……チャマメの進化系……!」

 

 

 

 マッスグマはジグザグマが修練を積み、いずれ進化するポケモン。刺々しい毛並みが、艶やかな流線形に変化している。そのフォルムは、本来得意な“体突系”の技により適していると言えるだろう。

 

 何が言いたいかと言うと、既にピンチくさい。

 

 

 

「マッスグマ——“頭突き”!」

 

 

 

 マッスグマは指示通り体を縮めて力を溜める。その力を余すことなく前進する力に変換する気だ。

 

 

 

「チャマかわせ‼︎」

 

 

 

 檄を飛ばした瞬間、地を蹴るマッスグマ。チャマメは俺の指示を受けて猛進してくるマッスグマを——横跳びで躱す。

 

 

 

(開幕ぶっぱなしてきた!この人、落ち着いてる風だけど試合運びは早い方が好きなのか⁉︎)

 

 

 

 マッスグマの推進力はまさに早期決着に向いていると言える。全体重を込めて放つ体突系の技は当たれば大ダメージを与えられる公算があるなら、この作戦も納得だ。でも——

 

 

 

(いや、それ以上にバレてる。こっちが経験不足なこと——格下だって舐めてる)

 

 

 

 いくら試合展開が早い好戦的(アグレッシブ)な性格だとしても、プロがあんな迂闊に敵の間合いに飛び込むとは思えない。恐らく、さっきの経理辺りから俺の経歴を聞いてるんだろう。

 

 『飛び込んでもさして脅威はない。さっさと叩き潰せ』——ってか!

 

 

 

(——だからなんだ……こっちは最初からチャレンジャーなんだよ!舐めてくるならむしろ好都合!)

 

 

 向こうは実力差を理解している。だからきっちり得意なことをしてくる。押し付けることが最適解だからだ。

 

 チャマメの進化形ということは、そのほとんどのスペックでチャマメの上を行くマッスグマ。こちらからも近づかなければ有効打がない以上、負けは濃厚。

 

 でもその辺の意識から、相手の計算を狂わせられる!

 

 

 

「チャマメ!——“輪唱”!」

 

 

 

 指示を受けたチャマメは、かわした慣性そのままに距離を取りながら、口を開けて高音を響かせる。その音は指向性を持ち、衝撃波がマッスグマを襲った。受けたマッスグマは苦悶の表情を浮かべる。

 

 

 

 『輪唱』——!

 

 ノーマルタイプの特殊技。質量を持たせた音の衝撃波を相手にぶつけるこの技は特段珍しいものではない。しかし、それをジグザグマに覚えさせていることに相手が驚いているように見えた。

 

 

 

(——やっぱりジグザグマは物理系の技を覚えさせるやつが多いみたいだな。動揺するってことは、まず間違いなく輪唱のデータはなかったって事……とりあえずこれであっちも考えを修正するはず……)

 

 

 

 ポケモンには大きく分けて2種類の攻撃技がある。

 

 ひとつは自身の身体能力をフルに使って放つ『物理技』。こちらは体を動かすことが好きなポケモンが多く覚える傾向にあり、その適性も高い。ジグザグマという種族も物理技が得意で、育成も素直に長所を伸ばした方がいいとしているトレーナーが多いだろう。

 

 その一方で『特殊技』は、体内にあるポケモンのエネルギーを技に変換しているものが多い。このエネルギーはポケモンによって違うが、今回の場合はただ叫んでいるチャマメの『声』に『質量を持たせる』という変換行動を行う必要がある。その技能は元々感覚で覚えているポケモンならすぐ覚えられるが、ジグザグマに覚えさせるとなるとそうはいかない。例えタイプ一致の技といえど、それを実践で使えるレベルまで仕上げるのは実際難しかった。

 

 しかしそれが成功すれば、こうして相手に『ただ強いことをされ続ける』みたいな状況に水を差せる。

 

 今相手は多分、「迂闊に攻めれば、かわされつづけて遠距離で変化技や特殊技でこちらを削られて勝負が長引くかも?」と思っているはず……例えそこまで思わなくとも、煩わしさを感じてくれれば、取るべき択に偏りが生じるはず。

 

 

 

「めんどうだな……——マッスグマ!“みだれひっかき”‼︎」

 

 

 

 相手は“攻め続ける”方を選択した。それを受けて俺もチャマメに指示を出す。

 

 

 

「離れて戦え!——“輪唱”‼︎」

 

 

 

 チャマメには相手の間合いの外から輪唱を撃ち続けることを選択させる。チャマメもこのスタイルをずっと練習していたので、嬉々としてコートを走り回りながら声を振るわせた。

 

 先程は意表をついたこともあり、攻撃をクリーンヒットさせることは出来たが、今回は相手もそれを知っているため、躱しながらチャマメに迫ってくるマッスグマ。

 

 しかしそうとなると、直線で攻められないマッスグマはワンテンポ、軌道修正をしなければならない。

 

 

 

(これは偶然だけど、ジグザグマの走法が向こうと違うのが功を奏している……そういえばマッスグマは『直線で走る』ことが得意で、『曲がること』が苦手だったよな?)

 

 

 

 このジムがノーマルタイプを専門としていることもあり、ジムトレーナーがマッスグマを使っているところを見たことがある。博士に頼んで、ジグザグマの資料をもらった時に、ついでにマッスグマの方ももらっていたのもあって、この習性に覚えがあった。

 

 そうなってくるとこの『離れて輪唱撃ちまくり作戦』という——どうしようもなくせこい手——は成果を納めたと言っていい。

 

 こちらのチャマメは直線での移動速度はマッスグマに遠く及ばないが、曲がった軌道の速力と輪唱の妨害を織り交ぜればこの距離を保つことを可能にしている。今も懸命にみだれひっかきを振るうマッスグマを、ひたすら前足の届かない場所で立ち回るチャマメ。

 

 ——まずは第一段階はクリアか。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「やったやった!チャマメがんばってる‼︎」

 

 

 

 客席で飛び跳ねて喜ぶユリ。チャマメが輪唱をしっかり決めて、懸命に戦っている姿に嬉しさを抑えられない様子だった。

 

 

 

「ユリちゃん、チャマメの特訓にずっと付き合ってたもんね」

 

 

 

 ヒトミはここしばらく、ユリがエネコをユウキに貸してチャマメの輪唱の習得に助力していたことを思い出す。

 

 かなり苦戦を強いられていたように思えるが、ここ数日で新たに特殊技を得るに至ったのは、彼女の献身的で応援を惜しまない姿勢が大きな助けになったことは言うまでもない。

 

 

 

「あの輪唱——大した威力はでねぇみてぇだけどな」

 

 

 

 ヒデキはそれと対照的に、チャマメの技をそう評価した。確かにクリーンヒットした割にはマッスグマがさして怖がっていないように思える。受けたダメージからそれそのものに脅威はないと思っているからこそ、攻め方を変えるだけに留まっているのだと冷静に分析していた。

 

 しかしヒトミはそれでも効果があったと語る。

 

 

 

「それでも無造作に当たるわけにはいかないでしょ?ああいう牽制があるから、スペックが劣るチャマメ側も撃ち合いになってるのよ。寧ろそれをやってるユウキくんを褒めるべきね」

 

「かぁぁぁまだるっこしい‼︎足腰鍛えて強え技を振る方が俺は性に合うぜ‼︎」

 

「あんたが戦ってんじゃないでしょ‼︎」

 

 

 

 不服を唱えるヒデキにチョップを見舞うヒトミ。

 

 ヒトミのいう通り、ユウキのレベルでは格上とのバトルは避けられない。そんな相手とも渡り合って行く為には、ある程度の()()()()が必要になってくる。

 

 バトル学を学んで僅か一週間のユウキが、何年も修練してプロとなっているトレーナー相手に正面から戦う事自体が無謀。しかし一見ミスマッチだからこそ、相手は予想外の一撃をくらった事で考えなければならなくなった。

 

 実力差をひっくり返されるのもバトル——最初こそ油断はあったろうが、今ので恐らくマッスグマ側も目が覚めた事だろう。でもだからこそ、向こうはいくらか反撃を予想しながら攻めることになる。

 

 その結果、その僅かな攻め手の緩みが、チャマメに回避させる時間を作っている。

 

 

 

(あんな輪唱でも見せ方ひとつで武器になる。でも気を引き締め直したって事は、隙をつくのも難しくなったということ……この後が重要ね)

 

 

 

 格上は当然ながらその思考力も格上。そんな相手の攻撃を緩めたという事実。それに感心——それ以上に期待を込めながらヒトミは思う。

 

 ユウキの采配に……ヒトミはさらに注目の眼差しを向けていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

 マッスグマと相手トレーナーの挙動を見てわかったことがある。

 

 まずマッスグマだが、これは素直に物理戦闘を伸ばした育成を受けているだろう。距離をとってくる相手に対し、体ごと接近する選択をやめずに続行しているのを見ると、遠距離攻撃で対抗する気はないのか、できないのか……いずれにしても、向こうはまだ戦法を大幅に変えるほど脅威には感じていない。

 

 とはいえ、技を単発高威力の頭突きから手数優先のみだれひっかきに変えてきたのは、それでも輪唱を受け続けることを避けるためだろう。

 

 脅威はないが、攻撃をあえて食らってまで距離を詰める手段は取らない……時間さえかければ、このまま押し切れると判断している心境が透けて見えた。

 

 なら、マッスグマが技を繰り出す時——

 

 

 

「みだれ——」

 

「——“頭突き”‼︎」

 

 

 

 相手トレーナーの口元に注目していた俺は、その口が動いた瞬間に、すかさずチャマメに頭突きを指示。チャマメは地面をグッと踏み締め、進んでいた方向から鋭角に突っ込んでくるマッスグマめがけ飛び出した。

 

 マッスグマは既に攻撃モーションに入っていた。既に自分の攻撃を止められる勢いを超えていたマッスグマの腹に向かってチャマメは強烈な頭突きをぶち当てた。

 

 

 

——ガッ⁉︎

 

 

 

 何が起こったのかわからない様子を見せるマッスグマは衝撃を受け止めきれず後ろ向きに吹っ飛ばされる。チャマメの反撃が見事決まった形となった。

 

 

 

「よし——!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 客席はどよめいていた。

 

 不意の輪唱よりも痛烈な一撃。この試合にとって、初の勝敗に直結した一撃を先に加えたのが、あのユウキだからだ。

 

 普段のユウキの実力を知る者達からすれば、この戦果は誰も予想できなかった。

 

 

 

「フフ……周りの客ども、鳩が豆鉄砲くらったみてぇな顔してやがるぜ♪」

 

「やったやった!ユウキさんすごい‼︎」

 

「特訓の成果、しっかり出したわね!」

 

 

 

 ヒデキもユリもヒトミも、この結果に満足していた。周りのトレーナーには予測できなくとも、この結果は決してまぐれではないことをこの三人は確信していた。

 

 ユウキに仕込んだ『技術』によって。

 

 

 

「初心者トレーナーの最大の欠点は“ポケモンばかりを見てしまう”こと……強いトレーナーは、中のポケモンと同じ温度で熱くなるより、クールな思考と一歩引いた視野で戦況を把握することを心得る。それを知った彼なら、このくらいのことはやってのけるわね」

 

 

 

 ヒトミの仕込んだものは、初心者トレーナーの悪癖を矯正するようなものだった。

 

 バトルを始めたての人間は、やはり自分のポケモンから目が離せなくなる。人の視野はひとつのものに集中すればするほど、その視野角を狭めてしまうのだ。

 

 しかしポケモン以外にも、実は見なければいけないものがある。それが『相手トレーナー』だった。

 

 

 

「——ポケモンの行動は常に手綱を握るトレーナーの“唇”によって決定される。その指示はいわば予備動作……相手が攻めてくる気満々なら、それを読み取ってカウンターを取る事も可能。今まさにユウキくんがやったみたいにね♪」

 

 

 

 ユウキは視点をポケモンに向けすぎていた事をヒトミに指摘され、改善を図っていた。そしてそれが今回、実を結んだのだ。

 

 

 

「——そのカウンターも、俺が教えてやったんだけどな!」

 

 

 

 ヒデキはそう言って鼻を擦る。

 

 そこまで相手の動きを読んだ上で、最も効果的なのが文字通りのカウンター……急反撃だった。

 

 せっかく相手の行動の先が読めても、それを活かす作戦がなければ大した意味をなさない。しかしその行動に合わせて攻撃を加えられれば、自分の力と相手の向かってきた力が丸々乗っかって威力になる。

 

 しかしそれにはシビアなタイミングと取り組めるだけの勇敢さが求められる。相手の動き出しに速く反応しすぎればカウンターを察知されて回避が間に合ってしまうし、遅れれば逆にそのダメージを自分が追うことになる。

 

 絶対に成功させるという自信——いや、覚悟をする必要がある。

 

 だが、その甲斐はあった。

 

 

「今のでビビってくれたらマジで勝ちあるぜこれは……」

 

「どうでしょうね……少なくともダメージは無視できないはず。崩れてくれればこのまま……」

 

「お願い……チャマメに勝たせてあげて……!」

 

 

 

 今日という日まで、ユウキにつきっきりだった三人は、気づけば奮闘するユウキの勝利を願っていた。

 

 いや、きっとはじめから彼らはユウキの勝ちを願っていたのだろう……。

 

 

 

「——えっ?」

 

 

 

 

 その僅かに見えた光が消えるその瞬間までは……——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その瞬間は、あまりにも唐突に、残酷に——。

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第13話 大人のすること



今更ながら、見出しの文句変えてみました。
また変えるかも?まぁええじゃろ。





 

 

 

「——今の話、どういうことなんですか⁉︎」

 

 

 

 ユウキの試合が始まってすぐ、ミツルは経理のツネヨシを見つけた。

 

 ツネヨシが誰かと数度言葉を交わし、彼らとの別れ際にミツルは立ち会ってしまった。そこで耳に飛び込んできた信じられない発言を受け、ミツルは興奮した様子だった。

 

 その勢いのまま、ツネヨシに詰め寄る。

 

 

 

「ユウキさんを……彼に向かって『野次をとばせ』っていうのは……何かの間違いですよね⁉︎」

 

「……」

 

 

 

 ツネヨシは語らない。

 

 経理としての彼は尊大なイメージが強く、見かける程度だったミツルもあまり良い印象は抱いていなかった。しかしそんな人物でも、トウカジムを経営していくために尽力してくれる頼もしい大人だと思うようにしていたミツルにとって、今のやり取りは納得いかなかった。

 

 今送り出した人間は、この後客席でトレーナーのバトルを汚そうとさえしている。同じジムの敷地にいる……しかも自分たちを教える立場の人間の指示によってだ。ミツルにとっては見過ごせない悪だった。

 

 

 

「ツネヨシ経理‼︎」

 

「……きみ。確かジムトレーナーのミツルくんだったね?」

 

 

 

 ツネヨシが動じる様子はない。かなりまずい現場に居合わせたはずだが……ミツルはその落ち着きぶりに少したじろぐ。

 

 

 

「ミツルくん。君は我がジムが誇る期待の星——才能を持ち、磨くことを怠らず、素直に矯正を受け入れて……実力を——“結果”を見せてくれた」

 

 

 

 言葉のトーンは変わらず、だがひとつひとつの言葉で力強くミツルを褒めるツネヨシ。そうしてミツルの肩に手を置く。

 

 

 

「——だから率直にお願いするよ。私の邪魔をしないでくれないか?」

 

 

 

 その発言は、今のやり取りがミツルの捉えた見え方で当たっていると……ユウキに誹謗中傷を加える気である事を肯定するものだった。

 

 

 

「ツネヨシ経理!あなたにとってそんなにユウキさんが邪魔なんですか⁉︎」

 

「ああ邪魔さ。とても邪魔だよ!」

 

「っ……!」

 

 

 

 信じられないものを見るような目をするミツル。あまりにも堂々とそういうものだから、言葉を失ってしまった。しかしそれと同時にミツルの中で怒りが燃え上がる。

 

 

 

「それが……!それがこれまで頑張ってきた生徒にすることですか⁉︎彼が一体どんな境遇で……どんな思いで今日まで頑張ってきたか、わからないんですか⁉︎」

 

 

 

 家庭に父親がいない日々。懸命に母を助けるユウキ。トレーナーになる不安。目指す目標の高さ。父親の偉大さといつも比較される重圧……。

 

 ミツルに全てがわかるわけではない。それでも、ミツルはユウキを直に見て、それらと向き合い、戦いさえしている苦労の一端くらいはわかるつもりでいた。

 

 ひたむきに、前向きに、後ろ指を指されることがあっても……努力を——

 

 

 

「教育する立場の大人のする事なんですか⁉︎そんな彼を酷い仕打ちを加えるなんて——」

 

「では努力すれば、彼は立派なホウエンリーグのランカーになれるのかね?」

 

 

 

 ツネヨシの切り返しが、ミツルを容赦なく切り裂く。その静かな一喝がミツルを止める。

 

 

 

「——努力すればどんな高みにもたどり着けるのか?どんな無謀な挑戦でもやる価値はあるのか?現実の厳しさを見て見ぬ振りして、『がんばれ!きみならできる!』と後押しするのが、君の言う“大人のすること”かね?」

 

 

 

 ツネヨシの追撃に、ミツルは返す言葉を持ち得なかった。その全てを認めるわけじゃないが、ミツルにも心当たりがあったからだ。

 

 

 

「……君の先輩はどうだった?ここから排出されていった、将来有望と評されたトレーナーたちの……一体何割がプロとしてやっていけている?」

 

 

 

 トウカジムのトレーニングは地方の中でも人気が高い。わかりやすく丁寧に先人たちの知恵を学べることに特化しているからだ。多くのトレーナーひとりひとりに合ったトレーニングを作成し、各人が自分の持ち味を出せるよう、時にコーチがマンツーマンで指導する。

 

 そして自分を磨いて世界に送り出されていく。しかしそこで、高いモチベーションを保ったままストイックさを維持できる者はごく僅かでもあった。

 

 

 

「君ほど才気あふれる者も、今までたくさん見てきたよ。そのうち何人かは今もプロとして活動している……だがね、()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 

 

 それはミツルも知るところだった。

 

 ある先輩トレーナーが、ミツルと仲が良かった。そのトレーナーは、家族に応援されていた。暖かい人柄と、ポケモンを愛する気持ちをたくさん持っている素晴らしいトレーナーだった。教え方も上手で、彼とのトレーニングを境に、ミツルのポケモンはみるみる成長を見せた。

 

 彼がジムトレーナーから旅立つと決めた時、ミツルは泣きもしたが、絶対に活躍してくれと声援を送った。

 

 ……そしてテレビで彼の試合が映されることはなかった。

 

 一度たりとも——。

 

 

 

「誰にだって夢を叶える可能性はある——それはそうだ。可能性という言葉を使えば、誰だってチャンピオンにでもランカーにでも、世界征服だって可能さ。だが我々は現実を知っている……多くの若者が、夢半ば敗れ、懸けた情熱も、時間も、一生を共に過ごすと誓った友さえ呪って……醜く残りの余生を這いつくばる未来を……」

 

 

 

 言葉の調子を上げず落とさず、ツネヨシは綴る。ミツルはその内容が自分にとっても無視できないもので苦しんでいた。

 

 それはいつか自分にもやってくる未来かもしれない。自分が選んだことだから……自分にならそう言ってやれる。自分の人生が例え思い通りにならなくたって、その結果を受け入れるつもりでいた。

 

 でも誰かにそれを……自分と同じように戦う事を勧めるなどできない。ミツルはそれをよしとできないことに気づいた。気づいて唇を噛み締めて、それでも納得したわけではない。

 

 

 

「でも……それでもどうしてユウキさんだけなんですか⁉︎今までだってそれでも沢山のトレーナーを受け持ってくださったじゃないですか!どうして彼だけが……」

 

 

 

 言いようのない悔しさが口をついて出る。目の前にいる人が、自分達の未来を信じてくれず、友人を陥れる事でその正しさを証明しようとしているようにしか見えない。

 

 これが自分の教わってきたことだったのかと——

 

 

 

「——『ジムリーダーの息子』だからですか⁉︎そんなにジムの面子が大事なんですか⁉︎」

 

 

 

 最後に残ったミツルの抵抗の言葉だ。ツネヨシの言葉に、今のミツルは答える材料を持ち得ない。それでもユウキの頑張りを見ておいて何も言い返せないのは悔しかった。

 

 経理の根底にあるそんな打算的な意識を責めることでしか、反論できなかった。

 

 

 

「……ふん。そんな事を聞いている暇があったら、そのお友達の応援でもしていた方がいいのではないのかね?」

 

「この——」

 

——ワァアアアアアアアア!!!

 

 

 

 試合の展開が動いたのか、ミツルが食ってかかる前に客席が湧いていた。

 

 

 

(ユウキさん……⁉︎勝ってるのか……?それとも——)

 

 

 

 ミツルはユウキの安否が気になった。

 

 もしバトルの雲行きが怪しくなれば、ユウキに対して心無い言葉を浴びせられかねない。そうなれば、集団心理で周りのみんなも普段の鬱憤を晴らすために乗っかかってくる可能性があった。

 

 それは目の前の男を問い詰めても、解決する事には繋がらない。口惜しさで震えるミツルだが、数瞬迷ってツネヨシの前から駆けて行った。

 

 

 

「ひとつだけ君に忠告しよう!」

 

 

 

 立ち去るミツルの背中に向かって、ツネヨシは大声で叫ぶ。

 

 もう彼の言葉を聞きたくないミツルは、そのまま走り去ろうとするが、廊下に響く声は容赦なくミツルの耳にその言葉を届かせる。

 

 

 

「——人の心配をしている場合ではないだろう!そんな余裕があるなら、自分の為に積み立てたまえ‼︎」

 

 

 

 ツネヨシが全てを言い終える頃には、ミツルは完全に姿を消していた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ワァアアアアアアアア!!!

 

 

 

「——チャマメッ‼︎」

 

 

 

 目の前でチャマメは力無く倒れてしまっていた。先ほどまで優勢だったのに……相手のマッスグマの動きが急に良くなった。

 

 

 

(——ミサイル針……!あんな遠距離攻撃持ってたのか……‼︎)

 

 

 

 

 マッスグマ側は俺たちの反撃を受けた後、もう少しダメージを考えてより慎重な立ち回りに戻ると思った。そこに揺さぶりをかけるようにつぶらな瞳といった相手の能力を下げて(デバフで)試合展開を掴むつもりだった。

 

 それが第二段階……今回の作戦の詰めの部分に当たる。

 

 しかしマッスグマ側がほとんど手の内を晒していなかったことを失念していた。結果、遠距離攻撃をマッスグマも取ってくることで離れた距離から輪唱を放つ挙動を潰され、少しだけ回避に専念した瞬間にマッスグマの頭突きが炸裂。

 

 さっき俺がやったことを、まるで意趣返しのように相手にされる形となり、格の違いを見せつけられた。

 

 

 

「くそっ!……チャマメはもう……無理か……‼︎」

 

 

 

 チャマメを見ると、倒れながら浅く呼吸しているだけだった。そのダメージは深刻だ。

 

 それがたった一撃受けただけで——だ。例え囃し立てて立ち上がるところまでいけても、あのマッスグマに対して有効な作戦を思いつかない現状。これでは悪戯にチャマメを痛めつけるだけになる……。

 

 

 

「あとは……」

 

 

 

 チャマメを下げれば、あとはこのジムで一度も使っていないわかばを使うことになる。

 

 しかし、わかばの制御はまだ完璧ではなかった。あのレベルのトレーナーと戦って、そのボロを出さないまま勝ち切ることは至難の業だ。

 

 それで勝てても、俺と言うトレーナーを誰も認めない。それではこれまで付き合ってくれたみんなに申し訳が立たない。

 

 ……このまま負ける?

 

 結局あれやこれやと小細工をしても、圧倒的な能力差を前には無力だと、特訓の結果も出さずに……——

 

 

 

「理不尽だろう。でもこれが現実だ」

 

 

 

 相手トレーナーが、初めてバトル以外で声を発した。

 

 その声にハッとさせられ彼を向くと、冷ややかな視線を俺に送っていることに気がついた。それは今までのどんな視線よりも痛くて……。

 

 誰よりも俺の本当を見抜いているような目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それは『現実』からの通告——。

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第14話 同じ夢



突然ですが、皆さんは脳内OPとか作ります?
私はよくやります。

私の中の翡翠の勇者1部のOPは『Hello,world!』/BUMP OF CHICKENです。




 

 

 

 マッスグマのトレーナーは鋭利な眼光で俺を突き刺す。冷たい言葉が俺に向けられた。

 

 

 

「君が勝つために作戦を考えたところで、こちらはただそれ以上の力で押し潰すだけ。走る力も、放つ技の質も、見切りの速さも……それらが拮抗した相手なら君の作戦も悪くはなかっただろうが、その程度の力ではな……」

 

 

 

 そう言われて、俺の心臓が深く脈を打つ。彼が何を言わんとしているのかは、俺がなんとなく思っていた事を指していた。

 

 それは俺に足りないもの全て……。

 

 あまりにも深刻なバトルの経験不足とポケモンの育成不足。それは作戦で補ったり、はったりで誤魔化し切れたりするものではないと、今のやり取りで痛感させられた。

 

 いや。俺はきっと……もっと早くにどこかで気づいていた。気づいていて、それでも信じたくなくて……ハルカみたいに俺にも才能があるって、どこかで信じたくて。あいつに言われたから……ライバルになれると信じたかったから……。

 

 見ないフリをするために、俺はみんなに縋った。

 

 また空っぽの自分に戻るのが怖かったんだ……。

 

 試合進行が急に止まり、客席も異常に気付く。先程の騒ぎが嘘のように静まっている。そんな中で、彼の言葉がよく通るものだから余計に俺はいたたまれなくなった。

 

 

 

「君のその年齢でその実力……足りないものの多さと深刻さをわかっていて、それでも“ランカー”を目指すと言うのか?——あの“紅燕娘(レッドスワロー)”のライバルだと公言して回るのか?」

 

 

 

 それを聞いた途端、俺は顔から火が出るような思いだった。

 

 こんな体たらくで俺はなんて大それた事を思っていたのか。はじめてのことばかりが自分の周りで起きて、それに当てられて少し自分を大きく見せようと張り切って……——

 

 この様を晒すまで、俺はずっと何かに酔わされていたのだ……。

 

 

 

「え?それはちょっと流石にな……」

 

「あいつが『紅燕娘(レッドスワロー)』のライバル?冗談でしょ」

 

「いくらなんでも夢見すぎ」

 

「ジムリの息子ってだけで肩並べられると思ったら困るんだよなぁ」

 

「身の程知らずってお前みたいなやつのこと言うんだよ!」

 

 

 

 場外からの言葉が、呟きが、叫びが……ブーイングとなって俺に向けられる。それは、奇遇にも俺の気持ちを代弁するものだった。

 

 そりゃあそうだ。何を思い上がっていたんだ。一週間、最高の環境で特訓させてもらえて、できたことなんて……特別なことなんてなにもなかったじゃないか。ただただ当たり前の事を知って、それが出来ただけじゃないか。あれだけのトレーナーたちに教わってりゃ、どんな凡人でもできるようになることばかりじゃないか。

 

 俺は、俺だけが持ってるものを……何一つ見つけられていないんだ。

 

 

 

「どうした?言われるままか?——まだあと1匹残っているのだろう?そいつを出せばいい。それともこのまま帰るか……無謀に突っ込んでまた醜態を晒すくらいならそれもまたいいだろう」

 

 

 

 お相手の言うことも最もだ。わかばを出したからってなぜ勝てると思い上がった?そんな保証もないのに。

 

 ——違うな。それは言い訳だ。

 

 きっとわかばでも通用しなかったら、俺はもうトレーナーを続ける自信を失うと思ったんだ。

 

 ただ繋ぎ止めておきたかった。もう少し夢をみていたかったから……。

 

 心の中で、バトル中に上がっていた温度がどんどん下がっていくのを感じた。そうして無気力になった俺は、頑張ったチャマメに労いひとつかけてやれなかった。

 

 ただ自分の不甲斐なさに失望した。俺はこの可愛いポケモンを使って自分のわがままを正当化しただけだ。

 

 きっと……それが俺の本当の姿だ。

 

 

 

「もうポケモン出さないなら帰れよ!」

 

「ここは遊びでくるとこじゃないんだ!」

 

「やる気ないやつは出てけ!目障りよ!」

 

「帰れ!帰れ!帰れ——‼︎」

 

 

 

 ブーイングも気づけば高波を迎えて、次第に一丸となった声が「帰れ」と何度もコールする。

 

 彼らの怒りはもっともだ。彼らは俺なんかよりずっと前からここで戦ってる。そこへ俺みたいなのを見ちゃったら、舐められていると思うだろうな。

 

 もう帰ろう……言われた通りに。全てを忘れて……——

 

 

 

「——《ユウキさん!!!》——《がんばれ!!!》」

 

 

 

 それは突然。修練場のスピーカーから大音量で流れた。その声に聞き覚えがあった……。

 

 これは……ミツルの声だ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「僕。昔は身体が弱かったんです」

 

 

 

 ある日の訓練中。

 

 俺がまた午前の基礎トレでぶっ倒れていた横で、ミツルはそう俺に呟いた。力無くうなだれる俺は返事もろくにできなかったが、視線だけを向けて続きを聞いた。

 

 

 

「——心臓が生まれつき弱くて……それでお父さんもお母さんも、僕がポケモントレーナーになることに反対だったんです」

 

 

 

 トレーナー家業はとにかく身体が資本だ。時には自分の身体に無理を言い聞かせて動かなければならない時もある。そうして身体が壊れるギリギリの中でポケモンを育て、戦わせる過酷な家業。今俺が必死こいて体力トレーニングに励むのもその基礎固めの為だ。

 

 そんな過酷な世界に、元から疾患を持つ人間が飛び込むとなると、親が心配するのは当たり前だった。

 

 

 

「でも、センリ師匠は……それでも引き受けてくださったんです。体を慣らす訓練や必要な栄養素の摂取、そして“ポケモンが僕を助けてくれること”を教えてくれたんです」

 

「……ポケモンが?」

 

 

 

 ミツルはそういうと、腰に巻いたベルトから一つのボールを取り出して俺に見せた。その中には、白い肌に萌色の毛が美しいポケモン“キルリア”が入っている。ミツルが最初に手に入れたポケモンらしい。

 

 

 

「この子が持つ赤いツノは、人もポケモンも持つ『心』を感じ取る役割があるんです。人って意外と自分の気持ちに鈍感で、辛くても我慢しちゃう人も多いですから……」

 

「それに助けられたってこと?」

 

 

 

 俺の問いに、ミツルは肯定する。

 

 

 

「僕が無理してトレーニングを続けようとすると、キルリアが——当時はラルトスだったんですけど——その無茶を止めてくれて……少しずつ、少しずつ……自分のペースをつかめるようになっていきました」

 

 

 

 今では俺なんかよりもずっと元気に、この基礎トレにも難なくついていける身体を手にしている。俺は今のミツルしか知らないから、少し信じにくかったけど……それでもミツルが並々ならない努力を積んだことは事実なんだろう。

 

 

 

「だから、ユウキさんもあきらめないでください!僕も大変だったけど、頑張った過去があるから今夢に向かって歩けています!僕はユウキさんが……同じ夢を持つ仲間ができたみたいで嬉しいんですよ……?」

 

 

 

 ミツルはそう言いつつ、恥ずかしそうに後ろ頭をポリポリとかく。

 

 もっとミツルは前向きに走れるやつだと思っていた。でもそれは俺の先入観で、彼にもたくさんの苦労と挫折の歴史があることを知ったことで、考えは大きく変わった。

 

 こんな俺を、自分にも重ねて、理解してくれようとしてくれていたのだ。

 

 あの時、俺は気怠さの中で……また頑張ろうと思えたのは——

 

 きっとそんなミツルのおかげだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——《特別じゃなくたってあなたは今を頑張ってるじゃないですか!》——《あなたの努力を、過去を、誰が否定できるっていんですか!》——《だってあなたは自分で選んでここにいるじゃないですか!》」

 

 

 

 スピーカー越しの彼の声は、震えていた。きっと向こうで泣いているんだ。音割れがひどく、感情がむき出しのミツルの声が第一修練場に響き渡る。

 

 俺はそれに……目を伏せてしまう。

 

 

 

「——《諦めないでください!》——あなたの一歩一歩を、僕らは応援するから!》——《だって——》』

 

 

 

 

 

 

 ——俺らは、もう同じ夢を持つ仲間だから。

 

 

 

 

 

 

 心の中で、俺もそう呟いていた。ミツルがいつかした昔話を思い出して……。

 

 そしてハッとする。俺がここに立つと『選んだ』理由を思い出す。

 

 

 

「ユウキ!てめぇ俺らに手間かけさせといて簡単に諦めやがったら承知しねぇぞ‼︎」

 

「ユウギざん゛‼︎負げぢゃやだよぉ‼︎」

 

「立って!あなたが今日までしてきたこと!私たちは知ってるから‼︎」

 

 

 

 客席から、これまた耳に馴染んだ友達の声が届く。

 

 きっと今までも何度も叫んでいたのか、声は枯れかけてて、ユリちゃんなんかこの距離でわかるくらい泣きじゃくっていた。こんなアウェイの中で勇気あるなぁなどと、呑気に感心していたけど……。

 

 思い思いに俺を後押しする声は、俺の凍えた心にまた火を灯す。そうだ……そうだったな。

 

 

 

「……なに勝手なこと言ってんだ」

 

 

 

 俺は周りの野次にでなく、俺自身の身勝手さに反吐が出た。自分が傷つくのが嫌で、また閉じこもるために心を閉じようとした。

 

 ……いつだって何かをしたいと思わせてくれたのは……周りのみんなだった。

 

 だから選べた。この道を。

 

 簡単に諦めちゃいけない。

 

 諦めたくない。

 

 勝手に後悔するな。

 

 後悔なんか今してどうすんだ。

 

 一緒に時間を過ごしてくれた仲間を、他の誰でもない、俺が裏切りたくないんだから。

 

 

 

「……ユウキ選手?続投しますか?」

 

 

 

 事態を飲み込めない審判も、流石に痺れを切らして俺に問いかける。

 

 そうだった。

 

 俺はここに何しに来て、この場所に立ってるのか。

 

 誰かに強さを証明するためじゃ——ない。

 

 自分の才能を見つけるためじゃ——ない。

 

 俺自身に見切りをつけるためじゃ——ない。

 

 

 

「——やります。まだやれます……!」

 

 

 

 今俺がしたいことは——

 

 過ごしたこの一週間が……俺と仲間が過ごした時間が無駄でも無価値でもないことを証明したいから——‼︎

 

 

 

「——行け!“キモリ(わかば)”‼︎」

 

 

 

 俺はチャマメを手持ちに戻して、わかばを繰り出す。

 

 緑色の相棒が、やっとこのコートに立つ。それだけで、胸のつっかえが取れた気持ちになった。

 

 

 

「悪い。待たせたな——わかば」

 

 

 

 無口な彼に俺は謝罪する。どうせ返事なんか返ってこず、「何が?」みたいな顔しか浮かべないけど。

 

 

 

「——あがく方を選んだか。なら引導を渡してやる」

 

 

 

 試合再開と共に、相手トレーナーが言う。

 

 

 

「あがくんじゃない——勝つんだ!」

 

 

 

 いつになく自信たっぷりにそう話す俺。

 

 あーあ。また俺は熱に浮かされてる。何度も浮かされれば、自覚もするってもんだ。

 

 でも、今はそれでいいって思える……。

 

 

 

「お友達に励まされて強くなれるなら誰も苦労はしない!」

 

「それでも頑張ろうって立ち上がらせてくれたのが俺の友達だ‼︎」

 

「だからどうした!夢を見たいならここではない他で見ててもらおうか‼︎」

 

 

 

 互いの意思が正面からぶつかり合う。そして、もう言葉はいらないとばかりに技で応える気の相手トレーナー。

 

 熱に浮かされてるのは相手も同じだろう。格下に生意気を言われてさぞイラっとしただろう。俺を諦めさせる目的が叶わなくてストレスを感じただろう。友達の声援なんてあんたにとっては馴れ合いにしか見えないだろう。

 

 全部を否定したい。その思いは、必ずバトルで出ると一点読みした。闘争心は、いつも自分の内側から込み上げてくるもの。そしてそれが強力な一発になるであろうことを予感した——いや、()()()()()

 

 我ながら、この事態を利用するとか腹黒にもほどがあると、心の中で笑った。

 

 

 

「わかば、頼むな」

 

 

 

 俺には枷がある。

 

 わかばを使うなら、必ずそのポテンシャルを引き出せるトレーナーに成長すること。でもまだ俺にはその能力はない。素早く複雑な動きは、目で追うので精一杯だ。

 

 あんだけのことを吠えた後だ。俺がわかばに頼り切るのは自分で許せない。でも——

 

 

 

「——捨身(すてみ)タックル”‼︎」

 

 

 

 相手が叫んだ技はノーマルタイプ中最強クラスの体突系。まだ上の技があるのかと笑えてくるレベルだ。

 

 反動も厭わない豪速の砲弾と化したマッスグマが、わかば目掛けてとんでくる。こちらも猶予はない。一か八かだが、今俺がボロを出さないギリギリでできる作戦がひとつだけあった。

 

 

 

 ほんの一瞬だけ——俺はマッスグマに全神経を集中する——。

 

 周りの野次も、仲間の応援すらも遠のくほどの集中を注ぐ——。

 

 当たれば間違いなく即リタイアの捨身タックル——。

 

 高威力・高速の弾丸を、瞬き一つせずにわかばとの距離が縮まるまで見る——。

 

 わかばはまだ動かない。俺の指示に耳を傾けてくれているのか、全く動じずに相手と対峙する——。

 

 今の俺でも、わかばより一歩引いたところから見れば、その弾道をギリギリ見切れる——。

 

 距離が縮まるにつれ、その場所に吸い込まれるような感覚を覚える……——。

 

 

 

 ——俺が定めた一線(ライン)をマッスグマが踏み抜いた時、俺は腹の底から叫んだ……!

 

 

 

「——“たたきつける(そこだぁぁぁぁぁ)”‼︎」

 

 

 

 次の瞬間、弾かれたようにわかばはその場で身構えた。

 

 半身で構えた態勢から、片足を軸に身体をコマのように回転させ、マッスグマの捨身タックルをギリギリでいなす。

 

 マッスグマからすれば、当てたと思ったらいきなり目の前から姿を消したも同然だ。

 

 ——そしてそのガラ空きとなった後頭部へ、わかばの巨大な尻尾が、遠心力込みの叩きつけとなってマッスグマを襲う……!

 

 

 

——パァァァン‼︎

 

——ィィィイイイン……

 

——ドッガァァァン‼︎

 

 

 

 ……爆音の後、会場はシン…と静まり返った。

 

 その一瞬の攻防により、マッスグマはコート外の壁を破壊するほどの勢いで叩きつけられ、それきり起き上がることはなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それは刹那の輝き、一堂唖然——。

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第15話 初勝利



ちょっと気になって調べたんですが、ネット小説の一話分の文章量って2000〜3000文字くらいなんですね……

対してわたしは平均5000文字。ヒャー。

まぁ気にせず書くけど……あんまり長いと思われる方いらっしゃったらコメントで教えてくださると……(こ、これがコメ稼ぎ!?)

はい。本編です。




 

 

 

「「「エエエエエエエエエエ!?!?!?」」

 

 

 

 キモリ(わかば)の放った一撃で沈むマッスグマ。そのあっけない結末に、その場の誰もが信じられないものを見たように叫んだ。

 

 審判も全く動けず、事態をようやく脳が処理しはじめて、おっかなびっくりマッスグマに駆け寄る。何度か顔色を確かめて、戦闘不能であることを確認し、勝者が俺たちであることを言い渡す。

 

 

 

「え、うそ、終わり⁉︎」

 

「いや一発ってどういう……本当は強かったのか⁉︎」

 

「ま、まぐれだろ!だってさっきまであんなに……!」

 

 

 

 客席は勝者を讃えるどころではなかった。先ほどまで見くびっていたやつの一撃がそれほどまでに強烈だった。

 

 そうだろう。びっくりしただろう。

 

 ——そりゃそうだよ。

 

 

 

(俺が一番びっくりしとるわ‼︎)

 

 

 

 俺はギリギリまで引きつけて、マッスグマの頭を()()()から叩くつもりだった。そうなればわかばも無傷ではすまないだろうが、反動込みでかなりいいダメージ出るかなぁという作戦という——よりは賭けに近いチープなもんだった。

 

 それが何?くるっと回ってパァーン!って——カッコ良すぎるだろわかばさん⁉︎

 

 結局ダメージそのものはマッスグマ自前の推進力が仇となって、壁に激突した衝撃で倒すことができたわけだけど……それにしたってスマート過ぎるだろその動き。

 

 ——で、そんな大立ち回りやっといて本人は「仕事はしたぞ」とばかりに口元ひとつ緩めないの何?ドヤ顔のひとつでもしたらいかが⁇

 

 

 

「——はっ!」

 

 

 

 俺は観客に注目されていることに気づいた。今更ながら、とんでもないどんでん返しをしてしまった。

 

 ほぼ全員がこの結果にうろたえている。これがまだ俺の作戦の範疇で為された事なら気分もいくらか良かったが、事実は完全にわかばのスペック勝ち。

 

 やだ……恥ずかしい。1ミリでも「わかば、勝てないんじゃね?」とか思ってた自分恥ずかしい。能力の差は作戦と読みでカバーするとか思ってた俺すげぇピエロ。今日死ぬしかなくない?

 

 

 

「——失礼しましたぁ‼︎」

 

 

 

 その場にいるのがいたたまれなくなって、わかばを抱えてダッシュでコートを後にした。対戦相手への挨拶とかなんか諸々忘れてたけど……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 第一修練場からなるべく遠い場所まで駆けて、気づけばすっかりテリトリーと化した『第四修練場』まで逃げていた。

 

 走るペース配分とか考えずに猛ダッシュしたせいか、到着と同時に力尽きて、パタリとその場で仰向けになる。

 

 

 

「——勝っちゃったなぁ」

 

 

 

 少し落ち着いて、現実に起こった事をゆっくり飲み込む。

 

 試合の結果は——まぁこの際、わかばのおかげで勝てたとしよう。これを認めなかったら、せっかく頑張ってくれたわかばに申し訳がない。

 

 じゃあ過程はどうだった?ひどい試合だっただろうか?確かに予想外のことをされてからチャマメがやられるまではあっという間だった。もっと気の利いた指示もできただろうに、結局チャマメと一緒に動揺してしまっていた。ここは明確な反省点。

 

 でも……それまでの動きは決して悪くはなかったはずだ。新技を覚え、使える手札が増えて、それを活かした作戦を立てて、それが決まるとこまで行けた。あの臆病で遊ぶことが好きなチャマメが勇敢にも格上のマッスグマの腹に一発かましたんだ。

 

 

 

「……チャマメ。わかば。本当にご苦労様な」

 

 

 

 ボールに入れた2匹のポケモンに一礼する。ちょっとパニクって遅くなったけど、ありがとう。2匹とも——

 

 

 

「——ユウキさぁーーーーーん‼︎」

 

 

 

 少し遠くから俺を呼ぶ声がした。首だけ起こしてみても、その姿は捉えられなかったが——

 

 

 

「おめでとぉぉぉユウキさんすごかったぁぁぁ‼︎」

 

 

 

——ドスン‼︎

 

 

 

 寝ている俺の鳩尾に、小柄なユリちゃんが突き刺さる——いや抱きついてきた。

 

 

 

「もぉぉぉほんとに感動しちゃったぁぁぁ‼︎かっこよかったよぉぉぉぉ‼︎」

 

 

 

 ユリちゃんはそのまま泣きじゃくって、俺の体を優しく……なんてもんじゃない締め上げ方で俺の体を絞る。最初の一撃で体内の酸素を出し切った俺に対して、その絞り上げ方は有効打すぎた。四倍弱点の技を喰らったかの如く、俺はすでに虫の息だった。

 

 

 

「わぁ!ユウキさんしっかり‼︎」

 

「ユリちゃん。そこどいてあげたら生き返るわよ」

 

 

 

 後から追ってきたであろうヒトミが助け舟を出してくれた。ありがとう女神。今日も前髪が素敵だ。

 

 

 

「——ゲホッ!ゴホッ‼︎……基礎トレでもここまで過酷なメニューなかったな……」

 

「ご、ごめんなさい‼︎」

 

「いやぁ……げ、元気が一番だよ」

 

「——てかお前、なんだよさっきの‼︎」

 

 

 

 

 

 今度は音もなく後ろから忍び寄ってきたヒデキが俺の頭をヘッドロック。しっかりと鍛えた二の腕に挟まれ、万力の如き力で頭を締め上げられる俺は、じたばたと抵抗するしかできない。

 

 

 

「あだだだだだだだ‼︎」

 

「あーんな隠し球あるんならよぉ〜?早く出して俺と戦ってくれてもよかったよなぁ〜⁇」

 

「ちょおま——痛い痛い痛い‼︎マジで痛いって‼︎」

 

 

 

 必死の抵抗でもってなんとかロックから解除される。ヒデキ……お前が何処ぞでのたれ死んでももう知らん。

 

 

 

「でも本当に驚いたわよ。特訓じゃあずっとチャマメちゃんしか鍛えてなかったのに」

 

 

 

 ヒトミも不思議がっていた。そりゃあずっと負け越している俺が、強いポケモンを使わない理由なんてわからないよな。

 

 その件について興味津々といった三人。まぁ、隠すようなことでもないし、話してもいいか。

 

 

 

「……ってその前にさ、ミツルはどこ行ったんだよ?」

 

「ここにいるわよ」

 

「うわぁなんだ!?」

 

 

 

 また背後から、今度はサオリさんと……その後ろからシオシオにくたびれたミツルがいた。緑の毛髪と相まって、今お前枯れかけの大根みたいになってるぞ?

 

 

 

「全く……応援にジム内放送用のスピーカー使うやつがありますか。気持ちはわかりますが、常識の範囲内で行動してください」

 

「は、はい……すみません」

 

 

 

 どうやら、さっきの放送越しの激励についてこってりサオリさんに絞られていたようだ。確かにあれは目立ったなぁ。

 

 

 

「ユウキくん!あなたもです!」

 

「え、おれ⁉︎」

 

「あれほどの試合をしておいて、勝った本人が逃げ去るとは何事ですか!」

 

「あーいやぁそのぉ……」

 

 

 

 あの場でわかば任せの勝ちを自分の手柄として評されることに耐えられなかったとか、そう言い訳するのもなんか恥ずかしかった。

 

 

 

「はぁ、こちらは労うつもりだったのに……ここにいるんだろうとは思ってましたが」

 

「あ……お、応援ありがとうございます」

 

 

 

 そうだった。ここにいる人たちはみんな俺を応援してくれていたんだ。

 

 いい勝負しろとか——そんな曖昧なものじゃなく、勝つために戦うことを教えてくれたみんなが、今日は応援してくれたんだ。

 

 

 

「ありがとう……サオリさん、ミツル、ユリちゃん、ヒトミ、ヒデキ……」

 

「な、なんだよ急に塩らしくなりやがって……」

 

 

 

 なんかツンデレ化するヒデキ。かわいくねぇ。

 

 

 

「わ、私は別に、結果良ければそれでいいわけだし……」

 

 

 

 こっちもツンデレ化するヒトミ。うん。美人なら可愛い。

 

 

 

「えへへどういたしまして!」

 

 

 

はい。ユリちゃんは素直でいい子。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ミツルは……黙ったままだった。

 

 

 

「なんだよ……まだ怒られてしおれてんのか?」

 

「あ……いや……そういうわけじゃ……」

 

 

 

 なんでこんなにテンション低いのかわからなかった。

 

 でも、今日はそんなミツルの言葉が一番俺に力を与えたと思う。下を向いて、どうしようもなくしょげてた時。

 

 全てを台無しにしてしまいたくなったあの時に……——

 

 

 

「……最初からだったな。そういえば」

 

 

 

 俺の目標を笑わないで居てくれたのは。

 

 そのミツルに当てられて、最初は俺の実力や才能を疑っていたヒデキやミツル、ユリちゃんが力を貸してくれるようになったんだ。

 

 これは……試合が終わったら、いの一番に言わなきゃいけないことだったなぁと反省する。

 

 

 

「——ありがとな。いい喝入ったよ」

 

「ぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁん‼︎」

 

「うぉ⁉︎ど、どうしたおい‼︎」

 

 

 それを聞いたミツルは、堰が切れたみたいに大泣きし始めた。わんわんと年甲斐もなく泣いて俺に飛びついてきて、俺が離せって言っても全然聞いてくれなくて……「ユウキさん」と「よかった」を交互にずっと言うだけだった。

 

 俺も周りも宥めるばかりだったけど、なんか途中からユリちゃんやヒトミまで泣き始めて、当人の俺を差し置いてなんか凄いことになってしまった。

 

 かく言う俺も、ちょっと涙目……あれ?ヒデキまで嘘だろ⁉︎

 

 

 

「若いって……いいわね」

 

「な、なんか言いました?」

 

「いいえなんでも。とりあえず、落ち着いたらまた私のところに来てもらえるかしら?」

 

「え?要件なら今——」

 

「水を差すのは私の趣味じゃないわ……それじゃ、またあとで……」

 

 

 

 そう言ってサオリさんはその場を後にした。

 

 水を差す……友達と泣き合ったりしてるここに、事務的な話はしたくないってことかな?大人だなぁ……。

 

 でもそうだった。俺はなんだかんだで勝った。運だろうが、ポケモン頼りだろうが勝ちは勝ち。

 

 勝ったら俺は……——

 

 

 

「——みんな。ちょっといいか?」

 

 

 

 俺は決めた。それをみんなに聞いてもらいたかった。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『トウカジム・リーダー執務室』——。

 

 サオリさんに来る様に言われたので、みんなから解放された俺はメールを送った。すると、執務室に来るようにとお達しがあったので、今俺はこの場所にいる。

 

 戸を開けると、そこには呼出人のサオリさんと親父ことジムリーダーセンリ。そして、試合前に会った……確かジムの経理の——

 

 

 

「……ども」

 

 

 

 物々しい雰囲気の中、俺は軽く会釈をする。なんか迂闊に言葉を発せないような空気が漂っていた。俺……なんもやらかしてない……よな?

 

 

 

「よく来たねユウキくん。待っていたよ」

 

「え、あ、はぁ……」

 

 

 

 最初に口を開いたのは経理の男だった。彼は俺でもわかるビジネススマイルで近寄ってきて俺の肩を抱く。正直この人は嫌いになったから、できれば真正面から話したくないんだけど。

 

 

 

「……そう嫌そうな顔をするんじゃない。君は意外と正直者だな」

 

「え⁉︎あ、す、すんません!」

 

 

 

 即気持ちを見抜かれる。顔に出てたのは流石にまずかった。いくらなんでも失礼過ぎた。

 

 

 

「まぁいい。別に仲良しこよししようと言うわけでもないのだ。取り繕わなくていいなら、むしろこちらの方が気兼ねしなくて助かる」

 

「へぇ……おじさん普段はそういう感じなんですか……」

 

「おじさんではない。ツネヨシ経理と呼びたまえ」

 

 

 

 あ、ツネヨシさんって言うのか。ビジネススマイルを解いたツネヨシ経理はひどく淡白で、それでいて直球な物言いだった。でも細かいところを突くのは性格の様だ。それでもなんかこっちの対応の方がまだ好感持てるな。経理って役職だとそうもいかないんだろうけど。

 

 

 

「それで、早速だがきみには先に報酬の件について話をさせてもらおうか……」

 

 

 

 単刀直入。経理はそう口にする。

 

 

 

「まずは……バトルでの勝利、おめでとう。見事だった」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「勝てばこのジムに残留……正規のジムトレーナーとして迎え入れる約束だったな」

 

「……はい」

 

「では、きみには正規トレーナーとなる上で幾つかの選択肢があるのだが——」

 

「経理……ちょっといいかい?」

 

 

 

 話が進むにつれ、いくつかの資料を取り出すツネヨシ経理。それを制したのは、これまでずっと沈黙を保ったままの親父だった。

 

 

 

「まず意識確認をしておきたい……ユウキ。お前は本当にいいのか?」

 

「え……?な、何がだよ……?」

 

 

 

 主語をぼかして問うてくる親父の言葉に、図星をつかれた俺は言葉が詰まる。

 

 

 

「本当に……ジムトレーナーになってもいいのか?」

 

「何をいきなり言い出すんだセンリくん⁉︎」

 

 

 

 その質問に反応したのは経理だった。

 

 

 

「きみだって見ただろうあの試合を!私も初めは彼のジム入りを良しとはしなかった。彼にプロとしての才能などカケラも感じなかったからな……」

 

 

 

 やはりツネヨシ経理には見抜かれている。

 

 トレーナーとしての才能……朧げなそんなものをどう判断するのかもわからない俺からすれば、その意見は至極当然だと思った。

 

 

 

「それでも結果を出した。我々が課したものをクリアしたのだから、当然の報酬を受け取ってもらうのが筋だろう?」

 

 

 

 見かけによらず、筋とか通す人なんだなこの人。しかし無理だと思って出す課題をうっかり乗り越しちゃったから、てっきりもっと難題をふっかけられると思っていたので、この反応もなんというか意外……。

 

 

 

「——それに彼のジム入りを希望したのはきみだろうセンリくん?なぜ今更そんな事を聞く?ユウキくんも当然ジムでの訓練が益になると判断したからあのバトルにも望んだんじゃないのかね⁉︎」

 

「……私はユウキに聞いています。ツネヨシ経理、まずは彼の言葉を全て聞いてはどうでしょう?」

 

「う……」

 

 

 

 親父の言葉に、それ以上強くは出れなくなった経理。でも俺も、どちらかと言うとツネヨシ経理の言っていることにも同感だった。

 

 なんで今更……誘ったのは親父の方で、俺もきっと、()()()()()を言ったら反対されると思っていた。

 

 なのに……まるでそういうのがわかってたみたいに……——

 

 

 

「……いいのかよ。言っちゃっても」

 

 

 

 親父は深く頷いた。

 

 やっぱり、俺の考えなんてお見通しってわけですか。思慮深さ超えてエスパータイプでも宿ってんじゃねぇか?

 

 父親の怖いくらいの洞察力に脱帽し、観念して俺は口を開いた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

———おまけ———

 

 

 

『あなたの一歩一歩を僕らは応援するから』カチッ

 

「何で録音してるの⁉︎消してよヒデキ‼︎」

 

「お前ホント熱いよなブフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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少年は語る。その道の歩き方を——。

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第16話 ユウキの思い



書いてるキャラが勝手に喋るんですよ……
だから予定通りに話が進まない。よくある事です。

あーぁ。気の利いたフレーズ、降って沸いてこねぇかなぁ(ずん飯尾風)





 

 

 

 執務室に呼ばれる一時間前——。

 

 

 

「悪い。俺、ジムには残らないつもりなんだ……」

 

 

 

 みんなにもみくちゃにされて、なんとか落ち着いた後……俺は正直な気持ちを一同に打ち明けた。

 

 はじめ、何を言ってるかわからないといった面持ちで、みんなが面食らっていて……だんだんと俺が言った言葉を飲み込んで、それぞれが持った疑問を投げてくる。

 

 

 

「ジムに残るために頑張ったんじゃないのかよ……?」

 

「……正直勝てるとは思ってなかったからな。どっちみち、俺はジムを出てくつもりにしてた」

 

 

 

 ヒデキの言葉に、俺は首を横に振る。俺はジム残留のためにバトルしたわけではないことを告げた。あそこに立ったのは……俺に期待してくれていた仲間への義理を果たしたかっただけに過ぎない。

 

 

 

「やっぱり、お父さんと同じジムにいるのはやりづらい……?」

 

 

 

 ヒトミは優しく気遣ってくれた。親父の息子だから——何かと評価も厳しめになったりしているだろうし。その気持ちもないわけではないが……——

 

 

 

「それだけなら……それでも強くなるためなら、親父に教わるのが一番いいとも思うよ」

 

 

 

 親父の……このトウカジムの教育はレベルが高い。他のジムのことは知らないが、それでも居心地も考えるなら、このまま残る方が俺としてもよかった。たとえ親父の息子だと悪目立ちするとしても、今更どうこうしようとは思わないし。

 

 

 

「……周りの視線が痛いですか?」

 

 

 

 バトルの合間で相手トレーナーが発した、ハルカのライバルになるという目標が公になったことを気にしていると、ミツルは思っていた。

 

 

 

「そりゃ……ハルカさんは信じられないくらい強いです。でもユウキさんだって、わかばと一緒なら強くいられることを証明できたんじゃないですか?」

 

 

 

 ミツルは気兼ねする事はないと言ってくれた。確かにわかばと一緒なら……その可能性を信じさせてくれるほどに、最後の一瞬は凄まじい衝撃を俺にも与えた。でも……——

 

 

 

「……俺はさ。この一週間でほんとに色々知ったよ」

 

 

 

 ジム入りしてプロを目指している奴はみんな凄いと言う事。そして誰もが、自分のアイデンティティになるものを持っている事。それでも、みんなが夢を叶えられるわけじゃないんだろうということ……。

 

 本気で努力して、本気で戦って……それでも至れない領域がある事。

 

 

 

「——今のままの俺じゃ、その現実に耐えられそうにない」

 

 

 

 その自分の弱さに……気付かされた。今回はミツルたちがいたから前を向けた。チャマメとわかばが頑張ってくれたから、俺はハンデがあったとはいえ、格上相手に勝てた。

 

 でも、いつか俺は一人で立ち直らなきゃならない時が来る気がしている。ポケモンたちが圧倒的な力を前に実力を出し切れない時が来るかもしれない。それを、今日は戦いの中で……始めて現実的に怖いと感じた。

 

 窮地に立たされた時、また他の誰かに助けられなければ……一人で立つことすらできないのが、今の俺だ。

 

 

 

「俺はもっと——自分で立ち上がるための理由が欲しい。もうダメだって思った時、限界を感じた時に……頑張るための原動力を……自分で探したい」

 

 

 

 それは確固としたトレーナーの支え。最後まで諦めない己の芯。他の誰でもない自分が自分を支えるアイデンティティ。あるのかどうかすらもあやふやな、そんなものを……。

 

 そんな独白を聞いた四人は、静かに俺を見つめていた……。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——親父。俺はまだトレーナーとしてはなってない。わかばがいくら強くても、チャマメがいくら応えてくれても……俺を理解してくれる友達が立ち直らせてくれても、俺はきっと、また救われたって思うだけなんだ」

 

 

 

 俺は親父たちにそう告げていた。握り拳を自然と硬く握って——

 

 それは悔しさ半分、感謝の気持ち半分の表れだ。今までどれだけ助けられてきたか。たかだか一週間がこんなにも濃くて、入会前がすでに懐かしいとさえ思うほど、俺たちは濃密な時間を過ごした。

 

 正直この選択が正しいとは俺自身思ってない。きっとここに残っても得られるものはあるだろう。その理由とやらも、もしかしたら見つかるかもしれない。でもそれ以上に、俺は友達みんなが支えになってくれていた。それに甘えてしまう自分がどうしても切り離せないでいた。

 

 きっと今の俺は、ミツルたちに依存しているのだ。誰かが俺を応援してくれる。今はそのためなら頑張れる。でも誰かを理由に戦っていたら、それを失った時、本当に自分がダメになる気がした。

 

 今日のバトル。みんながいなければ膝をついたまま立ち上がれなかったように。

 

 俺は……それが嫌なんだ。

 

 

 

「——こんなに良くしてもらって悪いとは思ってる……異例の待遇だってことも、俺なりに理解してる。サオリさんにも、ツネヨシさんにも感謝してるよ」

 

 

 

 それを聞いてサオリさんは少し困った様に笑う。経理は何か言いたげそうだったけど……。

 

 

 

「……お前にひとつだけ聞きたい」

 

 

 

 親父は俺の一通りの言い分を黙って聞いてくれていた。そこにひとつの質問。きっと、親父にとって……いや、俺にとって大事な質問だ。

 

 

 

「お前は一人でこの先もずっとやっていくつもりか……?己の理論と育成だけで、その理由だけを支えに生きていくのか?極端に孤独を選ぶことが、お前の目標には必要なことなのか?」

 

 

 

 その質問に、俺は即答しない。

 

 どう捉えたらいいのか……少なくとも、誰かに寄りかかったりして追えるほど甘い夢を俺は持っていない。

 

 でも親父が言ったような、孤独に戦い続けるというストイックさが本当に必要なことなのかも……今の俺には判断できない。

 

 ——だからと、俺は笑う。

 

 

 

「それの答えを探しにいくよ。自分が納得できるまで、ずっと……」

 

 

 

 旅は長い。

 

 きっとハルカに追いつくのはもっと先のことになるだろう。きっとたくさん待たせることになる。でも約束を果たす時、あいつが心から笑ってバトルを楽しめるような……そんな奴になっておきたい。

 

 だから俺は時間をかける。苦労も挫折も覚悟の上で、無謀も承知して——今俺がはれる意地なんて……そんなもんだ。

 

 

 

「……お前には、教えたいことが山ほどあったんだがな」

 

 

 

 親父は重厚な雰囲気を解いて、いつもの少し頼りない優しい顔つきになる。割と残念そうに肩を落とす姿は、ジムリーダーというより、俺の……一人の父親としてのありように見える。

 

 ツネヨシさんが「センリくん!」と思い直させようとして声を荒げるが、親父は首を横に振って制す。

 

 

 

「ツネヨシ経理。子供の生き方は親が選べるものじゃない。子供が何かを目指す時、私たち親ができることなんて、背中を押すくらいなもんです」

 

 

 

 私にその資格があるかは別として……とやや自嘲気味に笑う親父。

 

 

 

「——それでも私だって思います……人と違う道は、苦しく狭く、できればそんなしなくてもいい苦労はして欲しくないとも思います。その道の険しさを知る先人としても……親としても」

 

 

 

 その言葉の意味が全部わかるわけではないけど、俺が選んだ道は……きっとそういう道。

 

 整備されていない、獣道なんだ。初めて102番道路を駆け抜けたあの道のように。

 

 

 

「それでもユウキ——それが正しいか間違いかは、今は気にするな。それだってお前が決めればいいことだ」

 

 

 

 親父は俺に近づき、肩を叩く。

 

 

 

「旅の様子を逐一連絡しろとも言わん。お前が仲間と見た景色は、お前が大事に持っておけ」

 

 

 

「過程を楽しめ。道草をしろ。苦しい時はちゃんと泣け——そうしてお前が感じたことを、いつか誰かに……笑って話せるような大人になれ」

 

 

 

「——そしていつか……私に挑みに来い」

 

 

 

 親父は贈り物のように、大事に一言一句を俺にくれた。そして最後にくれたものは、親父の方の願いだった。成長した成果を、バトルで見せてくれ……と。

 

 

 

「お前がいつ私に挑みに来るかはお前が決めろ……その時まで、私はずっとここで待つ」

 

 

 

 親父は俺を子供としてだけじゃない——一人のトレーナーとしても認めてくれていた。まだ何も強みを持ってない俺だけど……この先に何か掴める事を信じてくれていた。

 

 ……またひとつ。大事な約束が増えてしまったな。

 

 

 

「いってこい。お前の旅の無事を祈ってる」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——後悔しても知らないぞ……!」

 

 

 

 バタン——荒々しく執務室の扉を閉めて、ツネヨシはその場を後にした。

 

 ユウキが席を外した後、執務室では実に三時間もの間、ツネヨシとセンリの口論が続いていた。辺りはすでに暮れなずみ、今日のイベントで遅れをとったセンリたちは彼を見送ったあと、すぐに書類整理に手をつけた。

 

 

 

「はぁ……『“ジムリーダーの息子”が他所で醜態を晒すことがどういうことかわかっているのかぁ⁉︎』……ですか」

 

「え……?それ、経理の真似かい?」

 

「……似てませんでした?」

 

「いや……そのくらい愛嬌があればなぁと思ってね」

 

「二度とやりません」

 

 

 

 サオリが年に一度見せるかどうかの可愛げに、少し面食らったセンリ。そうやりとりしながらでも、手元の書類をみるみる片付けていく二人だった。

 

 

 

「……正直、私も最初はどうかと思いました」

 

「ユウキのことかい?」

 

 

 

 サオリも、ユウキがトウカジムで研鑽を積んでくれる方が有益だと感じていた。

 

 ユウキは知らないことが多い。知らないことを知って、打ちのめされることも多いだろう。そんな時に彼を支える仲間が、トウカジムにはいる。今日のことで、少なからず彼をサポートしたいと思う教員も増えたはずだ。

 

 でも、こうして彼の決意を聞いて納得しているサオリ。

 

 

 

「——今はユウキくんの話を聞いて、私が口を挟む余地はないんだと理解しています。彼は賢いですから、ある程度のことを承知の上で旅に出たこともわかってます……」

 

 

 

 だからサオリも、願わずにはいられない。ユウキの前途が、どんな苦難で満ちていても。その先には“色とりどり”の世界が広がっていることを……。

 

 

 

「——君の“パーソナルスキル”では、そう見えたかい?」

 

「……私のような『色』にはならない。そう願うだけです」

 

 

 

 センリの問いに、サオリは少し口籠もってそう言う。

 

 かつて願い、努力し、駆け抜けた道。叶わない願いを抱いたと、いつしか視界を『灰色』に染めてしまったいつかの自分を……少しだけ思い出して。

 

 

 

「ありがとう。サオリさん。息子は幸せ者です」

 

「……恐縮です」

 

 

 

 センリからの感謝を、今度はしっかりと受け止めたサオリ。

 

 ユウキの先は、まだわからない。それでも彼には、背中を押してあげたくなる何かがある。それだけで、今のサオリが彼を見送る理由としては充分だった。

 

 

 

「……あれは?」

 

 

 

 ふと執務室の窓から見える庭先が、いつもより開けていることに気づいたサオリ。普通の人間なら気づかなかっただろうが、ここに毎日顔を出し、長年書類の片付けに奮闘したサオリだからこそ気づけた、小さな変化だが……——

 

 

 

「……ふふ。本当に、彼は幸せ者ですね」

 

 

 

 何かを察して、満足げに書類の片付けに集中する。今日中に終わるかどうか……そんなことは今のサオリは苦にしない。

 

 それほど彼女の心は踊っていた……。

 

 

 

———おまけ———

 

 

 

「……お、重い」

 

「踏ん張れよ……でねぇと明日のミーティングはお前の灼熱ボイス視聴会だからな」

 

「あ、悪魔ぁ〜〜〜……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ほんの少し、少年は大人になる——。

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第17話 祝勝会

今回はちょっと短く。

うちで飼ってる猫が扇風機のスイッチを押す。
そよかぜ設定ですやすやしてるところを深夜に「ピッ——ぶぉおおおおおおおお……」と最大出力にしてくる。かわいいですね。

ほんぺぇ〜n。




 

 

 

「——これでよし、と」

 

 

 

 一週間、世話になった寮の部屋を隅から隅まで掃除をしていた。今日でここも引き払うからだ。

 

 親父たちに話をつけ、今日はここでもう一泊した後、明日の朝イチでここを旅立つ予定になっている。それまでに、できるだけ掃除は丁寧にしておきたい。世話になったからには、立つ鳥跡を濁さずの精神でいこう。

 

 

 

「……一週間、か」

 

 

 

 思えば最初から、何も順調ではなかった。

 

 母に言われてお遣いを頼まれた時も、ハルカに励まされて目標を掴んだ時も、親父に勧められて体験入会した後も……どれひとつとってもスマートに行かない。俺はやっぱり俺なんだなぁと実感する。

 

 器用になんでもこなせるわけじゃないから、一歩一歩が鈍臭い。でも、その足跡を今振り返ってみると、案外悪くなかったかもな……なんて思う。

 

 

 

「……どうかな。これでもお前の主人やっていけるかな?」

 

 

 

 綺麗になった部屋で、椅子に腰かけながらわかばの入ったボールを見る。わかばは「知るかそんな事」と言いたげな感じで、そっぽを向いている。ははは……そりゃそうだわな。

 

 狭い部屋ながら、念入りに掃除をすると、意外と時間が経つのが早い。時刻は17時を過ぎ、そろそろ小腹が空いてきた頃合いだった。

 

 

 

「……飯かぁ」

 

 

 

 そう思うと、ちょっと気が滅入った。

 

 俺が食事をするのはほとんどあの食堂だ。そしてそれを知っているのは、このジムでもいつも付き合ってくれている友人四名に他ならない。

 

 うん……絶対かち合うよな。ほとんど言い逃げみたいな感じでジムに入らない事を宣言したあとだから、後で何を言われるかと思うと胃が痛くなる。

 

 ミツルは楽天的(あんな)だけど、色々俺に手を焼いたこともあって、この決定には不満がありそうだし。ヒデキなんかは最悪殴りかかってくるんじゃないか?流石にそれはないにしても、あいつともギクシャクするのは……嫌だな。

 

 

 

「……しょうがねぇ。いっちょ怒られてきますか」

 

 

 

 どの面下げてみんなに会えばいいのか……なんて思いながらも、俺は自分のやったことの精算くらいはしたいなと、いつもの食堂へ向かった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——パァン!!!パパン!!!

 

 

 

 

「「「ナイスファイトユウキィー♪」」」

 

 

 

 食堂の扉を開いた瞬間。乾いたクラッカー音とバカみたいな紙吹雪に俺は襲われた——何の騒ぎだ⁉︎

 

 

 

「はいはい祝勝会するよー!主役はここに座っててね」

 

 

 

 状況把握がまるでできない俺を、ヒトミは食堂の中心にある、食事が大量に並べられた席へと引っ張って座らせる。

 

 

 

「“オレンサワー”(ノンアルコール)おまちどー♪ほれ飲め!俺の奢りだ‼︎」

 

 

 

 すかさず手のひらサイズのコップに並々と注がれるオレンジ色の液体。俺が口を開こうとしたらそのままそいつを強引に飲ますヒデキ。

 

 オレンサワーといえば市販の飲み物の中でも特に炭酸が強く、そんな一気に飲まされて器官に入ったりなんかしたら——

 

 

 

「げぇっほ!がっは!ごふぁ‼︎」

 

 

 

 当然こうなる。テーブルは大惨事だ。

 

 

 

「ギャハハハハハハハ‼︎何だお前大丈夫か⁉︎」

 

 

 

 なにわろてんねん。そろぼちお前への復讐リストが許容超えてきたんですけど?明日には死ぬぜお前?

 

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ゲホッゲホッ……うっすミツル」

 

 

 

 俺がぶちまけたオレンサワーの片付けをしてくれるミツル。お前は優しいな。

 

 

 

「ユウキさん!改めておめでとうございます‼︎」

 

 

 

 今度はユリちゃんが俺を労ってくれた。うーん。やっぱり癒し。

 

 オレンサワーが脳に回ったんじゃないかと自分で心配しながら、アホな事言ってないで状況を整理しようか。

 

 どうやら今日のバトルの祝勝会として、ジムの連中も誘ってこの晩餐は催されたみたいだ。なんかいつもの四人だけじゃなくて何人か増えてるし。多分ジムの連中だろうな。何人か見覚えあるわ。

 

 

 

「ズバリ!ユウキくんはそのキモリとどこでであったのかな!?」

 

 

 

 今度はなぜかスプーンをマイクに見立ててレポートしてくる陽気なやつが突っ込んできた。春に多いよなお前みたいなの……。

 

 

 

「え、あ、いや、地元のポケモン博士からもらったんだけど……」

 

「え?じゃあさ、じゃあさ——」

 

 

 

 それを皮切りに、そこにいた全員が俺に詰めかけて質問攻めにしてきた。どうやってキモリを育てたとか、親父は普段どんなふうなのかとか、ハルカとは一体どう言う関係なのかとか……。随分とズバズバ聞いてくるのだった。

 

 飯も食いながら、俺は聞かれた事に素直に答えていった。

 

 ここにいる連中にしてみれば、ジムリーダーの息子で、有名なハルカの知り合いで、謎に強いキモリのトレーナーと……何かと話題に尽きない俺に興味があるようだ。別に隠すようなことはないので一応正直に話して行く。

 

 自慢に聞こえてないだろうか……などと考えていたが、そんな事をよそに質問は続いた。

 

 だんだん……こんな祝ってもらっても、実は今日でここにいるの最後になるんだ——と言う事を言えないままなのが心苦しくなってきたけど。

 

 

 

「——みんなには、明日わたしから話しておくから」

 

 

 

 そんな不安を読み取ったのか、後ろからヒトミが耳打ちしてきた。これが送別会も兼ねているという旨を含んだ、ヒトミなりの気遣いである。ヒトミも……事情を知る他三人も、なんだかんだその事に納得してくれたみたいだった。

 

 ……悪いな。本当に感謝する。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 祝勝会は適当なところでお開きになり、明日のトレーニングに備えてみんなは飯が終わったらそそくさと片付けを始めた。結局ばら撒いた紙吹雪の掃除が一番大変だったけど、今日だけはそんな雑用も悪い気はしない。

 

 日もとっぷりと暮れ、人もまばらになり始めて、片付けの方も大体終わった頃合いだった。主賓が片付けを手伝ってるのも変だって?いいんだよ俺がやりたいって言ったんだから。

 

 

 

「ユウキさん……お疲れ様でした」

 

 

 

 ミツルが俺に深々と頭を下げてきた。

 

 

 

「な、なんだ急に改まって?」

 

「……正直言って、ユウキさんがいなくなるのは寂しいです」

 

「……」

 

 

 

 ミツルには、一番世話になった。

 

 それは訓練だけじゃない。今気を許せる友達を引き合わせたのもミツルだ。マジでへこんで立てなくなった時も応援してくれたのもミツルだ。俺より何年もトレーナー歴が長いのに……俺よりたくさんのものを知っているはずなのに……。

 

 俺がどんだけ甘い思考でプロを目指していても、手放しで応援してくれたのはお前だけだった。そんな奴に、いなくなったら寂しいとか言われたら、正直揺らぐ。

 

 でも……と、ミツルは続きを始めた。

 

 

 

「でも……それでも僕は、明日旅立つユウキさんを……応援します」

 

「……ありがとな」

 

 

 

 これで何度目の感謝だろう。

 

 きっとこんなにもここが名残惜しい場所になったのは……俺が思うよりもすげぇことなんだろうな。引きこもってたあの頃に比べたら、俺はすでに変わった部分も多いのだと自覚する。

 

 だから、寂しいと言ってくれて素直に嬉しかった。引き止めず見送ってくれる友達に、ただただ感謝するしかなかった。

 

 

 

「俺はもらってばっかだな……」

 

「そんなこと!」

 

「あ、いやすまん……口に出てたか……」

 

 

 

 慌てて口を抑える。なんか今日はほんとに色々あったから、気持ちがいつもより漏れがちだった。

 

 

 

「……明日、お見送り行きますから」

 

 

 

 ミツルはそう約束して、最後の片付けに走っていった。何か言いたそうにも見えたが……その真意を聞く前にそそくさとミツルは片付けに加わってしまった。

 

 

 

「……ま、いっか」

 

 

 

 俺も……ここでできる最後の雑用を目一杯やるとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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声援は力に。祝福は癒しに——。

脳内EDは「猛独が襲う/一二三feat.初音ミク」。
寂しい気持ちの表現ってこんなにもあるのかという歌詞が魅力です。
ユウキが歩いたり走ったり立ち止まったりさせてる。

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第18話 贈り物



昨晩調子に乗ってランニング長めにしたら、朝体が全く起きなかったんですよね。俺悔しい……





 

 

 

 トウカシティ西ゲート——。

 

 まだ朝日が昇りきらず、夜が白み始めた頃合いに、俺は身支度を済ませてジムを後にする。トウカジムを旅立つ時、いつも朝だなぁと心の中で呑気を垂れる俺。せっかく旅が本格化するのに、シャキッとしないなぁと頭を振る。

 

 すでにトウカシティの西側で出待ちしていた親父やサオリさん……ミツル、ヒトミ、ヒデキ、ユリちゃん——いつもの面々が優しく出迎えてくれた。

 

 

 

「おはようございます。ユウキさん」

 

「おはようミツル。みんなも……」

 

 

 

 大事にならないためにわざわざ早朝出発にしたのに、結局見送りは豪勢になってしまった。まぁそんなこったろうとは思ってたけど。

 

 

 

「ユウキくん。これ持って来なさい」

 

 

 

 不意にヒトミからマルチナビ端末に使えるデータカードを渡された。

 

 

 

「……?」

 

「その中に『傷薬』関連のデータ入れといたから……大事に使ってね」

 

「え、まじ?」

 

 

 

 データの内容は旅先で死ぬほど役立つ『きずぐすり』の入ったカードだった。実際読み込んでみると、アイテム保管フォルダに数十個の『傷薬』と『毒消し』に『麻痺治し』まで入っていた。え、旅の餞別ってこと?

 

 

 

「ほらよ!俺からはこれな!」

 

 

 

 今度はヒデキからポケモンに持たせるとノーマルタイプの技の質を上げる『シルクのスカーフ』を渡された。え、何お前も?

 

 

 

「チャマメどんくさいからな。それつけりゃちっとはマシになんだろ」

 

「いいのかよこんなのもらって……」

 

「俺の地元のムロじゃそれ作れるおっさんがいるからな。タダみてえなもんだからもらっとけよ」

 

 

 

 そうヒデキは言うが、ポケモンに持たせられる道具は貴重品が多い。それを作れる人との人脈もさることながら、ヒデキのこういう躊躇のなさはホント驚かされる。

 

 

 

「僕からは『モンスターボール』です。はいどうぞ」

 

 

 

 俺がヒデキに面食らっていると、ミツルは手渡しで一つのボールをくれた。これ全員分あるやつか?ていうかなんで手渡しなん——

 

 

 

「——ってこれポケモンはいってるじゃねぇか‼︎」

 

 

 見るとボールの中でかすかに動くポケモンが確認できた。しかもちょっとこの辺では見ないような、俺もよく知らない姿をしているやつだった。

 

 

 

「その子ごとどうぞ♪」

 

「受け取れるかぁ!そんな貴重なもん‼︎」

 

「お名前は好きに決めてください♪ 」

 

「聞けよ話!」

 

「いいから貰ってください」

 

 

 

 ミツルは強引に俺にボールを預ける。な、なんか今日のお前、押し強くない?

 

 

 

「ユウキさん……わたし、みんなみたくあげられそうな物はもってなかったから……」

 

 

 

 ミツルにたじろぐ俺に、今度はユリちゃんがおずおずと手を差し出す。そうだよなぁ……ユリちゃんもだよなぁ……。

 

 

 

「これは……?」

 

 

 

 天使に差し出されたものは、『石』だった。つまめるくらいの大きさで、平べったいその石には、おそらくユリちゃんが施したと思われるキラキラのラメやら絵の具やらの装飾で綺麗に飾られていた。

 

 

 

「これ……お守りです……旅の……」

 

 

 

 ユリちゃんは今にも泣き出しそうに、目を潤ませながらそれを俺に渡した。この中では一番手間がかかったであろうその贈り物は、ユリちゃんの精いっぱいの気持ちが込められている。

 

 それだけで、俺にとってはジムバッジ以上の価値があった。

 

 

 

「……ありがとな。みんな」

 

 

 

 胸に熱い何かが込み上げる。

 

 それを素直に溢れさせることができないのは、意地なのか、羞恥なのか……いっぱいいっぱいの中、なんとか絞り出せたのがそんな言葉だった。

 

 みんなの顔を見て、ここ一週間の光景が流れる。気づけば、あんなに辛くて苦しかったはずの体験入会が、今俺の宝物になっていた。このお守りは……そんな日々の結晶のように、キラキラと輝いて見える。

 

 

 

 ——見た景色を大事に持っておけ……か。

 

 

 

 昨日の親父の台詞を思い出す。こんなことがこの先の旅であるのかわからない。でも俺の旅の前途は明るいのかもしれない。

 

 辛いことはあるだろうが……報われる瞬間にきっと出逢える。そう思わせてくれる贈り物だった。

 

 

 

「サオリさん。ユウキに例のものを——」

 

 

 

 後ろで静かにしていた親父が、サオリさんに持たせたものを俺に差し出させた。

 

 

 

「親父もなんかあんの?」

 

「皆に比べれば大した物ではない……カナズミジムへの“紹介状”だ」

 

「……紹介状?」

 

 

 

 受け取った封筒を指して親父は言う。

 

 

 

「それがあれば、一度だけジム挑戦を優先的に手数料無しで受けてもらえる……向こうのジムに話は通してあるからそれを渡しなさい」

 

「んー大したことあるなぁおい」

 

 

 

 ここまで手厚いともう甘やかし以外の何ものでもないのでは?みんな俺に甘くない?大丈夫⁇

 

 

 

「こんだけされたら、お前もすぐにはヘタレねぇだろ?」

 

 

 

 クククッと意地の悪い笑みを浮かべるヒデキ。ぐっ……確かにそうだ。他人を理由に戦わないことを誓っておいてあれだが、簡単に諦められない責任感は確かに感じる。

 

 

 

「この先どんな困難があるかはわからんからな。当面はみんなの気持ちを支えにやってみろ」

 

 

 

 親父はまるで俺の気持ちを見透かしているかの様にそう助言する。

 

 

 

「……はいはい」

 

 

 

 今すぐ変わることはできない。変わるための旅だし……時間もかかるだろう。みんなの気持ち……どれくらい俺は受け取れているのだろうか。もう俺には、充分すぎるくらいだけど。

 

 

 

「……いってきます」

 

 

 

 朝日が街を照らし始める頃、俺は世話になったトウカジムの面々に別れを告げた。盛大な送り出し方で、俺の旅路はここから始まる。

 

 次、ここに来る時……。

 

 今より少しは強くなってることを願いながら……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トウカとカナズミをつなぐ104番道路は海沿いを通っている。この先の『トウカの森』に入るまではしばらくこの海景色は続く。今は波の音と自分の足音だけが聞こえる穏やかな場所だった。本来なら人通りの多い場所だが、朝早くに出歩いているおかげで今は通行人もまばらだ。

 

 少し歩いて、そういえばミツルがくれたポケモンの確認をせねばとそこで思いたった。それで出てきたポケモンは——

 

 

 

「《——『ナックラー』だね》」

 

 

 

 ナビのテレビ通話でオダマキ博士にこのポケモンのことを問い合わせた。

 

 丸々とした図体は赤茶色の体色に染められていて、大きな頭に小さな目……特徴的なのは顔半分の割合を占めるほど巨大な口とギザギザの牙——そんなポケモンの名前をオダマキ博士は口にする。

 

 

 

「《その辺では珍しいポケモンだね。ホウエンでも内陸の乾燥地帯に生息しているから……まだハルカも野生ではお目にかかってないんじゃないかな?》」

 

 

 

 そんな珍しいの……そもそもミツルはどこで手に入れたんだろう?てかなんで俺にくれたんだ?博士に聞けばわかることもあるかと思ったが……謎は深まるばかりである。

 

 通話を終えて、改めてそんな考え事に浸っていると、違和感に気付いた。

 

 

 

「……ん?なんだこれ?」

 

 

 

 ナックラーをよく見ると、口の端から何やら白いものがちんまりと見えていた。

 

 ナックラーは大人しく——というか出してから微動だにしない。噛まれないかと心配しながらも、恐る恐るその白いのをつまむ。

 

 するとがぱっと口を開けてくれた。

 

 

 

「——手紙?」

 

 

 

 それはほのかに緑がかった手紙の封筒だった。宛名は当然——この俺だ。

 

 

 

「——『全略、ユウキさんへ』」

 

 

 

 全部略すな。誤字で出オチとかやめろ気が抜ける。

 

 慌てて書いたのか、鉛筆で書かれたところどころが擦ったあとがある。何度か書き直したんだろう……。

 

 以下は、その内容だ……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキさんへ。

 

 この一週間。本当にお疲れ様でした。

 

 身体を鍛えること。ポケモンを鍛えること。

 

 何より心をずっと強く保ち続けたこと。

 

 どれもが僕にはカッコよく見えました。

 

 ポケモンへの深い探究心に驚かされました。

 

 その育成への向上心に応えたいと思い、つい色々あれこれ言ってしまいましたが、みんなの意見を取り入れて頑張る姿に励まされました。

 

 そして、どんなに辛い経験をされても、諦めない姿に心打たれました。

 

 尊敬しています。

 

 僕にはポケモンにかけた年月があるけど、まだトレーナーに成り立てのはずのユウキさんに教えられたことは本当にたくさんあるんです——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 こう言うことをよく平気で言えるなと、俺は心の中で照れていた。いや、だから手紙にしたのか……。

 

 褒められるのは嫌いじゃないが、過大評価は居心地が悪いぞ。

 

 続きを読む。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——僕はずっと、外に出るのが怖かった。

 

 僕はセンリ師匠がくれたこの場所しかないと思ってました。

 

 体が弱い僕を、受け入れて、強くしてくれたこの場所が……僕にとって最高の場所だと思ってました。

 

 センリ師匠に教わることが、全てのトレーナーにとって良いことなんじゃないかとさえ思ってました。

 

 でもユウキさんを見ていると、思うことがたくさん……。

 

 ユウキさんが、過酷な試練に立ち向かう姿を見ていると、僕はこのままでいいのかと自問することが今まで以上に増えたんです。

 

 あなたは無理だ無謀だと言われても、目指すことをやめなかった。

 

 そこに至る道をあなたは探し続けた。

 

 きっとこの旅も、それを探しに行くものなんですよね。

 

 知らない場所へ、知らない世界へ飛び込んでいくあなたはすごい。

 

 安心できる場所にさよならして、もっと先へと歩を進める。

 

 僕には怖くてできなかったことを……あなたは、たった一週間でそうしたんです。

 

 悔しい気持ちもありました。

 

 だから僕も先に進みたいと思いました。

 

 トウカだけに固執せず、自分のトレーナーとしての目標を持って……。

 

 あの人の弟子であることを誇りに思って旅をします。

 

 ハルカさんを追って先に行ってしまったあなたを、今度は僕が追います。

 

 なのでユウキさん。

 

 もし旅先で出逢ったら、今度はバトルしてください。

 

 僕の——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——『ライバルになってください』」

 

 

 

 ミツルの綴った手紙は、そこで終わっていた。

 

 後半になるにつれ、書き殴られたような痕を見つけては、その心境は決して俺に察しがつくような単純なものではないと悟った。

 

 今の思いを全て詰め込んだような……。

 

 それでもまだ続きが書かれているような……。

 

 そんな手紙を、俺は大事に『大切なもの』のフォルダにしまいこむ。

 

 ハルカが残した書き置きと、ユリちゃんがくれたお守りと共にしまっておく。

 

 

 

 ……俺のこの先はまだわからない。

 

 ミツルが言うような、立派なチャレンジャーにはまだ至れていないのだから。

 

 でも、もう俺は簡単に折れちゃいけない。

 

 結局他人を支えにしてしまっている自分に、明確な答えを出せない歯痒さがあるけど……ミツルのライバルになるなら……俺は弱いままじゃいられないのだ。

 

 

 

「それがお前の望みなら……」

 

 

 

 

 

俺はゆっくりでも、必ず前に進む。

 

いつか会うあいつにも、こいつにも……。

 

堂々と会えるようなトレーナーになりたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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追う者をさらに追うミツル。その気持ちが少年を焚き付ける——

とりあえずジム入会編?はこれにて終了でございます!!!
ここまでの読了ありがとうございました(T ^ T)

第一部、こっから頑張るユウキくんをどうか共に応援してくださいね〜♪

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第19話 トウカの森にて


うちの猫喋るんですよ……(小声)
信じるか信じないかはあなた次第。

本編です。




 

 

 

「——なんだてめぇ?邪魔しようってのか?俺たちの邪魔しようってんだな……!?」

 

 

 

 ハロー皆さんこんにちは。

 

 ここは森の中。

 

 俺の後ろにはこちらにしがみついて震える白衣の眼鏡。

 

 そして目の前には悪党と思しき連中が3名。皆さん健やかに目が血走ってらっしゃいます。

 

 ええ。ワタクシ、絶賛大ピンチ中でございます……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『トウカの森』——。

 

 トウカとカナズミを結ぶ104番道路上に存在する鬱蒼と茂った森。名前から分かる通り、管理管轄はトウカシティ側で受け持っているのだが、そのジムリーダーの几帳面さからか、ポケモンの出る森にしてはかなり歩きやすく、道も舗装されている。

 

 それでも野生との遭遇戦は覚悟しなければならないので、護衛のポケモンは常備しておくのが基本だが。今の俺には好都合な場所だった。

 

 

 

「——“ナックラー(アカカブ)”!“噛みつく”‼︎」

 

 

 

 野生のケムッソに対し、俺は先刻ミツルからもらったナックラーを繰り出していた。ニックネームは赤い体色と特徴的な口からとった安直なものだが、割と気に入っている。付けられた本人は表情読めないからわかんないけど。

 

 

 

——ガブッ!

 

 

 

 ケムッソの体にしっかり食らいついたアカカブはそのままケムッソを戦闘不能にしてしまう。

 

 野生のポケモンを必要以上に倒すのは、生態系に影響与えたり、倫理的な理由から非難されることもあるのだが、今回はケムッソ側から仕掛けてきたのでさして問題はない。

 

 この戦闘はアカカブのバトル感を知っておきたいという思惑から始めたが、何匹かのケムッソとの戦いでその目的も達成しつつある。

 

 キモリ(わかば)ジグザグマ(チャマメ)などに比べるとかなり鈍重で、避けられる攻撃もかなり限定されるということ。それに対して耐久性は高く、ケムッソの毒針や体当たり程度なら食らっても平気な顔をしていた。

 

 そして最たるものはこの攻撃力。繰り出した噛みつくをはじめ、地面タイプの地ならしなど、物理方面の攻撃力がかなり高い。

 

 今のところ真価を発揮するのは接近戦なので、この遅さをどうカバーするのかという課題はあるが、今後の育成や作戦を立てる指針は概ね決まったと言っていい。

 

 

 

「——どこかなぁ〜?可愛い可愛いキノココちゃんはー?」

 

 

 

 ふと森のどこかから、男性の猫撫で声が聞こえた。音のする方へ近づいてみると、白衣を着た四つん這いの人間を目にすることとなった。その白衣はサイズが合っていないのか、袖と丈が大きく余ってしまい、ダボついている。

 

 ここは深い森の中。甘えた声を発しながら這いつくばるその生き物に、反射的に何か危機感を覚えてしまった。

 

 これは然るべきところへ通報した方がいいのではなかろうか?

 

 地方民の義務を全うするべきか悩んでいると、その白衣はこちらに気づいて——

 

 

 

「ややっ!君はトレーナーかな⁉︎よかったら僕と一緒にキノココちゃんを探してくれないかね⁉︎」

 

 

 

 ——と。眼鏡の小さな男に詰め寄られた。なんだろ……もうこういうキャラ間に合ってんだよなぁ。ミツルとかミツルとか……。

 

 

 

「……き、キノココ?あなたの手持ちなんですか?」

 

 

 

 キノココとは、このトウカの森に多く生息するきのこ型のポケモンだ。まだ見たことはないが、ハルカの図鑑が俺のデバイスに共有するされているので存在は知っている。

 

 確か草タイプのポケモンで、頻繁に胞子を発生させるらしいから不用意に近づいてはいけないはずだ。本人のであれば迷子を探す手伝いも……してあげないこともない。

 

 

 

「違うよー?僕はキノココに目がなくてね。あの一頭身のもちもちとしたフォルムがなんともたまらないんだよねぇ〜♪しかも顔のパーツひとつひとつが小さくて、ギュッと顔の中心に押し込まれて仏頂面みたいに見えるのがまた最高に——」

 

「オーケー学者さん。あなたの先に幸あれ。それでは俺はこれで——」

 

 

 

 この手の入れ込みタイプに付き合うと碌なことにならないのでスルーを決め込む俺だった。しかし白衣の学者はすかさず俺のポーチに手をかけて——

 

 

 

「頼むよぉぉぉ!僕この場所を通ったのキノココに会う為に決めたんだよぉ!トレーナーの君がいてくれれば見つかりやすいじゃないかぁ‼︎」

 

「はぁ⁉︎あんたの都合なんか知ったこっちゃないですよ‼︎」

 

「だってきみトレーナーだろ?ポケモンに会いたいだろ?キノココかわいいだろ⁇」

 

「それで丸め込めると思ってんの⁉︎キノココで洗脳すんな‼︎」

 

「何がそんなに不満なんだ⁉︎」

 

「なんで俺がゴネてるみたいになってんだよ‼︎」

 

 

 

 変態学者に捕まってしまい、俺は人目も(はばか)らず声を上げてしまう。

 

 見た目は小さいが、白衣姿から多分年上の人だとは思うので、礼儀を軽んじたくない気持ちはあったのだが、そんなことどうでもよくなるくらいにワガママな人だった。その後もめちゃめちゃ食い下がってくるので、根気負けした俺は——

 

 

 

「じ、じゃあ、キノココ見たら解放してくれますか?」

 

「……できたら少し触りたいなぁ」

 

 

 

 え、追加要求?この期に及んで面の皮厚すぎるだろ。

 

 

 

「……じゃあ一緒に探してあげますから、モンボでゲットしてください」

 

「あ。僕インドアなんで、まともにモンスターボール投げれなくて」

 

「それも俺頼みなの⁉︎まだまともに野生捕まえたことないから弱らせるにしても加減の仕方が——」

 

「キノココちゃんに何する気⁉︎人の心あるのかい⁉︎」

 

 

「今一発ならあんたのこと殴っていいと思うんだけど⁉︎」

 

 

 

 やはり、こういう人間とはつくづく会話が成立しない。俺はこんな面倒な人に関わってる場合じゃないのに。

 

 俺は今日中にこの森を抜けたい。でもこの人に付き合ってたらそれこそ日が暮れかねない。もう無視して先に進もうと歩を進めるが、学者はしがみついてて離さず、ズルズルと引き摺られながら俺に懇願を続けて——

 

 

 

「——いつまでやってんだこらっ‼︎」

 

 

 

 突然茂みの奥から怒声を浴びせられた。

 

 見るとそこには三人の人相の悪い——明らかに粗暴な方々がそこにはいらっしゃった。

 

 

 

「この森で待ち伏せてたら来るはずのあんたがよぉ……一時間もありゃ抜けれるところ、なんで三時間経ってもこの辺でいるんだぁ⁉︎」

 

 

 

 うわぁ……なんだろ、絶対この人のお友達ではないことはわかるいい説明をありがとう……?

 

え、てゆうかなに?この人三時間もこの辺で「キノココちゃーん♡」とかやってたの?怖っ。

 

 

 

「あのぉ……この人お知り合いですか?」

 

「はぁ?なんだてめぇ?俺たちの邪魔しようってのか……?」

 

「え?なんでそうなる?」

 

 

 

 俺が軽く事情を聞こうと口を挟んだだけなのに、向こうは俺にまで敵意を剥き出しにしてくる。え、俺ちゃんと聞いたよね?この人、あなたがたの、お知り合い?って。比較的ノーマルな質問だったよ?なんで喧嘩腰なの?そっちもそっちで怖いよ?

 

 

 

「俺らの邪魔ぁしようってんだなぁ⁉︎あぁ⁉︎」

 

「邪魔も何も——」

 

「ひ、ヒィ〜〜〜悪者ぉ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 俺がなんとか交信を試みようとするも、変態学者はなんと俺の後ろに回って震え出した——え、今俺盾にされてる?

 

 

 

「やっぱそいつ庇おうってんだな⁉︎」

 

「え、いや違——何してんのアンタ⁉︎」

 

「き、君トレーナーだろ⁉︎た、たすけてくれぇ〜〜〜‼︎」

 

「なんでだよ⁉︎」

 

「やっぱりオメェそいつの仲間だな⁉︎」

 

「こんなんと一緒にすんな‼︎」

 

「僕と君との仲じゃないか⁉︎」

 

「俺の記憶じゃ今が初対面だよ‼︎」

 

 

「面倒だ!見ぐるみ剝いで『荷物』を奪っちまえ‼︎」

 

「誰かいねぇのかちゃんと喋れる人間はぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 俺とこの白衣の在らぬ関係という誤解を解く間も無く、暴漢たちは俺たちに襲いかかってきた。

 

 一人目が飛びかかってきたので反射的に学者の腕を掴んで後退する。一定の距離を空けたのは、そこを“バトルコート”にするためだ。

 

 ああもう!わかってたよなんとなく‼︎旅にトラブルは付き物だってことくらいは‼︎でも理不尽じゃね!?

 

 

 

「『キモリ(わかば)』!頼む!!!」

 

 

 

 俺は腰からボールを掴んで投げ込み、わかばを繰り出す。わかばもボール内から状況を見ていたのか、すでに臨戦態勢を示す四つん這いの状態で姿を現した。その眼光はさすがと言うべきか……未進化ながら強い威圧感を放っている。

 

 旅に出てわずか数時間。俺は早くも、ひとつの山場を迎えることとなってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

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それは初めての“悪”との戦い——!

ちょっと今回クセ強すぎたか?
がんばれユウキ。負けるなユウキ。
キノココはいいぞ……

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第20話 初めての悪意


昨晩は深夜1時を過ぎて塩豚丼を食べました。
今日自首してきます……。




 

 

 

「——まずは俺からだ!いけポチエナ‼︎」

 

 

 

 暴漢のひとりが先陣を切って黒いハイエナポケモン——“ポチエナ”を繰り出してきた。何度か戦ったことがあるポケモンだが……。

 

 

 

(トレーナーの手持ちとしては初めてだな。しかもこっちはまだ制御が完璧じゃないわかばで戦うわけだし……不安だ)

 

 

 

 咄嗟のことで一番付き合いが長いわかばを出してしまったが、本来ならトレーナーとしてちゃんと指示を出せるまでは安易に出すべきではないのだろう。

 

 とはいえ、まだバトル自体に慣れていないジグザグマ(チャマメ)と、貰ったばかりのナックラー(アカカブ)じゃ頼りなさ過ぎる、この勝負……負ければただでは済まないのだ。

 

 そんな不安の中、俺と男との間には今、わかばとポチエナが睨みを効かせ合っている状況。

 

 

 

(……よかった。こっちが子供だと舐められてるうちは、一応、1体1でやってくれるみたいだ)

 

 

 

 後ろの二人はニヤつきながら戦う男に乱暴な声援を送るのみで、戦う気はないみたいだ。何か目的があるようだから、容赦なく三人でかかってくると思っていたところ、嬉しい誤算だった。

 

 

 

「クソガキにはきっちり大人の怖さを教育してやんよ……——ポチエナぁ!“噛みつけ”‼︎」

 

 

 

 男の放ったポチエナがわかばに襲い掛かる。その動きは素早く、おそらく野生のポチエナよりも攻撃性能は高い——でも、昨日のマッスグマほどの速度もキレもない。

 

 これなら——

 

 

 

「——躱して“叩きつけろ”‼︎」

 

 

 

 それは昨日のマッスグマを沈めた時をイメージした指示。あの時よりも相手の速度が遅い分、余裕を持って指示ができる。

 

 わかばはポチエナの噛みつきを身体を捻りながら躱し、身体を振った勢いをそのまま尾に乗せてポチエナにくらわせた。

 

 ポチエナは攻撃していたはずなのに、自分が吹き飛ばされたことを理解できず向かってきた方向に返される。

 

 

 

「ヒュー♪ガキのくせにやるじゃねぇか!」

 

「おいおい情けねぇなぁ?」

 

「うっせぇな‼︎——へへ……意外とやるなぁガキのくせに」

 

 

 

 冷やかしが男に向けられるが、吹っ飛ばされたポチエナの主は未だ不敵にニヤついている。

 

 ポチエナもダメージはあるようだが、まだまだやる気アリと唸り声を発しながら身構えている。マッスグマの時は一撃で戦闘不能に追い込んだ戦法を食らっても立ってる……耐久性は高いのか?

 

 

 

(……いや、あの時はマッスグマの向かってくる勢いを利用して破壊力が高まってたんだ。今回はポチエナ側の勢いが弱い分、カウンターとしての威力は発揮できてなかったってことか)

 

 

 

 ポチエナ自体それ程タフなポケモンではないはず。オダマキ博士のとこにあった資料や、遭遇した個体を見てもわかる。知ってるポケモンだからこそ、今は変なブラフに騙される心配は薄い。

 

 でもだからといって目の前の敵を倒す事に集中するのも良くなかった。

 

 

 

(この戦いは……どこかで逃げるための隙を作れるかにかかってる。幸いわかばの動きならあのポチエナに対応できてる……バトルに集中してるフリをして少しずつ距離をとって——あとは一気に走り逃げる!)

 

 

 

 成り行きで始まってしまったこの戦いだが、長引いくと、あとの二人まで参加される危険性がある。そうなれば、わかばでも戦いにならない。こちらもあと2匹の手持ちはいるが、それを同時投入したバトルなんてやったことはないわけで。

 

 それにここはルール無用のストリートファイト。相手がまだ他にポケモンを持っていて、さらに多くの手持ちを繰り出してきたら……。

 

 そんな事に恐怖を覚えるが、そんな気持ちを押し殺す。今は隙を見せるべきじゃない。そう自分を奮い立たせ、俺は相棒に次の指示を出す。

 

 

 

「わかば!“電光石火”‼︎」

 

 

 

 わかばは身体に力を溜め、次の瞬間にそれを一気に足に通わせて疾走する。直線とはいえ、わかばのスペックでやるそれは、まさに目にも止まらぬスピード。

 

 プロの手持ちにも通用したそのスピードは、並のポケモンならば容易には捉えられない。

 

 あっという間にポチエナに迫ったわかばは、そのままの勢いで頭からポチエナの頭部に突っ込んだ。

 

 

 

——ギャウ!

 

 

 

 ポチエナの悲鳴があがる。その効果を見て、この勢いのまま畳み掛けられると判断できた。

 

 

 

「そのままメガドレ——!?」

 

 

 

 次の技を指示しようとしたところで、信じられないものが目に飛び込んできた。

 

 なんとポチエナの主人がこちらに向かって走っていた。わかばがポチエナに飛びついた瞬間に走り込んでいたのか……⁉︎その予想外の動きに驚いている隙に、その男に間合いを詰められてしまう。

 

 

 

「オラァ——‼︎」

 

 

 

 暴漢は怯んだ俺の腕を掴んで無理くり引っ張り——

 

 

 

——ドカッ‼︎

 

 

 

 脇腹への痛みと共に、全身に衝撃が走った。俺は体内の酸素を全て吐き出し、地面を転がった。

 

 

 

「——ガハッ⁉︎」

 

 

 

 脇腹の痛みから、俺は()()()()()()ことに気付く。いや、まさかそんな……。

 

 

 

 

 

(嘘だろこの人……()()()()()()()()()()()()()()()()……⁉︎)

 

 

 

 信じられない事だが、目の前の男は腕っぷしでトレーナーを攻撃したのだ。これはトレーナー歴が浅い俺でもわかる、最もやっちゃいけない禁忌(タブー)。言うまでもなく反則である。

 

 

 

「どーよ俺の蹴りの味はよぉ?どこのジムで鍛えたかしんねぇけどよぉ……こういうラフプレーは教えてくれなかっただろ?」

 

 

 

 いやらしく笑う男は、むせ込む俺を見下している。ポチエナの相手をしていたわかばも異変に気付いてこちらに向かおうとするのが目の端で映ったが、それを拒むようにポチエナが間に入り——

 

 

 

「——そら砂掛け(ぶっかけろ)‼︎」

 

 

 

 わかばの不意をついてポチエナの砂掛けが彼を襲う。ダメージを負う類のものではないが、砂や砂利を相手の顔に掛けて視界を奪う技。

 

 極めて古典的な戦法だが、目の大きいキモリ(わかば)には効果が大きかった。彼の冷静さでも弱体化を余儀なくされる。

 

 視力が低下している今、外からの指示でなんとかわかばを動かすのが俺の仕事なのだが——

 

 

 

「わかば——グハッ⁉︎」

 

 

 

 何かを俺が叫ぼうとすると、俺を蹴飛ばした男が、寝ている俺の腹を再び蹴り付ける。それで指示がキャンセルされ、わかばはその俺の悲鳴を聞いてさらにもがく。しかし自慢の素早い動きを封じられたわかばでは、間に入って邪魔をしてくるポチエナを退ける事ができないでいた。

 

 

 

「……卑怯な——グッ!」

 

 

 

 倒れている俺は睨み返すが、男は意に返す様子もなく俺の腕を踏みにじる。

 

 

 

「はっはっはっ‼︎温室育ちのジム生って感じだなぁ〜?ガキが出しゃばるからこういうことになるんだぜぇ⁉︎」

 

 

 

 そのまま踏む足に力が入り、鈍い痛みに歯を食いしばるだけで、目の前の卑怯者に何一つ言葉を返せない。

 

 その痛みが俺に教える……ここは限られたコートとフェアプレーを望む審判や観客がいる——そんな場所ではない。ルール無用の戦場だと。

 

 

 

「と、トレーナーくん‼︎」

 

「オラ逃げるんじゃねぇぞクソ学者!テメェが逃げたら、コイツの頭でサッカーやってやるからなぁ‼︎」

 

「ヒェ……⁉︎」

 

 

 

 俺の心配をする学者に男はさらに威圧的になる。何をやってるんだ俺は……成り行きでも助ける為に戦っておいて、逆に人質にされるなんて……いやそれ以上に、俺はこの現実を許せないでいた。

 

 

 

(くそ……くそ……‼︎無茶苦茶だろこんなの……‼︎ふざけんな……いきなりバトル中に殴ってくるとか……こんなのが許されんのか……?俺が知ってるトレーナーは、誰もこんなことしなかった!誰もこんなこと教えなかった……‼︎こんな卑怯で乱暴なことしなかったぞ‼︎)

 

 

 

 俺は心の中でしか悪態をつけない。

 

 目の前の男の行動に怒りを覚え、それでも人生で初めて受ける悪意と暴力に怯えていた。さらに逆上されて、何をされるかわからない恐怖が俺を固まらせていた。

 

 ……そんな自分が、どうしようもなく惨めで悔しさばかりが込み上げてくる。

 

 巻き込まれたとはいえ……コイツらはポケモンバトルをこんなやり方で汚すような奴らだ。それを側から見てたとしても、きっと許せなかった。少なくともトウカジムのトレーナーは、このバトルという分野にに人生をかけて臨んでいるんだ。

 

 そんな道理を弁えずに、高らかに笑うこの男が俺は許せない。

 

 

 

「——オラもう終わりかよ?やっぱ温室育ちの坊ちゃんだなぁ‼︎とっとと帰ってお友達とポケモンごっこしてればよかったなぁ……?」

 

 

 

 その瞬間、俺の恐怖の割合を、怒りの方が追い抜いた。

 

 ()()()()()()()……そんな罵倒が、俺の琴線に触れる。

 

 こいつは……俺だけじゃない。あそこで頑張ってたみんなも馬鹿にした。

 

 惨めで怖くて泣きそうになる中、その言葉が侮辱したのは、その人生をコートの中で戦う為にその時間も労苦も何もかもを注いだあいつらの事だ。

 

 俺が負けて、俺が痛めつけられるのはいい。でも俺以上に今を頑張っているあいつらを……俺を仲間だと言ってくれるあいつらを馬鹿にする事……。

 

 それだけは……それ……だけは……——

 

 

 

 絶対に認めない——‼︎

 

 

 

——ガブッ!!!

 

 

 

 俺の腕を踏んづけている足に、自前の顎で食らいつく。ポケモンのそれに比べれば大した事ない威力だが、それでも男を怯ませるのには十分な力で噛んだ。

 

 

 

「痛ッ⁉︎クソガキがッッッ‼︎」

 

 

 

 痛みで驚く暴漢は、さらに俺の顔に蹴りを入れる。頭を蹴られて意識が飛びかけるが、今度は来るのがわかっていたから痛みを堪えた。

 

 そして——

 

 

 

「——わかば!“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 少し離れたところでポチエナと組み合っていたわかばに檄を飛ばす。まだ涙目になっているわかばだが、俺の声に応えるように技を放った。

 

 ポチエナはそれを自分の意思で躱すが、直線上にいた男は背後からの攻撃にさらされ——

 

 

 

「ぐぁ——⁉︎」

 

 

 

 無数の種を受けて吹き飛んだ。

 

 

 

「て、てめぇ……!」

 

「ホント……最近ついてないな……変なのに絡まれるわ、好き勝手言われてバカスカ殴られるわ……——」

 

 

 

 俺は激情のままに言葉を発する。倒れた男は俺を睨むが、今はそんなこと関係ない。

 

 

 

「でもやってやるよ……!偶然でもなんでも……あんたらは言っちゃいけないことを言った‼︎」

 

 

 

 まだ怖さはある。殴られた痛みに震える。涙も込み上げてくるが、それだけは流さない。

 

 こんな奴らの前で泣いてたまるか——その気持ちでどうにか堰を切らずに済んだ俺。

 

 しかし、後ろで見ていた二人も動き出した。

 

 

 

「ちょっと調子乗りすぎじゃね?」

 

「ガキが……粋がってんじゃねぇ‼︎」

 

 

 

 暴漢たちは俺の振る舞いが気に食わなかったのか、粘っこい怒りをあらわにしてポケモンを繰り出す。

 

 青いコウモリの姿をしたズバットと桃色の丸っこい姿のゴニョニョを繰り出した二人は、ジリジリとこちらに近づいてくる。

 

 最初の男もまだ健在だし、学者はさっきの怒声一発で震え上がって使えないし……。

 

 状況は絶体絶命だけど……もう引く気なんかない。

 

 こんな奴らに負けたくない——そんな意地だけが……今の俺を支えるものだった。

 

そこへ——

 

 

 

「——お困りのようだね」

 

 

 

 

 落ち着いた声が森にこだまする。

 

 黒い装束……マントを纏って、体のシルエットが分かりづらいが、かなりの長身……黒のつば広のハットが特徴的な——そんな人がこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

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若者の窮地、慟哭……そして——

私が初めて殴られたときは友達との約束破って他の子と遊んでしまった時でした。あれは本当に悪かった。ごめんなツボイくん。

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第21話 助太刀と反撃


久しぶりに友達と朝までカラオケ行きました。
今日お休みとっててよかった……zzz




 

 

 

 ——3体1の状況。

 

 

 相手はルール無用の喧嘩バトルを仕掛けてくる容赦のない相手。勢いで啖呵切ったはいいけど、その後の勝算なんてまるでなかった。

 

 せめて……1人に絞って戦えれば——

 

 激情に煽られつつ、どこかそんな打算を絞り出していた時、その優しげな声が耳に入った。

 

 

 

「お困りのようだね……手を貸そうか?」

 

 

 

 立ち上がった暴漢2人のさらに後ろ……森の奥から彼はやってきた。青みがかった黒のマントに覆われ、鋭利な雰囲気を思わせる独特なハットを深く被った——そんな出立ちの男が……おそらく俺にそう問いかけてきた。

 

 

 

「あぁ⁉︎なんだてめぇは?」

 

「お前もこいつらの仲間かぁ⁉︎」

 

 

 

 さらなる邪魔者の登場に苛立ちを見せる男2人に対し、謎の人物は無反応。

 

 やはり俺に話しかけている……?だったら——

 

 

 

「——こ、こいつらに襲われてます……!手を貸してください‼︎」

 

 

 

 俺が選んだ返答は助けを求めること。

 

 彼が何者で、どういう意図があって申し出たのかはわからない。それでも手を差し伸べてくれているこの状況で、飛びつかない訳にはいかなかった。俺に選択肢はない。それほど追い詰められているんだから。

 

 

 

「——了解した。()()()は任せていいかい?」

 

 

 

 謎の男は俺の奥の方を指してそう言う。

 

 そっち——今まで戦っていたこの男に関してだろうか?

 

 

 

「え、あ、はい……」

 

「それじゃ、頼んだよ」

 

「何ごちゃごちゃ言ってんだおめぇは——⁉︎」

 

 

 

 こちらのやり取りを待たずして、2人の暴漢は謎の人物に飛びかかった。

 

 俺が「危ない!」——と声を発するより先に、彼はその攻撃を軽やかに躱す。その身のこなしだけで、彼が只者でないことはわかった。

 

 

 

「チィ!やっちまえゴニョニョ!——“騒げ”‼︎」

 

 

「オラオラァ!——“超音波”だぁ!」

 

 

 

 

 

 2人の暴漢はさらに人間相手に容赦なくポケモンで攻撃する。流石に危険だと思い、そちらにわかばを送ろうかと思った瞬間——

 

 

 

「テメェもいつまでよそ見してんだ——よっ‼︎」

 

 

 

 俺の相対する男も攻撃は仕掛けてきた。今度も俺を直接殴るために接近を試みている。さっきのやりとりで、俺が喧嘩慣れしていないことを知っているこの男は。完全にこの戦法に味をしめていた。

 

 確かに近づかれたら、俺に抵抗する手立てはない。自慢じゃないが、殴り合いの喧嘩は一度だってしたことはないのだから。

 

 それでも——

 

 

 

「——ぅお⁉︎」

 

 

 

 俺は掴みかかる相手の左手を、右手で払い退けた。男にとって予想外の反撃だっただろう。

 

 来るとわかっているなら、対処法はあった。いくら慣れない動きでも、こちとら人間を超えるフィジカルを持つポケモンを今まで散々見てきた。

 

 殴られる恐怖を……向けられた悪意に臆する思いをこらえながら……よく見て——

 

 

 

——パンッ‼︎

 

 

 

 再び掴もうと手を伸ばしてくる手をさらに片手で払う。もう間合いには入らせない。

 

 ここでトウカジムでの基礎トレで、“体の動かし方”を学んでおいてよかったと心から思った。護身術ではないが、万が一ポケモンに襲われた時のための受け身やいなしを体力作りの一環でサオリさんから教わっていたのが幸いした。

 

 

 

(——でも集中が割かれる分、今はわかばに細かく指示が出せない!かと言って男から注意を逸らすこともできない!……どうする⁉︎)

 

 

 

 わかばはタネマシンガン発射後、再びあのポチエナと対峙している。わかばも独断で技を使用してはいるが、先刻の砂掛けで思うように技を当てられていないようだ。

 

 さっきみたいに声で狙う方を決められれば、わかばも有効打を放てるが、そうしようとすると、目の前の男への注意が散漫になる。

 

 今俺は集中する事で色んな恐怖に打ち勝てている精神状態……全神経を男に向けてようやくこいつの暴力を跳ね返(パリィ)している。

 

 有効打になる行動が思いつかないのが現状。しかも、あまり時間をかけてられない。

 

 おそらくあの助っ人の思惑は『こちらで2人を引きつけている内に、1人を倒して2対2の状況にする』ものだろう。

 

 つまり——俺がこの暴漢をいかに早く倒せるか……それに尽きる。

 

 

 

「生意気なガキがッ——ポチエナぁ‼︎」

 

「——!」

 

 

 

 それは転機——。

 

 男はささやかな俺の抵抗に怒りをあらわにして、今度は自分の下僕に俺を襲わせた。男にしてみれば、無抵抗だと思っていたやつに反撃されたこと、思惑通りにならないこの小賢しい体術に苛立ちを覚えたようだ。

 

 だけどそれは、俺が困っていた現状を変えてくれるものだった。頭に血が昇って、ポチエナが本来()()()()()()()()()()()()()()からマークを外した。

 

 この手を逃す手は——ない!

 

 

 

「——わかば!“メガドレイン”‼︎」

 

 

 

 ポチエナがわかばに背を向けた時。俺はその技を叫ぶ。

 

 ポチエナは、おそらく俺とわかばの直線上を走り込んでいる。咄嗟の指示で、ポチエナが変な軌道をとるとは考えづらいからだ。

 

 その予測が正しければ、視界が悪くとも俺の声のする方へわかばが反応してくれるはず……俺の声とわかばの直線上には、必ずポチエナがいるはずだ。

 

 

 

「な——⁉︎」

 

 

 

 男の顔をみれば、結果が成功していることを知るには充分だった。

 

 ——俺はノールック。しかしわかばは技を的中させたようだ。

 

 その動揺は更なる隙を生み、俺に猶予を与える。

 

 

 

「くらえっ‼︎」

 

 

「——ガッ⁉︎」

 

 

 

 俺はなけなしの力を振り絞って男に向かって突っ込んだ。肩を敵の胸元に差し込む形でのタックルが決まり、体格差を跳ね除けて男を後退させることに成功した。

 

 その怯ませた隙に、俺はわかばの方へ振り返り——

 

 

 

「——わかば戻れ‼︎」

 

 

 

 俺はわかばを手持ちに戻した。

 

 モンスターボールに帰還させるための赤い閃光(リターンレーザー)がわかばを捉え、一瞬で彼を戻すことに成功した。

 

 ポチエナはわかばからのバックアタックから立ち直ってない。今がポケモンをチェンジできる千載一遇のチャンス。

 

 

 

「——行け!“ナックラー(アカカブ)”‼︎」

 

 

 

 交代先はアカカブ。

 

 アカカブの使い方はぶっつけ本番もいいとこだが、こいつにはこの状況で使える技がひとつあった。

 

 

 

「な、なんだ⁉︎こいつ急に動きが——」

 

「アカカブ!“砂地獄”‼︎」

 

 

 

 アカカブは弱ったポチエナに向かって大量の息を吐きかけた。それは地面の土や砂を纏って吹き荒れ、砂塵となってポチエナを捉える。

 

 

 

——ギャゥワッ⁉︎

 

 

 

 『砂地獄』——。

 

 地面タイプのいわゆる“拘束技”。相手を砂と石粒の嵐に捉えて、以降僅かにダメージを与えながら動きを止める。

 

 まだ威力もイマイチで、今の技の出の速度ではまず当たらないのだが、今みたいに隙をつければ、ポチエナ1匹止めるには十分な威力だった。

 

 

 

「ポチエナ!動け!おい動けって‼︎」

 

 

 

 男は半狂乱でポチエナに叫ぶが、元々弱っていたところに砂粒の牢獄に閉じ込めたのだ。ましてジムなどで徹底的に鍛え上げたポケモンでもないなら、そんな気力すらもうポチエナにはないだろう。

 

 ポケモンの諦めない心は、鍛えてきた今までの時間が生み出すものだから。

 

 

 

「こ、こんなガキに……⁉︎」

 

「さて、相棒はいなくなった……あとは——」

 

 

 

 俺はアカカブを横に据えて、男を睨む。

 

 さっきとは違い立場は逆転。今度は俺の一挙一動に相手が怯えていた。

 

 

 

「——言っとくがこいつ(アカカブ)の顎は岩をも砕く。あんたがどんだけ腕っぷしが強くても、こいつは易々と噛み砕く……」

 

「ひ、ひぃ……」

 

 

 

 そう凄んで見せるが、もちろん脅しである。

 

 本当に噛み付かせることはしない。でも男にしてみれば、俺にした仕打ちを考えるとやりかねない怖さを抱いたはず。

 

 実際そうして戦闘不能にしてしまえば、騙し討ちされる心配をなくせる。でもそれはこいつらと同類になることを示すと俺は思う。少なくとも、まだ加減の仕方を知らない俺が危険なナイフを振りまわす子供になっちゃいけないんだろう。

 

 人の力を優に超えるポケモン。それを従えている者の責任……そんなもの、旅に出る前から決めていたことだ。

 

 男にとっては知る由もないことだが、これが俺の精一杯。これでまだ反撃の意思があるなら、俺は——

 

 

 

「——う、うわぁぁぁああああ‼︎」

 

 

 

 そんな思いも杞憂だったかのか、男は俺の拙い威圧にもびびってくれて、そのまま悲鳴を上げながら逃げ去っていった。ポチエナを自分のボールに戻すことも忘れて。おいおい……いいのかポチエナ。

 

 

 

「——ってそんな場合じゃなかった!」

 

 

 

 俺はこの状況を作ってくれた立役者の方に視線を向けた。俺の方の担当を退けたからには、一刻も早くあちらに加勢を——

 

 

 

「——ルカリオ。“真空波”!」

 

 

 

 瞬間、とてつもない突風が俺の顔を吹き抜けていった。ちょうどその俺の顔の横を、何かが高速で通り過ぎていったのを感じた。

 

 呆気にとられていた俺は、ハッとして振り返ると、そこには先刻までピンピンしていたズバットが木に叩きつけられ、地に堕ちているのを発見した。 

 

 飛んできた方向を見ると、青い毛並みが美しい二足で立つ凛々しいポケモンが、技の撃ち終わりの態勢で構えていた。

 

 

 

「……え?終わってる?」

 

 

 

 すでに相手のゴニョニョは力無く突っ伏しているし、2人のトレーナーはアワワオヨヨと取り乱している。

 

 戦闘不能に陥った両ポケモンを抱えて、2人は「覚えてろよ!」などと三下臭いセリフを吐きながらそそくさと逃げていった。その間に砂地獄の脅威から解放されていたポチエナも、よろめきながらその後をついて必死に逃げていく。

 

 

 それらを見送るまで、俺はポカンとそこに立ってることしかできなかった。

 

 

 

「——そっちも終わったみたいだね。お疲れ様。よくがんばったね」

 

 

 

 爽やかにそう言い放つ男性は、先程の強烈な一撃を叩き込んだ人物とは思えないほど、柔らかい表情で笑うのだった……。

 

 

 

 

 

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悪意は存外呆気なく去る……ユウキ、危機突破——!

実際この世界の空手王って最強だと思うの。
野良で武術やってる人間には勝てんて。

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第22話 少年の安堵


スーパーの特売品のチラシに「骨無しチキンバー」という聞こえが悪すぎるもんを見つけて母と爆笑してる。






 

 

 

 結局、ルカリオなるポケモンの使い手は2人まとめて片付けてしまった。

 

 ……当初俺が勝手に深読みした作戦は全くの的外れであり、赤子の手をひねるかの如く悪漢を退けるこの男。

 

 何者だろう……とマジマジとその人を見る俺だった。

 

 ——と。

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 

 急に腰から下に力が入らなくなった俺は、その場にへたり込んでしまった。もう一度立ち上ろうと力を入れるも全く意味がなく、その場でもがくことしかできない。

 

 

 

「……アハハ。疲れたのかな?」

 

 

 

 青年は俺に手を差し出しながら笑う。確かに今の姿は滑稽だったかもしれない。

 

 俺はふと、気が抜けたんだとわかった。今まで張り詰めていた何かが切れて、一緒に腰が抜けてしまったようだ。情けない話だが、怖いのを押し殺している間のストレスで体の方も疲弊していたらしい。

 

 

 

「すみません……助かりました」

 

 

 

 自分のヘタレっぷりの恥ずかしさより、今は事が済んでホッとしてる方が大きかった。お互い名前も知らないのに助けてくれたこの人には感謝しかない。

 

 そう思いながら、差し出された手を掴もうとすると——

 

 

 

「とれぇぇぇなぁぁぁぁくぅぅぅぅん‼︎」

 

 

 

 グヘェ。

 

 力が入らないところにその辺で怯えていた学者が俺に飛びついてきた。全くの無抵抗で抱きしめられ……どうやら俺の無事を喜んでくれているようだ。嬉しくない。

 

 

 

「君が殴打されている時は本当にどうしようかと‼︎でもよかった!やっぱり君なら勝てると信じていたよ‼︎」

 

「……もう、わかったんで、はなして、くだ……さ……い……」

 

 

 

 もはや好き勝手言う学者の何から突っ込んだらいいのか……いや、そんなことはどうでもよくて、早く俺の上から退いてほしい。今、ホント力入んないの。

 

 

 

「ははは。仲良しだね」

 

「この人も初対面なんですけど……っ!」

 

 

 

 ようやく学者を引き剥がすことに成功した俺に呑気に謎の男は笑う。でもその仲良しさんに抱きしめられた結果、傷ついた体が悲鳴を上げた。んー。骨は大丈夫だと思うけど、頭やら口やら……ところどころから血が滲んでいた。やっぱ暴力はダメだ。痛い。

 

 

 

 ——というかあれ?

 

 

 

 なんかみんなの声が遠のいている……よ……な……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——バキッ!!!

 

 

 

 鋭い痛みが頬に走る。

 

 それが頭を揺すって、吐き気を催す。

 

 俺を押さえつける男たちは、その様子を楽しそうに眺めている。

 

 

 

 一発。二発……数を数えるのがバカらしくなるぐらい、たくさん……殴られる。

 

 

 

「………‼︎…………⁉︎」

 

 

 

 助けて。やめて。もう殴らないで……。

 

 そう発しているはずなのに、声は出ない。

 

 どうして殴られているのかもわからない。

 

 理由もわからずに殴られる——その理不尽が堪らなく怖くて……。

 

 

 

 許せなかった。

 

 

 

 次第に殴られているうちに意識が遠くなって……どこか他人事のように暴力に対して無抵抗になる。

 

 俺を殴打して満足げに笑っていた男は、今度は足元に転がった()()()()()を持ち上げて見せてくる。

 

 それは見覚えのある……俺の相棒。

 

 力無く、意識を失っているそれを見せつけてくる男。

 

 

 

——やめろ……何する気だ?

 

 

 

——やめろ。おい。聞けよ……‼︎

 

 

 

 男はゆっくりとわかばの首に指をかけていく。

 

 

 その力が徐々に強くなり——

 

 

 

——やめろ……やめろ………やめ、やめてくれ……‼︎

 

 

 

——……やめろ……やめろ…やめろやめろやめろやめロやメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——……やめろぉぉぉおおお‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——っはぁ!!!!」

 

 

 

 突然、夜空が目に飛び込んできた。

 

 綺麗な星空を前に、心臓が早鐘を打つ感覚だけがいつまでも続いている……。

 

 ——なんだ……?なんで、俺……もしかして寝てた?というかここは……?

 

 

 

「——目が覚めたかい?」

 

 

 

 状況がイマイチ飲み込めない俺に、暴漢から助けてくれた男が語りかけてくる。

 

 焚き火にあたりながら、ステンレスのマグカップに口をつけているが……この匂い、コーヒーか。

 

 

 

「君、あの後気を失ったんだけど、覚えているかい……?」

 

「あの後……」

 

 

 

 そう言われて、頭の痛みと共に倒れる前の記憶が蘇る——そうか。俺は暴漢たちが立ち去った後、体に力が入らなくなって……そのまま気を失ったのか。それでこの人も俺を動かさずに、ここに寝かせて……守ってくれたのか……。あ、もしかしてこの寝袋も貸してくれてる?

 

 

 

「……すみません。助けてもらってばかりで……()ッ!」

 

「頭を打ってるんだ。まだ動かない方がいい」

 

 

 

 寝たままではまずいと思って体を起こすが、どうやらまだ殴られたダメージが残っているらしい。今は上手く力が入らないし、ここはお言葉に甘えてもうしばらく寝かせてもらおう……。

 

 

 

「——随分うなされていたようだけど、何か悪い夢でも見たのかい?」

 

「……なんだろ……すごくやな夢を見た気はするんですが……」

 

 

 

 すごく後味が悪くて、いっそ暴れ狂ってしまいたいような……そんな夢を見ていた気がする。

 

 内容は覚えていないが、過去最高に嫌な夢だったかもしれない。

 

 

 

「——悪意に触れた日には、よく嫌な夢を見る。そんな時はこちらをどうぞ」

 

 

 

 男はゆっくりと俺に近づき、死に体を起こすように体を支えてくれた。俺を起こして、もう一つのマグカップにタンブラーから注いだ何かを俺に差し出す。

 

 

 

「——紅茶?」

 

「旅先でいただいたものだよ。なんて名前だったかな……?忘れたけど」

 

 

 

 カップから嗅いだ匂いは俺の鼻腔に満ちて、荒れた気持ちを落ち着かせる。

 

 一口——勧められるままにそれを含むと、ほんのりと甘い味が口に広がった。

 

 優しい風味が……なんだか「もう大丈夫」と言ってくれているような……そんな感覚が——

 

 

 

——……。

 

 

 

 その時、俺は頬に熱いものを感じた。

 

 知らない間に涙が頬を伝っていた。

 

 俺、泣いてんのか?

 

 

 

「あれ……?なん、だこれ……?ハハッ……な、なんかすんません……あれ?」

 

 

 

 誤魔化すように涙を拭う。

 

 泣きたい訳じゃないことを伝えようと必死で堪えるが、なぜかそれはずっと込み上げては外に出て行く。

 

 垂れ流される感情に、自分ではどうにもできなくて……。

 

 今まではすぐに気持ちを落ち着かせられたのに、なんで——

 

 

 

「いいよ……それだけ心が怖がってたんだ。君の心は、君が思っているより……ずっとね」

 

 

 

 男はそう言って俺の頭を撫でる。

 

 もう15にもなって、まさか他人にあやされるとは思わなかった。

 

 でも彼が言った言葉に、俺は妙に納得した。

 

 納得して、自覚して……そうするともう止まらない。

 

 涙を止めることはできない。

 

 次第に嗚咽が喉の奥から掠れた声となって吐き出されて……。

 

 身を丸めて、震えて……。

 

 ——俺は、泣き崩れた。

 

 

 

 

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今回は短め。
今ならユウキくん落とせるな……




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第23話 特権



この話、一回丸々書き直しました。
話書くの久々に難しく感じましたねぇ。
愚痴愚痴言わんと本編行きます。





 

 

 

「そいえば名前……」

 

 

 ひとしきり泣いた後、俺は恩人の名前すら聞いていない事に気づいた。

 

 まだ名乗ってなかったね——男はそう言って自己紹介をしてくれた。

 

 

 

「——僕の名は『アーロン』。ここよりも遠いところから来たんだ……数年前からこのホウエンを旅して回っている」

 

 

 

 名前と今のプロフィールを簡単に教えてくれた。俺もそれに応じて、自分の紹介を軽くする。

 

 

 

「アーロン……さん。俺はユウキって言います。一応ミシロタウンからきました……ホウエン地方には俺も半年前に来たばっかですけど」

 

「ミシロ……か。あそこは静かでいい町だ」

 

 

 

 そう懐かしむように言うあたり、既にミシロには行ったことがあるようだった。

 

 

 

「何にもないとこですけどね……僕も好きでした」

 

「そうか……でもなぜこんなところまで?」

 

「あぁ……えっと……——」

 

 

 

 俺は少し迷って、それでもアーロンさんにならいいかと思い、生い立ちを話すことにした。助けてもらってるからいい人……などと安直にそう思っただけだけど。

 

 泣き顔まで見られた相手に、今更気をつかうのも変な話だろうから。

 

 父親がジムリーダーやってること。ミシロの友人と約束したこと。トレーナーになりたてで、まだ旅は上手くできないことなど……。

 

 アーロンさんはそんな長話を、コーヒーを飲みながら静かに聞いてくれた。

 

 

 

「——すみません。面白くもなんともない話ですけど」

 

「そんな事はないよ……君の人生の転換期に立ち会えていることに嬉しく思うくらいさ」

 

「そ、そんな大層なもんじゃ……」

 

 

 

 本当に大した事はない。

 

 俺個人としては大きな変化だけど、今更この歳で旅を始めるというスロースタートを決めてるだけなんだから。

 

 

 

「旅に出かけるというのは、歳をとるほど難しく感じるものだよ……君の歳じゃ、まだそこまでハードルは高くないかもしれないが……」

 

「……まぁ確かに。考えなしに旅に出かけられるほど、俺も神経太くはないですけど」

 

 

 

 今回の暴漢たちはその考えられる最悪の事態に近い事件だった。本当にアーロンさんがいなかったらと思うとゾッとする。

 

——ってあれ?そいえばもう一人の“元凶”はどこに?

 

 

 

「——ああ。彼なら君の横だよ」

 

「……」

 

 

 

 俺の気持ちを読み取ったかのように、あの学者を目で探す俺に対してアーロンさんは居場所を教えてくれた。

 

 その方向に転がっていたのは、大口を開けて、なにやら幸せそうな顔で寝息を立てる学者の姿であった。嘘だろこの人寝てるよ……。

 

 

 

「インドアの小心者みたいなこと言ってたのに屋外でぐっすりって……俺より神経太いんじゃ……?」

 

「これでも君が倒れたことについては責任を感じていたようだよ。君の傷の治療は、彼によるものだからね」

 

 

 

 そう言われ、自分が頭に包帯を巻かれていたり、殴打された箇所にガーゼが貼り付けられていたりと、適切で綺麗な治療を施されている事に気がついた。

 

 ただのキノココ好きだと思ってたけど、白衣を着ているのは伊達ではなかったということか……?

 

 

 

「……まぁ無事だったなら、体を張ったのも少しは甲斐があったってことかな」

 

「見ず知らずの人を助けるとは……君も中々優しいんだな」

 

「この人がそう言ったんですか?ただただ巻き込まれただけなんですけど……」

 

「ははは。何となくそうだろうとは思ったよ」

 

 

 

 アーロンさんには笑い事に見えたかも知れないけど、俺としては笑い事ではない。こっちは泣くほど怖かったんだから。

 

 

 

「いやぁしかし申し訳なかった。だったら三人まとめて僕が相手をしてあげればよかったかな?」

 

「さらっとすごい事言いますね……いいですよ。俺もあいつらには一矢報いたかったですから」

 

 

 

 ジムトレーナーを馬鹿にした発言に怒ったのを思い出して、また少しむかっ腹が立つ。まぁ終わった事だし、向こうも対して深い意味で言ったわけじゃないんだろうけど。

 

 

 

「かっこよかったよ。君はトレーナーとしてまだ初心者だと言うことだが、ノールックでキモリを操って見せた動きは見事だったよ」

 

「……あれはただ必死で……なんというか、ラッキーでした」

 

 

 

 よくよく考えたら、あんな大胆で大雑把な作戦で勝てたのは奇跡だった。

 

 

 

「——わかばが攻撃当てられなかったらそれこそ負けだったし、それだったらあんな賭けに出ずにまだ2匹目のポケモン出してブラフでもダブルバトルできるように見せかけた方が安全だった気がする。そもそも相手が2匹目のポケモン使ってきたらとか石とかその辺のもの投げつけてきたらとかそういうケアはできたわけじゃないしあそこは……ここは……こうでて……」

 

「あ、あー。ユウキくん?大丈夫?」

 

「はい⁉︎え、なんか言いました⁉︎」

 

「ははは。ユウキくんは面白いな」

 

 

 

 反省するうちに自分の世界に入っていたようだ。恥ずかしい。ミツルのこと言えねぇ。

 

 

 

「……よかった。君が旅に対して怖いと思ってるんじゃないかと心配だったんだ」

 

 

 

 出会って間もない俺にそんな心配をしてくれているのか。いい人なんだろうな。

 

 

 

「……まぁ怖いですよ。次また同じことがあるとしても、今日みたいに運良く乗り越えられるとは限らないし」

 

 

 

 それでも、簡単に折れちゃいけない理由が……今の俺にはある。

 

 まだ人に頼ってじゃないと歩けない道だけど、だからこそ俺が諦めるのは怖いからとかじゃダメな気がする。

 

 

 

「そうか……頑張るなぁ君は」

 

「頑張ってんのは俺よりこいつらですよ」

 

 

 

 褒めてくれるアーロンさんに、俺は手元のポケモン入りのボールを見せる。

 

 その中では疲れて眠ったわかば、チャマメ、アカカブの3匹が大事にしまわれていた。

 

 

 

「——俺は俺がしたいようにしてるだけで、だから頑張る理由もありますけど……ポケモンは違う。ただ主人が必要だからという理由で訓練したり、戦ったり……それでも目立った反抗ひとつなく、今日までずっとついてきてくれている……」

 

 

 

 そんな奴らに旅に同行してもらっている。我慢強いこいつらに、何度も助けられる……だから、感謝だけは忘れちゃいけないとも思う。

 

 

 

「……君はトレーナーとして大事なことを既に仲間から学んでいるわけだ」

 

「それについては本当にそうですね。だから、もっと強くなりたい」

 

「ふふふ。若いとはいいなぁ」

 

 

 

 あなたも充分若そう——そう思って、いやこの人何歳なんだろうと脳裏を過ぎる。

 

 見た目は20代後半?くらいだが、纏う落ち着いた雰囲気は結構歳重ねないと中々醸し出せないとも思う……。

 

 

 

「そんなにおじさんではないと思うんだが……」

 

「へ⁉︎あ、いや……すんません」

 

 

 

 俺の視線から意図を感じたのか、悲しそうにアーロンさんは言う。す、すいません。失礼でした。

 

 

 

「はは。まぁアレだよ。君自身強くなりたいなら、今のうちから大いに悩むといい……悩んだり迷ったりするのは、子供の特権だからね」

 

「子供の特権……ですか?」

 

 

 

 それは俺にとっても不思議な響きだった。

 

 確かに経験を積んで大人になれば、迷うことも少なくなるとは思うけど、大人になったからといって迷うことがいけない事になる……というのは、いささか乱暴な論理な気がした。

 

 

 

「大人というものを定義するのは難しいけど……人生、経験を重ねるほど、人は何か大事なものを手にする。それをずっと守っていこうとすると、余裕がなくなっていくんだ。そしてそんな状態が長く続くと、次第に考えることも疲れるようになる」

 

「考えることが……疲れる……」

 

 

 

 今までそんな風に考えたことはなかった。

 

 大人は自分より賢くて、判断を早く出せるものだと思っていた。少なくとも俺が尊敬する大人はみんなそうだと思った。

 

 母さんやオダマキ博士……サオリさんに……親父も……。

 

 何か苦手な分野はあっても、きっと俺よりも余裕があるんだろうくらいに思っていた。

 

 

 

「もちろんみんながそうだとは言わないさ。でも、今君が悩んだりできるのは、そうした大人たちの支えもあるおかげである事を忘れないで欲しいとも思うんだ……君を取り巻く大人たちは、ただ子供の行く道が幸せなものとなって欲しいと願っている事を……忘れないで欲しい」

 

 

 

 ——だからこそ、大いに悩め。その為に大人は俺を応援してくれている。そう捉えることが、感謝の証にもなるとアーロンさんは言う。

 

 

 

「……肝に銘じておきます」

 

 

 

 自分がどうして周りの気持ちに応えることに躍起になるのか……それの言語化はずっと難しかった。

 

 でも今の言葉がひとつの理由なんだとしたら、俺は自分が思っているよりも幸せ者なのかも知れないと思った。

 

 今日こうして、また感謝したいと思える人に出会えたことも含めて。

 

 

 

「——さ、君ももうおやすみ。僕はもう少し火の番をしておくから」

 

「……すいません。そうさせてもらいます」

 

 

 

 語らいも、気づけばかなりの時間が経過していた。

 

 今日は色んなことがあったので、さっきまで寝ていたけど、すぐに眠れそうな感覚があった……今度はいい夢が見れるといいな。

 

 

 

——♪

 

 

 

 ふと、横になった俺の耳に、心地よいギターの音色が届く。

 

 アーロンさんの方を見ると、焚き火に照らされたギターを弾く姿が目に映る。うわぁめっちゃ似合う。

 

 

 

「……知らない曲かもしれないけど、君がいい夢を見れるような曲を……——」

 

 

 

 そう言って、彼は指を弾く。

 

 弦が震わせる腹の底に響くような重く、それでいて哀愁と心地よさもあるギターは……。

 

 

 

 あっという間に俺を夢の世界へ連れて行った……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——大きな樹が、そこにはあった……。

 

 

 

 天にも届こうかというほどのそれは——

 

 

 

 翡翠色(ひすいいろ)に輝いている……。

 

 

 

 ……アーロン……さん?

 

 

 

 その樹の前に、彼は立っている。

 

 

 

 こちらに背を向けて……ゆっくりこちらを振り返り……何かを口にする。

 

 

 

 

 

 ——次は、君の番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——夢か」

 

 

 

 目を開けると、朝が来ていた。

 

 起き上がった俺は、今度ははっきりと覚えている夢を思い出しながら辺りを見回す。湿気がすごく、朝方降りた露がそこいらの葉を濡らしていた。

 

 そして、そこにはもうアーロンさんとルカリオの姿はなかった。

 

 

 

「……もう行っちゃったのか」

 

 

 

 貸された寝袋はそのままだったが、彼が使っていたマグカップやポット、ギターも何もかもが片付けられていた。

 

 まるで最初から、俺とこの学者以外にいなかったかのように……。

 

 

 

「——また会えるかな」

 

 

 

 

 一抹の寂しさを覚え、俺もまた身支度を始める……まずは、この学者を起こすところから始めねば。

 

 

 

 

 

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その者は霞の彼方へ……——。

めっちゃ文章切り詰めたと思ったのに……まだ長いのか。
そんな制作の裏側。イケメンにギターで寝かしつけられたい人生だった……。

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第24話 治療

 
二日なーんにもしないことで疲れとってきました♪
話も一緒に吹っ飛んでる可能性あるな……ちょっと読み返すか(地獄)。私は自分へのご褒美に温泉に浸かるようにしてます。

本編!!!




 

 

 

「——ええ。ゴロツキを使った作戦は失敗ね。野良のトレーナーに邪魔されたわ……」

 

 

 

 物陰からユウキ、アーロン、白衣の学者がやり取りをする様を、茂みの中から覗く何者かの視線があった。その女性はデバイスの通話で誰かと話している。

 

 

 

「大丈夫よ。私もプロ……ちゃんと報酬分は働くわ……ええ。安心してちょうだい。それじゃ——」

 

 

 

 プツッ——そう短くやりとりして、彼女は通話を切る。

 

 

 

「……せっかちねもう。もう少し余裕を持って待てないものかしら?」

 

 

 

 電話相手に向けてそんなため息をひとつ。彼女はそれでも微笑みながら彼らを眺める。

 

 

 

「ふふふ。こんなところで面白いトレーナーに会ったわね。それにあの男は確か……——面白くなってきたじゃない?」

 

 

 

 一人納得する彼女は、これ以上長居は無用とその場を静かに去る。その後、ユウキが気を失うまでにそう時間は掛からなかった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トウカの森を抜け、俺たちはようやく『カナズミシティ』に着いた。

 

 カナズミは“知識の街”と称されるほど、教育活動が盛んであり、街そのものもそれに特化した施設が多く存在する。その知識の中には、当然ポケモンバトルに関するものが多く占めていた。

 

 

 

「でっけぇビル……はいいんだけど」

 

 

 

 そんな都会を見回す余裕はない。

 

 なんでかって?今めっちゃ腕を引っ張られてるからだよ。

 

 

 

「ほらほらユウキくん!カナズミのポケセンなら人間の方の治療もしてくれる設備揃ってるからね!早く打った頭とか診てもらおう!」

 

「いや、あの、わかったんでそんな引っ張んないで?」

 

「頭はデリケートなところだからね!?君には大したことがないと思えても中はどうなってるかわからないんだからね⁉︎」

 

「わかりましたから引っ張らなくても着いていくんで——」

 

「僕の話ちゃんと聴いてるかい⁉︎」

 

 

「こっちの台詞だわ‼︎頭いかれてんのか⁉︎」

 

 

 問答無用で牽引されながらも、俺は必死の抗議をするがまるで彼の耳の届かず、カナズミの大都会で男二人は仲良く手を繋いで天下の往来を突っ切ったのだった。

 

 知り合いに見られたら軽く死ねる……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——はい。どのレントゲンにも頭の異常は見られませんでした。問診でも問題なさそうなので、包帯変えておくくらいで大丈夫そうですね……もう帰ってもいいですよ♪」

 

 

 

 俺は結局あの聞く耳持たない白衣の勧めでカナズミのポケモンセンターに世話になっていた。軽く問診を受けたあと、備え付けのレントゲン写真で頭を診てもらったが、今言った通り全く問題はなさそうだった。

 

 なんだかんだ、結果がわかるまで不安だったのは内緒だ。

 

 朗らかな笑顔で俺に処置をしてくれたジョーイさんの診察が終わり、俺は預けていた手持ちのポケモンを帰りしなに受け取って待合に行く。当然そこで待っていた学者さんにことの次第を報告するためだ。

 

 

 

「大丈夫でしたよー」

 

「そうかよかったぁぁぁ‼︎君に何かあったらどうしようかと——」

 

「だぁぁぁもう度々ひっつくな!」

 

「コホン——ポケセン(病院)ではお静かに。」

 

 

 

 学者のハグに抵抗していたら、通りすがりのジョーイさんに怒られた。とんだとばっちりである。

 

 

 

「はぁ……でも何もポケモンの治療費まで出してくれなくてもよかったのに」

 

「それくらいは出させておくれよー。危ないところ助けてくれた君にはこれでも足りないくらいなんだから」

 

「……まぁそういうことなら」

 

 

 

 こんな空気読めない感じでも、この人なりに責任というか、感謝みたいものは感じていたみたいだった。個人的には根無草の俺が出費を減らせたのは大きかったので、ここは素直に受け取っておこうと思う。もう払われてしまったものをどうこうできないわけだし。

 

 

 

「それにしても大袈裟ですよ……軽く小突かれただけだったし」

 

「うん……でもそれが原因で死んだりすることだってあるからね」

 

 

 

 『死』——なんて言葉をさらっと発した学者。それに少しドキリとさせられ、思わず彼の顔を見る。言わんとしていることはわかるが穏やかじゃないというか……この人、昔なんかあったのか……?

 

 

 

「人間、思いもよらない時に命を落としたり、取り返しがつかないことにもなりかねないからね……『あそこであーしておけば……』なんて後悔するくらいなら、心配性だとばかされるくらい平気だから」

 

 

 

 それは確かにその通りだった。

 

 俺たちの体の仕組みも全て解明されているわけではない。だからこうしておけば絶対だとか、この程度なら大丈夫だとかいうものは油断以外の何物でもない。

 

 この人は、自由奔放には見えるが……何故だかそういう事には慎重になるような事が過去にあったんだろうか?衝撃的な経験が、彼にそう負担をかけていたかもと思うと何か申し訳なくなってきた。

 

 

 

「……あの、それってもしかして誰か知り合いが……?」

 

「ん?僕の友達は元気だよ?どうしたの急に」

 

 

 

 ガクッ——。

 

 ……心配して損した。

 

 俺の考えすぎだったらしく、気づけば学者さんも元の表情に戻っていた。まぁ彼なりの忠告だったのだろう。旅は身体が資本。一応、肝に銘じておこうと思う。

 

 

 

「さて!それでは僕も本社に戻るよ!色々ありがとねユウキくん♪」

 

「え?あぁ……お疲れ様でした……」

 

 

 

 学者も満足したのか、俺と固く握手をしたと思ったら、足早にポケセンから出て行こうとしていた。その彼が振り返りざまに——

 

 

 

「僕は“ツシマ”!またどこかで会おうねー!」

 

 

 

 そう名乗って走り去った。

 

 ツシマ……さんか。

 

 忘れたくても忘れられそうにない存在感だったなと、俺は苦笑いするのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——カナズミジム、執務室。

 

 

 

「——“ツツジ”リーダー。お客様がお見えです」

 

「はぁ……やっとですの?」

 

 

 

 

 

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無事にカナズミへ……そして、待ち構えるはジムリーダー——!

おや?ORASの時とは様子が……?
とか一応言ってみます。

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第25話 試験とジム戦


大丈夫かな?俺の考えてる構成でちゃんと走ってるかな?
そんなことに悩む今日この頃。




 

 

 ——カリカリ……カリ…………。

 

 

 

 静かな一室には、長机が整然と並んでいる。

 

 そこに座る人間たちは、真剣な眼差しで自身の目の前にある用紙に向かっていて、彼らの手元から小気味のいいシャーペンの音が教室に響いている。

 

 その中に、冷や汗を滲ませるユウキの姿があった。

 

 

 

(——『特性“頑丈”に対して“道連れ”の効果が適応された際の正しい反応は……』——『HLC公認ルールのシングルバトルの審判の選定基準は次のうち……』——やっべ時間ねぇ!)

 

 

 

 内心で用紙に書かれた問題を復唱しながら必死で頭を回しつつ、正面の壁にかけられた時計に目をやる。その下で、黒髪を赤いリボンで結んでいるのが特徴的な少女が、真剣な眼差しで手元の腕時計に目をやっているのが見えた。その様子から、時間がさらに迫っていることにも気づいたユウキ。

 

 最後の1秒まで無駄にするまいと必死で手を動かす……——

 

 

 

——キーンコーンカーンコーン……

 

 

 

 教室にチャイムの音が鳴り響く。それと同時に少女は声を上げる。

 

 

 

「ストップ!そこまで——答案用紙を回収しますので、しばしそのまま、紙に触れずにお待ちください」

 

 

 

 全員がその声に従って伏せていた顔を上げる。それまで息を止めていたかのような緊張感が一気に解け、その場の大勢がため息にも似た声を漏らす。ユウキもそのうちのひとりだった。

 

 

 

「……どうでしたか……初めてのテストは?」

 

「はは……正直もうこりごりですかね……」

 

 

 

 答案用紙を回収しにきた少女——“ツツジ”がユウキの席で足を止める。ツツジはユウキの書いた答案を少しだけ目を通しながらそんなことを聞いてきた。

 

 

 

「フフ……とりあえずお疲れ様ですわ。この後採点で少し空けますから、しばらくはジム内でお待ちいただいてもよろしくて?」

 

「了解です……それじゃあまた」

 

 

 

 軽く言葉を交わし、彼女は他の答案を回収に回った。それを見送って、張り詰めていた気を緩めて机に突っ伏すユウキ。

 

 

 

「な……なんでこんなことしてんだろ……」

 

 

 

 ジムの門を叩いたはずなのに……そんなことを思いながら、少し前にあった事を思い出すユウキだった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 話は一時間前に遡る。

 

 俺はツシマさんを見送った後、カナズミでの今後について考えていた。

 

 カナズミに来た目的は親父からもらった“紹介状”を用いてジム挑戦に漕ぎつけること——親父の話ならとりあえず門前払いということにはならないと思うが、これからジムに行ってすぐに戦うことになる可能性も考えると、無策で突っ込むのはあまり賢い選択とは言えそうにない。

 

 

 

「——かと言って、ジム戦の対策を講じるのも難しいよな」

 

 

 

 ジム挑戦に必要な情報は、HLC公式の出しているウェブサイトやトレーナー特集の雑誌などで確認できるものもある。その中にはそのジムが得意とするタイプや、リーダーの得意な戦術、使用するポケモンの種類など、割と有用なものが揃っている。

 

 しかしジムチャレンジがトウカで教えられた通りの難易度だとすると、それだけで勝てるとはとても思えない。例えば、今回挑戦するつもりのカナズミジムのジムリーダー“ツツジ”さんの使ってくるポケモンのタイプは——『岩』。

 

 このタイプは防御力の高いポケモンが多く、物理耐久では無類の強さを誇る。代わりに特殊耐久は低いポケモンも多く、弱点にはキモリ(わかば)のもつ『草』タイプがあるので、そういった面では有利に戦えそうだとは俺も思っていた。

 

 でも——それだけで勝てない何かは、今の俺には知る由もない。

 

 

 

「——結局、体験するのが一番早いってことか」

 

 

 

 そう思うと、親父のくれた“紹介状”の意味が少しわかる気がする。

 

 ジムチャレンジには、挑戦のたびに多額と約束金を支払わなければならない。それは資金繰りの時間も考えて、ひと月に一回挑戦できるかどうかという事。しかもその間は、その土地での仕事で食っていきながらになるので、実際は二、三ヶ月に一度くらいが限度になる。それをしながら、ポケモンたちの育成や攻略のための仕込みなどをしていかなければいけない事を考えると……やはり旅を始めてすぐのトレーナーが行う挑戦としては無謀過ぎるものがある。

 

 一度の挑戦には、何かしらの勝機がなければ話にならないのだ。

 

 

 

「……それをこの一回で学んでこいってことね。わかったよ」

 

 

 

 正直これから申し込む試合は“捨て試合”。

 

 その一度でできるだけ多くの情報を仕入れて、次の挑戦に全てをかける。今出来ることなんてのはそんなもんだ。

 

 

 

「できたら、この一回で勝てるといいんだけど……」

 

 

 

 そんな甘いことを言いながら、俺はカナズミジムの場所を地図アプリで検索をかけていた。ポケモンセンターからそう遠くないところにあるのを確認し、ジムを目指す。

 

 親父のところとは違う……本格的に戦うことを意識したジムへの訪問。少し緊張するのを押し込めて、俺は意を決して歩くのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ミシロタウンのユウキさんですね。トウカジムからの紹介状、確かにお預かり致しました。当リーダーを読んで参りますのでしばしかけてお待ちください」

 

 

 

 カナズミジムの受付で紹介状を渡すと、話はすんなり通った。あとはジムリーダーを待つだけとなり、シンプルながら高級感のある待合のソファに腰掛ける。

 

 どこか落ち着かなくて、そわそわしては周りを見渡す俺は、いつになく緊張していた。そりゃそうだ。ジムリーダーの下調べは公式サイトで確認した得意タイプとその容姿のみ。ハルカが倒した相手だったから、記憶にも残っている——そんな“彼女”についてはその程度の知識しかない。その相手に、これから戦いを申し込もうと言うのだ。

 

 

 

(——今考えたら、ふざけてんのかとか思われるかな?実力なさすぎたらめっちゃ怒られたり……うわ、なんか猛烈に帰りたくなってきた!)

 

 

 

 そんな事を考えていると、奥の部屋から一人の女性が出てくるのが見えた。

 

 黒いワンピースに赤いネクタイ。長い髪をタイと同じ色のリボンで結んでいる“少女”が、俺の方に真っ直ぐ歩いてくるのがわかる。

 

 その姿を捉えた時、俺の心臓が跳ね上がり、身体は勝手に立ち上がっていた。受付に話を通してもらってそれほど経っていなかったので、心の準備も中途半端になっていた俺は、ガチガチに緊張してしまう。

 

 “少女”——外見通り、そう呼んでいいものかわからない程の強者の風格は、素人の俺でもわかる程だった。

 

 

 

「——ごきげんよう。はじめまして、ユウキさん」

 

「あ……は、はじめまして。“ツツジ”さん……」

 

 

 

 落ち着いた雰囲気。

 

 これで俺とそんなに変わらない10代なんて嘘だろ?と思うほど、重厚な気配が漂う。まるで値踏みするような鋭い視線は、緊張しまくりの俺に刺さる。

 

 

 

「あら?そんなに緊張なさらなくてけっこうですわよ。センリさんからお話は伺っております……さぁ、まずは紅茶でも淹れてのんびりお話でもしませんこと?」

 

 

 

 途端に優しげな顔になるツツジさん。俺の緊張を見越して、肩の力を抜くよう勧めてくれた。いや……親父以外のジムリーダーって見るの初めてだからそうは言われても……。

 

 

 

「す、すいません……でも俺——」

 

 

 

 紅茶を飲んで談笑……っていうのも悪くはないが、これから戦おうって相手とのんびりご歓談とは正直難しい。しかしそんな心境を見透かしていたのか、その点についてもツツジは踏まえて言葉を遮る。

 

 

 

「あなたのジムチャレンジについて、私はまだ返事をしておりません。その点についても、まずはあなたのお話を聞かせていただきますわ……よろしくて?」

 

「え……は、はぁ……」

 

 

 

 紹介状の効力は、親父の話した通りなら結構凄いもんだと思っていたけど。この様子だと、やはりジム挑戦についてはジムリ当人の意思が尊重されるのか?

 

 そんな事を思いつつ、有無を言わせない雰囲気だったのでお茶の席に着くことになった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——お茶の誘いとはなんだったのか。

 

 通された部屋で2、3言話した後、そこでいきなり「基礎知識がどれくらいなのかみたいですわ♪」とか言われて、これからやるとか言っていたジム内の定期テストに無理くり参加させられて今に至るわけだ。

 

 もうお茶の誘いなんて二度とならない。そんなことを心に決めるほど、このテストには悩まされた。問題の内容が結構難しかったのだ。まるっきりわかんないこともなかったけど、これってジム挑戦に何か関係あるのか?

 

 もしかして、赤点とったらジム挑戦は無効に……?

 

 

 

「——先ほどから顔を赤くしたり青くしたり……どうされたんですの?」

 

 

 

 ——と、いつのまにか隣で俺と同じ目線にまで顔を近づけていたツツジさんに意識を戻された。俺はカナズミジムの敷地内、その自販機横のベンチでひとり座りながら考え込んでいたためその反応に遅れる。

 

 

 

「え——あ、ツツジさん⁉︎は、早かったですね⁉︎」

 

「そんなに驚かなくても……まぁいいですわ。それより、やります?私への挑戦」

 

「す、すいませ——え?」

 

 

 

 何気なく、さらっと言い放つツツジさんの言葉に……またしても反応にラグが生じる俺。ちょっと待って?テストの結果とか意味とか……なんの関係があったかとかの説明は⁇

 

 

 

「やりたいのでしたらお相手しますわよ……?もちろん、このバッジをかけて♪」

 

 

 

 

 

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その少女の真意は……次回、初ジム戦——‼︎

最近言葉の使い方が変なのはしょうがないとして、もっと簡単に説明できんもんかと悩んでる……まぁ、趣味の範疇なのでご容赦くださいね。

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第26話 戦闘準備


私は深夜の人気のないファミレスでご飯を食べるのが好きです。
なんかわかる人います?

本編!!!




 

 

 

 ツツジさんに連れられて来たのはカナズミジムのバトルコート。公式戦で使うためなのか、かなり設備が綺麗に見える……ような気がする。

 

 今は俺たち二人だけが、この空間にいる状態だった。

 

 

 

「——もう一度意思確認をとりますが……紹介状の取り決めに則り、わたくしカナズミジムリーダー“ツツジ”に挑まれる——ということでよろしいでしょうか?」

 

「え……あ、あの……」

 

 

 

 なんだか事がすごいスピードで進むため、それに意識がついていかない俺は生返事してしまう。

 

 

 

「紹介状を渡された時点で、あなたには優先権があります……もしまだその気ではないとおっしゃられるなら、紹介状はお返しします。挑まれる覚悟がお有りになりましたら、またお越しいただくことも可能ですが?」

 

「……それは、覚悟してます。でも質問いいですか?」

 

「どうぞ」

 

 

 

 ツツジさんは淡々と事務的な事項を述べて、俺への意思確認をしてくる。

 

 挑む事で情報を得るために来た——その思惑は変わっていないため、それについては問題はないのだが……。

 

 

 

「さっき受けさせられたテストってなんだったんですか……?あれもジム挑戦の一環……とか?」

 

 

 

 ジムリーダーにはある程度、挑戦者を選ぶ権利がある。昔に比べてプロへの敷居が上がったとはいえ、年間膨大な挑戦者がたった8つのジムに押しかけてくるため、志望者をある程度限定する事は当然と言える。

 

 ツツジさんもそういう目的があるのかと勘繰ったが……。

 

 

 

「あぁ……アレですか……まぁそんな感じですわ」

 

 

 

 ん?なんか急に適当な返事になった気がする……さっきまでシャキシャキしてたじゃん。どうした急に?

 

 

 

「それはともかく。質問がそれくらいでしたら、早速始めませんこと?わたくしもあなたも……時間は有限ですもの♪」

 

「なんか釈然としないけど……わかりました」

 

 

 

 不満そうにしながらも、俺はそう返事する。ここで食い下がって下手にヘソを曲げられても困る。ジム挑戦に支障が出るといけない。

 

 いやほんと釈然としないけど。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ジム挑戦で行われるバトルにはHLCが指定した様式が採用されている。

 

 

以下がそのルールの概要である。

 

 

 

・バトルは原則『シングルバトル』。手持ち(パーティ)の選出は各自3体まで。

 

・ジムリーダー側はジムバッジの保有数に合わせて、HLC規定に則った手持ちを使用すること。

 

・道具の使用は禁止。事前にポケモンに持たせていた道具*1に関しては限りではない。

 

・トレーナーはトレーナーズサークル*2から出てはいけない。

 

・意図的にトレーナーを直接攻撃させるような指示は禁止。危険行為と見做されれば、リスクバイオレーション*3を宣告される。

 

・手持ちは互いにバトル開始前のポケモン選出準備段階で10分間、開示される。

 

・制限時間は30分。それを過ぎた場合、残りの戦闘可能ポケモンの多い方の勝利。同数ならジムリーダー側の勝利。

 

・バトルコートの指定権はジム挑戦が持つ。但し交渉は可能。

 

 

 

 ……大体こんな感じだった。

 

 他にもいくつか細かいルールもあったが、ジム挑戦に関するルールブックをツツジさんから受け取っているので、必要に応じて目を通すことを心がけておく。

 

 俺は特に自分に関係するルールの復習をしながら、コートサイドに位置する自陣のベンチに座っていた。

 

 

 

「——それでは、まずは互いの手持ち(パーティ)の公開から始めましょう……準備はよろしくて?」

 

 

 

 審判台を挟んだ反対側のベンチの前に立つツツジさんは、そういうと手元の機械に手持ちのボールをセットする。

 

 俺の方にも同じ機械が存在し、丸いくぼみが6つ空いたそれに、ツツジさんに習って3つのボールをセットした。

 

 その後自分の『トレーナーズID』をスキャナーに通して準備完了。

 

 ツツジさんに了解の意思を示すと、互いの機械が起動し、備え付けられた液晶パネルが煌々と輝きだした。

 

 

 

【カナズミジムリーダー・ツツジ】

 

・イシツブテ ・リリーラ ・ノズパス

 

 

 

 液晶には対戦相手の情報が記載されており、ポケモンの名前とその容姿、あとはタイプが載せられていた。

 

 向こうにも同じ情報が送られているだろう事を確認し、チラリとツツジさんの方を見る。その表情は真剣そのもので、時折頷く様子が見てとれる。

 

 なんだろう……うちの手持ちを見て何か思うところとかあるんだろうか——などと考えていたところで、自分は自分でやる事をしなければと液晶に視線を戻す。

 

 ツツジさんは岩タイプのプロフェッショナル。その前評判通り、使ってくるポケモンも岩タイプを持つものばかりだ。

 

 ただノズパスとリリーラに関して俺が持つ情報は、研究所やジムの蔵書の中で見た程度でほとんどわからないといった感じだ。

 

 逆にイシツブテはジョウトにも生息していたポピュラーなポケモンなので、どんな闘法をするのかは大体読める……と思う。

 

 今回は相手の手持ちが3匹と選出は固定されているので、あとはこちらが最初に出すポケモンを考えればいいだけだった。

 

 

 

「でもそれは向こうも同じなんだよな……」

 

 

 

 こちらの手持ちも3匹しかいないので、ツツジさんも条件は同じだ。つまり、こちらに岩タイプの弱点をつけるポケモンが何体いるのかは割れている。

 

 幸いキモリ(わかば)ナックラー(アカカブ)がそれぞれ岩タイプの弱点をつけるので、条件はこちらがやや有利のはず。なら単純にタイプ相性を考えて、草と地面技両方の弱点を補うタイプを持つ岩と草の複合タイプのリリーラが先発でくる可能性が高そうだった。

 

 

 

(元々こういう交代有りのシングル戦は初めてなんだ……ここは深読みせずリリーラが先発でくる事を読むべきだよな……)

 

 

 

 しくじったら、それはそれで勉強。そう割り切って、リリーラ先発を想定してこちらも選出を考える。

 

 だが、リリーラがどんな戦い方をするポケモンかまるでわからないため、今のところ草・岩複合で付ける弱点の武器を持ち合わせない俺にとっては、わかばかアカカブどちらかの選出を優先すべきかくらいしか考える事ができなかった。

 

 

 

(……わかばを選出すればある程度の戦いにはなるだろうけど、まだ完全に指示で制御できるわけじゃない。それにリリーラに有利に立ち回れても、後の2匹と戦闘を考えるなら消耗は避けるべきか……ならここはナックラー(アカカブ)先発。デバフで相手の隙を作るジグザグマ(チャマメ)の仕事に意識を残しつつ、決めれるときはキモリ(わかば)で刺す——これだ!)

 

 

 

 意を決した俺はパネルで先発予定のアカカブを指定して準備完了のボタンを押す。すると画面は“STANDBY”の文字が表示された。

 

 それは、トレーナーに持ち場に着けという合図だった。

 

 ツツジさんの方も俺より先に終わったようで、俺と目が合う。

 

 

 

「——いい試合ができるといいですわね」

 

 

 

 そう言い残して、彼女もトレーナーズサークルに向かう。

 

 

 いい試合……か。

 

 ご期待に添えるかはわからないが、あとはその場のノリでなんとかするしかない。俺は気合いを入れ直し、トレーナーズサークルに足を踏み入れる。

 

 

 

 ——あの時の緊張とは少し違う。

 

 多くの観客に見られていたトウカジムでのバトルとは違う、審判を務めるトレーナーがいる以外、目立った観客はいないこの空間。だからこそそこに満ちる闘気が、俺でも肌に感じられるほど濃いと思う。

 

 

 

「——ではこれより、カナズミジムの『ストーンバッジ』をかけた公式戦を始めます……両者、構えて!」

 

 

 

 覇気のある審判の掛け声と共に、俺は選出ポケモンを確認。その中に赤い相棒が入っている事を目視して、俺はボール投げ込む態勢に入った。

 

 

 

(……この試合が始まる感じ……慣れるようになんのかな?)

 

 

 

 この肌の表面が焼けるような緊張感に心臓を痛めつつ、気持ちはしっかりとツツジに向ける俺。

 

 トウカジムで培った技術……それをこの人にぶつけるんだ。

 

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)‼︎」

 

 

 

 

 

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*1
俗称『持ち物(ギア)』

*2
試合中、トレーナーがポケモンに指示を送る為に待機するばしょ

*3
反則の一種。トレーナー及びポケモンを必要以上に危機にさらした場合の罰則。程度によるが試合そのものを失格にされる場合も





その合図は、熱い時間の始まりを告げる——!

今回はセットアップまで。
ちゃんと準備運動はしてますからね!

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第27話 誤った選択


朝慌ててる時に限って猫ってやつは擦り寄ってきやがる。
私を会社に行かせない気か貴様……(ナデナデナデナデ)




 

 

 

「行け!“ナックラー(アカカブ)”!」

 

「行きなさい!“リリーラ”!」

 

 

 

 対面したのはアカカブとリリーラ。

 

 紫の杯の様な体型から桃色の触手が生えている少し不気味な——そんな見た目のそいつは、俺が当初想定していた通りの先発だった。だったのだが……。

 

 

 

(結局一番厄介そうなのが出てきたか……あの見た目、速い動きは出来なさそうだけど、逆にいえば力押しや速さ比べみたいなわかりやすい事をしてこなさそう……どうするか)

 

 

 

 俺の想定はここまでしか出来ておらず、ぶっちゃけあとはなる様になるしかない。幸い技を当てることはできそうなので、ここはアカカブの“砂地獄”が生きるはず。

 

 

 

「さあ。先手はお譲りしますわ……それとも臆して?」

 

「今更!——アカカブ!“地ならし”‼︎」

 

 

 

 アカカブはそれを聞いて地面から飛び上がる。そのまま着地と同時に放たれた衝撃波がリリーラを襲った。

 

 リリーラにはしっかり命中したようで、身体がくの字に折れ曲がる様子が見て取れる。

 

 

 

(表情が読めないから効いてるかわかんないけど……——)

 

「これで動きは制限できた!——“砂地獄”‼︎」

 

 

 

 リリーラに使用した地ならしはデバフ効果付きの技だ。当たった相手に特殊な振動を送り込む事で速力をある程度減退させることができる。

 

 遠当てできるから使い勝手のいい技だ。今回みたいに地に足がついていないと当たらないため、使用機会は考えなければいけないが、当ててしまえば試合を有利に運べる。

 

 そして、こうして動きを遅くした相手に、本来なら当てづらいことこの上ない砂地獄を命中させることを目的とした戦略。今回はそれが上手くハマり、リリーラは砂粒が舞う旋風の中に捕らえることに成功した。

 

 

 

「地ならしに砂地獄とは……いい技をお持ちですわね」

 

「そりゃどうも!」

 

「……それで?」

 

「え……?」

 

 

 

 攻撃を食らっているはずのツツジさんが、余裕の笑みを浮かべる。眉ひとつ動かさず、ジムリーダーは俺に声をかけてきた。

 

 

 

「……それでこれからどうするおつもりですの?」

 

「どうするって……」

 

 

 

 その問答は、まるで「効いていないんですが?」——と言っている様にも聞こえる。

 

 確かに“地ならし”も“砂地獄”も、タイプ一致で使える技とはいえ、決め手にかける威力だというのは認める。

 

 だけどそれでもダメージは確実に与えているはずだし、“砂地獄”に囚われている間はリリーラは身動きが取れない。

 

 この距離でちまちまと削りを入れられるのはツツジさんだって苦しいはず——

 

 

 

「失念しているようですので、ここは体験という形で学んでいただきましょうか」

 

「……⁉︎」

 

 

「リリーラ——“エナジーボール”‼︎」

 

 

 

 突如リリーラの体が発光し、触手でかたどられた空間に緑色の球体が出現した。

 

 砂地獄に捕まっていてもお構いなく発動した技の名前は『エナジーボール』——……しまった!草技はアカカブに——

 

 

 

 ——ドゥオン‼︎

 

 

 

 気づいた時には球体が発射され、アカカブ目がけて飛んでいった後だった。

 

 

 

「——カブ避けろ‼︎」

 

 

 

 しかし技の後で叫んだところで既に遅く、エネルギーで固められた球にぶち当たったアカカブは緑の閃光に包まれた。そのまま吹き飛ばされ、立っていた場所から数メートル後退させられる。効果は……抜群だった。

 

 

 

「——緊張していたのでしょうか?タイプ相性はバトルの基本。地面が草に弱いこと——当然手持ちのポケモンの弱点くらいはご存知のはずですが?」

 

「くっ……!」

 

 

 

 そりゃそう言われても無理はない。というかなんで気づかなかったんだ俺は……!

 

 基本的にタイプ相性は有利不利を決める上で最警戒しておかなきゃいけない分野だ。それを忘れるほど、俺は緊張していた?いや、それよりむしろ——

 

 

 

「リリーラの先発に対しては読めていたようですわね。そこは素直に評価致します……ですが、小細工を弄しすぎて足元がお留守になってますわよ?」

 

 

 

 ぐうの音も出ないほど思ってることを先に言い当てられる。選出の時に考えすぎて、大事なとこが抜けていることに今更気づいた。

 

 自分が有利に試合運びをする作戦を練ることに注目しすぎて、肝心の“負け筋”について考えが及んでなかった。相手は当然ナックラー(アカカブ)が岩タイプに通りが良いのを警戒していたはず……。

 

 それを草タイプを扱えるリリーラで対処してくる事くらいわかりそうなもんだ!

 

 

 

「……どうやら聞いていた通りのようですわね」

 

「え、今なんて——」

 

「今は関係ない話ですわ。さあ!このままバトルを続けますの?それとも引っ込めて別のポケモンを使用なさいますの?」

 

 

 

 何か呟いていた様な気がするが、確かに今考えなければいけないのはそれだ。

 

 ——失敗は誰にでもある。俺みたいな初心者は失敗して当たり前だ。今はそれを割り切って、ここからどう挽回(リカバリー)するかを考えるべきだろう。

 

 まず、“砂地獄”下でも正確にこちらを狙い撃てるリリーラに対して、有効打を持たないアカカブをこのまま戦わせるのは悪戯にこちらの戦力を減らすだけだ。かと言ってまだわかばを出せるほどの状況には至っていない。

 

 あのリリーラを瀕死寸前、または倒すかした後でないと、いくら有利タイプとは言えジムリーダーの手持ち3体全てを相手にして勝ち切るのは無理だろう。

 

 ここは、アカカブともう1匹に踏ん張ってもらうしかない。

 

 

 

「アカカブ戻れ——!」

 

 

 

 “エナジーボール”のダメージで疲弊したアカカブを手元に戻す。それにより、場で効力を発揮していた“砂地獄”も、使い手の不在で解除される。

 

 

 

「あら……いいんですのそれで?」

 

「わかんないです……でも、俺なりにやってみるだけです!」

 

 

 

 ツツジさんの煽りにも似た質問に俺は正直に答える。

 

 今の状況……何が最適解なのかはわからない。わからないからこそ、試してみないことには始まらないのだ。

 

 

 

「——頼む!“ジグザグマ(チャマメ)”‼︎」

 

 

 

 今度はチャマメを出す。

 

 やる気は十分の様で、体の毛を逆立てて臨戦態勢をとっていた。

 

 ……で、どうするかなんだが。

 

 

 

「マジで有効な技がないな……」

 

 

 

 チャマメが覚えている攻撃技は“頭突き”と“輪唱”の二つのみ。しかしこの二つはノーマルタイプの技であり、岩タイプのリリーラには効果いまひとつ……。

 

 しかもさっきの地ならしの通りを見る感じ、かなり防御面に手厚くステータスが振られていることを考えると、これらの武器で戦闘不能に追いやるのは不可能に近い。

 

 

 

(……だったら、倒しやすくする準備だな!)

 

「チャマメ!“尻尾を振る”‼︎」

 

 

 

 チャマメは大きな毛羽立った尻尾を振り回し、リリーラに見せつけた。

 

 

 

 『尻尾を振る』——。

 

 視覚に訴える系のデバフ技だ。これを視界に入れたポケモンは、一部の筋肉が弛緩して防御力が下がる。

 

 リリーラはその耐久性で相手の攻撃を受け切るタイプのポケモンだろうことは、さっきのやりとりで学んだ。なら……まずはその長所をできるだけ抑える。

 

 

 

弱体補正(デバフ)ですか……しかしいくら防御力を下げても、あなたのジグザグマに有効打はないのでは?」

 

 

 

 読まれてる——よなそりゃ。

 

 流石はジムリーダー。俺のチャマメを一目見て現在のスペックを見抜いている。将来的には様々な技を覚えられるジグザグマという種族だが、今はまだ殆どの武器が“ノーマルタイプ”に偏ってしまっている。それを経験の浅い俺とを見比べて、しっかりと読み切った発言だと思う。

 

 読み合いじゃ勝負にならない。だからこそ——

 

 

 

「チャマメ!——尻尾を振る(ふり続けろ)‼︎」

 

 

 

 この行動を一貫して通す。リリーラは僅かだが消耗しているはず。そのリリーラの能力を下げる事は、体力を削る以上に効果が期待できる。デバフは毒や麻痺と違って、一度交代されるとその効力が消えてしまうが、もしそうされれば、こちらもアカカブを投入しやすくなる。

 

 ポケモンの出し入れはいつでも可能だが、交代際はどんなに隠しても隙が生まれる。投入されるボールの落下点を上手く見極められれば、こちらから先制できるチャンスになるからだ。

 

 

 

「——よくやった!戻れ‼︎」

 

 

 

 一通り防御力を下げる働きを見せたチャマメをボールに戻し、再びアカカブの入ったボールを戦場に投げ入れる。

 

 

 

「キツイと思うけど頼む!——アカカブ‼︎」

 

 

 

 ここでダメージを負っているアカカブを出し直す。負担は大きいが、弱体補正(デバフ)が効いているうちに早めに叩いておきたい。どの道、有効に働ける場面が限られているアカカブなら、ここで出すのがベストだと思った。

 

 

 

「今の防御力なら、倒し切れる——“噛みつく”‼︎」

 

 

 

 アカカブは精一杯の疾走でリリーラに迫る。身体構造的にあまり走るのは得意ではないが、それでも今一番ダメージを与えられるのは、アカカブの自慢の顎だ。

 

 それを警戒したツツジさんもリリーラを戻そうとボールを掲げている。距離的には僅かにツツジさんの方が速いか——

 

 

 

「——⁉︎」

 

 

 

 するとツツジさんはボールを掲げたのにリリーラを戻さなかった。そしてアカカブの噛みつくが間に合い、リリーラの胴体に食らいつくことに成功した。

 

 作戦は成功……でもなぜ交代させなかった?それでもダメージは確実に入ったことを喜ぶべきか?

 

 ツツジさんの行動に思考が乱される——と。

 

 

 

「どう来るのか、色々考えていましたが……それは悪手でしたわね」

 

「え……⁉︎」

 

「——“絡み付く”!」

 

 

 

 食らいつくアカカブに対して、リリーラは自前の触手でアカカブを絡めとった。依然噛み付いているため、ダメージは継続して入っているはず……なのになんで——

 

 

 

「——ギガトレイン(いただきますわ)

 

「しまっ——」

 

 

 

 『ギガドレイン』——。

 

 わかばの使う“メガドレイン”の上位互換であり、生命エネルギーを吸い取ることで“攻撃”と“回復”を同時に行う強力な技だ。

 

 その反面、ある程度接近しなければ使えない事から、あの絡み付くはそれを確実に当てるための技だったことがわかる。

 

 先程のエナジーボールと合わさって、当然アカカブが耐えられるわけもなく——

 

 

 

「——“ナックラー”戦闘不能!“リリーラ”の勝ち‼︎」

 

 

 

 審判は力尽きて横たわるアカカブの敗北を宣言する。

 

 

 

「……ありがとうアカカブ……もどれ!」

 

 

 

 頑張ってくれたアカカブへの感謝を忘れずに、悔しい気持ちを押し殺してボールに戻す。

 

 にしてもツツジさんの誘導には参ったよ。

 

 ツツジさんは初めからギガドレインでアカカブを仕留めるつもりだった。微量とはいえ、アカカブからの攻撃でダメージを負ったリリーラ。俺の手持ちが見えているあの人は、今後もあのリリーラの活躍が見込めると踏んで、俺を詰ませるために死に体のアカカブから体力を吸い上げておきたかったんだろう。

 

 そのために、ツツジさんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——というわけだ。俺はそれによってまんまと弱体補正(デバフ)の恩恵に釣られて突っ込んでしまった。

 

 それが俺の不覚……いや、その程度のトレーナーだとしっかり見極められているんだ。

 

  

 

(これが戦略……これがジムリーダー……!)

 

 

 

 読み合いにおいて、はっきりと格付けがついてしまった。

 

 ポケモンの強さだけじゃない。トレーナとしての強さを教えられた……。

 

 でも……それでも不思議と闘志が胸にまだ宿っている。

 

 面白い——そんな風に今思えていることに、この時の俺はまだ気付いていなかった……。

 

 

 

 

 

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その強さを支えるのは知恵と駆け引き——!

やっべ……思ってたより強いツツジさん……

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第28話 計算外


え?今日2度目の投稿?
構わん、行け。




 

 

 

(——まぁこの程度でしょうか。)

 

 

 

 わたくしはそう、目の前の挑戦者——ユウキさんを見つめて少しだけ落胆する。

 

 稀代のジムリーダー、センリさんの子供と聞いて少し期待していたが、やはりかの天才ほどの衝撃はない。この間ハルカさんに会った時の衝撃を……彼にも期待してしまったのは、少し荷が重いと言うもの。

 

 そんな勝手な言い分を心の中だけに押し込めながら、改めて彼を客観的に評価してみる。

 

 ……確かにトレーナーを始めて一週間ばかりと聞くと、成長速度はかなり早い。これだけ淀みなく指示を出し、わたくしの挙動も視界に捉えている視野の広さ。だからこそあのブラフにも引っかかったわけですが……。

 

 

 

(——ただ時折変な間があったり、考え込む節が見て取れるのは……貴方も分析がお好きなのかしら?)

 

 

 

 でもだからこそ、未熟な部分も多く見られる。

 

 先程のタイプ相性の不利に気付かなかった様子からもそれはわかる。まだ“何を分析すべき”で“何を考えないようにすべきか”という取捨選択が上手くいっていない。分析力の使い方がまだ拙い。思考にまだ雑念が混じる——。

 

 それらは貴方の様に考えながら戦うトレーナーにとっては致命的です。

 

 さて……大方このジム戦も“経験値を積む”というつもりで挑んできたのでしょうが、何か成果はありましたか?

 

 こちらはまだ1匹だけしか戦わせていないですし……リリーラも先のギガドレインで回復が——

 

 

 

「——⁉︎」

 

 

 

 わたくしは目を疑った。

 

 リリーラの息が……荒い。

 

 まさか——そう思って“マルチナビ”を取り出し、『ステータスチェッカー』のアプリを起動する。

 

 これはマルチナビのカメラで捉えたポケモンの大まかなステータスを確認できるもの。それを見れば、今リリーラがどんな状態なのかの詳細を確認できる。

 

 

 

(……体力の消耗が既に危険域に突入している……?まさかさっきの噛みつくで……⁉︎)

 

 

 

 思った以上にリリーラの消耗が激しかった。おそらくはあのナックラーの噛みつくでかなり削られていた。

 

 受けたダメージは防御弱体化もあってかなりのものだったことは認められるが、ギガドレインでの回復量の方も相当なはず……それがここまで削られるなんて——

 

 わたくしのダメージ感覚ではまだ充分余裕があるはずだった。思ったよりも攻撃力を有していたことに疑念を抱く……。

 

 ナックラーは確かに攻撃力の高い種族。それでもデバフを受けたとはいえ、タイプ一致でもない噛みつくがそこまでの火力を持つものでは……——

 

 

 

「——まさか!」

 

 

 

 わたくしには一つ心当たりがあった。

 

 そうだ……かなり個体数は少ないが、ある“特性”を持っていればその攻撃力が通常よりも高くなる。もしそうなら……——

 

 わたくしは再度ステータスチェッカーを見てリリーラの状態を確認する。するとジグザグマに減らされた防御力はしっかりと減退していることが確認できているのに対して、先ほど地ならしで下方されたはずの“素早さ”がまるで減退していないことに気付いた。

 

 

 

「——『力尽く』。技の追加効果をなくす代わりに、攻撃力を増す特性」

 

 

 

 それがリリーラが想定以上のダメージを受けた原因と見て間違いない。

 

 

 『力尽く』は近年発見報告が上がっているナックラーの特性であり、平均で3割以上もの攻撃力の上昇が見られることもあるという。

 

 しかも砂地獄のように拘束することが主目的になるような効果は打ち消さないという利点もあるため、あのナックラーにとってはまさにうってつけの特性だった。彼がその事を知っていて、今のも相打ちに持ち込もうとしての行動だとしたら……。

 

 

 

「……油断できませんわね。やはり」

 

 

 

 もしかしたら偶然だったのかもしれない。しかし彼の生い立ちや成長速度が並のトレーナーと一線を画すというのも事実。気は引き締め直した方が良い。

 

 こうなるとリリーラは体力の消耗に加えて、下方されている防御力も考えると……ここで一度下げた方が吉。このままでは有利相手のジグザグマにすらやられかねないですので。

 

 そう思いつつ、わたくしは彼が次のポケモンを繰り出すのを待つことにした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……やられた」

 

 

 

 正直ツツジさんの手腕に感動している場合ではない。早くも1匹欠いた状態での戦闘を余儀なくされている。しかも最後にアカカブの体力を吸って回復まで……これでほとんど振り出しに戻されてしまった。

 

 どうする——そう俺は自慢する。

 

 このままではリリーラの突破にキモリ(わかば)を使わなければいけない。それであとの2匹も……となると状況は最悪といえる。これなら最初からわかばに頼るべきだったと考えて——そこで俺はネガティブな発想を頭を振って外に追い出す。

 

 

 

(いやいやいや!確かにそれも一つの手だったってだけだ!どのみちわかば1匹で越せるほどジムリーダーは甘くない!もしそれでもワンチャンがあるなら、どこかで無理を通さなきゃいけないはずなんだ……!)

 

 

 

 格下の俺が渡り合うには、ない知恵絞って絞り尽くすしかないのだ。元々勝てる見込みの薄い戦いだったけど、それでもいざコートに立つと、負けることを前提に戦うのは嫌だった。というかそんくらいの意気込みじゃないと、何も得られずに帰ることになると今はわかる。

 

 本気の戦いが、俺を成長させてくれている。今までの反省は後だ。しでかした失敗より、薄い可能性でも対抗できる手段を見つけるために、今は目を使え。

 

 

 

「……なんだツツジさん……マルチナビを使ってる?」

 

 

 

 ようやく対戦者を見ることができた俺は、ツツジさんの奇妙な行動に気がついた。

 

 マルチナビはバトル中使用することは許されているが傷薬などの道具は使用できない。それを承知で使っているってことは、何か気になることでもあった?そう思いリリーラの方に視線をやると、さっきとは違う状況にも気がついた。

 

 

 

(リリーラ……なんか疲れてる?)

 

 

 

 顔が見えないのでよくわからないのが正直なところだが、さっきより佇まいに元気が感じられないように見える。心なしか触手も垂れ下がり、まるで肩で息をする疲れた人間の様にも見えたのだ。

 

 

 

「……まさか、さっき噛みつくが思ったより効いてるのか?」

 

 

 

 もしそうなら、それは嬉しい誤算だ。

 

 正直有効打を持っていないリリーラの体力があと一押しというところまで来ているなら、あとはジグザグマ(チャマメ)でも決められるかもしれない。戦力では不利を背負っているのは間違いないが、それでもわかばの負担が少なくなったなら……。

 

 

 

「——この勝負、まだ勝ち目はある……?」

 

 

 

 この戦い……わかば無くして勝算はあり得ない。それに伴って乗り越えるべき問題はまだたくさんあるが……それでも少しだけ見えた光明に、俺は手を伸ばせる。その価値はありそうだからだ。

 

 

 

 

「後少しだけ頑張ってくれ……いけ!“ジグザグマ(チャマメ)”‼︎」

 

 

 

 俺はもう一度チャマメを繰り出す。それを受けて、ツツジさんも動く。

 

 

 

「戻りなさいリリーラ!——“イシツブテ”!お願いします‼︎」

 

 

 

 やはりそうだ——!

 

 リリーラに対して有効打がないチャマメを見てすぐに交代してきた。デバフを嫌って下げた可能性もあるが、リリーラにはギガドレインがある。余裕があるならチャマメからも体力を吸い上げる為に待ち構えるんじゃないだろうか?

 

 そうなればゲームセットも同然……しかしそうしなかったということは、ツツジさん目線で“万が一”の存在が見えたという印。その万が一を避ける為の交代だとしたら……。

 

 ならここのイシツブテ戦は、いわば試合を左右する分水嶺——負けるわけにはいかない!

 

 

 

「——イシツブテ!“岩石封じ”‼︎」

 

 

 

 先に動いたのはツツジさんだった。向こうはこちらにどう攻めるのか、迷いがない分指示が早い。

 

 自身のエネルギーで生み出した岩石の塊を両の手で力いっぱい投げつけてくるイシツブテに対し、俺はチャマメに回避の指示を送る。

 

 

 

 ——グマッ‼︎

 

 

 

 チャマメは懸命に駆けて岩石の雨を避ける。確かあの岩には特殊なエネルギーが込められていて、当たった相手の素早さを低下させる効果があるはずだ。もし被弾をすれば、その分次の攻撃は当たりやすくなる。ここは是が非でも全弾回避だ。

 

 

 

 

「よく動く!——“転がる”‼︎」

 

 

 

 今度はイシツブテ自らが一つの砲弾となり、丸っこい身体を利用して自転し、こちらに突進してくる。確かあの技は——

 

 

 

「——“輪唱”‼︎」

 

 

 

 ユリちゃん直伝の輪唱を指示。中距離からの音の塊はしっかりとイシツブテを捉える——が。

 

 

 

——ゴロゴロゴロゴロ‼︎

 

「止まんない⁉︎」

 

「ヤワな攻撃ではイシツブテの転がるは止められませんわよ!」

 

 

 

 そうして猛進するイシツブテが、技のうち終わりのチャマメに突っ込んでくる。

 

 

 

「躱せ——‼︎」

 

 

 

 寸手のところで回避が間に合い、イシツブテはチャマメを横切る形となる。しかし、イシツブテは()()()()()

 

 

 

(——転がるって確か、時間経過で威力が増していく持続性の高い技だったよな……!)

 

 

 

 『転がる』——。

 

 自身の身を限りなく球体に丸め込み、自転しながら進む勢いで体当たりをしてくる岩技。自分の意思でそれを中断できないという使い勝手の悪さもあるが、時間経過でその速度と威力を雪だるま式に増大させていく。

 

 これを止めるには大きな衝撃を与えるか、状態異常などでイシツブテ自身が転がるを維持できなくさせるほど消耗させるかしかない。

 

 でもそのどちらの術もチャマメは持ち合わせていない。

 

 

 

「さあどうします?転がるの仕組みをご存じでしたら、何か手を打たないと不味いのではなくて?」

 

「わかってるよ!——チャマメ!とにかく今は避け続けろ‼︎」

 

 

 

 とはいえ今は対処法で凌ぐしかない。あれが本格的に強さを持つのはもう少し経ったらだ。

 

 だがそうなったら全てが遅い。

 

 でも輪唱程度ではイシツブテでは止まらない。かと言って頭突きで正面からぶつかっても、今のチャマメの力では弾き飛ばされるのが関の山だ。

 

 同じ突進系の技で止められるとすれば、それを超える威力を発揮できなければ力負けして終わる。正面からのぶつかり合いに正気は——

 

 

 

「正面——そうか!チャマ、もう一度避けろ‼︎」

 

 

 

 次にきたイシツブテをかなりギリギリでかわすチャマメ。どうやら今の回避でギリギリの速度のようだ。これ以上は躱せる速度じゃない。でも、()()()()()()()()()

 

 

 

「——イシツブテを追え‼︎」

 

「——⁉︎」

 

 

 

 チャマメは俺の指示に反応して、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに今通り過ぎたイシツブテに向かって走る。だが、イシツブテの速度はすでにチャマメの全速力でも追いつけないほどにまで加速しているため、まるで追いつける様子はなかった。

 

 

 

「無駄です!今のイシツブテにぶつかってもその子では——」

 

「このタイミングならどうですかね!」

 

 

 

 このタイミング——。

 

 加速しきったイシツブテが、再度チャマメに照準を合わせる時。ドリフト気味に地面を抉りながら、加速を続ける“ころがる”中、唯一“減速”するこの“切り返し(ターン)”する時……!

 

 

 

「まさか——」

 

「——いけっ!“頭突き”‼︎」

 

 

 

 

 

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その一瞬を逃さない——!

今日はノってるので2話投稿。
バトルパート楽しい(たぁんのすぃ)〜〜〜♪

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第29話 至る知恵


ウッキウキで書いてますので、誤字脱字が怖いです(汗)
自分で書いてて楽しいってのは贅沢っすねホント(ハナホジ




 

 

 

 イシツブテが旋回を始める一瞬。そこが加速した弾丸が、唯一減速するポイントだった。

 

 そこに目掛け、ジグザグマ(チャマメ)は肉薄する。いかにツツジさんが賢いとはいえ、ポケモンも同じレベルで知能があるわけではないはず。ましてや異変に気付いても、『転がる』の途中でそれを止めることはできない。

 

 この隙に加えられる一撃を躱す手立ては——

 

 

 

「——イシツブテ!解除(アンロック)‼︎」

 

 

 

 突如叫ぶツツジさんに反応して、イシツブテは信じられない挙動を見せる。

 

 本来止めれないはずの『転がる』の形態を解き、イシツブテは元の形態(フォルム)に戻ったのだ。

 

 

 

「止まれるのかよ⁉︎」

 

「——“マグニチュード”‼︎」

 

 

 

 形態を戻したイシツブテに既に隙はない。まさか反撃態勢を取られるとは思ってもみなかった俺は、チャマメに指示することもできずに、イシツブテの起こした地面攻撃に晒させてしまった。

 

 イシツブテが地面を叩いた衝撃が、チャマメを辺りの地面ごと襲う。

 

 

 

——マッ‼︎

 

「チャマメ——‼︎」

 

 

 

 つっこんでいた勢いが反撃(カウンター)気味に決まり、大きく後方へ吹っ飛ばされるチャマメ。地面に転がったチャマメは痛みに震えながらその場にうずくまる……。

 

 

 

「——ふう……今のは少しヒヤリとしましたわ」

 

「な、なんですか今の⁉︎」

 

 

 

 涼しい顔で立つツツジさんに対して、さっき有り得ない挙動をしたイシツブテについて問う。俺は自分の理解をはるかに超えた行動に全く検討がつかなかった。

 

 

 

「——『転がる【解除(アンロック)】』。イシツブテに教え込んだ派生技ですわ」

 

 

「“はせいわざ……?」

 

 

 

 耳馴染みのない言葉に、俺は目を丸くする。技や特性とはまた違うのか……?

 

 本来戦闘中に相手に質問などするべきではないのだが、俺の経験不足も考慮してくれてなのか、ツツジさんはその解説をしてくれた。

 

 

 

「派生技とは、ポケモンに教え込む事で習得できる……まあ“一芸”のようなものですわ。広く知れ渡っている技の性質を訓練を経て変化・強化させたものです。今のように本来の技から逸脱し、弱点を克服する場合だってあるんですのよ?」

 

「本来の技から逸脱……」

 

 

 

 確かにその説明なら納得がいく。

 

 『転がる中には止まれない』——というこの事実を、訓練によって克服した……要はそうできる様に訓練されたイシツブテだからこそできたことなんだ。でも、それってめちゃくちゃ……——

 

 

 

「そう……あなたが感じている様に、これは多くの時間と教えるための学がないとできない芸当です。本来の挙動と違った事をさせるには、何度も行う反復練習が欠かせません」

 

 

 

 俺の感想は的を得ていたようだ。やはり並大抵の努力でどうこうできるものではないのだ。

 

 でもできてしまったら絶大な効果を発揮するのも事実。あの『転がる』の弱点は、一度技を放ったら後にするトレーナーの細かい指示を受け付けなくなること。それが無くなるってことは、付け入る隙がないに等しかった。

 

 そうこう話している間に、チャマメの戦闘不能判定が審判によってなされた。これでこちらの手持ちは1匹のみ……。

 

 しかしこうなってはもうツツジさんは今の様な隙は見せてくれないだろう……。

 

 

 

「悪いチャマメ……無理させたな」

 

 

 

 チャマメは薄っすらとあった意識から、まだ頑張ろうと懸命に立つが、それを制して俺はチャマメをボールに戻す。頑張ってくれた事、いきなりの無茶な指示に応えてくれた事に感謝を込めて……。

 

 

 

(……気を取り直せ。俺——!)

 

 

 

 そう自分に一喝し、前を向く。

 

 元々不利対面。そう自分に言い聞かせる。今は作戦が失敗するのはしょうがない。

 

 やはり俺の知らないことはまだたくさんあるんだ。ましてや今のはツツジさんも危険を感じて出した奥の手のような感じで派生技とやらを使った様に見える。

 

 そう考えれば、新しいことをひとつひとつ知れる今の機会……無駄ではないはず。本来の目的である情報収集はできているのだ。

 

 

 

「……でもきついなやっぱ」

 

 

 

 ナックラー(アカカブ)に続いて、ジグザグマ(チャマメ)も戦闘不能となったわけだ。これでこちらの戦力はキモリ(わかば)1匹のみ。

 

 ……もう腹を括るしかない。

 

 

 

「——頼んだ!“キモリ(わかば)”‼︎」

 

「……!」

 

 

 

 俺はとうとう真打、わかばを戦場に投入する。

 

 緑色の頼もしい相棒は、いつも通りぶっきらぼうな態度で『やっと出番か?』みたいなことを目で訴えているようだった。

 

 

 

「……それが貴方のエースですか」

 

 

 

 ツツジさんの顔つきが、わかばを見て変わる。まるでわかばのことを値踏みするようにその姿をじっくり見てきた。

 

 

 

「なるほど……確かに強そうですわね」

 

「……?な、なんですか急に?」

 

「いえ、こちらの話ですわ」

 

 

 

 ツツジさんはその理由を答える気はない様で、すぐに戦闘に意識を戻す。

 

 

 

「——さぁ!最後の一瞬まで抗う気力がおありでしたら、全て吐き出してご覧なさい‼︎」

 

「……言われなくても!」

 

 

 

 俺はツツジさんの喝に呼応する様に気合を入れ直す。

 

 もう俺に後は無い。

 

 その現実は確かに重たいものだが、これまでの全てが決して悪いことばかりじゃない。

 

 ——わかったことがあるからだ。

 

 ツツジさんは確かにジムリーダーとしてしっかりと化け物(クラス)の実力を持っている。時点ではポケモンの育成レベル、トレーナーとしての判断も知恵も経験も……まるで通用しない。

 

 だけど、それでもこの人でも……()()()()()()()

 

 

 

——今のは少しヒヤリとしましたわ

 

 

 

 あれは派生技を使わなければ俺の作戦も概ね成功していたことを指しての発言ではなかろうか?

 

 そもそもの話、チャマメの放った技はノーマルタイプの『頭突き』。当たったとしても大したダメージにはならなかっただろう。

 

 それでも俺が攻撃させたのはイシツブテ止めたかっただけだ。そのことをツツジさんほどの人が気付かないわけがない。

 

 ならどうして『転がる』止めてまで『頭突き』を警戒したのか。

 

 もしかして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ツツジさんがそうまでしてダメージを受けたく無い理由って……——

 

 

 

「そいえばイシツブテって……」

 

 

 

 そこでふと、地元であるジョウト地方のイシツブテのことを思い出した。確かなんかの雑誌で“旅のお供に最適”だとか言ってた気がする。

 

 その理由って確か……——

 

 

 

「……まさか、()()を狙って?」

 

 

 

 俺の思考は定まった。

 

 もしかしたら俺の気にし過ぎかも知れない。それでもある一つの可能性に気付けた。

 

 これはきっと大きな情報だ。恐らくまだ、俺が気付いていることは向こうに悟られていないから。

 

 

 

「——わかば!“電光石火”‼︎」

 

 

 

 わかばは自身の力を足に込めて解き放つ。

 

 

 

「——速い!」

 

 

 

 ツツジさんが様子見のためにゆったりと構えているところに閃光のように飛び込むわかば。

 

 想定していたより速かったのか、イシツブテはほぼ反応できずにわかばに易々と間合いを詰められる。

 

 

 

(ですが……そのまま来るのであれば試合終了(ゲームセット)です!)

 

 

 

 ツツジさんを見ると、その目は驚きで満ちているわけじゃなかった。やはり何か策があったんだ。

 

 その瞬間を、今だけは俺が見抜いている——。

 

 

 

「——頼むぜ……言う事聞いてくれよ!」

 

 

 

 わかばに過ぎる不安は、未だ拭いきれていない。俺の制御をいつ離れるともわからないが、もし俺の考えが正しかったら……今回は指示に従ってもらう必要がどうしてもある。

 

 その為に——祈る様にわかばに叫ぶ。

 

 

 

「——“タネマシンガン”‼︎」

 

「——⁉︎」

 

 

 

 その指示に、ツツジさんが顔色を変える。

 

 やはりそうか……それが狙いだったんだ!

 

 

 

——ドドドドドドッ‼︎

 

 

 

 わかばの口から放たれた無数の種弾がイシツブテの固い皮膚にぶつかって弾ける。

 

 草技で岩と地面の複合タイプであるイシツブテには効力が4倍発揮される。しかし持ち前の物理防御に対して、単発ずつの火力は大したことがないタネマシンガンでは致命的なダメージとはならない。

 

 それ以上に、それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——

 

 

 

「まさか気づいたんですの……!」

 

「これで“頑丈”の特性は消えたんじゃないですか!」

 

 

 

 数発のタネマシンガンを受けたことで、イシツブテをうっすらと覆っていた霞んだ湯気のようなものがスゥー…と消えた様に見えた。

 

 『頑丈』——。

 

 ポケモンの生命エネルギーが満タンの時、そのエネルギーを使って、どんな攻撃でも一度は耐えるという高い防御性能のある特性。

 

 例え一撃必殺のダメージを受けたとしても必ず耐え、その後相手を確実に葬る秘策を用意するだろうことが予想できた。

 

 だからこの初撃は——その頑丈を解く為の仕掛けだ。

 

 

 

“岩石封じ——」

 

「遅い!——“メガドレイン”‼︎」

 

 

 

 イシツブテが反撃のためにとった技は『岩石封じ』——。しかしこの技は予備動作が大きく、素早いわかばなら後出しでも間に合う。

 

 『メガドレイン』はイシツブテの頑強な物理防御の影響を受けない“特殊攻撃”。それを受け、イシツブテの生気は一気に損なわれ……やがて力無く崩れ落ちる。

 

 

 

「……イシツブテ!戦闘不能!キモリの勝ち‼︎」

 

 

 

 審判の判断が下される。

 

 その瞬間、俺は自然と拳を握ってその結果を噛み締めていた。

 

 ほんの一瞬……あの瞬間だけはツツジさんを出し抜けたのだ。俺の頭から、何か弾ける様な感覚が全身に行き渡るようにして駆け巡る。

 

 それは興奮からくるアドレナリンの分泌だとすぐにわかった。

 

 

 

(よし……よしよしよし!ジムリーダーから……あのツツジさんから一本奪った!!!)

 

 

 

 この事実は大きい。

 

 わかばの性能に頼ったとはいえ、ツツジさんはそれも含めて返す手段を講じてきた。だからこそ、焦る俺が草技で弱点を突きに来ることを前もって予知していたんだ。

 

 というか、きっと挑戦者のほとんどがそうするだろう。その作戦に踏み切れるのは、この状況に慣れているから。

 

 わざわざツツジさんが慣れない作戦でリスクを負ってくるとか考えづらい。それはリリーラを戻した動機からも読み取れる。

 

 慎重、博識、冷静さ……それらを持つツツジさんの読みは事実当たっていた。俺が何も考えずに突っ込んでいたら、まず間違いなく最大火力のメガドレインで攻撃しただろう。

 

 だから、わかばだけに頼らない俺の作戦が通用したのだ。その事が、今は何より嬉しかった。

 

 

 

「……イシツブテにはお詳しいのですか?」

 

 

 

 ツツジさんはイシツブテを手元に戻しながら聞いてきた。おそらく俺がツツジさんの思考を読んだことに気づいたんだろう。

 

 

 

「いや……昔地元で“イシツブテは『頑丈』を持っているからもしもの時でも頑張ってくれる”——みたいな事を聞いたことがあっただけです……」

 

「それをこの土壇場……追い詰められてから思い出した、と?」

 

「多分普通なら忘れちゃってたんですけど……さっきテストに頑丈についての問題が載ってたので……」

 

「……なるほど。それで記憶が紐付けされていたのですね」

 

 

 

 どうやらツツジさんは、俺がイシツブテの特性について何故知っているのか得心が行かなかった様だ。

 

 実際、特性を考慮に入れて戦うのは思ったより難しい。トレーナーが直接指示を出さなくても、ポケモンが自動で発動するものがほとんどで、バトルが白熱するほど意識から外れていくからだ。

 

 今回思い出せたのは運が良かった。あのテスト、まさかこういう事を教えるために受けさせた訳じゃないだろうけど……助かった。

 

 

 

「……どうやら、少し決め付けが過ぎたようですわね」

 

 

 

 

 

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百戦錬磨、未だ微笑む——。

次回!決着!!!

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第30話 アンバランス


3日ぶりですこんちくわ!
気付けば話数も三十話……張り切って参りましょう。




 

 

 

 ……わたくしはイシツブテの入ったボールを見ながら、先程見せたユウキさんの挙動を思い出していた。

 

 まずあの“転がる”への対処の早さ。

 

 確かに“転がる”の弱点になり得るのはターゲットを横切り、その後切り返すあのターン。それさえわかっていれば、あの挙動にも納得はいく……が。

 

 

 

(——タイプ相性を見逃すような方が、果たして“転がる”の対処だけはバッチリできる……などということがありますか?)

 

 

 

 わたくしの疑問点はそこだった。ひとつの技の対処法を編み出すのは、時間をかければ誰でもひとつやふたつ思いつく。でも彼はあまりにも対応が早すぎる。この場合考えられるのは、事前に対策を練っていたのか、それともその場の判断でした思いつきなのか……。

 

 事前に対策していた場合、あの初動の速さも頷ける。わたくしが岩タイプの使い手である事は周知の事実。そこからどんなポケモンを使うのか、ある程度ヤマを張ることも可能でしょう。そこから繰り出される技もある程度絞り込める。

 

 でもそうなると、やはりタイプ相性の判断ミスが解せない。ああいうミスは、短い時間で多くのことを考えるときに生じる思考の“抜け”である場合が多い。でも事前準備に“転がる”の対策を講じていたなら、“そんなピンポイントな対策はしているのに、タイプ相性については失念していた”——そういうあまりにも不自然なバランスの悪い思考力を彼が持っていることになる。

 

 そして、そのあとの動きに関しては完全にわたくしの策を見抜いた上での行動だった。

 

 

 

(わたくしはイシツブテの“頑丈”で、4倍弱点の草技を受け切り、返す刀で“じたばた”を繰り出す予定でした……体力が減っていればいるほど威力が上がるこの技で仕留めきるつもりだったのですが……——)

 

 

 

 確かにキモリの動きも良かった。よく育てられているように思えたし、実際わたくしの想像を超えた速度で迫ってきたのだから。

 

 それでも注目すべきはユウキさんがこちらの策略を見抜き、逆に利用してきたこと。わたくしが一番厄介視していたキモリを倒す為の作戦を……故意か偶然か看破してみせた。

 

 一番攻撃の通りがいいイシツブテをあえて対面させることで、“頑丈”からの“じたばた”によるゲームセットプランを通すのが確実だと踏んだ私の作為に気付いたのだ。

 

 彼はそれをほぼ直感で見抜き、行動に移した。

 

 いや、直感……というのも少し違うかもしれない。

 

 彼は自前で持っていた情報を複数組み立てて、そこから導き出された答えに従っている様に見える。

 

 その答えのヒントはごく小さいものであるにも関わらず——だ。

 

 そしてそれを信じて行動するには、さらに勇気を振り絞らなければならない。いくら先が読めても、その読みを信じる気概がなければ、実行には至らないからだ。

 

 その思い切りの良さは、あのリリーラ戦のあとから醸し出している。

 

 あそこは失敗をひきずって消極的になってもいい場面……。なのに彼はその後二度もわたくしを驚かせる行動に出ていた。

 

 

 

 

(戦いながら、指示を出しながら……事前の失敗が精神にきて、総崩れになったっておかしくないのに……)

 

 

 

 失敗した人間は、「あそこでああすれば」——などといったネガティブな思考に陥りやすい。それを乗り越えて、彼は積極的に戦うための思考を働かせていた。

 

 それもその場その場で“考えながら”——

 

 

 

 

(彼にも……彼自身が輝ける“原石”——“資質”を持っていると言うことでしょうか……いや、まだ答えを出すのは早計ですわね)

 

 

 

 彼の才能が——その潜在能力(ポテンシャル)が本物かどうかは、まだわからない。でも可能性は感じさせられる。

 

 それを確かめる為には……ここは“今の”全力で応対するべき……。

 

 わたくしはそう心に決めて、“最後の1匹”に手をかけた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——イシツブテ、撃破!

 

 夢かと思うほどの事態に、俺は自分の心臓が早鐘を打つのを抑えられないでいた。

 

 戦力差は依然ある。劣勢なのは変わらない。それでもそのうちの一角を無傷で倒せたのは大きかった。

 

 ツツジさんの作戦にどうして気づけたのか、今の俺ですら不思議でならないほどだが、それでも事実イシツブテは倒せたのだ。

 

 

 

 ——勝てるかも……。

 

 

 

 そう思うと、一際大きな心音が全身に響く。

 

 まだあと2匹をキモリ(わかば)1匹で相手しなければならないわけだが、それでも内訳は、岩単タイプの『ノズパス』とアカカブが削ってくれた『リリーラ』の2匹。

 

 わかばの能力なら、この2匹に勝つことも十分考えられた。

 

 今までも驚かせるような活躍をしてきたわかばなら……——

 

 でも懸念もある。

 

 わかばが俺の指示を聞かなかったり、俺がわかばの動きに合わせられなくなる可能性だ。これが出来なきゃ、おそらくツツジさんには勝てない……。

 

 じゃあ具体的にどうするか。

 

 それはとにかく、やる事を予め“決めておくこと”——

 

 

 

(正直無理臭いけど、出す指示をシュミレーションして、なるべく多くの事態に備えておけば、その分俺の指示も早くなるはず……ぶっつけ本番だけど、やるしかない!)

 

 

 

 もうここまできたら思い切りいくしかない。そんな念を感じたのか、わかばも肩越しに俺を見て『任せろ』と目で言っているようだった。やっぱかっこいいなぁお前。

 

 

 

「ここまでやるとは思っていませんでしたが……甘く見ていたことへの非礼。お詫び申し上げますわ」

 

「そりゃどうも……でも手加減はしてくれないんでしょ?」

 

「ふふふ。貴方にそんな気は起こしませんわ……全力をもってお相手することこそ、最大の返礼でしょう……!」

 

 

 

 うわぁーそんなやる気出してくる?まさかさっきので変なスイッチついちゃったかな?

 

 ……とはいえ、元よりそんなことを期待して言ったわけじゃない。ただの軽口……俺もテンション上がってしまってるから……。

 

 でも意外だったな……自分で言うとあれだけど。

 

『本気でお相手する』——そう言ってもらえたのが、なんだか認められたようで……嬉しいと感じている自分がいた。

 

 

 

「いきますわ——“ノズパス”‼︎」

 

 

 

 ツツジさんが出してきたのは“ノズパス”。

 

 深い青色の大岩のような見た目のノズパスは、特徴的な赤い鼻を持つポケモンだった。事前にタイプは“岩”のみであることがわかっているため、相性的にはわかばが優勢である。

 

 ただし、イシツブテの時と違って草技でもダメージは2倍止まり。その上どんな動きをするのかまるでわかっていない相手で、ツツジさんが自信満々で繰り出してきたことから、彼女の手持ちの中で“エース”にあたるポケモンだと窺える。その性能を考えると、相性有利だけで勝てるとは思わない方がいいだろう。

 

 まずは情報収集が必要だ。

 

 その為には、迂闊に近付かずにまずは遠距離攻撃から仕掛ける……。

 

 

 

「わかば!——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 口を膨らませたわかばは前方に向かって大粒の種子を吹く。

 

 “タネマシンガン”はわかばの持っている一番射程が長い技だ。威力は据置だが、器用なわかばの高い照準力と連射性で敵を捉えることができる。こういう様子見の選択肢としてはありがたい技だ。

 

 ノズパスもあの鈍重な見た目通り“タネマシンガン”を躱せず、そのまま弾幕の餌食となる——と思ったが、その認識はすぐ間違いだと気付かされた。

 

 

 

——ンゴゴ……!

 

(——まるでダメージなし……マジか!)

 

 

 

 “タネマシンガン”は威力が低いとはいえ草技。

 

 効果は抜群のはずなのに、ノズパスはまるで意に介していなかった。

 

 

 

「その程度ではノズパスに致命打は与えられませんわよ?」

 

 

 

 不敵に笑うツツジさん。

 

 おそらくあのノズパス……文字通りの頑丈さに余程自信があるのだろう。避ける素振りすら見せないのは、それを活かしつつこちらにプレッシャーをかける為……何発撃とうと耐えてみせる——そんな気迫が感じられた。

 

 

 

(多分有効打になるのは接近してからの“メガドレイン”……流石にそれならノズパスだって無事では済まないだろうが——)

 

 

 

 でもその選択には懸念がある。

 

 ツツジさんのあの態度……おそらくさっきのイシツブテ戦を見て、こちらの有効打が近接攻撃だけだと見抜いてる。その上であえて遠距離攻撃は食らい、余裕を見せて『さあ“メガドレイン”を撃ってこい』と誘っているんだ。

 

 近づけば術中……でも遠距離では有効打がない。

 

 

 

「……それでも痩せ我慢には限界があるんじゃないですか?——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 俺のとった選択は戦況を維持すること。

 

 まだ目立った行動を向こうが取らないのは、向こうにもわかばに当てられる技が限られているんじゃないか?しかもツツジさんはわかばの高速戦闘を先のイシツブテ戦でしか見ていないから、俺がそれについていくのにも限界があることに気づいていない。

 

 今は効いてなくても、“当てられている”事をプラスに考えるんだ。

 

 ひとつのミスで負けに繋がる……リスクを負う時は見極めなきゃいけない。

 

 

 

「“(けん)”……ですか。なるほど、誘いには気付いたようですね……ですが——」

 

 

 

 種の弾幕を受けるノズパスは一向にダメージを感じさせない様子。

 

 それを確認して、ツツジは次の手を打つ。

 

 

 

——“岩石封じ”‼︎

 

 

 

 ツツジさんは右手をかざして力強く指示を送る。

 

 ノズパスはイシツブテの時よりも大きな岩石を生成し、それを目に見えない“なんらかの力”で持ち上げて投擲してきた。

 

 

 

「——よけろわかば‼︎」

 

 

 

 当然ここは回避を選択。

 

 “タネマシンガン”斉射中でも、この距離ならまだ躱せる。岩技の多くは威力が高いが、速度が遅く躱しやすいという得意不得意がはっきりしているものが多い。

 

 この“岩石封じ”もその例に漏れず、見てからでも反応できる速度で攻撃してきた。

 

 

 

「——そのまま撃ち続けなさい!」

 

 

 

 ツツジさんは当たらないことを承知で“岩石封じ”を連打。

 

 

 

「——こっちも構わず撃ち返せ!“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 俺はわかばに回避しながらの“タネマシンガン”を指示。かなり高度な指示だとは思うが、わかばの器用さなら充分こなせると判断。

 

 事実、わかばは巨岩の投擲をサイドステップで躱しながら、的確にノズパス目掛けて種子を飛ばす。

 

 この撃ち合いに持ち込めた時は、まだ俺に分がある——そう思っていた。

 

 

 

「——ノズパス。“右へ”」

 

 

 

 突如ツツジさんの攻めっ気がなくなった。

 

 ノズパスに端的な指示を加えると、その通りにノズパスは地面を滑る様に身体をわずかに移動させる。すると、ちょうど“タネマシンガン”の射線上に“岩石封じ”で突き刺さった岩が入る形となった。

 

 

 

「——しまった!」

 

 

 

 当たらない“岩石封じ”——その狙いはコレだったのだ。

 

 岩での牽制はついでであり、本命はコート上に“遮蔽物”を設置する事。そうすることで直線でしか攻撃できない“タネマシンガン”は、その物陰に隠れるだけで簡単に無力化できる。

 

 これでは遠距離に居座っても有効打はない。このまま岩場を整えられれば、ルール的にも負けは濃厚だ。

 

 

 

(——制限時間(タイムリミット)を迎えたら、手持ちの少ない俺の負け……長期戦は不利だ!)

 

 

 

 ここへ来てリリーラ戦とイシツブテ戦で2匹の手持ちを失ったことが響く。

 

 手持ち数で勝ると時間を気にしなくていい分とれる選択肢は増えるんだと痛感した。

 

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。これでこちらが取れる選択肢はさらに狭まったのは変えようかない現実。いよいよ接近して戦う事が必要になってきた。

 

 

 

(——だったらこの状況を利用するまで!)

 

 

 

 コート上は岩が無数に散りばめられたフィールドと化している。無策で真正面から突っ込むのは愚策。リリーラ戦の二の舞を演じることになる。

 

 今回はその反省も踏まえて——

 

 

 

 

「わかば!岩を影にして近づけ‼︎」

 

 

 

 わかばはそう聞き取ると、岩の合間を縫う様に走る。

 

 岩から頭がはみ出さない様に、低い姿勢を保つ疾走は、ツツジさんにも一瞬で見切るのは難しいようだ。

 

 

 

「——やはり速い……それでも出てくる場所は決まっています!」

 

 

 

 そう。ツツジさんの言うように、いくら岩影を利用して姿を眩ませても、ノズパスに接近戦を仕掛ける以上は必ずノズパスに一度姿を晒さなければいけない。

 

 ノズパスがいるのは岩の密林から少し出たところ……わかばが如何に速くとも、待ち構えてるツツジさんの方が一歩早い。

 

 

 

(だったら……一か八か‼︎)

 

「……来ますわね!」

 

 

 

 俺が意を決したのを肌で感じたツツジさんも、警戒レベルをさらに上げる。これで不意打ちの類を通すのは容易ではない。

 

 でも——これはどうだ?

 

 

 

「わかば!——“メガドレイン”‼︎」

 

 

「——“メガドレイン”⁉︎」

 

 

 

 

 

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ユウキ……起死回生の作戦——!

今回決着と言ったな?……あれは嘘だ(ワァァァァァァ)
いやほんとごめん(´・ω・`)

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第31話 搦手


ちょっと今回も長めですね……長文ですみませぬ!!!




 

 

 

 ——ツツジは驚愕した。

 

 

 

(姿の見えないこの状況から“メガドレイン”……⁉︎一体どこから——)

 

 

 

 しかし辺りを見回しても、キモリ(わかば)の姿はどこにも見えなかった。

 

 このキモリの恐るべき武器は、持ち前の速さで接近してからの“メガドレイン”であることを知っている彼女にとって、この行動は予測にはないものだった。

 

 

 

(——この距離ではどのみち当たらない技……それを今使う理由とは?)

 

 

 

 そう思った次の瞬間だった。

 

 ノズパスのそばの岩のひとつが、軋んだように感じた。

 

 まさか——そう思った時、指示は両トレーナー同時に為された。

 

 

 

 

 

 

 

「——たたきつける(ぶっ壊せ)‼︎」

 

「——ノズパス退きなさい‼︎」

 

 

 

 ノズパスの隣にあった岩が途端に爆発。

 

 ノズパスはツツジの間一発の反応で岩の破片から被害を免れた。

 

 そしてその破砕した岩と同時に飛び出してきたのがわかばだった。

 

 

 

 

(——まさか遮蔽物ごしに突撃してくるなんて!)

 

 

 

 ツツジは全てを察した。

 

 先の“メガドレイン”はこの砕いた岩にかけていたのだろう。そうする事で岩本来に宿る力が失われ、硬度が保てなくなるのだ。

 

 もちろん短時間の吸い上げでは崩れてるほどには至らないが、それでも多少脆くできる。それをした後でキモリが尻尾で“たたきつける”を行い、岩を砕いて目眩しと攻撃を同時に行ったのだ。

 

 

 

(よし——うまく行った!ノズパスも体勢を崩した今なら——)

 

 

 

 この作戦、ユウキにとっても確証のない賭けではあった。

 

 “メガドレイン”で岩を脆くする——本来の岩ならそんな事はできないだろうと察しはついていた。それでもポケモンの繰り出した“技”なら、同じ生命エネルギーを使った技なら効果があるのではないかと閃いたのだ。

 

 しかしその閃きを実行し、“タネマシンガン”対策に使われた“遮蔽物”を、今度はユウキが利用する形としたことで状況は変わった。

 

 ツツジもノズパスも、わかばの接近を許してしまったから。

 

 

 

「——今なら当たる!“電光石火”‼︎」

 

 

「いえさせません!——“電磁波”‼︎」

 

 

 

 ユウキの指示に被せてツツジは新たに技を見せる。突っ込んでいくわかばを迎え撃つ形でノズパスは体勢をギリギリで立て直していた。先の粉砕攻撃を直感で反応していたツツジだったからこそ、その迎撃が間に合う。

 

 電気を帯び始めたノズパスは、体の周囲に特殊な電気フィールドを張り巡らせ、わかばに反撃する。

 

 このままいけばノズパス側の迎撃が間に合うかに思われたが——

 

 

 

「——跳べ‼︎」

 

「ッ——⁉︎」

 

 

 

 ユウキは読んでいた。

 

 ここまで慎重かつ冷静な判断を下してきたツツジが、この程度で崩せるわけがない。ここまで接近してからの“電光石火”でも、おそらくツツジならギリギリ間に合うと思っていたユウキは、最初からこの攻撃を当てる気がなかった。

 

 わかばもこの声に反応して、電磁バリアーの領域をちょうどノズパスを飛び越す形となったわかばは、着地と同時に——

 

 

 

 ——“メガドレイン”‼︎

 

 

 

 ノズパスの“電磁波”の持続時間が切れ、結界が解かれた瞬間、わかばはノズパスの背面から手のひらを押し当て、“メガドレイン”で攻撃。その掌打でノズパスは短く悲鳴を上げる。

 

 しかしツツジも読み負けた程度で思考を鈍らせる器ではなかった。

 

 

 

「ノズパス!もう一度“電磁波”‼︎」

 

 

 

 再度“電磁波”を指示。

 

 しかしそれより先に仕事を終えたわかばの方が速く、後方に飛び退いてそれをまた躱す。

 

 完全なヒットアンドアウェイを成功させたわかば。そのままノズパスの作り出した岩陰に姿を隠した。

 

 

 

「よし!そのまま撹乱しろ‼︎」

 

 

 

 ユウキの檄に応えるわかばは、岩影で視界を切って高速で岩と岩の間を行き来する。

 

 最早人間の動体視力では残像が見える程度で、ツツジにはどの岩影に潜んでいるのか識別するのは困難を極めた。

 

 

 

(よしよしよしよし‼︎なんとかギリギリわかばも制御できてる——これなら!)

 

 

 

 ユウキは自分の指示と作戦に手応えを感じて歓喜していた。

 

 わかばの動きは見てからの指示ではラグが生じる。だからこそ、こちらが行動を予測して次の指示を一歩早く出さなければいけない。そのためには刻一刻と状況が変化する戦況に合わせて考えているのでは遅すぎるのだ。

 

 それを今、ユウキはツツジがするであろう指示とノズパスの挙動を考慮に入れて、先んじて指示を考えている。

 

 これを続ければ、必ずノズパスを打倒できるのだと、今のユウキには確信すらしていた。

 

 この戦略は通用している——そう思っていたが、そこで視覚に入ったあるものに気が付く。

 

 先ほどと比べ、ノズパスの放った“電磁波”の持続時間が延びているように感じたのだ。

 

 

 

(……次の奇襲を警戒して“電磁波”を纏ってる?でもそんなの、いつまでも続くわけがない)

 

 

 

 ポケモンの技はその規模にもよるが、同じ技を放ったまま持続するのは人間で言うところの“無呼吸運動”に近い。

 

 どんなに訓練してもこの時間には限りがあり、常識の範囲内で考えれば長く見積もってもあと10秒が限界と見ていいだろう。

 

 それはユウキにもわかっていることであり、その切間を見つけたら、すぐに行動を起こすつもりだった。そんなこと、ツツジほどのトレーナーがわからないはずがない。あのジムリーダーにしてらお粗末すぎる作戦だと感じて——

 

 

 

「なんか……変……⁉︎」

 

 

 

 嫌な予感がユウキの頭を過ぎる。

 

 先ほどの読み合いでは制したユウキだが、賢く経験豊富なツツジがとてもそんなミスを犯すとは考えづらい。

 

 ——と言うことは、これにも何か作為があるはず。

 

 しかし今度のは何をしているのかさっぱり読めない。その正体不明の行動が不気味であり、切羽詰まるユウキを焦らせる。

 

 

 

「——いいえ。もう()()()()()()()()わ」

 

 

 

 ツツジはポツリと一言。

 

 それと同時に、今まで岩影に潜んでいたわかばが膝をつく。

 

 

 

「わかば⁉︎——どうしたオイ!」

 

 

 

 わかばは応えられない。

 

 わかばは苦悶の表情を示していた。身体も……強張ったまま動かずに。

 

 

 

「——まさか!いや、でもどこで……⁉︎」

 

 

 

 ユウキはその症状を見て、もしかしたら“電磁波”を当てられたのかと思った。

 

 しかし二度使われた“電磁波”にわかばが触れた様子はなく、今もこうして距離を置いて“電磁波”の有効圏内には踏み入っていない。

 

 だが、あの痺れるような痙攣を続けるわかばの様子は“麻痺”を受けた症状にしか見えない……。

 

 その事実を受け止められないユウキに、ツツジはゆっくりと口を開く。

 

 

 

「——あなたはノズパスの間合いから離れている。だからキモリに攻撃が当たることが不思議でならない……そう思っていますわね?」

 

「……!」

 

 

 

 ツツジの推理は概ね当たっている。

 

 しかしだからと言ってそれもまた事実のはず……そもそもツツジにはわかばの居場所すらわからなかったはずではないか?

 

 その疑問に、次の一言でツツジは答えた。

 

 

 

「——見えなくても、触れていなくても……キモリ(あなた)は既にノズパス(わたし)領域(エリア)内ということですわ」

 

 

 

 ユウキはツツジの言葉が指しているものに見当がつかない。

 

 領域?……そう思い、フィールドに目を向けると——

 

 

 

——ジジ……ジジ……パリッ!

 

「——まさか!?」

 

 

 

 ユウキは見つけた。ツツジの言う“領域”を。

 

 ノズパスの技の効果が及ぶ場所。

 

 ノズパスの作り出したその“岩の密林”がそれなのだと……。

 

 その岩ひとつひとつが、微弱な電気エネルギーを放っているのに気が付いた。

 

 

 

「〜〜〜ッ‼︎」

 

「そう……あなたのキモリはずっと、わたくしの手のひらの上だったのですわ」

 

 

 

 “岩石封じ”はやはり布石だったのだ。

 

 ノズパスの生み出す岩石には、おそらく本体が放つ電気が宿るのだろう。もちろんそれ単体で、対象を痺れさせるような芸当はできないだろうが——

 

 

 

(あの岩を導火線代わりにして“電磁波”を伝えて……岩場に触れているもの全てが感電するって寸法か‼︎)

 

 

 

 ユウキの推理は概ね的中していた。

 

 わかばは身を隠すために少しでも岩影にピタリとはりついていた。それだけ岩伝いに流れた“電磁波”の影響を受けやすかったのだろう。

 

 

 

「……でも、ならさっき近づかせたのはなんでなんですか⁉︎わかばが岩に隠れた時点で、“電磁波”を食らわせられたんじゃ——」

 

「それはキモリの挙動を把握し、確実に当てるため……不足の事態に備えておいた“様子見”ですわ」

 

 

 

 それはこのノズパス対わかばの対面が出来上がり、始めにユウキがやった“タネマシンガン”での様子見とは訳が違った。

 

 ユウキは有効打を探るべく捻り出した、いわば“保留”の様子見。文字通り様子を見るだけで、成果がなければそれで終い。

 

 でもツツジは、勝負を決するだけの“有効打”を持っていた。持っていて、それを確実に当てるために切り札を温存したのだ。

 

 もしわかばにも対抗する術があると発覚した場合でも、別の作戦に切り替えられるように。そう言った意味での“様子見”は、ユウキのそれとは質が違うのだ。

 

 多くの手段と活用できる場面を熟知しているツツジだからこそできる“勝ちに繋がる様子見”だった。

 

 

 

「——これが、今のわたくしと貴方との実力の差です」

 

 

 

 なによりも重いその一言に、ユウキは何も言い返せない。

 

 例えまぐれで出し抜くことができたとしても、圧倒的な経験値と能力、対応力の差でいとも簡単に戦況を覆される。

 

 手札の数が違う。

 

 岩に付与された磁力を見ながら、ユウキはただ目の前の現実に絶句した。

 

 

 

——……ギ!

 

 

 

 半ば試合を諦めかけたその時、ユウキの視界には麻痺で痺れているわかばの姿だった。身体の痙攣を無理やり押し殺して、わかばは立ち上がって見せたのだ。

 

 

 

——まだ、負けてない。

 

 

 

 そんな言葉が、わかばから発せられているような気がした。

 

 確かに食らったダメージは微々たるもの。それでも麻痺は感電者の動きを著しく低下させる。今、唯一と言ってもいい武器をもがれたわかばが、あのノズパスに対抗できるとは思えない。

 

 

 

(それでも……それでもやらせるべきなのか?)

 

 

 

 わかばのやる気には応えたい……でも、悪戯にポケモンを傷つけるような指示を出すべきなのか?ユウキはその決断を躊躇っていた。

 

 

 

——ギッ‼︎

 

 

 

 ユウキの指示を待たずに、わかばは姿を消した。

 

 

 

「——わかば⁉︎」

 

 

 

 わかばはノズパスに向かって特攻を仕掛けていた。それはツツジも多少驚かせる行動だったが……。

 

 

 

「自棄になりましたか……?主人の言うことは聞くものですわよ——“岩石封じ”‼︎」

 

 

 

 ツツジに動揺は見られない。すぐに迎撃のために技を発動するノズパス。巨大な岩が、わかばの横っ面を掠めて飛んでいった。

 

 

 

「くっ!やっぱり麻痺で身体が言うこと聞いてないんだ……!」

 

 

 

 今までなら難なくかわせていた“岩石封じ”が、今は直撃を回避するので精一杯だ。しかも“岩石封じ”の効果で、わかばからさらに速力を奪う。もはや最初のキレはない。

 

 

 

「わかば!ここは一旦退け‼︎」

 

 

 

 わかばにはまだやる気があった。

 

 例え劣勢になろうと、体力が尽きるその瞬間まで戦うことをやめない……そんな執念をわかばから感じたユウキ。

 

 

 

(わかったよ。一瞬でも諦めようかと思った俺がバカだった……だからもう一度立て直す。勝つために——……⁉︎)

 

 

 

 しかし、ユウキの呼びかけにわかばは応えない。

 

 

 

——〜〜〜〜〜ッ‼︎

 

 

 

 “岩石封じ”と“麻痺”による素早さの低下により身体に力が入らないわかばは、自身の足を叩いて無理やり言うことを聞かせようと躍起になっていた。

 

 

 

「わかば、一度退くんだ‼︎態勢を立て直すからまずはこっちに来い‼︎」

 

 

 

 必死の呼びかけにもわかばは応じず、そのままの気迫でノズパスに詰め寄る。

 

 

 

(な、なんで……⁉︎今までも言うことを聞かないことはあったけど……こんな……!)

 

 

 

 ユウキのショックは大きかった。

 

 指示を聞き入れてもらえない時は、大体ユウキがわかばのスピードについていけない時だった。でも、今は明確にわかばは指示を無視している。その事実が、ユウキにあったささやかな自信すらなくさせていく。

 

 そんなユウキを無視して、ひとり突っ込むわかば。

 

 

 

「……ノズパス!“パワージェム”‼︎」

 

 

 

 『パワージェム』——。

 

 光沢のある石粒を生成し、対象に目掛けて射出する岩の遠距離技。今までの岩技と違い、弾速も威力も充分な決定打になりうるポテンシャルがある。

 

 

 

「まずい!——わかば!逃げろ‼︎」

 

 

 

 “パワージェム”は容赦なくわかばを襲う。

 

 (つぶて)がわかばの肩、頭、腹に突き刺さり、鈍い打撃のダメージで彼の顔をしかめさせる。しかし——

 

 

 

「——躱した⁉︎」

 

 

 

 満身創痍のはずのわかばが、続く“パワージェム”を回避し始めたことにツツジは驚愕する。

 

 激しく動けなくなった分、動作を最小限に、コンパクトに頭を振って、いくつかの石粒を躱し始めたのだ。

 

 

 

——ギッ……ギムッ‼︎

 

 

 

 それでも全てをかわすことはできない。

 

 躱し損ねた“パワージェム”が、わかばの体力をみるみる削っていく。

 

 

 

(キモリという種族はそこまで耐久性を備えてはいない!……主人の静止も聞き入れないとなれば!)

 

「——ノズパス!」

 

 

 

 そこでツツジはノズパスに次なる大技でトドメを刺すため、“パワージェム”を中断させる。

 

 それを受けてわかば、最後の力を振り絞ってノズパスに猛ダッシュを決め込んだ。

 

 

 

——ギィッ‼︎

 

 

 

 わかばの渾身の突撃は、弱体化と疲労を感じさせない程スピードで行われる。

 

 

 

「速い⁉︎——“ストーンエッジ”‼︎」

 

 

 

 ツツジは予想外の力を振り絞るわかばに驚かされるも、迎撃の技の名を口にする。

 

 地面の底にノズパスがパワーを送り、それに反応した地中の岩が刃となって出現する。

 

 それでもほんの一瞬、わかばがノズパスに触れるのが先——そう思えた。

 

 

 

——バヂヂッ‼︎

 

 

 

 瞬間、わかばは動きを止めた。

 

 それは麻痺の追加効果……運の悪いことに、この佳境で身体の動きを強制的に止められる“痺れ”が全身を襲ったのだ。

 

 

 

「……終わりですわね」

 

 

 

 それは全て刹那の出来事。

 

 最後の攻防は、ノズパスの“ストーンエッジ”がわかばを吹き飛ばして……。

 

 

 

 ——全てが終わった。

 

 

 

「……き、キモリ、戦闘不能……よって勝者は——カナズミジムリーダー“ツツジ”!!!」

 

 

 

 審判は試合の異様さに戸惑いつつも、最後のジャッジを下す。

 

 

 

 観客一人いないこの空間で……俺は一人……。

 

 

 

 ——握り拳を固めていた。

 

 

 

 

 

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それはただ……苦く——。

ちなみに“パワージェム”に“でんじは”くっつけて制御したりとかできるそうです。ツツジ談。にしても戦闘が6話にも跨いじまったねぇ……やべぇねぇ…(白目

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第32話 「強くなりますもの」


なげぇことバトルだったので、会話パートは頑張りました。
しばしご歓談をお楽しみあれ。




 

 

「少しお話がありますので、ポケモンを預からせていただきます」

 

 

 バトル後——そうツツジさんに言われて、俺は別室で待つことになった。

 

 彼女は俺の手持ちの回復をしてくれるらしく、言われるがままに手持ちを預けて通された部屋のソファーに腰掛けた。

 

 おそらく客人用の応接間なのだろうが、シンプルな装いの品々が綺麗に整頓されてあるべきところに収まっている。埃ひとつないんじゃないかと思えるほど掃除が行き届いた室内で、俺は惨敗したバトルのことを思い出していた……。

 

 

 

(……途中までは、まぁ……そんなに悪くなかったんじゃないかと思う……。実際ツツジさんのイシツブテには勝てたんだから……でも……——)

 

 

 

 ツツジさんとの戦いは、終始頭を使う頭脳戦だった。だからこそ、経験の差がものをいう戦いではあったが、俺も俺なりに考えるのは得意……というより好きな方。意外と捻り出した作戦が功を奏して、実力以上の力を発揮した手応えがあった。

 

 でも……だからこそ、最後があんな幕切れになってしまったのが……悔しかった。

 

 

 

(わかば……大丈夫かな……?)

 

 

 

 わかばは手持ちの中でも最もダメージを受けた。

 

 

“電磁波”、“岩石封じ”、“パワージェム”、“ストーンエッジ”……——ジムリーダーが鍛え上げたエースポケモンの技をしこたま食らったのだ。

 

 ポケモンは回復力も高く、一度ポケモンセンター級の治療を受ければ、また元の元気な姿で帰ってくる。でも大き過ぎるダメージの回復には時間がかかるし、疲労までは拭い切れない。

 

 詳しいことは知らないが、ポケモンの傷の回復はそのポケモンが元々持ってる自己治癒能力を利用しているらしい。

 

 それをすると、著しく体力が消耗されるんだとか……だから、回復させたポケモンをすぐにまたバトルや訓練に参加させるのは極力控えるべきだと、トウカジムで学んだ。

 

 そしてあまりに負傷がひどいと、一日で回復させずに数日かけて治療を施す場合もあるという……。

 

 そうなってたら……嫌だな。

 

 

 

——コンコン……ガチャ。

 

「失礼しますわ」

 

 

 

 客間の扉が開き、外からツツジさんが入ってきた。驚かせないように一度ノックを挟んでくれたので、俺は必要以上に驚かなくて済んだ。

 

 

 

「お待たせしました。いきなり引き止めて申し訳ありません」

 

「い、いや……なんというか……」

 

 

 

 先程ガチンコでやりあった対戦者に、少し戸惑いがある俺は思わずかしこまる。

 

 

 でも、俺に用とはなんだろう?少なくともジム側が、敗者になにか言うことってあるのか?バトルの感想とか……?

 

 

 

「——正直、貴方の実力には驚かされました」

 

 

 

 ダメ出しをくらうと思っていた俺には、まさかの一言だった。あまりにびっくりしすぎて、脳の処理が追いつかず、「へ?」という間抜けな返事しかできなかった。

 

 

 

「貴方がセンリさんのご子息だとは知ってましたが、やはり血は争えぬというのでしょうか……」

 

「はは……やっぱり知ってましたか」

 

 

 

 まぁ最初から何か様子はおかしかった。

 

 いきなりテスト受けさせられたり、かと思ったらこちらの要求通りにジム戦をやらせてくれたり……俺の力量がジム戦に挑むに値するのかどうか、確かめるために何かしてる風だったから。

 

 とにかくツツジさんには色々懸念があったんだろう。親父が肉親の無謀な挑戦を容認し、甘やかしていると思われるのも無理はない。

 

 

 

「親父……ちょっと過保護過ぎますよね……」

 

「……?そうですか?むしろ無責任な方と印象を受けましたが……」

 

 

 

 無責任……?

 

 確かに家族目線の俺からはそうも見えるけど……ツツジさんがそんな風に言うのはなんというか意外だ。

 

 親父のトレーナーとしての経歴を考えれば、敬意を表するくらいはしてそうなもんだけど……。

 

 

 

「俺のわがままで、“紹介状”まで書いて送り出したくらいですから……無責任ってほどじゃ——」

 

「それが無責任というんです‼︎」

 

「ひゃい⁉︎」

 

 

 

 まさか怒鳴るとは思わなかったため、俺は驚いて変に声が裏返った。やだ恥ずかしい……。

 

 

 

「こ、コホン。失礼しました。ですが……貴方も貴方です。どうしてこんな……無謀な挑戦をするのですか?」

 

「……やっぱ無謀ですよね?すみません……」

 

 

 

 やはり現役ジムリーダーの目から見ても、トレーナー歴数ヶ月……本格的に旅を初めて二週間未満の俺が、いきなりジム戦だなんて正気の沙汰とは思われていないようだ。

 

 

 

「確かに……貴方には才能があります。先の戦いで、主にそれが知略を用いた戦術よっていて……わたくしも似たようなタイプですので、幾らかその才覚に興味を覚えました」

 

「それは……なんというか、嬉しいです」

 

 

 

 智将レベルで頭の良いツツジさんにそう評価されるのは悪い気はしない。しかしツツジさんは付け加えて——

 

 

 

「——その場で捻り出した作戦をよくもまぁあんなざっくりと立てられますわ……それを実行する図太さも評価に値します」

 

「あのぉ……褒められてるん……ですよね?」

 

 

 

 あまりにも使われている語彙が乱暴だったのでつい疑ってしまった。いかんいかん。

 

 

 

「まぁそれはそれとして……だからと言って貴方がまだ“プロ”を目指すのが早すぎるのも事実です」

 

 

 

 まるで釘を刺すように、ツツジさんははっきりと俺にそう言った。わかっていたこと……とは言え、ストレートに言われるのは……負けたばかりの俺にはちょっと堪える。

 

 

 

「——その原因。貴方、ご自分で自覚がありまして?」

 

「え?……経験とか……育成が不足してるとか……」

 

 

 

 ツツジさんの質問に、ぎこちなく返す。

 

 それは俺がずっと課題になるであろう事で、今更口にするのも変な話なんだけど。

 

 

 

「具体的には?」

 

 

 

 追加の質問。

 

 具体的に——そう言われて、俺の口はピタリと閉じる。そういえば、それが具体的に何なのかという事をあまり考えたことがない。

 

 

 

「経験不足……それはバトルの回数を積めば勝手についてくるもの。育成不足……それも長い時間かけて築き上げるもの。そしてそのどれもは、トレーナーにとって“一生の課題”です」

 

 

 

 “一生の課題”——そう言い切るツツジさんは、どこか誇らしげに見えた。

 

 

 

「言っておきますが、この仕事で満足なんてものは一生できないと思ってください。一度や二度困難を乗り越えても、さらに高い壁を登る計画を立てることになります……ゴールなんかない。というより()()()()——わたくしにとってはそれが苦しくもあり、醍醐味でもあるんですの」

 

 

 

 ツツジさんの一言一句は、俺が当初抱いていた漠然としたプロの道に輪郭をつけていくようだった。

 

 『ハルカのライバルに』——あいつに誓った思いは嘘じゃない。でも、その為には何が必要なのか……その具体的な要点を、俺はまるで掴めていなかったように思う。

 

 ツツジさんの言葉の全ては理解できないけど、俺はそこに込められたプロの過酷さや意地を読み取ろうとした。

 

 

 

「……話が少し逸れましたが——貴方は今、どうすれば強くなれますか?最終的な目標が仮にあるとして、今すぐそこには行けないでしょう?ならまずは、目指すべきポイントをもっと近くに見つけるのはどうですか?」

 

「……もっと近く?」

 

「ええ。先程、貴方は戦闘中でさえ、“身近で具体的な目標”を持った時に成長を感じませんでした?」

 

 

 

 それを言われてハッとする。

 

 確かに“ツツジさんと戦い情報を得る”という目標で戦っている間は、自分の凡ミスや相手の出方にいちいち驚いていたように思う。

 

 でも“イシツブテに技を当てる”とか、“ノズパスに近づく”とか……そういった“身近で具体的な目標”を持った時には、自分でも不思議なくらい頭が冴えていたように思える。

 

 この違いは……確かに大きい。ここまでわかれば、あとはその“目標”に対して“対策”を講じるようにすればいいとわかる。その為に必要な準備……訓練とはその“準備”をする時間でもあると同時に理解できた。

 

 トレーニングは漫然とただやるんじゃダメなんだ……。俺が考えなきゃいけないのは、今日戦ったツツジさんに次に挑む時、はっきりと勝算のある計画とそのために必要なポケモンの育成だった。

 

 ——にしても、思う。

 

 

 

「……なんで、そんな事を教えてくれるんですか?」

 

 

 

 もし今話したことが要件だとしたら……ツツジさんはわざわざ俺を呼びつけ、時間をとって俺に教育を施してくれた事になる。俺の想像でしかないが、ツツジさんはジムリーダーとして忙しい身。『時間は有限』——とまでに言っていたこの人にとって、何もメリットがない。

 

 いやそもそもの話、俺がジム戦をするには早すぎると釘を刺す為ではなかったのか?それだけで伝えるにしては、どうも回りくどいというか、丁寧にしてくれているというか……。

 

 

 

「決まってますわ。貴方は強くなれますもの」

 

 

 

 はっきり。そう言い切られた。意外なほどに……。

 

 

 

「……本当ですか?」

 

「ええ。それがどんな風に、いつ花開くことになるかは存じませんが……だからこそ、未来あるトレーナーにアドバイスができるのはわたくしにとっては“特権”ですもの——これはジムリーダーの醍醐味ですわ♪」

 

 

 

 だからこの仕事はやめられない——そんな風に楽しそうに話すツツジさんだった。

 

 

 

「さて……それではそろそろわたくしも、リーダーの職務に戻りますわ。貴方も貴方の旅を……いずれ『勝算あり』とお感じになられましたら、またジムの扉を叩いてください——受付に、そろそろ貴方の仲間が預けられてる頃合いでしょう。治療は問題ありませんでしたから、今日はゆっくり休ませてあげてくださいね」

 

 

 

 ツツジさんは見送りの際に、俺が心配していたわかばのことも含みに入れてそう送り出してくれた。たった数時間程度の付き合いなのに、本当に心を読んでくるなぁこの人は。

 

 

 

 しかし、思いの外お世話になってしまった。

 

 親父の無茶振りでイラついていたはずなのに、気付けばバトルレクチャーに俺の今後の発展を応援するような言葉……。

 

 俺自身、自分を信じれた事がないだけに、実力者の後押しは、なんというか……嬉しかった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——また“ミシロ”のトレーナーですか」

 

 

 

 ユウキさんが帰ったあと、わたくしは一人そう呟く。

 

 あそこはただの田舎町で、才気あるトレーナーが集う場所とは思えませんでしたが……。

 

 

 

「……結局聞けませんでしたわね。あの“キモリ”のことを」

 

 

 

 彼の手持ちの中で、一際異彩を放つあの“キモリ”。

 

 彼はあのキモリの“異常”には気づいていないみたいでしたが……。

 

 

 

「“ミシロ”に“キモリ”に……どうしても思い出してしまいますわね——ハルカさん」

 

 

 

 かつてこの場で信じられない力を見せつけたハルカさん。

 

 彼女が()()()()()()に経験した事を思い出しながら、わたくしはそっと目を瞑る。

 

 

 

 ——願わくば、同じ結末にならない事を祈って。

 

 

 

 

 

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その瞳に何かを閉じ込めて——。

色々アドバイスしたくて、でもまだストーリー的には教えられない事とかも多い……書いてる俺がすごく我慢する話でした。

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第33話 この町の住人


執筆が早いのは元気な証拠!
あ、休んでる日も元気っすよ?

読者さまから評価つけてくださってたの今更気づきましたw
ありがとうございます♪




 

 

 

 ——ジム戦から二週間。

 

 俺はカナズミに留まり、働きながら強くなる為の訓練を続けていた。

 

 停泊先はHLCと契約を結んでいるトレーナーズホテル。ここはトレーナーズIDを提示すれば格安で宿泊できるため、とりあえず野宿の心配はなかった。

 

 しかし何かと生活するには先立つものが必要になる。旅人が多いホウエンでは、こうした事も考慮されており、近くの施設では日雇いの求人募集も多かった。

 

 もちろん訓練のための時間は取り分ける必要があったため、仕事は慎重に選んだが……。

 

 

 

「——はい。ユウキくんお疲れ様〜♪」

 

 

 

 フレンドリーショップの品出しを終えた後、店外の勝手口の日陰で涼んでいた俺に、店の先輩の“ミドリコ”さんが差し入れのコーヒーをくれた。さっき「飲み物何が好き?」と聞かれたので素直に答えたが……ありがたい。

 

 

 

「本当にブラックでよかったの?」

 

「コーヒーだけは甘いの苦手なんですよ……口の中ベタつくのが特に」

 

 

 

 そう言って俺はブラックの缶コーヒーを受け取る。

 

 

 

「休憩も外じゃなくて詰所で取ればいいのに……」

 

 

 

 ミドリコさんはそう言って俺の隣に腰掛ける。二週間前に比べてだいぶ暑くなってきた今日この頃。蝉の音がうるさい外などより、冷房の効いた室内をミドリコさんは勧めてくれた。俺もそうしたいのは山々ではあるが……。

 

 

 

「それであの店長の独り言がもれなくついてくるんでしょ?勘弁してください……」

 

 

 そう言う俺は、その店長の顔を思い出してうんざりしてしまう。

 

 ここの店長さんはどうも俺のことが気に入らないらしい。入った時にはすごく人当たりが良さそうだったのだが、話しているうちにうっかり俺が“旅トレーナー”であることを口走って以来、あからさまに冷淡な扱いを受けるようになった。

 

 “旅トレーナー”はそこいらのジムリーダーに教えを乞うことも、学校(スクール)大学(カレッジ)で学ぶこともしない風来坊……そんな風潮に賛成する一人らしい。

 

 そんな彼の言い分にとやかく言うつもりはないが、俺も俺で針の(むしろ)なのは面白くない。よって必要が無ければ、わざわざ店長のいる空間には近づかないようにしているのだ。

 

 

 

「アハハ。まぁ許してあげてね。あの人も学校に行ってるお子さんがいるのよ……こないだもそのことで喧嘩になっちゃったみたい」

 

「その皺寄せが俺に来るんですよねぇ……」

 

 

 

 また嫌味っぽくなってしまう。でもまあ、俺もそんなに気にしてはいない。ジョウトにいた頃に言われたことに比べれば大したことはないのだから。

 

 

 

「ところでユウキくんって、カナズミの『初夏大会』に出たりしないの?」

 

 

「あー……あの季節の変わり目にやる大学(カレッジ)主催のトーナメントですよね?まだ俺ジムバッジひとつ持ってないですから……まだ早いかなって」

 

 

 

 カナズミの大学(カレッジ)では年4回、トレーナーのための大会が行われる。

 

 実際、参加資格はトレーナーズIDの有無のみなので、出ようと思えば俺でも出られる。トーナメントにも実力別に分けられたオープン戦もあるので、俺も一考はしていた。

 

 とはいえ流石はカナズミのトーナメント。バッジ保有者はもちろんのこと、そうでない学生たちですら既に彼らに匹敵する実力を身につけている者も多い。何度か街中のバトルコートを見て、そのレベルの高さに痛感していた。

 

 

 

「出るだけ出てもいいと思うけどなぁー」

 

「俺のポケモンたちも、負けが続くと自信なくしちゃうかなって……せめて一回戦突破できるくらいの勝算があれば話は別ですけど」

 

 

 

 今の俺では、“シングル戦3on3”のルールで戦うのには不十分。それに今は、ツツジさんに言われたことを思い出しながら、具体的な弱点とその克服法を模索している最中だった。

 

 

 

「ふーん。ま、人のこと心配してる場合じゃないか。わたしも頑張んないとな」

 

 

 

 そう言ってミドリコさんは立ち上がる。

 

 その時少し身体のバランスを崩しそうになりながら、ヨロヨロと立ち上がるもんだから、心配になって俺も立ち上がってしまう。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「アハハ。大丈夫大丈夫♪ もし大会出る気になったら呼んでよ?お姉さん、応援いったげるから!」

 

 

 

 明るくそういい放ち、彼女は勝手口から店内に入る。それを見送ったあと、ため息混じりに一言呟いた。

 

 

 

「……足の負傷で休養か。もどかしいんだろうな」

 

 

 

 ミドリコさんもトレーナーである。バッジは持たないが、学校はカレッジまで卒業するほどの腕前である。

 

 だが旅先で不慮の事故に遭い、右足の靱帯を痛めたらしい。時間をかければ治せる傷らしいが、癖にならないとも限らないため慎重に扱われるようだ。

 

 今はここでバイトしながら、彼女もまたいつか陽の目を浴びるために努力を続けている。

 

 俺とはまた違った戦いを……しているのだ。

 

 

 

「……もう行くか」

 

 

 

 休憩時間は少し余っていたが、足の悪い先輩が働いてると思うと気持ちが休まらない。うるさい店長がこっち来る前に、戻って仕事してた方が気が楽だから。

 

 

 

(……誰に言い訳してんだろ?)

 

 

 

 そんなことを思い、俺もミドリコさんを追って勝手口の扉を開いた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『カナズミ第一総合公園』——。

 

 カナズミの公園の中でも一際大きく、住民たちの憩いの場として有名なここは、陸上用のグラウンドが開放されており、この場を利用してトレーニングをするポケモントレーナーも多い。ショップでの仕事を終えた俺は、まだ日が沈み切らないうちに足早にここへ来ていた。

 

 もちろん、“この3匹”を鍛える為に——

 

 

 

——パパパァーーーン‼︎

 

 

 

 3つのモンスターボールを解放して、キモリ(わかば)ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)を繰り出す。

 

 まずは準備運動からだ。

 

 

 

——タッタッタッタッタッタッ……。

 

 

 

 グラウンドの外周を一定のペースで走る俺たち。わかばやチャマメはともかく、アカカブは走るのが苦手なため、最初はやらせるのも一苦労だったのだが……。

 

 

 

「カブー!帰ったらおやつに“モモン”食わしてやるからなぁ‼︎」

 

 

 

 じわじわペースを落としていったアカカブは、その一言で目に光が戻る。普段無表情のこいつも、食べ物のこととなると目の色を変える。こんな感じで、物で釣るくらいしかできないが、この程度のトレーニングならそれくらいでも嬉々としてやってくれる。

 

 元々走力を鍛える目的ではない。軽い準備運動のようなものなので、これも軽めにやる程度。軽く流すくらいでも、俺にとっては体力づくりの一環に貢献するくらいには走っているが。

 

 さて、次は個別にトレーニングを割り振る。

 

 

 

 アカカブの場合——。

 

 トレーニング『技持続向上(パワーステイ)』。

 

 技を発動してから持続させる力の向上を図るトレーニング。主に“噛みつく”ならこの圧力スティックを噛ませることで、その顎の力を測り、その力をキープしているかどうかを、スティックに備え付けられた圧力計を見て確認する。

 

 ある程度のとこまで力が緩んだりしたら、警告音がなる設定にしてあるので、その時はアカカブを励ましたりしてぎりぎりまで技をキープさせたりする。

 

 今のところ、アカカブは“地ならし”の牽制から“砂地獄”で拘束——その後の“噛みつく”というフィニッシュパターンがあるので、その詰めをより確実にするためのトレーニングを今回は採用した。

 

 この二週間で随分と顎の力が鍛えられたのか、少し顎周りが逞しくなった気がする。

 

 

 

(にしても……やたら火力が高いと思ったら、こいつの特性が“力尽く”だったなんて——分かった時は驚いたな……)

 

 

 

 それに気づけたのは、オダマキ博士に定期連絡をする際に“特性”について聞いたことがきっかけだった。

 

 オダマキ博士はフィールドワークによるポケモン生態の研究が主だが、実際その名が知られるようになったのは、それまでポケモン個々が持っていると考えられていた『特性』という概念を、研究によって体系化したという実績があるから——らしい。

 

 カナズミに来て初め知ったわけなんだけど、ポケモンへの理解を深める研究としては歴史的なものらしく、地方に止まらず世界中のポケモン工学に影響を与えるほどだったとか。

 

 あんな感じですごい人だったんだな……。

 

 それでそんな“特性の権威”尋ねたら、ナックラーという種族は基礎的な特性が3つに分岐していることを知った。

 

 マルチナビにデータを送ってもらった俺は、カメラでアカカブの様子を撮影してスキャンすることで、その事実に気がついたのだ。

 

 

 

「——“地ならし”は相手の速度を遅くさせる効果があるとばかり思ってたけど、こりゃ特性はちゃんと確認した方が良さそうだ」

 

 

 

 特性“力尽く”は単純に技の出力を上げるものだ。だがその代償に、技の追加効果を無視するというデメリットもある。

 

 “砂地獄”みたいに技が持続する前提の技なんかは問題なく使えるが、“地ならし”は()()()()()()()()()()()()相手の速力を奪う技。この『ついで』の部分を消して、威力を上げてしまうため、本来の“地ならし”の用途とは違った感覚になる。

 

 

 

(理想は遠距離から広範囲に攻撃できる“地震”とか覚えるといいんだけど……その火力を出す為にはまだ身体が出来上がっていないからな……それができたら、そのうち“地ならし”が“地震”に変化する訓練もするか)

 

 

 

 そんな誤認もあったが、アカカブはうちのパーティの中でも『物理アタッカー』としての立ち位置が確立しつつある。型が決まっている分、育成にはそれほど悩むことはない。

 

 

 

 チャマメの場合——。

 

 

 

 トレーニング『反復追跡(トレースオブターン)』。

 

 こっちはマルチナビのアプリから使えるトレーニングで、ポインターで照らした場所をチャマメにタッチさせ、また別のところを照射して追わせるトレーニング。

 

 アプリには一度打った場所から次の場所への距離と時間、走る前と後でチャマメのコンディションの変化などを記録できるものが詰まっている。格安で売られているが、レビューも良かったので試してみると、この訓練はチャマメにピッタリと言えた。

 

 そして一週間前に、ついにチャマメに転機が訪れていた。

 

 

 

——パチ……パチチ!

 

 

 

 初めて身体に“電気”が纏わりついていたことに気づいたのが一週間前。走ることで“消耗するエネルギー”とは別に、身体に“溜め込まれるエネルギー”があるとでもいうのか……なんとチャマメは、走ることで“発電”する体を持っていたようだ。

 

 

 

(たまげたけど……博士曰く『体毛の摩擦で発生する電気を増幅させる術を持つ個体が報告に上がっている』とかなんとか——これは武器になればチャマメの将来が変わる!)

 

 

 

 本来のジグザグマ……ひいては“マッスグマ”にはない特別な武器が、チャマメには宿っている。電気技が有用なのはツツジ戦で身をもって経験している分、この出来事は素直に嬉しかった。

 

 

 

「よし、もういいぞ!——いつも通り電気を撒き散らすやつできるか⁉︎」

 

 

 

 もうずいぶんと走り回ったため、うっすらと身体が発光するほどに電気が溜まっていた。ここは気分良く走り回っているところ悪いが、チャマメに今の状態でできることをしてもらう。

 

 

 

——〜〜〜〜!!!

 

 

 

 チャマメは指示を受けて、一瞬どうするか迷い——一気に身体を身震いさせる。すると纏っていた電気が辺りに火花のように飛び散る。

 

 やはり充電は必要みたいだが、この発電量なら技として使える!

 

 

 

(——チャマメはこの電気をどうモノにするか……あとはあいつだな)

 

 

 

 わかばの場合——。

 

 

 

「……」

 

——……。

 

 

 

 ツツジ戦以来、なんだか距離を置かれている気がする。

 

 

 

 

 

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その時、緑のそいつは何を思うのか——。

どこぞのジムで“10万ボルト”覚えてたジグザグマがいましたよね……あの時子供心にすげぇーかっこよかったです。

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第34話 模索


ポケモン映画のために剣盾を買うか迷っている……
買うならちゃんとやりたいよなぁ(遠い目)




 

 

 

「——“電光石火”‼︎」

 

 

 

 俺が叫ぶと、キモリ(わかば)は対象目がけて持ち前のスピードで迫る。それを受けて、相手方の“ツチニン”は——

 

 

 

「——ツチニン躱せ‼︎」

 

 

 

 学生服を身にまとった少年が声をあげる。ツチニンは主人に応えて横に動いて避けている。

 

 薄灰色の体色の四つん這いの虫ポケモンといった姿のツチニンは、さして動きが速いわけではない。それでもわかばとの距離を一定に保つことで、そのスピードに対応できていた。

 

 

 

「逃すな!——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 距離を取るならまずは足を止めさせる。

 

 “虫・地面”の複合タイプのツチニンに草技は等倍のダメージが入るため、この“タネマシンガン”は虫ポケモンといえど相応のダメージを受ける。

 

 

 

“堅くなる”で防御だ‼︎」

 

 

 

 ツチニン側、“タネマシンガン”を嫌って“かたくなる”を選択。力むことで皮膚を硬質化させたツチニンは、“タネマシンガン”を正面から受け切る。

 

 チュイン——と甲高い音が、ツチニンの硬さを物語っていた。しかしそれこそがこちらの狙い。

 

 

 

「——“メガドレイン”‼︎」

 

「しまった——」

 

 

 

 ツチニンは元々防御力が高い。何もしなくても、“物理技”に分類される“タネマシンガン”では大したダメージにはならない。向こうとしてもそれを活かして立ち回る算段だったのだろう。

 

 しかし思ったよりもわかばの動きを捉えづらいようで、試合が進むにつれて“タネマシンガン”の被弾を嫌うように。

 

 そういった心の動きが、仕草の端々で出ていたので、あとは“かたくなる”などの防御策から反撃に移ってくるだろうと読んでいた。

 

 事実この行動は二回目。同じことをしてくるなら、こちらはその穴をつくまでだった。

 

 

 

「ツチニン!“吸血”で迎撃しろ!」

 

 

 

 接近してくるわかばに、効果抜群の虫技を選択する少年。しかし、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「——⁉︎どうしたツチニン!」

 

「仕留めろわかば‼︎」

 

 

 

 ツチニンは自身の“堅くなる”の硬質化によって、動きに支障が出ていた。

 

 生物は身体の柔らかい部分をしならせて柔軟な動きができるため、表皮を“かたくなる”で固めると、その直後はその動きも鈍くなる。

 

 その隙を見逃すはずはない。何せそう仕向けたのはこちらなのだから。

 

 

 

——ギュゥウウウン‼︎

 

 

 

 ツチニンに接触したわかばの“メガドレイン”が炸裂し、ツチニンは致命的な消耗を加えられた。その顔がダメージの大きさを物語る。

 

 

 

「くっ!——ツチニン!“ひっかけ”

‼︎」

 

 

 

 接近されたら、当然自前の硬い爪で迎撃してくる。それをわかっているからこちらもかわす指示が早く出せる。

 

 

 

「躱して——“叩きつけろ”‼︎」

 

 

 

 ツチニンの横に薙ぐ“ひっかく”が空を切る。わかばは跳躍してそれを躱していたからだ。そして空中で前転する要領で、尻尾をツチニンの頭部に炸裂させる。

 

 

 

——ッパァアアアン‼︎

 

 

 

 それが致命打となり、ツチニンは戦闘不能となった。持ち主の少年は悔しがりながらも、ツチニンに労いの言葉をかけてボールに戻す。

 

 俺も俺で、わかばに感謝を伝えようと声をかけるが……。

 

 

 

「おつかれわかば……って、また無視か?」

 

 

 

 そっぽを向いて、こちらの言葉に反応を示さない。今までは視線くらいは向けてくれていたのに、なぜかこの塩対応。

 

 ここしばらくのバトル中は()()()のような暴走はしなかったが、代わりにこの態度である。やっぱりジム戦のこと、引きずってんのかな?

 

 

 

「——ありがとうございました!最近コートでよく居る人ですよね?そのキモリ、すごく強かったです」

 

 

 

 対戦していた少年の方から近づいてきてくれた。

 

 ここ二週間、手持ちの個人育成の後は街で解放されているバトルコートで野良試合をするようにしている。経験を積むことと、他のトレーナーがどんな戦い方をするのかの調査をするために……人見知りをおして頑張って声をかけていた。それをこの少年は見ていたのだろう。

 

 

 

「あ、あぁ……ありがとう。見ての通り、あんまり懐いてはないんだけどな」

 

「そうなんですか……?でもよく鍛えられてますよね」

 

 

 

 よく鍛えられている……確かにその通りではある。でもそれは俺と出会う前のこと。もしかしたら以前に持ち主がいたのか、野生の主とかやってたのか……とにかく俺の手柄ではないことだけは確かだ。

 

 だからそんな風に誉められても、バツの悪そうな笑顔しか向けられない。

 

 

 

「——あ、そうだ!賭け金(チップ)の支払い済ませちゃいますね」

 

 

 

 そういうと、少年は自分のデバイスから電子マネーの送金を申請してきた。俺はそれを受け取り、このバトルの賞金として受け取る。

 

 野良試合ではこうやって賭け金——『チップ』をバトル前に取り決めて戦う場合がほとんどだ。ある程度の緊張感を持つことと、勝ち負けにこだわれるようにする名目ではあるが、常識的な少額の設定をする場合がほとんどなのでさして気にはならない。

 

 

 

(……って言っといてあれだけど。節約してる身としては負けるのは極力控えたいよな)

 

「今日はありがとうございました!またよろしくお願いします♪」

 

 

 

 負けたと言うのに、あちらはさわやかな顔で笑って去っていく。お金に余裕があるんだろうか……などと邪推したところで、彼もこの街の学生であることを思い出す。

 

 バトルの結果にいちいち文句を言わない姿勢は、きっとそこで学んだんだろうな。

 

 

 

「……もう“19時”過ぎちゃったな。早く帰って、あの資料にも目を通さないと」

 

 

 

 今日はバトルコートが混み合っていたので、実際にバトルできたのは一時間くらい待たされてからだった。

 

 カナズミは若いトレーナーが集まるので、その分活気もすごい。

 

 ちなみにさっきの試合でここでの勝率は6割強。勝ててる方……だとは思うが、試合の形式は“シングル戦1on1”。互いのポケモン1匹のみの勝負ばかり。

 

 時間がかからないことがバトルコートでは暗黙の了解となっているので、公式戦さながらの“3on3”を野良でやる人間は少ない。コート一面を独占することにもなるから、やる時は事前に予約を入れている人ばかりだった。

 

 本当なら18時には帰っておきたかったが、こんな日もよくある。俺はコートを後にして、自分のホテルへと帰っていった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 今はバトルではずっとわかばを使っている。これは俺がわかばを使いこなすために、もっと多くのバトルを積み重ねたいと思ったからだ。

 

 トレーニングとして無機質な指示をわかばに与えるコントロール訓練は正直あまり効果があったとは言えない。けれど、トウカジムでのバトルや森での襲撃……ジム戦と経て、知らず知らずのうちにわかばのスピードに慣れつつある自分に気がついた。それでこのトレーニングはより実戦を積むことで効果的になると感じた俺は、わかばのトレーニングをこの実戦の中でしていたのだ。

 

 効果は的面……実際、わかばの動きに指示が追いつく実感はある。

 

 

 

「……なのに肝心の本人との仲がなぁ」

 

 

 

 わかばはジム戦以来、反応が素っ気ない。言う事を聞かないなんてことはあれっきりないのだが、野良試合で負けた時なんかは露骨に反応がない。

 

 その原因がよくわからなくて、あまり効果がなさそうな“食べ物で釣る作戦”——もとい“オレンのみで仲良くなろう作戦”を試みるも……

 

 

 

「……まだ食べてないか」

 

 

 

 室内ではポケモンを解放している。アカカブにチャマメが覆いかぶさって遊んでいる横で、わかばは渡したオレンのみを口にしていないまま、窓の外を物憂げに見つめる。

 

 

 

「……まさか減量中——とか言わないだろうな?」

 

 

 

 わかばの長所はスピードなので、体重の増減は重要な関心事項。でもそれはトレーナーが考えることであって、そもそもポケモンにそこまで考える知恵は無いと思う。わかばに限っては賢そうなのでなんとも言えないが、それでも理由としてはしっくりこない。

 

 

 

「……まあ飯は一応食ってるし、いっか」

 

 

 

 一抹の不安はあるものの、この二週間のスケジュールの中で、目立った問題はない。ここでの足止めをくらいつつも、着実に前進していることは確かだ。でも……——

 

 

 

「……もう一度ジム戦をするためには、まだ何か足りない気がする」

 

 

 

 次のジム戦……ツツジさんと戦うための準備として、今はカナズミに留まり力をつけている。その歩みもゆっくりではあるが順調……。それでも何か……大事なことを見落としているような、そんな気がしていたのだ……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 3日後——。

 

 今日はシフトを入れていない。カナズミの大学(カレッジ)主催で行われる“初夏大会”が開催される日だったからだ。

 

 俺はエントリーこそしていないが、丸一日かけて予選を学内で公開されるので、その見学に足を運んでいる。今日のためにシフトを代わってくれたミドリコさんには感謝しかない。

 

 

 

「えーと……シード選手の試合やってるコートは——」

 

 

 

 慣れない建物で入り口で貰ったパンフレットを片手にフラフラ歩いているのがいけなかった。斜め前方からくる人影に気付かず、衝突を避けられなかった。

 

 

 

「す、すみません!」

 

「ああ……こっちこそすまんのぅ……」

 

 

 

 俺は咄嗟に頭を下げる。

 

 衝突した人物は、短髪の白髪頭で高齢に見える。杖をつく様子から、足腰はそれほど強くはなさそうだ。そんな人に対して申し訳ない気持ちになる。

 

 

 

「すみません……俺、この大学くるの初めてで……」

 

「そうなのかい?お若いから、てっきりここの学生さんかと思ったんじゃがな〜」

 

 

 

 俺の弱々しい発言に、気さくに返事をしてくれるお爺さん。気難しい人ではなさそうなので安心した。

 

 

 

「ところで、お前さんトレーナーをやっとるのかい?」

 

「え……?ああ、そうですよ」

 

「そうかそうか♪その腰につけてるボールを見てそうかと思ったんじゃよ」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 お爺さんはそう笑うが、何故そんなことを聞くのか不思議だった。するとお爺さんは、俺に向かってこんな事を言ってきた。

 

 

 

「——お前さん、強くなりたいかね?」

 

 

 

 初対面のご老人に。その脈絡がまるでない一言に——俺はどう反応していいかわからなかった……。

 

 

 

 

 

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急転直下。その老人がユウキに見たものとは——?

出会い頭にジジイから「強くなりたいかね?」とか聞かれてみたい。絶対強くなれるやつやん。わかるやつやん(ネタバレか?)。

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第35話 弟子入り?


会社でちょいとドジをしてへこみながら、まあそんな時もあると復活するまでにわずか2分。これが私の取り柄です。




 

 

 

 “初夏大会”の当日。

 

 大学内をうろついていたら、謎の老人に声をかけられ、今は彼と共に学外の公園でいるわけだが……——

 

 

 

(んー……なーんでついて来ちゃったかなぁー……)

 

 

 

 「強くなりたいか?」——そう聞かれて、興味がそそられたのは事実だ。

 

 しかし胡散臭すぎる。こういうのにホイホイついていくやつが詐欺とかに合うんだよ。俺のことだけど。

 

 んで、その爺さんはと言うと——

 

 

 

「おーーーよしよしよしよし♪“ピーコ”ちゃんは今日も可愛いのぉ〜♡」

 

 

 

 絶賛自分のポケモン——キャモメの“ピーコちゃん”なる愛ポケモンに頬擦りをしていた。

 

 

 

「あのぉー……俺試合見たいんで、からかってるだけならもう行きますよ?」

 

 

 

 そういうと、老人は俺の方に向き直った。

 

 

 

「いやぁすまんすまん!ピーコちゃんを外で散歩させていたもんだから恋しくてついな!ホッホッホッ♪」

 

 

 

 結構大事そうにしてた割にその辺放し飼いなのは如何なもんかと——野暮だしめんどくさそうなのでわざわざ言わないけど。

 

 

 

「しかしお前さん。()()()()()を見て強くなろうとしてたのか?」

 

「え?あんな試合⁇」

 

 

 

 老人は“初夏大会”の試合のことをさしてそう言う。含みがある風なので、そのまま聞き返す俺はイマイチ何を言っているのか分からなかった。

 

 

 

「わしから言わせれば、あんなもの芝居やママゴトに近いわい。わざわざ時間削って見るほどでもないと思うがのぉ〜?」

 

 

 

 老人は吐き捨てるようにそう言う。

 

 しかし俺にしてみれば、まだ見てもいない試合のことをそう言われてもピンとはこないのだ。

 

 

 

「一生懸命戦ってると思いますけど……学校で学んでるわけだし、少なくとも俺はまだ初心者というか……トレーナー初めて半年くらいなもんですので、学べる事はありそうなんですけど」

 

「なるほどのぉ〜。“参考までに”——って感じじゃな?……して、その成果はあったのかのぉ?」

 

「それを見損なってるんですよ今!」

 

 

 

 なんか微妙に話が噛み合わないけど……そいえばツシマさんだったっけ?あの学者と同じ匂いがする……気がする。

 

 

 

「そうかそうかすまんすまん!——まあ損はさせんから安心せい」

 

 

 

 何か適当だなぁ……。この爺さんがトレーナーが強くなる方法を知ってるかどうかも怪しいもんだ。

 

 昔は現役のトレーナーとして戦ってた——とかならまあわからなくもないけど、気迫というかなんというか……とてもそうは見えないんだよな。

 

 

 

「そいえば自己紹介がまだじゃったのぅ——ワシは“ハギ”。みんなからは“ハギ老人”と呼ばれとるよ」

 

「……ユウキです。ミシロタウンから来ました」

 

 

 とりあえずは互いの自己紹介から。

 

 「みんなから」——って誰だよというツッコミはとりあえず差し控えるが。

 

 ハギ老人は俺の自己紹介に「うむ」と頷くと、1匹のポケモンをボールから出した。

 

 茶色の羽毛に黄色い嘴。額にV字の模様がついた凛々しい顔立ちの鳥ポケモン。翼を器用に使って、トレードマークの『長ネギ』を握っているのが特徴の……俺でも知っている有名なポケモンだった。

 

 

 

「——“カモネギ”⁉︎」

 

「ホッホッホッ!ホウエンでは中々見られんじゃろう〜♪」

 

 

 

 それはカントー地方に生息している鳥ポケモンの“カモネギ”だった。

 

 ホウエン地方には生息していないため本物を見るのは初めてだが、特徴的な見た目とジョウト地方でもメディアに取り上げられる人気からよく知るポケモンの1匹となっている。

 

 

 

「ワシはトウカのはずれに暮らすジジイなんじゃが、散歩がてらよくカナズミまでは来るもんでなぁ……そしたらカントーに住んでる孫に『爺ちゃんが森抜けるの大変だからこのポケモンに守ってもらえ!』と押しつけられたんじゃよ……もう1年は経つか。今では可愛い我が家の一員じゃがな♪」

 

「……で、そんな我が家の一員を出してどうするんです?」

 

「ワシの感動的な話聞いてなかった⁉︎」

 

 

 

 身の上話としては、なんかよくある話だなぁと思うくらいの感動量だった。そんな『え?この映画で泣けないの?』みたいな顔されても困る。

 

 

 

「まあいいわい……ワシも昔はトレーナーじゃった。じゃからカナズミで若いもんが張り切る姿を見るのが好きじゃったんじゃが……」

 

 

 

 あ、なんかまた一人語りが始まった。これ長いやつ?

 

 

 

「——最近の若いもんの戦い方は見ちゃおれん。学びたての若造ならともかく、長いこと大学におるっちゅうのに見た目ばかり派手で、そのくせ実用性の薄い戦い方ばかりしとる!——“ぽけすたばえ”?とか訳のわからんこと言っては観客に撮られたいが為の目立ちたがり屋ばかり増えおってからに!」

 

 

 

 思ったよりもこの話題がハギ老人には地雷だったみたいで、沸点に達した彼は杖で公園の芝生をバシバシと叩いて癇癪を起こす。

 

 老人の言う“ぽけすたばえ”もよくは知らないけど、気に障るようなので深くは聞かないが……。

 

 でも言ってることが本当なら、確かに見に行かなくて良かったかもしれない……。鵜呑みにはできないけど。

 

 

 

「あの……じゃあなんで大学に?昔から来てたんだったら、わざわざガッカリしに来なくてもいいのに」

 

 

 

 俺も流石に全員がそんな映りを気にするトレーナーばかりとは思ってない。だから今日はトーナメント出場をかけた予選なので、明日の本戦だけを見にくることもできるはずだ。なして今日こちらにいらしたんだこの爺さん?

 

 

 

「あぁ……今日は別の用事で来ておってな。その用事が終わったから、帰る前にちと覗いていこうと思っただけじゃよ——お前さんに会わなきゃむかっ腹立てたまま帰るとこだったわい!」

 

「ははは……それはどーも」

 

 

 

 それならまあ納得か。俺としては絡まれてこの上なくめんどくさいのだけど。俺ってなんかめんどくさい人に絡まれやすい星の元で生まれたのかな?

 

 

 

「——おーい!ユウキくーーーん!」

 

 

 

 ハギ老人の癇癪を宥めていると、遠くから俺を呼ぶ声がした。最近聞き馴染みのある声なので、それが誰なのか、振り返るまでもなくわかった。

 

 

 

「あ。ミドリコさん」

 

「『あ。』——じゃないよ!“初夏大会”の見学に行ってたんじゃないの?」

 

 

 

 そうだ。それでミドリコさんにシフト代わってもらったんだった。なのにこんなとこをほっつき歩いてたら新手のサボりだと思われる。

 

 

 

「すいません!大学でこの人に会ってそれで——」

 

「ほぉーお若いの。中々()()があるようじゃのぅ……」

 

 

 

 俺が弁明しようとすると、ハギ老人は被せ気味にマジマジとミドリコさんを見る。

 

 今日は今年1番の暑さということもあって、ミドリコさんも薄着のようで、明るい緑のワンピースを着ていた。

 

()()——と言いながらその春先よりも露出の多い容姿をまるで品定めするかのような目つきで見るハギ老人。

 

 おいジジイ。鼻の下のびてんぞ。

 

 

 

「もぉーハギ老人!あんまりそう言う目でみないでくださいよぉ!」

 

「はっはっはっ!若い娘は目の保養になるもんでなぁ〜すまんすまん!」

 

「……?ミドリコさんこの人知り合い?」

 

 

 

 まるで旧知の仲のように話し始めるものだから驚いた。知り合いかと思ったが、逆にミドリコさんの方が俺に聞いてくる。

 

 

 

「え?ユウキくん、この人誰か知らないで喋ってたの?」

 

「……ハギ老人って呼ばれてることとキャモメが狂ったように好きってことくらいは知りましたけど」

 

 

 

 そういうと、意外そうな顔をされた。え、何この人有名人なの?

 

 

 

「ハギ老人って昔はすごい人だってこの辺じゃ有名だったんだよ!“波狩りトレーナー(シーハンター)”とか“斬鉄(ざんてつ)”とかの異名がたくさんあるほど凄かったんだよ〜♪」

 

「ホッホッホッ!昔の話じゃよお嬢ちゃん♪」

 

 

 

 などと言いつつ、かつての栄光を褒められて上機嫌のハギ老人。

 

 昔から何かしらの分野で有名になったトレーナーにはこういった通り名がつく事がある。ハルカの“紅燕娘(レッドスワロー)”なんかがそれにあたるが、ハギ老人もそういった——いわゆる“化け物トレーナー”の一人だったことが窺える。思ったよりやべぇ人に声かけられちゃったよ……。

 

 

 

「それでハギ老人とユウキくんはなんでこんなとこにいるの?」

 

「おーそうじゃったそうじゃった!」

 

 

 

 ミドリコさんの問いかけに俺もそういえば何をするのかはまだ聞かされていないことを思い出す。それを受けて老人は、先程ボールから出したカモネギを指差して話を始めた。

 

 

 

「——ワシも若い頃は派手な技が好きでのぅ……とにかく“必殺の一撃”というものを追い求めておった」

 

 

 

 遠い目をしながら昔話を始めた。これも長くなりそうだが、掴みとしてはかなり引きこまれる内容だったのでそのまま静聴する。

 

 

 

「どんな状況に陥ろうとも、どんな小細工をされようとも……その一撃で全てをひっくり返せる無双の技。ワシにとってトレーナーとは、その一点を磨く為のついでじゃった」

 

 

 

 理想論——ポケモンバトルはそんなもので決したりはしないと心の中で反論する自分がいた。でもその情熱は感じたし、俺もきっと、そんな技があるなら是非極めてみたいとも思えた。

 

 要は『夢』——俺自身も歩んでいる無謀と蛮勇の獣道だ。

 

 

 

「それで……ハギさんはその“一撃”を得たんですか?」

 

 

 

 ミドリコさんは臆せずに聞く。

 

 俺はその“夢の結末”がどうなったのか……聞くのが少し怖かった。

 

 

 

「ホッホッホッ……まぁ、ボチボチといったところかのぉ」

 

「ぼ、ボチボチ……?」

 

 

 

 トレーナーを辞めている今。肝心のラストが曖昧に濁されて気が抜ける俺たち。

 

 でも——次に繋げた言葉が、俺に身震いをさせるような内容だった。

 

 

 

「——少なくともワシはその技で“斬鉄(ざんてつ)”と呼ばれるようにはなったかのぉ……」

 

 

 

 彼はそう言う。

 

 つまり……『答え』として辿り着いた技が、彼にはあったということ。

 

 

 

「最近そこのカモネギに久しぶりに仕込んでみたんじゃよ。よかったらお前さん……その技を覚えていくかい?」

 

 

 

 それが“この技”との出会いだった。

 

 ハギ老人に見せてもらったその技が、後の俺たちに大きな影響を与えることになるなんて……——

 

 この時の俺たちは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

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技……それもひとつの出会いの在り方——。

「知る由もなかった」って一回ぐらい使ってみたかったんですよね。書きながらちょっと笑っちゃったのは内緒(暴露)

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第36話 デートらしき何か


車線変更の時にウィンカーを出さない人間にはなるな。
……私に子供が出来たらこの名言を残そうと思う。

止めるな。放せ。(ジタバタ)




 

 

 

 翌日——。

 

 

 

「——《ここで“キノガッサ”!“キノコの胞子”を繰り出す‼︎あーーーとそれを“ペリッパー”が“守る”で防ぐ展開‼︎》」

 

 

 

 熱気を帯びたバトルコートで、ひたすら火花を散らすポケモン同士の戦いが熾烈を極める。

 

 “初夏大会”の決勝戦は、昨日のハギ老人にも捕まることなく、会場で観戦することが叶った俺は、その戦いの一部始終を脳裏に焼き付けようと必死だった。

 

 

 

「《ペリッパー!返す刀で“燕返し”‼︎——なんとキノガッサ!ペリッパーの翼を()()()()⁉︎⁉︎》」

 

 

 

 キノガッサにとって飛行タイプの“燕返し”は四倍弱点。しかも今のはペリッパーの出せる全速力の一撃——それをあろうことか両手を器用に使って翼を受け止めるキノガッサ。

 

 これはトレーナーから特別な指示を受けたわけじゃない。キノガッサが独断でやってのけた離れ技だ。

 

 

 

「《キノガッサ!そのままペリッパーを地に叩きつける‼︎——“キノコの胞子”が決まった‼︎あぁーーーとここでペリッパー側のトレーナーが降参‼︎キノガッサの勝ちにより初夏大会に劇的な幕切れ‼︎今回も白熱したカナズミには熱気が立ち込めております‼︎‼︎——……》」

 

 

 

 隠し持っていた武器をここぞというタイミングで披露し、とどめの一撃を決めたキノガッサ。

 

 ハギ老人は『最近の若いもんは——』と毒づくかもしれないが、本当に鍛え抜かれていなければ、あんな芸当はできない。よしんば出来たとして、この大一番でやってのける心臓……強さ以上に、そのメンタルの強さに感服する。

 

 

 

「——あそこで白刃どりか……わかばならできるか?器用だけど受け止めるだけのパワーがないか……でもペリッパーに有利相性のキノガッサ対面まで持って行けたあの人も凄かったな。最後の1匹を完全に読んでの選出だったわけで……逆転こそされたけど、見習うべきは如何に有利状況を押し付けられるかと言う点かも……——」

 

「ユウキくんなにぶつぶつ言ってるの?」

 

「あ!声に出てた⁉︎」

 

 

 

 頭の中で今見た試合の振り返りをしていたら、急にミドリコさんの声が耳に届く。自分の世界に入ってるのとこの独り言呟く癖……なんとかしたいな。

 

 

 

「フフ……本当にバトルのこととなると周りが見えなくなるんだねぇ♪」

 

 

 

 悪戯っぽく笑うミドリコさんは、さすが年上の女性。狭量の俺なんかはそんな一言でしどろもどろになってしまう。

 

 

 

「……ごめんミドリコさん。なんか言ってた?」

 

「ううん。ただこの後晩御飯はどうするのかなって聞いただけ♪」

 

 

 

 そう言われてナビの時計を確認すると、今は午後5時前。晩飯には少し早いかなぁといった具合だが……。

 

 

 

「まだお腹すいてないならもう少し遅くに食べようか。この後この辺のお店は全部混んじゃうと思うし」

 

「あー……ここにいる人間の殆どがカナズミで飯食いますもんね」

 

 

 

 祭りの後のこの辺の飲食店は特に賑わうだろう。かく言う俺たちも午前中だけのシフトのはずが、昼間になっても客足が止まらずに中々店を抜け出せなかった。

 

 この決勝だけは見たかったので俺とミドリコさんは死ぬ気で色々準備して後は後発のバイトに任せてダッシュしてきたのだ……修羅場だった。

 

 

 

「遅くにって……もうここで解散なのかなって思ってましたけど」

 

「釣れないこと言うなよ後輩くーん!いい店知ってるんだからぁ〜。その間にこの辺回ろうよ!」

 

 

 

 まさか食い下がられるとは……。

 

 しかし俺は今日この後戻って少し遅いけど育成のルーティーン挟んで、帰って今日見たことのまとめを作ろうかと思っていた。この調子だと捕まったら全部できない。それは正直困るのだが……。

 

 

 

「め、飯の時間にまた再集合というのは……?」

 

「えー?わたし家がカナズミでもハズレの方だから戻ってくるの面倒なんだよねぇー」

 

「……どっかで時間潰したりとか——」

 

「じゃあ一緒に回ろうよ♪今週公開の映画!おすすめのあるんだぁ〜♫」

 

 

 

 ちょっとずつ逃げ道を潰されていき、了承せざるを得ない空気になっていく。こんな事なら最初から『訓練あるので帰ります』と正直にいえばよかった。後の祭りだけど……。

 

 

 

「……こっちじゃあんまり友達いないから。一緒に遊んでくれると嬉しいなって……ダメ?」

 

「わ、わかりましたわかりましたよ!ミドリコさんには昨日の借りもありますから……」

 

「ヤッタ♪ そんじゃ行こっか♫」

 

 

 

 今日の予定は何から何まで潰れそうだ。まあせっかくなので、今日くらいは羽を伸ばさせてもらうとするか。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——面白かったでしょ!『デタラメDr.ドククラゲ』♪」

 

「あんな名前で釣ってるような映画で感動させられたとか……なんか悔しいです」

 

 

 

 ほぼ無理やり見させられた映画の内容を思い出しながら、鼻にツンと込み上げるものを感じる。

 

 ミドリコさんがシリーズ全編を追いかけている最新作『デタラメDr.ドククラゲ〜こんなはずじゃなかった〜』は思いの外俺にも刺さった。前の話とか全然わかんなかったけど、時折耳打ちでミドリコさんが解説してくれたりしたので純粋に楽しめたと思う。

 

 俺も今度『DDD(デタラメDr.ドククラゲ)』全巻視聴会でもしようかな?

 

 

 

「さーてグッズも買い込んだし、そろそろいい時間だね〜♪そんじゃ!私のおすすめのお店へレッツゴー♫」

 

 

 

 終始ご機嫌のミドリコさんに手を引かれ、俺は引きずられるように往来を進む。なんかわからんけど、楽しそうにしてくれるとこちらも付き合った甲斐があるなぁ……思う俺だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……あの。ここおもくそマンションですけど?」

 

「そうだね。マンションだね」

 

「……もしかして行きたかったお店って潰れちゃいました?」

 

「そんなわけないよ〜♪私が作ったげるもん」

 

「ふーんミドリコさんが——へっ⁉︎」

 

「では我が城へお招きいたしますわ〜ユウキ殿〜♪」

 

「ちょっ待って⁉︎流石に若い女性の家に上がるのはちょっと——」

 

「遠慮しないの〜お姉さんに任せなさい!」

 

 

 

 何を遠慮せずに、何を任せることになるのか……。こんな事を想定していない俺には想像する余地などありはしない。

 

 ただなんとなくこんな事してていいのかという漠然とした不安がのしかかって来るばかりだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——んでね〜。その時の同居人が『あんたの作ったのは青椒肉絲(チンジャオロース)とは言わない!』って言ってきたんだよ!ひどくない⁉︎」

 

 

「そりゃ肉抜きにされてたら誰でも言いますよ!」

 

 

 

 ミドリコさんの自宅に招かれた俺は、思いの外話が弾んでいた。

 

 ワンルームのマンションで手狭ながら、掃除の行き届いた室内を見て、彼女の人柄が見て取れる。すごく几帳面でもあるだろうに、人を招くことに抵抗がない……いい人なんだろう。

 

 そんな事もあって、警戒することはなく普通に飯をご馳走になってしまった。今は食後のトークに花を咲かせている途中。

 

 彼女が旅をする少し前……カナズミの学校に通っていた時の話をしていた。その時の料理担当がミドリコさんだったこともあり、同居人とはその事でよく笑い合ったそうだ。

 

 

 

「仕方ないもん!ネルちゃんがその月に水道出しっぱにして水道代がとんでもないことになっちゃったから節約しなきゃだったし!」

 

「それは気の毒に……割と自業自得だった」

 

「フフ……今何してんのかなぁ〜ネルちゃん……」

 

 

 

 そう呟いて、どこか遠い目で旧友のことを思い出すミドリコさん。

 

 ネルちゃんなる人物もトレーナーなのか、もしかしたら今ここで足止めをくっていることにミドリコさん自身……負い目を感じているのかもしれない。そう思うと、友達がいなくて寂しいと言った彼女の心境も……わかる気がする。

 

 

 

「……きっと元気ですよ。向こうもおんなじ事思ってるかもですし」

 

「……!——アハハ。きみは歳の割に言うよね〜?」

 

「すんません……口が過ぎましたかね?」

 

「ううん。ありがと」

 

 

 

 彼女にしたら年下の俺は弟くらいの感覚だろうか。そんな人物に知ったような口を聞いたことを少し後悔するが、ミドリコさんは気にしていないようだ。我ながら無責任なこと言ったとは思うけど、それでも彼女に言える励ましなんてそんなもんだ。

 

 ……どこか憂いのあった顔を見ると、ほっとけない気にもなる。

 

 

 

「ちなみにユウキくんは好きな人とかいないの?」

 

 

「ゴフッ‼︎ゲホゲホ‼︎‼︎——なんすか急に⁉︎」

 

 

 

 完全な不意打ちが急所に決まり、咳き込む俺。どうしたミドリコさん?会話のネタ尽きたのか?

 

 

 

「えー?恋バナは我々若者に許された特権だよー?しようよ恋バナぁ〜♪」

 

「別に中年でもやっていいでしょ恋バナ——ってなんでまた急にかって聞いたんです!」

 

「気になるじゃん!……誰か思い当たる節とかないー?」

 

「思い当たる節って……」

 

 

 

 自慢じゃないが、この歳まで色恋の話は一つとして経験がない。何せ近所では爪弾きものにされていた幼少期。こっちに来てから同年代の女性との接点なんて……ハルカとか——

 

 

 

「あ。今思いついたでしょ?」

 

「思いついてません」

 

「今具体的な人を思い出した顔したよね?」

 

 

 

 なんだこの人エスパーか⁉︎

 

 いやまだ『ハルカとか——』って考えただけで、他にもトウカジムではいろんな人いたし……ってそうじゃなくて!

 

 

 

「いや別にそんなんじゃないですよ!?あいつにはバトル挑まれてボコボコにされるばっかりだったし——人の静止とか聞かずにごいごいスペースに入り込んでくるというか、無神経というか……でもそれに助けられたりもありましたけど……」

 

「ふーーーーーーーーーーーんなるほどぉーーーーーーーーーーーーー⁇⁇」

 

「なんですかその顔は⁉︎なんでもないって言ってるじゃないですか‼︎」

 

「否定がし過ぎると逆になーーーーーー。意識してるっていうかぁーーーー⁇」

 

「あんたが聞くから変な感じになっただけです‼︎」

 

「アハハハハハハ!すっごい顔真っ赤♪」

 

「うぅ……」

 

 

 

 まさかこんなことでマウントを取られてしまうだなんて……こういう強引な人に弱いのだとつくづく思い知らされる。

 

 ハルカの件でこのベクトルでからかわれるのは今後二度とないと信じたい。

 

 

 

「ハァーーーー笑った笑った♪」

 

「もう勘弁してくださいよ……——やべ。そろそろ帰らないと」

 

 

 

 他愛もない会話が時間をあっという間に過ぎさせる。気づけば時刻は午後10時を過ぎていた。

 

 本来なら明日のことを考えて寝る支度を始めるか、机にかじりついて育成とバトルの組み立てに執心してる頃だ。

 

 

 

「あ。ごめんね。引き止めちゃって」

 

「いや飯までご馳走になったんで……今日は楽しかったです」

 

「もう……好きな子いるなら、あんまり他の子に勘違いさせるような事言っちゃだめよ?」

 

「いやだから——あーもうはいはいわかりました」

 

「フフフ。じゃあまたお店でね」

 

「……はい」

 

 

 

 後片付けとか名乗り出るべきだっただろうかと思いつつ、今更名乗り出るのも間が悪かったのでそのまま帰宅させてもらった。今後こんな感じで今日のことを弄られるんだろうか……そんな風に考えながら、悶々とする俺だった。

 

 

 

 

 

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それは少し、戦士の休息——?

ユウキくんが悪い女にたぶらかされた!
この泥棒猫!!!
そこ代われユウキ!!!(え?)

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第37話 ストレス


出社早々頭から水を被った時の人間はある意味無敵。




 

 

 カナズミに来てさらに二週間。俺はひと月にもなろうかという時間をこの街で過ごしていた。

 

 楽しみにしていた大会も終わり、街がかつての熱量に戻ってきた頃。俺は相変わらずバイトとトレーニングの日々に明け暮れていた。

 

 トレーニングには、最近キモリ(わかば)に習得させようとしている技の特訓が挟まり、唯一トレーニング方針が決まっていなかった彼にも目指す目標ができて、パーティ全体がやっと前に進めている実感があった。

 

 あれからもたまに顔を出すハギ老人に手解きしてもらって、だんだんと形になりつつある。

 

 最初はある理由で半信半疑だったのだが、今は完成が見えてくるレベルまで仕上がってきており、またもわかばの器用さに頭が上がらない感じになっている。すげぇーなこいつほんと。

 

 んで、バイトの方なんだけど……——

 

 

 

「——たるんでんじゃないかユウキくん!しっかりやってもらわないと困るよ⁉︎」

 

 

「……すみません」

 

 

 

 店長からの叱責が、日増しにひどくなっていた。

 

 先週は品出しに追われてレジ対応が遅れてしまった。それ自体は俺の不注意だったので言い訳の余地はないが、人手が足りなかったのは店長のシフトの調整ミスだった。昼間に学生がよく通うこの店で、二人で回さなきゃいけないという地獄。こちらだって言いたい事の一つや二つはある。

 

 昨日はシフトが入ってない時にヘルプで呼ばれた。それも仕方ない事ではある。こういう仕事だ。予定通り人が来れるとも限らない。その辺は勤めている以上、協力したいとも思うけど。その時はタイミングが悪かった。それで「もう少し後ならいいですけど……」なんて返事をしたのがまずかった。やれ非協力的だ。やれこれだから最近の若い奴は——そんな嫌味な言葉でなじられる。それで仕方なく俺が店の方を優先して行ったら、別の人間にもう頼んでいたらしく「なんで来たの?」とまで言われた。俺だってロボットじゃない。言いたいことはある。

 

 ——それで今日。店から万引き犯を取り逃がした。

 

 

 

——バンッ‼︎

 

 

 

 俺は帰る前の更衣室の扉を、勢いよく締めてしまった。思ったよりも大きい音を立ててしまったことに俺自身が驚いていると——

 

 

 

「——あ」

 

 

 

 出口でミドリコさんと鉢合わせてしまった。立てた音に驚いたのか、俺の態度に驚いたのかわからないが、悲しそうな顔で彼女が立っているの見てしまった。

 

 ミドリコさんは今日夜勤で、俺と入れ違いだ。もちろん今日のことを彼女は知らない。でも、今の俺は相当ひどい顔をしていたらしい。それでなんとなくあった事を察した彼女が、俺に歩み寄る。

 

 

 

「大丈夫?」

 

「あ……いや、なんでも……すみません」

 

 

 

 今一番見られたくない人に見られた——そんな俺の顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

 彼女はこの店で一番仲がいい。

 

 この店は人の入れ替わりも激しく、ひと月以上も勤めていると自然と古株になる俺とミドリコさん。そんな人に、八つ当たりの現場を見られた気まずさで……俺は逃げた。

 

 

 

「……失礼します」

 

「あ……」

 

 

 

 何か言いたげな彼女に俺は応えない。

 

 今はその優しさも……辛い。

 

 明日になったらいつもの俺に戻るから——そう自分に言い聞かせて、俺はミドリコさんに冷たい態度でその場を後にする。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 なんでも上手くはいかない。こうした他人から言われることで傷つけられることもある。

 

 自分ではもっと耐性があると思ったが、あからさまになじられた経験はなかったのを思い出し、次にあの職場に行くのが嫌になっている自分に気付いた。

 

 でもせっかくトレーニングは順調に行っているのに、今仕事を辞めたらそれもオジャンになる。

 

 

 

「はぁ……社会って怖っ!」

 

 

 

 もやついた心でも少しでも平静に……そんな気持ちから出た、言い訳するような呟き。愚痴ひとつするのにも気を遣う自分が、なんだかおかしかった。

 

 

 

——……クゥーン?

 

 

 

 ハッとして目の前を見ると、訓練をしていたはずのジグザグマ(チャマメ)が近くまで来ていた。考え事をしていたせいで、俺は操作するはずのトレーニング機材の手を止めていた。

 

 ……トレーニングにも支障が出始めてい。こんなんじゃダメだよな。

 

 この通りチャマメも俺の様子の変化に戸惑ってしまっている。優しいこの子は俺なんかを心配してくれているのだろう。面目ない。

 

 

 

「大丈夫だ……心配かけて悪いな」

 

 

 

 そう言ってチャマメの頭を撫でる。

 

 強がりではあるんだろうな。きっと。正直ストレスは今までの比較になっていない。自分の中で消化しきれないこのモヤモヤを……俺は持て余していた。

 

 でもそう思ったとき、前にあった事が不意に過った。

 

 そいえば“あの時”も腹が立っていた事を思い出していた……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——こんなこと言うのもあれなんですけど」

 

 

 

 ハルカがミシロに帰ってきてすぐの事。

 

 俺はあいつと無理やりバトルをさせられて、キモリをボコボコにされる日々を送っていた。

 

 バッジひとつ持ち帰ったあいつがバトルで勝つのは誰の目から見ても明らか。しかも公衆の面前でマウントを取られた俺はもちろんいい気分じゃなかった。そもそも土俵の違う戦いをさせられた。

 

 その感覚が当時の俺の目に、ハルカがタチの悪いいじめっ子と同じに映す。毎度顔を合わせれば挑んできて、不敵な笑みで馬鹿にしてくるあいつに、いい加減我慢ならずに博士に頼った——というか、食ってかかっていた。

 

 

 

「——もうあいつに『俺に絡むのはやめろ』って言ってくれませんか?」

 

 

 

 そんなことをオダマキ博士に言いに行った。今思えば密告(チクリ)……固い表現ならクレーム?それこそ本人に言えと言う話ではあるが、一度苦手意識を植え付けられた俺にはハードルが高い注文だった。逃げだと言われても仕方ないが、父親にお願いする方が効果的だと思ったのだ。

 

 

 

「迷惑してるのかい……?」

 

「そりゃそうでしょ!いきなり勝負ふっかけられて、負けるのわかっててやる勝負ほど嫌なことあります⁉︎」

 

 

 

 ほとんど八つ当たりだが、俺がそう思っても仕方がなかった。その怒りの矛先を、おそらく反撃しないであろうオダマキ博士にしている卑怯さを見ないふりできるくらいに、俺はおかんむりだった。

 

 

 

「……まぁ僕の方から言うのは簡単だけど」

 

「な、なんか問題あるんですか……?」

 

 

 

 思ってた反応と違っていて、少し俺は面食らった。てっきり『うちの娘がすまないねぇー』みたいなことが返ってくると期待していた俺は、そんな様子に少し焦りを抱く。

 

 

 

「そのバトル、受けたのは君なんだろう?だったらその結果に文句を言うのは筋が違うんじゃないかな?」

 

「な——だってそれはあいつが……」

 

 

 

 あいつがあんな人前でバトルを申し込むからだ。あんなところで申し込まれたら……それを断ったら、その場にいた人間の興を冷ますことになる。

 

 

 

「……ハルカに挑まれた君は断れなかった。他の人の目が怖いからかい?」

 

「っ……!」

 

 

 

 そう言われると、素直に認めたくはなかった。俺が気にしているのは、その他人の目……今まで勝手な価値観で俺を酷評してきた他人の目だ。でもそれは、そんな空気を壊したくない一心でもあった。

 

 けど、それも……——

 

 

 

「——その場の空気を壊して悪者になりたくなかった……そんな君の方の都合でもあったんじゃないかな?」

 

「……なんすかそれ」

 

「僕は客観的に言ったまでだよ。僕は科学者だからね……極力、主観的なものの言い方はしないように努めている——気を悪くしたなら謝るよ」

 

 

 

 博士の言葉には確かに気持ちというか、抑揚が感じられなかった。それで俺も強く否定できない。いや……否定できないのは、事実を言われたからに過ぎない。

 

 

 

「——でも君の気持ちも別に悪いことじゃない。君は初対面のハルカの気分を損ねることを恐れた……それは久しぶりに帰ってきたあの子に悪い気をさせたくなかったって気持ちも含まれてるんじゃないかな?」

 

 

 

 博士の言葉は、さっきの俺の利己的な気持ちを弁護するようにも聞こえる。そんな気持ちに気づかせたのは博士なのに、なんでそんな事を言うんだろう……。

 

 

 

「——君がそんな複雑な気持ちで行動するように、もしかしたらハルカにもあるのかもね。君に挑む理由とか、そうしたい気持ちとか……人の心は宝石のようなものだ——少し傾けるだけでその輝きは簡単に変わってしまう。眩し過ぎたり、上手く光らなかったり……」

 

 

 

 要は“見え方”——その視点を動かしてみるかどうかという話だと博士は語る。そうして見える景色が変われば、今自分が嫌なものを見ていると思っても……もしかしたらそれはほんの一面に過ぎないのかもしれない。

 

 そう思わせるような話だった。

 

 

 

「——まずはハルカに直接聞いてみるといいんじゃないかな?察することができないうちは、まずはアプローチをしてみる……僕ら研究者の常套手段だよ♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 いつも鈍臭いイメージの博士が、たまに言う鋭い切り口に、学ばされることは多い。今日のストレスに関して、俺はそのことを思い出すと少し落ち着いた。そして、あの日から得た教訓を思い出し、その対策を講じる。

 

 まず困ったら客観的な気持ちを取り戻す。完璧にそれができるわけじゃないけど……今までの業務態度を振り返り、俺にも悪いところがあったんじゃないかと、まずは自分を分析した。

 

 ハルカの時は、俺が自分の都合を押し付けていた事に気付いて冷静さを取り戻した——俺が店で働いていた時、そういえば店長のことをあからさまに避けていた自分がいたのを思い起こす。それが相手を傷つけていたかもしれない。避けられたら、誰だって悲しい気持ちになる。

 

 そして今度は相手の都合を考えた。

 

 ハルカは俺に挑んできたことを聞いた時、すごく謝ってきたのを思い出す。地元に帰ってきたら同年代の新しいトレーナーがいる事に驚いてテンションが上がっていたことを話していた。仲良くなるならバトルが手っ取り早い……そんなあいつの歩み寄りだったことを思い出した。なら店長は……——

 

 

 

 ——娘さんと喧嘩したみたい。

 

 

 

 ミドリコさんとの話を思い出した。

 

 それは店長のプライベートな部分。もちろんそこで負ったストレスを職場に持ち込むのは褒められたものじゃない。でも家で吐き出すことができないあの人が、職場の……生意気な若者に自分の娘のことを重ねて辛く当たってしまうのも、わかる気がする。

 

 そこまでわかると、もう店長のことをただの嫌な人間だとは思えなくなってきた。彼はそんな中でも毎日ショップの経営に精を出している。シフトの間違いだって、人の入れ替わりが激しいこの店だからこそ、逆に今までちゃんとしていたことの方が凄いんじゃないか。あの人も最初から俺に辛く当たっていただろうか。俺の態度に影響されて、その態度がどんどん険悪なものになったんじゃないか。

 

 俺だってそうなんだから。

 

 人のこと言えない。

 

 

 

「——あ」

 

 

 

 気付けば、トレーニングをしていたわかばもアカカブも俺のところに近寄っていた。俺のことを心配してくれているのだ。

 

 俺にはこんな優しい友達がいる……。

 

 店長は……もしかしたら家族からはそんな優しさを貰えていないのかもしれない。

 

 

 

「……博士言ってたもんな。出来ることは結局“アプローチ”なんだって」

 

 

 

 それは言い換えれば、“いつも行動するのは自分からだ”——という教訓。

 

 次店に行く時には、万引き犯を取り逃がしたことを改めて謝ろう。あの時も店長のことを煙たく思って、職務に集中できなかったんだから。そう思うと、次の仕事に行きたくないという気持ちが薄れていた。もちろん言うのは勇気が必要だけど……。

 

 振り絞るだけの価値は、きっとあるだろうから。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌朝——。

 

 早朝からのシフトの俺は、人通りの少ない道を歩いている。普段は車や人で溢れかえる大通りが、いつも以上に広く感じる。この感覚は田舎では味わえないもので、なんとなく得した気分になる。

 

 

 

「さて……あとは店長にどう話を切り出したもんか——」

 

 

 

 少し気が重くなりつつ、昨日考えていた件を思い起こし、少しでも気持ちの整理をつけようと、俺は意気込んでいた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

——ど、泥棒ーーー‼︎

 

 

 

 どっかで聞いた事がある声が、俺の耳に届いた。

 

 

 

 

 

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決意固まるも束の間……朝からトラブル発生——⁉︎

ちょっと暗すぎたかもしれん……前回甘々だったゆえ……リバウンドがね……すまぬすまぬ。

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第38話 奪取


漫画では読んでいた『王様ランキング』。
最近アニメの方も見始め、涙腺がぶっ壊れてます。




 

 

 

 男の悲鳴が聞こえ、大通りに僅かばかりいた人たちがそちらに視線をやる。俺も例に漏れずそうすると、巨大な門構えでへたり込んでいる白衣の男をみつけた。

 

 大声で何か喚いているようで、しかもその姿と声には見覚えがあった。

 

 

 

「つ、“ツシマ”さん⁉︎どうしたんですか⁉︎」

 

 

 

 それはトウカの森を一緒に抜けた学者風の男、ツシマさんだった。彼とは少しだけの付き合いだったが……まさかまたトラブルに巻き込まれたのか?

 

 

 

「あっ!き、君は確か——」

 

「ユウキです!それより何が——」

 

「そ、それが……社長に頼まれて運ぶ筈だった荷物をここで強奪されて……!」

 

「社長……荷物……?」

 

 

 

 その言葉が引っかかり、俺は巨大な門構えの表札を見てひっくり返りそうになった。

 

 

 

 『デボンコーポレーション』——。

 

 このホウエンで知らない人間はいない大企業の名前だった。

 

 

 

「あ、あんたここの人間だったんすか⁉︎」

 

「そんなこと今はどうでもいいよ!頼むよユウキくん!泥棒を捕まえてくれ‼︎」

 

「そ、そんな事言われても……」

 

 

 

 俺は辺りを見回すが、それらしい人物を見つける事ができなかった。例え背格好を聞いたとしても、その人物をこの大都会の中から見つけ出すのは至難の業だ。俺にできることなんて——

 

 

 

「お話、お聞かせ願えますか?」

 

 

 

 不意に後ろから話しかけられて飛び退く。

 

 その声の主は、ひと月前に俺が挑んでは敗れ去った、岩タイプのエキスパート——カナズミジムリーダーの“ツツジ”さんだ。

 

 トレードマークの赤いリボンとタイがいつもの通りつけられている。その髪のセットを考えると、こんな朝早くから出掛けてるって結構な早起きなんじゃ——

 

 

 

「変なこと考えてません?」

 

「滅相もない。続けて」

 

 

 

 カナズミの女性ってやっぱエスパー常備してません?この非常時に俺はイマイチ緊張感が足りないらしい。いかんいかん。

 

 

 

「えっと……僕の荷物を奪っていったのは身長が170cmくらいです!僕が社外に出た途端に襲われて……み、見た目は半袖ジーンズで……大きなアタッシュケースを持っている筈です」

 

「なるほど。ではユウキさん。共に来ていただけますわね?」

 

「え、お、俺ですか……⁉︎」

 

「あら?女性一人に悪漢を追えと……?」

 

 

 

 俺より強い人が何を——とは言えない謎の圧が俺を襲う。あ。有無を言わせない感じだこれ。

 

 

 

「わかりました……」

 

「頼りにしてますわ♪急ぎましょう……!」

 

 

 

 かくして、早朝からの泥棒追跡は始まった。

 

 ……なんか忘れてる気がするけど、今は気にしてる場合じゃないか。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 街中を闇雲に走って追うわけにも行かない筈だが、ツツジさんはまるで追う先がわかっているかのように走っている。当てがあるのか?

 

 

 

「——ユウキさん。現状、泥棒についてどこまで考察が進んでいますか?」

 

 

 

 質問したいのはこっちだったが、ツツジさんの方が先に問いかけてくる。いきなり言われても……——

 

 

 

「え、えっと……まず間違いなく貴重なもんを、多分計画的に奪っているってことですかね……」

 

「ほう……それはまたなぜ?」

 

「えーと……犯行は早朝。デボンの社員があそこから出てくることがまるでわかっていたかのように、出てきたところを襲っています。しかもこの時代にアタッシュケースで運ぶような——“アイテムをデータ化して運べない代物”を奪ったところをみると——」

 

 

 

 俺なりの推察にツツジさんも頷く。俺と同じ意見のようだ。

 

 今の時代、携帯しているマルチナビの機能は多岐に渡る。ポケモン転送の技術を応用して、電子データ容量に物を収納する技術が取り入れられた“ソリッドオーバーストレージ(SOS)機能”はマルチナビに常備されている。

 

 しかしその機能を持ってしても、複雑過ぎるものを収納できない。だから重要物品は今回のようにアタッシュケースなど頑丈なケースに入れて人力で運ぶことになっている。普通なら護衛でもつけておくもんだが……。

 

 

 

「——おそらく護衛のトレーナーが遅刻でもしたのでしょう。時刻は早朝……もしかしたら、強奪犯はそこまで計画していたのかもしれません」

 

「……!護衛のトレーナーを引き離すことを裏でもやっているっていうんですか⁉︎」

 

 

 

 そうなってくると敵は一人じゃない。組織的な犯罪って事になる。

 

 

 

「じゃあ俺たちだけで追うのはやっぱ危険なんじゃ——」

 

「何のためにわたくしジムリーダーがいると思いますの?」

 

「え?」

 

「——わたくしがこの街の誰よりも強いからですわ」

 

 

 

 その言い切りが、頼もしさと共に寒気を覚える。強さに対する畏れ——俺の本能的な部分がざわつくのを感じた。

 

 

 

「そのわたくしが、貴方を選んで今走っています……わたくしの管轄内で悪事を働いた事——後悔させますわよ」

 

「う、うっす……」

 

 

 

 なんだか一瞬でも心配したことを後悔した。ほんとに一緒に行っていいのか不安になってきた。

 

 

 

「……先程の考察は良かったですわ。この非常時でも、頭を回すことができている。日々の鍛錬の成果ですわね」

 

「……!」

 

 

 

 そう評価してくれたツツジさん。

 

 “選んで連れてきた”——そう言った彼女の言葉を、少しは信じたくなるような、そんな励ましだった。

 

 

 

「それで……これ犯人に向かって走ってるんですか?」

 

 

 

 今度は俺の質問。

 

 いかにツツジさんが強くても、犯人に辿り着けなければ意味がない。

 

 

 

「ええ。先程の悲鳴が聞こえた際に、()()に見張りを任せましたの」

 

 

 

 彼女——そう言って空を指差すツツジさん。その方向には……見覚えのないシルエットの、重厚な何かが浮かんでいた。しかしその姿はあるポケモンの面影を残している。

 

 濃い青の体色に頑丈そうな肌艶。その特徴的な鼻がさらに大きく肥大化しており、その下に蓄えられた髭が今までよりも彼を大きく見せている。

 

 

 

「——“ダイノーズ”。わたくしのお気に入りの『ビビ』ちゃんですわ♪」

 

 

 

 ダイノーズ(ビビ)——名付けられているってことは、ツツジさんの本来の手持ちの一体だろう。この非常時。ツツジさんも出し惜しみはしていない。

 

 メスなのかな?とか今は聞かない方が良さそうだ。

 

 

 

「彼女には『チビノーズ』という特殊なユニットが張り付いておりますの。高いところからわたくしの得た情報をもとに索敵——チビノーズを飛ばして街の四方を見張らせておりました。もちろん目星の男はすでに見つかっておりますわ」

 

「え……でもどうやってその情報をダイノーズに送ったんですか?まさかメールとかできるわけじゃないですよね?」

 

「ふふ……その事についてはまた今度お話ししますわ。そろそろ敵が視界に入りますわよ!」

 

 

 

 おそらく索敵範囲に入ったのだろう。ここからは無駄話はできない。追われてるとなれば、向こうも本気で抵抗してくるからだ。

 

 

 

——っ!

 

 

 

 ひと月前、殴られた痛みを思い出す。もうあんな思いはしたくない。そう思えば、こんなトラブルに首を突っ込んだことを少しだけ後悔する。

 

 でも……それでもやっぱり見て見ぬ振りはできない。腹を決めて、俺はビルの角に向けて走り込んだ。

 

 

 

「——いましたわ!」

 

 

 

 

 

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二人の追跡者。ターゲット補足——!

推理ものって好きなんですけど、粗探しされるのが怖くて苦手なんですよね……探さないでください(軟弱)。

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第39話 違和感


やっと……金曜……ですね……。




 

 

 ビルの角を折れた時、そこにはアタッシュケースを持った男がいた。

 

 背丈170cmの半袖ジーンズ——ツシマさんの言ってた特徴と一致する。

 

 

 

「——げっ!もう追いついてきやがった⁉︎」

 

 

 

 かなり遠くにいる……ここはすでに街のはずれ。公道と街の境目のゲートに向かっているあたりから察するに、奪った品を別の街へ運ぶ手筈だったのだろう。しかしまさかご本人の方から言質をいただけるとは……。

 

 

 

「疑いの余地はなさそうですわね。捕らえますわよ!」

 

「は、はい!」

 

「クソ!追いつけるもんなら追いついてみな‼︎」

 

 

 

 そう言って男は全速力で背後の道に走り込んだ。

 

 男が向かったのは『116番道路』——街の北東側からアクセスできる、豊富な草木と岩山が共存するエリアだ。道の整備はそれほどされてなく、自然の形が色濃く残っている地形ではあるが、ほぼ一本道であることには変わりない。

 

 しかしその道を、男は自転車で滑走していた。

 

 

 

「オフロード自転車ですか——ではご期待に応えて……!」

 

 

 

 それを受けてツツジさんはダイノーズ(ビビ)を呼び寄せると、その身体の上に腰掛けた。するとビビが浮遊し、強盗を追跡する。

 

 ツツジさんはポケモンに乗る事で、草木で足を取られる徒歩とは比べ物にならない速さを手にしていた。

 

 

 

「やば!置いてかれる⁉︎」

 

 

 

 俺も乗せてくれればいいのに、ツツジさんは一人でダイノーズに乗って追いかけてしまった。さっきの挑発が意外とお気に召さなかったのか?

 

 まあそれはさておき——オフロード自転車は足元が不安定な場所でも大きめの車輪で滑走できる代物。その分通常の自転車よりは速度が落ちる。

 

 対してダイノーズの飛行速度は極端に速いわけではないが、人間の足で草地を走るよりはいくらか速かった。

 

 両者の速度はそれほど変わらないが、一人でツツジさんを先行させるのはやはり不味い。

 

 

 

(——俺もなんかしないと……!)

 

 

 

 そう思い、なんとか追跡できる方法を考え、辺りを見回してみると、建物の裏にスクラップ置き場があるのを発見した。そこには鉄屑が乱雑に並べられていて、一部電化製品も捨てられている?

 

 そしてその中で一際目を引く、薄型の鉄板を見つけた時に閃いた。

 

 

 

(——これをこうして……後これも使って……)

 

 

 

 俺は鉄板に細工を施し、腰からボールを一つ取り出し解放する。

 

 出現させたのはジグザグマ(チャマメ)

 

 

 

「頼むぞチャマメ!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 顔面に風圧を感じ、あまり体験してこなかった速度にビビりながら……ようやく俺たちはツツジさんたちに追いつくことができた。

 

 捨てられていた鉄板に、同じく廃棄されていた電子ケーブルを結んでチャマメに引かせる——即席の“そり”で。

 

 これなら草原に足を取られることなく、元々草原を走ることに抵抗がないチャマメなら前を行く二人よりも速度が出せると踏んだのだ。そのかわり、石とか硬い地面に当たると尻が悲鳴をあげるけど。

 

 

 

「——あら?そういえば忘れてましたわ」

 

「忘れてたんかい!——いやなんでもいいですけど‼︎」

 

「にしてもそれ——なかなか楽しそうですわね。今度乗せてもらえます?」

 

「尻が腫れ上がる覚悟があるならいつでもお乗せしますよ!」

 

「まあ、はしたない」

 

 

 

 やっと追いついたツツジさんになんとか一言言ってやった。

 

 さて、ツツジさんに追いついたところで、あいつをどう捕らえるのか……そろそろ何かしら手を打ちたいところだ。

 

 

 

「このまま追ってていいんですか⁉︎森も深くなってきましたし、この先の“洞窟”に逃げられたら厄介ですよ!」

 

「……貴方。この先の洞窟のこと、ご存じ?」

 

 

 

 何か妙案がないか聞いたが、逆に聞き返されてしまった。ツツジさんの意図はわからないが、とりあえず質問に答える。

 

 

 

「確か……『カナシダトンネル』ですよね?“カナズミ”と“シダケ”を結ぶためのトンネルがあるっていう……——」

 

 

 

 そこは今まで、行き来が困難な山道しかなかったのだが、互いの街が結託してトンネルを掘る企画が随分昔に立ち上がってできたトンネルだ。

 

 シダケ側はなるべく自然を残したい思いもあり、必要以上に道に手を加えることを避けたいとか……当時の新聞記事がカナズミの図書館にあったのを覚えている。そこで、ある事を思い出した。

 

 

 

「——あれ?そういえば、最近崩落事故があって、今は通行止めじゃなかったか?」

 

「その通りです。事故で怪我人がいなかったのが幸いでしたが、その時の騒音で周囲の野生ポケモンの気が立ってしまいましたの。それが影響して、トンネルの復旧工事も難航しておりますわ」

 

 

 

 それが今回のケースでは有利に働く。このまま追い続ければ、やつは洞窟に逃げ込むだろう。そこで袋小路に追い詰めれば、荷物を奪還することも可能だ。

 

 しかし……ツツジさんの表情は先程よりも険しくなっていた。

 

 

 

「……どうしたんですか?」

 

「おかしいとは思いませんか?カナシダトンネルが通行止めなのは昨日今日の話ではありません……なのにわざわざこの道を選んだ……」

 

 

 

 ツツジさんの疑問が何を言わんとしているのか、少しわからなかった。しかし一瞬遅れて、俺もその違和感に気づいた。

 

 

 

「そうか!あいつらは計画的に物を強奪している……しかも大企業の貴重な荷物を。その計画で一番大事な逃げの算段を立てていない訳がない!」

 

「そうですわ……他にも街の出口は北と南にありますのに、彼はこの袋小路を選んでいる……」

 

 

 

 それがわかった途端、やはりこの追跡が危険な物ではないかと察しがつく。思えばさっきの男もどこか不自然というか、どことなく演技臭い感じがした。あれも誘いなんだとしたら……。

 

 

 

「わたくしたちをある地点まで誘い出すのが目的だとしたら、その理由はなんでしょうね?」

 

「……もしかしてジムリーダーを?」

 

 

 

 それはあまりしたくない想像だが、ジムリーダーを倒すための大掛かりな芝居の可能性はある。でも、その可能性をツツジさん自らが否定した。

 

 

 

「それにしてはメリットが無さすぎます。わたくしを倒したところでジムバッジの獲得はできませんし、寧ろHLCから除名処分を食うのがオチです。私怨の線も考えましたが……それならもっと他に効果的な方法があるでしょう」

 

 

 

 確かにこんな手間をかけるくらいなら、日常どこでも襲うことができるはず。可能性としては無くはないって感じだが、それでも今ひとつ根拠に欠ける。

 

 となると、彼らはこのまま逃げ切る算段をつけていることになる……?

 

 

 

「このまま森から山を抜ける方法があるのだとしても……やはりこちらから逃げる必要は感じません。見晴らしが悪いことぐらいしか——」

 

「……もしかして、その見晴らしの悪さが欲しかった……?」

 

「どういうことですの?」

 

 

 

 俺の思いつきに、ツツジは眉を顰める。

 

 いや、俺自身そんなに確信があるわけではない。それでも……あえて現状を推理するなら——

 

 

 

「あいつはこの時間、あの場所で荷物が盗めるように計画していた……でも街にいるジムリーダーや他のトレーナーの介入をどうしたって完全に防ぐことはできない——だから、確実に物が盗めるようにこの見晴らしの悪い場所を選んだんじゃないですか?」

 

「……理由はそれだとして、その方法は?」

 

「今あいつは全力で逃げてます——でも視界からは何度か外れてますよね?」

 

「ええ……草木の影やら高低差やらで何度か視界からいなくなってますわね」

 

 

 

 その事実は少しだけ俺の推理を後押しした?もしそれが狙いなら、今追っているあいつは——

 

 

 

「あいつ、もう荷物を別の誰かに渡してるかもしれません。今持ってるケースは(デコイ)で、本物は道中潜んでいた仲間に渡したのかも……!」

 

「……!」

 

 

 

 視界が切れたことを確認して、あいつはアタッシュケースを、この道路に潜んでいた仲間に渡した可能性があった。今もまだケースは持っているようだが、よく似た偽物を事前に準備していれば可能だ。しかしその可能性が低いこともツツジさんは示唆する。

 

 

 

「あまり現実的とは言えませんわね。確実に見られないタイミングにそれを行う難易度を考えれば——それに、それをするなら街中でもよさそうなものですが——」

 

「街中はどこに人の目があるかわかりませんし……すり替えが成功しても街から出るまでにリスクが伴います。派手に出て行って注意を引くだけ引いて、この道路で荷物をすり替える——ただの勘ではあるんですけど」

 

「……」

 

 

 

 ツツジさんの疑問には答えたが、そうだとするとすでにあいつらの計画は成功していると言ってよかった。このまま追いつめたとしても、肝心のブツを取り返せなければ意味がない。かと言って、目の前のあいつがまだ荷物を持っている可能性も十分にある。今の妄言に戦力を割くのも、賢い選択とは俺自身思えなかった。

 

 

 

「——では、あなたはその別働隊を探してください」

 

「え、今の話信じるんですか⁉︎」

 

「信じる信じないではありません。可能性に行き着いたのなら、それを確認しなかった事を後悔するよりずっとマシです——あの人の荷物、取り返すのでしょう?」

 

「……!」

 

 

 

 俺にその信憑性の自信がないのと、それを明確にすることにはなんの関係もない。ツツジさんは確かめてこいと言っていた。

 

 俺の推理じゃなく、俺の能力を……信頼してくれた。

 

 

 

「それが本当なら、おそらく相手は1人でこっそり逃げているはずです。それを捕まえてください」

 

「わかりました……でもツツジさんは⁉︎」

 

 

 

 これが囮ならば、奴ら自身が逃げる算段も当然つけてあるだろう。それは追ってきた人間を待ち伏せして大人数で襲撃してくることも考慮に入れなければならない。ツツジさんが1人で目の前の男を追うのはリスキーだ。

 

 

 

「何度も言わせないでください……わたくしと戦うということがどういう事か。身をもって教えて差し上げますわ」

 

 

 

 フラグでもなんでもない……確信を込めて言えるほどの勝ち気が伝わってくる。もしかして、心配すべきはお相手の安否ですか?

 

 

 

「早く行きなさい!とり逃せば、一生後悔しますわよ‼︎」

 

「は、はい!——行くぞチャマ‼︎」

 

 

 

 俺はそりから飛び降りて、チャマメについてくるように指示を出す。するとツツジさんが何かを投げて寄越した。

 

 

 

「……これは?」

 

「“チビノーズ”です。微弱な“電磁波”をソナーのように扱うことが出来ますわ。ポケモンに指示を出す要領でお使いください。戦闘には使えないでしょうが、役には立つはずですわ」

 

「ありがとうございます!それじゃ……ご武運を!」

 

 

 

 短く、心を込めて感謝する。これで強盗を追うのが少しだけ楽になる。俺は踵を返してツツジさんとは逆方向に走った。

 

 ……まずはどの地点から荷物をすり替えられたかを確認するんだ。

 

 

 

 

 

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推察は届くか……森の追跡、二分——!

最近文章を考えるのが大変。
セリフ多めになってきたなぁと白目剥いてます。

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第40話 二者の戦い


最近書いたやつをストックするようにしてみました。
もっと早くにしろよ……




 

 

 

「……思いのほか、早く見つかったな」

 

 

 

 116番道路を逆走してすぐのことだった。道のある段差に不自然な草の折れた跡が見つかったことで、憶測が一気に現実味を帯びた。

 

 まるで何かがそこにあったかのような……四角い箱の形の跡に見えるそれは、ちょうど盗まれたアタッシュケースと同じような形だった。

 

 

 

「あいつは多分ここで投げ捨てた……そしてそれを回収したやつが——」

 

 

 

 道のはずれの茂みが不自然に凹んでいたのを見つけ、そいつがこの茂みを突っ切って行ったことがわかる。強盗もモタモタはしていないだろうが、念には念をいれて人目のつかないこの茂みを通ったなら、まだ追いつける可能性はある。

 

 

 

「……まずはこの先にいるかどうかを調べるか」

 

 

 

 そこで早速役に立ちそうな“チビノーズ”に頼んでみることにした。チビノーズには微弱な電波を使った“ソナー機能”が付いているらしい。どう指示すればいいのかはわからないが、とりあえず「この森に人がいるか調べてくれ」と頼んでみる。すると——

 

 

 

——ブル……ブルブル‼︎

 

 

 

 激しく振動して、この奥に“何か”がいる事を教えてくれた。すげぇ。マジだよこれ。

 

 

 

「本当にそいつがそうなのかわかんないけど——今は信じるしかないか」

 

 

 

 成否の確認を今はする時じゃない。とりあえず何があってもいいように、ここからはチャマメではなく、森の中で素早い動きができるキモリ(わかば)にチェンジしておく。

 

 

 

「——行くぞわかば!」

 

 

 

 意を決して森に飛び込む俺たち。頼むから逃げおおせてくれるなよ……!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ガサガサ……ガササ!

 

 

 

 道なき道を体感で真っ直ぐに進む俺たち。途中の枝が危険なので、全速力で走るわけにはいかないが、わかばが先行して進行上の目立つ枝を折ってくれているので比較的走りやすい。それに、先人が通った跡はそこかしこに見られた。

 

 

 

(——腐葉土は足跡がつきやすい……枝の踏み抜いた跡もあるな……木の苔がところどころ不自然に剥がれてる……やっぱりこの道で間違いない!)

 

 

 

 薄暗い森の中でも拾えるヒントは多かった。チビノーズから得られる敵の位置は大雑把にしかわからないため、こうした些細なヒントを見逃さないのは追跡には必須だった。

 

 ちょっと前のトウカの森でのことがトラウマになりかけたこともあって、自然でのサバイバルやら逃走術をかじっていたのがこんな生き方するなんて思わなかった……でも、これなら思ったより早く追いつけるかも——

 

 

 

——ゴォウッ‼︎

 

 

 

 それは突然だった。

 

 おそらく進行方向から——何か光ったと思ったら“その赤い何か”が横切った。頬をチリッと焼かれたような感覚に驚き、その場で臨戦態勢をとった。

 

 

 

「ど、どこから……⁉︎」

 

 

 

 明らかに俺を狙った一撃。赤いそれは何らかの“炎技”だということ。そしてこのタイミング——まず間違いなく俺たちが追っているやつのポケモンの技だろう。

 

 

 

(抵抗してくるのは覚悟してたけど……ここで待ち伏せされていたってことか——)

 

 

 

 おそらく俺が追ってくること自体は予想外だっただろう。この攻撃は“威嚇射撃”。そしてポケモンにではなく人間に撃ってきたのは、俺をビビらせて少しでも足止めするため……。

 

 

 

「やりやがったなちくしょう‼︎」

 

 

 

 俺は声に出して怒りを露わにする。内心は相手の思惑通りびくついている。でもそれで相手が思惑通りに動いたと、悠々とメンタルを保った状態で逃げられるのは避けたい。

 

 相手はこの手のラフプレーには慣れてると見ていい。だからこそ……弱みは見せちゃダメだ。

 

 

 

(次撃ってくるか——それとも走って逃げてる⁉︎)

 

 

 

 こうして手をこまねいてる間にも、強盗は距離を離してあるかもしれない。数秒迷った後、多少の危険は覚悟の上で、再び追いかけることにした。

 

 

 

「わかば!次撃ってきたら、その方向に“タネマシンガン”だ!」

 

 

 

 わかばは返事こそしないが、了解の意を頷いて伝えてくれた。どうあれ、追うとなれば必ず反撃してくるはず。

 

 その時が、そいつの居場所がわかる瞬間——

 

 

 

——ゴォウ!ボッ‼︎ボッ‼︎

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキさんと別れて程なく、わたくしはカナシダトンネルの入り口まできていた。追いかけていた男は案の定この洞窟に入って行った。工事を今日は取りやめにしていたらしく、重機やら工事で使う物品が、作業員の詰所横に整理されて置かれている……。

 

 

 

(……やはりここで待ち伏せしていますわね)

 

 

 

 無計画にここへ逃げ込んだにしてはタイミングが良すぎる。この日この場所が使える事を前もって知っていたからこそここに逃げ込んだと言われた方がまだ信憑性は高い。そして、やはり彼の言っていたことは当たっている気がした。

 

 

 

(追手がわたくしである以上、ここまで誘い出しても油断はできない……そういう周到さが主犯にはある。ならばこそ、足止めにも相当な戦力が注がれているはず……)

 

 

 

 まさか真っ向からわたくしと戦う訳にもいかないでしょうし……そこまでして足止めをし、本筋は悠々と逃げおおせる——それが彼らのプランだったと考えられる。

 

 

 

「残念でしたわね……その計画を見抜かれるとはまさか思っても見ないでしょうし——」

 

 

 

 それに……わたくしを武力で押さえ込もうという魂胆が如何に浅はかだったか。この先の方々には身をもって知っていただくとしましょう……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

「——これはこれはジムリーダー。こんなところへ遥々ようこそ!」

 

 

 

 洞窟に入るなり、芝居がかった話し方で出迎えたのは複数の男たちだ。各人、自分のポケモンを既に構えており、わたくしと“ダイノーズ(ビビちゃん)”を取り囲んでいる。

 

 

 

「お招きいただき感謝しますわ……それで?大人しく盗んだ物を返す気にはなりましたか?」

 

「ははははは!——間抜けなリーダー様には教えといてやるよ!ブツは既に別のやつに渡してある……アンタはまんまと俺たちの策にハマったってわけだ!」

 

 

 

 やはり——これで確定した。彼を連れてきていたのが功を奏した。

 

 となれば、ここに長居する必要はない。さっさと彼に追いつき、加勢に行かなければ——

 

 

 

「——おっとどこに行くんだ?」

 

 

 

 わたくしが踵を返すと、強盗たちは出入り口を封鎖。繰り出している“ズバット”や“ポチエナ”、“ゴニョニョ”などが行手を阻む。

 

 

 

「悪いけど、ちょっと俺たちと遊んでくれよ……お姉さん?」

 

「はぁ……わたくし、強引な男性が一番嫌いなんですの」

 

「そりゃ残念だったな!——野郎ども!やっちまえ‼︎」

 

「——!」

 

 

 

 下卑た男の掛け声で、それぞれが持っていたポケモンが技を繰り出す。ポチエナが飛びかかり、ゴニョニョが接近し、ズバットが迫る。

 

 複数のポケモンの攻撃に晒されるわけだが……舐められたものだ。

 

 

 

 

 

 

「ビビちゃん——磁遊帯装(じゆうたいそう)——“パワージェム”!」

 

 

 

 ビビちゃんは宝石の弾丸を生成し、的確に近づいてくるポケモンにヒットさせる。大して育てられてもいないようで、その一撃で簡単に気絶する敵ポケモン。

 

 

 

「チィッ!だが技が撃ち終わったら、残りの奴らがアンタを襲う——」

 

「それはどうでしょう?」

 

 

 

 何を勘違いしたのか。わたくしの攻撃はまだ終わっていなかった。

 

 

 

「——⁉︎」

 

 

 

 “パワージェム”は依然として発射を続けている。それもダイノーズ本体からだけではない。彼らのポケモンの死角から、宝石の弾丸が射抜く。四方からの攻めに対して、わたくしに——ダイノーズ(ビビちゃん)に死角はない。

 

 

 

「なんだ……()()()()()()()()()攻撃が——!」

 

「観察力が足りませんわね。よくご覧なさい」

 

 

 

 その時、ようやく男たちもその存在に気づいたようだ。わたくしたちの周囲を高速で飛び回る“チビノーズ”2機に。それらが旋回しながら、“パワージェム”を発射することで“全方位(オールレンジ)攻撃”を可能とする。

 

 

 

磁遊帯装(じゆうたいそう)……ユウキさんに渡した子機も合わされば、四方を睨む遊撃砲台と化す——“種族特性”のひとつですわ」

 

「なんだそれ……!だったら遠距離からたっぷり“超音波”を浴びせてやる‼︎」

 

 

 

 接近する事が敵わないと見るや、逆上した男のズバットから——雑音たっぷりの高音周波が繰り出される。不意打ちにもならないこのタイミングで……?

 

 

 

 

 

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賢者に対して足掻く愚者。次の手は——。

“種族特性”はポケモン図鑑とかに載っているような個性みたいなもんですかね……ガンダムで言うファンネルみたいなやつがチビノーズ。

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第41話 ツツジという教師


先に謝っときます。あほほど長くなりました……、




 

 

 

「——どうだぁ⁉︎頭の髄から軋むだろぉ‼︎」

 

 

 

 “超音波”での攻撃に晒されたわたくしに、下品な笑い声を聞かせてくる男。不意打ちですらない攻撃があまりにもあからさまに撃ってくるのでなにかと思えば——

 

 

 

「——背後からも……ですか」

 

 

 

 こっそりわたくしの後ろに回っていたもう1匹のズバットが、ダイノーズ(ビビちゃん)の攻撃範囲外ぎりぎりから“超音波”で挟み撃ちにしてきたのだ。

 

 

 

「いい味だろ?名付けて二重音波(にじゅうおんぱ)——ポケモンはともかく、人間なら数秒と意識が保てるものじゃない……ぜ?」

 

「確かに……貴方のような者がポケモンを2匹以上同時に扱えるとは思いませんでしたわ。ですが——」

 

「な、なんで平気な面してやがる⁉︎」

 

 

 

 わたくしがあまりにも余裕そうなので、男は焦る。彼にとっては驚くべきことかも知らないが、何のことはない。

 

 ——その音の波は既に()()()している。

 

 

 

——ジジ……バヂヂ……ヂッ!

 

「な、なんだそりゃ⁉︎」

 

 

 

 男はわたくしとビビちゃんを覆う、ドーム状の電磁フィールドを見て驚愕する。当然それが何なのか、彼にわかるはずもなかった。

 

 

 

“電磁波【忍冬(すいかずら)】”——“電磁波”を球状に纏って、中と外とを隔絶する……派生技ですわ」

 

「そ、そんなもんで“超音波”をかき消したってのか⁉︎」

 

 

 

 男はわたくしの説明だけでは納得していないようだ。

 

 確かにその疑問は正しい。この“電磁波”の壁に物理的な障壁になるような効果はない。元々はこの領域に侵入した者を感電させるカウンター型の補助技。もちろん音の周波を増大させて繰り出される“超音波”を無力化するようなエネルギーは存在しない。

 

 ——まあ、()()()()ですが。

 

 

 

「なんてことはないですよ……少し空気を()()しているだけですよ。“超音波”と、は要するに『音の波』。空気を分解してしまえば、そこは真空になります。そして、()()()()()()()()()()()

 

「は、はぁ〜〜〜⁉︎」

 

 

 

 

 わたくしは笑顔でそう答える。いつのまにか講義スイッチが入り、ついつい手の内を説明してしまうのは悪い癖だ。悪漢たちとの戦いということを忘れそうになるのは、職業病なのか……教師としての本能みたいなものですわね。

 

 まぁこれに関しては、ビビちゃんの電気出力あってのものですので、あまり参考にはならないかもしれませんが。

 

 

 

「くそ!次から次へと——」

 

「もう撃つ手はありませんか……?わざわざこんな誘い出しをしておいて、その程度の準備しかしてこなかったんですか?」

 

「な、なんだと——」

 

「では——“岩石封じ”‼︎」

 

 

 

 挑発に男が何か反論する前に、わたくしは技を叫ぶ。それに反応して周りの男たちもビビちゃんから距離を置くが——

 

 

 

「ぐぁああああ‼︎」

 

「ぎぇええええ‼︎」

 

「ガッ!——な、ど、どこから……⁉︎」

 

 

 

 わたくし()()の攻撃が、その場にいた悪漢——計11名のポケモンたちごと岩弾で封じ込めた。放たれた岩が身体を拘束するようにのしかかり、その場の誰一人として、指一本動かすことができない。

 

 

 

「わたくしは一度も()()()()()()()()()()——なんて言っていませんわよ?」

 

 

 

 どこからの攻撃か、彼らにはわからないようなのでついでに教えておく。わたくしが指差した洞窟の薄暗い上段で、何匹かのポケモンがこちらを向いているのが見えるはずだ。

 

 

 

——ゴローニャ、ユレイドル、サニーゴ、ドサイドン、ボスゴドラ……。

 

 

 

 わたくしの育てた屈強なポケモンたちが、厳しい顔つきでそれぞれ。この空間を見下ろしているのだ。

 

 

 

「い、いつの間に——」

 

「さっき“磁遊帯装(じゆうたいそう)”で“チビノーズ”を飛ばした時にボールくっつけておりましたの……わたくしの使用ボールは特注(オーダーメイド)で磁石の性質を持ちますので」

 

「う、嘘だろ……あの攻防のなかで?しかも、6匹同時に制御って……」

 

「攻防……?冗談はお好しになって。最初からずーっとわたくしが攻撃しておりましたの♪」

 

「ば、化け物め……‼︎」

 

 

 

 せっかく解説してあげましたのに、酷い言いよう……女性に向かってなんて口を聞くのでしょう。

 

——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「はぁ……あなた方に割く時間が惜しいのです——()()()くん」

 

「——!?」

 

 

 

 それはかつてわたくしの教室でペンを握っていた教え子の名前だった。私怨の可能性は低いと思っていましたが……まさか本当に復讐目的だったなんて。

 

 それに、見れば他にも見覚えのある顔がちらほら見受けられた。

 

 ——カワタさん、タツヤさん、トモキさん、トキオミさん……皆、大学(カレッジ)で除名・退学の処分を受けた者たちばかり。

 

 

 

「な、なんで……」

 

「覚えていたのが意外ですか?『年下の小娘に教わるほど落ちぶれてねぇー!』——そう吐き捨てて、貴方が大学(カレッジ)を中退したのをよく覚えてますわ」

 

 

 

 忘れろと言う方が無理な話。あーもはっきり言ったのは貴方が初めてでした。

 

 当時はジムリーダーに就任して間も無く、教師活動と掛け持ちに目を回して……それなりに言われたことにショックを受けた訳ですが、今となっては笑い話です。

 

 それが復讐という形での再開だったのが、少し残念ですが……——

 

 

 

「貴方が道を踏み外したことに……今更責任を感じるというのもおこがましいのでしょう。例えあなた方が謝罪を求めるとしても、今それに応じる気にはなれませんし」

 

「……あーそうかよ。あんたは、自分の理屈を押し付けるだけの教師だもんな!あの時だってあんたは——」

 

「ええ……あの時のわたくしは、あなた方に余計な事を教えず、『正解』を教えるだけの教師でした」

 

 

 

 当時のわたくしの教師としての自己評価は、お世辞にも良い教師ではなかった。あらゆる遊びを許さず……バトルで上を目指す者には徹底した“正攻法”を押し付けた。

 

 若くしてカナズミの教育を貪り尽くし、教卓についたのが15の時。教え子に侮られることがないように、例え年上相手でも毅然とした態度を示すことに躍起になっていたことは、少なからず影響していたんでしょうね。

 

 それでも……わたくしがまだこの方に言えることがあるのだとしたら、きっとそれは謝罪ではないのでしょう。

 

 

 

「——それでも、諦めたのは“あなた”です。周りの理不尽に唾を吐き、自分の心が折れる前に、自ら倒れて楽になろうとしたのが“あなた”です」

 

「勝手なこと言うな‼︎」

 

 

 

 わかっている。知ったふうな言葉だ。勝手で……自分のことを棚上げにした卑怯な言葉だ。

 

 でも、誤解を解くことに意味はない。傷ついた彼に、傷つけた本人のわたくしが慰めることなど出来はしない。

 

 だから言うのだ。『勝手な言い分』を……。

 

 

 

「わたくしは、それでも前を向く事を諦めなかった人を知っていますよ。理不尽に向き合い、困難に打開策を見つけ、苦難を耐え忍ぶ……そんなトレーナーを——」

 

 

 

 わたくしに挑み、敗北しつつも……その瞳を絶望で満たさなかったトレーナーを……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ちょっと!まだ話は——切れた……」

 

 

 

 ひと月前——。

 

 わたくしがユウキさんと戦うよりも前のこと。突然トウカジムの方から一報が入った。いきなり『うちの息子、トレーナーを初めて半年くらい経つんだけど、ジム挑戦を一度受けてやって欲しい。紹介状も書いたのでよろしく』——などという、なんともざっくりとした連絡を寄越してきた。その内容も含め、一体どういうつもりなのかと再度聞き直したが、それもまた常識を逸脱した返答だった。

 

 

 

「——『プロを目指しているが、ジムトレーナーとして研鑽を積まずに旅トレーナーになった』ですって?」

 

 

 

 それが本当だとしたら、この道を侮っているとしか思えない。

 

 確かにかの拳王(けんおう)と名高い“センリ”さんのご子息なら、それ相応の才能はあるでしょう。しかし、それに甘えているのなら、彼を誰かが叱らねばならない。プロトレーナーとは、己が才を極限まで磨き、それでも尚終わりもない——果てなき過酷な道であるということを教えねば……。

 

 

 

「本来それを伝えるのは“父親”でも“ジムリーダー”でもあるあなたが言うべきことでしょうに……!」

 

 

 

 正直ガッカリした。

 

 センリといえば、トレーナーとしても教育者としても、わたくしにとっては尊敬にすら値する存在。

 

 それがただの子煩悩だと知った時のわたくしの落胆は途轍もないほど大きかった。せめて事情をもう少し聞かせてくれてもいいのに、『見れば分かると思う』と言われて通話を切られた。

 

 

 

「わたくしはそういう抽象的な話し方が一番嫌いですのよ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 わなわなと、一人個室で震えるわたくし。

 

 もし話通りに挑みに来るなら、態度次第では紹介状を破り捨ててくれる……そんな面持ちで、わたくしは彼の息子とされる人物を待った。

 

 

 

 ……そしてその2日後に、彼の息子——“ユウキ”さんが、カナズミジムの戸を叩いた。

 

 

 

「——ユウキさん。貴方には一度、試験を受けていただきます!」

 

 

 

 今思えば、そのときのわたくしは冷静さを欠いていた。彼の訪問にあたり、粗を見つけて追い返す気満々だったわたくしは、彼に基礎学力を確認する名目で、うちの定期テストになんの予告もなく参加させた。

 

 もちろん一問でも間違えたら……とまでは思ってなかったが、あまりにも酷い点数を取ろうとものなら紹介状は突き返すつもりだった。

 

 しかし、返却されたテストは——まぁ及第点といったところでしょうか、6割がた正解といった具合でした。

 

 驚くべきはテストの出題範囲を知らないはずの彼が、地でそれだけ知識を得ていたこと。トレーナー歴は浅いと聞いていましたが、なるほど勉強熱心なのは伝わってきます。

 

 知識とは才能云々よりも時間をかけて積み重ねる経験。座学など実体験に比べれば——などと吐くようなトレーナーは、わたくしに言わせれば準備不足のクライマーと同じ。勉学を軽んじる傾向が若者にあることを知っているわたくしにとって、彼のこの結果は好ましいものに映った。

 

 しかしまだ油断はできない。知識だけでやっていけるほどプロは甘くない。実力のほどは、対戦で確認するしかないでしょう。

 

 それでもハルカさんの例もあります。わたくしはジムリーダーとして彼の挑戦を受けてみる事にした。

 

 

 

 対戦はお世辞にもスーパールーキーのそれではなかった。

 

 知識の多さが邪魔をして、効果的な選択肢を選ぶのに苦労しているように見える。タイプ相性が抜け落ちるほど、彼の対戦での判断力は絶望的だった。

 

 

 

(大方……知識だけに秀でた事に喜んで大口を叩いたのでしょうが……典型的な頭でっかち。少しは期待したのですが……)

 

 

 

 あのセンリさんが送り出したと言う事実。もしやハルカさん以来の衝撃が——そんな淡い期待もありましたが、彼はそれ以前の問題でした。

 

 戦場に目を向けていても注意力が散漫。基本的な知識の見落としに、緊張による固さが特に酷い。トレーナーとしての経験値が足りなさすぎる。

 

 だから、ナックラーを退場させた後は総崩れになる……そう思っていた——

 

 

 

 彼は結局、わたくしに敗北した。だがその結果はあまり重要ではない。

 

 確かに彼には必要な経験がまるで足りない。だからこそ、最初の立ち上がりの不安さが目に余ったわけだが……それでも——

 

 

 

(リリーラ戦の後から……彼の思考、挑戦にキレが出始めた。ポケモンたちの能力の低さを認めつつ、どうやったらそれで勝てるのかを常に考えていた。そして、何より——)

 

 

 

 彼はわたくしとの対戦、終始積極的な見方をしていた。わたくしには何をやっても通用しない——多くの能力で優勢に立つわたくしに対して、そう考えても不思議ではなかったはずなのに、彼にはその傾向がなかった。

 

 むしろ勝てる可能性があるなら、例え僅かな光明でも突き進む信念を感じた。あまりにもリスクを考えてなさ過ぎるという点では、やはり無謀と言ってしまいたくなるところですが。

 

 彼に何故そんな心持ちがあるのかはわからない。結局それが何に由来するのかは……わからない。だけど、彼にも……彼だけに宿る“宝石”を感じた。

 

 だから少し見てみたくなった。ほんの少しだけ、彼が今よりも強くなったところを……——

 

 

 

 彼はその後も、カナズミで研鑽を積んだ。わたくしのささやかなアドバイスにひたむきに取り組んでいる様子は、時折街のどこかで見かけることも多かった。

 

 その内容を深くは知らない。でもシンプルに、ただ前向きに頑張るんじゃなく、一歩一歩……己の歩みに対して考えを巡らせているように感じた。

 

 誰かから教えられることを、彼は積極的に取り入れた。ジムトレーナーをやっていないのが不思議なくらい……その勤勉さには光るものがあった。

 

 あの強さは……真っ当なトレーナーが最初に持つには難しい。人は順調な時に前向きになるのは簡単だが、苦難の中ではネガティブな思考に捉われるのが一般的だ。それを理性的にある程度コントロールはできても、実際は長続きしないもの。それを持続させる訓練の必要性を感じているのは、ごく一部のトレーナーだけだ。

 

 邪推にはなるが、彼の当初の実力を考えても、ここにくるまでに何度も挫折を経験したはず。彼には折れてしまっても仕方ない理由なら、きっといくらでもあったでしょうに。

 

 それでも……彼は今なお戦っている。

 

 その彼をこのひと月見て思ったこと。

 

 それはつまづいても立ち上がり、思いをひたすら前に漕ぎ出す力。

 

 その力が彼の血と肉になっていく……今日の彼の思考力を見て、そんな成長を感じたのだ。

 

 誰に教わることなく、自分でその気持ちをものにしている彼を見て、わたくしの価値観も変わっていった。

 

 教師であるはずの……わたくしの価値観が——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——つまづく事が悪いわけじゃない。倒れてしまっても、また立ち上がる事ができるなら……きっと次の歩き方は、前より強くなってますわ」

 

 

 

 偉そうに、大人ぶって、知ったようなことを……それでも心を込めて彼らに語る。わたくしの見たユウキさんの人物像を持ち出し、彼らに当てはめられるような話し方を心がけながら。

 

 それが届いたのか……初めは反抗的な視線だった者たちが、今は当惑しながらも、耳を傾けてくれているような雰囲気があった。

 

 涙を流してわたくしの話を受け止めてくれる者もいた。その中に……リーダー格の彼も……。

 

 

 

 人は過ちを犯す時がある。灯台を見失った船が難破するように、人もまた指針を失うと迷うのだ。

 

 でも道を誤ったなら、せめてもう一度立ち返るためのきっかけを与えてあげたい。

 

 それは些細なもので、人を大きく変えるわけでもないけれど……それも、他人のわたくしが変えていいものじゃない。

 

 教師とはそう言う仕事ではないのだから……。

 

 もっと早くに、そう気づいておきたかった。

 

 そんな事を思いつつ、生徒にも教えられることがあるのだとわかった今は……教師としても、ジムリーダーとしても——教える立場にいられることに幸せを感じてる。

 

 

 

「……それでも今は、目の前の問題に当たりませんと」

 

 

 

 いつまでも浮かれている訳にはいかない。

 

 彼らの話からすると、デボンの荷物を盗む動機はない。誰かが彼らを使って悪事を働いている。わたくしにとって、こうも純粋な彼らを利用したことは看過できない。

 

 それに荷物の方を追いかけたユウキさんが気がかりになった。

 

 

 

(……ユウキさん。どうかご無事で)

 

 

 

 本人は気づいていないだろうが、わたくしに教師の醍醐味を、その行動で教えてくれたユウキさん。

 

 今はまだその努力の芽見ることはできないが、こんな事でその芽が潰されてしまうのはいけない。

 

 無事を祈り、まずは彼らから経緯を聞き出すことから始めた。

 

 

 

 

 

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それはいつかの決裂。それでも取り戻せる時がきっと……次回、ユウキによる追跡が——⁉︎

文字数6000オーバーだったのに見てくれた方いたの……?優しい……。

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第42話 インビジブルアタック


ポケモンYを始めました。
草縛りっで始めたら、ハリマロンの可愛さに心臓が死んだ。




 

 

 

——ボッ!ボッ!ゴォーッ‼︎

 

「——躱せキモリ(わかば)‼︎」

 

 

 

 

 俺と泥棒の、茂みの中での攻防は続いていた。しかし攻防とは言ったものの、火球が飛んでくるのに対してこちらは回避をするだけの防戦状態。かろうじて飛んできた方向に“タネマシンガン”を撃つことはできているが、まるで手応えがない。

 

 

 

(クソ!どうなってんだ……()()()()()()()()()()()()——!)

 

 

 

 問題になっているのは敵の攻撃手段。こちらは何度か炎タイプの技を飛ばされて来ているのだが、その相手の居場所が掴めない。

 

 最初の不意打ちの時なら、視認できなかったのもわかるが、こうも集中しているのに姿が見えないのが解せなかった。

 

 

 

(撃ち終わりに身を隠すのが極端に上手い——いや、なんかそれも……くそっ!)

 

——ゴォーッ‼︎

 

 

 

 また火球が頭上を抜けていく。なんとか伏せることで事なきを得るが、この攻撃も緩急がついていて掴みどころがない。何度も連続で撃ってくる時もあれば、しばらく沈黙した後に撃ってくる時もある。さらに姿が見えないことも相まって、かなり精神が削られる。そのままじっとしていても逃亡を許す可能性があるから足を止める訳にもいかないし——

 

 

 

——ボッ‼︎

 

「くそ——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 なんとか次の火球を木を盾にして躱し、攻撃してきた方向に向けてわかばに叫ぶ。しかし種弾は森の奥深くに消えていくだけで、誰かに当たるような感覚はなかった。

 

 

 

「——やっぱり……信じられないけどこれは」

 

 

 

 俺は何度かやりとりを経て、ある予感がしていた。

 

 火球攻撃を躱し、撃ってきた方向を見てももういない……うまく隠れているにしては、その存在のカケラすら目に映らない。

 

 まさか……そんな予感があったが、原理も確証もわからない。

 

 

 

「——でも、()()()()()()……これ……‼︎」

 

 

 

 姿が見えないのは……文字通り何かの力で姿を消している可能性が高かった。

 

 

 

(ポケモンの仕業……だよな?でもどうやってそんなこと……)

 

 

 

 ポケモンが何かに擬態することはそこまで珍しくはない。精度は個人差があるが、例えばジョウト地方には“ウソッキー”というポケモンがいる。そいつは身体が木の幹に見えることから、森林に生息していても中々遭遇できないポケモンとして有名である。

 

 ただ、そのどれもはよく目を凝らしたり、本体が動いたりすることですぐに正体がわかる。擬態とは、大雑把に言えばその環境に溶け込むように身体を馴染ませること。

 

 こんなに動き回っても見えないっていうのは——

 

 

 

(まだ相手してくれてるだけマシか……これで逃げられたりでもしたら、本当に見つけられるなくなる——って……)

 

 

 

 そう思い立って、俺はあることを失念していることに気づいた。

 

 こちらへの攻撃はあくまで牽制球。俺でも目を凝らせば躱せる程度のものばかり。こちらからの攻撃は姿を眩ませているから当てられない。状況は膠着状態。

 

 そして……どうして俺は相手がまだ()()()()()などと楽観視していたのか……。

 

 

 

「俺はアホか!()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

 

 

 残って攻撃をして足止めし、使い手は逃げに徹する——俺が逆の立場ならそうする。そんなことに頭が回ってなかったとは……しかしそれに気付いたとしても、無理に動こうとすれば——

 

 

 

——ボッ!ボボッ‼︎

 

「熱ッ⁉︎」

 

 

 

 浮き足立ったところに火球が左腕を掠める。大事にはいたらないが、やはり炎。その痛みで動きが鈍る。俺の異常事態にわかばはこちらに駆け寄ってきた。

 

 大丈夫。でも——

 

 

 

(なんとかこいつを振り切らないと……)

 

 

 

 これで立場はさらに悪くなる。逃げる敵を追うことと、姿を消す何者かを振り切る、もしくは倒すかしないといけない。

 

 最悪見えないヤツにはわかばをぶつけて、俺は泥棒の方を追いかけることもできるが……。

 

 

 

(それで追いついても向こうが別のポケモンで応戦してきた場合、一番場数を踏んでいるわかばを欠いた状態で戦うことになる……それに、わかばを残していくのも心配だ。一番安全なのはこいつを倒すこと——くっ!)

 

 

 

 考えがまとまらない。せめてこの見えない姿さえなんとかできればまだなんとかなりそうなんだが……。

 

 

 

「今の俺には……打開する手が……!」

 

 

 

 思わず唇を噛む。

 

 ツツジさんにあんな大見えきったのに、結局一人じゃ何もできない。そんな現実をどうにかしたい。

 

 無力感と責任感が引っ張りあって、俺の考えが攻略にまで回らない。

 

 

 

——右だよ‼︎

 

 

 

 そんな声が突然した。その声の示した方向に反射的に向くと、何もない空間——そこから小さな火が生まれる瞬間を目撃した。

 

 そこから肥大化し、ついには俺をさっきまで襲っていた火球にまで膨らみ——

 

 

 

——バシュッ‼︎

 

 

 

「そこか!——躱して“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 

 火球を避けたわかばが“タネマシンガン”で応戦。今度の切り返しは今までより数段速かったため、種弾が何発か敵に当たった手応えを感じた。

 

 

 

——ギャッ⁉︎ギャッ‼︎

 

 

 

 何かの鳴き声がして、木々を掻き分けるようなガサガサとした音が響く。

 

 しばらくすると、そんな音が遠ざかっていく……今ので逃げたのか?

 

 

 

「……って今の誰⁉︎」

 

「僕だよ!間に合ってよかった‼︎」

 

 

 

 俺を助けた声の主は、さっきまで街中でへたり込んでいたはずの“ツシマ”さんだった。彼は奇妙な“ゴーグル”のようなものをかけて現れた。

 

 

 

「君を追いかけてたら、林の中が光ってね……ホント無事でよかった」

 

 

 

 ツシマさんもまさか追いかけてきていたなんて——ってその被ってるの何?

 

 

 

「ああこれかい?これは『デボンスコープ』——デボンの開発部門で試作品があったのをたまたま持っていてね……これは“熱”を目視するためのゴーグルなんだ!今みたいに姿を消すポケモンなんかを見つけることに使えるんだけど——」

 

「だからさっき来る方向がわかったのか……助かりました……」

 

 

 

 まさかあのツシマさんに助けられることになるとは思わなかった。あの森で肉壁にされた頃を考えたらなんて嬉しい成長をしてくれたんだろう——いや待て。今日普通に先行させられたよな?

 

 

 

「君のピンチに駆けつけるのは当然さ!君は僕の恩人だからね!」

 

「その恩人がピンチになった原因ってあなたなのわかってます?」

 

 

 

 本当にこの人は、なんか論点がずれてるというか……思えばこの人襲われすぎじゃない?

 

 しかし考えてみれば、彼がデボンの研究員で、大事な品を任されるような人物であるならそれも納得が——いくわけないだろ。なんでこの人に任せられるんだデボン職員たちよ。

 

 

 

「ツシマさん……とりあえずまだ荷物は取り戻せていません」

 

「え、さっきのヤツが泥棒じゃないのか⁉︎」

 

「あれは多分、泥棒の手持ちポケモンです……姿は見えなかったんですが——」

 

「なるほど……じゃあきっとあれは『カクレオン』だろうね」

 

「“カクレオン”——?」

 

 

 

 聞きなれないポケモンの名前だった。

 

 

 

「とりあえず、その泥棒を追いかけよう!ってその人がどっちに行ったのかとか……わかるのかい?」

 

「え——あぁ、ツツジに借りた“チビノーズ”が……索敵範囲に入っててくれれば……!」

 

 

 

 そばで浮遊しているチビノーズをつつくと、弱い“電磁波”を鼻先から発して索敵をしてくれた。すると——

 

 

 

「——!あっちの方向にまだいるみたいです!」

 

「よかった!それならカクレオンの事は道すがら教えるよ!」

 

 

「わかりました……でも、ついてきて大丈夫ですか?」

 

 

 

 以前は悪党を前に腰を抜かすような怖がりな人だ。もし危険な状態になったら、この人を守れるほど、俺にも余裕はないだろう。

 

 

 

「うん……元々は僕の迂闊さが原因だからね。君の力を借りといて言うことじゃないかもだけど——今度は力になるよ!」

 

「ツシマさん……」

 

 

 

 この人にも、そんな思いがあったなんて知らなかった。ツシマさんは怖がりだけど……それでも勇気がない人なんかじゃない。

 

 それがわかって……なぜか俺は少し嬉しかった。

 

 

 

「——でもホントに危なくなったら助けてね⁉︎痛いのはなるべく嫌だよ‼︎」

 

「……感動を返せ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 林の中を駆け、チビノーズが指し示した方向に向かうと、人影が見えた。

 

 

 

「——あら?もう追いついてきたの」

 

「……!あんたが黒幕か!?」

 

 

 

 黒い外套を羽織った人物が、こちらに気づき語りかけてきた。俺たちが構えているに対して、随分余裕そうな雰囲気……声色と話し方からして——女の人?

 

 

 

「か、返してください!それは社長に任された大事な品なんです!」

 

 

 

 ついてきたツシマさんが、盗んだ本人に懇願する。いや流石に返してくれないだろうけど。

 

 

 

「ふふふ♪そんなに大事なものなら、ますます返すのが惜しくなるわね〜?」

 

「性格悪いっすね……」

 

 

 

 盗んだアタッシュケースを外套から伸びた細い手が撫でる。その様子を歯軋りしながら見るツシマさん。なんだこれ?

 

 

 

「……で、返さないって言ったら、どうするのかしら?」

 

「申し訳ないっすけど——ちからずくですかね!」

 

 

 

 俺の気迫を相棒は感じ取ってくれたようで、わかばは俺たちとは()()()の草むらから飛び出した。

 

 

 

 

「後ろから——“カクレオン”‼︎」

 

 

 

 わかばが泥棒を押さえつける態勢に入ったが、さすが場数を踏んでるだけあるか。反応が早い。

 

 

 

——バシッ‼︎

 

 

 

 “見えない何か”が、向かっていったわかばを跳ね返すと、泥棒もわかばから距離をおく。不意打ちは失敗か。

 

 

 

「怖いわねぇ〜。まさか話してる隙に回り込ませるなんて……」

 

「あんたは用心深そうだからな……卑怯なんて言うなよ」

 

「フフ……いいわね。()()()()()()()()()()()♪」

 

 

 

 顔は外套で見えないが、うっすら見える口元が不敵に笑っている。どうやら追いついたところで、向こうにも抵抗できるだけの力があるようだ。

 

 

 

「——次に私を見つけられたら……いいこと教えたげる♡」

 

「なに——⁉︎」

 

 

 

 そう言う彼女の姿が、うっすら消えていく。背景に溶け込むようにその姿を眩ませ、驚いている隙に完全に姿を消したのだ。

 

 

 

「マジか……完全に消えた⁉︎」

 

「ユウキくん!彼女は右に走ってるよ‼︎」

 

 

 

 俺がその現象に面食らっていると、ツシマさんが消えた敵の場所を教えてくれた。そうだ。ツシマさんの“デボンスコープ”は熱源を感知して相手の居場所がわかる。

 

 どうやって消えているのかはわからないが、デボンスコープで見えてるツシマさんの指示を参考に、居場所を割り出して不意打ちを回避できる。

 

 

 

「ふーん?随分早く追いついたと思ったけど……そのメガネくんのお陰ってわけね」

 

 

 

 見えないが、声は聞こえる。やはり消せるのは姿だけのようだ。

 

 

 

「悪いけど——ちょっと痛い目見てもらいますよ!」

 

——“タネマシンガン”‼︎

 

 

 

 わかばの種弾がツシマさんの示す方に放たれる。俺もわかばも彼女を見ることができないが、移動速度に慣れればその先を予測して先制を取ることもできる。

 

 

 

「——“焼き尽くす【韋駄天(いだてん)】”‼︎」

 

 

 

 技の発声と共に、見えない空間から火が放たれた——速い‼︎

 

 

 

「うわっ——⁉︎」

 

 

 

 “タネマシンガン”をすり抜け、火の(つぶて)が飛んできた。さっきの“カクレオン”の技なんだろうが、今まで見ていた中でも一段さらに速いものだった。

 

 それが俺やわかばではなく、ツシマさんの“スコープ”を狙ったものだと今更気づく。火弾が当たったスコープは、片目を破損した。

 

 

 

「しまった……!」

 

 

 

 相手はまずこっちの“視界”を奪う目的で攻撃してきた。確かに姿を隠すアドバンテージを考えれば、これを狙ってくるのは妥当だった。

 

 しかしこれはまずい……これでさっき苦しめられた戦法を攻略し直さなきゃいけなくなった。

 

 

 

「ごめんよユウキくん!また足でまといに——」

 

「今はそんなこといいです!それより下がってて!」

 

 

 

 こっちも対抗手段を失ったことをいつまでも引きずるわけにはいかない。そんな事より、さっきの技……カクレオンの炎技だったんだろうが、出だしがやけに速かった。

 

 

 

「あれが“派生技”ってやつか……?」

 

「フフフ……やっぱり知ってるのね。さすがはプロを目指してるだけあるってことかしら?」

 

「——!なんであんたがそんなこと⁉︎」

 

「おしゃべりしてる余裕あるのー?」

 

 

 

——“やきつくす【韋駄天】”‼︎

 

 

 

 見えない空間から火球が出現する。カクレオン単体で戦っている時に比べて、技の精度も速度も段違いだ。見えないことも影響して、火球を完全に躱しきれず、俺とわかばの身体を掠めていく。

 

 

 

「ぐぅ——‼︎」

 

——ギッ‼︎

 

「苦しそうね?追うのを諦めるなら、このまま帰ってあげるけど?」

 

「冗談……!」

 

——“タネマシンガン”‼︎

 

 

 

 発射してきた方向に種弾を叩き込む。しかし当然動き回る相手に当たるわけもなく、終始苦しめられている。

 

 やっぱり……この“消える力”は強い。この人自身、その効能を理解している。泥棒との相性も相まって、相当鍛え込んでいることだろう。

 

 だからこそ——

 

 

 

「——わかったことが……ある!」

 

 

 

 

 

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ユウキ、反撃なるか——⁉︎

透明人間って聞くと昔の洋画「インビジブル」を思い出す……
ああいうホラーとは違う心臓悪い系がまたいい(ニチャァ)

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第43話 緑の躍動


結構XYって過去作ポケモン多いんですね。
関係ないんですが、テッシードの埋まり具合が死ぬほど可愛かったです。ゴツメ持たせて「トゲハエル」って名付けました。




 

 

 

——“焼き尽くす【韋駄天】”‼︎

 

——“タネマシンガン”‼︎

 

 

 

 森の中で、互いの技が交差する。火球はわかばの頬をかすめ、種弾は敵に目掛け——手応えを残さない。距離を保ったままの撃ち合いは、おおよそ泥棒の女の方が優勢だった。

 

 しかし、その拮抗にも小さな変化が起こっていることに女も気付き始めている。

 

 

 

(——何……?こちらの攻撃が当たらなくなってきている……?)

 

 

 

 女はカクレオンの種族特性——過護色(かごしょく)を応用した戦法で、ユウキたちからは見えなくなっている。その状況で繰り出される技は、出始めさえ目視されなければ達人トレーナーが相手でも早々対処されることはない。

 

 しかも放っているのは——炎技“焼き尽くす【韋駄天】”。

 

 元の炎エネルギーを最小にし、威力よりも弾速に注力した先制特化の技だ。それを避けている……その避け方にも無駄がなくなりつつあった。

 

 

 

(ただの子供じゃないことはわかってたけど……楽しませてくれるじゃない!)

 

 

 

 女も彼の成長に胸躍らせる。

 

 敵であるはずの彼女にとって、デボン社の荷物の強奪より、今はこの戦闘(バトル)の方がより重要になりつつあった。ユウキという少年が宿す輝きをもっと見たい——そんな思いからさらに攻撃のギアをひとつ上げる。

 

 

 

「よく避けるわね!——これならどう⁉︎」

 

 

 

 ——“やきつくす【弁天(べんてん)】”‼︎

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 火球の数が先ほどよりも多く、さらに広範囲に撒き散らすようなものに変化する。狙いを絞っていないため、初見の相手がその範囲攻撃を躱すのは難しい。

 

 しかしユウキはわかばを呼びすぐに対処に映る。わかばはその場で回転。大きな尻尾をその遠心力で振るい、降りかかる火球を跳ね返す。その後ろで構えていたユウキとツシマにもその脅威は及ぶことなく、範囲攻撃を回避した。

 

 

 

「……やっぱり、あなた見えてる?」

 

 

 

 こちらの姿を晒すことなく放った攻撃。しかもそれが初見とあっては、よほど経験を積まなければこうも簡単に弾き返したりできないだろう。ユウキが経験豊富なトレーナーではないことを知っている女にとって、この落ち着いた対処には解せない点が多かった。

 

 そもそも、動き出しが早すぎる。

 

 

 

「見えてはないよ……()()()()()()()

 

 

 

 ユウキの解答に、含みを感じた。女にとってその返答だけで十分だった。

 

 彼には()()()()()()()()()があるということ——その可能性に行き当たった。

 

 

 

「——私の足跡ね」

 

 

 

 女は彼が見ているものが、自分の足元にあると悟る。

 

 それは腐葉土に点在する彼女の足跡。

 

 

 

「足跡がつく感覚で速度を……足の形でその向きを……不意に途切れる時は位置を誤魔化すか技を撃つ時……よく見りゃ、カクレオン1匹の時よりは随分とわかりやすい」

 

「言ってくれるわねぇ……図星だけど」

 

 

 

 見落とすことがなければ、全く動向がわからなくなるわけではない。カクレオン単体の時、その足跡は非常に小さく、また俊敏だった。だから正確な指示など無くとも、それだけで脅威的なステルス機能を身につけていたが、今は高度な技が使える反面、“彼女”という重石(おもし)がある事で、ユウキ側にその場所を悟らせた。

 

 

 

(でも普通気づく……?普通の子供ならパニックになってもおかしくないはずだけど……)

 

 

 

 生物にとって“炎”とは害を及ぼすもの。反射的に受けることを拒み、避けたくなるものだ。その恐怖に勝てるのは、理知ある人間——それも勇気を宿した者だけだ。

 

 女にとってユウキの成長スピードが脅威的に見えた。間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 これは長引くと厄介——そう考える間をユウキは与えない。

 

 

 

「——“電光石火”‼︎」

 

(この子……!私の位置をさらに先読みして——)

 

 

 

 女の行先に今度はわかば自身に“電光石火”させる。目には見えなくとも、彼女が人間である以上、地面なくして移動は不可能。それが確定したら、今度は先回り。足跡の位置から、体全体が今どんな態勢なのかを予測。

 

 そんなに正確ではなくていい。ただその位置にどう構えているのか——それがわかれば、あとはその先に攻撃を()()()()()()いい。

 

 

 

「ッ!——可愛くないわね!」

 

「結構!——“叩きつける”‼︎」

 

“みだれひっかき”‼︎」

 

 

 

 わかばが肉薄するが、女はカクレオンに近接攻撃で応対する。それにより透明化が解け、二人の姿が露わになった。

 

 わかばとカクレオンの組付で、一旦二人を分離できたことで、ユウキは狙ってたとばかりに技を叫ぶ。

 

 

 

「ここだ——“砂地獄”‼︎」

 

「なっ——⁉︎」

 

 

 

 ユウキの指示は、キモリという種族が覚えるはずのない技。それは当然わかばに向けられたものではない。

 

 この戦い——ずっと潜んでいたナックラー(アカカブ)での奇襲攻撃だ。

 

 

 

——ヒュゴォォォ‼︎

 

 

 

 腐葉土を巻き上げ、草むらから“砂地獄”が女を襲う。

 

 

 

「くっ——カクレオン戻って‼︎」

 

 

 

 瞬時にわかばを突き飛ばしたカクレオンは、女のところに飛び込む。すると再び透過状態となり、二人の位置はわからなくなった。

 

 

 

「いや……見えてる‼︎」

 

 

 

 “砂地獄”はまだ技の速度が遅く、不意打ちでも確実に敵を絡めとるのには至らない。それでも技の有効範囲外にも砂粒は舞っている。

 

 それがカクレオンのステルス機能を阻害し、うっすらとその空間には輪郭ができていた。

 

 

 

——“タネマシンガン”‼︎

 

 

 

 ユウキが指差す方向にわかばの“タネマシンガン”が飛来する。その弾丸が空気に弾かれるような挙動を見せ、この戦闘始まって以来のクリーンヒットになる。

 

 

 

「キャッ——⁉︎」

 

 

 

 ショックで透明化が不安定になる。今まで完全に透明だったものが、ところどころが目視できるほどにまで弱まった。

 

 

 

「たたみかけろ!」

 

——“メガドレイン”‼︎

 

 

 

 わかばが接近し、彼女に“メガドレイン”で力を奪う。それにたまらず屈した女は、ぐったりと体を弛緩させた。

 

 

 

「ハァ……ハァ……や、やるじゃない……」

 

「そりゃ……どうも……ハァ……」

 

 

 

 なんとかユウキの思い描いていた戦略が通用した。結果を見るに、予測や前情報が当たっていた手応えを感じ、心の中でガッツポーズをとる。

 

 

 

(カクレオンは元々臆病な個体が多く、ショックを受けると潜伏する力が失われるっていうのは本当だったんだな……ツシマさんマジでナイス)

 

 

 

 デボンスコープの開発過程でカクレオンについてかなり勉強したというツシマならではの情報が今回の作戦の要だった。

 

 細かい粒子を空間が満たせば、そこを通る物体を見ることができる——だから現着する前にアカカブに潜んでもらい、“砂地獄”で砂埃を巻き上げる算段を立てていた。

 

 後はもしデボンスコープを失った時にどうするかを考えるだけ。そして、透明化状態でも位置を知る方法がある事に戦闘中に気付き。見事“過護色(かごしょく)”を突破に至った。

 

 

 

「あんなとこにナックラー潜ませるなんて……あなたも結構ヤラしいわね」

 

「あんたほどじゃないよ」

 

「そう……まぁ、()()()()()

 

 

 

 彼女の言葉に違和感を覚えたユウキ。

 

 負け惜しみとも取れるその発言……だがその嫌な予感に駆り立てられ、周りを見回すと——

 

 

 

「カクレオンが——いない⁉︎」

 

 

 

 そのことに気付くが後の祭り。一度潜伏されれば、ユウキたちに単体のカクレオンを見つけ出す術はない。

 

 

 

「さあ……見えない私のカクレオンちゃんをどうする?」

 

「余裕ぶってる場合かよ!あいつを止めろ!」

 

「嫌よ♪それとも私を痛めつけてでも止めさせる?」

 

「くっ——!」

 

 

 

 決定的だった。

 

 ユウキに人間を攻撃する意志は薄い。泥棒だから、攻撃してくるからその反撃を——そう考えられるからこそ、ポケモンで人間を狙わせるのはギリギリ可能だったが、無抵抗で寝転がる女性に対し、危害を加えるような器量はユウキにはないのだ。

 

 それを見抜いた女は、大胆にも“自分を人質にして”この状況でも攻撃を計ろうとしていた。

 

 

 

(落ち着け……落ち着け俺……まだツシマさんからの情報があるじゃないか!)

 

 

 

 カクレオン情報には続きがあった。むしろ最大の弱点とも言えるものが、カクレオンにはあるのだが……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——独特なギザギザ?」

 

 

 

 数分前……ツシマさんを連れて泥棒を追いかけていた時のこと。その模様が、カクレオンの弱点だと彼は語った。

 

 

 

「うん。カクレオンは擬態の天才でね……でもどうしても隠せない部分が——お腹に描かれた“ギザギザ模様”なんだ」

 

 

 

 この話からするに、カクレオンとて全く見えなくなるわけじゃないらしい。しかし、先ほどの襲撃時にはそれっぽいものは見えなかったが——

 

 

 

「もしかしたら……カクレオンの主人がお腹の模様を周囲の色に似たものにしているのかも——カクレオンは小さいし模様はもっと小さいから、よく見ないとわからないような色合いなら、動く彼を捉えられないのも無理はないね」

 

「それじゃあ、やっぱり透明化中にカクレオンを倒すのは難しいか」

 

「せめてどんな色のギザ模様なのかがわかればね……」

 

「一応覚えときます。何かの役にたつかも——」

 

 

 

 その時は、俺もその情報の活かし方に検討がついていたわけではない。

 

 頭の片隅に——その程度の認識で、泥棒に挑むのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その情報が役立つ時がきた。

 

 さっきの攻防で、腹のギザ模様が“薄い緑色”だということがわかった。

 

 本来のカクレオンのカラーリングとは違うらしいから、やはり女泥棒の仕業で体の色が変えられているのだろう。

 

 

 

(……物音はしない。どっかに隠れてる?)

 

 

 

 あのカクレオンは臆病で、主人も用心深い質だ。おそらくこちらの予期せぬ反撃を被る前に、一息ついてから攻撃してくるはず。

 

 つまり、今はギザ模様だけがこの森のどこかに張り付いているはずだ。

 

 

 

(どこだ……どこにいる……⁉︎)

 

 

 

 見回すが、やはり肉眼で捉えるのは難しい。

 

 ダメか……そう思ったのも束の間。ユウキにふとある事がよぎった。

 

 

 

(そもそも……こんなステルス機能があるなら、街中で盗んだものを交換すればいいはず。いくら迷彩が解けた格好が怪しげでも、ずっと透明化できるなら……——)

 

 

 

 ——もしかして、思ったよりも……。

 

 

 

 ユウキが閃く。もしその解釈で正しいのなら……隙は必ず生じるはず。

 

 だからこそ、ユウキは演じるのだ。

 

 事を成すための一撃を叩き込むために——

 

 

 

「——ナメんじゃねぇぞこの野郎‼︎」

 

 

 

 かつての悪漢のような口汚さで、倒れる女に向かって拳を振り上げる。それを見て女も驚き、反射的にカクレオンへ指示を送った。

 

 

 

「——カクレオン!」

 

 

 

 その呼び声は、ユウキが求めるものだった。時間差で女も気付く——これは演技。罠であると。

 

 はっきりとわかるタイミングで、カクレオンが攻撃姿勢を見せる瞬間を、引き出させることを狙ったのだ。

 

 

 

——ここだ。

 

 

 

 暴漢の演技を解き、再び森の方に視線をやる。カクレオンを呼ぶ時、女の視線は一瞬だが、ある場所を見ていた。

 

 俺たちには見慣れないギザギザ模様をこの森から瞬時に見つけることはできない。

 

 ——でもこの泥棒だけは別だった。

 

 カクレオンの場所を……その目が教えてくれる。

 

 

 

「——“叩きこめ”‼︎」

 

 

 

 その瞬間だけは、まるで時間がゆっくり流れているかのようだった。

 

 空中に浮かぶ紋様……カクレオンの息遣い、同化しきらないうっすらとした輪郭すら、その時は見えたような——ユウキはその鋭い感覚の中にいた。

 

 今なら——当たる。

 

 

 

 

 

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閃く視線。次回、決着——‼︎

〜補足説明〜
ポケモンに全身であれ一部であれ、身体をコーティングする類のものや、ホウエンリーグ管理委員会(HLC)の定めた規定外の道具の使用は原則禁止です。何かしらの事故でポケモンに心身に欠損ができた場合にのみ事前申告をすると、義手などは認められる場合があります……そんな裏設定でした。

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第44話 ジムリーダーの本気


アニメだったらこの辺が2クール目かな?
というわけでNewOP・ED(妄想)

OP 「Burn!/超特急」
ED 「HELOES/Brian the Sun」

歳が進むにつれて何気ないアオハルソングがちょっと泣けてくる……




 

 

 キモリ(わかば)の尾が、カクレオンの頭部を叩く。強烈な一撃により吹っ飛んだカクレオンは、地に伏せ、そのまま起き上がることはなかった。

 

 

 

「や、やった……?やったやったやったぁー‼︎」

 

「……!」

 

 

 

 勝利を喜ぶツシマに、目を見開いて驚く女泥棒。彼女はその一部始終を間近で見て、信じられないという気持ちでいっぱいだった。

 

 その一撃を加える前の芝居に引っかかった事が要因とはいえ、ユウキがその後に見せた反応速度は()()()()()()

 

 少なくとも彼女の目にはそう映った。いや——そもそも、なぜこんな作戦に打って出たのか。女には気になることは山ほどあった。

 

 

 

「……どうしてこんな賭けに?」

 

 

 

 項垂れる彼女が、ユウキに問う。

 

 

 

「賭け?——ああ……いや、そんな大したもんじゃないよ。あんたがこうやって戦うのには“限界”があるんだろうなって思ったから……内心焦ってるんじゃないかなって」

 

「どこで……そう思ったの?」

 

 

 

 ユウキの考察……彼の考えに興味があった女は、素直にそう問う。

 

 

 

「……思えば最初から不思議だった。カクレオンの能力(ちから)を使えば、街中でいくらでも盗めるはずなのに——あんたはそうせずに街の外まで人手を使って運ばせた」

 

 

 

 ユウキはその違和感を見逃さなかった。ここまで用意周到な泥棒なら、プランを多数考えたはず。なのに自身が最も得意としているであろう“透明化”を活かしたのはこの戦闘と……おそらくケースを拾う時くらい。目的の物を盗むことにはほぼ使っていないのだ。そこでユウキには、ある仮説が持ち上がった。

 

 

 

「——『透明化には時間制限がある』。それがあったから、街中で下手を打てなかったんじゃないのか、ってさ」

 

「……」

 

 

 

 彼女は沈黙する。それでも彼女の肯定がなくても、ユウキには確証があった。

 

 

 

「この戦いだってそうだ。わざわざ俺たちの間合いの中で透明化して戦ってたのも、距離を置いた撃ち合いでは時間がかかるからじゃないのか?それがあったから、こんな自分を盾にするようなリスクまで負ったんじゃないのか?」

 

 

 

 街中での逃走に透明化を使用しても、ツツジという索敵が得意なトレーナーがいる以上、盗みが公に発覚すれば捕まる可能性がある。この泥棒がその事を知っていたのかは別として、なんらかのアクシデントに見舞われた時、そのケアまではできないと判断したのだろうと、ユウキは読んでいた。

 

 だから人手を使って代物を街から遠ざけ、こんな回りくどい方法で逃げ回っていたのだ。全てはツツジの追跡を巻くために……。

 

 

 

「ふふ。フフフ——アッハハハハハ‼︎」

 

「いっ——⁉︎」

 

 

 

 ユウキの推察を聞いて、女は笑う。その顔は依然フードで隠れてよく見えないが、大きく口を開けて笑う姿にユウキは驚いた。

 

 

 

「——なるほど。君が追いかけて来た時は正直驚いたけど……ジムリじゃなかったのが救いだと安心してたのよ。存外、君の方が厄介だったかな?」

 

「……褒めても逃してはあげれないんだけど」

 

「あら残念。でも……よかったわよ。あなたの戦い方」

 

「……!」

 

 

 

 よかった——。

 

 そんな風に自分を評価してくれる敵がいるんだと、内心で驚いていたユウキ。

 

 互いに傷つけ合い、死力を尽くすほど戦ったのに……トウカの森で感じた恐怖や怒りを、今は不思議と感じていなかった。

 

 まるで、ひとつの公式戦を終えたような充足感が……——

 

 

 

「楽しかった?私との戦争……」

 

「そ、そんなわけ——」

 

 

 

 そんなわけない——そう言おうとして、それでもどこか楽しんでいた節がある事に薄々気付く。

 

 あの攻防の時だけは、盗みを働いた相手を捕まえることも、傷つけられる恐怖も忘れて……夢中になって敵の作戦を攻略していた。そう思い立って、イヤイヤと首を横に振るユウキ。

 

 

 

「……それはそれとして!盗んだもんは返してもらいますから」

 

「はぁ……どの道、()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 

 

 ユウキがアタッシュケースを取り返していると、意味深な発言に意識が止まる。彼女の発言の真意を聞こうとすると、いきなり彼女は先程までの疲れを見せない身のこなしで飛び起きた。

 

 

 

「まだ抵抗を——⁉︎」

 

「諦めが悪いの♪ いい女ってのはいつも欲張りなんだから」

 

「わかば——」

 

 

 

「カクレオン!“トリックルーム”‼︎」

 

 

 

 さっき行動不能にしたはずのカクレオンも飛び起き、ユウキたちの周りを箱形の障壁が包む。

 

 

 

「しまっ——」

 

「女は嘘つきなのよ……よく覚えておきなさい。少年♪」

 

 

 

 それだけ言い残し、再びカクレオンの透過能力で見えなくなる。しかも障壁を越そうと体を動かすがやたら体が()()()。奇妙な感覚に晒されながら、彼女を追う術を失ったユウキ。

 

 

 

(くっそ!やられたフリして回復してたのか……!)

 

 

 

 不意打ちの“トリックルーム”のせいとはいえ、油断が招いた失態を悔やんでいると——

 

 

 

——“ストーンエッジ”‼︎

 

 

 

 地面から突如出現した岩の刃が“トリックルーム”を切り裂く。それにより内部空間に満ちていた謎の空間も消失し、ユウキたちは解放された。

 

 そしてこの助けは——

 

 

 

「遅くなりましたわ……大丈夫ですか?」

 

 

 

 森の奥からダイノーズに乗って現れたツツジからのものだった。

 

 どうしてここに——そう考えていると、脇で浮かんでいる“チビノーズ”が場所を教えてくれたのだと悟るユウキ。そしてこっちに増援に来たと言うことは——どうやら“あっち”は片付いたようだとユウキは安堵した。

 

 

 

「た、助かりました……」

 

「“トリックルーム”とはまた面倒な技を掛けられましたわね」

 

「なんか気持ち悪かったです——あ。それとすいません……アタッシュケースは取り返せたんですが、泥棒の方は逃しちゃって……」

 

「……!」

 

 

 

 ユウキが申し訳なさそうに事態を説明するが、当の彼女は彼の姿を見て絶句する。

 

 傷つき、敵の攻撃で焼けたであろう肌や衣服。ずず汚れた全身に、その腕に抱えられた銀のケースだけが光っていた。

 

 その姿を見て、ツツジはユウキの奮闘を察した。

 

 そして……どれだけ怖い目にあっただろうことを想像し、心を痛める。

 

 

 

「……まだいますわね。随分遠くにいるようですが」

 

「へ……?」

 

 

 

 固く拳を握ったツツジは、“チビノーズ”を使い敵の大まかな位置を確認していた。

 

 

 

「——少し、おイタが過ぎましたわね」

 

 

 

 

 ツツジの目が煌めく。

 

 その姿はユウキが今までに見たことのないほど真剣——いや、殺気立っていた。

 

 かつてこれほどまでのプレッシャーを放つ人間には出会ったことがなく、ユウキは仲間であるはずのツツジに怯えた。そしてその影響は、ツツジのエース“ダイノーズ(ビビちゃん)”にも及ぶ。見えはしないが、膨大なエネルギーが彼女に集まっているのを感じ取ったユウキ。

 

 何かとんでもないのが来る——ユウキの予感は正しい。

 

 

 

 それはポケモンの潜在能力を最大限まで引き出すことを可能とする一握りのトレーナーとポケモンだけが使える奥義。

 

 その力が爆発する直前。ユウキの生物としての本能が警笛を鳴らした。

 

 

 

——“完帯掌握(フルコマンド)

 

 

 

「“崩界地震(グランドカタストロフ)”!!!」

 

 

 

 

 見えない力が拡散する——。

 

 一瞬の静けさ——そして轟音が徐々に忍び寄り、大地が揺れ始める。

 

 

 

「なん……だ……?」

 

 

 

 ユウキには理解すらできない。

 

 その力が辺りに広がり、“崩壊”が始まる。

 

 腐葉土の大地がひび割れ、隆起し、波打つ。暴力的なまでに森を蹂躙していく地響きが、辺りを襲い、全てを壊す。そこにいるであろう泥棒たちを飲み込まんと荒れ狂う。

 

 

 

——ガガガガガガガガ!!!!

 

 

 

 明らかにポケモンの技……いや、生物が扱えるエネルギーの範疇を遥かに超えた攻撃。その絶対的な破壊の光景に、直視することも叶わず、ユウキはその目をぎゅっと瞑る。

 

 度重なる轟音が次第に遠ざかっているのを感じ……ゆっくりと目を開けると、そこは今はまで戦っていた森とは違う光景だった。

 

 木は薙ぎ倒され——なだらかだった土地は所々が陥没、隆起し、葉のカーテンが取り除かれ、陽の光が代わりに注がれるようになっていた。まるで景色が変わってしまった……技の範囲内にあった“森”が、丸々荒れた大地に早変わりしたのだ。

 

 これが……これがポケモンの技だというのかと、ユウキは背筋を凍らせる。

 

 

 

「——一応言っておきますが、おチビちゃんたちで辺りにターゲット以外の生体反応は確認しております。騒ぎに怯えて逃げたのか、ポケモンは巻き込んでおりませんわ」

 

 

 

 口調は穏やかだが、うちに秘めた怒りがユウキにも感じられた。冷静な判断が出来ている風に見えるが……しかしその真意はわからない。

 

 何をそんなに怒っているのかはわからないが、この人の機嫌を損ねることだけはしないと心に誓うユウキ。

 

 

 

 地形すら変えてしまうほどの力を持つポケモン。その実力を前に、ただユウキは圧倒されるまま突っ立っているだけだった。

 

 

 

「これが……ジムリーダーの力……」

 

 

 

 

 

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絶対強者にのみ許された、破壊の跡には——。

大体200mぐらい消し飛んでます。
野球のグラウンドぐらいなら飲み込むレベル……え?

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第45話 次なる任務


暑いなぁ〜って掲示板に張り付いた貼り紙に書かれた内容が全然読めなくなって……「あかん。これ熱中症手前まできてる」となりました。本当に気をつけましょう。




 

 

 

 あの後——俺たちは無事、荷物をツシマさんに返すことができ、一旦カナズミまで帰ってきた。俺は一旦ホテルに戻って、着替えと治療を軽く済ませる。

 

 時刻も気づけば昼になっていた。街が賑やか——というかざわついているわけだが、そりゃ街の外とはいえあんな大技をやったら騒ぎにもなるよな。

 

 ツツジさんは結局そのまま事後処理のためにひとりジムに戻り、その後デボン社に顔を出すらしい。今回の件を報告するようだ。俺は一応、主犯格と接触した人物として、後で色々聞かれるようだ。今はツツジさんから連絡待ちといった状況なので、適当な道端で休んでいる。自販機で『サイコサイダー』を手に入れ、備え付けのベンチで疲れた体を預けていた。

 

 

 

 

「——はぁ。大変な一日だった」

 

 

 

 結局ツツジさんの放った大技からも、女泥棒は逃げおおせたらしい。“チビノーズ”の索敵電波でその姿を捉えることができなかったため、これ以上の追走はやめておくことになった。

 

 ツツジさんは「今度会ったらただじゃおかない」と恐ろしげな事を言っていたが……いや殺してないなら俺としてはホッとした甘いと思われるかもしれないが、人死はごめんだ。ツツジさんもまさか殺す気じゃなかったとは思うけど……。

 

 

 

(にしても凄かったなぁ……あれがプロの本気……)

 

 

 

 未だにさっき見たばかりの光景が信じられない。地形が変わるほどの地震……あれじゃほとんど災害のそれだ。もちろんプロの誰もがあんな芸当ができるわけじゃないとは思っているけど、それだって希望的観測でしかない。

 

 ……今後上を狙っていくなら、将来的にはあんなイカれ技とも対決する羽目になるかもしれない。今更だけど……遠過ぎて実感すら湧かない。あんなものが自分に向けられると思うと泣きたくなる。

 

 

 

「——どっこいしょお‼︎」

 

「わぶっ——⁉︎」

 

 

 

 急な襲撃。女の子の声と共に俺は後頭部に走った衝撃で前に突っ伏す。

 

 

 

「あ。ごめん。まさかそんな飛ぶとは——」

 

「いてて……ってミドリコさん⁉︎」

 

 

 

 強襲の犯人はバイト先の先輩。ミドリコさんだった。

 

 

 

「はいミドリコさんです——ってユウキくん!()()()()()()()()()()()?」

 

「しごと?……て……………ぁ」

 

 

 

 ミドリコさんの発言が、一瞬脳が受け付けなかった。じわじわその意味を理解するのと比例して、俺の顔はみるみる青くなる。

 

 あー……そうだった……。

 

 

 

「ば、バイト忘れてたぁ‼︎」

 

「もう!店長の機嫌すんごく悪かったんだから!」

 

「ご、ごめん!お、俺今すぐ謝ってくる——」

 

「あー。ユウキくん。ちょい待ち」

 

 

 

 俺は店の方に猛ダッシュをかまそうと立ち上がったが、それを制するミドリコさん。

 

 

 

「えーっと。そうだね。うん。その様子だと、シフトのこと忘れちゃった〜とかそんな感じ?」

 

「……うん。忘れてた」

 

 

 

 一応、人助けという名目で言い訳は立つだろうけど、俺にはそれで店長を納得させられるだけの理由にはならないと感じた。今日は、本当なら昨日のミスも謝りたかったのに……最早取り返しがつかない程に店長を怒らせてしまっている事実により、膝から崩れ落ちる。

 

 

 

「はぁ〜〜〜〜〜。ホント厄日だ」

 

「まぁそんな日もあるって♪ 店長にはわたしから話とくから、今日はもういいと思うよ」

 

「……いや、やっぱり謝りに行くよ。迷惑かけたし——」

 

 

 

 そう言いかけた時、ミドリコさんはいきなり俺の顔の前に人差し指を立てて制した。

 

 

 

「そういうとこ!」

 

「え?」

 

 

 

 ミドリコさんは俺にビシッと指摘する。な、なんだ?なんか悪いことしてる⁇

 

 

 

「そういう真面目なとこはいいとこだけど。受取手のことも考えてあげるのも大事なんだよ?」

 

「受取手のことを……?だ、だから謝りに行こうと思ったんだけど」

 

「謝るのは許してもらいたいから?それともやっちゃったことを怒られて楽になりたいから?」

 

「うっ……そ、そんなつもりはなくて……」

 

 

 

 いつもより押しが強いミドリコさんに、はっきりと話すことができない。そう言われると、なんだかバツが悪い気分になってきた……。

 

 

 

「怒る人だって、怒りたくて怒ってる訳じゃないんだよ。でも今ユウキくんが行ったら、それこそ店長さん。火に油を注ぎにきたのかぁ!——って思っちゃうよ」

 

「じゃあ……どうすれば……」

 

 

 

 そんな事を言われてしまったら、俺は一生店長に顔向けなんかできなくなってしまう。謝るなら早い方がいい……そう思っていたけど、それが違うというなら俺に出来ることなんか……償いなんか何も無くなってしまう。

 

 

 

「んー。もういっそバックれちゃえば?」

 

「……いやそれは人として無理」

 

「アハハ♪真面目だもんねぇ〜?」

 

「真面目云々じゃないって……常識的に考えたら——」

 

「そうだね〜……でもきっとユウキくんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……?それってどういう——」

 

 

 

 ——……。

 

 それはほんの少し目を離した隙だった。

 

 今しがた話していたはずのミドリコさんが、忽然も姿を消した。

 

 

 

「は?え、あれ?——み、ミドリコさん⁇」

 

 

 

 音もなく、断りもなく彼女は消えた。しばらく辺りを見回すが、その姿はどこにもなかった。まるで最初から俺一人だけだったかのような……そんな不思議で、少し寒気のするような感覚。起こったことを自分なりに理解しようと頭を回す俺だったが——

 

 

 

「——ユウキさん?どうかされましたか?」

 

 

 

 完全に意識の外からの呼びかけに、心臓が飛び出るほど驚いた。

 

 

 

「つ——ツツジさん⁉︎」

 

「何を驚いてますの?大袈裟な……」

 

「あ……アハハ。すいません」

 

「まるで幽霊でも見たような顔色ですわね?大丈夫ですか?」

 

「いやあの人生きてますし——じゃなくて、大丈夫です」

 

「朝から色々ありましたから……身体に異常がありましたら、油断せずすぐにちゃんとした治療を受けてください」

 

「え……あ、はい……」

 

 

 

 やたらと俺の心配をしてくるツツジさん。さっきは泥棒の追跡に駆り出したりしてた人が今更そんなことを心配するなんて……。なんかあったのか?

 

 

 

「——コホン。それでは参りましょうか」

 

 

 

 ツツジさんの心境を聞こうとしたが、先に喋られてしまった。ん?どこに行くんだ?

 

 

 

「ついてきてください」

 

「あの……どこに……?」

 

「——“デボン・コーポレーション”の本社ですわ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「いらっしゃい()()()()()♪ 久しぶりだねぇ〜」

 

「おじさま!その呼び方は控えてくださいまし!」

 

 

 

 ツツジさんに連れられ、大企業“デボン・コーポレーション”の本社——その社長室まで連れてこられた。そこには社長とツシマさん……秘書らしき人物は部屋の隅のテーブルで何やら書いていて、こちらの会話に混ざる気配はない。

 

 そして、ホウエンNo. 1と呼び声の高い企業の社長は……その威厳が微塵も感じられないほど、軟弱な声でツツジさんと話していた。つ、ツーちゃん?

 

 

 

「ハハハ!“ダイゴ”と遊んでいた頃が懐かしくてついな……そう怒らんでくれ♪」

 

「そんな昔の話……人前ですので、ここは相応の立場らしい振る舞いをしてください——()()?」

 

「おー怖い怖い。将来は息子の嫁さんかと思うと……お手柔らかに頼むよ?」

 

「……社長?」

 

 

 

 あかん。ツツジさんが“さっき”と同じかそれ以上にキてる。やめて?お願い。倒壊したビルに巻き込まれて死ぬのだけはごめん被る。

 

 

 

「ワハハハハハ!じょ、冗談!冗談だよ“ジムリーダーツツジ”!——いやぁ今日も麗しいなぁハハハ!」

 

 

 

 生命の危機を感じたのか、社長も手をひらひらさせて降伏の意思を示す。それに呆れたツツジさんは殺気をしまい、ため息をつく。あーよかったまだ生きられる。

 

 にしても……このツツジさんとあの社長の親しみ具合から見て、旧知の仲なんだなとわかる。でなければ、あの礼儀正しいツツジさんが、天下の社長に向かってこの態度はあり得ない。息子——さん?とも仲がいいのか?

 

 

 

「社長〜?そろそろお話しません?」

 

 

 

 脇で待機していたツシマさんが話を進めようと進言する。あのツシマさんが……ツッコミみたいな立ち位置なの、なんか新鮮だな。

 

 

 

「そうだな。では——改めて、此度の一件。助けてくれて礼を言う」

 

 

 

 社長は年季の入ったテーブルに手をついて深々と頭を下げた。それが恐れ多いことくらいわかる俺は内心焦るが、話の腰を折そうなので黙っている。いや社長の謝罪とか普通に怖い。

 

 

 

「社長。今回の強盗騒ぎ……やはり例の“プロジェクト”の妨害を狙ってのことでしょうか?」

 

 

 

 “例のプロジェクト”——ツツジさんは問いかける。もしかして盗まれた“荷物”が関係してるやつか?データストレージに入らないほど高次元な代物であることはわかっていたけど、乱暴に扱って壊してたらやばかったんじゃないかと今更ながら冷や汗が出る。

 

 

 

「うむ……その件だが、明確に襲撃を受けたのは今回が初めてではない。ひと月前にも、このツシマが部品の移送で“トウカの森”を通過中に数名の暴漢に襲われる事件があった」

 

「そこにいるユウキくんが助けてくれたんですよ!」

 

「むっ。では彼がその時言っていた……今回の件も併せて、君には随分と世話になっていたのか……重ね重ね、ありがとう」

 

「い、いや!今回も前回も、俺大したことできませんでしたし——」

 

 

 

 また頭を下げられそうになったので必死に事実を伝えようとする俺。前の時は通りすがりの凄腕トレーナー“アーロンさん”に助けられて、今回は品を奪い返すことはできたけど肝心の泥棒には逃げられるし……。

 

 

 

「——謙遜も過ぎれば自虐ですわ」

 

「ツツジさん……?」

 

 

 

 クスリと笑って、ツツジさんはそう言う。

 

 

 

「あなたが居なければ——わたくしだけでは荷物を取り返すことはできませんでしたわ。あなたの推察が敵の作為を見抜き、結果こうして事なきを得ている——この事実は、あなたの働きによる点が大きいのです。もっと自分を褒めてあげてください」

 

「…………」

 

 

 

 事実は事実。ツツジさんは徹底した現実的な見方で、俺を褒めてくれた。ありきたりな励ましでも、お世辞でもない——それがわかるからこそ、ツツジさんの言葉は俺に染み込む。まだ素直にはなれないけど……それでも嬉しかった。

 

 

 

「——そこで、そんな君たちに相談なんだが」

 

 

 

 そう言って社長は本題を切り出す。なるほど、多分こっちが本題だな。

 

 

 

「ツツジくん。ユウキくん。二人で“ムロ”にいる“ダイゴ”に私直筆の手紙を届けてくれんか……?」

 

「手紙……?」

 

 

 

 このSNSが普及しまくってる現代で手紙?それも海路を使う遠方の“ムロタウン”まで?そんな疑問が頭に浮かぶが、それも今回の騒動を教訓にして話しているんだとすぐにわかる。

 

 

 

「——電子メールはハッキングの可能性がある。直筆の手紙なら“敵”に情報を渡すリスクを避けられるということですわね?」

 

「ああ……本当なら今日はツシマに渡した荷物を“カイナ”まで届けてもらうはずだったが、彼だけでは心配だ。もしよかったらそちらの護衛も頼みたい」

 

「それは構いませんが……ユウキさんはどうされます?」

 

「え……」

 

 

 

 なんだか話が大き過ぎてついていけていない状況で話が振られてフリーズする。え、多分どえらい重要な任務だと思うけど……——

 

 

 

「そ、そんなもんに同行して、いいんですか?」

 

「私からの頼みだ。これは信頼できる人間にしか頼めない。二度も私たちを救ってくれた君にぜひ頼みたいのだ」

 

「救ったって……」

 

 

 

 さっきまでふざけていた社長とは思えない真剣な眼差しで俺を見る。やはり正しく実力を評価されていない気がして気後れする俺に、ツツジさんは口を開く。

 

 

 

「あなたの旅の目的は存じてますわ。そして、その目的が“ムロ”にはありますわよね?」

 

「え——あっ」

 

 

 

 ツツジさんの言葉で思い出した。そうだ。あそこにもあった。先月にハルカが通った道……『ポケモンジム』が。

 

 

 

「あそこのリーダーとはわたくしも面識があります。わたくしと行けば、きっとあなたにも有利に働くことがあるかもしれませんわね」

 

 

 

 つまり、この旅に同行するのは俺にとってもメリットとなり得ることを示唆している。俺へのメリットを提示する事で、小心者の俺がついていく動機を作ってくれた形となった。しかし——

 

 

 

「で、でも……そんな。コネ使ってる感じは……なんというかいいのかなって……」

 

 

 

 このカナズミでも、すでに親父のコネがあったから学べることも多かった。そこへまたカナズミのジムリーダーにも他ジムに顔が効くようになる現状は、あまりにも都合が良すぎる気がした。そんなのに甘えてると、他のトレーナーに示しがつかないんじゃ——

 

 

 

「あなたの道は、すでにイバラで敷き詰められた道。そこを踏破するには、多少の運も必要になるでしょう」

 

「それは……」

 

「それに今回はあなたの頑張りを認めての処置です。あなたは、自分に恥じるような行動をしていましたか?」

 

 

 

 ツツジさんは言う。本来プロトレーナーを目指す俺が人を助けるために戦った——その努力の報酬を受け取るべきだと。自分の技術を“人を助けるために使った”ということを、ツツジさんは評価した。

 

 

 

「——ツシマさん」

 

「え……あ、はい⁉︎」

 

 

 

 ツツジさんは急にツシマさんに話を振った。

 

 

 

「あなたは事件の間、最もユウキさんを見ていましたね?その感想を、ぜひご本人にお伝えください」

 

「えっと……うん。そうだね」

 

 

 

 ツシマさんはそう言うと、俺のそばまで来て……俺の手を握った。

 

 

 

「いっ——⁉︎」

 

「ユウキくん……ありがとう!」

 

 

 

 力強く。はっきりと、心を込めての感謝。

 

 

 

「君が……痛いのも、怖いのも我慢して——いや立ち向かって戦ったその姿に、僕は感動した!もちろん助けてくれた感謝もあるけど……何より、素晴らしいものを見せてくれた事に僕は感謝してる!」

 

 

 

 ——いきなり戦わされる羽目になっても。

 

 ——悪意と暴力に晒されても。

 

 ——敵の作戦に飲まれそうになっても。

 

 

 

 ツシマさんはずっと見てくれていた。その人がそれらと戦った俺を褒めてくれた。変な人だけど……臆病な人だけど……俺のことは真っ直ぐ見ていてくれた。

 

 

 

「——考え抜く君の戦いっぷりに、僕は胸躍ったよ……だからいつか強くなって、ホウエンリーグの最前線で、もっとその姿を見せてくれよ!僕——君のファンになったからさ♪」

 

「ふ、ふぁん……?」

 

 

 

 何を言い出すかと思えば、トレーナーとしてこんなにも未熟なのに、ファンだって?

 

 ツシマさんの物言いに、後ろで聞いていたツツジの肩が震えている。笑うよなそりゃ……。

 

 

 

 

 

「ふふ……よかったですわね。存外、嬉しいでしょう?自分の活躍を楽しみにしてくれている存在がいてくれるのは」

 

「まぁ……そりゃ……」

 

「でしたら。期待には応えるのもひとつの“正解”ですわ。だから、今は立ち止まるよりも、道があるなら進んでください……先は長いですが、いつか陽の目を見たいなら……」

 

 

 

 ツツジさんの言っていることも最もだ。俺が進む先にいる人が、いいのだと後押ししてくれているなら……俺なんかのチンケな遠慮なんか必要ない。

 

 まだ迷いはあるけど……それでも——

 

 

 

「わかりましたよ……引き受けます。その話」

 

 

 

 こうして、何かなし崩しというか……乗せられるままに大役を引き受けた。

 

 

 

 

 

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その姿を誰かは見ている……——。

ORASやってる時にデボンの社長室だけ異常に広かったから、旧作にはないバトルイベントでもあるんか?——って深読みしたのはいい思い出。

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第46話 授かった刃


たまに技名を漢字表記にするか迷う。
ゲームでは技名が漢字にならないからしてないけど。
オリ設定の派生技とかには使ってるからいいかな?
(現在、漢字表記に全て変更になりました)




 

 

 

「——はい。はい……お世話になりました」

 

 

 

 俺はバイト先に最後の一報を入れて電話を切った。店長には事前にデボンの社長から伝えてくれていたので、話もスムーズに進み、退職の手続きは事情が事情なので今回はデータ上で行われた。その時に色々謝ろうかと思っていたが、ミドリコさんに言われた事を思い出して、結局言葉にできずに断念。これでこの職場からも街からも離れるから、結局謝る機会は永遠に無くなってしまった。

 

 

 

「図らずも……ばっくれに近い感じになってしまった……」

 

 

 

 店長に申し訳なく思いながらも、しょうがないので忘れることに努める。

 

 

 

「でも、ミドリコさんくらいには挨拶したかったな」

 

 

 

 そんな事を思いながら、俺はデボン社に行く前に会ったミドリコさんのことを思い出す。

 

 そういえば——

 

 

 

——もうここにはいられなくなると思うよ?

 

 

 

今思えば、あれは予言だった。なんで俺が旅立つ事を知っていたんだろう。それも勘だったのか……?

 

 

 

「……なんか、今日のミドリコさんは変だったよな」

 

 

 

 いくら考えても、それらしい考察は浮かばない。どうせもうお別れだ。真意を確かめる意味はない。

 

 

 

「——行くか」

 

 

 

 ひと月過ごした街並みを眺めて、少しあった名残惜しさを言葉に乗せて吐き出した。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 デボンの社長——“ツワブキ・ムクゲ”さんによると、すぐにでも出発して欲しいとのことだった。このままデボン社に例の荷物を残したままにすると、どこから情報が漏れて、また襲撃があるかわからない。そのためカナズミに滞在していた時に必要だった手続きが色々と駆け足になってしまったわけだ。

 

 そして今、俺とツツジさん……そして責任者として同行することになったツシマさんの三人で、104番道路——“トウカの森”の南側に移動してきた。

 

 

 

「——とりあえず森では何もなかったですわね」

 

「これでなんかあろうもんなら、俺は一生ここ通らないです」

 

「ハハハ♪ 僕はキノココたくさん見れたから満足だけどね!」

 

 

 

 今回の移動では運良く(?)キノココの“群れ”が移動している景色を見れた。あれがキノココかぁと思い眺めていたが、やはり可愛いかと聞かれたら、そうでもないと感じる。うーん。ツシマさんのツボはわからん。

 

 

 

「さて……それではトウカ出の定期便に乗りましょう。一応時間通りにこれましたので、おそらくさほど待つことはないでしょう」

 

 

 

 104番道路の浜辺にはムロやカイナまで出ている定期船の停泊港が存在する。ムロが辺境地ということもあり、その便の本数は控えめだ。だからその船を逃さないためにも、カナズミを出発する前に時刻表を確認し、到着した頃合いに船が停泊している予定で歩いてきた。

 

 予定では夕方に出る夜行便に乗れるはず——だったのだが。

 

 

 

「『年間定期メンテナンスにつき、午後の定期便は全て運行中止とさせていただきます』——ですか」

 

 

 

 予刻表の時間が過ぎても、ムロへの船は現れず、痺れを切らして運行状況を再度調べ直した結果、そんな文面を同サイト内で見つけた。その一文は。今日中に渡航する手段を失ったことを意味していた……。

 

 

 

「……こ、このわたくしが——こんな凡ミスを……⁉︎」

 

 

 

 ツツジさんが見たこともない表情差分で這いつくばっている。そんな落ち込むことですか?

 

 

 

「さ、流石にわかんないですよこんなの……俺も予刻表は見てましたけど、気付きませんでした。ちっちゃい文字でしか書いてませんでしたし……」

 

「いいえ……書いてあったのなら、運行会社に落ち度はありませんわ。全ては予定の組み立てを任されたこのわたくしのせいです!」

 

 

 

 そう言って涙ぐむツツジさんは、今までのクールビューティからは考えられないほど感情的なっている。その顔は、俺らと変わらない10代なんだなぁと思い出させる表情になっていた。

 

 

 

「まぁまぁツツジさん。せっかくだしトウカで一泊していきましょうよ!ユウキくんもお父上にまた顔出しできるチャンスでは?」

 

「あー……まぁそうなるか」

 

 

 

 ツシマさんの意見にふとトウカジムでの生活を思い出した。俺が本気でプロを目指すきっかけとなった場所。そんなトウカジムを出てひと月。確かに一度そっちに顔を出すのも悪くない気はした。しかし——

 

 

 

「いや……まだちょっと顔出し辛い……」

 

 

 

 思い出してみれば、トウカジムに体験入会からの死ぬほど目立つ試合して、結局飛び出したようなやつと、あそこの多くの人間にはそう映っているはず。事情を知ってる人たちならともかく、ひと月なんかで戻ったらどんな顰蹙(ひんしゅく)を買うか……そんな事が頭をよぎるもんだから、恐ろしくなって俺は震える。

 

 自分のミスが信じられなくて塞ぐツツジさんと出戻りを指摘されることに恐怖して震える俺……そんな様子をまるで理解していないツシマさんは頭の上に「?」をたくさん浮かべていた。

 

 

 

「——おっ!お前さん。久しぶりじゃのぉ!」

 

 

 

 そんな時、ひとりの老人が声をかけてきた。その人は、俺がカナズミで“ある技”の習得に貢献してくれていた——ハギ老人だ。

 

 

 

「ハギ老人!お久しぶりです」

 

「ホホホ。今日は二人もお供を連れておるのか……しかも一人は美人ときたかぁ。お主も隅に置けんのぉ??」

 

 

 

 肘で脇腹を突かれながら謂れのないことで勝手に盛り上がられた。やめてくれ。そういうネタに対してはツツジさん厳しめだから。

 

 

 

「あら?わたくしのお話ですか?」

 

 

 

 しれっと立ち直っているツツジさん。この変わり身っぷりには脱帽である。

 

 

 

「オホホホ♪ 立ち振る舞いが優雅じゃのぉ〜。どこのお嬢さんか、伺ってもよいかの?」

 

「天下の“斬鉄”にお名前が知れてないとなると、やはりわたくしもまだまだですわね」

 

「ホホホすまんすまん♪カナズミに通っておいて “不落嬢(ファランクス)”を知らんようではモグリもいいところじゃよ」

 

「覚えててくださり光栄ですわ。“ハギ様”♪」

 

 

 

 どうやら互いに知っているようだけど、なんか独特の雰囲気というか……強者同士の世界観についていけん。なんか違う世界の会話に聞こえる。

 

 

 

「へぇー。じゃあお二人は、直接の面識はなかったんですねー」

 

 

 

 ツシマさんには全く関係なかった。普通に混ざりやがった。なんだそのコミュ力。

 

 

 

「ええ。でも先代のカナズミジムリーダーからは何度もその名を聞かされました」

 

「あぁ……確か前の()()はワシの引退試合のトーナメントにも出ておったな」

 

「先代のことを坊主だなんて呼べるのはあなたくらいのものですわ……」

 

 

「いやぁあれは強かったなあ。ツツジちゃんも、先代に違わぬ実力じゃあ言うし、若いってのはいいのぉー」

 

 

 

 人の縁とはどこで繋がるかわからないが、まあどちらも有名人。こうした邂逅を果たすこともあるのだろう。にしても話のスケールがデカすぎて俺の意識がついていかない。

 

 

 

「というかお前さんたち。さっきはなんか騒いどったようじゃが——なんかお困りかの?」

 

「……!そうですわね。ハギ様。少し力を貸していただけませんか?」

 

 

 

 ツツジさんは何かを思いついたようにハギ老人にことの次第を話す。

 

 

 

「……ふむふむなるほどのぉ」

 

 

 

 一通り事のあらましをハギ老人は聞き唸る——っておいおい。いくら伝説のトレーナーでもいいのか?結構大事な話もしてるけど。極秘事項とかじゃないのそれ?そんな俺の心配を他所に、ハギ老人はニコッと笑って返事をした。

 

 

 

「よかろう!事態が事態じゃ。わしの“船”を出そう♪」

 

 

 

 ハギ老人はツツジさんの提案に快諾したようだ——って船⁉︎

 

 

 

 

「あら?その顔は知らなかったようですわね」

 

「——ハギ老人は船乗りとしても有名なんだよ。“波狩り”なんて異名があるほどに、海を知り尽くしてるお人だよ♪」

 

「へ、へぇ……こりゃまぁなんというか都合のいい事で……」

 

 

 

 このタイミングでムロを目指すのにこれでもかと最適な人材に出会えるとかすげぇな。その豪運に引き攣った笑いしかできない。そんな風に思っていると、早速出発するようで、ハギ老人は波打ち際にある家屋を指差して案内してくれた。しかし時刻は夕方……日も暮れ始めているこんな時間に船出というのは——

 

 

 

「今から行くんですか?」

 

「時間が惜しいんじゃろ?なに……ちょっと狭いが、3人が雑魚寝するくらいのスペースはあるからのぉ——ワシの船なら、夜の海でも、明日の明け方には着くじゃろう」

 

 

 

 軽く言ってのけるが、それって割とすごいのでは?確か夜行便だったら、明日の昼前まではかかるはず。

 

 やはり年は食っても人外のスペックということか。変な関心の仕方をしていると、思い出したかのように、ハギ老人は俺の方に向いた。

 

 

 

「——そうじゃ。出発前に、()()()の完成度。ちと見せてくれんか?」

 

「へ?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『斬鉄』——文字通り“鉄を斬る”という意味合いを込められた俗語。それを異名とされる人物は「斬れぬものなし」と言われるほど、“斬術系”の技に精通していることになる。

 

 それが在りし日のハギ老人の実力。その彼が、相棒のキモリ(わかば)に教えてくれたのがこの技だ。

 

 

 

「——“いあいぎり”‼︎」

 

 

 

 ハギ老人の家の前に立てられた丸太。それに向かってわかばが大きく腕を振るう。身体の体重を効率よく乗せて、右腕をしならせて加速。腕の末端である手のひらを鋭く構え、最高スピードがその一点に集中する瞬間に、対象に当てる。

 

 

 

 ——ザンッ!!!

 

 

 

 丸太にわかばの手刀が命中し、その幹には右上から左下にかけて鋭い太刀傷がつけられた。

 

 

 

「わぁー!」

 

「あらま!」

 

「ふむ。まああれから二週間くらいか——まぁまぁの出来にはなってきたのう」

 

 

 

 ハギ老人は技の痕跡を見て、そう言ってくれた。ツシマさんやツツジさんも驚いたと言った顔でこちらを見る。

 

 

 

「でも……やっぱり真っ二つまではまだ遠いです……」

 

「ホッホッホッ♪ “適正のあるポケモン”ですら中々丸太を輪切りにするのは難しいじゃろうて——まあ、実戦ではそんぐらいの威力が欲しいのもわかるがのぉ」

 

 

 

 そう言って、老人は手元にあった斧を片手に丸太の方へ近づき——

 

 

 

——スパァーーーン!!!

 

 

 

 縦に一閃。丸太は二つの木材と化した。

 

 

 

「ふー。まぁ落ち込むな若者」

 

「落ち込むわ。あんたさては自慢したいだけだろ?」

 

 

 

 当てつけのように人力で丸太を両断されたこっちの身になってみろ。見てみろわかばを。あのポーカーフェイスのまんま目だけしっかり死んでるんだぞ?

 

 

 

「で、でも……“キモリ”って“いあいぎり”覚えませんよね普通⁉︎」

 

 

 

 ここで当然の疑問を投げかけてきたツシマさん。確かにわかば——キモリ種は“いあいぎり”という技に“適正”がない。本来こういった“斬術系”の技は、爪や牙。その他の硬い部位を持つポケモンが覚えることが多い技だ。それでどうして“わかば”だけは覚えられるのか、と言う話である。

 

 

 

「あー……俺も最初は無理だって言ったんですけどね。わかばってすごく“器用”らしいんです。知能が高くて、手先が器用で、身体の動かし方もすごく上手いらしくて——」

 

「それは見てたから知ってるけど……それでも適正ってそんな簡単に克服できるの?」

 

「——拡張訓練ですわね」

 

 

 

 その疑問に答えたのは、教師のツツジさん。

 

 

 

「わたくしたち人間も、苦手分野を克服するために特訓、勉強、試験、試行回数を重ねる——こうした時間の使い方で、飛躍的に能力を伸ばせることがあります。ポケモンにはそういう知恵はありませんが、トレーナーがその部分を補うことで、新しい技を——いわば“拡張”することが可能なんですの」

 

 

 

 もちろんそれはポケモンにもある程度才能は求められる。普通に指示した通りの訓練をするのとは違い、今している訓練が何のために行われているのか……そうした理解力がないとできないのだ。

 

 

 

「普通の動物ではあり得ませんが、ポケモンは心を持つ生き物。トレーナーによっては本格的な“武術”を仕込んだりすることも珍しくはありません……そしてこのわかばには、その訓練が施せるほどの“経験”と“知性”がある……」

 

 

 

 そう言ったツツジさんは、少し表情が曇る。その様子を不思議に思っていると、ツシマさんは興味津々で俺に追加で質問をする。

 

 

 

「それって具体的にはどんなことしてるの⁉︎」

 

「えっと……身体の動かし方——その中でも『居合』の仕組みを訓練に取り入れたんです……ハギ老人に教えてもらって」

 

 

 

 居合には『脱力から生まれる瞬発力』で、爆発的な速度を発生させる技術がある。弛緩した筋肉を急激に収縮させる事で、望む力を発生させる技術……らしい。

 

 そして接触面——今回はわかばの手の手刀がその部分に当たるそこを、出来るだけ薄く、小さくすることで、一点に力が集中するという事を身体に覚えさせた。

 

 

 

「脱力——そこから身体を振って肩に——肘や手首の関節を使ってしならせて、手のひらまで力が乗ったら——スパーンって感じの動きをずっとやって、今みたいに“いあいぎり”が出せるようになったって具合です」

 

「す、凄いんじゃないそれ⁉︎難しいことはわかんないけど……わかばくんが強くなったってことでしょ‼︎」

 

 

 

 興奮気味で囃し立てるツシマさん。褒めてくれるのはありがたいが、手放しに喜べないのが現状なんだけど……。

 

 

 

「そんな簡単な話じゃないよ……まだまだ威力は見ての通り、相手を倒し切れるほどのものじゃない。技の溜めもすごく長いから隙だらけで、今のままじゃ実戦で使える代物じゃないし——」

 

「でもいつかは使えるようにするんでしょ?ただでさえ強いわかばくんがも〜〜〜っと強くなるとか凄くない⁉︎」

 

「え、えぇ……まぁ……」

 

 

 

 俺としては課題点が多くて、考えなきゃいけないこともまだまだあるんだけど……ここまで前向きに捉えられるツシマさんが時折羨ましくも感じる。確かに……前進はしてるんだよな。

 

 

 

「——強い……確かにお強いですわね」

 

「え?なんか言いました?」

 

「いえ。なんでも——それより、成果の程も見れたことですし、早く出発しませんと。ハギ様、よろしくお願い致しますわ」

 

 

 

 そう言って、ツツジさんはハギ老人の方に駆け寄った。何か言ってた気がするけど……確かに時間もない。ムロに着くまでは夜通しハギ老人に運転させてしまうわけだから、少しでも今のうちに手伝えることをしなければと思って、俺もハギ老人に駆け寄った。

 

 

 

 

 

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相棒(わかば)の新技を引っ提げ、大海原へ——。

実は定期便の件、私がやからした事があります。
その船に乗ってとあるイベントに向かうはずで、しかも友人5、6人を連れていく算段だった……死ぬほど落ち込んだ。結局徹夜で高速飛ばして行きましたけど。

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第47話 当然の疑問


休日早々、熱が出まして……夕方にはひいたのでよかったですが、幸先悪いなぁ。みなさんも体調にはお気をつけて。




 

 

 

——ブォーーー……

 

 

 

 俺たちはハギ老人の船に乗り込み、ムロを目指して出発した。夕食は船の簡素な厨房でカップ麺をみんなで啜り、夜もふけると運転手のハギ老人を残して、船の貨物置き場で寝ることに。

 

 流石に完全に任せるのもあれなので、夜は交代でハギ老人のところに顔を出すように取り決めた。今はツツジさんと交代をする時間。俺はデッキに出てツツジと交代する。ついでに何か飲み物をと思い、厨房に寄ってコーヒーを入れて持ってきた。マグカップは3つ。

 

 

 

「ツツジさん。交代します——あとこれ」

 

「ありがとうございます」

 

「ハギ老人も」

 

「すまんの〜。じゃがツツジちゃんとのお喋りもしまいかぁ〜残念じゃ」

 

「すんませんね。野郎で我慢してください」

 

「はしたないですわね」

 

 

 

 他愛もない話をしていると、ふと夕方のツツジさんの態度が気になった。

 

 

 

「ツツジさん。ちょっといいですか?」

 

「構いませんわよ……ハギ様。少しはずしますわね」

 

「構わんよ〜。小僧も大胆じゃのぉー」

 

「なんの話かワカンナイッスネー」

 

「フフ……行きましょうか」

 

 

 

 お爺ちゃんの言ってる事は右から左へ流しておく。ツツジさんも俺のような奴は眼中にないようなので、サラッと流してくれて助かった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 操舵室と進行方向を照らすライト以外、真っ暗闇の海。波の音だけが静かに聞こえてくる船の最後尾で、俺とツツジさんは話を始めた。

 

 

 

「——それで、話とは?」

 

「あぁ……えっと……」

 

 

 

 さて何から話したもんか。

 

 

 

「いや……なんか“いあいぎり”を見せた時から、ちょっと変だったというか——俺の育成方法って無駄というか……間違いでもあったのかなーって」

 

「あぁ、その話ですか……」

 

 

 

 素っ気ない返事だった。なんというか気乗りしないというか。そんなに言いにくい事なんだろうか?

 

 

 

「あの……俺もわかばも、強くなりたいんです。だから……どんな話でも、受け入れる気持ちです。遠慮なく話してくれると助かります」

 

 

 

 今更だが、ツツジさんは優しい。ジムチャレンジに来た素人に毛が生えた程度の俺に時間を割いて話をしてくれた。この道中でも色々と話してくれてわかったが、ツツジさんは俺が街でトレーニングを積んでる姿を見ていたようだ。たった一度の手合わせで、彼女は俺に色んな気遣いを示してくれている。

 

 だからきっと……俺が聞きにくいことだと、それを言うのを躊躇うのだろう。でもここは俺の方から聞かなきゃダメだ。

 

 

 

「……わたくしは、あなたの事をよく知らない」

 

「結構見てくれてるとは思ったんですけど……」

 

「もちろん、あなたがカナズミに来てからの事は知ってますわ。それでも、あなたがどんな経緯でトレーナーを目指し、どんな気持ちで今日まですごしてきたのか……どんな出会いをしたのかも含めて、知らないことが多いのです」

 

 

 

 丁寧に心のうちを話してくれているツツジさん。要するに、知ったような事は言えない——わかったような事を言って、誤解を与えるべきではないと、ツツジさんは言っているのだろう。

 

 

 

「だから……その質問に答える前に、あなたから聞いておきたいこともあるのです。構いませんか?」

 

「……はい」

 

 

 

 こちらから聞いた事だ。ツツジさんの質問には答えるのが筋だろう。育成方針、具体的なトレーニング内容、拡張訓練の見通しなど、来るだろう質問を想定していると——

 

 

 

 

「……そのキモリ——わかばさんはどちらでお会いになったのです?」

 

「へ……?」

 

 

 

 その質問はそれら予想を大きく外れたものだった。まさかわかばとの出会いについて聞かれるとは……それでも必要な情報らしいので、正直に答える。

 

 

 

「えっと……オダマキ博士から預かって……そのまま俺の手持ちに……」

 

「それが半年ほど前になると……?」

 

「はい」

 

「具体的にはどう言う流れで?」

 

「え?……オダマキ博士が野生のポケモンに襲われて……それを助けるために博士の荷物から引っ張り出したのが……最初です」

 

「オダマキ博士はその後……あなたにわかばさんを託す時に何か言ってましたか?」

 

「……いや。わかばについては何も聞かせれていません」

 

「そうですか……」

 

 

 

 質問はそんなとこだった。

 

 

 

「あの……それが何か……?」

 

「……ユウキさんも、薄々気づいている事とは思いますが——」

 

 

 

 そういう文言にギクリとする。具体的に質問の意味がわかったわけではないが、それでも核心を突かれる感覚に俺の身体はこわばった。

 

 

 

「わかばさんは……おそらく前に持ち主がいた個体です」

 

 

 

 なんとなく、その予想はついていた。それはこれまでの戦いで充分考えられる事だった。出会ってすぐの頃、俺に経験が無さすぎて、ハルカと毎度戦わされていた時は気付かなかったけど……。

 

 何度か戦う内、ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)とは明らかに違う——貫禄というか、言いようのない闘い慣れを感じた。

 

 “元々の持ち主”——つまり俺の手に渡る前にオダマキ博士が預かったか拾ったか……少なくとも博士が対戦用に育成するはずはないので、そんな予想がそこから立つ。ツツジさんはその点について、不安要素があるようだった。

 

 

 

「わかばさんは恐ろしく聡い……先ほど“居合斬り”を拡張訓練で習得なされていると知った時、その疑問は確信に変わりました。そんなポケモンが、トレーナー歴たかだか半年のユウキさんに育成できたとは思えない。もちろん、単純な野生のポケモンがいくら強くても、あんな芸当はできないということはユウキさんもお分かりですね?」

 

「はい……」

 

 

 

 わかばの動きは常軌を逸している。身のこなし云々より、敵の攻撃に対する反応速度が恐ろしく速い。しかもその避け方——それは次への反撃に活かされるように、意図的に仕込まれている動きだった。俺が教えたわけじゃないなら……やはりそう言う結論になる。

 

 

 

「でも……別に俺、あいつの前の持ち主の事なんて知りません。なんであいつを手放すことになったのかも知りません……わかばがその事を気にしている様子もないので、詮索もするつもりないですよ?」

 

「ええ。それでもいいと思いますわ——ただ、そうなると不思議に思うことがありませんか?」

 

「思うこと……?」

 

 

 

 俺はあいつの過去がなんだって、別にどうでもよかった。前の持ち主とどういう別れ方をしているにしても、今こうして力を貸してくれることが事実だ。そこにわかばがどういう思いで望んでいるのかぐらいは気になるけど……。

 

 

 

「あれほどの力を持っているポケモン……おそらく相当鍛えられたであろうわかばさんを……どうして手放すことになったんでしょう?」

 

「……でも。それはやっぱり人それぞれで——」

 

()()()()()()()()()()()()()()を手放す——それにはそれなりに理由が必要でしょう?」

 

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 

 

 俺としては、やはりポケモンとトレーナーという強い関係を他人がとやかく言うのは気がひける。でも、ツツジさんはそれだけの理由があり、わかばの事をもっと知るべきだと言っているように感じた。

 

 ……ツツジさんはそれを通して何が言いたい?

 

 

 

「……わかばさんは、たくさんのトレーニングを受け、そして実戦を積んできている。それなら必然的に起こる変化があるべきだとは思いませんか?」

 

「…………!」

 

 

 

 多くのトレーニングと実戦——積んできたものがある一定の高さにまで届くと、“その先がある”ポケモンに必ず起きる変化。キモリという種族が、多くの経験値を蓄えると起きるであろう変化——

 

 

 

 ——それが“進化”だ。

 

 

 

「なぜ進化しないのか。あなたが上を目指すというのなら、切り札であるわかばさんについて調べる必要があると思われませんか?」

 

「それは……」

 

 

 

 わかばが進化しない理由……?いきなり突きつけられた——いや、気付けなかった現実に俺はどうしていいかわからなくなった。

 

 ただ、もしそれが進化()()()()という事だとしたら……わかばは——

 

 

 

 

 

 

 

 

「——すみません。わたくしも全てを知っているわけではありませんから……これが正しい見方なのかはわかりません」

 

「……いえ、むしろ教えてくれて、助かります」

 

 

 

 口では感謝を伝えるが、正直なところ複雑だ。ツツジさんの疑問は、一度持つと中々簡単に拭えるものじゃない。

 

 ポケモンは人の心を感覚的に理解できると言われているが、人間は違う。人間はそうした曖昧なもので他人を理解できない。理解するためには、頭を使って、時間を使って、関係を積み上げて……ポケモンに比べ、周りくどいやり方になってしまう。

 

 個人差はあるが、それも事実だ。

 

 だから……そんなデリケートな部分に、俺がわかばに踏み行ってもいいのか……わかばにとっての地雷なんだとしたら、俺なんかが踏み入っていい領域なのか……?

 

 今の俺にその答えはない。

 

 

 

「……いずれは出さなければいけない答えかもしれません。でも焦ってもいい事はないでしょう。わたくしも願っていますわ——あなた方にとって、“最良の選択”があることを」

 

 

 

 それだけ言って、ツツジさんは下層の貨物室に向かった。

 

 

 

——……。

 

 

 

 暗い甲板に取り残された俺は、腰にぶら下げたボールを一つ手に取り、呟く。

 

 

 

「……わかば。お前、どっから来たんだよ?」

 

 

 

 夜の海に、俺の呟きだけがこだまする。

 

 それに答えてくれる者は、誰もいなかった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 朝日が登った。水平線から上がった太陽が空と海と島々……そして俺たちの乗る船を照らす。

 

 そして、目的地が遂に視界に入るのだった。

 

 

 

「着いたぞ!——“ムロタウン”じゃ‼︎」

 

 

 

 

 

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残ったのは疑問と不安……舞台は灼熱の浜辺へ——!

ゼルダの風タクやFFXなど、海が舞台の作品がハマりやすい傾向にあるんですよね。だからサファイアもハマったんかな?

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第48話 犬猿の仲


わたくしごとですが、お気に入り登録者50名となりました♪
毎度見てくださる皆様に感謝でございます。自己満で書いてるので、決して読みやすくはないはずなのにホントにありがとうございます!何とか完結させたいとは思っとりますので、今後ともよろしくお願いしますです!




 

 

 

「ん?——ありゃ……ハギの爺さんか?」

 

 

 

 日課の砂浜ダッシュ中に、俺がふと砂浜から海を見ると、ずいぶん懐かしい船がこっちに向かっているのが見えた。ハギの爺さんが島まで来るなんて何年振りってレベルだが、このタイミングで来るってことは——

 

 

 

「あの()()()……あれに乗ってんじゃないだろうな……?」

 

 

 

 嫌な予感がした俺はあれが着くはずの港にまでダッシュした。あいつがこっちに来るのは昼過ぎのはずだろ?——くそったれ。来るなら来るで予定通り来いよ。

 

 

 

「あ〜〜〜また顔合わせるなり『ジムリーダーの自覚がない』だのなんだのギャンギャン噛みついてくんだろうなぁ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 そんな憂鬱な少し未来にうんざりしながら、俺——“トウキ”は朝の浜辺を駆け抜けた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——あなたにはジムリーダーとしての自覚が足りないのです‼︎」

 

 

 

 ビシッと指を刺すツツジさん。

 

 ハギ老人が運転する船が停泊早々に、ツツジは青い髪の逞しい青年に向かってあれやこれやと話始め、数度のやり取りの後、今のセリフが爆発。それを見る俺たちには、何が何だかわからなかった。

 

 

 

「え、えーとツツジさん?この人は?」

 

 

 

 争いが激化する前に、一応割って入る。せめてこの人が誰なのかを紹介して欲しかったのだ。

 

 

 

「はぁ……彼は“トウキ”——このムロタウンのジムリーダーですわ。残念ながら」

 

「何が残念ながらだ!こう見えても人望あんだぞ⁉︎」

 

「個人の主観では話になりませんね?諦められているだけでは?ジム生が無茶なトレーニングを敢行するあなたを止めると専らの噂ですわよ?」

 

「うるせぇな!お前だってジム生を馬鹿みたいに机と睨めっこさせて『実戦させて欲しい』って文句言われてたじゃねぇか!」

 

「勉学が嫌いだからってわたくしに文句を言うのがお門違いというものです!トレーニングの向き不向きをわたくしの指導不足のように言わないでくださいまし!」

 

「えーそりゃ完璧主義で“不落嬢(ファランクス)”とか呼ばれてお高くとまってるジムリーダー様ならジム生の一人や二人いなくなっても困りはしねぇわなぁ⁉︎」

 

「なんですのその言種(いいぐさ)は!あなたも人のことは言えないのではなくて?一律のフィジカルトレーニングを個人の個性を無視して強制的に受けさせるなんて正気の沙汰じゃありませんわ!」

 

「他所のジムの方針に文句つけんなよ!」

 

「あなたが先にやったんでしょ⁉︎」

 

「んだとぉ⁉︎」

 

「なによ‼︎」

 

 

 

 両者の間でバチバチに火花が散る。自己紹介してもらいたかっただけでどうしてこうなる?あとツツジさん、なんか話し方違ってきてませんか⁇

 

 

 

「お若いの二人。ケンカはいいがそろそろ丘にあげてくれぃ。年寄りを待たせるもんじゃないぞ?」

 

 

 

 ここでハギ老人。年長者らしく両者を諌める。流石に伝説のトレーナーを前にしては礼儀をわきまえているようで、すごすごと道を開ける両者。よかった……あのままだとこの場でバトルがおっぱじまる勢いだったから——

 

 

 

「ところで、なんで揉めてたんですか?」

 

 

 おいぃぃぃツシマぁぁぁ‼︎鎮火しかかった焼け跡にガソリンぶち込むような真似すんじゃねぇぇぇえええ‼︎——と言いつつ、ちょっと気になる俺もいる。

 

 

 

「え、ああ。俺が朝飯に納豆食ったからだよ」

 

「「「…………???」」」

 

 

 

 俺もツシマさんも、ハギ老人すら理解不能だった。このトウキとかいう男。何を言ってる?そして何故それで伝わると思う?

 

 

 

「あ、あの……それがなんの関係が?」

 

「あ?だから——俺は朝飯には納豆必ず食うからって話して、()()()()()()を落として食うと美味いって言ったら、急にキレてきたんだよ」

 

「……ツツジさん?」

 

 

 

 ダメだ。ご丁寧に説明してくださってるのは重々承知してますが、まるで何言ってるかわからん。仕方がないのでツツジさんの方に解説を求めるために話を振ったのだが、お顔真っ赤でいった一言がこちら。

 

 

 

「…………卵……嫌いなんですもの」

 

 

 

 ……。

 

 ……あー。うん。まぁ言いませんよ。誰も口にはしませんよ。

 

 でもごめん。

 

 心の中だけで叫ばせてくれ。

 

 

 

 ——しょうもなっ!!!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ムロタウンは一つの島が丸々集落となった漁村である。昔は海路を行き来するだけでも危険な旅路になっていたこともあって、この土地は旅の中間点として栄えていた時代もあったとか。

 

 今はその頃の活気はないが、島の自然が育んだタフな野生ポケモンが生息していたり、天然のトレーニング場ともいえる場所が多数存在することから、今でもトレーナーが訪れることは多い村なのだ。そんな村を一通り案内され、ツツジが今回ここに来た目的をトウキに伝える。

 

 

 

「——ふーん?いきなり『石の洞窟に用がある』とか言うから何かと思えば……また変な事件に巻き込まれてんな」

 

「こちらの街で起こった事件。ジムリーダーのわたくしが出向くのは当然でしょう?」

 

「そういう生真面目さというか……ちっとは他人に任せるのもいいと思うがな」

 

「そういう無責任さは改めた方がよろしいのではなくて?」

 

「ほぉ〜?」

 

 

 

 会話が始まれば二、三手で火花が散るこの光景。頼むからバチバチしないで?

 

 

 

「そ、それより!ここに“ダイゴ”って人がいるって聞いてきたんですけど——」

 

「ん?ああいるよ。あいつなら今言った『石の洞窟』に籠ってんぞ」

 

 

 

 『石の洞窟』とは、ムロの北の海辺に入り口がある文字通り岩石でできた洞窟である。この地域ではトレーニングスポットとしても有名で、修行中のトレーナーがあしげく通うらしいが……籠ってる?

 

 

 

「はぁ……またいつもの悪い癖ですの?いい加減治ったかと思えば……」

 

「バカ言うな。あいつがここに来た理由なんてほとんどそれ目当てに決まってんだろ」

 

「……悪い癖?」

 

 

 

 ダイゴという人物をよく知っているのか、二人ともが何やら呆れているふうにだった。

 

 

 

「あぁ……まあ行けばわかるか。帰ってくるのを待つよりこっちから出向く方が早ぇんだけど——どうする?」

 

 

 

 トウキさんの話からすると、通信手段もないのか?洞窟の底まで迎えに行くとなると、今の俺ではハードルが高く感じるが、ジムリーダーといればそんなに心配することもないか。

 

 

 

「俺は大丈夫です」

 

「わたくしも参ります。ツシマさんとハギ様はこちらでお待ちいただけますか?」

 

「は、はい!ユウキくん。気をつけてね!」

 

「ホホホ。のんびりさせてもらうぞー」

 

 

 

 こうしてツツジさんと俺、トウキさんの三人で石の洞窟に向かうことにした。この二人が道中争わない事を祈りながら進む俺としては……気乗りしないけど。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 朝も外気はそれなり暑く、気をつけていないとクラっとくる季節でありながら、洞窟の中はひんやりとしていた。吹き抜ける風が気持ち良く、汗ばんだ身体を癒してくれる。最初はそんな洞窟の歓迎ムードに、俺も気が緩んでいた。

 

 そう……ここがホウエンでも屈指の修行場である事を思い知るのは、すぐ後の事だった。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 無様に悲鳴を上げながら逃げる俺。わかばも一緒に逃げる。

 

 何故かって——それでは後方をご覧ください。

 

 

 

——ドコドコドコドコドコ‼︎

 

 

 

 黄色い体色のふくよかな肉体を持つ“マクノシタ”。ツツジさんの時にも散々苦しめられた“イシツブテ”——それらが5、6匹の群れを成して俺たちを追いかけてきているからだ。

 

 

 

「おーい大丈夫かぁー?」

 

「——だ……だ、大丈夫に……ゼェ……みえ、ますかぁ⁉︎」

 

 

 

 なんとか崖の上に逃げおおせたが、トウキさん。見てたなら助けてくれ。

 

 

 

「ハッハッハッ!ひ弱そうな身体つきなのに結構走れるじゃねぇか!」

 

「ええホントに自分でもびっくり……命かかってたらこんなに脚って速くなるんだなぁーって」

 

「そいつはよかった」

 

「よくないわ!なんでいきなり走っておいて行っちゃうんですか⁉︎」

 

 

 

 そもこれ追い回されることになったのは、洞窟内でツツジさんが俺に注意事項を教えてくれようとした時、『要するに、駆け抜けちまえば問題ない!』——と、独断先行したトウキさんのせいだ。

 

 確かに足が速いポケモンはそうそう出ないとは聞いてたけど、見つからないように慎重に歩く方が絶対いいだろこれ。毎回あんな“群れ”に遭遇してたら命がいくつあっても足らん。

 

 

 

「あ〜?だって面倒だろ?時間もないって話だったし」

 

「時間がなければどんな素行も許されるとお思いですか?」

 

 

 

 ツツジさんも説教してくれている。ぶっちゃけまた仲違いされる方が困るのだが、今回はこちらの味方をしてもらいたい。頼む……ユウキくんもう怖いよ……?

 

 

 

「ん?だから安全に走り抜けただろ?」

 

「一体どこが……?」

 

「俺は大丈夫だったし」

 

「ユウキさんは洞窟探検にまだ不慣れということは考慮されてますの?」 

 

「おうよ。だから手本見せたじゃねぇか。大丈夫だよな?」

 

「……」

 

 

 

 だめだこの人。全部自分基準で話すから、会話自体が噛み合わねぇ……。これでよく人を教える立場の“ジムリーダー”になれてるな。

 

 

 

「……それでしたら」

 

——バチィッ‼︎

 

 

 

 いきなりトウキさんの後方で何かが光った。見るとそこには何かに焼かれた“ズバット”がこちらとは逆方向に飛び去って行った。

 

 何事かと思ったが、どうやらツツジさんの仕業らしい。知らぬ間に出していた“ダイノーズ”の電気系の技で、ズバットを撃退して退けたのだろう。

 

 

 

「——後方、上方。死角になる部分にも注意を払う事も教えて差し上げてくださいまし」

 

「お、おぅ……」

 

 

 

 スマイルの裏に秘められた怒りが目に見えるようだ。うーんでもこれはトウキさんが悪いだろう。にしてもツツジさんも……絶対もっと前から気付いてて、ギリギリでズバットを追い払っただろ?怖い……怖いよこの人たち……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ……暗闇。

 

 その中でも触れる岩肌の感触を楽しむように探りながら、彼はそこにいた。

 

 

 

「——ん。誰か来てるね」

 

 

 

 

 

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洞窟の底で待っているのは……澄んだ石のような——。

トウキ登場!!!旧作ルビサファのトウキには私怨が……。

あれはサファイア購入後、手持ちはジュプトルとジグザグマ、スバメなどなど。道中で普通に捕まえれそうなやつらばっかり。旧作にはパーティ全員をバランスよく育てるアイテムもなかったため、一番強いのがジュプトル。他はさして育ってなかったんですが、そのジュプトルがトウキのワンリキーが放つ“からてチョップ”で一撃粉砕。

タイプ相性で出すスバメもレベル9とかそこら。当然レベル17のワンリキーには手も足も出ず。結局スバメを育てるために友達に預けて、“つばさでうつ”を習得させて返してもらうというダーティプレイに手を染めなければいけませんでした。そしてこの年になって旧サファイアで“草タイプ縛り”を敢行したところ、案の定アホほどワンリキーが強くて泣きました。フラッシュなしで石の洞窟を無理やり越して、ムロジムを一旦無視して、レベルを上げて挑戦する羽目になったので、やっぱここの調整バグってたんだろうなって……。

 ちなみにORASでは石の洞窟イベントがムロジム終わりじゃないと進まなくなった代わりにトウキの手持ちのレベルがめっちゃ下がってました。これがゆとりか……(懐古主義者の悪いつぶやき)

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第49話 ダンジョン


XYやってたらすげぇ大男出てきました。
あれ?ルネに大木送った人ってこの人?
小説に影響は……あるかもしれん。




 

 

 

 石の洞窟——第2層。

 

 このフロアには大きく掘削された空洞があり、そこの壁に刻まれた彫刻(レリーフ)だけが厳かに置かれている不思議な空間になっている。少し前の遺跡調査でこの彫刻のある部屋が発掘されたことで話題になった。

 

 本来なら一般人が入るのは結構難しいのだが、ジムリーダー二人引率ならOKらしく、俺も何食わぬ顔でこの場所に立っている。

 

 

 

「でけぇ……」

 

 

 

 彫刻を見上げて、安価な感動を口にする。壁面いっぱいに描かれたものを、読み取れるような知識はないが、それでもこれが長い時間をかけて作られ、後世に何かを伝えるためにあり、それが何世紀の時を超えて俺の前にあるものだと考えるとロマンを感じる。

 

 考古学に興味があるわけではなかったが、こうして歴史的遺物を前にすると、否応なくその魅力に心動かされるのだ。

 

 

 

「俺にゃあコレの良さなんかちっともわからんがな。強いて言うなら、この部屋がすげぇ頑丈らしいから、修練場にはうってつけって事ぐらいか」

 

「あなた……まさかホントにここで暴れたりしなかったでしょうね?」

 

 

 

 などと恐ろしいことを言うトウキさんを、マジの殺意剥き出しのツツジさんが睨みつける。地下資源、鉱石、貴重財産に目がないツツジさんに対してその発言はあかんて。まあ流石に冗談だろうが……そうするとここを掘り抜いたのが比較的最近ってのも頷ける。

 

 昔の技術でどうやってこの場所を封印したのかはわからないが、掘削技術の進展がようやくこの部屋に届いたってところだろう。そうなると……この部屋もほとんど当時の原型をとどめているって話もあながち嘘じゃ無さそうだ。

 

 

 

「——で?ここにいると思っていたもう一人“石バカ”がいないわけだが……どこいった?」

 

 

 

 そう。トウキさんの言う通り、ここに来たのは観光が目当てではない。地下に潜ったと言われていた“ダイゴ”という男が、この壁画を眺めることにご執心だったようで、おそらくここにいるだろうと当たりをつけてきたのだ。

 

 しかし、用があるその人物はここにはおらず、その行き先を知る人間も、ここにはいない。

 

 

 

「ここにいないとなると……さらに下層に向かったということでしょうか?」

 

「あり得るな……少なくともあいつが洞窟で遭難ってことはなさそうだから、多分気分が乗ってさらに下にいった可能性はある」

 

「あの……その人ここで何してたんですか?」

 

 

 

 そもそもの話。いくら彫刻やこの空間に魅了されたからといって、いつまでもこんなところにいるはずがないと思うのが普通ではないだろうか?その人が長時間ここにいたのなら、もしかしたら洞窟を出ているという選択肢も考慮して然るべきじゃなかろうか?

 

 トウキさんはともかく、ツツジさんもその可能性を全く考えていない感じなのが不自然だった。

 

 

 

「ああ。石見てるだけだろ」

 

「——正確には“聞いていた”……“感じていた”の方が正しいですわね」

 

「……?」

 

 

 

 まともな解説が返ってこなくて混乱する。もしかしてこれから会う人……相当変な人なんじゃ?

 

 

 

「まあ何せ洞窟にこもって()3()()だからな。そろそろ出てきてもおかしくないんだが——」

 

「ハイ変な人確定‼︎その人普通に遭難してませんか⁉︎」

 

 

 

 丸3日?……こんな草一本生えてない岩肌に囲まれて丸3日⁉︎普通に頭おかしくなるって。というか食料とか野生ポケモンの襲撃とか——この辺ですらポケモンの群れに襲われるような危険度なのに丸3日ここにいるってどゆこと⁉︎死んでんじゃないのか⁉︎

 

 

 

「大丈夫ですわ。彼に限って()()()()()()()()——なんてことはあり得ませんから」

 

「ええ……?」

 

 

 

 自信満々に言うツツジさんに、本日何本目かの「?」が浮かぶ。その絶対的な信頼はどこから?俺の心配を他所に、二人はここに用はなしと判断して、さらに下層に向かう。

 

 俺には何が何やらわからないが、ここでひとり待つわけにもいかないので、結局は二人に着いていくしかないのであった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 第五層——下層領域。

 

 洞窟系ダンジョンに指定されているこの場所は、下に行くほどポケモンの種類が多く、強さの質も上がっていく。その分群れの数も増加したりするため、修練や発掘作業以外ではまず訪れることがない領域。

 

 そして全階層の下半分が“下層領域”と定められ、これより先はプロのトレーナーでも踏破が難しい場所になる。こんなところに単身で……丸3日いるとなると、やはり心配の方が先に来る。

 

 

 

「こっからは気ぃ引き締めろよ。何かあっても、絶対助けてやれる保証はねぇからな」

 

「は、はい……」

 

 

 

 あの無鉄砲に走り回っていたトウキさんが、下層領域に来た途端に行動が慎重になった。やはりジムリーダーでも、この場所の危険度は変わらないんだ。だとすると何故連れてこられたのか疑問だが……ついていく決めた以上、文句を言うのも筋違いか。

 

 

 

——ズン……ズン……ズン……ズン……

 

 

 

 重厚な足音と共に、俺たちの横を巨大なポケモンが横切っていく……。

 

 おそらくあれは“コドラ”——岩と鋼の複合タイプを持ち、最大の特徴はその防御種族値。あまりの硬さにタックル系の反動すら無傷にしてしまうほどの防御力は圧巻であり、その巨体から繰り出される物理技はことごとく強力なものばかりだ。

 

 そんなやつが——3、4匹⁉︎

 

 

 

「まぁ群れの数にしては普通だな……とりあえずやり過ごすか」

 

「だ……大丈夫なんですかここ……?ホントにダイゴさんいるんですか?」

 

「あいつは特別だからな……こういうのに煩わされるほど、柔じゃないんだよ」

 

 

 

 こ、これに煩わされない?それほど強いってことか?コドラ4匹を相手に顔色ひとつ変えず無双するまだ見ぬ男に大して、段々心配よりも怖さの方が込み上げてきた。

 

 

 

「まあ彼の場合は強さというわけでもありませんが——そろそろ行くようですわね」

 

 

 

 コドラ4匹はどうやらこの場所に溜まった“地下水”を求めて来ていたようだ。飲み水の場所としてここを使っているだけのようだから、変に刺激しなければ、一定時間で去ってくれる。

 

 ツツジさんも洞窟には慣れているようだし、トウキさんはここの常連。俺が心配することは、自分が足を引っ張らないようにするだけでいいことを考えると、多少は気が楽だ。

 

 

 

「……行ったな。それじゃ進むぞ」

 

 

 

 俺たちもコドラたちが抜けて行った方とは別の道を歩く。索敵についてはツツジさんの“ダイノーズ”がボール越しに知らせてくれるので、今みたいな鉢合わせにも対応できている。

 

 怖いのはさっきみたいにズバット系が不意に襲ってくることくらいだが、それすら網羅しているツツジさんのおかげで、あまり気にしなくていい。索敵面に関しては、万全とすら言えた。

 

 

 

「でも……ダイゴさんはなぜ奥に向かわれたのでしょうか?」

 

「あの変人の思考回路を俺に聞くか?お前の方がわかるだろ」

 

「それどう言う意味ですの?」

 

「まんまだまんま。変人同士の方がわかることも多いだろ?」

 

「どこまでも癪に触る——ですが、まあ“石好き”としては、確かにわからなくもないですわ……」

 

 

 

 流石にこんなところでギャイギャイやり始めないところはジムリーダー。しかしダイゴさんは俺から見ても変人だ。そんな人が奥に向かった理由に心当たりがあるのか?

 

 

 

「……最近。密猟関係の事件が多いのはご存知ですか?」

 

「密猟……?」

 

 

 

 なんか物騒なワードが出てきた。ツツジさんの問いかけに、トウキさんが答える。

 

 

 

「あー。まぁうちでも海上で携帯獣法に違反しまくってるバカどもを捕まえることは多くなったよな。あれとなんか関係があんのか?」

 

「ここ最近は地下資源にも手を出しているようです。情報では、『浅瀬の洞穴』で大量のエネルギー石が奪われていた痕跡があったとか……洞窟内のポケモンも荒らされていて、ひどい有様だったようですわ」

 

「なるほどな……あの辺は“ダイゴの家”もあるし、耳が早いわけだ——こっちも心配になってきたって口か?」

 

「それはわかりませんが……なにぶんこういう事には聡いダイゴさんです。何か感じ取ってこの辺を彷徨いている可能性は充分にあるかと……」

 

 

 

 話から察するに、ダイゴさんは対犯罪の心得もあるようだ。好きなものを荒らされる……そんな耐えがたい事態に行動を起こしているのだとしたら、俺が思うよりずっと情熱家なのかもしれない。変人なのは拭えないけど。

 

 

 

「でもこの辺のポケモンの強さからして、そんな悪党がこっそり悪さできるもんなんですか?その浅瀬の洞穴ってところはわかりませんけど……無茶苦茶してたらその辺の野生にやられるんじゃ……」

 

「確かに大掛かりな重機の持ち込みは無理でしょうし、ポケモンに掘らせても音が鳴る……だから浅瀬の洞穴では野生の方を何らかの方法で追い出してから悠々と事に及んだのでしょう」

 

「ひどいな……」

 

 

 

 発掘調査や掘り起こしの場合、大抵は入念な下準備と野生保護の観点を意識して行われる。

 

 ホウエン地方には豊かな自然を残そうとする住民の志が根深いため、発展をさせるにしても、その活動が自然を必要以上に壊さないように注意を払われる事も多いのだ。現にカナシダトンネルの開通や復旧にも必要以上に時間をかけているが、生息するポケモンたちにできるだけストレスを与えないように立ち回っているが故のカメ進行らしい。

 

 ちなみにこの辺の知識は、フィールドワークお得意のオダマキ博士仕込みである。色んな事情があるだなぁと、未熟ながら納得したもんだ。

 

 

 

「みんなで自然と共存するために何ができんのか……その努力を踏み躙る奴らには、世間の厳しさを教えてやらなきゃな」

 

「わたくしたちジムリーダーの仕事でもあります。もしこの先でそのような輩がいるのでしたら……ただではおきませんわ」

 

 

 

 声は落ち着いているが、心の中で燃え上がる正義感が熱量となって俺にも見える。先日見たツツジさんのデタラメ技……もしトウキさんもあのレベルの技を使えるとしたらと思うと——つくづく的に回すべきではないと心に留める俺だった。

 

 

 

「さて……この辺にいないとなると、また下に行かなければいけませんね」

 

「くそーあのおぼっちゃま!どこまで行ったんだ——」

 

 

 

 その時だった——。

 

 

 

——ゴゴ……。

 

 

 

 地面が……いや、洞窟全体が微かに蠢いた。その挙動がだんだんと大きくなり、轟音と大きな揺れで俺たちはその場に屈む事になった。

 

 

 

「——地震⁉︎」

 

「皆さん!姿勢を低くして!下手に動かないでくださいまし‼︎」

 

「マジ⁉︎生き埋めはごめん——」

 

 

 

 洞窟探索中の地震とか……考えうる中で一番怖い展開に身がすくんでいると、俺は急に浮遊感に襲われた。

 

 暗い洞窟の景色が遠のいていく……?

 

 それが()()()()()()のだと気付く頃には、既に手遅れだった。

 

 

 

「ユウキさん‼︎」

 

 

「うわぁぁぁああああああ!!!」

 

 

 

 

 

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崩落は突然に——!

私は閉所恐怖症なので洞窟とかマジ無理リスカ案件。
シンダンジャナイノー?

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第50話 変人


新作はメガ進化やダイマとは違った新しい感じになるんすね。
ちなみに本編は俗に言う第六世代で止まってますのであしからず。




 

 

 

「——痛ったぁぁぁ‼︎」

 

「アッハッハッハッハッ!大袈裟だなぁユウキは♪」

 

 

 

 ジョウト地方にいた頃、俺ん家の近所に二つ上のお兄さんがいた。俺が学校にも行かずに引きこもっている時、俺を誘う奇特な人間はこのお兄さんだけだった。

 

 名前は確か“ソウタ”——ゲーム好き……いや、“ゲームオタク”の変人だ。

 

 

 

「いや痛いって!なんだよ今の火力⁉︎」

 

 

 

 俺たちが今やっていたのは人気の小説をモチーフにしたカードゲーム。ソウタはこのゲームの根っからのファンで、たくさんカードを持っていたから、そのうち俺の家に上がって遊ぶようになっていた。

 

 俺は買うほどハマることはなかったが、ソウタがいつも嬉しそうにやって来るもんだから断りづらく、母さんも数少ない友人(ほぼ唯一と言っていい)ということで、結局やる羽目になるのである。

 

 ソウタのコミュ力考えたら、俺のところに来なくても同年代の相手はいくらでも居そうなもんだけど……そんなゲームで、体力がたくさんあり、一撃で沈められる事はないと思っていた俺側のポケモンを、あり得ないコンボで倒されてしまった。痛いと言ったのは、そのリアクションである。

 

 

 

「ムフー♪ 俺が昨日考えたブッパ戦法すげぇだろ〜?」

 

「ふざけんな。今のはただの初見殺しだろ?それがわかってたらこんなに時間かけずに攻撃するタイミング早くすればいいだけだ」

 

「そう来ると思ってこいつが入ってたんだよ。これで時間稼ぎできるだろ?」

 

「え、いやそいつ無視して殴れば……」

 

「無視できる〜?」

 

「うぅ〜ん」

 

 

 

 頭の悪い脳筋コンボに反論を唱えたが、採用理由のわからないカードの説明を受けてぐうの音も出なくなる。このように、彼のこのゲームへの熱意は尋常ではなく、知っている知識は素人目に見ても膨大で、フレンドショップの休日大会でも優勝しまくっているらしい。ホントなんでうちに来るんだろ。

 

 

 

「はぁ〜〜〜。そうやってすーぐマウントとるよなソウタ(にい)は」

 

「別にマウントとってねぇよ?お前の反応がいつもおもろいからなぁ〜♪ 」

 

「はいはい……」

 

「悪かったって!そんじゃ、今度はお前ん家のゲームしようぜ?あのボードゲームだったらお前の方が知ってんだろ?」

 

「う……それでいつも負けるから自信無くなるんだよ……」

 

 

 

 さっきのカードゲームよりも、互いに条件が同じスタートを切る戦略ゲームはもっと実力差が出る。俺が勝てるのはたまたま運が傾いて勝てる時だけ。ソウタの地頭の良さが全面に出るゲームは完敗に近いのだ。

 

 

 

「なぁ……なんで頭いいのに、俺と遊ぶんだ?」

 

 

 

 それはシンプルな疑問だ。

 

 類は友を呼ぶ——逆に言えば、友達にするなら同じ類の人間と連むのが言いってということ。俺は平凡な奴だし、面白い冗談ひとつ言えない。強いて言うならリアクションはできるけど、それだって多分人並みだ。そんな俺と時間を過ごすメリットってなんだろうと……思っていた。

 

 

 

「ん?変なこと聞くなよ。お前と遊びたいからだよ」

 

「い、いや、だからその理由の方が——」

 

 

 

 俺はさして賢くない。世間から浮いている。目的意識もなく、ただ無くなったものにいつまでも拘って……これ以上悪くならないように多くのことをしなくなった。そんな卑屈な思考停止人間と一緒にいて楽しいわけがない。

 

 でも、彼はあっけらかんと言うのだった。

 

 

 

「お前と居たい——そんだけしかわかんねぇよ。俺だってバカなんだから」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——痛い。

 

 身体の節々がひりつくような痛みで目が覚めた。視界はうっすらぼやけているが、暗いことだけは確か……たまに耳に飛び込んでくる水が滴る音が心地よく、このままもう少し寝ててもいいかなとさえ思えた。

 

 

 

「——あ。目が覚めたかい?」

 

 

 

 誰かいた……。

 

 その事に驚いて、一気に覚醒する。そうだ……洞窟の中で地震に遭って——生きてんのか俺?

 

 

 

「よかった。飛び起きるほどには元気そうだね」

 

「え、えぇと……どちら様で?」

 

 

 

 薄ぼんやりと声の主が見える。明かりが無いから表情が読めない。声色からして敵意はなさそうだけど……ツツジさんでもトウキさんでもないなら——そこまで考えて、それが探し人だと気付く。彼が明かりをつけて、その顔を照らしてくれたからだ。

 

 整った顔立ちに、白銀の髪がよく似合う。長身のその男を見て、俺は自分の馬鹿さ加減に気付いた。

 

 なぜツワブキ社長と話している時気づかなかった?なぜ“ダイゴ”と聞いてその人の顔が出てこなかった?

 

 このホウエンで……ましてやトレーナーをしていてその名を知らないなんて、世間知らずにも程がある。その顔には、はっきりと見覚えがあった。かつてホウエンリーグ黎明期に活躍を見せ、“最強”とまで呼ばれた“リーグチャンピオン”——

 

 

 

「——僕は“ダイゴ”。“ツワブキ・ダイゴ”だよ」

 

「は、はじめまして‼︎おれ——ぼ、ぼく?わたし⁇——ミシロタウンのユウキといいます‼︎」

 

 

 

 ホウエン地方の英雄を前に、カチコチに固まってしまった俺に対し、ダイゴさんは優しく話しかけてくれた。

 

 

 

「そう畏まらないで。いつも通り話してくれると助かるよ……あと、洞窟内はお静かに♪」

 

 

 

 うわー本物だぁー。

 

 ジョウト地方での一般教養ですら習うような伝説に近い人物。数々のバトルをこなし、資源関係の画期的な発展に貢献や、反政府組織の解体、未開拓地への進出などなど……やったことを数えていたらキリがない。

 

 しかもそれらのうち10代の頃からすでに達成された偉業もあり、ホウエンリーグ新体制後、チャンピオンの座を降りてもなおホウエン地方の基盤に貢献する人物。そんな偉人が目の前にいていつも通りにしろってそれなんて無理ゲーですか?

 

 まぁそれはさておき……問題はこの人を追ってきたのが俺だけではないと言うこと。さっきの落盤でツツジさんとトウキさんが巻き込まれているなら、その無事を確認しなきゃいけない。

 

 

 

「……あ、あの……多分助けてくれたんですよね……ありがとうございます」

 

「うん?降ってきたからね。君を連れてきたのは僕じゃなくて“その子”だよ」

 

「その子?」

 

 

 

 足元を指差すダイゴさんにつられて視線を落とすと、そこには鈍く光る何かがいた。

 

 鉱物の触感なのに……こいつは()()()()()ということが伝わってくる。俺はそのポケモンの上に寝かされていたと、今さら気づいた。

 

 

 

「な、なんだ⁉︎」

 

「“メタグロス”だよ。ネームは“テツ”。僕の相棒だ」

 

 

 

 “メタグロス”——確か希少なポケモンで身体能力が途轍もなく高いポケモンじゃなかったか?その育成難易度も最高峰。下手するとドラゴンタイプのポケモンよりも難しいって噂の——

 

 

 

「——ってそれはよくて。俺、ここに落ちてくる前に二人のジムリーダーといたんです。ツツジさんとトウキさん……知りませんか?」

 

「あぁー!ツーちゃんとトウキね!うんうん。知ってるよ!」

 

「つ、ツーちゃん……?」

 

 

 

 なんかどっかで聞いた響きだが、知っているなら話が早い。

 

 

 

「でもここにはいないよ。多分おっこちてきたのは君だけだ」

 

「え……なんでそんなこと……」

 

「“石が教えてくれたからね”——『僕の友達が来てるよー』って」

 

「石が……?」

 

 

 

 目視しているわけではないらしいが、どうやらこの洞窟内にいる人間の位置を探る方法を持っているらしい。そういえば、“聞こえる”とか“感じる”とか——ツツジさんが言ってたけど、何か関係があるのか?

 

 

 

「うん。彼らは色んなことを教えてくれるよ……『今日は湿気てて気持ちいい』とか『最近ナワバリ争いで誰々が勝った』とか——『人間が来てたくさん友達を連れていかれた』とかね」

 

「へ、へぇ〜……」

 

 

 

 何を言ってるのかまるでわからなかった。うーん。やはり天才となんちゃらは紙一重というか……ふざけてるのかと思ったけど、最後に聞き取れた言葉からはなんというか“怒り”っぽいのが感じ取れたので——多分本気なんじゃないか?

 

 でもその話からするに、やはり“上”で聞いた密猟の件はここでも行われているらしいな。

 

 

 

「あの……その密猟の件も重要なのは理解してます」

 

「ん?」

 

「でも……僕らもダイゴさんに用があって来たんです。まずはツツジさんと会って貰えませんか?」

 

 

 

 それを聞いて少し間をおくダイゴさん。口元に軽く握られた拳を当てて何やら独り言が始まった。

 

 

 

「——やはり流れは呼応しているのか……それとも何かの前兆?——そこに至るまでに——僕が取れる選択は——ふむ」

 

「あ、あの?」

 

「ん?ああ。ツーちゃんとね。大丈夫だよ。僕もツーちゃんには用があるからね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 

 なんか思ってた人柄と違うな。只者じゃない感はあるんだけど、変人具合が今まで会ってきた人の中でも群を抜いてやばい。

 

 なんかたまにクラスメイトにいる不思議ちゃん的な?……俺が学校ほとんど行ってないことは突っ込んではいけない。

 

 

 

「それでその、ツツジさんたちはどこに?」

 

「まだ上の方だね。この洞窟の形状はよく知ってる筈だけど、さっきの地震やポケモンが新しく開けた穴とかで洞窟のフォルムも変わるから……僕らからも近づいてあげよう」

 

「え、でも無闇に動いて会える保証なんて——」

 

「さっきも言っただろう。僕は“彼らの声”が聞こえる——行き先は友達が教えてくれるから♪」

 

 

 

 自信満々に答えられ、俺は引き攣った笑いしかできない。うーん。大丈夫かな?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ツツジさんたちとの合流は恐ろしく簡単だった。

 

 

 

「ユウキさん……それにダイちゃ——ダイゴさん⁉︎」

 

「わぁ!ツーちゃん久しぶりぃ♪トウキもここまで来てくれてありがとう」

 

「おう。お前も無事か〜」

 

「はい。二人も無事でよかった」

 

「ちょっとダイゴさん!その呼び方はやめてくださるかしら⁉︎」

 

「えー。ツーちゃんはツーちゃんでしょ?今更恥ずかしがることないじゃない」

 

「幼馴染とはいえ互いに立場があります!ちゃんと場所と場合をわきまえてくださいまし!」

 

「じゃあ二人で話すときはいいんだね?よかったぁ〜♪」

 

「〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 おーすげぇ。ツツジさんがまた見たことない顔になってる。あのツツジさんが全く余裕かませないほどにダイゴさんのペースに……恐るべきマイペース。てゆーかもしかして付き合ってんのかなってくらい距離近いな。幼馴染ってそういうものなのか?

 

 

 

「イチャイチャすんな。他所でやれ」

 

「いちゃ——⁉︎」

 

 

 

 臨界点に達したツツジさんが耳まで真っ赤になる。

 

 

 

「アハハ♪ トウキも混ぜてほしいならそう言ってよ♫」

 

「だぁ〜〜〜気色悪い!野郎に寄られて喜ぶわけねぇだろ‼︎」

 

 

 

 あ、違う。この人誰でもこんな感じなんだ。やはり変人……いや凄い人なんだろうけど。

 

 

 

「はぁ……で、そいつと一緒に来たってことは、お前が助けてくれたのか?」

 

「僕は拾っただけだよ。()()()()メタグロスの真上に落っこちてきたから、“サイコキネシス”で受け止めてあげはしたけどね」

 

「たまたま……ねぇ」

 

 

 

 それもよく考えたらダイゴさんの不思議能力が関係してるのか、トウキさんは横目でダイゴさんを見る。わざとらしいというか、食わせ者感がする。こういう人のことを、掴みどころがない……っていうんだろうな。

 

 

 

「——って。そういえばユウキくんから聞いたよ。ツーちゃん、何か僕に話があるんだって?」

 

「だからその名前——もういいですわ。あなたのお父上から“手紙”を預かっておりますの」

 

「親父の……?」

 

 

 

 親父——そのワードを耳にした時、一瞬怪訝そうな顔に見えたのは気のせいだろうか……?でもすぐに力の抜けた顔つきになり、手紙を受け取り内容に目を通した。

 

 

 

「——。———。———……なるほど」

 

 

 

 一通り読み終えたダイゴさんはその手紙をデータストレージに入れた。結局何が書いてあったんだろう……まあ知ったところで、俺にできることなんかないだろうけど。

 

 

 

「とりあえず手紙は受け取ったよ。ちなみにデボンの荷物を預かるように言われているね。今あるかい?」

 

「それならムロにありますわ。また盗まれる可能性がありますので、ムロのジム生に見張りをしてもらっています」

 

「わかった。それじゃあそろそろ外に出ようか」

 

 

 

 手紙の内容はわからないが、デボンの荷物に関しても引き受けてもらえるようで、それが渡せたら今回の依頼は無事クリアって事になる。なんだか呆気なかったな。

 

 ……いや、崩落に巻き込まれたのは結構やばかったか。

 

 

 

「んじゃ早く出ようぜ?いい加減岩肌見るのも飽き——」

 

 

 

 瞬間——。

 

 突然の衝撃に襲われた。それはダイゴさんが俺を突き飛ばした事が原因で、それに成すすべなく突っ伏す。

 

 何事かとその方向を見れば、“何か”が先程まで俺の頭があった場所を通過した。

 

 

 

——ッドガァァァァァン!!!

 

 

 

 突然の破壊音。通り過ぎたそれが岩壁に叩きつけられる音だ。もしダイゴさんが突き飛ばさなければ……そう思うだけで血の気が引く程の衝撃音。闇の中からのっそり出てきたそいつが、おそらく事に及んだ犯人だ。

 

 

 

——グギャアアア‼︎

 

 

 

 “ボスゴドラ”——それがそいつの名前だ。

 

 

 

 

 

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現れたのは狂気の鋼獣——!

投稿主はカードゲーム歴長いです——が、ポケカは全然やったことありませんw他のカードゲームも、もちろんガチでやってたわけでもないのであくまで好きの範疇。でも考え方の基盤というか、戦略立てたり相手の立場になって考えたり、客観的に自分を見たりする力は意外とこの辺から培われた気がする。

賢いとまでは思ってませんが、考えなしの馬鹿とまで自分を嫌いにならずに済んでいる……それは本気で遊んだゲームたちのお陰かもしれませんね。人生、学ぶことが最大の娯楽かも(おじさんひとり語り)。

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第51話 鎧獣


……評価のゲージがなんか赤くなってる?赤いからなんか悪いことしたみたいなってない?大丈夫これ?え?え?

——ってなってました。お気に入登録と高評価にご感想!ありがとうございます!!!




 

 

 

「“ボスゴドラ”……!」

 

 

 

 鈍い鼠色の身体を、白銀の鎧が包みこんだ重厚な姿。その身体には無数の大小さまざまな古傷とずず黒くなっていた汚れがつき、どれほどの戦いを過去にしてきたかを物語っている。

 

 2本あるツノの片方が折れているが、その隻角が返って過酷な戦いを生き残った風格を増長させる……。

 

 太い脚で支えられた身体は悠然と立ち、俺たち人間を見下ろす。

 

 その双眸はしっかりと俺たちを射抜き、殺意を隠すことなく咆哮する。

 

 

 

——グギャアアアア!!!

 

 

 

「おいおい……こいつは首領個体じゃねえか!なんで“ヌシ”が七層(こんなとこ)にいんだよ⁉︎」

 

「なんでも何も……いるものは仕方ありませんわ。それより——」

 

 

 

 しゅ……首領個体⁉︎

 

 確か、年季の入ったダンジョンの奥地にだけ生息してるっていう馬鹿強いポケモンじゃなかったっけ……いや、そいえばさっき——

 

 

 

——『最近ナワバリ争いで誰々が勝った』とか……

 

 

 

 あの不思議発言のフラグ回収してんじゃないのこれ⁉︎ダイゴさんのアレやっぱマジだったんじゃ——

 

 

 

——ガァッ(アイアンヘッド)!!!

 

 

 

 ボスゴドラはその巨体で突進。頭部のツノを振り上げ、俺たちに向かってヘッドバッドをかます。挙動ですでに動き出していた俺たちは、回避行動をとる——が。

 

 

 

——バガァァァァァ‼︎

 

 

 

「いぃ——⁉︎」

 

 

 

 予備動作の()()、その頭が地面に突き立てられていた。はっきり言って……見えなかった。

 

 

 

 (あの巨体でなんて瞬発力だよ……‼︎)

 

 

 

 “首領個体”ってだけあり、俺の知っている常識が吹っ飛ぶほどの強さを初手で見せてきた。これは……格が違う!

 

 

 

「随分気が立ってるな……なんかあったのか?」

 

「多分最近あったナワバリ争いで勝った個体じゃないかな。やったのは2日前らしいから、敗走したポケモンはもうここにはいないだろうし……」

 

「でもそれではこの階層にいる理由にはなりませんわ。本来なら最下層……10層にいるのが妥当です」

 

「というかダイゴ!こういうタイプはお前の“お友達”だろ!なんとか止めれねぇのか⁉︎」

 

「これほど怒っている彼を止められるだけの信頼はないかな〜?大人しくさせてあげるしかないね」

 

「……ではやる事は決まりましたわね」

 

 

 

 対応手段がきまったのか、三者が“一本角”のボスゴドラを前に立つ。手に握られたのは各自のモンスターボールだ。

 

 

 

「こ、こいつと戦うんですか⁉︎」

 

「坊主は足手まといだ!大人しくしてろ!」

 

「ユウキさん……しばらくじっとしててくださいまし」

 

「ごめんね。ちょっとだけ下がっててね」

 

 

 

 いや……役に立つとは思ってないけど、こうもはっきり役立たずだと言われると凹む——じゃなくて。

 

 相手は首領個体……“強個体”や“変異個体”よりもステージが違う次元の違う存在……。

 

 オダマキ博士も遭遇したことはあると言っていたが、その経験からして——『人間が戦うような相手じゃない。遭ったら何を置いてもまず逃げろ』との事だった。

 

 それに……ジムリーダーにチャンピオンというホウエンオールスターズみたいなメンバーではあっても、戦うべきなのか?さっきの“アイアンヘッド”……あんなデタラメな速度とパワーを前にどう相手する気なんだ……?

 

 

 

「——“ダイノーズ(ビビちゃん)”!」

 

「——“メタグロス(テツ)!」

 

「——“ハリテヤマ(ハルマ)!」

 

 

 

 三人の猛者たちがそれぞれの相棒を展開する。

 

 こうしてみるとこっちもこっちでやばいな。ボスゴドラもその強さを感じ取っているのか、低く唸って()()()()()

 

 

 

(さっきまでは威嚇のために見下ろす姿で威圧してきていたけど……顎を引いたってことは気を引き締めたのか……?知性もあるとみていいなこれ……!)

 

 

 

 真偽はわからないが、その所作一つとっても目の前には怪物がいることを再認識する。人数では有利だが果たして……——

 

 

 

——ガァァァァァ(アイアンテール)!!!

 

 

 

 先に仕掛けたのはボスゴドラ。発光する尾を腰を捻って横薙ぎに振り抜く。

 

 さっきの“アイアンヘッド”よりは遅いが、それは相対評価。普通に俺の反応スピードじゃ対応できるもんじゃない。

 

 

 

「受け止めろハルマァァァァ!!!」

 

 

 

 三者のうちから一歩前にでた“ハリテヤマ”。ふくよかながら凛々しさも併せ持つ重量級ポケモンの彼は、あの“アイアンテール”を身体で受け止めた——いや岩とか破壊するレベルのアレを止めるのかよ‼︎

 

 しかし無茶な防御策はそのままボスゴドラを捕まえることに成功し、ハリテヤマは尻尾を掴んで離さない。

 

 

 

「——ビビちゃん!磁遊帯装(じゆうたいそう)——“マグネットボム【爆柘榴(はぜざくろ)】”‼︎」

 

 

 

 種族特性を活かしたチビノーズ三機が飛行展開。技の発声を受けたダイノーズが本体と子機でそれぞれが銀の弾丸を発射する。発射した弾丸は着弾前に炸裂し、より細かい散弾となってボスゴドラを襲う。

 

 これは——“マグネットボム”の派生技‼︎

 

 

 

 ——チュイン!チュイン!

 

 

 

 甲高い音が一度に複数聞こえる。その手応えからしてまるでダメージはなし。しかしこれは注意を一瞬ダイノーズへ引く為の——

 

 

 

「——“コメットパンチ”‼︎」

 

 

 

 ダイノーズとは反対側から距離を詰めたメタグロス。あの図体でエスパータイプ特有の念動力の応用で飛行するから見た目以上に速い。その逞しい鋼鉄の腕を煌めかせ、パンチ一閃!

 

 

 

——ゴシャアッ!!!

 

 

 

 今度は頑強なボスゴドラにもダメージが入った。鈍い鋼鉄同士がぶつかる音と共にボスゴドラの顔は微かに苦悶の表情になる。しかしあれを受けても膝をつかない。なんて耐久力してんだ!

 

 

 

——キュィィィ……!

 

 

 

 空気を揺らす高音が辺りに響く。なんだ——そう思ったとき、トウキさんが動く。

 

 

 

「——躱せ‼︎」

 

 

 

 尾を掴んでいたハリテヤマが咄嗟に飛び退く。その場所に間髪いれずに——

 

 

 

——シャアアアアアアアアアアア(破壊光線)!!!

 

 

 

 とんでもないエネルギーが熱射線となってハリテヤマがいた地面を抉り、背後の壁まで達する。さっきの予備動作の音だけで攻撃を判別して躱したことで難を逃れたかに見えたが——これがボスゴドラの狙い。

 

 “破壊光線”を撃った反動を()()()()()に、後方に飛ぶ加速に使った。これでこの技特有の反動で硬直し、その場に留まってしまう弱点をカバー。同時に挟まれていた状態からも脱する。

 

 あの包囲網を一瞬で抜け出すのか……!

 

 

 

「——“大地の力‼︎」

 

 

 

 ボスゴドラが飛び退きから着地した瞬間、ダイノーズの繰り出した衝撃波が地面から噴出。軸足にモロに決まり、4倍弱点である地面タイプ攻撃に流石のボスゴドラも転ぶ。

 

 あのタイミング——先に後方に逃げることを見越して技を仕掛けていなければ成立しない。技の発声から発現までが速すぎるからだ。

 

 エネルギーを後方の地面に先に送り込んでおく事で、発声と同時に起爆する地雷を仕掛けていたってことだろう。

 

 

 

「——悪いね。“サイコキネシス”‼︎」

 

 

 

 その隙をメタグロスが突く。エスパーの念動力でボスゴドラを押さえつけた。効果は今ひとつだが、暴れ回るボスゴドラの動きを止める効果はあった。いや……あの巨体を止めるだけでも物凄いエネルギー。ここで動きを止めたってことは——

 

 

 

「ナイスキャッチ!——いくぜハルマ!“インファイト”‼︎」

 

 

 

 すでに助走をつけて走っていたハリテヤマ。巨体ゆえののろさはあるが、力強く一歩一歩踏み込む力が、どんどん肉体にチャージされていく。

 

 そうか……本命はこのハリテヤマ。

 

 ここまでの動きは、“岩・鋼”の複合タイプを持つボスゴドラに、“格闘”タイプの技を食らわせるための立ち回り。

 

 ボスゴドラは自身の危険を察知し、もがくが抜け出せない。ダイノーズの奇襲とメタグロスの拘束。トッププロ三人の連携ならこのまま——

 

 

 

——ホントウニソウカ?

 

 

 

 一瞬脳裏をよぎるある考え。目の前の戦闘が凄すぎて、俺の考えなんか入る余地などないはずなのに——どうしてか一瞬不安がよぎった。

 

 もがいているボスゴドラは確かに動けない。それは凄腕のトレーナー三人に囲まれてしまえば、防戦一方になるのもわかる。むしろ野生のポケモンでここまで戦えていること自体が凄い。

 

 ——それでも……なぜかあのボスゴドラが、()()()()()()()()()()なんて思えなかった。

 

 

 

「まさか——キモリ(わかば)‼︎」

 

 

 

 俺はそれに気付いて咄嗟にわかばを手持ちから出していた。

 

 この戦い。余計なことをするなと言われてはいるが、“その考え”にたどり着いてしまった俺は動いてしまう。

 

 もうハリテヤマは攻撃モーションに入って止められない。

 

 だから——俺たちがやるしかない‼︎

 

 

 

「——!トウキ止まれ‼︎」

 

 

 

 ダイゴさんが異変に気付く。ボスゴドラはただもがいているわけじゃないと気付いたようだが、一歩遅い。ツツジさんも続いて何かに気づき、ダイノーズの“磁遊帯装”でボスゴドラを押さえつけるが——

 

 

 

(ダメだ!それだと意味がない‼︎)

 

 

 

 急いで俺はわかばに指示をする。でもどうする——⁉︎

 

 俺たちとボスゴドラにはかなり距離が空いている。この距離で影響を与えられるのは遠距離攻撃の“タネマシンガン”のみ。それも硬い甲殻を持つボスゴドラに効くわけがない。

 

 

 

 ——でも……()()()なら!

 

 

 

 俺は咄嗟にわかばがボスゴドラに注目している後ろから、姿勢を低くしてわかばにおいかぶさる。わかばも何事かと驚くが「言う通りにしてくれ」という俺の言葉に従った。

 

 わかばにも見えるように指である“一点”を指す。それを見て、わかばも意図がわかったのか真剣な面持ちでその点に狙いを定めた。

 

 

 

「頼む——上手くいってくれ‼︎」

 

 

 

——“タネマシンガン”!!!

 

 

 

 

 

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その洞察、届くか——⁉︎

【野生の“個体”について】
野生のポケモンには在来種が平均的に持っている能力を逸脱しているものを指して“特殊個体”と呼んでいる。

“強個体”……その生息環境では飛び抜けた力を持っているポケモン。群れを従えるポケモンなどが該当し、特別な技や特性を発現することもある。

“変異個体”……外見が本来の個体と異なるポケモン。“色違い”などが該当し、時には本来のタイプではないものも見つかる。生きる環境が異なるとそれに適応しようとして変異することからこの名で呼ばれている。

“首領個体”……野生のエリアのナワバリ争いに勝ち、一帯を支配するほどにまで増長した個体。滅多に人前に現れず、統率するポケモンたちから保護されることからデータは少ない。ただし全て共通の認識として“強く賢い”ことが挙げられる。また、強くなるために編み出したと思われる特別な技を使うことがある。

説明以上です!

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第52話 赫灼する鎧


今日は「水の都」観てきます!
楽しみすぎる……///




 

 

 

 最初に違和感を抱いたのは——あの“鎧”だった……。

 

 大小様々な傷がついていて、それはこれまで闘ってきた過酷な環境を想起させていたが、ある場所だけは不可解な傷のつき方をしていることに気付いた。

 

 身体の胸より少し下——それが身体を一周する様にしてついた深い亀裂。しかもその縁は黒くずず汚れていて、まるで何かで焼いたような跡がついていた。その傷の付き方からして、もし他者からの攻撃によるものなら、それは同一の存在が同じ技で焼き付けた可能性が高い。

 

 でも、あの反応のいいボスゴドラが、そう何度も深手を負う技を食らうだろうか——要するに、何度も同じ手を食うだろうかという疑問が生まれた。

 

 疑問に素直に従うのであれば、あれが誰かにつけられた傷ではないんじゃないかと、俺は最初の推察を否定するに至る。

 

 

 

 もしあれが、()()()()()()()なら——朧げながらにその技の正体が見えて来る。

 

 焼かれた傷は『傷』じゃなくて『穴』なんだとしたら——

 

 それが膨大な熱エネルギーを噴射した跡なんだとしたら——

 

 あの這いつくばった姿勢が——次の攻撃の準備態勢だとしたら——‼︎

 

 

 

「——トウキ待て‼︎」

 

——キュィィィ……‼︎

 

 

 

 ダイゴさんが叫ぶ。しかしトウキさんの既にハリテヤマは止まらないところまで走り込んでしまっていた。ツツジさんもダイノーズ(ビビちゃん)によるボスゴドラの拘束を強めるが——それら全てを無視してハリテヤマにだけ注力しているようだ。

 

 あの音——エネルギーを放出する前に速く‼︎

 

 

 

「——“タネマシンガン”‼︎」

 

「ユウキさん⁉︎」

 

 

 

 俺の狙い済ませた場所へ、わかばの放った種弾が放たれる。

 

 狙うは硬い甲殻ではなく——小さく露出した“目”。

 

 

 

——キュイン!ヂヂッ‼︎バチィ!!!

 

 

 

 数発は目の周りの鎧に弾かれるが、一発の弾丸が目に当たる。片目を潰すような威力ではないが、やはり粘膜までは硬質化していない。その痛みに煩わされ、片目の視力を一瞬奪った。その動揺が、僅かにあの巨躯の重心を歪め——

 

 

 

——ィィィ……ドパァァァァァァァ!!!

 

 

 

 その直後、ボスゴドラの背面が灼熱を放つ。先ほど見た隙間からエネルギーをジェット機のように噴射した。その推進力がボスゴドラの体を前方に押し出し、向かってくるハリテヤマに全体重を乗せたタックルを見舞う。

 

 

 

「ハルマ——‼︎」

 

 

 

 身の毛がよだつようなタックルに、ハリテヤマも硬直する——だが、片目で距離感を掴めず、姿勢制御も十分でなくなった事で、ハリテヤマという的を大きく外れた。

 

 結果として、ボスゴドラはその奥の壁に激突する羽目になる。

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜っぶなぁ‼︎」

 

 

 

 間一髪だった。

 

 あの“タネマシンガン”が目に当てられなければ、ハリテヤマにあのタックルがお見舞いされるところだった。

 

 あの質量……いかにハリテヤマとて無事ではすまなかったはず。後ろの壁が崩れ落ちる様を見て、その予感は確信に変わっていた。

 

 

 

「ユウキさん!攻撃の的になります!下がっててください‼︎」

 

「す、すみません‼︎」

 

 

 

 俺はツツジさんの叱責にハッとさせられた。確かに読みは当たっていたが、突然三人の連携に割って入ったのはやはりまずかった。

 

 もしかしたらあれにも反応できていたかもしれない。今ので三人の連携を乱すようなことになれば、戦犯は俺になってしまう。

 

 

 

(やっぱ考えなしに飛び出るのはまずかったか……⁉︎みんなに任せた方がよかったか——)

 

 

 

 そんな後悔を他所に、ボスゴドラはなおも動き続ける。

 

 

 

——フルルルルルルル……!

 

 

 

「嘘だろ……あんな勢いで壁にぶつかってノーダメージ⁉︎」

 

「特性“石頭”を持つからねボスゴドラは。あれくらいじゃ倒れないよ」

 

「にしても……“破壊光線”を鎧の隙間から撃ってスラスターにしやがるとは、中々面白ぇ〜ことするじゃねぇか‼︎」

 

「油断しない!あなたさっき軽く死にかけてましたのよ⁉︎」

 

「わかってるって!今のは肝が冷えた。借りは……——」

 

 

 

 今度はハリテヤマがボスゴドラに肉薄する。ボスゴドラは今のダッシュの反動なのか、先程より動きにキレがなくなっている——今ならさっきの爆発ダッシュはなさそうだ。

 

 壁に追い詰めている状況で、ボスゴドラと組み合い、そのまま押し込む。

 

 

 

「——10倍返しだ……“インファイト”‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマは自身の武器“張り手”を高速で振い、ボスゴドラに食らわせる。その連撃は手数だけでなく、一発の威力も相当あるようで、みるみるボスゴドラの甲殻をひしゃげさせていく。

 

 

 

——ガァァァァァァ(地震)‼︎

 

 

 

 しかし流石は“首領個体”。致命傷になる4倍弱点の格闘技を受けてなお威勢は衰えない。“インファイト”の猛打から逃れるために、震脚。その衝撃波で足元がぐらつき、ハリテヤマの連打が止まる。すかさず壁際を嫌って位置を入れ替えるボスゴドラ——だったが。

 

 

 

「——わたくしたちの仕事は、“彼”を接近させること」

 

——ガシッ!

 

 

 

 ハリテヤマは“地震”の中で体幹を乱すことなく、回り込もうとするボスゴドラの肩を捕まえた。

 

 

 

「正面からの打ち合いでボスゴドラはとても危険な相手ですが——」

 

 

 

 再びボスゴドラに向き直るハリテヤマは“インファイト”を再度開始。

 

 なんだ……さっきより速くなってる?

 

 

 

「情報も充分に取れました——力勝負になったトウキとハリテヤマ(ハルマ)が負けるなど、あり得ませんから」

 

 

 

 一撃。一撃……。

 

 ギアを上げていく猛攻にボスゴドラの顔も陰る。その全てが“必殺”といえる連撃に、先程まで活力に満ちていた豪傑がみるみる力を無くしていき……——

 

 抵抗が弱くなり、沈むかと思われたその時。

 

 

 

——キシャァア(燕返し)‼︎

 

 

 

 突如息を吹き返したボスゴドラは、爪にエネルギーを込めて切り返す。その威力からするに効果抜群だ。

 

 

 

「——“燕返し”!まだあんな技を⁉︎」

 

「流石はこの洞窟のヌシ。ただでは勝たせてはくれませんわね——ですが」

 

 

 

——フンガァッ‼︎

 

 

 

 頭部にクリーンヒットしたはずの“燕返し”——昏倒してもおかしくない攻撃すら。意に介さず“インファイト”を続ける。

 

 

 

——ドドドドドドドド‼︎

 

 

 

 その圧倒的な攻撃力を前にこの巣窟のヌシは——

 

 

 

——グ……ガッ……。

 

 

 

 今度こそこの猛連打の前に崩れ落ちるボスゴドラ。完全に気を失ったことを確認し、トウキさんはついにハリテヤマにストップをかける。

 

 

 

「——悪りぃなボスゴドラ。この埋め合わせはするからよ」

 

 

 

 襲いかかってきたのはボスゴドラの方なのに、トウキさんは倒れた好敵手に一礼の詫びを入れる。その所作には、いつもの荒々しさを感じない。

 

 とはいえ、これでひとまずの窮地から脱する事に成功した。

 

 

 

「さて……ボスゴドラが目を覚ます前にここを立ち去ろう。今のを聞きつけて他のポケモンたちも気が立っているはずだ」

 

「ええ。ユウキさん。参りましょう」

 

「は、はい……」

 

 

 

 とりあえずは事なきを得た——と言ったところ。普段はこの状況に喜び勇んだり、ホッとしたりするもんだが……なんというか寂しい空気だけが流れていた。

 

 それはこの場所を踏み荒らした者としての申し訳なさから来るものなのか……わからないけど、今のバトルに勝利した3人へ「やったね」などと称賛の言葉を掛けられない空気が漂う。

 

 その猛者たちの心情を知るには、俺はまだまだ経験不足なんだろうなと心に留め……洞窟から退散するみんなへの駆け寄る——

 

 

 

……カ………エ…セ…

 

 

 

「——?」

 

 

 

 何かが聞こえた気がした。

 

 振り返って洞窟を見渡すが、倒れたボスゴドラ以外には誰もいない……。ただ洞窟の奥の闇だけがこちらを見ていて……少し怖かった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……あ!おかえりなさい!!!」

 

 

 

 洞窟でダイゴさんを探しに行ってから随分と時間が経ってしまったようで、早朝に出発したはずなのに今はもう陽が傾き始めていた。帰ってくると、なぜか海辺で地元の人たちと一緒に網を引いているツシマさんとハギ老人を見つけた。ツシマさんいつからあんた漁師に転職したんすか?

 

 

 

「遅くなりました……んでそっちはなんで漁を手伝ってんの?」

 

「何もしないでブラついてるのも悪かったからねー。意外と楽しいよ!……疲れるけど」

 

「ただいま戻りました」

 

「おーツツジちゃん♪ 地震があったみたいじゃが大丈夫じゃっか?」

 

「ええなんとか……荷物の方は大丈夫でしたか?」

 

「それなら心配ご無用。しっかりここの連中が見てくれとるよ。まぁなーんも起きんかったがな♪」

 

「おう。戻ったぞー」

 

「「「お疲れ様ですリーダー!!!」」」

 

 

 

 網を引いていたのは漁師——ではなくトウキさんのとこのジム生だったようだ。先生の帰還に勢いよく挨拶をする姿は、流石体育会系と言ったところか。

 

 

 

「ダイゴさん見つかったんだね!よかったよかった♪」

 

「うん……とりあえずこれで社長からの依頼も一区切りってことかな?」

 

 

 

 荷物はダイゴさんの預かりで、明日にはツツジさんと一緒に“カイナシティ”まで届けられる手筈となっている。まだ大事な輸送は終わってはいないが、強力なトレーナー二人による護送に対して、俺が心配できる余地もなかった。

 

 

 

「…………」

 

「どうしたの?ユウキくん、なんか浮かない顔だけど?」

 

「え?あぁいや……なんでもないです」

 

 

 

 ツシマさんは黙りこくった俺を不思議に思う。任務完了により、肩の荷は降りたのでもっと喜んでもいいはず——なんだけど。

 

 

 

「——じゃあ洞窟にいっとった連中も疲れたじゃろうて。ムロの集会所で宴会の用意ができとるから、日が暮れる前に集まれぃ〜」

 

 

 

 そう言ったハギ老人は、俺たちを労うために飯の席を用意してくれたみたいだ。

 

 砂浜の民家の中で一際大きな平家の周りでは、バーベキューセットを支度している女性たちが見えた。家屋の中でも支度が進んでいるようで、近隣住民が総出で用意してくれているみたい……流石田舎の団結力。

 

 

 

「助かるぜぇ〜!めちゃくちゃ腹減ったからな!」

 

「トウキさん!ちゃんと手を洗ってから食卓に着くんですのよ!」

 

「うるせぇな!お前は俺の母ちゃんか⁉︎」

 

「母ちゃんっていうよりお嫁さんみたいだよね♪」

 

「なっ——誰がこんな粗暴な人間と——」

 

「こんなカタブツ願い下げだ‼︎」

 

 

 

 あんな大立ち回りした後で元気なやりとりを見せられる。やっぱりすごい人たちだな……のんきにそう思った俺も、自分の空腹に気付き、ほんのりと漂う匂いの方へ駆け出した。

 

 とにかく、今日を無事に乗り越えた事を祝おう。

 

 

 

 

 

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暗闇からの帰還……ユウキは何を思う——。

ボスゴドラの解説‼︎

『“隻角”のボスゴドラ』
首領個体・♂・推定レベル70

主要技
・もろはのずつき・はかいこうせん
・アイアンヘッド・アイアンテール
etc…

特殊行動
・『破壊噴射』……“破壊光線”を鎧の隙間から噴射して推進力を得る。移動と攻撃のそれぞれを爆発的に上げるが、姿勢制御には相当の集中力が必要で、見た目以上に繊細な技。使用後は一定時間のクールダウンが必要。

補足
確認された個体は発見者がHLCへと報告され、承認された情報はHLCが管理する環境補完データバンクに記録される。今回のボスゴドラはトウキの名義で登録された。

 首領個体は既に強い反面、育ちきったポケモンは育成には向かず、生態系への影響が大きすぎるため原則捕獲は禁止になってます。

以上補足でした〜♪

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第53話 「あとは君次第」


水の都……あれ見るとやっぱイタリアに一回行きたくなりますね。
アコーディオンの音楽とか聴きながら街をぶらつくのが夢です。
尚、国外に行った事など皆無ですが。




 

 

 

 ムロの集会所——。

 

 屋外ではバーベキューコンロがいくつも稼働して大量の肉だの野菜だのが熱されていく。肉の油で時々火柱を上げるコンロに全くお構いなしで箸を突っ込む若い男たち。一人一人が食う量が半端じゃないから、焼いていった端から減っていくのに対応するため追加でどんどん生肉が投入されていく。

 

 その脇でポケモンフードの入った皿が大量に並べられており、大小様々なポケモンが既に夕飯にありついていた。俺のポケモンたちもそこに参加させて、今日は羽を伸ばさせる。

 

 家屋内は地元でとれた魚が振る舞われ、焼き魚に煮魚、刺身に寿司とよりどりみどり。そこは中年層が独占していて、酒を空けた人間たちの何人かは既に出来上がっていた。

 

 俺たちの歓迎だの帰ってきた労いだのと言っていた気がするが、ただ騒ぎたいだけだったんじゃ……?

 

 

 

「はいはい!ユウキくんも食べて食べて!肉無くなっちゃうよ〜♪」

 

 

 

 そういうツシマさんは俺の紙皿にトングに挟まれた肉をドサッと乗せた。おいちょっと。

 

 

 

「いきなりなに——てかなんで給仕係やってんの⁉︎」

 

「僕はそんなに食が太くないからね〜♪ユウキくんは気にせず食べてくれよ」

 

「いやそれはありがたいですけど……いきなりこんなに食えない——」

 

「なぁーにいってやがんだ⁉︎」

 

 

 

 ゴツン——と俺の頭頂部に拳骨を決めるトウキさん。

 

 

 

「痛ったぁ‼︎何すんですか⁉︎」

 

「漢が出されたモンにいちゃもんつけるもんじゃねーよ!出されたら食う!食って強くなれ‼︎」

 

「現代社会じゃそれハラスメントです!」

 

「なんか文句あるのか?」

 

「いただきます‼︎」

 

 

 

 なんか勢いで無茶苦茶言われた。トウキさんの「文句があるなら拳で語ろう」と言わんばかりの圧力に屈した俺は、目の前の肉に挑む。敗者に文句を言う権利など有りはしない。それに満足したのか、トウキさんも自分の分を頂くことにしたようだ。

 

 結局外では若者の肉争奪戦の中でひたすら肉を頬張ることとなった俺は、脂身に溺れながらも何とか野菜を挟みながら食を進める。まぁなんだかんだ、意外と体の方は飯を欲しがっていたみたいで、食い始めたら止まらなくなる。脂身が少なくて歯応えがあるのに、妙に進むのは味付けがいいから?

 

 

 

「——辛味が効いた味付けは食欲を増進させますのよ。食べ過ぎはご注意くださいまし」

 

「あ。ツツジさん。てっきり屋内で魚を楽しんでいるかと……」

 

「そうしたかったのですが……——」

 

 

 

 ツツジさんが気まずそうな顔をしていると、視線の先の家屋のベランダで、彼女を見つめる中年たちが手招きしている。なるほど……絡まれたか。

 

 

 

「皆さんいい人なんですが……」

 

「まぁ酔っ払いの相手はしんどいですよね……」

 

 

 

 昔、母さんの親戚が家に遊びに来た時に似たような経験をした事がある。粗相をしまくって帰る事もままならず、予定にない一泊をさせるも、翌日にはそんな失態を本人はまるで記憶していない——といった内容だったが。

 

 ホウエンでは18歳からの飲酒が認められているが、俺は例え飲むとしても、ああはなるまいと心に誓っている。

 

 

 

「それより……あなた、これからどうなさるんです?」

 

「え?どうするって……」

 

 

 

 ツツジさんの質問の意図が分からず聞き返す。これから……それは明日以降、どうするのかということだろうか。

 

 

 

「……とりあえず、デボンからの依頼はもうダイゴさんとツツジさんに任せる感じになりそうですし——あ、俺もカイナまで行った方がいいですか?」

 

「それには及びませんわ。ダイちゃ——ダイゴさんとは、明日の定期便でカイナシティまで行く予定です」

 

「そですか……はぁ〜〜〜。これでホントに終わりかぁ〜〜〜!」

 

 

 

 今更実感する。

 

 今回の事件。あまりにも自分には身の丈に合わない内容だったと振り返って思う。巻き込まれて、追って、戦って、探して……普通なら見ることすら叶わないような経験の連続だった。

 

 だから終わってみると、肩の荷が降りたという気持ちと、すごい経験をさせてもらったという一種の高揚感に、変なため息が出る。

 

 

 

「フフ……よく頑張りましたわ。カナズミの代表としても、あなたには感謝してますの」

 

「やめてよツツジさん……石の洞窟じゃあ足引っ張っちゃったし」

 

「あれは思わぬアクシデントでしたわ。ダイゴさんの捜索が難航したことと、地震——そして“首領個体”」

 

 

 

 確かに予定よりもハードな捜索になった。でも、その件に関しては少し引っかかることがある。それはきっと、ツツジさんたちも気づいているだろう。

 

 

 

「ツツジさん……あのボスゴドラってやっぱり変でしたよね……?」

 

「……ええ。普通、あんな()()()()で遭遇するものではありませんわ」

 

 

 

 “首領個体”——その力は絶対的であり、天然のダンジョンを仕切る長だ。その実態を観察することすら敵わないほど、深い場所で普段はおとなしくしているはずのそいつが、今回は“第七層”で見つかった。

 

 石の洞窟は全“十階層”であるため、その最深部でいるはずのボスゴドラが、三階も上の場所で遭遇したことになる。地震の影響で気が立っていたとしても、やはりそれだけで階を上がってくるものなのかは甚だ疑問だ。

 

 

 

「——ダンジョン内は、さらにポケモンの種族ごとに縄張りが存在してます。その征服領域を拡大することなく、ボスゴドラ単体で移動していたことも……やはり異常と言えますわね」

 

「そうか……あのくらい頭もいいポケモンなら、群れを率いて動いていてもおかしくないですもんね」

 

「もし大群を率いて現れていたら……こうして全員が無事に帰れていたかはわからなかったでしょうね」

 

「……!」

 

 

 

 ボスゴドラとの戦いはハイレベル過ぎて、理解が追いついていなかったけど、結局は余裕の勝利で終わっていたと思っていた。でも実のところ、その過程にはいくつも結果を変えてしまう要因が転がっていて、そのどれにつまづいても危なかったんじゃないか——その実は薄氷の上の攻防だったのかもしれない。

 

 

 

「でも……なんであんなとこに?」

 

 

 

 結局その疑問が消えない。今回ボスゴドラを討てたのは偶然だったが、その偶然を生み出したのは何なのか……ツツジさんは何か知ってるんだろうか?

 

 

 

「……今はなんとも。ただ、これが人為的に引き起こされた、あるいは引き起こしたことで自然を刺激したのだとするなら——ただではおかない」

 

 

 

 ツツジさんがいつか見せたあの迫力を出す。それだけで空気がひりつき、俺はビビって声も出なくなる。

 

 

 

「——ツーちゃん?なんか怒ってる?」

 

 

 

 明るい声でダイゴさんが近くに来る——ってダイゴさん?あなたその皿に山盛りに積んだお肉食べられるますの?

 

 

 

「怒ってませんわ!——はぁ。せっかくのご飯です。今は気を張っても仕方ありませんわね」

 

「うんうん♪ ツーちゃんはそうやって笑ってる方が素敵だよ♫」

 

「〜〜〜‼︎」

 

 

 

 ダイゴさんの美貌だから許される羞恥台詞を受け、顔を真っ赤にして立ち去るツツジさん。苦労してんなぁ……。

 

 

 

「——っと。ユウキくん?さっきはなんの話してたの?」

 

 

 

 ツツジさんが居なくなったため、話は俺に振られる。この人言動が読めないから苦手なんだよなぁ……。

 

 

 

「あ、いや……あんな強いボスゴドラを倒せちゃうなんて凄いなぁーって。そんだけです」

 

 

 

 あまり話を盛り下げたくなくて、咄嗟に嘘をつく。

 

 

 

「ハハハ!確かにトウキもツーちゃんも凄かったよね〜♪僕のメタグロスも頑張ってくれたし!」

 

「あれはエグかったですね……ボスゴドラの脇腹にパンチぶち込んだの」

 

「——でも、君も凄かったよね」

 

「……おれ?」

 

 

 

 思わぬ一言。あの局面でやったことと言えば、“タネマシンガン”で目を狙っただけだけど……。

 

 

 

「あの……むしろ邪魔しちゃったみたいで——」

 

「とんでもないよ!きっとあれがなかったら、ハリテヤマは倒されていた……それは確かだよ」

 

「え、でも……」

 

 

 

 あの局面。あのタフさを持つハリテヤマならそれでも耐えられたんじゃないのか?事実、その後の“燕返し”を悠々と耐えたハリテヤマは、猛攻を続けていた。俺の助けなんかなくてもよかったと思うけど。

 

 

 

「ハルマ——ハリテヤマだって生き物さ。当然死角は存在する。要は意識の外からの攻撃にまで耐性がある訳じゃないからね。そこからの攻撃には、どれほど強固な生物でも驚くほど脆い時があるんだ」

 

「それって……」

 

 

 

 あの時の“ぶっ飛びタックル”は意識外からの攻撃ってこと?逆に“燕返し”は来る可能性を考慮していたから耐えられたってことか?

 

 

 

「——僕がトウキと戦うなら、正面からのパワー勝負は極力避けるだろうね。死角を作ってその一撃で決める……そんな作戦を立てると思うよ」

 

 

 

 もし自分がボスゴドラの立場なら、そうしていたと語るダイゴさん。それが本当だとすると、あの時のタックルは、トウキさんにも予想がついていなかったと言うことになる。

 

 

 

「だから『凄かった』——君はあの瞬間、僕よりも早くあの攻撃の正体に気付いて、そのための行動を実践したんだから」

 

「いやいやいや!ヤマカンが当たっただけですよ!それに瞬時って言いますけど、色々迷ってやっと出来たのはあんなショボい攻撃だけですし——って痛ぁ⁉︎」

 

 

 

 後頭部に何かが当たって振り返るが、誰もいなかった。なんだ?——と思って目を凝らしていると、遠くの方で食事を済ませた“キモリ(わかば)”がきのみを齧りながら明後日の方を向いている。

 

 その所作にはどこかわざとらしさが感じられ……もしかして“タネマシンガン”を俺に向けて飛ばしたんじゃないか?

 

 

 

「アハハ♫ 『ショボい』って言われて怒ったんじゃないかい?」

 

「うっ……それは悪かったよ」

 

「でも、そんな小さな攻撃を最大限の効能まで引き伸ばせたのは君の読みと、わかば(かれ)の精密射撃によるものなんじゃないかな?」

 

「……そんなに影響ありました?」

 

 

 

 俺にはそうは思えないが、この人は別の見方をしているようだ。ダイゴさんからはどう見えていたのか気になった。

 

 

 

「僕らだって人間だ。見落としもするし、何より初めての挑戦に成功することの方が少ない。だから初めてみる攻撃にも対処するのって、すごく難しいんだ」

 

 

 

 “初見殺し”という言葉があるように、人間は初めて体験することには対応が遅れる。ある程度似た経験をしていれば、それもカバーできるから一概には言えないけど、それでも今回のボスゴドラの攻撃に関しては、全くの未知だったとダイゴさんはいう。

 

 

 

「だから、君が僕よりも早く攻撃の正体を暴いた事には驚かされたよ……きっと、それが君の“武器”なんだろうね」

 

「俺の……」

 

 

 

 今までそんな風に考えたことはなかった。

 

 ただ考えることは必要なことで、幸いそれを好きだと捉えられるようにはなってきたけど、それが人より出来るだなんて思ったことがなかった。それが“長所”だなんて……。

 

 

 

「君を応援しているツーちゃんはお目が高いよ」

 

「ハハ……本当にそうなら光栄どころじゃないです」

 

「でもそれに光を宿すのは、君の努力以外にはない」

 

「……!」

 

 

 

 それは釘を刺すような一言。

 

 俺という人間に才能があろうと、磨き方ひとつでそれは光りも砕けもする。

 

 

 

「あとは君次第さ。個人的には応援してるよ……頑張ってね」

 

 

 

 そう肩を叩かれて、ダイゴさんは別の席へと移っていった。

 

 

 

「俺の“武器”……」

 

 

 

——貴方は強くなれますもの

 

 

 

 初めてツツジさんと会った時のことを思い出す。それが、俺の中で一際光る武器を、彼女が見つけたから出た言葉なんだと今わかった。

 

 輝く部分は本当に小さいかもしれない。それはすごく繊細で、途中で壊れてしまうかもしれない。そしてそれは、俺だけじゃない。

 

 いつも俺のそばで、最前線を戦う“仲間(あいつら)”だって同じだ。

 

 

 

「……責任重大だな」

 

 

 

 もう俺ひとりの夢じゃなくなってきている。後押しをしてくれた人たちの気持ちも含まれてきた。成り行きで出会ったポケモンたちが、今は俺の夢を叶える為に戦ってくれている。俺自身、それに応えたいって気持ちがどんどん大きくなっていっているのを感じている。

 

 何より——

 

 

 

——楽しかった?私との戦争……

 

 

 

「——!」

 

 

 

 なんで今あの泥棒(ひと)を思い出したんだろう?流石にあんな怪我するような戦いにスリルを感じている訳じゃないけど……。

 

 

 

「……もう俺も、段々ハマってきてるのか」

 

 

 

 朱に交われば赤くなる……そんな言葉を思い出す。俺はもっと熱意とか夢とか……そういうものとは縁遠い人間だと思っていた。今果たしたいと思っている約束も……ただ理由が欲しかっただけだと。

 

 いつの間にか、そんな理由とは別のところで戦っている自分もいる事に気づかなかった。色んなトレーニングと経験と戦闘を積んで……俺以上の熱量でトレーナーをやっている人たちを見てきて、その火に当てられて……。

 

 俺は自身がバトルを楽しむようになっていたんだ。

 

 そんなことに気付いて……俺はこの先どうするのか……?このムロに来てやるべき事はなんだ?そんな事……もう決まりきっている。

 

 

 

「——トウキさん!」

 

 

 

 気づいたら俺は、トウキさんのところに駆け寄っていた。いつからこんなにも熱しやすくなったんだろう。

 

 それでも今は……この熱も悪くないと思えた。

 

 この気持ちに身を委ねるとどうなるのか……確かめたくて、彼に頼み事をする俺だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日——。

 

 早朝のカイナ行きの便に乗る、ツツジさん、ダイゴさん、ツシマさんを見送った。デボンの依頼のことは任せ——

 

 俺は俺の道を進む。

 

 

 

「——俺に稽古つけろって事は、覚悟出来てんだろうな?」

 

「はい!……よろしくお願いします!」

 

 

 

 それが、俺の……いや——

 

 

 

 俺たちが変わる時間の始まりだった。

 

 

 

 

 

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挑むのは、己との闘い——!

さあ……修行しようぜ……。

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第54話 「ナメてんの?」


結局水の都でせっかくシリアルコードもらったのでシールド買いました。え?もうそろSV出るだろって?知るかそんなもん!!!




 

 

 

 ムロジム。ミーティングルーム——。

 

 広い部屋に大きな姿見が壁を覆い、長机の上に資料やパソコンが雑然と置かれた部屋に通された俺は、トウキさんの指示であるものを提出していた。

 

 昨日、今のまま独学でノロノロやっているだけではいけないと感じた俺は、目の前のジムリーダーに教えを乞う事に。俺自身の「やりたい」「成し遂げたい」という気持ちが、俺を突き動かした。

 

 それでトウキさんにダメ元でお願いしたら、割とすんなり許可が降りた。

 

 ジムリーダーに直接指導を申し込んでるわけだから絶対断られると思ったいたので、パッションでなんとかできないかと考えていた俺の予想を大きく裏切った。

 

 まぁそれはさておき……結局そのあとはトウキさんが用意して欲しいものがあるという事で、“今のトレーニングメニュー”を見やすくしたものを作成してきた。今はそれに目を通してもらっている途中……その真剣な眼差しに固唾を飲んで見守る俺。

 

 

 

「——なるほどな」

 

 

 

 そんなに多くはないデータを穴が開くほど見ていたトウキさんが一息ついた。どうやら送ったデータの精査は済んだらしい。

 

 

 

「……お前。トレーナー始めてどんくらいだっけ?」

 

 

 

 質疑が始まった。その質問は嫌というほど答えてきたのですぐに答える。

 

 

 

「ポケモンと生活して半年以上……本気でトレーナーを目指してひと月ぐらいです」

 

「んで……目標がなんだって?」

 

「……今ジムを踏破しつつある、ハルカ——“紅燕娘(レッドスワロー)”のライバルになること——その為にプロになることです」

 

 

 

 今の自分には身の丈に合わなさ過ぎて、馬鹿にされるのがオチだとわかっている。でも、俺はあいつとの約束を反故にする気はない。今こうして、何かに熱中できているのはあいつのお陰だから。

 

 だから……恥ずかしげもなく言うのだ。

 

 

 

「……ま、始めてひと月って考えても、まあまあやってる方だとは思うぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 それは誉めている——というより、その目標は諦めろと諭している節があった。

 

 俺とは目も合わせず、その可能性は限りなく0に近い……ジムリーダーの目から見ても、やはり無謀なのは変わらないようだ。

 

 でもそう言われるのは折り込み済み。ここで食い下がらなきゃ、昨日した決意にすら意味がない。

 

 

 

「そこそこじゃ困るんです!俺、絶対にあいつと並ぶようなトレーナーに——」

 

 

 

 俺は例えぶん殴られても、その気持ちに嘘はつかないと決めていた。誰が諦めと言ったってやめるものかと、そう誓っていた——はずだった。

 

 

 

「お前ナメてんの?この世界」

 

 

 

 その一瞥に……俺は身がすくんだ。

 

 明らかに敵意が込められたその睨みに、今までしてきた覚悟なんかが吹っ飛ぶような気迫に……俺は気圧された。

 

 

 

「——それがどんだけ大それた事かわかってんのか?……言っとくがその辺の素人がジムリーダーに教わった程度で勝てるような甘い世界じゃねぇぞ?」

 

 

 

 それはハルカの実力を直に見ているトウキさんが言うからこそ……それほどまでに強烈だったんだ。

 

 あいつが……本当にトッププロの仲間入りをすると確信出来てしまうほどの才能と、その磨き方を知っている奴なんだって事を。

 

 

 

「——今後間違いなくあいつはホウエンで知らない人間はいなくなる。その強さ故にだ。お前、そんな奴に並ぶのがどんだけのもんかわかってんの?今のままじゃ、逆立ちしたってあいつはおろか……ジムチャレンジにも勝てやしねぇよ」

 

「今のままじゃ確かにそうです……だからその変わり目を俺は知りたいんです。だからあなたに教えてほしくて——」

 

「甘えんじゃねぇ‼︎」

 

 

 

 バンッ!——そう机を叩き、トウキさんは俺の胸ぐらを掴む。

 

 その目に籠っている感情はわからない。俺みたいな若輩には、その深さを知る事はできない。ただその気迫に飲まれて、ビビることしかできない。

 

 

 

「てめぇがそんな調子じゃあ、100パー無理だって言ってんだよ!どう変われるのか教えて欲しい⁉︎そんなもん、ここにいる全員がそう思ってるよ!」

 

 

 

 それは、こうしている間にも研鑽を積んでいる全ジムトレーナーについて言っている。

 

 

 

「いいか!ここにいる連中は、みんなお前が家でボーッとしてる頃からポケモンと向き合ってんだ!その中で高すぎる目標を目指す奴も珍しくねぇ!当然お前と同じ夢を持つ奴もな‼︎——俺がそいつらに、何も教えてないと思うか?俺が教えて、そいつらがみんなゴールできると思ってんのか⁉︎」

 

 

 

 頑張った人間が、誰もが報われる訳じゃない。それをいくら頭で理解していても、現実に突きつけられている時は認められない。

 

 だから……ぽっと出の俺がそんな事口走るのがどれほど僭越だったか……想像するだけで、自分の浅慮さに吐き気がする。

 

 

 

「……てめぇはこのレースに出遅れた人間なんだ。それを理解しない内は、一生かかってもプロなんてもんにはなれねぇよ」

 

 

 

 それが現実だ。直視し難い事実。トウキさんはそれを、よく理解している。何人も新米を見てきた彼が言うなら間違いはないのだろう。そして、そんな“今のまま”という殻を破るのは、人にどうこう言われて出来ることじゃないんだとわかった。

 

 だから……()()()()()()、俺は前へ進める。

 

 

 

「——出来ることは全部します。辛いことも覚悟してます。石に齧り付いてでも、火で焼かれるような思いをしても、くたばりそうになっても……約束を目指す足を止めることなんかするもんか」

 

 

 

 無理だ。無謀だ。不可能だ——。

 

 何度言われ、何度自分で自分に向けたかわからない言葉。絶対に越えられない壁だと認めそうになった時、それでもいつも誰かが押し上げてくれた事を俺は覚えている。

 

 

 

「誰が諦めても……俺自身が諦めちゃいけないんだ。無理だなんだって言うのは、俺が無様に倒れた時にでも言ってください‼︎」

 

 

 

 俺の覚悟は、その気持ちに支えられている。

 

 だから、諦めない。

 

 俺が緩めるわけにはいかないんだ。

 

 そのためにも、ここは僭越だろうが浅慮だろうが、誰かの迷惑になろうとも、この人に食らいついてでも学ばなきゃいけない。

 

 

 

「……約束か。頑固なのは、親父譲りみてぇだな」

 

「え?」

 

「いいぜ。お前の“漢気”はしかと聞いた……!この“ムロジムリーダートウキ”が、お前を夢の舞台に上がる手助けをしてやる‼︎」

 

「……えっと?」

 

 

 

 そこまで聞いて、ハメられたと自覚する。

 

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜なんか何時ぞやもテンション爆上がりしてヤバいポエムのたまった気がするぅぅぅ〜〜〜〜〜‼︎結局これって、俺の覚悟がどんなもんか聞くための一芝居ってことじゃねぇか⁉︎

 

 この人……こんな成りで役者過ぎるだろ‼︎

 

 

 

「何惚けてんだ?さっさと稽古つけてやるから外出ろ外!さっきも言ったがてめぇは出遅れのびりっけつだ!モタモタしてたらマジでおっさんになるまで弱いまんまだからな‼︎」

 

 

「は、はい‼︎」

 

 

 

 何はともあれ、ダメ元で願ったのは無駄にならなかった。なんか釈然としない立ち上がりだが、それでもこんな機会に恵まれることはない。これをものにできなきゃ、この先なんてないんだも心に留めて、俺はムロの砂浜に駆け出した……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 砂浜には俺とトウキさん。そして俺の相棒である三匹のポケモンも既に解放されて並べられていた。

 

 

 

「最初に言っとくが、これから始めるのはお前がプロになるための()()()()()()()()()()()()だ!マジで地獄見ることになるが、その覚悟はいいんだろうな?」

 

「……はい!」

 

 

 

 最低限必要なトレーニング——。

 

 と言う事は、この先どんなハードなメニューを言い渡されても、出来なければそれまでと言うこと。さっき俺が自分の口で言った『俺が諦めちゃいけない』って台詞……それが試される時だ。

 

 

 

「……それで、具体的には何を?」

 

「まぁ焦んな。まずは目標をしっかり立てるぜ。ここがわかってると、キツイ時に必ず助けになるからな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「感謝されるにはちと早えな?この先、俺はお前に恨まれてもおかしくないメニューを出すつもりだからなあー?」

 

「……ゴクリ」

 

 

 

 覚悟はしている。でも怖くないかどうかはまた別問題だ。いくら想像しても、それが現実に達する事はない。

 

 今は脅し文句だとしても、すぐにその真意はわかるのだから、今は目の前のこの人の教えを集中して聞かなきゃだ。

 

 

 

「……そんじゃまずは“目標設定”!これはまずお前に決めてもらうぜ?」

 

「いきなり⁉︎」

 

「当たり前だ!お前自身の事だろうがっ!」

 

「う……じゃあ、ハルカに並ぶ、トレーナー?」

 

 

 

 バシッ!——どこから出したかわからんハリセンで、思いっきり俺をしばくトウキさん。

 

 

 

「このタコ!遠過ぎる目標で頑張れるんだったら誰も苦労しねぇよ!今現実的に考えて、それで()()()()()()な目標を立てろ!——超えるべき壁ってのは、だいたいその辺に立ってるもんだ」

 

「……!」

 

 

 

 ギリギリ無理な目標……確かにそれなら、何が難しく感じさせているのかがわかるかもしれない。トウキさんは大雑把だけど、トレーナーに必要なものは熟知しているんだ。だから、自分の殻を破るための“材料”を見つけるところから始める——それがきっと、この目標設定の真意だろう。

 

 

 

「じゃあ。“ジム挑戦で勝つ事”……!それが今俺が目標にできて、何か変えないと達成できない事だと思います!」

 

「……まぁいいとこそんなもんだな。次はその“達成期限”を決めるぞ」

 

「“達成期限”?」

 

「いつまでも『いつか〜』『できれば〜』なんて言ってても実現なんか不可能だからな。第一この期間、ずっとお前を見てやれるわけじゃないんだ。目標は“具体的”に、“いつ”、“どうやって”達成するか——それがわかってりゃ、後はお前一人でも目標に向けて進めるだろうよ」

 

 

 

 その為に期限は必要事項なんだ。そう言われると、確かに俺はこれまで目先の事で頭がいっぱいだったが、具体的な目標を掲げてトレーニングをしていたわけじゃない事に気付く。確かに“今のまま”じゃ、大成なんて夢のまた夢だ。

 

 

 

「これは2ヶ月!これ以上はビタ一文譲らん」

 

「え、これはトウキさんが決めるんですか?」

 

「当たり前だろ!妥当な時間なんて考えてたら、お前今日一日はそれを考えなきゃいけなくなるぞ?」

 

 

 

 確かにその通りだ。俺はトレーニングメニューを聞いて、そこから伸びるであろう期待値をある程度目安にして期間を測るつもりでいた。

 

 

もちろんそれもギリギリ無理な範囲と厳しめに行くところだったが——2ヶ月か。

 

 

 

「お前がカナズミで1ヶ月自主練してわかったと思うが、2ヶ月で何かを変えるのはそれだけで厳しい。考えなきゃいけない事も山積みだ。でも——」

 

「それが出来なきゃそこまで——ですよね?」

 

「……!わかってきたじゃねぇか」

 

 

 

 そう……この時限式は、きっと俺たちが変化するためにも必要な時間。これで煮詰めてダメなら、おそらくプロを目指せるようなものは持っていないと言うことだろう。

 

 今更その設定に文句なんかない。トウキさんを信頼して、プログラムに立ち向かうしかないんだ。

 

 

 

「それじゃあ……いよいよ2ヶ月かけて仕上げていくトレーニングの発表だ。覚悟はいいな?」

 

「…………はい!」

 

 

 

 トウキさんはそういうと、さっき俺が提出したトレーニングメニューを見せた。これをもとに何か改良を加えるのか……?それとも根本的な指摘……?そう考えていると——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、このメニュー。『全部5倍』な」

 

「…………へ?」

 

 

 

 

 

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荒波を知る猛者。その真意は——?

たまにスポ根ものでトレーニング◯倍ね〜って言ってる時あるけど……それはきっと◯ねと言っている。

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第55話 地獄


エアコンの中で一日過ごすとめちゃんこ疲れる。

それ対策で軽く汗が流れるくらいのランニングをすると、疲労物質が血と一緒に身体を巡るからかえって回復するのよ……と勝手に思ってますが正解でしょうか?今のところめちゃ元気です。





 

 

 

 トウキさんの始めたトレーニング。その内容はまさに過酷の一言に尽きた。

 

 

 

——ザッザッザッザッ……!

 

 

 

 キモリ(わかば)ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)の三匹は、砂浜のランニングからスタートする。

 

 

 

 距離はムロの港から石の洞窟の辺りまでを往復し、それを3往復。彼らポケモンの身体能力で、大体15〜20分くらいなので、大方1時間近くは走り込む計算だ。

 

 早朝とはいえ、それを夏の日差しに当てられながら、走りにくい砂浜を走るのは容易ではない。もちろんそれには俺も同行する。

 

 

 

「ハッ!……ゼェ……ぐぅ……‼︎」

 

「おらおら顎が上がってんぞ!とりあえず先導切ってるお前がそんなんじゃ、ポケモンに示しがつかねぇんだからな!言う事聞いて欲しけりゃ死に物狂いで走れ‼︎」

 

「〜〜〜ぁああい‼︎」

 

 

 

 俺が必死に走る横でトウキさんも喝を入れる。元々基礎体力の向上は、トレーナーとしても、旅をするにしても必要だと思っていたので決して怠けていたわけではないが……このメニューは今までのがお遊びだったと言わざるを得ないぐらいキツい。

 

 何がきついって……これで“ウォームアップ”だからだ。

 

 

 

——ズザァーッ‼︎

 

 

 

 どうにか俺たち全員、早朝のウォームアップを完了することができた。すでに足に力が入らなくなっている俺……見ればチャマメやアカカブも砂浜に転がって息も絶え絶えになっている。わかばは流石に身体ができているのか、汗ばんではいるが、俺たちよりは呼吸も整っているみたいだけど。

 

 

 

「——おいおいまだ寝るには早いぜ?とりあえず朝飯をさっさと食って次にいくぞ!」

 

「ハァ……ハァ……あさ、めし…………」

 

 

 

 さっきまで濃い時間を過ごしてたから忘れてたけど、まだ朝は長く、8時を少し回ったところだった。普段ならここで腹が減る場面ではあるが、今しがた走ったばかりで、食欲がない……。

 

 

 

「動いた後に飯食えなきゃ話になんねぇからな!よく動くためには必要なもん体に入れねぇと死ぬぞ‼︎」

 

「……うっす!」

 

 

 

 この食事もまたトレーニングの一環。ポケモンたちにも言い聞かせ、俺は生まれたての子鹿のような足取りである家屋に向かった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 連れてこられたのはトウキさんの家だった。

 

 ムロの外れにあるトタン板に覆われた家屋に、俺たちは招かれ朝食をご馳走になった。出された食事は茶碗に山盛りに盛られた白飯と白身魚。あと味噌汁漬物だった。海苔やら卵やら納豆やらのオーダーは受け付けているらしく、ここでの食事に関しては自由にしていいとのこと。

 

 にしても、まさかトウキさんご本人の家で面倒見てもらうことになるとは……。

 

 

 

「正式な手続き踏んでないお前はジムじゃ他の連中の目の毒だからな。特別に家で面倒見てやる」

 

「……なんでこんなよくしてくれるんですか?」

 

 

 

 本来俺の申し出は何の実績も持たないトレーナーとしては無謀な発言であり、それは朝方のお叱りの通り。にも関わらず彼は俺を強くする事に何故か協力的だ。いくらやる気を認めてくれたからとはいえ、現実は変わっていない。

 

 トウキさんは何でここまでしてくれるんだろうと思うのは自然な事だった。

 

 

 

「ん?頼まれたからな。あの石バカによ」

 

「石バカって……ツツジさん?」

 

「おうよ。元々こっちにお前を寄越す気だったみたいだぜ。デボンの事件は偶然だったらしいけど、お前が強くなるために必要なことを教えてやってくれって、だいぶ前から頼まれてたんだよ」

 

 

 

 意外……でもないが、ツツジさんがそこまでしてくれていた事には驚いた。

 

 ちょっと待て。そうなってくると、ツツジさんはいつ頃から根回しを……?

 

 

 

「え……そ、それっていつぐらいから⁉︎」

 

「大体ひと月くらい前からじゃなかったか?もうちょい後だったかなー……」

 

 

 

 ツツジさんは、俺と戦ったあの日からすでに根回しを始めていたんだ。俺に強くなれると言ったあの人は……ずっと俺の事を考えてくれていたらしい。

 

 でも……なんでまた俺みたいなやつのことを——

 

 

 

 

「あいつ。お前みたいなのがタイプだからなぁ〜?」

 

「た、タイ——⁉︎」

 

「ワハハハ!別にそう言う意味じゃねぇよ!——あいつはお前みたいに『よく考えるトレーナー』が好きって意味だ」

 

「……よく、考える?」

 

 

 

 それを聞いて「いやツツジさんレベルの思考力は持ち合わせとりませんよ?」と脳内の俺が否定する。しかし気に入られたのはその能力というより、境遇や経歴だとトウキさんは語る。

 

 

 

「ああ……だからそういう心境とか、あいつは理解できるんじゃねーか?あいつも最初からあんな強かったわけじゃない。今のお前みたいに、自分の実力に悩んだりもしてたし。そうしたもんにぶつかって努力した事がある奴だからこそ、お前のことがほっとけなかったんじゃねーか?」

 

 

 

 だから、自分と似た境遇の人間を助けたくなる——そういう心理があるとトウキさんは言う。

 

 

 

「あいつの事だから詳しくは知らねーけど……まぁ難しく考えんな。これからお前がやる事はどれも反吐吐くぐらいじゃおさまらんくらいキツイ……それでもあの石バカが『必要だ』って思ったんなら、やり遂げりゃー大体結果はついてくる。そんくらいじゃねぇーと、ここに寄越したりしないだろうからな」

 

「……」

 

 

 

 俺は色んな人の後押しがあって、初めてやっと前に踏み出せる。でも後押しばかりじゃない。

 

 先に行って歩く人が、俺の知らないところで色んな用意をしておいて……その努力が徒労に終わるかも知らないのに、信じて助けてくれる人もいたんだ。

 

 ツツジさんらしいというか……いや、あの人の優しさを俺が知らないだけだったんだなと痛感する。

 

 

 

 

「ま、とりあえずそれちゃっちゃと食っちまえ!2ヶ月なんてあっという間に過ぎちまうぞ!」

 

 

 

 トウキさんはそれ以上語る事なく、注がれた白米をかきこむ。俺も食欲がないなどと言ってられない。チャンスがあるだけラッキーな俺は、弱音なんて吐いてられないんだから。

 

 

 

「——んん‼︎」

 

「バカ!!!喉詰まるほどかき込むやつがあるか!!!」

 

 

 

 ——と。意気込みが空回りしたところで、俺は今日の本番へと向かうのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 朝飯の後、連れてこられたのは山側の中腹にある広場だった。生い茂る木々が、天然のカーテンになっていて、夏の日差しから守ってくれている。

 

 風も抜けていて過ごしやすそうな場所だけど、こんなとこで修行するのか?

 

 

 

「よし——そんじゃあさっき言った“負荷5倍”のトレーニングに入るぜ。デバイスからアプリ呼び出してみろ」

 

「は、はい!」

 

 

 

 俺が普段使っているのは、数百円で購入できるポケモントレーニング用のアプリだ。レビューや評価で簡単に決めたお試し感覚で選んだものだが、トウキさんはこれを使うつもりなんだろうか?

 

 

 

「——とりあえず、これでいつもやってる負荷のレベルをMAXの“9”まで上げてやれ」

 

「負荷レベル9⁉︎」

 

「言っただろ?お前の2ヶ月なんてあっという間だ。今からじわじわ負荷を上げて、身体が出来るのを待ってたら消し飛ぶ期間だ。そんくらいやってもらわないと困る」

 

 

 

 理屈は……わかる。

 

 確かに、今からそんな悠長なことを言っていたのでは決められた期間で仕上がるとは思っていない。

 

 それでもレベル9は殺人的過ぎる。

 

 一度試しにアプリで呼び起こしたことはあるが、どのトレーニングも常軌を逸した内容で、とても毎日続けられるようなものではなかった。それに、そこまでの負荷をいきなりかけて、ポケモンたちがやる気を無くさないかどうか——

 

 

 

「それはわかってるんですけど、やる気が持続しなくなったらトレーニングどころじゃない気がして……」

 

「それじゃあ諦めな。さっさとハルカの事は忘れて田舎にでも帰れ」

 

「——!」

 

 

 

 

 

 

 それがプロの見解。ズバリと俺の講義は斬り捨てられる。これがこなせないなら、俺もこいつらも……夢を目指すべきじゃないという旨を、俺は受け入れなきゃならない。

 

 

 

「……わかりました」

 

 

 

 腹はとうにくくったのだ。今更やりもせずに出来ませんなんて言えるわけがない。

 

 

 

「お前ら……悪いけど頼むな」

 

 

 

 ——俺はこの時に気付いてもよかった。

 

 この後の待ち受けている……“本当の地獄”ってやつに……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 反復追跡(トレース・オブ・ターン)——レベル9。

 

 アプリから呼び出したホログラムを目印に、その印を全てタッチするトレーニング。出現したホログラムに触れれば消え、次のポイントが出現し、それを追いかける。出現位置はランダムなため、一度立ち止まって次のポイントを確認する必要がある。

 

 これを約2分間に渡って続け、その後1分間休憩。これが1セット——それを5セット行う。

 

 このストップ&ゴーを繰り返すことで、脚周りの強化、視野の拡大が見込めるこのトレーニングは、チャマメが取り組む内容だった。

 

 

 

——ハッ……ハッ……‼︎

 

 

 

 今はその1セット目。早くもチャマメの顔には疲れが見えている。

 

 それもそうだ。この負荷レベル9の出現するポイント間の距離は今までが比にならないほど長く、そして出現間隔も短く設定されている。そのため、チャマメの速さでは見て走って触って探してまた走る——この運動を一切緩める事が許されない。

 

 この2分間はほぼ常に全力疾走。しかもポイントに触って次を探すために急停止するから、脚にもかなり負担がかかっている。今チャマメの体中が悲鳴をあげているはずだ。

 

 

 

「……っ!」

 

「おい。そいつばかり見てないで、他のもよくチェックしとけよ」

 

 

 

 もちろんトレーニングをしているのはチャマメだけではない。トウキさんの注意を受けて、チャマメの心配を抑えて、他のトレーニングを見る。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 技持続向上(パワーステイ)——レベル9。

 

 

 

 以前使っていた圧力スティックとアプリを連携し、より多様な技の出力を検知するようにした今回のトレーニングはアカカブにやってもらっている。

 

 “噛みつく”、“地ならし”、“砂地獄”を圧力スティックに向かって使い続けるその目的は、その威力を高い水準で安定させる事で、技の出だしを早くしたり、技そのものの精度と威力を上げる目的がある。アカカブのメインウェポンにはうってつけのトレーニングだ。

 

 ただし、その威力水準は今までになく高い。

 

 

 

 ——ンン〜〜〜‼︎

 

 

 

 スティックに噛み付いてトレーニングに取り組むアカカブだが、少しでも緩みがあると警告音が鳴り響く。

 

 この音にはポケモンが不快に思う周波数が設定されているため、その音を鳴らさない様必死に食らいつくようになる訳だが、これを一度に1分間持続しなければならない。

 

 絞り出した後、10秒休憩。この1セットを一つの技につき10セット。元気な1セットからこの消耗を考えると、後半は警告音の嵐になると窺える。

 

 

 

 そして()()()も、それらと同等かそれ以上の訓練に励んでいる。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ギ……ギギ……ッ!

 

 

 

 わかばは壁に張り付き、懸命に登っていた。しかも、身体に自分と同じ丈の重りをローブまで繋げて。

 

 

 

 自然鍛錬(ナチュラルウェイト)——。

 

 

 

「——このキモリはすでに既存のアプリでできる訓練の範疇を超えてるからな……ここで訓練するのは、まあほとんどこのためだ」

 

 

 

 この岩壁、普段はトウキさんがトレーニングで使用するらしいが、今のわかばにはそのレベルのトレーニングが適正らしかった。

 

 

 

「あいつは自重が軽いから、単に壁を登らせても意味がない。とりあえず重り20㎏。余裕が出てきたら増やしていけ」

 

 

 

 20㎏の重り——大体今のわかばの体重が5㎏前後だから、いつもの5倍の自重がかかっている。いくらわかばの身体能力が優れていても、簡単ではない。少なくとも、あの身軽さで上まで登る事は不可能だ。登る壁も反りかえっていたりする場所もあり、また休憩できそうなくぼみもないため、わかばは登り切らないと落下するしか無くなる。

 

 

 

——ギ………!

 

 

 

 いつもはスマートにトレーニングをするわかばが、歯を食いしばり、危なっかしくも登っていく。これを登っては降りてまた登る。20秒休憩で計5セット。

 

 見ていてハラハラするが、それはトレーニング全体に言えるわけで……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——バタッ。

 

 

 

 反復追跡(トレース・オブ・ターン)3セット目。ついにチャマメに限界が来た。

 

 

 

「チャマ——」

 

「かまうな‼︎」

 

 

 

 力尽きたチャマメに駆け寄ろうとするが、トウキさんの慟哭により遮られる。

 

 

 

「そんな……だってあいつ——」

 

「言っただろ?出来ねぇならそれまでだって」

 

「っ……!」

 

 

 

 思わず下唇を噛む。それほど痛烈な言葉は今までになかった。

 

 なんとか食い下がりたい気持ちと、トウキさんの言うことがまんま事実であると受け入れてしまっている気持ちとがせめぎ合う。

 

 それでも……這いつくばって今にも死にそうなチャマメを見ると……そんな理屈はどうでも良くなった。

 

 

 

「俺なら……俺ならどうなってもいい!でも、あいつは——あいつらは俺の夢の為に戦ってるんです!あいつら自身の為じゃない……だから、あいつらに強要しないやり方はありませんか⁉︎」

 

「だったら言い聞かせろよ。自分とあいつらに。“夢の為に死ぬ気で頑張れ”ってな」

 

 

 

 それがトウキさんの返事。一切の妥協はなく、たとえポケモンたちが泣き叫ぼうと鍛えることをやめさせない覚悟。それを強要しろと言っているんだ。

 

 

 

「要は二択だ。友達が傷つくのが見てられないならやめればいい。約束が大事なら友達を地獄に放り込め——それが、お前のとれる二択だぜ」

 

 

 

 それが俺の選んだ道。

 

 今更になって気付く。

 

 きっとトウキさんは俺がそう言い出すことをわかっていたんだ。

 

 “地獄”とは……大切な仲間が苦しむ姿を見続けなければいけないということだった。

 

 

 

——グゥ……!

 

 

 

 チャマメは重い体に鞭打って、その四肢を砂浜に突き立てる。俺の迷いとは裏腹に、無い体力を絞り出して立ち上がる。そしてまた、ポイント間をひたすら走るのだった。

 

 

 

「チャマメ……みんな……」

 

 

 

 俺の選んだ道が……俺の仲間を苦しめる。

 

 俺の決定が、友達を地獄に叩き込む。

 

 

 

 後2ヶ月……俺のは耐えられるのだろうか……。

 

 

 

 

 

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夢想の代償は重く——。

今回内容がしんど過ぎて文字打つのに時間かかりましたね……。
大事なとこなので頑張りましたけど。

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第56話 無力感


近所の魚屋さんまで刺身を求めて歩いたのに……店閉まってたちくせう_:(´ཀ`」 ∠):




 

 

 

 地獄のトレーニング開始から三日が経った。

 

 

 

——ズシャア……。

 

 

 

 力無く倒れたのはナックラー(アカカブ)だった。“砂地獄”を吐き出し続けてかなり経つ頃だったが、あまりにも力み過ぎて立ちくらみを起こしたようだ。

 

 

 

「がんばれ……がんばれアカカブ!もう少しで今日の分は終わるからな‼︎」

 

 

 

 そんな気休めにもならない声援を送ることしかできない俺は、そんな自分に腹が立つ。脇ではすでに今日の分のメニューが終わり、倒れ込んだキモリ(わかば)ジグザグマ(チャマメ)たちが浅く呼吸している。警告音が鳴り響く中、アカカブはのっそりと体を起こして圧力スティックに向き直る。

 

 

 

——“グァッ(砂地獄)‼︎

 

 

 

 口から吐き出された風で砂粒を巻き上げ、スティックを中心に捉えて出し続ける。技の使用は、通常の運動よりもはるかに負担が大きく、発動時間を長く保つのは強力なポケモンでも難しいらしい。

 

 だがそれだけにこのトレーニングによって、技に使っている肉体の筋力や器官が発達し、全体的に技のグレードが上がるとされている。

 

 確かにメニューそのものは理にかなっている。

 

 問題は……このメニューをあと2ヶ月、続けられるのかということ。

 

 

 

——ガァ……ァァ……ドサッ!

 

 

 

 最終セットが終え、アカカブが力尽きる。俺はすぐに駆け寄り、アカカブを抱き止める。

 

 ……消耗が激しい。腹が変な痙攣を起こしてる。どこか痛めてるんじゃないか?

 

 体の異常事態を警告しているのはアカカブだけではない。チャマメもわかばも……これ以上ないと言えるほど消耗している。一応ムロのポケモンセンターで回復をして貰ってはいるから、怪我を怖がることはないけれど……。

 

 メンタルの方はそうはいかない。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「チャマメ……食べれないのか?」

 

 

 

 夕飯に出したポケモンフードに口をつけないチャマメを見て、俺は問いかける。いつも食事を一番に楽しみにしていたチャマメが、今は落ち込んだような顔で皿をジッと見つめている。

 

 昨日辺りから食の進みが遅いのは気付いていたが、はっきりと食べないのは今日が初めてだった。ポケモンセンターの回復は治療はできても空腹までは回復しない。だからこそ、こうした食事は大事なのだが……。

 

 

 

「——“抗議”ってことか」

 

 

 

 明確な意思の表明手段を人よりも持たないポケモンが、自分の主人に対して行う訴え。食事を取らなかったり、ひっかき噛みつきで抵抗したり……その一種なんだと思う。

 

 それも考えてみれば当然。いきなりこんなレベルの高いトレーニングをさせられて、納得しろという方が無理だろう。

 

 とりわけ、チャマメはこれまでトレーニングを“楽しんできた”ポケモンだ。走る事を強要ではなく、自主的にやらせていたからこそ、今のトレーニングには異議申し立てをするのだろう。

 

 正直……こんなメンタルでやらせるのは俺も嫌だった。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

 俺は謝ることしかできない。

 

 こんなトレーニングをやらせないといけないほど、今までちゃんと育ててやれなかった事。

 

 育成不足を補えるような知恵も経験もない事。

 

 何より……そんな俺についてこさせてしまった事……——

 

 

 

「……!」

 

 

 

 そう考えてしまうと、途轍もなく寂しい気持ちになった。ずっと慕ってくれていたポケモンたちに嫌われることをどこかで怖がっていた。

 

 だから今までトレーニングの負荷を上げる事しようとはしなかった……。

 

 結局全部……自分のためにそうしていたんだ。

 

 今、その絆が無くなろうとしているのを怖がっている……。

 

 

 

「……ハハ。元々何にも持ってなかったのにな」

 

 

 

 わかばに出会うまで。

 

 チャマメを助け、アカカブを譲られるまで。

 

 俺は何も持っていなかった。

 

 お笑い(ぐさ)だけど、それの友情を知っちゃったら、今度は無くなることが怖くなるんだ。

 

 当たり前のようにあるからこそ、無くなる時までそれに気付けない。

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

 強くなりたい——そう決意して、教えを乞い、今はそれに従う事に難しさを感じている。

 

 覚悟が……足りなかった。もっと想像力を働かせるべきだった。

 

 いや……いつかは知る事なんだろう。

 

 今のまま、俺が何をやったって……結局無駄になる事を。

 

 

 

「みんな……ごめんな……」

 

 

 

 俺は謝ることしかできない。

 

 こんな無力なトレーナーで、ごめん……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トレーニングを初めて一週間後。その日のトレーニングを全て終え、夕方ごろに一報があった。ムロの港に客人が来ていると、トウキさんから連絡があったのだ。

 

 そこで待っていたのは——

 

 

 

「——ユウキさん!お久しぶりです‼︎」

 

 

 

 緑色のもっさりヘアーが特徴的な、礼儀正しいトレーナー。忘れるはずもない。俺をいつも応援してくれていた友達で、トウカジム生だった——ミツルだ。

 

 

 

「ミツル——⁉︎どうしたんだよこんなとこまで!」

 

「やだなぁ〜!手紙に書いてあったでしょ?僕もいつか旅に出るって♪」

 

「え……じゃあここに来たのって……」

 

「おう。俺への挑戦だぜ?」

 

 

 そう答えたのは、ミツルの来訪を知らせてくれたトウキさんだった。

 

 そう。ミツルはジム生を卒業して、いよいよホウエンリーグのトレーナーとしてスタートを切ろうという節目を迎えていた。

 

 

 

「トウカのジム生は師範に挑戦するためには他のジムを全部攻略しないと受けさせて貰えないので、今はまだプロではないんですけど……」

 

「それって親父の方針かなんか……?」

 

 

 

 確かジム生の特権で自分のところのジムリーダーと戦える優先権的なもんがあったはずだけど……それ職権濫用では?

 

 

 

「不思議とトウカのジム生は誰も文句ないんですよね。何というか、今までたくさん見てもらえた分、成長した姿をお見せしたいというか……へへへ♪」

 

「そんなもんか……」

 

 

 

 挑戦するジムリーダーの手持ちの強さは、保有しているバッジに比例して強くなる。最後の関門として立ちはだかる時は、互いに全力で戦う事になるだろう。確かにその方が、親父は喜びそうだ。

 

 

 

「まさかユウキさんがここにいるなんて思いませんでしたよ!あ、まさかもうカナズミでジム挑戦に勝ったとか⁉︎それで二つ目のバッジに手が伸びて……もう勝ってたりして——」

 

「やめろやめろ。カナズミではツツジさんにボコボコにされたっての。親父のコネも無駄にしちまったよ」

 

「あ……そ、そうですか。ごめんなさい」

 

「いやいいよ。お陰でツツジさんとも仲良くなれたんだ。そのつてで、今はトウキさんにトレーニングを見てもらえてるし……」

 

 

 

 正直な話をすると、それを続けていく自信がない——とは言えないけど。

 

 

 

「そうなんですね!じゃあやっぱりユウキさんはすごいや!」

 

「な、なんでそうなる……?」

 

「だってジムリーダーお二人に認めてもらえるようなチカラがあるって事ですよ!だから胸張っていいと思いますよ‼︎」

 

「……うん。ありがとう」

 

 

 

 それはわかっている。誰も最初からその可能性がないなら、あの二人が俺に協力してくれるわけがない。異例の待遇は、それだけ期待してくれている証拠なんだ。

 

 でも……その期待に、今応えられる気がしない。

 

 

 

「ユウキさん……?」

 

「あ……わりぃ。ジム戦頑張ってくれよ。応援してやりたいけど、ちょっと今忙しいから——」

 

「あ……」

 

 

 

 それだけ言って俺は逃げるようにその場を去る。今夢に向かって懸命に走るミツルが、俺には眩し過ぎるんだ。

 

 あいつが小さい頃から頑張っているのも知っている。今その差が出ているのもわかっている。

 

 でも……羨まずにはいられない。

 

 今、あいつは大好きなポケモンたちと夢を追いかけているんだから……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その夜のことだった。

 

 

 

 ——ピロリン♪

 

 

 

「……メール?」

 

 

 

 トレーニングでどっと疲れた体を床に埋めている時、その通知はやってきた。

 

 見ると『ミツルから新着メッセージが入っている』——との連絡が書かれていた。

 

 そいえばトウカにいた時、“Pine(パイン)”ってアプリ登録させられた時に連絡先交換させられてたっけ……。

 

 

 

「——『明日ジム戦をやります!お昼の13時からです!ぜひ観に来てください!』……」

 

 

 

 それは明日の試合観戦のお誘いだった。今日あんな態度とったのに、すげぇなあいつ。

 

 

 

「『お誘い……ありがとう……行けたら……行くよ……』っと」

 

 

 

 そんな気はない。そもそもその時間は地獄のメニュー真っ最中だ。我ながらそういう事を正直に言わない辺り、卑怯だなと思う。

 

 

 

——ピロリン♪

 

 

 

「返信はやっ!」

 

 

 

 爆速で返信が返ってきた。あいつずっと俺の返信待ち構えてんのか?……あり得そうだな。

 

 

 

「……『絶対に来てください!損はさせませんから‼︎』——?」

 

 

 

 

 ミツルは強引なやつだけど、こっちの予定とかを気にしないほど図太くはなかったと思う。そのあいつがこんなに食い下がってくるなんて……応援してやりたいのは山々なんだけど……——

 

 

 

「『悪い。今トレーニングを緩めるわけにはいかないんだ。気持ちでは応援しているから、明日は頑張ってくれ。本当にごめん』……」

 

 

 

——ピロリン♪

 

——『だからこそ観に来て欲しいんです!勝手を言ってるのは分かってます!理由を上手く話せないですけど、絶対にユウキさんにも観に来て欲しい!お願いします‼︎』

 

 

 

 懇切丁寧に行けないと言っても食い下がってくるミツル。その様子に並々ならないものを感じて、思わず——

 

 

 

「『わかった(汗)明日の13時からな。飯食ったら行くよ』——ふぅ」

 

 

 

 結局行くことにしてしまった。まぁトレーニングはその後にすればいい。やる内容も量も決まっている分。多少の予定変更はきくから。

 

 でも……なんでこんなに観に来て欲しがる?

 

 

 

「あいつがプロになれるかどうかの一戦……か」

 

 

 

 その舞台は、いつか俺も登る事になる。

 

 

 

(いや……今の俺じゃその前に——)

 

 

 

 そんな弱音だけが、俺の頭の中で廻り続ける。そうして巡らせているうちに、俺は眠りにつくのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日——。

 

 朝のウォームアップと、午前の分のトレーニングを終わらせ、食欲のない胃腸にトウキさんのドカ盛りの男飯を流し込んでいく。この一週間、これだけは耐えられるようになってきた。

 

 

 

「お前、このあと俺らのジム戦観に来るのか?」

 

「あ、はい……挑戦者の……ミツルに誘われてて」

 

「あー。なんかお前ら仲良さそうだったもんな」

 

「はい……」

 

「……」

 

 

 

 俺が呼ばれている理由がその『仲がいい』ってだけならまだわかりやすいが、あの押し方はそれだけじゃなさそうだし。まだ気も進まないことを考えると、気が重くなってきた。

 

 今あいつが活躍する姿を見たら、余計落ち込みそうな気がするから……。

 

 

 

「……ちょっといいか?」

 

 

 

 トウキさんがまだ飯も途中なのに箸を置いた。この大食漢がそんな事するなんてあり得なさすぎてそれだけで動揺してしまう。

 

 

 

「な、なんですか?」

 

「今日ジム戦を観る時な……その、なんだ……変に色々考えるんじゃねぇぞ?お前のダチなら、それを精一杯応援してやれ。それが……なんていうか……すげぇいいやつだからよ」

 

「……?」

 

 

 

 トウキさんが何を言いたいのかが、イマイチピンとこない。小首をかしげる俺に痺れを切らしたのか、声を荒げて俺の肩に手をかける。

 

 

 

「だーかーら!ダチは大事にしろってこと——以上‼︎」

 

「……は、はい?」

 

 

 

 何故そんな事を言うんだろうと、語尾にまたハテナがつく。

 

 でも……なんとなく、この人なりに気を遣ってくれているんだろうなってことはわかった。苦手なんだろうな。こういうの。

 

 

 

「……すみません。でもいいんですか?ミツルと戦うのトウキさんなのに」

 

「まぁ俺は負けてやる気なんかさらさらないからな。お前の応援程度で結果が変わったりはしねぇよ!」

 

 

 

 今のは分かりやすく照れ隠しだったな。この人がジム戦で手を抜くような真似しないのはわかってるが、こういう事に損得抜きでアドバイスできるのは、不器用というか器が大きいというか……。

 

 でも少しだけ気が晴れた。そうだ……ミツルは俺が辛かった時にえらく激励してくれたんだよ。

 

 今回は俺の番。俺の都合なんて二の次だよな。

 

 

 

「……ありがとう。トウキさん」

 

「な、何の話だ!別にお前の為に言ったんじゃ——」

 

 

 

 割愛。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「《——これより、ムロジムリーダートウキとトウカシティのミツルとによる、ジムバッジ公式戦を行います‼︎》」

 

 

 

 ムロジムの砂地のバトルコートには、島民たちが押しかけていた。

 

 これから始まるバトルに、皆が興味を示している。

 

 もちろん俺も……——

 

 

 

「トウキぃー!ジム上がりの若造なんぞ蹴散らしてしまえ‼︎」

 

「今日もド派手な打ち合い期待してるぞー!」

 

「緑のー!気張っていけよー‼︎」

 

 

 

 各々がこれから戦うトレーナーたちに思い思いの言葉をかける。今回はそれに倣って、俺も声を出す事にした。

 

 

 

「ミツルー!勝ってバッジ獲れよー‼︎」

 

 

 

 

 

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若き先駆者、挑む——!

ミツルミツルミツルミツルミツルミツルミツル!!!!!
がんばれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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第57話 友の戦い


お盆も明けてお仕事です。
学生さんは夏休み?ほう……。

それは当然の権利ですからね。仕方ありません。
そんな学生の皆さんに魔法の言葉を送りましょう

——シュクダイヤッテマスカー?




 

 

 

 バトルコートの上部に取り付けられたモニターには、それぞれの手持ちポケモンが映し出されている。

 

 

 

【ムロジムリーダー・トウキ】

 

・マクノシタ ・ワンリキー ・アサナン

 

 

 

【トウカシティ・ミツル】

 

・キルリア ・スボミー ・チルット

・エネコ

 

 

 

 トウキさんはHLC規定に則って、『未進化ポケモン三匹』の手持ちで待ち構えている。

 

 対するミツルは計4匹のポケモンで挑む。ミツル側はトウキさんの手持ちより1匹多い分、選出に自由度がある。

 

 でも結局は三匹に絞っての3on3。あとは先発を誰にやらせるかでその優位性(アドバンテージ)を活かせられるかが変わる……見ものだな。

 

 

 

「——両者、構え!」

 

 

 

 互いの選出が終わり、バトルコートを見守る観衆の間に緊張が走る。次の掛け声と共に、両者が火花を散らすことがわかっているからだ。

 

 

 

——対戦開始(バトルスタート)!!!

 

 

 

 ジム戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

「行ってこい“ワンリキー”‼︎」

「頑張って“スボミー(オペラ)”‼︎」

 

 

 

 両者のポケモンが場に出そろう。

 

 トウキさんは格闘タイプの“ワンリキー”。

 

 ミツルは草と毒タイプの“スボミー”だった。

 

 

 

「《最初の対面は“ワンリキー”vs“スボミー”!タイプ上ではややスボミー有利の対面!ここは挑戦者、試合運びを上手く運べるか見所です!》」

 

 

 

 実況の言う通り、スボミーの持つ“毒”はワンリキー自慢の“格闘”技を半減できる。トウキさんのあの性格上、それで尻ごみする事はないだろうが、攻撃性能の高いワンリキーから致命打を受けづらい点はありがたい。

 

 

 

「さすがにタイプ相性はいいのを揃えてるな。でもバトルは相性だけで決まるもんじゃないぜ?」

 

 

「出来ることはやらせてもらいます!——オペラ!“痺れ粉”‼︎」

 

 

 

 早速オペラの名付けられたスボミーが頭頂の蕾から黄色い粉末を撒き散らす。

 

 『痺れ粉』——吹きかけられた対象を麻痺状態にする補助技だ。

 

 

 

「まずは動きを止めようってか?——躱せ!」

 

 

 

 黄色い粉の散布速度は遅い。互いの距離も空いているという事で、虚をついたわけでもない“痺れ粉”はたちまちに躱されてしまう。

 

 

 

「——“グロウパンチ”‼︎」

 

「避けて‼︎」

 

 

 

 今度はワンリキーの拳が蒸気を発する。格闘技の“グロウパンチ”——これをオペラしっかりと躱す。

 

 

 

「《両者の攻防は一進一退!互いの初動を上手く躱し、遅れはとらんと睨み合う!!!》」

 

 

 

 スボミーは技のうち終わりを狙われたが、慌てずしっかりと対応していた。流石はミツル。ここへ来て指示のミスもなく、ポケモンの従順さも申し分ない。

 

 しかも“グロウパンチ”はヒットすると高揚し、攻撃力をわずかに上げる効果があるため、例え効果今ひとつとわかっていても簡単に受けるべきではない技だった。ワンリキーを調子付かせなかったまずまずの立ち上がりだ。

 

 

 

「ふーん。バッジ戦初めてだって聞いてたからガチガチに緊張してんのかと思ってたぜ」

 

 

「緊張してますよ!でも今日は……それ以上に負けたくないんです‼︎」

 

「負けてぇトレーナーなんかどこにもいやしねぇーだろ!——“気合い溜め”‼︎」

 

「——!“タネ爆弾”‼︎」

 

 

 

 ワンリキーは“気合い溜め”で集中力を高めようとする。この状態に入ったポケモンは敵の弱点を察知する感覚が養われ、技を芯に捉えやすくなる。

 

 しかしその状態に入るためには動かず隙を晒す事になる。ミツルはそこを見逃すほど甘いトレーナーではない。

 

 

 

——バァン‼︎

 

 

 

 スボミーの放った種子がワンリキーの身体に着弾し、爆裂。それにより後方に弾き飛ばされた。

 

 

 

「《“気合い溜め”の隙をついてスボミー先制〜〜〜!強烈な一撃が入ったぁ‼︎》」

 

 

 

 しかし流石はトウキさんの育てたポケモン。“タネ爆弾”を受けたダメージを感じさせない堂々と立つワンリキー。その双眸には威圧感があった。

 

 

 

「まずい!“気合い溜め”で集中状態になった!逃げろミツル‼︎」

 

「……!」

 

「やれワンリキー!——“空手チョップ”‼︎」

 

 

 

 トウキさんはあくまで格闘技主体。鋭い手刀を構えたまま、オペラに向かって爆走するワンリキー。対するミツルは——

 

 

 

 

 

 

「迎え撃て!“タネ爆弾”‼︎」

 

 

 

 ここで応戦を選択⁉︎いやダメだ!その攻撃は——

 

 

 

「遅ぇ——‼︎」

 

 

 

 射出された“タネ爆弾”いとも簡単に見切られる。その応戦が命とりとなり、ワンリキーの手刀がオペラの体を捉える。

 

 

 

——ミ゛ッ!!!

 

 

 

 鈍い音が響いた。その威力は想像を絶するもので、小さなオペラをバトルコートの外まで吹き飛ばすほどだった。

 

 

 

「——スボミー戦闘不能!ワンリキーの勝ち!」

 

 

 

「《ここでスボミー早くも撃沈!急所ヒット確率の高い“空手チョップ”と集中力を高めた“気合い溜め”とのコンボで、相性不利をものともしない破壊力に沈んだぁぁぁ!!!》」

 

 

 

 これがトウキさんのポケモン!多少の相性不利も、極限まで高めた攻撃力でぶっ壊す。強引とも言えるその超攻撃的戦略で、挑戦者を蹴散らす姿は、理不尽に強いジムリーダーらしい戦い方だった。

 

 

 

「……よく頑張ったねオペラ。()()()()()()()は無駄にはしないよ!」

 

 

 

 オペラを手元に戻し、ミツルはバトルコートに向き直る。

 

 

 

「どうだい?一撃で自慢のポケモンを吹っ飛ばされた感想は?」

 

「あんまりいい気はしないですけど……これくらいじゃなきゃ面白くないです!」

 

「言うねぇ……だが威勢だけじゃ勝てねぇぞ?」

 

「はい!勝つために……戦います‼︎——“チルット(ハミィ)”‼︎」

 

 

 

 ミツルが次に繰り出したのは“チルット”のハミィ。ふわふわの綿飴のような羽と青い胴体をした“飛行とノーマル”複合ポケモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は“飛行”——とことん弱点で攻める気みてぇだな!」

 

「ジムリーダーに勝つためには、こんくらいやんなきゃ!——“エアカッター”‼︎」

 

 

 

 鋭い風の刃を作り出し、ワンリキーに飛ばす。この技なら、接近戦が得意なワンリキーに近づかずにダメージを与えられる!これなら——

 

 

 

「そういう遠距離でちまちまやる奴が多いんだよなぁ〜〜〜‼︎」

 

「——⁉︎」

 

 

 

 ワンリキーは風の刃を躱す。右に左に……跳ねて伏せて——軽くステップするように攻撃を躱しまくる。

 

 

 

「そんな——ハミィ!休まず撃て‼︎近づけさせるな‼︎」

 

 

 

——ルルッ‼︎

 

 

 

 ハミィの“エアカッター”は勢いを増す。コートの端から撃ち続けられるエアカッターは、ハミィに近づくほどに躱し辛くなるはず——なのだが。

 

 

 

「こんなんじゃぬるいぜ坊主!——“空手チョップ”‼︎」

 

 

 

 ある程度近づいたワンリキーは、指示を受けた瞬間に前方へダッシュ。尚撃ち続ける“エアカッター”が、ワンリキーの正面を捉える。

 

 

 

「よし——」

 

「ぶち抜け‼︎」

 

 

 

 “空手チョップ”が“エアカッター”の刃を砕いた。なんて無茶苦茶——そんな表情がミツルの顔に表れていた。

 

 

 

——ズバァーーーン‼︎

 

 

 

 そのまま“空手チョップ”がハミィの体を捉え、地に落とす。そしてそれきり、ハミィが飛び上がることはなかった。

 

 

 

「——チルット!戦闘不能!ワンリキーの勝ち‼︎」

 

 

 

——ウォオオオオオオオオ!!!

 

 

 

「《見事な二連勝に会場がわき立ちます!ジムリーダートウキ選手の豪快な一太刀に挑戦者!なすすべ無しかぁ⁉︎》」

 

 

 

 なんて戦い方だよ……。

 

 ミツルはこの対面では勝っておきたかったはずだ。あの“エアカッター”は間違いなくワンリキーが苦手とする技のはずで、しっかりとその弱点をついた戦法だった。

 

 それでも、あのワンリキーはあり得ない回避と強引な技の破り方で逆にハミィを粉砕。この二連続の敗北は、ミツルにとっては耐え難いもののはず……。

 

 

 

「ミツル……」

 

 

 

 あんな試合の壊され方をしたら、誰だって精神的にくるものがある。今ミツルの中で渦巻いている気持ちを考えると、俺は何をどう応援したらいいのかすらわからなかった。

 

 もちろん諦めて欲しくない。でも——

 

 

 

「どうした?もうやめるか?」

 

「…………」

 

 

 

 ここからではミツルの顔は見えない。黙したまま、ミツルはハミィをボールへ戻し労っているように見えるが、その姿に、先ほどまであった威勢は失せている。

 

 

 ここで諦めて欲しくない……でも現実は非情だ。

 

 強さは結果でしか語れない。

 

 そしてその結果は勝利というたった一つの頂きを二人で奪い合うことでしか得られない。

 

 今までどう頑張ったのか……どんな生い立ちだったかなんて関係ないんだ……。

 

 あいつが元々体が弱くて、それでもトレーナーとして目指したい道を歩く決意も……。

 

 俺が生まれて初めて抱いた目標を、茨の道を覚悟で進む決意も……——

 

 負けたら——

 

 

 

「やめるわけないでしょう……!“僕ら”は自分で選んでこの場に立ってるんですから‼︎」

 

 

 

 突然、ミツルは慟哭。

 

 そして最後に残されたボールを手に取り、コート上へ投げ入れる。

 

 

 

「——行くよ。“キルリア(アグロ)”!!!」

 

 

 

 登場したのは“アグロ”と呼ばれるキルリア。あれはたしか——

 

 

 

——ししょー!キルリアがやっと“サイコキネシス”を覚えて——

 

 

 

 あの時のキルリアだ。名前つけてもらえたんだな。

 

 

 

「いい気迫だけどよ……今からそいつ1匹でなんとかするってのかよ?」

 

 

 

 確かに、ここで心が折れないのは立派だが、目の前には立ち塞がるのは“空手チョップ”一本で全て破壊してきたワンリキー。更にそれと同格以上のポケモンがさらに2匹控えている。これを何の勝算もなしに戦うのは無謀だ。

 

 それでも、ミツルは笑っていた。

 

 

 

「教えてくれた人がいるんです。僕よりもずっと辛い思いをした人が……もがいて苦しみながらも最後まで諦めない人が——」

 

 

 

 ミツルはひとり独白する。観衆の声にかき消されそうなスピーカーの声を聞き、最初それが誰のことかわからなかった。

 

 

 

「つまづいたって立ち上がって、バカにされたって平気なフリして……頑張ったって認めてくれる人は少なくて邪魔すらされて——でも、僕の叫んだ願いを……あの人は叶えてくれた」

 

 

 

——諦めないでください!!!

 

 

 

 いつか……あいつが、無茶して俺に叫んだあの言葉が思い浮かんだ。

 

 あいつの願い……それはあの時俺に願った事……?

 

 “諦めないで……勝ってくれ”——と。

 

 

 

「僕は負けるわけにはいかない!この何処かで応援してくれているはずのその人の気持ちを——叶えたいから‼︎」

 

 

 

 ……胸が焼けるようだった。体は自然と立ち上がり、胸に宿ったこの熱を吐き出したくて口を開く。

 

 ただ……今の気持ちを伝えたくて——

 

 

 

——変に色々考えるんじゃねぇぞ?お前のダチなら、それを……

 

 

 

「——頑張れミツルぅぅぅ!!!諦めんなぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 思いを叫ぶ。勝算なんかわからないけど、かつて俺はそれに救われた。

 

 でも……でもきっと、それは応援してくれたみんなもそうだったのかもしれないから。だからこの叫びはやっぱり、俺の願望。

 

 勝って欲しい。

 

 同じ夢を見た仲間に——勝利を!

 

 

 

「——行くよアグロ‼︎」

 

——キュアッ!

 

「いいぜ来いよ!——“空手チョップ”だ‼︎」

 

 

 

 トウキさんもミツルの熱に当てられてさらにヒートアップする。それを受けてアグロとミツルは真剣な眼差しでワンリキーを迎え撃つ。

 

 

 

——キィン……!

 

 

 

 アグロの頭部についた二つの赤いツノが光る。何かの技か——そう思っていると、ミツルは予想外の指示を下した。

 

 

 

「——アグロ!“瞑想”‼︎」

 

「なに——⁉︎」

 

 

 

 『瞑想』——体内のエネルギーを調整・研磨する事で特殊攻撃と防御を底上げする補助技。この能力補正は決まれば確かに大きなアドバンテージにはなるが——

 

 

 

「補助技積ませる隙なんかあるわけねーだろ!止めだ‼︎」

 

 

 

 ワンリキーの“空手チョップ”がアグロの喉元まで迫る。アグロはそれでも尚集中し、目を閉じて“瞑想”を実行。

 

 ダメか——そんな落胆をしそうになった時だった。

 

 

 

——奇跡は起こる。

 

 

 

——グ……ッ!——バタン。

 

 

 

 ワンリキーは何故かその場に倒れ込んだ。

 

 

 

「ワンリキー⁉︎」

 

 

 

 観衆もトウキさんも……審判すら状況が飲み込めない中、“瞑想”を完了したアグロが目を開ける。

 

 

 

「——審判。ワンリキーは戦闘不能ですか?」

 

「え……あぁ……」

 

 

 

 審判は駆け寄り、ワンリキーの状態を確認。その後、あれほど元気だったワンリキーが……と信じられないような顔をしながら——

 

 

 

「ワ、ワンリキー戦闘不能!キルリアの勝ち‼︎」

 

 

 

「「「エエエエエエエエエエ⁉︎」」」

 

 

 

 審判のコールに全員が仰天。なんだろ……この感じ前にもあったような……?

 

 

 

 

 

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少年は不敵に笑う——!

ミツル、何をした?
正解は次回へ!

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第58話 ミツルの戦略


今はアニメ見たらポケモンくれるんですねぇー。
せっかくやしウオノラゴン?貰っちゃおうか……
でもなんだあの業が深いフォルムは……?




 

 

 

「《こ、これはどうした事だぁ〜〜〜⁉︎いきなりジムリーダーのワンリキーが倒されました〜〜〜‼︎》」

 

 

 

 実況すら把握できてない事態に、俺も驚いた。さっきまで無双態勢に入っていたワンリキーがまるで糸が切れたかのように戦闘不能。しかしあのミツルの落ち着いた様子から、これは偶然起きた事故じゃない……。

 

 でも何をしたんだ……?

 

 

 

「……この野郎。おとなしい面してえげつないことするじゃねぇか!」

 

「へへへ。褒め言葉として、受け取っておきますね」

 

 

 

 トウキさんには何が起きたのかわかっているみたいで、ワンリキーを手持ちに戻しながらミツルに皮肉を言った。

 

 なんだ?見えない攻撃か何かを当てたのか?でも肝心のキルリア(アグロ)は“瞑想”中で攻撃どころではなかったはず。派生技の可能性はあるが、積み技中に相手を倒すなんて芸当ができるのか?

 

 それとも……それ以外に何か仕掛けていた?思い出せるのは鬼神のような攻撃を続けるワンリキーの姿ばかり……あの合間に何かした?しかし倒されていくポケモンたちはみんな“空手チョップ”を受けて一撃。反撃のダメージもスボミー(オペラ)の“タネ爆弾”だけ——

 

 

 

「待てよ。スボミーって確か——」

 

 

 

 その時脳裏をよぎったのはスボミーが持つ“特性”だった。マルチナビの図鑑には既にハルカが遭遇したスボミーのデータが入っていたのを思い出してそれを呼び出す。以前それを読んだ時に書いてあったのは——

 

 

 

「スボミー——特性“毒のトゲ”!これだ……ワンリキーが“空手チョップ”した時——」

 

 

 

 あの時にこの特性が発動したんだと、俺の中で繋がった。

 

 

 

「スボミーの“毒のトゲ”……接触した相手を毒におかす特性。テメェ、こっちが接触技の多い“格闘”だからスボミーから出したのか……」

 

「言ったでしょ……?できることはやらせてもらいますって♪」

 

「こいつ……でもなんで今勝てるってわかった?」

 

 

 

 それが本当だとして、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?いくら目利きがいいトレーナーでも、毒状態のポケモンがいつ倒れるかなんて完璧にわかったりはしないはずだ。

 

 その可能性に賭けただけで、実は結構危なかったというなら納得はできるが……あの自信はそんな偶然に頼った戦法じゃない。となると——

 

 

 

「キルリアか!——ワンリキーの消耗を教えたのは!」

 

「バレちゃいましたか……さすがジムリーダー!」

 

 

 

 キルリア……そうかあの時——

 

 

 

——キィン……!

 

 

 

 あのツノが光った時、アグロはミツルに教えたんだ。キルリアは特殊な器官を持つツノを使って他人の心の内を感じ取れるポケモン。それをミツルは確認し、“瞑想”を積む隙がある事を察知していたという訳だ。

 

 

 

「途中で気づかれちゃってたらこんなに上手くは行きませんでしたけどね。ワンリキーが我慢強い性格のお陰で、トウキさんにも気付かれなかったのは大きかったです♪」

 

「言ってくれるじゃねぇか……!」

 

 

 

 ミツルはトウキの育てたポケモンの屈強さすら利用したようだ。確かにあの負けず嫌いなトウキさんのポケモン……意地の張り合いなら多分ホウエンNo. 1だろう。だからこそ、ワンリキーが体の異常を訴えなかったこそ、この作戦は成功したと言える……。

 

 だが、やはり驚くべきはその作戦が()()()()()から行われていた事。

 

 スボミーの“毒のトゲ”が接触技の多いトウキさんに刺さるであろう事を考慮。そして想定以上の力でねじ伏せられても、アグロとの対面になる頃には力尽きるであろうと読み切る先見。

 

 何より……自分の作戦を最後まで信じる心の強さ。どれも結果論で、どこまでがあいつの計算だったのかはわからないけど。それら全てが今噛み合っているのは事実。

 

 やはりミツルは……強い!

 

 

 

「……行け!“アサナン”‼︎」

 

 

 

 トウキさんの2番手は“アサナン”。確か“格闘・エスパー”の複合タイプ。キルリアのエスパー技を唯一等倍で受けられるポケモン。

 

 だが、キルリアは“エスパー”と“フェアリー”を複合している。その“フェアリー”技は、アサナンの“格闘”に有効打を生み出せる。そしてその両方の火力が、先ほどの“瞑想”で底上げされている状態。

 

 

 

「ここから反撃……行くよアグロ‼︎」

 

——キュル!

 

 

 

「させるかよ!——拳弾念力(けんだんねんりき)‼︎」

 

 

 

 アサナンはここで“念力”の派生技。拳で握り固めた“念力”を、正拳突きで飛ばす。

 

 3発の拳型の念弾を受けてアグロ——

 

 

 

「——躱して!」

 

 

 

 軽やかな身のこなし。サイドステップで3発全てかわしきる——だが。

 

 

 

「《あーーーっとアサナン!技の影から走り込んでいたぁ〜〜〜‼︎》」

 

 

 

 たった一瞬技に気を取られていた隙にアサナンはアグロの懐まで入っていた。

 

 

 

「その距離はまずい!一旦体勢を——」

 

「立て直させるかぁ!“ローキック”‼︎」

 

 

 

 トウキさんはまずはアグロの機動力を奪いに来た。

 

 『ローキック』——遠心力の乗った回し蹴りを対象の足元に食らわせ、ダメージと同時に機動力を奪う技だ。

 

 

 

「——アグロ‼︎」

 

——ガッ!

 

 

 

 ミツルの呼びかけも虚しく、“ローキック”はアグロの細い足に直撃。しかも上手く当たったのか、恐ろしい勢いでアグロの身体を跳ね上げられ——いや違う⁉︎

 

 

 

「《キルリア!なんと自ら飛んで“ローキック”をいなしたぁ〜〜〜⁉︎》」

 

 

 

 

 なんて柔軟性だ。攻撃を喰らう直前に飛んで“ローキック”をいなし、そのままの勢いで身体を捻って回転しながらアサナンと距離を置く。

 

 もし少しでも硬直や緊張があったら、あんなにしなやかに受身なんて取れない。ミツルはそれがわかっていてアグロに呼びかけたのか。

 

 

 

「やるなぁ!だがこいつはどうだ——“念力跳び《サイコジャンプ》”‼︎」

 

 

 

 今度は“念力”を自身にかけて前方向に加速する力に変換。アサナンの戦法はこれら“念力”を利用して接近戦(クロスレンジ)に持ち込む為に取られている。やはりこの距離はアサナンに軍配が上がるか。

 

 しかも今度は小細工がない分——一段と速い!

 

 

 

「アグロ——“サイコショック”‼︎」

 

 

 

『サイコショック』——念力を固めて物理的なパワーに変換し発射する遠距離技。

 

 でもアサナンの反応もいい。“念力”を上手く使って、急ブレーキをかけた。“サイコショック”の狙いから外れ——

 

 

 

——ドドッ‼︎

 

——アサッ⁉︎

 

「当たっただと⁉︎」

 

 

 

 “サイコショック”はアサナンの足元に当たった。これにはトウキさんも驚いている。前方からの攻撃を、アサナンがかわし損ねるなんて考えられなかったって顔だ。

 

 まるで先が読めてるような配球——ってまさか!

 

 

 

「まさかこっちの移動先も読めてんのか!」

 

「アグロの“読心”は並じゃないですよ‼︎」

 

「そいつの“種族特性”か——厄介だな!」

 

 

 

 キルリアの“種族特性”は——読心術(サイコメトラー)

 

 他者の感情を読み取る力に長けているが、ここまで読み切るのはそれだけでできるほど甘くはない。おそらく“トレース”や“シンクロ”といった“基本特性”を応用し、それを拡張訓練で伸ばしてきたのだろう。それがバトルにおいて、圧倒的なアドバンテージを生み出している。

 

 ポケモンが独自に相手の行動を読めるなら、ほとんどの技が“必中”に等しい。そして防御はそれ以上——

 

 

 

「——“拳弾念力”‼︎」

 

「アグロ——すり抜けろ!」

 

 

 

 最速で打ち出される“拳弾念力”を針を縫うような回避で、指示通り“すり抜ける”ようにアサナンに近づく。さっきの“ローキック”をいなした時以上の回避術だ。

 

 

 

「だがこの距離で勝てると思ってんのか!——“毒突き”‼︎」

 

 

 

 アサナンは鋭い貫手に切り替え、向かってくるアグロに打ち出す。だがそれすら——

 

 

 

「——“マジカルシャイン”‼︎」

 

 

 

 アサナンの“毒突き”連打をヘッドスリップだけで躱し、腰だめに構えたアグロ。

 

 手に蓄えた力を——一気にアサナンの腹部へと撃ち放つ。

 

 

 

——シュアアアアアアア!!!

 

 

 

 “マジカルシャイン”が、アサナンを派手に吹き飛ばす。効果は抜群!——そして……。

 

 

 

「——アサナン戦闘不能!キルリアの勝ち‼︎」

 

 

 

——ウワァアアアアアア!!!

 

 

 

 

「——マジかよ!?無傷でアサナン倒しやがった!」「——アサナン調子悪くねぇよな!?」「——あのキルリアが強いんだって!見ただろうあの動き!」

 

 

 

 観客も騒然としていた。あれほどあったトウキさんとミツルの差は、この一瞬で縮まったのだ。

 

 そしてどちらかといえばトウキさん寄りになっていた観衆の声が、次第にミツル側に驚く声に代わっていっている。まるでミツルが見せる強さに呼応するように……会場がミツルに魅了されていくようだった。

 

 流れは、傾きつつあった……——

 

 

 

 

 

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その輝きは、人々を魅了する——!

実は今回でトウキvsミツルは終わってたんですけど、文字数多過ぎたので二分割。なので次回、決着!!!(前もこんな事言うてなかった?)

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第59話 勝利の音


久しぶりに朝は涼しいですね〜♪
水分補給は抜かりなく!それでは本編。




 

 

 

 試合も大詰め。 互いのエースがほぼ無傷からの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

「《あの劣勢を切り抜け、ミツル選手!とうとうバッジ奪取まで1匹のところまで来ました‼︎》」

 

 

「いける‼︎勝てるぞミツル!!!」

 

 

 

 そしてそれに勝てれば、ミツルはプロとして大手を振って夢に向かって歩ける。その眩しさに目を閉じたくなる気持ちは、知らないうちに消え去っていた。

 

 俺は気付けば懸命に応援していた。

 

 ただ今は勝ってほしい。

 

 どんなに苦しい日々を送ってきたのかはわからないけど、それが全部報われる瞬間を見せて欲しい——腹の底から湧き上がる願いを、心の底から願うばかりだった。

 

 

 

「……面白ぇ!——行け!“マクノシタ”‼︎」

 

 

 

 現れたのは黄色い餅巾着のような姿をしたポケモンだった。

 

 “マクノシタ”——非常にタフで有名な“格闘”ポケモンだ。

 

 

 

「アグロ……これで最後だよ。全力でいこう!」

 

——キュッ‼︎

 

 

 

 可憐で華奢な見た目のアグロが、今は強さを帯びて気迫がオーラになって放たれて見えそうなほど屈強に見える。

 

 それを受けて出したマクノシタも、闘志が蒸気のように込み上がっているのがわかる。

 

 いや、それはきっと互いのトレーナーも発していた。互いの戦意に申し分はない。

 

 

 

「いい勝負だったが……これで仕舞にするぜ……覚悟はいいか?」

 

「それはとうの昔にできてます……勝たせてもらいますよ!」

 

「上等だ——来い‼︎」

 

「——“サイコショック”‼︎」

 

 

 

 

 初手はアグロ——“サイコショック”で攻撃……ではなく、地面に向かって撃った。

 

 

 

「くっ——土煙で視界を奪うか!マクノシタ!気をつけろよ!」

 

 

 

 この土壇場であってもミツルが浮き足立つ様子はない。脳みそは常に戦略的。爆煙で姿を隠して……“次の手”を打つ。

 

 

 

——シュアアアアアアア(マジカルシャイン)!!!

 

 

 

 薄紫の光線が爆煙を掻き分けてマクノシタに向かう。

 

 

 

「——躱せ‼︎」

 

 

 

 だがこれは構えていたマクノシタ。鈍重そうな見た目の割に、軽やかに跳ねて攻撃をかわす。

 

 

 

「そこだ——“撃ち落とす”‼︎」

 

 

 

 マクノシタは地面に転がっていた石粒を拾い上げ、剛腕を振り抜いて爆煙に向かって投げる。確かに爆煙越しでも撃った本人がそこにいるとわかれば遠距離攻撃で対処可能。

 

 

 

——ガッ!

 

 

 

 爆煙の向こうで手応えを感じたトウキはそこにいることを見抜いた。

 

 

 

「つっこめマクノシタ!——“突っ張り”‼︎」

 

 

 

 マクノシタは“撃ち落とす”が着弾した場所へ向かい、その中で捉えた影に向かって両の手から連続で“突っ張り”を放つ。それは芯を捉えたようで、何度も何度も同じ場所へ叩き込む。

 

 

 

「アグロ!ミツル‼︎」

 

 

 

 いくら格闘技が半減とはいえ、キルリア自体は耐久力なんてないに等しい。あんな連続で殴られたらひとたまりもない!

 

 

 

「——これは‼︎」

 

 

 

 しかし爆煙が晴れた時、そこにあったものがアグロではないことに気付く。

 

 それはキルリアを模した人形——ポケモンが自分の生命エネルギーを元に作り出される“身代わり”だった!

 

 

 

「やられた!マクノシタ後ろだ——」

 

“サイコショック”‼︎」

 

 

 

 マクノシタは爆煙を挟んで回ってきていたアグロの“サイコショック”で背後に被弾。効果抜群の攻撃に顔を歪ませる。

 

 だが決定打とはならない。踏みとどまったマクノシタに弱る気配はない。

 

 

 

「——やっぱり我慢強さは今までで一番ですね……!」

 

「そんな攻撃じゃあマクノシタはやれねぇぞ!——“ビルドアップ【剛真(ごうしん)】”‼︎」

 

「やらせない!——“サイコショック”‼︎」

 

 

 

 自身の強化を計る“ビルドアップ”の何らかの派生技を繰り出すマクノシタ。それを察して“サイコショック”を浴びせるアグロ。やはりアグロの種族特性とミツルとの連携で、出だしが段違いで速い。後手で技を出したのにもかかわらず、マクノシタの補助技を完了する前に攻撃を浴びた——が。

 

 

 

「……【剛真】は、敵から食らったダメージをてめえのチカラに変える諸刃の積み技だ。こいつにできるピッタリの派生だろ?」

 

「——‼︎」

 

 

 

 わざわざトウキさんは丁寧に技の内訳を教えてくれた。その様子にミツルが何かを感じ取って表情が変わる。これは、なんかヤバいのが来る……!?

 

 

 

「アグロ躱せ——」

 

「遅ぇ——」

 

 

 

——“ヘビーボンバー”!!!

 

 

 

 

 事前に来る方向がわかっていたアグロは回避体勢に入っていた。でも、技の発声が行われた瞬間——マクノシタはその場から()()()()()

 

 

 

——ドッッッ!!!

 

 

 

 客席からでもその移動は残像を捉えるので精一杯だった。体を一つの弾丸のように発射したマクノシタは、進行方向にいたアグロを跳ね飛ばしてコートの端から端へと爆走した。

 

 飛ばされたアグロが地面に叩きつけられ、その技でできた轍と共に威力の程を物語った。

 

 

 

「《で——出ましたぁぁぁマクノシタの“ヘビーボンバー”炸裂ぅ‼︎“ビルドアップ”の派生技から放たれる“ヘビーボンバー”は強烈の一言!しかも“鋼”技はキルリアには効果抜群だぁぁぁ‼︎》」

 

 

 

 “ヘビーボンバー”——全身硬化の後、自身の体重を全て乗せて放つ“鋼技”。重量級のポケモンほど火力が上がる技だが、それにしたって瞬発力が尋常じゃない。

 

 多分その前の“ビルドアップ”の派生技……あの時に“ヘビーボンバー”の技速度を上げる仕様があったんだ……。

 

 

 

「あぁ……そんな……」

 

 

 

 まさに一撃必殺。どれほど試合を有利に進めても、流れをものにしても、この一撃で全てご破産にされる理不尽さ。あの追い上げムードから一転。たった数秒のうちに終わったのだ……。

 

 その現実が……今の俺には耐え難かった。

 

 

 

「くそ……!」

 

 

 

 思わず口から吐き出される悔しさ。夢は夢なんだと突きつけられたような感覚に涙すら込み上げてくる。

 

 誰でも頑張ったら結果が得られるものではないとわかってる。人より苦しい目に遭っても……その分だけ幸福が待ってるなんて楽観してたわけじゃないさ。

 

 でも……あんまりだろ……。

 

 こんな簡単に……終わるくらいなら……——

 

 

 

「——まだやれるよね。アグロ」

 

——……。

 

 

 

 ミツルは顔を伏せてなどいなかった。俺はてっきりもう終わったと思った……いや俺だけじゃない。会場の誰もが激戦の終幕を予想した。

 

 でも……コートを挟んだ()()()()()()()()はまだその闘志を収めてはいなかった。

 

 

 

——キュ……キュイッ…………!

 

 

 

 そこにはダメージに震えながら、懸命に立とうとするアグロの姿があった。強化の入ったマクノシタの抜群技を受けて、あのキルリアが立てるなんて……——

 

 

 

「今のも……いなしやがったか……!」

 

 

 

 トウキさんの呟きが、事前にアグロが“ヘビーボンバー”が来ることを予見したことを物語る。でもその速度が想定を超えていたから、被弾は避けられないことを悟り、直撃の際、今度も体を捻って芯に受けるのを防いだのだ。

 

 

 

「——速さと破壊力は想定を超えてましたけどね……なんとか間に合いました」

 

「ハ……デタラメはどっちだって話だな」

 

 

 

 初見のあの技に対応するなんて……一体どれほどの研鑽を積んだんだろう。

 

 心を読む力をどれだけ伸ばしてきたのか。

 

 それを受け取るコンビネーションをどうやって培ったのか。

 

 そしてそれをどれほどの失敗の上に確立したのか——

 

 

 

 今はただその凄さに……言葉を失う。

 

 そして、俺は……俺を許せない。

 

 

 

——何度諦めたら気が済む……目の前のあいつらが勝つまで諦めんじゃねぇよ。どっちかに主審が旗を振る前に、俺が諦めんなよ‼︎

 

 

 

 今だけはもう下を向くな……!今戦ってる友達はどこで戦ってる……目の前のコートの中でだろ‼︎

 

 

 

「……それじゃあ、今度こそ終いだ」

 

「はい……僕らの全力を——叩き込みます!」

 

 

 

「《両者この一撃で終わらせると宣言!——勝負の行方は互いが交差する時‼︎さぁ……最後にどんなドラマを見せてくれるのか——注目です!!!》」

 

 

 

 いなしたとはいえ、ダメージを隠せないアグロ。あれでは得意のフットワークを活かすことはできない。次の“ヘビーボンバー”は避けられないだろう。

 

 

 

「逆にいえば、“ヘビーボンバー”は狙われてんなこれ——とくれば、シナリオは決まってる」

 

 

 

 トウキさんは気付いた。

 

 “ヘビーボンバー”は決定力として申し分ない——いわば“決め技”だ。それが来るのがわかっていれば、ミツルにだって打つ手はある。

 

 

 

「“ヘビーボンバー”の攻撃を見切り、逆にその反撃で倒す——これ以外にない!」

 

 

 

 でもそれはバレている。この状態で狙いどころの技を選択するとは——

 

 

 

「マクノシタ……決めるぜ‼︎」

 

「アグロ……頼む‼︎」

 

 

 

 どちらがどう出るのかはわからない……でも、走り出したらもう止まらないことはわかる。

 

 

 

 これが……最後の攻防——

 

 

 

 その瞬間は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——“ヘビーボンバー”!!!」

 

 

 

 

 トウキさんの選択は“ヘビーボンバー”!わかっててもそれを選ぶとか強気過ぎるだろ‼︎

 

 

 

(——あいつはこっちの技を撃つ前に対応できる!下手な駆け引きなんかいるかよ‼︎——何より当て損なったまま終われるかぁあああ!!!)

 

 

 

 事前に察知された技でもう一度勝負するトウキさん。全く……どんだけ負けず嫌いなんだよ!

 

 

 

「ミツル!!!」

 

 

 

 俺は席から跳ね上がる。

 

 この攻防を見届けるために。

 

 瞬きひとつだってしない。

 

 目を逸らして——なるものか!

 

 

 

(——どう来る……ミツルよ‼︎)

 

「——すぅー……」

 

 

 

 マクノシタは身体全身のバネを縮めて発射態勢を完了した。あとはこの突撃に反撃(カウンター)を合わせるのみ……。

 

 大きく息を吸い込み——

 

 

 

——ッ‼︎

 

 

 

 ミツルの瞳が火花を散らす——

 

 ここへきて1番の集中……客席にいる俺らにもわかるほど、鋭い視線をコートに向ける——

 

 

 

「——行け‼︎」

 

 

 

 マクノシタは主の命を受け、発射。相変わらずデタラメなスピードだ。

 

 アグロも攻撃態勢に入る。両者が交差する瞬間——

 

 

 

 ——その間だけは、まるで時が止まったような気がした。

 

 

 

 

 マクノシタは巨体をぶつけるべく猛進——。

 

 アグロはそれを鼻先1メートル圏内まで引きつけている——。

 

 タイミングは間違えられない。速すぎても遅すぎても——あの“ヘビーボンバー”に対抗できない。

 

 

 

——今だ!!!(——今だ!!!)

 

 

 

 俺は思わず叫んでいた。吸い込まれるような感覚の後……ミツルと同じタイミングでそれがわかった。

 

 

 

 アグロは右の手のひらでは念力で作られた球体が作られていた。それは乱回転し、圧縮され……見るからに威力特化の技だとうかがえる。

 

 そしてそれを“ヘビーボンバー”が自分の左肩肩に触れた瞬間——

 

 

 

——ギュルルッ‼︎

 

 

 

 巨体に弾かれた瞬間に右足で地面を蹴る。蹴った反動を左足を軸に身体全身に伝え、今まで見せていたようないなしへと派生。

 

 一つのコマのようになったアグロはその回転エネルギーも全部乗せて、作り出した“サイコショック”の派生技をマクノシタの脇腹に叩き込んだ——

 

 

 

“サイコショック”——“【強響珠《フォルテ・シモ》】”!!!

 

 

 

 その瞬間、全ての時間が加速した。

 

 

 

——ギャリリリリリリ!!!

 

 

 

 まるで金属を掘削するような破壊音がし、それがマクノシタの“ヘビーボンバー”で硬化した腹を抉る音だとわかった。

 

 そして、その威力はマクノシタにまで届く。

 

 

 

「——いっっっけぇぇぇえええ!!!」

 

——キュアァァァアアア!!!

 

 

 

 アグロとミツル。二人の雄叫びがコートにこだまする。アグロ渾身の一撃は、ついにマクノシタの巨体をコート外まで吹き飛ばした。

 

 

 

——ドガァァァァァ!!!

 

 

 

 ……それきり、マクノシタは動かない。それを見守る観衆も、トウキさんすら——吹き飛ばされた戦士に駆け寄った審判が、大きく旗を振るまでは。

 

 

 

「——マ、マクノシタ……戦闘不能!キルリアの勝ち——よって勝者……【トウカシティのミツル】!!!」

 

 

 

 

「《決着〜〜〜〜〜!!!——激戦に次ぐ激戦!逆転に次ぐ逆転!その戦いに終止符が今打たれました‼︎その男の名は——》」

 

 

 

——勝者ミツル!!!

 

 

 

 その名が叫ばれた時、会場は総立ちだった。割れんばかりの拍手と称賛。そしてミツルは、勝負を決めたキルリア(アグロ)と固く抱き合う。その目には、互いに涙が浮かんでいた。

 

 

 

「お疲れ様……アグロ……‼︎」

 

 

 

 ジム挑戦初とは思えないほどの堂々とした戦い。その全てが観客全員を惹きつけた故のスタンディングオベーション。

 

 

 

「——凄かったぞぉ緑の‼︎またウチで試合してくれぇ‼︎」「——ミツルってんだな!名前覚えたからなー!ウチのジムリーダー倒したんだ。リーグに出ろよー‼︎」「トウキィ!次のチャレンジでは負けんじゃねぇーぞー‼︎」

 

 

 

 始まる前と同じで、終わった後も思い思いの声援が二人に注がれる。それに応えるように、トウキさんもミツルも歓喜する俺たちへと手を振った。

 

 そして——

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 ミツルと俺は目があった。向こうも気付いたようで、一瞬キョトンとする。

 

 このバトルで色々思うことが多かった分、今俺はなんて声をかけたらいいかわからなくなった。

 

 ミツルも同じなのか……一瞬だけ迷ってから——

 

 

 

——……!

 

 

 

 歓声で何を言ったのかは聞こえなかった。

 

 でも、その意味がすぐにわかってしまった。

 

 どうしようもなく心に届いた。

 

 満面の笑みで……そんな事を言うから。

 

 俺は祝ってやりたいのに、お前を見てやれなくなっちゃったじゃんか……。

 

 

 

——次は、ユウキさんの番ですよ♪

 

 

 

 

 

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勝利という華が咲く瞬間。全てが報われたような気がして——。

決着!!!!!予告通りだったすげぇー……私の匙加減だけども。ちょっと説明が足りなかったので、“ビルドアップ【剛真】”の解説でも挟んでおきます……。

ビルドアップ【剛真】補助 威力- 命中-

発動中、相手からダメージを受けると攻撃、防御、素早さが上昇。受けるダメージが多いほどその上昇率は上がる。この間に技を受けないと失敗となる。基本的には相手からの攻撃を見てから使うことになるため、タイミングはシビア。

補足

本作の自己強化・弱化は時間経過で効果が薄れたり、重ねがけしてもその効果時間がもとに戻るだけで効果が上がるわけではなかったりするので、やはり対戦もゲームとは別ゲーになる。

こう言う設定は作っておくのはいいけど、なんかの時に矛盾がでちゃわないか心配になりますねw気をつけます。

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第60話 足りなかったものは


「七夜の願い星」観てきました。
フライゴンの神回避にトゥンクしたよ……劇場であれ見るの夢でした。




 

 

 

 試合後、ミツルには会わずすぐに自分のトレーニングの方に戻った。

 

 本当はすぐにでも声をかけに行きたかったが、今日の主役には人が群がっていたので、先に今日の分のトレーニングを終わらせてからにすることに。

 

 

 

「……凄かったな。あいつのジム戦」

 

 

 

 あいつも俺と同じで、真っ当にトレーナーを目指せるような環境じゃなかった。身体的に問題を抱え、過酷なトレーニングができなかったからだ。

 

 でも今は好きなポケモンたちと一緒に……あんなに堂々と戦っている。もう体の不安なんか感じさせない。それほどの活力をいつも見せてくれる。今日はなんか、その集大成——って感じだった。

 

 

 

「……俺も、あいつみたいになれんのかな」

 

 

 

 見ている時はただ必死にミツルの勝利を願った。でも終わってみると……俺が同じように頑張れるのかと自問が始まる。

 

 俺は現状、仲間のポケモンたちに無理を強いることしかできていない。どうしても……このままやっても、ミツルとあのキルリアのような関係が築けるとは思えないのだ。

 

 トウキさんはこのトレーニングが必要だとは言うけど、それ以上のことは教えてくれなかった……。

 

 わからない……このままでいいのか?違ったとして、これ以上何かできることがあるのか?未だにこんな事で落ち込んでしまう俺に、何ができるってんだ……?

 

 

 

「俺は自分が信じられないよ……ミツル」

 

「呼びました?」

 

「のわ——⁉︎」

 

 

 

 突然顔の横からミツルがこんにちはしてきた——居たのかよ!

 

 

 

「い、い、いつからそこに——⁉︎」

 

「え、ちょっと前から居ましたよ?声かけても怖い顔してたんでじーっと」

 

「そ、それはすまんかった……」

 

 

 

 どうやら考え込んでミツルに気づかなかったようだ……。いやそれはいいとして——

 

 

 

「お前、なんでこんなとこいんだよ?」

 

「なんでって……」

 

 

 

 ミツルはいわば今日のヒーローだ。この島はそういう強くて魅力のあるトレーナーに目がない。てっきりそこかしこからお呼ばれして、腹がパンクしそうなほどの飯に泡吹いてると思っていたけど……。

 

 

 

「色々振り切っちゃいましたね♪」

 

「おい。人の好意は受けとけよ」

 

「それトウカジムを出てったユウキさんが言うんですか?」

 

 

 

 特大ブーメラン。本当にそういう一撃で殺しにくる文句だけは相変わらずだな。ぐうの音も出ねぇよ。

 

 

 

「冗談ですよ♪ そのおかげで、僕も旅に出る決心がついたんですから」

 

「……あぁ」

 

 

 

 ジムを出る時にもらったミツルからの手紙を思い出す。随分と過大評価を受けた気がするが、ミツル自身の決意の助けになれたなら嬉しかったと、感動したのを覚えている。

 

 そいえばそのあとに色々あったせいで忘れたけど、礼を言うのが遅れてしまった。

 

 

 

「……ありがとなミツル。あの手紙、嬉しかったよ」

 

「あー……ハハ。改めて言われると恥ずかしいですね」

 

「アカカブ——ナックラーまで貰っちまって……お前には頭があがんねぇよ」

 

「アハハ♪ 気に入ってくださったならよかった」

 

 

 

 ミツルとはその後もいろんな話をした。トウカを出てからの事……——

 

 森で悪者と対峙したり、はじめてのジム戦は散々だったり、バイト先で嫌な上司がいた事だったり、泥棒騒ぎがきっかけで今ここにいる事だったり……——

 

 ミツルの方はトウカジムを抜ける前に自分に課していた課題を乗り越えるために色々やった事を話してくれた。その話を聞くと、今日ミツルが勝てたのも納得がいった。

 

 

 

 

「僕がユウキさんを追いかけたくて、トウカジムを出ようと思った時……自分の何かを変えたくて——でもそれが何なのか最初はわかりませんでした」

 

 

 

 ミツルはそう言いながら俯く。確かにミツルは俺と違って多くの時間をポケモンたちに注いできている。素人の俺から見たら、ミツルに足りないものなんてないように思えた。

 

 

 

「——でもセンリ師匠は見抜いてました。僕には“リーダーシップ”ってものが足りなかったんです」

 

「“リーダーシップ”?」

 

 

 それはいわばチームという船の舵取り。これから大きな船出をする時、その航路の選択をする重要な役割だ。でも多くの時間をポケモンと過ごしたミツルにないものなのか?

 

 

 

「僕は……ポケモンたちに優しく接してきました。ポケモンがしたい事を考えて、僕はそれを叶えてあげたいって気持ちでずっとトレーニングをして来ました」

 

「うん……俺も、今まではそうだったよ」

 

 

 

 カナズミで足止めを食らっていた時は特にそういう傾向が強かった。それで伸ばせた能力もたくさんあるけれど……そうか。ミツルが言いたいことって——

 

 

 

「僕は……ユウキさんのライバルになりたい。それは同時に、ユウキさんの目指すものと同じ道を歩むと言うこと。僕自身、師匠の教えが間違っていないということを証明したいとも考えています。やってきた事が無駄ではなかったことを証明したい——」

 

 

 

 その為には、結果が必要になる。そしてトレーナーの出せる結果とは、皮肉な事に育てたポケモンたちがどう戦ったかに掛かっているのだ。

 

 俺はそれに気づいて、自分の……トレーナーという仕事の業の深さに悩んでいた。

 

 

 

「僕がそういう道を選んでいることを、みんなに賛成してもらわなきゃいけないと気付きました。その為に、苦楽を共にする事を強要しないといけないんだと……それが凄く怖くなりました」

 

「ミツル……」

 

 

 

 それは俺が全く同じだからわかる。

 

 船の舵取り……その航路を行きたいのに、船員がチームワークを取れなければ進めるはずはない。いや、それ以前に“気持ち”が一緒じゃなければ同じ道を歩むべきじゃないんだ。

 

 

 

「色々考えました……考えながらトレーニングをして、時にはみんなに苦しいトレーニングを強いたりもして——キルリア(アグロ)とはそれで少し仲違いになったりもしたんですけどね」

 

「そうだったのか……」

 

 

 

 あの連携も——ずっと仲がよかったから出来る技なんだと思っていたが、事はそんなに単純ではなかったらしい。でもだからこそあの勝利は、本当に意味のある時間をミツルたちが過ごしたことの証だったんだとわかる。

 

 

 

「——僕は最終的には押しつけました。僕の願いをポケモンたちに伝えて……それでもいいかな?って……そして今、みんなが僕を支えてくれています」

 

「そうか……」

 

 

 

 それは今の俺にとって何よりも勇気づけられる事実だった。

 

 本当はみんながずっと楽しく旅が出来るのが一番いい。でも俺たちは挑んでいる。自分の身の丈に合わない壁をひたすらどうにかして登ろうとしている。だから、その過程には必ず苦しみがある。

 

 それを納得してもらえずに、どうしてついてきてくれなんて言えるだろう。仲間だから……傷ついてほしくない。そばに居るだけでもいい——そう思い始めていた俺は、それこそが「馴れ合い」なんだと今初めて理解できた。

 

 俺もポケモンも……どちらも精一杯のことをせずにどうする?お互いができる限り尽くすから、信頼が生まれるんじゃないか。

 

 その道のりが少し険しそうだから……俺が勝手にその道への看板を取り外すのは、信頼とは程遠いんだ。

 

 だって俺がポケモンたちに求めたのは……“一緒に夢を追ってくれる仲間”だから——

 

 

 

「ありがとうな……ミツル。お陰でなんか吹っ切れたよ」

 

 

 

 ミツルの言葉が今のスッと受け入れられるのも、あのバトルを見せてくれたお陰だ。言葉の重みは、その努力ゆえだと理解できる。

 

 だから……それを知っちゃったら、もうできないなんて言えない。やる前から諦めるのは……俺の気持ちが——魂が許さない。

 

 だから……ミツルがバトルの後に言った事への返事は——きっとこれでいいんだよな。

 

 

 

——次は、ユウキさんの番ですよ♪

 

 

 

「——俺の番か……頑張ってみるよ」

 

「……はい♪楽しみにしています!」

 

 

 

 その時交わした握手は力強く。手のひらから感じた応援を、俺はありがたく頂戴した。

 

 ——胸を張って、ミツルとの約束を交わす。ミツルは笑顔でそう応える。

 

 そうだな……この笑顔を裏切りたくないよな。

 

 

 

「——そういえばまだ言ってなかったな」

 

「……?何がです?」

 

「……おめでとう。プロになれてよかったな」

 

 

 

 本当なら最初に言ってやりたかった。

 

 俺がもし成し遂げられたなら……きっとそう言って欲しいと思うから。

 

 

 

「ありがとうございま——す……ぅ」

 

 

 

 ……あー。

 

 これはミツルも相当溜まってたんだろうな。

 

 さっきまでのお日様スマイルが、段々しわくちゃになっていく。

 

 眉間に皺を寄せ、眉が歪んで目から涙がこぼれていた。

 

 そりゃそうだよな。

 

 ずっと目指してきた目標を——苦しさが全部報われたんだから。

 

 

 

 

「——ありがとう……ありがと……ございます……………!」

 

 

 

 涙を流すその姿は、決して情けなくなんかない。人前でも我慢できないほど……努力してきた証拠なんだから……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ミツルはこの後ムロの若い衆に呼ばれているという事で俺とは別れた。

 

 俺も自分のトレーニングがあるし、それが終わったら今晩はあいつの祝勝会がムロの集会所で行われるらしいので、そこでまたうんと話せばいい。

 

 きっと……今日は心の底から楽しめるだろう。

 

 

 

 その為にも——

 

 

 

「——やるべき事をやらなきゃな」

 

 

 

 俺は腰にぶら下げた3匹の相棒たちを呼び出す。

 

 ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)キモリ(わかば)……それぞれが、なんだかいつもより頼もしく感じた。

 

 なんだ?なんかみんな漲ってないか?

 

 

 

「あの……これからまた地獄のメニューをやるわけだけど——」

 

 

 

 そう言った時、3匹ともが一斉に吠えた。

 

 最初は『もうこんな仕打ちこりごりだ!』と抗議してるのかと一瞬よぎったけど、どうもそんな感じじゃない。

 

 チャマメはその場でぐるぐる回って、アカカブは牙を打ち鳴らして、わかばは軽く飛んで身体を慣らして——みんながやる気をアピールしているようだ。

 

 

 

「お前ら、まさかあの試合見て……?」

 

 

 

 ミツルとの試合。ボールの中からこいつらも見ていたのか?あんな熱い試合を見せられたら、こいつらも頑張りたい!って思ったんだろうか?

 

 でもきっと……そうなんだろう——いや、そうだといいな。

 

 

 

「……みんな。トレーニングに入る前に話がある」

 

 

 

 俺の言葉に、一同動きを止める。

 

 俺の面持ちに真剣さを感じたのか、真っ直ぐ俺の顔を見てくれている。

 

 

 

 ……これからする話なんて、もしかしたら今更だったのかもしれない。今のやる気を見ると、こいつらも『勝ちたい』って気持ちを持っていたんだってわかる。

 

 でも一度は言葉にしておきたい。俺のエゴかもしれないけど、みんなに同意してもらえている方が、この先やり易いと思うから。

 

 

 

「みんな……今まで一緒についてきてくれてありがとう」

 

 

 

 苦しいトレーニングに取り組んでくれた事。

 

 強敵と戦ってくれた事。

 

 危ない時も助けてくれた事。

 

 その感謝は、今までずっと思っていた事。

 

 

 

「……これからはより厳しい事があると思う。俺自身、想像もしなかった事が起こるかもしれない。その時にお前たちにも無理を強いるかもしれない」

 

 

 

 それは避けようがない。俺は経験不足で世間知らずだ。普通のトレーナーよりも何倍も頑張らなきゃいけないと思ってる。その影響が出るのは当たり前なんだ。

 

 だから怖いけど……聞いておきたい。

 

 

 

「——楽しいばかりじゃないと思う。辛いことが連続するかも知れない。思うように歩いて行けないかも知れない……それでも——」

 

 

 

——それでも一緒に居てくれるか?

 

 

 

 その答えは、それぞれの鳴き声ではっきりと返ってきた。

 

 一度だけ、短く——即答だった。

 

 

 

——良いよ。

 

 

 

 そんな風に……聴こえた。

 

 

 

 俺はこんなにも愛おしい奴らに囲まれていたんだと気付いて、涙が出た。気付けばポケモンたちに駆け寄って3匹ともを一度に抱きしめていた。

 

 チャマメは嬉しそうに。

 

 アカカブはよくわかってなさそうに。

 

 わかばは少し恥ずかしそうに。

 

 

 

 俺の抱擁を受け入れてくれた。

 

 

 

 今なら大丈夫な気がする。根拠はないけど、自信はある。

 

 

 

 “俺たち”は——また頑張れる。

 

 

 

 

 

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噛み締めるのは、同じ道を歩いてくれる存在——。

自分よりも小さい生き物を抱きしめる時の幸福感はひとしお。

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第61話 心機一転



二日程お休みさせていただきやした〜。その分リフレッシュしてきたので書くモチベも高いです!ではでは。





 

 

 

 ——地獄のメニューが1ヶ月経過した。

 

 

 

「——うぉおおおおおお!!!」

——マァァァァァァァァ!!!

——ワァァァァァァァァ!!!

——〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 

 

 

 朝のウォームアップに抜かりはない。早朝の砂浜ランニングを全力で行う俺らは雄叫びを上げながら爆走していた。

 

 何度もやって体力はついてきたが、やはり後半はキツい。でもこんな時こそ精神力がものを言う。目指す目標が明確になった分、つらいトレーニングを続けるモチベーションは今までとは比にならない。

 

 

 

——ズザァーッ‼︎

 

 

 

 今日もなんとかランニングを終え、砂浜に倒れ込む。酸素を求めて息継ぎをするが、少しの間で呼吸は整ってくる。

 

 わずかな時間で心肺機能が回復できるようになった事がここ最近で一番伸びたことかも知れない……。

 

 

 

(——ひと月もやってりゃ、変化もあって当然だよな)

 

 

 

 それでも何かが少し変わるだけで。実感するだけでモチベーションというのは上がる。

 

 でも油断はできない。約束の日まで半分を切ったとはいえ、依然として苦しいトレーニングなのは変わりない。

 

 本当にキツいのはここからなんだから……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ガツガツガツガツ……!

 

 

 

 トウキ宅にて朝食をいただく。最近はトウキさんの分も作るのが俺の仕事だ。

 

 ——と言っても、簡単に飯を炊いて近所でもらった漬物とバラ売りしている魚の切り身をグリルで焼いて、味噌汁をさっと煮るだけである。ちなみに俺は朝はトースト派だと口を滑らせた時にはトウキさんに汚物を見るような目で見られた事件があったりなかったりする。

 

 

 

「——最近お前よく食うようになったな」

 

「モグモグ……そうですかね?」

 

 

 

 結局この家での食事選択権は当たり前だがトウキさんにあるので、朝昼晩と全て和食に落ち着いた訳だが、俺もなんだかんだ慣れてきた。最近はむしろ空腹がすごいので、食べ応えのある白米の方が良いまである。

 

 

 

「朝のランニングで食欲なくしてたお前がなぁ〜」

 

「なんか使ったエネルギーを補充しなきゃって体が言ってるみたいな……最近は動くとすぐに腹が減るんですよね」

 

 

 

 ここも最近の変化の一つ。とにかく最初はトレーニング後の食事がしんどくて、詰め込むようにご飯を食べると下手すると戻すこともあった。それでも体は動いた分、消費したカロリーを必要とするはずなのになんでだろう?と思ったのが変化の始まりだったかもしれない。

 

 それで少し調べてみた事をトウキさんに話す。

 

 

 

「——胃腸の仕組みについて調べてたら、どうも運動中と食事中で使ってる“神経”が違うみたいなんですよね」

 

「し、神経……?」

 

「バトルの時とか、張り詰めた精神状態の時って喉が渇くじゃないですか?あれって実は身体が“戦闘モード”に入ってるらしくて、運動に必要な筋肉なんかに神経を使うから、その分戦闘に必要のない“唾液”なんかの分泌を抑えちゃうらしいんですよ」

 

「確かにそんな時あるわ。でも食欲がなくなるってのは?」

 

「それは“唾液”と一緒に“胃液”や“腸内の動き”も弱まるかららしいです。それも戦闘には必要がないから」

 

 

 

 人は食事を忘れるほど何かに没頭する時がある。それは興奮状態になった脳が身体を“戦闘モード”にし、胃腸の活動を弱めてしまうかららしい。

 

 不思議な仕様だが、人間という生き物は『必要なものを補う』という理性より『欲しいから食べる。欲しくないなら食べない』といった本能の部分が優先されやすい。その理由もきっとこうした仕組みのせいなんだろう。

 

 

 

「まあネット調べですから一概には言えないんでしょうけどね。でも理屈がわかったら対策もできましたよ——俺自身もポケモンたちも、好みのきのみやらお菓子を少しだけ食べてから飯を食うようにしたんです」

 

「お前そんなことやってたの⁉︎」

 

「そしたら舌が美味しいものを検知して、脳みそに『食事がしたい』と命令を出してくれるんじゃないかって……最初はあんまり効果はなかったんですけど……」

 

 

 

 それでも生き物は順応していく。習慣付いた行動は、運動直後の食事にも影響を与え始めた。

 

 結果、今のように運動後も消化器官が元気に働いてくれるようになった……んだと思う。

 

 

 

「まぁ要は『気の持ちよう』ってことなんでしょうけど」

 

「確かに俺ぁそんなもん気にしなくても腹ぁ減るからな……ジム生どもがへばってる意味が最初わかんなかった」

 

「トウキさんの精神力ってやっぱやばいっすね……」

 

 

 

 俺みたいな凡人が脳みそこねくり回してやっとこさできることも、この人は難なくこなせてしまうのはその差なんだろうな。落ち込むってほどではないけど、羨ましいとは思う。

 

 

 

「……でもすげぇじゃねぇか。要はお前、できなかった事を知恵で突破したって事だろ?」

 

 

 

 予想外の一言。え、これ褒められてるよな?

 

 

 

「そ、そんな大層なもんじゃないですよ?調べもネットで探した情報を俺なりに理解したつもりになってるだけで、厳密には違うのかも知れないし、たまたま上手く行った方法が俺にあってただけだと思うし……やっぱりトウキさんやみんなみたいに、なんでも器用にできないから必要な知識がどうしても多くなってしまうだけなんです」

 

 

 

 それが俺たちをここまで強くはしたけれど……でも先を行く人間たちに追いつこうとしている俺が、こんなペースではいけないんだろうとは思う。

 

 だから……褒められるのは嬉しいけど、きっと過大評価だ。

 

 

 

「——器用に見えたか?俺が」

 

 

 

 トウキさんは箸を置いて話し始める。

 

 こういう時、すごく大事な事を俺に伝えようとしているのだとわかる。だから俺も身体を向き直して耳を傾けた。

 

 

 

「他人が思ってるより、俺は器用な人間じゃねぇよ。感覚で動ける奴ってのは、こういう戦闘色の強い仕事してるとよく羨ましいって言われるけどな……」

 

「器用……ってひとからげに言えるものではないかもですけど、頭で考えるより感覚で捉えられるのはメリットの方が多いですよね?」

 

「それがそうでもねぇんだわ」

 

 

 

 トウキさんははっきり否定する。

 

 いわば頭脳派、理論派と呼ばれるトレーナーたちが憧れるその天才の勘というものは、何もメリットばかりではないと言うのだ。

 

 

 

「——先月やった試合でもそうだ。俺ぁ自分のポケモンが状態異常になってるのに気付けなかった。あれは普段の俺の感覚的には“勝負所は波に乗ってガンガン突っ込め”ってのが定石だったゆえってのもあるけどよ……具体的にあーしろこーしろとは考えないから、確かに精神的な負担も少なくて済む……それでも見えている大事な情報を、見落とす事の方が多いんだよ」

 

 

 

 それはミツル戦でスボミーから毒をもらったワンリキーの話だろう。ワンリキーの状態を少しでも先に察知していれば、確かに試合展開も変わっていたかもしれない。

 

 

 

「頭を使う奴に絡め取られて負けた試合なんかも過去にはあった。その時悔しいって思ったから、少しは戦闘で頭を使えるような訓練も試したが……ダメだった」

 

「そんな……」

 

「考えてみれば当たり前の話だ。普段から考えてる奴はそれが好きだからやってんだよ。俺はつべこべ考えるのは性に合わない。そのモチベの差は絶対に埋められねぇんだよ」

 

「モチベーションの差……」

 

 

 

 これは何にでも言えることかも知れないが……『やりたい』と『やらなければ』という二つの原動力は似ているようで全然違う。そこから得られる成果は、明らかに前者の方が多い。

 

 俺たちも、ミツルの試合と言葉を聞いて前向きにトレーニングにトライするようになってからは伸びを感じるようになったし、苦しいポイントがあっても、立ち直るのに前ほど力まなくてもよくなったと思う。

 

 実感している今だからこそ、トウキさんの言葉は理解できる。結局……全ての能力や感性を得ようとするのは不可能なんだ。

 

 

 

「まぁ……だから俺から見たって時々羨ましく感じるぜ……お前みたいなトレーナーに育ててもらえるポケモンがな」

 

「そんなこと……」

 

 

 

 自分なんてまだまだ——そう言いかけたところ、肘に何かが当たった。

 

 振り返ると、さっきまで傍らで食事をしていたアカカブが自分の餌受けを咥えてこちらを見ていた。

 

 

 

「え……もうおかわり⁉︎」

 

「アッハッハッハッハッ!よかったじゃねぇか♪今そうやって嬉しそうに飯が食えるのは間違いなくトレーナーのお前のおかげだろうよ」

 

「……そう、だったらいいなぁ」

 

 

 

 思わずアカカブの頭を撫でてしまう。アカカブは『何してんの?ご飯くれ!』と不服そうにしているが、少しだけ待って欲しい。

 

 お前のお陰で、また少し頑張ろうって思えたから……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 午前はいつも通り、地獄のスペック向上のお時間。限界ギリギリまで体を酷使し、昼前までには終わらせる。

 

 3匹とも、ひと月前と比べてへばる事が極端に少なくなった。体力がついてきたというのは勿論、何より精神的に前向きになっているのが大きい。

 

 目標があと一月と迫っていることにテンションを上げているようで、トレーニングに取り組む姿勢は日に日によくなっていっている。

 

 心なしか顔つきもそれらしく、かっこよくなってる気がした。

 

 

 

「……さすがにトレーナーの欲目が過ぎるかな?」

 

 

 

 馬鹿な事考えている俺は、すぐに目の前のポケモンたちに意識を戻す。俺もここでぼーっと見ているわけにはいかない。

 

 このトレーニングは過酷故に、怪我の心配は付きまとう。いくら心身を強くするためとはいえ、怪我を押してまでやるのは逆効果。前までは体が悲鳴をあげるより先に心の方が弱ることが多かったせいか、怪我や痛みといったものは見受けられなかった。

 

 でも今のあいつらは本気。実力以上の取り組みを見せることもある。

 

 チームが熱を持つのはいいことだが、トレーナーだけはそれを外から見ておかなければならない。冷静にチームを見渡せるのは、トレーナーという船頭以外にいないのだ。

 

 

 

「——よし!みんなお疲れ様‼︎」

 

 

 

 午前のトレーニングは全て終了した。ぜえぜえと喘ぐ三匹だが、その顔にはどこか充足感が見てとれる。軽くポケモンたちのメディカルチェックを済ませて、労いながらボールに戻していく。

 

 ここで一度ポケモンセンターで疲労の回復を図るために。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 Q.ポケセンや日用品の買い物の資金はどうしてるの?

 

 A.どこぞの社長がお金をくれました。

 

 

 

 デボンの社長、“ツワブキ”さんからの振込がある日突然されていて慌てて連絡を入れた。

 

 『それはこれまで我が社に貢献してくれた君への謝礼だよ』——なんて軽く言ってくれたけど、桁一つ間違えてない?って額が振り込まれていた。それでせめて現実的な金額を再検討されてはと進言したが、却下。

 

 そういえばカナズミを出る前にデータバンクの名義を聞かれたけど、こういうことだったのか……と、先月の俺は少しバツが悪そうにそのお金を受け取った。

 

 しかしそのお金が今は助けになっている。ムロではトレーニングに専念している分、収入が全くない状態。

 

 トウキさんの家に住み込みさせてもらってる分の宿泊費と食費は受け取らないと断固拒否されたおかげで大分助かっているが、それでもポケモンたちに使う道具やポケセンの利用費は必要になっている。とりわけポケセンの利用は毎日で、トレーナー価格とはいえ流石に大変な金額になっている。

 

 まぁ……これも頑張っている報酬だと思って、ツワブキ社長の謝礼に手をつけるまでに時間はそうかからなかった。

 

 

 

「——お待たせしました。お連れのポケモンたちは、みんな元気になりましたよ♪またのご利用をお待ちしてます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 日焼けで少し浅黒いジョーイさんに感謝しつつ、ポケモンの入ったボールを三つ受け取りセンターを後にする。

 

 この治療はトレーニングで体を痛めている部分を確認する目的の方が大きく、疲労は治療方法の関係で何度もやると逆に溜まってしまう。だから、結局は日に一度の利用になっている。この期間にバトルをしないのもこの為だ。

 

 試合勘が大分衰えるのは仕方ないが、元々バトルに明け暮れていたわけでもないので、さほど影響はないだろうとトウキさんも言っていたのを信じる。

 

 この後は飯を食って午後のトレーニングに移る。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 午後からのトレーニングには地獄のメニューに加えて、ひとつ拡張訓練を加えた。

 

 後のトレーニングに支障が出ない範囲でだが、あと一月と迫ったジム戦に向けて、武器を増やしておくことは必須条件だった。

 

 ミツルの挑戦でもわかったが、いわゆる“派生技”——具体的には“個々特有の武器”を持っておく必要がある。

 

 ポケモンたちへの理解は年々深まっていて、今はネット調べでも多くの情報が手に入る時代。調べれば、こっちのポケモンの生態くらい簡単に丸裸にされてしまうのだ。

 

 ひと月後、トレーニングを積んだとしてもまだ間違いなく格上の相手と戦うことになる。その時に付け焼き刃の作戦だけでどうこうできるはずはない。

 

 だからこそ、俺たちだけの能力が欲しい。相手にできなくて、自分にできることで勝負する——いわば自分の土俵で戦うための用意が必要だった。

 

 

 

「——まだ具体的な構想はないけど、このひと月でなんとかしねぇーとな」

 

 

 

 そう言って、まずは3匹それぞれの特徴をメモしたノートに目を通す。

 

 チャマメはカナズミで身につけた“帯電”があり、この形で“電気タイプ”への適正があるのがわかった。ジグザグマは元々見た目以上に広い技タイプを扱えるから、相手にしてみると何が飛んでくるかわからないといった具合になるだろう。自慢の脚力で相手の攻撃をかわしつつ、遠距離から撃てる“でんき技”でもあればそれなりに戦えると思う。

 

 “拡張訓練”としてはその電気をどう扱うか……それを考えておかなければならない。

 

 

 

 アカカブは“新技”の習得が主になる。

 

 覚えている技は近中距離で戦うには申し分ないが、やはり遠距離にもなんらかの対策は必要だろう。トウキさんはゴリゴリの物理で殴ってくるとは思うけど、そんな相手と真っ向から戦うしかない技構成では勝ち目は薄い。

 

 その“技”——もしくは今の技を派生させるかする必要がある。

 

 

 

 わかばは既にステータスが完成に近い。だがそれ故にまだ進化できていない問題がある。

 

 このトレーニング中に何かわかるかと注意深く見ていたが、特におかしな様子があるわけではなかったので原因は未だ不明。本当はこのジム戦に合わせて進化してくれるのが一番いいのだが……——

 

 

 

—— なぜ進化しないのか。あなたが上を目指すというのなら、切り札であるわかばさんについて調べる必要があると思われませんか?

 

 

 ツツジさんに言われた事を思い出し、やはりこの問題に取り組む必要があると感じた。

 

 もちろん進化できなければそれなりに仕上げるつもりではいるけど、やはり進化させてやりたい。もしわかばにその気がないなら別だけど……——

 

 

 

「……やるか」

 

 

 

 とにかく今は考えても始まらない。

 

 行動に起こせば何かわかるかもしれない。

 

 わかばには“居合斬り”の向上と“ある技”の派生技を考案した分のトレーニングをお願いして、後は成り行きだろう。考えることはやめず、それでも立ち止まらない様……バランスを取るのは難しいが、それがきっと今の俺のベストなペースだ。

 

 

 

 三匹を順番に見ながら、俺はゆっくりでも着実に前に進んでいる今を嬉しく思う。

 

 

 

「勝ちたいな……ジム戦」

 

 

 

 このメンバーで、夢のスタートラインに立ちたい。その為にも、今はとにかくできる限りを尽くす。

 

 もう、ひと月しか残っていないのだ。

 

 

 

 

 

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時間は刻一刻と——。

ネット調べで健康管理とか中年かよ……って突っ込むじゃないよ?
まだわたくし20代だから……ほんとだから……うぅ。

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第62話 完遂


昨晩XYを久々にプレイ。
最終兵器のボタン選択権握らされたんすけど、誰か止めろ大人!!!
イベルタルくんの登場シーンかっこよすぎた……ボール1個で捕まったのって後の台詞から察するに仕様なのだろうか……?





 

 

 

「——最近いいネタがないわね〜……」

 

 

 カイナとムロを行き交う定期船に揺られながら、とある女性がポツリと呟く。その声は脇で重たそうなカメラのレンズを磨く男に向けられていた。

 

 

 

「そうは言ってもしょうがないですよ。みーんな“紅燕娘(レッドスワロー)”の話題で持ちきりなんですし」

 

「はぁ〜〜〜。どいつもこいつもスワロースワローって……他にもトレーナーはたくさんいるでしょうに」

 

「それがわかってるなら素直に彼女に取材申し込みましょうよ。メディアへの露出に抵抗ないって、今時の女の子にしては肝が据わってますよホント」

 

「嫌よ!今から取材したって他所の局とおんなじ事しか報道できないわ!」

 

 

 

 女性はカメラマンの無神経な一言に立ち上がる。それでカメラマンも詫びを入れて再び女性を落ち着かせた。

 

 

 

「はぁ〜〜〜……本当にいるのかしら。『スワローのライバル』——なんて……」

 

「噂じゃ同じミシロタウンの出身らしいですけど、“トウカジム”にいるって噂はガセだったらしいですし」

 

「他にも噂に該当しそうなトレーナーといえば、そのトウカ出身の“ミツル”って子だと思ったけど——」

 

「あっちは先月ムロジムで勝ってプロ入り。期待の新星だとは思いますけど、彼が捕まらないんじゃ話になりませんよ——それでムロまで行くってマリさんもマリさんですよ」

 

「しょうがないじゃない!局長に行けって言われちゃったんだから‼︎」

 

「そりゃ……『スワローなんて流行り好き(ミーハー)しか喜ばないネタはお断り』——なんて啖呵切ったら局長だって怒りますよ……」

 

「とにかく!局長の怒りを鎮める為にも是が非でもネタをムロで掴むのよ!わかったダイ⁉︎ネタを見つけても『カメラ回ってませんでした』なんてほざいたらカイナまで泳がせるからね‼︎」

 

「は、はい〜〜〜‼︎」

 

 

 

 理不尽ともいえるマリの恫喝に、ダイは情けない声で了解の意を伝えた。しかし、そのやりとりはあまりにもうるさかったようで——

 

 

 

「……あのぉお客さま。他のお客様のご迷惑になられますので……」

 

「「すみません……」」

 

 

 

 乗務員からの注意が飛び、あえなく二人は押し黙ることとなった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ハッ……ハッ……ゼェ……ハァッ!!!

 

 

 

 チャマメ(ジグザグマ)がマルチナビから出現させた虚像に向かって全力疾走する。

 

 既に数え切れない期間走り回っているチャマメ。内蔵している体力は底をつき、足腰にはきっと力が上手く入っていない。その証拠を体は時折ふらつき、今日のトレーニング開始と比べてスピードは落ちている。

 

 でも目的地を見失ってはいない。険しい顔をして体に鞭を打って走る。もうそろ反復追跡(トレース・オブ・ターン)が制限時間を告げる。間に合うか——

 

 

 

 

 

——ズザァーッ‼︎

 

 

 

 リミットいっぱいでチャマメの前足が虚像を捉える。そのままチャマメは砂浜に突っ伏し、マルチナビのモニターには『トレーニングクリア』の文字が表示される……ということで。

 

 

 

「——2ヶ月……お疲れ様!!!」

 

 

 

 チャマメのトレーニングが本日最後のトレーニングだった。そして、今日約束の2ヶ月が経過——俺たちはついに……この地獄のメニューを完遂したのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トウキさんは俺らが約束の2ヶ月間を乗り越えた労いを込めて、夜は自宅で祝賀会を開いてくれた——と言っても、ムロにきたばかりの頃にした集会所ほどの規模ではないが……。

 

 いつもより多い品々と色んな飲み物が机に集められて、家庭的なパーティ風な祝われ方は嫌いじゃない。

 

 そんな席で、トウキさんはある提案を俺に持ちかけていた。

 

 

 

「——え?明日ジム生と試合!?」

 

 

 

 食事を一通り楽しんだ後、トウキさんから知らされたのはムロジムの人たちとのバトルのお誘いだった。

 

 

 

「ああ。お前この2ヶ月、トレーニングばっかでバトル勘鈍ってるだろ?俺とやる前に感覚取り戻しとかねぇとな」

 

「そりゃ俺も気にはしてましたけど……てっきり2ヶ月後にはすぐジム戦になるのかと思ってました」

 

 

 

 一緒に暮らしてわかったけど、トウキさんも多忙を極めている。ジム挑戦には相変わらず日に何度かトレーナーがやってきてるみたいだし、ジム生の指導指示もある。後はこの辺りの水難パトロールなんかも任されているみたいで、昼間はよく船に乗ってそこらを見回っているようだ。そこに自分のポケモンのトレーニングとかなりハードであり、帰ってくるのもほとんど深夜が多かった。

 

 だから俺の面倒まで見ているのはかなり異例というか……懐の深さに頭が上がらない。ジム戦は早い方がトウキさんの負担もなくなると思っていたが——

 

 

 

「その顔……またなーんか変な遠慮してんな?」

 

「い、いや!約束の2ヶ月も面倒見てくれて、その上調整のバトルまで取り付けてもらうのはちょっと気が引けるかなぁーって……」

 

「ダァホ!当たり前だろうが!何のためにお前を育てたと思ってる?」

 

「な、なんのため……?」

 

 

 

 トウキさんは俺を育てたのには理由があると言う。確か、旧友のツツジさんに頼まれてって言うのが理由だったと思うけど……?

 

 

 

「——ツツジ(あいつ)に頼まれたってのもあるがな……お前みたいな奴が普段どんなこと考えて、どう強くなって、どう戦うのか——それを見れるのは俺にとってもメリットなんだよ」

 

「……は、はぁ?」

 

「っ!——お、お前やあの石バカも、俺にはない“知恵”ってもんを武器にするだろうがっ!前にも言ったが、俺は感覚で行動して、自分と正面切った戦いをする分には負けるなんて微塵も思わねぇ……それほどのもんを積み上げてきたからな」

 

 

 

 その自信は、いわばトウキさんの“強み”。難業を幾つも達成してきた彼だからこそ言える大口だ。実際、今日2ヶ月を乗り越えた俺だからこそ、少しだけそう誇りたい気持ちもわかる。

 

 

 

「でも……俺が足元を掬われるとしたら、お前みたいなのが一番危ねぇんだ。俺は良くも悪くも馬鹿正直に戦うのが一番性に合う。それを強みだと自負もしてるが、狙い目と見る奴だって少なくない。だから、そうした仕掛けを打ってくる奴がどんなこと考えて生きてんのか……それを知るのって結構貴重なんだぜ?」

 

「……!」

 

 

 

 そう言ったトウキさんの顔には、自信に溢れた笑みが浮かんでいた。その顔を見てなんとなく……そう思った。

 

 『収穫はあった』——と。

 

 

 

「はっきり言っとくが、お前にも『他人にはない強さ』ってのがちゃんとある。それは2ヶ月見てきた俺が保証する——後はそれをどう使うか……活かすも殺すもお前次第。それには自覚しないと始まらないからな」

 

 

 

 俺の……『他人にはない強さ』——俺は……俺にもそんな部分があるとトウキさんは言う。

 

 

 

「……俺に……一体それって——」

 

「それは自分で気付け」

 

「ガクッ——そんな……」

 

「てかそんくらいみんな持ってんだよ。ちょっと他人が持ってるもんが自分のより綺麗だからってすぐ羨ましがるけどな……“ランカー(うえ)”にはそんな事言ってたら、いつまでも上がって来れねぇぜ?」

 

「自覚……か」

 

 

 

 トウキさんの言ってる事もわかる気がする。いつも落ち込む理由の半分くらいは“他人が持ってる才能を見た時”——あんまり認めたくはないけど、きっと嫉妬している時だ。

 

 自分に無いものばかりを突きつけられて、結局は落ち込んで終わり。そんな繰り返しで強くはなれないという理屈はわかる。

 

 

 

「まぁつまりアレだ——お前が万全の準備が整わないと俺も困るんだよ。2ヶ月かけて俺の言うこと聞いた奴が、不甲斐ない試合されてもな」

 

「な、なんか最後無理やりまとめませんでした?」

 

「うるせぇな!こういう小難しい話してっと話の収集がつかなくなんだよ——いいから黙って明日ジムに来い‼︎」

 

「あででででででで!わかっ!わかりましたたたたたた‼︎」

 

 

 

 頭にアイアンクローを受けた俺は、壊れたラジオのように返事して慈悲を求める。

 

 まぁでも……ここまで甘えといて今更遠慮するのも変な話だ。明日は、胸を借りるつもりで行こう……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——と言うわけで、我がムロジムに()()を売りにきたミシロタウンのユウキくんだ♪」

 

——ギロリッ‼︎

 

 

 

 トウキさんの一言で、早朝のムロジムに緊張が走る。ジムの屋内バトルコートで集まった血気盛んなジム生たちが俺の方をにらみつけていた。何口走ってくれてんだこの脳筋は。

 

 

 

「ちょちょちょちょいと朝イチから冗談が過ぎませんかねぇ⁉︎」

 

「そこの砂浜をバカみたいに走ってたの知ってるやつもこの中にはいんだろ。この2ヶ月、俺が()()()面倒見たんだけどなぁ〜……確かにお前らよりは才能ありそうだったぜ?」

 

 

 

 俺のツッコミをフル無視して口走る文言の数々は彼らの逆鱗を丁寧に擦り上げた。アカン。メラメラと燃える怒りの炎が具現化しとる。

 

 

 

「事実無根じゃないか!嘘は良くない‼︎」

 

「え?じゃあジム挑戦の件も無しか?」

 

「それはやりますけど——」

 

 

 

「「「上等だこらぁぁぁぁぁ」」」

 

 

 

 止めは悲しくも俺の迂闊な一言。火に油——というかダイナマイトを放り込まれたのような怒声が俺に向けられる。

 

 あははー朝イチから皆さん元気なこって……俺今日生きて帰れんのかな……。

 

 

 

「ワハハハハハ!——気合い充分となったところで、是非ともジム生のお前らにはこいつを揉んでやって欲しい!この一週間はお前らと混じってユウキもトレーニングすっから!その間にバトりたいやつはこいつに申し込めな!みんな仲良くしろよー?」

 

「「「オオォォーーーーー!!!」」」

 

 

 

 仲良く?この今から「ブチコロスゾヒューマン」と目が語っている方々と?一週間?あー。なんだろ。今すぐミシロの母さんに泣きつきたい。怖いよ体育会系……。

 

 

 

「おらぁいつまでもはしゃいでんな!まずはウォームアップからだ‼︎」

 

 

 

 

 

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血気盛んなムロのジム。少年は生きて帰るのか——?

トウキさんヤンキープレイが過ぎる時と大人な時とで人格変わってんじゃね?あ、これ“シャ○クス二人いる説”とおんなじ感じで——コレ以上イケナイ。

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第63話 二人の師


実は前書き書くのにいつも苦戦している……え、絶対書かなくてもいいの……?




 

 

 

 コート外10周のウォームアップ後、各自ポケモンと共に一律の体力トレーニングに入る。間に休憩はあるが、やはりムロジム。それなりにハードだ。でもこれまでの2ヶ月に比べればまだマシ。

 

 ポケモンたちはさらに体力面が強化され、肩で息をしているが、みんな立ち直りが早い。トウカではウォームアップにすらついていけなかったあの頃と比べたら……えらい違いだ。

 

 

 

「——は、いいんだけど……」

 

——ジロリ。

 

 

 

「……」

 

——ギラッ!

 

 

 

「ぅ……」

 

——ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 

 めっっっっっっちゃ見てくるやん。

 

 トウキさんがあんなこと挑発的なことを言ったせいで、トレーニングで一緒になったトレーナーたちからえらく睨まれてしまう。やりづらいったらありゃしない。

 

 

 

「——いかんいかん。とにかくメニューに集中して、昼にはバトルだ」

 

 

 

 午前練習の後、それぞれフリーワークで自己トレする人とバトルで研鑽を磨く人とに別れる。俺がジムのトレーニングに混ざるのはこれが目的。

 

 よくよく考えてみれば同じ一週間といい……なんかトウカの時と似てるな。あの時はジム生に1on1ですら一度も勝てなかったが、今回はそんな体たらくではいられない。今回は調整とは言ったけど、やるからには全部に勝つくらいじゃないとダメだから……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 昼食を終えたトウキは、ジムコートの観覧席に腰を落としていた。この後はユウキが育てたポケモンたちを引き連れてコートに立つことになっている。

 

 今やジム内でも一際目立つ存在となったユウキ。とどめたばかりにあらぬ扇動発言の疑いにより色々な意味で注目を集めた彼の試合。フリー戦とは思えない観客の数となっていた。

 

 

 

「——全く。あんまり彼を虐めるのは感心しませんわよ?」

 

「……なんでここにいる石バカ」

 

 

 

 そんな異様な雰囲気のコート客席にて、トウキは予期せぬ来客に眉をひそめる。

 

 赤いリボンがトレードマーク。謹厳実直を地でいく少女、カナズミジムリーダーの“ツツジ”がそこに立っていた。

 

 

 

「まぁ。まだそんな野蛮な名前で呼ぶんですの?」

 

「今に始まった事じゃねぇだろうが。というか、お前は予定通りに来た試しがねぇな⁉︎前も異様に早い時間に来やがったし——()()()とのジム戦も来週だって確か伝えたと思うんだが?」

 

「それは存じてますわ。それともわたくしが読み間違えるとでも?」

 

「じゃあなんでいるんだよ?」

 

「わたくしがいつ来ようと勝手ではありませんか?」

 

「ジムほったらかしでこっちに来る意図がわかんねぇっつってんの!ほんっと昔からお前とは話があわねぇな」

 

「あら。珍しく気が合いますわね。わたくしもそう思っていたところですの」

 

 

 

 いつも通りの絡みを、まるで挨拶をするように皮肉を言い合う二人は、それでも今日はその熱が燃え上がるほどには至らなかった。

 

 両者とも見たいものが控えている以上、それに水を差すのを避けた感じだった。

 

 

 

「……どうでしたか彼は?」

 

「どうって……アバウトな質問だなおい」

 

「預けるには預けましたが、あなたが変な事を吹き込んでないか心配で……」

 

「頼んだのお前だよな?今のはどうなんだお願いする立場としてはよ?」

 

「あら?冗談が通じませんのね。それは失礼しましたわ」

 

「憎たらしいな!——まぁいいや。あの坊主……は、まあ面白かったよ。側から見てて」

 

 

 

 そう感想を漏らすトウキ。ほとんどがそれぞれのすべき事に時間をあてていたため、2ヶ月という時間同じ屋根の下で暮らした割に、コミュニケーションはさほどとっていなかった。

 

 それでもトウキの心象はよかったようだ。

 

 

 

「あいつ……最初はポケモンが痛めつけられてるのが見てられねぇって顔してたけどな——普通はそこで心を鬼にしなきゃってなるんだが……これをあいつは別の方法をとって対策してたよ」

 

 

 

 地獄の2ヶ月間。その間のユウキの葛藤は側から見ててもよくわかる。それでどうするのかとトウキは観察していたが、ユウキならではの方法でポケモンのトレーニングに当たっていたと言う。

 

 

 

「——マッサージに食べるもんにメンタルケア諸々……本人はネット調べとか言ってたけど、そりゃもうすげぇメモの数だったぜ」

 

「確かに……彼らしいですわ」

 

 

 

 ユウキはポケモンたちが少しでもトレーニングに慣れるようにと様々な方向からアプローチを試みたようだ。しかもそれを片っ端から調べては実践。間違った情報かどうかも精査しながら、事にあたっていた。

 

 

 

「まぁ本格的にそれがハマり出したのはトレーニング始めてひと月くらいだったけどな。本人はポケモンたちが頑張ってくれたとか言ってたけど……普通はああも献身的にはなれねぇ」

 

「あなたが言うなら余程ですわね」

 

「そうそう鈍感な俺にもわかる——ってやかましいわ」

 

 

 

 ユウキの努力は陰ながら行われていた。トウキ自身、2ヶ月で体作りを仕上げるのはギリギリもいいとこだと思っていた。

 

 途中怪我でリタイアするポケモンもいるかもしれないとさえ思うほどのスケジュールを組んでいたわけだが、ここまで一人も脱落することなくこれたのは、ユウキ自身の献身的なケアがあったからこそ。

 

 

 

「そりゃあそこまでされちゃ……主人のこと好きになるわなぁ〜」

 

「フフフ……やはりあなたに預けて正解でしたわ」

 

「あん?なんでそうなるんだ?」

 

「だって……あなたも好きでしょ?ああいう頑張り屋さん」

 

「……けっ」

 

 

 

 トウキに預けた本当の理由。

 

 それは、ユウキの直向(ひたむ)きさを見て、トウキが手を貸さないわけがないと思ったからだ。ツツジは長い付き合いになるトウキのことをよく知っている。

 

 小さな頃から何事にも全力なトウキを見てきた。だからこそユウキの実直な姿勢が刺さると思ったのだ。

 

 その読みは見事的中し、今ユウキは新しいステップへと踏み出している。

 

 

 

「……そろそろ始まるぜ」

 

 

 

 そうこう話していると、ユウキがバトルコートに現れた。どうやら対戦相手が決まったようだ。

 

 

 

「まずは誰が相手だ〜……っていきなり“タイキ”相手かよ」

 

 

 

 トウキが対戦相手の方を見ると、スキンヘッドの道着風のトレーナーウェアに身を包んだ少年が息巻いていた。何やら目つきが悪く、ユウキを睨んでいるようだ。

 

 

 

「強いんですの?」

 

「まだジム入りして半年くらいの新人だ……だが飲み込みの早さと攻撃的なスタイルがウチの方針と噛み合って最近頭角を表し始めてる——ウチの成長株だよ」

 

「なるほど……それは見ものですわね」

 

「しかも今回は俺が()()()かけたからな〜……タイキのやつマジで来るぜあれ」

 

「何言ったんですの……?」

 

 

 

 ろくなことを吹き込んでいないだろうと察したツツジ。トウキによりジム生からの心象は最悪となってしまったユウキを気の毒に思うのであった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ども、よろしくっス」

 

「ど、どーも……?」

 

 

 

 今日最初の相手となる“タイキ”が、俺に握手を求めるように手を前に出す。試合前の挨拶?——とは思うが、いかんせん睨まれながらそうされると応じづらい。

 

 しかしこのままでいるわけにもいかないため、ゆっくり右手を前に出すと——

 

 

 

——ガッ!

 

 

 

 思いっきり掴まれた。すごい握力で。

 

 

 

「痛ッ⁉︎」

 

「ユウキって……聞かない名前なんスけど、あんたなんか“タイトル”獲った事とかあんの?」

 

「え、た、たいとる……?」

 

 

 

 事態に目を回している俺を差し置いて、目の前のトレーナーはそんな質問をしてくる。聞き馴染みのない単語だけど……。

 

 

 

「大会の賞っスよ‼︎トウキさんにあんだけ啖呵切ったんだから、なんかこう——カナズミの四季トーナメントでベスト8とか……せめてオープンリーグくらいは出てるんっスよね……?」

 

「待て待て待て待て!急に横文字多いな⁉︎」

 

「まさか……トーナメントもまだ参加した事ないんスか⁉︎——それでジム戦って……あんたこの世界ナメてんスか⁉︎」

 

「え、えぇ……?」

 

 

 

 いきなり口で畳み掛けられて、最後にはしっかり軽蔑の目で見られた。その発言からおそらく彼はジム生になる前後でも華々しい活躍をしてきたトレーナーなんだろうと推察できる。

 

 そしてそれ故に、自分みたいな境遇の人間は適当にやってるように思えるんだろう。まぁわからんでもないか。

 

 

 

(——なんかこういうの久しぶりだな)

 

 

 

 なめてるのか——そう言われたのは2ヶ月前にトレーニングメニューをトウキさんに見せた時以来だが、あれは俺を試すためにやった芝居。本気の軽蔑を向けてくるトレーナーと出会ったのはトウカジム以来じゃなかろうか……。

 

 でも、別に理解をしてもらう必要はない。こんな事ひとつにつまづいている場合じゃない。

 

 

 

「なめてるかどうかは、バトルの中で確かめてくれよ」

 

「……!」

 

 

 

 強く握られている手を、改めてしっかり握り返す。威圧的な相手に負けない気迫で対抗する。

 

 俺自身、今日まで遊んできたわけではない。新しい一歩を踏み出し、指摘された甘さと地獄をポケモンたちの乗り越えここに立っている。

 

 口喧嘩で勝とうなんて気はさらさらないが、気持ちから負けているようでは、今まで努力してきた日々に失礼というものだ。

 

 

 

(とやかく言うなら言わせておけばいい……俺は——俺たちはただ勝つ事だけを考えるんだ)

 

 

 

 握り合った手を離し、互いに背を向けコートの待機場所、“トレーナーズサークル”へと歩き出す。その間に、俺はゆっくりと頭の中でイメージを固めていた。

 

 

 

 ——今日のルールは“1on1”のシングル戦。今日からはジム戦までの試合勘を取り戻すのと、新しくなったパーティの強さを測る期間。相手のデータは無いが、性格は荒っぽくてプライドが高そう……多分バトルもガンガン来る。

 

 今回はチャマメを選出。“格闘”が売りのジムで相性は悪くなると予想できるが、走り込んだ脚力を武器に接近戦を極力避ける。

 

 朝のウォームアップの感じだと、今日のチャマメのノリは悪くない。いけそうなら“新技”の方も試す。

 

 ……このくらいか。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 イメージトレーニングが済んだユウキは、一度大きく深呼吸を入れる。その間に向こうのトレーナーはまだかと急かすように手持ちのボールをポンポンと投げて待っていた。

 

 

 

「始まる前になんか揉めてたなぁ〜。口喧嘩で勝っても意味ないぞ〜タイキ」

 

「あなたの気性が感染(うつ)ったんじゃないですの?」

 

「元からあーだよあいつは!——てか始まるぞ」

 

 

 

 客席ではトウキとツツジ2名のジムリーダーと、ムロジムのトレーナーが何人かが注目している。

 

 セルフジャッジ故、互いのトレーナーが掛け声を合わせて同時に繰り出すことになる。互いの意思を視線で送り合い、ユウキとタイキはそれぞれボールを投げ入れて——叫んだ。

 

 

 

「いけジグザグマ(チャマメ)!」

「行ってこいワンリキー(リッキー)!」

 

 

 

 両名のポケモンが出揃う?

 

 ユウキ側はジグザグマ。“ノーマル”タイプ。

 

 タイキ側はワンリキー。“格闘”タイプ。

 

 試合はユウキの予想通り、相性は悪いマッチアップ。

 

 

 

「ありゃりゃ。いきなり不利対面だな」

 

「こればっかりは仕方ないとはいえ……ユウキさんも苦しいですわね」

 

「まぁ……今までならな」

 

 

 

 トウキはユウキとチャマメを見て、不敵に笑う。それには明らかに含みがあり、ツツジもそれに気付いて眉をひそめる。

 

 

 

「まぁ見てな……割とすぐにわかるかもよ?」

 

 

 

「先手取るぞ!——“空手チョップ”‼︎」

 

 

 

 タイキはいきなり力任せのプレー。しかし事実“ノーマル”のチャマメに“空手チョップ”の一撃は手痛い。当たればゲームセット級の破壊力だ。

 

 

 

「躱せチャマ!」

 

 

 

 踏み込みが速く、すぐにワンリキー(リッキー)の射程圏内に入ってしまったチャマメは、ユウキの指示に反応してサイドステップを——

 

 

 

 

 ——タンッ!——ズザザザァー‼︎

 

 

 

 サイドステップで“空手チョップ”を躱した。ひとっ飛びで想像以上の跳躍を見せたチャマメは、その勢いが凄すぎて、着地で少し態勢を崩すほど。

 

 その飛距離は……今までの比ではない。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

「まぁ!」

 

「ふーん♪」

 

「………………」

 

 

 

 チャマメの跳躍力に驚いた観客と対戦者。そして、これをおこなった当の本人たちも……例外ではなかった。

 

 

 

——なんすか今のトンデモジャンプ?

 

——ワゥ⁇

 

 

 

 

 

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積み重ねの成果は突然に——!

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第64話 成果


めっっっちゃ長くなったけど許してね。
いつもの倍くらいになってもうたけど(え?)




 

 

 

 ムロジムのコートを見守る観衆はどよめいていた。ジム内でも、今勢いのある新人“タイキ”が、ポッと出のトレーナーに翻弄されつつあったからだ。

 

 

 

「くそ——追えワンリキー(リッキー)!——“空手チョップ‼︎」

 

 

 

 リッキーは手刀を構えてユウキのジグザグマ(チャマメ)目掛けて走る。その追い足は速く、今までのチャマメならすぐにコートの端に追いやられていただろうが——

 

 

 

「——躱せ!」

 

 

 

 ユウキの一言で、その一振りを横っ飛びで躱す。

 

 

 

「くそ!また——」

 

 

 

 チャマメのステップの幅が想像以上に広く、その為リッキー側は“空手チョップ”を切り返しての追撃が上手くいかない。

 

 

 

「だったら足使って追い詰めろ!」

 

 

 

 リッキーはベタ足でチャマメめがけて追いかける。距離が詰め、逃げるコースを限定する作戦——だったが。

 

 

 

(——あのワンリキーに攻め続けさせるのは厄介だけど、向こうは攻撃が当たらないから焦ってる……今なら!)

 

「——チャマメ!“頭突き”‼︎」

 

「なっ——」

 

 

 

 今度は逃げの一手から急に攻勢に出たチャマメに面食らうタイキ。リッキーもこのタイミングでの反撃を全く警戒していなかったためにチャマメの急接近に身体がこわばった。

 

 

 

——ズトンッ‼︎

 

 

 

 チャマメの全体重の乗った“頭突き”がリッキーの胸部にめり込む。鈍い音と共にリッキーの小柄な体は後方に弾けた。

 

 

 

「リッキー!大丈夫かっ⁉︎」

 

——グ……ギギ……!

 

 

 

 なんとか踏みとどまったリッキーだが、ダメージの色は隠せない。

 

 

 

(ワンリキーのあの顔色。ちゃんとダメージが通ってる!今まではあんな直ぐに顔に出るようなダメージはなかったのに……これが——)

 

「これが……地獄のメニューの成果……?」

 

 

 

 ユウキは確かな手応えを感じつつあった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキとタイキが火花を散らすコートを眺めるツツジとトウキ。その二人は、視線をコートに向けたまま会話をしていた。

 

 

 

「随分とまた逞しくなりましたね。あのジグザグマ」

 

「当たり前だ。俺の仕掛けたメニューで伸びねぇわけがねぇ」

 

 

 

 そう言って地獄を強いた張本人は笑っていた。随分と荒療治だったと付け加えているが、結果は目に見えて明らかだった。

 

 

 

「攻勢に出た事でより実感したはずだ。あいつも……ポケモンが一回り成長すりゃ、武器にである“思考能力”はもっと活きる」

 

 

 

(——くそ!反撃で負けねえようにここは“ビルドアップ”で肉体強化を!)

 

「リッキー!“ビルドアッ——」

 

「——“輪唱”‼︎」

 

 

 

——マァァァー‼︎

 

 

 

 

 タイキの指示が飛ぶ前に、ユウキは“輪唱”を選択。中距離からリッキーに音の衝撃を与え、“ビルドアップ”を積ませる隙を与えない。しかし問題はその見切りの早さだ。

 

 

 

「な、なんで——」

 

「手痛い反撃には守りを固めて来るよな!」

 

「調子に乗るな!だったらまた追えリッキー‼︎」

 

 

 

 “ビルドアップ”を積む隙がないならと、果敢に挑むリッキー。今までよりもさらに一段ギアを上げて、連続で“空手チョップ”をチャマメに見舞う——が。それもまた空を切る。

 

 

 

「——な、なんで当たらないんスか⁉︎」

 

 

 

 その全てが鼻先で躱される。

 

 もちろんステップの幅が広いのはもう理解したタイキは、逃げ先を特定して追撃を測るという、彼なりの対策は講じていた。チャマメが素直に逃げやすい方に逃げると読んで、リッキーをその場所攻撃しろと指示を飛ばすが——

 

 

 

「避けろ‼︎」

 

 

 

 チャマメはタイキの想定を上回る機動力でリッキーの猛攻をかわす。

 

 

 

(——なんなんスカ⁉︎ストップしてから動き出すまでが異常に速い!しかも一歩で射程圏から出ていくから追撃が間に合わないっス!……こ、こんなに強いジグザグマがいるんスカ⁉︎)

 

 

 

 チャマメの機動力に舌を巻くタイキ。それを見ていたトウキは口を開く。

 

 

 

「地獄のメニューの具体的な強みが出始めたな……」

 

「何をしたんですの?」

 

「“反復追跡(トレース・オブ・ターン)”の負荷最大を2ヶ月な」

 

「負荷最大って……それプロでも厳しいですわよ?」

 

 

 

 マルチナビのトレーニングアプリの完成度は高い。プロも使用することがあるアプリだが、その負荷最大ともなると、相当きついトレーニングになる。

 

 しかしそれをやり切ったからこそ、チャマメはジム生のポケモン相手にも捕まる事なく走り回れているのだ。

 

 

 

「反復追跡はストップ&ダッシュで足腰を鍛えるだけじゃねぇ。ポイントが移動し、次にどこに現れるのかを見つける力も同時に磨かれる」

 

 

 

 トレーニングで使われるホログラムの出現位置はランダム。それゆえに一度ポイントにたどり着いたら、もう次のポイントを探さなければいけない。

 

 そうやって鍛えられるのは“目の運動能力”——物との距離感を見極め、見たいものを見つける力がチャマメには宿っていた。

 

 

 

(——そ、それにしたって避けるのはまだしも、返しの攻撃がいつも絶妙過ぎるんス!)

 

「——“頭突き”‼︎」

 

「また——⁉︎」

 

 

 

 タイキが焦ったり迷ったりするタイミングで、攻撃を選択するユウキ。まるで、彼の内心を見通しているかのような行動だった。

 

 

 

(なんで——こいつと俺は初対面!なんでこんなに読まれるんスカ⁉︎)

 

 

 

 そう。ユウキはトレーナーとしてのタイキのことなど何も知らない。知らない人間の癖を読む事などできるはずがない。にも関わらず、目の前のトレーナーは、自分の胸中を見透かすようなプレイを平然としてくる事に、タイキは戦慄していた。

 

 だが、ユウキには確かなものに頼ってこれらの作戦を実行していたに過ぎなかった。

 

 タイキの事はよく知らないが、()()()()()()()()()()()()()——という情報によって。

 

 ワンリキーは“格闘”ポケモンの中でもポピュラーなポケモンであり、情報なら調べればいくらでも出てくる。加えてここは格闘ジムで使用しているトレーナーも多いから、ユウキにしてみれば調べない方が不自然だった。

 

 そこから導かれるのは“接近戦”においてワンリキーがとってくるであろう行動の予測。接近戦ゆえ、チャマメを一度でも見失うと目で追おうとして一瞬体が止まる事。その虚をつかれると、トレーナー側も考えなければまたならなくなる。このまま攻勢に出てもいいのか——しかしその迷いこそ、ユウキにとっては付け入る隙だった。

 

 ユウキにはさらに、ひと月前に見たミツルとトウキの試合のワンリキーが脳裏に焼き付いているため、そのスピードや技の破壊力に対しての心構えもできている。

 

 それらの情報が合わさって、今ユウキは、ワンリキー側の選択肢を把握しつつあった。

 

 

 

「あれがあいつの抜け目ねぇとこだよ。ただじゃ転ばないっていうか……」

 

「見た情報を無駄しないのは前からですが、今それがここへきて脅威的な武器になっている……それはひとえに——」

 

 

 

 ひとえに肉体改造の成果。一挙手一投足が今までを大きく上回り、戦略に幅が出たおかげだ。

 

 跳躍力は今までのその体2個分飛び上がり、駆けた脚は体感で倍ほど速く目的地へとチャマメを運ぶ。その機動力のおかげで、ユウキの思い描くゲームメイクの実現が思った以上にできている。

 

 いつもより速く動き、いつもより強く撃てる——この単純な違いが、ユウキの作戦と噛み合う事で今までとは違う次元の戦術へと昇華していた。

 

 

 

(つ、次はどう来る……追うべきか?備えるべきか?来るとして“ず頭突き”?“輪唱”⁉︎——くそぉ〜〜〜わかんないっスぅ〜〜〜‼︎)

 

「——“頭突き”‼︎」

 

 

 

 ユウキはそのトレーナーの逡巡を見逃さない。

 

 『視界を広く持つ大切さ』は、トウカで学んだ自前の能力。それを役立てれば、今のチャマメなら決定打を打てる。

 

 

 

——ガツンッ‼︎

 

 

 

 チャマメの“頭突き”がリッキーの顎をかち上げる。首を引っこ抜かれたリッキーは、それが致命打となり、脳震盪を起こしてその場に倒れ込んだ。

 

 少し静寂が会場を包み、リッキーのトレーナーがハッとしてポケモンに駆け寄る……そして——

 

 

 

「……っ!り、リッキー……戦闘不能。俺の……負けッス……‼︎」

 

 

 

 勝負はあっけなくついた。悔しそうに俯くタイキに対して、ユウキは勝者なのに呆けている。

 

 

 

「あれ……も、もう終わり……?」

 

 

 

 ユウキにしてみれば、まだまだ試したい作戦があった。しかし相手に決まった“頭突き”が思った以上にダメージを与えていたためにそれが表に出る事はなくなってしまった。

 

 ……少しの不完全燃焼さと、ジム生相手にすんなり勝ってしまった事実が信じられないという思い。どこか現実離れした……足元がおぼつかない感覚にとらわれていると——

 

 

 

——グイグイッ!

 

 

 

 ズボンの裾を足元で引っ張る存在に気付いた。

 

 

 

「ちゃ、チャマメ……?」

 

 

 

 足元には目をキラキラさせてこちらを見つめて来るチャマメがいた。まるで「褒めて褒めて」と急かすように尻尾を振る姿を見て、不思議と勝利した実感が湧いてきた。

 

 苦しかったトレーニングを経て、チャマメはひと回り強くなった。自分の指示が相手に通用した。

 

 そして勝った……これは否定のできない事実。

 

 ユウキは実力で勝ったのだ。

 

 

 

「——ありがとうなチャマメ。よく頑張った!」

 

 

 

 褒美というわけではないが、しきりに頭を撫で回して労うユウキ。満足そうに舌を出して喜ぶチャマメの姿を見て、ユウキ自身も頬が弛緩してにやけるのを抑えられなくなった。

 

 それらを見届けたジムリーダー2人は、本人の預かり知らぬところで総評を始める。

 

 

 

「ん〜〜〜。まああんなとこか」

 

「素直に褒めたらどうですの?ユウキさん、ちゃんと強くなってますわよ?」

 

「いや、この試合はタイキの自滅だろ?あんな『攻めるか退くか』なんて2択、元々やんないくせに、ユウキの先読み攻撃数回で尻込みしやがって……」

 

 

 

 トウキとしては、対戦相手に不満が残る試合だったようで、頬杖をついてぶつくさ言い始めた。その様子にツツジは呆れていた。

 

 

 

「動揺してしまうほど、ユウキさんの読みが鋭かったと言う事でしょう。それにあの威力の“頭突き”をああも的確に入れられては、落ち着けという方が無理というものですわ。それくらいは大目に見ませんと……」

 

「お前にしちゃ甘いこって……まぁ1on1だし、試合はまだあるからいいか」

 

「……タイキさんへのダメ出しって、もしかしてユウキさんの強さを引き出せなかった事への文句ですの?」

 

 

 

 ツツジの問いに、トウキは半笑いで答える。こういうところはとことん子供だなと、内心でトウキに呆れるのだった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——2戦目。アカカブvsアサナン。

 

 

 

「——拳弾念力(けんだんねんりき)‼︎」

 

 

 

 アサナンが繰り出す“念力”を拳型のエネルギー弾にして飛ばす派生技。

 

 本来エネルギー体の“念力”を固く丸める事で、着弾した時の威力と弾速を上げるこの技は、おそらくトウキ直伝だろう。

 

 

 

——ガガガッ‼︎

 

 

 

 連続で放たれた念弾を頭に受けたのはナックラー(アカカブ)。それに怯んだ隙に、アサナンは跳躍してアカカブとの距離を一気に詰める。

 

 

 

「くらえ!——“飛び蹴り”‼︎」

 

 

 

 体重の乗ったアサナンの足底が額に命中。それを見て相手トレーナーもニヤリと笑い、自分の勝利を確信した。

 

 ——が。

 

 

 

——ガブァァ!!!

 

 

 アカカブはなんとアサナンの足を額で押し返した。しっかりとクリーンヒットしたはずの攻撃がまるで効いていないと言うように、アカカブは鼻息を荒げていた。

 

 

 

「な、なんて固いナックラーだ!痛くないのかよ——」

 

「痛かったに決まってんでしょ!——大丈夫かアカカブ‼︎」

 

 

 

 アカカブはその声にしっかりと反応して、顎をかち合わせる。大丈夫だと意気込むアカカブは、あのボーッとしていた頃があったとは思えない頼もしさだった。

 

 耐久力は今までの比じゃなく伸びているが、これも地獄のメニューの恩恵かと、ユウキも驚いた。

 

 

 

「——おーおー。我慢強くなってるなぁ〜。やっぱ地獄を抜けたポケモンってのは根性だけでダメージを克服できるんだよなぁー」

 

「可哀想なほど棒読みするくらいなら変に惚けないでくださいまし!」

 

「じゃあツツジ()()はあれがなんで耐えられるかわかるのかよー?」

 

 

 

 おどけるトウキにため息をついて、ツツジは見たまんまの予測を話す。そのものを試すような物言いに青筋を浮かべながらも、ご要望通りに話し始めた。

 

 

 

「足腰を鍛え、使い込んだ事で“衝撃を吸収するだけの体が出来上がった”——ってところでしょう?」

 

「正解。流石はセンセー」

 

 

 

 あの衝撃を吸収してしまうほどの秘密は、砂浜ランニングで培った足腰にあった。チャマメと違い機動力には繋がらなかったが、その分あの小さな四足が強靭かつ柔らかいものへと取り変わっていたのだ。

 

 

 

「砂浜は足が沈むわ蹴り足が砂の抵抗で思うように前に進めないわで、ガチガチの筋肉だけじゃ上手く走れない。その点に気づいたユウキのやつは、あのナックラーの走り方を矯正したんだ」

 

 

 

 正しい姿勢で走ることで、より効果的なトレーニングになることを知っていたユウキの指導は、アカカブの足腰をしなやかな物に変えた。その恩恵が今、バトルでの耐久力に繋がっている。

 

 

 

「その足腰が相手の攻撃に対して衝撃を吸収してくれる——車で言うところの“サスペンション”みたいなもんだ。衝撃を四肢で吸収するから、打撃系の技の全般に耐性が上がってんのよ」

 

 

 

「アサナン!もう一度“拳弾念力”‼︎」

 

“砂地獄”で弾き飛ばせ‼︎」

 

 

 

 アサナンが念弾をいくつも投げつけるのに対抗し、アカカブは大きく息を吐いて砂粒を巻き上げる。その砂塵が“拳弾念力”を弾き飛ばし、尚もアサナンにむかってゆっくり進んでいく。

 

 

 

「でか——まるで竜巻⁉︎」

 

「技の向上は2ヶ月みっちりやったからな!そのまま押しつぶせ‼︎」

 

「避けろ!とにかく捕まるなアサナン‼︎」

 

 

 

 砂塵の大きさは確かにすごいが、課題だった技の遅さはあまり解消されていない。アサナンは見てからでも余裕でその危険域から抜け出す。

 

 だがその向こうに目をやった時、状況が変わったことに気付かされた。

 

 

 

「——ナックラーがいない⁉︎」

 

 

 

 砂塵から大回りしたアサナンだったが、その向こうにいるはずのナックラーを見つけることができない。

 

 

 

「どこに——」

 

穴を掘る(突き上げろ)‼︎」

 

 

 

 ユウキの声が合図となり、突如アサナンの足元からアカカブは現れた。その飛び出した勢いは凄まじく、まるでロケットのようにアサナンを吹っ飛ばしそのままゲームセット。

 

 アカカブは地中に潜って攻撃する新技——『穴を掘る』を習得していた。

 

 

 

「——遠距離から間合いを詰める手段としては上々だな。課題だった技の精度も、威力を増したおかげでナックラーそのものを視界から隠す“壁”になるぐらいにはなった」

 

「地表を移動するだけだった以前に比べ、格段に敵に迫る手札が増えたんですのね。これは大きな変化ですわ」

 

 

 

 ポケモンバトルは相性云々の前に、如何にして相手に攻撃を仕掛けるかが重要になってくる。例えタイプ相性で有利をとっていても、その攻撃そのものが当てられなければ意味がない。

 

 そこで接近戦が得意なポケモンは、その方法を確立する必要があるのだが、その手段に地中を掘って進むというのがある。敵から姿を隠しつつ、相手の足元という絶対的な死角から仕掛けられるのは大きな強みになるのだ。

 

 “穴を掘る”は、ナックラーのタイプとも相まってかなりの武器になる事が予想できる。

 

 

 

「……ま、ここまでやったらユウキのやつもそろそろ気付くだろうぜ」

 

 

 

 トウキの推測通り、ユウキは戦いの中である事に気付きつつあった。

 

 チャマメの機動力、アカカブの耐久力に共通しているものに。

 

 

 

(という事は——)

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 3戦目。わかばvsスバメ——。

 

 この試合はタイプ相性では完全にわかば不利。

 

 しかも“飛行”タイプの中でもかなり攻撃的で素早さも高いスバメは、わかばとのスピード勝負にもついていけるスペックがある可能性が高かった。

 

 

 

「——翼で討つ(叩き込め)”‼︎」

 

「躱して“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 スバメは空中での機動力を活かして常にわかばの頭上をとり、隙をついては翼を叩きつけようとする。しかしわかばはその姿を捉え続け、上半身だけを寝かせるように身体を捻って翼をギリギリで躱した。

 

 しかもその返しに種弾を吐きつけ、スバメにダメージを与える始末だ。

 

 

 

 

 

「どうなってる——ほとんど寝ながら“タネマシンガン”ぶちかましたぞ⁉︎」

 

「しかもギリギリで躱すとか、“飛行”は効果抜群!怖くねぇのかよ⁉︎」

 

 

 

 ユウキを観に来る観客が少しずつ増え、そのポケモンたちの戦いぶりに驚きの色を示した。それを見てククッと悪そうな笑みをこぼすトウキ。

 

 

 

「あいつは元々別格だったが……持ち前の回避能力は反撃する時の攻撃力を落とす原因にもなってたからな。体幹が鍛えられれば、当然返す攻撃も強くなるってもんだ」

 

 

 

 回避した後に反撃する。それがわかばが今まで発揮していた能力。

 

 しかし回避がうまくいかず、体が流れたりすると決定的な一撃を生み出す事ができず、せっかく避ける才能があっても攻撃性はさほど高くないのが惜しいとも言えるところだった。

 

 そのためわかばはこの2ヶ月、自重以上の重さを抱えて岩肌を登り続けた。その時に必要になる力は非常に多く、わかばといえど難易度は並ではなかった。

 

 よじ登るための握力、体を引き上げるための腕力、体の各部位の力の入れ具合、そして最後までトレーニングをやり切るためにエネルギー消費を抑える体の使い方とギリギリまで肉体を酷使しながらでもそれらを行える精神力まで鍛える結果となった。

 

 それらはわかばの“回避からの反撃”という黄金パターンの強化へと繋がった。

 

 

 

(このキモリ……ギリギリで避けるだけじゃねぇ!体が流れてバランス崩しても無理やり殴って来る!——しかもその威力が全然死んでねぇー‼︎)

 

 

 

 対戦相手もそのことに気付き舌を巻く。

 

 スバメの猛攻を寸手で躱し、すぐさま攻勢に移る。今までは充分な威力を保って攻撃するためには、体を振った反動を利用する必要があった。その為には捻った力をどこかで溜めなければならず、また回避に余裕がある時限定でしか使えない。

 

 しかし地獄のメニューはわかばの膂力(りょりょく)と体幹を底上げ。体全身を使わずとも威力を捻出できる四肢と、バランスを崩してもそれらを扱えるボディバランスが備わった事で、反撃に転ずるスピードと頻度が格段に上がったのだ。

 

 こうなると、わかばの持つ経験とユウキの視野の広さがこれまで以上に活きる。

 

 

 

「——“電光石火”‼︎」

 

 

 

 スバメ側はすれ違い様に何度もダメージを食らわせられ消耗が激しく、勝負を急いだ。しかしそれを待っていたユウキは、待ってましたとばかりに叫ぶ。

 

 

 

「——“叩きつける”‼︎」

 

 

 

 わかばは消耗したスバメにキレが失せていることに気付き、ユウキはそれに加えて焦りからもう直線で飛んでくるしかないことを見抜く?軌道がわかれば、その直線上に攻撃を()()()()()()()でいい。

 

 わかばは前転する要領で尾を縦に振り、突っ込んでくるスバメの頭部を弾き飛ばした。

 

 

 

——ビャアッ‼︎

 

 

 スバメ本人はその身のこなしが速すぎて何が何だかわかっていないような悲鳴をあげる。その一撃が決め手となり、わかばも圧勝。

 

 こうしてユウキたちはそれぞれの伸ばした長所を存分に活かし、ジム生たちを蹴散らしたのだった。

 

 

 

「思ったよりも伸びましたわね」

 

「何言ってやがる……こんなもん、ずっと見てた俺からしたら当然の結果だ。負けた奴らはメニュー増やすけどな」

 

「自分で育てた人間あてがって置いて、鬼ですかあなた」

 

「へへへ……でも喜んでばかりもいられないな」

 

「え……?」

 

 

 

 ふざけていたトウキが不意に真面目な顔に戻る。その顔は憂いを感じさせ、すぐにそれが自分も以前考えていた事だと気付く。

 

 

 

「……ここまでしたが、結局進化しなかった()()()。さて、この一週間でなんか掴めるのかねぇー」

 

 

 

 できるだけのことはした。

 

 体も精神も追い込んで、ユウキの献身的なまでの育成も受けた。

 

 それでも進化できなかった……わかば。

 

 約束のジム戦を前に、不安要素がひとつ浮き彫りになってしまっていた……。

 

 

 

 

 

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成長の実感……しかし、その懸念だけ拭えず——。

トレーニングの内訳を3匹分解説したらそりゃ長いわ!!!
みんなお疲れ様!!!!!今日はおっちゃんが焼肉おごったる!!!

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第65話 強化の理由


この猛暑の中、お昼ご飯時にお湯入りのどでかい魔法瓶からレトルトカレーの袋をザバァと引き上げ、自前の米にぶっかける猛者がいたらしい。




 

 

 

 ムロジムの更衣室——。

 

 汗ばんだ体を備え付けのシャワーで流しながら、今日のバトルを少し振り返っていた。

 

 

 

 ——戦績7戦7勝0敗。

 

 自分でも驚くほど調子が良かった。

 

 あれからチャマメとアカカブを2戦ずつ、わかばは思い切って3戦目までやらせてみたが、危なげなく勝利できた。

 

 1on1とはいえ、ジムトレーナー相手に大したものだと自分でも思う——というか。

 

 

 

「んーーー。上手く行き過ぎじゃね?」

 

 

 

 俺はこの連勝に違和感すら覚えた。

 

 確かにこの2ヶ月は本当に大変で、それを乗り越えた後の俺たちはその自負があった。だからジム生相手でも本気で勝ちに行けたし、最初の3戦くらいは手応えを感じて喜んでたけど。

 

 どうも釈然としない。

 

 そもそもジム生だって鍛錬はかかさず頑張ってるはずだし、俺たちは濃密に2ヶ月過ごしたけど、経過時間だけでいえばきっと相手の方が多くトレーニングしていたはず。それが少し必死に特訓しただけで、その差が埋まるというのは虫が良すぎるのではないかと思うのだ。

 

 

 

「うーん考えすぎ?でもなぁみんなプロになる為に一生懸命にやってたし……俺が天才——ってのは冗談すぎるし、でも事実勝ってる……ポケモンたちが才能あった?でもなぁ——」

 

「シャワーん中で何やってんだお前」

 

「わっ!——その声、トウキさんですか⁉︎」

 

「なんでもいいけど、水もったいないから出しっぱにすんなよー」

 

「あ、すいません」

 

 

 

 考え事をしていたら、お湯を出しっぱでかなりの時間いたようだ。ご指摘の通り、蛇口を捻って水を止め、シャワー室から出る。

 

 

 

「なーんかまた考え事でもしてたか?」

 

「あ、いや……はい」

 

 

 

 バスタオルで体を拭き、着替えながらトウキさんと話す。あんまり事実を疑うと、この人の労苦も疑うことになるからあまり言いたくはなかったけど、ここで黙ってると余計に機嫌を損ねると思ったので正直に白状する。

 

 

 

「——ジム生相手に7連勝。正直こんな勝てるとは思ってませんでした」

 

「うちの連中が、思ったより手応えなくて悪かったな」

 

「いやそんな!——俺はこの2ヶ月は死ぬ気でやりましたけど、みんな何年もかけて強くなったトレーナーたちなんでしょ?だから、あのメニューが特別だったってことなのかなって……」

 

 

 

 やはり現実的な要因はそれだと思う。

 

 トウキさんの示した負荷最大のトレーニングには、何か特別な意図があったんじゃないかと思った。しかしトウキさんは首を横に振る。

 

 

 

「んなことしてねーよ。あれも負荷はゲロ重だったけど、内容自体はお前がいつもやらせてたのとそう変わりはなかっただろ?」

 

「まぁ……でもだったらなんで——」

 

「ま、そりゃ努力ってのは単純に『時間や量が多ければいい』ってもんじゃないからだろうな」

 

「え?」

 

 

 

 トウキさんは少し遠い目をしていた。なんかこの人らしからぬ雰囲気で面食らうけど、その言葉にはどこか重みを感じた。

 

 

 

「人より多く練習した、バトルした、考えた——それでみんな平等に強くなれるなら、誰も苦労はしねぇし、成長する方針に迷ったりもしない。人ってのはそれぞれだからな。一概に『こうしてればOK』みたいな事は一個もねぇんだよ」

 

「でも、2ヶ月やった特訓は密度も時間も凄かったじゃないですか?」

 

「そりゃ、その時間をお前が無駄にしなかったからだろ」

 

「え、俺ですか?」

 

 

 

 それが要因だとトウキさんは言う。でも俺は特別な事は何もした覚えがないから、そう言われてもピンとこない。

 

 

 

「まぁ無自覚なんだとしたら別にそれでもいいと思うぜ。どうせお前らはお前らに合ったトレーニングしか出来ねぇんだから、知ろうが知るまいが関係ないだろ?」

 

「う、うーん?」

 

「でもお前がジム生相手に勝てた要因なら教えてやらんでもないぜ」

 

「それは是非教えてください!」

 

 

 

 トウキさんの言ったことで余計にこんがらがった俺は、その要因とやらに飛びつく。俺としてはわからないことをそのままにするより、少しでも具体的に知っておきたいという気持ちがある。

 

 勝ったんだから細かいこと気にするべきじゃないのかもしれないけど、やはり知らんぷりはできない。

 

 

 

「今日のバトルで分かったと思うけど、ポケモンの身体能力(フィジカル)が高い程、バトルってのは優位に運べるんだ」

 

 

 

 それは実感した。当たり前のことながら、バトルにおけるそれは絶対的な真理だと思う。

 

 速く走れれば自分の得意なポジションをキープしやすくなるし、一撃が重ければその分相手にプレッシャーをかけられる。頑丈になれば定石よりも強引に活路を見出せたり、体幹が強ければ相手の予想外のタイミングで攻撃を加えられる。

 

 それら単純な力——身体能力(フィジカル)は、こと勝つ事が仕事のポケモンにとって最重要な要素だ。

 

 

 

「単純にそれらが相手より強いってだけで、取れる選択肢は多くなるんだ。当たり前だが、小手先に頼りがちのお前はその点を少し軽く見ちまう傾向がある」

 

「うっ……」

 

 

 

 ぐうの音も出ない。以前の俺なら、足りない能力を別の何かで補う事で活路を見出す選択を優先していた。

 

 でもその選択しかできなかった頃と比べ、今は自由に選べる。正攻法も通用するならそれに越した事はないという事だ。

 

 

 

「そこでお前がこの2ヶ月で鍛えたのが、強さ“要”となる部分——この“足腰”ってやつだ」

 

「あ……」

 

 

 

 トウキさんは足をタンタンと踏み鳴らして示した。それは同時に、具体的に何が強くなっていたのかを俺に思い起こさせる。

 

 

 

「“足腰”——言い換えれば、地面と接する踏ん張りどころだ。俺たち人間なんかは特にそうだが、陸上で活動するポケモンってのは大体地面を蹴って攻撃、防御、移動をやる。細かいこと言うとキリがないほど、どんな初動でも地面とは付き合っていかなきゃなんねぇ——つまり、それと接する足と、支える腰というのは、地面という絶対的なフィールドを味方につける上で必要不可欠なんだ」

 

 

 

 この星に生きる者として、切っても切れない関係にあるこの地面。それを味方にすること……そんな発想はした事がなかった。でも確かにそれならここしばらくのトレーニングに対する見方も変わってくる。

 

 全体的に体を鍛えているつもりだったけど、常に疲労が溜まっていたのは足腰のまわりだった。だから張っていたそこを入念にマッサージしたんだけど、間違いじゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

「後半のひと月は特にポケモンもモチベ高かったからな。それで効率も上がって、アマチュアのジム生相手のポケモンたちとは遜色ない身体能力を手に入れたってわけだ」

 

「でも、それだとここまで圧勝っていうのに説明がつかないです」

 

 

 

 そこまでして、ポケモンたちの能力はタイ。やっと肩を並べられる程度のものだ。3匹ともいくら好調だからって、苦戦をするような素振りすら見せなかった。ポケモンの身体能力の差は詰まることはあっても、いきなり飛び越すなんて事があるのか?それとも——

 

 

 

「そうなるともう、お前自身の指示が相手を上回っていたってことになるだろ?」

 

「……!」

 

 

 

 思ってもみない言葉だった。

 

 いや……頭をよぎらなかったってのは嘘になる。でも認められるほど自信がなくて、俺はその可能性を真っ先に否定していた。

 

 

 

「……はぁ。なんでそんなに自信がねぇのか知らねえけど、ひとつひとつ要因を潰していけば、お前なら気付いたはずだぜ?——お前の視野の広さと思考力は武器になる。それが今日のバトルで証明されたんじゃねぇか?」

 

「……」

 

 

 

 トウキさんはお世辞を言うような人じゃない。この人は過ぎるほど正直に物を言う。だから指摘も賞賛も信じられる。

 

 だけど……それでも自分のこととなると、何故か認めるのが難しかった。

 

 

 

「……自分でもわかんないんです。なんでこんなに自分を認められないのか……でもこればっかりは——」

 

 

 

——バンッ!

 

 

 

 そうして俯いていると、更衣室の扉が勢いよく開いた。心臓が飛び出るかと思ったが、それを開けた本人を見てさらに驚く。

 

 それは、今日最初に対戦した……確か、ジム生の——タイキ、くん?

 

 

 

「ここにいたんスね!ちょっといいっスか⁉︎」

 

「え、なに——」

 

 

 

 ズンズンと俺の方に向かってきたタイキは鼻先まで顔を近づけてきた。近い。圧がすごい。ヤメテホシイ。

 

 

 

「あのジグザグマ!相当鍛えたんでしょうけど、なんスかあの跳躍⁉︎めちゃめちゃ追い辛かったんですけど!」

 

「え、あぁ……ご、ごめん?」

 

 

「“頭突き”の威力も凄かったし——何よりほとんどこっちの動き読んでたっすよね⁉︎なんでそんなことできたんすか⁉︎」

 

「おいタイキ。ちょっと落ち着け——」

 

「やっぱり頭いいんすか⁉︎それともエスパーなんすか⁉︎なんか癖とか読んだりするんすか⁉︎⁉︎ねぇちょっとこっちきて教えて——」

 

 

 

——ゴンッ‼︎

 

 

 

 俺を強引に引っ張って行こうとしたタイキの頭に、トウキさんの拳骨が鈍い音をたてて突き刺さる。うっわ痛そ。

 

 

 

「いっだぁぁぁ⁉︎」

 

「落ち着けっつってんだろボケ‼︎少しは行儀良くしやがれ‼︎」

 

「すんませんしたッッッ‼︎」

 

 

 

 一応助けてもらっといてあれだけど、そういう押しの強さは多分トウキさんに似たんだと思いますよ?

 

 

 

「——んで、ユウキに用事ってのはわかったけど、お前こいつみたいになりてぇの?」

 

「いや!多分それは無理ッス‼︎俺バカなんで、そんなすぐに考えながらバトルするのは向いてないッス‼︎」

 

 

 

 うわーすげぇ。自分の短所あんなはっきり言うのか。いやあながち短所とも言いづらいんだけど。

 

 

 

「でも単純にすげぇって思ったんスよ!あんな高速でバトルしながら、相手と自分と見て判断しまくってこっちの先手を封じまくってくるの‼︎かっこいいじゃないっスか⁉︎」

 

「いや、そんないいもんじゃない——」

 

「だから!これからはトウキさんに次ぐ俺の尊敬する人に決めたッス‼︎」

 

「そ、尊敬ぃ〜〜〜⁉︎」

 

「——“アニキ”って呼ばせてください!!!」

 

 

 

 な、なんか過大評価?というか強引に尊敬されてしまった。あんのかそんな言葉?

 

 

 

「まぁなんでもいいけどよ……」

 

 

 

 トウキさんはヒョイとタイキのシャツの襟を掴んだ。まるで摘まれた猫である。

 

 

 

「——さっきから声がデケェエエエ!!!」

 

「すいませんッッッ!!!」

 

「だからうるせぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 そんなやりとりが数回続き、側から見ている俺の鼓膜は軽くない影響を受ける羽目になった。うーん。どっちもどっちである。絶対言わんけど。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 一週間の間、午前はジム練、午後はジム生とのバトルに明け暮れた。

 

 最初に比べ、こちらが作為を持って戦っている事に気付いたジム生たち。歯応えのある試合が多くなり、チャマメやアカカブも危ないところがポイントが多くなった。

 

 やはりジム生のポケモンはスペックが高い。しかし1on1だから対策を取られるようなこともないのでなんとか勝ててはいる。その間に俺も試せることはできるだけ試し、机上で立てた作戦を如何に実現するかという試行を繰り返していた。

 

 いくら正攻法が取れるようになったとはいえ、目指しているのはジムリーダーとしてのトウキさんに勝つ事。真っ向勝負では話にならない。

 

 かと言って奇策も効果的なものでなければ意味がない。ここのジム生はそのトウキさんの戦い方に寄った人が多いため、試すにはうってつけだった。

 

 

 

「——次、お願いします!」

 

 

 

 明日は……トウキさんとの戦い。この2ヶ月、血反吐を吐いて目指した目標を前に、いてもたってもいられなくなっていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ユウキ。ちょっといいか?」

 

 

 

 今日最後のバトルを終え、更衣室で着替えていたら、またトウキさんが話しかけてきた。

 

 

 

「お疲れ様です。どうしたんですか?」

 

「あぁ……ちと明日の事なんだがな」

 

 

 

 なんだろう?予定が狂って明日は無理になったとか?それは残念だけど、多忙のトウキさんならしょうがないとも思うし、そんなばつの悪そうな顔しなくてもいいのに。

 

 

 

「——明日のジム戦。本気でいかせてもらうぜ?」

 

「え?あ、はい……?」

 

 

 

 なんというか、それは今更だった。

 

 トウキさんがそもそもジム戦で手を抜くとは考えづらい。というかバトルはどんな相手でも全力で挑む気がする。

 

 

 

「それでよ……一個提案させてくれねぇか?」

 

「提案……?」

 

「ああ……お前明日——」

 

 

 

 言いづらそうにしていたが、次の一言からは覚悟を決めたように真っ直ぐ視線を向けてきた。

 

 

 

「明日勝てなかったら……プロは諦めろ」

 

 

 

 その言葉を理解するのに——多くの時間がかかったことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

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それは重く冷たい提案——。

主人公の子分は丸坊主のちんちくりんみたいなのがちょうどいい。

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第66話 現実と葛藤


本当は2話に分ける予定でしたが、もういいかと丸々投げます!
一話長すぎぃ!と批判がなければ今後はもうちょい文字数多めになるかも?





 

 

 

 トウキさんの言った事が、よくわからなかった。思わず今言われたことを反芻する俺。

 

 

 

「プロを……諦める……?」

 

 

 

 それは受け入れ難い提案だった。

 

 ここまで一生懸命にやってきた。誰かと比べるつもりはないけど、それでも誰にも恥じない程この2ヶ月は頑張ったつもりだ。

 

 だから、負けるつもりはないけれども……この一戦で諦めなければならないほど、見込みがないなどと思われているようで、辛かった。

 

 何より、俺の頑張りを知ってくれているトウキさんにそんなことを言われると、正直心が揺らぐ。

 

 

 

「……まぁ決めるのはお前だ。だから別に強制って訳じゃねぇ……けど、今の実力でもバッジを獲れないようなら、やっぱそれまでだと思う」

 

「言いたい事は……わかります。トウキさんが言うなら、やっぱり俺には才能がないってことなんですから……」

 

「そりゃどうだろうな……少なくともお前自身にはトレーナーとして強みはあるとおもうぜ?」

 

 

 

 トウキさんは、直前に述べた条件とは裏腹に、俺の言った事を否定する。どういう事だ?俺の才能に疑いがあるからプロの道を諦めることを薦めたんじゃないのか?

 

 

 

「な、なんですか?いきなりプロは諦めろって言ったり、トレーナーとしては大丈夫みたいに言ったり……」

 

 

 

 意図がわからない。実力や才能が足りないわけじゃないなら、明日の成否でプロを諦めるかどうかを決めなきゃいけない理由がわからない。

 

 でもトウキさんの目は本気だった。それだけまだ何か問題があると……?

 

 

 

「お前には問題ねぇ。おそらくトレーナーとして出来ることをやっていけば、遅かれ早かれプロにはなれるだろうぜ……でも、“通用する”かどうかは別の話だ」

 

「通用……しないんですか……?」

 

 

 

 それはプロになる事と、その後プロの中でしのぎを削る事には違いがあると暗に言っていた。そう言えるだけの理由があるんだ。

 

 プロをゴールではなく、通過点とする場合。俺には何か致命的な欠陥が——そんな意味合いを含めた言葉だと思った。

 

 

 

「今のポケモンたちに満足してるようじゃな……」

 

「そんな!みんな今はまだ未熟かもしれないけど、これからもっと強くなっていきますよ!色んな技も覚えて、体も鍛えて……そんでもっと強くなっていけば……——!」

 

 

 

 そこまで言って、俺は気付いてしまった。

 

 あの日——ツツジさんに言われたことが脳裏をよぎったから。

 

 

 

——あれほどの力を持っているポケモン……おそらく相当鍛えられたであろうわかばさんを……どうして手放すことになったんでしょう?

 

 

 

「まさか……」

 

「……まぁ、キツイ話だろうけどな」

 

 

 

 脳裏によぎったのは、緑色の相棒。

 

 俺の最初のポケモンにして、最も信頼を置いている彼についてだと、気付かされた……。

 

 

 

「そんな……でも……」

 

 

 

 わかばは強い。

 

 その小さな体で、コートを俊敏に動き回り、力強い一撃を叩き込むことができる。それは多くの経験に裏打ちされた強さだ。そして同時に、前の持ち主がそれほどわかばを大事に育てただろうことを想起させる。

 

 だからこそ手放したのには、それだけ理由があるということ……わかばには——

 

 

 

「ここまでやれる事はしてきただろ?その後バトルでも強くなった手応えはあっただろ?——もう()()()()()()()()()()()()()()強くなったよ」

 

 

 

 だから、わかばが進化しないのは——おかしい。

 

 

 

「それがなんでなのかはわかんねぇけど。この先もっと相手は強くなる。他の手持ちなら、その伸び代がある。進化を経て今の何倍も強くなれる。でもそのキモリだけは先が……伸び代が見えちまってる」

 

「っ……!」

 

 

 

 ポケモンをあえて進化させずに育てているトレーナーもいる。でもそれは、その見た目が好きだったり、何かバトルで進化後よりも有用に働くからそうしている人がいるってだけ。

 

 本気でプロの……その頂を目指す俺にとって、強さを求めるためにキモリの進化は必須なんだ。そして、俺はもう……——

 

 

 

「お前がキモリを見限れるなら俺もこんな事は言わない。でも、もう無理だろ?……そいつ抜きでこの先を戦うのは……」

 

 

 

 もうそれほど……俺はわかばを好きになってしまっている。

 

 わかばだけじゃない。チャマメもアカカブも……それがもうこれ以上強くなれないからなんて理由で手放すなんて、俺にはできない。

 

 でも現実は残酷だと言うことも同時に理解している。

 

 まだ見ぬ俺の予想もつかないほどの強敵を見据えておきながら、将来性のないポケモンを育てることがどれだけ無意味かという事も、俺の冷静な部分が告げている。

 

 この2ヶ月のような努力をしても、何の成果も得られなかった時、俺は今と同じようなモチベーションを保てる自信がない。

 

 それをいつか、ポケモンたちのせいにしてしまうのが……嫌だ。

 

 

 

「——っ‼︎」

 

 

 

 わかばのことについて考えると、その相反する二つの気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 

 堪らなくなった俺は、気付いたら更衣室を飛び出していた。

 

 何で俺……でも、これ以上トウキさんの前で立ってられなかった。

 

 

 

 これ以上何か言われたら……俺は……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキが飛び出した更衣室で、俺はベンチに座り込んでいた。

 

 

 

 ジムリーダーとしての責務——。

 

 

 

 それは未来ある若者が向かう足取りの手伝いだ。柄にもなくそんなことを考えて、ついあいつの地雷を踏み抜いちまった。

 

 あいつは考えることに関しちゃ俺なんかとは比べ物になんねぇくらい賢い。だから、はたから見てる俺がわかるなら、あいつ自身はもっと早くから気付いていたはずだ。

 

 でも……それでもあいつはまだ未熟なとこは未熟。事実を知って、頭ではわかっても……受け止められるだけの度量はない。

 

 それがわかって、少しだけ現実を見て欲しかっただけなのに……俺は口を開けば全部思った事を言っちまった。

 

 全く……何偉そうに言ってんだよって話だ。

 

 

 

——コンコン。

 

 

 

 ユウキが開けっぱなしにした扉を誰かが叩く。見れば、今週はジム仕事を全てキャンセルしてまでここに居座っている物好きなジムリーダーがいた。

 

 赤いリボンに優等生が滲み出ているような、色気のひとつもない腐れ縁がそこには立っていた。

 

 

 

「……覗き見なんて趣味悪ぃな」

 

「あら人聞きの悪い。ちゃんと聞いていた事を今教えて差し上げましたのに」

 

「はぁ……その喋り方聞いてってと、やっぱ腹立ってしょうがねぇ」

 

「その割には意気消沈……と言ったところですわね。あなたにしては珍しい」

 

「……けっ」

 

 

 

 ツツジは俺のことをよく知っている。互いがジムリーダーに就いてからもなんだかんだ絡む機会が多くて、こうした育成方針的な話でよく喧嘩になるんだ。

 

 だから、俺が直球ばかりでトレーナーと接するのが気に入らないらしい。

 

 

 

「お前の言う通り、なんでも直球で言えばいいってもんでもねぇんだよな……」

 

「気持ち悪いですわね。わたくしが懇々と言っても聞かなかったくせに」

 

「反省したんだからいいだろうが!……でも、結局この様だ。あいつに上手いこと言ってやれなかった……」

 

「……」

 

 

 

 自分が強くなるなら、どんな現実でも受け止められる自信がある。ポケモンを強くするためなら、綺麗事だけ言って結果を出せないようなヘマはしないつもりだ。

 

 でもこの職についてからは、それが難しいことなんだとわかる。俺はできても、目の前の人間ができるとは限らない。俺には理解できない気持ちを持ってるやつなんかはゴロゴロいて、俺があんまり悩まなくてもいいことに何年も立ち向かうような奴がいるんだと知った。

 

 己の覚悟を突き通せない理由を持ってる奴は……ゴマンといる。

 

 そしてユウキは……その中でも一層まだるっこしく見えた。

 

 自分が研鑽を積むためには何でもするくせに、ポケモンには同じだけの努力を求められないやつだ。バトルの負けや実力不足を全て自分で背負い込む。本当はポケモンと二人三脚なんだから、その責任の割合だって一緒なはずなのに。

 

 それを気付かせたくて2ヶ月のメニューを与えたが、結局あいつはわかった事半分、変えられないところ半分で乗り越えちまった。

 

 それを『夢を追うなら何を犠牲にしても頑張れよ!』——なんて、この2ヶ月のあいつを見てると言えなかった。

 

 自分の言語能力の低さに、少し絶望するくらいには参った。

 

 

 

「……わたくしもおなじですわ」

 

「慰めはよせよ」

 

「そんなつもりありません。あなたがこのくらいでへこたれたままでいる程、ヤワではないことも知ってます……でも、わたくしも勘違いしていた時期もありましたの」

 

 

 

 俺の横のベンチに座って、ツツジはその先を続けた。その顔は、どこか満足そうに見えて……。

 

 

 

「——強くなるには最適解があると思ったからこそ、わたくしはそれを人に教えたくてジムリーダーになりました。でも生徒を受け持つうち、その最適解を受け入れる人たちばかりではないのだと知りました」

 

 

 

 ツツジがいつぞや生徒の事で愚痴ってたことを思い出す。あの時は何故理解ができないのかとキレ散らかしていたが、今はつきものが落ちたようにその事実を受け止めているように見えた。

 

 

 

「それをどう伝えるのかと躍起になっていた事もありましたが、ユウキさんがわたくしに挑んできた時に少し考えが変わりましたの」

 

「あいつが……?」

 

 

 

 それこそ今話の中心にいるユウキが、このカタブツを変えたと言うのだ。今よりも弱かったあいつが……?

 

 

 

「ジムバッジひとつも持っておらず、破格のジム入りを蹴り、実績もなし、経験はトレーナーになって一週間と少しの彼が——カナズミの門を叩いた瞬間に追い返してやろうと思いましたもの」

 

「はは……お前ならやりかねんな」

 

「それでも——戦えてよかった。彼は実力以上の力を発揮してわたくしに対抗してきました。勿論それだけでプロになれるほど甘くはありませんでしたが……ひとつ、確かな強さを持っていました」

 

「……」

 

 

 

 それは俺にもなんとなくわかった。

 

 それに俺も気付いたから、今日あいつに話そうか迷ったくらいなんだから。ユウキが見せた強さは……ただバトルの為にトレーニングを積むトレーナーには得難いものだ。

 

 ポケモンとの——絆って強さは。

 

 

 

「わたくしがそれに気付いたのは更にその後になってのことです。全く、お互い未熟もいいとこですわね」

 

「ハッ。お前と一緒にされんのかよ……でも、今は否定しないでおくわ」

 

 

 

 それがあったから、あいつは短い期間で強くなれた。深く考えられる思考力も、多くの情報を貪欲にかき集める調査力も、努力をするための忍耐力も……全部あいつがポケモンを好きで、ポケモンもあいつのことが好きだから活きたんだ。

 

 俺が本当に言いたかったのはこっちだったんだと、今更気付く。

 

 

 

「もちろんあなたの言ったことも事実です。未進化の小さなポケモンが勝てるほど、プロは甘くない。でもその常識を覆すかもしれないから、彼に提案をしたのでしょう?」

 

「……進化へと辿り着く方法を見つけるか、進化せずとも強くなるか、もしくは別の何か——それを期待しちまったんだよな」

 

 

 

 あいつに2ヶ月のトレーニングをさせ始めた頃、すぐに諦めると思った。ポケモンに厳しくできない奴が生き残れるわけないと思っていたが、あいつらは互いを信じ合って乗り越えた。

 

 あんなやり方もあるのかと、俺も驚いた。

 

 そして俺が言う以上のことをやり遂げ、あいつはジム生を倒せるまで強くなった。

 

 だから……この壁をあいつがどう乗り越えるのか見てみたかった。

 

 プロを諦めろってのは、キモリに先がないから言ったんじゃねぇ。

 

 

 

「そのキモリとどうやってこの事実に立ち向かうのか……それを心に留めて欲しかったんだ」

 

「……ユウキさんは賢いです。あなたの意図はわからなくても、意味なくそんなことを言う人間だとは思ってませんわよ」

 

「ああ……そうだな」

 

 

 

 ツツジはそういうとベンチから立ち上がって部屋を出て行く。

 

 だけど俺はもう一個だけ、あいつに頼みたいことがあった。

 

 

 

「あのよ……ツツジ。あいつの事だけど——」

 

「わかってますわ。少しだけ慰めておきます。明日戦うあなたがこれ以上口を挟まないのは正しいと思いますわ」

 

「ああ……悪りぃな」

 

 

 

 明日……あいつと戦う俺は、あいつが乗り越えなきゃいけない壁なんだ。

 

 だから、せめてその態度だけは崩すべきじゃねぇ。こう言う時のツツジのお節介は、助かるんだよな。

 

 

 

「……あいつの事、頼んだ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ムロのはずれの砂浜で、俺は(うずくま)っていた。

 

 すでに日は沈み、月明かりが浜辺を照らしている。穏やかな波音が、少しだけ俺の気持ちを落ち着けてくれるが、先程言われた事が頭から離れない。

 

 

 

——お前がキモリを見限れるなら俺もこんな事は言わない。でも、もう無理だろ……そいつ抜きでこの先を戦うのは……

 

 

 

 わかばは決して弱くない。これまでも何度も俺を助けてくれた。何より、この旅に出るきっかけを作ってくれた奴なんだ。

 

 俺がポケモンに触れた事がないままハルカと出会っても、きっとこんな道を選ぶ事はなかったと思う。あいつがこんな未熟なトレーナーについて来てくれる理由はわからないけど、一緒に戦ってくれたあいつには感謝ばかりが込み上げてくる。

 

 そいつが、もうこれ以上大きな成長は見込めないと言われてしまったら……どうしたらいいのかわからなくなってしまった。

 

 

 

「……こんなんじゃ、明日のジム戦なんかできないよな」

 

 

 

 数時間前まで、絶好調の中にいたとは思えないほど、今は落ち込んでいる。でもそれも仕方がない事だ。トウキさんだって、当たり前のことを言っただけ。

 

 この先を目指すなら……俺はわかばを……——

 

 

 

「——夜風が気持ちいいですわね」

 

「……え、ツツジさん⁉︎」

 

 

 

 ツツジさんが知らないうちに近寄っていた。確か、一週間前くらいからムロに留まってるってことは聞いてたけど、なんでここに?

 

 

 

「少しお隣よろしい?」

 

「え、あぁ……はい」

 

 

 

 聞いてくるけど、あなたに言われたら断れない。正直今の顔は中々見せられたもんじゃないけど……何の用だろ?

 

 

 

「以前、わたくしが言ったことを覚えていますか?——『どうすれば強くなれるのか』と言ったのを」

 

「あぁ、ジム戦の後の……はい」

 

 

 

 あの時はその大変さがよくわかっていなかった。

 

 具体的な目標を、もっと手近に見出すのも大切だって言われたっけ。それで今日までは難しいと思える事でもなんとか乗り越えてきた。いろんな人やポケモンに助けられながらでも、自分なりに進んでこれたと思う。

 

 

 

「……でも、ちょっと今はそういうの、難しいと思っちゃって」

 

「順調そうに見えましたが……何かありました?」

 

 

 

 少し言うのは迷った。でも、ツツジさんは以前わかばが進化しない理由について一緒に考えてくれた。だから、少しだけ聞いてみたくなった。

 

 

 

「……わかばが進化できないと、やっぱりプロは難しいですか?」

 

 

 

 それを改めて聞くのは怖い。

 

 現実問題それを考えなければいけないのはわかっている。でも、それを肯定されてしまったら……今までの努力も思い出も全部、無駄に思えてしまう気がして……。

 

 

 

「——率直な感想を聞かせて欲しいです」

 

「率直な……そうですね。わかりました」

 

 

 

 ツツジさんがそう言うのを聞くと、俺も覚悟を決める。聞いて、それでそこから——

 

 

 

「わかりませんわ」

 

「……へ?」

 

 

 

 てっきり「その通り。未進化ポケモンでプロは難しい」とはっきり言ってもらえるのかと。

 

 

 

「つ、ツツジさんは未進化のわかばでもプロで通用するって思うんですか⁉︎」

 

「だから『わかりませんわ』。わたくしが見てきたトレーナーも未進化のポケモンをエースとしてトッププロの仲間入りを果たした方なんて見たことありませんもの」

 

「うぅ……それって暗に無理だって言ってませんか?」

 

 

 

 ツツジさんほどの経験者が見たことないと言っちゃったら、それは不可能とイコールなんじゃないかと、時間差でがっかりする羽目になった。

 

 

 

「——前例がないから、無理だと決めつけるのは早計ではありませんか?」

 

「……そんなの、屁理屈ですよ」

 

「あなたは既に通例にない方法でプロを目指してるじゃありませんか?」

 

「それは……あの時は何もわかってないガキだったんですよ」

 

「そのお子様が、今は明日にジム戦を控えている——それは、あなたがここまで前例を覆し続けた事実ですわ」

 

「……」

 

 

 

 そう……確かに俺は周りが思ってるような結果にはならなかった。

 

 どこかで挫けると思われていたけど、トウカジムではわかばのお陰だけど勝てた。

 

 カナズミのバイト先の店長には無謀な旅をしてるといつか足元を掬われると睨まれたものだが、それでも今はムロの砂浜で多くの時間を過ごすようになっている。

 

 ちゃんと前に……進んできてはいるのかな。

 

 

 

「前例がなければ作ればいい——それだけの話です。やるのは大変ですが、わたくしはその価値はあると思いますわよ」

 

「どうして……そう思うんですか?」

 

「わたくしとの最後の戦い……ノズパスの最後の攻撃を、彼は()()()()受けたからですわ」

 

「……正面?」

 

 

 

 ツツジさんとのジム戦で、最後にわかばが見せたヤケクソの特攻——あれは問題にこそなれ、評価に値することだっただろうかと、俺は小首をかしげる。

 

 

 

「圧倒的不利な状況。諦めてもおかしくない場面で、彼はわたくしたちを正面から見て技を見切ろうと必死だった……そこにわたくしは“勇気”を見ました」

 

 

 

 怖くて目を閉じてもいいところを、わかばは確かに諦めず前に進んだ。それはとても勇気が必要で……それだけ勝ちたかった事の証明だ。

 

 そうだ……わかばはいつも不安で動けなくなることなんてなかった。持ち主に捨てられたのに、あいつは今もトレーナーのために戦える……すごい奴なんだ。だから……——

 

 

 

「そっか……わかばも、俺と一緒に勝ちたいって思ってくれてるんだ……」

 

 

 

 わかばの入ったボールに目を落とす。その中で眠っているわかばを見る。

 

 あの時はまだわかばの暴走原因はわからなかったけど、今なら少しだけわかる。

 

 

 

——わかばはずっと……立ち止まってしまう恐怖と戦っていたのかもしれない。

 

 

 

「……俺、わかばには何か事情があるって事に気がついてた。でもそれを詮索するのは野暮だって言い訳して——結局その事を知るのを後回しにしたんです」

 

 

 

 本当ならもっと早くこの事について考えるべきだった。少なくもムロに着く直前には不安が明確になったんだ。こんな大事なジム戦を控える前なんかで考える羽目になったのは俺の責任だ。

 

 本当は一番に思いついてもいい理由が、わかばにあるんだと気づけたはずなんだ。

 

 

 

「もし……わかばがまた捨てられる事を怖がっているんだとしたら——俺は馬鹿だ」

 

「ユウキさん……」

 

 

 

 自然と涙が落ちる。ボールに数滴落ちて、月明かりを反射した。

 

 今はただ申し訳無さと……どうしてもわかばを手放したくない気持ちでいっぱいだった。

 

 気持ちに気付いてやれなくてごめん。

 

 もっと色んなことを知ってあげられなくてごめん。

 

 それでも……一緒に戦って欲しい。

 

 何度も無理だって思った時、その生き様で俺を立ち直らせてくれたお前に……これからも共に歩んで欲しい。

 

 もしお前が怖がってるなら……命をかけて約束したい。

 

 俺は……——

 

 

 

「……あなたの気持ちは、きっと伝わってますわ。それだけの事をしてきた自信はありませんか?」

 

「……うん」

 

 

 

 気持ちには気付いてあげられなかった。

 

 でも、トレーナーとしては頑張ったと思う。

 

 それを少しだけ認められるようになってきたのは……——

 

 

 

——クゥーン♪

——ガゥ?

——……ギ

 

 

 

 チャマメもアカカブも……わかばも——みんなが俺と頑張ってくれたから。

 

 こんな俺の事を……好きでいてくれているから。

 

 

 

「……その涙は大事になさってくださいね」

 

「〜〜〜!すみません……情けない」

 

「そんな事ありませんわ」

 

「うぁ〜〜〜恥ずかしいぃぃぃ‼︎」

 

 

 

 溜まっていた気持ちを吐き出すと、今度は今の状況がとても気まずくなってきた。ジムリーダーとはいえ、年もそんなに変わらないツツジさんに泣きっ面を晒すなんて——そう思って急いで立ち上がったのがいけなかった。

 

 ポケットからマルチナビがポロリと砂浜に落ちたのだ。

 

 

 

「あら?落ちましたわよ?」

 

「あ!すいません——」

 

 

 

 ツツジさんがそれを拾って渡してくれた時、少し焦って受け取ってしまった。すると画面を誤操作してしまい、ある“フォルダ”のストレージが勝手に開いて——

 

 

 

——バササササ……。

 

 

 

 ストレージに溜め込んでいたノートが大量に出てきてしまった。

 

 

 

「あ!す、すいません‼︎」

 

「もう……何やってますの——って」

 

 

 

 俺は急いでノートをかき集めるが、そのうちの一冊をツツジさんに拾われる。パラパラと中身をしれっと読まれる。

 

 

 

「あ、ちょっ!返してください!」

 

「…………っ!」

 

 

 

 ノートの中身を見たツツジさんは、少し驚いたように目を見開いていて、俺の方を向いた。なんだよ……そんな変な事書いてますかそれ……?

 

 

 

「あ、あの……中身見られるのは恥ずかしいんで、返してください……」

 

「え、あぁ……ごめんなさい」

 

 

 

 ツツジさんの持つ一冊を受け取ると、ストレージの方に戻す。ただでさえ恥ずかしい気持ちでいっぱいなのに……踏んだり蹴ったりだ。

 

 

 

「さ、さて。そろそろわたくしも戻りませんと」

 

「あ、すみません。なんか色々励ましてもらっちゃって……」

 

「いえ……いや、どういたしまして……」

 

 

 

 それだけ言って、ツツジさんは浜辺から遠ざかっていく。明日のジム戦は見に来てくれるんだろうか?だったら……不甲斐ない試合はできないな。

 

 

 

「——ユウキさーん!!!」

 

 

 

 遠いところから、ツツジさんが大声で呼ぶ。なんだ?なんか言い残したことでも——

 

 

 

「明日の試合のためにも、今日は早めにお休みになってくださいましーーー!!!」

 

「……!——ありがとーーー!もう少ししたら戻りまーーーす‼︎」

 

 

 

 たったそれだけ。

 

 それだけで、ツツジさんは明日観に来てくれるとわかった。

 

 全く……どんだけ気遣いできる人なんだよ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日——。

 

 ムロタウンに向かう一艘の船が、とんでもないスピードでその海域を疾走していた。

 

 以下はその乗組員の会話である——。

 

 

 

「——ヒョーーー懐かしいなぁムロ!相変わらず全然変わってねぇ‼︎」

 

「ちょっとアンタ!船頭に立ったら危ないわよ!」

 

「ワッハッハ!!!若いのは元気でええのぉ〜♪」

 

「大丈夫ですか?ツシマさん……?」

 

「ユリちゃん……僕、前は我慢してたけど——うっぷ」

 

「……ユウキさん。今応援行きますからね」

 

 

 

 

 

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最も暑い夏が……始まる——!

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第67話 覚悟と訂正


タグに残酷な描写とかR-15付けました〜。
一応って感じですが、ご報告させていただきます。




 

 

 

 ムロはその日、思っていた以上に活気づいていた。

 

 定期便で揺られて5時間。取材班のマリとダイの二人はようやく狭い船内から久々の地面へと降り立つ事ができた。しかし——

 

 

 

「う、うーん……」

 

「ちょっとあんた大丈夫?」

 

「す、すいません……船酔いが」

 

「カメラの手入ればっかしてるからよ!あんな船の中でそんなことしてたら酔うに決まってるでしょ‼︎」

 

「す、すいませ——うぅ!」

 

 

 

 ダイは謝り切ることもできず、込み上げてきた溜飲を海に吐き捨てるべく駆け出す。そして勢いよく、そのカメラには収められるはずもないものを海へと——

 

 

 

「オロロロロロロロ——」

「オロロロロロロロ——」

 

 

 

 いつの間にか隣に並んでいた白衣の学者と共に解放するのだった。

 

 

 

「うっぷ……あぁ……こりゃ、どーも…………」

 

「……おぇ……そちらも……船酔いですか……?」

 

「ええ……カイナから……まる5時間を……」

 

「大変でしたね……あ、僕はツシマといいます……」

 

「これはどうもご丁寧に……自分はダイです……」

 

 

 

 船酔い嘔吐を機にダイとツシマは謎の親近感を覚え、波打ち際で顔を真っ青にしながらヘラヘラと笑い合っていた。その異様な光景は下船する人々にしてみれば不気味であり、夏の百物語にでも出てきそうな妖怪のように映った。

 

 それは彼らを知るものたちですら、関わり合いになりたくないとさえ思わせる。

 

 

 

「つ、ツシマさん?大丈夫?」

 

「ユリちゃん……どうやら、僕はここまでのようだ……」

 

「もうムロに着いてるよ!あと少しで試合だから頑張ってよ!」

 

 

 

 そう言ってツシマの背中をさするユリ。その言葉に“試合”と言う言葉を聞いて、ダイは興味を示した。

 

 

 

「……今日ムロで試合あるんですか?」

 

「え?あ、えっと……はい。わたしたち、その試合に出る友達の応援に来たんです」

 

「へぇ……ムロの試合まで来るなんてすごいね」

 

「私たち、その人が頑張ってるの知ってるので!今日勝ったらプロになるんですよ!」

 

「じゃあ今はアマチュアなんだ……それは大事な試合だね」

 

「ちょっと!いつまでゲロ吐いてんの?」

 

 

 

 ユリたちとの会話の後ろから、マリも顔を出す。ダイが落ち着くのを待っていたようだが、どうやら痺れを切らしたらしい。

 

 

 

「マリさん……すんません、もうちょっと……オェ」

 

「あんたが復活しないとあの馬鹿でかいカメラ動かせないんだけど?シャキッとしなさいよね!」

 

「え、ちょっ、持ってくれたりとかは?」

 

「甘ったれんな!私があんなの担げる訳ないでしょ!?」

 

 

 

 多少の体調不良など考慮しない姿勢はまさに鬼のそれだった。理不尽に顔を歪めつつも、彼女とは付き合いが長いためわざわざ反抗したりはしない。

 

 うん。でももう少し優しいといいな——などと希望的観測は心の中で呟くダイだった。

 

 

 

「——って何その子たち?知り合いなの?」

 

「いや、この人は同じく船酔いで、こっちの女の子は付き添い?らしいです」

 

「……ぅ」

 

「あ、お、おはようございます!ユリっていいます!」

 

「あら可愛らしい♪礼儀正しい子ね〜。私はマリ、よろしくね」

 

 

 

 礼儀正しいユリに対して、好印象を抱くマリ。双方の挨拶が終わったところで、ダイはマリに伝える。

 

 

 

「そういえばこの子たちの友達。ここで今日試合らしいですよ。これ、金の卵としていの一番に取材できるんじゃないですか?」

 

 

「試合〜?はぁ……ホウエンで何人がプロになってると思ってんの?“紅燕娘(レッドスワロー)”に匹敵するトレーナーとそう簡単に出会える訳——」

 

「いいえ!ユウキさんはやる人ですよお嬢さん‼︎」

 

「きゃあ⁉︎」

 

 

 

 さっきまで伏せていたツシマが顔をあげてマリに迫る。その血走った目と青みがかった顔のコラボレーションに、恐怖すら覚えるマリ。

 

 

 

「——彼はそこいらのプロ志望とは違います!プロを目指して頑張っていながら、犯罪に巻き込まれた人助けもできる人なんですよ!しかもその腕も確かです!……プロがどんなものかわかりませんが、彼が強いことは保証しますよ‼︎」

 

「な、何よあなた——っていうか近いのよ‼︎」

 

 

 

 今日戦う友人について熱く語るツシマ。ズイズイとマリに詰め寄るので、たまらずツシマから距離をとる。

 

 

 

「——っていうか、強いってそれどれくらいなの?その子、アマチュア時代に何かタイトル取ったりしてる?そんな有望株のデビューだったら、もっと騒ぎになっててもいいと思うけど?」

 

 

 

 ホウエン地方にはアマチュアも出られる大会が多くある。バッジを獲得するために手数料を多く払わなければならない以上、その一戦で勝ち切るためにはそれらの大会で勝って自信をつけるトレーナーがほとんどだ。

 

 そこで名を売っておけば、プロに転向した時からスポンサーやアドバイザーコーチなどを付ける時に有利になる事もあるので、プロへの昇格試合には事前にマスコミも動く。しかし報道陣営のマリもダイも、今日ここで試合があるだなんて聞いていなかった。

 

 従って、マリは今日のトレーナーが有望ではないと踏んでいる。

 

 

 

「ゆ、ユウキさんは、トレーナーになってまだ3ヶ月くらいです!ほんとに成長が早いんです!」

 

 

「3ヶ月⁉︎はぁ〜〜〜無謀というかなんというか……それで勝てたらいよいよスワロー級のトレーナーじゃないの!」

 

 

 

 マリは頭を抱えた。

 

 ジムリーダーの壁は甘くない。“HLC”の規定で決められた手持ちしか使えないとはいえ、それを指揮するジムリーダーの力は本物だ。使える手札が弱体化しても、戦いの本質を知っている豪傑を前に、3ヶ月程度ポケモンと戯れた子供が勝てる道理などない。

 

 それがマリの見解だった。

 

 

 

「ほ、本当にすごいんです!プロの人にも勝った事もあるんです!ユウキさんは絶対!プロになります!」

 

「うーん……」

 

 

 

 マリには3ヶ月やそこらでプロに勝ったという事実は受け入れ難かった。

 

 通常トレーナーを志す者はジム入りを果たす為にも研鑽を積む。そしてその資格有りと判断され、ジム入りしてからのトレーニングは最低でも一年はかかるのが相場だ。

 

 しかし目の前の人間たちの信頼が厚い以上、それだけ惹きつけるものがそのトレーナーにはあるというのも見逃せない。3ヶ月で急成長を遂げた謎のホープ……と聞けば、マリのジャーナリストアンテナも反応を示す。

 

 記事のネタくらいにはなるか……そう結論付けて、ダイを引っ掴む。

 

 

 

「よーしそれなら今日の取材はその試合と、チャレンジャーに直接インタビューで決まりよ!——ほらダイシャキッとしなさい!特ダネ逃したら招致しないわよ⁉︎」

 

「ひ、ひぃ〜〜〜もう少し休ませてぇ〜〜〜!」

 

 

 

 強制連行されていくダイと意気揚々とジムへと向かうマリを見送り、ツシマとユリはため息をつく。

 

 

 

「……はぁ。ユウキさん、勝てるかなぁ?」

 

「何言ってるんだいユリちゃん⁉︎僕らが応援してあげなくてどうするんだい!」

 

「そ、そうですよね!わ、わたしのばか!——ツシマさん!一緒に応援しよ!」

 

 

 

 内心不安を抱きつつも、友人を信じる気持ちを鼓舞し合う二人は、まだ試合が始まってもいないうちから闘志を燃やす。そこに自前の船で一行を連れてきたハギ老人が、着港の仕上げをして船から降りてきた。

 

 

 

「それはいいが……もうすぐ試合始まっちまうんじゃないかの?——他の連中はもうジムに向かっとるぞ?」

 

 

 

「「あ——‼︎」」

 

 

 

 今日の試合は午前から。実はもう、試合が始まるまですぐなのであった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ムロジム、ミーティングルーム——。

 

 

 

「覚悟はいいんだな……?」

 

 

 

 試合が始まる前に、昨晩の提案を受け入れることを、俺はトウキさんに伝えに来ていた。

 

 

 

「はい……もしこれで俺が勝てないようなら——プロは諦めます」

 

「ふー……なんか吹っ切れた顔してんな?」

 

「開き直った……って訳じゃないですけど、きっとそれが俺に——いや、“俺たち”にとって必要な覚悟な気がするんです」

 

 

 

 わかばの伸び代の問題を、今後どうするのかをこの試合で見極める。その為には生半可な覚悟では無理だろう。今日まで出来ることをしてきて見えてこないものだったんだから……俺たちは限界を越えなきゃ、その答えは見つけられないと思う。

 

 トウキさんの提案は、むしろそれに気付けるチャンスなんだ。ここで半端な覚悟で挑み、よしんば勝ててたとしても……今のままではプロで通用しないことがはっきりしている。その時同じようなチャンスに巡り合える保証なんてないんだ。

 

 

 

「……ここが勝負どころだって理解はしてるみてぇだな」

 

「はい……だから、それで“提案の半分”——ですよね?」

 

 

「……!そこまで覚悟の上かよ」

 

 

 

 トウキさんは俺の発言を肯定するように笑う。やはり……俺の読みは正しかった。

 

 俺はこの提案にひとつの疑問を感じていた。『勝てなかったらプロを諦める』——つまり勝ててしまえば、わかばの伸び代がどうのこうの関係なく、プロにはなれるということ。

 

 実際に本気のトウキさんが相手なら、いくら手持ちを制限されていても勝つことは簡単ではない。ミツルとの戦いがまだ脳裏に残っているが、あれをこの仲間と乗り越えるにはかなり無茶もしなければならないだろう。

 

 だが、勝てるビジョンはある。それだけの自信は俺にはあるのだ。

 

 でもそれではわかばが今のままでも勝ててしまう事になる。わかばの扱いを考えなければいけない試合で、それはあまり賭けになっていない気がするのだ。

 

 つまりトウキさん側も、手持ちにテコ入れが入る事を意味していた。

 

 

 

「——バッジ保有数0のトレーナーが相手の場合、委員会からは『未進化ポケモン3匹』の制約をかけるよう言われてる。だが、これは挑戦者と同意の上ならその縛りを解ける。今回はてめぇの同意があれば、俺は1匹“進化したポケモン”を使う気でいる」

 

 

 

 それはつまり壁。“未進化ポケモンの限界”を教える為に、進化後のポケモンの強さを知るためのもの。それに今後の人生を賭けるような覚悟で挑む中で、わかばへの可能性を見出す。

 

 

 

「……ですよね。挑戦前から勝算があったら、この提案自体意味がないですから」

 

 

 

 わかってはいたが、やはり心が重い。圧倒的に実力が上のトレーナーが、本気で、しかも進化後の能力を振り回してくる。

 

 それに負けたら……旅はここで終わり。

 

 そこまでする程のことか——そう何度も俺自身が思った。

 

 

 

「——それでもいいです。トウキさん。俺はあなたを超えて、わかばたちと一緒にプロになります……!」

 

 

 

 これはとんでもない荒療治。きっといくら教育経験がある人でも、この結論は早計だと言うだろう。

 

 でも必要性を感じている俺自身。

 

 そしてわかばも、きっとこの壁を乗り越えたいと思っている。

 

 

 

「……一個訂正させてくれるか?」

 

「え?」

 

「お前が俺に物を聞きに来た2ヶ月前……言ったことだ」

 

 

 

——お前ナメてんの?この世界……

 

 

 

 ストレートに突き刺したプロの一言。それに付随して言われたこと全て、言われてもしょうがないことだった。あの時の俺は、ただがむしゃらに前に進みたくてトウキさんに縋った。

 

 

 

「……お前の今した覚悟は、甘えた根性じゃ絶対にできねぇ。何年もかかって頑張ってきた連中にもそう言ってのける気概を持つやつは早々いねぇよ——ナメてたのは俺の方だったみてぇだ」

 

「……そう思ってくれたなら、きっとそれはみんなが教えてくれたからだと思います」

 

 

 

 俺は俺一人で立てない。結局ジム挑戦するこの日まで、一日として自分の力で立ち直れた事はない。

 

 いつも誰かの何かが俺の心を打つ。そして、危なっかしくも今日まで来れた。

 

 だからこそ、今はその言葉が嬉しかった。

 

 みんなに貰ったものが、今の強い心を作っているんだと信じられるから。

 

 

 

「今日まぐれで勝つことなんか、天地がひっくり返っても絶対にねぇ。だからもし勝てれば……心の底から喜べよ」

 

 

 

 それだけ言い残し、トウキはミーティングルームを後にする。

 

 最後にトウキさんが呟いたそれは、また俺の心を鼓舞した。

 

 もし勝てるなら……俺はひとつの常識を覆せるのかも知れない。

 

 現実は甘くないけど……。

 

 甘くない世界の中にも、きっと想いが叶う瞬間がやってくる事を……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ジムのコートには通常よりも多くの人間が来場していた。ムロではこの日まで暴れていたユウキの試合を観る為に、ジムトレーナーはほぼ全員が観に来ている。その噂が広まり、島の住民もまた押しかけてかなりの観衆が集まっていた。

 

 その中に、ハギ老人に連れてきてもらったトウカジムの友人+αの姿があった。

 

 

 

「おいおい……ジム戦とはいえ賑わい過ぎだろ?」

 

「どうも噂じゃ、いきなり現れたユウキくんがジム生をちぎりまくってたらしいわよ?1on1だけらしいけど、無敗だって」

 

「かぁー随分強くなったんだな!うちにいた頃なんかジム生の誰にも勝てなかったくせに」

 

 

 

 ヒデキとヒトミが会場の雰囲気に驚いている。2ヶ月前トウカにいたユウキがこれほどの観客を呼び寄せるほどのトレーナーになっているとは思ってもみなかったからだ。

 

 

 

「ユウキさん……大丈夫かなぁ?」

 

「大丈夫だよユリちゃん。ユウキさんは絶対いい試合にしてくれるって♪」

 

 

 

 会場の雰囲気に飲まれるユリを励ますミツルは、密かに手汗を握っていた。

 

 自分が依然立ったからこそ、ミツルにはわかる。この観衆の中で戦うのは相当なストレスがかかる。大舞台での人の視線に緊張しない人間なんていないのだ。ましてそれが、自分の人生のかかった試合となると尚更である。

 

 

 

「僕もユウキくんが勝つって信じてるよ!だから声出して応援していこ!」

 

 

 

 そこに並んで座るツシマが声をかける。

 

 トレーナーではない彼がこの局面がどれほど重要なのか知る由もないが、それでもそのまっすぐに応援したいという気持ちが、今のミツルにはありがたかった。

 

 

 

「そうですね……みんな!ユウキさんの応援お願いします!」

 

「は、はい!」

 

「任せなさいな」

 

「しょうがねぇー。ミツルの頼みじゃな」

 

「ユウキくーーーん!がんばれぇぇぇ‼︎」

 

「まだ出てきとらんだろ……?」

 

 

 

 ツシマの先走りを見て、同席するハギ老人は……いや全員が呆れていた。

 

 

 

 ——その対岸の客席では、ユウキの噂を聞きつけた取材班のマリとダイが座っている。

 

 彼らもまた、この集まりに驚いていた。

 

 

 

「これ本当にジム戦なの……?客席ほとんど埋まってるじゃないの……」

 

「噂じゃかなり期待されてるみたいっすね……こりゃもしかしたら本当に——」

 

「まだ実物も見てないのにわかんないじゃない!とにかくカメラだけは回して!バッテリー切らしたら……わかってるわよね?」

 

「はひっ!命に換えても‼︎」

 

 

 

 脅迫じみた目線を送るマリは、この異様な空気に舌を巻く。まさか本当に——そんな期待なのかなんなのかわからない気持ちが、マリ自身にも芽生え始めているのは確かだった。

 

 

 

「あれ?カメラ来てるじゃん!——本命はズバリ!()()()のプロデビューを飾る記念すべき試合を取材に来たってとこすかね⁉︎」

 

 

「は⁉︎——ちょ、あなたいきなり何⁉︎」

 

 

 

 マリがそんな気持ちの処理をしている横から、ツルピカの坊主頭が颯爽と視界に割り込んできた。

 

 

 

「もうマスコミにも目をつけられるなんて、さっすがアニキ♪」

 

「何勘違いしてんのか知らないけど!——ってアニキって何⁉︎」

 

「アニキって言ったら、“ミシロタウンのユウキ”さんの事に決まってんじゃないっスか!あ、俺タイキっていうんスけど、その人に憧れてるんっス!プロ志望なんで、俺の事も取材してくれていいっスよ‼︎」

 

「ちょ!カメラに映るな‼︎マリさんこいつ引っぺがして‼︎」

 

「ミシロ……って、あれ、確かスワローの……?」

 

 

 

 撮影の邪魔にしかなっていないタイキとダイの小競り合いをよそに、マリは段々と何かが起こる気がしてきた。

 

 金の卵……その孵化に、自分達は立ち会えるのではないのかと……——

 

 

 

 

 

「——《只今より!!!“ミシロタウンのユウキ”と“ムロジムリーダートウキ”による、ジム公式戦を行います!!!》」

 

 

 

 

 

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激戦の幕開けは、すぐそこ——!

ユウキvsトウキ!!!
やっっっっっっっと書けるぅぅぅぅぅ!!!

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第68話 不穏な開戦


最近はセルフチェックが疎かになっているので……誤字脱字多いのではとドキドキ……そもそも本筋で書いとかなきゃいかんこと忘れてるんじゃなかろうかというのが一番怖い。話作るのって楽しいけど大変ね!!!




 

 

 

 ムロジム、バトルコート——。

 

 いつもより人が多い会場に、ゆっくりと歩を進める。照明に照らされたコートと人の熱気が立ち込めて、じんわりと背中に汗をかく。

 

 いや……多分暑いのは、それだけじゃない。

 

 

 

「——よう。来たか」

 

 

 

 コートの真ん中で待つ男が放つ熱気が、俺にも伝わってきている。目の前のこの人は、今まで多くのことを教えてくれた恩師だ。

 

 しかし今日——それが俺の前に立ちはだかる最大の壁となる。

 

 

 

「お待たせしました……よろしくお願いします」

 

「おう。悔いは残すなよ」

 

 

 

 プロを志して戦うのは、これが最後になるかもしれない。トウキさんの言った言葉は、それを明確に意識させた。

 

 色んな気持ちが一瞬巡るけど、それでもやはり俺の心は決まっている。

 

 

 

——最後になんかさせない。

 

 

 

「——負けません」

 

「はっ!これ以上はバトルで聞くぜ」

 

 

 

 互いに闘志を燃やして戦う。そう誓うための握手を交わして、俺たちは互いのポケモン選出を決定付ける機械の前に向かった。

 

 

 

「——《本日の挑戦者はまだバッジを持たないアマチュアの模様!今日を勝ってプロへの道を……夢への切符を掴めるか!——注目です!》」

 

 

 

 そう……今日を勝って、みんなでプロの道を歩くんだ。そうしないと、どんなにいい試合ができたって……きっと悔いは残る。

 

 そんなのはもう嫌だ。

 

 

 

「《互いのパーティがセットされ——今!互いのポケモンが画面に表示されます!》」

 

 

 

 観衆にも見える大画面モニターに、それぞれのポケモンが表示される。

 

 

 

【ミシロタウン・ユウキ】

・キモリ ・ジグザグマ ・ナックラー

 

vs

 

【ムロジムリーダー・トウキ】

・ワンリキー ・アサナン ・ハリテヤマ

 

 

 

 そのモニターに映し出された光景に、戦う本人たち以外の全ての人間が目を見開く。

 

 トウキの手持ちに……“ハリテヤマ(進化後のポケモン)”がいることに驚愕したのだ。

 

 

 

「え、挑戦者ってバッジ持ってないって言ってなかった⁉︎」「どうなってんだ!?委員会規定じゃ進化後ポケモンは出せないはずじゃ——」

 

 

 

 観客がどよめくのも無理はない。それほどまでの異常事態であることは、誰の目から見ても明らかだった。実況者もこの事態に動揺が走る。

 

 

 

「——《これはなんということでしょう!ジムリーダートウキ選手!選出ミス……何かの手違いでしょうか⁉︎》」

 

 

 

 事前情報をいくらか知っている実況も何が何だかといった様子。情報の行き違いなのか、会場のスタッフも連絡を取り合って事態の把握に奔走する。

 

 

 

「《——皆さん!落ち着いてください!》」

 

「《ツツジさん⁉︎——あぁ、ご紹介が遅れました!本日の解説役を勤めてくださるカナズミジムリーダーのツツジさんです!》」

 

 

 

 全体のざわつきを治めるために声を張るツツジ。今日の解説席にジムリーダーがついている事に、周りのどよめきは違うベクトルに向かった。

 

 

 

「え、ジムリーダー見に来てんの⁉︎」「これアマチュアの試合だぞ!どーなんだ⁉︎」

 

「《お静かに!——先ほどジムリーダートウキからの通達を受け取って参りました!……それによると——》」

 

 

 

 ツツジはトウキから受け取った手紙の内容をかい摘んで話す。

 

 ホウエンリーグ委員会——通称“HLC”の発令するジムチャレンジ規約によれば、ジムリーダー側がその規約を徹底遵守する事が載せられている事。そしてその規約を、挑戦者の意思で解約することが可能である事。今回はその挑戦者の意向で、トウキには1匹のポケモンを“進化後のポケモン”を使用してもらう事。

 

 ……以上がことの次第である事を告げた。

 

 それを聞いた取材陣は、やはり納得いかないという面持ちだった。

 

 

 

「——信じられないわね。そんな事して何のメリットがあるって言うの?」

 

「た、単に無謀な子供って事ですかね?」

 

「馬鹿!無謀どころじゃないわよ!一体何人のトレーナーがこのプロになれるかの分水嶺で挫折させられたと思ってんの!?普通は“未進化”のポケモンでだって勝つ為には死力を尽くす……それを3ヶ月そこらでトレーナーやってる子供が挑むってだけで馬鹿げてるのに——狂ってるわ!」

 

 

 

 マリの言った事は概ね正しい。HLCの規約で決められた手持ちの制限は、あくまで挑むトレーナーのレベルに合わせ、“ギリギリ勝てない”ぐらいの調整がなされている事は、プロの世界を知る者たちの暗黙の了解だ。

 

 それはプロとアマチュアには、実力以上に存在する“壁”があることを示している。超える為には、並の努力、並の実力では足りない。ある意味で、挑むこと自体、実は無謀とも言えるのだ。

 

 それを逆に自分にとって不利な条件を提示する……常軌を逸した行動に、人々の目には映る。

 

 

 

「ユウキのやつ……何考えてんだ?」

 

「正気の沙汰じゃない……でもユウキくんがそんなこと、わからないはずないと思うけど……」

 

「ユウキさん……」

 

 

 

 ヒデキとヒトミも……ユリもプロを目指すトレーナー。実力なら既にその資格を有しているほどのトレーナーたちでも、この事態は理解が及ばない。彼らの心配は、同様にプロになったミツルにも及んでいた。

 

 しかし——

 

 

 

「——きっと。ユウキさんには必要な事なんだと思います。何の意味もなく、こんな事する人じゃありませんから……!」

 

 

 

 それはミツルにもわからない。難易度を上げたところで、ジムバッジの取れる数が変わるわけでも、プロとして有利に立ち回れるようになるわけでもない。

 

 それでも……ひと月前に会った彼の目をミツルは知っている。だから、ミツルは信じていた。この試練が、ユウキにとって必要なものなんだということを。

 

 

 

「……どうあれ、それらを決めて戦うのはコートの中のあいつらじゃ。外野のわしらは、ただ進む方向に声援で押し上げてやればいいんじゃないかの?」

 

「そうですよ!……きっと、また何か凄いものを見せてくれるはずです!」

 

 

 

 ハギ老人は試合に出ている者が何を欲しているのか、現役時代によく理解している。ツシマも今までユウキが成してきたことを見て知って……そういう時、出来ることなど声をかけてやるだけしかないと経験している。

 

 それらを聞いて、一同は改めて意識をユウキに向けた。

 

 この先どんな戦いになったとしても……彼を応援する事をやめたりはしないと。

 

 

 

「——《えー。予期せぬ事態となりましたが、試合はこのまま進行致します!ちょうど両名、ポケモンの選出を終えたようです!》」

 

 

 

 ざわつく会場のことを全く気にする様子もなく、ユウキもトウキも、バトルのための準備を黙々とこなしていた。互いの意識はもう、目の前の相手にだけ向けられていたのだ。

 

 

 

「——両名。準備はいいですね?」

 

 

 

 主審を務めるトレーナーが、両名に覚悟を問う。トウキもユウキもひとつだけ頷いて答えた。それを受けて、これから始まる戦いの合図を出す。

 

 

 

「——【ミシロタウンのユウキ】対【ムロジムリーダートウキ】の試合を始めます!——両者構え‼︎」

 

 

 

 互いの相棒を握りしめ、会場の意識もコートの中心に注がれる。

 

 先ほどのざわつきが嘘のように静まり返った会場に今——

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)!!!」

 

 

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

「——行け!“ジグザグマ(チャマメ)”‼︎」

 

「——行ってこい“ワンリキー”‼︎」

 

 

 

 互いのポケモンが飛び出すと共に、会場が沸き立つ。

 

 ユウキはノーマルタイプのチャマメを。トウキは格闘タイプのワンリキーを繰り出した。

 

 

 

「《さあ、異例の試合が開始されました!先発はタイプ相性的にユウキ選手側が不利を背負う対面となりましたが——ここからどう試合を展開するのでしょう⁉︎》」

 

「《ジグザグマはトウキ選手の手持ちのどのポケモンとも相性が悪いです。このジグザグマをどう活用しようというのかが見どころですわね》」

 

 

 

 現状、チャマメでは格闘タイプのポケモンを相手するのは難しい。それを承知の上でユウキがチャマメを先発に選んだのにはそれなりの理由があると、ツツジも思っている。

 

 

 

「——ワンリキー!“気合い溜め”‼︎」

 

 

 

 トウキもその意図にはなんとなく気付いているが、まずは自分の得意なパターンにするために“気合い溜め”でワンリキーの集中力を高める。

 

 しかしその声が響く時、同時にチャマメはワンリキーに向かって走り込んでいた。

 

 

 

「——“頭突き”‼︎」

 

「ワンリキー避けろ‼︎」

 

 

 

 “気合い溜め”は間に合わないと判断したトウキは、技を中断させて回避を選択。ワンリキーはチャマメとすれ違うように身を捩って攻撃を躱した。

 

 

 

「“気合い溜め”を使わせない気か——!」

 

「必勝パターンは()()見せてもらいましたから……やらせませんよ!」

 

 

 

 トウキが1ヶ月前に見せた“気合い溜め”と“空手チョップ”の強力なコンボから生み出される脅威を知っているユウキ。それをさせない為の初動を見事に決め、ワンリキーのワンサイドゲームになるのを未然に防いだ。

 

 

 

「《ユウキ選手!相性不利の相手に接近するという豪快さを見せ、“気合い溜め”を止めました〜〜〜!》」

 

「《“気合い溜め”で急所を狙われるようになると、全ての攻撃が必殺となりかねません。これは挑戦者にしてみれば当然の選択でしょう》」

 

 

 

 とはいえ、あの格闘のエキスパートの射程圏内に自らを投げ打つわけなので、かなり思い切った行動であることに違いはない。実際これでジム生のワンリキーとやった“距離を保って戦う”という選択肢が消えた。

 

 

 

「いいのか?この距離で俺に勝てるとでも……」

 

「それは……チャマメを倒してから言ってください」

 

「大口は嫌いじゃねぇが……——」

 

 

 

 ワンリキーはチャマメに飛びかかる。ジム生のワンリキーとは比べ物にならない瞬発力を発揮した。

 

 

 

「——調子に乗るのはいただけねぇな!」

 

「——後ろに飛べっ‼︎」

 

 

 

 チャマメは後方に勢いよく飛んでワンリキーの間合いから遠ざかる。しかしワンリキーは前方に飛ぶ勢いそのままにチャマメを追った。

 

 

 

「——“空手チョップ”‼︎」

 

「——避けろ!じぐざぐに進んで的を絞らせるな‼︎」

 

 

 

 ワンリキーの手刀が襲うが、寸手のところでチャマメが切り返して避ける。避けられては追い、追っては放ち、放ったものをまた避ける。

 

 当たれば致命打になりかねない技を躱し続ける姿にユウキは指示を出しつつも冷静さを欠いていなかった。

 

 

 

(——走力は五分五分か。直線ではワンリキーの方が速いが、方向転換速度はチャマメの方が速い。でも避け続けていたら、いつか向こうはこちらの癖を読んで捕まえに来る!)

 

 

 

 トウキの実力を考えれば、守りに入ってもすぐに攻略される。だから先手を打つなら今なのだ。あとは仕掛けるタイミングだが——

 

 

 

——ガクン。

 

 

 

 チャマメの急カーブに対応する為に踏ん張ったワンリキーが体勢を崩した。今のユウキはそれを見逃さない。

 

 

 

「——“砂掛け”‼︎」

 

 

 

 

 足の止まったワンリキーに対して、チャマメはコートを蹴り上げて弾いた砂をかける。上手くそれがワンリキーの頭部に命中し、ワンリキーの視力を著しく低下させた。

 

 

 

「ちぃ!うざってぇな——」

 

 

「——“頭突き”‼︎」

 

「避けろワンリキーっ‼︎」

 

 

 

 一瞬の隙に視界を奪い、追撃を試みるが、トウキの指示に淀みはない。すぐさま回避行動をとらせ、被害を最小限に抑えた。

 

 

 

「《なんとこの対面を走力で切り抜けたジグザグマ!——それどころか“砂掛け”でワンリキーの視界を奪う返しまで成功させました‼︎》」

 

 

 

「すげぇ!流石アニキッ‼︎」

 

 

 

 その成果にタイキは喜ぶ。

 

 ワンリキー対面の練習相手としてこの一週間は最も相手をしたタイキにしてみれば、自分の事のように嬉しかった。

 

 

 

「随分危なっかしい戦い方するわね……先にボロを出したのがジムリの方だったからよかったものの——」

 

「ふぅ〜ん♪ 手前ですっ転んだのがワンリキーのミスだと思ってるなら、そりゃ見当違いってもんスよ記者さん!」

 

「なんですって……?」

 

「ほら、ワンリキーが転んだ場所。なんか変じゃないっスか?」

 

「変って——なにあれ?」

 

 

 

 ワンリキーの転んだ場所には、ミミズが通ったような跡がついていた。おそらく足元がそれで悪くなり、ワンリキーは踏ん張りが効かなかったのだろう。その跡がジグザグマによってつけられたものだとすぐに推察はできたが、それがいつ付けられたのかがわからない——

 

 

 

「——へぇー。ユウキのやつ。ジグザグマの“蹴り足”で地面抉ったのかよ!」

 

 

 その対岸の席にて、ヒデキはジグザグマの動きを見逃さなかった。

 

 

 

「あのジグザグマ。相当鍛えたんだろうが、特に足回りが半端じゃなくなってる。その脚力を使って前脚と後脚で2度地面を掻いたんだ……一瞬で地形が変わったせいで、ワンリキーは気付くのに遅れちまったみてぇだな」

 

「す、すごい!あのチャマメがそんなこと出来る様になってるなんて!」

 

 

 

 ヒデキの推察にユリは跳ねて喜ぶ。トウカジムの頃から知っているチャマメの成長は、同じ釜の飯を食った仲としてはみんな嬉しい気持ちになる。

 

 

 

「それ以上に恐ろしいのはユウキくんね。“気合い溜め”からの必勝パターンを妨害するための苦肉の策——と見せかけて仕掛けに打って出た辺り、これも事前に考えていた作戦なのよ」

 

 

 

 しかも相手は抜群技を振り回している。当たれば一撃でゲームが傾くものを相手にその作戦を実行している。その心臓の強さは、そこらのジム生でも早々持っているものではない。

 

 

 

「やっぱりユウキさんは凄い……!」

 

 

 

 ミツルの手には汗が握られている。

 

 ユウキの育成、作戦、精神力……どれもがミツルの予想を大きく超えていた。そしてそれはこの後の戦いでもっと見られると思うと、目を離せなかった。

 

 

 

 

「——やってくれるじゃねぇか……ユウキ!」

 

 

 

 とはいえ、試合はまだ序盤。

 

 

 

 激戦はここから始まるのだ——。

 

 

 

 

 

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ユウキ、挑戦者として申し分なし——!

要約
ワンリキーに砂かけただけ。

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第69話 取捨選択


台風が来てる……そして低気圧で脳髄まで軋む……
あーーー頭割って丸洗いしたい。ラ◯カルとかに洗って欲しい……




 

 

 

 ——試合(ゲーム)は観客の予想を裏切り、ユウキペースで進んでいった。

 

 

 

「——“空手チョップ”‼︎」

 

「——躱して“頭突き”‼︎」

 

 

 

 ユウキ側の作戦で足場を崩してワンリキーに隙を作ってからは、流れはユウキに向きつつあった。

 

 視界が“砂掛け”により遮られ、先程よりもキレの悪い攻撃をするワンリキー。それを見て行けると判断したユウキは、ジグザグマ(チャマメ)に攻撃の打ち終わりを狙って“頭突き”を食らわせる。

 

 

 

——グァッ‼︎

 

 

 

 体重の乗った一撃がワンリキーを吹き飛ばす。しかし当たったのは肩で、有効打とはならない。ワンリキーが独自の判断で肩をブロックに使ったようだ。

 

 

 

(多少不意をついたところで、あのワンリキーの戦闘センスは並じゃない。下手な攻撃は相手の反撃を受ける可能性を作るだけか……それにしても——)

 

 

 

 気になるのはトウキの動きだ。“砂掛け”を食らっておきながら、そのままワンリキーを続投させている理由がわからない。

 

 性格的にはゴリ押しをしてくるのも不思議ではないが、ジムリーダーの一角を担うトレーナーがそこまで浅慮な行動を取るというのも合点がいかない。

 

 しかしこのままバトルが進めば、攻撃を当てられるこちらに有利に働く。一発逆転はあるが、それさえ気をつけていれば問題ないはずだった。

 

 

 

「——よーし。大体の感じはわかったかワンリキー?」

 

 

 

 ここで今まで手を出し続けていたワンリキーが動きを止めた。そこへトウキの意味深な発言。ワンリキーは横目で主を見ながら、こくりと頷く。

 

 

 

「——まさか!」

 

「行くぜ!——」

 

 

 

——“空手チョップ【刃波剣(ババケン)】”‼︎

 

 

 

 トウキはその技の名前を叫ぶ。それに呼応してワンリキーは頭上に掲げた手刀を、その場で真っ直ぐ振り下ろした。

 

 その直線上には青白い光が走り、チャマメ目掛けて飛んでいく。

 

 

 

「避けろチャマメッ‼︎」

 

 

 

 しかしそう叫ぶのが少し遅かった。チャマメも懸命に反応したが、体を少しずらすので精一杯となり、“空手チョップ”の派生技を食らうこととなる。

 

 

 

「《なんとワンリキー!“空手チョップ”を——()()()()〜〜〜⁉︎》」

 

 

 

 物理攻撃を飛ばす技をは以前アサナンの“拳弾念力”で見たが、それを今度はワンリキーでもやってのけた。

 

 何より、ユウキにとっては予想外の攻撃。“砂掛け”で視界を奪ったのに、遠距離攻撃を正確に当てにきたのだ。

 

 

 

「かぁ〜〜〜!あんくらい避けろよチャマメ‼︎」

 

「無茶言わないの!あんな速いの初見でかわす方がどうかしてるわ!」

 

「実際出が速かった……僕とやった時には見せてなかった技だから、ユウキさんも反応が遅れたんだと思う……!」

 

 

 

 ユウキの持ち味は情報収集と、そこから導かれる危機回避力。一度見た技を記憶し、次同じような攻撃に晒されてもすぐ対応できる。

 

 それらも全て、ユウキの学習能力の高さ——平たく言えば、飲み込みの早さが成せる技だが、見たことない技に対しては全くの無防備となる。

 

 

 

「でもなんで……?“砂掛け”は決まって当てにくくなってるはずなのに、あんなに芯を捉えて攻撃できるんだ?」

 

 

 

 バトルに精通していないツシマでも、その事が不可解だと感じた。

 

 いくら強いポケモンでも、視覚を奪われてもパフォーマンスが落ちないポケモンはそういない。ユウキもそれを狙って技を選んでいた。それを無視するようなプレイの根拠は何かがわからない。

 

 しかし、ハギ老人はそれに心当たりがあった。

 

 

 

「ああいうタイプは、わしの現役時代でもたまにおったがの……一言で言うなら——」

 

 

 

「——“勘”……なんだろなきっと」

 

 

 

 ユウキにもそれがなんとなくわかっていた。

 

 元々繊細な技の精度や相手の出方を伺うといったことにこだわりがないのがトウキというトレーナー。その大雑把とも言える行動原理は、一言で言うなら“勘”なのである。そしてそうして育てられたポケモンたちも、当然持ち主と似通った性格になっていく。

 

 

 

——よーし。大体の感じはわかったかワンリキー?

 

 

 

 あれはおそらく“距離感”について言ったのだとユウキは理解した。

 

 視界が霞んでいても、チャマメの攻撃を肩でガードしたりしていたワンリキーなら、体感でその修正を戦いの中でしていたとしても不思議ではない。

 

 ユウキのような頭で考えたことを実行にどう移すかと具体的に考えるタイプとはまた違った対処法をするのがトウキなのだ。

 

 一見大雑把に見える対処法。しかし恐ろしいのは、それがユウキにとって脅威となる“正解”になっているところだ。

 

 

 

「——チャマメ!大丈夫か⁉︎」

 

 

 

 ともかくまずは相棒のコンディションを確認しなければならない。受けた技が格闘技である以上、チャマメにとっては軽くないダメージが刻まれたはずだ。

 

 しかしチャマメは毅然とひと鳴きして無事を伝える。

 

 

 

(……本当に逞しくなったなお前。その気概、無駄にはしない!)

 

 

 

 チャマメの返事は、急転した事態に対処するユウキに力を与える。ポケモンがやる気である以上は、必ず勝機はある。

 

 それを掴むために、ワンリキーとの攻防が激しくなるにつれ、熱くなった脳内を一度クールダウンさせるよう心がけた。

 

 

 

「……まずは一度戻れ!」

 

 

 

 ここでユウキ、交代を選択。

 

 

 

「——集中切らすなよチャマメ?まだ仕事は残ってるからな!」

 

 

 

 ユウキの呼びかけに、ボールに戻ったチャマメは応える。やる気は十分なのを再確認し、次のポケモンを投入した。

 

 

 

「——行け!ナックラー(アカカブ)‼︎」

 

 

 

 今度はナックラーことアカカブが戦場に降り立つ。相変わらず表情はどこか抜けているが、食いしばった牙が、やる気を物語っている。

 

 

 

「《ここでユウキ選手、ポケモンの交代です!出てきたのはナックラー!強力な顎と地面タイプの技を使いこなすポケモンです!》」

 

 

 

「おいおい……()()()()()()()()()()

 

 

 

 トウキはハッとしたかと思えば、不気味な笑みを浮かべた。

 

 瞬間、会場にも何人か気付いた者もいた。

 

 この交代は——“死路”だと。

 

 

 

「ダメだユウキさんッ‼︎今すぐワンリキーを止めて——」

 

「——“気合い溜め”ッ!!!」

 

 

 

 ミツルの叫びも虚しく、トウキは必勝パターンのその鍵となる技を叫ぶ。アカカブとワンリキーの距離を充分に保ったまま……。

 

 

 

——ググ……ワァアアアアアアアア!!!

 

 

 

 ワンリキーは“気合い溜め”を完了した。

 

 先ほどとは見違えるほどに闘志を燃やすワンリキー……その集中力は、対戦するユウキにビシビシと伝わってきた。

 

 

 

「《ああ〜〜〜!!!ここでワンリキーの“気合い溜め”を許してしまう!これでジムリーダーお得意のワンリキー無双態勢が整ってしまったかぁ⁉︎》」

 

「《…………》」

 

 

 

「あんのバカッ‼︎チャマメやられて焦りやがったか⁉︎」

 

「一番厄介な技を決められたわね……これでタイプ相性で抜群をつかれなくても、充分一撃でやられる可能性が出てきたわ」

 

 

 

 ヒデキとヒトミの目から見ても、今の状況は相当不味い。前回のミツル戦では、この状態のワンリキーがあわや全員戦闘不能にしかけるといった程の攻撃性能を見せつけた。

 

 それを知っているユウキにも、ことの重大さはわかっている。だから機動力の高いチャマメに相手をさせ、自己強化を阻止する展開に持ち込んでいた。

 

 それを下げ、一度距離を置いたところにアカカブを投入してしまえば、当然トウキも元のプランで勝ちに来るのは目に見えていた。

 

 一見チャマメの交代はユウキの下策にも映るが……——

 

 

 

「《ジグザグマを下げたのは本当に失策だったのでしょうか?》」

 

「《……そうとも言い切れません。“空手チョップ”の派生技。あれが対面する上で下げるか否かの選択を決定付けたのでしょう》」

 

「《……というと?》」

 

 

 

 実況の疑問に、ツツジは冷静に答える。

 

 

 

「《ポケモンバトルとは、相手よりも多くの有効打を持っているポケモンが有利です。タイプ相性で有利を取るのもそのひとつ……そして先程まで互いのポケモンは、持っていた有効打が釣り合っていました》」

 

 

 

 タイプ相性と近接戦でのパワーはワンリキー有利。それを視界を奪った優位性(アドバンテージ)と機動戦でわずかに相手を上回る立回りをしたチャマメ。

 

 このままバトルが進むとして、その勝敗はわからないくらいに拮抗していた。しかし——

 

 

 

「《ワンリキーが『遠距離攻撃』を有していた事、それを命中させる『当て勘』の存在で状況は変わりました。実質“砂掛け”の効力は失われ、決して軽くはない攻撃力が今までよりも遠くから振り回される事になった——それを受けて、被害を抑える為には、おそらく交代しかなかったのでしょう》」

 

 

 

 有利不利は状況を判断するための材料。それに振り回され、本来の戦い方ができなくなるのであれば、いっそ下げて仕切り直してしまった方がいい。

 

 ある意味では思い切った……ある意味では冷静ともいえる判断の元、この交代は下されたのだ。

 

 そしてそれは、ユウキがまだ慌てていないことを示している。

 

 

 

「……解せないわね」

 

「何がですマリさん?」

 

「あの子……本当にトレーナー歴数ヶ月なの?」

 

「アニキっスか?本人はそう言ってるっすけど……」

 

「その割には肝が据わってるわね……据わり——過ぎるほどに」

 

 

 

 マリにはユウキのメンタルの強さが異質だと感じられた。

 

 この状況で慌てない……それが異常とも思えるほどに。

 

 

 

「普通バトルで戦局が変われば、当然人は動揺するもの。それがましてや格上相手にやるバトルなら尚更よ……しかもジム戦。金のかかった試合という意味でもここはプレッシャーがかかる場面のはず……いくらあの子が落ち着いているからって、簡単に割り切れるとは思えない」

 

 

 

 ジム戦はそれほど思い入れが強くなるのだとマリは語る。

 

 かけた時間、努力、苦労、金……それらを賭して挑むジム戦に、肩に力が入らないわけがない。多くの人間は狼狽えたり、逆に入れ込みすぎて空回ったりするのが普通だ。

 

 だが、彼にはそういうところが見受けられない。今の戦いをどう攻略するのか……そんな集中力が表情から伝わってくる。

 

 

 

「……とはいえまだ序盤。その精神力が本物かどうかわかるのは、おそらくこの後」

 

 

 

「——さて。気合いも入ったところで、覚悟は出来てんだろうな?」

 

 

「………」

 

 

 

 トウキの挑発にユウキは黙する。今は無駄な神経を使う時ではないと自覚していた。

 

 チャマメを下げたのは自分なりには正着——でも“気合い溜め”状態のワンリキーが危険なのは事実。この必勝パターンにされてしまった以上、ここからはミス一つが命取りとなる。

 

 

 

「……いい顔だ。だが負けねぇ——“【刃波剣】”‼︎」

 

 

 

 ワンリキーはまた飛ぶ手刀を繰り出す。青白い刃が、アカカブに向かって直進する。

 

 

 

「——“砂地獄”ッ‼︎」

 

 

 

 アカカブの口から勢いよく風が排出され、コートの砂や瓦礫を巻き上げ巨大な竜巻を発生させた。分厚い砂塵の壁に阻まれた【刃波剣】は、風に弾かれ霧散する。

 

 

 

「ちぃ!地獄のメニューの成果か!」

 

 

 

 地獄の2ヶ月で威力の増した“砂地獄”は生半可な技ではかき消せない。いくら鋭い遠距離攻撃でも、この技を破るまでの火力はないようだった。

 

 

 

(さっきの技……チャマメに与えたダメージを見ても、直に“空手チョップ”を食らうよりはかなり威力が落ちている。この“砂地獄”は破れないのはわかっていた!)

 

「——それと同時に隠れ蓑にもなるんだよなこの技!相手の視界を奪うのが好きらしい‼︎」

 

「真っ向から戦えると勘違いするほど、自惚れてませんよッ!」

 

「へっ!——ワンリキー周り込めっ‼︎」

 

 

 

 “砂地獄”は大きさは見事だが、弾速は遅い。ワンリキーのスピードなら余裕で大回りしてかわせる。しかし本命は、大回りさせることにあった。

 

 

 

(——この隙にもういなくなってんだろ?)

 

 

 

 トウキの読み通り、“砂地獄”の向こうに回り込んだワンリキーが目標を見失った。

 

 そしてそれが、“次の攻撃の備え”であることも知っている。コートに開いた穴を見て、それが来る事を予感したのだ。

 

 

 

(——砂で身を隠して死角を作り、俺たちが回り込む頃には“穴を掘る”で潜っちまう!単純だが、出力の高い“砂地獄”のお陰でわかっててもやられちまう……)

 

「——今だッ‼︎」

 

 

 

 トウキが一瞬次の行動に迷ったのを見て、すぐに攻勢に出るユウキ。ワンリキーの地面から勢いよくアカカブが出現した。

 

 

 

——〜〜〜ッ‼︎

 

「避けた——⁉︎」

 

 

 

 それをワンリキー。独自の判断でまた躱す。今回は実際に初めて食らわせる技だったにも関わらずだ。いくら勘がいいワンリキーといえど、今のを避けられるのはどういう道理だとユウキは驚く。

 

 だが、すぐにその思考は“気合い溜め”に要因があるのだと推察する。

 

 

 

(“気合い溜め”は集中力を高める技——それであらゆる感覚が鋭敏になってるんだとしたら、下手な奇襲じゃ躱されるってことか——)

 

“空手チョップ”‼︎」

 

「潜ってかわせッ‼︎」

 

 

 

 ワンリキーの攻撃に、飛び出した勢いのまま、今開けた穴から地下へと逃げ延びるアカカブ。ギリギリのところで空を切り、難を逃れた。

 

 

 

「《巨大な“砂地獄”からの“穴を掘る”のコンボで攻勢に出た挑戦者ッ!しかしワンリキーも負けじと持ち前の感覚で華麗に避けて反撃ィィィ‼︎一進一退の攻防が続きますッ‼︎》」

 

 

 

「さぁ次は——どこから来る⁉︎」

 

「アカカブ!休まず攻め続けろッ‼︎」

 

 

 

 アカカブは再び地下からの出現。今度は大きく口を開いての“噛みつく”を併用。

 

 しかしワンリキー。跳躍してこれも躱す。

 

 

 

「ワンリキーの集中状態は五感の全てが研ぎ澄まされてる!そんなんじゃいつまでたっても捕まえられないぜ‼︎」

 

「それはそっちも同じでしょうよ‼︎」

 

 

 

 ワンリキーは地下への攻撃手段がないようで、出てきたアカカブに反撃を加えようとするのみ。しかし避ける事に徹されると、アカカブも攻撃を当てられない。

 

 

 

「《飛び出す!避ける!返す!潜る!噛む!跳ぶ!——互いの火花が散る熱い展開ィィィ‼︎》」

 

 

 

 その接戦に会場が一際湧く。ユウキを応援する者も、そうでない者も、皆がコートに釘付けとなっていた。

 

 しかし、旗色が悪いのは——

 

 

 

(——とはいえ、ナックラーはこのままだと時期捕まる恐れがありますわね……)

 

 

 

 ツツジはこの熱狂の中でも落ち着いて分析していた。

 

 

 

(ワンリキーは先程も見せた適応能力で段々とナックラーの攻撃を読めるようになって来ています……このまま続けると、そのうちタイミングを合わせられかねませんわ……!)

 

 

 

 その予測は正しかった。

 

 ワンリキーも地下からの攻撃には苦戦していたが、やはり避けるのに段々と余裕が出てきている。

 

 

 

(——ワンリキーがタイミング取り始めたな!……次辺り、合わせてみっか!)

 

 

 

 トウキが次のアカカブの出現に合わせ始めた。対するユウキに特段動きはない。今の攻防を維持する姿勢だった。

 

 

 

「行けアカカブッ‼︎」

 

「——ここ‼︎」

 

 

 

 ワンリキーはトウキの声に呼応して手刀を大地に振り下ろす。そこに亀裂が走り、そこから飛び出すアカカブの頭を捉えていた。

 

 タイミングは——ドンピシャだった。

 

 

 

——ズバンッ‼︎

 

 

 

 

 

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打ち下ろされるその手刀は——⁉︎

技解説のコーナー!
こういうの作るの楽しいのは大人になっても変わりません。

空手チョップ【刃波剣(ババケン)
威力:40 格闘:物理 非接触技
通常のからてチョップを打つための生命エネルギーを手刀の一端に集中させ、研ぎ澄ませてから振るう事で射程距離を伸ばして放つ派生技。射程距離は15mほどであり、作中では遠距離と呼ばれていたが実際は中距離止まり。やや溜めを必要とするため連続して出すことは難しいが、アサナンの“拳弾念力”と比べると威力は高い。使用ポケモンが成長することで、連発、高威力、高密度の技になるため、シンプルながら伸び代は高く、汎用性もある技。噂では上位技も存在するらしいが……?

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第70話 攻撃的な戦略


XY殿堂入りこっそりしました。
誰がとは言いませんが、救われる話でよかったです。




 

 

 

 ワンリキーの振り下ろした手刀が、ナックラー(アカカブ)の頭部にめり込む。

 

 完全にクリーンヒット——したと思った。

 

 

 

(——⁉︎)

 

 

 

 トウキは“空手チョップ”の入りが悪くなっている事に気付いた。ワンリキーの肘が伸び切る前に——充分な威力が発揮される前に攻撃がヒットしていた。

 

 

 

(タイミングがズレた⁉︎いやそれより——)

 

 

 

 “気合い溜め”で高められた手刀も、効果が充分出なかった。ということは、アカカブはまだ動ける。

 

 

 

「——噛みつく(くらいつけ)ッ‼︎」

 

 

 

 アカカブの目に光が宿る。超接近したこの体勢から、大口を開けてワンリキーに噛みついた。

 

 

 

「《“穴を掘る”を見切ったワンリキーが繰り出した空手チョップ”——それを耐えての“噛みつく”で反撃ィィィ⁉︎》」

 

 

 

 たった一瞬の出来事だったが、内容は実況通りの密度だった。

 

 攻撃テンポを読んだトウキ側も凄いが、それを受けて尚反撃する気力を残すアカカブも凄い。その結果、自身に打ち込まれた手刀側の脇腹に噛み付けた。

 

 

 

「よっしゃあ‼︎ああなったらもう解けねぇだろ⁉︎」

 

「完全に脇に食らいついてる……!あの体勢じゃワンリキーも反撃できない……‼︎」

 

「信じられん!あの攻撃を耐えて食らいつきおったわ‼︎」

 

「あの決まり方——いけるッ‼︎」

 

「「決めちゃえナックラーーー!!!」」

 

 

 

 今まで直撃こそ避け続けたワンリキーについにクリーンヒット。これにはたまらずワンリキーも苦悶の表情。

 

 

 

(くそったれッ!タイミングはしっかり合ってたはずなのに、なんで——いや、()()()()()のか……⁉︎)

 

 

 

 タイミングは完璧。それを読み間違えるなど、トウキの感覚ではあり得なかった。

 

 彼の誤算……それはアカカブの“穴を掘る”スピード。

 

 

 

「てめぇ……今まで手を抜いてたってのか⁉︎」

 

「そんな余裕あるわけないじゃないですか……でも、確かに“穴を掘る”のスピードは緩めてました……」

 

「……!」

 

 

 

 常に攻撃テンポを変えずに攻防をしていたら、自然とそれがMAXの攻撃だと思う。その意識のズレを利用して、()()()()()()()()()()ワンリキーの“空手チョップ”が、本来のパワーを発揮できないヒット位置でわざと受けたのだ。

 

 この瞬間だけは最大の力で跳び上がり、手刀が降り切る前に自分から当たりに行くことで技の威力を半減させたという訳である。

 

 

 

(ご丁寧に単調な攻撃を繰り返してたのは、餌をばら撒くため……!攻防一体の主力武器である“穴を掘る”を——こいつは囮に使いやがった‼︎)

 

 

 

——ガッ!ガッ‼︎

 

 

 

 トウキがユウキの策略に舌を巻く中、ワンリキーもくらいついたアカカブに対して、噛みつかれていない側の拳を食らわせる。しかしほぼ組み付いてるに等しい相手に体重を充分乗せて殴る事は至難の業だ。

 

 しかもワンリキーの利き手である()()を噛まれている分、さらに有効打は望めない。こうしている間にも、アカカブの顎がワンリキーを締め上げる。

 

 

 

——〜〜〜〜ぐァッ‼︎

 

 

 

「《ここでワンリキー!完全に取りつかれてしまったぁ〜〜〜!これはちょっとやそっとじゃ突き離せないかぁ〜〜〜⁉︎》」

 

 

 

 みるみる体力を奪われるワンリキー。だが、決死の思いで抵抗の手を緩めず。拳をアカカブの側頭部に懸命に叩き込む。

 

 

 

「ワンリキー!根性見せろぉ‼︎」

 

「アカカブ!絶対離すなぁ‼︎」

 

 

 

 こうなると互いの意地のぶつかり合い。もはや技とは呼べない殴打だが、鍛え上げた肉体から放たれる悪あがきすら凶器となる。

 

 この形に持って行けた段階ではアカカブの勝利を疑っていないユウキだったが、土壇場の執念を察知し、ここで緩めたら負けると直感した。

 

 対するワンリキーも、深く食らいついたアカカブの顎の力には参っていた。2ヶ月みっちり鍛えられた顎に締め上げられるワンリキー。己の磨き上げた肉体すら容易に潰す勢いのそれに敬意すら覚えていた。

 

 だがワンリキーもトウキも……ジムリーダーの意地がある。何より我慢比べで負けるなど許せるはずもない。

 

 

 

——グガァァァァァ!!!

——ンンンンンンン!!!

 

 

 

「《ワンリキー必死の抵抗!しかし離さないナックラー!両者意地と意地のぶつかり合いですッ‼︎この我慢比べに会場中が湧き立ちます‼︎》」

 

 

 

「ワンリキー!引き剥がせぇー!」「ナックラー!そのまま決めちまえー!」

 

 

 

 拮抗するパワーバランスに観客も盛り上がる。どちらが先に倒れるのか——勝負の行方はじきに決まる……。

 

 

 

「そのまま決めろカブッ‼︎」

 

「〜〜〜ワンリキーィ‼︎」

 

 

 

 最後の最後だった。トウキはこの瀬戸際でワンリキーに指示を送った。

 

 

 

(この状況で何を——ワンリキーの他の武器か⁉︎)

 

「——“地球投げ”だぁ!!!」

 

 

 

 ——次の瞬間。ワンリキーとアカカブの姿がコート上から消えた。

 

 ここへ来てワンリキーが、アカカブを抱えて飛び上がったのである。

 

 

 

「“ちきゅう…………なげ”……⁉︎」

 

「一か八かだオラァァァアアア‼︎」

 

 

 

 トウキ渾身の叫びが場内にこだまし、地面へと落下する両者のポケモン。その落下の勢いと、地面に接触する瞬間を狙ってアカカブを叩きつける動作をする事で、加重と投げの両方の力が牙を剥いた。

 

 地球(ほし)そのものを叩きつける様からつけられた技の名が——『地球投げ』だ……!

 

 

 

——ズドォォォオオオン!!!

 

 

 

「《——り、両者墜落ぅぅぅ!ジムリーダーが意地を見せたぁぁぁ!!!》」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」

 

 

 

 爆煙が舞い上がり、会場は途端に静かになる。それは、煙の中にいるポケモンたちの勝敗を見ようと全員が息を呑んだからだった。

 

 やがて煙が晴れる頃……両者のポケモンは、重なり合うようにして倒れていた。そして——

 

 

 

「——ワンリキー!ナックラー!両者戦闘不能‼︎」

 

 

 

 審判が両の旗を交差して振り上げ、この対面が“引き分け”に終わったことを告げた。

 

 その結果に、会場は歓声を上げる。

 

 

 

(……引き分け、か)

 

 

 

 ポツリと一言。心の中で呟くユウキ。

 

 “地球投げ”の破壊力は申し分なかった。しかし何より驚かされたのはワンリキーの底力と度胸だ。アカカブが食らいついている以上、自身の技を充分な体勢では打てない事はわかっていたはず。跳び上がってからの叩きつけは、下手をすれば自滅もあり得た。

 

 いや……トウキはそれすらも辞さなかった。あのまま何もせずに負けるくらいなら、相打ち覚悟でアカカブを仕留めに来たのだ。

 

 

 

(やられた——あのままいけばアカカブが勝ってたはずなのに……まさかまだあんな武器を隠し持ってたなんて……)

 

 

 

 素直な悔しさがユウキの中で広がる。作戦で優勢を勝ち取ったのに、結果は引き分けまでもつれ、この様——とても成功とはいえない。

 

 

 

(——とはいえ。こっちもまさか全力のワンリキーを取られるとは思ってなかったぜ……!ジグザグマの走力を活かした撹乱にしても、今のタイミングをズラして反撃に対抗したにしても——もう認めざるをえねぇな……)

 

 

 

 その一方でトウキもまた、ユウキのトレーナーとしての資質を認めていた。完全に自分の必勝パターンを破られた事と、事前に考え尽くされた戦略の全てに驚かされた。

 

 この試合にかける思いは相当なものだとわかってはいたが……ここまでの成果を生むとはトウキも予想外だった。

 

 そしてそれは、この戦いを見守る第三者にとっても——

 

 

 

「——凄い……ユウキくんの読みってこんなに凄かったの?」

 

 

 

 客席で始終を見ていたヒトミも、ユウキの戦略に舌を巻く。

 

 

 

「あいつが頭使うのは前からわかってただろ?」

 

「違うわよ。確かにトウカジムで見せた戦略とかも素人離れしたものがあったけど、今回のこれとはまるで別物よ!」

 

 

 

 ヒトミ曰く、ユウキはトウカジムにいた頃から、既に持てる武器を工夫して使う事には長けていた。しかしそれはその場その場の対処法に過ぎず、常に相手が何をして来るのかを見てから反応するような戦い方ばかりだった。

 

 それが、今は違うものに変質しているという事実に——

 

 

 

「《——攻撃的な戦略……ですか?》」

 

 

 

 それを解説していたツツジも、ユウキの変化が顕著だと感じていた。

 

 

 

「《彼のジグザグマとナックラーの戦い方は、どちらも自ら動いて作戦を実行していました。格上相手にペースを握らせないために……》」

 

 

 

 待っていても結果は転がってくるわけではない。とりわけ能力値で劣るユウキが下手に対応できても、ジムリーダー側は変わらず同じ強みを押し付けるだけで勝てるのだ。

 

 状況が好転するまでひたすら耐えていた今までは、大物喰い(ジャイアントキリング)はできない。だからポケモンがそれぞれの武器を持った今、ユウキの作戦の立て方が変わったのだ。

 

 ——守備姿勢(ディフェンシブ)から攻撃姿勢(オフェンシブ)に。受動的ではなく能動的に。

 

 だからこそ、トウキを追い詰め、あの凶悪なワンリキーを相打ちにまでもっていけたのだ。

 

 しかし——

 

 

 

「《それでも驚かされます。彼のあの試合運びは、おそらく長い時間研究を重ねて計算し尽くされたものでしょう……とはいえ、ジムリーダー相手にここまで読みを通すなんて……——》」

 

 

 

 卓越したゲームメイク——一言で言うならそんな言葉で説明ができる。

 

 事前に仕入れた情報と、相手の傾向、自分の得意分野……細かいことまで言い出すとキリはないが、とにかく必要なパーツを組み上げてそれは完成する。

 

 だが、試合は生き物だ。相手が常に同じ選択をするとは限らない。相手も同じようにこちらの裏をかくことを考えているかもしれない。ポケモンの強さが読みとは違ったり、極端な話をすると運ひとつで簡単に壊れてしまうのがこのゲームメイクだ。

 

 実際ユウキの予想外の事態はたくさん起きていた。

 

 トウキのワンリキーの勘の鋭さ。派生技による想定外の戦略。“気合い溜め”の効果の認識。そして意地を張り通すその芯の強さ。

 

 それらはユウキの精神に深い動揺を与えたはずだった。

 

 

 

(——読みを通したというより、数ある作戦の中からその戦い方を選んだ……というのが正しい認識かもしれません。事態が変化することは織り込み済みで、それに対応するための手札を予め用意していた……)

 

 

 

 しかしそうなると、一体彼はどこまでの手札を揃えていたのかと戦慄するツツジ。

 

 事前に作戦を考えるにしても限度がある。トウキはそういった予想を超えてくるようなトレーナーでもある。

 

 それを読み切った——でもその事実を目の前のわずか3ヶ月のトレーナー歴の少年が起こしたのが信じられなかった。

 

 

 

(ここまで変わるものですか……!覚悟を決めて戦うあなたは……!)

 

 

 

 まるで別人のように強くなっているユウキを見て、彼女もまた胸が高鳴っている。この試合の見どころは、まさにそこだと。

 

 

 

「《——さあ!互いのポケモンは戦闘不能になり交代します!次のポケモンは誰が出てくるのか!この熱い試合を、さらに盛り上げてくれるポケモンは一体誰なのかぁ‼︎》」

 

 

 

 アカカブを戻し、ボールに収まった彼を労うユウキ。

 

 ここまでは……ユウキの予定通りではある。

 

 

 

(相打ちは誤算だったけど……そもそも必勝パターンとガチンコでやらなきゃいけないワンリキーとの対面をなんとか切り抜けられたのは大きい……!でも——)

 

 

 

 それは通常のジム戦を想定した立ち回り。後の2匹に対しても有利を取れれば、確かにこの相打ちにも意味はあった。

 

 しかし……後に控えている1匹が進化ポケモンであるハリテヤマだという事実がここでのしかかる。

 

 

 

(——本来ならわかばに任せる事になるが、進化してないワンリキーでこの強さだった。進化後のポケモンなんかもう未知の強さだ……本当はできるだけ手持ちに余裕を持たせたかったけど……)

 

 

 

 しかしやはりジムリーダーは手強い。そもそも規定準拠のポケモンですら手強いのに、余裕なんか生まれるはずはないのだとユウキは改めて思った。

 

 次におそらく出てくるであろうアサナンも、さっきと同じかそれ以上の警戒が必要になる。

 

 

 

「——とにかく頼んだぞ……ジグザグマ(チャマメ)!」

 

「——行ってこい“アサナン”‼︎」

 

 

 

 互いのトレーナーが2体目を出す。

 

 トウキはユウキの予想通りアサナンを、ユウキは先程手傷を負わされたチャマメを選出。

 

 

 

「《さてこの対面もまたジグザグマには厳しい!先程の機動力が果たしてどこまで通用するのか——》」

 

 

 

 やはりタイプ相性では不利をとるのがユウキにとって痛手になる。今はそこに加えてワンリキーの時に受けたダメージもあるために、いい攻撃はもう貰えないと思ってよかった。

 

 これで選択肢も狭まることになるが……。

 

 

 

「さて。第二ラウンドと洒落込もうか……ユウキ‼︎」

 

 

 

 

 

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どちらも退かず、比肩す——!

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第71話 トウキの勘


急に涼しくなったり暑くなったり。
皆さんも体調にはお気をつけて!




 

 

 

——拳弾念力(けんだんねんりき)‼︎

 

 

 

 ジム戦2体目となる中盤戦。先に仕掛けたのはトウキ側だった。

 

 

 

「《ジムリーダーの早仕掛け!——アサナンの放つ拳が火を吹くぅ〜〜〜‼︎》」

 

(——ジグザグマの消耗は激しいからな!わざわざ休ませてやるわけねぇだろうが!)

 

 

 

 アサナンの放った拳型の念弾を受け、チャマメも避ける。弾速は確かに速いが、不意打ちでもない攻撃なら避けることはできた。

 

 しかし——

 

 

 

(遠距離からの攻撃を躱すのに神経使ってると、急接近された時の対応が遅れる——とはいえ当たれば蜂の巣だ!)

 

 

 

 “拳弾念力”の精度と弾速はジム生のアサナンとは比べ物にならない。この距離でも気を抜けば、あっという間に捕まってしまうほどだ。しかもミツル戦では“念力”を移動する時の加速に使った派生技も見せている。

 

 そしてそれら全てをケアして、対応するだけの体力がチャマメにはもうない。

 

 

 

「どうしたぁ!このまま痛ぶられて終わりかぁ⁉︎」

 

 

「気が早いっすね!——チャマメ!()()!」

 

 

 

 ユウキの指示を受け、チャマメは地面へと潜った。

 

 

 

「チャマメも“穴を掘る”——⁉︎」

 

「違う!“ナックラー(アカカブ)が掘った穴だ”‼︎」

 

 

 

 驚くヒデキより先にその正体に気付いたのはミツル。

 

 チャマメは前の戦闘で掘られた穴に潜ったのだ。一度開けられた穴なら、確かにチャマメの体格なら入ることはできる。

 

 

 

「ちぃ!また小細工をッ‼︎」

 

「そのまま抜け出せ!」

 

 

 

 チャマメは穴の中でも懸命に走り抜け、アサナンの見ていた反対側の穴から出現するした。

 

 

 

「——“頭突き”‼︎」

 

発勁(はっけい)で反撃しろっ‼︎」

 

 

 

 チャマメの“頭突き”が当たる直前に、ギリギリで反応したアサナンが“発勁”をチャマメに当てる。“頭突き”と相殺になる形で、互いの体が弾け飛んだ。するとここで——

 

 

 

——⁉︎

 

 

 

「《なんだぁ〜〜〜⁉︎アサナンの身体が濡れているぞぉ‼︎》」

 

「アサナン——!」

 

 

 

 チャマメと衝突したアサナンの体が突然濡れていたのを見て、トウキは思わず自分の近くまで呼び寄せる。

 

 

 

「これは……木の実の果汁——“オレンの実”か⁉︎」

 

 

 

 匂いからしてまず間違いなかった。チャマメと接触した際にかかったものだと思われる。アサナンに持たせた覚えはないため、必然的にチャマメが持っていた事になるが……。

 

 

 

(——木の実の食い損ねか?それとも接触した時に潰しちまったのか……にしてもなんだ?またなんか仕掛けてそうな面してやがんな)

 

 

 

 想定外の事態が起こる時、それはユウキが何か企んでいる可能性が高いとトウキは踏んでいた。その全容まではわからないが、ここから先は今まで以上に警戒のアンテナを敏感にさせる。

 

 

 

「何が目的かしらねぇが——お前の思い通りになんかさせねぇぜ‼︎」

 

 

 

 トウキの気迫を受け、アサナンも再出撃。走ってチャマメに迫る。 

 

 

 

「もう一度潜れ——!」

 

 

 

 チャマメは一番手近な穴から地下へと逃れ、アサナンの前から姿を消した。

 

 

 

「また隠れやがった!」

 

 

 

 いくら姿を隠そうとも、チャマメ側もこちらを見れない以上、アサナンの位置を把握することは難しいはず。さっきは不意をつかれたが、わかってしまえばあんなに上手く攻撃が決まることの方が少ないはず——と、トウキは考えていた。

 

 

 

——ズドンッ‼︎

 

「な——⁉︎」

 

 

 

 そのトウキの予想を裏切り、チャマメは正確にアサナンの背後から出現し、アサナンを後ろから攻撃した。

 

 

 

「いいぞチャマ!もう一度だ‼︎」

 

 

 

 チャマメはアサナンの反撃をもらう前に再び地中へ。アサナンがチャマメを視界に捉えることはなかった。

 

 

 

「《なんと〜〜〜!不利かと思われたジグザグマが、ナックラーの開けた穴を利用してアサナンを手球にとる‼︎》」

 

(まさかナックラーの攻めが次のポケモンに繋がってやがったとはな……それでやたらそこら中穴だらけにしてやがったのか!)

 

 

 

 ワンリキーとの戦いで単調に攻撃を続けたアカカブは反撃を誘っていたが、狙いはそれだけではなかった。

 

 あえて躱しやすい攻撃にする事で、“穴を掘る”の回数を増やしたのだ。その結果、トウキに悟られるずにコートを穴だらけにできた。

 

 

 

(多分地中で穴は繋がってる。入った穴から出てくる場所は限定出来ねぇ!……相当練習したんだろうが、それにしても解せねぇ……)

 

 

 

 地中に道を作る作戦を立てる上で、チャマメも暗い穴蔵を進む訓練をしていた。それにより慣れない道でも前後不覚にならず、迷いなく出たい場所に出れるようになっていた。

 

 しかし、それでもアサナンの居場所だけはわからないはず。どうやって地上のアサナンを捕捉しているのか、わからなかった。

 

 でもその前にあったことを思い出して、トウキはひとつの仮説が脳裏をよぎる。

 

 

 

「——まさか“匂い”か……⁉︎」

 

 

 

 それは木の実の果汁を浴びせられた事が理由だった。

 

 地中からは地上の情報はあまり伝わらない。それは多くのポケモンが、“視覚”を頼りに行動するからだ。それに比べて“聴覚”や“触覚”から得られる情報を識別する力が薄い。

 

 “穴を掘る”のような潜伏技の習得には、これら視覚以外の能力を養う必要がある。アカカブはその点で地上から下に伝わる振動を頼りに攻撃とユウキの指示を頼りに攻撃を加えていた。

 

 ではチャマメはなんなのか……ジグザグマという種で使える五感といえば、“嗅覚”である。

 

 

 

(——まさか木の実を持たせたのは自分で食う為じゃなく、匂いをつけてマーキングさせる為に持ち込んだのか!)

 

 

 

 だとしたら、地面の中からアサナンの位置を知る理由に合点がいく。だが、それに伴って、いろいろな疑問も同時に生まれてくる。その疑問を口にしたのはヒデキだった。

 

 

 

「でもアサナンの匂いを覚えれば済む話だろ?なんでこんな周りくどいことを——」

 

「多分、それはできないんだと思います」

 

 

 

 ヒデキの疑問に答えたのはミツルだった。

 

 

 

「——チャマメが嗅ぎ分けられるのは、きっと嗅ぎ慣れた匂いだけ……索敵に使えるほど、まだ嗅覚には自信がないんですよ」

 

「なるほどのぅ……それを補って木の実をマーキングに使うたんか」

 

「さすがユウキくん!あったまいい〜♪」

 

「でもほんとにすごいなぁー!このままアサナン倒せちゃうんじゃ——」

 

 

 

 トウカ組もこの戦略は有効に働いていると見ていた。しかし、その対岸では——

 

 

 

「——どうでしょうね」

 

「え、でもジムリーダー苦戦してますよ?」

 

「なんスか記者さん?アニキの戦法に難癖つける気スか⁉︎」

 

 

 

 この戦法が通用している……確かにそう見えるが、マリには引っかかる事があった。

 

 

 

「ジムリーダートウキ……基本的にポケモンの肉体を武器に戦う攻撃的なスタイルを得意とするトレーナー。使っているポケモンには強い身体作りを施して、プロの“ランカー”も同時にこなす異色のトレーナー……」

 

「……?マリさん、それが今と関係あるんですか?」

 

 

 

 ダイにもトウキのプロフィールくらいは調べがついている。

 

 通常プロの“ランカー”と“ジムリーダー”という二つのトレーナーは両立できない。そのどちらもが多忙だからである。

 

 しかしトウキの所属するムロジムでは、ジム生や近隣住民の協力もあり、そのどちらもを両立させている背景を持つことが許されている。つまりジムリーダーの中でも、一際戦闘における感性は強い。

 

 

 

「——現役“ランカー”にして“ジムリーダー”。そんな彼が、あの押せ押せのバトルスタイルで活躍し続けているのよ……あの子のように絡め手を使うような相手とも経験があるはず。つまり、このまま終わるわけがないって事」

 

 

 

 マリの考えは当たっていた。

 

 トウキには鋭い勘による対応能力の他にも、彼自信が百戦錬磨ゆえの強力な武器があった。

 

 一言で言うなら……それは経験。しかし並の経験ではない。

 

 

 

(——お前みたいなのに足元を掬われるのには慣れてんだよ……こっちはそれでもこのスタイルを、真っ直ぐ貫き通してきた。だからわかるんだよ……こういう時どうすりゃいいかってのはな‼︎)

 

 

 

 トウキと戦うトレーナーはその圧倒的な強さを避けるように、正面切って戦うのを嫌う傾向にある。強いトレーナーと戦う場合共通する定石(セオリー)だが、相手が嫌がる戦法をとるのが一番効果的だ。トウキ自身それに苦しめられてきたが、それだけに経験は積めた。

 

 こういう時の戦い方を、彼は知っていた。

 

 

 

「——アサナン!()()だ‼︎」

 

「なっ——⁉︎」

 

 

 

 それはチャマメが背後からアサナンを襲うより一瞬早く発せられた。穴から出てきたチャマメの姿を捉えたアサナンは、すぐさま反撃の“発勁”をチャマメに見舞う。

 

 

 

「チャマ避けろッ‼︎」

 

 

 

 ギリギリのところで回避が間に合う。チャマメの頬にはアサナンの掌打が掠っていたが、直撃だけは避けられた。

 

 

 

「追撃——‼︎」

 

「潜れ——‼︎」

 

 

 

 アサナンからの追撃は、近場の穴に潜って躱すチャマメ。しかし今の反応で、ユウキは迂闊に動けなくなった。

 

 

 

(いきなり読まれた。地中にいるチャマメの動きを捉えるなんて……どういう理屈だ?)

 

 

 

 今の指示からしても、アサナン自身には出現ポイントがわかっていたようには見えなかった——ということは、読みを当てたのはトウキさんということになる。

 

 

 

「《アサナンここで反撃!ジグザグマ、あわや一撃ダウンをギリギリで躱しました‼︎》」

 

「《読んでますわね……ユウキ選手とは違った方法ですが》」

 

「《トウキ選手にはジグザグマの出現位置がわかったんですか⁉︎》」

 

「《わかった……といえるほど露骨なものではありませんわ。ただ、ある程度限定はできますの》」

 

 

 

 まず第一に、チャマメの攻撃手段が軒並み“頭突き”に頼っている点。これにより攻撃を加える為には接近以外あり得ないこと。それを少しでも成功させようと思うと、アサナン近くの穴から出現するのが手っ取り早く安全だ。

 

 そして第二に、チャマメは自分で穴を増やせない。どれほど多く空いている穴でも、俯瞰で見ているトウキならその全体を把握することができる。いくらアサナンの不意をついても、穴から出てくるジグザグマを見つけるのは、攻撃が当たるよりも一瞬早い。

 

 そして第三の要点——

 

 

 

「——反撃でやられるリスクを避けるために、()()()()()()()()()()()()()()()。これが逆にトウキさんに読まれる最大の要因です!」

 

 

 

 ミツルはトウキが何に基づいて反撃しているのかを理解していた。

 

 

 

「アサナンの死角……あっ!」

 

 

 

 遅れてヒトミも理由に気がつく。それにヒデキは驚いた。

 

 

 

「なんだよ急に——」

 

「死角から飛んでくるのがわかるってことは、ほぼ確実に後ろからの攻撃になるのよ!だからジムリーダーは的を絞れてるのよ!」

 

 

 

 近くから、後ろから……と条件が絞れるにつれ、出現ポイントはかなり限定されていく。

 

 ここまでくれば、地中からの攻撃には反応できるのも頷ける。しかしそうなると疑問はさらに湧く。

 

 

 

「ちょっと待てよ!チャマメはアサナンの位置はわかっても、向いてる方向までは見えないはずだよな?それに、攻撃はいつも死角からって訳じゃないんじゃ……」

 

「そこがユウキさんの上手いところです。向いてる方向は、確かにわからないと思うんですけど、アサナンが見やすい場所にあたりをつけているんです」

 

「見やすい場所?」

 

「それはきっと——“主人であるトレーナー”の方向」

 

「——!」

 

 

 

 アサナンは指示の度に少しだけ横目でトウキを見る——つまり、意識の何%かはトウキへ向けている事になる。その証拠に今までチャマメが出現した位置は、かなり偏ってユウキ側の穴から出現していた。

 

 

 

「それをトウキさんがわかっているのかはわからないけど……」

 

「死角以外からの攻撃はどうするんだよ?」

 

「……多分、これも勘でしょう」

 

「はぁ〜〜〜?」

 

 

 

 ヒデキが呆れるのも無理はない。しかしそんなアバウトなものを頼りにここまで読みを当てている以上バカにはできなかったら。

 

 

 

(ポイントを絞って……それでも最後に頼るのは勘……!この人、やっぱりすごい人だ‼︎)

 

 

 

 

 相手の傾向を読み、それに基づいて最も確率の高い行動を当てて攻略の糸口を掴むのは、いわばユウキのやり方。

 

 しかしトウキは、同じ読むでもある程度のところからは己の感性に従っている。その結果として、対応に雑さはあれどその反応速度はユウキの比ではなかった。

 

 先程のワンリキー戦でも見せたあの勘は、普通のトレーナーでは決して得られないほどの感度を持っている。トウキレベルのトレーナーの勘とは、ジャミング不可能のレーダーと化すのだ。

 

 

 

(馬鹿げた精度で次の攻撃を読んでくる……でも——だからこそ俺はこの戦法を選んだ‼︎)

 

 

 

 トウキがそれほど強いトレーナーであることは百も承知だった。元より頭の中で捻り出した作戦だけで勝てるとは思っていない。

 

 だから……それだけの備えをしてきた。

 

 

 

「——チャマメ!()()()()()‼︎」

 

「後ろだ!——“ローキック‼︎」

 

 

 

 アサナンは振り向き様に横振りの蹴りをチャマメ目掛けてかます。今度は完全に捉えた——

 

 

 

——〜〜〜〜グマァァァッ!!!

 

 

 

 チャマメはその瞬間、叫びを上げた。まるで己を鼓舞するかのような雄叫び。それと共に、タイミング完璧だと思われたチャマメが予想外の伸びを見せた。

 

 

 

——ズギャッ!!!

 

 

 

 

 アサナンの“ローキック”が届くより先に、チャマメの“頭突き”が彼を弾き飛ばす。空中で姿勢制御して地面への激突は免れたアサナンだが、信じられないものを見るような目でチャマメを見ていた。

 

 そしてそれは、トウキも同じだった。

 

 

 

(今度もタイミングがズレた——いや……でも今のは……⁉︎」

 

 

 

 トウキの感覚は戦いの中で研ぎ澄まされていった。元々意識的に“勘”をコントロールできていたわけじゃないトウキだが、自分がより深く集中する事でその精度は右肩上がりに上昇する事は理解していた。

 

 今のはその中でも手応えを充分感じた見切りだった。それは多少の速度の変化程度で覆されるようなものではなかったはず——だが、その違和感を吹き飛ばすほどの事態が起きていた事を、この後知る事になる。

 

 

 

——パリッ……バチチ……‼︎

 

 

 

「……すんません。小細工するのに思ったより時間がかかっちゃって」

 

(——なんだ……ジグザグマの体が……⁉︎)

 

 

 

 

 飛び出したチャマメの体が……ほんの少しだけ光っているように見えた。その体毛から乾いた音が何度と聞こえ、見慣れないジグザグマの姿が、トウキにこれまでと違う何かを感じさせる。

 

 

 

「——行くぞチャマメ。こっからは……小細工無しだ!」

 

 

 

 

 

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新たに得た光……叩き込め——!

穴を掘るってポケモンに覚えさせるのめっちゃむずくね?……というところからこの試合展開の構想でした。でも書けば書くほど奥深く思えてきて情報量半端なくなっちゃった……うまく解説できんかったぁ〜ってのが今回の反省。

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第72話 雷の如く


サルノリがかわいいよぅ……かわいくて仕方ないよぅ……
特にバトルの時見せるお尻と尻尾が……はぁぁぁぁ(クソデカタメイキ




 

 

 

 地獄のトレーニングメニュー……残り一週間を切ったある日——。

 

 “拡張訓練”により、個々それぞれの武器を手に入れる為に俺は思考を凝らしていた。

 

 

 

ナックラー(アカカブ)は“穴を掘る”で射程距離(リーチ)をカバー。キモリ(わかば)も器用なお陰で順調なんだけど……」

 

 

 

 そう呟きながら俺が目を落とすのは、こちらをつぶらな瞳で見つめるジグザグマ(チャマメ)。頑張り屋で素直なチャマメを見ると、ぜひバトルで活躍させてあげたいという気持ちが込み上げてくる。

 

 しかしながら、その活用法に頭を悩ませていた。問題となっているのは……——

 

 

 

「“電気(これ)”なんだよなぁ」

 

 

 

 チャマメの“帯電体質”——。

 

 おそらく種族特性とかそういうのなんだろうけど、カナズミでその特異性を見つけてからは、実はずっとこの活用法を考えていた。

 

 何せ電気技には汎用性が高いものが多く、攻守補助全てに融通が効く事で有名だからだ。ジム戦を控える身としては、なんとしてもそれまでに何か技を覚えさせてあげたい。

 

 しかし——

 

 

 

「この電気……()()()()()()()()()()()()()んだよなぁ……」

 

 

 

 ——と、首をがくりと落とす。

 

 チャマメは運動をする事で自然と体に電気のエネルギーが溜まる体質らしいのだが、何度試してもそれを出力する術を掴めずにいた。

 

 ツツジさんが使ってたように補助技として“電磁波”くらいは覚えさせるならすぐだとたかを括っていた自分を呪う。

 

 そもそも電気技は正しく使うには制御が難しい。技の出が速いものが多かったり、範囲攻撃ができたりと優秀な反面、それをコントロールする為には練習以上に“センス”がいる事だった。

 

 元々電気タイプのポケモンだったり、生態に電気と密接な関わりがあるポケモンならまだしも、たまたま身体に生態電気が溜まりやすいだけで、それを扱う器官を持ち合わせていないチャマメにとっては無理ゲーもいいとこだった。

 

 一応力めばバチバチするくらいの電気量は出せるのだが、技として昇華するには至っていない。

 

 

 

「うーーーーーん。電気が溜まっても、それを使えないんじゃ宝の持ち腐れなんだよなぁ〜〜〜!」

 

 

 

 相手と接触することで電気が相手に流れたりするなら使い道もあるのだが、どうもそれも物理技と併用しても効果が薄いように感じる。つくづく内包するだけして、それを外に出すという行為自体が苦手みたいだ。

 

 

 

「相手を感電させられない電気なんて……どう使えばいいんだ?」

 

 

 

 色々考えたが……うまい使い方を思いつかなかった。手詰まりである。

 

 

 

「うーん……痛たぁ!」

 

 

 

 その時は迂闊だった。今は帯電状態で放電する事はなかったが、体毛の先からスパークが漏れていた。そのチャマメに触ろうとして指先から腕にかけて痛みが走る。

 

 

 

「痛ったー……でもこんな電気で相手に効果的なダメージは入らない——」

 

 

 

 その時、俺の頭の中で何かが閃いた。それがヒントになったのだ。

 

 

 

(電気で腕がこわばるのって確か……)

 

 

 

 筋肉に電気的な負荷をかけると起こる生物的な現象。俺たち人間も常に無意識で使っているもののひとつだ。

 

 

 

「——使えるかもしんない」

 

 

 

 そこからは医学の記載されたデータと睨めっこする日々が続いた。利用したい作用と、そこから必殺技にまで昇華する為の方法……。

 

 思いついてから目指す目標設定までそう時間は掛からなかった。

 

 そしてそれが……チャマメに新たな力を与えた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”!!!

 

 

 

 バトル中、常に疾走していたチャマメには充分な量の電気が溜まっていた。その電気が体毛の先から漏れ出し、小さな電気火花(スパーク)がバチバチと音を立てている。トウキはその様子を見て、ただならない雰囲気を感じ取っていた。

 

 

 

(なんだありゃ……?ジグザグマが電気使えんのは一応知ってっけど……あんな技見たことねぇぞ?)

 

「《ユウキ選手のジグザグマが火花を散らしています!これは一体どういう事でしょうかぁ〜〜〜⁉︎》」

 

「《“電磁波”——その派生技のようですが……》」

 

 

 

 トウキも実況も……観客の中にも、今のジグザグマの状態を認識している者はいなかった。そして、すぐにその能力に皆が驚愕することになる。

 

 

 

 

「——全力で行け。チャマメッ‼︎」

 

 

 

 ユウキのGOサインを受け、チャマメは走り出す。それを受けてトウキ。アサナンで迎撃体制に入る——

 

 

 

「——速い‼︎」

 

 

 

 そうやって身構えていたはずのトウキの警戒を超えた速度で、チャマメはアサナンに迫った。

 

 

 

「——“見切り”‼︎」

 

 

 

 普通の回避では間に合わないと判断したトウキは“みきり”でアサナンの視覚を強化する。短時間ながら、その瞬間は目で捉えられる攻撃を確実にかわせる状態となり、ギリギリでチャマメの“頭突き”から逃れる。

 

 

 

——グマッ⁉︎

 

「気にせず飛ばせ‼︎」

 

 

 

 ユウキは構わず攻勢を選択。トウキ相手に単調な攻撃は危険だが、速度の上がったチャマメはそう簡単に捕まえられるものではなかった。

 

 

 

「どうなってやがる……さっきと動きが違い過ぎる‼︎」

 

 

 

 トウキにもチャマメの急激に強くなった原因かがわからなかった。稲妻のように走るチャマメは、さっきまでのジグザグマとは思えないほど速く、攻撃パターンが単調なのに()()()()()()

 

 

 

「《速い!速すぎるジグザグマ‼︎一体何が起こったのか——はたから見ている我々にも、その姿を捉えるのが困難なほどスピードが上がっている‼︎》」

 

 

 

 観客の目にもそれは劇的な変化に映る。明らかにジグザグマという種族の出せるスピードではなかった。

 

 

 

「なんだあれ⁉︎」

 

「“電気”を纏ってるの……⁉︎でもあんな技ジグザグマが覚えないはずよ!」

 

「電気技の“スパーク”に近いものに見えますけど、一体……⁉︎」

 

 

 

 トウカの洗練されたトレーナーにも、チャマメの今の状態についてわからないことだらけだった。なんらかの自己強化(バフ)を用いて戦っていると予想はできるが、それにしてもその上昇値が半端ではない。

 

 その一方で、この転機に腹の底からの応援をするユリとツシマ。

 

 

 

「チャマメすごい!頑張れぇー‼︎」

 

「理屈なんかどーでもいい!今はこのまま——」

 

「「いっけぇぇぇえええ!!!」」

 

 

 

「——行けチャマッ‼︎」

 

 

 

 ユウキはチャマメに走られせる。

 

 アサナンは“見切り”で対処するが、速過ぎる攻撃に反撃をする余地がない。

 

 

 

(アサナンが目で捉えてんのに避けるのがやっととか馬鹿みてぇな推進力だなおいっ!ユウキの野郎……こんな派手なもん隠し持ってやがったのか‼︎)

 

 

 

 トウキの今の手持ちは、もちろんホウエンリーグで使う用のポケモンではない。しかしジム戦で使用するだけだからといって、その鍛錬を怠るような事は決してしていなかった。

 

 規定の範囲内で最高の仕上がりにする——トウキにとっては熱いバトルができるなら、ジム戦もリーグ戦もさして変わらないためにそれだけのモチベーションを持って育成をしていた。

 

 だからこそ、その鍛え上げられたポケモンが捉え切れないほど速いチャマメに驚いていた。

 

 

 

(理屈はわからねぇが……面白ぇ!)

 

「アサナン!“念力跳び”で加速しろッ‼︎」

 

 

 

 アサナンは“念力”を自身にかけ、チャマメの走力に対抗した。互いが基本スペック以上の速度での打ち合いとなり、試合は高度なハイスピード戦へと突入する。

 

 

 

「——追え!」

 

「躱せ——“拳弾”ッ‼︎」

 

「避けろ——“頭突き”‼︎」

 

“見切り”——“ローキック”ッ‼︎」

 

「——“頭突き”ッ‼︎」

 

 

 

 コートを縦横無尽に駆け回り、最後は互いの技がぶつかり合って弾ける。その後再び高速で技と回避を交互に繰り返す。

 

 高速戦闘になるほど、互いの指示は難易度を増す。一歩の間違いが即戦闘終了となりねない展開に、会場も大きく賑わう。

 

 

 

「う……うわぁ……この試合、マジで熱くないですかマリさん⁉︎」

 

 

「そりゃそうっスよ!アニキもトウキさんも並じゃねぇんスからッ‼︎」

 

 

「……とんでもないわね」

 

 

 

 会場の賑わいに反して、マリの声色は低い。彼女には、ユウキがとんでもない事をしているとわかっていたからだ。

 

 

 

(あれは恐らく生態電気を身体に纏わせた“帯電強化”。体内の電気を操ることで筋肉を強制的に伸縮させて爆発的に膂力を上げているんだわ……以前電気ポケモンでそれをやっているトレーナーを見たから間違いない)

 

 

 

 そして、マリにはそれがある“爆弾付き”でもある事を知っていた。

 

 

 

「ジムリのポケモンと真っ向から戦えるほどの能力上昇……恐らくこの状態は長くは続かない!」

 

「「えっ⁉︎」」

 

 

 

——ハッ!……ハッ!……グゥ……ッ‼︎

 

「……!」

 

 

 

 チャマメが苦悶の表情を見せた事を、ユウキもトウキも見逃さなかった。

 

 

 

(もう限界が——やっぱとんでもない負荷だ!ワンリキー戦の時の無理がたたったか⁉︎)

 

(どうやら時限式らしいな——その強化はそれほど長くもたねぇらしい……ここは当然——)

 

 

 

 チャマメの超強化に時間制限がある以上、それに付き合って無理に攻め込むようなことをする必要はない。事実チャマメの【亜雷熊《アライグマ》】は雷の強制強化によって身体を著しく傷めてしまう。屈強に仕上がった足腰のお陰で技として昇華できたが、諸刃の剣であることに変わりはなかった。

 

 それをなんとなく察したトウキは、このまま逃げを選択すればチャマメの自滅を狙えることに気づいたのだ。となると、ここは当然——

 

 

 

「逃げる——訳にはいかねぇだろうがッ‼︎」

 

 

 

 逃亡の選択はなかった。トウキはアサナンに全力で迎撃させる気……いや、逆に攻め込む気でもいた。

 

 

 

「アサナン!“発勁”ッ‼︎」

 

「——“頭突き”ッ‼︎!」

 

 

 

 カウンター気味に放たれる“発勁”をチャマメは鼻先で躱して、ヘッドバットで返す。咄嗟の反撃ゆえ威力は乗り切らなかったが、アサナンを押し返すことに成功した。

 

 だが、今のでユウキも周りもわかった。トウキに逃げる気などさらさらないことが。

 

 

 

「《なんとトウキ選手!あの速度のジグザグマに対して果敢に攻め返すッ‼︎これは無謀ではないでしょうかぁ⁉︎》」

 

「《いえ……恐らく最適解ですわ》」

 

 

 

 実況の感想とは裏腹に、ツツジはトウキの行動が最善だと語る。

 

 

 

「《あのジグザグマの今のスピードから生じる攻撃力は計り知れません。攻めっ気をなくせば、ユウキ選手は迷わず攻撃力を上げてくるでしょう》」

 

 

 

 ユウキは今、スピードで撹乱し、相手の反撃択を絞らせないように立ち回っていた。それはやはりチャマメに対して強力な痛手を負わせられるアサナンの反撃を警戒しての事だ。

 

 それがもし飛んでこないと見抜かれたら、ジグザグマのスピードは全て攻め込むために注がれる。そうなるともう“見切り”だけでは処理できない可能性がある。ここで守りを固めるのは悪手だった。

 

 そして両雄はもう、この戦いの決着を予感していた。

 

 

 

(小細工無し——か。確かにもう小細工はできねぇな?そっちも体力が残りわずかな以上、もう裏も表もねぇだろ?)

 

(もうチャマメも限界だ……反撃も段々入りかけてる……これ以上時間はかけられない!)

 

(時間が迫ってるなら必ずどこかで突っ込んでくる……そこに俺らの全部を乗せて終わらせる!)

 

(まだ全力で動けるうちに決めるんだ!ここまで強くなったチャマメを最後まで信じるッ‼︎)

 

(だからこそ——)

 

 

 

「ここで逃げたら漢が廃らぁぁぁ!!!」

 

「突っ込めぇぇぇ!!!」

 

 

 

 互いのトレーナーが吠える。

 

 それと同時にチャマメはアサナン目掛けて走り出した。電撃を纏って疾走するチャマメは、意志を持った雷のようだった。

 

 そのあまりにも速過ぎる突進だったが——

 

 

 

「——“発勁”ッ‼︎」

 

 

 

 アサナンは腰だめから構えた掌打を真っ直ぐチャマメに向かって伸ばす。たった数十秒の打ち合いの中でも、トウキの勘はすでにチャマメのスピードを捉えていた。

 

 当たれば向かってくる勢いが全てチャマメに返る。スピードが乗ったチャマメに、最早躱す事はできない。

 

 決着はついに——

 

 

 

——“頭突き【踵蜂(キビスバチ)】”!!!

 

 

 

 チャマメはアサナンの“発勁”が当たる直前で——()()()()

 

 完全に全力疾走の構えだったにもか変わらず、その強靭な足腰ですら悲鳴を上げるようなスピードを完全に止めたのだ。

 

 

 

 これは一度切りの大技。前方へと向かっていく全体重を一度止める事で、その場でもうひと伸びするだけの力が溜まる。

 

 その瞬間はチャマメの体に莫大な負荷がかかるが、その痛みを歯を食いしばって耐える。

 

 

 

 耐えることにはもう慣れた——。

 

 チャマメが今日までの努力が報われるなら、こんな痛みに屈するはずはなかった。

 

 それはたった1人の主を勝たせる——その一念に全て込めて、チャマメは再び疾走する。

 

 

 

——グマァァァアアアアア!!!

 

 

 

 手前で止まったことにより、“発勁”のベストインパクトがズラされた。そしてそのアサナンの掌打ごと、チャマメは溜めに溜めたパワーを全力で解放する。

 

 全体重+帯電強化+急停止による溜め——そこに更に再発進と想いが乗せられた一撃。

 

 

 

——ドッ!!!

 

ガァァァアアアン!!!

 

 

 

 直撃したアサナンは後方へとぶっ飛び、トウキの真横を通り過ぎて後ろの壁まで飛ばされた。

 

 正真正銘、全てを出し切って放たれた一撃を前に、アサナンは崩れ落ちた。

 

 

 

「——アサナン戦闘不能ッ!ジグザグマの勝ちッ‼︎」

 

 

 

「《き——決まったァァァ!!!タイプ相性の悪さを覆し、見事ユウキ選手のジグザグマに軍配が上がったァァァ!!!》」

 

 

 

 この結果には、観衆一同総立ちとなる。

 

 

 

「「やったやったやったぁぁぁ‼︎チャマメが勝ったよぉー!!!」」

 

「信じられない……あのチャマメがこんなにも強くなってたなんて……」

 

「派手にやるじゃねぇかあいつら‼︎」

 

「ホッホッホ!引退した身でもこれは血湧くのぉ♪」

 

「すごい……本当にすごいですよユウキさん‼︎」

 

 

 

 その戦いは、誰もを魅了した。

 

 

 

「アニキィィィスゲェッスマジ感動ッス‼︎」

 

「ちょっとダイ!カメラちゃんと回してたんでしょうね‼︎」

 

「だ、大丈夫です!これは落とせませんよ‼︎」

 

 

 

 観客たちは思い思いに言葉を叫ぶ。

 

 アサナンとチャマメのバトルは、それほどまでに人の心に響くものだった。

 

 

 

「お疲れ……チャマメ」

 

 

 

 全てを出し切ったチャマメは、それでもなお毅然と立っていた。帯電状態も終わり、体は反動で震えるほどに消耗していたが——

 

 それでも笑顔でユウキに振り返った。

 

 

 

「……ありがとな。チャマメ」

 

 

 

 チャマメはもう満身創痍。おそらく最後の難関を前にできることはもうないだろう。

 

 そうなるとほとんど相打ちに等しいバトルだったが……それでもユウキは満足だった。

 

 

 

「お前のお陰で……また負けられない理由が増えたな」

 

 

 

 ユウキは思った。

 

 この先もこの仲間たちと戦っていきたいと。

 

 今日を勝って、胸を張って前へ進んでいきたい。

 

 だから——

 

 

 

「後は頼んだ……わかば」

 

 

 

 

 

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道……歩きたいのは友と——。

ヂャマ゛メ゛おめでどう゛!!!!!
というわげではぜいわざの゛がいぜづ……(ズビスババ


“電磁波【亜雷熊】”
威力:ー命中:ー 変化 電気

敵にではなく自分にかける電磁波。筋力を補強する事で一定時間、運動能力が上昇する。基本的には攻撃・素早さに補正が乗っていると考えて良い。ただし無理な運動を強いる事と、膨れ上がった電気の負荷により体はダメージが蓄積されるため、使った後はほとんど動けなくなる。地味にこの状態では麻痺にならないおまけつき。

“頭突き【踵蜂】”
威力:80命中:100 物理 電気

一度頭突きで攻撃をするように見せかけ、突進をその場で停止させる技。急停止した時に溜められたパワーを直後再発進させた頭突きに乗せることで2倍の効果を生む。相手が反撃を狙ったり防御技を使用した際のフェイントとなり、それらの技を失敗させつつ攻撃できる。【踵蜂】は他の突進技にも適用できるが、その分威力が上がるほど難易度は上がる。


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第73話 目覚めつつある能力


剣盾を始めて、キャンプで草ポケモンたちと戯れてたら休日おわったんだけど……SV発売までにストーリー終わるかな?




 

 

 

 ユウキの善戦により、会場の熱気は一層増していた。

 

 もう会場に、ユウキの実力を疑う者はいない。マリもその1人だった。

 

 

 

「何よ何よ何よ〜〜〜‼︎居るじゃない金の卵!本当にこのまま勝っちゃうんじゃないの〜〜〜⁉︎」

 

「ちょ、マリさん苦しいっ‼︎」

 

 

 

 興奮のあまり相棒のダイの首をしめていた。それを見てユウキを慕うタイキも満足そうだった。

 

 

 

「勝つっスよ〜〜〜!アニキはやる時ビシッと決めるんスから‼︎」

 

 

 

 何に基づいて彼がそういうのかはわからないが、実際ここまでの戦いは五分五分だった。

 

 間違いなく経験や能力値ではトウキに分があったにも関わらず、ユウキの作戦によって格下とは思えない戦いを繰り広げていた。

 

 ()()()()()()なら、この勢いのまま勝ち切ることも不思議ではない内容だった……。

 

 

 

(——なーんて。能天気な事を言える状況でもないけどね……)

 

 

 

 マリは喜んでいたが、最後の1匹が進化後のポケモンである事を忘れてはいなかった。そして五分五分で来てしまった以上、ユウキは未進化のキモリと満身創痍のジグザグマで勝たなければいけなくなった事も……。

 

 有利状況とは言えない。最悪最後はあっけない幕切れ……なんて事も想定できる。

 

 

 

(——でも、自分で作ったこの状況。何も策が無いわけないわよね……?)

 

 

 

 マリはここまでの戦略を通して、ユウキがラスト1匹のポケモンにまで気が回らなかったなどと言うはずはないと確信していた。

 

 ジャーナリストとして様々なトレーナーを見てきた彼女にはわかる。ユウキはここまできて簡単に諦めるようなタマではないと……。

 

 

 

「《さあトウキ選手いよいよ後がなくなりました……しかし誰が予想したでしょうか!トレーナー歴たった3ヶ月の少年が、ムロジムの高い壁を越えようとしていますッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが歴の浅いトレーナーであることは周知の事実だ。この場の誰もがそれをわかっている。しかし、もうその経歴に惑わされて、ユウキの実力を測り間違える者はいない。

 

 

 

「《このバトル、いよいよ終盤ですが。ツツジさん……この後の試合展開の予想と言うのは——ツツジさん?》」

 

 

 

 実況がここでツツジに対して解説を求めるが、ツツジはコートを見つめたまま、深く考え込んでいてその声に反応しなかった。

 

 

 

(——トウキさん?)

 

 

 

 ツツジの視線の先には、押し黙るトウキの姿があった。そのトウキの様子がおかしいと感じていたのだ。

 

 確かにこの大事な場面、トウキの性格なら落ち込んだり、変に気負ったりする事はないだろう。

 

 しかしその割に、やたら静かだった。

 

 押し黙り、握り拳を強く握るわけでもなく、寧ろ脱力しているようにも見えた。そんなトウキは、ずっと頭の中でこれまでの試合を反芻していた……。

 

 

 

——思えば、最初からここまであいつのペースだった……。

 

——ナックラーの戦略は完全に狙ってやってきやがった……俺はただその場凌ぎをしただけだった……。

 

——その戦闘が次の戦いの仕込みにもなっていた……そして、あの超強化になるための時間稼ぎにもなっていた……。

 

——最後の一撃はマジで凄かった……ゲームメイクで言えば、完全にあいつが終始勝っていた……。

 

——だが何より我慢ならねぇのは……あいつが俺の得意分野で戦ってきた事だ。

 

 

 

 色々な思考は、次第にある感情へと集約していく。トウキは……ユウキの決着の付け方に怒りを抱いていたのだ。

 

 

 

——ナックラーとは“我慢比べ”。ジグザグマでは“真っ向勝負”。そのどちらも俺が負けたくねぇと思う分野だった……。

 

 

 

 もちろんそれはただ真正面から仕掛けてきたわけじゃない。それらの勝負のかけどころをユウキが間違えなかったからこそ、そんな得意分野でも対抗されたのは言うまでもない。

 

 でも……理屈と本能は別だった。

 

 

 

——お前はマジで強くなったわ……俺の予想なんかとっくに超えてる……だから…………。

 

 トウキの怒りは、既に別の気持ちへと流れていた。ジムリーダーとしてでも、プロのリーグトレーナーとしてでもない……剥き出しの感情へと。

 

 

 

——お前には……負けたくねぇな……‼︎

 

 

 

 トウキの顔つきが変わった。

 

 その顔には、“ジムリーダーとして待ち構える”という格上の感情はなかった。

 

 “勝利を渇望するトレーナーの目”をしていた。

 

 

 

「……戻れチャマ」

 

 

 

 対するユウキはチャマメを引っ込めた。

 

 チャマメは“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”の反動でロクに動けなくなっていたために下げることとなった。実質的な戦闘不能である。

 

 あとはキモリ(わかば)に託すだけ……。

 

 

 

(……まぁハリテヤマはわかばに相手させる予定だったしな)

 

 

 

 それは試合前からずっと決めていた事だった。そもそもトウキの提案を受け入れたのは、この試合に勝ってプロになる為だけなら必要なかった。

 

 それは今の2匹で証明された。ユウキ自身、自分の作戦が通用した手応えと、それに応えたポケモンたちがプロでもやっていけると思える程の感触を得ていた。

 

 それでも、プロになってゴールではない。ユウキはその遥か高みを目指す。その道のりを、この仲間と歩いていきたい。

 

 だから、歩いて行けるという自信が欲しい。わかばとも歩いていけるという自信が……。

 

 その為には、やはり彼の覚醒が必要なのだ。

 

 

 

「——お前が何に悩んでて、何に苦しんでるのか。今更になって知ろうとするのは遅過ぎたかもしれないけど……それでも、お前なら乗り越えられるって信じてる」

 

 

 

 その思いが少しでもわかばに通じていたら、それでよかった。

 

 後はもう、目の前の壁を乗り越える……。

 

 それだけに集中できるから。

 

 

 

「——準備はいいかよ?ユウキ」

 

「はい……」

 

「先に謝っておくけどよ……加減しねぇぞ?」 

 

 

 

 それは昨日も聞いた——トウキに僅かに残っていた慈悲の気持ちだった。

 

 でもユウキは知っている。彼にそれは似合わないし、自分には必要のないものだと。

 

 

 

「……怖いなぁ。でもいいですよ。勝つんで」

 

「上等だ……いや、いい返事だぜユウキ。そんなお前だから、今日は負けたくなくなったんだよ」

 

「俺も……多分トウキさんだから言えたんだと思う。裏表のないあなただから、言われた事を純粋のそのまま受け止められるから……負けたくないと言ってくれたのが嬉しかった」

 

 

 

 このバトルを通して、ユウキは今までとは非にならないほど、トウキと語り合ったような気がしていた。

 

 言葉よりも雄弁に。共に過ごすよりも親密に。ユウキもトウキも、今まさに互いを理解しつつあった。

 

 

 

「わかってる……お前の真剣さも努力も実力も——俺が認めてやるよ」

 

「でも……それで満足はできない」

 

「そうだ。それが“俺たち”だ。なぜなら——」

 

 

 

 それでも、2人はぶつかる。

 

 プロの戦場とは、互いが持てる力を全て出さねば勝てない世界。

 

 だからこそ火花が散る熱い戦いは人々を魅了する。今日のように。互いのトレーナーに優劣を付け難くなるのも珍しい事じゃ無い。いつまでも続いて欲しい——そんなことさえ観客もトレーナーも思う。

 

 でも、いつかは決着が着く。そしてその時、トレーナーとしての(さが)が渇望するものがある。

 

 どんな試合内容でも、負けていいなんて思えるトレーナーはきっといない。

 

 

 

 だから……——

 

 

 

「「今日を勝たなきゃ、明日は笑えないから——!!!」」

 

 

 

 勝利に飢えているのは互いに同じ。いい試合ができたら満足などと間違っても思う事はない。

 

 勝者の席はひとつ——!

 

 

 

「行け!キモリ(わかば)‼︎」

 

「しめてかかれよ!ハリテヤマ‼︎」

 

 

 

 両雄のポケモンが戦場に出現。

 

 緑の小さな勇者と山の様に悠然と立つ巨躯。

 

 両者の間には圧倒的なフィジカルの差がある。それでもわかばの風格は負けていない。

 

 自分を倒しかねない気迫を持っている事を、ハリテヤマ自身すぐに察知した。

 

 油断すればやられる——そう心に留めてハリテヤマは唸りを上げて構える。

 

 

 

「《さあ両雄で揃いました!先に動くのはどちらか⁉︎この対面の勝敗が実質この試合の雌雄を決するッ‼︎瞬き一つ我々には許されません!!!》」

 

 

 

 その間にユウキもトウキ……わかばとハリテヤマは動かない。ラスト1匹というだけあって互いに慎重になっている。

 

 それを見守る人間たちも息を止めていた。しかし皆がわかっている事がひとつある。

 

 ——動き始めたら、止まらない。

 

 

 

「——“電光石火”ッ‼︎」

「——“突っ張り”ッ‼︎」

 

 

 

 ほぼ同時だった。互いのコールに弾かれた様に動き出す両者。

 

 まずわかばの“電光石火”での急接近。それを迎撃せんと、連続技の“突っ張り”でわかばに掌打を浴びせる。

 

 

 

——ギッ!

 

 

 

 しかしそれを最小限の動きで避ける。まるですり抜けるかの様だ。

 

 

 

「——“メガドレイン”ッ‼︎」

 

「振り払え——‼︎」

 

 

 

 接近したわかばは手のひらをハリテヤマの太い右脚にくっつけ、生気を奪う。取り憑かれるのはまずいと剛腕を振り回してわかばを引き剥がそうとする。

 

 

 

「躱せ——“叩きつけろ”ッ‼︎」

 

 

 

 振り回してきた剛腕を跳んで躱すわかば。そのまま空中で体を捻り、生まれた遠心力を大きな尻尾に乗せてハリテヤマの頭部へとヒットさせる。

 

 クリーンヒットした衝撃で少しよろめく巨体。すかさずわかばは追撃を試みる。

 

 

 

「——ッ!後ろに跳べッ‼︎」

 

——ッ⁉︎

 

 

 

 わかばはユウキの予想外の指示に驚くが、指示に従うべく訓練されたわかばの体は反射的に後ろに跳んでいた。直後、ハリテヤマの震脚が地面に突き刺さった。

 

 

 

——“地震”‼︎

 

 

 

 踏み込んだ衝撃で生まれた力が大地を破壊する。後ろに事前に跳んだ事でわかばはその脅威からギリギリ逃げられた。

 

 

 

「——大丈夫かわかば?」

 

——……ギ!

 

 

 

「《——な、なんというハイスピードッ‼︎わたくし、実況を挟む余地がありませんでしたぁ!!!》」

 

 

 

 一連の戦闘の後、観客席から息を吐く音がドッと押し寄せた。

 

 

 

「本当に速いなあのキモリ!」「それでもハリテヤマの間合いで戦うの怖すぎるって!」「いやでも最後のよく避けれたよな⁉︎」

 

 

 

 客席から見ても相当な集中力が求められる……それほど高度な試合運びだった。そしてわかば自身のスペックの高さを再認識させられるものでもあった。

 

 

 

「……見えたかよヒトミ」

 

「わたしに聞く?——()()()()()()わよ……!」

 

「だよな」

 

 

 

 上から見ていてわかばが動き出したところまではわかったが、ヒトミにもヒデキにもハリテヤマが“突っ張り”を放ったところからわからなくなった。

 

 ハリテヤマの掌打は、進化した事で大きくなった手によって当たり判定が大きくなり、連続技との相性も良い。普通はその反面攻撃の回転数が遅くなったりするのだが、トウキのトレーニングによりその弱点は克服されている。

 

 そこから撃たれる機関銃のような掌打がわかばを襲ったわけだが、それを縫う様にしてハリテヤマの懐に潜り込んだのがわかばだ。

 

 

 

「そこからの高速戦闘……なんでアレに合わせて指示できるんだよ……!」

 

 

 

 ポケモンもポケモンなら、トレーナーもトレーナーである。上から見ても追いつけない程のスピードで撃ち合う両者の顔にはひとつも焦りがなかった。

 

 間違いなく全て狙って行動を決めている。

 

 トウキはともかくとして、トレーナー歴が短いユウキもがそうできるのは、やはり異常自体だった。作戦による頭脳戦で見せた実力とはまた違う力を……ユウキは見せていた。

 

 

 

「ユウキさんは……前から思ってたんですけど、やっぱり()()()()()

 

 

 

 それを見ていたミツルも驚いている。しかし彼には心当たりもあった。

 

 

 

「どういう事だよミツル?」

 

「上手く言えないんですけど……ユウキさんは時々すごい反応速度を見せる事があるんです」

 

 

 

 それはトウカジムで最後に戦ったマッスグマでも見られた。あの時はわかばの強さが際立っていたように思うが、指示を出したユウキも、刹那のタイミングを逃さなかった事の方が実は驚くべき事だった。

 

 何せ当時はトレーナー歴一週間そこら。普通ならポケモンに指示を出すことすらぎこちなくて当然の経験値である。

 

 

 

「確かにわかばを使ってる時のあいつは、なんていうか反射神経いいよな?……これもそのおかげだって言うのか?」

 

「うーん……僕もよくはわからないけど……反射神経だと少ししっくりこないんですよね」

 

 

 

 この辺はミツルにも言語化が難しかった。はたから見てると確かに動き出しが速いだけの様に見えるが、咄嗟の判断にしては指示が()()()()()。普通あれほどの高速戦闘中に指示なんか出そうものなら、何処かで誤った指示になってもおかしくない。タイミングひとつズレるだけで起こるエラーなのだから。

 

 

 

「あ。それ多分、“処理能力がすごい”ってことかな?」

 

 

 

 ここでそれに解答したのが、意外なことにツシマだった。

 

 トレーナーでもないツシマが事も無げにそう言うので、みんなが一度固まってしまう。

 

 

 

「ど、どういう事ですかツシマさん?」

 

「いやぁ合ってるかはわかんないけど、高性能なパソコンって、挙動がすごくスムーズじゃない?」

 

「ぱ、パソコン?」

 

 

 

 いきなりのワードに戸惑うが、それがある譬え話だとすぐに説明された。

 

 

 

「あれって簡単に言うと、入力した命令を処理する部分が高性能なお陰なんだ。だから同じ作業は他のパソコンでは出来ても、その速度は性能がいいほど上がっていくんだよ」

 

 

 

 その例えは、ユウキの判断能力を説明していた。時間さえかければ、意外と誰でもできる事をしているに過ぎないのだが、ユウキはそのスピードが尋常ではなく速いとの事。

 

 “何かしら卓越能力”が、その処理の速さを実現しているとツシマは言う。

 

 

 

(——こうして外から見てると顕著にわかりますわね……この判断速度は並じゃない)

 

 

 

 ツツジもユウキとの対戦の時からその疑念があった。

 

 立てた作戦がリスキーで拙く感じた事もあったが、今思えばそれを実行するだけの判断能力がずば抜けていた。それに気付いたからこそ、ユウキには“ある能力”を持つ可能性があった。

 

 

 

(——元より能力というには不安定な力……それでもある分野で爪痕を残す人間の多くが持つと言われたトレーナーとしての真髄……)

 

 

 

 ずっと心のどこかで「もしや……」と思っていた事が確信へと近づく。

 

 どうしてあのキモリのスピードに、経験の少ないユウキが追いつけるのか。

 

 どうして咄嗟の判断がこれ程までに理にかなった行動に繋がるのか。

 

 人より多くの事を考えられるからというだけで、バトルを制することは決してない。バトルは生き物であり、その中で戦う人間に考える時間的猶予は限られている。

 

 

 

(——ユウキさんはまるでその時間が()()()()()ように……高速戦闘中に“熟考”している……)

 

 

 

 ツツジ自身、自分の考えに明確な言葉が浮かばない。しかしそれも仕方がない事だ。

 

 何せツツジが言った事は、ただユウキの“感覚”の概略を説明しただけに過ぎない。その感覚を言葉だけで説明するのは難しい。

 

 それが、各トレーナーが稀に宿す特殊能力——

 

 

 

固有独導能力(パーソナルスキル)——やはりあなたは有資格者ということですか……!)

 

 

 

 ユウキの能力(ちから)に気付いたツツジは、卵の羽化に胸を高鳴らせていた……。

 

 

 

 

 

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秘められた能力が、芽吹く——!

バトルの思考文章が長いと思ったあなたは察しがいい……そういうことです。

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第74話 「これでわかったろ?」


最近評価を入れてくださる方が少し増えてドキドキしとります……ありがたやありがたや……。ずっと読んでくださっている方々にも本当に感謝です。もう少しでこの第一部にも区切りを迎えますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

では、本編!!!




 

 

 

——どうしてジムリーダーになったんですか?

 

 

 

 そう聞かれて、何度も答えてきたが、正直適当だった。

 

 強い奴と戦いたい。血が滾るようなバトルをしている時が、一番楽しかった。

 

 だが強くなるに連れ、そいつらと戦う事が難しくなっていくのを同時に感じていた。

 

 理由はいくつかあるが、一番はムカつく奴が多くなった事だ。

 

 HLCのクソみたいなルール整備のせいで、リーグでは目の前の一勝よりも、シーズンを通しての勝率を重視される傾向にある。

 

 だから格闘タイプのポケモンを専門にしている俺と相性が悪いと感じる奴は、大体すぐに諦める。俺に勝つために全力でかかってくることはない。どこかの石バカは歯応えがあったが、そいつもジムリーダーになって公式戦で戦う事はなくなった。

 

 プロのリーグが楽だとは思っていない。それでも……そこに俺が求める様なバトルはなかった。

 

 常に求められるのは平均勝率(アベレージ)。取材で取り上げられる事やスポンサーとの仕事を優先してメディア受けを狙う骨無しに成り下がるトレーナー。

 

 そうした自分達好みのトレーナーを贔屓する周りの空気。

 

 

 ……どいつもこいつもどこか冷めてやがる。

 

 俺が求めたのはこんなんじゃない。

 

 認めたくなかったが、そう腐ってからはリーグ戦でも勝率を落とした。その度に荒れて、対戦相手に文句を垂れる日々が続いた。

 

 負ければ弱点をせこせこついてきた奴に毒を吐き、勝っても相手は全力じゃなかった風な振る舞いにキレた。

 

 今思えば、自分の思い通りにならないことに駄々をこねるガキと一緒だった。

 

 でも、その時の俺には我慢ならなかった。

 

 

 

『——ジムリーダーにでもなって頭を冷やしなさい』

 

 

 

 イラついていた俺に後ろからぶん殴ってそう言ったのがツツジだ。何を思ったのか、こんな俺に指導者になれと言ってきたんだ。

 

 最初はその意図も意味もわからなかった。俺に務まるとも思わなかったし、何より俺がしたいバトルからより遠ざかると思った。そんな俺が嫌々やるべきじゃない事は馬鹿な俺でもわかっていた。

 

 でも俺の気持ちとは裏腹に、ダメ元で受けたムロのジムリーダー資格試験は通過。結局そんな中途半端な気持ちのまま、ジムリーダーの席に座る事になった。

 

 しかし、それがよかったのかもしれない……。

 

 

 

「——か、勝った……ありがとうございましたぁ‼︎」

 

 

 

 初めて俺に挑んできたチャレンジャーと、HLC規定の手持ちで戦い、負けた。

 

 手抜きの手持ちで戦って、楽しいわけがない——そんな風に思ったが、バトルは存外燃える内容だったし、負ければ普通に悔しかった。

 

 プロの戦いほどレベルが高いわけではなかったが、心の底から勝ちたいと願うトレーナーとのバトルは、俺が求めるものに近いものがあった。

 

 教える仕事も悪くなかった。どいつもこいつも勝ちたい、強くなりたいって一念で馬鹿みたいに頑張る後輩たちは見ていて飽きない。そいつらが強くなって挑んでくるその闘志が心地よかった。

 

 

 

 俺の欲していた当たり前が——そこにはあったんだ……。

 

 そいつらのお陰で、俺はまたトレーナーとしての居場所を見つけられた様な気がした。

 

 でも……今度はその育てた奴らが、いつか俺が嫌った奴らのように変わっていく事も知った。この環境でプロに徹することも出来ず、かといって夢を諦め切る事もできない。そいつらが苦しむ姿を知って……見て見ぬ振りができなかった。

 

 だから、夢を簡単に後押しするような奴にはならないと決めた。

 

 夢の為の道を阻む壁となろうと決めた。

 

 それは俺だけが知っていればいい。

 

 その結果恨まれることになろうとも構わない。

 

 

 

 もう見たくない……。

 

 

 

 俺のように腐ったり、誰かの様に無力感に泣く奴らを……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハリテヤマがキモリ(わかば)に迫る。

 

 打ってくるのは右脚を踏み込んで繰り出される“地震”。その脚が上がるのを見て、わかばを空へと逃すべく声を張る。

 

 

 

「——跳べッ!」

 

 

 

 わかばはすぐに意図を理解し飛び上がる。直後地面を踏み抜いたハリテヤマを中心に、コート上がひび割れる。

 

 それによりナックラー(アカカブ)が作った地面の穴も崩れて塞がる。破壊の衝撃が響き渡るが、空にいる相手にはその影響が及ばない。

 

 だがトウキもそれを読んで今度は打ち上がったところを狙う。

 

 ——()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「——つっぱり(落とせ)”ッ‼︎」

 

「いなせッ——‼︎」

 

 

 

 出の早い技で回避後の隙をつく事はユウキも想定済み。ここまでの戦闘で2度同じ行動は狩られやすい事は理解している。だからそれを見越して指示をする心構えはできていた。

 

 わかばは体を捻り、勢いよく突き出される張り手のインパクトをいなす。

 

 

 

「——あれは!僕とキルリア(アグロ)の⁉︎」

 

 

 

 ミツルは自分達の得意技を参考にわかばが回避行動をとっていたことに気付いた。

 

 1ヶ月前にミツルのジム戦で見せた“いなし”。相手の心の動きを読めるキルリアの種族特性を活かす事で、物理攻撃を躱しきらずに無効化する防御姿勢。

 

 それをユウキは高い状況処理能力で、わかばは持ち前の視力と経験則でそれに近い動きを再現していた。

 

 

 

「今のも避けるかよ……!つくづく避けることに関しちゃ一人前だな‼︎」

 

「避けるだけじゃない——わかばッ‼︎」

 

 

 

 わかばがハリテヤマと充分な距離を保った時、ユウキは次の技の仕込みを促す。

 

 

 

「——“装填”

 

 

 

 

 その声に、わかばは両手を口に当てて答える。見慣れない光景にトウキは警戒する。観衆も興味を示した。

 

 

 

「《ユウキ選手のキモリが、何やら口から出している——それを両手で受け止めて握った⁉︎》」

 

 

 

 握られた拳から、淡い緑の光が放たれている。何かの新技のようだが、その全容はわからない。

 

 

 

「また面白えもん見せてくれんのか……?」

 

「面白いかどうかは……その身でッ‼︎」

 

 

 

 ユウキの気迫を感じ取り、わかばは再び疾走する。接近するのを受け、トウキもあれが近接戦用の技だと勘づく。

 

 だとしたら間合いを詰められすぎるのはマズいと判断したトウキは、詰められる前に先に技を出す。

 

 

 

「——“突っ張り【押波(おしなみ)】”ッ‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマの張り手が空を切る。するとその前方に巨大な掌型のエネルギー体が出現し、地面を削りながらわかばに向かって押し寄せる。

 

 

 

「遠距離用の張り手——わかば!周り込めッ‼︎」

 

 

 

 直進するわかばは方向転換して【押波】を躱す。しかしその進行方向に——

 

 

 

「回り込まれた——‼︎」

 

 

 

 その先にハリテヤマが技を構えて待ち構えていた。間合いが充分あったはずだが、あの巨体で存外素早いと驚くユウキとわかば。

 

 

 

「——“突っ張り【叩波《タタンバ》”ァ‼︎」

 

 

 

 両の手を同時に打ち出し、一撃の火力に特化した“突っ張り”のもうひとつの派生技。あの巨躯に押しつぶされたら、ひとたまりもない。

 

 だが——

 

 

 

「——今だッ‼︎」

 

 

 

 その合図と共に、淡く光った握り拳をハリテヤマに向かって振り上げるわかば。その瞬間——

 

 

 

——ッパァァァン!!!

 

 

 

「なんだと⁉︎」

 

——グゴッ⁉︎

 

 

 

 わかばが振り抜いた手の先からは大量の種子がばら撒かれた。

 

 それは“タネマシンガン”の種子。それが細かく砕けたものが、ハリテヤマの顔面に襲いかかり、怯ませることに成功した。

 

 

 

「——“タネマシンガン”……【雁烈弾(ガン・ショット)……‼︎」

 

 

 

 タネマシンガンの派生技が決まり、よろめくハリテヤマにさらにもう1発【雁烈弾】を決める。

 

 

 

——ッパァァァン!!!

 

 

 

「《二連続ぅ〜〜〜‼︎キモリの“タネマシンガン”がハリテヤマに襲いかかったぁ‼︎》」

 

「“タネマシンガン”も進化してやがったか!」

 

 

 

 『タネマシンガン【雁烈弾】』——。

 

 生成された種子を掌で握り込み圧縮。それを近距離で相手に向かって手を開く事で閉じ込めていたエネルギーを一気に解放する技。

 

 細かく砕かれた種子がまるで炸裂弾のように襲いかかるそれは、いかに屈強なハリテヤマといえど軽視できない威力を誇る。

 

 

 

(タフなハリテヤマが()()()()()……!顔に当たれば文句なしで技をキャンセルさせる能力があんのはやべぇな!)

 

 

 

 生物は顔に痛烈な痛みを伴うとそれを庇う様に動いてしまう。それはどれだけタフなポケモンだろうと例外ではない。心構えが出来ていても、いいのをもらえば高確率で行動が制限される。

 

 

 

(——これはあの“崖上り”で握力が上がったわかばだからこそ出来るようになった技……!感謝しますよトウキさんッ‼︎)

 

 

 

 技のエネルギーを握り込むのは容易な握力ではできない。この技の構想は前からあったが、実現にはその反発力を抑え込めるだけの強いグリップを持続するだけの筋力が足りなかった。

 

 最大限に負荷をかけた2ヶ月は、その足りないものを補っていたのだ。

 

 

 

「……“装填”!」

 

「なるほど……そいつでハリテヤマの間合いでも戦えるってか……」

 

 

 

 再び種を握り込むわかば。近距離では持ち前の反応速度でハリテヤマを躱し続けつつも、もしもの時は【雁烈弾】で対応。

 

 ユウキはハリテヤマに“何もさせない気”でいた。

 

 

 

「……でもそりゃちょっと舐めてんじゃねぇのかぁ‼︎」

 

「集中切らしたら終わりだ!さっさとカタをつけるッ‼︎」

 

 

 

 ジムリーダーのエース相手に何もさせない——普通に考えれば不可能だ。まして格上相手に撹乱し続けるなど、倒し切る前にどこかでボロが出る。それほどの高速戦闘を、一度のミスもなくやれるはずがない。

 

 

 

「でももし……それが出来るとしたら……——」

 

 

 

 ミツルはユウキの処理速度なら、可能かもしれないと感じていた。

 

 はっきり言って正気の作戦ではない。それでも今のユウキならと、そう思わせてくれた。

 

 

 

(なんだか今なら……なんでも出来そうな気がする——そんくらい、今頭は冴えている……!)

 

 

 

 ユウキ自身、自分の調子が良いことには気付いていた。それが自分の中に眠っていた潜在能力だと気付く余地はなかったが、それでも無意識下で“固有独導能力(パーソナルスキル)”は作用を見せていた。

 

 

 

「——いくぞわかばッ‼︎」

 

 

 

 今なら勝てるかもしれない——そんな期待が、ユウキにも、会場の全員の中にも芽生えていた。

 

 

 

「——たたきつける(ぶったたけ)ッ‼︎」

 

 

 

 本来優位に立てるはずのハリテヤマの間合いで、最高のパフォーマンスで立ち回れている。戦略も能力も充分通用する。勝てる要素など、今ならいくらでも見つけられた。

 

 

 

「——それでも勝てねぇよ」

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 わかばの“たたきつける”を顔に受けたハリテヤマが、即座にわかばの体を掴んだ。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

 

 

 ユウキは目を見開いた。

 

 今の攻撃は充分体重が乗った一撃のはず……それをクリーンヒットして何故すぐに反撃ができるのか。いや、ユウキにとってそれは今問題ではない。

 

 

 

——ギッ!……ギギッ‼︎

 

「捕まえちまえば、自慢のスピードは活かせねーよな?」

 

「《あ〜〜〜とここでキモリッ!とうとうジムリーダーに捉えられたぁ〜〜〜!!!》」

 

「「わかばッ‼︎」」

 

 

 

 悲鳴の様な声がツシマとユリからも出る。勝てると思っていたところに、この窮地は応援していた者にとっては冷や水をかけられたような気持ちになる。

 

 いや……窮地というよりこれは——

 

 

 

「——悪いがこれで終いだ」

 

「わかば!なんとか抜け出せッ‼︎」

 

 

 

 ユウキに言われずとも、既に抜け出そうともがくわかば。しかし強靭な握力で握られた体はびくともしない。

 

 

 

「——“当て身投げ”ッ‼︎」

 

 

 

 自身の肉体で攻撃を受け、そのうち終わりを狙う技。

 

 ユウキはここで、トウキに誘い込まれていた事に気付く。最初からスピード勝負で張り合う気などなかったのだ。

 

 

 

「これで終わりだぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 ハリテヤマは握り込んだわかばを地面へと叩きつけようと振りかぶる。その力に抗う術は——

 

 

 

「万事休すッ‼︎」

 

「ダメ——‼︎」

 

「「うわぁぁぁぁあああ!!!」」

 

「こりゃいかんッ‼︎」

 

「——わかば、ユウキさん!!!」

 

 

 

 誰もが目を覆いたくなるような場面で、ミツルは未だユウキの勝利を疑わない。

 

 大声でただ、2人を信じて叫んだ。

 

 

 

(——こうなりゃ一か八かッ‼︎)

 

 

 

 ユウキの視界は瞬間、ゆっくりとスローモーションのように映る。

 

 地面へと叩きつけられそうになるわかば。勝負をこの一撃で仕留めようとするハリテヤマ。

 

 敗北が決定する重苦しい空気。

 

 そして、まだわかばには現状を脱する手段が()()()()()()事を思い出す。

 

 

 

——“【雁烈弾(ガン・ショット)】”ッ!!!

 

 

 

 瞬間、わかばは拘束されながらも、掌にあったエネルギーを炸裂させた。それを握り込んでいたハリテヤマの手の中から、一瞬で膨張した圧力がわずかに拘束力に打ち勝ち、ハリテヤマの握力を跳ね除ける。

 

 

 

——〜〜〜!!!

 

———ドパァァァ!!!

 

 

 

「《な、なんとキモリ!まさかの自爆同然の技でこの窮地を脱しましたぁぁぁ〜〜〜‼︎》」

 

 

 

 暴発した事でなんとか技からは抜け出せたが、わかばが受けたダメージは決して軽くなかった。爆ぜた衝撃で地面に体を打ちつけ、一瞬でボロボロになってしまった。

 

 

 

「——くそッ!わかば、大丈夫か⁉︎」

 

 

 

 ユウキは我ながら吐く言葉にイラつく。

 

 大丈夫なはずはないのだ。外から握り込まれるだけでも相当な苦痛なのに、それをこじ開けるために発した技の圧力は相当なものだったはず。

 

 咄嗟の判断。あの瞬間はどうやってもそれしかなかった。だが……とれる最善を尽くしたとしても、この結果では……——

 

 

 

「これでわかったろ?……そいつじゃプロを目指すのは無理だって……」

 

 

 

 その事実に歯噛みしていると、知らぬ間にトウキが少年に近づいていた。

 

 そして、先ほどまで燃え上がっていた男が、そんな冷え切った言葉を投げかけてきたのだ……。

 

 

 

 

 

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波濤の漢……静かに諭す——。



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第75話 辿る



お陰様で本作のお気に入り登録数が100人に到達しました!
皆さんのご読了に感謝致しますm(_ _)m

全く関係ありませんが、休日に運動した筋肉痛が今日になって出てます……うーん。





 

 

 

 トウキは試合中にも関わらず、気付けばユウキのいるコートまで歩み寄っていた。この事態に、ユウキも含めその場にいた全員が驚く。

 

 

 

「《こ、これはどうしたというのでしょうか⁉︎ジムリーダー、突然挑戦者に近づいています!な、何か話しているようですが……》」

 

 

 

 事態を飲み込めていない観客たちはざわめく。そしてそれは、審判には看過できないことだった。

 

 

 

「ジムリーダートウキ、トレーナーズサークルに戻ってください。試合中にサークルを出ることは違反行為の対象ですよ?」

 

「わーってるよ。野暮用だ。目を瞑ってくれ」

 

「しかし……」

 

 

 

 トウキの行動は、ともすればユウキに対する盤外からの妨害行為にも取られる可能性がある。それを見過ごすことは審判にはできない。対戦相手が認めるなら話は別だが——そう思い、チラリとユウキの方を見た。

 

 

 

「——俺は構いません」

 

「……手短にお願いしますよ」

 

 

 

 審判はここでテクニカルタイムアウト*1を宣言。

 

 これにより、双方の同意があるまで試合を一時中断する事になった。

 

 

 

「な、何かあったんですかね……?」

 

「いや!でもこれでアニキも少し休めるからいいんじゃないっスか⁉︎」

 

「それはジムリーダーも承知しているでしょうね……つまり、それでも話さなければならない何かがあったってことでしょ」

 

 

 

 タイキの楽観的な考え方を、すぐに否定するマリ。マリにはそれが、この特例措置を取られた試合の根幹なんだと察しがついていた。具体的にはわからないが、二人には事前に何か約束事があったのだと推察できる。

 

 プロになるための大事な試合で、互いに同意をしての話し合い。試合展開的にトウキにメリットはないと思われるだけに、この推察は自然だった。

 

 

 

「——お前なら理解したはずだ。これ以上わかば(そいつ)で戦っても勝ち目はないってな」

 

「……」

 

 

 

 トウキの問いかけに、ユウキは押し黙る。しかしその表情は、図星をつかれていた事を示していた。

 

 ここまでの試合展開は五分……いや、戦略的な評価で言えば、むしろユウキに分があったとすら言えた。しかし結果はこうしてわかばの敗色が濃くなっている。

 

 これが何を意味するのか、ユウキにはわかっていた。

 

 

 

「……要はこれが“進化”の差——持ってる能力の差だ。どれだけ戦略を考えようと、どれだけ優位を保とうと、圧倒的な総合力の前には一撃で返される」

 

 

 

 理不尽なほど、冷酷なほど、その現実を見せつけたのがトウキだった。

 

 慎重に、大胆に、丁寧に積み上げた戦いの優位性を、圧倒的な力で無に帰す——このどうしようもない現実は、戦う前からわかっていた。

 

 わかっていたが……こうしていざ見せつけられると、ユウキの体の芯が凍えた。

 

 

 

「——おまえは強ぇ。キモリもな。だが、お前ら二人にはもう伸び代という点で大きく違ってんだよ。お前にはあっても、キモリに未来(さき)はねぇ……それが現実だ」

 

 

 

 全てはあいつが進化できないから——たったそれだけの理由だった。たったひとつの事実が、目の前に重くのしかかっていた。

 

 這いつくばったわかばは動かない。もう今のダメージで戦えなくなったのか、それともこの現実に耐えられなくて起き上がる気力も無くしてしまったのか。

 

 そうだとしても無理はない。

 

 ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)もユウキですらも、前へと進める——なのに彼だけは取り残される。同じ時間を共に戦ってきた仲なのに、最後まで一緒に走りきれない。

 

 同じ道を……歩めないのだから。

 

 

 

「それがわかってまだやるか?あいつがボロボロになって、泣いて立てなくなるまでやるか?お前が惚れたポケモンにしてやれる事は、ただ頑張れって言って、無駄な努力を繰り返させるだけか?」

 

 

 

 トウキの言葉が容赦なく胸に突き刺さる。そのどれもが痛烈で、そのどれもが無視のできない事実。

 

 冷たい刃の様にユウキと……そして、倒れていたわかばに刺さる。

 

 

 

(——それはずっとわかっていた事じゃないか……ただそれを具体的に見せられただけだ)

 

 

 

 ユウキは……昨晩泣き崩れた事を思い出していた。あの時受け止められなかった現実を、今は正確に認めて、受け止めている。

 

 そう……思いや勢いだけで現実は変わらない。寧ろそうして縋りたくなる様なものには、決して揺るがないのが現実なのだ。

 

 その全てがユウキの芯を……心を……魂を凍つかせる。

 

 何度か味わったこの熱が一気に冷え込む感覚——

 

 

 

 ——これが……“絶望”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ギ…………。

 

 

 

 それでもわかばは立とうと動いた。腕で体を持ち上げ、苦しそうな顔をしつつもハリテヤマの方に向く。

 

 

 

「《——両トレーナーが話し合う間に、ユウキ選手のキモリが息を吹き返した⁉︎まだ戦う意志は衰えておりません‼︎》」

 

「わかば……」

 

 

 

 彼はそれでも尚立ち向かおうとしていた。テコでも動かない現実から、それでも動くまでこちらも諦めたりはしない——そんな気迫が伝わるかのような、鬼気迫る面持ちだった。

 

 それを見て、ユウキは小さく笑った。

 

 

 

「……トウキさん。用がそれだけなら、戻ってもらっていいですか?」

 

「なに……?」

 

「聞き飽きたんですよ……無理だなんだって文言は……」

 

 

 

 ユウキはトウキの胸を軽く押す。持ち場に戻れと突き返す。

 

 

 

「——絶望を何度も味わって、その度にわかったんです。俺が見るべき場所は下じゃない。俯いたって、そこに欲しいもんはないから」

 

 

 

 転がっているのは等身大の自分の足元だ。それまでのユウキ自身でしかない。

 

 でもいつだって目指して歩く場所は、ユウキより少し大きい壁の向こうに広がっている。

 

 だから顔を上げる——ユウキが前を向くのには、充分すぎる理由だった。

 

 

 

 

「欲しいのは……“今日の勝利”。俺はあんたを倒してプロになる……あいつと一緒にだ!」

 

 

 

 答えはもう決まっている。

 

 随分悩んだが、何のことはない。

 

 ユウキは……己の心に従う。

 

 

 

——わかばと歩く未来を。

 

 

 

「……なら次の攻防で答えを出せ。それ以上はバトルで応えてみろ……!」

 

 

 

 トウキはそれだけ言って持ち場へと戻る。審判はその様子を見て試合の仕切り直しを図る。

 

 

 

「《さあ!何やら話し合っていたようですが、いよいよ最後の戦いが仕切り直されるようです‼︎》」

 

 

 

 試合再開にざわついていた会場が再び二人の勝負の行く末を見守る。

 

 

 

「何話してたのかな……?」

 

「わかんねぇけど……ユウキ怒鳴ってたか?」

 

「ユウキくん、わかば……がんばれ!」

 

 

 

 何が起こったのか、その全容を知る者はいない。それでも決着が近いことは察していた。

 

 わかばの立ち直りが如何にドラマチックでも、現状は何も変わっていない。

 

 ボロボロのわかばに何ができるのか……ここまで奇跡的な勝負を見せてきたユウキたちを信じたい反面、もうこれ以上の奇跡は有り得ないとさえ思う。

 

 

 

——彼らをよく知っている人物を除いて。

 

 

 

(——ユウキさん。正念場ですわよ)

 

 

 

 ツツジはユウキの顔を見て、まだ諦めていないことに胸を撫で下ろす。そして、ここをどう超えるのかにかかっていると思っていた。

 

 昨晩、ユウキとわかばの未来を信じて送り出したツツジは願っていた。多くの人間が跳ね返され、絶望を味わったどうしようもない現実。プロでさえそれにぶち当たった時、乗り越えられる者は限られる。

 

 その現実を……壊せるだけの答えを出す事を。

 

 

 

「——試合を再開します!両者、いいですね?」

 

 

 

 審判が旗を掲げる。

 

 トウキは首を縦に振る。

 

 

 

(——お前らがこれに答えを出せなければ、俺は引導を渡す……それが全力でかかってきたお前らに対してできる俺の全て……)

 

 

 

 トウキに半端はあり得ない。

 

 それを嫌うトウキに、ユウキに報いたいという気持ちを全面に出す。もしここで手を抜けば、彼らが()()()()()()()に示しがつかなくなる。

 

 だから加減はしない。

 

 今のユウキの眼を見て、トウキは心を動かされていた。

 

 

 

(でも……絶望を知ってあんな眼ができんのか……本当に強くなっちまったなお前)

 

 

 

 トウキは夢半ばで散っていったトレーナーたちを知っている。でも、そこから立ち直ったトレーナーにはついぞ出会えなかった。

 

 だから嬉しかった——。

 

 トウキ自身が出したかった答えを……この陰鬱な現実を破壊する術を、彼が出すかも知れない——そう予感させた事が。

 

 

 

「——いくぜ……ユウキッ!」

 

 

 

 

 

「……わかば」

 

 

 

 一方ユウキはわかばを見ていた。

 

 わかばを見て感慨に浸る。

 

 思えばいつも、立ち直る時はわかばの存在が力になった。

 

 

 

——俺がミシロで腐らずにいられたのは、お前との日々があったから。

 

——日常から脱却するきっかけになったのは、お前と接した俺が変われたから。

 

——多くの人に期待してもらえる様になったのも、お前が最初に力を示してくれたから。

 

——危ない時、辛い時、苦しい時、悲しい時……ずっとお前はそばに居てくれた。

 

 

 

 黙って前に立つお前が、俺に教えてくれた。

 

 

 

——下を向いてる暇があるのか?って。

 

 

 

「だから——……わかば?」

 

 

 

 そんな風に思って決意を新たに——ユウキはそう思っていたのだが……。

 

 

 

 わかばの様子がおかしい。

 

 特にそう感じる具体的な根拠はない。それでも、この旅の間ずっとそばに居たユウキだからこそ気付けたかすかな変化。でもこれが何を意味しているのかまではわからない。

 

 

 

(——くそっ!時間がない!……なんだこの胸騒ぎは⁉︎)

 

 

 

 戦う気持ちは一緒なはず……それでもどこかわかばの力の入り方が気になる。ダメージ以上に息が荒くなっているような……しかし時間は容赦なくリミットを告げた。

 

 

 

「——ユウキ選手!よろしいですね⁉︎」

 

「っ……!わかりました」

 

 

 

 これ以上は遅延行為を取られかねない。もしわかばに異常があるなら、この戦いの中で見極めるしかない。

 

 それでも……何かを見落としているのような感覚が、ずっとユウキにまとわりついていた。

 

 

 

「——それでは試合を再開します!」

 

 

 

 ——試合再開!

 

 旗を振り下ろし、再び両者は激突する。

 

 

 

「これで終わりならそれまでだ!ハリテヤマ——潰せッ!」

 

「迷ってる暇はない——わかば!一度ここは冷静にいくぞ——」

 

 

 しかし、わかばは走った——ハリテヤマに向かって。

 

 

 

「なんで——無闇に突っ込むなッ‼︎」

 

「あん……⁉︎」

 

 

 

 わかばの果敢な突撃に会場は湧くが、それを静止できないユウキは焦る。その焦りはトウキにも伝わった。

 

 

 

「《試合再開と共に走り込んだキモリ!中止前のダメージはもう残っていないのかぁー⁉︎》」

 

 

 

「くそっ!突っ込んでも“当て身投げ”の餌食だ!戻れッ‼︎」

 

「ここへ来て焦った……?いや、これが話に聞いてたキモリの暴走か?」

 

 

 

 ユウキから聞いた事があったのは、ツツジとのジム戦で起こった事。最後のノズパスと戦うわかばが、途中から全く指示を受け付けなくなった。今のわかばは、その時の経緯と合致する動きを示していた。

 

 

 

「突き放せ!“突っ張り【押波(オシナミ)】”‼︎」

 

 

 

 掌打を模したエネルギー体が壁の様に反り立つ。それが突撃してくるわかばに向かって直進する。

 

 

 

「避けろッ——!」

 

 

 

 だがわかばは回避をしない。明らかにユウキの指示を無視している。そのかわりに両の手に“装填”した種を握りしめて、【押波】に向かっていった。

 

 

 

——ギモァッッッ(タネマシンガン【雁烈弾】)‼︎

 

 

 

 握り込んだ両手を同時に交差する様に振り抜く。わかばの前方には圧縮された種弾が炸裂した。

 

 

 

——ドパパァァァンッ‼︎

 

 

 

「《なんと!キモリの炸裂弾がハリテヤマのエネルギー壁を打ち破ったぁ〜〜〜‼︎》」

 

 

 

 一点集中させて【雁烈弾(ガンショット)】をぶつける事で障壁を突破したわかばはそのままハリテヤマに迫る。

 

 

 

「随分必死じゃねぇか……だが!」

 

——“突っ張り”‼︎

 

 

 

 壁の向こうでは既にハリテヤマが迎撃体制に入っていた。高い回転率を誇る通常の“突っ張り”で応戦。

 

 だがわかばのスピードを知っているトウキはこの攻撃が躱されることを知っていた。

 

 

 

(この後すり抜けて頭に一撃加えるんだろ?それを“当て身投げ”で返して終い——⁉︎)

 

 

 

 だがその思惑は外れた。わかばは()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「わかばッ‼︎」

 

 

 

 屈強な打撃がわかばを襲う。一瞬ダメージが尾を引いているのかと思ったが違う。ヒットしたのにわかばの小さな体は吹き飛ばない。

 

 

 

「——ここで“いなし”かッ‼︎」

 

 

 

 “突っ張り”のヒット時に体を捻って勢いを殺すわかば。独断で“いなし”を成功させるが——

 

 

 

「無茶だ!その手数——全部は躱しきれない‼︎」

 

 

 

 “突っ張り”は連続技。単発の技と違って、一度のいなしでは次の攻撃に対処できない。

 

 

 

——ッ!ッ‼︎ッッッギ!!!

 

 

 

 懸命に数発の張り手をいなす。だが1発肩掠めた。掠っただけだが、後方に向かって勢いよく飛ぶ。

 

 

 

「わかばッ‼︎」

 

「チッ!軽過ぎて直ぐ射程外にいっちまう!——ハリテヤマ!奴は虫の息だ!ここで畳んじまえッ‼︎」

 

 

 

 後方に吹き飛ばされたわかばはなんとか踏みとどまるが、追撃に来るハリテヤマに対し体制が整っていない。

 

 

 

「おい強引過ぎるぞッ‼︎」

 

「次の攻撃が当たったら——」

 

「そこはまずいッ‼︎」

 

「「逃げてぇぇぇ!!!」」

 

「——わかば!頼むから避けてくれッ‼︎」

 

 

 

 わかばを応援する観客も、ユウキ自身も祈る様にわかばに回避を願う。

 

 しかし——わかばは歯を食いしばって前進するのだった。

 

 

 

「な……んでだよ……わかば……ッ!!!」

 

 

 

 わかばは一人暴走を続ける。巨体のハリテヤマに対して、真っ向から立ち向かう。その勇気は認めるが、ヤケクソになるならそれはただの無謀。そして、そうした者たちの侵入を、夢を阻む扉は固く沈黙する。

 

 

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 ハリテヤマに接近したわかばは、ハリテヤマの腕が繰り出す薙ぎ払いに直撃し、跳ね返された。地面を転がり、勢いが収まる頃には地に伏せる。

 

 

 

 

「《つ、痛烈ぅ〜〜〜‼︎強引ともいえるキモリの奮闘は、強靭なハリテヤマによって阻まれるたぁぁぁあああ‼︎これは勝負をが決まったかぁぁぁ⁉︎》」

 

 

 

 実況の声が場内に反響する。見守る者は悲鳴をあげ、激闘の幕切れを直感した者は歓声をあげる。

 

 

 

「……これがお前らの最後かよ。ユウキ?」

 

 

 

 わかばを沈めたトウキは、切なそうな声で呟く。願わくば、またひっくり返る様な事を彼も望んでいた。

 

 しかし最後はわかばの自滅。

 

 やはり現実という扉は、簡単に人を通さない。

 

 それを受けてユウキは……——

 

 

 

(わかばの暴走……結局俺はあいつを理解してやれなくて負けるのか……)

 

 

 

 転がるわかばを見て、己の無力さを呪う——

 

 

 

 

——なんて納得できるかッ!!!

 

 

 

 ——ユウキは吹っ切れていた。

 

 今は自分を責める時じゃない。戦闘再開の折に心に誓った活力はまだ生きていた。

 

 

 

(——あいつはさっきの振り払いにも“いなし”をやろうとして吹っ飛んだ!見た目は派手だがダメージは抑えているはず!……あいつがこんな所で這いつくばって終わりなわけがない‼︎)

 

 

 

 ユウキは焦ってなどいなかった。最後の特攻を見て、ユウキの思考はわかばの暴走を分析する事に切り替えていた。

 

 事態は最悪。それでも審判が旗を振らない限り、頭を回す事を貫徹する。

 

 

 

(——わかばはなぜ突っ込む……吹き飛ばされて追い詰められて、その後勝ちたいって気持ちで周りが見えなくなる……それだけならまだわかるけど……)

 

 

 

 ユウキはどこか違和感を感じていた。そもそもわかばに回避能力を知るきっかけとなったのは、彼が独断で動いた時の挙動に驚かされた時だ。なら、暴走して指示を聞かなくなったとしても、回避能力を駆使しない理由にはならない。

 

 

 

(——それでもやたら避ける事を嫌っていた……いや、()()()も確かそうだったよな……?)

 

 

 

 その時ふと、ツツジ戦の最後を思い出した。ノズパスとツツジの策略にハマり、麻痺した体により戦況は劣勢になった。

 

 あの時も、わかばは一人突っ込んで、何度静止を呼びかけてもひたすら特攻を仕掛けていた。それまではちゃんと言うことを聞くし、トレーニング中は余裕がなくなってもヤケを起こす様な癇癪を見せたこともなかった。

 

 何故バトルで追い詰められるとこうなってしまう……?

 

 

 

(もし……もし仮に“回避したくない”と理由を仮定して、それでわかばは何がしたいんだ……?無謀な特攻では勝てない事くらいわかりそうなもんだけど……その理由って——)

 

 

 

 ひたすら記憶を辿るユウキ。

 

 

 

 わかばは多くを語らない。

 

 語らないからこそ、たまに見せる彼の感情には深い意味が込められているんじゃないかと全ての景色を思い起こす。

 

 ——初めて出会った頃から限界を超えて続けたトレーニングの2ヶ月と、今の今までのわかばの言動を追跡(トレース)する。

 

 

 

 わかばはあまり語らない。

 

 コミュニケーションを取る機会が極端に少ない。

 

 まるで人を遠ざける様に。

 

 それでもなぜか俺の旅には着いてきてくれる。

 

 バトルで勝ちたいという気持ちも嘘じゃない。

 

 

 

 ——違う。きっとそこに理由はない……。

 

 

 

 ……あいつは誰かに育てられていた。

 

 その誰かと何があったか知らないが、こっぴどい別れ方をしたのか……いや、別れ方云々じゃない。

 

 もしあいつがまだ前のトレーナーに未練があるなら、俺と着いてきてくれる気がしない。

 

 あいつの回避術はきっとその時に習得したものだ。

 

 

 

 それを使いたくない。

 

 

 

 あの頃を……思い出したくない……?

 

 

 

 身につけた回避能力が通用しないから捨てられたんだとしたら……——

 

 

 

 また……その時を()()()()()()()()……?

 

 

 

「お前……もしかして——」

 

 

 

 それは、昨日の浜辺でよぎった想像。

 

 その時は、理由の方まではわからなかったが、今ならわかる気がする。

 

 

 

 ——役に立てず、捨てられたくない……。

 

 

 

「…………ッ!」

 

 

 

 その時、何かがユウキの中で、変わろうとしていた——。

 

 

 

 

 

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*1
試合中に対戦者が申請できる試合進行停止措置。双方のトレーナーの合意の上、または突発的なアクシデントなどで行使される。





少年は耳を傾け……小さな命の声を聞く——。



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第76話 「帰って来い」


今回の話は手直しの方が凄かった……。書きたいものを文面に起こす大変さがピカイチでした。伝わればいいなぁ……。





 

 

 

 ——小さな体だった。

 

 

 

 そのポケモンは小さく、便りなく見えた。

 

 しかし周りの予想を裏切って、どんどんと力を付けていった。

 

 

 

 努力した。

 

 努力して、努力して、努力して……——

 

 ただ主人の期待に応えたくて。

 

 それでも——

 

 

 

「——キモリ。さよならだ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキの思考が、ついにキモリ(わかば)の想いを暴くに至った——彼が黙ったままあげていた“悲鳴”を聴きわけた。

 

 そして……自分の鈍感さに心底頭に来ていた。

 

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

 

 ——何が頼りになるだ。

 

 ——何がプロになるだ。

 

 ——何が……助けてくれた……だ!

 

 

 

 気付いた事に頭がかき乱されて、正常な思考ができない。その間にわかばは身を震わせて起きようとしていた。

 

 

 

「……まだ立てるのか!」

 

 

 

 今ので終わっていてもよかった。この執念ともいえる粘りに、トウキも流石に驚いていた。それほどまでに勝ちたいと身を震わせるのかと——

 

 

 

 ——いや、そうではなかった。

 

 

 

(——回避しないのは勇敢に立ち向かうからじゃない!自分の能力が通用しなかったら、もうどうしていいかわからなかったじゃないか‼︎)

 

(——歯を食いしばって立ち上がる⁉︎そうでもしてないと絶望に押し潰されそうだったからだ‼︎)

 

(——わかばの暴走⁉︎違う……こいつはただ頭に血が昇っていたんじゃないんだ……‼︎)

 

 

 

 心の中で、ユウキは今まで何を見てきていたのかと自分をなじる。

 

 ——震える背中になぜ気付けなかった?

 

 ——一度も俺の方に向こうとしないのは俺に顔を見せたくなかったとなぜ至らなかった?

 

 ——俺はわかばの心が強いだなんて決めつけた?

 

 

 

 ——わかばだって……怖いもんはあったんだと……なんで気付いてやれなかった‼︎

 

 

 

「お前は頑張ったよキモリ……だからもう眠らせてやれ——ハリテヤマッ‼︎」

 

 

 

 震えながら、歯を食いしばりながら、それでもハリテヤマと対峙するわかばの顔は——今なら見なくてもわかる。

 

 悲痛に顔を歪め、泣き出しそうになるのを必死に堪え……それでも勝利が欲しくて欲しくて堪らない。自分の限界に嘆き、苦しみ、声にならない想いが滲み出ている。

 

 そんな顔をしている——と。

 

 

 

「——わかば」

 

 

 

 ハリテヤマがゆっくりと迫る時の中。

 

 自分の名付けた名を呼ぶ。

 

 何度も助けられた。

 

 あんな小さい体で、ずっと俺を支えてくれた。

 

 でも、本当に助けと支えを必要としてたのはお前だった。

 

 

 

「——わかばぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 心の底から叫ぶ。

 

 押し潰されそうになっているあいつを。

 

 暗闇で泣きながら彷徨っているあいつを。

 

 見つけてやりたくて。

 

 

 

「——俺は捨てないからッ‼︎」

 

 

 

 今は気休めに聞こえるかもしれない——。

 

 

 

「お前が心配なんてしなくて済むように俺も頑張るからッ‼︎」

 

 

 

 それでも……誰かがあいつを救ってやらなきゃいけない。

 

 

 

「だから——」

 

 

 

 直後——ハリテヤマがわかばを射程圏内に捉える。

 

 

 

——ォォォオオオ!!!

 

 

 

「帰って来い!!!わかばぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 ——小さな体は、次の瞬間走り出していた。

 

 

 

 自分の主人のいる方へ。

 

 

 

——ズガァァァ‼︎

 

 

 

 わかばがいた場所に、ハリテヤマが張り手の一撃で地面を抉った。

 

 そこから難を逃れたわかばは、自分でも何をしていたのかわからないといった面持ちで、ユウキの前に立っている。

 

 その時、ユウキは思った。

 

 

 

(——そういえば、真正面からこいつと向き合った事ってなかったな……)

 

 

 

 いつも斜に構えて、片方の目だけでこちらを見てきていたわかばを思い出す。 

 

 あれもクールな一面なんかじゃなかったのかもしれない。ただトレーナーとどう接していいかわからず、自信が持てなかったのかもしれない。

 

 でも、今はこうして俺の前に立っている。

 

 追い詰められたわかばが、今の呼びかけには応えてくれた。

 

 たまたまだったのかもしれない。

 

 俺の気持ちがどこまで伝わるかはわからない……だとしても。

 

 

 

「……わかば。俺はお前のトレーナーだ。この先も……ずっとだ」

 

 

 

 考えはまとまっていない。

 

 この一戦を勝つ事を、今は少し置いておく。

 

 ユウキは全力でわかばに語りかけるために。

 

 

 

「ここで負けたらプロは諦める事になるかもしれない……。でも、俺たちの関係が終わるわけじゃない。ずっと続いていくんだ。俺たちが生きてる限り……人生ってやつは」

 

 

 

 人生……ポケモンはそれを何と呼ぶかは知らないが、生を受けている以上、夢半ばで潰えたとしても先はある。

 

 ここで終わりなんかじゃない。

 

 旅はまだ……終わらないのだ。

 

 

 

「だからもうそんな顔して戦うな。プロになれないとしても、俺はお前のトレーナーを辞める気はさらさらないから」

 

 

 

 自分の夢も、わかばとなら天秤にかけられる。

 

 それも当然。

 

 ハルカや親父に認めてもらえる様になったのはわかばのお陰だ。その夢を与えてくれたのは、他でもないわかばなのだから。

 

 

 

「……だからお前も素直になれ。我慢なんかしなくていい」

 

 

 

 そこまでがユウキの気持ちだった。

 

 だからまだ聞いてないわかばの気持ちを聞かせて欲しいとユウキは願う。

 

 

 

「素直になったお前の剥き出しの思いを聞かせてくれ。それがもし、“勝ちたい”って言うなら……——」

 

 

 

 それがどんな無理難題であっても。

 

 叶えたいとユウキは思う。

 

 それでようやくスタートラインに立てる。

 

 

 

「——今度は俺がお前を勝たせるよ」

 

 

 

 かつてユウキに華を持たせてくれたように。今度はわかばに受け取って欲しい。

 

 

 

「でもそうは言ってもまだ俺は頼りないからさ……俺を信じるかはお前が決めろ。わかば」

 

 

 

 それはある意味では“信頼”の証だった。

 

 わかばがそれでも選ぶのが自分の行動だというなら、ユウキに文句はなかった。

 

 それならそれで、応援してやればいい。

 

 もうユウキは、わかばを信じる事を選んでいたから……。

 

 

 

——……。

 

 

 

 全てを聞き終えたわかばは目を見開いたままだった。

 

 見開いて、そのままゆっくり振り返る。トウキとハリテヤマに向き直った。

 

 

 

「……話は済んだか?」

 

「すいません。何度も待たせちゃって」

 

「まったくだ。でも……もう待たなくていいよな?」

 

 

 

 トウキは二人の面構えが変わった事に気付いていた。

 

 先程のユウキの固い覚悟から生まれる熱量は感じない。

 

 でも……今の二人からはそれ以上の圧力を感じていた。

 

 静かな……それでも力強い覚悟を。

 

 

 

「わかば……もう細かく指示はしない。俺の指示を()()()()()はお前に任せる」

 

「これが最後だユウキ……」

 

「これで最後にはさせない……」

 

「お前らの答えを——」

 

「俺らの答えは——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——“電光石火”‼︎

 

 

 

 先に動いたのはわかば。今までと同じようにハリテヤマに突っ込む。

 

 

 

「ここへ来てまだそんな速力出せんのか——弾けハリテヤマッ‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマは接近するわかばを振り払おうと腕を振るう。これをわかば——跳び越える。

 

 

 

「《三度起き上がったキモリ!強引に突っ込む!捨て身の態勢に入ったかぁ⁉︎》」

 

「いや、避けたってことは、冷静さを取り戻してるって事——“【雁烈弾(ガン・ショット)】”ッ‼︎」

 

 

 

 飛び上がったわかばは既に“装填”を終わらせていた。ユウキは指示してなくてもわかばがそうすると信じていた。

 

 

 

(なんだ——さっきと何か違う⁉︎)

 

 

 

 大きな変化は見られない。それでもトウキは肌で感じた異変に脅威を感じていた。

 

 

 

「ガードだハリテヤマッ‼︎」

 

 

 

 太い両腕で顔を覆い、わかばの【雁烈弾】から身を守る。

 

 豆鉄砲ではあの巨体を崩せない。しかしそれでも食らったハリテヤマの視界が狭まる。

 

 

 

——ッ⁉︎

 

 

 

 目の前にいたはずのわかばが、ガードを解くといなくなっていて、ハリテヤマは驚く。

 

 

 

「——後ろだハリテヤマ‼︎」

 

 

 

 いつの間にか回り込んでいたわかば。背後を取った事で“当て身投げ”は使えない。

 

 

 

「ハリテヤマは巨躯のせいで急な反転はできない!——今ならッ‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマの虚をついた今なら決まるかもしれないとユウキは叫ぶ。

 

 ここずっと練習に練習を重ねたが、ついに実用性という点ではあまりにもタメが長すぎるという点で使用を控えていた技。

 

 狙い所が限られているが、当たれば今はわかばが出せる最大火力。

 

 “斬鉄”と呼ばれたトレーナーの極意を、今ここで——

 

 

 

——“居合【葉刃斬(ハバキリ)】”‼︎

 

 

 

——ズッ——ッバァァァァァン!!!

 

 

 

 緑色の斬撃が閃き、ハリテヤマの背中に焼けるような痛みが走る。その衝撃により、あれほどタフだったポケモンの体を浮かせた。

 

 

 

「ハリテヤマを……吹っ飛ばしやがった⁉︎」

 

 

 

 小柄なわかばにはあり得ない威力の“居合斬り”が炸裂し、トウキは目を見開く。

 

 

 

「《な、なんという底力ぁ〜〜〜‼︎キモリにはまだこんな力が残されていたのかぁ〜〜〜⁉︎》」

 

「今のって“居合斬り”——なんでキモリが覚えて……ていうか強っ⁉︎」

 

「おそらく“拡張訓練”で習得したのよ……!それにしても今の()()は……」

 

 

 

 マリは今の一撃に見覚えがあった。

 

 遠い過去の試合映像……歴代の注目されてきたトレーナーたちの熱き激闘を紹介していた番組で、幼い頃の彼女は見ていた。

 

 今でも鮮明に覚えている……。

 

 鉄すら斬り裂くポケモンのその技が、そのまま彼の代名詞ともなった伝説のトレーナー。

 

 

 

 “斬鉄のハギ”——そのエースポケモンが使った“居合斬り”と、わかばの技がダブった。

 

 

 

「あやつめ……ついにものにしおったか……!」

 

 

 

 客席で満足そうに笑うハギ。あの技を教えた者として、ここで真価を発揮してくれたのは彼にとっても喜ばしかった。

 

 ムロに向かう前はせいぜい丸太に傷をつける程度だったあの技が、今やタフなポケモンにすら通用するレベルになっていた。それはわかばが内包するエネルギーを瞬間的に解放することで放つからできた所業。

 

 その副産物ではあったが、その“居合斬り”には草タイプのエネルギーが上乗せされることとなった。

 

 それが可能となったのも2ヶ月の間にあった努力によるもの。思いのこもったの技がハリテヤマを吹き飛ばせるのは、むしろ必然だった。

 

 

 

「——ハリテヤマ!大丈夫か⁉︎」

 

 

 

 普段ポケモンの様子をあまり確認しないトウキでも、今の一撃は堪えたのかハリテヤマのダメージを確認する。

 

 ハリテヤマはまだやれると目線を送るので、トウキも問題なしと判断するが……。

 

 

 

(まだあんなの隠し持ってやがったのか……しかしあの威力の“居合斬り”は只事じゃねぇ!おそらく——)

 

 

 

 トウキは2ヶ月前にユウキが来た時を思い出した。その時、ハギ老人の船でやって来た事から、そのツテで教わったのだろう。それを派生技にまで進化させ、あそこまでの威力にまで至った。それならあの技の威力にも合点がいく。

 

 

 

「だがあっちもそう余力はねぇはずだ!——“突っ張り”‼︎」

 

 

 

 今度はハリテヤマ側からわかばに向かう。受け身のままだと“居合斬り”を当てる隙を作られ兼ねない。進化前のポケモンとはいえ、あの威力は看過できなかった。

 

 

 

「——“【雁烈弾(ガン・ショット)】”ッ‼︎」

 

「なに——⁉︎」

 

 

 

 ハリテヤマの“突っ張り”に対し、ユウキはわかばにそのまま迎撃させた。

 

 

 

「馬鹿野郎!ハリテヤマと正面から撃ち合う気か⁉︎」

 

 

 

 ヒデキが叫ぶ。確かにユウキの行動は正気とは思えない。張り手の連打を止める力が小さいわかばには——

 

 

 

——ッパァァァ!!!

 

 

 

「弾き返したぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

 

 

 種の散弾を浴びせられ、またもやハリテヤマは弾き返される。その光景は、あのマッチアップで見られるようなものではない。

 

 

 

(“居合斬り”だけじゃねぇ——キモリの出力が全体的に上がってる……⁉︎)

 

 

 

 わかばの突然の強化に驚きの色を隠せない?それもハリテヤマを退けるという信じられない出力を生んでいるのだ。

 

 

 

(追い詰められて息を吹き返すやつはいるがこれは……——まさかこいつ‼︎)

 

 

 

 “追い詰められて”——そのワードからひとつの仮説がトウキに過ぎる。

 

 何度と戦闘でダメージを受け、もう押せば倒れそうなわかばに宿っている力……。純粋な草タイプへの適性が高いポケモンに発現する火事場の馬鹿力。

 

 

 

——進緑(しんりょく)という特性を。

 

 

 

「——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 通常の“タネマシンガン”に切り替え、離れたハリテヤマに追撃を加える。ハリテヤマはそれを両腕のガードで凌ぐが、重くなった種弾を弾くのに顔を歪める。

 

 

 

「——“電光石火”ッ‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマを“タネマシンガン”で釘付けにした後、再びわかばは肉薄する。

 

 

 

「そう何度も——“地震”‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマは踏み込みにより大地を揺らす。向かってくるわかばにその破壊の波が押し寄せる。

 

 

 

「——“【雁烈弾(ガン・ショット)】”‼︎」

 

(また技で相殺する気か——⁉︎)

 

 

 

 だが今度は違った。わかばは技の指示を受けたにも関わらず、跳躍して“地震”を回避。

 

 その後空中で“装填”——両腕を振るってハリテヤマに浴びせる。受けたハリテヤマはダメージを隠せずに、この試合始まって以来初めて膝をつく。

 

 

 

「——ハリテヤマッ‼︎」

 

「《な、なんと……決死の攻めの成果がとうとう顔に出たかぁ‼︎——圧倒的な総合能力の差を見せつけていたハリテヤマがついに——ついに膝をついたぁ!!!》」

 

「よっしゃあぁぁぁ!なんか知らんがそのまま畳み掛けろッ‼︎」

 

「そのまま行って!ユウキくん!わかばッ‼︎」

 

「ユウキさん、頑張れッ!!!」

 

「「やっちゃえわかばぁーーー‼︎」」

 

 

 

 光明が見えてきた事で、応援の声も一層強くなる。

 

 ミツルたちだけじゃない。もうここまで頑張ったユウキとわかばに……勝って欲しい。そんな願いが込められた声援は、しっかりコートの二人にも届いていた。

 

 

 

(ありがとう……みんなッ!!!)

 

 

 

 ユウキは更に集中する。

 

 深く息を吸い込んで、わかばを見張る。

 

 その挙動、指先ひとつ、視線ひとつ見逃す気はない。

 

 そしてそれはわかばも同じ——。

 

 

 

「さっきから大雑把な指示で動きやがる……ここへ来て何が——」

 

 

 

 対峙するトウキにとって、ユウキたちの動きの変化は顕著だった。

 

 明らかに指示の内容がシンプルになった……。

 

 今までのユウキは状況を高速処理する事で、細かいながらも的確な指示をおこなっていた。

 

 それが今は技の発声とざっくりとした動きの指示のみ。しかしそれを受けたわかばは、指示が簡略化されているにも関わらず、独自の判断で細かい行動を決定している。

 

 それはバトルのレベルが上がるにつれて必要になってくる変化だった。高速化する戦闘中にあれやこれやと細かく指示を出すのが困難になっていくからだ。

 

 簡素になった指示から、いずれは細かく指示を出していた頃以上のパフォーマンスができるようにしていく必要がある。それを可能にするのは、事前にポケモンと打ち合わせをし、絶え間ない反復練習によって。

 

 だから、ユウキとわかばが今そうできるわけがなかった——プロでもないトレーナーが身につけられるレベルの技能ではない。

 

 

 

(こいつら……互いを信じきってやがる‼︎)

 

 

 

 それを可能にしたのは、わかばとユウキ——両者の意識が変わったからだ。

 

 わかばはユウキの熱意を受け取り、ユウキを信じ始めていた。一人でもがく自分に心から寄り添おうとしてくれたトレーナーの思いに触れて、自分の重荷を渡し始めていた。

 

 そして、ユウキに攻撃の選択権を委ねた。繰り出す技を任せるようになった事で、わかばはその分回避に集中できるようになった。

 

 

 

(今まで暴走気味だったあいつが急にこうも変わるのかよ……!いや、それよりヤバいのは——)

 

 

 

 トウキが戦慄したのはそのわかばに対して必要最低限の指示で戦っているユウキだった。

 

 ユウキは今まで、ポケモンの行動全てをコントロールする為に指示を具体的にしていた。自分の言葉をポケモンが理解するにはより多くの情報を与えなければいけないと考えていたからだ。

 

 しかし、わかばの理解力と経験から生まれる独自の判断を信頼した。わかばの回避能力を信頼した。必ず躱すと信じて、ユウキはその時最も有効に使える技を選択していた。

 

 しかしいくら状況の高速処理が可能となったとはいえ、作戦の一部をポケモン自身に任せ切れるものではない。それは人間側の論理的な思考が、感覚的な思考をもつポケモンに任せきれないから——トレーナーにとって余程の信頼をポケモンに置いてないとできない事だからだ。

 

 

 

(——それを長年培った経験でも、綿密に織り込まれた作戦でもない……ましてユウキさんの生まれ持つ才能でもない。それができるのはきっと……)

 

 

 

 ツツジはその時、昨日見た物を思い出していた。

 

 浜辺で膝を折るユウキと、ジム戦に向けて少しでも前向きになれるようにと声をかけたあの時。ふとユウキが落としたノートの一冊の中身を見てしまったあの時を……。

 

 

 

——………なんですの…これ…⁉︎

 

 

 

 そこに書かれていたのは……トレーニングの記録、結果、改善点、アフターケアなど……沢山の情報が書かれていた。

 

 いや——()()()()()()()()

 

 

 

——高い筆圧で書かれたページはところどころが破れ……。

 

——強く消しゴムをあてがったところは皺くちゃになって……。

 

——何かで滲んだページは酷く汚れていて……。

 

 

 

 書かれた情報量や質以上に読み取れたのは……悔しさ。

 

 

 

(ユウキさんはまだ若い……トレーナーとしての若さは、時に周囲に侮られる。本当はそんな事気にしなければいいのに……それでもユウキさんは“自分の弱さのために頑張る仲間が馬鹿にされる事”が死ぬほど悔しかったのですね……)

 

 

 

 その執念とも言える悔しさが生んだのが今日のゲームメイク。

 

 今日この会場でそれを知っているのは……おそらくツツジと戦っているトウキだけだった。

 

 高いバトルIQも、ポケモンの育て方も、固有独導能力(パーソナルスキル)も……そこから生まれた結果に過ぎない。

 

 誰もがユウキを才知溢れるトレーナーだと認めたかもしれない。

 

 でも——ツツジはそんな言葉で片付けたくなかった。

 

 自分に自信を持てなかった彼が、多くの人間たちに嘲笑されても努力をやめなかった事を知っている。

 

 怖い目に遭ってもその中で懸命に戦った彼を知っている。

 

 そして……多くのストレスに押し込められて滲んだのがあのノートに溢れていたのを知っている。

 

 

 

(そんなあなただから……わかばさんを振り向かせられたのですわ……!)

 

 

 

 これは奇跡でもなんでもない。

 

 ご都合主義の感動物語ではない。

 

 

 

——あなたがわかばさんを信じられるのは……。

 

——わかばさんがあなたを信じられるのは……。

 

 

 

 二人がどこまでも、悔しさを知っていたから出せた“答え”だから。どこまでも現実が非情なら、それを壊さんと扉を叩き続けた二人の目が合ったから。

 

 今は初めて……二人は本当の“相棒”になれたのだから……。

 

 

 

——ズバァァァァァン‼︎

 

 

 

「《——“居合斬り”炸裂ぅ‼︎緑の太刀筋がハリテヤマに襲いかかるぅーーー!!!》」

 

 

 

 わかばとユウキが見せる高速の掛け合いに、強力な一撃が入るたびに観客たちは声を上げる。

 

 最高のパフォーマンスに湧き上がる。

 

 熱を帯びた観客の多くが、ユウキを応援していた。

 

 新たな光の誕生を願って——

 

 

 

「——それでも、まだ足りねぇ!!!」

 

 

 

 全てを知っているのはトウキも同じだった。

 

 このまま二人が勝ち、大手を振って夢に駆けていけるなら、応援してやりたいとも思っているトウキ。

 

 だが、現実の象徴として立ち塞がる自分は、どこまでも冷徹に力を振るわねばならない。加減ができないトウキは、己の中にある矛盾と戦いながら……ついに最後の策に出る。

 

 

 

——固有独導能力(パーソナル・スキル)発動。

 

 

 

——“稑醒の波濤(ゼクストリーム)

 

 

 

 その瞬間、トウキとハリテヤマは互いの五感——いや、“六感”が研ぎ澄まされる。

 

 その中でも一際真価を見せるのが“第六感”。

 

 トウキがこのバトル中に研いできた鋭利な“勘”が今、ハリテヤマへと送信される。

 

 

 

(この能力(スキル)の前じゃどんな速さも意味を無さねぇ!次に突っ込んでくる時……強烈な反撃を喰らわせて終わりだ——‼︎)

 

 

 

 この状態のトウキに死角はない。

 

 五感全てが強力なセンサーを張り巡らせ、それらを掻い潜ったとしても“第六感”は全てを察知する。

 

 それは誰にも説明できない。

 

 理解すらされないトウキだけの感覚。

 

 絶対不可侵の領域が生む迫力は、その能力の存在を知らないユウキでも肌で感じた。

 

 

 

(——このまま攻めるとヤバい……⁉︎でも……それでも俺は…………俺たちは……!!!)

 

 

 

 

 既にユウキも無自覚で発動した能力の疲労がピークに来ていた。

 

 鮮明だった意識にモヤがかかり、目が霞む。

 

 わかばも高速戦闘の疲労と蓄積されたダメージがいつ牙を剥くかわからない。

 

 すなわちここで退くことは許されなかった。

 

 

 

(わかば……俺はお前を信じてる……!だから——)

 

 

 

 縋ったわけじゃない。

 

 ただ、ユウキは最後に決めてくれると信じていた。

 

 現実がどれだけ非情だろうと……。

 

 どれだけトウキが強かろうと……。

 

 

 

「——行ってこい……わかば……!」

 

 

 

 ユウキはそう呟き、言の葉がわかばの背を押す。

 

 それをしっかりと聞いたわかばは、弾けるように前へと踏み出す。

 

 

 

 

 その時——わかばは何かを脱ぎ捨てたように感じた。

 

 

 

 誰もがその疾走に目を見張る。

 

 

 

 全身が輝くキモリ(わかば)の姿を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキンッ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時……現実(とびら)が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

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その瞬間だけは、誰もが息を呑む——。



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第77話 疾走(はし)る剣


これで、おわり。




 

 

 

 ——試合前に電話をした。

 

 

 

「——久しぶりねユウキ……」

 

 

 

 電話の相手は母さんだった。

 

 今日に至るまでロクな連絡ひとつしていなかったが、この大一番に望む前に、話しておきたかった。

 

 

 

「急にどうしたの?」

 

「うん……俺、これからジム戦なんだ」

 

「あら〜。随分頑張ってるみたいね……頑張んなさい♪」

 

 

 

 いつもの調子の母に、少しだけ張り詰めていた気持ちを解いてもらえた気がした。

 

 それでも、あまり気は進まないが、伝えたいことを口にする。

 

 

 

「うん……でも、これに負けたら俺……ミシロに帰るよ」

 

「……そうなの」

 

 

 

 母さんは俺に何も聞かなかった。

 

 母さんが俺の事情を知ってるとは思えない。

 

 それでも俺の真剣な声色が電話越しに伝わったのか、何も聞かずに黙っていた。

 

 

 

「……そういえば、お父さん帰ってきたわよ」

 

「え……親父が?」

 

 

 

 それは俺がトウカジムを出てすぐの事だったらしい。確かに一度帰るようなことを言っていた気がするが、あの仕事人間がジムを開けるなんて意外だった。

 

 

 

「お父さん、帰ってくるなりあんたの話ばっかりしてたわよ。あんたと……わかばの話をね」

 

「……そうなんだ」

 

「随分カッコいいこと言って飛び出したらしいじゃない?」

 

「〜〜〜!いや、あれは……」

 

 

 

 トウカジムにせっかく迎え入れてくれたのに、俺は自分の気持ちを優先して出て行った。親父はあの時は何も言わなかったけど、今思えば引き留めたかったのかもしれない。

 

 家族よりも仕事を優先した親父だけど、今の俺にはもう何も言えないと思った。

 

 悪いことしたな……。

 

 

 

「お父さん、嬉しそうだったわよ」

 

「……なんで?」

 

 

 

 それは意外な報告だった。

 

 てっきり自分の手元から離れるように出て行った俺への愚痴でも言いに行ったんじゃないかとさえ思っていたのに。

 

 

 

「——『自分で決めてやりたい事をしている』ってね。親ってのは、子供に好きなことして生きて欲しいって思うものなのよ……」

 

 

 

 それは理屈抜きで……と母は語る。

 

 過酷な道だとか、見通しが甘いとか、そう言った事を思わなくはないけど、子供がしたい事を見つけたという事実がこの上なく嬉しいと言う。

 

 

 

「あんたがトレーナーになりたがらないのは自分のせいだってずっとあの人は自分を責めてたから……そのあんたがトレーナーになって——大きな事に挑戦したいだなんて言い出すなんて……私も驚いたわ」

 

「……身の丈には合ってないけど」

 

「それでも……背伸びをしてるうちに、人は大きく伸びるのよ——だから、がんばんなさい」

 

 

 

 母さんの声に不安はなかった。

 

 この後控える大勝負のことを理解はしていないかもしれないけど、ただ手放しに応援してくれたのは心強かった。

 

 

 

「後これは余計なお世話かも知れないけど——」

 

 

 

 母さんが続ける。

 

 

 

——自分が納得できるまで、探し続けるんでしょ?

 

 

 

 いつか……——

 

 大見栄きって言った俺のセリフ。

 

 その言葉通りに生きられるかどうかを決めたのは……この少し後の事だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——まるで宝石の煌めきだった。

 

 前傾で駆け抜けるわかばの肉体が緑色の光に包まれる。その光が尾を引いて、わかばの疾走(はしっ)た軌跡を彩る。彗星がコートに伸び、やがてその先端から突き抜けて現れる存在を見て、その場の全員が息を呑んだ。

 

 小柄だった体は長く伸び、綺麗な流線形を帯びる。幼さを残していた瞳孔が鋭さを増し、頭には一筋のトサカが風になびいてはためく。

 

 細く伸びた手はまるで“剣”——。

 

 踏み締める逞しい脚は地面を抉るように蹴る。

 

 

 

 どこまで努力してもダメだった……。

 

 誰にもどうにもできなかったわかばに、遅れてやってきた兆し。

 

 

 

——進化したジュプトル(わかば)は、己を超えて尚、疾走り続けた。

 

 

 

「《大!大!大!大!大どんでん返しィィィ!!!互いの死力を賭し、火花散る戦場に!戦いの中での進化するポケモン‼︎このバトルは、最早誰にも予測不能だァァァ!!!、》」

 

 

 

 

 その光景に、オーディエンスは腹の底から叫んだ。

 

 

 

——ワァアアアアアアアア!!!

 

 

 

「わかば…………ッ‼︎」

 

 

 

 遂に……己の殻を破ったジュプトル(わかば)

 

 その背中に感極まるユウキ。

 

 本当は今すぐ彼の元に駆け寄りたい。

 

 抱きしめて、よくやったと褒めてやりたい。

 

 

 

 ——でも、少しだけそれはお預けだ。

 

 

 

「——ッわかばァァァ!!!」

 

 

 

 涙ぐむユウキは吠える。その想いが、進化したわかばを更に強く後押しする。

 

 

 

——“電光石火”ッ‼︎

 

 

 

 その瞬間、わかばの足元の土が爆散する。長い体がさらに伸び、瞬間的に加速したわかばは衝撃波は生み出しながらハリテヤマに突撃する。

 

 

 

「——マジかよ」

 

 

 

 直前までトウキは固有独導能力(パーソナル・スキル)——“稑醒の波濤(ゼクストリーム)”によって敵への反応能力が全て向上していた。それは例え初見の技であっても容易く対応できてしまうほどの能力上昇。

 

 しかし、わかばの進化——それによって生じたわかばの速度は、それを上回っていた。

 

 

 

——バチィィィ‼︎

 

 

 

 ハリテヤマが攻撃された事に気付いたのは、わかばが接触し、後方へと駆け抜けていった後。目を見開き、今見た事が信じられないと言った面持ちだった。

 

 

 

「《な——なんという速さ‼︎あのトウキ選手のハリテヤマが、一歩も動けませんッ‼︎》」

 

 

 

 わかばは通り過ぎてその勢いを止める。

 

 そして、やっと自分の変化に気付いた。

 

 

 

——シュルル……?

 

 

 

 自分の見慣れない手を眺め、呆然とする。何が起こったのか、自分でもわからないほどに。

 

 今ユウキの指示に反射的に答えた時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に。

 

 

 

「——!そうか……いきなり進化なんかしたから、制御ができないのか!」

 

 

 

 ユウキは進化に喜んだが、すぐに現状を分析し直す。

 

 確かにここへきてのステータスアップは大きい。今の速さを鑑みても、ハリテヤマには充分脅威になり得る。

 

 だが、その分慣れない体では、今までのように器用な事はできない可能性が高い。それにわかば自身、変化した自分への戸惑いも大きい筈だ。

 

 そして、これまで蓄積したダメージと疲労がなくなった訳じゃない。

 

 

 

「ハリテヤマ!——“地震”‼︎」

 

 

 

 トウキが立ち止まったわかばに攻撃を加えさせる。まだわかばは戸惑いの色を示していた。とにかく今は意識を戻させなければ——

 

 

 

「わかば!“電光石火”だ‼︎」

 

 

 

 ユウキは回避をさせる。それを受けたわかばは、ハリテヤマの“地震”圏内から脱出する。

 

 

 

「チィッ!あんな後出しの技で逃げ切れるのかよ……!なんて敏捷性(アジリティ)‼︎」

 

 

 

 “地震”から逃れたわかばの能力に舌を巻くトウキ。そうしてユウキの元まで戻ってきたわかばは、未だに自分の変化を理解していない様子だった。

 

 その瞳はユウキへと注がれる。

 

 ユウキはそれを受け止めて、わかばに言う。

 

 

 

「おめでとう。お前は進化したんだ……お前は、これから強くなっていける——強くなっていいんだ……!」

 

 

 

 もう伸び代がないだなんて……誰にも言わせない。

 

 わかばは強くなる。

 

 過去は過ぎ去った。

 

 未来は開かれた。

 

 その事実を、わかばは今やっと受け止めた。

 

 そして大きく、息を吸い込んだ。

 

 

 

——ルロォォォオオオ!!!

 

 

 

 それは歓喜の叫び。まるで産声だった。

 

 耐えて耐えて耐えて……耐え続けたわかばが得たものに歓喜する。

 

 もうありはしないと諦めかけていた……わかばの欲しかったものだった。

 

 

 

「……カハッ!」

 

 

 

 その対岸で、トウキも笑う。

 

 

 

(信じられねぇ……あのイップスをバトル中に克服しちまったのかよ……そんでなんだ?俺の奥の手よりも更に速いだ?……どこまでもお前らは——)

 

 

 

 トウキの肩は震える。

 

 彼らを見守り、育て、対峙するにまで至った男の中に渦巻くのは、言葉では説明できないものだった。

 

 そしてたった一言だけ、トウキは気持ちを吐露する。

 

 

 

「——最高だな……お前らッ!!!」

 

 

 

 その瞬間、今までとは比較にならない闘志が彼から溢れ出す。その気迫は、喜ぶユウキとわかばにもビジビシと伝わった。 

 

 

 

「わかば……向こうも本気らしい」

 

 

 

 同じ事を感じていたわかばは、こくりと頷く。トウキの想いが、ここまではっきりと伝わってきていた。

 

 

 

 ——ここからは全力だ、と。

 

 

 

 

 

「——ここからの決着は早いぜ」

 

 

 

 ヒデキが呟く。その一言に、皆が同意する。

 

 

 

「ええ……ユウキくんは高い状況判断力。わかばはあの瞬発力。その両方を掛け合わせて、手のつけられない速度からハリテヤマを仕留めにいく筈……!」

 

 

 

 ヒトミはユウキの方を見ながら言う。そしてミツルはトウキの方を見て続きを話す。

 

 

 

「——トウキさんはここまで見せた勘の良さ。ハリテヤマは攻防優れた身体能力を武器に反撃を狙っている……捕まればそこで試合が決まる……!」

 

 

 

 さらにハギ老人が付け加える。

 

 

 

「そして双方、相手を仕留め切るための高火力技を持ち、それほど余力は残しとらん……次動けば、決着がつくまで止まらんじゃろう」

 

 

 

 そしてツシマが自信を込めて言い放つのだ。

 

 

 

「それでも……きっと勝ちますよ。ユウキくんは……!」

 

 

 

 張り詰めた緊張は伝播し、この試合の始終を残そうとしているジャーナリストたちにも影響を及ぼしていた。

 

 

 

「ダイ……カメラのバッテリー大丈夫よね?」

 

「うっす……!今さっき交換しときました……」

 

「うぅ……つ、次で決まるっすね……」

 

 

 

 独特の緊張感の中、取材陣もタイキも……他の観客も息を呑んで見守る。

 

 ポケモンという刀を抜刀寸前の侍が、集中している——。

 

 互いはもう手の内をほぼ全て出した。

 

 勝負の行方は、ラストアタックに委ねられた……。

 

 

 

 

 

(——本当にしょうがない人ですわね)

 

 

 

 解説席からトウキの様子に呆れるツツジ。付き合いの長い彼女には彼の頭の中が、透けてみえるようだった。

 

 

 

(これまでだって決して手を抜いていた訳ではないんでしょうけど……)

 

 

 

 トウキはそれでも、ユウキたちへの情が強く心に残っていた。だから心のどこかで自分を打ち負かし、夢に向かって突き進んで欲しいと願っていた。しかしだからこそ、己を律し、最後まで手を抜かないと決め込んで、ついに固有独導能力(パーソナル・スキル)まで発動したトウキ。

 

 一見すれば、それは全力を出しているように見えた。それでも、そのどれもがトウキにとっては“枷”となって心にぶら下がっていた。

 

 

 

(わかばさんが出てくる前の顔……あれはジムリーダーのものでも、ユウキさんの師のものでもない。ただ純粋に強敵との戦いを楽しむ、無邪気なトレーナーのそれでしたわ)

 

 

 

 トウキは良くも悪くも、嘘がつけない。ユウキとわかばに対して抱いていたのは、気遣いでも同情でもない。

 

 

 

——“ライバルに勝ちたい”というただそれだけの気持ちだった。

 

 

 

(“進化できないキモリ”という前提が解かれた以上、もう手加減する気はないですわね。あなたは、楽しいって気持ちでしか本気になれませんもの……)

 

 

 

 そう思ったツツジもまた、嬉しそうだった。クスリと微笑み、再び両トレーナーの舞台を見守る。

 

 

 

(今日は存分に楽しみなさい……!トウキ……そして、ユウキさん!)

 

 

 

 

 

 

 

——こんな試合……何度できるのだろう。

 

——こんな緊張感……何度味わえるのだろう。

 

 

 

——もっと……やってたいな……。

 

 

 

 ユウキは少しだけ惜しくなった。

 

 今日という日は、すごく辛かったはずなのに……それが少し報われただけで、その辛さを忘れてしまうほどに。

 

 でもきっと、またこんなバトルに出会える。

 

 ユウキはそう結論づけて、微かに笑う。

 

 

 

——今日を勝ち、歩き出すから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——“電光石火”ッ!!!

 

 

 

 わかばは疾走る。

 

 今日一番の速度で——!

 

 

 

——“突っ張り”ッ!!!

 

 

 

 一本の矢のように突撃してくるわかばを迎撃するために、ハリテヤマは張り手を突き出す。

 

 

 

——バチィィィッ‼︎

 

 

 

 張り手は空を切り、ハリテヤマの脚にわかばの手刀が入る。

 

 

 

——グォッ⁉︎

 

 

 

「怯むな!——“地震”ッ‼︎」

 

 

 

 通り過ぎたわかばに向かって踏み込み、大地を揺らす。

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 

 ユウキの声にわかばは応える。具体的に何か言わなくても、わかばは独自の判断で“地震”から逃れる。

 

 

 

「——なら!“突っ張り【押津波(オシツナミ)】”‼︎」

 

 

 

 ハリテヤマはその場で張り手を連打する。空を切った前方に、【押波(オシナミ)】でできる掌打壁が出現し、発射される。

 

 

 

 それが、()()()()()()——!

 

 

 

——ルロォッ‼︎

 

 

 

「《“突っ張り”の派生技が何度もキモリ——もといジュプトルを飲み込まんとする‼︎その光景、まさに嵐の海が生む津波の如しィィィ!!!》」

 

 

 

 破壊の波がわかばに襲いかかるが、わかばはそれよりも速く動き、決して捕まる事はない。

 

 

 

「——電光石火ッ‼︎」

 

 

 

 再びの加速でハリテヤマに取り付く。【押津波】を躱しきり、わかばの手刀が連続で叩きつけられる。

 

 

 

「——それじゃそいつは倒れねぇよッ‼︎」

 

 

 

 今度のハリテヤマの反応は速かった。ハリテヤマも自分の判断で“地震”を繰り出し、わかばを吹き飛ばす。

 

 

 

——ッ〜〜〜‼︎

 

 

 

「《今度の“地震”からは逃れられない‼︎草タイプのジュプトルには効果が薄い地面技だが——》」

 

「わかばッ!!!」

 

 

 

 ユウキは吹き飛ばされたわかばを呼ぶ。その声に一瞬意識を失いかけたわかばが目を覚まし、すぐさま宙で体勢を立て直す。

 

 

 

「独断でも動くのか——やっぱ無茶苦茶だろあの人たち!」

 

 

 

 育てたトレーナーにポケモンは似ると言うが、やはり同じ攻めは危険だとユウキは感じた。

 

 

 

(今の反撃……明らかに今まで以上に当て勘が良くなっていると見ていい。しかも“電光石火”では大したダメージにはなっていない……!)

 

 

 

 

 迂闊に突っ込めば捕まり、かと言って最速で走り抜ける“電光石火”は決め手にかける。

 

 

 

(——とくりゃあ、当然次に狙ってくるのは“居合斬り”だよなぁ?)

 

 

 

 トウキはユウキ側の切り札を読んでいた。

 

 

 

(キモリの時であの威力……今は当たれば、ハリテヤマでもKOされかねねぇ……だが!)

 

(——“居合斬り”はタメが長すぎる!有効射程もそう長くはない……もう奇襲も使えない!)

 

 

 

 先ほど当てられたのは技を初めて見せた事と背後からの奇襲が成功したからだ。でも今のトウキのアンテナは誤魔化せない。だが、“居合斬り”でなければハリテヤマは倒れない。

 

 

 

(ちまちま攻撃してりゃ動き回ってる分、ジュプトルの方が先に堕ちる!——どうするよユウキッ‼︎)

 

(——信じるしか……わかばの力を!)

 

 

 

 

 決定打はバレている。だがそれでも、わかばならできると信じて——叫ぶ。

 

 

 

「——“電光石火”ッ‼︎」

 

 

 

 わかばが大きく息を吸い込む。

 

 既にスタミナは底をつき、限界を超えて機動していた。

 

 それを見て、トウキもハリテヤマも、これが最後の攻撃になると予感した。

 

 

 

「来るぞハリテヤマッ‼︎気合いいれろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

——グォオオオオオ!!!

 

 

 

 両の手のひらを打合せ、待ち構えるハリテヤマ。そして覚悟が決まったわかばが——

 

 

 

——ルロォッ!!!!!!!

 

 

 

「《ジュプトル最後の特攻——いやこれは⁉︎》」

 

 

 

 実況が叫んだ瞬間、わかばの進行方向がハリテヤマに向いていない事に気がついた。

 

 

 

「《なんだぁぁぁハリテヤマの周りを大きく旋回し始めたぁぁぁ⁉︎》」

 

 

 

「——そう言うことかよ……‼︎」

 

 

 

 

 ユウキの思惑を理解したのはトウキ。

 

 これは難しいことをしているわけではない。

 

 ただ、欲しかったのは“勢い”。

 

 

 

「——“居合斬り”は脱力から瞬時に力むことで生まれる落差を利用した斬撃。そのパワーを限界まで加速させた自身の突進で強引に代用しようとしとるのか……⁉︎」

 

 

 

 “居合斬り”の師が出した仮説は当たっていた。

 

 これは進化したわかばだから出来ること。

 

 MAXスピードが音速に迫るわかばだからこそできる奥の手だ。

 

 

 

(面白ぇ——受けて立つぜッ‼︎)

 

 

 

 

 トウキはそれでも笑う。こうでなくては面白くないと滾る。

 

 

 

「行け——わかばッ!!!」

 

「お願い!これで決めてッ!!!」

 

「「がんばれわかばぁぁぁ!!!」」

 

「決めちゃえアニキィィィ!!!」

 

「来る——来ますよマリさん!!!」

 

「………ッ!!!」

 

 

 

 会場が激闘の幕引きとなる一撃に蒸気を上げる。声が枯れるまで叫ぶ。だが、ユウキにはもうそれらが聞こえなくなってきていた。

 

 

 

——シュタタタタタ……‼︎

 

 

 

 トウキとハリテヤマにも、もうわかばシルエットが霞むくらいにしか見えない。さらに一歩踏むこむごとに加速。わかばの肉体が悲鳴を上げるが、勝利を目の前にして泣き言など出るはずがなかった。

 

 そしてユウキはさらに深く集中する……——

 

 

 

——周りの歓声が遠のき、視界から色が褪せていく。コートに引かれたラインと、トウキとハリテヤマの輪郭だけがはっきり見え、旋回するわかばをスローモーションにしていく。

 

 ユウキだけが入れる不可侵の領域。固有独導能力(パーソナルスキル)の中で、ユウキは完全にバトルの全てを掌握した。

 

 

 

 そしてついに……わかばのスピードが臨界へと達する……!

 

 

 

「——“居合【葉刃斬(ハバキリ)】”ッ!!!」

 

 

 

 わかばがピタリと自分の前に来た時、その技が叫ばれる。周囲を回っていた軌道を踏み込んで無理やりハリテヤマに向ける。

 

 しかし——

 

 

 

「——ドンピシャッ‼︎」

 

 

 

 トウキは読み切っていた。わかばの来るタイミングに合わせて、ハリテヤマは既に技の構えをとっていた。

 

 

 

「——“突っ張り【叩波(タタンバ)】”ァァァ!!!」

 

 

 

 両の張り手に全体重が乗った一撃。すでにわかばは制御不能の速度でハリテヤマに向かっている。

 

 直撃は……避けられない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ずっと……ずっと考えていた。

 

 

 

 ユウキは、誰にでもなく告白する。

 

 

 

——わかば……お前は俺と一緒にいてよかったのか……って。

 

 

 

——お前が辛い時にすぐに気づいてやれないし、俺自身そんなに器用に面倒見てやれないし……。

 

 

 

——でも俺は言えるよ。

 

 

 

——お前と旅に出られたこと……よかったって。

 

 

 

——進化した時、本当に報われたのは……俺だった。

 

 

 

——もうこれ以上ないってくらい嬉しかった……。

 

 

 

——でも……欲張りなんだよな……俺も……

 

 

 

——だから……疾走(はし)ってくれ、わかば。

 

 

 

——報われて終わりじゃない……そんな未来に向けて……——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疾走(はし)れぇぇぇ!!!」

 

 

 

 限界まで加速したわかばは……もう一歩。

 

 

 

 力強く地を蹴る——!!!

 

 

 

——ルラァ゛ッ!!!

 

 

 

 その一歩がハリテヤマの目測よりも速く、わかばの体を目的地へと運んだ。

 

 

 そしてハリテヤマの懐から、足から伝わる膨大なエネルギーを——

 

 

 

——……ァアッ!

 

 

 

 体の中心から“進緑”の力も乗せ——

 

 

 

——ァアァ……ッ‼︎

 

 

 

 しならせた腕がその力を支え——

 

 

 

——ァァァアアア……!!!

 

 

 

 腕に生えた葉が、輝きを帯びて一振りの剣と化す。

 

 

 

 それを狙っていた訳ではない。

 

 幾千、幾万とふるい続けた刃が起こした偶然だった。

 

 その一振りは、ジュプトルへの贈り物(ギフト)……。

 

 

 

 翡翠色に輝く軌跡が——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今閃く——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ァァアァァアァァアアアアア(リーフブレード)!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一太刀は、ハリテヤマの屈強な胸を斬り裂く。

 

 その一撃に、誰もが息を呑む。

 

 

 

 誰もが“それ”を確信したから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ハリテヤマ、戦闘不能ッ!!!」

 

 

 

 旗が上がる。

 

 

 

「ジュプトルの勝ちッ‼︎よって勝者……——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——勝者。ミシロタウンのユウキ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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決着——!!!




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第78話 勝利を噛み締めて


2日インターバル貰って執筆。
夏が終わりましたね……ってまだ暑いやんけ
(΄◉◞౪◟◉`)





 

 

 

 ——ムロジムのコートは、この島で一番の賑わいを見せていた……。

 

 

 

「《決着ぅぅぅ!!!——接戦に次ぐ接戦‼︎——熱闘に次ぐ熱闘‼︎——そして奇跡の進化を果たし、ドラマを生み続け、遂にこの激闘を制したのは——》」

 

 

 

 

 

 

 

 

——ミシロタウンのユウキィィィ!!!

 

 

 

——ワァァァアアアアア!!!

 

 

 

 その試合は、ここで見守る全ての観客を虜にした。圧倒的な力を見せたトウキと、それに応え続け、戦いの中で成長したユウキ。

 

 二人のトレーナーに、割れんばかりの拍手喝采が贈られた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わった……?」

 

 

 

 気付けば全身汗にまみれ、あれほど熱かった身体が急激に冷まされていく。心臓の音がうるさくて、耳に届いていたのはドクドクと流れる自分の血の音。眩しいほどにコートを照らすライトのせいか、目を開けていられない。

 

 いや……開けてられないのは、この倦怠感のせいかもしれない。

 

 滲む視界の奥から、緑色の存在がこちらにヨタヨタと近寄ってくる。

 

 ああ……そうだ。

 

 俺は……俺たちは……——

 

 

 

「あ……れ………?……力……はいらな……」

 

 

 

 いつかの森で、似たような感覚に襲われたのを思い出す。緊張の糸が切れ、気持ちと体がチグハグになる感覚。

 

 どこか遠くで音がしている気がするが、俺にはそれが何の音なのか判別できない。

 

 視界もやたら不明瞭で、ボヤけて……。

 

 もう何をしていたのかも、わからなくて……——

 

 

 

「——ユウキさん!!!」

 

 

 

 ハッとしてその音が耳に届いた時だった。

 

 ——大きな影が覆いかぶさってきた。

 

 

 

——バタバタバタバタッ‼︎

 

 

 

「ぐぇ」

 

 

 

 我ながら、もう少し聞こえの良いリアクションをあげたかった。

 

 俺とジュプトル(わかば)。2人の上に大きな影がのしかかってきた。

 

 

 

「ユウキィ!よくやったぜオイ!!!」

 

「わかばも!凄かったよわよホント!!!」

 

「ふたりともさいごずっとかっこよかったです!!!」

 

「ユウキくんユウキくんゆうぎぐん゛〜〜〜!!!」

 

 

 

 4名の観客が俺らの上に着陸した。しかもやたら聞き覚えのある連中のが。

 

 そいつらが試合終了直後に、おそらく客席からコートに飛び込んできたのだろう事は推察するまでもなかった。

 

 

 

「ひ、ヒデキ⁉︎ヒトミにユリちゃんに……ツシマさんも——てか重っ‼︎」

 

「あ?なんだ、今頃気づいたのかよ‼︎この薄情モンがぁ!!!」

 

「いだだだだ!今はヘッドロックはマジでヤメ——死ぬッ‼︎」

 

「ずっとずっとずぅーっと応援してたんだからねこっちは!相変わらず危なっかしいバトルばっかりして!!!」

 

「みんなすごくつよくなっででぇー……ほんどにぶろになれだんだぁー‼︎」

 

「ごめんユリちゃん。なんて?」

 

「ゆうギ○×△□々〒=><×÷°¥*☆!!!!!!!」

 

「おい1人溺れるぞ!!!」

 

 

 

 懐かしのトウカ組+αに抱き潰され、俺の試合を見に来てくれた事に気が付いた。それぞれが感動の意を伝えようと懸命に喋るが、あまりに感極まった奴らは何を言ってるのかすらわからない有様だった。

 

 にしても……わざわざムロまで来るとは思っていなかったが、一人だけこの中にいない人物の事が頭をよぎる。

 

 多分……きっとそいつの根回しだろう。

 

 

 

「ユウキさん……」

 

「ミツル……」

 

 

 

 もみくちゃにされていた俺は解放され、この応援団を引き連れてきてくれたミツルと向き合う。

 

 

 

「……まぁ、その……なんだろ…………応援して……くれたんだよな……?」

 

 

 

 今は何故か言葉が出てこない。

 

 正直試合が終わったという事実を受け止められない。

 

 こうしてみんなに囲まれていても、どこかあの試合に現実味を帯びてないというか……夢見心地とはこの事を言うのだろうか。

 

 2本の足ではもう自分の体を支えられない。

 

 力が抜けて、前のめりに倒れそうに——

 

 

 

——ガッ。

 

 

 

 俺の体を抱いたのは、今日ずっと俺と戦ってくれたわかば。大きくなったその体で、倒れそうな俺を支えてくれた。

 

 試合中には近くで見る事ができなかったけど……。

 

 本当に大きくなったんだな……おまえ。

 

 

 

「ユウキさん……わかば……」

 

 

 

 震える唇でミツルは話す。

 

 ひと月前に俺に未来を示し、激励をしてくれた俺の親友。

 

 今ならわかる。

 

 あの時の俺がそうだったように。

 

 俺の勝利を喜ぶこいつの気持ちが。

 

 

 

「——おめでとうございます……!」

 

 

 

 その一言で、俺の思考ははっきりと、ジム戦に勝った事を自覚した。

 

 あの苦しかった試合を。

 

 あの強かったトウキさんを。

 

 あの先行きが不安でしかなかった戦いを。

 

 

 

 俺たちは……制したという事を。

 

 

 

——ワァァァアアアアア!!!

 

 

 

 ずっと遠くで聞こえていた歓声が、その瞬間に耳に届く。コートを眺めていた全員が、俺たちに拍手と歓声を送っていた。

 

 

 

「熱い試合だったぞぉぉぉ!!!」「絶対プロリーグ出ろよぉぉぉ!!!」「俺感動しちゃった!!!これから頑張れぇぇぇ!!!」

 

 

 

 誰もがそんな言葉で祝福してくれた。

 

 俺とわかば……チャマメとアカカブの試合も含めて、たくさんの賛美を贈ってくれた。

 

 そしてそれは、対戦相手からも——

 

 

 

「はぁ……まさか一番乗ってた俺たちにも勝っちまうとはな」

 

「トウキさん……」

 

 

 

 気付けばトウキさんが、倒れたハリテヤマを手持ちに戻して近寄ってきていた。

 

 その顔は負けたトレーナーというにはあまりにも清々しい顔で……心の底から爽やかさを感じさせるような笑顔だった。

 

 

 

「あの……おれ…………」

 

 

 

 俺が……わかばが勝てたのは、本当はトウキさんのお陰だと言いたかった。

 

 この2ヶ月。一切の手抜き無く俺たちを育ててくれたこの人には、感謝してもし切れない。

 

 この戦いを用意してくれなければ、わかばはきっと進化には至らなかった。

 

 夢を目指していいと……この人に出会わなければ、きっと思えなかった。

 

 

 

「かぁ〜〜〜!またつまんねぇこと考えてるだろお前‼︎」

 

「えッ⁉︎」

 

「どうせ『勝てたのはトウキさんのお陰ー』とかずれた事思ってんだろ?バカ言うな」

 

「いや!だって本当に——」

 

 

 

 感謝しなきゃ、俺の気が収まらない。それを伝えようと声を出そうとする。

 

 俺が俺自身の力で勝ち取ったとは、この体たらくで言えなかった。自分の足で立てない程……戦ったポケモンに支えられなきゃやってられないほどに、等身大の情けない自分が、そこにはあったから……。

 

 

 

「——胸を張れ」

 

 

 

 トウキさんは、空いていた俺の肩に手を乗せて言う。

 

 

 

「ここにいる誰も……お前がマグレで勝ったなんて思ってねぇよ。お前が本気で鍛えて、本気で挑んで……本気の想いを乗せてきたからこそ、ここにいる連中は感動したんだ——俺とお前が、そうさせたんだ……!」

 

 

 

 そういう試合だったんだと、トウキさんは言う。

 

 

 

「お前は、そういうトレーナーになれたんだ。人を熱くさせるような……誰かを夢中にさせるようなバトルができるトレーナーにな」

 

「……でも、だとしたらそれは、やっぱりトウキさんのおかげです」

 

 

 

 俺はまた俯いてしまう。

 

 今日ほどの試合ができたのは、トウキさんが相手だったからだ。どこまでも嘘がなくて、純粋で、強くて、いつも全力でぶつかってくれるこの人が相手だったから……。

 

 俺はどこか、もうこんな試合はできないんじゃないかとさえ思っていた。

 

 

 

「——じゃあまたやろうぜ。今度はこんな島のコートじゃない……ホウエン中を魅了する大舞台で……!」

 

「……!」

 

 

 

 それは、『約束』だった。

 

 ハルカとかわしたものとも、ミツルと交わしたものとも、違ってはいるけれど。

 

 そのどれとも重なる大きな夢。

 

 こんな凄い人と……またできる。

 

 

 

——ポタ……ポタ…………。

 

 

 

 俺は、泣いていた。

 

 恥も外聞もなく……ただ泣いていた。

 

 

 

「おれ……おれは…………」

 

 

 

 ただ嬉しかった。

 

 頑張ってきてよかった。

 

 苦しくても、辛くても、諦めなくてよかった。

 

 ポケモンに出会えた事を、今はこんなにもよかったと思う。

 

 旅に出られた事を、今日ほど感謝した事はない。

 

 周りにも、ポケモンにも、自分にも……。

 

 まるで生まれ変わったようなこの喜びの中で、俺は泣いていた。

 

 

 

「……ぅ……ぅぁぁ………ぁぁぁあああ!!

!」

 

 

 

 込み上げてくる感情は、なんの抵抗もなく外に出て行く。

 

 本当には応援してくれた人たちに応えたかったけれど……。

 

 それができるほど……とても見せられる顔じゃなかったから……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——良い試合でしたわね」

 

 

 

 人気のない選手用の控え室に、ツツジとトウキはいた。トウキは全身の汗を拭うために、シャツを脱いでタオルで拭き取っていたところだった。

 

 

 

「おめぇ……一応男の控え室だからなここ」

 

「私とあなたの間柄ではありませんか」

 

「几帳面なくせにこういうとこはホント雑だよな?俺が言う事じゃねぇけど、気をつけろよマジで……」

 

 

 

 ツツジの貞操観念に危機感を覚えるが、言われた本人は首を傾げるばかり。まぁ幼馴染相手に今更恥ずかしがることもないが……と、無理やり納得するトウキだった。

 

 

 

「……惜しかったですわね。最後の攻撃は」

 

「へっ……負けは負けだ」

 

「あなたには珍しく、ジムリーダーとしての責務を完遂できたのではありませんか?」

 

 

 

 プロを目指すトレーナーを試す壁。トウキのなりたかったジムリーダー像が、今日この日にはあったとツツジは告げる。

 

 それを聞いて、自嘲するように笑うトウキ。

 

 

 

「……やっぱり俺はジムリーダーには向いてねぇよ。お前の見立ては、やっぱ間違ってたと思うぜ?」

 

 

 

 トウキをジムリーダーに推薦したのは彼女だ。その彼女がどういう思惑でそうしたのかはわからないが、ホウエンのトレーナーを育てるという観点から言えば、自分はやはり不適当だと感じていた。

 

 

 

「この仕事も楽しくはある……やりがいも……好きなことして生きていけるのは、まあ幸せなんだろうけどな」

 

「そうですわね……」

 

「それでも俺は『自分が楽しい』なら、やっぱそれで満足しちまうんだよ」

 

 

 

 人に厳しくするのは、結局手加減ができないだけ。人に寄り添おうとするのは、そのトレーナーが面白いものを見せてくれるという期待から。壁として立ちはだかっても……——

 

 

 

「——俺は、()()()が進化できたら、負けてやるべきだった……。重過ぎる課題を乗り越えたあいつらが、最後の最後で負けたんじゃ、努力は無駄なんだと思わせちまう事だってあるってのにな……」

 

 

 

 もちろん加減されて喜ぶトレーナーではなかったことも、トウキは知っていた。むしろ自分がそれをされたら、きっと怒る。それでも、気付かせないように加減をする事はやはりできたんじゃないかと、トウキは思っていた。

 

 

 

「結局、最後の最後まで全力で相手しちまった。『楽しく』なっちまったんだよ……あいつとのバトルが……楽しくて楽しくて……つい——」

 

 

 

 勝ちたくなってしまった——。

 

 トウキは自分の本能を抑えられなかった。強者と戦える喜びと、それに打ち勝つ達成感を知っているから。

 

 

 

「いざとなったら、自分の気持ちを優先しちまう俺は……誰よりもジムリーダーに向いてねぇんだよ」

 

 

 

 そう呟く。それを黙って聞いていたツツジは、ついに口を開いた。

 

 

 

「——長いですわ。前置きが」

 

 

 

 まさかのバッサリ。正直に自分の気持ちを語ったトウキからすると、こんなにもあしらわれるとは思ってなかった。

 

 

 

「人が珍しくセンチになってるところにその言種はなんだよ‼︎」

 

「珍しすぎて吐き気を催しますわ」

 

「俺じゃなかったら軽く自殺するようなこと言うな!」

 

「そうですわよ。あなたはそんなヤワじゃありませんわよ」

 

「はぁッ⁉︎」

 

「あなたは——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではありませんわよね?」

 

「……!」

 

 

 

 それは、トウキをよく知るツツジにとって当たり前の事だった。今更直接言うのも恥ずかしいほど、トウキというトレーナーは、真っ直ぐなのだと。

 

 

 

「『勝ちたかった』——それもひとつの教育ですわ。本気の勝負を体験させるためには、こちらも本気にならずして、どうして教えられるというのですの?」

 

「……それでも固有独導能力(パーソナル・スキル)はやり過ぎだっただろ」

 

「そうさせたのは“ユウキさん自身”でしょう?そうでもしないと、キモリの時ですら負ける可能性を感じたから……」

 

「それは……」

 

 

 

 あの時のユウキとキモリは特別なものを感じていた。戦いの中で意識が変わり、それを力に変えて戦っていた彼らに脅威すら感じていた。

 

 

 

「だから……あなたはその強さに応えたまでではありませんか……」

 

「……」

 

「それに!教師が楽しんではいけないだなんて、誰が決めたんですの?」

 

「……わかった」

 

「大体、あなたに加減とかどうとか、そんな細かいことをわたくしが望んでいたとでも——」

 

「わかったから——」

 

 

 

 

 ツツジは続きの口上が出てこなくなった。トウキに身振りで使っていた手を握られてしまったから。その事実に、顔が蒸気する。

 

 

 

「ちょ——」

 

「わかったよ……もうヘタれるのはこれっきりだ……だから……」

 

 

 

 もう少しだけ、このまま……。

 

 落ち込んだ彼がツツジの手を握ると落ち着くのは、昔からだと彼女は思い出す。

 

 

 学校でこっぴどく叱られた時も。

 

 お気に入りの飲食店が潰れてしまった時も。

 

 プロリーグで思うようにならなかった時も。

 

 

 

「……しょうがないですわね」

 

 

 

 

 俯いたまま、トウキはツツジの手を握る。その顔はタオルに埋もれて見ることはできない。

 

 その時初めて、ツツジはトウキの気持ちを正確な理解した。

 

 そっとその頭を撫でて、ツツジは呟く。

 

 

 

「お疲れ様。大変よく……できました」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 夕方——。

 

 ムロの集会所では、盛大に宴会が催されていた。もちろんそれは、今日のヒーロー。ユウキとそのポケモンたちの勝利と門出を祝ってのものだった。

 

 

 

「アニキッ‼︎ホントに!ホントに俺感動したッスぅぅぅ!!!」

 

 

 

 宴会の席でムロジム生のタイキがユウキの手を握って咽び泣いていた。試合の感想なのだろうが、それにしても昼前にやった試合のことを今の今までずっとこのテンションらしいので、嬉しい気持ちと若干引いてる気持ちが俺の中で戦っていた。

 

 

 

「あ、ありがとう……っていうか後ろの人たちは?」

 

 

 

 ここは素直に感謝をしておく。何せ、タイキが連れてきた見慣れない二人が気になっていたからだ。いちいち突っ込んでいると話が進まない。

 

 その二人が、やたらニコニコしてこちらを見ている。

 

 

 

「ああ……すびっ——この人たち、アニキの取材にきたらしいっすよ」

 

「ふーんそうか。俺への取材ね…………は?」

 

 

 

 あまりにも自分と縁のない話で、しばらく俺の脳みそがそれを受け付けなかった。

 

 ん?しゅざい?なんだ?新しいお惣菜の名前か?今日はやたら食べさせられたからそろそろ胃に優しいもので箸休めしたかったから丁度いい——

 

 

 

「こんにちは!ズバリッ‼︎今日のヒーローにコメントをお願いしたいのですがッ‼︎」

 

「はいぃぃぃ野菜はもやしが安くて美味しいですぅぅぅ!!!」

 

 

 

 突然の体当たりインタビューにより、奇妙な勘違いを起こした俺の残念な脳みそ。それが弾き出したアホすぎる解答にその場の全員が硬直。しっかりしろ、俺。

 

 

 

「え、えぇ……今日ジムバッジ一つ目を獲得したと言う事で、HLC公認のプロトレーナーになられた訳ですが……その、まずはバトルの感想をいただきたいのですが——」

 

 

 

 あまりにも奇特過ぎる解答にカメラマンと思しき男が悲しそうな目でこちらを見ている。やめろ。そんな陸に打ち上げれたコイキングを見るような目で見るな。

 

 

 

「えっと。まずはいきなりごめんなさいね。私はマリ。こっちのデカいのはダイです。こんばんわ」

 

「こ、こんばんわ……」

 

「デカいのはカメラのせいですよー」

 

 

 

 後ろのカメラマンがなんか言ってるが、会話を仕切り直してくれたこのマリという方には感謝しかない。

 

 取材だっけ……?うーん。ていうかなんで?

 

 

 

「あの……今日はなんかたまたま試合を観た的な?」

 

「そうね〜♪あんな試合に巡り合えるなんて運が良かったわ〜♫」

 

 

 

 どうやら偶然のようだが、くねくねしながら今日の試合を観られたことに喜ぶ女性。そんな風に褒められるのは慣れてないので中々恥ずかしい。

 

 

 

「でもなんで貴方ほどのトレーナーが今まで無名だったの?なんかやたら熱心なファンには会ったけど……」

 

「いや……なんでと言われても——ファン?」

 

「それに規定外のポケモンの使用を認めたりトレーナー歴は3ヶ月ちょいとかだったりその割にはバトルタクティクスはプロにも迫るものだったりバトル中に進化したり——貴方何者なのッ⁉︎」

 

「あの……マリさん?」

 

 

 

 質問は既に俺が応えられる範疇を越え、目には危ないものを湛えたマリさんは俺の肩を掴む。怖いっす……。

 

 

 

「アニキ!ここはビシッと決め台詞を言って、速報に爪痕残しちゃってくださいッス!」

 

「ちょっと君は黙ろうか?今かまえる余裕ねぇから」

 

「なになに〜?ユウキくんに取材なの〜?」

 

「おいおい!そう言う事なら俺らの話も聞いといた方がいいぜ?」

 

 

 

 ここの会話が聞こえたのか、今度はヒトミとヒデキがやってきた。あ。これトウカジム時代の話とかされるやつだ。

 

 

 

「あんまり変なこと言うなよお前ら……」

 

「何よー恥ずかしがることないでしょ?」

 

「そうだぜ!今日は主役なんだからどーんと構えてろよ?」

 

「こういうのは大体本人が言ってないことがデカデカと載るんだよ!」

 

「私たちは偏向報道なんかしないわ!さぁお話聞かせてちょうだい♪」

 

 

 

 結局そのまま俺がトウカジムに来てからの話を始め、ムロでのトレーニングやらプロを目指した理由なんかを聞かれた。

 

 その時……取材でそれがどこに報道されるのかふと気になった。

 

 

 

「——うちは『Pokeman(ポケマン)』みたいな大手雑誌ではないけどね……それでも本気のプロトレーナーを取材してるわ!中規模の割には発行部数も多いのよ〜?」

 

「そ、それはまた光栄なことで……」

 

「うちが特に力を入れるのは『期待の一番人気を食いかねない大穴馬(ダークホース)大物食い(ジャイアントキリング)』‼︎——今活躍しているプロに対抗できる金の卵よッ‼︎」

 

「……要するに逆張り好きな雑誌なんすね………?」

 

「そうとも言う♪」

 

 

 

 包み隠す事なく胸を張るマリに首を落とす。まぁ当然といえば当然だが、大手に見初められている紅燕娘(ハルカ)とじゃえらい違いだ。

 

 まぁそれでも……早速このことを伝えられる良い機会にはなるか。

 

 

 

「——だったら丁度いいかもです。俺、その記事に載せて欲しい事があるんです」

 

 

 

 それは今の俺がギリギリ張れる見栄。周囲の評価ではまだ天と地ほど差があるかもしれない。もしかしたら反感を買うこともあるかもしれないけど、この機にしっかり言っとかないといけないと思った。

 

 

 

「俺……ある人と約束してトレーナーを目指したんです……。そいつのライバルになれるほど強くなって、いつか公式戦で戦うって……」

 

 

 

 あいつがどこまで本気だったかはわからない。それでも、きっとこの一報はあいつを喜ばせられる気がした。

 

 

 

「そいつは今、プロで走り抜けてる天才ですけど……」

 

(……!そういえばこの子の出身地ってミシロだって——)

 

「——俺もスタートラインに立った事を……伝えて欲しいんです……!」

 

 

 

 3ヶ月……きっと俺の成長は、まあ早い方かもしれない。

 

 それでも、俺の都合なんかそっちのけで走り抜けているあいつが待ち遠しく思っているなら、声を上げて伝えたい。

 

 そんなに待たせるつもりはない……。

 

 少なくとも俺はそう思ってるから……——

 

 

 

 

 

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今羽撃いている。彼女に届きますように——。

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第79話 プロと仕組み


前回の感想募集に答えてくださって本当にありがとうございました!
まだまだ募集してます〜♪ どしどしご応募ください!
お一人で何度でも感想送ってくださって大丈夫です〜♪

後語りが楽しみだ_φ(・_・



 

 

 

「そいえばお前。この後どうすんだよ?」

 

 

 

 宴会の後片付けに参加していた俺は、大量の皿を洗っていたところだった。後ろから島のおじさん連中が残した豊かな食材たちをもりもり消化しているトウキさんが話しかけてきた。いやリスですかあなた。

 

 

 

「この後って……?」

 

「何言ってんだよ。もうムロに用はねえんだろ?次はどこに行くんだって話だよ」

 

 

 

 そう。俺の目的はここのジムで勝つ事だった。つまり今日それを達成した俺たちは、次なる目的地に向けて歩かねばならない。

 

 俺は年齢的にもプロで活躍するにはギリギリだったから、ここで一息……と言うわけにもいかない。少なくともプロリーグで活動する“ランカー”を目指すには、まだまだやらなければいけない事がある。

 

 やらなければいけない……事……。

 

 

 

「——どこ行きましょう?」

 

「はぁ〜〜〜⁉︎」

 

 

 

 気のない返事に頬張っていたトウキさんの手が止まる。

 

 

 

「なんだお前。この先どうするつもりとかなんも考えてなかったのか?」

 

「あ、いや……そういえばジムバッジ獲るために頑張ってたから、それ以降のことはなんも考えてなかったというか……」

 

「今俺が言ったまんまじゃねぇか!」

 

「す、すいません……」

 

「まぁいいや。とりあえずそれ片付けたら俺ん家に来い。プロになったらすぐ話さなきゃいけない事とかあるから……」

 

「あ……り、了解です!」

 

 

 

 そう言ってトウキさんは残りの残飯を平らげて俺に皿を寄越して去っていった。そういえばプロに正式に登録されるためにいろんな話があるって言ってた事を思い出した。

 

 本来試合後にそれらの話を聞くはずだったが……。

 

 

 

「俺、控え室で寝てたんだよな……」

 

 

 

 試合すぐに控え室に引っ込んだ俺は、試合の疲れなのか気絶するように寝てしまったらしい。最初は周りに心配されたが、俺のことを知っていたトウカ組が控え室で寝かしておいてくれた。しかも勝利した俺のところに押しかけた観客たちの露払いまでしてくれて……何から何まですまないと言う気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

「ふう……とりあえず、ちゃんとしなきゃな」

 

 

 

 どうもあの試合の後から気合いが入らない。

 

 試合前の反動が凄すぎて、シャキッとしないのはある意味しょうがないとは思うが……。

 

 

 

「取材であんなこと言った以上……このままじゃまずいよな……?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——失礼します」

 

 

 

 夕食後、約束通りトウキさんの家を訪れた。するとそこにはカナズミジムリーダーのツツジさんもいた。なんでここに?

 

 

 

「おう。疲れてるとこ悪いな」

 

「いえ俺の方こそ……ツツジさんはなんで?」

 

「HLC規定のお話ですから、わたくしも同席させて頂きました。トウキさんだけだと言い忘れの可能性がありますし」

 

「どういう意味だこら?」

 

「面倒見のいい先生という事ですわ♪」

 

「ガキでもわかる嘘ついてんじゃねぇよ‼︎」

 

 

 

 あー。なんかこの感じ久しぶりだな。なんて呑気に構えていたが、話の方は真面目なので気を取り直し、今後について話を聞くことにした。

 

 

 

「まず——改めておめでとうございます。よく頑張りましたわね」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 ツツジさんはカナズミの頃から応援してもらっていたので、この充実感の内に祝ってくれるのは本当に嬉しい。いつかはこの人ともちゃんと戦いたいな……。

 

 

 

「とりあえずHLCには今日中にデータを送るが、一応プロ認定の審査にかけないっていう事もできるんだよ……聞く決まりにはなってるけど、どうする?」

 

 

 

 ジム戦に臨む人間の中で、たまにプロリーグには興味がないという人間もいるらしい。HLCに直接認定されるプロは少なからずしがらみがある。それを嫌って断るトレーナーもいるのだ。

 

 

 

「まぁ……もちろん査定をお願いします」

 

 

 

 正直そのしがらみ的な部分はよくわからないが、普通にホウエンリーグを目指す分には何もないと思うので申請をお願いする俺。どの道それしないと、みんなとの約束守れないし……。

 

 

 

「OK。それじゃあまずはお前がこの先受けられる補助について話とくぜ」

 

「補助……?」

 

「っておい!まさかそんな事も知らないのかよ⁉︎」

 

 

 

 耳慣れない言葉にうっかり質問してしまった。

 

 そうなのだ……常にポケモンのトレーニングに集中していた俺は、その辺の事情については毛程も知識がない。プロになったとはいえ、自動的にそれらの知識が増えるわけではないのだ。

 

 

 

「まぁ……ユウキさんは異色の経歴ですし、知らないなら逆に話は早いのではないですか?」

 

「あー。まぁイチから話していいって事か。ったくお前はほんとこっちの予想の外にいるよないつも……」

 

 

 

 ツツジさんのフォローもあって、なんとか説明をしてくれるようだ。ごめんなトウキさん。

 

 

 

「補助ってのは、HLC(ホウエンリーグ委員会)が認めてる『利用施設の控除』だ」

 

「利用施設——具体的にはどこのことなんですか?」

 

「まず公的乗り物は全部かな。ここから出てる定期便はトレーナーズIDみせりゃタダ乗りできるぜ」  

 

 

 

 それを聞いて、俺の中の守銭奴が立ち上がる。

 

 

 

「……マジですか?」

 

「カイナ・キンセツ間のモノレール、ホウエン客船の三等室以下での乗船、あとキンセツで自転車が貰えますわよ」

 

 

 

 追いうちで聞かされたそれに、守銭奴も怯んだ。

 

 

 

「え……?」

 

「後あれだ。ポケセンの料金もタダになるぞ」

 

「いやちょっと待って——⁉︎」

 

「なんだよ?HLC契約のホテルなんかも素泊まり自由だぞ?」

 

「待ってって言ってるやん」

 

 

 

 優遇なんて言葉で片付けられないほど、生活に直結する部分の大半が控除対象だった。え?どこまでが冗談なの?

 

 

 

「これマジですか?」

 

「マジですわ」

 

「うーん……」

 

 

 

 俺としては嬉しい反面、どうもしっくりこないと言うか、いくらプロになるのが難しいとはいえ、その後が楽すぎる。

 

 悪いことではないのだろうが、ここまで自分を強くしたのはストイックな環境のおかげだったので、それで今後やっていけるか不安……というのが正直な気持ちだった。

 

 ていうかなんだろ。すっきりしない。

 

 

 

「まぁお前のことだから、なんとなくそれでいいのかって思ってんだろうけどな」

 

「え……?」

 

 

 

 トウキさんの事だから、てっきり「貰えるもんは貰っとけ」とか言うのかと思ったけど……見ればツツジさんもいい顔をしていない。

 

 

 

「あなたの疑問……実は的を得ていますの」

 

「どういうことですか?」

 

「……圧倒的なHLCのバックアップ体制。これは勿論、このホウエンで活動するプロを育てる為のものですわ。トレーニングとバトルに専念できるよう、トレーナー達への負担を少なくするための……」

 

「そりゃ、この2ヶ月はトウキさんのとこでお世話になりましたから……それで伸びるっていうのはわかるんですけど……」

 

「そりゃあお前。あのトレーニングがずっと続くってなりゃあしょうがねぇよな?働いてる暇はないんだから」

 

「……?プロになってもそうするんじゃないんですか?」

 

 

 

 俺としては2ヶ月というリミットがない分の調整は必要でも、強くなり続けるためには今後もあのようなトレーニングを要所でやっていかなければならないと思っていた。

 

 プロになるということ——この控除も、そのために必要な経費と時間を捻出する為のもので、決してそれに甘えたりするべきではないものだと理解してるつもりだ。

 

 

 

「……このホウエンに、プロが何人いるか知っていますか?」

 

「え……うわ、何人だろ………まさか1000人とか?」

 

 

 

 もちろん冗談である。まああり得なくはないかもだが、ちゃんと職業としてトレーナーになる人間がそんなに多いとは思えなかった。

 

 この2ヶ月の辛さを思い出すと、我ながらよく頑張ったと思う……——

 

 

 

「ざっと2000人だ」

 

「多っ——⁉︎」

 

 

 

 公式サイトには、プロ登録をしているトレーナーの名簿を調べる事ができる。簡単なプロフィールが載っているだけだが、そこの総数は現在2000人を超えているらしい。

 

 

 

「……って事は、ここからリーグ選手……“ランカー”になるには相当頑張らないと行けないって訳ですよね」

 

 

 

 いくら俺でも“ランカー”の敷居の高さは知っている。

 

 ジムバッジの総数や大会での成績を元に格付けされたビッグリストの頂点に当たるのが“ランカー”。全体のトレーナー数が上がっても、そこに載るのはたったの“100人”。

 

 ランキング1〜100位までの選手のみが、新シリーズで鎬を削るわけだ。

 

 

 

「ちなみに俺は今期75位だ」

 

「と、トウキさんが75位⁉︎」

 

 

 

 あの強いトウキさんが……フルメンバーで戦えばもっとすごいと思っていた。少なくとも“石の洞窟”での戦闘を見て、まさかランキングでも下から数えた方が速いだなんて……思えない。

 

 

 

「まぁジムリーダー兼任でランカーやってるのはトウキさんくらいですから。ちなみにわたくしのランカー時代最高記録は“32位”。トウキさんは“11位”でしたわね?」

 

「一桁乗れなかったのはお前に負けたからかんだけどなぁ〜?」

 

「あら。あの時のリベンジマッチなら、いつでもお受け致しますわよ?」

 

 

 

 互いがなんか高次元な場所でバチバチにやり合っているのを見て、俺は遠い目になる。というか下位だから意外とか言ってたけど、そもそもプロ全体の5%しか入れない枠組みとか正気じゃない。

 

 うーん。今更ながら、なんとやべぇ道を歩み始めたんだ俺は……。

 

 

 

「——でもお前はいいんだよ。そうやって高みを目指してりゃ、結果は後からついてくる……」

 

「……?」

 

 

 

 トウキさんの発言は、この2ヶ月で言われた事に比べると随分楽観的というか……まるで「頑張れば大丈夫」と言っているように聞こえた。いや、それより発言に含みがあるように感じた。

 

 

 

「お前みたいにプロになってもその後を考えられてる奴は、遅かれ早かれ『結果を出す』。そういう奴がひしめき合うシステムなら、俺らもこんな顔しねぇんだけどな」

 

「……このシステムに問題が?」

 

 

 

 二人は黙した。それは皮肉にも、言葉にするより肯定していた。

 

 

 

「——上に登るのは、この控除があっても厳しい。やはりセンスのいる仕事なだけに、才能がないまま努力だけで穴を埋めるのは難しい。それはわかるよな?」

 

「……はい」

 

「ビッグリストの上位5%はその熾烈な上位争いに勝たなければいけないのです。その為には控除以外にも資金源を求めてスポンサーをつけたり、ジムバッジを獲得する毎に得られる付加的な権利を行使したりする事で、他のトレーナーよりも差をつける必要があります」

 

 

 

 スポンサーは資金繰りを良くする事で、専門的なコーチやアイテムサポーターをつけたりする事で、実力向上に繋がる事。

 

 ジムバッジも獲得数が増えれば、それだけHLC貢献の姿勢を認めてもらえ、ポケモン科学技術の先端を優先的に体験させてもらえたりできる事。

 

 これから俺がしなければいけない事の過程には、こうしたものが広がっているわけだ。

 

 正直目が回るけど……——

 

 

 

「なんか……改めてとんでもない場所に足を踏み入れたんですね俺」

 

「何言ってやがる。結局強い奴じゃないと務まらないってのは変わんないからな?……ある意味じゃ、“紅燕娘(レッドスワロー)”のお陰で、目標がブレたりしないってのはお前にとって強みだと思うぜ?」

 

「んーーー。てかその話から、なんでお二人が渋い顔してるのかがわかんないです……とりあえず“上”が大変なのはわかったんですけど……」

 

 

 

 今から脅されなくても、道のりが険しくはないとは思っていない。その認識を改めさせるだけなら、こんな回りくどい話をする必要も——

 

 

 

「もしかして……?」

 

 

 

 そこで何かが繋がったような気がした。

 

 上は厳しい競争の世界。

 

 限られた椅子の奪い合い。

 

 5%の猛者だけがいるという事は、それ以外の95%はいるという事。

 

 100人中95人——そんな熾烈な世界で()()()()()はチャンスがある。

 

 それを殆どの人間は最初から知っている。

 

 でもその努力を払ってまで、プロを目指したいと心から願うトレーナーが何人いると言うのだろう。

 

 俺は血反吐を吐いて、後悔したりもしたこの道を……?

 

 いやそもそもの話、1900人のトレーナー全員が頑張っているのか?

 

 人間みんな同じではいられない。そしてそれは、プロになりたい動機も同じな訳がなく……——

 

 

 

「——高待遇の控除が目的で、プロを目指すトレーナーの方が多い……?」

 

 

 

 それは悲しい現実だった。

 

 もっと悲しいのは、そこでずっと頑張っていた二人のベテランが、首を縦に振った事だった。

 

 

 

「もっと正確には……控除をちらつかせてアマチュアをプロにしようとさせている——それが今HLCとかいうお上のやり方なんだよ……」

 

「口がすぎますわよ……それはわたくし達の主観ですわ」

 

「じゃあ言えんのかよ?それでプロになれずに、馬鹿みたいに俺らに挑んで負けていった奴らに……」

 

「その為の……約束金……」

 

 

 

 この度のジム戦でも、もちろん俺は約束金を支払った。勝てば返金される、ジム戦の予約のためのお金だが、負ければ没収される。

 

 その金の行方を……俺はまだ考えた事もなかった。

 

 

 

「本当は、そんな魂胆で勝てるほどジム戦は甘くねぇ。動機の部分はどこかでポケモンたちへの育成やトレーナーの成長に影響を及ぼす。そうした影響が悪い方にでりゃ、ジムリーダーが負けるわけがない——そのギリギリの裁量が、HLC規定の実態なんだよ」

 

「そんな……」

 

「胸糞悪いのは、それで潤うのが“今のプロ全員”ってとこだよ。俺らも同罪だが、()()()()()()奴らが今日も控除で飯を食ってる。プロで大成をしようとせず、その技術を他の分野に活かそうともしない……控除で腐った連中がな」

 

 

 

 その連中というのは、控除目当てで挑み、それでも通過できてしまったトレーナーたちの事だろうか……。

 

 正直きつい話だった。

 

 俺は勝手にプロになりたいトレーナーとは、不釣り合いなほどに努力は求められても、それだけ夢があるからみんな頑張るんだと思っていた。

 

 この話を聞く前の俺は、なんておめでたい頭をしていたのか……。

 

 当たり前の話だ。

 

 

 

 “夢で腹は膨れない”——子供でも知ってる常套句だ。

 

 

 

「わたくし達がこの話をするのは、あなたにプロになるという事がどういう事なのか知っておいて欲しかったのです……その控除がどこから来て、どういう経緯であなたに支払われているのかという事を……」

 

「利用できるもんは利用すべきだし、俺らも実際、この仕組みに気付いてもそうした。やはり上を目指すためには、そんくらいの根性がなきゃいけねぇ……」

 

 

 

 ……その通りだ。俺はこの2ヶ月で、トレーニングの大切さを改めて実感した。

 

 これからは、それを理解したトレーナーとの競争も必要になってくる。そこで「HLCのやり方に反対だから控除はいりません」などと甘えた事は言えない。

 

 それで負け、何も成せないトレーナーになり下がれば、それは今日の勝利も、これまでの努力も、このホウエンリーグを支えている人たちの頑張りも無駄にしているのと同義だ。

 

 俺はそんなトレーナーにはなりたくない。

 

 

 

「それで……さっきプロになるか聞いてきたんですね。決まりだけど、わかってない事も俺にはあったから……」

 

「ユウキさん……」

 

 

 

 きっと二人は正直こんな話をしたくなかったのだろう。今日は苦しいトンネルを抜けたばかり。その景色が、せめて少しでも綺麗なものであってほしいと願うのは当然だ。

 

 それでも話したのは……——

 

 

 

「心配しないでよツツジさん。俺は大丈夫です。それに、俺は別にランカーになりたい訳でもないですから」

 

 

 

 それはずっと引っ掛かっていた。

 

 ランカーになるのは、あくまで結果だ。

 

 きっとそこに、あいつもいるから。

 

 

 

「——俺はホウエンリーグの一番大きな舞台にいるであろうハルカに、直接挑戦状叩きつけに行くんです。ミシロでボコボコにされた仮は、のしつけて返してやる……!」

 

 

 

 その言葉を聞いた二人はキョトンとしていた。なんだろ?そんなスベるような事言ったかな?

 

 

 

「……ブフッ!アハハハハ!そりゃそうだ!ランカーになっても負けてたんじゃ意味ねぇわな‼︎」

 

 

 

 

 そう言って俺の肩をバシバシと叩くトウキさん。別にウケ狙いで言ったわけでもない——というか痛い痛い。

 

 

 

「ふふ……」

 

「あ!ツツジさんまで!」

 

「ごめんなさい……少し、羨ましくて……」

 

 

 

 ツツジさんは微笑みながら、俺の顔を見つめる。石のように硬い決意……それが宿っている彼女の瞳は、嬉しそうに輝いていた。

 

 

 

「わたくしも……教師としての魅力を断ち切れるなら、再びランカーとしてあなた達と肩を並べて戦ってみたい……。残念ながら、バトル以上に教師生活はわたくしにとって大事なものなのですけれど」

 

「なんだよ。そっちもやりながらランカー目指せばいいじゃねぇか?」

 

「あなたとわたくしを同じにしないでくださいまし!——むしろできてるあなたが恐ろしいというのに……」

 

 

 

 それは同感だ。この人、いつ休んでるんだろうっていつも思う。永久機関でも積んでんのか?

 

 

 

「鍛え方がたりねぇなツツジ?2ヶ月うちで鍛えていけよ。そしたらランカーと教師両方できるって!」

 

「確かに2ヶ月の効果はデカいですからね……ツツジさん。頑張ってください」

 

「何二人して馬鹿なこと言ってるんですの!ユウキさん!あなたいつから悪ノリを覚えたんですの⁉︎」

 

 

 

 そんな事から始まった俺たちの会話は、いつしか重苦しかった空気を晴らしていた。

 

 先行きも長ければ、きな臭さも感じる事もあったけれど、少なくともここにいるトレーナーたちは誰もがプロで戦っていくことに価値を見出しているトレーナーばかりだという事。

 

 それを覚えていれば、きっと辛くなっても……やっていける。そんな気がした……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

 その夜は3人であれこれと話をした。

 

 試合で起きた珍プレーやジムリーダー二人の対戦成績の競い合い。

 

 今期注目のトレーナーの話や自分の育成理論。

 

 トップへの目指し方にも色々ある事。

 

 それらの話は、俺を明日すぐ出発させたいと思うには充分過ぎる内容だった。

 

 聞いているうちに、話しているうちに——

 

 自然と次にどこに行きたいのかがわかった。

 

 

 

 それは……今日の報酬には贅沢なほど——

 

 

 

 楽しい時間だった……。

 

 

 

 

 

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その道もまた、険しく……それでも美しい——。

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少し重い話でした。口直しに小話添えときます。

小話「言霊」
私はあまり占いなどは信じていないのですが、先日夕飯を外で食べようと思い車を走らせました。
そこには母も同乗していたのですが、私はとにかくラーメンが食べたかったので行きつけの店へ。
しかしその店はかき入れ時にもかかわらず閉店。
どうやら何かしらの理由で早めに店仕舞いをしたようです。

「しょうがない……そういえばまだ行ってないカレー屋があったな」

そんな一言が、全ての始まり——いや既に事態は起こっていました。

「——また閉店……だと?」

次のカレー屋さんは元々早くに店を閉めるところだったようで、それを下調べもせずに行ったためにまた空振りとなりました。
その時、私には過去の苦い経験が到達に去来しました。

「待って?私が言うた店全部閉まるやん」

先週行こうと言ったラーメン屋はまさかの日曜休み。
たまにはファーストフードでガッツリと言うと24時間営業の店なのに店内清掃で閉店。
某ファミレスのドアノブに手をかけた瞬間に店の照明が落とされたことすらありました。

そうです……私には「発言した店舗を早仕舞いさせる能力」が宿っていたのです。

……いえ、そんなはずはありません。皆さんが思っている事でしょう。そんなのただの偶然だと。
そもそもこのご時世。飲食業も営業方法を変えてきています。当然開店時間を短縮し、感染症拡大のリスクと経費の削減を試みる店舗が多いのなんて今に始まったことではありません。

私の行った店が閉まっていたのは、たまたまです。
自分に宿った力をコントロールできなくて震える必要はなかったのです。自分に怯えている場合ではありません。お腹空きました。

「んじゃあそこのラーメン屋いこうよ」

今度の店選びは母が行いました。
いけない……私に宿っていると言う事は、同じ血が流れる母にも同じことが言えるということ。カエルの子はカエル。それとも母はこの力をコントロールできているというのか?いやまさかそんなはずは——

「美味しかったねー」

母の選んだ店はバッチリ空いてました。しっかり深夜0時まで開けてやがりました。

お腹は満たされましたが、心はどこか満たされない。
結局この力を制御できないのは私の未熟が起こした悲劇なのです。
私がオタマジャクシのままだったのかもしれません。まだ母のようにはなれない。

母に帰りしなにこの事を話すと大笑いして私を慰めてくれました。
皆さんが思っているように、母も「そんなのは偶然だ」と笑ってくれました。

全ては杞憂だったのです。
そんな眉唾が存在するはずはありませんでした。
アラサーにもなって何を怯えていたのでしょう。
私は自重気味に微笑むと、今日が日曜日である事を思い出して——

「……そういえばあの薬局、今日ポイント高くつく日だね」

少し迷いました。
言ってしまえば、またあの力が発動するかもしれない。
しかしそんな不安は、今しがた拭われたのです。

「……よく思い出してくれたわ。ありがとう」

もう怖がることなんて何一つない。
母もそんな私の成長を見て嬉しそうに笑ってくれました。
何にも捉われることのない自由な心で車を走らせました。

きっと誰にも経験のあることかもしれない。
得た力や境遇に不安を覚える人たちもいるかも知れない。
それでも、怖がることはありません。
未来は決まっていないからこそ、過去の経験からやってくる未来を想像して絶望することはないのです。
皆さんの前途は明るい。
そんな事を、たった一度の夕食から学べた私は幸福でした……。

その薬局は閉まってました。


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第80話 門出の船出【終】


第一部最終回!!!
八十話かぁ〜……たくさん書いたなぁ♪




 

 

 

 翌朝——。

 

 

 

「——風が気持ちいいなぁ……」

 

 

 

 我ながら柄にもなく風情に浸る。

 

 この2ヶ月。随分馴染んできたけれど、やはりこの朝の波風を浴びるのは好きだ。

 

 元々ジョウトの自然が少ない場所で生活していたせいか、本能がこういったものを欲しがっている気がする。

 

 うん。まあそれはいいんだけど……——

 

 

 

「なんか多いな見送りッ‼︎」

 

 

 

 まだ朝日が登りきっていない早朝にも関わらず、ムロの港には人が溢れていた。

 

 今日の出航……ハギ老人がカイナまで送ってくれるとの事だったからお言葉に甘えて早朝にこっそり出発するはずだったのに……。

 

 昨日観戦してたトウカ組+αはもちろん、ムロジム生一同にムロタウンの住民のほとんど……トウキさんとツツジさん、取材陣の二人まで……——

 

 

 

「……ハギおじいちゃん?」

 

「スマンノークチガスベッタノー」

 

 

 

 OK確信犯だな。帰り分の燃料がごっそり無くなってても文句はねぇなジジイ——って痛たたたたた‼︎

 

 

 

「何嫌そうな顔してんだよ!俺らに黙ってどっか行こうとするからいけねぇんだろぉ⁉︎」

 

「わがっだだだだだ!俺が!俺が悪かったですぅぅぅ!!!」

 

 

 

 毎度の恒例行事と言わんばかりにヒデキにヘッドロックを決められる俺。そろそろいじめ相談所に電話してもいいんじゃない?

 

 

 

「まぁいいじゃないの〜。昨日のヒーローなんだから堂々としてれば♪ プロの門出よ?盛大に行きましょう!」

 

「それそのままの文言で記事にしないでくださいよ?尾鰭付き過ぎると後で困るの俺なんですから……」

 

「何を今更……」

 

 

 

 マリさんに釘を刺そうとするが、横でヒトミが何言ってんだこいつと言う目で見てくる。

 

 確かにハルカのライバル宣言なんか載せたら騒ぎにはなるのは目に見えてるけど……。

 

 

 

「わたしたち……お邪魔だった?……ユウキさん?」

 

「大丈夫。邪魔なわけないだろユリちゃん」

 

 

 

 その顔はずるいはユリちゃん。本当に昨日は応援ありがとうねみんな!——以外の回答を許さないうるうるフェイスである。

 

 

 

「ユウキくん……次の試合も見に行ってあげたいけれど……」

 

 

 

 おずおずと前に出てきたツシマさんは申し訳なさそうに項垂れる。次の試合というと、今後参戦するトーナメントや次のジム戦の事なんだろうけど、デボン社員のこの人がそれについてくるという方が無理な話である。

 

 気持ちだけありがたく受け取っておこう——

 

 

 

「今年の“キノココ大行進”がもうすぐ迫ってるんだよ〜〜〜!ごめんねぇ‼︎」

 

「……………そすか

 

 

 

 もういっそ森で暮らせ。あんたはそっちの方がいいよきっと。

 

 

 

「……んで、そこにいる坊主頭くんは何をしてるんだい?」

 

「俺っスか!俺のことっスよね⁉︎」

 

 

 

 やたらデケェカバンがはち切れんばかりに膨れ上がっていたそれを担いで港にいるタイキくん……いややめて?マジでちょっと本当にそういうのは——

 

 

 

「俺もユウキさんについて行くっス‼︎」

 

「なんで⁉︎」

 

「感動したからっス‼︎」

 

「……ごめん。全然意味わかんない」

 

 

 

 鼻息の荒い坊主が迫ってくる時点で既に俺のキャパシティを超えている。え、これがこの先ついてくる?なんの冗談だ?

 

 

 

「——まあ連れてってやってくれや。そいつ好きに使ってくれていいからよ」

 

「トウキさん⁉︎」

 

「そいつ、将来プロになるためにお前に弟子入りしたいんだと。見聞は広めるに越したことはねぇから……アホだけど小間使いくらいにはなるぜ?」

 

「いやいや!ていうかトウキさんのこと尊敬してただろお前‼︎俺が言うのもなんだけど、ジム生としてもまだ学べる事あるだろ⁉︎」

 

「トウキさん()尊敬してるんっスよ!俺邪魔になりませんから……お願いします!!!」

 

「う……」

 

 

 

 そんな低姿勢で……捨てられそうな犬みたいな顔するなよ。断りづらい……。

 

 

 

「まあいいじゃねえか。そもそも俺にこの2ヶ月分の借りがあるよな……?」

 

「ぐ……わかりましたよ。引き受けました」

 

「やった!アニキ!これからよろしくお願いするッス‼︎」

 

 

 

 ——というわけで、何故かムロジム生改め、俺のお付きとして旅をするメンバーが増えてしまった……。半ば強引にだが、人手が欲しい時もあるのかもしれないので、必要な時は甘えようとは思うけど。

 

 

 

「……ユウキさん」

 

「今度はミツル?……なんだよ」

 

 

 

 もうこれ以上ドッキリ要素はいらない。ミツルくんならこの疲弊した心を癒してくれるかもしれないと、一縷の望みをかけて応える。

 

 

 

「——これで、いつかの約束は果たせそうですね!」

 

「……!」

 

 

 

 それはトウカを出た時、ミツルから貰った手紙。そこに書かれていた『ライバルになる』という言葉と、『いつか戦う』という約束——ミツルはそれを楽しみにしているという顔だった。

 

 

 

「次に会う時は公式戦で!僕もバッジを集めながら各地の大会を勝ち上がります。だからユウキさんも……」

 

「わかってる……その時までに俺も強くなっとくから」

 

 

 

 そこから自然と俺とミツルは互いの拳を相手に突き出す。それはどこかのトレーナーが合わせた友情の証。

 

 ミツルとの戦いは……どこかの公式戦で必ず果たされる事になるだろう。

 

 

 

「おいおいおい!それは俺も同じだからな!」

 

 

 

 合わせた拳に横からくっつけてきたのはヒデキだった。いや……それはヒデキだけではないようだ。

 

 

 

「わ、わたしもプロになったら……たたかってください!」

 

 

 

 ユリちゃんは少し低いところから拳を合わせてきた。あんまりこういうのに慣れてないのか、少し猫の手気味だった。

 

 

 

「私たちはトウカジム生としてやらなきゃいけない予定もあるから、出発は少し遅れるけれど……必ず追いつくからね」

 

 

 

 ヒトミは落ち着きつつ、決意をこめて拳を合わせる。

 

 5人の合わさった拳から、それぞれの想いが伝わってくるようだった。こりゃ足踏みしてたらあっという間に抜かれるな。

 

 

 

「——それでしたら、いつかわたくしたちにも挑みに来てください。トウカ生は優秀なので、楽しみにしておりますわ♪」

 

 いつになくご機嫌なツツジさんが俺たちに近づく。良い笑顔だなぁ……でも容赦なく来そう。

 

 

 

「ユウキさんも……いずれまたカナズミにいらしてください」

 

「はい……あの時のリベンジを、必ず——」

 

 

 

 この人には本当に世話になった。

 

 強いトレーナーのなり方を教えてくれた。

 

 だから……もっと強くなった俺の姿を、いつか見せたい。

 

 次に挑みに行く時は、実力と自信を充分に備えてからになるだろう。

 

 

 

「よっしゃ!俺は帰ったらカナズミに挑むぞッ‼︎」

 

 

 

「馬鹿!まだ今月いっぱいは雑務溜まってるんだから!逃げないでよ?」

 

「ヒデキさんはすぐサボるのです……」

 

 

 

 ヒデキの逸りに頭を悩ませるトウカの女性二人。うーん。大分手を焼いてるなこれは。

 

 

 

「……まあその、みんなありがとう」

 

 

 

 予想外の見送りに面食らったけど、ここにいる人たちはみんな俺の恩人だ。その人たちに、元気な姿を見せられたのはよかった。母さんや博士の時と同じで、気兼ねなく送り出してもらえるのは嬉しい。

 

 

 

「今更だが、ミシロ出身の奴がこんなに活躍するなんて思わなかったぜ……」

 

 

 

 トウキさんはそう言って俺に近づいてくる。そして、昨日申請していた“HLC認定”が記録されたトレーナーズIDと渡しそびれていたものを手渡された。

 

 

 

「あ……」

 

「やっぱ忘れてやがったな?お前これが欲しくて頑張ってたくせに」

 

 

 

 トウキさんは拳のレリーフが刻まれた『ナックルバッジ』を手渡した。

 

 俺の求めていた……はじめてのバッジだ。

 

 

 

「……なんかホント。変ですね俺は」

 

「何を今更……お前にしてもハルカ(スワロー)にしても……本当にミシロ出のトレーナーってのは変なのばっかだな」

 

「すみません」

 

「変で……すげぇよ。お前らは」

 

 

 

 それは、トウキさんなりの賞賛だった。いつもは真っ直ぐに率直に言うくせに。どうしてこんな時だけ回りくどいんだろう。

 

 

 

「ありがとう。トウキさん」

 

「はっ!まぁこれで、ミシロから出たプロは()()になった訳か……」

 

「……三人?」

 

 

 

 それは初耳だった。ハルカがミシロに帰ってきた時の周囲のリアクションから、てっきりあいつが初めてのプロトレーナーになったんだと思っていた。

 

 という事は、俺とハルカの前に……プロになったトレーナーが居たことに……?

 

 

 

「なんだお前。ハルカと知り合いなのに聞いてないのか?そいつは——」

 

 

 

 トウキさんが言い放った内容を……俺はすぐに飲み込むことができなかった。

 

 だってそんな話……あいつからも……博士からも聞いていない……。

 

 

 

 でも、確かに居たというのだ。

 

 

 

 その存在は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——“マサト”って言う奴だよ。ハルカの弟の……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナへと向かう船の中——。

 

 ハギ老人は少しペースを落として運行してくれていた。

 

 夏ももう終わりかけ。早朝の海は少しの熱さと爽やかな風が吹き抜けるおだやかな気候に包まれていた。

 

 

 

「アニキー!ポケモン(みんな)の餌やり終わったッスよー‼︎」

 

「うーん……」

 

 

 

 タイキは早速仕事がしたいと言うので、ポケモンフードを与える任に就かせた。それでご機嫌に取り掛かる姿を見ると、雑用させてる罪悪感は薄れるのでありがたい。

 

 まあ、俺はそれどころじゃなかったけど。

 

 

 

「さっきの話、まだ気にしてるんスか?——スワローの弟さんのこと」

 

「……まあ、うん」

 

 

 

 俺がミシロにいたのは半年。その間にオダマキ博士とはほぼ毎日会っていた。ハルカと過ごした時間はひと月ほどしかなかったけど、まあ仲良くはやっていたと思う。

 

 何度か彼らの家にも行った。そこでは楽しく談笑していたと思うけど……。

 

 

 

「あの一家が……微塵もその存在を感じさせなかった……」

 

 

 

 ハルカの弟——マサトと呼ばれるその人物が、あのハルカより先にプロになったんだとしたら、寧ろ話題は自然と出てくるものじゃないのだろうか。

 

 それが今日の今日まで1ミリも触れられてこなかった。そんな事……意図的に隠していたとしか思えない。

 

 

 

「でもなんで隠す必要があるんだ……?そもそも隠し事ってのがらしくない……仲悪いのか……?それとも——」

 

「あのー。アニキ?」

 

 

 

 そんな風に考えていたら、タイキが気まずそうにしていた。

 

 確かに面白くない話だった。関係ないこいつには申し訳ないことを……。

 

 

 

「あ、いや悪い。せっかくの旅だってのに……」

 

「いや!それはいいんスよ⁉︎でも……なんで悩んでるのかなぁ〜って」

 

「え……いや悩んでるってほどでは……」

 

「いやいやいや!その顔は悩んでたでしょ⁉︎てかずっとブツブツ言ってるし!」

 

「え?声に出てた⁉︎」

 

 

 

 なんかこれも久々な気がする。そういえば時々内心が外に溢れてしまうのだった。気をつけねば。

 

 

 

「てか、そんなに悩んでるなら本人に聞けばいいんじゃないすか?」

 

「はぁ⁉︎——いや、そりゃそうなんだけど……」

 

 

 

 意外に正論を言われた気がする。

 

 タイキのように真っ直ぐそう聞けたらいいんだけど、何せ隠し事をしてるかもしれない相手に物を聞くのは想像以上に聞きにくい。もしかしたら触れられたくない事なのかもしれないし——

 

 

 

「弟いたんだー……ってくらい聞いてもいいと思うすけどね」

 

「んー……でもなぁ……」

 

「それかやっぱあれなんすか?」

 

 

 

 ——ハルカさんの事好きなんすか?

 

 そんな一言で、俺の頭の中は真っ白になる。

 

 

 

「……………」

 

「あの……アニキ……?」

 

「……知ってるかタイキ」

 

 

 

 俺は少し声のトーンを落として、立ち上がる。

 

 

 

「な、何がスか?てかなんか顔赤くないっすか?」

 

「ホウエン沖には時々メノクラゲの大群がいてな……それが光る姿が中々綺麗らしくてな……」

 

「ちょっ、なんで胸ぐら掴むんスか⁉︎」

 

「せっかくだから潜って見てこいよ」

 

「わぁーーー!待った待ったなんかしんないっすけどすんませんしたぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 我ながら、鍛えただけあって小柄なタイキぐらいなら持ち上げれるんだな。うーん。成長したんだなぁ俺。

 

 ——などとタイキの死角からの一撃を消化するためにした現実逃避だったが、今のショックでなんか吹っ切れたわ。

 

 

 

「そうだな……やっぱ聞くか。本人に」

 

 

 

 ナビの番号を実は交換していなかったため、聞くのはまた今度になるだろうけど。

 

 どの道いつかは戦うことになる。その時まではしばらくこのことは忘れよう。

 

 

 

「はぁ……とりあえず、次はカイナのトーナメントだな」

 

 

 

 そんな事を呟いて、早起きした俺は少し仮眠をとることにした。うっすらあった眠気が横になった事で強くなっていき……——

 

 

 そのまま深いところまで、俺の意識を連れて沈んでいった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——やっぱ、そうなのか」

 

 

 

 ツツジが帰る定期便を待つため、彼女とトウキは砂浜で二人並んで座っていた。

 

 神妙な面持ちで話す二人の関心は、やはり先ほどの話と繋がっていた。

 

 

 

「——以前ハルカさんとオダマキ博士から少しだけ伺いました……なんの因果なんでしょうね」

 

「はっ!何が因果だよ……」

 

「でも……彼にキモリを託したのはオダマキ博士です。その彼が偶然プロの道に進んだと考える方が不自然ですわ」

 

「……同じミシロの出身のトレーナー……か…………」

 

 

 

 そう呟いたトウキは立ち上がって海を見る。その方角の先には、おそらくミシロタウンがある。霞んだ島々を眺めながら、トウキは独り言のようにこう続けた。

 

 

 

——同じミシロ出身のトレーナー。

 

 

 

——ハルカが頭角を表すより前にいた若き天才。

 

 

 

——オダマキ博士の息子にして、紅燕娘(レッドスワロー)の弟。

 

 

 

——そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——キモリ(わかば)の元相棒……か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはもうずっと昔に錆びついた、物語の歯車。

 

 

 

 その歯車が、音を立てて軋み……—き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと回り始めたのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued…… ▶︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





物語は、これから——。



これにて「Pokemon-翡翠の勇者-」第一部【グロウアップグリーン編】を完結とさせて頂きます!

いやーもう本当長々と書いてしまいましたが、ほぼずっと高いモチベーションで書かせていただきました♪マジでたのしかったー!

ここに書ききれない感想がもう溢れんばかりですが、それは後語りのページを取り分けてダラダラ書いていこうと思います!

今まで以上に長々と語るかも知れませんが、よかったら見てやってください!



とりあえずここで一つの区切りとなりましたが、ここまでの執筆には読んでくださった皆さんがいたおかげです。

読んでいただける嬉しさはこんなにも原動力になるのかと自分で驚いてます!

この調子で第二部以降も書いて行きたいですね……



一度これまで書いた内容を読み返したり、予定の修正だったりと時間を必要とする工程がありますので、第二部執筆には少し時間を空けてしまう事を先にお詫び申し上げます。

熱意が冷めないうちに第二部執筆に取り掛かろうとは思っていますが、お待たせしてしまうこと、申し訳ありません。



それとは別に後語りでは私個人の執筆した感想や少し説明不足だった点をお話しようかと思ってます。

コメントもお願いしたというのもありますが、本当にたくさんいただきました♪ お約束通り、一部コメントを扱わせていただこうかと思ってます!質問も興味深いものばかりでしたので、今から楽しみです♪

この話の感想まで扱わせてもらおうかと思ってますので、送ろうか迷っている方々はぜひコメントしていってくださいね♪

小説、キャラ、執筆、筆者などに関する質問。
作品への感想。
執筆に対するアドバイス

長文でも短く一言でも全て私の栄養になりますので、犬に餌やる感覚で投げてくだされば幸いです♪

全てを扱えないかも知れませんが、どれもありがたく読ませていただいております!

言い方に拘らず、ご自由にコメントしていってくださいね♪

あ、でもあんまり過激なのは……うーんこういうとこは予防線張っちゃうのが私……(呆)

既に長くなりつつあるので、ひとまずここで一旦の締めとしましょうかw

それでは皆さん!
後語りで会えない人のために、一度ここでご挨拶させていただきます!




ここまでご愛読いただき、ありがとうございました!!!
それでは次のお話でお会いしましょう!!!ほなまた!!!




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第一部 犬の翡翠語り

 

 

 こんにちは!こんばんは!おはようございます!!!

 

 『Pokemon-翡翠の勇者-』ご高覧いただきありがとうございます。私、この小説を書いた『いぬぬわん』と申します。

 

 後語りまで……来てくださったんですね(ニチャア)

 

 ありがとうございますw

 

 すいません!まずは後語りの投稿が遅くなってしまって申し訳ないです!ここ最近ずっと執筆に集中していたので、その反動が出たのか中々取り掛かる事ができませんでした……。

 

 まぁ1番の理由はこの馬鹿みたいに長い話の読み返しに時間かかった事ですけどねっ!なんだよ80話って……頑張ったな私!……失礼。取り乱しました。とても楽しいひとときでしたね。

 

 

 ——というわけで、今日はその楽しかった時間を振り返りつつ、大きく分けて3つのコーナーから色々語っていこうと思いますよ!一応各コーナーの頭は拡大してますので、興味のないコーナーは飛ばしてもろて構いませんよ♪

 

 少し長いかもですが、よければ最後までお付き合いくだされば幸いですm(_ _)m

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

EP.0〜いぬぬわん、小説書くってよ〜

 

 ……私が初めて“お話”を書いたのは小学校5年生の時でした。

 

 それは国語の授業で、『自作の絵本』を作る宿題に取り組んだのがきっかけでした。その時は「4ページは書いてね」と先生に言われていたのですが、私は気づけば50ページを超える大作を作り上げていました。まさかそれをクラスで回し読みする流れになるとは思いませんでしたが、当時の私は羞恥で気絶しかけましたね。

 

 しかしそんな衝動が功を奏した……と言っていいのかわかりませんが、小説を読む以上に作り出す方に喜びを感じる人間へと成長させました。元々国語力は絶望的——というほどではなかったのも大きかったですかねw誕生日プレゼントに『広辞苑』をせがんだりすることもありましたね(気取ってるなぁ)。まぁその割には文章力もそこそこでしたけど。

 

 『好き』と『得意』は別物なんですね……。でもこうして『作り始めて続けられる』というのは『好き』じゃないとできない事ですからね。

 

 ちなみにこんなに長いシリーズを投稿っていうのはハーメルン様以外でもありませんでした。基本シリーズ物は頭の中だけでストーリーが完結すると『もういいや』ってなるものぐささなので……今回続いたのは本当に奇跡に近いですね。まだこの何倍も話は続くんじゃが……

 

 

 

 そうそう、なんで「ポケモン」だったのかって話ですね!

 

 実は最初は何かしらのスポーツを題材に書くつもりだったんです。その時ハマっていたのが「ベイビーステップ」っていうテニスの漫画でして、かなり本格的なテニスの知識が知れる私好みの話に感化されたんですよ。この話でもトレーニングの内容についてはかなりパク——参考にさせてもらいました()。

 

 ——で、それでスポーツものにしなかった理由なんですが……。

 

 

 

「いや、スポーツやったことねー」

 

 

 

 このいぬぬわん。生まれてこの方スポーツをやり込んだ経験がないんです。野球も塁を進めて良い時と悪い時の違いがわからなかったり、サッカーもオフサイドって何度説明受けても理解できなかったり……とにかくルールを理解できるものが少なかったんです。だから例え書いたとしても、説得力が薄い話しか書けない気がしたんですよね。

 

 あーいうスポーツものって多分すごく色々調査してから書いてる先生ばかりだと思うんですよ。けどだからと言って「じゃあ今からスポーツ調査すっか!」とはならなかった。当たり前です。別に愛着があるスポーツがあるわけじゃなかったですからね!

 

 でもなんか「青春したいなー」とか「友情努力根性的なの書きたいなー」とかは思う訳ですよ。

 

 んで、閃いたわけです——「ポケモンなら好き勝手言えんじゃね?」

 

 これが動機ですね。その時ちょうど『ポケットモンスターサファイア』を自宅から発掘しまして、草タイプ縛りでストーリー攻略に挑んでました。

 

 スバメ使えんとこんなキツいんトウキ?とかオバヒ連発やめろやアスナ!とか色々あったなぁ(死んだ目)——まぁそれはさておき、とにかくそれで「ポケモンって楽しかったよなー」という気持ちで満たされていたんですよね。

 

 しかも「そいえばリメイク出てなかった?」と思い立ったところ、『ORAS』が出てるやん!となりまして——あとはそのままズルズルズルズル……

 

 つまりは『スポ根』を『ポケモン』でやりたいとなったのが経緯です。だから修行パート多めなんですかね……

 

 でも皆さんが知っての通り、原作ストーリーは最終的にそれどころじゃなくなっていくんですよね。これ結構コメントでいただいていたので、少しネタバレになっちゃいますが、やはりこの話もただでは済みません。

 

 実はこの話のプロトタイプがありまして、そっちで書いてた時は『翡翠の勇者』のような過酷さはありませんでした。もっとライトに描いていたんですね。

 

 でも「うーんこのままの少年少女が天変地異レベルの話についていくのって無理くね?」と相成りまして、結果登場人物にはテコ入れが入ることになりました。いや魔改造と言っていいな……。

 

 とりあえず行動動機が薄かった皆さんの過去にアレしちゃいました☆とりわけユウキ&キモリ(わかば)についてはその度合いが凄くてですね……まあ見て下さった通り、あの有様です。最初はただ青春させるだけのつもりだったんだけどなぁー(棒)

 

 まぁそれが結果として厚みのある話になったんじゃないでしょうか?むしろキャラ設定が定まったことで、世界観の設定が活きてきたと言うこともありました(プロの厳しさとかHLC規定とかね)。

 

 まだお話に触れてないところは曖昧な部分も多いですが、なるべく矛盾がないようにしたいですね……自信ねぇー。

 

 それはそれとして、かなり改変した部分が多くてですね。実はもう書きたくて仕方がない話がめちゃくちゃあるんですよ。

 

 具体的にはほとんどがストーリー終盤に詰まってるからまだまだ我慢しなきゃいけないんですけどね!かっ飛ばしたいぃぃぃ!!!

 

 

 ——大丈夫。まだ舞える。

 

 てな感じなので、これからも応援してくださればと思います。

 

 まあこれが大体の書く事になった経緯でしょうかね。

 

 まさかその頃はこんなにたくさん読んでもらえるとは……夢にも思いませんでした。ありがとうございます!

 

 あと少しこれは補足というか。

 

 私、結構他の二次創作者さんのも読んでますw

 

 だからそこで得たインスピレーションが作品に出ちゃうんですよね!これって盗用とかになりませんかね?なりませんよね……?わからん怖い。

 

 お名前出していいのかすらわからないのであまり言うのは控えようかと思ったのですが、本当にめちゃくちゃ面白い話ばかりなんです。その中には私と同じ『ORAS』の世界を舞台にしている方もいらっしゃるので、よければ探してみてくださいね♪

 

 それゆえ作風や設定が似てるなーと思われる事もあるかもですが、目を瞑っていただけるとありがたい……_:(´ཀ`」 ∠):

 

 くそ……一旦落ち着くか。

 

 お茶ゴクゴク。

 

 

 

 ふー。まあこんなもんです。

 

 この時点で何人がブラウザバックしてるのかわかりませんが、全部読んだあなたは猛者です。安心して天下一武道会に行ってください。

 

 

 

 ご拝読に感謝です!ほな。そろそろメインディッシュ行きますか……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

読者様のコメント返信コーナー

 

 

 

 ハイ!!!というわけで大変長らくお待たせいたしました!

 

 このコーナーでは、今までいただいたコメントを取扱い、その時には言えなかったあんなことやこんなことをお話していこうと思います!

 

 ぶっちゃけこれがやりたかっただけである……。

 

 質問もたくさんお寄せいただいちゃって本当に皆さんお優しいですね。

 

 一応お名前の方は伏せさせていただきますので、心配されてる方いらっしゃったらご安心を。

 

 

 

 というわけで、ありがたく召し上がる——もとい扱わせていただきます〜♪

 

 

 

擦れずに素直で努力家のユウキ応援してます。
周囲の評価やデビューが遅すぎたというハンデに精神削れても折れないのが良い。どんどん削られていって成長して欲しい。
バトル楽しみです!

 

 

 

ハァ〜〜〜!これが初コメでしたッ‼︎

 

 ……わかりますか?

 

 少しずつコツコツ投稿する中で「これって面白いんか?」——「書くのはいいとして別に人様に見せなくてよかったんじゃね?」——「こんな何番煎じかもわからん話なんかみんな飽きてるだろうな」……なんて思ってる時によ?

 

 

 

 このコメントがどんだけ染みたか!!!

 

 

 

 もちろん人の評価の為に書いてるわけでも、仕事としてやってるわけでもないので、それに気持ちが左右されるのはどうなの?と思わなくもないですが、嬉しいもんは嬉しいんです。はいこれ真理。

 

 内容もすごく主人公の今後を楽しんでくださっている事を感じましたので、本当に嬉しかったんですよ。記念すべき初コメに感謝です(T ^ T)

 

 あと結構「削られる」けど「折れない」っていうのは意識して書いた点なので「す、鋭いな…」とか思ったりしてました。

 

 これ以外にも「ジムリの子供って立場のおかげで、勝っても負けても好き勝手言わせ放題の環境いいよね!好き勝手言われてメンタル削り放題!やすりかけまくっていい艶がでるよ!」——という旨をくださった方もいらっしゃいました!別にユウキくん鉛筆じゃねぇからw

 

 

 

 まるで今後を占うかのようなコメントに、改めて感謝をばm(_ _)m

 

 

 

読み返したらオギって名乗ってましたが・・・
ツシマ・オギ?
オギ・ツシマさん?トウカの森以外で出会った人だよね?


 

 

 

マジごめん。

 

 このコメントの存在に今の今まで気付いてなかったんです……そんな事ある?

 

 いやぁー多分“オギ”って名前で行くプロットがあったんだと思います。ただの勘違い!ちゃんと『ツシマ』で大丈夫です(汗)後で直す気だったのか……?当時の私の永遠の謎……(´・ω・`)

 

 

 

アカカブ特性、夢特性!?ミツルくん!?ホントどうやってこのアカカブ(ナックラー)と出会ったの!?

 

 

 

 この“夢特性”ってのを私あまり存じ上げなかったもんで、よくよく調べたら、昔はかなり限定的な方法でしか手に入らないポケモンだったと後になって知りました。

 

 一応野生で普通に見つかるもんじゃないよ?とはわかってはいたので相応の珍しさではあったんですが、自然湧きしますよ。これらのポケモンは(汗)

 

 でもナックラー(アカカブ)とミツルくんとの出会いはいつか書きたいな……外伝的な?ちなみに『ORAS』ではナビサーチで夢特性持ちみたいな特殊な個体が手に入るみたいですね。

 

 それで“ゴッドバード”持ちのスバメが見つかった時は笑った。

 

 

 

この手のタイプは遅咲き・・・本来は大器晩成型。しかも高い分析能力と、それに基づいたカンもありますよね?彼の気質と素質、しっかり噛み合い始めたら、成長具合がえげつないことになりそうですねぇ。

 

 

 

 石の洞窟のボスゴドラ戦の時のコメントですね!ユウキくんへの評価が凄く嬉しかったです♪

 

 この時点では主人公としての強みが希薄だったのに、将来性を感じてくださったのが印象的でしたね。このコメント主さんが第一部を読んでどう思ったのか、続く感想が気になるところです(コメント催促ではありません‼︎)

 

 

 

ボスゴドラも好きですv
鎧、怪獣のロマンが詰まってますよね。

 

古傷+隻角の強者個体ボスゴドラとかいう好みドスライクがきた!

 

鋼の鎧纏った怪物がスラスター吹かして突進とか
大好物すぎる。

 

 

 

 “隻角ボスゴドラ”への高評価が思ったよりもあって舞い上がりました!

 

 いいよね‼︎こういう厨二心爆発させるやつ!!!私も我ながらなんてものを生み出してしまったんだと惚れ惚れしてます(自賛)誰か絵にしてくんねぇかな……私もチャレンジしてみるけど。

 

 

 

ヂャマ゛メ゛おめでどう゛!!!!
野生のポチエナにボロボロにされたところに出会ったちゃまめが立派になってええええ(涙)

 

特に好きなシーンはチャマメがマッスグマと戦ってるところですね、
「チャマメぇ....立派になったなああ!」と涙ぐみました()

 

 

 

 結構チャマメの人気が高くてどちゃくそ嬉しい私(・∀・)

 

 私、初めてポケモンをやったのは『サファイア』なんですよ。んで最初に草むらで初期に遭遇するのがジグザグマな訳です。んであの見た目……あかん。かわいい。

 

 ちょいちょい作中でも崇め奉ってましたけど本当にマジで天使。皆さん。これからも一緒にチャマメを崇拝——応援してあげてくださいね。

 

 

 

泣いてまうやろ!?

 

涙出てきた。
そうよね、命って、輝いてるものねっ・・・!!

 

 

 

 拙い文章だったのにすごい読み取ってくださったんだなぁとこのコメントに泣かされたわ。

 

 ちなみに書きながらボロボロ泣いてました。小説書いてるとその時のキャラの心理に入り込んじゃったり、観客として入り込んだりしてる自分がいるんですよね……。

 

 しかもこの先の展開も知ってるからさぁ〜……だから読者さんよりも涙腺がゆるゆるになります。もうアラサーなんですけどね。

 

 

 

ルール改定で四天王制度なくなりましたが四天王達の反応はどんなものだったのでしょうか?

 

 

 

 いい質問ですね(ウミガメのスープ風)。

 

 ではここでその当時取材を受けたチャンピオンと四天王たちのコメントを覗いてみましょうか(古い雑誌のとある1コーナー抜粋)。

 

 

 

Q.突然のHLC発足と四天王制度廃止について一言お願いします。

 

 

 

A.『襲逆者(レイダー)カゲツ』

あッ⁉︎納得行くわけねぇだろ‼︎これから本部に殴り込みに行くところだよ!!!何撮ってんだ?俺ぁ見せもんじゃねぇぞ!!!

 

A.『亡南姫(パラノマラー)フヨウ』

難しいことはわかんなーい。別にいいんじゃない?そういうのはダイゴくんに聞いてよ。

 

A.『絶氷華(アブソリュート)プリム』

わたくしはただ熱くなりたいだけ……ですがここしばらくのバトルは身も心も凍えそうなほどつまらなかった……わたくしにとっては重荷からの開放に他ならない……

 

A『竜皇(ドラゴン)ゲンジ』

……戦場が変わる。それだけの話だ。

 

A『純鉄(スミガネ)ダイゴ』

この決定には納得してもらえないかもしれない……でも、僕らはホウエンの発展と平安を望む。それを考えた上での決定だと仲間たちには理解して欲しい……かな?僕も頑張るから、今後に期待していてよ。

 

 

 

 ——以上になります。

 

 いやぁくせ強そうな面々でしたね。これらのインタビューがこの質問の解答になっているかはわかりませんが、参考までに——って感じでした♪

 

 

 

orasで草縛りした時テッセンさんどうやって攻略しましたか?ジュプトル単体で挑んで詰んだので気になりました。

 

 

 

 これは実際のゲームのお話ですね。GBAのルビサファなのかORASなのか判断しかねますが、ジュプトル単騎かぁ〜w

 

 私は旧ルビサファを草タイプ縛りでやっていたのでその辛さもわかります。特に『野生狩りでのレベリング』と『戦闘中のアイテム使用』は縛っていました(何のために?)

 

 特に単騎以外に縛りがないのであれば、ある程度のレベル上げと混乱か麻痺対策にきのみを持たせてあげたりするといいかも?とにかくテッセンは状態異常をばら撒いてから行動するAIみたいなので、そのどちらにも対応したいと言うことでしたら、“のんきのおこう”を持たせるのはどうでしょうか?

 

 要は状態異常も当たりさえしなければどうと言うことはないですからねw “でんじは”はかわせなくても、“ちょうおんぱ”くらいならどうにか避けられる気がする……。のんきのおこうはカイナシティの露店で買えたと思うので、よかったらそちらにお立ち寄りください。

 

 草タイプ縛りの方ではとりあえずキノガッサ連れてれば余裕ですwあいつのマッパでぶち抜きましょう。ORASならいざ知らず、旧ルビサファではジュプトルだけだと有効打にロクなもんがないんですよね。せめて“やどりぎのタネ”くらいレベルアップで覚えて欲しかった……。

 

 ただ旧ルビサファの向こうの有効打も“ソニックブーム”だけだったので、あえて麻痺をくらって素早さを下げつつ、体力が三分の一以下でも“ソニックブーム”耐えられるレベルにしてから、“しんりょく”発動下の“タネマシンガン”で強引に突破するかもです。

 

 ORASなら“グロウパンチ”を買いましょう。キンセツのショップで売ってます。クラボのみ持たせて最初のコイルを起点に攻撃力を上げてそのまま全抜きできると思いますw

 

 すいません。この縛りやってた時本当にキツくて楽しかったんです(?)草タイプって弱点突かれまくるくせにこっちから抜群をつけるポケモンが少ないんですよねw

 

 複合タイプで威力が等倍になったり、4分の1になったりとかザラだし……。

 

 アオギリの使ってくるクロバットにはとてつもないスピードと“エアスラッシュ”でズタズタにされるし、ナギさんやダイゴさんが使ってくるエアームドは弱点が“電気”と“炎”……草タイプほとんど覚えへんのよ!

 

 とにかく飛行ポケモンと素早いポケモンに苦戦させられまくるので、これをやろうとしているみんなは是非悶えていってくれよな!

 

 ……長くなってしまった(⌒-⌒; )

 

 

 

なんかポケモンSPECIAL(ポケモンの漫画。ゲーフリの人に本当に書きたかったポケモン世界と言わしめた作品。一読の価値ありです)読んでるときみたいなワクワク感が込み上げてきました。

 

 

 

 ありがとうございます!この方以外にも結構ポケスペ(ポケモンの漫画)の様だと感想してくださる方いらっしゃいました!

 

 そうなんですよね……決して寄せてるつもりではないんですが……。

 

 とにかくゲームでは描かれなかった部分を妄想するのが、このポケモン二次創作の楽しみ方のひとつだと私は考えています。だから本当はこんな法律があったんじゃないかなー?とか根無草の旅って色々大変なんじゃないー?とか……そういうのを描くのが凄く楽しいんですよね♪

 

 その結果ポケスペに近づいていっている……というのが私の主観なんですが、まあそれはどっちでもいいですねw

 

 実際今ポケスペも読みながら執筆していますので、そこから得た設定やキャラクター像が作品に反映されることはあります。ですのでパクリスペクトはしていきますが、どうかご容赦願いたいですね……_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

 

ツツジさんとトウキさん長い付き合いの2人がした大きい喧嘩のエピソードがあれば聞きたいです

 

 

 

 この二人は年中喧嘩してますよ。まあそれだけ気兼ねなく話せるくらいに信頼している証でもあるんですけどね♪

 

 そうだなぁ〜……ではその二人が起こした事件の記録を抜粋してみましょうか。

 

 

 

 2015/08/27未明。

 

 カナズミシティの公共バトルコート周辺に交通規制が敷かれた。

 

 原因はバトルコートで行われた対戦において、二人のトレーナーが使用した技の影響がコート外にまで及んだ結果とのこと。一部始終を観戦していたギャラリーによると「『岩タイプが格闘タイプに勝てないのはおかしい』とか言ってました。あの二人一度火がついたら止まらないから……」との事で、二人のトレーナーとの口論がきっかけという情報が入っている。

 

 使用された技は地形を破壊するものが多く使われた結果、それが交通の妨げとなってしまった。事態の収拾を図ったプロトレーナーによる厳重注意と罰則が、当事者二人に貸せられた模様。

 

 

 

 若さ故の過ちってやつですね……。

 

 これを機にしたのかわかりませんが、口論からバトルに発展するケースはこれ以降なかったとか……反省はできるジムリーダーの若き日の議事録でした……( ˘ω˘ )

 

 

 

ツシマさんはポケモン持ってないんでしょうか?

 

 

 

 持ってません。それ故に本来道路間の移動にはプロトレーナーによる護衛を依頼するのが一般的です。さして実力を問わないのであれば、タクシー感覚で依頼できるんですが、この人ほんと怖いもの知らず過ぎるわ。

 

 ちなみに旅のコーチングはジム生になって受けます。ユウキくんに関しては先にオダマキ博士のフィールドワークで学ぶ機会があったので、一応最低限の知識はあるって感じですかね……。

 

 

 

ツツジさんの奥義というか、一握りのトレーナーとポケモンだけが使える奥義ですが公式で使えるのでしょうか?
可能としても使う機会少なそうですがフィールド保ちますか?

 

 

 

 “完帯掌握(フルコマンド)”のことですね。

 

 この技はいわゆるポケモンの奥義であり、バトルを極めたトレーナーといえどもこれを使用できるポケモンはごく僅かですね。呪術廻戦の“領域展開”に似てますかね(というパクゲフンゲフン)。練習に練習を重ねても、元々その才能がなければ使うことが許されないって感じです。

 

 公式戦での話ですが、使用は可能です。ただし互いのトレーナーを危険に晒す規模だった場合は“リスクバイオレーション”という反則扱いになり、そのポケモンは如何なる理由があっても戦闘不能扱いになります。

 

 この辺のルールってまだちゃんと固まってないので色々後で変わることもあるかもですが、「コートを破壊するのは大丈夫だけど、トレーナーを危険に晒す様なことはしちゃだめよ?」っと覚えてくだされば大丈夫です♪

 

 

 

公式で珍プレイor端バトルみたいなネタが有れば教えください。

 

 

 

 端バトル?はわからなかったのですが、公式戦にある意味記憶に残ったバトルってのは確かにありますね。

 

 例えば“メタモン”が“へんしん”で相手の姿をコピーしたんですけど、その試合中に、コピーされた側のポケモンがメタモンに恋心を抱いてしまったらしくて、試合にならなかったらしいです。

 

 その後両者トレーナーはそれがきっかけで交際が始まって、ポケモンとトレーナー両方がゴールインした……というのは後日談含めて一時ホウエンで話題になりましたね。

 

 “縁結びメタモン”とか流行って、メタモンを求めて“ハジツゲタウン”に人が殺到したとかしなかったとか(ゲームのエメラルドではハジツゲのトンネルでメタモンが確か出てきたはず)……。

 

 

 

トウキさんとツツジさん公式でバチバチにやり合ったことあるんですね。タイプ的に不利なツツジさんですが相性不利でも勝利してるんですね。2人の対戦成績どっちが勝ち越しか聞いてもいいですか?!

 

 

 

 トウキvsツツジの戦績はトウキさんが勝ち越してますね。プロになってからの公式記録だけですが、7:3でトウキさん有利です。

 

 まあこれはタイプ相性もありますが、逆に言うと3割は勝てるツツジさんの方がすごいと私は思ってます。作中でもやりとりがありましたが、ツツジさんが勝った試合って大体トウキさんの絶好調の時も含まれてるんですよ。

 

 トウキさんは地力も強いんですが、基本メンタルに調子を左右される関係で、不得意な相手との試合を落としたりもしますが、そういう安定した強さという点ではツツジさんの方に軍配が上がります。

 

 それでも瞬間最大出力はトウキさんの方が上かなー?本当にノってる時はマジで手がつけられませんよトウキさんは……。

 

 みなさんはどっちが強いと思いますか?

 

 

 

実力主義はよくわかったんですが実力のないものがいつまでもプロに席を置き続けられるのでしょうか?
一定の成果の出せないものはプロから降格とかそういう規定はありますか?

 

 

 

 この辺は半分設定が出来上がってて、もう半分は少し後付けになります。

 

 一応組織設定はあるんですが、こうした疑問や作品を進めていく中で「やっぱこういうのがいいんじゃね?」と軌道修正することになるんですよね。これが私の限界ですが、いくつか確定した組織設定についてお話させてください。

 

 

 HLC所属のプロトレーナーは、原則として、大会戦績だけで除名・処分させられることはありません

 

 これはプロトレーナーの仕事が、トーナメントプレイヤーに留まらないからですね。トウカジムでジム生が生活圏内の行事に参加している旨が記載されていたと思いますが、これをプロはフリーで請け負うことができます。そうしたバトル以外での収入が結構大事で、プロの資格はそれ目的で取得する人が多いんです。

 

 トウキさんは少しその辺りをバトル寄りに考えちゃってるところがあるので、あんな言い方にはなってしまいましたが、そうしたプロの活動がホウエンの事業を支えている背景もあるんですよね。

 

 まぁ結局ホウエンプロリーグに出られる様な上位5%の“ランカー”になるためにはジム戦とトーナメントを勝ち上がるしかないので、ユウキくんの道が依然険しい事に変わりはありませんけどね。

 

 ただし!犯罪行為に手を染めたり、それに関与したりした場合については除名・処分はあり得ます。この処分はかなり重く、一度でもそのことが発覚すると、最悪の場合ホウエンでの如何なるポケモンの行使もできなくなります。

 

 これは強い力を得たトレーナーに対する抑止力でもあり、HLCはプロでの恩恵を与える事で、実質的にホウエンの強者を制御下に置く目論みがあるのではと囁かれています。

 

 話が進めばいずれ出てくる話題であったため、先にここで説明させていただきました!

 

 

 

元気坊主タイキ君。
ちょっとこの元気坊主面白すぎないですか!?弟子入りする行動力!
第二部での活躍に期待ですw

 

 

 

 タイキくんに注目するとはお目が高い!何故ならこの坊主、実は最初ツシマさんだったんです。

 

 どういうことかと言うと、ツシマさんが旅に同伴する予定ではあったんですよ。

 

 正直ここは悩みました。

 

 それはそれで絶対旅が楽しくなる(書き手だけ)とは思ってましたからねー。でも、ツシマさんにもタイキくんにも今後の展開を考えるとこれがベストな立ち位置になったと思っています。

 

 それってつまり今後ツシマさんも出てくる可能性あるってことなのかい?いぬぬわんくん?(自問自答)

 

 とにかくこの二人がどことなく似てると感じた方は鋭いですよ……。

 

 

 

ツツジさんのヘアセットはどれくらいかかるんでしょうか?朝早い見送りにきもキッチリ身嗜み整えてきてるんだとしたら何時に起きてるんでしょう?本編でユウキ君心の中でツッコんでましたが・・・

 

 

 

 髪セットだけで1時間と言われています。というのもこの翡翠の勇者のツツジさんは、髪型のバリエーションが豊富です。

 

 端的に言えば髪で遊ぶのが好きなんですよね。意外な乙女心。一番しているORASのツツジさんの髪型が落ち着くという理由でその頻度は高いですが、今度ツツジさんの頭で遊んだ絵でも載せましょうかね?

 

 可愛いよなぁーツツジさん。

 

 

 

 ——という感じで、たくさんのご感想をありがとうございました!!!

 

 これ以外にもたくさんのコメントいただいてましたが、どれも本当に励まされましたぁ〜♪

 

 全てを紹介しきれなかった事、申し訳ありません!

 

 最終話にいただいたコメントはみなさんがこれまでこの作品で楽しんでいたことや、今後が楽しみだという思いがたくさん詰まっていて、目を通すたびに雨乞いするシャーマンみたいに踊り狂ってます(こわっ)

 

 こうした感想が本当にモチベーションになってまして、それだけでお腹が膨れる思いです♪

 

 暖かい応援と評価に深く感謝いたします!

m(_ _)m

 

 これからも頑張って執筆していく中で、皆さんからのコメントを楽しみにしております♪

 

 そして、お気に入りにしてくださった方や、評価までつけてくださった方に関しましても、誠に有難うございます!!!

 

 これからも末永くお付き合いください……。

 

 

 

 そいでは……最後はこのコーナーでお別れといたしましょうか!

 

 ここまでのご拝読、ありがとうございました。

 

 よかったら最後まで見ていってください♪

 

 

 

 それでは——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

第二部 予告編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——マサトはね、本当にわかばと仲がよかったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錆びた歯車が、鈍く軋み、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——お前もアクア団に入団(はい)らねぇか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回り出した歯車は徐々にその速度を上げる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——あいつなんかをなんでアオギリさんが気にするんだよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

噛み合い……弾き合い……動き……軋み……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ワッハッハッ!子供は元気があってなんぼじゃのぉ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は、その物語の扉に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——想像力が足りないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて錆び付いた扉に手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——お待ちしておりましたわ……ユウキさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その向こうの景色を……彼の瞳が映す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ユウキ。ジムリーダーとして……今一度お前の前に立ち塞がろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼も……歯車のひとつとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——久しぶりだね。()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度錆び付いた扉は、悲鳴の様にまた軋む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——やっぱり、君を置いていって正解だったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉はまだ開き切らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——超古代ポケモン……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れたままの歯車も……あるのだから……——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二部『スカーレッドジグソー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月より始動!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなのがプロだってのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued … ▶︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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プロローグ2
1st



未だに前書き考えるのに5、6分は欲する。




 

 

 

 窓ひとつない狭い部屋。

 

 蛍光灯が照らしているそこに、ひとりの男性が細い何かを咥えながら、物思いに耽っていた。

 

 そこに新たに一人の男が入室する。

 

 小柄で無精髭をたくわえたその男性。何より目を引くのは、頭の大きさをカサ増ししているアフロである。

 

 

 

「あ!局長——」

 

「あーいいよ。楽にしてくれ。私も休憩だ」

 

 

 

 新たに入ってきた特徴的な男の部下らしき彼は、上司の一言で少しだけ緊張を緩める。局長なる人物は、先客とは対格上の席に座り、部下と同じような白く長細いもの——棒付きのキャンディーを咥えた。

 

 

 

「局長もやめたんですか?」

 

「ん……まぁな。来月にはここも無くなるから、今のうちにと思ってな」

 

「……そうですか」

 

 

 

 主語はなかったが、互いに言いたいことはわかるらしく、やりとりが終わるとしんみりとした空気が狭い部屋に満ちた。

 

 少しの沈黙の後、口を開いたのは局長だった。

 

 

 

「……随分と、堅苦しい世の中になったもんだ」

 

 

 

 一言漏らすと、局長は自分の服を弄って何かを探す仕草をする。しかしすぐ何かにハッとしたように挙動を止め、罰が悪そうに大人しくなった。

 

 

 

「アハハ。癖って中々抜けないですね」

 

「はぁ……女々しいもんだな」

 

「そんな風におっしゃらないでください。気持ちはわかります」

 

 

 

 その挙動が少しおかしかったのか、二人の空気は幾分か和らいだ。しかしそこにある一種の寂しさは消えることがなかった……。

 

 

 

「……そいえば、今年はまた凄いのがプロ入りしたらしいですね?」

 

「あぁ……“紅燕娘(レッドスワロー)”か。最近は彼女の話題で持ちきりだな」

 

「凄いですよね……特にジム生歴も無く、カナズミ級の教育を受けたわけでもないのに、たった数ヶ月でバッジを4()()も——」

 

「…………」

 

「局長?」

 

 

 

 今をときめくスターの話で高揚する部下は、それと対照的に渋い顔をする上司の雰囲気に気がつく。

 

 

 

「どうなんだろうな……急激な成長というものは、何も良いことばかりではないだろう」

 

「……というと?」

 

「圧倒的な才能、若さ故の期待感、異例の経歴……彼女は人を惹きつける要素をたくさん持っている……持ちすぎるほどに」

 

「そりゃ……確かに注目され過ぎな感はありますが……」

 

 

 

 局長の言い分に、彼が何を言わんとしているのかがわからない部下。局長は咥えていたものを摘み、それをゴミ箱に捨てながら続ける。

 

 

 

「才があるからと言って、別に先を急ぐ必要は無いと私は考えているよ……まあそれも、年長者の臆病風と言われて仕舞えばそれまでだ。若者というのは、駆け足で行けるところまで行ってしまうものだろうしね」

 

「そ、そういうものですかね……」

 

 

 

 上司の心情は計りかねるが、一感想にしては思うところがあるのではと勘繰っていた部下。彼からすると、自ら提出きてきた議題をあっさり片付けてしまう有り様に戸惑ってしまうのも仕方のない事だった。

 

 まるで、『その懸念が杞憂であれば……』というような口ぶりだった。

 

 

 

「局長は……何か心配事があるんですか?」

 

「ふっ……心配事がない人間などいないさ。取り分け“こんな状況”なら尚更だろう」

 

 

 

 こんな状況——そのワードには、部下も顔を顰めずにはいられない。それはここ最近よく耳にする一連の事件の事を指していると、すぐにわかったからだ。

 

 

 

「……歓談が過ぎたな。私はそろそろ戻る。君も休むのはいいが、あまり油を売るなよ」

 

「あ……はい」

 

 

 

 結局さっきの“スワロー”の話ははぐらかされる形となってしまった。部下は先ほどの会話の真相に興味を抱いたが、上司は立ち上がって自分の持ち場へと戻っていった。

 

 その内容について追求したい気持ちはあったが、自分が今職務中であることを考えて、またの機会へと繰り越すことにした部下だった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 暗い部屋を照らすのはホウエン地方全土を映す巨大なモニターとオペレーターが扱うパソコンの灯り。カタカタとキーボードを素早く叩く音がそこかしこから聞こえ、誰かと誰かが真剣な面持ちでひっそりと話し合っていたりする。

 

 

 

——ビー!

 

 

 

 巨大なモニターが映していた青々しい世界が、突然の音と共に赤く染め上がる。

 

 その瞬間、場内の緊張は一気に高まった。

 

 

 

「——緊急連絡!“コード108”より救急要請!」

 

 

 

 女性のオペレーターが室内の人員に呼びかける。全員が見えるモニターには、ホウエン地方の南西にフォーカスされ、『108番水道』が拡大したものが映し出された。

 

 それを受け、アフロ頭の局長がインカム越しに一言「繋げ」と言う。モニターには“SOUND ONLY”の文字が表示され、その後男はさらに続けた。

 

 

 

「——こちらHLC治安維持局です。どうなさいましたか?」

 

「——ガガッ——《……ちら…シーキンセ……》ガガッ——《…ぞの……だんが…………》——ガガッ!」

 

 

 

 通信から聴こえてくる声は、緊迫している事はわかるが、内容はほとんど理解できない。

 

 

 

「こちらHLC治安維持局。磁気嵐が酷くそちらの声が聞こえない。怪我人はいますか?」

 

「——ガガッ《けが……多数…………至急応援……》ガガッ!」

 

「要請受諾します。近くのプロトレーナーを急行させます。引き続き状況を出来る限りお話しください」

 

 

 

 それだけやりとりをすると、通信をオペレーターに渡し、男は周囲の人間に声をかける。

 

 

 

「——至急近郊のトレーナーに連絡!救援シグナルは“シーキンセツ”からだ!ムロとカイナにも受け入れ態勢の援助を!水タイプの大型ポケモンに物資を運ばせろ!」

 

 

 

 救援信号を受けた彼は迅速に指揮を取り、そこにいた人員が、今していた仕事を置いてその指示に従った。各人が救援活動のために動き始める中、そのうちの一人の男が指揮官に駆け寄る。

 

 

 

「局長……この事態はやはり……?」

 

「……ああ。おそらくな」

 

 

 

 部下の問いかけに短く頷く局長。その顔は、まるでこの事態を予見していたかの様に見えた。

 

 

 

「“シーキンセツ”——自然保護区指定のあの場所を何者かが襲撃……ここ最近頻繁していた密猟やダンジョンの侵略行為のうちのひとつだろう」

 

「ムロの“石の洞窟”もその痕跡があったとジムリーダーから情報提供がありましたが……組織的な犯行なのでしょうか?」

 

「それはわからん……安易に物事を繋げて考えては、事実を見失う可能性がある」

 

「すみません……」

 

 

 

 浅慮に走りそうになる部下を諌める局長。だが、彼もまた言い知れぬ不安の中にいた。

 

 

 

「だが……このホウエンで、誰かが何かをしようとしているとしたら……」

 

 

 

 それ以上彼は語らなかった。

 

 その先を言葉にするのが……どこか恐ろしかったのかも知れない……——

 

 

 

「願わくば……この中年の杞憂であってくれればいいがな……」

 

 

 

 

 

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物々しさときな臭さが漂う……——。

ポケスペ世界線からもキャラお借りします。
「これどの世界線?」と細かいことはお気になさらず( ˘ω˘ )



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2nd


嫌なことって、ちょっとあるだけでも驚くほどメンタル崩すことがある。小石につまづいて盛大にすっ転ぶように……そんな日もあるよ。




 

 

 

 ピピピピ——。

 

 朝早くから、自分のデバイスに着信がかかってくることは珍しいことではない。

 

 オダマキ博士は人柄が温和で楽天的な面を持つため、忙しさが態度に出ることはあまりないが、かなりの多忙を極める人物。彼に助言を求めて連絡が来る事など日常茶飯事なのである。

 

 それ故にその生活が続いたからか、体は『電話が鳴ると意識が覚醒する』ように仕込まれている。今回もその例に漏れず、かかってきた電話へと応えるべく、夜明け近くまで起きていた彼は、微睡(まどろ)む意識に鞭打って通話のボタンをタップする。

 

 

 

「——もしもし……オダマキです。どちら様?」

 

「《——お久しぶりです》」

 

 

 

 電話越しのその声に、一瞬思考が固まったオダマキ。

 

 その聞き覚えのある声は……ましてこんな形で聞くことになるとは思ってもいなかった。

 

 それを段々と理解してきたオダマキは、霞がかった思考を晴らす。

 

 

 

「き、君なのか……アーロンッ‼︎」

 

 

 

 電話の主は少し黙して、そうだと告げる。その一言にオダマキは驚きのあまり言葉を失う。

 

 数秒黙り、飛び起きた反動で立ち上がった体をそのままさっきまで寝ていたベッドに乗せる。

 

 

 

「……まさか君から“電話”だなんてね」

 

「何ですか……人を原始人みたいに」

 

「ハハ……これは皮肉が過ぎたね」

 

 

 

 彼の声色から、オダマキも徐々に気持ちを落ち着ける。その声は、“初めて聞いた時”とは違い、穏やかさや落ち着きを感じたからだろう。

 

 オダマキという男は、そういう事に鋭敏な男だった。

 

 

 

「急に私たちの前から姿を消した時は、君の存在すら疑ったよ……君と過ごしたあの日々は夢だったんじゃないかとね」

 

「ひどいなぁ……いや、いきなりいなくなった私が言えた義理ではないか」

 

「全くだよ……でも、無事なんだね?」

 

「はい。おかげさまで」

 

 

 

 二人のやりとりは、はたから聞いても久々の再会を喜び合う旧知——それだけではない間柄であることを読み取らせる。互いが複雑な気持ちを持っているのか、今日という感動を言葉にできないのか、またはその両方か……主語にあたるものをあまり語ろうとはしない。

 

 少しずつ……まるでこの嬉しさを噛み締めるように、互いはゆっくり言葉を紡ぐ。

 

 

 

「——そういえば会いましたよ。“ミシロ”から旅立ったトレーナーと」

 

 

 

 そんな中、ふとアーロンはその話題を持ち出した。

 

 その少年のことを、おそらくオダマキなら知っているだろうと問いかけた訳だが、すぐにそれが誰のことだったかわかる。

 

 

 

「“ユウキ”くんか……!なるほど。彼に会ったんだね」

 

「ええ。面白い子でした。何より純粋で……綺麗な“波導”を感じさせてくれた」

 

「“波導”……ね。改めて電話の向こうが君なんだと認識したよ」

 

「少し危なっかしい所はありましたが……問題は無さそうでした」

 

「少し面倒を見てくれたみたいだね。ありがとう……でも、久々に連絡してくれたのはその事だったのかい?」

 

 

 

 そう言いながら、オダマキは嬉しさもそこそこに核心を見定めていた。ユウキの近況を伝えるために、長らく連絡を絶っていたアーロンが電話をした——とオダマキは考えない。

 

 彼がその昔、どういう理由で消えたのかはわからないが、それでも相応の理由があったのだろうと推察するオダマキにとって、この連絡は、久々の再会を喜び合うだけのものでは無いことを半ば確信していた。

 

 

 

「……あなたのその思慮深さに感謝します。オダマキさん」

 

「何のことはないよ。僕の杞憂ならそれでいいんだ」

 

「いいえ。あなたに連絡をしたのは他でも無い……少しだけ耳に入れて置いて欲しい事があります」

 

「……電話ではマズイかな。内密の話なんだろ?」

 

「そうですか……いや、そうですね。すいません。まだ携帯電話(こういう物)に慣れてなくて……」

 

「いいんだ。僕はしばらくミシロにいるが、必要ならこちらから出向くよ。君の為なら、いくらでも時間を取ろう」

 

「ありがとうございます……そちらに行く時は、改めて連絡します。それじゃ——」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 そこで電話が切れる——。

 

 アーロンは通話を切ると、少しため息を吐く。

 

 

 

「このケータイってのは、まだ慣れないな。ユウキくんに使い方のコツを聞いておくんだった……」

 

 

 

 なんて愚痴をポツリと呟きながら、ホウエンでも一際目立つ山の高い場所から、アーロンは下界を見下ろす。

 

 快晴の空にはここよりも高いところを飛ぶポケモンの姿が見える。

 

 その下に広がるのは、森や町、岩肌や海。

 

 それらを眺めて、アーロンは一言だけ呟——

 

 

 

——ボォォォオオオ‼︎

 

 

 

 突然の火炎が、彼を包む。

 

 その火は普通の人間が巻かれればひとたまりもない火力を有しており、アーロンの生死すら危うく感じるほどの炎だった。

 

 

 

「——やっと見つけたよ。“翡翠の勇者”さん♪」

 

 

 

 その炎が火の手を弱める頃、その頭上から巨大な影がそう話しかけてきた。大きく青い肌の体躯を持つ凶暴なポケモンを従えたトレーナー……彼女は炎に向かってそう問いかけたのだ。

 

 

 

「……随分とご挨拶だな。“流星の継承者”」

 

 

 

 炎の中から、アーロンは少し落としたトーンで応える。炎の勢いが弱まってその姿を表したアーロンの周りには、球体状の何かで囲まれていた。

 

 それはアーロンより一歩前に出ていた二足歩行の凛々しいポケモン——“ルカリオ”による結界だった。

 

 

 

「アハハ♪こんなの挨拶のうちにも入らないでしょ?“波導”を読み取れるあなたなら、すぐにわたしの攻撃にも気付けたはず」

 

 

 

 飛行するポケモン——“ボーマンダ”から降りた彼女は、その姿を露わにする。

 

 黒髪の——廃れたマントを羽織った——笑顔の目の奥に並々ならぬ決意を宿した彼女は、続けて問いかける。

 

 

 

「それより、わたしの()()()()()()については考えてもらえたかな?こっちは割と誠実にお願いしたつもりだけど?」

 

「誠実というのは、断った後にも継続してこそなんだよ——“ヒガナ”」

 

「細かいなぁ……こっちもそんな余裕ないんだって……」

 

「それも目的故なのかな?」

 

「協力する気もない人に教える気なんかないよ」

 

「協力して欲しければ……その訳を教えてほしいんだけど」

 

 

 

 それを聞いて、ヒガナは目付きを少し厳しくする。その睨みは、ドラゴンタイプのポケモンのそれに近い……常人なら震え上がる威圧感を放っていた。

 

 

 

「だからそれは言ったよね?……“このホウエンを救う為に力を貸して”って」

 

「聞いたのはそれだけ……そこに“一体何からどのようにそうするのか”という大事な一文が抜けているんだよ」

 

「はぁ……各地を旅し、多くの事を知っておいて今更そんなセリフを吐くなんて……。もしそれが本気なんだとしたら——」

 

 

 

 

 ヒガナの瞳は更に凶暴な眼光を放つ。そこに込められた“怒り”がアーロンに向けられる。

 

 

 

「——想像力が足りないよ」

 

 

 

 しかしアーロンは動じない。ただ降りかかる火の粉を払う為に、ルカリオと共に戦闘体制を取るだけだ。

 

 

 

「ならこちらからは年長者からアドバイスを……」

 

 

 

 突き刺すような殺気とは違う、力強く流れる清流のような闘志がシガナに向かう。

 

 

 

「——人とは言葉を交わして繋がる生き物……想像だけで測れるものではないよ」

 

 

 

 それ以上は、互いに口を開かない。ただそこには、一触即発の闘志がひしめき合っていた。

 

 互いが何を機に動くかなど、示し合わせているわけではない。

 

 それでも——

 

 

 

 ——その声は同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“メガシンカ”!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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背負うもの、それぞれを手に——。

ヒガナの性格が解釈違い引き起こしそうだけど、「この小説のヒガナちゃん」と思っていただければ……。



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3rd


ちょっと最後だけ長くなってまった。
プロローグ終わり!




 

 

 

 カイナシティ——。

 

 そこは海に面した、ホウエン有数の港町だ。ここは造船業を中心に栄え、その技術はホウエンに留まらず、世界中から船造りを請け負っている。

 

 そうした経緯や位置的に最も他の地方から来航しやすい地形も相まって、地方外の文化が最も入り込んでいる街とも言える。当然ながら輸入輸出もここを起点にしているため、人の行き交いは多い。

 

 そこに停泊したのは、昨日ムロタウンのジムリーダーを打倒しプロ入りを果たしたばかりのユウキと、その付き人であるタイキを乗せた小さな漁船だった。

 

 運転手はハギ。かつてホウエンで“斬鉄”という異名で名を馳せた老人である。

 

 

 

「アニキー!すっごい船が停まってるッスよ‼︎」

 

 

 

 下船するや否や、カイナに停泊している貨物船を指差して飛び跳ねるタイキ。昼間の日光が、彼の磨き上げられた坊主頭を照らしているからか、いつも以上に眩しくユウキには映る。

 

 

 

「それはいいけど、ちゃんとハギ老人には挨拶するぞー。ここまでタダ乗りさせてくれたんだから」

 

「あ!そっスね——ハギ老人!ありあしたーッ‼︎」

 

 

 

 タイキの言葉に、下船準備を終えたハギが「よいよい♪」と答える。

 

 

 

「ワシはこれで帰るが、頑張れよ〜お二人さん」

 

「本当に何から何まで……ありがとうございました」

 

 

 

 気前の良い言葉で送り出そうとするハギに、ユウキは頭が上がらない思いでいっぱいだった。

 

 カナズミで出会い、必殺技ともいえる技を教えてもらい、ムロ——そしてカイナまでの移動まで面倒を見てもらったユウキにとって、恩人とも言える存在となっていた。

 

 “居合斬り”を教わっていなかったら……ユウキは昨日のジム戦を思い返して、再びハギに頭を下げる。ハギは二カリと笑って、「またウチの近くまで来たら旅の話を聞かせてくれぃ」とだけ言って、早々に帰って行ってしまった。

 

 ユウキはそれを見送りながら、今度は手土産のひとつでも持って会いにいこうと心の中で誓うのだった。

 

 

 

「ん?そういえば、プロのライセンスはあるんだから、ハギ老人にタダ乗りさせてもらう必要なかったんじゃないっすか?」

 

 

 

 ——と、そこでタイキにはその疑問が浮かぶ。

 

 彼が言ったのは、ホウエン地方のプロトレーナーが受けられる控除対象の事だった。プロの認定を受けたトレーナーズIDを提示すると、様々な公共交通機関や利用施設を無料・格安で使用できる特権がある。

 

 どうせ無料なんだから、カイナとは反対方向に家があるハギ老人に乗せてもらう必要はなかったのではないだろうか——というのがタイキの疑問だった。

 

 

 

「あー。そういえばなんだかんだで話してなかったっけ?」

 

 

 

 そう言ってユウキは多機能端末“マルチナビ”を取り出し、あるモニターをタイキに見せる。

 

 

 

「プロになったけど、俺はジム戦以外に戦果がない。お前もそれは知ってたよな?」

 

「アハハ……あん時はナマ言ってすんませんでした!」

 

「いやそれはいいんだけど……とにかく、これからはジム戦以外にもホウエン各地で開かれるバトル大会には積極的に出ていかなきゃなんない」

 

 

 

 かつてユウキと初対戦した際に放った自分の態度に青ざめるタイキ。ユウキが言ったのはそれを咎めるためではなく、単純に自分の目的が今日急ぎでカイナに来たかった理由になっていると説明したかっただけだった。

 

 “ホウエンリーグ委員会”——通称『HLC』に所属しているプロトレーナーになる為には、ホウエン地方に全8つ存在する“ポケモンジム”のどれか1つのジムリーダーに勝つ事が条件になる。その後、HLCへと報告されたトレーナーは、トレーナーズIDにプロの二文字が追加されて、公にも認められる事になるわけだ。

 

 そしてそのプロで格を上げていく方法に、「大会で好成績を残す」——というものがある。

 

 

 

「カイナはかなり高い頻度で大会やってるからな……それでこっちを目的地に絞ったんだけど、大会の受付がな……」

 

「あー。それが“今日”だったわけっすね!」

 

 

 

 ユウキがそれを調べたのは昨日。ジム戦を終え、祝勝会の最中にそれを知ったのだ。

 

 

 

「気付いた時にはもう定期船での移動だと間に合わなくなってたんだよ。だからハギ老人に無理言ってここまで連れてきてもらったんだ」

 

「はぇー。でも無理してそんな急ぐような真似しなくても……」

 

「んー。まあそりゃそうなんだけど……」

 

 

 

 ユウキはプロになったばかり。だから今急ぐ必要はないと感じるのは自然な事だった。

 

 大会というからには、多くの強豪がひしめき合う舞台。そこに準備不足のまま飛び込んでも、良い結果が出せるとは、ユウキも思っていなかった。

 

 

 

「それともアレっすか?やっぱり“紅燕娘(ハルカさん)”の事が気になるっすか?」

 

 

 

 それはさっきマルチナビのスポーツニュースで知った新事実——“紅燕娘(レッドスワロー)”と称されたハルカが、遂にジムバッジを“4つ”獲得していた事が判明したのだ。その他にも様々な大会に顔を出し、華やかしい成績を叩き出しているようで、今や勢いだけの新人(ルーキー)とは呼べないほどのトレーナーへと進化していた。その報道を見て、ユウキがまた触発されたんじゃないかとタイキは睨んでいた。

 

 

   

「ん?……まあ今更あいつに関してはそう驚くことでもないだろ?」

 

「え、あ、そうっスね……?」

 

 

 

 思った以上にあっさりとした態度のユウキに、戸惑うタイキ。彼女をライバルと意識しているなら、もう少し息巻いていてもおかしくはないはずだが、ユウキは至って平静だった。

 

 

 

「あいつが破竹の勢いのまま行くならそれでもいいんだよ……今その差を広げられても、“上限”がある以上はいつか追いつけるようになってるから」

 

「上限……?」

 

 

 

 それはつまるところ、“ホウエンプロリーグ”の世界。プロの約5%だけが参加できる夢の祭典。その場所以上のステージは無く、例えハルカが快進撃を続けたとしても、()()()()()()()

 

 今はそれがわかっているからこそ、ユウキは焦ってはいなかった。

 

 

 

「今はなんだろ、試したいって感じなのかな?——今俺らってどのくらい強いのか……って」

 

「——!」

 

 

 

 それを聞いたタイキには、目に映るユウキが少し大きく見えた。

 

 目指すべき目標は果てしなく高いのに、ライバルの成長は著しく眩しいものなのに……今の彼には、それが気にならないくらいの自信があった。

 

 まるで——“力が有り余って仕方がない”かのようだ。

 

 

 

「……へへ。やっぱアニキはすげぇや」

 

「な、何がだよ……?」

 

 

 

 ユウキにはわからない。

 

 そばで尊敬するトレーナーとして見ているタイキには、新しい世界へ飛び込んだばかりとは思えない、頼もしい姿を恐ろしくすら感じていた。自分の目に狂いはなかった——そんな思いが、今のやりとりでタイキの中で大きくなっていた。

 

 

 

「とりあえずその受付に行くか——あ、俺トーナメントの事は本当に何もわかんないから、教えてくれると助かるんだけど……」

 

「アニキ……ほんとによくそれでトウキさんに勝てましたよね……」

 

 

 

 大きな存在になりつつあると思っていたユウキが、急に頼りなく見えて呆れたタイキだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナシティ大会受付窓口——。

 

 カイナの砂浜に運営窓口が設けられたここには、既に登録の為に長蛇の列が出来ていた。その中に並んでいるユウキとタイキは、ひっそりとこの大会について話し合っていた。

 

 

 

「な、なぁ……大会って毎回こんな人来んのか?」

 

「そっスよ。あぁでも、アニキが出る大会は人数もう少し絞られるっすけど」

 

「どゆこと?」

 

 

 

 タイキは大会の“住み分け”について簡単に話してくれた。大会と一口に言っても、その在り方は様々だ。

 

 まず誰でも参加可能な『オープンリーグ』。これは嗜む程度にバトルが好きなトレーナーが参加する事が多い、最もポピュラーな大会と言って良い。

 

 これに『シングル』や『ダブル』という名称がつく事で、それが互いに3匹のポケモンを選出して戦う“シングルバトル”なのか2匹同時に戦わせる“ダブルバトル”なのか、そのどちらのルールの大会かがわかる仕様になっている。

 

 

 

「——今日は『シングル』の日らしいっすから、一番人気のある大会なんスよ。敷居が低い分、参加数は群を抜いて高いんス。でもこの『オープン』には、プロは出られないんっスよ」

 

「そりゃそうか……軽い気持ちで参加してる人からしたら、プロと当たったらたまったもんじゃないよな」

 

「だから、アニキが出るのはそれより格式が上の『グレート』になるっスね」

 

 

 

 『グレートリーグ』はジムバッジ保有数が1つ以上のトレーナーが出られる正真正銘プロの戦場。ここでの結果は、そのままHLCのランキングデータベース——『ビッグリスト』に影響を与える。

 

 だからこそ、この場での戦いに一切の遊びはあり得ないのだ。

 

 

 

「その時の人数にもよるっすけど、大体最初は“ベスト16”とか目指すっすかね?いやぁ勢いでそのまま優勝しちゃってもいいんすけど!」

 

「高望みはしないけど、そのつもりでは頑張るわ」

 

 

 

 その後も大会の細かいルールや、今日はやらない大会の方式についてもざっくりとタイキから教わった。タイキは直上的なタイプな割に、論理立てて話すことはそれほど苦ではないらしく、ユウキもメモをとりながら、タイキに感謝していた。

 

 そうこうやっていると、受付の順番が回ってきた。タイキは『オープン』の方に参加するらしく、手慣れた感じで受付を済ませる。

 

 それを見たユウキは、それに倣って受付へ臨むのだった。

 

 

 

「こんにちはー。大会出場の受付ですね?出られるクラスは如何なさいますか?」

 

「あー。えっと……『グレートリーグ』?でお願いします」

 

 

 

 その一言の瞬間——ユウキは周囲から視線を向けられた事にすぐに気付いた。

 

 後ろで順番待ちをしている者や、受付を済ませて会場のスペースで待っている者から刺さる鋭い視線。こうもあからさまに向けられれば、見ずとも感じるというものだ。

 

 

 

(え、何?俺なんかやらかした——⁉︎)

 

 

 

 そう思って内心焦っていたが、受付の女性は特に変わった対応はしなかった。ただ『グレートリーグ』参加の旨を聞いて、「ジムバッジとトレーナーズIDの提出をお願いします」とだけ聞いてきた。

 

 周りの空気に戸惑いながらも、ユウキは言われた通りに“ナックルバッジ”とトレーナーズIDを提出する。それを見た受付は「確認しました。それでは『グレートリーグ』参加受理します。トーナメント表が張り出されましたら、係員の元までお越しください」と淡々と説明をして、事なきを得た。

 

 

 

「な、なんだったんださっきの……?」

 

「『グレートリーグ』に出てくる選手はみんなライバルっすからねー。当然出場選手は注目されるんすよ」

 

「そういう事は最初に言ってくれ……」

 

 

 

 心臓に良くない負担を受けつつも、とりあえず目的の受付は終わった。

 

 トーナメント開催は正午からなので、まだ幾分か時間がある二人は、どこかそこらで小腹を満たそうかと話し合う。

 

 カイナは異文化が入り込みやすい街なので、食べられるもののラインナップもそれなりだと、タイキが鼻息荒くしていると——

 

 

 

「——ダメだよ!暴力反対!」

 

「ああ?なんだテメェは⁉︎」

 

 

 

 誰かが言い争っている声が聞こえた。

 

 見れば浜辺近くの小屋の前で、何人かが揉めていた。その内訳は、青いバンダナを巻いた男女3人のグループと、観光客らしい二人のカップルに二分されていて、その中央には“赤いリボン”をつけた……ユウキの見覚えのある人物が立っていた。

 

 

 

「うそ……なんでこんなとこに——⁉︎」

 

 

 

 それは数ヶ月前に別れたっきりの少女。

 

 赤い装いが似合う、快活なトレーナー。

 

 そしてこのホウエンで、“紅燕娘(レッドスワロー)”の名で広まりつつある今をときめく人気者……——

 

 

 

 “ミシロタウンのハルカ”が、そこにいた。

 

 

 

 

 

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その再会は、あまりにも突然で——。

カイナのBGMほんと好きなんですよね。
まぁホウエンBGMはみんな好きかも……



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第二部【スカーレッドジグソー】
第81話 一色触発



ちょっとサブタイの雰囲気変えてみました。
さっぱりさせたくて……
前のがよかったと感じられる方いらっしゃったら申し訳ない。

スプラ3おもれぇー。




 

 

 

「ハルカ——!?」

 

 

 

 俺は自分の目を疑った。

 

 浜辺にきた観光客向けの海の家。その前に立っていたのは、俺をこの旅の舞台に上げた張本人。

 

 “紅燕娘(レッドスワロー)”こと、ミシロタウン出身の少女・ハルカだったからだ。

 

 それを見ていた俺とタイキ。

 

 

 

「あれ?あの子ってもしかして、アニキのライバルの……?え?なんでこんなとこに——」

 

(何でここにいんだよ‼︎そもそも何してんだあいつ⁉︎なんか叫んでたけど——てゆうかアレなんか絡まれてないか⁉︎)

 

 

 

 突然のライバル登場に思考が掻き回される俺。タイキの呑気さに比べ、俺はパニックに近い状態だった。次から次へと浮かぶ疑問に、脳の処理が追いきれていない。

 

 ハルカは見知らぬカップルの前に割って入り、強面の大人(っぽい?)三人を相手に両手を広げて立っている。まずトラブルである事は間違いなかった。

 

 そうこう思っていると、さらにそのやりとりは続く。

 

 

 

「——女の子の手を無理やり引っ張ってたでしょ?ダメだよ。優しくしないと」

 

「うるせぇなぁ!お前にカンケーあんのか⁉︎」

 

「あるよ!困ってる人がいたら見過ごせないもん!」

 

「ハァ——⁉︎」

 

 

 

 おっふ。かなり真っ向から喧嘩売るやんハルカさん?確かにあんなのに絡まれてたのならあのカップルも大変困ってたと思うけど。あなたが挟まってどうするおつもりですか?

 

 

 

「正義のヒーロー気取りかよ!そういうの目障りなんだけど⁉︎」

 

「嬢ちゃんひとり騒いだって何にもなんねーだろうが!」

 

「お前から先にカタつけたっていいんだぜ?痛い目見たくなかったら大人しく帰んな!」

 

「ヤダ!そんなこと言う人たちをほったらかしにできないもん‼︎」

 

 

 

 三人の人間に責め立てられ、それでも尚歯向かうハルカは見ていてとてもハラハラする。ここで見ているべきか、知り合い故に駆け寄ってみるべきか、それとも誰か頼れる人間を呼ぶべきか……少なくとも放っておいて状況が好転する兆しは一向に見えないため、これを打破すべく様々な思考が頭の中で回る。

 

 しかしその中にこれだというものは捻り出せず、その騒ぎにみるみるギャラリーが増えつつある現状をただ指を咥えて見ているしかなかった。

 

 

 

「めんどくせぇ嬢ちゃんだな……お前のせいで大事になっちまってんじゃねぇか!」

 

「おおごと……?わっ本当だ!」

 

 

 

 ハルカもこの観衆に見られている事に気付いて驚く。そりゃそうだ。あんだけ大声で不穏な事叫び散らしてたらこうなる。しかもハルカは有名人。何もしてなければ気付かれなかったかもしれないが、報道で見る姿そのままの彼女が、天下の往来で騒ぎ立てていれば必然的に人目を惹く。

 

 

 

「あれって……“紅燕娘(レッドスワロー)”じゃない⁉︎」「俺試合見たことあるからわかるよ!本物だって‼︎」「なんかもめてない?大丈夫かな?」……

 

 

 

 当然人集りが増えればそこはさらに人目を惹き、普段なら見向きもされないいざこざも、この有様である。それを見回すハルカは、「なんだか大変なことになっちゃった?」みたいな顔でヘラヘラしている。

 

 しかし俺もこの時は迂闊だった。そんなハルカを直視してしまっていたのだ。つまり周りを見回しているハルカとは、必然的に視線が交わり易く、そうなったらもう俺としてはどうにもこうにも……——

 

 

 

「あれ——ユウキくん?」

 

「げっ。」

 

 

 

 最悪のタイミングで気付かれた。あかん。これはもう巻き込まれること確定だ。

 

 

 

「ユウキくん!久しぶりぃ!ちょっとこっち来てよッ‼︎」

 

「あぁーん?」

 

「何——この子の仲間?」

 

 

 あーーーっと言う間に俺を話題の渦中に引き摺り込みやがったハルカさん。そうだよねーこんな時に知り合いと目があったらそりゃ声出しちゃうよねーってもう本当勘弁して欲しい。

 

 

 

「おうおうそこの兄ちゃん!随分と元気な連れだなぁ⁉︎どう落とし前つけてくれんだこら?」

 

「なんだその口の聞き方は‼︎この人が誰かわかってんのか⁉︎」

 

「タイキ。誰も知らんから。ちょっと黙ってなさい」

 

 

 

 俺に向けられた態度に腹を立てるタイキを諌めながら、俺は半ば諦め境地で前に出る。

 

 こうなってしまっては無視はできない。致し方ないが、何とか事態を収めるために尽力しようと腹を括るしかないようだ。

 

 

 

「えっと……すんません。全く状況がわかんないんですが……」

 

 

 

 何はともあれ、まずはどうしてこんな事になったのかを聞かねばなるまい。

 

 とりあえず後ろのカップルは——震え切って何も言えなそうだ。となれば興奮気味の三人集団か、直上思考ハルカさんのどっちかに聞くしかない……のか?

 

 

 

「ヨモヨモ言ってんじゃねぇよ!こっちはそこのバカップルに用があっただけなのに、そこの女が邪魔しやがったんだッ‼︎」

 

「乱暴はダメだよって注意しただけじゃん!いきなり腕引っ張って『こっちに来い!』とか言うんだもん!」

 

「ちょ、ちょっと待てって!ハルカもそっちの人も——」

 

「さわんじゃねぇッ‼︎」

 

 

 

 またも迂闊だった。興奮している人間に不用意に割って入るべきではなかったのだ。ハルカと男がズイズイと言い合うたびに近づいていくので、ヒートアップし切る前にと割って入ったのが災いし、男は俺に触れられたことをきっかけに逆上して俺の顔を手の甲で平手打ちをする形になってしまった。

 

 パンッという乾いた音と共に、鋭い痛みが俺の頬に走る。

 

 それは、同時にそこにいた()()に火をつける結果となってしまった。

 

 

 

「アニキに何すんだこのヤロウ‼︎」

 

「なんだこのハゲッ‼︎」

 

「やんのかガキども⁉︎」

 

「腕ずくでわからせてやる‼︎」

 

「——酷いことしないでッ‼︎」

 

 

 

 その瞬間、双方がモンスターボールを構えた。互いのポケモンを出し合う前の緊張感が一気に周りに行き渡る。

 

 

 

「やっちまえ“ヘイガニ”!」

 

「アニキの仇だ!“ワンリキー(リッキー)”!」

 

「ぶっ潰せ!“ドゴーム”!」

 

「やれ“クサイハナ”!」

 

「“ワカシャモ(ちゃも)”!お願い!」

 

 

 

 青バンダナ集団とハルカとタイキの二人組が対峙する。なんかとんでもないことになってしまったと、ぶたれた頬を押さえながら俺は嘆く。

 

 ——てか今のは俺も頭キタんだけど。

 

 

 

「——でもこんなとこで騒ぎ起こすなッ‼︎“ジュプトル(わかば)”!!!」

 

 

 

 俺は自分の激情に駆られながらも、双方の間に入る形で相棒を投げ込む。かなり危険だが、それでも()()()()()()()()()()のは困る。

 

 とにかく、互いの矛を納めさせることに終始するしかない。

 

 

 

「あ……?なんの真似だクソガキッ‼︎」

 

「アニキ——⁉︎」

 

「——どっちも落ち着けよ!!!ここは“対戦禁止区域(セーフティエリア)”だぞ!!!」

 

 

 

 俺は恐怖で震える体を力尽くで押し留め、なるべく毅然とした声を発するように努める。怖い思いは何度経験しても慣れないが、それでも今はそんな事を言ってられない。

 

 それもそのはず、このままでは“犯罪行為”に抵触しかねいからだ。

 

 『対戦禁止区域』——通称“セーフティエリア”とは、文字通り()()()()()使()()()()()()()()()地帯のことを指す。

 

 HLCに留まらず、全国の地方制度に導入されている“携帯獣使役法”。その原則に書かれてある『他人間でのポケモンを使用しての戦闘行為は、然るべき場所にて執り行い、その両者——或いは第三者に有害とならない為に留意すべし』という言葉に則り、『バトルできる場所』というのは厳格に決められている。

 

 ここは商売をする店の前。当たり前だが、こんな場所でバトルをおっ始めた場合、その意図に関わらず罰せられる。

 

 俺も突然のことで思わずわかばを出してしまったが、とにかくこの事態を戦闘行為無しで収束させるためには、互いが矛を収める必要がある。

 

 俺はさらにわかばの元に駆け寄り、両者の間に立ち塞がった。しかし——

 

 

 

「ハァ⁉︎今更だろうがそんな事ァよ‼︎」

 

 

 

 青バンダナのひとりで、一際屈強そうな男が自前のドゴーム越しに怒鳴り散らす。それだけで震え上がりそうになるが、傍らにいたわかばがポンっと俺の肩に手を置く。正直パニくっててどうしたらいいのかすらわからなかったが、わかばの落ち着いた雰囲気で少し緊張が和らいだ。この頼りになり過ぎる感じ、久々だな。

 

 

 

「……こんなところで戦ったら、すぐにHLCのプロやら役員やらがやって来て全員逮捕だ。ハルカと俺はプロだからその罰則も重いし、タイキだって今後の将来に関わるだろ?」

 

「ユウキくん……」

 

「いや、でもアニキが……」

 

「言い訳すんな。手出されたからって応戦したら同罪なんだよ……!」

 

 

 

 まずは知り合いの方から説得するしかない。相手さんはどういうつもりなのか未だにわからないが、このままの口調で気持ちをぶつけても争いが広がるだけ……。

 

 その分“殴られた俺”が言うことなら、この二人も二言目が出にくいだろう。

 

 

 

「でもあなた方も騒ぎになるのはまずいでしょ?見たところ、服装が一緒ってことはなんかのグループで活動してるんじゃないですか?」

 

「なっ——」

 

「それがどうしたってんだよ⁉︎」

 

 

 

 図星だったようで、それはすぐに本人達の口から肯定された。よし。この切り口からなら説得できるかも。

 

 

 

「何してる人たちかは知らないけど“歳上のあなた方が野良で子供に喧嘩をふっかけた”とあったら、今後の活動に響くんじゃないですか?」

 

「ぐっ……」

 

「正直言葉遣いのせいか、あなた方が横柄に振る舞ってるようにしか見えないです。このまま戦闘になれば、勝とうが負けようが()()()()()が抱く心象も悪いものにしかならないですよ?」

 

「だ、だから、それがどうしたってんだ——」

 

「ちょっとシマダ……やっぱまずいかもよ?」

 

「あ……⁉︎」

 

 

 

 俺の言葉でも引っ込みがつかない一人の男だったが、そいつには俺が言うまでもなく、後ろの仲間が諭してくれるようだ。

 

 何せ周りの観衆の目は……青バンダナたちに酷く冷たいものを向けられているのだから。おそらく俺が殴られたことに、周りも火がついたのだろう。はたから見れば、大人が子供に対して大人気なくオラついているように見えている。

 

 それがわかったのか、青バンダナの集団はそれ以上暴れようとはしなかった。流石に血の気が引いたのか、今は両方とも意気消沈としている。

 

 ひとまず、落ち着いたようだ。

 

 

 

「……どっちも頭が冷えたなら、一旦落ち着いて話しましょうよ。そっちのカップルもお話聞かせてください」

 

 

 

 なんとか事なきを得たようなので、改めて全員で話をすることにした。まぁまずは、営業妨害で訴えられる前にお店の人に謝るのと、人目のつかない場所まで移動した方がいいか。

 

 

 

「——随分騒ぎ散らしてんじゃねぇか?」

 

 

 

 俺がこの後の段取りのために、店内の入り口に近づこうとした時——その声は、店の中からかけられた。

 

 低く野太い声……しかし通りがよく、どこか雄大さを感じた。

 

 

 

「——()()()()()が世話になったみてぇだなぁ……坊主?」

 

 

 

 声の主は店の奥から姿を表す。

 

 鋭い眼光、分厚い胸板、荘厳な顎鬚、青を基調としたウェットスーツのような装いだが、爽やかさより寧ろ“凶暴さ”を感じさせる。

 

 ボディラインがはっきり出ている分、その肉体には並々ならない鍛え上げた筋肉が隆々としているのが一眼でわかる。

 

 錨型のネックレスが特徴的なその男は、今の一言とも相まって、青バンダナたちをまとめ上げている者だと言うことがすぐにわかった。

 

 それはなんとなくだが……明らかに只者ではない気配を放っていたから。

 

 

 

「まずは自己紹介からか?——俺は“アオギリ”。“アクア団”の(かしら)やらしてもらってるもんだ」

 

 

 

 アオギリ……そう名乗る巨漢が、ギラリと笑うのだった。

 

 

 

 

 

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荒くれ者を束ねる者、現る——!

いきなり初手で詰みそうになるのホントなんなん?
ユウキくんは一回お祓い行こうぜ?

〜翡翠メモ1〜

『対戦禁止区域』

ポケモンバトルを対人間でやる場合、その戦闘を始める、または戦闘中にそのエリアに立ち入る事を禁止されているエリアのこと。
わかりやすく“セーフティエリア”の俗称で呼ばれることが多い。

エリアと言われているが、実際は突発的な事故を避けるため、ほとんどの場合備え付けのコート外での戦闘は固く禁じられている。

ポケモンの連れ歩きは許されているが、それも良識的なサイズであることやそのポケモンが有害な事象を引き起こさないようにとトレーナーに課す責任は多い。

なるべくならボールに収納している方が無難なため、エチケットとしてボールに入れっぱなしのトレーナーも多い。

ちなみに犯罪行為が見られた場合、突発的に戦闘が必要に駆られた場合はその限りではない。ただしその後はその地域のジムリーダーを始めとした責任者が聴取を取り、事実確認と過剰な戦闘ではなかったかと検証は細かくされる。

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第82話 青の頭領


今更ながら章タイトル付け忘れてましたね。
失敬失敬!!!




 

 

 

 “アオギリ”——そう名乗る男は、俺たちを見回すとふむふむと何か納得していくような仕草をとる。そして、青バンダナたちに向き直ると——

 

 

 

「カタギに迷惑かけてんじゃねぇーッ!!!」

 

 

 

 重たい拳骨が、3名の頭上に降り注いだ。うっわ痛そう。

 

 

 

「「「すいやせんでしたっ!!!」」」

 

「俺に謝っても仕方ねぇだろ!殴った坊主含め、ガキどもに謝んなッ‼︎」

 

「「「この度はとんだ御無礼を!!!」」」

 

 

 

 ぶたれた3人は物申すことなく腰を折って頭を下げる。相当統率力があるのか、アオギリさんに対しての態度は、さっきまで俺たちに向けていた粗暴さのカケラもなかった。

 

 その姿に、さすがのハルカとタイキも驚いているようだった。

 

 “アクア団”を名乗るグループは、この男によってかなり躾られているようだ。

 

 

 

「そっか!あの格好、アクア団のユニフォームだったんスね!いやぁどこかの“ギルド”だろうとは思ってたけど……」

 

「タイキ、アクア団知ってんの?」

 

「逆に知らないんスか……?」

 

 

 

 さっきの大会制度について質問した時と同じ呆れ方をするタイキ。なるほど。めちゃめちゃ有名なグループですか?だが、それに答えたのはタイキではなく、ハルカの方だった。

 

 

 

「アクア団は“カイナ”と“ミナモ”それぞれに拠点を構えてるHLC公認の団体だよ。“ギルド”って呼ばれてるけど、その中でもホウエンではNo.2の大手ギルドなんだよ」

 

「な、なんばー……つー?」

 

 

 

 ということは、目の前にいるこの男はそれを束ねるリーダーって訳で……今もしかしてとんでもない相手を前にしてるということにならないか?いや、そもそもハルカさん?

 

 

 

「……お前、ぼちぼちでけぇ組織ってことわかってて喧嘩売ってたの?」

 

「喧嘩じゃないよー。大手でもなんでも、悪いことは見過ごせないじゃない♪」

 

「無謀っていうか、肝が据わってるっていうか……」

 

 

 

 ハルカの暴挙は今に始まったことではないが、やはり危なっかしさは半端じゃないな。よくこれでオダマキ博士、ハルカの旅立ちを許したよな……。

 

 

 

「説明は助かるがなぁ嬢ちゃん。それがわかってたなら、()()()()()()もわかってるはずだぜ?」

 

「アハハ……ごめんなさいッ‼︎」

 

 

 

 アオギリさんは、流石に自分の部下を叱りつけるような声ではなかったが、ハルカにも思うところがあったようだ。それを受け、何か察しがついているのか、ハルカも両手を合わせてアオギリに頭を下げる。

 

 

 

「大方、ウチの連中がそっちのバカップルがポイ捨てしてる現場にでも出くわしたんだろ」

 

「は?」

 

「ポイ捨て……?」

 

 

 

 寝耳に水。俺とタイキは首を傾げた。

 

 

 

「カイナも観光客が年々増えてきたからな。増えるのは大歓迎だが、こうして浮かれちまった奴が道端にゴミを捨てていくのも珍しくはねぇ。俺らの仕事は、そうした“マナー違反の取り締まり”なんだよ。一応、“環境保全団体”って事で通ってるからな」

 

 

 

 「こんなナリだがよ」と自嘲気味に笑うアオギリだが、その目は至って真面目だった。確かに見た目に反して知的な物言いだなと感じるけど、そこはやはり組織のリーダーなんだと納得できる。

 

 

 

「つまり……そこに何も知らずに割って入ったのがハルカだったってわけか」

 

「ほんっっっとうにごめんなさいッ‼︎」

 

「ガハハ!ガキのうちにこういうのも勉強だな!でも()()()()()を払わなくて済んでよかったな」

 

 

 

 それはおそらく、犯罪行為に抵触してしまった時の罰則のことだろう。もしあのまま事態が戦闘にでもなり、収拾のために全員逮捕とかになったら、俺らは最悪プロ資格剥奪すらあり得た。

 

 その辺はかなり厳しいようで、例え剥奪は言い過ぎだとしても、しばらくの間ジム戦はおろか、大会参加はできなかったかもしれない。罰則金も大変なことになるだろうし。

 

 

 

「その辺は坊主に感謝だな。ウチは見ての通り血の気が多い連中ばっかだから、上からの目も厳しいんだよ。お前、中々根性あるな」

 

「いやいや!俺も一応プロですから……困るんですよ。成り立てですぐ資格剥奪とかになっちゃうと」

 

「なるほどな。プロになれるほどの腕前なら、今の動きも納得だわ」

 

 

 

 アオギリさんは褒めてくれたが、実際緊張で爆発しそうだった感情を支えてくれたのは他でもない“ジュプトル(わかば)”だ。プロになれたのもそうだが、本当にいつも要所要所で頼りになる。

 

 

 

「——と。ポイ捨ての件に関してはもう厳重注意ってことで見逃してやる。そっちのバカップル!もうすんなよ?」

 

 

「「は、はぃ〜〜〜!」」

 

 

 

 とりあえずそっちの二人はお咎めなしという事で解放することになったようだ。カップルも二人仲良く手を繋いで俺たちから走って逃げていく。ハハハ……人騒がせな。

 

 

 

「しかしまぁなんだ。めちゃめちゃギャラリーが増えちまったな。とりあえず場所を変えるか」

 

 

 そう言ってアオギリさんは浜辺とは逆方向——街中の方に歩いていく。それは、無言で俺らにも「ついて来い」と言っているように見えた。

 

 

 

「あ。アクア団(お前ら)は引き続きパトロールしとけよ!俺がいないからってまた無断で揉め事起こしたら承知しねぇからな!!!」

 

 

「「「合点承知!!!」」」

 

 

 

 ばっちりの敬礼でアオギリさんを送り出す青バンダナたち。ゴロツキって感じだったけど、ああも素直な人達だと憎めないな。

 

 とりあえず人混みから抜け出るために、俺たちもアオギリさんについていくことにした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナの海沿いは、舶来品を取り扱う露天商が盛んだった。そこに混じってカイナ近郊に住む人間がフリーマーケットを敢行したりしていて、それぞれに目当ての物を探す人間たちもまた多種多様な出立ちをしている。

 

 まさに人間のるつぼと化しているそこを、ズイズイと進みながら、アオギリさんは独り言のように話をする。

 

 

 

「俺ぁこのカイナの生まれでな。漁港連の家で育ったんだが、まぁその頃の年寄り連中ときたら、余所者に海を汚されるのはたまったもんじゃないってよくぼやいてたんだわ」

 

 

 

 昔からその土に慣れ親しんだ人間には珍しくもない排他的な考え方。実際さっきみたいに、軽率にゴミを投棄するような人間は一応いるわけだから、その考え方もあながち間違いではないのだろうが。

 

 しかしアオギリさんは、その当時の風潮を嫌っていたようだ。

 

 

 

「俺たちは生まれ、過ごし、いつかは死んでいく……所詮俺らも大自然に育まれただけの存在で、一時代のほんの一瞬の存在なんだよ。だからこそ“新しい風”ってのは必要だと俺は主張したのさ」

 

 

 

 そのために、カイナをただの漁港と造船の街とするのではなく、人の出入りがし易い貿易や観光地として港を開くようにと呼びかけていたらしい。

 

 新しい風……つまり排他的な考えを捨てて、今のように新しい人をいれるための努力をしたのが、アオギリという男らしい。

 

 

 

「最初はそりゃすげぇ反発されたけどな。元々跳ねっ返りで知られてた俺は、信頼を勝ち得るまでには時間もかかったぜ……だが、今はそれをしてよかったと思ってる」

 

 

 

 それは、今映るこの景色。当時よりも活気あふれる街並みを、満足そうに眺めるアオギリ。

 

 

 

「自分の好きなものを探しにここにくる奴が、またひとつ宝を見つけて帰っていく。そのうちここを気に入った奴が移住してきたり、外の空気に当てられた奴がカイナから旅立ったり……老人たちもそれを眺めるのが、今は悪くないって言ってくれてるしな」

 

「なんか……めちゃくちゃ頑張ったんだってことはわかります」

 

 

 

 人の考え方は、簡単には変えられない。例えそこにどれだけの魅力があろうと、人は未知のものを怖がり、関わり合いを持とうとしないのがほとんどだ。

 

 俺自身、旅に出る少し前まではそうだった。

 

 それを街単位で説得しようとしたアオギリさんが、如何に努力したのかということだけは、想像できないくらいには想像がつく。

 

 

 

「だが、そうなったからには責任も持たなきゃなんねぇ。さっきみたいなのを見ただろ?アクア団ってのはそうした奴らの“抑止力”にはなるが、揉め事となったら止まれねぇ馬鹿ばかり……俺も含めてな」

 

「結構落ち着いてたと思いますけど……」

 

「俺も頭に血が昇りやすいんだ。よくそれで下のモンにも苦労かけてんだよ」

 

 

 

 苦笑いでそう答えるアオギリさん。なんだかんだ謙虚というか……当たり前だが、めちゃくちゃ大人だよな。

 

 そんな風に関心していると、急にアオギリさんは振り返って俺の両肩に両手を載せる。

 

 

 

「そこでだ!——お前もアクア団(ウチ)入団(はい)らねぇか?」

 

「ハァッ⁉︎」

 

「お前だけじゃねぇぜ?そっちの坊主と嬢ちゃんもどうだ?」

 

 

 

 なんか急に勧誘が始まったんだけど。というかもしかして、さっきまで全部このための前振り?

 

 

 

「わたしたちも⁉︎」

 

 

「いやいきなり過ぎるッス‼︎」

 

「さっきも言ったが、うちは血の気が多いってんでよく煙たがられたりすんだよ。そのせいでイメージが悪いってんでHLCから度々苦情が来ててな……今は若い子供にも入って貰えないかって考えてたとこなんだよ」

 

「いや聞いちゃいねぇ……」

 

「特にジュプトル使いの坊主!お前みたいに場を制するのが上手い奴は大歓迎だぜ!」

 

「歓迎されても無理ですよいきなりは!」

 

 

 

 そもそも俺には目的があって旅を続けている。その過程でやらなければいけない事は多いし、考えなきゃいけない事はもっと多い。

 

 申し出は実力を買ってくれてるみたいで、少し買い被り過ぎる気がするけど評価は嬉しいのだが、やはり今日会ったばかりの組織に入ることはできない。

 

 

 

「俺も!アニキが入らないなら俺も入らないっす!」

 

「私もかな〜。まだ旅続けたいし」

 

「ちぇ。振られちまったぜ」

 

 

 

 俺たちの返答を受け、両手をひらひらさせておどけるアオギリさん。あ、この人さては本気じゃなかったな?

 

 

 

「いきなり冗談ふっかけないでくださいよ……」

 

「冗談なもんか。人手が欲しいってのは本気だぜ?ま、プロトレーナーがホイホイ首を縦に振るたぁ思ってなかったがな」

 

 

 

 そういいつつ、アオギリさんはまた街道を進む。そういえば、これはどこに向かっているんだろ?そんな疑問が浮かんだ瞬間、アオギリさんの視線がある建物に注がれた。

 

 俺たちはそれが目的地なんだと察したが……。

 

 

 

「着いたぜ。今日は迷惑かけた詫びだ。昼飯奢ってやる」

 

 

 

 そこは少し古風な建屋だった。表には『カイナダイニング』という看板が掲げられており、辺りに漂う焼き物の匂いがここがレストランか何かだとわからせてくる。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 中は木造の気質が全面的に出ていることを除けば、ほとんど通常のファミレスと変わらない内装をしていた。

 

 ここはアオギリさんが子供の頃からやっている店らしく、今は彼の友人が父親の代替わりとして経営をしているとの事だ。アオギリさんは、知り合った旅行客なんかによくここを勧めているそうだ。

 

 

 

「ふう〜食った食った」

 

 

 

 ガッツリハンバーグを平らげたタイキが満足そうに腹を叩く。かく言う俺も頂いたステーキの味を噛み締めつつ、満たされた腹によって僅かにあった緊張感も解れてしまった。マジで美味いなこの店。

 

 

 

「なんかすみません。私までご馳走になっちゃって……悪いのは私だったのに」

 

 

 

 ハルカは今回の件で反省していたのか、昼食を貰うまでかなり遠慮していた。

 

 確かにハルカの気持ちもわかる。迷惑かけた上に昼飯を奢られてしまっては立つ瀬がないというものだ。

 

 しかしそこは流石1チームのリーダー。「ガキは大人に迷惑かけてナンボだ!」という謎理論でハルカには強引に大きめのピザを注文したアオギリさん。

 

 結局出てきてしまったそれを恐る恐る食べ始めたハルカだったが、よほど美味かったのだろう……あっという間に平らげてしまった。

 

 

 

「気に入ってくれたなら連れてきた甲斐があったぜ。あんま安い店じゃねぇかもだが、たまのご褒美程度にゃもってこいの店だからよ。また来てくれりゃそれでいいや」

 

 

 

 ついでに申し訳なさを感じるハルカへのフォローというか、そういう気遣いもできるんだなぁと改めて感心する俺。凶暴そうな見た目も、『頼れる兄貴分』としては貫禄が出るだろうし、組織を束ねるカリスマを持っている事は些細なやりとりでわかる。

 

 怒った顔は死ぬほど怖いが、それを差し引いてもあの連中が一も二もなく従っていたのは、それ以上の信頼によるものだろうことは想像に難くない。うーん。まあここまでとは言わずとも、見習いたい点は多い人だ。

 

 

 

「——んで、お前ら今日のトーナメントには出るんだろ?ウチの一件でメンタル崩したとか言われちゃ困るからな」

 

「そんな事言わないよ!」

 

 

 

 ハルカも随分奔放な方だが、やはりアオギリさんの方が一枚上手か。言いようにからかわれてるな……ん?そういえば——

 

 

 

「もしかして、ハルカも今日のトーナメント出るのか?」

 

「え、うん。そうだよ?」

 

 

 

 その返事で、俺の胸は鼓動を打つ。もし事が上手く運べば……今のハルカとの公式戦も夢ではないということだ。

 

 

 

「驚いたな……こんなに早く戦えるかもしれないなんて——」

 

「驚いたのはこっちのセリフ!“トウカ”で別れたのが3ヶ月くらい前?——たったそんだけの期間でジム戦に勝っちゃうなんて!」

 

 

 

 まだそんなもんなのかと、俺も言われてから驚いている。まぁほとんどポケモンたちの——とりわけわかばのおかげではあるんだが。とはいえ3ヶ月前まで素人とすら呼べなかった俺がいきなり「プロになったよー」って現れたらそりゃびっくりするよな。

 

 

 

「プロに成り立てだっけか?見たところ15,6ってとこみてぇだが……」

 

「ユウキくん本当にすごいんですよ!何せ初めてポケモンと生活を始めてからまだ1年経ってないんですよ♪」

 

「へぇ〜。そりゃすげぇな」

 

「やめろよ。あんま持ち上げられても居心地悪くなるだろ?」

 

 

 

 褒められるのは嬉しいが、自分の力で成れたと大口を叩けるような事ではない。ほとんどが出会った人たちと仲間のポケモンのおかげなのだ。俺自身、中身が伴わない内はプロと名乗るのに抵抗があるんだから。

 

 

 

「いいじゃん!それに——」

 

 

 

 ハルカはそこでふと目を細める。続く部分を話そうとする口が、少し震えたような気がしたが——

 

 

 

「それに……“あのキモリ”だよね?さっきのジュプトル」

 

 

 

 先ほど出したジュプトルを指して、ハルカは少し声のトーンを落として告げた。やはりというか……この反応、多分あいつの事を知っているんだろうな。

 

 

 

「ああ……あれから名前もつけて、今は“わかば”って呼んでるよ。進化したのは、昨日のジム戦中だった」

 

 

 

 それを聞いて、ハルカの目は細まる。きっとこいつも、ミシロにいた時から気にかけていたんだろうな。わかばがこうして進化できた事は、ハルカにとって朗報だといいんだけど。

 

 

 

「よかった……やっぱりユウキくんに託して正解だった」

 

「なんだよ?あいつを俺に寄越したのは博士だろ?」

 

「うん、そうだね。そうだった」

 

 

 

 何か歯切れの悪さを感じさせるハルカ。そういえば今のセリフ、前もどっかで聞いたなような……。

 

 

 

「……なんか知らんが、話が長くなりそうなら先に言っておいてやる」

 

 

 

 そこで介入してきたアオギリさんは、顎で店の奥をさした。なんだろうとその方向を見ると、そこには古ぼけた時計が飾られていた。

 

 その短針はほとんどテッペンに回りかけており、長針もまたそれを追うようにしてゆっくり回る。そして、確か大会開始の刻限は——

 

 

 

「やばっ!もう時間くる⁉︎」

 

「あ!本当だ!急がないと——」

 

「アニキ!組み合わせで名前呼ばれた時にいないと失格扱いに——」

 

「わかってる!えっと……」

 

 

 

 俺たち3人は立ち上がり、すぐに退店の支度をする。しかしそこで俺は卓に優雅に座るアオギリさんを見下ろす。こんだけ世話になったのに、ロクにちゃんとした礼も言えないのは申し訳なかった。

 

 

 

「早く行けよ。それこそ失格になったら承知しねぇーぞ?」

 

「アオギリさん……ありがとうございました!」

 

 

 

 俺はせめてとしっかりと頭を下げた。それに倣ってか、後ろのハルカとタイキも頭を下げる。

 

 それに満足げに笑ったアオギリさんは「早よ行け」と手で追い払う仕草をする。

 

 今度こそ俺たちは会場に向かうために駆け出すのだった。

 

 

 

「——あ。ちょい待て」

 

 

 

 するとアオギリさんは最後にひとつと俺たちに声をかけた。

 

 

 

「今日、アクア団(ウチ)からもひとり“グレートリーグ”に出るんだよ。もし当たったらよろしくな」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナの砂浜は、今日は貸切だった。

 

 HLCの運営が簡易テントをそこらじゅうに張り巡らせ、何面ものコートを準備していた。その会場には、多くの観客……そして俺たちを含めた出場選手がひしめきあっていた。

 

 

 

「——《これより、ホウエン地方カイナシティオープン及びグレートレギュレーション——“カイナトーナメント”を開催致します!》」

 

 

 

 

 

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砂浜の戦場が、開かれる——!

親戚にアオギリさんみてぇな人おるとええなぁ〜と考えつつ、めっちゃ説教されてトラウマになるだろうところまで想像するまでが1セット。

〜翡翠メモ2〜

『ギルド』

HLC『ヒワマキ支部』が統括する団体の総称。
プロトレーナーでかつバッジ保有数が6つを超えたものが設立可能であり、その存在理由は様々。自然保護をお題目にして活動する団体や、考古学に携わる団体、治安維持に貢献する団体などジャンルは多岐にわたる。

ある程度HLCに『有用である』と判断してもらわなければ活動の援助金がもらえないため、設立には明確な目的が必要になってくる。ちなみにグループ名は自由だが、ほとんどの場合わかりやすく「〜団」と名乗っているところが多い。

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第83話 ハードル


そいえば恒例の脳内オープニング&エンディング忘れてました。
よかったら是非聴いてみてくださいね〜♪

OP「麻痺/yama」
ED「現実という名の怪物と戦う者たち/高橋優」




 

 

 

 カイナトーナメント——そのグレートリーグに参加した俺は、登録したHLCアカウントからの通知を受け取った。

 

 大会参加者は端末から大会に必要な情報を獲得でき、今は自分に割り振られた出場者番号とトーナメントの組み合わせが送られてきたのを眺めている。

 

 

 

(俺の番号は『59』——か)

 

 

 

 今日の参加者は60名——その内過去の大会成績やジムバッジ保有数、あとはHLCへの貢献度なんかで決められた順位付けで上位4名は“シード選手”としてトーナメントの端っこに位置付けられる。

 

 一回戦を免除されるシード選手の中には、ハルカの名前があった。しかも『第1シード』ってなってるんだけど。

 

 

 

「あいつ……この中で一番強いの?」

 

「そっスよ」

 

「わっ‼︎——タイキか。びっくりした」

 

 

 

 どっから湧いたのか、タイキが俺のぼやきに返答した。

 

 

 

「スワロー——ハルカさんはバッジの獲得数もさることながら、圧倒的に『トーナメント勝率』が高いことで有名なんス。これまでにもカナズミ、キンセツ、フエン、のグレートリーグをかなり高い順位で結果を出してるんす……実力的にはバッジ数6つのトレーナークラスとか言われてるんスよ」

 

「6つって……」

 

 

 

 世論評価ではある——しかしそれだけのインパクトがハルカにはあるとタイキは語る。

 

 このバッジ6つ目という実力指標は、ホウエンの全プロトレーナーの中では上位に食い込む実力があることを差していた。これは先日トウキさんとツツジさんからサラッと聞いただけだが、それが通説らしい。

 

 つまり、バッジ取り立ての新米が渡り合おうって考えるのは無謀に等しいのだ。

 

 

 

「はは……泣けてくるな」

 

「何弱気なこと言ってんすか!アニキだってめちゃくちゃ強くなってるんすよ?スワローぐらい倒しちゃってくれ——ッス!」

 

「ぐらいって……あのなぁ」

 

 

 

 タイキは簡単に言って退けるが、俺は口にするだけでも恐ろしい。というか、そもそも戦えるのかすら怪しいもんだ。

 

 何せそのハルカが配置されているのはトーナメント番号『1』——60人を4グループに分けたAからDまでのトーナメントグループで、あいつは『A』にいるのだ。

 

 んで、肝心の俺は『59』——そのグループは『D』に配属されている。

 

 

 

「トーナメント的に、俺がハルカと戦う為には“決勝”まで行かないといけないんだぞ?順当にいけば、その間に自分のグループのシード選手と、お隣のCグループのシード選手をぶっ倒さなきゃいけないってわかってんのか?」

 

 

 

 さらにそこに付け加えるなら、俺は2回戦で早速『第4シード』と当たる。トーナメント番号がどういう風に決まっているのかわからないが、これは中々くじ運が悪い。

 

 

 

「いいじゃないっスか!そいつらみんな倒して、アニキの名前に箔をつけましょうよ!」

 

「バッ——」

 

 

 

 タイキが大声でそんな事を言うもんだから、周りで控えているトレーナー達が一斉にこちらを向く。その目はムロでジム生を煽った(トウキさんが)時と同じ『ブチコロスゾ』の目だった。舐めてませんマジすんません俺のせいじゃないんですぅ!

 

 

 

「あ!俺は“オープン”ですが、優勝目指して頑張るっスよぉー‼︎お互い優勝して、ダブルタイトルゲットッス‼︎」

 

「あ!おい——」

 

 

 

 そう言ってタイキはオープンリーグ側のコートへと走っていく。あの野郎……周りのヘイト集めるだけ集めてどっか行きやがった……。なして俺の周りこんな奴ばっかなん?

 

 

 

「はっはっはっ!中々威勢がいいじゃないか!——しかし見違えたな、ミシロタウンのユウキよ!」

 

「……………?」

 

 

 

 控えていたトレーナーの中から突然躍り出てきた男がそんな事を言った。簡素なトレーナーウェアに身を包んだ長身の男性……ってどちら様?

 

 

 

「あの……どこかでお会いしましたっけ?」

 

「なんと⁉︎あ、あの熱い戦いを交わした私のことを忘れたというのかいッ⁉︎」

 

「た、戦い?……対戦経験ありました?」

 

 

 

 彼はどうも俺のことを知っているようだが、どこかですれ違った程度ならいざ知らず、バトルをしたなら流石に忘れないと思うけど。俺、まだそんなに対人戦してないし。

 

 

 

「私だよ!——ほら、トウカジムで君の残留を賭けて戦った‼︎」

 

 

「トウカで——え?」

 

 

 

 それは3ヶ月前——。

 

 トウカジムに俺が在籍すべきかという議論を、バトルの結果で判断することとなった出来事。彼はその時の対戦相手——らしいのだが……——

 

 

 

「いや!なんかキャラ違くない⁉︎」

 

「ハハッ!あの時はツネヨシ経理に依頼されて『冷淡に振る舞え』と言われていたからね……いやぁあの時は酷いことを言ったな!」

 

 

 

——理不尽だろう。でもこれが現実だ。

 

 

 ——とか言っていた、あの頃の重苦しさなんて微塵も感じさせないほど快活な男だった。いや役者過ぎるだろあんた。

 

 

 

「しかしまだ信じられないな……あの時の君が、たった3ヶ月で私と同じ土俵に立っているとは——表で名前を見た時は驚いたよ」

 

「ハハ……俺もです」

 

 

 

 彼はあの時の戦いを思い出しているのか、少し物思いにふける目をしていた。

 

 あの戦いは、俺を今の道に導いた大切な戦いだった。そう考えると、この人に言われたことなんて気にならないほど、感謝の念が湧いてくる。頭を下げそうになったが、彼の放った次の言葉がそれを制した。

 

 

 

「——またとない機会だ。あの時のリベンジ……させてもらうよ?」

 

「——!」

 

 

 

 その目は、戦いを通して教え諭すような上からのものではない。あの戦いが何の目的で行われたかには関わらず、負けは負け——俺に対して、トレーナーとして負けられないという気持ちが目に見える様だった。先輩風を吹かそうなどと、微塵も考えていない目だ。

 

 

 

「まだ名乗ってなかったな……私は“ヤヒコ”。君と同じ『Dグループ』だ——願わくば、4回戦で当たりたいものだな」

 

「“ヤヒコ”さん……わかりました。頑張ります」

 

「いい返事だ……まずは一回戦、お互い頑張ろう」

 

 

 

 ヤヒコさんはそれだけ言い残し、再び人混みに紛れた。

 

 にしてもまさかこんな偶然もあるのかと驚いた。しかし知り合いがいたっていうのも存外嬉しいもんだな……。

 

 

 

「——って、勢いでやばい約束しちゃったな」

 

 

 

 4回戦でヤヒコさんと戦う為には、結局俺の方にいるシード選手を倒さなきゃならない。ハルカよりはハードルが下がるが、それでも行けたら番狂わせもいいとこだ。

 

 

 

「結構みんな簡単に言ってくれるけど、ホント大変だよなぁ……」

 

 

 

 そうぼやくが、不思議なことに今の俺はそこまで悲観的にはなっていなかった。

 

 簡単に言う……言ってもらえたからこそなのかもしれないが、要は目の前の相手に勝ち続けられれば自然と目標に辿り着ける——そんな気にさせてくれる。

 

 それに番狂わせや無謀なんて、よく考えればジム戦前までは散々言われてきた事だし、俺だって甘えた根性でここにい立っているわけじゃない。出るからには、相手が誰であろうと負けないくらいの自信は持ってても良いだろう。

 

 

 

「我ながら楽観的だとは思うけど……“お前ら”となら、なんとかなる気がするよ」

 

 

 

 腰にぶら下げている仲間に意識をやると、不思議と力が湧いてくる。

 

 そうだ……どこまでやれるかはわからないが、行けるとこまで行ってやるんだ。今の自分がどれだけ強くなっているのか、仲間がどれだけ成長したのか……今はそれが楽しみで仕方がないのだから。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 一回戦——相手の名前は『ニッタ』。

 

 マルチナビに送られている大会情報には、相手の名前と簡単なプロフィールが載せられているページが存在する。

 

 そこを見ると、ニッタというトレーナーが『バッジ獲得数“1”、タイトル“カナズミサマートーナメント“ベスト16”——』などの経歴を覗くことができた。

 

 獲得したバッジは俺と同格だが、トーナメント出場経験はある点で俺より経験値は上。ベスト16というのも、この大会で言えばシード選手1人を撃破できる実力があるということを指している。

 

 つまりは、一回戦から気が抜けない相手だということがわかった。

 

 

 

(そもそも、俺にとって気が抜ける相手なんて一人もいないよな……こん中で一番のドベだろうし)

 

 

 

 俺はバッジ取り立ての新米。そして俺以外のほとんどは既にプロとして何度もバトルを繰り返した格上。さっきはあんな強気な事を言ったが、試合開始目前ともなればその緊張は増す。

 

 トーナメントは負けたらその時点で終わり。俺の足元に広がる地雷が明瞭になるにつれ、段々と心臓に嫌な負荷がかかる。

 

 

 

(落ち着け……今までだって負けていい試合なんかなかっただろ……今はこの一戦に集中するんだ……!)

 

 

 

 俺は深呼吸する。

 

 メンタルを崩しそうになったら、過去の経験を思い出す事でなんとか持ち直すようにする。何度も折れてきた俺は、この方法で対処できる事を知っている。

 

 そして、トレーナーとは常に一人ではない事を忘れてはいけない。

 

 

 

「——頼むな。お前ら」

 

 

 

 モンスターボールの中からこちらを見る頼もしい目たち——3匹の仲間が気合い充分でスタンバイしている。

 

 

 

「——よろしく」

 

「……よらしくです」

 

 

 

 対戦相手ニッタから戦う前の握手を差し伸べられた。顔は無愛想だが、スポーツマンとしての礼儀を忘れていない姿勢に見習い、俺もそれに応じる。

 

 

 

「両者——選出ポケモンを選んでください」

 

 

 

 審判の男性に促され、コート横の選出を登録する機械の前まで行く。

 

 今までと一緒で、俺は3匹しか持ってない都合上、先発で出すポケモンを決めればいいだけだ。だからこの時間は相手の使うポケモンに目をやる。

 

 

 

【キンセツシティ・ニッタ】

 

・ぺリッパー ・ドンメル ・コイル

・メノクラゲ

 

 

 

 ニッタさんは全部で4匹のポケモンを持っている。その中で目立つのは進化後ポケモンの“ぺリッパー”。水と飛行の複合タイプである“キャモメ”の進化系であり、大きな嘴が特徴的だ。

 

 おそらくそいつがニッタさんのエースポケモン。あまりぺリッパーに対するデータはないが、タイプ相性的にジュプトル(わかば)ナックラー(アカカブ)は不利。この時点でペリッパーの選出はほぼ間違いないだろう。

 

 残る2体だが、これもこちらにタイプ的に有利が取れやすい“メノクラゲ”は出張ってくるはず。メノクラゲの方はかなり搦手を使う印象があるポケモンなので、先発で出てくる可能性はこちらの方が高いか?

 

 あとは“ドンメル”か“コイル”だが、相手目線で考えた時、俺の選出はモロバレしている。その中でも目立つのはやはり“ジュプトル(わかば)”。

 

 そこに対策を講じるのであれば炎技を繰り出せる“ドンメル”か……?

 

 

 

「——ユウキ選手。定刻となりました。選出を完了してください」

 

「あ。はい……」

 

 

 

 相手の選出を考える時間が欲しかったため、意図的に完了ボタンを押さないでいたが、タイムリミットだ。最後の1匹まで考察が定まらなかったが、先発以外に決められる事もない俺にとってはそんくらいで良いのかもしれない。

 

 

 

「あとは……仲間の実力を信じるだけ」

 

 

 

 選出を終え、互いのトレーナーがコートの端にある“トレーナーズサークル”に入る。試合開始までに少しだけポケモンたちのおさらいを脳内で済ませておく。

 

 

 

 ジュプトル(わかば)——。

 

 草単タイプの細身長身のポケモン。速さと見切りの良さにより相手の技をかわしつつ、鋭い一撃を叩き込むことに長けている。

 

 武器は移動と攻撃を兼ねる“電光石火”。

 

 遠近対応の“タネマシンガン”と派生技の【雁烈弾(ガンショット)】。

 

 そして、先日のジム戦で勝利を決めた“リーフブレード”。

 

 全体的にまとまったステータスだが、打たれ強いポケモンではないことには気をつけていきたい。ウチの手持ち(パーティ)の主軸だからこそ、出す場面を考えなければならない。

 

 

 

 ジグザグマ(チャマメ)——。

 

 ノーマル単タイプの四足歩行型。直線ダッシュよりターンを繰り返して走ることに長けている。強靭な足腰と敵を捕捉し続ける持久力によって常に動き回れる。

 

 武器は体重を乗せて打つ“頭突き”。派生技によりインパクトの前にさらに力を溜める【踵蜂(キビスバチ)】。

 

 遠距離では音波系の“輪唱”。ただし威力は据え置きのため過信はできない。

 

 そして運動を続けることで練られる電気エネルギーで大幅に“攻撃”と“素早さ”を上げる“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”——。

 

 決まればトウキさんですら手を焼いた【亜雷熊】。その準備に時間がかかる事と、チャマメへの負担を考えると便り切らない方がいいというのは覚えておきたい。

 

 

 

 ナックラー(アカカブ)——。

 

 地面単タイプ。小柄だが鍛えた脚力が打撃系の技を吸収できる耐久性を誇る。

 

 “砂地獄”は遅いが巨大な砂塵を生み、壁や視界切りに使用できる。その間に“穴を掘る”を決め、安全に地面から敵に近づき、自慢の顎で捉えて仕留め切る黄金パターンを持つ。

 

 特殊技に対してはあまり耐久できないことと、敵の初動が速いと上手いこと決まらない可能性があることに留意したい。

 

 

 

 ——これらのことを頭に留め、相手のポケモンとの相性を考慮して打てる手を考えておく。

 

 脳内シュミレーションは、戦略を練る俺にとっては重要であり、想像の範疇は出ないが、予想外の事態を少しでも減らす為に考慮は怠らない。

 

 ここまで出来れば……後はやってみるだけだ。

 

 

 

「——それでは、“キンセツシティのニッタ”対“ミシロタウンのユウキ”による、カイナトーナメント一回戦を執り行います!」

 

 

 

 互いの準備は整った。

 

 賽が投げれる——この瞬間に集中し、紅白色のボールを握りしめる。

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)!」

 

 

 

 

 

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プロとしての初陣——!

このトーナメントの為にゲームやスポーツのトーナメント表と睨めっこしてました。シード枠あると脳内だけでは処理しきれん。

〜翡翠メモ3〜
『プロの階級(クラス)

ホウエン地方のプロトレーナーにはバッジ数と大会戦績、HLC貢献度に応じたポイントが与えられ、A~Cまでの階級が与えられる。

プロに成り立てのトレーナーにはC級ライセンスが与えられ、以上の業績が基準点を達するとB級、A級へと昇格できる。

A級には具体的なランキングが存在し、その上位100人がホウエンプロリーグへの参加資格を得る。

ライセンスの位が高いとHLCを通して公募されている仕事の幅が広がり、その分割のいい仕事ややりがいのある仕事が増える。

トーナメント参加資格の中には「B級まで」や「A級のみ」といった格式を分けて設定されたトーナメントも存在するため、トレーナーの棲み分けをするように努められている。

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第84話 余裕


めっちゃ好きな実況者さんのラジオ動画無限にリピートしながら仕事してます。インゲンさんはいいぞ……。




 

 

 

 カイナシティ砂浜コート——。

 

 観光客で賑わうこの浜辺には、普段はバトルを楽しむ若者でいっぱいになる。

 

 しかし今日は月に一度行われるトーナメントの日となっており、そこで白熱する試合のレベルは格段に上がる。観客はいつも以上に刺激的な試合を目の当たりにし、感嘆の声を上げる。

 

 とりわけプロのライセンスを持つトレーナーが戦う“グレートリーグ”の賑わいは途轍もなく——

 

 

 

「——ぺリッパー!“ハイドロポンプ”ッ‼︎」

 

 

 

 その内ひとつのコートで、一際賑わうバトルが佳境を迎えていた。

 

 ニッタは“ぺリッパー”、ユウキは“ジグザグマ(チャマメ)”。この2体を出し合い、激闘を繰り広げている。

 

 

 

「——躱せッ‼︎」

 

 

 

 相手の技を聞きつけたユウキは、迅速に回避行動を指示。澱みのない指示にぺリッパーの吐き出す水の奔流を、軽々とチャマメは避けて見事答えてみせる。

 

 

 

(“ハイドロポンプ”——威力は高いが放つまでの溜めが長い!真っ向から撃たれてもある程度余裕はできるな!)

 

 

 

 今の技を視認し、ユウキはさらに相手への理解を深める。

 

 対してニッタの顔には焦燥感が浮き出ていた。ただ技をかわされたことに驚いているのではない……文字通り追い詰められていたからだ。

 

 

 

(クソ!こっちはコイルとメノクラゲ(2体)をあっという間に抜かれてもうぺリッパーにしか頼れないっていうのに……あいつのポケモンはまだロクに傷ひとつつけられてないッ‼︎)

 

 

 

 ニッタは既に述べたように、完全に押されていた。ユウキの出してきたポケモンとその戦略にことごとく翻弄され、最後の1匹に全てを託さねばならない状況となっていた。

 

 試合の経過は概ね以下の通り。

 

 まずニッタが先発で繰り出したのは“コイル”。ユウキは“ジグザグマ(チャマメ)”を出し、素早さを活かした偵察を行うつもりだった。

 

 だが、ユウキは開始直前のシミュレーションの中でひとつの懸念に至っていた。最後に選ばれる1匹……それはもしかしたら『エースポケモンを支えるポケモン』になるのではないのかと。

 

 

 

(——向こうは地面技を撃たれてもすぐにぺリッパーに交代する事で実質アカカブを無力化できる。逆にぺリッパーに対して岩や電気で攻めてもコイルに交代すれば被害を最小限に抑えられる。相性をかなり高い精度で補完しているこのペアは、おそらく考えられて組まれた構成……)

 

 

 

 ユウキは『パーティの相性補完』の理論から相手のパーティの運用法に気が付いていた。

 

 コイルの苦手なタイプをぺリッパーが引き受け、ぺリッパーの苦手なタイプをコイルが引き受ける——このように多種多様なタイプの相関図の中、互いの弱点を補い合えるパーティの組み方を俗に『相性補完』という。

 

 タイプ相性はバトルの成否に大きく影響を与える重要な要素。だが逆に言えば、相手にも読まれやすい“定石(セオリー)”ということでもある。

 

 読めると言うことは、それを利用した作戦も立てられると言う事——

 

 

 

 “コイル”に“ジュプトル(わかば)をぶつける——それがユウキの帰結した作戦。

 

 先発したチャマメを即わかばへと交代という選択。おそらくニッタはそのマッチアップなら“コイル”を下げることはしないだろうとユウキは読んでいた。

 

 それはコイルの仕事が『ぺリッパーのカバー』ともう一つ——『わかばの弱体化』だと踏んだからだ。

 

 高速戦闘が可能であるジュプトルというポケモンは、好きに動かせると厄介……相性でいくら優位を突いても、技が当たらなければひっくり返される可能性はある。なら“コイル”の電気技や音波系の補助技でまずは得意を潰す動きを取るであろう事は想像に難くない。

 

 ユウキはその点に気付いたからこそ、あえてわかばで突っ張る事を思いついた。その対面なら、必ず相手も逃げる事はしないだろうから……——

 

 

 

「——そんで“コイル”にも追いつけない速度でいきなり“リーフブレード”を叩き込む。様子見してたら恐らくコイルに“電磁波”辺りで麻痺させられてただろうが……それで仕留められてのはデカかったな」

 

 

 

 この試合、初動から見ていたのはアクア団の頭目“アオギリ”。そう評していた彼は、面白いものを見るように試合の過程を思い出す。

 

 わかばの猛攻により、コイルに遅れをとることなく戦闘不能にまで追い込んだ功績は大きかった。

 

 『相性補完』の理論は、補完し合うポケモンが“生存していなければ”意味を成さない。どちらか一方が倒れれば、盤石な布陣も瓦解するのは自明の理。ユウキの狙いは、その綻びだった。

 

 

 

「トーナメント戦は負ければ即終了。そんなプレッシャーの中、誰もが立ち上がりを大事にしたいところ……要は一番固くなってる時だ——いきなりの奇襲は効果的面だったろ」

 

 

 

 ユウキは無意識にそこを突いた。誰しもが固くなるであろう『その時』をうまく利用した形にし、相手の勢いを最初から封じ、自分の勢いは跳ね上がる手を最初に打っていた。

 

 一度瓦解すれば、プロと言えどその試合中に立て直すのは難しい。立て直せたとしても、それができる頃には——

 

 

 

「——“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”ッ‼︎」

 

 

 

 最後のペリッパーに対し、チャマメに短期決戦させる為に【亜雷熊】を発動させる。運動時間が一定を超えると増大した生態電気を用いて自身の“攻撃”、“素早さ”を強制的に限界まで引き上げるこの“電磁波”。これを使うと言う事は、この勝負の勝利をユウキが確信している事を示す。

 

 

 

——バゥアッ‼︎

 

 

 

 毛が逆立ち、全身から稲妻を迸らせるチャマメは勢いよく地面を蹴る。さっきまでと明らかに違う挙動をするポケモン——ニッタとぺリッパーは目標を見失った。

 

 

 

「速——」

 

「——“頭突き”ッ!!!」

 

 

 

 ニッタがスピードに翻弄されている隙に、チャマメはぺリッパーの背後から一撃を加えられ、その衝撃で地に落とされる。それでもまだ体力が残っているぺリッパーはギリギリ受け身が間に合い、体勢を立て直そうと羽ばたく。だが……——

 

 

 

「なんだ今の——ジグザグマの動きじゃない‼︎」

 

 

 

 事態に対処しようとするぺリッパーに指示をするべきトレーナーは、チャマメの動きに驚き、半ば思考放棄気味になっていた。コイルを奇襲で仕留められ、計画が破綻した事で精神的に不利を背負ったニッタ。

 

 彼をギリギリ繋ぎ止めていたのぺリッパー(エース)への信頼——しかしそれも今の超速攻撃で集中力は断ち切られた。

 

 ぺリッパーがいかに強かろうとも、トレーナーの指示下になければ——

 

 

 

「——頭突き(終わりだ)ッ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「一回戦突破か……おめっとさん」

 

「あ、アオギリさん⁉︎」

 

 

 

 一回戦を終えた後、コートから出た俺を出迎えたのは、さっき昼飯をご馳走になったアオギリさんだった。もしかして試合観てた?

 

 

 

「プロに成り立てとか言ってたが、トーナメントは初めてなのか?」

 

「え……まぁそうです。バッジを取ったのも昨日の今日で……」

 

「とてもそうには見えなかったぜ?特に初動でいきなりジュプトル(エース)をぶっ放した時なんかはとても新米の振る舞いには見えなかったぞ?」

 

 

 

 アオギリさんはバシバシと笑いながら俺の背を叩く。結構痛いんだけど、それでも試合の感想をそう言う風に言ってくれたのは素直に嬉しかった。

 

 とは言え、俺自身も今回は不思議なほど落ち着いていたと感じていたところだった。

 

 

 

「あんな大胆な事を……って自分でも思うんですけど、相手の思惑がわかったからかな?そこに絞って勢いよくやっつけてやろうって自然に思えたんですよね」

 

「へぇー?」

 

 

 

 俺自身、動きや思考が良くなったと感じるほど、今の調子は良かった。良かったからこそ、確実に勝つ為には慎重に立ち回るべきだったかもしれない。

 

 それでも俺は今日自分とポケモンを『試したい』って気持ちが強かったのかも知れない。だから思いついた作戦はどんどんやろうって思えたのかも……いや、そんなに考えてなかっただけかもだけど。

 

 

 

「見た目はヒョロイのに、中々度胸あるじゃねぇか」

 

「いや、ホント考えなしなだけで……」

 

「フッ……『誰もが落とせなくてビクビクしてる一回戦で勢いよくやっつけてやろう』——とか普通言えねぇよ。ますますアクア団(ウチ)に欲しくなってくるなぁお前♪」

 

「わ!ちょっと近いってッ‼︎」

 

 

 

 俺の肩に腕を回してぐいぐいくるアオギリさん——てか磯臭っ!あんた海にでも入ってたんか⁉︎

 

 

 

「——ユウキくーん!」

 

 

 

 アオギリさんと戯れていたら、遠くの方からこちらに向かって走る人影が見えた。

 

 それは今大会の台風の目——『第1シード』のハルカだ。

 

 

 

「そっちも終わったんだ!早いねぇ〜♪」

 

「お前は——シード選手だから一回戦なかったんだよな?」

 

「うん!私のその事すっかり忘れてて、どこのコートに行けばいいのかって係員さんに聞いちゃったよ!」

 

 

 

 テヘヘと後ろ頭を掻きながらうっかりエピソードを話すハルカ。普通にやりそうだから意外でもなんでもないけど……。

 

 

 

「ユウキくんどうだった?その顔はひょっとして……?」

 

「ああ、一応勝てたよ。最初に決めた奇襲が上手くいってな」

 

「すごーいッ‼︎」

 

 

 

 感嘆の声を上げて、ハルカは俺の右手を握る。

 

 

 

「いっ——⁉︎」

 

「今日初参加のトーナメントで簡単に勝っちゃうんだもん!やっぱりユウキくんは凄いよ!でもそれって私の目に狂いがなかったって事でもあるもんね〜……えへへ〜♪」

 

「だぁー!わかったからこの手を離せッ‼︎人前で恥ずかしい!!!」

 

 

 

 一応お前“女子”なんだから、異性とはそれなりに距離取れよ——なんて保護者ヅラする気はないけど、やられたこっちは身が持たん。

 

 強引に手を振り払うと、ハルカは不満そうに頬袋をパンパンにする。

 

 

 

「むー。そんな嫌がらなくても……」

 

「許可なくパーソナルスペース侵略してくるお前が悪い。後誰彼構わずそういうことすんなよ?勘違いとかされたらどうすん——」

 

「何を勘違いするの?」

 

 

 

 ギクリと首が固まる。

 

 しまった。間違いなく今のは失言だ。こういうのに頓着がないハルカにとっては、素直な質問。だけど色々知ってるお年頃の俺からすればそれを説明するのは恥ずかしいわけで——

 

 

 

「いや、なんでもない……」

 

「えー?なになに?何を何と勘違いするのー?教えてほしいなぁー?」

 

「ぐっ……マジでなんでもないっす勘弁してください」

 

「お前ら、イチャつくなら他所でやれよ?」

 

 

 

 ハルカに徐々に追い詰められる俺への助け舟——というか衆目を集めている事を諭したのはアオギリさん。

 

 ハッと気付くと周りから「スワローとめっちゃ仲良くないあいつ?」とか「カレシいたんだー可愛いもんねー」とかあらぬ誤解がポツリポツリと聞こえてくる。

 

 あかん。マジでそういうの噂になったら大変なことになる未来が見える。

 

 

 

「と、とにかく!2回戦からはお前も戦うんだろ⁉︎コケるなよ‼︎」

 

 

 

 それだけ言って、俺はハルカたちから離れるように走り去る。あのまま棒立ちしてたらネットニュースとかでどえらい勘違いが流布されそうだ。今は一心不乱に走り去り、願わくば周りの記憶から一掃されていることを祈る……——

 

 

 

「……お前ら、付き合ってんのか?」

 

「えー?どう思いますか?」

 

「ハハ……こりゃお前の方が一枚上手だな」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 一回戦は滞りなく行われ、オープンの方も同様に全ての一回戦が終わったようだ。そっちではタイキが戦っていたのだが……——

 

 

 

「アニギィィィ……!おれぐやじい……!!!」

 

 

 

 

 俺の前で膝から崩れ落ちているタイキ。どうも一回戦でこけたらしい。

 

 

 

「ど、どんまいだったな……」

 

ワンリキー(リッキー)といいとこまでいったんすけど……相手の“眠り粉”が当たっちゃって……ぐぬぅッ‼︎」

 

 

 

 

 先ほどの戦闘を思い出しているのか、嗚咽混じりに気持ちを吐露する。

 

 オープンの方は組み合わせ次第なところはあるが、決してレベルが低いわけでない。タイキは元ジム生なので、実力を出し切ればそれでも一回戦くらいは勝てても不思議ではないが、相性や不運に見舞われればこんな事もあり得る。

 

 だから一回の負けでそこまで落ち込まなくてもとは思うが……。

 

 

 

「アニキとオープンとグレート両方で優勝するって夢……果たせなくてすいません……」

 

「あれ本気だったのか……」

 

「だって……だってぇ〜〜〜!」

 

 

 

 タイキは俺に泣き縋る。

 

 後悔の念なのかわからないが、いつまでもこんな調子だと困るな。もうそろ2回戦の組み合わせも決まるところだし……。

 

 

 

「あーいいかタイキ?悔しさってのは大事だけど、多分制御しないとまたつまんない負けに繋がるかもしれないぞ?」

 

「つまんない……負け?」

 

「ああ。悔しい気持ちってできたらあまり味わいたくないだろ?だから次は同じ事で失敗しないように反省する。反省が上手く行けば、次に必ず活きてくるはずだ」

 

 

 

 正直泣きつかれるのが面倒だったから始めた講義だが、タイキは急に泣き止んで俺の言葉に耳を傾ける。うーん。ちょいと罪悪感。

 

 

 

「ま、まぁそれが上手くいかない事の方が多いかもだけどな……でも、いつまでも失敗した事を悔やむのは、反省とはある意味逆だと思うんだ。『次どうしたらいいか考えるための過去の振り返り』と『今の悔しさを晴らしたいだけの愚痴』じゃ、全然違うだろ?」

 

 

 

 

 未来に目を向けて、過去を考えるのが前者。過去にこだわって、今憂さ晴らしをするのが後者って感じだ。

 

 俺も普段から意識できてるわけじゃないけど、“次”があるなら考えるべきはどちらか——答えはほとんどの場合シンプルだ。

 

 

 

「だからまぁアレだ。次頑張れって事!俺の方は試合残ってるから、応援に来てくれると助かるよ」

 

 

 

 話の締めはちょっと雑だったけど、今のを聞いてタイキはどう思ってるんだろうか?そもそもトレーナー歴ではタイキの方が長いんだから、偉そうに説教とかされて気分を悪くしたとか?

 

 

 

「あ、アニキ……おれ、今の言葉一生大切にしますぅ〜〜〜‼︎」

 

「お、おう……一生は重いけど」

 

 

 

 どうやら気に入ったようだ。ふう……その情緒はもうちょい緩やかになるといいなタイキ。

 

 

 

「——《『Dグループ』2回戦の組み合わせが確定致しました。只今より2回戦の受付を開始致します。該当する選手は、指定されたコートに来てください》」

 

 

 

 2回戦の組み合わせが決まった知らせが来た。タイキも落ち着いた事だし、俺はこの大会、ある意味では最初のハードルに挑むことになる。

 

 

 

「『第4シード』か。気合い入れないとな……!」

 

 

 

 

 

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挑むはこの世界の実力者——!

成長してんなー。ムロで学んだ事の総ざらいしたからかもね。
書いてて今のユウキくんならこんなキャラじゃない?って自然とセリフが浮かぶ。いいねぇ〜♪

〜翡翠メモ4〜

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第85話 別格


三連休はずっと脳みそ休めてました!美味いもん食って、カラオケ行って、ゲームして、本読んで、お昼寝して……余は満足ぞ!!!





 

 

 

 『第4シード』、“カナズミシティのクロイ”——。

 

 プロフィールには『B級ライセンス』、『バッジ保有数3』、『カナズミサマートーナメント準優勝』と、先ほど戦った人よりも華々しい結果を残している事がわかる。その実績からか、この試合の客席からカメラを向けられている様子が見てとれる。

 

 黒髪長髪を後ろで束ねたその男の眼光は鋭い。明らかにさっきのニッタさんより格上の相手だった。

 

 

 

「まずは一回戦……おめでとう。()()()()()()

 

「そりゃどうも……」

 

 

 

 クロイさんの言葉に含まれているのは、俺に対する称賛などではない。「見事だった」——そう言えるって事は、この人は俺の対戦を見ていたって事だ。

 

 なら俺が3匹しかポケモンを持っていない事や、各ポケモンがどんな戦法を取ってくるのかなど……多くの情報を引き出されているはず。これはまずったか?

 

 

 

(シード選手は一回戦がない分、観戦して手の内を探ってくる訳か……これなら前の試合で【亜雷熊(アライグマ)】を使うべきじゃなかったかもな……)

 

 

 

 ただでさえ経験不足な俺は、相手の虚を突くような作戦を多く選択する。それが出来るのは、俺がまだ無名の新人で、手の内をそこまで知られてはいないからだ。

 

 だが、今はこうして実際に目にした情報……つまり“生きた資料”がこのクロイという人には入ってるはず……。ポケモンの強さはもちろんの事、場合によっては俺の癖や弱点についても検討が付いてる可能性がある。

 

 シード枠との戦いはキツいだろうと予想はしてたけど……課題が具体的になるにつれて実感が半端ないな。

 

 とはいえ、前の戦いだって決して油断できるものではなかった。なにしろこれが初めての大会だし、相手はプロ。舐めた攻めや温存しようなんて思考は、負けに繋がりかねない。クロイさんと戦うに当たって、ほぼ無傷でスタートできるのは寧ろプラスだと考えるべきだろう。

 

 今日の大会……準決以降は明日に執り行われるわけだが、それまでに4回の戦いがある。

 

 だからその全ての戦いの後にポケモンセンターで休ませられるわけでない以上、ポケモンの疲労や受けるダメージについては軽いことに越した事はないのだ。

 

 ポケモンセンターを同じポケモンで治療を受けられるのは日に一度。その貴重な一度を使用しなくても済んだのだから、俺としてはよくやった方だと思う。

 

 

 

「あまり見ない顔だが、ユウキと言ったか……加減はしない。覚悟してもらうぞ」

 

「……こっちもシード選手だからって臆したりしないよ。よろしくお願いします」

 

「……ほう」

 

 

 

 クロイさんの圧に負けない……その気持ちを込めて俺は手を差し出す。俺の心待ちに気付いたのか、クロイさんは少し笑って握手に応じ、その後は選出を済ませるべく、互いに機械の前に歩いて行った。

 

 

 

(一回戦を見てた事を伝えたり、格上な風を全面に出してきたり……プレッシャーかけにきてるのが丸わかりだ。この辺の心理戦では負けないつもりで……)

 

 

 

 

 『戦う前から勝負は始まっている』——かつてゲーム好きな幼馴染が言っていた事を思い出す。

 

 精神はとにかくパフォーマンスに大きく影響する。その中で臆する気持ち——平たく言えば“ビビったら”かなりマイナスな影響が出ることは間違いない。格上の相手としては『ちょっと新人をからかってやるか』ぐらいなのかもしれないが、あまりギラつかれても困るっての。

 

 なんて焦る気持ちを抑えつつ、相手の手持ち画面に目を落とす俺だった……。

 

 

 

【カナズミシティ・クロイ】

 

・ハスブレロ ・ゴローン ・コモルー

・グラエナ  ・オオスバメ

 

 

 

 うはぁ……まじかおい。全部進化後ポケモンかよ。手持ちも過去最多の5匹……。

 

 いや、そりゃまぁそんくらいはして貰わんと……って。

 

 

 

(——バカなこと言ってる場合じゃねぇな。まじでどうするコレ?)

 

 

 

 実際戦力差では絶望的だ。

 

 こちらはまだジュプトル(わかば)能力(スペック)で渡り合えるとは思っているが、それも希望的観測。まず間違いなくナックラー(アカカブ)ジグザグマ(チャマメ)では、真っ向勝負で勝てないと思われる。

 

 とは言え、泣き言を言って思考停止しても始まらない。考える時間も限られているんだから。

 

 

 

(タイプ的にまず間違いなく“オオスバメ”は出てくるだろうな……わかばには弱点を突けて、アカカブの地面技を無力化できるから……あとは正直どれが出てきてもおかしくないな)

 

 

 

 “ハスブレロ”の持つ草や水技はアカカブに対して抜群をつけるからやや選出されやすいかもしれないが、相手はプロだ——当然勝つための流れ……“必勝ムーブ”を持つポケモンもいるだろう。

 

 例えば俺のアカカブは“砂地獄”で視覚を遮り、“穴を掘る”から姿を隠す。そこから悠々と相手に近づき、特性“力尽く”込みの近距離技を仕掛けられる——こういった勝つために事前に決めたパターンの事を指して勝手に『ムーブ』と読んでいる。

 

 これはいわば“通せれば勝てる”といったものにまで洗練された作戦とも言い換えられる。俺がそうするように、当然相手もそうした作戦を持っていてもおかしくないのだ。もしタイプ相性以上に効果的なムーブを持つポケモンがいるなら……俺がそう考えるのは自然なことだった。

 

 

 

(——それが何かわからない以上、選出を絞るのは難しいな。とりわけエースポケモンがどれかも分かりづらいわけだし)

 

 

 

 実際考えられる材料が少な過ぎた。やはり事前に試合を見ておきたかったと、今になって後悔がある。

 

 だが、それでも今できることをするのは変わらない。今までだって、わからないなりに出来ることはあったじゃないか。

 

 

 

(——よし!あとはこいつらを信じて……不甲斐ない指示をしないようにしないとな!)

 

 

 

 パンっと両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。俺は選出完了のボタンを押してトレーナーズサークルに入る。

 

 鬼門の2回戦が始まる……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「アニキ……大丈夫かな?」

 

 

 

 俺はアニキことミシロタウンのユウキさんが頑張る2回戦を見守るべく、コートの客席に座っていた。

 

 客席と言っても簡素なベンチがあるだけで、日除けもなにも無いところ。まだ暑い昼の日差しに焼かれながら、俺はそれ以上に燃え上がるっス!

 

 

 

「アニキがシード選手倒せたら……マジで本当に凄い人って事だもんな!」

 

 

 

 ムロで見たあの人は、本当に凄かった。初めは全然そんな風に見えなかったけど、鍛えたポケモンや試合中のあの人を見てれば、その評価も大きく変わる。

 

 何より、挫けない強さとひたむきさ……ポケモンとの絆については言うまでもない程っス。

 

 

 

「——とはいえ、シード相手に勝てるかと言われれば、まだ足り無さそうだけどな」

 

「ウワッ!アオギリさん⁉︎」

 

 

 

 俺の背後には、知らないうちに座っていたアオギリさんがいた。アオギリさんもアニキの試合観にきたってことスか?いや、それより——

 

 

 

「——って。まだ足りないって、なんスかいきなり⁉︎アニキは十分強いっスよ‼︎」

 

「プロに成り立てにしちゃあな……だが、そのプロを相手に何度も勝ってきたシード選手ってのは、その程度の格で相手できるほど安くはねぇぞ?」

 

「うっ……」

 

 

 

「アニキならそんなのひっくり返せるっスよ!」——とか言いたかったけど、俺だってトレーナーの端くれ。事実、あのクロイって人は記事にも取り上げられた事がある敏腕トレーナー。

 

 この大会では『第4シード』の枠に甘んじてるけど、紅燕娘(レッドスワロー)とかがいなきゃ『第1シード』だとしても不思議じゃない人っス。どんな戦い方すんのかは知らないっスけど……。

 

 

 

「まあそう目くじら立てんなや。どの道頑張んのは、あの坊主なんだからよ」

 

「アニキィ……!」

 

 

 

 確かに俺がここでヤキモキしたって仕方ないんスけど……それでもなんか、言われっぱなしはムカつくっス!とにかく、ここは1発シードにも観客にもギャフンと言わせて欲しいッス‼︎

 

 

 

「——始まるみてぇだな」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——それではこれより、“カナズミシティのクロイ”と“ミシロタウンのユウキ”によるカイナトーナメント2回戦を行います!両者、準備はいいですか?」

 

 

 

 審判のコールに互いのトレーナーは頷く。それを受け、審判も頷き返し両の旗を振りあげた。そして両トレーナーは、自分のボールを握り、投げ込む構えをとる。

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)!!!」

 

 

 

「ゆけ——“オオスバメ”!」 

 

「頼んだ——“ジグザグマ(チャマメ)”!」

 

 

 

 クロイは“オオスバメ”を繰り出した。

 

 “スバメ”の進化系であり、その頃から何回りも巨大に成長した空の暴れん坊。飛行能力に長けており、対空戦法を有していなければ触れることすら困難な相手だ。

 

 対するユウキが繰り出したのは“ジグザグマ(チャマメ)”。近距離を得意とするポケモンであり、このマッチアップではかなり不利を背負っていると言えた。

 

 

 

「——“電光石火”‼︎」

 

「ッ——躱せ‼︎」

 

 

 

 先制はオオスバメ。高い飛行速度から繰り出される“電光石火”は、まさに目にも止まらぬ速さにまで急激に加速して放たれる。最初に突っ込んでくるかも……と山勘を張っていたユウキだからこそ、ぎりぎり回避が間に合った。

 

 

 

「様子見——はするわけないよな!」

 

 

 

 クロイという人物のことはわからないが、無名の選手の試合観戦まで怠らない用心深さがあることをユウキはわかっていた。でもだからと言って、手の内がわかっている相手を前に悠長な戦法は取らないだろう。何せこの対面は、おそらく向こうが一番警戒しているであろう場面なのだから。

 

 

 

「——返して“輪唱”‼︎」

 

 

 

 チャマメは大きく避けたが、オオスバメを見失ってはいない。首を反らせて勢いよくオオスバメに対して音の衝撃波を吐き出す。

 

 だが、流石はオオスバメ。指示がなくとも自前の旋回能力を活かし、“輪唱”から悠々と逃れる。

 

 

 

「対空手段はあるようだが——オオスバメには当たらんよ」

 

「わかってるさ……“つぶらな瞳”ッ‼︎」

 

「むっ!」

 

 

 

 『つぶらな瞳』——。

 

 敵意のない愛らしい視線を相手の視覚に当てることで、その戦闘力を下げる変化技。機動力は削げないが、攻撃力はしばらく抑えられる効能がある。

 

 旋回中に“輪唱”を放ったのは、軌道をさらに限定して、オオスバメを誘い込むため。ユウキはまず高機動から放たれる攻撃力を下げる事に成功した。

 

 

 

(そっちは時間をかけたくないはず……なんたって【亜雷熊(アライグマ)】が怖いもんな……!)

 

 

 

 先の試合でも見せた【亜雷熊】は、チャマメの真骨頂であり、発動すれば進化後ポケモンといえどやり合える自信がユウキにはある。だからこそ、相手はそこに対策を講じてくるだろうとユウキは読んでいた。用心深い性格故、おそらくそこで正面から殴り合うような手は打たない。となれば、選択肢は二つに絞られる。

 

 

 

(——『発動させる前に倒す』か『持続が切れるまで粘る』かの二択!)

 

 

 

 前者は立ち上がりの遅いチャマメを狩る戦法。実際ステータスでは勝るポケモンを多く抱えているクロイにとっては間違いなく正攻法とも言える択だ。

 

 その分後者はユウキに考える時間を与えてしまう。粘る方でも経験値が上のクロイなら凌ぎ切れる公算は高いだろうが、彼は前の試合を観て、その判断は危ういと考えていた。

 

 

 

(なるほど……こちらが()()()()()と踏んでの下方修正(デバフ)……これで多少の攻撃で倒し切れるというこちらの択をさらに狭めた訳か……!)

 

 

 

 今の“つぶらな瞳”で、クロイも勘付いた。やはりこの男は相当に頭が切れる——その認識を再確認していた。

 

 

 

「だが……削れるとこまで削らせてもらうぞ——“電光石火”‼︎」

 

 

 

 オオスバメは再び滑空する。今度は羽撃くことで軌道を変幻自在に変化させた。先ほどより直線速度は出ていないが、躱すタイミングを見極めるのはさっきよりもシビアだ。

 

 

 

「速い——!」

 

 

 

 その動きに合わせて、回避させようにもユウキが呼びかけてからでは間に合わない。今はチャマメの反応に任せるしかないが——

 

 

 

——グマッ‼︎

 

 

 

 跳躍するチャマメ。その直後、オオスバメの巨体が横切った。

 

 

 

——キャウッ⁉︎

 

 

 

 いい反応だったが、チャマメの回避よりオオスバメの“電光石火”の方が速かった。僅かに後ろ足を掠めたことにより、回避後の着地が不安定になる。その隙を、クロイが逃すはずはない。

 

 

 

「——“燕返し”ッ‼︎」

 

 

 

 即座に切り返したオオスバメが、飛行タイプのメジャー技である“燕返し”を発動。翻った勢いそのままに、体勢不十分なチャマメを襲う。

 

 

 

——キャン!!!

 

 

 

 オオスバメによる翼撃がチャマメを吹き飛ばす。攻撃力は落としているはずだが、それでも充分な威力となった。遥か後方に飛ばされたチャマメは、そのまま地面に激突——

 

 

 

——グマッ‼︎

 

 

 

 地面との接触寸前、チャマメは体を捻って、空で体勢を立て直した。それにより四足が先に地面を捉え、激突による追加ダメージを防いだ。

 

 

 

「ナイスチャマメ!——よく受け身とった!」

 

 

 

 ユウキはチャマメを褒め、特訓の成果を噛み締める。これもまた、ユウキたちが血を滲ませながら過ごした2ヶ月の成果なのだ。

 

 

 

(向上したのは筋力だけじゃない……【亜雷熊】なんてジャジャ馬を乗りこなすには、それなりの“体術”が必要だったんだ……!)

 

 

 

 帯電による超強化——強力な技であることは間違いないが、実は思ったよりもポケモンにかかる負荷が大きい。

 

 鍛え上げた足腰でも、何度もそのスピードでストップ&ダッシュを繰り返せば、当然疲労はあっという間に襲ってくる。少しでもその負担を減らす為には、かかる負荷を如何にして受け流すかという高度なテクニックが求められた。

 

 それは体の使い方によって……いわゆる“体術”と呼ばれる類の技能である。

 

 

 

(幸いウチにはその手の“スペシャリスト”が居たからな……手本としては申し分なかった)

 

 

 

 その“スペシャリスト”は、今も尚ユウキの相棒として自分の出番を待つ“ジュプトル(わかば)”。その手解きを、【亜雷熊】習得までずっとしていたわかばによって、チャマメはそれなりのボディバランスを獲得していた。

 

 

 

「……器用な奴だ」

 

 

 

 クロイもまた、その技能にどれほどの心血が注がれたのかと想像して笑う。この男もまた……“上を目指す者”なのだと理解したからだ。

 

 

 

「行くぞチャマメ……反撃開始だ!」

 

 

 

 

 

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シードにも退く気はなし——!

進化後ポケモンたちだからと言って、別に全員がバケモンみたいに強くなるわけではないですよね。最近種族値的な事を学んで「あ、進化後より強い未進化ポケモンもおるんやな」と改めました。

ラッキーやポリゴンって凄いのね……(ゴクリ)

〜翡翠メモ5〜

『ジムバッジ』

ポケモントレーナージムのリーダーを倒す事で貰える強者の証。
ホウエン地方では全8つのバッジが存在し、そのどれか1つでも獲得できれば、HLC公認のプロトレーナーへの申請が可能になる。

ジム戦はHLCによって決められた手持ちでジムリーダー側は戦うが、バッジ保有数によって、その強さの上限も変化する。それに比例して、バッジ獲得数に応じた特典も存在する。



以下はランキングポイント加算以外の特典の概要である。

・1つ……HLC提携施設の無償化、フレンドリーショップでの購入の割引、プロ申請の許諾、HLC公募の仕事の受注。

・2つ……トレーナーズランク“B級”への昇格申請。

・3つ……立入制限エリア“丙区”までの立入許可。

・4つ……HLC提携の組織所属の推薦、HLC提携の組織的技術による提供の推薦。

・5つ……立入制限エリア“乙区”までの立入許可。

・6つ……トレーナーズランク“A級”への昇格申請、“ギルド”設立権の獲得。

・7つ……HLC治安維持局所属トレーナーの推薦、公的携帯獣行使権及び立ち合い、ジムリーダー所属申請。

・8つ……立入制限エリア“甲区”までの立入許可。



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第86話 鳥籠の中


今回ちょいと行間を変えてみました!
この書き方への評価をアンケート用意してますので、よかったら答えていってくださいね♪より読みやすくなるように頑張りますので、是非ご協力お願いします!※現在アンケートは終了しております。ご協力有難うございました!




 

 

 

「反撃開始だ!!!」

 

 

 

 そう息巻いたユウキに応じて、チャマメはオオスバメに向かって飛び出す。だが滞空するオオスバメに届かせられる攻撃は、クロイの見た限り“輪唱”くらいなもの。近距離技はほぼ死んでいる。それでも接近を試みるというのは——

 

 

 

(——わかっているぞ……狙いはこちらが攻めに転じた時……そこに合わせた反撃(カウンター)であるという事は!)

 

 

 

 クロイはチャマメに出来る事と出来ない事を明確に区別していた。

 

 遠距離攻撃はあくまで牽制。相手のポケモンに痛手を負わせる為には、接近からのタックル系統の技しかないこと。そしてそれを当てる為に、敢えて無謀な特攻をチラつかせる事で、オオスバメからの攻撃を誘発させる目論みがあることに気付く……そうとわかれば、クロイも真っ直ぐに攻めたりはしない。

 

 

 

——“電光石火【編翼(アミバネ)】”

 

 

 

 オオスバメはさっきよりも複雑な軌道を描き飛び回る。“電光石火”による高速移動を、あれほどの曲線を描きながら飛ぶ実力には舌を巻くユウキ。これでは迂闊に反撃できない。

 

 

 

「チャマ!軌道は複雑だが、その分スピードは落ちてる……落ち着いて反応すれば見てからでも躱せるはずだ!」

 

 

 ユウキの声にチャマメは「キャン!」と鳴いて応える。その目は終始オオスバメを捉え、忙しく運動をしていた。軌道に惑わされず、しっかりとオオスバメを視界に捉え続けるチャマメに、ついにオオスバメが襲いかかる。

 

 

 

——バッ‼︎

 

 

 

 軌道が自身に向かってきた瞬間、チャマメはその場を飛び退く。

 

 

 

「——まだだ!!!」

 

 

 

 避けたチャマメに檄を飛ばすユウキ。チャマメはすぐにそれが、オオスバメの攻撃が続いている事を告げていると悟る。通り過ぎたオオスバメが先ほどと同じようにその場で急旋回し、チャマメ目掛けて突進を続けていた。

 

 

 

「オオスバメ!」

 

「留まるな!走り続けろッ‼︎」

 

 

 

 互いのトレーナーの檄が交差する。威力が落ちた分、スピードを優先した軽快な連続攻撃を繰り出そうと翻るオオスバメに対し、チャマメは力強く地を蹴ってその攻めから逃れる。

 

 

 

——ズバァッ!——バッ!——シュンッ!——ドッ!——

 

 

 

 高速で動き回る両者の軌道は、コート全域に及んで絡み合っていた。

 

 

 

「すげぇ!どっちもめちゃくちゃ速ッ‼︎」

 

 

 

 はたから見ていてもわかるほど、高度なやり取りを見て興奮するタイキ。見ている側も力が入るほどの激戦に、身震いを起こしていた。その一方で、アオギリは顎髭を触りながら状況を考察している。

 

 

 

「速さってだけならオオスバメの方が上だろうな……それでもクマ公が追いつかれないのは、空よりも小回りが利く地上にしっかり足つけてるからだろうよ」

 

「空よりも地面のほうが有利って事っすか?」

 

「得意分野が違うってことだ。空にも地にも、それぞれの良さってもんがある」

 

 

 

 アオギリはそう語る。要はこの攻防に限定すれば、チャマメはオオスバメから逃れる為に必要なことができているという話である。

 

 

 

「空ってのは自由に立体的に飛び回れるから相手からの追撃を受けづらい。有効打が接近戦に限られたポケモンなんてのは防戦一方だろう。だが、その分踏ん張りが利きづらい空中というのが高機動戦闘では仇になる——その点、地面をグリップして回れ右が出来る地上側の方が小回りが利くんだよ」

 

「なるほど!アニキはそれがわかってたからチャマメに落ち着けって言ったんスね‼︎」

 

「そりゃわかんねぇけどな……それに、逃げてるだけじゃあの電気技を使う前に捕まるだろうよ」

 

「え——?」

 

 

 

 アオギリの予測は当たっていた。タイキがその言葉に驚いていると、会場の観衆もどよめいていた。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 ユウキが見ていたのはコート全域を絡めとるような“白い筋”。それによってチャマメの進路が制限されてしまっていた。

 

 

 

「いつの間にこんな——いや、これがさっきの派生技の効果か!」

 

 

 『電光石火【編翼(アミバネ)】』——。

 

 通過した軌道上に白い筋を残して飛行する“電光石火”の派生技。これに当たるとどうなるのかはわからないが、迂闊に触れないほうが賢明。しかしその間を縫って——

 

 

 

「やれ!オオスバメッ‼︎」

 

「くっ——避けろ‼︎」

 

 

 

 この白い筋で出来た檻の中に突っ込んでくるオオスバメに対し、飛び退くルートを確認する暇がないチャマメ。とにかく直撃だけは避けようと、ギリギリでオオスバメを躱すが——

 

 

 

——バチィッ‼︎

 

 

 

 白い筋が進行方向に張り巡らされており、そのうちの一本に脇腹が当たった。その瞬間、チャマメはそれに弾かれ、地面に叩きつけられる。

 

 

 

「当たると弾かれるのか……あの白い筋!」

 

 

 

 その性質に気付いた頃には時既に遅く、逃げ場を失ったチャマメへと容赦なくオオスバメが襲いかかる。

 

 

 

「くっ!合間を縫って跳べるかッ⁉︎」

 

 

 

 チャマメも同じことを考えていたのか、次の攻撃も躱そうと跳躍する。

 

 

 

——バチィッ‼︎

 

 

 

 今度は後ろ足が掠った。その衝撃で宙にいたチャマメの体が半回転し、さらにその先にも筋が——

 

 

 

——バチチチィッ‼︎

 

「チャマッ‼︎」

 

 

 飛ばされた先で連鎖的に筋に当たったチャマメはピンボールのように弾かれる。ようやく止まった場所で、なんとかギリギリ受け身が間に合ったチャマメはまだ四足で体を支えていた。

 

 その様子を見て、大事には至っていないと胸を撫で下ろすユウキ。

 

 

 

(あの筋みたいなの……吹っ飛ばすだけで威力はないのか?だとしたら叩きつけられる事で受けるダメージさえ気をつければなんとかなるか……当たった筋は弾けて消えるってのも確認できた。だけど——)

 

 

 

 それにしてもとユウキは思う。

 

 あのオオスバメは、自分で作ったこの“巣”の中を自在に飛び回れている。おそらく相当なトレーニングを積んでいるんだろうが、あの繊細な飛行能力には驚かざるを得ない。もしあの能力で筋に打ち上げられたチャマメを追撃するコンボがあるのだとしたら……——

 

 

 

(——そう。お前のジグザグマの体術ももうわかった。“次”に筋に触れた時、確実に仕留めさせてもらう)

 

(——!そうか。今の時に攻撃して来なかったのは()()()()か!)

 

 

 

 それは“つぶらな瞳”による能力低下(デバフ)のタイムリミット——。

 

 その効能は技の練度や性質、ポケモンの成長具合、相性によって上下する。しかしどんなデバフでも、時間経過で元に戻るのが常だ。一定時間飛び回り、不用意に攻撃を加えてくなかったのは、半端な攻めの結果反撃を食らうのを嫌ったため……。

 

 

 

「もしかして……オオスバメのデバフ消えたっスか⁉︎」

 

「だろうな。ジグザグマの充電を待つ筈が、逆に食らったデバフを解除する時間稼ぎになっちまった……しかも場を整えられた上でな」

 

 

 

 ユウキ側の作戦で一時は時間稼ぎの道へと誘い込めた訳だが、クロイはそれより早くオオスバメにかけられた弱体化が解ける方が早いと判断していた。この辺りは知識よりも“経験”の方が役に立つ場面。まんまと得意分野に持ち込まれてしまったのは、ユウキの方だった。

 

 

 

「この状況……例え雷グマに変身したとしても、あの巣の中じゃまともに動くこともできない——ならやれる事は“交代”ぐれぇか」

 

「うぅ……あそこまでしっかり育てたのにぃ〜〜〜!」

 

 

 

 タイキの勿体無いという気持ちは仕方のない事だった。ここまでの時間稼ぎはオオスバメを討つべく仕掛ける筈だった【亜雷熊】発動のためのもの。それを交代で戻してしまうと、ボールに内蔵されている“リフレッシュ機能”によって蓄積した電気もリセットされてしまうのだ。

 

 しかしその作戦に固執すれば、今度こそチャマメを失うという最悪の結果だけが残ってしまう。事態は予断を許さない状況——そして。

 

 

 

——“燕返し”‼︎

 

 

 

 その決断を待つほど、クロイは甘くない。決断に迷えば、その分後に響く。うまく転べば、この試合の流れそのものを持っていける展開。この危機を乗り越えるべく選択すべきなのは——

 

 

 

——“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”‼︎

 

 

 

 ユウキ、交代せずに必殺技を起動する。これはクロイもアオギリも驚いた。

 

 

 

(今必要なのは勢いじゃねぇぞ坊主……⁉︎立て直さねぇとこの包囲網からの脱出は無理だ。これじゃヤケクソもいいとこじゃねぇか!)

 

 

 

 心の中で舌打ちをするアオギリ。彼の思惑と違う行動に、ユウキの精神的弱さを嗅ぎ取った。頭が切れるとは言っても経験不足から焦りが生じる事をアオギリは知っていた。それでも少年のこれまでの行動から期待していただけに、落胆の色は隠せない。

 

 

 

「——避けろオオスバメッ‼︎」

 

 

 

 クロイは攻めっ気を瞬時に嗅ぎ取り、檄を飛ばしてオオスバメに回避を促す。それに反射的に反応したオオスバメは、体を自身が生み出した筋に当てて——

 

 

 

——バチィッ‼︎

 

 

 

 筋による斥力で弾かれた体が、自身の軌道を急速に変える。直後さっきまで自分がとっていた進行方向に、稲光を纏ったチャマメが矢のように飛んできた。

 

 

 

「苦し紛れに——」

 

「——いいやまだだ」

 

 

 

 ユウキはポツリ、そう呟く。直後、この場で観ていた全員が驚きの声を上げることとなった。

 

 

 

——グマァァァ‼︎

 

 

 

 躱したはずの“頭突き”が、オオスバメに突き刺さった。誰も予想だにしない反撃に、会場は総立ちになる。

 

 

 

「当てやがった——⁉︎」

 

「やったアニキィィィ‼︎——でもなんで⁉︎」

 

 

 

 引きで見ていたアオギリとタイキにもわからない。チャマメの一撃は確実に躱されたはずなのに、気付いたらヒットしていた。しかし相手しているクロイ本人は、チャマメが信じられない行動出ている事に気付いていた。

 

 

 

「こいつ……【編翼】で跳弾したのか⁉︎」

 

 

 

 クロイは自分のフィールドだと思って油断していたが、チャマメは突っ込んだ勢いそのままに攻撃するフリをしてわざと【編翼】が生み出した白い筋にぶつかっていたのだ。

 

 先ほど何度か食らってわかったように、この筋には弾くだけでダメージとしては無いに等しい。それがわかったからこそ、逆にこの筋で出来上がった“巣”を利用する事をユウキは思いついたのだ。

 

 

 

「——まだまだいくぞチャマ!」

 

——“頭突き”‼︎

 

 

 

 【亜雷熊】による上方修正(バフ)により、超スピードを得たチャマメは、ダメージを負い失速しているオオスバメへ追撃を図る。当然避ける為にオオスバメも筋の反発を利用して逃れようとする。

 

 

 

()()()!——“輪唱”‼︎」

 

 

 

 ユウキにはオオスバメが失速したのを見て、すぐに近くの筋に触れようとする事などお見通しだった。失速すれば、必ず筋の反発を利用して飛び去るだろうことは。

 

 チャマメはユウキが指差す方を目掛け“輪唱”を放つ。するとその音波は筋にぶつかり弾け、まるで跳弾するようにオオスバメを襲う。

 

 

 

——ピギィッ⁉︎

 

 

 

 予想外の攻撃にさらに体勢を崩すオオスバメ。これはユウキにとっては予想外の収穫だった。

 

 

 

(そうか……!弾くのは何もポケモンだけじゃなかったんだ……!)

 

 

 

 逃亡のための筋を消すために放った追撃……棚ぼたではあったが、内心でガッツポーズをとるユウキ。それを引きで見ているアオギリは状況に当てがついたようだ。

 

 

 

「なるほどな。おそらくあれが本来の“白い筋の使い方”なんだろ」

 

「どうゆーことっスか?」

 

「あれは動き回るやつを大人しくさせる目的以上に、オオスバメ自身の軌道を変えるために展開してんのさ。まさかそれを逆に利用されるとは思ってなかっただろうが……」

 

 

 

 “電光石火【編翼】”が生む白い筋は触れた対象に一定の斥力を与え弾き返す。それは生物・非生物問わず、またポケモンの技すらも跳ね返すトランポリンのようなものだった。

 

 本来なら慣れないフィールドにポケモンたちは困惑するだろうが、クロイ側のポケモンたちはおそらくこの状況で戦えるようトレーニングを積んでいるのだろう。

 

 環境に適応できているポケモンとそれに難色を示すポケモン——双方に空いたこの差は、勝負を決するのに充分な効果を発揮できるはずだった。

 

 

 

「あのジグザグマがどんなトレーニング積んだのかは知らねぇが……よもやプロ成り立てのヒヨッコにお得意のフィールドを利用されるとは、あのクロイとかいう奴も思ってなかったんだろ」

 

「つまり……アニキはスゲェってことっスね⁉︎」

 

「ハハハ!まあそういうこった‼︎」

 

 

 

 しかし評価を下げるのは時期尚早だったと内心で反省するアオギリ。

 

 ユウキがプロである以上、定石は抑えていると思っていたが、咄嗟の機転は既に並のプロを凌ぐものがある。いや、寧ろこの戦いに臨んだメンタルを誉めるべきか。

 

 

 

(ここで退けば、クロイさんの思うツボだ。俺の行動を先読みしてるなら、セオリー通りに戦ってちゃ勝ち目はない。今はチャマメを信じて、勝つために——頭を回せ!)

 

 

 

 チャマメは更に疾走——跳躍をする。ダメージを連続して負ったオオスバメは地面に伏せた。今なら飛び立つまでの僅かな隙を突ける。

 

 

 

——“頭突き”‼︎

 

 

 

 またも筋を踏みつけて跳躍を加速させるチャマメ。どうやら完全にコツを掴んだようだ。

 

 

 

「ナメるなよ——オオスバメ‼︎」

 

 

——“エアスラッシュ”

 

 

 

 クロイが吠える。飛び立つ余裕がない事を悟り、迎撃の為にオオスバメは風の刃を羽撃いて発生させる。

 

 

 

——バチィッ‼︎

 

 

 

 その刃をチャマメは更に筋に触れる事で躱す。だが、それはクロイにも予測できた事だ。

 

 

 

「この鳥籠は私のフィールド!——多少不覚を取ったからと調子に乗らせはせん‼︎」

 

 

 

 チャマメもユウキも事態に気付く。彼が鳥籠と呼ぶその中を……風の刃が行き交っていた。

 

 

 

「これは……ッ‼︎」

 

 

 

 筋による跳弾を利用した“エアスラッシュ”の範囲攻撃——鳥籠の中は高密度の危険地帯と化した。

 

 だがそれは同時にクロイの心境を暴く事に繋がる。

 

 

 

(近付かれたくないってのが見え見えだ——チャマメの反応速度も【亜雷熊】で強化されてる……今ならいけるッ‼︎)

 

 

 

 ユウキはチャマメにGOサインを送る。チャマメは更にギアをひとつあげるように体を縮め——

 

 

 

——グァッ!!!

 

 

 

 一気にその場から姿を消す。地面を、筋を、また地面をと、縦横無尽に超速で跳ね回る姿は、まるで雷のそれだ。

 

 

 

「ぐっ——‼︎」

 

「——トドメだッ‼︎」

 

 

 

 チャマメを遠ざける為に放った“エアスラッシュ”は文字通り空を切る。その刹那に、クロイも自身の敗北を予感して小さく舌打ちをするのだった。

 

 

 

——“頭突き【怒蜂(カンシャクバチ)】”!!!

 

 

 

 雷の軌跡を残して、オオスバメの胸に一撃を加えたチャマメ。それはここまで苦しめてきた強敵を堕とすのに充分な威力であった。

 

 

 

「——オオスバメ戦闘不能!ジグザグマの勝ちッ‼︎」

 

 

 

 

 

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疾風迅雷——!

雷纏った高速戦闘はやっぱ燃えますなぁ。
アンケよろしくです!


〜翡翠メモ6〜

『派生技』

本来の技をトレーニングを積む事で独自に発展させた技。
周知されている能力を超えた発想と弛まぬ努力で得られる技であり、その傾向から大別していくつかのパターンの派生ができるとされている。

「強化型」……本来の技の威力・効果を底上げするもの。形を変えて圧縮したり、遠距離技の使用を近距離限定に絞ったりする事で派生可能。

「付加型」……技に追加効果を持たせる。使用するポケモンが持つ特性などが反映されやすく、技術以上に才能が求められる。

「変異型」……技のタイプそのものを変える。本来の自分の一致するタイプに変化させる事で擬似的に強化型のような効果が期待できる。変異型に派生した場合、まるっきり違う技に変わる可能性もある。

「複合型」……技と技を掛け合わせて強力な技に昇華する。二つ以上の技発動を同時に行い制御する必要がある。

以上の型をさらに複合したりする事で技の派生は理論上無限とされている。既知の技は知られているものが多く対応されやすいため、プロトレーナーは日々これらの技の発展を目指すこととなる。

ただし、本来の技よりも格段に消耗しやすいため、乱発は控えるのがいいだろう。



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第87話 傷つけられたプライド


アンケートとコメントでご協力くださった方々ありがとうございます!一応改めてご報告ですが、皆さんの感想を受け、以後書き方を変えて行きます!それに伴って過去のページも地道に変えていこうと思ってますが、こちらは最新話の更新と共に並行して行うのでかなりの時間を要すると思われます。
 
優先されるのは私のモチベーション的にも最新話更新なので全てが改められるのがいつになるかはわかりませんが、これから新しく読まれる方にもできるだけ読みやすい形にしたいという思いもありますので、なるはやで頑張っていきます!

これからも「Pokemon -翡翠の勇者-」をよろしくお願いします!





 

 

 

「ん〜〜〜今日もカイナは全力快晴まっしぐら!まさしく生き物の楽園♪海日和だね〜〜〜♫」

 

 

 

 カイナの砂浜を裸足で駆け回るのは、青緑の髪色の少女だ。白いTシャツにジーンズを履いた素朴な格好ながら、ルックスの良さも相まって中々オシャレな風貌を装っている。

 

 普段人目につく活動をしている分、例え濃いめのサングラスをし、被り慣れてない帽子をしていても、そのオーラは滲み出てしまう。いつ彼女が周囲にバレるかもしれないと、内心ヤキモキしているのは、快活な振る舞いとは対照的に落ち着いて周りを見回す黒髪の女性……彼女の付き人だった。もちろんその素振りを見せない為に、普段のカッチリ着こなしたスーツ姿ではなく、群青のノースリーブに白いフレアスカートという大人なファッションで、お目付役として立っている。

 

 

 

「“ルチア”?あんまりはしゃがないでくださいよ?あなたはホウエンでプロトレーナーよりも目立つ存在なんですから」

 

「“スルガ”は今日もお堅いなぁ〜?今日はオフの日なんだから、パァーと羽伸ばさなきゃ♪」

 

「その羽伸ばしが台無しにならない為です。あなた、オフだろうと人目についたら仕事スイッチ入っちゃうでしょ?」

 

「その時はその時だよ♪」

 

 

 スルガの問いをルチアは軽く流す。いつもの小言だとルチアが聞き流しているのはスルガ自身もわかっているが、お目付役としての役割を果たすためには言うのを止めるわけにはいかない。とはいえ、忠告を無視されるのはそれなりに腹が立つが……。

 

 そんな心境を知ってか知らずか、ルチアはスルガに抱きつく。

 

 

 

「ちょっ!なに——」

 

「こわぁーい顔しないで!せっかくの可愛い顔が台無しだよ!」

 

「私の容姿はあなたほど重要ではないので」

 

「わたしにとっては死活問題だよ!スルガの可愛いさは、わたしだけが独り占めできるんだもん♪」

 

「うぅ〜!」

 

 

 

 ルチアの猛アタックに彼女も参ってしまう。なんだかんだ「可愛い」と言われるのは嬉しいが、人前である事と言われ慣れていない事に顔が真っ赤になる。先程までのクールビューティーは、ルチアによって粉々にされてしまった。

 

 

 

「それより!まずは今日という日を楽しもう♪スルガも楽しんでくれないと、わたし休んだ気になれないなぁー?」

 

 

 

 わざとらしく眉をひそめてアピールするルチア。観念したのか、ため息をついたスルガは、ルチアの差し伸べる手をとって応じる。

 

 

 

「今日はプロも出るトーナメントもあるそうです……そっちも見に行きたいですね」

 

「そうこなくっちゃ♪」

 

「でもあんまり陽に当たると肌に悪いですからね。日焼けクリームを過信し過ぎないように!」

 

「はーい♪」

 

 

 

 終始ルチアのペースに乗せられはするものの、スルガも言うべき事ははっきりさせる——と意気込む。既に美人が二人で騒いでいる為、かなり衆目に晒されつつある事にはまだ気付いていない様だが……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキ対クロイの試合は、既に観衆の予想を大きく裏切っていた。

 

 

「うぉーーー‼︎やっぱアニキすんげぇーッス‼︎」

 

 

 

 未進化のジグザグマ(チャマメ)によるオオスバメへの大物食い(ジャイアントキリング)。格下のユウキがシード選手を上回った確固とした事実が、タイキを含めた全員の心を動かしていた。

 

 

 

「おい誰だよアイツ⁉︎」「クロイってあのカナズミで有名な奴だよな!ノーシードに押されてるのかよ!」「いやまだわかんねぇって!」「でも先制して一本取ってるぞ⁉︎」

 

 

 

 それぞれが突如現れたダークホースの出所が気になる一方で、対戦相手のクロイはオオスバメを手元に戻しながら、険しい表情を浮かべていた。

 

 

 

(オオスバメを失ったのは、ジグザグマの動きが想定を超えていたからだ……想定を超えていたのは、俺が相手の技量を見誤ったからだ……見誤ったのは——)

 

 

 

 彼はそこまで考えて、拳を強く握る。ただ悔しくて……自分の浅はかさを呪うしかできなくて。

 

 

 

(俺が……ユウキ(あいつ)をナメていたからだッ‼︎)

 

 

 

 眼光鋭く、ユウキに向ける。それははっきりとユウキ本人にもわかるほどの“怒り”を讃えていた。

 

 

 

(『ただじゃおかない』——って顔してるな……そりゃ必死こいて作った場を格下に利用されたらプライドも傷つくか。でもこっちも手段は選べないんで!)

 

 

 

 相手に遠慮なんて出来るほど、今のユウキに余裕はなかった。

 

 事実、オオスバメとの戦闘で勝った最大の要因は『初撃の不意打ちで決め切れたこと』だった。

 

 

 

(クロイさんが事態を飲み込む前に攻撃を当てれた事……“輪唱”がたまたま跳ね返った事……反撃を躱しきれた事……どれかひとつでも欠けていたら結果は多分変わってた)

 

 

 

 これは自身の力量を卑下して言っているのではない。

 

 そもそもユウキにとって勝利とは、“必ず強い方が勝つ”というシンプルなものではないと捉えている。そこに介在するのはいくらかの“運”という要素も含まれ、それは自分でコントロールできるものではないのだ。

 

 それ故にユウキは例え運で勝っていたとしても恥じる気持ちはない。だがそれでも、事実として相手との力量差が極端に縮まった訳ではないという事を肝に銘じている。

 

 

 

(真っ向からの戦いは依然不利。読み合いだって常に勝てている訳じゃない。あの目を見る限り、頭にはきてても動揺して崩れそうにはない)

 

 

 

 ユウキはわかっている。さっきまではいくらかクロイ側にも油断があった事を。

 

 

 

(『こうしていれば大丈夫』——などともう思わない。格下とはもう思わない。考えうる可能性をひとつずつ潰し、お前にキャリアの違いを見せつけてやる!)

 

 

 

 クロイのした確固たる決意。それはプロとしてのプライド。勝利の愉悦と敗北の辛酸を知っている彼にとって、たかがトーナメントの一戦と侮る事は決して無い。それが今、ユウキの反撃によってより強固になる。

 

 

 

「チャマ……こっからが本当の勝負だぞ」

 

 

 

 気迫漲るクロイを見ながら、共に戦う仲間にも忠告を入れる。チャマメもそれはわかっていたようで、オオスバメを倒した喜びよりも次に来るポケモンに対して緊張を張り巡らせていた。

 

 

 

(まだ電力は充分ある。手持ちの差も勝ってる。次も思い切って行けるところまで行くんだ!)

 

 

 

 ユウキも覚悟は決まっていた。彼もまた、シード選手への畏れを克服しつつある。

 

 負けて当然、勝って番狂わせ——そうした気持ちからくるヤケクソを既に振り払っている。勝たなければ前に進めないのなら、相手が誰であろうと関係ない。

 

 

 

「気を引き締めて行くぞ‼︎」

 

「もう間違えん!行け——」

 

 

 両者気合十分。クロイが出す二番手は……。

 

 

 

——“ゴローン”‼︎

 

 

 

 出してきたのは岩石ポケモンの“ゴローン”。全身を岩石状の肌に覆われ、球状の体躯を持つ。四本の剛腕と支えになる後ろ足二本が生えており、力強くコートにその姿を表した。

 

 

 

「くそ……そいつか……!」

 

 

 

 ユウキの当てが少し外れた瞬間だった。そして彼の中で、不味いという気持ちが渦巻き始める。

 

 

 

「うわちゃー!“ゴローン(岩・地面)”は不味いッス!チャマメじゃ有効打が無い!」

 

 

 

 タイキが言うように、チャマメにはノーマル・電気の技くらいしか持ち合わせがなく、そのどちらもゴローンには脅威になり得ない。

 

 いくら【亜雷熊(アライグマ)】で強化されているといっても、ただでさえ物理防御の高いゴローンにタイプ相性でも負けている状況では、勝ち目が薄過ぎる。

 

 

 

「これはもう交代しか……」

 

「いや、しねぇだろ」

 

「えっなんでっスか⁉︎」

 

 

 

 タイキがチャマメを交代させるべきだと考えている時、アオギリはその逆を言った。真意を問いたかったタイキだが、すぐに事態は動き出す。

 

 

 

——“転がる”

 

 

 

 ゴローンは四腕二足で身体を抱き抱える。そのままボーリングの球の様に地面を転がり始めた。

 

 

 

「距離をとれチャマメッ‼︎」

 

 

 

 ユウキはゴローンの“転がる”に対し、逃げの一手。しかしそれはタイキからすると愚策にも思えた。

 

 

 

「ダメだアニキ!“転がる”は時間経過でどんどん強く速くなる!手がつけられなくなる前に交代しなきゃ——」

 

 

 

 しかしそんなタイキの叫びも虚しく、ユウキは苦しそうな顔でチャマメに戦わせる。その間、ゴローンは執拗にチャマメを追いかけた。

 

 

 

「なんで……交代しないんスか⁉︎」

 

「しないんじゃない。“できない”んだ」

 

 

 

 その真相にアオギリは見当がついていた。ユウキが抱えるある悩みを、彼は見抜いていたのだ。

 

 

 

「“交代できない”——⁉︎」

 

「あぁ。あの【亜雷熊】とかいう技。相当持て余してるようだな……“帯電状態”を切る事ができねぇらしい」

 

 

 

 アオギリの見解では、チャマメの【亜雷熊】はまだ技のON・OFFが切り替えられないと見ている。

 

 ONはこの技のデメリットでもある立ち上がりの遅さにあり、これは体毛に電気を蓄積させるまでまだ時間が掛かることを示している。その逆にOFFにするのも同様に、まだ自在に切り替える事が出来ないと感じたからだ。

 

 

 

「基本はあのクマ公も不器用なんだろ。まだ全力で戦う事にしか使えねぇ……加減がわかってねぇから、電気を使い切るまでは技を解けねぇ」

 

「でもそれと交代できないってのは……」

 

「聞くがお前、スタンガンの先っぽを掴めるか?」

 

「はぁ⁉︎そんなの無理に決まって——」

 

 

 

 アオギリの言葉に、自分の反射的な答えに、タイキは気付いた。

 

 そう。帯電状態と言うことは、それをボールに戻した瞬間……残量の電気がユウキを襲いかねないと言うことに。

 

 

 

「あッ‼︎」

 

()()()のリフレッシュ機能だって万能じゃねぇ。蓄電され、瞬間的に流れ出る電撃までも面倒見きれねぇよ。その弱点……今回の戦いでは命取りになったな」

 

「ま、まだわかんないっスよ⁉︎ここからチャマメだって頑張るんスから!」

 

 

 

 そう息巻くタイキだが、彼も嫌な予感がしていた。その弱点——前の試合を観察していたクロイが見逃すだろうかという疑念がそうさせた。いや、もしそれを見越しての“ゴローン”だとしたら?

 

 

 

(くそ……!クロイさんはこっちの弱点に気付いている!でなきゃタイプ相性で俺の他2匹に不利なゴローンを選出する訳がない!!!)

 

 

 

 必死に交わし続けるチャマメ。【亜雷熊】で強化された膂力も反応速度でまだ危なげはないが、“転がる”の威力上昇と【亜雷熊】の制限時間でこの拮抗はすぐに崩れることを悟っているユウキ。そして彼はクロイの思惑に、証拠付きの事実として気付いていた。

 

 『あの強化状態になった時』——クロイは万が一不覚を取ることを考えて、しっかりと【亜雷熊】対策を立てていた。

 

 

 

(最初は“発動させない”為に作戦立てといて、発動したら今度は“されても勝てる様に”……それでもダメなら“技そのものを無力化した上で技の起点にする”——三段構えって訳か‼︎)

 

 

 

 どう状況が転んでもいいように対策を立てる……裏をかいた筈なのに、クロイはまるでそれすら織り込み済みと言わんばかりに次から次へと返答するようだった。

 

 とはいえ、彼自身も決して安く無い出費をしていることも事実。

 

 

 

「黒髪の方もイラついてんな……坊主にはわかんねぇかもしれねぇが、どうあれさっきのオオスバメ取りは痛かったんじゃねぇか?おそらくだが、さっきのオオスバメの派生技はこの“転がる”を併せて使うのが一番やりたかった事だろうぜ」

 

「……ッ‼︎」

 

 

 

 アオギリのその予測に、タイキは身の毛がよだつ。

 

 “電光石火【編翼(アミバネ)】”が生む斥力を有した筋によるコンボ技……もしそれが本当なら、あの“転がる”に更なる加速と予測不能の軌道が付与される。

 

 それはタイキにもユウキにも未体験の必殺技となっただろう。

 

 

 

「それを防がれたクロイのプライドはそりゃ傷ついただろう……誰だって一番良いところを取り上げられたらムカつくぜ」

 

 

 

 だから……というわけではないが、クロイもここからは容赦がない。彼の頭の中は、貪欲に勝ちに行くことで埋め尽くされていた。

 

 

 

(読み合いではそちらに分があるのは認めよう。やはり当初考えていた様に、お前に時間を与えるのは得策ではなかった……オオスバメだけで決められると驕ったのはその認識の甘さだ!)

 

 

 

 ゴローンは耐えずチャマメを狙い、自転を止めない。その間にその威力と速度はどんどん上がって行く。

 

 

 

(お前はせいぜい上手に作戦を立てればいい!——頭脳戦では負けでいい……なればこそ、時間をかけて育て上げたポケモンで……鍛錬の差という理不尽で押しつぶすだけだッ‼︎)

 

 「——チャマ!“頭突き(そこだ)”ッ‼︎」

 

 

 

 ゴローンの走行が一度減速する場所は、以前カナズミジムで体験した“対イシツブテ戦”で確認している。ユウキはゴローンが折り返してドリフトを決めるそのカーブに向かってチャマメを走らせる。

 

 

 

「無駄だ——!」

 

 

 

“転がる【天転(テンテン)】”——‼︎

 

 

 

 減速箇所に横からの衝撃を加えて“転がる”を止める手筈だったユウキ。しかしそれを察知したゴローンは、自転する力の向きを()()()にした。

 

 それにより縦回転から横回転への運動へと切り替わり、ゴローンはその場で回転するコマの様になった。

 

 

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 その運動の切り替わりに、突っ込むチャマメ。自転する大岩にぶち当たり、容易にその体を弾き返される。

 

 

 

「チャマ——」

 

「仕留めろゴローンッ‼︎」

 

 

 

 吹き飛ばされたチャマメを追撃するため、再び自転を縦へと戻す。

 

 

 

「ッ——チャマメ‼︎」

 

「まずはオオスバメの仇……終わりだッ‼︎」

 

 

 

 ユウキの叫び虚しく、ゴローンの追撃はチャマメを轢き飛ばした。地面に堕ちたチャマメは、それきり立ち上がることはなかった……。

 

 

 

「——ジグザグマ戦闘不能!ゴローンの勝ち!」

 

 

 

 審判のコール共に会場が湧き立つ。クロイとゴローン……両者を讃える歓声の中で、ユウキは歯噛みした。

 

 

 

(奇策、強運、隙を突く……何をやっても力押しでこれかよ……!つくづくプロってのは理不尽だな……‼︎)

 

 

 

 そんな風に毒づくユウキ。だがその食いしばった歯を縁取った口はどこか……。

 

 

 

「アニキ……笑ってる……?」

 

 

 

 

 

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高き壁……その手応えに少年は——。

クロイさん強いんですがあの……どっちも思考力高いから文字の密度半端ないなw

〜翡翠メモ7〜

『マルチナビ』

『多機能総合場面使用端末』というひとつ持っているだけであらゆる場面に対応することをコンセプトに作られた“デボン・コーポレーション”によって提供されているデバイス。

用途は様々であり、特に根無草の旅トレーナーが重宝する「物体をデータ化してナビ内のフォルダに収納する」“ソリッドオーバーストレージ(SOS)”などは有名で、カントー地方の天才プログラマーと共同で開発されたものである。

元来あったコミュニケーション機能はそのままに、各組織が開発したアプリの導入の敷居を下げたりする柔軟性のおかけで、使用者にとって使い易く改造できる点で評価が高い。

ただし、その柔軟性ゆえ違法アプリなどのグレーな仕様用途についての対応が叫ばれる背景もある。



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第88話 「挑むのは」


アンケートとりあえず締め切りとさせていただきます。
でも「前の方がよかった」と言ってくださった方も居て意外でした!多くの人に見易いものをと思い書き方は変えますが、そう思ってくださった方もいてくださって嬉しかったです!また書き方へのアドバイスなどありましたらコメントで教えてくださいね〜♪




 

 

 

 カイナトーナメント“グレートリーグ”——“Aグループ2回戦”。

 

 

「“ワカシャモ(ちゃも)”!——“二度蹴り‼︎」

 

 

 

 黄と橙の羽毛を持つ鳥ポケモン——“ワカシャモ”による強力な蹴りの二連撃が、頑強な白銀の鎧を持つポケモン“コドラ”に突き刺さる。

 

 たった二撃……それだけでコドラは白目をむいて倒れ伏した。

 

 

 

「コドラ戦闘不能!ワカシャモの勝ち!——よって勝者“ミシロタウンのハルカ”‼︎」

 

 

 

 その戦闘の白黒が、互いのトレーナーの決着をつけた。ハルカは燃えるような赤いリボンを揺らしながら、決勝を決めた相棒の“ちゃも”に抱きつく。

 

 

 

「ありがとうちゃもぉー!さっすが私の相棒☆」

 

 

 

 ちゃもも嬉しそうにハルカとじゃれる。その姿を見ていた観客は、非常に盛り上がっていた。

 

 

 

「わぁー!やっぱ強ぇ“紅燕娘(レッドスワロー)‼︎」「そして可愛いッ‼︎」「今大会の『第1シード』だもんな!2回戦危なげなく勝つの流石すぎるッ‼︎」

 

 

 

 そんな賞賛の嵐がハルカに降り注がれる。少し照れくさそうに後ろ頭をかくハルカだが、すぐにちゃもと共に観客に手を振る。

 

 

 

「みんなー応援ありがとう!絶対優勝するからこの後も見ていってねー♪」

 

 

 

 スーパースターからのファンサービスに会場はさらに湧き立つ。彼女が日の目を浴びるようになって半年足らず。その異例の成長速度は、人々の眼を虜にしていった。

 

 

 

(ユウキくん……勝ってるかな?)

 

 

 

 ほんの少しだけ、ハルカはまだ見ぬライバルの姿を想像して胸を高鳴らせる。

 

 ユウキと……そして“ジュプトル(わかば)”。あのタッグがどこまで勝ち上がって来るのか……期待がたかまるのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「チャマメ……ご苦労様」

 

 

 

 瀕死になったチャマメを優しく労い、ユウキは奮闘した相棒をボールに戻す。しかしこれで状況はまたタイ——いや、不利になってしまった。

 

 

 

(依然“転がる”の脅威は増す一方……しかも唯一の隙だと思った方向転換中の減速も弱点になってない。マジで止めようがねぇなこれ……!)

 

 

 

 次の獲物がやって来るのを、走行しながら待つゴローンを見て唇を噛むユウキ。実際はタイプ相性という点で、そこまで絶望的にはなってないはずの相手だった。

 

 しかしオオスバメ突破に半ば無理やり【亜雷熊(アライグマ)】という切り札(カード)を切った事で、その綻びを狙い撃ちされてしまった。

 

 交代できない弊害をどうやって見抜いたのかはわからないが、間違いなく起点にできると踏んでゴローンを選んでいたのだろうことは明白だった。

 

 

 

(“転がる”は既に手のつけられない速度と威力を持ってる……もし止める手立てがあるとすれば——)

 

 

 

 ユウキはチラリと手持ちの“ジュプトル(わかば)”を見た。

 

 いつでも出られると言わんばかりにギラついた眼光を向けて来るエース。彼の速度なら“転がる”の移動速度にも対抗できるかもしれないと考えていた。

 

 しかし、それははっきり言って不安要素が多過ぎる。

 

 

 

(ダメだ……仮に“転がる”を回避できたとしても、止める事ができない以上相手は調子づくだけ。こっちが逃げの一手しかないとわかればたちまち畳み掛けてくる。だからといって真っ向から技をぶつけて止める事はできないし……)

 

 

 

 トウキ戦で見せた“電光石火”からの“リーフブレード”の威力なら或いは——という期待も無いわけではないが、あれは向こうが待ち構えてくれていたから当たった訳で、動き回る標的に当てるにはまだ不安が大きい。しかもそれで戦った上、消耗したわかばではまだ見えていないラスト1匹まで相手取る事はできないだろう。

 

 結局、クロイに勝つ為にはこの“転がる”を如何に被害を抑えて止めるかにかかっているのだ。

 

 

 

(でも策はある——正直こっちも賭けになるが、ずっと勝算は高いはずだ……!そっちが経験と鍛錬でマウントとってくるなら、こっちは更に作戦で勝ってやる!)

 

 

 

 ユウキの腹は決まった。ゴローン攻略——その為の手筈を思考、脳内でシミュレート。それについての危険予知を大まかにして、後は自分とポケモンを信じて——

 

 

 

「——頼むナックラー(アカカブ)‼︎」

 

 

 

 赤茶の身体を持つ、丸みを帯びたフォルムのポケモンが姿を表す。顔の半分を占める大口に生え揃った牙が、敵を噛み付かんとしていた。

 

 

 

「二番手はナックラーか……だが今更タイプ弱点を突けるほどの隙はないぞ?」

 

「わかってますよ……あんたがそんな隙、作らせる訳ないってことも!」

 

「わかっているなら、大人しく道を開けてもらおう——ゴローンッ‼︎」

 

 

 

——“転がる”‼︎

 

 

 

 問答無用で猛進するゴローン。既に充分な加速が済み、当たればアカカブ(地面タイプ)と言えど無事では済まない。

 

 

 

——“砂地獄”

 

 

 

 アカカブは大量の息を吐き出して砂塵を巻き上げる。その竜巻はゴローンとアカカブの間に割って入り、敵を飲み込まんと進んでいく。

 

 

 

「無駄だ——‼︎」

 

 

 

 “砂地獄”で巻き上がった竜巻をまるで意に介さずにゴローンは直進する。アカカブの放ったそれは一撃で霧散。その威力を物語ったに過ぎなかった。

 

 

 

「——いない⁉︎」

 

 

 

 しかしユウキの思惑は、ゴローンの足止めとは別にある。砂塵を目眩しに使い、アカカブはこのコート上のどこかに身を隠した。

 

 

 

「——“穴を掘る”か!」

 

 

 

 コートに間小さな穴を見つけ、クロイはアカカブの居場所に見当をつけた。これはアカカブが得意とするパターン。本来はここから接敵して力技に持ち込むのだが……。

 

 

 

「隠れても無駄だ!ゴローンのスピードは既にお前らの手に追えるものではない事はわかってる。仮に近づけたとしても、ゴローンを止められるほどの威力は出せまい!」

 

 

 

 それを見抜かれているユウキは、それでも沈黙を保つ。若干の苛立ちを示すクロイだが、ユウキの狙いには気づいている風だった。

 

 

 

(お前に“転がる”は止められない……止められないなら、こちらが止めるまで待つ気だろう?持久戦を仕掛け、地面の中に引き篭れば有効打がないと——)

 

 

 

 “転がる”は強力な技だが、弱点も多い事で知られている。

 

 まずは立ち上がりの遅さ。これは初速からじわじわとそのパワーを高める技だからこそある種の仕方なさがある。

 

 そして最大の難点は、一度使えばそう簡単に止まれないという事だ。

 

 

 

(“転がる”はチャマメの【亜雷熊】と弱点が似ている……なら対応もそれなりに参考にさせてもらう!)

 

 

 それは地中という安全圏からじっくり観察する事。もちろんアカカブも何かできるわけではなく、時間を稼いだところで能力を上昇させたり、状態異常を与えたりできる訳じゃない。

 

 それでも“転がる”中の被弾を恐れながら戦うという精神衛生上よろしくない展開からは逃れられる。

 

 

 

(今は少しでも余裕が欲しい……作戦をより確実にする為に——)

 

「甘いわ小僧ッ‼︎」

 

 

 

 クロイが叫んだ瞬間だった。転がっていたはずのゴローンが地面から飛び上がった。

 

 

「なっ——⁉︎」

 

——“地震”‼︎

 

 

 

 ()()()()()()のゴローンが地面と接触した瞬間、コートに衝撃波が走った。それは瞬く間に全域に広がり、地面に亀裂を生じさせる程の威力を放った。当然、地中にいたアカカブにも襲いかかる。

 

 

 

——カブァッ⁉︎

 

「カブッ‼︎」

 

 

 

 地面の切れ目から弾かれるように出てきたアカカブ。あの破壊力が響き渡る地中にいた事で、帰って大ダメージを負ってしまった。

 

 

 

「くそ……まさか()()()()()()技を打つなんて……!」

 

「聞き分けのないお前らにはちょうどいい仕置きだ……このまま決めさせてもらうッ‼︎」

 

 

 ゴローンは再び地面を転がりアカカブに迫る。そのスピードはほとんどMAX。そしてアカカブは——

 

 

 

——ガァッ……!

 

「アカカブ‼︎」

 

 

 

 食らったダメージが大きかった為、体勢を立て直すのに時間がかかっていた。立ちあがろうと四肢に力を込めると、食らったにより痛みが全身を襲ったのだ。

 

 

 

「あぁ!万事休すッ‼︎」

 

 

 

 敗北を悟ったタイキは見てられないと顔を覆う。ゴローンはすぐそこまで来ていたからだ。

 

 

 

「——“穴を掘る”‼︎」

 

 

 

 ユウキが咄嗟に叫んだのは、地面へと逃れる事だった。それに反応したアカカブは、残った僅かな力を振り絞り、地面を掘る。

 

 

 

「逃さんッ‼︎」

 

 

 

 クロイはこのまま仕留めるつもりだ。ゴローンも同意でアカカブを轢き潰す勢いで迫る。間に合うかギリギリのところで、アカカブは——

 

 

 

——ゴロゴロゴロゴロ……‼︎

 

 

 

 ゴローンの“転がる”が、アカカブの()を通過……ギリギリのところで地中へと逃れた。だが——

 

 

 

「さっきと同じ過ちだ!もう地中(そこ)は……——」

 

 

 

 クロイの指示で再び跳躍するゴローン。これはさっき放った“地震”の構え。

 

 

 

「安全圏ではない——!」

 

——“地震”‼︎

 

 

 

 さっきの破壊の波が、再びコートごとアカカブを襲う。砂地とはいえ、地形を変えるほどの威力の“地震”。2度も受けられるほど甘くはない。衝撃で地中から空中へと吐き出されるように舞い上がったアカカブは、力無く——

 

 

 

「——戻れ!」

 

 

 

 それを見てすかさずモンスターボールにアカカブを戻すユウキ。自分の元へ帰還させる光を浴びせ、アカカブは主の手元に戻った。

 

 

 

「今更何を——」

 

「行ってこい——“ジュプトル(わかば)”‼︎」

 

 

 間髪入れず出したのは最後の1匹。ユウキの最高の相棒であり、最強のエース。

 

 スラっとした流線形のトカゲフォルムに緑が輝く“わかば”は、出現と同時に走り出していた。

 

 

 

「奇襲のつもりか?そんなもので動揺するわけが——」

 

 

 

 そこまで言って、いざ反撃——そう思いゴローンの方を見ると、事態は既に変化していることに気付く。ゴローンの様子がおかしい。

 

 

 

——ギャリリリリリリ‼︎

 

「なんだと——⁉︎」

 

 

 

 ゴローンは“地震”を放つ為に着地したその場所で動けないでいた。転がる力が砂を巻き上げるだけで空転し、その場所から動けない。

 

 

 

「——まさか‼︎」

 

 

 

 少し遅れてクロイは真意に気付く。これが……()()()()()ユウキの思惑だった事に。

 

 

 “リーフブレード”——!!!

 

 

 

 わかばは腕の帯状の葉にエネルギーを伝えて硬質化させる。帯刀した葉の刃を振り抜くべくゴローンに急接近——狙うはここ。

 

 

 

(“転がる”は『乱回転』じゃない——一定の方向にしか回転しないということは、その回転の中心に弾く力はない‼︎)

 

 

 

 ゴローンは現在砂地を抜け出ようと縦に回転していた。つまりその横っ腹は、正面に比べて格段に威力を発揮しづらいということ。わかばはその場所に、思いっきり“リーフブレード”を振り抜いた。

 

 

 

ズバァァァァン——!!!

 

 

 

 深い斬撃音が辺りにこだまする。それは、止めるのが絶望的と思われたゴローンが、力尽きる瞬間でもあった。

 

 

 

「ゴ——ゴローン!戦闘不能‼︎ジュプトルの勝ちッ!!!」

 

 

 

——ワァァァアアアアア!!!

 

 

 

 観衆は攻守入り乱れるその一瞬一瞬、息を止めて見守っていた。それが噴き出すかの如く喝采が、コートに降り注いだ。

 

 

 

「アニギィィィやっぱアニギ最高゛だぁぁぁ!!!」

 

 

 ユウキの敗色濃厚で押し潰されそうだったタイキは涙を流して飛び跳ねた。それを横目で若干引きつつ、アオギリもまた驚いたといった顔をしていた。

 

 

 

「正直あそこからゴローン取れるとはな……にしてもなんて作戦思いつきやがる」

 

 

 

 ユウキの作戦——それはアカカブを使った“転がる封じ”だった。

 

 

 

「アニギ……どんなさぐせんを?」

 

「あの野郎——最初の“砂地獄”が目眩しだとミスリードさせといて、本当はあれで砂をまとめて一箇所に集めるために撃ちやがった。あとは“穴を掘る”で地面をくり抜き、ゴローンの“地震”を利用してコートに()()()()()を作り出したんだ……砂まみれでふかふかのな」

 

 

 砂地のコートは踏み固められ、“転がる”を使用するには申し分ない硬さを有していた。しかしこうして砂の上に持って来られると、ゴローンは空回りをしてしまう。地面をグリップしたいのに、砂が邪魔で空転するからだ。

 

 その為の“砂地獄”と“穴を掘る”——そしてゴローン本人が放つ“地震”だった。

 

 

 

「お前……」

 

 

 

 クロイはユウキを睨みつけていた。しかしその双眸にあったのは、やられたという悔しさ以上に、驚嘆の色が窺える。

 

 どこまでが計算なのか——と。

 

 

 

「流石に“地震”は驚いたよ。でもその威力を見て、思ったよりも早く仕掛けができそうだなとは思った……地盤を砕いて砂地を増やしてくれるなら、いっそ助かるってな……!」

 

「………!」

 

 

 

 やはり——クロイの予感は間違いじゃなかった。

 

 ユウキは罠を仕掛けていた。“穴を掘る”で“転がる”が止まるのを待つつもりなら“地震”で対処する。当然ユウキはそんなことも、“転がる”状態で技を撃てることも知らなかった。それでもあの“地震”を一眼見た時に、ユウキはその威力や脅威に目を向けたのではなかった。

 

 ただ純粋に……勝つための“ピース”を探していた。

 

 

 

(あり得るのか……相手の決定打とも言うべき一撃を前にしておいて、驚愕するどころか作戦に組み込むなんて事が……そんな精神力が、ノーシードのトレーナーにあるものなのか⁉︎)

 

 

 

 先ほどまで、どう考えても格下のトレーナーだったユウキ。それはユウキ自身すら自覚しており、今もその認識でいる。

 

 だからこそ、ユウキは常に“挑戦者”だった。挑み続け、勝つ為の一撃を探す。一撃を当てる為の思考を絶えず動かす。そのひたむきさ——いや、執念とすらいえる徹底的な前向きさに、クロイは恐れ始めていた。

 

 

 

「……おわったな」

 

「え、な、何がッスか⁉︎」

 

 

 

 アオギリは席を立ってその場を去ろうとした。まだ互いに1匹ずつを残したこの試合を、まるでもう決着がついたかのように言う彼を、信じられないと言った目で見るタイキ。

 

 

 

「坊主の格が、あの黒髪の格を追い抜いたんだよ……坊主が勝つのも時間の問題……決まった試合を見るのはつまんねぇよ」

 

「え、いや……でもこれからじゃないっスか⁉︎」

 

「あの黒髪が“挑むつもり”ならな」

 

 

 

 アオギリは言う。クロイというトレーナーが、ユウキとは違う神経の持ち主だと。

 

 

 

「——最初から黒髪の方は根底に自信があった……その自信は船で言うところの“錨”。錨は予想外の荒波に晒されてもその場に留まり、転覆を防ぐ為につけられるもんだ」

 

 

 

 船の例えは、タイキにも理解できた。その錨がある限り、どれほどの事態に直面しようとも揺らがない精神がクロイには宿っていた。それは“オオスバメ対ジグザグマ(チャマメ)”で敗北した時に、しっかりと錨の役割を果たしていた。

 

 

 

「その錨に当たるのが“自信”——すなわち『自分はこいつより強い』っていう確信だった。足元を掬われなければ、作為を嗅ぎ取れれれば、正攻法なら負けはしないとな……だが、それも今ので壊れちまったみたいだな」

 

 

 

 ユウキは決して正攻法で戦っていたわけではない。依然としてユウキよりもクロイのポケモンたちの方が屈強であり、経験値もクロイが勝る。

 

 だが、持っているものの使い方が、ユウキの方が上だと感じ始めていた。その気付きが、クロイにある疑念を持たせた……。

 

 

 

 ——こいつは俺より強いんじゃないか?

 

 

 

「そう思っちまったら嘘みてぇにメンタルがオシャカになる。何せ今まで上だと自負してた分も含め、丸々ひっくり返されるようなもんだからな……」

 

 

 

 “錨”と“船”を繋ぐ鎖は今断たれた。クロイにはもう、自信を持ってユウキを倒す思考が働かなくなっていた。

 

 

 

「ここからは逆に挑むつもりでもなきゃ立ち直れねぇ……そんくらい今の攻防でへし折られたんだよあの黒髪は」

 

「なんかわかんないっスけど……アニキはスゴイってことはわかったっス!」

 

 

 

 タイキに全ては理解できなかったが、『第4シード』を心から挫く程の力がユウキにある事に誇りすら感じていた。それはユウキの才覚……“持っている物を使いこなす力”だからだ。

 

 

 

(トウキさんと戦った時もそうだった……あの人はいつも戦いの中で進化する!自分より強い人と戦うほどに、あの人の強さも釣り上がっていくんだ……!)

 

 

 

 思考を進化させるユウキの戦い方が、プロにも通用する武器となっている。そしてそれを支えているのは、その発案する作戦をこなせるポケモンたちの血の滲むような鍛錬……そして、絆だ。

 

 

 

(バカな!こんな事があるはずがない……私が()()こんなミスを犯すはずがない‼︎)

 

 

 

 クロイの思考は後悔と疑念、現実を否定したい気持ちが泥沼のように渦巻いていた。絡め取られた精神は徐々に敗北を感じ取り、さらに力を弱めていく。

 

 

 

(また負けるのか……?“あの時”のように負けるのか……⁉︎)

 

 

 

 クロイの脳裏にフラッシュバックするのは“紅い服の少女”。かつてトーナメントの決勝で当たり、期待の新星として名が知れ始める頃の彼女。

 

 

 

才能(モノ)が違うとまた突きつけられるのか……⁉︎この世界で勝ち上がるものが、俺には——)

 

 

 

 そこまで考えて、背筋に寒気を感じたクロイ。ハッとして見ると、ユウキが真っ直ぐこちらを見ていた。

 

 “観察されている”——この心内すらも見透かすような眼差しに、怯えが込み上げてきた。もちろんユウキにそんなことはわからない。今見ているのは、純粋に勝利する為の情報を掬い上げる行動の一環。ただ勝つ事だけを求めた眼差しなのだ。

 

 

 

(認めてたまるか……!これまでの努力も全て無駄だなどと認めてなるものか‼︎)

 

 

 

 恐怖に突き動かされはした。だが、彼の中にはそれを原動力とするものがあった。

 

 

 勝つんだ——今日を勝って生き延びるんだ……!そして今度は喰い返す!!!

 

 

 

紅燕娘(スワロー)に挑むのは——私だァァァ!!!」

 

 

 

 

 

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それでも、譲れないものがある——!

今日はちと長かった……。
え、まだ終わらへんのこの試合?



〜翡翠メモ8〜

『モンスターボール』

ポケモンを使役する方法を模索してたどり着いた技術の結晶として生まれた、ポケモンを捕獲・持ち運びに使用される球状の機械。
ポケモンの身体を小さくさせ、狭い場所に入る本能を利用し、投げつけたポケモンをボールの中に誘導する作用を持つ。

一度捕獲されると自動的にそのボールが棲家となり、以後はボールの伝送機能で戻すことが可能になる。
モンスターボールの引越は可能であり、故障したりより住み易いボールへの移住が検討される時には引越をする場合がある。

既に定住のモンスターボールが登録されているポケモンに、別のモンスターボールを投げつけても反応しない。
噂ではその機能を無視して他人のポケモンを鹵獲する手段を持つ団体がいるなどというものがあるが……



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第89話 馴染まない強さ


土日はしっかり休もうと思っちゃるんですが、最近文章の密度濃くなりつつあるが故サラッと書けない……あと設定作っちゃってる分矛盾出てないか調べたりするのすごい大変。作家に編集者さんが必要な理由わかるなこれ……。




 

 

 

 

「“紅燕娘(スワロー)”に挑むのは私だ——‼︎」

 

 

 

 そう叫んで、クロイは最後のボールを投げ込む。

 

 

 

——グルァッ!!!

 

 

 

 そこから出現したのは黒い獣型のポケモン——“グラエナ”。

 

 グラエナは牙を剥き出しにし、その凶暴さを全面に出す。しかし何より、逆立てた体毛を震わせる獣の向こうの主人の形相にユウキは気圧される。

 

 

 

「スワロー……って」

 

 

 

 今の慟哭でユウキにもわかった。彼もまた、天才ハルカへと挑むトレーナー。

 

 かつて直接戦ったのか、活躍する姿を見たのかはわからないが、並々ならないライバル心を燃やしている。そしてその気迫は、危機迫るものを醸し出していた。

 

 

 

——グルァッ(威嚇)‼︎

 

 

 

 グラエナの特性『威嚇』——。

 

 敵と相対した時に発する威圧感で、相手を竦ませて攻撃力を下げさせる。その効果は例え歴戦の達人のようなポケモンであっても抗うことはできない。現に影響を受けた“ジュプトル(わかば)”にはしっかりとその影響が出ていた。

 

 

 

——“ステータスチェッカー”

 

 

 

 ユウキはマルチナビを取り出してわかばをそのカメラに収める。かつてジムリーダー“ツツジ”が見せた端末による状態確認用のアプリを起動させたのだ。これにより、カメラで捉えた自分のポケモンの状態を測る事ができる。そのステータス欄にはしっかりと“攻撃低下”の文字が刻まれていた。

 

 

 

(物理攻撃主体のわかばにはちょっとキツいのが入ったか……真正面からの撃ち合いは——)

 

 

 

 そう考えていて、直後自分の迂闊さを呪うことになる。グラエナは——既にそこまで迫っていた。

 

 

 

——“噛み砕く”‼︎

 

——ッ‼︎

 

 

 わかばの喉笛に噛み付かんとばかりにその顎を開く。それがバチンと噛み合わさった時、わかばは仰け反って回避していた。

 

 

 

「指示無しで……⁉︎」

 

「道を開けろ——ミシロの少年ッ‼︎」

 

 

 

 クロイの強い意志に突き動かされるように飛び出すグラエナの攻撃は続く。

 

 最初の回避で体勢を崩したわかばにこの追撃は辛い。やはりプロのシード枠……このグラエナの練度も相当に高い。

 

 

 

「——“装填”!」

 

 

 

 しかしユウキも負けてはいられない。気迫に圧された事、この大事な場面で敵から一瞬でも目を離した事……そのどちらにしても、今負けていい理由にはならないから。

 

 

 

——“タネマシンガン【雁烈弾(ガンショット)】”‼︎

 

 

 口から生み出した種弾を握りしめたわかばが、肉薄するグラエナに向かってそれを撃ち出す。種の散弾がグラエナを捉え、彼を数メートル後方に吹き飛ばした。

 

 

 

「くっ——‼︎」

 

 

 

 クロイは歯噛みする。勝ちたい、負けたくないという意志から戦う彼だったが、多少の反撃で狼狽えるほど、今の彼は脆かった。そしてそれを見逃すユウキの眼ではない。

 

 

 

(気迫は凄かった……でもそれを追い詰められた今になってやってるって事はやっぱり焦ってるんだ……つまりここまで立てた俺の作戦とポケモンの強さは——通用してたって事だ!)

 

 

 

 その事実はユウキに自信と明確な意志を持たせる。初撃で遅れをとったが、すぐにその切り返しを明敏に思いつくほどに。

 

 

 

「——“炎の牙”‼︎」

 

 

 

 牙を赤く染めたグラエナが再び突進してくる。口の端から漏れ出す火の粉が、その技名を体現する熱を帯びていた。当然草タイプのわかばがこれを食らうわけにはいかない。

 

 

 

“電光石火”ッ‼︎」

 

 

 

 わかばはその場を跳んで向かってくるグラエナからさらに距離を取る。移動スピードではややわかばの方に分があるようで、数歩の距離的な余裕ができた。

 

 

 

「逃げるな——」

 

「逃げないよ……!」

 

 

 

 相手は負けたくない一心でこちらに向かって来ている。その精神状態はひたすら真っ直ぐであり、それゆえに心境を読むことは難しくはない。

 

 わかばが欲しかったのは、向かってくる力と、そこにぶつける為の力。その為に——“助走”を必要とした。

 

 

 

“電光石火”【飛燕(ヒエン)——‼︎

 

 

 

 わかばは“電光石火”で着地した瞬間、進行方向とは真逆の方に舵を切る。大幅なバックステップとなった“電光石火”の力に反動をつけて、今度はグラエナに向かって飛び込む為に。

 

 

 

「グラエナァァァ!!!」

 

「行けわかばぁ!!!」

 

 

 

 わかばの足元が瞬間、弾ける。その時既にわかばはその“太刀”を再び抜き放っていた。

 

 

 

——“リーフブレード”!!!

 

 

 

 腕から伸びる緑刀が、グラエナの牙と激しくぶつかる。火花と閃光が散り、一瞬両者の力が釣り合った。

 

 

 

——ギギギ……ギャリンッ‼︎

 

 

 

 

 互いの攻撃が擦れ合い、鋭い金属音が鳴り響く。わかばもグラエナもそれに流されるように交差した。

 

 

 

(威力が出し切れてない……!やっぱり“威嚇”の影響はでかいか!)

 

 

 

 充分な助走をつけての“リーフブレード”ならグラエナを返り討ちに出来る踏んでいたユウキだったが、思いのほか下方修正された攻撃力の影響が出ていることに気付く。

 

 やはり先程、無闇に撃ち合うことを避けて正解ではあった。

 

 

 

「パワーでは負けていない!このまま押し切るッ‼︎」

 

「わかば!スピードで撹乱しろ‼︎コートを広く使っていけッ‼︎」

 

 

 

 力で勝ってると確信したクロイは追撃による強引な攻めを選択。対してユウキは手数と速さで勝負。

 

 明確に両者の強みを押し付け合う形となり、これまでの戦闘に比べ、わかりやすい立ち回りとなった。

 

 

 

「行けーーー新人!」「プロの意地見せろクロイ!」「1発当たりゃお前の勝ちだ!」「足止めんなジュプトル!」

 

 

 

 客席の声援も一層増し加わる。互いのベストを尽くしたこのバトルが、観ているものの熱量を上げる。一進一退の攻防は観ていてワクワクする。それを演じているのが、実力を認められているシード選手と無名の新人なのだから尚更である。

 

 

 

「食らいつけ!前を見ろ!——そいつを倒して上に行くんだッ‼︎」

 

「わかば!お前なら避けられる!ここを凌げば勝てるぞッ‼︎」

 

 

 

 互いのトレーナーはもう細かい指示を出していない。息を吐かせぬ高速戦闘は、ある一定のレベルを超えると人の指示では追いつけなくなる。クロイもユウキも、過去の経験から自分達の役割をわきまえていた。人の力が介在できない速さの戦いの中、トレーナーがすべきなのは——

 

 ——ただ仲間の勝利を信じて声を上げる事。

 

 

 

——バギンッ!!!

 

 

 

 硬い鉄が折れる鈍い音がした。

 

 それはグラエナの牙が爆ぜる音。わかばの“リーフブレード”により、牙がへし折られた。

 

 

 

「グラエナ——‼︎」

 

「今だッ!!!」

 

 

 

 ユウキはここぞとばかりに声を上げる。わかばもここが決着の時と刃を翻した。

 

 

 

——ズバァァァァァ!!!

 

 

 

 グラエナの牙が折られたのは、“威嚇”の効能が解けたから。充分な攻撃力を取り戻したわかばの一撃が芯を捉えた事により、その結果は明らかだった。

 

 

 

「グラエナ戦闘不能!ジュプトルの勝ちッ‼︎よって勝者は……——」

 

 

 

——ミシロタウンのユウキ‼︎

 

 

 

 決着がついた……。

 

 それを見送って、アオギリは「ほらな」とだけ呟く。それどころではないタイキは涙腺を崩壊させていたのだが……。

 

 

 

「マジかよ!クロイが2回戦で消えた!」「誰だよミシロのユウキって——」「とんでもねぇのが急に現れたんじゃねぇか⁉︎」

 

 

 

 観ていた観客も、ユウキのトレーナーとしての資質を見極めようと必死だった。

 

 シード選手が実力を発揮し切れずに負けることはままある事……それ故の勝利だったのか、それとも輝き始めた新星なのか……そんな賞賛と驚嘆の雨を受けながら、ユウキは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

「…………勝った?」

 

 

 

 まるで実感がないような顔をするユウキ。

 

 しかしその勝利が本物である事を、最後に戦ったわかばが近寄ってきた事で実感が湧いてきた。

 

 

 

——ルロォ……。

 

 

 

 わかばは右手を掲げた。その手のひらがこちらを向いていて、何をしたいのかに少し遅れてユウキも気付く。共に戦った戦友と交わしたかったのは、熱いハイタッチだった。

 

 

 

——パンっ!

 

 

 

 乾いた音が心地よく響く。勝ったんだ……そういう充足感が、この激闘を物語っていた。

 

 

 

「負けたよ……ミシロの」

 

 

 

 倒れたグラエナの頭を撫でながら、クロイはユウキたちに語りかけた。その顔はまるで人が変わった様に落ち着きはらっていた。

 

 

 

「あの……ありがとう、ございました……」

 

 

 

 ユウキにとって学ぶことが多かった戦いだった。

 

 出来ること出来ないこと……常にアップグレードさせなければ勝てなかった試合。

 

 自分より確実に上の力を有していた相手との立ち回り。

 

 最後は精神的に優位を取れたことで勝ちにつながった事から、そのアドバンテージの大きさなどなど。

 

 ——座学では決して得られないものばかりだった。

 

 

 

「ありがとう……か。いや、礼を言わねばならないのはこちらの方だ」

 

「え?」

 

 

 

 クロイの発言に、ユウキは首をかしげる。

 

 学ぶことが多かったのは向こうもなのだろうかとも思ったが、どこか自分とは違う気持ちでそう言ってるような気がした。空気の抜けた風船のような顔が何を物語っているのか、ユウキにはわからない。

 

 

 

「あの……多分今すぐ次やったら、俺負けてたと思います」

 

 

 

 ユウキはそれが事実だと思ったから話す。自分が勝てたのは、運によるところが大きかったのだと。

 

 

 

「多分5回——いや10回やって1回勝てるくらいの実力差だったと思います。少しでも何か違ったら勝てなかった……だから、今日勝てたのは本当に嬉しかった」

 

 

 

 マグレでもなんでも、勝利とは嬉しいものだと思っている。だからユウキの礼とは、単純にそんな強いトレーナーと戦えた機会に対して向けられたものでもあった。クロイというトレーナーはそれほど鮮烈で、怖い相手だったと言いたかった。

 

 

 

(……その“1回”を引き寄せられる力が俺にもあったなら——)

 

 

 

 クロイは心の中で呟く。

 

 その時浮かんだ情景は、ハルカと戦ったある公式戦。当時名を広めつつあったハルカだったが、まだ自分には及ばないと考えていた。実際試合も中盤まではクロイのペースで、ハルカに勝てる要素など見当たらなかったのだが……。

 

 

 

(——結局あの日と同じだったな)

 

 

 

 ユウキもハルカも、自分の想像を超えた発想と成長で悠々と飛び越していった。2人のトレーナーはどちらも違ったタイプだったが、その強烈な印象はどこか似たものを感じていた。

 

 そしてクロイは気付いてしまった。自分が逆の立場なら、きっとそうはならなかっただろう事に……——

 

 

 

「せっかくだ。そのまま優勝でもしてくれ」

 

「はは……善処します」

 

 

 

 心の中の苦い気持ちを押し殺して、クロイはどうにかユウキに答える。

 

 嬉しかった——そう言ってもらえたことだけは、クロイにとっての救いだったのかもしれない……。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

「アニギィィィ!2回戦突破゛おめでどうございまずぅぅぅ!!!」

 

 

 

 よだれと涙と鼻水で大変なことになっているタイキの顔を見て、ドン引きする俺。勝ちを喜んでくれるのはありがたいけど、俺が優勝でもしたら死ぬんじゃないか?

 

 

 

「応援ありがとな……アオギリさんも」

 

「おう。いい暇つぶしになったぜ」

 

 

 

 タイキの後ろにいたアオギリさんも、おそらく試合を観ていてくれたのだろう。今日会ったばかりなのに、随分と気にかけてくれるな……さては入団の件諦めてないな?

 

 

 

「つくづくフリーにしとくには勿体ないな。その内どっかのギルド入られる前にツバつけとかなきゃなぁ?」

 

「やっぱり諦めてなかった」

 

「ハハハ!まぁそいつは冗談だ♪ 気が向いたら声かけてくれりゃいいんだからよ」

 

「半分くらいは本気だったってことっスね……」

 

 

 

 アオギリさんの目にかなっているって事は誇っても良いんだろうか?などと呑気な事を考えていたけど、今の試合を観てそう思ってくれたなら、やっぱり嬉しいな。

 

 

 

「スワローの方も勝ったみてぇだな。他所のシード枠は順当に上がってきてるぜ?」

 

「ぐすん……ずっとここにいたのに何でわかるんすか?」

 

「そんなもんナビの大会情報にアクセスすりゃ1発だろうが」

 

 

 

 そうやって見せてきた青いマルチナビの液晶には、今日の大会の結果がズラッと並んでいた。そこに生き残ったトレーナーの中に、俺の名前もあった。

 

 

 

「更新早いなぁ……」

 

「審判が直接データ送るからな。にしてもこれでお前、“ベスト16”だな」

 

「そうっス!アニキ本当おめでとう!!!」

 

「おいおい。ベスト16つっても2回勝っただけだろ?」

 

 

 

 大袈裟に喜ばれても気が抜ける。

 

 俺は出来る限りのことやった上、偶然思いついた作戦がブッ刺さっただけだということがわかってる分、ギリギリも良いとこの俺が喜べるもんじゃないと感じていた。しかしタイキは続ける。

 

 

 

「いや!その2回勝つってのが最初はマジでしんどいんスよ⁉︎場慣れしてない土地ばっかで戦ったり、初見殺しにあったりしてとても新人が勝ち抜けるようなトーナメントじゃないんスから‼︎」

 

「気持ちはありがたいんだけどな……」

 

 

 

 タイキのいうことと最もだと思う。実際事前に聞いてない戦法に対しては対応が遅れ気味だったし、判断も鈍るのを感じた。

 

 どういうわけかそうした時でも考える時間はあったけど、ともあれそれに対応できたのは咄嗟の閃きがたまたま正解だったってだけだと思うんだが……。

 

 

 

「勝って嬉しくねぇのかよ?」

 

 

 

 アオギリさんは俺の心境を見透かしてかそう聞いてきた。その問いに少し考えてから、俺もゆっくり答える。

 

 

 

「……嬉しかった。強い人にも要素が噛み合えば勝てるんだって思えて……どんなにキツイ相手でも、諦めなければ答えがどこかにある気がしたから」

 

 

 

 それはさっきクロイさんに言った事そのまんまだ。だから勝った俺は「勝てた。嬉しい。やった」でいいと思ってる。

 

 

 

「——それでもなんだろ。まだ実感が湧かないというか……俺、なんかまだしっくりきてなくて……こんなに上手く戦えるなんて信じられないんです」

 

 

 

 立てた作戦が効果を発揮し、即座の対応がキチンと成果を上げている。そんな事がこのトーナメントを始め——いや、ムロでのジム戦の時からそんな感じなのだ。これは地獄の様なトレーニングをした事と関係が薄い気がする為、俺の中ではなんで急にそんな事ができるようになったのかが不可解だった。

 

 

 

「なるほどな。お前——さては最近……ここひと月くらいで急激に強くなったタチだろ?」

 

「え?」

 

 

 

 アオギリさんはピタリとその事を言い当てた。それは俺の行状を見てわかる事らしい。

 

 

 

「実感ねぇのは馴染んでねぇ証拠だからな。さっきのジグザグマの時もそうだが、妙にアンバランスな穴があんのはそのせいだ」

 

「返す言葉もないですね」

 

「まぁ馴染ませるにゃどうしたって時間がいるけどな……でもそれに()()()()()()()()()だと、スワローのとこまで行くのは厳しいかもな……」

 

 

 

 自分の事で手一杯の俺には、確かにこの後の戦いもしんどいのはめにみえている。自分の力を試したくて参加したこの大会だったけど、やはり急ぎ過ぎたか。

 

 

 

「そんなことないっス!アニキならスワローさんとこ行くだけじゃない‼︎絶対勝ってくれるって——俺は信じてるっスよ?」

 

 

 

 タイキはそう言って胸を叩く。なんて楽観的な——そう思った時、なんだか無性に笑いが込み上げてきた。

 

 

 

「「ハハハハハハ‼︎」」

 

「な、なんで笑うんスかお二人?」

 

「いや悪い……なんか勝ったのに勢い付かないのも確かに変だなって思ってさ」

 

()()()()の言う通りかもな。そんぐらいの気持ちじゃなきゃ、勝てるもんも勝てねぇわ」

 

 

 

 タイキは終始意味不明だと言わんばかりだったが、なんとか元気は出た。

 

 課題が多いのなんか当たり前だ。発展途上の俺は、今それを見つけてるに過ぎない……勝てなくなるまで……やれる事をやってれば見えてくらものもあるだろう。

 

 

 

「——っと。そろそろお前、ポケセン行かねぇとマズイんじゃねぇか?」

 

「あっ——!」

 

 

 

 アオギリさんの気付きですっかり忘れていたが、俺はクロイさんとのバトルでパーティをボロボロにしてしまっていた。次の試合までに全快にしてもらわなければ、それこそ目標まで辿り着けない。

 

 

 

「すんません!ちょっと行ってきます!」

 

「アニキ!待ってくださいよー‼︎」

 

 

 

 アオギリさんに軽く頭を下げて、俺は走る。なんか今日は忙しいばっかだなと、心の中で少し笑った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 数分前……とある2回戦——。

 

 

 

「嘘……だろ?」

 

 

 

 自分の相棒を吹き飛ばされたトレーナーが呟く。そのポケモンが最後の1匹であり、彼はそれにより敗北が確定してしまった。

 

 しかし、負けた以上にショックだったのは——その試合内容である。

 

 

 

「あいつ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……⁉︎」

 

 

 

 観衆の誰かがそう呟いた。たった1匹のポケモンに、プロに属するトレーナーが手も足も出なかったのだ。

 

 凶暴さが全面に押し出されたフォルムのポケモン。蒼い体躯のその向こうには——アクア団のシンボルである『α』を称えた腕章をつけた男がいた。

 

 

 

「——喰いたりねぇ」

 

 

 

 

 

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待ち構えるは、飢えた獣——。

勝手に始めた『翡翠メモ』。
ここだけ切り取って自宅の壁ははっつけてますw



〜翡翠メモ9〜

『ステータスチェッカー』

ポケモンの体調を細かく精査できるマルチナビのアプリの一種。
能力についた上方下方修正や状態異常などを確認する事で、バトル中の繊細なヘルスを確認できる。

このアプリで確認できるのは事前に登録をしたポケモンのみであり、必然的に自分のポケモンにしか使えない。アプリで記録を取った以前の情報と比較して現在のコンディションを割り出す為らしい。



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第90話 快進撃


やっと季節らしい気温に……紅葉見に行きたいですね。




 

 

 

 “グレートリーグ”3回戦——。

 

 

 

——“リーフブレード”——!

 

 

 

 ジュプトル(わかば)によるその一太刀により、崩れ去る“ヤルキモノ”。ユウキはこれにより、4回戦進出と“ベスト8”の称号を手にした。

 

 

 

「アニキ……なんか無茶苦茶……」

 

 

 

 客席で観ていたタイキも、今の試合展開に口が開いて塞がらない。それほどの圧勝っぷりだった。

 

 

 

「あ、アンタ……名前なんて言うの?」

 

「えっ——“ミシロタウンのユウキ”……です?」

 

 

 試合が終わった後、ユウキは対戦相手にそんな事を聞かれた。試合前にお互い名前は知ってるはずなんだけど……などと戸惑い、返す返事もぎこちなくなる。

 

 

 

「ユウキ……やっぱ知らない名前だなぁ」

 

「ハハ。そりゃ昨日プロになったばっかだし……」

 

「昨日——⁉︎」

 

 

 

 この反応ももう慣れたなー——と苦笑いするユウキ。経歴が経歴なだけに、こんな風に驚かれるのはきっとこの先も続くんだろうと、半ば諦めていた。

 

 

 

「それでも……あの“クロイ”に勝ったってのはまぐれじゃなかったんだな」

 

「え……?」

 

 

 

 対戦相手の彼はそう言ってきて、それがどう言う意味なのかとユウキは戸惑う。でもそれがすぐに褒め言葉だと気付いた。

 

 

 

「対戦した俺だからわかるよ。アンタ強い。だから、いっそ優勝してくれよな!」

 

 

 

 負かしたばかりの相手なのに、笑顔でそう送り出す彼にユウキはどんな顔をむけていいのかわからなかった。それでも『俺の分まで頼む』と肩を叩かれた事を、ユウキは忘れないように心に留めた。

 

 次は4回戦——そこを勝てば、明日の決勝トーナメントへ行ける。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「どうだ“ウリュー”……今日の調子はよ?」

 

 

 ユウキが戦っていた頃、3回戦を終えた男にアオギリが話しかけていた。

 

 その男——“ウリュー”と呼ばれる、黒い短髪の、全身青に黒いラインの入ったウェアに身を包んだトレーナー。その青い瞳の奥には、闘志が煮えたぎっているようで、とても試合を終えた選手とは思えない顔つきだった。

 

 

 

「別に……俺の調子が良かろうが悪かろうが関係ない……相手が弱すぎる」

 

 

 

 勝利した後にも関わらず、ウリューは安堵するでも喜ぶでもなく……むしろ物足りないといった調子で呟いた。アオギリはその様子を見て、ため息をつく。

 

 

 

「お前のその気概は買うけどな……もう少し楽しんだらどうだ?」

 

「楽しませてくれる奴がいるなら教えてくれよ……最も、今日の『第1シード』は歯ごたえありそうだけどな」

 

 

 

 見据えているのは“決勝”。

 

 そこに上がってくるであろう“紅燕娘(レッドスワロー)”に照準を絞っている。まるで自分がそこまで勝ち進むことが決まっているような口ぶりでもあった。

 

 

 

「その調子なら大丈夫そうだな……でも決勝たぁちと気が早えんじゃねぇか?」

 

 

 

 アオギリの一言にピクリと反応を示すウリュー。何かを感じ取った彼は、鋭い視線をアオギリに向ける。

 

 

 

「……『Dグループ』のシード選手をぶっ飛ばした奴が、準決でお前と当たるかもな?」

 

「『Dグループ』……?」

 

 

 

 その選手に何かあると?という表情でアオギリを見るウリュー。いや、ウリューにとってはその選手の強さが問題ではない。それをわざわざ()()()()()()()という事だ。

 

 

 

「あんたが言うほどの奴なのか?」

 

「さあな。今は調子づいてるだけかも知れんし、妙にバランス悪いし……ただ面白い奴だったぜ?」

 

 

 

 楽しそうにその話をするアオギリを見て、ウリューは眉間にシワを寄せる。その顔はどこか怒りを孕んでいた。

 

 

 

「あんたが珍しいもんが好きなのは勝手だが、俺がそいつに足元を掬われるとでも?もし万が一にもそんな事を考えてんなら……」

 

 

 

 その瞬間——冷徹な眼差しがアオギリに向けられた。

 

 

 

「見くびるなよ……?」

 

 

 

 そう言い残し、ウリューはその場を去る。残されたアオギリは彼の背を見送りながらつぶやいた。

 

 

 

「……まぁやってみりゃわかるぜ。ウリュー」

 

 

 

 アオギリの顔は、明日の試合への期待感を示すような笑みが浮かんでいた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 4回戦——。

 

 この対戦相手は、ユウキにとって感慨深い相手だった。

 

 

 

「やあユウキ。本当にここまで来たんだな……」

 

 

 

 ユウキを待ち受けていたと言わんばかりにコートに立つ男は、かつてトウカジムへの入会の成否を決めるための対戦で立ち合ったトレーナー。

 

 “ヤヒコ”——初めてユウキが本気の戦いに臨んだ相手だった。

 

 

 

「お久しぶりです……なんとか来れたって感じで……」

 

「ハハハ……君は相変わらず無茶をしているようだな」

 

 

 

 橙色のジャージと銀色に光るスポーツサングラスが似合う引き締まった男は、言葉とは裏腹にそのトーンは少し落ち気味だった。それもそのはず。今からこの二人は、決勝トーナメントへ行く為の切符を争うのだから。

 

 

 

「ユウキ……同じ土俵で戦うのは今日が“初めて”だ——だが君に敗れたあの日から、私はいつかこんな機会が来る気がしていた……いや、願っていたのかもしれないな」

 

 

 

 ヤヒコは少し、噛み締めるように言葉を連ねる。

 

 

 

「——今日はあの日との決別。君が私の前に立った以上、壁を壊してここまで来てくれた君を全力で叩き潰す!私の全てを賭して……!」

 

「ヤヒコさん……!」

 

 

 

 それは、格下に見せる闘志ではなかった。強いトレーナーだと認めているからこその決意であり、絶対に負けられないライバルだと認めてくれているからこその敵意。それが肌を焼くように感じるのに、ユウキはどこか嬉しかった。

 

 

 

(ここまでは……トーナメントの事もあって一試合勝つ以外に気を回さなきゃいけなかったけど……)

 

 

 

 今のユウキにも、ヤヒコにも、そんな遠慮は要らなくなった。今日はこれが最後の試合となるからだ。

 

 

 

「こっちこそ……遠慮はしません!勝って『Dグループ』を制覇する!」

 

「いいだろう!かかって来い‼︎」

 

 

 

 二人は不敵な笑みを浮かべ、熱い闘志を散らせながら握手をする。互いに握られた手が、焼けるような熱さと力強さを讃えていた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 試合は——一方的だった。

 

 ユウキの手持ちは誰も欠けることなく、逆にヤヒコは“マッスグマ”1匹となってしまった。

 

 

 

「——“マッスグマ”‼︎」

 

——“ミサイル針【操装(そうそう)】”‼︎

 

 

 

 ヤヒコの叫びにマッスグマは毛を逆立てて体毛を硬質化させる。本来それを発射することで遠距離から敵を断続的に攻撃する技である“ミサイル針”を全身に纏うことで、ハリネズミの様になる。物理的な攻撃をしようものなら、逆立った針がポケモンを襲うのだ。

 

 

 

(どうだ——これで迂闊には近づけないだろ⁉︎)

 

亜雷熊(アライグマ)】——!

 

 

 

 マッスグマと対面していたジグザグマ(チャマメ)は既に充分な電力を蓄えていた。だが、ヤヒコはこの技を知っている。

 

 

 

(やはりクロイ戦の電気技を使ってきたか!——だが如何に速いポケモンだろうと、物理主体である以上この剣山地域に手は出せないだろう!)

 

 

 

 それ故の“防御体勢”。ヤヒコは追い詰められていても、その冷静さを欠いてはいなかった。いなかったが——

 

 

 

「チャマ——()()()()ッ‼︎」

 

 

 

 マッスグマの背後に一瞬で回り込んだチャマメが、体を振った反動で針で覆われていない足元目掛け尻尾を叩きつける。普段の“頭突き”からしたら大した威力ではない攻撃だが、不意の一撃でマッスグマは体勢を崩した。

 

 その時見せた“腹”を目掛け、さらにチャマメは“頭突き”を入れる。

 

 

 

——ガッ⁉︎

 

「マッスグマッ‼︎」

 

 

 

 それはまるで背負い投げの様に宙へと浮かされる結果となった。浮いた体を制御する術を持たないマッスグマには、この状況で打つ手はない。

 

 

 

(進化後のマッスグマを……あのジグザグマ!どれ程の膂力を得ている⁉︎)

 

 

 

 【亜雷熊】の強化状態は、マッスグマのそれに匹敵、凌駕するほどのものとなっていた。肉体を限界まで酷使したチャマメの力全てを引き出す諸刃の剣だったが、それが今、二人に勝利をもたらす刃となる——

 

 

 

——“頭突き”‼︎

 

 

 

 自由落下から逃れる術を持たないマッスグマの、針で覆われていない腹に向かって全力の一撃が叩き込まれる。既に何発かいいのを貰っていたマッスグマは、それが決定打となり……——

 

 

 

「マッスグマ戦闘不能!ジグザグマの勝ち!よって勝者——」

 

 

 “ミシロタウンのユウキ”——!

 

 

 ヤヒコとの決着は、思いのほかあっけなく着いた。もちろんユウキは全力であり、ヤヒコ側にも油断はなかった。それでも対戦結果はユウキの圧勝だった。

 

 

 

「強い……」「クロイに勝ったのもまぐれなんかじゃなかったってこと?」「少なくともDグループの覇者はあいつだよ!」

 

 

 

 観ていた観客が湧き立つ中、そんな声が聞こえて来て、ユウキはとうとう準決勝まで駒を進めた事を実感した。その事実が、今になってユウキに震えをもたらした。

 

 

 

「勝った後に震えるなんて……君は変な奴だな」

 

「ヤヒコさん……」

 

 

 サングラスの奥は見えない……そんな彼の心境を読み取るなんて、ユウキにはできない。今できることは、ヤヒコに対しての感謝だけだ。

 

 

 

「ありがとうございました……俺はあの日あなたと戦ったから、ここまでこられた」

 

 

 

 あの日受けた屈辱も、あの日勝ちたいと腹の底から湧き上がって来たものも、あの日勝って得た喜びも……全てが次に繋がる気持ちだったとユウキは思う。だから、ヤヒコへの感謝をせずにはいられなかった。

 

 

 

「君に必要な時間。私はそこにたまたま居合わせただけだよ……悔しいなぁ。プロに成り立てのヒヨッコにここまでしてやられるなんて……」

 

「ヤヒコさん……」

 

 

 

 その心境を想像するに、屈辱的なことだろうと思う。プロとしてやってきた時間……より多くを積んだトレーナーの足元を崩す様な、そんな事態だ。そんな事に気を遣うユウキだったが、ヤヒコの方は至って爽やかそうだった。

 

 

 

「そんな顔しないでくれ。君を見て、私は自分の可能性を広げられた1人なんだ。『無理』や『無謀』と揶揄されようと、打ち破りたい殻があるなら、精々足掻いて見せようと思えたのは……君を見てだ」

 

「まさか……⁉︎」

 

 

 

 それを聞いてユウキは気付いた。ヤヒコは本当の意味では本調子ではなかったと言うことに。

 

 

 

「まあナメていた訳ではないよ。君と戦うだけなら、もう少し手堅くやれたのも事実だ……それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってね」

 

 

 

 それをこの大会……しかも準決への進退が決まる大一番でそれをやって退けていた。取り組んでいた内容がどんなものかはわからないが、普段と違う戦い方を、ヤヒコは敢行していたらしい。

 

 

 

「とはいえ、やはり君の様にはいかないな……」

 

「そんなこと……」

 

「諦めないさ。私は君をライバルと思い、この先は越えるべき壁とも思っているからね」

 

 

 

 今日辛酸を舐めさせられたことを忘れない……この悔しさを力にすると誓うヤヒコ。ユウキがどう思おうが関係ないと言わんばかりに、独白の上にそんな誓いを立てていた。

 

 

 

「ともあれ、決勝トーナメント進出おめでとう!私たちDグループの者は、きっと君の優勝を願っているよ……紅燕娘(スワロー)を倒してみせてくれ!」

 

 

 

 ヤヒコはユウキの手をとって、力と願いを込めて言葉を送る。痛いほどに伝わるその思い……ユウキは微かに笑った。

 

 

 

(責任重大——だな)

 

 

 

 こうしてユウキは、この日全ての戦いを勝ち抜き、明日の決勝トーナメントへと進出した。

 

 この番狂わせは、明日の試合当日にはカイナ中に広がることとなる事を……ユウキはまだ知らない。

 

 

 

 

 

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開花したユウキ。目標はもうすぐそこ——!

いきなり駆け足!でもここで苦戦するようなユウキくんではもうないのだよ……決勝トーナメント頑張れ!



〜翡翠メモ10〜

『入賞特典』

“グレートリーグ”トーナメントはその規模や人数によって上下するが、ベスト4以内のトレーナーに贈られる特典がある。

優勝者にはトロフィーと賞金が確定され、2位以下にも応じた賞金や物品が渡される。

取材やスポンサーの注目度も高い為、参加者はここを血眼になって目指す者がほとんどである。



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第91話 赤い強襲(笑)


なんだ……(笑)って?(風間くん風)チカゴローナンカーヘンダァ。
映画クレしんはいいぞ。




 

 

 

 「——《以上を持ちまして、カイナシティトーナメント“グレートリーグ”……予定されていました全ての試合が終了致しました。明日の第一試合は、カイナサンドコート第一区画にて午前10時より……》——」

 

 

 夕暮れの中響くアナウンスが、今日の祭典の終わりを告げる。バトルに熱中していた観客が、今日の試合の注目したポケモン、選手、戦い方なんかをあーでもないこうでもないと言いながらカイナシティの街中へ歩いていく。

 

 人も疎になった頃、俺は運営委員と明日の段取りの話をつけ終わったところだった。

 

 

「アーーーーニキ!おめでとうございまーーーす!!!」

 

 

 耳をつん裂く様な声で出迎えてくれたのはタイキだった。ニンマリとした笑顔で大変よろしいのだが、もうそれ何回目の「おめでとう」だよ。

 

 

 

「何回祝うんだよ」

 

「へへへ。だって嬉しいじゃないっスかぁ〜♪」

 

 

 

 Dグループ制覇。決勝トーナメント出場という——我ながら出来過ぎと思う——快挙を俺以上に喜んでいた。まぁ悪い気はしないし、応援にも感謝してるから強くは言わないけど……声量はもうちょい落とそうな。

 

 

 

「ありがとな——」

 

「ユウキくーーーん!!!」

 

 

 

 タイキに改めて礼を言おうとした時だった。後方から明るさ満点の声色で俺の名前を叫ぶ輩がいた。いや、まあハルカなんだけど。

 

 

 

「な、なんだよ……」

 

 

 

 お互い今日を生き残ったトレーナーとして、ハルカが俺のところに来るのはまあわかる。大会中は合間で顔を合わせる事もあったが、試合進行が格グループで違った為に会話もそこそこだった。取り分け俺の試合は長丁場になりがちで、俺はほとんどコートにいる時間の方が長かったと思う。

 

 ——だからってわけではないけど。

 

 

 

「おめでとーーー‼︎」

 

 

 

 ズドン——頭から俺の腹へ頭突きをかまし——もとい抱きついて来たのだ。

 

 

 

「はぐぁっ⁉︎」

 

「ぜっっったいユウキくんなら勝てるって信じてたよーーー!でもホントにスゴいよユウキくん‼︎」

 

 

 

 最初の一撃で体の中にあった酸素が吐き出され、わずかに残った酸素を絡みついた両腕で絞り上げられる。笑顔のハルカさんがなんか言ってるけど、俺は生命の瀬戸際に立たされていた。あ……川のせせらぎが聞こえてくるよ?

 

 

 

「——ユウキくん⁉︎」

 

「アニキ泡吹いてる……⁉︎」

 

 

 

 遠くでタイキとハルカが呼んでる声がする……いや、こんなギャグみたいなので気絶とか流石に——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 気絶してました。

 

 

 

「すいませんでした」

 

「いいや許しません」

 

 

 

 俺が運び込まれたカイナのポケモンセンターの簡易ベッドで眠る俺に対し、傍らの地面に額と両腕をまっすぐへばりつかせて土下座より土下座するハルカ。しかし俺のご立腹はこんなもので許されるはずもないのである。

 

 いや、突進からの絞り上げがそんなに頭に来たかと言われたらそんなことはないのよ?ハルカだし。俺の勝利を喜んでくれるのは友人として俺もありがたいし。その結果が強烈なボディランゲージでも意外じゃないし……でもさぁ。

 

 

 

「——街中を『救急患者が通ります!』って騒ぎ散らしながら担いでポケセンまで運ぶとかさぁ……恥ずかしくてもう表歩けないんですけど?」

 

 

 

 俺だって気絶したのは大袈裟だったと思うけどさ?でもこんな仕打ちがあるか?そうでなくても明日は嫌でも目立つ場所に立つのに、その時「あ、白目剥いて泡吹いてた人だ」とか言われてみろ。まともに戦える自信ないわ。あれか?これも巧妙な盤外戦術か?

 

 

 

「だってぇ……」

 

「だってもくそもない……ったく。いい笑われ者だよ」

 

 

 

 そこまで腹を立てる事かと自分でも思うけど、突っ立ってたらいきなり恥ずかしい思いをさせられるハメになった俺の気持ちを少しはわかって欲しい。平謝りしてるハルカを見て段々かわいそうになってきたからといって、すぐにはこの腹立ちを収められそうにない。でもそんなところに助け舟を出したのは——

 

 

 

「いやでも今日のネット記事の速報でめっちゃ書かれてますよ!アニキ、一気に有名人っスね♪」

 

 

 

 ——もとい泥舟を出したのはタイキだった。彼の見せてくれた端末に映っているのは俺を担いで爆走するハルカの写真。

 

 『お手柄⁉︎燕の運び屋ハルカ、急患人を救助⁉︎』などと事実無根のお題までついてやがる。

 

 

 

「俺は目立ってないし。目立ってもうれしくねぇよ」

 

「なんか貧血で倒れた事にされてますね」

 

「そのお題、今からでも『強襲!通行人を赤い悪魔が1発KO!』に差し替えよう」

 

「ごめんよぉ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 ちょっとかわいそうとか思っていた俺の感情を逆撫でしてくれてどうもありがとうタイキくん。せっかくだ。この落とし前はきっちりつけてもらおうか。

 

 

 

「……な、なんか目が怖いよ?」

 

「フフフ……この際頼みのひとつやふたつくらい聞いてもらおうか……でなきゃ割に合わん」

 

 

 

 我ながら変なスイッチが入った俺はハルカに怪しげな笑みを浮かべた。何かよからぬ事を考えていると察知したハルカは、少し目を潤ませて声も尻すぼみになる……さながら怯えるジグザグマのようである。

 

 

 

「どんな恥ずかしい目にあってもらおうかな?」

 

「うぅ……でも、ユウキくんなら……いいよ?」

 

「当然拒否権なんかない——は?」

 

 

 

 抵抗するであろうハルカを言い負かそうと用意した言葉の数々が、こいつの一言で吹き飛んだ。

 

 

 

「ユウキくんなら……恥ずかしいとこ見せても……いい…よ?」

 

「…………」

 

 

 

 …………(現在、ユウキの脳内許容範囲を大幅に超える情報により緊急停止中。お使いの端末は正常です)。

 

 

 

「ユウキくん……?」

 

「……一個だけいいか?」

 

 

 

 どうにか喋ることに脳を回せる様になった頃、俺は口に任せてそんな事を言った。ハルカの肩に手を置いてだ。

 

 

 

「——その顔は今後一切禁止な。殺傷力が高すぎる」

 

 

 

 何を言ってるのかわからない——ってな感じで首を傾げてアホ面下げるハルカ。なんでわかんねぇんだよとツッコミたい所ではあるが、今だけはわかんなくてよろしい。

 

 

 

「お言葉に甘えて好きにさせて貰えばいいのに——」

 

 

 滅多に出さない俺の肘鉄がタイキの鳩尾に命中。そのまま倒れてろ俺の邪念。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 お騒がせしたポケセンのジョーイさん達に頭を下げて、俺たちはカイナの街へ出た。

 

 時間は夜になっていて、街灯が煌々と光り、夜の建物を彩っている。ここ最近熱帯夜が続いていて油断していたが、夜は少し冷える様になっていた。

 

 

 

「はぁ……とりあえず晩飯食うか」

 

「ユウキくん、ホテルの予約とかしたの?」

 

「あ!それはアニキに頼まれて俺がしときました!」

 

「サンキュー」

 

 

 

 試合前にタイキにお願いしといて正解だった。今日の大会の人の入りを考えると、いきなりのチェックインは厳しかっただろうし。

 

 

 

「じゃあご飯は私に任せて♪ 良い海鮮食堂知ってるんだ——」

 

「「いや海の幸は結構です」」

 

 

 

 俺とタイキの声が揃ってしまう。何せ海鮮系は軒並みムロで食べ尽くしたからな……。

 

 それだけに留まらず、宴会でおっさんたちが残したものの片付けを胃袋の許容を超えてやっていた事もあり、ちょっと今トラウマなんだよ。

 

 

 

「えー?じゃあユウキくんたちはなんか食べたいものあるの?」

 

「昼に洋食は食ったしな……」

 

「じゃあ中華なんてどうです?俺餃子食べたい!」

 

「中華か……あんま食べたことないな」

 

「私も〜。ミシロやコトキにはなかったもんね」

 

 

 

 とりあえずタイキの食べたいもので決定しそうだったのでそのまま乗っかる。マルチナビの地図アプリで『中華店』を検索かけながら歩を進める事にした。

 

 

 

「でもどこもいっぱいだろうねー」

 

「だな。大会運営中でしかもこんな晩飯時だし」

 

「あ、人目につくとすぐに騒ぎになっちゃうんじゃないですか?」

 

 

 

 タイキの一言にピシッと体が石化する。

 

 さっきの事もあって今カイナはハルカに対して目が敏感になってる可能性もある。街中での外食なんてかなりリスキーなんじゃないのこれ?

 

 

 

「飯食うだけで人に取り囲まれるとか嫌すぎる……」

 

「ユウキくん有名人になっちゃったもんね」

 

「有名人はお前だよ」

 

「ん〜ということは——」

 

 

 

 そこでタイキが閃いたのは、ある意味ナイスアイデアだった。その意見を聞いて、意外と俺もハルカもそれがいいと思った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ということで」

 

 

 

 決勝トーナメント進出おめでとうの会——inホテル。

 

 

 

「「「みんなお疲れ様ぁ〜♪」」」

 

 

 ここは俺とタイキが取っていたホテルの一室。偶然にもハルカも同じホテルの宿泊客だった為、宴会はここでやる事にした。

 

 広げられているのはフレンドリーショップで買った惣菜や弁当……各々好きな物を持ち込んで雑多な感じにやっている。

 

 

 

「一回こういうの友達とやってみたかったんだ〜♪」

 

「遠征のホテルでこういうのやるの恒例だったんス……お気に召してくれたならよかったッスよ!」

 

「あんま騒ぎ過ぎて苦情とか来るのは無しだからなー?」

 

 

 

 なんて言ってる俺だが、内心はハルカと一緒で少しワクワクしている。友人が極端に少なかったこれまでを考えると、想像もしてなかったようなイベントである。なんか今沁みるなーと思ったけど、なんでだろ?

 

 

 

「アニキ……」

 

「そんなに友達いなかったんだね」

 

「何で二人して心読んでんだよ⁉︎やめろその可哀相な物を見る様な目を‼︎」

 

 

 

 顔に出ていたのか、俺の寂しい背景に同情を示す二人。マジでやめて?もう涙も出ないから。

 

 

 

「でもハルカさんがこういうの初めてってなんか意外っスね?友達とか多そうなのに」

 

「んー。そうでもないよ?根無草の旅だから知り合ってもそんなに遊んだりとかしないし」

 

 

 

 そういうのを上手くやって人付き合いしてそうとか勝手に思ってたけど、意外と真面目というか……ちゃんとトレーナーしてるって事なのだろうか?遊びが勝ったらホイホイついていきそうとか思ったのはナイショだ。

 

 

 

「それよりユウキくんの方が意外だよ。いつからそんな友達作る様になったの?」

 

「さらっと失礼だな。タイキは勝手についてきたんだよ」

 

「そっスよ!俺は友達じゃなくてアニキ1の子分ッス‼︎」

 

「それも認めてないんだが」

 

 

 

 トウキさんに頼まれたから仕方なく了承しただけで——と言おうかとも思ったけど、まぁそれはそれで今日すごい助かってるからあんま強くは言えないけどさ。

 

 そう考えると、ハルカと二人きりとかにならなくて済んだのはマジで助かったな。

 

 

 

「ふーん。私がどんなに誘っても旅に出ようともしないし、遊んでもくれなかったのになー」

 

「な、なんだよ……これでもお前には感謝してんだぞ?結局旅に出たのだってお前の一言のおかげだったし」

 

「あ!それ聞きたかったんすよねー♪」

 

 

 

 そんな感じで昔話に花が咲いた。ハルカにボコられまくった毎日だったり、フィールドワークで親子揃ってポカやらかした日の事や、少し恥ずかしかったけど、ハルカが俺に言ってくれた言葉だったり——

 

 時間はあっという間に流れていった。

 

 

 

「——今更ッスけど、アニキあの“センリ”さんの息子だったんすか⁉︎」

 

「本当に今更だな。騒ぎになるだろうからあえて言わなかったのもあるけど」

 

「いやぁ〜でもアニキって親想いなんすね〜。俺はムロの母ちゃんとはずっと喧嘩ばっかだったもんなぁ」

 

 

 

 少し家庭事情に踏みいった話だというのに、タイキは難なくついてきた。デリケートな話題だからこそ、こいつの様に明るく話せるのは助かるな。

 

 

 

「親想いっていうか、特に母さんには一生敵わないって感じかな。恩に感じる以上に、人間としての強度が違うっていうか」

 

「お母さん、ユウキくんのことなんでもお見通しって感じだったもんね♪」

 

「うっせー」

 

 

 

 そんな話をしている時だった。家庭環境……そんな話題だったからこそかもしれないけど、ふとある好奇心が俺を突き動かす。

 

 

 

 ——ハルカの……弟。

 

 

 

「なあ……ハルカ」

 

 

 

 改まった俺の口調に小首を傾げるハルカ。

 

 俺は正面から聞くのも憚られ、少しどう聞いたもんかと考える。

 

 あのおしゃべりなハルカもオダマキ博士も話さなかった弟の存在を……どう聞き出す?そこで俺は少し小狡い作戦に出る事にした。

 

 

 

「さっき……担いで走り回った件なんだけどさ」

 

「え?あぁ……ごめんねホント。埋め合わせはするから——」

 

「じゃあ今してもらうわ」

 

「え?」

 

 

 俺のいきなりの取り立てに慌てるハルカ。

 

 前の俺なら聞きもしなかったと思う。人の領域に踏み込むのは、踏み込まれたくないと思っていた俺にはできなかったから。

 

 それでも今、俺はハルカに問う。

 

 

 

「俺の質問に正直に答えてくれたらいい……俺、ちょっと小耳に挟んだんだけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——弟って……マサトって誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その名の問いにハルカは——。

聞いちゃえ◯ッサン。
なんか会話パート久々だなー。

〜翡翠メモ11〜

『カイナシティ』

造船業と漁業を中心に発展した港町。
『カイナ漁港連合』が港を取り仕切っていた時代があり、その背景から排他的な歴史を持つ街としても知られていた。その歴史には倒産前の“ダイキンセツホールディングス”による強行な地域開発による影響も少なからずあり、未だに自然を壊す建設事業に難色を示す者も多い。

漁港連合の取締役が代替わりし、海洋環境保護団体“アクア団”との連結のもと、意識改革を数年前から行っており、現在は多くの船の来航を受け入れるようになった。

その裏には、いつも人々に寄り添い引っ張る大きな男の姿があったという……



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第92話 謝罪と感謝


最近「鬼滅の刃」見始めました。
以下鱗滝さんを見た私の目線。

鱗「妹が人を食った時、お前はどうする?」
俺「お……これってもしかして?」
炭「え……?」
俺「これアレちゃいますの?あの有名なあれ——」
鱗「パァーン!判断が遅い!」
俺「うわぁぁぁ本物だぁぁぁぁ!!!」

——って一人で盛り上がってました。




 

 

 

 ハルカの弟——。

 

 

 

 ムロを出航する時、トウキさんから聞いた存在。田舎のミシロから出発したプロのトレーナー……名前が“マサト”だと言うこと。

 

 知っているのはこんなものだ。

 

 

 

「……そっか。知ってるんだ……マサトのこと」

 

 

 

 やはり存在した——それを肯定するようにハルカは呟く。

 

 楽しかった雰囲気はあっという間に静寂に包まれたが、俺は今の時間を犠牲にしても知りたかった。あのハルカが“話したがらない人間”とは一体……——

 

 

 

「なんで黙ってたんだよ?弟がいる事くらい教えてくれてもよかっただろ?」

 

「ハハハ……ごめんね。でも聞かれなかったし、言う機会もなかったから」

 

「そりゃ……ずっとお前が一人っ子だと思ってたからな……」

 

 

 

 そっちはいわば俺の思い込み。勝手にそう判断しただけだ。でもそれにしても“気配”が無さすぎた。

 

 何度かオダマキ博士の誘いで自宅に招かれた事もあるのだが、その些細な会話の中にそれらしき話があってもよかったと思う……意図的に話さないようにしていれば話は別だが。

 

 

 

「まあでもホント、別に隠してたわけじゃないんだ。ただ今はしばらく帰ってきてないし……というかどこで何してるのかすら知らないの」

 

「連絡ひとつ寄越してないってこと?」

 

 

 

 まあ……それなら少し得心がいく。プロとして旅立ったなら、活躍していればメディアを通してその存在が知られていてもおかしくない。

 

 ハルカの弟——だからというわけではないが、プロになっている以上、そうなっていても何ら不思議ではないのだ。

 

 それでも所在が掴めない。本人からの連絡も、噂話ひとつも、ハルカの耳には届いていないようだ。俺が聞いたのだって、実際トウキさんが言ってたくらいの情報だけだし。

 

 

 

「便りがないのは元気な証拠——ってわかってるんだけどね。やっぱ心配だよ」

 

「そりゃ……」

 

 

 

 そうだと思う。

 

 ハルカは人懐っこく、他人にもポケモンにも親切を忘れない。人の届け物を迷わず代わりに運ぼうとするほど、ハルカは人に対する親切心が強いのだ。それが肉親となれば、尚のこと心配に繋がるだろう。

 

 

 

「プロになってどんくらい経つんだよ?」

 

「あの子が12歳の頃からだから、2年くらい……かな?」

 

「12歳でプロ……すごいっすね」

 

 

 

 それだけ才気溢れるトレーナーだった事が窺える。タイキがつぶやいたように、12歳でプロトレーナーになるのは早い方だ。

 

 でもなんか……引っかかるな。得体の知れない違和感に頭を悩ませていると、ハルカはポツリと独白を始めた。

 

 

 

「——マサトはね、本当に()()()と仲が良かったんだ」

 

 

 

 不意に発せられた言葉に俺の思考が止まった。

 

 なんで今……わかばの名前が……?

 

 

 

「どういう事……?」

 

「それは知らないんだね——ユウキくんの前に……キモリ(わかば)を手持ちにしてたのが、私の弟なの」

 

 

 

 初耳だった。

 

 そりゃそうだ。わかばが自分でそんな事話せるはずはないし、一個人の手持ち事情なんて他の人間が知る事も少ないだろうし。

 

 

 

「“仲が良かった”——って言えるくらい、お前もわかばの事、知ってたのか?」

 

「それは……どうだろうね。少なくともはたから見てたら、私の目にはそう映ったんだ」

 

 

 

 俺の質問に、ハルカは少し歯切れが悪そうだった。

 

 仲が良かった……?それが何で今俺の手持ちにいる?

 

 俺の中に、僅かにあった“何か”が段々と膨れていくのを感じる……。

 

 

 

「——あの子、いつもわかばを連れてた……カナズミの学校(スクール)に行くようになって、いつも2人で頑張ってた……」

 

 

 

 ハルカの目が少しだけ暖かさを増す。

 

 

 

「——『いつか2人でプロになって、ホウエンリーグで優勝するんだ!』って息巻いてたのに……」

 

 

 

 なのに……。

 

 マサトはある日わかばを置き去りにした。

 

 

 

「なんで……」

 

「わからない。学校(スクール)卒業と同時にミシロに帰ってきたマサトが、わかばをお父さんに預けて旅立ったの」

 

 

 

 それはあまりにも唐突だったと、ハルカは語る。

 

 

 

「理由を聞いても教えてくれなかった。マサトが何を考えて、どうしてそんな決定をしちゃったのか……私にも、お父さんにもわからないの」

 

「何を考えて……」

 

 

 

 ハルカから聞いた話は、到底俺が納得できるものではなかった。

 

 それこそなんでかなんてわからない。俺にはそれを想像できるだけの経験も知恵もない。それでも……——

 

 

 

「——どんな理由があったら、あいつを置き去りにしていい事になるんだよ……!」

 

 

 

 俺は、怒りを抑えきれなかった。

 

 

 

「ユウキくん——」

 

「あいつな……進化したのはつい昨日の事だったよ。それまではすごく強くて頼りになった。頼りになりすぎて気付くのがめちゃくちゃ遅れたけど——」

 

 

 あそこまで強くなるのに、一体どれほどの鍛錬を積んだのだろう。あそこまで速くなるのに、どれほどの辛酸を舐めてきたのだろう。あそこまで怖いのを我慢するのに……どれほどの……——

 

 

 

「——震えてたよ。あいつは」

 

 

 

 ムロのジム戦。自分の勝敗が俺の進退を決める大事な試合。わかばは負けたくないと意地でも前進を続け、ボロボロになっていった……。

 

 それは心の悲鳴だった事を、俺は知った。

 

 

 

「『負けたら……期待に応えられなきゃまた捨てられる』——俺にはそう言ってる様にすら見えたよ……!」

 

「ユウキくん……」

 

 

 

 その時のあいつの気持ちを考えるだけで俺も辛くなる。体が強張り、胸のざわつきが増して、今にも叫んでしまいそうなストレスだ。

 

 

 

「進化できなかった事を、誰よりも悩んでた本人を置き去りにしていい理由なんて……俺にはわかんない……!」

 

 

 

 例えそこに正当性があったとしても、俺にはそれを是とする気持ちにはなれない。時に正しさよりも選んで欲しい選択があると俺は思う。置いて行かれた方がどれほど惨めな気持ちになるのか……そのつま先ほどの感情でもわからせてやりたい。

 

 

 

「ごめんなさい……でもありがとう」

 

 

 

 ハルカは俺に頭を下げた。俺はその行動がすぐに理解できないでいた。

 

 

 

「わかばの為にそんなに怒ってくれてありがとう……私、わかばの気持ちにすら寄り添ってあげられなかったから」

 

「あ……」

 

 

 

 そこで俺は、自分の浅はかさに後悔した。

 

 ハルカだって、何もしていないはずがないじゃないか。あのお節介で相手の都合すら無視して親切を押し付けるようなこいつが、わかばに対して何もしてないはずがないんだ。

 

 それはきっとオダマキ博士も……。

 

 

 

「私にはどうにもしてあげられなかった。進化できない理由もわからないし、マサトと何があったのかを察する事もできないし、傷つけられた心を癒す事もできなかった……」

 

「ハルカ……」

 

 

 

 ハルカが見せる初めての顔。顔は笑っていたけど、少しだけ……悔しそうだった。

 

 

 

「悪い」

 

 

 

 今度は俺が頭を下げる。ハルカは反射的に両手を振って制する。

 

 

 

「な、なんでなんで⁉︎ユウキくん何も悪いこと——」

 

「いや、お前に辛く当たった。俺のストレスをただぶつけた。お前の……みんなの気持ちをわかろうともしないで」

 

 

 

 もっていきようのない気持ちを、俺は近しい誰かに吐き出すことしかできなかった。わかばに対する俺の思いは本心だが、その怒りをハルカにぶつけるのは間違ってる。

 

 ハルカは、俺より長い時間この問題と向き合ってきただろうに。

 

 

 

「いいの……本当に。こうしてわかばが進化したのを見せてもらえて嬉しかったから」

 

「ハルカ……」

 

「泣きそうになるほど感動したし、ちょっと悔しさもあったかな?私あんなに悩んでたのに、ユウキくんは半年足らずで解決しちゃったんだもん……」

 

「いや、俺もそうとわかっててわかばを育てたわけじゃないというか……偶然だったと思うぞ?」

 

「偶然でも……寄り添い続けたからこそだと思う。だって()()()わかばを迎えた頃のユウキくんも……」

 

 

 

 オダマキ博士からわかばを引き取った初めの頃のことをハルカは話す。

 

 あの頃、まだ名前もついてないあいつと仲良くなるのは困難を極めた。

 

 

 

「ひどいもんだったよ……お前も見てたけど、すぐ逃げられるし飯は食わないし呼んでも無視だし……」

 

「それで家の中にも入ろうとしなくて……わかばが風邪ひいちゃうんだよね」

 

 

 

 雨風に晒されようとずっと俺と距離をとっていたあいつ……今思えば、わかばはまだマサトのことを忘れられなかったんだと思う。

 

 

 

「その看病を一晩中して、それからだったよね……わかばがユウキくんの家に入るようになったのって」

 

「ああ……少しは認めてくれたみたい——あれ?」

 

 

 

 そこで俺は違和感に気付く。あいつが風邪をひいた話……俺こいつにしたっけ?

 

 

 

「なんでお前知ってんの?」

 

「え、あれ……?」

 

「俺話してなかったよな?」

 

「えー……そうだっけ?」

 

「ハルカさん……?」

 

 

 

 この反応……そこから導き出されるひとつの答え。さてはお前……——

 

 

 

「お前!俺の部屋覗いてたのか⁉︎」

 

「ち、違うよ!おばさんに通してもらったら、ユウキくん自分の部屋でわかばとスヤスヤしてて——」

 

「母さん何してんの⁉︎——だからあの後からちょっと生暖かい目で見てくるようになったのか!」

 

 

 今明かされる衝撃の真実である。くっそこいつホント俺の隙をつくのがうまいな!

 

 

 

「あ。重い話終わったっスか?」

 

「タイキ……悪いとは思うけど寝てたのかお前?」

 

 

 

 俺とハルカの雰囲気が和らいだ(?)ところでタイキが口を挟む。横で眠そうに起き上がるのを見て、こいつ途中から寝てたんだと気付いた。

 

 

 

「すんません……お話長くてつい」

 

「そりゃホントすまんかった」

 

 

 

 確かにタイキは身内の事情に関係もないし、興味も薄いだろう。せっかくの祝勝会ムードが台無しになったのは、俺がところ構わずこんな話を始めてしまったからだ。本当に申し訳ない。

 

 

 

「いや別にいいっスよ。俺、難しい事はわかんないっすけど、なんか今の聞いて一個スッキリしたっす」

 

「いやお前寝てたじゃん」

 

「アニキがなんであんな強いのか……俺、これからもアニキ見て頑張ろうと思うっス!」

 

「いや寝てたし、スッキリって何が!?」

 

 

 

 脈絡が全然わかんないタイキに、また頭を悩ませる俺。なんでこう時折会話が難しくなる奴が周りに多いんだろうと嘆いていると、横でハルカが笑っていた。

 

 

 

「アハハ♪ホントにユウキくんは人にもポケモンにも好かれるよね」

 

「そりゃ嬉しいけど、せめてもうちょいコミュニケーションが成立する相手も欲しいもんだ」

 

「なんかしれっと失礼なこと言ったスよ!」

 

 

 

 タイキのお陰でまた元の談笑具合に戻った宴会は、その後程なくして幕を閉じる。明日の為に今日は早く寝ようということで、ハルカは自分の部屋に戻って行った。

 

 俺たちも食事で出たゴミをまとめて、備え付けのシャワーを交互に浴び、タイキは速攻でベッドに潜り込んだ。俺はというと、部屋に置かれた机に向かい、ナビのストレージから一冊のノートを出して筆を取っていた。

 

 

 

「今日の試合……4戦とも文句無しの内容だったと思う。3匹がそれぞれ持てる力を出し切っていた。俺もいつも以上に思考が冴えていたと思う。特に2回戦の“クロイ”さんと戦った時は——」

 

 

 

 今日の試合の感想と反省、した事とされた事などをノートに書き上げる。その中で特に印象に残った事や自分にはない戦術などは、自分の今後にどう役立つかなども添えていく。

 

 考え事が渋滞していくと、思考が鈍くなるから、こうしてアウトプットして脳内を整理するのが俺のルーティーンだった。

 

 

 

「……今日は本当に調子が良かった。持ってるもの全てを出せた」

 

 

 

 そこまで書き、筆が止まる。

 

 俺は……今日全て“出し尽くしてしまった”。

 

 

 

「……もし今日以上の相手が現れたら、俺は——俺たちはその時どう戦えばいい?」

 

 

 それを既に明日控えている。恐らく出張ってくるのはこれまでよりも強いトレーナーたち……少なくともハルカの底はしれないのだ。

 

 試合が見れなかったのは残念だが、やはり前評判通り……下手したらそれ以上の怪物っぷりを発揮してると思う。

 

 

 

「談笑なんて……よく考えたら、あいつはまだ俺を『ライバル』とは認めてないって事だよな」

 

 

 

 今は『勝ちたい相手であり負けたくない相手』——というほどの評価はされていない。でなければ試合前に、こうして仲良くなんかできないだろう。俺もどこか、今日一日を通してそういう目で見れていない。

 

 お互い性格もあるだろうが、対戦者特有のひりつきを起こさなかったというのは、少し口惜しいと思った。

 

 

 

「とはいえ明日になったら急に強くなれるなんて事はない。今更じたばたしても始まらないよな」

 

 

 

 そこまで考えて、俺はノートを畳み、床につく。

 

 今日は疲れた。明日までに疲れが取れてるといいけど……。

 

 

 

(——強くならなきゃ……ハルカの……ライバルに……)

 

 

 

 

 微睡む意識の中、ふと湧いた疑問。

 

 俺は……ハルカを追いかけて、強くなる為に旅をしている……。

 

 

 

 ならハルカは……?

 

 

 

 

 

 何のために……?

 

 

 

 

 

 俺がそこまで至って……それから意識を手放すこととなった……。

 

 

 

 

 

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その問いも、眠りの中に溶けゆく——。

前回のはっちゃけからいきなりシリアスです。
みんなも大事な話は内々にしような?



〜翡翠メモ12〜

学校(スクール)

ホウエン地方ではカナズミシティにだけ存在する教育機関。
入校は6歳から可能であり、学年などは存在しない。
必要なカリキュラムをこなし、必修科目と実地試験を突破することで卒業証書が渡される。

この証書はジムへの入会、カナズミ大学(カレッジ)への進学、ギルド入団など多様な場面で効果を発揮するため、幼少期からポケモンについてこの学校で学ぶトレーナーも多い。

実際はその学校で才能を見極められる場となっている。



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第93話 「待ってる」


会社の休憩時間とは別に“お昼寝休憩”なるものが欲しい。
20分でいい……きっとみんな元気に働けるから……お昼寝させてくれぇ!!!




 

 

 

 ミシロタウン、オダマキ宅——。

 

 

 

「——それでねぇ。私言ってやったのよ!『あなたの学者魂が娘にも感染(うつ)った』って」

 

「ハルカちゃんって結構お父さん似だもんねー」

 

 

 その日の朝早くから家事に取り掛かっていたハルカとユウキそれぞれの母親。彼女たちは洗濯物を干す為に外に出たところで顔を合わせ、そのまま話すうちにオダマキ宅で少し早いブレイクタイムを取ることになった。

 

 話題はやはり年頃の我が子たちの話。ハルカが猪突猛進な性格をしている点で盛り上がれば、ユウキは石橋を叩き過ぎて壊す傾向にあると互いの母は語り合う。

 

 そうこうしていると昼食時になり、二人はそのまま一緒に食べることにした。キッチンには長年料理を作り続けた達人2人が、テキパキとそれぞれの担当をこなしていく。

 

 

 

「——それにしても初耳だったわ。ハルカちゃんに“弟”がいたなんて」

 

「それを言い当てたのはサキじゃない。ホント、探偵みたいな観察力してるんだから」

 

 

 

 ハルカの母は呆れたように言う。もうミシロに来て一年が迫るこの頃になって、ユウキの母——“サキ”はその事に気がついた。

 

 

 

「そんな大したものじゃないわよ。普段使いの食器の数が1人分多く感じたりとか、食卓の席決めが変に偏ってたりとか……そんくらいの事からもしかしてって思っただけよ?」

 

「それ聞いて私、あなたを家にあげたくなくなったんだけど?」

 

 

 

 サキの観察眼にハルカ母は若干引く。このまま彼女を我が家に入れ続ければ、そのうち家庭のお掃除事情や懐の厚さ——愛読書に挟んだヘソクリの事までバレるのではと勘繰って青ざめていた。

 

 

 

「なんてね。実は聞いちゃったんだ……ご近所さんが噂してるとこ」

 

「あぁ……そういう……」

 

「ごめんねモモコ」

 

「なんであなたが謝るのよ。いいわ。慣れてるから」

 

 

 

 彼女の言葉に得心が言ったハルカの母“モモコ”。サキは本当のところ、ミシロのあるところで行われていた奥様方の井戸端会議を立ち聞きしていた。その内容が——オダマキ家の“息子”の話だったのだ。

 

 

 

「こんな田舎だとね……話題にすら困るから、人様のお家の事情で話に花が咲くのも珍しい事じゃない。それに、別にあの人達も悪気があって言ってるわけじゃないもの」

 

「そうね……」

 

 

 

 少しだけ悲しそうな笑みを浮かべて、モモコは料理を続ける。その気持ちを、サキはわかってしまう。それでも——やはり気分がいいものではないのだ。

 

 

 

 ——オダマキさんとこの息子さん。まだ帰ってきてないんですって。

 

 ——えー?なんかスゴいトレーナーになってるとか?

 

 ——テレビじゃ見ないもの……きっとつまづいちゃったんじゃない?

 

 ——ハルカちゃんはスゴく活躍してるのにねぇー。もう帰って来ればいいのに。

 

 

 

 サキは聞いた言葉を思い出して目を閉じる。

 

 心配してくれているのはわかる。それでも、やはり他人が口を出していい事ではない。噂話といえど、こうして耳に入るようなところで、そんな話をしてほしくないと感じてしまうサキは、言いようのない切なさを感じていた。

 

 

 

「我が子の事で——そう言われるのは辛いよね」

 

「辛い……か。そうね。そうだったわね」

 

 

 

 モモコも、サキの言葉を聞いて思い出す。彼女もまた、自分の子供を守る為に必死だった事を。自分とはまた違う毛色の話ではあるが、サキがこちらに来て吐露した過去を知って、モモコは彼女を友人にしたいと思ったのだ。

 

 

 

「お互い大変ね」

 

「大変だからこそ、やりがいのある事よね……“子育て”というのは」

 

 

 

 サキの言う“やりがい”という言葉に、モモコも笑って「そうだね」と思う。

 

 大変だからこそ……いつか幸せになってほしい。親なら願わずにはいられない当たり前の感情。自分たちにできることは多くはないかもしれないけれど、その為なら例えどんな犠牲でも厭わない。

 

 2人の母は、示し合わせるでもなく同じ気持ちを持っていた。

 

 

 

「——にしても驚いたわ。あのユウキくんがジム戦突破したなんて」

 

 

 

 モモコは明るい話題に切り替えようと話を方向転換。それは概ね成功だった。

 

 

 

「そうね……まあびっくりはしたけど、意外でもないわ。ウチの子だもん」

 

 

 

 素気なく返事をするサキ。それでも顔を見れば親友には手に取るようにわかった。

 

 

 

「嬉しそうな顔しちゃって〜☆」

 

「ち、違うわよ!あの子について行ったキモリちゃんもいるし、あれでしっかりしてるとこあるから——」

 

「ハイハイ♪ それじゃあそっちのナベお願いねー」

 

「〜〜〜!」

 

 

 

 サキは内心を見透かされているようで恥ずかしくなった。だがそれも、気を許せる相手だからこそで、彼女自身悪い気はしない。

 

 たまにこうして慌てふためく事ができるようになったのも……モモコのおかげだった。

 

 

 

「今頃2人とも何してるんでしょうね」

 

「きっと元気よ……私たちが思ってる以上に子供たちっていうのは、力が有り余ってるから」

 

 

 

 窓の外……遠い空を見上げながら、2人の母は思いを馳せる。

 

 この空の下にいるであろう子供たちの事を……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナシティ。サンドバトルコート——。

 

 昨日激戦を繰り広げた“グレートリーグ”に出場した60名も、勝ち残った4名だけとなり、今この場に並んでいる。

 

 ここまで勝ち上がってきたのは、まぐれだけで来れるものではない。確かな実力を身につけた本物のプロトレーナーばかりだ。

 

 そんな彼らの前で、大会運営の進行役が大きな声で宣言をする。

 

 

 

「それではこれより——“グレートリーグ決勝トーナメント”を開催致しますッ‼︎」

 

 

 

 ——ワァァァアアアアア!!!

 

 

 

 それを見守っていた観客たちも総立ち。熱い激戦もあと二戦を残すだけとなったこのトーナメント……その開始の合図に皆が震えた。

 

 

 

「アニキィィィ!勝ってハルカさんと戦いましょう‼︎」

 

 

 

 客席から、4人のうちにいるユウキに向かってタイキが声援を飛ばす。それを受けて、苦笑いしながら手を振り返すユウキ。

 

 しかしその隣から……——

 

 

 

 

「——俺に勝って“紅燕娘(スワロー)”に挑む?舐められたもんだな」

 

 

 

 独り言……だが明らかに敵意のこもったそれがユウキの耳に届く。

 

 彼が今日の準決勝の相手——

 

 

 

「……舐めてはないよ。ただ負けるつもりはないってだけだ」

 

 

 乱暴な物言いに反論するユウキ。しかしそれを聞いた少年は、睨みを効かせてきた。

 

 

 

「それが舐めてるっつぅんだよ……!『負けねぇ』って思えばみんな勝てんのかよ……甘えた事言ってんじゃねぇ!」

 

「なんだよアンタさっきから……そういうのはせめて試合が始まってからにしろよ!」

 

「あぁ?」

 

 

 

 凶暴な青い瞳を光らせる彼に対して、ユウキも思わず声を荒げる。それから睨み合いになるが、運営の一人に「そこ、静かにしなさい!」と忠告を受けてしまう。

 

 喧嘩を売ってきたの相手の方なのに……と少し理不尽さを感じるユウキだった。

 

 

 

「それでは各トレーナー……持ち場のコートについてください!」

 

 

 

 進行役により、4人は砂地のコート2つに分かれる。

 

 Aグループの覇者であるハルカはBグループのトレーナーとこの場に残る。Dグループだったユウキは、さっき噛み付いてきたCグループの男と一緒に隣のコートへと移動。

 

 その際、ハルカがすれ違い様に一言だけ——

 

 

 

「——決勝で待ってる」

 

 

 

 そう、つぶやいた。

 

 

 

「——!」

 

 

 

 彼女の応援により、ユウキは息を呑む事になる。ハルカの気持ち……その覚悟に触れたから。

 

 

 

(『待ってる』——自分は必ず勝つって言ってるようなもんだ。しかも、俺の勝利を少しも疑わないような口ぶり……全く参るよホント)

 

 

 

 この戦いに絶対なんてものはない。むしろユウキにとって、この相手は未知数であり、勝てる公算なんて弾き出す事すらできない状態であり、『必ず勝つ』だなんて言えるわけがないのだ。

 

 それでもハルカは言ってのけた。それは勝つ事が決まってるからじゃない……自分の敗北する姿を想像していないだけだ。

 

 

 

(あいつに不安になるって感情を誰か教えてやってほしい。おかげでこっちまで肩の力入る……!)

 

 

 

 ユウキはその強い彼女に後押しされるように……自分の戦場に向けて踏み出す。

 

 ユウキはもう、勝つ事だけを考えていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 “アクア団のウリュー”——。

 

 獲得ジムバッジは2つ。他のシード選手が3〜4つバッジを持っている中で、この数は異様だ。それでも何故かこの大会では『第2シード』に位置付けられている。

 

 

 

(記録じゃトーナメントでの優勝歴が2つもある……アクア団での活動も活発なのか、やたら貢献度(ポイント)が高いな)

 

 

 

 ウリューはプロの『B級ライセンス』を持っている。出場できるトーナメントはここよりも格式が上のところでも可能になっているだろう。そんな中で勝ち続けたのがこの男なのだ。

 

 

 

(にしても——)

 

 

 にしてもと思う。さっきからずっとなんだが……——

 

 

「オラァ早くしろ!こっちはもう選出終わってんぞッ‼︎」

 

 

 

 スゲェ煽ってくるじゃん。なんだあいつ?

 

 

 

「ウリュー選手、今の発言は問題ありますよ?、あまり威圧的な態度が続くと警告……失格もあり得ますからね」

 

「ちっ……」

 

 

 

 いやホント……血の気多過ぎるだろ。

 

 アクア団が血の気が多い的な事をアオギリさんは言ってたけど、あれマジなんだな。だとしたら絶対に入りたくなくなった。怖いってホント。

 

 

 

(ていうか今のも意味わかんないし……威圧して俺の選出ミスを狙う作戦か?それにしたって審判が礼儀に厳しい人だったら今ので1発アウトもあり得たぞ?)

 

 

 

 公式戦の審判は『HLC』から直接依頼されているトレーナーや専門の人間が行う。基本的には中立であり、どちらへの肩入れもしないようにされてはいるが、今のような態度に好き嫌いが出ることもある。

 

 これに原則審判に裁量が任されている事が相まって、心象が悪くなるとそのトレーナーに対して不利な判定が出たりと影響が大きい。だからこそ、審判の判定は絶対だし、例え誤判定(ミスジャッジ)だったとしても異議を申し立てる事はしない方がいいとされている。その後の試合展開を考えれば、規律を重んじるトレーナーが多い今の体制であんな暴言を吐く奴の気がしれない。

 

 

 

(準決まで上がってきた奴があんな粗暴だなんて……いつもああなのか?)

 

 

 

 今の忠告を聞き入れて矛を収める辺り、審判にまで食ってかかるわけじゃないようだが、あんな性格で勝ち上がってくることができるものなのか?

 

 感情剥き出しのトレーナーは過去何人か見てきたけど、それでも『自分を制する力』をみんな持っていた。あんな風に誰彼構わず噛み付く狂犬ではなかったと思う。

 

 

 

(——って!まんまと選出時間使わされてるじゃないか!今はあいつがどんなトレーナーなのかと考えてる場合じゃない‼︎)

 

 

 

 これが術中なのか偶然なのかわからないが、実際動揺しているのは確かだ。今までに無いタイプのトレーナー……だからこそ、用心しなければならないというのに。

 

 とりあえず、彼の選出画面を見てみよう。

 

 

 

【アクア団のウリュー】

 

・ギャラドス ・ゴルバット ・キバニア

 

 

 

 え?なんだこのパーティ⁉︎——それが俺の初見の感想だった。

 

 

 

(まず手持ちが3匹しかいない……?俺も同じだから人の事言えないけど、これは少なすぎるだろ⁉︎)

 

 

 

 俺はそもそもトレーナー歴も浅く、プロになる前の生活を考えると、面倒を見れるのが3匹ぐらいまでが限度だったという背景がある。

 

 だがそうした事情でもない限り、手持ちはなるべく多く持っておくことに越したことはないのだ。無闇やたらに増やしても試合で活躍できなければ意味はないが、ポケモンの数が多い分、取れる作戦も増える。おまけに相手はどのポケモンで来るかを予想しなければならなくなる為、相手の思考時間を削る事にも繋がるのだ。

 

 

 

(——何より、あのパーティ……全員“電気”が弱点で一貫してるし!)

 

 

 

 複数のポケモンを所持する上で最大のメリットは、互いのポケモンが弱点を補い合う事。ポケモンは複合されたタイプの組み合わせから、“得意なタイプ”と“苦手なタイプ”に区分され、それはポケモンによって違う。特に理由が無ければ、自分の選出するポケモンの得意不得意はバラけさせるのが基本だ。

 

 お互いに弱点を補い合う“補完関係”にあるのが理想とされるパーティの組み方において、ウリューの手持ちはその真逆と言ってもいい。

 

 

 

(これならジグザグマ(チャマメ)の【亜雷熊(アライグマ)】で全員倒す事も夢じゃないぞ……?いや、それでもここまで勝ち上がってきてるトレーナー……何か訳があるはずだ……!)

 

 

 

 意図は全くわからないが、油断をするべきじゃない。定石にない戦法なら、知らないというだけで脅威になる。むしろ明確な弱点がわかっているなら、そこを攻めて確かめればいい。

 

 

 

「——決まりました」

 

 

 

 俺は審判に選出決定を申告する。それに頷いて答えた審判は、俺たちをトレーナーズサークルに立たせる。

 

 そこで、俺はこの試合が始まる前に集中を図る……。

 

 

 

 ——腕試しと思って飛び込み参加したカイナトーナメント。

 

 ——突如舞い込んだハルカと戦えるチャンス。

 

 ——無理とさえ思えたこの大会も、気付けばあと2戦を残すのみ。

 

 ——これを勝てば……文句無しでハルカと戦える。

 

 

 

「——絶対……負けない……!」

 

 

 

 俺は自然と体中に力が入る。

 

 体の芯までが熱くなる感覚とそれと真逆に脳髄が冷たさを取り戻していく感覚。

 

 視界は良好。今日の俺は絶好調(ベストコンディション)だ……!

 

 

 

「それではこれより、カイナトーナメント“グレートリーグ”、準決勝を行いますッ‼︎——構え!」

 

 

 

 試合が始まる。

 

 俺とウリュー……2人の少年がボールを構えて向かい合う。

 

 俺たちの視線が交わる先に——全て委ねられた。

 

 

 

「——“対戦開始(バトルスタート)”ッ‼︎」

 

 

 

 

 

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その牙の前に、堂々と立つ——!

ユウキくんの周りの男性、めっちゃヒロインかめっちゃチンピラかの2択なんじゃないか……?両極端!!!



〜翡翠メモ13〜

Pokeman(ポケマン)

ホウエン有数のポケモントレーナーに関する情報誌。
主にプロトレーナーを中心に取り上げられる。
本拠地は“キンセツシティ”にあり、そこからホウエン中にジャーナリストを派遣している。

目的はホウエンのトレーナー業の活性化であり、取り沙汰されるトレーナーには自然と周りの目も集まるため、プロトレーナー達も記事になることに喜びを感じる者も多い。

ポップな特集もあり、人気のトレーナーのコーディネイトなどが取り上げられるコーナーなどは人気を博し、ホウエンに住まう人にも幅広く受け入れられる雑誌を多く出版している。



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第94話 暴君降臨


週末たくさん休んだので、今週も頑張れる。
いくぞユウキvsウリュー!!!




 

 

 

「行けジグザグマ(チャマメ)ッ‼︎」

 

「粉砕しろギャラドス(バクア)ッ‼︎」

 

 

 

 試合(ゲーム)開始直後、対面したのは“ギャラドス”だった。

 

 “バクア”と名付けられたそのポケモンは、青く攻撃的な形状の鱗と鯉のぼりのように長い体躯、常に開放された大顎が特徴的な姿をしていた。

 

 それを見て、ユウキは改めて思考を回す。

 

 

 

(——ギャラドスか……改めて思うけど、育成難易度が高いポケモンを連れてんな……!)

 

 

 

 ギャラドスは“凶暴ポケモン”と分類されるほど気性が荒い。

 

 その荒さは持ち主にも牙を剥くほどであり、それを従える為には並大抵のトレーナーでは務まらない。進化元であるコイキングの入手のし易さに比べて、プロでも使用者が少ないのはそれが原因である。

 

 しかしそれを従えた恩恵(リターン)として、純粋な戦闘力を手に入れる事となる——

 

 

 

——“威嚇”‼︎

 

 

 

 ギャラドスの放つ眼光、雰囲気がチャマメの身体をすくませる。これで一定時間、チャマメの攻撃力は下げられる事になった。

 

 

 

「チャマメ、今は無理しなくていい!相手の出方を伺うぞ!」

 

 

 

 ユウキの問いかけにチャマメも同意する。

 

 現状あのギャラドスに有効打を見込めるのはチャマメの“電磁波【亜雷熊《アライグマ》】”だけ。それも強靭な肉体をさらに鍛え上げたプロのギャラドス相手ともなれば、攻撃力を下げられたままで太刀打ちできるものではないとユウキは理解していた。

 

 どの道【亜雷熊】の充電には時間がかかる為、その間にできるだけ情報を得ようというのがユウキたちの最初の一手だった。

 

 

 

「——ノロマが」

 

 

 

 その“一手”に、ウリューは唾を吐きかけるようにつぶやく。その瞬間、ギャラドス(バクア)はチャマメに迫った。

 

 

 

(——速いッ‼︎)

 

 

 

 巨体に似つかわしくない速度。それにギリギリで反応したチャマメはバクアの横脇に回り込む。

 

 

 

「りんしょ——」

 

——“アクアテール”

 

 

 

 ユウキより一瞬速く、ウリューの指示が飛ぶ。それに合わせてバクアは尾を蒼く輝かせた。そのチャマメの胴と同じくらいの太さの“アクアテール”が振り抜かれ——

 

 

 

「——飛べッ‼︎」

 

 

 

 チャマメは反射的に跳躍する。横薙ぎに繰り出された“アクアテール”が、その真下を通過した。

 

 

 

「ちっ!」

 

——“つぶらな瞳”‼︎

 

 

 

 空で滞空する中、チャマメはバクアの眼光に潤んだ瞳を向ける。視覚に訴える本能的な弱みをつくこの技で、ユウキはバクアの攻撃力ダウンを誘った。

 

 

 

アクアテール(あんなもん)振り回され続けたらたまったもんじゃない!少しでもリスクを下げなきゃ【亜雷熊】まで保たない!)

 

 

 

 ユウキは今の挙動で、バクアの攻撃力に脅威を感じた。あの速度……体躯の大きさから繰り出される技は重いし当たり判定も大きい。

 

 被弾を避けたいところだが、全てをケアできる都合の良い策はない。だからまずは攻略の糸口を探る。だが——

 

 

 

「——()()()()()()()()()ッ‼︎」

 

 

 

 ウリューの叫びに、バクアが呼応する。バクアがひとつ吠えると、何かが弾かれたような乾いた音が辺りに響いた。これは——

 

 

 

「なっ……下方修正(デバフ)を弾いた⁉︎」

 

 

 

 ユウキは驚愕する。

 

 今まで下げた能力が時間経過で解かれたり、別の力を補って効果を薄められたりはしたことはあった。だがこのバクアは、技そのものを弾いた。ギャラドスという種族にそんな力があるのかと目を見開く。

 

 

 

「叩き落とせ——‼︎」

 

「——体を捻って受け流せッ‼︎」

 

 

 

 再び“アクアテール”で宙に浮いたチャマメを追撃するバクア。それを受けてユウキはチャマメに空での受け身を選択させる。

 

 

 

——バチィィィッ‼︎

 

 

 

 派手な音がコートに響く。

 

 チャマメはまるでピンボールのように地面に叩きつけられ、跳ねて、地面を転がる。その光景にチャマメの戦闘不能を疑った者はいなかった。

 

 ユウキ一人を除いて——

 

 

 

——“輪唱”‼︎

 

 

 

 誰もがチャマメの敗北を確信していた。まして反撃などできるはずがないとさえ思われたが、チャマメはユウキの指示に見事答えた。それはウリューとバクアにも予想外だったのか、発せられた音の奔流を全身で受けた。

 

 

 

「チィ——!」

 

 

 

 攻撃の被弾にウリューは舌打ちする。確実に芯を捉えたはずの“アクアテール”を受けて、あの小柄なポケモンがなぜ——と解せない顔をしていた。

 

 

 

「悪いチャマメ!大丈夫か⁉︎」

 

 

 

 ユウキはチャマメの安否を確かめる。チャマメは少し体勢を崩していたが、弾き飛ばされた見た目ほどのダメージはなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

「——おぉ。やってるやってる」

 

「アオギリさん!遅いっすよー!」

 

 

 

 客席でユウキとウリューの対決を観ていたタイキの背後から、アクア団頭領“アオギリ”が姿を現した。タイキはそんなアオギリに早く座ってくれと言わんばかりにアオギリを引っ張って自分の隣に座らせた。

 

 

 

「悪りぃ悪りぃ。寝坊したわ」

 

「この大一番に寝坊するっスか⁉︎」

 

「いや俺はそこまで肩入れしてねぇんだが……」

 

 

 アオギリの態度に不服とばかりにプンスカと物申すタイキ。その様子に若干引き気味のアオギリだった。

 

 

 

「——で、今どうなってんだ?」

 

「あ!最初に出した“ギャラドス”と“チャマメ”のバトルっス!——さっきチャマメぶっ飛ばされたのに、なんでかピンピンしてて……」

 

「ほーん。いいの貰ったのか?」

 

「“アクアテール”がジャストミートしたと思うんすけど……」

 

 

 

 タイキにしてみれば「チャマメすげぇ!」と声を出したいところだったが、明らかにバクアの“アクアテール”の威力はチャマメの耐久力を大幅に超えていた。それを受けてなお反撃するというのは、今のタイキには考えづらい。

 

 

 

「ふーん。ま、観てりゃそのうちわかんじゃねーの?——ほら、また撃ち合うぜ……」

 

 

 

 

——バチィィィッ‼︎

 

 

 

 チャマメの横っ面を“アクアテール”が当たる。今度こそ捉えたと思ったバクアだが、チャマメはその場で“自転”する。

 

 

 

「そういう事か……!」

 

「——“頭突き”ッ‼︎」

 

 

 

 その場で駒のように回ったチャマメが、今度はその力を利用するようにその場で急加速する。自転した反動で飛び出したため、チャマメは助走なしで充分な威力の“頭突き”をバクアの腹に叩き込めた。その反撃で若干後退するバクア。

 

 

 

「『受け流し』——武道の防御法の一種だな」

 

「『受け流し』……?」

 

 

 

 アオギリはチャマメの応戦できる理由について語っていた。

 

 

 

「まぁ要は無駄に力いれずに、受けた衝撃をどうにか逃す方法だ。殴られた方とは反対側に飛んでみたり、捻ったり、今みたいにその場で回転したりして、本来体に食らうはずだったエネルギーを別の方向に追いやるって感じだな……器用なもんだ」

 

 

 

 それが可能なポケモンはそうはいないとアオギリは言う。ポケモンとは知能が高いものももちろんいるが、論理立てて構築された『技術』の習得にはやはり人間と比べて苦手とされている。そのポケモンにどうやってそれを教えたのか、アオギリの興味は尽きなかった。

 

 

 

「——めんどくせぇッ‼︎」

 

(チャマはよく躱してくれてる……けど——)

 

 

 

 一方、戦うユウキには一切油断できない状況にあった。

 

 

 

(——あの威力は受け流し切れない!ダメージは蓄積する一方だし、こっちからの反撃は大して効いてる感じしないし!)

 

 

 

 今はチャマメが踏ん張ってくれているが、この拮抗は既にこちらが損をしている状況。しかもいつ攻撃がクリーンヒットしてもおかしくない為、予断を許さない状況だ。

 

 

 

「——まだか……【亜雷熊】!」

 

 

 

 戦闘開始すぐにこの状況。まだ少し【亜雷熊】発動に必要な電力が溜まるまでには時間がかかる。あの技習得のために鍛えた脚力とボディバランスが頼みの綱だが、それが今にも切れそうだった。

 

 

 

「いつまでも逃げられると思うなよッ‼︎」

 

 

 

 そこで“アクアテール”一辺倒だったバクア側に動きがあった。鞭のようにしなる尻尾が鋸のような形態へと変化する。それをクルクルと回していくうちに、形状はさらに“円”へと——

 

 

 

——“アクアテール【削刃(サクバ)

 

 

 

 糸鋸を円系に繋いだような水の刃が振るった尻尾から勢いよく射出される。見た目からして、今度のそれは受け流せるようなものではない。

 

 

 

——グマッ!

 

 

 

 チャマメは鋸刃をダッシュで回避。その攻撃を難なく避ける。遠距離攻撃であり、受け流せない技は厄介だが、単発なのが幸いした。これなら寧ろ避けることに専念すれば当たることは——

 

 

 

「——逃すかよッ‼︎」

 

 

 

 ウリューの一喝。同時に放たれた鋸刃が弧を描いてチャマメの行先に飛来する。

 

 

 

「チャマ!後ろッ‼︎」

 

 

 

 背後から迫る脅威にユウキも声を上げる。それに反応したチャマメは急停止、直後真上に飛び上がる。これもギリギリのところで回避。しかしこれは——

 

 

 

「——しまった上かッ⁉︎」

 

 

 

 放たれた【削刃】に気を取られて、バクア本体から僅かに意識が逸れた。チャマメの跳躍と共にバクアもまた空に向けて飛び上がっていたのだ。

 

 ユウキは気付く——誘い込まれた事に。

 

 

 

「——真下に撃ち落とせば受け身はできねぇだろっ‼︎」

 

 

 

 バクアはその身を丸め込み、その反動で“アクアテール”を上から打ち下ろす。当然、これに抗う術はなく——

 

 

 

——ドパァァァァァン!!!

 

 

 

 飛沫を上げた“アクアテール”が、チャマメを地に叩き落とす。

 

 

 

「チャマメぇ‼︎」

 

 

 

 悲鳴を上げたのはタイキだった。その一撃は絶望するのに充分なものだった。爆煙がコートに立ち込める中、審判はチャマメの姿を探している。

 

 時期に煙が晴れ、姿を見せたチャマメは——

 

 

 

——亜雷熊(アライグマ)】……発動!!!

 

 

 

 しっかりとその体を支える脚で立っていた……その身に雷を纏わせて。

 

 

 

「チャマメぇぇぇ!あれ耐えたのかぁぁぁ⁉︎」

 

 

 

 タイキ含め、観客全員驚く。

 

 今のは文句なくまともに入った一撃。空中で踏ん張らなかった分、威力が殺されたとはいえ、叩きつけられた地面への受け身は不可能だったはずだ。それがなぜ……しかしアオギリはやはり見抜いていた。

 

 

 

「野郎……落とされる直前に“輪唱”を地面に向けて撃ってやがったな?」

 

「え、あの一瞬で……⁉︎」

 

 

 

 タイキにはにわかに信じられなかった。ユウキ自身、あの攻撃は予想外だったはず……それをやられると思った瞬間にそんな事を思いつくなんてといった感じだ。

 

 

 

「——既にこうされる事は織り込み済みだったんだろ?空中で受け身を取れない攻撃をされたら、“輪唱”による反動で少しでもダメージを相殺しようってな……」

 

 

 

 今までのユウキの傾向からも、防御手段に関して多くの方法を習得させていると睨んでいたアオギリには至極当然のように思えた。

 

 受け、流し、和らげる……それはこの技へ繋げるための時間稼ぎ。それがあのチャマメの必勝ムーブとしていたからこそ備えていたのだ。

 

 

 

「すげぇ……どこまで備えてんすかアニキ‼︎」

 

「だが……()()()()()()みてぇだな」

 

「え?」

 

 

 

 アオギリの言葉に不穏さを感じたタイキ。

 

 そう……ユウキにも“それ”はわかっていた。

 

 

 

——ゼェ……ゼェ……ゼェ……!

 

 

 

 煙の中で立ち上がったチャマメは、酷く呼吸が荒かった。そしてユウキもまた、焦燥した顔をしてこう思っていた。

 

 ——時間稼ぎに犠牲を払い過ぎた、と。

 

 

 

(チャマメは今日間違いなく過去最高のパフォーマンスをしてくれてる……なのに凌ぐだけで精一杯だった!この【亜雷熊】……そう長くは保たない!)

 

 

 

 それはチャマメの体力がもう底を尽きかけていた事を指して言っている。ダメージによる呼吸の乱れが、全身に疲労物質を巡らせ、倦怠感が思考を鈍らせていた……これではもう細かく動き回って撹乱する【怒蜂(カンシャクバチ)】もタイミングずらして不意をつく【踵蜂(キビスバチ)】も使えない。チャマメに出来るパフォーマンスは、かなり制限されてしまった。

 

 それを観て、タイキは怯えたように呟く。

 

 

 

「そ、そりゃそうだよ……受け身たって全部ダメージ無効に出来るわけじゃないんだ……」

 

「加えて言えば、あの受け身も自然にやってるわけじゃねぇ。注いだ集中力は半端じゃなかったはずだ……その疲れが、今あのクマ公を襲ってんのさ」

 

 

 

 払った犠牲は必要経費だった……それでもこのダメージは深刻だった。

 

 

 

(——チャマメ……悪い!こんなに辛いのに戦わせちまう……俺は……!)

 

 

 

 自分の愛でたポケモンが、苦痛に顔を歪ませる。その事実に目を閉じそうになるユウキ。しかし、己の不甲斐なさを呪いそうになる彼を前に向かせたのは、他でもないチャマメだった。

 

 

 

——グマァァァァァ!!!

 

 

 

 高らかに叫ぶチャマメ。その闘志……未だ健在と言わんばかりに。それにハッとさせられたユウキの瞳は、再び闘志を宿した。

 

 

 

(——そうだった。また間違えるとこだった。俺はこいつらを戦わせてるんじゃない……こいつらが俺と一緒に戦ってるんだ!)

 

 

 

 ムロの砂浜で挫けそうになって、心はもうとっくに折れていたけれど。また前を向けたのは、仲間の心意気だった。

 

 肝心なのは個々の思い。もし今、チャマメが『勝ちたい』と願って立ってるんだとしたら、俺が考えるべきなのはそんなことじゃない。

 

 

 

「——一撃でいい。この一撃に全部込めるぞッ‼︎」

 

 

 

 覚悟はとうに決めていた。それがどれほどチャマメを傷つける技だとしても、追い詰められたからこそ撃てるチャマメの最高の一撃。

 

 

 

「なんだ?あのジグザグマ……」

 

 

 

 ウリューの警戒心が上がる。彼の視線の先のポケモンの雰囲気を感じ取って、彼とバクアも身構える。

 

 

 

(——【怒蜂】と【踵蜂】……これらの技を思いついた時、同時に可能性を感じた技……チャマメへの負担がデカくて使う気になれなかったけど……)

 

 

 

 全てはバクア……あの強いポケモンを倒し、後続の負担を少なくするため。1匹で出来る事があるなら、それに全霊を込める。

 

 

 

「いくぞチャマメ……」

 

 

 

 

——“頭突き”

 

 

 

 

 尽蜂(ツキバチ)】——!!!

 

 

 

 

 

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雷脚、更に震わせ——‼︎

代償込みの一撃……ユウキくんが使うには優しすぎるよな。叩き込め!!!


〜翡翠メモ14〜

『特性』

ポケモンに備わっている固有の性質の総称。
常時効果を発揮するものだったり、決まった法則に従って発動するものだったりと様々で、バトルに大きく影響を与えるものが多い。

また特性を伸ばす拡張訓練を行うことで、さらに固有の特性を得ることも可能。潜在的に有しているものなら、例外を除いて習得が可能になる。

『基本特性』……生まれ持った特性。同じポケモンでも個体によって有する特性は違う場合もある。

『種族特性』……そのポケモンの種が持つ特徴を特性にまで引き上げた能力。トレーナーの指導の元、習得できるかどうかは努力と才能にかかっている。

『潜在特性』……基本特性で発現している特性と違う特性。二種以上確認されている特性を後天的に習得させる訓練の後に習得が可能。また親のポケモンの特性を発現させられる可能性もある。

『稀少特性』……確認が正式にされていない特性。特殊な個体に多く、『首領個体』や『色違い』に発現する事も。生涯に出会えるトレーナーは少ない。



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第95話 決死の一撃


鬼滅一期見終わりました。
善逸が大好きです。

投稿ペースちょっと落ちるかもです。
くそぉー!




 

 

 

 “反動技”——。

 

 本来ポケモンは、生物として自身を傷つける可能性のある能力を発揮する事を脳が制限している。そのリミッターは訓練によって外す事が可能であり、そうして得られるのが技の上限解放。元来使用していた技をさらに一段上へと昇華させる。捨て身になる事で得られるその威力は、これまでのそれとは比べ物にならない……。

 

 

 

——“頭突き【尽蜂(ツキバチ)】”‼︎

 

 

 

 全身の逆立つ体毛から、これまでに見たこともない程の電気が迸っている。

 

 ジグザグマ(チャマメ)が運動により蓄えた電気——その残量を全て一気に放出していた。

 

 

 

「チャマメ……まだ隠し玉を持ってたんスか⁉︎」

 

 

 

 タイキはその電撃を目にして驚く。これまで見てきた【亜雷熊(アライグマ)】の戦闘力は、既に驚かされるほどの威力を有していた。まさに必殺技——しかし今発動しようとしている技は、さらにその上の技だと確信できてしまう。それほどの迫力だった。

 

 

 

(——この技はまだチャマメの耐えられる電気量じゃない……それでも耐えてくれよ!)

 

 

 

 ユウキは祈るような気持ちでチャマメを送り出す。

 

 【尽蜂】は全身の筋繊維に通電させた【亜雷熊】の電気量を極端に引き上げる。放たれるのは単純な突進技……単純ゆえ、その効果は絶大。

 

 

 

——グ……マァ……ッ‼︎

 

 

 

 四肢が焼き切れそうな感覚に、苦悶の表情を浮かべるチャマメ。それに耐えてくれと歯を食いしばるユウキ。

 

 そしてそれを受けんとするウリューとギャラドス(バクア)は——

 

 

 

「なんか知らねぇが……使わせるかよ!そんな隙だらけの技ッ‼︎」

 

 

 

 バクアはその一喝と共にチャマメに迫る。

 

 発動前の気迫から高威力の技だと嗅ぎ取ったウリューに隙は無い。強力な技なら、出させる前に潰す——それを実行に移していた。

 

 

 

——“アクアテール”‼︎

 

 

 

 最後の力を振り絞るチャマメに対し、容赦なく水鞭の一撃を加えようと振りかぶるバクア。チャマメにそれを回避する余裕は当然なく、当たれば今度こそ力尽きるという予感がユウキにもあった。

 

 チャマメの準備が整うか、バクアの攻撃が届くか……僅かに速かったのは——

 

 

 

 

——ドパァァァァァン!!!

 

 

 

 

 打ち付けられた鞭が、地面を叩き割った。しかしそれは、バクアの“アクアテール”が空を切ったという事。

 

 チャマメは既に駆け出していた——

 

 

 

——尽蜂(ツキバチ)‼︎

 

 

 

 煌々と輝くチャマメが、今までと比較にならない速度で地面を駆ける。

 

 

 

——マァァァァァァァ!!!

 

 

 

 “アクアテール”から逃れる為に一度バクアから距離をとったチャマメは、踵を返して再びバクアに迫る。

 

 

 

——グッ……‼︎

 

 

 

 しかしその為に踏ん張った影響で、チャマメの脚に痛みが走る。【亜雷熊】だけでも相当な負担がかかっていたものを【尽蜂】で上乗せされた加速でやるのだから当然である。

 

 軋む体、細胞全てが痛がるような感覚に、チャマメは根を上げそうになる。

 

 

 

 

「頑張れチャマァァァ!!!」

 

 

 

 その瞬間、ユウキは確かに叫んだ。チャマメが痛いことなど百も承知だった彼は、ただひたすらに叫んだ。

 

 せめてこの一撃は当てて欲しい……この一撃でバクアを——

 

 

 

——ガァッ!!!

 

 

 

 チャマメは加速する。踏ん張った脚が例え千切れようと関係ない。地面が弾けたそこに——もうチャマメはいなかった。

 

 

 

「チィ——バクアッ‼︎」

 

 

 

 ウリューもこれは迎撃が間に合わないと察知して叫ぶ。しかし身を捩るよりも速く、チャマメの体はバクアの胴を目掛け——

 

 

 

 ——ドッ!——バヂィィィ!!!

 

 

 

 閃光の矢がバクアに突き刺さった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ムロの砂浜——。

 

 俺がそこで思い出すのは、焼ける様な暑さ、吐きそうなほどの倦怠感、そして悔しさだ。

 

 

 

——ゼェ……ゼェ……!

 

 

 

 チャマメが砂浜で倒れている。過酷なトレーニングを強要される日々に、チャマメはついて来れなくなっていた。

 

 

 

「チャマ……頑張って……くれ……」

 

 

 

 そう呟く自分に吐き気が込み上げる。

 

 何を言ってるのだろう。こんなにも頑張ったチャマメに、何を言ってるのだろう。限界を超えて走り続けるチャマメに「頑張れ」なんて……俺は——

 

 

 

——グマッ……‼︎

 

 

 

 チャマメはある日、そんなトレーニングを投げ出した。俺が飯の時間に少し目を離した隙に。あいつはムロのどこかに姿を消した。

 

 

 

「チャマメ——」

 

 

 

 探した。

 

 その日が高くなり、傾き、暮れようとも……俺は探し続けた。

 

 俺のポケモン……初めて自分に懐いてくれたあいつを……失いたくなかった。

 

 

 

(ごめんなチャマメ……ダメなトレーナーでごめんな……!必ず見つけてやるから……そしたら——)

 

 

 

 そこで足が止まった。

 

 見つけて、連れ戻して……それから俺はどうするのだろうと。

 

 逃げ出したのは明らかにチャマメ自身の選択だった。

 

 今更俺が見つけたとて、あいつにとってそれは地獄への引き戻しに過ぎない。

 

 もう、俺の前には姿を現さないかもしれない……——

 

 

 

 

 

「——いやだ

 

 

 

 

 

 消え入りそうな声で、俺は言う。

 

 もうチャマメと会えないかもしれないと考えた時、涙が止まらなくなった。

 

 もう一度会いたい。

 

 また頭を撫でてやりたい。

 

 ささやかな幸せが恋しくなった。

 

 その為なら、こんなトレーニングなんてやめてしまおうとさえ思った。

 

 チャマメが帰ってきさえするなら……俺は夢を諦める、と。

 

 

 

——………ァ。

 

 

 

 それは微かにした息遣い。

 

 自分の耳を疑うよりも、その方向に駆け出した。

 

 月明かりが木の葉の隙間から照らされているそこで、茶色の小さな命が倒れていた。そこで浅く息をしていたチャマメが……それでも確かに生きていた。

 

 

 

「チャマメ——‼︎」

 

 

 

 チャマメを抱き上げ、その様子を確認する。余程走ったのか、手足の震えが酷い。すぐにポケモンセンターに連れて行かないと——

 

 

 

——マァ……。

 

 

 

 その時、チャマメの前足が俺の服を握った。

 

 その弱々しく握られた手から感じたのは、すごくあったかいものだった。

 

 寂しい気持ち……そしてそれが薄れていく様な……安心した気持ちだった。

 

 

 

「チャマ……」

 

 

 

 その時、なんでそう思ったのかはわからない。

 

 チャマメは確かに逃げ出した。

 

 それでもきっと、途中で帰りたくなったんじゃないかって。

 

 それで道に迷って……ひたすら走ってここに辿り着いた。

 

 目元は腫れ上がり、吐く息に混じって喉が潰れた様な声が聞こえる。

 

 きっと泣いて叫んで走ったんだ。

 

 孤独に耐えきれなくて……俺を探して……——

 

 

 

「ごめんな……ごめんなチャマメ……!」

 

 

 

 何がそんなに悲しかったのか。

 

 何がそんなに嬉しかったのか。

 

 今ならわかる気がする。

 

 必要としていたのは俺だけじゃない。

 

 俺を必要とするチャマメでもあるんだと。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 (あの日——俺たちは互いが必要だと気付いた……その為なら一晩中だってお互いを探せるほどの気持ちだったって……)

 

 

 

 バクアに致命傷を与えたチャマメが、力無くそこに横たわる。

 

 【尽蜂】は終わり、今は微かに残った生体電気がチャマメの体毛から弾けているだけだった。もう……チャマメに戦うだけの力は残っていない。

 

 

 

(でも……お前が開いてくれた道だ。お前のお陰であのギャラドスは——)

 

 

 

 バクアは……その身体をゆっくりと倒す。受けたダメージに耐えきれなくなった体は、まるで糸が切れた様に倒れ伏した。

 

 

 

「や——」

 

 

 その相打ちに、観客が沸き立つ。その中で一際「やったー!」と騒ぎ散らすタイキの姿があった。あの強靭なギャラドスを……チャマメは撃ち破った事実に、皆が驚いていた。

 

 

 

「……お疲れ様、チャマ」

 

 

 

 ユウキはおもむろにチャマメをボールに戻そうとする。審判のコールもそれと同時に掲げられた。

 

 

 

「ジグザグマ……戦闘不能!()()()()()()()()!!!」

 

 

 

 ……戸惑いの言葉が、場内に響く。相打ちではなかったのか?と言う疑問が、ユウキの中でも渦巻いた。

 

 

 

「な——だってギャラドスは——」

 

 

 

 チャマメの攻撃で仕留めた——そう思って倒れたギャラドスを見たが……。

 

 

 

「これは……‼︎」

 

 

 

 そこに倒れていたのは——人形

 

 色合いや質感がギャラドスに似せられたそれが、今効力を失って霧散するところだった。

 

 

 

「仕留めた……なんて勘違いしたか?馬鹿が……そんな馬鹿正直に突っ込んでくる技を早々喰らうかよ!」

 

「これは……“身代わり”か⁉︎」

 

 

 

 『身代わり』——。

 

 ポケモンがイメージして自身に似せた、生命エネルギーを注いで模られた人形を作り出す技。高度なイメージ力と繊細なエネルギー操作が肝になるこの技は習得難易度が高く、一介のB級トレーナーのポケモンが覚えるのは稀とされる。

 

 

 

「嘘だろ……じゃあチャマメの攻撃は……」

 

 

 

 タイキの想像通り、最後に加えた一撃はあの“身代わり”によって吸収されてしまった。

 

 

 どれほどの威力を持つ技でも、ポケモン本体にぶつけなければ意味がない。あの決死の攻撃が徒労に終わったことに、ユウキも落胆の色を隠せなかった。

 

 いや……全てを賭してもチャマメでは敵わなかった事が悔しかった。

 

 

 

(くそッ‼︎——一撃一撃が必殺の威力を持つ攻撃力!巨体でも信じられないスピードで突っ込んでくる機動力!強力な派生技とのコンボを活かす戦略性!そして“身代わり”みたいな引き出しまで持つ手札の多さ!——その全てが俺たちを上回っている……‼︎)

 

 

 

 かつてこれほどの敗北感を感じた事はなかった。どんな相手に敗れても、『次』を考えられる気概があった。自分の精神的強さやポケモンの不調でもなく——100%を出して戦って負けた。

 

 それがユウキに重くのしかかる。

 

 

 

(次……俺はどっちを出したらいい……⁉︎どっちを出しても……勝てるビジョンが見えない………ッ‼︎)

 

 

 

 それほどユウキは【亜雷熊】に信頼を置いていた。この技を編み出した時、代償があるとはいえこれほどの性能を発揮できることに喜んだ。

 

 あの日以来——チャマメが“共に戦う為に耐え忍ぶ”事を覚えて以来、痛いのを我慢してでも発動するこの【亜雷熊】には、それほどの思い入れがあった。

 

 瞬間最大火力という面で、全幅の信頼を彼は置いていたのである。

 

 

 

「あー……ありゃ不味いな」

 

「不味いって……アニキがっすか⁉︎」

 

 

 

 アオギリはユウキの状態に懸念を示した。しかし、タイキは反論する。

 

 

 

「いや!確かにやられはしたけど、アニキはこのくらいじゃへこたれないっすよ!今までだってピンチはたくさん経験してきたんす!だから——」

 

「そりゃ悪かったな……でも、あいつの顔見てみろよ?」

 

「え……顔って——」

 

 

 

 アオギリが指した先……ユウキの顔を見て、タイキもその違和感に気付く。

 

 今までのバトルと今回のバトル——その違いを象徴する心境の変化が、ユウキには起きていた。

 

 

 

「アニキ……ビビってる?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——勝者!“ミシロタウンのハルカ”‼︎」

 

 

 

 その宣言と共に、カイナトーナメント決勝に進出するトレーナーが決まった。

 

 ハルカは勝利と同時に、最後の一撃を放った“ワカシャモ(ちゃも)”に抱きついていた。ちゃもも嬉しそうにハルカの髪をついばむ。その二人を祝福する拍手喝采が鳴り止まなかった。

 

 

 

「すげぇーぞスワロー!」「このまま優勝してくれぇー!」「結婚してくれーッ‼︎」

 

 

 

 観客はハルカの戦いに魅せられ、彼女に惹かれていた。トレーナーであろうとなかろうと、華奢な見た目からは想像もつかない鮮烈な強さと天真爛漫な性格は、人々に強烈な印象を与える。

 

 彼女はただその応援に応えるだけだが、それだけで場内に歓声が巻き起こっていた。そして……事態はさらに盛り上がることになる。

 

 

 

「——みーーーんなぁーーー!こーんにーちわーーー!」

 

 

 

 歓声に負けないほどの声が、コートに響く。それは上空から降り注ぎ、皆はその声の主人を目で探し始めた。

 

 

 

「とうっ!」

 

 

 

 彼女は大きな青と白の飛行ポケモンから飛び降り、ハルカの立っているコートの上に着地する。

 

 その姿を現した時、全員が息を呑んだ。このカイナで知らない者はおそらくいないだろう有名人なのだから。

 

 

 

「——ルチアちゃん⁉︎」

 

 

 

 ハルカは目を見開いた。

 

 青緑色の髪をポニーテールで結え、白い衣装が彼女を“アイドル”とするような姿に。

 

 

 

 “ホウエンコンテストNo. 1アイドル”の『ルチア』が現れた。

 

 

 

「おいルチアちゃんが来たぞ‼︎」「なんかの収録かな⁉︎」「うわぁ本物だぁ!!!」

 

 

 

 この事態に場は混乱。ハルカのバトルの後の高揚と相まって、騒ぎ方も尋常じゃない。そんな中、彼女とは交友が深いハルカはルチアと話す。

 

 

 

「びっくりしたぁ!なんでここにいるの⁉︎」

 

「ハルぅ〜!勝ったんだね?おめでとう♪」

 

「えへへ〜それはありがとう〜♪ でもホントなんで?」

 

「番組の収録なんだぁ〜♪カイナトーナメントにどんなトレーナーさんが来てるのか取材に来たんだよ〜!」

 

 

 

 ルチアはホウエンのアイドルだ。今回はその仕事の一環で、バラエティ番組の収録に来たと話す。彼女がリポーターだと視聴率もグンと伸びること請け合いである為、こうした機会は多いのだ。

 

 

 

「へぇ〜!じゃあ今の見てくれた⁉︎」

 

「いや()()()!まだやってると思ってのんびりしてたらもう終わらせちゃったんでしょ?せっかくハルの取材できると思ったのにぃ〜!」

 

「アハハ。面目ない」

 

 

 

 ハルカがあまりにも早く決着をつけてしまった為、その映像を撮れなかったと録画班が頭を抱えていたらしい。ハルカに責任はないが、特ダネを逃したと悔やむクルーが離れたところで項垂れてるのを見て、申し訳なさそうに笑う。

 

 

 

「まぁ決勝が残ってるなら大丈夫だね☆遅れてきたのもそっちがメインだってみんな言ってたし、それまでに会場のみんなにたくさんサービスしちゃうよー♪」

 

「いいねそれ!みんなが盛り上がってくれたらバトルももっと楽しくできるよ♪」

 

 

 

 ハルカもそれがいいと賛成して、ルチアの手を取る。その二人の姿にさらに観客は夢のコラボを見てるかの様に騒ぎ立てる。各々が自分の端末で撮影したり、知人に連絡を始めたりしていた。

 

 

 

「ところで対戦相手ってもう決まった?ハル早すぎるし、まだやってるんじゃない?」

 

「あ、そうだ!せっかくだからルチアちゃんも観に行こ!私の友達が戦ってるんだ〜♪」

 

「えぇ!ハルの友達!?見る見る♪だったら——」

 

 

 

 ルチアはそれを聞いて一歩前に出る。胸を反らせ、沸き立つ観客に向けて声を張るのだった。

 

 

 

「——今!ハルの相手をする人が別のコートで戦ってるの‼︎そんな素敵なトレーナーさんをみんなで観に行こー!!!きっと最っっっ高の出会いになるよ☆」

 

 

 

 ルチアの掛け声にその場の全員が声を上げる。その頃のユウキは、こんな事が行われていると知る由もないのであった……。

 

 

 

 

 

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いざ、少年たちの戦さ場へ——!

なんか今回すごく書きづらかった!!!なんで?
まぁそんな日もある。



〜翡翠メモ15〜

紅燕娘(レッドスワロー)

カナズミジム攻略後、カナズミ大学(カレッジ)で優勝した事を皮切りに一気に知名度を増した“ミシロタウンのハルカ”の二つ名。

『コートを縦横無尽に翻る姿が紅の燕のようだ』——と大手雑誌に取り上げられてからこの名がついた。

戦闘スタイルは極めて攻撃的であり、攻める割に受ける被弾が極端に少なく、バトルの模様はまるで闘牛士のそれに近いとされている。

どこのジムにもギルドにも所属せず、またトーナメントすら出た事がなかったハルカのその唐突に表した頭角により、一気にメディアの注目が集まった。



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第96話 怯えた思考


ペースダウン!って言ってそこそこ日数開けました!
まぁ書きたかったら1日ごとにまた書くかもねぇ♪

モチベは高いって事だけは保証しやす!
ほな本編!!!





 

 

 

 ジグザグマ(チャマメ)を失い、ユウキは焦っていた。

 

 目の前にいるのはこちらの想定を常に超えてくるギャラドス(バクア)。これを攻略する糸口が掴めない。そして——

 

 

 

ナックラー(アカカブ)“穴を掘れ”‼︎」

 

 

 

 突撃してくるバクアの脅威から逃れる為に、アカカブは地中に避難した。砂地は通常のコートに比べて柔らかく、潜るまでのスピードが速いため、布石を打たなくても潜行が完了する。それにより、直前に放たれたバクアの“アクアテール”が寸手のところで空を切った。

 

 

 

(けど——こんなもん時間稼ぎにしかならない!)

 

 

 

 時間稼ぎとは、明確な目的があってはじめて意味をなす作戦である。ただ敵の脅威から逃げるだけで、反撃の一手を講じるわけでもないなら、それは悪戯に時間を浪費させることとなる。

 

 試合には“30分”という制限時間が存在する以上、既に1匹やられてしまったユウキにとってデメリットしかない。

 

 

 

「——洒落せぇッ‼︎」

 

 

 

 しかしそれでもウリューは時間いっぱい待つ気などさらさらなかった。怒号と共に飛び上がったバクアが、地表に向かってその尾を叩きつける。

 

 

 

——“地震”‼︎

 

 

 

 地面を打った衝撃がコート全てに拡散する。地面技の中でも最上級の一撃が、地中の中のアカカブにまで襲いかかった。

 

 

 

「しまった——ッ‼︎」

 

 

 

 大地が割れ、その裂け目からアカカブが飛び出す。“穴を掘る”はその性質上、地面の中にまで衝撃が届く技には無力になる。それどころか、密閉空間に響いた衝撃が反響するように襲い来るため、その威力は通常食うよりも数段上になる。そんな攻撃を受けて、アカカブが耐え切れるはずもなく——

 

 

 

「ナックラー戦闘不能!ギャラドスの勝ち——‼︎」

 

 

 

 たったその一撃で決着(ケリ)がつく。成す術なくその圧倒的な力に蹂躙される様を見て、対戦相手であるユウキどころか観客まで驚きの声を上げる。そして……そのうちの一人でこう漏らした。

 

 

 

「——やっぱり、あのギャラドスがそうなんだ」

 

 

 

 観客のひとりが、自分のデバイスから今大会の今までのスコアを確認して唖然としていた。その結果は、驚くべき内容だった。

 

 

 

「ここまでの試合全部……あのギャラドス1匹だけで勝ってきてるんだよウリュー(あいつ)!」

 

 

 

 ウリューのこれまでの戦績は、全て『3-0』の完全試合。しかも他の2匹に関しては一度として場に出されることはなかったのだ。

 

 つまり……ギャラドス(バクア)はたった1匹で、これまでの四試合——計12匹のポケモンを屠ってきたのだ。

 

 

 

「そんなバカな……だって、試合間で回復できるチャンスはせいぜい一回くらいが限度でしょ⁉︎それだけじゃ体が保たないはずっス‼︎」

 

 

 

 タイキもまた大会情報にアクセスして、ウリューの戦績を見て信じられない顔をする。それを聞いて、アオギリが話し始めた。

 

 

 

「それでも……事実あいつはあのギャラドス(バクア)だけでこの大会を制覇する気なんだよ。そしてそれが可能だと確信してやがるんだ」

 

「そんな事……なんで……」

 

 

 

 タイキには理解できなかった。いくら信頼しているエースポケモンだからとはいえ、バトルは『3匹のポケモン』を使用できるメリットもでかく、その二つは“共存”できる考え方だ。

 

 より強く、より速く鍛えられたポケモンを、他の2匹がサポートするパーティ構成なら、予想外の事態に対応する事ができやすくなる。つまり、今戦ってるギャラドスに更に脅威的な後衛が控えていれば盤石になるはずなのに……アオギリの口ぶりではどうもそう言う考え方を排除しているようだ。

 

 

 

「バクアもあいつも頑固だからな……信頼できるのは“己が力のみ”——他のポケモンはアクア団(ウチ)に入団する時に渡される支給ポケモンだから、この大会に参加するための数合わせ。まずバトルじゃ使えない」

 

「でも……それならアニキがそれに気づけば——」

 

 

 

 どうしてそんな自分に枷をかけるような事をしているのかわからないが、タイキはチャンスだと思った。この事実をユウキが知れば、この難敵を乗り越えられれば勝ったも同然ということを知れば、きっとモチベーションを持ち直すに違いないと——

 

 

 

「いや、そりゃ無理だ」

 

「な、なんでっスか⁉︎」

 

「あいつ……そもそもそのバクア1匹にビビっちまってるからな」

 

「うっ……」

 

 

 

 新情報は、あくまで客観的な事実。しかしユウキは目の前のポケモンの強さに尻込みしてしまっている。倒せば勝てる……だがその理屈で越せるほど、このバクアは甘くないのだ。

 

 

 

「戻れアカカブ!」

 

 

 

 戦闘不能になったアカカブを手元に戻して、ユウキは逡巡する。こうなってはもう後がない。

 

 

 

(——潜行したアカカブまで……技の選択肢もこんなにあんのか‼︎)

 

 

 

 少しでも情報を引き出そうとしたユウキだったが、実際はその強さを具体的にさせるだけだった。技一つ見られた事は前向きに捉えてもいいのかもしれないが、そう思うには今の状況が絶望的過ぎた。

 

 

 

「……っ!」

 

「おいさっさとしろノロマぁ……テメェにかける時間は、俺の人生の1秒だって惜しまれんだよ」

 

「ウリュー選手言葉が過ぎます!対戦相手を軽視する発言は看過できませんよ?」

 

「はいはい……」

 

 

 

 ウリューの発言に今一度忠告を与える審判。彼は適当に返事するだけで、反省の色はなかった。だからというわけではないが、ユウキの心に強い負担がかかる。

 

 

 

「——ちくしょう」

 

 

 

 ユウキは悔しかった。

 

 ここまでしてきた努力は、決して無駄じゃないはずだった。現実にプロになれて、トーナメントプレイヤーとの激戦を制してここに立っている自覚が、ユウキを苛む。

 

 

 

 ——あんな事を言われっぱなしで、何も言い返せないなんて。

 

 

 

 それでもユウキに打つ手がない。自分の手の中にいる相棒を、何の策もないまま出すことを躊躇う。アカカブが何もできずに散ったのを見て、一層その恐怖心が体をこわばらせた。

 

 

 

(ちくしょう!一瞬“棄権”って言葉が頭に浮かぶ……そんなんじゃ、俺と戦ってくれたみんなに申し訳が立たないッ‼︎)

 

 

 

 ユウキはこのトーナメントで戦ったすべてのトレーナーに敬意を抱いている。だから今の自分を馬鹿にされたら、それは自分と戦った人たち全てを馬鹿にされたと感じるのだ。

 

 自分の不甲斐なさで、他の誰かを貶める……それが酷く辛い。

 

 

 

(でもどうする……今まで得た情報の中で、弱点になり得そうなものは特にない。わかばはギャラドスの弱点をつけるわけでもないし、身体能力にも差が——)

 

 

 

 そうしてあれこれ言っていると、ユウキの握られていたボールが勝手に開いた。

 

 勢いよくそこから飛び出たのはジュプトル(わかば)——彼は出てくるなり、バクアに向き合っていた。

 

 

 

「わかば!なんで勝手に——」

 

——ルラァッ‼︎

 

 

 

 わかばを叱ろうとしたユウキが、逆にわかばに一喝される。

 

 最初はどういうつもりなのかわからず、ユウキはじっとわかばと視線を交わした。

 

 ——そして、ユウキは気づいた。

 

 

 

「『とにかく動け』——って言いたいのか?」

 

 

 

 わかばの訴えは、ユウキに届いた。悩む暇があったら、今は前を向けと……その足を止めるなと——

 

 

 

「……わかったよ。しのごの考えるのは、動きながらするわ」

 

 

 

 ユウキもそれで腹を括る。直接戦うわかばがこうもやる気を出している。なら自分も、そのやる気に応えるのが筋だと思ったからだ。

 

 

 

「——ジュプトル、か」

 

 

 

 出てきたジュプトルにウリューはやや警戒心を高める。それはジュプトルに対して感じた印象——強さの匂いを嗅ぎつけたからだ。

 

 

 

(そこそこやるな……だが、既に()()()()()()バクアを止める事なんざ不可能だ)

 

「わかば——“タネマシンガン”ッ‼︎」

 

 

 

 わかばは肺を膨らませて、一気に口から種の弾丸を連続して放つ。だが、飛来する弾丸をバクアはその尾で全てはたき落とした。

 

 

 

「効かねえ——‼︎」

 

「——“電光石火”ッ‼︎」

 

 

 

 “タネマシンガン”に気をやったバクアに、今度は接近を試みるわかば。

 

 

 

「何やってもかわんねぇよ——‼︎」

 

「さっきから——うるさいッ‼︎」

 

 

 

 バクアは抜き放った“アクアテール”で、向かってくるわかばを迎撃する体勢。前傾の体勢で一直線に進んで来るわかばに反撃(カウンター)を合わせることなど造作もなかった。だが——

 

 

 

「——!」

 

 

 

 縦に振り下ろされた“アクアテール”を、わかばは身を半身反らせて躱す。青い鞭が身を斬る僅か2センチの空間を空けて、わかばはすり抜けた。

 

 

 

「——“リーフブレード”ッ‼︎」

 

 

 

 懐に潜り込んだわかばが右前腕から抜き放った緑刀で斬り込む。それがバクアの首元の青い鱗を削った。

 

 

 

「——効かねえ‼︎」

 

——ガァッ‼︎

 

 

 

 しかしそれは容易に弾かれる。

 

 

 

(——鱗側の硬度が半端じゃない!真正面からの“リーフブレード”が効かないなんて!)

 

「——“アクアテール”‼︎」

 

 

 

 ユウキの一瞬の迷いをウリューは見逃さない。弾かれたわかばに向かって、返す刀が振り抜かれる。

 

 

 

「——“リーフブレード”‼︎」

 

 

 

 もう一度刃を左前腕に再形成したわかばが、バクアの一太刀を受ける。一瞬の拮抗——だがしかし。

 

 

 

——バギンッ‼︎

 

 

 

 バクアの“アクアテール”が押し勝った。そのままわかばはユウキ近くまで吹き飛ばされる。

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 安否を心配してわかばの姿を見たユウキは戦慄した。

 

 

 

 ——“リーフブレード”が、折れている。

 

 

 

(マジかよ……体格差があるから吹き飛ばされるのはまだわかる……けど——)

 

 

 

 生命エネルギーを極限まで圧縮したものを前腕から伸びる葉をブレード状に研磨するこの技の硬度も相当だ。それを体勢不充分だったとはいえ、ただの一撃でへし折るという攻撃力……信じられない破壊性能だった。

 

 

 

(そんなに……そんなに遠いのか……こんなにも一個体の持つ強さが違うのか⁉︎)

 

 

 

 走り出せば——わかばと共になら何か突破口が見つかるんじゃないかと思っていた。そんな彼のなけなしの勇気を嘲笑うかのような一撃に、立ち直りかけた心までへし折れそうになる。

 

 

 

「嘘だろ……アニキとわかばのコンビネーションでもダメなんスか……⁉︎」

 

「そりゃしょうがねぇ。何せ手前であいつは()()()()からな」

 

「つみ……?」

 

 

 

 それは能力上昇——『バフ』のことを言っているのかとタイキは問う。それを俗称で“積み技”と表現することは、タイキも知っていたが——

 

 

 

「でも、あのギャラドスは攻撃ばっかで積み技なんかする素振りちっとも——」

 

「技じゃねぇ」

 

 

 

 すかさずアオギリがそれを否定する。技ではない——ならその要因はもう一つしかない。

 

 

 

「“特性”?——いや、でもギャラドスの特性はさっき見た“威嚇”のはずじゃないっスか⁉︎」

 

 

 

 タイキの見た通り、確かにこのバトル開幕で見たのは“威嚇”により攻撃力を下げられたチャマメ。その効力は誰の目から見ても明らかであり、決して勘違いではないとタイキは思っていた。だから、そうなるとあのギャラドスは——

 

 

 

「——それじゃあ!あのギャラドスは特性を2つ持ってるって事になるじゃないっスか‼︎」

 

「そうだ。あのバクアってのは、“拡張訓練”で生来の特性にさらに他の特性を習得させてんだ」

 

「な——」

 

 

 

 タイキの経験上、そんな事ができるトレーナーはジムリーダークラスの技術だと思っていた。

 

 確かに本来の特性には当てはまらない技術をポケモンが使用する事は知っている。それを習得させるには“拡張訓練”で個性を伸ばす必要があることも……だが、それをプロとはいえB級トレーナーの手持ちがやってくるなどと思いもしていなかったのである。

 

 

 

——“自信過剰”

 

 

 

 それがバクアが発動させていた“特性”の名だった。それはギャラドスという種が稀に持つ“隠れ特性”と呼称されるものだった。

 

 

 

「坊主が気付くかどうかしらねぇが、流石に技を撃ち合ってああも一方的にやられたりはしねぇよ——当然その攻撃力は“自信過剰”で引き上げられたものだ」

 

「そんな……じゃあアニキが出した2匹が……」

 

 

 

 タイキは最悪のシナリオに気付いてしまった。

 

 “自信過剰”は相手ポケモンを戦闘不能にさせる度に攻撃力を上げていく特性。ただでさえ攻撃力が高いギャラドスには、もってこいの特性だった。

 

 先発で出してきたのはこの1匹のみを信頼しているということだったが、その戦略には前提として“ひとりで勝ち進む合理性”を孕んでいたことに気付いたのだ。

 

 その結果、ジグザグマ(チャマメ)ナックラー(アカカブ)がその起点となってしまった。

 

 

 

「最初から一貫してバクアで勝つというブレない作戦を一つ立て、後はそれを成功させるためだけにひたすら行動する——一個体に全霊をかけるのが、ウリューってトレーナーなんだよ」

 

「くっ……!」

 

 

 

 タイキにはその強い意志が鮮烈に輝いて見えた。

 

 それはタイキが子供の時に描いた理想像のひとつ。互いに信頼しあったポケモンがバタバタと敵を薙ぎ倒す全能感溢れるポケモンの使役そのもの。ウリューはまさにそれにあたるトレーナーだった。

 

 そしてそれを、本気で考えてプレイしている。

 

 

 

(どうする……あの攻撃力は普通じゃない。まともに食らったら打たれ強くは決してないわかばを一撃で粉砕される。かといって距離をとっても有効打はなし。不意をついても背後からじゃ鱗が硬くてどうしようも……——)

 

 

 

 捻り出す考えは全て悪いものばかり。

 

 ユウキはまるで抜け出すことができない思考の沼にハマっていた。そして相手はそれを抜け出すことを待ってはくれない。

 

 

 

——“アクアテール”‼︎

 

 

 

 ウリューは“アクアテール”を絶えず押し通す構え。むしろ何かしてくれた方が、状況が変わって隙を突く算段もついたかもしれないが、ウリューはこのままいけると判断したのか、攻めも一辺倒にしていた。

 

 その凶器から逃れるために、手負いのわかばがコートを逃げ惑う。

 

 

 

(くっそッ‼︎精神的にもブレる様子がない‼︎揺さぶりをかけるカードすら俺にはないんだ——どうしたらいい⁉︎)

 

 

 

 問いかけても、誰もその答えを返さない。

 

 ユウキの中で、思考は“勝つため”のものから“現状を脱する”という考えに路線変更していた。せめて何かが変われば——そんな思考の中でもがいている事を、アオギリはわかっていた。

 

 

 

「馬鹿野郎。チャンスなんてのは、待ってても転がり込んで来るもんじゃねぇ」

 

 

 

 既に“負けないように”と攻めの姿勢を一切捨てているユウキ。それはいつか事態が好転するじゃないかという気持ちからくる行動だった。

 

 そのような受け身の構えでは、勝てない事がわかっていても、ユウキに抗う心の抵抗力は失われていた。

 

 

 

「くそ……どうすれば——」

 

 

 

 勝ちたい……だがその光明が見えない……。

 

 ユウキの中で渦巻く渇望と現実が限界を迎えようとしていた。今は……どうやっても——

 

 

 

 

 

——頑張れユウキくん!!!

 

 

 

 

 歓声と轟音の中でも、一際響く声がユウキに届いた。ハッとして客席を見ると、そこには紅の少女が立っていた。

 

 ハルカが……両手を拡声器がわりにして続けた。

 

 

 

「勝てるよ!()()()()()()()‼︎——私と戦うんでしょ⁉︎」

 

 

 

 どうして彼女がここに駆けつけたのか。

 

 そんな疑問すら浮かばなかった。

 

 思った事は『勝てる』と、そして『見るところが違う』という文言。

 

 それでユウキはハッとする。

 

 

 

(——そういえば、ずっと失敗しないようにって……なんか俺、すごくビビってた?)

 

 

 

 ユウキは自分の感じていたプレッシャーの正体に気がついた。

 

 馬鹿にされたくない、みんなに認めてほしい、敵の言い分に反撃したい……それは全て他人を恐れる気持ちから生まれる動機。

 

 でもそんな気持ちを満たすことにどれほどの価値があるだろうかと彼は思う。

 

 ハルカと戦える事に比べれば……——

 

 

 

「——ハァ……どうかしていた」

 

 

 

 ダメ元で始まったこの挑戦。自分の力を試したい。自分が夢にどれほど近づいたのか確認したい。

 

 そんな気持ちで始まった故に、気付いていなかった事もあった。

 

 

 

「コートに立てば……誰が相手だろうと関係ないよな」

 

 

 

 目の前の戦いに勝つ事——。

 

 どうすれば……という問いは、近づいているように見えて、思考を投げ出しているようなものだと言う事。

 

 考えろと念じている間……その思考するエネルギーすら惜しむべきだとユウキは悟った。

 

 

 

——勝ちたいなら願うな。

 

——自分のできない事を数えるな。

 

——できる事を信じて貫け。

 

 

 

「……悪り。わかば」

 

 

 

 そんな事、と既にわかばは気付いていた。

 

 その顔を見ればユウキにも『さっさと目を覚ましてくれご主人』という眼差しをむけていた事がわかる。

 

 ユウキは、それがなんだか嬉しかった。

 

 

 

(お前も変わったな……わかば)

 

 

 

 わかばはこういう時。ずっと独力で乗り越えようとしてきた。ピンチの時はユウキの静止など振り切ってがむしゃらに戦っていた。

 

 それが今は、自分の意にそぐわない指示でも甘んじて受け入れている。勝つか負けるかの瀬戸際でも、自分を信じてくれている。

 

 これほどの戦士に認められているなら、ユウキ自身、それに応えたいと思った。

 

 

 

「なぁ……ウリュー」

 

「なんだ?馴れ馴れしく話しかけんな」

 

 

 

 相変わらず無愛想な態度で突き放すウリュー。

 

 ユウキが彼を呼んだのは、何も仲良くするためではなかったので、ユウキもそれでいいと思った。

 

 

 

「——悪いけど勝つぞ。約束がある」

 

 

 

 宣戦布告——。

 

 この終盤で、折れそうな心をまた地に突き立てる宣言だ。

 

 

 

「女に持て囃されて浮かれてんのか?——軟弱野郎ッ‼︎」

 

 

 

 その一言を皮切りに、互いのポケモンは再び動き出す。

 

 

 

“リーフブレード”——!!!

 

“アクアテール”——!!!

 

 

 

 

 

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緩い沼から這い出すため……決意改め——‼︎

ヒロインはユウキくんだったかもしんねぇー。
え、今更?さよか……



〜翡翠メモ16〜

『デボン・コーポレーション』

天然資源調達のために設立されたホウエン地方のトップ企業。
現在は研鑽された技術をさまざまな分野に発展させて、日用品、製薬、インフラなどその働きは多岐にわたる。

その中でもやはりエネルギー資源供給は他の追随を許さない。そのシェア率は驚異の99%。

現在の社長、“ツワブキ・ムクゲ”は“クスノキ造船所”と提携した大規模なプロジェクトの発表を控えており、その詳細を確認すべく多くのメディアの注目の的となっている。



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第97話 若葉の刃、激流の龍


このバトル延々と続けたい……って毎回思うから毎回長くなるんよ。はぁ……いいキャラ作ったよホント(遠回しな自画自賛)。




 

 

 

「——おい、あれって紅燕娘(スワロー)じゃね?」「ほんとだ!向こうの試合終わったの?早くない⁉︎」「あのユウキって子と知り合いなのかな?」「いや俺見たよ!なんかスワローに担がれてなかった⁉︎」

 

 

 

 紅燕娘(ハルカ)の登場に会場がざわついていた。

 

 しかもその後ろから大量の観客たちが、この試合を見ようと——ではなく、ハルカとルチアを見ようと集まっていた。

 

 

 

「な、なんだあの人数……⁉︎」

 

 

 

 タイキは夥しいほどのギャラリーに顔を引き攣らせていた。明らかに盛り上がり方が異常で、帯びる熱量もどこか異質だった。

 

 

 

「おー。紅燕娘(スワロー)に“コンテストマスター”のルチアもいるじゃねぇか。随分粋な宣伝してくれたもんだなぁ」

 

 

 

 客席から溢れるほどの観客が、ユウキとウリューの試合をまた盛り上げ始める。そのお祭り騒ぎになった会場の雰囲気がアオギリには心地よかった。

 

 

 

「——さて、嬢ちゃんからの応援もあって、会場もあったまった……舞台は整ったぜ、坊主?」

 

 

 

 その熱狂がコートに向けられる頃、ユウキとウリュー、ジュプトル(わかば)ギャラドス(バクア)のぶつかり合いがスタートしていた。

 

 

 

——ガキンッ‼︎

 

 

 

 わかばは“リーフブレード”、バクアは“アクアテール”でそれぞれ斬りかかっていた。

 

 わかばの太刀を、バクアは自慢の鱗と尾で防ぎ、対してバクアの太刀を、わかばは避ける事で被弾を防いでいた。

 

 一見両者間の斬りあいにそれほど差はないように思えるが……——

 

 

 

(——同じようにしててもパワーという面では圧倒的に不利なのはもうわかってる……こっちの方が手数では勝るけど、一撃当たったら即終わりの現状じゃあ心許なさすぎる!)

 

 

 

 ユウキの分析は的を得ていた。

 

 よしんばこのまま斬りあいを続け、何発かいいのを入れられても、そのリターンで“アクアテール”が炸裂すればゲームは終わる。

 

 ダメージを入れなければならない局面がやってきたとしても、リスクをとって攻撃するにはやはり材料がまだ足りない。

 

 今はわかばの判断で手打ちの“リーフブレード”だから回避が上手くいくが、あのタフネスを貫ける一撃ともなると敵の間合いで充分な溜めが必要になる。

 

 

 

(ならハリテヤマ戦の“電光石火”+“リーフブレード”のコンボでいくか?いや、それもあの反応速度じゃ見切られるか!)

 

 

 

 バクアは確実にわかばのスピードを追えている。そんな相手に『そこに打ちますよー』と事前に教えるような特攻が通用するとは思えない。その反撃も死路に繋がっている。

 

 

 

(つまり現状——勝てそうな材料はないってことか)

 

 

 

 まずは事実をそこで認識するユウキ。

 

 現実から目を背けてもどうにもならない事を、ユウキはムロの砂浜で痛いほどわかっている。まずはそれを自覚する……認識こそ、事態改善の第一歩だった。

 

 

 

(ここから何かを変えるんだ。相手の全てを凌駕することはできなくても、一つのことだけ、敵より一歩抜きん出るんだ!)

 

 

 

 そうして考察し、目標を立てる。そして、既にそれはわかば自身が実証している事だった。

 

 

 

(速さは……“手数”なら間違いなくこっちが有利だ!この“手数”をどう有効活用できる⁉︎この武器を——)

 

 

 

 ——“アクアテール【削刃《サクバ》】”‼︎

 

 

 

 斬りあいに危険を察知したわかばが飛び退いたところを、すかさず水の鋸刃で追撃するバクア。この攻撃は一度目標に飛んだ後、もう一度翻ってくることを学んだユウキはわかばにその旨を叫ぶ。

 

 

 

——ルァ‼︎

 

 

 

 わかばはボールの中からチャマメがやられた光景を見ていた。この攻撃を飛んで回避するのはまずいと直感し、地を滑るように円刃を躱す。

 

 

 

「いや!()()()()()()()‼︎」

 

 

 

 今度はウリューにその対応を先読みされた。

 

 一度通した奇襲に対抗するのは当たり前。それを理解していたウリューは、バクアに二の矢を放たせていた。

 

 

 

——ルォッ……‼︎

 

 

 

 その円刃はさらに一段と低く、地面スレスレを飛来してくる。足元を狩られたわかばは、飛ぶ以外に選択肢がなかった。当然、それは狙われている。

 

 

 

——“アクアテール”‼︎

 

 

 

 縦に振り下ろされる一撃が、既にわかばの顔面スレスレまで迫っていた。

 

 見開くわかば——敗北がそのまま具現化したようなそれに、体が勝手に反応する。

 

 

 

——“タネマシンガン【雁烈弾(ガンショット)】”‼︎

 

 

 

 両の手のひらを()()()()()()()筈の種弾を前方に弾き出すわかば。その反動で空中で移動してみせた。

 

 

 

(何だ今の——わかばの新技⁉︎)

 

 

 

 わかばの挙動にユウキは見覚えがなかった。

 

 撃って見せたのは紛れもなく“タネマシンガン”の派生技——【雁烈弾(ガンショット)】。手のひらに握った“タネマシンガン”の種弾を散弾のように撃ち出すこの技は、口から手に種を吐き出すという所作——“装填”という過程を必要とするはずだった。

 

 しかし、わかばは今回それをしていない。にも関わらず、【雁烈弾】を撃ってみせた。

 

 

 

「“装填”がなくても撃てるようになった?進化したことで体の仕組みが変わったのか、練度が上がってそうできるようになったのかわからないけど……」

 

「ちっ!空中でも動けたのか……!」

 

 

 

 互いのトレーナーが今の挙動をインプットしていく。

 

 

 

「——今の空中移動は間違いなく“光明”だ!空と地……この立体機動が肝になる!」

 

「——速かろうが飛ぼうが関係ない!テメェらにバクアを倒す術はない!」

 

 

 

 再び動き出す。

 

 わかばは疾走し、バクアは迎撃する。

 

 打ちつけ、防ぎ、躱し、斬る——

 

 攻防の目まぐるしさが、観客の心に燃料を注ぐ。

 

 

 

「なんだこの二人……速過ぎるって!」「あのギャラドス第二シードだよね⁉︎それに食い下がってるあっちの子は——」「いやもう2匹やられてあと無くなってんだよ!あいつも必死さ‼︎」

 

 

 

 観客の中には、その火花が散るような接戦に、ユウキを推す声も上がり始めていた。そして、この群衆を集めた少女たちも声を上げる。

 

 

 

 

「いっけぇぇぇユウキくん」

 

「アニキィィィ!いつもみたいに大逆転してくれぇえええ‼︎」

 

「おらウリュー!さっさと仕留めねぇかぁ‼︎」

 

 

 

 彼らを知る者も知らぬ者も、全てが一体となってこの試合に夢中だった。そしてそれを見ていたルチアは、まるで宝物を見つけた時のように目を輝かせていた。

 

 

 

「——すっっっごぉぉぉい‼︎ハルの友達ってあの白い帽子の子?めっちゃかっこいいね‼︎」

 

「そうだよルチアちゃん!ユウキくんは私とライバルなんだぁー☆」

 

「そっかぁ〜♪ よーし、私も全力で応援するぞー‼︎」

 

「いやあなたはリポートしなさいッ‼︎」

 

 

 

 ルチアの行手に追いついたクルーの中からスルガが彼女の頭を引っ叩く頃、コート事情はさらに色を変えていた。

 

 

 

——“【雁烈弾(ガンショット)】”‼︎

 

 

 

 両の手から撃ち出す反動を利用して、進行方向と違う斥力を生み出し、体の瞬間的な方向転換を可能としたわかば。

 

 地上と空中を自在に駆け抜けるその姿を、バクアは捉えきれずにいた。

 

 

 

 それに業を煮やしたウリューは、ついに奥の手に出る——。

 

 

 

「速さだけで——勝った気になんなよ‼︎」

 

 

 

 ウリューは両の手をバクアに向ける。その後を目を閉じ、心の中の“何か”を練り上げる。それを開眼と同時に、一気に爆発させた。

 

 

 

 ——固有独導能力(パーソナルスキル)、発動……!

 

 

——“蒼王の業(ブルーカルマ)‼︎

 

 

 

 ウリューはバクアの生命エネルギーから取り分けた力と自分の生命エネルギーと連結し、それをコートから水の柱として出現させた。

 

 

 

 ——『固有独導能力(パーソナルスキル)』。

 

 限られたトレーナーにのみ許された能力(チカラ)が解放された。

 

 

 

「なっ——」

 

 

 

 噴き出すようにして出現した2本の柱にユウキは目を見開く。それがウリューの腕の動きと連動して折れ曲がり、その切っ先をわかばに向けた。

 

 

 

「——わかば!躱せッ‼︎」

 

 

 

 すぐに攻撃が来る——視認する限りまだ動いていなかったが、ユウキは“それ”が来る事がわかった。

 

 

 

——ズガァァァ!!!

 

 

 

 ウリューが指先を鋭く伸ばすと、柱の切っ先が槍のように急速に伸びた。視認してからでは間に合わなかった速度のそれを、わかばはバックステップで躱した。

 

 

 

「逃すか——‼︎」

 

 

 

 ウリューが腕を振るうと、柱もそれに合わせてわかばを薙ぎ払うように動く。間違いなく、この技はウリューが操っていた。

 

 

 

「くっ!そんなの有りかよ——ッ‼︎」

 

 

 

 わかばに襲いかかる水の柱が鞭のようにしなり、強く地面を打ちつけていく。破壊力は、抉れた地面が物語っていた。

 

 

 

「これも食らったら終わりか!——わかばッ‼︎」

 

 

 

 新技の柱攻撃に加え、バクアもまた独立して動く。肝心の本体が、まさに強襲してくる真っ最中だった。

 

 

 

——ロルゥッ‼︎

 

 

 

 わかばは“電光石火”で突進してくるバクアを避ける。しかし横にスライドしたわかばを“アクアテール”で追撃してくる。今度はそれを縄跳びの要領で跳んで躱し——

 

 

 

「オラァァァ‼︎」

 

 

 

 空に逃げたわかばを、今度はウリュー操作の柱が待ち構えている。先端を鎌のように湾曲させ、その切っ先でわかばを狙い撃つ。

 

 

 

「——雁烈弾(ガンショット)ッ‼︎」

 

 

 

 2本の刺突を細かく2回【雁烈弾(ガンショット)】を繰り出して躱し切る。そしてその勢いのまま、わかばは地表に降り立ち、駆ける。

 

 

 

——“リーフブレード”‼︎

 

 

 

 バクアとすれ違いざま、まだ健全と伸びている刃をバクアの鱗に叩き込む。

 

 甲高い音と共に火花を散らす鱗はびくともしない。わかばはそのまま走り去り、すぐにバクアの間合いから遠のいた。

 

 

 

(——これだ!【雁烈弾(ガンショット)】による機動力上昇で翻弄できるようになってる!向こうの攻撃はさらに勢いづいたけど、これにもわかばは対応できてる……あとはどうやってダメージを与えるか)

 

「これも躱すか……なら!」

 

 

 

 

 ユウキがわずかに見定めた勝ちへのビジョン……ウリューはそれを潰すかのように、今度はその手を大きく開いた。

 

 

 

「2本の柱が——()()()にッ⁉︎」

 

 

 

 2本を両腕で操っていたのが、十指と連動する細い触手に変化した。

 

 その事実に、ユウキは顔を引き攣らせる。この数は——捌ききれない。

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 ユウキはもう短期決戦をするしかなくなった。ただでさえ柱とバクアの三方向からの攻撃で手一杯のわかば。当然集中力が保つわけもなく、そしてそれが今11方向からの攻撃へと切り替わった。

 

 今——ここで“答え”を出さなければ負けだ。

 

 

 

「一か八か——」

 

 

 わかばに檄を飛ばす。

 

 ただ疾走(はし)れ——ユウキは叫んだ。

 

 

 

——ルラァッ゛!!!

 

 

 

 力強く踏み締めた脚が、わかばを運ぶ。地面が弾け飛ぶ程の踏み込みで、ここ一番の瞬発力を見せたわかばだった。

 

 

 

「——ぶっ潰す‼︎」

 

 

 

 ウリューは特攻してくるわかばに対して、指を折り重ねるように構える。すると10の触手が、乱れ打つ様にわかばを襲う。

 

 次々来る波状攻撃を、わかばは懸命に避ける。【雁烈弾(ガンショット)】を乱れ打ちし、空と地上を交互に行き交う。

 

 

 

「墜ちろッ!!!」

 

「わかばァァァ!!!」

 

 

 

 ユウキは渾身の力で叫ぶ。

 

 躱し——切れない。

 

 

 

——ドクンッ!

 

 

 

 ユウキの中で、何かが変わる。

 

 視界に映る全ての物体の動きが緩やかになり、その他の情報が一切遮断される感覚……。

 

 緩やかに過ぎる時の中、ユウキは折り重なった波状攻撃のひとつひとつの軌道が見えた。

 

 

 

(隙間は——()()()ッ‼︎)

 

 

 

 ユウキは、ただそう思っただけだった。

 

 今すぐこれをわかばに伝えねば——そう声を出そうとした瞬間——

 

 

 

——ルァッ!!!

 

 

 

 時が動き出す。

 

 それと同時にわかばも動き出す。

 

 10本で組み上げられた網の隙間を、わかばは縫って飛び出した。

 

 

 

「なにィ——⁉︎」

 

「——行った!」

 

 

 

 わかばが飛び出した先に待ち構えていたのは——バクア。その水刃をトドメに叩き込むつもりで構えていたところに、わかばが一瞬速く間合いを詰める。

 

 それに気付いたバクアも、咄嗟に“アクアテール”の軌道を変えた。しかし、わかばの“リーフブレード”の方が先に届く。

 

 だがそれでも——

 

 

 

(いや……コイツの刃は(なまくら)だ。バクアの鱗を斬るなんざ……——)

 

 

 

 その防御力に絶対の自信を持っていたウリューは、確信していた。

 

 ユウキにもそれはわかっていた。

 

 だから……それでもわかばを信じた。

 

 

 

(思い出してくれ……“居合斬り”を教えてくれた——あの人の言葉をッ‼︎)

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——違う違う!それじゃあまだ殴りつけてるのと変わらんわッ‼︎」

 

 

 

 カナズミにいた頃。キモリ(わかば)に新しい武器を身に付けさせる為に特訓していた時に、師であるハギ老人から言われた言葉だった。

 

 本来適正のないはずのキモリ種に“居合斬り”という斬撃系の技を習得させるこの特訓には、相当難航したものだ。

 

 

 

「“斬る”というのはな……“抜く”、“振る”、“当てる”……そして“引く”という動作が要なんじゃ!」

 

 

 

 そう口を酸っぱくして言い続けたこの技の第一人者であるハギ老人。

 

 この斬撃系特有の工程全てが連動する事で、初めて効果が出るのが“いあいぎり”という技なのだ。

 

 “抜く”と“振り”と“当て”——この三項目はどうにか形にできた。

 

 だが、最も肝心の斬撃を発生させるための“引く”がどうしてもうまくいかない。

 

 

 

「そりゃお前さん。本来その作業は硬く鋭いもので行うからのう。元々そういう作りじゃない手を使おうというのじゃから無理が出るじゃろう」

 

 

 

 そこがまさにキモリ種が斬撃系の技を覚えられない所以だった。どれほどの身体能力があっても、工夫無くして斬撃は生まれない。それを可能とする為に、ハギ老人が考案したのが“当て”と“引き”を限りなく同時に行うというもの。

 

 

 

「“抜き”で生まれた速度を“振り”で加速させたものを急所に当てた瞬間——一気に引き抜くイメージでやるんじゃ」

 

 

 

 神がかり的なその刹那の“引き”をマスターする事……それを感覚のみで掴むのがわかばの課題だった。

 

 

 

「——じゃが、いずれお主も成長する。その時、大きく変化する事になれば、その技もまた形を変える事になるじゃろう……」

 

 

 

 俺はその時、老人の言ってる事がわからなかった。その後に彼が続けた言葉の意味も……——

 

 

 

「——『刃』は『心』。鋼を削って鋭くしたものが、何物をも斬り倒す無双の剣を生み出す。お主が目指すものがどれほど険しい道であっても、それが本物なら、必ず斬り開く事じゃろう」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

(——だから……それが『今』かのかもしれない)

 

 

 

 ユウキは思い出していた。

 

 この剣を授けられた時のことを。

 

 そして、それは進化という大きな変化を遂げた今、剣の振い方も違っていることを示す。

 

 筋力、体格、生命エネルギー、攻撃手段……その全てが変わった。

 

 だから、わかばはその使い方を知らなきゃいけない。

 

 

 

(今までのような大振りは、足らなかった能力を補うためのものだ!今のお前に、もうそんなものはいらない!鋭い剣も、鍛え抜かれた体も……もうお前を裏切ったりしない!だから——)

 

 

 

 その事を言葉で伝える暇はない。

 

 だが、まるで思ったことがわかばに伝わっているように、わかばの“リーフブレード”の振り抜き方に変化が生じた。

 

 腰だめに構えられた“リーフブレード”のスイングが以前よりコンパクトになった。

 

 敵に当てる——というより、自分を中心に腕を巻き込むように振るう。

 

 支点がまとまって高速で回転することで、切っ先の速度があがったのだ。

 

 そしてそれが敵に触れる瞬間——

 

 

 

 一気にそれを“引き抜いた”。

 

 

 

——ズバァァァァァン!!!

 

 

 

 

 バクアに入れた一太刀が、青い鱗を散らせる。その衝撃で、バクアは無理やり後退させられた。

 

 

 

「なん——ッ⁉︎」

 

「わかば……‼︎」

 

 

 

 どうして伝わったのかわからない。

 

 それでも、わかばもまたあの日々を思い出して抜き放った一撃だということだけはわかる。

 

 今の一撃は、ハギ老人が語った刃の在り方を体現していたのだから。

 

 

 

 ——隙はできた。

 

 

 

「そのまま行け……わかばぁぁぁ!!!」

 

 

 

 後退させた今が、最大にして最後のチャンスだった。ウリューもこの事態に焦燥の色を隠せていない。この機を逃せば、バクアと水柱の波状攻撃で勝ち目がなくなる。だから——

 

 

 

——ルラァッ!!!

 

 

 

 わかばの足元が弾け飛ぶ。

 

 音速に迫るスピードで、一気にバクアのところまで身体を運んだ。

 

 まだ体勢を崩している……今なら——

 

 

 

——ズキッ……

 

 

 

 そんな最高潮。

 

 水を差すかのようにその痛みはわかばを襲った。

 

 

 

「わかば……⁉︎」

 

 

 

 あと一歩……振り抜けばバクアに致命打を与えられるというところで、一瞬その体が強張った。

 

 

 

(まさか——)

 

 

 

 ユウキも朧げながらに気付いた。

 

 それは“新技”の代償。

 

 【雁烈弾】の“装填”が不要となった事をいいことに連発した事で、今まで使っていなかった身体の一部を痛めたのだ。

 

 

 

——ッ!!!

 

 

 

 この一瞬が命運を分けた。

 

 バクアの“アクアテール”がわかばの顔を跳ね上げた。

 

 

 

 

 

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その瞬間が明暗を分ける——!



〜翡翠メモ17〜

『コイキングとギャラドス』

水棲の魚の形をしたコイキングとその進化後のギャラドスのギャップがすごい事はあまりにも有名であり、トレーナーでなくてもその生態はよく知られていた。

強い生命力と繁殖力によって生息域が広範囲な為誰でも捕獲が可能なのだが、多くのトレーナーは育成・調教難易度の高さに挫折し、このポケモンの使用を控えている。

進化できる条件が経験を積む最もポピュラーなものだが、コイキングの戦闘適正が低すぎて、その条件を満たすことができない。

よしんばできたとしても、今度は進化後の性格の凶暴化を鎮静させなければならない為、その際の被害を考慮して育てる人間はさらに減るのである。



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第98話 悔しさをバネに


疲れ切った私の脳みそが生み出したメニュー。
「豚ミナスタ丼」!!!




 

 

 

 顔を勝ち上げられたわかばはそのまま後方に仰向けに倒れる。一瞬の静寂の後、もう動かなくなったわかばを見て、審判は旗を振り上げる。

 

 

 

「ジュプトル戦闘不能!ギャラドスの勝ち‼︎……よって勝者は——」

 

 

 

——“アクア団のウリュー”‼︎

 

 

 

 激戦の幕引きと共に、観客は総立ちになる。

 

 割れんばかりの拍手が、勝者にも敗者にも降り注がれ、その中でユウキは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

(負けた……負けたか……)

 

 

 

 力んでいた気持ちが緩まるのがわかる。

 

 もう……終わったんだと。

 

 その姿を見て、タイキは力一杯の賞賛を送る。

 

 

 

「アニキぃ!!!負けちゃったけど、ホントにすごかったっすスよぉ!!!わかばもおつかれさまぁ!!!」

 

 

 

 あと一歩……そんな悔しさとそれでもよくここまで来たという賞賛の気持ちと。複雑な気持ちだが、全力で頑張ったユウキが、タイキには誇らしかった。

 

 

 

「まぁ初めてにしちゃ上出来じゃねぇか?途中へたれてた割には、最後までよく戦ったぜ」

 

「……アニキは、いっつもこんななんです……いつだって、俺たちの想像を超えるんす……!」

 

 

 

 だから……だから勝ってほしかったと、タイキは思った。その姿に心を動かされた者として、タイキはユウキに勝利の花束を手に入れて欲しかった。

 

 努力の辛さに報いる勝利は、格別の喜びだと知っているから……。

 

 

 

「アニギは……本当に頑張ったんだ……!だがら……だがらぁぁぁ!!!」

 

「はいはいわかったっての。随分好かれてんのなぁあいつ……」

 

 

 

 情緒に振り回されるタイキをなだめながら——それにしてもと思う。

 

 

 

(最後の方……あいつ、間違いなく使()()()()()()……?)

 

 

 

 アオギリはユウキを見ながら、ある考えがよぎっていた。

 

 “あの力”——心の中でアオギリの思い当たる能力をユウキが行使していた事を、見逃さなかった。

 

 

 

(でもまだ発展途上……それも無自覚に使ってるところを見るに、まだ初歩の初歩ってとこか。こりゃ将来が楽しみだな)

 

 

 

 アオギリはユウキの将来性を見た。

 

 いずれその名をホウエン中に知られることになるとさえ予感した彼は優しく微笑む。

 

 “次”に戦うことになれば、()()()も覚悟しなければならないな——と。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ウリューは勝利を決めたのに笑わなかった。

 

 元より勝利に喜びを感じるタチではないが、今は勝ったことよりも、その前の一連の流れのことが頭から離れない。

 

 

 

(俺の“蒼王の業(ブルーカルマ)”の範囲攻撃を一瞬で見切っただと……?トレーナー側は特別何も指示していなかった。あのジュプトルも、攻撃のデカさに動揺していた……なのに躱せた。躱し、そしてギャラドス(バクア)の鱗をぶった斬りやがった……)

 

 

 

 その事実は、当初『ノロマ』と評価した男がやってのけたとは考えづらいものだった。事態把握に多くの時間を使い、劣勢下でも思考は鈍い奴だとウリューは感じた。

 

 だが、最後の攻防の瞬発力は——

 

 

 

(最後の一撃……!あいつがダメージで怯まなかったらやられていたのは俺の方かもしれない——クソ!勝ったにしたってこれじゃあ運が良かっただけじゃねぇかッ‼︎)

 

 

 

 もしユウキが最初からそうできていたら……もしわかばがもっと動けたり、タフだったならば……——

 

 そうだったなら、結果はまるっと変わっていたと認めざるを得なかった。そうして理性が認めたことを、ウリューの本能が破り捨てるように否定する。

 

 

 

(ふざけんな‼︎あんなナヨナヨしたやつに……ポケモンがやられるたびに辛そうな顔するような仲良し野郎に負ける?そんなことあるわけがねぇッ‼︎)

 

 

 

 握る拳が悔しさを物語る。

 

 圧倒的にあらゆるパラメータがユウキを超えていたと自覚していたウリューにとって、敗北の可能性があったこと事態許せなかった。

 

 完全に勝つ——今回の試合内容は、それとは程遠いものだったと自己評価したから。

 

 

 

「——あの」

 

「あぁッ⁉︎」

 

 

 

 頭の中で悶々としているウリューに、いつの間にかユウキが近付いていた。そのままの勢いで返事するものだから、返事はいつにも増して荒々しくなった。

 

 

 

「な、なに怒ってんのあんた……?」

 

「お前に関係ないだろ……!」

 

「いや、絶対俺と戦ったのが原因だろそのイラつき……なんで勝ったあんたが怒るんだ?」

 

「だからお前に関係ねぇ‼︎」

 

 

 

 これは自分自身のプライドの問題だとウリューは頭の中で唱える。

 

 負けそうになったのは、自分の至らなかった考えや弱い部分がまだあるからだと結論づけ、二度とこんな事がないようにこの後の鍛錬で克服すると誓う。

 

 そんな気持ちなどユウキは知る由もないが、理不尽な怒号をぶつけられたユウキは少し間を置いて手を差し伸べた。

 

 

 

「……なんだそれ?」

 

「いや、いい試合だったし、ありがとうございましたって」

 

 

 

 求めた握手。その手の意味をまるで理解していないような顔だった。ポカンとした顔の後、ウリューは目を三角にして怒鳴り出す。

 

 

 

「ハァァァ⁉︎負けたくせになんだお前……悔しくねぇのか⁉︎何がいい試合だ!何がありがとうだ!——負けたらなんも意味ねぇだろうがっ‼︎」

 

「え、いや……んなことないと思うけど……」

 

 

 

 差し出した手を払い除けられ、今度は間違いなく自分に向けられた怒りだと理解したユウキだが、そこまで怒られている理由がわからない。

 

 癪に触ったことだけはわかるので、申し訳ない気持ちにはなるが……明後日の方向を見ている横顔を見て、ユウキはため息をつくしかできなかった。

 

 

 

「あのさ……俺からもいいか?」

 

「……なに?」

 

 

 

 ぶっきらぼうに答えるウリュー。

 

 試合中は疑問に思う暇もなかったが、改めて考えてみると、ユウキには解せない点がいくつもあった。

 

 

 

「そっちのギャラドス……すごい強かったよ。育成するのも大変だっただろ?なんかコツとかあった?」

 

「はぁ?そんな事聞いてどうすんだよ?」

 

「いや、もしかしたら今後捕まえるかもしれないし?」

 

「はぁ?」

 

「あと特性二つ持ちだっただろ?どういう訓練したら特性が増えるのかとかも聞きたい」

 

「おいちょっと待て」

 

「何より最後の“水の柱”!あれなんかの派生技なのか?なんかお前が操ってるように見えたんだけど——」

 

「聞けやこらっ‼︎」

 

 

 

 段々と矢継ぎ早になっていくユウキの質問を制するウリュー。対してユウキも質問に答えてほしくて食い下がる。

 

 

 

「頼むって!俺、この試合で必要な事たくさん知った気がするんだよ。あんたが使った技はどれもすごかった!俺も身につけたいんだ!」

 

「恥ずかしくねぇのか⁉︎負かされた相手に教えを乞うなんてよ‼︎」

 

「——?自分より強い人にアドバイスを聞くのが恥ずかしいのか?」

 

「みっともねぇっつってんだバカタレッ‼︎それでも男かおま——」

 

 

 

 互いの意見が平行線を極めていると、急にウリューは言葉を発しなくなった。

 

 怒りの顔のまま突っ立っている姿を見て不気味に思ったユウキだったが、直後ウリューが糸の切れたマリオネットのように倒れ込んで事で事態を飲み込めた。

 

 

 

「——アオギリさん⁉︎」

 

「悪りぃな。こいつ火がつくとマジでうるさいからよ。持ち帰るわ」

 

 

 

 どうやらアオギリが忍び寄って、ウリューを気絶させたようだった。

 

 『いつの間にそんなとこに?忍者ですかあなた?』——というツッコミを飲み込みながら、ユウキはまだ食い下がる。

 

 

 

「あ、あの!そいつにまだ聞きたいことがあって……できたら話聞かせて欲しいんですけど——」

 

 

 

 そのユウキの顔を見て、少し考えたアオギリは口を開く。

 

 

 

「お前、今日こいつに負かされたんだろ?こいつも言い方はアレだったけど、そういうの聞き辛いとか思わないのか?」

 

 

 

 アオギリの問いに、ユウキは固まる。そう言われて……改めて悔しさが込み上げてきたからだ。

 

 

 

「……そりゃいい気はしないですよ。でも、今俺は選り好みできるような立場にないんです。今日勝てなかった分、負けた分を糧にする為になら、俺のちっちゃいプライドなんて捨てられます」

 

 

 

 俯きながら、今の気持ちを丁寧に捻出する。

 

 肩は震え、拳は硬く握られている。

 

 じわりと“敗北”の味を噛み締め、それでも前を向いていたいと懸命に顔を上げるユウキだった。

 

 

 

「——強くなりたいんです。行きたいところに行けるだけの強さ……『約束』を守れるだけの強さが欲しいんです……!」

 

 

 

 その顔を見て何かに満足したアオギリは、それでもウリューを担いでコート上から立ち去ろうとする。

 

 待ってくれと声をかけようとした時、アオギリは振り向かずに答えた。

 

 

 

「そんなに知りたきゃ、一個くらい俺の方からレクチャーしてやる。今は頑張ってくれた“友達(ダチコウ)”を休ませてやれや」

 

 

 

 それを聞いて、ユウキは手持ちのボールに目をやった。

 

 

 

(——みんな。お疲れ様)

 

 

 

 そう呟いて、ユウキはコートを後にする。

 

 燃え上がっていた熱気を冷ますように、海風が吹いていた……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——無茶させ過ぎましたね」

 

 

 

 ポケモンセンターに運び込んだ俺の仲間たちを診ていた医師に奥の部屋に通されて言われたのがそんな言葉だった。

 

 間抜けなことに返事できたのは「へ?」という声だけで、正直何を言われたのかわからなかった。

 

 それでも医者は続けて話す。

 

 

 

「——まずジグザグマなんですが、使用した技の反動で筋繊維にかなりのダメージがあります。これはリカバー機にかけてもすぐには治らないほど酷いです。今は鎮静剤を打って眠らせていますが、しばらくは痛みが続くでしょう」

 

「そんな……」

 

 

 

 これまでも【亜雷熊(アライグマ)】の反動で戦闘不能まで追い込まれることはあったが、その時は一度の回復で全快していた。

 

 それが今回は後遺症がしばらく続くことを言われて、俺は後悔に苛まれる。

 

 ——【尽蜂(ツキバチ)】はやり過ぎだったんだと。

 

 

 

「……そちらはしばらく安静にしていれば全快も見込めます。休ませる時はしっかり休ませるのもトレーナーの勤めですよ」

 

「肝に銘じます……」

 

 

 

 我ながら甘かった。

 

 『ポケモンセンター』も万能ではないことくらい知っていたのに、多少の無茶はリカバリーしてくれると考えていた節がある。

 

 もしそれで取り返しのつかない怪我をしてしまったら……俺は一生悔やむだろうに。

 

 

 

「——んで、こちらのジュプトルなんですが」

 

「わかばもどこか悪いんですか⁉︎」

 

 

 

 俺は弾けるように医者に詰め寄る。

 

 無茶な特攻や新技の連発、破損した左前腕葉(ひだりぜんわんよう)*1の事などが頭を過っていてもたってもいられなくなった。

 

 だが医者はそういう事ではないと俺をいさめる。

 

 

 

「怪我した部分はジグザグマ同様、すぐに回復できないものもありますが、休ませていればいずれ回復しますよ……ただあなたも顔色が悪いような気がしましてね」

 

 

 

 そう言われ、確かに倦怠感があることに気付いた。ただこれは試合後の疲れなので、言われるほどのことでもないと思うが……——

 

 

 

「念の為、あなたも精密検査を受けますか?プロトレーナーの診療もポケモンセンターでは無料ですし」

 

「あ!でもすんません、この後決勝のバトル見ないといけないので……」

 

 

 

 正直今こうしてる間にも始まるんじゃないかとうずうずしていたので、これ以上は待てないというのが本音だった。

 

 疲れも時間が経てばひいていくし、今日はもう試合も何もないから断った。

 

 

 

「そうですか……しかしご自愛くださいね。あなたが倒れてしまったら、あなたを慕ってるポケモンたちも不安になりますから」

 

 

 

 それは確かにと思うなので、その言葉だけをありがたく貰って、俺は病室を後にした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナコート——。

 

 

 

 ここでは“カイナトーナメント”のオープンリーグ側の決勝戦が終わったところだった。

 

 その後はいよいよグレートリーグの決勝。この戦いの幕開けを、皆が今か今かと待ち構えている。

 

 そこにポケモンの治療を済ませた(まだ完治はしていないけど)俺がやってくると、タイキが大きく手を振って出迎えてくれた。

 

 

 

「アニキー!こっちこっち‼︎」

 

「おー。席取っててくれたのか」

 

 

 

 どうも俺が観戦する場所取りをしてくれていたようだ。

 

 何せこれから戦うのは、今大会の台風の目。大人気も実力もNo. 1——“紅燕娘(レッドスワロー)”ことハルカの決勝なのだ。当然客席はとんでもない混み方をしていた。

 

 

 

「……すげぇ人気だなぁ」

 

「そりゃあの“紅燕娘(スワロー)”っスからね!俺も試合するとこ生で観るの初めてなんで楽しみっス‼︎」

 

 

 

 そう目を輝かせるタイキを見て、少しホッとする。

 

 タイキの俺への期待は相当高かっただろうし、負けたことにへこんでいたら正直合わせる顔がないと思っていた。こいつはもう切り替えている……そう思った。

 

 でも——

 

 

 

「——ごめんな。負けちまって」

 

 

 

 騒ぐ周りの音の中でも聴いてくれたのか、タイキは盛り上がっていた体の力をフッと抜いた。少し黙って……タイキはポツリと漏らす。

 

 

 

「……アニキなら、次は勝てるっスよね?」

 

「え……?」

 

 

 

 それは即答できなかった。

 

 ウリューともう一度戦う為には、きっと足りないものが多すぎる。それをどこまで克服できるのか、採算がついていない俺には答えづらいものだった。

 

 

 

「——勝てるっスよ。だってアニキは、俯くよりも前を向いてる時の方が多かったっスから」

 

 

 

 それは俺に対する身贔屓でもなんでもなく、客観的に見たタイキなりの評価だと思った。だから、思ったよりもスッと受け入れられる。

 

 

 

「アニキは『負け』も力に変えられる。わかばもチャマメもアカカブも……それに応えられるポケモンっス……だから——」

 

 

 

——この先も……期待させてもらってもいいっスか?

 

 

 

 

 タイキは肩が震えていた。

 

 顔は見えないけど、きっと泣いてた。

 

 でも、失礼ながら嬉しかった。

 

 惨敗だったあの試合を観ても……信頼は少しも失われていない事に。

 

 

 

「ああ……次は絶対勝つよ」

 

 

 

 自信はない。

 

 あるのは決意だけだ。

 

 この先……必ず同じ轍を踏まないという——

 

 

 

ワァァァアアアアア——!!!

 

 

 

 一際大きな歓声。

 

 それは今日のメインイベントの主役がコートに現れたからだ。

 

 

 

「スワローキタァーーー‼︎」「やっぱ優勝はスワローっしょ‼︎」「そして可愛い!推せる‼︎」「あっちの第二シードも凄かったよ!」「どっちも派手な試合するらしいぞ‼︎」

 

 

 

 ハルカとウリューがそれぞれコートに出揃う。

 

 それを見た客席の声は、多くがハルカ目当ての客のもの……やはりあいつのカリスマ性はとんでもねーなと改めて思う。てか誰かあいつにアプローチしてるやつおらん?

 

 

 

「スワロー——ハルカさんはとにかく試合展開が速いことで有名なんスよ。速さとさる事ながら、注目すべき点はやっぱ“火力”すね!」

 

 

 

 タイキからの話を聞くだけではよくわからないが、かなり派手な立ち回りをするらしいことはわかった。

 

 あいつの性格と照らし合わせても、それは意外ではない。だけど——

 

 

 

「それでも……さっき手合わせしたギャラドスの仕上がりは相当だ。あの攻防速に対応できるのかよ……」

 

 

 

 直に手合わせした感想では、ウリュー側の負けも中々想像しづらかった。

 

 硬さと強さと速さを兼ね備えるギャラドスにどう対抗するのか……注目点はそこにあると睨んでいる。

 

 

 

 「アニキはどっちに勝って欲しいっスか?」

 

 

 

 これはまた唐突な質問がタイキから飛んでくる。うーん。結構悩ましいな。

 

 

 

「——複雑だな。友達としてはハルカに勝って欲しいけど、俺に勝ったあいつが負けるのもちょっと癪だし……」

 

「好きな人……の間違いじゃ——痛たたたたたた‼︎」

 

 

 

 きっちり応えたのに余計なことを言うタイキの耳をつねり上げる俺。決して動揺してるとかじゃなくてね?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——こんにちは♪いい試合にしようね!」

 

「……」

 

 

 

 これから決勝を戦う相手に対して、ハルカはウリューに話しかける。

 

 当然……というように無視を決め込むウリューに対して、まるで物怖じしないハルカは続ける。

 

 

 

「今日はこんなにたくさんのお客さんに観てもらえるんだから〜♪もっと明るく元気にやろうよ!」

 

「今日はふざけたやつばっかだな……のぼせんなよスワロー?」

 

 

 

 相変わらずの険悪な態度で返事するウリュー。そんな言葉に少し目を丸くするハルカだが、すぐに笑って返す。

 

 

 

「アハハ!お話してくれてありがとうウリューくん!」

 

「はぁ……?頭湧いてんのか?」

 

「んふふ〜……楽しみだなぁー君と戦うのも……」

 

 

 

 にこやかにこのバトルを楽しもうとする姿勢を見て、眉間に皺がよるウリュー。

 

 

 

「楽しみねぇ……そんな事で俺の前に立ってくるなら、蹴散らして仕舞いだ——楽しめるもんならな楽しんでみろよ!」

 

 

 

 ウリューは気迫全開でハルカに向き合う。だが気圧されるどころか、笑顔のままでウリューに言葉を返すハルカ。

 

 

 

「うん……楽しむよ。でも、本当にたくさんの人が来てるからね〜……」

 

「あ?」

 

 

 

 そう言って周りを見回すハルカの意図がわからなかったウリュー。しばらく見回した後、ウリューに向き直り——

 

 

 

「……緊張し過ぎないように頑張ろうね

 

 

 

 その言葉の意図は、やはりわからない。それでも何故かそれが“宣戦布告”のように感じたウリューは……——

 

 

 

「いいぜ……ギタギタにしてやんよ……!」

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべて試合に臨むのだった……。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

「——それではこれより、“アクア団のウリュー”と“ミシロタウンのハルカ”による、“カイナグレートリーグ”決勝戦を行います!!!」

 

 

 

 ハルカとウリューは、互いにボールを握りしめて構える。それを見て、俺も会場の人たちもみんなが固唾を飲む。

 

 この試合、どちらが上なのか……その予想の結果を示す賽が投げられる。俺はその一部始終を目に焼き付ける為に、前のめりになる。

 

 

 

 この大会で一番強いやつが——決まる!

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)!!!」

 

 

 

 

 

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*1
ジュプトルの腕から生えた葉





激戦、必至——‼︎



〜翡翠メモ18〜

『ポケモンコンテスト』

民間コミュニティの有志を募って2002年に開催された『ポケモンコンテスト』以来、白熱しているホウエン地方名物。

ポケモンの「見た目」、「技の見栄え」、「トレーナーとのシナジー」というバトルにはない審査基準によって一番を決めるこの大会は、人気ゆえに他の地方でも開催されるようになる。

コンテスト発祥の地ということもあり、ホウエン地方のコンテストレベルは最高峰。一般トレーナーといえど、プロ顔負けの実力を持つ者もいる。

スポンサーがついたトレーナー、コミュニティなどはメディア露出する機会も多く、アイドルとして活躍する者も多くいる。



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第99話 急転直下


今回の話は地味に難産でした。
流れは決まってたのになんでじゃろうねー。




 

 

 

「行け!ギャラドス(バクア)‼︎」

 

「お願いバシャーモ(ちゃも)‼︎」

 

 

 

 互いのポケモンが出揃い、観衆はコートに釘付けになる。その開幕——初っ端から驚かされることになった。

 

 

 

「“バシャーモ”——⁉︎いつの間に進化してたんだよ‼︎」

 

 

 

 客席から見ていた俺にも状況がわからなかった。俺の記憶が正しければ、初めて再会したカイナ砂浜で繰り出していたのは“ワカシャモ”だったはず。

 

 それがこの大会中に進化していたというのは予想外だった。

 

 

 

「——おめぇが驚くのも無理ねぇよ。進化したのは、()()()()()みてぇだからな」

 

「アオギリさん⁉︎」

 

「また後ろから出てきた‼︎」

 

「わりわり。仕事抜けるのに手間取ってな」

 

 

 

 アオギリさんはそう言いながら俺の席の隣に座った。

 

 満席だったのでめちゃめちゃ強引に捩じ込まれ、俺の反対側にいたタイキが圧力でえづく。というか仕事あるならそっち行ったほうがよくないか?

 

 

 

「——って。そんなんでハルカ大丈夫なんですか?」

 

「まぁそこまで大きく姿が変わる進化タイプじゃないだけ大丈夫じゃねぇの?自分の能力のギャップには戸惑うかもだが——」

 

 

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 そうこう言ってるとバクアとちゃものぶつかり合いが始まった。コート中央で押し合う2匹——。

 

 

  

——バシュァッ‼︎

 

——ギャアッ‼︎

 

 

 

 「すごい……あのギャラドス相手にパワーで負けてない——」

 

 

 

 しかし俺がそう思ったのも束の間。

 

 バクアがさらに押し込むと、ちゃもは一瞬で後方に吹っ飛ばされた。そのままハルカのところまで飛ばされるが、これを空中で姿勢を整えて華麗に地面に降り立つちゃも。

 

 パワー勝負ではバクアに軍配が上がる。

 

 

 

「いいね!——“ビルドアップ”‼︎」

 

「積ませるか!」

 

 

 

 

 攻守共に能力上昇(バフ)させる行為を咎めるようにバクアが次の手を打つ。さっきの突進の折に、既に尾には十分なエネルギーが溜まっていた——

 

 

 

——“アクアテール【削刃(サクバ)】”‼︎

 

 

 

 円刃がちゃもに迫る。“ビルドアップ”の硬直で躱すことができない——

 

 

 

——シャバッ‼︎

 

 

 

 予想に反してちゃもは飛び上がる。【削刃】の脅威から寸手のところで逃れるが……。

 

 

 

「いやダメだ!それは——」

 

 

 

 【削刃】は飛来して翻り、もう一度敵を襲う二段攻撃。空中では動きが制限される状態でこれをかわすのは困難だ。

 

 

 

——“ニトロチャージ【噴鳥(ジェッパ)‼︎

 

 

 

 瞬間的にちゃもは両手首から肘にかけて炎を纏い、肘先からそれを勢いよく噴射する。それによって空中で推進力を得たちゃもは【削刃】を躱すどころかそのままバクアに向かっていった。

 

 

 

「なんて機動力……これなら——」

 

 

 

 今度は空からの奇襲。初見でこのスピードに対応できるわけがない——

 

 

 

——“アクアテール”‼︎

 

 

 

「いや読んでんのかよッ‼︎」

 

 

 

 俺の時に空中制御するポケモンに慣れたのか——それにしたって驚く素振りくらい見せてもいいはずなのに、ウリューは当然のように対応する。

 

 

 

——炎陣転稼(えんじんてんか)——“ブレイズキック”‼︎

 

 

 

 “ニトロチャージ”で纏った炎がちゃもの体表を迸り、脚に移動する。

 

 その炎が一層強まる時、それは灼熱の蹴りとなってバクアの“アクアテール”とぶつかった。

 

 

 

——ドパァァァァァン!!!

 

 

 

 双方の重い一撃が接触直後に爆ぜる。水蒸気爆発のように高温の水が辺りにぶちまけられ、爆煙がコートに満ちる。俺たちが戦う2匹を観れるようになる頃、バクアもちゃもも睨むようにして向かい合っていた。

 

 

 

「す、すげぇ……!」

 

 

 

 客席がどわっと湧くのと同時に、俺の口にはただただ感嘆の言葉が上る。事態を飲み込む事すら許されないハイスピードの攻守の入れ替わり。挙動は全て次の攻撃に繋がるハルカとちゃもに対して、対応力と自力の強さを見せつけるウリューとバクア。

 

 互いに何を思い戦うのか、今の俺には想像もできない程、レベルが高い。

 

 

 

「とりまお互い()()()は済んだってことか?」

 

「……は?」

 

 

 

 隣のアオギリさんがなんか的外れな事を言ってきたので、俺は首を傾げてしまう。いや、もしかしてあの全力でやってるアレを様子見って言ったのか?

 

 

 

「あの……めちゃめちゃ本気でやり合ってたようにしか見えないんですけど」

 

「お前のレベルじゃわかんねぇだろうが、あの程度じゃ本気の半分も出してねぇだろ。嬢ちゃんもウリューもな」

 

 

 

 さらっと今しがた負かされた傷を抉られた俺は首を落とす。

 

 ……ていうかマジで言ってるのか?俺には攻防の移り変わりを見るだけで精一杯だったんだけど……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

(——なるほどな。確かにこいつは今までの奴らとは()()()()

 

 

 

 ウリューは対峙するトレーナーの力量を見極めていた。

 

 

 

(さっきの攻防……バクアの方が力が強いと見るや速攻で後ろに飛んで衝撃をいなしやがった……あのバシャーモ、勘が恐ろしく冴えてやがる)

 

 

 

 ちゃもはパワー比べの際、触れただけで相手の内包する能力に気付いたようだ。普通ある程度こだわりたくなる場面でもあるが、ちゃもに限ってそれはなかった。

 

 

 

(【削刃】に関しても特に慌てる様子もない……素の力では勝るこっちへの回答は、炎の推進力を乗せた自慢の蹴り技ってわけか)

 

 

 

 ちゃもに起こった現象は一瞬だが、それでも確かにウリューには見えていた。“ニトロチャージ”から“ブレイズキック”に繋ぐ時、飛ぶために使った炎がそのまま脚に移動したのを——

 

 

 

(おそらく何らかの“種族特性”——炎を循環させて連続攻撃するほどに火力が上がっていく感じか……)

 

 

 

 起こった現象から割り出したウリューの結論は、ちゃもの“種族特性”の概要を裸にした。対してハルカの方も、手合わせした感覚から対戦の流れを掴みつつあった。

 

 

 

(——んー。やっぱり力比べじゃ勝てないかー。ならあの返しには『ギューン』ときて『バァー』みたいな感じで攻めてみよっか!でも向こうから来たら『ン、トン、ン、トン……』って感じで緩急つけて〜……)

 

 

 

 独特のリズムを脳内で反芻するハルカ。他人には決して理解できない擬音だらけの戦略構築により、彼女は誰にも先が読めない戦いを繰り広げる。

 

 互いの脳内に刻まれた先ほどの戦いの情報を自分なりに落とし込んだのは両者同時だった。

 

 

 

——“ニトロチャージ【噴鳥】”‼︎

 

——“アクアテール【削刃】”‼︎

 

 

 

 ちゃもは接近。バクアは迎撃を選択。放たれた円刃をひとつ、鋭い軌道で躱すちゃもは一気に間を詰めようとする——

 

 

 

——ギュィィィイイイ‼︎

 

 

 

 ちゃもの行き先にもう一つの“刃”——【削刃】は2枚投げられていた。

 

 

 

「1本目の裏に隠して本命は二の矢‼︎」

 

「いや……挟み撃ちだ」

 

 

 

 ユウキの見立てより、アオギリの予想が当たる。先に投じられた刃が先ほどよりも翻るのが速い。前方と後方からの挟み撃ちになる。

 

 

 

——バッ‼︎

 

 

 

 ちゃもは空中に飛び上がる。腕に纏った炎をジェット噴射し、飛行するちゃもには届かない。

 

 

 

「——くらえ‼︎」

 

 

 

 瞬間、先ほど挟み撃ちに使った水刃が互いにぶつかり合い、甲高い音が響いた。その刃は衝撃で爆ぜ散り、辺り一体に拡散する。

 

 

 

 ——“アクアテール【削刃(サクバ)針爆(ヘッジホッグ)】”‼︎

 

 

 

 細かい水の弾丸が空を飛ぶちゃもにまで達する。これを全て身のこなしだけで躱すことはできない。

 

 

 

——炎の盾羽(ほのおのたてばね)‼︎

 

 

 噴射していた炎を止め、腕に纏ったそれを扇状に展開する。翼のような炎の盾を両腕で構え、弾丸の嵐を防ぎ切った。

 

 

 

「——だが足は止まるよな……!」

 

 

 

 ウリューは既に次の手を打っていた。バクアの口が大きく開き、赤口する。

 

 

 

——“竜の怒り”‼︎

 

 

 

 灼熱の塊が空中にいるちゃもに迫る。今から【噴鳥】で逃げても間に合わない。

 

 

 

「危な——」

 

 

 

 ユウキが叫びきる前に、ちゃもは既に行動に移していた。空中で回転したちゃもは、反動のついた蹴りを向かってくる“竜の怒り”に見舞う。

 

 

 

——“ブレイズキック【鷲反蹴(イーグルカウンター)】”‼︎

 

 

 

 

 強烈な一撃が“竜の怒り”を弾き——そのまま放ったバクアに()()()()()

 

 

 

「——‼︎」

 

 

 

 これを顔面にモロに食らったバクアはよろける。あのタフなバクアでも、自身の攻撃力には怯むようだ。

 

 

 

「ちぃ——バクア!“身代わり”!」

 

 

 

 これを受けて、ウリューは“身代わり”を選択。直後ちゃもがバクアの前に躍り出た。

 

 ——必殺の一撃が放たれる。

 

 

 

 

“炎陣転嫁”——

 

“ブレイズキック【鷹——

 

 

 

——ヴゥーーーーーーーー!!!

 

 

 

 二人が接敵するその時、突如鳴り響いたのはサイレンの音……だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「——《緊急警報、緊急警報。》……《108番水道『シーキンセツ跡地』にて多数の負傷者発生》——《カイナ港にて、負傷者の受け入れ、救助を受諾しました》——《トーナメント含むカイナ港付近での催しを中止してください》——《繰り返します》——」

 

 

 

 大会の熱気に冷や水をかけるその放送が、カイナ中に響き渡った。その一報に目を丸くする俺は、最初何を言ってるのか全くわからなかった。

 

 

 

「警報——こんな時に⁉︎」「せっかくスワローの試合だったのにぃ!」「なんかやばくない?シーキンセツって…」「今から怪我人来るって事だよな?」「これ結構オオゴトなんじゃ……」

 

 

 

 試合中断を余儀なくされる中、観客たちには動揺が見えた。事態把握もままならない中、みんながどうしていいかわからない。

 

 かく言う俺も、複雑な気持ちの中で何をしたらいいのかわからないでいた。

 

 

 

「——はいみんなちゅ〜〜〜もく!!!」

 

 

 

 一際高いところから、女の子の大きな声がざわついたコートに響く。見れあげると、華やかな白い装いと青緑色の髪が特徴的な少女がこちらに呼びかけていた。誰だろ……?

 

 

 

「今からここに痛い思いをした人たちがたくさん来るので!みんなは落ち着いて片付けをしよー!大丈夫!楽しいバトルは、きっとまたこのカイナで観られるから‼︎その為にもみんな団結して行こー!!!」

 

 

 

 簡潔に、たったその一言で全員が静まり返った。そして、各々が今自分に最善の行動を求められている事をすぐに理解していく。

 

 

 

「そうだよな!ルチアちゃんの言う通り!」「こんな一大事だ!試合どころじゃねぇよ!」「設営が救助の邪魔になるから片付けにも人手がいるもんね!」「勝手に動いたらそれこそパニックになるぞ!プロに聞いてみんな出来ることしようぜ!」

 

 

 

 とてもさっきまで口惜しさで戸惑っていたとは思えない客が、すぐに立ち上がってそれぞれが係員のところまで駆け寄る。この檄を飛ばした女の子も率先して大会運営の場所に行き、そのカリスマ性を発揮してどんどん仕事を割り当てていく。

 

 そのあまりにも変わりすぎた状況で、俺もうかうかしてはられないと立ちあがろうとした——

 

 

 

「——あれ?」

 

 

 

 立ちあがろうとした。なのに膝に上手く力が入らない。この緊急事態にどうして——

 

 

 

「おい無理すんな。おめぇは休んでろ」

 

「あ……アオギリさん?」

 

 

 

 俺の腕を肩に回して、アオギリさんがこの場から引き上げてくれた。でも……本当にどうしてこんな——

 

 

 

「“固有独導能力(パーソナルスキル)”の反動で、今しばらくは動けねぇだろ。前の戦闘じゃ結構長い間使ってたみてぇだしな」

 

「ぱ、ぱーそ……なんですか?」

 

「あ、アニキ大丈夫っスか⁉︎」

 

 

 

 そばにいたタイキも俺の異常事態に気付いてアオギリさんと反対側から俺を支えてくれた。うわ、なんか恥ずかしや。

 

 

 

「——とりあえず事態が事態だ。適当なとこで降ろすから寝て待ってろ。ある程度回復したら、今日はホテルで転がってろ。間違っても今日はバトルや救助の手伝いなんかすんじゃねぇぞ?最悪死ぬぞ」

 

「死——⁉︎」

 

 

 

 え、俺今そんなに悪いの?というかアオギリさんがなんで俺の体の事そんな詳しいの?

 

 

 

「俺もすぐに行かなきゃなんねーから。ツルピカ。お前こいつの面倒みとけ」

 

「タイキっス!了解ッ‼︎」

 

 

 

 なんだか周りの出来事が恐ろしいスピードで俺を置き去りにしていく。そしてカイナの街中まで運ばれた俺はベンチで横になり、タイキに介抱されているうちに眠りに落ちてしまった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺が目を覚ます頃、街中は不穏な空気を漂わせていた。

 

 日が傾いて尚、行き交う人の顔は険しく、カイナの浜辺ではさっきまでそこで試合をしていただなんて思えない光景が広がっていた。

 

 船やポケモンで運ばれてきたであろう人たちがあちらこちらで手当を受けている。

 

 多くは軽傷のようだが、中には担架で運ばれる人間もいる事から、事態は俺が思っているより深刻な事がわかる。

 

 

 

「——アニキ!目が覚めたんスね‼︎」

 

 

 

 俺がそんな景色を見ていた時、後ろからタイキが声をかけてきた。

 

 そうだ……俺が寝るまで介抱してくれてたんだった。タイキの両手には今買ったであろう自販機のジュースが2本握られてきた。

 

 

 

「疲れてんすから勝手に歩き回っちゃダメっスよ!」

 

「悪い……ちょっとこっちが気になってさ」

 

「あぁ……なんか大変なことになっちまったっスね……」

 

 

 

 物々しい光景に、どこか居心地の悪さを感じた俺たちは言葉に詰まる。

 

 あの白服の女の子が言ってたように、切り替えが大事なのはわかっているが、やはりこうも陰鬱な光景を見せられてしまうとどうにも気持ちがついていかない。落差が凄すぎる。

 

 

 

「——そいえばハルカやウリューってどこに」

 

「あ、あの二人はそのまま救助活動に向かったらしいっすよ!というか、今日来てた“B級”以上のトレーナーはみんなこの事件の収拾の手伝いの要請があったみたいで」

 

「要請……HLCか……」

 

 

 

 こういう災害などでポケモンの力を借りる場合、プロトレーナーにお呼びがかかることは多いそうだ。

 

 今回は“B級以上”ということで俺の端末に連絡は来なかったみたいだが、どうせ来てても動けなかったのでどのみちである。しかしこの光景を前に、のんきに寝ていた俺は罪悪感ばかりが込み上げてきた。

 

 

 

「みんな大変だったのに……なんか申し訳ないな」

 

「いいんスよ!アニキだって病人に手伝って欲しいとか思わないっしょ⁉︎」

 

「うっ……それは本当にそうだけど……」

 

「——っと。こら坊主!帰って寝てろっつっただろうが!」

 

 

 

 タイキに励まされていると、浜辺で忙しく動いていた一人がこちらに近づいてきた。

 

 暗くて顔が見えにくいが、それでもそのシルエットと声を間違えるはずもなく——アオギリさんが俺のとこまですっ飛んできた。

 

 

 

——ゴインッ‼︎

 

 

 

 そして鉄拳制裁が俺の頭上に降り注ぐのである。

 

 

 

「痛ッッッ‼︎」

 

「言いつけ守んねぇーからだバカ!」

 

 

 

 大丈夫?俺の頭陥没してへん?というか一応さっきまでぶっ倒れてた奴殴りますかね普通?いや俺が悪かったけれども。

 

 

 

「ったく……まぁいいわ。今ひと段落ついたし、思ったより元気そうだから——」

 

「すいません……全然話が見えないんですけど」

 

 

 

 どうもさっきからアオギリさんの言っている事がよくわからない。

 

 何かを教えてくれる話にはなっていたので多分それ関係ではあるんだろうけど、この原因不明の倦怠感やさっき言ってた謎単語含め、一度きちんと話を聞かせて欲しいと俺も思っていた。

 

 とはいえアオギリさんもこの事態の収拾に奔走しているようなので、無理に今すぐとは俺も言わないけど……——

 

 

 

「いいからついて来い。足早になるが、お前に教えといてやる……」

 

「え?今忙しいんですよね?」

 

「だから今ひと段落ついたっつったろうが!細かいこと言ってねぇでついてこい!」

 

「はひっ」

 

 

 

 拳骨をチラつかされて、先ほど本能に刻み込まれたあの痛みを思い出して声が裏返る。

 

 なんだかんだ教えてくれるようだけど……ぼ、ぼーりょくはんたーい……

 

 

 

「——で、何を教えてくれるんですか?」

 

 

 

 流石についていくまでにその概要くらいは教えて欲しいと思った俺は質問する。

 

 それをギロリと凶悪な目つきで見返してくるのでまた怖気付く俺……いやもうなんでもない

です行きましょう行きましょう!

 

 

 

「……お前に宿ってる能力について」

 

 

 

 アオギリさんは、声を荒げずに一言呟く。その顔は真剣そのもの。そして、俺には心当たりがないものだった。

 

 

 

固有独導能力(パーソナルスキル)——俺たちはそう呼んでいる」

 

 

 

 

 

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その名の存在を知る——。

展開がっ!!早い‼︎書いてる私が一番思う!!!次回100話!!!たくさん書いたなぁー……。



〜翡翠メモ19〜

『立入制限エリア』

ホウエン地方各地に点在するHLC管轄の下指定された地域・建造物のこと。立入が身に危険を招く場所や重要指定物を保護するなど様々な目的で設定されている。ダンジョンの一部など、必ずしもその地域全体が指定されるわけではない。立入の有資格者は数人から数十人に至る未資格者の立会が可能な場合もある。

以下はその種類。

『丙区』……ジムバッジ3つまで保有するトレーナーが立ち入れる。HLC管轄の重要指定物や貴重な生態系がこれに当たる。

『乙区』……ジムバッジ6つまで保有するトレーナーが立ち入れる。危険な個体・群生のポケモンの存在が確認されている。無事に帰る為には様々な能力が求められる。

『甲区』……ジムバッジ8つ全て保有するトレーナーが立ち入れる。“首領個体”の生息域が指定されているとされる。



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第100話 固有独導能力(パーソナルスキル)


祝!ナンバリング100!!!
皆さん、長ったらしいお話をどうもありがとう!!!
特になんかあるわけではないですが、改めて読者の皆さんに感謝をばm(_ _)m




 

 

 

「——改めて聞きますけど、固有独導能力(パーソナルスキル)ってなんですか?」

 

 

 

 俺たちはアオギリさんに連れられ、陽の落ちた公園で話を始めた。

 

 俺の倦怠感は、この能力を使用したからだというのはなんとなくわかったけれど、生憎俺にはそんな力を使った覚えもなければ、名前すらも聞いた事がない。

 

 

 

「その説明をする前に、ちと前置きをいわねぇといけねぇからよ……まぁそこで座って聞けや」

 

 

 

 俺はタイキからもらったジュース片手に、公園のベンチに座り、タイキもその隣に並ぶ。

 

 タイキの方も『なんのこっちゃ?』と言った顔つきなので、こちらに解説を求めても仕方ないというのはわかる。

 

 

 

「——まずそもそもなんだが、この能力(ちから)は一般人はおろか、そこいらのトレーナーも知ってる奴はほとんどいねぇ。使える奴が極端に少ないんだ」

 

 

 

 それはそうなんだろう。

 

 俺もトレーナーになって一年経っていないわけだからあまり知った風な事は言えないが、特異な能力を持つトレーナーがホイホイいたら、どこかで出会ってそうなもんだ。

 

 いや、そうと知らずに接しているトレーナーもいたかもだけど。

 

 

 

「まあ何が言いたいかって言うと、“わかってる事が少ない”ってこった。レクチャーしてやるなんて偉そうな事言ったが、お前らの疑問に全部答えてやれるわけじゃねーってことは覚えとけ?」

 

「なんていうか、そんなの俺に理解できますかね……」

 

「まぁ聞いとけ。俺もお前が自分から気付いて聞いて来ない限りは言うつもりもなかったんだが……お前のその疲れが深刻な事態になる前に教えなきゃならなくなった」

 

「やっぱこの疲れ……やばいんですか?」

 

 

 

 少し寝てマシになったとはいえ、正直腰を落とした今、立ち上がるのが億劫になるくらいの疲れが残っている。

 

 どうも能力と言われて変な気分だけど、これがその代償というのなら、確かにその実態を少しでも理解する必要があるように感じた。

 

 

 

「お前、前にも何度かぶっ倒れた事はないか?バトルの後、途轍もなく疲れてるとかよ」

 

「あぁ……確かに何度かありました」

 

 

 

 トウカの森で悪党と戦った時やムロのジム戦、トーナメントで当たったクロイさんとの戦いの後……というか、気絶まではしなくても気の張った試合の後って結構疲れてる事多かったな——と。今更ながら思った。

 

 

 

「それが生命の磨耗(エナジーフリック)と呼ばれる現象だ。平たくいえば、寿命を削ってる」

 

「へぇー……え?」

 

 

 

 普通にサラッととんでもない発言に凍りつく俺。え?これ使ってると寿命縮むの?

 

 

 

「あのぉ〜俺あと何年生きられますかぁ……?」

 

「アニキィィィ死んじゃやだよぉ‼︎」

 

「うるせぇなぁ。そんくらいじゃ縮んだりしねぇよ」

 

 

 

 アオギリさんはそう言うが、『寿命を削る』なんてリスクを聞かされて震えるなって方が無理な話だ。しかし大丈夫というからには、それなりの根拠があるって事か?

 

 

 

「第一“寿命を縮めてる”なんて言ってねぇ。『削る』だけで、ちゃんと時間経過で元に戻るのが生命力なんだよ」

 

「え……そうなんですか?」

 

「そもそも“寿命”なんてのは生命活動が出来た期間の“結果”でしかねぇ。自然死するまでのエネルギーが持って生まれたもんだけでしか賄えない訳ねぇだろ。100年生きられる奴のエネルギーを溜めておけるだけのタンクが人間のどこにある?」

 

「つまり“寿命”——“生命力”ってのも、人間の代謝で元に戻っていくということですか?」

 

「ああ。だから心配しなくても()()()()()()()そこまで大事には至らないんだよ」

 

 

 

 それでさっきアオギリさんはあんなに俺を休ませようとしたのかと納得した。心配してくれていたのに、なんだか申し訳ないことしたな。

 

 

 

「すいません……」

 

「もういいわ。どの道おめぇは能力のON・OFFすらまともにできてねー。素人以前の問題だ。お前の頭で捻り出せる戦術で勝てるうちはまだ発動しねぇみてぇだが、この先相手が強くなるほど、固有独導能力は発動する頻度が上がる……トーナメントの一戦一戦でぶっ倒れてたら話にならねぇだろ?」

 

「うぅ……」

 

「しかもさっき言ったが、削れた生命力が治るのも時間がかかる。治ってねぇうちに使い続ければ、いずれ生命力の方にも取り返しのつかない傷がつく可能性もある。それで二度と固有独導能力が使えなくなるトレーナーもいるし……最悪の場合——」

 

 

 

 そこまで言ってアオギリさんの口が止まる。突然のことで俺も驚いたけど、その先を想像して俺も口が重くなる……。

 

 いるんだ……無茶して取り返しがつかなくなったトレーナーが……。

 

 

 

「……とにかく、お前はその能力を使えるようになる為には訓練が必要だ。だから本当はウチで預かって面倒見ようと思ったんだが——」

 

「それ、アクア団に入れってことですよね?」

 

「なんだよ。教えて欲しくねぇのか?」

 

「教えて欲しいですけど……アクア団所属はちょっと……」

 

「そんなに嫌か〜?嫌われたもんだぜ」

 

「あ、そういうわけじゃ……」

 

「飯も奢ってやったのに」

 

「いきなり凄い拗ねるじゃん……」

 

 

 

 てかそのガタイでしょげてても迫力が凄すぎて野生ポケモンの威嚇体勢ぐらいにしか見えない。言ったら首から上消し飛ぶかもしれんのでいいませんが。

 

 

 

「——っと。遊んでる場合じゃねんだわ。どの道今回のシーキンセツの事件調査でアクア団も駆り出されててな。お前の面倒見る余裕がなくなっちまったんだよ」

 

「それで今日いきなりだったんですね……」

 

 

 

 ぶっちゃけ助かる。アクア団が悪いわけじゃないんだが、今更ながら集団の中で生活できる自信がない。

 

 少人数で活動する分にはなんとかなるが、足並み揃えて活動する系の組織に属するのは足を引っ張った時や馴染めなかった時に心臓が死ぬので本当に勘弁してほしいのだ。

 

 

 

「というわけで、お前に能力の稽古つけてくれそうな奴が“キンセツシティ”にいるんだ。俺と違って暇してるから、少なくとも気に入られりゃどうにかしてくれるとは思うぜ?」

 

「ちょ——そんな初対面の人にお願いできませんよ⁉︎」

 

「『アオギリ(オレ)の紹介だ』って言えばわかるっての。ほれ俺のトレーナーズIDのデータやるからよ」

 

「ありがとうございます——じゃなくて!」

 

 

 

 話が淡々とその方向で進んでいくのでなんとかブレーキをかけたい俺は声を荒げる。アオギリさんの紹介だからとはいえ、その人が本当に俺にあった手解きをしてくれるとは限らない。せっかくのチャンスと言えばそうだが、教えを乞う相手のことを先に教えてほしい。

 

 でもアオギリさんはその人物像についてあまり多くを話す事はしなかった。

 

 

 

「——お前、そんな選べる立場じゃねぇんだろ?」

 

 

 

 ギクリ——その言葉は俺がウリューに言った言葉だった。

 

 

 

「この固有独導能力ってのはじゃじゃ馬だ。独力で乗りこなせるほど簡単なもんじゃねぇ。一番の近道は結局その道を知ってる奴に聞くのが手っ取り早いんだ……お前、早く強くなりたいんだろ?」

 

「な、なんでそんなこと——」

 

「15歳にしてトレーナー歴1年未満……ライバルはあの紅燕娘(レッドスワロー)——チグハグな経歴が、お前が最近になって火がついた雛鳥だってことを教えてるぜ?その道、達成するにはこの能力の習得は必須だろう」

 

 

 

 図星以外の何者でもない。確かに俺は出遅れたトレーナーだ。ジム戦に勝てたのは本当に奇跡みたいなもんだったし、トーナメントのシード選手にはまだ実力で遠く及ばないのが現状。

 

 もし自分の中にそんな能力が宿っていると言うなら、あらゆる努力は払うべきだろう。自分に合う合わないなんて、言ってる場合じゃない。

 

 

 

「ウリューの能力見ただろ?」

 

「もしかして……あの水の柱を出現させる能力ですか?」

 

 

 

 あれは最初何かの“派生技”だと思っていたから、てっきりギャラドスの能力だと思っていたけど……あの水の柱はウリュー本人が操っていたような素振りだった。あれもパーソナルスキル?の一種なのか……?

 

 

 

「そうだ。使役するポケモンから生命エネルギーの一部を取り出して、自分の思い描く武器へと形を変えてるんだ」

 

「ポケモンの生命エネルギーを……大丈夫なんですかそんなことして?」

 

 

 

 それだけ聞くと中々危険な能力だと思う。人間がその“生命の磨耗(エナジーフリック)”とかいうのでこれほどダメージを受けるのだから、直接摘出されでもしたら——

 

 

 

「ポケモンの生命エネルギーは人間よりずっと回復が速い。というか、ポケモンの技そのものが生命エネルギーを変換して放つものだからな……俺も学者じゃないから詳しいことはわからんが」

 

「ポケモンの方が生命エネルギーの扱いが上手いって感じですか?」

 

「まぁな。個体差もあるだろうが、人間よりはずっと多くのエネルギーを扱える場合が多い。余談だが、自分の保有するタイプとは違ったタイプの技を打てるのも、別のタイプに変換するっていう生命エネルギーのコントロールでやってるらしいぜ?」

 

 

 

 なるほど。その理屈なら様々なタイプの技を覚えるポケモンがいたりするのも納得だ。こうした事からポケモンの仕組みがわかるのも、今後のトレーニングに活かせそうなので助かる。

 

 

 

「——まあだからトレーナー側の負担が大きいんだ。元々固有独導能力の第一歩は『ポケモンとトレーナーの生命エネルギーを接続させる』ってとこから始まる。“磨耗”するってのは、その接続中に発生する抵抗の事だ」

 

「うーん。わかったようなわからんような……」

 

「なんとなくわかってりゃいいんだよ。どうせその感覚は人とポケモンそれぞれだ。それは教えを乞う前に自分でなんとかしないといけねぇことだしな」

 

 

 

 そう言われるとまた自信が無くなる。

 

 ポケモンとその、生命エネルギーを繋げるっていきなり言われても全く理解できない。目に見えるものじゃないし、無闇に鍛えればいいってもんでもない。

 

 うんうんと唸っている俺に見兼ねたアオギリさんが、ため息をつきながら俺に迫る。

 

 

 

「うだうだ考えんな!そもそも理屈どころか存在すら知らなかったお前が、これまで何度も使えた能力だ。昨日今日いきなり生えてきた尻尾じゃあるまいし……使えた時の事を思い出してやってみろ」

 

「使えた時のこと……」

 

 

 

 アオギリさんの言うことにも一理ある。

 

 自分のことなのに知らなかった事なんてのはこの旅の中でたくさん見つけてきた。奇しくもハルカが前に言ってた『新しい自分』というのを見つけるというのがこの状況にマッチする。

 

 ——答えは記憶の中にあるって事だ。

 

 

 

「少なくともその答えは出してから行けよ?俺が紹介したそいつは、()()せっかちなとこがあるからな……見限られたらそれまでだと思っとけ」

 

「えぇ……」

 

 

 

 いきなりの紹介な上、初対面で気に入られろって事ですか?無理ゲーにも程がある。

 

 

 

「大丈夫ッス!アニキなら絶対その“ぱーそなるすきる”を使いこなせてみせるッス!」

 

「お前が約束してどうすんだよ……」

 

 

 

 また根拠のない自信でガッツポーズをとるタイキ。こいつ疑うってことしらねぇなマジで。

 

 

 

「ハハハ!そりゃ楽しみにしとくわ!んじゃ、今度こそホテル戻って寝とけよ?今後の選手生命まで削られたくなかったらな……」

 

 

 

 そう言い残し、アオギリさんは立ち去っていった。

 

 俺は教えられた事の半分も理解できなかったけど、そのひとつひとつに意味があるのだと思うことに努めた。

 

 そして……まずは言わなきゃいけないことを思い出す。

 

 

 

「——アオギリさん‼︎」

 

 

 

 既に夜の闇に溶けかかっているアオギリさんの背中に向けて、目一杯の声で呼びかける。

 

 

 

「本当に色々ありがとうございました!この恩、いつか返しに行きます‼︎」

 

 

 

 その背中が振り返ることはない。

 

 ただうっすら見えるその体から、太い腕が上げられていたのだけは確認できた。

 

 ……アクア団に入れとか言われるかもと思ったのは内緒だが。

 

 

 

「行っちゃったっスねアオギリさん」

 

「ああ……まーたやる事できちゃったよ」

 

 

 

 強くなりたい——今日の敗北から何も前に進まなければ誰も追いつけない速度でみんなが通り過ぎていくだろう。

 

 俺はそれについて行くのが精一杯だけど……。

 

 

 

「やることが見えてる分、まだやりやすいか——今まで書いたノートにヒントあるかな?」

 

「でも今日は休んでくださいよ?」

 

「う……」

 

 

 

 負けてもっと凹むかと思ったけど、むしろやることが明確になってきてこれからという気持ちに火がついた。

 

 そしてそれに釘を刺すタイキ。

 

 世話をかけるよホント……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「アオギリさん……あんたどういうつもりなんだ?」

 

 

 

 夜の街道で、アオギリの背後から話しかけたのはウリューだった。その口調と眼光は、アオギリを責め立てるようだった。

 

 

 

「盗み聞きとは関心しねぇな?いつから他人に興味持つようになったんだ?」

 

「うるせぇな……質問に答えろよ」

 

「一応、俺ぁお前の上司なんだが?まぁ今更おめぇに口の聞き方どうのと言う気もねぇが……」

 

「誤魔化すなよ!」

 

 

 

 煮え切らない事に苛立ちを見せ、ウリューはさらにアオギリに迫る。

 

 

 

「——あいつをアクア団に誘ってたよな?組織の頭ともあろうもんが、『お願いだから仲間になってよー』ってか?みっともねぇぞリーダー!」

 

「……」

 

 

 

 アオギリはウリューの詰め寄りに眉ひとつ動かさない。

 

 深い眼の奥にある考えを、ウリューは読み取る事ができなかった。

 

 

 

「あんな貧弱なトレーナーが、ホントにウチで使いもんになると思ってんのかよ……!どうやら“特異保有者(スキルホルダー)”ではあるみてぇだけど、心根が弱すぎるんだよあいつは……」

 

 

 

 吐き捨てるようにユウキを酷評するウリュー。それに対して、アオギリはまだ沈黙を保っている。それに業を煮やしたウリューはとどめとばかりに詰問する。

 

 

 

「——あいつなんかをなんでアオギリさんが気にするんだよ‼︎」

 

 

 

 その問いかけに、大きくため息をついたアオギリ。少年の鋭い眼差しを受けても、びくともしなかった男が、ゆっくりと歩を進めた。

 

 

 

「アオギリさん!」

 

「ギャンギャン騒ぐな。それこそみっともねー」

 

「っ……!」

 

 

 

 指摘されたところが、まんま自分の言ったことの意趣返しになっていることに気付き、腹を立てるウリュー。

 

 だが全くの的外れでもないと思ってしまったウリューには、言い返すだけの理由が見つからなかった。

 

 

 

「……あいつの心根がどうのというが、そういう意味じゃ、ありゃお前より強ぇぞ?」

 

「何の冗談だ……?」

 

 

 

 バトルで負かした相手の方が強い思いを持っていた……そんな事実、到底受け入れられるものではなかった。

 

 ふざけた事をアオギリに詰め寄るが——

 

 

 

「“3ヶ月”……だそうだ。あいつがポケモンと旅を始めて」

 

「……なに?」

 

「それどころか、ポケモンに触れたのはこの1年以内が初めてだったそうだ。あり得るか?あの歳になるまで、あいつはポケモンとの触れ合いすらなかったんだぜ?」

 

「バカな……」

 

 

 

 それが今プロとしてウリュー自身の目の前で、あれほどの大立ち回りをしたというのだから、彼の価値観では到底計れない。

 

 ユウキの能力は、経験値に全くそぐわないものだった。

 

 

 

「“固有独導能力(パーソナルスキル)”——あの能力のおかげでもあるだろうが、それだけでああも戦い慣れはしない。それはお前が一番よくわかるはずだぜ」

 

 

 

 今日戦ったユウキの戦いぶりが脳内を駆け巡る。

 

 思考は消極的でポケモンも決してウリューから見れば未熟極まりないといった具合だったが、それでもトレーナーとしてある程度の経験を積んだ雰囲気があった。

 

 その最たる例が、“淀みない指示”だ。

 

 

 

「この一年足らずで身につけたってのか……」

 

「な?やっぱあいつ面白ぇだろ?まだお世辞にも強くはねぇが……」

 

 

 

 ユウキのプロフィールから、ウリューも何か感じとったのを見て、満足そうにしたアオギリは再び街道を進む。

 

 

 

「……あんた、それであんなアドバイスまでして、何がしたいんだ?まさかトレーナーの後進育成に力を入れたいとかそんなタマじゃねぇだろ?」

 

 

 

 アオギリの目的……それを知るウリューにとって、いくら才覚を秘めたトレーナーといえど、一個人にすぎないユウキを気にかける理由にはならない。

 

 彼もまた忙しいのだから。

 

 

 

「ハッ!そんなん決まってんだろ……?」

 

 

 

 自信満々にアオギリは言う。

 

 

 

「——面白ぇもんが見てぇだけだ……俺ぁ、今も昔もな……!」

 

 

 

 

 

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知らされたのは新たな力——。

まーーーーーた設定解説だけさせて終わったよ!みんな眠くなってたらすまねぇ……全部覚えなくていいんで……雰囲気だけでホント。こういう独自設定好き嫌い分かれそうだから内心震えてます()



〜翡翠メモ20〜

『トーナメントクラス』

HLC公認のプロ仕様のトーナメント“グレートリーグ”には格式があり、年内の参加トレーナーの質、入賞者のその後の活躍などにより、シーズンが始まる時に決まる。

プロなら誰でも出られるトーナメントを“グレート3”、“B級以上”のライセンスを持つトレーナーに絞られる大会を“グレート2”、“A級”だらけのトーナメントには“グレート1”という俗称がつけられている。公式の呼び名はなく、どのように入賞者にトレーナーポイントが与えられるかなど詳しい審査基準は開示されていない為、あくまで目安程度にしかならないが、上を目指すトレーナーは格式の高いトーナメントに参加する。入賞賞金などに大した差はない。



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第101話 キンセツシティへ


今回は少しはっちゃけてます。
ハルカ絡むとユウキくんは少し変になります。




 

 

 

「——次のニュースです。先日速報がありました108番水道に浮かぶ“シーキンセツ跡地”で起きた崩落事故。負傷者を多数生んでしまったこの事態にHLCが動きました」

 

 

 

 昨日発生した事故のニュースを、俺たちはホテルの一室で見ていた。

 

 チェックアウトの時間までに旅支度を整えながらかけ流しているテレビの向こうの光景を見て、昨日のカイナの浜辺の光景と重なる。

 

 

 

「あれ事故だったんすねー……観光に行ってた人たち災難だったすね」

 

 

 

 シーキンセツ跡地は元々ある企業が海底資源を掘り起こす目的で作った工場施設だ。

 

 今はその会社も倒産し、取り壊しが決まっていたのだが、そこに野生のポケモンが棲みつき、生態系が出来上がってしまったことを受けてHLC管轄の自然保護区に指定された。

 

 制限はあるがスタッフが常駐しており、昼間は観光施設として一般人にも解放されているのだが、今回はそこの崩落事故が問題となっていた。

 

 

 

「でもなんか煮え切らないっすよね。施設管理団体は『老朽化の見落としはなかった』って言うし、でも他に原因らしきものは見つかってないらしいし……」

 

「こういうのって責任誰が取るのかでよく揉めるからなー。みんな泥は被りたくないんだろ」

 

「うげー。なんか朝から気分悪いっすね」

 

「そうだな……」

 

 

 

 事実起こってしまった崩落事故。

 

 真実の追求が一刻も早く……そんな気持ちが関わった人に限らず、世間を騒つかせる。

 

 俺たちも少なからず影響を受けていた。

 

 

 

——ピピピピピ。

 

 

 

 部屋に電子音が響く。

 

 それはタイキのマルチナビからの音で、おそらく着信音だった。

 

 それにタイキが応答すると、楽しげに話し始めた。

 

 

 

「もしもしー。はい起きてるっスよ〜♪はい……はい……え、あぁわかりました……すぐ行くっス」

 

 

 

 なんだ呼出か?口ぶりからして知り合いっぽいが、用事ならさっさとチェックアウト済ませとかないとな。そう思って手早く残った荷物をまとめる俺は、電話を切ったタイキに話しかける。

 

 

 

「どした?なんか用事か?」

 

「ああ。今ハルカさんから『起きてたらアニキ連れてモノレール乗り場まで来てくれ』——って」

 

「あーハルカね。ふーん……」

 

 

 

 なるほど。ハルカか……ってちょっと待て。

 

 

 

「なんでハルカがお前の番号知ってんの?」

 

「え?だって一昨日連絡先交換したっスもん」

 

「いつの間に⁉︎」

 

「あんだけ一緒にいたらいつでも交換できるっスよ〜♪」

 

「…………」

 

「アニキ?」

 

 

 

 いやそりゃそうだよ。

 

 俺は試合してたとはいえ、ハルカと話す機会なんてそれこそホントたくさんあったんだ。ホテルでやった打ち上げの時にだっていたんだから……そりゃな——

 

 

 

「アニキ……もしかして、連絡先交換してないんすか?」

 

「…………」

 

「嘘でしょ?好きな子ひとりに連絡先ひとつ聞けないんスか⁉︎どんだけ初心——」

 

「忙しかっただけだし‼︎あと別に好きとかじゃねぇし‼︎」

 

 

 

 プッツンした俺は我を忘れて暴れ出した。ふざけんな。お前、ホントふざけんな。

 

 

 

「ちょっアニキ⁉︎どしたんスか——」

 

「どーしたもこーしたもあるか!ずっとバトルバトルバトル!トーナメントのことで頭いっぱいだったんだぞ‼︎それをおま——お前ぇ〜〜〜!!!」

 

「わぁーーー!ゴメンマジごめんアニキ‼︎だからその椅子を下ろしてくれッス!!!」

 

 

 

 その後チェックアウトの時間がギリギリになるまで、壊れた俺はタイキを追い回すこととなった。謎の敗北感により、朝から取り乱す羽目になった事を、しばらく忘れないだろう……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カイナシティの北側ゲートは中央ホウエン部を走るモノレールの駅が設けられている。これに乗れば目的地である“キンセツシティ”まではものの1時間とかからない。ハルカはそんな駅の前で、これまた朝日にも負けないほど晴れやかな笑顔で出迎えてくれた。

 

 

 

「2人とも遅いよー!」

 

「わり……俺のせいだ……」

 

「ん?まあいいけど、そんなに落ち込まないで♪」

 

 

 

 落ち込んでたのは遅れたからじゃないんだけど……と理由を説明できるわけもなく、俺は早々にハルカの用件を聞く事にした。

 

 

 

「てかタイキに何のようだよ?」

 

「あ!タイキくんに用があったわけじゃないんだ〜♪ユウキくんに連絡とりたかったけど、そいえばIDも端末の番号も教えてなかったもんね!」

 

「え、そ、そーーーだっけ?」

 

 

 

 俺は気づいてないふりに全キャパを振る。絶対にそれで落ち込んでたなどと悟られるわけにはいかなかった。声裏返ったけど……。

 

 

 

「——はいこれ私の!ユウキくんのも見せてー!」

 

「う、うん……」

 

(アニキ嬉しそうっす……)

 

 

 

 流れるように欲しかっ——連絡がつかないと不便この上なかったハルカの連絡先を交換できた事で、俺の胸のつっかえはポロリと取れた。いやーよかったよかった。

 

 

 

「ぶー。つまり俺はお二人がくっつくダシに使われたって事っすかー」

 

「くっつく——⁉︎」

 

「アハハ!ごめんごめん♪タイキくんは絶対ユウキくんから離れないって思ったからお願いしちゃった〜」

 

 

 

 サラッと返事してるけど、お前くっつくの意味わかってんのか?いや絶対わかってねーなこの顔。ちくしょう。

 

 

 

「はぁ……まぁ連絡先わかんなかったら、弟にあった時すぐ知らせてやれなかったから助かるわ」

 

「いいの?そんな事してもらっちゃって……」

 

 

 

 ハルカの弟“マサト”——。

 

 家族に一報ひとつせず、このホウエンにいるかもわからない彼と相対する可能性は低いかもしれない。でも……会う可能性はある。

 

 

 

「俺だってもう完全な部外者じゃない。わかばにした事含め、聞きたい事が山ほどあるんだ……悪いけど、そん時揉めても文句いうなよ?」

 

「そっか……本当にわかばの事、大事にしてくれてるんだね」

 

「べ、別にそんなんじゃねぇよ!同じトレーナーとして、一言二言言ってやりたいっていうか——」

 

「大事なポケモンのために怒ってくれてるんだもん。私はステキな友達を持って鼻が高いよ♪」

 

 

 

 そう言うハルカは嬉しそうにケラケラ笑う。

 

 あーもう……タイキが変なこと言ったせいでなんか顔が熱い……。

 

 

 

「はぁ……よくそんな恥ずかしいこと平気で言えるな」

 

「えー?良いところ褒めただけだよー」

 

「はいはい。ていうかホントにそんだけの為に呼んだのか?」

 

「え、うん!また会いたくなったり声聴きたくなった時に探し回るのも嫌じゃない?」

 

「あのさぁ……お前ホントそういうとこだぞ?」

 

 

 

 キョトン顔で俺の指摘をまるで理解していないこいつが憎い。

 

 あと後ろの茶坊主。口角があり得へん吊り上がり方してんぞ。こっち見んな。

 

 

 

「とにかく、またこっからは別々だな。お前も気をつけていけよ」

 

「うん!ありがとう!ユウキくんもタイキくんも気をつけてね♪」

 

「うっす!ハルカさん、いつでもアニキに電話してやってくださ——」バキッ。

 

 

 

 いらんこと言う頭をしばいて、話は終わった。

 

 立ち去るハルカはまだカイナでやる事でもあるのか、街中の方に歩いていく。

 

 その背中を見送りながら、たまらず俺は彼女に向かって声を上げた。

 

 

 

「ハルカ——‼︎」

 

 

 

 ハルカは振り返った。

 

 

 

「俺……ちゃんと『約束』覚えてるからな!!!今度こそ、お前のライバルに相応しいくらい強くなるから!!!」

 

 

 

 昨日の敗北で悔やまれたハルカとの再戦。

 

 俺は、どうしてもそれが伝えたかった。

 

 今の俺じゃ到底叶わないけれど……。

 

 せめて、まだ俺は諦めてないことを伝えておきたかった。

 

 

 

——ごめんね……ゆうきくん

 

 

 

 ハルカは、小声で応えていた。

 

 口の動きからでは何て言ってるのかわからなかったのでもう一度聞き返そうとしたが、彼女は満足そうな顔で手を振って俺たちから遠ざかる。まあ……頑張れ的な何かだろ。

 

 

 

「——アニキ、寂しいっスか?」

 

「次なんか余計なこと言ったら喉笛握りつぶすぞ」

 

 

 

 失礼、少々口が過ぎたかな?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 モノレールの中で、俺は過去に書いたポケモンバトルに関するメモを片っ端から読み漁った。

 

 昨日アオギリさんが言った、固有独導能力(パーソナルスキル)を使えた時を思い出す為だ。こういう時、書き取った内容が当時の記憶を思い出させるのにすごく役立つ。

 

 

 

「——んでアニキ。なんかわかったんスか?」

 

「んー。まあなんとなくかな」

 

 

 

 とりあえず俺の能力について——。

 

 俺はどうやらすごく集中している時、“周りの時間が遅くなる”ように感じる瞬間があるようだった。

 

 それが大体俺にとっても大事な試合——例えばジム戦のような今後の進退に関わる試合でよく感じていた事だ。

 

 今までは実力以上の集中力がそう見させてるだけかと思ったが、その時の頭の冴えは通常の俺とは明らかに違うものだと今更気付く。

 

 だからこそ格上の強力な技に対応できる場面も多かったんだろうと思う。今まで偶然というには出来過ぎだと思っていたので、ここはまぁスッキリしたかな。

 

 

 

「だからまぁ仮に“集中すると周りの時間が遅くなるように感じる”って言うのが能力なんだとしたら、あとはその“発動条件”——」

 

 

 

 強敵との戦闘で覚醒するのであれば、やはりキーポイントは『集中力』。でもこれがなんとも……——

 

 

 

「今めちゃくちゃ集中しても、全然あの感覚にならないんだよな〜〜〜」

 

「んー。対戦じゃないと使えないって事スかね?」

 

「それもどうなんだろ……確かアオギリさんは『ポケモンとトレーナーの生命エネルギーを繋げる』って言ってたけど……」

 

 

 

 なら今度はジュプトル(わかば)を出してやってみるか……それは流石にモノレールを降りてからの話になるけど。

 

 

 

「未だにそんな能力が俺にあるっていうのがしっくりこないんだよな」

 

「俺も初耳でした。でも外から見てるとアニキの判断力って凄かったっスから、やっぱあるんじゃないっスか?固有独導能力(パーソナルスキル)

 

 

 

 タイキもこう言ってるし、それはそうなのかもしれないけど、でもじゃあなんでそんな能力が俺にあるんだろ?

 

 ポケモンを育て始めて一年未満。家系で言えば親父がジムリーダーだから遺伝的にはトレーナーになれるくらいの素質はあるのかも知らないけど、それにしたって都合よくこんな能力が発現するもんなのかな?謎は尽きない。

 

 

 

「とりあえずその固有独導能力(パーソナルスキル)を教えてくれるとかいう人に会えばわかるんじゃないっスか?」

 

「うーん。とりあえずそれまでにちょっとでも自己分析してみるよ」

 

 

 

 釈然としない事は多いが、目的地はすぐそこまで迫っていた。

 

 今ある情報では大したことはわからないだろうと思っていたので、疑問を書き出して後でその人に聞いてみる事にした……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 キンセツシティ——。

 

 かつて『ダイキンセツホールディングス』とかいう大企業が興した街であり、その会社が倒産以降は『デボン・コーポレーション』に再復興され、今はホウエン中のエネルギー供給の場所として非常に重宝されている。

 

 街そのものはここ十数年で改築が頻繁に行われて、まるで一つのデパートのような空間が、街全体に広がっていた。

 

 

 

「わぁ〜〜〜すごいっスねアニキ‼︎」

 

「俺もキンセツ来るの初めてだけど……確かに凄いな」

 

 

 

 モノレールから駅内入ると、すでにそこは鉄の骨組みに覆われた天井にぶら下がる煌々と光る証明で機械仕掛けの街並みがギラギラに照らされていた。

 

 多分この中にいたら昼夜の感覚狂うだろうなこれ。

 

 

 

「——と。早めに用事済ますか。街の探索は後にしねーと」

 

「キンセツはホント広いし道も複雑らしいっスからね……なんでしたっけ?カフェの名前」

 

 

 

 アオギリさんから教えられたその探し人は、どうもこのキンセツに行きつけのカフェでよく見かけるらしい。そこに行けば大体会えるという旨が、今日の朝イチのメールで届いた。

 

 

 

「——『歌声(うたごえ)』っていう純喫茶なんだってさ。そこのカウンター席の奥から2番目に座ってる人らしいけど」

 

「名前も背格好も教えてくれなかったんスよね?本当にそんなんで会えるんすか?」

 

「うーん」

 

 

 

 紹介してくれる割にはその人に関する情報はほとんど教えてもらえなかった。何か事情があるんだろうけど、人探しするには心許なさすぎるよなこれ。

 

 

 

「とりあえずしばらくは地図と睨めっこっすね……街の1階部分……商業エリアの南西?」

 

「電車で入っちゃったら方向感覚狂うな……多分あっちから降りて——」

 

 

 

 俺とタイキはそんな感じで目的の『歌声』を目指す。日中ということもあり、商業エリアは人だらけで迷う以前に目が回るようだった。俺もタイキも田舎育ちだから、なんか変な疲れが出てきた。

 

 

 

「——ここかな?」

 

「『歌声』って看板あるっス!やっと着いたー!」

 

 

 

 難航しそうな感じではあったが、なんとか目的のカフェまでたどり着いた俺たちは一息つく。さっさと店の中に入って腰を落ち着けたいところではあるが、件の人がいた場合はそのまま話すことになるのか?

 

 などと考えていると、タイキはもう待ちきれないとばかりに喫茶店のドアノブに手をかける。

 

 

 

「とにかく中に入りましょうよー」

 

「おいちょっとまだ心の準備が——」

 

 

 

——バンッ!!!

 

 

 

 俺がタイキを制しようと声を出す瞬間、ドアの前で立ってたタイキが勢いよく吹っ飛ばされた。

 

 

 

「タイキ——⁉︎」

 

 

 

 連れの心配をする俺だったが、すぐに彼がぶっ飛ばされた原因の方に目をやる。扉が勢いよく開け放たれ、タイキはそれで飛ばされたようだ。

 

 ドアの前には中から出てきた——というより転がり飛び出た中年の男が腰を抜かしている。

 

 

 

「な、なんだ……⁉︎」

 

 

 

 現状、何が起こったのかさっぱりだが、只事じゃない事だけはわかる。あ。これなんかまた嫌な予感がするぞ?

 

 

 

「——もっぺん言ってみろや……おっさん……」

 

 

 

 開けられたドアの奥からぬらりと現れたのはひとりの男性。

 

 裏地が黄色に赤のストライプの黒スーツを雑に着ている男は、頭に特徴的な赤いモヒカンを乗せている。そしてすぐにこの人がトレーナーだと、俺はわかってしまった。

 

 それほどの雰囲気というか……何度かバトルを重ねるうちに感じ取れるようになってきたものが、目の前の男からビシビシと発せられていた。

 

 その凶暴性も伴って——

 

 

 

「言ってみろや……このカゲツ様によぉ‼︎“四天王崩れ”ってよぉお‼︎」

 

 

 

 

 

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荒くれ者……現る——!

マイ推しキャラ登場!!!やっと会えたね……(血反吐)



〜翡翠メモ21〜

『ホウエンリーグ委員会“HLC”』

前身であるホウエン地方自治体を2014年に改正し、よりポケモンリーグに適した体系化を測った組織。現在のホウエン地方でのトレーナー活動の支援と制御を目的としている。

その際に様々な改正法案を通し、また既存の規定を撤廃と改定をした事で、以前までとはまるで別の組織となっている。

その最たる改革のひとつに『四天王制度の撤廃』があり、「ごく少数のトレーナーに衆目の目を集めてしまうこの制度には欠陥があり、幅広いトレーナーの活躍の機会を逸する」としてこれを推し進めた。

現在はサイユウシティに本拠地があり、“チャンピオンロード”の改修工事を経て、大きな地方都市を築いている。



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第102話 その男、凶暴につき。


今週末にスカーレットバイオレット発売ですね。
早くミニーブにあいてぇー!




 

 

 

 キンセツシティの商業エリアの脇道にひっそりと切り盛りしている純喫茶『歌声』。その店の前で、店の雰囲気とは似つかわしくない怒声を上げる男がいた。

 

 

 

「おら立てよおっさん‼︎」

 

「ひぃっ!」

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

 

 

 倒れた中年の男性に掴みかかろうと詰め寄るスーツ姿の男の間に俺は反射的に入ってしまった。

 

 鋭い眼光が俺に向けられ、一層その威圧感に足が震えそうになる。なんだこの人——めっちゃ怖いんですけど⁉︎

 

 

 

「あぁ?なんだてめぇは……」

 

「いや……その……」

 

 

 

 あまりにも怖すぎて何も言葉が出てこない。

 

 そもそもなんで俺はこの人との間に入ってしまったのか……状況もわからんのに部外者が口を出しても碌なことにならないのはカイナで学んだはずなのに……でも今まさに殴られそうな人間をほっとく訳にも——

 

 

 

「なんだって聞いてんだよ!割って入っといて何ヨモヨモ言ってんだ⁉︎」

 

「〜〜〜ッ!ぼ、暴力はダメですよ‼︎な、何があったか知らないですけど現代社会で手ぇ出したら正当性もクソもなくなりますよ!!!」

 

 

 

 とにかくこの場を収めるのに必死で思いつく限りの文言を並べるしかできない。このプレッシャーの中、そうでもしないと今にも逃げ出してしまいそうだった。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 俺の言ったことに固まってしまったその男がやっと次に喋ったのがそんな間の抜けた声だった。あ、もしかして癪に触った?死ぬ?俺死ぬの⁇

 

 

 

「——ブッ!ギャハハハハハハ!!!なんだお前!半ベソかきながら俺に説教かよ?アハハハハ‼︎」

 

 

 

 あのプレッシャーが急に引き、代わりに馬鹿みたいに笑い始めた男性。俺の額を指でコンコン小突きながら、ゲラゲラ笑い始めてしまった。え?何?そんな面白かった?

 

 

 

「ひ、ひぃ〜〜〜!」

 

 

 

 男性がツボにハマってる間に、後ろで震えていた中年が逃げた。え、うそだろ?善良な少年の身を挺した行動になんか思うことない?

 

 

 

「あ——ちっ。まぁいいや。おいガキ。今回はそのアホ面に免じて勘弁してやる。だが次俺様の邪魔しやがったら承知しねぇからな?」

 

 

 

 そういうと男は店に再び戻り、入り口の扉をピシャリと閉めた。な……なんだったんだあの人……。

 

 

 

「う、う〜ん……?」

 

「ってそうだった!タイキ!大丈夫か……⁉︎」

 

 

 

 吹っ飛ばされた衝撃で気を失っていたタイキに駆け寄る俺は、なんとか揺すって起こす。

 

 

 

「アニキ……?あれ?俺は喫茶店に入ったはず……」

 

「その喫茶店に弾き飛ばされたんだよお前」

 

「……?」

 

 

 

 いやごめん。俺も何言ってるかわからん。

 

 正確には中にいたおっさんがおっさんに吹っ飛ばされて喫茶店のドアが空いた拍子に吹っ飛んだんだけど、ごめんやっぱ意味わからんな。

 

 

 

「んー。とりあえずこの中に入ります?」

 

「よく吹っ飛ばされた直後でそんな事言えるな。ちょっと今心の準備できてねーんだけど……」

 

「なんかあったんスか?」

 

「あったよ……その元凶があの中にいるんだよ……」

 

 

 

 今しがた軽く威圧感だけで殺されかけた相手がこの店の中にいる。しかも“次はない”と釘を刺されている状態だ。しかし俺らもこの店に用事があってきてるわけで——

 

 

 

「ま、まぁ……気分を害さないよう、関わり合いにならないようにすれば大丈夫か」

 

「さっきからどうしたんスかアニキ?」

 

 

 

 なんでこんな時は察しが悪いんだよこいつも。そんなんでよく俺がハルカ好きだとか言ったな。好きとかじゃないんだけども!

 

 

 

「ふぅ……とりあえず、中では絶対騒ぐなよ。頭に赤いトサカみたいな髪型の人には話しかけるな。わかったな?」

 

「赤いトサカ?ニワトリみたい人ってことスか?」

 

「二度と口を開くな。今のが聞かれたらお前が死のうが見捨てるからな」

 

「い、いえっさー……」

 

 

 

 強めに言って申し訳ないが、こっちも生命かかってるんで。許せタイキ。口止めもできたところで、内心穏やかではないがなんとか店の扉を開けることができた俺だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『歌声』の店内はリバーシブルな床の上にシックなテーブルが並べられた一般的な装いだった。少し濃いコーヒーの香りと、落ち着いた雰囲気のBGMに包まれた空間は、さっきの殺伐とした人間がいると感じさせなかった。

 

 さっきの人が店員とかだと、嫌でも顔を合わせる事になるが……。

 

 

 

(——よかった。あの人はカウンターに座ってる……店員ではないか)

 

 

 

 店内の客はどうやらさっきの怖い人だけのようだ。

 

 その事に少し安堵した俺に、カウンターごしに立っていた白髪をオールバックにまとめたナイスミドルが話しかけてきた。

 

 

 

「いらっしゃい……お二人かい?」

 

「あ、はい……えっと」

 

 

 

 俺たちはお茶しにきた訳ではないが、いつまでも店先に立っているのは迷惑だし、とりあえずカウンター後ろのテーブルに座る事にした。

 

 

 

「アニキ……何飲むんスか?」

 

「とりあえずあったかいお茶」

 

 

 

 カフェでそのチョイスも如何なもんかと思うけど、さっきのでまた胃袋にダメージを負った俺は、少しでも胃に優しいものが欲しかった。

 

 お品書きに「お茶」の二文字を見つけた俺は即決。タイキはオレンジジュースを頼んでウェイターさんは短く会釈してカウンターに戻っていく。

 

 

 

「んで……アオギリさんなんて言ってたっけ?」

 

 

 

 確か『店のカウンター席、奥から二番目に座ってる人』がアオギリさんの言っていた“固有独導能力(パーソナルスキル)に詳しい人”——との事だった。

 

 とりあえず今座ってたらその人に話しかければいいし、いないならお茶飲みながら待てばいい。

 

 そんな事を考えながら視線を泳がせていると——

 

 

 

(カウンター、奥から二番目……すわってるなぁ……)

 

 

 

 そこに座っているのが、さっきの強面お兄さん。うーん。え?マジで言ってんの?

 

 

 

「アニキ?あの人……」

 

「いや待て答えを出すのは早計だ」

 

「いやでも……」

 

「違うんだ……いや違うって言って……」

 

 

 

 そんな現実を信じたくない。

 

 だってもう俺あの人と関わるの嫌すぎるんだもん。これなら初対面の方がよかったよ?向こうだって『もう話しかけんな』とか思ってるって!

 

 もっと親しみやすい人がよかったです……アオギリさんの知り合いだから期待してなかったけど!

 

 

 

「——あ、アニキ!」

 

「なんだよ……今現実と戦うのに忙し——」

 

「さっきからなんだお前ら?ジロジロこっち見てきやがって……」

 

 

 

 あ……向こうから話しかけてくださったんですね……こりゃどうもご丁寧に。

 

 

 

「あ、いや……はじめまして?」

 

「さっきのガキか。俺の顔になんかついてるか?」

 

「へ?」

 

「なんか俺の顔についてんのかって聞いてんだよ……!そんなに面白ぇかオイ!」

 

 

 

 え?え?え?

 

 なになになんで最初から怒ってんの?

 

 いや、俺も気乗りはしなかったけどさ!別に同じ店でお茶してもいいよね!?

 

 あ、なんか見られるのが嫌?そーーーんな見てたかな……?

 

 

 

 

「ちょっとなんスかアンタ⁉︎」

 

「なんだお前も……二人してそんなに俺のこと馬鹿にしてぇのか⁉︎」

 

「な、なんでそうなるの……?」

 

 

 

 タイキが思わずこの人にかみつくが、気性はなお一層激しくなるばかり。気に障ったなら謝りますから、どうかわかる言葉でお願いします。

 

 

 

「おいおい。子供にまで当たる事ないだろカゲツ」

 

 

 

 男に絡まれていると、俺たちの注文したものを持ってきた店主さんが助け舟を出してくれた。穏やかな声で諌めてくれたおかげか、カゲツさん?は舌打ちをしてそっぽを向いた。

 

 

 

「——すまないね。彼はうちの常連なんだが、少し気が短いんだ。はいコレ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「アニキ、いいんですか?」

 

 

 

 いいも何も絶対に喧嘩売っちゃいかんオーラがあるだろあの人は。対抗しなくていいから。

 

 でもおかげでカゲツさんも矛を収めてくれた……店主さんありがとう。

 

 しかしあの場所に座っているってことは、やっぱりこの人が俺たちの探してる人なんだろうか?常連ってことは可能性高いよな。

 

 

 

「あの……カゲツさんっていつもあそこに座ってるんですか?」

 

「あ?それがどうしたってんだ?」

 

 

 

 やっぱりこの人っぽい。

 

 しょうがないよな……逆にこの人と話せるシチュエーションになってる今なら聞けるか。

 

 

 

「あの……俺たちアクア団のアオギリさんって人に言われてここに来てて……」

 

「——!アオギリ……だと……?」

 

 

 

 その名が出た途端、カゲツさんの眉間に皺がよる。

 

 

 

「その……俺、今プロトレーナーやってるんですけど、強くなる方法を探してたらあなたを紹介されたんです」

 

「なるほど。君はアオギリの紹介で来たと言うことか」

 

「待て。そのガキが嘘ついてるかも知れねぇ」

 

「疑ってんスか⁉︎」

 

 

 

 店主さんが間に入ってくれてるおかげで話は進むが、警戒されている?

 

 確かに聞く限りではアオギリさんも中々のビッグネームだ。その名前を利用しようと思えば出来ちゃう事を考えるとこの警戒は当たり前かも知れない。

 

 でもトレーナーズIDは貰ってるから、これを見せれば嘘じゃないってわかってもらえるか……と思っていたら、カゲツさんの端末から連絡が来た。

 

 

 

「——⁉︎ちょ、ちょっと待ってろお前ら!」

 

 

 

 急な連絡のようだ。顔からしてかなり焦り散らかしてるみたいだけど……。

 

 

 

もしもし……あぁ。そうか。今来てる……やっぱあんたが……あぁ……あぁわかってるわかってる……はぁ……わかったって。

 

 

 

 なんか小声で話してるな。用事があるなら日を改めるか?

 

 しかし電話はそこまで長引かず、すぐにこっちに向き直ったカゲツさんはひきつった顔で話し始めた。

 

 

 

「……お前、名前は?」

 

「えっと……ユウキです。ミシロタウンから来ました……」

 

「あ!お、俺はタイキ!ムロタウン出身っス!」

 

「はぁ……まあいい。今アオギリの旦那から話は聞いた。お前ら強くなりたくて俺の“弟子入り”に来たって事でいいんだな?」

 

 

 

 え、何急に?怖い怖い。どうしたカゲツさん?

 

 

 

「あの……弟子入りっていうか、お話だけでも聞いてくれたらと思ってたんすけど」

 

「というか素性も知らないあんたにアニキが弟子入りってのも納得いかないっスよ!そもそも誰なんス——」

 

「やかましい‼︎お前ら“固有独導能力(パーソナルスキル)”の事が知りたくて来たんだろうがっ‼︎」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)のことを知ってる——ってことはやっぱりこの雰囲気……この人もプロに匹敵する実力を持つトレーナーなんだ。

 

 でも確かに素性も知らないというのは、いくら強いトレーナーといえど心配はある。本当にこの人に教えを乞うてもいいのかどうか……——

 

 

 

「——“四天王”って君たちは知ってるかい?」

 

 

 

 そこで店主さんが口を開く。

 

 四天王って……確かHLCが体系化する前にあったトレーナー最高峰のリーグ戦で戦う最強の四人の門番だっけ?

 

 その門番とチャンピオンの合計5人を連続で倒せれば『殿堂入り』認定されて、晴れてホウエン地方最強の一角にその名を連ねることができる……とかいう無理ゲーの時代の役職だと聞いたことがある。

 

 

 

「彼はその四天王の一角を担っていたトレーナーだよ。二つ名は“襲逆者(レイダー)”だ」

 

「こ、この人が……——」

 

「四天王ぉ〜〜〜⁉︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちは元四天王カゲツさんにあの後店から連れ出され、キンセツ中央にある広場に来ていた。

 

 街そのものが建物となっているキンセツだが、真ん中は天井が解放されており、圧倒的な広さを持つ中庭がある。そこはポケモントレーナーがトレーニングをするのにうってつけの空間だった。

 

 

 

「よし。まずは自己紹介——は終わってんだったな。じゃあお前ら、自分の固有独導能力(パーソナルスキル)の名前と能力の詳細を教えろ」

 

「「ちょっと待って」」

 

 

 

 あまりにも急な進行についていけない俺とタイキは口を揃えてカゲツさんに物申す。

 

 

 

「待たねえー。さっさとしろ」

 

「いや!なんでいきなり引き受けてくれる事に⁉︎」

 

「というかアニキの弟子入りの件はまだ確定じゃないっスよ⁉︎」

 

「うるせぇなぁ。強くなりてぇなら言う通りにしやがれ」

 

 

 

 うーんこの有無を言わせない感じ。さっきの電話で何かあったとしか思えないけど、あまりにも説明が無さすぎる。これじゃ気になってまともに話が入ってこない。

 

 

 

「その……こっちも不躾なお願いだってわかってます。だから、せめて引き受けてくれる理由教えてくれませんか……?」

 

 

 

 正直他人が強くなるための師匠になろうってだけで相当な労力だ。さっきの態度からして元々教えるのが好き——とは失礼ながら感じられないし、俺たちを育てる事にメリットがあるとも感じられない。

 

 この後の話を聞く上で、今の状況は明らかに変で、気にするなって方が無理だった。

 

 

 

「——はぁ。とりあえず俺の質問に答えたら教えてやる。俺ぁ質問を質問で返すのだけは許せねぇんだ。ほれ早くしろ」

 

 

 

 それが彼なりの最大の譲歩だった。俺とタイキは顔を見合わせて、渋々だがさっきの質問の返答をする。

 

 

 

「俺、固有独導能力(パーソナルスキル)は持ってないっス!この人の子分なんでお構いなく!」

 

「……俺は固有独導能力(パーソナルスキル)を持ってるらしい……って事ぐらいで、名前なんかつけてもないです。強いて言うなら、“体感時間がめっちゃ長くなる”……みたいな?」

 

「はぁ〜?なんだそりゃ……」

 

 

 

 俺たちの話を聞いてため息をつくばかりのカゲツさん。

 

 「俺もヤキが回ったか……」などと呟いているところを見るに、やはり前向きに引き受けようとはしてないみたいだ。

 

 

 

「じゃあこんどはこっちの番っス!なんで話聞いてくれる気になったんスか⁉︎」

 

「チッ……しょうがねぇな」

 

 

 

 そう言ってカゲツさんは俺らに事のあらましを説明してくれた。

 

 

 

 話を聞いていくうちに……それはなんというか、生々しいというか大人を見たというかなんというか——

 

 

 

「——じゃあつまりカゲツさんは、アオギリさんから借りた金の返済代わりに俺たちの事を引き受けたってことですか」

 

 

 

 随分以前から……結構な頻度で借り入れていたらしい。

 

 そしてその返済能力がないことをアオギリさんは知っていて、今回の事でチャラにしようという話で決着がついたそうだ。うーん。大丈夫なのかこの人。

 

 

 

「元四天王がなんで金ないんスか⁉︎」

 

 

 

 そんな一言が余計だった。タイキは彼の放つ“スカイアッパー”よろしくの突き上げであえなくノックダウン。本当に余計な一言が多いなお前は……。

 

 

 

「最近のガキは……金が空から降ってくると思ってんのか?」

 

 

 

 いやそこはあなたもわかってるなら働くなり節約するなりしてください……とは口が裂けても言えないけどさ。なんか訳ありかな?アオギリさんとかそういうのケジメ的なのつけそうなもんだし。

 

 

 

「とにかく、俺は自分のケツ拭くためにお前らに()()()()()!それで文句はねぇだろ!?」

 

「は、はい……」

 

 

 

 なんか釈然としないというか、この人に教わって大丈夫なのかという疑念ばかりが湧いてくる訳で……でも他にアテもないのも事実だ。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)ってのは多分我流でどうこうできるもんじゃ無さそうだし、俺は理屈がわからず感覚で物事を向上させようというのは苦手だと思う。

 

 ハルカみたいな感覚頼りの思考回路にはなれないからこそ、俺は理屈をしっかり学んで反復するしかない。そしてその反復が、確かに前に進むものでなければ意味がない事からも、俺は今誰かに教えを乞わなきゃいけない。

 

 ……今この人にヘソを曲げられたら、それこそ教わるチャンスは巡ってこない。固有独導能力(パーソナルスキル)自体、知ってる人間は僅かだと言うし、ここは背に腹はかえられないな。

 

 

 

「よし。とりあえずまずは今から言う事を復唱しろ」

 

「は……?」

 

「ふ、復唱……?」

 

 

 

 KOから復活したタイキも加わり、謎の呼称が始まる。俺たちの疑問など無視され、構わず大きな声でこれらの事を口にした。

 

 

 

——一つ、カゲツ様の命令は絶対。何をおいても優先すべし。

 

——一つ、カゲツ様の言う事に間違いはなし。質問する前に手を動かすべし。

 

——一つ、カゲツ様を養え!

 

 

 

「——以上‼︎」

 

「納得できるかぁ‼︎」

 

「はい口答え‼︎」

 

 

 

 パカーンとまた強烈な一撃がカゲツさんからタイキに放たれる。マジかこの人……今時ガキ大将ムーブここまでかます人間、初めてみたんだが……?

 

 

 

「俺はお前らに『教えてやれ』とは言われたが、『タダで』とは言われてねぇーからなぁ。その辺はさっき確認とったが、後は好きにしていいそうだ……俺はいいんだぜ〜?アオギリの旦那も無理にとは言ってなかったからなー?」

 

 

 

 ニヤニヤとしたいやらしい笑みで俺らを見下ろすカゲツさん。こんなに大人気ないことあるのか……だが——

 

 

 

(要は借金の肩代わりに俺らがいるわけか……確かに無料でこんな能力使い方を教わるって方が虫が良すぎる。要求は決して承服できるものじゃないけど……)

 

 

 

 俺は、それでも教わってみたい。

 

 自分の中に眠る力の正体。

 

 その使い方と、未来の自分。

 

 

 

 ——()()()は何を教えてくれるのか。

 

 

 

「よろしく……お願いします……!」

 

 

 

 力強く俺はカゲツさんに頭を下げる。

 

 俺の脳裏にあるのは、カイナでの敗北。

 

 あの悔しさを拭うためなら、例え下僕になってでも強くなりたい。

 

 

 

「……いい度胸だ」

 

 

 

 

 

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例え従僕になろうとも——!

というわけで、ひさびさに修行パートいってみようか。



〜翡翠メモ22〜

『キンセツシティ』

ホウエン地方中央に位置する街。機械仕掛けの建物そのものの中に街があり、昼夜問わず煌々と明かりが灯る眠らない街。

『ダイキンセツホールディングス』がその技術力と高いエネルギー供給力を誇示するために興した街とも揶揄されるが、実際に通運の観点からかなり昔から重宝されている街ではあったことは確かである。

『ダイキンセツホールディングス』倒産後、ジムが置かれホウエン地方政府の管理下に置かれる事となって以来、ジムリーダーである“テッセン”が街の管理を任されている。

テッセンによる管理は街の改造という形でその姿を大きく変える影響を与えたが、驚くほど緻密で利便性とエネルギー効率に富んだ設計は現在他の企業が参考にするほどである。



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第103話 不遇中の幸い?


しばらくパルデア地方に旅立ってました。
新ポケアホほどいるし、大好きなポケモン使えるしで踊り狂ってました。こっちの更新も頑張ります。フンガー‼︎




 

 

 

「——今日もお疲れ様。お給金はもう送っといたから……また頼むよ」

 

 

 

 キンセツシティにあるトレーナー斡旋所——通称『ポケジョブ』の窓口で、今日俺が働いた成果の報告を済ませ、約束通りの賃金をいただいたところだった。

 

 ポケジョブはプロトレーナー御用達の働き口の紹介をしてくれるところであり、俺みたいなひよっこプロでもできる仕事も見つけてくれる。しかし、手取りはさして期待できない。

 

 

 

「——『シダケダウンまでのタマゴ運搬』、『コイル・ビリリダマの磨き上げ』、『サイクリングロードの給水エリアの店番』……こんだけやってこれっぽっちか」

 

 

 

 昼から夕飯前まで働いた賃金を見て肩を落とす。日給職と考えるとまだいい方かも知れないけど。

 

 基本的に俺みたいな『C級ライセンス』のトレーナーに任される仕事なんて、一般人が公募している仕事ばかりで、基本日雇いのものばかりだ。仕事の数は多いがほとんどお手伝いさん程度の仕事しかなく、その給金は大して多くない。そこから斡旋所とHLCの手数料を引かれ、実際の手取りは雀の涙と言わざるを得ない。

 

 

 

「でもしょうがないよなー。それ以上の仕事ってなるとライセンスの階級が不足してるし……これ以上は仕事の量も増やせないしな」

 

 

 

 割の良い仕事はやはり“上”のトレーナーが請け負う事が多い。専門的な知識を必要とする仕事もできるはずもなく、先方もひよっこに任せるほど馬鹿じゃない。結局簡単な仕事の数をこなさないと、そもそもプロとして食っていけないのが現状だ。

 

 

 

「はぁ……カイナでの成績が反映されてりゃまだマシだったかもしれないけど」

 

 

 

 カイナトーナメントの成績は、順当に行けば“ベスト4”。この成績なら、トレーナーとしての信頼性は高く評価してくれるようになっていたかもしれない。こっちは妄想だが、決勝トーナメントに出たトレーナーとして世間の目に留まれた可能性もあった。

 

 しかしそれも叶わぬ夢……あのシーキンセツの災害が大会中止へと追いやった事、みんなもそれどころじゃなくなってしまった事が重なり、あの大会は無かったことにされてしまった。

 

 残ったのは負けた悔しさ。考えても仕方がないこととは言え、考えずにはいられない状況だった。

 

 

 

「——それであの人の世話焼くんだもんな……」

 

 

 

 俺は帰路に着こうと足をすすめるが、その歩みは重い。帰る先は俺たちの主人の家……そこでの生活を考えると、気が重くなるのは仕方のない事だった……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 キンセツシティの地下に広がる居住区——“ニューキンセツ”。

 

 地上のあちらこちらから降りられる地下に広がっている空間——にも関わらず、ここには優しい日差しが辺りを照らしていた。

 

 正確には謎技術でつけられた人工日光照射機のおかげらしいが、どんだけ発展してんだよキンセツシティ。

 

 

 

「——お帰りアニキ!今飯作ってますんで!」

 

「ただいまー」

 

 

 

 ニューキンセツの団地の一室に帰ってきた俺を出迎えてくれたのはタイキだった。

 

 タイキは自炊が得意らしく、この生活中は台所事情は任せている。ちなみに俺は掃除担当で、今から残りのゴミまとめにとりかかるところだ。

 

 

 

「アニキは仕事帰りなんスからゆっくりしてればいいのに」

 

「いやもうこれ終わらせないと気が休まらないんだよ……虫湧くような部屋で寝れねー」

 

 

 

 初めここにきた時の事を思い出して、身震いする俺。

 

 この部屋の主によって徹底的なまでに汚されたワンルームを片付けなければ、俺に安住の地はなかったため、血眼になって掃除をしていた。この一週間でだいぶマシにはなった事を、我ながら誉めてやりたい。

 

 

 

「——って。当のカゲツさんはどこいったんだよ?」

 

「さあ……昼間に出かけたっきりっスよ。晩飯には帰ってくるらしいっスけど」

 

「自由というかなんというか……」

 

 

 

 そう語るタイキの顔には不満がパンパンに表れていた。

 

 俺は仕事で昼と夜はここにいないからわからないが、やはりあの人と過ごすのはタイキにとっては苦痛らしい。

 

 そりゃそうだ。ほぼ召使いのような扱いを受けて、この一週間はろくに何も教えてもらえていないのだから。

 

 そのことについて3日目あたりに問い詰めることもあったが、適当にあしらわれ、食い下がれば怒鳴られて泣き寝入り。流石に俺もこの扱いには不服だった。

 

 

 

「ねーアニキぃ。本当にこんな事、このまま続けるんスかー?」

 

 

 

 これも当然の疑問だ。俺だってこの所何度も考えたことでもある。

 

 元四天王。固有独導能力(パーソナルスキル)を熟知した男。そんな人間と今コネクションがあるのを利用しない手はないと踏み切ったから、こんな生活でも甘んじて受け入れているわけだが、それにしたって彼からの指導はこれまで一度としてない。

 

 許可されているのは生活圏内での衣食住はカゲツさんに迷惑をかけなければ好きにして良いということだが、そもそもワンルームの一室でそれを二人の人間が押しかけて実践するのは想像以上に難しい。

 

 それで住み込み代として雀の涙ほどの収入をほとんど捧げ、何度も言うように炊事洗濯をやらされている事を考えると、何も思わないわけもなく……——

 

 

 

「でも……あのアオギリさんが紹介してくれた人なんだよなぁ……」

 

 

 

 アクア団頭領のアオギリ。彼は粗暴なところもあったが、人望が厚く、頭の良い人だ。その人柄は、とても嘘をついたり、人を利用しようとするものには見えない。

 

 そんな彼がどうしてか俺たちに協力をすると言ってカゲツさんを紹介してくれたのだから、何かあるには違いないと俺は思うのだ。

 

 

 

「元々固有独導能力(パーソナルスキル)を知ってる人すら限られてて、元四天王ってことからも強さに関しては申し分ない人なのは確かだ……実際あの人の前に立つと、身がすくむほどの圧力を感じる。強者独特の威圧感だよ」

 

「でもこのままじゃチンピラにパシられてるのと同じじゃないっスか!」

 

「聞かれたら殺されるってお前も学ばないよな……」

 

 

 

 大声でカゲツさんのことをチンピラ呼ばわりするのはやめてくれ。

 

 しかし、付き合わされてるタイキについてはやはり考えるところがある。

 

 俺は明確に欲しい知識や技術があるからこうして頑張る事もできるが、タイキはそこまで具体的にカゲツさんに求めるものがあるわけじゃない。だから無理に付き合わせてるのだとしたら……——

 

 

 

「タイキ。これは俺が自分のために始めた事だ。けどお前も付き合う事なんてないんだぞ?タイキがやってくれてる分は、俺が本来やるべきことなんだから」

 

「嫌っス!アニキがやるなら俺もやる!」

 

 

 

 このように、何度勧めてもこいつは降りようとしないのだ。

 

 俺がやるから——そう言ってくれるのは嬉しいが、タイキにまで負担をかける現状はやはり心苦しい。それでもタイキは頑なに自分の荷を下ろそうとはしなかった。

 

 

 

「お前もプロ目指してんだろ?だったら俺にばかり構わずに、自分の旅を始める事だって——」

 

「嫌っスよ。それじゃあ意味ないんス」

 

「意味ない……?」

 

 

 

 それは俺と旅をする事で何かこいつなりに意味があるって事なのだろうか?

 

 でもトレーナーとして強くなりたいなら、他に参考になる人も俺より強いトレーナーもたくさんいるだろう。俺といる必要がどこにあるんだ?

 

 

 

「そうっス!アニキのいく先が例え地獄だってお供するっスよ!——あーもう!そんな事も俺忘れてたんスね!男がそう決めたなら、文句言わず目の前の事に集中しろってことっスよね‼︎カゲツさ〜〜〜ん!アニキの期待裏切ったら承知しないっスよ〜〜〜!!!」

 

 

 

 タイキがそう言ってフライパンで荒々しく野菜炒めを作り始める。

 

 そういえばムロの時はなあなあで納得したけど、本当になんでこいつは俺にくっついてきたんだろう。正直聞き出したいところではあったが、そこで件の主人が帰ってきた。

 

 

 

「——おうガキども〜帰ってたか」

 

「……お帰りなさい」

 

「タイキっス!こっちの人はユウキさん!」

 

「へいへい毎日言わんでも知ってるっつーの……ヒック」

 

 

 

 帰ってきたカゲツさんは酒臭かった。顔の赤さも相まって、相当飲んできているのがわかる。それだけで、どこに行っていたのかを聞くのが嫌になった。

 

 俺とタイキは、苦虫を噛み潰したような顔で各々自分に課した事にとりかかる……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カゲツさんのとこにきてひと月が経過した。

 

 あれほど暑かった日中も、このひと月にきた雨季を過ぎるとひんやりとした気候になっていた。

 

 相変わらずカゲツさんは昼間に家をあけ、帰っては寝るの繰り返しで、まるで俺に固有独導能力(パーソナルスキル)の使用方法を教えようとはしてくれなかった。

 

 そんな中でも健気に働き、合間にポケモンたちにムロで教わった負荷の強いトレーニングをこなす。仕事で多くの時間を費やす俺に代わって、タイキが見てくれるおかげでなんとかこのルーティーンを続けることができている。

 

 もしかしたら、これはそのご褒美だったのかもしれないが——

 

 

 

 ——チャマメとアカカブが進化した。

 

 

 

「「おお〜〜〜‼︎」」

 

 

 

 キンセツ中央の広場での高負荷トレーニング中、それぞれがほとんど同じタイミングで進化していた。

 

 ジグザグマの頃のあの刺々しい毛並みが、身体にフィットした流線型のフォルムへと代わり、愛らしかった眼が鋭い眼光を放つ『マッスグマ』へ。

 

 一方ナックラーは、身体が伸び、体色も緑へと変化。角や羽や尻尾が生えた『ビブラーバ』という種へと変貌していた。

 

 

 

「アニキ!俺のリッキーもっスよ!」

 

 

 

 負荷トレーニングにはタイキの相棒であるワンリキーの“リッキー”も参加していたのだが、こちらも体が二回りも大きくなり、筋肉量が桁違いに増えた『ゴーリキー』へと進化していた。

 

 この事に驚きつつも俺は、ムロの頃から厳しいトレーニングとギリギリの戦いの中で得た経験値が今、実を結んだ事に納得していた。とりあえず、わかばの時のような事がなくてよかったと安堵する。

 

 

 

「……でもこれでまたやる事増えたな。マッスグマ(チャマメ)はともかくビブラーバ(アカカブ)は確か『ドラゴンタイプ』になったんだよな?」

 

「そっスねー。出来る事も増えたり変わったりしてるはずっスよ!」

 

 

 

 これは一応進化した時のために予習しておいたので、あとはそれをトレーニングに反映させるだけだ——だけとか言ってそれが大変なんだけど。

 

 

 

「これでカゲツの事がなきゃ順調に感じるんだろうけど——」

 

 

 

 そんなボヤキをしようとした時だった。

 

 

 

「——ヒメちゃんのバカ!!!」

 

 

 

 いきなり広場にこだましたのは女の子の悲痛な声だった。

 

 びっくりして俺とタイキがそっちに振り向くと、俺たちの横を泣きながら走り去っていくおさげの女性が目に映った。その人は広場からあっという間にキンセツの大通りに溶けてすぐに見失う。

 

 それで走ってきた方向を見ると、そこには黒ジャージに金髪の女の子が立っていた。

 

 口惜しそうな顔に寂しくこちらに伸ばされている手が印象的で、少しして彼女もこの場から走り去ってしまう。

 

 

 

「……な、なんスか今の?」

 

「さぁ……喧嘩とか?」

 

 

 

 事態を見ていた周りがざわつく中、なんだか見てはいけないものを見たような気がした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 そして、その女の子とこんなとこで会うと思わなかった。

 

 

 

「あ……どうも」

 

 

 

 金髪黒ジャージが、俺の仕事先のひとつである『コイル変電所』にいた。うん?向こうも俺のことわかってるような?

 

 

 

「俺のこと……なんで?」

 

「昨日キンセツの中庭で……目の前でポケモンが進化してたじゃん」

 

「ああそっか。そりゃ目立つよな」

 

「逆にそっちがウチのこと知ってる方が……」

 

「いや俺らより目立ってたぞ?なんか友達?と喧嘩してたみたいだけど」

 

「〜〜〜!」

 

 

 

 少女は俺の言葉を聞くなり耳まで紅潮する。

 

 そりゃあんだけ大声出した後、翌日そのこと知ってる他人と顔合わせるとかいう時間差アタックくらえばそうなるよな。気持ちはわかる。

 

 

 

「わ、忘れろッ‼︎」

 

「そう言われても……」

 

「“10万ボルト”ならいけるか⁉︎」

 

「パワープレイ過ぎるだろ!そのコイル置け‼︎」

 

 

 

 危うく記憶抹消のために電撃でシナプスを焼き切られかける俺だったが、互いにこの場には仕事で来ていたので、現場監督に叱責されて持ち場に戻る。

 

 俺はプロとしてコイルの点検できているが、彼女は別室にいくのを見るあたり、一般人のバイトとしてきているのだろう。ポケモンを取り扱うのは、プロにしか任されていないようだし……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「…………」

 

 

 

 こんにちは。タイキっス。

 

 今アニキのポケモンたちとトレーニングしまくってるっス。今日もみんな精が出るっスね!

 

 

 

「…………」

 

 

 

 えっと……なんか進化してからはウチのゴーリキー(リッキー)なんかすごいんスよ。なんというか、パワー……っスか?有り余っちゃって大変で……——

 

 

 

「…………」

 

 

 

 うわー。でもアニキのポケモンたちも進化してすごくなっちゃって……そろそろトレーニングのレベルをさらに上げないとなぁ〜ハハハ……

 

 

 

「…………」

 

 

 

 んで……その広場でず〜〜〜っとウロウロしてる子が1人……——

 

 

 

「…………グスン」

 

 

 

 な、なんかもうべそかいてる……。

 

 こういうのを居た堪れないっていうんスか?——ていうか、あの子確か昨日の……。

 

 

 

「先輩のばかぁ〜〜〜……!」

 

 

 

 仕舞いにはその場に座り込んでなんか愚痴りながら泣き始めちゃうし……それを割と俺たちの近くでやってるんスけど……マジで勘弁してくれっス!

 

 

 

「あ、あのぉ〜〜〜?」

 

 

 

 とはいえトレーニングも激しめなやつだし、危ないから声かけるけど。

 

 

 

「ひゃいっ⁉︎」

 

 

 

 俺の声かけで肩を振るわせたその子は飛び上がって俺の方を見る。やっぱり、昨日ここで喧嘩して大声出してた方の子だった。

 

 

 

「悪いんスけど、今からポケモンのトレーニング始めるんス。危ないから離れててもらっていっスか?」

 

「あ……ごめんなさい、わたし邪魔しちゃって……」

 

 

 

 黒髪おさげの女の子は、その見た目通りの優等生っぽい清楚な口調だった。俺の忠告はすぐ聞き入れられ、彼女はとぼとぼとその場を後にする。

 

 その背中を見送ってたんすけど、離れるにつれて、だんだんあの子がまた泣き始めちゃって……うーーーーーん。

 

 

 

「——あの、大丈夫っスか?」

 

 

 

 ——と。流石に無視できなくなってあえなくもう一回声をかける事に。あんな泣かれたら放置できんよな……うん。

 

 

 

「大丈夫……です。ホント、お邪魔してごめんなさい」

 

 

 

 そういうこの子は全く大丈夫じゃない。目は一体いつから泣いてたんだと言わんばかりに腫れ上がってるし……うーんどうすっかなー?

 

 

 

「あの……すぐ行きます。心配してくださってありがとございました」

 

 

 

 うーんめっちゃいい子なんだと思うっス。自分がいっぱいいっぱいなのに周りの迷惑とか考えられる子っスもん。

 

 しかし俺もアニキのポケモンたちの面倒を見てる手前、他用に振り回されるわけにも——いやタイキよ。こういう時アニキはどうしてた?

 

 

 

「……あの、私にまだ何か?」

 

 

 

 アニキなら、困ってる子をほっといてトレーニングに打ち込んだりしないだろ?カイナでハルカさんがアクア団に絡まれてた時も割って入って行ったじゃないか(※これはタイキの主観です)。

 

 なら、子分の俺がやるべき事は——

 

 

 

「よし決めた!あんたの泣いてる理由を聞こう!」

 

「え、ええ——⁉︎」

 

「とりあえずここは目立つからどっか座って話そ!」

 

「いや、ホントにお邪魔しちゃいますし——」

 

「俺がいいって言ってんスから気にしなくていいんスよ!」

 

「なんで見ず知らずのあなたがそんなことするんですか⁉︎」

 

「アニキの子分っスから!!!」

 

 

 

 何故かこちらの親切を振り切ろうとする彼女だったが、こちらの熱意をぶつけると、なんとかわかってくれたようで、とりあえず俺たちは座って話することになった。

 

 よしよし。アニキに習って、俺も人助けするぞー!

 

 

 

 

 

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それぞれの悩み、耳をすませば——。

一方カゲツさんは十字の爪を食い込ませて天井を這い回っていた(嘘です)



〜翡翠メモ23〜

『ニューキンセツ』

キンセツシティ地下に広がる広大な居住施設。

かつて『ダイキンセツホールディングス』が総力を上げて増設していたエネルギープラントの置き場としてくり抜かれた空間だったが、稼働する前に企業が倒産。後に『デボン・コーポレーション』に買い取られるまでは文字通り、ホウエンのアンダーグラウンドと化していた。

キンセツシティ内での格差と差別的な視線に物申す下層と、治安の悪さを問題視する上層とでの対立も相まって、社会問題と化していたところを『デボン・コーポレーション』が土地を買い取り、仲介人としてジムリーダー“テッセン”を置く。

差別的な発言が目立つ上層と、治安維持が求められる下層それぞれの問題解決に取り組んだ彼の功績もあり、以前よりそれらの声が上がるのは少なくなっていた……。



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第104話 住む世界


今更ながら、この話は外伝でもよかったかもしれないと思い始めたところざんす。中だるみすごいですが、お付き合いくだされば……SVおもれー





 

 

 

 私の名前はツバサ。

 

 キンセツシティ生まれで、今はカナズミの大学(カレッジ)に在学している。

 

 今年の卒業試験を乗り越えられれば、念願だった『エリートトレーナー』になれて、プロへの道が開ける……。

 

 そんな私をずっと応援してくれてたのが、幼馴染で学校(スクール)の頃からのひとつ上の先輩……『ヒメコ』ちゃんだった。

 

 ヒメちゃんは私が喜んでたら一緒になって喜んでくれるし、嫌な事があった時は私が怒れない分も怒ってくれるし、悲しい時はずっとそばで何も言わずに居てくれた……。

 

 そんなヒメちゃんは学校(スクール)卒業の後、進学はせずにキンセツに帰っちゃったけど……私がカナズミで生活している間も、ずっと励ましの手紙を送ってくれてた。

 

 そして……昨日は久しぶりにキンセツに帰ってきたから、ヒメちゃんとお話しようと思ってた。

 

 大学(カレッジ)であったこと、新しいポケモンを捕まえたこと、嬉しいことも悲しいこともたくさんたくさん……お話したかったのに……——

 

 

 

——もうわたしと関わるな……。

 

 

 

 あんなに仲良しだった……誰よりも信頼していた友達からの突き放しが、氷の塊をぶつけられたような気持ちにさせられた。

 

 どうしてって聞いても、何も答えてくれなくて……それで堪らなくなった私は……——

 

 

 

「ヒメちゃんのバカ!!!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 おっす!俺タイキ!

 

 今絶賛通りすがりの女の子の相談に乗ってるところっス!

 

 俺はアニキのようにトレーナーだけじゃなく、人にも親切にできるような男を目指してる……だから、困ってる人の助けになるために行動しているんス。

 

 え?今の話ちゃんとわかってるのかって?

 

 馬鹿野郎!わかるわけねぇっスよ‼︎

 

 

 

「——それで私……もうどうしたらいいか」

 

「……あふーん

 

 

 

 また気持ちが溢れてるのか、ツバサちゃん?は両手で顔を覆って塞ぎ込んでしまう。

 

 うーん。いや話は聞いてたよ?聞いてたけどさ……なんだろう。気持ちがわかんない。

 

 

 

「えっと……もっかいなんで関わっちゃダメなのか聞きに行けばいいんじゃ?」

 

「そんなこともうできないよ!しつこくしたら今以上に嫌われるかもしれないんだよ⁉︎」

 

「えぇ……?」

 

 

 

 あるぇ〜?そうなっちゃうんスか?というかもうそんな事いう奴のことなんかさっさと忘れちゃえばいいんじゃ?

 

 てか何?理由くらい教えてくれてもいいっスよね?そうだ!こういう時は確か相手の気持ちに共感するのがいいってネットに書いてたっすよ!

 

 

 

「うぅ……ヒメちゃんのバカぁ……!」

 

「ホントっスよね!最低な女っス!」

 

「なんでそんな酷いこと言うの⁉︎」

 

 

 

 えぇー共感したのに⁉︎女子って共感してほしい生き物だって言ってたじゃん!あのサイト主は嘘つきだ‼︎

 

 

 

「私……学校(スクール)時代に先輩呼びしてたのも、ヒメちゃんに生意気言わないようにするために改めたのに……」

 

「それって逆に距離取ってるように感じるんじゃ——」

 

「エェーーーン‼︎」

 

 

 

 わぁー!なんでまた泣いちゃうかなぁ⁉︎え?今のも俺が悪いんすか⁉︎

 

 アニキ!今すぐ!今すぐアニキここに連れてきて欲しいっス‼︎

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ウチの名前は『ヒメコ』。

 

 親たちがウチのことをお姫様にしたくてつけた名前だ。くだらねーだろ?

 

 実際はお産が病院まで間に合わなくて、汚い小部屋で生まれたじゃじゃ馬娘。

 

 それは自立してからも変わらず、こんな下層の中で喧嘩や悪さばかりを働いて過ごしていた。

 

 親も仲間も、みんなそれでいいって思う連中ばかりだった。

 

 ニューキンセツでの暮らしは裕福ではなかったけど、それなりに幸せだったと思う。

 

 

 

 ——あなたはだぁれ?

 

 

 

 時折顔を出していた地上で出逢ったのは、身なりの綺麗な女の子——『ツバサ』だった。

 

 一目見てわかった。ウチとは全く違う世界の子だって。

 

 ウチの名前がウチよりぴったりくる……そんなお伽話の世界から出てきたような女の子だった。

 

 それからウチらは時々こっそり会うようになった。

 

 ウチは連れにこんな綺麗な子と会ってることを知られるのがなんとなく嫌だったからだし、ツバサも下層(ニューキンセツ)の人間と連んでるって知られたら酷く叱られるからそうした。

 

 ツバサはこんな汚いウチの話なんかをケラケラ笑って聞いてくれたし、ウチもツバサのキラキラした光景が浮かぶ話を聞くのが好きだった。

 

 どちらも全然違う価値観だったけど、たったひとつだけ共通して夢中なものがあった。

 

 それが『ポケモンバトル』。

 

 

 

 ——わたし、おっきくなったらポケモントレーナーになるためのがっこうにいくの!

 

 

 

 そんなツバサの言葉がウチを突き動かした。

 

 ツバサはウチなんかと違ってチャランポランに生きちゃいない。夢の為に具体的な目標や道を見つけていた。

 

 もしこの子と一緒の道を選べたら……そんな想いが、学一つないウチをその“がっこう”とやらに行かせたがった。

 

 親は金の話で反対してきたし、仲間も付き合いが悪くなるとウチから離れていったけど……それでも自分でなんとかするしかないって決めて、カナズミに飛び出した。

 

 なんとかバイトして食い繋ぎながら学校(スクール)に通って一年……そこでとうとうツバサは入学してきた。

 

 学校(スクール)での生活は大変だったけど、あんなに幸せだったことはない。

 

 ツバサとならどんな事にも耐えられたし、頭が沸騰しそうな勉強も頑張れた。

 

 休み時間や放課後に過ごしたお姫様みたいなツバサと過ごせるのが楽しくて楽しくて……気付けばウチは卒業間近となっていた。

 

 そして同時に、“お姫様”がどれほど大変なのかということも知った。

 

 

 

——ツバサ。次は大学(カレッジ)だが、こんな成績で一体どうする気なんだ?

 

 

 

 ツバサはカナズミにいる間、たまに父親が顔を見せにくる。

 

 ウチもよせばいいのに、二人が路上で話す姿を何度かこっそり盗み聞きしていた。

 

 その折に話すのは“成績に関する事”。

 

 ツバサの成績は決して悪くない。

 

 同学年では常に上位だし、バトルの腕も悪くない。

 

 それでもツバサのパパは褒めるどころか彼女を叱る。

 

 そしてその矛先は最後にウチに向く。

 

 

 

——あんな子と一緒にいるからお前はダメになるんだ!

 

 

 

 ウチは気付いた。

 

 ツバサはウチに何も言わなかったけど、ずっとあんな事を言われ続けて来たんだと。

 

 ツバサはウチを傷つけたくなくて黙ってたけど、本当はずっと辛かったんだって事。

 

 だから……ウチはあの子を遠ざける事にした。

 

 元より学校(スクール)卒業の後、大学(カレッジ)への進学までは考えていなかった。

 

 夢ひとつ見るにしても、向こうは人生ひとつひとつを丁寧に生きようとしてる。

 

 その為に、ウチがその辺で遊んでる頃から頑張ってる。

 

 ウチなんかが……その邪魔をしちゃいけないんだ……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 コイル変電所で出会ったのは、先日誰かに怒られていた不良っぽい『ヒメコ』さんとやらだった。

 

 仕事の合間に休憩室で鉢合わせてしまった俺は、彼女が突然始めた独白を聞くハメになっていた。

 

 いや……(おんも)〜〜〜〜〜。

 

 

 

「——そんでガッコ卒業して、すぐにキンセツに帰ってきたんだけど」

 

「ちょっと待って」

 

「いきなりだと悪いかなと思って手紙をちょいちょい出してたんだけど」

 

「待って」

 

「昨日、本心を伝えたらあのザマだ」

 

「待てや」

 

 

 

 なんでそんな見ず知らずの俺にこんな話すっかなぁ……いや聞いてもなんもしてあげられんよ?

 

 ま、まぁ聞いてる感じ、誰かに聞いてもらわないとやってられない感はあるし気持ちもわからんでもないけど……というか——

 

 

 

「はぁ……それで向こうは離れてったんだろ?やるせないってのはわかるけど、一応思惑通りなんだからいいんじゃないか?」

 

「ぐ……そ、そうだけど……泣かせちまった」

 

 

 

 なるほど。突き放しては見たものの、思ったよりもショックが大きかったってところか……。

 

 いやだからわかったところで何も言ってあげられないってのが正味な話なんだけど。

 

 

 

「はぁ〜〜〜〜〜。話したらスッキリするかと思ったけど、やっぱダメだ。でも今更謝っても許してくれないし、そもそもウチが仲良くしてる限りあの子は苦しんじまう」

 

「まぁ……そのツバサって子が納得できる理由なんてなさそうだもんな」

 

 

 

 聞いてる感じ、ツバサの家は相当な金持ちってことらしい。

 

 この街の上層——キンセツシティの2階以上のフロアには専用のエレベーターからでないといけない居住区が存在する。

 

 そこに住める人間は限られており、住んでるだけでその人の収入の多さを自慢できるほど——らしい。

 

 そういう富裕層の考え方とは、俺たち庶民とはかけ離れているのかもしれない。どんな言いつけをされてるのか知らないけど、『付き合う人間は選べ』なんて金持ちの親の言いそうなテンプレである。

 

 

 

「どうしたらあの子を泣かせずに身を引けると思う?」

 

「んー……——ってなんで俺に聞く⁉︎」

 

 

 

 いや俺も何したり顔で考察してんだよ。大体もう終わった事なんだし、ここは聞きに徹して今日を凌げればいいはずだろ。ここにだってそんなに来る頻度は他の仕事に比べて少ないんだ。

 

 

 

「こっちは()()()も借りたいんだ」

 

()()()な。言い間違いだとは思うけど、ひょっとして俺のこと猿って言った?」

 

 

 

 失礼極まりない。しかしこのまま話を引き延ばして付きまとわれる事にでもなれば、それこそ時間の損失だ。悪いけどこっちも人のことに構えるほど余裕はない。

 

 ここは適当にあしらわせてもらおう。

 

 

 

「……でも偉いよな。あんたも」

 

「は?」

 

 

 

 彼女は自分が何を言われてるのかわからないと言った感じで間抜けな声を上げる。

 

 

 

「いや、その金持ちのお父さん?ってすごい感じ悪いのにさ。そっちを責めたりしないのは大人だなーって思ってさ」

 

「いや……ウチは別に……」

 

「俺だったら『これだから成金は〜』とか愚痴っちゃうよ」

 

 

 

 俺の褒め言葉に否定的な言葉は発するが、態度はまんざらでもなさそうだ。まぁあくまで立ち直るきっかけぐらいにはなればと言った事だけど、俺の本心でもある。

 

 見た目不良っぽいのに、根はいい子なんだってことは言葉の端々で伝わってくるし。

 

 

 

「でも……ウチとあの子とでは住む世界が違うんだ」

 

「今時そのセリフ言う人間いるんだ」

 

「なんか言った?」

 

「いいえなにも」

 

 

 

 一瞬いる時代を勘違いしたかと思ったが、なんとか思いとどまった。

 

 一昔前は身分違いの二人が想いあってるのに周りに引き裂かれるみたいな創作物で溢れかえってたらしいけど……ってあれは恋愛系だけど。

 

 

 

「お、俺もさ。その世界観ってわかんないから的外れな事かもとは思うんだけど……同じ人間だろ?だから向こうもそういう壁感じて欲しくないって思ったんじゃないかな?」

 

「でも現実問題むこうのパパは——」

 

「それでも、当人同士の気持ちが優先されてもいいんじゃないかなって……」

 

「そんなの……」

 

 

 

 あ、今のはちょっと踏み込み過ぎたか?

 

 確かに今のは“俺が思う正しさ”だし……ヒメコにとっても理解はしてくれるかもだけど、そうなると昨日自分で距離をとったことに気が引けたのかも。

 

 少なくとも、当人が悩んで出した結論を否定する言い方は良くなかったかも。

 

 

 

「わ、悪い……少し距離を空けようって思ったヒメコの考えもわかるよ。俺が言いたかったのは、別に0か100で物事を決めなくてもいいんじゃないかっていうか……」

 

「0か……100……?」

 

 

 

 今度の言葉には食いついてきた。今なら少し前向きな話も聞いてくれるかもしれない。

 

 

 

「別に一生会わないってつもりもないんだろ?向こうの親父さんが言うのだって、今が大事な時期だから過敏に反応しただけかもしれないし……もしまた会えそうになったとしたら、今仲違いするような別れ方だと後悔するかもなーって思ったんだ。だから『絶対にもう関わらない』とか『向こうの親父さんの言う事に真っ向から反発する』とかいう極端な考え方なんてしなくてもいいっていうか……」

 

 

 

 や、やべぇ……なんか言ってて俺もまとまりがつかなくなってきたかも。

 

 でもなんかこう極端にこうしなきゃってなるのは俺もわかるし、それがあんまりいい結果にならないっていうのも予想がつくというか……。

 

 できればそういうのはどうしようもなくなった最終手段的な場合に限る気がするんだよな。

 

 

 

「人付き合いもポケモン付き合いも……相手の気持ちありきだから」

 

「……知った風なこというじゃん」

 

 

 

 ——と。彼女は俯いてそう返して来た。

 

 うーん確かに今のは生意気だったかな?というかなんか抑えようとは思うんだけど、今日はなんかやたら踏み入った事を言ってしまう。

 

 なんだろ……こういうのをもどかしいっていうのだろうか?

 

 

 

「ウチだって……ウチだって本当はツバサと一緒にいたいよ。卒業したら、プロになったらお祝いしたいし、試合に出るなら応援に行きたい……きっと大変なことも多いだろうから、ウチが話聞いてあげたりとかしたい。でもウチは……——」

 

 

 

 喉に詰まるものを絞り出すような声で彼女は話す。

 

 あぁ……そうか。こいつはまだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 

 

「——一度同じものを目指しちゃったウチは、もう真っ直ぐにツバサを応援できない!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「——ヒメちゃんが学校(スクール)を卒業した後、私は当然大学(カレッジ)に進学するもんだと思ってたの」

 

 

 

 ツバサがやっと落ち着いたと思ったら、今度はそのヒメコさんとやらの話になったんす。

 

 そのヒメコさんは俺たちが今いるニューキンセツの出で、ツバサとは生き方がまるで違うみたい……。

 

 そんな彼女に常につきまとってた問題が——“お金”ってことらしいっス。

 

 

 

「私は温室育ちって言われるのが嫌だったけど、でもヒメちゃんを見てると、本当に何不自由なくしてるんだってわかったの……食べ物ひとつ選ぶにしても、私は味の好き嫌いで選ぶのに、ヒメちゃんはいつもお財布と相談してた」

 

「なーるほど。それはわかりやすいっス」

 

 

 

 俺でもわかる価値観の違いっスね。

 

 アニキと出会うまでは何にも考えてなかったっすけど、人ってその数だけ違う物の考え方すんだって気づいた俺からすれば、すごくわかる内容っス。うーん。成長したなぁ俺も。

 

 

 

「もしかしたらそれが気に障ったのかなって……私はヒメちゃんと一緒にいると楽しくてつい色んな話もしちゃうし、プレゼントだって言って高価な物を送りつけたことだってある……そういうの嫌だったなのかも」

 

「アハハ!俺ならフリマアプリで売ってお金にしちゃうかも——冗談っスよ?」

 

 

 

 たった一言ですごい涙目で睨みつけるのやめてくれっス……そこまで俺も鬼じゃないっスから。

 

 

 

「……私があげたブレスレット。昨日はつけてなかった。もしかしたら本当に処分しちゃったのかも」

 

「い、いやいやそれはないっスよ!た、多分……」

 

 

 

 そう言いながら言い切れないところがある俺は、言葉も尻すぼみになってく。そもそも俺はそのヒメコとかいう人知らないっスもん!言ってる事に自信は持てないっス。

 

 

 

「きっとずっと我慢して来たんだ……私がやって来た事全部、本当はすごく嫌だったんだぁ……!」

 

「うーん……わかんないなぁ」

 

 

 

 そりゃ金持ちが鼻につくのは俺もわかるし、もしかしたらそういう気持ちにもなってたのかもしれないっスけど……なーんでそんな結論になっちゃうんスかね?

 

 

 

「もし本当にそうだとしたら、俺ならわざわざ面と向かって言わないっスけどね」

 

「……え?」

 

 

 

 俺の指摘に、まるで気づいてなかったような顔でこっちを見てくる。え、だってそうじゃないっスか?

 

 

 

「相手のことが嫌いになるって、つまりもう関わり合いになりたくないって事じゃないっスか?ならもう黙って消えるっスよ普通。まだおんなじガッコに通ってるならともかく、今は別々の場所にいるんだから……そんな事思ってる奴がそもそも手紙寄越したりするわけないじゃないっスか」

 

「そ、そうかな……」

 

「第一、一緒にいた時間が長いなら、そんだけ相手の嫌なとこが見えてもおかしくないっス。それでも一緒にいる事選んでるから、友達って言えるんじゃないっスか?」

 

 

 

 お。今のはなんかアニキっぽくない……?

 

 

 

「そうじゃないっスか!一緒にいたいと決めたのはなにも自分だけじゃないんスよ!相手も選んでいようって決めてるんス!」

 

 

 

 フッ……気付いてしまったっすねこの世の真理に。アニキ。俺、少しあんたに近づけたかな?

 

 

 

「——じゃあヒメちゃんは、もういたくなくなったから昨日あんな事言ったの?」

 

「…………あれ?」

 

 

 

 そうなっちゃうな?あれどうしよう。アニキ助けて?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「お疲れ様〜。いい磨きっぷりだったよ。でもそんなにやらなくてもよかったのに」

 

「アハハ……すいません」

 

 

 

 夕方に差し掛かる頃、今日の“コイル磨き”は全て終了した。

 

 ただ休憩室でヒメコと話した内容についてアレコレ考えていたら、気づかないうちに稼働用とは別の予備のコイルまで引っ張り出して磨いていた。

 

 俺って体の操縦ほったらかすと謎に掃除が捗るのなんなんだろう……。

 

 

 

「——んで、待ち伏せまでしてまだ聞きたいことでも?」

 

「うっ!」

 

 

 

 変電所を出た先で物陰からこちらを見ているヒメコ。隠れてるつもりなのかあれ……?

 

 

 

「はぁ……俺もニューキンセツに今はいるから、帰り道は一緒か?」

 

「——!」

 

 

 

 それを聞いて、彼女は晴れやかな笑顔になる。どうやらまだ話を聞いて欲しいようで、このまま一緒に歩き始める。

 

 少しの沈黙の後、口を開いたのはヒメコの方だった。

 

 

 

「……さっきは悪かった。その……聞いてもらってる分際で」

 

「さっきって……ああ休憩室での?いいよ別に」

 

 

 

 俺も踏み込み過ぎたとは思ってたし、そういう気持ちはわかる。自分が悩んでいる事を人に諭されるように言われるのは俺も苦手だしな。

 

 

 

「ウチは……ウチも本当はトレーナーになりたかった。ツバサと一緒に夢を追いかけたかった。ツバサの隣で……飛んでいたかった」

 

 

 

 それはツバサの父親とは無関係で、ヒメコ自身の問題でもあった。

 

 

 

「——大学(カレッジ)で修了過程をちゃんと受ければ、『エリートトレーナー』の称号がつく。金も才能もコネすらないウチがジム入りする為には……そうするしかなかった」

 

 

 

 でもその在学中の資金を彼女が自分で工面できる方法がなかった。親は元より金を出し渋っている状況で、頼れる仲間は他にいない。そしてそれをもし、ツバサに言えばどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

 

 

「あの子は優しいからきっとウチのために無茶もする。でもそんなことされたら……ウチはきっと、自分を許せない」

 

 

 

 ヒメコの中にあるのはプライドという言葉では片付けられない何かがそれを許さないんだと思う。

 

 お金が当たり前にある人からすれば、それで開ける道なら躊躇なんてしないだろう。でもそれを日々欲して足りない中で生きる人間にとっては究極の二択だ。

 

 その2人には決定的な価値観の違いがあり、劣等感を感じてしまえば、もうその人のことを友達とは呼べなくなる。

 

 『生きる世界が違う』——文字通り、見えている物も感じている物もまるで違うんだ。

 

 

 

「ウチは怖いんだ……いつかお金のことでツバサに頼るんじゃないかって。頼らなかったら、今度は妬むんじゃないのかなって……そんな事になったら、ウチは——」

 

 

 

 彼女がその先を続けられないのは、なんとなくわかる。

 

 その先はきっと、ヒメコ自身が口にするのも嫌な自分の部分。俺も自分の弱さと向き合う辛さを知ってるだけに、これ以上は聞くまいと思う。だから、話を先に進めることにした。

 

 

 

「ニューキンセツに戻って来たのは、やっぱ夢を諦めるためか?」

 

「……うん。きっとウチは夢見てたんだ。生まれながらのお姫様のそばにいたら、ウチにも同じような道を歩けるんじゃないかって」

 

「……」

 

「でももういいんだ。あの子のそばにいるのもあの子と同じ夢を見るのももう終わり。ウチには学校(スクール)の間、バトルも座学もセンスもなかった。周りにも自分にも、無茶するだけの理由を納得させられる力はなかったんだ……」

 

 

 

 だから、自分はまたゴミ箱に戻ると——彼女は言った。

 

 

 

「——……なんか話すとスッキリしたよ。ありがとね。ユウキ」

 

「いや、俺は何も……」

 

 

 

 そういう彼女は信じられないくらい悲しい顔で笑っていた。

 

 そうか……人が諦める時って、こんな顔をするのか……。

 

 

 

「なんかつきまとって悪かったね。今晩飯でも奢るよ……あんま高いのは無理だけど」

 

 

 

 先を歩いていた俺を追い越して、彼女は申し訳ない感じでそう言う。

 

 ……まぁ話してスッキリしたなら、俺がこれ以上言う必要もないだろう。元より適当に話聞くだけのつもりだったし。

 

 

 

 ——つもりだったんだけどな。

 

 

 

「悪い。飯は帰ったら作ってくれてる奴がいるからいい」

 

「そっか……じゃあ——」

 

「その代わり!」

 

 

 

 俺はその時ヒメコの顔を初めて真っ直ぐに見たかもしれない。

 

 どうしてやればいいのかわからないけど、俺には今にも泣きそうなこいつを無視してこの先を歩けない。

 

 歩けないだけの理由があった。

 

 だから——

 

 

 

「明日……キンセツの中庭に来てくれないか?」

 

 

 

 だから提案しよう。

 

 終わらせるのも諦めるのもヒメコの勝手だとしても。

 

 

 

 まだ、知っておいて欲しいことがあった。

 

 

 

「——俺とバトルしてくれ」

 

 

 

 

 

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失意の少女に、ユウキは何を見る——?

バトルも好きなんですが、やっぱこういうの書きたくなっちゃうんですよね……いやぁ反映させる作品間違えてないか?



〜翡翠メモ24〜

『エリートトレーナー』

カナズミ多種目履修学校——通称大学(カレッジ)の全習業過程を終え、卒業試験を通過することで得られるアマチュア最高峰の称号。この称号はトレーナーとして実力をはっきりと表すものとされ、強さの指標にされる。

ジム側の人間にスカウトされずとも、カナズミ教育委員会の推薦で望むジムに行けることから、多くのトレーナーがこぞって大学(カレッジ)に集まる。



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第105話 諦める理由


だんだん投稿間隔広がってきましたな……その分一話の量増えていってるからプラマイゼロ?いや全てはSVが悪い(まだストーリー終わらんのですがあの……)




 

 

 

 翌朝——。

 

 

 

「偉そうなこと言うてしもうた」

 

 

 

 俺は昨日ヒメコという女の子に大見えきって言ったセリフを思い出して、頭を抱えながら待ち合わせのキンセツ中央の中庭にいる。

 

 ここにはポケモンバトル可能なコートがいくつかあり、朝一なら空いていることも多いためこの時間を選んだが、改めて昨日は口が過ぎたなと思った。

 

 何を偉そうに講釈垂れてるんだか……でも——

 

 

 

 ——なんか話すとスッキリしたよ。

 

 

 

 昨日あいつがそんな言葉と一緒に見せた悲しそうな笑顔。あんな顔を見せられて、何も言わないわけにはいかなかった。

 

 どうしても伝えたい事が、その時具体的思い浮かんでしまったからだろうな。きっと……——

 

 

 

「——……おはよ」

 

「あ、おはよう……」

 

 

 

 そうこう悩んでいると、呼びつけた相手が現れた。相変わらず飾り気のない黒ジャージのヒメコが、ジト目でこちらを見ていた。

 

 

 

「な、なんだよ……怒ってる?」

 

「いや別に……ウチ朝は弱いから……」

 

 

 

 低血圧なのか、朝は大体こんなもんらしい。ちなみに血圧が寝起きに及ぼす影響って別に科学的に証明されてるわけじゃないとか……まあそれはいいとして。

 

 

 

「——そんで?ウチと戦うって……一体どういうつもりなん?」

 

「いや……ははは……」

 

 

 

 偉そうに説教するつもりはないんだが、それでも今の俺の経験から何か教えたい——なんて言ったら結局そう思われるので、苦笑いで誤魔化す。

 

 でもやはりそれだけじゃ納得はしないヒメコ。

 

 

 

「今回は昨日聞いてもらった借りを返すためにやるけどさ……ウチを思いとどまらせるのが目的なら、悪いけど期待には応えてやれねーよ?」

 

「……」

 

 

 

 そういうヒメコの眼は真剣そのもの。

 

 彼女が自分で決めた決定は、彼女が悩んで悩んで出したものだ。それは人に言われたから簡単に変えられるものではない。俺も……それはわかってるつもりだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——あ」

 

「——あ」

 

 

 

 朝の買い出しで地上に出た俺は、街角で見知った顔と出会した。昨日会ったツバサに、またもや出くわしてしまった。

 

 

 

「お、おはよーツバサ!朝早いっスね!」

 

「う、うん……早朝はランニングしてるから」

 

 

 

 桃色のトレーナーウェアに身を包んだツバサは、昨日の地味な私服と比べて華やかで可愛らしさが増している。

 

 

 

「似合ってるっスよそのウェア♪」

 

「え、あ、ありがとう……?」

 

 

 

 あんまり褒められなれてないんスかね?勿体無い——ってそんな気安く話せるのなら、俺としてもそんなに気を遣わなくていいっスかね?

 

 昨日は特に着地点も解決策も見つけられないままお互い帰っちゃったし、アニキはなんか仕事が疲れたのか昨日はすぐに寝ちゃったし、朝起きたらもういないしで……。

 

 

 

「ごめん。ホントは俺なんかよりもっと頼りになる人紹介したかったんすけど」

 

「え⁉︎いいよいいよそんなの……私の方こそごめんなさい。タイキくん、忙しかったのに話聞いてくれて」

 

 

 

 そう言って腰を折って頭を下げるツバサ……自分も大変なのに健気っすねー。

 

 

 

「へへへ……ってトレーニングの邪魔して申し訳ないっス」

 

「流す程度だったし平気♪そっちこそ買い物?」

 

「うん。朝は色々セールやってるとこ多いっすからねーこの辺は」

 

 

 

 そんな他愛もないことを話しながら、キンセツの街道を歩く俺たち。まだ早朝ってだけあって人の行き交いもまばらだったおかげでなんか落ち着く。

 

 

 

「……昨日はなんも思い浮かばなかったっすねー」

 

「うん……でもタイキくんと話してたら、なんかすごく気持ちが軽くなったんだ」

 

「へぇー。俺でも役に立てたなら何よりっスよ♪」

 

「いい人だね〜タイキくんは……」

 

 

 

 そう言いかけたツバサが、通りかかった中庭の方を見つめて立ち止まった。その眼は何かを見つめていて、見開かれたままになっている。

 

 

 

「ツバサ……?」

 

「……ヒメちゃん?」

 

 

 

 その視線の先に俺も目をやると、そこには話に聞いていたヒメコって人と——

 

 

 

「あ、アニキ——⁉︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ルールはシングル戦の“1on1”。アイテムの使用はなし、制限時間は15分……」

 

 

 

 細かいルールはなしで、とりあえず俺とヒメコはポケモンの一騎打ちをすることにした。しかしこの戦い、ヒメコに真剣に戦ってもらうためにも“ある提案”する。

 

 

 

「——このバトル、負けた方はそのポケモンを相手に譲ることにしよう」

 

「——!」

 

 

 

 俺の突然の提案に、戸惑いの色が隠せないヒメコ。そりゃそうだ。俺だっていきなりこんなこと持ちかけられたら嫌だ。

 

 

 

「なんでそんなこと……!」

 

「だってどうせトレーナー人生は諦めるんだろ?だったらポケモンなんていらないんじゃない?」

 

「そ、それとこれとは……大体あんたウチのこと止めに来たんじゃないのかよ⁉︎」

 

「そんな事一言もいってないよ。プロを諦める覚悟があるなら、別に止めないし、俺に関係もないしな」

 

「ぐ……」

 

 

 

 いやー我ながら名演技。元より相手のポケモンを奪う気なんてさらさらない。そんな後味の悪い事しても俺にメリットないし。

 

 要は全力をぶつける口実が欲しかった。その為にここは俺も悪者を演じて、少しでもやる気になってもらわないといけない。

 

 

 

「いや別に俺も無理にとは言わないけどな。ポケモン取られるのが怖くて勝負もできないんじゃ、どの道プロなんて無理だろうし」

 

「……は?」

 

 

 

 よぉーしよしよし!ちゃんと不良の細胞は息してるな!こんなわっかりやすい挑発に反応してくれるんだから……あとはもうちょい味付けを——

 

 

 

「だってそうだろ?“負けた方は——”って言ってんだから、むしろここは勝てばプロの俺の手持ちから1匹貰えるっていうチャンスと見てもいいはずだけど……すぐ自分が負けた時のことを考えるのは、負け犬の発想だよなー」

 

「負け犬……だと⁉︎」

 

 

 

 うわー面白いくらい食いつくやん。割ともう自分でも言いたくないこと過ぎてお腹痛くなってきたけど……思惑通り過ぎて逆に怖い。よ、よし……これならやってくれそうだな。

 

 

 

「そんなに言うならやってやるよ!あんたを倒してそのポケモン奪ってやる!そしたらそいつでバンバン勝ってジム入りもプロ入りもやってやるよ‼︎」

 

「お、おう……や、やれるもんなら……どーぞ」

 

 

 

 思ったより火つきが良いなヒメコ……。でもこれで問題なくやってくれそうで助かる。

 

 

 

「——よし。そんじゃ早速やるぞ」

 

「吠え面かかせてやる……!」

 

 

 

 俺としては嬉しいけど、あの迫力はやっぱ怖いな。一応賭け事になってるし、俺も万が一にも負けるわけにはいかないから気を引き締めないと……。

 

 

 

自己申告(セルフジャッジ)でやるからなー。いくら怒ってるからって反則はすんなよ!」

 

「誰が!実力で捻り潰す!」

 

 

 

 どんどん語気荒くなるな……もしかして俺挑発の才能でもあんの?と、とにかく始めるか。

 

 

 

「よし……それじゃいくぞッ‼︎」

 

 

 

 俺とヒメコはコートの両端から自分の相棒の入ったボールを投げ入れる。

 

 不良少女ヒメコ——対戦開始(バトルスタート)だ。

 

 

 

「行け!マッスグマ(チャマメ)‼︎」

 

「やれ!|カゲボウズ‼︎」

 

 

 

 …………へ?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 アニキたちがコート挟んでバトルし始めた事で、俺とツバサはその場に駆けつけるため走っていた。すると、そこから少し離れたところでゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。

 

 

 

「——ギャハハハハハ!わ、笑い殺す気かあいつダハハハハハ‼︎ヒーーー!!!」

 

「か、カゲツさん……⁉︎」

 

 

 

 それは家で寝てるはずの俺たちの飲んだくれ師匠が下品な笑い声を轟かせる姿だった。いつの間に部屋抜け出したんスか?

 

 

 

「お。ツルピカも来たのか?——ってなんだよ女連れか〜色気付きやがって……」

 

「名前!タイキっていい加減呼んでくださいッス!あとツバサは昨日友達になったんスよ‼︎」

 

「た、タイキくん、この人お知り合いなの?」

 

 

 

 ツバサはやや俺の後ろからカゲツさんをさして言う。良いとこのお嬢様にはそりゃ見せられないっスよねこんな人……。

 

 

 

「俺とあそこで戦ってる人の師匠……仮っすけど」

 

「おめぇももちっと俺のことは敬えよー?」

 

「お、お師匠様でしたか!こ、こんにちは!私はツバサといいます!」

 

「こっちの嬢ちゃんは中々見どころあるじゃねーか♪」

 

 

 

 いやそりゃツバサは育ちいいっスからね!普通ならあんたみたいな目の毒になりそうな人に関わり合いなんかになってほしくないんスけど!——ってことは言うなってアニキから言いつけられてるっスけど……。

 

 

 

「——っていうか、なんでアニキがあのヒメコって人と戦ってんスか⁉︎」

 

「な、何か知ってるんですかお師匠様‼︎」

 

「いやそれが傑作なのよ。実はな……——」

 

 

 

 それでカゲツさんからの耳打ちを受けて、俺たちは悲鳴にも似た声を上げてしまった。

 

 

 

「——アニキが賭け勝負(アンティルール)を仕掛けたぁぁぁ⁉︎」

 

 

 

 ひっくり返りそうになった俺。そりゃそうっス。何せ俺の知る限り一番そういうことしそうにない人っスもん!

 

 

 

「な、なんでアニキがそんな……」

 

「大方、あのヒメコとかいう奴におせっかいでも焼いてんだろ……今のお前みたいにな」

 

「へ?」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 

 

 それってアニキもヒメコから相談を受けてたってこと?でもなんで……いや俺も成り行きっスけど、それがなんでバトルになるんスか⁉︎ていうかそもそもなんでこの人そんな事知ってんスか⁉︎

 

 

「やる気出させる為らしいぜ?健気にへったくそな演技で悪ぶって、ヒメコって奴を挑発したのよ。でもまさか……大見えをきっていきなり負けそうになってるとか面白すぎんだろ!」

 

「ま、負けそうって……」

 

 

 

 いまだに何もわかんないっスけど、どうもそういうことらしい。しかしアニキもプロで、カイナでは凄腕たちの中でも結果を残す(公式には残らなかったっすけど)男……その辺のアマチュアに負けるわけが——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 やっっっべぇぇぇええええ!!!

 

 

 

 ——と、心の中で絶叫してる俺がいた。

 

 ちょっと本気で向かってきてもらおうと賭け事にしたり馬鹿にしたりしたんだけど、それが今全て裏目に出てしまった。

 

 

 

「カ……カゲボウズ(ゴーストタイプ)だとぉぉぉ……!」

 

 

 

 俺は出してきた黒いてるてる坊主のようなポケモンに釘付けになる。

 

 『カゲボウズ』——ゴーストタイプの中でホウエンではポピュラーなポケモンだ。特性も特段珍しいものでもなく、精々『呪われボディ』くらいが厄介といったところ……だが、そんな事どぉーでもよくなるくらいやばいことが起こってる。

 

 マッスグマ(チャマメ)はゴーストタイプ相手にダメージを与える手段がないのだ。

 

 

 

「カゲボウズ——“鬼火”!」

 

 

 

 ゆらりと漂っていたカゲボウズから青白い炎が吐き出される。弾速はそこまで速くないが——

 

 

 

——グマッ!

 

 

 

 ここは冷静にその場を飛び退いて“鬼火”を躱すチャマメ。戦うこいつは落ち着いてくれて助かる。

 

 しかし困った……チャマメの攻撃技は全部ノーマルタイプ。どれほど威力があろうが、ゴーストタイプには一切ダメージを与えられない……。今までゴーストタイプとのバトルはなかったから気が回らなかった部分もあるけど、本来ならここは別のポケモンに引いて戦えばいいと思っていたから対策も甘めにしていた。それがこんな大事なバトルで、しかも引くこともできない1on1でなんて……。

 

 

 

「どうしたよ……さっきは好き勝手言ってくれた割に随分慎重じゃん」

 

「うっ……」

 

 

 

 やばい……これに負けてもポケモンは取らないつもりにしてるとは言ったが、それは俺だけの話で、めちゃめちゃご立腹なヒメコさんは嬉々としてチャマメを掻っ攫っていくだろうな。

 

 でも今から「やっぱあの賭けなし!」とか言っても、相性が悪いと見るや約束を反故にする最低野郎に映る。俺だってそんなこと言いたくはないし……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 中庭コートから少し離れた場所で、俺とツバサ、カゲツさんはバトルの成り行きを見守っている。ヒメコ側のカゲボウズが、一方的に押している状況だった。

 

 

 

「あ、アニキまさか……チャマメってノーマル技しか振れないんスか?」

 

「仕込んだんじゃねぇかってくらいおもろいことするなぁあいつ」

 

「でも……あの人のマッスグマも凄く鍛えられてる……攻撃さえ当たらなきゃ条件は同じですよ?」

 

「いいや〜?あのままじゃ負けるのはユウキだろうよ」

 

 

 

 それは俺も同感ッス。今のアニキは、あまりに攻めっ気がなさ過ぎる。

 

 

 

「あの嬢ちゃん。一応プロ志望だったんだろ?そんぐらいマジでやってた奴なら、今マッスグマが明らかに攻め手を欠いてることにもそのうち気付く。気づいたら、今みたいに相手の反撃も考慮していた攻め方からもっとアグレッシブに来るようになるぜ」

 

「なるほど!じゃあヒメコちゃんが勝ったら、あの子は貰えるんですね!」

 

「なんで嬉しそうなんスか⁉︎」

 

「だって〜〜〜!」

 

 

 

 でもカゲツさんの言ってることは最もっス!早く何か手を打たないと……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……ははーん。さてはお前、ノーマル技しか覚えてないんだろそいつ」

 

 

 

ギクリッ——

 

 

 

 図星が胴体貫通するほど、ご指摘通りすぎて顔が引き攣る。やばい。気付かれた。

 

 

 

「約束は忘れてねーんだろうな?今更無かったことにはできねーぞ?」

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 

 

 あっかーん!あの目マジだ。このままだとうちのアイドル兼特攻隊長を失う。ヒメコに何か諭すどころじゃないんだけど。

 

 

 

「【亜雷熊(アライグマ)】なら……」

 

 

 

 脳裏に過ぎる“電磁波”の派生技——。何度か使って分かったが、あの技は身体能力を上げるだけにとどまらず、すべての接触技のタイプを電気に変えているらしい。あれならカゲボウズにダメージを与えられるかもしれない……でも——

 

 

 

「おらいくぞ!——“凍える風”‼︎」

 

 

 

 さらに一段力強く踏み込んできたカゲボウズが冷気を纏った風を吹く。やば——

 

 

 

——グゥッ‼︎

 

 

 

 その風を避けられず被弾。大した威力はなさそうだが……。

 

 

 

「これでお前の“素早さ”は下がった……もうさっきみたいに逃げ回れねーぜ!」

 

「くそっ!」

 

 

 

 『凍える風』は氷タイプの特殊技。威力こそ控えめだが、その冷気で絡め取った相手の筋肉運動の効率を低下させ、スピードを奪う。これで一定時間、チャマメの得意な脚を使った戦法に制限がかかる。

 

 

 

「あとはこれが当たれば終わりだろ!——“鬼火”‼︎」

 

「くっ!避けろッ‼︎」

 

 

 

 今度も一歩踏み込んだ“鬼火”がチャマメ目掛けて飛んでくる。“凍える風”に比べて遅い分、避けるのに余裕があるが——

 

 

 

——グッ‼︎

 

 

 

 動こうと脚に力を入れるチャマメは、上手く体を動かせない。やっぱり素早さダウンはきついか。

 

 

 

——マァッ‼︎

 

 

 

 “鬼火”が鼻先まで迫っていたが、なんとか力を振り絞ってそれを躱す。

 

 

 

「頑張るなぁ!でもまだまだ行く‼︎」

 

「チャマメ!攻撃はいい!とにかく動いて的を絞らせるな‼︎」

 

 

 

 ここは最初の目的は一旦置いといて逃げに徹する。プロがアマチュア相手に何してんだって話だが、それも仕方がない。【亜雷熊】を使えるだけの充電を兼ねたものではあるが、俺はあの技を今後使うのを控えるつもりでいたのもあって、別の策を考える時間が欲しい。

 

 【亜雷熊】は強力な反面、反動によるダメージがやはりネックだ。その反動は過ぎればバトル後も後遺症が残る可能性さえある技……これを常に必勝ムーブに組み込むのは、この先長く戦うことを考えても、チャマメの負担を考えてもすべきじゃない。

 

 本当に何も思いつかなければ……それでもあまり使いたくはないけど——

 

 

 

“鬼火”連打!数打ちゃいつか当たる‼︎」

 

 

 

 正直それが一番しんどい。

 

 あの“鬼火”に当たってしまえば、火傷によるダメージが継続的に発生し、何もしなくてもカゲボウズ側が勝つ。しかも火傷状態だと物理攻撃力が半減され、そうなったら【亜雷熊】でも厳しくなる。早く何か思いつかないと……——

 

 

 

「プロだからって馬鹿にして……ウチなんかじゃ無理だって分かってんだよ!」

 

 

 

 “鬼火”を放つカゲボウズの向こうで、ヒメコは独白する。

 

 

 

「あんたはそんなポケモンが何体もいるのかもしれない……でもウチにはカゲボウズ(この子)しかいなかった!ずっとずっとこの子と強くなれると思ってた!」

 

 

 

 きっとそれは学校(スクール)時代、ヒメコがぶち当たった問題なんだろう……それはなんとなくわかってた。

 

 

 

「でもウチじゃ……周りがどんどん真っ直ぐ進んでいく中じゃ……カゲボウズを勝たせてあげられなかった!ウチも一生懸命考えたのに、誰にも勝てなかった!」

 

 

 

 学校(スクール)に行って知った現実……トレーナーとしてポケモンを勝たせてあげられない苦しさ……強さが絶対的な指標のプロを目指すなら、この苦しさと戦う必要があるけど、それに勝てる人間はそう多くない。

 

 

 

「だからウチは——」

 

「——“友達を理由に諦めた”って言うのか?」

 

「——!」

 

 

 

 ヒメコは俺の問いに動きを止めた。その顔は、悲痛な色を示している。

 

 

 

「ツバサが理由なら諦められるっていうのか?そいつの邪魔にさえならなければ、自分は身を引けるって……本気でそんなこと思ってんのかよ?」

 

 

 

 俺にはわかる気がする。かつて母さんや親父を理由に前に進むことを端から諦めていた俺には、彼女の今の諦めてしまいたいって気持ちが……わかる。

 

 

 

「……そうだよ!ウチに出来ることなんてそのくらいなんだ!」

 

「それで……そのあとお前、どうすんだよ?」

 

「え……?」

 

 

 

 気持ちはわかる。だからこそ俺は、別に諦めないことを薦めたいわけじゃない。

 

 諦めない事だって、この旅の中で色んな苦労や絶望があって……怖い目にもあったんだから、そうした方がいいなんて言えない。

 

 でも……諦めた後の事を考えていて欲しい。

 

 

 

「ツバサとおんなじ夢を追いかけるってのが目的だとして、それを諦めてお前は何すんだよ?何を代わりにするんだよ?」

 

「何って……そんなこと……」

 

 

 

 この反応……やっぱり考えてなかったっぽい。そりゃそうだよな。今まで諦める事とその寂しさを押し殺すことばっかに集中してたんだ……俺と同じ、耐えて黙っていることくらいしか選択肢がなかったんだろ。

 

 

 

「〜〜〜訳わかんねー‼︎」

 

 

 

 業を煮やしたヒメコは迷いを振り払うようにカゲボウズに指示を送る。カゲボウズから射撃される火の玉たちが、チャマメを焼こうとする。

 

 

 

「——ツバサをダシにしてたからってなんだよ!その後の事考えろってなんだよ!ウチだって色々考えてんだよ!考えてもわかんない事だってあんだろ⁉︎」

 

 

 

 チャマメは懸命に“鬼火”を避け続けるが、カゲボウズの危機迫る攻撃にいずれ焼かれる。でも、俺はやっぱり負けるわけにはいかない。

 

 トレーナーとしても、同じ壁を感じた人間としても——。

 

 

 

「考えてもわかんないことは確かにある。それでも——」

 

 

 

「途中で考えることに疲れたってのもあるんじゃないのかよ⁉︎」

 

 

 

 ——ヒメコの動きが止まった。

 

 あれほど感情的になっていたヒメコの顔は、一瞬何も考えていないかのような虚無が浮き彫りになった。

 

 そうだろヒメコ……お前、本当は——

 

 

 

「昨日お前がツバサを友達ともライバルとも見れなくなるのが怖い的なこと言ってたけど、本当はそうじゃないだろ⁉︎本気で考えて考えて……自分のやりたい事を誰にも認めてもらえなくなるのが怖いんだろ⁉︎」

 

 

 

 俺もそう……なんの成功体験もできなかった俺も、本当はそれが怖かったんだ。家族と境遇を言い訳に籠った部屋だけが、自分を守る砦だった。

 

 ——でもそこで自分の欲しいものは手に入らない。

 

 

 

「——お前は俺なんかより立派だ!やりたい事を自分で見つけて、途中までは本気で向かっていったんだ!だからそれは誇っていい!間違いだっただなんてこと、頑張ったお前だけは否定して欲しくない!」

 

「…………!」

 

 

 

 俺の真剣な気持ちを、ヒメコがわかってくれたのかはわからない。それでも同じ悩みがかつて俺にもあった事を、あいつがその一欠片でも拾ってくれたら——

 

 

 

「現実ってやつは確かに酷いもんだ!やっぱり考えても出せない答えだってある!正解だと思えた事も、後で間違いだっただなんて事もたくさん……それでもはっきりわかる事だってあるだろ?」

 

 

 

 俺はそれを理解するのに、随分人の世話になったけど、ヒメコはもう既に分かってる事だ。誰でも持ってる純粋な宝石——

 

 

 

「——どんな選択をするにしても、お前自身の気持ち……それにだけは嘘つくなよ」

 

 

 

 それは俺のエゴかもしれない。

 

 それでも……どんな選択も自分でやらなきゃいけない事からは、誰も逃げられない。

 

 だからそれを選んだだけの気持ちには、嘘ついちゃダメな気がするから——

 

 

 

「——勝手なこと……ばっかり!」

 

「ヒメコ——」

 

「ウチはウチのこともわからないのに、アンタはまるで全部わかってるみたいに——そういうのムカつくんだよ!」

 

 

 

 それはごもっともだ。

 

 俺も……出過ぎた真似だってことはわかってる——それでも言いたかった。

 

 

 

「アンタの言うことは正論かもしれない……でも、ウチにはそれでも無理だって思っちゃうんだ!頭ん中ぐちゃぐちゃになって……それでもツバサの隣にいたいって言っちゃったら……頑張りたくなっちゃったら——」

 

 

 

 絞り出すように……ヒメコは胸を抑えて言葉を綴る。

 

 そうだよヒメコ……苦しい時、しんどい時こそ、そう言うべきなんだ。俺もそうした弱音をこれまで何度も吐いてきたんだ。

 

 

 

——あるわけない夢をまた見ちゃうなんて嫌だよ!!!

 

 

 

 ヒメコはとうとう堪えきれなくなって、涙を流す。悲痛だけど、思いの全部が顔に表れていた。

 

 ……だったら、それを根底から覆すっきゃないよな。

 

 

 

「じゃあさ。俺がこの勝負に勝ったら、少しは怖いって気持ちに立ち向かえるか?」

 

 

 

 俺が言うことに、ヒメコは小さく「え?」とだけ返す。

 

 

 

「——今の状況、ゴーストタイプに有効打を何も持たないマッスグマ(チャマメ)じゃ勝ち目なんかない……まさに無理ゲーだ」

 

 

 

 偶然こうなったけど、もう逆にこの状況を利用してもいいだろ。

 

 

 

「もし……その現実をひっくり返せるとしたら、お前にとってそれは前を向いていいって思えるだけの理由になるんじゃないか?」

 

 

 

 気休め程度かもしれない。

 

 結局決めるのはヒメコ自身。

 

 俺が諦めるなって言っても、何も変わらないかもしれないけど——

 

 

 

「そんなこと……できるわけ——」

 

「そう思うなら全力で阻止してみろよ。無理が通ったら、お前はまた考えなくちゃいけなくなるぞ?」

 

「——!」

 

 

 

 ヒメコが手を抜く事なんか1ミリも期待してない。というか抜かれたら困る。

 

 さあ……お前も俺もやっと譲れないものがわかってきた。

 

 バトルっていうのは、ここからが面白いんだ……!

 

 

 

「行くぞヒメコ……諦める方が簡単なんて、俺が言わせない!」

 

 

 

 

 

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難題に挑むことは現実に挑むということ——!

過去一かっこつけてるユウキくん。
ある意味ゾーン入ってるなぁ(ニッチャリ)



〜翡翠メモ25〜

襲逆者(レイダー)

旧ホウエンリーグ体制下、最後の四天王として君臨していた一番手カゲツの二つ名。粗暴な性格の彼とは裏腹に、多彩な補助技を主体とした搦手が得意なトレーナー。他の四天王から『人の嫌がる事をさせたら右に出るものはいない』と揶揄されるほどで、強引に突破しようとする相手に対して強力な反撃を加えることからその名がついた。

四天王制度廃止後、ある意味最も目立った人物であり、新体制のホウエン政府に物申す姿は今も語種である。



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第106話 夢の在り方


SVまだ終わらないんですが、今作はネット対戦もやってみたいと思ってるので少しストーリー進めるピッチあげようかなと思ってたり。今個人的に大好きなポケモンはデカヌチャンです♪草タイプちゃうんかい。




 

 

 

 対峙するカゲボウズ。最大の障害はその持っているタイプ。

 

 ゴーストタイプであるあいつにノーマルタイプの技は全て無力化されてしまう。それはいくら威力を上げても解決できるものではない。そして現状……それ以外の技のストックはない。

 

 “電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”ならあるいはこの状況を打破し得るかもしれないが、あれは捨て身のとっておき。この先長く険しい道のりを進む上で頼る技としては間違っていると思う。

 

 だから、今俺がこの場を乗り切るためには——

 

 

 

 ——新しい技を覚えるしかない!

 

 

 

「無理をひっくり返すなんて……そんな事——」

 

 

 

 俺の向かいに立つ少女は、息を吸い込む。

 

 

 

「できるもんならやってみろッ‼︎」

 

 

 

 カゲボウズはその怒号と共に“鬼火”を放つ。発射数は5発。それらがこれまで以上に複雑な軌道で飛んでくる。

 

 

 

「——“鬼火【怨鳥(おんどり)】”‼︎」

 

「派生技か!」

 

 

 

 カゲボウズから予想外の手札を切られた俺は、チャマメに横に飛べと指示をする。まだ“凍える風”の影響から抜け出せていないが、ここは頑張ってもらうしかない。

 

 

 

「——逃がさない!」

 

 

 

 だがその“鬼火”はチャマメの行き先に合わせて軌道を曲げた。そうかこれが派生技の——

 

 

 

——グァッ⁉︎

 

 

 

 追尾してきた火球のひとつがチャマメの後ろ脚に命中し、その身を“火傷状態”にさせりてしまった。

 

 

 

「くっ!今までのは全部()()()だったのか!」

 

 

 

 “鬼火”は相手への継続ダメージと攻撃力半減、自然回復しないという三重苦を強いる“火傷状態”にする技で非常に強力なのだが、その反面、弾速はあまり速くない。

 

 当てるには相手の不意をつくか、移動スピードに干渉して当てるかなどの工夫が求められるが、ヒメコはそれを“鬼火”を操作する事で擬似的な命中率を上げることに心血を注いだんだ。

 

 しかもそれをただ使うのではなく、あえて最初は普通の“鬼火”を見せておく事でチャマメの目を慣れさせ、本命に反応できなくさせた。

 

 学校(スクール)で頑張ってたってのは伊達じゃない。

 

 

 

「——って感心してる場合じゃない!」

 

 

 

 これで向こうはもう何もしなくてもこちらが倒れるまで待てばよくなってしまった。おまけに有効打をここで思いついても、それが物理技だった場合……威力は半減されてる分、使える技で削り切れるか怪しくなってきた。

 

 

 

「もう諦めたら⁉︎アンタがウチに勝てる可能性なんてもうないんだからさ!」

 

 

 

 そう言ってるヒメコ自身が苦しそうな顔をしていた……ったく。自分で言ってることで傷ついてたら世話ねぇぞ。俺がお前の代わりに現実を壊す……そんな大口を叩いたのは俺だけどさ。

 

 

 

「諦めさせたかったら、俺を倒して黙らせろよ!」

 

——グマッ‼︎

 

 

 

 火傷を負っても、チャマメの闘志は萎えてはいない。これだけやる気なら充分。勝つことをポケモンが諦めない以上、勝算としては十分だ。

 

 

 

「——トウキさんに挑んだ時に比べたら……こんなもん‼︎」

 

 

 

 思い出すのはひと月以上も前の激戦。

 

 あの時は俺もポケモンも、限界を超えて戦っていた。その上でまだ届かないとさえ思ったけど、奇跡は起きた。

 

 奇跡が起こったのは偶然だったかも知れない……でも事実起きたのは——

 

 

 

 ——最後まで諦めなかったからだ!

 

 

 

 ——ドクン。

 

 

 

「——この感覚……!」

 

 

 

 視界に映る全ての景色、その色が褪せて動きが鈍くなる。

 

 それと反比例してクリアになる頭の中、やたらとうるさい胸の鼓動——間違いない。俺が今まで何度か味わった感覚……——

 

 

 

 ——固有独導能力(パーソナルスキル)だ!

 

 

 

 正面のカゲボウズから、さらに“凍える風”が吹かれる。まだスピードは戻っていないチャマメにはこれをいつものように躱す脚は残っていない。

 

 だが今の俺には冷風がゆっくりと見えている事で、この技の有効範囲を見極められる。

 

 よく見れば、その風はカゲボウズの前に扇状に広がっていることがわかる。これにより遠くの標的ほど技の影響を受けやすくなっている。だからこれを躱せる場所は——

 

 

 

——前に進め!

 

 

 

 それはただ念じただけだった。

 

 口をついて出そうになった感情の一端だった——にも関わらず、チャマメはそれを俺が言う前に走っていた。俺が思い描く安全地帯へと。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

 

 

 カゲボウズの斜向かいに滑り込んだチャマメを見て、ヒメコとカゲボウズは驚く。

 

 おそらく向こうから見れば下方修正(デバフ)がかかっているにも関わらず恐ろしいスピードで動いているように見えただろう。

 

 実際は最適な回避行動を最短距離で走っただけなのだが、今のヒメコたちには知る由もない。

 

 あとはここで有効打を撃てるかどうかだが——

 

 

 

——もし今のがマグレじゃないとしたら?

 

 

 

「カゲボウズ!“マジカルシャイン”‼︎」

 

「——ッ!離れろ‼︎」

 

 

 

 

 一瞬の思考時間で、ヒメコは技を切り替えていた。チャマメへの有効打は“凍える風”だけじゃなかった。

 

 しかしそれもチャマメはまたも俺の回避して欲しいという気持ちを汲み取って、言うが早いか飛び退いていた。 直後カゲボウズが発光。眩い白桃色の閃光がカゲボウズの周囲を焼く。

 

 

 

「——危なかった!」

 

 

 

 だけど収穫もあった。今のでほぼ間違いなく、チャマメには俺の考えが伝わっている事が判明した。

 

 どういう理屈かまるでわからないが、おそらく固有独導能力(パーソナルスキル)発動中は、俺の思考がダイレクトにポケモンに伝わるらしい。

 

 これは俺の反応速度向上が、そのままポケモンたちにも影響を及ぼす事と同義だ。なるほど、これを利用しない手はない。

 

 

 

「今のを躱すって、さっきよりも速くなってる……⁉︎なんなんだよお前‼︎」

 

「悪い……説明してる時間はないんだ!」

 

 

 

 この状態、果たしていつまで保つのかはわからない。それ以前に、チャマメが火傷で減っている体力についても怪しい。有効打を見つけてもそれでカゲボウズをそのリミットより早く仕留められるかどうか……——

 

 考えても仕方ないけどな……!

 

 

 

考えがダイレクトに伝わるってことは俺の目的についても理解してくれるってことか?ならできそうな技をチャマメならやってくれる……マッスグマについてはヤヒコさんが前に見せてくれた技が参考に——

 

 

 

 高速で展開した思考を言葉にして整理……脳髄に刻まれた過去のデータにはバカみたいに書き込んだノートの束がある。

 

 マッスグマを戦わせるのが初めてでも、戦っているところを見るのは初めてじゃない。

 

 トウカジムでの一戦……オダマキ博士からのデータにカイナで再戦したヤヒコさん——解決の糸口のひとつひとつは細く頼りないが、より合わせられるだけの数が散らばっている。

 

 勝利に繋がる一本のロープにする材料なら俺の頭の中に既にあった。

 

 

 

「——“ミサイル針”‼︎」

 

 

 

 その中にあったのは虫タイプ技『ミサイルばり』——体に生えた針や体毛を硬質化させて飛ばす遠距離技だ。これなら——

 

 

 

——マッ?

 

 

 

「——って撃てないのかよ!」

 

「いきなり何か思えば……そんな一か八かに頼るのが——」

 

 

 

 やばい!今ので集中力切れたかも——

 

 

 

「お前のやり方なら、絶対認めてやるもんかッ‼︎」

 

 

 

——“マジカルシャイン”

 

 

 

 連続で“マジカルシャイン”による照射攻撃。くそ!バックステップの余韻でチャマメはさっきみたいに躱せない!

 

 

 

——シュワァァァ!!!

 

 

 

 チャマメはその攻撃を全身に浴びて、さらに体力を疲弊させる。やばい、今のでさらにチャマメの体力が……!

 

 

 

「流石にいきなりやった事もない技を念じてどうこうはできないってことか……!」

 

 

 

 そりゃ当たり前だ。

 

 ポケモンの技がそう簡単に開拓できるなら俺もあんな必死こいて拡張訓練なんてしない。それだけ新技は習得するのに時間と労力と根気強さが必要なんだ。

 

 それを戦いの中でいきなり増やすなんてそんなの——

 

 

 

「いや、でもジュプトル(わかば)は確か——」

 

 

 

 それこそムロのジム戦——対戦の中でジュプトルへと進化したわかばは、トドメの一撃になった“リーフブレード”を初めてなのに1発で成功させていた。

 

 あの時は気持ちが盛り上がって可能になった奇跡みたいなもんだと特に考えなかったけど……あれが可能になった背景は——

 

 

 

「——“居合斬り”か!」

 

「何ぶつぶつ言ってんだ!?」

 

 

 

 考えていても、戦局は常に動く。

 

 ヒメコとカゲボウズの猛攻は続いている。それをまた躱して、チャマメは俺からの指示を待っている。早くなんとかしないと——

 

 

 

——パチリッ‼︎

 

 

 

 その時、チャマメの充電が溜まり切ったことを告げる静電気音が耳に届く。俺もそれがわかると、やはりこの電気を利用したくなる気持ちに襲われる……だけど——

 

 

 

「——新技を戦いの中で獲得した経験はあるんだ……わかばが“居合斬り”を進化させて“リーフブレード”にしたように……チャマメが持ってるものを進化させる事ができれば……!」

 

 

 

 チャマメの主な攻撃技は“頭突き”。

 

 だがこれは【亜雷熊】下のみの強化しかできない。それはタックル系が全身を使って威力を発揮する技の種類だからだ。

 

 体の一部だけを電気化しての“頭突き”も模索したが、トレーニング中に成功することはなかった。

 

 

 

「既に試してダメだったパターンを今成功させるのは難しい……だったら残るは——」

 

 

 

 残るチャマメの攻撃手段……あんまりこいつが得意とする技ではないけれど——

 

 

 

「これで終わりにしてやるッ‼︎」

 

 

 

 カゲボウズはさらに間合いを詰める。おそらく“マジカルシャイン”を至近距離で浴びせる気だ!

 

 

 

「——あんたの言ってることはわかってる、正論だろうさ!でもこれが現実なんだッ‼︎」

 

 

 

 やるしかない!至近距離なら命中させるだけの精度までは求めなくていい……問題はさっき集中と共に切れた固有独導能力(パーソナルスキル)をもう一度発動させないと——

 

 

 

「もう!ウチのことなんかほっといてくれよッ!!!」

 

「くっ——‼︎」

 

 

 

 集中しろ集中しろ集中しろ!!!

 

 今ここでやらなきゃ、ここまで悩んだ意味がない!

 

 今ここでやらなきゃ、誰の頑張りが結びつくっていうんだ!

 

 今ここでやらなきゃ……——

 

 

 

 ——あるわけない夢をまた見ちゃうなんて嫌だよ!!!

 

 

 

 

「チャマメェェェ——“輪唱”だぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

 迫るカゲボウズ。

 

 鼓動の加速。

 

 “マジカルシャイン”の予備発光。

 

 チャマメの起こす技のビジョン。

 

 

 

 ——全てが一瞬のうちに生じた。

 

 

 

——“輪唱【雷鈴虫(かみなりすずむし)】”

 

 

 

 ——リィィィイイイン!!!

 

 

 

 甲高いのに透き通るような……それでいてこれまでの“輪唱”とは比べ物にならない力強さの音色が接近してきたカゲボウズを包み込む。

 

 

 

——カゲァッ⁉︎

 

 

 

 音の本流は、本来ゴーストタイプであるカゲボウズに影響を及ぼさないはずだが、その顔は明らかに苦しんでいる。

 

 “輪唱”に電気を乗せた派生技が成功したのだ。

 

 

 

「電気を“輪唱”に……⁉︎そんなこと——」

 

「——いや、これは‼︎」

 

 

 

 音の強さがさらに増し加わっていく——?

 

 叫び続けるチャマメがどんどん叫ぶ力を強めているように思えたが、そんな力今まで発揮したことは——

 

 

 

「まさか……“輪唱”が()()()()()()⁉︎」

 

 

 

 辺りに力強く響いた音が電気の力で素早く伝わり、反響音が本来ありえない速度でコートにこだましていた。

 

 それによって“輪唱”本来の効果である“短い間隔で放ち続けると威力が増大する”——その効能がたった一度の歌唱で発揮されていた。

 

 

 

「棚ぼた過ぎんだろ……でもいいや、そのまま——」

 

「か、カゲボウズ!早くそこから抜け——」

 

「叫び抜けぇぇぇ!!!」

 

 

 

 カゲボウズはチャマメの【雷鈴虫】の中でその威力を一身に受けた。そして遂にその雷歌の本流から抜け出すことはなかった……——

 

 

 

「……カゲボウズ、戦闘不能………だな?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 結果としては、運勝ちもいいところだった。

 

 

 

「うわぁぁぁあああん!!!うっうっ……ぁぁぁあああん!!!」

 

「ちょ、そんな泣くなよ!お前のポケモンとったりしないからさ!元々あれは——」

 

「ぅぅ……うぁぁあああん!!!」

 

 

 

 バトル終了と同時に膝から崩れ落ちたヒメコはいくら宥めすかしてもこの有様だ。

 

 緊張の糸が切れたせいなのか、まるで今までの荒んでた人間なんていなかったかのように、そこには無邪気な女の子がいた。

 

 ……割とこっちが地なんかな?

 

 

 

「あーあー。お前女子泣かせてやんの」

 

 

 

 こっちがどうしていいかと困っている後ろから、ここ最近聞く胃が痛くなる声が聞こえてきた。この声って——

 

 

 

「か、カゲツさん⁉︎いたんですか……⁉︎」

 

「俺という主人がいながら、朝から女とほっつき歩くとはいい度胸じゃねぇか」

 

「ごめん、何言ってっか全然わかんないです」

 

 

 

 もし今の対戦を見てたんだとして、どうしてそんな発言が出てくるんだろう?こっちは必死だったんだぞちくしょー。

 

 っていうか後ろの二人は……——

 

 

 

「おまけにタイキと……あれ?確かそっちの子って——」

 

 

 

 タイキの奥に黒髪おさげの少女がいたのを見かけて、それがヒメコと知り合うきっかけになった事件の時に見かけた子だとすぐ気づいた。多分ヒメコの友達の……え?どゆこと⁇

 

 

 

「アニキ!凄かったっすね!まさかあんな隠し玉があったなんて‼︎」

 

「いや……ぶっつけ本番どころかただの思いつきだったけど——んじゃなくて、なんでその子と一緒なんだよ⁉︎」

 

 

 

 ヒメコのことはタイキにも話していない。ということはタイキが個人的にそっちの子とお知り合いになってたって事か?

 

 

 

「それはこっちのセリフっすよ!なんでヒメコとアニキがバトルしてんすか?」

 

「いや……成り行きというか、今回は俺が出しゃばってというか……」

 

 

 

 そう説明していると、急にここ二日の自分の振る舞いが思い起こされ、かなり小っ恥ずかしいことを言っていた気がすることに気付く。

 

 〜〜〜はっっっずぅ……!

 

 

 

「ヒメちゃんッ‼︎」

 

 

 

 俺の羞恥ではち切れそうな状況を他所に、ツバサと思われるその子が泣き喚くヒメコに駆け寄る。

 

 それに気付いたヒメコも、ようやく声を抑えてくれた。

 

 

 

「ツバサ……?なんで……」

 

「ごめんね!ごめんねヒメちゃん……!私、ヒメちゃんの気持ち、何にも気付かなかった!私、自分のことばっかり考えて——」

 

 

 

 そう涙ながらに語るツバサを見て、やっぱりこの三人は俺たちの対戦の全てを見ていたんだろうなという事を理解した。うん。ちょっとロープと脚立買ってこようかな。

 

 

 

「——わたし……ヒメちゃんが何に悩んで私と距離をとったのかも考えずに『バカ』なんて言っちゃった……!今更謝っても許してくれないかもだけど……わたし……——」

 

「違う……違うよツバサ!ウチはアンタを理由にしただけなんだよ!ウチはトレーナーとしての才能がなくて、それを認めて辞めるのが辛くて……アンタがウチと距離取らなくちゃいけなくなっても、夢を追いかけるのとそれは関係ないのに……ウチは最低だ!」

 

「違う!違うもん!ヒメちゃんは自分の気持ちと向き合って、たくさん考えてくれてたんだよね?わたしはただされたことが悲しくて……友達がこんなに悩んでたことに気づきもしないで!」

 

「違うよ!」

 

「違うもん!」

 

 

 

 

 片方が「自分が悪い」と言えば、もう片方が反論する。自分の非を認めようとして水掛け論になっているのが、なんかおかしかった。

 

 ツツジさんとトウキさんに見せてやりてー。

 

 

 

「——んで?結局嬢ちゃんはどうすんだ?」

 

「な、なんだよアンタ……」

 

「ヒメちゃん!この人はさっき戦ってた人のお師匠様なんだって!」

 

「出来の悪い弟子だったろー?」

 

「いや俺になんか教えてくれましたっけ?」

 

 

 

 俺のツッコミは総スカンをくらい、話はヒメコの進退に戻る。

 

 確かに俺はヒメコにもう少しだけ考える時間をあげたかった。だから変に挑発したりもしたわけだけど……。

 

 

 

「ヒメちゃん!本当にすごかったよ!最後は負けちゃったけど、才能がないなんて……そんなことないよ!」

 

 

 

 ツバサはヒメコの肩を叩いて、満面の笑みを向ける。

 

 

 

「学校にはいけないかもだけど、トレーナーになる為にできることはまだあると思うの!わたしも一緒に考えるから、だから——」

 

「そんなことお前が言ってもしょうがねえだろ?」

 

 

 

 ツバサの言葉に割り込んだのはカゲツさんだった。おいおい、おじさんのそういうの良くないと思いますよ?

 

 ——そんな邪念を感じ取ったのかカゲツさんは俺の方見て『茶々入れんな◯すぞ』と言わんばかりの視線を向ける。やっぱ怖ぇ。

 

 

 

「そっちのヤンキージャージ。お前、今しがたそこのガキンチョにやられたんだぜ?プロとはいえ、圧倒的に有利な状況で負けたんだぜ?それで本気で勝とうとして、負けたから悔しかったんだろ?」

 

「………っ!」

 

 

 

 カゲツさんの問いかけに唇を噛んで堪えるヒメコ。

 

 なんだ?カゲツさんは何が言いたいんだ?

 

 

 

「泣くほど悔しがれるほど頑張ったが、結局バトルには勝てなかった。つまりお前は——」

 

「違います!ヒメちゃんは——」

 

「うるせぇっ!!!」

 

「ッ⁉︎」

 

 

 

 口を挟もうとしてきたツバサを恫喝するカゲツさん。おいおい……いきなり出てきてなんだこの人?

 

 

 

「……お前も聞いてたろ?ジャージ娘が叫んでた思いの丈。頑張っても報われねぇーことの辛さをよ。それでもまた頑張ればなんとかなるなんて、本当にその辛さをわかって言ってんのか?実らねぇものを必死に守るのがどんなもんかお前に想像つくか?」

 

「それは……」

 

 

 

 それに関してツバサは返す言葉を持ち合わせていないようだ。

 

 確かに努力が無駄だなんて信じたくない。それでも努力した人間が等しく同じものを得られるわけでもないことは俺も良く知ってる。それに期待と不安が両方あるから、俺たちはしんどくなる。

 

 

 

「だからその重荷は他の誰かが代わりに背負えるもんじゃねぇ。背負っちゃいけねぇ。自分の進退なんてのは、自分で決めていかなきゃいけねぇ。『誰かのため』とか『誰かに言われたから』で推し進めた決定は、いつかそれがうまくいかなくなった時、その『誰か』のせいにしちまうようになるからな」

 

 

 

 カゲツさん……にしては意外とまともな言葉だった。というかそれはもう俺が言いたかったことそのまんまだった。

 

 『誰か』に含まれるのは、決まって自分が大切にしたい人だったりするから……。

 

 

 

「——それを踏まえて、テメェはこの先どうしたい?一回諦めた夢をまた追うのか、それとも……」

 

 

 

 それ以上、カゲツさんは何も言わなかった。その先はヒメコ自身が決めること。親友のツバサすら立ち入っちゃいけない領分。

 

 

 

 ——ヒメコが『自分で選ぶ決断』だ。

 

 

 

「ウチは……」

 

 

 

 小さく呟くヒメコ。

 

 その口が戦慄いて、それでも精一杯踏み出した一言が綴られた。

 

 

 

「ウチは……プロは諦めるよ。ツバサ」

 

 

 

 それが、彼女の出した答えだった。

 

 

 

「ヒメ……ちゃん……」

 

「ごめんツバサ。でもウチはわかっちゃった……全部剥き出しにして戦って、がむしゃらにやってみたけど……ダメだった」

 

 

 

 そんなこと……俺はあのまぐれ勝ちでそう思って欲しくなかった。

 

 ただこうして足掻いているうちに何か見えてくるものもあるってことを俺は——

 

 

 

「いや、()()()()()()()()。ユウキは……奇跡の起こせる人ってのがどんな人間で、何をするのかって事をさ」

 

 

 

 そう言うヒメコの顔は実に清々しい表情をしていた。

 

 涙の後は痛々しいけど、それでもそれが本心で、諦められるだけの理由を探していた少し前とは明らかに違う顔だった。

 

 

 

「ずっとウチは、漠然とした事で悩んでた。でもそれは理由がわからなかったからじゃない。夢を追っていいのか、それとも諦めるべきなのか……それを明確にする事が怖かったからだ。でもユウキは、どんな問題にも正面から向き合ってた。なんでかわかんないけど、そう感じた……きっと今までもそうしてきたんだろ?」

 

 

 

 ヒメコの見立てはすごく嬉しかった。

 

 確かに頑張ってきたし、ヒメコの言うように、何度も逃げたり目を背けたくなったりしたくなっても……問題に向かっていけてたのかもしれない。

 

 それは多くの人の助けの上でだけど、俺自身が決めて歩いた足跡だ。

 

 

 

「ウチには最後までそれをする自信がない……今覚悟しても、きっとどこかでまた折れちゃう。だから諦めるんだ。ちゃんと、自分で選んで……師匠さん、ユウキ。それでいいんだよな?」

 

 

 

 それを聞いて、俺ももう何も言えなくなった。

 

 ヒメコはずっと悩んでいて、少し投げやりになりかけていた。それがまた自分のやりたい事と現実を擦り合わせるキツい事をして……今、改めてしっかりと出した答えだ。

 

 正直、またトレーナーとしての道を選んで欲しかったけど……流石に野暮すぎるな。

 

 

 

「——やだ

 

 

 

 ただ、それも良しとできないのもまたツバサだった。

 

 

 

「ヤダよ!ヒメちゃんが……もう一緒にいられないなんてヤダよ‼︎」

 

「ツバサ……別にもうウチはあんたを遠ざけたりなんかしないって」

 

「それでも道が違ったら、もう前みたいにお喋りできない!わたしがどんだけポケモンバトルに打ち込んでも……ヒメちゃんの前じゃもうそんな話できない!……もう、ヒメちゃんは“飛んでくれない”——」

 

 

 

 ツバサは涙ながらにヒメコに訴える。

 

 今度はカゲツさんも、何も言わない。

 

 

 

「——わたし、家族では末っ子で、将来なんか期待されてない。本当はお父様もわたしがどうしようとどうでもよかった。家族の顔に泥を塗ることさえしなければ」

 

 

 

 そう語るツバサの瞳は暗く、ヒメコもそんな話は初めて聞くといった顔つきだった。

 

 

 

「それでも愛してはくれてたと思う。でも兄や姉に比べて、わたしはまるでカゴに飼われた小鳥だった。家族の手の届く範囲しか飛ばせてもらえない……だからヒメちゃんが羨ましかった」

 

 

 

 一体何が……そう疑問の表情を浮かべるヒメコ。

 

 

 

「誰の指図も受けずに、力強く飛ぼうとする姿が、わたしには眩しく見えた!——わたしはねヒメちゃん……ヒメちゃんこそ、『ツバサ』って名前が相応しい人だって思ったんだよ?」

 

 

 

 それって……ヒメコがツバサに感じてた事そのまんまじゃないか。

 

 

 

「ヒメちゃんがしんどいなら、わたしも支えるから……何が正しいのかなんかわからないけど、そんなのどうだっていい!わたしは、ヒメちゃんと一緒がいい!!!」

 

 

 

 まるで子供のダダ。理屈なんか無視したわがままだ。

 

 それでも俺も、きっとヒメコも……その姿に胸を打たれたと思う。

 

 中々そこまで言ってくれる人はいないだろうから……——

 

 

 

「でも……ウチにトレーナーとしての才能は——」

 

「なんでそんな事で揉めるんっスか?」

 

 

 

 そこで口を挟んできたのはタイキだった——ちょ、え、タイキ?何しに来たお前⁉︎

 

 

 

「は、話聞いてなかったのか……?」

 

「いや聞いてたっスよ!最近はアニキに習って長い話にも耐えられるように——」

 

「いやそれはよかった——じゃねーんだタイキくん。お前この話題に一石投じれると思ってんのか?」

 

「え、いやなんで誰も『サポーターになれば?』って言わないんだろうって思っただけなんすけど」

 

「……………“さぽーたー”?」

 

 

 

 聞き馴染みのない単語に俺は首を傾げた。

 

 それでタイキに説明を求めようとしたら、女子2人は口をぱっくり開けて固まっていたのが目に止まった。おいなんだその顔は——

 

 

 

「「その手があったぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 俺の理解力を置き去りにして、二人の声が激戦の後のコートにこだまするのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『サポーター』——。

 

 プロトレーナーに専属で雇われる人間のざっくりとした総称……らしい。

 

 それは技術指導を行うコーチもいれば、ポケモンに持たせて効果を発揮する道具の新調や調整をする技師もいたら……全面的な雑務や仕事のサポートなど一口に言っても色々だ。

 

 まさかそんな職業があるなんて……て。

 

 

 

「じゃあタイキ!お前俺のサポーターってことになるだろそれ‼︎」

 

「えー違うっスよ?サポーターは基本契約してHLCにその旨を提出して初めて公に認められるンス。でもそうなったらアニキ、俺に給料払うことないになるんスよ?勝手についてきた俺には不要っス♪」

 

「そうは言うけどな……」

 

 

 

 実際ついてきてもらって助かっちゃってるわけで……これは後でちゃんと話固めないといけないだろこれ。まあそれはそうとして。

 

 

 

「サポーター……」

 

 

 

 その言葉を反芻しているヒメコ。

 

 確かにこれはある意味今まで考えてた2択の折衷案とも言えるものだ。ヒメコは学校(スクール)で得た知識やポケモンを真剣に育成した経験がある。それをさらに磨けば、ある種の専門職にはできるかもしれない。

 

 何より、それを一番ツバサの身近な場所で行使できる……二人にとって繋がりとしては充分だとも思うが……。

 

 

 

「でも、ツバサはそれでいいの……?」

 

「うーん……」

 

 

 

 これはツバサが首を縦に振らなければ成立しない。

 

 今後プロにツバサがなれたとして、ヒメコが充分なサポート能力を身につけたとして、二人が共にプロとして接するようになる事が……ツバサが見たかったヒメコの姿なのかということ。

 

 こればっかりは雇い主になるツバサ次第なとこではある。

 

 

 

「正直、ヒメちゃんを雇うって感覚がちょっと嫌なんだ……なんと言うか、上下関係みたいになるっていうか……」

 

 

 

 それでチラリとツバサはカゲツさんを見た。

 

 なるほど、確かにこういうのは年配の意見がぜひ聞きたいところだ。実際そういう上下関係ってあるもんなのか?

 

 

 

「——もし俺がサポーターになるなら、雇い主はビジネスパートナーとしての礼儀くれぇーは守ってもらいたいもんだ。上から目線で物言いやがったらぶっ飛ばす!」

 

 

 

 うわー。完全に自分のこと棚上げして言ってるよこの人。まぁこの人が誰かに雇われるとかあり得ないだろうけど……。

 

 

 

「じゃあ……ヒメちゃんは、これで“対等”だよね?」

 

「え……?」

 

 

 

 ヒメコは何を言われてるのか一瞬わからなかった。でも、それは自分が求めていた物だった事を思い出した。

 

 

 

「——ヒメちゃんがそうしてくれるなら、わたしもヒメちゃんも、隣同士で立てるよね?」

 

「……うん。うん!そうだよツバサ!ウチ……ウチは……」

 

 

 

 段々とその意味を噛み締めるように言葉を重ねるヒメコ。それに応じるように、ツバサはヒメコの手を取って言う。

 

 

 

「——ヒメちゃん。わたしも飛んでみたい!籠の中なんかじゃなくて、もっとおっきな空で……だからヒメちゃん。わたしに『ツバサ』を……ください!」

 

「ツバサ……!」

 

「わたしと……一緒にホウエンリーグで頑張って欲しい!!!」

 

「そんなの……当たり前だ!!!」

 

 

 

 2人はまた抱擁を交わす。

 

 ずっと苦しかった2人の想いが、やっと一つの道に交わった瞬間だったと思う。

 

 結局折衷案どころか、2人が一番欲していた選択だったんだろうなきっと。タイキ、お手柄じゃん。

 

 

 

「——お手柄だったスね。アニキ」

 

「へ?そりゃお前の方が——」

 

「いやアニキっスよ。きっとヒメコの気持ちを全部出させなきゃ、こんな感じにはならなかったんじゃないっすか?」

 

「……そう、かな」

 

 

 

 

 もし……この景色の一助にでもなれているなら、それはやっぱ嬉しいな。まぐれだけど。

 

 

 

「——あ、そうだ!」

 

 

 

 問題に折り合いがついて抱き合ってたヒメコが、急に立ち上がって俺の方に来た。な、なんだ?

 

 

 

「はいこれ」

 

「……モンボ?」

 

 

 

 それは使い古されたモンスターボールだった。

 

 しかも中にいるカゲボウズがうっすら見えてるやつ——おいまさか!

 

 

 

「これ、約束のやつ」

 

「あ——いや!それはいいんだよ!元々お前にやる気出して欲しくて言い出した事なんだ。なんか馬鹿にしたりもしたけど、あれ全部嘘だからな!」

 

 

 

 そういえばちゃんと説明していなかったことを忘れていた。もう今更感ではあるが、そこを勘違いして大事な相棒を貰うわけにはいかない。

 

 

 

「なんだよ。一応約束だったんだから貰っとけばいいだろ?」

 

「カゲツさんはマジ黙ってて!」

 

「そんなの関係ない」

 

 

 

 中年が余計な茶々入れてきているのにツッコミ入れてると、ヒメコは強く俺の手を引いて、カゲボウズ入りのボールを握らせる。

 

 

 

「あんたに貰って欲しいんだ」

 

 

 

 わからない。なんでそんな事になるんだ?

 

 でもそれはすぐにヒメコの口から説明された。

 

 

 

「ウチはトレーナーを諦めたけど、カゲボウズ(こいつ)は——バトルするために捕まえて、育てたこいつはまだ戦いたいって気持ちでいっぱいだった。さっきのバトルなんか、今までにないくらい張り切ってた……だから、あんたの手で育ててやって欲しい」

 

 

 

 それは、一方的にトレーナーを諦めようとしている自分にできる事だと、ヒメコは言う。でもだったらそれは、俺じゃなくてもいいんじゃないか?

 

 

 

「それこそツバサに渡せばいいんじゃないか?そしたら、ヒメコもカゲボウズと離れ離れになったりしないだろ?」

 

「そりゃ寂しいけど、でもこっちは、やっぱりあんたの方がいいと思う」

 

「ど、どゆこと……?」

 

 

 

 ツバサより俺の方が適任ってこと?ツバサがどんなトレーナーか知らないけど、俺よりも信頼できるのは彼女なんじゃ——

 

 

 

「託したいんだろ?お前に」

 

 

 

 それはカゲツさんの言葉だった。

 

 

 

「嬢ちゃんたちはどうあれプロになるまでまだ数年かかる。その間待たせるよりも、今やる気に溢れてるうちにプロの世界で戦わせてやりたいんだろ……」

 

「そ、そうなのか?」

 

 

 

 カゲツさんの言った事を、確認を取るようにヒメコに問う。彼女はそれに、ゆっくり頷いた。

 

 

 

「ウチ、あんたの戦う姿見て思ったんだ……どんな状況でも諦めないで考えて考えて答えを出す。そんで出した答えに思いっきり踏み込んで行ける——そんなあんたのとこで、カゲボウズが活躍してくれてたら、すごく嬉しいって思うから……」

 

 

 

 あの一戦だけでどれほどのことが伝わっていたのかはわからない。でもヒメコがそう思ってくれているのは、なんというかむず痒い気持ちになる。

 

 俺で……いいんだろうか?

 

 

 

「受け取ってやれよ。そいつぁ、ジャージ娘の“トレーナーとしての夢”——つまりは夢の半分ってことだろ?」

 

「夢の……半分」

 

 

 

 その言葉の意味を考えた。

 

 幼い頃からの夢を、ヒメコは信頼して俺に託そうとしている。そこにいろんな感情が込められているのもわかる。いわば、ヒメコの人生そのものの、半分だ……責任重大だな。

 

 

 

「わかったよ。それがお前なりの……夢の在り方だって言うんなら、それも背負ってみるよ」

 

「うん……カゲボウズのこと、頼んだ」

 

 

 

 今度はしっかりとそのボールを受け取った。それはまるでリレーのバトンのようなものに感じた。

 

 おんなじ道をかつて走った人間から手渡された夢のバトンだった。

 

 

 

「よろしくな……カゲボウズ」

 

 

 

 

 

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わだかまりも、時に解ける瞬間がある……4匹目、ゲット——!

過去最長の文章量になってしまったことをお詫びします!
なんかもうここは書き切りたくてしかたなかったというのと、どうにも区切り方がわからなかったのでいっそ全部書き切りました!

今回のお話は『ORAS』のキンセツシティの屋上で会話できる先輩後輩トレーナーの会話から着想を得ました。既プレイの方ならなんとなく覚えてるかな?NPCの会話の中ではかなり長くて印象的だったので、ここはぜひ小説に内容膨らませまくって書きたかったお話となりました。

2部完結後の後語りでもめっちゃ触れていきたい部分なので、続きはまた今度……☆

今回は後語りも長くなったので、翡翠メモはお休みします!



https://mobile.twitter.com/edyIe79v6mpwgW5

Twitterやっております!小説についての質問・ご要望・ご感想についても受付ております♪DMでもリプライでもご自由に!ファンアートなど描いてくださる方いらっしゃいましたら是非に!


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第107話 男の気まぐれ


珍しく連日投稿……。
なんだか昨日から読者数増えてる気がする。嬉しい。

Twitterの方でタイキのキャラデザとこの小説のタイトルロゴ的なのを作ってみました!よければ見てやってくだせぇ!
https://mobile.twitter.com/edyie79v6mpwgw5
いぬぬわんTwitter↑




 

 

 

 ヒメコからカゲボウズを受け取った後、彼女から引き取るにあたって色々とレクチャーを受けた。

 

 カゲボウズをどういう経緯で捕まえたのか、その育成過程、性格や好き嫌いなどを聞き……そしてカゲボウズをヒメコは最後に別れる前にぎゅっと抱きしめた。

 

 その姿を見ると、この先俺のところに来るにあたって不安とかないのかなーとか思ったけど、カゲボウズは思いに反してやる気にも満ち溢れていた。

 

 

 

「その子元々わんぱくな性格だから、きっと新しいとこに行けるのが嬉しいんだと思う……よかったらネームも付けてあげてよ」

 

「いいのか……?」

 

 

 

 別に手持ち全員につけてやる必要はないんだろうけど、そう言われるとなんか1匹だけ何にもないのは忍びなかった。試しにつけてみるか。

 

 

 

「そんじゃ——『テルクロウ』……ってのはどう?」

 

「へぇー!どんな意味があるの?」

 

 

 

 その場で適当に決めた名前に、ツバサが目をキラキラさせて聞いてきた。

 

 やめろよ。名付けにいつも良い意味がつけられるわけじゃないんだぞ?でもそうだなぁ……——

 

 

 

「まぁ“てるてる坊主”と黒色の見た目でつけただけだよ。俺、色の名前をネームにするのが好きだから……あと“烏の濡羽色”っていう黒系統の呼び方があるからそこを『クロウ』とかけてたりもして——」

 

「うわー。お前スゲェ考えるじゃん。流石にガチ過ぎて引くわ」

 

「え、結構マイルドに考えた方なんだけど⁉︎」

 

 

 

 なぜだカゲツさん?え、俺の方がおかしいのか?ちょっとヒメツバの二人!なんか距離遠くない⁉︎

 

 

 

「アニキ。俺、そういうとこもアニキの魅力だと思うっスよ」

 

「その生暖かい目を今すぐやめろ」

 

 

 

 ——と、俺のネーミングセンスを若干傷つけられたところで、ヒメコとツバサとは別れることにした。

 

 最後は二人手を繋いで帰って行ったのを見送って、俺たちは空腹に襲われていた。

 

 

 

「そういえば朝飯もまだだったっけ……」

 

「そっスねー。ちょっと面倒ッスけど、一旦部屋戻って飯にしますか!」

 

「何言ってんだ。テキトーにその辺で食って行くぞ」

 

 

 

 俺たちがそれで意見がまとまりそうだったところに、カゲツさんが反対。おいおっさん。

 

 

 

「あの……ウチは外食する余裕なんて今ないんですけど?」

 

 

 

 それも一体誰のせいで……なんてイラつきを込めて言うが、カゲツさんはまるで意に介さない顔だった。まあそういう人だろうけど。

 

 

 

「金ねえーなら奢ってやるから。とにかく行くぞ」

 

「はいはい——はいッ⁉︎」

 

 

 

 え、今の聞き間違いじゃないよな?そう思って隣のタイキと顔を見合わせた。あの理不尽大魔王から『奢ってやる』なんて言葉が出てくるなんて……——

 

 

 

「おらさっさとしろガキども!時間ねぇーんだ!パパッと食うぞッ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 おかしい——。

 

 今日のカゲツさんはなんかおかしい。飯をキンセツのフードコートでしっかり食べさせてもらい、本当にお代も出してくれた。

 

 いつも俺たちから金を巻き上げて、働く俺らを尻目に自分はフラフラとその辺に出かけて行くあのカゲツさんが……解せん。

 

 

 

「さて食ったな?よし、行くぞ」

 

 

 

 飯を終わらせた後、カゲツさんは予告通りちゃっちゃと先を歩き始める。

 

 

 

「ちょ、なんスかいきなり⁉︎」

 

「どこに行くんですか?」

 

「質問なら歩きながら答えてやる。今は時間が惜しいんだ」

 

 

 

 そう言いながら、もうカゲツさんは歩みを止めない。本当になんだ今日は?

 

 

 

「——今からお前……ユウキにはジム戦をやってもらう」

 

「……へ?」

 

 

 

 何気に名前で呼ばれたの初めてじゃないか?というかいきなりなんて?

 

 

 

「もう先方には話はつけてある。本当は朝イチでお前を送り込むつもりだったんだが、野暮用作りやがって……まーた謝んなきゃなんねーじゃねぇか」

 

「ちょっと待って?」

 

 

 

 な、なんだその手際の良さは?というかなんでそんな話になってる⁉︎確かにキンセツにいるうちにキンセツジムに顔を出したいとは思ってたけど……いきなりジム戦なんて——

 

 

 

「俺!まだ申込金揃えられてないんですけど——」

 

「それなら立て替えてある。支払い済みだから心配すんな」

 

「はぁ⁉︎」

 

 

 

 おいそんな金どこにあったんだよ⁉︎

 

 

 

「で、でもまだ準備も何もできてないっていうか……」

 

「マッスグマなら通り道にあるポケセンで治してもらえ」

 

「そうじゃなくて、相手の情報収集がなんもできてないっていうか……ジム戦はやる前に少しでも情報を集めとかないと——」

 

 

 

 俺がそう言うと、今まで問答無用で進んでいたカゲツさんの足が止まる。振り返った彼は俺の顔を覗き込むように姿勢を下げ——

 

 

 

「バカじゃねーのお前?」

 

 

 

 その一言で俺を黙らせた。

 

 そして、鼻で笑ってまた先を進む。

 

 

 

「え、ちょっ!どういう意味ですか⁉︎」

 

「どうもくそもねーよ。バカにバカって言っただけだ」

 

「だから、何がバカなんですか⁉︎」

 

 

 

 そりゃ元四天王から見たら俺なんて穴だらけもいいとこですけど、せめて罵倒された理由くらい教えて欲しいもんだ。でないと治しようも何もない。

 

 

 

「今俺がバカって言って、その理由もわからねぇようじゃ話になんねー」

 

「うっ……確かに甘えてたかもですけど!」

 

「しょうがねぇから今回だけは特別にキッチリ話してやるけどな」

 

「だったら最初からそうしてください……」

 

 

 

 この人もなんでこう意地悪かな?せっかちなのか、まあ教えてくれるならいいけど……。

 

 

 

「お前、カイナのトーナメントには出てたんだろ?そん時お前どうしてた?」

 

 

 

 どうしてた?なんか漠然とした質問だな……あの時は必死で、ただ一戦一戦死に物狂いで勝ちに行くだけだった。それこそ情報収集なんてする暇も——

 

 

 

「あ……」

 

「チッ。自分で気付けるなら最初からそうしてろ」

 

 

 

 そうか……ジム戦が金のかかる一戦だからって大事にしようとしてたけど、本来バトルというのはお互い初めましての戦いの方が圧倒的に多いんだ。

 

 ジム戦は敢えて情報もある程度オープンだから忘れてるけど、その時だって予想外の事態にはなる。トレーナーとしては次元の違う相手と戦うんだから当然だ。

 

 それらを踏まえると、この先戦う時にいちいち『情報収集しなきゃ戦えません』なんて言ってたら話にならない。それこそカゲツさんがバカだと言った通りだ。

 

 

 

「ジム戦ってのはある意味()()()()()()()そこで負けても、本来格上の相手に負けるだけだから、どれほどの人間に見られていたとしてもお前の評価を下げることにはならない。だからこそ真剣勝負の中でも色々試せる場でもあるんだ……わかったかボケ」

 

 

 

 最後は口汚かったけど、おっしゃる通り過ぎて逆に感動すらしていた。そうだ……目先に捉われて大事なことを見失っていた。

 

 

 

「いや!アンタが金ふんだくるからアニキも俺もケチケチするようになったんじゃないっスかッ‼︎」

 

「お前らにとっては必要経費だったろ?そんくらいでケチケチするなんて器が小せえのな。身長と一緒で」

 

「フンガーッ‼︎」

 

 

 

 タイキは控えめな身長をイジられて激昂するが、カゲツさんに頭を抑えられて良いように受け流される。なんだろ……父親に反抗する子供のようだ。しかしそういうことなら先に説明して欲しかった。

 

 

 

「でも話をつけたって……カゲツさんはキンセツのジムリーダーとは知り合いだったんですか?」

 

「……まあ、ちょっとな」

 

 

 

 気のせいか、その問いかけに答えるカゲツさんの顔は少し暗かった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 キンセツシティ、キンセツジム——。

 

 

 

 電気漲るこの街の中でも、最も輝いている場所と言っても過言ではないこの場所は、ジムリーダー自らが改造を施し、内装はギミックだらけのアスレチックみたいな空間になっていた。

 

 それらのギミックを使い、ジム生たちは多様なトレーニングに励んでいる。

 

 

 

「ムロは天然のトレーニング環境だったのに対して、こっちは人工のトレーニング環境……おんなじジムでも偉い違いだ」

 

「関心してる場合じゃねぇぞ……奥でジムリーダーが待ってる」

 

 

 

 ジムの受付をすんなり通されて、周りの景色に目移りするが、カゲツさんは無視して奥へとどんどん進んでいく。そして道の突き当たりにあった昇降機に乗り、上階に向かう。

 

 

 

「……あの、それにしてもなんで今日なんですか?急ぐ必要はない気もするんですけど」

 

 

 

 あんまり質問ばかりするとまた機嫌を損ねそうで嫌だったけど、実際気になって仕方がないのだ。

 

 カゲツさんは謎が多い。元四天王がどうしてこんな生活をしているのか、その割に人脈は広いし、怠惰で横暴なイメージも時折見せる知的な一面が人物像をボヤつかせる……。

 

 そして、常にその目的についてはわからないことばかりだ。

 

 

 

「急いでんじゃねぇ。()()()()()()()ってだけだ」

 

「制限……?それってどういう——」

 

 

 

 しかしその返答が返ってくることはなかった。昇降機が目的地に俺たちを運び、その役目を終えた。そして、上がった先に待ち受けていたのは——

 

 

 

「ワッハッハッハッ!呼びつけておいて遅刻とは良い度胸じゃのぉ〜カゲツよ?」

 

「悪いな爺さん。ちと野暮用でな」

 

「暇を持て余しておった男が、よもや野暮用ときたか……面白いこともあるもんじゃのー」

 

 

 

 後退した髪と立派な髭が白く輝く老人がそこには立っていた。黄色い電気工事士の繋ぎのようなオーバーオールに迷彩柄のアロハシャツという斬新なファッションが、その人本人の奇抜さを表しているようだ。

 

 流石にこの人のことは知ってる。

 

 キンセツジムリーダー——“奇天烈(キテレツ)のテッセン”。

 

 

 

「……悪い。忙しいところ」

 

 

 

 そのテッセンさんに対して、あのカゲツさんが終始低姿勢だったのが、なんというか意外過ぎて理解が追いつかない。この人、本当はどっちが素なんだろ……?

 

 

 

「ワッハッハッハッ!まあよいて。こっちも引き受けたものの、お主の話を聞いて楽しみにもしてたからのぉ……」

 

 

 

 そう言って、テッセンさんの視線はカゲツさんから俺の方に向く。

 

 

 

「……()()()。カゲツに固有独導能力(パーソナルスキル)を教わりにきた小僧とは」

 

 

 

 全てを見抜くような目が、俺の素性を暴いた。隣にいるタイキなどには目もくれず……洞察力やばいだろこの人。

 

 

 

「あんまビビらせないでやってくれ。こいつ、俺の前でも縮み上がるくらいメンタル雑魚だから」

 

「そ、それがわかってるならもうちょっとなんか態度変えてくれてもいいんじゃ……?」

 

「ワッハッハッハッ!すまんすまん!実はお主の特徴やらなんやら、そこのチンピラに聞いといただけなんじゃよ。脅かして悪かったのぉ」

 

 

 

 な、なるほど……この人もまた人をおどかすことに快楽を感じるタイプかな?見るからにいたずら好きって感はあるけど。

 

 

 

「まぁ積もる話もあるじゃろうが、先にこっちの用事を済ませるかのぅ」

 

 

 

 そう言うとテッセンさんはフロアの奥に向かった。それに俺たちもついて行く、すぐに開けた空間に出る。

 

 ここは——バトルコートだ。

 

 

 

「あの、ここで何を?」

 

「ワッハッハッハッ!面白い冗談じゃのう。ジムに来て、やることなどひとつじゃろう?」

 

 

 

 テッセンさんは腰からひとつのボールを俺に突き出し、その闘志をあらわにする。

 

 

 

「——ジム戦、やるんじゃろう?」

 

「……!」

 

 

 

 その闘志はやはりこれまでのジムリーダー同様、そこらのトレーナーよりも迫力がある。気圧されそうになりながらも、俺もさっさと覚悟を決めるしかないようだ。

 

 なんでこんな急ピッチで物事を進めたがっているのかはわかんないけど、細かい話はこのバトルの後に聞くしかないって雰囲気だ。

 

 ——しょうがない。

 

 

 

「はい……よろしくお願いします!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 今回、唐突に始まったジム戦だったが、それはルールの時点からまるで異質なものとなっていた。

 

 

 

「——だ、『ダブルバトル』ですか?」

 

 

 

 このジム戦、テッセンさんはポケモン2対2で行う『ダブルバトル』で請け負うということになっているらしい。

 

 確かジム戦は、ジムリーダー側からの要望があればそのルールに従うことになるのがHLC規定になっているとか。常識的な範疇の中でなら、確かにダブルバトルでやりたいって言うのは別に驚くほどでもない。しかし——

 

 

 

「俺……ダブルバトルの経験がそもそもないんですが……」

 

 

 

 ポケモン1対1の『シングルバトル』と『ダブルバトル』はまるで別のゲームだということはやるまでもなくわかる。

 

 互いのポケモン1匹ずつに意識を割けていたところをさらにもう1匹ずつ追加されるだけでも要求される集中力はかなり増えるし、指示もどっちに何を要求するのか、間違えて別の方に指示をしてしまわないかと技術的な問題もある。

 

 何より2匹のコンビネーションなど、全く練習していないのだ。

 

 

 

「ワッハッハッ!そんなもん“習うより慣れろ”じゃよ。なんだっていつも『初めまして』からじゃ。ここは思い切ってやってみればよかろう?」

 

「うーん……」

 

 

 

 それはさっきカゲツさんに言われたこととも重なってくる。

 

 この先多くのバトルをする上で、不測の事態ってのはいくつも発生するだろうし、いわばこのジム戦というのはその予行演習。

 

 そう捉えるなら、ここでダブルの経験も積むのは悪くないとも言える。慣れないことで戸惑うのは目に見えているが、さっきやるとも言っちゃったし……——

 

 

 

「あーもう!やりますよッ‼︎」

 

「ワッハッハッ!子供は元気があってなんぼじゃのぉ‼︎」

 

 

 

 かくして、異例のジム戦が幕を開けることになる。そして互いのポケモン選出をするために、モニターの前に立つ。まずは相手の手持ちの確認だ。

 

 

 

【キンセツジムリーダー・テッセン」

・コイル  ・ラクライ ・ビリリダマ

・プラスル ・マイナン

 

 

 

 ラインナップは5体。全て電気タイプのポケモンだ。やはり前評判通り、電気タイプのスペシャリストというわけだ。

 

 しかしこのタイプ、有効打になりにくいジュプトル(わかば)と電気無効に抜群をつけるビブラーバ(アカカブ)がいるおかげでかなり楽できそうなのだ。

 

 もちろんジムリーダーだからそういうタイプ相性的なものはイの一番に対策してきてるとは思うが、その分こっちも極端に動揺することはないだろう。

 

 

 

「問題はダブルバトルだからこそやってくる戦法か……でもこれは考えても仕方がない」

 

 

 

 予測や対策は主に“経験”というものが生み出す賜物だ。それなしで考えを巡らせても、それはただの妄想。頭をひっくり返しても良い案なんか思いつかない。

 

 ならここは基本に立ち返って、選出はタイプ有利のこの2匹から入るのがベタだろう。

 

 マッスグマ(チャマメ)はコイルあたりで受けられそうだし、カゲボウズ(テルクロウ)はまだ俺のとこでの実戦は未経験。立ち上がりの不安が残る。

 

 

 

「……よし。これで行こう」

 

 

 

 俺は選出完了ボタンをタップする。ほぼ同時にテッセンさんも選出を終え、こちらの目があった。

 

 

 

「まぁそう肩肘張らんと、気楽にのぅ〜♪肝心なのは“楽しむ心”じゃよ」

 

「ハハ……そういう余裕があればいいんですけどね……」

 

 

 

 このバトル、異質とはいえプロトレーナーとして次のステップへ上がれるかどうかの試合でもある。やっぱその辺は意識するし、緊張するなって方が無理な話だ。

 

 

 

「……やれるだけやりますよ」

 

 

 

 それだけ言い残し、俺は自分のトレーナーズサークルに向かう。

 

 相変わらずこの時間が緊張をより感じるし、勝算どころかどんな試合になるのかすらわからない現状だけど、それなりに楽しみでもあった。

 

 どんなことができるのか、俺のポケモンたちがどんなふうに戦うのか……わからないなりに、想像は膨らんでいった。

 

 

 

「——それではこれより、【キンセツジムリーダー・テッセン】と【ミシロタウンのユウキ】による、ジム戦を開始します!」

 

 

 

 “楽しむ心”——あるのかどうかわからないけど、精一杯やってみよう。俺はその為に、腰のボールに手を掛けた。

 

 

 

 

 

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踏み出すのは未踏の戦場——!

事態は早々にジム戦へ!初のダブルバトル!投稿主もどうなるかわからん!!!



〜翡翠メモ26〜

奇天烈(キテレツ)

キンセツジムリーダー、テッセンの通り名としてこれほどマッチしたものはないとされる。膨大な経験、そして鋭い洞察力により相手の思惑を丸裸にする戦法は、他の誰にも真似できないとさせるほどであり、逆に当の本人が発想する戦術は誰にも予測不能。元来の破天荒さも相まって並のトレーナーでは何をされたのかすらわからずに敗北する。

元はとある会社を退職後、道楽で始めたバトルだとされているが、若手ひしめくこのホウエンでプロとしての活躍経験もあるテッセンはまさに特異な存在と呼ぶべきだろう。



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第108話 誤作動(マルファンクション)


SVストーリー全部やり切りました!!!
いやホント完成度高すぎるだろ……。

対戦環境整えることもしつつ、こっちの更新も頑張っちゃうゾ♪




 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)‼︎」

 

 

 

 審判の掛け声と共に、俺はぎこちない動作で二つのボールを投げ込んだ。対するテッセンさんは、二つのボールを慣れたてつきで同時に放る。

 

 

 

「頼むぞ——ジュプトル(わかば)ビブラーバ(アカカブ)!」

 

「出番じゃ——“コイル”!“ビリリダマ”!」

 

 

 

 わかばとアカカブはそれぞれやる気満々で登場。とりあえずダブルだからといって気負う様子はない。

 

 それらに対面するのは電気と鋼タイプ複合で対戦経験もある“コイル”。そしてモンスターボールに酷似した見た目の“ビリリダマ”だった。

 

 

 

(——そういえば進化後のポケモンは選出画面になかったな……まだバッジ二つ目くらいだと加減されてるってことか?)

 

 

 

 前回のムロでやったジム戦は、俺とトウキさんの合意で進化後のハリテヤマを使用してもらったが、本来はこの時点のジム戦ですら進化後のポケモンは出現しないようだ。ひとまず懸念すべき要素が減ったのは嬉しい。

 

 

 

「ほれ。先手はくれてやるぞ?どこからでも好きにかかってくるといい」

 

「え?どっからでもって……」

 

 

 

 余裕な笑みを浮かべ、自分から仕掛けようとはしないテッセンさん。そう言えるのは侮られているのか年季の差か……でもそれは俺にとって有利に働くことに変わりはない。

 

 

 

「後悔しないでくださいよ!——アカカブ!“穴を掘る”‼︎」

 

 

 

 ビブラーバに進化し、緑の体躯へと変貌したアカカブはその場で飛び上がり、地面に向かって突き刺さる。そのままの勢いで地面を掘削していき、あっという間にその身体をすっぽりと隠してしまった。

 

 

 

(掘るスピードが上がってる……やっぱ進化後の恩恵は高いな!)

 

 

 

 この掘るスピードなら、相手に牽制攻撃をしなくても素で使えるだろう。嬉しい誤算だ。そして——

 

 

 

「——わかば!“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 わかばには遠距離からの掃射を指示。口から連続で放たれる種弾がコイルとビリリダマ襲う。それを自律して躱す2匹を見て、テッセンさんは呟く。

 

 

 

「ふむ。地上で遠距離から攻撃し、隙を見つけて地下からの致命打を狙っておるというわけか……慌てとった割には冷静(クレバー)じゃのぉ?」

 

 

 

 俺の即席で考えた行動を冷静に分析してくる老人の眼は、まるでこちらの意図全てを読むかのような凄みを感じる。流石にそんなことはないだろうが、浅知恵が通じる相手じゃないことくらいはわかる。

 

 だから、こういう正攻法——っぽい作戦でまずは様子を見る。

 

 

 

「——そこだ!」

 

 

 

 最初の狙いはコイルだ。

 

 コイルのタイプは電気と鋼——地面技の“穴を掘る”が4倍の威力で入る。補助技の多いあいつから落として、まずは枚数で有利を取る!

 

 

 

——ギッ!

 

 

 

 コイルが“タネマシンガン”を躱そうと動いた先にアカカブの突き上げ攻撃を仕掛けた——だが、コイルもそれに反応して紙一重で躱す。

 

 

 

「流石に1発じゃ無理か!」

 

「ワッハッハ!甘い甘い♪」

 

 

 

 明るいような煽るような笑い声で軽やかに動くコイルを扱うテッセンさん。ロクに指示もなく回避する様は、その育成への余念の無さを感じる。やはり弱点がつけるだけで勝てるようなポケモンたちじゃなさそうだ。

 

 

 

「——視野が狭いのう」

 

 

 

 そう呟かれた瞬間だった。

 

 

 

——ビバァッ⁉︎

 

 

 

 アカカブの背面に何かが当たった。目視しにくい攻撃だった。これは——

 

 

 

“ソニックブーム”——ビリリダマにも注意しとかんとなぁ?」

 

 

 

 今の攻撃がテッセンさんが指す方向にいるビリリダマの仕業だとすぐに理解した。やはりたった1匹相手が増えるだけで意識しなきゃいけないことは多い。慣れないってのもあるけど、難易度はシングル戦のそれじゃない!

 

 

 

「ほれほれボーッとしとらんと、次撃つぞ?」

 

「くっ——わかば!ビリリダマにくっつけ‼︎」

 

 

 

 弱点をつこうにも互いがカバーできるうちは手玉に取られる。ここはひとまずコイルとビリリダマを分断して各個撃破を狙う。

 

 幸いこちらはどちらも進化後のポケモン。相手のコンビネーションさえなければ、こちらにも勝機はある。

 

 

 

「——()()()()?そいつがエースなんじゃろ?」

 

「え……?」

 

 

 

 その問いかけに、言いようのない寒気を感じた俺は、咄嗟に指示を送ったわかばに目をやる。

 

 俺の言いつけ通りにビリリダマに近付くわかば。しかしその紅白球は全身を震わせている。怪しい挙動……何か——まずい⁉︎

 

 

 

——“自爆”‼︎

 

 

 

 ビリリダマに溜まったエネルギーが臨界点に達し、白色に光った身体が爆ぜた。それを討ち倒さんと向かったわかばを巻き込んで——

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 彼の無事を確認しようとしたが、爆煙の向こうに薄らと横たわる姿を見てしまい、その結末を容易に想像した俺は己の不甲斐なさに目をギュッとつぶる。

 

 

 

「——ビリリダマ、ジュプトル。共に戦闘不能!」

 

 

 

 審判のコールを聞き、それが事実だとわからされた。くそ……!狙いはわかばと心中することだったのかッ⁉︎

 

 

 

「ワッハッハ!そっちは進化後のポケモン。真っ向から戦えば、慣れないダブルバトルじゃとてしんどいからのぅ〜♪ビリリダマ。お疲れ様じゃ」

 

「だからって早々に“自爆”ですか……!」

 

 

 

 “自爆”は自身が瀕死になる代わりに相手に大ダメージを与える技。使用できるポケモンは限られているが、もし事前に俺たちが察知して回避が間に合ってしまえば無償で相手に勝ち星を与えてしまう諸刃の剣だ。

 

 実際食らってるんだから何も言えないけど、よくあんな博打技を使えるな……。

 

 

 

「いや……わかばがエースだってわかってやったんだ。試合序盤からいきなり“自爆”はしない——そういう意識を狩られたんだ……!」

 

 

 

 俺だってビリリダマがどういうポケモンかは知っている。だから“自爆”も全くの無警戒だったわけじゃない。それでも一番意識が薄まっている時にやられたのだ。この人……本当に強い。

 

 

 

「さて……互いに1匹ずつポケモンを失った。仕切り直しじゃな!」

 

「仕切り直し——ね」

 

 

 

 仕切り直すどころかかなりやばい。こっちはまだダブルバトルに慣れてないから少しでも時間が欲しいのに、“自爆”で一気に試合進行が進んでしまった。

 

 ロクにコツも掴めてないまま試合が早まれば、最後に向こうが何かしらの必勝ムーブを仕掛けてきた場合に対応できないだろう。

 

 もしそこまで考えての事だとしたら——

 

 

 

「ツツジさんレベルの戦略性……いや、洞察力ならこの人の方が……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「うわぁぁぁいきなりわかば負けちゃったっス‼︎」

 

「まぁ俺でもああするわ。それをケアできなかったあいつの落ち度だな」

 

 

 

 客席からコートを見下ろしていた俺はビリリダマの自爆で持ち味をひとつも発揮できなかったわかばを見て悲鳴を上げた。いや理不尽すぎるっスよ⁉︎

 

 

 

「あんなの読めないっス!」

 

「読めねえようならこの先はもっと苦しいぜ?これで試合展開が早まった。ダブルバトルはシングルバトルより1匹多い“4on4”だが、その実試合展開はこっちの方が早く決まりやすい」

 

「どういう事っスか?」

 

 

 

 俺もアニキほどではないけど、ダブルバトルの経験は薄いから、カゲツさんが言う意味もイマイチわからなかった。

 

 

 

「要はコートで4台の大砲がぶっぱなし合ってるような状況だ。バトルは味方との相乗効果(シナジー)で威力の高い技の撃ち合いになりやすい。それを目の前の敵じゃなくて死角から襲ってくる場合もある。攻撃はシングルよりも当たりやすいと言えるな」

 

「高威力技でバチボコにやり合うから、決着も早いってことっスか⁉︎」

 

「まぁそんなもんだ。ダブルは慣れないから少し様子見を——そんな呑気なこと言ってたら、あっという間に『詰み』だぜ」

 

 

 

 うわぁぁぁ!それがホントならアニキが勝つのは望み薄じゃないっスか⁉︎

 

 アニキは突然凄い作戦を思いつくっスけど、それは色んな情報が集まって初めて組み立てられるって言ってた。だからいつも立ち上がりを間違えると厳しくなる。ど、どうすんっスか⁉︎

 

 

 

「まぁ問題はそれだけじゃねぇけどな」

 

「ま、まだ何かあるんスか……?」

 

 

 

 カゲツがまた不穏なことを言いかけた時、アニキたちのバトルは次の段階に進んでいた……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「頼む——マッスグマ(チャマメ)!」

 

「よろしくのぉー“マイナン”!」

 

 

 

 互いが戦闘不能になって入れ替えになったのはこの両者だ。

 

 俺はまだ実践経験のないカゲボウズ(テルクロウ)よりはチャマメの方がいいと判断した。まだ博打を打つには早すぎる。

 

 対するテッセンさんが出してきたのは“マイナン”。小柄なネズミのような見た目で、頬袋や耳が青いのが特徴的だった。

 

 とにかくまずはこの対面をどう乗り切るかだ。

 

 

 

「よし!さっきはやられたけど、アカカブの弱点は一貫してる!チャマメと連携をとって確実に1匹ずつ——」

 

 

 

 2匹に連携をさせる——そう伝えようとした時だった。

 

 

 

——ビバァァァ‼︎

 

「あ、アカカブ……⁉︎」

 

 

 

 突然アカカブが咆哮。直後、俺の指示を受けずに単独でコイルに突っ込んで行った。そして——

 

 

 

——ビバァァァ(地ならし)ッ‼︎

 

 

 

 アカカブは跳躍し、地面——ではなくコイル本体を直接踏みつけようとした。だが——

 

 

 

「マイナン!“守る”でかばえ!」

 

 

 

 そこに割って入って来たのがマイナン。空から襲いかかるアカカブとの間に障壁を作り出し、“地ならし”を防ぎ切る。

 

 

 

「ダメだアカカブ!単調に突っ込んでもいなされるだけだ!一旦チャマメがマイナンを惹きつけるまで待てッ‼︎」

 

 

 

 しかしアカカブはまるでこちらの言うことを聞かない。知らないうちに混乱でもさせられたのか?いや、攻撃は一直線に敵へと定めている。

 

 

 

「——難儀なポケモンを育てたのぉ。ユウキとやら」

 

「え……?」

 

 

 

 テッセンさんの問いかけの意図がわからなかった。難儀なポケモン?アカカブのことを言っているのか?

 

 

 

「其奴、カゲツの話じゃ進化したのは昨日一昨日。実戦に出すのは早すぎたようじゃなぁ」

 

「一体……何を言ってるんですか……⁉︎」

 

 

 

 確かに進化した事でできる事は変わったかもしれない。でもチャマメは普通にバトルで使えたし、アカカブも使える技が変わったわけじゃない。いや……この暴走自体、進化したせいだって言いたいのか?

 

 

 

「——『ドラゴンタイプは薔薇の杖』そんな格言があってのぅ」

 

「ドラゴン……タイプ……?」

 

 

 

 なんだ?確かにナックラーからビブラーバへと進化した際に“ドラゴンタイプ”が付与されはしたけど、この暴走と何の関係が——

 

 そうこう言っていると、まあアカカブは2匹に向かって無謀な突貫を始める。

 

 

 

「アカカブ——」

 

「ポケモンのタイプにはそれぞれ本人に及ぼす“傾向”があるという説がある事を聞いた事はないかのぉ?」

 

「タイプが及ぼす傾向……?」

 

 

 

 ここへ来てなんだこの人は……また()()()()話を——

 

 

 

「これは高名な研究者が説いた説じゃが、『“色”を見ればそれに対して“温度”、“性格”、“音色”のようなものを感じられる感性が人にあるように、ポケモンの感性はタイプからもそのような感受性を見せることがある』——というものでな。要は持っているタイプが変化すれば、そのポケモンの性格にも影響を及ぼすというものなんじゃ」

 

 

 

 つらつらと語られたのは俺も読んだことがある——『ポケットの中の机上論』と呼ばれる昔の流行本の内容だ。読み物としては面白いが、科学的な信憑性を著者本人が否定するという様式が売りの本だった。

 

 まさかそんな夢物語を信じてるのか?

 

 

 

「それを説いた者も言うとったが、全てのポケモンにそれが当てはまる訳ではない。じゃがワシはその“机上論”の全てが否定されていたわけではないと思った——現にこうして“ドラゴンの誇り”はお主を認めておらん」

 

「“ドラゴンの誇り”⁉︎そんな眉唾が——」

 

——ビバァァァ‼︎

 

 

 

 否定したくなる言葉を遮るのは他でもないアカカブだ。あいつが……暴れ回るのは、その“ドラゴンの誇り”ってやつのせいなのか?いや、でも……——

 

 

 

(それだと最初の指示には従ってた事と矛盾する……俺を主人と認めないなら、なんで最初は指示通り動いたんだ?)

 

 

 

 確かにドラゴンタイプのポケモンなどには凶暴な性格のものも多く、それ故に強くても育成難易度が高いポケモンもいる。それがドラゴンタイプだからなのかはわからないけど、今はとやかく言ってられない。

 

 疑問は持っても、解決できないなら今考えることじゃないはずだ……ここは——

 

 

 

「——戻れアカカブ!」

 

 

 

 俺は暴れ回るアカカブをボールに戻す。閃光に包まれたそいつは、一瞬俺を睨んでいたようにも見えた……。

 

 あのボーッとしてて、食い意地だけは一人前だったあのアカカブが……あんな恐ろしい眼をするようになったなんて……。

 

 割とショックだな。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「アニキ……アカカブ戻しちゃったっスね」

 

「まあここは無理に突っ張れねぇーだろ。ビブラーバ(アカカブ)は爺さん側にとってのいわば“急所”。そいつを下手に暴れさせて失ったら、いよいよ手立てがなくなる」

 

「まだアニキは冷静さを失ってはないって事っスね⁉︎」

 

「どうだかな」

 

 

 

 あーもう!カゲツさんはどっちの味方なんスか⁉︎あんたが勝てる見込みがあるって思ったから連れてきたんスよね⁉︎

 

 

 

「——そもそもあいつは知らない事が多すぎる。今回のビブラーバの精神的な変化は、プロならわかってて当然だ」

 

「じ、じゃあ……カゲツさんにはわかってたって事スか?」

 

 

 

 だったらなんで、こんなタイミングでジム戦なんか……——

 

 

 

「……進化ってのは大きな分岐点だ。その交差点を曲がると、見える景色は想像できないほど変わる。変化も大きいが、それは“良くも悪くも”なんだよ」

 

 

 

 あの爺さんが言ってた“ドラゴンの誇り”云々に賛同するわけじゃないがな——と付け加えて、カゲツさんは進化の時の注意点を教えてくれた。

 

 お、俺のゴーリキー(リッキー)もそうなる可能性あるのかな……?

 

 

 

「今回は進化する事で“タイプ追加”だけじゃない。その“特性”も“姿形”もまるで別物になってるって事だろ?」

 

「あ……そういえばアニキのアカカブって——」

 

 

 

 アニキのナックラーは確か珍しい“力尽く”って特性だったはず。技に追加効果のある部分も威力に回してゴリ押しする火力アップ系の特性だ。でもそれがビブラーバに進化すると、完全に別物に変化する。

 

 

 

「ナックラーの特性がどんなもんでも、進化しちまえば一律で“浮遊”に変わる。しかもナックラーの頃の方が物理的な“攻撃”も高かった……今のビブラーバは、前のような運用ができない」

 

「そんな……!」

 

 

 

 アニキのアカカブの必勝ムーブはコテコテの接近戦。でも進化したことで逆にそのスペックが下がってしまった。アニキが気付いてるかどうかはわからないけど、あの気性の荒さとは反比例している。

 

 事実上、アカカブは使い物にならない。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——アカカブの能力が大幅に変わった事はわかっていた。

 

 元より進化させて強化する方針だったから、アカカブの変化に合わせて調整を行うつもりではいた。実際、ここ最近は技の威力底上げのトレーニングはやっていない……進化後のビブラーバ、果てのフライゴンになった時の育成方針も、ある程度決まってはいた。

 

 

 

(でもまさか言う事すら聞かなくなるとは思わなかった……ここはいきなり実戦投入で申し訳ないけど——)

 

 

 

 使い慣れてはいない……そういった面では、姿を変えた仲間たちより難しいことかもしれないけど。

 

 ——今はお前に頼るしかない!

 

 

 

「頼むぞカゲボウズ(テルクロウ)‼︎」

 

 

 

 烏色の布がゆらりと躍り出る。早速出番となった新顔は、鋭い目線で敵を睨んでいた……——

 

 

 

 

 

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問題に次ぐ問題……早速新人(ニュービー)投入——!

※翡翠メモの記載をこれまで原則毎回してましたが、不定期にします。楽しみにしてくださってる方々には申し訳ありません!ご容赦を……。



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第109話 理不尽の中で


ずっと念願だったランクマッチ参戦、その準備に図鑑も埋めてとやる事多いなぁ。ここで白状しますが、この週末は連射コン買いに行きます(諦)許して……ゲーフリ……。




 

 

 

「——カゲボウズ(テルクロウ)……頼むぞ!」

 

 

 

 俺は先刻預かったばかりのカゲボウズに頼る事の不甲斐なさを噛み殺して、テルクロウを呼ぶ。

 

 現状、頼れるジュプトル(わかば)をビリリダマと相打ちさせられ、互いにあと3匹となったところ。ポケモンの数は同じだが、こちらはダブルバトルに慣れていないという問題がまだ解消されていない。

 

 

 

(それだけならまだなんとかなりそうだけど……)

 

 

 

 問題はまだある。

 

 ビブラーバ(アカカブ)が進化して以降、指示を受け付けない状態になってしまった。こっちは原因があやふやで、今すぐどうこうできるものじゃない。“地面タイプ”という電気ポケモンに唯一弱点となる武器を使用できない以上、残ったマッスグマ(チャマメ)カゲボウズ(テルクロウ)に頑張ってもらうしかないのだが——

 

 

 

(チャマメの【亜雷熊(アライグマ)】は電気タイプにあまり刺さらない。そもそも使用そのものを控えたい訳で、そうなるとテルクロウの実力に頼らざるを得ない)

 

 

 

 だがそのテルクロウは、さっき手に入れたばかり。バトルする上で信頼関係がまだ無いに等しい俺とでは、その真価を発揮させるのは難しいだろう。

 

 ダブルへの慣れとアカカブの変調、テルクロウとの関係向上……これをジムリーダー相手に試合中でやらなきゃいけないのか。

 

 

 

(——いややる事多いなッ‼︎)

 

「ほーれ!ボーッしとると()()()ぞ?」

 

「——ッ⁉︎」

 

 

 

 テッセンさんの言葉にハッとして意識をコートに戻すと、既にコイルからの攻撃が始まっていた。コイルの磁石部分から分離された鉄分が球体に——それが5、6個宙に浮いている。

 

 

 

“マグネットボム”——‼︎」

 

 

 

 鋼の塊がコイルから打ち出される。標的は——

 

 

 

「——テルクロウ!避けろ‼︎」

 

 

 

 軌道上にいたのはテルクロウ。立ち上がりを狙われたか!

 

 

 

「——“マグネットボム”相手に『避けろ』とは、酷な事を言うの〜?」

 

「——‼︎」

 

 

 

 打ち出された球体を真横に避けたが、“マグネットボム”はその後を追う——これは!

 

 

 

「追尾効果のある“必中”なのか——!」

 

 

 

 だとしたら移動で躱すことはできない——なら!

 

 

 

「——“鬼火【怨鳥(おんどり)】”‼︎」

 

 

 

 一か八か——向かってくる球体と同じ数の“鬼火”を生み出したテルクロウ。それをぶつけて相殺させる!

 

 

 

「むぅ!」

 

 

 

 “鬼火”と“マグネットボム”がぶつかり合い、青白い爆煙が舞った。その後、鉄の球がこちらに向かってくる様子はない。

 

 

 

「防げた……!さすがヒメコ、いい仕事してる……‼︎」

 

 

 

 

 心の中で友人に感謝しつつ、もう一度立て直すところから始めよう——かと思ったら。

 

 

 

——“ほっぺすりすり”♪

 

 

 

 マイナンが、チャマメの背中に取り付いていた。

 

 

 

(しまった!テルに意識を割きすぎて——)

 

 

 

 そう思ってももう遅い。

 

 マイナンは頬袋から出す電撃をチャマメに擦り付けた。電気の痛みで苦悶の表情を浮かべるチャマメは、反射的にマイナンを振り払った。

 

 

 

「“ほっすり”か——厄介な技を!」

 

「これでマッスグマも“麻痺”状態♪素早い其奴もこれでは魅力半減といったとこかのぅ?」

 

 

 

 次から次へと……いや、弱みを見せた俺の責任だ。一つのことに集中すると、もう一つのことが疎かになる。かといって全てを満遍なく意識すると、何一つ上手くいく気がしない。どうすれば——

 

 

 

「……いや、あるだろ。今の俺にはその手立てが!」

 

 

 

 全てをケアできないのは、圧倒的に考える時間が足りないからだ!なら、その時間を()()()()()()()——自分の強みなら、それができる!

 

 

 

「——固有独導能力(パーソナルスキル)なら!」

 

 

 

 ——しかし、そう思った瞬間。

 

 

 

「……ハァ……ハァ……⁉︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「アニキ?どうしたんスかアニキッ⁉︎」

 

 

 

 アニキがテルクロウを繰り出してから少し後、膝をついてその場にうずくまった。もしかして、体どっか悪いんスか⁉︎

 

 

 

「ったく馬鹿野郎が。自分の状態にすら鈍いのかよ」

 

「やっぱり風邪とか引いてるんスか⁉︎」

 

「ちげえよ馬鹿!忘れたのか?()()()()の代償をよ……」

 

「あの能力って——」

 

 

 

 急に何の話——でも、すぐに俺もその事に気がついた。アニキ……まさか!

 

 

 

固有独導能力(パーソナルスキル)の……アニキの寿命が、削られ過ぎた⁉︎」

 

 

 

 確かアオギリさんが言ってた……『固有独導能力(パーソナルスキル)は使った本人の生命エネルギーを食う』——って、そんな危ない事になってんスか⁉︎

 

 

 

「今日あいつはジャージ娘との一戦で、少なくとも2回発動させてる。能力発動状態を維持するよりも、起動する方が遥かに“生命の摩耗(エナジーフリック)”によるダメージはデカくなるのが基本だ」

 

 

 

 それはさながら電子機器のONとOFFをイタズラに切り替えまくるようで……要するに今、アニキの能力の回路は焼き切れ寸前ってことっスか⁉︎

 

 

 

「やばいじゃないっスか‼︎あのまま戦わせたら取り返しがつかなくなるってアオギリさんも言ってたじゃないっスか!今すぐ止めて休ませなきゃ——」

 

「大丈夫だろ。あいつは起動の仕方も何もわかっちゃいない。そんな奴が生命力にダメージを抱えて疲労してるうちは、能力を起動させるなんて無理な話だ。ほっといても大事には至らな——」

 

「フザケンナッ‼︎」

 

 

 

 俺はキレた。カゲツさんが事もなげにそんな事を言うから。思わず軽薄そうに笑う男の胸ぐらを掴んでしまった。だけど……なんスかそれ?さっきから聞いてれば——

 

 

 

「アンタ……アニキがあんなに大変な目に遭うって、最初からわかってたんスよね⁉︎わかってて今日いきなりジム戦なんかさせたんスよね‼︎」

 

 

 

 俺は溜まってた鬱憤全て言葉に込めた。

 

 俺のことはいいっス……適当に扱われても、どうせアニキの金魚のフンだ。どうってことはない——でもアニキは、そんな適当にやってるアンタの事を信じてこのひと月頑張ってたんス!それを……それをアンタは——

 

 

 

「——アンタならアニキが進化したアカカブに振り回される事ももっと前からわかってたんスよね⁉︎アニキがダブルに慣れてない事も!ギリギリの面子で戦わなきゃ行けない事も……アニキの固有独導能力(パーソナルスキル)が使えなくて、しんどい目に遭う事も全部!!!」

 

 

 

 それがわかってたなら、どこかでストップをかけるはずだ。なのにこの男は……自分の都合なのか趣味なのか知らないけど、こんな危ない事までさせて……アニキを何だと思ってんスか?

 

 アオギリさんへの借りを返すとかなんとか……そんなこと知ったこっちゃない‼︎

 

 

 

「アンタがどんな都合でこんな事してんのか知らないっスけど……真面目にやってるアニキの邪魔すんなよ!!!」

 

 

 

 アニキはこれまでだって大変な思いでやってきたんだ。それはアニキ自身が選んだ道で、辛い思いをするのもあの人の勝手なのかもしれないけど……アニキ自身がそれを言い訳にして弱音を吐いた事なんてない!

 

 だからその真面目さをバカにするような真似は、俺が許さない!

 

 胸ぐらを掴まれたカゲツさんは俺の顔をじっと見て、何も言わない。もっと理不尽な事を言われて払いのけられるかとも思ったっスけど……その顔はどこか神妙な感じだった。

 

 

 

「……俺があいつの面倒を見るのはな」

 

 

 

 ゆっくりと口を開いたカゲツさんの声は、今まで聞いたことがない質のものだった。

 

 

 

「——確かにアオギリの旦那に借りたもんを返すためだ。それはきっかけで、そんなもんでもなかったら、こんな俺がガキの面倒を見るなんて考えもしなかったろうよ」

 

「だから……めんどくさかったから俺たちを遠ざけるためにわざとあんな風に——」

 

()()()……そんな風にも考えてたかもな」

 

 

 

 『最初は』——ってことは今は違う?カゲツさんの言葉で、俺の手が緩んだ。

 

 解放されたカゲツさんは、アニキが戦うコートを見る。

 

 

 

「——くっ!テルクロウ、チャマメをカバーしてくれ!チャマメは“輪唱”撃ちつつテルクロウと一緒にいろ!2匹でしばらく時間を稼いでくれ‼︎」

 

 

 

 ふらふらになりながらも、アニキはバトルを投げてはいなかった。泥臭くても、まだ諦めちゃいない。

 

 それを見てなのか、カゲツさんは口の端だけで笑う。

 

 

 

「——俺ぁ四天王だった。その分勢いのある若手を何人も見てきた……そんな奴らの中に、たまにしか見ねぇんだよな……ああも諦めの悪い奴は」

 

 

 

 諦めの悪さ——確かにアニキは諦めが悪い。劣勢になって、焦って、苦しんで——それでも試合を投げたことなんて一度もない。

 

 負けたとしても、そこで得たものを無駄にはしない。カイナトーナメントで負けた時も、負かした相手に戦略を尋ねる程だった。

 

 そして今も……こんなにも苦しい試合で、考える事、足掻く事をやめない。

 

 

 

「どういう育ち方したのか知らねぇが、その中でもあいつはピカイチの馬鹿だ。そして、そんな馬鹿野郎は嫌いじゃない」

 

「カゲツさん……」

 

 

 

 その言葉が真意なのかわからないっスけど、その雰囲気に嘘はないと感じた。そもそも今までこんなに丁寧に説明してくれたことなんかなかったスから……。

 

 

 

「——だからこそ勿体ねぇとは思わねぇか?」

 

 

 

 いきなり、俺たちの師匠が言う。でもその言葉の意味が俺にはわからない。

 

 

 

「状況に言い訳せず諦めないで……あんなメンタル持っていながら、固有独導能力(パーソナルスキル)まで持っていながら……イマイチそこが惜しい。そこがあいつの弱点だ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 なるほどのぅ。確かに最近の若いもんにしては骨がある。全く、あんな良い子相手にワシを悪者に仕立て上げるなんぞ……恨むぞカゲツよ。

 

 ジムリーダーとして……あまり気は進まん話じゃった。あのカゲツが()()()()()()()()()()()()頼み込んできた時は、明日は世界の終わりかと思ったぞ?

 

 しかもその次に吐いた言葉が『弟子が出来た。ボコボコにしてやって欲しい』——じゃもんな。流石のワシも何が目的か、最初はわからんかった。

 

 厄介払いのつもりなら協力する気などないと突っぱねた。口では何とでも言える……ワシの好みの文言も、長い付き合いのあいつならわかっとるじゃろう……じゃから下戸のあいつに酒を飲ませて本心を言わせた。

 

 

 

——あいつぁ……もったいねぇ……見てて、ヤキモキすんだよ……まるであいつぁ……

 

 

 

 流石に飲ませ過ぎたか、文脈は怪しかったが……弟子に対して彼奴も真剣に向き合っとる事はわかった。

 

 ジム戦の申込金もツケにし、彼奴の要望通りにダブルバトル仕様で対戦——そしてこの子の情報を受け取ったワシが、徹底的に虐め抜く。

 

 それがあの男の要望——

 

 

 

「——ただ唯一情報がなかったあの“カゲボウズ”……あれは手違いか?随分育てられとるようじゃが」

 

 

 

 まぁそれはいい。とにかくワシはカゲツの要望通りに試合を運ぶ……その真意も、こうして対戦してわかってきたしのぅ。

 

 あちらがやろうとする事は全て過去にあの子がやってきた作戦の流用。その全てに対応できる手持ちで望んだ今回……あの坊やがワシに勝つには、“今無いもの”を捻り出すしかない。

 

 

 

「——カゲツ……お主、この坊やの限界を越えさせたいんじゃろう?」

 

 

 

 確かに才覚はある。固有独導能力(パーソナルスキル)を有しとるというのも頷ける。

 

 トレーナー歴も浅いと聞いたが、プロとして遜色ない手応え……強靭なメンタルは高位のトレーナーにも中々見られん。

 

 じゃから……“惜しい”と言う事はわかる。

 

 

 

「——!———!!!」

 

 

 

 ユウキとやら……その顔を見ればお主が何を考えとるのか手に取るようにわかる——その焦りも、苦悩も……そしてそれを越さんと思考していることも。

 

 じゃが……そこが“惜しい”。お主が今まで思いつかんかった事を、今ここで捻り出そうとする——その一見矛盾する妙技を成功させるには()()()()()()()()()()()

 

 まぁ今回は元々定めた難易度よりも、予定外の事があって更に事情が変わっとるようじゃが……カゲツめ。それでも推す辺り師匠としてはある意味出来とるのぅ。

 

 ——やれやれ。手解きくらいはしてやらんとのぅ。

 

 

 

「——時にユウキよ。お主、なんでそんなに頑張るんじゃ?」

 

「え……?」

 

 

 

 ワシからの投げかけに固まるユウキ。全く意識の外からの質問……さぁ、脳を切り替えろ。お主は今問われておる……『動機』をな。

 

 

 

「……質問の意味がわかんないです」

 

 

 

 そんな理解に苦しむというような文言——じゃが、この坊やはわかっとる。自分が何故こうまでして理不尽に立ち向かうのか——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『何故、頑張るのか』——。

 

 

 

 シンプルな疑問だけど、こっちが必死にやってんのにそんな風に言われたら、まるで無駄な努力をしてるって言われてる様で……正直腹が立つ。

 

 頑張る理由……?こんなにも辛い状況で、頑張るのなんか当たり前だろ?

 

 負けたくないんだ……多分こんなに面倒な条件で戦わされてるのは偶然じゃない。でもどんなバトルでも、例えこれが色々仕組まれてて、負けて当たり前の試合だとしても……——

 

 勝利を欲するのは、もう俺の“本能”だ。

 

 

 

「……質問の意味がわかんないです」

 

 

 

 俺は、いろんな気持ちを一言に込めた。

 

 

 

 行きたい場所、戦いたい奴ら、叶えたい約束——そして、大好きな仲間たち。

 

 

 

「——一番頑張ってる仲間がまだ諦めてないんだ!俺が先に膝折るわけに行くかよ……‼︎

 

 

 

 だから、試合中にそんな当たり前の事聞くな——俺はそんな気持ちで、それでも奮い立った心が体を支えた。

 

 まだ動ける……俺の身体も、脳も、心も——まだ戦える!

 

 そしてありがとう爺さん——おかげで考える時間ができた!

 

 

 

「——“凍える風”ッ‼︎」

 

 

 

 反撃。俺はテルクロウに冷風を吹かせる。範囲の広いこの技なら、相手ポケモン2匹に効果が及ぶ。

 

 

 

「いい技じゃが、真っ直ぐ過ぎるのぅ!」

 

「じゃあ()()()()()()()——‼︎」

 

 

 

 テッセンさんは今、この間合いなら避けるか防ぐかの術を持っている事を吐露した。なら、その策を講じる前に技を届かせたらどうなる?

 

 冷風を押し出すほどの力を加えてやれば——

 

 

 

——“輪唱”ッ‼︎

 

 

 

 テルクロウの真後ろから、チャマメが音の波濤を吐き出す。それは“凍える風”を押し出し、さらに風速を増す。

 

 

 

「なぬ——⁉︎」

 

「冷風は煽られて風速上昇、風速が増せば体感温度はさらに下がって技の性能は上がる——‼︎」

 

「じゃがカゲボウズが巻き添えになっとるぞ——」

 

 

 

 ご指摘はごもっとも。だがジムリーダー……ひとつ大事な事を忘れてないか?

 

 

 

「“輪唱”は()()()()()——カゲボウズに影響は出ない‼︎」

 

 

 

 この2匹のタイプ相性だからこそ出来た連携。

 

 “凍える風”+“輪唱”による複合技——

 

 

 

 凍風音破(とうふうおんぱ)”——‼︎

 

 

 

 

——ギギッ‼︎

 

——マイッ‼︎

 

 

 

 コイルとマイナンは予測より速い風に巻かれ、その身体を硬直させる。“凍える風”本来の『素早さ低下』のデバフはしっかり効いてるようだ。

 

 

 

「やられたのぅ……じゃが決定打にはまだなり得んぞ?」

 

「——いいや、これで決める‼︎」

 

 

 

 デバフなんて関係ない——このまま押し切るまでが、俺の作戦だからな!

 

 

 

「テルクロウ!下がれ——ッ‼︎」

 

「何じゃと⁉︎」

 

 

 

 チャマメの前に立っていたテルクロウはすぐにその射線上から退いた。その間、チャマメは“りんしょう”を出し続けている。コイルとマイナンを捕まえたまま、覚えたてのアレを撃つ為に——

 

 

 

「——さっきエネルギーはマイナンから貰ったからな‼︎」

 

 

 

 “ほっぺすりすり”で与えられた“麻痺”は電気由来。つまり、その力はチャマメにとって逆に利用できるはず……充電する時間はもういらなかった。

 

 

 

「——コイル!マイナンを‼︎」

 

「全力熱唱だ——」

 

 

 

 “輪唱【雷鈴虫(かみなりすずむし)】——!!!

 

 

 

 

 

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その歌、どこまでも力強く——!

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第110話 ライトニングダンス


SVにてガチガチの対面構築パーティをレンタルさせていただいて戦ってみたところしっかりボコボコにされて来ました!!!やっぱポケモンって難しいのね……自分のパーティを作るに至るまでの道のりは長そうです……。




 

 

 

「——コイル、戦闘不能!」

 

 

 

 爆煙の向こうで、倒れていたのはコイル1匹だった。マイナンは技で倒される前に逃れる事ができたようだが、あちらにもダメージはある。

 

 アニキの機転から繰り出された“輪唱【雷鈴虫(かみなりすずむし)】”によって、テッセンさんから一本もぎ取っていた。

 

 

 

「やったぁぁぁアニキスゲェ‼︎あんな状況から逆転するなんて流石っス!!!」

 

「あーもう耳元でギャーギャー騒ぐなボケ!」

 

 

 

 座席で飛び跳ねて喜ぶ俺を小突くカゲツさん。何すんスか!

 

 

 

「だって凄いっスよ!メンタル持ち直すどころか思いつきの新技で押し返したんスよ⁉︎何であの人はいつもあんな事ができちゃうんスか——」

 

「別に不思議でもねぇだろ。まぁあいつがちょいと珍しいタイプなのは間違いねぇけどな」

 

「不思議じゃないのに……珍しい?」

 

 

 

 カゲツさんには何が見えてるのか、また訳のわかんない事を言い始めた。あんま認めんのも癪っスけど、俺もそんな賢くないんでちゃんと説明して欲しいんスけど……。

 

 

 

「——あいつは自分の事を少し誤解してるって事だ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

(——思うとったより、聞き分けが良いのぅこの小僧は……)

 

 

 

 ワシは倒されたコイルを手元に戻しながら、先ほどされた技とそれを当てるまでの試合運びを思い出していた。ワシが発破をかける前とでは偉い違いじゃった。

 

 

 

「——ユウキよ。今の攻撃、中々よかったぞ?」

 

「え……あ、ありがとうございます……?」

 

 

 

 ワシの賞賛に小首を傾げる顔色からして、『何が良かった』かについてはまだピンとはきてないようじゃな……鋭いのか鈍いのか、じゃがそういう性格じゃからこそ、ユウキは強い子供に育ったんじゃろう。手合わせしてまだ10分も経たんが、彼奴のトレーナーとしての才覚はよぅわかった。

 

 基本は頭脳を使った理論派トレーナー。対戦で集めた情報と自身の武器と擦り合わせて通用する力の使い所を常に探るのが得意。その為に粘る忍耐力と見逃しが少ない観察眼は年頃の少年にしてはやりおる……じゃがそれは裏返せば立ち上がりの遅さという短所を併せ持つ。

 

 ユウキは思春期。粋がりたい年頃でああいう素直さや忍耐力は中々身につけられるものではない。天性のもの故、本人に苦労している自覚はないじゃろうが、その遅さにさっきまでは無自覚なりに苦しんでおった。

 

 

 

 しかし……少しの猶予を与えはしたが、まさかああも簡単に立ち直られてしまうとはのぅ。勢いというのはゼロからいきなり生まれるものではない。発想が後ろ向きから前向きに変わる為には、ある程度別の力が必要になる……本来はそれを試合中に立て直すことは困難じゃ。立ち直る事が簡単なわけがない。

 

 それを可能にしとるのは……彼奴が“高過ぎる目標”に手を伸ばすからなのか——“理論派”故の弱さを突かれても、己の限界を越えねば何事も成せない事を本能で分かっとる彼奴は——“理論派”にはない爆発力で桁外れの発想力を生み出した。

 

 これは稀有な例じゃ。“理論派”は小さな積み重ねをしていく事で目標に届く位置にまで自分を持っていくのが得意……時間が掛かるが着実に力をつける安定した力を持つ。じゃが今見せた彼奴の爆発力は——

 

 

 

(彼奴の本質は“感覚派”——気持ちの持ちようで自分を強くも弱くもできるトレーナーの特徴のそれじゃ……!カゲツめ、その事に気付いてワシに当てがいおったな?)

 

 

 

 ワシは最初“理論派”故にぶちあたっとるであろう壁を示唆するつもりで発破をかけたが、結果をある意味裏切ってきおった。そんな逸材がこんなところに転がっておったとは……あの腐っとった男が教鞭を取りたがる訳じゃ。

 

 しかし困ったのぅ。これでワシが『ジムリーダーとして課したかった課題』をクリアされたも同然。ジムリーダーとは本来、そのトレーナーにあった“限界”を越えさせる為におるものじゃ。そういう意味じゃ、このままバッジを与えても問題はなさそうじゃが……——

 

 

 

「——都合よく“マイナン”が残ってしまってはのぅ……しかたないのぅ……?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 

 

 なんかポケモン倒したら褒められたんだけど……ずっとぼんやりと俺に向けて伝えようとしてくれてるような気がしたけど、今のでいいって事なんだろうか?

 

 いや、自分でもわかる。今のはラッキーパンチだった。マッスグマ(チャマメ)カゲボウズ(テルクロウ)の相性が良かった事と複合技になった事は偶然で、麻痺を電気エネルギーに変換できたのも完全にポケモン任せだった。今俺が優位に立てている事が運以外の何者でもない事は明らかだ。

 

 でもその運をモノにできたのは……——

 

 

 

(——テッセンさんに煽られた時、何かつっかえていたものが取れた気分だった。『負けちゃいけない』って耐え忍んで頭をいくら捻っても何も出てこなかったのに、『諦めたくない』ってしたい気持ちが勝った瞬間……肩から余計な力抜けて、その分頭が冴えた気がした)

 

 

 

 その二つの気持ちは似てるようで少し違う気がする——でもその結果、俺はやった事もない事に手を伸ばしていた。興奮気味だったから、何でそんなふうにしたのかわかんないけど……それが上手く行った。普段じゃ絶対とらないような行動だった。

 

 でも思い返せば、俺はピンチの度にそうしてきたんじゃないだろうか?普段の自分じゃ選ばないだろう選択肢を選んで……そして成せた事の方が多いんじゃないか?

 

 強くなる為にポケモン達に無理を強いる事を決心した時や、格上を倒す為にやった事の原点は、いつだって“やった事がない”物の中にあった。これは大きなヒントなんじゃないか?

 

 

 

「——自分ができる事の中に答えがあるとは限らない。自分より強い相手に勝つ時……その勝因は自分の“外”にあるもんなんじゃないか?」

 

 

 

 トレーニングで積み重ねて得た力は頼りになる。それは事実で、目に見えて俺を助けてくれる安定したものだ。でももしそれが通用しない時……俺がすべきことはもしかしたらそういう事なのか……?

 

 

 

「今考えてもわかんない……それに、考えるのはこのバトルが終わってからだ!」

 

 

 

 俺はそう話を一時片付けて、盤面に意識を戻す。今はとりあえず変わった状況の整理だ。

 

 

 

(現状残り手持ちの数は3対2で俺が有利。しかも向こうのマイナンはさっきの【雷鈴虫】でかなり削れた……状況としてはかなり優勢だ)

 

 

 

 もちろん相手はジムリーダー。きっと奥の手なんかもあるだろうし、固有独導能力(パーソナルスキル)の使用も考えられる。ウリューとの事を参考にするなら“何が起きても不思議じゃない”くらいには思っておいていいだろう。戦ってる感じ、バトルIQは向こうに分がある……こっちの予想なんか簡単に覆してくる。そういう心構えを常に持つべきだ。

 

 

 

「——まあ色々策を練るにしても、最後の1匹が肝になる。話はそれを見てからだ」

 

 

 

 今優位だと言ったけど、こっちは残った1匹が指示を受け付けない状態だ。ボールのロックを外せばすぐに出てやりたい放題するだろう。できればこの2体で事が済めばいいんだけど……。

 

 

 

「——最後か。少し本腰を入れんといかんようじゃな」

 

「……!」

 

 

 

 気迫たっぷりの言葉が俺に突き刺さる。やはり勝負を諦めたりする様子はない。当たり前だけど。

 

 

 

「ひさびさのコンビじゃ!思う存分暴れてこい——“プラスル”‼︎」

 

 

 

 投げ込まれたボールの中から出てきたのは“マイナン”に似た姿の電気ネズミ風。そんなマイナンとは対照的に赤い耳と頬袋を持つ“プラスル”は、やる気十分とファイティングポーズをとって現れた。

 

 

 

「随分可愛いオオトリじゃが……許してくれのぅ?」

 

「可愛い……ね」

 

 

 

 確かに小柄な2匹ではある。種族としての強さも個体1匹辺りははっきり言って控えめのポケモンたち。それでも……ここ最近、知識をアップデートきてきた俺は知ってる。

 

 このポケモンは、“二頭一対”だという事を——!

 

 

 

「——まずはコイルの『土産』からご紹介じゃ!!!」

 

「コイルの……⁉︎」

 

 

 

 予想外のポケモンの名に驚いていると、プラスルとマイナンがそれぞれ飛び上がる。そして——()()()()()()()()

 

 

 

「な——」

 

“リフレクター【空庭(エアリアル)】”——これを張ってて逃げ遅れてしまうてのぅ!」

 

 

 

 目を凝らせばギリギリわかる。コート上空に張り巡らされた透明な何か……物理的な攻撃を弾くことに特化したプレート状のそれに、プラスルとマイナンは乗っていた。

 

 

 

「“リフレクター”を足場に……しかもこの数は——!」

 

 

 

 “リフレクター”は元々習得そのものが高難易度と言われる“防壁技”に分類されるもの。生命エネルギーで作り出した高密度のプレートを張り、それは例え本体が場からいなくなっても効果が続く。

 

 

 

(——それでも壁を張れる数は精々2枚くらいが限界のはず……目視でははっきりとはわからないけど、明らかに5、6枚は浮いてるぞ⁉︎)

 

 

 

 コイルが作り出した壁はコートの上を不規則に浮遊している。これが足場となり、今後の戦闘に活かされることを考えると……——

 

 

 

「さて、考え事は済んだかの?」

 

「ッ——2匹共、来るぞ‼︎」

 

 

 

 テッセンさんがニヤリと口角を釣り上げた。それが試合再開の合図になり、プラスルとマイナンは動き出す。

 

 

 

「速い——!」

 

 

 

 空中に張り巡らされた“リフレクター”を飛び移るように移動する2匹の鼠。立体的な動きを高速で行われると、捉えどころがない。

 

 

 

「止まると狙い撃ちにされる——テルクロウ!怨鳥(おんどり)を纏え‼︎」

 

 

 

 テルクロウは指示を受けて“鬼火”を展開。5個の青白い火球がテルクロウとチャマメの周りを漂わせた。

 

 あの移動速度、多分こっちの裏をかいてくる。死角からの攻撃で一気に形勢を覆しに来るはず……そこで狙われるのはおそらく——

 

 

 

「テル!チャマメが狙われてるはずだ!“鬼火”の意識をなるべくチャマメにかけてやってくれ!」

 

 

 

 こういう意識の内訳を喋るのは向こうにも伝わるからやりたくないが、テッセンさんも俺がそうする事なんてどうせ察する。ならコミュニケーションエラーを起こさない為にも作戦ははっきりさせるべきだ。

 

 この撹乱から繰り出される決定打を見極めるまでは……今は対処療法的に立ち回るしかない。

 

 

 

「——ならば、まずは其奴を守る王子様を倒すとしようかのぅ!」

 

「来るぞテル!」

 

 

 

 2匹の動きは電気の活性もあるのか更に速くなる。雷の様に当たりを駆け回る姿を捉えるのは、一歩引いたここからでも捉えづらい。

 

 でも落ち着け……必ずどこかで近付いてくるはず。

 

 

 

(——こっちも物理主体なのに遠距離から電気技を振らないのは、向こうもある程度近づかなきゃ行けないことの証拠だ。“鬼火”をしっかり警戒しているのは物理攻撃力の低下を嫌っている節がある。例え離れた場所からの技があるとしても、こちらの意表を突くためにしばらくは温存してくるはず——なら最初に撃ってくるのは死角からの近距離技だろ!)

 

 

 

——“スパーク”……

 

 

 

「やっぱり!」

 

「惜しいのう♪」

 

 

 

——雷遁人形(ライトンドール)‼︎

 

 

 

 プラスルとマイナン、両方が帯電したかと思えば、その輪郭に纏った電気が()()した——⁉︎

 

 

 

「ぶ、“分身”って——⁉︎」

 

「ほれ、()()()()()()()()()じゃろ?」

 

「いやそれはわかんないって‼︎」

 

 

 

 電気でできた分身が本体と全く同じようにこの空間を飛び回り、テルクロウとチャマメに突貫してくる。こちらも展開した“鬼火”で迎撃を試みるが——

 

 

 

「この分身も——速いッ‼︎」

 

 

 

 意思を持って動く生き物とように動く分身体は操作する“鬼火”を容易く躱す。そして、正面にいたテルクロウ——を回り込み、狙われたのはチャマメだった。電気タイプの“電光石火”となった分身がチャマメにダメージを与え霧散する。

 

 

 

「チャマメ‼︎」

 

「ワッハッハッハッ!この程度で易々とひっかかりおって。可愛いやつじゃのうお主♪」

 

「くそ……!」

 

 

 

 『狙いは王子様』とか言われて、警戒していたはずのチャマメへのフォローが甘くなった。相手が言った通りに動くわけないなんて分かりきってたのに!

 

 

 

「いや……あえて見せてない技で揺さぶって、あんな言葉(ブラフ)に縋らせられたんだ。こっちが情報を集めて戦う事を逆手にとって誤情報で戦略を崩す戦い方——老獪ってこの人にあるような言葉だろ……!」

 

 

 

 こっちの得意分野が割れれば対応した弱点を突くのは定石……それでもあんな人を食ったような突き方はこの人の持つ膨大な“経験”というストックを持つからこそ活きる。

 

 そこから生み出される無数の手段とどこでどの武器が活きるかを瞬時に見極める“洞察力”——そんだけ引っ掻き回しておいて、自分は伸び伸びと戦えてしまう図太さ!

 

 

 

「流石……ジムリーダー……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 空に展開された“リフレクター”によって、完全に制空権を得たテッセン。彼の得意な領域の中で、ユウキは苦戦を強いられていた。

 

 

 

「ほれ——雷遁人形(ライトンドール)♪」

 

 

 

 “スパーク”と“影分身”の複合技——【雷遁人形(ライトンドール)】。

 

 ポケモンに纏わせた電撃を“影分身”の要領で体外に放出。この分身体に触れた相手は“スパーク”と同じダメージと効果を受けることになる。見た目が本体とあからさまに違う為“影分身”本来の姿を眩ませる性能としては低いが、纏まった電撃を遠隔で当てられる強みを持つ。

 

 それがコイルが遺していった“リフレクター【空庭(エアリアル)】”によってさらに強みを増す——

 

 

 

「——この数、防ぎきれない!」

 

 

 

 跳ね回るプラスルとマイナン。その2匹が放つ【雷遁人形(ライトンドール)】2体——計4体の姿を捕捉するのは、今のユウキにとって至難の業だった。それらの狙う先がわかっていたとしても、四方から攻められれば防ぐことはできない。

 

 

 

——ギャワッ‼︎

 

「チャマメ!——くそッ‼︎」

 

 

 

 電撃のひとつがチャマメに当たり、さらに少ない体力を削られる。【雷鈴虫】後、充電を使い切ったチャマメは目に見えて疲れが見えていた。

 

 

 

「【雷鈴虫】は反動でダメージを受けない分、使ったら1発で充電が底を尽きる——また充電するためには動くか相手から電気エネルギーを貰うかするか……」

 

 

 

 でもそれは期待できない。下手に動いてチャマメをフリーにすればあっという間に蜂の巣。かといってテッセンは同じ轍を踏む様なトレーナーではない。わざとチャマメが麻痺させられるような展開にはならないだろう。

 

 

 

「このまま技を受けて麻痺をもらうのを待つか——いや、こちらもせめて応じ手がないとチャマメどころかテルクロウも危ない」

 

 

 

 チャマメへのヘイトが高い現状だが、テッセンも一辺倒に攻めているわけではない。4体の影を縦横無尽に跳ねさせ、攻撃の軌道を読ませなくした上で、時折テルクロウにも電撃を浴びせてくる。下手を打てば2匹共このまま倒される可能性すらある事にユウキは戦慄する。

 

 

 

(飲まれるな!速さと手数は確かにとんでもない……全部に対応することはできないけど、何かが変われば突破口はある——賭けではあるけど、やらなきゃ負けだ‼︎)

 

 

 

 ユウキは腹を括った。この試合、最初からイレギュラーなことばかりで戦い辛さを感じていた彼が、ここへ来て対応するための精神を培い積み上げ……勝つ為の道を見出しつつあった。

 

 全体の流れはテッセンに傾いている……そのシーソーをこちらに傾ける為に必要なのはインパクト。衝撃になり得る事態。

 

 すなわち——不可能を可能にする事。

 

 

 

(頼むぞ固有独導能力(パーソナルスキル)!この一度でいい……あいつに一度だけ伝えたいんだ!)

 

(彼奴め……あの目は何か企んどるな?)

 

 

 

 しかしその気迫ゆえにテッセンに気取られる。テッセンにはそれを許すほどの甘さはない。

 

 

 

「何かされる前に潰せ!プラスル!マイナン!」

 

 

 

 プラスルとマイナンは帯電を激しくさせる。その電気が作り出した雷の依代と共に、一気に距離を詰めんと飛びかかる。

 

 

 

「テルクロウ!“鬼火”——‼︎」

 

「今更……一瞬止める攻め手が緩むだけ。当たらんぞ!」

 

 

 

 作られた火球を“リフレクター”の上を跳ねながら4体がそれぞれ弾け、再度テルクロウとチャマメめがけ駆ける。

 

 

 

「その一瞬でよかったんです」

 

 

 

 ——ドクン

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)、発動。

 

 

 

「あの野郎、無理やり発動させたのか⁉︎」

 

「アニキ……‼︎」

 

 

 

 カゲツもこの事態は予測していなかった。能力の発動に関係することをこれまで教えてこなかったのは、こういう事態を避ける為——勝利のために無理を押すであろうユウキの保護のためだった。

 

 発動のためのきっかけを、ユウキがまさか自力で掴むとはおもっていなかったのだ。

 

 

 

(理由はわからない……でも能力の発動中、ずっと“心臓の音がうるさかった”——もしそうなんだとしたら……!」

 

 

 

 普段あまり意識せず、しかし力強く動いているそれ。最初力の源は“脳”にあるのかとさえ思っていたユウキが至ったひとつの真実——

 

 

 

 ——彼は『心臓』というエンジンの存在に気がついていた。

 

 

 

「チャマメェェェ!!!」

 

 

 

 ユウキが固有独導能力(パーソナルスキル)を発動し、チャマメと意識を接続。能力発動の抵抗がキツく、気を抜けば一瞬で解けてしまいそうな中であるイメージを送信した。

 

 瞬時にチャマメは駆け出す。テルクロウより一歩前に立ち、向かってくる四者を一身に受けた。

 

 

 

「なぬ……⁉︎」

 

 

 

 流石のテッセンもこれは予想外。まさか狙っていたチャマメをそのまま差し出してきたのだから——でもそれこそが、ユウキの狙い。

 

 チャマメは相手からのものでも電気をある程度身体の中で変換する技術を知らず知らずのうちに身につけていた。ダメージを軽くしたりするほどではないが、送られてきた電撃を、自分を通して別の場所へと受け流すことができるのではないか——負担は大きいが、ユウキにはある確信があった。

 

 

 

「勝ちたいのは……お前らも一緒だもんな——!」

 

 

 

 自分の熱量に、ポケモンたちはそれ以上の気迫で応えてくれる。これまで何度もそうした経験を積んできたからこそ言える無茶もある。自分の身を削る作戦であっても、その先に光明があるなら迷わず火中の栗を拾うことができるのが——彼らだ。

 

 

 

「ばら撒けェェェ!!!」

 

 

 

 プラスル、マイナン、それぞれの分身体の電撃。全てが一箇所に集まったエネルギーが当たり一面にばら撒かれる。

 

 それはプラスルとマイナンに反撃するためのものではない……狙いの定まらないこの電撃で倒す気などさらさらなかった。

 

 

 

「そうか……!彼奴、最初からこれを狙って——」

 

 

 

 テッセンはそこでようやくユウキの意図に気付いた。

 

 高速で動き回るだけなら、ユウキのポケモンたちでもなんとかできる。最も厄介だったのはその動きに多様性を与えていた“足場”だった。捉え所のない動きを常に補佐していたあの足場……“リフレクター”がユウキにとって邪魔だった。

 

 だから、それを壊すためのエネルギーが欲しかった。

 

 

 

「いっけぇぇぇえええ!!!」

 

——ガシャァァァン……‼︎

 

 

 

 プラスルとマイナンを支えていた“リフレクター”は、膨大な電気エネルギーによって粉砕された。彼らの得意な領域を破壊する事に……成功したのだった。

 

 

 

 

 

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空の庭、破壊成功——!

本当はこの話でジム戦終わらせたかったんですが、やはり終わらんかった。次回、ジム戦決着!!!(まーた言ってるよ)



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第111話 力の限り


今回から技表記をひらがなから漢字にしてみようと思います。
書いててそっちの方がしっくりきてまして……いやここにきてデカい変更すみません!!!書き心地優先させてください!!!




 

 

 

——グッ……!

 

「チャマメ!!!」

 

 

 “リフレクター【空庭(エアリアル)】”を強引に打ち砕いたチャマメ。相手の電気技のエネルギーを一身に受けて放った成果は素晴らしかった。しかしその代償もまた大きいものとなった。

 

 全ての力を出し尽くしたチャマメは、少し唸ってその場に倒れ伏した。

 

 

 

「——マッスグマ、戦闘不能!」

 

 

 

 審判のコールが響く。それと共にユウキはチャマメを手元のボールに戻す。

 

 

 

「……また無茶させて悪かった。でも、ありがとう」

 

 

 

 小さく、それでもしっかりとチャマメに感謝を込めて呟くユウキ。自分の実力不足を補う為にいつも割りを食わせている事に心を痛めつつも、今できる最大限の指示に応えてくれた仲間に誇らしさも感じていた。

 

 だからまだ戦える——そう思った。

 

 

 

 ——ドクン!!!

 

 

 

「〜〜〜〜〜‼︎」

 

 

 

 突然、ユウキの鼓動が激しく鳴る。その圧で胸が……身体中に途轍もない負担が襲いかかった。

 

 

 

(これ……がっ…………固有独導能力(パーソナルスキル)の……!)

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)——。

 

 使用する為にポケモンと自分の生命エネルギーを繋げるため、接続には摩擦が起きる。その摩擦——生命の摩耗(エナジーフリック)による負担は、ユウキの想像を上回っていた。

 

 

 

(能力は……保てない……疲れと痛みで………思考が鈍る……立ってるのでやっとだ……!)

 

 

 

 視界も霞んできたこの状況で、百戦錬磨のテッセンを相手取り、かつビブラーバ(アカカブ)の抱える問題の解決をしなければいけない。しかも、この消耗を相手に悟らせないなんて事も無理だった。

 

 

 

「お主、その消耗は尋常ではないな?さてはここに来るまでに能力を使ったんじゃろ?それ以上無理すると——」

 

 

 

 その先は言われなくてもユウキにもわかっている。生命の摩耗(エナジーフリック)による寿命の削りはある程度までは自然回復する見込みがあるが、体が悲鳴を上げる中で更に使えば深刻なダメージに繋がりかねない。アオギリが指摘した危険性を、ユウキはしっかり覚えていた。

 

 

 

「……ジム戦にかける想いはワシもわかっとるつもりじゃ。これまで何人もの挑戦者を相手取って来た。当然今のお主の様になりふり構わずリスクを承知でかかってくる者もおったよ……その末路も、多くの場合は同じじゃった」

 

 

 

 ユウキの策は見事だったとテッセンも内心では評価している。しかしその為に差し出すのは少し先の未来だ。ここでの無理が祟り、本願を達成できなかったトレーナーは数多く存在する事を彼は知っているのだ。

 

 そして何より、そんな夢を求めて瞳を輝かせていた子供達の事を愛するこの男にとって、それは見ていられるものではなかった。

 

 だから口を突いて出てしまう。例えユウキの返答がわかっているとしても。

 

 

 

「そこまでして、叶えたい夢なのかのぅ……次もあるジム戦ひとつに将来を天秤にかけるほどなのかのぅ?」

 

「……あるに決まってるじゃないですか」

 

 

 

 やはりか……そんな諦めとも眩しさともつかない気持ちと呟きを心の中でするテッセン。

 

 

 

「——目の前のバトルから逃げて、行ける場所じゃないんだから‼︎」

 

 

 

 朦朧としているであろう意識の中、確かに応えた彼なりの覚悟。それに触れて、テッセンは瞳を閉じる。

 

 

 

(——この子はただ真っ直ぐじゃない。世界の……現実の理不尽さもわかって言うとる。受け入れておるからこそ、立ち向かえる)

 

 

 

 今のユウキの言葉の中には、次々に迫り来る理不尽に対してどう向き合うかを顕著に表していた。だからこそ、テッセンにはある心配があった。

 

 

 

(この子はその為に『自分の安全』を簡単に差し出せる。差し出せてしまう。この先どんなことがあろうとも……この子は——)

 

 

 

 でも——いやならばこそ、ここで自分が手を緩めるわけにはいかないとテッセンは若者にかける情を握りつぶす。

 

 こんな場所でも命すら賭けてしまうこの馬鹿者に、せめて全力で応えてやるのがジムリーダーの責務だと思ったからだ。

 

 どんな道をどんな風に歩くのか……それを決めるのはユウキ自身なのだから。

 

 

 

「——いくぞ。ミシロタウンのユウキよッ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 初めは、食事をくれるだけで幸せだった。

 

 

 

 ——イタイ。

 

 

 

 でもそんな彼が味わったのは痛みだった。

 

 まだ体が赤かった頃。

 

 自慢の牙だけが売りだったあの頃。

 

 いつも決まってバトルでは痛みを感じていた。

 

 

 

——マタ、イタイノガ……クル

 

 

 

 それは自分の痛み……。

 

 敵から加えられる攻撃の痛み。

 

 勝てなかったという悔しさの痛み。

 

 そして——

 

 

 

——ゴシュジン……マタ、イタイノカ?

 

 

 

 誰もいない場所で、悔しさを全面に出した泣き顔が、彼の脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

——ウネウネノヤツニモマケタ。キンニクノニモマケタ。ゴテゴテノヤツニモ……デッカイクチノヤツニモ……!

 

 

 

 主人が強くなっても自分だけは勝てない。

 

 仲間がどんどん成果を上げる中、喜ぶ一方で膨れ上がる何か。

 

 苛立ちが……小さな体の中でじわりと滲む。

 

 

 

——ツヨクナリタイ。ダレニモマケタクナイ!

 

 

 

 そんな感情が臨界を超え、彼の体は光り輝いた。

 

 かつての自分はもういない。

 

 ここから彼の反撃が始まる——はずだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——頼む……ビブラーバ(アカカブ)ッ‼︎」

 

 

 

 朦朧とする意識の中、ユウキが投げ放ったのはここまで言う事を聞かずにいたビブラーバ(アカカブ)。不安要素が残る彼だが、もうこの試合を勝つには是が非でもアカカブの力を借りなければいけなくなった。

 

 

 

(本当は……ちゃんと戦わせてやりたかったんだけどな……)

 

 

 

 心の中でユウキはアカカブに謝る。自分の力量が足りず、満足に勝たせてあげられなかった今までを……今指示を受け付けられないほど不甲斐ないトレーナーの元にいることを——

 

 

 

(でも頼む……夢なんだ。俺は、お前とも一緒に上を目指したい。だから——)

 

 

 

 それでも……ユウキは自分と共に居て欲しいと強く願う。その気持ちが今伝わらなくても——

 

 

 

「アカカブ、テルクロウ……後は任せる!」

 

「さて。早速じゃが——」

 

 

 

 先に動いたのはテッセン。プラスルとマイナンが再び身体に電気を纏わせる。

 

 

 

「また分身を……⁉︎」

 

「今回は早期決着じゃ!」

 

 

 

——充・電光石火(じゅうでんこうせっか)‼︎

 

 

 

 帯電はエネルギーを溜めるためのもの。それを帯びたまま2匹は高速で動き出す。

 

 

 

「あれは——チャマメの【亜雷熊(アライグマ)】⁉︎」

 

 

 

 タイキも何度も見たチャマメの奥の手。それに酷似した技だった。

 

 

 

「いやプラスルとマイナンの速さは変わってねぇ。あれはおそらく——」

 

 

 

 カゲツの読みは当たっている。2匹は具体的にステータスが大きく変化したわけではなかった。技の真価はこの後——

 

 

 

「アカカブ……テルクロウ……!」

 

 

 

 指示を送ろうと声を絞り出すも、ユウキにはもう意識を保つだけで精一杯だった。

 

 アカカブ、テルクロウ両名もその事に気付いている。

 

 

 

「——“アイアンテール”ッ‼︎」

 

 

 

 プラスルの尾が銀色に輝き、鋭さを増す。横に薙ぐそれを受けたのはアカカブだ。

 

 

 

——ビッ‼︎

 

「続けマイナン——!」

 

 

 

 マイナンもまた同じく“アイアンテール”を仕掛ける。今度は徹底してアカカブを潰す為の攻撃。それを——

 

 

 

——ゲゲッ‼︎

 

 

 

 テルクロウが間に入って身代わりに。小さな身体を風に舞うビニール袋の様に飛ぶ。

 

 

 

「身を挺してか……むっ⁉︎」

 

 

 

 しかしそこはちゃっかりしているテルクロウ。いつの間にか発動していた“鬼火”をマイナンにヒットさせていた。これでマイナンは火傷状態。一定の継続ダメージと攻撃力の半減を喰らう。

 

 

 

「自分なりに考えて当てにきおったか!主人に似て怖いもの知らずじゃな!ならば——」

 

 

 

 ならば、先にそちらを堕とす——その意思でアカカブを押さえていたプラスルが今度はテルクロウに飛びかかる。

 

 

 

——“スパーク”‼︎

 

 

 

 不定形で衝撃を十分に与えきれない“アイアンテール”ではなく、追加効果と電撃のダメージに期待した“スパーク”がテルクロウを襲う。

 

 

 

——げグゥッ‼︎

 

 

 

「あの威力。さっきの派生技で上がってるな……!」

 

 

 

 “充・電光石火”によって高められたのは『次に撃つ電気技の威力』——それを移動しながら溜める事で、本来の“充電”という技の隙を無くし、効果は運動量がそのまま電気に変換されて高められている。それを食らったテルクロウはひとたまりも——

 

 

 

——ゲゲァァ(祟り目)ッ‼︎

 

 

 

 しかしテルクロウはあろうことか反撃に出る。“祟り目”で生み出した黒い波動をプラスルに返す。

 

 

 

「なんという根性……!」

 

「テルクロウ……ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキはまだ意識を手放さない。指示はできなくとも、今目の前で頑張っているポケモンたちからは死んでも目を離さないつもりだった。

 

 

 

(俺の指示がなくても戦うのは……テル。お前も勝ちたいからだよな。まだ出会ったばかりの俺に力を貸してくれるのは……お前もヒメコの気持ちを背負って戦ってるからだもんな)

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)など使わなくても、その姿勢だけで気迫が伝わってくる。『負けてたまるか』、『やられた分だけやり返す』、『ただでは済まさない』——一挙手一投足は、前任のヒメコの心構えの生き写しだった。

 

 苦しい時代を、ユウキたちとは別のところで味わって来た彼女だからこそ、例え指示が無くとも動けるだけの意思があった。

 

 

 

「——みんな頑張ってる」

 

 

 

 その想いは客席のタイキにも伝わっていた。タイキもまたヒメコの想いを知る者として、その心を奮わせていた。

 

 

 

「テルクロウも、チャマメも、わかばだって……みんなアニキの無茶に応えてる。アニキもまたみんなの気概に見合うように体張って——だったら……」

 

 

 

 この試合、勝つ為に必要な事はもう揃っている。時に実力以上の力が求められる局面で、挑戦者に必要なものは“信頼”と“勇気”だ。何度も何度も……それを見せてくれたユウキというトレーナーとその仲間たち。

 

 だから、タイキは力のいっぱい叫んだ。

 

 

 

「——しっかり気張れアカカブッ‼︎お前が!アニキに応えなくてどうすんだぁぁぁ!!!」

 

 

 

 その声が届いたのか、アカカブの双眸に強い光が宿る。

 

 瞬間——テルクロウに襲いかかる電撃。その間へと、アカカブは自身の体を滑り込ませていた。

 

 

 

——ビ……バァァァァァァ!!!

 

 

 

 “地面”タイプを持つアカカブは、その電気を弾く。力の限り咆哮して。

 

 

 

「ここへ来て連携を——」

 

 

 

 ——アカカブ、テルクロウ……後は任せる!

 

 

 

 アカカブは元々賢いポケモンではない。自分の欲望に忠実で、それ故に単純な思考回路を持ち、素直さがある。その素直さは、たった一言で心持ちを変えるきっかけに至る。

 

 あのユウキの言葉をアカカブはちゃんと受け取っていた。アカカブは荒れる気持ちの中、ユウキの姿を……そして仲間の姿を見てその心境を変えていた。

 

 その変化が、アカカブに仲間を庇うという選択を取らせた。タイプ相性や戦略的思考などではない。もっとシンプルに抱いた気持ちがそうさせる——

 

 

 

 ——今は友の為に。

 

 

 

——“ビバァァァァァ(地ならし)”!!!

 

 

 

 地面を叩いたアカカブの“地ならし”が周囲に拡散する。プラスルとマイナンの両方に効果抜群だ。しかし——

 

 

 

「くそ!まだ倒れないんスか⁉︎」

 

 

 

 両方にヒットしたにも関わらず、2匹はまだやる気満々といった具合だった。やはり進化後のステータスの変化に応じて、元々あった攻撃力が低下しているのが大きい。

 

 

 

「特性“力尽く”もない!攻撃力も落ちてる!それでも頼むっス!頑張れアカカブ!!!」

 

「やはり大人しくしてもらうしかないのぅ!」

 

 

 

 アカカブの反撃に応じるプラスルとマイナンは“アイアンテール”の構えをとる。2匹が互いにアイコンタクトをとると、アカカブを挟み込む様に飛びかかる。

 

 

 

——ビバッ!ビィッ‼︎

 

 

 

 2匹が交互に“アイアンテール”を振るう。片方がアカカブを弾くと、もう片方が追い打ち。さらに弾かれた方にまた片方が回り込み——ピンボールのようにアカカブはめった打ちにされた。

 

 

 

「トレーナーの指示なくしてワシのポケモンに勝てるなどと思っていまいな⁉︎」

 

「ゼェ……ゼェ……!」

 

 

 

 虚な目でテッセンを睨み返すユウキ。彼もまた限界が近い。うんともすんとも答えないユウキを見て、テッセンも腹を括る。

 

 

 

「喋る余裕もないか……ならば、さっさと終わらせてやろう‼︎」

 

 

 

 銀鉄の閃きがさらにアカカブを襲う。もうグロッキーになっているアカカブに対して止めを刺す気だ。

 

 

 

——カゲェェェッ‼︎

 

 

 

 そこに差し込まれるように、形を潜めていたテルクロウが突っ込んできた。しかも冷たい冷気を纏って——

 

 

 

「“凍える風”を吐きながら突貫してくるとは——」

 

 

 

 プラスルとマイナンの2匹が一箇所に固まったところに突っ込んできたが故に、もみくちゃになりながらテルクロウ含めた3匹が地面に転がり込む。そして、プラスルとマイナンは地に這いつくばる。

 

 

 

「そうか!“地ならし”と“凍える風”で身動きが——」

 

 

 

「——行け。アカカブ」

 

 

 

 そして、ここまで声を出さなかったユウキが一言だけ、しっかりと発声する。それに応えるように、気絶寸前のアカカブの眼に再び火が灯る。

 

 

 

「思い出せ……お前がずっと……鍛え続けたことを——」

 

 

 

 それはただの思い出じゃない。

 

 あの砂浜で。あの戦いで。あの大会で。この街で——

 

 いつだって武器にしてきたその四肢を。

 

 アカカブは力一杯振るう。

 

 

 

「この一瞬の為に……ただそれを言うためだけに——」

 

 

 

 どれほど……どれほど自分のポケモンに理解があるトレーナーだと。テッセンは少しだけ微笑んだ。

 

 

 

(危なっかしさはあるが……お主が抱いた思いを忘れぬ限り……おそらくは——)

 

 

 

 テッセンは思う。時に思春期の子供達の見せるものは、現実の理不尽などでは押さえつけられない力を持ちのかもしれない……と。

 

 ユウキとポケモン達が見せた輝き。その一撃が大地を揺らす。

 

 

 

“地ならし”——

 

 

 

——“地震”!!!

 

 

 

 アカカブが最大出力で放った震脚が、巨大な衝撃波を生んだ。地面に堕ちたプラスルとマイナンをテルクロウごと飲み込み、効果抜群の必殺の一撃となった。

 

 その中でテルクロウも笑っている。それがこの苦しかった戦いの幕引きとなったのだから……——

 

 

 

「——プラスル、マイナン……戦闘不能!よって勝者は……」

 

 

 

——ミシロタウンのユウキ‼︎

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ここは?」

 

 

 

 目が覚めると、知らない天井がそこにあった。

 

 

 

「アニキ!目が覚めたんスね⁉︎」

 

 

 

 ベッドに横たわっていた俺に応えたのは、側でおそらく俺の看病をしてくれていたタイキだった。どうやら俺は気を失っていたらしい。

 

 

 

「試合が終わってすぐに気絶したんスよ!すぐに病院に担ぎこんで、もういつ目覚めるか心配で——」

 

「それは心配かけた……どれくらい眠ってた?」

 

「丸一日だボケ」

 

 

 

 俺の質問に答えたのはカゲツさんだった。その顔は険しさで溢れている。な、なんか怒ってる?てか一日中寝てた——⁉︎

 

 

 

「マジですか?」

 

「マジだ。このバカたれ。危うく死ぬかもしれなかったんだぞ?」

 

 

 

 それを聞いてやっと俺が倒れた原因に気がついた。そう……俺は使用限界を超えて固有独導能力(パーソナルスキル)を使ったんだ。その反動は凄まじく、試合の最後の方は夢のように記憶が曖昧だった。

 

 

 

「そういえば……俺、試合どうなったのか覚えてなくて……」

 

「お前の勝ちだよ。そんなんでよくやってたなぁお前。本当バカだな」

 

「ちょっと!病み上がりなんスよ‼︎」

 

 

 

 そんな感じでわーわーと騒いでいると、カゲツさんの向こう——病室の入り口からひとつの咳払いが聞こえた。

 

 そこにいたのは若い女性。白衣に身を包んだ金のロングヘアが綺麗なその人は、俺たちに対して人差し指を立てる。

 

 

 

「病室ではお静かに……といってもあなた達しかいないけどね」

 

「あ……すみません」

 

 

 

 おそらくはこの病院の看護婦だろう。騒ぎ立てて行儀の悪いことをした。

 

 

 

「……そんで、こいつの検査の結果はどうなんだよ?」

 

 

 

 カゲツさんが聞いたのは俺の体調のことだろうか?それを受けて看護婦も少し曇った顔をする。え……もしかしてなんか身体やった!?

 

 

 

「——なーんにも問題ありませんでした。健康体そのものよ〜♪」

 

「「「ガクッ」」」

 

 

 

 俺たち3人は膝から崩れる。そんな神妙な顔されたら誰でも不安になるだろ……なんかこの人テッセンさんみたいだな。人が悪い。

 

 

 

「ワッハッハッハッ!なんじゃ。随分元気そうじゃのう〜♪」

 

 

 

 そう思った時、件の雷親父(笑)が登場。うわー。こう言うタイプが二人揃うともう収集がつかないぞ?

 

 

 

「そう怪訝にするな。マイワイフの看病なんぞワシが受けたいぐらいじゃというのに」

 

「ハハ、そっすか……ん?」

 

 

 

 面倒になって適当に受け答えしてる時に限って、なんか今変な事言わなかったか?マイ……なんて?

 

 

 

「ワイフって……奥さんって意味っスよね?誰が誰の……」

 

「私よ。初めまして。テッセンの妻、カエデです♪」

 

「あーこりゃどうもご丁寧に——」

 

 

 

「「ええええええええええええ!?」」

 

 

 

 ——と。そんなカミングアウトに静かにはできない俺とタイキであった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——以上があなたの今の状態です」

 

 

 

 あの後色々聞く間も無く、俺はカエデさんから検査結果の詳細を聞いていた。問題ないと言われていたので少し油断していたのもあるが、実際細かく聞いていくと思うところもあった。

 

 

 

「さっきも言ったけど体は正常。でも生命エネルギー……俗に“心”と言い換えてもいいかもしれないそれは傷ついてるの。今は何ともないかも知れないけど、あれ以上無理をしていれば、あるいは今後すぐに能力を使えば、無事だと言う保証はできないわ」

 

「そんなに……」

 

 

 

 可視化した俺の生命エネルギーの源である“心”の映像を見て、やはり深刻なダメージが残っていた事を示唆された。この傷もやがて自然治癒で治っていくらしいのだが、深い傷はそれだけ治りが遅いらしい。現状特効薬や外科的手術という確立された治療法がないのもあって、これはかなり面倒なことになっている。

 

 

 

「以後、ひと月は固有独導能力(パーソナルスキル)を使用しないでちょうだい。実戦もそうだけど、トレーニングの一環であってもね」

 

「…………はい」

 

 

 

 

 正直困った。この先はもっとこの力を使いこなさなきゃいけないというのに、トレーニングすらドクターストップをかけられてしまった。

 

 とはいえ……確かにこのジム戦、無理を推しての勝利の代償としては仕方ない気もする。また上に行くのに足踏みする事になるけど……。

 

 

 

「にしてもカエデさん?がテッセンさんの奥さんって……何歳差なんスか⁉︎」

 

 

 

 この状況でよく聞けるなタイキ。いや俺も気になるけどさ。めちゃくちゃ。

 

 

 

「あら?女性に年齢を聞くなんて野暮よー?」

 

「えー。じゃあテッセンさんいくつなんですかー?」

 

「ワッハッハッ!老い先短い老人に年なんぞ聞かんでくれ♪」

 

 

 

 うーん。上手くはぐらかされてんな。どうせ答えるの嫌って訳じゃないだろうに……完全に俺たちの反応見て遊んでる。

 

 

 

「まぁそんなことより!やり方はどうであれ、よくあれほどの劣勢で勝ちおった!ジムチャレンジとして文句無しの勝ちじゃよ。これを受け取ってくれ」

 

 

 

 そう言ってテッセンさんは俺に金色の円形を模したバッジを俺に手渡してきた。

 

 『ダイナモバッジ」——俺が二つ目のジムを制覇することができた証だ。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 それはテッセンさんに向けたものではない。これを手にするのに俺はまだ早いと思う。それでも認められて、これを受け取ることができるのは……ひとえにポケモンたちのお陰だ。

 

 

 

「ありがとうな……わかば、チャマメ、テルクロウ——そんで、アカカブ」

 

 

 

 四つのボールに入ったそれぞれの英雄を、俺は大事に握りしめる。

 

 今回も本当に苦しい戦いだった。この先もきっと……——

 

 

 

「強くなりたいな……俺、もっと強く……!」

 

「だったら今後こういう無茶はすんな」

 

 

 

 俺の誰宛でもない呟きに答えたのはカゲツさんだった。その眼は今までになく真面目で、それだけ真剣なんだって伝わってくる。

 

 

 

「お前の目標ははっきり言って無謀。遠いわキツいわ難しいわ——器に全く見合ってねぇ。だが、その器を大きくしていくことはできる」

 

 

 

 人はそれを成長と——呼ぶことがあるかもしれない。だからこそとカゲツさんは言う。

 

 

 

「——その器、ぶっ壊したらそれこそ終わりだ。リスクはなんでも負えばいいってもんじゃねぇ。よく覚えておきやがれ」

 

 

 

 その叱責は、今までのどんな言葉よりも深く刺さった。それを聞いて俺は途端に自分のしたことを理解し始めたから。

 

 危うく俺は……全部を台無しにするところだったかもしれない。

 

 

 

「最後だって……結局みんなに全部投げ出して、こんなの勝ったうちに入んないですよね」

 

 

 

 勝ったことすら実感できないほど朦朧としたあの中で、俺は何を口走っていたんだろう。勝った嬉しさなんて感じられなくて当然だと思う。本当に俺はこのバッジを受け取ってよかったんだろうか……?

 

 

 

「ん、それは勝ったでいいんじゃないっスか?」

 

 

 

 タイキはそんな迷いを知ってか知らずか……そんな風に言う。

 

 

 

「アニキ……最後みんなに任せたのは、それだけの力があるって思ったからじゃないっスか?チャマメに“リフレクター”割らせて、その後自分が動けなくなるだろうこともわかってたんじゃないっスか?——最初からみんなに頼るつもりで、それが最善だってアニキは思った……」

 

 

 

 タイキはすらすらと俺のバトルを考察して言う。そうなのだろうか……ただ必死に俺は足掻いていただけだと思うけど——

 

 

 

「それに応えてくれるポケモンたちだって、最後まで信じ抜いた……でなきゃアカカブもあんな風に戦えなかったと思うっスよ♪」

 

 

 

 タイキの言葉を聞いて、ほんの少し報われたような気もした。

 

 まだ弱い……それは事実。でもあの時無茶してでも勝ちたいって願って……それを叶える為に最善を探していた俺もまた本当の自分。

 

 いつだって迷うけど……それに応えてくれたポケモンたちが出した結果を、受け入れてもいいのかもしれない。

 

 

 

「ありがとう……って言ったのに、俺が否定しちゃいけない——か」

 

 

 

 今はそんなとこで落ち着くことにしよう。時間はまだかかる。一足飛びに強くはなれない。

 

 

 

「テッセンさん。戦ってくれてありがとうございました。このバッジに見合うトレーナーになれるよう……頑張ります」

 

 

 

 貰ったバッジを握りしめて、俺は頭を下げる。相変わらず余裕の笑みを浮かべるテッセンさんもどこか満足そうに一層ニカッと笑うのだった……。

 

 

 

 

 

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少年の決意も闘志も……丸ごと認めて笑う奇天烈——。

何はともあれ……バッジ二つ目おめでとう!!!



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第112話 カゲツという男


一週間ぶりでございます。
先週はキャパ超えてましたw
今週こそ、がんばる。ふんす。




 

 

 

 診察を終え、すぐにも退院が可能だとわかり、俺とタイキ、カゲツさんの三人で外に出た。時刻は昼過ぎで、とてもあれから丸一日経っていたなんて信じられない。

 

 まあそんな事より、まずは今後の予定を立てる必要があるのだが、その前に……——

 

 

 

「カゲツさん……結局今回のジム戦って何が目的だったんですか?」

 

 

 

 俺は師匠であるカゲツさんに問う。今回のジム戦……急遽決まった事、おそらく予定外だったヒメコとのバトルの後でも強行した辺り、何か特別な事情があったと見るべきだろう。

 

 相変わらず何を考えているのかはわからないし、素直に答えてくれるとも思ってはいないけど、説明を乞うくらいの権利はあると思う。

 

 

 

「そうっスよ!大体、なんで向こうはダブルバトルなんかで仕掛けて来たんスか?カゲツさん知り合いみたいだし、なんか吹き込んだんスよね?アニキに無茶させたのにどんな理由があるのか知らないっスけど、説明無しじゃ納得できないっスよ!」

 

「あーガタガタうるせぇなぁ!言われなくても話してやるよ‼︎」

 

 

 

 タイキの追撃に目くじらを立てて怒鳴り散らすカゲツさん。相変わらず怖……ってあれ?

 

 

 

「は、話してくれるんですか?」

 

「あ?何だその反応は?」

 

 

 

 その反応も何も、こんな素直に応じてくれるなんて誰が想像できるんだ?カゲツさんの事だから怒鳴って黙らせるか適当な事言ってはぐらかされるかのどちらかだとばかり……——

 

 

 

「——ったく。お前のせいで予定がめちゃくちゃだぜ」

 

「お、俺のせい?」

 

「その辺含めて話してやるから、耳かっぽじいて聞いてろよ!」

 

 

 

 どういう謂れで何がどうなって俺のせいなのかさっぱりだが、教えてくれるならよかったと思うべきだろう。釈然としないけど。

 

 

 

「——一応最初に言っておくが、俺ぁハナからお前らの面倒なんか見るつもりなんて毛程もなかった」

 

「やっぱり‼︎」

 

「話の腰折るな!まず黙って聞け……」

 

 

 

 最初……と言うと、やはりアオギリさんに頼まれた時だろうか。あの時はしょうがなしとは言え了承してくれたように見えたけど。

 

 

 

「もちろんアオギリの旦那への借りは絶対だ。だからできる事なら言う事も聞くつもりだったが、お前らみたいなヒヨッコに長い時間付きっきりなんて冗談じゃない。そもそも俺ぁ人に物を教える器じゃねーんだよ」

 

「もしかして……それで無理難題ふっかけてきたんですか?」

 

 

 

 ひと月同じ屋根の下での生活。強制的に寝食を共にするには関係性の薄い俺たちだ。そんな相手から一方的に搾取される日々は実際俺もキツかった。その状況から逃げ出したいと思わなかったこともない……。

 

 

 

「もちろんそれだけじゃねぇ。教えを誰かに乞うってのは当然そんだけの付加価値もあるって事ぁお前でもわかるだろ。世の中、見ず知らずの他人になんでも提供してやるほど甘くないって事はよ……」

 

 

 

 それに俺は頷く。あの条件で受け入れたのは他でもない俺だった。俺が納得してカゲツさんの世話を買って出たにすぎない。全てはその教え——固有独導能力(パーソナルスキル)の習得に関する知恵を欲したからだ。

 

 

 

「実際ひと月の働きじゃ足りないとも思ってます……あなたに教えてもらうには、俺は差し出せるもんが少ない」

 

「ケッ。可愛げねぇな」

 

 

 

 弁えてるつもりだと伝えたつもりなんだけど、それはそれでお気に召さなかったのか?難しい人だな。

 

 

 

「……まあ、それでもお前らはそれなりに我慢強いみてぇだな。何が良くて俺なんぞに頼ってるのかねぇ」

 

「そ、そっちが足元見たんじゃないっスか!」

 

「人聞き悪いこと言うな!お前らが来てからこっちがどんだけ——」

 

 

 

 タイキに言い返していた言葉をそこで止めたカゲツさんは、バツが悪そうに頭を掻いてその先は話さなかった。なんだってんだ?

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ……とりあえず、お前らが本気だってことぁわかったよ。旦那への借りもある。お前らに固有独導能力(パーソナルスキル)の事を教えてやるよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 途轍もなくでかいため息を吐きながらも、どうにか俺たちの弟子入りの件にやっと明確な承諾をしてくれたカゲツさんだった。なんかホッとした。

 

 

 

「——って!それだけじゃ今日のジム戦は納得できないっスよ‼︎変に急かすし、アニキももうちょいでヤバかったンス!説明求めるっス〜〜〜!!!」

 

「落ち着けよタイキ。多分説明してくれるんじゃ——」

 

——グゥゥゥゥ……!

 

 

 

 ——と言ったところで、俺の腹の虫が盛大に辺りに響く。その音を聞いて、起きてからろくに何も食べてないことに気付いて体の力が抜けた。

 

 

 

「そ、そういや丸一日何も食ってなかったのか……」

 

「むぅ。しょうがないっスね。一旦カゲツさんの部屋に戻って飯でもするっスか」

 

「……………いや、そりゃ無理だ」

 

 

 

 俺の救命信号に異を唱えるのはその部屋の主だった。うん?無理とはどゆこと?

 

 

 

「いや、外食したいとか言わんでくださいよ?俺たちの予算の少なさは知ってるっスよね?」

 

「……いやそれ以前の問題だ。部屋はもう手放してあそこはもう空き家だ」

 

「あーなるほどそういう事——」

 

「「はい?」」

 

 

 

 俺とタイキの声が揃う。

 

 は?あそこを手放した?退去したって事?何で急にそんな——

 

 

 

「ほれ。お前らの荷物はデバイスに送ったから受け取れ。適当に詰めてデータストレージに入れたから混ざってるかも知んねーけど」

 

「ちょちょちょちょ!なんでまた相談もなくそんな事を⁉︎」

 

「元は俺の棲家だろうが。そんなもん俺がどうするもこうするも——」

 

 

 

 ——と言った瞬間だった。

 

 

 

——バチチチィィィ‼︎

 

 

 

 強烈な閃光がカゲツさんを襲った。

 

 目の前にいた俺たちはその光にビビってその場を飛び退く。な、なんだいきなり⁉︎

 

 

 

「何が『手放した』——じゃ!夜逃げの言い訳にしちゃあ随分面の皮が厚いのぅカゲツ!」

 

 

 

 振り返ると、巨大な銀盤のようなポケモンが浮かんでいた。その傍らに、さっき俺たちに色々と世話を焼いてくれたテッセンさんがいた。おそらくあれは“ジバコイル”——今の電撃はテッセンさんから?……というか、何?夜逃げ?

 

 

 

「じ、ジジイ!?何しやがる——」

 

「何するはこっちのセリフじゃ!お主、子供に日陰を歩かせる為に師匠やろうとしとるんか?」

 

「ぐっ……」

 

 

 

 傍若無人が服着て歩いてるような男が、テッセンさんには流石に頭が上がらないようで、いつも出る軽快な言い訳も何もありはしなかった……まさかとは思うが、カゲツさんあんた。

 

 

 

「もしかして……家賃滞納したまんま出ていこうとしたんスか⁉︎」

 

 

 

 俺の過った疑念を一言一句余さず言ったタイキの言葉に、カゲツさんは無表情で明後日の方を見て制止する。それつまり『YES』ってことやん。

 

 

 

「何してくれてんスか⁉︎そんな事したら取り立てにあって最悪ホウエンにいられなくなるじゃないっスか‼︎」

 

「お?やたら楽観的だな。最悪っていうなら怖いおじさんなんかに捕まってお腹の中をバラ売りにされるかもしれねーぞ?」

 

「何ドヤ顔で言ってんスか‼︎」

 

 

 

 胸ぐら掴んでるタイキに今だけは拍手を送りたい。そのまま掴んでてくれ。今日だけは多分しばいても良いはずだ。

 

 

 

「いやぁ〜このままトンズラこきゃ何事もなかったことになると思ったんだけどなぁ」

 

「あんたニューキンセツがHLCの管轄下ってわかって言ってるんスかぁ⁉︎その辺の家主から拝借するのとは訳が違うんス!それが俺たちにくっついてその辺歩いてたら即捕まって罰則金——アニキだってプロ資格剥奪の可能性だってあるんスよ⁉︎」

 

 

 

 え、そうなの?もしかして俺思ってたよりヤバいの?死ぬの?

 

 

 

「借金踏み倒しする奴なんてニューキンセツじゃゴロゴロいるっての。その一人一人にあのお高くとまってる組織が躍起になる訳ねーだろ?」

 

「お主を除いてな。忘れたのか?お主は“要注意人物”として監視を受け取るというの事を……」

 

 

 

 HLCから監視対象になってるって事か?前々から思ってたけど、やっぱり元四天王であんな生活してるって事は何かそれなりの理由があるって話だろうか。

 

 ほんの少しだけ、師匠にするべきか迷う俺だった。

 

 

 

「チッ……いつまでも根に持ちやがって」

 

「そう言うな。これでもだいぶ減刑されとる方じゃ。本来ならお主はホウエンでの活動そのものが不可能なほどの事をしとる。その辺、この子らに話はしとらんようじゃの?」

 

「カゲツさん……あんた一体何者なんすか?」

 

「…………」

 

 

 

 俺は口にこそしないが、タイキと同じ気持ちだった。あまりにもこの人の境遇は謎に包まれている。しかも人に軽く言えるようなものじゃない。

 

 HLCは治安政府が正式に定められていないホウエン地方で実質的な法律を作る立場にある組織だ。ポケモンバトル産業の責任を担うのはその仕事の一端でしかなく、そこに目をつけられていると言う事実は、この先俺たちにとってもリスクとなる。

 

 ここは人のプライベートとか言ってる場合じゃない。だって俺は——

 

 

 

「話してくれませんか……俺、ちゃんとカゲツさんの事知ってから教えを受けたい」

 

「アニキ……」

 

 

 

 カゲツさんは……よくわからない人だ。

 

 自分からは何も話さず、何も相談せず、何も見せない。その癖行動を起こす時は突然で、俺たちはきっとこの先も振り回されるだろう。

 

 なら、振り回されてもいいだけの理由を知っておきたい。そういう理由でもなかったら、このテッセンさんも、アオギリさんも……この人を気にかけるはずはないと思ったからだ。

 

 カゲツさんには……何か事情があるはずなんだ。

 

 

 

「いいだろ……んな事は。それより部屋の件、その辺に借入でもして大家に渡しとくよ。それでいいだろ?」

 

「バカもんが。お主が簡単に借金できるならアオギリも金は貸さんかったじゃろ。自立する術を奪われとるお主にどうする事もできんわ」

 

 

 

 自立する術を奪われている……?そんな事があり得るのか?

 

 ホウエン地方では人が食いっぱぐれない様に様々な保証もされている。例えば身体や精神に重大な疾患がある人間や、高齢を迎えた人間にはそれなりの生活保護費が支払われたり、トレーナーを介したサポートもある。

 

 流石にそう言うことはカゲツさんにないにしても、HLCから目をつけられていると言うだけであらゆる仕事ができなくなる訳じゃない。ホウエンにいる限り、HLCの管轄下で生きているならそんな事があるはずも——

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

 俺の脳裏に一瞬過ったのは、あまりにも過酷な現実だった。

 

 いや、でもまさか……聞いたことはあるけど、本当に“それ”が適用されている人間がいるなんて……にも関わらずこうして生活を送っているなんて。でもそれだと辻褄は合う。

 

 そもそもなんでHLCに目をつけられる事になったのか、その理由が逆説的にわかってしまった。この人は……ポケモンで……——

 

 

 

「カゲツさん……あんた……」

 

 

 

 俺は震える声で問う。でも、それを聞くのが怖い。

 

 頭に浮かんだ単語は俺の生活にあまりにも馴染みがなく、それとわかってその人とどう接して良いのかすらわからなくなるほどのものだった。

 

 

 

重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)——なんですか……?」

 

 

 

 滅多に人に向けて言う言葉ではなかった。

 

 HLCも採用している国際的なポケモントレーナーに向けて作られた“携帯獣法”。その中でも重い罰則を与えられたトレーナーを指して使われるレッテルだ。

 

 その意味は——『ポケモンの個人的行使によって他人を意図的に傷害致死に致しらしめた』という過去の証明だ。

 

 

 

「……それがわかったらなんだ?お前は俺の下に着くのをやめるか?」

 

 

 

 カゲツさんはあっけらかんとそう言う。その問いに、俺はすぐに答えられなかった。

 

 事情も何もわからない。でもこの人は過去にポケモンで人を傷付ける事を一度良しとした人だった。それも“四天王”なんて呼ばれるこの地方の頂点を知っている男が……。

 

 そんな人に……俺は教わっていいのか?一緒にいて、俺は……何も思わないのか?

 

 

 

「アニキ……流石に今回ばっかは……——」

 

 

 

 それはタイキも同じだった。その顔は動揺しつつも、取るべき選択は決まっているという顔つきだった。

 

 俺以上にポケモンと接してきたタイキだ。その彼が、これ以上この人と関わるべきじゃないと思ったのならそうなのだろう。

 

 俺たちトレーナーはいつだって人を傷付ける“暴力装置”になり得る。法で縛ろうとも、その法はいつだって起こってしまった事態への対処法であり、未然に防ぐものとしては弱い。いつの時代も法律の脆弱性は変わらない。

 

 だから俺たち個人が背負っている責任は重いんだ。ルールを破ってでも成し遂げたい事がもしあったとしても、それで受ける被害は加害者と被害者だけに止まらなくなる。

 

 

 

(“対戦禁止区域”なんてものも、元は路上で突発的な対戦をして周囲の人に危害を加えてしまう人間が多かったせいで設けざるを得なくなったんだ。ルールが増えるのは、いつだって周りを考えられない人間が犯した結果に過ぎない……)

 

 

 

 当然俺も全部がそうだとは言わない。やむを得ない事情なんて、俺が想像できない事でいっぱいの世の中じゃ星の数ほどあるケースなんだろうけど……。

 

 あえてそうした人たちと関わり合いになる必要もないのだ。

 

 

 

「それも悪くねぇ。所詮俺も札付きだ。お前がいくら強くなれても、HLCが俺と一緒にいるお前も認めないと言えば……お前の夢は根っこから消える」

 

 

 

 そのリスクも、やはり重い。

 

 俺はそれを失うかもしれないという事に耐えられそうにない。夢を手放してしまったら……ヒメコの思いを今になって実感する。

 

 

 

「——だからってカゲツ。少し説明不足なんじゃないか?」

 

 

 

 重苦しい雰囲気のところに、低く響く声が差し込まれた。

 

 誰だと振り返ると、そこには黒いエプロンをした白髪の男が立っていた。

 

 見覚えはある……確か俺たちがカゲツさんを訪ねた先の店長さん……?

 

 

 

「マスター⁉︎なんでこんなとこに……」

 

「テッセンさんから連絡を受けてな。店仕舞いをするのに少し時間がかかったが……なるほど、呼ばれた理由がわかりましたよ」

 

「ふむ……すまんな。急な呼び立てじゃというのに」

 

 

 

 どうやらテッセンさんの根回しの様だ。

 

 おそらくこの店長……純喫茶『歌声』のマスターはカゲツさんの過去を知っている。となると、多くを語らないカゲツさんの代わりということなのだろう。

 

 テッセンさんもカゲツさんの扱いに長けた人物を寄越したというところか。

 

 

 

「おいマスター!余計な事言うつもりじゃねぇだろうな?」

 

「必要な事——だろ?お前が素直に話さないから、代わりに私が出張る事になったんだ」

 

「あんたに関係ねぇだろッ⁉︎」

 

「そうだ。そこの未来ある若者に関係がある話だ」

 

「………!」

 

 

 

 カゲツさんが噛み付くのに対して、力強い語気と視線で応じるマスター。その気迫に、あのカゲツさんが押し黙った。

 

 いや、黙ったのはその言葉に少なからず思うところがあったからか?

 

 

 

「……出来ればお前の口から聞きたい。カゲツ。この子達に教えてやってくれないか?お前が何を思って何をして、今こんな立場に甘んじているのかを」

 

 

 

 優しい気持ちが、きっとその言葉に含まれていた。

 

 マスターの視線は、少し悲しそうで、それでも笑いかけるような感じだった。

 

 黙っているカゲツさん。まだその話をする踏ん切りがつかないのか、視線を泳がせる様子は、これまで見てきた師の様子からは想像もできないほど動揺している事がわかる。

 

 

 

(そっか……この人にもあるんだ……)

 

 

 

 強さを知っているこの人も、俺やみんなと同じであるもの……話したくない——話すべきじゃないと思える様な事が……。

 

 もしそうなら、この人の秘密主義ぶりもそこに由来するのかもしれない。でもだとするなら、俺はとんでもない大馬鹿だ。

 

 

 

「——話さないって事は……そんだけ俺らのこと大事に見てくれてたって事だろ」

 

 

 

 誰にも聞こえない声で、俺は絞り出す様に呟く。

 

 一歩前に踏み出して、俺は迷う彼の前に立つ。

 

 

 

「俺からもお願いします。カゲツさんに何があったのか……頼むよ師匠」

 

 

 

 

 どんな事情があったのか……知らないではもういられない。

 

 もう関わってしまった俺は、この人の暗く深く根差しているそれに、触れざるを得ない。

 

 カゲツという男を、俺は知りたい。

 

 

 

 

 

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人を傷つけた理由は……彼の胸の中に——。

今日くらいは翡翠メモいりますね。ではでは。



〜翡翠メモ 27〜

重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)

ポケモンを飼育、調教、使役などの最中に意図的、または過失によって他者に対して重大な損失を与えた場合、その当人に課せられる刑罰対象者のこと。極めて重い罪が赤く表現されることからこの名が付いたとされている。

登録されているトレーナーズIDの更迭、ホウエン地方での活動制限、街間の移動の制限、HLCによる監視体制を敷かれる事になる。

その関係で多くの仕事にも『問題あり』として敬遠されるゆえに、実質的に社会的死を意味するものとなる。手続きを踏んで、他地方に流れる者がほとんどだ。

公になった人物に、大きな役職を担当していたトレーナーの名はないが……



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第113話 在りし日の四天王


昨日初めてに近いレンタルパーティーを借りたSVランクマッチに潜りました!お借りした鳥パーティが素敵過ぎてめちゃめちゃ楽しんだw

お気に入りはアシパメインのクエスパトラ。




 

 

 

 十年前——サイユウリーグ本部。

 

 

「——弱ぇ」

 

 

 

 弱ぇ……弱ぇ弱ぇ弱ぇ……‼︎

 

 

 

「そんな攻めで四天王に挑もうなんざ100年早ぇんだよッ‼︎」

 

 

 

 そう言って、緋色の髪を撫で上げた男は最後の命令を下す。トレーナーとして最高峰とまで称される彼に、仕留め損なうわけがなかった。

 

 

 

 『襲逆者(レイダー)』——。

 

 

 

 ホウエン最強の“四天王”。その最先鋒で戦う彼の二つ名だ。

 

 無限と称されるほどの手段と最適解を迅速に導き出す判断力。そこから繰り出される後の先を取るスタイルからそう呼ばれる様になった男。

 

 四天王のカゲツとは、彼のことだ。

 

 

 

「——出直してきな。ヒヨッコ」

 

 

 

 彼に敗北し、膝をつくトレーナーを仁王立ちで見下ろすカゲツ。

 

 圧倒的な力の前に屈して、挑む前の自信が消し飛んだ若きトレーナーの瞳には恐れと悔しさが染み込んだ涙が溢れる。そうして堪らなくなったトレーナーが、逃げるようにその場を去る……彼には見慣れた光景だった。

 

 

 

(泣くくらいならもっと強くなってから挑めってんだ……)

 

 

 

 心の中で少しだけ悪態をつくと、カゲツは最後に決めてくれた相棒の元に歩み寄る。

 

 緑の葉が扇状になっている手のひらを持つ、白い体毛と幹のような体色を持つポケモン——“ダーテング”を労う。

 

 

 

「今日もよくやった。ああいう甘ちゃんを追い返すのにも板についてきたな……ダーテング(カラス)

 

 

 

 そう言われて怖い顔つきの割に快活に笑うダーテングことカラスは、嬉しくなって飛び跳ねる。落ち着きがないのが性格のようだ。

 

 

 

「——それにしたってちっとはあたしたちにも回して欲しいんですけどー?」

 

 

 

 少女の声が部屋の奥から聞こえてきて、カゲツたちが振り向くと、重い扉の向こうから四人の影が現れた。

 

 その内の一人——青いフラダンサーのような見た目に、浅黒い肌。頭に特徴的なハイビスカスの花飾りをつけた少女『亡南姫(パラノマラー)フヨウ』——がカゲツに向かって毒づく。

 

 

 

「今日も一人も通さなかったでしょー?待ってるだけってほんっっっとつまんないんだからねー?」

 

「うるせぇな。そんなに待つのが嫌なら俺と代わりゃいいだろ?」

 

「えー?それは逆に忙し過ぎー。今日だけで100人くらいと戦ったんでしょー?」

 

「117人だ。こんくらいで音をあげるなんてお前それでも四天王かー?」

 

「あたしは頑張り過ぎないくらいがチョードいいんですー。むしろカゲツの方が真面目過ぎ」

 

 

 

 フヨウとカゲツがやいのやいのとやり合っていると、後ろに控えている者たちも続いた。

 

 

 

「わたくしとしては興醒めするようなトレーナーが来ないのでいいのですけれど。先鋒ごとき突破できない者など来られるだけ迷惑です」

 

「おいそりゃ俺がその“先鋒ごとき”ってことわかって言ってんのか?喧嘩なら喜んで買うぜ?」

 

「まぁ。はしたない」

 

 

 

 青筋を浮かべたカゲツが噛み付くのは四天王のひとり——金の糸でおられた反物のような金髪、西洋の貴婦人といった出立の女性『絶氷華(アブソリュート)プリム』——だ。

 

 その物言いに腹を立てるカゲツを軽くあしらう様子からも、彼の扱いには慣れているといった風だった。

 

 そこに割って入ったのは、白いシャツにサスペンダー姿という素朴な格好をした少年だった。その姿とは裏腹に、史上最年少でチャンピオンの地位に座った怪物と呼ばれる——『純鉄(すみがね)のダイゴ』だ。

 

 

 

「まぁまぁカゲツさん。たくさんバトルできて楽しかったんでしょ?そんな腹を立てないでよ」

 

「へっ。歯応えねぇのに楽しいもくそもあるかよ」

 

「そんなこと言ってー。ほんとは腕を磨いたトレーナーたちと戦えるのが嬉しいんでしょー?」

 

「ボコボコにしてやってるけどなアッハッハッ‼︎」

 

 

 

 自慢げに大笑いするカゲツを見て、ダイゴも満足げに笑う。

 

 

 

「いいなぁー。ボクこそカゲツさんと代わりたいよー」

 

「無茶言わないでよダイゴ君。みーんな君目当てで挑んで来てるんだからさ?」

 

「だよねーアハハ……」

 

 

 

 フヨウによってダイゴの願いは却下される。本人もまさか叶うとは思っていない様で、冗談だよと一言付け足していた。

 

 

 

「まぁテメェらはそうやって穀潰ししてろよ。俺が挑戦者(えもの)全部掻っ攫ってやるからよー♪」

 

「ひっどーい!あたしもやっぱバトルするー!」

 

「お?なんなら先鋒の座を賭けてバトルでもすっか?」

 

「やめてくださる?四天王クラスのバトルはコートの修繕費がバカにならないんですから」

 

 

 

 燃え上がりそうな戦闘熱に冷凍ビームよろしくの一喝で互いは『ちぇっ』と呟いて矛を収める。

 

 

 

「まぁいいや。流石に俺様も疲れたし、今日は飯食って帰るか」

 

「あ。こないだ良いラーメン屋見つけたんだ〜♪一緒に行こ?」

 

「ざけんなテメェこないだそう言って俺に全部奢らせてトンズラしただろうが!」

 

「男がケチケチしないのー」

 

「ラーメンですか。わたくしまだホウエン(こちら)に来て食べてませんでしたわ」

 

「プリムも来んのかよ⁉︎」

 

 

 

 なんだかんだと言いながら、仲良く夕食を共にする計画が着々と進む。その輪に入ろうと、ダイゴも駆け寄ろうとするところ——

 

 

 

「……緩いな」

 

 

 

 重く響く声——。

 

 その主は別に殺気立っているわけではない。だが歴戦の風格だけで破格のプレッシャーを自然と放ってしまう男——随分と古びれたロングコートを地肌にそのまま着せた野生味溢れる出立、目深に被った船の船長帽子が特徴的なその男は、ダイゴに向かってその一言をかけていた。

 

 『竜皇(ドラゴン)ゲンジ』——チャンピオンを除き、最強と呼び声の高い老兵だ。

 

 

 

「ゲンジさん?一緒にラーメン行かないんですか?」

 

「行かん。馴れ合いは好みではないからな」

 

「そうですか……行きたくなったら遠慮なく言ってくださいよ?」

 

「……いつから四天王は馴れ合うだけの関係となったのか」

 

 

 

 ため息混じりに出たその落胆を聞いて、ダイゴはゲンジと向き合う。彼の気持ちに、何か気付いた風だった。

 

 それでもダイゴは聞き出すわけじゃなく、ゲンジの瞳を見つめて、その奥にある何かを見つけようとする。それに堪らずゲンジはまたため息をつく。

 

 

 

「……以前は()()も戦場だった。たまたま残ったワシと戦いに赴いたお主らとで作られた仮の四天王。かつての殺伐さと血の滾る闘争はもう無い。後は純然とあった闘争の血がゆるりと腐るのを待つだけだ」

 

 

 

 彼の言葉聞いて、ダイゴは少しだけその瞳孔を揺らす。そして彼は笑った。

 

 

 

「——それでもいいんじゃないでしょうか」

 

 

 

 ダイゴは言う。もうそんな時代は終わったのだと。

 

 

 

「強さは……戦場で生き残れる能力だけじゃないでしょう?自然の中で、社会の中で、人とポケモンの間で……そうして色んな種類の強さが育まれて行くんです。だからゲンジさん、がっかりしないで。僕らは強くあることをやめたりしないから」

 

「……小童め」

 

 

 

 ゲンジもその回答に満足するような笑みを浮かべる。試したわけではなかったが、それでも自分を超えた少年の言葉に改めて信頼を置いた。

 

 彼は言う。強さは腐ったりしないと。

 

 ただその在り方が変わるだけだ——と。

 

 

 

「——手始めにこのホウエンで育まれた料理人の強さが追求した……ご飯について興味はありませんか?」

 

 

 

 小憎らしい笑顔で差し伸べる手を見て、ゲンジは目を丸くする。その意図を少し考えて、老人は自嘲気味に笑うのだった。

 

 

 

「……あまりしつこい味は好かん。さっぱりとしたものを教えてくれ」

 

「アハハ。中華であるかなー?」

 

「おーい。二人は行かないのー?」

 

 

 

 先を歩くフヨウが遠いところから呼んでいた。ダイゴはすぐ行くと返事して、ゲンジの手を勝手に掴む。驚いた様子のゲンジは手を引かれる事に抵抗を感じるが、結局はなすがままに一団へと連れて行かれる。

 

 ——いつの間にか、手を引かれる側になってしまったなと、それこそ自嘲して……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『二千年戦争』と呼ばれた戦いがあった。

 

 暦が2000年に達した頃より、ホウエン全土に出現した“流星の民”を名乗る人間たちが声明を出し始めた。

 

 

 

——暦を数えて二千年!今日この日!我々は空からの裁きが降ることを知らせる!

 

 

 

 この声明は当時のホウエン政府に送られたものが原文となっている。政府がこの件に取り合わなかった事をきっかけに、彼らは密かに蓄えていた戦力をもって一斉蜂起に出た。

 

 その戦いでは多くの血が流れ、終結に至り、多くの月日が流れても、人々の心にはその傷が深く残っていた。

 

 その戦争の終結に大きく貢献したのが、彼ら“四天王”と“英雄ダイゴ”だった。

 

 彼らの抱く信念は異なっていたが、その信念の元動く行動力と、圧倒的な強さという点で共通していた。

 

 そして戦争が激化する中で引き合わさり、遂に戦争を終結させるに至った。

 

 その活躍は、今も語種である。

 

 

 

「——それで!その時に助けてくれたのがカゲツさん!あなただったんです‼︎」

 

 

 

 それら英雄譚を語り上げるのは、カゲツに挑み、敗れたばかりの少女だった。

 

 艶やかな黒髪を揺らして、興奮気味にカゲツ自身にその話を聞かせていた。半ば強制的に。

 

 

 

「だぁぁぁうるせぇな!どうしても聞いてくれって言うから黙ってりゃ、そんなもん俺様の事なんだから知ってるに決まってんだろッ‼︎」

 

「だって、カゲツさんが私を助けてくれた事忘れてるのがいけないんですよ⁉︎だからこうして懇切丁寧に時系列を追って——」

 

「余計なお世話だ!覚えてないもんは覚えてないッ‼︎」

 

「こんな超絶美少女忘れたって言うんですかぁ⁉︎」

 

「自分で言うなッ‼︎」

 

 

 

 ギャイギャイとやかましく言い合いになるこの少女は、ここに来たのが初めてではない。

 

 もう四天王に挑み続けて10回は超えているチャンレンジャーだ。いまだにカゲツを越すに至ってはいないが……。

 

 

 

「毎回毎回同じ事を飽きもせず言いやがって……そんな事に気ぃやるくらいならさっさと帰ってトレーニングしたらどうよ?何度も俺様に負けて情けなくねぇーのか?」

 

「勝ちたいですよそりゃ!でもカゲツさんが強いのがいけないんです!やっぱりあの日の英雄を超えるのは並大抵の努力じゃいきませんねー」

 

「並大抵……ね」

 

 

 

 カゲツはそう言いながら、彼女の手を見る。

 

 可憐な容姿に似つかわしく無い大きめの指空きのグローブ。そこから覗かせるテーピングだらけの指や手首、おそらく生傷を隠すために長い丈の服を着ているであろう体を見て、その努力のタカを測る。

 

 

 

「……ま、俺に負けて自信無くしてさっさと辞めちまうトレーナーに比べりゃ、お前は根性あるんだろうな」

 

「ほ、ほんと⁉︎」

 

「調子乗んな!勝てなきゃ挑む意味もないんだからな!」

 

「あいた!」

 

 

 

 少し褒めるだけでパァと笑顔を咲かせる少女の額にデコピンをするカゲツ。不服そうに弾かれた場所をさする少女を置いてカゲツはその場を去るのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——前の四天王様たちは二千年戦争でほとんど引退まで追い込まれちゃって、今の人たちにほとんど総入れ替えになっちゃったけど、私は今の四天王大好きなんですよねー♪」

 

「だから。なんでまた俺にそんな話すんだ」

 

 

 

 相変わらずその少女はカゲツに挑んでは敗北を喫し、反省と称して四天王との歓談にかこつけるのであった。カゲツも半ば諦めた気持ちで話を聞くのである。

 

 

 

「昔の四天王たちってそりゃカッコよかったですけど、なんていうかシキタリ?とか風習とか……とにかく近寄りがたかったから」

 

「俺らのことは舐めても問題ねーって言い草だな?」

 

「違いますよ!純粋にバトルを挑むのに、不純物みたいなの?そういう気持ちを抱かなくていいっていうか……とにかく戦うってなったらそれだけに集中できるっていうか……」

 

「へいへい。わーってるよ」

 

 

 

 カゲツもこれだけ挑まれれば、彼女の気持ちも理解できる。

 

 彼女は純粋にバトルを楽しんでいる。その中にある苦悶や挫折も織り込まれているため、ただそれだけというわけでもないが、根本となる原動力、楽しむ気持ちを忘れてはいなかった。

 

 強敵に挑む高揚感を、変わり映えのしない相手との戦いで一度も忘れてはいない。それはある意味、この少女の個性だった。

 

 でもだからこそ、カゲツは見抜いている。

 

 

 

「——だがいい加減、お前も勝たなきゃいけねーんじゃねぇか?」

 

「え……?」

 

 

 

 その言葉は少女の確信を突いていた。

 

 具体的に何を言われているのかわかっているわけじゃない。それでも、全く見当がついていないわけでもない。

 

 カゲツの目はその揺らぎを見逃さなかった。

 

 

 

「お前はいつも俺の強さばかりに目を止めてる。相手の強みを理解するのはバトルにおける基本だ。だがな、お前は俺の弱みを知ってて突いてきてない。俺の強みに真っ向からぶつかって来てる。それじゃあと何万回やっても俺は越せない」

 

「うっ……で、でも!」

 

 

 

 少女が抵抗しようとするが、今日のカゲツはそれを許さない。何を言おうとしているのか大体わかるからだ。

 

 

 

「どうせ『そんなカゲツさんの強みを超えるために頑張ってる』とか抜かすんだろ?バカじゃねーの?」

 

「なっ——」

 

「俺を倒す気がねぇーならさっさと帰れ。お前、ここに挑むだけの理由があって頑張ってんだろ?」

 

 

 

 それは少女がリーグ制覇を掲げる根本だった。彼女に限らず、ここに来る者は皆が飢えている。足りない何かを求めてここに来る者たちは決まって諦めが悪いのが常だった。

 

 彼女には……5人の猛者を退けて成したいことがあったのだ。

 

 

 

「私は……それでも——」

 

「あの戦争の後だ。それこそ言えたもんじゃねぇ暗い話の一つや二つあったって不思議じゃねぇ。その問題解決に『殿堂入り』がどんだけの足しになんのか知らねーが、立ち止まってる場合じゃねーんじゃねぇのか?」

 

 

 

 それ故にカゲツは言う。

 

 

 

「いいか。“勝ちたい”じゃねぇ。“勝つ”んだ。それこそ死に物狂いでな。俺たち全員に勝つなんてのは常人にできることじゃねぇ。俺たちは長いトレーナー人生の中で、それぞれバトルにひとつの答えを出してる奴ばっかりだ」

 

 

 

 ある者は生きる目的そのもの。

 

 ある者は存在価値の証明。

 

 ある者は言葉ではなし得ない対話。

 

 ある者は……——

 

 

 

 積み重なって出来た闘争の歴史に名を刻む程の覚悟がそのバトルに向かう姿勢に表れている。それを超えると言うことは、その人間もまた、己の答えを出した者という事になる。

 

 『殿堂入り』とは、その者たちの名を連ねた覚醒者たちの記録だった。

 

 

 

「挑むにゃお前は俺に憧れ過ぎてる。俺を喰って上に行くんだろ?そんな気持ちはもう捨てろ……」

 

 

 

 それは彼女にとってはある種の決別だ。

 

 救ってくれた恩人であり、超えたい目標であり、話を聞いてくれる友人への……——

 

 

 

「俺を失望させんなよ」

 

 

 

 その言葉が、彼女を突き動かすに至った。

 

 超えられる——お前ならできると言われた気がしたからだった。

 

 他でも無い、カゲツ自身の口から。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——やった…………?」

 

 

 

 激戦の爪痕がコートに刻まれている。

 

 死力を尽くしたのは彼女だけではない。今回ばかりはカゲツも本気だった。

 

 今までと違い、カゲツを徹底的に研究し尽くした彼女のトレーナーとしての強さは別格だった。できることは全て行い、必ず勝てると自信を抱いてかかってきた。

 

 それでも——もしこれで超えられなければ……そんな思いが彼女を覚醒させるに至った。

 

 カゲツの応戦に間違いはなかった。

 

 純粋に、彼女とポケモンたちの実力が勝った瞬間が目の前にはあったのだ。

 

 

 

「やったァァァあああ!!!」

 

 

 

 それは突然にして必然の覚醒。

 

 カゲツは負けた悔しさを少しだけ飲み込んで、それでも笑っていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ぐやじぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 その日の夜はカゲツの奢りで二人で夕飯をとっていた。

 

 カゲツに勝利した後、続けて戦った四天王フヨウとのバトルでは惨敗だった。

 

 

 

「ありゃ酷かったな。俺とのバトルで精魂尽き果ててたろ?判断も指示もグッダグダ。あれに負けたんかと思うと嘆かわしいぜ」

 

「慰めてくださいよ!カゲツさんのバカッ‼︎」

 

 

 

 そんな悪態をつきはするが、今日は一応初勝利祝いのつもりでカゲツの方から提案されてこの会は開かれていた。

 

 大衆食堂の一角という中々に庶民感あふれるものだったが、カゲツとしてもこういう場所が性に合っているという事でささやかながら彼女を労っている。

 

 

 

「ま。とりあえずお疲れさん。次はもっと容赦しねーからな」

 

「そっか……またカゲツさんとは戦えるんだ」

 

 

 

 あの一回が最後……そんな覚悟もして望んだ四天王戦だったが、有資格者とカゲツから太鼓判を貰った以上は今後も挑み続けられるということになる。

 

 その事を再認識きて、彼女はだらしなく笑うのだった。

 

 

 

「うわっ気持ち悪いな!なんだその変な笑い方」

 

「へへへへへ。だって嬉しいんだもん……」

 

 

 

 一応アルコールじゃないよなこれ?と彼女が持つソフトドリンクの入ったジョッキを匂って確認するが、その心配はないようだった。これがいわゆる場酔いというやつだろうかと呆れていた。

 

 

 

「——わたしの両親は……蜂起組だったんです」

 

「…………は?」

 

 

 

 それは突然の独白だった。

 

 思わず手にあった串カツを手放してしまうほどの衝撃をカゲツに与えたのだった。

 

 

 

「別に流星の民ってわけじゃなかった。でもお父さんもお母さんも……その人たちの言ってる事に耳を貸して、私もその蜂起に加わるように強制してきた」

 

 

 

 その話は数年前に終結した二千年戦争の爪痕そのものだった。

 

 あの戦争でホウエン政府と対立したのは流星の民だけではない。その言葉に感化された暴徒たちも含めれば、その数は夥しいものになっていた。

 

 結果ホウエン政府のお抱えだったトレーナーや四天王、その機能全てに大打撃が加わり、現在も政府の機能は微々たるものしか発揮されていないのが現状だった。

 

 

 

「私にはその時何が正しかったのかはわかんなかった。でも絶対あんな戦争を起こしていい筈はなかった。だから止めたの……目を覚ましてって——」

 

 

 

 しかし……必死の娘の訴えは最悪の結果を招いた。

 

 

 

「私はお父さんたちに家に閉じ込められた。何度も私を叩いて『お前は世界がどうなってもいいのか。目を覚ますのはお前だ』って——私が戦争に加わるようになるまで、ずっと……」

 

 

 

 与えられた苦痛を思い出しているのか、彼女は膝を抱いて語る。身体は震えていないが、その目の揺らぎにカゲツは鋭敏に反応していた。

 

 

 

「何度も叩かれると、私の方が悪いことしてる気がして、もうお父さんの言う事を聞いた方がいいのかなって思ってた。そんな時にカゲツさんが来てくれたの」

 

「そうか……お前、あの時の……——」

 

 

 

 

 カゲツはようやく目の前の少女が誰なのかを思い出した。

 

 流星の民の拠点とされていたハジツゲタウンの民家のひとつで、誰かが誰かを激しく打つ音を彼は覚えている。

 

 何故そんな事を……そう思考が及ぶより先に、小さな子供に手をあげる男と何もせずに見ていた女への憎悪が優った。

 

 二人をポケモンで打ち叩き、拘束。ボロ雑巾のようになった少女の保護に至った。

 

 

 

「……あれ、お前の親だったんだな」

 

「もう親だなんて思ってないよ……結局その後あの人たちがどうなったのかなんて知らないしね」

 

 

 

 吐き捨てるように言う少女を見て、カゲツにも思うところがあった。

 

 『親だなんて思ってない』——かつては愛情を受けた事を覚えているこの子にとっては、そうでも思わないとやってられないのだろうと。

 

 

 

「でも、周りの人たちはそうは思ってくれなかった。私の事を……流星の残党だって……」

 

 

 

 彼女の両親を知る人間からの迫害があったことは想像に難く無い。

 

 そしてカゲツは思う。そうか……だからリーグ制覇を目標に……——

 

 

 

「四天王制覇……殿堂入りはそんな人たちの、私への見方を変えてくれると思うの。もう暴徒の娘じゃない。頑張り屋さんの可愛い女の子にしてくれる気がするの」

 

 

 

 生半可な覚悟ではないのはわかっていた。この年頃のトレーナーがそもそもバッジ8個全てを集め、自分と戦うと言う事自体普通じゃ無い。いないわけでは無いが、そのすべてのトレーナーの背景には例外なく並々ならない決意が掲げられている。

 

 彼女の語るものは、夢と呼ぶにはあまりにも生々しかった。

 

 

 

「だから……勝ちたかったな……」

 

 

 

 さっきとは違う。

 

 本気で挑んで敗れ、将来に不安を抱く彼女の涙は、カゲツすら想像を絶する重圧の表れだった。

 

 言ってやりたかった。

 

 世間の目など気にするな——と。

 

 それでも軽々しくそんな事は言えなかった。目の前の彼女は、その世間の目を真正面から受け続けてきたトレーナーなのだから。

 

 

 

「……やりゃできるとは言わねーけどよ」

 

 

 

 だから、せめてカゲツは応援する事にした。

 

 今後も手を抜くつもりもない。それはここまで頑張って来たこの子に対する侮辱以外の何者でもないから。

 

 でも、その気概を……今日ライバルとなったこの少女の将来が少しでも明るくなると願って——

 

 

 

「お前の努力が何の意味もないなんてあるはずねぇだろ。例え望んだ結果にはならなくても、何かが変わる——少なくとも俺にはそんだけの力があると思うぜ。お前の夢には」

 

 

 

 人並みなことしか言えないと、心の中で自分の不甲斐なさを呪う。

 

 そんな事露ほども思っていない彼女には知る由もない事だったが。

 

 

 

「……ありがとう。カゲツさん」

 

 

 

 その時笑った顔を、カゲツは今も覚えている。

 

 もうそこに悲壮感はなかった。

 

 自分なんかの言葉で、不安なんて消し飛んだように笑うあの子の顔を……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちはカゲツさんの話を聞くために純喫茶『歌声』で腰を落ち着けていた。

 

 本来営業中のこの場所を店仕舞いにして俺たちに提供してくれたマスターは、俺たちのコーヒーを入れてくれた後は店の掃除に明け暮れている。

 

 そして、そこまで話をしてカゲツさんは一服すると言って席を外した。

 

 それらの過去を聞いて、俺は唖然とする。

 

 

 

「昔……そんなことが……」

 

「アニキが知らないのも無理ないッスよ。俺も授業でしか聞いたことない話だし」

 

 

 

 タイキもホウエンの歴史についてはそこまで知らないと言う。多分今の子供たちにはあまり語られていないことなんだろう。

 

 内戦っていったらいいのか……とにかく、俺たちが立ってるこの世界が、そんなに綺麗な土壌ではないってことがわかった。

 

 

 

「二千年戦争、流星の民……お主らが知らんのは、まだワシら大人もその痛みを受け入れきれとらんせいなのかのう。事実を語れるほど、当時のことを正確に知っとる者の方が少ないというのもある。いずれにせよ、それほどの戦いじゃったんじゃよ」

 

 

 

 正しい歴史を伝えるのは、その闇も同時に伝えると言う事。そしてそれら全てと向き合って……今口を開ける者はさらに限られる。

 

 俺の聞いたこれらの事は、もう俺の頭の中で整理できるような代物じゃなかった。

 

 それでも理解しようと努めるが、やはり疑問は残る。

 

 

 

「カゲツさんは……その女の子とその後どうなったんですか?」

 

 

 

 たまらず俺は大人たちに問う。

 

 きっと帰ってきたカゲツさんが話してはくれると思うのだが、それを待ちきれない自分がいる。

 

 言いようのない不安というか……今の話だけではカゲツさんがどうして“重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)”に指定されてしまったのかに繋がらない。

 

 いや、或いは俺も気付いていたのかもしれない。この後の展開に、薄々その思考が及びつつあった。

 

 しかしやはりというか。テッセンさんもマスターも答えはしない。

 

 

 

「——彼奴のことを少し待ってやってくれんか」

 

 

 

 テッセンさんの言葉で、その事情はすぐに察しがついた。

 

 一服に行ったカゲツさんは、きっと戻るまでもう少しかかる。この先を話すことを……過去を掘り起こすことに躊躇っているんだ。

 

 その勇気を搾り出そうとして……今気持ちを整理しているんだと思う。

 

 

 

「カゲツさん……」

 

 

 

 静寂に包まれた店内に、その名が寂しくこだました……。

 

 

 

 

 

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明かされたのは“最強”の過去。その後は——。

すいません。唐突にゲキ重です。この辺の設定故にR15指定にさせていただきましたって感じで……。今回で全部書き切れるかと思ったら既に10,000文字近かったので続きは次回。胸焼けがすごい……。

〜翡翠メモ 28〜

『四天王』

旧体制のホウエン地方にあった最強のトレーナー4人で構成された、当時トレーナーにとって最も栄誉あるとされる殿堂入りを阻む門番。ホウエン各地にあるジムバッジ8個を持つことで彼らに挑むことが可能になり、彼らに勝ち、さらに殿堂入り者の中から運営委員会に選ばれたトレーナーである“チャンピオン”を倒すことで初めて殿堂入りとされる。

しかし“二千年戦争”に駆り出された四天王のうち、ゲンジを除きチャンピオンを含む四人のトレーナーはその時の打撃によって役職を降りてしまい、代わりにその戦争で英雄とされるまでに至ったトレーナーが四天王とチャンピオンに据えられる事になる。

急造の四天王とチャンピオンの在り方ではあったが、最後にして最強とまで呼ばれるほどのレベルであり、先鋒を務める襲逆者(レイダー)すら突破困難となっていた。



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第114話 雨、怒り、旅立ち


友人からハマチをまるまる1匹送ってもらった。
現在捌き方から検討中。




 

 

 

 俺はポケモンバトルが好きだ。

 

 俺はこの腕っぷし以外に何もない。

 

 俺を生かしているのがバトルだ。

 

 唯一肯定してくれるこの戦場。

 

 四天王なんて呼ばれなければ、ただの悪党の俺。

 

 だから……——

 

 

 

 ——バトルを好きな奴の事が、好きなんだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——俺の聞き間違いなら悪いな……もういっぺん言ってくれよ?」

 

 

 

 四天王戦はいつも5人全員が揃ったミーティングを行ってから取り掛かる。

 

 今日も彼らは一日のスケジュールと昨日までのトレーナーやポケモンのデータ照会をして、いつものようにその業務を卒なくこなすつもりだった。

 

 その場を凍り付かせる一言を、英雄の口から発せられるまでは。

 

 

 

「聞き間違いなんかじゃないよ。カゲツさん。形骸化したホウエン政府は立て直しを図るために組織を1から作り直す方針を打ち立てた。その手始めに、“四天王制度”は廃止にすることが決まったんだ」

 

 

 

 二千年戦争によって深刻なダメージを負った地方全域とホウエン政府。その立て直しは急務と言われていた。

 

 とりわけ問題となっていたのはトレーナーの素行だ。治安維持組織の人手不足により、各地では流血事件が絶えず発生している。

 

 その背景に、“強さこそ全て”——と言わんばかりの難易度を誇る四天王制度は、それを助長するものとして度々議題に上がっていた。

 

 

 

「決まったってなんだそりゃ……俺らに一言も相談なしにかよ⁉︎」

 

「んー。あたしもそれは思うなー。なんでダイゴくんがそれをOKにしたのかもわかんないけど」

 

「チャンピオンは貴方です……しかし、ここにいる全員は、元は貴方が集めた人選だと記憶にあるのですが……?」

 

 

 

 不満があるのはカゲツだけではなかった。

 

 二千年戦争の後、背中を預け合うことさえしたこの場のトレーナー達。それを集め、再びトレーナーの最高峰として君臨し、ホウエンのトレーナーたちの指標になる——そう言って集めたのが四天王だったからだ。

 

 

 

「相談もしなかったのは……謝るよ。ごめん。僕が言い出した事を途中で投げ出すようで悪いんだけど……」

 

「んな事ぁどうでもいいんだよ!わかってんのか?俺らは元より、ここに挑みにくる奴はみんなお前を倒すために今も馬鹿みたいにトレーニングに明け暮れてんだぞ⁉︎」

 

 

 

 カゲツの言葉の中に、当然ながら彼女の事は考慮されている。

 

 それだけじゃない。最も多くのトレーナーと戦って来たカゲツには、この決定は承服できるものではないのだ。

 

 若い才能を全て注ぎ込んで、血の滲むような鍛錬の果てに……何もないかもしれないという不安と闘いながら、ここに来るトレーナーは、誰もが並々ならない決意を抱いてやってくる。

 

 もし四天王制度がなくなれば、彼らのその思いに対する裏切りとなるとカゲツは考えていた。

 

 

 

「わかってる……だから四天王制度に代わる新しいトレーナーたちの祭典も考えている。四天王制度は僕らもチャレンジャーにも過酷過ぎるという評価に回答しなきゃならないから、幾分か格式は落ちるものになるかもだけど……」

 

「ふざけんなッ‼︎要は『殿堂入りはないことにします』って言ってるようなもんだろうが!その名前の価値を知ってたから、四天王復活させたんじゃないのかよお前⁉︎」

 

 

 

 殿堂入り——。

 

 そこに記録されているトレーナーは、その功績と戦う姿を見た者にとっては、決して消えない強烈な印象を与えている。誰もがその名を称え、その者の存在を認める。

 

 それが必要な人間がいることを、カゲツは知っている。

 

 

 

「……もちろんわかってるよ。でも四天王は、今や暴力を助長しているんだ。ここに挑む為に皆の血の気が多くなっている。戦う事が日常だったあの戦争を一番引きずらせてしまってる……僕の浅はかな思い付きが、笑って暮らせるはずの人たちを傷つけているんだ」

 

 

 

 ダイゴが四天王を集めたのは、暗く沈んだ人たちに、もう一度人やポケモンの在り方を思い出してもらう為——そう言っていたのを四天王は思い出していた。

 

 ポケモンと人が互いを支え合い、高め合い、困難な壁を破る様は、今大きな壁にぶち当たっているホウエンにとって生きる原動力になる。

 

 チャンピオンまで辿り着いたトレーナーの勇姿は世界中に放送される。それを見た人たちに大きな夢を与えられると信じて来た。

 

 でも……純粋なダイゴにとって、そのデメリットは余りにも大き過ぎるものだった。

 

 

 

「……前から打診はあった。それはみんなも知っている通りだ。『多くのトレーナーを暴徒にしているのは四天王だ』——最初はそんな事はないって役人にも伝えた。僕らは多くの人の幸せのために四天王になったんだって——でも、みんなはそうは思ってくれなかった」

 

 

 

 多くのトレーナーは、そんな自分たちに勝つために何でもする。その『なんでも』が、どんどん過激になっていっている。

 

 こんな時代だ。成り上がって人生を逆転できるなら……そう思って人は時に倫理を捨てる。

 

 それを矯正することの難しさをダイゴは知ったのだった。

 

 

 

「だからって……いきなり……」

 

「次の月には公式の発表がある。挑戦の予約分が今日までのは受け付けているから、実質的に活動できるのは今月が最後だ……みんなに言うのが遅くなったこと、改めて申し訳ない」

 

「…………くそッ‼︎」

 

 

 

 カゲツは思い切りくずかごを蹴り飛ばす。

 

 やり場のない怒りをダイゴには向けられない。彼の苦悩も決断も動機も……カゲツなりに理解できてしまうから。

 

 それを助長させていたのは、もしかしたら素行の悪い自分かもしれないと言う罪悪感も……あるから。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 チャレンジャーはまだ知らない。

 

 四天王という制度がもう終わってしまうと言うことを。

 

 彼らの夢は、本人達の力量に関わらず、潰えてしまうことを……——

 

 

 

「カゲツさーん!今日こそ殿堂入りして見せますからねー‼︎」

 

 

 

 いつもの少女の笑顔が、痛かった。

 

 カゲツには伝えられない。

 

 事実は伏せられ、口止めをされているから。

 

 目の前でひたむきに頑張る女の子に、誠意を示せない自分に吐き気さえもよおす。

 

 

 

「カゲツさん……?」

 

「悪い。さっさと済ませようぜ」

 

 

 

 少女は首を傾げるも、カゲツは真実を話さない。

 

 誤魔化すように始めた試合は、一方的に彼女の展開となり、カゲツは敗北した。

 

 

 

 ——過去最低の戦いだったと……彼はこのバトルを今も忘れてはいない。

 

 

 

 その後。

 

 彼女が殿堂入りすることは。

 

 

 

 遂になかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 納得したわけじゃない。

 

 それでもカゲツは飲み込むことにした。

 

 血の気が増えた皆を落ち着かせるべきだと言う決定に従った。

 

 四天王という眩しい光は、まだこの土地に生きる人にとっては刺激が強過ぎたのだ。

 

 だから飲み込む。

 

 ダイゴは考えなしじゃないと。

 

 きっとまた次の戦場はある。

 

 自分の価値をバトルで見出す場所を……作ることはできるだろう。

 

 

 

(あいつ一人ために……世界をまた血生臭くするわけにはいかねぇよな……)

 

 

 

 雨が降って来た。

 

 まるでカゲツ自身の心境を表すかのように。

 

 いや……もしかするとそれは他の誰かの……。

 

 そう思って、彼は元いた王座であるリーグ本部の宿舎から外を見下ろしていた。

 

 そこでその影を見るまでは——

 

 

 

「…………あいつ……?なんで⁉︎」

 

 

 

 既に四天王廃止の旨は全国に流布されている。当然彼女の耳にも入っているはずだ。

 

 なのに……どうしてここにいるのだと、カゲツは気付けば外に駆け出していた。

 

 

 

「おい……!」

 

 

 

 雨に濡れて、立ち尽くす彼女を見た。

 

 その姿はあまりにもみすぼらしく、艶やかなはずの髪までが鈍く沈んでいるように見えた。

 

 

 

(そうだよな……お前にとって、いきなり夢を取り上げられたみたいなもんだ)

 

 

 

 こうなる事はわかっていた。

 

 わかっていて何も言わなかったのが自分だと、カゲツは自己を責める。

 

 だけど自分も結局はその政策に抵抗しなかった。それだけの理由があるから。

 

 だから……もしこの子が来たら、その文言はずっと考えていたのだ。

 

 

 

「カゲツさん……あたし……」

 

 

 

 震える声……だったように感じる。

 

 それに踏み込んで何かを言うのを躊躇われた。カゲツには、こうした事は慣れてなかったから。

 

 ——と。ここで彼女の容姿の変化に気付く。

 

 

 

「……なんだよ。お前、目が悪かったのか?」

 

 

 

 黒いフレームの眼鏡をかけている事に気付いた。普段はコンタクトだったのか、そんな眼鏡はこれまでかけているところを見た事がない。

 

 それを指摘すると、彼女は笑って応じた。

 

 

 

「……へへ。似合う、かな?」

 

「前よりは……ちったぁ賢げにはみえるぜ」

 

 

 

 空元気なのはわかっている。

 

 だからこそ、カゲツもいつも通りの顔で、憎たらしい言葉で返す。

 

 乾いた笑いをした少女は黙る。その時間が、カゲツにはとても長く感じられた。

 

 風邪をひくから——そう言いかけた時、重く閉ざされた彼女の口が開く。

 

 

 

「……あの日、最後に戦ってくれた時、知ってたんですよね」

 

「…………ああ」

 

 

 

 それを聞いて、彼女が自分を罵倒するなら構わないと思った。真実を知って、これが最後だとわかっているなら——彼女にはあの日のバトルを侮辱した自分を責めるだけの理由がある。

 

 

 

「本気を出せなかったカゲツさんは……やっぱり優しいなぁ……」

 

「バカ言うな……俺ぁ最後くらい、もっと本気にやるべきだった……お前と四天王として戦うのが最後だってわかってたのに……俺は——」

 

「その気持ちだけで充分だよ」

 

 

 

 彼女はカゲツを責めたりしない。

 

 何度も戦った彼女には、カゲツの苦悩も見えていた。

 

 あの日……辛そうに戦う彼の姿を、今も覚えている。

 

 

 

「……新体制は、もちっと見られるトレーナーが増えるそうだ」

 

 

 

 カゲツは用意した文言を取り出す。

 

 全ては彼女を元気づけるために。

 

 

 

「今まで政府に登録されてたトレーナーは階級別にされて、その待遇とかを厚めにしてやるそうだ。そんな金どっから捻出すんのか知らねーけど、お前くらいの実力がありゃ、人の目にも止まる仕組みだ。そしたら俺とお前は、多分同格。リーグ戦で戦う日も——」

 

 

 

 つらつらの並べる言葉は、ただの言い訳だ——カゲツは自分を許せない。

 

 でも、それが目の前の少女のためになれば……そんな一心で、自分の本心に蓋をした。

 

 

 

「——HLC……でしたっけ?すごいですよね。1から全部立て直すなんて……ホント……」

 

「イケスカねぇけどな」

 

「こら。大人がそう言う事言わないでください」

 

 

 

 カゲツの言葉を叱る彼女は、少し大人びて見えた。

 

 大丈夫……きっとこの子はまた頑張れる。

 

 そう思わせてくれる姿に——

 

 

 そう思いたかっただけだった。

 

 

 

「——ごめん。私、カゲツさんとはもう、戦えないや」

 

 

 

 その言葉を理解するのに、カゲツは必死で何も言う事ができなかった。

 

 戦えない?どうしてそんな事を言う?——そして、無防備な脳に少女の言葉が刺さる。

 

 

 

「流星の民と……関与している可能性がね……ある人は……トレーナーとして……認められない……ってさ。IDの発行は……ダメだ……て」

 

 

 

 戦後の立て直し。

 

 そこに不穏分子は入れられない。

 

 これからの経済の中心となるポケモン産業に——

 

 

 

 彼女は要らなかった。

 

 

 

「バカだよねー。そりゃそうだって。みんな……怖いもん。誰がまた流星の民になるかわかんないんだし……少しでも関わってるかもって思われたら……証明する手立てなんてない」

 

「…………ぁ」

 

 

 

 カゲツは……言葉にならない息を吐く。

 

 何か言ってあげるはずだった。

 

 それで彼女が折れそうな心を持ち直して、歩いていけるだけの物を与えたくて……——

 

 それでも、何も言えない現実に気付いた。

 

 

 

「でもさ……じゃあ……わたし…………何のために……頑張って……きたのかな……?」

 

 

 

 かつて自分が言った事が、彼女を引き裂く。

 

 

 

——お前の努力が何の意味もないなんてあるはずねぇだろ。例え望んだ結果にはならなくても、何かが変わる

 

 

 

 何も……変えられないじゃないか。

 

 

 

「……私の眼鏡(これ)ね?……見えなくなっちゃんたん……だよ?……なんで……見えないんだろ………お医者さんに……いったけど……わかんない……って……!」

 

 

 

 それは彼女の心の悲鳴。

 

 彼女は心を蝕まれ、修復不可能なほど病んでいた。それが理由かはわからないが、著しい視力低下に繋がった。

 

 ……似合うと言ってしまった自分の口が、酷く汚れたのを感じた。

 

 

 

「色も……形も……景色も……人も……何も……見えなくなっちゃった……!」

 

 

 

 人が絶望する時。

 

 その顔は、見た者の脳裏に刻まれる。

 

 カゲツは一生忘れないだろう。

 

 呪いのように張り付いたその顔を——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——どこにいくんだカゲツさん!!!」

 

「——四天王制度廃止になったお気持ちのほどは——」

 

「——何だ貴様!止まれ!!!」

 

 

 

 うるせぇ。

 

 うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!!

 

 

 

「うるせぇえええ!!!」

 

 

 

 その時のことを、カゲツはあまり覚えていない。

 

 覚えているのは、怒り。

 

 自分の許容を遥かに超えた怒りが、カゲツを支配していた。

 

 HLCの本部を襲撃し、守衛と役員の数名に危害を加え、多くのトレーナーによって取り押さえられて……。

 

 

 

 気付いた時、彼は罪人になっていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「——後はお前らが聞いた通りだ。その時に手持ちは没収。“重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)”認定を食らって、流れ着いたのがニューキンセツだ。落ちぶれる定番コースを転げ落ちた」

 

 

 

 俺もタイキも何も言えなかった。

 

 人の夢が今のプロリーグにあると思って、今日まで必死に走り抜けて来た。でもそれは、そうなる前にあった人の夢を、強引に踏み潰して出来たものだった。

 

 それを聞いてしまった俺は……ユウキというトレーナーはどうすべきなのか。考えがまとまらない。

 

 

 

「——どうして。そんな大事になってるのに、今までカゲツさんのことが大々的に発表されなかったんですか?」

 

 

 

 正直逃げの質問だった。

 

 犯罪とされる行為に至った四天王。その強行策をほとんど誰も知らないなんて事があるのだろうか。マスコミあたりは報じてそうなもの——そんな疑問はあるが、その回答はそれほど重要じゃない。

 

 

 

「体制の変更に異を唱える者は必ずおる。そう結論付け、公にはそのカゲツの罪状は公表されておらん」

 

「面目立たねえーからだろ。俺が暴れりゃ、四天王の発言に乗っかって、他の奴らも暴れるからよ……」

 

「それもあるじゃろうが、お主の減刑にはダイゴや他の四天王の嘆願があってこそじゃろう?」

 

「けっ……」

 

 

 

 それほどまでに、四天王は強烈な光だった。確かにその四天王が現体制を認めなかったら、感化される人間も当然増えるだろう。

 

 にしたって……この話はあんまりだ。

 

 

 

「まあそういうこった。お前ら、これ以上俺と一緒にいるとマジで上から目ぇつけられるぜ?その時の事を根に持って、奴らまだ俺の監視をしてやがる。あいつらは不穏分子を決して許さねー。それでも俺の言う事聞くか?」

 

 

 

 挑発的な言葉が、今は酷く寂しく響く。

 

 彼のした事は確かに恐ろしい。ポケモンを使った暴力行為は俺にも抵抗がある。やむを得ずやった事はあるが、それだって俺も良しとしたわけじゃない。

 

 割り切れない気持ちがそこにはあるが……でも、カゲツさんが凶行に至った経緯を無視できるほども、俺は割り切れない。

 

 

 

「でも……俺は……——」

 

 

 

 言葉を捻り出そうとするが、今日ばかりは見つからない。今はカゲツさんに弟子入りするとか、そういうの抜きに言いたい事がある。でも、それを言語化できない。

 

 

 

「——ガゲヅザン……!」

 

 

 

 そんなもどかしさの横で、一人号泣してるタイキがいた。

 

 

 

「な、何だ気持ち悪い——」

 

「俺ぇ……あんだのごどごがいじでだっすぅぅぅぅぅ」

 

「寄るな気色悪いッ‼︎」

 

 

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているタイキが今しがた語り終えたカゲツさんににじり寄る。おそらくその経緯に同情を示そうとしているのだろうが、おうおうと咽び泣きながら近寄るそれは、血に飢えたゾンビの様だった。そら引くわ。

 

 

 

「だっでぇ……」

 

「というか話聞いてたんだな」

 

 

 

 流石に失礼かと思ったが、こういう長い話を聞いていることに意外な気持ちになるのはしょうがない。マジでこいつ長話になると寝るんだから。

 

 しかし内容まで聞いて感情的になるあたり、ちゃんと聞いてたんだなと感心する。

 

 でもそうだな……なんか今の見て、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 

 

 

「カゲツさん……俺、最後に一個だけ聞いていいですか?」

 

「は?なんだよ……」

 

 

 

 その問いは、少し踏み込んだものだ。

 

 ここまで誠実に語ってくれた彼に対して、こんな質問はよくないのかもしれないけど。大事な事なので聞いておきたい。

 

 

 

「その……HLCに殴り込んだのは、今でも後悔はありませんか?」

 

 

 

 それは犯してしまった罪を、カゲツさんがどう捉えているのか——今の気持ちを聞きたいがための質問だ。

 

 俺は当時の事情も何も知らなかったし、その時どうすればよかったのかなんてこともわからないけど……ひとつだけ俺が引っ掛かっていた点。

 

 いざとなったら、やっぱり力で訴える事を良しとしてしまうのかどうか。

 

 

 

「——後悔なんざねぇ。多分、何度あの日に戻っても、俺ぁ奴らをぶん殴りにいくだろうぜ」

 

 

 

 本当の気持ちだった。

 

 カゲツさんが、もしかすると初めて真っ直ぐに俺たちに答えてくれた質問かもしれない。

 

 例えそれが俺の気持ちとは違うものであっても……語った全てに嘘がないってことの証明の様な気がした。

 

 

 

「——俺には、やっぱり難しい事はわかんないです。カゲツさんの怒りは正しいものだったのか。旧体制の弊害とか、新体制の舵きりとか……そういうのはきっと、その時の大人たちがたくさん考えて出した答えだから。俺なんかがわかるはずもないです」

 

 

 

 わかった気になっちゃいけない。

 

 例えそれが一人の人生を絶望に叩き込んだとしても、わざとそうするように仕向けた訳じゃないと思う。

 

 決まりを作るのは、いつも悪い人たちの勝手な振る舞い……そう思ってたけど、もしかすると、誰かの幸せを願ってつけたガードレールみたいなものなのかもしれない。

 

 それにあぶれた人たちを救えない現実があったとしても、誰かは救われたんじゃないだろうか。

 

 そう信じたい。

 

 だから俺は、この事実を知ったから——

 

 

 

「でももっと知りたい。HLCの敷くプロリーグで戦えば、きっと見えてくるものもある気がする。こんな体制に変えた理由や、問題点、その中で俺がどう思って、どういう道を辿るのかはわからないけど……——」

 

 

 

 取り止めもなく、思いついた端から俺は言葉にする。

 

 こういう時、心の底にあるものは中々顔を出してはくれない。カゲツさんもきっと、言葉を探しながら今日話してくれた。

 

 その気持ちに応えるには、俺も、心の底にあるこの気持ちを伝えるしかないと思った。

 

 

 

「——教えてください。戦い抜く力の使い方を。このHLC体制下で俺に何ができるのかを。俺もバトルに……ポケモンに生かされてるから!」

 

 

 

 

 人生は間違いなく、ポケモンに触れて変わった。

 

 苦しい事は多かったけど、その中にあった喜びは決してそれに引けを取らない宝物だった。

 

 だから……この先、力不足で絶望するようなことはしたくない。

 

 俺の歩く先に何が待っていても、立ち向かえる強さが欲しい。

 

 

 

「……リスクは承知って訳か」

 

「その事なんじゃがな」

 

 

 

 俺の決意を聞き届け、カゲツさんが何か言おうとしていた時に、口を開いたのはテッセンさんだった。

 

 

 

「『お主の動向がわからなくなるよりは、プロトレーナーにくっついて活動しとる方が帰って監視しやすいじゃろう』——上にはそう言ってあるでな。お主らが心配する様なことにはならんじゃろう」

 

「「「は?」」」

 

 

 

 禿げ上がった爺さんが最も簡単にサラッと言ってのけたのは、俺らが抱えると思われたHLCからの爪弾きを受ける可能性が限りなく少ないと言うことだった。

 

 

 

「——はぁぁぁぁぁ……そう言う事は先に言ってよテッセンさん」

 

「よかったっスねアニキ!カゲツさん(ししょー)!」

 

「よかねぇよ!おいジジイ!テメェわざと黙ってやがったな⁉︎」

 

「良い機会じゃと思ってな〜。 昔話が好きなのは歳のせいかのう〜♪」

 

 

 

 この様子……これはカゲツさんもいっぱい食わされたな。

 

 普通に言えば、カゲツさんは今の話を打ち明けはしなかったと思う。もしかしたら一生聞き出す事は叶わなかったかもしれない。

 

 その性格をわかってて……いや、きっとカゲツさんを見守っていたから、今日俺たちに今の話を聞かせたんだ。

 

 その理由は……もしかしたら俺が旅に出る時に送り出してくれた母さんたちと同じ心境だったのかもしれない。

 

 

 

「カゲツよ。いい機会じゃ、その小僧と旅してみろ。お前が昔否定した世界が今どうなっとるのか……人生なんてくだらんと諦めるのは、それからでも遅くはなかろう?」

 

「……けっ。俺は頼まれたから行くだけだ。別に俺の為じゃねー」

 

 

 

 拗ねた様にそっぽを向きながら応えるカゲツさんは、それでも俺たちと一緒に来てくれるようだ。

 

 これで、一応は師匠獲得——ってことになるか?あれ、なんか忘れてる様な……——

 

 

 

「さぁぁぁて!アニキ!そんじゃ早速次のジム目指して出かけま——」

 

「——家賃ッ‼︎」

 

 

 

 タイキが真っ先に立ち上がったが、その出鼻を挫くことを俺は思い出してしまった。

 

 そうだ……カゲツさんの未払いの滞納金。これを何とかしないと流石に動けない。

 

 

 

「おーその事なら心配するな。ワシが建て替えといたわい」

 

「は?」

 

「ついでにカゲツと……そっちのタイキとかいう坊主の“サポーター”登録も済ませといたぞ。その辺の仕組みはよくわかっとらんらしいし、カゲツ。ちゃんと教えてやるんじゃぞ?」

 

「え、ちょ——」

 

「わかったらとっととお行き。長話は年寄りには応えるの〜」

 

「ちょっと待って」

 

 

 

 なんかとんでもないことが次から次にやってくるな。え、なに?テッセンさん、あんたまたなんかしたの?

 

 

 

「おいジジイ!何勝手にやってんだ⁉︎」

 

「感謝こそされ、怒られる筋合いはなかろう?お主の好きなチャラってやつじゃ。借りだと思うなら、それこそその小僧についてって稼いでこい」

 

「クソジジィ〜〜〜‼︎」

 

「わっはっはっはっ♪」

 

 

 

 どうやら全部マジのようだ。

 

 手続きとか云々の話聞いてると、昨日今日の話じゃないだろこれ。カゲツさんに頼まれた時から既にこうなるのことを予期してなきゃ出来ない手際だ。

 

 何故だろう……博士に少しダブって見えるのは。

 

 

 

「ほれほれ。もう油売っとらんと。お主らの先は長い。早く動かんとどんどん先送りになる。大いに行き急げ〜♪」

 

「んーじゃあもういっスね!行きましょうぜししょー!」

 

「てめっ!離せ!クソったれ!覚えてろジジイッ‼︎」

 

「あの、テッセンさん。ほんとに何から何まで——」

 

「ええから。早よ行け」

 

 

 

 俺の挨拶もそこそこに、俺たちは追い出されるように店を出た。

 

 まだ聞いた事や、受けた施し、これからのこと……全部に整理がついてないけど、今は歩くしかないと思う。

 

 歩いて行った先の景色を見に。それを覚えておくために……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——と。言う訳じゃ。上には適当に報告しといてくれ」

 

「……よろしかったんですか?」

 

「何がじゃ?」

 

 

 

 ユウキたちが去った店内で、マスターとテッセンは少しのブレイクタイムを敢行していた。

 

 その中でしたマスターの問いを適当にあしらおうとする姿勢が見て取れたので、マスターははっきりと聞く。

 

 

 

「カゲツに対するHLCの上層部の判断は中々厳しい。今回は大丈夫ですが、旅先でどんな圧力を受けるかは私にもわかりませんよ?」

 

 

 

 その組織に席を置く身として、カゲツの旅の同行はユウキにとってやはりリスクとなると告げるマスター。

 

 淹れてくれたコーヒーを口に含み、また軽やかに笑う老人。

 

 

 

「うーむ。やはりワシは緑茶の方がいいのー」

 

「テッセン課長」

 

「わかっとるよそんな事。その役職で呼ばんでくれ——じゃが、おそらくはこれも必然なんじゃよ」

 

「必然……?」

 

 

 

 テッセンの意味深な一言の意図を計りかねるマスターは眉間に皺を寄せる。

 

 

 

「燻んだ過去はいつまでもカゲツ……彼奴を責め続けるじゃろう。いくらこの先幸福を積み上げようとも、その過去は絶対に彼奴を許しはしない……ワシと一緒じゃ」

 

「……あなただけじゃない」

 

 

 

 2人は共有している過去に少しだけ思いを馳せ、沈黙する。

 

 その沈黙を破り、再びテッセンは口を開く。

 

 

 

「——似たような野良猫がたまたまここに居着いただけじゃ。きっかけさえあれば、彼奴はすぐどこにだって行ける」

 

「しかし……」

 

「あの小僧の力になれるのは他でもないカゲツ。そしてカゲツに必要なものを、逆にあの小僧は持っとる。そんな組み合わせが、たまたま組み合わさる——偶然と呼ぶより、必然と言った方がしっくりくるじゃろ?」

 

 

 

 何せそれを促した存在がいた。

 

 あの日。全てを奪われて生きる気力すら無くなった男を拾った……あの海の猛者。

 

 だから、全てはこうなる事への伏線だったと、テッセンは語る。

 

 

 

「……流石に、その理論は無理があるかと」

 

「なんじゃ。ロマンにかける物言いじゃのー」

 

「私は現実主義者なもので」

 

 

 

 冷淡に返すマスターに「連れないのー」と拗ねるテッセン。

 

 しかし……とテッセンはその先を話す。

 

 

 

「……今日改めてわかったわい。やはり、いずれは己の過去を話さねばならん時が来るのじゃな」

 

 

 

 テッセンは思い出す。

 

 かつていた場所のことを。

 

 そして。何の因果かその場所に今も立場を変えていることを。

 

 マスターも同じ気持ちだった。

 

 

 

「——暴かれるか自白するかしかない。いずれはHLCも。その時はどう足掻いてもやってくる」

 

 

 

 その時起こる波乱は、危惧するに値する。

 

 そうなった時、世界の在り方は大きく変わることになると、テッセンは予想——確信していた。

 

 

 

「……その波乱は、次の未来を繋ぐための変化であればよいが」

 

 

 

 そんな老婆心をポツリと呟き、老人はまた苦いコーヒーに口をつけるのだった。

 

 

 

 

 

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この旅立ちは転機か、波乱か……——。

キンセツシティ編 完!



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第115話 「勝てちゃった」


なんやかんや新年ですね。今年も翡翠の勇者をよろしくです♪

この休みはずっとハマチ食べてました。
捌き立ての魚は異次元の旨さだったです。




 

 

 

——カポンッ!ザァー……

 

 

 

 いつもどこから聞こえてくるのかわからないこの音に耳を傾けて、色々考えようとするも、肝心の脳みそはとろけきっていた。

 

 疲れ切った身体がほぐれていく感覚の中で、俺はその快感に思わず息が漏れる。

 

 

 

「あぁ〜〜〜……ここが楽園か」

 

 

 

 ここは“えんとつ山”の麓にある町——『フエンタウン』。活火山の影響で生まれた天然温泉が名物であり、そこに我が身を浸した俺は、完全に骨抜きにされていた。

 

 

 

「気持ち……いいっスねぇ〜……」

 

「んだなぁ〜……でもこんなことしてて……いいんかなぁ……」

 

 

 

 一緒に入っているタイキも極上の温泉にだらしない声をあげる。そういう俺もささやかな抵抗を口にするが、実のところ全く身が入っていない。やらなければならない事は多いのにこんなだらけていていいのか……そんな罪悪感が、疲れと共にお湯に溶け出しているようだった。

 

 

 

「いいんじゃないっスかね……カゲツさん(ししょー)も楽しんでますし」

 

「んー。そうなんかなー」

 

「何よりこの温泉は()()()()()()()で入れてるっスからねー……堂々と休んでいいんすよ」

 

 

 

 俺のおかげ……か。

 

 確かにこの温泉はとある人からの優待であり、俺とタイキ、カゲツさんの3人はタダで入らせてもらっている。その上備え付けの旅館での宿泊費も向こう持ち。破格の待遇である。

 

 でも俺の捉えてるニュアンスとまた違うんだけど。実際のところは、成した成果の報酬ってわけじゃない……多分、これからお願いされるための前払いだろう。

 

 

 

「——俺に何ができるってんですか……?」

 

 

 

 そこまではようやく考えが及ぶが、あとは前述の通り身体と頭が弛緩して何も考えられない。

 

 こんな待遇だから、きっと無理難題をふっかけられるだろうことは目に見えているのに、この温泉の凄さと、相手がかのジムリーダー様だからというのもあって、そこまで危ないことにはならないだろう……と安易に構えてしまっている。

 

 この後の事を考えるのは、風呂から出て話を聞くまではお預けになるだろうな……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「——……勝てちゃった」

 

 

 

 フエンタウン、ジム戦が終わった。

 

 キンセツシティを出て、次に行き着いたこのフエンタウン。テッセンさんのおかげで浮いた経費を使い、ジム戦へと赴いていた俺たちは威力偵察くらいにと思って挑んだのだが、思いの外あっさりと勝ててしまった。

 

 対戦相手、“爆炎流(エクスプロジア)”と名高いフエンジムリーダーの“アスナ”さんとの試合は、驚くほどあっさりミシロタウンのユウキの勝利で終わってしまったのだ。

 

 いや、それにしたって……——

 

 

 

「あわわわ——じゃ、じゃなかった!よ、よくあたしを倒したものだなぁーアハハハ!よ、よろしい!私に勝った土産だ!こ、このフエンバッジ!持っていくがよいぞ……?」

 

「えっと…………」

 

 

 

 無造作に括った赤髪を揺らしながら、彼女は快活に笑いながら——死ぬほどぎこちない挙動で、俺にヒートバッジを押し付けてきた。

 

 あまりの勢いに受け取ってしまったが、いや納得いかんよ?

 

 

 

「あの……つ、つかぬことを聞いてもいいですか?」

 

「はいッ⁉︎なんでしょー‼︎」

 

 

 

 ちょっと質問しただけで、口調が一気にへりくだる。さっきまでのでかい(風に装った)態度はどこ行った?とりあえず、話を聞くか。

 

 

 

「……さっき、俺のアカカブ——ビブラーバに対して“オーバーヒート”連打してましたよね?効果もいまひとつで、なんの策もなくぶっ放してきてびっくりしたんですけど?」

 

 

 

 『オーバーヒート』——。

 

 炎技でも指折りの火力を誇る高圧熱線だが、使えば使うほど使用者の“特攻”はみるみる下がるデメリット付きの技だ。本来はその辺りの工夫次第で使いこなせているかの指標になるのだが……——

 

 

 

「え、い、いやぁ——ほ、ほら!まずはチャレンジャーの腕前を見たかったし?こ、この程度のパワープレーくらいかわしてもらわんと困るっていうか?」

 

「いや、それにしたってあんなことされちゃったら『“オバヒ”躱して特攻下がってから安全に勝とう』っていうのが安定しちゃうというか——手前のマグマッグとドンメルは楽勝すぎて……」

 

「う、うぅ……で、でもコータスは強かったでしょ⁉︎持ち物に“白いハーブ”を持たせてたからね〜♪“オバヒ”で下がった火力が元に戻っちゃって焦ったでしょ!」

 

「いやあれは確かに驚いたけど、ジムバッジが三つ目にもなると持ち物にも警戒しないとなーってくらいですよ?連打してくるのを冷静に躱すだけなのは変わらなかったし……」

 

「うぅ……」

 

「とにかく凄く焦って勝負決めにこようとしてる風には見えたけど、ジム戦に限ってそんな訳ないと思うし、俺が試されてるだけ?とかなんか風邪でも引いてるんかなとか……終わるまではどんな作戦かもわからなくてある意味気が抜けなかったのは確かなんですけど、本当はどんな作戦だったのかっていうのが気になって——」

 

「その辺にしとけ」

 

 

 

 そこまで質問して、俺は師匠に肩を叩かれた。師匠——カゲツさんは、とても呆れたというか憐んでいるというか……見ちゃいられないといった顔でそこに立っていた。

 

 

 

「でもカゲツさん——」

 

「アニキ。多分それ以上傷に塩塗ったらその人死ぬっス」

 

「死——⁉︎」

 

 

 

 側にいたタイキが指差す方向を見ると、アスナさんは見るからに落ち込んでしまっていた。俺に言われた事が原因だとは思うけど、何ゆえですか⁉︎

 

 

 

「うぅ……やっぱりあたし……あたしは……ジムリーダーなんか無理なんだよぉ〜〜〜‼︎」

 

 

 

 今まで見てきたジムリーダー像を破壊する様な振る舞いを見せるアスナさん。目は涙ぐんでいて、唇は悔しさを表すようにひん曲がり、握られた拳が地面を叩く。

 

 あまりにも過激だったので、俺とタイキでその自傷を止めに入る。

 

 

 

「アスナさんアスナさんアスナさん!落ち着いてください‼︎」

 

「ちょっ!血が出てるっスからッ‼︎一旦地面叩くのやめてくれっス‼︎」

 

「何やってんだお前ら……?」

 

「わぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 そんな感じで数十分かけてアスナさんをどうにか落ち着かせる事はできた。

 

 相変わらずメンタルは酷いもんだったが、それでも会話ができるようになってきたので、差し当たり気になっていることを……なるべく刺激の少ない感じで聞く。

 

 

 

「あの……ジム戦の件なんですけど……」

 

「ぐすん……ごめんね。なんか気を使わせちゃって……」

 

「いやそれはホントよくて」

 

「ジム戦ね……そっちもごめんなさい。今マジであたしも余裕なかったんだ……」

 

 

 

 そう言い始めて、アスナさんはその時の心情を吐露する。

 

 わかったことは、アスナさんが半年前からジムリーダーに就任したばかりの所謂“新米”であること。そしてその任に就いてからというもの、その激務に追いついていけなくなってきたというものがあった。

 

 ジムリーダーが忙しいのは親父が同業なのもあって少しは理解していたつもりだったが、話を聞けば聞くほど俺の見通しよりもかなりハードなものになっていることも同時に知ることとなった。

 

 

 

「——朝早くからトレーニングメニューをコーチ陣と打ち合わせしてクラスごとに別々のも作って、人手が足りないところに私が助っ人で入るけど近隣のプロへの依頼を受付もうちでやってるからそっちの応対しなきゃだし、合間にジム生からの質疑応答とジム戦希望者相手にしてってなるとスケジュールまた変更になるし、先月までいてくれた先代の申し送りしてくれた人は寿退社しちゃって人手が足りないからコーチ陣も負担がかかって辞めてく人も出てきたり、全員のトレーニングの進捗やコーチから回ってきた進路とか目を通さなきゃいけなくなったり、会計の読み合わせとHLCへの報告とか送金の計算とか細かいことやってたら日を跨ぐなんていつもだし……——」

 

 

 

 こんな調子で、ジムリーダーの愚痴を延々と恨めしそうに呟き始めたあたりで「もう結構です」とストップをかけた。闇深いなおい。

 

 

 

 

「そもそもいきなり先代(おじいちゃん)が辞めて旅に出るなんて言い出したせいでこんなことになってんのにぃ!今度会ったらあの白髪全部むしってやるッ‼︎」

 

「先代って、アスナさんのお爺さんなの⁉︎」

 

 

 

 これはまたなんというか、状況や立場は違うけどこの人俺と同じで、ジムリーダーの肉親に振り回されたタイプの人だった。なぜだろう。仲間を見つけたような気持ちになってきた。

 

 

 

「そうなの……全く!業務は全部古株のコーチに押し付けて、自分は好き勝手に旅に出るなんて何考えてんのか——」

 

「確かに。大体にしてちょっと無責任ですよね?『あなたが無茶苦茶にした後始末誰がするんですか?』って話ですから」

 

「わかってくれる⁉︎いやぁなんかごめんね愚痴聞いてもらっちゃって」

 

「おんなじ境遇のよしみですかね。俺の親父もジムリーダーなんです」

 

「えー!それってホウエンの⁉︎」

 

「あんま自慢できないですけど、父はトウカジムのセンリです」

 

「わぁセンリさんなんだ!すごい優しそうな人だったと思うけど」

 

「ジムリーダーとしては人格者かもしれませんが、元々その仕事就くために家を出てったんです。一応ウチは母さんが許す方針だったから俺も気にしないようにしてたけど……」

 

「そうなんだ。いやぁわかる。わかるよ少年!理解ある家族で居たいってみんな口を揃えるけど、我慢してるこっちからしたら溜まったもんじゃない!」

 

「そうですよ!家に父親がいないってだけで世間の風当たり強くなるし!有る事無い井戸端会議にかけられるし!」

 

「その癖直接は本人に言って来ないんでしょ⁉︎あれ腹立つよねー!何が『先代はもっと愛想良かったー』——よ!こっちはその先代のせいで毎日死に物狂いで働いてんのよ!」

 

「うわ酷っ!少しはその状況での苦労とか考えられないんですかね⁉︎」

 

「ホントよホント!」

 

 

 

 普段ならこういう発言は回り回ってあまり建設的な話にならないだろうと思ってブレーキをかける俺だったが、やはり親父絡みではどうもそれがぶっ壊れる。

 

 一度火がつくともうそこからはただアクセルベタ踏みである。肉親だからこそやられると他人よりも腹立つ事もある点やそれを客観的に見ておきながら無責任な事を言う周りへの不満とかが爆発したのだった。

 

 約2名、取り残して。

 

 

 

「あー。お二人さん?そろそろ話進めてもらっていいっスかね?」

 

「「あ!ごめんッ‼︎」」

 

「そこは素直なんスね……」

 

 

 

 タイキの声掛けでやっと我に帰った俺たちは声を揃える。彼が気付かせてくれなければ、おそらくこの調子で夕晩から日付超えて朝までこの話に花を咲かせたことだろう。ありがとうタイキ。

 

 

 

「えっと……まぁつまり、さっきのバトルもその激務の合間の事でね。高火力の技でさっさと押し切って倒してしまおうって腹だったの」

 

「なるほど。それはなんというか……ご愁傷様です」

 

 

 

 しかしそうなるとこのジムの突破は異様に簡単になると思われる。試合内容ってHLCにも提出されるのかはわかんないけど、あんまりにも簡単に攻略されたらそれこそジムリーダーの本懐を遂げられないのではと思わなくもなかった。

 

 

 

「でも逆にそんな簡単に倒されちゃったら、面目も守れないんじゃないですか?」

 

「あー大丈夫。大体初手で当てて勝つし」

 

「えぇ……?」

 

 

 

 なんかすごい事言ったな今。いや、それ躱されたから負けたんでしょ?

 

 

 

「逆にその一点の読みだけは、おじいちゃんにも褒められたんだよねー。だからこの半年はやっていけたってのもあるんだけど。なんで君には当てられなかったのかなー?」

 

「…………」

 

 

 

 確かに初撃の……というか全体的な当て勘は良かったように思える。事実守備に徹して戦ってた割には被弾するケースも少なくなかった。

 

 こちらはまだ訓練中で今回は固有独導能力(パーソナルスキル)の使えなかったというのもあるかもしれないが、攻めを捨てて守っていても危なかったシーンを思い出して身震いする俺だった。

 

 ああ。ちゃんとこの人もジムリーダーしてるわ。

 

 

 

「まあ負けちゃったもんはしょうがないし、ユウキ……だっけ?あんたの実力はわかったつもりだよ。だからバッジは遠慮なく受け取ってちょーだい!」

 

「え、ちょっと待ってよ。ただ逃げ回ってただけでなんで評価されるんだよ?」

 

 

 

 過程はどうあれ手数料払って挑んでいるので、とりあえず勝てばバッジが手に入るってのはまだいい。

 

 でも実力を認めて渡された——と言うにはいささか適当すぎないかと言わざるを得ない。こう俺が疑問を抱いても仕方ない事だ。

 

 

 

「だってあんたトレーナー歴半年くらいなんでしょ?それであんだけのポケモン(メンツ)揃えて、ちゃんとわたしの弱点突けるくらいには冷静で……なんかポケモンたちもあんたに信頼してるのか、安心して戦ってる感もあったし。バッジ3つを手に入れられる実力はもう充分証明してると思うけど?」

 

「あの少しの間でよくそんな見てるな……いや、嬉しいんですけど」

 

 

 

 適当なんて言ってすみません。さっきは愚痴ったり自分で『ジムリーダーなんて無理ー!』とか言ってたから勘違いしてしまったけど、適任だから任されたんだなーって事は充分わかった。

 

 

 

「これでもジムリの孫だからね。父さんはトレーナーにならなかったから一人娘のわたしが継ぐんだろって事は前からわかってたんだ。人を見る目って、結構頑張れば育つもんだよ♪」

 

「人を見る目……か。やっぱすげぇなアスナさんは」

 

 

 

 実際もっと余裕がある時……試合に集中できるコンディションで挑んでいたら結果はわからなかっただろう。できたらその実力を発揮できる時に挑みたかった……このバッジ、受け取って良かったのか?

 

 

 

「アスナさん……やっぱこれ——」

 

「まさかバッジつっ返す気⁉︎いいよそんな事、勿体無いよ!それに『さん』付けいらないって!わたしまだ19だもん。同じ10代同士、呼び捨てでいいよ♪」

 

「てかなに返そうとしてんだ馬鹿」

 

 

 

 俺がバッジを返そうとすると、後ろから後頭部を引っ叩かれた。それはカゲツさんからのありがたい平手である。

 

 

 

「——俺らにそんな時間的にも金銭的にもねぇだろ?そんな喉から手が出るほど欲しいもん貰っとけ」

 

「でも、バッジはやっぱり実力が出し合える勝負でこそ貰えるもんじゃ——」

 

「はぁ……真面目も過ぎると嫌味だなぁ?」

 

 

 

 カゲツさんは意味深な事を言って俺の頭の上に手を置く——いや、掴む。

 

 

 

「お前自分が不調や不運に見舞われて『状態が良ければ勝てた』とか言い訳すんのか?」

 

「し、しません——っていうか痛い‼︎」

 

「要は勝負も時の運!結果が全てだ!相手に常に全力を求めるっつーのはわがままなんだよ!逆に何様だって話だ!お前、いつからそんな偉くなったんだぁ〜?」

 

「痛たたたたたたた!わかりましたわかりましたわかりました‼︎俺が悪かったです!!!」

 

 

 

 俺に説教を垂れながら万力の如き握力で俺の頭部を締め上げる。アイアンクローされた俺は成す術もなく、さっさと降伏の意思を伝えてようやく解放された。

 

 

 

「ったく。とんだ試合中毒者(バトルジャンキー)になったもんだぜ」

 

 

 

 そう言われると、確かにここ最近刺激的な試合が多かったせいか、そういう傾向があるかもしれない。元々バトルとは縁遠い人生だったけど、ハマったらハマったでなんか厄介な癖を持ってしまったのかも……これは呆れられてもしょうがないか?

 

 

 

「——というわけで、これはありがたく貰っとくぜ」

 

「……というか、なんだけどさ」

 

 

 

 カゲツさんがいつの間にか俺からヒートバッジを取り上げているのを見て、アスナさ——アスナが首を傾げる。

 

 

 

「——この人、ユウキの先生?」

 

「あ……まぁ、一応……」

 

「……どっかで見たことあるような?」

 

「ん〜〜〜〜〜?気のせいじゃねーかな?」

 

 

 

 やっべ。そういえばこの人四天王だった。その辺の人でも認知あるかもしれないのに、ジムリーダーになれるほどのトレーナーなら気付かれても不思議じゃない。

 

 別に隠すようなもんでもないかもしれないが、俺としてはこれ以上目立ってほしくないというか……——

 

 

 

「そりゃお前。俺はこれでも元四天王だからな」

 

 

 

 その一言で、俺の願いは粉々に打ち砕かれた。

 

 

 

「あ、やっぱり⁉︎なんかウチにあった昔の試合の録画の中に見たことあると思った!嘘〜〜〜四天王にも目をかけてもらえるって、ユウキって実は結構ヤバい⁉︎」

 

「目をかけてやってる割には雑魚だけどな♪ギャハハハハ!」

 

「あーもう。そんなんじゃないよ。あとカゲツさんが俺の師匠になったのはつい昨日だし」

 

「でもヤバいっスよ!トレーナーとしてマジで名前覚えて損ないっス!」

 

「はいそこ。話をややこしくしない」

 

 

 

 なんか話がすごぉーく俺の苦手な方向に進みつつあったのでこの辺でぶった斬っておく。まだまだ未熟者なのに肩書きだけが一人歩きするこの事態に頭が痛くなってくる。

 

 その内その割を食う気がしてならない。

 

 

 

「まぁでもだったら納得かな。正直トレーナー歴もサバ読んでるんじゃない?とか疑ってたくらいだし。今後は注目させてもらいますよーユウキさん♪」

 

「アスナさ——アスナはそんな余裕ないんだろ?俺なんかすぐ忘れるっての」

 

「そこまで薄情じゃないっての!」

 

 

 

 そんな事言ってるが、マジで忙しいとぽっと出の人間のことなんて忘れるものだ。言ってくれるのは嬉しいのでありがたく頂戴するが、まぁ期待しないでおこう。

 

 それはそうと、そろそろこの後どうするか決めなきゃな……。

 

 

 

「さて。バッジも取れたし、もうフエンにいる意味もねーだろ」

 

「そっスね。まぁこの旅はアニキ主導だし、どうするかはアニキが決めてくださいよー」

 

「んー……確かにな」

 

 

 

 俺たち三人で決めたことのひとつに、『旅の行き先は基本俺が決める』ということを定めている。一応それぞれ目的があればその都度意見を聞くというのはあるが、元々この旅は俺自身をプロとして鍛え上げるためのもの。目的地ひとつひとつが、俺の為にならないといけないというのは、まぁ理にはかなってる。ちょっと居心地悪いけど。

 

 そんな感じだし、まぁこれ以上ここに目的がない以上は早々に次の目的地を定める必要があるわけだけど——

 

 

 

「ほぉー。じゃあまだ次の予定は決まっていないってことね?」

 

 

 

 そう切り出したのはアスナだった。

 

 

 

「え、ま、まぁそう……だけど」

 

 

 

 何故だろう。こういう問いかけからなんか嫌な予感がするのは……——

 

 

 

「じゃあさ。せっかくフエンに来たんだし、ジム戦の祝勝会もしたいでしょ?だったら少しは羽を伸ばしたい〜って思うよねー?」

 

「な、なんの話だ?」

 

 

 

 た、確かにおめでたいことではあったけど、なんで今お前が切り出す?

 

 

 

「……ウチの温泉。浸かって行きな?」

 

 

 

 そんな甘い誘惑に、俺以外の2人が飛び付いてしまったのが運の尽きだった。

 

 さっきまで俺主導でいいって話だったと思うが……あんな目ぇ輝かせられたら断れないだろ。

 

 

 

 ——と。そんなこんなで、俺たちはフエンタウン名物の温泉に預かる事になったのだ。

 

 あのアスナの雰囲気からするに、何かに巻き込まれる事は確定したようなもんだけど。

 

 そんな事考えたところで、本当に今更なんだよなー。

 

 

 

 まぁ、いつも通り、なるようになるしかないか。

 

 

 

 

 

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甘い誘いには当然裏が——。

たまにはいいよね。いーじーうぃん。
いや、大変なのはこっからよ?

〜翡翠メモ 29〜

『トレーナーズID』

満10歳から取得可能なポケモン捕獲、育成、使役する為に必要なポケモン取扱者証書。ホウエン地方在住者がHLCに申請し、1週間から1ヶ月くらいの間で審査が完了する。

ID申請を請け負う人間はHLCから特定の基準を満たすものでなければならない為、教育機関や博士号取得者など、社会的地位が確立されている者が担当することが多い。

トレーナーズIDは身分証と同じ扱いなのと、ポケモンセンターの利用やフレンドリーショップなどで仕入れられるモンスターボール類の購入にも提示が義務付けられている為、根無草の彼らにとって必ず必要になるものである。



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第116話 働く秋


今年初の歯医者は『親知らず抜きますねー』でした。
凄く、怖かったです。




 

 

 

 フエンタウンの温泉街はホウエン屈指の観光名所である。

 

 古めかしい平家が立ち並ぶどこか懐かしさを感じさせる街並みと、温泉の湯気を含む風が流れるその場所は、人々を虜にしていた。

 

 旅行シーズンともなれば、普段閑散としている田舎町からは想像もつかない人が押し寄せてくるのが例年——らしい。

 

 

「——お願い!ひと月でいいから町の仕事手伝ってッ‼︎」

 

 

 

 旅館の女将風の姿でしっかりと土下座を決め込むジムリーダーの姿がそこにはあった。豪勢な食事を貪り尽くしていた俺たちに向かって、アスナは額を畳に擦り付ける。彼女にプライドなどというものはカケラもない。清々しいほどの懇願である。

 

 どうもまだ年末の旅行シーズンにはなっていないにも関わらず、今年の来客予約は10月時点でそれに匹敵するものになっているとの事。働き手を急募しているが、まだまだ人手が足りない状況だった。そこで俺たちにもとお声が掛かったわけだが——

 

 

 

「無理。残念だったな嬢ちゃん」

 

 

 

 それを一撃で斬って捨てるカゲツさん。鬼かあんた。

 

 

 

「そ、そこをなんとか〜〜〜!」

 

「無理なもんは無理。ユウキ。その刺身いらねーならもらうぞ?」

 

 

 

 縋るように寄り付いてきたアスナに目もくれず、彼女が用意した食事を堪能しようとするカゲツさんに空いた口が塞がらない。

 

 確かにいきなり温泉に宿泊、果てにこの食事を用意されたら物で釣ろうって魂胆が見え見え。それはわかってはいてカゲツさんも堪能したんだと思うけど、よくそこまで面の皮厚くいられるな。慈悲はないんか。

 

 

 

「おいお前。まさか変な気起こしてねーだろうな?俺らが上を目指すプロの一団だってわかって言ってんなら、面の皮が厚いのはむしろこの嬢ちゃんの方だぜ?」

 

「うっ……」

 

 

 

 確かに俺たちのスケジュールはパンパンである。その日その日の資金繰りの為に多くの時間を日雇いのバイトで食い繋いで、その合間にキツいトレーニングを敢行。寝る前には過ごした日々を書き起こしてノートにしまいながら明日以降に生きるための調査を行う。

 

 こんなギリギリでやってる上、健康を損なえば更にこのサイクルがキツくなる。綱渡り中であることは俺が一番よくわかっているつもりだ。

 

 だから、確かにアスナさんの『ひと月』というワードは重い。

 

 ……ん?ひと月?そういえば——

 

 

 

「でもこんなに頂いちゃってますし……ちゃんとやっぱお礼はしないと——」

 

 

 

 俺がそう言うと、アスナはパァと笑顔に——

 

 

 

「ふざけんな。勝手に用意したんだろ?気にすることぁねぇ」

 

 

 

 カゲツさんが吐き捨てると、今にも泣きそうな顔でアスナはお口をパンパンに膨らせてカゲツさんを睨む。

 

 

 

「ふぅご馳走様っス〜!んじゃ、俺はもうひとっ風呂浴びてこようかな〜♪」

 

 

 

 一方でまるで聞いていなかったと思われるタイキはスキップで部屋を後にする。あいつマジでホントそういうとこだぞ。

 

 

 

「……てよ」

 

 

 

 その後、アスナは震えるような声で呟く。あ、やばい。これ多分キャパ超えてる——

 

 

 

「——助けてよぉぉぉこの薄情者ぉぉぉ!!!」

 

 

 

 そう言って胸ぐらを掴まれたのは俺だった。なして?

 

 

 

「ちょ!落ち着けって!俺は何も言ってないだろ⁉︎」

 

「落ち着いていられるかぁ!この時期は人手いつも足りないのに、ジムリと掛け持ちなんて無理に決まってるんだよぉぉぉ‼︎お願いだから手伝ってぇぇぇ!!!」

 

「わ、わかった!わかったから一旦離せって‼︎」

 

「仕事手伝ってくれるの?」

 

 

 

 スン——と肝心なところだけ言質を取ろうと真顔で聞いてくるアスナ。怖い。目の奥まで真っ黒になっとる。

 

 

 

「あ、いやぁ……」

 

「手伝うって約束するまでぜっっったいに離さねーからぁぁぁ‼︎応えないならお前を殺してあたしも死ぬ!!!」

 

「ぐ、ぐるじぃ……!」

 

 

 

 あかん。この先の地獄を想像してパニックになってるアスナはこのまま俺をくびり殺す気だ。

 

 しかしこんなところでまさか殺されるわけにもいない。俺はなんとか持てる力全てを注いでアスナを無理やり引っ剥がす。

 

 

 

——バタン!

 

 

 

 ……畳にアスナが投げ飛ばされてしまった。

 

 

 

「——ひどい。ひどいよぉ……」

 

「あーあ。お前女投げるとかひでぇな」

 

 

 

 あんたにだけは言われたくない。せめて持ってるカニを置いてからそう言うことは言ってもらおうか——食うな。

 

 勢い余ったのは確かだけど、これ俺悪くなくないか?いや、だからアスナそんな泣くなよ。

 

 

 

「はぁ……ちなみに、業務ってどんな感じなの?」

 

「え、やってくれんの⁉︎」

 

 

 

 アスナは希望を見るような目で俺を見る。待て。まだ質問の途中だ。あとそこのチンピラ。「引き受けるなよー」と威圧するのはおやめください。

 

 

 

「業務内容聞かないとわかんないというか……そもそも俺らにできるもんなのかどうか」

 

「その俺『ら』にまさか俺様を含めてねーだろうな?」

 

「あと労働時間と、給金どんくらい出るのかとかも」

 

「無視すんな」

 

 

 

 アスナにも目論みがあってこれほど手厚い歓迎をしてくれていたのはわかっているが、ここまで追い詰められた友人を見過ごすわけにも行かないだろう。要求全部に応えられないにしても、少しぐらいは手伝ってもバチは当たらないはずだと思い、俺はアスナと話を進める。なんか外野がうるさい気もするが。

 

 

 

「えっと……基本は日中だけでいいんだ。一番忙しくなるのは飲食店と土産屋が開く9時時以降で……」

 

「おいおいおいマジでやる気かよお前?」

 

 

 

 まだ駄々をこねるカゲツさん。確かにプロの道からは寄り道になってしまうけど、ここまでしてくれたアスナに何も応えないわけにはいかないでしょうが。

 

 

 

「食べるもん食べて入るもん入ったでしょ?大人なんだから駄々こねないでください」

 

「ふざけんな。やるならお前らだけでやれよ」

 

「やっぱり働きたくないだけか……」

 

 

 

 全く聞き分けのないろくでなしである。少しくらい協力的になってくれてもいいじゃないか。

 

 

 

「——いいや!働いてもらうっスよ!」

 

 

 

 スパーンと閉じられた襖から現れたのは風呂に入ったはずのタイキだった。なんだ急に。

 

 

 

「あ?俺に指図する気か?」

 

 

 しかしそんな至極真っ当な要求をするタイキに対して、プレッシャーを視覚で訴えるカゲツさん。どんだけ働きたくないんだあんた。

 

 

 

「『働かざるもの食うべからず』!」

 

「ぐっ」

 

 

 

 だがタイキはその威圧感に物おじするどころか斬って返す。

 

 

 

「お、俺ぁお前らのコーチ頼まれただけで働くのは契約に含まれてねぇだろうが……?」

 

「契約っていうなら、聞き間違いじゃなきゃアニキを『技術的にサポートする』ってやつっスよね?これだってサポートのうちじゃないっスか?」

 

「うちじゃねーよ!俺ぁそれだけしかしねーっての!労働は俺の仕事に含まれてねー!」

 

 

 

 次から次へとよくもまぁそんな事をおっしゃる。ここまでくると徹底したニート精神に頭が下がる。

 

 

 

「まだロクに何も教えてくれてないアンタにそんな事言う権利はないっス!働け穀潰しッ‼︎」

 

「うぐっ!」

 

「そもそも施し受けといて何言ってんすか?バカなんすか?アニキの評判落とさんでくださいっス‼︎」

 

「はぐぁ——‼︎」

 

 

 

 え、強っ。あのタイキから後光が差して見える。言ってる事が正論すぎて、流石のカゲツさんも何も言い返せていない。他でもないタイキに『バカ』とか言われたくないだろうな……うん。

 

 

 

「ま、まだだ!まだ俺は……それでも……!」

 

 

 

 ゴキブリ並みの生命力である。

 

 もう死体蹴りされるほどに論破されたにも関わらずまだ言うか。何逆転しそうな主人公みたいな顔してんだ?

 

 しかしまぁ、これといって特に他に言い訳してくる様子もないので、シフトはこっちで勝手に決めてしまうんですが。

 

 俺とアスナと帰ってきたタイキとで明日以降のスケジュールを決め始める姿を茫然と見るカゲツさんは最後にその断末魔を残すのだった。

 

 

 

「——絶対に働かないからなぁぁぁ!!!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 10月も折り返しになった頃、フエンタウンは赤色に染まる。

 

 

 

「おっちゃん!フエンせんべい10人前!団体さんなんで大皿でよろしくっス‼︎」

 

「おうよッ!」

 

 

 

 フエンタウン名物『フエンせんべい』。

 

 薄く焼き、乾いた食感を追求した逸品であり、一度味わった人間もポケモンも呼び込むリピーター製造機。

 

 そのオーダーは、この繁忙期になると殺人的な量の注文が入る為、売り子は何人いても足りない。

 

 タイキが割り当てられた店は、フエンせんべいの名店のひとつ。持ち帰りの他、食事処としても有名であり、特製の緑茶と楽しむ空間が売りだ。

 

 彼はその中で注文を書きつけつつ、空いたテーブルの掃除と品出しをするいわゆるウェイターを担当。元より人に対して従順な彼にはまさに天職だった。

 

 

 

(楽しい!俺今チョー輝いてる——んだけど)

 

 

 

 天職ではあった。台所事情をよく知るタイキにとってはある程度の説明で厨房と連携を取ることは苦ではない。ムロジムで鍛えられた根性と視野の広さはこの仕事でも活かされている。

 

 だがこの客の多さは、最初あったタイキの余裕と楽しみをあっという間に飲み込んだ。

 

 

 

「フエンせんべいこっちも!」

「あ!注文いいですか?」

「あのー4人って入れますー?」

「注文してるやつまだですかー?」

 

「はいただいまぁぁぁ!!!」

 

 

 

 特に観光とは縁がなかったムロで生活していたタイキにとって、この物量は酷だった。覚えたての仕事だというのもあるが、正直このラッシュは舐めていたと言わざるを得ない。

 

 

 

(マジで間に合わねー!頭も回んない——でも!弱音なんて吐くかぁぁぁ!!!)

 

 

 

 彼のいいところを挙げるとするなら、やはりその気力の強さだろう。頑丈な精神で、普通なら思考停止してしまいそうなところをギリギリで繋ぎ止めている。

 

 しかしながら、悪いところも挙げるとするならば——導き出す答えが少し残念なところだろうか。

 

 

 

——ガシャーン‼︎

 

「くるぁ坊主ッ‼︎そんな一辺に全部持ってくなって何回言えばわかるんだぁぁぁ!!!」

 

「失礼したっスぅぅぅ!!!」

 

 

 

 そのチャレンジ精神は評価に値するが、やはりというべきか、彼はまたひとつ自分で仕事を増やすことになった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 「……解せねぇ」

 

 

 

 フエンの往来で、男はひとり不満を口にする。

 

 いつものチンピラ風の格好の上に、橙の半被を羽織っているカゲツは、人ごみに向かって立っている。手に持つ看板には『案内係』の文字が書かれている。

 

 彼が割り当てられたのは、観光客へのガイドを行うインフォメーションである。

 

 

 

「この俺様が……よりにもよって雑用中の雑用を……」

 

「カゲツさんがあれもやだこれもやだって言うからでしょー?」

 

 

 

 不満だけが垂れ流されて人相がいつもの五割り増しで悪いカゲツに対し、隣でカゲツと同じ半被に袖を通しているアスナが言い返す。

 

 

 

「裏方で人にこき使われるのも嫌、接客は人にへりくだれないから無理って言うからここで立っててって話になったんじゃない」

 

「うっせーな……人を物で釣りやがって」

 

「嬉々として飛び込んできたと思うんだけど……?」

 

 

 

 アスナはカゲツの目に余るほどの無職ぶりに呆れながらも、なるべく彼の意見を尊重してこの仕事を選んだつもりだった。にも関わらずブリブリと文句を言うカゲツであった。

 

 

 

「あんな極上の温泉と飯をちらつかせられたら誰でも飛びつくだろうがッ‼︎」

 

「威張るほどのことじゃないよ?」

 

 

 

 残念な大人を見るような目でカゲツに接するアスナ。彼女の中で、どんどん元四天王への畏敬の念が落ちていくのは仕方がない事である——が。

 

 

 

「——カゲツさん。こないだ教えてくれた裏道のジャンクショップめっちゃ良かったよ♪あんがとな!」

 

「——よくあんな穴場しってたわねー。フエンせんべい買う時間が短くて済んだから去年よりもゆっくり回れそうよ♪」

 

「——おっちゃん!こないだ見せてくれたペン回しまた見せて見せて♪」

 

 

 

 ——と。この一週間ほど、カゲツインフォメーションに世話になった人間からはすこぶる好評をいただいていた。その様子を見て、最初は不安に感じていたアスナもすっかり任せきりにさせていたくらいだった。

 

 

 

「大人気だねーカゲツインフォメーション」

 

「俗っぽい名前付けんじゃねー。ったくうざいったらありゃしねぇ」

 

「素直じゃないなぁ」

 

 

 

 良い仕事をしておきながら悪態をついてしまうカゲツに苦笑いで返すアスナ。

 

 実際彼の言動に難色を示したくなる時もあるが、率直ではっきりとした案内に助かると言う声は多い。しかも行きたい場所がはっきりしていない観光客に対して質問することで条件を限定しオススメの観光ルートなどを的確に素早く教えている姿も目撃されている。

 

 相手が団体であってもよく通る声で対応し、混雑を回避する為の気配りまでする始末だ。ちなみに子供たちには自慢げに手癖で覚えた特技を披露していた。

 

 「うるせぇ」とか「ぶっ飛ばすぞ」などの雑言がなければ、本当に素晴らしいナビゲーターであるが、その態度のデカさもまた、時に功を奏する時もあった。

 

 

 

「毎年この盛り上がりに乗じて騒ぐバカたちを1発で黙らせる剣幕にはお見それしたよホント」

 

「ギャハハ♪あれは傑作だったな〜。おきあがりこぼしみてぇに頭下げてたぜ」

 

「というか、スリや置き引きにひったくり……全部未然に防ぐその嗅覚はなんなの?」

 

 

 

 カゲツが見張る大通りには人がごった返している。その中から見知った人物を見つけるのも至難の業——にも関わらず、カゲツはその人混みの中から犯行を犯す人間を即座に見つけて捕らえることまでしたのだ。

 

 

 

「あ?視線が泳いでるやつや挙動がおかしいやつなんかは寧ろ浮いて見えるだろうが。やたら顔を隠したがる素振り見せたり、買い物袋も持ってないのによく見かける奴なんて観光客じゃねーだろ?」

 

「いやさも当然みたいな顔してるけど……普通無理だよ?」

 

 

 

 その目には悪人発見レーダーでもついてるのかと疑いたくなる精度で、マークした人間が動いた瞬間に捕まえるのだから、その視野の広さと行動力には舌を巻く。はっきり言って人外もいいところだ。

 

 

 

「——でも本当助かるよ。年末に『マグマ団』を呼んでパトロールしてもらうまでの繋ぎとしては優秀すぎるくらい」

 

「マグマ団だ〜?そうかあのギルド……この辺がホームだったか」

 

 

 

 『マグマ団』——。

 

 ホウエンギルドでNo. 1のHLC貢献度を誇る最大手の巨大団体である。

 

 その拠点は、彼らの謳う陸上生物と雄大な自然を調査と保護に適した“えんとつ山”の麓であるフエンタウン近郊に位置していた。

 

 

 

「そ。この辺の治安はあの人たちが受け持ってくれてるから平和といえば平和なんだけど……正直お堅くて苦手なんだよねー」

 

「ハッ。人任せにしてるツケだな」

 

「返す言葉もなさすぎる」

 

 

 

 肩を落とすアスナだが、それにも理由があった。それがまた彼女の胃を痛めている。

 

 

 

「この後、そのマグマ団の幹部さんと打ち合わせなのよね。だからあとはお願い」

 

「へーへー。精々いびられてこい」

 

「鬼ぃ〜〜〜!」

 

 

 

 そんな生気の抜けた悲鳴が、フエンにこだまするのだった。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 アスナとの交渉で、ユウキが本格的なトレーニングを行う昼食前まで労働時間が終わる場所に配属になった彼は、先日堪能した温泉宿にいた。

 

香楓園(こうふうえん)』——。

 

 ホウエン屈指の名旅館であり、料理部門、湯浴部門、客室部門、接客部門など、ほぼ全ての分野で金賞をいただくほどの満足度を誇る。

 

 簡素で無駄のない出立ちの中に溢れる高級感と紅葉に彩られた和みの空間は、ホウエンに留まらず世界中に愛される宿泊施設たらしめている。

 

 ——だからこそ、そこで働く人間たちに求められるのはその質と速さである。

 

 

 

「——ベッドメイクに浴場の清掃に食器洗いに館内着とタオル系の洗濯にゴミの始末と空調調節用ポケモンの世話……なるほど、これは人手が足りないわけだ」

 

 

 

 言いつけられた仕事をこの一週間ほど人に付いてやっていたが、膨大な仕事量もさることながらその仕事の質にも舌を巻いていた。

 

 主にできることが限られる新人のユウキに任せられているのはほとんどが清掃の類だが、その掃除ひとつひとつのレベルが高い。

 

 何せこの旅館の最大の売りはその客室の多様性にある。だからその部屋によって形や置物の数も見た目も全く違う。そんなものを正確でスピーディーにやらなければならない。いくら教えられた通りにしていればいいとはいえ、求められる能力は高いの一言に尽きる。

 

 一応アスナからは頼まれた身であるユウキがそこまで仕事を完璧にこなす必要はないのかもしれない……しかし、事こういう仕事に関して、ユウキは逆に楽しみを見出していた。

 

 

 

「——えっと、この部屋は客室に浴場がついてるんだっけな。天然温泉の湯気はカビやすいから先に空調の掃除からして後で乾かすか……」

 

 

 

 ひとつひとつの仕事は大したことはない。どれも一度聞けば実践できるようなものばかりだ。しかしその種類の多さに普通なら目を回すところなのだが——

 

 

 

「前の人が綺麗に使ってくれてる部屋は楽だなー。でも換気扇からヤニ臭がする。一応全館禁煙なんだけどなー」

 

 

 

 決して速くはないが、坦々とそのひとつひとつを丁寧にこなし——

 

 

 

「女将さん。室内に置く館内着、虫食いがあったんで替えときますね」

 

 

 

 細やかな気配りもしながら、どこか余裕をもって作業を次々に終わらしていった。

 

 

 

「あんた……よく働くねー」

 

「え、そ、そうですか?」

 

 

 

 彼が館内をチャキチャキと歩く姿に、思わずアスナの母でもある女将は感嘆のため息を漏らした。

 

 

 

「正直言うと、男の子にこの仕事任せるのは心配だったのよ。ほら、ちょっと雑にかたしちゃうことってあるじゃない?」

 

「は、はぁ……でも一応仕事ですし」

 

 

 

 ユウキもいつもこれほどこまめな掃除をしているわけではないが、給料の発生する掃除に関しては手を抜けないだろうという義務感でやっているというのが本音である。

 

 それを褒められても、アスナとの交渉で割りのいい時給にしてもらってる手前、いつも以上に掃除に熱が入るのも当たり前だと彼は思っていた。

 

 

 

「それにしたって、ポケモンたちにも別作業させてるんでしょ?外の仕事は力仕事ばっかりだからみんなやりたがらないのに、よく躾てあるわよね」

 

 

 

 実は室内の細かい作業はユウキが担当していたが、外では切った薪を燃やして炭を作る作業も同時にポケモンにさせていた。

 

 この旅館の空調——この時期は暖房に使われている“マグマッグ”と“コータス”に与える為の炭の消費が膨大なのだ。本来は天然の石炭や鉱石を食するが、焼きたての木炭も好むため、それらを与えて館内の温度調節に一役買ってもらっている。ちなみにサウナや厨房の火力担当にもなっているそうだ。

 

 

 

「偉いわねー。短期バイトだなんて勿体無いわー。いっそ本格的にウチで働いてくれたりしない?」

 

「ハハ……褒めてくれるのは嬉しいですけど、俺も予定があるというか……」

 

 

 

 あまりこういう家事を褒められることに慣れてないユウキはぎこちなく返す。少し失礼だったかなと思いながら、女将の返答を待つ。

 

 

 

「まぁプロの駆け出しさんだもんねー。今は忙しいか」

 

「で、でもフエンの空気は好きですよ。田舎だけど人が賑わってて空気も美味しいというか……」

 

 

 

 特に責められたわけでもないが、地元に興味がないと捉えられると困ると思ったユウキはつい余計なことを口走る。

 

 その隙を、長年人を見てきた経営者として女将が見逃すはずもなく。

 

 

 

「ほほー?じゃあそのうち終の住処にはフエンに来てもいいってこと〜?」

 

「え、いや、そういう意味じゃ——」

 

「そうねー。プロ活動もずっとって訳じゃないんでしょー?だったらそのうち骨を埋める場所を探すわけだし、その後の仕事もある此処を選ぶのは割とアリじゃない?」

 

「アリかナシかで言えば……まぁ……」

 

「それに、どうしても煮え切らないっていうなら——」

 

 

 

 そこで女将は、トドメの一撃と言わんばかりに耳元で囁く。

 

 

 

「——アスナを嫁に出しちゃおうかしら?」

 

「なっ——⁉︎」

 

 

 

 それを聞いた瞬間、耳まで一気に赤く染まるユウキ。こういうのに全く耐性のない元引きこもりには、充分すぎる一撃だった。

 

 

 

「なにー?15歳(その歳)にもなってまだそんな初心なのー?」

 

「い、いきなり言うから!だ、第一そんなの本人のいないとこでする話じゃない!」

 

「え?じゃああの子がOK出したらいいって事?」

 

「〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 言った端から揚げ足を取られ続け、どんどん発言の幅がなくなるユウキの顔はマトマの実のように染まっている。というか爆発寸前である。

 

 

 

「……あの子、性格はざっくりしてるけど明るいし……何より発育は普通の子より——」

 

「あ、外で炭作りさせてるジュプトル(わかば)たちのところに行かなきゃ!それでは失礼しまーーーーーーーす!!!」

 

 

 

 そう言い残し、遁走するユウキ。

 

 明らかに逃げた彼の背中を見て、「あ、これもうちょい押せばいけるな?」などと勝手な思いを呟く。

 

 ——そこでふと、彼女は思い出した。

 

 

 

「あら?そういえばマグマ団さん、そろそろお見えになるんじゃなかった?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 香楓園は山間部にある町の立地のために、一足早く冬がくる。雪が降るほどではないが、寒気に対策を施さなければならない為、ボイラー代わりとなる“コータス”は必要不可欠だ。

 

 さらに各部屋の細かい気温調節の為に、旅館中に張り巡らされたダクトを通して“マグマッグ”が忙しく行き交う。

 

 その両方の活動エネルギーとなる『木炭』を作る一過程を担うのが、俺に課されたもう一つの仕事である。

 

 

 

「——お。めっちゃ切ったな」

 

 

 

 しかしそのほとんどが材木を細かく切る作業——普通に薪割りだ。それだってわかばの“リーフブレード”でやってもらっているので、俺は切ったやつをさらに細かくするだけでいい。

 

 

 

——ルロロ。

 

「お疲れ様。こんだけありゃ今日の分は大丈夫だろ——ほかのみんなも材木運んでくれてありがとな」

 

 

 

 わかばが両断するための原木を、ビブラーバ(アカカブ)が運び、マッスグマ(チャマメ)カゲボウズ(テルクロウ)が定位置に置く——そんなルーティンで仕事を頼んでいた。

 

 4匹もこの一週間で、この仕事も板に付いてきたって感じだった。

 

 

 

「さて……そろぼち上がって飯にするか。昼からのトレーニングも頑張ろうな」

 

 

 

 それに応える4匹をボールに戻した時だった。

 

 

 

「ん〜。ここの入り口どこですかー?」

 

 

 

 そこの角から顔を出してきたのは眼鏡をかけた黒髪の少年……だった。

 

 悪目立ちしそうな赤いフード付きの服装が、ただの私服とは思えない感じだった。それに確信を持ったのは、あの『Ω』のマークがあったから。

 

 

 

(あのマーク……確かマグマ団……?)

 

 

 

 アオギリさんの時に無知過ぎたのを反省して、俺もギルドについて調べていた。その検索に最初にヒットするのは大体アオギリさん束ねる“海”のギルド『アクア団』——そしてそれと対をなす“大地”のギルド『マグマ団』だ。

 

 そのメンバーだということは、そのトレードマークである『Ω』が示している。

 

 

 

「あ。人居た。すいませーん」

 

「え、俺……?」

 

 

 

 そのマグマ団と思しき人間に呼びかけられた。そいつは俺の方に向かってズンズン進んでくる。何用だ?

 

 

 

「ごめんなさい。僕、ここの人に用があって」

 

「ここの人って……香楓園に?」

 

「あ、いきなりすみません。僕、マグマ団というところから来たんですけど」

 

「見りゃわかるよ。そのマグマ団がどうして?」

 

 

 

 確かマグマ団はフエン近郊に拠点を構えていたはず……別にこの辺に現れても不思議ではない……はず。

 

 それでも急に現れた人間を雇われてる俺が勝手に通していいものかどうか……さて、どうする?

 

 

 

「な、なんか警戒させちゃったかな?僕は——」

 

 

 

 多分自己紹介をしようとしていた。でもそれを遮ったのは、俺——じゃない。

 

 

 

——バシュン!

 

 

 

 それはさっき戻したわかばがボールから自力で飛び出す音だった。

 

 まだボールのセーフティロックをしていなかった為に勝手に出てきてしまった。しかしわかばがそんな落ち着きがないことなんてなかったので、俺も困惑する。

 

 

 

「ど、どうしたわかば……?」

 

 

 

 俺の問いかけにわかばは答えない。

 

 わかばの目線は何かに釘付けされたように固まって動かないのだ。それは、今しがた現れた少年に注がれている。

 

 

 

「——キモリ?」

 

 

 

 少年が口にした名前は、俺に言いようのない気持ちにさせた。

 

 今のわかばの姿は“ジュプトル”——この姿を見て、進化前の“キモリ”の名前が出てくるのは違和感でしかなかった。

 

 なぜ——しかし、そんなのは簡単な話だった。

 

 

 

 何故なら、彼の見た目が——ハルカ()から聞いた通りだったから。

 

 

 

(なんで……いや、本当にこいつが?でも——)

 

 

 

 色んな憶測が俺の頭の中で行き交って、ぐるぐる回るが、次の言葉が出てこない。

 

 口はまるで凍りついたように動かない。

 

 ——次の一言を聞くまでは。

 

 

 

「……久しぶりだね。()()()

 

 

 

 俺の相棒の名を、優しく呼ぶこの声。

 

 そいつの声を聞いて、反射的に俺は口にしていた。

 

 わかばの元相棒の名を——

 

 

 

「お前……マサトか?」

 

 

 

 

 

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その邂逅は、運命か——。



〜翡翠メモ 30〜

『フエンタウン』

ホウエン観光地の中でも指折りの観光名所で有名な温泉街。
特に名産『フエンせんべい』は地方を越えて多くの人間に愛されているソウルフードである。それと活火山であるえんとつ山が生み出す天然温泉目当てに訪れる旅人が後を経たない。

観光客の多さ故に開発の声も上がるが、景観を壊しかねない事と拠点を置いているマグマ団の嘆願もあって通行手段には難があるものの、その自然を守りたいと思えるほどの美しい風景は今も健在である。



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第117話 二人の相棒


SV未だモンスターボール級です。
伸び代ってことですよねわかりますわかります(血反吐)




 

 

 

「——僕の名前、知ってるんですね」

 

 

 

 俺の質問の反応を見るからに、やはりこいつがマサトだとわかる。

 

 ミシロタウン出身であり、2年前にそこを飛び出して消息を絶ったプロトレーナー。ハルカの実弟であり、キモリだった頃の……わかばの最初の相棒——

 

 

 

「……ハルカから聞いたよ。お前が旅に出たきり連絡一つ寄越してないってな」

 

 

 

 自然と敵意のようなものが心から溢れそうになる。本当なら初対面からいきなりそんなものを向けても仕方ないことではあるが、やはり聞いていた事がフラッシュバックすると冷静ではいられない自分がいる。

 

 わかばの元相棒。かつては夢を同じくして研鑽を積んだこと。そのわかばが進化できないとわかると、それを見限ってひとりでプロの道を歩んだこと。家族の誰にもその理由を教えないままに行方をくらませた存在が、今俺の目の前にいるのだ。聞きたいことは山ほどある。

 

 

 

「姉さんか……元気にしてました?」

 

「元気にって……そんなの自分で聞けばいいだろ?」

 

 

 

 また口調が厳しくなってしまう。

 

 でも今は話し方に気をつけていられるほど余裕がない。気を抜けばいきなり込み上げてきた感情次第で、理性を失うことさえあり得そうで怖い。

 

 突然現れた困惑と人伝に聞いた振る舞いへの怒りで自分を見失いそうだった。

 

 

 

「……今までどこにいたんだよ?姉さん心配してたぞ」

 

「ああ。それは姉がお世話に……今はこの通り、マグマ団の一員で……一応これでも三人いる幹部のひとりなんですよ♪」

 

 

 

 悪びれもせず、マサトはひらひらと笑いながら服装を見せびらかす。

 

 もし今言ったことが本当なら、大手ギルドの幹部ならそれはそれですごい事だ。マグマ団の総団員数は末端含めて数百人に及ぶ。その中でたった三人しか選ばれない幹部となるのは容易なことではないだろう。

 

 しかし……だからこそ俺はまた苛立ちが込み上げてきた。

 

 

 

「俺、ハルカからのを聞き間違えたのかな……お前はプロトレーナーになって、ホウエンリーグ優勝を掲げて出て行ったって聞いたんだけど?」

 

 

 

 もちろんプロでもギルド所属をする者は多い。プロのランキングを上げる事には、公式大会で結果を残したり、ジムバッジ取得数を増やすことと並んで、HLCへの貢献度も含まれる。

 

 ざっくり言えばトレーナーとしての有用性——地域に献身的な働きかけをしたり、珍しいポケモンの発見や革新的な育成論の確立などがあるが、そうしたものを単独で行うのは困難だ。大体はギルドに所属し、その活動に便乗する形で貢献度を上げる者が多い。

 

 だが、幹部昇進となると話は変わってくる。

 

 

 

「幹部になったってことは、プロの仕事よりギルドの仕事を優先するって事だろ?なんでだよ……ランカーへの道は諦めたってことか?」

 

 

 

 幹部はいわばギルドの長から直接指示を受ける立場。指示を遂行する為には持てる能力を注いで行動できる実力とその責任を帯びることになる。

 

 幹部になるとは、ホウエンで一番のトレーナーになる道を選べなくなるということと同義なのだ。

 

 

 

「ランカー……ですか。ふふふ」

 

「何がおかしいんだよ……?」

 

 

 

 俺の質問に、本人にその気は無かったのかもしれないが嘲笑うような態度を示すマサト。

 

 

 

「いやすいません。僕、割と序盤に諦めちゃいまして」

 

「…………は?」

 

 

 

 マサトが言うことを、俺は上手く飲み込むことができなかった。

 

 

 

「僕、これでも学校(スクール)では結構有名だったんですよ。天才なんて呼ばれてた頃もありまして……でも卒業してすぐ、外に飛び出してわかったのは、現実そんな甘くないってことでした」

 

 

 

 何を……言ってるんだこいつは?

 

 わからない。俺にはこいつが何を言ってるのか——いや、信じられなかった。

 

 

 

「ジムバッジを取るのも大変でしたし、大会なんてほんと全然ダメダメで……学校(スクール)みたいに同じレベルのトレーナーとばかり戦ってたからかな?僕の才能なんてそんな大したことないんだってわかっちゃったんですよ。だからさっさと諦めて僕は——」

 

「おまえッ——‼︎」

 

 

 

 気付いたら、俺はマサトの胸ぐらを掴んでいた。酷く呼吸が乱れて、頭がガンガンする。目の前のこいつの振る舞いが、声色が、話し方が……全てが癪に触った。

 

 

 

「……なんですか?」

 

「なんですかだと?ふざけんな。お前、わかばを——キモリを置きざりにして夢を追ったんだろ?大事な友達切り捨ててでも突っ走ったんだろ⁉︎それが『才能がなかったから諦めました』……?」

 

 

 

 その間、こいつが簡単に諦めて2年間ほかごとに勤しんでいる間、わかばがどんだけ辛かったか……そう思うと、俺はたまらなくなった。

 

 

 

「置いてかれたわかばのこと、ちょっとは考えたことあんのかよッ‼︎」

 

 

 

 堪えられなくなった俺は、感情が次から次へと口に昇る。

 

 

 

「進化できなくて……強くなれなくて悩んでたのはお前だけじゃないのがわかんないのか⁉︎わかばが……あいつこそが一番悩んでたんじゃないのかよ⁉︎それをトレーナーのお前が見限る?あり得ないだろ!約束は——トレーナーのお前の方からしたんだろ⁉︎」

 

 

 

 ポケモンは言葉を持ち合わせない。

 

 極端に知能が高いものでもない限り、自分から約束を持ちかけたりはできないのだ。だから、わかばとした約束はこいつから持ちかけたはずなんだ。

 

 それで——身勝手にこいつの方が反故にしたんだ。

 

 

 

「それでも——身勝手にやるならやるでせめて貫けよ!わかばを見限ってまで進んだ道を簡単に諦める奴があるかよッ‼︎それを本人の前で平気で言うな——どんな神経してんだお前!!!」

 

 

 

 思えば、わかばとは来月で一年の付き合いになる。

 

 人生という大きな期間で、その一年はほんの一瞬だけど、その一瞬が今俺の頭の中で駆け巡る。その中に確かにあった悔しさや辛さ……絶望を思い出す。

 

 普段感情を表に出さないわかばが……震えていた事を俺は——

 

 

 

「——わかばって呼んでるんですね。いい名前」

 

「お前——」

 

「勝手に色々言ってくれましたけど、別に僕は彼にしたことをこれっぽっちも悔やんでいませんよ?」

 

 

 

 一瞬、マサトがわかばにあたたかい眼差しを向けていたように見えたが、声色は急に冷たくなる。

 

 

 

「何……?」

 

「キモリが進化しないで勝てないのわかってて試合に出す方が酷でしょ?プロのポケモンの攻撃は痛いですからね。無茶させてそれこそ危ない目に遭わせたら可哀想じゃないですか」

 

 

 

 それは……進化できないまま通用する世界じゃないことは身をもって知っている。でも、それで納得なんかできるわけがない。

 

 

 

「なんだそれ……じゃあ何か?お前はわかばのためを思ってやったって言うのか?」

 

「ハハ。そんな高尚なもんじゃないですよ。弱いから使えない。使えないから捨てた——そんだけですよ」

 

 

 

 それが俺の中の何かを千切る。

 

 胸ぐらを掴んでいる手の半分を離して、握り拳を作っていた。

 

 こいつは、今言っちゃいけない事を——

 

 

 

——ルロ……。

 

 

 俺が怒りのままに振おうとした拳をそっと止めたのは、わかばだった。

 

 ……それで俺は、我に帰った。

 

 

 

「ちょっと何してるの⁉︎おっきな声が館内まで丸聞こえだったわよ!」

 

「——!女将……さん」

 

 

 

 さらにそこに駆けつけたのは、香楓園の女将さんだった。どうやら俺は昂り過ぎて大声を出していた……らしい。

 

 

 

「なになに喧嘩〜?しかもマグマ団さんとだなんて……」

 

「いやぁ到着が遅くなってすいません。マグマ団警邏部隊担当のマサトです。ちょっと彼とは共通する知人がいたもので……」

 

「…………」

 

 

 

 女将さんににこやかに対応するマサトを睨みながら、それでもここで問題を起こすわけには行かないと思った。頼まれたとはいえ、お世話になってる雇われ先に迷惑をかけるのは俺も望むところじゃない。

 

 それにさっき俺は、危うく自分の感情に任せて相手を傷つけそうになった……いつもはかかるはずの理性が吹っ飛ぶほど、今のマサトは俺を揺るがす。

 

 仕方がないと言えばそうなんだろうが、倫理感を無視し、自分の言葉だけを押し通そうとするような……俺は自分が嫌う人種と同じような行動をとる羽目になるところだった。

 

 

 

「そうなのー?何があったのか知らないけど、喧嘩はウチの敷地内でしないでね?」

 

「ご迷惑をかけます」

 

「……すみませんでした」

 

 

 

 マサトに対して許す気持ちはない。それでも関係のない人を巻き込んだことについては100%俺が悪かった。

 

 どんな理由があろうと、俺は感情的になるべきじゃなかった。

 

 

 

「じゃあいきましょうか。打ち合わせ♪」

 

「えっ。でもいいの?その子と知り合いなんでしょ?」

 

「……別にいいですよね?えっと、何てお名前でしたっけ?」

 

 

 

 その言葉に、収めたはずの気持ちのタガが緩む。

 

 マサトはまるで俺が言った事を意に介していないようだった。それどころかわかばのことも……それがまた、俺に悔しさを滲ませる。

 

 

 

「……待てよ」

 

 

 

 わがままを言って周りに迷惑をかけるのは本意じゃない。

 

 俺は……それでもこのまま何もなかったことにされるのだけは我慢ならなかった。

 

 

 

「女将さんごめん。まだそいつには用がある」

 

「僕はないんですけど」

 

 

 

 冷たく突き放そうとするマサトを俺はじっと睨む。煩わしそうな顔をしながら、しばらくするとマサトはため息をついた。

 

 

 

「……申し訳ないですが、少しお時間いただけますか?このままだと付きまとわれそうですし、先にこの人と話をつけさせてください」

 

「え、ええ……でも——」

 

「そう長くはかかりません。そうですよね?キモリの相棒さん?」

 

 

 

 それは俺の意図を読み取ったから出る言葉だった。話は早くて助かる。

 

 

 

 わかばの事を弱いだの使えないだのと言った事だけはせめて改めてもらう。

 

 その為に最も簡潔な方法を、マサトもわかっているはずだ。

 

 

 

「——そこにバトルコートあるから。そこで話をつけるぞ」

 

「……いいですよ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ええ⁉︎アニキがマグマ団幹部と喧嘩ぁ⁉︎」

 

 

 

 俺は仕事先から昼休憩をもらって、せっかくだからアニキも誘おうと香楓園に来た。そこで出迎えてくれた女将さんに事の経緯を聞いて、信じられないって気持ちが込み上げて来る。

 

 

 

「あのアニキが……間違いないんスか?」

 

「多分……ユウキくんの方から噛みついてたように見えたけど」

 

 

 

 その証言は、俺にとっちゃ明日槍が降ってくるのと同じくらいの驚きだった。

 

 アニキは問題に巻き込まれることは多い。そういう星の元に生まれてきたのはわかるっす。でもこれまで、ただの一度もアニキの方からふっかけた喧嘩はなかったはず。

 

 ひと月そこいらの俺が言っても説得力はないかもっすけど、アニキの今までの性格を考えても……怒ってるところすら中々見たことないのに。

 

 

 

「それで、アニキたちは近場のコートに行ったんすか?」

 

 

 

 香楓園が管理する簡易的なバトルコートが2面だけ、敷地から少し下ったところに備えられている。元々はバトル好きだった先代のジムリーダーが独断で置いたものとかなんとかで、今は宿泊者と従業員なら使っていいことになっている。

 

 むー。とりあえず行ってみるか?

 

 

 

(あ、でも……そういえばアニキが怒ったとこ、一回だけ見たことあるっけ?)

 

 

 

 それは確か……カイナでハルカさんと真剣な話をしてた時だったと思う。

 

 でも「まさかな……」と思い、俺は女将さんの言われた場所に行ってみることにした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ちっ……またかよ」

 

 

 

 俺はまた一人、腕を引っ捕まえて地面に押し倒す。

 

 関節を決められて身動き一つ取れなくなった馬鹿野郎が根を上げると、すぐに他の係員がきて拘束。その後はマグマ団の警邏部隊とやらに引き渡すらしい。

 

 なんで俺様がこんな不機嫌かだと?

 

 

 

 ——これでもう今日だけで5人目だからだよ。

 

 

 

「おいおいどうなってんだ?この町はスリでもしてくれって宣伝して回ってんのか?」

 

「いや……我々もこんなこと初めてで……」

 

「話になんねーな」

 

 

 

 俺がここで無理やり働かされて一週間。検挙したやつは合計で20人近い。町一つで一週間でだぞ?流石にこれは多すぎる。

 

 確かにこう言う場所は犯罪の温床だ。やる側の気持ち考えたら、財布も気も緩みまくってる奴なんかカモでしかない。

 

 とはいえ、人の上前をはねて生きるクズがそんないきなり急増すんのは不自然だ。出来心でやったじゃ済まされねえ人間の数だってのは明らかだ。

 

 ここにいる奴らは俺だからたまたま見つけられたみてぇに構えてるが、マグマ団の庇護があるこの町で犯罪を犯すリスクを負う胆力のある奴がこんなにいること自体がおかしいんだよ。

 

 

 

「……そういやあの爆発娘、今年が赴任して最初の年だって言ってたか?」

 

 

 

 ジムリーダー就任したての町なら、確かに組織編成的にもばたつくし粗が目立つ。それに漬け込もうって魂胆ならまあわからん話でもない。

 

 結局あいつの能力不足が招いた結果ではあるんだろう。知ったことじゃねぇが。

 

 

 

「はぁ……そろぼち飯行くか——」

 

 

 

 そう思って、俺が代わりの奴を呼ぼうとした時だった。

 

 

 

(——なんだあいつ?)

 

 

 

 フエンで最も広い街道の中、ひとりの男に目が止まった。

 

 背丈は目算で170cm、白い髪、黒いトレーナーウェアのようなものを着用。余裕そうな薄ら笑いをしながら、まるで当たりを物色しているようだった。

 

 この一週間では見なかったことから、フエン在住者ではない……今までのように何か確証があるわけでもなかった。

 

 ただあいつがいるところだけが、少し()()()

 

 

 

「——!」

 

 

 

 そいつと目が合った俺は、反射的にそいつに向かって走った。

 

 それを受けて、そいつはニヤッと笑って街道の影に走り込んだ。

 

 

 

「待ちやがれッ‼︎」

 

 

 

 逃げた先を追う。

 

 追われた側も逃げたならそれなりの理由があったと見ていい。とにかくそいつが駆け込んだ路地裏は、一本道の行き止まり——まだ何も犯行に及んでいないならシラを切られる可能性はあるが、話くらいはさせてもらえそうだ。

 

 

 

「観念しな……大人しく——ッ⁉︎」

 

 

 

 しかし、路地裏を見た俺の予想は裏切られた。

 

 そいつは……その路地から完全に姿を消していたのだ。

 

 

 

(バカな……見間違いじゃねぇ!確かにさっきの奴はここに逃げ込んだ!なのに——なんてな)

 

 

 

 俺は路地裏で撒かれたと狼狽えるふりをする。当たり前の話だが、路地裏には路地裏があるべき理由がある。

 

 難しい話じゃない。こんな狭い道でも、建物の勝手口としては最良のなのさ。

 

 

 

——ガララッ!

 

 

 

 路地にひとつだけあった引き戸を思い切り開ける。確かこの建物は定食屋のはず。もしあいつがここに逃げ込んだんだとしたら、その形跡が辿れるはずだ。

 

 

 

 

「——なに?」

 

 

 

 しかし、今度の予想も外れた。

 

 開けられた向こうは定食屋の厨房。そこであくせく働いていた肥満気味の男が驚いて固まっているだけだった。

 

 誰かが飛び込んできたのが、俺が最初のようなリアクションだった。

 

 

 

「おい!ここに白髪の黒服が飛び込んでこなかったかッ⁉︎」

 

「し、知らないよ!いきなりなんだよアンタ⁉︎」

 

 

 

 その言葉が嘘でないことは直感でわかる。今度こそ、正真正銘追跡を撒かれた。

 

 この俺様の追跡を——

 

 

 

「クソッ!逃したか……手持ちさえありゃ匂いで辿れるんだが——」

 

 

 

 そんなもういないものを言い訳に、負け惜しみしか言えない自分に腹が立つ。

 

 だが、確かにあの路地には誰もいなかった。ポケモンを使って路地の上まで上がっていった?いや、そんな時間も痕跡もなかった。

 

 この扉以外……あいつの逃げ道はなかったはずだ。

 

 

 

(……一応報告はしとくか)

 

 

 

 なんとなくだ。確証はない。

 

 それでも嫌な予感ってのは無視しないほうがいいってことを俺の直感が言ってる。

 

 後々面倒なことになりそうだ——ってな。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 香楓園近郊のバトルコートは、使われていない割に綺麗に整備されている。元々の持ち主がアスナのお爺さんらしいから、多分大切にされてるんだろう。

 

 そんな場所を、本来なら俺なんかが私情で使っちゃいけないんだろうな。

 

 

 

「一応、あの場を納めるためにお受けしましたけど……」

 

 

 

 そう言ってマサトは煩わしそうに俺を睨む。その目に熱のようなものを感じず、相変わらず冷ややかな感情だけが伝わって来る。

 

 

 

「何がそんなに不満なんです?僕がどうしようと、貴方に関係はないと思いますが」

 

「関係ある……わかばはもう俺のポケモンで友達だ。お前の家族にも世話になってる。その両方に……お前が不義理な態度取ってることが許せない」

 

「人の家庭に首を突っ込むなってよく言いません?今あなたに言ってあげたいんですけど?」

 

「…………」

 

 

 

 確かに俺がやってることは大きなお世話かもしれない。ハルカもオダマキ博士も……きっと俺がこうやってマサトと衝突することなんて望んでいないのかもしれない。

 

 でもそういうのを加味しても、俺は黙っていられなかった。

 

 

 

「俺に偉そうなこと言う前にさ。お前自身がやらなきゃいけないことあるだろ?こうやって俺を遠ざけるのも、耳が痛いから黙らせたいだけなんじゃないか?」

 

「耳が痛い……?どうして僕が?」

 

 

 

 本当にわからないのか?

 

 家族をあんなに心配させていることも、元相棒への冷たい態度も、こいつはまるで理解していないのか?

 

 だとしたら、俺は許せない。

 

 許せないのは……きっと——

 

 

 

「……家族に理由も説明せず、相談もせず、弱音もわがままも言わずに……何もかも丸呑みしてるお前を心配する周りの気持ちに、本当に気づかないのかよ?」

 

 

 

 それはされた側にしたらたまったものじゃない。説明がなければ理解してあげることもできないし、相談されなきゃ助けようともしてあげられない。

 

 弱音を吐いてくれたら慰められるのに。八つ当たりぐらいされれば受け止めることもできるはずなのに……。

 

 そうしたことができる家族を持ってるのに、こいつは——

 

 

 

「心配ね……でも心配させないってほうが難しいんじゃないですか?」

 

「それでも努力はするべきだ」

 

「努力が結果に結びつかないならしてないのと同じですよ」

 

「やろうとしてることを話すくらいできただろ?秘密にしてほしいことでもあの人たちの口の硬さなら大丈夫なはずだ」

 

「それを伝えたら余計心配されるとしても?」

 

 

 

 あっけらかんと言い放つが、要は心配されるようなことをやっていると言ってるも同然だった。

 

 なんなんだ?こいつ、一体2年前に何があったんだ?

 

 

 

「……随分と好き勝手言われて僕もトゲトゲしく話しちゃいましたね。そのことについてはお詫びします。僕、なるべく争いは好まない主義ですので」

 

「それは……俺も……」

 

 

 

 予想外の言葉だった。

 

 でも確かに噛みついたのは俺で、マサトは唐突に向けられた敵意に反撃していたに過ぎないのかもしれない。

 

 こんな状況で、いきなり見ず知らずの人間から家庭や過去というデリケートな領域を踏み荒らされたら、素直に話してくれるものもくれない。

 

 そのことに気づかされたのが、マサトの年下とは思えない大人に対応だったのは、ちょっと癪だったけど。

 

 それを認める悔しさはあれど、マサトの方から頭を下げられてしまったらもうどうとも言えなくなってしまった。

 

 そうして黙っていると、今度はマサトの方から切り出してきた。

 

 

 

「……僕の方からあなたに説明できるのは、2年前のあの日に全てが変わったわけじゃないって事です。それよりずっと前から考えていた僕にしてみたら当然の結果だったんです。その結果、みんなを傷つけてしまったことについては……謝ります」

 

「……俺に謝ってもさ」

 

 

 

 人を傷付ける結果。そこに至る選択を、2年前のマサトがしなきゃいけなかったってことか?でも、ならなおさらその理由が気になる。

 

 でもこの感じだと話してくれそうな感じはしない。

 

 

 

「こっちは結果論ですが、今まさにキモリ——今は進化して名前も貰ってる“わかば”もそのおかげで今あなたと一緒にいるんじゃないですか?」

 

「それは……それでもわかばはずっと苦しんでたんだ。今もお前と会って、動揺してる」

 

「そうでしょうね。何せ酷な別れ方をしましたから……その彼が今はもう一人前のトレーナーの元で戦えているなんて、凄いことです」

 

 

 

 まるで他人事のような感想を言うマサトに、俺は本当にこいつがあのハルカの弟なのか?と疑念が湧く。

 

 あの姉とはまるで正反対。感情よりも理屈と利益で事態に当たる姿勢は、博士とも違う冷静さを感じる。

 

 優しい弟だってハルカは言ったけど、この2年で大きく性格が変わったとでも言うのだろうか?

 

 

 

「だけど、そのトレーナーさんがバトルで決着を付けようだなんて……少しがっかりでした」

 

「……何が言いたいんだよ?」

 

 

 

 話の矛先が俺に向いた。

 

 マサトはこれまでと変わらず、感情を悟らせないトーンで淡々と話す。

 

 

 

「だってそうでしょ?『話が通じないなら、勝った方が正しい。だから謝れ』——ってことでしょ?この勝負って」

 

 

 

 違う——とは言い切れない。

 

 少なくとも俺はそう言ってしまいそうな程、このむず痒くて息苦しい状況に参っていた。短絡的で乱暴な解決策だったのかもしれない。

 

 

 

「勝者が正義——腕っぷしで話が着くなんて前時代的で横暴な答えを出すトレーナーの元にいるのは、元相棒としては心配ですね。率直な感想を言わせてもらえれば」

 

 

 

 そんな気持ちが少しでもあったから、今のは否定しない。でも、バトルをしようと言ったのは何も、マサトを説得させるために言い出したんじゃない。

 

 

 

「それに……わかばの相棒さん。あなたはやる気満々かもしれませんが、肝心のわかばはどうなんですか?僕と……戦えるんですか?」

 

 

 

 その質問は、ドキリとさせられた。

 

 確かに……わかばのあの動揺はすぐに解決できるとは言い切れない。勢いで挑んだ甘さが、俺の判断を鈍らせていた。

 

 自分の手持ちのコンディションにはいち早く気付くべきだったのに。

 

 

 

「……ね?知っての通り僕にも予定があります。今日無理に戦うことはないでしょうし、どうせこの先もお互い忙しいでしょ?話はどうやら平行線にしかならないみたいだし、ここはお互い不干渉で行くのがベスト。これこそ大人な対応じゃないですか?」

 

 

 

 どこまでも感情を抜きにしたその態度は、早くこの場を収めて次に行きたいという意志を伝えてきた。

 

 ——もう面倒だ。早く終わりにしてくれ。

 

 そんな感情が、所作に出ていた。

 

 だから俺も……簡単に引き下がってやるものか。

 

 

 

「……嫌だ。戦え。こんなとこで良い子ぶる気なんかない」

 

「わかんない人だなぁ」

 

「わかんないのはお前の考えてることだよ。俺はもっとシンプルにお前が気に食わないんだ。何もなかったみたいに振る舞って、自分を思う人間の気持ちを無視して、過去に無理やり捨てたポケモンとの和解すらしようとしない……そんな奴のことを俺は『大人』とは言わない」

 

「……で、結局バトルで解決ですか。言葉が通じないなら戦争しかない——」

 

「あんまり自惚れんなよ」

 

「……はい?」

 

 

 

 俺の煽った言葉の意味を理解できないと言った顔……いや、煽られたことに対して、マサトはようやく苛立ちのような顔を覗かせた。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいいが。

 

 

 

「俺は、お前のことだって本当はどうだっていいんだ。ただ俺の知り合いがやたら気にかけるからどんなもんかと思ってこうして話して見たけど……大した奴じゃないってことはわかったよ」

 

「仰ってる意味がわかんないんですが?」

 

 

 

 今度ははっきりと怒りの感情を発する。どうやら自尊心だけは一丁前のようだ。

 

 

 

「お前は冷静に物事を判断してるつもりかもしれないけど、自分が欲する情報以外に耳を塞ぐ子供みてぇな……そんな奴に俺らのことを理解してもらおうなんて思うわけないだろ。あんだけ言ってわからないんだから、戦争してまでわからせてやりたいなんて……お前にそんな価値ないよ」

 

「そっちからふっかけてきておいて……なんなんですか?」

 

 

 

 確かにこれはもうバトルとは呼べないのかもしれない。ただの喧嘩で、俺はわかばにそんなことをさせようとしているのかもしれない。

 

 ここに正当性なんてない。でも、引けないのはわかる。

 

 トレーナーとして、わかばの友達として……

 

 ——正しいことよりも優先したい気持ちが今あるから。

 

 

 

「もっとわかりやすく言ってやる。お前みたいなトレーナーのこといつまでも引き摺られるのは困るんだよ!わかばにはこれきりきっぱりと忘れてもらう……お前に使えないなんて言われた事で傷付いたんなら、今日勝って2年前のお前の言葉をのし付けて返す!『わかばが使えない……?この節穴が』——ってな」

 

 

 

 それが……俺の今の戦う理由だ。

 

 もう二度と、俺の友達を馬鹿になんかさせてたまるか。

 

 それを受けて……マサトは——

 

 

 

「……一応言っときますが、ギルドの警邏部隊を率いているだけに、あなた程度よりは強いと思いますよ」

 

 

 

 どうやら、やる気になってくれたようだ。

 

 

 

——無論加減はできないと思うので。悪しからず……!

 

 

 

 

 

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ぶつかる両雄。友の尊厳を賭けた戦いへ——!



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第118話 思考と学習と反射


話は決まってた割に書くのがすごぉーく遅くなりましたね。
戦闘内容、もっと魅力的に表現できるよう頑張ります!




 

 

 

「——悪いなわかば……こんなことになっちゃって」

 

 

 

 香楓園管理の人気のないバトルコートで、俺とマサトはそれぞれ対岸に立っている。俺はボールから出したジュプトル(わかば)にそんな謝罪を口にする。

 

 

 

——……。

 

 

 

 わかばの反応はなかった。

 

 そりゃそうだよな。恐らくわかばはまだマサトとの再会に気持ちの整理をつけていない。俺だってまだ気持ちの整理ができてないんだから、わかばなら尚更だ。

 

 それと今から戦うなんて……正直気乗りなんてしないだろう。

 

 

 

「話を勝手に決めたの、本当に悪かったと思ってる。ごめん」

 

 

 

 深く頭を下げるしか、今の謝罪を表現できない俺はただ繰り返し謝る。

 

 それを受けてわかばも何か言いたそうではあるが、鳴き声ひとつ出せず、躊躇うように口が開いたり閉じたりしている。

 

 元々人間の言葉を発せられるわけじゃないが、気持ちを理解しているわかばだからこそ、俺への気遣いもあるのかもしれない。

 

 わかばの目には、無様で浅慮なトレーナーの俺に対する怒りや不満のようなものをかんじなかった。それだけは今、すごく助かっている。

 

 

 

「……マサトと戦うの、しんどいとは思う。俺はあいつのこと……嫌いというか苦手だけどさ。お前にとってマサトは……今も大切な存在なんだよな……?」

 

 

 

 それに向かって俺はこの短時間で、どれほど辛く当たったのだろう。それを見て、わかばも苦しかったはずだ。

 

 そんなものを見せてしまったことは、俺の最大の失敗。トレーナーとして下策にも程がある。

 

 でも……だからこそ、わかばには戦って欲しかった。

 

 

 

「——あいつをぶちのめせなんて言わない。捨てられた恨みを晴らせなんて事も……ただ見せてやってくれないか?マサトに……お前が今日までどんだけ頑張ってきたのかをさ」

 

 

 

 それだけなら、わかばにもきっとできると思う。していいと思う。

 

 一緒にいられなかった空白の時間、わかばがどんな風に過ごしたのかを、言葉よりもきっとバトルの方が伝わる気がした。

 

 それを言い訳にするつもりはないけど、俺の私情は抜きにしても、このバトルはわかばにとっても大事な一戦になると思う。

 

 もしかしたら、マサトにとっても——

 

 

 

(なんて……あいつにハッパかけてといて言えた義理じゃないよな)

 

 

 

 ——もう後は戦ってみるしかない。

 

 マサトがこの2年で……それより前から何があったのかは知らない。

 

 それでも何があったって、今のマサトを認められない俺と、マサトのことで動揺してしまうわかば。

 

 俺たちはもう、マサトを無視して先には進めないから。

 

 

 

「……あの。作戦会議が終わったなら早くしてもらえませんか?」

 

 

 

 俺の声は聞こえちゃいないだろうマサトが急かす。俺はその太々しさに少し苛つきながらも、落ち着いた声を努めて発する。

 

 

 

「——行けるか。わかば」

 

 

 

 俺の気持ちがどれほど伝わったかはわからない。でもわかばの目の奥に、ぎらつく炎のような輝きを感じた。

 

 戦闘体勢に……入ってくれていた。

 

 

 

「じゃあ。始めましょうか。この不毛な戦いを——」

 

「俺たちが前に進むための戦いだ」

 

「……暑苦しいな。ホント」

 

 

 

 互いに温度差を感じながら、俺たちはコートに臨む。

 

 既にボールから出ているわかばは飛び込む準備を。

 

 マサトはひとつのハイパーボールを構える。

 

 

 

——対戦開始(バトルスタート)だ……!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「やるぞジュプトル(わかば)ッ‼︎」

 

「よろしく……“アブソル”!」

 

 

 

 ユウキが放った相棒わかばに対して、マサトが繰り出したのは——“アブソル”だった。

 

 全身を白い長毛で覆われ、そこから長い四足がすらりと伸びている。体毛からのぞかせた顔は紺碧の肌で、向かって左の顔面側部はらブレード状の角が生えている。

 

 ホウエン地方でも険しい山岳地帯にのみ生息する、発見例が極端に少ないポケモンの1匹。

 

 

 

「アブソル……か。流石にいいポケモンを持ってる」

 

「ポケモンの希少性がそのまま実力に結びつくわけではないですが……カッコいいでしょう?」

 

 

 

 顔は笑顔を作っているが、心からの笑顔じゃない。その仮面の奥にあるマサトの感情はわからない。

 

 ある種の不気味さをユウキは感じていた。

 

 

 

「——では、まずはお手なみ拝見。どうぞ。好きなとこから攻撃してくださいよ」

 

 

 

 そんなマサトが、打ち込んで来いと挑発してくる。

 

 

 

「どこまでも……わかばを馬鹿にしやがって!」

 

「ハハッ。ならどうぞ。その悔しさも込めてもらって♪」

 

 

 

 ひらひらと手を振るマサトは、まるでユウキたちの気持ちを弄ぶように振る舞う。

 

 それでユウキも、今まで抑えていたボルテージが一気に噴き出した。

 

 

 

「——わかば!」

 

——“リーフブレード”

 

 

 

 両の腕から伸びる前腕葉が、鋭い新緑の刃へと早替わりする。構えられた二刀をもって、わかばは疾走する。正面から真っ直ぐに——

 

 

 

「——“装填”

 

 

 

 こちらの動きに対して微動だにしないアブソルを目前にして、わかばは掌に種弾を生み出す。ユウキの意図を理解していたわかばは、主人の掛け声と共にそれを解放する。

 

 

 

「——!」

 

 

 

 わかばの掌から強烈に撃ち出された“タネマシンガン【雁烈弾(ガンショット)】”。その反動を利用して、直進してきたはずのわかばが、アブソルの視界から消える。

 

 そのことに驚いている間に、わかばはアブソルの僅か上に翻っていた。空中で姿勢制御し、跳んだ勢いを効率よく刃に乗せる為に自転する。

 

 

 

(ウリュー戦で使ったアドリブを実戦仕様に仕立てた高速立体機動!構えていても初見でこれは見切れないだろ!これが——)

 

 

 

——“タネマシンガン【雁空撃(ガンマニューバ)】”ッ‼︎

 

 

 

(完全に頭上をとった!当たる——)

 

 

 

 しかし、その刃は空を切ることになる。

 

 わかばがリーフブレードを叩き込む瞬間、アブソルは僅かに首を右に傾けた。

 

 したことはたったそれだけ。それだけでリーフブレードの刃先から逃れ、わかばの奇襲から難なく逃れたのだ。

 

 

 

(初見で対応されたッ⁉︎——いやだがまだだ!)

 

 

 

 当たると確信するほどの踏み込みだっただけに、ユウキは一瞬動揺する。しかしすぐに切り替えて、わかばがアブソルの背後に着地したと同時に両腕を構えさせた。

 

 

 

(これだけ接近すれば有効射程——喰らえ!)

 

 

 

 それは両腕から放つ——今度は推進力ではなく攻撃に使用する“タネマシンガン”——【雁烈弾(ガンショット)】。

 

 近距離の散弾銃を向けられた今回は、今みたいな紙一重の回避じゃ避けきれない——はずだった。

 

 

 

——ルォッ⁉︎

 

 

 

 わかばに向かって背を向けたままバックステップしてきたアブソル。回避ではなく接近してきた事で、わかばも目を見開いた。そしてアブソルは後ろ足で、構えたわかばの両腕を蹴り上げる。

 

 

 

——ドッパァァァ‼︎

 

 

 

 跳ね上げられた両腕から【雁烈弾(ガンショット)】が空へと放たれた。当然アブソルには影響なし。

 

 

 

(これにも対応すんのか⁉︎でもここはわかばの間合い(エリア)だッ‼︎)

 

 

 

 懐に飛び込んできたことに変わりはない。アブソルと打ち合うなら絶好のシチュエーション——わかばは構えた“リーフブレード”を連続で振るう。しかしそのことごとくが僅かな所作で躱されてしまう。

 

 

 

(この攻撃でも当たらない——見切りと身のこなしがとんでもなく速い⁉︎)

 

 

 

 信じられないという心持ちで、わかばの攻撃を華麗に躱し続けるアブソルを睨むユウキ。

 

 ジュプトルになったわかばの速さは相当なはずなのに、その全てを悠々と避ける姿は彼を戦慄させるには十分だった。

 

 

 

(——だからってこんな序盤で挫けてたまるか!当てられないなら当てられるように工夫しろ!観察しろ!考察しろ!あの反応の良さがどこから来てるのかを見極めろッ‼︎)

 

 

 

 高速で思考処理を行うユウキの脳内は固有独導能力(パーソナルスキル)を使わずとも既にかなりの処理速度に達していた。

 

 これまでの経験則、1秒も無駄にせず蓄えたものがこの状況でも思考を止めない原動力になっていた。

 

 アブソルはひたすらに躱す。

 

 躱して躱して躱しまくる。

 

 

 

(クソ!向こうは何も特別なことはしてない!——どころかマサトはまだ指示すらしていないんだぞ!それなのに背後からの攻撃すら紙一重で避ける……後ろに目でもついてるのか⁉︎)

 

 

 

 アブソルは見たところオーソドックスな四足獣タイプのポケモンだ。あの体毛の中に目でもついてるのかと疑ってしまいたくなるが、そんな話をユウキは聞いたことがない。

 

 かといってマサトが特別何も指示していない様子から、あの反応の良さはおそらくアブソルの種族由来からきているはず……そう考察するが、肝心の正体がわからない。

 

 

 

(体毛が空気の流れを感知できる?いや、そんな曖昧なものを頼りにしてるんじゃない!明らかに動き出しが速過ぎる——まるでこっちが攻撃するのを事前に察知しているような……?)

 

 

 

 そこまで思い当たって、ユウキの思考はそこで立ち止まる。

 

 

 

(まさか……本当に事前に察知している?いや、でもどうやって……——)

 

「“種族特性”ですよ。アブソルの——」

 

 

 

 それの答えを教えたのは、まさかの相手からだったことにユウキは驚く。

 

 手の内を軽く開示したマサトを見るユウキ。

 

 

 

「——“厄脈感知(やくみゃくかんち)”。アブソルのツノはあらゆる災厄を予兆すると言われています。その能力をできるだけ具体的に感知するイメージを持つトレーニングを積むことで、彼はあらゆる攻撃を()()()()()()()()()()()()ようになりました」

 

「撃たれる……前から……⁉︎」

 

 

 

 能力の正体は、やはりアブソル由来のものだというユウキの予想は当たっていた。それが危険を前もって察知するものだという理屈も……しかし、だからこそこの種明かしはユウキの闘志に影響を与える。

 

 

 

(“厄脈感知(やくみゃくかんち)”——もしあいつの言うことが本当だとしたら、どれだけ速く攻撃を繰り出しても当てられるわけがない!いや、そもそもなんで手の内を明かすんだよ?これじゃまるで——)

 

「ペラペラと手の内を話したことが気になりますか?」

 

「——!」

 

 

 

 図星の質問にユウキは心臓を掴まれたような気分になる。不敵に笑うマサトは、ユウキの懸念を的確に言い当てにきた。

 

 

 

「——わかったとしても攻略法がないからですよ。少なくとも今のあなたとわかばには」

 

 

 

 バトルにおいてポケモンの技のほとんどは相手を倒すために放たれるものだ。その『倒すために』という感情や目的意識が、アブソルにとっての“厄災”に該当する。不意を突こうとしても、その意識は実行される前から感知されている為、そもそも意表をつくことすらできない。

 

 そしてユウキは理解している。これを攻略するためには、アブソルがわかってても躱せない攻撃……アブソルの能力を純粋に上回る突出した力が必要なことを。だがそれは……——

 

 

 

(さっきの攻撃は間違いなくわかばが瞬間的に出せる最大速度(トップスピード)。つまりあいつの突出した能力……それが全く通用しなかったってことは、それ以上かそれ以外の能力が必要ってことかよ……!)

 

 

 

 アブソルの回避能力はずば抜けている。それを凌駕するレベルのスピードは今のわかばにはない。

 

 その現実だけで倒せるビジョンが見えないほど、厄脈感知(やくみゃくかんち)は強力な特性だった。

 

 

 

「威勢がよかったのも最初だけでしたね。まさか特性ひとつで完封できる程度だったとは……そんなのでよく吠えたもんです」

 

「……るさい」

 

「さて、攻撃するまでもなさそうですのでもう終わりでよくないですか?アブソルからの攻撃が当たることはあってもその逆はない。こっちも無闇に昔の友達を傷つけるのは心苦しいですし、ギブアップしてもらえると助か——」

 

「うるさいって言ってんだよッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは吠える。

 

 自分の提案を跳ね除けられたマサトは、苛立ちの視線をユウキに送った。

 

 それでも、ユウキには退くという選択肢はなかった。

 

 

 

「……聞いてたら、避けるのが上手いだけで強者気取りかよ。確かに特性もアブソルの身のこなしもやばいけどさ……『諦める』なんて選択肢を早々に持ち出すお前なんか怖くないんだよ。思考の邪魔だ。黙ってろ!」

 

「吠えても考えても無駄だってどうしてわかんないかな……?」

 

 

 

 最後のマサトの言葉は無視して、ユウキは再びアブソル攻略——“厄脈感知(やくみゃくかんち)破り”を思索する。

 

 確かに厄介な特性である上、まだ向こうは反撃すらしてこない。だからこそ、ユウキは今のうちに攻略する手立てを思いつかなければいけなかった。

 

 まだ向こうがこちらを甘く見ているうちに——

 

 

 

(まだわかばの力を全て引き出せているわけじゃない!それを見せるまで……活かすまで負けを認めるわけにはいかない!)

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 一週間前——。

 

 

 

「——なんていうか、判断に無駄が多いんだよ。お前って」

 

 

 

 アスナの頼みでフエンにひと月いることになった初日の夜。カゲツさんは旅館の一室で寝る前にそんなことを言ってきたのが始まりだった。

 

 言われた内容を飲み込めない俺は、そのまま聞き返すくらいしかできなかった。

 

 

 

「む、無駄……ですか?」

 

「気付いてないだろうとは思ってたけど、手のかかる弟子(ガキ)だぜ全く」

 

「す、すみません……」

 

 

 

 しかしこの口ぶりだと、どうやらカゲツさんから見れば俺には直すべき点があり、強くなるための改善ができるということになる。

 

 

 

「ほれ。まずはこれ見ろ」

 

 

 

 そう言われて放られたのはカゲツさんの端末だった。それを受け取って確認すると、画面には既に何かの動画が再生されている。これって——

 

 

 

「俺の試合……?しかも、これ()()()での試合⁉︎」

 

 

 

 それはカイナトーナメント準決勝の……アクア団のウリューとの試合の録画だった。カゲツさんとはキンセツからの知り合いで、こんな録画を手に入れる機会なんかないはずだけど……。

 

 

 

「アオギリの旦那から送られてきてたんだよ。お前のこと面倒見る時に役に立つだろうからってな。部下に撮らせてたらしいぜ」

 

「アオギリさんが……」

 

 

 

 あの人、どんだけのこと見越して行動してんだ?すごくお世話になっててこんなこと言うのもあれなんだけど、気持ち悪いほど根回しがいいな。

 

 というか、通りがけの俺に施し過ぎてる気がする……。

 

 

 

「それと次の動画はこないだやったテッセン(ジジイ)とのジム戦だ。これ見て思ったのが、さっき言った無駄が多いって事だよ」

 

「むー……俺、そんなに無駄が多いんですか?」

 

 

 

 まぁカゲツさんレベルに見られたら俺なんて無駄だらけの隙だらけなんだろうけど、これでも精一杯相手を警戒して立ち回ってるつもりだ。

 

 だから、俺のできるレベルの範疇では無駄をなくすよう努力してるつもりなんだけど……。

 

 

 

「育成したり策を練ったりする分にゃ、まぁ及第点やるよ。お前のレベルじゃその辺が限界だろうけどな……俺が一番無駄だと感じたのは、“バトルにおける思考力”だよ」

 

「え、思考力——⁉︎」

 

 

 

 意外……というか、唯一の長所だとさえ思っていた考える力について指摘されたのは正直ショックだった。

 

 ずっとここまで考える事をやめなかったからやってこれたと思っていたし、それによって切り抜けられる場面も多かった。

 

 それを真っ向から否定されたら、俺のトレーナーとしての根本が揺らぐ気がしてならない。

 

 

 

「でも、俺は凄い反射神経とか第六感とか……それこそポケモンの潜在能力を引き出して強みを押し付けられるようなトレーナーじゃないんです。固有独導能力(パーソナルスキル)だってまだまともに扱えないわけで……」

 

「何当たり前のこと言ってやがる。お前にそんな武器ねぇだろうが」

 

「うっ……だ、だからない知恵を絞ってるんじゃないですか……」

 

「それがお前の武器だ」

 

「いや、でも今それが無駄だって……」

 

「無駄つったのは、その考え方だって言ってんだよ」

 

 

 

 うーん?考えるのが武器なのに考え方が無駄……?カゲツさんは何が言いたいんだ?

 

 

 

「はぁ……変なとこで察しが悪いなお前は——しょうがねぇ。死ぬほどわかりやすく言ってやるからよく聞け」

 

 

 

 そう言ってカゲツさんは俺に近づく。

 

 あれ、なんでそんな右腕を振り上げるの——

 

 

 

——バチンッ☆

 

 

 

 飛んできたのは師匠からのありがたい張り手だった。

 

 

 

「痛っっったぁぁぁ!?」

 

 

 

 え、なんで打たれた——というかなんかもう1発振りかぶってない?ちょっと待って——

 

 

 

「うぉぉぉちょちょちょ待って待って⁉︎」

 

「よし。そういうことだ」

 

「何がっ⁉︎」

 

 

 

 俺が殴られるのを両手で必死に防ごうとすると、カゲツさんは満足そうにそう言い切った。

 

 何が「そういうことだ」?今わかったのはあんたが理不尽に人を殴る最低野郎ってことですけど?

 

 

 

「今さっき、無防備にアホ面引っ叩かれただろ?」

 

「一言余計です」

 

「でも2発目は防げた。お前、この間になんか考えてたか?」

 

「はぁ⁉︎考える暇なんかなかったですよ!また殴られるのが見えたから咄嗟に手が出ただけで……え?」

 

 

 

 カゲツさんに反論しようと自分で言った事を反芻して、俺は何か引っかかった。

 

 あれ、なんだろ……うまく言語化できないが、確かに今俺は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「要は『学習』したんだよ。お前は一度食らった一撃を、全く同じ脅威に晒されて、もう二度と同じダメージを喰らいたくなくて抵抗する術を反射でやったんだ」

 

 

 

 そう言ってカゲツさんは部屋のテーブルの上にあったメモとペンをとって何か書き出す。

 

 内容は以下の通りだ。

 

 

 

・殴られる。痛がる。

 

・そのモーション、痛み、シチュエーションを記憶。

 

・記憶した情報から同じかあるいは似た状況になった時にその脅威や効果を予測する。

 

・実際に類するモーションを目撃した時、即時にその記憶を呼び起こす。

 

・対抗策を講じる。

 

 

 

「——文字にすりゃこの通り。バカみたいな情報量をたった一瞬でお前はやってみせた。でもこれは何も特別なことじゃない。健全な人間ならできて当たり前の生理現象だ」

 

 

 

 紙に箇条書きされたそれらを見て、確かに言われてみれば俺たちはこれほど多くのことを一瞬で脳内で処理して行動している——その気づきに至った。

 

 

 

「——だがお前は肝心な時にその思考を……よく言えば丁寧、悪く言えばノロマにしちまってる。このウリューとかいう奴との試合が特にそれが顕著だ」

 

 

 

 カゲツさんは動画のシークバーを戻し、あのギャラドスに敗れていくチャマメとアカカブの姿を再生した。

 

 その間の事を指摘しているのはわかるが、具体的にはどういう事なのかがわからない。

 

 

 

「チャマメだったか?こいつがやられた時、なんでナックラー(アカカブ)を出した?」

 

「え、いや……なんでと言われても……」

 

 

 

 その時の記憶は正直あまりない。

 

 今までになく配色濃厚の試合で、俺の思考は冷えて固まった氷みたいに動かなくなっていたように感じる。だからアカカブを繰り出したのは、なんというか……適当だったかもしれない。

 

 

 

「お前はあのギャラドスの強さに怖気付いた。それだけでお前の思考は使い物にならなくなった……それだけじゃねぇ。初手のチャマメを使うにしても、後のわかばを使うにしても、お前は戦闘中に考える。考えるために時間を欲する。その間、お前は攻めずにずっと情報収集の為に時間稼ぎ……こんな戦い方がこの先通用すると思うか?」

 

 

 

 痛いところを……俺自信薄々気付いていた点をカゲツさんは容赦なく丸裸にした。

 

 そうだ。敵は強くなればなるほど、その思考力も上がってくる。俺みたいにノロノロやっていることなんてすぐに見抜いて、速く鋭い一撃でポケモンを失うのは目に見えている。

 

 ギャラドスの時、俺は正にそうやって負けたんだ。

 

 

 

「敵を観察するのは悪くねぇ。だがそれは同時に隙になる。そして、お前はこの隙を無くさなきゃ決して強くはなれねぇ……たとえ、固有独導能力(パーソナルスキル)をものにしたとしてもな」

 

 

 

 そう言って、カゲツさんは俺の目を見る。

 

 その時ふと思い出したのは、この人がかつては最強の一角を担っていたという事実。

 

 言葉一つ一つに説得力があるのは、実際強くある方法を知っているからだ。

 

 そんな強者を体現した人が最後に言った言葉こそ、俺の最大の欠点だった。

 

 

 

「——相手の強さ目の当たりにしてビビるようなら、お前に先はねぇぞ?」

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——いつだってそうだ。

 

 相手を冷静に分析、そこから戦闘に必要なものを抽出し、作戦を立て、実践する。

 

 でも、いつだってそんなものは途中でダメになってきた。

 

 立てた作戦が通用する相手の時、余裕を持って勝てたが、格上にはあっさり跳ね除けられ、その強さを脳裏に焼き付けられる。

 

 勝てないんじゃないか——自分の実力を疑って、先に進むことができなくなる。

 

 その度に誰かに……仲間に励まされてやっとこさ足が前に出る。

 

 でも……もうこれからの未来に、そんな臆病な俺はいらない。

 

 敵が強い事に臆して思考が鈍るくらいなら、最初から考えないほうがいい。

 

 考えるのが武器だと思うなら——

 

 

 

 この目で見たものを打ち破ることだけに集中しろ——!

 

 

 

 

 

「——雰囲気が変わった?」

 

 

 

 マサトはわかばの猛攻を躱し続けるアブソル——その向こうにいるユウキの出す空気に異変を感じていた。

 

 その目は見開かれ、口は何かを呟いている。最初それがなんなのかわからなかった。

 

 

 

「——斬撃は浅く弾丸は体ごと躱す。モーションが小さいから躱す動作が極端に速く見えるんだ。だったらそれより速い一撃を。躱すパターンをインプット、固有独導能力(パーソナルスキル)で伝達、わかばの能力ならいけるはず

 

 

 

 高速で呟くユウキの目線は相変わらず軽やかに躱すアブソルに注がれる。その様子を見てマサトはこちらの動きを読もうととしている事に気が付いた、

 

 

 

「アブソルの躱すパターンを……なるほど、読めてても躱わせなければ意味がないと」

 

 

 

 ユウキは“厄脈感知(やくみゃくかんち)”を持つアブソルの危機回避能力を上回ろうとしていた。

 

 自分に降りかかる脅威を察知するアブソルに攻撃を当てることは至難の業。だが、アブソルとてポケモン。生物だということをユウキは気付いた。

 

 

 

連続で躱し続ければそれだけ疲れる。躱す攻撃が増えればミスも誘える。この作戦に求められるのはわかばの動き続けられるスタミナと攻撃速度。俺に求められるのはその精度を上げる為にアブソルの癖を暴いて突くこと

 

 

 

 そして——全てを見て、ユウキは心の奥の熱を感じる。

 

 トリガーは集中力。動力は心臓。

 

 長く時間を共にした相棒との繋がりが結ばれる感覚を、ユウキは強くイメージした。

 

 

 

「——攻め落す!」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)——発動。

 

 

 

「——!」

 

 

 

 マサトは、今度は明確に感じ取った。

 

 ユウキの気迫は能力となって顕現したこと。そして、ここからの攻勢が——

 

 

 

——ルラァッ‼︎

 

 

 

 次元を異にすることを。

 

 

 

——ソルッ!

 

 

 

 アブソルの顔の横を“リーフブレード”が横切る。

 

 わずかな動作で避けるアブソル。やはり当たらない。当たらないが、構わずわかばは刃を振るう。

 

 そして、その刃を翻すこと四度目にして、アブソルはたまらず後ろへ引いた。

 

 

 

——ルォ!

 

——ソルッ!

 

 

 

 それを追撃するわかば。いや、飛び退くとわかっていたからこそ、アブソルの動きとほぼ同時に動き出していた。

 

 

 

「あの反応速度……まさか回避できる限界を見切った?」

 

 

 

 マサトの顔が若干訝しむ。彼の呟きは、そのままユウキがこの短時間で知り得た、限りなく小さな突破口の存在を肯定するものだった。

 

 

 

(やはりそうか!アブソルにも、最小限とはいえその場で止まって躱せる攻撃に限界があるんだ……そしてその限界が来たら、まずあいつは後ろに跳ぶ!)

 

 

 

 そのタイミングは、既に固有独導能力(パーソナルスキル)発動時にわかばに送ってある。感覚を共有した状態で、さっき得た回避行動の癖と限りなく速く技を繰り出すことの二つの情報を送っていたのだ。

 

 その結果、わかばはアブソルに張り付くことができた。

 

 

 

「いくら先読みができても、体が追いつかなければ意味がないだろ!」

 

「それに気付いても実行はできないと思ったんですがね……」

 

 

 

 実際マサトの見解は正しい。例え理屈がわかっても、あれだけの回避能力に追いつくのは並のポケモンではできない。一瞬追いついたとしても、それだけ動き続けるのは避ける側より寧ろ攻める側の方が負担が大きいからだ。

 

 それを可能にするのは、わかばが今までずっと、血の滲むような訓練に勤しんでいたからだった。

 

 

 

——ルォッ‼︎

 

 

 

 さらに一歩。わかばは力強く地面を蹴る。

 

 アブソルは後退と高速ヘッドスリップを使い分けて神懸かり的な回避を続ける。

 

 だが、次第にアブソルの毛先にわかばのブレードが掠めるシーンが多くなってきた。

 

 

 

「——行ける!」

 

 

 

 ユウキが確信したその時——

 

 

 

——ッ⁉︎

 

 

 

 わかばの目先10センチ。

 

 紺碧の刃がいきなり姿を現した。

 

 

 

——〜〜〜ッ‼︎

 

 

 

 瞬間、鋭く空を切り裂く音がコートに響く。

 

 わかばは寸手のところで飛び退き、頬を少し切っただけで済んでいた。

 

 

 

「わかばっ‼︎」

 

 

 

 ユウキはわかばの様子を確認する。

 

 大事には至っていない。眼光も、まだ真っ直ぐアブソルを捉えている。だが——

 

 

 

「……言ってませんよね?攻撃しないだなんて」

 

「一瞬で……反撃……‼︎」

 

 

 

 ユウキには正直見えていなかった。

 

 危険を察知して持ち前の反射神経でわかばが躱さなければ、間違いなく負けていた……そう確信できるほどの攻撃力を誇る“鎌”を、アブソルは振るっていた。

 

 

 

「いいですよ。そこまで叩きのめして欲しいというなら、僕も久しぶりに本腰入れてあげます」

 

 

 

 マサトは落ち着いた声で、淡々と言う。

 

 その言葉に孕んだ何かを滲ませながら。

 

 

 

「——不愉快です。これ以上過去に纏わり付かれるのは!」

 

 

 

 

 

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元相棒(マサト)、抜刀——!

カゲツさんの教え方はある面白コピペのを参考にしましたw
皆さんは例えでも人を殴って教育するような大人にはならないでください。普通にアウトです。



〜翡翠メモ 31〜

『ポケモン保持上限数』

個人がポケモンが封入されたモンスターボール類を保持して行動できるボールの個数。

原則モンスターボール6個までは保持可能であり、それ以上ポケモンを捕獲した場合はボールのセーフティ機能が自動で働き、SOS機能(ソリッドオーバーストレージ)に上限を超過した分のモンスターボールを保管する必要がある。

制限理由は個人のポケモン捕獲記録をシステムが検知できるよう、ポケモンのボックス送信記録を活用する為、また個人が大きな武力を有し、甚大な被害を未然に防ぐ為など、不当な乱獲や暴力行為に対する予防策になっている背景がある。



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第119話 交わる刃


実用性はさておき、虫テラスが一番可愛い。
現場からは以上です。




 

 

 

 アブソルが繰り出した“辻斬り”は、ジュプトル(わかば)の頬を掠めて空を切り裂いた。

 

 

 

(反撃してきたか……今のはわかばが反応してくれなかったらやばかった……!)

 

 

 

 ユウキは心の中で安堵する。

 

 だがそれと同時に再認識したのは、アブソル、そして使い手のマサトの実力は相当なものだということ。

 

 攻めてこない事を口実に相手の懐に潜り込み続けたわかばとユウキだったが、追い詰められれば反撃してくることは充分考えられた。

 

 無論ユウキもその事に気付き、常に意識の三割ほどは敵の反撃に備えていて、それはわかばにも固有独導能力(パーソナルスキル)越しに伝わっていた。

 

 ——それで漸くわかばはギリギリ。ユウキは反応すらできていなかった。

 

 

 

「大丈夫かわかば……?」

 

 

 

 ユウキの問いかけに小さく頷くわかば。傷は浅く、戦闘に影響はないと見ていい。

 

 だが、今まで限界まで攻勢に振り切ってようやく当たるかという塩梅だったのが、ここへ来ての反撃で防御と回避にも回さなければならなくなった。

 

 厄脈感知(やくみゃくかんち)を持つアブソル相手に、これは分が悪い。

 

 

 

「攻め落とす……そう言っていた割には用心深いですね。少し重心を後ろに残していましたか」

 

 

 

 そんなユウキの心境を言い当てるマサト。それを聞いて、ユウキは彼の洞察力にも目を見張る。

 

 

 

「お前こそ……興味ないって言ってた割にはこっちのことよく見てるじゃないか」

 

「戦闘中の腹の探り合いはよくあるでしょう?別に興が乗ったわけでは——」

 

「それでも、特性だけじゃ勝てないってことは認めたって事だよな?」

 

「……嬉しそうですね。さっきの攻撃に手応えを感じたから?」

 

 

 

 そういうと、マサトは鋭い眼光を叩きつけるようにむけてきた。

 

 

 

「——勝てる、なんて思っちゃいました?」

 

「——!」

 

 

 

 アブソルが突進してきた。

 

 今まで受けることしかしてこなかったアブソルが、初めて積極的に攻めてきたのだ。急なリズムの変化に、ユウキとわかばも動揺する。

 

 

 

——“辻斬り”

 

 

 

 アブソルの顔面側、青い角が黒く光る。

 

 悪タイプのそれを含んだ斬撃が、わかばの刃と衝突する。

 

 

 

——ルゥッ‼︎

 

——ソルッ‼︎

 

 

 

 力強い踏み込みで繰り出された“辻斬り”と切り結んで弾こうとした“リーフブレード”が火花を散らして停滞する。

 

 互いの打ち込みの斥力がそこで拮抗し、鍔迫り合いになった。

 

 

「よし!——」

 

「——それで受けたつもりですか?」

 

 

 

 パワーで負けていない事実に喜んでいたのも束の間、マサトの一言の後、状況は一変する。

 

 

 

——ザンッ‼︎

 

——ロァッ⁉︎

 

 

 

 わかばは背中に熱いものを感じた。

 

 それが斬撃によるダメージだと気付いた頃、アブソルはもう一撃加えようと角を振り抜く。

 

 状況は飲み込めないながらも、次の脅威から逃れるために、わかばはバックステップでその場を離れた。アブソル二撃目の“辻斬り”が地面に深い斬撃跡をつけた。

 

 

 

「わかば!大丈夫かッ⁉︎」

 

——ルォ……!

 

 

 

 今度の問いには苦悶の表情で応えるわかば。何かに斬りつけられた跡が、わかばの背中に刻まれているのを見て、ユウキも驚く。

 

 いや、引いて見ていたからこそ、ユウキには今何が起こったのかわかっていた。

 

 

 

「今のは……」

 

 

 

 ユウキは確かに見ていた。

 

 先ほどわかばとアブソルが切り結んだ瞬間、アブソルの角から黒い光が()()()()()()()()

 

 その光が細い一閃となって、わかばを後ろから攻撃したのだ。

 

 

 

「——面白いでしょ?“辻斬り【裏討(ライアーノック)】”って技名です。斬り結んだ相手の背中に斬撃を刻む」

 

「ライアー……ノック……‼︎」

 

 

 

 マサトはまた自身の手の内を得意げに話す。

 

 晒した能力は『斬撃を背後からもう一度襲わせる』という不意打ちに似た技だった。高い攻撃能力を有するアブソルにはうってつけの技だった。

 

 

 

「まぁ今見た通り、斬り結んだ相手にしか技が抜け出していかないので、初撃を躱されればそれまでですが……」

 

「さっきから随分親切だな……わかばにはやっぱ情があるってか?」

 

「まさか……教えてあげてるんじゃないんですよ」

 

 

 

 挑発のつもりでユウキが発した一言に応えるマサト。顔に冷え切った闘志を湛えて。

 

 

 

「——見せつけてるんです。力の差を」

 

 

 

 アブソルは再び斬撃を繰り出す。

 

 それに応じてわかばは距離を取る。

 

 斬り結べば、回避不能の背面からの一撃で削られる事がわかっているのなら、無理に相手のリーチで戦うことはない。

 

 

 

(ここは牽制球として敵の間合いの外から——)

 

「——甘い」

 

 

 

 ——“追い討ち”

 

 

 

 わかばの引き際にアブソルが加速。

 

 今度はわかばにべったりとへばりついた。

 

 

 

「一瞬で間合いを——この“追い討ち”は‼︎」

 

「『逃げる敵の交代際に先んじて攻撃し威力も上げる』——その解釈を拡大すれば、引く意思を持つ相手にも効果が及ぶように、技の性質を“拡張”することも可能なんですよ!」

 

 

 

 マサトが語る“追い討ち”の技術拡張は、速さが自慢のわかばのバックステップに後出しで追いつくほどの性能を誇る。

 

 そして、その間合いに入ったら——

 

 

 

——“辻斬り”【裏討(ライアーノック)

 

 

 

 鋭い一撃がわかばの“リーフブレード”に接触する。そうすると、また先ほどのように“辻斬り”のエネルギーが飛び出して——

 

 

 

「わかば!後ろ守れッ‼︎」

 

「無駄ですよ」

 

 

 

 わかばは咄嗟に“リーフブレード”を後ろ手に構えた。(ユウキ)から見た風景も、わかばは固有独導能力(パーソナルスキル)で共有できるため、この受けは成功すると思われた。しかし——

 

 

 

——ザンッ‼︎

 

 

 

 わかばの背中は、“リーフブレード”をすり抜けて斬りつけられた。

 

 

 

「防御できない——⁉︎」

 

「言ったでしょう?『斬り結んだ相手の背中に斬撃を刻む』——ってね」

 

 

 

 マサトが言い直したそれを聞いて、まさかと思うユウキ。その過った推論に戦慄する。

 

 

 

「そう、この技は見えない背後から二撃目を入れるんじゃない。一撃目の衝撃を強制的に背後に刻む——()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 マサトの解説に近い想像をユウキもしていた。この【裏討(ライアーノック)】という技は、『斬りつけた』という事実をまるでコピー&ペーストするように対象の背後に刻むという能力だった。

 

 つまり、トリガーとなる“斬り合い”が発生すれば、必ず技は当たるということ。

 

 

 

(と言うことは……アブソルの攻撃は全部躱さなきゃいけないってことか……!)

 

 

 

 それは格上の力を持つアブソルとマサトを相手取ってするには深刻な事実だった。

 

 

 

(押しても引いても必ず【裏討(ライアーノック)】を押し付ける選択を持つマサトに対して、まだ俺は明確にアブソルを捕まえる作戦が立てられていない。この差を今すぐ埋めないと……)

 

 

 

 追い詰められつつ、まだユウキは冷静さを失っていなかった。

 

 ユウキにはひとつ確信があったからだ。

 

 ある意味一番懸念していたのは、わかばとアブソルの単純なスペック差。あのアブソルが彼のエースポケモンなのかどうかはわからないが、トレーナーとしての歴が長いマサトの手持ちなら、単純な戦闘能力で遅れを取る可能性があった。

 

 しかしこの攻防の中で、わかばの能力は決してアブソルの引けを取らないことがわかった。多くの手札を持つマサトにしてみれば些細なことかもしれないが、身体能力で圧倒的に不利をとっていない。スピードを活かした戦い方が似ている為、実際は見かけ以上に善戦している手応えを感じていた。

 

 

 

(——差を詰めればそれだけあいつらに追いつける!わかばがあと何回か凌ぐ間に……)

 

 

 

 思考をフルに働かせて、アブソルとマサトを見比べる。細かく指示は出していない。それなのにあの洗練された動き……回避行動はもうほとんどアブソルの独断でやっているように見える。あるいは、マサトも固有独導能力(パーソナルスキル)を有している可能性もあった。

 

 

 

(今それはいい……攻め方を工夫すれば刃はきっと届く。問題は——)

 

 

 

 そう思っていると、何度か近距離戦を強いられたわかばがたまらず飛び退いてユウキの近くまできた。その顔には焦燥と疲れ、身体は斬りつけられた傷が生々しく残っている。

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

「無駄ですよ。そちらの攻撃は全部厄脈感知(やくみゃくかんち)で視えてます。逆にこちらの攻撃は回避不能。勝ち目なんかありません」

 

「……ッ!」

 

 

 

 マサトとアブソル。二人の強さは本物だ。

 

 ユウキも粋がっては見せたが、実力差がわからないほど冷静さを欠いてはいない。その技術も戦略も有する能力も、多くの面でこちらより優れている。

 

 だが身体能力——フィジカルは一番わかばがアブソルに迫る部分だ。現にこちらの退避行動には“追い討ち”の技能を使わなけれいけない事を考えると、移動速度はアブソルよりも速く感じる。

 

 なら接近戦でここまで一方的に打ち負けるのはおかしいのではないかとユウキはかんがえていた。例えあの辻斬りがあったとしても……——

 

 

 

(【裏討(ライアーノック)】は接触しなければ発動しない。こちらが回避以外に被弾を避ける術がないから遅れをとっている?いや、わかばは寧ろ避ける方が得意だ。“いなし”の技術は俺がミツルのキルリアの動きから取り入れたものだから、今は本来の戦い方に戻ってるに過ぎない……わかばの攻撃が厄脈感知(やくみゃくかんち)で読まれるから?いや、向こうも有効打を繰り出している以上、あちらの攻撃の後隙がある分、今の方が当てやすくなるはずだろ?お互い得意とする間合いが似ているのに、あっちばかりが優位になるなんてことはないはずだ……)

 

 

 

 攻撃技にも種族特性にも、それぞれ穴がある。どちらもわかっていればわかばの器用さで充分カバーできるものだった。

 

 そこまでわかって……ユウキはまだ何かしているんじゃないかと思い当たる。

 

 

 

(もし……あいつがまだ手の内を隠しているのだとしたら?)

 

 

 

 ここまでひけらかしてきたマサトだったが、もしもその全てを語っているわけじゃないのだとすれば、それを見つける事がこの戦いを制する鍵となる。

 

 その時、マサトの言葉を思い出した。

 

 

 

——戦闘中の腹の探り合いはよくあるでしょう?

 

 

 

(よく考えたら、腹の探り合いなんてバトル中やる奴とやらない奴どちらもいるんじゃないか?自分の力に自信があるトレーナーは、思わぬ反撃に警戒することはあっても、相手の裏をかこうなんて気はさらさら無い)

 

 

 

 トウキやウリューのようなトレーナーと戦ってきたからこそ、単純に脅威を持つ強みを押し付けることも立派な戦略であることをユウキは理解していた。それに劣るトレーナーが、格上を倒す為に編み出すのが作戦だ。

 

 

 

 (——策謀が日常化してるからこそ、あんな事を言ったんだ。そんな奴が、力の差を見せつけると言って手の内全てを晒すような真似するか?いや、俺ならそれもブラフに使う)

 

 

 

 言っていること全てが嘘だとは思えない。実際効力を発揮しているものは事実、マサトの言う通りに近い性質の技や特性なのだと推察できる。

 

 でも、それが全てじゃないなら——

 

 

 

「——試してみるか」

 

 

 

 ユウキはわかばに、繋がれた思考からある情報を渡す。それを受け取ったわかばは一瞬目を見開いて現実のユウキの方に向くが、その指示に『試す価値あり』と首を縦に振った。

 

 

 

「何企んでる——んですか!」

 

 

 

 アブソルは前進。それに対してわかばは——

 

 

 

——“リーフブレード”

 

 

 

 アブソルの向かってくる直線上に右の刃を振り下ろす。しかしそれは容易く見切られ、少し左にスライドしたアブソルは若干減速した。

 

 

 

(まだだ——)

 

 

 

 減速して踏み込み直す一瞬の間に左腕のリーフブレードを振るう。それを顎を引いてダッキングして躱すアブソル。

 

 

 

(こっちの攻撃を、アブソルは具体的にどう読んでるんだ?背後からの一撃すら正確に躱すのは——いや待て。さっきあいつ、言ってたよな?)

 

 

 

 ——そちらの攻撃は厄脈感知(やくみゃくかんち)で視えています。

 

 

 

 この言葉、額面通りに取るとしたら、アブソルは自分の危機を“視覚で捉えている”ということになる。ユウキはその点に絞って思考を巡らしていた。

 

 

 

(もし厄を全部視覚で捉えられるのだとしたら、背後からの攻撃はやっぱり視えてなかったんじゃないか?いくらあいつにしか視えない世界があったとしても、視覚に入れなければ意味がない……その矛盾は——)

 

 

 

 思考を巡らしながら、ユウキはわかばに攻め手を緩めないように指示する。アブソルは未だ接近するも、回避に専念して反撃がない。

 

 まるで次の一撃で落とす為に、力を溜めているようだった。

 

 

 

(もしあいつらも俺たちと同じように視覚を共有しているのだとしたら……固有独導能力(パーソナルスキル)を使っているのだとしたら——)

 

 

 

 何度も打ち込むリーフブレードは虚しく空を斬る。アブソルは未だその眼光をピタリとわかばに向けている。そして、そろそろわかばの連続攻撃の限界が近づいてくる。

 

 

 

(確証はない——もし他の要素が絡んでいたら、この仮説は全く見当違い……でも!)

 

 

 

 わかばの刃を躱したアブソルの鎌が、鈍く光り始めた。

 

 その一撃は、間違いなくわかばに当たる絶好のタイミングで放たれる。

 

 

 

「——ここだ!」

 

 

 

 アブソルが辻斬りを構えた瞬間、ユウキは叫ぶ。

 

 それと同時にわかばも固唾を飲んで指示に従う。作戦はこの一撃で確かめる為……この攻撃をわかばは——

 

 ——躱さない。

 

 

 

——スザァァァッ‼︎

 

 

 

 手痛い一撃がわかばの右の脇腹に一太刀。それ見て満足そうに微笑むマサト……だったが。

 

 

 

——ソ……ルッ……⁉︎

 

 

 

 アブソルに異変が起こった。

 

 よろめく姿を見て、マサトはまさかと目を見開く。

 

 

 

「——“タネマシンガン”ッ‼︎」

 

 

 

 わかばもダメージで目が眩む。しかしユウキの指示に一喝されたわかばは、来ると分かっていたダメージだったからこそ意識を強く保っていた。

 

 その口から、アブソルに向けて種弾を掃射する。

 

 

 

「下がれアブソル!」

 

 

 

 これにはマサトも予断を許さず、危機を察知してアブソルを一喝した。

 

 数発受けたが、どうにかアブソルも意識を保ち、タネマシンガンの危険域から脱出する。

 

 

 

「何を……?」

 

 

 

 マサトは事態を推察する。その為にアブソルの体を確認する。そこで見つけたのは、アブソルの胸に刻まれた斜めに入った斬撃だった。

 

 

 

「まさか……相打ち……!」

 

 

 

 眉間に皺を寄せてユウキを睨むマサトは、それが故意にやったのだと、ユウキの表情から読み取った。そして、それはこちらの手の内を見透かしていたからこそできた芸当だった。

 

 

 

「本来、厄脈感知(やくみゃくかんち)でこっちの攻撃は当たらない。当てようとする意志を先に感知されたら、当たるポイントさえ押さえられたらどんな速さの攻撃も躱される……もしそれを攻撃にも応用してたとしたら脅威だよな」

 

「まさか……」

 

 

 

 ユウキの文言に思い当たる節があったマサトは目を見開く。

 

 

 

厄脈感知(やくみゃくかんち)を、今度はわかばの危険ポイントを視る為に使っていたのだとしたら、そりゃ打ち合いにも負けるわけだ。こっちが意識できていない点や躱しきれない点を狙われたんじゃ、わかばは思うように“リーフブレード”を振れないんだから……」

 

 

 

 ユウキの推察を聞いて、マサトは確信した。やはりこの男は、厄脈感知(やくみゃくかんち)を看破しているということに。

 

 

 

「——敵の厄と自分の厄。それは小さな点みたいに、そのポイントを視る能力なんだろ?でも……この二つを同時に見ることはできないんじゃないか?」

 

 

 

 『厄脈感知(やくみゃくかんち)』——。

 

 その性質は、対象に選んだ生物の脅威となる箇所を目視する特性。アブソルは、まさにそのポイントを自分とわかば、二者に対して切り替えながら戦っていたことを見抜いた。

 

 

 

「——いつ気付いたんです?中々そこまではっきりわかるものじゃなさそうですが」

 

「最初に疑ったのは、回避限界があるアブソルが、その弱点を突くつもりで仕掛けた連続攻撃が通用したからだ。もしお前の言う通り降りかかる厄を全部事前に感知、文字通り未来を視る力なら、その策にも事前に気付いて近づかないんじゃないかってな……でも、おそらく危ない場所ってことがわかる程度で、それがどんな攻撃で、どんな回避方法が適切かまではわからないんじゃないかと仮説を立てた」

 

「そこからアブソルの厄脈感知(やくみゃくかんち)を攻撃にも応用していると気付いて、試しに相打ちを狙った……アブソルがわかばの厄を覗く瞬間を待っていた——というわけですか」

 

 

 

 話の続きをマサトが予測して話す。ユウキはそれを肯定した。

 

 

 

「正直確証がないうちはまだ様子見もしたかったけど、わかばの体力が削られてる時に悠長なことはしてられなかった。試せるのは、一度だけ相打ちでも倒れない今しかない」

 

「技の当たりどころによっては終わりでしたよ。それは考えなかったんですか?」

 

「劣勢時に負ける可能性を探してたらキリないだろ?今は細くてもその勝ち筋を手繰る。それくらいしないと、お前らには勝てそうにないからな」

 

「……まだ言ってる」

 

 

 

 マサトは呟く。そして、ユウキを煩わしさのこもった目つきで睨む。

 

 

 

「甘いんですよ。アブソルの厄脈感知(やくみゃくかんち)を見破ったからなんだというんです?それで勝てるつもりですか?不意の相打ちが二度も通用するとでも?よしんば通用したとして、わかばの体力が先に尽きるとは考えないんですか?」

 

「……ここへ来て質問攻めかよ。お前は答えないくせに」

 

 

 

 そのレスポンスに、マサトは一際大きく反発する。

 

 

 

「見通しが甘いと言ってるんですよ!戦術も勝算も目的も全て!——それで勝てると本気で思っているあなたがね!こうやってくっちゃべってる間に、アブソルもダメージの動揺から立ち直りましたよ!その爪の甘さも添えておきましょうか!」

 

「……だったら、甘いかどうか試してみろよ」

 

 

 

 その言葉を皮切りに、立ち直ったアブソルが再び突撃。わかばの元へ向かった。

 

 

 

——厄脈感知(やくみゃくかんち)

 

 

 アブソルは特性を発動。その瞬間、アブソルにしか見えない、“赤い亀裂”のようなものが景色に映った。

 

 そこ亀裂の交わる点が、赤黒く光る。そこがアブソルにとっての厄だった。

 

 

 

(そこを躱して懐へ——)

 

 

 

 ユウキの読み通り、マサトもその視覚を共有していた。それによって、マサトはアブソルに第三者の視点を与え、背後からの攻撃も難なく躱す事ができる。

 

 

 

「確かに考察は届いていましたよ……でも、わかったところで出来ることは限られています。相棒さん——あなたに勝ち目はない!」

 

 

 

 厄脈感知(やくみゃくかんち)でアブソルの危険エリアは全て確認できた。わかばの動き次第でその場所は変わるが、初動はこのどこかに必ず攻撃が来る。

 

 それ以外は安全が約束されているも同然だった。

 

 

 

「——確かに限られてるよ。こういう手しか思いつかなかった」

 

「——⁉︎」

 

 

 

 マサトはその時気付いた。

 

 亀裂のひとつが、何故か自分の周りではない場所にある事。コートの上空数メートル。ある一点にあることに。

 

 

 

(なんだあれは……?)

 

 

 

 その不可解さの裏で、わかばはユウキからの指示に従って手のひらに種を生み出す。

 

 片方の手には通常のタネマシンガンで作り出す弾を。そしてもう片方の手には、砲丸投げに使う鉄球のような大きさの種子が作り出された。

 

 

 

「もし……その厄脈感知(やくみゃくかんち)で視てるのが俺たちの攻撃意識だとしたら——」

 

 

 

 ユウキは呟く。

 

 わかばはそれと同時に砲丸を、その亀裂の場所へと放る——そして、わかばは残った種で同じ場所を狙い撃つ。

 

 

 

「——無作為の攻撃は視えないんじゃないか?」

 

「——ッ‼︎」

 

 

 

——“タネマシンガン【雁榴炸薬(ガングレネード)】”

 

 

 

 種弾同士が接触した瞬間、アブソルの視界の亀裂がコート全域に夥しく広がった。

 

 巨大な種子から破裂音と共に、何かが降り注ぐ。アブソルはそれを咄嗟に回避する。

 

 

 

「手榴弾——いや、炸裂弾か!」

 

「反応速い!無作為でも視えるのか——だけど!」

 

 

 

 互いに予測の外の手札を切り、一歩ユウキ側のスタートが速かった。ユウキは【雁榴炸薬(ガングレネード)】による範囲攻撃すら躱される可能性を捨て切っていなかった。

 

 その時のために、わかばにはリスクを承知で、その爆破範囲に飛び込んでもらった。

 

 そしてその甲斐はあった。

 

 

 

——ロォァッ‼︎

 

 

 

 アブソルの着地地点に、ほぼ同時にわかばは駆け込んでいた。種の雨を掻い潜って。

 

 

 

「——“リーフブレード”‼︎」

「——“辻斬り”‼︎」

 

 

 

 互いの刃が同時に抜かれる。お互いがその攻撃を受けずに頬を掠めて躱しきる。

 

 

 

「自分も銃弾の雨に撃たれるかもしれなかったのに!」

 

「アブソルの厄脈感知(やくみゃくかんち)。恐れ入ったよ。でもそのアブソルの場所が、わかばの安置を教えてくれる!」

 

「どこまでも小細工を!」

 

 

 

 互いの刃が空を斬り、追撃を試みる両者。しかし小回りが効くのは、二刀を持つわかばの方だった。

 

 

 

「アブソル——‼︎」

 

 

 

 マサトの声と共にアブソルは追撃を止めて後ろに下がる。厄脈感知(やくみゃくかんち)をわかばに切り替えていた分、自分の危機に気付くのが遅れていた。

 

 今振り抜いていたら、確実にわかばの刃に狩られていたところ——

 

 

 

「——雁榴炸薬(ガングレネード)】!」

 

 

 

 しかしユウキは別の技を選択。【雁榴炸薬(ガングレネード)】の大種がわかばとアブソルの間に置かれ、それをさらにわかばが撃ち抜く。

 

 

 

——パァァァンッ‼︎

 

 

 炸裂した種の中から無数の種弾が飛び散り、アブソルもわかばもその危険に晒される。

 

 アブソルは厄脈感知(やくみゃくかんち)で次の回避場所を探すが——

 

 

 

「バックステップ中じゃ躱わせない」

 

 

 

 その小さな弾がアブソルの全身を襲う。その痛みと物量に、アブソルは苦悶の表情を浮かべた。

 

 

 

「自爆とか——形振り構いませんね!」

 

「よそ見してていいのかよ?」

 

 

 

 ユウキの言葉でハッとしたマサトは、アブソルに影が落ちていたことに気付く。

 

 それはわかばの体が作った影。あの爆発直後に、既に次の攻撃に移っていた。

 

 

 

(草技が効果今ひとつとはいえ、あの疲弊した体で……怖くなかったのか?)

 

 

 

 わかばのその胆力に驚きを隠せないマサト。そして、その一撃がアブソルに降りかかるのを——

 

 

 

——ソルァッ‼︎

 

 

 

 アブソルは寸手のところで躱した。

 

 

 

(チッ!マサトの視界を覗いて躱したか!)

 

「わかば!追えッ‼︎」

 

——ルアッ‼︎

 

(アブソルよりダメージを負っているのは向こう!ここで負けるわけには——)

 

「アブソル!“辻斬り”!」

 

——ソルッ‼︎

 

 

 

 追撃するわかばに返す刃でアブソルは辻斬りを放つ。それを受けずに薄皮一枚分の隙間で躱すわかば。

 

 

 

——“リーフブレード”ッ‼︎

 

——ソルッ⁉︎

 

 

 

 わかばの一撃をさらに躱したアブソルだったが、明らかにさっきより動きが良くなってきている事に驚く。さっきまで躱すのがやっとだったとは思えない反応速度だった。

 

 

 

「わかばはこれまで、ずっと強くなる方法を探していた。進化する前からずっとな」

 

「——!」

 

 

 

 その過去が、今のわかばを強くした——その事実を、ユウキはマサトに伝える。

 

 自分の持つものでは大成できないことを知ったわかばは、ユウキの確認するより前からずっとその方法を探していたと思われる。だからこそ半年という期間バトルをしなかったのにも関わらず、頼れる相棒として数々のバトルをこなせたのだ。

 

 その間、わかばは自分にないものをずっと探していた……そして、観察していた。

 

 

 

「——だからわかばの目はいいんだ。だから今、こいつはあらゆる場面で適応することができる……だから今、お前に勝てる!」

 

「五月蝿いなぁもうッ!!!」

 

 

 

 ユウキの思いを煩わしく払いのけるマサト。それに呼応するように、アブソルは一段と攻撃性を高める。辻斬りの出が速くなった。

 

 

 

「元は部外者でしょう!そんなに強くなったのが嬉しいならどうぞお好きにプロでもなんでも目指してくださいよ——僕の知らないところでッ‼︎」

 

「お前は知ってろよ!無責任にこいつを放り出したお前はッ‼︎」

 

 

 

 アブソルの鎌が——

 

 わかばの刀が——

 

 互いの主人の気持ちに応じてその鋭さを増す。どちらも、当たれば必殺の領域まで研ぎ澄まされていった。

 

 

 

「もうボクには関係ないでしょう!そんなに捨てたボクが憎いですか?そんなに復讐がしたいですか⁉︎」

 

「復讐なんかじゃない!わかばが望んでる!あれから強くなったんだって、お前に——」

 

「もう僕はお前の主人なんかじゃない!!!」

 

 

 

 激情がマサトの口に上る。それを聞いたわかばの動きが微かに揺らいだ。

 

 それを狙っていたのかどうか——それに関わりなく、その隙はこの終盤において致命的だった。

 

 

 

——“辻斬り”

 

 

 

 「わかば——ッ‼︎」

 

 

 

 その一声で、ユウキの見える世界の動きが緩やかになる——。

 

 ユウキの固有独導能力(パーソナルスキル)。その真価が今発揮された。

 

 

 

(時間が——いや、とにかく今はこの攻撃をどうするかだ……!)

 

 

 

 ユウキはその攻撃が間違いなくわかばの致命傷になることを察した。それが避けられないことも。

 

 

 

(受けるしかない——でも受ければ【裏討(ライアーノック)】が!)

 

 

 

 この“辻斬り”は、受ければ背後から回避不能の斬撃に変わる。“リーフブレード”で防げば、その攻撃から抗う術はない。

 

 わかばの体力も無茶な作戦でもう残り少ない。とても受け切れるダメージじゃない。

 

 

 

(くそっ!ゆっくりになった時間があっても、このままじゃ指を咥えて見ているしかできない……!何か無いのか——この辻斬りを躱す手段は——)

 

 

 

 そうして、アブソルの刃に意識を集中させたユウキ。その脅威に晒されて、次第にその刃が少しずつわかばに近づくことに恐れを抱く。

 

 

 

(このまま何も出来ずに——あいつに何も響かずに終わるのか!?この刃を受けて——クソ!クソ!クソッ‼︎)

 

 

 

 刃に集中するほど、その周りの色が薄れていく……それに反比例して、刃の軌道、流れるエネルギー、アブソルの視線などが鮮明に感じられるようになっていく。

 

 

 

(見えても手立てが無ければ意味がない……!ごめん……わかばッ!!!)

 

 

 

 ——自分の無力を呪うユウキは目を強くつむる。その時だった。

 

 

 

——パキリッ。

 

 

 

 乾いた音が、ユウキの脳内で響く。

 

 それと同時に、わかばは弾けたように動き出す。

 

 緩やかに流れていた世界が……——

 

 

 

——ガギンッ‼︎

 

 

 

 その音は、肉を断つような鈍いものではなかった。双方の予想とは違う金属音と共に見た光景……。

 

 わかばは左の肘と膝で、アブソルの太刀を挟んでいた。

 

 

 

「——白刃取り⁉︎」

 

 

 

 信じられない超反射でわかばは辻斬りを受け止めた。その事実が、マサトに動揺を与える。

 

 それに対してユウキもその防御法に舌を巻くが、次に気にしなければならない事に思考が向く。しかし——

 

 

 

(——【裏討(ライアーノック)】が来ない?)

 

 

 

 どういうわけか、受けたはずの辻斬りの二段目が来ない。理由はわからないが、しかしこれがまごう事なきチャンスであることは明確だった。

 

 

 

「やれ!わかばッ!!!」

 

「ッ!下がれアブソル!!!」

 

 

 

 白刃取り状態を振り解いたアブソルが後退する。それを追ってわかばが前進。

 

 

 

——【雁空撃(ガンマニューバ)】ッ‼︎

 

 

 

 種の散弾射撃を推進力に変え、ゼロのスピードを一気にトップギアに入れる。ただのバックステップに追いつくことは容易だった。

 

 

 

「斬り返せ!!!」

 

「ぶった斬れ!!!」

 

 

 

 互いの声が重なる。

 

 ユウキとマサトの気迫が2匹のポケモンと刃に乗り——

 

 

 

——ザンッ‼︎

 

 

 

 入ったのはわかばの緑刀。

 

 引け腰のアブソルよりも鋭い一撃だった。

 

 

 

——ソルッ……‼︎

 

「——跳べッ‼︎」

 

 

 

 苦痛で怯んだアブソルにマサトはすぐに指示を出す。なぜなら、すぐにわかばの二度目の一閃がそこまで迫っていたからだ。それに応えるのは容易では無い。

 

 

 

——ダッ‼︎

 

 

 

 しかしギリギリで跳躍が間に合い、わかばのリーフブレードの間合いから空へと逃げる。

 

 

 

「——でもそこは、わかばの領域だ!」

 

 

 

 地に足をつけた勝負ではアブソルに分があった。だからユウキはずっと、躱す選択肢が多い地上戦をなんとかしたかった。

 

 全てが計算だったわけではない。

 

 でも、この場面でアブソルから跳躍を引き出せたのは——二人の執念の結果だった。

 

 

 

——【雁空撃(ガンマニューバ)】ッ‼︎

 

 

 

 わかばはアブソルに向かって飛翔する。

 

 

 

「——“サイコカッター”!」

 

 

 

 アブソルは刃に白桃色のエネルギーを込めて、ブレード状の衝撃波を放つ。

 

 向かってくるわかばに撃ち下ろすそれだったが、連続して【雁空撃(ガンマニューバ)】を使い、狙いを絞らせないわかばには当たらなかった。

 

 わかばは、その刃が届く距離まで体を運んだ。

 

 

 

「堕とせッ!!!」

 

——ロアッ!!!

 

 

 

 リーフブレードの一閃がアブソルに放たれた。

 

 

 

「——チッ」

 

 

 

 その舌打ちと共に、わかばは自身にかかる荷重が重くなるような感覚に襲われた。

 

 ガクンと落ちた速度に困惑した。それはユウキも同じく——

 

 

 

「なんだ……⁉︎」

 

——ルォッ⁉︎

 

「——堕とせ」

 

 

 

 その隙が命取りとなった。

 

 空中で既に技を構えていたアブソルが、今度はしっかりとわかばを射程圏内に入れている。

 

 

 

——ソルッ‼︎

 

 

 

 鈍く光る刃が一気に叩き下ろされた。

 

 

 

——ザンッ!!!

 

 

 

 わかばはそれを受けて、墜落する。

 

 コートに叩きつけられ砂埃が舞う。

 

 それが晴れる頃……わかばはぴくりとも動かなかった……。

 

 

 

「わかばッ!!!」

 

 

 

 ユウキはわかばに駆け寄る。

 

 ボロボロになった相棒を抱き起こすが、返事はない。気絶しているようだ。

 

 

 

「……ジュプトル戦闘不能。アブソルの勝ち、ですね?」

 

「お前……!」

 

 

 

 屈んでいるユウキと気絶したわかば。その二人を見下ろすのは勝者であるマサトだった。

 

 彼と戦ったアブソルが冷ややかな目でこちらを見てくる。その凍えそうな視線に、ユウキは息を呑む。

 

 

 

「そんな恨みがましく見ないでくださいよ。あなたの言う通りに戦った。こちらもそれなりに誠意は見せました。まだ何かご不満ですか……?」

 

 

 

 マサトの態度は戦う前から変わっていない。真意を見せないその姿勢に、ユウキはやはりもやつく。

 

 

 

「……最後の。あれはなんだったんだよ。さっきのあれは明らかにおかしかった。お前、最後になんかしただろッ⁉︎」

 

 

 

 モヤモヤがそんな事を聞いて解決できるわけじゃない。でも聞かざるを得なかった。

 

 最後の空中戦。明らかにわかばの動きが鈍った事は、それはそれで疑問だったから。

 

 

 

「それくらい自分で考えてくださいよ……試合も終わった今、あなたに教えてあげる義理なんかありません」

 

「ッ……!」

 

 

 

 ユウキは悔しさを噛み締める。

 

 最善は尽くした。わかばの使える技のほとんどを使った。固有独導能力(パーソナルスキル)すら使用した。

 

 それでも……マサトには、その心には届かなかった。

 

 

 

「……やっぱり、君を置いて行って正解だったよ」

 

 

 

 その一言が、ユウキの心に負荷をかける。

 

 冷たい鉛を落とされたような言葉に、ユウキは顔を歪めた。

 

 わかばは確かに強くなった。それでも、結果はマサトの勝ちで終わった。

 

 つまり……マサトがわかばを必要としなかったことを、結果が証明してしまった。

 

 そんな気分になった。

 

 

 

「それではこれで……」

 

 

 

 マサトはアブソルをボールに戻して立ち去ろうとする。

 

 その背中にかける言葉を、今のユウキは持ち合わせていなかった。何を言っても……わかばの汚名を晴らせない気がしたから。

 

 それでも……ユウキはその背中に何かを感じた。何故かはわからない。

 

 でも……酷くそれが寂しそうに見えた。

 

 

 

「——ユウキだ!!!」

 

 

 

 その背中は、その言葉で一瞬立ち止まる。

 

 ユウキは、自分の名前を力強く叫んだ。

 

 

 

「俺はミシロタウンのユウキだ!!!今日勝てなかった俺が……俺たちがいつか、必ずお前を超える!!!二度とそんな事言えなくしてやる!!!」

 

 

 

 その声に、マサトは答えない。

 

 答えないまま去ろうとする背中に叫び続けるユウキは……その目に涙を浮かべていた。

 

 

 

「——ッ!認めないからな!お前のことを、俺は!絶対にッ!!!」

 

 

 

 ユウキはそこで力尽きる。

 

 膝を折り、自分の中から力が抜け落ちる感覚に襲われる。

 

 ユウキは思い知った。

 

 自分はまだこんなにも弱いのかと。

 

 わかばはまだ届かないのかと。

 

 その悔しさが、涙と嗚咽となって溢れ出す。

 

 

 

「——アニキ!アニキィー‼︎」

 

 

 

 遠くの方から、彼を慕う少年の声がした。

 

 ユウキはそれに気付いたが、咽び泣く事をやめられなかった。

 

 それほどまでに、打ちのめされてしまったのだ。

 

 

 

「アニキ!わかばも……何があったんスか⁉︎誰にやられたんス⁉︎そいつどこにいったんすか!?」

 

「ぅ……ぐぅ……!ぁぁぁあああッ‼︎」

 

 

 

 

 それに応えられず、ユウキは大声で泣く。

 

 その状況を全く飲み込めないタイキが、当惑しながら彼らを見ることしかできなかった。

 

 だから……()()()にも気付いた。

 

 

 

「——なんだこれ……手形……?」

 

 

 

 倒れたわかばの右足。

 

 その足首に残っているのは、人の手のような跡。

 

 タイキは、それが酷く不気味に見えた。

 

 

 

「……なんだってんスか。一体」

 

 

 

 

 

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マサト戦、決着——。

ツヨクイキテ。



〜翡翠メモ 32〜

『マサトのアブソル』

・特性 強運(基)、厄脈感知(やくみゃくかんち)(種)
・技 辻斬り、追い討ち、サイコカッター、かまいたち
・持ち物 ピントレンズ
・性格 いじっぱり
・個体評価 A

・概要
 ホウエン中央部の山岳地域に生息報告が集まる個体数の少なさで有名なポケモン。右顔面側部から伸びる鎌状のツノが特徴で、近距離戦闘が得意。決して素早さは高くないが、自身の直感を具体的なイメージに起こして発動する“厄脈感知(やくみゃくかんち)”を使った最速の回避術によって、極端に被弾数が少ない。後の先を取るスタイルで、反撃の一閃が必殺級に仕上がっている。

厄脈感知(やくみゃくかんち)
 対象に定めた生物に与える被害を予感する特性。これという決まった情報源ではない所謂“勘”を頼りにするが、アブソルのそれは未来視に近いものとなる。発動中は視界に捉えた景色が暗くなり、辺り一面に大小様々な赤いヒビが入り、その箇所に対象の生物への被害がやってくる。赤黒く染まるほどその場所の危険度が上がる。そのヒビを避ける事で相手からの攻撃を躱したり、逆に相手のヒビを視ることでその隙を突ける。弱点としては視れる対象が生命体一つだけであること、ヒビの度合いだけでは、相手が具体的にどんな攻撃を仕掛けてくるのかがわからないことが挙げられる。

・辻斬り【裏討(ライアーノック)
 辻斬りと不意打ちの複合派生技。初撃の斬撃技が与えるはずだったダメージを相手の背中にコピー&ペーストする。この際、物理的な回避方法は存在しない。刃の部分が接触しなければ発動せず、非生物には効果がない。これは技を受けたポケモンがイメージした脅威を強烈に引き出して、本当に攻撃を受けたと錯覚させるため。被害を受けたポケモンの脳が作り出した幻想に生命エネルギーを加えて現実のものにしているためである。

・追い討ち【這撃(フィアプレス)
 拡張訓練により、本来の『交代する相手へ威力を上げた攻撃を先んじて当たる』という概念を拡張。『後退する相手へ距離を詰めて攻撃する』というものに昇華したもの。純粋な派生技である。距離をとった相手の距離を詰める際、本来のポケモンの素早さを参照せず、移動というよりワープに近い。



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第120話 反省と座学


好きな物を食べられるのは健康な身体あってこそ……皆さんも食当たりには気をつけてくださいね〜。




 

 

 

「——で、また倒れたってわけか?」

 

 

 

 ここはフエンタウンポケモンセンター。その個室である。

 

 マサトとのバトルに負けた俺は、悔しさで我を忘れて泣き崩れていたようで、その後は固有独導能力(パーソナルスキル)発動の代償により、極度の疲労でまた気を失ったらしい。

 

 それを見つけたタイキがここまで運んでくれて、数刻後に俺はベッドの上で意識を取り戻した。そこへ待ってましたと言わんばかりにタイキとカゲツさんからことの次第を聞かれた。

 

 俺は複雑な気持ちを抱えながら事のあらましを話して、丁度固有独導能力(パーソナルスキル)を使っても勝てなかった件まで言った辺りで、それらに対する反応が今のカゲツさんの一言である。

 

 

 

「このバカにつける薬はねぇのか?」

 

「返す言葉も……」

 

「じゃあ喋ってんじゃねぇよ」

 

「うぐ……」

 

 

 

 そんな風に(なじ)られる。しかし本当に今回ばかりは俺が悪い。

 

 突発的な感情に身を任せて、アクセル踏み込んだのは俺。格上だと悟りながら、勝つ為にまだ使用後の疲労のコントロールが効かない固有独導能力(パーソナルスキル)を使ったのも俺。無茶をさせたせいで今日やるはずだったトレーニングができなくなったのも俺のせいだ。

 

 後先考えず行動したのだから、この結果も批判も甘んじて受けるしかなかった。

 

 

 

「でも腹立つっすねーそのマサトとかいう奴!俺が居たらとりあえず1発殴ってやったっすよ!」

 

「それはホント居なくて何よりだ。お前まで暴れられたらいよいよもって収集つかなかった」

 

「ほー暴れた奴が言うと説得力が違うなぁ?意外と余裕か?」

 

「いやホントごめんなさいマジで」

 

 

 

 少しでも喋ると即刻カゲツさんの嫌味による攻撃が始まる。今の俺にド平伏以外の選択肢はない。今は出る杭は叩き潰されるのだ。ごめんなさい。

 

 

 

「大体忘れたのか?キンセツのジム戦からまだ一週間。ジジイの嫁さんからひと月は使うなって言われてたよな?」

 

「…………忘れてました」

 

「バカは死なねーと治らないと」

 

 

 

 俺の返事に殺気が5割増しとなったので、追い土下座を自分が寝ていたベッドの上でかます。そういえばそうだった。ただいま絶賛ドクターストップ中である。

 

 

 

「今のところ大丈夫そうだが、心の傷は専門医に診てもらわなきゃわからん。ジジイには連絡入れてあるから、来たら診察受けろよ?『この馬鹿者がまた無茶やりました』——とな」

 

 

 

 仰せのままに。これは出張代も奮発しなければならなくなりそうだ。

 

 

 

「信じられねーバカだぜ……まぁでも、お前もそういうとこはその辺のガキと変わんねーのな。てっきりただのモヤシの草食ポケモンだと思ってたぜ」

 

「…………」

 

 

 

 その言葉を聞いて、改めて今回はらしくなかったと反省する。

 

 俺の元来の性格は考えてから行動するタチで……いや、そういう風にしないと物事を進められない不器用な人間だ。感覚という曖昧なものを頼りにできるような才能も経験も積めてない俺が、一時の感情で行動すればこうなる事は火を見るより明らかだった。

 

 しかも今回ぶつかった相手は事情を話さない頑ななマサト。心理学はそんなに詳しくないけど、きっとそんな奴に体当たり的なコミュニケーションをとったところで、固く閉ざした心の扉を開けてはくれない。

 

 そんなことにも気が回らなかった事に、今更ながら悶絶したくなる。

 

 

 

「ホント……何してんですかね……」

 

 

 

 あの時、選ぶべきは“衝突”じゃなく“和解”だったんじゃないかと……少しでもあいつやわかばに寄り添うべきだった。もしかしたら、俺はその機会を取り上げてしまったんじゃないだろうか。

 

 思えば最初のマサトはそれなりに人当たりもよかった。俺があんな態度しなきゃもう少し話してくれたんじゃ……——

 

 

 

「——おいこら無視すんなや」

 

 

 

 ズン——と1人で考え込んでいた俺の顔に押し付けられたのは、カゲツさんの靴の底だった。痛い。

 

 

 

「なにすんですか⁉︎」

 

「話しかけても無視したからだ。師匠のありがたい靴底を敬って舐めろ」

 

 

 

 酷い文句である。悪いのは俺だけど、この人は絶対ロクな死に方しないと思う。弟子としては心配だ。

 

 

 

「つーか何考え込んでんだ。やっちまったもんはしょうがない。いつまでもシケたツラしてる方が鬱陶しい」

 

「え、いやでも……」

 

「どうせわかばと元鞘の小僧との和解のチャンス逃したとかズレたこと考えてんだろ?」

 

 

 

 なんかこの感じ久々だな。エスパーなのかこの人は?デリカシーないのになんでそんな的確に心中読んでくる?というかホウエンの強者ってみんなエスパータイプデフォルトで持ってたりします?

 

 

 

「言っとくが、お前にできることなんてなかったぞ。少なくともそいつより弱いお前と……わかばじゃどうにもなんなかったろうぜ」

 

 

 

 はっきりとそう言われて、そうかもしれないと冷静に思う自分と、そこにわかばも含まれる事の不当さに物申したい気持ちとが生まれた。

 

 

 

「俺は確かに……でもわかばは——」

 

「わかばは充分強くなったって言いてぇのか?」

 

「……いえ」

 

 

 

 ちゃんと聞かれると、それはノーだ。

 

 育ててる身からすればわかるが、わかばの潜在能力はまだ底が見えない。持ち前の器用さに加え、進化してさらにフィジカルが伸びつつあるこいつは、まだ“充分”ではない。

 

 

 

「だったら単純に戦う時期が早過ぎたってことじゃねーの?トレーナーとしてもポケモン個体としても、そのマサトとかいうやつにはまだ遠く及ばない。そんでそんくらい強かった奴が、今はリーグ制覇なんて諦めちまってる……少なくともそういう奴は、自分より弱い奴の意見なんかに耳を傾けるわけねーよ。『まだ未熟だからそんなこと言えるんだ』って思われて終いだ」

 

 

 

 カゲツさんはまるで本人を見たかのようにそう言う。その理論は悔しいが的を得ていた。少なくともバトルを挑んだ時点で、すでにこの結末は決まっていたことなのかもしれない。だからこそ、改めてそれを悔やむ。

 

 

 

「……やっぱ、俺が最初から穏やかに接してたらよかったってことですよね」

 

「自惚れんなよ」

 

 

 

 カゲツさんはその言葉を重く放つ。それで俺もハッとしてその続きに耳を傾けた。

 

 

 

「『どんな事情の奴でも話せば分かり合える』——そんなチープな理想を信じてんじゃねーよ。世の中お前と違う思想を持って生きてる奴なんか山ほどいる。しかもその殆どは誰かに理解してもらおうなんて思っちゃいねー。話せば楽になるみてぇなこと、押し付けられるだけ迷惑なんだよ」

 

 

 

 それは、心を閉ざしてしまったマサトにも同じことが言える。その寂しい結論に、俺は納得こそはしなかったが……。

 

 

 

「だから今日会った時点で、お前にマサトをどうこうする事はできなかった。現実はそういうもんだ。『できることなんか何もなかった』が正解なのに、『どうにかやれたはずだ』って妄想にしがみつくな。そんな事を言っていいのは、そいつの人生丸々知って背負ってやれる奴だけだ」

 

 

 

 その言葉を、救えなかった人がいたカゲツさんが言うのだから、もう俺には何も言えなかった。

 

 そして俺もまた、マサトを理解できる気でいた事を恥じる。よくよく考えればあいつは俺よりもトレーナー歴は長い。その人生で積み重ねたものがあいつを突き動かすなら、それこそテコでも動かないだろう。

 

 そう思うと、一概にわかばを捨てた事で責め立てる事を正当化している俺の方が酷い奴に感じる。

 

 

 

「そう……ですね。俺、今はあいつに関わってる場合じゃなかった」

 

「そんだけわかりゃ充分だ」

 

「そっスよね〜。それにアニキが強くなれば、嫌でもマサトは無視できなくなるんじゃないっすか?」

 

「ハハ……確かに、そりゃそうかも」

 

 

 

 今は……きっとそれくらいでいい。

 

 俺にできる事はなかった。きっとわかばにも……今はそれくらいに思って切り替えなきゃいけない。

 

 そう思えるくらいには、カゲツさんとタイキに助けられた。

 

 

 

「でもホントにごめんなさい。二人とも仕事あったのに……」

 

「俺はいいんスよ。大将にも今日はいいって休みもらいましたから」

 

「こっちも似たようなもんだ」

 

 

 

 そうか。しかし思っていたよりも他の部門でも迷惑をかけてしまった。今度菓子折りでも持って挨拶に行かねば。

 

 そう思っていると、カゲツさんはまた神妙な面持ちをしていた。

 

 

 

「まあぶっ倒れたのもいい機会だ。わかばの治療にはまだ時間あるし、このまま俺の座学に付き合え」

 

「え?座学?」

 

 

 

 カゲツさんはそう言うと、自分の端末ストレージからホワイトボードとペン、メガネを取り出した。メガネ……?

 

 

 

「よし。んじゃー始めるぞ」

 

「あの、そのメガネは?」

 

「雰囲気だ。知的に見えるだろ?」

 

「インテリヤクザみたいっすね♪」

 

 

 

 そんな一言がタイキの最期となった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 『固有独導能力(パーソナルスキル)』——。

 

 ポケモンとトレーナーが生命エネルギーを直結する事で発現する特殊能力。

 

 発現する理由、起源、至る者の共通点はサンプルの少なさから解明されておらず、能力も十人十色で未だにわかっていない事の方が多いのが実状である。

 

 しかしながら、いくつかの共通点もある。

 

 

 

「——まず共通点その1……『生命の摩耗(エナジーフリック)』だ」

 

 

 

 これは俺も知る固有独導能力(パーソナルスキル)発動時に起こるトレーナー側の消耗だ。アオギリさんにサラッと聞いたぐらいなので分かってない事の方が多いが……。

 

 

 

「まぁ今みてぇに受け答えもはっきりしてるうちは多分大丈夫だろ。専門医に診てもらえばわかることだが、心のダメージが深刻な人間は軽い鬱……下手すりゃ廃人になってる」

 

「うわ……アニキホントやばかったじゃないっスか!」

 

 

 

 アオギリさんにも言われていたが、やはり無茶をするリスクというのは考えておかなきゃいけない。タイキも言うように、今回で取り返しのつかない事になっていても不思議ではなかったんだから。

 

 

 

「まぁお前の場合、使い過ぎって言うより、加減知らずって感じだな。常に出力を全開にして能力を起動しているから、その分負担も大きいんだ」

 

「じゃあ、その加減を知れば生命の摩耗(エナジーフリック)は軽減できるって事ですか?」

 

「ああ……今日も狙って使えたんだよな?」

 

「はい……気持ちを集中させて、心臓を意識して強く念じるとできるって事がわかりました」

 

 

 

 その状態を確認したカゲツさんは、次に頷いて指を2本立てる。

 

 

 

「それが共通点その2……“起動因子(トリガー)”だ」

 

 

 

 聞き馴染みのない言葉だったが、語感でなんとなく意味はわかる。要はこの能力のスイッチになる行為、部位、その両方のことだろう。

 

 

 

「この起動因子(トリガー)は微妙な精神状態の差異はあるが、メインエンジンになる身体的起動因子(トリガー)である『心臓』とそのトレーナーが腹に括った信念みてぇな精神的起動因子(トリガー)の2つをきっかけにするって点で共通してる」

 

 

 

 カゲツさんの話を聞きつつ、今まで自分が能力を発動できた事のことを思い返す。能力を使った時、大体俺は明確に目標があったし、その時にはすごくその目標に集中していたと思う。心臓が力の源だとはっきりした時から、能力発動のハードルは格段に下がった訳だし。

 

 だがここで当然の疑問が生まれてくる。それを聞いたのはタイキだった。

 

 

 

「でもなんで今までを教えてくれなかったんスか?知ってたらアニキも使いこなす為に練習できただろうし」

 

「馬鹿が。ユウキ(こいつ)の性格考えろ。練習し過ぎるだろうが」

 

「あっ」

 

「おいなんだよ『あっ』て!」

 

 

 

 カゲツさんの危惧をまるで当然のように受け入れたタイキに物申す俺。俺だってちゃんと加減くらいするというか——

 

 

 

「だってアニキ絶対オーバーワークするじゃないっスか!今回だって無茶はダメだって言われてたのに熱くなって忘れたんスよね⁉︎流石に擁護できないっスよ〜!」

 

「ちくしょう!ごもっとも過ぎて返す言葉もござりやがらないッ‼︎」

 

 

 

 ど正論で打たれた俺は悔しさでモフモフの布団を殴りつける。マジでごめんなもう!

 

 

 

「……というか、そんな闇雲にやってどうこうなるもんでも、訓練法がわかってもすぐどうこうなるわけでもねぇからな。こういうのは地道な積み重ねで慣れていくもんだからな」

 

「ししょーが言うの似合わないっスね」

 

 

 

 その瞬間マッハパンチよりも速い一撃がタイキの顔面に突き刺さる。お見事。

 

 

 

「コイツ……ろくな躾されてねーだろ?」

 

「俺に聞かれましても……あ、話の続きお願いします。」

 

 

 

 またしても余計な一言の為にノックダウンされてるタイキは放っておいて、とりあえず話を進めてもらうことにした。いちいちツッコミ入れてるとキリがない。

 

 

 

「ゴホン……共通点その3の話だ。それが“能力区分”——文字通り、固有独導能力(パーソナルスキル)の具体的な内訳だ」

 

 

 

 カゲツさんは次に“能力区分”の説明の為に次のような質問をする。

 

 

 

「お前、ウリューとかいう奴の固有独導能力(パーソナルスキル)は覚えてるか?」

 

「えっと……」

 

 

 

 そう問われて思い出したのは“水の柱”。

 

 ギャラドスの背後から伸びた水柱が、鞭のように襲ってきた光景である。

 

 

 

「——それこそが固有独導能力(パーソナルスキル)の極意と言ってもいい。絆魂(はんごん)と呼ばれる技能だ」

 

「はんごん……?」

 

 

 

 カゲツさんはそういうと、ホワイトボードに人間とポケモン(のようなもの)をそれぞれ1体ずつ書き込む。その中にそれぞれハートといくつかの情報を書き込んで図は完成した。

 

 

 

「——わかりやすく言うと、“ポケモンの生命エネルギーを取り出して使う”って技能だ。絆魂(はんごん)を使用すれば、接続されたポケモンの生命エネルギーを元手にオリジナル技を作り出す事も可能って寸法だ」

 

「じゃああれは……あんなことが俺にもできる……?」

 

「接続したポケモンによるがな。場合によっては適さないポケモンもいるだろうし、そもそもかなりの高等技術……習得できると約束はできねーな」

 

 

 

 適正もあれば才能も必要……固有独導能力(パーソナルスキル)といえど、持って生まれたもので優劣がつくこともあるとカゲツさんは語った。世知辛いな……。

 

 

 

「でも可能性はあるってことですよね?」

 

「はぁ……ほれ。もう訓練したくてたまらなくなってんだろ?」

 

「え、あ、あはは……」

 

 

 

 図星を突かれて目が泳ぐ俺。鋭いな……。

 

 

 

「言っとくがお前は起動因子(トリガー)の燃費の調整、その後能力を維持する技能常在(じょうざい)、繋がった状態での感覚共有してアレコレする技能感添(かんてん)——これら今できることの水準を上げていかなきゃいけねぇんだからな!絆魂(はんごん)なんて先も先の話だ!」

 

「う、うっす!」

 

 

 

 そう言ってピシャリとこれ以上の追求は許さない姿勢を取るカゲツさんに対して、俺はシャキッと返事する。

 

 でも実際、的を得た指摘だ。やれる事が多いとなると俺は特にその全部をやろうとしてしまう傾向がある。その事に気付いているからこそ、今はこれ以上情報を増やさないというのはありがたい事だ。

 

 本当……手が掛かって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

「とにかく説明はしてやった。これ以上無理すりゃそれまでだ。完全に治さないうちに訓練なんか始めやがったら二度とものは教えねー。泥舟に付き合ってやるほどお人好しじゃないんでな」

 

「はい……肝に銘じときます」

 

 

 

 こうして厳しく言いつけられるのも当然の事だ。

 

 俺が倒れたらこの旅の意味がなくなる。二人はもう公式に俺のサポーターとして活動するようになっている。もうそれはビジネス——大人としての契約で繋がっている。

 

 そこに甘えは一切ない。カゲツさんはその辺抜かりないし……それが俺個人を認めているという証拠でもあった。この先で俺が軽率な行動で故障するってことは、その信頼を裏切っているも同然だった。

 

 

 

「わかったらもう寝ろ。夜までにはジジイたちも来るだろ。今は余計なこと考えずに身体を休めるのがお前の仕事だ」

 

 

 

 そう言って立ち上がったカゲツさんは、タイキの首根っこを掴んで部屋を出ようとする。

 

 

 

「ちょ!なんで俺掴まれてんスか⁉︎」

 

「お前がこの部屋にいたら休めるもんも休めねーだろうが!存外あいつも大丈夫そうだった。さっさと持ち場に戻るぞ」

 

「休みもらったっスよ⁉︎」

 

「返上してこい!どっかの馬鹿のせいで稼ぎが全部治療費行きなんだからな‼︎」

 

「ヒィ〜〜〜!!!」

 

 

 

 騒ぎながら病室を出ていく二人を眺めながら、マジでごめんなさいと心の中で謝罪する俺。あんまり落ち込むのも今は良くないと言われたばかりだが、今は沈むなって方が無理だった。

 

 起こしていた身体に重みを感じて、ベッドに預けるように仰向けに倒れる。

 

 

 

(——固有独導能力(パーソナルスキル)……か)

 

 

 

 俺に宿った能力。

 

 バトルを優位に運ぶ為の力。

 

 ライバルたちに並ぶ為の武器。

 

 ——それを磨くのが、今の俺の課題だ。

 

 

 

(でも……例え強くなれたって……きっとあいつは…………)

 

 

 

 思い出すのは、マサトの顔だった。

 

 あの感情を奥底にしまった顔を……そこまで思い出して、俺はいつの間にか意識を手放していた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 テッセンさんの奥さん、カエデさんの診療の結果は『問題なし』だった。

 

 しかし今後無茶をすればやはり取り返しのつかない事態になる事を念押しされ、笑顔ではあったがその奥に秘められたお叱りの念を察知した俺は再度安静の意を強める。ああいうタイプの人を怒らせてはいけない。

 

 体の回復はすぐに出来たので、翌日からは普通に香楓園で仕事。昼間は全快したわかばと共にポケモンのトレーニングに励む毎日に戻り……後一週間というところまできた。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)のトレーニングは最初の予定通りひと月はできない。丁度このアスナの手伝いが終わる頃と合致する。

 

 その間、マサトを度々町で見かけることがあった。

 

 

 

「あいつ……あの日のことなかったみたいに……」

 

 

 

 マサトとバトルしたあの日。

 

 もうそんなことを忘れたみたいに、顔に笑顔を貼り付けて会釈だけして去っていく。

 

 その事に文句は山のようにあるが……今はあいつにどうこう言うつもりはない。

 

 それはあの日の失敗を繰り返さない為……でもあるが——

 

 

 

「…………」

 

 

 

 俺はトレーニングをしているわかばを見ながら、思うところがあった。

 

 わかばはあの日以来、一度もマサトを気にするような素振りを見せなくなった。

 

 トレーニングに打ち込み、俺のポケモンとしての仕事を全うしようと全力で取り組む姿勢を絶やさなかった。

 

 今までにない程に……。

 

 

 

(それ……逆に気にしてるって事だよな……)

 

 

 

 何かに打ち込んでないと……あの日のマサトの事を思い出してしまうと、きっと堪らないんだろう。いくら俺が鈍くても……そのくらいわかる。

 

 あのバトル中、固有独導能力(パーソナルスキル)で繋がっていたのは五感だけじゃない。あいつの心痛だって共有してたんだから。

 

 

 

「……なんとかしてやらないとな」

 

 

 

 それこそ、まさに俺がしなきゃいけない事だ。

 

 手持ちのポケモンのケアは常識。それを放置するなんてのは家の中で小火(ぼや)を見ておきながら放置する行動に等しい。

 

 この仲間(パーティ)を支えてきたわかばだからこそ、その仕事は急務だった。

 

 

 

「さて……どうしたもんかな……」

 

 

 

 わかばにすぐに立ち直れとはいえないけど、せめて心の負担を少しでも軽くしてやりたい。しかしそんな事を考えても、すぐに妙案が思いつくわけでもなかった。

 

 今は人の知恵を借りるべき時かもしれない……。

 

 

 

「——何悩んでるんです?」

 

 

 

 そんな時、俺の後ろから声がした。

 

 それは聞き馴染みのある……俺の事をよく知る人間だった。

 

 

 

「ミツル……⁉︎」

 

 

 

 俺の親友で……ライバルのミツルが、そこには立っていた。

 

 

 

 

 

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困った時は助けになる。それが友達——。

ミツル!生きとったんかわれぇ!!!



〜翡翠メモ 33〜

『えんとつ山』

ホウエン地方最高峰の活火山。大きな噴火を起こさず、安定して活動を続けるそのメカニズムは長らくして解明されてはいないが、その地下熱と火山灰は麓の大地に多くの恵みをもたらしている。

火口付近は舗装され、ロープウェイによって行き来が可能であり、観光名所としても名高い。警備にはマグマ団が当たっており、安全に通行が可能である。



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第121話 負け犬の遠吠え


お久しぶりです皆さん。
え?投稿話の手直しするまで更新は休むんじゃなかったのかって?
たまには息抜きに最新話更新したっていいじゃない……え?誰も何も言ってない?あ、そう……。

というわけで本編。




 

 

 

「ミツル……⁉︎」

 

 

 

 フエンでのトレーニング中に、その出会いは思いがけないものだった。

 

 トウカジム以来、幾度となく助けられた恩人であり、共に切磋琢磨を誓うライバル……そんなミツルが目の前に居た。

 

 

 

「お久しぶりです♪遠くから見てて、まさかなーとは思ったんですが……やっぱりユウキさんだ♫」

 

 

 

 ミツルは姿こそあの頃のまま、俺に笑いかけてくれている。でもどこか大人びたというか、物腰が柔らかくなっている印象を初見の俺に与えた。

 

 うわー。なんか本当に久しぶりに会うんだな。

 

 

 

「そっちこそフエンにいるなんて……ってそうか。ここにはジムもあるんだから居ても不思議じゃないか」

 

「へへへ〜♪じゃあやっぱりユウキさんもそれ目的だったんだ?」

 

「俺はもう取ったよ」

 

「え!すごい‼︎今バッジ何個目ですか⁉︎」

 

 

 

 そんな感じでここにいる経緯をざっくりと話す展開になった。

 

 カイナトーナメントで強いトレーナー達に揉まれた事、キンセツで師匠を得たこと、フエンでは運良くバッジを取れて、その折にジムリーダーであるアスナからお願いされてここにいる事など……話す事は尽きなかった。

 

 

 

「——へー。じゃあ今はフエンの観光を手伝ってるんですね」

 

「本当文字通り手伝い程度だよ。食住付きで給料も出るんだから、待遇としては破格だよ」

 

「またまたー。お疲れが顔に出てますよ?」

 

 

 

 割と鋭い指摘をされて、俺も口籠もる。

 

 確かに今はいろんな事を考えていて、正直身体以上に気が休まっていなかった。でもそんなすぐにわかるほど顔に出ていたとは……。

 

 

 

「まぁ……労働も楽じゃないってことだな」

 

「なんか親父くさくなってません?」

 

「うっさい。お酒も飲めない花の10代だぞこちとら」

 

「ハハハ。そういう僕も今はすっかり路銀を稼ぐ方が板についてますよ」

 

「お前が〜?」

 

 

 

 なんというかちょっと意外だった。

 

 トウカジムでも既に一定の評価を受けていたミツルが、俺と同じようにその日を凌ぐために働いているイメージが湧かない。てっきり企業スポンサーなりが付いてるものだとばかり。

 

 

 

「本当ですよ!流石にC級トレーナーじゃ食べていくのもやっとです。ハルカさんみたいに取り沙汰されるのは本当に異例中の異例なんですから」

 

「あーそういうことか。あいつのヤバさ、プロになってからの方がますます感じるんだよな。カイナトーナメントでもずっと余裕で勝ち進んでたし」

 

「いやでもユウキさんも十分!いや、信じてなかったわけじゃないですけど、“グレート3”でも指折りの大会だったカイナで決勝トーナメントまで行ったって……うわーお流れになったのが悔しいですね!」

 

 

 

 そう言って頭を抱え、俺以上に悔しがるミツルは相変わらずだった。まぁ俺もそれは思う。

 

 

 

「でもたられば言ってもしょうがないしな。まだプロになったばっかだし、次の機会に頑張るだけ……だよな?」

 

「へへ。尾を引かないところ流石です」

 

「未練はタラタラだけどな」

 

 

 

 ミツル相手だと思っている事がダダ漏れになってしまうが、その辺はやはり彼の人柄なんだろう。ちょっと褒めすぎ感は否めないが、こっちに同調しつつ、頷きながら聞いてくれる姿勢は友人として普通に嬉しかった。

 

 ——と。この辺でミツルが思い出したかのように手を叩く。

 

 

 

「そういえば。ヒデキとヒトミもバッジ取りましたよ♪」

 

「お。いよいよあいつらもプロか」

 

「下積みしっかりして来てますからねー。僕らもうかうかしてられませんね!」

 

「だな」

 

 

 

 その緊張感は確かにある。

 

 元々あいつらに何度かあしらわれていた時は、その実力すら俺には感じ取れなかった。バッジを3つ先行して取っているとはいえ、実際に手合わせとなると正直苦しい。二人とも、それだけ鍛えているからだ。

 

 でもそれ以上に、あの二人と同じ土俵で戦えること。その喜びの方が勝っていた。

 

 

 

「トウカの三枚看板なんて呼ばれる日も近そうだな」

 

「それいいですねー!早くA級ライセンスとってみんなでリーグ戦したいです!」

 

「それは流石に気が早い……ってわけでもないか」

 

 

 

 プロになったら、メキメキと頭角を表すトレーナーも少なからずいる。流石にそこまで生優しい世界じゃないとは思うけど、しっかりと各々が育成論を持ち、時間を無駄にせずに歩んできていると思われるこの三人が、こんなC級トレーナーで終わるとも思えなかった。

 

 ちょっと身贔屓というか、主観が入るけど、そうなったらいいなぁとは思う。

 

 

 

「その時はユウキさんもですからね!なんだかんだ、あの二人も先を越されて悔しがってたんですから」

 

「早けりゃいいってもんじゃないだろうに。負けず嫌いは相変わらずか」

 

 

 

 ヒデキもヒトミもそういうところは似ている。それでもあの時、俺のジム戦を心から喜んでくれていた事を考えると、本当にいい奴らだと思った。

 

 そんな風に少し前のことを懐かしんでいると、ミツルの声色が少し変わった気がして違和感を覚えた。

 

 

 

「……でも、そろそろ公式戦で一度くらい戦いたいですね」

 

「………ミツル?」

 

 

 

 ミツルのその言葉は、俺も望むところではある。だがそんな事を今改めて言う理由がわからなかった。

 

 もちろん俺も、ミツルが手紙に込めたあのライバル宣言は覚えている。それが叶うなら今すぐにでも……お互いの“今”を見せ合いたいとは……——

 

 

 

「すみません。僕がここに来た理由……半分ほど嘘を吐きました」

 

「嘘?」

 

「ユウキさんを見つけたのも、実は偶然じゃないんです。カイナに向かってから随分経つので確証はなかったんですが、キンセツジムにお邪魔するついでに、テッセンさんからあなたの事を聞いてたんです」

 

「俺の……でもなんで?」

 

 

 

 ちょっと待て?じゃあミツルは、俺がここにいるだろうことをテッセンさんから聞いて追いかけて来たって事か?

 

 いや、それは別にいいんだけど、そうなるとその目的って——

 

 

 

「——あなたと戦いたかったから……です」

 

「——‼︎」

 

 

 

 はっきりと。そう言われた。

 

 『闘いたい』——そんな決意を聞いて、そんな相手だと認めてくれた事に、心臓が高鳴る俺。

 

 

 

「フエンでバッジ獲得を果たしたのにまだここにいるという事は、翌月の『フエントーナメント』に出場する予定だったんでしょう?」

 

「それは……まぁ……」

 

 

 

 ミツルの質問は、アスナから頼まれて今の仕事を始めた理由のひとつだった。

 

 トーナメント開催期間がひと月も先だとわかった時は出場は見送るつもりだったのだが、雇用期間がちょうどひと月だった事もあり、引き受けるに至ったわけだが、ミツルはそんな俺とそのトーナメントで闘いたいと言っているようだ。

 

 確かに……俺たちがそのトーナメントの王座を賭けて闘うことは——できる。

 

 

 

「僕、絶対勝ち進みます。例え当たるのが決勝戦だったとしても……」

 

「ミツル……」

 

 

 

 その思いは本物だった。

 

 逆にミツルが簡単に負けるとも思えないのだが、そんなミツルが俺なんかと闘いたいという原動力で動いている。そのひたむきさが、本当にトーナメント優勝まで成してしまうんじゃないかと思わせる。

 

 俺はそれを聞いて……眩しさを感じた。

 

 

 

「……どうしたらいいと思う?」

 

「え……?」

 

 

 

 主語のない質問。当然ミツルには理解できない。

 

 俺は……そんなミツルの挑戦を、真っ直ぐ受け止められずにいた。

 

 

 

「俺は……正直今、お前のそんな気持ちに応えられるような……トレーナーじゃない。はっきり言って参ってるんだ」

 

「ユウキさん……?」

 

 

 

 その内容を話すべきか……あまりにも個人的な事だし、それにはわかばやマサト、オダマキ家の話も含まれる故に、どうしても喉が詰まってしまう。

 

 ミツルだって、別に俺の相談に乗りたくてここにいるわけじゃない。こんな重い話を聞かされれば、迷惑だと思われても仕方がない。

 

 ……でも、今はミツルが、ありのままを話してくれたから——

 

 

 

「何があったのか……聞いてもいいですか?」

 

 

 

 そう……ミツルに聞かれて、俺の口の留め金は外れたのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 わかばの元相棒——“マサト”。

 

 オダマキ博士の息子にして、かの紅燕娘(レッドスワロー)の弟。アマチュア時代は学校(スクール)卒業後にプロ入りを果たして、その後行方をくらました存在。

 

 その折に、どれだけ鍛錬しても進化できなかったわかばを、ミシロタウンに置き去りにした……。

 

 理由を誰にも話さないままに。

 

 

 

「——それでその人と戦って……負けたと」

 

「恥ずかしい話だよ。当事者たちよりも冷静さを欠いて、空回りして……絡まった糸をよりぐちゃぐちゃにしちゃった気分だ」

 

 

 

 わかばは別に戦いたかったわけじゃないはずだ。あの時、やっと進化できたことをただ見てもらえればそれでよかったのかもしれない。マサトだって、俺が喧嘩腰じゃなきゃもっとわかばと触れ合えたかもしれないのに。

 

 そしたらあいつも、ハルカに素直に連絡を入れたかもしれない。ミシロに顔出しくらいできたかもしれない。自分で始めた旅だからって意固地になってただけかも……その意固地を、俺は無理やり叩いて、俺が思うような態度を取らせようとしたばっかりに——

 

 

 

「ユウキさん。全部口に出てます」

 

「ふぁっ⁉︎ま、マジで——⁉︎」

 

 

 

 ミツルの一言で現実に戻される。

 

 伝える言葉はなるべくネガティブな気持ちを薄めたものを選んでいたはずなのに、話すうちにコーヒーの原液レベルの濃さの独り言を垂れ流していたようだ。すまんミツル。

 

 

 

「でも……確かに大変でしたね。そりゃ今の僕のことなんか目に入らないわけだ」

 

「あ、いや……ごめん」

 

「アハハ。意地悪言ってごめんなさい。冗談ですよ」

 

 

 

 そう言って笑い飛ばすミツルだが、いい気はしなかっただろうなと思う。

 

 俺と交わした約束を、ミツルは真っ直ぐに向き合って頑張ってきたのに、俺はといえばよそ見寄り道ばかり。あんな皮肉が出てくるくらいだし……。

 

 

 

「本当に冗談なんです。だって、そんな事言ったら僕も寄り道ばっかだったし」

 

「いや、プロになって真っ直ぐジム制覇してるだろ?」

 

「そう見えます?」

 

 

 

 ミツルの言葉、それに少し遅れてハッとさせられる。

 

 俺がミツルといた時間はあまりにも短い。その間にあったことの方が、俺にとっては濃い時間だった。

 

 誰かと関わり、友達になり、戦い、ぶつかり、別れ……多くの壁にぶつかりまくる日々。

 

 ミツルにも……そういう時間があった事は想像に難くない。

 

 

 

「——もし今ユウキさんの目の前にいる僕が、そんな綺麗な道しか歩いて来てない奴なら、きっと僕はあなたに敵わないと思います。あなたはいつも、茨の道の先を歩いてますから」

 

「そんなこと……」

 

 

 

 そんなことない——そう言いかけてまた喉が詰まる。

 

 俺の歩く道……いつか親父が大変だと言ったあの道の只中にいる。それを自覚しているからこそ、ミツルの言うことを、上っ面だけの謙遜で否定できなかった。

 

 

 

「まあだから同じくらい苦労しなきゃ——なんて思いませんけどね」

 

「そりゃな……」

 

「だからこそ、そんな保証もない道を歩く人はカッコいいです」

 

「………」

 

 

 

 わかっていた。ミツルなら、きっと俺をそんな風に励ますだろう事は。

 

 俺が下を向けば、上を向けるような言葉をかけてくれる……そんな期待がなかったといえば嘘になる。

 

 でも、だから俺は……ミツルの本心が知りたかった。

 

 

 

「怒んないのか……?」

 

「怒られるようなことしましたっけ?」

 

「……俺が、自分勝手に色々やってること」

 

 

 

 ミツルだってそれは知ってるはずだ。

 

 トウカジム生として受け入れるという異例の待遇。それを用意したのは他でもない俺の父にしてミツルが敬愛するセンリ。その誘いを……想いを蹴って始めた旅。

 

 やっとやりたい事を見つけたと思ったら、その為にポケモンたちをしごき上げ、今そのポケモンを苦しめるような行動に出てしまっている。

 

 同じ道を、喜んで歩いてくれるポケモンたちなのかもしれないけど……わかばの件に関しては完全に俺の過失だ。

 

 考えているフリをして、冷静なフリをして、周りに与える迷惑を考えられない俺に対して……腹を立てたりしないのだろうか?

 

 

 

「……センリ師匠が僕の面倒を見始めた頃の話になるんですが」

 

「な、何の話だ?」

 

 

 

 そう切り出して、ミツルはその時の事を語り始めた。

 

 

 

「——僕の心臓は、生まれつき他の人よりも小さかった。そのせいですぐに息切れがするし、無茶をすれば命に関わる。それを解消する為には、徐々に心臓を大きくする訓練が欠かせませんでした」

 

「それって……お前が前に言ってた病気のことか……?」

 

 

 

 話の合間にした俺の質問に、深く頷くミツル。

 

 

 

「でも、その訓練は長く、辛く……何より成果が見えにくいものでした。ひと月ふた月くらいじゃ、心臓は大きくならなかった……だから何度も逃げ出そうとしたんです」

 

 

 

 ミツルの独白は、前に聞いていた時よりも真に迫るものがあった。その頃の苦労を……まるで追体験するように胸を押さえて話を続ける。

 

 

 

「そして……いつも起き上がらせてくれたのがセンリ師匠でした。師匠は僕が落ち込むたびに優しい言葉だけで立ち直らせてくれた。もちろん訓練に手抜かりはなかったから、たまに鬼だと感じることもあったけど」

 

「そういう手は……確かに抜かなそう」

 

 

 

 変なところで手抜きができないのがうちの親父らしい。いや、そうすべきじゃないと判断しただけかもしれないが。

 

 

 

「そうされていくうちにだんだん……僕は不思議に思ったんです。どうして結果を出せない自分を支え続けてくれるのか。どうしてただの一度もやり方を変えようとしないのか。叱らないのか……」

 

 

 

 その時、親父はこう言ったそうだ。

 

 

 

——叱られるような事を君がしていないからだよ。

 

——叱ったりするのは、その人が“過ちに気付いていない時”に必要なものだ。その先が崖の道を歩く人を呼び止める時、少しキツく当たってしまうのと同じようにね。

 

——でも今の君は、その過ちに気付いている。気付いていてどうしたらいいのかわからないから悩む。その悩みそのものは、実はいい事なのかもしれない。君にはその時間が必要なだけさ。

 

——その時間は苦しいかもしれないし、もしかしたら独りで過ごすには厳しいものかも。なら私ができるのは……そんな君を励ます事。また前を向きたくなるような『心の燃料』を注いであげる事だ。

 

——だから今日の悔しさを覚えておいてくれ。今日立てなかった事を覚えておいてくれ。未来でまた挫けそうな時、その燃料を注いでくれるのは……きっと私だけじゃなくなっているはずだからな。

 

 

 

「——その時の言葉を、忘れなかったから……きっと今僕は前を向いて歩けてる。それだけじゃない。今ユウキさんにこの事を伝えられてるんです」

 

 

 

 言葉が……出なかった。

 

 ミツルにかけられた言葉が、そのまま俺にかけている言葉のように聞こえた。

 

 我ながら都合のいい耳だと思うが……それでも素直にそう思えた。

 

 

 

「僕には、ユウキさんが怒られるべき人には見えなかった。そんな気すら起きなかった。ただそれだけの話なんですよ」

 

「……そっか」

 

 

 

 短く、そう返すのが精一杯だった。

 

 そして、ぐだぐだと考えていた事がまるで嘘のように……今は前を向こうと思えた。

 

 同時に、俺はわかばに対してどう接したらいいのかも……見えた気がした。

 

 

 

「……その顔なら、大丈夫そうですね」

 

「ああ……助かったよ。ミツル」

 

 

 

 俺の感謝を、「なんのことだか」と誤魔化すミツル。本当、知らない間に大人になってるんだよなこいつ。そいえばこんなことわざもあるんだっけ?『男子、三日会わなければなんとやら』——的な?

 

 

 

「じゃ——僕もう行きますね。()()()()()

 

「……ああ。待っててくれ」

 

 

 

 ミツルからの気持ちを、今度こそしっかりと受け取った。

 

 その時を、すでに俺は楽しみにしてしまっている。だから——

 

 

 

「まずは……お前と話をしなきゃな——」

 

 

 

 そう呟く俺の視線の先には……緑色のあいつがいた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その日の夜……泊まってる宿舎の庭先でのことだった。

 

 

 

——……!

 

 

 

 庭の木に寄りかかって座るわかばに向かって、俺はひとつの木の実を放る。

 

 突然の事とはいえ、反射神経のいい我が相棒は難なくそれをキャッチした。

 

 

 

「ナイスキャッチ」

 

——……。

 

 

 

 俺が軽口で接すると、わかばは渡された“オレンの実”と俺の顔を見比べて視線で語る。「何しに来た?」——と。

 

 

 

「……ちょっと隣座るな」

 

 

 

 わかばの隣に座る俺は……それから少し何も話さない。

 

 話す言葉を準備してこなかったわけじゃない。でもいざこうして隣に座ると……やはりかける言葉に迷う。

 

 わかばになんて言ったらいいのか——その内容もそうだが、何より伝え方を間違えたくなかった。

 

 だから……ゆっくりと夜空を見上げながら、考えを改めてまとめていた。

 

 今日は別に綺麗な満月ってわけでもないが……一際輝いて見える。

 

 

 

——……ルォ。

 

 

 

 沈黙を破ったのはわかばの方だった。

 

 感情も意思表示も、基本は前と同じように淡白な事が多いこいつにしては珍しい。

 

 そして、その呟きと同時に、わかばは少し肩を落としているようだった。

 

 「すまない」——そう言ってるように見えた。

 

 

 

「まぁ……気にすんなってわけにもいかないよな」

 

 

 

 マサトのアブソルに負けたわかばは、彼なりに責任を感じていたようだ。それはそうだ。あのバトルで俺がこいつにお願いしたのは「成長した自分を見せてやってくれ」——的な事。負けたらその願いを反故にしてしまったも思うだろう。

 

 もちろんわかばがそんな責任を感じる必要なんてない。無茶振りをしたのは俺の方だ。

 

 でも、わかってしまう……きっと逆の立場だったら、俺もそうやって頭を下げるだろうから。

 

 

 

「強かったな……あいつら」

 

 

 

 俺は言う。

 

 単純な感想。誰も傷付けないように、言葉を選びながら。

 

 

 

厄脈感知(やくみゃくかんち)……だっけ?あんなのゲームで言ったらチートだよな。攻撃力も半端なかったし、派生技も厄介なもんばっか……俺たち、あんなのにいつか勝てるのかね……?」

 

 

 

 俺の問いかけに、わかばはまた肩を落とす。あーミスった。違う違う。そういう事が言いたいわけじゃなくてな?

 

 

 

「——勝ちたいよな。あいつらに」

 

 

 

 勝てるかどうか——は現実の問題。それを今成せる力がない事だけは、とりあえず受け止めなきゃいけないだろう。

 

 でも願望はどうだ?俺たちは、あんな強いトレーナーと戦って、負けた。

 

 それで……俺たちは諦めてしまいたくなってるんだろうか?

 

 

 

「俺は勝ちたい。あいつがどういうつもりで今を生きてるのかはこの際もうどうでもいい。それはきっと、もう俺の立ち入れる話じゃないだろうからさ」

 

 

 

 わかばにとってはそうもいかないのかもしれないが、マサトの個人的な決定に口出しをすべきではないと思う。

 

 だから、今は彼の強さにだけ目を向けたい。

 

 

 

「お前の元相棒、本当に強い。リーグ戦には出ないらしいけど、少なくともあいつくらいは越えないと……俺は『約束』を果たせそうにない」

 

 

 

 それは、この度で交わしてきた約束の中でも一際光るものをさした言葉だ。

 

 

 

——わたしのライバルになってよ♪

 

 

 

「——全く。あいつも無茶言うよな」

 

——ロゥ。

 

 

 

 少しだけわかばも同意してくれたのか、気の抜けたような鳴き声を出す。そいえばお前もボールの中で聞いてたんだっけ?いや、だとしたらあの時やっぱ狸寝入りしてたんだな。

 

 

 

「ハハ。だったらやっぱ、俺らも無茶しなきゃな。あんなデタラメに強いマサトも、カイナにいたウリューも倒せるくらいには……」

 

——……。

 

 

 

 

 その自信を、もし失っているなら……。

 

 それこそ、俺がわかばに言ってやりたい事なんだと思う。

 

 

 

「——強くなれるよ。お前は」

 

 

 

 背中を押したい——わかばのその大きくなった背中を。

 

 

 

「だってお前は、いつも俺の予想なんか飛び越してきた。育ててる側がこんなんでどうすんだと思うけどさ——気付いているか?もうすぐお前と出会って1年くらいになるんだぞ?」

 

——!

 

 

 

 わかばと出会ったのは、年の暮初め。

 

 あの日、オダマキ博士に巻き込まれる形で出会ったこいつは、最初から俺にとって規格外だった。

 

 その規格外が放った一閃が、俺の世界を一瞬で破壊した。

 

 その頃からずっと……お前には何か期待していたのかもしれない。

 

 すごいものを見せてくれる——そんな勝手な期待を……。

 

 

 

「1年……もう1年か。いや、まだ1年?お前は長く感じた?俺はどっちとも言えないけどさ」

 

——ルォ……。

 

 

 

 きっとわかばも同じような感覚だったんだろう。俺に同意するように唸る。

 

 

 

「……俺にもお前にも、現実的にあり得る可能性がまだある……だから今は強くなろう。結果がすぐに出なくても、歩いてみる価値があるって……今はそう思えるから」

 

 

 

 ミツルの経験を思い出して、今更ながら涙が込み上げてきた。

 

 何の為に努力し、何の為に悩むのか……。

 

 それを教え、励ましてくれた友達と、俺の父親の言葉……。

 

 

 

——……ルァァァアアアアアア‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 その時、わかばは急に立ち上がって、月に向かって吠えた。

 

 突然で俺も驚いたけど……それが何か、わかばにあった(わだかま)りを振り切れた証拠だとも思った。

 

 そして、俺は少し笑って……一緒に声を出す事にした。

 

 

 

「うぉぉぉおおおおおおお!!!」

 

——ロァァァアアアアアア!!!

 

 

 

 俺たちは腹の底から叫んだ。今のありったけの気持ちを空に放つ。

 

 

 

 ——問題が解決したわけじゃない。

 

 今はただの虚勢。誤魔化しの遠吠えでしかないのかもしれない。

 

 それでも……いつか今日の気持ちが、少しでもマシな未来になる——そのためのものだと、信じたい。

 

 

 

「——うるせぇぇぇ!!!何時だと思ってんだこのボケナス共‼︎」

 

 

 

 そうカゲツさんから一喝されるまで、俺たちは喉を枯らし続けたのだった……。

 

 

 

 

 

 

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咆哮は月夜に紛れて……——。

久しぶりにアオハルしてる気がする。このところ重いねん君ら(理不尽)。

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第122話 紅蓮の少女


おっっっひさしぶりッス——!
昨日ようやっと全話手直しが終わりましたーよかったよかった♪再始動が四月とかかもとか思ってただけに……(震)

今後ともよろしくです。ではでは!




 

 

 

「——うん。とりあえず傷の状態は大丈夫そうね」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 フエンに来てひと月が経ち、固有独導能力(パーソナルスキル)の使い過ぎで『心』とやらに負った傷が完治した事を、キンセツでお世話になったテッセンさんの奥さん——カエデさんが告げてくれた。

 

 これでやっと、本格的な固有独導能力(パーソナルスキル)の特訓に励める。

 

 

 

「——今更言うことじゃないかもだけど、治ったからといって無茶していいわけじゃないからねー」

 

「ぐっ……肝に銘じます」

 

 

 

 今やっと脳内であれやこれやが出来るとはしゃぎかけた瞬間にこの釘刺しである。見抜かれてるなこりゃ。流石は“奇天烈”の奥さん……。

 

 

 

「まぁ、今回の心の損傷はウチの主人の時に負ったものよりも軽かったからよかったけど。少しずつだけど、体に固有独導能力(パーソナルスキル)が馴染んできてるのかしらね?」

 

 

 

 その診断に少しだけ胸が高鳴る——と、浮かれかけた俺の胸中を読み切ったカエデさんが、冷ややかな目で俺を諌める。はい。大人しくします。

 

 ——と。それはそうと、ここまで出張らせてしまった事はちゃんと詫びないとだし。出すものは出しておこう。

 

 

 

「じゃあこれ、出張代——」

 

「あら?いいのよそんなもの」

 

 

 

 俺が金のチャージされた端末を取り出そうとすると、カエデさんはあっさりとそれを断った。

 

 

 

「え、いや、ダメですよ。お仕事もあるのに二度もフエンまで来てもらってて……一度目もなんだかんだで出張費も治療費も取らなかったのに……」

 

 

 

 二週間前に、マサト相手に無茶をして再診を受けた折。それらの費用を出そうとしたら、『次に来た時にまとめてもらうわ』——などと言って受け取ってくれなかったのだ。だから今回こそはちゃんとその分も含めて用意していたのに、それすらも受け取ろうとしないカエデさん。

 

 いや、医者だって慈善事業じゃないでしょうに。

 

 

 

「別にお金取らないって言ってるわけじゃないわよ?ただ……ほら!もうすぐフエンの大会なんでしょ?それで優勝すればまとまったお金も入るだろうし。そう遠くない出世払いだと思って頑張ってみて♪」

 

「ゆ、優勝って……また随分と無茶を……」

 

 

 

 取ってつけたかのような理由で代金を決して受け取ろうとはしないカエデさん。そりゃ優勝賞金も魅力的だし、頑張るけど……今手持ちがある内に受け取って貰わないと、この先支払える保証も無いわけで。

 

 そんな風に悶々としているのが伝わったのか、カエデさんは明るい雰囲気を少し引き締めたような顔になって言う。

 

 

 

「別に周りに甘えたっていいんだからね。甘え過ぎるのは確かに良くないかもだけど……あなたは少し自分に厳し過ぎるところがある」

 

「そ、そんな事ないですよ⁉︎いつも周りに甘やかされてるというか、それなのにいつまでもぐずぐずしてるのが俺ってだけで——」

 

「ほらそういうところ。これまでもそうやって言って、誰かにそのこと指摘されたりとかしなかった?」

 

 

 

 自分に厳し過ぎる——謂れがないと思って反論したが、既にその姿勢が厳しいのだとカエデさんは諭し、過去にもその傾向を指摘した人物がいないかと聞いて来る。

 

 ……思い当たる人といえば。

 

 

 

——謙遜も過ぎれば自虐ですわ。

 

 

 

 ふと以前ツツジさんが漏らした言葉を思い出す。そんなあからさまなもんじゃなかったけど、思えばそうした類のことを、度々言われて来た気もする……。そうなのかなー。

 

 

 

「旅をして、自分のやりたい事をやってるのも立派な事よ。あなたはその中でも頑張ってるし、応援したくなっちゃう人なの。だから、受けられる施しはなるべく受けてあげてね。それも応援の形のひとつなんだから」

 

「……はぁ。努力します」

 

 

 

 人の好意には甘えておけ——どこかでも聞いたことがあるそんなニュアンスのアドバイスに、受けても返せるものがないかもしれない不安を抱える俺は……しぶしぶ了承する。

 

 まじで期待外れのトレーナーに成り下がってしまう時が怖いな。

 

 

 

「そんな落ち込んだ顔しなさんな!体が完治したら、やりたい事あるんでしょ?」

 

「……そう、ですね。うん。そうします」

 

 

 

 カエデさんはそう笑顔で送り出してくれた。だから、俺もそれをまずは受け入れて歩く努力をするのがいいと思う。

 

 とりあえずは前へ——失敗した時のことなんて、今更考えても無駄だと諦めて。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンでの仕事は、契約通り履行した。

 

 その事をアスナは言い渡すだけの為に、フエンタウンを一望できる高台に俺を呼びつけていた。

 

 そこで俺の通帳残高に3人分の給金が振り込まれた事を確認。それがそのまま、このひと月の成果として目に見える。

 

 この瞬間の嬉しさは、何にも変えられないものがあった。それを見て、雇い主のアスナが苦笑いする。

 

 

 

「そんなに逼迫してたの?だったら本格的にウチで働いてくれてもいいのに」

 

「なんだよアスナまで……」

 

 

 

 彼女の母である、香楓園の女将さんにも誘われたっけ。その時の文言を思い出して、少し顔を赤らめる俺。変な事思い出してもーた。

 

 

 

「何?なんかお母さんに変な事言われた?」

 

「い、言われてない言われてない!親子揃って誘ってくれるなんて、随分頼られたもんだーアハハハハ!」

 

 

 

 などと誤魔化しておく。我ながら酷い大根役者ぶりだ。

 

 

 

「ハァ……やっぱお母さんに変なこと言われたんでしょ。どうせあたしをダシに『婿入りしにきなー』とか言ってんでしょ?」

 

「むこッ——⁉︎」

 

 

 

 まさかご本人からそんな言葉が出るとは——覚悟してなかった俺は馬鹿みたいに反応してしまった。

 

 

 

「あれは癖なの。気にしないで。自分は結婚で失敗したからって、あたしの将来に過干渉なだけだから……」

 

「あ、あぁ……そっか。アスナ、今親父さんがいないんだっけ……」

 

 

 

 それは働いていれば嫌でも耳に入った家庭事情。井戸端会議など他所でやってほしかったが、従業員の間でもその話は有名だったようで、よく休憩時間などで聞かされた。

 

 曰く——重圧に耐えられなかった……と。

 

 

 

「まぁ気持ちもわかんなくはないけどさ。だからって勝手によそで愛人作って逃げる事ないのにねー。今頃どこで何やってんだか……」

 

 

 

 その言葉に恨みのような気持ちは感じられない。うまく隠しているのか、それとも——彼女の胸中を察せられない俺は、ただ当たり障りのない言葉でしか答えられなかった。

 

 

 

「そんな中で、よくやってるよ。ほんと……」

 

「アハハ。ホントにね。あたしなんかに務まる訳ない——そう思って半年。なんだかんだで今日までやれてるのは、我ながら感心するよ」

 

 

 

 アスナは自分のことをそんな風に言うが、どこかまだ自嘲しているように見えた。心配そうに見つめる俺に気付いたのか、アスナはバツが悪そうに苦笑いする。

 

 

 

「そんな顔しないで!ほら、お母さんはそういうのもあってちょっとアプローチが変だけどさ!あんたのこと、ホント気に入ってるんだ。だから——」

 

 

 

 慌てて繕うように言葉を並べつつ、最後に彼女がつぶやいた一言だけは……とても気持ちがこもってるように聞こえた。

 

 

 

「——また、遊びに来てよ」

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンタウンは古き良き街並みを残し、その有様は碁盤の目のように整えられた構造に慣れ親しんだ人間からすると、ノスタルジーを感じさせる為、多くの人間に好まれる傾向がある。

 

 道は曲がり、交差点は綺麗な十字ではなく、雑多に建てられた建物の間を縫っている。山岳地帯に造られた街というだけあって高低差もすごい。

 

 その為、この街で迷子になる人間は後を絶たないのだ——なんてガイドには書いてあったっけ?

 

 

 

「うーん……迷った。どーしよっかキルリア(アグロ)?」

 

 

 

 僕はミツル。15歳。絶賛迷子中です。こっちの赤い角の可愛いのが相棒のキルリア(アグロ)

 

 フエンに来たのが2週間くらい前で、しばらくはこちらの働き口でお世話に。ジム挑戦の為にアスナさんに挑み、なんとか勝てて……その時に近くの飲食店を紹介してくれて、今日まではずっと働き詰めになっていた。

 

 でも今日でそれも終わり。フエンに来たもうひとつの目的でもあるトーナメントが、あと3日というところまで迫った本日。久しぶりに街を歩いて、ここしばらくあった疲れを流すようにリフレッシュしようと思った。

 

 ——でも、それでまさか迷子になるとは。

 

 

 

「地図にはない道に入っちゃったかー。街が古いとナビに登録されてないような道がゴロあるし、高低差で橋やら階段やらトンネルやらが重なって紛らわしいんだよなー」

 

 

 

 僕は頭を掻きながら、今自分がどの辺りにいるかとナビの地図アプリと睨めっこ中。しかし一度わからなくなったものをいくら睨もうとも、元きた街道に出る為の活路は見えてこない。

 

 建物に囲まれ視界も悪く、明るい方に歩いていくと、石造りの断崖にぶち当たって結局回れ右をさせられること数度。アグロの能力を応用すれば——なんて考えてみたけど、それも上手い作戦が思いつかないのが現状だった。

 

 

 

「まぁ流石に歩き回ってたら、そのうちどこかには出られると思うけど……今日のトレーニングは遅くなっちゃうかな」

 

 

 

 軽率な自分の行動にバツが悪くなる僕は、ため息混じりにまた裏道を歩く。アグロはその後ろをとてとてと着いてくるが、その顔はいつも通り——いや、少し喜んでいるようにすら思える。

 

 

 

「なんだいアグロ……今の僕、そんなにおかしい?」

 

 

 

 確かに滑稽に見えるかも……なんて思いながら皮肉めいた事をアグロに振るが、彼は尚一層目を細めて笑っている。

 

 

 

「……『久々の散歩が楽しい』——って感じだね。確かにこのところ、のんびり街を見回すことも少なかったかな」

 

 

 

 僕はここに来るまでのことを少しだけ思い出す。

 

 トウカジムを出たのが6月の半ばだったから、大方半年になるのか……。

 

 それまではトウカジムでトレーニングやジム生としての仕事をこなしつつも、余裕のある日々が少なからずあった。その折にはよくアグロを連れ歩いては街や道路を眺めて回ったものだ。

 

 それが、今は旅で、刺激的な出来事に振り回される日々になってしまった。

 

 

 

「……後悔はないけど。アグロの楽しみをひとつ奪ってたのはごめんね」

 

 

 

 そう謝罪すると、アグロは頭を横に振って応える。

 

 ——気にしないで。そう言っているようだった。

 

 

 

「うん……でもたまにはこうしてのんびりする時間も作ろう。きっとこんな時間も、僕らが大事にしなきゃいけないものだから」

 

 

 

 旅に送り出してくれた恩師の言葉を思い出しつつ、僕はこの道草を楽しもうとして——

 

 

 

「——ん?」

 

 

 

 何故か“そこ”に目が留まった——。

 

 そこは年季の入ったモルタル製の建物。入り口には廃材が多く、しかし整えられて置かれている。店の看板や窓から覗ける様子から、ブリキから作る雑貨屋さんだということがわかった。

 

 でも、目に留まったのは、その窓越しに中を張り付くように見ていた……一人の少女に——だった。

 

 

 

「……あの格好、マグマ団?」

 

 

 

 真紅に彩られたフード付きの制服は、かの有名な大型ギルド——『マグマ団』の装いに似ていた。

 

 そのフードを目深に被り、そこから覗かせる紫色の髪と目が印象的なその子が、ふと気になった。この店、気になるのかな?

 

 

 

「……入らないんですか?」

 

 

 

 僕は、気づけば自然と話しかけていた。

 

 少女は僕が一声かけると、少し驚いたのか肩を震わせる。あ、いきなり声かけたのはまずかったかな?

 

 

 

「…………」

 

「あー……えっと」

 

 

 

 華奢な女の子——その子は声のした僕の方には見向きもせず、ずっとブリキの工房を覗き続ける。さっきの反応からして気付いてないってことはなさそうだけど。

 

 

 

「ぼ、僕もこういう雑貨は好きなんです。なんていうか……人が一回捨てたものを、こうも素敵なものに変えちゃうのかー!っていうか……そこに作り手の思いとかが見えるというか……」

 

 

 

 無言が辛かった僕は、当て所も無い言葉をつらつらと並べる。こうして話しかけてしまった以上、どうにか会話を繋げなければ——なんて思って、つい自分の思う事を垂れ流してしまうのだ。

 

 ちなみにだけど、我ながらこういうところは成長している気がする。今までは人に言われなければ気付けなかった点だし——え、言っちゃったら一緒だって?すみません。

 

 

 

「——ディスポーサル」

 

 

 

 そこで彼女がポツリと漏らした。

 

 でぃす……?いきなりの事で聞き取れなかったけど、イッシュ地方の言葉かな?もしかして外人さん⁉︎

 

 

 

「……可哀想」

 

「え、ど、どうして……?」

 

 

 

 彼女がまた呟く。それはまるで、店に陳列されたブリキたちに向けられているようだった。その言葉の真意がわからない僕は、咄嗟に聞く。

 

 

 

「……キミには……わからない……キミの目は……綺麗だから」

 

 

 

 辿々しいような、それでいて丁寧で落ち着いているような声が、僕を突き放す。僕の目が綺麗……?ほ、褒められてるのかな?

 

 

 

「…………」

 

 

 

 僕が動揺している間に、彼女は歩き始めてしまった。

 

 会話が成り立たない——そんな相手に話しかけてしまったことを少しだけ後悔して、追うかどうしようか迷った僕は——

 

 

 

「——待ってください!」

 

 

 

 彼女が言った言葉のひとつひとつが気になって、追う気持ちの方を優先していた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——キミ……インセステント」

 

「ゼェ……ゼェ……それはギリ聞き取れたよ!確か……『しつこい』だっけ——ってえぇ⁉︎」

 

 

 

 彼女は歩いているだけのはずなのに、この街のウネウネした道を軽やかな足取りで進んでいく。街角に出くわすたびに僕はふりきられそうになり、ついには走らないと追いきれなくなっていた。

 

 そんな折、なんともそっけない返事が返ってきたのだ。

 

 

 

「た、確かにしつこかったかも……」

 

「アドバイス——いや、“ワーニング”。キミみたいな……人が……しつこいのはお勧めしない」

 

 

 

 それは“警告”だっけ?た、確かに僕はいきなり会ったばかりの女性を追いかけ回していた訳で——それもマグマ団の女性をだ。

 

 も、もしかしてストーカーみたいに思われた⁉︎

 

 

 

「ご、ごめん!さっき言ったことがどうしても気になって……!」

 

 

 

 僕は両手を合わせて誠心誠意謝罪する。どうか変に勘違いしませんようにと祈っていただけかもだけど、迷惑をかけてしまった事は素直に申し訳ないと感じた。

 

 

 

「……スクラップ。捨てられたなら、そのままの方がよかった」

 

「え……あ、さっきの説明?」

 

 

 

 僕の謝罪は受け入れられたのかどうかもわからないまま、話がさっさと進んでいたようだ。恥ずかしい。

 

 でも——『捨てられたままの方がよかった』……?

 

 

 

「……どうして?」

 

「……リサイクル…されて……『こうあれ』……強いられてできたスクラップ」

 

 

 

 彼女はやはり外国人なのか、その言葉がうまく繋がっておらず、僕の読解力ではその全てを理解することはできなかった。

 

 でも、そんな人が語る言葉には、どこか『怒り』のようなものを感じた気がした。

 

 

 

「優しいんですね……あなたは」

 

「やさ……しい……?」

 

 

 

 それは僕が最初に抱いた気持ちだった。

 

 どうしてスクラップ細工を憐れんだのかはわからないけど、そこに『怒り』を覚えるというのは、それだけ自分以外の何かを想う気持ちがあるということじゃないだろうか?

 

 感情を読み取るアグロと一緒にいるからわかる。純粋な怒りは、自分のためじゃなく、誰かのために発生する現象だということを。

 

 

 

「——的外れ(イレレヴァント)。キミは……わかってない……」

 

「ハハ……ごめんなさい。僕も知ったようなことを言う気はなかったんです」

 

 

 

 少しだけ目を伏せた少女は、僕の言葉が少し気に障ったようで、眉を顰めているように見える。

 

 

 

「でも、僕も……『型にハマって生きろ』——って言われる辛さが、少しだけわかる気がするんです」

 

「………!」

 

 

 

 今度の僕の言葉には、彼女は顔を上げて反応してくれた。

 

 

 

「なんていうか……『こうあれば幸せだから』とか『それはお前のためにならないからやめろ』とか……僕、体が弱過ぎて、ポケモントレーナーはおろか、一人旅すらできる状態じゃなかったんです。だから、今みたいな事を……家族から言われてました」

 

 

 

 気付いたらまた自分の語りを初めていることに、僕は恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

 でも、通りすがりの僕の質問に、立ち止まって答えてくれたこの人に——向き合って話してみたくなったんだ。

 

 

 

「だから……意味合いは違うかもしれないけど、捨てられた廃材に『こうあったらいいのにな』——って勝手に形作られる廃材側の気持ちを、あなたは代弁してたような気がして……今の説明を聞いて、優しい人だなって思ったんです」

 

「…………」

 

 

 

 僕の長ったらしい説明を、彼女は黙して聞いてくれていた。それも聞き流しているというわけじゃなく、僕の目を真っ直ぐ見て……その紫色の視線と目が合っている事に、段々と僕の中での恥じらいの割合が多くなってきた。

 

 

 

「す、すみません!な、なんか今日の僕、ちょっとおかしいや!あはは」

 

 

 

 誤魔化すように笑っていると、僕は意外なものを見た。

 

 凍りついたように、変えなかった彼女の表情が——口元が少し緩んだように見えた。

 

 

 

「キミ……少しだけ……うん………面白い(アメージング)。そのココロ……大事に…して」

 

「え……あ、うん……ありがとう、ございます」

 

 

 

 その微かな微笑みに、僕はたじたじになる。小柄な背丈と幼さの残る顔立ちで……そんな大人びた笑顔ができるんだ……。

 

 でも——彼女は続ける。

 

 

 

「ボクも…キミも……やる事(ミッション)がある……だから——」

 

「え、あ、あぁ!忙しいって事ですか⁉︎そ、それなのに僕ときたら……引き留めてしまってすみませんッ‼︎」

 

 

 

 僕の追従は、やはり邪魔をしていたらしい。それもそうだ。格好からして、今はギルドの仕事中だったのだろう。それを呼び止めた挙句、立ち去る彼女を追うだなんて……この無鉄砲さというか、気配りの足りなさを治さないとなぁ。

 

 おしゃべりもここまで……そう思うと、最後にこれだけは聞いておきたかった。だから——

 

 

 

「あの、僕、ミツルって言います!よかったらお名前……教えていただけませんか?」

 

 

 

 僕の質問に、目を見開いて固まる少女。何かを考え込んでいるのか、またはびっくりした意識を戻しているのかわからないが、次第にその目を元の大きさに戻して……言った。

 

 

 

「——『カガリ』」

 

 

 

 カガリ——それが彼女の名前。

 

 僕はそれが聞けただけで満足だった。

 

 

 

「カガリ……さん。今日は会えて嬉しかった。じゃあ、また、どこかで——!」

 

 

 

 それだけを最後に言って、僕は振り返って走り去る。なんでかはわからないけど、足が今すぐこの場を立ち去れと急かす。

 

 顔が……少し熱い?体も……——そんな事を考えて、まとまらなくて……。

 

 色々言ってしまったことや、こちらから踏み込んで話してしまったという少しの後悔と、初対面なのにとても親近感が湧いたカガリさんに対する嬉しさとが混ざり合って——堪らなくなったみたいだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ミツル……記憶した(インプット)

 

 

 

 マグマ団のカガリ——彼女はそう呟いて、緩めていた口を前のように感情を消したものに戻す。

 

 彼女の後ろから、複数の赤い衣の団体が現れたから——。

 

 

 

「カガリ書記官!探しましたよ?」

 

 

 

 そのうちの一人が前に出て、一言文句のように言う。どうやら彼らは、彼女を探してフエンを駆け回っていたようだ。

 

 

 

「——もう……済んだ。帰る」

 

「そうして頂けると……」

 

 

 

 カガリはマグマ団員の中に向かって歩く。それに合わせて、団員もカガリに道を譲るように進路から退く。その所作だけで、彼女がこのマグマ団でも相当高い地位にいることがわかる。

 

 

 

「——して、調べ物というのはなんだったのでしょうか?」

 

 

 

 彼女がしていた事を知らずについてきていた側近らしき団員の興味は尽きない。あの生粋の引きこもりと言われ、アジトからも滅多に出ない彼女が、自分の足で調べ物をするなど、前代未聞だったからだ。

 

 しかし……カガリはそれに応えることはない。

 

 

 

「——問題ない(ノープロブレム)……気分がいい……今は……邪魔しないで」

 

 

 

 そこには怒気も込められていたのだろう。それを感じた側近はその身を竦ませる。

 

 彼女の癇癪に触れればどうなるか——そんな事は火を見るより明らかだった。

 

 

 

「——ミツル……ミツル……綺麗な…瞳」

 

 

 

 彼女はそう呟きながら……フエンの細道を軽やかに進むのだった——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンはバトル興行が盛んな場所——というわけではない。しかし、年内にも何度かHLC公認のバトルトーナメントは開催される。

 

 カイナやカナズミのような規模ではないが、やはり……プロの出る“グレートリーグ”への人々の関心は強い。

 

 観光地特有の季節的な人の多さにも拍車がかかる今年は、いつにも増して熱い闘志が渦巻いていた。

 

 

 

「アニキ……いよいよっスね!」

 

 

 

 タイキの言葉に、ユウキは固唾を飲む。

 

 プロになって2回目のトーナメント参戦が……決まったからだ。

 

 

 

 

 

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この舞台へ再び——!

ミツルよ。キミ、いい垂らしっぷりじゃねぇか?
翡翠メモも久々に書きやす!


〜翡翠メモ 34〜

『三頭火』

マグマ団幹部3枠に属するトレーナーの俗称。“司令”、“警邏”、“書記”の3部隊で構成されている組織の中核を成す存在。選ばれるトレーナーはその腕前もさることながら、思考回路も非凡である事を求められ、それ故にその任に就く為には、リーダーマツブサからの指名だけが条件となる。その制度に疑問視する声は意外なほど少なく、現にまとまりを見せているマグマ団は有数のギルドの中でも抜きん出た組織力を保っている。



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第123話 力の使い方


3DSのバーチャルコンソール終わっちゃいましたね。慌ててポケモンバンクとかポケムーバーとかダウンロードしましたよ。あとやるかわかんないのにピカチュウ版とクリスタル、ポケモンカードGBなどなど……土壇場であんなん見たら買うしかなかった。皆さんは衝動買いするタチですか……?




 

 

 

 フエンのグレートリーグの受付を終わらせた俺たちは、束の間の待機時間をその辺の公園で潰していた。

 

 手にはそれぞれフエンせんべいを持ち、その味を堪能していると、マルチナビから通知が届いた。

 

 

 

「——『23番』か」

 

 

 

 マルチナビに登録しているHLC運営から送られた識別番号の数字を読みながら、俺は密かに喜んでいた。前のトーナメントよりも、番号が上がっていたからだ。

 

 

 

「一応言っとくが、シード枠でもない奴の番号なんて記号でしかねーからなー。序盤のバッジ数個取ったくらいで良い気になんなよー」

 

 

 

 カゲツさんからのありがたい一言により、その喜びは一気に地面に叩き伏せられる。水さす事が本当にお上手なことで……。

 

 

 

「でも今回は参加人数も少ないですし、前は決勝トーナメントまで行けたんスから!自信持っていきましょーアニキ♪」

 

「……ありがとうな」

 

 

 

 我が師とは対照的に、ニッコニコで俺を手放しに応援してくれるタイキに、俺は一礼する。その気持ちはありがたく頂戴するとしよう。

 

 そんなやりとりもそこそこに、トーナメント表が掲示されたページを確認する俺。

 

 

 

 フエングレートリーグ——。

 

 今日の参加者は4人のシード選手を含めた36人。シングル戦を2日に分けて執り行うことになっている。

 

 俺はバッジこそ3つ持っているが、公式記録ではまだトーナメント入賞がない。そのため、このレベルのトーナメントでもノーシード扱いである。

 

 

 

「フエンは観光地とはいえ、基本は僻地のトーナメントだからな。お前程度でもシードに選ばれててもおかしくないんだがなぁ〜?」

 

「一言余計です。不甲斐ない弟子で申し訳ない」

 

 

 

 嫌味なイジリをするカゲツさんにはいはいと受け応えながら、俺はトーナメント参加者の名簿に目を落としていた。

 

 そこには知らない名前ばかりが連なっている……たった一人を除いて。

 

 

 

「ミツル……第2シードか……!」

 

 

 

 あの緑色の友人——やはりあいつはシード枠に選ばれていた。前に会った時は無名の選手くさいセリフを吐いてた癖に、ちゃっかり周りに認められていることが見て取れる。でも意外ではない。少しだけだけど、トウカで見たあいつの評判なら、このくらいは当たり前だと思うから。

 

 

 

「アニキ……このミツルさんって人と戦いたいんっスよね?」

 

「ああ。俺がトレーナーを本気で目指すきっかけになった友達だからな……」

 

 

 

 ハルカに気付かされ、母さんや親父に促されて……ミツルが決意させてくれた。

 

 同じものを本気で追う仲間の有り難さは、その時あいつやトウカジムの奴らに教えられたんだ。

 

 

 

「前はハルカのとこまでは行けなかった。だから……今日こそ約束を果たす……!」

 

 

 

 思い出すのは、悔しさ。

 

 どんなに善戦したとしても……負けて、その場所へ行けなければ、この悔しさは晴れない。

 

 あの日からずっと、この心の中でなりを潜めていたそれを、俺は今日こそ——

 

 

 

「力みすぎだバカ。そんなんじゃ()()すら果たせねーぞ?」

 

 

 

 熱くなった意識から引き戻したのは、カゲツさんの軽い小突きだった。

 

 

 

「——今回のトーナメントにどんな思い入れがあるかは知らねーが、絶対勝たなきゃいけないモンじゃねぇ。それを踏み台に、今は試せることに注力する——忘れたわけじゃねぇだろうな?」

 

「…………はい」

 

 

 

 リベンジのつもりで意気込む俺とは対照的に、カゲツさんはどこまでも冷静だった。

 

 今回は緊張感のあるシチュエーションで、俺はどこまで実力を発揮できるかという点を確認する場にしていた。その理由はいくつかあるが、主にそれは固有独導能力(パーソナルスキル)に関係するものが多い。

 

 

 

「とりあえず……一回発動させてみろ」

 

「こ、ここでですか?」

 

 

 

 その提言はかなり危うい。一度使えば、その摩擦——生命の摩耗(エナジーフリック)で俺の心は消耗してしまうからだ。でもそれを軽減する為のトレーニングは、確かにここ数日やってきた。

 

 これはそれを試す為の……試験か?

 

 

 

「さっさとしろ。試合に呼ばれてからじゃ遅い」

 

 

 

 それを聞いて、俺は少し迷った後、目を閉じて静かに深呼吸をした。

 

 目的意識は明確かつ強く、手持ちのポケモンの存在も含め……心臓をひとつの駆動系エンジンとしてしっかりと意識——2種類の起動因子(トリガー)を自覚しながら、徐々に神経が研ぎ澄まされるのを感じる……。

 

 そして——目を開くと同時に、それらを解放する。

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)——発動!

 

 

 

「……できた!」

 

「時間はまだ掛かるが、まぁ上々だな。どうだ?倦怠感やどこか痛むところは?」

 

 

 

 意識がより鮮明になった感覚の中で、俺は不思議と苦痛を感じていないことに気付いた。今までは、心臓の音がうるさくて、胸に少しばかりの痛みのようなものがあったのに……。

 

 

 

「ありません……これ、解除したらリバウンドあるんですか?」

 

「やってみろ」

 

 

 

 俺の質問に「やればわかる」と一言で返す。それを受けて、俺はこの引き締まった精神を徐々に緩めていく……。

 

 

 

「——……解除も、できた?」

 

「スゲェ!アニキ、もう完全にコントロールできてるんじゃないっスか⁉︎」

 

 

 

 俺は元に戻った視覚状態で、タイキの言葉を聞く。それで体のあちこちを触ったり、胸の中に何か違和感がないかと弄るが、それは認められなかった。

 

 

 

「『常在(じょうざい)』はもう行けるな。外から見てても安定してる。ちゃんと()()()()守ってやがったか」

 

「なんでちょっと嫌そうなんですか?」

 

「可愛げねーなーと思ってな」

 

 

 

 理不尽——でも少しだけ……いやかなり前に成長できた気がする俺は、その事実だけで上機嫌になる。こんなことで喜んでいいのかとカゲツさんからまた小突かれそうだが、嬉しいものは嬉しいので仕方がない。

 

 

 

「でも……本当に()()()()()のが、こんなに効果的だなんて……」

 

 

 

 カゲツさんの言いつけ——それは固有独導能力(パーソナルスキル)発動の許可が出る前から言われていた事だ。

 

 

 

——何もすんな。何もしないまんまで、頭の中で体を動かしてみろ。

 

 

 

 夜寝る前に、必ずカゲツさんがやれと言っていたある種のイメージトレーニング。特段変なことをイメージしろとは言われなかった為、その効果に関しては怪しさもあったが、こと固有独導能力(パーソナルスキル)に関しては、やはりカゲツさんに頼って正解だったようだ。

 

 

 

「——イメージトレーニングとは言っても、突き詰めてやれば相当しんどかったろ?アレは、想像力にも限界があるってことだ。考え事をして疲労感を感じるのと同じ……繰り返しやっとかねーと、あっという間に錆びつく」

 

「でも、その先が固有独導能力(パーソナルスキル)のコントロールに繋がってる理屈は?」

 

「知らん」

 

 

 

 そこまで専門的なトレーニングだったにも関わらず、肝心の根拠については丸っきりわからないと返された。

 

 

 

「そんな適当な……」

 

「一概に言えねーから知らんとしか言えん。文句があるなら自分の体に言え。俺は外から見て、お前だったらこういうトレーニングでできるかもなーって思っただけだ」

 

「そ、その根拠は?」

 

「そんなもん勘だ勘」

 

 

 

 またも適当なことを言うカゲツさんを前にずっこける俺。これ、効果があったのはたまたまで、一歩間違えてたら成果なしの可能性すらあり得たんじゃ?というか、なんでこう強いトレーナーって、勘とか不確定極まりない要素を勘定に入れられるんだ?

 

 

 

「ごちゃごちゃ言うな。とりあえず能力の“弁”の調整は平常時ならできるようになったってことだ。あとはそれを実践でできるかどうか——言っとくが、負けてもいいなんて言ってねぇからな。負けたらそこまで。実戦は多いに越したことぁねーんだ。一回戦なんかでつまづいたら承知しねぇーからな!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 そこで、街に備え付けられたスピーカーから、一回戦の開始予告が始まった。それと同時に、俺は弾けたように駆け出す。

 

 

 

「あ、アニキ!お気をつけて!」

 

「上から見てっからなー!だらしねー試合したらぶっ飛ばす!」

 

「は、はい〜!頑張りまーす!」

 

 

 

 俺はタイキの素直な声援と、口は悪いが背中を押してはくれているカゲツさんの激励(?)を背中に受けて、再びやってきた緊張感と共に会場へ駆けていく。

 

 何故か込み上げてくる笑みを口元に浮かべながら……。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンタウンのバトルコートは今日執り行われるのは“グレート3”のトーナメントだけで占領されている。そこにはカイナほどではないが、やはり人が賑わいを見せる為、この辺りを活動拠点にしているマグマ団は、提携している他のギルドや有志で集まった人間を束ねて、通行人の先導を行っていた。

 

 

 

「マサト隊長。第3区画まで人員の配置が完了致しました」

 

「ありがとうございます。はぁ〜……僕もトーナメントの試合観たかったなー」

 

 

 

 マサトが警邏部隊本部にしているテントで、地図や交通状況などと睨めっこしているところに、続々と各地の状況を伝えにくるうちの1人が彼をたずねていた。

 

 気怠げに答えるマサトに、その男と苦言を呈する。

 

 

 

「しゃんとしてください隊長。マツブサリーダーがお見えになられたらどうするんですか?」

 

「やな事言わないでくださいよー。あの人は本当に神出鬼没なんです。噂をすればなんとやら……」

 

 

 

 本当に出たら恨みますよーと、冗談めいた眼差しで言うマサトの言葉に、あくせく働いて張り詰めていたテント内の雰囲気が和む。

 

 

 

「——というか、隊長はあまりバトルに興味はないとお聞きしましたが?」

 

「誰から聞いたんです?それなりに観るのは好きなんですよ……でも今回はちょっと気になる人が試合に出てまして」

 

 

 

 マサトは自分の噂話に若干怪訝な顔を見せる。そんな様子に苦笑いをする部下は、意外なものを見るような目をする。

 

 

 

「隊長も注目しているとなると……やっぱり“貴光子(ノーブル)”ですか?今年からプロに上がって来ましたし、この大会でも特に注目を集めているトレーナーですよね」

 

「あー、えーっと。それはすみません。存じ上げなくて……」

 

 

 

 今流行りのトレーナーの二つ名についてはまるで知らない様子のマサトには驚かされつつも、逆にでは誰かという興味が湧いて、部下の男は次いで質問する。

 

 

 

「どなたかお知り合いでも?」

 

「知り合いというほどのものではありませんよ。ちょっと話す機会があった程度です……中々面白い人たちでした」

 

 

 

 マサトは目を細めながら、その時の事を思い出していた。それをまた不思議そうに眺められ、ハッとしたマサトは誤魔化すように笑う。

 

 

 

 

「すみません。どうせ仕事で観に行けないのはかわりませんから」

 

「も、申し訳ありません!職務中に気を散らすようなことを……」

 

「いやいや。お気遣いに感謝します……それに——」

 

 

 

 それに——言葉を続けるマサトの心の中を知るものはいない。ただポツリと、独り言のように呟くのだった。

 

 

 

「——荒れそうですね。色んな意味で」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カゲツさんからいくつか貰った課題——そのひとつは、全試合、固有独導能力(パーソナルスキル)を使うというものだった。

 

 

 

——自分が1日に何回、もしくは何分何時間の間、その力を無理なく使えるのか……何もリスクがない日常よりも、緊張の伴うトーナメントでこういうのはやった方が、実践的なデータが取りやすい。とにかく体に違和感が出るまではやってみろ。

 

 

 

 このトーナメント以降、長時間に渡っての試合が予想される俺にとって、能力の持続時間を測っておくのは必要な事。まずは自分のスペックを把握しておけば、どこまで無茶ができるかという点や、今後克服したい、もしくは伸ばしたい課題も見えてくる。

 

 同時にへばれば、このトーナメントを勝ち抜くのは厳しい。そうなると、トーナメント表の関係で逆ブロックにいるミツルと戦えなくなる可能性がある。

 

 でも——今は不安で焦るべきじゃない。

 

 この能力は、如何に自分を律することができるかに掛かっているのだから。

 

 

 

「——ビブラーバ(アカカブ)“地震”‼︎」

 

 

 

 真上から、地面に対して垂直に落下するアカカブは、着地と同時にコートを砕く。踏み込んだ一撃は周囲を破壊するが、狙いはその下——地中に潜んでいる“サンドパン”だ。

 

 

 

「出てこいサンドパンッ‼︎」

 

 

 

 この攻撃を予備動作から察知した相手トレーナーが迅速に対応。衝撃が地中に届く前に、サンドパンは既に飛び出していた。

 

 だが、それこそが狙いだ。

 

 

 

「——そこだ‼︎」

 

 

 

 アカカブは“地震”を使った直後、その攻撃した反動と進化して備わった羽根を駆使して滑るようにサンドパンへ迫る。

 

 出現位置を特定したのは、俺の固有独導能力(パーソナルスキル)——発動中は視覚が鮮明になり、深く集中する毎に体感時間を伸ばせる——という特性を利用して、サンドパンが飛び出す瞬間の地形変化を見切ったから。

 

 能力発動中は、そのポケモンと一部の感覚を共有している為、細かい指示は発声しなくても伝わる。アカカブも例に漏れず、容易にサンドパンのところまでその体を運んだ。

 

 

 

「反応早——“ブレイククロー”‼︎」

 

 

 

 飛び出してからの着地を狙ったが、向こうの対応も早かった。着地前にその身を捩って、その力だけで爪を振り回す。

 

 アカカブはそれを、咄嗟に羽根で受け止めた。

 

 

 

「手打ちの攻撃。アカカブにダメージはない!——この距離なら‼︎」

 

 

 

 サンドパンとの距離は、今の“ブレイククロー”で間隔が空いた。ここまでアカカブが見せたのはどれも近距離技ばかり。“砂地獄”は既に見ているが、弾速から躱せると踏んでいるはず。

 

 ——正に、この技を使う絶好のシチュエーション。

 

 

 

——“竜の息吹”‼︎

 

 

 

 エネルギーを帯びた黄色い煙が、勢いよくアカカブから噴射される。今までにない中距離からの高速ブレスは、サンドパンに逃げる隙を与えなかった。

 

 

 

「特殊技⁉︎——物理一辺倒じゃなかったのか!」

 

「畳みかけろッ!——“地震”‼︎」

 

 

 

 相手が驚いている間に、アカカブのメインウェポンで迫る。体勢を崩しているところに攻撃が当たり、本来なら決定打とはならない“竜の息吹”がしっかりとサンドパンを転ばせている。

 

 今なら、“地震”の震脚を直接食らわせられる——アカカブは飛び上がってサンドパンに狙いを定めた。

 

 

 

「そんな大振りが当たる訳——」

 

 

 

 そう。本来ならそれは叶わない。いくら転んだとは言えプロの育てたポケモン。体勢の立て直し、受け身などはお手のものだろう。

 

 でもこの大振りには理由がある。幸運ではあったが、今の俺ならその追加効果が発揮されているのを見抜ける。

 

 

 

——ッ!?

 

 

 

 サンドパンは動けない。突如襲った全身の痺れで、体を硬直させていた。

 

 

 

「まさか——麻痺の追加効果ッ⁉︎」

 

「終わりだッ‼︎」

 

 

 

 “竜の息吹”の追加効果——ダメージを与えた相手に麻痺を与える可能性がある技だ。物理主体の今までのアカカブにはない新しい武器は、この明暗を分ける勝負でその効力を最大限に発揮した。

 

 そしてそれを見逃さなかったからこそ、この大振りは——

 

 

 

——ズドォォォオオオン!!!

 

 

 

 アカカブの全体重がサンドパンに襲いかかる。文句なしの一撃に、そのハリネズミのようなポケモンは参ったと言わんばかりに……起き上がることはなかった。

 

 

 

「——サンドパン戦闘不能!ビブラーバの勝ち!よって勝者——ミシロタウンのユウキ‼︎」

 

 

 

 その一戦が、俺の一回戦の幕切れとなった。観ていた観客からの声援が湧き上がり、俺はホッと安堵するように能力を解く。

 

 

 

「アカカブ、お疲れ様。最後の動きは本当によかったぞ」

 

——ビバ♪

 

 

 

 大きくなったグリーンアイを細めて、ご機嫌な様子を見せるアカカブは、ところどころのかすり傷がある程度で目立った外傷はなかった。相手の1匹目と2匹目も彼が倒したというのに、結果はほぼ無傷だなんて……出来すぎなくらいだ。

 

 

 

「うぉー!あいつスゲェ‼︎たった1匹で3タテしちゃったよ‼︎」「いやぁカイナで観た時はやる奴だと思ったんだよね〜!ブツブツ言ってるのはなんか怖いけど」「ユウキだっけ?応援してるよー頑張って〜♪」

 

 

 

 ——と、いつものように頭の中で感想戦を繰り広げていたら、そんな慣れない声援が耳に飛び込んでくる。どうやら、前のカイナでの戦いを含めて、俺のことを覚えてくれている人がいたようだ。そんな声は僅かだったのに、我ながら都合のいい耳をしていると思う。

 

 

 

「な、なんか……むず痒いな」

 

 

 

 しかしまぁ、それだけアカカブや他のみんなが褒められていると思うと悪い気はしない。俺自身、嫌な気持ちになるはずもない。若干の居心地の悪さはきっと、身の丈に合わない声援だと感じるからだろう。

 

 いつか……真正面から受け止められるといいな。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキが試合を終わらせた時、タイキとカゲツはその試合を眺めていた。彼の勝利に飛び跳ねながら興奮するタイキが、カゲツに視線を送った。

 

 

 

「観ましたかししょー‼︎アニキ、もう完全に固有独導能力(パーソナルスキル)使いこなしてるっス‼︎」

 

「このバカたれ!デケェ声でその名前出すなッ‼︎」

 

 

 

 興奮する坊主の頭を快音を響かせながら叩くカゲツ。能力定義がまだ明確にされていないこの能力は秘匿事項だと、知っている者にとっては暗黙の了解で通っていた。それを思い出したタイキも「あっ……」という顔で慌てて口を塞ぐ。

 

 

 

「ったく……俺ぁここで観てたんだ。今更観ましたもクソもあるかよ」

 

「す、すいやせん……」

 

「まぁ使いこなしてる——つぅより、まだマシになったレベルだけどな。見る感じ生命の摩耗(エナジーフリック)の影響も少ないみてぇだし。この調子なら、あと2、3回くらいはどうにかなんだろ」

 

 

 

 それはユウキにとって、日に数度、固有独導能力(パーソナルスキル)を行使できる事が半ば証明されたと言ってもよかった。事実ユウキもその手応えは感じているようで、コートから去る間、自分の体を確かめる様子も見えた。

 

 

 

「つくづく馬鹿が付くほど真面目だよな。俺がやれって言ったイメトレ……夜だけじゃなくて暇な時はずっとやってたらしいし。いくら使えない期間があったからって飽きもせずよくやるぜ……」

 

 

 

 そんなボヤキをするカゲツは、不審な視線を感じて怪訝な顔をする。タイキが表情筋の限りを尽くして広角を釣り上げ、ニンマリとこちらを観て来ているのがわかったからだ。

 

 

 

「なんだその顔は……?」

 

「いんやぁ〜?ししょーもようやくアニキと凄さに気付いたんだなぁ〜って思っただけっスよ♪」

 

「凄さ?あいつの〜?」

 

 

 

 タイキの態度に苦虫を噛み潰したみたいな顔をするカゲツは、彼の言わんとしていることがわからなかった。いや、わかりたくなかったというべきか。

 

 

 

「アニキは才能だってちゃんとあるのに、それに甘えず、ひたすら強くなる為に頑張れちゃう事っスよ。それも俺みたいにがむしゃらにやるんじゃなくて、しっかり結果につながるような努力——頭の良さをこれほど羨ましいって思ったことがないくらい……アニキはそれだって強くなる為の手段くらいにか考えてないっていうか——」

 

「つまり、あいつが馬鹿ってことだろ?」

 

「なんでそうなるんスか⁉︎」

 

 

 

 自分の熱弁を聞いていなかったのかと激昂するタイキだが、カゲツは遠い目をして自分の意図を話す。

 

 

 

「馬鹿だぜ実際。だから言われた事なんでもやっちまえるんだろ。普段そこまで気が回る奴なら、自分が休んでもいい理由のひとつやふたつ思いつくもんだ。それが……あいつときたら自分を甘えさせることに関しちゃてんで鈍いときてる」

 

「確かに心配にはなるっスけどね……それがアニキの魅力でもあるんスよ」

 

 

 

 それを聞いて、カゲツは少し間を置いた。

 

 言うべきか否か……そんな逡巡を経て、すぐに口を開く。

 

 

 

「——それが、あいつにくっついてきた理由か?」

 

「え……?」

 

 

 

 虚を突かれた——いや、確信を突かれたことに驚いたタイキは、興奮していたのが嘘のようにその顔を(しか)めさせる。

 

 

 

「お前だってプロ志望だったんだろ?それが今は他のやつのお守りしてるなんて変だろ……まぁお前の人生だ。好きにやればいいとは思うがな」

 

 

 

 タイキはそれにすぐ答えられなかった。いや、そもそもこの男が自分の事に意識を向けていたことにすら驚いていた。

 

 ユウキという尊敬する存在——そのおまけ程度にしか思われていないとさえ思っていた。そして、それでも深く自分のテリトリーに踏み込み切らないセリフは、少しだけ彼の緊張を解くのだった……。

 

 

 

「……アニキを見ていたい。俺なんかとは違うアニキを……だから、今は俺の事は後回しでいいんス。それがいいんス」

 

 

 言葉を濁してではあったが、タイキは短くそう自分の気持ちを伝える。語彙はないなりに、彼は己の胸の内を懸命に伝えようとした。

 

 

 

「……だったら、お前も肝に銘じとけ」

 

 

 

 それを受けたカゲツは、真剣な眼差しでタイキに返答した。

 

 

 

「あいつは馬鹿だ。無茶だろうがなんだろうが頑張れちまうってのは……下手すりゃ最悪自分が壊れてもいいて思えちまう可能性すらある」

 

「……!」

 

 

 

 タイキにもそれは理解できた。

 

 このところのユウキの言動を思い返すほど、ある種の破滅的な傾向があるように感じることがある。自身のすり減り具合に気付かない、もしくは軽んじて見ている節があったから。

 

 

 

「若い内はどうしたって無茶はやりがちだがな。だからするなとは言わんが、あいつは普通ならかかるブレーキがイカれてる。加速したら、スピード次第じゃ止まらないかも知れない」

 

 

 

 その先に壁があろうが崖があろうが……そんな想像をして、タイキの背筋は凍った。自分の尊敬する人が、いつか取り返しの使いことになる気がして、言葉が出なかった。

 

 

 

「自分のことは後でいい——そう言うなら、あいつを手放しで称えてんじゃねぇ。どんだけ凄いことやろうが、壊れちまったら終いだ。支えるためにお前がいるって言うなら、あいつのこの先を見たいって言うなら……危ない時に力一杯止めてやれる奴になれ」

 

 

 

 カゲツの示した道は、タイキにとって鮮烈だった。

 

 自分でもユウキにとっての何者かになれる——それはタイキという若者には、この上ない喜びになるからだ。

 

 

 

「俺なら考えらんねーけどな。他人の為の人生なんざまっぴらだ」

 

「へへへ……でも、なんだかんだアニキに協力してくれてるじゃないっスか」

 

「けっ……成り行きってのは恐ろしいもんだ」

 

 

 

 そう言える人だがら……ユウキを見るのがカゲツでよかった——タイキの胸中にはそんな安心が広がっていた。自分では気付けないことを教えてくれる事に、深く感謝するのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)は、その発動と維持、出力の調整をする『常在(じょうざい)』という技能から始まる能力。

 

 そして、その発動中に得られるアドバンテージとなる効果を操る技能——それが『感添(かんてん)』である。

 

 

 

「お前、いい加減能力の名前くらいつけたらどうだ?」

 

「へ……?」

 

 

 

 一回戦を無事勝ちきり、俺はカゲツさんたちと合流して課題の総評をしていた。

 

 能力発動と維持にかかる負担が以前とは比べ物にならないほど軽くなっている事。体感時間を操作するコツを掴めつつある事など、あの日理由がわからなかったトレーニングが確かに活きていることを告げた。

 

 その返しに、カゲツさんから思わぬ提案がなされていた。

 

 

 

「能力の名前って……大事なんですか?」

 

 

 

 出来れば付けないに越したことはない。今までポケモンにつけるニックネームすら四苦八苦していたおれにとって、名付け行為は苦手の方に入る分野なのだ。

 

 だが、カゲツさんは無情にも首を縦に振る。

 

 

 

「毎回心臓がどーたら目的意識がどーたらやってるよりよっぽどいいだろ?能力の名前が決まれば、その名前そのものを起動因子(トリガー)にできるとは思わねーか?」

 

「そんな簡単なもんですかね……?」

 

「実際ポケモンの技の名前だって、高速で動いたり、その特徴を活かした攻撃とてんでバラバラだろうが。それをたったひとつの単語でその運動を連想できる——つまりは固有独導能力(パーソナルスキル)もそれと同じに設定しちまえばいい。使う時に具体的な能力の内容が想像しやすいもんだったり、使う上での心構えを名前に込めたり……そうすりゃ名前そのものが起動因子(トリガー)としてまとめられるだろ?」

 

 

 

 ぐうの音も出ないほど、理にかなったアドバイスだった。確かに漫画や小説でも名前は重要な要素だ。その名前を聞くだけで連想されるものもあれば、気持ちが高揚したりする響きだったり、その他にもいろんな記憶を呼び起こしたりするものがある。

 

 だからこそ……これってセンスがいると思うんですけど。

 

 

 

「まぁ適当でもいいんだがな。おいおい付けとけよ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 ひとまず名前の件は保留ということになったため、ホッとする俺だった。にしても名前かぁ〜……結構マジで考えとかないとな。

 

 

 

「——ちくしょー!あいつ‼︎ あの野郎を出せぇー‼︎」

 

 

 

 俺たちの会話がひと段落した時、少し遠くで騒ぎが起こっていた。一人の男性が喚きながら、それを係員にはがいじめにされて連れて行かれている現場だった。なんだ?

 

 

 

「落ち着いてください!試合結果に変更はありません!受け入れてください‼︎」

 

「ちくしょう!ちくしょうッ‼︎ あんな戦い方、納得できるかぁーッ‼︎」

 

 

 

 係員の説得にまるで耳を貸さない男は、目に涙を浮かべていた。このトーナメントにかける思いがそうさせるのか……とにかく暴れる為、複数の人間によって会場の外まで連行されていく。

 

 それを眺めていると、その試合を見てたであろう通行人の呟きが耳に入った。

 

 

 

「うひゃー。なんか怖いねあの人」「でもわかんなくもないぜ?露骨な『TOD』仕掛けてくる奴だったらしいし……」「えぇーそれは萎えるわー」

 

 

 

 そんな会話の中にあった、耳馴染みのない単語が引っかかる。それが一体何を意味するのか……。

 

 

 

「『タイム・オーバー・デス』——その略称が『TOD』だ。相手ポケモンの全滅ではなく、制限時間超過時の判定による勝ちを狙う行為だ。まあ露骨にやられた側はたまったもんじゃねぇだろな」

 

 

 

 俺の知識の無さを知ってるカゲツさんが、まだ何も聞いていないうちに説明してくれた。しかし話を聞く限り、別にルール違反をして勝ったわけじゃないみたいだし……あんなに取り乱すことないんじゃないか——というのが俺の主観だった。

 

 

 

「うへぇ……さぞ退屈な試合だったんでしょうよ」

 

「そんなにTODって酷いのか?」

 

 

 

 タイキが顔を顰めているのを見て、かなりダーティプレイ寄りの行為だと察しがつく。それで試しに彼の主観も気になった。

 

 

 

「ひどいっていうか……見てて面白くないっスよ。白熱した試合とかで稀に時間が経過しちゃうってことはあるんスけど、最初からそれを露骨に狙うトレーナーって、状態異常や設置技なんかで削っていく奴がほとんどで……その華のなさっていうか、1体倒したら後は逃げの一手だし、見せ物としてはホントゲロみたいな内容スよ」

 

 

 

 それはさながらつまらない映画を何時間にも渡って見させられるというもの。そうなった時、声を上げられる分、試合観戦では怒涛のブーイング待ったなしだとか。

 

 バトルは俺たちトレーナーの戦場であると同時に、それらを楽しみにする人たちを喜ばせる職場としての一面もある。まだ俺もそこまで気にしているわけではないが、その戦略を例え教わったとしても、率先してやろうとは思わないかもしれない。

 

 

 

「俺から言わせりゃ、ついた決着に難癖つけてる奴の方がクソだがな。嫌ならやらせない——そういう戦い方に備えが出来てない奴の言い訳だ。ここじゃ結果が全て。それを受け入れられないなら、出て行くしかねぇだろ」

 

 

 

 カゲツさんの言うそれは、俺には少し冷たく感じた。でも、言っていることは真っ当だとも、俺の中のプロとしての自覚がそう囁く。

 

 トーナメントひとつ。そのうちの一勝。是が非でも取りたい——勝ちに飢えたトレーナーが、形振り構わずに向かってくることを誰も否定できないはずだ。それに文句をつけるべきではない。そのTODとやらも、ルールの中でやってるんだから。

 

 

 

「……厳しいな。プロって」

 

「何言ってやがる。今の奴の試合がどこでやってたのかわからん以上、次はお前が泣く事になるかも知れねーんだぜ?」

 

「あっ!」

 

 

 

 どこか他人事のように言っている俺の目を覚まさせるカゲツさん。やばい……確かに逃げと搦手に特化したポケモンへの対策なんて、考えた事もなかった。だ、大丈夫なのか?

 

 

 

「ギャハハ!今更焦ったところで無駄だろうが!ほれ。次の試合が始まる前に、手持ちのアフターケアやっとけ」

 

「は、はい……急がないとな」

 

 

 

 俺はそう言って、近場の空きスペースを見つけて手持ちのアカカブをボールから出す。擦り傷だが、やはりダメージは回復しておきたい。ポケモンセンターに行く程ではないダメージなら、手持ちの回復アイテムでなんとかなるだろう。

 

 そんな俺はまだ知らない。遠巻きで呟いたカゲツさんの一言は——。

 

 

 

「ルールの中なら……そう言えるかもな」

 

 

 

 彼もほんの少しだけ、この大会に漂う匂いに……違和感を感じていたのだった。

 

 

 

 

 

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歴戦の男、嗅ぎつけたのは漠然とした——。

TODとは、実機のポケモンで行われる対戦で生まれた造語です(多分)。その対戦環境で決まった待ち時間全てがなくなった時、手持ちの数が多い方が勝つというルールを逆手にとった戦法です。とにかく時間がかかる為、一部では嫌厭されることもある戦法ですが、個人的にはそこにも奥深いゲーム性があるなぁと感じてます(対戦ミーハーの細やかな意見ですので悪しからず)。あと最新作ではかなりやりにくくなったらしいですよ。よかった……のかね?

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第124話 剣戟と暗雲


最近マインクラフトばかりしてます。
やはりあれはスルメゲー。




 

 

 

 フエングレートリーグ、2回戦——。

 

 俺は第3ブロックである『Cグループ』の端にいる為、必然的にこのブロックのシード選手とやり合うことになる。

 

 カイナではその実力を前に圧倒されるばかりだったが、今はそんな事を言ってられない。約束のためにはどうあってもこの戦いに勝たなければ行けないから——。

 

 

 

「——ジュプトル(わかば)“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 遠距離からの掃射を軽やかに躱していくのは虫ポケモンの中でも人気の高い“ストライク”。ホウエンには生息しない為、出会う機会が少ない外来種だが、そのスタイリッシュなフォルムに惹かれるトレーナーも多い為、情報は出回っている方のポケモン。

 

 若草色の攻殻を持ち、人間一人分ほどの大きさのポケモンは、それだけで威圧感を放つ。そして最大の武器である鋭い鎌が2つ、両手の代わりに付いている。それらの切れ味は——

 

 

 

「——“シザークロス”ッ‼︎」

 

 

 

 “タネマシンガン”を躱しながら接近してきたストライクが、両手の鎌を交差させる。その軌道上にいたわかばを切り裂かんと、思い切り振り抜いた。

 

 

 

——ルォッ‼︎

 

 

 

 それを寸手のところで躱したわかば。この距離はまずいと距離を取ろうとバックステップする。しかしそれを追うようにストライクも張り付いてくる。

 

 

 

「虫と飛行を持つストライク相手に草技とは——有効打は無いということかね‼︎」

 

「くっ……!」

 

 

 

 ストライクは高機動かつ変則的な飛行でわかばの狙いを絞らせないつもりだ。そして相手のシード選手も、こちらが攻めあぐねている事に気付いている。

 

 わかばの持ち味は鋭く高速で斬りつける“リーフブレード”と“タネマシンガン【雁空撃(ガンマニューバ)】”による死角に飛び込む機動性。

 

 攻撃面では先の通り効果が4分の1ほどまで減衰してしまうタイプ相性と不利、軌道面ではそれに匹敵する飛行能力を発揮しているストライク相手では分が悪かった。

 

 ここは交代すべき場面だろう。しかし、この試合は既に佳境を迎えていた。

 

 

 

(こっちもあっちも既に2体ずつ倒されて互いにラスト1匹——ここが正念場だ!)

 

 

 

 ここまでの攻防は一進一退。しかし内容は向こうの自力が勝るペースだと感じている。こちらは固有独導能力(パーソナルスキル)を駆使してなんとか渡り合っている状態だ。

 

 しかもバトルの内容的には接戦の為、向こうは最初抱いていた格上としての油断など、当の昔に引き締めている。生半可な作戦は看破されてしまうだろう。

 

 そしてこの不利対面——勝負の旗色はどうしたって悪い。

 

 

 

「——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 わかばと距離が離れた瞬間に、ストライク目掛け機関銃を放つ。何度目かというその攻防の折、ついに向こうが動き出した。

 

 

 

——ストルァッ‼︎

 

 

 

 ここでストライクが変則的な動きから直線へ——“タネマシンガン”の被弾を無視して突っ込んできた。

 

 

 

「被弾覚悟か——わかばッ‼︎」

 

 

 

 これまでの威力を見て、食らっても問題ないと判断したのだろう。実際その見立ては間違いではない。今はそのショックをどうにか抑えて、俺はわかばに迎撃を指示する。

 

 わかばは更に大きくバックステップ、着地と同時に再び飛んできた方向へ思い切り飛び込む。跳躍の反動を利用した“電光石火”の派生技だ——。

 

 

 

——“電光石火【飛燕(ヒエン)】”‼︎

 

 

 

 向かってくるストライクにもう牽制球は通じない。正面から今出せる最大火力で迎え撃つ。それにはストライクも応じた。

 

 

 

——“シザークロス”‼︎

 

 

 

 飛翔能力を上乗せした鎌による交差攻撃。正面から衝突すれば、結果は火を見るより明らかだ。だから——

 

 

 

「——通り過ぎた⁉︎」

 

 

 

 “シザークロス”がぶつかる間合いギリギリで、わかばのとった進路が僅かに予測外だったことに向こうが気付く。わかばはそのままストライクの脇を通り過ぎ、その直後に切り返し——もうひとつ【飛燕】でもって攻撃に転じた。

 

 

 

——飛燕二弾(ヒエンニダン)】‼︎

 

 

 

 直角の軌跡を描いたわかばの突進技が、ストライクの脇腹に突き刺さる。それに苦悶の表情を示す相手だった——が。

 

 

 

——ズバッ‼︎

 

 

 

 その直後、向こうもすぐに反撃。ストライクはダメージをものともせず、その鎌による“きりさく”で反撃してきた。

 

 

 

「わかばッ——‼︎」

 

 

 

 そのダメージは手打ちだったのか見た目ほど深くはないようで、すぐにわかばも立て直す。しかしストライクの追撃は続いていた。

 

 

 

「今のはいい動きだった‼︎」

 

 

 

 【飛燕】の挙動を賞賛しつつも、予期せぬ反撃による怒りが乗った言葉。それと共にストライクが飛びかかる——ただでは置かないと!

 

 

 

「ッ!——“リーフブレード”‼︎」

 

“シザー”……——」

 

 

 

——“バイブレード”‼︎

 

 

 

 わかばに向けられたのは“シザークロス”を元にした派生技——鎌の輪郭がブレるのを視認できるほど振動しているそれに、対抗した出した“リーフブレード”と鍔迫り合いになる。

 

 そして、相手のトレーナーが嫌な笑みを浮かべた。

 

 

 

——ピシッ‼︎

 

「ッ‼︎——離れろわかばッ‼︎」

 

 

 

 わかばの刀にヒビが入った。それにより技の威力が桁違いに向こうのほうが高い事を直感した俺は叫ぶ。既に固有独導能力(パーソナルスキル)で繋がっているわかばは、声が届く前にその場から退いた。

 

 

 

「刃を挫くまではならんか——だが!」

 

 

 

 そう。それでも状況は悪くなる一方だ。

 

 ストライクに有効打となるはずの距離ではあの攻撃力に晒される危険がつきまとう事が今のでわかった。しかも切り返す度に威力が増す【飛燕】を難なく耐える耐久性を持っている事から、防御は見た目以上に鍛え上げられている。二段目を死角から、体勢不十分なところに打ち込んだ筈なのにあの切り返しをされるとなると——

 

 

 

「——あのストライク……まさかあの持ち物(ギア)を⁉︎」

 

 

 

 その事から導き出されるのは、ストライクというポケモンがよく持つとされる持ち物(ギア)がある。

 

 ストライクは見た目もさることながら、種族としての能力の高さもピカイチだ。攻撃、素早さは言わずもがな、耐久面も決して低いわけではない。そして何より、それが実は進化を残しているポケモンであるという点が評価の対象となっている。

 

 

 

「進化先を残しているポケモンが持つと、その耐久性を飛躍的に上昇させる持ち物(ギア)——“進化の輝石(きせき)‼︎」

 

 

 

 その相性の良さと癖の少なさから、プロの試合でも目にすることがままあるそれは、俺の記憶にも新しい——カゲツさんが暇な時はビデオ鑑賞でもしていろと、対戦記録に残っている試合を見るよう勧められたからだ。

 

 敢えて進化させない事でその真価を発揮するポケモンと持ち物(ギア)の組み合わせがあることを、そこで知った。

 

 

 

「さぁ——大人しく道を開けてもらおうか!少年ッ‼︎」

 

 

 

 シード権を持つほどのトレーナー。周到な試合運び。ポケモンの技の精度。育成の余念の無さ。持ち物(ギア)……その全てを以てして、向かってくる男の叫びを——俺は……——

 

 

 

「——嫌だ!」

 

 

 

 敗北を拒絶する。

 

 相手が強いのはもうわかった。

 

 ポケモンの相性が悪いのも、理解した。

 

 得意な距離で、いつものような勝ち方はできない。

 

 それら全て飲み込んで——俺たちは前を向くんだ。だから、退けと言われて黙っているわけにはいかない。

 

 

 

「わかば——“電光石火”‼︎」

 

 

 

 向かってくるストライクの軌道上から逃れる様に飛び出すわかば。それに追従するストライクも、逃さないと羽根を駆使して軌道を変える。

 

 

 

「威勢の割には逃げの一手かね⁉︎」

 

「人の戦い方に……口出さないでください!」

 

 

 

 相手も勝ちを確信しているのか、先ほどよりも饒舌になっている。それが油断ならいいが、あの人はきっとこちらの指示ミスを誘っているだろう。こういう切羽詰まっている時ほど、そういうのは効果的だった。

 

 だから、乱される心を少しでも落ち着けつつ、集中を切らさない。

 

 わかばの回避運動を補佐する思考を、常に固有独導能力(パーソナルスキル)で送信——わかばはピタリとその位置に飛んで躱す。

 

 ——それでも、振り切れない!

 

 

 

「——終わりだッ!」

 

 

 

 わかばの次の着地より、ストライクの接近の方が速かった。交差する鎌を構えながら、全速力で緑色の体を斬りつける。

 

 

 

——“シザークロス”ッ‼︎

 

 

 

 派生技ではないが、それでも本来の高火力虫技のそれが——わかばを容易く吹き飛ばす。確実に当てられるよう、溜めの少ない技から入ったという事は——

 

 

 

「——この一撃で終わらせるッ!」

 

 

 

 向こうは更に溜め——“シザーバイブレード”の構えに入る。吹き飛ばされたわかばの着地際に、それを叩き込むのが彼らのゲームプランだった。

 

 そしてそれは、もう完遂目前——

 

 

 

 だからこそ——ここが狙い目だった。

 

 

 

「——発芽しろッ!」

 

 

 

——“宿り木のタネ”‼︎

 

 

 

 最後の攻撃の為に走り込んだその一歩を、突如現れた植物の(つる)が絡めとる。それがわかばの仕掛けたものだと、瞬時に向こうも気付いた。

 

 

 

「“宿り木”だと——一体いつの間に⁉︎」

 

 

 

 それは最初の“タネマシンガン”の時に飛ばしていた種から発芽させたものだ。持続時間と拘束力がまだ未熟で、実戦投入には早い代物だが、今はほんの少しの時間稼ぎで充分。

 

 こちらも()()()()()()()のだから——。

 

 

 

——ダンッ‼︎

 

 

 

 わかばは既に吹き飛ばされたダメージから立ち直っている。空中でその姿勢を変え、地面にその足を向け——着地と共にストライクへ踏み込んだ。

 

 

 

「まさか——今までこの一瞬の為に⁉︎」

 

 

 

 向こうのトレーナーも気付く。

 

 今までの回避運動は、全てこの一撃のための助走だった。“進化の輝石”を持つストライクの耐久力を上回る為には、それだけ長い溜めが必要だった。

 

 それらの力を生み出す方法として、走り続ける事を選んでいた俺は、わかばにずっとその作戦をとらせていた。

 

 そして最後の一撃による吹き飛ばしが助走に——次の踏み込みに全てが上乗せされる。

 

 

 

——“電光石火【飛燕(ヒエン)】”ッ!!!

 

 

 

 蹴り上げた地面が爆ぜ、風を押し除けてストライクに突撃するわかば。その爆発的な推進力がストライクを襲った。

 

 

 

「ストライクッ‼︎」

 

「まだだッ‼︎」

 

 

 

 一度の攻撃で大きくのけ反ったストライクはまだ倒れない。“輝石”で強化された肉体がそう簡単に堕ちるとは思っていない。

 

 だから、わかばはもう一度踏み込む。ストライクを追い越した体を反転させ、次なる一撃へ——

 

 

 

——飛燕連弾(ヒエンレンダン)】!!!

 

 

 

 仰け反るストライクの背面に、切り返した“電光石火”をぶちかます。そしてそれを追い越したわかばは再び反転。再発進。踏み込み……その連続攻撃は、切り返す度に威力を上げ、ストライクを何度も打ち叩いた。

 

 そして、わかばがもう一撃——そう標的を睨みつけた時には、ストライクはもう地に臥せていた。

 

 

 

「す、ストライク戦闘不能!ジュプトルの勝ち‼︎——よって勝者は、ミシロタウンのユウキ‼︎」

 

 

 

 その勝鬨を聞いて、ようやく自分が勝てたと実感する。歓声が押し寄せ、俺たちのバトルを見てくれたみんなが声を張った。

 

 

 

「スゲェ!なんだよ今の⁉︎」「タイプ相性ひっくり返しちまったよ!やるなぁ坊主‼︎」「ミシロタウンのユウキか!いっそ優勝しちまえー‼︎」

 

 

 

 そんな言葉を聞いて、少しむず痒くなる。でも、それだけ良い試合ができたという事だろう。何よりそれを演じた俺のポケモンたちには相応の賞賛だ。

 

 

 

「お疲れ様……わかば。みんな」

 

 

 

 ボールでぐったりとしているカゲボウズ(テルクロウ)マッスグマ(チャマメ)。次は自分を出せと逸るビブラーバ(アカカブ)——そして、目の前でボロボロになりながらも勝利したジュプトル(わかば)

 

 俺はそいつと、熱いハイタッチをする。

 

 

 

「とにかく、二回戦突破だ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——アニキィィィ!シード撃破おめでとうッスぅぅぅ‼︎」

 

 

 

 客席で見ていたタイキのところに戻ってくると、彼はいつもの調子で勝利を労ってくれた。わかっちゃいるけど、毎回それしないと気が済まないのか?

 

 

 

「はぁ……今回もうまくいったからいいけど、まだまだ危なっかしいよな俺……」

 

「何言ってんスか!プロになって数ヶ月でシード選手を倒せるなんて凄すぎッスよ!アニキにしたらそんなびっくりしないことかもスけど」

 

「字面にしたら無茶苦茶だなそれ……」

 

 

 

 自分がやっていることながら、改めて言われると信じられない躍進だと思う。

 

 プロになれるかどうか——どころかトレーナーになることすら迷いがあったのが同じ年内だというのが嘘の様で……そんな奴にやられた相手はたまったもんじゃないだろうなと、心の中で苦笑いする俺だった。

 

 そんな自虐をしていたら、この辺でそろそろカゲツさんからありがたい説教でも飛んできそうなもんだが——

 

 

 

「あれ?そいえばカゲツさんは?」

 

 

 

 ふとカゲツさんがいないことに気付く。試合を見てくれている思ったが、いないのか?

 

 

 

「さあ。俺もアニキの試合見てくれって止めたんスけど、用事があるとかで……」

 

 

 

 どうもそういうことらしい。基本俺らのトレーニングか試合を見る以外は、暇そうにプラプラしているイメージが強いあの人に用事なんて——と、失礼な考察をしたが、逆にぶらつくのに俺たちに嘘を言う理由もない。行きたかったら勝手にどこかいってしまう人なんだから。

 

 

 

「まあいっか。そのうち帰ってくるだろ」

 

「ユウキさぁーん!」

 

 

 

 カゲツさんの件は忘れようとした時、遠くから俺のことを呼ぶ声がした。

 

 緑のもっさりヘアーにグレーのシャツと白いズボンといったいつもの装いをした——今大会の大本命であるミツルがこちらに向かってきていた。

 

 あの顔……向こうも勝ったようだ。

 

 

 

「お疲れミツル。そっちは問題なさそうだな?」

 

「はい!ユウキさんの速報もさっきトーナメントに反映されてましたよ!しかも見てた人たちから凄く見応えがあったって聞いて……おめでとうございます!」

 

「そ、そっか……なんか変な感じだな」

 

 

 

 改めて今日一番の難所を乗り越えた実感が込み上げつつも、持ち上げられて少し居心地が悪い俺はそのままを口に出してしまう。勝ったからいいだろうに……。

 

 

 

「全然変じゃないですよ〜。でもこれでお互いベスト8ですね!あと一戦勝ったら、明日には……」

 

 

 

 そう。この一戦を乗り越えられれば、俺たちは明日の決勝トーナメントで戦える。組み合わせ次第だが、その準決に当たる可能性すらあるのだ。

 

 それを明確に意識すると、自然と力が漲ってくる。

 

 

 

「——こけんなよ」

 

「ユウキさんも……信じてますから!」

 

 

 

 俺たちは互いの勝利を信じて拳を突き合わせる。トウカの友人たちとはいつだってこうして思いを伝え合った。この拳からミツルの強い決意を受け取った俺は、次の戦いに向けて既に心が臨戦体勢になるのを感じる。

 

 それをよそに、ミツルはタイキのことが気になったのか、二人で話し始めた。

 

 

 

「えっと、君は確か……ムロの?」

 

「あ、覚えててくれたんスね!俺タイキっていいます!トウキさんとの一戦痺れたっスよ!明日はよろしくお願いしますッス!」

 

「あはは、気が早いよ。でもありがとう……必ず決勝に行くから、その時は試合楽しんでね♪」

 

「うっす!アニキの応援しかできませんが、頑張ってくださいッス!」

 

「お前正直すぎるだろ……」

 

 

 

 そんな歓談をしていると、大会運営のアナウンスがこだました。どうやら、3回戦の組み合わせが決まったらしい。

 

 

 

「あ、僕も行かなきゃ!ユウキさん、タイキくん……次は決勝トーナメントで!」

 

「おう!」

 

「はいっス♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンタウン、とある路地裏——。

 

 細道にある軒のひとつに、古いジャンクショップがある。そこの店主とカゲツは面識があり、フエンにいる間に何度か訪れている場所だった。

 

 

 

店主(オヤジ)ー。邪魔するぞー」

 

「いらっしゃい!——ってカゲツさんかよ」

 

 

 

 人懐っこい笑顔を見せた、禿げ上がった頭が特徴的な小太りの中年は一瞬で表情をげんなりさせた。

 

 

 

「客になんて顔してんだよ」

 

「店に来て何も買わずに帰る奴を、うちじゃ客とは呼ばねーんだ。冷やかしなら帰っとくれ」

 

「ほぉー……いいのかぁ?せっかくいいモン持ってきてやったってのに……」

 

 

 

 しっしっとジェスチャーでカゲツを煙たがる店主に対し、カゲツは悪そうな笑みを浮かべて、何かのデータが入ったメモリースティックをちらつかせる。

 

 それを見た店主が目の色を変えた。

 

 

 

「ま、まさか!ダイキンモデルの——どこでそれを⁉︎」

 

「おいおい現金だな。出所なんてあんたの知るところじゃねぇだろ?ま、知り合いのツテでちょいとな……」

 

「なんだよー俺が探してたの覚えててくれるなんていいとこあるじゃねぇか。マメな男はモテるぜ旦那ー♪」

 

 

 

 先ほどまでとは打って変わって上機嫌になる店主。それを受け取ろうと手を伸ばすが、カゲツはそれをスッと握り込んで、ずいっと店主に顔を近付ける。

 

 

 

「おっと。タダなんて言ってねーぜ?商売やってる奴がそんな虫のいい事すんなよ」

 

「ちっ……そう来たか。はいはい、いくらだしゃいいんだ?足元見るのは勝手だが、あんまり法外な額は——」

 

「いや金はいい。ちょっと教えてくれりゃくれてやるからよ」

 

 

 

 カゲツの言葉に怪訝そうな顔で反応する店主。何か嫌な予感が……そう思ったのも束の間。店主の肩に腕を回したカゲツは耳打ちで要件を言う。

 

 

 

「——ここ最近、軽犯罪がバカみてぇに増えててなぁ……フエンってのぁいつからそんな治安が悪くなったんだと思ってたんだが、どうやら10月に入っていきなり増えたんだとか……マグマ団の領地でよくやるわと思ってたんだが……何か知らねーか?」

 

「……あんた、警察にでもなったのかい?」

 

「質問してんのはこっちだぜ?」

 

「はぁ……なんの話か知らねーけどよぉ。あんまり危ない話は——」

 

 

 

 店主がそう口にしかけたところで、カゲツはその男の肩を強く掴む。痛みで驚く中年は、カゲツの顔を睨みつける。

 

 

 

「とぼけんなって……それにいいのか?ここで万引きしたガキを捕まえた時、盗品が違法改造品だったのを黙ってやったのは誰だっけなぁ〜?」

 

「うぐ……!」

 

「なぁ……俺ぁ別に悪いことしてる奴がいないかって聞いてるだけなんだよ。人助けだと思って話してくんねーか?」

 

 

 

 カゲツは脅迫と物欲を使い、店主の逃げ道を塞いでいく。それに嫌な汗をかく男だが、まだ煮え切らない様子だった。

 

 

 

「だ、だからって……そんなやばそうな話、よそでしたってバレたら——」

 

「つーことは知ってるって事じゃねぇの。冷たいぜオヤジィ〜?」

 

「だ、だから!俺ぁ関係ねぇーって!巻き添えだけは勘弁してくれー!」

 

「なら、ここの存在をマグマ団にでも伝えるまでだな。善良な一市民として、やっぱ通報は義務だよなぁ〜?」

 

「あんた……ロクな死に方しねーぞ!」

 

 

 

 カゲツな尋問にようやく観念した店主は、項垂れながらもその重い口を開く。緊張で荒げていた声を改めて小さくし、今度はカゲツに耳打ちを始めた。

 

 

 

「——ここに来る客なんて訳ありの奴もいるからな。大体そういう奴らがこぞって言うんだが『今年の大会は目玉だ』——って言ってんのを聞いたんだよ」

 

「大会だ?」

 

 

 

 それは今開かれているフエントーナメントの事を指しているらしい。しかしグレート3程度のプロとしては最底辺の大会が何故——その疑問はすぐに説明によって解消された。

 

 

 

「噂じゃ、トーナメントの誰が勝つか……かなりの高レートで賭博の仕切りを始めた輩がいるらしい。そういう奴がこのお祭り騒ぎに乗じて、出入りしてんじゃねーか?」

 

「賭博か……なるほどな。だがひと月前からってのはどういう事だ?」

 

「知らねーよ!でも、あんたもわかるだろ?日影もんなんてそれぞれ勝手なもんさ。これを機に繋がった奴と裏で会ったり、取引の場に使われたりするだろう?コソ泥たちはそのカモフラージュだったんじゃねーか?」

 

「いい線いってるなぁ。あんた、ジャンク屋なんかやめて探偵でもやれよ」

 

 

 

 そんな軽口に「バカ言え!」と返す店主。カゲツももういいとばかりに、持っていたメモリーを店主の額に押し付けて店を後にする。後ろで何か物申しているようだが、今の彼の耳には入っていなかった。

 

 

 

(——また随分きな臭い話になってきたじゃねーか。そんな連中で騒ぎを起こす……その結果、この仕切りは何を得る?何を隠したがってる……?)

 

 

 

 それもマグマ団のテリトリー内でわざわざ……その疑念が粘りついたカゲツの胸の中は、ことはそう単純ではないのではないかと訴えていた。

 

 しかしいくら考えても、これ以上は憶測でしかない。憶測というフィルターで現実を見る怖さを、カゲツはよく知っている。

 

 

 

(違法賭博ってこたぁ、出てる選手に嫌がらせくらいはしてきそうか……ったく、あいつは本当にトラブルを引き寄せるタチだな)

 

 

 

 自分の弟子であるユウキの事を思い出して、頭を抱えたくなるカゲツ。本来ならスルーする厄介事と、どうやら向き合う必要があるようだ。

 

 そんな事を知らない弟子の間の抜けた顔を浮かべながら、カゲツは深くため息をつくのだった……。

 

 

 

 

 

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暗躍するのは一体——?



〜翡翠メモ 35〜

固有独導能力(パーソナルスキル)常在編』

ポケモンとトレーナーの目に見えない精神エネルギー器官(ここでは俗称として『心』とする)同士を感覚的に繋ぎ維持する技術。有り体に言えば能力の発動方法である。この能力発動には以下の2種類の起動因子(トリガー)を引き起こす必要がある。

・備わっている力の源となる体の部位(心臓、脳、目など)を強く意識する身体的起動因子(トリガー)
・明確な目的意識と熱烈な願望。手持ちのポケモンとそれらの要素を高いレベルで維持する精神的起動因子(トリガー)

 この状態は接続時と継続中に、主に人間側の『心』に負担を強いる場合が多く、別の生命体同士で『心』を繋げた時に摩擦のような拒否反応が出ることから『生命の摩耗(エナジーフリック)』と呼ばれる現象が発生する。これは人間にもポケモンにも個体差がある為、相性の良し悪しによってはあまり感じない場合もあるらしいが、この能力を持つ者——俗称『特異保有者(スキルホルダー)』のサンプルが少ないため、詳しいことはまだわかっていないのが現状だ。ただ、トレーニング次第で、その負担を軽減・克服に至るケースは認められている。

用語まとめ
固有独導能力(パーソナルスキル)常在(じょうざい)
起動因子(トリガー)
生命の摩耗(エナジーフリック)
特異保有者(スキルホルダー)

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第125話 不穏


この4月はランクマも楽しいしポケモンスタジアムも遊べるしで、まだまだ熱いトレーナーライフがてんこ盛りですなぁ。

翡翠の勇者のスピンオフ『Pokemon-翡翠外伝-』を更新しましたので、そちらもぜひぜひ♪




 

 

 

 フエントーナメント予選も大詰めとなった。

 

 参加者36人もこの短時間でふるいにかけられ、残ったのはこの3回戦でわずか8名。これに勝てば明日開かれる決勝トーナメントに進出が決定する。

 

 当然ここまで上がって来る人間はどいつもこいつも猛者ばかり。俺はシード選手を倒しているから、相手としてはそれを食って漁夫の利を狙う気満々となることは予想できる。アベレージを出せるシード選手よりも、勢いで勝る俺みたいな奴を狩る方が何かとやり易いだろうし。

 

 ——のはずなんだけど。

 

 

 

「——()()()()()()!ダチラの試合観に来てくれてありがとなぁ〜!お。コンダチコンダチ……おぉギフトナイスゥ〜‼︎ 試合頑張るからなぁ♪」

 

 

 

 俺のそんな警戒とは裏腹に、3回戦で戦う男はなんとも軽薄そうな雰囲気でコートに立っている。自分の端末に向けてハイテンションな独り言を続ける『ダチラ』という白髪の黒いウェアといった風貌の男は、俺にすら気をやらない感じだった。

 

 まぁ、この人が何してるのかなんてすぐわかったけど……。

 

 

 

「——と。今回の対戦相手の人と挨拶するねー。すんませんすんません今配信中で」

 

「え、あぁ……別に……」

 

 

 

 ダチラは俺の方に近付いて人懐っこい笑顔を向ける。呆気に取られている俺は生返事になってしまうが、彼は構わず話を続けた。

 

 

 

「あ、もしかしてカメラ苦手だった?いやぁすんません!いい試合できそうだと思ってもう居ても立っても居られなくて」

 

「あ、あぁ……別に大丈夫ですよ」

 

 

 

 この人は多分動画配信サイトでも活動している人間なのだろう。もう今は珍しくもないネット上にライブ中継を載せる文化は、トレーナー業にも当然波及している。

 

 ぶっちゃけ人気さえ出れば、ある程度トレーナーとしての地位は確立できるし、そうした人をアイドルとして事務所にスカウトする企業も多くなってきていると聞く。

 

 俺はそういうのは詳しくないし、そこまで興味もなかったから面食らったけど、相手がそうしていることに文句はなかった。カメラだって客席からは取られ放題な訳で、今に始まったことでもない。

 

 

 

「よかった良い人そうで!さっきシード選手倒したって評判だったから、怖い人だとどうしようかと思ったよ。いや試合はそうも言ってられないか!もしかしてやばい⁉︎」

 

「あー。必死だっただけなんで……それにそっちもここまで上がってきてるんだし、どっちが強いとかはないんじゃないか?負ける気はないけどさ」

 

「うわぁ〜何君優しいかよ!みんな聞いた⁉︎ でも『負ける気はない』かぁ——こっちも頑張んないとなぁ♪」

 

「あ、ありがと……?」

 

 

 

 やたらとテンションが高い反応が、少し俺を疲れさせる。でもこの人も悪い人ではなさそうだ。とりあえずずっと会話も向こうのペースだし、試合はそうならないように気をつけないとな。

 

 

 

「——両選手。そろそろ選出を済ませてください」

 

「あ、やべ!」

 

「すみません!すぐに——」

 

 

 

 審判から注意されて、ようやく俺たちは試合準備に入ることにした。

 

 にしても生放送か……いいとは言ったけど、緊張しないわけじゃないな。マジで気を引き締めないと。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——いやぁ〜強い強い!さすがはシードぶっ飛ばしてるだけあるわ!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 結局試合は終始俺のペースだった。俺の立てた作戦が上手くはまったのか、こちらは大して被害を被ることはなく、決勝トーナメント進出を決める。

 

 相手のポケモンもそれなりに強そうだったけど、なんというか拍子抜けだった。

 

 

 

「ごめんよみんなぁ〜。この人強過ぎたわ」

 

「いや、なんというかたまたまだったと思うけど……」

 

 

 

 液晶のむこうにいるであろうリスナーに向けて困った笑顔を向けるダチラ。試合内容がすんなり行き過ぎてただけに運がだいぶこちらに向いていたと思うのだが、特にそれで悔しがる様子もなかった。

 

 あと一歩で決勝に行けるってところを……悔しくないのか?

 

 

 

「——やっぱり“貴光子(ノーブル)”のお友達っていうのは本当だったんだな〜」

 

「“貴光子(ノーブル)”?」

 

「え、もしかして知らない?さっき君が話してた緑色の髪したトレーナーの二つ名だよ!アマチュアの頃から有名だったのに。君と友達だと思ってたんだけど……」

 

 

 

 聞き馴染みのない名称は、どうやらミツルに付けられている通り名らしい。あいつそんなカッコイイ名前もらってんの?

 

 

 

「——あ!せっかくだし見てくれたリスナーにも挨拶してってくんない?君のことで見てくれてるみんなも興味津々だよ。ほらほら、そこそこの人数いるからさ♪」

 

「え、あのちょっと——」

 

 

 

 俺がミツルの名前にちょっと笑いそうになってる隙に、俺をカメラの前に立たせようと引っ張る。

 

 見ればそこには閲覧数が結構大変なことになってる画面が見えて、意識がフリーズする。え、俺こんなにたくさんの人に見られてたん?

 

 

 

「そう緊張しなくていいって!適当に喋ってくれたらいいから」

 

 

 

 いや適当ってあんた——そう思って画面を見るが、コメントが嵐のように過ぎ去っていくのが見えるんだけど。こんな中で下手な一言を発したら、一生いじられるフリー素材としてネットに刻まれるだろ。いや何も言わなくてもそれはそれで社会的に死ぬ?ネット速報で石像と化した俺がデカデカと載るの?バカなんですか?

 

 

 

「えーと……ユウキくん?」

 

 

 

 俺は固まる。いきなり何百人の前に立たされた俺の気持ちなんぞ、この人気者にはわかるまい。そんなやや込み上げた怒りが、俺の口を突き動かした。

 

 

 

「——次は頑張ってください」

 

 

 

 その瞬間、コメント欄がブワーっと流れていった。そこの大半が「w」の文字と「煽られて草」という文言で溢れかえっていた。

 

 

 

「あ!いや煽ったとかじゃなくてなっ⁉︎」

 

「あはははは!君ホント面白いな!——というわけで、次回はダチラ頑張らせていただきますー!くそ〜次は負けんからなぁ!おつダチィィィ!!!」

 

 

 

 自分が言ったことに動揺している俺をよそに、締めの挨拶らしき文言と共に配信終了のボタンを押すダチラ。

 

 

 

「あ、あの……ごめんマジで……」

 

「え?いや中々パンチ効いてたよ。取れ高としても上々だったし、むしろ感謝したいくらいさ——それより、君もそろそろ行った方がいいんじゃない?」

 

 

 

 カメラを止めた彼は少し落ち着いた口調で俺に何かを促す。行ったほうがいいって、どこにだ?

 

 

 

「——アニキーーー!」

 

 

 

 コートで話していた俺たちに駆け寄ってきたのはタイキだった。少し焦っている様子が見受けられるが、何かあったのか?

 

 

 

「タイキ……悪い、ちょっと話し込んでた」

 

「決勝進出おめでとうッス——じゃなくて!大変なんス!ミツルさんが‼︎」

 

 

 

 焦りで息も絶え絶えになりながら、タイキは告げる。

 

 それを聞いた俺は……頭が真っ白になった。

 

 

 

「——ミツルさん、負けちゃったって!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ……試合中のことは、あまり思い出せない。

 

 緊張の一戦……勝てば決勝という期待感……注目する観客の声援……いつもと違う相棒の様子……上手く試合を運べないでいることからくる焦り——。

 

 そして、敗北が目前に迫っていた。

 

 

 

——嫌だ!負けたくない……負けてたまるかぁぁぁ‼︎

 

 

 

 そう思った時、これまで感じたこともないような力が、腹の底から湧いてきた。その感覚に突き動かされるまま、僕はアグロを駆って難関に挑む。

 

 その時のことはあまり覚えていない。

 

 あったのはアグロが苦しむ姿。何かに蝕まれている様子の相棒は、それでも懸命に戦ってくれたこと。

 

 そして、湧き上がってきた力に焼かれ、僕の意識が遠のいて——

 

 

 

「——ごめんなさい」

 

 

 

 気付けば、僕は知らない天井を見上げていた。

 

 そこが病室で、僕——ミツルは、どうやら試合中に気を失ってしまった事が後で看護婦さんから説明された。

 

 ここに連れてきてくれたのは、大会監督をしていたアスナさん。その彼女が、目を覚ましたことを受けて改めて見舞いに来てくれていた。

 

 約束を誓った友達を連れて——。

 

 

 

「ごめんなさい……僕、あなたと戦うって……約束したのに……」

 

 

 

 ユウキさんが病室に入った時、その顔が落胆の色に染まっていたのがわかって……僕は謝っていた。

 

 この人はしっかりと三回戦を突破しているというのに、僕はその約束を守れなかったことが堪らなく辛かった。

 

 それを残念そうにしているユウキさんの気持ちがわかるだけに……それは余計に感じさせられた。

 

 

 

「——何しょぼくれてんだよ」

 

「え……?」

 

 

 

 自責の念に押しつぶされそうになっている僕を、ユウキさんは意外にも笑ってそう言う。

 

 

 

「倒れたって聞いて何事かと思ったけど、そんだけ喋れるなら問題なさそうだな。前に体が悪いとか言ってたから心配したぞ」

 

「あ……ごめんなさい」

 

「謝んなって。お前との約束だって、この先頑張ってたらまた機会はあるだろ?それになんかポケモンの調子も悪かったみたいだしさ……いつもベストな状態で戦えるもんってわけでもないだろ?」

 

 

 

 ユウキさんはいろんな方面から考えて、僕の敗北を受け入れ、仕方ないと言ってくれた。

 

 約束は次の機会に——今日がダメでも、必ず果たそうと肩を叩いてくれた。

 

 でも——僕はそれでも自分が許せないでいると、今度は見守ってくれていたアスナさんが話しかけてきた。

 

 

 

「そうだよミツル。それに今回倒れたのは、君が成長している証拠だって……センリさんが言ってたよ」

 

 

 

 アスナさんはそこで意外な人物の名を出してきた。

 

 僕の生涯の先生——センリ師匠に、どうやら僕について問い合わせてくれたみたいだった。

 

 

 

「悪い。お前の病状とかわかんなかったから、俺の方から連絡させてもらった……でもまさか、お前も固有独導能力(パーソナルスキル)持ちだったとはな」

 

「……ああ。そういうことですか」

 

 

 

 ユウキさんが漏らした言葉で、ようやく自分が倒れた理由がわかった。

 

 そうか……あの時込み上げてきたものが、話に聞いていた固有独導能力(パーソナルスキル)だったのか。

 

 

 

「僕にはその可能性がある——師匠からそう聞いていて……それでも心臓に負担がかかる場合があるかもだから、発現を自覚したら連絡するようにと言われていたんです。まさかその一回で倒れちゃうとは思いませんでしたけど」

 

「慣れないうちに発動したらそうなるって。俺も何回も無茶してみんなに怒られてさ」

 

「やっぱりユウキさんも……凄いなぁ」

 

 

 

 少しだけユウキさんの急成長の理由がわかった気がする。努力はもちろん人の何倍もしている彼だけど、それが成果として出たのは能力開花とコントロールによるものだと。

 

 それで四天王からも指導を受けて……着実に強くなっているんだ。

 

 

 

「凄かねぇよ。それにお前も能力持ちなんだからさ……伸び代は絶対ある。とにかく今は休めって。俺の知り合いで能力専門の医者を呼んだからさ。大丈夫そうなら明日の試合も観に来てくれよ」

 

 

 

 その言葉ひとつひとつに落ち込んでいる僕を励まそうとしている気持ちが込められている。

 

 自分が負けた悔しさで、きっと僕は今酷い顔をしているんだろう。困ったように笑いながら、それでも優しく僕を制してくれるユウキさん。

 

 そうだよね……落ち込んでてもいいことないか。

 

 

 

「はい……明日は絶対観に行きます!だからユウキさんも……いっそ優勝してください♪」

 

「……ああ。任せろ」

 

 

 

 その後——ユウキさんとアスナさんは、それぞれの役目の為に病室を後にした。

 

 試合で傷ついたポケモンたちは、今はポケモンセンターで治療を受けているとのことなのでここにはいない。

 

 久しぶりに、他の誰もいない空間で——僕は少しだけ寂しくなった。

 

 

 

「——倒れたの?」

 

 

 

 ドキッ——誰もいないと思っていたそこへ、小さく女性の声がした。

 

 病室の入り口付近の壁にもたれかかっているのは——

 

 

 

「君は……あの時のマグマ団……さん?」

 

 

 

 大手ギルド『マグマ団』所属を示す赤いパーカー付きの制服に身を包んだ、紫色の髪と猫目が特徴的な彼女は——少し前にこの町で会った人だ。名前は確か——

 

 

 

「カガリ……」

 

「カガリさん!そうカガリさんだ!」

 

「……忘れてた(フォーガット)

 

「えっと……いや忘れてたわけじゃ——いやごめんなさいすぐに出てきませんでした!」

 

 

 

 あまり表情を崩さず、彼女はズズイと僕の顔を覗き込んできた。名前を忘れられていることに少し怒ったのか、その瞳は苛烈さを感じさせる。

 

 

 

「……屈辱(リグレット)。でも許す」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 

 

 何かよくわからなかったけれど、とにかく許してもらえたようで何よりだ。ここで不況を買ったら、後でマグマ団から何を請求されるかわかったものではないのだから。

 

 ——というか、なんでカガリさんがここに?

 

 

 

「あの……付かぬことをお伺いするんですが、なんでここに?」

 

仕事(ワーク)——近くを通ったら……あなたが運ばれてた」

 

「えっと……つまり僕のお見舞い?」

 

ご明察(インサイト)——心配した」

 

 

 

 なんというか、人に興味はなさそうな雰囲気だっただけに意外だった。それもあの日少しだけ話した僕の見舞いだなんて……でも確かに他に用事なんて思いつかないし、彼女がそうしてくれることは素直に嬉しかった。

 

 

 

「ありがとう。やっぱり君は優しい人だね」

 

 

 

 僕は友人と呼ぶには短い付き合いなのに、心配までしてくれたこの人に感謝する。心の壁が厚そうな人だけに、気を許した相手にはこうして時間を割いてくれるのは、特別視されている気がした。

 

 ——と。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 僕の思考は止まる。ベッドで体だけを起こしている僕の頭を、彼女が抱きしめたからだ。

 

 暖かい抱擁で、僕の頭は彼女の胸部へと……その温もりとは裏腹に、僕の頭はパニックだった。

 

 

 

「……な、なにを?」

 

鈍い人(ストリディティー)——こんなに……ボロボロ……」

 

 

 

 その抱擁が——僕を気遣ってのことだと気付くのに、さらに10秒くらいかかった。

 

 気付いて……そして僕自身も気付かないうちに、溜め込んでいた気持ちを自覚した。

 

 

 

 ボロボロだと言われて——僕は自責から逃れられない気持ちを認めた。

 

 ユウキさんは優しいから、きっと僕が負けた事で誰かを責めることなんかしない。言ってくれた励ましも全部本心から言ってたと思う。残念だって気持ちはあっても——それ以上に僕の体を第一に心配してくれるのだ。

 

 友達だから——。

 

 

 

「……勝ちたかった

 

 

 

 ポツリと——僕は本音を呟く。

 

 

 

 そうだ……僕は勝ちたかった。

 

 ポケモンたちが不調だろうと、僕に異変が起こっていようと、相手が強かろうとなんだろうと——敗北を素直に受け入れられる理由にはならなかった。

 

 友達と熱い真剣勝負がしたかった。

 

 本気で今を生きている人との戦いを、多くの人に見てもらいたかった。

 

 勝たなければそこへはいけない。負ければ後悔しか残らない……。

 

 

 

「勝ちたかった……ですッ!僕……ぼく……かちだっがっだ……なぁッ‼︎」

 

 

 

 カガリさんの腕の中で、僕は心の中の膿を吐き出していた。

 

 きっと何も知らないだろうこの人には申し訳ないけど、それを気にしていられる余裕は僕にはなかった。

 

 それでも……カガリさんは僕の頭を撫でる。

 

 何も言わずに、ただ優しく——。

 

 

 

「ぅぅ……ぅぁ……うぁぁあぁあぁあああ!!!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ミツルの病室から出た俺は、アスナと共にポケモンセンターの精密検査室にいた。

 

 目的はミツルのポケモン——キルリアのアグロの容態を確認する為。

 

 ただのバトルで負った負傷……話を聞く限りはそれが元でミツルは負けたらしい。でも改めて伝聞を整理すると、俺は少し違和感を覚えたので、アスナに無理を言ってこの場に連れてきてもらっていた。

 

 

 

「——やっぱり、ミツルのキルリアは“毒”に侵されている……でもこれがどうかしたの?」

 

 

 

 アスナはこの毒のことを言っているのだと思って俺に質問してくる。この毒は検査結果から見ても、ポケモン由来のものであることは間違いがなく、その時相手が使っていたポケモンによるものだと言うことがわかっている。

 

 毒性は植物系を指しており、使用した“ノクタス”のものと合致していた。

 

 

 

「変……だろ?だって毒を食らったのが試合中なら、なんでノクタスは無事なんだよ」

 

「ノクタスが無事……?」

 

 

 

 話を聞く限り、その状態異常で常に不利な戦いを強いられていたとされているなら、ノクタスはそうした影響になかった可能性が高かった。でもそうなると、キルリアという種族が持つ特性が発動するはずだったのだ。

 

 

 

「キルリアは“シンクロ”の特性を持ってる……トウカでこいつが何度かその能力を使ってるのを見たんだ。間違いないと思う」

 

 

 

 『シンクロ』——。

 

 自身が状態異常に侵された時、相手にも同じ状態異常を発生させるもの。これによって一方的に不利な状況にされることを防ぐことが可能なのだが、ノクタスがその影響から難を逃れていることが解せなかった。

 

 

 

「でもそれは、向こうが何かの持ち物(ギア)で回復したってことにはならない?」

 

「その可能性はある……でも聞いてた話を順に追って考えると、アグロは元々試合前から不調をきたしていたって言う話なんだ」

 

 

 

 これはミツルが注目されていたから取れた情報だ。今日の試合の初戦——シード枠のミツルが戦ったのは二回戦からになるけど、その時に出てきたアグロの調子は良さそうだったという。

 

 それが三回戦——まだ試合に出していなかったアグロの動きは目に見えて悪かった。

 

 その事と今回の毒の件を総合して考えると——

 

 

 

「ちょっと待って!まさか……誰かがキルリアに細工したなんて言うんじゃ——」

 

「そ、そこまでは言ってないって!でも不自然なことが続いてるのは……」

 

 

 

 それは否定できない事実だと思う。

 

 俺だってそんなことは考えたくない。自分が参加しているトーナメントを純粋な目で見れなくなるし、誰かを疑ってかかるような真似はしたくなかった。ただ、それでも真実を確かめないまま試合を進めるのはどうかとも思う。或いは試合中断なんてことも考えられるが……。

 

 

 

「でも……トーナメント進行を止めるなんて、余程の証拠でもない限り無理だよ。あたしは監督って立場だけど、将来のかかってるトレーナーが黙ってない」

 

「うん……俺も、できればやり遂げたいって思う……」

 

 

 

 決勝トーナメントまできて、またカイナの時のようにお流れになってしまうのだけは避けたかった。それは、ここまで俺のためについてきてくれているタイキやカゲツさんに応えるためでもある。

 

 

 

「とにかくウチでもこの事は内密にしとく。ジムでも信頼できるヤツ何人かでこっそり調べてみるから……ユウキにも内緒にしてて欲しいんだけど」

 

「あぁ……俺も変な事言った。多分気のせいだと思うから……その、適当なこと言って悪かった」

 

 

 

 俺は表面上ではそう言って誤魔化す。

 

 何せ疑念は晴れない。

 

 もしこれが……誰かが意図的に引き起こしているのだとしたら。きっとこれだけでは終わらない。明日の決勝にも何かしら仕掛けてくる可能性すらある。

 

 杞憂ならいい……今は優勝のために集中させて欲しいけど、何事もないならそれに越した事はない。

 

 でも……もしそこに悪意があるのだとしたら——そうだとしたら俺は——

 

 

 

 この時の俺はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 今胸に残っている……この気持ちの正体を——

 

 

 

 

 

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粘りを帯びた悪意がそこに——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第126話 躊躇いと信頼


ランクマッチ、今期はハイパーボール級まで来れました。毎月ちょっとずつ成長を感じる……。




 

 

 

 フエンタウンという町は、その温泉という名物があるために他の町とは異なる地下構造になっていると聞く。

 

 そこは電気や水道などの他に源泉専用の配管や排気口などが敷き詰められており、細かいメンテナンスが必須なため、そこへアクセスできる通路が町の至る所にあった。

 

 そうした場所は関係者しか入れないようにセキュリティが施されているもんだが——

 

 どんな場所にも……満遍なく使われるもんはねぇ。

 

 

 

 俺——カゲツは、ジャンク屋の親父から聞いた話とここ最近の不審な動きから何か起こると踏んで、単身でこの場所へ来ていた。

 

 調べていくうちに使用頻度が低そうな地下への扉のひとつを見つけ、その向こうへと踏み込んでいる。ここは普段人通りも少なく、住んでるヤツ以外が来ることなど滅多にない。詳しい構造は知らねえが、町の中心から外れているこの場所は管理人からしてもあまり好んで使うとは思えない。

 

 にも関わらず、最近やたらこの辺に向かっていく人影があるとわかった。この辺の人間は意外と目ざとい。長いこと住んでいて、見慣れない存在が通行していれば誰かは気付いているもんだ。

 

 

 

「そんで……開かずの間の扉には、最近使われた形跡もある——と」

 

 

 

 俺は今、地下へと伸びる灯り一つない階段をナビ端末の懐中電灯機能で照らしながら慎重に降りていた。地下から立ち上る生暖かい空気に少しうんざりしながら、この場所がどこへ繋がっているのかを想像していた。

 

 日陰者の考えることなど簡単だ。お天道様に顔向けできねー奴らは人が寄り付きたがらないこんな場所に集まる。害虫と一緒だ。

 

 それがさっき聞いた違法賭博の元締めへと繋がっているのか、それともまた別の隠したいものへと繋がっているのか……。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか——

 

 

 

「……なんだ……こりゃ?」

 

 

 

 地下の空気の流れから構造を読みつつ、深部へと足を進めていく俺が次に目にしたもの……それは不可解な紋様だった。

 

 赤色の丸なのだが、最初何かの目印かと思った。しかしそれが奥に伸びる通路のところどころに……パッと見では無作為に描かれているように思えた。

 

 

 

「おいおい……ガキの落書きじゃあるまいし……」

 

 

 

 しかしその印からは何か嫌な気配を感じていた。今のところ触れても問題はないようだが、イタズラだとしてもこの夥しい数は異常だった。

 

 ただただ不気味な雰囲気がそこには——

 

 

 

「——いや待てよ……丸に、ガキのイタズラ……?」

 

 

 

 俺は自分の脳裏によぎった単語が、ある存在へと繋がった。

 

 そいつは俺もよくは知らない……知らねえが、だがそんな事あり得るのか?いや、もし万が一にもその予想が当たっていたとするなら——

 

 

 

「こんなところ調べてても拉致はあかねぇじゃねぇか!クソッ!さっさと出て——」

 

 

 

 その瞬間、俺は強烈な衝撃に襲われた。

 

 頭部に走った痛みが俺の意識を遠ざけていく。暗闇に俺の端末の光が差し込んで……そこに誰かの足が照らされているのだけがわかった。

 

 

 

 ああくそ……そういう……こと……か——

 

 

 

 俺は、最初から——間違えていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——遅いッ‼︎」

 

 

 

 騒動がありながらも一応この日のトーナメントは全て終了し、停泊しているホテルの一室で俺とタイキは束の間の休息をとっていた。

 

 三試合とも固有独導能力(パーソナルスキル)を使用するという課題はクリアできたのと、その感想とか反省とか……話したいことも聞きたいことも山ほどあるのだが——

 

 肝心の師匠——カゲツさんが、こんな夜になっても帰ってきていない。

 

 

 

「どこで油売ってるんスかねー。もう晩飯も済ませちゃったっていうのに」

 

「あの人が気まぐれなのは知ってるけど……ちょっと変だな」

 

 

 

 キンセツで過ごしたひと月を考えると、ふらっとどこかへ消える事は別に珍しくはない。それでも大半の飯時には顔を出していたし、フエン生活でもそれは変わっていない。

 

 あの食い意地だけは見上げたものがあるカゲツさんがいないのははっきり言って異常だ。

 

 

 

「まさかどっかでのたれ死んだとか——」

 

「あの人に限ってそれはないだろ……殺しても死ななそうだし」

 

 

 

 タイキの失礼な予想を、さらに失礼な文言で返す俺。いつもならこう言ってるといきなり現れて俺たちをあたふたさせるもんなんだけど……昼間同様、やはり現れる気配はなかった。

 

 

 

「……アニキ、なんか思いつくことでもあるんスか?」

 

「え、ああいや……そういうわけじゃないんだけど……」

 

 

 

 いつもなら……それでもあの人のことを心配することなんてなかったと思う。

 

 いくらポケモンを持ってないとはいえ、元四天王——さらには“二千年戦争”なる戦いで英雄とまで称されたお人だ。例えトラブルに巻き込まれたからといって、そう簡単に窮地に陥るとは考えづらい。

 

 でも……やはりミツルの件で不穏な動きがあったことが、懸念材料として俺の不安を掻き立てている。

 

 

 

「何度もコールしたっスけどダメっスね。俺、ちょっと探してしましょうか?」

 

「うーん。でも夜分遅くに見つかるか?アテもないんだろ?」

 

「うっ……確かに」

 

 

 

 そう言いながら、ホテルの窓から見下ろせる街道には人がまだわんさか行き交っていた。

 

 トーナメントと旅行シーズンの到来ということで、辺境地とは思えない賑わいを見せるこの町中からたった一人の人間を——しかも夜の闇で人の判別も難しい状態で捜索することは困難を極める。

 

 それにこの町であの人が行きそうなところなんて、見当もつかないのだ。

 

 

 

「はぁ……ししょーには毎回困らされるッスねー」

 

「とりあえず明日までは様子を見よう。一応アスナにも連絡しとくから。目撃情報くらい出るだろ」

 

 

 

 カゲツさんもかくれんぼしてるわけじゃない。フラフラ歩いてるとしたら、今不穏分子の捜索をしているであろうフエンジム勢の誰かが見かけていてもおかしくはない。

 

 どっちみち今からじゃロクなことはできないと感じた俺たちは、すれ違いもケアしてこの場で一晩明かすことにする。

 

 明日は決勝トーナメントだというのに、気を回さなきゃいけないことが多いのは大丈夫なんだろうか……?

 

 

 

「とりあえず俺は一回ノートにまとめる作業してから寝るわ。タイキも今日はミツルのこと知らせてくれてありがとな」

 

「さすがッス!その真面目さをししょーもちょっとは見習ってほしいモンっスね」

 

「……あの人が真面目にノートとってるとこ想像してみろよ」

 

「……あ、ちょっと寒気が」

 

 

 

 本人がいないのをいい事に、俺たちは好き放題言わせてもらった。今頃どこぞの空の下でくしゃみでもしていることだろう。

 

 そんな話もそこそこに、俺は備え付けのテーブルに向かってノートとペンを取り出す。いつものルーティン……今日の試合やポケモンたちの復習に取り掛かろうとして——

 

 

 

「……アニキ」

 

 

 

 俺を呼ぶ声が背中に当たった。

 

 それはいつもと違う雰囲気のタイキの声……日中夜問わずテンションが高めのこいつにしては、やけに塩らしい声色だった。

 

 

 

「ど、どした……?」

 

「あ、いや……明日の試合頑張ってくださいッス!そんだけ!」

 

 

 

 少し言い淀みながら、そう言ってタイキは自分のベッドに飛び込んで掛け布団にくるまってしまう。あまりにもいきなり過ぎる挙動だったので、様子のおかしいタイキに声を掛けようとするが……。

 

 

 

「——グー。グー。グー……」

 

 

 

 爆速で睡眠——いや、棒読みすぎる狸寝入りによって俺の追撃を拒んでいた。

 

 なんだってんだ……でも今はタイキから本心を聞き出す術は残念ながら思いつかないので、俺も当初の予定通り夜の復習を始める。

 

 うーん。このところ変な事ばっかりだな。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌朝——事件は起こった。

 

 

 

「……なん……だよこれ」

 

 

 

 朝、俺たちが起きた時、やはりカゲツさんは帰ってきていなかった。

 

 それでトーナメントが始まる前に、早朝で人通りもまばらになった時間から俺たちは宿を出たのだが、その途中で一通のメールが届いた。

 

 差出人はカゲツさんの端末から。やっと連絡を返してきたかと思ったら、そこには予想もしない文面とひとつのURLが添付されていた。

 

 

 

——お師匠様は預かった。無事に返して欲しかったらトーナメントを辞退しろ。

 

 

 

 その物騒な文言と共に、URLの行き先にはとんでもないものが映り込んでいた。

 

 頭から流血しているカゲツさんが、どこかに後ろ手に縛られて気絶している——そんな姿が。

 

 

 

「カゲツさん⁉︎ あ、アニキこれって……」

 

「ああ……この差出人、手段は選ばず直接俺を蹴落としにきた」

 

 

 

 トーナメント辞退を要求するこの誘拐犯。おそらく昨日のミツルの件にも一枚噛んでる——もしくは主犯だ。あの時はそんな真似する人間などいるはずがないって信じていたけど、これで妨害の線はより濃厚になった。

 

 マジでこんなこと……いやそれより——

 

 

 

「あの人が捕まるなんて……というかこんなの普通に犯罪じゃないっスか‼︎」

 

「人質取るような連中なんてまともじゃない。いくら将来かかってるからって、グレート3のトーナメントでここまでするかよ……!」

 

 

 

 とはいえこうなってしまった以上、下手にアスナたちに頼ることもできなくなってしまった。相手はここまで手段を選ばない神経を持ち合わせていることから、ことを荒立てればカゲツさんに何をするかわかったもんじゃない。

 

 逆に探ろうとしてもそれは変わらないし、このカゲツさんの居場所まではわからない。わかったところで犯人が複数いる場合……ダメだ。何をどうしたってカゲツさんに危険が付きまとう。

 

 

 

「くそ……ここは相手の言う通りにするしか……」

 

 

 

 こんな時、本の中の主人公ならきっと最善の方法を思いついて、悪党の好きにさせるようなことはないのだろう。仲間を救い、悪を挫き、全てを持って帰れる……そんなシチュエーションだ。

 

 でも俺はそんな主人公じゃない。今はこの状況に飲まれてるし、妙案ひとつ思い浮かばない。思考もいつもより鈍く……ただ俺たちの師匠の安否ばかりが気になって仕方がない。

 

 何より下手なことをしてカゲツさんにリスクを負わせたくないんだ。そんな度胸も、責任を取る勇気も俺にはない。そんなことをして、もしものことがあったら——

 

 

 

「——ダメッスよアニキ!!!」

 

 

 

 俺が思考の渦に飲まれそうになっていたところ、タイキが声を張り上げて、俺の意識を引き戻す。

 

 

 

「こんな奴らの言う事なんか聞いちゃダメッスよ‼︎ 」

 

「いや……ダメって言ったてさ……」

 

 

 

 俺だって好きでそうするわけじゃない。でも仕方ないだろ?俺たちが好きなようにして、カゲツさんをこれ以上危険に晒すわけにはいかない。

 

 

 

「ダメなモンはダメっス!アニキは優しいから、きっとししょーのことを考えてそうすんのかもしれない……でもそんなことしてもししょーは喜ばないっス!」

 

「そりゃそうかもだけど!じゃあどうすんだよッ⁉︎」

 

 

 

 タイキが言うこともわかるつもりだ。あの人のことだ。悪人の言う事をホイホイ聞いてたなんて知ったらきっと叱られる。でもじゃあ他にどうしたらいい?タイキは状況がわかってないからそう言えるんだと思った俺は、強く当たってしまう。

 

 

 

「そんなのバカな俺じゃ思いつかない……でもアニキなら思いつくっス!」

 

「無茶ばっか言うなッ‼︎ 大体なんでお前にそんな事言えるんだよ⁉︎ 勝手に過大評価するのはいいけど、現実と理想の区別くらいしろよ!!!」

 

 

 

 俺は追い詰められて、つい余計なことを口走った気がする。

 

 タイキは一瞬、すごく悲しそうな顔をした。なんでかはわからないけど、今のは俺がこいつの地雷を踏んだ気がしたんだ。

 

 タイキが悪いわけじゃない。ごめん——って、そう言いたかったけど。

 

 

 

「……アニキはすごい人っス。本当っスよ。でも……わかったっス」

 

 

 

 今にも泣きそうになるタイキは、俺に背を向ける。わかったって何を——

 

 

 

「俺が……アニキが作戦立てるまでに時間を稼ぐっス」

 

「バカっ‼︎ お前、向こうはお前にだって釘を刺してるんだぞ⁉︎ そんなことしてカゲツさんが……いや、お前だって何されるか——」

 

「そんなの関係ないッ!!!」

 

 

 

 ここまで……こんなにタイキが頑固なのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

 俺はタイキがどうしたらいいのかわからなくて、自暴自棄になっているのかと思い引き止める。でも、横顔からちらっと見えたこいつの目に……なんというか、固い意志のようなものを感じた。

 

 

 

「アニキならきっときてくれる!俺が見込んだ男っスもん‼︎ だから、それまでは頑張らせてくださいっス!!!」

 

 

 

 それだけ言い残して、タイキは駆け出してしまった。

 

 追いかけなきゃ——そう思うが、俺の体は動かなかった。

 

 

 

「タイキ……」

 

 

 

 あいつは何をする気なのか。アテはあるのか。いや、どうしてそこまで俺を信頼するのか……。

 

 急変する事態と、俺とは違う行動を選ぶタイキに振り回されて……俺はどうしたらいいのかわからない。

 

 でも、タイキがひとつだけ正解していることがあるとしたら——

 

 

 

「こんなことする奴らの思い通りには——させられない……か」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺はバカだ——。

 

 生まれてこの方、一回だって思いついたことで褒められたことはない。

 

 いつもそうなんだ……いつも俺は自分で考えたことでうまくやれた試しがない。だから、アニキにあんな啖呵きっといて……本当は不安なんだ。

 

 あの頃だって……本当はそうだった。

 

 5人兄弟の末っ子で、その上のみんながトレーナーになって家を出てたから、物心ついた時からほとんど一人だった。

 

 

 

「あんたは末っ子だからね。気ぃ抜いてたら見向きもされなくなるよ!」

 

 

 

 母ちゃんがずっと言ってた言葉。その意味を考えたこともなかった。ただ誰にも相手にされなくなるかもしれない恐怖があって、それで母ちゃんからはたくさん仕込まれた。

 

 ひとりでも生きていけるように、生活に必要なことは片っ端から教わった。炊事洗濯掃除のいろは。旅に出てもいいようにキャンプスキルやサバイバル知識まで一通り。

 

 ポケモントレーナーだって、本当か母ちゃんが俺にやらせたんだ。男に生まれて舐められない為に、一端のトレーナーにはなれ——て。

 

 母ちゃんのことは大好きだ。厳しかったけど、俺にはわかんないたくさんのことを知ってたから。父ちゃんはいなかったけど、母ちゃんは父ちゃんみたいだったから、寂しくなかった。

 

 それでもいつか……俺は俺自身を認めてもらえるような……そんな人間になりたいって思ったんだ——。

 

 

 

「——タイキッ‼︎」

 

 

 

 俺が無理やり一人で駆け出した後を、アニキも追ってきていた。びっくりしたけど流石アニキ。もう立ち直ったンスね。

 

 

 

「アニキ……来てくれるって信じてたっスよ!それで作戦は——」

 

「バカ言うな。そんなすぐ思いつくわけないだろ……それに助けるったっていくつかおさえとかなきゃいけないことがある」

 

 

 

 助ける——そう聞いて、アニキもその気になってくれたことがわかった。うん。やっぱそうこなくっちゃ。でもおさえとかなきゃいけないことって?

 

 

 

「あいつらの思い通りにはさせない——ってことは、カゲツさんを見つけて保護。そこから救出した上で俺が決勝トーナメントの席についとかなきゃいけない。カゲツさん助けるのに時間使いすぎてトーナメントも出れませんでしたじゃ意味ないだろ?」

 

「あ……」

 

 

 

 そうか。向こうはアニキのトーナメント出場を阻止したかったんだ。うわーそのこと全く考えてなかったっス!

 

 

 

「その顔はやっぱ考えてなかったか……つまり、この誘拐犯の監視を掻い潜りながらカゲツさんのところまで辿り着くのにそう時間はかけられない——闇雲に動くのは逆効果だってこと」

 

「うぅ……でもどうしたら」

 

 

 

 アニキが言うことは最もだ。それに動けば動くほど向こうも対応しようとしてししょーを痛めつけるに決まってる。そうなるとアニキだって辛いんだ。

 

 

 

「……変だな。よくよく考えたら、なんで誘拐なんてリスクを負ってまで俺のトーナメント参加を妨害するんだ?」

 

「へ?」

 

 

 

 アニキは突然そんなことを言う。変ってことはないと思う。アニキは強いし、きっとトーナメント参加者の誰かがライバルを蹴落としたくてこんなことしてるんだ。

 

 

 

「アニキを警戒してってことじゃないんスか?」

 

「それならわざわざ誘拐なんてしなくても、俺か手持ちのポケモンに細工すればいい。ミツルにやったみたいにな」

 

「ミツルさんもやられたんスか⁉︎」

 

「多分な……俺に試合そのものに出られると困ることがあるのか、もしかしたら別の理由も……いや待てよ」

 

 

 

 この犯人の意図がわからないと言うアニキだが、また何かに気付いて独り言を呟く。

 

 

 

「そもそもなんでカゲツさんなんだ?元四天王なんて調べればすぐわかりそうなものだ。手持ちにポケモンがいないことだってそんなに伝わってるとは思えない。俺本人かタイキを攫ってしまう方がよほど楽だろうに……」

 

「カゲツさんが連れ去られることになったのは……偶然ってことスか?」

 

「その可能性はある。もしかしたらカゲツさんは今回の犯人に繋がる何かを掴んだんじゃないか?もしくは事件に関する決定的な何かを見てしまった——そう考えたらこのいきなりの誘拐事件も説明がつく」

 

 

 

 アニキは俺がわかるように順を追って説明してくれた。どうやらアスナさんもこの事件について調べているようで、その事を軽く説明されながらの話になった。

 

 

 

「昨日のミツルの一件が気になって、昨日は結局トーナメント参加者の名簿を調べてたんだ。そしたらミツルの相手はやっぱ無銘のトレーナーで、このところ成績も伸び悩んでることがわかった」

 

「つまり、そいつが犯人ってことスか⁉︎」

 

「最後まで聞けよ——俺も最初はそいつが関係者だと思ったんだけど、そうすると変なんだ。今回のトーナメント……シード選手が全員負けてるんだ」

 

「え……⁉︎」

 

 

 

 それはかなり異例だった。アニキを含め、今決勝トーナメントにいるトレーナーはみんなノーシードから上がってきてるってこと。

 

 

 

「俺の試合は……普通に強かったから何とも言えないけど、他の試合は全員何かしらの不調を訴えているって話だ」

 

 

 

 そう言ってアニキは何かの資料をマルチナビから見せてくれた。これは……ポケセンのカルテ?

 

 

 

「昨日アスナが送ってくれたやつなんだけど……昨日の試合で運び込まれたポケモンの治療記録なんだ。明らかに“状態異常”の治療が多いってのがわかる」

 

「瀕死以外は毒や火傷ばっかり……」

 

「プロの試合だし、相手に状態異常を強いるのは常套手段だ。でもそれにしたってこの数は異常だってジョーイさんも言ってる」

 

 

 

 確かに記録を見ればすごい数だった。トーナメント参加者の……とりわけシード選手のポケモンは1匹2匹は必ず何かしらされている。こんなことって……。

 

 

 

「でもこんなにあからさまにやられてるなら、細工された跡って残るんじゃないんスか?」

 

「それが隠すのが上手いらしい。選出用の機械も負けたトレーナーに聴取をとっても何も出てこなかった……でも使用されたコートには変な匂いがついてるって、嗅覚が鋭いポケモンの反応からわかったらしい」

 

「つまり……細工されたのは試合の間⁉︎」

 

 

 

 そこまでくると察しはつく。でもじゃあなんで——

 

 

 

「そう……そうなってくるとわからないのが、どのブロックにも均等に妨害がされてること。この犯人がもしトーナメント優勝のために動いてるんだとしたら、これほど大規模にやるメリットは薄いし人手も多いことになる。だったら自分の対戦相手にだけ妨害するほうが現実的だ。こんなにやったら犯行が見つかるリスクの方が高まる……それで見つかってないのはすごいけど」

 

「わざわざそんな真似する必要がない——ってことスね」

 

「ああ。実際妨害行為は試合中に起こってるってことは運営にもバレたからな。今は変なことを試合中にしようもんならその場で咎められる……トーナメント参加者として優勝したい奴は、この衆人環視の中でイカサマするハメになってる」

 

 

 

 アニキはするすると考えるだけで、目に見えない相手のことを理解していく。俺には全くわからないけど、きっとこのままいけばアニキは犯人まで辿り着く気がした。

 

 

 

「——そこに舞い込んだカゲツさんという人質。俺らはこの出来レースでいうとこの邪魔者。それを排除する為に無理やりこんな手段をとってきたと考えれば……!」

 

 

 

 そう言った矢先、アニキの端末が誰かからの連絡を受け取った音がした。

 

 慌てて中身を見ると、またカゲツさんの端末から——犯人からのメッセージだった。

 

 

 

——中々鋭いご指摘だ。言い当てた褒美にこちらを追うのを許してあげよう。君らがこちらを見つけるのが早いか、トーナメント開催の刻限が来るのが先か……楽しみにしている。

 

 

 

 そんな文面を見て、アニキの表情は険しくなる。

 

 

 

「こいつ……やっぱどこかからこっち見てるのか……ゲーム感覚かよ……!」

 

「許せないっス!でもどうやって見つけるんスか⁉︎」

 

「まだ情報が足りない……とにかくカゲツさんが昨日どんな風に動いたのかを調べるぞ」

 

 

 

 アニキはそう言って駆け出す。

 

 その背中がさっきよりも頼もしく見えて……——

 

 

 

 俺は少し、辛かった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 試合に出る為には開始時刻の正午に会場にいる必要がある。それまでにはもう1時間を切っていた。

 

 

 

「——カゲツさんがこの辺に入っていくのを見たって言ってたな」

 

 

 

 通行誘導をしていたジム生がカゲツさんを見ていたという情報を受けて、俺たちは町中から外れた場所まで来ていた。

 

 建物が密集して、道が不規則に折れ曲がるここはまるで迷路……こんな場所にあの人が来る理由となれば、やはり——

 

 

 

「カゲツさんも色々調べてたんだろうな。それでこの辺に何かがあると嗅ぎつけて入っていったと見ていいか」

 

 

 

 それがわかると緊張もする。もし敵に近づけているなら、向こうから攻撃される可能性が高い。白昼堂々ハデな攻撃はないだろうが、それでも警戒に越したことはない。

 

 

 

「でも何を見つけたんだ……あの人は何を探ってた?」

 

 

 

 あの人は多くを語らない。やることなすこと全部最後になってからじゃないと言わないのがカゲツさんだ。それを読み取るのは至難の業で、今回もなんで単独で行動していたのかがわからなかった。

 

 でも……無意味なことをする人ではないってことだけは信じられる。

 

 

 

「可能性としては敵のアジト……それかコートに仕掛けられたと思われるものの正体……あるいはそのどちらもって可能性も——」

 

 

 

 でも予想しててもしょうがない。今はこの辺に何があるか、細かいことでも見逃さないように目を皿にするべきだろう。

 

 それであちこちを見回していると、ひとつの寂れた扉を発見した。

 

 鋼鉄の浅黒い扉……その錆びつき具合から随分使われていないのだろう。しかし今はそれがキイキイと音を立てて半開きになっている。それを開いて中を覗くが、生暖かい空気が立ち上ってくるのを肌で感じた。

 

 

 

「なんだここ……どこに繋がってるんだ?」

 

「地下みたいっスね……この町の下?」

 

「多分町のライフラインのメンテ口だろ。だいぶ使われてないみたいだけど……」

 

 

 

 それが半開きということは、誰かが最近通った事を示している。いや、犯人がわざとここに誘ってる可能性もあるのか。

 

 そうなると面倒だ。もしそうならここに入る事自体が危険。本来ならすぐに治安組織に連絡して救援を求めるのが一番なのだろうが、そうするとカゲツさんがどうなるのか……今も尚どこかから観察しているであろう犯人には筒抜けだろうし。

 

 

 

「ここに入っちゃったら、きっと大会に間に合わないっスよね……」

 

「間に合わせるんだろ……今更弱気なこと言うなよ」

 

 

 

 とはいえ流石に無策で突っ込むわけにもいかない。最低限警戒できるだけの準備をする必要はあった。

 

 

 

「とりあえず——カゲボウズ(テルクロウ)、頼む……!」

 

 

 

 俺は腰のボールからテルクロウを出して、俺たちの護衛として出す。それにタイキもハッとして、自分のボールからポケモンを出した。

 

 

 

「後ろは頼むっス。ゴーリキー(リッキー)

 

 

 

 これで前後の守りはできた。この先の通路がどうなっているかはわからないが、細道なら警戒すべき前後からの襲撃をケアできるのは嬉しい。

 

 

 

「あとは……」

 

 

 

 俺は目を瞑って集中する。目的と体のエネルギーの流れを掴み、テルクロウと意識を共有するために。

 

 

 

——固有独導能力(パーソナルスキル)、発動。

 

 

 

「アニキ……今……」

 

「とりあえず保険で能力の発動はしといた。これで予想外の事態にも対応できると思う……でもあんまアテにすんなよ」

 

「うす……!」

 

 

 

 あとは下で起こる事態にどれだけ対処できるのか——この暗闇で、俺たちを待ち受ける戦いが熾烈になる事を……——

 

 

 

 この時は想像することしかできなかった。

 

 

 

 

 

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二人が踏み入れるのは悪意の巣穴——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。


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第127話 悪意の回廊


週一投稿とは言ったが、もう1話くらい良かろうて……。




 

 

 

 暗闇を進む俺たち——。

 

 かなり奥まで進んできたとは思うが、何せ変わり映えのしない景色がずっと続いているため、ここが全体のどの辺なのかはわからない。剥き出しの配管と埃っぽい空気だけが伸びていて、俺たちはそんな中いつどこから攻撃されるのかという緊張感から神経を削られている。

 

 

 

「アニキ……大丈夫っスか?」

 

 

 

 後ろにいるタイキは、おそらく俺が固有独導能力(パーソナルスキル)からくる消耗を気にしているんだろう。

 

 今のところは低出力状態を維持しているから問題はない。

 

 

 

「大丈夫だ……それより後ろは気をつけろよ。あとなんかあっても絶対パニックになるな。こんなところではぐれたりしたら探しようがない」

 

「ごくり……」

 

 

 

 タイキは唾を飲み込み、俺の忠告を受け入れた。そうは言ってもいざ襲われたら俺だってどう反応するかなんてわからない。かといって手っ取り早く進むのも危険だ。

 

 そんな事を考えていると、暗闇の方から突然声がした。

 

 

 

「——随分慎重に進むんだね〜。若いんだから、勢いに任せて進めばいいのに」

 

 

 

 遠くから通路を反響するのは男の声。これは……俺たちに話しかけている?

 

 

 

「……誰だ!」

 

「その答えを知るには……踏み込みが足りないなぁ……さぁ……知りたきゃ奥に来なよ……」

 

 

 

 一方的にそう言ってきたそいつは、それきりダンマリになる。どうやらあいつが主犯格で間違いないようだ。

 

 でも……この声どこかで聞いたことがある気が——

 

 

 

「行くしかないか……タイキ。気をつけろよ」

 

「…………」

 

 

 

 タイキは緊張しているのか返事はしない。それでもピタリと俺の後ろをついてくる。こっちのメンタルも心配だ。早いとこ決着をつけないと……。

 

 

 

「——感心だねー……我が身の危険を顧みず暗闇を進む姿は……差し詰めお姫様を助ける勇者様ってとこかな?」

 

「うるさい!誰が姫で誰が勇者だよ……危険にしてんのはお前だろうが!」

 

 

 

 進む足は慎重に……暗闇から投げかけられる声に耳を貸しつつも周囲の警戒怠らない。

 

 揺さぶりのつもりか?……にしてもどこで聞いたんだ……この声は確か——

 

 

 

「自分に主役は貼れないと思うかい?……いや、誰だって舞台の上では主役になれる……この暗闇は、まさに君にうってつけの舞台だろう……」

 

「生憎と注目を浴びるのは苦手なんだ……役者が不足してるなら他を当たって欲しいんだけど」

 

 

 

 声のする方向を限定するのに時間がかかるが、反響する中でも進むにつれて声が大きくなっているのがわかる。感覚だから自信はないが、近づいているはずだ。

 

 

 

「……それは失礼した……でも——」

 

 

 

 反響する声が大きくなる。

 

 その角の向こう——灯りが漏れたそこにいるはず。

 

 

 

「——舞台の幕はもう上がっているよ」

 

「なっ……⁉︎」

 

 

 

 曲がり角の先に飛び込み、先制で仕掛けようとしたそこは、ただの袋小路。そこに先ほどまで喋っていた人間らしき姿はなかった。

 

 代わりに置かれていたのは声の正体——スピーカーだった。

 

 

 

「しまった誘われた——」

 

「アニキッ‼︎」

 

 

 

 まんまと誘い出されたことに舌打ちをすると同時に、後ろにいたタイキが叫ぶ。反射的に振り返ると、通路から何匹ものポケモンが姿を表す。

 

 全員が——低く唸っている。

 

 

 

「こいつらどこから……⁉︎」

 

「アニキ……まずくないっスか⁉︎」

 

「まずいに決まってるだろ……!」

 

 

 

 現れたのドガースやベトベターなどの毒ポケモンが多く、その奥にもまだまだ居そうな雰囲気があった。

 

 対してここは袋小路。T字路の通路はポケモンたちによって塞がれており、通るならそいつらを蹴散らしていかなきゃいけなくなった。

 

 

 

「——タイキ。一気に抜けるしかなさそうだけど……ついてこれるか?」

 

「……俺頑張るっス。でも追いつけなかったら置いて行っても——」

 

「ついて来れるよな?」

 

 

 

 消極的なことを言いかけるタイキを遮って、俺は釘を刺すように改めて問う。圧をかけるようで悪いけど、今はしのごの言ってられないんだ。

 

 

 

「アニキ……」

 

「あーもう。さっきは俺がすごい作戦思いつくとか根拠なく言ってたくせに……今そんなんでどうすんだ?それにお前を置いていって、俺が気にしないわけないだろ。ここを抜ける時は二人一緒。地上に出る時はカゲツさんと三人でだ。わかったな!」

 

 

 

 我ながら希望的観測だと鼻で笑ってしまう。なんならこのまま大会にも出て、相手の思惑何もかも無駄にしてやろうと意気込んでるんだ。強気通り越して無謀、蛮勇である。

 

 でも今はそんくらいの気概が欲しかった。相手が仕掛けたこのポケモンの群れ、慣れない空間、次の相手の出方含め、不安要素しかない現状……心を繋ぎ止めて置けるものが欲しいんだ。その希望はいわば重石。気持ちが折れそうになった時、耐え忍ぶための助けになるはずだ。

 

 

 

「……タイキ。今は目の前の敵に集中しろ。今から言うことを頭に入れながら戦うんだ。いくぞ——」

 

 

 

 タイキの返事は待たない——というか待てなかった。

 

 次の瞬間、毒を帯びた攻撃が俺たち目掛けて飛んできていたから——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 フエンタウン。大会運営本部——。

 

 

 

 あたし——アスナは焦っていた。

 

 問題は昨晩——大会で不審な動きを見せる人間について情報共有をした新米プロトレーナーであるユウキにある。彼とは参加者目線でこの決勝にも何か起こるであろう事態に対処すべく、いくつか打ち合わせをしておこうと思っていた。

 

 しかし早朝にホテルをチェックアウトしたという彼がその後行方をくらませてしまっている。連絡を取ろうにもユウキはおろか、付き人のタイキやカゲツさんにすら繋がらない状況だった。

 

 

 

「何かあった……って見るべきなんだろうけど……」

 

 

 

 ユウキとは昨日の深夜10時くらいまでは連絡が取れていた。そして早朝のチェックアウトまでは、目撃された様子からしてまだ何もなかったと考えていいと思う。何かあったにしても事件が起こってからそう時間は経っていないはずだ。

 

 ここは捜査網を敷くか……?

 

 

 

「リーダー。あと30分で開会式が始まるぞ」

 

「わかってる……もうこの時間にいないのは余程のことがあいつの身に起きてるんだ。あいつは時間には余裕を持つ方だし……」

 

「だがあの子が行方をくらませた理由がはっきりしてない。迂闊に人数をかければ、観客や観光客へ不安が——」

 

 

 

 何人かのあたしを取り巻くジム専属トレーナーのうち、そばにいたひとりが懸念を示す。

 

 わかってる……ここで下手に動けば大会すら有耶無耶にしかねない。そうなるともしユウキたちが戻ってきた場合、この大会で色んな意味で頑張ってる彼に申し訳が立たなくなる。

 

 事件は私たち監督部門の失態が招いたことだ。大会運営中、堂々と不正を働く存在に気付けもしなかったなんて……。

 

 そのツケを今未来のために頑張っているあいつに背負わせるわけにはいかない。

 

 

 

「……開会式を遅らせよう」

 

 

 

 だから——私は少し思い切って、あいつの肩を持つ。当然その決断にはジム生たちも反対だった。

 

 

 

「リーダーそれは……気持ちはわかるけど、トーナメントは厳正で公平な判断をHLCから義務付けられてる。それを一個人の為に時間延長をしたとなったら、あとでどんな処遇を言い渡されるか……」

 

 

 

 気持ちはわかる……か。

 

 この人もジム生として長くフエンを支えてきた人だ。あたしもよく知ってるけど、ユウキの人柄や働きぶりを知って、あいつに肩入れしたくなる気持ちも汲んでくれてるのはわかる。

 

 でも、同時にあたしのことも心配なんだ。こんな幼稚なジムリーダーなんて代替わりした時はさぞ不安でもあったはず。それを今もこうしてあたしの進退を気にしてくれている。

 

 HLCは情に絆されたりはしない——きちんと規則を守れなければ、容赦なくあたしやジム全体へ罰則を与えることなんて百も承知だ。

 

 わかってる……わかってるんだ。

 

 

 

「——お爺ちゃんがさ。このジムのこと好きなのは知ってるよね?」

 

 

 

 その問いにその場にいた全員が頷く。先代のジムリーダー。かつて四天王としても活躍していたあの白髪の男の気持ちを。

 

 本人はいつも飄々とした顔で周囲を振り回すから、周りはそれに合わせててんやわんや……でも彼が爽快に笑い飛ばすと、どんな無茶も実現できる気がする。

 

 そんなお爺ちゃんの行動原理は……少なくとも出ていく前のお爺ちゃんは、このジムのことを一番に考えていたと思う。

 

 

 

「お爺ちゃんはこのジムが好き——でもジムそのものの存続をどうこうは考えてなかったと思う。経営が傾いたって笑ってなんとかなるって言って……そりゃあたしだってそんな風に考えられるほど強くはないよ……でも——」

 

 

 

 あの自由な祖父が、たったひとつだけ曲げなかったことがある。

 

 それは——きっと今試されているんだ。

 

 

 

「お爺ちゃんは、そこにいる人達のことが大好きなんだ。ジムで働く人。夢を追う人。挑みに来る人。その周りの街を賑やかす人——お爺ちゃんがずっと大切にしてきたのは、組織や建前じゃない。そこに生きる人なんだ」

 

 

 

 もうずっとあたしは忘れていた。

 

 忙殺される毎日で、自分には無理だって言い続けて……誰も自分に期待なんかしてないって勝手に拗ねてた。

 

 でもじゃあ引き受けた時のあたしは、どんな気持ちでいたのか。

 

 無理だって言っている少し前のあたしを、今は思いっきり引っ叩いてやりたい。

 

 ここに生きる人を……守るんだろ?

 

 

 

「あたしはジムを私物化してでもユウキを助けたい。あいつは……あいつらは自分のことで手一杯なのにあたしの無理矢理なお願いに応えてくれた。助けてくれた。多くの時間を一緒に過ごしてくれた仲間だ!——そんな仲間を保身のために見殺しにするなんてできない!したくない‼︎……ここに生きる人達も、そんな恩知らずにしたくない!!!」

 

 

 

 あたしは決意を込めて言う。

 

 みんなの胸にどうか刻んで欲しい。

 

 HLCの規則は人を罰する為にあるんじゃなく、ユウキのような理不尽と戦っている人を守る為にあるんだと信じたい。

 

 それがウチの指針——ジムリーダーアスナが目指すジムの在り方だと。

 

 

 

「責任はあたしがとる!例え辞めることになっても、どうか次の代にもこの事を伝えて言って欲しい!だから——」

 

「バカ言うな。アスナちゃん」

 

 

 

 あたしがみんなに向かってさらに進むもうとするのを、目の前の古株は制した。

 

 やはりダメか……そう思っていたところへ——

 

 

 

「今の話、みんな聞いたな?」

 

 

 

 彼は周りのジム生たちに問いかける。それを受けて、皆一同に首を縦に振っていた。

 

 

 

「アスナちゃん……今だけはこの呼び名で呼ばせてくれ」

 

「イシズカさん……?」

 

 

 

 朗らかな笑みで、あたしの肩を持つ彼が続ける。

 

 

 

「……アスナちゃんがジムリーダーになるって……プロの道捨ててこっちを選んでくれるって言ってくれてみんな嬉しかった。でも同時に心配もした。まだ若いアスナちゃんに務まるのか、本当はやりたいことが他にあったんじゃないか——俺たちは、背負いきれないもんをアスナちゃんに預けちまったんじゃないかってさ」

 

 

 

 それはあたしが幼い頃からずっとジムを支え続けてきた古株のこの人だから言えたことだと思う。正直な気持ちを、あたしに教えてくれた。

 

 

 

「そんでも今はアスナちゃんにお願いしてよかったと思ってる。俺たちの立場じゃなく、心を守れる——そんな気骨のある娘さんにそだったんだって」

 

 

 

 あたしは……それを聞いて気持ちが溢れそうになる。ずっとそばで支えてくれたみんなが——今の言葉に賛成してくれているのがわかったから。

 

 

 

「……あたし……それでもジムリーダーの器なんかじゃないと思う」

 

「器さ。見てみろみんなを。たったこの半年見てみんな納得してんだ。今日のことがなくたって、俺たちはアスナちゃんについていく。ジムリーダーアスナに」

 

 

 

 ずっと不安に思っていたことが、知らないうちに綺麗さっぱり無くなっていた。それが堪らなくて、しっかりしなきゃいけないのに……まだこれからって時に……毅然としてなきゃいけないのに……。

 

 

 

「よっしゃあみんなぁ‼︎ 仕事は決まった!ウチのトップのご友人、俺たちのフエンで汗水垂らした同胞の危機だ!この恩に報いなきゃフエンジムの恥だと思えッ!!!」

 

 

 

 イシズカさんの声と共に、運営本部内に雄叫びのような返事が満ちる。

 

 ダメなあたしは堪らずに涙を溢し、みんなに感謝するしかできなかった。

 

 ずっと……ずっとあたし……支えられてきてた。

 

 

 

「先ずは試合開始時刻変更のアナウンスだ!どれくらい遅らせられる?」「昨日の件もあるから騒がしくするなよ!あくまで迷子の聞き込みの形で探せ!」「通行規制は現状維持して回せる人手はできるだけ捜索に回しましょう!」「目撃情報じゃんじゃん寄越せ!こんだけ人目があったら見つかるはずだ!」

 

 

 

 泣いてる間に、頼もしい仲間たちがユウキたちを見つける為にテキパキと組織を動かしていく。それもまた嬉しくて……これに応える為には、シャキッとしないと。

 

 あたしは——声を張って指揮系統をまとめるのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ベタァ!

 

 

 

「——“鬼火”‼︎」

 

 

 

 1匹のベトベターが接近してくるのを、俺のテルクロウが放つ炎で弱体化させる。これで物理攻撃を下げておき、安全に仕上げ担当のタイキに任せられる。

 

 

 

「リッキー!“かいりき”‼︎」

 

 

 

 ゴーリキーとなったことで俺と戦った時よりも遥かにパワーを増したリッキーの“かいりき”がベトベターを襲う。急接近されたベトベターも抵抗しようとするが、“火傷”を負わされたそいつに出来ることはない。なす術なく戦闘不能にしてしまう。

 

 

 

「やっぱりこいつら野生のポケモンだ!1匹1匹は大したことない——突っ切るぞ‼︎」

 

「うっす‼︎」

 

 

 

 この手応え、タフネスから考えて戦闘用に調教されていないだろうことは明白。であれば、タイムリミットがある俺たちはここで足止めされるわけにはいかない。

 

 数は相当いるみたいだが、向こうは統率をとって戦っているわけじゃない。ただ集まって目の前の敵に思い思いに攻撃をするだけの烏合の衆だ。

 

 それに対処する為、まず俺が分析を素早く済ませ、テルクロウで迅速に対応する必要がある。その後トドメを火力のあるタイキのリッキーで刺す。

 

 向かいたい方向の敵を即座に倒し道を切り開きながら進むのに、今はこれが最も効率的だった。

 

 気をつけなければいけないのは——

 

 

 

「ドガースだ!“凍える風”‼︎」

 

 

 

 定期的に出現するドガース。こいつはとにかく厄介で、本体がそれなりに硬く、完全に倒し切るのには少し時間がかかる。しかもなんの躊躇もなく“自爆”をしてくる為、見つけたらすぐに対処しなければならない。

 

 その為に、先ずは“凍える風”で冷却する。

 

 

 

——ドガァ?

 

 

 

 “自爆”の原理はポケモンによって多少異なる。ドガースは可燃性のガスを体に溜め込んでおり、自身の発火器官と併用することで爆発を引き起こすことが可能だ。

 

 だがドガースの発火器官は加熱に時間がかかる。それを抑制するのに水や氷といった技は効果的だった。ぶっつけ本番ではあったが、この戦闘でその有用性が実証されている。

 

 

 

「今だ——‼︎」

 

「うぉぉぉ‼︎ ——“かいりき”ィィィ!!!」

 

 

 

 タイキは言いつけ通り、足止めしたドガースを真っ先に倒す。こいつに“自爆”されれば、密閉空間にいる俺たちにとって被害は甚大。しかも地下空間のダクトにもし可燃性のものがあるとしたら……フエンの人たちのためにも、ドガースには1匹たりとも爆発させられない。

 

 

 

「冗談じゃない!こんな町の地下で——」

 

「アニキ!()()()()()‼︎」

 

 

 

 敵を掻き分けながら、俺たちはもう何度か見つけた“それ”を目にする。

 

 タイキが指しているのは矢印の付いた落書き——ついでに人の神経を逆撫でするような文言が書かれてある。何が『助けて勇者様ー♡』だよ。

 

 これは多分——というか絶対にこの先に待つ男が残していったものだ。わざとこんなものを残して、俺たちのナビゲートまでしている。

 

 

 

「どこまでもふざけ倒す気かよ……ちくしょうッ!タイキ、急ぐぞ‼︎」

 

 

 

 俺は煽られているとわかっていながら、尚もタイキを引き連れて奥へと向かう。

 

 これは十中八九罠だろう。煽り文句は俺たちの冷静さを欠くため。問題の犯人はそれを面白がってもいるだろうが……。

 

 

 

「——見つけたらタダじゃおかない!」

 

 

 

 俺は怒りを握り拳に込める。それでも頭は目の前の事に対処。相手のペースに乗せられて下手を打てば、危なくなるのは自分だけではないのだと心に留める。

 

 

 

「タイキ!ベトベター前に3体——“毒ガス”に気をつけろ‼︎」

 

 

 

 複数のベトベターが角から出現する。こいつらは基本的に接近してからの“のしかかり”を物量に任せて押し付けてくるが、時折“毒ガス”を吐いてくる個体もいる。

 

 この密閉空間で空気汚染をされれば、通常よりも毒に侵される確率は高くなる為、こちらも迅速な対応が必要になる。

 

 とはいえ、基本は無視して突っ切ることが最適解となる。

 

 

 

「こいつらは足が遅い!囲まれる前に突っ切るぞ‼︎」

 

「了解ッス‼︎」

 

 

 

 後ろからも俺らを追ってきている群れがいる以上、足は1秒も止められない。

 

 ドガースの爆発を防ぎ、ベトベターを戦闘不能にしつつ、そのどちらとの戦闘を避けて駆け抜けるのがこの難関の突破口。

 

 これが可能なのは俺の固有独導能力(パーソナルスキル)による状況判断と、その俺の判断を100%信頼して行動を共にしてくれるタイキがいるから。

 

 

 

「でも……これも相手の手のひらの上だとしたら……!」

 

 

 

 その不安はやはり拭えない。

 

 何せ道は敵が残したものを頼りにしている。誘い込まれているのは間違いないんだ。どこに連れて行きたいのかはわからないが——

 

 

 

「アニキ上ッ‼︎」

 

 

 

 一瞬先のことを考えてしまった俺は、警戒の薄かった頭上からの攻撃に気付くのが遅れた。

 

 現れたのはドガース——しまった!ダクトに潜んでいたのか‼︎

 

 

 

「リッキー‼︎」

 

 

 

 テルクロウが“凍える風”を展開するが、冷却が遅れたせいで“自爆”を抑制できない——おそらくタイキは無意識にそう判断したのだろう。リッキーを使って俺とテルクロウを抱え上げたのだ。そして——

 

 

 

——ドガァァァァァン!!!

 

 

 

 閃光と共に爆発——屈強な肉体越しにその衝撃波が伝わってくる。俺たちはリッキーに抱えられたまま通路の奥まで吹き飛ばされた。

 

 

 

「ぐはッ!——り、リッキー……⁉︎」

 

 

 

 身を挺して守ってくれたリッキーは、俺たちを解放すると同時に膝をつく。背中が焼け焦げていて、そのダメージの深刻さを物語っていた。

 

 

 

「ごめん、俺が——」

 

「リッキー!そのままアニキ担いで走れ‼︎」

 

 

 

 自分の失敗を詫びようとしたが、間髪入れずにタイキがそう叫ぶ。

 

 何を——そう思ったのも束の間だった。

 

 

 

——ガララララララララ……‼︎

 

 

 

 轟音と共に、さっきまで俺たちのいた真上——天井が一気に崩れてきた。

 

 危なかった……タイキがリッキーに指示を出さなかったら今頃——いやそれよりも。

 

 

 

「タイキ!——クソッ!分断されたッ‼︎」

 

 

 

 崩れてきた瓦礫によって、狭い通路は塞がれてしまった。俺たちのいる方から見て向こうはタイキ1人。あとは無数の毒ポケモンたちがこちらに向かっているはず。

 

 

 

「壁を退かせる!危ないから下がって——」

 

「そのまま行ってくれッス!!!」

 

 

 

 俺が他のポケモンたちでこの壁を破壊しようとした時、タイキはとんでもないことを口走っていた。

 

 行ってくれったってお前……!

 

 

 

「バカ!お前のリッキーもこっちにいるんだぞ⁉︎ 死にたいのか‼︎」

 

 

 

 タイキは他にポケモンを持っていない。確認したわけじゃないが、この旅で他に出しているところを見た事がなかった。

 

 いわば今のタイキは丸腰。毒ポケモンの群れなんかに襲われればひとたまりもない。

 

 

 

「大丈夫ッス!さっきの感じでわかった……走り抜ける分には問題ないッス‼︎」

 

「一度捕まったらどうしようもないだろうが‼︎——俺言ったぞ!お前を置いて先になんて進めないッ‼︎」

 

 

 

 タイキが必要。置いて行ったら寝覚が悪い。戦いに集中できない——そんなとってつけたような建前が口をついて出そうになる。

 

 でもそれ以上に心配なんだ。仲間のお前になんかあったらと思うと、俺はたまらなく怖くなるんだ。

 

 だから置いていけなんて言うな——そう言おうとした。

 

 

 

「——ここは俺に任せろ!……ってことッスよ♪」

 

 

 

 そんな明るい口調で、タイキは言った。

 

 自信満々に……タイキはきっと向こうで笑っていた。

 

 

 

「ここが崩れたなら足止めになる……アニキたちはカゲツさん見つけてさっさと逃げちゃってください!」

 

「でも本当にお前……」

 

「大丈夫!——俺はこのまま走り抜けてとんずら決めるッスから‼︎ 地上で会いましょうぜアニキ♪」

 

 

 

 まるで物語の相棒が笑いながら別れるように——タイキは自分が囮になると宣言したのだ。

 

 

 

「お前それ死亡フラグだぞ……」

 

「アハハ!じゃあ信じててくださいッス。アニキが信じてくれたら俺……きっと大丈夫ッスから!」

 

 

 

 もう問答をしている暇はない——タイキはそう言い残すと、走り去る音だけを残して行ってしまった。

 

 その奥で、小さく戦闘音がするのが聞こえて——

 

 

 

「……ッ!タイキ‼︎ ——信じてるからなッ‼︎ 絶対無事に帰ってこいよ!!!」

 

 

 

 俺はもうそう叫ぶことしかできなかった。

 

 叫びにタイキは応えない。でも声が届いていると信じて、俺は心配そうな顔のリッキーとテルクロウを連れて……通路の先を目指した。

 

 

 

「タイキ……頼むから無事で居てくれ……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 いつだって自分で何か思いついたことはなかった。

 

 たまに閃いたアイデアは、既に誰かが実践していたり、試してみたけどあんまり役に立たなかったり……人に知恵で褒められることなんてなかった。

 

 母ちゃんはそんな俺が、将来まともな大人になれるのか心配だったのかな?とにかく人に何か誇れるものを待てっていつも厳しく躾けられた。

 

 だから……俺は憧れた。

 

 自分以外の誰かに——自分のアイデアを持つ人に……。

 

 

 

「——ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

 

 

 アニキと別れ、ひたすらにポケモンたちを躱しながら走り抜けた先で……俺——タイキは物陰に潜んでいた。荒くなった息を整えながら、どうやら山場を切り抜けたらしいと——ほんの少しだけ安心している。

 

 アニキにはああは言ったッスけど、やっぱり群れに向かって走って行った時は生きた心地がしなかった。幸い運動は得意な方だったからなんとか切り抜けられたッスけど……。

 

 

 

「アニキ……大丈夫かな?」

 

 

 

 自分も大概だけど、アニキはもっと大変かもしれない。この事件の犯人がもしアニキを嵌めようとしてるんなら、きっととんでもない罠を仕掛けているに違いないんだ。

 

 

 

「でも大丈夫……アニキはあんな奴に負けない……」

 

 

 

 それだけは信じてる……俺はそう思うだけで、もう大丈夫になれるッスから。

 

 ——と、視界の端で何かが目についた。

 

 

 

「……灯り?」

 

 

 

 暗闇に通路……その奥の方で一筋の光が見えた。それが壁に備え付けられた扉から漏れた灯りだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「こんなとこに部屋が……物置?」

 

 

 

 俺はつい気になってその扉に近寄る。

 

 そして、その戸を開けて中を見た。

 

 

 

「……なんスか……ここ」

 

 

 

 そこは——なんてことはない、平凡な部屋だった。

 

 テーブルやテレビなどの家具が置かれた、当たり前の部屋。窓はないけど、広くも狭くもないといったぐらいの空間で……その当たり前さが逆に気持ち悪かった。

 

 

 

「なんでこんなとこに……こんな……」

 

「懐かしいだろ?」

 

 

 

 驚くばかりの俺に、いきなり後ろから声がした。

 

 俺が入ってきた扉にもたれかかっていたのは——白髪に黒のウェアといった様子の男。

 

 その姿を見て、俺の頭は凍りついたみたいに動かなくなった。

 

 

 

「あん……た……」

 

 

 

 その姿には見覚えがある。

 

 フエントーナメントでアニキと戦っていた人だ。

 

 いや、本当は……それより前から俺はその人のことを知っている。

 

 着てるものや髪の色は違うけど……その蛇みたいな目つきの男のことは——忘れようと思っても無理だった。

 

 

 

「久しぶりだねタイキ……何年振り?」

 

 

 

 あの頃と変わらない声で、その人は俺の名前を呼ぶ。

 

 それだけでこの部屋がなんなのか……俺は一瞬で全部思い出した。

 

 

 

「この部屋は……あの頃の……」

 

 

 

 テーブルの位置、カーペットの色、テレビの型式……壁の質感から部屋の匂いまで——全部があの頃のままだった。

 

 あの頃……アニキたちに出会う前の……俺の居場所……。

 

 

 

「ダチラの……アニキ……」

 

 

 

 俺はその人の名前を呼ぶ。

 

 それが——初めて俺が憧れた人の名前だった。

 

 

 

 

 

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憧れとの邂逅——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第128話 存在しない筈のモノ


SVのランクマッチ、無事マスターボール級まで行けました……!
死ぬほど嬉しい。相棒のヤドキングとたくさん写真撮りましたw




 

 

 少しの間、俺——タイキはカナズミの学校(スクール)に通っていた時期がある。

 

 最初はムロの島から通って、母ちゃんからお許しが出てからは向こうの寮で生活するようになった。

 

 学校は楽しかった。友達もそれなりに。

 

 でも……俺にはポケモンバトルの才能はなかった。

 

 

 

「タイキってほんと弱いよなー。なんでそうなの?」

 

 

 

 何気ないクラスメイトからの一言を今でも覚えている。授業で貸し出されたポケモンたちで、俺は一度も勝てたことはない。

 

 それは単純に俺自身のトレーナーとしての弱さ——指示の内容、タイミング、意気込み……何が悪いのかあげ始めたらキリがないほど、俺にはその手の才能がなかった。

 

 それでだんだんみんなと距離が離れて行った。みんなポケモントレーナーになる為、捕まえ方や育て方に夢中だったからだ。

 

 俺は面白くなかった。ポケモン中心に考えるみんなとどこか熱意が違ってた。

 

 モヤモヤして、寂しくなって——母ちゃんが言ってたことを夜な夜な思い出す。

 

 

 

——あんたは末っ子だからね。気ぃ抜いてたら見向きもされなくなるよ!

 

 

 

 見向きもされなくなる——いつかこの世界でひとりぼっちになるって言われているようで怖かった。

 

 でも不器用すぎる俺には何も……人に認めてもらえるような魅力なんてない。

 

 持ってないものを手に入れる方法を知らない。

 

 幼い俺は、その時もうわかってたのかもしれない。

 

 

 

 人は生まれながらに平等じゃないんだってことを——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——カゲツさん!」

 

 

 

 タイキと別れた後、嘘のように静かになった通路を抜けた先で、俺はカゲツさんを見つけた。

 

 姿は送られてきた写真そのままで、頭からの出血は止まっているようだが、その姿はあの強者感あふれる人物からは想像もつかないほど衰弱しているように見える。

 

 俺は手を縛っている縄を解く為、端末のデータストレージから小さなカッターを取り出して切っていく。

 

 

 

「………ばかやろう……なんできた」

 

「カゲツさん!喋らないでください。今縄解きますから——」

 

「……チッ」

 

 

 

 起きたと思ったら、そんな悪態をつき始める。こういう反応は今更なのでいちいち物申すことはしないが……やっぱりらしくないな。

 

 

 

「らしくないですよ……不意を突かれたからって、あなたが捕まるなんて……」

 

「珍しく気が合うじゃねぇか……全く、勘が鈍ってんのな……歳はとりたくねー」

 

「そんだけ喋れたら大丈夫そうですね。とにかくここから出ますよ」

 

 

 

 縄を切って、俺はカゲツさんを担ぐ。

 

 その間に辺りを警戒していたテルクロウとリッキーが帰ってきた。今のところ敵の気配はないみたいなので、そのまま歩き始める。

 

 すると、担がれているカゲツさんが口を開いた。

 

 

 

「……お前、タイキは一緒じゃねぇのか……?」

 

 

 

 カゲツさんの問いに、俺は息を詰まらせる。

 

 ひとり残って、この地下のどこかを今も走り回っているだろうあいつのことを思うと……胸が痛くなった。

 

 

 

「……あいつは俺を行かせるために囮に——瓦礫が降ってきて分断されたんです。俺がヘマしたばっかりに」

 

「……チッ。だとしたらそりゃ、あっちの思惑通りってことじゃねぇか」

 

「え……どういうことですか?」

 

 

 

 カゲツさんは意外なことを口にする。

 

 俺とタイキを分断する——じゃああの崩落は事故じゃないってこと?

 

 

 

「あの野郎……人が気を失ってると思ってペラペラと喋ってくれたよ。どうもこの騒動を仕掛けたクソったれはあいつの……タイキの知り合いらしい」

 

「は……?」

 

 

 

 信じられないことを言うカゲツさん。

 

 タイキの……じゃあ犯人の本当の目的は——

 

 

 

「そんな……じゃあ狙われてるのはあいつってことじゃ——」

 

「話は最後まで聞け——ったく。お前といいあのハゲといい……どうしてこうもトラブルばっかこさえてくるかねぇ。おかげでこっちはいい迷惑だ」

 

「すみません……」

 

 

 

 それを言うなら単独で先行したカゲツさんも大概だと思ったが、この人のことだ。俺やタイキと捜査するよりひとりで行動した方がいいと判断したんだろう。こればっかりは俺たちも足手まといにならないとは言い切れない。

 

 結局力不足が祟って、俺たちのツケをこの人に払ってもらっているのには違いない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 

 

「どうしよう……タイキが狙われてるなら、今犯人はあいつのところにいるってこと……助けに行きたいけど——」

 

 

 

 もし戦闘にでもなったら、あいつはポケモン1匹も持ってない一般人だ。ひとたまりもない。でも駆けつけようにもこの地下は入り組んでいて土地勘もない。あの瓦礫の向こうに辿り着けたとしても、そこからあいつの足跡を辿ることは難しい。

 

 そんなことを考えていると、カゲツさんは肩に回していた腕で俺の首をぐいっと締めた。

 

 

 

「ぐえッ⁉︎」

 

「バカ言ってんじゃねぇ。お前を行かせたってことぁ引き返せばあのハゲの頑張り無駄にするってことだろうが。何の為にあの坊主が走り回ってる?お前をトーナメントに出させる為だろうがッ!」

 

 

 

 それは——わかってる。

 

 あの時走って行くあいつを止められなかったのは、それがタイキの強く願っていたことだからだ。

 

 いつだってあいつは俺のために……それに応えるためには、その頑張りをふいにしないよう努めなきゃいけない。

 

 カイナのトーナメントで負けた時、あいつが泣いているのを見て、俺はそう心に刻んだんだ。

 

 

 

「でも……その結果あいつが……タイキにもしものことがあったら俺は……!」

 

 

 

 最悪の想定などいくらでもできてしまう。

 

 ポケモンを使い、人を攫い、容赦なく犯罪に手を染める敵が何をするかなんて想像するだけで怖い。

 

 その毒牙があいつに向けられているなら——

 

 

 

「……単にあいつの気持ちを汲めとはいわねぇー。でもな……これはあいつの過去の精算——ツケの支払い時なのかもしれねぇ」

 

 

 

 俺が苦悩する気持ちとは、また違った角度でカゲツさんは語る。それもその犯人から聞いたことなのか?

 

 

 

「あいつの過去……?」

 

「随分昔は無茶してたらしいな……今回の敵は、そんな昔の腐れ縁ってとこか」

 

 

 

 ——カゲツさんが語る犯人の人物像は、俺の想像を超えたものだった。

 

 何より、その犯人の名前には聞き覚えがあった。

 

 あの声に聞き覚えがあるはずだ……あの男——ダチラは昨日からずっと俺たちを見ていたんだ……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「懐かしいだろ……?カナズミで使っていた僕らの部屋さ」

 

 

 

 白髪の男は、あの頃と変わらない飄々とした口調で話す。俺はそれを聞く度に胸が苦しくなった。

 

 

 

「なんスか……こんな部屋まで用意して……何の用スか?」

 

「おいおい冷たいなぁ。せっかくのサプライズじゃないか……君のためにわざわざ用意したんだぞ?」

 

 

 

 君のため——そう言ってはいるが、本心なはずがない。4年前に()()()()()になったこの部屋を再現するなんて、趣味が悪いにも程がある。

 

 

 

「——まぁいいさ。どうせこっちはアフターストーリー——メインの筋書きはユウキくんにあるのは変わらないからね」

 

「なんスかそれ!アニキに何しようっていうんスか⁉︎」

 

「あはは。なにといわれてもねー。彼が予定通りプリンセスのとこまで辿り着けているなら、それで僕の仕事は終わり。今からじゃどう足掻いたってあそこから地上へは出られない」

 

 

 

 やっぱり——狙いはアニキの決勝トーナメント出場阻止。ということは、最初からこの人はこうなることを全部計算してたってことだ。

 

 

 

「なんでこんなこと……アニキに何か恨みでもあるんスか⁉︎ トーナメントで負けた腹いせなんスか⁉︎」

 

「まさか!あれは正々堂々戦った結果じゃないの。そんなことで癇癪起こすような人間じゃないってこと……君は知ってるだろ?」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 そう……このダチラという男のことはよく知っている。

 

 頭がいいこの人は計算で人を動かすことが得意だ。思い描いた内容は聞いていてすごかったし、実際その通りになることが多い。色んなところに気配りをして、些細な見落としをしない——少しアニキに似ているところがある。

 

 でも、その本質は絶対に違う。アニキとこの人との違いは……物事に懸ける想い——熱だ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——違法賭博……ですか?」

 

 

 

 カゲツさんが話してくれた。どうして俺を脅迫してきたのか、ミツルの妨害をしたのか——その理由は、とある集まりのために行われた計画の一部だったと。

 

 

 

「元々大昔はポケモンバトルも一種の賭け事に数えられてた時代だってある……要はそんだけ、バトルも客寄せし易い商売道具なんだ。そうしてガキ共の起こす熱に便乗して甘い蜜を啜ろうっていう蛆虫は、法が敷かれようと消えることはねぇ」

 

 

 

 カゲツさんの語る大昔がいつ頃の話かはわからないが、その名残として度々そうした賭け事が秘密裏に行われるんだとか。

 

 いつの時代もそうしたアンダーグラウンドが存在することを、カゲツさんの口から暴かれる。

 

 

 

「——そのレースの着順を操作する為に、おそらく仕切りはクライアントの要望に沿うよう参加者にテコ入れしてる。ミツルとかいうガキにやったこともその一環だ」

 

「なんだよそれ……勝手に賭けの対象にして、その挙げ句頑張ってる奴の足を引っ張るなんて……!」

 

 

 

 しかしそうなると、やはりここで足止めを喰らってる時点で既にその元締めの思わく通りに事が進んでいることを示している。

 

 癪な話だが、仲間を人質に大会参加を妨害するという魂胆は概ね成功と言ってもよかった。でもそんなことさせない。早くカゲツさんと外に出て——

 

 

 

「『奴らの策略をひっくり返してやる』——とか思ってんだろ?」

 

「え……?」

 

 

 

 俺が思っていたことを、カゲツさんはぴたりと言い当てた。そしてこう続ける。

 

 

 

「今言ったことを……最初は俺もそうだと信じて疑わなかった。余程レース結果を操作したいんだろう事は、あからさまに妨害しているところからも見て取れる……あからさま過ぎるほどにな」

 

「なにが……言いたいんですか?」

 

 

 

 カゲツさんが言わんとしていること——それが何かはわからない。でも今言われたことを聞いて、俺も引っかかることがあった。

 

 レース結果を操作して、賭博の元締めが得をするような結果へ導くこと自体は変じゃない。元々違法賭博、賭けに参加している人間達もその事は承知しているだろう。自分に不利益な結果になり、それが仕切りの細工だと見抜いても、駆け込む先がないのだ。賭け事自体が禁止されているのだから。

 

 でも……それにしては偏りが酷い。

 

 

 

「シード選手全排除——これはやりすぎだ。賭けの内訳はわからんが、裏の高レートでも手堅くシード選手に貼った奴は多いだろう。こんなことすりゃ、ちゃぶ台ひっくり返そうって輩も出てくる。そうやって騒ぎになりゃ、結局割を食うのは元締めだ」

 

「確かに……気付かないのは純粋にバトルを楽しんでる観客くらい——いや、それだって違和感はみんな感じてる」

 

「それだけじゃねぇ。そもそもこれはグレートリーグでも格式は低い“3”。こんな田舎でやるには少し集客力が足りねえ。もちろん田舎はHLCの監視が手薄いってメリットもあるが——」

 

「それもマグマ団がいる場所でやるとなると話は変わってくる。そんな危ない場所での違法行為に進んで手を貸す奴がそんなにいるわけがない……」

 

 

 

 あまり表立って言えないイベントを開催するにあたって、大きな後ろ盾はいるものだろう。でもその後ろ盾も危ない橋を渡るとなると、それ相応のリターンを要求するはず。

 

 でもここは田舎で、しかも天下のマグマ団のお膝元。メリットもなければデメリットは計り知れない。

 

 

 

「確かに怪しいことは怪しかった。旅行シーズンでコソ泥を何人も捕まえたりした時はその前触れだとさえ思ったぜ……そう()()()()()

 

 

 

 カゲツさんは言う。

 

 怪しい事はたくさんあったと。

 

 だからこそ、それらには意味があると思っていた——はたから見ているだけではわからない事情があって、調べていけばその事情とやらにたどり着ける。

 

 そう信じさせて……実は誘導されていたことに気付いたのは、ここへ来て初めてのことだったと。

 

 

 

「——最初から意味なんてなかったんだ。あのクソ野郎は最初から……ただ人を掌の上で転がす為だけに、こんな大芝居をうちやがった……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——クックックッ。四天王を台本の上に乗せられた時は最高だったよ。偽の情報を行きつけの店主を抱き込んで流して、あれよあれよとこの場所へご案内。捜査能力と手際の早さには恐れ入ったけど、僕の仕掛けた誘導には最後まで気付かなかったみたいだ」

 

 

 

 ダチラは、アニキ達に何をしていたのかを自慢げに話している。

 

 最初からカゲツさんに狙いを定めていたこと。偽の情報で釣って地下で捕まえたこと。それをエサに俺たち2人もこの場所へ——

 

 アニキが最初に予想していたものとはまるで違うシナリオを、ダチラは語っていた。

 

 

 

「なんなんスか……なんでそんなことするんスか⁉︎」

 

「そんなこと?それはどれのことだい?今日彼らにしたこと?それとも——4年前に君を()()()()時のことかい?」

 

「答えろよッ!アニキたちに恨みがないなら——俺だけ狙えばいいじゃないッスか!あの時みたいに俺で……俺で遊べばいいじゃないッスか……!」

 

 

 

 この人のことは知ってる。

 

 この人は人を術中に嵌めて弄ぶのが大好きだ。思い通りに人が動くのを楽しんで見てる。俺はそれが——昔は凄いと思ってた。

 

 凄いと勘違いした。人を傷付けることなのに、その腕前が鮮やかに見えて……俺は——

 

 

 

「おいおい……おいおいおいおいタイキくん。何を言ってるんだ君は?」

 

 

 

 ダチラは俺に迫り、肩に腕を回して乱暴に額同士をくっつける。俺の言った事は見当違いもいいところだと。

 

 

 

「君は4年前に既に完成させたじゃないか。今はせいぜい次の作品の脇役程度の存在……いつまでも主役気取りでいられるのは困るなぁ」

 

 

 

 主役ではない……脇役……俺のことをそう言って、まるで飽きたおもちゃを見るような目で見る。

 

 

 

「思い出してごらんよ。あの素晴らしい日々を。君が幼少の頃、何者かになりたくてもがき苦しみ、その中で唯一見つけた希望についてさ!鮮烈に輝くものの傍で、決して手に入らないものだと理解させられる二律背反に満ちた日々をさ!」

 

 

 

 狂気……きっとこの人が今口にしているものから感じたものの正体はそれだ。

 

 俺は身がすくんで動けない。

 

 思い出せと言われて——ただ言われた通りにそうしてしまう。あの頃のように言われた通りに動いてしまう。

 

 

 

 この人をアニキと呼んで追いかけた……あの日々を。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その人とは、俺が初めて授業をサボった日に出会った。

 

 平日の真っ昼間から学生が歩いているとすぐに目立つらしいから、びくびくしながら街のはずれの公園にいたのを覚えてる。

 

 ベンチに座っている俺に話しかけてきたのが、当時は金と黒の髪色をしたダチラだった。

 

 

 

「——だからキャモメの“超音波”ってのは、基本的に怖がる必要ないんだよ。貸し出しのポケモンじゃあそこまで性能のいいやつはいないからねー」

 

 

 

 その人はあっという間に俺のスペースに踏み込んできた。俺が学校で悩んでいることを聞き出すと、ポケモンバトルとは何か——学校という場所で行われるものがどんなものなのかを教えてくれた。

 

 

 

「それにさぁ、君が他の人より弱いからなんだって話じゃん?君はこれから変わっていける!」

 

 

 

 ——物語は始まったばかりだぜ、少年。

 

 

 

 その言葉は、その時俺が一番欲しかったものだった。

 

 ただ今がつまらなくて、寂しくて、息をするのも辛かったあの頃を……一瞬で変えてくれたその人の言葉は今も忘れない。

 

 そしてその時気がついた。自分の中に答えがないなら、きっとそれは別の誰かが持ってるんだって。

 

 だから決めた。俺はこの人から学ぶんだ。

 

 

 

「——アニキって呼ばせてください!」

 

 

 

 これがダチラという、俺が初めて憧れた男との出会いだった——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 そこまで思い出した時だった。

 

 何かが視界の端で動いたのを感じて、俺は咄嗟にその場から飛び退いた。

 

 

 

——バキンッ‼︎

 

 

 

 俺の左下辺りから、こちら目掛けて何かが飛んできた。それが天井に当たり、勢いを無くして床に落ちる。砕けたそれが何かの瓦礫だとすぐわかった。

 

 攻撃……された……⁉︎

 

 

 

「クククッ……さて、昔に想いを馳せるのもいいけど、どうせなら少し踊ろう」

 

「あんたは……何がしたいんスか!」

 

「アハハハハ!決まってるじゃないかッ‼︎」

 

 

 

 次の瞬間、肩に激痛が走った。

 

 今度は背後からの一撃——これは、死角から攻撃されてる⁉︎

 

 

 

「——作品を完成させる!君という人生を彩ったように、今度は彼だ‼︎」

 

 

 

 ダチラが天を仰ぐように両腕を広げた時、その背後が光った。あれはなんだ⁉︎

 

 

 

「さぁ……ズタボロの君を用意したら、彼はどんな顔を見せてくれるかな?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——始まったか」

 

 

 

 ある程度進んできたところで、不意にカゲツさんが漏らした一言。始まったって……俺には何も見えも聞こえもしなかったけど……。

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

「クソ野郎がタイキと接触したらしい。この感じ……能力(ちから)を使ってるのがわかるぜ」

 

 

 

 それは黒幕がタイキを襲撃していることを示していた。そうとわかると、俺は居ても立っても居られなくなる。

 

 

 

「場所は⁉︎ 助けに行かないと——」

 

「バカが。もう忘れたのか?あいつを助けに行くことそのものが、あいつ自身を傷つけるんだぞ?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃない!取り返しのつかない事になってからじゃ遅いだろ⁉︎」

 

 

 

 確かにあいつは俺のために残った。この黒幕の思うようにさせない為。俺の活躍を期待しているあいつは、必要ならなんだってやろうとする。してしまう。

 

 でも……俺はそんなこと望んでない。無理やりくっついてきたのもタイキだけど、ここ数ヶ月一緒にいた仲だ。辛い時もあった。一緒に乗り越えてきたって思ってる。

 

 痛めつけられることをあいつが良しとしても……傷つく仲間を見捨てることなんて俺にはできない。

 

 

 

「ちっぽけな俺なんかに期待して、その為に自分のことを後回しにしてまで尽くしてくれるあいつを見捨てる……?これが…… こんなのがプロだってのか……?そんなの、俺のなりたいものじゃない!それくらいカゲツさんだってわかるだろ⁉︎」

 

 

 

 合理性を取るなら、タイキの元に駆けつけるのは悪手だ。わかってる。あいつもがっかりするかもしれない。

 

 でも今行ってやらなかったら、俺が今まであいつにしてもらったことはなんだったんだよ。ちょっと抜けてるところはあるけど、いつも明るく振る舞って、俺の分まで笑っててくれるようなあいつを……大切にできないで、何がプロだ。何が夢だ。

 

 数少ない友達を捨てて目指すものが夢なら——俺はそんなものいらない!

 

 

 

「頼むよカゲツさん!あいつの居場所を——」

 

「甘ったれんなッ‼︎」

 

 

 

 俺の言葉をカゲツさんは否定する。おぼつかない足取りで俺を突き放し、勢いよく振りかぶった拳を俺の頬に突き立てる。

 

 

 

「ぐぁッ⁉︎」

 

 

 

 すごく痛かった。

 

 俺はそのまま尻餅をついて、殴られた頬を手で押さえる。カゲツさんはなんとか自分の足で立ち、俺を見下ろしている。

 

 

 

「助けたい?仲間を見捨てられない?そんな事になるくらいなら夢を諦めてやるってか?それをタイキの前で言えんのか?お前が負かした連中の前で言えんのか⁉︎ お前に期待して送り出したあの嬢ちゃんたちには⁉︎ ジジイや旦那には⁉︎ 親父やお袋——お前を信じて待ってる天才様に言えんのか⁉︎」

 

 

 

 それは『夢』を教え、育み、競ってくれた人たちのことを言っていた。俺はそれを聞いて何も言えなくなる。

 

 

 

「……フエンの嬢ちゃんの仕事を引き受けた時から思ってたぜ。お前には覚悟が足りねぇ。いざって時、どちらかしか選べねぇ時はいつも突然やってくるもんだ。それを決めるための判断基準も、選んだものを貫き通す意思すら薄弱なんだよ!俺を助けに来るって選択したのはお前なんだろ⁉︎ それにあいつが巻き込まれることも覚悟しとけよ!それが危なくなったら、今度は助けに行こう⁉︎ 見捨てるなんてできない⁉︎——危険を承知で来ておいて、虫のいいこと言ってんじゃねぇッ!!!」

 

 

 

 カゲツさんが言っている事……これは俺の甘さが招いた結果だとわかる。

 

 カゲツさんが捕まった時どうするべきか……最初に答えは出ていたのかもしれない。助けられる算段もないのに、タイキの想いに応えたいというだけで安請け合いをした報いだ。

 

 現実はそんな馬鹿に容赦なく報いを受けさせる。その報いは、俺が最も嫌がる形となった。

 

 

 

「……そう……ですよね……危ないのをわかって連れてきたのは……俺だ……」

 

 

 

 だから……これは俺のせいなんだ。

 

 あいつに期待された時、分不相応だってわかってたのに……その想いに応えたくてつい背伸びしてしまう俺のせいなんだ。

 

 情けなくても、現実を見てもらうべきだった。だから……俺は——

 

 

 

「……まぁ、元はと言えば俺がヘマしたせいだ。全部がお前のせいってわけじゃねぇ。それはあいつにも言えることだ」

 

「あいつって……タイキですか?」

 

 

 

 俺が自分の浅はかさに打ちひしがれていると、カゲツさんは自分とタイキについても触れていた。

 

 タイキの過去——あのダチラとかいう奴と一緒にいたと聞いたけど。

 

 

 

「——あいつにとってはお前より前の『アニキ』らしい。学校(スクール)時代の生きる指標だったそうだ」

 

「つまり……あいつにとっては尊敬の対象だった……?」

 

 

 

 その事は意外ではない。あいつの直向きさや素直さを考えれば、人の意見に耳を傾けることができるあいつが誰かを慕っていたっておかしくはない。だからこそ前から気になっていたこともある。

 

 あいつがもしついて行く人間を間違えることがあるとしたら——

 

 

 

「世の中にぁ人を騙して平気な奴がいる。己の利になるなら手段を選ばねぇ奴もな……だが俺の聞いた主観じゃ、今回はそれよりもタチが悪い」

 

「ダチラって……何者なんですか?」

 

 

 

 あいつが騙されていたとしたら、今はその事にも気付いているのだろうか?そもそもあのタイキを誑かして何がしたいんだ?あいつは素直で言うことを聞くから都合がいいのかも知れないが……。

 

 

 

「あいつが何者かは知らねえ。だがそれにホイホイついて行ったのはタイキ自身。そしてその因縁に巻き込まれたのが俺たちだ。その分はあいつが持つべき責任だろうよ……」

 

 

 

 カゲツさんはそう言うが、タイキに責任があるとは俺には思えなかった。

 

 それが4年も前の話なら、当時より子供だったタイキの行動に責任を持たせるのは難しい。世間を知らなかったあいつが……ただ無知だっただけで、今も苦しまなきゃいけない道理なんてないはずだ。

 

 

 

「……あいつはそのために傷つくんですか?それで取り返しのつかないことになっても……しょうがないんですか?」

 

「さぁな……」

 

「……ッ!」

 

 

 

 カゲツさんは曖昧な返事しかしない。それに思わず睨んでしまうのは……きっと俺もわからないからだ。

 

 こうしている間にも敵に襲われているタイキに何もしてやれない俺は悔しさでどうにかなりそうだった。こんな穴倉でどうすべきかと悠長に問答していること自体が間違っている——でもそれすら決められない俺は、カゲツさんに当たっているだけだ。

 

 

 

「——だがあいつはよくやってる。だから俺たちはここから出られる」

 

「……今、なんて?」

 

 

 

 タイキが戦っているから俺たちが脱出できる……?その関係、繋がりがわからない俺は間の抜けた声を出す。あいつの努力が無駄じゃないというなら嬉しいが、カゲツさんの言い方からして明確に何か期待できると感じる。でもその理由はわからない。

 

 でも……そういえばさっき……——

 

 

 

「そういえばさっき……敵が能力を使ってるとかなんとか——」

 

「まさかあんなのが向こうにいるなんてな……流石の俺様も思いつきもしなかったぜ」

 

「カゲツさんが……?」

 

 

 

 相当な経験(キャリア)を積んでいるこの人が考慮できなかった能力……?カゲツさんが博識というと違う気もするが、ことバトルに関してはトッププロ達にも引けを取らないと思われる。前線から退いた日数があるとはいえ、この人が驚くような何かがあるのか?

 

 

 

「……あいつの使うポケモン。普通なら手懐けることすら不可能なはず——だが実際に奴はそれを連れていた。自慢げにそいつを操っていた——お前とも戦いながら他のトレーナーの妨害……衆人環視の中でも平然とやりたい放題できた理由は……そのポケモンにあった」

 

「そんな……一体どんな奴なんですか⁉︎」

 

 

 

 あり得るのかそんなこと?ダチラが対戦で使っていたポケモンはどれも普通だった。どれも見たことはあったし、特に対戦していて変なこともなかった。

 

 でももしそれがブラフで、使っていないだけで隠し持っていたポケモンがいるとしたら——

 

 

 

「——こんな昔話知ってるか?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その昔——人々が暮らす街で、奇妙な噂があった。

 

 あらゆるものがある日忽然と姿を消す事件——それはポケモンが引き起こしているという噂だ。

 

 無くなるものに傾向はなく、大きなものから小さなもの、固いものから柔らかいもの、熱いものから冷たいもの……ありとあらゆるものが、どんな厳重な倉庫の中からも消えるのだ。

 

 そうして犯人を探しているうちに目撃されることとなったのは、“丸いリング”。

 

 その輪の向こうはどこかにつながっていて、そこから大きな腕が伸びてくるというのだ。

 

 人々は困惑した。そんな存在がいることに恐怖すらした。

 

 そうして時が経つ内、そいつは姿を現すようになった。

 

 リングの向こうからこちらを覗き、人々が怯えている様子を知ると、無邪気な笑みを浮かべてそこから姿を現したという。

 

 

 

 そいつの名は誰が付けたのか——フーパと呼ばれるようになった。

 

 それは古いお伽話……実在しないはずのポケモンの話だ。

 

 しかし……知るものは知っている。

 

 

 

 時にお伽話も、現実になる時がある——と。

 

 

 

「——ぐぅッ!」

 

 

 

 四方八方から瓦礫が飛んでくるのを、俺は頑張って躱す。何もないところからいきなり現れる石に戸惑いながら、それをギリギリではたき落としたりしていた。

 

 

 

「へぇやるねぇ〜。道着みたいなのを着てるからまさかとは思ったけど……僕のいない間に頑張ってたんだねぇ〜♪」

 

「うるさいッスよ!この——」

 

 

 

 軽口をたたくダチラに向かって、床に落ちていた石ころをひとつ投げる。しかしそれは軽々と躱されて——

 

 

 

——ヴンッ!

 

 

 

 石ころはダチラの後ろにあった輪っかを通り抜け消える。なんだ今の——

 

 

 

「ぐぁっ⁉︎」

 

 

 

 そう思った時、俺の頭に衝撃が走った。

 

 後頭部に当たったのは……また石だ。

 

 

 

「恩人に石を投げるなんて酷いなぁ。まぁ今お返ししたけど」

 

 

 

 痛みで目がチカチカする中、ふざけた感じで両手をひらひらさせるダチラと——奥に浮かぶ小さな奴に気付く。

 

 灰色の肌に赤い毛……金ピカの輪っかを握ったあれは——ポケモン?

 

 

 

「——こいつの名前は“フーパ”。学のない君でもこの名前くらいは知ってるだろ?」

 

「フーパって……まさか、幻のポケモン⁉︎」

 

 

 

 それは、この地方の子供ならみんな知ってるお伽話に出てくるポケモンの名前だった。

 

 なんでもどこからでも、自慢の輪っかを通して“オトリヨセ”ができるポケモンとして出てくるのだが、今見せている能力はそれに近いものだった。

 

 嘘だろ……だって幻のポケモンなんているわけ——

 

 

 

「幻のポケモンは()()()()()()()幻のポケモンだと呼ばれている——お伽話の世界に生み出された想像上の生き物だって思ってるのかい?アハハハ〜可愛い知見だねぇ。今まで生きてきたことや教えられた事が真実だって疑わないのは、あの頃と変わらないなぁ」

 

「ぐっ……!」

 

 

 

 俺は痛みから復帰した意識で、煽ってくるダチラを睨みつける。

 

 確かにそんなものいないって言ったって、現にこうしてあの輪っかを通したものが別の場所から飛んできてるんだ。あれが本物かどうかはわかんないけど、それだけで俺にとってはとんでもないし、危険なことに代わりはない。

 

 ポケモン1匹連れてきていない俺には対処のしようが——

 

 

 

「——ほーら。避けないと次はやばいかもよー?」

 

 

 

 嘲笑うダチラのそばで、フーパは悪い顔で笑いながら輪っかに割れたガラス片を流し込んでいく。

 

 それを見て寒気がした。それが自分に向けて飛ばされることがわかるから。

 

 

 

「クソッ——‼︎」

 

 

 

 俺はその場から離れる。その後すぐに俺のいた場所にガラスが落ちる音がした。危うくズタズタにされるところだった……。

 

 

 

「アハハハハ!必死だねぇかわいそうに」

 

「なんなんスか⁉︎ どうしてそんなポケモンをあんたが——」

 

「どうだっていいじゃないかそんなこと」

 

 

 

 次は俺の真下が光る。そこからいくつかの石が飛んできて——それをギリギリでのけぞって躱す。

 

 

 

「——今君が考えなきゃいけないのは、僕から逃げることじゃないのかい?それとも僕を倒すか?どっちにしろそれは大変なことだよ」

 

「くっ——!」

 

 

 

 俺の周りでいくつもの光が眩しいくらいに輝く。それを合図に、ダチラとフーパからの攻撃が始まる。

 

 

 

——ガガガガガガガガッ‼︎

 

 

 

 囲まれた俺に向けられた石やらガラス片やらがあちらこちらから飛んでくる。見てからじゃ間に合わないそれらの攻撃によって俺は——

 

 

 

「——⁉︎」

 

 

 

 俺は咄嗟に備え付けのテーブルを蹴り上げそれを盾にして正面からの攻撃を防ぐ。後ろや横からの攻撃は全部じゃないけど、はたいて落とし、頭や体の中心へのダメージを防いだ。

 

 その動きは全部で1秒にも満たないくらい、速攻で済ませる。

 

 

 

「さっきから……言いたい放題言ってくれるっスね……!」

 

 

 

 防戦一方の俺は、ダメージからくる痛みをこらえながら言う。血が滲む道着を見て怖くなるけど、勇気を振り絞って——

 

 

 

「そんなに言うならやってやる……あんたがどんな台本書いてるのか知らないっスけど、もうあの頃の俺じゃないんス」

 

 

 

 そうだ。今日は俺が戦うんだ。

 

 いつだって色んなものに挑んできたあの人に習って、今日は俺が頑張るんだ。

 

 これは俺にとってチャンス……昔やらかした俺が、前を向くための戦いだ。

 

 

 

 こいつに勝って——明日を笑うための!

 

 

 

「やってやるッス!あんたに勝って、アニキたちのところに帰る!——もうあんたの思い通りになんかさせないッス!!!」

 

 

 

 

 

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過去に決着(ケリ)をつけるため——タイキ、奮闘!

〜翡翠メモ 36〜

『いたずら者のフーパ』

ホウエン地方に昔から伝わっているお伽話。様々な絵本作家たちが題材にしてきたポピュラーな童話である。

リングを通してあらゆる場所に繋がる力を有したフーパが、街や村でいたずらをし、懲らしめられたり反省したりする物語が多く、子供たちからも人気があるシリーズ。しかし中には恐ろしい怪物に変身する話もあるとされるが、大抵は原作者を真似て作った二次創作である場合がほとんどだと言われている。



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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第129話 最低なシナリオ


5月はもっとたくさん書けたらいいなぁ。
最近Twitterのスペースしてるところにお邪魔するのにハマってます。ラジオ感覚で聴けるくらい話上手い人多くてすげぇってなってる。




 

 

 

「——ここが……アニキの部屋?」

 

 

 

 公園で出会ったその人は、俺を家に招待してくれた。

 

 小さなアパートの一室で、今思えばそんなに変わった場所じゃないし、散らかってはいたけど——その時の俺は興奮していた。

 

 自立して一人暮らしをしている大人のお兄さんの家——まるで秘密基地に入ったみたいなワクワクが止まらなかった。

 

 

 

「まぁ好きにくつろいでてよ。そこのソファは空いてるからさ」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

「アハハ。そんなに緊張することないだろ?今時の子の割には行儀いいなぁ」

 

 

 

 ダチラのアニキはそんなふうに言って、俺の緊張をほぐしてくれる。そして、お茶を飲みながら俺の話をたくさん聞いてくれた。

 

 家族から言われてきたこと、学校に馴染めないこと、ちょっとの事で落ち込んで学校に行きづらくなってきたこと。

 

 たくさん聞いてくれるダチラのアニキは、ずっと優しい顔で聞いてくれていた。

 

 

 

「——なるほどね。君は要するに誰かに認めてもらいたいってわけだ」

 

「そんなの……バカ……ですよね……恥ずかしいったらありゃしない」

 

 

 

 俺はそれを口にして変な汗が込み上げてくる。

 

 いつも心の底に沈んでいて、ずっと思ってたことだけど、言葉にして誰かに言ったことはなかった。それで改めて考えると、すごく幼稚な気持ちだって思ったんだ。

 

 だから笑われても仕方ないと思った。大人になれって言われるんだろうって——

 

 

 

「なんで?めっちゃいい気持ちだと思うよ?」

 

 

 

 その言葉をすぐには信じれなかった。

 

 だって……いいはずがない。

 

 自分を見て!なんて言ってもしょうがないじゃないか。

 

 

 

「だってみんな同じこと考えて生きてるんだ。誰でも誰かに認めてもらいたい。褒めてもらいたいって思って生きてる——僕がいいって言ったのは、その気持ちに今正直な君だ」

 

「正直……?」

 

 

 

 この人は言う。そうした正直な気持ち——いつか大人になるうちに、それかもっと早い段階で蓋をして知らんぷりする人のほうが多いんだと。それがずっと重りみたいに心の中に沈んでいて、スッキリ生きられないんだって。

 

 

 

「——僕はね。今その気持ちに気付いて、現状を妥協しない君が好きだよ。だから目指そうよ。褒められる人を。認められる人をさ」

 

 

 

 それはとても素敵だと言ってくれた。

 

 誰かに認めてもらいたい——そんな事でも精一杯頑張れば、輝いて見えるものだと言ってくれた。

 

 俺は嬉しくて……ずっと誰にも言えなかったことを、この気持ちを汲んでくれたこの人のことが好きになった。

 

 そしてもっと欲しかった。自分がどうしたらいいのか、これから何を頑張ればいいのか——そんなアドバイスが。

 

 

 

「んー。じゃあ手始めに、その堅苦しい喋り方はやめようか」

 

 

 

 そうして——俺はこの人についていくようになった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「フーパ……ってあの、お伽話の?」

 

 

 

 カゲツさんが語る敵の正体——それは俺たちが子供の頃からよく聞く魔人の名前だった。

 

 そんな筈は——と思ったが、カゲツさんはその存在が実在する可能性を示唆する。

 

 

 

「何も珍しいことじゃねぇ。現に口伝で語られる伝説や昔話の中には、実在するポケモンを題材に書かれる場合もある。どこぞの偉い博士が、全てのポケモンの遺伝子を持つポケモンなんて馬鹿げた存在の証明をしちまったこともあるくらいだ」

 

「その話は知ってます……確かカントー地方の……」

 

 

 

 俺が生まれるずっと前の話だそうだが、ある人物が書いた小説が、実は本人の自伝である事が判明し、そこに出てくるポケモンが実在することを突き止めたらしい。

 

 世の中にはそんな思いもよらないところから常識がひっくり返ることもあると——カゲツさんは言う。

 

 

 

「問題はそんなもんを……なんであんなクソが連れ歩いてんだって話だが——能力についてはある程度わかったことがある」

 

 

 

 カゲツさんはそう言うと、少し離れた壁のところまで歩いて行く。怪我で足元がおぼつかないようなので、慌てて俺も肩を貸す。

 

 壁にたどり着くと、そこには“赤い丸印”があった。なんだこれ?

 

 

 

「こいつはいわゆるマーキングだ。この印があるところから奴はフーパの技である“異次元ホール”を起動できる。能力が起動すりゃ、奴の持つリングとこの場所を繋ぐゲートが出現するって寸法だ」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

 

 

 話を聞いてるだけで頭が痛くなってくる。

 

 それはつまり夢の様な瞬間移動——ポケモンにも“テレポート”みたいな技があるが、時空そのものを捻じ曲げて繋げるようなものではない。明らかに生物が持つ能力を超えてる。

 

 

 

「でも……確かにこれならカゲツさんの不意をつけたのも、試合中誰にも気付かれずに攻撃できたのも説明がつく。“赤い丸”のマーキングなんて、例え怪しく思えてもそんな使い方をされるなんて思うわけがない」

 

「そりゃ上の連中が犯人捕まえられなくて当然だ。痕跡なんてサッと撫でりゃ消えちまうこんな落書きのみ。犯行現場を目撃したとしても、そこにそもそも犯人はいないわけだからな」

 

 

 

 こんなことをされたら誰にも捉えられない。そして今、そんなヤバい奴とタイキは戦っているらしいのだ。俺の不安はますます大きくなる。

 

 

 

「ともあれこれがポケモンの技なら、俺様の能力でなんとかなる。よかったなぁ俺が四天王で」

 

「な、何か策があるんですか⁉︎」

 

 

 

 満身創痍の割に自信たっぷりにそう言うカゲツさんだが、この人だってフーパの存在や能力についてはさっき知ったばかりのはず。

 

 それに対して何かできるとは思えない——というか四天王関係あんの?

 

 

 

「ちょいと待て。今()()()()

 

 

 

 そう言ってカゲツさんは赤丸に触れる。そして目を閉じてゆっくりと深呼吸をしながら——確実に何かをしているのがわかった。

 

 

 

(これは——固有独導能力(パーソナルスキル)?カゲツさんは何を……)

 

 

 

 この肌がひりつく感覚、そしてうっすらとカゲツさんの生命エネルギーが溢れているのが見て取れる俺だが、何をしているかまではさっぱりだった。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)とは本来、自分の信頼するポケモンがいなきゃ使えないもの。それをポケモンを持たないこの人が今使う理由って——

 

 

 

「……なるほどな。これなら一回きりならこっちから穴を開けて移動できる」

 

「なっ……そんなことできるんですか⁉︎」

 

 

 

 能力の解析か何かが終わったのか、カゲツさんはこともなげにそう言う。何が何だかわからないが、相手の能力を利用する術がこの人にはあるようだ。

 

 

 

「幻だろうが伝説だろうが……ポケモンならその能力の大元は“生命エネルギー”であることには違いねぇ。固有独導能力(パーソナルスキル)とはその生命エネルギーを捉える技術と言ってもいい。極めれば初見のポケモンに対しても能力を行使できる」

 

「え……えっと。つまりフーパのゲートを強制的に発動させちゃえるってことですか?」

 

 

 

 簡単に言っているがかなり無茶苦茶なことを言ってると今の俺ならわかる。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)を発動させるためには、ポケモンたちの気持ちが何に向いているのかを捉える必要がある。でも向きと言ったってそれは矢印がついていて明確にこの方向だとはっきりした指標があるわけじゃない。

 

 人間にも言えることだが、心は水の塊みたいなものだ。色んなことですぐ揺ぐし、ひとつのことに集中できる時間は少なく、同時に色んな感情が溢れることも多い。その不安定かつ繊細なものを捉えるには、相手も同じ様にこちらに気持ちを向けてくれなければ不可能だ。

 

 自分とポケモン。双方が互いを想いあったり、同じ目標を持つ時に初めて気持ちの向きがはっきりする。それをこの人は初見で——しかもここにいないポケモンとやれると言うのだ。それが本当なら、その感覚は神がかっている。

 

 

 

「驚くのも無理はねぇか。これやれる奴俺以外に見たことねぇし」

 

「さらっと自慢してくれますね……でもそれができるなら早く——」

 

 

 

 この場所から動ける——そう思った矢先、俺は言葉に詰まった。

 

 今ここで足止めされないから……その先俺はどう行動すべきなのかに迷う。当初の目的通りここから出てトーナメントへ行くべきなのか?こんな事が起きている間に……それがタイキの望んだことだから?

 

 俺は——それが正しいことだって本当に言えるのか?

 

 けど、じゃあ逆にタイキを助けに行くべきか?俺がそうしたいってだけで、あいつの頑張りをふいしていいのか?

 

 

 

「早く……なんだ?」

 

 

 

 カゲツさんが殴った頬が痛い。その痛みが警告している。

 

 やりたいようにやれる程、俺は強くない。全部をうまくやろうとしたら、きっと何も上手くいかない。元々そんな器量じゃない。

 

 選ばなきゃいけないんだ。今度こそ……俺は——

 

 

 

 タイキを助けに行くか否か。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——バキンッ‼︎

 

 

 

 タイキの顔の横を通り過ぎた礫が、奥の壁に当たって砕ける。

 

 彼はフーパの作り出す“異次元ホール”から飛ばされてくる投石を必死で避けていた。

 

 

 

「——こちらのマーキングには気付いたってわけか」

 

 

 

 多角的に攻撃されるタイキは、そのことに気付いていた。

 

 カーペットや置物の影に隠れて見えないものも多いが、戦闘が進むにつれて部屋が荒らされたお陰で、その存在に気付くことができた。

 

 そしてその場所が光るのだとわかると、持ち前の反射神経で見切っていく。

 

 

 

「でやぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 もちろん躱しきれないものもある。しかしタイキには武術の心得があった為、自身に向かってくるそれを拳で払いのけることもできた。

 

 躱しながら撃ち落とす様は、ダチラの予想を上回るスペックを示していた。

 

 

 

「多少やるようにはなったんだねぇ……でも解せないなぁ」

 

 

 

 ダチラにはひとつ疑問があった。

 

 赤い丸がマーキングであり、そこから攻撃することを見抜くことは別に不思議ではない。しかしいくら“異次元ホール”の出現場所を特定したとしても、それがいつどんなタイミングで現れるのかまではわからないはず。

 

 とりわけタイキという少年のことを知るダチラにとって、今こうして回避し続けられるのはしっくりこないものがあった。

 

 

 

「考え事ッスかぁ⁉︎」

 

 

 

 タイキはダチラの逡巡を逃さない。攻撃の手が緩んだ隙に彼との距離を詰め、一気に組みつきにかかる。

 

 ダチラはそれをバックステップで距離をとって躱しながら、タイキの進行方向に礫攻撃を仕掛ける。しかしそれも見抜いたタイキはその場で立ち止まって事なきを得た。

 

 

 

「随分大人じゃないか——考えなしに突っ込んでくると思ったのに」

 

「そっちこそらしくないっスね!俺には接近戦しかないのに、わざわざこんな狭いところで戦ってくれるなんて!」

 

「言うねぇ……!」

 

 

 

 タイキはダチラには油断があると見抜いていた。本来ダチラ側はその能力を使って一方的に攻撃を仕掛ける方法などいくらでもある。その事はタイキでも予想がつく。

 

 しかしダチラは姿を晒し、今も尚タイキと同じ部屋にいる。それは、タイキなどに遅れは取らないという自信から来るものだと考えられた。

 

 

 

「俺なんかには何もできない——そう言いたんッスよね⁉︎」

 

 

 

 タイキはさらに踏み込む。礫攻撃による四方からの攻撃を——普段の彼からは想像もつかない反応速度で躱していく。それにはダチラも目を見張った。

 

 

 

「舐めすぎじゃないッスか⁉︎ いつまでもあの頃の俺じゃない‼︎——全部があんたの思い通りになるわけがないッス‼︎」

 

 

 

 タイキは進む。次に飛んでくる礫の攻撃を——()()()()()()()()

 

 

 

「——ッ‼︎」

 

「捕まえたァァァ!!!」

 

 

 

 ガッ——タイキはダチラの服の胸ぐらを掴んだ。そのまま倒れ込むようにダチラを押さえつけ、馬乗りになる。

 

 

 

(やった……やったやったやったやった‼︎——アニキ!俺、犯人を捕まえたっスよ‼︎)

 

 

 

 内心で喜ぶタイキは思わず表情に出す。しかしすぐに気を引き締めて、ダチラからの抵抗の手段を絶つ為に叫ぶ。

 

 

 

「動かんでくださいよ!フーパに何かさせたら——その前歯折るッ‼︎」

 

「…………」

 

 

 

 彼は下段付きの構えでダチラに迫る。この状況なら何かされても先に自分が動けると確信しているタイキは、ただ油断しないように捉えた相手を睨みつけている。

 

 そのダチラはというと、真っ直ぐにタイキの目を見ていた。

 

 

 

「——僕の視線か」

 

 

 

 それはタイキがフーパの攻撃を見切っていた原理に気付いたダチラの言葉だった。

 

 

 

「僕の視線から次の“異次元ホール”の発生場所を予測していたのか……いやはや恐れ入ったよ。君にそんな器用な事ができるとは思わなかったからね」

 

「これに懲りたらもう人を甘く見ないことッスね……このまま大人しくしてるッス」

 

「……クククッ」

 

「何がおかしいんスか⁉︎」

 

 

 

 状況としてはタイキの勝ちだった。しかしこんな時にダチラは笑う。その余裕さが、タイキを不安にさせた。

 

 

 

「いやごめんごめん。一体誰に習ったんだろうって気になってさ……君、相当その人に入れ上げてるんだろ?」

 

「……何が言いたいんスか?」

 

 

 

 言ってる意味がわからない——タイキはかつての恩人が言う言葉が気になって仕方がなかった。それで問うとダチラはニヤリと笑う。

 

 

 

「いやなに。君の不器用さは知ってる身としては不思議だったんだよ。なーんでまたユウキくんみたいなのについてきたんだろう——てさ」

 

 

 

 それはタイキが憧れたものの考え方に似た生き方をするユウキに——という意味合いが含まれていた。タイキ自身、その光に当てられてダチラを尊敬し、裏切られたのに……それを改めて問われて、タイキは答える。

 

 

 

「あの人は……すごいだけじゃない。才能とか環境とか……それ以前にたくさん考えて努力してる人なんス……あんたとは違う!」

 

「だから鞍替えしたって?随分と安直だねぇ……そうやって誰かを尊敬してどうなったのか——君は忘れたわけじゃないだろう?」

 

「あれはあんたが——」

 

「違う」

 

 

 

 タイキが反論しようとするが、それをこれまでで一番強い否定をするダチラ。その時タイキの肩が震えた。

 

 

 

「……ダメダメぇ〜。だめだよタイキく〜ん。自分の罪から目を逸らしちゃいけないなぁ。あれは僕のせいかい?本当にそうだったのかな?——全部やったのは君じゃなかった?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

 タイキは言葉を濁す。

 

 かつて自分がしてしまったことを思い出して、彼の胸は痛んだ。それらの記憶は振り払おうとしても消えてはくれない。

 

 例えそれが敵の思惑だとしても……タイキは顔を顰めずにはいられない。

 

 

 

「よぉ〜〜〜く思い出すんだ。君が何をしてきたのか……僕を殴るのはそれがわかってからでも遅くはないだろう?」

 

 

 

 タイキはそう言われて、まるで誘われるように思い出す。

 

 4年前、ダチラと出会い、何を教わったのか。

 

 そのために何をして……何を得たのかを……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ダチラのアニキはすごかった。

 

 何がって言われると、バカな俺にはその全部はわからない。でも、少なくとも他の人には見えないものが、この人には見えていたと思う。

 

 

 

「——そこまで!タイキくんの勝ち!」

 

 

 

 学校(スクール)のポケモンバトルで勝てるようになったのは、あの人のアドバイスを聞いたからだった。

 

 あの人はすごい。ほんの少し自分のことを教えただけで、俺自身気づかなかった癖や気持ちを言い当ててしまった。それを治すためのやり方も教えてくれたし、それは学校の先生よりもわかりやすかった。

 

 それで授業の模擬戦で初めて勝てた時は心の底から喜んだのを覚えてる。感動し過ぎてコートを走り回り、先生に怒られたのは余計な思い出だけど。

 

 

 

「——でもねー。実際今君が知ってることは、いずれみんな気付くことなんだよ」

 

 

 

 それはいつものアニキの部屋——この頃にはこの人の部屋に入り浸っていたんだけど、急にそんなことを言うのだ。

 

 

 

「君が学ぶのが少し早かっただけ……いずれはみんなが覚えて、今の君よりも強くなっていくだろう」

 

「じ、じゃあもっと教えてくださいッス!難しいことでもアニキが教えてくれたら俺——」

 

「無理だよ。今の君にそれはできない」

 

 

 

 それははっきりと言われた。

 

 今の俺じゃこれ以上の事は覚えられない。その現実は受け止めろって言われた。

 

 

 

「みんな生まれながらに持ってるものが違うんだよ。みんなにできる事でも君だけができない——人はそれを“才能”って呼ぶんだ。当たり前の様に……その残酷な現実を口にする」

 

 

 

 それでも……それでも諦めたくなかった。

 

 だって一度はみんなと並べたんだ。頑張ったら良くなったんだ。

 

 俺は戻りたくなかった。

 

 また惨めな気持ちにさせられるのが怖かった。

 

 

 

「それでも——そんな才能を持つ者たちと戦う事はできる」

 

 

 

 だから——そんな言葉に飛びついた。

 

 

 

「やり方は簡単。戦う舞台を少し変えてやればいい——君が良ければ教えるけど……」

 

 

 

 俺はそれに一も二もなく飛びついた。

 

 その言葉の意味や方法なんてどうでも良かった。

 

 この時気付けていれば……いや、もう少し遅くに気付けててもきっとよかったんだ。

 

 

 

 ……それから俺は“戦い方”を変えた。

 

 

 

「——あれ?先生、俺の貸出ポケモンなんか違うんですけど」

 

 

 

 対戦相手の貸出ポケモンの届けを別のやつに差し替えて、俺の有利な対戦相手にした。

 

 

 

「おいお前!こないだ俺の貸出届け盗んだろ⁉︎」

 

「ハァ⁉︎ 知らねーよなんだよいきなり⁉︎」

 

 

 

 その罪を、提出物を運ぶ他の生徒になすりつけた。そいつは次の俺の対戦相手——当然そんなことがあったから、俺との模擬戦はぐだぐだになった。

 

 

 

「おいどうしたキノココ——うわぁ⁉︎」

 

 

 

 貸出ポケモンの情報はダチラのアニキから教えてもらえたので常にチェックしていた。それでそのポケモンが嫌いなきのみの匂いを対戦相手の服に付けて暴れさせたりもした。

 

 

 

 ……たくさんやった。バレる前に他の生徒になすりつけられる方法をたくさん準備した。

 

 あんまりやると怪しまれるから何度もするのは控えろって言われたけど、ダチラのアニキの言われた方法がハマって……バレるわけないって思えた。

 

 でも——当然そんなことはないわけで。

 

 

 

「ちょっとタイキくん……先生に何か隠してることない?」

 

 

 

 ある日職員室に呼び出された俺はそう聞かれて嘘をついた。何もしていないと。

 

 でもそれで済むはずがなかった。先生はもうきっとこの時わかってたんだ。あらかた俺に目星をつけていて……俺に正直に言って欲しかったんだと思う。

 

 どう考えてもおかしかった。俺の体験成績だけが異常に伸びて、他の生徒たちはみんな絶不調。例え決定的な証拠なんてなくても明らかに俺だけが得をしていたんだ。

 

 

 

 そのツケの支払いは……ひどいもんだった。

 

 

 

「ぐぁっ‼︎」

 

 

 

 クラスメイトから呼び出された俺は、人目のつかないところで複数人に囲まれた。どうやら俺のしたことを知ったらしい。

 

 そこには上級生もいて、みんなで俺を痛めつけた。本当の事を言え。お前がやったんだろ。成績を返せ——みんなが怒るのは最もだった。

 

 でも俺も後には引けなかった。もう才能がない事で苦しみたくない。負けたくない。誰にも見向きもされなくなる人生に逆戻りなんかしたくない。

 

 俺は謝らなかった。そして——

 

 俺は……!

 

 

 

「……これでよし。君を殴った連中の個人情報とリンチした現場写真……ちょっとおまけしてネットに流したよ。これで世間からの同情と買えたし、君を虐めた連中の将来はお先真っ暗——いやぁめでたしめでたし♪」

 

「…………は?」

 

 

 

 アニキに頼った。そしたら数日後にはこんなふうに言われた。

 

 その言葉の意味が……わからなかった。

 

 

 

「なんでそんな……だって俺——」

 

「え?だって助けて欲しかったんでしょ?暴力で解決しようとするなんて最低だよねー。君が犯人だって証拠もないのに」

 

「いや……だって……それは俺が悪い……」

 

「悪い事してた?君が?」

 

 

 

 俺は……俺のためにやれるだけのことをしてたつもりだった。その手段が汚くても、才能がないからそうするしかなくて。

 

 でもここまでの事をする気はなかった。いくらなんでもそいつらの将来を台無しにしたかったわけじゃ——

 

 

 

「何を今更。悪いに決まってるじゃないか♪」

 

 

 

 そう笑うダチラのアニキ。

 

 その顔は無邪気な子供みたいで……すごく怖かった。

 

 そしてその事実を突きつけられて、俺の心臓は止まってしまうんじゃないかってぐらい……凍った。

 

 

 

「何が善悪を分けるのか——なんて話もあるけどさ。彼らにとって君は悪そのものだよ。自分の為に他人を蹴落とす……なんて悪い奴だ!でもそれがどうした?それが君の選択だろ?」

 

 

 

 誰に何を言われても手段を変える気なんてらなかった。だってそうしないと俺は誰にも見向きもされない奴なんだ。

 

 だから……選んだわけじゃない。

 

 

 

「選んだんだ君は。自分中心の生き方を。人に認めてもらう為に、認められる人間を退かせてその席に座ったんだ。それが……君の望みだったんだろ?」

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 違う。

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う‼︎

 

 俺はそんなこと望んでない!俺はそんな事がしたかったんじゃない!

 

 俺は……こんな人間じゃない‼︎

 

 

 

「うっ……おぇぇ……‼︎」

 

「……まぁこんなものか。子供だしねー。心が保たないか」

 

 

 

 俺が自分のした事があまりにも酷いと気づいた時、そのあまりのことの大きさに眩暈がして、すごく気持ち悪くなって吐く。

 

 それを見つめるダチラの目は……まるで飽きたおもちゃを見る様な目だった。

 

 

 

「『自分の身の丈に合わない願いを叶えるに一生懸命に頑張る少年は、いつしかその願いに心を焼かれて……誰からも相手にされなくなる』——まぁそれが君という物語か」

 

「もの……がたり……?」

 

 

 

 アニキは俺に背を向けて歩いていく。

 

 もう俺の方には見向きもしない。

 

 

 

「——君という人間の物語さ。中々面白かったけど、B級脚本止まりかな。二度は見ようとは思わない駄作だよ。まぁ刺さる人には刺さるって感じで」

 

「なにを……言ってるん……すか?」

 

 

 

 耳に入ってくる言葉の意味がわからない。ダチラが何を言ってるのかさっぱりだった。

 

 

 

「人に認めてもらいたい——ありきたりで平凡で、大衆が共感しやすい夢だ。それだけに叶わないって結末はリアリティがある。実にありきたりだよ。僕が目指すシナリオには程遠い」

 

「叶わない……?うそだ……だってアニキは……俺の夢を……褒めてくれた……」

 

「だって君、肯定されてから初めて頑張ろって思うタイプだろ?それに合わせた耳障りのいい言葉を選んだんだから」

 

 

 

 目の前の男が言うことは……やっぱりわからないことばかりだった。でもこの時やっとわかったのは、この人は俺のことなんかどうでもよかったんだってこと。

 

 ただ遊ばれていた……あの時声をかけてきた時からずっと……。

 

 

 

「最後にひとつだけ……この物語の教訓を教えてあげるよ」

 

 

 

 去り際に彼が放った一言を……俺はずっと覚えている。

 

 それだけは俺が納得してしまったから。

 

 身をもってその現実を知ったから——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——夢とは、他人を喰らって生きる人間が口走る言い訳だよ」

 

 

 

 その言葉をダチラが言ったその瞬間——俺は衝撃と共に後方に吹き飛んだ。

 

 

 

「がっ——⁉︎」

 

 

 

 何が起きたのかわからない。腹に何かがぶち当たり、体中の酸素が吐き出してしまった俺はゲホゲホとむせかえる。

 

 

 

「アハハハ。ダメじゃないか戦闘中に他所ごと考えてちゃ〜♪」

 

 

 

 起き上がったダチラはバカにする様に笑いながら俺の方に歩み寄る。

 

 でもなんで……攻撃手段の赤い丸はなかったのに——

 

 

 

「“異次元ホール”が赤い丸のマーキングに出現する——読みは合ってるけど、その応用にまでは気が回らなかったか。丸なんて僕らの身の回りにはありふれているってのに」

 

「——‼︎」

 

 

 

 手品のネタバラシをするように、ダチラは片腕を上げて、こちらに脇腹を見せる様な姿勢をとる。

 

 そのトレーナーウェアは赤い線が一本——腕から脇腹にかけて通っていた。最初それが何なのかわからなかったけど……上げられた腕が腰に回されて初めて理解した。

 

 腕と脇腹の線が……“丸”を描いていたから。

 

 そう……こいつはその丸から攻撃してみせたんだ……!

 

 

 

「アハハハハ!接近戦しかない君に姿を現しているのはこういうことさ。僕を止めたかったらフーパと僕の両方を拘束しなきゃいけない。ポケモンを持たない君じゃ、いくら身体能力が高くても対処し切れるはずがないのさ。残念だったねぇ〜」

 

「ダチ……ラァ……ッ!」

 

 

 

 結局はこいつに弄ばれるだけ……俺は悔しさからダチラを見上げる。

 

 憧れた。教えられた。希望を見せられた……そしてその全部が裏切られた時のことを思い出して、唇を噛み切る。

 

 肺が痛い——殴られたのもあるけど、それ以上に苦しかった。

 

 この男の目と声が……とにかく大嫌いだったから。

 

 

 

「そんな恨めしそうに観るなよ鬱陶しい。君にもう興味はないんだっての……いまだに夢に取り憑かれてる君になんてさ」

 

「……ッ‼︎」

 

 

 

 誰かに認めてもらいたい——言われたことは本当だった。それだけに悔しさは一層増す。

 

 俺は……あんなことがあったのに、まだ願ってる。周りを羨ましがってる。本当はわかってるのに。幸せになる権利なんてもう俺にはないのに……。

 

 そう思うと、今度は体に力が入らなくなってきた。悔しさで殴り掛かろうとしていたのが、もうそれすらどうでもよくなって……。

 

 

 

「さて……あちらのシナリオ次第じゃ、こっちに向かってきてるかもだけど——これは?」

 

 

 

 ダチラはふと明後日の方を向いて独り言を喋る。

 

 その意味もわからないけど、俺にとっては……もう……。

 

 

 

「これはフーパの能力を——アハハハハ!そうかそうか!そうできるタイプの人間かッ‼︎」

 

 

 

 ダチラは急に爆笑しながら俺の首を掴む。

 

 痛みと苦しさで思わず掴まれた腕を掴み返すが——

 

 

 

「喜べ少年!たった今朗報が入った——どうやら君のお師匠がフーパの能力を利用してるらしい」

 

 

 

 それは……カゲツさん(ししょー)が……?でもどうやって——

 

 

 

「さすがに僕も驚いたが、どうやらその力を外に出るために使ってるようだ。まさかとは思ったが、上の様子如何によっては彼のトーナメント参加は間に合うかもなぁ……いやはや恐れ入った。四天王様々と言ったところか」

 

 

 

 なんでそんなことになってるのかわからないけど……そうか、アニキたち……無事にここから出られるのか……よかったッス。

 

 

 

「こうなったら君を助けに来ると思ったんだけどねぇ。意外と薄情な連中だなぁ〜。いや君としては本望か?役に立ててよかったねぇ〜」

 

 

 

 そうだ……俺は役に立てたんだ……理由はどうあれ、ダチラが俺に構ってくれてるおかげで……あはは。

 

 

 

「……夢も輝き過ぎれば恐ろしいね。こんなにも人を歪め壊すんだ。気付いてるかい?君、ずっと泣いてるんだよ?」

 

 

 

 泣いてる——そう言われて初めて気付く。

 

 俺は……泣いていた。

 

 あれ、なんでっスかね?

 

 やっと……役に立てたって思えたのに——

 

 

 

「可哀想に……でも大丈夫。彼らにはその選択をした苦しみを与えてあげる。君と夢を天秤にかけたその代償を——」

 

 

 

 そうか……アニキたちはきっと悲しむっスね……ししょーはどうか知らないけど……でも大丈夫……アニキは強いから……きっと悲しみを乗り越えられるッスから……——

 

 

 

「じゃあ——仕上げようかッ‼︎」

 

 

 

 俺を引き裂くために、ダチラは拾ったガラス片を握る。

 

 次に来る痛みを少しだけ想像して——俺はギュッと目を閉じた。

 

 

 

——ザクッ。

 

 

 

 血が飛び散る。俺は痛みで目を開けた。

 

 でもそれは——ガラス片を防ぐ俺の腕だった。

 

 

 

「……うん?」

 

 

 

 俺は攻撃してくるダチラの腕を払いのけて、掴んでいる腕に足を絡めて腕ひしぎの体勢に入る。

 

 そのどれもが反射で——俺の意思じゃない。

 

 

 

「おっと——」

 

 

 

 腕ひしぎされそうになったところをフーパの輪っかがダチラの後ろで巨大化した。

 

 その“異次元ホール”に飲まれたダチラは、少しはなれた場所へワープした。

 

 

 

「まだ抵抗するのかい?もう助けなんてこないってのに……」

 

「おれ……は……」

 

 

 

 わからない。

 

 どうして俺はまだ立ってるのか。

 

 

 

「今更何にしがみつくんだい⁉︎」

 

 

 

 “異次元ホール”がまた展開される。俺を囲う様にして。

 

 次々と石くれが飛んでくる中で、俺は混乱してた。

 

 役目は果たした。ユウキのアニキもトーナメントに出られる。あの人なら今度こそみんなに認めてもらえる——なんで?何のために攻撃を避けるんスか?何のために俺は——

 

 

 

「君に僕は倒せない!君を助けようとする者もいない!君の役割はもう終わってるのに——」

 

 

 

 そうだ。俺の役割はししょーを助けてアニキをトーナメントに行かせること。それだけのはずなのに——

 

 

 

——信じてるからなッ‼︎ 絶対無事に帰ってこいよ!!!

 

 

 

 別れ際——アニキが俺に言ってくれたことがよぎった。

 

 

 

「もう君の仕事は終わりだよ‼︎——出番の終わったキャストは大人しく引っ込め‼︎」

 

 

 

——タイキ。今は目の前の敵に集中しろ。

 

 

 

 ダチラの言葉を遮る様に、アニキの言葉が頭に流れ込んでくる。

 

 どれも俺に向けられたそれを——

 

 

 

「いい加減に——」

 

 

 

——ここを抜ける時は二人一緒。地上に出る時はカゲツさんと3人でだ。わかったな!

 

 

 

 アニキが……約束してくれたそれが、どうしてこんなに響くんスか……?

 

 ああそうか……俺が本当に欲しかったものは——

 

 

 

「——ズタボロになってろッ‼︎」

 

 

 

 敵の攻撃が目の前いっぱいに広がっていた。

 

 これは避けれない——でも、まだ俺は……約束を果たせてない。

 

 俺は——アニキと一緒に——!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ドガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 

 

 石の群れが当たる音が響く。

 

 俺は自分がそれに飲まれたと思ってまた目を閉じたけど……いつまでたってもその痛みがくることはない。

 

 代わりにあったかい何かに包まれてるような感じがして……いつも嗅ぎ慣れた相棒の匂いでわかった。

 

 

 

「あ…………あぁ…………」

 

 

 

 俺は——その姿を見て、息ができなかった。

 

 ゴーリキー(リッキー)に抱かれた俺が見たその人の背中がとても眩しくて……信じられないけど……——

 

 

 

「——なんて言った……」

 

 

 

 

 ユウキのアニキが……そこに居た。

 

 

 

 

 

「俺の友達に——なんて言った!!!」

 

 

 

 

 

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友達のために……ユウキ、激昂——‼︎

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第130話 覚醒


もうあのあれです。読んで!




 

 

 

「——どうするんだ?トーナメントに出るのか、それともあのハゲ助けに行くのか……」

 

 

 

 カゲツさんが俺に問う。

 

 フーパの能力に干渉し、“異次元ホール”を使用できるのは一度までとのこと。だからその行き先は、繋げる前に決めなければならない。

 

 当初の目的通り行くなら、やはりトーナメント出場に向けて今すぐ外に出るべきだろう。今戦っているタイキはその為に頑張っている。その努力を無駄にしない為にもそうすべきなのはわかる。

 

 でも……やはり俺は迷ってしまう。

 

 タイキを置いて……俺は本当に行くべきなのか……。

 

 

 

「……時間がねぇ。早く決めろ」

 

 

 

 時間は待ってくれない。この状況だって、相手に悟られれば妨害される可能性は高いのだ。悠長にしていたらその手立てすら無くなる。元より大会開始時刻だってもうあまり時間はないんだ。

 

 ここまで来て迷うなんて……本当に俺はバカだ。

 

 だから——俺は決断する。

 

 

 

「——繋げてください。地上へ」

 

 

 

 俺は選んだ。一度きりの“異次元ホール”を地上へと結ぶ事を。

 

 それを聞き届けたカゲツさんは少し何か言いたそうにして、それでも結局「わかった」と一言だけ言って能力を行使した。

 

 

 

——ヴンッ!

 

 

 

 壁に描かれた赤い丸に手をかざしたカゲツさん。その直後、発光した壁が外の景色を映し出していた。

 

 すごい……これがフーパの力……!

 

 

 

「ゼェ……ゼェ……‼︎」

 

「カゲツさん——⁉︎」

 

 

 

 ゲートが開通したのも束の間、カゲツさんはその場に座り込んでいた。この息切れ……さっきまでのダメージとは明らかに違うものだ。これは——

 

 

 

「気に……すんな……ちょっとぶり返しが……強かっただけ……だ……ッ!」

 

「ぶり返しって……生命の摩耗(エナジーフリック)って事ですか⁉︎」

 

 

 

 構うなと言うがこの消耗は尋常ではない。しかし考えてみればこれも当然のことだ。

 

 本来信頼関係の出来上がったポケモンと行うはずの固有独導能力(パーソナルスキル)。それを他人の全く関係のないポケモンとやろうとしているんだから、その摩擦係数は半端じゃないはず……。

 

 しかも今回それをやったのは幻とまで言われる正体不明のポケモンとだ。いくらカゲツさんでも代償もなしにこんな芸当できるはずがない。

 

 だから……“一回きり”だったんだ。

 

 

 

「だから気にすんな……さっさとずらかるぞ……!」

 

「…………」

 

 

 

 俺はその言葉に黙って従う。カゲツさんを担いでゲートの向こうまで行くと、そこはフエンの裏路地らしき場所だった。

 

 後はカゲツさんを病院へ運んで——もらうだけだ。

 

 

 

「——カゲボウズ(テルクロウ)ビブラーバ(アカカブ)。カゲツさんを頼んだ」

 

「……何?」

 

 

 

 俺は既に出しているテルクロウとボールに入ったもう1匹のアカカブを出して、その2匹に頼み事をする。

 

 カゲツさんを無事に安全な場所まで運んでもらうために。

 

 

 

「てめぇ……まさか——」

 

「あいつを助けに行く時に……今度またカゲツさんのことも気にしなきゃいけなくなるのはごめんですからね。とにかく今はご自分の体を大切にしてください」

 

 

 

 何かを察したカゲツさんが俺を力なく睨みつける。

 

 普段の俺ならきっとそのひと睨みでも動揺していただろう。でも今は不思議とそれはない。覚悟を……決めたからかな。

 

 

 

「どうする……つもりだ……?もう“異次元ホール”は使えん……あいつの居場所は……能力を辿った俺しか——」

 

「人の心配してる暇あったら休んでください。大丈夫……アテはあるから」

 

 

 

 アカカブの背にカゲツさんを乗せ、テルクロウが支える姿勢をとらせた俺はホールの向こうへ送り出す。

 

 俺とタイキのゴーリキー(リッキー)がそれを見送っていると、ホールは次第に形を歪めながら小さくなっていく。

 

 その向こうでカゲツさんが言う。

 

 

 

「——それがお前の選択ならいい……だが忘れんじゃねぇぞ……」

 

 

 

——必ず帰ってこい。でないとぶっ飛ばす。

 

 

 

 それがカゲツさんなりの精一杯の声援だと、その時はすぐにわかった。

 

 この人も……きっとタイキを心配してくれてたんだ。だからこの決断も許してくれたんだ……。本当、なんだかんだでこの人も——。

 

 

 

「はい。必ず2人で——」

 

 

 

 それを言い切る前にホールは閉じた。

 

 再び暗闇に閉じ込められた俺を、リッキーは心配そうな顔で俺をみている。

 

 きっと俺たち以上にタイキのことを心配しているこいつを、早くあいつのところに届けてやらないとな。

 

 

 

 ——にしても。思う。

 

 

 

「タイキ……今お前は大丈夫か?」

 

 

 

 あいつも抱えているものがあった。

 

 それをきっと……俺にだけは知られたくなったんだろう。だからもしこの事件の前にあいつがダチラを見ていたとしても……犯人に心当たりがあったとしても言えなかったんだ。

 

 それだけに思う。

 

 タイキを誑かしたこいつ……。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 

 

「……ミツルとアグロの試合を汚したのもこいつだっけ」

 

 

 

 それだけじゃない。

 

 

 

「カゲツさんを襲い。トーナメントで頑張ってるトレーナーのことまで利用して……人の知らないところでやりたい放題……」

 

 

 

 人が一生懸命やってるところを……このトーナメントをやる為に一体どんだけの人間が尽力したと思ってる。

 

 

 

 カゲツさんは言った——全部あいつの自己満足のためにやったことだと。

 

 それを知った俺は——

 

 

 

「ダチラ……お前は……お前だけは……ッ!」

 

 

 

 この胸に込み上げてくる激情を、俺は留める方法を知らない。

 

 いやそうしたくなかった。俺はこの気持ちをぶつける気しかなかった。

 

 この事件の犯人は……やり過ぎた。

 

 

 

「——今行くぞ……タイキ——ダチラッ!!!」

 

 

 

 そうして俺は——その心を解き放った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「俺の友達に……なんて言った!!!」

 

 

 

 タイキたちのいる部屋へとたどり着いたユウキは激昂する。その怒りを湛えた視線がヘラヘラと笑うダチラを射抜いていた。

 

 その姿を見ていたタイキは緊張が解けたのか、その場で気を失った。

 

 

 

「……随分早いお着きだねぇ。いや、ちょっと()()()じゃない?」

 

「そんなことどうだっていい……ケジメつけてもらうぞ……ダチラッ‼︎」

 

「おー怖っ。まぁいいか」

 

 

 

 ユウキの怒りに対してダチラは軽薄な視線を向ける。しかしその眼光は警戒に染まっていた。

 

 この男はタイキとは違う——その手の油断はしないと心に誓って。

 

 

 

「フーパ!ここからはデザートの時間だッ‼︎」

 

「リッキー、タイキ頼んだぞ——ジュプトル(わかば)‼︎」

 

 

 

 互いのポケモンが弾けたように動く。ユウキは腰のボールからわかばを出して応戦の構え。ダチラはフーパに“異次元ホール”展開の準備をさせる。

 

 赤い丸はこの部屋の至る所に仕掛けられており、ユウキの位置なら周囲360°どこからでも攻撃が可能だった。

 

 そして真っ先に攻撃するのは——

 

 

 

「なんてねッ‼︎」

 

 

 

 ダチラが狙ったのはトレーナーのユウキ——ではなくタイキとリッキーだった。

 

 “異次元ホール”から飛び出した礫が部屋の隅にいる2人を襲う。

 

 

 

——バキャッ‼︎

 

 

 

 しかしその凶弾は当たる事はなかった。その礫を、わかばが“リーフブレード”の一振りで粉微塵にしたから。

 

 

 

「ゲスな性格だって聞いてたけど想像通りだな……それがお前の戦い方か?」

 

「素直な性格だと思ったけど、存外読みは冴えてるねぇ……!」

 

 

 

 ユウキには読めていた。戦いが始まったらどこかで戦闘に関係ない2人を襲うだろうことは——それを見抜かれたダチラは、一層邪悪な笑みで返答する。

 

 

 

「アハハハハハ‼︎ これは楽しめそうだなぁ‼︎」

 

「次は笑えなくしてやる——わかばッ‼︎」

 

 

 

 ユウキの檄でわかばはダチラへと突進する。その加速は途轍もなく、あっという間にダチラの元へ辿り着いた。

 

 しかしそれをわかばが捕らえる直前、フーパの“異次元ホール”がダチラを飲み込んだ。

 

 

 

「危ない危ない——その速さは警戒に値するよ!」

 

 

 

 ダチラが次に出現したのはユウキの真上から。隠し持っていたナイフを構えた彼が降ってくる。それをユウキは咄嗟に前転して回避する。

 

 

 

「——“タネマシンガン”ッ‼︎」

 

 

 

 今度はダチラに向かってわかばが種弾を掃射。ダチラはそれを転がった机を蹴り上げて盾にした。

 

 わかばの“タネマシンガン”はそれすら容易く粉砕したが、そこには既にダチラの姿はない。

 

 代わりに奥の壁にホールが出現していて——

 

 

 

「お返しするよッ——‼︎」

 

 

 

 ホールを通過した“タネマシンガン”がわかばの背後に出現したホールから飛び出して彼を襲う。自身の弾丸を受けたわかばはややうめいた。

 

 

 

「無駄さ。君の攻撃は僕に届く事は——」

 

「じゃあ俺ならどうだ?」

 

 

 

 ホールから再び姿を現したダチラの着地先にユウキは回り込んでいた。この攻撃を予測し損ねたダチラはユウキが振り抜いた拳を手のひらで受け止める。

 

 

 

「僕の出待ちなんて——困ったファンだなぁッ‼︎」

 

「言ってろ——マッスグマ(チャマメ)ッ‼︎」

 

 

 

 押し合いになったユウキはもう片方の手で腰に手を回し、もう1匹の相棒マッスグマ(チャマメ)を出す。

 

 チャマメは出現と同時に疾走し、ダチラの背後の壁を蹴って三角跳びする。そのまま“頭突き”の姿勢をとる。

 

 

 

「——()()()()ッ‼︎」

 

 

 

 ダチラは咄嗟に自分の背後に出現させたホールから黒い体色に宝石のような眼球を持つヤミラミを出現させて応戦する。

 

 チャマメの攻撃をその身で受け止めたヤミラミは、チャマメは掴んで他所へと放り投げた。

 

 

 

——ロァッ‼︎

 

 

 

 その直後、今度はわかばがヤミラミに肉薄する。“リーフブレード”を翻して一太刀入れようとしたところ——

 

 

 

——ヴンッ‼︎

 

 

 

 再度“異次元ホール”が発動。それに飲まれたヤミラミが今度はユウキの背後に回り込む。

 

 

 

「——“シャドークロー”

 

 

 

 ユウキに振るわれた攻撃は、彼がその場を飛び退いて事なきを得た。

 

 そこでユウキはダチラたちと距離をとり、チャマメとわかばを両脇に置いて一息つく。

 

 数十秒の攻防の後の静寂……ヤミラミとフーパを侍らせているダチラが口を開いた。

 

 

 

「——ククク……アハハハハハ‼︎ 中々どうして……君、俺とやった時は正統派なトレーナーって感じだったのに。意外と野戦も手慣れてるねぇ」

 

「アテが外れたか?そりゃ残念だったな」

 

「いいや……僕ぁ嬉しいぜ?」

 

 

 

 ダチラは両手をあげて戯けながら話す。挑発か——ユウキは警戒しつつも問答に応じた。

 

 

 

「嬉しい……?こんだけ他人傷つけてか?」

 

「認識の相違だね。僕は誰かを傷つけてるわけじゃない……刻んでるのさ、その人生に。そこに痛みが生じるだけ」

 

「それがお前の言う……現実に書くシナリオってやつか?」

 

 

 

 その言葉を聞いてダチラは微笑む。

 

 

 

「聞いたんだね?カゲツさんならやっぱり聞いてくれてると思ったよ!」

 

「胸糞悪いってさ。俺も聞くに耐えなかったよ……お前の話は」

 

 

 

 ユウキはカゲツから聞いたことを思い出し額に皺を寄せる。

 

 カゲツが狸寝入りをしながら聞いた情報の中身は、ほとんどがダチラの語る価値観についてだった。

 

 タイキを利用した4年前の事件……あれが彼にとって何を意味していたのかということも含まれている。

 

 

 

「そりゃ残念。でもいいさ。僕の作品はわかる人にだけわかってくれればね……相互理解できないことなんて人の常。そこまで僕は図々しくないさ」

 

「内容がどうこうじゃねぇよ。人に迷惑かけるような仕方しかしない……そんな生き方しかできないのかお前は?」

 

「できないんじゃない。『したくない』のさ——僕はやりたいように生きている。君と同じ」

 

「ふざけんなッ‼︎」

 

 

 

 わかばとチャマメが同時に飛び出す。それに対しフーパはホールを展開。ヤミラミは入り口となるリングに飛び込んでチャマメの上に飛び乗った。

 

 チャマメは体を捻ってヤミラミを振り落とし、ヤミラミもまた両手の鉤爪でチャマメを引き裂こうと躍起になる。

 

 

 

「お前と同じだと⁉︎ 生きたいように生きてるって⁉︎」

 

「そうだろ?だって君も自分の目指したいもののために戦ってる。その為に他人を蹴落としている——プロトレーナーとはそういう世界だろ?」

 

 

 

 わかばの刃がフーパに迫る。しかしフーパの取り出したこの部屋の家具がその行手を遮った。

 

 

 

「手段や戦場が違うだけさ!君が負かしてきたトレーナーたちだって、君のことを恨んでいる奴もいるかもしれないだろ?僕がしてることも同じ——それが大勢に対してウケの悪い方法だってだけでなぜ僕だけが責められる?」

 

 

 

 ヤミラミが“シャドーボール”を作り、わかばに向けて飛ばす——それをチャマメが割って入って受け止めた。

 

 

 

「この現実という実にままならない世界の上で、思うままのシナリオを描くんだよ!人は筆!人生はインク‼︎——そして僕の芸術は、いつまでも痛みと共に人に刻み込まれる‼︎」

 

「その為に何人貶めてきたんだ!お前はぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ユウキは吠える。

 

 その思いを受け取ったわかばとチャマメも一層力強く敵に迫った。

 

 ダチラは嘲笑う。

 

 自分の自分による自分の為の戦いをただ楽しむように——フーパとヤミラミを使役する。

 

 両雄の戦いは——熾烈を極めて行った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺は……あの日の敗北を忘れなかった。

 

 

 

「あーーーまた負けたぁぁぁ!」

 

 

 

 何度やっても勝てない。

 

 それは幼馴染のソウタとゲームするたびに思うことだ。

 

 コツは掴みつつある。前より手応えはある。なのにいつもあと一歩届かない。

 

 完全な理詰めのゲームならそれもわかる。ことボードゲームの類は、どこまで先を読めるのかというもので決まってくる。シンプルだけど終わりがない、どこまでこだわってやれるのか——これに尽きるから。そういうもので勝てる気は本当にしないと、俺の幼馴染の賢さを見て諦めているところがあった。

 

 でもテレビゲーム——反射神経が求められるゲームでもこんなに負けるなんて納得できなかった。これこそソウタの得意分野とは対極の技量が求められるもの。それでも勝てないとなると、流石にへこみもする。

 

 

 

「自分のゲームでも勝てないとか……俺ってホントなんの才能もないよな」

 

「随分後ろ向きだなぁおい。今日は結構やばかったぞ?」

 

「お世辞はやめろよ……ソウタ(にい)はまだ余裕あるだろ?」

 

「俺が2つ歳上なんだぜ?むしろ負けてたら俺の方が立場ないっての!」

 

「ぶー……歳なんて関係ない」

 

「相変わらず負けず嫌いだよなぁお前♪」

 

 

 

 ソウタはずっと、俺に無いものを持っていた。見えてるものから色んなことを想像する力をもっていて、俺の知らないことを教えてくれる。その話がとても面白いんだけど、対戦ゲームではその差を感じてしまう。

 

 どうにかして追いつけないものか……そうすればきっと、もっとソウタも楽しいはずなのに——

 

 

 

「なぁ……兄ちゃんはどうしたら俺が強くなれると思う?」

 

 

 

 その時の俺はただシンプルに、教えを乞うことしかできなかった。そんなこと聞かれても困るだろうに、それでもソウタは答えてくれた。

 

 

 

「いい質問だねぇ。向上心があるのは感心感心♪」

 

「茶化さないでよ!俺……こんなんだから自分で考えるのが難しかったんだ。それでもちょっとずつ色んなゲームで兄ちゃんの相手できるようにはなってきてる。でもまだ何か足りない気がするんだ」

 

「……そっか。お前は優しいな」

 

「え……ってなにすんだ⁉︎」

 

 

 

 どうして優しいってなるんだ——そんな疑問が湧いてきたけど、ソウタは誤魔化すように俺の頭を撫でる。なんか知らないけど、ソウタは嬉しそうだった。

 

 そうして語ってくれたものは、今の俺の力になっている。

 

 その時の答えは、俺というトレーナーを形作る上で欠かせないものだったからだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

(——いいねぇ。その表情、その踏み出し、その感情!そのひとつひとつが魂の煌めき!人という生き物の代謝だ!さぁもっと揺らめかせろ!見せてくれ‼︎)

 

 

 

 ダチラは無邪気で残酷な眼差しをユウキに向ける。

 

 フーパの“異次元ホール”を使った瞬間移動を自身と懐刀のヤミラミに使い、ユウキの攻撃をのらりくらりと躱していく。

 

 対してユウキはこの立体的で複雑な戦いに追い縋る。チャマメとわかばそれぞれに固有独導能力(パーソナルスキル)越しの感覚共有で指示を下しながら事態を高速で処理していく。

 

 誰が、どれが、どの位置に、どういう速度で——ダチラやポケモンの視線や姿勢から次の一手を予想する。その戦い方はダチラにとっても驚異的だった。

 

 

 

(本当に楽しませてくれる!これまでフーパとの連携にこれほどついて来れた人間はいない——でもだからこそいい!その血と肉を削って得た才と努力を打ち負かされた時、君はどんな顔をするのか‼︎)

 

 

 

 狂気に塗れた思考でユウキを追い詰めていく。いくら先を読んでついてこれても、その技がダチラに届くことはなかった。

 

 何故なら——フーパの“異次元ホール”にダチラは絶対の信頼があったから。

 

 

 

(“異次元ホール”——マーキングの場所がわかったところでその攻撃はこちらからの一方通行!反撃を食らう心配のない!まさにノーリスクハイリターン‼︎ この目まぐるしい穴の開閉の中、君の反応速度では躱すことで精一杯だろう‼︎)

 

 

 

 ダチラは確信していた。ユウキにこの“異次元ホール”をどうこうする術はないだろうと。それができるのは四天王のカゲツのみ。それが今ここにいないということは、やはり最初の能力の干渉で繋がったのは地上のマーキングで、その通路を使って彼を脱出させたというのは簡単に想像がつく。

 

 だから今目の前のユウキが、いきなりフーパの能力に干渉することはない——その確信が。

 

 あとは彼の激情を揺さぶるだけだった。

 

 

 

「——にしても惨めだとは思わないかい!そこに転がってる少年のことをさ!」

 

「——!」

 

 

 

 ダチラの持ち出した話題にユウキは顔を険しくする。その反応を見て畳み掛ける。その心に負荷をかけるために。

 

 

 

「『人に認められたい』——自分で自分の存在価値も見極められない弱者は大変だって思うだろう⁉︎ 本当はそんなもの自分で決めればいいのに、他人から肯定されなければ息もできない人間が多くて敵わない!」

 

 

 

 その口撃と共に、フーパとヤミラミのコンビネーションでさらに多彩な攻撃を仕掛ける。上下左右前後——あらゆる角度からの猛攻は、チャマメとわかばの足すら止めさせた。

 

 

 

「滑稽だろう!道は自分で示し自分の足で歩いていかなければいけないのに、その決定権を他人に委ねるその愚かさ!他人に夢を委ねるのも他人の教えに縋るのも——全部が惨めで可哀想だ‼︎」

 

 

 

 ユウキへの攻撃も苛烈になっていく。礫やガラス片、ヤミラミの攻撃などが掠めて、生傷が増えていく。

 

 まるで言われたことがユウキの心を蝕む姿を表すように——

 

 

 

「でもそれが人間!それが在り方‼︎ 愛すべき業!!!——僕はその瞬間に煌めく汗と血で濡れた輝きをインクにしてシナリオを書く‼︎ だから——」

 

「黙れ——‼︎」

 

 

 

——電磁波【亜雷熊(アライグマ)‼︎

 

 

 

 チャマメの全身が発光する。一定時間動き続けたことで発生した生態電気を身に纏い、驚異的な敏捷性を獲得する切り札だ。

 

 

 

「何がシナリオだ!何が芸術だ‼︎——そうやって独りよがりの思想で何人傷ついた!そんだけわかってんなら、人がそれでどれほど苦しむのかもわかってるくせに‼︎ それをお前は——」

 

 

 

 チャマメはユウキの思いも乗せて疾走する。壁や天井を蹴り、より立体的な機動を描きながらユウキに降りかかる攻撃の雨を弾き切る。

 

 

 

「みんな自分の人生生きてんだッ!お前のシナリオに沿ってるんじゃない‼︎ 勝手に言ってろッ‼︎——みんな自分の中のもので戦ってるのに、人の人生に乗っかることしか頭にないお前が——みんなの邪魔をするなッ‼︎」

 

 

 

 チャマメは“頭突き【怒蜂(カンシャクバチ)】による連続攻撃でさらに加速。それに合わせてユウキとわかばがダチラ突っ込む。

 

 ここまでは概ねダチラのシナリオ通り——だった。

 

 

 

(——反応速度が……さらに上がってる……ッ⁉︎)

 

 

 

 ダチラはここで異変に気付く。今まで防戦に回っていたはずのユウキの反応がさらに速くなっていることに。

 

 チャマメの軌跡は確実に“異次元ホール”の出現位置をなぞっており、手当たり次第に動いているわけじゃないことがわかる。

 

 

 

(いくらマーキングでバレているとはいえ、全てをケアできるはずは——)

 

 

 

 マッスグマの性能が高いのかと勘繰るが、明らかにユウキに動揺がない。まるでさも当然のようにチャマメの防御を信じきっている。

 

 

 

——こういう反射が必要とされる時こそ、考える力が試されるんだ。

 

 

 

 ユウキは思い出す。幼い頃に教わった必勝法を——

 

 

 

——考えることは誰にでもできる。時間さえかければ誰だって難しい問題は解けるんだ。じゃあ何が差になるのか……それが答えを導き出す時間さ。

 

 

 

 ソウタは言った。考えることには時間が必要なのだと。

 

 

 

——その速さが速くなるほど、一瞬でできることは増えてくる。普段考えながらやらなきゃいけないことも反射に近い速度でできるようになる。お前だって賢いんだからさ。今あるものを何度も練習して、即決できるようになれよ。

 

 

 

 そんな彼が最後にいつも教えてくれた言葉があった……この言葉の意味を悟ったのは、ユウキにとってはつい最近だったが。

 

 

 

「お前は——」

 

 

 

 それはユウキに顕著な変化を与えた。

 

 ソウタの唱える思考時間の短縮と、今まで培った時間の中で得たものを総動員することで見えた境地。そこにカゲツに教わった反復による反応の最適化が加わり、ユウキの戦闘における判断力は爆発的に成長を遂げた。

 

 

 

——パキリッ……バキッ……ヂヂッ……!

 

 

 

 自覚していなかった殻が破れる音が聞こえた気がした。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)越しに見える景色が、戦闘に特化するように研ぎ澄まされていく。

 

 物は色を失い、輪郭と距離感だけがやけにはっきりとし——そこに能力の補正が更に加わる。

 

 

 

「お前だけは——」

 

 

 

 それは固有独導能力(パーソナルスキル)の進化。感添(かんてん)で得られる恩恵が、ユウキの感情の熱によって成長する。

 

 最適化されたユウキの脳が弾き出した戦場の急所とも呼べる場所——ユウキの視界が緑閃が迸る。

 

 

 

——ジジッ……パキンッ‼︎

 

 

 

 その光が形作るのは“的”。

 

 ユウキの脳内で機械的な音が響くと、イメージの標準が何もない空間に現れた。

 

 その場所はそう遠くない未来——ダチラが仕掛けてくる“異次元ホール”が展開される寸前の場所だった。

 

 

 

「——絶対に許さないッ!!!」

 

 

 

 その標準がカチリと“標準固定(ロックオン)”すると、チャマメがそこに向かって突っ込む。その瞬間“異次元ホール”が展開され、中から礫攻撃が飛び出し——【怒蜂(カンシャクバチ)】によって砕かれる。

 

 

 

——パキパキパキパキパキンッ‼︎

 

 

 

 ユウキの視界に映るイメージの“標準”は次々に虚空に狙いを定める。ロックオンされたその場所が次の敵の攻撃位置だと理解しているユウキはチャマメにその全てをはたき落とすよう指示した。

 

 それは数秒後現実となり、粉微塵になった攻撃手段を目撃したダチラを戦慄させる。

 

 

 

「——まさか……見えてるって言うのか‼︎」

 

「ダチラァァァァァァアアアアア!!!」

 

 

 

 “異次元ホール”をほぼフル出力で攻撃に当てているにも関わらず、ユウキとそのポケモンはその全てを一瞬で見切り対応していく。

 

 そして——その攻撃手段のひとつであるヤミラミの胴体に、チャマメの体が矢のように突き刺さった。

 

 

 

(あの視線、絶対にこっちの攻撃を予測してる……それもかなり高い確率で!——あり得るのか⁉︎ 固有独導能力(パーソナルスキル)といえどこんな未来視に近いことが——)

 

 

 

 ダチラは攻撃がことごとく通じないことに動揺した。彼の理解の範疇を超えたユウキの急成長は、冷静だった男の思考を鈍らせる。

 

 

 

(それにしたってあれについていくポケモンもポケモンだ!あのイカれた反応速度に体がついていくものか⁉︎)

 

 

 

 それはユウキとポケモンたちが血の滲むようなトレーニングをし、いくつもの戦いを経て得た絆による信頼が成せる業だった。それはユウキが必ず勝利への一手を見出すことを信じた彼らだからこそできた。

 

 人よりも長く与えられた思考時間の中で、日々積み立て蓄えた知識と経験という引き出しから最適解を取り出すユウキに絶対的な信頼を寄せていた。

 

 そんなユウキが、この能力(ちから)にこう名付けた——

 

 

 

——時を制して理論を通せ(クロックオンロジック)。お前ならきっと……その景色が見えるはずだ。

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)——感添(かんてん)

 

 

 

 時論の標準器(クロックオン)——!

 

 

 

「——“タネマシンガン”!」

 

——雁烈弾(ガンショット)!!!

 

 

 

 わかばが両腕を交差させて、手のひらを外側に向けながら【雁烈弾(ガンショット)】で周囲を薙ぎ払う。その全てが“異次元ホール”の芯を捉えており、ホール越しにいたフーパも種の弾丸に襲われた。

 

 思わぬ反撃を喰らったフーパは後方に吹き飛ぶ。

 

 

 

(そうか——ここへ辿り着いたのもその能力で——!)

 

 

 

 “時論の標準器(クロックオン)”はユウキがイメージした目的を遂行するための最適解を探し出す為の能力。

 

 これまでユウキが歩いてきた道をユウキは無意識化に記憶していた。それを呼び起こすことで、この部屋の場所を突き止め、最短距離で駆け抜けてきたことをダチラは朧げながらに気付く。

 

 しかし気付いた時には遅かった。

 

 ユウキはダチラの胸ぐらに手をかける。

 

 

 

「——歯ぁ食いしばれェッ‼︎」

 

 

 

 その腕に引き寄せられたダチラの頬に、ユウキは右の拳を突き立てる。

 

 鈍い音と共に衝撃がダチラを襲った。

 

 

 

「ぐハァッ‼︎」

 

 

 

 後方に吹き飛ぶダチラにユウキは容赦しない。さらに踏み込み追撃の一撃を加えようとする。

 

 

 

「——もう1発‼︎」

 

「なんてね——ッ!」

 

 

 

 ユウキが拳を固めて突き出すのに合わせて、ダチラは息を吹き返した。彼は殴られた時に口に滲ませた血を親指で拭き取り、それでもう片方の手のひらに丸を描く。

 

 それが“赤い丸”となったのを見て、ユウキもハッとした。

 

 

 

——“異次元ホール”‼︎

 

 

 

 ダチラの翳した手のひらから“異次元ホール”が展開——ユウキの突き出した右腕が飲み込まれた。

 

 

 

「——さぁてここでクイズです!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」

 

 

 

 穴の向こうではわかばの攻撃から立ち直ったフーパが、わかばやチャマメから充分距離をとった位置でユウキの腕を引っ張っていた。

 

 次の瞬間に起こる事に2匹は血の気が引く。

 

 だがダチラはそれを待たない。残忍な笑みでその非道を実行に移す——

 

 

 

「——答えは()()()ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは引っ張られている手を開く。

 

 そこには握り込めるほどの大きさの種があった。これは——

 

 

 

——“タネマシンガン【雁榴炸薬(ガングレネード)】”!!!

 

 

 

 それは小型の手榴弾——フーパは至近距離でその爆風を浴びて致命傷を受けた。ユウキはその勢いで穴から腕を引き抜き、爆発による裂傷を抱えながらも事なきを得た。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 ダチラの思惑は外れ、ユウキの読みが勝った。

 

 そしてフーパを無力化した今度は、ユウキの渾身の一撃を躱す術はない。

 

 

 

「もうお前の三流脚本はうんざりだ——だからッ‼︎」

 

 

 

 硬く握られた鉄拳が、ダチラの頬を再び捉える。

 

 今度はより強く——より深く‼︎

 

 

 

「もう笑うなぁぁぁアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

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目覚めた能力(ちから)、悪を討つ——!

〜翡翠メモ 37〜

固有独導能力(パーソナルスキル) 感添(かんてん)編』

ポケモンと生命エネルギーを共有したことで、その膨大なエネルギーに感化された状態を感添(かんてん)と言い、トレーナー側に作用する場合がある。

筋力、五感、反射神経、思考回転など、さまざまなものに作用するが、個人差によって発現する能力は違ってくる。

感添(かんてん)能力が発展していくにつれ、自身のイメージを能力に上乗せできるようになる。この状態は今まで能力の恩恵となっていた向上した能力に指向性を与える事でより偏った分野での活躍をさせる場合に訓練で習得する場合が多い。

感添(かんてん)能力に特化した者が発揮する能力は凄まじく、絆魂(はんごん)に匹敵する発現者もいると言われている。



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第131話 タイキという少年


一回この原稿、綺麗さっぱり吹き飛びました。
昨日一日で戻した私をどうか褒めて……ガクッ




 

 

 

 ——俺は……学校を辞めた。

 

 

 

「こいつ……ですか」

 

 

 

 事件の真相はカナズミの教育委員会ってのに伝わった。俺はそのことで色々聞かれたけど、実際はなんて答えたのかは覚えてない。

 

 覚えてるのは、信じられないって気持ちと、裏切ったあいつへの恨み。正直自分がやったことに対しての罪悪感はなかったと思う。

 

 結局事件の真相はわかっても、具体的な証拠は俺が捨ててしまったし、今更どうこう言っても被害者たちは拡散されてしまった情報から逃げるように学校を辞めてしまっていた。

 

 だから大人たちが選んだのは……これ以上波風を立てないこと。

 

 

 

「——よし。とりあえず歯ぁ食いしばれ」

 

 

 

 俺も自主退学という形をとってムロに帰ることになった。事情を知った母ちゃんは意外なほどに何も言わない。何も言ってくれなかった。

 

 その代わりというように、目の前には大柄な男が立っていた。それは母ちゃんが連れてきたムロのジムリーダー——そいつがそう言うと、でっかい握り拳が飛んできた。

 

 

 

——バキッ!!!

 

 

 

 自分の何倍もある力で思い切り振り抜かれた拳は痛かった。そのまま吹き飛ばされて、俺はムロの浜辺から海へと落ちる。

 

 水の中でようやく自分が殴られたってわかると、慌てて砂浜まで這い出た。

 

 

 

「おう。泳ぐ元気くらいはあるみてぇだな」

 

「ゲホッ!ゴホッ‼︎——な、なにすんだ……‼︎」

 

「何って……殴られる理由に心当たりがねぇのか?」

 

 

 

 そう言われると何も言い返せなかった。

 

 色々な思いが込み上げて、言いそうになるけどなんでかそうできなくて——その代わりにトウキさんが喋る。

 

 

 

「成績欲しさに盗むわ仕込むわなすりつけるわ。挙句に学校辞めさせるように追い込むわ……無茶苦茶だなぁお前」

 

「それは……ッ!」

 

 

 

 それは俺のせいじゃない——って言えなかった。ダチラがやったことだって言えなかった。言葉に詰まる理由がわからなくて、ただつっかえた気持ちにイライラする。

 

 なんだよ……なんなんだよ……ッ!

 

 

 

「とりあえずその件に関しては今の一発でチャラな。さっさと前向いて生きろ」

 

「…………は?」

 

 

 

 意味がわからなかった。

 

 今の一発でチャラ?確かにすごい痛かったけど……でもそんな訳ない。そんなので許されるわけない。

 

 そんなことあっていいはずないッ!

 

 

 

「あんなことになって……これで終わり?ふざけんな……ふざけんなッ!」

 

 

 

 俺はトウキさんにつかみかかる。鍛えた男は1ミリも体をぶらさなかった。まるで大岩みたいだ。

 

 

 

「あんなことした俺が……こんなんで許してもらえるはずない‼︎——みんな人生無茶苦茶になったんだ!そうなったのも全部……全部俺のせいだッ‼︎ 俺のせいでこんなことになった!みんなに認めて欲しかっただけなのに……バカなことしたせいで俺は……ッ!」

 

 

 

 気付くと俺は次から次へと言葉が出ていた。思ってることを片っ端から言っていた。それをトウキさんは……黙って聞いてくれた。

 

 それでやっとわかった。俺は……自分のことが嫌いだったんだって。

 

 こんなことになってまだ人のせいにしてしまう自分が……もっと酷い目に遭うべきだって思うのに、今殴られて終わりって言われてどこかホッとした自分が嫌いだ。自分勝手さに腹が立つ。それをこの人は……許すなんて言うんだ。

 

 

 

「知ってるわそんなもん。殴られてはい終わり——そんなことあってたまるか」

 

 

 

 そうはっきり言われて、俺の胸は痛くなる。そうだよ……でもだったら今のは?なんで許すなんて言うんだ?

 

 

 

「でもそりゃお前がずっとこの先抱えていくもんだ。罪悪感ってのはお前が自分に背負わせた重荷だ。誰かに乗っけられるもんじゃねぇ。だからもう他人から怒ってもらえると思うな。ひとりでやるんだ。それがこの件でお前が背負わなきゃいけない罰だ」

 

 

 

 トウキさんは言う。俺がこれから生きる道の辛さを。

 

 

 

「だからもう今更わかりきったこと言うな。自分が悪いって責めても何にもならねぇ。そりゃただ立ち止まってるだけで、償いにはならねぇんだよ。やらなきゃいけねぇのはそれでも生きることだ。自分がどんなに嫌いでも、そんな自分を認めて生きていくことから始めろ。いいか?殴られて海に落ちた時、それまでのお前は死んだと思え。これからはやっちまったことへのケジメをつけながら生きていけ。そしたら前よりはマシな生き方ができらぁ」

 

 

 

 それがどういうものかはわからなかった。でもわかったのは、この人は俺に……それでも生きろって言ってくれたこと。

 

 辛くて苦しくて、そのくせいいことは少ないかもしれないけど——それからも逃げたらきっともっと辛いから。だからこの人が叱ってくれたんだってわかる。

 

 自分じゃ自分を許せないから……この人は俺の代わりに許してくれた。

 

 

 

「——今度はやり方を間違えるなよ?ひでぇ奴だったことが嘘みてぇにすごい奴になれ。まずはその弱虫根性から叩き直してやるからよ!」

 

 

 

 そう言って、トウキさんは俺の面倒を見始めた。俺はそこでいろんな事をまた知った。みんなすげぇ努力してる……そのやり方も色々で、同じ奴なんて一人もいないことも。

 

 だから俺も俺なりに——トウキさんが教えてくれるのは結局ポケモントレーナーとして強くなるためだったけど……それを通してわかることもあった。

 

 みんな必死なんだ。生きることは大変で、俺みたいに悩んでる奴もたくさんいるって知った。

 

 だから人のせいにはもうしない。自分の道は自分で選ぶ——そう決めたはずだった。

 

 

 

「——なんだあいつ?」

 

 

 

 そうして長いことムロジムで世話になっていくうち、ひとり変なやつを砂浜で見かけるようになった。

 

 いつも死にそうな顔で何かのトレーニングをしているそいつは、噂じゃトウキさんが面倒を見てるトレーナーだという。

 

 ジム生でもない奴がなんで——そしたら今度はそいつが俺たちのトレーニングに混ざるようになった。

 

 トウキさんを倒してプロ入りをするというそいつは、ほんのちょっと前まで簡単な基礎トレで死にかけてるような奴だった。

 

 なんでかそれに腹がたった。みんな必死で頑張ってるのに、ちょっとトウキさんに気に入られたくらいでプロになれると勘違いしてる——そう思った。

 

 気に食わなかったのは……あとになってみれば、きっと才能への嫉妬だったと思う。

 

 そいつに最も簡単に負かされた俺は悔しくて……でも同時にすごいと思った。

 

 トレーナー歴は短いらしいし、実践経験もまだまだ足りないトレーナーがどうしてここまで強くなれたのか知りたかった。

 

 本当は怖かった。それが才能って壁で、俺が一生頑張っても超えられないものだって突きつけられるのが。

 

 

 

——やり方を間違えるなよ?

 

 

 

 その言葉が俺に少しだけ勇気をくれた。

 

 今の俺は努力するだけのバカだ。やり方もなにもあったもんじゃない。だから知るところから始めたいと思ったんだ。

 

 ……気付いたらその人のところまで走っていた。どんな事を思って、どんな事を頑張って、どんなことを悩んで——今に至るのか。

 

 

 

 俺はその日——初めてその人をアニキと呼んだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——……立てよッ!」

 

 

 

 俺はゆっくりと意識を取り戻す。体の痛みと誰かが叫ぶ声でだんだんと……周りの様子が見えてくる。

 

 フーパを押さえつけるジュプトル(わかば)。ヤミラミを睨みつけるチャマメ。そして——

 

 

 

「あに……き……?」

 

 

 

 それはユウキの……アニキの声だった。

 

 そのアニキが掴んでいるのはダチラの胸ぐら……そいつはもう何発か殴られていて、顔の形が痛々しく変わっていた。

 

 これは……アニキが……?

 

 

 

「ゲホッ!ガハッ……クククッ」

 

「まだ……嘲笑(わら)うかッ‼︎」

 

 

 

 アニキはダチラが笑うと握り拳を固める。怒りの籠ったパンチがダチラの顔にぶち当たると、その体は勢いよく床に叩きつけられた。

 

 

 

「……ククク……いやぁ参ったよ……まさかここまでの……ガフッ!……ゴホゴホッ……トレーナー……だったとは……ッ!」

 

 

 

 アニキは何か言ってるダチラの胸ぐらを掴み無理やり立たせる。ほとんど宙吊りになってるダチラは……まだ笑っていた。

 

 

 

「逆上させたのは……失敗だった……かな?」

 

「もう喋んな。お前の声を聞いてると……頭が痛くなるッ!」

 

「フハハ……そりゃ結構——」

 

 

 

 憎まれ口を叩くダチラにもう一撃加える。ダチラは糸の切れた人形みたいにまた床に投げ出された。

 

 アニキ……どうしたんスか……?

 

 

 

「黙れって言ってる。笑うなって言ってる……!」

 

「アハ……アハハ……グゥッ!」

 

 

 

 アニキはまだ笑うダチラに馬乗りになる。そしてまた拳を固める。ズタズタになってる右手が痛々しくて……俺は——

 

 

 

「俺の友達をバカにした、俺の恩人を傷つけた……お前は——一番やっちゃいけない事をしたッ‼︎」

 

「ハハ……じゃあ、どうするんだい?」

 

 

 

 アニキは拳を振りかぶる。

 

 

 

「——黙れ」

 

 

 

 それがダチラに向かって振り下ろされそうになって……俺は咄嗟にアニキに抱きついた。

 

 体が痛い——でもそれ以上に我慢できなかった。見てられなかった。

 

 

 

「——!」

 

「アニキもういいッ!——もういいッス‼︎」

 

 

 

 俺は必死にアニキを止めた。

 

 アニキはそれで……動きを止めた。

 

 

 

「俺……もう大丈夫ッス……もう終わったんス……だからもう……ッ!」

 

 

 

 俺は俺が何を言ってるのかもわからないまま、必死にアニキを止めていた。

 

 きっとこの人は俺のために戦ってくれた。俺のために怒ってくれた。自惚れかもしれないけど、きっとそうなんだ。そういう優しい人だ。

 

 だから、もうそんな風に人を殴って欲しくない。鬼みたいな形相で他人を傷つけて欲しくない。もうそんなズタボロな姿で……そんな思いで戦って欲しくない。

 

 アニキがアニキじゃなくなるみたいで……嫌だ。

 

 

 

「タイキ……?」 

 

 

 

 アニキは俺のことを呼ぶ。まるで何かに操られてたみたいだったのが、いつもの雰囲気に戻っていたのがわかる。

 

 

 

「いっぱい戦ってくれたんスよね……よかった……アニキが来てくれて……無事で……ッ!」

 

「…………」

 

 

 

 アニキは泣く俺に戸惑ってるのか、ボーッとしてるみたいで……でも次の瞬間——

 

 

 

——ヴンッ‼︎

 

 

 

 俺たちの近くに突然“異次元ホール”が出現した。それが攻撃だと気付いた時、アニキは俺を抱えて床を転がった。

 

 

 

「こいつまだ……ッ⁉︎」

 

 

 

 まさかダチラが……フーパがまだ動けるなんて——俺もアニキも驚いて寝ているはずの敵を見る。でも、そこにはもうダチラもフーパもいなかった。

 

 

 

「——油断したねぇ。いやぁ中々刺激的な時間をありがとう」

 

「ダチラッ‼︎——逃げる気かッ!」

 

 

 

 声がするけど本人はどこにもいない。わかばとチャマメもすぐにアニキのそばで構えるが……このままあいつは逃げる気らしい。

 

 

 

「楽しませてくれた礼に忠告しておくよ。守りたいものがあるなら敵には容赦しないことだ。爪の甘さはいつかこういう時に命取りになる——」

 

「ダチラァッ‼︎」

 

 

 

 アニキは叫ぶ。それでもダチラは姿を現さない。

 

 

 

「アハハハハハハハハハ‼︎ また会おう少年ッ‼︎ 今度はもっと素敵な舞台で——」

 

 

 

 それきりダチラの声は聞こえなくなった。あの笑い声もない。激戦で色んなものが壊れて散らばった破片を踏む俺たちの足音だけが辺りに響いていた。

 

 

 

「…………ク……ソ……ッ!」

 

 

 

 敵がもうそばにいないとわかると、今度はアニキがふらついた。それを俺は咄嗟に支えるけど、見るからに消耗しているのがわかる。

 

 

 

「アニキッ!」

 

「ぱーそなる……スキルの……反動か………最後はちょっと……無理した……かな……」

 

 

 

 そう言ったきり、アニキはうんともすんとも言わなくなった。

 

 俺は必死に呼びかける。アニキは応えない。その体が力尽きて——どうしたらいいのかわからなくなった。

 

 

 

「アニキ!しっかりしてくれッス——アニキッ‼︎」

 

 

 

 パニックになった俺はただ必死に彼の無事を祈りながら叫ぶことしかできなかった。

 

 遠くから誰かが俺たちを探す声が聞こえるまで、俺はずっとアニキに向かって叫び続けていた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——だいぶ……こっちも無理したねぇ」

 

 

 

 ダチラが“異次元ホール”を利用したワープで、なんとか地上に出たのは町のはずれの森の中だった。

 

 殴られたダメージでクラクラとしている頭で、立っているのがようやくといったダチラは、笑っていた。

 

 

 

「ククク……アハハハ……アハハハハハ!」

 

 

 

 ダチラは心の底から歓喜していた。込み上げてくる笑いを抑えられず、天を仰いでいる。

 

 

 

「そうだよ!これでこそ現実(リアル)ッ‼︎ 僕の思い通りになる現実なんて、所詮その程度の脚本さ!簡単に描けるシナリオなんてつまらない……ユウキ……そうユウキくん。君だよ!僕が探していたのは君みたいな輝きだ‼︎——この世界の“希望”!現実を破壊するほどの強烈な光ッ‼︎」

 

 

 

 望んでも生まれなければ見つけられない。そんな存在を見てダチラは満足そうに笑う。そこに邪気のようなものはなく、ただ宝物を見つけた子供のように無邪気にはしゃいでいる。

 

 ダチラにとって目的などどうでもいい。その過程にあるシナリオを楽しむ事以外、彼の頭の中にはなかった。

 

 自分で全て描けるシナリオなどたかが知れている。これ以上のものを作るには、自分の計算には当てはまらない存在は必要不可欠だった。

 

 その存在に出会えた事——ダチラにとっては、本来の目的以上の収穫となった。

 

 

 

「——さて……それでも()()を果たせなかった言い訳くらいは考えておかないとね」

 

「その必要はないんじゃないでしょうか?」

 

 

 

 ダチラが冷静を取り戻した時だった。自分がもたれかかる木の裏から声がする。それに反射的にその場を離れ、フーパの“異次元ホール”を展開しようする——

 

 

 

——厄脈感知(やくみゃくかんち)

 

——“辻斬り”!!!

 

 

 

 それは一瞬だった。

 

 宙に浮いた“異次元ホール”を作るためのリングが全て両断され、フーパそのものとダチラの体も切り裂く——何が起きたのか、ダチラ自身にもわからなかった。

 

 

 

「……き、きみ……は……ッ‼︎」

 

 

 

 黒い稲光のような残光が辺りに散りばめられ、その奥にいる赤い衣の少年を見たダチラはかろうじてそれだけ言えた。それ以上を言う前に、ダチラは意識を手放していたから。

 

 

 

「すみません。手荒な真似をしましたが……こちらも仕事ですので」

 

 

 

 マグマ団幹部警邏部隊長マサト——彼はそんな鋭い攻撃とは裏腹にやる気なくそう言う。すでに気を失っているダチラとフーパは、後ろに控えていた部下たちが手早く拘束していった。

 

 

 

「全く……フエンジムさんも困ったもんですね。こちらに相談なく色々やろうとするんだもん……」

 

「仕方あるまい。我々が関与するとなると、トーナメント進行は止めざるを得ないからな」

 

 

 

 部下たちが仕事をする中、その奥から低くもよく通る声がする。それを聞いたその場の全員が緊張を顔色に出し、ピンと背筋を伸ばした。マサトはその姿を見て、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

 

「ゲッ……リーダーマツブサ……!」

 

 

 

 赤い髪にメガネをかけたその初老の男性は厳格な雰囲気を醸し出す。そのマサトの反応にギロリと彼は睨みを効かせた。

 

 

 

「関心せんな。作戦行動中に気を抜いたような発言。さらには上官に対する敬意の欠落——責任ある立場だと理解しているかね?」

 

「いやいや滅相もございません!つい口が滑ったというか——アハハハ……」

 

「ふむ。まあいい」

 

 

 

 自身の上司であり、マグマ団を束ねるその男に取り繕うマサトだったが、話もそこそこに捕らえた人間の顔とポケモンを見比べて眉間に皺を寄せる。

 

 

 

「この者ら……随分と痛めつけられているようだが?」

 

「僕じゃないですよ?ここに現れた時からすでにボロボロでした。大方どこぞのトレーナーに酷い目に遭わされて、尻尾巻いて逃げてきたってところですかねぇ……」

 

(くだん)の少年トレーナーか……幻のポケモン相手に……」

 

 

 

 マツブサはその戦闘が苛烈極まっていたことを想像するように目を閉じる。彼が何を思い、何を決めるのか。マサト含めそれを知ることは叶わない。

 

 

 

「——ひとまずこの者、HLCに引き渡す前に一通り尋問する。手筈を整えたまへ」

 

「了解……!」

 

 

 

 その鶴の一声でマサトは気を引き締めて作業に取り掛かる。部下たちに指示を与えつつ、早々に撤収の準備をしていくのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ここはフエンの病院の一室。

 

 知らない天井を眺めつつ、「いやここ昨日も来たな」と間の抜けた感想を言いながら、俺は目が覚めた。

 

 どうやらダチラを取り逃した後、俺は倒れて……マグマ団とジム生の協力捜索チームによって保護されたらしい。

 

 目覚めた俺は色々説明を受けて、事態の把握はなんとなくできた。

 

 

 

 結論から言って、ダチラはマグマ団に捕まったらしい。これは治安維持と市民の誘導をしていた彼らが、ジム生たちのただならない動きに勘づき、事件の首謀者を取り押さえることになったという流れだったらしい。

 

 ジム生はアスナの扇動で俺をトーナメントに参加させる為に、俺の捜索と開始時刻を遅らせる行動をとっていたらしいが……無茶するよホント。というかすみませんマジで。

 

 カゲツさんは頭を殴られてはいるが、そっちの傷は大事には至っていないらしい。だが使用した固有独導能力(パーソナルスキル)の影響で未だ目を覚さないとのこと。俺の治療のためにまた駆り出されたカエデさんによって、今は集中治療を別室で受けている。

 

 タイキはそれよりも傷は浅く、適当に治療されてからはすぐにマグマ団から聴取を受けているようだ。俺としてはメンタル的な心配があったが、無事を祈るばかりだった。

 

 そんで俺は今、前述の通りベッドで横たわっている。カエデさんに極寒の塩対応くらって、今は落ち込んでいる。ズタボロにされた衣服は修理するからと病院側に回収され、今は病衣に袖を通していた。

 

 しかもよりによって、昨日見舞いに来たミツルの隣で——だ。

 

 

 

「——にしても……昨日見舞いに来てくれた人が今日は隣で寝てるなんて」

 

「やめてくれ……今自分の運命について真剣に考えてるから……」

 

「それ呪ってません?」

 

 

 

 それは怒られたことに対してというより、事件に巻き込まれて何度も倒れる羽目にさせられている状況というか流れというか……そういうものを決めている神様がいて、俺にそんな試練を与えているのだとしたらマジで許せん。ぶん殴ってやりたい。

 

 ——などと、ダチラじゃないけど……そんなありもしないことを思ってはまた落ち込んでいた。

 

 

 

「まぁいいじゃないですか。こうして無事でしたし。トーナメントも中止。なんなら悪党を炙り出して我々の手助けにもなってくれたんですから」

 

 

 

 そう言うのは、直前まで俺に聴取をとっていたマサトだった。最後にダチラを捕まえたのはこいつらしいけど……ちょっと気まずかったが、その辺は感謝しないとな。

 

 

 

「炙り出したわけじゃない……取り逃しそうになったところを捕まえてくれたのは……ありがとう」

 

「そんな気まずそうに言われてもね……まあいいですけど」

 

 

 

 俺とマサトはさっきからこんな感じだ。今度はもうすぐにバチバチに言い合ったりしないようにしているが、やはり納得できない点もあって、俺はちゃんと目を見て話せない。

 

 マサトはあまり気にしている様子はないが、俺の反応が面白くないのだろう。言葉の端々に皮肉がきかせてあった。

 

 

 

「あ、あの……お二人、何かありました?」

 

「「別に」」

 

 

 

 俺は強めに、マサトは笑いながら否定する。その険悪さに悲鳴をあげるミツルにはちょっとだけ同情する。

 

 

 

「——それより聞きましたよ。幻のポケモンフーパを相手どって勝つなんて……凄いじゃないですか。僕とやった時よりも強くなってるみたいですね」

 

「あれは純粋なバトルじゃなかった……自慢できるようなことでもないよ。それに——」

 

 

 

 俺はその時の戦いを思い出して、言葉を詰まらせる。

 

 

 

——絶対に許さないッ!!!

 

 

 

 そう叫んで、そう怒って……振るった拳とポケモンによる攻撃を指示した自分を思い出して……俺は顔を顰める。

 

 あの時……俺は——

 

 

 

「——失礼します」

 

 

 

 そうこう考え事をしていると、マグマ団のひとりがこちらに近づいてきた。マサトの部下だろうか。

 

 

 

()の聴取が終わったのでこちらにお連れしたのですが……お邪魔でしたか?」

 

「いやいや。ちょうどこっちも終わったよ。ありがとう……下がっていいよ」

 

 

 

 マサトは部下を労って下がらせる。その部下と入れ違いで目に入ったのは……タイキだった。

 

 

 

「タイキ……」

 

「……うっす」

 

 

 

 短く挨拶を返すタイキは辛そうに見えた。聴取で嫌なことを聞かれたのかとも思ったけど、それ以前の問題だとすぐにわかった。

 

 そりゃ……今俺に会いたくはないよな。

 

 

 

「……タイキ。ちょっと付き合ってくれるか?」

 

 

 

 俺はタイキを連れて部屋出ようと提案した。一応マサトにいいかどうか目配せするが、「ご自由に」とすんなり許可される。

 

 それでも言わなきゃいけないことがある。聞きたいこともたくさんある。だから……今日は思い切って踏み込んでみようと思う。

 

 そう言って俺は、ベッドから腰を浮かせた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺が話場所に選んだのは病院の屋上だった。少し日が傾き始めた頃、空は快晴。爽やかな秋風が頬を撫でている。絶好の洗濯日和なため、病室で使うシーツがこれでもかと干されていた。

 

 そこで俺は、屋上の手すりまで駆け寄って、眼下に広がるフエンタウンを見下ろす。

 

 

 

「ここからでもフエンって見渡せるのな」

 

 

 

 上から見るフエンは、まさに平和そのものだった。まさかさっきまであんなドロドロの死闘を地下で演じていたなんて思えないほど静かで、綺麗だった。

 

 でも、戦いがあったのは事実だ。

 

 

 

「……こんな平和そうなのに、薄皮一枚剥いた地下じゃバチバチにやりあってたなんて……ホント、どっかの小説みたいな話だ」

 

 

 

 あいつ……ダチラがそう仕向けたことを考えると、あの戦いは本当の意味で勝てたわけじゃない気がする。

 

 元々あいつは誰とも競っていなかった。勝利するために戦ってたわけじゃない。そして、結局そんなあいつの挑発に乗って戦った時点で、既にあいつの描くシナリオの上だと今更ながら気付かされる。

 

 例えあいつを倒し、捕えられたとしても……結局俺たちには深い傷が残るだけだった。

 

 

 

「——すみませんでした」

 

 

 

 俺がそんなことを考えていると、意外なことにタイキのほうから切り出してきた。

 

 それは謝罪——何についての謝罪なのか、それはすぐに本人から説明された。

 

 

 

「黙ってました。ダチラがアニキの対戦相手だったこと。俺があの人と何をきてきたのかも。全部……全部隠してて、申し訳なかったッス」

 

 

 

 タイキは自分の隠しごとを告白する。きっと俺がダチラから聞いたとわかっているんだ。その心中は……想像するにあまりある。

 

 

 

「俺が早く打ち明けてれば……こんなことにはなってなかった。俺があんなことしてなきゃ、アニキたちが巻き込まれることもなかった。俺が……俺が全部悪いんス……」

 

 

 

 辛そうに独白するタイキは、もう俺の目を見ていなかった。

 

 あるのは申し訳ないという気持ちと、過去の自分への後悔。自己嫌悪もあるのかもしれない。いずれにしても、今のタイキはもう前のような快活さを見せてはくれない。そうできないんだ。

 

 もしかしたらあの無尽蔵にも思える底抜けの元気さも……こいつがしていた精一杯の演技だったのかもしれない。そうだとしたら、やられたよ。まんまと騙された。

 

 

 

「だから……だから俺……もう……」

 

 

 

 事が自分の大切にしていた人間に及んだ事への責任。その責任からくる後悔と謝罪。そうして選ぶタイキの選択なんて……わかってた。

 

 だから——

 

 

 

「悪かった」

 

 

 

 俺はタイキが何かを言う前に頭を下げた。その事態に、流石に目を丸くしたタイキは、何が起きているのかわからないって顔をしていた。

 

 話を遮りたかったわけじゃない。この先どうするのかはこいつ自身が決める事。それを俺の気持ちで曲げることはしちゃいけないと思う。

 

 でも思うんだ。思ったことを聞いて欲しいんだ。少しだけ、それでも思い切り踏み込むけど……結論はそれを聞いてからにして欲しかった。

 

 

 

「——お前との約束。結局守れなかった。大会がなくなったとはいえ、俺はお前を信じて地上に逃げることはできなかった。お前の頑張りをふいにするような真似して……ごめん」

 

「……なんで……アニキが謝るん……スか?」

 

 

 

 そりゃ……お前からしたらわけわかんないと思う。これは俺の覚悟が足りなかった事に対する謝罪だ。地下でカゲツさんに殴られ、それでも仲間を助けに行くことを選んだ俺へのケジメ。決してタイキのために言ってるんじゃない。

 

 

 

「俺はさ……夢を追うってことにどこか酔ってたんだと思う。もう15にもなって今更だけど……それでもポケモンや出会う人、固有独導能力(パーソナルスキル)なんて才能にも恵まれて……それで歩いていく道は苦しくても楽しい——充実した人生になるんだって……そう思ってた」

 

 

 

 頭の中にあったモヤモヤを少しずつ解くように……俺は言葉を紡ぐ。

 

 

 

「でも現実は違った。夢は人に目標を与えるけど、同時に固執しなきゃ叶えられないものだって気付いた。いざという時、俺は誰かが苦しむのを他所に戦いの場へ行かなきゃいけないって覚悟が……足りてなかった。俺の甘さが……今回のことで露呈した」

 

 

 

 例えそれがタイキを助け、悪人を捕まえる要因になったとしても……なんの言い訳にもならない。だって俺の夢は……それだけ重い。

 

 

 

「夢は託されてるんだ。お前からも。ヒメコからも。俺が負かしたトレーナーからも……観てくれてる人、気にかけてくれてる人みんなからもさ——だから本当は、俺は覚悟を決めなきゃいけない。次こうなったら時に決断できるように」

 

 

 

 それを聞いたタイキは何も言わない。俺のことをどう思ってたのかはわからないけど、今の俺の意見には少なくとも理解があるんだと思う。こいつだってトレーナーとして本気でやってきたんだ。

 

 

 

「でも……それと同じくらい。お前のことが大切なんだって気付いた」

 

 

 

 それは夢と天秤にかけて。全てを理解した上での価値観だ。

 

 

 

「お前はすげぇよ。そんだけのものを抱えといて全然その素振り見せないんだから。俺が鈍いだけかもだけど、自分のことを許してあげられない一方で、俺や出会った人に尽くせるお前は——」

 

 

 

 思い出すのはこいつがずっと俺にしてくれたこと。

 

 旅が始まってすぐにポケモンの世話を買って出た。トーナメントでは誰も俺のことなんか知らない中で、精一杯声出して応援してくれた。俺が勝ったら俺より喜んで、負けたら俺より落ち込んでくれた。

 

 こいつの作ってくれた料理は本当に美味かった。カゲツさんだって残したことない。ツバサとすぐに友達になって、話を聞いてやれるお前はかっこよかったと思う。

 

 どんな状況でも俺の味方でいてくれた。俺が罵倒されたらそれが誰であっても本気で怒ってくれた。俺が無茶して倒れた時はお前が面倒見てくれた。

 

 そして——今日は尻込みする俺を引っ張ってくれた。暴走する俺を止めてくれた。

 

 

 

「——本当にお前には感謝しても仕切れない。してくれたことだけじゃない。どんな時も感情を隠さないお前に救われたのはきっと俺だけじゃないはずだ。俺もカゲツさんも……本当の気持ちを伝えるのが下手くそだからさ」

 

 

 

 俺は思いつく限りのタイキの魅力を口にしている。でも必死に思い出さなくてもすぐに出てくるんだ。そんだけお前は……ずっと俺に力をくれる存在だった。

 

 

 

「お前が俺の友達でいてくれるから……俺は俺を嫌いにならずに済むんだ。だから——」

 

 

 

 だから思う。今度はお前が——

 

 

 

「タイキには……自分を嫌いにならないで欲しい」

 

 

 

 自信を持って欲しい。いい奴になってるって。過去の過ちをちゃんと踏み台に成長してるって。

 

 言葉を紡ぐたびに、タイキの顔は痛々しく崩れていく。シワがよって、眉が歪んで、涙が——

 

 

 

「お前はすごい。他の誰でもない自分の人生をちゃんと生きてる。間違いを認めて変われてる——変わるのは本当に怖いことなのに!」

 

 

 

 それは俺がずっとできなかったこと。自分の旅を始められなかったこと。

 

 

 

——私のライバルになってよ♪

 

 

 

 今になって少しわかる。俺を振り回しまくったあいつが見ていたあの日の俺も……こんな風に見えていたんだと思う。

 

 自分の過ち、許せない気持ち、自信なんてなくていつも何かに怯えていた俺を——どうにかしてやりたいって思ってたんじゃないだろうか。

 

 ——今俺が思うように。

 

 

 

「俺は思うよ。お前が必要だって。その他大勢のひとりじゃない。お前は——」

 

 

 

——タイキって名前の友達だ。

 

 

 

「ぁぁ…………ぁあ…ぁあぁぁあぁ……ッ‼︎」

 

 

 

 タイキはタイキだ。他の何者でもない——それがこいつの求めた夢に対する俺の答えだ。

 

 

 

「あに……き……ッ!……おれ……おれぇぇぇえええ……!!!」

 

 

 

 タイキは泣き崩れてその場にうずくまる。それを俺は無意識に駆け寄って抱き抱えた。

 

 タイキの苦しみをどれほど救えたのかはわからない。ただの俺の言葉にどれほどの効き目があったのかはわからないけど——

 

 

 

 この涙はきっと……悲しさじゃない何かで溢れていたと思う。

 

 

 

 

 

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他の何者でもない君に送る言葉——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第132話 ユウキの報酬


長かった……そんなフエン編最後のお話。




 

 

 

 カゲツさんはカエデさんの治療と持ち前のしぶとさで日没前には意識を取り戻していた。タイキも泣いた後はスッキリしたのか元の元気さを取り戻しつつある。俺も急激な固有独導能力(パーソナルスキル)使用の反動と酷かった右手の傷以外は無事だったので、安静にさえしていれば日常生活で問題はない。

 

 そんな俺たちの問題となった事件が、翌朝に起きた。

 

 

 

「——君がミシロタウンのユウキくんだね?」

 

 

 

 俺とミツル、運ばれたカゲツさんが寝ていた病室に押しかけてきたのは謎の集団だった。

 

 そこにいたのは寝ていた俺たち3人に加えて、世話をしてくれていたタイキの4人。それに対して入ってきたのは小柄なアフロヘアーの中年と数名の黒服。そして連れてこられたのか奥で萎んでいるアスナがいる。あとなんでかマグマ団の幹部であるマサトと……このメガネの強面は……確かマグマ団リーダー?

 

 なになにどうしたおい?

 

 

 

「えっと……な、なんですか一体?」

 

「おいおい。病人に対してアポ無しでゾロゾロと来るなんて……常識ってもんがねぇのか?」

 

 

 

 俺がその一団でまだ素性が明らかになっていない人の問いに戸惑っていると、カゲツさんが口を出した。こっちもこっちでなんか喧嘩腰である。

 

 

 

「君に常識を問われるとはな——“重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)”のカゲツ殿?」

 

「……嫌味なとこもわかりやすく変わんねーなおたくらは」

 

 

 

 カゲツさんの素性を知ってる?確か一般向けにはトレーナー引退の旨しか伝わってないはず……カゲツさんの反応から見て、二人は知り合いなのか?

 

 

 

「カゲツさん……この人たち知ってるんですか?」

 

「いいや、こんなおっさん知らねー。でもこのタイミングで来る奴らなんて、すぐに思いつくだろ?胡散臭い匂いがぷんぷんすらぁ」

 

 

 

 このタイミング?匂い?——何のことか俺にはさっぱりだが、カゲツさんはこの人個人ではなく、その団体に関わりがあるって感じだった。

 

 いや待て……カゲツさんと関わりがある団体なんて——

 

 

 

「……申し遅れた。私は“ハリマツ”。HLC直轄の治安維持局——“セキュリティ”の局長を務めている」

 

「せ、“セキュリティ”……ってあの⁉︎」

 

 

 

 それに反応したのはミツルだった。でも緊張が走ったのは俺たちも同じだった。

 

 

 

治安維持局(セキュリティ)』——。

 

 その名の通りホウエン地方の治安管理及び取締を行うHLCお抱えの警察のような組織だ。俺も存在は知ってはいるが、実際にそこに所属する人間と接するのは初めてだった。

 

 

 

「局長さま自らおでましとは。わざわざこんな田舎くんだりまでご苦労なかった……相当暇してると見える」

 

「我々が暇ならばそれほど喜ばしいことはない。しかし悲しいかな、私も多忙を極めていてね……話は手短に済ませるとしよう」

 

 

 

 そう言ってハリマツさんは誰にでもなく口を開く。この場の全員に話す内容は、やはり昨日の一件に関するものだった。

 

 

 

「HLC管理下の厳正なプロトーナメントへの悪質な妨害工作……多くの人間を巻き込んだ今回の事件。未然に防ぐどころか犯人確保に至るまで手をこまねいていた事実は由々しきものだ——フエンジムの管理体制についての見直しは必須だろう」

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

 

 

 俺はそれを聞いて反射的に声を出していた。今言われたことはフエンジムの……アスナの失態だと言っているように聞こえたからだ。

 

 

 

「アスナは……フエンジムは犯人を見つけられなかったわけじゃない!このトーナメントでおかしなことが起こってることはちゃんとわかってた。その為の調査も入念にしてたし、他の人間に不安を与えない為に最新の注意を払ってくれてました!事を荒立てたのだって俺が勝手に動いたからで……そもそも相手はあの幻の——」

 

「口を慎みたまえ少年ッ!」

 

 

 

 治安維持局(セキュリティ)が下す評価次第では、アスナたちもどうなるかわからないと感じた俺の擁護の言葉を遮るように一喝される。

 

 

 

「……その名。無闇には口にしないことだ。“奴”の名が広まれば混乱を招く。ここは病院だ。誰が聞いているかわからんのだぞ」

 

 

 

 俺が叱られたのはそういうことらしい。“奴”——フーパの存在はお伽話の存在というのが一般解釈。何がきっかけでその存在が明るみになるかは慎重に扱うべきとのこと。

 

 でも俺が言いたいのはそういうことじゃない。そんな気持ちで顔を顰めていると、口を開いたのはアスナだった。

 

 

 

「いいんだユウキ。元々こっちの責任だもん。理由や敵の技量はどうあれ、あの手の輩の好きにさせちゃったのはジムリーダーであるあたしの責任だ。未熟ってことに甘えてきたツケ……ちゃんと払わないとね」

 

「そんな……」

 

 

 

 アスナは無理して笑うけど、そんなのあんまりだ。アスナはよくやっている。この町が好きで、なんだかんだ泣き言言いながらでも職務から逃げたりしなかった。そんなあいつが……甘えてたなんてことはないだろ。

 

 納得できずにいる俺をよそに、今度はマサトが口を開く。

 

 

 

「……とはいえそれはマグマ団(ウチ)も一緒。後手に回ってたせいで事態の把握もロクにできないまま犯人を取り押さえることになったわけですし。まぁ責任のありかなんて探せばいくらでも見つかるってもんです」

 

「——問題は、それほどの能力を有していたのが……本当に奴個人だったのかということだ」

 

 

 

 マサトとリーダーであるマツブサさんはその責任問題をとりあえず後回しにするべきだと主張する。それにはハリマツさんも同意するように頷いていた。

 

 

 

「マグマ団による尋問からは必要な情報をそこまで引き出せなかった。口は開くがどうにも要領を得ない話ばかりでロクなことはきけていない。捕獲したポケモンも調べようとしたが、暴れるどころかまるで電池が切れたのかというほど身動きひとつ取らずにいる——現状奴らと直接戦った君らに話を聞く方が早そうだと思っているのだが」

 

 

 

 マツブサさんの言葉で、勾留中のダチラの顔が目に浮かぶようだった。しかしフーパの力を使えば脱獄も可能なのではないかと心配もあった為、その点については今のところないとのこと。

 

 しかしなるほど。それで俺たちのところに来たってわけか。

 

 

 

「——私としては、重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)がたまたまその現場に居合わせていたというのも疑わしいがね」

 

「なっ……カゲツさんを疑うっていうんですか⁉︎」

 

 

 

 今回この人は完全な被害者だ。それを捕まえてハリマツさんはとんでもない事を言い始める。だけど治安維持局(セキュリティ)の長はそれだけにとどまらなかった。

 

 

 

「疑うというのならそこにいる少年もだ。調べはついている。4年前に引き起こした事件によって主犯の君とこの事件の犯人とは随分と濃い接点があるということはね」

 

「…………はい」

 

「タイキ!」

 

 

 

 何もそんなこと今言わなくても……やっと昨日その過去を乗り越えたばかりだっていうのに。俺はそんな風に言ってほしくなかった。

 

 

 

「タイキは……こいつはもうダチラとは無関係です!カゲツさんだって昔はやり方を間違えたかもしれないけど、今は俺や周りのために真面目に働いてくれたりもしてるんです!——局長だかなんだか知らないけど……この2人を疑うことだけはして欲しくない!今回の件に関しては完全な被害者なんです‼︎」

 

 

 

 必死の訴えだった。事実を確かめるために疑うことは必要なのかもしれない。それはわかる。でも今そうして傷付くのは古傷を抉られる2人なんだ。それをただ運悪く居合わせただけで問い詰められる謂れはないはず。

 

 その為に思った事をぶつけてしまった俺は冷静さを欠いていた。気付けば息を荒げて、目上の人間に食ってかかっていた。それを冷たい眼差しで見つめるハリマツさん。

 

 

 

「……ケッ。今更痛くも痒くもねぇー。みっともねぇからギャーギャー喚くんじゃねぇよ」

 

 

 

 カゲツさんが言う。まるで気にしていない様子で。それに続いてタイキも口を開いた。

 

 

 

「そっスよ。俺も言われて当然なことしてますから……でもありがとう。アニキ」

 

 

 

 もう昨日のような取り乱し方をしていないタイキは優しく笑っていた。過去を受け入れる姿勢を見せる2人は、俺に抑えるようにと告げたのである。

 

 あれ、なんか……俺だけ盛り上がってる?

 

 

 

「はぁ……話は手短にと思ったが、君も存外話を聞かないものだ。私たちはただ協力をしてほしいと申し出ているに過ぎないのだよ。事件の真相をはっきりさせる為のね」

 

「協力……?」

 

 

 

 ハリマツさんがため息混じりに言う意味がよくわからなかった。そんな戸惑いの中で話は進んでいく。

 

 

 

「現状事件の犯人からはロクな情報が出てこない。出てきても信憑性は薄いですし、だったら直接戦ったユウキさんからの情報の方がいくらか信頼できる——その辺はフエンジムの方々が保証してくださってたので、ユウキさんさえ良ければお話してあげてくれませんか?」

 

「ふ、フエンのみんなが……?」

 

 

 

 マサトが言うにはそういうことらしい。しかしなんでまたフエンジムから推奨されるのかはいまいちわからなかった。

 

 

 

「ジムのみんな。ユウキたちに本当に感謝してるんだよ。この町の一大イベントを手伝ってくれた3人はもうフエンの仲間だって喜んでたんだ……だから、あたしたちもできる限りの恩を返したい。そのためにユウキには“上”に行ってほしい」

 

「うえ……?」

 

 

 

 今度はアスナが頭を下げる。それはフエンで働いたこのひと月の頑張りを讃えてくれるものだった。でもそれは嬉しいけど……上ってなんだ?

 

 

 

「『ミシロタウンのユウキからの情報提供の代わりに、ユウキ本人のプロライセンス“B級”昇格受理して欲しい』——という話ですよ。無論ユウキさんがよければですが」

 

 

 

 アスナの代わりにマサトが答える。それは……はっきり言って意味不明だった。

 

 

 

「ハァッ⁉︎ な、なんでそうなるんだ⁉︎」

 

「いいじゃないですか〜。話は聞いてますよ。カイナでも決勝まで行ったのに突然の水難事故でノーゲームにされたんでしょ?今回もそんなイレギュラー中のイレギュラーに巻き込まれてるなんて……どんだけ運悪いんですか」

 

「グハッ——!」

 

 

 

 めちゃめちゃ気にしてることをマサトはズバリ言い当てる。いや……確かにひどいけどさ。

 

 打ちのめされていると、今度はマツブサさんが近寄って俺を見下ろす。

 

 

 

「我々としても助けられた側だ。先ほどは警備体制を厳しく指摘されたが、犯人を取り逃していれば責任はさらに重かっただろう。不安要素も今より多く、捜査の足がかりさえ掴めない可能性すらあった。面目を守れたわけではないが、完全に潰れなかったのは——君が彼をあそこまで弱らせ、追い詰めたからに他ならない」

 

 

 

 それはマグマ団からもプッシュされていることを指す言葉だった。マツブサさんは真っ直ぐに俺を見て、頭を下げて「ありがとう」と最後に付け加えるが……いやいや待て待て!

 

 

 

「——と。両責任者からここまで言われてしまったからには無碍にもできなくなってな。私としてはやはり懸念材料を抱える君にそのような特例措置をすべきか迷っているのだが……」

 

「えっと……情報提供はその……します。大丈夫です。でもB級昇格ってのはあまりにも……」

 

 

 

 HLCプロライセンスはA、B、Cの三段階評価に分かれており、当然今言った順番がそのまま序列になっている。高いクラスのライセンスを持つということは、それだけHLCからの優遇もされていき、受けられる仕事の質や賃金にも影響を与える。

 

 それだけに昇格基準は例え満たせていても、実際に昇格できるかどうかはかなり厳しく精査されるらしいのだ。それをただの情報提供だけで行うなんてのは……なんて思ってると、アスナが俺にずいっと近づく。

 

 

 

「ちょっとユウキ!あんた前もあたしからバッジ受け取ろうとしなかったりしたけどさ!これは当然の対価だよ!頑張った奴が受け取るべき報酬だ!——現実はそんなに甘くないけど頑張った奴が報われるのだって、当然だよ!」

 

「い、いやそうは言うけどさ……」

 

 

 

 俺としては頑張ったと言っていいのかわからない。だってダチラを追うことにしたのも戦うと決めたのも、全部俺自身のためだ。

 

 それを結果だけとって人の為にやったとは……口が裂けても言えない。

 

 

 

「チッ……相変わらずの遠慮の塊がっ」

 

「カゲツさん……でも俺——」

 

「——資格はある。私はそう思った」

 

 

 

 カゲツさんが悪態をつくのに口答えしようとした時、意外にもそんなことを言ったのは——ハリマツさんだった。

 

 

 

「HLC規定では『バッジ取得数2以上の者はB級昇格の申請が可能となる』——とされている。君は前提をクリアしているし、その実力は今回で証明されたと言っていい」

 

 

 

 ハリマツさんの言うのは、同情したからというわけではないと念を押すような——毅然としたルール説明だった。

 

 

 

「その実力、C級にとどめておくには余りある。2度しか参加していないグレートリーグの両方で決勝トーナメントまで勝ち上がる力を持ち、あの超常的な力を持つ悪党を撃退せしめている。これは地域の治安を守るのに貢献したと言っていい」

 

 

 

 それは確かプロ昇格の為の審査基準に含まれる“地域やHLCへの貢献度”って話だろうか?ハリマツさんがそう言うと、部下に何か指示をする。脇でずっと沈黙していた男性が、ノートパソコンの画面を起動して俺に見せてきた。

 

 

 

「加えてジム組織からの評判も無視できない。今回の件でアスナくんだけでなく、君の行動足跡から来歴のあるジムの責任者たちにも話を聞かせてもらった……皆がほぼ一様に、君のB級昇格を推す旨を伝えてきたよ」

 

 

 

 その液晶に映し出されていたのは、これまでに巡ったジムから送られてきたメッセージの一覧だった。

 

 親父にツツジさん。トウキさんにテッセンさんまで……いやちょっと待て。なんかデボン・コーポレーションとか書いてるぞ⁉︎

 

 

 

「まさかデボンの社長とも繋がりがあったとはな。カナズミジムが連絡を取ってくれたそうだ……くれぐれも良くしてやってくれとのことだ」

 

「アハハ。HLCでも影響力が高い大財閥にまで言われちゃ、断れませんねこれは」

 

 

 

 ツワブキ社長まで一枚噛んでたなんて……あの人からは既に報酬を受け取っていたのに。なんて事だ。

 

 しかしマサトが言うように、どうやら俺の昇格の話がここまで大ごとになってしまったようだ。これは逆に断るというのも難しくなってきた。

 

 というか……あれ、なんかちょっと泣きそうだ。

 

 

 

「……ユウキさん。受けてくださいよこの話」

 

 

 

 不意にミツルが俺に語りかける。それはとても優しげで、スッと入ってくる声色だった。

 

 

 

「——これがユウキさんの頑張りに対するご褒美とか、そういうものなのかはわかりませんけど……僕もライバルとして、ユウキさんが認められるのは嬉しい——だから。気兼ねしないで」

 

 

 

 それはトドメにしては過ぎた言葉だった。押し留めていた涙が少し溢れて……それを慌てて拭いながら、俺はどうにか答える。

 

 

 

「……ッ!し、知りませんからね!俺、期待されても次はどうなるかわかんないから——でも……ありがとう……ッ‼︎」

 

 

 

 どうにか言えたのはそんなところだ。

 

 全く……みんな甘いとしか言いようがない。本当に見合った待遇なのかわからないけど……そこには優しさばかり感じてしまう。

 

 でもきっと……これがカエデさんの言ったことなのかもしれない。

 

 

 

——受けられる施しはなるべく受けてあげてね。それも応援の形のひとつなんだから

 

 

 

 応援してくれている人がいる——それだけで俺は自分の挑戦に自信が持てる。不運や障害のせいにしてしまいたくなることもあるけど、それでも目指している今がとても愛おしく思えた。

 

 無謀な挑戦なんかじゃない。みんながそれを信じさせてくれる気がして……嬉しかった。

 

 

 

 俺はその気持ちを受け取るように、昇格申請をお願いすることにしたのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ガガッ

 

 

 

 ノイズがする。その音と共に、暗い部屋がホロキャスターの映像で照らされた。

 

 部屋には長机がコの字で設置されており、その上に通信用のホログラムが出現する機械が——計4機が起動していた。

 

 

 

「——《あれーお久しぶりー!いつ振りかなぁ集会なんて……あれ?ダチラくんは?》」

 

 

 

 そのうちのひとつから幼い女の子の声がする。この場に召集をかけられたことに対して理由を仕切りに聞いてきた。

 

 

 

「《なんでなんでうるせぇクソガキッ‼︎——ていうかダチラのクソは何してんだ?集会っつったらあいつの穴で集まることになってただろうが》」

 

「《えーセンカちゃんも人に聞いてるじゃん。なんでなんでー?なんでそんなこと聞くのー?》」

 

「《テメェのその生意気な面ぶん殴れねぇからだよクソロリがッ‼︎》」

 

 

 

 ホロキャスター越しにもうひとり——女性とは思えない暴言を吐く彼女が幼女に噛み付く。それを聞いていた他の機械からも声がした。

 

 

 

「《せ、センカさん……あんまりクソって女の子が言っちゃダメなんじゃ……》」

 

「《アッ⁉︎ なんだテメェ文句あんのか‼︎》」

 

《あ……いや、なんでも》——」

 

「《ブツブツ喋ってんじゃねぇぞゴミクソオタクが‼︎ お前にオレの喋り方に口出す理由があんのかぁー⁉︎》」

 

「《ヒィーーーごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィィ‼︎ 出過ぎた真似を……あぁやり直さなきゃ……やり直さなきゃ……》」

 

「《キモいんだよクソが‼︎ ブッコロスゾッ‼︎》」

 

 

 

 やたらと引け腰の少年に、暴力的な言葉を浴びせる少女。それに今度は低い声の男性が口を出す。

 

 

 

「《——弱い犬ほどよく吠えると言うが……余程自らを貶めたいと見える。謙虚な事だ》」

 

「《んだと……?》」

 

 

 

 男の言葉に、さっきのような激情を振り撒くのとは違った怒りを言葉に表す少女。その殺気はホログラム越しでもわかるほどひりつくものだ。

 

 

 

「《我らが呼ばれたということ……そして連絡役の不在ともなれば自ずと答えは見えよう……己が脳で物を語れぬ貴殿如きがしゃしゃるな。不愉快だ》」

 

「《テメェ……通話越しでよかったなぁ?そうでなきゃ一生子孫残せねぇ体になってたぜ?》」

 

「《直接会わずに済んでよかったと安堵すべきは貴殿であろう。それもわからぬ愚か者だったとは……私は少し貴殿を買い被っていたのようだ》」

 

「《——殺す》」

 

 

 

 言い合う2人の臨界が訪れる。だがそこに響いたのは乾いた音——唯一この部屋にその身を置く人間によるものだった。

 

 

 

「——元気いいねぇみんな、息災で何より♪」

 

 

 

 男は手を叩きながら通話にいる人間に語りかける。それで先ほどから感情を燃え上がらせていた少女含め、全員が静止した。

 

 それを見て満足そうに、まとめ役の男は続ける。

 

 

 

「全員がこの場に集まれたらどれほどよかっただろう……しかし悲しいかな、ボクたちの仲間はどうやら捕まってしまった——大切なボクらの仲間が……ね?」

 

 

 

 それを聞いても皆は一様に口を閉ざす。男は続ける。

 

 

 

「ダチラくんがこの度捕まったので——それで皆には改めて心に留めておいて欲しいと思ったんだ。我々が今どういうことをしてるのかってことをね」

 

 

 

 男は語る。自分たちの存在理由を。

 

 

 

「元よりボクらは似た物同士。それ故に自分のやりたい事をぜひ優先して欲しいとも思う。足並みを揃えるってのはボクらには似合わない——でも徒党を組んだのは、それでも揃える利点があったから。そのはずだろう?」

 

 

 

 男の言葉には誰も反応しない。ただそれでもわかるのは、その一点においては誰も異論はないということ。その輪は予め、自分たちが集められた時に同意したものだ。

 

 

 

「みんなの為に言うけれど、ボクらはまだこの世界に生まれられていない卵だと、どうか自覚してほしい。孵化の時を心待ちにしているのはみんなも一緒なはずだ」

 

 

 

 自分たちが集まり、目的をひとつに絞った。その事を思い出させるための召集だと——皆が理解している。

 

 その時はまだ……——

 

 

 

「みんな大切な仲間だ。お互いを理解できなくても、夢の為に一生懸命働く仲間——だからお互いのその夢は大切にしよう」

 

 

 

 男は言う。夢を語る。

 

 その内容は……まだ明かさぬままに——

 

 

 

「オトギ。センカ。シズラ。アリス——まだこの世界に産まれられないボクら“デイズ”……その宿願を、どうか覚えていてね——」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちが入院してひと月が経過した。今回は旅の同行者全員がボロボロになってしまったため、大事を取るようにとカエデさんからも忠告された為だ。

 

 ミツルは早々に退院すると、次の目的地に旅立った。次こそは必ず公式戦で——そう約束を交わし、俺たちは再び別の道を歩む。

 

 アスナは相変わらず年末シーズンの観光事業とジム職の掛け持ちで手一杯だった。毎日目まぐるしく働いてはげっそりとしている姿もたまに見かける。それでも……前よりどこか楽しそうに見えた。

 

 結局HLCからのお咎めはそう重いものではないと聞かされた。理由はわからないけど、やはり犯人確保の事実は助けになってると言われた。まぁそれならよかった。

 

 その一方で、幻のポケモン、フーパ——あれに関しては箝口令(かんこうれい)が敷かれ、その存在は隠すようにとお達しがあった。こちらは常識はずれの存在が起こす混乱を防ぐ為とのこと。これに関しては俺たちも同意するところなので素直に応じた。

 

 ダチラへの尋問については何も教えてもらえなかった。あまり情報は引き出せていないと言われているが、それ以上にもうこの件に関わるなという圧をハリマツさんやマツブサさんから受けたので、俺も詮索はやめにすることにした。だって怖ぇもんあの人たち。

 

 

 

 ——そうしてひと月が経った今。俺たちはとうとうこのフエンタウンを出ようとしていた。

 

 

 

「本当に色々ありがとね。ユウキ」

 

「いやいや……こっちこそ色々——昇格の件では世話になったよ」

 

 

 

 フエンタウンの町と道路の境で、アスナと数名のジム生……あと何故かアスナとお母さんである香楓園の女将さんまできていた。

 

 そんな中でアスナが深々と頭を下げるが、実際助けられる事も学ばされることも多かった。そんな風に言われても、感謝しなければいけないのはこっちの方だと思う。

 

 

 

「あんなので返せるほど軽い恩じゃない。あんた達がいたからあたし……今ジムリーダーやっててよかったって思えるんだ」

 

「そんな事……でもそう思えたんならよかった。大変だと思うけど、元気でな」

 

「…………うん」

 

 

 

 俺がそういうとアスナは少し涙ぐんでいた。ギョッとする俺だったが、その顔はちゃんと笑顔だったので安心した。

 

 次に口を開くまでは——

 

 

 

「まぁ……次に来る時は彼女でも連れて遊びに来てよ」

 

「ちょっと待て。一体誰が誰を連れてくるって?」

 

「え?ユウキ恋人いるんじゃないの?」

 

「だ、誰が恋人だ!あいつはそんなんじゃ——」

 

 

 

 俺はそこまで言って自分が墓穴を掘ってしまったことに気付く——が既に遅い。

 

 

 

「ふーーーん?恋人って聞いて真っ先に思いつく女の子ぐらいはいるんだ〜?」

 

「ち、違ッ——いきなりお前が変な事言うから!」

 

「アニキ……もういい加減諦めたらどうッスか?」

 

「意味わからん諭しやめろ!肩叩くなッ‼︎」

 

 

 

 俺がテンパっているのを周りの大人たちは笑って見守っている。何がおかしい。

 

 ——と。別れを惜しむ声とかそういう湿っぽいのがないやりとりで旅立てるのは少しありがたいなと内心では思っている俺だった。

 

 

 

「あーあ。アスナの旦那にと思ったけど、既に唾つけられてたのねー。残念」

 

「女将さんまでなんだよもう……」

 

「まぁそんなこと言わずに——これあげるから機嫌直して」

 

 

 

 そう言って女将さんが渡してきたのはひとつのモンスターボールだった。ん?え、何これ?——呆気に取られている俺にそれを手渡して女将さんが説明する。

 

 

 

「それ……ポケモンの“タマゴ”が入ってるの。よかったら貰って」

 

「な、なんでまた⁉︎——もうお礼なんていいのに!」

 

「お礼って訳じゃないの……それ、誰かがこのフエンで捨てていった子なのよ」

 

「え……?」

 

 

 

 その言葉に驚いた俺は言葉を詰まらせる。

 

 捨てた——そんな言葉に胸が苦しくなった。

 

 

 

「酷い人もいるわよねぇ……幸いタマゴの保護キットはちゃんと機能してるウチに発見できたから——多分まだ生きてると思うわ。いつ孵るのかはわかんないけど」

 

「でも……なんで俺に?」

 

 

 

 そんなものを俺に渡すよりはHLC管轄の保健所辺りに預ければいいだろうに。

 

 

 

「あなただからこの子を預けたいって思ったのよ……あなたマメだし優しいから。押し付けちゃうみたいで悪いけど、あなたならいい親になってくれると思うから」

 

 

 

 その信頼は——もうなんで?とは聞かない。俺がどう思おうともそれがこの人の見立てで、俺になら託していいって思えた理由なんだから。

 

 

 

「……わかりました。責任持ってお預かりしますよ」

 

「ありがとう。可愛がってあげてね」

 

 

 

 そう言って貰ったボールを縮小させて腰のボールホルダーに引っ掛ける。5匹目の手持ち——になるかはわからないけど、俺もこのタマゴがどんなポケモンなのかを少しだけ想像しながら……預かることにした。

 

 

 

「あーもうてめぇはまた安請け合いしやがって」

 

「いいじゃないッスか。旅は少しでも賑やかに行ける方が」

 

「ケッ!」

 

「……とりあえずこれでこの町でできることは終わり……今まで本当にありがとうございました」

 

 

 

 カゲツさんがぶつぶつ言ってた気もするけど、無視して俺は出迎えてくれた面々に頭を下げる。それに倣ってタイキも頭を下げ、カゲツさんは……流石に真似るようなことはなかったけど、片手だけあげて応じていた。

 

 

 

「いつでも遊びに来てくれよ!今度は観光楽しんでくれ!」「またねユウキくん!活躍楽しみにしてるから‼︎」「カゲツさん!ウチの観光大使になる件、落ち着いたら考えといてくれよー!」「タイキィィィ!せんべい食いに来いよー!」

 

 

 

 みんなが思い思いに俺たちを見送ってくれた。嬉しい言葉をたくさんくれた。

 

 そして……俺たちはフエンから遠のく方へ足を踏み出す。

 

 

 

「……色々あったな」

 

 

 

 本当に色々あった。

 

 色んな人がいる事を知った。

 

 色んな思いがあることを知った。

 

 色んな過去があることを……知った。

 

 その中には俺の思いとぶつかるものもあって、受け入れられないものだってあるんだって事も。俺はまだまだ知らない事ばかりなんだと思い知らされた。

 

 でも今は……不思議と怖さはない。

 

 

 

「——2人とも……これからもよろしくお願いします」

 

 

 

 俺は唐突にそんな事を言う。

 

 急に声をかけられた2人は一瞬キョトンとするが、それでも応えてくれた。

 

 

 

「ケッ……いつまで続くかしらねーぞ?」

 

「またカゲツさんはそんなこと言って——もちろんっスよ。アニキ!」

 

 

 

 そんな言葉を聞けただけで……俺は将来に不安を抱かなくて済んだ。きっと大変な事が待ってるだろう。それを乗り越える時、こんなにも心強い味方はいない。

 

 それはこの腰にぶら下げているポケモンたちも同じだ。

 

 

 

 秋が終わる。暖かいホウエンにくる束の間の冬がやってくる。その冷たさは少しだけ寂しさを感じさせるけど、今はそれすら大切にしたいと思う。

 

 この一時の間も、俺の旅の思い出にできる気がしたから。

 

 見るもの、聞くもの、感じるもの——できるだけのことを記憶にしまって……大事なものにしていけるはずだから……——

 

 

 

 

 

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過去も波乱も乗り越えて、少年が手にしたもの——フエンタウン編、完‼︎

 ——というわけで。皆さんお疲れ様でした。フエンタウン編、これにて完結でございます。いやー長い!長過ぎるぞいぬぬわん!

 とか言うとりますけど、実際最初からこのぐらいの長尺になることはある程度予想していました。マサトの件やマグマ団登場、タイキとダチラの過去などなど、ここで出すしかないやん!って話が多過ぎました。そういうプロット組んだのも私なんですけど。

 実際、フエンタウン編の執筆期間はなんと本年1月から5月まで。期間にして4ヶ月か……第一部の執筆期間超えてるって信じられん——え、これで二部終わらないの?嘘でしょ……?今作者が1番震えてます。部数の区切り間違えてませんかねぇ?

 まぁ間で本小説のクソデカ修正とか始めちゃったのも要因のひとつですね。あれはやらないと先を書けないほど気になってましたから……あれやってる時軽く辞めたくなってました。よくここまで書き切ったと褒めてください。え?自分で始めたことだろって?ダチラさん辺りに笑われてそうで嫌だなぁ……。

 とにかくそんだけ分厚い話で、文量もさることながら執筆が長引いたこともあり、その上でここまで読んでくださったみなさまへ深く感謝しております!最終回でもないのに多めの後書きをさせていただいたのはその感謝の旨をお伝えしたかっただけです。本当にありがとう!そして読了お疲れ様です‼︎

 次回——恋色ハジツゲタウン編でお会いしましょう!ほなまたッ‼︎



 


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第133話 職人とビードロと恋心と


このところ重かったので。たまにはこういうのもよかろうて。




 

 

 

 これはユウキたちがフエンを旅立った日より、数ヶ月遡った日の出来事。

 

 

 

「——あぁぁぁムカつくッ‼︎」

 

 

 

 雑誌編集部のデスクに持っていた書類の山を乱暴に叩きつけ、ドカッとキャスター付きのチェアに腰を落とす記者のマリは、怒りのままに毒を吐く。

 

 それは数分前まで話していた編集長に向けてのものだった。

 

 

 

「あんの銭ゲバジジイ!何が『ガキなんて調べてないで金になる記事書け』——よ‼︎ ユウキくんっていう金の卵見てあの反応はないッ‼︎ 目ん玉ついてんのかしら‼︎」

 

「ちょ——マリさん声が大きいって!」

 

 

 

 取材相棒であるダイが、マリの口を慌てて塞ごうと飛んできた。それにすら目くじらを立てたマリは、青年の鼻を摘んできつく抓る。

 

 

 

「何すんのよ!あんたもあのオッサンの肩持つって言うの〜〜〜⁉︎」

 

「あだだだだだだだ‼︎ そ、そう言う訳じゃないっすけど〜〜〜ッ‼︎」

 

 

 

 マリの八つ当たりの餌食になったダイは悲鳴を上げながらなんとか鼻つまみから解放される。その痛めた箇所をさすりながら、それでも彼は現実を語った。

 

 

 

「しょうがないですよ……新人プロトレーナーなんて年に何人も出張って来てますし、今はちょっとのことじゃ売り上げにも繋がらない——それを編集長(キャップ)の前で『彼を表紙に飾ろう』なんて言ったら、そりゃキレられますよ……」

 

 

 

 ダイの言う事も最もだった。現代は手軽に情報をネットで手に入れられる都合上、どうしたって金を払ってまで雑誌を手に取る人間は少なくなっている。買わせるにはそれに足る情報を載せなければならないのが実情だ。

 

 マリのユウキに対する期待は彼も知るところだが、それを大々的に誌面に飾ろうとする行為は仕事より私情が強く出ている。それを見抜かれているんだとダイは悟っていた。

 

 

 

「それが何よッ‼︎ まだ掘り起こしてない原石なんだから、知名度がないトレーナーを取り上げるのは当たり前じゃない!それがウチの攻めた記事じゃないの⁉︎」

 

「そ、それはわかりますけど……スワローが特例過ぎてみんなそっちに関心があるみたいですし」

 

「そのスワローのライバルって言ってんの‼︎ 話題性充分じゃないッ‼︎」

 

 

 

 いまだに腹の虫が治らないマリはダイに詰め寄る。それでどうにもこうにも困ってしまっていたら——彼女の頭上から分厚い辞書が縦向きで振ってきた。

 

 

 

「いったぁぁぁいッ‼︎」

 

「さっきからギャーギャーうるせぇぞみっももない……せっかく2時間くらい寝れると思ったのに、お前のせいで台無しだぞ?」

 

「せ、先輩……!」

 

 

 

 痛みで後ろを振り返ったマリ。そこには癖のある黒髪がもじゃもじゃの無精髭の男が立っていた。背は丸まり、目の下に濃いクマがあるその人こそ、マリの先輩に当たる人物だった。

 

 その男がマリに、今し方殴打に使った辞書を渡して言う。

 

 

 

辞書(それ)で“道理”って言葉でも調べてろ。今のお前、無理を通そうとして必死だぞ?」

 

「でも先輩……わたしは——」

 

「でももだってもない。人に八つ当たりする前に、記事にしたきゃどうしなきゃいけねぇのか思い出せ。プレゼン力だって大事な記者としてのスキルだろうが」

 

「うぅ……」

 

 

 

 先ほどまで大興奮だったマリも、この先輩には頭が上がらないようで、言われたことを次第に冷静に受け止め始める。それによりダイもホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

「……しかしまぁアレだな。今は空前の“新人ブーム”——紅燕娘(レッドスワロー)を始めとして、アマチュア時代から注目されていた“貴光子(ノーブル)”のプロ進出。他にも粒揃いのトレーナーはいるが……更に極め付けは——()()()だ」

 

 

 

 そう言って彼は羽織ってるグレーコートの胸ポケットから一枚の写真を取り出して2人に見せた。

 

 そこには黒い髪を後ろで結えた——眼光の鋭い少年が写っていた。

 

 

 

「——アクア団のウリュー。恐ろしい強さのギャラドスを使うトレーナーだ。そいつがここのところホウエン全域に出没してはトーナメントを荒らして回っている。その強さもさることながら、注目すべきはその試合スパンとギャラドス1匹に固執するような試合運びだ」

 

 

 

 そう言いながら、彼はウリューのここ最近のトーナメント戦績の乗ったデータ表を端末に映し出して見せる。そのデータはマリとダイの背筋を凍らせるものだった。

 

 

 

「なに……これ……この数ヶ月で既にトーナメント優勝3回⁉︎」

 

「しかも選出しているのはギャラドス1匹だけ……どんだけ強い——というかタフなんだよこいつら……!」

 

「異様な試合数。公式記録での敗北はアクア団の仕事関係でドタキャンした数回だけ。本人の気性の荒さとも相待って、スワローとは対極に位置するストイックさが今、巷で話題になっている……あの娘の対抗馬としてまず名前が挙がるのがこの男だろう」

 

 

 

 マリも流石にそれは認めざるを得なかった。この経歴を持つトレーナーにユウキが敵うかと言われれば、難しいと言わざるを得ない。ユウキも良いトレーナーだが、本物の化け物たちと比べると……それほど特別なものでもないと、冷静な記者の心がマリ自身に言い聞かせてくる。

 

 ユウキも確かに凄かった。しかしウリューと比べるとどうにも——

 

 

 

「……まぁ俺たちは記者である前に、ポケモンバトルのファンだ。誰に肩入れするのも自由。そいつにお熱なのも悪いことじゃない。だからヤケになるな。書いた記事突っぱねられるなんて今に始まったことじゃないだろ?俺たち記者はそんなヤワなメンタルしてていいのか?」

 

「……!いいえッ‼︎ わたし行ってきます‼︎」

 

 

 

 それは先輩からの激励——それをすぐに感じ取ったマリは弾けるように机の上の書類の中から必要なものだけを持って乱暴に鞄に詰め始める。

 

 

 

「ちょっとマリさん⁉︎ 行くってどこに——」

 

「ユウキくんの取材に決まってんじゃない!とりあえず来歴のあるジムやトーナメント——あと出身のミシロなんかも行ってみましょう!少しでも話題になりそうなもの見つけて、あの金の亡者を食いつかせてやるんだから!」

 

「ま、待ってくださいよマリさーーーん!」

 

 

 

 再びやる気を出したマリに置いていかれそうになるダイは、愛用のカメラが入ったバッグを担いで追いかける。

 

 それを見送った先輩は、しばらくしてからポツリと漏らした。

 

 

 

「——……チョロいねぇ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 パラパラと——白いそれは辺りに降り積もる。

 

 最初は雪かと思ったそれが、このホウエンで最も目立つ山——“えんとつ山”から吐き出された火山灰だと知った時は驚いた。ここへ行くことにした時、相談に乗ってくれたフエンの人から傘かカッパは必須だと言われていたのも頷ける。それほどの降灰量だった。

 

 

 

「もっと煙たいのかと思ってましたけど、案外普通の雪と変わんないんですね」

 

「俺様は口の中しゃりしゃりして好きじゃねぇけどな……」

 

「何言ってんスかぁ!こんなのみたことないッスよ!もっと景色楽しみましょーよ!」

 

「うぜぇ……」

 

 

 

 俺たちがそんな会話をしながら進むのは、えんとつ山の北側を走る『113番道路』。気候条件によって常に灰が降っているこの辺りは、目に映る景色全てに灰が積もっていた。

 

 本当にこんな中で生活を営む集落があるのかと疑問に思えるほどの量で、俺たちもその自然の力には圧倒されるばかりだった。

 

 それでもここには確かに町がある。正確には町というより村という方が正しいのかも知れないそこは——俺たちトレーナーにとっては聖地と言ってもいい場所だ。

 

 

 

「——見えてきたぞ。あれだ」

 

 

 

 カゲツさんが指さす。その先は灰で視界が悪くなっていてよくわからなかった。しかし目を凝らすと、だんだんとその姿を捉えられるようになってきた。

 

 

 

「『ハジツゲタウン』——ポケモンの“持ち物(ギア)”職人が集まる、達人たちの聖地だ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 バトルにおけるポケモンに持たせられる道具のことを持ち物(ギア)と呼ぶ。技術が進歩した現在、それらはデータストレージに変換して、持たせたいポケモンのボールにそのデータを送ると効果を発揮するようになる。

 

 持たせるだけで技の威力や耐久力が上がる持ち物はもちろん、木の実などはポケモンの任意のタイミングで取り出せるようになる。これによって対戦相手にもその持ち物を隠せる仕様だ。

 

 当然これほどバトルに特化したシステムだけに、その持ち物(ギア)の価格もそれなりにする。市販のものでもC級プロの収入でギリギリとなり、より専門的、高性能なものになるにつれて価格は右肩上がりに上昇する。ほとんどが木の実で代用している俺にとっては違う世界の話だった。

 

 それも今までの話——B級トレーナーに昇格した事とフエンでの蓄えのおかげで、ようやく手が出せるところまで漕ぎ着けていた。

 

 どうせ持ち物(ギア)を新調するなら、天然資源の調達もしやすいことで集まっている職人の町に行こう——ということでハジツゲタウンまでやって来ていた。

 

 

 

「——町はちょっと灰の降りが少ないんですね」

 

「そういう場所に構えてるからな。まぁ風向きと火山の気分次第だが——」

 

「ここはフエンよりも田舎ッスね!うわぁー藁葺き屋根とか初めて見たッス‼︎」

 

 

 

 町に入った俺たち3人は、のどかな風景を見回しながら街道を歩く。街道と言ってもコンクリートでの舗装すらされていない田んぼ道で、灰が町人の手によって退けられていて初めてわかる代物だった。

 

 ただそんな道でも人は意外なほど多い。年末シーズンでフエン辺りに観光に来ていた人間が、こちらにも来ているという話だ。その理由は主にハジツゲの工芸品にある。

 

 

 

「灰から作られる“ビードロ”……ですか。昔親父が送ってくれたことありましたけど、そんなに良いもんですかねこれ」

 

「お前が冷めたガキだったってのはよぉーくわかった。ほんと可愛げねぇのな」

 

「なんで今ディスられたんです……?」

 

 

 

 謂れのないことで責めるのはやめていただきたい。しかし俺の感性はいいとして、かなり人気らしい。

 

 色鮮やかなガラス工芸で、細い管状の吹き込み口から息を入れると瓶底がペコペコと軽い音がするそれは、その色によって願掛けがあると言う。

 

 青なら無病息災。黄なら金商売運。赤なら勝利祈願などなど……昔からどうもこういうのにいまいち信頼性を感じない俺からすると、何が良いのかさっぱりだが——それが友達が少ない理由かもしれないと、カゲツさんの言葉を聞いてちょっと傷ついた。ガラス細工のように脆い心である。

 

 

 

「せっかくだしなんか買っていくッスか?次のジム戦だかトーナメントだかの必勝祈願でも——」

 

「ダァホ。このくそ混んでる時に行くやつがあるか!そんな眉唾に頼る前に、やることやるぞ!」

 

「そうだぞタイキ。普段神も仏も信じてないような奴が都合のいい時だけお願いしようなんて虫が良すぎるだろ?そんな大人になるな」

 

「…………つまんない人たちッスね」

 

 

 

 とんでもなく冷ややかな目でこちらを見てるタイキ。なんだろ、これがジェネレーションギャップってやつかな……熱量に差を感じる。

 

 

 

「そりゃお二人は引きこもり期間が長いからそう言いますけど——こういうのは雰囲気なんです!現地に行って買ったものに願いを込める!これから頑張るぞーって気合い入るんスから!」

 

「ただのガラス瓶に願いが叶えられたら誰も苦労はしねー」

 

 

 

 ご無体である。流石の俺もそこまで言ってねぇよ。

 

 

 

「かぁぁぁこれだからカゲツさんは!いいッスか?ここのビードロは丹精込めて職人さんがひとつひとつ作った魂の逸品なんス!透明なガラス細工はまるで空っぽの心そのもの!それに願いを込めながら息を吹きかけることで初めて作品として完成するんスッ‼︎」

 

「や、やけに詳しいな……もしかして欲しいビードロでもあんのか?」

 

 

 

 今までに聞いたことないほど流暢に工芸品を熱弁するタイキを見て、不審に思った俺はそんな質問をする。途端に彼はかたまり、しばらくじっとして……何故か明後日の方を見始めた。

 

 

 

「い、いやぁ……?そ、そんなことないッスけどねぇ……」

 

「いやその顔絶対あるだろ……ってお前。さっきから何握り込んでんだ?」

 

 

 

 タイキが俺の追求を逃れるように前で構えていた腕を後ろに回す。しかし今度はそれを逃さぬよう、カゲツさんが忍の如き素早さであっという間にそれを奪い取った。

 

 

 

「んーとなになに〜?『あなたの恋を叶える桃色ビードロ』だぁ?」

 

「か、返してくれッスぅ〜〜〜!」

 

「あ。これ聞いたことありますよ。確か縁結びで有名な奴だって旅館に来てたお客さんが……ってタイキ。お前まさか——」

 

 

 

 そこまで考えが回った時、不意に人混みの中から聞いたことのある声がした。それを聞き逃さなかったのは多分偶然だろう。それは2人組の女の子の声だ。

 

 

 

「——ねぇねぇ!ヒメちゃんもこの桃色買おうよ〜♪」

 

「だぁもう!なんでウチがそんなもん買わなきゃいけないんだ⁉︎」

 

「いいのー?ユウキさんが他の娘に取られても?」

 

「ふざ——なんであいつの名前が出てくる‼︎」

 

 

 

 それは本当に偶然だった。その声にはタイキも気付いたようで、その顔がみるみる赤く染まるのがわかる。

 

 え……いや…………え?

 

 

 

「ツバサとヒメコ……⁉︎」

 

「え、ゆ、ユウキさん⁉︎」

 

「な、なんでお前ここに⁉︎」

 

「つ、ツバサ……‼︎」

 

 

 

 驚いた俺の声は2人に届く。

 

 ツバサも俺たちの存在に気付いて呆気に取られている。

 

 ヒメコはやや鼻息荒く俺たちに向かって指差していた。

 

 

 

 そしてタイキは……ツバサの名前を口にしながら、顔面が梅干しみたいに紅潮していた。

 

 

 

 

 

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その淡い感情を何と呼ぶのか——ハジツゲタウン編、開幕!

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第134話 初心


第二部も折り返し。というわけで恒例の脳内OP &ED

OP HATENA/PENGUIN RESEARCH
ED なみのり/酒井インゲン

インゲンさんはポケモン実況者さんでありながら音楽属性もあるのずるいですわ……





 

 

 

 俺たち3人とヒメコ&ツバサが鉢合わせた後、せっかくなのでとツバサの提案で昼食がてらにその辺の定食屋に入った。ハジツゲは田舎というだけあって食事処も少なく、観光シーズンで水増しされた客が雪崩れ込むそこは酷い混み具合だった。

 

 ようやく着席できたのだが、4人掛けのテーブルしか無いため、カゲツさんだけが離れたカウンター席に座らされた。少し可哀想と思いつつ、本人も「ガキに混ざって座るよりよっぽど気楽だぜ」などと言っていたので気にしないことにした。

 

 そして、俺とタイキは並んで座り、目の前にはヒメコ。斜向かいにはツバサが座る形となった。つまり——今タイキの目の前には、意中の人間がいることになる。

 

 

 

「すごい混み具合だね!ゆっくりお話しでもできるかもって思ってたけど、早く出てあげないと待ってるお客さん疲れちゃうかな?」

 

「あヒェッ⁉︎ あ、そ、そっシュねッ‼︎」

 

 

 

 ダメだ。タイキの言語中枢がぶっ壊れてる。いやお前キンセツじゃ普通に話せてなかったか?なんだその体たらくは。

 

 

 

「——おい。何でいきなり緊張してんだよ(ボソッ)」

 

「——し、仕方ないッスよ!俺……意識したのキンセツ出てからッスもんッ‼︎(ボソソッ)」

 

 

 

 俺が肘でタイキを突いて聞き出せたのはそんな情けない声だった。ということは、後々その気持ちが大きくなったって感じか?恋心とかよくわかんないけど、この反応から察するにマジのガチのやつだ。なんだろ……すごくむず痒い。

 

 とかやってると、ヒメコが不審がっていた。

 

 

 

「何ふたりでこそこそしてんだよ?」

 

「あーいや別に!何頼もうかって考えててさ……和食ってなんだかんだ店で食うの初めてだし」

 

 

 

 俺の言い訳も苦しいが、これはこれで本心である。こういうご飯系はどうせ家で食えると思ってあまり行かないのだ。というか高そうだし。

 

 

 

「ねぇねぇタイキくんは?ご飯はたくさん食べる方?」

 

「あ、え、は、ハイッ!た、多分たくさん召し上がりございます‼︎」

 

 

 

 いかん。タイキが緊張のあまり底の浅い語彙からあり得ない組み合わせの言語を展開している。というかなんでツバサはこの異常事態に気付いてないんだよ。この状態のタイキによく普通に話しかけられるな。好意に気付かないにしても天然が過ぎる。

 

 

 

「そっかぁ男の子だもんね!私もたくさん食べる人は好きだなぁ!なんていうか……頑張ってる!って感じがするもん♪」

 

「好——ッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 

 

 あくまで“好意的に”——である。過剰反応で丸い頭が破裂寸前の爆弾と化すタイキ。いやでも今のはツバサ……致命傷だろ。

 

 まともな思考ができないタイキと天然過ぎてその異常さに気付かないツバサによるメルヘンな会話をよそに、ヒメコが俺に話しかける。

 

 

 

「——にしてもまさかあんたらがいるなんてな。こっちにジムも大会もないだろ?」

 

「そりゃこっちも思ったよ。てっきり大学(カレッジ)に行ってるか、サポーターの通信教育でも受けてるのかと思ったよ」

 

「こっちはその一環。ツバサが在学中は、ウチも大学(カレッジ)について行けるんだ。サポーターとして身の回りの世話をする役として今はツバサに雇われてるって感じ。向こうの親父さんが意外とすんなり許可してくれたってのがデカいけどね」

 

「へぇ……あの噂の親父さんが……」

 

 

 

 有り体に言えば付き人ってことだろう。しかし人付き合いは考えろって言っていたツバサの父親にしては意外な判断だった。掘り返すことはしないけど、物事が上手く行ってるならよかったと胸を撫で下ろす俺だった。

 

 

 

「それはいいけど、マジでなんでここにいるんだよ?」

 

「ああ。ポケモンに持たせる持ち物(ギア)を見繕う為にな。直接職人と交渉もできるって聞いたことあるし……一応こないだプロの階級もBに上がったからさ。この先勝つためにもできることはしときたくて」

 

「ふーん。頑張ってんじゃん」

 

 

 

 俺がハジツゲに来た目的を話すとヒメコは明後日の方向を見ながら褒めてくれた。なんでこっち見て言わないのかは知らないけど、まぁいいか。

 

 ——って、そっちがハジツゲに来た理由はまだ聞けてなくない?

 

 

 

大学(カレッジ)にいるのはわかったけど、なんでハジツゲに?」

 

「そ、それはツバサが!——在学中の野外活動ってのにここ選んだんだよ。カナズミの北から地道に旅して来たんだ。旅の適正を確認するのと、ポケモン捕獲の技量とか……とにかく色々ここが都合が良かっただけだ!悪いか⁉︎」

 

「お、おう……なんかごめん」

 

 

 

 いやなんも悪くないけど?なんで最後ちょっと喧嘩腰だったんだよ。訳分からんが、まぁこれでハジツゲに2人がいるのも合点が行く。旅先に選ぶなら遠過ぎず近過ぎず。お試しに選ぶならこの場所は適切だろう。

 

 

 

「——お前も大概だな」

 

 

 

 その時、ヌッと俺のそばにカゲツさんの首が伸びて来た。バカな。あんたカウンターにいるはずじゃ——

 

 

 

「カゲツさん⁉︎」

 

「邪魔するぜー」

 

 

 

 そう言って彼は木製の腰掛けを持って俺たち4人掛けの席に混ざる。俺とヒメコ側の通路に椅子を置いたわけだが、それだと通行の邪魔になるんじゃないのか?

 

 

 

「ダメですよ。勝手に席移動しちゃあ」

 

「うるせーな。こっち移動してくれって頼んだのは店員の方だぜ?」

 

「——偉いわねー()()()()。お子さん達の様子ちゃんと見てあげて♪」

 

 

 

 カゲツさんがそんな言い訳をしていると、通りすがりの女将さんと思しき女性が彼の肩を叩いて通り過ぎた。

 

 数秒の沈黙……そして込み上げてくる。何と無く察したカゲツさん以外の4人の肩が震えた。

 

 

 

「……何かおかしかったか?」

 

「よかったッスね……お父さん」

 

 

 

 タイキの一言でダメだった。俺は気管に異常をきたし、ヒメコはテーブルを叩き、ツバサに至っては涙流して笑ってた。

 

 ちなみにお父さんはお顔真っ赤でテーブルに身を乗り出し、タイキの胸ぐら掴んでたけど……タイキのゲラゲラ笑いが増すだけだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 定食屋でたらふく食った後、俺たちはそれぞれの用事の為に別れた。どうやら向こうも数日はハジツゲに停泊するらしい。俺たちも持ち物(ギア)の目処をつけるまではいるつもりなので、同じく数日くらいはここに泊まることになる。

 

 そのための宿であるHLC提携の格安宿にチェックインしたのが夕方。ホテルの一室に3人が腰掛けた時のことだった。

 

 

 

「——んで。どーすんのお前」

 

 

 

 カゲツさんから不意に一言。それは意外にもタイキに向けられた言葉だった。どーするってまさか……ツバサの件か?

 

 

 

「ど、どーする……とは?」

 

「決まってんだろ!告んのか⁉︎ 告んねーのか⁉︎」

 

「えええぇぇぇッ⁉︎」

 

 

 

 タイキの悲鳴にも似た叫びが室内にこだまする。カゲツさんからの率直な質問にあうあうと狼狽えていた。

 

 

 

「何アホ面してんだ。当然もう決めてあんだろうな?」

 

「ちょ、ちょっといきなり何言ってんスか⁉︎ 告るとか……無理っスよ‼︎」

 

「何が無理だ!お前惚れてんだろ?告るだけならタダなんだからビシッと決めてこい!男だろ⁉︎」

 

 

 

 無茶苦茶だ。今更期待してないけど、本当にこういうデリケートなことに平気で踏み入るよなこの人。これには当然タイキも抵抗する。

 

 

 

「いや!でも無理っスよ!今俺アニキのサポーターですし、向こうだって大学(カレッジ)の課題とか色々あるだろうし——」

 

「生きてりゃ人間仕事はいつだって控えてんだよ。そんなもん理由にしてたらいつまで経っても先に進まねぇだろうがッ!」

 

「いや!いやいやッ‼︎ あんな可愛い子と俺じゃ釣り合わないっス!大学(カレッジ)に行ってるスよ⁉︎ そんな相手の1人や2人——」

 

「あの無垢が服着て歩いてるあいつがそう簡単に声かけられると思うか?俺の見立てじゃ付き人のジャージ女が虫払いしてると見て良い。むしろお前くらいしかチャンスねぇだろ?」

 

「うぐッ——で、でもやっぱりみんなの足引っ張るなんてできないッス‼︎」

 

「俺様が許す。行け」

 

 

 

 すげぇ。メリープに対するガーディの追い込みを彷彿とさせる手際でタイキの退路を絶った。やはりこの人に爪の甘さなどない。

 

 

 

「……振られたらどうすんスか」

 

「安心しろ。骨は拾って写真撮って飾ってやる。一生の笑い話になるぜ♪」

 

「ヒトデナシィィィイイイ!!!」

 

 

 

 タイキには悪いが今回もどうやら逃げられないようだ。彼の境遇に同情しながらも、ちょっとだけ俺もこの先が気になっている。

 

 面白がってるとかじゃないけど、フエンでの借りもある。できることをして協力したいと思うのが人情だろう……いや本当に面白がってるとかじゃなくてね?

 

 

 

「まずはデートに誘うぞ。飯食って暇つぶしゃとりあえずなんとかなる。しかも明日は都合いい事にハジツゲのコンテストライブがある日らしいじゃねぇか——よし。2枚分買っといたからこれ持って明日誘え」

 

「あぁぁぁ勝手にどんどん話が進むッスぅぅぅ‼︎」

 

 

 

 ……頑張れ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 タイキが彼女のどこに惹かれたのか——そんな話はどうでもいいとカゲツさんが切り捨てるので、改めてその日の夜に聞いてみた。

 

 俺としても恋愛ってのがよくわからない。みんな俺がハルカに惚れてるとかどうとか言ってるけど、本当のところはまだよくわかってないのが現状だ。それでもあいつのことを考えるとなんかモヤモヤするのは確かで、その答えをタイキが持っている気がする——そう思うと、タイキへの興味は尽きないのだ。

 

 

 

「……明るいとこ……スかね」

 

 

 

 思いの外ベターな回答だった。でもその先を続けるタイキの言葉は……なんていうか印象的だった。

 

 

 

「——キンセツで泣くほどヒメコの事考えてた女の子が……パァッて明るくなったのを見て……あぁ……なんかすごい可愛いなって思って…………ぬぅぅぅなんかよくわかんないッスけど、その顔が忘れられないンスよ!」

 

 

 

 ベッドの上で大きめの枕に顔を埋めながら、恥ずかしそうに回答するタイキも充分可愛げある——とか言うと話が脱線するので言わないが、なるほど。要はすごい好みだったって話か。

 

 

 

「一目惚れ——ってのもなんか違うんスけど。あんなに良い子に会ったの初めてなんスよ……」

 

「まぁ……可愛いよなぁ」

 

「アニキもなんスか⁉︎ もしかしてアニキもツバサ狙ってんスかぁぁぁ⁉︎」

 

「ち、違う……違うから首絞めるのやめてくれ……」

 

 

 

 ちょっと同意しようとしただけで殺されかけた。すぐに手を離してくれたのは不幸中の幸いである。

 

 

 

「良かったぁ……アニキなんかライバルになったら勝てっこないッスもん」

 

「いやそんな事ないというか……どんだけ自己肯定感ないんだよ」

 

「アニキにだけは言われたくない」

 

 

 

 なんでそれは即答できる?遺憾である。まあでもタイキの本気さが知れた今となっては、全面的に後押ししてあげたいってのが本音だ。だからこれだけは言っとこうと思う。

 

 

 

「あのさ……お前が誰かを好きになったってのは、俺としては嬉しい事なんだ」

 

「き、急にどうしたんスか?」

 

 

 

 俺のあまりにも唐突な切り出しに焦るタイキ。ち、ちょっとそれは思うけど……まぁ聞けよ。

 

 

 

「ほ、ほら。フエンじゃあんな事あった後だし、お前のことだから変な遠慮とかしてると思ってさ……そういうの無しにしたいっていうか、むしろ幸せになれるならそっちの方が俺は嬉しい。プロとサポーターの前に、俺らはその……友達だから。友達の恋愛を手伝うのは当たり前だろ?……何ができるのか知らんけど」

 

「アニキ……!」

 

 

 

 俺の言葉に目を輝かせるタイキ。

 

 俺もちょっと前までは遠慮の塊だったからわかる事なんだけど、こうやって誰かが「良いよ」って言ってあげるのは親切なことだ。とにかく俺たちみたいな自信が持てない人間はやらない理由を探すことばかり考えてしまう。さっきのタイキはまさに少し前の俺だった。

 

 カゲツさんの言い方もアレだったけど……今はお前の恋をサポートできたらとあの人も思ってるんじゃないか?流石に言いように取り過ぎかもだけど。少なくとも俺はそのつもりだ。それを伝えられたら、きっとタイキも少しだけ前に進もうって思えるかも知れない。

 

 その効果は的面だったと、表情が語っていた。

 

 

 

「頑張ろう。明日頑張ってツバサをデートに誘ってみようぜ?カゲツさんの作戦とやらが何かわからんけど……お前の気持ちが本気だってわかってるから……なんとかなるよ」

 

 

 

 ちょっと無責任な事を言ってる自覚はあるけど……応援したいって気持ちが伝われば充分だった。それが明日、ツバサを誘う後押しになればいいなと思う俺だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日。朝飯を適当にフレンドリーショップで買ったもので済ませている間、タイキがようやくツバサに連絡をした。

 

 PINE(パイン)によるメッセージ送信に小一時間くらい唸りながらやっていたが、最後の最後で出来上がった文面をカゲツさんによって送信されてしまったのは気の毒としか言えなかった。しかし思いの外早くに返信があり、今日の昼からの昼食と夕方から行われるポケモンコンテストの観戦の約束を取り付けたのだ。思ったより話が早い。

 

 もっとサポートが必要かと思ったが、話決まってからのタイキは羽が生えたように軽やかに動き回っていた。それで昼前には夕飯までにはケリをつけると豪語して部屋を飛びだして行ったのだった。

 

 

 

「——さーて。あとはおもれぇモンでも見させてもらいますか」

 

「それはやめときましょう。というか俺は行きませんからね」

 

 

 

 カゲツさんがタイキを見送った後、よっこらせと立ち上がるのを見て一応釘を刺しておく。それにジト目で俺に擦り寄ってきた。

 

 

 

「おいおい〜良い子ちゃんぶるなよ。お前も気になってんだろぉ〜?せっかく協力してやってんだ。そんくらい見せてもらってもバチ当たんないぜ?」

 

 

 

 悪魔かあんた。誘惑の化身と化したこの男はいやらしい笑みで俺を共謀させようとする。これが30も過ぎた男のやることかと思うと泣けてくる。

 

 

 

「そんなに暇でもないでしょ。あいつが足引っ張るのが嫌で最初断ってたんだから、俺らはちゃんとメインの持ち物(ギア)探ししないと……」

 

「そんな事言って〜。あいつが慌てふためいてわけわからんことするのを見たくないのかぁ〜?」

 

「やっぱそれが本音かこんちくしょう。俺は俺のことやるんで。カゲツさんもくれぐれも邪魔だけはしないようにしてください」

 

 

 

 俺は毅然とした態度できっぱりと断る。いや本当を言うと結構魅力的な誘いではあったんだけど、言われたからとはいえ昨日の今日でデートまで誘ったあいつの頑張りに水を差したくない。

 

 とはいえカゲツさんを押し留める方法も知らないので、とりあえず俺は俺のやるべきことに集中しようと言う旨を伝えておく。釘は刺したけどその程度でやりたい事を我慢する人とも思えないので、あくまで努力の範囲を出ないけど。

 

 すまんなタイキ。

 

 

 

「俺、職人さんの集まる工房とか回ってきますから。暇してるんだったら洗濯でも行ってきてくださいね」

 

 

 

 そう言って俺は部屋を後にする。「最近扱い雑じゃね?」という言葉は聞こえないふりをしておいて……——

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——キャストが足りない〜?」

 

 

 

 ハジツゲコンテスト会場の舞台裏で、数人のスタッフが何やらざわついていた。そのうち1人の女性がいきなり来た悲報に驚いてそんな声を上げていたのだ。

 

 知らせを届けに来た男性は説明する。

 

 

 

「どうも今日依頼してたグループで集団感染(クラスター)が出ちゃったみたいで……」

 

「どーすんのよ!もうチケットも売れちゃったし……そのグループがメインだったのに!」

 

 

 

 ポケモンコンテストは様々な形式を取られるが、今回のコンテストライブは『エキシビジョン』に該当する、いわばお祭りのようなもの。複数のグループまたは個人を集め、変わるがわる演目を披露するだけのもの。間では素人向けの公募から抽選されたトレーナーが参加する一発芸の類のお披露目もあるが、メインに据えているグループは本格的なパフォーマンスができる一団だった。

 

 流石にそこが抜けるとなると、このコンテスト開催の意義すら危うい。既に彼女ら目当てに多くの客たちがこのハジツゲに来ていることだろう。中止ともなると、ファンからは払い戻しだけじゃ済まなくなる。

 

 もちろんやむを得ない状況なのだが……そこまでの道理を客に求めることはできないのが現状だった。

 

 

 

「とにかく西ホウエンのコーディネーターやアイドルグループに片っ端から連絡してみて!あと演目の変更と声明をホームページとSNSに投稿!ギリギリでやばいのはわかるけど、とにかくこの年末のライブは楽しみにしてる人も多いの!キャストがいないじゃこんな辺境まで来たみんなへ示しがつかないわよ!」

 

 

 

 修羅場と化した現場で、その一声を受けたスタッフが蜘蛛の子散らしたように持ち場につく。しかしその様は慌てふためいているだけで、ほとんど統率が取れていなかった。

 

 

 

「——話は聞かせてもらったぁ!!!」

 

 

 

 そんな喧騒にけたたましく響いたのは、女性の声——その声にハッとしてその場の全員が振り返った。

 

 そこにいたのは青緑色の髪が特徴的な少女だった。目深に被った帽子の唾をつまみ、その顔を隠している。ストリートダンサーのようなラフな格好とそのやたら気合の入ったポーズの少女は、次の瞬間その帽子を脱いでこういうのだ。

 

 

 

「——キラキラ!くるくるッ‼︎ 誰が呼んだかこの私——ミラクル☆ルチア!コンテストの窮地にぃ〜……見☆参ッ♪」

 

 

 

 バァーン——と後ろに効果音が付きそうな登場を果たしたルチアと名乗る少女。しかしそれだけでこの場の誰もがわかった。

 

 ポケモンコンテストに携わっていて……いやこのホウエンにいて彼女を知らない者などそうはいないだろう。

 

 No. 1コンテストプレイヤー。アイドルの頂に立つ彼女——チルタリスの“チルル”とルチアのユニット『ミラクル☆クラウド』を知らない人間など……この場にはいなかった。

 

 

 

「見☆参♪——じゃないッ‼︎ あなた自分が休暇中ってわかってませんね⁉︎」

 

 

 

 その後ろにいるのは、黒服に身を包んだスタイリッシュな黒髪の女性だった。彼女の付き人であるスルガは、遅かったかと肩を落とした後、すぐにルチアに詰め寄った。

 

 

 

「そう堅いこと言わずに。ほら。みんな困ってるじゃない?」

 

「困ってるのはあなたがいきなり現れたからですッ!——あーもう。とはいえこんな状況では……」

 

 

 

 ルチアは言い訳するどころか悪びれる様子もなかった。それに頭を抱えるスルガだったが、その時には周りはやっとこさルチアの登場に脳みそがついてき始めていた。

 

 そうなると——もう藁をも縋る思いでルチアたちに詰めかけた。

 

 

 

「な、No. 1が来てくれた!」「メインイベントをどうか代わってくれませんか⁉︎」「あなたにやっていただけたらきっと客も納得してくれると思うんです!」

 

「ちょっと……そんな勝手な——」

 

 

 

 スタッフたちが泣きそうな声で懇願するのをスルガはどうしようもできない。ほとんどパニック状態で、これでは返事のしようもないのだ。

 

 しかし——そんな有象無象の上で、いつの間にか現れていたポケモンが、その歌で周囲の人間を黙らせ、落ち着かせた。

 

 純白の羽毛を持つハミングポケモン——“チルタリス”のチルルだ。

 

 

 

「ハイハイ!これからお客さんを楽しませようって人たちが、泣きそうなんじゃ意味ないよ!もっと楽しく!笑顔で準備しよ〜!」

 

 

 

 そんなルチアの声で皆が落ち着きを取り戻した。一部の人間がそうだと自己を奮い立たせると、それが伝播して全員が自分のすべきことを自覚し始める。

 

 結果、ルチアの激励はスタッフ一同をひとつのチームにまとめ上げた。そしてスルガはそれを見てため息をひとつ。

 

 

 

「はぁ……あなたは本当に行き当たりばったりですね」

 

「いいじゃんいいじゃん!みんな助かってるみたいだし、私たちもお祭りの役に立てるなんて素敵でしょ?」

 

「ここはスタッフの裏手。あなた、こうならなくても飛び入りで参加する気満々だったでしょう?」

 

「……スルガは今日も名探偵だね☆」

 

 

 

 スルガの追求に、一間を置いて笑って誤魔化すルチア。それで眉間に青筋を走らせるスルガだったが、いつものことなので特大のため息と共に吐き出して事なきを得る。

 

 そして、鋭い眼光でルチアを見つめながら、片手に持った端末を高速で操作し始める。

 

 

 

「とりあえず事務所には私から話を通しておきます。一応言っておきますが、飛び入りとは言えあなたはトップアイドル——半端なパフォーマンスは許されませんよ?」

 

「わかってる。今日を人生の最良に——私のモットー知ってるでしょ?」

 

「……はい」

 

 

 

 それで納得したスルガはルチアを送り出す。そんなルチアは輝かせた目でコンテスト会場を見るのだった。

 

 この空気、時間、人の息遣い……全てを感じて、いつものように——

 

 

 

「この日にタイトルを付けるなら——『不安と期待!スクランブルコンテスト♡』って感じ♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 タイキは死にかけていた。

 

 呼吸は浅く、瞳孔は開きっぱなし。その視線は道ゆく人間がギョッとするほど怪しく——いや、そもそもその出立が既に人目を引いていたのだが。

 

 

 

「本当に()()()()()でいいんスかね……カゲツさんはああ言ったけど……」

 

 

 

 そう言いながらタイキは昨晩開かれたカゲツによるデートプラン会議で言われたことを思い出す。

 

 

 

——いいか?どんな女も男に求めるのはひとつ!“強いこと”だ!優しさだの思いやりだの言ってるようじゃ話にならん!そういうのは“強さ”が前提にあって初めて生きるもんだ!まずはハッタリでもなんでも強さを全面的に……あと汗臭いのはマイナスだ!そのクソみたいな道着は脱げッ!

 

 

 

 そう言って、彼は恩師であるトウキから貰った道着からカゲツが与えたコスチュームへとフォルムチェンジする。

 

 胸のざっくり空いた柄の派手なシャツ。その胸元には金色のネックレスが二重でぶら下がっており、下は漆黒のスーツパンツ。ベルトも彫りの入った金色の金具と余念がない。

 

 つるっぱげの頭に飾られた茶色のサングラスが乗ったことにより、タイキは見事、拳法少年からちびっ子チンピラへとジョブチェンジを果たしていたのだ。

 

 そしての姿に身を包んだタイキの姿を遠目から観察している男が一人——元凶のカゲツである。

 

 

 

「クククッ……マジで着たよあの野郎!これから飯だのなんだのと付き合わされる奴があんな格好の奴と一緒に居たいわけねぇーだろ……完全に騙されてやがるぜ……!」

 

 

 

 悪魔である。およそ倫理というものを知り得ない人間の所業と言って差し支えない。

 

 

 

「ううん!カゲツさんだってあの時は真剣だったッス!いくらカゲツさんでも、初デートしにいく俺にふざけさせたりしないッスよね?この格好にだって何か俺にはわからない意図があるんスよ!」

 

 

 

 ない。ただひたすらに笑い者にする気しかない、純度100%のおふざけである。

 

 そんな哀れなジンギスカンと化したタイキに迫る待ち合わせの刻限。想い人へ馳せる想いとは裏腹に、客観的に見ればただの処刑執行を待つ受刑者の様相を呈していた。そのことにまだ本人は気付いていない。

 

 

 

「プーッ!マジであの格好で行けると思ってるぜあの野郎!安心しなぁ……この後晩飯の席で思う存分笑ってやるぜぇ……この写真と一緒になぁ!」

 

 

 

 そう言いながらサイレントモードにした端末のカメラを起動。連射でタイキの姿を撮りまくる。木陰でそんな怪しい男がいやらしく笑っていれば、当然人の目も引く。ハジツゲを歩く子連れの母親が「見ちゃいけません!」と我が子の手を引いてそそくさと去っていくのだった。

 

 そして——

 

 

 

「——タイキくん……だよね?」

 

 

 

 死刑執行人——もとい、タイキの片想い相手であるツバサが現れた。

 

 彼女は昨日と変わらない桃色のウェアに身を包み、可愛らしいおさげを揺らしながらタイキに近寄る。

 

 

 

「ど、どうしたの……その格好?」

 

 

 

 彼女が困惑するのも無理はない。昨日までは普通とは言わないまでも、その装いはタイキの活力を象徴するような拳法家スタイルだった。それが一夜明けるだけで世間様に中指を立てるアウトローに様変わりしているのだから。こんなシンデレラがあっていいのだろうか。

 

 

 

「つ、ツバサ!お、おはよー!あ、いやこんにちは?こんばんは⁇」

 

「お昼だからこんにちはでいいんだよ!それよりその格好——」

 

 

 

 タイキが慌てふためいていると、ツバサはじーっと彼の姿を眺める。この奇抜を超えた何かはいくら見つめても変化することはない。常人なら恥ずかしくないのかと一喝するか、一も二もなく逃げ出すかの二択となるところだろう。そんなどっちを選ばれても地獄な状況を遠くで眺めるカゲツは——

 

 

 

「よしっ!いまだやれぇぇぇ‼︎ 決定的な瞬間をおさめてやるから!絶望に突き落としてやってくれやぁぁぁ!!!」

 

 

 

 手に汗握りながら大興奮していた。人じゃない。

 

 

 

「——アハハハハ!ごめんごめん。でもすごい格好だね!もしかしてその服好きなの?」

 

「え……?」

 

 

 

 ツバサは大笑いしながらタイキに質問する。褒められたようなそうでもないような言葉に複雑な気持ちを抱いたタイキは慌てて弁明した。

 

 

 

「こ、これカゲツさんが着ていけって……」

 

「あー!確かにあの人趣味っぽい!へぇ〜こんな格好もするんだね。こういうの、“わいるど”?って言うのかな?野生的で個性的というか……なんか守ってくれそうな感じ♪」

 

 

 

 まさかの大絶賛である。これには影で見ていたあの悪魔の目も点になる。

 

 

 

「そ、そっスか?……そうなんスか⁉︎」

 

「うんうん!タイキくんって小柄だけど、やっぱりすごい鍛えてるんだ!胸筋とか二の腕とか逞しいな〜」

 

「う、うへへ?そ、そうッスかねぇ〜?」

 

 

 

 普段の道着より少し露出が多い姿を指して褒めるツバサに、若干の気持ち悪さを残した笑みで答えるタイキ。彼の頭の中にもう先ほどまでの不安などなかった。

 

 

 

「——そんじゃそろそろご飯食べに行こ!私お腹ペコペコなの」

 

「き、昨日とはまた違うけど……お茶屋さんがあるって……よかったらそこに——」

 

「調べてくれてたの⁉︎ 嬉しい!そこ行こ〜♪」

 

「へへへへへ……そ、そんじゃあ……行くスね♡」

 

 

 

 そんなやりとりの後、2人はハジツゲ街道を歩いていく。若干人目を惹きながらではあるが、それでももうタイキには関係のない話であった。

 

 想像を遥かに超えた最高の滑り出しを開始するデート。あの服装の人間を自分の半径2メートル以内に入れるという暴挙に出た彼女とこの状況は、監視していたカゲツの意識を遠い宇宙まで運んでいた。

 

 あまりにも出来過ぎた経緯。それを理解するのに数秒を費やし、意識が旅から帰ってきたカゲツが弾き出した答えは——

 

 

 

「——計画通り。さすが俺様だ」

 

 

 

 全てを忘れていた。己が悪行の一切を消去し、都合のいい解釈を呟くのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「あ——」

 

「げ——」

 

 

 

 ユウキが持ち物(ギア)の工房へ向かう道中、正面から出くわしたのはツバサの親友——ヒメコだった。

 

 彼女はユウキの存在を察知するや否や、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

 

「げ——とはなんだ。人の顔見て失礼な」

 

「あーいやごめん。昨日ツバサが変なこと言うから……」

 

「変なこと?」

 

「アッ⁉︎ いや——なんでもねぇよ!ぶっ飛ばすぞ⁉︎」

 

「お前今なかなか無茶苦茶言ってるからな?」

 

 

 

 ヒメコが一人相撲であれやこれやと赤面しながら言うのを呆れた眼差しで見つめるユウキ。出会い頭にぶっ飛ばされたのではたまったものじゃないと思うばかりだった。

 

 

 

「——んで何してたんだ?ツバサは……」

 

「おたくの坊主が連れ出したんだろ?」

 

「そうだった。悪いな暇させちゃって」

 

 

 

 ユウキがタイキの代わりのつもりで頭を下げると、ヒメコはため息ひとつついてユウキに答える。

 

 

 

「別にいいさ……あの……タイキだっけ?あの子がいい奴ってのはわかるしさ。あんたが信頼してるんなら……ツバサとのデートだって許せるし」

 

「気付いてたのか……タイキの気持ち」

 

「飯時のアレ見て気付かないとか思われてんのかウチは?」

 

「すんません」

 

 

 

 ヒメコの言い分に平伏の意思を示すユウキ。それもそのはず。タイキのあのあからさまな好意ダダ漏れの姿を見て気付かないはずはなかった。その上で、ヒメコはツバサを送り出したと言うのだ。

 

 

 

「あれ……でも待てよ。そうなるとツバサも気付いて……?」

 

「あーそれは期待すんなよ。あの子ほんっっっとうに鈍いから。大学(カレッジ)で何度か告白みたいなのされてたけど、ちょっとでも遠回しな言い方するとまるで気付いてなかったから——まあ変な奴はウチの人睨みで追い返してたけどな」

 

 

 

 ツバサは学内でも人気が高く、またその素直さや明るさも相まってアタックされる回数は多い。しかしその素直さが仇となり、『好き』という言葉を例え使ったとしても、それが恋愛感情だと気付かれないことがあるほどには鈍感なのだと言う。

 

 

 

「ついたあだ名が——“ヤドン姫”。タイキも苦労すると思うよ」

 

「ヤドン……鈍感ってそのレベル?」

 

 

 

 水棲ポケモンの中でも屈指の図太さを誇るあのヤドンと同じとまで言われるとなると、これは相当だろうとユウキは呆れた声を上げた。そして、友人の前途が多難だろうことを想像して、目を瞑る。

 

 

 

「——ていうか、ヒメコが虫払いしてたってのはマジで当たってたのか」

 

「誰がんなこと言ったんだよ⁉︎」

 

「カゲツさん」

 

「ぐ……あの人ホント口悪いな……」

 

「それは重ねて俺の方から謝らせてくれ」

 

 

 

 自分の師匠の失態を深く詫びるユウキ。世話のかかる大人だと内心でため息をつくのだった。そんな話をしているとそこへ——

 

 

 

「——あ!()()のお友達さんだぁ‼︎」

 

 

 

 いきなりの大声が街道に響く。誰かが誰かを呼んでいる声にユウキたちが振り返ると、そこに立っているのは青緑色の髪をした少女がいた。そしてその装いは、この町では悪目立ちするほど白く、派手なものだった。

 

 そんな少女はユウキたちに向かって手を振っているようだ。それに怪訝そうな顔でユウキは呟く。

 

 

 

「な、なんかこっちに話しかけてる?というか……どっかで見たことあるような——」

 

「見たことあるって……あんた、あの人のこと知らないの⁉︎」

 

 

 

 ユウキの間の抜けた言葉に、信じられないという顔でヒメコが驚く。そんな事をやっている間に、その有名人はズイズイとこちらに近づいてきていた。

 

 

 

「——やっぱりそうだ!嘘〜こんなとこでまた会えるなんて!」

 

「え、えぇ⁉︎ ……俺?」

 

 

 

 その有名人が呼んでいたのはユウキ本人。そのことに隣で見ていたヒメコは大口を開けて固まる。

 

 

 

「あ、直接お話しするのは初めましてだね!わたし“ルチア”!ミシロタウンのハルカちゃんの親友だよ♪」

 

 

 

 それが——トップアイドル“ルチア”とユウキのファーストコンタクトだった。

 

 

 

 

 

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こっちもこっちで大変なことに——。

〜翡翠メモ 38〜

『ハジツゲタウン』

ホウエン地方最高峰の活火山“えんとつ山”と北側に位置する農村。年中活動を続ける山がもたらす火山灰は近隣にしきりに降り積もる為、この土地ならではの処世術が編み出されてきた。

辺境の地と灰による公害のため、あまり好き好んで住み着く人間は少ないが、その豊富な天然資源のために移住する者もいる。灰の混ざった土壌は水捌けが良く、一部の木の実などの作物にとって条件がよかったり、鉱物採掘の為のアクセスの良さから持ち物(ギア)職人が集まったりするなど——知る人ぞ知る利便性を兼ね備えている。

かつて“流星の民”の拠点として使用された過去がある為か、未だに偏見を持つ者もいる。しかしそれを気にしない者にとっては、不便ながらも穏やかな時間を過ごせる場所となる。



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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第135話 No. 1アイドル


こらぁ地球!暑いでしょうがぁぁぁ!!!




 

 

 

「は、ハルカの……親友⁉︎ る、ルチアって——」

 

 

 

 近寄ってきたルチアと名乗る少女に——ふと見覚えがあったことを思い出した。

 

 確か……カイナトーナメントで——

 

 

 

——今からここに痛い思いをした人たちがたくさん来るので!みんなは落ち着いて片付けをしよー!大丈夫!楽しいバトルは、きっとまたこのカイナで観られるから‼︎その為にもみんな団結して行こー!!!

 

 

 

「あーーー!崩落事故の時にみんなに声かけてた人⁉︎」

 

「あ!思い出してくれた?嬉しい♪」

 

 

 

 俺が思い出したのはカイナトーナメント決勝戦の途中、シーキンセツで起きた崩落事故の被害者たちを受け入れる為に人々に呼びかけていた少女の姿だった。

 

 確かにあの時、周りの人間はこの人のことを知ってるみたいだったけど、やっぱり有名人だったみたいだ。

 

 ——などと思っていると。

 

 

 

「——ぐぇ⁉︎」

 

 

 

 突然俺の首が締まった。そのまま後ろに引き摺られ、ルチアから少し離れたとこまで連れて来られる。それが隣にいたヒメコによるものだとすぐにわかった。

 

 

 

「何すん——」

 

「あんた……あのルチアと知り合いってマジッ⁉︎」

 

 

 

 血走った目のヒメコが、俺の首に腕を回して締め上げながら尋問してきた。なんちゅう力してんだお前。

 

 

 

「し、知り合いってほどじゃねぇよ!カイナで見かけた程度で……なんで向こうが俺のこと知ってたのかまでは……」

 

「じゃあなんであーーーんなに親しげなんだよ!ボチボチ会話して仲良くなってねぇとあんな風に話しかけてこねぇだろ⁉︎」

 

「俺に聞くな——って、いや待てよ?」

 

 

 

 そこで俺はさっきルチアが言ったことを思い出した。確かハルカの親友と——

 

 

 

「……まさかあいつ。俺のことでなんか言った?」

 

「やっぱ心当たりあるんじゃん」

 

「いやそうじゃなくて!あの人、ミシロで知り合ったハルカの友達らしいんだ。それで——」

 

「ミシロのハルカって……まさか紅燕娘(レッドスワロー)⁉︎ あんたそんなとことも繋がりあんの⁉︎」

 

「痛だだだだだ‼︎ 人の話聞けぇぇぇ‼︎」

 

 

 

 俺がいらんことを言ったばかりに、俺の頸部を締め上げる力が強くなる。ていうかさっきからなんで怒ってんだお前?

 

 

 

「——いやぁでもまさか彼女さんがいたなんて驚いた!てっきりハルとお付き合いしてるんだと思ってたから」

 

 

 

 俺たちのやりとりに何を思ったのか、ルチアが急にそんな事を言う。彼女?お付き合い?何を言ってるんだ?

 

 そんな疑問も束の間。俺は有り得ん力でヒメコによって投げ飛ばされ、街道に立ち並ぶ民家の塀にめり込んだ。

 

 

 

「ちちちちち違うッ‼︎ う、ウチとコイツはそんなんじゃないッ‼︎」

 

「そうなの?抱き合ってるから勘違いしちゃった!」

 

「抱き合ってたんじゃない!今息の根を止めようとしただけだッ‼︎」

 

 

 

 そうだったんですか?こんなアホみたいな流れで今軽く殺されかけてたんですかヒメコさん?

 

 

 

「アハハ。照れなくても良いのに〜——というか、友達くん大丈夫?」

 

「……生きてるだけマシだと思うよ」

 

「あ、あんたが悪いんだぞ⁉︎ こんな綺麗どころと仲良しだなんて言わなかったんだから!」

 

 

 

 いやその理屈はおかしい。まずもってさっきから説明しているように俺とルチアにそんな濃い接点はない。精々同じ知り合いってだけだ。それになぜ俺の交友関係を言わなかっただけで首絞められなきゃいかんのだ?よしんば仲良しだったとしてお前がお顔真っ赤になってる理由とは関係ないと思うんだけど。

 

 

 

「んー?ふーん?あー……なるほど」

 

「な、なんだよあんたもさっきから……」

 

「いやぁ〜?友達くんも中々隅に置けないなぁ〜って思って」

 

「何の話だ?」

 

 

 

 俺とヒメコを見比べて、何か思い当たることがあるような笑みを浮かべたルチア。この子もこの子でよくわからんな。

 

 

 

「まあそれはいいから。それより、もしかしておふたりはこの後暇してたりするの?」

 

 

 

 俺の疑問には何一つ解答がないまま話を置いておかれた。その代わりに飛んできた質問は、俺たちの今後のスケジュールについてだった。何でそんなこと聞くんだ?

 

 

 

「俺はポケモンたちに持たせる持ち物(ギア)探し。ヒメコは?」

 

「え⁉︎ あ、う、ウチは……ツバサ帰ってくるまで工房のジャンク品でも見てようかなって……」

 

「なるほどなるほど!つまり時間はあるってことだね!」

 

 

 

 何故そうなる?ヒメコはともかく俺ははっきり持ち物(ギア)探しと言ったはずだ。少なくとも目的なくぶらついていることにはならないはずだが。

 

 

 

「もっかい言おうか?俺は探し物で忙しいんだけど——」

 

持ち物(ギア)職人さん、昼時は結構詰めかけてる人多いみたいだよ?そこにいくなら先に電話予約とかした方がいいって。この辺の人たちは優しいけどネットには弱いから公式ホームページとかも開設してないし」

 

「え……やたら詳しいな……」

 

「だってコンテスト用の機材や持ち物(ギア)もここでお願いすることが多いんだもん!アテもなく探してても合うものは見つからないと思うよ?」

 

 

 

 当てずっぽう——ってわけじゃなかった。少なくとも彼女には持ち物(ギア)職人たちの実情を知るくらいには詳しいらしい。にしても——

 

 

 

「なんで……俺が予約もせずに歩き回ってるって……」

 

「これから探すって言い方だったし、いつ灰が降るかもわからないこの町でその格好してる時点で、あんまり来たことがないってわかるもん」

 

 

 

 確かに今の俺は昨日113番道路を歩く時に着ていた雨がっぱを着ていない。しかしそれだけでは根拠が薄いと思う。

 

 

 

「カッパも傘もデータストレージにしまってるかもしれないだろ?まだ灰が降ってないんだから、手に持つよりそうする人間の方が多いというか——」

 

「それでもシューズはそういうわけにもいかないでしょ?」

 

「シューズ?」

 

 

 

 それは俺がずっと履き続けているランニングシューズ。デボン製の庶民派モデルで、母さんがホウエンに来た時に買ってくれたやつだ。

 

 

 

「その靴じゃ、道に積もった灰が入っちゃうでしょ?この辺に慣れてる人なら四六時中長靴を履くんだ〜。気持ち悪いからね」

 

「な、なるほど……」

 

 

 

 確かに昨日ホテルで靴脱いだ時は俺たち全員大変なことになっていた。結構チクチクするし、後でブーツを見繕うつもりでもいたけど……めざといな。

 

 

 

「んふふ〜♪ これでもポケモンコーディネーターだもん!人やポケモンに出会ったら、その人のことは頭のてっぺんからつま先まで見る——その人の魅力を見逃さないためにね!」

 

「す、凄いな……コーディネーターってよりは探偵に近いけど」

 

「てゆうかさ。ウチらの時間聞いてどうしたいわけ?アイドルのあんたがなんで……」

 

 

 

 確かに——アイドルは俺も詳しくないから何とも言えないけど、あの人気は尋常じゃない。そんな有名人がわざわざ足止めて俺らに声かけるってどういうことだ?

 

 

 

「いや〜実はぜひ若いおふたりに協力して欲しいことがあるの!——お茶は奢るから、とりあえず私の話聞いてくれない?」

 

 

 

 ルチアは両手を合わせて俺らに頼む。かなり強引だが、その勢いに気押された俺たちは……とりあえず交渉の卓につくことになったのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲは旅行シーズンといえど、あのフエンほどの賑わいはない。この町にアクセスできる直接的な交通手段がなく、旅行客は113番道路を徒歩で行かなければならないからだ。

 

 それでも一定数の人間が来るのは、そうまでしてでも成し得たい目的があるから。そのうちのひとつに、有名な露店がある。

 

 

 

「『縁結びメタモン』だぁ〜♪ タイキくん!これやってみよーよ!」

 

「へぇッ⁉︎」

 

 

 

 ツバサに腕を引かれてやってきたのは、“メタモン”というポケモンを使用したミニゲームをするための露店だった。

 

 内容は2人1組で挑み、それぞれが目隠しの仕切りを間に挟んで座る。片方は運営から与えられたポケモンの名前やタイプは言わずにヒントだけを回答者に与え、回答者はそのヒントから貸し出されたメタモンをそのポケモンに変身させ、限られたヒント回数と時間で当てられるかというゲーム。

 

 ふたりの絆を測るということが主目的——なのだが。

 

 

 

「つ、ツバサ……いいんスか⁉︎」

 

「……?なにが?」

 

 

 

 タイキはツバサに聞く。この『縁結びメタモン』——文字通り、カップル御用達のこのゲームに2人で挑むわけだが、その真意が気になるのは自然なことだった。これでは告白などのプロセスをすっ飛ばして既に()()()()()()だと公言したも同義ではないのかと少年の心は激しく乱れていた。

 

 

 

「だ、だってこれ縁結びって——」

 

「そうそう!私たち、どんくらい仲良しなのか試せるんでしょ?面白そうだし、息ぴったりだったら嬉しいよね〜」

 

「え……あぁ……そういう」

 

 

 

 タイキは察した。普段なら猪突猛進する彼だが、ユウキと過ごすうちに都合のいい様に考え過ぎる精神にいくらかブレーキがかかるようになっていた。その彼が若干冷めた目でツバサを見る。

 

 もしかして『縁結び』をただの仲良しお友達になる儀式だと思っているのか——と。

 

 

 

「タイキくんはこういうの苦手だった?」

 

「いやいや!そんなことないッスよ!やりましょーやりましょー‼︎」

 

 

 

 ツバサの問いにハキハキとやる気アリの意思を返すタイキ。内心で「そうはならんくないッスか?」と思いつつも、ここで息がぴったりあえば告白の成功率が上昇するあからさまなチャンスであることに目がいく。

 

 なんだかんだとこの美味しい状況に甘んじているタイキだが——それを見守る存在が、物陰に潜んでいることを彼はまだ知らない。

 

 

 

「嘘だろあの嬢ちゃん。あれでタイキの気持ちに気付いてないとか正気か?」

 

 

 

 そんなやりとりを一部始終見ていたカゲツが流石に見かねて愚痴を漏らす。彼女の鈍感さは折り紙つきであると再認識させられた。

 

 

 

「こりゃあいつも厄介なのに惚れたもんだ……ああいうのが返ってモノにできなかった時に傷つくんだぜ……まぁ知ったこっちゃないが——ん?」

 

 

 

 そうやって他の露店で買ったフランクフルトを頬張るカゲツ。彼にとってこのデートの成否などどうでもよかった。他人の恋愛というどんな少女漫画より娯楽になり得るそれを堪能する——といった具合だった。

 

 そんな彼がふと自分の隠れている物陰——その場所から道を挟んだ反対側で何やらおかしな挙動を見せる男がいた。

 

 年は中年くらいか、背はそこそこ高く、黒髪短髪。茶色のロングコートを着ており前が空いている。そこから覗かせる黒いスーツ姿が、何かしら堅い職業に就いていると思わせる——が。

 

 

 

「……なんだあいつ?あんなキョロキョロしまくって」

 

 

 

 その男は建物と建物の間から行き交う人々を見ていた。しかしその挙動があまりにもオーバーで、逆にそれが他人の視線を外させていた。明らかに関わってはいけないオーラが漂っているためである。

 

 そして運が悪いことに、その視線がカゲツの視線とぶつかった。彼はカゲツの存在に気付くと、いきなり物陰から飛び出し、カゲツの元まで駆け寄った。

 

 

 

「——キミッ!本部からの応援だろう⁉︎ 遅いじゃないか!何してたんだ⁉︎」

 

「は?ちょ、なんだお前⁉︎」

 

 

 

 これには流石のカゲツも焦る。明らかに初対面。しかも挙動不審の中年。語る言葉も何やら胡散臭さを感じる。

 

 

 

「どうせハニーと休日に行く別荘の話でもしていんだろう?人が命懸けで情報を集めているというのに呑気なもんだぜ」

 

「いや何の話だ?てか誰だテメェ——」

 

「全く。2ヶ月前の爆弾解体の時といい、キミらはモニターでサスペンス映画でも観てる気分かい?ならせめて映画料金くらい払っていけよ。あとポップコーン代も——」

 

「話聞けや味噌汁コート!!!」

 

 

 

 のべつ幕無しに独特な世界観の話をする男に対し、カゲツによる罵倒しながらの蹴りが炸裂。そのまま天下の往来まで吹っ飛ばされた。

 

 

 

「い、痛い!何するんだ相棒ッ‼︎」

 

「だ・れ・がッ‼︎ どこのどいつと間違えてんのかしらねぇが、気安く話しかけんなおっさんッ‼︎」

 

「な、何を言うんだ——キミの変装技術は認めるが、そんな口汚い役まで演じるべきじゃない!」

 

「口汚いっつったかこら?この俺様のご尊口に向かってよぉ?」

 

「むしろ君が相棒じゃないとしたら、あんなところに怪しげに隠れていたりしないだろう⁉︎ でなきゃストーカーか変態だ!目を覚ましてくれバディ!」

 

「言いたいことはそんだけか?」

 

 

 

 しっかりと触れられた逆鱗に対するお返しをすべく、カゲツは握り拳をつくる。しかしその拳が叩き込まれる前に、突然の電子音が鳴り響いた。

 

 それは男の持つ端末からだった。

 

 

 

「失礼——おおマイバディ!連絡が遅いぞ?キミにしては珍しい……え?何してるかって……今ちょうどキミとお話をして…………ん?」

 

 

 

 かかってきたのは彼の相棒とされる人物からだったようだ。その人物との会話で、今起きている事態の違和感に気付いた男は、ゆっくりとカゲツを見る。そして端末の主に軽く別れを告げ、カゲツに無言で近寄った。

 

 

 

「——もーーーぅしわけない‼︎ 私の勘違いでしたぁぁぁーーー!!!」

 

 

 

 男は両手を地につけ、額を大地に叩きつける。その勢いの良い謝罪を前に、カゲツは怒りを通り越して呆れた眼差しをむけていた。何やってんだこいつ——と。

 

 

 

「いやぁ本当にすまない!私も任務中ゆえ、大きな声では言えないのだがッ‼︎ 大きな陰謀を追ってこの町に来ている次第で……私としたことがとんだイージーミスをしたッ‼︎」

 

「いやその割にはずっと声デケェぞてめぇ。さっきから訳わかんねぇことばっかいいやがって……エージェントごっこなら他所でやれ!」

 

「なぬッ——私が国際治安組織のエージェントだとどうしてわかった⁉︎」

 

「……………」

 

 

 

 当てる気のない球が当たったという感じで、男は勝手に身分を自白していた。その有様により冷ややかな視線を送るカゲツ。

 

 

 

「こ、これはいかん……青年よ。これは私とキミだけの秘密にしておいてくれたまえ!」

 

「秘密も何も……全部今お前が叫び散らしてんだよ」

 

「約束だぞ!では、私も任務に戻る!手間を取らせたッ‼︎」

 

「ちょ——行っちまいやがった……」

 

 

 

 カゲツに勝手な制約をかけ、弾けたように露店の間を駆け抜けていく男。彼に一言もかけることもできなかったカゲツは、謎の嵐をやり過ごしてため息をついた。

 

 そして、大事なことを思い出す。

 

 

 

「——ってしまった!タイキとツバサ(ガキども)見失ったァァァ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲのとある御茶屋にて。俺とヒメコはルチアに連れてこられ、今は団子とお茶を挟んで俺たちはルチアと対面している。

 

 互いに軽く自己紹介——と言いつつルチアがホウエンNo. 1のコンテストマスターだって聞いた時はひっくり返りそうになったが——を無事に終わらせて、本題を聞かされることになった。

 

 

 

「——コンテストに出てくれッ⁉︎」

 

 

 

 ルチアに言われたことをそのまんま口にした俺。目の前のスーパースターからまさかの直々のオファーである。いや嘘だろ。

 

 

 

「ちょっと待て……俺そんな経験ないぞ?」

 

「ウチもだって!何考えてんの⁉︎」

 

「そんなの関係ないよー。誰だって光るモノ持ってるはず……それをぜひ今日のコンテストで披露して欲しくて——」

 

「「無茶言うなっ‼︎」」

 

 

 

 あまりの楽観的な発言に俺たちは2人してルチアに食ってかかる。それを受けて「息ぴったりー♪」などと呑気なことを言うルチアは……間違いなく天然のそれだった。

 

 

 

「はぁ……確かにあんたはハルカの友達だよ。無茶振りのスケールがあいつそっくりだ」

 

「スワローもそんな感じなのかよ……」

 

「お願いッ!実は今日私も飛び入り参加なの。今日プログラムに出場予定だった子達が体調崩しちゃってたくさん穴が空いちゃっててね。私だけじゃその穴を埋めきれないの」

 

 

 

 どうも聞く感じからさっするに緊急事態らしい。ルチアも別にふざけてお願いしているわけじゃなさそうなんだが、それも返ってタチが悪かった。純粋無垢な天才の無茶振りは、俺たち凡人にはきついものがある。

 

 

 

「あ、あのなルチア……お前はそう言うけど、今日のコンテストを観客は楽しみにしてるんだろ?普通その為に何日も何ヶ月も練習したコーディネーターとポケモンで挑むそれに、今日いきなりやらされたトレーナーの演技なんか見せたら……返ってがっかりさせちゃうんじゃないのか?」

 

 

 

 コンテストはこのホウエンでも根強い人気があり、下手をするとバトル興行よりもその収益は大きいらしい。それだけに演者のモチベーションも高く、それはプロトレーナーたちのバトルにかける想いにも匹敵するものがある。そうした本気の演技が人を魅了するんだ。俺だって出来ることなら協力したいけど……下手なことできない。

 

 

 

「ウチもそう思う。そもそもキャストが足りないのもやんごとない理由があったんだろ?今日の観客には悪いけど、突貫工事の間に合わせみたいな真似するより、正直に告知しちゃった方がいいんじゃない?」

 

 

 

 ヒメコも俺に続いてルチアを考え直させる。確かに今日を楽しみにしている人間は多いだろう。しかしその全員を満足させられる答えが用意できないというのが現実だ。どうせ同じなら、正直に言うべきだと俺も思う。

 

 しかし——ルチアの目に迷いはなかった。

 

 

 

「それはダメ。コンテストは開催するなら、今できる最高のパフォーマンスをみんなに見てもらうの。例え告知とは違う演目の変更があったとしても、コンテスト会場から出る時にはみんな笑顔になってて欲しい。それがこの町のコンテストを愛する人たちにできる私たちコーディネーターの義務なんだ」

 

 

 

 固い決意——声色こそ変わらないが、その言葉ひとつひとつに並々ならない感情が込められている気がした。その瞳の奥に力が宿っていて、俺はそれに気圧されそうになる。

 

 

 

「で、でもだったら尚更——」

 

「お願いします。いきなりで迷惑してるってのもわかってる。ステージに立つからにはきっと大変な思いもさせちゃうかもだけど、私のパフォーマンスをサポートして欲しい。本当に簡単なことしか言わないから……」

 

「え、えぇ……?」

 

 

 

 今度の懇願は本気も本気だった。これには俺もヒメコも困惑するしかできない。話を聞く限りやはり下手は打てないだろうし、なんで通りすがりの俺たちなんだとも思う。だから……疑問を持ったまま話を引き受けられない。

 

 

 

「……なんで俺たちなんだ?コンテスト関係者の中にはもっと他に代役がいるんじゃないのか?」

 

「そ、そうだよ。ウチ、自慢じゃないけど舞台どころか学校のお遊戯会にすら立ったことないんだぜ?」

 

 

 

 ヒメコも俺も脚光を浴びるようなことをしたことがない。誰かお願いするにしても俺たちではないことだけはわかる。もしハルカから言われたことで、俺について変な期待をしていて、その上でヒメコまで巻き添えをくらってるんだとしたら……悪いことをしたと思う。

 

 

 

「——素敵だと思ったよ。ふたりは」

 

 

 

 そんな切り出しで、ルチアは自分の気持ちを吐露する。

 

 

 

「この町はいい人ばっかりだよ。楽しみたいって気持ちで来た観光客も、毎日をゆったりと過ごす住民も……でも、その中でも2人がいた場所は、なんていうか……澄んで見えたの」

 

 

 

 それはルチアの……イメージの話だろうか?いきなりスピリチュアルな話だな。

 

 

 

「だからどうしてって聞かれても、はっきりとした根拠はないんだ。でもこの感覚に嘘を吐かれたことはない。私、2人となら最高のコンテストにできると思ったから声かけたんだ」

 

「そ、それは……なんていうか……」

 

「こ、光栄ではあるけど……」

 

 

 

 仮にもこのホウエンのスーパースター。そんな人物に褒められれば、悪い気はしない。俺たち2人は照れるように後ろ頭を掻く。

 

 

 

「——でもそうだね。無理やりさせちゃったらきっと私の願ったようにはならないんだよね……ごめんね2人とも。いきなりこんな事言って困らせちゃって」

 

「いや……うーん……」

 

 

 

 思ってたよりも聞き分けがいい——と、ハルカのことを思い出しながら、それでも塩らしい彼女を見ると少しだけ可哀想にも思えてきた。

 

 おそらくコンテストへのこだわりは尋常じゃない。だからこそきっと活躍しているんだろうけど、その熱量について来れる人間がどれほどいるんだろうか。大抵は俺みたいに尻込みする奴ばかりだろう。その度にこうして顔を曇らせているのが目の前の少女だと思うと——なんて考えていた。

 

 

 

「ホントにごめんね!うん。よかったら今日のコンテスト観にきてくれると嬉しいな」

 

「観にきてって……これからどうすんだよ?アテはあるのか?」

 

「まだ開催まで時間あるし。なんとかなるよ!精一杯頑張れば、きっと今日を最良にできるから♪」

 

 

 

 そう言うルチアの顔は屈託のない笑顔だった。強がりだとは思うけど、それでもなんとかできると信じてるって顔だった。

 

 そんな顔されたら……俺は——

 

 

 

「あーーーもうッ!ウチらの何がそんなに良かったんか知らんけど——いいよ!その話乗ったッ‼︎」

 

「ひ、ヒメコッ⁉︎」

 

 

 

 俺が何か言う前に、まさかのヒメコが起立。茶屋の客がそのことに驚くが、ヒメコは全く気にする素振りすら見せなかった。

 

 

 

「お、おい!いきなりどうしたんだよ⁉︎」

 

「ここで逃げたら女が廃る!あんたも男だったらシャキッとしなよ!今の聞いて心動かされただろ⁉︎ 漢気感じなかったのかお前ッ‼︎」

 

 

 

 いや女性相手にその文句はどうなんだ?——と揚げ足を取ることも叶わず、ヒメコは素早くルチアの手を握る。流石のルチアもまだ頭がついてきてないようで、驚いた顔のままヒメコの言葉を聞いていた。

 

 

 

「ウチに何ができるか知らんけど、あんたの期待に応えて見せる!だから教えてくれッ‼︎ コンテストで何をすればいいのか!!!」

 

「ほ、ホントッ⁉︎ ありがとう‼︎」

 

 

 

 あれよあれよという間に、彼女らの契約は成立していた。安請け合いなんてして……と俺が言えた義理じゃないが——そういえばヒメコも熱しやすいタイプだったってこと忘れてたわ。

 

 そんでまぁ……こうなったらしょうがないよな。

 

 

 

「……俺の連れがさ。このコンテスト楽しみにしてるんだ。だからその……やっぱ俺も中止にされたら困るから……やれるだけのことはしてみるよ」

 

「ユウキくんも……いいの?」

 

「乗りかかった船ってやつかな……なる様にしかならんと思うけど、これも経験ってことで」

 

 

 

 諦めの境地と、まあ死ぬわけではないという少し極端な楽観的な精神の中、不思議と引き受けるのに抵抗がなかった俺はそんな事を口走る。どうせ今日は暇になるんだ。ステージ上がったついでに、タイキとツバサの2人を驚かせてやろうと思う。

 

 

 

「2人とも……ありがとうッ‼︎」

 

 

 

 ——というわけで、何故かトップアイドルと共に自分には場違いなステージに上がることになった俺。

 

 この時はまだ気付いていない。いや案の定ではあるけども。

 

 

 

 ……やっぱり今回も大変でした。

 

 

 

 

 

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煌めく星のような少女に導かれ、ふたりは動かされる——!

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第136話 ピエロ


久しぶりに剣盾草縛りを再開したらどえらい目にあった。
エースバーンきちぃね。




 

 

 

 『縁結びメタモン』で遊んだツバサは満足そうにスキップしていた。それに対してタイキはというと——

 

 

 

「はぁぁぁ……俺って……俺ってやつは……」

 

 

 

 酷く肩を落とすタイキ。その理由は縁結びメタモンの結果にあった。

 

 ツバサからのヒントを頼りにお題のポケモンへとメタモンを変身させるこのゲーム。これが想像以上に難しく、結局当てられないまま制限時間が来てしまった。ツバサとの仲を測るためにやった結果がこの様——そんな悔しさで凹むタイキではあったが、それも仕方ない話ではある。

 

 

 

(でもツバサからのヒント……全部『ふわぁー』とか『バサバサ』とか……擬音語ばっかり言うとは思わなかったッス)

 

 

 

 タイキが驚くのも無理はなく、ヒントと言うにはあまりにも抽象的なものが多かった。一応『〜の進化系』などの直接的すぎるものは禁止されていたのでヒントを出す側も難航していたとは思われるが、それにしても分かりにくい。

 

 ちなみに正解は『キバニア』——擬音とも全く当てはまらないので、ツバサのヒントは返ってタイキを答えから遠ざけていた。

 

 

 

「楽しかったね!タイキくん♪」

 

「え、あ、そっスね!」

 

「な、なんか暗いね。もしかして当てられなかったの悔しかった?私もちゃんとヒント出せなくてごめん……」

 

「いやいやいや‼︎ ツバサは悪くないッス!悪いのは俺の理解力がなかっただけで……」

 

「ち、違うよ!私、昔からこういう協力ゲームでも友達の足引っ張っちゃうこと多くて……」

 

「いやいや!俺も昔から鈍臭いっていわれることばっかだったし——」

 

「……プッ。アハハハハハ!」

 

 

 

 互いが庇い合うように掛け合いをしていると、ツバサの方が笑い始めた。それを見て何故笑うのかとタイキは小首を傾げる。

 

 

 

「ど、どしたんスか?」

 

「いやだって、自分がどれだけ間が抜けてるのか張り合ってるみたいで……もうおかしくっておかしくって」

 

「あ、ハハハハ……ホントッスね」

 

 

 

 ツバサが笑う理由にタイキも同意する。少しおかしくて、それでいてこんな風に話せる事がタイキにじわじわと幸福をもたらせる。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように彼は今最高の気分だった。

 

 

 

「……そういえば、なんでタイキくんはユウキさんと一緒にいるの?」

 

「へ……?」

 

 

 

 突然の質問だった。ツバサはタイキの目をじっと見て聞く。それに少し照れながら、聞かれた事の答えを必死で考えた。何から話したものかと。

 

 

 

「んー……一言で言うなら、一目惚れッスかね」

 

「一目惚れ⁉︎」

 

「あ!変な意味じゃないッスよ!トレーナーとしてというか……いや、人としてアニキを尊敬してるんス」

 

 

 

 タイキはユウキと出会った頃のことを思い出す。そしてこれまでの歩みと、少し前に起こった事件とを続けて思い起こす。そこで必死に何かと戦う少年の姿が、タイキの目に焼き付いていた。

 

 

 

「アニキは……いつも必死なんス。余裕なくて、夢のために頑張ってる。それでもアニキは諦めないんス。砂浜を走ってたあの頃からずっと……」

 

 

 

 その少年の背中は、かつて自分の才能に絶望してやり方を曲げてしまったタイキを勇気付けていた。今こうして月日を共にしたからわかる。試練を経験する上で、生まれや才能なんて関係ないのだと。

 

 ユウキは血の滲む努力と困難に立ち向かうことから逃げることはなかった。

 

 

 

「でもそれなのに、あの人は人が困ってるのを見捨てられないんス。やらなきゃいけないこともあって、少しでも休める時には休みたいはずなのに。それってすごくないッスか?優しすぎるって時々思うッスけど……なんかそんな人が世の中にはいるんだって」

 

「うん……それは私も思うよ」

 

 

 

 ツバサもヒメコから話は聞いていた。ユウキは初対面だったヒメコの話をたくさん聞いていたこと。その上で彼なりにできることを模索して、結果あんなにも熱い気持ちでバトルしていたと言う。それはその結末を見ていたツバサにも込み上げるものがある程。

 

 

 

「ユウキさんはホントに優しい。だからきっとポケモンたちも厳しい道についていくんだと思う。私もいつかそんなトレーナーになりたいって……ユウキさん見てたら思うもん」

 

「そっか……なんか嬉しいッス!」

 

「えへへ……でもそっか。タイキくんはユウキさんのこと大好きなんだね」

 

「……うん」

 

 

 

 言葉にするのは少し恥ずかしい。それでもタイキはそれを肯定した。

 

 ただ生き方を示してくれるだけじゃない。共に笑い、悩み、行動する、そんな友人になってくれたユウキを、タイキは心の底から感謝していた。

 

 それをツバサは——

 

 

 

「それじゃこれからも頑張んなくちゃね!私、いつかユウキさんともバトルしてみたい!プロになったらお願いするね♪」

 

「そ、そん時は応援に行くッスよ!絶対!俺、ツバサのことも——」

 

「いいの?ユウキさん応援しなくて」

 

「え、あ……ど、どうしよう……どうしたらいいんスかぁ⁉︎」

 

「アハハハハハ!その時になるまで決めててね〜♪」

 

 

 

 タイキはひとりで勝手にハマった理論の矛盾に頭を抱える。それを大笑いしながらツバサは先を行く。

 

 

 

「あ!今のは意地悪言ったッスね⁉︎」

 

「ナンノコトデショー。それよりほら!もう少ししたらコンテスト始まっちゃう!」

 

「え、あぁ!もうこんな時間ッ‼︎」

 

 

 

 上手くはぐらかしたツバサはタイキの手を引っ張る。そのままふたりは今日のメインイベント——ポケモンコンテストの会場へと向かうのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 コンテストのエキシビションに審査員はいない。元より芸のお披露目から始まったコンテストは、本格的な競技志向の“エキスパート”というフォーマットが存在するのとは別に“エキシビション”という純粋にポケモンとトレーナーが魅せる演目の為の大会がある。

 

 もちろんカジュアルな雰囲気があるとはいえ、参加するトレーナーもポケモンも本気で練習を重ねてステージに上がる。だからこそ、そこに欠員が出るのはコンテスト運営としては死活問題だった。

 

 

 

「だ、大丈夫なのかよこれ……」

 

 

 

 メインイベンターの突然の欠員。入れ替わりで入ったNo. 1アイドルユニット『ミラクル☆クラウド』の告知と舞台合わせで駆け回るスタッフたちの中で、既にオロオロし始めるユウキ。そんな彼にヒメコは背中を叩いて元気づける。

 

 

 

「大丈夫だって!ルチアも素人にできないことまで言わないはずだろ?それにスタッフの人たちも親切に色々説明してくれたじゃん!」

 

「そうは言うけどさ……」

 

 

 

 ユウキの懸念はそういうことではなかった。何せ最初はルチアの助手としてという話だったのが、知らないうちにヒメコとの共演で場繋ぎの演目に出ることになっていた。

 

 話が違うとはいえ、引き受けた手前今更辞退することはできないのもわかってはいる。そもそも言い出せる雰囲気ではない。しかしこの場の雰囲気に飲まれているのが今のユウキ。そして説明を受けた程度でどうこうなるはずもないほど、彼はかなり消極的な思考になる。

 

 

 

だってこんなに緊張してたら説明通りになんて絶対無理だろ?リハも時間の関係で少ししかできないらしいし、そんなんで本番絶対トチるに決まってる。そもそもあの手の天才肌が言う簡単なことってのも怪しい。俺らにとっては激ムズ難易度の指令をかましてくることも——

 

「こ、怖ぇよ……ブツクサ言われたら……」

 

 

 

 ヒメコもこれにはドン引きである。俯きながら瞳孔が開いた目を地面に落として高速で想像を呟く少年の姿は負のオーラそのものだった。マイナス思考の具現化が放つ不安はヒメコにも伝播する。

 

 

 

「そ、その辺で止めろよ。ウチだって不安になってきた——」

 

「え……ちょっとそれってどういうこと⁉︎」

 

 

 

 ヒメコがユウキに物申している横で、1人の女性スタッフが狼狽えていた。どうやら電話による一報を受けているようだが、焦燥が顔に出ている。只事ではないようだ。

 

 

 

「メインに続いてそんな……とにかく楽屋に行くから!うん、とにかく落ち着かせて‼︎」

 

 

 

 そう言って彼女は電話を切り、素早くどこかへと走る。ユウキたちには具体的なことはわからないが、どうやらキャストに何かあったようだと察しがついた。

 

 

 

「ユウキ……もしかして……」

 

「ああ。ここに突っ立ててもしょうがないし、ちょっと見に行こう」

 

「う、うん……!」

 

 

 

 2人はその騒ぎの場所へと向かうため、女性が駆けた方へと走る。緊張から不安へ……怪しい雲行きになってきたことにユウキもヒメコも顔を顰めていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——練習のし過ぎね」

 

 

 

 到着した楽屋で、後から駆けつけたユウキたちが聞いたのはそんな落胆を多く含んだ声だった。

 

 楽屋には数人のスタッフたちと、おそらく演目を行うためのトレーナーである少女が1人——喉を抑えて蹲っていた。その彼女を支えるように、連れのポケモンであるネコイタチポケモンのザングースとキバへびポケモンのハブネークが心配そうな顔で抱き寄せている。

 

 

 

「あの、ど、どうかしたんですか?」

 

 

 

 ユウキが思わず聞くと、さっき電話を受けていたスタッフのまとめ役と思われる女性が振り返る。

 

 

 

「あなたたち、どうしてここに?」

 

「すみません。さっきの電話聞こえちゃって……それより何が——」

 

 

 

 2人の飛び入り参加者の登場でさらに口を重くした女性。言うべきか悩みつつも、こうなったら仕方ないとばかりにため息をついてこう話した。

 

 

 

「この子……今日のポケモンバンドでボーカルを務めるはずだったの。地方のエキシビションなんてと思わず、たくさん練習していたんでしょうね……今日になって声が出なくなっちゃったらしいの……」

 

 

 

 オーバーワーク。入れ込み過ぎたトレーナーやポケモンにも起こる過剰な練習をしてしまったが故に起きた、必然とも言える事態だった。

 

 この少女の熱量がそのまま仇となって返って来てしまったことに、ユウキたちは言いようのない心痛を味わった。

 

 

 

「——ぁだじ……うだえ……がら゛」

 

「ダメよ喋っちゃ!すぐ病院に行かなきゃ——」

 

「イヤッ゛!!!」

 

 

 

 スタッフの制止も聞かず、無理やり体を振って抵抗する少女。頭の上でまとめ上げていた白い髪の束が崩れて、より一層悲壮感のある見た目になってしまった。

 

 

 

「——あだじッ!ごの日゛のだめに頑張っだんだッ‼︎ 見にぎでぐれ……るお客様ざんのだめにも……ゲホッゲホッ‼︎」

 

 

 

 血でも吐くのかと思うほど、酷使した喉で思いの丈を伝える少女。その痛々しい姿を見れば、彼女がどれほどのモチベーションで臨んでいたかがわかる。

 

 しかし、それでもこんな状態の彼女をステージに上げるわけにはいかなかった。それをスタッフのまとめ役が毅然とした顔で彼女に諭す。

 

 

 

「そう思うなら、どうしてこんな無茶したの?喉は大事な商売道具。一番気を使ってあげなきゃいけないものだってあなたも知ってるでしょ?ここで無茶をしても、あなたの歌は痛々しくて聴けたものじゃない。無理をしても喉が取り返しのつかない状態になったら……あなたは未来まで手放してしまうわ」

 

 

 

 それは非の打ち所がない正論。そして彼女を思っての発言だった。それがわからない少女ではない。だから——彼女の行き場のない気持ちは涙となって溢れかえる。

 

 

 

「……ぅぁ……ごめんなざい……あだじ……あだじ……‼︎」

 

「もう大丈夫だから。今は喋らないで——そっちはプログラムスタッフに連絡!『ホミカのパープルライブ』他のに差し替えか他のプログラムを引き伸ばすかのミーティングを——」

 

 

 

 蹲って泣く少女を慰めつつ、スタッフたちには今後の予定変更についての緊急会議を設けさせる。再び慌ただしくなる周りに、ユウキが眉を顰めているときだった。

 

 

 

「ちょっと待ったァァァ!!!」

 

 

 

 ユウキの隣にいたヒメコが、急に大声を出して一歩前進する。それに呆気に取られたユウキと、何事かと注目するスタッフ。

 

 静寂に包まれた部屋で、ヒメコは泣いている少女に近づく。その顔を見て、さらに少女の額に手をやる。

 

 

 

「——熱とかはないんだな。喉以外の体の調子は?」

 

 

 

 ヒメコが何をしているのかわからない。それになんて声を掛ければいいのかわからない一同を置いて、少女は一言だけ返す。

 

 

 

「他は……大丈夫……でも——」

 

「じゃあギターは弾けるんだな?それだけやってくれたらウチが合わせて歌ってやる」

 

「えぇ゛……⁉︎」

 

 

 

 ヒメコがとんでもないことを言い始めたので、静まり返った一同が口を開けてひっくり返りそうになる。無論ユウキもだ。

 

 

 

「ちょっと待て!お前、歌えんのか⁉︎」

 

「ここ数年はニューキンセツ(地元)でコピバン組んでたからな。趣味程度だけど」

 

「ま、マジかよ……」

 

 

 

 ヒメコは明かしていなかった過去を引き合いに出し、自分の申し出を通そうとする。その目は覚悟が決まっているのかやたらとギラついていた。そんな彼女にスタッフの女性も驚きながら言う。

 

 

 

「でもあなた、この子の歌わからないでしょ⁉︎ 初見の歌を今から覚えるなんて——それにこの子がオープニングで入る予定だったんだから!」

 

「うっ……で、でもやるっ!無理でもなんでも、こいつの歌楽しみにしてる奴だっているんだろ⁉︎」

 

 

 

 ヒメコの思っていたよりも切羽詰まっている状態だったからか、少し怯んだ様子を見せる。しかしそれでも食い下がっていた。それでユウキも思った疑問を口にする。

 

 

 

「歌って……それこそそっちの子が歌わなきゃ意味ないんじゃないか……?」

 

「どっちの味方だよおまえっ‼︎」

 

「えぇ⁉︎ そういう問題じゃないだろ⁉︎」

 

 

 

 ヒメコは少し感情的なり、ユウキは謂れのないことで責められて動揺する。彼女がどうしてこんな無茶な提案をするのか、ユウキには判断がつかなかった。

 

 

 

「——こいつの今日の曲。自分で書いたんだろ?」

 

 

 

 ヒメコはふと地面に散らばった楽譜を手に取る。それは市販の楽譜ノートに、ひとつひとつ丁寧に手書きで音符が記されたものだった。しかもその色んな文字色のペンで書き込みがなされ、それがおそらく練習の度に書き加えていったものだと想像がつく。

 

 それは、音楽少女の汗と涙の結晶だった。

 

 

 

「バンドやってたからわかるんだ。歌詞を書くのも心のうちを曝け出すみたいでスゲェ恥ずかしいんだって……それを誰かに否定されるかもって思うと足がすくむ。誰にも理解されないかもしれない。でも聞いて欲しい言葉を、不器用ながらも音と歌に乗せる——それがどんだけ勇気いることか!」

 

 

 

 ヒメコの想いはユウキにも響くものがあった。それが何故なのかわからないが、それでも彼女は本気で、勢いだけに任せて言ってるわけじゃないと悟る。

 

 

 

「——あんた名前は?」

 

「……ほ、ホミカ……ゲホッ!」

 

「ホミカ!あんたの歌、ウチに貸してくれ!あんたがこの日この場所の為に綴ったもんを、ウチに歌わせて欲しい!だからウチと一緒にステージに立ってくれッ‼︎」

 

 

 

 熱い——あまりにも熱烈な申し出に、ホミカと名乗る少女も胸を打たれた。何故かは知らないけれど、自分の本気をここまで汲んでくれる見ず知らずの誰かに……頼んでみたくなったのだ。

 

 

 

「でも……オープニングまでもう1時間もないわ!それまでにどうする——」

 

「……俺、なんとかしてみます」

 

 

 

 そのヒメコに胸を打たれたのはユウキもだった。心の中で「しょーがない」と呟いて、彼もまた一歩踏み出す。

 

 

 

「俺たち2人でやる予定だったプログラム。余興程度の簡単なものだったんで、それをオープニングに回してください。あとは俺とポケモンたちでなんとかします」

 

「た、確かにそれなら時間は稼げるわ。でも……いくらシナリオも決まってるステージだからってあなた、ポケコンは初めてでしょう?」

 

「…………」

 

 

 

 もちろん言われた通り、緊張しないわけがない。ユウキにとってこれは初めての舞台。しかも事前に練習をしたわけでもなんでもないただのど素人だ。ステージに上がった途端に何もできなくなる可能性だってあった。それがわからないユウキではない。

 

 

 

「——それでも。目の前に同じ条件で。もっと難しいことやろうとしてる奴がいるんです。今から事情を説明して他の人にやってもらうよりも、覚悟決まってる俺を使う方が話が早くていいでしょ?それに舞台ですっ転んでも俺は痛くも痒くもない。お客さんに笑ってもらえるなら、ピエロになるのも悪くないです」

 

「ユウキ……ごめん。ウチ——」

 

「今更謝んなよ。とにかくやれるだけのことやってみれば、あとはどうにかなるんじゃないか?」

 

 

 

 自分に引きずられる形でユウキも巻き込んだと思ったヒメコは塩らしくなる。しかし彼もそんなことは気にしていない。ユウキはヒメコの言葉でようやく覚悟が決まっていた。

 

 それを見ていたスタッフリーダーの女性が——

 

 

 

「あーもうッ!最近の若い子ってのは本当に——プログラムスタッフに再度連絡して!かなりごちゃついたから改めて指揮系統整えるわよッ!照明と音響効果係にも連絡‼︎ とにかく時間厳守!後は——」

 

 

 

 的確に指示を出し、開会の手筈を整えるために檄を飛ばす。それを受けたスタッフたちは、今まで以上に気合を入れて駆け出した。

 

 彼らも……ヒメコの言い分には思うところがあったようだ。

 

 

 

「——あとは本当。なるようになるしかねぇよな」

 

 

 

 最後にユウキはそんな一言だけを残して、自分が言ったことへの後悔を捨てたのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲコンテスト会場——。

 

 今宵は年末シーズンで訪れた人間も観にくるため、通常をはるかに上回る来場者数になっている。その中にはタイキとツバサの2人——少し離れた場所で売店で買った焼きそばを食いながらその男女を監視するカゲツの姿があった。

 

 

 

「すごい人っスねー……俺、コンテスト初めてなんス」

 

「そうなんだ。私は時々シダケの会場に観に行ってたよ。こんなにお客さんがいるのは初めてみるけど……」

 

 

 

 この来客数を見ながら、よく昨日の時点でチケットが取れたものだと感心するタイキだった。そして——

 

 

 

「《——お待ちかねの皆々様方!ようこそおいでくださいました‼︎ これより……ハジツゲエキシビションコンテストをご覧くださいませ‼︎》」

 

 

 

 開会の口上が述べられた。それと同時に観客全員から拍手がステージに向かって拍手が送られる。それに習って2人も拍手を送り、その後これから見る演目のプログラムを確認するために端末でコンテスト会場のホームページへアクセスした。

 

 

 

「——あれ?なんか演目変わってるッスか?」

 

「あ。なんか元々やるはずだった人たちが体調崩しちゃったみたいだよ。メインイベントを務めるグループもいなくなっちゃったんだけど……あの『ミラクル☆クラウド』のルチアちゃんが出るって噂になっちゃって!」

 

「え、嘘ッ⁉︎ だからこんなに人が——⁉︎」

 

 

 

 本来以上の集客の理由はまさにそれだった。昼の段階でミラクル☆クラウドの参戦が告知された後、その情報はあちこちに広まり、見ての通り満席にしてしまったのだが、その人気ぶりには呆れるほどだとタイキは内心思っていた。

 

 

 

「じゃあラッキーだったっスね!俺もルチア見るの初めてッス!」

 

「ねっ!あ、そろそろオープニング始まるっぽいよ!」

 

 

 

 スーパースターの予期せぬ参戦で胸が躍るタイキとツバサ。そんな期待に胸を膨らませ、その前座を務めるトレーナーとポケモンたちに思いを馳せる。

 

 それがまさか自分たちのよく知る人物とは知らずに——

 

 

 

「——《それではまず最初に登場していただくトレーナーとその仲間たちをご紹介!——どうぞ‼︎》」

 

 

 

 その声と同時に、舞台に照明が集中する。観客がその場所に意識を集中していると、舞台袖からひとりの少年が——関節が錆びついたブリキ人形のような動きのユウキが現れた。

 

 

 

「アニキ——⁉︎」

 

「ユウキさん——⁉︎」

 

「ブフォーーー‼︎」

 

 

 

 タイキとツバサが大口を開けて固まり、カゲツは口に含んでいた焼きそばを噴射する。それも当然。朝方別れたきりの少年がこんな舞台に上がっているのだから。

 

 

 

「——《本日我こそはと舞台に飛び入りで現れたのは遠路はるばるミシロの地より足を運んだ少年!現在プロ活動で躍進中の期待の新人が、今宵はコンテストという畑違いの舞台で華を咲かせます!彼の勇気ある出場とこれからの演目に大きな拍手を‼︎》」

 

 

 

 何も知らない観客はそんな前口上に興味を示して拍手を送る。それぞれ思い思いの眼差しをユウキに向けていたが、当の本人はというと——

 

 

 

(——眩しッ‼︎)

 

 

 

 絶賛ステージに向けられた照明にキレていた。ヤケクソの神経である。

 

 

 

(あ〜〜〜ちくしょう!ヒメコに当てられて変なことになっちまったじゃねぇかちくしょうッ‼︎ なんかもうちくしょう‼︎ 安請け合いの達人がッ!今日ほど俺を呪ったことねぇよ俺ぇぇぇ!!!)

 

 

 

 ——などと脳内で今更な後悔を叫んでいたユウキだった。そんな忙しい心境とは裏腹に、体は鉛のように重い。頭も愚痴以外の事柄に全く働かず、ただひたすら棒立ちを決め込むのだった。

 

 

 

「飛び込みだってー!勇気あるわね!」「なんか固まってない?緊張してんのかな?」「おーい坊主ー!人って字書いて飲み込めよー!」「いやそれ出てくる前にやる奴ぅー!」

 

 

 

 そんな野次が飛んできて、会場は和やかな雰囲気に包まれる。ユウキはそれに少し気が紛れたのか、止めていた息を少し吐く——が。

 

 

 

——グネッ。

 

「んぎゃ——!」

 

 

 

 最初の一歩で足首を挫いた。そして悲しげな声をあげる。哀れすぎるその姿に会場は——

 

 

 

——アハハハハハ‼︎

 

 

 

 ウケた。これにはユウキも苦笑い。情けない姿を晒して泣きそうだが、大見え切る時に言ったピエロになるという預言が見事的中したことに我ながらおかしくなっていた。

 

 そして、転んだ拍子に出す予定だったポケモンたちの入ったボールがあたりに散らばっていることに気付いた。

 

 

 

——パパパパーンッ‼︎

 

 

 

 それは図らずもユウキの手持ちたちの登場となる。

 

 ジュプトル(わかば)マッスグマ(チャマメ)ビブラーバ(アカカブ)カゲボウズ(テルクロウ)——その4体が、何が何だかわからずに外の世界へ放り出される。

 

 

 

「やべ——」

 

 

 

 そう思ったのも束の間。チャマメが広いステージを見て本能的に何かを察した。

 

 これは楽しいやつだ——と。

 

 

 

——グママァ〜♪

 

「ちょ——チャマメ⁉︎」

 

 

 

 チャマメは走った。ステージの端から端までを、ジグザグマだった時とは違って直角にカーブしながら駆け回る。その愛くるしい姿に会場は甘いため息に包まれた。

 

 しかしユウキにとってはそれどころではない。

 

 

 

「こんなの台本にないって——わかば、取り押さえてくれ!」

 

 

 

 その任を預かったわかばが走る。いつもならこれで楽しさで暴走するチャマメを取り押さえることに成功する。しかし——

 

 

 

——グママァー!

 

 

 

 今日のチャマメのキレはすごい。充分にわかばを引きつけたと思ったら、驚くべき瞬発力でその場からいなくなる。目の前からチャマメの姿を見失ったわかばは——

 

 

 

——ゴロゴロズデーン!

 

 

 

 ステージ上で大転倒。これにはユウキも口ががっぱりと開く。

 

 

 

「嘘ぉーーー⁉︎」

 

 

 

 そのリアクションと共に会場は大爆笑に包まれた。全く台本にないことだが、その間抜けっぷりに場内の人間たちは大口を開けて笑う。

 

 そんな中、鬼ごっこか何かと勘違いしたチャマメをテルクロウとアカカブがなんとか取り押さえていた。ひとまず事なきを得たといった感じだった。

 

 

 

(ふぅ……いきなりやらかした。で、でもなんかウケたし……うん。俺はこんくらいのパフォーマンスでいいよな?)

 

 

 

 決して狙ってやってるわけではないだけに恥ずかしさは否めないが、この際それはどうでもよかった。ユウキは諦めの境地を秘めつつ、とりあえずすっ転んだわかばに手を差し伸べる。

 

 

 

「お前もらしくないよな。ほれ、立てるか——わかば?」

 

 

 

 皮肉混じりにわかばに声をかけたユウキは、彼の様子がおかしいことに気付く。手をついて蹲るわかばは、地面の一点を凝視して動かない。まさか今のでどこか痛めたのか——そんな嫌な予想をしたが、事態はそれほど深刻ではなかった。

 

 それに気付いたのは、やはりユウキだった。

 

 

 

「……まさか、お前も緊張してんの?」

 

 

 

 このリアクションに思い当たることがあったユウキにはすぐにわかった。しかしまさかわかばに限って……などと都合の良いように思っていた彼にとっては青天の霹靂。あのクールで与えられた仕事を卒なくこなすわかばさんが緊張で動きを悪くするとは思えなかった。

 

 しかし考えてみれば、わかばは元々人に慣れていたわけでもなんでもない。慣れない環境にいきなり放り込まれれば、このくらいは当たり前なのである。

 

 

 

「……すまんなわかば。使える主人が悪かったと諦めてくれ」

 

 

 

 そんな残念な巡り合わせに同情しつつ、ユウキはわかばの肩に手をおいた。それにわかばは背中で語る。

 

 ——恨むぞご主人……と。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキのプログラムは概ね成功した。

 

 彼らが今回演じたのは、ポケモンによるテレビゲーム攻略だった。ステージの大画面に映し出された横スクロールのポピュラーなアクションゲームを、巨大なコントローラーを模したパネルでポケモンが踏んづけて操作するというもの。大掛かりな装置ながら、ポケモンがいれば誰でもプレイできるような代物で、飛び入りのユウキにはもってこいの演目だった。

 

 だが、ポケモンに指示を送るユウキの役割の他にもうひとつ。このゲームをスリルあるものにする役割がある。それが——

 

 

 

「——あひゃひゃひゃひゃ‼︎ や、やめ——もうギブギブッ‼︎」

 

 

 

 コントロールしているキャラが撃墜される度に、罰ゲームを受ける役割だ。ユウキは現在、エネコロロによるくすぐり地獄にあっていた。

 

 

 

「チャマ!そのまま踏んづけて——今!そこ!わかばジャンプ‼︎」

 

——ピチューン!ちゃららら〜。

 

「《本日3度目の撃墜!哀れ!少年にはユキメノコもびっくりの雪化粧——もとい!小麦粉化粧をプレゼントッ‼︎》」

 

「ふざけ——ぶぉふぁーーー⁉︎」

 

 

 

 ユウキはアクリルのガラスケースに入れられて、その上から大量の小麦粉をぶっかけられる。粉まみれの姿は、かつての彼の面影の一切を消した。

 

 

 

「——アカカブいいぞ!テルクロウ、ゆっくりでいい……そのままその敵を惹きつけて——わかば!飛べッ‼︎」

 

——ピチューン!ちゃららら〜。

 

「《おおーと20回目です!流石にあまりの敗北っぷりに罰ゲームのストックが底をつき始めた裏方が焦っているぞー!》」

 

「え、じゃあもういいんじゃ——」

 

「《スタッフ!ここで起点を効かせます!こんなこともあろうかと浴槽にお湯を溜めておりましたぁ!彼に罰ゲームを受けさせるという固い意志を感じます‼︎》」

 

「ちくしょうめぇぇぇ!!!」

 

 

 

 ……そんなこんなで、ユウキは予定よりも長くステージを独占し、結果観客たちをあったまらせることに成功していた。

 

 その代償として、ステージ前の姿の原型を留めずに帰ってくることにはなったが……。

 

 

 

「——お疲れ様!すっっっごく楽しかったよ♪ ありがとうユウキくん‼︎」

 

「そ、そりゃ……よかった……」

 

 

 

 顔中に落書き。全身を小麦粉と水でドロドロにした、疲弊しきったユウキは力なく笑う。それを出迎えたのが舞台袖にいたルチアだった。

 

 

 

「本当に!初めてのステージとは思えないよッ‼︎ よかったらこのままコーディネーターにでもなっちゃう⁉︎」

 

「勘弁してくれ……スカウトなら他をあたってくれ」

 

「そっかぁ……でも頑張ってくれて嬉しかったよ!無理なお願いしたのに……」

 

「……ルチア?」

 

 

 

 ユウキはそう言うルチアに違和感を覚えた。常に明るく前を向く彼女にしては、少しだけ今の言葉に後ろめたさのようなものを感じたからだ。そんなことを今更気にするのかと。

 

 

 

「あ、まぁほら。乗りかかった船って奴だし。なんとかなってよかったよ。頼まれたとはいえ、みんなが本気で舞台の準備してるとことか見ちゃうと……俺も熱くなったしさ」

 

「そうなの……?」

 

 

 

 ルチアは不思議そうにユウキを見る。それほど変なことを言った自覚はないと思っている彼だったが、慌てて自分の言葉に注釈をいれる。

 

 

 

「だ、だからってコンテストにこれからも——ってわけにはいかないけどな?それでも、そんな熱い気持ちで作った舞台に……なんか貢献できたんだとしたら、やっぱ嬉しいって話だ。そ、そんなに変なこと言ってないだろ⁉︎」

 

「——フフ……そうだね。ユウキくんは本当に優しいんだね」

 

「は、ハァ⁉︎ なんでそうなる——」

 

 

 

 そう言うと、ルチアはユウキに近づく。なんだと思う間に、その顔は彼の顔に近づいて——

 

 その頬にキスをされた。

 

 

 

「……ッ⁉︎………‼︎⁉︎」

 

「舞台を頑張ったご褒美♪ あとは私とのメインイベントまでゆっくり休んでね!あ、それとその格好!早くお風呂入っちゃって!次は綺麗なユウキくんと会いたいな——それじゃ‼︎」

 

 

 

 ユウキは事態を全く飲み込めず、ひたすら目を白黒させるだけだった。ルチアがそれだけ言い残して去っていくのをフリーズしたまま見送ることしかできない彼は……しばらくした後こう言うだけだった。

 

 

 

「——アイドルってわかんねぇな」

 

 

 

 

 

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コンテストの夜はまだまだ続く——!

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。


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第137話 想いの歌


最近筆も乗って絵も描いてます。イラストコーナーも増えていってますんで、よかったら見てください!ファンアート、毎回ほんと感動してます(T ^ T)




 

 

 

「——はぁー面白かった!ユウキさんあんなことできたんだね♪」

 

「いやホント。アニキはこれだから飽きないんスよ!」

 

 

 

 ユウキの醜態——もといプログラムを見終えたツバサとタイキは笑い過ぎて流した涙を拭っていた。それだけユウキとポケモンたちが織りなすドタバタコメディは人の心を掴んでいた訳だが、当の本人には知る由もない。

 

 

 

「でもなんでユウキさん、飛び入り参加なんてしてたのかな?」

 

「そっスよね……アニキ、こういうの苦手そうだったし——ちょっと聞いてみるッス」

 

 

 

 プログラムを見る前に抱いた疑問を思い出して、タイキはメールでユウキに連絡する。すると——

 

 

 

「返信早ッ!」

 

「なんて?」

 

「えっと……『ルチアというアイドルに頼まれて穴埋めの為に入った。それでもキャストが思ってたよりも足りなくて、この後ヒメコも出てくるから応援よろしく』——ってマジっスか⁉︎」

 

「ヒメちゃんが⁉︎」

 

 

 

 ユウキから帰ってきた文面を読み上げた後、2人はさらに驚く。ユウキだけにとどまらずヒメコまでこの演目に参加してるというのだった。

 

 

 

「でもヒメちゃんは今ポケモン持ってないはずだけど……」

 

「そ、そっスよね。貸出とかかな……次のプログラムに出てくるらしいッスけど……」

 

「いきなりでヒメちゃん大丈夫かな……」

 

 

 

 2人はこれから舞台に立つ友人を心配する。彼女の後ろ向きな性格を考えればそれも仕方のないことだった。長い時間ともにいるツバサはより一層心配する。

 

 

 

「……大丈夫ッスよ。きっと」

 

 

 

 それでもヒメコを信じたのはタイキだった。その言葉にハッとするツバサ。

 

 

 

「アニキもあんな風に人を楽しませられた。アニキのキャラじゃ想像もできないことをしてくれたんス。きっとヒメコも……」

 

 

 

 そこには根拠なんてない。願いに等しいそんなタイキの期待を、ツバサも願わずにはいられなかった。

 

 この後の舞台が、どうか良いものになりますように——と。

 

 

 

「——《それでは続いてのプログラムに参りたいと思います!飛び入りの少女が参加‼︎ その度胸を声に乗せて皆さんにお届けします——『ヒメコとホミカのパープルライブ』‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 眩しい——。

 

 暗い舞台裏から一歩出れば、そこは光の中だった。

 

 ウチは無意識のうちにその中にいて、呆然としていたのだと今更気付く。

 

 

 

「……ヒメコ?」

 

 

 

 隣に立っているのは、このバンドグループの正規ボーカルのホミカ。掠れた喉でウチのことを呼ぶ。それで意識がやっと現実に引き戻された。

 

 

 

「——《本日、ホミカの喉に異常が出たところ、なんと彼女が代役として名乗りでてくれましたッ‼︎ 彼女も先の少年と同じくコンテストは初めて……皆さん!この思い切りにどうか拍手を‼︎》」

 

 

 

 舞台に次々と楽器類が運び込まれる中、司会進行役がそう言うと、ステージから拍手が波のように押し寄せる。それでようやくわかった。ここにはとんでもない人がいるのだと。

 

 そして——今からここでウチは歌うんだ……って……。

 

 

 

「ヒメ……だ……ぃじょぶか……?」

 

 

 

 大丈夫?——なんとかそれを聞き取れたウチは何も答えられなかった。

 

 嘘だ……だってさっきまではあんなに張り切ってたじゃんか。ウチ、本気でホミカ達の力になりたくてここに立ってるのに……今は頭の中が真っ白だ。

 

 最初から緊張してた。それでも腹を決めたはずなんだ。それが……なんで……こんなッ‼︎

 

 

 

「……ッ‼︎」

 

 

 

 次にウチを襲ったのは体の震え。指先も足元もガクガクになっていた。今なら押されるだけで倒れてしまいそうな——そんなプレッシャーがそうさせるんだ。

 

 止まれ——止まれよこの臆病者ッ‼︎ ウチらの為に体張ったユウキに申し訳が立たないだろ!あいつだってすごく緊張して、ずっこけるくらい震えてたんだ……ウチだけこんなことでどうする……⁉︎

 

 

 

「ヒメコ……」

 

 

 

 ホミカは心配そうにこっちを見てくる。ごめんホミカ……歌を貸してくれなんて言ったのにこんなザマで……ちくしょう。

 

 そろそろ舞台のセッティングが終わる。それが完了したらあとは歌うだけだ。でも今のウチには無理だ。今はただこの時間が少しでも長引けばいいのにとか馬鹿なこと考えちまってるウチには——クソ!ユウキはなんで大丈夫だったんだよ……!こんなの……無理じゃんか……——

 

 

 

「…………あっ」

 

 

 

 その時、あいつの顔を思い出して……ウチは気付いた。どうしてユウキは大丈夫だったのか……その理由に。

 

 

 

(——あいつもこんな気持ちで戦ってたのかな……)

 

 

 

 あいつの経歴はわからない。でもきっと転んでも立ち上がってやる事やれたのは、こんな場面を何回も経験したからじゃないのか?

 

 プロになるまでもなってからも、あいつは人目のつくとこで進退賭けたバトルをしてきたんだ。その怖さを知ってるから、あいつは今日ウチの無茶にも付き合ってくれたんだ。

 

 初めてのことに挑む大変さを……ウチなんかよりずっとわかってたんだ。それなのにウチは——

 

 

 

「——《さあ!舞台は整いました!長らくお待たせいたしました——》」

 

 

 

 その声が耳に入った瞬間、心臓が止まるかと思った。ただ突き動かされるように、目の前のスタンドマイクのところまで進む。ウチにはそれが死刑台にすら見えた。

 

 きっと後ろでまだホミカが心配そうな顔で見てる。ごめん……ウチなんかでほんとにごめん。考えなしに首を突っ込むからこんなことに——観に来てくれてるみんなもきっとがっかりする。デートしてるあいつらにも……ごめん。

 

 

 

「《それでは歌っていただきましょう‼︎——『ヒメコとホミカのパープルライブ』!ミュージック〜〜〜スタートッ!!!》」

 

 

 

 司会が胸を張ってプログラム開始のコールを叫ぶ。そして——

 

 

 

 舞台は静寂に包まれた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキが違和感に気付いたのは、演目を終えてどっと疲れた体を舞台裏の通路にあった椅子に預せていた時だった。

 

 体中がドロドロ。まさしくピエロに相応しいナリの彼は、心地よい倦怠感に包まれていた。きっとこのあとのヒメコも、大変だとは思うが乗り越えてくれると信じて——

 

 しかし、そろそろ鳴り響くはずの音楽が一向に流れてこなかった。代わりに人がざわつくような物音が舞台の方から聞こえてくる。

 

 

 

「……どうしたんだ——あっ!」

 

 

 

 そう思ったのも束の間。ボールに入れたばかりのカゲボウズ(テルクロウ)が飛び出してきた。そして、一目散に元主人が立つ舞台の方へ飛んでいく。

 

 

 

「テルクロウ⁉︎ ちょっと待ておい——!」

 

 

 

 ユウキも重い体をなんとか起こしてその後を追う。舞台袖のところまで追いかけると、光が差しているステージの一部が覗き見えた。そこには……棒立ちで動かないヒメコがいた。

 

 

 

(ヒメコ——あいつまさか!)

 

 

 

 ユウキはすぐにわかった。当然だ。さっきまで自分が襲われていた感覚なのだから。それでヒメコが動けなくなったとしても不思議じゃない。

 

 

 

(嘘だろ……あんなに大見栄切っといて、ここで潰れるのかよ……!クソッ!どうする……なんとかしてやりたいけど——)

 

 

 

 ユウキは友人のピンチを悟り、すぐにできることを考えた。しかし舞台裏から声をかけるなどできるわけもなく、勝手に駆け寄るなんてもってのほか。できることとしたら大きな紙に応援の言葉を書くくらいだが、それこそヒメコが周りを見なければ始まらない。

 

 

 

(頼むヒメコ!せめてこっちを見てくれッ!周りに助けを求めてくれッ‼︎——諦めんなッ‼︎)

 

 

 

 ユウキはひたすらに念じた。それが伝わるはずもなく、ヒメコはただどこか空を見て固まっている。それに観客たちのざわめきは増すばかりだった。

 

 

 

「あれ……どうしたんだろ?」「緊張か?飛び入りらしいし」「かわいそう……早く下げて上げればいいのに」「ルチアちゃんのプログラムの時間押しちゃうよー。やらないなら早くどいてくれー!」

 

 

 

 心配、苛立ち、戸惑い……観客もそれぞれの思いを口にしながらヒメコを観ている。この視線はやはり痛く、頭の中が真っ白なヒメコは悪いことにそんな言葉だけは耳に届いてしまうのだった。

 

 

 

(ウチは……ウチ……は……!)

 

 

 

 半ばパニックになるヒメコ。自分の浅はかさを呪いながら、どうしていいかわからなくなってしまった。

 

 何を歌うはずだったのかも、出だしはどうするのかも、ポケモンたちとのアイコンタクトも——何もかもが吹き飛んでいた。

 

 ホミカも堪えるのに限界が来ていた。スタッフ一同も頭を抱えて、彼女を下がらせる指示が出される。

 

 ヒメコの挑戦は無謀だった——誰もがそう思った時だった。

 

 

 

「ヒメちゃーーーん!頑張れぇーーー!!!」

 

 

 

 ステージの向こうの暗闇から、聞き馴染んだ声がヒメコに届く。彼女はハッとして暗闇を見つめた。どんなに目を凝らしてもその姿はわからないけど——

 

 

 

「ツバ……サ……?」

 

 

 

 ヒメコが友達の名前を呟いている時、司会者の元まで彼女を下がらせるよう指令を受けたスタッフを止める者がいた。

 

 ルチアが人差し指を口元で立てて、スタッフを制していたのだ。その顔が「もう少し待ってあげて☆」と言っているように見える。

 

 

 

「頑張れ……って……」

 

 

 

 ヒメコは呟く。何を頑張ればいいのかを問う。こんなにも情けない自分に何ができるのかと——

 

 

 

「ヒメコォォォ‼︎ 根性見せろッスぅぅぅ‼︎」

 

 

 

 今度はツバサとは違う声。しかしこちらも昨日聞いたばかりの声だった。ツバサと共にいるであろうタイキの声援は、さらにヒメコを勇気づける。

 

 この場にいるほとんどの人間が戸惑っている。それでもヒメコはその言葉で意識を取り戻し、少しだけ周りを見る余裕ができた。視界の端で何かが動いている気がして、舞台袖の方を見ると、そこには酷い姿のユウキが大きな身振りで何かを見せてきていた。

 

 

 

(あいつ——『周りを見ろ』……?)

 

 

 

 ユウキがカンペに書いた文字の通りに見回すヒメコ。それでステージには自分だけが立ってるわけじゃないと気付かされる。

 

 ギターに巻きつくハブネーク。ドラムで構えるザングース。ベースを握りしめてこちらを見るホミカ。

 

 

 

(そうだ……ウチ……ひとりで頑張ってるわけじゃなかった……)

 

 

 

 どこか独りよがりだった。それに気付くと途端に恥ずかしくなる。ヒメコは自分を恥じていた。

 

 

 

(バカだなホント……元々ウチはそんな器用な人間じゃないって知ってるのに……誰かに本音をさっさとぶち撒けときゃよかった……)

 

 

 

 プレッシャーに押し潰されそうなことに今まで気付かなかった鈍感さ。強がりだけで出しゃばってしまう事への呆れ。そして……それでも自分が選んだ行動への誇らしさを思い出す。

 

 いつか……あそこで白塗りになっている少年に諭された言葉を思い出す。

 

 

 

——どんな選択をするにしても、お前自身の気持ち……それにだけは嘘つくなよ。

 

 

 

 (今日自分がここに立つと決めた想い……気持ちは本物だって、今なら胸を張って言える。ホミカのためだけじゃない。ホミカや練習してきたポケモンたち、それを楽しみにしてくれてる人達にがっかりしてほしくない——そんな我儘なウチの為の選択だ!)

 

 

 

 ヒメコは腹を決め直す。その瞳孔に宿った火は、ホミカにも伝わった。

 

 2人の少女は示し合わせることもなく——それぞれのやることに集中する。

 

 

 

 ——今なら歌える。

 

 

 

——ギャーーーンッ!!!

 

 

 

 ポケモンたちはホミカの合図で楽器を演奏する。ざわつきを切り裂くギターの音が会場を駆け巡った。

 

 

 

「———ッ‼︎」

 

 

 

 短い伴奏は人々の意識を舞台に惹きつける。それだけでこのバンドの本気さが伝わった。それだけの音圧がそこにはあったから——そして、ヒメコは息を吸い込む。

 

 

 

———♫

 

 

 

 アップテンポな演奏は出だしが重要。その一発目の発声をピタリと決め、そのままテンポに乗る。歌声は力強く——それでいてリズムも正確だった。ヒメコの歌唱力はスタッフはおろかホミカの想定も超えている。

 

 演奏の迫力に全く力負けしない歌声には、人の心を奮わせる何かが宿っている。それはかつて彼女が趣味と称して歌っていたここ数年の鬱屈や期待や不安が見事に溶け合った感情が成せる業だった。

 

 ヒメコたちの演奏に、観客は総毛立つ。

 

 

 

「———ッ♪———ッ♫」

 

 

 

 ホミカの演奏は荒々しくも繊細な音の粒を生み出す。このレベルの高さは多少の努力では決して出せないものだと歌うヒメコにはわかる。それをこのテンポで奏でる指に感銘を受けつつも負けてなるものかとヒメコも火花を散らせる。

 

 ホミカもそんなヒメコの初見とは思えない不動の歌声に驚かされていた。ただの飛び入りじゃない。多少自分の想定した歌い方とは違うが、曲調を全体的に捉えたそれはもう彼女の歌に昇華されている。

 

 この短時間で読み込んだだけの譜面を——彼女は喰らったのだ。

 

 

 

「……ハハ、そうだよな。何の自信もなくあんなこと言うわけない……か」

 

 

 

 舞台袖でその歌唱を聞いて呆気に取られていたユウキが呟く。ヒメコの歌は素人の彼が聴いてもわかるほどの出来栄えだった。その力量に全てを納得したユウキは安堵する。

 

 ——それで反応が遅れた。

 

 

 

——カゲゲッ♫

 

 

 

 脇にいたテルクロウが音に乗って舞台に躍り出てしまったのだ。それで「あっ!」と声をあげるがもう遅い。テルクロウは予定にない乱入をして——

 

 

 

——“鬼火【怨鳥(オンドリ)】”

 

 

 

 テルクロウは青白い炎をいくつもステージ上空に飛ばす。それに観客たちは視線を誘導され——

 

 曲はサビに入る——!

 

 

 

——ドパァァァァァン!!!

 

 

 

 複数の“鬼火”が互いにぶつかり合って弾ける。それは音と閃光となって、ステージのエフェクトと化す。しかし予定外のそれに動揺する主役達ではなかった。演奏は乱れず、力強さを増す。

 

 今は完全に集中状態。ゾーンに入ったバンドメンバーは流れるリズムの中で想いのままに音を奏でる。その光景、音に観客たちは腕を振って歓喜した。

 

 ヒメコのそんな初めて見る姿に一際興奮しているツバサが、その中で顔を真っ赤にして叫んでいる。その隣でタイキもその熱に当てられていた。

 

 

 

「キャアーーーッ!!!ヒメちゃんかっこいいーーーッ!!!」

 

「ホントに……本当にすごいッス!!!そのままいけぇーーーヒメコォォォ!!!」

 

 

 

 ステージで堂々と歌う彼女の声がその興奮を押し上げる。楽器の演奏に自然と体が動く。鼓膜が震えるほどの爆音が腹の底まで響いて、その場の誰もを惹きつけ魅了していく……それが自分たちの友人であることが誇らしかった。

 

 曲は2度目のサビを迎え、曲調が少しトーンダウンする。歌が好きな者は知っている。この時間こそ、ボーカルが最も光る時間であることを。

 

 

 

「———♪———♫」

 

 

 

 楽器の音が落ち着き、歌声がより強調される。改めてその声に心打たれる観客。歌詞のメッセージ性に気付き、共感——そんなキャストとゲストの心がひとつになり——

 

 ——ラスサビが始まる!

 

 

 

——ワァァァアアア!!!

 

 

 

 それはこの世で最も濃密な時間のひとつかもしれない。たかだか数分の演奏の中に思い出さえ残すほど衝撃的な歌。皆が歌の終わりを予感しながら、その勢いは止まらない。

 

 たかだか数分——しかし、そこに生じた熱は永遠に続くとさえ思わされた。

 

 

 

 ……そして、ヒメコが最後の歌詞を歌い上げると——

 

 会場は震えるほどの拍手喝采を送っていた。

 

 

 

——ワァァァアアア!!!

 

——パチパチパチパチパチパチ!!!

 

 

 

 感動の声。割れんばかりの拍手。そんな賞賛がステージのキャスト達に注がれる。この時間をくれたヒメコとホミカ、ポケモンたちに……。

 

 

 

 音楽には人を動かす力がある——月並みに誰もがそう言うが、それを経験できた者はそう多くない。

 

 興奮の嵐が誰も彼もを巻き込んで、人々はこのひと時に酔いしれた。滝のような汗に溺れるバンドメンバーが生み出す熱がそこにはあった。そんな場所でも決してかき消されることがない音楽こそ——人を動かす。

 

 それが後にロックスターとなったホミカがとあるインタビューで語った、この日のステージへのコメントだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——お疲れさん」

 

 

 

 コンテストの舞台裏。雑におかれた椅子に座って宙を見つめるヒメコを見つけた俺は、そう言ってひとつのスポーツドリンクを手渡す。

 

 

 

「ユウキ……なんだよ。差し入れとか気が効くじゃん」

 

「素直にありがとうって言えないのか……」

 

 

 

 やたら大御所ぶった物言いに苦笑いしつつ、俺はヒメコの隣に腰を下ろす。別に何か話があるわけでもない。ただなんとなくだ。

 

 ただ普通に、ステージを終えた主役に一言かけたくなっただけ。

 

 

 

「……ステージよかったな。歌あんなに上手かったとは」

 

「上手くねーよ。音はずしまくってたし。テンション上がってテンポ走ったりしてたし」

 

「ハハ。素人目には何もわかんなかったぞ」

 

 

 

 俺はそこまで歌に詳しくはない。あんまり聞かないし。でも、きっとヒメコが言うようなことよりも大事なものがあるのはわかる。

 

 というより、あのステージにはそれがあったんだって思うんだ。

 

 

 

「——感動した。マジで。歌ってあんな元気もらえるんだな」

 

「な、なんだよ急に!気持ち悪い……」

 

 

 

 今のは分かりやすくヒメコの照れ隠しだった。それにしたってもうちょい使う言葉は選べと思うが。

 

 

 

「ま、まぁ俺もそんなに音楽聴くほうじゃないからさ。アテにはなんないかもしれんけど、そんな奴ですら体が動いたんだぞ?それってすごい事だと思う」

 

「あ、あれは……ホミカの作った曲が良かったからでさ……」

 

「それでも……いやきっと誰かひとりでも本気じゃなかったら、あんな歌になってなかったと思う。それにボーカルがなんだかんだ一番目立つだろ?あんだけ拍手喝采されたんだ。絶対お前の歌に惚れた奴多いだろ」

 

「惚れ——⁉︎」

 

 

 

 俺がなんとか感じた気持ちを伝えていると、何故かそこだけに反応するヒメコ。結構言うの恥ずかしいんだからちゃんと聞いてて欲しいんだけど。

 

 

 

「……あ、あんたはどうだったんだよ?」

 

「へ?俺……?」

 

 

 

 ヒメコはどうだったと——歌の感想を求めてくる。だからさっきからそれを言ってるんだけど……まあいいか。

 

 

 

「俺もまあ……多分惚れさせられたんだろうな。お前の歌に」

 

「おま——お前ほんとそういうとこ!はぁぁぁ……」

 

 

 

 感想を素直に言ったのになんか怒られた。なぜだ?

 

 

 

「な、なんか不味かった?」

 

「不味かったというか……いやもういい。どうせそういう意味でしか言ってないんだろ?」

 

「そういう……?ごめんちょっと何言ってるかわからん」

 

「はいはい。端から期待してねーよ」

 

 

 

 今度は何故か呆れられている気がする。こ、これが乙女心ってやつなのか?男所帯で旅してる俺にはやはりまだわからんものがある。

 

 

 

「……あんたって凄かったんだな」

 

 

 

 ふとヒメコが漏らした言葉に俺は戸惑った。凄かった?俺が?なんでそんなこと……それも今言うんだろ?

 

 

 

「お前もまた急だな……どした?」

 

「う、うっさいな!ただ本当にそう思っただけだよ……」

 

 

 

 ヒメコは俯きながらそう言う。なんでいきなり俺を持ち上げるのか全く不明だけど、それはすぐにヒメコの口から説明された。

 

 

 

「ウチ……人前に立つ怖さとか知らなかった。学校(スクール)でバトルを人前ですることはあっても、それは保護してくれる先生とかがいる中でだし……何言われるかわかんない場所で挑むのってすごく勇気がいることなんだってわからされたんだ……」

 

 

 

 そう言う彼女がさっきのステージで固まっていた事を思い出す。俺自身、ステージですっ転ぶほど緊張していたんだ。わからないはずない。

 

 

 

「でもあんたは、もうずっと前からこんな舞台に立ってたんだろ?コンテストでなくても、みんなに見られながらバトルしてた。将来かかるプレッシャーの中でさ。それと今も戦ってるんだって思うと……尊敬するよ」

 

 

 

 尊敬——そう言ってもらえたことに少し複雑な心境になる。随分といいように捉えてくれているなというのが俺の見立てだった。

 

 だから——訂正ってわけじゃないけど、俺は答えた。

 

 

 

「ありがとな……でも俺はきっとそんなに戦ってないよ」

 

「嘘つけ。だってお前——」

 

「戦ったのは俺だけど。バトルが楽しかったからそうした。頑張ってるポケモンたちを支えたくてそうした。目の前の強敵に勝ちたくて。行きたい場所があって。叶えたい……目標があって」

 

 

 

 それらは全部周りが与えてくれたものだ。ついてきてくれるポケモン。出会った人たち。教え導いてくれる先達。共に励ましたり慰めてくれる友達。戦ってくれたライバルたち——。

 

 

 

「俺はその中にいたから夢中になれた。良い意味で視野が狭くなってたんだ。緊張する間もないほど、バトルコートには嫌でも目を引く相手がいたから。そして、その先にずっといる奴がいる……」

 

 

 

 その全てのきっかけをくれた奴。

 

 自分勝手に人を振り回していたあいつが、今も俺の行く道の先で待ってる。

 

 

 

——私のライバルになってよ♪

 

 

 

 俺が閉した心の扉を壊したあいつが——ずっと俺の道の先で笑ってるんだ。

 

 あぁ……そっか……俺は——

 

 

 

「俺が今こんなに幸せだって……そいつに伝えたいだけなのかもな俺は。ほんの少し前までただの引きこもりだった俺が、人並みに友達作って、目標持って、旅をしている……その魅力を教えてくれたこと。知らない世界への恐怖心を取っ払ってくれたことを……きっと感謝してるだけなんだ」

 

「……そいつって、やっぱあの?」

 

 

 

 ヒメコは俺の話に出てくる“そいつ”の事を聞いてくる。

 

 俺は少し躊躇った。今その名前を口にすると、どうにかなってしまいそうだから。そのくらい……俺はあいつのことを——

 

 

 

「——ハルカ。紅燕娘(レッドスワロー)なんて呼ばれてるあの怪物。そいつが俺をこの旅に連れ出したんだ」

 

 

 

 俺はあの日のあいつの顔を忘れない。暗い部屋で月明かりだけが頼りだったあの空間で。照らされたあいつの笑顔に救われたんだ。

 

 そりゃ……こんな気持ちにさせられて当然なんだよ……。

 

 

 

 ——あいつのことが……好きなんだって。

 

 

 

「…………」

 

「…………なんだよ?」

 

 

 

 俺の顔を見ていたヒメコが、目を見開いたまま固まる。流石に気まずい——というか恥ずかしくなってきた俺はヒメコに問いかける。

 

 

 

「いや……まさかそんな顔するとは思ってなかった……というか……うん。なんかもうどうでもいいや」

 

「おい。どんな顔してたって?何考えてたんだよ?何がどうでもよくなったんだ⁉︎——ってもぁ⁉︎」

 

 

 

 ヒメコが意味深な事を言うので追求しようとすると、いきなり俺の視界がブラックアウトした。何事かと顔にまとわりついた布状の何かを引っ剥がすと、それが俺の頭に被さっていたテルクロウだとわかった。

 

 

 

「サンキューテルクロウ。そのニブチンのこと、これからも頼むぜ」

 

——ゲゲッ♫

 

 

 

 そう言い残して、ヒメコはその場を駆け足で去ってしまう。

 

 結局なんであんな事を聞かれたのかも言われたのかもわからないままだった。でもまあ、本人が納得してるならいい……のかな?

 

 

 

「……この後はルチアとのステージか。今はそっちに集中するか」

 

 

 

 わからないことに頭を回すのを後にし、俺はそろそろこの身についた汚れを落とすべく、ヒメコに続いてその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

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その自覚が、少年をひとつ大人にする——。

挿入歌『金糸雀/天上天下』
ヒメコが劇中で歌った曲——の想定です!女性ボーカルの中でも力強い歌唱と荒々しくも繊細な心理描写の歌詞、ノリがいいのに厚みやら重みやらを感じる楽曲です。めっちゃオススメなのでよかったらぜひ聴いてみてください。リンクは↓こちら!
https://youtu.be/7m2YdSZWjaU

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。




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第138話 オンステージ


ゲームは楽しんでなんぼ……合わないと思ったらしばらく距離取るのもいいんじゃないかな……最近感じたお気持ち。





 

 

 

 コンテストは大盛況だった。

 

 本来のキャスティングとは大幅に変わったプログラムではあったものの、その滑り出しであったユウキとヒメコたちのお陰で、ルチアの集客で集まった人々の心に火をつけていたのだ。とても地方のコンテストとは思えないその盛り上がりぶりに、忙しなく働く裏方たちは目まぐるしく働く。

 

 そのうちの1人が、荷運びをしているとこだった。

 

 

 

「——ん?おーいお嬢ちゃん。そこ通るから避けてくれぇ〜」

 

 

 

 ダンボールいっぱいに小道具を入れたそれを持つ青年の進行方向にいる1人の少女。退くように頼むが、彼女は答えない。

 

 長い金髪(ブロンド)を靡かせた少女は、幼いながらも整った顔立ち。半袖の白い服にサスペンダー付きのフレアスカートといった見た目。青い瞳が青年の呼びかけで揺れ、彼と目が合う。間違いなく美人に該当する少女に、不覚にもどきりとさせられた男は続けた。

 

 

 

「わ、悪いな。ちょっと急いでるから——」

 

「——なんで?なんで急いでるの?」

 

 

 

 少女は質問する。そんなこと聞かれても——と青年は少し煩わしそうに答えた。

 

 

 

「いや今コンテストやってんだって。悪いけど遊び相手なら他所で探して——」

 

「なんで?なんでコンテストやってるの?どうしてお兄さんはそんな大荷物持ってるの?なんで?なんで?」

 

「お、おい……いい加減に——」

 

 

 

 しつこいくらいの問いに気味の悪さを感じた青年は無理に彼女の横を通ろうと足を進める。その時、少女の体に青年の腕が触れた瞬間だった。

 

 ——少女が青年の腕をそっと握る。

 

 

 

「——ガッ⁉︎」

 

 

 

 青年は体をこわばらせた。それはまるで感電したように硬直。明らかに苦痛を訴えている。しかし彼自身、何が起こっているのかわからない。

 

 

 

「——ねぇ教えて。あなたは何を大切にシテイルノ?」

 

 

 

 不気味な雰囲気を放つ少女は、痙攣する男にしがみついたまま離れない。そうしてしばらくすると……。

 

 

 

「——ふーん。素敵なステージ♫ コンテストって楽しいのね……ありがと。おじさん♡」

 

 

 

 少女はそう言って青年から手を離した。すると、男はハッと意識を取り戻す。

 

 

 

「……あれ?お、おれ……ここで何してたっけ?」

 

 

 

 青年は直前のことを忘れていた。出会った少女のことも。自分が受けた苦痛のことも。

 

 しかし、何か怖い夢を見ていたような不安と倦怠感だけがそこにはあった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——《ご来場の皆様。大変長らくお待たせいたしました……それでは本日の——メインイベントを開催致します‼︎》」

 

 

 

 司会の声にこれまでとは比較にならない歓声が上がる。そう。ここに来ている観客の多くは、これを見たい一心で遥々ハジツゲまで来ているのである。

 

 ——スーパースターの降臨を。

 

 

 

「さて……それじゃあ行こっか☆」

 

 

 

 ルチアは舞台袖で同じステージに上がる人間たちに声をかける。それを向けられたユウキとヒメコは、ルチアのプロデュースにより、いつもとは違う舞台衣装に袖を通している。

 

 ユウキとヒメコはそれぞれ赤と黒を基調としたパンクな服装をしている。様子から見るに準備万端——とはなかなか行かないもので。

 

 

 

「あれ?さっきあんなに素敵なステージできたのに……もしかしてまだ緊張してる?」

 

「「当たり前だッ‼︎」」

 

 

 

 ルチアが呑気に問うのに対して、2人は声を揃えて返答する。鬼気迫るものがあった。

 

 

 

「今更だけどあんな大勢の前で……しかもルチア見たさに集まってんだぞあれ!足なんか引っ張った日にゃこの先表歩けねぇだろッ‼︎」

 

「大袈裟だよ〜。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この天才児がッ‼︎ あんたにしたらそうでしょうけどもッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが必死にこちらがどれほど追い詰められているのかを説明しようとするも、常人とはかけ離れた価値観を持つルチアいまいち伝わらない。そのことが残念でならないユウキだった。

 

 

 

「——でも2人なら大丈夫。2人とも充分素敵だもん♫」

 

 

 

 ルチアはそう言うと、2人の手を片方ずつ握る。その言い切りは何故かユウキたちを安心させた。どういうわけかホッとする——そんな具合で。

 

 

 

「はぁ……まぁ今更駄々こねても意味ないだろ?ユウキも腹括ろうぜ?」

 

「そりゃそうだ……言っとくけどまた転んでも知らないからな?」

 

「アハハハハ!可愛いから大丈夫でしょ」

 

「そりゃどういう意味だ?」

 

 

 

 ルチアがあまりにも簡単に言ってのけるからか、緊張はある程度和らいでいた2人。軽口を叩けるくらいまでメンタルを戻したユウキは、もしかしてこういう効果も含めての激励だったんじゃないかと勘繰った。

 

 ハルカもそうだが、思ったよりも気配りや根回しができる人間だと感じる時がある。それでユウキはルチアを見つめるが——

 

 

 

「やーん♡ 男の子に熱烈な視線向けられたら、なんか恥ずかしいなぁ〜☆」

 

「え、あ、いやそんな目で見たわけじゃ——」

 

「ほーーー?随分と余裕だなぁプロトレーナー?」

 

 

 

 ハッとユウキが不穏な空気を背後に感じた。しかしそれも遅い。すぐさまヒメコによるコブラツイストがユウキの関節を締め上げ、彼を悲鳴を上げる人形に仕上げる。その様子をケラケラと笑いながらルチアは見ていた。それでも時間が来ると、彼女の目の色が変わる。

 

 

 

「——さ。そろそろステージの時間だよ。みんな……ここに手を重ねてもらっていい?」

 

 

 

 ルチアが絡んだ2人にひとつの提案をする。それが何を意味するのか、この手のイベントに縁遠かった2人はすぐに気付けない。よくわからないままに、彼女の言われた通り差し出された手の上に自分の手を重ねた。

 

 

 

「今日を最良に!明日を最高に‼︎——キラキラ〜クルクル〜……ミラクル☆クラウド!ゼンソクゼンシィーーーンッ!!!」

 

 

 

 その掛け声と共に、一番下にあるルチアの手が彼らの手と共に上へ挙げられる。その勢いに圧倒されていると、挙げた手の先に何かいるのが見えた。

 

 ルチアの相棒、チルタリス(チルル)がその場で羽ばたきながら滞空していた。

 

 

 

——ルルゥ〜〜〜♪

 

 

 

 チルルもそれに合わせて翼を震わせる。その羽毛があたりに雪のように舞い、3人を包み込む。まるでその活躍を祝福するかのように……。

 

 

 

「さあ行こう2人とも!ステージの向こうに——私たちのオンステージだよ♫」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ドガァァァァァン!!!

 

 

 

 轟音と共にステージにはスモークが勢いよく噴射される。その煙にレーザー光が映り、辺りを緑色のレーザーが駆け巡る。

 

 その派手な演出が、ホウエン中の人間を虜にするあのアイドルの登場を予期させる。そして、その煙の向こうから——歌声がする。

 

 

 

「——♫」

 

 

 

 これは彼女がデビュー以来必ず歌う十八番——ライブ用にアレンジされた濃密な音の束が、ルチアのソロから入った歌に追いつくように流れ始める。

 

 煙がだんだんと晴れていき、曲が盛り上がりを見せた瞬間——チルルが大きく羽ばたいた。

 

 

 

——バサァッ!!!

 

 

 

 ライトが強烈な光を放ち、ルチアとチルルがいる場所が照らされる。それを遮る残った煙を吹き飛ばしたチルル。そして——ステージに躍り出たルチアを視認した瞬間、大衆は地鳴りのような声を上げる。

 

 

 

——オオオォォォ!!!

 

 

 

 彼女の登場に誰もが目を見開き、顔を紅潮させて立ち上がる。とんでもない音圧の歓声だった。その後ろでスタンバイしていたユウキとヒメコはそれだけで吹っ飛ぶんじゃないかとさえ思えた——だが、ルチアはものともせずに堂々と歌い踊る。

 

 

 

(すっげぇ……あんなに人がいて、全然気にする素振りがない。慣れてるって感じだ……いや、緊張とかそういうもの——知らないんじゃないかってくらいの堂々っぷりだな)

 

 

 

 ユウキはその胆力に舌を巻く。素人の自分と比較するなどおこがましいとさえ思うが、それでも驚くほかなかった。

 

 人気No. 1アイドル——人を喜ばせることが日常と化した彼女が感じるプレッシャーは、本来想像もできないほど大きいものだろう。なのに、ルチアはこれほどまで楽しそうに舞うのだ。

 

 

 

(——いや、俺もきっとあてられる。この熱に。だからかな……怖いけど、あいつのいるところなら進めそうな気がする!)

 

 

 

 それはヒメコも同じ気持ちだった。彼女に釣られて高揚する感情が、自然と彼女のいる場所へと体を突き動かす。2人は予定通り、それぞれの持つポケモンを繰り出す。

 

 ユウキはマッスグマ(チャマメ)。ヒメコはカゲボウズ(テルクロウ)——その2匹が、チルルの両脇に並び立つ。

 

 

 

「——さあみんなッ‼︎ いっくよ〜〜〜ッ!!!」

 

 

 

 ルチアの掛け声と共に曲もサビへ——客席の全員が腕を同時に振り——チルルが虹色に輝く羽毛を大量にばら撒いた。

 

 観客がひとつの大波——いや生き物と化し、ステージのスターに歓声を送る。ルチアはその洗練された身のこなしと歌、時折見せるキュートな一面を盛り込んで誰も彼もを魅了する。

 

 ユウキたちは撒かれた彩雲の中でテルクロウとチャマメを駆け巡らせた。テルクロウがその間を飛びながら、“鬼火”を利用した花火で上空を彩る。チャマメは彩雲の塊を“ずつき”で砕き、さらにステージにエフェクトを加えていく。その2匹の動きに合わせて、ユウキとヒメコはステージを走り回った。

 

 

 

(出来ればやりたくなかったけど……この際ヤケだ‼︎)

 

 

 

 そう心の中で叫びながら、ルチアによって気が大きくなったユウキは客席に向かって手を振る。少しぎこちない笑顔だが、この距離では気付く者もいない。ステージの反対側でヒメコも同じように手を振る。緊張で足がもつれるかもと自分に心配していたのが嘘のようだった。

 

 

 

「さぁ!みんな——ぶっ飛ぶよ〜〜〜ッ‼︎」

 

 

 

 ルチアの放つ掛け声は、客席の一同を操る。他のコーディネーターたちの演目のように、観客を満足させる演技とは違う……。

 

 その心を掌握し、本能的に突き動かす。誰にも真似できない唯一無二のステージだった。

 

 その歌が最高潮に達する瞬間——

 

 

 

——ゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

 

 会場は、突如大きな揺れに見舞われた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——なんだッ⁉︎」

 

 

 

 俺は立ってられないほどの揺れに膝をつく。捕まるものがない中では姿勢を低くして堪える以外に手立てがなかった。

 

 揺れはこのステージだけじゃない。客席からは悲鳴が上がっている。これは自然の地震で間違いない。

 

 

 

「みんなッ‼︎ ……落ち着いてッ!揺れが治まるまでじっとして——ッ‼︎」

 

 

 

 ルチアはステージのアイドルから全員を案じる先導者としての顔になっていた。場内の人間に声をかけ、少しでも安心させようとする。しかし凄いのはこの揺れを察知し、すぐにチルルを呼び寄せていたこと。ステージの異常に鋭敏に反応した彼女は、チルルの羽毛に包まれ支えられていた。だからこそ、この揺れの中でこの場の全員に声をかけられたのだ。

 

 

 

「——って感心してる場合じゃないか……この地震、相当デカい!」

 

 

 

 コンテスト会場はHLCの持ち物だ。おそらく耐震工事に抜かりはないだろうが、ここまでの震災——人同士で雪崩が起こることや落下物による怪我なんかも想像できる。

 

 とはいえ、流石のルチアも揺れの中じゃどうにもならないらしい。今は下手に動けない。

 

 だからこの揺れが治ってからが、この場を無事に乗り切れるかどうかの分かれ道だ。

 

 

 

——ゴゴゴ…………。

 

 

 

 揺れは治った。とりあえずみんなが立ち上がれるほどには状況は回復したと見ていい。まずは人々の避難誘導——プロトレーナーとして、ポケモンを行使した救援活動は俺の義務だ。

 

 

 

「——ルチア!俺は避難誘導手伝う!スタッフリーダーに判断仰ぐから、その間観客に声掛け続けてやってくれ!」

 

「——!うん任せてッ‼︎」

 

「ユウキ!ウチも行くッ‼︎」

 

 

 

 ルチアに話が通ると、今度はヒメコがこっちに近づいてきていた。見ると怪我らしいものもしてないみたいで、そばで浮いているテルクロウもヒメコと同じ真剣な顔でこちらを見ていた。

 

 

 

「……よし。人手はいくらあってもいいからな。とりあえず建物の避難経路を責任者に聞いて、それから——」

 

 

 

 その時だった。ヒメコの顔を見た時、その奥が光ったように見えた。それが何なのかはわからない。ただ嫌な予感がした俺は、咄嗟にヒメコに向かって飛びつく。

 

 

 

「あぶない——ッ‼︎」

 

 

 

 ヒメコを抱えてステージを転がる俺。その直後、今までいた場所を何かが通過したのだ。すぐに受け身を取って立ち、周りを見回すと——

 

 

 

「……エアームド⁉︎」

 

 

 

 それは鋼鉄の体を持つ、巨大な鳥ポケモンの一種——エアームド。とても好戦的で有名なそいつが、この会場の上空を飛び回っていた。

 

 

 

——ギャアッ‼︎ ギャアッ‼︎

 

 

 

 エアームドはこちらに向かって明らかな敵意を向けている。誰かのポケモンなのか……そう思っていると、事態はさらに悪くなっていることを知る。

 

 コンテスト会場のあちこちから悲鳴——その先にもまた、別のポケモンたちが出現していたから。

 

 

 

「パッチールにサンド……こいつら、もしかして野生なのか⁉︎」

 

 

 

 それはこのハジツゲ近辺に生息しているポケモンたち。もしかすると今の地震に興奮した野生たちが迷い込んできたのか⁉︎

 

 

 

「何にせよまずい!——ヒメコ!テルと一緒にこのことをスタッフに‼︎」

 

「ちょ——あんたは⁉︎」

 

 

 

 ヒメコの問いに少し考える。俺がこの場で何をすべきなのか——。

 

 相手は興奮状態の野生のポケモンたち。客席が埋まるほどの観客たちにいつ襲いかかるとも限らない状況。上空にはすでにこちらに攻撃を仕掛けてきたエアームドが1匹。パニックになればポケモンたちからの攻撃だけじゃなく、人同士による二次被害が起こりかねない。

 

 考えるんだ……今俺が出来ることを!

 

 

 

「——プロとして、役目を果たす!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——地震の次はなんスか⁉︎」

 

「ポケモンが通路から出てきたみたい!さっきの地震でパニックになっちゃったのかな⁉︎」

 

 

 

 事態に狼狽える観客の中で、ツバサとタイキは状況を把握しようと背伸びして周りを見る。会場全体はステージに向かってすり鉢状に客席のベンチが設けられており、その合間に入場するための通路が存在する。地震で迷い込んできたポケモンたちはどうやらそこから出現しているようだった。

 

 

 

「とにかくあいつらを下がらせないと——」

 

「ダメ!タイキくんッ‼︎」

 

 

 

 タイキが相棒のゴーリキー(リッキー)の入ったボールを握りしめて駆け出そうとすると、ツバサが彼の腕を掴んで止めた。そのことに驚いて制してきた理由を問おうとするタイキだったが——

 

 

 

「な、なんで——」

 

「こんな密集してる中でバトルになんかなったら……絶対巻き添えになる人でちゃう!」

 

「———!」

 

 

 

 ツバサの懸念は最もだった。今は入ってきたポケモンたちも自分が知らない場所に来てしまったことへの戸惑いからか、その辺をウロつきつつ、人間に威嚇をしている様子が見える。

 

 もしそこへ攻撃など仕掛けようものなら、混沌としたこの状況で戦闘が起こることになる。ツバサの言葉にタイキはハッとさせられた。

 

 

 

「でも……どうしたら——」

 

「キャア——ッ!」

 

 

 

 タイキが判断に困っていると、少し離れた客席で悲鳴が上がった。見ればそこでポケモンの1匹であるパッチールが、小さな女の子の腕を掴んでいたのだ。女の子はこの状況に怯えて必死に腕を振り解こうとするが、野生ポケモンの力に叶うはずもなく、ズルズルと引っ張られる。

 

 そこへ、近くにいたトレーナーと思しき男がボールを放った。

 

 

 

「この野郎!その子から離れろッ‼︎」

 

 

 

 ボールから出てきたのはマクノシタ。マクノシタはパッチールに重い一撃を加えて退ける。だがその一撃が、ツバサの懸念を現実のものとしてしまった。

 

 

 

——パチィィィ‼︎

 

 

 

 パッチールは1匹じゃない。背後に控えているマダラ模様のぬいぐるみのような姿をしたポケモンたちは、攻撃してきたマクノシタとそのトレーナーを“敵対者”と認識した。

 

 彼らは徒党を組んで、マクノシタに群がる。

 

 

 

「うわ——⁉︎」

 

「や、やばいぞ!思ったより数が——」

 

 

 

 野生ポケモンたちを攻撃したのは彼だけではなかった。他の席でも戦い始めたトレーナーがいて、そこかしこで戦闘音が鳴り響く。そしてその余波が、やはり周りにも飛び火するのだ。

 

 

 

——ウワァァァアアア!!!

 

 

 

 会場はパニック状態。このままだとさらなる犠牲が増えていく。それはもう止められないかに思えた。

 

 

 

「——馬鹿どもが……しょうがねぇな」

 

 

 

 その客席でひとり。パニックに動じない男がいた。

 

 元四天王であるカゲツ——彼はそう言うと立ち上がり、辺りを少し見回しながら、会場の状況を探るように、心の中で集中する——。

 

 

 

(——出入り口のゲートはほとんどポケモンが詰め掛けてやがる。だが先陣切って入ってきた奴らの数はそう多くはねぇか。客を逃すならおそらくは……)

 

 

 

 カゲツは瞬時に状況を判断。いち早く手を考え、避難経路の予想を立てる。そのプランが実行されるまでの間、足止めが必要だと結論付けた。

 

 

 

「トレーナーのガキ共……野生のしつけってのはな——」

 

 

 

 カゲツは呟く。異次元の集中状態の中で固有独導能力(パーソナルスキル)常在(じょうざい)技能を使用する。

 

 

 

「こうやるんだよ——ッ!」

 

 

 

——精神簒奪(パルスジャック)!!!

 

 

 

 カゲツが生命エネルギーを高めると、その力が会場の()()()()()()()()()に繋がった。その感覚に、野生も飼われているポケモンも身を震わせて固まる。

 

 フエンの地下で、フーパ相手に使用したこの能力。本来固有独導能力(パーソナルスキル)とは、ポケモンの意思を汲み取って生命エネルギーに直結することで発揮される。そのために必要なのはそのポケモン1匹1匹が持つ意思の方向を察知すること。それを複数同時ともなると、かなりの修練が必要となる。

 

 しかし……カゲツがやっているのは全く知らないポケモンに対して。それも数十匹のポケモンを一度に——これは神業と言って差し支えない。

 

 その神業を通して伝わるのは——圧倒的強者が放つプレッシャー。

 

 

 

——騒ぐな……殺すぞ……。

 

 

 

 その殺気が精神にダイレクトに襲いかかる。全く異次元の恐怖を覚えたポケモンたちは、身をすくめて動かなくなってしまった。

 

 

 

(——とりあえすこれでしばらくは硬直(スタン)してんだろ。そいつらがゲートを栓してる間は増援もないだろうし。繋げただけだから俺様もダメージはないし……ま。あとはスタッフ共がなんとかするか)

 

 

 

 カゲツは人知れず仕事をして、慌てる観客の中、悠々とベンチに腰を落としている。そんなこととはつゆ知らず、動かなくなったポケモンの主もその周辺で慌てていた観客も戸惑うばかりだった。

 

 そうして少し落ち着きを取り戻した会場の雰囲気を、ルチアは見逃さない。

 

 

 

「——みんな〜〜〜!ステージに向かって降りてきて‼︎ こっちの裏手から避難しようッ‼︎ 慌てずゆっくり、列を組んで降りてきて‼︎ 小さな子供たちやご高齢の方もいるの!みんな協力してあげて!」

 

 

 

 人々がルチアの声を聞き届けた瞬間。みんなは先ほどのパニックが嘘かのように、その声に従う動きを始めた。それと同時に会場のスタッフが先導のために客席の通路に現れる。

 

 押さないで。ゆっくり。落ち着いて——繰り返される言葉に促されるまま、大勢の人がステージに向かってくる。そのステージ脇の通路へ、人が飲み込まれていった。

 

 避難は澱まなく進む——と思われたのだが。

 

 

 

「——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 喧騒を切り裂くように、ユウキの声が響き渡る。それは彼の相棒ジュプトル(わかば)に向けてのものであり、その狙う先には未だ暴れたりていないエアームドが飛翔していた。

 

 飛んでくる種弾——しかしそれは甲高い音を立てて、エアームドの体表で弾かれてしまう。

 

 

 

「なんだあのエアームド……さっきので大人しくならなかったのか?」

 

 

 

 その様子を見ていたカゲツが怪訝そうな顔をする。

 

 通常カゲツの放つプレッシャーは、野生で生きるポケモンにとっては大きすぎて耐えられるものではない。人里に近い場所で生息するポケモンのレベルはそこまで高くないからだ。

 

 しかしあのエアームドだけは、どういうわけか好戦の意思が全く削げなかった。その違和感にカゲツは眉をひそませる。

 

 

 

「このエアームド……戦い慣れてる!もしかして強個体なのか⁉︎」

 

 

 

 野生のポケモンの中でも、戦闘経験が豊富なポケモンは通常個体よりも強さを持つ個体になりやすい。その事を勘繰るユウキだったが、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。

 

 

 

——キシャアーーー(鋼のつばさ)!!!

 

 

 

 凶暴な鳴き声でエアームドは再びユウキたちに肉薄する。艶やかな光沢の翼をぶつけまいとわかばに向かって急降下した。しかし真正面からの攻撃なら、わかばの身のこなしで躱すことは余裕である。

 

 

 

「——でも無茶な攻めはしてこない。常に一定の距離を保って飛行するからこっちからの有効打もない……か」

 

 

 

 その戦い方が強さ以上に際立つのをユウキは感じていた。野生離れした計算高いその動きはまるで——

 

 

 

——ギャアアアッ!!!

 

 

 

 空中で旋回して再び攻撃を仕掛けようするエアームド。しかしユウキもただやられているわけではなかった。

 

 

 

(突っ込んでくる速度はわかった……次の降下に合わせて反撃するタイミングも——今なら、やれるッ‼︎)

 

 

 

 戦闘の未来を予測して、ユウキは最善手を見つけた。意を決した時、彼もまた集中状態へ移行する——

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)——発動!

 

 

 

「——クソォ!このバカ鳥めっ!よくもルチアちゃんのライブを‼︎」

 

 

 

 ユウキが能力を発動した時だった。避難している列からひとりの男性が飛び出し、拾い上げた石をエアームドに向かって投げつけたのだ。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

——キシャアアア‼︎

 

 

 

 男はルチアのライブが観れない腹いせにとエアームドに無謀にも挑んだ。その予想外の事態にユウキの計画が狂った。

 

 エアームドが攻撃対象を変えたからだ。

 

 

 

「ひ、ひぃぃぃ‼︎」

 

—— ギャアアア(エアスラッシュ)”!!!

 

 

 

 翼をはためかせ、真空の刃を飛ばすエアームド。男めがけて飛んだそれは、対象を掠めて上空へと跳ね上がった。それは避難経路の()()にぶち当たる。

 

 

 

「やばい——!」

 

 

 

 “エアスラッシュ”で天井の照明器具に致命的なダメージが入った。その影響で照明を支えていた重い柱が一本、重力に従って落下する。その下には大勢の人間が——

 

 

 

「間に合わな——」

 

 

 

 ユウキは目の前の惨劇を止めようと走るが、明らかに間に合わない。どうにもできないと目をつぶって……しかしその衝撃音がいつまでもしないことに気付いて目を開けた。

 

 その器具の落下先は……白い雲海で敷き詰められていた。

 

 

 

「——“コットンガード”♪」

 

 

 

 それはルチアの相棒であるチルルの技によるものだった。物理的衝撃を脅威的な吸収力で受け止めた羽毛が、逃げる人たちを守っていた。そのことにユウキもホッと胸を撫で下ろす。

 

 

 

「みんなのことは私たちで守るから!みんなは安心してここから避難してね♪」

 

 

 

 ルチアが優しく避難者にウィンクする。それでパニックになることもなく、一同はエアームドの脅威のそばを落ち着いて、かつ早足で逃げる事ができた。

 

 

 

「よし、あとは——」

 

 

 

 ルチアの視線は飛翔するエアームドに向けられた。ユウキはそれを見て……応戦する気の彼女に加勢しようとした。

 

 だが——その時だった。

 

 

 

——パキンッ‼︎

 

「———ッ⁉︎」

 

 

 

 突如ユウキの視界に緑色の閃光が走る。それはイメージの産物。悪党との戦いで身につけた固有独導能力(パーソナルスキル)による戦闘における重要ポイントを事前に察知する標準が固定された合図だった。

 

 

 

(これは“時論の標準器(クロックオン)”——⁉︎ でもなんで標準がルチアに……⁉︎)

 

 

 

 そのカーソルがルチアにピタリと合わさって動かない。まだエアームドからの攻撃はないにも関わらず、それははっきりとこう告げていた。

 

 ——彼女が危ないと。

 

 

 

「———ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは咄嗟に走り込む。それに気付かずルチアは“コットンガード”のために一度彼女の元を離れたチルルを呼び寄せる。

 

 

 

(さっきの攻撃——男を狙ったのに攻撃が外れた。最初は気流が乱れて“エアスラッシュ”の起動がズレたと思った……けど——)

 

 

 

 ユウキはそれにしてもズレ過ぎだと感じた。上空から撃ち下ろすように放たれた技が、跳ね上がるように上空へ舞い上がり照明を破壊——そんな軌道が偶然と考えるべきだろうかと疑問を持つ。

 

 もしあれが男を狙ったわけじゃなく、照明を落として避難民に危害を加えるためにしたんだとしたら。もしその攻撃が()()()()()()()()()()()()——

 

 

 

「———間に合えッ‼︎」

 

 

 

 ユウキはルチアに飛びつく。彼女もまさかユウキがこちらに来ているとは思わず目を見開いて固まっていた。少年はそんな少女を抱きかかえ、地面に倒れ込む。それが少しでも遅れていれば、直撃は免れなかっただろう。

 

 天井の照明器具を破壊したあの“エアスラッシュ”には——。

 

 

 

「——っぶねぇ‼︎」

 

 

 

 ルチアの頭を守りながら床を転がったユウキは、止めていた息を勢いよく吐き出す。それに呆気にとられていたルチアはユウキを見て固まっていた。

 

 先ほどの“エアスラッシュ”はまだ死んでいなかった。天井に姿を見て消してなお軌道を曲げ、しっかりとルチア目掛けて死角からの攻撃を試みていたのだ。そんな芸当を野生のポケモンがするとは彼も思わなかったが——

 

 

 

——キシャアアア!!!

 

 

 

 ユウキに考えている暇はない。既に攻撃のために加速していたエアームドがこちらに向かって飛んできていた。やはりこのエアームドは時間差で背後から一撃を加えてから本命の“鋼のつばさ”を叩き込む気でいたようだった。

 

 だが——彼はルチアに飛びついたその時から、こうなることに対して心構えていた。

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

 

 

 ユウキは相棒を呼ぶ。呼ばれたわかばはその身をエアームドからユウキたちを守るように晒す。

 

 エアームドは止まらない。鋼と飛行を持つここ凶暴な鳥ポケモンは——全く有効打がないであろうわかばなど無視して攻撃してきた。実際今のわかばにはどうすることもできない。そして人間を庇っている以上、躱すこともできない。

 

 だから——わかばはギリギリまで動かない。

 

 

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 エアームドの翼が打ち付けられる寸前、わかばは身を身体を半分寝かせるほど反り返った。そのわかばの上を鋼鉄の翼が通過する。そして——わかばはその不充分な体勢から身を捻って、エアームドのボディを蹴飛ばした。

 

 

 

——ギャワッ⁉︎

 

 

 

 エアームドは一瞬のことで何が何だかわからなかった。わかばの刹那のアクションは、エアームドの体をずらし、彼の背後にいたユウキたちに向かう軌道から外された。そのまま鋭さを失ったエアームドがステージの上を地面スレスレで滑空した。

 

 

 

「——今だ()()()()!!!」

 

 

 

 エアームドの進行方向にチャマメが走り込んでいた。チャマメはこの戦闘中、すぐにその身を走らせて電気を溜めていた。そしてわかばが作った隙に合わせて、ユウキの合図でその場所まで走り込んでいたのだ。

 

 チャマメの体は、強烈な電撃に包まれる。

 

 

 

——“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】ッ‼︎

 

 

 

 電気タイプが付与された体は稲妻と化してバランスを崩したエアームドに突き刺さる。その一撃は効果抜群。鍛え上げたマッスグマの全霊の一撃に耐える道理はなかった。

 

 

 

「——ふぅ。とりあえずエアームド。無力化できたか」

 

 

 

 戦闘不能になり気絶したエアームドを横目にユウキはため息をつく。わかばとチャマメは主人の安否を確認するために近寄ってきたが、ユウキも2匹の具合を見ながら大丈夫だと答えていた。

 

 そんな姿を見ていたルチアは呆然と突っ立っている。

 

 

 

「——ルチア、大丈夫か?」

 

 

 

 頭をでも打ったのかと、ぼーっとしている彼女を気にかけるユウキ。それでようやくハッとしたルチアが慌てて返事した。

 

 

 

「あ、あの!大丈夫ッ!た、助けてくれて……ありがと……」

 

「そっか。そりゃよかった。顔に傷でもついてたらどうしようかと思ったぞ」

 

 

 

 ユウキは彼女の無事に安堵のため息をつく。ルチアはそんな彼に大袈裟だと言った。

 

 

 

「大丈夫だよ〜。傷だって人間なんだからちゃんと治るし。跡が残っても最近のメイクは凄いんだから——」

 

「何言ってんだ。女の子の顔が傷入りにでもなったら嫌だろ?あんた可愛いんだし、もっと大事にしとけよ?」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 ユウキのそんな言葉に何かを動かされたルチア。そんなことを少しも気に留めていない彼は、辺りを見回して次の行動を考えていると——

 

 

 

「アニキ〜ッ‼︎ ご無事でしたかぁ〜⁉︎」

 

 

 

 ステージの外からユウキの耳馴染みのある声がした。それは旅の連れのタイキ……互いに普段と違う格好での対面である。

 

 

 

「タイキ!大丈夫だったか……って今見ても酷い格好だな」

 

「なっ!これでもツバサには好評だったんスよ⁉︎ アニキこそなんか……キラキラしちゃって……カッコいいなぁ」

 

「やめろキャラじゃないってわかってっから——じゃなくて!お前、避難せずに何してたんだよ?」

 

 

 

 タイキも客席にいることは知っていたユウキだ。ここにいること事態は不思議ではない。しかしタイキが来たのは避難経路とは別の場所からだった。それで疑問に思ったユウキが問う。

 

 

 

「上で怯えてた野生ポケモンの誘導っスよ。地震のせいかみんな怯えてて……それを俺たちのポケモンで慰めてたんス」

 

「俺たちって……まさかツバサも⁉︎」

 

 

 

 意外な事実を聞きつけ、ユウキは客席上部の出入り口に視線を向けた。目を凝らすと、確かにツバサが羽の付いたポケモンで野生たちをなだめているように見える。

 

 

 

「あれは……アメモース?」

 

「ツバサの手持ち——アメモース(アメリ)ッス!“甘い香り”でみんなを落ち着かせたんスけどそれがもうすごく効いて!」

 

「そっか……助かった。悪いなデート中に」

 

「いえいえ!あ——そっちの方はッ⁉︎」

 

 

 

 タイキは今更ながら、ユウキの隣にいたアイドルに気付く。敬愛するユウキと同じステージに立っていた彼女との関係について興味津々だったタイキは、こんな状況でも矢継ぎ早に質問をするのだった。

 

 それをルチアが軽くあしらう。その横で呆れながらユウキは……ふと思った。

 

 

 

(——さっきのエアームド。明らかに普通じゃなかった。そもそもあいつは舞台の上空からでも客席出入り口からでもない、()()()から飛び出してきた……他の野生ポケモンたちとは違う、人間に使われているポケモンの動きをしてた)

 

 

 

 目的はわからない。しかしユウキには懸念があった。それはフエンで経験した悪意を持って他人を傷つけて、積み上げたものを平気で踏みにじる人間の存在。そんな人間がもしこの会場にいるとしたら……そう思うと、ユウキの手には自然と力が入る。

 

 

 

(いや……落ち着け。例えそうだとしても、今は見つける方法がない。無闇に引っ掻き回して他の観客が巻き添え食らったら本末転倒だ——悔しいけど、今は避難が最優先)

 

 

 

 ユウキは怒りの矛を収める。何度も感情的になって行動し、その度にロクな目にあわなかったことを思い出して。

 

 楽しい1日になるはずだった——そんな悔しさを噛み締めて、ユウキは会場の片付けに手を貸すため、指揮系統がある場所まで駆けていくのだった……。

 

 

 

 

 

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この演目は誰も拍手を送らない——。

〜翡翠メモ 39〜

『生命エネルギー』

人間とポケモンを含む全ての生命体に流れる目に見えないエネルギー。そのエネルギーの存在は、ポケモンという種を研究する過程で大昔に発見されたのを機に人類史に登場することになる。

エネルギーを有する種族によって若干異なる性質はあるが、血流や電流など、体を巡る物質に乗って全身を循環している場合が多い。その中でもポケモンの持つエネルギー効率はそれ以外の生命体よりも高水準で、貯蔵量、出力、利用効率が高い。そのおかげでポケモンは『タイプ』と『技』を高次元で扱うことができる。



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第139話 素敵な気持ち


はぁぁぁ……梅雨。




 

 

 

 地震と野生のポケモンたちの乱入により、コンテストは中止となった。残る演目はルチアのショーだっただけに悔やまれる声はそこかしこから聞こえたが、こればかりはしょうがない。くれぐれも逆上して野生のポケモンに石など投げないようにしていただきたいものだ。

 

 そんな愚痴を心の中だけでしている俺——ユウキは建物の外での避難誘導に勤しんでいた。

 

 

 

「——押さないでください!暗いので足元に気をつけてッ‼︎」

 

 

 

 俺は現場スタッフにもらった誘導灯を大きく振って回りに声をかける。整列したコンテストの客人たちはみんな不安そうな顔で移動している。そりゃ心配にもなるわな……。

 

 

 

(——にしても地震か……流石にこれは誰かの仕業って訳じゃないよな?)

 

 

 

 俺は戦ったエアームドと地震の件を結びつけようとしてまさかなと自分の予測を否定する。いくらポケモンの力を使おうとも、大地が持つ巨大なエネルギーを完全再現した地震を発生させることなんてできるはずがない。いや……それができる怪物をひとり知ってはいるけど。あんな人が何人もいてたまるかという話だ。それにそこまでできる奴がわざわざ俺でも対処できる程度のポケモンを使うとは思えない。

 

 

 

(今回エアームドを消しかけた奴と地震は無関係。偶然妨害工作しようとしたら地震が起きた——そういう感じだと思うんだけどな……)

 

 

 

 偶然……そう片付けてしまっていいのかとも思うが、これ以上は情報が無さすぎる。今は余計な詮索をせずに誘導灯を振ることに専念しようと思う。

 

 だから、今日はもうこれ以上何か起こらないことを祈るばかりだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 地震発生から数時間後。コンテスト会場にいた観客と、ハジツゲ在住の住民を町の避難所に収容が完了。彼らは今日ここで一夜を過ごすこととなった。

 

 町への被害は意外にも軽度で怪我人もおらず、建物の崩落なども見受けられなかった。時期にHLCからの応援が駆けつけることになっているが、整備清掃程度の人手で充分事足りる事態である。

 

 コンテスト中止を嘆く者もいるが、実際は誰も大した怪我をしなかったこともあって今は落ち着いている。人でごった返した避難所の中を眺めながら、事態を整理しているユウキはため息をついた。

 

 

 

(はぁ……こんな時くらい休めばいいのに)

 

 

 

 ユウキの視線の先——そこにはコンテスト衣装のまま、避難してきた人間たち一人一人に笑顔で語りかけるルチアの姿があった。彼女に群がる人間は多く、こんな時でもアイドルとして気丈に振る舞っているのを見て、彼にも思うところがあった。

 

 

 

(アイドル……か。大変だよな。プライベートもクソもない。いつも誰かの目に晒されて生きてる……そんな自覚がきっとあいつを座らせないんだろうな)

 

 

 

 しかしその道を選んだのもルチアであり、彼女自身もきっと誇りを持ってこの仕事に臨んでいるところもあるだろうことはユウキにも理解できた。大変な事態でも笑顔を絶やさず人々を力付ける為に活動する彼女を止めることなどできるはずはない。

 

 しかし……それでも無理はして欲しくないと感じていた。それを素直に言う術までは持ち合わせていなかったが——

 

 

 

「——もし。少しいいかな……?」

 

 

 

 その声にハッとするユウキ。振り返ると、そこには白衣の男性が立っていた。

 

 年は中年層くらい。くたびれた感じの線の細い男性はいつぞやの学者を思い出させる見た目をしている。茶色の毛髪で少し若く見えるが、メガネをかけた彼の年季の入った学者ぶりに年齢を感じざるを得ない——そんな所感だった。

 

 

 

「お、俺に用ですか?」

 

「あーすまない。いきなり呼び止めてしまって……僕は“ソライシ”。このハジツゲで考古学の研究——主に『隕石』について調べている者だ」

 

 

 

 ソライシと名乗る男は自分の身分を示す名刺をユウキに差し出しながら自己紹介を始める。それを受け取りながら、そんな人間がなぜ声をかけてきたのだろうと疑問に感じていた。

 

 

 

「私と助手の2人で今はこの辺りに滞在している。ここは“流星の滝”も近く、隕石の落下報告が多いからね。にしてもいきなりの地震で驚いたよ……お互い無事でよかった」

 

「は、はぁ……それでその……なんで呼び止めたんですか?」

 

「あー申し訳ない。あまり時間を取らせるつもりはなかったんだ……君、今『隕石』を所有してるんじゃないか?」

 

「い、隕石……?」

 

 

 

 心当たりの全くない質問に間の抜けた声を上げるユウキ。もちろんそんな物を持っているはずもなく、目の前の学者に対してますます怪訝な顔を見せてしまう。

 

 

 

「いきなりで本当にすまない。信じてもらえないかもしれないけど、僕は()()()()()()()()()ことができるんだ。その力のおかげで凡夫な僕もこんな研究ができるわけなんだが……」

 

「……その感覚に従うと、俺は今隕石を持ってるってことになるんですか?」

 

「し、信じてくれるのかい?」

 

 

 

 ユウキは半信半疑ながらもソライシの言葉に耳を傾けていた。それが意外だった男は驚いたようにユウキに問う。

 

 

 

「世の中知らないことばっかですからね……最近やたら予想外のことが起こり過ぎて——諦めの境地ってやつです」

 

「ハハ……君、若そうだけど相当苦労してるんだね……でもありがとう。僕は口下手だから真面目に取り合ってくれる人の方が少なくて」

 

「でも隕石なんて本当に……石っていうなら“ジムバッジ”は持ってますけど——」

 

 

 

 ユウキはそう言って端末のデータストレージからジムバッジのひとつである“ナックルバッジ”を見せた。ソライシはメガネの縁を持ちながらそれを眺めて少し唸る。

 

 

 

「うーんなるほど。確かにジムバッジにはホウエンに降り注いだ隕石の成分が含まれている。この気配だとしても不思議ではない……」

 

「え、そうなんですか?」

 

「HLCではジムバッジ偽装や無許可製造を抑制する為に、希少価値の高い物質でバッジを製作するんだ。かなり特殊な技術で合金に隕石を混ぜ込んだ代物でね。もちろん作り方も厳重に秘密にされているんだ。でも……」

 

 

 

 ジムバッジの豆知識に関心するユウキだったが、どうもソライシはそれだけで納得していないようだった。少し考えてユウキにさらに問いかける。

 

 

 

「僕が感じたのはこういうものじゃないんだ……何か他に石のような物を持っていたりしないかい?原石に近いはずだから、何かに混ぜ込まれてるようなことはないはずなんだ」

 

「そうは言われても他には——あっ」

 

 

 

 ユウキはデータストレージの項目を眺めながら頭を悩ませる。しかしそう言いつつも心当たりがある品をそこで見つけた。

 

 それはもう随分前に人から受け取った物——それも自分よりも年下の女の子から物だ。

 

 

 

「これ……友人から旅に出るお守りとして貰ったんですけど」

 

 

 

 トウカジムを出立する時、同じジムで一緒にトレーニングをし、いつも応援してくれていた女の子——ユリから受け取った石をソライシに見せた。

 

 5センチ程度の大きさのそれはユリが装飾を施したらしく、様々な絵の具やラメでカラフルに彩られている。それを改めて眺めるソライシは——満足そうに微笑んだ。

 

 

 

「確かにこれだ。これ、隕石だって知らずに受け取ったのかい?」

 

「いや、そんなこと思いもしなかったです。これをくれたユリちゃんも何も言わなかったし……」

 

「そうか……でもなかなか乙な贈り物をしてくれる友達だね」

 

 

 

 ソライシはユウキの証言を聞いて優しく微笑んだ。乙とはどういうことなのか、ユウキは理由を尋ねた。

 

 

 

「隕石——それは時に流れ星と呼ばれる。それが見えた時に願いを言うと叶うと信じられてきたんだ。それを願掛けに君に持たせるなんて……素敵な贈り物だと思ってね」

 

「ああ……確かに。あの子はそういうとこあるなぁ」

 

 

 

 トウカでユウキに接してくるユリの態度はいつも全力だった。優しさを示す時、その加減がわからない彼女は自分の試合で泣くほど。ユウキはそのことをよく覚えていて、贈り物がどれだけ貴重品でも惜しまずに渡す辺りは納得できるものがある。彼は密かに大切にしないとと思った。

 

 

 

「でもこの石はあげられないです……」

 

「いやいや!僕もそんなことは言わないよ!ただ尋ねずにはいられなくてね……時間を取らせて悪かったよ」

 

「いえ……なんか良いこと聞いた気がします」

 

 

 

 ユウキは少しだけ張り詰めていた自分の気持ちを緩めることができた。なかなか心が休まらなかったユウキにとっては助けとなっていたのだ。

 

 

 

「……何か叶えたいことがあるなら、これからはその石に願いを込めるといい。科学者がこんなことを言うのもあれだが、きっと良いことが起きる」

 

 

 

 眉唾ではあるがね——と、ソライシはユウキの旅に幸福を祈りつつ彼を励ました。ほんの少しの出会いで気持ちが安らいだユウキは、そんなソライシの言葉を胸に留めることにしたのだった。

 

 

 

「……願いを叶える石……か」

 

 

 

 ユウキは思う。

 

 きっとそれだけの気持ちを常に持ち続けることができたなら……眉唾なんかじゃなく、悔いのない結果がついてくるんだと……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その日、ハジツゲの夜はいつもより慌ただしいものとなっていた。

 

 地震による被害も少ないとはいえ、早く住民に元の生活をさせる為にHLCから派遣されたトレーナーが現地の自治体と力を合わせて復旧作業に勤しんでいる。

 

 そんな喧騒を眺めていた俺は——またも残念な大人の背中を見つけてしまった。

 

 

 

「……なにしてんですかカゲツさん」

 

「——!隠れろバカッ!」

 

 

 

 木の影に隠れているカゲツさんに話しかけると、何故か貶された上に腕を引っ張られて同じ姿勢を取らされた。なんだよもう。

 

 

 

「マジで何してんですか?暇なら復旧作業手伝いに行きましょうよ」

 

「黙ってろ。今いいとこなんだからよ……」

 

 

 

 いいところ?——カゲツさんがまた訳のわからんことを言うので、その視線の先を確認した。一体何が——そう思い、暗い夜の街道に目を凝らす。

 

 ハジツゲでもここにしかない小川に架けられた小さな橋。そのそばに立っているのは2人の陰。

 

 それは……タイキとツバサだった。

 

 

 

「タイ——⁉︎」

 

「声がデケェんだよ!」

 

 

 

 俺が声をあげそうになったところを手で俺の口を塞ぐカゲツさん。ま、まさかこのクソ忙しい時にこれを覗き見てたんですかあんた……?

 

 

 

「——ん〜。夜風が気持ちいいね♪」

 

 

 

 俺が冷ややかな目をカゲツさんに向けていると、ツバサが伸びをしながらタイキと会話を始めた。タイキはというとそんなツバサを見て笑っている。

 

 

 

「そっスね……ツバサたくさん働いてたから。すごいッスよ」

 

「全然すごくないよ〜♪ タイキくんが一緒にいてくれたから勇気出せただけだもん」

 

「へへへ。それなら嬉しいっス」

 

 

 

 ツバサとタイキはそんな風に今日あったことを話し合いながら、仲睦まじくその時間を楽しんでいるようだった。最後は騒動でケチがついたけど、あの感じを見るにデートは概ね成功したと見て良さそうだ。

 

 あれ……まさかタイキのやつ……ここで?

 

 

 

「——でも楽しかったなぁ。タイキくんと一緒にいるとすごく落ち着く。こうして1日が終わるのが……なんだか勿体無いくらいだね」

 

「…………!」

 

 

 

 ツバサは笑顔で語る。なんかツバサも良い感じじゃないのか……いやただ友達としてってだけかも——くっそわからんっ!

 

 俺は気付けばカゲツさんと共にことの成り行きを覗き見ていた。本当ならプライベートな部分、勝手に盗み見るのは気が引けるのだが……。

 

 

 

「でも流石に疲れちゃったね。そろそろ避難所に戻ろっか——」

 

「あのッ!!!」

 

 

 

 帰ろうとその場を離れるために歩き始めるツバサ。その背中にタイキは力一杯呼びかけた。

 

 

 

「……?どうしたの?」

 

 

 

 ツバサは不思議そうにタイキを見る。だが呼びかけたにも関わらず、タイキはその場で口篭ってしまった。見切り発車だったのか、気持ちが先行して話す言葉を決めていなかったのか……自然と俺も手に汗をかく。

 

 

 

「えっと……その……」

 

「どうかした?あ、まさかとは思うけど——」

 

 

 

 ツバサは何か思い当たる節があったのかハッとしてタイキを見る。もしかして気持ちに気付かれた?タイキもそう思ったのかいっぱいいっぱいの顔で固唾を飲んだ。

 

 

 

「——お腹すいた?」

 

 

 

 ツバサの出した答えは、まるで見当違いのそれだった。ホッとしたような残念だったような……そんなズッコケが我々の間にも起こる。

 

 

 

「そ、そうッスそうッス!いやぁまだご飯食べてないっスもんね〜。遅くなっちゃいましたし、早く戻ってご飯食べたいッス〜アハ、アハハハ!」

 

 

 

 ツバサの言った内容に飛びつくように話をすり替えたタイキ。それを聞いたカゲツさんは——

 

 

 

「ふざけやがって……気持ちに余裕なさすぎて飯のことなんざ忘れてるくせによぉ……」

 

「い、いだい……なぜ俺の首絞める……?」

 

 

 

 万力の如き力で俺の頭をヘッドロックしていた。俺は八つ当たり用の抱き枕じゃないんですよ?

 

 

 

「そだね〜。みんなももう食べちゃってるかな?まだ何か残ってるといいね!」

 

「ハハ……そりゃ早く戻んないとッスねー!」

 

 

 

 そんな流れになったものだから雰囲気も何もなくなってしまった。今からじゃ告白なんてとてもできないだろう。俺は少しだけ勿体無い気もして……それでもしょうがないとも思う。

 

 逆の立場なら……俺はきっとあそこにも立っていないから。

 

 

 

「ごめんツバサ。今のは嘘ついたッス」

 

 

 

 そんな悔しさを抱いた時、俺は信じられない言葉を聞いた。完全に不意を突かれた。意識の外から、タイキの真剣な声に息が止まった。

 

 

 

「——好きッス。俺……ツバサのことが」

 

 

 

 …………。

 

 

 

 それは……時間が止まる魔法のような言葉だった。

 

 なんの助走もなく、ただその気持ちを素直に——ぶつけるわけでも、飾るわけでもない本当の気持ちを、タイキはまるで胸の内から取り出すようにツバサに送った。

 

 それを受けて……ツバサは……——。

 

 

 

「…………なん……で?」

 

 

 

 喉を詰まらせたような……か細い声で返事をした。いつもの快活さは吹き飛んでいて、暗くて顔色まではわからないが、明らかに動揺している。どうにかそれだけ聞けたようだ。

 

 

 

「会った時から……ってわけじゃないッス。でも好きになるのに時間は……そんなにかかんなかった。何にでも一生懸命で。友達のために泣けて。楽しい時には本当に可愛い顔で笑ってるツバサが……今日隣にいて、改めてそう……思ったんス」

 

 

 

 言葉はただ真っ直ぐ。緊張で言い淀むことはあっても、その気持ちに偽りはなかった。本来よりも遠慮したり大きくしたりせず、ありのままを伝える。

 

 俺はその姿が……もうこの上なくかっこよく見えた。すげぇって……ただ心の中で呟くだけだった。

 

 

 

「俺……本気ッス。今日誘ったのもこれを言う為ッス。いきなりで驚いたかもッスけど……俺と——」

 

 

 

 ——付き合ってください。

 

 

 

 その一言が発せられた時、俺は泣きそうになった。タイキのそこに込められた気持ちのほんの少しでも共感できたからだと思う。

 

 それはどんなフィクションの中の恋よりも綺麗で……そして——

 

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

 

 儚い……。

 

 

 

「……だ、ダメ……ッスか……?」

 

 

 

 タイキは狼狽える。さっきまで漲っていた生命力が抜け切ったような……そんな声で。

 

 

 

「ごめんね……わたし……好きな人がいる……から……」

 

 

 

 それは、これほどまでに勇気を振りしぼったタイキに対してあまりにも無慈悲な現実だった。

 

 先約があった——ツバサには心に決めている人がいたのだ。

 

 

 

「ケッ——これだからタチが悪いんだ。あの手のタイプは」

 

「カゲツさん……?」

 

 

 

 カゲツさんが吐き捨てたセリフの意味がわからなかった。いや、もしかしてこの人……。

 

 

 

「カゲツさん……知ってたんですか?ツバサに好きな人がいるって……」

 

「なんだよ。お前は気付かなかったのか?俺らがこの町で、最初に鉢合わせた時のこと思い出してみろ」

 

 

 

 カゲツさんはそう言うが、そんな素ぶりがあっただろうか?確かあいつらと会った時に話してたのは……いや、待てよ。

 

 もしかして()()()()に話してた……事?

 

 

 

——ねぇねぇ!ヒメちゃんもこの桃色買おうよ〜♪

 

 

 

 確か桃色のビードロを買うようにヒメコに勧めていた。会話の流れや内容はよくわからないけど……。

 

 

 

「あの桃色娘がわざわざこの町指定して課外学習に走ったのだってそうだ。この年末シーズン、ハジツゲが珍しく混む時期なら何も用がない限り避けるのが普通だろ。それでも来たってことは——」

 

 

 

 意中の相手がいた。その願掛けをこの町にしに来たってことか……でも、なら——

 

 

 

「なんでタイキに教えなかったんですか……あいつ、あれじゃ可哀想——」

 

「バカ……それでも告白するに決まってんだろ。男ってのは諦めが悪いんだからよ」

 

 

 

 わかっていても……届かないと知っていても、きっとタイキは止まれなかった。カゲツさんはそう言う。

 

 

 

「恋愛感情なんざ……所詮人間が異性を見て興奮物質ばら撒きまくる精神疾患。そんな状態で冷静になれるはずもねぇ。論理的に考えりゃ無理だってわかってても伝えずにはいられねぇのさ……」

 

 

 

 それだけ強い想いなんだから——カゲツさんの言うことに、俺は何も言えなかった。この現実をどう受け止めていいかわからず、ただ成り行きを見守ることしかできない。

 

 

 

「そ、そっか……そう……っスか……」

 

 

 

 タイキは言葉を繰り返した。

 

 一生懸命、今言われたことを呟いて、飲み込むために必死なんだと思う。

 

 

 

「……その人、いい人……ッスか?」

 

「うん。私が世界で一番尊敬する人」

 

「……アハハ。敵わないッスね〜それじゃ」

 

 

 

 タイキは笑う。誰がどう見たってから元気だ。でも……それでも笑えるあいつはすごいと思った。

 

 あの感情に素直なあいつが、心の底から湧き上がる気持ちを必死で押さえ込んでいるんだ。

 

 

 

「……ありがと。ツバサ。俺の気持ち聞いてくれて……本当の気持ち聞かせてくれて……一日中遊んでくれて……楽しかったッス」

 

「タイキく——」

 

「大丈夫ッ!!!」

 

 

 

 タイキは別れの言葉を綴った。それに声をかけようとするツバサの言葉をあいつは大声出してかき消した。

 

 

 

「ほら!もう元気ッスッ‼︎ フラれたのはショックっスけど、ウダウダ言ってもしょうがないっスからね!ツバサも言いにくいこと言ってくれてありがとう!だからそんなに引け目に感じることないっスよ!」

 

 

 

 痩せ我慢——わかってる。どんなに鈍い俺でも、泣きそうになってるあいつのことくらいわかる。

 

 我慢できてしまう理由も……きっと——

 

 

 

「……ありがと。タイキくん」

 

 

 

 最後に何かを言おうと……したのかはわからない。それでもツバサはそんなタイキに感謝していた。

 

 何がありがとうなのかは……今の俺にはわからないけど。タイキにはもうそれで充分だったと思う。

 

 これ以上は……2人でいるべきじゃない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 ツバサは立ち去った。

 

 それをしばらく見届けて、俺の横にいたカゲツさんが口をこぼす。

 

 

 

「さて。約束通り骨拾ってやるか」

 

 

 

 そう言って木の影からタイキに向かって一歩踏み出す。それを見て俺は……顔を伏せてしまう。

 

 

 

「おいこら。お前がそんな顔してどーすんだ」

 

「……でも……俺、今あいつに……なんて言ったらいいか——」

 

 

 

 今のタイキにかける言葉が見つからなかった。俺は俯いて、駆け寄る気にはとてもなれなかった。それでカゲツさんが言う。

 

 

 

「ホントバカだなお前。失恋した野郎にかける言葉なんざ適当でいんだよ。笑ってやれ。友達(ダチ)なんだろ?」

 

 

 

 その言葉にハッとする。

 

 そうだ……今自分の気持ちを考えてどうする。辛いのはあそこで呆けてる友達だ。自分に照らし合わせすぎて、大事な事を忘れていた。

 

 そっか……カゲツさん。あんた、最初からこのつもりで見守ってたんだな。

 

 

 

「……回りくどすぎですよ」

 

「は?何の話だ?」

 

「いえ……」

 

 

 

 俺は少しだけ笑って、カゲツさんの後をついていく。それに満足したのか、カゲツさんももうそれ以上何も言わなかった。

 

 力無く立ち尽くすあいつに近づいて、見られていたことに驚きと恥ずかしさで目を白黒させるタイキを大声で笑ってやった。少しだけ俺もから元気だったけど、割と自然にそうできたと思う。タイキがぐしゃぐしゃな顔で泣き崩れても、そうできたと思う。

 

 これから3人で飯でも食おう。今日あったことをなんでも話し合おう。バカみたいなことで笑って、泣いて……そんな友達との時間を過ごす。

 

 にしても——つくづくタイキには教えられるな。

 

 

 

——好きッス。俺……ツバサのことが

 

 

 

 あんな短い言葉に、あんなに力があるんだと——少なくとも俺の心は動かされた。

 

 俺は本の虫だった頃から恋愛創作は苦手だった。聞いているだけで耳が痒くなるセリフの応酬は、俺には毒だったから。

 

 でも……俺が思ってるよりもこの気持ちはずっと素敵なのかもしれない。

 

 だってあの告白をしたタイキの姿は、恥ずかしくもカッコ悪くもなかった。堂々とした彼を……俺はその友達でいることを誇りに思う。

 

 そして……いつか俺も……。

 

 この気持ちを伝えるんだと、心に誓った——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——いいのか?本当にアレで」

 

 

 

 ハジツゲの街道に街灯はない。そのくらい道の一角で、ヒメコはツバサに話しかけた。

 

 

 

「ヒメちゃん……」

 

「ごめん。盗み見る気はなかったんだけど——って言っても信じてもらえないか」

 

 

 

 皮肉めいた言葉でヒメコは目を伏せる。それに対してツバサは……優しく返した。

 

 

 

「ううん。私がそう言うところ、ヒメちゃんにも聞いてて欲しかったから……でも、今は質問とかは……答えられる自信……ないなぁ……」

 

 

 

 ツバサの言葉に力強さはない。普段と違う明るさはなく、代わりに落ち着いた年頃の娘にはない重さを言葉に乗せていた。

 

 

 

「それでも……嘘は良くないって——ウチは思ったぞ」

 

 

 

 それはツバサがした告白の返事についてだった。それに彼女は答えない。

 

 

 

「ウチにも結局言わなかったけどさ……大学(カレッジ)で誰に言い寄られても頑なに誰とも付き合おうとしなかった。そんな子がタイキの誘いには二つ返事。ビードロ欲しさにハジツゲに来たのだって、前から好きなやつがいないと変だしさ。でもそれらしい奴がいるとも思えなかった——」

 

 

 

 タイキ以外には——そう言ってヒメコはツバサに近寄る。

 

 

 

「嘘は……言ってないよ……好きな人がいる……から……付き合えないんだもん……」

 

「……それがお互いのためだって?」

 

 

 

 ツバサは心の中に押し込め、殺した心を打ち明け始める。

 

 暗くてその顔はヒメコには見えなかったが、それで察せられないほど彼女も鈍くなかった。

 

 

 

「だって……タイキくんにはユウキさんを支える役目がある……私もヒメちゃんの夢を背負ってやりたいことがある……でも、一緒には……できない……ッ!」

 

 

 

 この現実であれもこれもと欲張れるほど、ツバサは馬鹿になれない。それだけの事はわかるくらい、彼女は大人になってしまっていた。

 

 

 

「今が大事な時期だもん。それに待たせることもできない。気持ちを伝えて繋ぎ止めるみたいなこと……したくない」

 

 

 

 ツバサはタイキをキープするような真似をしたくなかった。告白された時点で受けられるのかどうか——それだけが基準だった。

 

 

 

「……でも、我慢できなかったなぁ……誘われた時、嬉しかったもん……」

 

「そっか……」

 

 

 

 タイキからの連絡には心臓が飛び跳ねるほどだった。ツバサの話を優しく聞いてくれたあの少年からの誘いは、押し留めていた気持ちを少しだけ解き放たせていた。

 

 共にいた時間は——ツバサにとって夢のようだった。

 

 

 

「……告白してくれた時……嬉しかった…………なぁ…………」

 

 

 

 そうツバサが告白する頃……ヒメコは彼女を抱きしめていた。

 

 ただ友達の決意に敬意を示し、辛さに寄り添うように、そっと——

 

 

 

「まあ……ツバサもツバサで頑張ったんだな……無神経な事言って……ごめん」

 

 

 

 ツバサはそれを聞いて限界だった。

 

 大粒の涙と声が、大人の仮面を被った少女を年相応に戻す。それをただ優しく撫でるヒメコは……こう言った。

 

 

 

「——色んなことが諸々片付いたら、今度はお前が言いにいけよ……」

 

 

 

 その時はツバサが勇気を示す番だと、ヒメコは語る。今日のことを本当に嬉しいと思ったなら……次は彼女が曝け出す番だ。

 

 そんなことを思いながら……ヒメコは、最後に少しだけ——

 

 

 

 友達を羨むのだった。

 

 

 

 

 

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告げた想い、秘めた想い——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第140話 カラクリ大王


さて。HOME連携きましたね。
あとはマジでキモリ族来るの待つだけ!!!




 

 

 

 タイキは3日間、抜け殻と化した。

 

 流石にフラれてすぐ立ち直れとも言えなかったので、しばらくはハジツゲの自然に浸からせることにした。ハジツゲでは火山灰を集めて職人に渡すとビードロと交換してくれるシステムがある。とりあえずそんなことでもさせて気を紛らわせる目的でやらせてみたんだが……。

 

 タイキは——最初はボケェー……と、その辺の灰を眺めてるだけだったのが、次第に袋に灰を集め始め、3日目の朝辺りで力無く笑いながら袋を灰で満たしていた。ちょっと心配なくらい力抜けてたけど、幸せそうな顔をしていたのでまぁ良かったんだろう。カゲツさんは1ミリも興味ないらしく、ほっとけと言っていたが……案外立ち直りも早そうである。

 

 しかし、ここで意外な事実が発覚する。

 

 

 

「——え、タイキが……ですか?」

 

 

 

 ガラス職人の工房に入り浸るようになったタイキ。この1週間くらいは彼の好きにさせていた。しかしあまりにもあしげく通うので、俺は何をしてるのかと工房へ覗きに来た。そんな時に職人の親方から呼ばれて少し話を聞かされていた。

 

 曰く——あいつは器用な子供なのだと。

 

 

 

「最初は俺も出来心だったんだがなぁ。ビードロ作るとこをあんまりにも見てくるもんだからちぃーとだけやらしてみたんだ……そしたらこれが結構うまいのなんのって——経験あんのかって聞いたんだが、それもないらしいし……」

 

「あいつそんな才能あったんですか……俺も初耳です」

 

 

 

 うんうんと唸りながらタイキの才能を見出した親方に、俺も驚いたと告げる。

 

 確かに前から料理や人の世話を焼く姿は割と手慣れていて、年頃の男の割に器用なもんだと思うこともあったが、職人クラスの人間にも認められるほどだとは思わなかった。

 

 タイキってもしかして……すごいのか?

 

 

 

「いやぁ是非ウチで働いて欲しいもんだと誘ってはみたんだが、あんたに相当惚れ込んでんなアレは」

 

「あはは……すみません。でも、それなのにずっとガラスいじらせてるんですか?」

 

「あーいいのいいの。あいつが自分で持ってきた灰使ってるわけだし、出来がいいのは売りもんにできるレベルだから助かってんだ。素人のでもいいってお客さんも多くて品が足りなかったとこだったし」

 

 

 

 そういう親方を見て、俺はなんか少しホッとした。知らない間にタイキは自分の才能で人の役に立っている。あいつ自身ガラスの工芸品を作ることに集中してるみたいだし、気晴らしにやらせたことが思いの外よかったみたいだ。

 

 しかし職人を唸らせるとは……あいつ、人の下に付かせるには惜しい逸材なんじゃないのか?そんなことを考えていると、親方から意外な提案をされた。

 

 

 

「——別に勝手にすりゃいいんだけどよ。あいつの器用さ、持ち物(ギア)職人として磨かせてみるのはアリなんじゃねぇか?」

 

持ち物(ギア)職人……?」

 

 

 

 バトル用に育成されたポケモンに持たせることができる持ち物(ギア)——それを作る技師はこの町にたくさんいる。親方はタイキにそのどこかで技術を授かってくるのもいいのではと提案してきたのだ。

 

 確かに俺たちがこの町に来たのは、俺の仲間たちに合った持ち物(ギア)を見繕うこと。しかしそんな簡単にできるものなのか……?

 

 

 

「俺も持ち物(ギア)は専門外だがよ。職人の勘が言ってる。あいつはその手の才能に恵まれてるんだ。もちろん簡単じゃねぇが、この辺の職人で技師を育てるのが好きな知り合いがいてな……ちょっと変わり者だが、あの坊主にはぴったりだと思うんだ」

 

「そんな人が……でもなんでそんなことを?」

 

 

 

 親方の提案は俺としても嬉しいものだった。タイキがもし技師として俺を支えてくれるなら心強いどころの話じゃない。サポーターとしてこの上ない人材だ。しかしそれと何の関係もない親方が考えてくれるのは何故?

 

 

 

「へへ。職人ってのは勘定が苦手でな。いいと思ったもんに嘘つけねぇんだ。あいつは一途な馬鹿野郎なんだろ?見てりゃわかる。そんな気持ちで作る持ち物(ギア)なら、きっとお前さんの役に立つはずだ。それがわかってて黙ってられるほど、俺も大人じゃねんだわ」

 

 

 

 親方はタイキの未来を感じて、そう言ってくれた。何故かそれが自分のことのように嬉しくて……俺は彼のアドバイスを受け入れることにした。

 

 タイキはその間も一心不乱にガラス造りに励んでいる。その背中を見て、俺もその見立てを信じてみたくなった。自分の作ったものをあんなキラキラした目で見る彼なら、きっとできると感じたから。

 

 

 

「——その親父は“カラクリ大王”って呼ばれてる。日曜大工に命かけてる変わり者だが、ギア師としての腕は一流だ。いつも町の外れの工房にいるから、尋ねてみるといい」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲタウンはその昔鉱山の町として知られていた。今は採取できる天然資源も限られており、昔のような賑わいはないが、その名残で建てられた建物はそこかしこに点在している。

 

 そのうちの一軒である岩山に建てられたプレハブ小屋に、件の“カラクリ大王”なる人物がいるそうだ。

 

 

 

「「ごめんくださーい!」」

 

 

 

 俺とタイキは声を揃える。プレハブの戸の前で来訪を知らせてみたが、返事がない。しばらく待ってみても反応がないので、引き戸を軽く触ってみる。するとそれは軽い力でも開いてしまった。

 

 

 

「……誰もいないッスね」

 

 

 

 建物の中は薄暗く、謎の機材やら建材やらが並べられていた。その用途のほとんどはわからないが、この家主の商売道具だということだけはわかる。

 

 しかし不用心だな。出かけてるみたいだけど、鍵くらい閉めとけって——

 

 

 

——ドォォォオオオン!!!

 

 

 

 空気が震えるような爆音がいきなり響いた。それは建物の外——裏手からだった。

 

 

 

「な、なんだ——⁉︎」

 

「行ってみるっス!」

 

 

 

 俺とタイキは音源を目指して駆け出す。建物の裏に回ると——そこは広場になっていた。地面には白線が施されており、その形がポケモン用のバトルコートだと示している。

 

 その中央で黒煙をあげながら鎮座する何か……いや、それ以外にもそれは()()()()()()()

 

 

 

「あれは——“オンバーン”……?」

 

 

 

 俺は自分の上に影を作ったそいつを見て驚く。ズバットのような翼膜とスピーカーを思わせる巨大な耳を持つポケモン——“オンバーン”によく似たものが空を飛んでいたのだ。

 

 確か生息域はカロス地方だったはず……しかも見た目は俺の知っているものよりも硬質的で機械的な印象を受けた。まるで——

 

 

 

——ギギギ……ビビッ!

 

 

 

 飛んでいるのはそれだけではない。あっちには巨大な円盤状の巨躯を持つ“ジバコイル”に似た何か。よく見れば煙をあげて転がっているのは岩石の丸い殻を持つ“ゴローニャ”だったりする。こいつら一体——

 

 

 

「——“ヤドキング(デネブ)”。そろそろ終いにしようや」

 

 

 

 騒動の中、ただ一人の声が俺の耳に届いた。このポケモンに似た機械たちが向かう先に——その人たちはいた。

 

 それは、桃色の寸胴な肉体と頭に殻を被るポケモンと一人の青年だった。

 

 

 

——ヤァン。

 

 

 

 主人の声で桃色のポケモン——ヤドキングは腑抜けた返事をする。そこへ空からオンバーンが強襲してきた。

 

 真上からの接近攻撃——しかしヤドキングはそれに気付いていない。

 

 

 

「危な——」

 

 

 

 だがそれがヤドキングに当たることはなかった。オンバーンが当たる直前で、ピタッと止まってしまった。何が起きているのかわからずに見ていると、今度は沈黙を守っていたジバコイルが動く。体に電気を迸らせていることから、次の行動はすぐに読める。これは——

 

 

 

——ジジジ——ッ‼︎(10万ボルト)

 

 

 

 ジバコイルが光ったと思ったら、高圧電流がヤドキングを包んだ。水タイプを持つあのポケモンには効果抜群——当然直撃したことで戦闘不能は免れないと思った。

 

 

 

——ヤァン?

 

 

 

 まるで……効いていないようだった。今度のは間違いなく直撃したように見えたのに……なんで——

 

 

 

——ヤァーン!

 

 

 

 俺が疑問に思ううちに、すでに事態は変化していた。ヤドキングは何らかの力で空中に留めていたオンバーンを()()()()()

 

 

 

——ドガシャーーーンッ!!!

 

 

 

 その力があまりにも強く、オンバーンを模した鉄人形は、地面に叩きつけられあっけなく粉砕された。そして——ヤドキングは知らぬ間にジバコイルの上に飛び乗っていた。

 

 

 

——ヤンッ!!!(ドレインパンチ)

 

 

 

 ヤドキングはその短い前足を下段突きの要領で足場にしていたジバコイルに叩きつける。たったそれだけ——それだけでその人形も一撃でスクラップにしてしまったのだった……。

 

 

 

(す、すご……最終進化系のポケモン3体を同時に相手にして……いや、それよりなんだよあのヤドキング……あのポケモンがあんなに肉弾戦強いのなんて見た事ないぞ……?)

 

 

 

 俺は心の中で事態の解釈が追いつかないまま、目の前で起きたことに驚いていた。ヤドキングは俺も知ってる有名なポケモンの一種。シェルダーと呼ばれる貝ポケモンと特殊な条件で共生することで進化するのがこのヤドキングだ。

 

 本来生命エネルギーを使った特殊技が得意なはず。それはさっき——おそらくオンバーンを仕留めるのに使ったであろう“サイコキネシス”の出力を見ても間違いない。しかしそのあとジバコイルに叩き込んだのは格闘タイプの拳技。特攻も高い水準を保ちながら、物理技はそれ以上の威力で放っていることからわかるのは……並のポケモンではないということ。

 

 その持ち主への興味は尽きない。

 

 

 

「ん?——なんやジブンら見学かいな?そんなとこおったら巻き込まれるで!」

 

「あ……す、すみません!」

 

 

 

 俺たちに気付いた青年は、独特なイントネーションでこちらに注意喚起する。しかしもう戦闘は終わったのか、そのまま俺たちの方へ向かって歩いてきていた。

 

 遠くからではわかりにくかったが、青年は俺らよりも背が高く、黒と深緑の長髪を後ろで縛っている。一瞬女性かもと思うくらい顔立ちがよく、甚平姿でなければ性別がわからなかっただろう。服から伸びる手足は、男性のそれだった。そんな彼は糸のような細い目でこちらを見ている。そんな彼にタイキが話しかけた。

 

 

 

「すごかったッス‼︎ 今のなんスか⁉︎ ギュイーンってしてバァーンって——凄過ぎるっスよそのヤドキング!」

 

「“デネブ”〜言うんや。ジョウトで捕まえたんやけどなぁ。にしてもキミ擬音語多いなぁ」

 

「ジョウト……やっぱあっちの方の出なんですか?」

 

 

 

 やはりと言うのは、この人の喋り方がジョウト地方近辺でよく使われる方言に似ていたからだ。捕まえた場所と安直に結びつけて聞いたが、どうやら当たりらしい。

 

 

 

「せやで。言うてもそんな長い事おった訳やないし、生まれは“ヒワダ”やけどそっからは転勤族の親に連れられてなぁ……喋り方は親譲りなんよ。よう知っとるなジブン。さては同郷かいな?」

 

「一応俺も去年くらいまでコガネシティに住んでたんです。ヒワダにはまだ行った事ないけど」

 

「うわめっちゃ偶然やんそれ!コガネにはよう顔出してたで。どっかで会った事あるんかもなッ!」

 

「へぇー。アニキ、前にジョウトにいたって言ってたッスけど……世間は狭いっスねー!」

 

 

 

 確かにこんなところで同じ地方出身の人と会えるとは思わなかった。あんまりあの頃はいい思い出がなかったけど、それでも同郷の人間と会えるのはなんか嬉しい。

 

 しかしそうなると、彼はここで何をしていたんだろ?“カラクリ大王”なる人物はそこそこ歳がいった初老って話だし、まさかこの人のことじゃないよな?

 

 

 

「そういや名前聞いてへんかったな。ワイは“ジン”と言いますー。以後お見知り置きを」

 

「あ、えっと……ユウキです。今はミシロタウンに籍があります」

 

「俺はタイキッス!ユウキのアニキのお世話してるッス♪」

 

「よろしゅうなぁ」

 

 

 

 ジン——そう名乗るこの人はやはりカラクリ大王ではないようだ。というか、カラクリ大王って今更だけどなんだよ。本名じゃないとは思うけど……。

 

 

 

「その……ジンさんはここで何してたんですか?」

 

「肩慣らしや。昔ホウエン(こっち)出る時に預けとったポケモンのな。ここの家主とはその頃からの付き合いで、カラクリ貸してもろたんよ。壊してもうたけど……」

 

 

 

 そう言いながら、遠くでヤドキングがバラバラにしたジバコイルを突いていた。え、じゃあ今のはこの人のトレーニングだったの?どう見ても本気のバトルに見えたけど……というか3匹同時に相手する意味は?そんな疑問は解消されないまま、タイキは話を進めた。

 

 

 

「じゃあホウエンにもいたって事ッスか。にしてもすごいッスね……この人形たちあっさり片付けちゃうんスから……」

 

「おかげでデネブのええ運動になったわ。ホンマ大王さんはええ仕事しはる。性格はちょいアレやけど」

 

「いや、ポケモン模した人形でバトルさせるとか聞いた事ないんですけど……」

 

 

 

 実際はそういうのもあるらしいのだが、かなりの高等技術をどうにか応用して、決められた動きをする人形を作るのがどっこいどっこいらしい。一般人には手が出せないほどの金額の割に本物のポケモンとはまるで違う挙動をすることから、あまり実践トレーニングの役には立たないと思っていた。

 

 しかしさっきの挙動を見る限り、人形は実際のポケモンに近かった。操縦者は見当たらないがもしかして自律して動いてたのか?この人も凄いけど、こんなオーバーテクノロジー作る方が実はやばいんじゃなかろうか……。

 

 ん?いやでもそうなると——

 

 

 

「あの……そんなもんバラバラにしちゃってよかったんですか?」

 

「…………ええか少年」

 

 

 

 重い沈黙。それが意味するところを、何となく察した俺は嫌な予感で身震いさせる。そして、ジンさんは俺の肩に手を置いた。

 

 

 

「急いで埋めるでこれ」

 

 

 

 答えは隠匿。作り主にバレたらただでは済まされないことを暗示していた。

 

 

 

「ほれあっちの持ってきて!そっちのツルピカくんはそっち!こらデネブッ!いつまで鉄くれ突いとんねん早よ来い——」

 

「……どこに行く気だ?」

 

 

 

 慌てて撤収作業を始めたジンさん。その背後にいつの間にか立っている人影に、俺とタイキは腰を抜かした。だってその人の気配が……修羅そのものだったんだもん。

 

 

 

「あ、お……お早いお着きで……」

 

「思ってたよりも巨大な爆発音がしたので心配になってな——私の可愛いカラクリ人形(ベイビー)たちに何かあったらと……」

 

「そ、それはそれは……甲斐性がある男はモテますなぁ。ヨッ!さすがカラクリ大王♪」

 

 

 

 ジンさんの後ろでベッタリと張り付くように立つ初老の男は瓶底メガネをかけている。腹巻きが特徴的なおじさんだが、その風貌からはあり得ない殺気がダダ漏れになっていた。そんな彼にジンさんは火に油を注ぐようなことを言う。

 

 あかん、死人が出る——俺たちは覚悟させられた。

 

 

 

「そんなベイビーたちの姿が見えないんだよジンくん……コートの上には粉々になった謎の残骸しか……ねぇ?」

 

「あ、あーーーーー……」

 

 

 

 カラクリ大王なる人物は核心に迫る。その一言でジンさんは明後日の方向を見ながら冷や汗をドバドバ出すのだ。逃げ場はない。

 

 

 

「貴様……私の可愛い子らに何をした……?」

 

 

 

 怒気の籠った一言が青年を押し潰さんとプレッシャーとなって襲う。あ、人ってこんな殺気出せるんだ。呪いとか怨念ってバカバカしいって思ってたけど、こんだけ怨みつらみあったら人の一人くらい()れるわこれ。

 

 それがトドメとなり、ジンさんは弾けたようにその場にひれ伏した。「すんませんすんません」——そう謝る姿はとても凄腕トレーナーの風格ではなかった。

 

 ——と。そんなやりとりに震えていると。

 

 

 

「——大王さーーーん!いきなりすっ飛んでどこ行くんですか〜⁉︎」

 

 

 

 遠くから新しく別の人間の声がした。カラクリ大王さんの同行者なのか、彼を呼ぶ声はプレハブの向こうからしていた。

 

 あれ?この声どっかで——

 

 

 

「僕この辺りは詳しくないんですから、置いてかれると迷子になっちゃう——ってあれ?」

 

 

 

 建物からひょっこり顔を出したのは大きめのメガネをかけた低身長の男性。白衣に身を包んだその姿はよく覚えている。

 

 トウカの森で出会ったあの強烈な人間を忘れるはずはなかった。

 

 

 

「つ、ツシマさん——⁉︎」

 

「ユウキくん——⁉︎」

 

 

 

 最後に会ったのがムロのジム戦。俺たちは意外な場所で再会を果たすこととなった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カラクリ大王の計らいで、その場にいた俺たち全員はプレハブの中に通された。ほとんど工場と化していた内装に申し訳程度に設けられたデスクを囲んだ俺たちは、まず自己紹介から始める運びとなった。

 

 

 

「改めて——ようこそ来たな若者たち!ワタシこそがこのホウエンに誇る一子相伝機工技師職人3代目——人呼んで“カラクリ大王三世”であーる‼︎」

 

 

 

 胸を張ってそう答えるのは、さっきまで途轍もない怨念を発していた初老の男性だった。今は機嫌を直しているのか、快活に笑っている。しかしまた奇抜な自己紹介だ。

 

 

 

「なーにが一子相伝や。あんたの爺さんがたまたまカラクリ好きだっただけやろ?三世言うんもその孫ってだけで、カラクリ大王とか名乗っとるんはこのおっさんだけや」

 

「良いではないか!こういうのは雰囲気ッ‼︎ ワタシの名が世間に広まった時、気持ちよくその賞賛を受けられるであろー?」

 

「承認欲求丸出しかいッ!まぁ素直なだけ可愛げあるけども」

 

 

 

 ジンさんが合間でツッコミしていたが、なんとなく大王さんの人柄がわかる自己紹介だった。変わり者と言われてはいるが、それも納得である。しかしまた何と言うか……その変わり者のところになんでまた別ベクトルの変わり者がいるんだ……。

 

 

 

「それでツシマさんはなんでここに?」

 

「仕事だよー。うちの社長が大王さんの手伝いしてこいってさ。まぁ僕もキノココの活動が少なくなる冬場は割と暇しちゃうから、たまの旅行気分だけどねー♪」

 

「今仕事って言わなかった……?」

 

 

 

 あまりにも適当すぎる受け答えに呆れる俺。というか当たり前のように業務より私情優先してるし。キノココ狂いは健在なのな……。

 

 

 

「元々“ブッサン”——デボンのツワブキくんとは学生時代の同期なのだよ。というか、ワタシがまだトレーナーやってた頃からのライバルのひとりだ」

 

「え、大王さんもトレーナーだったんですか?」

 

「何やその質問……別に変なことあらへんやろ。老いて何になるかは知らんけど、出発は今も昔もポケモントレーナーって相場は決まっとる」

 

「そ、そりゃそうか……」

 

 

 

 至極当たり前のことで驚いていた自分が恥ずかしい。しかしそんな繋がりがあったとは、世間はやはり狭いな。

 

 

 

「話は戻すが——ブッサンは縁故でワタシに市販の持ち物(ギア)造りを昔から頼んできとるんだが、その交換条件としてデボンの最新技術を提供してもらってるのだ。ワタシとしてはひとつひとつに魂の篭らぬガラクタを売り捌くなど言語道断なのだが……」

 

「社長も言ってたでしょー?これからトレーナーになる初心者には、癖のない一律品の方が触りやすいって。大王さんの品はすごいんですから、その価値を見出せる目を顧客に養ってもらう為にも、これは必要なことです」

 

「納得はしておるよ。それでもほら……ちょっとまだ気が引けるのだ」

 

 

 

 大王さんは少し不服そうにぶつくさと言いかけるが、そこを社長の代弁と言うようにツシマさんが止める。なるほど、それでこの人がここに派遣されたわけか。

 

 

 

「——ちなみに今回は僕の担当、“AI技術”による自律プログラムの提供!さっき飛んでたからくりポケモンたちにも導入してるんだよ♪」

 

「え、じゃああれってツシマさんの作ったプログラムで動いてたの⁉︎」

 

 

 

 俺の問いかけににっこりと笑って肯定するツシマさん。あんたそんなことできたのかよ。

 

 

 

「まだ開発段階でポケモンの完全再現には程遠いけどね〜。あとやっぱりデボンの技術屋でも滑らかな動きを出せる緻密な関節と頑丈さを保ったまま駆動させられる人形(ボディ)の方は大王さんの足元にも及ばないんだ」

 

「そうは言うけどツシマ殿。実際動かしてわかったが、ほとんどポケモンの動きそのものだったぞ?どうやったらあんな生き物らしい動きが可能になるんだ?」

 

 

 

 キノココに感性を破壊されたツシマさんとは思えない賢そうな話で盛り上がり始めた大王さん。完全に置いてけぼりなんですが……。

 

 

 

「——でも動きは単調で読みやすいし、ちょっと小突いただけでスクラップになりよったけどなぁ〜ナッハハハ♪」

 

 

 

 その地雷を踏み抜いたのはジンさん。それを聞いた大王さんによるチョークスリーパーは見事なものだ。アホなのかこの人は……。

 

 それでもここにいる人たちの繋がりに納得していると、今度はツシマさんが俺たちに疑問を持った。

 

 

 

「でもユウキくんたちがこの辺にいるとは思わなかったよ。ジムもトーナメントもこの辺じゃないのにどうして?」

 

「ああ。B級になれたし、ちょっと資金に余裕ができたから持ち物(ギア)を買いに寄ったんだよ。市販のでもいいんだけど、ちょうど最寄りの町にいたし……どうせなら本場のを見ておくのも悪くないと思って——」

 

「なぬ⁉︎ では少年、ワタシの持ち物(ギア)が欲しいというのだな⁉︎」

 

 

 

 俺が話を言い切る前に大王さんが俺の両肩を持つ。そのままシェイクされてちょっと気持ち悪い……。

 

 

 

「そ、それもアリですけど……ハジツゲのガラス屋さんからここを紹介されて……持ち物(ギア)造りの方を教えてもらおうと思ったんです——こっちのタイキに」

 

 

 

 揺らされながら俺はなんとかここにきた旨を伝えられた。それで横にいたタイキもおずおずと頭を下げている。

 

 

 

「こっちの玉のような少年にか?失礼だが、持ち物(ギア)造りの経験はあるのかね?」

 

「い、いや……それはまだ……」

 

「はっきりしたまえッ!!!」

 

「まだ何もわかんないっス!!!」

 

「よろしい!返事は元気良く頼むぞッ‼︎」

 

 

 

 タイキへ独特の距離の詰め方をする大王さん。まだお願いしたいくらいにしか話が進んでいないにも関わらず、すでに師匠の雰囲気漂わせてないか?いやいいんだけども……。

 

 大王さんによる質問タイムが始まり、タイキはそれに元気良く答え始めたので、とりあえず成り行きを見守りながら、出されているお茶を啜る俺。すると——

 

 

 

「何や自分プロトレーナーやったんかい」

 

「え?あ、はい……一応……」

 

 

 

 ジンさんが俺に意識を向けていた。いきなりだったので自信なく返してしまったが……一応ってなんだよ。

 

 

 

「はぁ〜。やとしたら弟子入りさせるあの子はキミのサポーターかい。難儀なやっちゃな」

 

「な、難儀……?」

 

 

 

 ジンさんは大王さんの世話になることに反対なのか、渋い顔でそんなことを言う。なんか問題あるのか?

 

 

 

「あのおっさんが作るもんはデボンに送っとるもん以外、HLCの審査を通らんゲテモノ持ち物(ギア)ばっかやからなぁ。弟子入りさせたらそらモロ影響受けるんとちゃう?」

 

「え、マジですか?」

 

 

 

 今言ったことが本当だとしたら、確かに弟子入り先間違えたのではないか?審査に通らない持ち物(ギア)の持ち込みはどの大会でも認められないから、そんなものをもらってもしょうがない。

 

 そんな心配をしていると、今度はツシマさんが笑いながら俺の不安に答えてくれた。

 

 

 

「それは大丈夫だよー。デボンにはもう何度も来てもらってるけど、基礎はしっかりできてる人だからね。ウチには設計図を送ってくれたらそれでよかったのに、いまだに納品前には直接見に来てくれるくらいには面倒見のいい人なんだよ。変わった持ち物(ギア)やトレーニング機材だって、そのうちのいくつかはデボンがバックアップして多くのトレーナーが当たり前のように使ってる。“脱出パック”ってあったでしょ?あれは大王さんのアイデアを元に作られてるんだ」

 

「す、すご……確かにトーナメントレベルでもたまに見かけるもんな。“脱出パック”」

 

 

 

 件の持ち物(ギア)は持たせたポケモンが不利な能力低下を受けると反応して、ポケモンを手持ちに戻すことができる使い捨ての装置だ。俺も面白そうだなと思って調べたこともあるけど、技術的に安全に発動させる為の機構は、実用化するまで長いこと研究されてたらしい。まさかその造り主と会えるとは……。

 

 

 

「デボンには技術提供だけじゃなく、研究員の指導にも一役買ってくれててね。人を教えたり導いたりする点において、この人は信頼できる。僕が保証するよ」

 

「そ、そっか……でもそうだよな。ガラス屋の親方もそう思うから紹介してくれたわけで……」

 

「難儀やー言うたんはそれだけやないけどなぁ……」

 

 

 

 少しホッとした俺にまだ何か思うことがあるのか、ジンさんはちょっとだけ遠い目をして言う。どういう意味だろう……黙ってその心を考えていると、一つため息をついてジンさんは続けた。

 

 

 

「あの子、持ち物(ギア)造りをこれから学ぶんやろ?あのおっさんが如何に人に教えるんが上手い言うても、流石に一朝一夕でツルピカくんを仕上げることはできん。あんた、それを待っとく気なんか?」

 

 

 

 その質問が何を言わんとしているのか……朧げながらも理解できた。それで俺は考える。その間もジンさんは続けた。

 

 

 

「ホウエンに来たんが去年言うてたな。ちゅーことはこっちでライセンスとってまだ日は浅い。それでB級いうんやから勢いはある方やろ?その勢いを止めてまであの子のこと待つんか?」

 

 

 

 プロは甘くない。勢いがあるうちに挑めることには貪欲にチャレンジした方がいいというのは俺もわかる。まだ経験はないけど、前評判が高いトレーナーが潰れる一番の原因は“スランプ”にある。変な話、負けが続くと負け癖がついて再起するのが困難になるそうだ。

 

 勢いに乗っている間はそうなるリスクも低いとトレーナー心理学でも証明されているらしい。その勢いを殺してまで待つ必要があるのかという問いは最もだった。

 

 

 

「市販のもんでも粗悪品掴まされんかったらまずちゃんと動く。好き嫌いせんかったらそっちのがずっと早いで。あの子とどういう成り行きで旅しとるんか知らんけど——『力になりたいッ!』的な気持ちに付き合っとったら、キミの歩幅が乱される。そりゃはっきり言うて馴れ合いや」

 

「手厳しい……ですね」

 

 

 

 ジンさんが言うことはどれも正論。しかも的を得ている。淡々と放たれる言葉には大した感情は込められてなさそうだ。それなのに重い。

 

 それでわかる。この人とポケモンのあの強さ……ジンさんもプロだ。そんな人の忠告を無視するわけにはいないよな。

 

 

 

「ご忠告ありがとうございます。でも大丈夫」

 

 

 

 俺は自信を持ってそう答える。ジンさんは何も言わない。「なぜそう言える?」——そんな眼差しだけを向けて。

 

 

 

「あいつも——タイキもその事は多分わかってる。俺の勢いを殺すくらいなら、最初からこの申し出を受けるなんてしなかったと思うんです。それでもやるって決めたのは——」

 

 

 

 タイキには自分を信じられる——ほどの器量はまだないと思う。まだ俺たちはこれからだ。この先いろんなことをして、成功や失敗を経験して初めて自信ってのはついてくる。

 

 だからやるって言ってくれたのは、結果を見据えたわけじゃない。

 

 

 

「俺もあいつも……今、挑戦中なんです。リスクはあっても、遠回りになる可能性があっても……目の前のチャンスを無視して歩きたくない」

 

 

 

 それは俺とタイキに共通するところだ。やらずに後悔はしたくない。技師としてタイキが成長して、その持ち物(ギア)でバトルする——そんな未来が来るのかわからないけど……そう考えるだけでワクワクする。

 

 

 

「——さよか。偉そうなこというてすまんかったな」

 

「あ、いえ……俺も夢みがちだってわかってますから……」

 

 

 

 ジンさんが謝る理由はない。むしろ見ず知らずまでの子供を気にかけてくれている。そんな彼が、俺の言葉を聞いて急に爆笑し始めた。

 

 

 

「な、なんですか?」

 

「いやぁ夢みがちってキミ、随分楽観的やなぁ。ホンマにそうできると思てるやつが言うセリフやで?この件に関してはツルピカちゃんの努力と才能次第や〜言うのに、そこまでわかっといて信頼しきっとるというか……なんやおもろいなぁキミは」

 

 

 

 何を面白がってくれたのかはわからないが、とりあえず納得してくれた?みたいだ。絶対に俺より格上のトレーナーなのに、懐が広いなぁ……。

 

 

 

「まぁそういうことなら頑張りぃ。()までこれるか知らへんけど、年末にはおもろいもん見したる……見るんやろ?年末のプロリーグ決勝」

 

「…………!」

 

 

 

 ホウエンリーグの最高にして最難関。全プロトレーナーの約5%しか出場できない半年間のリーグ——さらにその上位8名だけで行われるのがホウエンリーグ決勝トーナメント。

 

 この人……それに出るって言ってんのか?

 

 

 

「でも……さっき肩慣らしって……」

 

「肩慣らしのつもりにしとった()()()()()()()()()()()()からなぁ……まぁ気晴らしついでに大王さんの顔も見れたし……なんやおもろいトレーナーにも会えたしなぁ。そろそろ行かせてもらうわ」

 

 

 

 話している内容を整理するので一杯一杯になってる俺を尻目に、ジンさんは立ち上がってこの場を後にしようとする。「邪魔したでー」と一言添えて、立ち去る背中を見つめていると、ツシマさんが口を開いた。

 

 

 

「やっぱり知らないで話してたんだね。あの人のこと……」

 

「ツシマさん……知ってんの?」

 

 

 

 ツシマさんは前にバトルやプロのことはあまり知らないと言っていた。それでも知ってるってことは、それほどの有名人ってことになる。そりゃそうだ……本当にプロの頂点で戦える実力があるトレーナーなら。

 

 

 

「たった一年間だけ……プロとしてホウエンリーグで戦っていたトレーナーがいてね」

 

 

 

 その強さは異次元だったらしい。他地方から突如彗星の如く現れた彼は、その勢いのままHLC主催のホウエンリーグに出場してしまった。

 

 

 

「あの頃はどこもかしこも彼の話で持ちきりだった。もう5年も前の話になるけど——」

 

 

 

 曰く——最強。

 

 ホウエンリーグ始まって以来、その男は誰にも負けず、その戦う姿のみで圧倒的な力を誇示し続けた。まるで暗闇の空に輝く一等星のように——。

 

 

 

 星帝(シリウス)——現代に生きる伝説。それがジンという男の正体だった。

 

 

 

 

 

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最強……その名に相応しい男——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第141話 戸惑いのサプライズ


6月は祝日がありません。なんでや。



 

 

 

 タイキは程なくして、カラクリ大王さんに弟子入りすることになった。

 

 

 

「——ったく。俺様のいないとこでまーた勝手に話進めやがって」

 

「いや……大王さんとこ行くの誘ったじゃないですか。興味ないってホテルでゴロゴロしてたんだから文句言わんでください」

 

 

 

 拠点にしているホテルに戻った俺はカゲツさんにことの次第を話していた。仲間外れが嫌ならついてくればいいのに……まぁこの人に限ってそんな情緒ないだろうけど。ちなみにタイキはしばらく大王さんのとこで世話になるそうだ。

 

 

 

「それにしたってまたひと月もハジツゲに留まる羽目になるとはな……随分のんびりしたもんだぜ」

 

 

 

 カゲツさんの言いたいこともわかる。この町に来たのだってジム挑戦やトーナメントで勝つための準備が目的。あまりそこで時間をかければ、実戦への勘が鈍る。旬のトレーナーがあまり試合間隔をあけない理由のひとつだ。

 

 トーナメントでの成績こそ残せてはいないものの、公式戦の勝率は悪くない今は自分でも出来すぎだとも自覚している。その勢いを殺すべきではないことは、さっきジンさんに言われた通り。こういう意味でもあまり足踏みしてはいられない。

 

 それでも……俺は今ちょうどいいとも思っている。

 

 

 

「そりゃ俺もトーナメント出たりバッジ取ったりするつもりではいたんですけど……今はちょっと足を止めて整理したいこともあって……」

 

「整理したいこと?」

 

「はい……固有独導能力(パーソナルスキル)のこと」

 

 

 

 それはフエンの戦い以降、その能力が形を変えたことが気になったからだ。あの時は激情に駆られて無我夢中だったけど、そのことについて今一度考えてみたくなった。能力が成長……もしくは進化しているなら、自分の今の状態を正確に捉えておきたい。

 

 もちろんあの後カゲツさんにこの事は伝えていた。その時にそれが能力区分のひとつ——感添(かんてん)によるものだと教えられてはいたが……。

 

 

 

「そういやそんな事言ってたな。まあそれが成長ってことで間違いはねぇだろうよ。ただ、お前自身が変質したってわけじゃねぇと思うぜ」

 

「変質したわけじゃない?」

 

 

 

 カゲツさんの言葉は意外だった。能力はかなり変化していると思う俺からすると、これが本来の力だと言われてもピンとこない。

 

 感添(かんてん)固有独導能力(パーソナルスキル)発動中に得られるトレーナーの能力向上。俺にはそのギフトとして『集中力に比例して視覚にとらえた景色の時間を遅くし、現状をスローモーションで把握する』——みたいな能力が与えられていた。

 

 だがダチラと戦う寸前で覚醒させた能力はそれに加えて妙なイメージがつくようになった。脳内で謎の電子音が響くと同時に、視覚にパイロット系のゲームに出てくる“標準”のような光が現れる。それが完全にロックされると、数秒後にその箇所から敵の攻撃が飛んできたり、敵の移動位置だったりした。つまり戦闘における最適解——『俺にとって都合のいい場所が発覚する』という能力が発現した。

 

 これこそが絆魂(はんごん)——ウリューが使ったポケモンの生命エネルギーを引き出してコントロールする技能だと思っていた。しかしカゲツさんはその仮説を否定した。

 

 

 

「それがもし絆魂(はんごん)だったなら、おそらくその時使ったジュプトル(わかば)マッスグマ(チャマメ)のどちらかに大きな負担がかかってる。初めてやったにも関わらず、その様子がカケラも見受けられねぇならそれは感添(かんてん)で間違いねぇだろ」

 

「だとすると……能力が変わったんじゃ?」

 

 

 

 新能力が同じ感添(かんてん)だとするなら、やはり『体感時間をスローにする』のと『敵の攻撃を予知する』のではあまりにも違いすぎる。変化したわけじゃないというのなら、これも最初に発現した能力の延長線ということになるが……因果関係どうなってんだ?

 

 

 

「……こりゃ仮説だがな」

 

 

 

 カゲツさんはそう前置きして話す。おそらくこう言うのは、カゲツさんでもわからない事があるからだ。そもそも固有独導能力(パーソナルスキル)は使い手の少なさからサンプルが採れにくく、現代科学でも現象を限定しきれていないらしい。その上で、カゲツさんなりの解釈を話してくれた。

 

 

 

「——お前の能力、“時論の標準器(クロックオン)”だったか?それは元々その『戦況の急所を標準で捉える』ってのがメインの力だったんじゃねぇか?」

 

「戦況の急所……?」

 

 

 

 一言で言うならそんな能力——しかしそれがメインとはどういうことだ?

 

 

 

「お前の能力の本質は脳内での状況高速処理。見えてるもんの危険性や優位性なんかを見極めるために感添(かんてん)でその処理能力を向上させてる。戦況を見切れるまで情報が集まれば、その予測は“予知”にまで昇華されて、それが『戦況の急所』としてロックオンされるイメージの正体じゃねぇか?」

 

感添(かんてん)がくれたのはそんなコンピュータみたいな処理能力ってこと……そうか。だからそこまでレベルが上がってなかった俺には……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 カゲツさんの仮説は俺の疑問を晴らすのに最適な答えとなった。

 

 要は俺が能力の全てを引き出すほど、脳が成長していなかったということ。その処理能力に耐えられる、もしくは慣れるほど脳が育っていなかったのだ。それも何度も使い続けることで脳が固有独導能力(パーソナルスキル)に順応していったのかもしれない。その成長に伴って、特異な体感時間の中でそんな視野が備わるようになったのだとすると合点がいく。

 

 時論の標準器(クロックオン)は何も奇跡の産物じゃない。本来持っていた能力に身体がついてきて、俺の感情の昂りを食ってようやくその姿を現したにすぎないのだ——あくまで仮説だけど。

 

 

 

「……そうだとすると随分親切設計だな。お前の能力は」

 

「なんか言いました?」

 

 

 

 俺が考え込んでいると、カゲツさんが何か呟いたような気がした。しかし「なんでもねーよ」とだけ言われて追求を許されなかった。気になるじゃないか……。

 

 

 

「——と。そんな能力がわかったところで整理するってのはどういうことだ?」

 

 

 

 カゲツさんは話題を元に戻す。能力の正体は朧げながらにも掴んだ。これ以上何をする必要があるのか——彼の質問は最もだった。

 

 

 

「いやそんな変な話じゃないですよ。ただそれに合わせて、俺も戦い方やトレーニング法を考えなきゃいけないな……って思っただけです」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)、“時論の標準器(クロックオン)”——。

 

 こんなものが搭載されたんだから、この先の戦いで利用しない手はない。今までは発展途上の能力を前提に組んでいた作戦の数々を、成長した今の俺に合わせたものにブラッシュアップしなきゃいけないのだ。

 

 しかし、それには少し時間がかかる。

 

 

 

「俺はカゲツさんに言われた通り、まだ『頭で考えている』節がある。多くの作戦の中から戦況に合わせて瞬時に選び抜くためには、事前準備が欠かせないんです。そこから反射に近いものに仕上げるためには、立てた作戦を体と脳に反復で叩き込む——多分そうしないと、時論の標準器(クロックオン)は発動しないんです」

 

 

 

 実際この能力はまだ扱いきれてない。固有独導能力(パーソナルスキル)のほぼ最大出力でしか使えないから一試合フルでやろうとすると先に心がバテる。

 

 しかも発動条件もよくわかっていない。ダチラ戦では戦闘中ずっと時論の標準器(クロックオン)は使えていたのに、コンテストを襲ったエアームド戦ではルチアに降りかかる危険にだけ勝手に反応した。

 

 その2つの違いはまだよくわからない。俺が知らないうちに脳みそが弾き出した答えが、その時は見えたんだと解釈している。だからきっと自分でわかっている範囲の脳内整理整頓をして、少しでも頭の中を綺麗にしておかなきゃ、いざって時に能力発動の妨げになってしまうんだと思う。

 

 

 

「難儀な能力だぜ……本来固有独導能力(パーソナルスキル)は個人個人の独特な感覚で扱う代物だ。それを頭で整理して使わなきゃまともに機能しないとか——じゃじゃ馬もいいとこじゃねぇか」

 

 

 

 カゲツさんのおっしゃる通り、使い勝手の悪さが目立つ能力だ。効果としてはかなり強力な反面、発動条件の見極めがまだできてないことや燃費の悪さ、しかも能力の出力は自分の感情の昂りに比例する。しかし感情が昂るほど判断は雑に曖昧になっていくのが人間だ。コントロールを失えば、時論の標準器(クロックオン)は応えて来れなくなるだろうな。

 

 

 

「……まぁその辺はお前に向いてる能力とも言えるか。お前はどうもテンション上がっても判断力鈍らないタイプらしいし」

 

「へ……?そうなんですか?」

 

 

 

 師匠の見立ては意外なものだった。俺としてはいつも冷静さを欠いて無用なリスクを負ってしまう傾向があるように思えたけど……。

 

 

 

「むしろアガってる時のがマシな思考回路してんぜお前は。スロースターターなとこはめんどくせぇが、尻上がりに調子を上げていくのは自分の感覚に頼るトレーナーのそれに近い。思い切りの良さと判断力が噛み合ってんだろ……」

 

「いつもいっぱいいっぱいだから……そんな風に考えた事なかった……」

 

 

 

 でも心当たりがないわけじゃない。メモに残った戦いを振り返るたび、そういう違和感というか、ピンチな時ほどかえって調子の良さを感じるなんてことも。感情の昂りと判断力が比例している……人間の精神構造からして矛盾してる気がするけど、俺はどうもそういう変わり者らしい。

 

 

 

「まぁそんな意外なことでもねぇ。お前は平常時に悪い想像しすぎなんだよ。ちょっとくらい無謀になったほうが、お前にはちょうどいいぜ」

 

「そういう器用さが俺にもあったらよかったんですけどね……」

 

 

 

 最後のカゲツさんのアドバイスにはそれとなく断りを入れておく。いや言われていることはわかってるんだ。ただいつも張り詰めてやっと試合ができる俺は、緩めるのも加減を知らないので総崩れになりそうで怖い。

 

 時論の標準器(クロックオン)の都合上、それもゆくゆくは加減を覚えなきゃなんだろうけど、やる事がまだまだ多いので、少し後回しにさせてもらう。

 

 

 

「能力の取り扱いについての下調べ。成長した自分たちに合わせた作戦づくり——あとはそれに合わせたポケモンたちの調整と訓練で、ちょうどひと月くらい欲しかったんですよ。カゲツさんには暇させちゃうかもしれないけど……頼みます」

 

「ケッ……精々のんだらさせてもらいますわ」

 

 

 

 そう言ってカゲツさんはベッドに転がって、自分の端末で何かを見始めた。俺らがいない間は掃除くらいして欲しいもんだが……元よりそこは期待していないので黙っておくことにする。

 

 

 

「それじゃ……俺も明日から大王さんとこのカラクリ相手にトレーニング始めますんで。時々は顔出してくださいよ?」

 

「へいへい——でもお前、年末は予定空けとけよ?」

 

「その辺は抜かりなく。俺もタイキも観たいんで」

 

 

 

 最後のカゲツさんの忠告。それは年末に行われるホウエン屈指の大イベントの中継だ。

 

 去年は引っ越しの忙しさと元から興味がなかったのもあって観ることはなかったが、今や無関係ではなくなってしまったイベント——。

 

 

 

 ホウエンリーグ決勝トーナメントのリアルタイム視聴である。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——《今年も……いよいよこの季節がやって参りました……!》」

 

 

 

 大勢の観客がホウエン地方の“サイユウシティ”——そのスタジアムに詰めかけている。

 

 年に一度のこの日——本来ならこの先に待つ試合が生み出す熱狂を想像し、誰もがそわそわするところが、今日はやけに空気が重かった。

 

 このトーナメントだけは、例年のそれとは違う空気を誰もが感じて口を重くする。そんな心情を表すように、スタジアムは薄暗かった。

 

 

 

「《ついに出揃ったホウエン最強の英傑たち……しかし今年のトーナメントは一味も……二味も違います……彼が、5年ぶりに姿を現したのです!》」

 

 

 

 実況の声に会場の皆が固唾を飲んだ。

 

 5年前——流星の如く現れ、ホウエン中の屈強なトレーナーを残らず狩り尽くした男。誰も難癖ひとつつけられない圧倒的な力を見せつけた彼が、再びホウエンの舞台で戦う。

 

 皆が思う。ホウエンのトレーナーはこの男を倒せるのか。それともあの時以上の驚きを見せてくれるのか……。

 

 少なくとも腕は衰えていないのだろう。今年のリーグ成績は無敗。ビッグリストにひしめく猛者の中で、二番手を大きく突き放して1位通過を果たしているのだから。

 

 

 

「《今宵はその男からの入場から……この夢の舞台は始まります——ホウエンリーグNo. 1ッ!その男の名は——》」

 

 

 

 暗かったスタジアムが証明により一気に照らされる。会場の中央——この地方で広大なバトルコートであるその場所に、彼は立っていた。

 

 

 

 星帝(シリウス)のジンが。

 

 

 

——ワァァァアアア!!!

 

 

 

 その男の登場に会場が揺れた。

 

 それはテレビ越しに観ていたユウキたちにも伝わるほどの大歓声だった。

 

 

 

「す、すご……ツシマさんが言ってた通りですね」

 

「俺も迂闊だったッス〜〜〜!なんであの時気付かなかったんスかねぇ‼︎ サインもらえばよかった!」

 

「ケッ。2人してあいつのことも知らないとはな。無知もここまで来ると感心するぜ」

 

 

 

 ユウキとタイキ、2人がこのホウエンでも名の通ったトレーナーに気付きもしなかったことに悪態を吐くカゲツ。それを見て苦笑いするのはお茶を出すツシマと、視聴するための場所として工場を貸し出したカラクリ大王だった。

 

 

 

「仕方ないですよー。ユウキくんは去年からホウエンに来たばっかだし、タイキくんはまだ小さかったんですから」

 

「まぁそれでも今年はかなり持ち上げとったと思うがなぁ。最近の子は雑誌とか読まん感じ?」

 

「……スワロー(ハルカ)関連の記事ばっか見てました」

 

 

 

 大王の問いにユウキは正直に答える。本当にそれ以外のことは二の次だったユウキからすると、それも仕方がないことではある。それにしたって——と思う周りでもあるが。

 

 

 

「でもなんでいきなり帰ってきたんスかね?一回トーナメント優勝して殿堂入りしたんなら、ホウエンに住んでもいないジンさんがわざわざ来るって……」

 

「さぁな。たまたまホウエンにいる理由ができたか気まぐれか……どっちにしろ今シーズン出場する連中には同情するぜ」

 

「……そんなに強いんですか?」

 

 

 

 カゲツの物言いが気になったユウキは、ジンの実力を問う。ユウキ自身、彼の戦う姿を一瞬だけ見ていたので実力に疑念がある——なんてことはない。

 

 しかしA級トレーナー、その上位100名と数十戦戦って無双できるほどの実力かどうかまでは……今の彼には判断がつかない。

 

 そんな問いにカゲツは簡潔に答えた。

 

 

 

「強ぇ」

 

 

 

 元四天王。ホウエン屈指の実力者の重たい一言は、ユウキに緊張を走らせた。

 

 

 

「俺も直接手合わせしたわけじゃねぇからなんとも言えんとこはあるがな……5年前の闘いぶり見てると、全盛期の俺様が本気でやってどっこいどっこいってとこか」

 

「ししょーの全盛期クラスっスか……」

 

 

 

 その頃のカゲツは旧体制の四天王制度下で毎日をバトルに費やしていた。ほとんどのトレーナーを容易に返り討ちにしてきた勝ち気な彼がそういうのを聞いて、なんとなくその強さの指標がわかったユウキたち。

 

 そんなトレーナーの試合が観れるとなると、今更ながら胸の高鳴りを感じる2人だった。

 

 

 

「さて皆の衆。そろそろ始まるようだぞ?」

 

 

 

 大王の声に皆が意識をテレビに戻した。あとに出てくるのは実質この最強に挑む7人のトレーナーの紹介となる。そして試合の組み合わせが発表され——となるはずだった。

 

 

 

「みんなホンマ、来てくれておおきに……せやけどちょ〜っと時間貰われへんやろか?」

 

 

 

 コートに立つジンが、スタッフから手渡されたマイク越しに言葉を発する。待ってくれ——今か今かと試合を待ち望む観客はその言葉に怪訝な雰囲気を示した。

 

 

 

「今日ここに立つ連中、わいがおらん間もぎょーさん頑張って強なってくれとるみたいや。皆さんも承知の通りや思いますが、ここに集まった他の7人は、わいが5年前に直々に下したトレーナーや。さぞ悔しかったんやろなぁ……よそモンに王冠()られて、皆さんも気持ちよくなかったやろ?」

 

 

 

 飄々とした口調で言い放つ言葉に、会場全体の空気がさらに重くなるのをユウキたちも感じた。ジンが帰ってきたことによって、このトーナメントは例年とは全く違う様式になっていることに、今更ながら気付く。

 

 これは謂わばリベンジマッチ。ジンという最強を倒し、ホームグラウンドの威厳を取り戻す——そんな意識がジンに向けられていた。

 

 

 

「せやから……せっかくやからもうちょい本番はお預けにしてもらえんかなぁ?別に逃げも隠れもせぇへん。5年前に勝ち逃げした埋め合わせを間に挟ませてもらえへんかな?……わいのウォームアップとして、あるトレーナーに1on1をお願いしとるんよ」

 

 

 

 ジンの提案……その急なプログラム変更に会場がざわつく。これは全く予定にない事態だった。星帝(シリウス)が何を考えているのか……判断しかねている。

 

 

 

「もちろん観てくれとる皆さんがええならの話や〜。運営さんにも無理言うてそれならOKやと聞いとる。悪い話やないと思うで〜?少なくともわいのポケモン1匹は見れるわけやし。せっかくのお祭りや!ちょっとくらい()()()があってもええやろ?」

 

 

 

 その一言を言い終えた瞬間だった。

 

 

 

——ドゴォォォン!!!

 

 

 

 観客席の下層。バトルコートへ続く道を閉ざしていたゲートが、何者かによって破壊された。その轟音に皆が沈黙……爆煙の向こうから、ひとりのトレーナーとポケモンが姿を現した。

 

 

 

「……ほぉら。活きのええのが来よったで」

 

 

 

 その煙とトレーナーを不敵な笑みでで迎えるジン。彼が選んだ者がそこにいる。

 

 そのトレーナーの名は——

 

 

 

()()()だと……最強だかなんだか知らねぇが、随分舐めた口聞いてくれたな……」

 

 

 

 黒髪を後ろで荒々しく結んだ少年。青い装いと殺気たった眼光を、相棒のギャラドスと共に向ける——コートで待つ男に。

 

 

 

「う、ウリュー……⁉︎」

 

 

 

 テレビに映る彼を見て、ユウキは思わず立ち上がった。

 

 以前出場したカイナトーナメントで、その圧倒的なギャラドスの強さを前に惨敗したユウキにとって、彼は忘れられない存在だった。そんな彼に会場の人間も気付き始める。

 

 

 

「だ、誰あの子?」「なんかどっかで見たことあるような……」「ウリューだよ!アクア団にいるスゲェー強い新人だって!あの紅燕娘(レッドスワロー)にも匹敵するとか言う——」「確かまだB級だよな……?え、もしかしてあいつが……?」

 

 

 

 会場中もいきなりの急展開についていけないのかざわつきが増すばかりだった。これを視聴している全国の人間にもわからないことだらけで、ユウキたち一行もこの演出には目を丸くしている。

 

 

 

「な、なんかすごいことになってきたッスね」

 

「ユウキくん。彼は知り合いなの?」

 

 

 

 ツシマの問いにユウキはゆっくり頷いて答える。

 

 

 

「うん……ムロを出てすぐのトーナメントに出てたあいつに、俺たちはボロ負けしたんです。確かに強かった。でも……もうあのレベルのトレーナーになってるのか?」

 

 

 

 ユウキにはそこが疑問だった。最強と名高いジンが呼び寄せたのがもし本当にウリューなのだとしたら、あの少年にはそれだけの実力があると見なされているということになりかねない。

 

 しかもウリューはハルカと同格として扱われている。そんな彼がそのステージのトレーナーだとするなら、ハルカもまたそれと同じくらいに——そう思うと、ユウキとしても無視できない事件だった。

 

 

 

「ケッ。随分と派手な演出で何かと思えば……要はウォームアップと称した弱い者イジメかよ。あいつも結構悪趣味なもんだな」

 

 

 

 それに意を唱えたのはカゲツさんだった。彼はウリューの実力ではジンに勝てないとはっきり予感しているようだった。

 

 

 

「そ、そんなに実力差あるんですか?一応1on1って言ってましたけど……」

 

「タイプや戦略の相性が極端に不利だろうが、ポケモンの調子が悪かろうが、あいつじゃ逆立ちしたって勝てねーよ。お前と戦った動画を見る限りじゃ、あの程度の奴——並の急成長で追いつけるもんじゃねぇ」

 

 

 

 カゲツの酷評は、少しだけユウキを安堵させ、しかしその歴然とした力の差に震えを感じた。

 

 ウリューのあの時点での強さは結局ユウキにもわからない。そんな彼が自分と同じ時間鍛錬を重ねて急成長したとしても勝てない——そんなビジョンに。

 

 

 

「どうあれ目的は不明だが……噛ませとして呼ばれたあいつは面白くねぇだろうなぁ。ご立腹なのがテレビ越しでも丸わかりだ」

 

「あいつはプライド高そうだし……こういう扱いには我慢ならないんだと思います」

 

 

 

 だからこそのあの登場。最初は演出かと思われた登場も、現場のスタッフの慌てようを見るにウリューの暴走によるものだとすぐにわかった。スタジアムの設備を破壊しての登場には流石の運営も黙ってはいない。数人のスタッフがウリューとギャラドスのバクアに駆け寄る。

 

 

 

「ちょっと君!いきなり何をする——」

 

「あーかまへんかまへん。呼んだんはわいやし、なんかあった時はわいに請求してもろてかまへんよ」

 

「し、しかし……」

 

 

 

 スタッフを制したのは意外なことに敵意を向けられているジン自身。その余裕な振る舞いにさらに眉間に皺を寄せるウリュー。そんな彼に向けてジンは続ける。

 

 

 

「元々そういう約束で連れてきとる。皆さんもあんま目くじら立てんなや——ちょっとお子様がテンションあがっとるだけやさかい」

 

「てめぇ……ッ!」

 

 

 

 ジンの微笑みの中に、侮蔑の意思を読み取ったウリューは額に浮かべる青筋を増やす。手こそ出さないが、今にも殺してしまうのではないかという殺気がダダ漏れだった。

 

 

 

「ふはっ!煽り耐性無さすぎやろ自分?そんなんやと早死にするでー」

 

「余裕かよ最強さんよ……試合関係なくぶっ殺すぞ?それともぬるい試合形式でしかイキれない腰抜けか?」

 

 

 

 その一言はジンに制されたスタッフ一同に不快なものを与える。HLCの規定と理念を守る彼らにとって今のウリューの態度は見過ごせなかった。

 

 

 

「つけあがるなよ新人!お前のように粗暴だけが取り柄の人間がこの場所に立つこと事態不敬だと理解しろッ‼︎」「噛みつくだけの狂犬が……この神聖なトーナメントを汚すような真似は許さんぞッ‼︎」

 

 

 

 スタッフは鋭い目つきでウリューと対峙する。それぞれポケモンの入ったモンスターボールを構え臨戦体制に入る。それを受けてウリューも応戦する気マンマンだった。

 

 ひとりひとりがHLCの審査を通った凄腕のトレーナー……その敵意からウリューも本気に成らざるを得ない——が。

 

 

 

——かまへん言うとるやろ。しつこいやっちゃな

 

 

 

 たった一言——ジンが呟いたと同時に、近くにいた全員がその苛立ちに触れた。ジンの放つ僅かな敵意は、歴戦のトレーナーである運営スタッフを黙らせ、そして——

 

 

 

「ん?あーすまへんすまへん。驚かすつもりなかったんや。びびらせて悪かったなぁ♪」

 

 

 

 ジンはまた人当たりの良さそうな声でウリュー達に話しかける。先ほどの敵意に触れ、身の危険を感じて反射的に距離をとっていたウリューとバクアに向けて。

 

 

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 ギリッと歯を食いしばるウリューは悔しさと驚きを含んだ表情でジンを睨みつける。胆力には自信があった彼だからこそ、()()()()()()という事実は精神的にくるものがあった。

 

 

 

「ちょっと祭りを盛り上げようっていうわいなりのサプライズや。そんな殺気立ったら、エキシビジョンが台無しやろ?お客さん見とる前でみっともない話は無しにしようや……君もそれでええな……ウリューくん?」

 

 

 

 ウリューは答えない。というよりも答えられなかった。彼がもしその気だったらと思うと身の毛がよだつ思いで、ウリューの挙動を鈍らせる。

 

 今まで味わったことのない威圧感と屈辱への対応で手一杯のウリューは、歯軋りすることしかできなかった。

 

 

 

「——な、なんか揉めてたけど……治まったのか?」

 

「喧嘩っぱやいなあのガキも。だがジンの野郎の殺気を見て早々舐めた口は聞かなくなったらしい。嗅ぎ分ける嗅覚くらいは持ってるようだな」

 

 

 

 そんな様子をハラハラしながら見ていたユウキたち。カゲツはそんなやりとりを見てため息をつくばかりだった。

 

 その後——ジンのペースに引き込まれたその場の全員は戸惑いながらもこのエキシビションマッチを了承。ウリューとジンによるポケモンの一騎打ちが取り決まったのだ。

 

 

 

 この時はまだ誰も知らない。

 

 この試合がスタジアムだけでなく、ホウエン全土に影響を与えるものになることを……。

 

 

 

 

 

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波乱無しはあり得ない——次回、狂犬対最強!

〜翡翠メモ 40〜

『タイプと技』

ポケモンが持つ生命エネルギーの種類を指して『タイプ』。それを利用及び行使して発生する特殊な現象を『技』という。

現在発見されているタイプは全18種類。常に全身を循環する生命エネルギーはこのどれか1,2種類に該当し、その種類によって外的要因からの耐性を獲得している。タイプによってはその影響を完全に無効にするものもあるが、その逆に弱点となるタイプの生命エネルギーを受けると甚大な被害を被ることも。

技はそんな生命エネルギーを武器に変える能力。自然に流しているエネルギーを意識的に操作することで技となるが、普段使いのエネルギーと同じタイプの技は比較的習得が容易であり、出力も高くなる。逆にその他のタイプ技を使用する場合は、そのエネルギーを何らかの方法で性質を変化させなければならないため、必然的に扱いは難しく、場合よっては習得そのものが不可能な場合もある。



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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。


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第142話 最強の男


勤務先の自販機にめっちゃ好みの味がするコーヒー出た。小さな幸せ見つけたって話。




 

 

 

 5年前、ホウエンに君臨した最強のトレーナー、星帝(シリウス)のジン——彼の思いつきで始まったエキシビションマッチは、巷を騒がしているルーキーのウリューとの1on1だった。

 

 一触即発の中、互いは使用するポケモンを傍らに置いてコートの定位置に着く。

 

 

 

「お待たせーほなやろか♪」

 

「ぶっ殺す……!」

 

 

 

 余裕たっぷりのジンに対して、飢えた獣のような眼光のウリュー。対照的な2人を見つめる男の影は、特大のため息をつく。

 

 

 

「はぁぁぁ……あのバカ。相手は星帝(シリウス)——格上だってわかってやってんだろうな……」

 

 

 

 青い服の上からでもわかる逞しく浅黒い肉体を持つギルドの長——アオギリは呆れた様子で客席近くに設けられた通路からコートを見下ろしていた。

 

 

 

「今のお前じゃ勝てはしない……この誘いに応じた意味を履き違えんなよ。ウリュー」

 

 

 

 アオギリは目を細める。この話を持ちかけてきた当の最強本人であるジンの言葉を思い出して——

 

 

 

——ちぃーと旦那の若いんを貸してもらいたいんや。なーにタダとは言わんよ〜♪

 

 

 

 アオギリはその条件でジンの誘いに応じた。その為の人柱としてウリューは送り出されたわけだが、その意味を彼も知っているはず……そんな眼差しでアオギリは自分の部下を見つめている。

 

 そんなウリューに向かって、ジンは軽口を重ねた。

 

 

 

「なんや?まだなんか不満なん?なんならお駄賃あげよか♪」

 

「いつまでもヘラヘラと……そのにやけ面を泣きっ面に変えてやるッ‼︎」

 

「うわ怖っ。どういう教育受けてきたんや自分……ホンマ、()()()()()()()()()()

 

「……ッ!」

 

 

 

 ジンは意図的にメッセージ性を込めたイントネーションでウリューに語りかけていた。そのことに気付いたウリューは、自分を軽くみられている事とは別の怒りを燃え上がらせる。

 

 

 

「誰に聞いた……つまんねぇ揺さぶりなら逆効果だぜ……?」

 

「揺さぶらなあかん理由ないやろ?べーつに君の過去に興味なんかこれっぽっちもあらへんよ……小耳に挟んだ程度や——まさかプライベート踏み込まれて傷付いたんか?そらまたセンチなことで……」

 

「てめぇ……ッ‼︎」

 

「安心しとき。今のは口が滑っただけや。堪忍やで……」

 

 

 

 ウリューの個人的な部分に抵触したことを意外にもあっさり謝るジン。その胸の内を少しだけ明かす彼は続けてこう言った。

 

 

 

「なに。わいと()るにはもちっとやる気出して欲しいだけやねん……それこそ死に物狂い——親の仇くらいに思ってもらわんとレートが釣り上がらん。でも入れ込み過ぎで実力出せませんでした〜ってのが関の山な気もするなぁ」

 

「……何が言いたい?」

 

 

 

 回りくどく語られたジンにウリューは問う。それを聞いてジンは頬を釣り上げて笑った。

 

 

 

「——わいのポケモンに勝てたら……いや、()()()()()()()()()()()、来年のこの大会に出させたる!“シード権”はもっとるさかい‼︎」

 

「なん……だと……ッ⁉︎」

 

 

 

 一際大きな声でその提案を叫ぶジン。この場にいる全員に聞こえるように——

 

 

 

「《こ、これは星帝(シリウス)!とんでもないこと言い出しましたッ‼︎ いや、しかしこれは——》」

 

 

 

 会場も運営もざわつく中、その胸中を代弁するように実況者が言う。その動揺はテレビを見ているユウキたちにも伝播した。

 

 

 

「リーグ決勝トナメの“シード権”⁉︎ そ、そんなものあるんですか⁉︎」

 

「た、確か昨年のリーグ優勝者にはその権利があったはずっス……でも5年前に殿堂入りしたジンさんにその資格があるかなんて——」

 

 

 

 ユウキとタイキが事態の真偽を考えていると、それに答えたのは大王だった。

 

 

 

「可能は可能。HLC規定ではいつの殿堂入り達成者がその権利を行使するかは選べるはずだ。しかしその権利を譲渡するなど前代未聞——それもこんなエキシビションマッチの景品にするなど……」

 

「何から何まで無茶苦茶だなあの男……」

 

 

 

 大王の説明でそれが無理とまでは言わないが、少なくとも前例がない事態であることに変わりはないようだ。これにはカゲツも呆れ果てる。

 

 しかし……その言葉は確かに対戦相手に火をつける結果となったようだ。

 

 

 

「……二言はねぇな?」

 

「そんなつまらん嘘つかへんよ〜♪ なんなら地べたに頭擦り付けて『2度と生意気言いません〜お許しを〜』——って全裸土下座かましてやってもええで♪」

 

「わかった。ぶち殺してやるからかかってこい」

 

「アハハ!かかってくるんは君やけどな」

 

 

 

 自信たっぷりの追加報酬。それに食いついたウリューは殺気こそ抑えたものの、その闘志をうちに秘めて蓄える姿勢を見せた。

 

 周囲を近寄らせない凶暴さから見据えたターゲットを仕留めるハンターのそれへと意識を変え、確実に最強を喰らう為の臨戦体制へと入る。

 

 

 

「そやそや。油断なく、かかりなく、自信はたっぷり——それができて初めて及第点や♪」

 

「もうごたくはいい。さっさと構えろ……」

 

「はいはい……ほな審判。あとはよろしゅー」

 

 

 

 ジンは手を振って審判に進行を促す。この道何年もジャッジを勤めている男も、大きく変わったプログラムとことの重大さに動揺しながら、それでも一応しっかりと自分の役割を遂行すべく声を張り上げた。

 

 

 

「——これより!チャンピオンのジンとアクア団のウリューによるエキシビションマッチを開催致します!ルールは“HLCシングルス”——1on1形式の為、制限時間を15分に短縮致します!それでは構えッ‼︎」

 

 

 

 5年ぶりの星帝(シリウス)の再来。B級の新米がエキシビションに呼ばれる事態。異例の報酬——何一つ異常ではない前提の中で、やっとその戦いの狼煙が上がる。

 

 誰も敵わなかったと言われる星帝(シリウス)——それに挑むウリューは一矢報いることができるのか。

 

 そんな期待と疑念の中でのエキシビションマッチが——

 

 

 

——対戦開始(バトルスタート)ッ!!!

 

 

 

 その火蓋が切って落とされた——。

 

 

 

ギャラドス(バクア)——ッ‼︎」

 

「頼むでヤドキング(デネブ)——!」

 

 

 

 両者の相棒がコートに降り立つ。その瞬間、メインコートの外周に電磁バリアが展開された。通常のコートにはなかった仕掛けにユウキは驚く。

 

 

 

「な、なんですかあれ?」

 

「流れ弾を防ぐ電磁フィールドだよ。ポケモンが放つ技のエネルギーを散らす代物さ。ランカー同士の対決はそれだけ周囲を巻き込みかねないからね……まぁ一番の設置理由は、そのトレーナーたちの安全のためだけど」

 

「——ってことは、そんだけド派手なんですね……決勝トーナメントは」

 

 

 

 答えたツシマの一言でこの先を察したユウキは顔を引き攣らせる。

 

 ただでさえ広いバトルフィールドは全長100メートルを超えている。それでもランカー達のポケモンの技の規模や範囲はそれに収まるものではない。その光景を想像して……想像できないくらいのものだと割きったユウキは試合を見ることに専念した。

 

 ウリューはそんな連中を軽く蹴散らす相手にどう戦うのか……期待して。

 

 

 

——ギャラァッ(威嚇)‼︎

 

 

 

 バクアは先制して特性——“威嚇”を発動。これにより一定時間デネブの物理攻撃力が低下する。ジンにそのことを気にする素振りがないのは、ヤドキングの攻撃性能は軒並み特殊攻撃だからか……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 試合開始の合図は鳴った。しかしウリューもジンも動かない。不気味な静寂がエキシビションのオープニングとなった……。

 

 

 

(むかつくが……気配からもあいつが格上だってのはわかる。初動を誤れば一瞬で片をつけられるか——)

 

 

 

 ウリューの警戒は当然だった。どれほどの威力、速さ、知識を持ち合わせているのかわからない以上、無策に突っ込むことなど下策。何も初手で突っ込むだけが脳ではない——自分の立場も意外なほど冷静に受け止めているウリューに死角はなかった。だが……。

 

 

 

「なんや……意外とビビリやなぁ自分。お客さん待っとるで?」

 

 

 

 ジンは全く力んだ様子なく、ウリューを挑発する。だが彼もそう簡単に乗るつもりはない。

 

 

 

「そう思うならかかってこいよ……それとも年功序列気にするおっさんから仕掛けんのは気が引けるか?」

 

「あーそゆこと。ほな順序は変わるが——」

 

 

 

 ウリューは挑発し返す。ジンはそれに対して——

 

 

 

「——遠慮なく♪」

 

 

 

 躊躇なく踏み込む姿勢を見せた。

 

 

 

——ヤァン。

 

 

 

 ヤドキングのデネブが空を仰ぐ体制に入る。攻撃が来ると察知したウリューは警戒意識を最大にして構える。どんな攻撃でも見切るつもりで——

 

 そんな彼の険しい顔は、徐々に驚愕の色に染まっていく。

 

 

 

——ズズズズズズ……‼︎

 

 

 

 ウリューとバクアが見つめる方向。観客もそれに口を開けて固まってしまう。その圧倒的な存在感に。

 

 そこには——水の壁が反り立っていた。

 

 

 

「——“なみのり”

 

 

 

 デネブが呼び寄せたのはコートの有効ギリギリの高さを誇る巨大な高波。技の主の最後に反り立つそれは、電磁フィールドに干渉して不気味な音を立てている。

 

 その水量——このコート全域を雄に飲み込むほどである。

 

 

 

「な——なんだあれ⁉︎」

 

 

 

 ユウキも例に漏れず驚愕する。あんなもの、回避や防御の類でどうなるものではない。質量的には水害の津波とそう変わらない出力である。

 

 例え効果今ひとつのバクアといえど、この攻撃は——

 

 

 

——ザッッッパァァァ!!!

 

 

 

 デネブの繰り出した“なみのり”が容赦なくバクアを飲み込む。想像を絶する質量の水がバクアどころかコート全体を激しく打ち叩いた。その力の奔流は、見るものに驚愕の2文字を焼き付ける。

 

 

 

「《き、決まったぁ〜〜〜‼︎ ど迫力の“なみのり”がウリュー選手のギャラドスを丸呑みにしてしまったぁぁぁ!!!》」

 

 

 

 ポケモンの一撃——そう言うにはあまりにも規模が違い過ぎる“なみのり”を前に、誰もがバクアの戦闘不能を予感した。展開された電磁フィールドがなければウリューや他の観客の安否すら怪しいほどの一撃を真正面から受けて立っていられるはずがない——と。

 

 

 

「……まあ。それで倒れられてもおもんないわな」

 

 

 

 水が引いていくコート……その上で健在のバクアを見るまでは。

 

 

 

「《なんとギャラドス!平気な顔で立っていますッ‼︎ その佇まい……まるでダメージを感じさせませんッ‼︎》」

 

 

 

 バクアが低く唸りながらデネブを見つめている。その体に衰えた様子はない。それを見てジンは笑いながら口を開く。

 

 

 

「ククク……波が当たる直前に後ろに飛んでわざと流されたんか。踏ん張るより格段にダメージは少ないやろなぁ。技のデカさに気圧されるどころか頭働かせて対応するとは——ええ根性しとるな」

 

「能書きはそんだけか……見掛け倒しの技でこの俺がやれるとでも——」

 

「なんや釣れんなぁ。せっかく()()()()()してやったぁ言うのに」

 

 

 

 意味深なジンの発言にウリューはハッとしてフィールドに意識を戻す。正確には——その上空だ。

 

 

 

——ポタ……。

 

 

 

 コートに雫が落ちる。それが数を増してザアザアと音を立てて戦場をさらに水浸しにしていった……雨が降ったのだ。

 

 

 

「これは……“あまごい”——領域変遷(コートグラップ)か……ッ!」

 

 

 

 『領域変遷(コートグラップ)』——。

 

 バトルコートを“雨”や“晴れ”にする天候を変化させる、またはフィールドそのものを変形させて使い手を有利にする場作りの技術総称。

 

 デネブは“なみのり”で消費されたエネルギーの余剰で天候を雨に変化させたのだ。これにより、この領域内で使用する水技の威力が一回り大きくなる。しかし——

 

 

 

「言うのは容易いが、本来広範囲の領域変遷(コートグラップ)は膨大なエネルギーを全てそこに注いでやっとできる大技だ。エネルギー効率を例えクリアしたとしても舞台を変えるにはデケェ隙を作ることになる——それをこのクソ広い決勝コートで、あんだけの津波引き起こしながらとか……生物離れしてらぁ」

 

 

 

 カゲツにとって、今の一連の流れだけでもジンとそのポケモンの異常性が際立つ。天災級の一撃と共に空を支配下に置くデネブの出力は、ユウキたちの常識を遥かに超えた代物だった。

 

 だが……だからこそウリューには解せなかった。

 

 

 

「……雨をプレゼント……か」

 

 

 

 雨下でのパワーアップは、同タイプであるバクアにも適用される。派手な仕掛けをした割には、互いの攻撃力を上げる結果となった——それを贈り物と称して。

 

 

 

「これでそっちのギャラドスくんも元気いっぱいやろ?存分に攻撃してきたらええ——それとも、間合いに踏み込むんは怖いか?」

 

 

 

 その一言がウリューに攻撃の決意をさせる。『雨が降ろうとも大したことはない』——そうした油断をジンから感じたからだ。

 

 

 

「バクアッ——‼︎」

 

 

 

——“アクアテール【削刃(サクバ)】”!!!

 

 

 

 バクアの尾が円を描くように振り回される。高速で振られた軌道がやがて本物の水の円を描き——

 

 

 

「——ぶち殺せッ‼︎」

 

 

 

 鋸状の円刃がデネブ目掛けて射出された。鋭い金属音を奏で、雨下で増幅されたそれは標的に迫る。

 

 

 

「——とろくさ」

 

 

 

 だがその円刃がデネブに当たることはなかった。頭部に当たる直前で、その動きを止めたからだ。

 

 

 

「………ッ!」

 

 

 

 ウリューもバクアも、見ている者全てがまたも目を見開く。飛ばされた円刃——それをなんらかの力で空中に留めたようだ。

 

 受け止められた——そんな生優しいものじゃない。

 

 

 

「こんなんトロすぎてデネブがついとってもうたで。フリスビーやっとったんやったら大正解か?アハハハハハ!」

 

 

 

 “サイコキネシス”——デネブはそのサイコエネルギーで【削刃】をつまみあげてしまった。ジン曰く——まるでフリスビーのように。

 

 

 

「“サイキネ”で技を受け止める奴は多いが、斬撃系の技を掴むには向かってくる力を正確に捉えて2方向から挟む必要がある。真正面からただ壁のようにエネルギーを展開しても斬り裂かれちまうからだ」

 

「そんな……あの【削刃】を……⁉︎」

 

 

 

 カゲツの解説であの円刃を止めることがどういうことなのかを理解したユウキはありえないと顔を青くする。躱すので精一杯だった彼には、そんな芸当ができるとは思えなかった。既にユウキの常識で計れるレベルを超えている。

 

 

 

「舐めやがってッ‼︎」

 

 

 

 ウリューの怒気を受け取ったバクアがさらに追加で【削刃】を作り出す。それを2、3同時に投擲し、デネブを斬り刻もうとするが——

 

 

 

「何度やっても無駄や〜」

 

 

 

 そのことごとくを、デネブは“サイコキネシス”で受け止める。空中の何かに突き刺さるようにして止められる刃の数が次第に増えていく。

 

 

 

「取り損ねを期待しとるんやったらその辺でやめときー。デネブの“サイキネ”精度はコンピュータ並みや。間違ってもそんなことぁ——」

 

「そうかよ——ならこいつはどうだ‼︎」

 

 

 

 ウリューはバクアを翻らせる。身を捻ったことで尻尾が舞う。その先端に充分な体重が乗った時——地面を激しく撃ち叩く。

 

 

 

——“地震”!!!

 

 

 

 轟音と共に地を這う衝撃波がデネブに向かっていく。それによりデネブは少しバランスを崩しかける。

 

 

 

「デネブの足元を……残念やけどそんな距離からの揺れではコケさすんは無理やで?」

 

「黙って爆ぜてろ——ッ‼︎」

 

 

 

 ウリューが叫んだ瞬間、デネブが留めていた【削刃】が一気に弾けた。その硬質の刃が破片となってデネブを襲う。これは——

 

 

 

——“アクアテール【削刃・針爆(サクバ ヘッジホッグ)】”!!!

 

 

 

 十数枚の円盤が破片を飛び散らせながら爆破。“地震”の衝撃で破壊された【削刃】に襲われたデネブは驚いて不安定だった体勢をさらに崩す。

 

 

 

「油断してっからだ最強——これでッ‼︎」

 

 

 

 完全に不意を突いたとウリューはバクアに進撃させる。得意の近接距離からの詰めで勝負をかけに来た。

 

 その接近速度は巨躯のギャラドスとは思えないもの——まだデネブは体勢を戻せていない。今なら一撃入る。

 

 

 

「——かみくだく(喰い千切れ)”ッ‼︎

 

 

 

 誰もがその一撃が入るのを疑わなかった。ジン一人を除いて。

 

 

 

——ヤンッ!

 

 

 

 正面からの咬合。バクアが真っ直ぐ突っ込んでくるのに対して、デネブは短い腕をまるで添えるように横に振る。それだけで——

 

 

 

——ガガァァッ!!!

 

 

 

 バクアの顔が横に弾かれた。デネブの手のひらに触れた瞬間のことだった。

 

 

 

「チィッ——」

 

「よう来たなぁ!小童ッ‼︎」

 

 

 

 バクアもそれで怯むことなく、牙がダメならと反動で尻尾を振り抜く。デネブはそれを軽く右腕でパリング——ガラ空きの図体に狙いを澄ませ……。

 

 

 

——“ドレインパンチ”——三連‼︎

 

 

 

 3発の突きが巨体のバクアを吹き飛ばす。詰められた距離をそのまま折り返させる形でデネブは押し返した。

 

 

 

「威嚇、タイプ半減込みで……なんて攻撃力だよ……!」

 

「しかも突き速すぎて見えなかったっスよ……?」

 

 

 

 ユウキとタイキはデネブの切り返しに舌を巻く。物理性能は並のヤドキングにあんな芸当ができるとは思えなかった。見えている現実と知っている現実の齟齬に打ちひしがれる。

 

 

 

「——あれがあいつの戦い方なんだよ」

 

 

 

 カゲツは言う。笑いながら追撃するジンとデネブ。彼らがウリューとバクアを蹂躙する様を見ながら。

 

 

 

「攻撃、場作り、防御、回避……ひとつひとつは何も特別なことはしちゃいない。ただそのパフォーマンスが異次元過ぎて、そのレベルを知らない奴には理解できないんだがな」

 

「それって……」

 

 

 

 カゲツの語るジンのポケモン。それはまさに理想の戦士だった。敵より速く、敵より重く、敵より硬く、敵より聡く——そんな夢のようなポケモンを従えているのがジンという男。

 

 バクアの反撃を軽くいなし、重い拳を何度も叩きつける様は、まさに今四天王が認めたことそのままを体現するようだった。

 

 どうしてあんなことが……ユウキの胸中には底なしの恐ろしさが込み上げる。そうしている間に、バクアの頭をデネブは“サイコキネシス”で掴む——

 

 

 

——ドガッッッ!!!

 

 

 

 そのまま地面にに向かって叩きつける。ギャラドスとヤドキング、その体格差のギャップで、迫力は桁違いだった。

 

 

 

「《あ、圧倒的ィ〜〜〜ッ‼︎ ウリュー選手、ジン選手に全く歯が立ちませんッ‼︎》」

 

 

 

 実況の一言と共に会場が一層湧き上がる。最強によるど迫力のエキシビションマッチは、驚きとスリルで人々を高揚させていた。

 

 それを対面で食らうウリューにとっては全く別の感情を与えたが……。

 

 

 

「あかんなぁ……これやとウォームアップにもならしませんやん。自分。ホンマに期待の新人さんなん?」

 

「くっ……うるせぇッ‼︎」

 

「凄んだって今の君は怖くないでぇ。あーあ。こんなことやったら、やっぱ無理にでも“スワローちゃん”にお願いすりゃよかったかなぁー」

 

「…………なに?」

 

 

 

 ジンの一言にウリューは引っかかった。それで聞き返すが、最強はいやらしく微笑む。

 

 

 

「え?もしかして自分、自分が強いから選ばれた〜おもたん?アハハ面白い冗談やなぁ!」

 

「何が……言いたい……?」

 

「アハハ……その辺の有象無象じゃ全然相手にならんのよ。同じ相手にならんのなら、発展性のある若いモンをぶっ叩いたらなんか起こるかも——そうおもただけや♪」

 

 

 

 それは……今度こそはっきりとしてウリューを愚弄する言葉だった。

 

 

 

「——紅燕娘(レッドスワロー)とかいうんがおるやろ?あの子はもしかしたらええもんもっとるかなぁ〜思ったけど断られてもうてな。それでしゃーなしで他当たったら君んとこのボスが紹介してくれてん。まぁ期待はずれもええとこやったけどな」

 

 

 

 ぐったりと横たわったまま動かないバクアを空虚な目で見つめながら、ウリューはジンの言葉の意味を理解し始めた。

 

 つまり——自分はただの代わりなのだと。

 

 

 

「そのスワローちゃんもなんや今忙しいみたいやし……あ、もう君ええで。帰ってもろて」

 

 

 

 まるで飽きたおもちゃを見るような……全く感情のこもっていない視線で突き放されるウリュー。それを飲み込みながら……それでも何も言えないウリューだった。

 

 そんな中立ち去ろうとするジン。そして、バクアの様子を見にくる審判。この試合の結果を確認しようと駆け寄ってきたのだ。そして——

 

 

 

「……ギャラドス戦闘——」

 

 

 

 審判が旗を挙げかけた時だった。

 

 

 

——ドパァァァアアア!!!

 

 

 

 ジンが目を離した直後、デネブの背後から水の柱が噴き出した。

 

 

 

——固有独導能力(パーソナルスキル)、発動。

 

——蒼王の業(ブルーカルマ)”‼︎

 

 

 

 ウリューは怒りと共にその能力を発動させていた。絆魂(はんごん)で作り出された天を貫かんと伸び上がった2本の柱は、ウリューの両腕と連動している。

 

 

 

「——ガッカリさせたなら悪かったな……加減してやらなきゃ体裁が守れねぇと思ったが……必要なさそうで安心したぜ」

 

 

 

 少年の瞳は鈍く光る。それはここ一番に発揮する感情の昂りだった。それが生み出した技に力を与える。

 

 八つ裂きにしてくれる——そんなドス黒い殺意に塗り固められて。

 

 

 

「バクアッ!いつまで寝てんだコラァァァッ!!!」

 

 

 

 その声にバクアも跳ね起きる。凶暴な瞳をデネブに向け、尾を再び円状に振り回す。またも同じ水の刃——しかしその色は次第に濃く、黒く染まっていく。

 

 

 

「今度こそ掻っ切れ——」

 

 

 

——“アクアテール【漆・削刃(ウルシ サクバ)】”!!!

 

 

 

 漆黒の円刃がデネブ目掛けて投擲される。それと同時に生やした水の柱を後ろから叩きつけた。

 

 

 

——ヤンッ!!!

 

 

 

 デネブは背後の水から対応。“サイコキネシス”を使ってウリューの蒼王の業(ブルーカルマ)を薙ぎ払った。そして正面から飛来する【漆・削刃】も“サイコキネシス”で掴もうとして——

 

 

 

——バキィンッ!!!

 

 

 

 伸ばした見えざる手が砕け散ったのを感じた。

 

 

 

「——これは……“悪タイプに染めた”んか……‼︎」

 

「“悪”は“エスパー”を完全に無力化する——読みが外れたなッ‼︎」

 

 

 

 黒い円刃の正体はそのタイプを“悪タイプ”へと変換した“アクアテール”の派生技だった。これにより“エスパー”のエネルギーは完全に霧散する。それが悪とエスパーのタイプ作用。

 

 そんなことはジンとて百も承知——しかし不意を突かれたことでその考えに至るのが一歩遅れた。

 

 

 

「その喉笛——潰せェェェッ!!!」

 

 

 

 ウリューが吠える。バクアはその憎悪を牙に乗せて既に走っていた。体をバネにして後退も進路変更も一切考えていない突進は先ほどよりも——速い。

 

 

 

——ヤァンッ!!!

 

 

 

 咄嗟に“サイコキネシス”を前方に展開するデネブ。しかし今度のは真正面からのぶつかり合い——そしてバクアはその“サイコキネシス”を打ち破る技を選択していた。

 

 

 

——黒撃鍛造(こくげきたんぞう)……。

 

“アクアテール【漆ノ雨龍(ウルシノウリュウ)】”!!!

 

 

 

 技そのもののタイプを変えたウリュー操るバクア。蒼く輝いていた尻尾は黒く染まり、ギラつくような光沢を放ちながらデネブに迫る。

 

 

 

——ズバァァァッ!!!

 

 

 

 デネブの展開したサイコパワーは何の抵抗もなく斬り裂かれる。先ほどの【漆・削刃】によりいくら出力の高いエスパー技でも、悪技で完全に無力化できることは実証済み。この一撃を止めることなどできはしない。

 

 

 

「入る——ッ!」

 

 

 

 ユウキも——誰もがそう思った。ウリューの起死回生の一撃。これが当たれば、大番狂せが起こる。

 

 誰もがその瞬間、息を止めて——

 

 

 

——ヤァンッ!!!

 

 

 

 会場を劈くのはデネブの咆哮——そして、肉を斬る音ではなく、甲高い硬質感のある響きだった。

 

 

 

「白刃取……り……ッ⁉︎」

 

 

 

 デネブはその両手でバクアの黒剣を受け止めていた。全体重の乗ったそれを、少しも後退することなく。

 

 

 

「——今のはええなぁ。見直したで♪」

 

 

 

 大岩のような不動を見せつけたデネブの向こうでニタリと笑うジン。その笑みに侮蔑のようなものは感じられなかった。

 

 だが……そんな事に気を回している人間など、この場にはいない。

 

 

 

固有独導能力(パーソナルスキル)越しでわかる……バクアの奴、()()()()……ッ!)

 

 

 

 バクアは打ち込みが失敗した事に驚きながらもその刃を収めようとして身をよじろうとするが、デネブの挟む力が強すぎて身動きが取れない。無理に動くとその隙に何をされるかわからない恐怖も相まって、その巨体を停止させてしまった。

 

 

 

「タイプ変えて有利相性作り出す。それを初手からやなく、わいが油断するんを待ってから……最も効果的なタイミングを見計らっとった——思ったより聞き分けがええなぁ自分」

 

 

 

 ウリューは戦闘中にジンとデネブの実力を受け止め、最強のトレーナーの認識を改めていた。その上で真っ向からの勝負を避け、勝ちを確信した隙を突くプランをずっと練っていた。一方的にやられる哀れな新米を演じて。

 

 しかし……あのウリューがそこまでしてもまともな一撃ひとつ入れられなかった。それを目の当たりにしたユウキは——歯噛みする。

 

 

 

「これが……星帝(シリウス)……ッ!」

 

 

 

 どれほど強いのか。それすらわからない存在だということしかわからなかった。敗因はなんなのか。ウリューや自分たちがどうしたらこの領域に辿り着けるのか——それを測る尺度を持ち合わせていない自分が悔しかった。

 

 

 

「——って。いつまでもお手手握っててもしゃあないなぁ……ギブアップするんやったら、このままお家帰れるけど?」

 

 

 

 ジンはウリューに降伏の提案をする。もう彼に勝ち目はない。おそらくそれは彼自身が一番よくわかっている。敵の力量を測っておきながらその事を理解していないはずがなかった。

 

 そんな彼が……笑ったのだ。

 

 

 

「ねぇよそんな択。例え死んでもな……!」

 

 

 

 どんな強敵だろうとも。それが例え敗北確定のシチュエーションだったとしても——挑んだのは自分だから。

 

 ウリューは自らの敗北を認めるわけにはいかなかった。それが彼の……彼らの戦士としての矜持——不退転の心だ。

 

 

 

「……ほな。こっちも誠意を見せんとな」

 

 

 

 ジンは少しだけ嬉しそうに……最後の攻撃命令を出す。その瞬間——誰もが寒気を感じた。

 

 

 

——…………ッ!

 

 

 

 野生動物同様、人にもまた五感ではない何かでそれを感じ取る。あるいは震災、あるいは津波、あるいは嵐——その自然の持つエネルギーの強大さに対する畏怖なのか……観ている者全てに警告を与える。

 

 逃げろ——と。

 

 

 

「——よう応じた。よう戦った。よう逃げんかった。これは最強からの選別や……ッ‼︎」

 

 

 

 空気を震わせるほどのエネルギーがデネブから発せられる。昂る力を留め、解放するまでのほんの数秒——そうとは思えないほど、圧倒的数秒。

 

 それを見てユウキは——

 

 

 

「逃げろ二人ともぉぉぉ!!!」

 

 

 

 叫んでいた。本人もわからぬうちに。

 

 

 

「——完帯掌握(フルコマンド)

 

 

 

 ジンは一言呟く。

 

 かつてユウキが観た生物の生み出せるはずのない衝撃と同じ名を。

 

 デネブは受け止めていた刃を押し返し、自分の眼前にエスパータイプで作り出した“紋章”を出現させる。複雑な模様のそれに向かって、膨大なエネルギーを蓄えた拳を突き出した。

 

 

——ガッ……ィィィ……ン……。

 

 

 

 インパクトの瞬間——空気の時間が凍った……そんな静寂が立ち込める。

 

 想像していた破壊音はひとつもなく、観ている者を困惑させる。何が起こったのか、不発だったのか……しかしそんなはずはない。

 

 その脅威はこれからだった……。

 

 

 

 絶対未来予知(アポカリプスインパクト)

 

 

 

 その静寂は敵への慈悲のようだった。刹那の暇が自分たちを襲う衝撃を覚悟するために与えられた猶予——

 

 直後。コートは白く光った。

 

 

 

——ィィィ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド——ガァァァアアア!!!

 

 

 

 未体験の衝撃がコート全域に迸る。衝撃を抑えるために電磁フィールドがフルパワーで起動し、防壁はノイズで砂嵐と化す。閃光ののち、爆炎——直視できないほどの破壊が顕現したのだった。

 

 ……その衝撃が収まったのはすぐだったが、余波はいつまでもその爪痕を物語るように響いていた。

 

 

 

「《き——強烈……強烈過ぎます!この破壊力……こ、これが……最強、星帝(シリウス)の本気だとでも言うのでしょうかッ⁉︎》」

 

 

 

 破壊のあとしばらくして、実況の声が会場にこだまする。それ以外は破壊の余波で乱れる電磁フィールドとコート内の軋む音だけ——誰もがこの光景に絶句した。

 

 

 

「《し、勝負あり……というより、ウリュー選手は……ギャラドスは無事なのでしょうか……?これほどの衝撃……あれほど間近で受けたギャラドスは——!》」

 

 

 

 嫌な想像をしてしまう。頑丈な生物であるポケモン。その中でも屈強なギャラドス——とはいえ、あんな威力の技を受けて無事で済むとは思えなかった。

 

 フィールドのノイズと爆煙が徐々に晴れて、ようやくその姿を捉えるまで……皆が息を呑む。その安否は——

 

 

 

——…………。

 

 

 

 ギャラドスは倒れていた。

 

 逞しい体は傷付き、あちこちから出血。長い胴が不自然に曲がって、ぴくりとも動かなかった。

 

 あれほど生命力溢れていた青龍……その見る影はない。

 

 

 

「——レスキュー!至急ギャラドスの搬送準備ッ‼︎ 重量級タンカーを!酷い傷だッ‼︎」

 

 

 

 審判はすぐに試合を終わらせてポケモンレスキュー班を呼び寄せる。事態の深刻さは誰が見ても明らかだった。会場にあった熱はその光景に奪われる。誰一人……勝者を讃える声は上げなかった……。

 

 

 

 

 

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それはあまりにも凄惨な幕切れ——。

〜翡翠メモ 41〜

『ソリッドオーバーストレージ(SOS)』

物体を電子データに変換し、電子端末に収納するテクノロジー。ポケモンを電子情報に変換して送受信を可能としたカントーの技術者が、物体にも応用した経緯から広い地方に普及した。

この革新的な技術により物流の概念が根本から変化し、人々の日常はより便利なものとなった——が、それに伴って運送会社の存続が危ぶまれたり、技術への疑念を持つ者からの抗議を受けたり、重要な取引におけるトラブルを懸念する者も現れたりと、一般普及に至るまでは乗り越えるべき壁が多かった背景がある。

あまりにも大きい、または複雑な仕組みのものはデータ容量によるがまず収納できない。その為、現在のアナログ収納カバンは質の高い保護性能を誇るものが多く普及し始めたという側面もあり、技術屋の向上意識を高めた——などと噂される。



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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。


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第143話 ぬるさ


本日で「Pokemon-翡翠の勇者-」執筆1周年となりました!(ドンパフ)いやぁ早いもんですね。ほんの思いつきで書き始めて、気付けばこんなことになってました。本当はあとちょっと長く書ければ、小説の累計文字数が100万文字突破する予定でしたw ほんとあと100文字とかだったので惜しいw まあそれで加筆するのもなんか違うのでいいでしょう。

少し記念日に背伸びして長めに執筆してますが、どうかお許しを。これからも「Pokemon-翡翠の勇者-」をよろしくお願いします!ではでは本編……↓



 

 

 

 “完帯掌握(フルコマンド)”——。

 

 ポケモンが放つ最大出力の奥義。引き出す方法はポケモンの個体によって様々だが、共通するのは膨大な生命エネルギーを要求する点。それほどのエネルギーを蓄え、放出、制御する技術の習得には、才能と長い鍛錬が必要になってくる。

 

 この奥義を習得・上達するために、ランカーたちは日々修行を惜しまない。詰まるところ1対1になった時、勝敗を決するのはこの技の有無と練度の差であるからだ。

 

 問題は……そんな対抗策ひとつ持ってない少年のポケモンに対して使用されたという事実。生死すら危ぶまれる攻撃を——誰よりもバトルに精通した男が放ったという所業にあった。

 

 

 

——ざわざわ……ざわ……。

 

 

 

 完帯掌握(フルコマンド)を受けたギャラドスを救護するスタッフと呆然と立ち尽くしそれらに連れて行かれるウリュー。爪痕が深く刻まれたコートを観て皆が戸惑っていた。

 

 観客が口々に言うのは最強——星帝(シリウス)のジンの戦い方。実力差は誰の目にも明白。元よりB級トレーナーのウリューをこの場に呼ぶこと自体不自然であり、それをこのような形で終わらせたことにある種の疑念が生まれていた。

 

 あそこまでやる必要があったのか。これはやり過ぎじゃないのか。星帝(シリウス)は何を考えているのか——不安にも似た空気はスタジアムに留まらず、この惨状を中継されたホウエン中に伝染する……。

 

 そんな中でジンは——

 

 

 

「——あー試合おわってもうたな。みなさん、エキシビジョンマッチ……楽しんでもらえたやろか?」

 

 

 

 シィ……ン——会場は静まり返る。その様子にジンは調子を変えず続けた。

 

 

 

「いやぁー彼もポケモンもええ線行くやろなぁ〜!これからが楽しみや……みんなもあの子の名前覚えとった方がええで〜——ってなんやテンション低いなぁ」

 

 

 

 ジンは観客の盛り下がりに苦言を呈する。しかし他の全員がその理由をわかっている。それがわかっていないのは……最強だけだと、皆が口を重くした。

 

 そんな時だった——。

 

 

 

「これからが楽しみ?自分で潰しておいてよく言うね」

 

 

 

 コートの外側から男の声が響いた。

 

 誰だ——その姿を観客も探すが、見当たらない。しかしその姿はすぐに現れた。

 

 そこには——7人の人影があった。

 

 

 

「バトルの本質は人々に夢と希望を与えるエンターテインメント……持て余す力を粗野に振り回す君には言ってもわからないかな?」

 

 

 

 その先頭にいる男——桑の実色の派手な髪型が特徴的な彼はジンの戦い方を挙げてそう揶揄する。これにジンは斜に構えて彼らと対峙した。

 

 

 

「《あ、あれは——本日のメインイベンターたち……決勝トーナメントの残り参加者……⁉︎》」

 

 

 

 実況が彼らを見つけて驚きの声を上げる。

 

 そう……彼らこそが今日、最強を討たんとこのリーグ戦を勝ち上がってきた猛者たちである。その先頭の男——『綺羅星(きらぼし)のヒース』がジンに歩み寄っていた。

 

 

 

「エンタメには時にヒールも必要ではある——が。この場では少し刺激が強すぎるんじゃないか?どれだけ強かろうとも、自身の力の制御もできないのだったら、それはただ暴力装置だ……恥を知れよ最強」

 

「おーおー遅れて出てきた癖に口だけは達者やなぁ……なんや?自分の時は手加減して欲しかったんやったらそう言えや」

 

「相変わらずの減らず口だね……」

 

 

 

 ヒースの追求を軽くいなすジン。それに苛立ちを示したのは他にもいた。

 

 

 

「真面目に聞いてくれませんか?最後の一撃はどうしても納得できない。例えどれほどの技と肉体を持っていても……“心”の伴わない力を衆目に晒すなんて……」

 

「相変わらず真面目やねぇ“コゴミ”ちゃんは……」

 

 

 

 金のボブカットの道着姿の女性——『三手の神器(トリプルバレット)のコゴミ』も苦言を呈する。彼女にとってもこの事態は看過できない暴挙に映っていた。

 

 さらにもう一人——黒い長髪とスレンダーな見た目の女性——『新羅宿運(オールラック)のアザミ』も口を開く。

 

 

 

「それとも怖かったかしら?あれ以上続けてたら何が起こるかわからない……完全無欠の星帝(シリウス)様も運の要素には恐怖するのかしら?」

 

「…………」

 

 

 

 アザミの問いにジンは答えない。その間に傍に控えていた蒼い短髪の男が前に出て問う。ユウキのよく知る……ムロのジムリーダー——『拳嵐阿修羅(ケンランアシュラ)のトウキ』だ。

 

 

 

「事情くらい説明してもいいんじゃねぇか?誰もあんたが考えなしだなんて思ってねぇだろうよ……ただあんなもん見せられてみんな参ってんだ。そんくらいの義務はあんだろ?」

 

「お優しいっこって。キミ……そんなキャラやったっけ?」

 

「質問に答えろよ……!」

 

 

 

 トウキの問いにものらりくらりと不真面目な態度でかわすジン。それに痺れを切らしたのが、残りの三人だった。

 

 そのひとり——赤い帽子に無精髭を蓄えた男——『不撓帝王(バビロン)のダツラ』が前に出る。

 

 

 

「説明できねぇってんならそれでもいいぜ……だがなぁ、ガキ捕まえてボコボコにする理由なんてロクなもんじゃねえ。この5年ですっかり拗らせちまったんじゃあるめぇな?」

 

 

 

 さらに探検家の装いをした厳格な顔つきの中年——『浪漫進撃(アーキオロジスト)のジンダイ』が続く。

 

 

 

「彼は実に勇敢に闘った。その返礼が再起不能の一撃とは……どういう了見だ?事と次第によっては、今ここで出場資格すら失うぞ?」

 

 

 

 そして最後の老人——仙人のような風貌をした『繋賢者(ウィンダム)のウコン』が語る。

 

 

 

「——これほど波風立てたツケ……払ってもらおうかのぅ……」

 

 

 

 その言葉を皮切りに、7人がその闘志を露わにする。それだけで会場の人間は震え上がるほどの悪寒に襲われた。ひとりひとりが兵器にもなり得るトレーナー。もしルール無用の盤外戦が行われたりすればスタジアムなどひとたまりもない。

 

 そんなことは万が一にもありえないとわかってはいるが、その気迫に鳥肌が立つ。それを一心に受けてジンは——

 

 

 

「——クハッ」

 

 

 

 笑っていた——。

 

 まるでこの場にいる全員を嘲笑うように。

 

 

 

「ハハ……ククク……アハハハハハハ!!!」

 

「な、何がおかしいッ‼︎」

 

 

 

 ジンの高笑いに7人のひとり、ヒースが問う。その返礼にジンはたっぷりと間をおいて……それから口を開いた。

 

 

 

「……いやぁありがとなぁ。今のでよぉ〜〜〜わかったわ。自分ら——つまりこう言いたいわけやろ?『加減考えろ。相手は子供やったんぞ。死んだらどうする』——て」

 

 

 

 それに皆が無言で肯定する。未来ある若者を危険に晒して未来を奪うような真似を誰が肯定できるのか——そんな全員の気持ちを、彼は一笑に付す。

 

 

 

「その考えがなめくさっとんねん。自分ら何を観にきとんや?」

 

 

 

 ジンははっきりとその考えを否定する。それと同時にばら撒かれた殺気のような何かに……7人の出場者を含めた全員が目を見開く。

 

 

 

「ここに上がってくるんがキミら程度やと思うと、帰ってきた甲斐がないわ。まださっきのボクちゃんの方がナンボか楽しめそうやな……」

 

「説明になってません!あなたは自分の尺度で何を言って——」

 

「ほらそれ。自分の尺度云々言い始めた時点でキミも弱者の仲間入りや。実力依然に負け犬根性が骨の髄まで染み付いとるんよ。コゴミちゃん」

 

 

 

 それがどういう意味なのか——ただ言われたことに動揺するコゴミは黙ってその先を聞くしかなかった。

 

 

 

「自分ら最強のわいを倒しに来てんのやろ?最強言うんは誰よりも強い——言うなれば誰よりも違う価値観で生きとる人間のこと言うんや。それが人に合わせて加減しろ?なんでそんなことわいがせなあかんのや?そんな手抜きさせて何がエンタメや。何が怖がっとるや……誰かに合わせて生きて、人を超える存在になれるとか本気でおもとんか?片腹痛いわ」

 

 

 

 ジンは言う。人を超えるために、人と足並みを揃えることなど当に辞めていると。

 

 

 

「見るもんも見るもんや。何こんなんでいちいち狼狽えてんねん。それがキミらが観てきたもんのぬるさを物語っとる——岩砕く一撃。地面を焼き尽くす火。空を裂く風。そんなもん互いに撃ち合っとるや。この場に立つん決めた時点で……それ観にきた時点で腹決めんかい」

 

 

 

 どれほどポケモンが頑丈であろうと、死なないわけではない。その危険の中で戦わせているという自覚が足りないとジンは警告する。

 

 

 

「相手を戦闘不能にするまで叩きのめすんや。死ぬかもしれん。その怖さを知らぬ存ぜぬで見とるんか?海外やとそれらが嫌でバトルそのものを禁止にしとる国もあるくらいやで。ルールで守られた檻の中でも事故は起こる。力量差があったらその確率も跳ね上がるやろ……事態が飲み込めんのをわいのせいにされても筋違いや」

 

 

 

 それでも——それでもジンほどのトレーナーなら、もっと何か違う決着のつけ方があったんじゃないか。そう思わずにはいられない。ぐうの音も出ない正論で誰もが黙っている。

 

 しかしそれにすら、ジンはきちんとした理由を提示して見せる。

 

 

 

「未来ある少年?あのウリューくん観てキミらそんな甘いことぬかしてたんか?今や。今、今日、この瞬間を観てホンマにそんなぬるいことぬかしてるんか?——あいつは今日、わいを本気で負かしにきとったんやで?未来もクソもあるかい……わいらは真面目に喰いあっとったんや」

 

 

 

 自分とポケモン、その全てを尽くして最強の寝首をかきにきた——もしそれを『子供のささやかな抵抗』などと思っているのだとしたら……それはジンにとって、バトルを……ひいてはウリューを愚弄していることになる。

 

 

 

「あいつは本気やった。微塵も勝つ方法などないってわからせても向かってくる根性。真っ向から潰すっていう自分のこだわりすら捨てて不意まで突いてきたんや。一撃で確実に意識刈り取らんと、あいつらはいつまんでも向かってきとったわ。それこそ死ぬまでなッ!それを誰が止められる?どうやって止める?……そんな奴に手抜け?アホもやすみやすみ言えやッ‼︎」

 

 

 

 誰も……何も言えなかった。

 

 納得できる物の言い方ではない。今し方凄惨な光景を目の当たりにした人間にとっては。

 

 それでも、ジンは決してウリューを弄んでいたわけではないと理解するのは難しいことではない。わかってしまったのだ。ジンはこの場の誰よりも……戦いに対して真摯なのだと。

 

 

 

「なんで声かけたんがB級やと思う?上には今そんだけの覚悟でやっとる奴がおらへんからや!いつまでもお遊戯みたいな試合しよってからに……お互い本気でやって初めてそこに熱は生まれるんや!お偉いさんの決めたルール内でぬくぬくやっとるキミらは知らんやろうけどなぁ——世界にこんなぬるい場所はどっっっこにもあらへんでッ‼︎」

 

 

 

 それはホウエン全体に向けたジンの思いだった。彼はこの5年で世界を周り、観てきたものがここにいる者たちと違う。その目線で言わせてもらえれば——見るに耐えないと。

 

 

 

「どいつもこいつも……目ぇ覚ませッ‼︎ 現実みろッ‼︎ 眠たいこと言う暇あったら、わいを本気で負かしに来いやッ‼︎ 真剣さが足りんねん……殺す気で来い言うんがなんでわからんかなぁッ‼︎」

 

 

 

 

 ジンは誰に向けてかそんな怒号を放つ。孤高の頂に立つ男の声は誰よりも遠くまで響いた。その切実とも言える提言に心を打たれた者も多かった。

 

 最強——彼がもう目覚めろと言っている。

 

 

 

「わいを倒さんといつまでも調子に乗るでぇ‼︎ 吠え面かかせたい奴からかかってこいやッ‼︎ 今日はそのための大会やろがッ‼︎ ——死ぬ気で挑みに来いッ!路傍の石ころ共ッ!!!」

 

 

 

 それははっきりと目の前の7人に向けられた激励。生優しい言葉など不要。それほどの強者たちは、発破をかけられて黙っているトレーナーたちではない。

 

 

 

「ああ……やってやる。今日でその減らず口も最後だッ‼︎」

 

 

 

 ヒースが言うと皆は黙ってジンを睨みつけた。全員が最強の首を獲る気まんまんである。それ見て満足そうに……ジンは笑って応えた。

 

 

 

「ええで……死にたいやつからかかってきぃ」

 

 

 

 ジンの締めの言葉で、客席がドッと湧いた。震えるような歓声がスタジアムを揺らす。この大会を盛り上げるためのエキシビションは、思わぬ形で会場を——いや、ホウエン全土を熱狂させることとなった。

 

 そんな光景の後、決勝トーナメントの本線の手筈が整い始める。それをテレビ中継で見ていたユウキが……一言漏らす。

 

 

 

「……カゲツさんはどう思いますか?今の……ジンさんの言葉」

 

 

 

 ユウキは少し躊躇って、カゲツに感想を聞いた。意見を求めたのは、かつてあの頂に迫った経験のある師匠ならなんて言うのか……気になったからだ。

 

 

 

「どうって……しらねぇよ。もう俺ぁ現役じゃねぇからなー」

 

 

 

 その世界にはもう自分はいない。ジンの言葉を聞いて燃え上がる何かを持ち合わせていないことを、カゲツは前置きとして話す。

 

 

 

「ただまあ、あいつの言ってることが全部正しいとは思わねぇよ。別にバトルは殺し合いじゃねー。馴れ合いのお遊戯バトルだって今まで満足して観れてたんだ。HLCも事故起きないようにわざわざあんな堅っ苦しい規則設けてんだろ……」

 

 

 

 試合でポケモンが死ぬなど、本来あってはならない——その為にゲームとしてのルールが存在し、互いがそれを厳格に守ることで、例えルールに穴があったとしても不幸な事故が起こることを未然に防いできた。

 

 確かにそこにはある種の制限があり、それで本来の実力を出しきれない者もいたかもしれない。それでも、守られてきた命もあるはずである。

 

 

 

「まあ思うことがあるとすりゃ、人に言われたからって浮かれるような連中には呆れるぜ……あの最強だって自分の我儘通す為に理屈こねただけに過ぎねぇ。そんな問答、個人個人が勝手に決めりゃいい話だ。誰がどんなつもりで戦うのとか1ミリも興味ねぇな」

 

 

 

 ルールの枠内で戦うのなら、あとは個人の自由——カゲツはそう結論づけて自分の意見とした。それを聞いてユウキは口籠る。

 

 

 

「お前はどう思ったんだよ」

 

「え、お、俺ですか……?」

 

「ったりめぇだろ。人に聞いといて何呑気なこと言ってやがる」

 

 

 

 カゲツはユウキにも意見を求めた。師匠である彼にはある程度の予想はついている。何故こんな質問をしてきたのか……ユウキはあのジンの言葉に思うところがあったのだろうと。

 

 それで、ユウキはゆっくりと語りだす。

 

 

 

「わかりません……俺、まだ弱いから」

 

 

 

 自信なさげに俯くユウキ。カゲツはそれに物申そうと口を開くが——すぐにユウキの次の言葉で遮られた。

 

 

 

「俺は弱い。ウリューが立ち向かっていけた理由も、ジンさんがあんなにもバトルに真剣な理由も、あそこに立っているトレーナーのひとりひとりの気持ちも……弱い俺じゃきっと理解しきれない」

 

 

 

 自分はまだその領域にはいない。その場に立つことの意味や覚悟、重圧や信念を見通すには、やはり同じ場所にいる者にしかわからない——ユウキはそう思い、自分が思うことを胸のうちにしまった。

 

 

 

「今何を言っても……それを知ってきっと俺はまた自分の浅はかさに頭痛めるから……今はまだ、何も言えません」

 

「ケッ……そんなこと言ってたら何も言えなくなるぞ?」

 

「それでも……今は余計なこと言うのやめておきます。どの言い分が正しいとか、きっとそういう話じゃないんだって……カゲツさんの意見聞いて思ったから」

 

 

 

 ユウキはそう笑う。何かを堪えているような……強がっているような印象を受けたカゲツは、それでももう追求するようなことは言わなかった。

 

 

 

「そう思うんなら、せめて自分の中でだけは……仮でもいいから答え出しとけよ。じゃねぇと前に進めねぇぞ」

 

「はい……肝に銘じておきます」

 

 

 

 そんな主語がまるっと抜けた会話に、タイキは眉を顰めて聞き齧っていた。そして——

 

 

 

「ぐぬぁぁぁ‼︎ また2人でムツカシイ話してるぅぅぅ‼︎」

 

 

 

 ——と。頭を抱えて悶えていた。

 

 

 

「あ、あぁごめん。別に大したことじゃないから」

 

「いや絶対あるやつッスよそれ!アニキ、俺がバカだからそんなんで誤魔化せると思ってるッスか⁉︎」

 

「い、いやそういうわけじゃ——」

 

「話ついてこれねぇ鈍感バカだからなー。風情とか情緒とか学んでから出直してこい」

 

「それカゲツさんにだけは言われたくないッス!!!」

 

 

 

 タイキが自分の扱いに不服を唱えたが、実際はその一言で場の緊張は和らいだ。こういうシチュエーションでタイキの存在はやはりありがたいなと思うユウキだった。

 

 

 

「——自分の答え……か」

 

 

 

 それでも、胸のもやが晴れることはない。

 

 あんなものを見せられて、あんなことを言われて……ユウキは悩まずにはいられなかった。

 

 自分の代わりに戦う相棒たちを見て……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 サイユウスタジアム。そのとある通路を最強と名高いその男は歩いている。

 

 その目が、通路の脇に立っている誰かにとまり、少し驚いたような顔をしたあと、ニヤリと笑ってその人物の元に歩み寄る。

 

 長身に白銀の髪を持つ、凛々しい姿の男——かつて“石の洞窟”で、ユウキが出会った10年前の“最強”、ツワブキダイゴがそこにいた。

 

 

 

「ご高説ありがとうございます。みんなのやる気が出たおかげで、今年はより一層スリルのある年末になりそうです」

 

 

 

 ダイゴは笑ってジンに語りかける。それを受けて彼はため息ひとつついて返答した。

 

 

 

「——なにがご高説や。あーゆー話はダイゴはん。あんたがさっさとしてやったらええやんけ。とゆうかまだ現役いけるやろ?わいと戦うためだけでええから戻ってきてやってみーひん?な?」

 

「アハハ……相変わらずですね。ぜひその調子でホウエンにその名を轟かせてください」

 

「そっちも相変わらずやのー。わいにとってはあんたや()()()()()()のおらんリーグなんか何もおもんないでホンマ……せやのに呼び戻すからてっきり現役復帰したんか思うやんけ」

 

 

 

 ジンはオーバーに残念そうな心境を身振りで表現する。ダイゴもそのことは申し訳なかったと謝っていた。

 

 

 

「ごめんなさい。それにあんな悪役みたいなこと言わせてしまって……こちらからお願いしたとはいえ、あなたの名誉に傷がついた」

 

「あーそれはええねん。言うたことの八割がた本音やし。わいにとっては名誉なんざポケモンフーズ未満の価値や」

 

「それでも……すみません」

 

 

 

 ダイゴがしつこく謝るので、ジンも少し考えてから言葉を選んでいた。やけに塩らしい元チャンプ……そんな彼が、国外で活動をしていたジンを呼び出した。その事情を察して……現最強は口を開く。

 

 

 

「自分がわざわざ声かけるくらいやからよっぽどなんやとはおもうたけど……確かにあれじゃ心配にもなるわな……」

 

 

 

 ジンは何かを憂うように自分の来た道を見つめる。それでダイゴも察してその通りだと返す。

 

 

 

「……二千年戦争、その後の組織改革とHLCの規則制定を経て、痛めつけられたホウエンもトレーナーを多く増やす結果となった。それでも個人の能力は格段に落ちてきている」

 

 

 

 ダイゴは言う。近年のプロトレーナーの質に翳りが見えると。それは新人からベテランに至るまで幅広く下降していた。四天王制度撤廃の後、明らかにその質は減衰傾向にある。

 

 

 

「そりゃそうやろ。みんな戦争のことなんざさっさと忘れたい。熱狂できるもんにすがって生きとる。HLCも個人の武力を上げすぎると反乱が怖いゆーてビビっとるし、プロのハードルもそこそこにして形だけのプロで業界を水増しして、自分らの政策の正しさを証明するんに躍起やし……ホンマつまらん国やな」

 

「返す言葉も……僕の不甲斐なさが招いた結果です」

 

 

 

 ダイゴは再び謝る。ジンはそれで眉を顰める。

 

 

 

「なんで自分が謝るん?いつから大統領になったんや?」

 

「そんなつもりじゃない。ただ……四天王制度を撤廃することになったのも、ホウエンが少し寂しい場所になったのも……僕の不甲斐なさと浅はかさが招いたんだ。少なくとも、その責任は取らなくちゃ」

 

「……まーたそんなことゆーて。わいは神父さんちゃうねんけどな」

 

 

 

 ダイゴの懺悔を鬱陶しそうに跳ね除けるジン。後ろ頭を掻きながら、ジンは少し話を変える。

 

 

 

「——“デイズ”……言うたらなんの事かわかる?」

 

「…………!」

 

 

 

 その名前を出すと、ダイゴの顔色が変わる。彼にも心当たりがあることを確認したジンは一呼吸おいて続けた。

 

 

 

「わいも噂しか掴めんかったから滅多なことは言えんのやけどな……“オーレ地方”とかいうまた寂れたトコでたまに耳に入る名前でな……なんかの集まりいうことで間違いないようやで」

 

「“デイズ”……まさかジンさん、あなたの口からその名前を聞くことになるなんて……」

 

「やっぱそっちもなんかあったんやな」

 

 

 

 ジンが他地方から持ち込んだ情報に聞き覚えのあったダイゴは口元に手を持ってきて目を細める。

 

 

 

「あなたを呼んだのは本来別件だったんですが……少し前にマグマ団が捕縛したトレーナーが同じ名前を口にしたそうです」

 

「なんやて……?」

 

 

 

 フエンタウン、プロの出場する試合で陰から妨害をし、傷害事件を引き起こした犯人である男——ダチラからその証言を引き出したことをダイゴはHLC経由で知ることになった。ダイゴも自分の抱える別件との関連性を考えていたところではあったが……。

 

 

 

「ほなそいつが構成員ちゅうことか?」

 

「そこまではまだ……ただ捕獲した際に幻のポケモン“フーパ”と思われるポケモンも鹵獲しています」

 

「またそらごっつぃなぁ……ほな連中、今はホウエンで活動しとるっちゅうことかいな?」

 

「わかりません。あれ以降情報は引き出せず、目立った動きもありませんから。ただHLCが管理指定しているダンジョンに入り込んで無断で資源を採掘していった輩たちの足取りを掴みつつあります。もしかしたらその事と関係があるのかも」

 

「なんや……わからんことが増えただけやんけ」

 

 

 

 2人は情報をすり合わせていく過程で、思ったよりも闇が深いのではないかと考えが及ぶ。自分たちもまだ実態が掴めない……まだ誰が何をしようとしているのかすらわかっていない現状なのだと再認識する。

 

 しかし起こってからでは遅いのだ。ダイゴはそのことを心で念じる。

 

 

 

「ま。わからんうちからあれやこれや言うても始まらんやろ。悪いことしとるんやったら、まとめてジンさんがケチョンケチョンにしたるわ♪」

 

「心強い……なんてもんじゃないですね」

 

 

 

 ケロッと言ってのける最強の一言に、ダイゴは寒気すら覚えた。彼が動けば、たとえ巨大ギルドといえど無事では済まないだろう。

 

 

 

「あなたの存在は、おそらく暗躍する組織のストッパーとして役立つ。その間にデボンの計画を推し進めます」

 

「ククク。御曹司らしくなったなぁキミも……」

 

「それはちょっとやだなぁ。今更ですけど」

 

「まぁ困った時はこの最強に頼りぃ。そういう話なら、もう数年はこっちおってええ。なんかあるたびに呼ばれるんもしんどいしな」

 

「……前から思ってたんですが」

 

 

 

 ジンが自信たっぷりに頼れと言う姿を見て、ふとダイゴは不思議に思った。今では連絡を取るのも当たり前の仲でそこに違和感を覚えることもなかったが……。

 

 

 

「なぜあなたは僕の——父やデボンに手を貸してくれるんですか?」

 

 

 

 5年前。ホウエンで華々しい活躍をしたジン。それ以来、妙な繋がりでジンとデボンの社長であるツワブキムクゲは情報を共有している。今はこうして自分がそのやりとりを引き継いでいるダイゴはその経緯を知らなかった。

 

 最強の男。星帝(シリウス)とまで呼ばれた彼が、なぜ一企業に肩入れするのか……ジンはその質問に……笑って返す。

 

 

 

「野暮なこと聞くなや……キミらがほっとけんだけや〜」

 

 

 

 そう言うジンの心の中を知る者はいない。

 

 ただダイゴには、その笑顔が少しだけ……寂しそうに見えたのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ちょっと隣いいかい?」

 

 

 

 深夜——。

 

 ホウエンリーグ決勝トーナメントのプログラムを一通り見た俺たちは、そのまま大王さんの工場に泊まることになった。

 

 みんなが寝静まった頃、俺はひとり外に抜け出して建屋に背中を預けて夜月を見上げていた。そんな俺に突然声をかけてきたのは——ツシマさんだった。

 

 

 

「……寝てなかったんですね」

 

 

 

 他の地方に比べて暖かいホウエンの冬だが、流石に夜ともなるとそこそこ冷える。彼は失礼と一言言って、昼間より分厚い白衣姿で隣に引っ付いた。あんたいつもそんな格好してんのか。

 

 

 

「ちょうどユウキくんが起きたのが見えたからね……何か元気ないけど、大丈夫かい?」

 

「大丈夫……じゃないかも」

 

 

 

 俺は正直に言ってしまった。

 

 あのエキシビションを観てから、俺の心はどこか別のことを考えるようになってしまった。トーナメントは結局ジンさんの圧勝で終わったのは覚えてるんだけど、試合内容は凄すぎて参考にすらできなかった。

 

 そんな光景を目に焼き付けるどころか、他ごと考えてたなんてカゲツさんに知られたら殺されそうだ。

 

 

 

「話すと楽になる——ってもんでもないけどさ。僕でよかったら聞いても構わないかい?」

 

 

 

 ツシマさんは優しげに聞き手を名乗り出てくれた。この人にそんな気遣いできるんだ……なんて流石に失礼かもだけど。

 

 あまりにもトレーナー目線の話なだけに、科学者のツシマさんには面白くない話な気もするから気が引けるんだけど……この際いいか。

 

 

 

「……俺、この旅の中で何度も考えるんです。余裕なかったり夢中になってる時は忘れちゃうけど……その、ポケモンたちのこと」

 

 

 

 前置きを少し迷って……俺はポケモンたちを戦わせることに、まだ少し抵抗があった。

 

 

 

「本当、今更だって話なんだけど。殴ったり蹴ったり斬りつけたり……ポケモンは頑丈だし、ポケモンも覚悟して戦ってるのはわかってる。対戦相手もきっと同じだ……それでも、俺は暴力をただ正当化してるんじゃないか……って」

 

 

 

 それはずっと目を逸らしていた事だ。みんなが当たり前のようにバトルをするものだから、俺も自然とわかばやチャマメを戦わせる道を選んだ。ハルカというトレーナーの歩く道を選んだんだ。

 

 でもその本質が暴力なのを、俺は知ってて選んだはずなんだ。いや、トレーナーになった後で気付いたとしても、引き下がれるポイントなんていくらでもあった。今だってその事に向き合おうって時に……俺はもう、トレーナーを辞めたくないって思ってる。

 

 

 

「別にトレーナー全体を責めてるわけじゃない。ウリューとジンさんの試合も、あんなことになっちゃったけど……俺は当事者がそれぞれ納得して戦ってたならいいと思ってる。でも……自分がそうする立場になった時、俺は——」

 

「ユウキくん……キミは、加害者になってしまう不安を感じてるんだね」

 

「…………うん」

 

 

 

 自分は弱い。今はまだそんなことを言っていられるかもしれない。でも強くなってハルカを目指すうちに、そんな弱さも補われて……ひょっとしたらいつかホントにあの舞台に立つ日が来るかも知れない。

 

 そんな時、俺はジンさんと同じ態度でいられるだろうか——。

 

 

 

——いつまでもお遊戯みたいな試合しよってからに……お互い本気でやって初めてそこに熱は生まれるんや!

 

 

 

「俺……本気じゃなかったってわけじゃないけど、それを履き違えてた気がする。仲間と一緒に旅をして、鍛えて、作戦考えて準備して——いつからかそんな毎日の方が楽しくなってた。辛いことも多いけど、強くなってく実感でバトルが楽しいだけのものになってた。プロとして本気でやってるつもりでも……相手を殺してしまうかもしれないとまで考えたことなかった」

 

 

 

 みんな俺より強いはずだから……。

 

 それはずっと謙遜でいたいと思う反面、どこかそこに甘えて、バトルに潜む危うさから目を逸らしていた。

 

 みんな必死で戦ってる。余裕なんてない。それは俺より強かろうが凄かろうが関係ないんだ。トーナメントルールで勝たなきゃ戦績は残せない。残せなければ誰にも見向きもされなくなる。プロとして。トーナメントプレイヤーとしての自覚を保てなくなると思う。それが怖いから必死になるんだ。

 

 それだけ必死なら、いつか弾みで——そんな想像をすると、足元にいきなり大きな穴ができたみたいで不安だった。その責任を取ることも、受け止めることも……今の俺にはできそうにない。

 

 

 

「——かと言って、俺はもう退けない。退いちゃいけない……いや、それも言い訳か……」

 

 

 

 プロのトーナメントから降りるのに、『他の人が託してくれたから』とか『面倒をかける仲間のためにも』とか——そんなのは建前だ。俺はずっと……もっと根深いところでトレーナーなんだ。

 

 

 

「退きたくない。辞めたくないんだ。こんな血生臭い場所だってわかっても……あの嬉しさを知ってるから……」

 

 

 

 困難に立ち向かう。逆境の中で活路を見いだす。できないと思っていたことをやり遂げる——どれもバトルが……仲間のポケモンたちが教えてくれた面白さなんだ。

 

 ハマってしまってる……でも性格的には合ってない。他者を傷つけることをもう無視できない。知らなきゃきっと考えもしなかった、俺の業の深さ。それは俺だけじゃなく、友達でも仲間でもあるポケモンたちに強いている——試合という味を覚えさせた俺の業だ……。

 

 

 

「プロになる前に気付くべきだった。なんで俺……こうなるまでわかんなかったんだろ……」

 

 

 

 今になって思う。フエンでダチラと戦った時——。

 

 

 

——俺の友達をバカにした、俺の恩人を傷つけた……お前は——一番やっちゃいけない事をしたッ‼︎

 

 

 

「ツシマさん……俺、ちょっと前に人を傷つけたんだ。ちょうどトウカの森で悪党に襲われた時みたいに……でもその時は、自分の身や誰かを守る為に力を使ったんじゃない——自分の憂さを晴らしたかっただけなんだ。ムカつくやつをただ黙らせたくて……この手で殴ったよ。何度も……何度も……」

 

 

 

 考えないようにしてた。あの時はああする他なかったんだって。タイキにも、もう嫌な事件は終わったって思って欲しくて……ずっと自分に嘘をついた。

 

 本当はずっと……あの手の感触を覚えている。何か他ごとしてないとやってられなかったんだ。無意識のうちに俺はそうしてた。悪者を倒してヒーロー気取って——

 

 ああ……そういえばマサトにも言われたな。意見が合わなきゃ、バトルで解決する野蛮人……みたいなことをさ。

 

 

 

「俺は……力を持っちゃいけないのかも知れない。その使い方を間違えない自信なんてない……何か事故を引き起こしても、それを受け止められる気がしない……感情が昂って、自分で自分が抑えられなくなっていつか——‼︎」

 

 

 

 俺は頭の中に浮かんだものを堪えきれなくなった。次第に悪い考えが巡って……当初自分でも思わなかったようなことばかりが吐き出される。その度に将来が不安になって、友達やポケモンへの申し訳なさが込み上げて——

 

 そしたら……頭に何か乗っかる感触で、それは止まった。

 

 

 

「——怖かったんだね。ポケモンの力が。不安だったんだね。自分の未来が」

 

 

 

 それはツシマさんの手だった。丈の合っていない白衣越しの手が、優しく俺の頭を撫でた。それが……いまの俺には効いた。

 

 

 

「……おれ……どうしたらいい……?この先何をすれば……みんなにはなんて言えばいいのか……わからない……」

 

 

 

 俺はこのままじゃ前にも後ろにも進めない。続けたい気持ちと辞めたい気持ちが半分ずつあって、体を引っ張り合ってるみたいだ。

 

 今日知ったことは、それまでの数ヶ月に及ぶトレーナーとしての人生を大きく覆す内容だった。それを消化する術を……俺は知らない。ただ苦しくて、目から感情が溢れそうだった。

 

 

 

「んー……僕にはわからない世界だからね。どうすべきか——なんて言われてもわかんないや。でも——」

 

 

 

 ツシマさんはいつもの調子で続ける。軽やかな声色で、俺の悩みにはわからないとはっきり言ってくれる。その先は——

 

 

 

「今こうして悩んでること。楽しいことを前にして立ち止まれる君は、素敵なトレーナーだと僕は思うよ」

 

「立ち止まれる……?」

 

 

 

 それは意外な返答だった。悩んだり立ち止まったりすることを褒められるとは思わなかった。カゲツさんだってそれは時間の無駄だって言うのに……。

 

 

 

「これは僕の自論というか見解なんだけどね……プログラムを組んだりするとよくあるんだ。寝ないでずぅ〜と作業に没頭している時間が。僕はこの仕事が楽しいし、その間は飲まず食わずでもへっちゃら。でもそれは周りも心配するよね?」

 

「そりゃ……うん。でもツシマさんだから容易に想像できるな」

 

「でしょ?——だから普通に休憩とかしてるとみんなに驚かれるんだよね。『あのツシマがラボから出てるぞー!』ってさ」

 

「ハハ……失礼極まりないな」

 

 

 

 それでもやっぱりそれはツシマさんらしい。あれ、なんだこの話——今、俺の話となんの関係が……?

 

 

 

「つまりさ。そんだけ難しいんだ。楽しいことを前にそれを留める正当な理由があっても……人は無理や無茶を押し通す気持ちの方が勝ってしまう」

 

「無茶を……押し通す……」

 

 

 

 それは俺にも覚えがあった。バトルの最中も準備をする中でも、そこに風穴を開ける策を必死こいて考えていた。それが俺の原動力で、バトルをするひとつの魅力でもあったんだ。

 

 

 

「もちろんそれは悪いことじゃないと思う。そこで諦めなかったからこそ、最初よりずっと高度なプログラムを組む道を見つけられたりもしたしね。ユウキくんが僕を助けてくれた時も……無茶を通してくれた」

 

「あ、あれはただ必死で——」

 

「そこなんだ。ユウキくん。君のファンになった最大の理由」

 

 

 

 ツシマさんはズイッと俺の顔を覗き込む。それにびっくりして、俺は自分の発言を引っ込めた。ファンって……そういえばそんなこと言ってたな。

 

 

 

「冷静で、道理をわかってて、リスクを考えられる……今もこうして立ち止まれる君が、誰かのためにとなると凄い力を発揮するんだ。理屈で止まれるのに、誰かへの情が君を前進させる——名前に恥じない“勇気”を見せてくれる」

 

「“勇気”……?」

 

 

 

 俺は……そんなんじゃない。頭のどこかでそう突っぱねる気持ちがあった。それでも、目の前のツシマさんの言葉を無視できなかった。言っていることを……ただ聞いた。

 

 

 

「止まって悩むのは優しくて賢いから。色んな事に気がつく気配り屋さんだから。それでもリスクを押して前に進めるのは勇気があるから——君は自分が卑下するほど、嫌な人間じゃない。僕にとって、最高のポケモントレーナー……ヒーローなんだ」

 

 

 

 それを聞いた時、不思議と肩の荷が降りたように感じた。それがなんでかはわからない。それでも胸がスッと空くような……不思議な安心感に包まれたんだ。

 

 

 

「ハハ……悩んでばっかの俺が……ヒーローか」

 

「その人間臭さも現代ヒーローの必需品だよ。完全無欠の頼れるヒーローの時代は、数十年前のコミックで終わってるさ」

 

「数十年前って。ツシマさんも世代じゃないでしょ……あれ?ていうかあんたいくつなの?」

 

「永遠の10歳だよ☆」

 

「真面目に答える気がないってことだけはわかりました」

 

 

 

 真剣で重苦しい話だったのに、いつの間にか軽いノリにされてしまった——ツシマさんがそうしてくれた。

 

 別に俺の悩みが解決したわけじゃない。気付いてしまったからには、この気持ちにも折り合いを……決断をしなきゃ。でも悩むだけの価値がある事なんだって、今は思える。

 

 

 

「でも実際どーするかな……攻撃しないことには相手は倒せないわけだし。いきなり『暴力以外に試合に勝つ方法を実践しよう』——とか言ったら、わかばたちも困るだろうし……何よりカゲツさんにぶっ飛ばされる」

 

「考え方や戦い方も人それぞれだし、そこはユウキくんなりの答えを持てばいいんじゃないかな?ほら、ジンって人も言ってたでしょ?『人の物差しに合わせようとしなくていい』——って」

 

 

 

 だいぶ聞こえが良くなってるが、確かに一理ある。そうか。あれは容赦なく敵を攻撃する覚悟を意味しているのかと思ったけど、思えばそれも“あの人の価値観”だ。

 

 俺は俺……自分がスッキリ戦えるやり方を見つければいい。今の目標を変えないまま、やり方を変える——って感じかな。それはそれでむずいけど。

 

 

 

「相手もこの先どんどん強くなるわけだし……やるなら結局全力出すんだろうな。性懲りも無く」

 

「今日のユウキくんのネガティブはしつこい油汚れみたいだね。こりゃつけ置きも兼ねて、一旦寝た方がいいかもよ」

 

 

 

 そう言われて、確かに夜は心理学的にも感情が昂りやすいということを思い出した。感情的になってたのでは、理にかなった意見も出にくい。煮詰まったなら明日の俺に託せばいい……か。

 

 

 

「今日はありがとう……夜更かしに付き合わせてすみません」

 

「いーえ!助けてもらったり、感動させてもらってるんだから。このくらいお安いご用——あっ」

 

 

 

 もう寝ようかと立ち上がった時、ツシマさんは何かを思い出したように声を上げた。

 

 

 

「ちょっと……今明日にしようって言ったばかりで申し訳ないんだけど……」

 

「なんですか……?」

 

 

 

 ツシマさんはそう言って俺に耳打ちをしようとする。それで俺も自然と耳をツシマさんの手に当てて——

 

 

 

「——。———。——」

 

 

 

 誰もいない夜中。聞いているのは風か月かくらいだが……その子供のような彼の発想に、俺は度肝を抜かれて目を見開く。

 

 

 

「い、いや……流石にそれは——」

 

「いいじゃんいいじゃん!夢はでっかく行こう!なれるよ——そんな素敵なヒーローに♪」

 

 

 

 ツシマさんの語ったそれは、夢物語もいいところだった。実現するビジョンもへったくれもない……今時学校(スクール)行く子でも思いつかない幼稚さがある。

 

 でも……俺はこの時、心の中では思ってたのかも知れない。

 

 

 

 そんな戦い方をしてみたい——って。

 

 

 

 

 

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迷いながら、悩みながら……それが彼の歩く道——。

今回は新キャラバンバン出ましたね!もしかしたら知らない方もおるかもなので一応補足です。ホウエンリーグ決勝トーナメントに出張ってたトウキさん以外の6名は「ポケットモンスターエメラルド」に出てくる施設、『バトルフロンティア』で待ち構えてるフロンティアブレーンたちです。ポケスペのエメラルド編にも出てますね。ビジュアルがわからない方はぜひ検索を……。え?あと一人おらんかったって?んふふ……彼女はどこにいるんでしょうなぁ(ニチャア)

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第144話 幸せ者


もしも無人島にひとつだけ持って遭難するとしたら……ひとつでも何か持って行けた自分を褒めます。




 

 

 

 年が明けた。この世界にまた1年、暦が刻まれたことになる。

 

 流石に1月ともなるとホウエンの空気も過ごしにくい寒さになる。ジョウトなんかと比べればまだマシな気もするけど、朝起きるて温かいベッドから出るのが少し億劫になる。日中にはまた暖かくなるので、それまでの我慢だな。

 

 

 

「——今日もやるか」

 

 

 

 宿泊先のホテル。その部屋でまだ寝ているカゲツさんを置いて、俺は早朝のバイトに出かける。向かう先はハジツゲのオレン農園——そこまでは目覚ましがてらに軽くランニングが基本だ。

 

 

 

「よし……マッスグマ(チャマメ)。今日もよろしくな」

 

 

 

 俺はこのバイトに協力してくれる友人をボールから出してそう言う。チャマメも今か今かとテンションを上げてその場でクルクル回っている……ホント好きだなこの仕事。

 

 俺がハジツゲに在留中、余裕があるとはいえ何も収入がないのはやばいので始めた早朝の畑仕事なのだが、チャマメはそれがとてもお気に召したようで毎朝こんな感じで楽しそうにしている。職場の行き来のランニングも楽しんでいるのか、灰が降るとなお一層喜ぶ姿が見れる。はしゃぐ姿は相変わらず癒しだ。

 

 そんなチャマメと一緒に、今日も1日を始める……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 タイキが大王さんに住み込みで弟子入りしてからもうそろひと月。ひと月でどこまでやれてるのかは正直はたから見てる素人の俺なんかじゃわかりようもないのだが……手際はかなり良さそうだった。

 

 最初はおもちゃみたいな組み立て作業や部品磨きとかさせられてたように見えたのだが、1週間くらいでなんか溶接をしていた。それでギョッとしてたんだけど……最近はなんか見たこともない電池やら配電盤やらいじってる。タイキ、俺の知ってるお前はどこに行った?

 

 

 

「ご苦労様だ。今日も様子見かね?」

 

「あ、どーも」

 

 

 

 俺は朝のバイトが終わると大王さんの工房に顔を出していた。まあ来てもタイキはずっと部品と睨めっこなので本当に見に来るだけなのだが——そんな俺に大王さんが声をかけてきた。

 

 

 

「タイキ……今日も頑張ってますね」

 

「うむ。あの勤勉さには参るよ。こちらから声をかけねば止め時を失うくらいには集中しておるからな」

 

「ハハ……苦労かけます」

 

 

 

 あいつはそんな話すらきっと耳に届いていないのだろう。距離的に聞こえてるはずなんだけど、俺が来たことにすら気付いてないって感じだった。ハマってんなぁ。

 

 

 

「でもすごいですね……あいつにあんな才能があったなんて……」

 

「才能……?あぁ。ヌシにはそう見えるのか……」

 

 

 

 俺が一言漏らしたのに対して、大王さんは意外そうな顔でそう呟いた。あれ?俺なんか変なこと言ったかな?

 

 

 

「えっと、素人考えだったら申し訳ないですけど……持ち物(ギア)造りもあとちょっとって感じじゃないですか?なんか難しげな作業もできてるし……」

 

「そうだな。確かにひと月も掛からずに持ち物(ギア)を手掛けられるようになるとは驚きだ……私の教え方も上手いのであろうがな♪」

 

「え、あ、はぁ……」

 

 

 

 さり気なく自慢された。いや周りからも評判だったからそれは疑ってないけども。でも驚いたというからには、あいつの成長スピードも相当なものなんじゃないのか?

 

 俺のそんな疑問に、大王さんはお茶を啜ってから答えてくれた。

 

 

 

「——彼に才能といえるほどのものはないよ。人並みに手先が器用ではあるがね」

 

 

 

 それがこの道に精通した、職人の見解だった。

 

 

 

「別に飲み込みが早いわけではない。何度も同じようなミスをする。どうしても苦手な作業もある。ああ見えて集中もかなり無理してやっておるから、ヌシが帰ったあとは萎んだ風船みたいになるのだよ。今だってヌシが来とることには気付いておる」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 

 小声で伝えられたことは、タイキもかなり見栄っ張りというか……俺の視界は表面的なものしか映していないという事実だった。こうしている今も、あいつは懸命に頑張っている。でも……そんなんで大丈夫なのか?

 

 

 

「そもそも持ち物(ギア)なんてのは……実際はその辺りの主婦が行程の一部を担えるくらいには簡単な作業が多いのだよ。市販で出回ってる持ち物(ギア)は大量生産する工場で製造されておる。大概はそんな持ち物(ギア)で充分なのだよ……本当を言えば」

 

「市販で充分って……どういうことですか?」

 

 

 

 確かに俺も最初は市販のものを使うつもりだった。持ち物(ギア)の良し悪しなんてわからない俺は、癖のないものから試していく選択もあったわけだ。でも、俺よりも上のトレーナーたちは持ち物(ギア)選びだって慎重なるはず……効果の高い持ち物(ギア)を作れる職人を雇ったりしているだろうに——それが『市販で充分』とは俺には思えなかった。

 

 

 

「元よりHLC規定で使用できる持ち物(ギア)は決まっている。そしてその名称を冠しているアイテムたちの性能は()()()()()()()()()()のだよ——どういうことかわかるかね?」

 

「え……つまり、どれだけ上のトレーナーが扱う持ち物(ギア)でも……性能は変わらないってことですか?」

 

 

 

 俺がその意外な解釈を口にすると、大王さんは首を縦に振った。

 

 

 

「高級……もしくはオーダーメイドの持ち物(ギア)というのは、それを持たせるポケモンが扱いやすいように調整したものなのだよ。最低限の性能を確保した持ち物(ギア)なら充分実践レベルで使えるという訳だ。効果が市販のより増えたり、減ったりすることはないのだよ」

 

「そ、そういうことだったんですか……知らなかった」

 

「公式戦で手持ちをセットする機械があるだろう?あれは持たせている持ち物(ギア)が規定に適っているかどうかも確かめる診断機でもあるのだ。万が一にも通らないことがあれば、即失格扱いになるので注意したまえ」

 

 

 

 恐ろしいな。もっと早くに教えて欲しかったもんだ……いや、規約にちゃんと書いてたとは思うけど。

 

 

 

「まぁだからというべきか……ギア師をサポーターとして迎える人間は少ない。こだわりの強いランカートレーナーにつく専属のギア師はハジツゲにも何人かいるが……基本は自分で買った持ち物(ギア)をセルフで手入れする者がほとんどだ」

 

 

 

 それはひとえに人件費の節約。持ち物(ギア)の管理はバトルにおいて重要ではあるが、機能して壊れなければいい。わざわざ専属の人間を雇うほど、切迫するものではないという話だった。

 

 それを聞くと……なんだか寂しい気持ちになる。なんというか、タイキの頑張りがあんまり報われない気がして。

 

 

 

「——それでも私は思うよ。ヌシらは幸せ者だとな」

 

 

 

 大王さんが一言。俺の気持ちを察したような言葉でそう言った。

 

 

 

「私らのような職人は、誰に強いられたわけでもない“自分のこだわり”に縛られておる。そのせいで人に見向きもされないような連中を、私は散々見てきたよ。私がこれまで見てきた弟子も含めてな……」

 

 

 

 それは呪いのようなものだと——大王さんは語る。それだけこだわりが強いということは、物作りを本当に愛しているからだと。でもその愛情は中々人に理解されない。みんな手軽でとっつきやすいものを選ぶからだ。

 

 

 

「その点、あの子はヌシという理解者を得ている。あの子の頑張りをマメに見に来るような理解者を……そして、ヌシもあの子を求めている。あの子の作ったもので、自分の戦いをしたいとな」

 

 

 

 それは……そうなればいいと思った。あいつが一生懸命作ったもので戦えるなら、そんなに嬉しいことはない。それになんていうか、これはちょっと合理的じゃないかもだけど——タイキが作った持ち物(ギア)なら、いつもより調子を出せそうな気がするんだ。

 

 

 

「幸せ者か……。多分、そうですよね」

 

 

 

 俺はちょっとだけ迷って、大王さんの意見を受け入れる。

 

 

 

「俺、実はちょっとだけ迷ってました。これからもバトルをしていいのかって……俺には他人を傷つけてまで進む道は向いてないんじゃないかって……」

 

「……もしかして、年末のエキシビションかね?」

 

 

 

 大王さん。ピタリと正解である。よくわかったなぁ……ってあからさまか。

 

 

 

「ジンさんの言ってることは正しい。きっとその覚悟がない奴が踏み入れちゃいけない領域なんだって……ちょっと悲観的になり過ぎてたかもしれないけど、タイキにその片棒を担がせていいのかとも思わなくもないんです」

 

 

 

 俺が戦うための道具を作るタイキにも、嫌な思いをさせるかもしれない。例え今の努力が無駄になるとしても、取り返しがつかなくなる前に引き返すこともできる。

 

 でも……今のタイキを見て、俺もシャキッとするべきだと思った。

 

 

 

「——まだ迷うけど、悩むけど……バトルに救われてきたこともたくさんあったから。誰かと競う楽しさ、本気の気持ちに応えてくれるライバルたち……プラスの面だってあったんだって……忘れてた」

 

 

 

 どんなことにも良いことばかりじゃないんだ。ちょっと無責任かもしれないけど、今はそれでいいと思ってる。この道を歩いていく覚悟……リスクを飲み込む理由にはなる。

 

 

 

「その上で……やっぱりタイキと一緒に戦いたい。それでいつかやりたい事ができたら……今日まで悩んできたこともきっと報われるから」

 

 

 

 今は力が欲しい。助けて欲しい。タイキはきっと喜んで首を縦に振るだろう。それがわかっててするお願いなんてずるいけど……あいつもそれで喜んでくれるなら、些細なことだと思う。

 

 

 

「大王さん。あいつのこと……もう少しお願いします」

 

 

 

 俺はそれだけ言って工房を後にする。今は邪魔をしたくない。俺もやるべきことがあるから……そんな俺の背中に、大王さんが最後に言ってくれた。

 

 

 

「大いに悩めよ少年。それが若者に与えられた特権なのだから」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲタウン。かつて天然資源に恵まれ、多くの人間が住み着いた集落。しかし時と共に必要物質を採取できなくなり、それに伴って人々が離れていった土地である。現代の若者には馴染みのない、戦前の話だった。

 

 カゲツは……そんな町をぶらぶらと歩き回っていた。

 

 

 

「——まだあんのかよ」

 

 

 

 それは一軒の家。とあるボロボロになった平家の前で彼は立ち止まった。そんな悪態を吐きつつ、その建屋を睨みつける。

 

 それは……カゲツがある少女を救った場所。今は完全に空き家になっている。

 

 

 

「さっさと壊しちまえばいいんだこんなもん……って。面倒だから放置されてるだけか」

 

 

 

 カゲツは自重気味に笑って……それから大きくため息をつく。何かを躊躇うかのように。そして……ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「——来るのが遅くなっちまったな」

 

 

 

 誰かに語りかけるような……そんな言葉を。

 

 

 

「はぁ……()()が消えたあの日から、俺も随分腐っちまったよ。いい歳して仕事もせずによぉ。大方10年くらい棒に振ったか——まぁ、お前には関係ない話か」

 

 

 

 語りかけるのは、10年前に四天王制度廃止とHLCの理不尽な立ち入り拒否を受けて消えたひとりの少女。この家は……そんな彼女が住んでいた家だ。

 

 

 

「それが何の因果か、今やプロになったガキの世話焼きしてる。人に物教えられる立場かよって、お前なら笑うか……四天王戦ではぶつかり稽古みてぇになってたもんな」

 

 

 

 カゲツにしてみれば、思えばあれが初めて誰かの先生になった相手だった。直接的に何かを伝えたわけではない。それでもいつか彼女が自分を超えて、夢を叶えられるようになれば——そんな願いがなかったと言えば嘘になる。

 

 結局、それが本当の意味で叶うことはなかったが……。

 

 

 

「……また難儀な奴だよ。ひょっとしたらお前より厄介だ。お前の無茶に輪をかけてバカで鈍感な男って感じの……素直なのか頑固なのかよくわかんねぇ奴でよ。面倒くせぇったらありゃしねぇ」

 

 

 

 自分の見ている弟子について話すカゲツは少しだけ楽しそうだった。彼の心の中はそう簡単には割り切れていないが。それは、彼もまた不安を抱えているからだろう。

 

 

 

「怖えなぁ……人に物を教えるってのは」

 

 

 

 誰にも明かしてこなかったカゲツの心境——誰もいない建屋にそれは投げかけられた。

 

 

 

「俺が右と言えば右に、左と言えば左に進む……馬鹿どもはそれが正解なんだと信じて進むが、言った当の俺が正解なんて知らねえんだ。そんなもん知ってりゃ、お前にあんな思いさせなかっただろうに……」

 

 

 

 人を教え導くことに、カゲツはずっと躊躇っていた。例えそれを子供達が望んでも、自分にそんな能力も資格もないと感じている彼には難しい話だった。それでも……それでも受け持つことにしたのは、自分だ。

 

 

 

「周りの連中に言われたから——とか言い訳はしねぇ。今度は最後まで面倒見てやるよ……少なくとも固有独導能力(パーソナルスキル)を完成させるまではな」

 

 

 

 ユウキに目覚めた能力を聞いて、それはもうそう遠くないと感じているカゲツ。無知ゆえに怪我をすることはまだあっても、加減を覚え、使いこなすことができるようになれば……その先は弟子自身が道を切り開くだろうと。

 

 カゲツはユウキを信じていた。

 

 

 

「可愛げねぇくらいバトルに真剣なあいつのことだ……俺がしてやれんのはもうそう多くはねぇだろ。まだなんかうだうだ悩んでることもあるみてぇだけど、その辺はもうひとりの丸坊主がなんかいい感じにしてくれんだろ——弱虫同士、気が合うみてぇだしな」

 

 

 

 ユウキには支えてくれる人間がいる。それは自分以外にも大勢。彼は人に好かれる人間だとわかっているカゲツは、その手の心配をしていなかった。

 

 だから……余計に彼女のことが気がかりになってしまう。

 

 

 

「なぁ……お前はできたのか?支えてくれるような奴がよ。今どこで何してんだ?案外あの日のことなんか忘れて……楽しくやってたりするのか?……んなわけねぇか」

 

 

 

 それはほんの少しだけ見せた、彼の心の弱さだった。そうなっていて欲しいという誰にでもある願望。あれ以上酷いことになっていなければいい……救えなかった女の子の未来が明るくあって欲しい。そんなチープな願いが口に上って、自分の甘さを吐き捨てる。

 

 そんな甘い話があるわけない——と。

 

 

 

「今更許されたいとか思ってのか俺ぁ……ケッ。弱虫が感染(うつ)っちまったみてぇだ」

 

 

 

 そう言って自分の人間耐久性が脆くなったように感じたカゲツは、バツが悪そうにその場を後にしようとする——と。

 

 

 

「——あの。その家に何か御用ですか?」

 

 

 

 カゲツの背後から声が掛けられた。彼が振り返ると、そこに立っているのは白衣の男性。くたびれたような顔をした研究者のような出たちのひょろながい男だった。

 

 

 

「あん?なんだおっさん……」

 

「ああすまない。私は“ソライシ”——この辺りで隕石の研究をしている者です」

 

「学者さんがなんでこの廃屋のこと知ってんだよ」

 

 

 

 カゲツは彼の第一声からこの建屋と何か縁があることを聞き逃さない。それだけでチンピラ風の男の眉間には一層シワが寄る。

 

 

 

「いえ……随分昔に世話になった家族の家なんです。可愛らしい娘さんがいた、仲睦まじい家族だったんですが、戦争の折に行方がわからなくなってしまいまして……」

 

「あんた……もうハジツゲにいて長いのか?」

 

「子供の頃からこの辺りに住んでまして。流星の民が蜂起してからはこの場所を離れましたが……やはり故郷は落ち着きます」

 

「……そうか」

 

 

 

 故郷と聞いて口を重くしてしまうのは、少し感情的になってしまっているのか……カゲツは自分の心の制御に手間取っていた。見ず知らずの人間には関係のない話だとわかってはいるが……ソライシはそんなことなど毛ほども感じずに話を続けた。

 

 

 

「あのご家族がどこかで元気にしているといいのですがね」

 

「ケッ……あれだけ戦火が広がったんだ。都合よく考え過ぎだろ」

 

「それでも……僕は願いますよ。彼らが幸せに暮らしていることを。変ですかね……他人の幸福を祈ってしまうのは」

 

「…………」

 

 

 

 

 カゲツには現実が見えている。彼女の両親が流星の意見に同調し、娘をむごく扱ったことも。その後親は彼女から離れ、懸命に生きようしたが……それでも壊れてしまったことも。

 

 それでもその言葉で呆気に取られたのは……そんな現実など抜きにした、純粋な隣人への優しさだった。何せソライシの顔は、そのことを知っているような……寂しさをたたえていたから。

 

 

 

「……現実はそう甘くねぇ」

 

「でしょうね。でも願うだけはタダです」

 

「学者らしいじゃねぇか。確かに……そうだな」

 

 

 

 カゲツは……それだけでもういいと思えた。

 

 きっともう交わることのない少女のことを、ただ覚えていて……時折思い出すくらいでいいのだと。

 

 知らない現実など無視してしまえばいい。離れた場所で心を痛めたところで、何も変えられない。そんなことで足を止めていては……——

 

 

 

——カゲツさんらしくないですよー!ほら、元気出して♪

 

 

 

 元気だった頃の彼女が笑っているようなイメージをする自分に笑ってしまった。どうかしてるなと、都合のいい妄想に頼るほど自分が不安定になっていることに気づいて。

 

 もう前を向こう……自分には、面倒ごとがたくさんあるのだから——カゲツはその場を後にした……。

 

 

 

「……あ。結局あの方が誰だったのか聞きそびれてしまった」

 

 

 

 取り残されたソライシはそんなことを言って、廃墟と化した建屋を眺める。

 

 この家も、その周りの家も……かつてはもっと多くの人と子供たちの笑い声で溢れていた。それをもう聴けない寂しさと、年月が経つ早さを実感して——過去を振り返るのもこの辺りで切り上げる。

 

 

 

「——さて。そろそろお仕事に行きますか」

 

 

 

 自分は現在(いま)を生きている——その自覚を原動力に、ソライシは自らの研究のための道のりを歩み出した……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲポケモンセンター——。

 

 

 

「はい——あなたのポケモンは全て元気になりましたよー。またのお越しをお待ちしております♪」

 

 

 

 トレーニングで疲弊したポケモンたちをポケセンで治療した俺——ユウキは、近場のソファに腰掛ける。

 

 このひと月……カラクリ大王さんとツシマさんの合作人形を相手に俺のポケモンたちはぶつかり稽古をしていた。流石に本物のポケモンとは違うが、トレーニングの経験値としては今までの非にならない。その分メモすることも多かった俺は、受付に呼ばれるまで書いていた書き取りの続きを済ませる。

 

 

 

「——あ。そういえば月例報告まだしてなかったな」

 

 

 

 ふと俺は月の初めにいつも行うことを思い出した。それはオダマキ博士から専用マルチナビを貰った代わりに、この旅の間は出会ったポケモンに関する定期的な連絡だった。

 

 博士の専門は『野生ポケモンの分布とその変遷』。忙しい身となってからはミシロに腰を落ち着けているが、できれば自分の足であちこち回りたいらしい。その代わりに俺やハルカには、どんな些細なことでも報告して欲しいと頼まれている。

 

 トレーニングや試合に集中すると忘れがちなのだが、思い出した今のうちに話をしておこう。そう思い、ポケセンに備え付けられたモニター通信内蔵のパソコンの前に行く。マルチナビ経由だと端末で他の画面開けなかったりして面倒なので、月例報告の時だけはこうしてポケモンセンターの通信機を使っているのだ——と。

 

 

 

「——。———。」

 

 

 

 誰かが話していた。後ろからでは女性ということしかわからないが……どっかで見たような?

 

 

 

「——うん。それじゃあね」

 

 

 

 その人は通話が終わったのか、モニターを切って手荷物を肩にかける。振り返って俺の存在に気付き、少し会釈して俺とすれ違った……って。

 

 

 

「——ミドリコさん⁉︎」

 

「——ユウキくん⁉︎」

 

 

 

 そこにいたのはカナズミシティでバイトをしていた時によくしてくれた先輩——ミドリコさんだった。これはまた奇遇な……。

 

 

 

「久しぶりぃ〜♪ 元気してた?」

 

「元気ですよ。こんなとこで会うなんて……」

 

「本当にねぇー!なんか運命的だなぁ〜」

 

「それはちょっと大袈裟かなぁ……」

 

 

 

 少しオーバーなリアクションをするミドリコさんを見て相変わらずだなぁと思う。あれからまだ数ヶ月しか経っていないが、なんだか何年も前のことのように感じる。

 

 

 

「あれから頑張ってるのかなぁ?ちょっと合わない間にたくましくなったんじゃない?」

 

「え、そうですかね……自分じゃわかんないや」

 

「あっ。じゃあせっかくだし、ちょっとその辺散歩しながらお喋りしない?この後予定とかなければだけど……」

 

 

 

 そんな旧友と言うには付き合いは短いミドリコさんが、少し話そうと提案して俺を散歩に誘ってきた。本当はオダマキ博士への報告をするべきなのだろうが、それはまあ後でもできる。その後は少しクールダウンするつもりだったので、そのままミドリコさんの話に乗っかった。

 

 そうして俺たちは、ハジツゲのはずれまで歩くことになったのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ごめんくださーい」

 

 

 

 カラクリ大王工房の戸が、そんな声と共に開いた。中にいたタイキ、それにツシマと大王はそちらに目をやる。そこにいたのは、白衣を着た中年だった。そんな彼を、大王は喜んで迎えた。

 

 

 

「おぉーソライシ殿!待ち侘びておったよ!」

 

「すみません。持ち込まれた隕石の解析に手間取りまして……」

 

「構わんよ。もう()()()()はできている。いつでも出発できるぞ!」

 

「アハハ……いきなりですね」

 

 

 

 握手をしながら話し込むソライシと大王。それを不思議そうな顔で見るタイキは、興味本位で問いかけた。

 

 

 

大王(センセー)。この人は……?」

 

「おおすまん。紹介が遅れたな——この人はソライシ博士。ホウエンに降る隕石研究の第一人者だ」

 

「ソライシ……あ!あなたが“隕石博士”の!」

 

 

 

 大王の紹介でそう驚いたのはツシマだった。彼も研究者として、彼のことは知っているようだ。

 

 

 

「この博士、そんなに有名なんスか?」

 

「ポケモンの放つ生命エネルギーと隕石に宿るエネルギーに関係性を発見したことで有名な人だよ。今や“メガ進化”には欠かせない隕石研究だし、遠方の地方じゃそのエネルギーを使ってポケモンを巨大化させる方法にも彼の論文は使われているとか——」

 

「アハハハハ。そんなに持ち上げられると恥ずかしいなぁ。“電脳生命体”とまで言われるAIを手がけるツシマさんにそう言ってもらえるのは」

 

「え、僕のことなんか知ってくれてるんですかー⁉︎ なんか嬉しいなぁ♪」

 

 

 

 鼻息荒く説明するツシマとそんな彼のことを認識していたソライシは和気あいあいとしていた。それ見て呆気に取られるタイキ。「なんかすごい人たちの集まりになってきた……」——と。

 

 

 

「——でもここにはどうして?大王さんに何か作ってもらってたんですか?」

 

「ああうん。少し採掘用のカラクリをね……」

 

「採掘……?」

 

 

 

 ツシマの質問にソライシが答えている間に、大王は工房の奥から布の被った巨大な何かを押して持ってきた。丈は2メートル弱といったところ。

 

 

 

「あ。それセンセーがずっと手ぇ加えてたやつっスよね?」

 

「ふふふ……我が工房作品の中でもコレは自信作でなぁ。お前たちもせっかくだ!ソライシ殿と共にちょっとしたツアーに出かけようぞ!」

 

「「ツアー……?」」

 

 

 

 ツシマとタイキは興奮気味の大王の提案に首を傾げる。それを受け工房の主はニヤリと笑う。童心に帰った男は、渾身のドヤ顔でかけられた布を取っ払う。

 

 見せられたのは黒光する鋼鉄のカラクリ。その姿は、カントー地方でもよく見るポケモン——もぐらポケモンの“ダグトリオ”に似た姿をしていた。

 

 その存在感に圧倒された一同は、口を開けてそれを見上げるばかりだった。

 

 

 

「——『流星の滝発掘探検!〜埋没する隕石をスーパーマシンで掘り尽くせッ‼︎〜』……唆るだろう?」

 

 

 

 そのまんまのタイトルコールに、冒険の行き先がはっきりと述べられていた。

 

 目的地はハジツゲの南西にある洞窟——“流星の滝”である。

 

 

 

 

 

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“流星”……その名を冠するその穴蔵とは——。

〜翡翠メモ 42〜

治安維持局(セキュリティ)

HLC直轄の治安維持組織であり、プロ資格を持つトレーナーを多く有している。組織をまとめ上げる長官はHLCの役職経験が5年以上の者が就任し、その任を全うする。

治安維持局(セキュリティ)所属の条件として『バッジ取得数7つ以上』と『ジムリーダーまたはHLC監督部署からの推薦』が挙げられ、どちらも凄腕のトレーナーにしか許されていない。それだけこの組織の保有する武力も大きいことはHLCがこれまでホウエンを牛耳る組織として名を馳せた理由に直結している。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第145話 隕石を求めて


最近絵の描きすぎで右手が凝りまくってます。いってぇ。




 

 

 

 ハジツゲタウンの南西に伸びる『114番道路』は、えんとつ山の麓にある山岳地帯を抜ける道だった。土地柄で草木が生えない岩石地帯も多いが、今歩いている場所はまだ自然豊かな姿を見せている。

 

 しかし、やはりというか道の悪さは筋金入りだった。

 

 

 

「おっと——」

 

 

 

 俺——ユウキの横を歩くミドリコさんが、足元の段差に躓いて転びそうになる。もう何度かこうしているのを見ている俺は、反射的に彼女の肩を持つ形で体を支える。

 

 

 

「ありがとう。なんか王子様みたいだね♪」

 

「やめてください。そういうのはどっかの緑色の方がよっぽどお似合いです」

 

「誰のこと?」

 

「いえなんでも……」

 

 

 

 柄にもないことを言われて、友人を人身御供にしてしまった……いかんいかん。というかこの人も無防備なんだよな。簡単に男に体預けないで欲しいというか、いや男性として見られていないのはわかるんだけど、支える側もどう支えたらいいとか下手なとこ触らないというか良い匂いとかすると普通にドキッとするし、その辺のモデルさんとかより美人に見えるんだけど、あ、いやこれは別に一般論の話をしているのであってですね——

 

 

 

「ユウキくんも健全な男の子なんだねー」

 

「ハハハそう言ってもらえると——なんですかいきなり」

 

「いや全部口に出てたよ?」

 

「あ、ちょっと飛び降りてきますんで。道中お気をつけて」

 

「そんなポケセン寄る感覚で身投げしないで」

 

 

 

 どうして脳内の文字がお口にダイレクト流れちゃうんだろ……誰か助けて。俺は多分嘘とか吐いちゃダメなタイプなんだろなきっと。

 

 それはそれとして……俺は今向かっている行き先について思うことがあった。

 

 

 

「にしても、随分変なとこに家があるんですね」

 

「こないだカナズミの部屋は契約切れちゃったからねー。慌てて新居探したから、こんなとこになっちゃった」

 

「ふーん……それはまたご愁傷様です」

 

 

 

 俺たちが今向かっているのは、今のミドリコさんが住む家だった。去年末に買い手がつかずに安値になっていたところに飛びついた一軒家らしいが、それがこんなにも不便な場所だとは思わなかったと嘆いていた。何せこの人、昔事故で負った後遺症で足が悪いのだ。

 

 

 

「でも助かったよ。帰りもまた転んで灰まみれになるの覚悟してたし」

 

「良いように使われたってとこですかね。別にいいですけど」

 

「そんなんじゃないよー!お話聞きたいってのは本当だったし」

 

「それにしたって、簡単に自宅に男あげちゃダメですよ……」

 

 

 

 辺鄙な場所に建っている家なのだから尚更である。前も自宅に招いてもらったけど、俺が男性として見られてないのとは関係なく、この人は警戒心が薄すぎだ。年下の分際で出過ぎた真似かとは思うが、普通に心配になってしまう。

 

 

 

「心配してくれてありがと。誰でもあげてるわけじゃないんだよ?ユウキくんだから……特別♪」

 

「そういうことはニヤニヤしながら言わないでください。からかってんのが丸わかりです」

 

「ぶー。ホントのことなのにー!」

 

 

 

 などと言っているが、特別とか言われると普通にドギマギするのでやめていただきたい。今のは俺、よく平静を保った。頑張ったな。

 

 

 

「——と。着いた着いた!あれが私の家だよ♪」

 

 

 

 気付けば、そんな目的地に辿り着いていた俺たち。外観はなんの変哲もない平家だった。気になることがあるとしたら、外に少し物が置いてあるくらいか。

 

 

 

「ささ。上がって上がって!お茶でも飲みながらゆっくりしていってよ♪」

 

 

 

 そう通された玄関を潜る俺は……なんというか、意外なものを見る羽目になった。

 

 

 

「こ、これは……」

 

 

 

 それは……物で埋め尽くされた部屋。投函物でいっぱいになったポスト。飾り気などまるでない部屋にあるのは埃っぽさ。

 

 ——と。そこは俺を唸らせるような有様だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——いつまでつけてきてんだ」

 

 

 

 ハジツゲの街道で、カゲツは立ち止まって呟く。周囲に人はいない。だがその声ははっきりと背後に向けて放たれた。

 

 数秒の沈黙……その後、街道の木の影から、ひとりの男が現れた。

 

 黒スーツの上に色褪せたトレンチコートを羽織った黒髪の男は、カゲツの声に応じるように姿を見せた。その疑問に答えるために。

 

 

 

「まさかこの私の尾行に気付くとは……さすがは“元四天王”と言ったところかな」

 

「クク……」

 

「フフ……」

 

 

 

 

 男二人は静かに笑う。トレンチコートの男は自分の追跡に気付いた腕を賞賛するように。カゲツはその尾行の手際と男と見る目について——

 

 

 

「——そりゃあんだけあからさまにつけられてりゃガキでも気付くわッ‼︎」

 

「なぬッ⁉︎ 完璧な尾行ではなかったか⁉︎」

 

「このクソ田舎で!白昼堂々物陰でキョロキョロしてる奴なんか目立ってしょうがないわッ‼︎ 他の通行人にガン見されてこっちが迷惑したからわざわざ話しかけたんだぞッ‼︎ 」

 

「こ、この集落の住民は、追跡を看破する目を持っているのか……これが噂に聞くシノビ⁉︎」

 

「あーーーもうめんどくせぇぇぇ!!!」

 

 

 

 全く話が噛み合わない謎の男に頭を抱えるカゲツ。そのふざけた振る舞いに嘆いているが、いい加減話を進めたい彼はトレンチコートに掴みかかる。

 

 

 

「まずは名乗りなッ!人のことコソコソ……というか堂々つけてた理由くらいは吐いて貰うぜ?」

 

「むぅ……こうなってしまっては仕方ない」

 

 

 

 逆にどうなったら予定通りになる手筈だったんだ——とツッコミたくなるが、本格的に話が進まないと思ったカゲツは断腸の思いで言葉を飲み込む。本当は今すぐ殴打してしまいたいのだが。

 

 そんな男の心境など知る由もないトレンチコートは、自分の素性を明かし始めた。

 

 

 

「……私は“ハンサム”——ああ。もちろん本名ではない。これは組織で通しているコードネームだ」

 

「やっぱてめぇこないだ縁日で会ったあいつか……」

 

 

 

 胡散臭い話から、カゲツはひと月前にこの男——ハンサムと出会っていたことを思い出した。しかしこの追跡の下手さに、組織云々の話は全く信用ならないというのがカゲツの見解だったが。

 

 

 

「あの時は済まなかった。だがこちらも秘匿事項を知られてしまったからには、キミのことを調べざるを得なかったのだよ。まさか10年前まで四天王を司っていたとは……おどろいたがね」

 

「テメェが勝手にベラベラ喋ったんだろうが。誰だよこんな無能に人のこと調べさせるとか——」

 

「元四天王。37歳独身。現在HLCより“重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)”指定を受けていて、今はミシロタウンのユウキに技術的指導サポーターとして旅をしている——といったところかな?」

 

「……テメェ」

 

 

 

 行動とは裏腹に、かなり正確な最新のデータまで調べ上げていることにカゲツは心の警戒レベルを上げる。今の自分の情報の中で、もっとも秘匿されている“重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)”というワード。HLCとしても四天王がかつて犯罪に手を染めた経歴をおいそれと流出するはずがないので、その辺りはこのハンサムという男——というより、背後にいる組織の手際であると予想できる。

 

 

 

「悪いとは思ったがね。事実を秘匿しているということは後ろめたい何かがそこにあるということ……私の仕事は、それらから必要な情報を集め、真実に辿り着くことにある」

 

「大層な言い分だが、要は人の粗探し。知ってるか?映画じゃお前みたいなのが真っ先に野垂れ死ぬんだぜ?」

 

「覚悟の上さ……例え業ゆえに地獄に堕とされようとも……それで守れるものがあるのなら」

 

「……守る?」

 

 

 

 人の身辺調査。そしてそれを持ち出してわざわざこちらにコンタクトを取るこの男。そして『守る』——つまり、何か明確に防ぎたい事態があるということをカゲツは嗅ぎつけた。

 

 そういうことを言うのは大抵……お役所の末端だと。

 

 

 

「テメェ……マジで国際警察なのかよ」

 

「ご明察。さすがは四天王。話が早くて助かる」

 

「HLCの犬ならわざわざ調べる必要がねぇからな。となりゃ、外部からの秘密潜入しかねぇ。非合法組織がお前みたいな奴を雇うとも思えねぇしな」

 

「私の聖人君主ぶりすら見抜くとは——」

 

「お前みたいな間抜け雇うほどのアホが悪事なんか働けねぇっつってんだボケ」

 

 

 

 カゲツの予想に肯定するハンサム。若干話が噛み合わないが……。

 

 

 

「しかしそうなると、この辺りに潜入とはまた穏やかじゃねぇな。ここは何もない田舎……本来()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「フフ……良い勘をしている。それでこそ四天王——」

 

「それ毎回言わなきゃ気がすまねぇのか?」

 

 

 

 流石にしつこかったのでツッコまざるをえなかったカゲツ。大抵のことは無視するつもりだった彼の決心を揺るがす(くど)さである。

 

 しかしカゲツの言う通り、何かの潜入捜査となると、もっと人通りの多い都心で行なうのが一般的だろう。潜入というにはお粗末なハンサムの動向から読むのは難しいが、もし額面通り捉えるのなら、やはりハンサム自身が何かを探している様に見える。そんな人物がこんな場所にいるとなると——

 

 

 

「すでに探し物は見つかっていて、あとはそれをどうするのか決めあぐねている——違うか?」

 

「ああ……そこまで話が早いとなると、やはり駆け引きの類は通用しないようだ。単刀直入に言う方がずっと建設的だな」

 

「……要件は?」

 

 

 

 観念したようにお手上げのジェスチャーをするハンサム。その芝居がかった振る舞いにイラッとしながらも、カゲツは核心をついた。

 

 ハンサムは答える。

 

 

 

「協力要請をしたい。ソライシ博士の掘り起こす隕石の回収を——!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星の滝——。

 

 ホウエン最高峰の火山、えんとつ山から流れる溶岩によって形成された天然洞窟。その名の由来は、ホウエンでも有数の隕石落下地帯であることからきている。

 

 長年度重なる隕石衝突により穴だらけになったこの空洞が強固に存在し続けているのは、冷え固まった溶岩の硬さと岩石を主食、分解する野生ポケモンが培った土壌のおかげとされている。そんなこの場所は地質調査や天文学における宝の山となっている。

 

 そこに足を踏み入れたのは、カラクリ大王率いる隕石採掘ツアーに参加した面々だった。彼らはあの巨大な機械を牽引するバギー車に乗り込んでいた。

 

 

 

「うわぁー!でっけぇ滝ッス‼︎」

 

「この辺りは山の水が集まる場所だからね。もっと下に降りると鍾乳石も取れるらしいよ♪」

 

「ガハハハ!安心しろ少年!もっと面白いものを見せてやるからなぁっ‼︎」

 

 

 

 バギーの後部座席に座るツシマ、タイキ、カラクリ大王の3人が窓の外の景色を楽しんでいる。その車を運転する女性——ソライシ博士の助手はバックミラーでその様子を見ていたのだが……。

 

 

 

「あの……博士?もしかしてまだ治ってないんですか……高所恐怖症」

 

「ツ、ツキノくん……あ、安全運転で頼むよ……?」

 

 

 

 助手のツキノは呆れる様に助手席で震えているソライシに問う。彼は重度の高所嫌いらしく、高低差のある流星の滝の光景は、彼にとって目の毒になる。今もバギーが転落する想像をしては顔を青くして縮こまっているのだ。

 

 

 

「大丈夫ッスよソライシ博士!ほら!今から橋通るっスから‼︎ 滝の裏側見れるッスよ‼︎」

 

「た、滝⁉︎ 橋⁉︎——見れな、む、無理‼︎ ちょ、一旦止めて——」

 

「そんな調子では日が暮れますので……ご容赦を」

 

 

 

 タイキが状況を逐一報告するせいで目を瞑っていても恐怖から逃れられないソライシが叫ぶ。しかし無慈悲にも、助手はアクセルを踏むだけだった。ガラガラと走行している砂利道から木製の何かに変わった時……彼は一際大きな悲鳴をあげるのだった……。

 

 そんなやりとりを経て、一行は向かっていたポイントに辿り着いた。車を止めてツアー参加者5名はようやく自分の足で流星の滝に降り立った。

 

 

 

「外よりもあったかいッスねー!むしろ暑い?」

 

「この辺りはマグマ溜まりが近いからね。温められた水がこの時期でも高い気温と湿度を保つんだ」

 

「ソライシ博士、平地だと元気なんだね……」

 

 

 

 平静を取り戻したソライシは持ち前の知識を存分に披露する。あまりの変わり身に一行は苦笑いするしかなかったが。

 

 しかしあまり遊んでいるわけにもいかない。新型の機械でも採掘時間はかなり時間を要するらしく、機械のセッティングは早めにしてしまいたかった大王は、全員に手伝う様に指示を出した。

 

 バギーの後ろに繋がれた荷車に乗せられた黒光りする機械を降ろすタイキと大王。その機械を改めて目の当たりにしたタイキはふと沸いた疑問を口走った。

 

 

 

「センセー。これって普通の掘削機と何が違うんスか?」

 

「よくぞ聞いてくれた少年ッ!!!」

 

 

 

 大王はその質問に意気揚々と答える。機械を支える役目を一瞬で忘れて。

 

 

 

「この“ダクドリオン”——まず従来の掘削機と違う点は圧倒的な3本の油圧ポンプにより力を落とさずに継続的に掘り進められる点!それに耐えうるのはハガネールの耐圧性を参考に作られたこの特殊合金によるドリルと稼働部の強固さ!これにより硬い岩盤すらぶち抜く力を有している!そして極め付けはSOSを応用して各駆動系を電子データ化することで軽量化と掘削時に出る岩や土の運び出しを無くすという画期的な機構!これはソライシ殿の提案と実用化に向けてAI技術による算出を用いて造られたツシマ殿の力作OSが火を吹いたまさに天才3人による傑作なわけであるからして——」

 

「そ……それで……おれ…ひとりでも……ささえられる……ンスね……もうわかったんで……助けてくれッス」

 

 

 

 大王が支えるのをやめてしまったせいで傾いた掘削機、ダグトリオンなるものをひとりで支えるタイキが救援を求めていた。それに慌てた他の面々が力を貸して事なきを得る。

 

 

 

「ゼェ……ゼェ……そ、それで地下深くにある隕石を取り出すってことスか?でもなんでここに隕石が埋まってるっわかるんスか?」

 

「うーん。こればっかりは僕の勘というしかなくてね。そこは根拠なくて……」

 

 

 

 タイキの質問にソライシは歯切れ悪く答えた。それで首を傾げていると助手のツキノが助け舟を出した。

 

 

 

「博士は生まれつき“隕石の磁場を視認する能力”があるんです。ポケモンにも一部そのような力が備わっているというのですが、検証結果でその能力が保証されているんです」

 

「ポケモンの力って……もしかしてそれ、固有独導能力(パーソナルスキル)じゃ……⁉︎」

 

「キミも能力のことを知っているのか?」

 

 

 

 タイキは自分の見聞きした能力と繋げてもしやと思い聞いてみると、ソライシもやはりその能力のことを知っているようだった。

 

 

 

「俺じゃないっスけど。一緒にいたアニキとししょーが使えるんス!まさか学者さんにもいるなんて思わなかったッスけど」

 

「アハハ。僕の場合は隕石に特化しているからね……バトルに使おうだなんて思ったこともないよ」

 

「でもそうだとしたら、ソライシ博士もポケモン持ってるんスか?」

 

「うん……ちょっと人見知りだけど——」

 

 

 

 ソライシはそう言うと、持ってきたバッグの中からモンスターボールを取り出した。それからボールを放り投げ、中から1匹のポケモンを呼び出す。

 

 出てきたの黒ずんだ小さな体。頭には真珠の様に綺麗な桃色の玉を乗っけており、それらの体をバネの様な尻尾で支えている——バネブーと呼ばれるエスパータイプのポケモンだった。

 

 

 

——ブ、ブビィ……?

 

「あ、あぁ怖がらせちゃったね。いきなりでごめんよバネブー(トンキー)

 

 

 

 現れたばかりのトンキーは周りに知らない人間ばかりのところに放り込まれて怯えてしまい、ソライシの後ろに隠れてしまった。このポケモンが、ソライシの固有独導能力(パーソナルスキル)を支える相棒のようだ。

 

 

 

「うわぁーバネブーだぁ!可愛いですね!」

 

「こんなちっこいのに固有独導能力(パーソナルスキル)を支えてくれるんスねー!なんか健気でいいなぁ〜♪」

 

「これお前たち!そろそろやらんと間に合わんぞ!マジでッ‼︎」

 

 

 

 トンキーの愛らしさに感動するツシマとタイキだったが、自分の世界から帰還した大王によって作業を急かされる。

 

 これにて本格的な隕石の掘り起こしがスタートする。この場の全員が、まだ見ぬ宝を想像しながらも……その真の価値を知る者はいなかったが——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——そっかぁ。プロになれてからも大変だったんだねー」

 

 

 

 ミドリコさんの自室——2人掛けのソファに俺が一人座り、対面にミドリコさんを置きながら、俺はこの旅であったことを彼女に掻い摘んで話した。あくまでプロとしての旅の側面だけを話しているので、カゲツさんやフエンであったことなんかは伏せてはいるけど。

 

 そんな話をしながら、ミドリコさんの用意してくれた紅茶を啜り……ちょっと考える。

 

 

 

(この部屋の惨状は……前来た時とはまるで別人の部屋だな)

 

 

 

 俺は当たり障りのない受け答えをしながら、本心は常に散らかされた部屋に注意が向いていた。

 

 単純に散らかっているというよりは、物が多すぎてごった返しているって感じだった。カナズミの部屋にお邪魔した時は女性らしく可愛らしい置物とかがあったので、オシャレには気をつかうタイプだと思ったのだが……引っ越ししたてで片付けが追いついてないのかもな。

 

 流石に直接指摘するのも憚られるので言わないことにする俺。薮は突かないのに限る。

 

 

 

「そういえばミドリコさんは今何してるんですか?」

 

 

 

 俺は一通り話し終えたあたりでミドリコさんの近況を問う。彼女も前はトレーナーとして旅をしていた。まだ足の調子はよろしくないみたいだから休養しているんだろうけど、その後は何も進展がなかったんだろうかと気になった次第だ。

 

 

 

「私は……残念ながらユウキくんほどの大冒険はしてないよ。あれからずっとカナズミでバイト三昧して、マンションの契約切れたからこっちに移って……アハハ。なんかつまんないね」

 

「いやそんな……」

 

 

 

 うっ……こっちはこっちで地雷だったのか。彼女自身、足の怪我で文字通りの足止めを食らっているんだ。焦ってないわけがない。俺の身の上話なんて余計にダメだったんじゃなかろうか?

 

 そんな気まずさでしばらく沈黙が流れる。完全に話題選択をミスった俺は、あーだのうーだのと考えながら部屋中を見回す。

 

 俺たちが使っているのよりも背の高いテーブルの上には何かしらの書類と機械の山。ポケモンに関するものだろうか?家具も小綺麗ではあるけど、特に飾り気がない感じ——ん?そういえば引っ越しの時に前の家具はどうしたんだ?

 

 

 

「ミドリコさん、前にお邪魔した時と家具が違う気がするんですけど……」

 

「あー。この家に元々置かれてたのを使わせてもらってるの。向こうで使ってたの持ってくるの大変だったから処分してね」

 

 

 

 俺の質問にミドリコさんは軽く答えた。確かに引っ越し業者に頼むと支払いも多くなるし、負担をかけない意味でも良い決断だった……と思う。

 

 でも……なんか違和感が……。

 

 

 

「んじゃお茶入れ直すね……あ、なんかおやつあったかも。甘いのいける?」

 

「え?あ、はい……」

 

 

 

 俺が考え込んでいると、沈黙に耐えかねたのかミドリコさんが立ち上がって近場の冷蔵庫まで行った。深読みのしすぎだろう……俺の疑問にそう結論付けてミドリコさんかま冷蔵庫を開けた時だった。

 

 ——絶対におかしいものが目に映った。

 

 

 

「……あ」

 

「ん?どうかした?」

 

 

 

 その時俺は……この部屋に入った時からあった違和感に気付いた。その根拠も。

 

 俺は立ち上がって目だけを泳がせる。部屋の隅々を見渡す視線を、ミドリコさんに気付かせない為に。

 

 そして……重かった口を開く。

 

 

 

「あの、コーヒーを入れて貰えます?」

 

「ん?了解した!ブラックだったっけ?」

 

「いや……牛乳入りでお願いします。紙パックの普通のやつ」

 

「うん?わざわざ指定するなんて、さてはまたこだわりがあるんだな少年——」

 

 

 

 俺をからかうように喋っていたミドリコさんの口と手が止まる。伸ばす手の先にある牛乳パックを見て。多分……自分のミスに気付いたんだ。

 

 

 

「……そうですよね。足の悪いあなたがわざわざハジツゲまで来たのは、買い物のため。特に保存期間が短い牛乳なんかは買い溜めが効かない分、買いに行く頻度は高くなる」

 

 

 

 優先順位が高い買い物であるのは間違いない。この家に既に牛乳が入っている冷蔵庫があるのだから、今回もきっと買いに出掛けているはずだ。

 

 なら……今日買った分は今どうしてるんだ?

 

 

 

「データストレージに入れて持ち運んだのに、あなたはこの家に帰ってから一度もそれらを見せてない。冷蔵庫だって今初めて開けたんです。それなのに……その冷蔵庫の中身は買い物してすぐみたいにいっぱいになってる」

 

「…………」

 

 

 

 俺の推理にミドリコさんは答えない。それは俺の違和感に対する回答を探しているのか、それとも……。

 

 

 

 

「おかしいことはまだある。さっき家具は向こうで処分して、ここに備え付けられたものを使っているって言ってました。でも……長い間買い手が付かなかった家の家具が、こんなに状態がいいことなんてあるんですか?」

 

 

 

 家具類はほとんど木製だった。木は日焼けしやすいし、この家は遮光を徹底しているわけでもなさそうだ。余程大家が入念に手入れしていれば話は別だが……安値に引き下げている点を踏まえると、この物件を持て余していると考えて良いはず。そんな人間が、甲斐甲斐しく誰も住まない家の手入れをするとは思えなかった。

 

 

 

「極め付けはドアに詰められた投函物。よく考えたら、去年末に入ったばかりのあなたにこんなに投函される物があること自体がおかしい……いくら面倒くさがりの人でも、何も届かなければポストが散らかることなんてない」

 

 

 

 ミドリコさんはまだ答えない。沈黙はそのまま俺の仮説に信憑性を持たせた。もしかして……この人——いやこの家は……。

 

 

 

「ミドリコさん……ここ、本当は誰の家なんですか?」

 

 

 

 ミドリコさんは冷蔵庫の扉を閉じて、ゆっくりとこちらに振り返る。その顔は……もう俺の知っている先輩の顔じゃなかった。

 

 妖艶な笑みを浮かべる……本性の顔だった。

 

 

 

「中々の読みね。関心したわ」

 

「そりゃどうも……わざわざ人を騙してまでこんなとこ連れ込むってことは……やましい事でも話したかったんですか?」

 

「ふふふ。どうかしらね……」

 

 

 

 豹変した彼女の視線が僅かに上に向く。だがその機微を見逃すはずはなかった。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)はもうとっくに発動しているのだから——。

 

 

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 俺は天井から来るであろう攻撃に備えて、既にボールをひとつ背後に転がしていた。その中から飛び出したジュプトル(わかば)が、空中にいた何かを捕まえて床に押さえつける。それを見て……予想通りの獲物がかかったことに安堵する。

 

 正確に見えたのは赤色のギザギザ——かつてとある品を巡って戦った時に、女泥棒が使用したポケモン、“カクレオン”の特徴だった。

 

 

 

「死角からの奇襲にも見事に対応。私と話している間に見つけたのね。カクレオン」

 

「妙に物が多かったのはこれをカモフラージュするためだったんだな……見つけるのに苦労したよ」

 

「ふふふ……あの頃よりもさらに強くなってる。ますます関心するわ♪」

 

「あの頃……やっぱりあんたあの時の——」

 

「ふふふ。()()()()()()()()()

 

 

 

 彼女が笑うと、俺は首筋に冷たい感触を感じた。ハッとして目だけで自分の体を見ると……そこには透明な何かがいた。

 

 嘘だろ……まさか、もう1匹——⁉︎

 

 

 

「——初めから1対1だったなんて……案外可愛い思い込みもするのね。あなたも」

 

 

 

 

 その声は目の前の女性からじゃなかった。もう1匹のカクレオンに喉元を抑えられ、動けない俺の背後からかけられた言葉は、そのままこちらの爪の甘さを指摘している。

 

 そうか……この人には仲間がいたのか……。

 

 

 

「久しぶりねユウキくん。あの時は名乗れなかったけれど。改めて自己紹介するわ」

 

 

 

 背後の女性らしき声がそう言うと、喉に爪を立てていたカクレオンがスッと俺から離れた。それでようやく俺も身動きが取れるようになり、振り返る。

 

 そこにいたのは銀髪の女性だった。背は俺より少し高いくらいか。動きやすそうな黒色のタイツとシャツがスタイルの良さを魅せつける。その外見年齢から、思ったよりも若い二人組であることが窺えた。

 

 

 

「——私はリオン。そっちの腹黒は私の姉よ」

 

「腹黒とは失礼ね……ザンナーよ。ミドリコは私が仮で使う偽名ね。騙してたこと、ごめんなさいね」

 

 

 

 今度はミドリコさんの姿をした女性が髪を解いて羽織っていた上着も取っ払う。すると妹とは対照的な金髪をボリューミーに盛った姿に姿を変えていた。

 

 リオンとザンナー……そう名乗る2人は毒気を抜かれるようなフランクな話し方で俺に接してきた。ここから俺は拘束でもされるのかと身構えていただけに、拍子抜けだった。

 

 

 

「ねぇ。怖かったのはわかるけど、こちらに敵意がないのはわかったでしょ?できればウチの子を離してあげて欲しいんだけど……」

 

 

 

 ザンナー……さんにそう言われて、俺は少し考える。さっき俺の首にカクレオンを突き立て続けなかったのは、先に解放することで俺に誠意を見せるためだった……ということか。最初に騙して連れてきているので信用はしにくいけど、おそらくこういうパターンは何か話があって連れてきたに違いない。

 

 俺はわかばに目配せをする。それを受けてわかばも取り押さえていたカクレオンを解放した。

 

 

 

「ね、聞き分けもいいの。姉さんも気にいると思って推薦した私の目に狂いはなかったでしょう?」

 

「あんたが珍しく他人を使おうっていうからびっくりしたけど……まぁこれなら合格かなぁ。あと可愛いし」

 

「あの…話が見えないんですが……」

 

 

 

 俺の話をしているのに、俺のことを置き去りして会話が進む……なんなんだこの2人は?少なくとも片方は森でバチバチに戦った相手なだけに俺としては気が気じゃない。

 

 そんな戸惑いを見せる俺を見かねたリオンさんが事情を話し始めた。

 

 

 

「フフフ。私、あの森でデボンの荷物を取り合ってからあなたのファンになったの♪」

 

「とてもそうは思えないんですが……」

 

「ふざけてるわけじゃないわよ?ただその能力を姉にも知ってもらうには、直に目で見せないと信じてもらえなかったのよ。今回はそのテストってとこかしら」

 

「テストって……じゃあ今のやりとり全部……⁉︎」

 

 

 

 つまり今までミドリコさん——もといザンナーさんが仕掛けた行動は全部俺を試すため。俺が仕掛けられた罠に気付くかどうかとか……その辺りを確認していたんだろう。

 

 じゃあ自信満々に披露した推理も、この人たちが俺にわざと気付かせるために用意したヒントありきってことかよ。

 

 

 

「とんだピエロだ……」

 

「まぁまぁ。実際用意したヒントだってひとつ見つけられればそれで充分だったのに、ほとんど当てちゃったんだもの。普段から目ざとく周りを見ているのがよくわかる素晴らしい観察眼だったわ」

 

「ハハ……本職泥棒に言われてたら世話ないです」

 

 

 

 俺が肩を落として卑屈になっているのを面白そうに見る姉妹。いい性格してるのはわかったけど、にしたってこれは何のためのテストだったんだ?実力を見せて欲しいと言われても、人並みの推理をひけらかしただけで何になるのか、俺には皆目見当もつかなかった。

 

 

 

「そうね……本職泥棒としてはあの日のリベンジでもあるのかしら。今度は間違えないように」

 

「リベンジ……?」

 

 

 

 リオンさんが言っているのはやはりデボンの荷物を巡ったあの事件だろうか。しかし襲う意思がないと言っておきながら今穏やかじゃないことを言う理由がよくわからない。何が言いたいんだ?

 

 

 

「そう……デボンの時はあなたという不確定要素が介入するリスクを軽んじていた。だから余計な仕事が増えた上に酷い目にもあったんだから」

 

「それで今度は俺を抑えることにしたってわけですか……ってことは、また盗みを働くってこと?」

 

 

 

 それは俺にとって看過できない話だった。いくら向こうが友好的にしたいと思っていたとしても、目の前で犯罪宣言されてしまえば俺も黙っているわけにはいかない。その問いに答えたのは……ザンナーさんだった。

 

 

 

「勘違いしないで欲しいのは、別に他人の物をとって至福を肥やしたいわけではないってことかしら。あのデボンの荷物だって、中身を知ればあなたも気が変わったかもしれないのだから」

 

「中身……?」

 

 

 

 確かに俺はあれがなんだったのかを知らない。何せ持ち主はあのデボン社。俺みたいな一般人が知っていい話じゃないだろう。それを知ってるというのか?ていうか聞いてもいいのかこれ?

 

 様々な疑問と迷いが生まれる中、リオンさんは笑顔をやめて真剣な眼差しになる。これから話すことが、とても大事なことだと俺は肌で感じ取った。

 

 

 

「姉さんが今言ったことを知りたければ教えてあげる。でも交換条件があるの……」

 

「その条件は……この件に関して邪魔をしないこと?」

 

 

 

 話が早い——そう頷くリオンさん。

 

 

 

「知ってしまうとそれはそれで悩みの種になり得るけれど。あなたは少し危うい位置にいる。さっきは実力を見るみたいに言ったけど、本音は冷静に話し合えば……私たちの言い分も理解してくれると信じるための小芝居だったのよ」

 

「…………」

 

 

 

 目的は俺にこれから起こる事件に首を突っ込ませないこと。その為の交渉の席を用意したっていうのが全容だった。それを確認した上で俺は悩んでいた。

 

 盗みを行う人たちを信じるなんて正直どうかしている。こんなことが許される理由なんて俺には思いつかない。でも、ここまで前提を聞かされるとそれを聞かないということも難しい。

 

 何より、俺という世間知らずの子供を一人の人間として扱い、こうして話し合いの場を設けていることにある種の誠実さを感じた。これは勘だけど、純度100%の悪人というわけじゃない気がする。それを、できれば俺も信じてあげたい。

 

 

 

「——わかりました。お聞きします」

 

 

 

 俺は2人の邪魔をしないことを条件に、話を聞くことにした。ザンナーとリオン。彼女らが何を知っているのか。自分の知っていることと何が違うのか——その見極めをする為に。

 

 

 

 

 

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思惑は巡る——。

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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第146話 姉妹の正体


すみません。前回から登場している怪盗姉妹の姉の方でミスがありました。正しくは「ザンナ」ではなく「ザンナー」らしいです。ごめんなさい。

映画ポケモンで登場する怪盗姉妹のお二人ですね。もう20年以上も前の映画とか信じられませんな……アーロンさん以来の、劇場版から輸入したキャラです。




 

 

 

 流星の滝で地中奥深くにある隕石の採掘を始めたカラクリ大王たち。それぞれ専門家が技術を出し合って造られた新型採掘機“ダクドリオン”はソライシの固有独導能力(パーソナルスキル)で示された場所にセットされ、稼働を開始していた。

 

 機械の真下にドリルが突き立てられ、ものすごい速さで直下堀りしていくのを見て、タイキは改めて感心する。しかしある疑問も湧いた。

 

 

 

「すごいっスね……でもこんなんでそんな下にある隕石まで掘り抜けるんスか?」

 

 

 

 機械の全長はどんなに見積もっても2メートルがいいところ。確かに軽量化とコンパクト化によって取り回しが良くなってはいるのだろうが、肝心の目的を達成するスペックがあるのかどうかは、素人の彼にすると怪しく感じた。それに答えたのは、ダグドリオンの操作パネルで作業をしていたツシマだった。

 

 

 

「ドリルもSOS——“ソリッドオーバーストレージ”に格納してるんだよ。この採掘機はデータストレージにそのスペックを全振りしてるからねぇ。簡単に言うと、重いものは全部データにしちゃえば万事解決♪——ってことだね」

 

「ほへぇ〜。理屈は全ッ然わかんないっスけど、便利なもんッスね!」

 

「う、うーん……僕ら天文学者は専門じゃないからなんとも言えないけど、普通そんな使い方できないと思うよ……?」

 

 

 

 タイキがまた感心していると、今度はソライシと助手のツキノがその技術に微妙な反応を示す。

 

 

 

「え、でも使えてるじゃないッスか」

 

「それが凄すぎなんだよね……SOSって結局物体をデータに、データを物体に変えるスーパーテクノロジーなんだけど、ドリルの全部をデータから取り出すんじゃなくて、一部分だけを実体化させるなんて聞いたことないよ」

 

「しかもパワフルに回転する重機を……ですからね。掘り起こした砂礫もデータ化してストレージ保存するといっておりましたが、データ化するにはある程度その品の仕分けが必要です。それこそ分子レベルで色んなものが混在しているものを……どんなAIならそんな区別つけられるんです?」

 

「それを可能にしているフレームと駆動系を作った大王さんと制御プログラムを組んだツシマさんは……ちょっと同じ人間とは思えないね」

 

「な、なんかわかんないッスけど……やばいってことッスね」

 

 

 

 2人の有識者によって明かされた大王とツシマの常識はずれ具合にタイキも理解を諦めはじめた。こういう時、無理に自分の尺度で天才を測ろうとしても無駄であることを彼は知っていたからだ。

 

 そんなやりとりを経て、しばらくは機械が掘り当てるまでやることがないタイキは、流星の滝を見回していた。

 

 

 

(……そういえば流星って……カゲツさんが言ってたっスね)

 

 

 

 思い出していたのは初めてカゲツと会ったキンセツシティでのあの独白。彼の関わったホウエン全土を揺るがす“二千年戦争”——それを引き起こした団体の名前が“流星の民”であること。

 

 タイキが学校(スクール)カリキュラムで学んだ歴史で覚えているのは、そんな戦争が自分の生まれる少し前にあったというくらいだった。そこで教師が教えるのは、そうした歴史の上で立っている現代社会の有り難さや過去を学んで人の痛みを覚えるようにという曖昧でどこか他人事のような教訓。彼自身、本当にそんな争いがあったことすら疑問に思えるくらい現実味を感じていなかった。

 

 それがカゲツとの出会いと生い立ちを聞いてから変わる。その爪痕は未だ濃いのだと。それを漠然とわかっているからこそ、タイキは時折そのことを思い出して、ひとつの疑問にぶつかるのだった。

 

 

 

(そもそもなんで流星の民はあんなことしたんスかね……世界が滅ぶ一大事だって言うなら、政府に認められなくても他にやりようがあったんじゃ……ていうかその後残った流星はどこに……?)

 

 

 

 その同じ名前を持つこのダンジョンを見回して、タイキはまさかなと思う。結局自分の知恵で考えられるのはここまでであることを弁えている彼は、浮かんだ疑問に蓋をして、今は目の前のことに集中しようと考えた。

 

 そう——思った時だった。

 

 

 

——ドォォォオオオン!!!

 

 

 

 洞窟にその音は反響した。岩たちを震わせるその重厚な破壊音は、採掘チームを一気に警戒体制に入らせる。

 

 

 

「なんだ……この爆発音は⁉︎」

 

「ヒィ〜〜〜‼︎ 何⁉︎ どしたの急に⁉︎」

 

「いきなりなんスか⁉︎」

 

「ツキノくん!ダグドリオンを一旦停止!機材に影響がないか調べてくれ!」

 

「わかりました……!」

 

 

 

 急変する事態に慌てる一同。しかしこういう事態には調査に慣れている人間ほど対応が早かった。

 

 いくら整備されたダンジョンといえどここは野生のテリトリー。もし何か騒ぎが起これば、すぐに撤退するという引き際を見極めるのも探索者に求められる技術。それをわかっているソライシとツキノは稼働中のダグドリオンを非常停止させた。

 

 

 

「ツシマさん!音の発生源と種類はわかりますか⁉︎」

 

「ヒィ〜〜〜今やってるぅぅぅ!なんか燃焼系の爆発っぽい‼︎ あと音源はまだ遠いのかなぁ……洞窟内からした音じゃなさそう⁉︎ わかんないけど‼︎」

 

 

 

 ツシマは喚きながらも、いつの間にか取り出していた集音機材を使って離れた場所の状況を把握しつつあった。それによると、洞窟外でポケモンが暴れているとのことだった。

 

 

 

「燃焼系……?この辺りでそれができるポケモンといえばソルロックか……」

 

 

 

 大王が仮説に挙げたのは隕石ポケモンの“ソルロック”——太陽の姿に似ており、時折体内エネルギーを熱に変換して放つ習性がある。それらが外で暴れているのだとしたら納得もできるのだが、それを否定したのはソライシだった。

 

 

 

「いや……ソルロック、及びその対になるルナトーンはこの洞窟内でのみ活動をするポケモン。余程のことがない限り外に出ることはないはず」

 

「じゃあ……この音は一体なんスか……?」

 

 

 

 その可能性がないとなると答えは出ない。少なくとも近くで危険な技を使うポケモンがいるとわかった以上、このまま採掘を続けるわけにもいかなくなった。それを踏まえて、ソライシは大王に掘削作戦から撤退する旨を伝えようとした——その時。

 

 

 

「——なんだ今の爆発は⁉︎」

 

 

 

 この場の誰でもない男の野太い声が響いた。それはタイキたちより少し高い場所で見下ろす人影から放たれていた。その影は……3人分。

 

 

 

「貴様ら!この神聖な土地で何しとんじゃッ‼︎」

 

「そ、その地面掘ってるヤツはなんなのら⁉︎ まさかお前ら、里に悪さしようってのか⁉︎ そんなのら⁉︎」

 

 

 

 最初に声を上げたと思われるふくよかな男。荒々しくこちらに敵意を剥き出す髭面の男。そして少し腰のひけた様子の黒い髪の男——その3人は、差異はあれど似たような……古風な見た目をしていた。

 

 

 

「なんスかあいつら⁉︎」

 

「いや……あの装いに見覚えがあるぞ……しかし、()()()()()()()()()()⁉︎」

 

 

 

 タイキが驚いていると、大王が驚いたように彼らの素性を考察していた。そして、この場所に現れることなど、本来あってはならないと目を見開く。

 

 

 

「あの衣装……それにこの洞窟にいるとなると——彼らはやはり……!」

 

「うん……鉢合わせることはできればないことに越したことはなかったんだけどね。彼らは——」

 

 

 

 ソライシとツキノはその姿を見て、温厚だったその顔に僅かばかりの敵意を滲ませた。

 

 20年以上前にあの最悪の戦争を作り出した張本人たち。その残党の者たち。それは——誰もが知り、誰もが忌諱する存在だった。

 

 

 

「——流星の……民ッ!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 リオンさんとザンナーさん……正体不明の2人が提示してきたのは、彼女たちが持つ情報だった。過去に一度、俺に強盗作戦を止められた2人が今度こそ邪魔をさせないために、事情を話すということだった。

 

 それを聞いて俺が納得できるのかどうかはわからないけど、無理やり俺を拘束しない辺りに誠意を感じてしまった俺は、もう無碍に断ることもできないでいた。そんな情報提供の最初は……リオンさんがテーブルに置いたそれについての説明からだった。

 

 黒色の輪っか……どこか機械味のあるそれは、ちょうど人の首周りくらいの大きさだった。

 

 

 

 

D-RinG(ディーリング)——装着者は同じ物をつけたポケモンを文字通り意のままに操る違法持ち物(ギア)よ」

 

「…………は?」

 

 

 

 リオンさんが急に見せてきた物の説明は、のっけから俺の理解を置き去りにした。な、なんだこれ……今までの話の脈絡とかどこいった?

 

 そう戸惑っている俺を見かねて、ザンナーさんが助け舟を出す。

 

 

 

「リオン〜。これは前置きだってちゃんと説明してから話さないとわかんないわよ?ごめんねユウキくん。この子天才肌だから時々脈絡すっ飛ばすから」

 

「う……わかったわよ」

 

「天才肌……」

 

 

 

 なんかそれはわかる気がする。カゲツさんとかもそうだけど、俺ら凡人に理解させる気はないんだよな。この手合いは。

 

 ともあれ、今から話すことの根本になることを話してくれているようだ。ここは一通り聞いて、そのあと疑問に思ったことを聞くべきなんだろう。ちょいちょいザンナーさんが助けてくれれば……いけるはず。

 

 

 

「ゴホン!——それでこの持ち物(ギア)なんだけど……今聞いた通り、ポケモンの意思を完全に殺して操り人形にできてしまう非人道的なアイテムなの。これが今、世間に出回ってるのよ」

 

「仕組みとか……どうなってんですか?」

 

「ふふふ……あなたも使ってみる?わかるかもよ♪」

 

「そ、それは遠慮しとく……」

 

 

 

 恐ろしい提案してくるなザンナーさんも……しかしこんなものが世間に出回ってるとか——え、いやまさかホウエンでも?

 

 

 

「私たちはホウエンで出回ってる分の回収班ってところ。“国際警察”って言えばなんとなくわかるかしら?」

 

 

 

 そう言って見せてきたのは2人の顔写真付きの証人デバイスだった。国際警察って……また俺の理解が置いていかれるワードだぞ。

 

 

 

「ちなみにあと2人仲間がいるんだけどね。まあそっちの紹介はおいおいするとして……話を戻すけど、このD-RinG(ディーリング)はとある組織が研究していたデータを元に作られた特殊な持ち物(ギア)なの……かなり遠い地方での話だけどね」

 

「そんなものが今は裏の世界でジャンジャン作られては、心に隙のあるトレーナーに高額で売りつけられているってわけ。何せ機械そのものの仕組みはちょっと家電に詳しい人間なら作れてしまうものらしいし……機械に埋め込まれている“宝石”さえ手に入れば流通も容易なのよ」

 

“D結晶”よ。姉さんは相変わらずアバウトなんだから」

 

「つまりそのD結晶とかいうのを押さえれば、この機械の流通を止められる……ってことですか?」

 

「話が早いわね〜。その通り♪」

 

 

 

 しかし今の話を聞く限り、既に相当数のD-RinG(ディーリング)が出回ってるんだろう。あまり考えたくはないが、プロの中にも……いや、プロだからこそ使いたくなる人間がいる可能性が高い。

 

 

 

「まぁバトルを生業にするあなたには刺激の強い話だったかもしれないけど。このD-RinG(ディーリング)……実はあなた、既に見ているのよ」

 

「俺が……これを……?」

 

 

 

 リオンさんはそう言うが、俺にはそんな心当たりはない。知らないうちに出会っていた人が使用していたとしても、それらしい人なんて記憶にはない。

 

 いや……待てよ……。

 

 

 

「そういえば……ダチラの首に似たようなのが——まさか!」

 

 

 

 俺は脳裏によぎったにやけ面を思い出し、このリングに出会った時の事を思い出した。そして俺がはっきりと言う前に、リオンさんは頷いてその思いつきを肯定する。

 

 

 

「ダチラに力を貸していたフーパという幻のポケモン。あれからHLCの取り調べで、その輪っかで操っていたことがわかったわ。どれほど強力なポケモンでも、心を閉ざして精神を乗っ取ってしまえば自在に操れるのがD-RinG(ディーリング)というものの恐ろしさよ」

 

「なんか……ますます冗談みたいな話になってきましたね」

 

「あなたが信じるかどうかは関係ないわ。実際に多くのポケモンとトレーナーを蝕んでいる……それが事実である以上、私たちは手段を選んでいる余裕はないの」

 

「……その為にデボンの荷物を奪ったり、これからも何かしようって言うんですか……?」

 

「はいはい2人とも。私たちが熱くなってどーすんの。生憎このあと予定があるんだから、喧嘩してる暇ないわよ」

 

 

 

 俺とリオンさんが若干険悪なムードになったのを察知して、ザンナーさんが止めに入る。確かに……話はやっぱ全部聞いてからだった。

 

 

 

「すみません……」

 

「あら、ユウキくんの方が大人ね」

 

「わ、悪かったわよ。確かに時間もあまりないし、少し巻きで話すわ」

 

 

 

 そう言って、今度はデバイスで何かのデータを見せてきたリオンさん。そこには……多分だけどD-RinG(ディーリング)についての資料が映されていた。

 

 

 

「これに使われている部品……特にさっき言ったD結晶から溢れるエネルギーを制御しているものが、過去にデボン製品に組み込んで使用していたものと一致したの」

 

「デボンの……⁉︎」

 

 

 

 話はいきなりデボンと繋がった。いや、それだけではなんとも言えないけど……マジか。

 

 

 

「世に出回った部品をバラして使っている可能性とあるけど、デボン製として売られていた商品はごく短い期間でしか販売されていなかった。その時はポケモンの指導矯正用の音波を発生させる機械だったはずだけど……試験的な販売を最後に再販は行われていない」

 

「つまり……そんなレア物の中古から作っているとしたら数が合わない……どこかで新しく作ってるはず……ってことですか?」

 

「それがデボンなら話は早いでしょう?他にも考えられる可能性はあるけど、一番臭いところは一番最初に調べるのは自然。そして潜入して調べていたのが、あなたがカナズミにいたあの時期ってわけ」

 

 

 

 それでザンナーさんはフレンドリーショップの店員“ミドリコ”に化け、人畜無害な一般人になりすましながらデボン周りを調べていたらしい。リオンさんは利用できそうな人材を集めてあの日に強盗計画に至ったという話だった。しかしそうなると、あのデボンの荷物の中身が、証拠の品ってことか?

 

 

 

「あの時盗み出そうとしたのは、やっぱりそれに関係する物だった……?」

 

「うーん。それだったら話は簡単だったんだけどね〜」

 

 

 

 俺がした質問はどうも的外れらしく、ザンナーさんは苦笑いしながら話をリオンさんに振った。

 

 

 

「姉さんがデボン社に潜入して調べ物をしていくうちに、D-RinG(ディーリング)製造方法とは別の計画を見つけちゃったのよ。カイナシティにあるクスノキ造船所とのコラボ計画——新型潜水艦の設計図をね」

 

「新型……潜水艦……?」

 

 

 

 こ、今度はまた話が横跳びした。どうやら本命で調べていたものと同等かそれ以上なものを見つけてしまったようだ。そして、優先されたのはそちらになったとのこと。

 

 

 

「設計図を見るに、かなり深い水深のものを調べる為に作られているみたい。とんでもなくパワーのある掘削機まで取り付けてね……デボンはその動力系の開発をしていたみたい」

 

「普通じゃあり得ないエネルギー効率のエンジンを取り付ける予定だったらしいんだけど、肝心のエネルギー源についてはその設計書にも載ってなかった……計画内容もメディアには伏せた状態。そして社内の誰も知らない品をひとつ、このご時世にデータストレージにも入れない原始的な陸路で送られるなんて……流石に中身を改めずにはいられなかったのよ」

 

「そ、それにしたって強引というか……こういうのって令状とかないと普通に犯罪ですよね?」

 

「あら。法なんて海を越えれば何の意味もないわよ?なんのための国際警察だと思ってるの……法の外からの介入が目的の組織なんだから☆」

 

 

 

 今一番聞いちゃダメなこと聞いた気がする。「なんだから☆」じゃないだろ。

 

 

 

「姉さんはその辺大雑把過ぎ!デボンの潜入だって下手すれば国際問題になりかねないんだから……その為に現地のチンピラ集めて動機作りまでする羽目になったのよ?」

 

「それもこの子のせいでぜーんぶパァになったものね」

 

 

 

 え、もしかしてそれも俺のせいなの?ちょ、やめて?そんな今すぐこの場で殺してやろうかと言わんばかりにガン飛ばすの。知らんかってん……。

 

 

 

「はぁ……ともかく。デボンの動きは明らかに怪しい。でも決定的な証拠は特に見つけることもできなかった。デボンもあれから警戒強めちゃったから再潜入ってわけにも行かなくなったしね……そうして私たちの捜査も行き詰まってたの——D-RinG(ディーリング)繋がりでさっき話に出たダチラという男——正確にはその裏の組織、“デイズ”と呼ばれる正体不明の集団に行き着くまでは」

 

「“デイズ”……?」

 

 

 

 それがダチラのバックにいる組織の名前らしい。またきな臭い話になってきたな。

 

 

 

「由来不明、構成員不明、規模も目的もまるでわかっていない……霞のような存在よ。情報も噂止まりのものばかりで、そのどれもが人を傷つける事を厭わない連中であることを指している——っていうのがついこないだまでの話」

 

「まさかその構成員が捕まるなんて思っても見なかったわ。しかも幻のポケモンまで連れて……やってくれるわねあなた」

 

「へ?俺ですか……?」

 

 

 

 いや、確かに直接バトったのは俺だけども、拘束したのはマグマ団だし……それでも一応助力にはなってるならいいか……?

 

 

 

「そんなこんなで“デイズ”という存在がHLCに発覚した以上、国際警察はその対応を見守る指示を出してきたわ。これでD-RinG(ディーリング)騒動の方はある程度国内の組織に任せておける……それで今私たちは残った懸念であるデボンの計画を調べているの。そして今度は、エネルギー資源採掘のために、この先の“流星の滝”に人員を派遣していることがわかったわ」

 

 

 

 デボンは次に何かを欲していて、その為に洞窟の資源を漁りにきたということか……ここまで聞けば、あとはこの2人が何をしたいのかも見えてくる。

 

 

 

「その資源を……今度は回収したいって話ですか」

 

「そういうこと。このままデボンの予定通りに計画を進めると、あっという間に潜水艦が完成してしまう。私たちにはまだその目的が見えてきていない以上、少しでも計画を遅らせておく必要があるのよ。もちろんそれが無害なものなら、どうぞご勝手にって話だけどね」

 

「…………」

 

 

 

 俺はその行動に、どこか身勝手さを感じて押し黙る。直接言えばまた喧嘩になるだけだ。それでも、人が懸命に何かを成そうとしている計画の邪魔をする理由が『何をしているのか調べる為』——それじゃあ本当に何事もなかった時にこの人たちはその責任を負うのだろうか?

 

 よしんば何かを未然に防げるとしても、あんなやり方しかないのか?話し合う余地だってあると思う。少なくとも、俺にはデボンの社長が他人を押し退けてまで計画を押す人間には見えなかった。

 

 

 

「約束は守ります。邪魔はもうしない……でも本当にそんなやり方でいいんですか?誰かが持っているものを盗むことでしか、あなた達は目的を遂げられないんですか?」

 

「そうね……少なくとも正面切って相手と交渉する気はないわ。話し合いはただの駆け引き。互いに本心なんて見せられない。見せかけだけの契約をされるのが関の山。相手が企む何かは水面下で行われるでしょう」

 

「信頼は……やっぱできませんか?」

 

「私たちは正義の味方じゃない。人の営みから逸脱した人間を取り締まるだけの駒よ。そんな私たちの行動理由に、誰かを信じるなんて曖昧なものはあり得ない。手段を選ぶことはしないわ……いざとなったらトカゲの尻尾になる覚悟はできている」

 

 

 

 リオンさんが言うそれは自分すら捨て石に……そんな常識では考えられない覚悟だった。当然だが俺にそんな覚悟はない。この人たちもどうしてかはわからないけど、そうまでして平和を維持するのに躍起になっているんだ。

 

 それでも……信じないなんて——

 

 

 

「いや、信頼は…………ある」

 

 

 

 俺はそう呟く。ザンナーさんとリオンさんの言動を思い出しながら……その先を続ける。

 

 

 

「俺のことは信じてくれた。こんな極秘情報を教えてくれた。身分を明かして、俺に武力じゃなくて言葉で接してくれました。だから……人を信じないなんて嘘だ」

 

「あなた……」

 

 

 

 うまく笑えない。うまく言えないけど。今日出会った2人は仲のいい姉妹で、少しだけ苦手だけど、良い人だって思う。正義の味方じゃないって言ったけど、平和に暮らす人を守る為に頑張っている人は、人に後ろ指刺されなきゃ行けない人なんかじゃない。

 

 やり方はまだ納得できない。それでもその心意気は、俺も望むところだった。

 

 

 

「そのデボンから派遣された人って……もしかしてツシマさんですか?」

 

 

 

 俺はこれまでのことを整理して、その結論に至る。正直それを聞くのが怖かったけど……2人は目を見開いて俺を見ていた。

 

 

 

「いつから気付いて……?」

 

「デボンの話が出た時からです。あんま想像したくなかったけど、この流れであの人がハジツゲにいるのが偶然とか……あり得ないでしょ?」

 

 

 

 ツシマさんは社長が極秘にしているアイテムの輸送を託されるほど信用されている人間だ。きっとこの件に関しても何か知ってるんだろう。そのことを聞くのは、友達を疑うようで怖いけど……。

 

 

 

「リオンさん……話を聞いたから邪魔はしない。約束は守ります。でもせめて手伝わせてくれませんか?俺にツシマさんと話をさせてください。それで必要な情報が手に入らなかったら好きにしてもらっていいです……」

 

「どうしてそこまで……」

 

 

 

 今までクールに語っていたリオンさんが戸惑っている。その答えになっているかはわからないけど、俺は笑って返事をした。

 

 

 

「自分の為ですよ……誰も傷ついて欲しくない。血生臭いのはごめんだ。そんなもの、見るのも聞くのも嫌なんですよ」

 

 

 

 我関せず——見聞きしたことを無視できるなら、こんなに面倒なことしないんだろう。

 

 でも俺はそうできない。黙って聞かなかったことにしたら、それを思い出すたびに辛い気持ちになる。

 

 もうやらずに後悔するのは嫌なんだ。引きこもって何もしない、あの頃の自分に戻るのだけは。

 

 

 

「俺はそんなに賢くないから交渉なんてできないかもしれないけど……もう2人にもそんなことして欲しくないんです。俺も勝手なこと言うけど……俺を1人の人間として、こんな話をしてくれる2人には……!」

 

 

 

 俺を排除する方法なんて、やろうと思えばいくらでも手段はあった。数の有利と不意打ちで気絶、飲食物に睡眠薬を盛る、偽の情報提供で俺たちを遠ざける——それをしないでいてくれたのは、俺のことを信じて話そうと思ってくれたから。

 

 都合よく考えすぎかもしれないけど、俺はそう信じたい。

 

 

 

「……私たちの負けねリオン」

 

「姉さん!」

 

 

 

 俺の懇願に、ザンナーさんが口を開いた。リオンさんは姉に向かって食らいつくが、優しげな口調でそれを制する。

 

 

 

「最初にあの子を拘束するかしないかを考えた時、既に答えは出てたのよ。私たちも穏便に済ませられるならその方がいいってね。デボンの研究員と仲のいい坊やが話をつけてくれれば、話が早くて助かるってもんじゃない」

 

「でも……この件に彼をこれ以上巻き込むのは反対だって、姉さんもわかるでしょう⁉︎」

 

「もう充分巻き込んじゃってるわ。そうよね?」

 

 

 

 ザンナーさんはそう言って俺に振る。そんな風に言われるとは思ってなくて、驚いている俺は恐る恐る頷いた。

 

 

 

「それにこれ以上調べるには、やっぱり現地の協力者は必要不可欠だった。当初の私たちの想定より話は大きくなり過ぎてる。下手に強行策を打つより、彼に協力してもらったほうがずっとスマートよ」

 

「……わかったわよ。でも後悔しても知らないからね?」

 

「はいはい」

 

 

 

 どうやら話はついたらしい。とにかくこの一件に関しては穏便に済ませてくれるみたいだった。

 

 そうとわかってホッとしている時——その音は鳴り響く。

 

 

 

——ドォォォオオオン!!!

 

 

 

 家の外で起こったのは何かが爆発するような音——それを聞いて俺たちは急いで外へ出た。

 

 

 

「なんだ……⁉︎」

 

 

 

 家の外に出ると、すぐに目に飛び込んだのは、山の麓……岩肌の向こうに立ち上る黒煙だった。

 

 

 

「あれは流星の滝の方だわ!まだ何もしていないのになんで……」

 

「リオン?あなたまさか爆弾仕掛けたりしてないわよね?」

 

「失礼ね!そんなもの仕掛けるわけないでしょ!」

 

 

 

 姉妹2人がやいのやいのと言っているが、どうやらあれのことは知らないらしい。ということは、国際警察側も知り得ない事態が起こっているってことだ。

 

 そう思考していると——

 

 

 

「おーい!怪盗姉妹——‼︎」

 

 

 

 家の裏手の道から、誰かの2人に向けたと思われる声がした。そちらに回ってみると、中年くらいの男が……何故かカゲツさんを連れて現れた。

 

 

 

「カ、カゲツさん⁉︎ なんでこんなとこに——」

 

「そりゃこっちのセリフだ!何がどうなってやがる!」

 

 

 

 俺は思いがけず再会した師匠に問いかけるが、カゲツさんも何が何やらといった具合らしい。でも一緒に来ているトレンチコートを着た人は、どうやらこっちのお仲間みたいだ。

 

 

 

「ハンサム……そっちは無事説得できたみたいね」

 

「ああ。それより今の爆発は?」

 

「私たちにもまだわからないわ。ただ流星の滝の方で何かあったってことみたい」

 

「うむ……何事も手筈通りとはいかないものだな」

 

 

 

 3人目の国際警察——ハンサムとかいうその男は、少しザンナーさんたちと話した後、神妙な面持ちでこちらに振り返った。

 

 

 

「カゲツ!我々はこれから流星の滝へ向かう!おそらく隕石を探しているソライシたちもそこにいるのだろう……危険な任務になると思うが、ついてくるか⁉︎」

 

「その芝居みたいなのやめろマジで!ついていくから黙って案内しやがれッ‼︎」

 

「ユウキくん。あなたも——」

 

「わかってます。カゲツさん、道すがらでいいんで、何があったのか教えてください!」

 

「こっちも聞きてえことは山ほどあんだ……手短に済ませるぞ!」

 

 

 

 こうして俺たちは流星の滝を目指すこととなった。

 

 誰も傷ついて欲しくない……そんな俺の願いを嘲笑うかのように、あそこから立ち上る煙が事態の物々しさを感じさせていた……。

 

 

 

 

 

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その煙は狼煙か……それとも——。

〜翡翠メモ 43〜

『二千年戦争』

現歴2000〜2007年の間に勃発した、“流星の民”による一斉蜂起。この時代の終末論を叫び、その事実を受け止めようとしない当時のホウエン政府に対して仕掛けられた武力行使は長きに渡ってホウエン全土を破壊し尽くした。

戦争が長期化した理由には当初政府が対応できると見積もった作戦が、四天王と政府管轄とトレーナーに頼り切っていたこと。そして蜂起に賛同したホウエントレーナーの多さがあった。これにより必要以上に多くの犠牲者が生まれ、ホウエンに住む人々には深くその傷跡が刻まれることとなった。

その悲劇に終止符を打ったのが、当時まだ名も知らないトレーナーが率いた、英雄たち——後の四天王である。



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 改めてここまでご高覧いただきありがとうございます。また次回お会いしましょう。それでは!——いぬぬわん。



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第147話 思惑と本音


ニンダイでポケモンSVにフライゴンが内定しましたね!アカカブおめでとう‼︎ ユウキパーティとか作りたいですね……わかばとチャマメ内定するといいなぁ。




 

 

 

「流星の民——ッ‼︎」

 

 

 

 ソライシ博士がそう言うのを聞いて、タイキはハッとして怒鳴ってきた連中を見る。

 

 古風な装い……装飾は控えめだが、見たことのない柄の服は、より原始的な時代の雰囲気を醸し出している。3人ともそれぞれ自分のポケモン——コモルーを1匹ずつ出していて、いつでも襲って来れる体勢だった。

 

 そんな男たちは……流星の民と呼ばれていた。

 

 

 

「ソライシ博士……あいつらが、流星……なんスか……?」

 

「……あの服装は彼らの民族衣装だ。本来ここよりも地下にある、彼らの里を守る門番のはずなんだ……それがなんでこんなとこに!」

 

「センセー……り、流星の民って……この地下に住んでるんスか⁉︎」

 

 

 

 それを聞いてタイキはひっくり返りそうになる。その質問に答えたのは、後ろで控えていた大王だった。

 

 

 

「奴らはHLCの取り締まり組織によって、この地下にある居住区域にのみ住むことを許されておる。活動可能な領域は一応流星の滝全般ではあるが……まさか出張ってくるとはな」

 

「取り締まりって……じゃああいつら、ここに閉じ込められてるんスか⁉︎」

 

 

 

 タイキの驚く声は流星の民たちの耳にも届いた。それを聞いて3人が怒りをあらわにする。

 

 

 

「我が名は里の門番“レンザ”——閉じ込められているとは心外な!我らは進んでここにいるのだ!」

 

「ワシは“ジンガ”——穢れた世俗から離れ、ワシらは竜とともに生きる道を選んだ誇り高い民なのだ!本来貴様らが足を踏み入れていい場所ではない!それをズカズカ上がり込んだ挙句、爆薬を使って資源採掘とは……恥を知れッ!」

 

「ち、違うッス!なんか癪に障ったんなら謝るっスけど、今の爆発は俺たちじゃない!」

 

「う、嘘つくなー!お、オリたちを誤魔化そうったってそうはいかねぇぞぉ……そ、そんなデッカい機械持ち込んで、今更言い訳すんならぁー!——あ!お、オリ、“トマトマ”って言うだよ!」

 

 

 

 男たちの名乗りながらの激情は、タイキの言葉では収まる気配がなかった。どうにか誤解を解かねば……そんな一心で周りを見回すタイキ——だが。

 

 

 

「…………?……みんな?」

 

 

 

 タイキが目にしたのは、背筋が凍るような目つきをした人間だった。優しげだったソライシも、その助手のツキノも、快活だったカラクリ大王すら……一律、同じ目をしていた。

 

 それが、フエンでユウキが……ダチラを殴りつけている時の目にそっくりだと気付いた。

 

 

 

「……君らの言い分はわかった。ここは流星の民に許された数少ない生活圏。そこを無粋に荒らしまわったことは謝るよ……もう我々は引き上げる。せいぜい穴蔵で高尚な教えでも説いていてくれ」

 

 

 

 言い方はまだ穏やかだが、言葉の端々から嫌悪感のようなものを感じさせるソライシの態度に、言いようのない不安を感じた。そしてやはりと言うべきか、その文言だけで納得するような男たちではなかった。

 

 

 

「引き下がることは許可する!だがその巨大な機械は置いて行ってもらおうか!」

 

「なんだと⁉︎ 近代文明を捨てたお前たちには用のない代物であろう⁉︎」

 

 

 

 丸いフォルムの見た目をした男、レンザの要求に声を上げる大王。人工的な機械などを過度に毛嫌う彼らの価値観を知っている者にとって、当然の質問だった。

 

 

 

「それを持ち帰れば、貴様らはまたやってきてこの滝をめちゃくちゃにするだろう!」

 

「貴様らが働いた狼藉の償いだッ!そいつは俺たちが直々に壊しておいてやるッ‼︎」

 

「そんなことできるわけなかろうッ‼︎ 大体にしてこの滝の居住権を買ったわけでもないお前たちにとやかく言われる筋合いなどないのだ!あれだけの争いを引き起こしておいてよくも抜け抜けと……ッ!」

 

 

 

 レンザとジンガによる要求を突っぱねる大王。流星の民側の要求はとても受け入れられるものではなかった。技術の粋を集めて造られたこのダグドリオンは、大王にとっての財産。それをいきなり奪おうというのだからたまったものではない。

 

 そして何より、それを要求している存在に我慢ならなかった。それは周りの人間も同じだった。

 

 

 

「君たちはいつだってそうだ……何も話さず、何も聞かず……いきなり現れて全てを奪っていく……!どうしてそんなに横暴なのか、僕にはわからないよ!」

 

「わからないのは貴様らだ!元より誰のものでもない自然を我が物顔で踏み荒らし、原初に手にしていた豊穣の大地との絆を捨ててきた!その結果がエネルギー資源の奪い合い!二千年戦争以前からずっと続いたものを、見て見ぬふりをしてきたツケだと何故わからん!」

 

「話をすり替えないでくださいッ!私たち技術者はいつだって人とポケモンの為になるものを開発してきたんです!そんな平和を脅かしたあなた方に言い訳なんてして欲しくない!」

 

「お、オリたちだってあんな戦争したかったわけじゃないのら!わからず屋の(うつつ)の人間が、大人たちの言うこと聞かないのが悪いのらッ‼︎」

 

「なんだとッ‼︎」

 

 

 

 現れた流星の民たちに、あの戦争の責任を問うソライシたち。それをもっと昔から、人が持つ業ゆえに生じたものだと揶揄するレンザたち。

 

 両者の言い分はもはやダグドリオンの争奪を超え、一触即発の状態を作り出した。それを見ていたタイキは……。

 

 

 

(なんかわかんないッスけど……嫌ッスこんなの……だってさっきまで……みんな仲良くやってたじゃないッスか……!)

 

 

 

 隣人が怒りをあらわにし他人を貶す姿を見て、心を痛めるタイキ。どちらの言い分もタイキには難しく、理解しきれていない部分が多いが、それでも今こうして言い争う姿を肯定することはできなかった。

 

 状況に翻弄されて、この事態にどう対応すべきなのかがまるでわからないその時——タイキの肩を叩く者がいた。

 

 

 

「た、タイキくぅ〜ん……」

 

「ツシマさん⁉︎ な、なんで泣いてんスか⁉︎」

 

 

 

 タイキが振り返ると、泣きっ面のツシマが弱々しく彼を呼んでいた。それに若干引くタイキに、泣き顔学者が事情を説明する。

 

 

 

「だ、だってぇ……いきなりめっちゃ怖いことになってるんだもん……」

 

「わ、悪いっスけど、今ツシマさんのこと気にかけてあげられないっス……」

 

「なんでそんなこと言うのさぁ!だっておかしいでしょ⁉︎」

 

「な、何がッスか⁉︎」

 

 

 

 ツシマはタイキの衣服にしがみつきながら喚く。それを煩わしそうに振り解こうとするが、ツシマは続ける。

 

 

 

「だって——あの人たちが爆発のこと知らないなら……外の爆発は誰が起こしたの?」

 

「…………!」

 

 

 

 その一言でタイキは動きを止めた。その言い分は確かにその通りだと。

 

 誤解を解くことばかりに気を取られていたが、あんな爆発が起きていること自体不自然だった。今は言い争っている場合じゃないんじゃ……そう思い、タイキは意を決して前に踏み出す。

 

 

 

「あ……あのッ‼︎」

 

 

 

 口論を繰り広げている両者の間に割って入り、タイキは怖いのを押し殺しながら声を張る。それで一同は一斉にタイキの方を見ることになり、その視線に気圧されながら、彼は頭の中で必死に役立つ記憶を辿った。

 

 

 

(お、思い出せ……アニキもカイナで揉め事を止められたんス……あ、あの時のように……今度は俺がするんス!)

 

 

 

 記憶にあるのはカイナシティの浜辺で、ハルカと自分がアクア団の下っ端たちと揉めていた時——あの時、ユウキは怯えながらもその場を収めて見せた。その姿をなぞる様に、タイキは流星の民と発掘組の間に立つ。

 

 

 

「い、今揉めてる場合じゃない……と思うッス!さ、さっきの爆発は俺たちじゃないんス!」

 

「あぁ⁉︎ なんだ貴様は‼︎」

 

 

 

 タイキの忠告に反応を示したのは流星の民——この中でも特に強面のジンガだった。その気迫に気圧されるタイキはそれでも懸命に口を動かす。

 

 

 

「み、見てくださいッス!あんな爆発……俺たちが起こしたなら、何処かにその跡みたいなのつくっス!でもここには焼け焦げた跡ひとつない!」

 

「はぁ⁉︎ それで何を信じろってんだ!(うつつ)の人間はそうやって俺たちを騙しては資源を奪っていったんだ!」

 

「な、なんのこっちゃか全然わかんないっスけど!いきなりお邪魔したのは悪かったッスけど‼︎——なんか危ないことになってたら、ヤバくないッスか⁉︎ 早く逃げたほうがいいって——」

 

 

 

 必死に撤退させて欲しいというタイキの懇願。しかしそれが最後まで言い切られることはなかった。

 

 

 

——ビィーーーッ‼︎

 

 

 

 高音を響かせながら、線状の水がレンザたちの立つ足場を穿った。それに素早く反応した3人は、高い場所からタイキたちのいる下層へと降りた。

 

 

 

「何者——⁉︎」

 

 

 

 タイキも状況が飲み込めていない中、レンザは攻撃がきた方角に身構える。それは隕石を回収に来た一団とは明後日の方向——そこにいたのは、青い装束を身に纏った集団が立っていた。その傍らで、今攻撃したであろう桃色の細長い体躯を持つ“サクラビス”というポケモンが漂っていた。

 

 

 

「あらぁ……なんだか大変なことになってるみたいだねぇ」

 

 

 

 その先頭に立つ女性は、長い黒髪で片目を隠していた。長身のスラっとした姿はモデルのような美しさを醸し出す——その人物が、ニタリと笑ってこちらを見下ろしていた。

 

 

 

「あ、アクア団……⁉︎」

 

 

 

 タイキはその姿から、カイナで世話になった男が率いていたギルドを連想した。それを肯定したのも、先頭の彼女だった。

 

 

 

「よく勉強してるじゃないか。そう。アタシはアクア団の幹部——SSS(スリーエス)が一人、“イズミ”だよッ‼︎」

 

 

 

 『SSS(スリーエス)』——アクア団でも相応の力を持つ者に与えられた称号を名乗るイズミは、それと同時に背後にいた部下を流星の民たちに差し向ける。

 

 

 

「——さあ助太刀してんだ!あんたらはさっさとその機械で隕石掘り当てちまいな!その間、私たちで食い止めておいてやる‼︎」

 

「は、発掘をこの状況でかいっ⁉︎」

 

 

 

 イズミの意外な提案に聞き返すソライシ。たった今撤退をどうするかと考えていた彼にしてみれば、このまま採掘を続行するのは愚策にと思えたのだ。

 

 

 

「バカ言ってんじゃないよ!この真下にお宝が眠ってるってことがあそこの引きこもり共に割れてんだよ⁉︎ 次来たらもうネコババされるか防備固められるか……どっちにしろ隕石を手にするチャンスは無くなっちまうんだ——ほら!さっさとおし!」

 

「ぐっ……大王さん!」

 

「聞こえとったわ!ヌシら!さっさとウチのダクドリオン(ベイビー)で掘り抜くぞッ‼︎」

 

 

 

 イズミの言葉に返す言葉もないソライシ。何が何だかわからないまま、隕石採掘のために来た一行は仕事に取り掛かった。

 

 

 

「……一体……何がどうなってんスか……⁉︎」

 

 

 

 その中でひとり、全く状況についていけないタイキは、半ば思考停止に追い込まれていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハジツゲタウンと流星の滝を結ぶ『114番道路』——ここは険しい山道も多く、流通にも使用されることは滅多にない山岳の中に伸びている。

 

 だが、そうした道だからこそ登山を好む者たちにとっては、静かで雄大な自然を満喫する絶好のポイントとなる。

 

 今日を除いては——。

 

 

 

「いやーんダーリンこわぁい!さっきすんごく大きな音したよぉ〜!」

 

「びっくりしたねぇサツキ〜!大丈夫だったぁ〜?怪我なーい?」

 

 

 

 そんな道を不安そうに歩いている若いカップル。彼らは貴重な休みを2人で満喫するためにカナズミからここまでやってきていた。流星の滝を抜けた途端にこの騒動。彼女の方は怯えてしまっている。それをなんとかなだめようと彼氏は努めて笑った。

 

 

 

「きっとポケモンたちが悪さでもしたのさ。時々あるだろ?大丈夫。あとちょっと行けばハジツゲタウンだから——あ、ほら!他にも登山客がいるよ!」

 

 

 

 彼氏は遠くからこちらに向かっている人影を見つけて、彼女の気を逸らそうと話題を変える。何故か走っている通行人たちに少し違和感を覚えながら、彼は山でのマナーを実践することにした。

 

 

 

「山道で会った人には元気よく挨拶が登山マナーだよ。見てて——こんにちは〜良い天気ですねー!」

 

 

 

 爽やかな挨拶。完璧な距離感。趣味で山道を練り歩く中で最高の挨拶法を身につけた彼に死角はなかった。

 

 ……話しかけたのが元四天王でなければ。

 

 

 

 

「退けッ!ブチコロスゾッ!!!」

 

 

 

 鬼の形相で罪のない一般人を震え上がらせるカゲツ。泣きながら腰を抜かすカップルの横を彼が爆走する。その後ろに続いてハンサムが謝罪する。

 

 

 

「すまん!緊急事態ゆえ失礼する‼︎」

 

 

 

 さらに通り過ぎるザンナーとリオン。そして、さすがに気の毒に思ったユウキが最後に言い残す。

 

 

 

「ホントすみません!流星の滝の辺り危ないので絶対に来ないでくださいね!」

 

 

 

 風のように走り抜けた5人を見送って、呆然とするカップル。彼らの不幸は今日という日を選んで遊びに出かけたこと……それに尽きるのであった。

 

 

 

「——にしても。いきなり爆発って穏やかじゃないわね」

 

 

 

 走る中、ザンナーが呟く。それには周りも同意した。

 

 今日、ソライシたち科学者が流星の滝に行くことは下調べでわかっていたが、その日に重なって荒事になっているのを考えると……導き出される答えはひとつ。

 

 

 

「我々の他に、この事を嗅ぎ回っている人間がいたということだな」

 

 

 

 ハンサムの推察は、大体全員が考えていた考察と一致する。偶然にしてはタイミングが良過ぎるからだ。

 

 

 

「でも誰なのかしら……目的はやっぱり隕石?」

 

「心当たりとかないんですか?」

 

「あり過ぎて絞りきれないわね」

 

「えぇ……」

 

 

 

 ユウキの質問にリオンが返したのは、可能性の範疇だけでも相当数やりかねない個人か団体かが存在するという事実。これには少年も顔を引き攣らせる。

 

 

 

「ケッ!隕石つっても貴重資源だ。その辺の小悪党でもジムバッジの偽造や持ち物(ギア)資源の横流しとやりたい放題できるからなぁ!欲しがるやつなんてそれこそ星の数ほどいるぜ!」

 

「ぐっ……また面倒なっ!」

 

 

 

 カゲツの意見に思わず悪態をつくユウキ。それだけ何が起こっていてもおかしくないという事だった。

 

 

 

「だったらデボンも護衛くらいつけといて欲しいですね!資源採掘中に襲われるとか危な過ぎるでしょこれ!」

 

「ということは、やっぱり今回も秘密計画。あのツシマとかいう学者にはやはり話を聞かなければならんな!」

 

 

 

 ユウキはそんなハンサムの言葉を聞いて、少しだけ足取りを重くさせる。

 

 彼はデボンの人間。そして重要な役割を与えられて動いているのは明白だった。そんな素振りを自分といる時には見せなかった彼を思い出すと、どうしても気分が沈む。

 

 

 

(いや……それはもういい。俺が知らなかっただけの話だ。隠し事も誰にだってある……今考えなきゃいけないのは——)

 

 

 

 ユウキは迷いながらも前を向く。どのみちその場所に行かなければ話にならない。ツシマたちがいるであろう流星の滝に。

 

 そこでもし何かあったとするなら、今は急ぐことが先決だった。友人のピンチなら、早く……。

 

 

 

「——止まれッ!」

 

 

 

 ユウキが改めて決意していると、先頭を走っていたカゲツが全員を止める。何事かとカゲツを見ると、その視線が空中に向いている事に気がついた。

 

 それを見て自然と空に目をやる。すると……上空で何かが飛んでいるのが見えた。

 

 

 

「あれは……ボーマンダ?」

 

 

 

 視線の先で飛び回っているのは、青い皮膚と赤い翼を持つドラゴンポケモン。野生で見ることは滅多にないが、流星の滝近辺に生息していることは割と有名である。遭遇する場合、対抗手段があろうとなかろうと、下手に刺激せずに逃げるのが吉とされている。

 

 それが2匹……空中で飛び回り、互いに火を吹き、交差しながら空中格闘に興じていた。その背に誰かを乗せて。

 

 

 

「誰かがバトルしてる……さっきの爆発は彼らが……?」

 

 

 

 リオンの推察はどうやらあたりのようだ。戦闘を繰り広げる片方のボーマンダが巨大な火球を口から吐き出し、狙われた側が躱したあと、地面に着弾するとさっきと同じ爆音が生じた。それに相応する爆風に乗って。

 

 

 

——ドォォォオオオン!!!

 

 

 

「——ッ!なんて威力……ともあれまだこっちに気付いてないわね。今のうちに脇を抜けて滝まで行きましょう!」

 

 

 

 土煙でおそらく上から地表への視界は悪くなっていると判断したザンナーは、全員に行動を促した。あんな戦いに巻き込まれていたら、洞窟の中に入るどころじゃなくなる。

 

 それに意を唱える者はいない——のだが。

 

 

 

「……カゲツさん?」

 

 

 

 もうじき煙が晴れる。一刻を争う状況で、珍しくカゲツはそのボーマンダたちのバトルに見入っていた。

 

 

 

「なんで……あいつがこんなとこにいやがる……?」

 

 

 

 うわごとのように空に向かって呟くカゲツ。それを聞いたユウキは、あそこで戦っている人間に見覚えがあるのかと察した。

 

 

 

「あの人たちのこと……知ってるんですか?」

 

「……片方だけだがな。何せ一応は同じ職場だった間柄だぁ……見間違いはありえねぇ」

 

 

 

 カゲツと同僚の人間。最初何を言っているのかわからなかったユウキも、すぐにその言葉の意味に気付く。

 

 カゲツの元の肩書きは四天王。その同僚というのとは——

 

 

 

——シュビビビンッ!!!

 

 

 

 火球を吐き出された仕返しに、もう片方のボーマンダは羽ばたきで真空の刃真空の刃を生み出す。それを同じ翼で弾き返すと、その一太刀がユウキ達のいる場所へ飛んできた。

 

 

 

「やば——」

 

 

 

 ユウキたちはその流れ弾に対応が一歩遅れる。回避することは叶わず、襲いくる衝撃に身構えて目を瞑ることしかできなかった。

 

 

 

——ズドォォォオオオン!!!

 

 

 

 轟音が破壊力を物語る。こんなものを食らえば無事ではすなまいだろうと思うユウキたちだったが……いつまでたってもその衝撃は自分たちに達していないことに気付く。

 

 一同が目を開けると、そこにいたのは先ほどまで空高く舞っていたボーマンダの影……そしてそれを駆るトレーナーの姿だった。

 

 

 

「…………誰かと思えば……貴様か」

 

 

 

 目深に被った帽子も、素肌に着ているロングコートも、全てが薄汚れている。しかし感じるのは不潔さや嫌悪感ではなく、威圧感。そこにいるだけで押しつぶされそうなプレッシャーを放つ、浅黒い老人だった。

 

 白い髭をたなびかせ、彼はカゲツに向かって語りかける。

 

 

 

「まだ生きてやがったのか……ゲンジ!」

 

 

 

 それは、四天王同士の再会。

 

 出会った男の通り名は……“竜皇(ドラゴン)”。

 

 四天王ゲンジである。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「なんだ貴様ら!どこから湧いて出た⁉︎」

 

「うるせぇな流星の残りカス!人の邪魔してんじゃねーぞ!」

 

「くっ——ジンガ!トマトマ!陣形を組むぞ!」

 

 

 

 突如現れた流星の民を、さらにまた突然現れたアクア団が襲撃する形となった。アクア団は10人にも満たない少人数だが、3人しかいないレンザたちには物量で大きく上回っている。

 

 

 

「さて……あっちの連中はウチの下っ端に任せて。アンタたちにはこっちの機械でさっさと掘り起こしてもらおうかね」

 

「アクア団……確かイズミさんと言ったね。何故隕石のことを?」

 

 

 

 アクア団が流星たちを食い止めている間に、隕石を掘り当てる作業を急かすイズミ。そんな彼女にソライシは当然の疑問を投げかけた。

 

 

 

アクア団(ウチ)の情報網を甘く見ないことだね。カイナに支部を置いてるウチが、クスノキ造船でやってる造船計画を知らないとでも?その為に必要な特殊なソナーを高密度の隕石から作ろうってことは割れてんのさ」

 

「どういうことです?一体何の話をしてるんですか……?」

 

 

 

 イズミの言っていることにソライシは心当たりがなかった。元々この隕石採掘は、ソライシにとって研究の一環でしかない。造船計画など寝耳に水だった。

 

 

 

「僕は……ただ地中深くにある隕石の存在に数年前からどうにかできないかと研究を重ねて……大王さんがそれに合う機械を作ってもらったに過ぎません。その隕石を他の何かに使おうだなんて……まだ何も考えてませんでした」

 

「なら……そうされるように促されてたってことだね。デボンに」

 

「僕が……促されてた……?デボンって……」

 

 

 

 ソライシはそう言われて戸惑う。自分はやりたいようにやってきたつもりだった。でもそれは他の誰かにとっての得になっていて、隕石を発掘する利害が一致していたと知る。

 

 カラクリ大王はその要望を受けてダグドリオンを制作した。理由はその腕を遺憾なく発揮するためだと思っていた。事実それは疑いようもない。大王とは長い付き合いだからわかるが、隠し事ができるようなタイプではなかった。だからそんな打算はなかったとソライシは思うのだ。

 

 でもその制作にはもうひとり関わっている。今話に上がった大企業——そこに所属する技術者が。

 

 

 

「ツシマさん……一体どういうことなんですか?」

 

 

 

 当然話の方向はツシマに向けられる。それを見ていたタイキや大王、助手のツキノもツシマを見る。

 

 ツシマは……困ったように笑っていた。

 

 

 

「……掘り起こしてから。交渉するように言われてたんだ。デボンにその隕石を譲ってくれないかって。協力費用とは別にいくらでも買い付けるから——ちょっと後出しになっちゃったけどね」

 

 

 

 ツシマの答えはデボンの行動を裏付ける者だった。彼の動向を知る者にとって、普段からは想像もつかないような大任を仰せつかっていたツシマに誰もが思う。

 

 それをソライシが代弁する形となった。

 

 

 

「ツシマさん……なんで最初に言ってくれなかったんですか?」

 

「僕は別に急いでなかったしね。どのみちある程度は調べてもらってからじゃないと、デボンだけで隕石の取り扱いをするのは困難だったし……」

 

「だからって……言ってくれてもよかったじゃないですか!僕だって宇宙資源の貴重さと利用価値は理解しているつもりです……デボンが欲しがる理由も必要性だって——」

 

「話したら……そこから情報が漏れる可能性があった。それこそソライシ博士が怖い人たちに捕まって脅されるかもしれない——せめて掘り当てるまでは話すわけにはいかなかった……」

 

 

 

 ソライシの問いに淡々と答えるツシマ。いつもの明るくノリのいい声色とは違う……あまり見ない彼の姿に一同は戸惑う。

 

 しかし、次に見せたツシマの笑顔は……彼の胸中を物語っていた。

 

 

 

「——何より、仕事抜きで……みんなで探検を楽しみたかったんだ。今日をいい日にしたかった。大人ぶった利害や企みを持ち込みたくなかったんだ。こんなことになって、説得力もなにもないけどね」

 

 

 

 困ったように、あるいは悲しそうに笑うツシマに、もう誰も言葉をかけなかった。

 

 彼にも立場がある。その裏で何を成そうとしているのかは気になるのが本音だ。それをこの場で問いただしたいという気持ちは皆が感じている。

 

 それでも、最後の一言の方を信じることにした。ツシマは仕事以上に、このロマン溢れる発掘を楽しんでいたという本音に。

 

 

 

「——話は終わった?」

 

 

 

 発掘チームの問答を黙って聞いていたイズミが重い口を開く。頃合いを見計らってのそれに、ソライシは答えた。

 

 

 

「はい……大王さん。みんな。ダグドリオンをすぐに再起動し、隕石を掘り起こします!その後は迅速に撤退……危険な作業になると思うけど、頼まれてくれるかい?」

 

 

 

 ソライシは意を決して仲間達に問いかける。もちろん無理強いはしないという旨を含めて。それに応じる人間は——

 

 

 

「おうとも!なんのためにここまで来たのか!私のベイビーのデビュー戦を華々しい結果にして見せようッ‼︎」

 

「私はあなたの助手です!どんな状況でもお供致しますッ‼︎」

 

 

 

 大王とツキノははっきりと協力の意思を表明した。それぞれ自分の信念のために動く2人の返事は早い。そして——

 

 

 

「デボンとの交渉の件は帰ってから改めて……今は僕も全力を尽くすよ!」

 

「ツシマさん……お願いします!」

 

 

 

 自分のバツの悪さを飲み込んで、ツシマもできることをすると誓い、ソライシと握手を交わす。チームはひとまとまりになりつつあった。

 

 ——のだが。

 

 

 

「ぐぁーッ‼︎」

 

 

 

 その叫び声に一同は流星の民とアクア団が争う方に視線をやる。その時、数名で彼らを取り囲んでいたはずのアクア団員たちが吹き飛ばされる瞬間だった。

 

 

 

「くっ……こいつら、強ぇ!」

 

 

 

 団員のひとりが漏らしたのは、流星の民たちの強さ。明らかに人数で分があったアクア団は総崩れになっていた。逆に堂々と立つ3人の門番たちが操るコモルーたちは三角の陣形を組んでいる。その肌に傷は見当たらない。

 

 

 

「ふんっ!我らは門番!その役割は神聖な龍神様の故郷に踏み込む不埒者どもを摘み出すこと!——信念も覚悟も持たぬ輩に遅れはとらんわッ‼︎」

 

 

 

 その先頭で息巻くレンザは、次いでダグドリオンを操作する一行に目をやる。確実にこちらを狙ってきている……そう察知したイズミは流星の民たちに向かって歩き出す。

 

 

 

「はぁ。だらしないねぇアンタたち」

 

「す、すいやせん姐さん……」

 

 

 

 ため息混じりに部下を嗜めるイズミはひとつのモンスターボールを握っている。それを見たレンザが鼻で笑った。

 

 

 

「今度は貴様か……随分華奢な女だ。我ら3人にひとりで立ち向かおうというのか?」

 

「そこのヘナチョコ倒した程度で大はしゃぎかい?流星の民ってのは随分可愛らしいんだねぇ……」

 

「なんだとッ‼︎」

 

 

 

 イズミの挑発にジンガが吠える。それを見て彼女はますます意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

「女だから弱そう……そんな前時代的な考え方してる辺り、よっぽど地下暮らしが板についてるようだねぇ。良い機会だ。遊んでやるからかかってきな……!」

 

「……ジンガ、トマトマ」

 

 

 

 イズミはさらに挑発する。それに反してレンザは黙して冷静に振る舞っていた。その警戒心を上げて。

 

 

 

「あの女、かなりやるようだ」

 

「わかっとるわい。奴から溢れ出る気の整い……間違いなく“波動”を操る者だ!」

 

「う、(うつつ)にも波動使いいるのか⁉︎ お、オリ聞いてないのら!」

 

「落ち着けトマトマ……如何にあの力を使える者といえど、我ら無敵の陣形は崩せまい……心して掛かるぞ!」

 

 

 

 門番たちもまた気を引き締めていた。イズミから漂う強者特有の風格を嗅ぎつける彼らは、コモルー3匹の陣形を整える。

 

 対するイズミは使役するサクラビスに戦闘体勢を取らせる。しかしその時——

 

 

 

「……アンタ、何してんの?」

 

 

 

 イズミは自分の隣に立つ少年に気がついた。道着姿のこぢんまりしたタイキは、鼻息荒く戦闘する気マンマンの顔で彼女の隣に並び立つ。

 

 

 

「女の人ひとり戦わせるわけにはいかないッスからね!俺も助太刀するっスよ!」

 

「はぁ……男ってのはどうしてこう女女とうるさいかねぇ……」

 

 

 

 イズミはタイキの文言に煩わしさを覚える。しかしタイキもまた不思議そうな顔で答えた。

 

 

 

「え?だって男はそういうもんっスよね?お姉さんが俺より強くても、それを体張って守るのが男の務めだって、俺トウキさんに教わったッスから!」

 

「…………」

 

 

 

 その一言に少し呆気に取られたイズミは目を見開く。そしてニンマリと笑ってタイキの背中を叩いた。

 

 

 

「ちっこいのに言うことは一丁前だねぇ。いいだろう!くれぐれもアタシの邪魔すんじゃないよ!」

 

「押忍ッ‼︎」

 

 

 

 イズミにも認められたタイキは、気を引き締めて戦闘体制に入る。

 

 流星の民——その実力も背景も、まだ彼は知らない。それでもこちらにだって譲れないものがあると、タイキははっきり心に留めていた。

 

 

 

「後ろの人たち……俺の友達は傷つけさせないッス!」

 

 

 

 

 

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 守る——その想いに嘘はなし!

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第148話 叛逆の瞬間


最近ピクミンにハマってまして……小学校の頃難しいな〜って思ってたんですが、大人になった今、改めて難易度に震えてる……。




 

 

 

「——俺の友達は傷つけさせないッス!」

 

 

 

 そう強く覚悟したタイキの啖呵に、流星の民のひとり、レンザは一層険しい顔で返答する。

 

 

 

「その心意気は認めてやる——だが!女子供とて容赦はせんぞッ‼︎」

 

「上等だねッ‼︎ さっさと押し潰してあげるよ‼︎」

 

「生意気なッ!トマトマ、レンザッ‼︎」

 

「わ、わかってんら!」

 

「——陣形(フォーメーション)……“デルタ”ッ‼︎」

 

 

 

 ジンガの掛け声と共に、レンザがコモルーたちに指示を送る。

 

 コモルーたちは前衛に1匹、後衛に2匹。それぞれ等間隔に距離を取ってそのポジションにつく。真上から見れば、それぞれのコモルーを結ぶとちょうど正三角形になる位置取りになった。

 

 

 

「来るよ!ガキンチョッ‼︎」

 

「タイキッス!——行け!ゴーリキー(リッキー)ッ‼︎」

 

 

 

 タイキは陣形を組んだコモルーたちの前に相棒の入ったボールを投げ入れる。中から飛び出したゴーリキー(リッキー)は、着地と同時に腰を低く下げて身構えた。

 

 

 

「正面から受けるか……“鉄壁”‼︎」

 

 

 

 レンザは前衛のコモルーに“鉄壁”を指示。これは物理防御の値が跳ね上がる変化技だ。その様子を見て、イズミは鼻で笑う。

 

 

 

「そっちこそ威勢の割には守り固めて様子見かい?門番らしくお堅いのが好きなんだねぇ」

 

「やはり現者(うつつもの)。その油断が貴様らの脆弱さだッ‼︎」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 レンザが猛々しく言い放つと、後衛のコモルー2匹が力を溜めていることに気がついたイズミ。それで自分の見立ての甘さに舌打ちをする。

 

 攻撃はすでに始まっていたのだ——。

 

 

 

——ドンッ‼︎

 

 

 

 力を溜めたコモルー2匹が後ろから強烈な突進攻撃を前衛のコモルーにかます。それに弾かれた鉄壁状態のコモルーは正面のリッキーに向かって発射された。

 

 

 

——グゴッ⁉︎

 

「リッキーッ‼︎」

 

 

 

 弾丸と化したコモルーがリッキーの左肩を激しく打つ。それにより逞しい肉体が弾き飛ばされた。その様子から今の一撃の威力が読み取れる。まさに……鉄球を打ち出す大砲だ。

 

 

 

「リッキー!大丈夫かッ⁉︎」

 

——ゴリィッ‼︎

 

 

 

 タイキが相棒の安否を確認すると、リッキーは元気良く返事して無事を伝える。リッキー目掛けて飛んできたコモルーもクリーンヒットはしなかったため、大事には至らなかった。

 

 

 

「ほう……鳩尾を狙ったのだが、中々の反射神経だな。咄嗟に肩で受けおったか」

 

「そりゃどーも!リッキーは反射神経が売りなんス!そう簡単に——」

 

「では、その反射神経が本物かどうか試してやろうッ‼︎」

 

 

 

 鋼鉄と化したコモルーの弾丸タックルをかろうじてやり過ごしたタイキだったが、レンザたちの攻撃は終わっていなかった。ハッとして正面に残された2匹のコモルーを見ると、そのうちの1匹がすでにこちらに向かって“捨て身タックル”を仕掛けていた——。

 

 

 

「くっ!リッキー‼︎ 横に飛べッ‼︎」

 

 

 

 この攻撃にタイキも反応。ギリギリでリッキーも右側に身を投げ出してその攻撃を躱すが——

 

 

 

「まだだよガキンチョッ‼︎」

 

 

 

 タイキの背後にいたイズミが叫ぶ。何事かと身構えていたら、最初に攻撃してきたコモルーに、今突っ込んできたコモルーが激突したのだ。

 

 その意外な正面衝突に面食らっていると、タイキはさらに予想外なものを目の当たりにする。

 

 

 

——“守る【跳膜(バウンス)】”‼︎

 

 

 

 身構えていたコモルーが薄いエネルギーの防壁フィールドを展開。それに突っ込んだ後続のコモルーがそれに当たって()()()()——まるでトランポリンのように。

 

 そうして軌道を変えられたコモルーの“捨て身タックル”は、無防備になったリッキーの背面を狙う——

 

 

 

——“水の波動【閃華(センカ)】”‼︎

 

 

 

 その軌道上に、イズミ操るサクラビスが高圧で発射する“水の波動”で牽制。堅いコモルーの外皮を少し削り、その軌道を変えさせて、リッキーへの攻撃を外させる。

 

 

 

「堅いね……ドラゴンタイプとはいえ、【閃華(センカ)】であの程度かい」

 

「フハハハ‼︎ ワシのコモルーは里一番の硬さを誇る無敵の弾丸よッ!(うつつ)の軟弱者に遅れはとらんわ!」

 

 

 

 与えたダメージの具合を見て、コモルーの高いステータスを確認するイズミ。それに対してジンガは高らかにその強さを誇示した。しかしそれを咎めるのは仲間のレンザである。

 

 

 

「昂るなジンガ。自信があるのはいいが、今は敵の対応力に注視しろ。あの女、こちらの二段攻撃を初見で避けてみせたのだ……おそらくは戦闘経験から得られた戦いの流れを読んでの行動だろう。手練れ相手に隙を見せると足元を掬われるぞ」

 

「チッ……レンザよ。相変わらずお前は慎重だな」

 

 

 

 嗜められたジンガは、それでもレンザの言葉に従って声を荒げるのをやめる。実際言われたことは最もだと感じたからだ。

 

 それに対してイズミもまた、流星の民たちの動向を見て考えを改める。

 

 

 

(うーん……思ってたのと違うねぇどーも。もっと時代錯誤も甚だしい押せ押せで戦ってくると思ってたが、連携に次いで高等技術の“守る”を習得。さらにそれを弾ませる特質に変化させる派生指導まで……まるでプロトレーナーのポケモンみたいな仕上がりじゃないかい……)

 

 

 

 イズミの覚えた違和感。それは閉鎖的な空間で育ったとは思えない程、戦闘に対する造詣の深さだ。通常この手合いならポケモンの能力が単純に高いことはあっても、それに加えて特殊な技術を教え込む人間は稀である。その手間を考えると、素直に筋力トレーニングなどに時間をかける方が、確かな下積みになると考える者が多いからだ。

 

 特に流星の民は、ドラゴンタイプのポケモン、またはそれに類似したポケモンを扱う集団。ステータスが高い場合が多いこれらのポケモンを扱うトレーナーが、こういった作戦や連携をしてくるとは思えなかった。

 

 

 

(こりゃちょっと坊やじゃ荷が重いかもね……しょーがない。ここはアタシが——)

 

 

 

 イズミが敵のプロファイルを打ち切り、助力を申し出たタイキを下がらせようとした時だった。

 

 タイキがリッキーの元に駆け出したのだ。

 

 

 

「なっ——アンタ何やってんだいッ⁉︎」

 

 

 

 これにはイズミも驚く。今リッキーは3匹のコモルーに包囲された危険地帯にいる。そんなところに生身で突っ込むなど正気の沙汰ではない。

 

 

 

「なんだおめぇッ‼︎ ——“竜の息吹”ッ‼︎‼︎」

 

 

 

 トマトマは突っ込んできたタイキに向かって容赦なく麻痺毒を含むブレスをコモルーに撃たせる。それを受けてタイキは——スライディングで躱す。

 

 

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

 

 

 その勢いのまま、タイキは立っているリッキーの背中に自分の背中を合わせて止まった。その後、大きく息を吸ってから叫ぶ。

 

 

 

「さぁ——かかってこいッ‼︎」

 

 

 

 その一言の後、その場が冷や水をかけられたかのように静まり返る。先ほどまでやる気全開だった流星の民も、これから敵を制するために思考を働かせていたイズミも、目が点になる。

 

 その静寂を破って吹き出したのは、ジンガだった。

 

 

 

「ブワッハッハッハッ‼︎ 何だお前⁉︎ 自分も入って数の有利取ろうってか⁉︎ 人間がポケモン相手に敵うとでも——頭数にもなるわけねぇだろうが!ぶははははは‼︎」

 

 

 

 ジンガの至極最も過ぎる嘲笑に、タイキの顔も真っ赤に染まる。それでもその羞恥心を頭を振って外に追い出し、キッと敵対者に対して目を向けた。

 

 

 

「そ、そんなもんやってみなきゃわかんないッス!これでも俺!普段から鍛えてるっスからね‼︎」

 

「ほぅ……確かに見た目は小柄だが、体幹はしっかりしているようだ」

 

「ちっさい言うなッ‼︎」

 

「では多少無茶をしても——死にはしないな?」

 

「——ッ‼︎」

 

 

 

 レンザはタイキの言葉を受けて、静かに殺気立つ。その気迫がわからないタイキではなかった。

 

 

 

「今更後悔しても遅いぞ……無謀な行いの代償は、その身で払ってもらう‼︎」

 

「飛んで火に入る夏のバカめッ‼︎ ——捨て身タックル(突っ込めコモルー)ッ‼︎」

 

 

 

 レンザの辛口を皮切りに、ジンガはコモルーをタイキ目掛けて突撃させる。ポケモンの身体能力を最大限まで引き出し、反動で自信が傷つくことも厭わない威力のそれは、人間に向けられればひとたまりもない。

 

 それをタイキは——

 

 

 

「うわっと——ッ‼︎」

 

 

 

 背後のリッキーがかがみ、低くなった背中を蹴り上げて高く跳躍する。蹴られたリッキーもその場から飛び退き、2人はそれぞれコモルーの“捨て身タックル”を躱す。

 

 だが、まだ流星の攻撃は続く——。

 

 

 

「やはりバカだなお前‼︎ 空中(そら)では身動きが取れまい‼︎」

 

 

 

——“守る【跳膜(バウンス)】”ッ‼︎

 

 

 

 先ほどと同様の手口で、“捨て身タックル”を柔らかくなった防御壁で跳ね返すレンザのコモルー。その軌道は、まだ地に足がついていないタイキに向けられていた。こうなれば人間に避けることは不可能だ。

 

 

 

——ゴリァッ‼︎

 

 

 

 だから、リッキーは突っ込むコモルーの横腹に攻撃を仕掛ける。それは堅い外皮を持つポケモンにとって然程ダメージになるものではなかったが、横からの衝撃は直前運動をしている物体の進路を容易く変えた。

 

 

 

「むっ——!」

 

「くそぉ〜〜〜バカにすんならぁ‼︎」

 

——“竜の息吹”‼︎

 

 

 

 トマトマの使役するコモルーが外側から黄色いブレスをリッキーに吹きかける。完全に背後をとっているため、リッキーからは見えない攻撃——だったが。

 

 

 

「——飛び退けッ‼︎」

 

 

 

 リッキーはその指示に素早く反応。背後からの攻撃を見ずとも、その攻撃の範囲から逃れた。

 

 

 

「あの小僧……歳の割に思ったより戦い慣れしておるな」

 

 

 

 タイキの動きを見たレンザは、彼の動きが思ったよりも良いことに驚く。そして飛び込んできた思惑も、ただ考えなしに突っ込んできたわけではないことを悟る。

 

 

 

(あえて弱点となるトレーナーを置くことで、攻撃がポケモンだけに集中しなくなる。これで相棒への負担をいくらか減らし、継戦力を高めているのか……そうして自分に向かう攻撃に関してはポケモンと自身の身体能力で対応。それでいてポケモンの視覚も補佐することを忘れていない……余程鍛錬しなければあの芸当はできまい)

 

 

 

 レンザは戦いながら、タイキの思惑について思考する。彼のの突飛な行動は、タイキとイズミ側にとって都合よく戦闘を掻き回していた。

 

 

 

閃華(センカ)——‼︎」

 

「ちぃ——横槍を‼︎」

 

 

 

 タイキとリッキー。2人を囲んでいるコモルーの陣形の外から、イズミはサクラビスによる高圧水流で時折敵を削る。タイプ半減と堅い外皮で大事には至らないが、そこそこの距離から当たっても威力が減衰していないのを見て、流星側も無闇に当たるわけにはいかなかった。

 

 かといってタイキたちを無視してイズミ側を攻撃しようとする場合、単発では躱されて隙を作るだけになる。彼女を無力化するには、このフォーメーションの内側に巻き込む必要がある。しかし——

 

 

 

 

「——“空手チョップ”‼︎」

 

——ゴリィッ‼︎

 

 

 

 イズミとサクラビスに注意を向けると、すかさずリッキーが割って入るように攻撃を仕掛けてきた。この絶妙な攻防を作り出した功労者のタイキは、周囲に意外な印象を与える。

 

 

 

「やるじゃないかガキンチョ‼︎ 存外舐めてたのはアタシらの方だったみたいだねぇ‼︎」

 

「しぶとい……!よく動く子供だ‼︎」

 

「鬱陶しいのぅ‼︎」

 

「あ、あんなことして、あの子は怖くないのらッ⁉︎」

 

 

 

 イズミも流星の民たちも驚く。その作戦もさることながら、その身を危険に晒す度胸は並みの神経でできることではなかった。

 

 少しの過ちで大怪我必死のこの状況で、大胆に動くタイキを見て、認識を改める強者4人。決定打こそ見せていないが、その知恵と度胸に強さを感じた。

 

 そんなタイキの心境など知らず——。

 

 

 

(やっっっべぇぇぇ怖ェェェ!!!でもなんか上手くいってるっスぅぅぅ!!!)

 

 

 

 平気そうな顔で痩せ我慢するタイキは、心の中で絶叫しながら走り回る。周りが思っているほど余裕はなかった。そもそもこの状況になることを計算して動いていたわけではない。偶然こうなったに過ぎなかった。

 

 

 

(——やっぱりあの人の言った通りっス!マジでありがとうししょーッ‼︎)

 

 

 

 彼が思い出していたのは、少し前のカゲツからの教え。こうした戦いにおける、師匠が教えてくれたコツだった……。

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——ケンカのコツを教えろってか?」

 

 

 

 フエンで怪我を負ったユウキたち一行は、しばらく療養のために留まっていた。その間、比較的外傷の少なかったタイキは、病室で寝ているカゲツを訪ねていた。

 

 

 

「うっす……これからアニキの役に立つには、やっぱ必要かなって……」

 

 

 

 タイキが望んだのは、突発的に発生する遭遇戦——コート場のルールで守られた競技的なバトルの対極にある、ストリートファイトについて、カゲツに問いかけていた。

 

 

 

「俺、今回の件で思ったっス。俺が思ってるより、世間って平和じゃないんだって。ヤバい奴は手段選ばずなんでもやってくるんだって。本当は俺だってもっとアニキの試合の為にできることをしたいとは思うッスけど……あの人は多分、この先も大変な目に遭うと思うっス」

 

 

 

 タイキはユウキの間の悪さを知っている。トラブルに巻き込まれる星の元に生まれてきてしまった彼の今後を案じていた。それが半分くらいは彼の優しさゆえのお節介からくるものであることも踏まえて、そうしたことは避けられないと感じていた。

 

 

 

「その時にまた役立たずにはなりたくないんス。アニキは凄いから正面からのバトルなら心配してないっスけど、向こうが無茶してきたらわかんない……その時に役に立てる強さが欲しいんス」

 

 

 

 求めるのはユウキの能力を阻害するものから守る力。人数不利、奇襲、予想外のその他諸々……そのために必要なものが何か、かつてその遭遇戦の極地とも言うべき戦場を生き延びた自分の師匠にぜひ教えてもらいたいと、タイキは考えていた。カゲツ返答は——

 

 

 

「そんなもん、お前にできるのなんて囮になるくらいなもんだろが」

 

「ガクッ!——そ、そんなぁ……」

 

 

 

 無慈悲にも、つま先ほどしか役に立てないとレッテルを貼られる少年。

 

 

 

「しょうがねぇだろ?お前才能なんてほんとないんだからよ」

 

「ぐっ……やっぱ俺、いいとこないんスね……」

 

 

 

 突きつけられた現実にショボくれるタイキだったが、それを聞いてカゲツはため息をつく。

 

 

 

「別にいいとこねーなんて言ってねーだろうが。被害妄想も大概にしろ」

 

「えー?じゃあししょーは俺のいいとこって言えるんスか?客観的に見て」

 

「反射神経とスタミナ。嫌なことでもとりあえず我慢して取り組む姿勢。あとはそれなりに人に好かれるとこか?」

 

「……………」

 

 

 

 全く想像していなかった即答に、タイキは口をあんぐり開けて固まる。あまりの異常事態に明日は世界の終わりかも知れないと、褒められた嬉しさより恐怖が勝っていた。

 

 

 

「なんだその顔は」

 

「なんだはこっちのセリフっスよ!ついにアレっスか⁉︎ デレ期に入った的なアレっスか⁉︎」

 

「ぶち殺されたかったならそう言え。幸い病院(ここ)なら死体処理に直行できるからよぉー?」

 

「ズミバゼンデシダ……」

 

 

 

 カゲツお得意のアイアンクローにより、無事こめかみを痛めたタイキは無礼を詫びる。しかしそう思ってもらえたことに、やはり嬉しさはついてくる。だからこそそれをバトルで活かせないのは自分のせいだと思ってしまう。

 

 

 

「でも……そう言ってもらえて嬉しいっスけど……やっぱバトルじゃ役に立たないんスよね?」

 

「囮になれるって言ったろうが」

 

「ぐっ……でもそれだとアニキ、嫌がるんじゃないかなって……俺が怪我しても辛い顔するから」

 

「バーカ。囮ってのはそういう意味じゃねーよ」

 

 

 

 カゲツはまた呆れたようにため息つく。それで寝ている体を起こしてあぐらをかき、彼は指導者としてタイキに向き合った。

 

 

 

「いいか。お前はバカだ」

 

「改めて言われると傷つくっスよ」

 

「超がつく筋金入りのバカだ」

 

「泣いていいっスか?」

 

「だからそもそもお前は前提が間違ってる。ユウキ(あいつ)の力になりたいって言っちゃいるが……お前、あいつに合わせて強くなろうとしてるだろ?」

 

「え……?」

 

 

 

 カゲツの質問の意図がわからないタイキ。ユウキに合わせて強くなる……そう言われれば、確かにそんなニュアンスで自分は強くなりたいと思っていた節があることに気付いた。しかしそれがダメと言っているように聞こえるタイキには、その質問は不可解に感じた。

 

 

 

「誰かに合わせて動く——簡単に言うが、こりゃ恐ろしく難しいことだ。支える相手の呼吸、動き、目線、思惑……そういうもんに気配りしまくって、そっから自分がどう言うふうに立ち回ったらいいか考える。それは問答無用で殴りかかってくる奴らがいる中で、冷静に状況を見れる奴が初めてできることだ。それには知識以上に、思考の早さ、決断力が求められる」

 

「うぅ〜いきなりたくさん言わないでくれッス……」

 

「つまり!この程度の問答についてこれないお前が他人を気遣って戦うなんざ土台無理な話ってこった‼︎」

 

「ガーーーンッ‼︎」

 

 

 

 またしても役立たず認定を食らったタイキはその場にひれ伏す。どうせ俺は……などといじけるながら、軟弱に液状化したタイキがカゲツに投げやりに聞く。

 

 

 

「じゃーどーすりゃいーんすかおれぇー」

 

「簡単だ。周りに合わせなきゃいい」

 

「…………は?」

 

 

 

 師匠のその一言を全く予想していなかったタイキはまた固まる。そして、それは無茶だと首を横に振る。

 

 

 

「いやいやいや!何があるかわかんないからアニキの力になりたいんス俺は!それを勝手に動き回ったりしたら、アニキの邪魔になっちゃうじゃないっスか‼︎」

 

「ほぉー。お前にしちゃよくわかってんじゃねぇか」

 

「だから!そんなことできないっスよ‼︎」

 

 

 

 遭遇戦は不確定要素が埋まってる地雷原のような場所だ。その場所で何が起こるかわからないのに、その不確定要素を自分から増やしにいくなど、タイキからすれば考えられないことだった。

 

 そんなことをするくらいなら、苦手でもユウキに合わせた戦い方をマスターすべきだと思っていたが、カゲツに言わせればそれこそ他人に合わせることなどするべきではないと考えていた。

 

 

 

「下手に呼吸を合わせようとしても所詮は付け焼き刃。だったら最初から合わせる気なんか持たなきゃいいんだ。むしろ戦況が膠着する時、思い切って引っ掻き回すってのも大事になってくる。そういうのはあいつがある種苦手とする分野だしな」

 

「た、確かに考えなしの俺の方が適任かもしんないッスけど……なんていうか、運任せ過ぎるス」

 

「そりゃ本当に何も考えなしなら、まず間違いなく足引っ張るだろうな」

 

「やっぱりぃ……」

 

「だから、お前にぴったりなんじゃねぇか」

 

 

 

 そう言い切るカゲツ。その意味がまるでわからないタイキはただただ頭に“?”を浮かべるばかりだった。

 

 そんな彼に師はこう言う。

 

 

 

 ——持ち味を活かせ……と。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——やっぱししょーの言うことは間違いないッスね!」

 

 

 

 タイキはリッキーに指示を出しながら、戦場を引っ掻き回す。自分の身を投げ入れ、無謀とすら相手に思わせながらも、敵の攻撃を全て紙一重で躱していく。

 

 さすがに危なげなくはできず、攻撃が掠ったりして苦悶の表情を浮かべることもあったが、約5分間の戦闘でクリーンヒットを未だ許していなかった。

 

 

 

「くっ……こいつ、しぶといっ‼︎」

 

「ハァ……ハァッ……‼︎」

 

 

 

 ここまで粘られるとは思っていなかったレンザたちは、ただの子供にここまで振り回されていることに驚愕する。一体この少年は何者なのだと唇を噛む。

 

 何せタイキは、特別な能力ひとつ持たない少年なのだ。

 

 

 

「次は……リッキーッ!」

 

 

 

 タイキは何かを察知して相棒を呼ぶ。それに反応したリッキーはタイキに向かって“竜の息吹”を吐きかけるコモルーに強烈な“空手チョップ”を見舞う。これをコモルーも技をキャンセルして躱すしかなかった。

 

 

 

「まただ……何故こうもこちらの攻撃が先読みされる?まさかフォーメーションのパターンを読んだのか……?」

 

 

 

 時間がかかり過ぎて焦るジンガとトマトマとは別に、レンザはひとりタイキを分析する。彼の動きは行き当たりばったりに見えるが、要所要所でコモルーの攻撃をしっかり察知しているように見える。もしそれが陣形のパターンを読んでのことならいくらか納得もできた。

 

 しかしパターンとは言っても、彼らの連携は長年の付き合いと弛まぬ努力で培ったその場その場のアドリブが多い。いくつか連携をスムーズにする上で最低限守るルールは存在するが、それをこの短時間で読むことは困難手間ある。

 

 それを10代前半の少年がしているとはとてもじゃないが考えられないレンザは、別の可能性を模索していた……。

 

 その間にもタイキは次々に敵の攻撃を捌いていく。

 

 

 

「次はあっちか……いやこっちだ!——ぐっ!ちょっと掠った……まだ……まだ行けるッ‼︎」

 

 

 

 タイキは辺りを見回して、独り言を呟きながら懸命に攻撃を躱していく。コモルー3匹の連携は見事の一言に尽きる。それを躱すためにリッキーと外野にいるイズミのカバーでなんとか対応している状況だった。

 

 それができるのは、タイキが受けたカゲツからの教えだった。

 

 

 

——まずはその反射神経。多少鍛えた程度のゴミ性能だが、使えねぇことはねぇ。

 

 

 

 言い方に釈然とはしなかったが、それでも活かすことはできると言ってくれたカゲツ。その能力は、こと状況把握に適していた。

 

 

 

(——とはいえ俺じゃアニキみたいに、見たものから分析して最適な動きをするとかは無理っス……でも攻撃してくる瞬間。出だしさえわかれば‼︎)

 

 

 

 “捨て身タックル”で突っ込む体勢をしたコモルーを視界の端で捉え、即座に回避体勢に入る。確かにポケモンの攻撃は鋭く速い。そのキレの良さ次第ではあるが見てからでは間に合わない。だからその最初の予備動作を見逃さないようにしていた。

 

 

 

「——クソッ!あいつまた避けおったッ‼︎」

 

 

 

 タイキが横跳びで躱すと、ジンガが焦れたように唸る。その後体勢を立て直し、次の攻撃を予見する。そのためにしている工夫は——

 

 

 

——まずは敵を視界に入れ続けろ。見えた異変に片っ端から反応していけ。複数敵がいるなら、最低でも2人以上は視界に入れる位置取りを覚えろ。

 

 

 

 その師の言葉を忠実に守り、タイキは常にコモルーを2匹まで視界に入れていた。そのどちらかが不穏な動きをしたら、攻撃が来る——そう動きにインプットして。

 

 

 

(そうか……なるべく視界に我々を捉えて初動を見逃さないようにしていたのか。いや、しかしそれでは死角となる3匹目にはどう対処して——)

 

 

 

 そう思った時、ちょうどトマトマのコモルーがタイキの真後ろから攻撃をしようとしていた。選択された技は“竜の息吹”——タイキはまるで反応できていない。今なら確実に当たるタイミングだった。しかし——

 

 

 

——“水の波動【閃華(センカ)】”‼︎

 

 

 

 そこへ完璧なタイミングで割って入るイズミのサクラビス。高圧水流を鋭く放ち、コモルーを怯ませる力で穿つ。

 

 

 

(まさか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……⁉︎)

 

 

 

 レンザはそれを見て直感した。そしてそれは概ね正しい。

 

 本来タイキとリッキー程度の実力では、背後や躱した後の隙をつけば簡単に仕留められる。それほどの実力差が現にあった。しかしタイキはあえてそれらの“自分で処理しきれないもの”を思考から排除して動いていた。

 

 これにより、タイキとリッキーは正面からくる攻撃にさえ気をつけていればいい。2人で処理しきれないものは、その他の第三者によるサポートを前提に動けば、その分視界に入っている危機からの回避に専念できるようになるのだ。

 

 しかしそれは——途轍もない精神力がなければ不可能だった。

 

 

 

(理屈はわかる……だが、後ろからいつ発砲されるかわからん拳銃を構えられているも同然のプレッシャーだぞ⁉︎ いや、そもそもあんな死地に身を投げるなど自殺行為だ。一体どんな胆力をしている……⁉︎)

 

 

 

 その恐怖は想像を絶する。当然タイキとてそれは感じていた。

 

 もし死角への攻撃をイズミが止めてくれなければ……そう思うだけで身が竦む。しかしこの作戦を完遂するためには、どうしても動きを鈍らせるわけにはいかない。

 

 視界に入れていれば躱せると言っても、全てがギリギリ。一瞬でも臆するようなことがあれば、即座にゲームオーバー。そのプレッシャーを受け止められている——というより、考えないようにできているのが……まさにタイキの長所だった。

 

 

 

——いいか。お前はバカだ。他人を信じると決めたら疑うことを知らねえ。だからこそ、お前にしかできない戦い方がある。出来ねえことは期待した奴に丸投げ出来ちまうバカさは……武器になる。

 

 

 

 最も大事な命運を分けるポイントを、自分より賢い者。自分より強い者に任せられるタイキの純粋さが、そのプレッシャーに辛うじて打ち勝っていた。

 

 それはずっと彼が悩んでいた……他人に依存してきた悪癖から生まれたものだ。驚くべきは、それを会ったばかりの女性トレーナー相手にできてしまっていること。

 

 

 

(確かにイズミさんのことは知らない……でもわかるっス!流星の連中があの人ばっかり気にしてたことは……俺なんか、眼中にないほどに‼︎)

 

 

 

 それはつまり、それだけの実力者だということ。タイキから見れば、この場の全員が自分より格上。その彼らが警戒するほどの相手なら、任せていい——タイキはそれを本能的に理解していた。

 

 

 

(だから……全部任せるッス‼︎——イズミさん‼︎)

 

「——参ったねぇどーも」

 

 

 

 タイキはその思いを口にはしていない。だがその行動を支えるイズミにわからないはずはなかった。

 

 彼では荷が重い——早々に見限った自分の節穴さを恥じたイズミは、これだけ信頼されて黙っているわけにはいかなかった。

 

 だから叫ぶ。安心しろ。背中は守ってやる——と。

 

 

 

「あんたは目の前に集中しなッ‼︎ 1発だって攻撃は当てさせないよッ‼︎」

 

 

 

 それが聞けたタイキは無性に嬉しくなる。言葉にしていない気持ちに返答してくれる強者に。自分よりもすごい人間に認められたようで……。

 

 

 

「——にしたって、しぶと過ぎるぞ貴様ッ‼︎」

 

 

 

 その事に気付いたのはレンザだけではない。ジンガもまた、もしかするとレンザより先に気付いていた。しかし当初それは問題にはならなかった。

 

 レンザもジンガも、たとえ躱され続けることになっても……いつかは終わりが来ることを知っていたからだ。

 

 

 

「もうかれこれ10分は動き続けとるんじゃぞ……いつになったらバテるんだ奴は‼︎」

 

 

 

 この状況はすぐに変化するはずだった。何せ全力戦闘。その神経のほとんどを回避に回し、絶え間なく攻撃を仕掛けられている。にも関わらず、タイキとリッキーの動きが鈍る気配がない。さらにそこにはミスを許されない緊張と当たれば最悪死ぬかもしれないという恐怖からくるプレッシャーがのしかかる。削られた精神は2人のスタミナに大きな負荷をかけているはずだった。

 

 

 

「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ッ‼︎」

 

 

 

 タイキもリッキーもその疲れは見せている。顔は憔悴が板につき、掠めた攻撃で全身はもうボロボロだった。それでも彼は動きを鈍らせない。地を蹴り、声を出し、視界を切らせない。

 

 それができるのは、他人を信じて任せられることに加えて、彼が今日まで唯一積み立てたものがそうさせた。

 

 

 

(今日までずっと……ずっと走ってきた!俺はバカだから体鍛えるくらいしか思いつかなかった‼︎ トウキさんが教えてくれたことなんてそんなもんだ……それでも……だから俺は、今動けてるッス!!!)

 

 

 

 数年……過ちを犯し、後悔して、立ち直った彼がずっとしてきた体力作り。虚仮の一念が生み出したこのスタミナが、彼のスタイルにようやく結実する。

 

 信頼する者の為に、走り続けられるひたむきさへ——!

 

 

 

「——じゃが……それはあの女が消えればそれで仕舞いじゃ‼︎」

 

 

 

 ジンガはそれら全てを看破し、作戦の根幹を担うイズミたちに標的を変えた。コモルーはそれに合わせて動き始める。それを見てレンザは即座に叫ぶ——。

 

 

 

「バカものッ‼︎ 陣形を乱すなッ‼︎」

 

「構うものか!そいつは避けるばかりしか脳がないッ‼︎ この陣形で囲うべきはあの女じゃ‼︎」

 

「———ッ‼︎」

 

 

 

 ジンガはタイキたちに有効打がないと悟り、消耗戦をやめてイズミとサクラビスを先に倒すべきだと判断した。

 

 それを受けてタイキは呟く。

 

 

 

「すげ……本当にししょーが言った通りになった……」

 

 

 

 ジンガはその後、遅れて気付く。自分の相棒の背後にリッキーが迫っていたことに。

 

 

 

「このタイミングで攻撃じゃと⁉︎」

 

 

 

 それはできれば狙える程度に考えていた、タイキからすれば半信半疑だった作戦のひとつ。もしこの消耗戦を嫌う輩がいた場合、敵は高確率でこちらに背を向けるであろうことをカゲツは教えてくれていた。

 

 

 

——最後にこれだけは覚えとけ。舐められるってことは悪いことじゃねぇ。むしろ喧嘩においてそれは武器だ。だからこそ敵は必ずお前に隙を見せる。その隙に……テメェの全力を叩き込め!

 

 

 

「——これが……これが俺の……!」

 

 

 

 リッキーはジンガのコモルーを背後から覆い被さるように抱きつく。重量のあるコモルーだが、リッキーは持ち前のパワーで一気に地面から引っこ抜いた。

 

 

 

「嘘じゃろ‼︎ どんな体力しとんじゃ貴様ッ‼︎」

 

 

 

 消耗はすでに限界に来ているはず……なのにリッキーはそのパワーを十全に発揮した。

 

 リッキーもタイキと気持ちは同じだった。大した活躍もできずに今日まできた悔しさが、ここ一番で大きな力になる。

 

 ここで決めなければ男じゃない——と。

 

 

 

「これが俺たちの戦い方だぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

——“地獄車”!!!

 

 

 

 

 抱き抱えたコモルーと一緒に跳躍したリッキー。そのまま空中でバック回転し、その勢いのまま、着地と同時にコモルーの頭部を地面に叩きつけた。

 

 文句なしの強烈な一撃は、ジンガのコモルーを完全に落とした。

 

 それを見て誰もが驚く。誰も見向きもしていなかった少年の、叛逆の姿を見て——

 

 

 

 

 

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いつか泣いた少年は今。全力でここに立つ——!

〜翡翠メモ 44〜

SSS(スリーエス)

ホウエンの大型ギルド“アクア団”の3名の幹部の通り名——“Subleaders of Sea Scheme(サブリーダーオブシースキーム)”の略。海上保安と自然保護を名目に掲げ活動するアクア団の主戦力であり、海の荒くれ者たちの抑止力として存在する。

そのため実力と胆力を兼ね備えた逸材が集められるのだが、そうした人種はとにかく血の気が多く、一般人からも恐れられている。おかげで海の治安が守られている側面もあるが、人気が定着しないために新規団員の獲得が難しくなっているのがジレンマらしい。



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第149話 飛竜と少女


フライゴンのSV内定祝いに描いたイラストがしれっといいね100件超えて震えました。私事情最もバズった……っていうんですかね?嬉しかったです。




 

 

 

 流星の民——その里を守る門番との対決に挑んだタイキとイズミ。最初こそ戦いの流れは門番たちにあったが、タイキの行動によって状況は一変。三角の陣形で絶妙なコンビネーションを見せた流星の一角、ジンガのコモルーを戦闘不能にまで追いやることに成功したのだった。

 

 

 

「躱すことに特化した体捌きと視野の使い方。即席で組んだアタシに対して無条件で信頼する度胸。相棒との掛け合いも悪くない……何よりきっちり仕留める瞬間を狙ってた。そしてそのチャンスが来るまで、ひたすら粘るあのスタミナと根性……!」

 

 

 

 イズミは離れた位置から見ていたのでよくわかる。彼がやっていたひとつひとつの所作にさして特別な才能は必要としない。実際才能がなかったからこそ、タイキたちがあれほど大立ち回りをしていたにも関わらず、彼らへの警戒も薄かった。気をつけていれば致命傷は食らわない……そう思わせられていた。

 

 

 

「あの坊やがそこまで読んで動いてたのかはわからないけどねぇ……結果として人数と状況の不利を逆に利用しちまいやがった。天然でやってんのかやたら危なっかしかったけど……それでも届いたんだ。アンタらの執念が……」

 

 

 

 たったひとりのポケモンを倒したというだけの話。しかしそれは固い絆で結ばれているであろう流星の民の一角である。おそらくは3人1組による波状攻撃が彼らの売りだったのだろう。それを凌ぎ切り、彼らの陣形を欠けさせたのは大きい。これなら時間稼ぎも半分くらい成功したと言って差し支えなかった。

 

 タイキは実力以上の成果を収めたのだ。だからこそ……至極当然のこともまた起こるのだが。

 

 

 

「——ゼェ……ゼェ……グッ……ゲホッゲホッ‼︎」

 

 

 

 タイキはその場で膝をつく。肺が酸素を求めて必要以上に呼吸を急かす。その様子に気付いたゴーリキー(リッキー)が駆け寄ろうとするが——

 

 

 

——リギッ‼︎

 

 

 

 その相棒もまた、戦いでのダメージで身をこわばらせる。それを見てレンザは静かに呟くのだった。

 

 

 

「我々の“デルタ”が破られるとは……恐れ入った。どうやらその代償は重かったようだがな……」

 

 

 

 這いつくばって動けないタイキにレンザは語りかける。彼の言う代償——それは見ての通り、疲労困憊な今の状況を指していた。

 

 

 

「いくら体力に自信があろうと、これほどの緊張感の中ではどうしたって呼吸は荒くなる。初めはそれすら克服しているのかとも思ったが、流石に影響はあったようだな」

 

「ゼェ……ゼェ……」

 

 

 

 タイキは返事もできずに、事実を悔しそうに受け入れる。これからあと2人を相手取るのは不可能な状態まで追い込まれたタイキとリッキー。今からでは動きようもない。これ以上攻撃を加えられれば、避ける術はない。

 

 

 

(ちくしょー……俺とリッキーが無事で……初めて俺たちの勝ちなんスよ……動け……動け俺の体……ッ!でないと……アニキが悲しむッス‼︎)

 

 

 

 自分が戦う上でした覚悟。タイキはそのためにここで無抵抗のままとどめを刺されるわけにはいかなかった。体力は底を尽きたが、その想いが僅かに彼を動かした。

 

 

 

「ぐっ……ふっ!」

 

 

 

 体を起こして、疲れと酸欠で眩む視界で敵を睨む。でも、それがタイキにできる精一杯の痩せ我慢だった。リッキーすらまともに動けない今、タイキにできることはない。

 

 

 

「——まだ動けんのかい。呆れるくらいタフだねアンタ」

 

 

 

 敵のいる方を睨んでいたはずのタイキは、薄ぼんやりとした輪郭のそれが味方だと気付く。いつの間にかイズミがタイキより前に立っていた。

 

 

 

「イズミ……さん……?」

 

「全く。ここまで流星の民(やつら)とやり合う気はなかったんだがね。用事が済んだらさっさと帰ろうと思ったのに……」

 

 

 

 イズミは頭をガシガシと掻きながら、やれやれといった具合で呟く。彼女は必要以上に深入りするつもりはなかったとぼやきながら、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

「あんなもの見せられちゃ……アタシも体張らなきゃ女が廃るじゃないかい……!」

 

 

 

 タイキが生み出した熱は、イズミに火を付ける結果となった。そこにいるのはアクア団でも恐れられるSSS(スリーエス)としての彼女ではない。イズミという一個人。その想いがレンザたちの前に立ちはだかる。

 

 それを受けて門番たちは——

 

 

 

「ど、どーするのら⁉︎ コモルーが欠けたらもうデルタ陣形はできないのらよ!」

 

「…………」

 

 

 

 トマトマは案の定、この事態に狼狽えている。そしてパートナーを失ったジンガは、人が変わったように静かになっていた。ただやられたコモルーを見つめて、呆然としている。そんな中、レンザだけは冷静さを保っていた。

 

 

 

「落ち着けトマトマ。確かに我々の陣形は崩された。しかし今それを成し得た少年はもうロクに動けまい。そうなれば、戦うのは残ったあの女とポケモンのみ……頭数ではこちらがまだ勝っている」

 

「で、でも……あの女はまだ余力を残してるのらよ!ほとんど外からチクチク攻撃してきただけで、まだまだ元気——」

 

「果たしてそれはどうかな?」

 

 

 

 トマトマの訴えに、レンザは何か確信を得たような発言をする。それを聞いていたイズミはほんの少しだけ眉を釣り上げた。

 

 

 

「確かにあの少年によって我々も疲れさせられた。しかしあの女もまた同じ時間付き合っていたのだ。我々に的を絞らせないためにコロコロと位置を変えながら……そしてあのサクラビス。アレの消耗は更に激しいだろう」

 

「な、なんでそんなことわかるんらよッ!」

 

「奴が使っていたのは、“水の波動”を媒体にした派生技。本来素直に使えばそう疲れることもないだろうが、我々のコモルーの頑強さに爪痕を残すほどのパワーで出力されておったのだ。それを10分間。体力がそう残っているとは思えん」

 

「つ、つまり、あの女もポケモンも……へばってるってことら?」

 

 

 

 レンザの洞察は概ね当たっている。生命エネルギーで生み出した水を高圧縮してレーザーカッターのように放つ【閃華(センカ)】は、撃つ度にサクラビスに負担をかけていた。この10分で数十発と撃っていることを考えると、彼女たちも万全とは言えなかった。

 

 それを見抜かれた上で、イズミは笑っている。

 

 

 

「随分とみみっちぃねぇアンタらも。勝てる勝てないの算段をやる前から気にするなんて、気の小さい男だね!」

 

「な、なにを〜〜〜!」

 

「ただの挑発、取り合うな。落ち着けば我々2人でも勝機は充分ある……だが、その前に——」

 

 

 

 レンザはトマトマを叱ると、今度はゆっくり指で何かを指す。それが向けられたのは、精魂尽き果てているタイキだった。

 

 

 

「その少年は戦場では邪魔だ。どこか他所へやってくれ」

 

 

 

 レンザはタイキを、戦線から離脱させるようイズミに訴えた。その発言は意外で、彼女の目を丸くさせる。

 

 

 

「急になんだい?まさかここまでやっておいて子供は巻き込めないとか言うんじゃないだろうね?」

 

 

 

 イズミはその言葉の真意を探る。今、自分では身ひとつ動かせないタイキは、はっきり言えば足手まとい。それとタッグを組んでいるイズミを相手にするレンザたちからすれば、つけ入る隙になる。

 

 そうした弱味を、わざわざこちらに訴えかけてまで退避させる時間を与えるというのは、戦場という極限状態ではあまりにも甘い一言だった。

 

 その疑問の返答は、実にはっきりとしたものだった。

 

 

 

「見くびるな。勇敢な戦士を……これ以上無碍に扱いたくないだけだ!」

 

「——!」

 

 

 

 勇敢な戦士——それはタイキという敵に向けられた最大の賛辞だった。タイキとリッキーのコンビが見せた戦いは、確かにレンザの心を動かしていた。

 

 それを聞いて、毒気を抜かれたタイキは……張り詰めた糸が切れたようにその場に突っ伏した。

 

 

 

「……ハハッ。どうやらあんた、敵にすら認められるトレーナーになったみたいだよ?」

 

 

 

 その気持ちのいいほど簡潔な回答に満足したイズミは、サクラビスに指示を出す。

 

 

 

——“なみのり”

 

 

 

 サクラビスは地下から水を溢れ出させる。それで作り出した波で寝ているタイキとリッキーの体を優しく包み、遠く後方で作業している発掘隊の近くまで運んだ。それに気付いたツシマやツキノが運ばれた2人の元へ駆け寄るのを視界の端で確認したイズミは、改めて流星たちの方へ向き直る。

 

 

 

「お優しいこった。その優しさついでに、邪魔もやめてもらえると助かるんだがね……」

 

「残念ながらそういうわけにもいかん。我らが守るのは里だけではない。流星の滝という神聖な場所を踏み荒らし、挙句その資源を漁るなど許されないことだ」

 

 

 

 レンザは対立の意思を弱める気はなかった。タイキに示したのはあくまでも“戦士”としての矜持。その行いのひたむきさに答えたまでに過ぎない。

 

 それをわかってイズミも聞いていたが、彼女にはまだわからないことがある。どうしてそこまでこのダンジョンにこだわるのか。

 

 

 

「わからないねぇ。守りたい理由がそんな居たかも怪しい存在の為?そんなあやふやなもんで、自然様に義理立てする気持ちが芽生えるもんかねぇ?」

 

「……何が言いたい?」

 

 

 

 イズミの問いにレンザの表情が険しくなる。そこに含まれているのは純粋な疑問だけではないことを感じたからだ。それを示すように、イズミは暗く笑う。

 

 

 

「いや〜?ただあんまりにも必死過ぎて引いちまうって話さ。力が入り過ぎてる。ちょっと騒がしくなっただけで()()がこんなとこまで出張ってくるなんて、浮き足立ってるいい証拠じゃないかい」

 

「な、なんか文句あるのら⁉︎ こ、この滝で悪さしたら、オリたちも困るからこうして——」

 

「それで問答無用で余所者は実力で排除かい?穏やかじゃないねぇ……いや、()()()()()()()()()

 

 

 

 イズミが突いた薮で、レンザたちは顔色を変える。それを聞いて、ここまでずっと冷静だったレンザがわなわなと震えていた。その手に握り拳を作って。

 

 里に何かあったのかい——イズミの問いにレンザは怒りを表していた。

 

 

 

「そういう物言いが……まるで我々のことを値踏みするような目が……私は嫌いなのだ」

 

「それは失礼したねぇ……職業柄、疑問に思ったことはなんでも聞いちまうのさ」

 

「それがどれほど無神経だと——いや、そんなことはどうでもいい。だが覚えておけ……我々が貴様らに——貴様に敵対する理由を……」

 

「聞かせてもらおうじゃないかい……その理由とやら……」

 

 

 

 怒りを見せるもそれを溢れさせることはしないレンザ。実直な彼には、門番として以上にどうしても気に触ることがあった。それはイズミ個人に対して——

 

 

 

「貴様はあの少年とは違う……貴様からは下卑た算段と他者を利用することを躊躇わない意地の悪さ、その腐臭が漂っている!そんな輩を野放しにはせんッ‼︎」

 

 

 

 レンザはそう言って戦闘体勢に入り直す。その率直すぎる……歯に布着せない物言いに対してイズミは——ニタリと笑った。

 

 

 

「案外いい嗅覚してるじゃないかい……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星の滝付近の山岳地帯。その上空で激戦を繰り広げていたボーマンダの片割れを使役していた男——かつて竜皇(ドラゴン)と呼ばれたゲンジは、戦闘の流れ弾からユウキたちを守っていた。

 

 

 

「おいジジイ……こんなとこで何してやがるッ‼︎」

 

 

 

 突然遭遇した四天王に固まる一同で、唯一彼と面識のあったカゲツが突っかかる。ゲンジは背中越しに受けた言葉に返答した。

 

 

 

「……久しいな襲逆者(レイダー)。10年越しに再起とは、喜ばしい限りだ」

 

「質問に答えろ——ってかお前……」

 

 

 

 重いプレッシャーを放ちながら、元四天王の貫禄が渋い声を強調している。そんな老兵にカゲツは物申す。

 

 

 

「おもっくそ頭切ってんじゃねぇかッ‼︎ 血ィ出てんぞッ‼︎」

 

「え、ちょ……大丈夫ですか⁉︎」

 

 

 

 指摘したのは頭からダラダラ血を流していること。それをまるで気にしていない様子にカゲツどころか、固まっていたユウキまで突っ込んでしまう。

 

 そんな彼はというと「むっ?」と自分の頭に手をやって、手についた血を確認していた。

 

 

 

「…………切れとるな」

 

「だからそう言ってんだよッ‼︎ 感覚鈍いのは相変わらずだなッ‼︎」

 

 

 

 明らかに深いダメージを負っているにも関わらず、怪我をしたことを気にする素振りも見せないゲンジは、最初あった強者の風格を消し飛ばすほどの天然具合だった。

 

 今は心配の方が勝ち、ユウキはゲンジの傷の手当てを申し出る。

 

 

 

「それ、俺たちを庇ったからですよね⁉︎ し、止血しないと……」

 

「……(わらし)、下がっておれ」

 

 

 

 近寄るユウキを制するゲンジ。どうしたのかと困惑するユウキだが、それは怪我を治す暇がないのだと、すぐに気付かされた。

 

 自分たちに暗い影と羽ばたく風圧を与える存在が、頭上にいたから。

 

 

 

「——急に何かと思えば、さすがは時のヒーロー。危険に晒された民間人を捨て身で守るなんて泣けちゃうね」

 

 

 

 それはもう1匹のボーマンダとそれを操る少女。背に乗った彼女がタンッと地面に降り立ち、余裕のある笑みでこちらを見ていた。

 

 青と白を基調にしたアクア団の女性制服を纏う少女は、右の足首に妙に長いアンクレットを巻いている。虹色に輝く装飾からは、異様な気配を感じさせた。そして、そんな風貌の彼女からはさらに異質なプレッシャーを感じるユウキ。

 

 

 

(なんだあいつ……四天王と戦ってたみたいだけど、互角にやりあってたとか只者じゃないだろ……!)

 

 

 

 身構えるユウキだが、正直戦闘で勝つビジョンが見えなかった。さっきの攻防を見る限り、ゲンジもこの少女も相当な実力者であることは明白である。技の出力が段違いだ。ユウキにはそれがわかるだけに、より緊張に囚われる。

 

 

 

「知り合いがいたものでな。戦いの途中に背を向けて悪かった。不良娘よ」

 

「クハッ!別にわたしは気にしないよ。あんたがやられてくれるなら万々歳だからね」

 

「故郷を穢す輩と組みしておいてその物言いか……やはり仕置きが必要——」

 

 

 

 互いに戦闘姿勢を示しあっていると、ゲンジの言葉が止まった。本人は固まった動画のように静止してしまっているので、周りが不可解に思っていると……。

 

 ゲンジはふらっと力なく倒れた。

 

 

 

「ご、ご老人ッ⁉︎」

 

「だぁーから言わんこっちゃないッ‼︎」

 

 

 

 ダメージにより力尽きたゲンジに駆け寄るハンサムとカゲツ。相棒の危機に彼のボーマンダも驚いたように振り返る。その有様に、敵対していた少女も何とも言えない顔になった。

 

 

 

「……バカなのお爺ちゃん?」

 

「えっと……あんたのお祖父さんなのか?」

 

 

 

 展開についていけず、とりあえず思考から逃げるように少女に問いかけるユウキ。それを聞いて少女はケラケラと笑い始めた。

 

 

 

「アハハ。元四天王がお祖父さんなら、わたしは今頃プロ最強にでもなってたのかもねー!でも残念。昔から癖で呼んでるだけで、血縁でもなんでもないよ」

 

「そ、そうかよ……っていうか何者なんだあんた」

 

 

 

 血縁ではないということはわかったが、元四天王相手にそんな風に話せている時点で既に一般トレーナーではないことが伺える。

 

 昔から——そのワードが気になって、ユウキは彼女の素性を問う。

 

 

 

「何者か。何者なんだろうねわたしは……あえて言うなら何者にもなれなかったってとこかな」

 

「何を言って……あんた、アクア団じゃないのか?」

 

「あーそうだね。そうだったそうだった。今のわたしはアクア団……しがない下っ端工作員さ♪」

 

「……ただの下っ端が、そんな強いのかよ」

 

 

 

 ユウキが感じるのはその不可解さ。明らかにその役職に釣り合わない力を持つトレーナーなのに、それを誇示するわけでもなく、身分も目的も明かさない不気味さで、彼は腰のボールに手をやった。

 

 

 

「クハッ!そんなに波導を荒立てちゃって……もしかしてビビってる?」

 

「は、はどう……?なんの話だ?」

 

「アハハ!そっか。今は固有独導能力(パーソナルスキル)って言うんだっけね。わたしも世俗離れしちゃっててねー。馴染みがないんだ」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)のこともどうやら知っているようだ。その辺りはこの実力を鑑みても意外というほどではない。

 

 むしろ、ゲンジと渡り合うほどのトレーナーなら、何かしらの才能があると見てよかった。

 

 

 

「でもそんなに熱く見つめられると照れちゃうなぁ〜」

 

「あら……そういうことならおふたりで遊んでくる?」

 

「今真面目になってるんでふざけないでザンナーさん」

 

「冗談くらい、笑って流すのが良い男の秘訣よ?」

 

「今そういう余裕がないって言ってんのがわかんないかなァ‼︎」

 

 

 

 少女のおふざけに悪ノリするザンナー。その2人にうんざりするユウキは面倒くさそうに突っ込む。

 

 

 

「さて……まぁそういうのはいいんだけどさ。君たちこそ何者だい?通りすがりの一般人が固有独導能力(パーソナルスキル)持ちだなんて……そんな偶然早々ないでしょ?」

 

「……さっきの爆発に釣られてきたんですよ。そしたらバカスカ撃ち合ってたから」

 

「なるほどなるほど。それは巻き込んで済まなかったね……でも危ないのはわかってて、なーんでわざわざ覗きに来たのかな〜?」

 

「…………ザンナーさん」

 

 

 

 ユウキは少女の目を見て、どうやら逃してはくれなさそうな気配を察知した。後ろにいるザンナーに指示を仰ぐと、彼女はひとつ頷いて口を開く。

 

 

 

「私たちはこの先に探し物に出かけた()()()を探しに行くところよ〜」

 

「ふーん……お仲間ねぇ?」

 

 

 

 ザンナーの発言は、この少女がどちら側なのかを判別する為の確認を兼ねていた。

 

 今ここに来たばかりのユウキたちには、彼女が敵対するに値する相手かの見定めができない。もし話し合って、この先へと進む許可が降りるのなら、交戦していない今しか聞くタイミングがなかった。

 

 だがもちろん……そうじゃなかった時はリスクとなる。

 

 

 

「ちょっと今は通せないね。お引き取り願おうか!」

 

 

 

 少女の双眸が鈍く光る。姿勢を低くして両腕をダランと垂らす。その姿は、まるで野獣の臨戦体勢だった。

 

 

 

「——それは残念♪」

 

 

 

 軽やかな口調で言い放ったザンナー。その視線が、自分とは少しズレていることに少女が気付く——

 

 

 

——“焼き尽くす【韋駄天(いだてん)】”‼︎

 

 

 

 ボッ——と小さな火球が彼女の背後にある何もない空間から射出される。その異常を視界の端で捉え、少女はキレのある身のこなしで回避した。

 

 

 

「いきなり不意打ちなんて……容赦ないね!」

 

「喋ってると下噛むわよお嬢ちゃん!」

 

 

 

 その攻撃はさらに続く。火球を吐き出しているのは種族特性——“過護色”による迷彩を帯びたカクレオンだった。腹に唯一あるギザギザ模様だけは変色させられないが、それ以外の実体は透明に近く、技の出始めのモーションが見えない。

 

 しかし躱しにくいことこの上ないはずのそれを、少女は素早い動きで避けていく。その姿勢は低く、まるで四足歩行型のポケモンのように獣じみていた。

 

 

 

「お嬢ちゃんだなんて、わたしってそんなに可愛らしく見えるのかな〜?」

 

 

 

 その動きのなかでニヤリと笑う少女。そしうして火球を放つカクレオンの居場所を突き止めると——

 

 

 

——ギャオアッ!!!

 

 

 

 背後で飛んでいたボーマンダが、鋭く翼を振り抜いた。その風圧でカクレオンの小さな体は煽られ、後方に吹き飛ばされる。

 

 攻撃の手が緩まったその瞬間、彼女は相棒の竜の背中に飛び乗った。

 

 

 

「それじゃあこっちも遠慮なくいくよ……あんまり可愛くはしてあげられないんでね!」

 

 

 

 それは宣戦布告。掴みどころのない彼女とは裏腹に、相棒のボーマンダが猛々しく吠えた。これは——

 

 

 

——特性……“獰猛威嚇”ッ‼︎

 

 

 

 その咆哮が、その場にいる敵対者全員の体を硬直させた。通常の“威嚇”以上に戦意を低下させる威圧的な気配に、ユウキたちは震えた。

 

 

 

「な……んだ……この“威嚇”……ッ⁉︎」

 

 

 

 これまでに感じたことのないプレッシャーに身が竦む。実体験でわかるのはその効果の強さと異質さ。以前にウリューのギャラドス(バクア)との対戦で見た“威嚇”とは比べものにならない圧力。そしてその効能が攻撃性だけでなく機動力にも影響しているのを感じたのだ。

 

 

 

「それじゃあ足元の悪い中申し訳ないけど、しばらく寝ててもらうよ‼︎」

 

 

 

 足元にきているのはユウキだけではない。カゲツや他の全員もその効果に顔を顰めていた。それをしっかりと確認して、ボーマンダは翼を羽撃かせる。

 

 

 

——“燕返し”ッ‼︎

 

 

 

 上空に舞い上がった巨体が勢いよく空を滑る。その質量から繰り出される突進攻撃を前にユウキたちはその身に来る衝撃に身構えた。

 

 それにいち早く動いたのは——

 

 

 

「みんな息を止めろッ!——“スケッチデッキ”——“ファストドロウ”ッ‼︎」

 

 

 

 その宣言と共に、コートの内側から白地に紫色の紋様の描かれたカードをボーマンダに向かって投げつけた。するとそれが一瞬光り、その模様から煙が噴出した。

 

 それが毒性を含むものだと気付いたボーマンダは、すぐにその進行方向を鋭く変える。

 

 

 

“毒ガス”……カードからポケモンの技が飛び出したのか……?」

 

 

 

 少女はその攻撃を見て分析する。今のは間違いなくポケモンの技だった。それを封じ込めたカードを、あの男が投げつけたのだろうと見当がつく。

 

 

 

「変わった技を使うねぇ……いや、それも特殊な持ち物(ギア)か何かかな?」

 

 

 

 少女は今の攻撃を仕掛けたハンサムを警戒しつつ、ボーマンダを旋回させ、さらに攻撃を加えようと試みる。視界を遮断する“毒ガス”の向こうにいる人間たちを仕留めるために。

 

 

 

「——まずはその霧を消す!」

 

 

 

——“追い風”‼︎

 

 

 

 ボーマンダは一際大きく羽撃かせると、地表にも影響が出るほどの突風を発生させた。これにより“毒ガス”は霧散し、煙の中にいた人間たちを炙り出す。

 

 

 

「——“竜の息吹”‼︎

 

 

 

 その煙が晴れた瞬間、ユウキは高らかに叫ぶ。空にいるボーマンダに効果抜群のドラゴンタイプを持つブレスを吐いたのはビブラーバ(アカカブ)だ。

 

 しかしそれは容易く躱される。

 

 

 

「反撃するのはいいけど、そんなとろくさくて弱っちい攻撃じゃ意味ないよ!」

 

「くっ……!」

 

 

 

 少女の言葉に唇を噛むユウキ。実際指摘された通り、アカカブのブレス攻撃はまだ練度が足りない。奇襲に使える程度で決定力もなく、発射速度もやはり遅いのが現状だ。多少の隙を突いたくらいでは役に立ちそうもない。

 

 

 

「特に——この風の中ではねっ‼︎」

 

 

 

 少女が意気込むと、ボーマンダがさらにスピードを上げて襲ってくる。しかも最初の“燕返し”を悠に超える速さだった。

 

 

 

「——んのっ!」

 

 

 

 ユウキをはじめ、“獰猛威嚇”の影響を受けつつもなんとか飛び込むようにその場を離れた一同は、ボーマンダの攻撃をやり過ごす。しかし通過した後の強風に煽られ、その場でとどまれず吹き飛ばされるユウキ。

 

 それを咄嗟にアカカブが受け止めて事なきを得た。

 

 

 

「ありがとうアカカブ……にしてもなんて速さだ……!」

 

 

 

 ユウキはボーマンダの機動力と攻撃性能に舌を巻く。元よりドラゴンポケモンは全体的にステータスが高い。その分気性が荒く手懐けるのも大変なのだが、それをああも見事に操って見せているのに驚愕する。

 

 しかもこの“追い風”による領域変遷(コートグラップ)。自身で起こした風の気流を掴み、機動力をさらに高められると手がつけられない。こちらの手持ちの間合いでは届かない上空にいられるのも条件としては悪かった。

 

 

 

(攻撃力も素早さも向こうのが上……実践経験もさっきの身のこなしからしてかなりあるんだろうな。俺個人で向かっていっても勝ち目は薄い——こっちが唯一勝ってるのは人数くらいか!)

 

 

 

 ユウキは次の攻撃が来る少しの間、固有独導能力(パーソナルスキル)により自分の時間を引き延ばす。時論の標準器(クロックオン)はまだ情報が足りず発動できない為、やはりある程度この強敵と戦う必要がある。

 

 それで敵うのかまではわからないが、とにもかくにもそれ以上好き勝手にさせるのはまずいと判断したユウキ。チラッとさっき倒れたゲンジの方を見る。

 

 

 

(——完全に伸びてる。唯一拮抗できるボーマンダ使いが倒れてるとなると、やっぱこっちで対処するしかないか……となると、ぶっつけ本番になるけど、アレ試すか)

 

 

 

 元四天王がアテにできないことを確認して、ユウキは覚悟を決める。それはこうした遭遇戦において、いつか役に立つかもとトレーニングしていた作戦だった。

 

 

 

「——まずは君からかな!」

 

 

 

 ボーマンダに乗る少女が最初に目をつけたのはユウキ。彼女の翼竜も凶暴な目付きで獲物を捉えた。“追い風”で加速された“燕返し”を躱す手段がなければ、ユウキたちは一巻の終わりだ。

 

 

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 そこに突っ込んだボーマンダ。恐ろしい破壊力でユウキたちを周りの地面ごと吹き飛ばした。その爆煙で彼らの安否は不明。それを見ていたハンサムが「少年ッ‼︎」と声を荒げた。すると——

 

 

 

——ビィィィ……!

 

 

 

 謎の音が土煙の中から響く。音の正体を探るように周りの人間たちが音のする方を睨んでいると……その煙の中から、ユウキが勢いよく飛び出してきた。

 

 

 

「あれは——⁉︎」

 

 

 

 人間には出し得ない速度で姿を現したユウキ。それにハンサムが驚くが、その理由はすぐにわかった。

 

 彼の足元にいる——ユウキが乗っているのがアカカブだったからだ。

 

 

 

「うわっ!くっ——ふっ‼︎」

 

 

 

 高速かつ低空をまるで滑るように地面スレスレを飛ぶアカカブ。それをまるでサーフボードのように乗り、そのアカカブが羽を高速で震わして強力な斥力を後方に放って強く滑走している。その危なっかしくも高速での移動に成功しているユウキは、うまくいったことに喜ぶ。

 

 

 

(ビブラーバになったアカカブの特性は“浮遊”!羽の揚力を使わなくても、特性で発生させた浮力で地面に触れる事なく移動できるこいつとなら——俺もこの戦闘についていける!)

 

 

 

 ユウキがストリートファイトにおいての懸念。それはトレーナーである自分が戦闘の足を引っ張ってしまうことにあった。

 

 運動能力は日々の鍛錬で最低限のものを保ってきたが、やはりポケモンの攻撃に晒されると無力。躱すことに集中すれば、その分ポケモンへの指示に遅れや甘さが出る。

 

 それらを改善する為に、ユウキが欲したのは自身の機動力。ボーマンダに乗る彼女のように、自身も高速戦闘についていける手段を模索していたのだ。

 

 それが——ユウキとアカカブが編み出した戦闘スタイル。

 

 

 

——“浮遊板竜(コンバットサーファス)”!!!

 

 

 

 

 

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戦いの波に乗れ——!

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第150話 ドラゴンスクランブル


暑い以外のことを言うはずが、暑すぎてそれしか出てこなかった前書き。




 

 

 

 時は少し戻って、ハジツゲで俺たちがトレーニングをしていた頃の話。

 

 ホウエン地方には滅多に雪なんか降らない。その代わりといわんばかりに大量の火山灰が降り積もる屋外では、日課のランニングひとつとってもいつも通りにはできない。

 

 そんな中、俺たちは利用者もなく、手入れもほとんどされていない寂れたバトルコートをほぼ貸切にしてトレーニングに励んでいた。

 

 

 

——ザッザッザッ……。

 

 

 

 コート外周を適当にランニングするが、灰で足が滑りそうになる。一応ある程度除去してから始めたのだが、完全に綺麗にしているとトレーニングの時間がないのでほどほどになってしまった。

 

 普段と勝手が違うだけにポケモンたちもちょっとやりづらそうだった。それが最も顕著だったのは——ビブラーバ(アカカブ)である。

 

 

 

「おーいアカカブ〜!“浮遊”してサボんなー!」

 

 

 

 アカカブは何食わぬ顔でランニングに参加していたが、見せかけだけ足を地面につけて、ほとんど特性“浮遊”による浮力だけで外周をサボっていた。

 

 バレたと思ったアカカブは明後日の方に視線を向けて「ビービー♪」と口笛のような何かを奏でてとぼけていた。進化してから妙に人間臭くなったような気がするのは思い過ごしだろうか?

 

 

 

「まぁこんだけ灰に足取られてたらやる気も下がるのはわかるけどな……ていうか便利だよなそれ」

 

 

 

 特性“浮遊”は文字通り、地面に反発する磁石のように浮き上がる特性だ。理由はポケモンによって変わってくるが、ビブラーバや進化後のフライゴンのそれは、生命エネルギーが地面と反発する作用を生み出しているとか。

 

 長年この2匹は有翼だったから、その翼の揚力で浮き上がっているものとされていたが、地面を滑走するような挙動に説明がつかなかったので、科学者が再調査したところ判明した新事実らしい。何気にこれを解明したのが我らがオダマキ博士ってところは素直に凄いと思った。

 

 

 

「でも足腰のトレーニングになんないからな?“浮遊”で滑るのが楽なのはわかるけど……いや羨ましいとか思ってないけどな?」

 

——ビバァ?

 

 

 

 いかんいかん。ちょっと滑るの楽しそうだなとか思っていることを勘付かれるとこだった。実際はもう手遅れだったが、そんな言い訳を心の中でする俺は話をトレーニングに切り替える。

 

 その時、俺の中である閃きが——。

 

 

 

「……アカカブ。お前、どんくらいまでなら浮かせられる?」

 

——ビ、ビバ……?

 

 

 

 俺の問いに若干引き気味のアカカブ。彼も何をさせられるのかはわからないだろうが、俺の抱いた悪戯心に勘付いたらしい。ダイジョウブ。コワクナイヨ。

 

 

 

「お前が進化した時から、ちょっと期待してたことあるんだ……本当はもう一段階進化してからでも良かったんだけど……やれるかどうかだけ試させてくれたらそれでいいからさ?」

 

——ビ、ビバ……ビバッ!

 

 

 

 今自分が悪い顔している自覚はある。本当にそれは俺のやってみたかっただけのお遊びだし。それに待ったをかけるようにアカカブが弱々しく鳴くが……ごめん。ちょっと我慢できない。

 

 

 

「一回でいいから、ポケモンライドしてみたかったんだ……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

浮遊板竜(コンバットサーファス)”——‼︎

 

 

 

 ユウキはアカカブに乗っていた。“浮遊”の能力で地面スレスレを滑走することを利用し、さらに推進力をビブラーバ特有の羽による音波を後方に向かって放ち続けることで獲得。これによりユウキはサーフボードに乗るようにして、地上を高速で移動する術を得た。

 

 

 

「へぇ!面白いこと思いつくねキミ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダに乗った少女がその姿に高揚し、滑走するユウキとアカカブめがけて“燕返し”で迫る。彼女の使用した“追い風”により戦場にはボーマンダを後押しする風が吹いている。上乗せされた飛行速度はあっという間にユウキたちの元へと到達する。

 

 

 

「——“鬼火”ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが言い放った技はアカカブが使用するはずのない“鬼火”。ビブラーバという種のことを知っている彼女からしてもそれは不自然で——それ故に自分に迫る危機に勘付いた。

 

 

 

「後ろか——‼︎」

 

 

 

 彼女が振り返ると、そこには黒いてるてる坊主のようなポケモン——カゲボウズのテルクロウが身構えていた。テルクロウが放った青白い炎は怪しい軌道を描きながらボーマンダに向かう。

 

 それをボーマンダも察知し、主人に言われるまでもなく右へと舵を切ってそれを躱した。

 

 

 

(さっきの爆風に紛れて自分とは反対方向にボールを投げていたのか……しかも“追い風”の軌道に乗せて“鬼火”の弾速を加速までさせて!)

 

 

 

 その判断の速さに舌を巻く少女。彼女はそれをやってのけた少年の実力を改めて再認識する。だが——

 

 

 

「小細工がお得意なようだね……これは楽しめそうだ♪」

 

 

 

 言葉の明るさとは裏腹に、彼女からまた一段と強いプレッシャーを感じるユウキ。この圧力にユウキも苦しめられていた。

 

 

 

(神経削られるな……ただの気迫とかそんなんじゃない。多分……いや、間違いなく固有独導能力(パーソナルスキル)だろな……!)

 

 

 

 ユウキの感じているものの正体に勘付く。最初に使った“獰猛威嚇”の効果かと思ったが、彼女の雰囲気の変化に合わせてその圧を感じていた。固有独導能力(パーソナルスキル)のことも知っていることを踏まえると、既に何らかの能力を行使していると見てよかった。

 

 そんな彼女が再び動く前に、ユウキははっきりと問いかける。

 

 

 

「本当に……本当にあんたと俺たち、戦わなきゃならないんですか⁉︎」

 

「んー?藪から棒だね。もしかして戦いたくないって口かい?」

 

 

 

 少女はユウキの言葉を受け流す。その余裕さのどこかで、何か苛立ちのようなものを感じさせた。

 

 

 

「私たちはもう刃を交えたんだよ?利害は一致していない。それを悠長にイチから説明してあげる義理もない。既に攻撃は加えられてるんだ」

 

「……それでも、こうしてあんたは俺と話してる。それは、まだその余地はあるってことじゃないのか⁉︎」

 

「そうだね。確かにまだ私には余裕がある。でもそれはなんでかわかるかい?」

 

「え……?」

 

 

 

 少女の問いの答えをユウキは知らない。それを考えようとした矢先、彼女はボーマンダを動かし、叫ぶ。

 

 

 

「——私の方が強いからだよッ‼︎」

 

 

 

——“燕返し”ッ‼︎

 

 

 

 吹き荒れる風に乗って、一段と鋭くその身を翻すボーマンダ。それを受けて、アカカブも再び“浮遊板竜(コンバットサーファス)”でユウキを危険から遠ざける。

 

 

 

「くっ……!」

 

「私たちの方が強いなら、確実に要望を通すために実力行使する方が早いのさ!君たちが僕より強くない限り、交渉の余地なんてない!それを戦わずに話し合いで解決させようだなんて……」

 

 

 

 ボーマンダはアカカブの移動速度を優に超えて襲いかかる。アカカブも懸命に体を振って動くが、まだ慣れない作戦に上手く滑ることができない。そして——

 

 

 

「——想像力が足りないよ

 

 

 

 ついにその翼がユウキの体を掠めた。

 

 

 

「ぐァッ……‼︎」

 

——ビバッ!

 

「だ、大丈夫だ!お前は運転に集中しろッ‼︎」

 

 

 

 傷ついたユウキを気遣うアカカブを叱責して、逃げの一手を敢行する。その様子を見て、少女はさらに攻撃を激化させる。

 

 

 

「そうやって逃げ回るくらいなら、鼻から退散しておけばよかったんだ!別に君にはどうでもいいでしょ?中の人間がどうなったってさ!」

 

 

 

 ボーマンダが迫る。だが少女の一言はユウキの琴線に触れていた。その文言が『中の人間に危害を加える』——というように聞こえたから。

 

 

 

「——よくねーよッ‼︎」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)時論の標準器(クロックオン)——発動!

 

 

 

 ユウキの激情に煽られ、時論の標準器(クロックオン)が発動。自分に向かってくる軌道上に出現した照準を模した緑色のイメージが、ボーマンダの攻撃手段を教えてくれる。

 

 そこへ——

 

 

 

「——鬼火(振りかけろ)ッ‼︎」

 

 

 

 上空にいたテルクロウがボーマンダに向かって“鬼火”を複数放つ。これに当たるとボーマンダは火傷を負い、継続的なダメージと攻撃半減の能力低下(デバフ)を食らうことになる。その痛手は少女にとっても無視できない。すぐさまボーマンダを翻して“鬼火”を躱す。

 

 

 

「能力発動か……!気に障ったみたいだね!」

 

「もし勘違いさせたなら謝るよ……俺は聞いただけだ」

 

 

 

 翻したボーマンダはさらに鋭角にユウキたちに襲いかかる。“鬼火”での時間稼ぎも一瞬しかできない。でも、ユウキにはその一瞬で充分だった。

 

 

 

(……⁉︎——ビブラーバがいない⁉︎)

 

 

 

 少女は気付く。ユウキの足元にいたはずのアカカブが消えていることに。そしてその背後にあった地面の穴に気が付いて——

 

 

 

「あんたにやられる覚悟があるのかどうかをなッ‼︎」

 

 

 

 突如、ボーマンダの真下の地面が弾けた。それは地中に隠れていたアカカブの突き上がり。それが空を飛んでいたボーマンダを捉える。

 

 

 

——ボァッ⁉︎

 

 

 

 腹部にアカカブが突っ込んだ衝撃で怯むボーマンダ。しかしダメージは微々たるものらしく、その竜はさらに狂気じみた顔でユウキ達を睨んだ。

 

 

 

(マジか……アカカブの全力がクリーンヒットしたのに——だがッ‼︎)

 

 

 

 ダメージの少なさに驚きつつ、ユウキは次の手を打っていた。こちらに意識が改めて集まったところで、テルクロウが“鬼火”を撃つ。これが当たれば強力な物理攻撃を弱めやれる。そう思っていたが——

 

 

 

「何度も同じ手を——ッ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダは翼を強く羽撃かせる。それは風を煽るようなものではなく、一陣の風を切り裂くような鋭利な刃に変化させる。これは最初にゲンジ戦で見せた——

 

 

 

——“エアスラッシュ”!!!

 

 

 

 その風は跳ね上がるような軌道でテルクロウの“鬼火”を相殺——いや、消し去ってテルクロウを切り刻む。

 

 

 

——カゲェッ‼︎

 

「テルクロウッ!!!」

 

 

 

 悲痛な叫びを聞いたユウキはアカカブに乗り直し、被弾し落下していくテルクロウの近くまで寄る。このままでは危険と判断し、すぐにボールに戻した。

 

 

 

「ごめんテルクロウ!よくやった!」

 

「よそ見してていいのかなぁ?」

 

 

 

 テルクロウを戻しに行った時、ユウキは自分の失策に気付く。この場所を目掛け、既にボーマンダはスタートを切っていたのだ。

 

 誘われた——そう気付いた時には、もう遅かった。

 

 

 

「しまっ——」

 

“スケッチデッキ”——“ファストドロー”ッ‼︎」

 

 

 

 その攻撃が直撃する寸前で、その声が高らかに響く。それはハンサムが割って入る瞬間だった。彼が投げ入れたのは先ほどと同じ模様の入ったカード——灰色の紋様が光ると、あたりに高周波が響き渡った。

 

 

 

「また妙な技を——」

 

 

 

 その音に鼓膜を揺らされた少女とボーマンダは、姿勢を崩しつつ退避する。またもユウキを仕留めるチャンスを逃した。

 

 

 

「すまない!助太刀が遅れたッ‼︎」

 

「す、すみません……なんて言ったんですか?」

 

 

 

 ハンサムが声をかけるが、間近にいるにも関わらずその声がユウキに届いていない。何事かと改めてユウキを見たハンサムが青ざめる。目をぐるぐると回していた。

 

 

 

「あの……今の“超音波”ですよね……それで耳が……」

 

「あぁっ!すまない少年ッ‼︎ ほら、“キーのみ”を食べるんだ!」

 

 

 

 カードから飛び出した技はどうやら“超音波”らしく、それによって間近にいたユウキは混乱状態になっていた。それに申し訳なく思いつつ、その状態から回復するための木の実をユウキに与えた。

 

 

 

「モグモグ——うー……な、なんとか戻りました」

 

「そうか。悪いが今のは不可抗力だ。私の使う“ファストドロー”は何が出るかわからんからな」

 

「えぇ⁉︎ そんなもんで戦ってたんですか⁉︎」

 

 

 

 ハンサムの言い放った驚愕の内容にユウキもひっくり返りそうになる。まさかそんな使い勝手の悪い技を使用しているとは——いや、そもそもの話、彼はどうやってその技を使っているのかがユウキにはわからなかった。

 

 

 

「ポケモン持ってないように見えるんですが……」

 

「これはマイバディが作ってくれたものでね。特殊な厚紙に描き記された紋様に込められた技を取り出せるんだ。カードは使い切りだし限りもある——何より技の発声で反応を起こすまではどんなタイプの技かもわからないんだ」

 

「……………ちょっと待って?」

 

 

 

 ハンサムの説明にユウキは待ったをかける。だがハンサムはそんな少年の心配など露ほども気付かない。

 

 

 

「何かわからないことでも——ああ!これに込められるのは相手に仕掛けるタイプの変化技ってことを言い忘れていた!敵に知られると厄介だから、この事は黙っておくように‼︎」

 

「ただいま現在進行形でその敵に聞かれてんですよッ‼︎ バカかあんたッ!!!」

 

 

 

 ユウキは天然中年の愚行を、空に浮く竜を指さして指摘する。それを受けてハンサムは——

 

 

 

「あっ!!!」

 

「『あっ』——じゃねぇよッ‼︎」

 

「……何してんのキミら?」

 

 

 

 ハンサム。ウルトラミス。これには相手をしている少女も苦笑いである。

 

 

 

「でもいい事聞けたよ。要はそれに殺傷力はないんだね?しかも出せる変化技は選べない……多くの技の中から気にしなきゃいけないのは攻撃と素早さ辺りを下げるもの。麻痺や火傷、眠りも含めると少し抽選率は上がるけど……多めに見積もっても2割くらいが現実的な割合かな?」

 

「おおー!キミは賢いなぁッ‼︎」

 

「敵褒めてどうすんの⁉︎ というか肯定すんなっ‼︎」

 

「正直だねオジさん。その正直さに免じて——」

 

 

 

 少女はニタリと笑い、ボーマンダを叩いて合図する。先ほどよりも攻勢を強めるために——。

 

 

 

「——早めに気絶させてあげるよ!」

 

「ハンサムさんッ‼︎」

 

 

 

 まずは不確定要素の強いハンサムから仕留めると決めた少女。ボーマンダはその意志を汲んで鋭く“燕返し”を繰り出した。

 

 

 

「頼む——ジュプトル(わかば)ッ‼︎」

 

 

 

 無防備なハンサムに向かうボーマンダに向けて、ユウキは咄嗟にボールを構える。そこから射出されたわかばが、ハンサムに向かうボーマンダの体に瞬時に飛びついた。それによってボーマンダの軌道は僅かにずれ、ハンサムの真横を通り過ぎた。

 

 

 

——……ルォッ‼︎

 

「また新しいお仲間?手数だけは一人前だね!」

 

 

 

 高速飛行するボーマンダにしがみつくわかばに声をかける少女。そしてそれを振り落とさんと、ボーマンダは空で何度も切り返す。

 

 

 

——………ッ!

 

 

 

 何度目かでわかばは掴んでいた手を離してしまう。そのまま自由落下の体勢に入るが、当然そこを彼女も狙っている。

 

 

 

「空中で身動き取れないでしょ?」

 

 

 

 ジュプトルは陸上生物。空にいる間にできる抵抗は限られている。そこを狙われる事は敗北と同義だった。

 

 わかばを除けば——

 

 

 

——“タネマシンガン【雁空撃(ガンマニューバ)】”!!!

 

 

 

 わかばは掌中で生み出した爆裂性の種を握りつぶし、爆発する斥力で空中を駆けた。

 

 

 

「ありゃ——?」

 

「わかば——ッ‼︎」

 

 

 

 予想外の挙動にボーマンダの補足が間に合わない。そのまま地面に【雁空撃(ガンマニューバ)】で地面に素早く降り立ったわかばがユウキの元に戻ってくる。

 

 その一連の動きを見て、少女はまたほくそ笑む。

 

 

 

「その身のこなし……さっきまでの子たちとは違うね。その子が君のエースかい?」

 

「……だったらなんだ?」

 

 

 

 少女の問いにユウキは怪訝な顔で答える。それを聞いて彼女は——

 

 

 

「知ってると思うけど、ボーマンダのタイプは“ドラゴン”と“飛行”——草技が主力の君にはどちらも効果今ひとつだ。さらは基本スペックがまるで違う……この絶望的な差を君はどう思う?」

 

 

 

 彼女が提示するのは至極当たり前の現実。明らかに不利相性のポケモンを繰り出したユウキに対する指摘、忠告に近かった。

 

 ユウキとしても本当はこんなマッチアップは望まない。実力的に差がある相手だからこそ、いたずらに弱みを見せるべきではないとわかっていた。例えそれが信頼に足る最強の手持ちだとしても。

 

 それでもユウキは……精一杯強がって見せる。

 

 

 

「絶望なら、何度も乗り越えてきた。その経験から言わせてもらえば、『やる前から決めつけんな!』——ってとこかな」

 

 

 

 それを聞いて、少女はユウキにも聞こえない声で呟く。

 

 

 

「……これだから子供は嫌いなんだよ。想像力が無さすぎてさ」

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキたちが戦う一方、注意があちらに向いている間にザンナー、リオン、カゲツの3名とボーマンダが気絶したゲンジを運ぶために少し離れた岩場に隠れた。

 

 ゲンジは流血による貧血と頭に衝撃が加わったことで気を失ったらしく、命に別状は無さそうだった。しかし、彼と出会った瞬間に欠いた現状はやはりよろしくない。

 

 

 

「チッ——余計なもん押し付けやがって……さっさと起きねぇかジジイ!」

 

「ちょっと!四天王といえど一応は怪我人よ?目が覚めたって戦わせらんないわよ!」

 

「くそったれッ‼︎ おかげこっちはガキと中年が犠牲か⁉︎ 冗談じゃない‼︎」

 

 

 

 リオンがカゲツを嗜めると、カゲツはさらに逆上して喚いた。それは弟子のユウキが四天王クラスのトレーナー相手に戦っているという不安からなのか、普段の彼にはない焦りが見えた。だが、こういう時にザンナーはやはり冷静だった。

 

 

 

「はいはい喧嘩は勘弁!出会ったばかりで巻き込んだことは謝るわ。でも起きてしまったたものはしょうがない。今は打開策を考えましょう」

 

「チッ……わぁったよ!」

 

 

 

 半ば無理矢理だったが、カゲツは出した矛を収める。それで今できることを考える方向へと話は移った。

 

 

 

「四天王としての意見が聞きたいわ。ぶっちゃけさっき女の子が操ってたボーマンダって強いの?」

 

「ああ……チラッと見ただけだが、ありゃ相当やる。見る感じまだ足止めに徹してるだけみてぇだから本気でやってねぇんだろうがな」

 

「つまり……本気になってなくても充分あしらえる強さってわけね」

 

 

 

 余裕は強者特有の態度。力量を正確に量る経験値を持つからこそ許された慢心とも言える。同時にそれは付け入る隙にもなるのだが——

 

 

 

「隙を突こうにも相手は空だ。生半可な奇襲は的でしかねぇ……下手に手をだしゃ状況は悪化する」

 

「さすが四天王♪ 分析も正確で助かるわ〜」

 

「茶化してる場合かッ‼︎ くそったれ……せめてこのジジイが起きてれば……」

 

 

 

 口惜しく気絶しているゲンジを見て、次いでそばに鎮座しているボーマンダを見る。

 

 10年前から活躍していたボーマンダ。四天王戦でも辿り着く者が極端に少なかったが故に様々な噂が飛び交う存在だった彼ら。その噂に共通するのは、尋常ではない強さを持つと言うことだった。

 

 今その強力な武器を遊ばせている状態なのである。カゲツとしてもあちらのボーマンダに対抗する為に使いたいと考えていた。

 

 

 

「カゲツ。あなたボーマンダ(この子)と飛んであげられないの?」

 

「できたらとっくにやってらぁ。だがコイツは認めた相手しか背中に乗せねぇし手も貸さねぇ。ジジイの言うことを聞くのは、ジジイを認めているからだ……取り分け、一度腐った俺のことなんざ認める認めない以前の問題だ」

 

「…………」

 

 

 

 カゲツが自分を皮肉っぽく言うのを見て、ザンナーも思うところがあったのか、神妙な面持ちで黙っている。そしてそれを肯定するように、ボーマンダもそっぽを向いた。

 

 『力は貸さない。この腑抜けめ』——そう言いたげな視線だけをカゲツに向けて。

 

 

 

「……でもどうする?残念だけど私たちもあそこまで警戒されてるボーマンダ相手にできることは限られてる。拘束の類もないわけじゃないけど、どのみち地面に降りてきてもらわないと難しいわ」

 

「その辺をユウキくんたちにお願いするのはどう?」

 

「バカたれ!そんなもん伝える暇もねぇだろ!」

 

「となると……ユウキくんたちのサポートってことになるわね……」

 

「ノコノコ出ていって数秒囮にでもなるか?その数秒後は血塗れだろうがな」

 

 

 

 完全に制空権を独占している少女のボーマンダ。厄介なのはユウキたちが戦っている場所が岩石地帯というフィールドにもある。地上戦なら視界を切ることに役立てられるが、上空からの視覚だと、物陰に潜んでいるのが丸見えとなってしまう。

 

 こちらが不審な動きをすれば、おそらく動く前に潰されてしまう。

 

 

 

「ユウキくんたちが彼女の意識を集めるのを待つ?」

 

「そんなの待ってたらあの子もハンサムもボロボロよ。何より時間稼ぎが向こうの目的。時間をかける手段は相手にとっても好都合よ」

 

「……どのみち、どこかで無理を通さなきゃなんねーってことだな」

 

 

 

 今こうしている間にも、ユウキとハンサムは着実に削られている。そして応じ手を誤れば、その瞬間に彼らも悲惨な目に遭うのだ。それを防ぐ意味でも、ここで手をこまねいてるわけにはいかない。

 

 そう思ったカゲツは、無理だと切り捨てた手段を取ろうとする。

 

 

 

「カゲツ……まさかあなた——」

 

「よく考えりゃ、やってもないうちから無理だと弱音吐くのは流儀じゃねぇ。こんな状況だ。多少の無礼は許せよ……ボーマンダ?」

 

 

 

 そう言ってカゲツはボーマンダに近寄る。すると——

 

 

 

——ガァッ!!!

 

 

 

 ゲンジのボーマンダは吠えた。その音圧に吹き飛ばされそうになる一同。この圧力は……。

 

 

 

(なんて威圧感なの……?あれが主人の旧友に向けるもの?いけない。いくらカゲツでもこれは——)

 

 

 

 これには冷静だったザンナーも危機感を覚える。ポケモンにだって知性はある。故に正しく育てられた彼らが無闇に人を傷つけることはない。でもその琴線——プライドに踏み込む者を拒むのは、ドラゴンポケモンに多く見られる現象だ。

 

 その時の彼らは、例えトレーナーに飼われていても容赦がない場合が多い。

 

 

 

「カゲツ……!」

 

「騒ぐなよ。黙ってみてろ……」

 

 

 

 カゲツへの危険を察知したザンナーが呼び止めるが、逆に邪魔をするなと無視させる。カゲツはその威圧に臆することなく——ボーマンダに触れた。

 

 

 

——バチィ!!!

 

 

 

 その瞬間、ボーマンダの尾がカゲツの顔面を弾いた。

 

 

 

「カゲツ——ッ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダの尾は細い先端でも人の腕程の太さはある。本気で振るってはないだろうが、それでも人間には充分凶器となり得た。

 

 吹き飛ばされたカゲツに駆け寄るザンナーとリオン。だが、カゲツはその助けの手を振り払った。

 

 

 

「触んな……ちょっと戯れてきただけだろ?」

 

「無茶よ!あの子は他人の指図を受けつけるようなポケモンじゃないッ‼︎ 不用意に近づいて……打ちどころが悪かったりしたら、最悪死ぬわよ⁉︎」

 

「随分心配すんじゃねぇか……俺とお前は出会ったばっかの他人だぜ?」

 

「そんなこと……ッ!」

 

 

 

 リオンが必死な声色でカゲツをとどまらせようとすると、カゲツはそんな風に突き放す。それに反発するような表情を見せるリオンは、どこか悲しそうだった。

 

 

 

「気にすんな……ボーマンダ(あいつ)だって同族に主人傷物にされてんだ。やり返したくてウズウズしてるだろ。それにちょっと便乗するだけだ」

 

「でも……これ以上拒まれたらあなた——」

 

「うるせぇ。拒まれるなんざ……痛くも痒くもねぇ」

 

 

 

 カゲツは歩み出す。ボーマンダに向けて。その瞳はヤケになっているわけではないことを示す闘志を宿していた。

 

 

 

「そりゃ不甲斐ねぇわ。何せ俺は、自分の役割から逃げたんだ……四天王って肩書きじゃねぇ。強いトレーナーとしてあるべき立場からよ……」

 

 

 

 カゲツは誰にでもない独白をしながらボーマンダに近寄る。その間合いに入った時、今度は触れてもいないのに、ボーマンダはカゲツをまた尻尾で弾き飛ばす。

 

 

 

「カゲツ——」

 

「黙ってっつってんだボケッ!!!」

 

 

 

 リオンの声を掻き消すカゲツ。今度は吹き飛ばされつつも体勢を立ったまま保って、再び歩き始める。その姿を、ボーマンダはいつの間にか正面で捉えるようにしていた。

 

 

 

「……あの時俺は、ヤケを起こしただけだ。HLCのやり方は今も受け付けねぇが、それでも怒りに任せて暴れるなんざ許されねえ。それは誰に?——世間や組織にじゃねぇ。俺を信じて戦ってた手持ち(あいつら)にだ」

 

 

 

 今はそれを取り上げられ、無力な男としてホウエンを徘徊している。そんな亡霊のような自分に、そろそろ嫌気が差してきたと、カゲツは自分を酷く嫌った。

 

 

 

「だがそんな自虐が何の役に立つ?今更頭下げて許してくださいってか?——そんなもん酒の肴にもなりゃしねぇ……今やんなきゃいけねぇのは……こんなクズでも役に立たなきゃいけねえってことだ」

 

 

 

 その目に悲観的なものは僅かも含まれてはいない。代わりに全身からは迸るような闘気が溢れていた。それをボーマンダも肌で感じていた。

 

 

 

「頼むぜボーマンダ……いやオウガよ。わがままだがよ……俺に力を貸してくれ……!」

 

 

 

 カゲツは再びボーマンダ——オウガの間合いに入る。だが今度は尻尾による攻撃はなかった。そのままカゲツは歩を進め、ボーマンダに触れる。

 

 

 

「弟子を……助けさせてくれ」

 

 

 

 溢れる闘志とは裏腹に、切実なその言葉。オウガはそれを聞いて、そっと瞳を閉じ——

 

 

 

——バヂィィィ!!!

 

 

 

 一際大きく、その尾を振ってカゲツを弾いた。

 

 

 

「カゲツッ‼︎ もう——」

 

「…………クカ……」

 

 

 

 リオンが駆け寄ろうとして、それでも止まったのは、カゲツが踏みとどまったから。

 

 そのカゲツは項垂れて、口から血を滲ませて……それで、笑っていた。

 

 

 

「クカカカカ……ギャハハハハハ‼︎」

 

「カゲツ、どうしたのかしら?」

 

「頭叩かれすぎておかしくなった……?」

 

 

 

 カゲツの場違いな爆笑に、姉妹は共に顔を見合わせて戸惑っていた。そんなカゲツはまたオウガに向かって歩きだす。

 

 

 

「俺としたことが気持ち悪ぃ〜自語りが過ぎたな。そうだそうだ。お前が聞きてえのはそういうことじゃねぇよな?」

 

 

 

 カゲツはオウガの間合いの僅か外までで止まった。彼は間違えたと、非礼を詫びはじめた。

 

 

 

「下手に出て、同情誘ってどうのこうのなんて、お前は興味ねぇわな。強さだけを指標に生きてきた気高さがお前の売りだ。そのプライドを試すような真似して悪かったな」

 

 

 

 そう言って、カゲツは三度オウガの懐に入る。その瞬間、さらに速く尻尾をスイングさせた。

 

 それを——カゲツは飛び越して躱す。そして、一気にオウガの背に降り立ち、竜の頭部を鷲掴みにした。

 

 

 

「——つべこべ言わずに言うこと聞けや。俺様に使われろッ‼︎」

 

 

 

 迸る闘志は赤黒い稲妻のようにオウガの全身を駆け巡る。固有独導能力(パーソナルスキル)越しに与えられた威圧感、奥底の凶暴性、彼が再び取り戻しつつある覚悟を感じ取り、歴戦の竜はその(こうべ)を下げた。

 

 

 

「——いい子だ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキはアカカブを乗りこなしつつ、わかばに指示を出しながら戦っていた。

 

 

 

「——上だッ‼︎」

 

 

 

 わかばのいる場所に影ができる。それは少女のボーマンダが頭上から突撃する直前だった。

 

 

 

——ルォッ‼︎

 

 

 

 わかばは瞬時に地を蹴りその場を退避。瞬間、先ほどまでいた地面が突然抉れた。ボーマンダの“燕返し”によって。

 

 

 

「まだ速くなるのか——!」

 

「アハハハハ!そろそろ理解してきたかな?勝てないってことがさぁッ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダは不規則な飛行をしつつさらに加速。“追い風”があるとはいえ、その挙動は常軌を逸していた。頭上という地上戦を主体にするユウキの手持ちでは対応しきれない。

 

 

 

(どうする⁉︎——この風じゃ【雁空撃(ガンマニューバ)】での対空戦も安定しない!遠距離技は軒並み草技でほとんど効果なし!アカカブを攻めに回せば俺の機動力が落ちる……クソッ!)

 

 

 

 自分の無力さに思考が鈍る。それを外に追いやるように頭を振る。

 

 

 

「できないことを考えても意味なんかない!——強い相手にできることを探せ……俺の仲間は……弱くないんだから!」

 

 

 

 ユウキは手持ちを信じる。自分より前で戦う者たちを信じる彼は、その能力を最大限発揮できる場所を探して、導こうと必死だった。

 

 本当にそんな場所があるのか……そんな後ろ向きな気持ちと闘いながら。

 

 

 

「そろそろついて来れなくなってきたッ?」

 

 

 

 ボーマンダがわかばの肩を掠める。それだけで半身を吹き飛ばされるような感覚に驚くわかば。

 

 

 

「わかば——ッ‼︎」

 

——ルァッ‼︎

 

 

 

 ユウキの声に余力があることを伝えるわかば。しかし避けきれなくなってきているのも事実。いい加減何か策を思いつかなければ捕まるところまで来てきた。

 

 

 

(能力は探してる……でも——)

 

 

 

 ユウキの時論の標準器(クロックオン)はもう散々見たボーマンダの動きからかなり情報を得ている。実際にその予見は的中しているのだが、あまりにも速いボーマンダの飛行速度にわかばが追いつけない。

 

 イメージの照準にたどり着けないと、それは砕けて霧散する。

 

 

 

「随分と能力頼りの戦い方だね!そんなんで——わたしたちを捕まえることなんてできないよッ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダはわかばの背後を取る。しまったとユウキが思う頃には回避し切ることは叶わない位置取りをされてしまった。

 

 ならばと、わかばは体を深く沈めてその一撃が届くのを僅かに遅らせる——そして、体を捻ってボーマンダの側面を蹴飛ばし、その反動でその場を離れた。だが——

 

 

 

——バヂィィィ!!!

 

 

 

 離れ際にボーマンダの尻尾がわかばを叩いた。躱されることを想定して飛んだ先に攻撃する心構えをしていたのだ。体格を存分に活かした攻撃はわかばを地面に叩きつける。

 

 

 

——ルォッ!ルァッ‼︎

 

 

 

 転がるたびにわかばは腕と足で受け身をとってダメージを最小限にしつつ、体勢を立て直す。だが、すでに追撃は行われていた。

 

 

 

——“燕返し”ッ‼︎

 

「させるかぁぁぁ!!!」

 

 

 

 そこに飛び込んできたのはアカカブに乗ったユウキ。その推進力そのままに、ボーマンダの横腹に突進する。その衝撃は、僅かにわかばへ向けていた進路を変えた。

 

 

 

「無茶するねぇ!命知らずなことで‼︎」

 

「わかばはやらせないッ‼︎」

 

 

 

 クロスプレイでなんとか切り抜けるユウキだが、いよいよ後がない。ユウキの持つ作戦も、この月日でかなり増えてきてはいるが、このレベルの相手となると使えるものも限られてきている。そこから選び抜いた奇襲の類はもうほとんど尽きた。

 

 もうこれ以上……()()()()()()()()()

 

 

 

「待たせたな少年ッ!!!」

 

 

 

 それはユウキと距離を取っていたハンサムの声だった。それと同時に投げつけられたのは——“スケッチデッキ”と呼ばれるカードの数枚だった。

 

 

 

「またあんたか——ッ!」

 

 

 

 投げられたカードに描かれたのは“黒色の紋様”。そこから“煙幕”が撒かれ、ボーマンダとユウキたちの間を分ける。

 

 

 

「ハンサムさん!」

 

「時間稼ぎご苦労様だ!仕込みは終わったぞ‼︎」

 

 

 

 トレンチコートをはためかせながら駆け寄ってきたハンサムの報告を聞いて、ユウキの目の色が変わる。

 

 

 

「何か仕掛けたのかな?——どんな小細工だい‼︎」

 

「ハンサムさん離れてッ‼︎」

 

 

 

 ユウキがハンサムを突き飛ばすと、黒煙の向こうからボーマンダが突き抜けてきた。それに思いっきり吹き飛ばされたユウキを見て、ハンサムは叫ぶ。

 

 

 

——ドッ‼︎

 

 

 

 それをアカカブが受け止めて何とか地面への接触を避けることはできた。だがボーマンダとの接触で頭を切ったユウキは頭部から血を滴らす。

 

 

 

——ビ、ビバァッ⁉︎

 

「大丈夫……それよりハンサムさんが仕掛けてくれた……アレを——」

 

 

 

 ユウキがショックでぼやける視界の中でそう呟くが、体はいうことを聞かない様子だった。

 

 

 

(やばい……意識がはっきりしない……今攻められたら——)

 

 

 

 その危機感だけがユウキを動かす。必死に空で翻るボーマンダを見上げて、倒れそうになる体に鞭を打つ——その時、違和感に気付けなかったのは、その視界がぼやけていたせいだろう。

 

 後ろの気配に気付いた時、ユウキの首に腕が回された。

 

 

 

「ガッ——⁉︎」

 

「つーかまーえた♪」

 

 

 

 それはボーマンダと一緒にいたはずの少女。いつの間にかボーマンダを離れ、ユウキの後ろに回っていたのだ。その華奢な体からは想像もつかない力で、ユウキの首を締め上げる。

 

 

 

「ぐっ——まさか、さっきの煙に紛れて……ッ⁉︎」

 

「ピンポーン♪ さっき君がやってたのを真似させてもらったよ〜」

 

「それで……いいんです……か?こんなに近づいてきてッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは締め上げられながらその気迫を保つ。少女の死角からアカカブが突っ込んできているのを見ていたからだ。

 

 

 

——ガッ‼︎

 

——ビッ⁉︎

 

 

 

 しかし反撃する目論見は看破されていた。驚くべきことに、少女は背後からきたアカカブの頭部を()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

(嘘だろ……⁉︎ ポケモンを生身で撃退するなんて……)

 

「驚くほどのことじゃないさ。この子も油断してたしね。それより知らないのかい?波導——固有独導能力(パーソナルスキル)は生命エネルギーを操る力……強化すれば、人間の膂力も当然強化されるんだよ」

 

「それは……もっと早く……聞いときたかっ……ガハッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは固有独導能力(パーソナルスキル)に隠された仕様に驚きながら、万力の如き力で締められ意識が薄れていく。

 

 その自己強化の有用性を身を以て体感しているユウキは、わかばの助けを待つ。しかし……。

 

 

 

(わかばも……ボーマンダの相手で……まずい……意識…………が……)

 

 

 

 ユウキは最後の希望も絶たれたことを確認して、その意識を手放しそうになる。既に固有独導能力(パーソナルスキル)も限界——ここまでかと諦めたその時だった。

 

 

 

「少年——ッ‼︎」

 

 

 

 駆け込んで来ていたのはハンサムだった。ユウキの拘束を解こうと攻撃を仕掛けようとしているようだが——

 

 

 

「無駄だよ。おじさんじゃ私をどうこうできない」

 

“スケッチデッキ”——“ファストドロー”!!!」

 

 

 

 ハンサムは懐から引き抜いたカードを少女に投げつける。だがそれを少女は予見していた。

 

 

 

「——無駄だっての」

 

 

 

 少女は戦闘中に払っていた石を握り込んだ手の親指の上に乗せる。ちょうどコイントスをするような構えを取り、カードに狙いを定めていた。

 

 そして次の瞬間、親指で石塊を勢いよく弾いた——。

 

 

 

——パァン!!!

 

 

 

 カードはそれに貫かれて、効果を発揮する前に地に落ちる。そしてさらに悪いことに、その直線上にいたハンサムの右肩に直撃していた。

 

 

 

「ぐっ……カードが……ッ!」

 

「やっぱりカードを破れば不発にできるんだね。見せ物として面白かったよ。おじさん♪」

 

 

 

 少女があっさりとハンサムを無力化すると、さてとユウキに意識を向け直す。彼女からすると、こちらの方が油断ならない。もう9割方勝ちを確信していた少女は、最後に足元を掬われないように決めようとした。

 

 

 

「別に殺すわけじゃない……ちょっと寝ててもらうよ。少年」

 

「ぐぁ…………ハァッ……!」

 

 

 

 かかる力は首の骨をへし折るほどではない。圧迫した首筋の血管が血の巡りを堰き止め、脳に酸素が運ばれなくなる。じわじわと視界と意識が薄れていく中……空を見上げるユウキは——

 

 

 

「……間に合った

 

「なに……?」

 

 

 

 ユウキの呟きに少女は怪訝な顔で聞き返す。だがその答えを聞く前に、彼女も異変に気付いた。視界の端で何かがひらめくのを見て。

 

 

 

「これは……紙……——いやまさかッ‼︎」

 

 

 

 その紙の一枚に描かれた紋様を見て、少女の顔色が変わる。そして天を見上げると、そこには大量の紙が舞い上がっていた。

 

 ボーマンダが仕掛けた“追い風”に煽られて。

 

 

 

「ふぅ——なんとか間に合ったようだね」

 

「君ら……いつの間にこんな——!」

 

 

 

 その紋様がハンサムの使用するカードと酷似しているのを見て、これら全てが何らかの技を発動するトリガーになると理解した少女は問う。それに痛みに耐えながらも答えるのはハンサムだった。

 

 

 

「私の使用するカードは薄いフィルムで覆われていてね……紋様が描かれているのはそっちの方……それを剥がして薄いメモ帳のページにでも貼れば、風に煽られる塵紙に変身ってわけさ……おかげでこちらの手札はスッカラカンだがね」

 

「それをどうやってこんな広範囲に……まさか置いてたのが勝手にフィールドを埋め尽くしたなんて言わないよね?」

 

「いるのさ功労者が……ひたすらに紙束を咥えて走ってくれてた奴がね」

 

「どこに……少年の手持ちは全部——」

 

 

 

 作戦の要——紙を満遍なく撒き散らした存在を言及しようとして、少女はハッとする。「いつからこの少年の手持ちがこれだけだと思い込まされていたのか」——と。

 

 

 

(私がそう思ったのは……圧倒的な力を見せた後に出てきた奴がエースポケモンのジュプトルだったから……もしまだ手持ちがいるなら全部出してでも私たちを止めに来たはずだから——まだ使役しているポケモンがいるとしたら!)

 

 

 

 その考えに至った時、ハンサムはつぶやいた。

 

 

 

「ビンゴ——その子はとても頑張り屋さんだったよ!」

 

 

 

——バチチチチチチ!!!

 

 

 

 雷の音が迫ってきたのに気付いた少女は反射的に振り返る。そこにいたのは電気を纏ったマッスグマ——ユウキのチャマメだった。

 

 既に【亜雷熊(アライグマ)】を発動させて——

 

 

 

——グマァァァアアア!!!

 

 

 

 主人を手にかける少女に、本気の怒りを向けるチャマメ。その脅威から逃れるためにユウキを離した少女は思い切りバックステップで逃げ切る。

 

 

 

(帯電するマッスグマ⁉︎——これじゃ直接攻撃するわけにいかない!こいつがこの紙束をばら撒いていたのか‼︎)

 

 

 

 少女が作戦の全貌に気がつく。全てはこのための時間稼ぎだったのだと。

 

 

 

「ガハッ!ゲホゲホッ‼︎——捕まえたのは……こっちのセリフだッ‼︎」

 

 

 

 解放されたユウキが咽せながら少女を睨む。それと同時にハンサムが叫んだ。

 

 

 

——“スケッチデッキ”

 

 

 

“バーストチップ”!!!

 

 

 

 空に舞い上がった紙がそれぞれ輝きを放つ。その中にいたボーマンダや少女たちは、ユウキたちも巻き込みながら眩い閃光を放った。出てきた技は——

 

 

 

「これは——“怪しい光”⁉︎」

 

 

 

 そのカードからカラフルな光が全体に迸った。それがボーマンダたちの目を眩ませる。

 

 

 

「視界を奪うための技……いや、出る技はランダムだって……!」

 

「嘘は真実に紛らせてこそ、真価を発揮するものだよ……お嬢さん♪」

 

「……ッ‼︎」

 

 

 

 少女は気付く。一見完全な間抜けに見えた男が張ったブラフだったということに。カードの中身がランダムだと誤認させる為に。

 

 

 

「舐め過ぎなんだよ……想像力がないとかなんとか——みんな、他人が思うより一生懸命なんだ……!」

 

 

 

 視界が眩む中、少女はその足音を聞いて驚愕する。今の“怪しい光”の効果範囲には戦闘をしていた全員がいた。心構えができていようができてなかろうが、技の効果で視界を閉ざさなければならなくなっているはず。

 

 その中で動ける者がいるはずがなかった。

 

 

 

「俺も見えてないよ。あいつも……でも、視界が眩む前に道筋は教えた!」

 

 

 

 ボーマンダまでの距離。そこへ至るための道筋。“追い風”の中でどう飛べばいいか——それをユウキは時論の標準器(クロックオン)で見た光景を相棒に伝えていた。

 

 

 

——“タネマシンガン【雁空撃(ガンマニューバ)】”!!!

 

 

 

 手中の種を弾けさせ、空に飛び立つわかば。ランダムに流れる風の中、体全体を使ってその流れに身を任せる。そうして運ばれていった先に、ボーマンダがいた。

 

 

 

「まさか目を瞑ったまま攻撃を——⁉︎」

 

「わかばなら——できるッ!!!」

 

 

 

 この中でそれを行うことの難しさ、そして怖さを考えれば、それこそ正気の沙汰ではなかった。いくらイメージが教えてくれると言っても、それを敢行する勇気があるのか——作戦を成否を分けるのはそこだった。

 

 飛び上がったわかばは構える。もちろん見えてはいない。時論の標準器(クロックオン)が狙いを定めたイメージは黒い視界のそこにある。

 

 でもそれがボーマンダの急所であることを、わかばは疑いはしなかった。

 

 腕から伸びる深緑の葉が一刀の剣に変わる。しかしそれはいつもの緑色ではなく、白く発光していた。

 

 

 

(そうだわかば……ボーマンダ(そいつ)のタイプは草技を受け付けない。お前の一番の武器が活かせない相手だ……それでも格上のそいつに勝つには、その刃が必要()る!)

 

 

 

 魂で繋がった相棒はその想いに応えるように、刃の性質を変えていく。いつかギャラドスがその斬撃を黒く染めたように……わかばは刃から緑を抜いていく。自然に加わっていた草のエネルギーを抜き取り、ドラゴンにも飛行にも邪魔されないベーシックな刀身が出来上がった。

 

 それを——狙い澄ましたポイントへ一気に振り抜く。

 

 

 

「——ぶった斬れッ‼︎」

 

 

 

——リーフブレード【無垢鋼(ムクハガネ)】!!!

 

 

 

 飛翔する勢いを全身の捻りで刀身に伝えた一撃は、白い閃光となってボーマンダの首筋に命中する。視界が戻らないボーマンダはいきなりの攻撃に顔が跳ね上がった。

 

 

 

「当たったッ‼︎——でも、硬いッ!!!」

 

 

 

 わかばの受けた手応えはユウキにもわかる。この硬さ、見た目以上にタフであることを示していた。今の一撃は間違いなくわかばのベストショット……それを受けても立ち上がる可能性にユウキは背筋が凍る。

 

 そしてその予感は、大体当たるのだ。

 

 

 

——ギロッ‼︎

 

「わかばッ‼︎ 畳みかけろッ‼︎ そいつはまだ動くッ!!!」

 

「ボーマンダッ‼︎ そいつに喰らいつけッ‼︎」

 

 

 

 ボーマンダがまだ戦えること察した両トレーナーが叫ぶ。先に反応したのはわかばだった。

 

 

 

——ルォォォッ!!!

 

 

 

 【無垢鋼(ムクハガネ)】を追加で振り下ろすわかばの斬撃に対して、まだ視界が完全に戻りきらないボーマンダの焦点は覚束ない。しかしそれでも、迫り来る脅威への嗅覚は鈍っていなかった。

 

 

 

——ガキィィィッ!!!

 

 

 

 ボーマンダは【無垢鋼(ムクハガネ)】をその顎で受け止めた。牙と刃が擦れる音がギチギチと鳴り、鍔迫り合いの壮絶さを物語る。

 

 

 

「止まるなわかばッ‼︎ 打ち込めぇぇぇ!!!」

 

「往生際の悪いッ‼︎ こうなったら——」

 

 

 

 格上として戦っていた少女もこの事態に余裕を失う。予想外のことが連続し、敗北の予感が彼女を駆り立たせた。

 

 そしておもむろに、自身の右足のアンクレットに手を伸ばそうとして——

 

 

 

——ボォアアアアアア!!!

 

 

 

 ぶつかり合う2匹とは別の場所からの咆哮に、その場の誰もが振り返る。空での激闘に向かっていくのはもう1匹のボーマンダ。その背には——ユウキの師が乗っていた。

 

 

 

「カゲツさん——ッ⁉︎」

 

 

 

 これはユウキにも少女にも読めなかった盤外からの介入。そのボーマンダ——オウガが口から火を漏らしながら、敵対するボーマンダの首筋に喰らい付いた。

 

 

 

——“炎の牙”!!!

 

 

 

 灼熱を帯びた牙が疲弊したボーマンダの首筋を焼く。ドラゴンタイプが炎を中和しようとするが、それでもダメージは隠せない。鈍い痛みと激しい火傷がボーマンダを苦しめた。

 

 

 

「横槍を——ッ‼︎ ボーマンダッ‼︎ 噛み砕けぇぇぇ!!!」

 

 

 

 ここまでダメージを負いながら、ボーマンダはまだ動く。喰らいつかれている首を強引に捻り、オウガの肩にその牙を突き立てる。その破壊力は、容易に四天王のポケモンの肉を引き裂く。

 

 

 

——ボァッ‼︎

 

「チィィィッ‼︎ 根性見せろオウガァァァ!!!」

 

「畳みかけろわかばぁぁぁあああ!!!」

 

——ロアアアアアアア!!!

 

「この程度でぇぇぇえええ!!!」

 

——ガァァァアアアアア!!!

 

 

 

 空で三者が絡みつく。互いが死力を尽くし、敵を討たんと声をあげる。飛行能力を持つ2匹の羽撃きと吹き荒れる“追い風”で天地が何度もひっくり返り、遠心力で振り回される。その中で互いの牙を突き立て合う2匹。振り落とされないよう耐え、次の渾身の一撃を狙い澄ますわかば。

 

 だがそれでも——誰も堕ちない。

 

 

 

「しつこい野郎だッ‼︎ だったら——」

 

 

 

 カゲツはこの競り合いの中で、予定を変える。拮抗した今だからこそ取れる選択を反射的に選んだ。それに沿ってオウガはボーマンダを両腕で抱える。

 

 

 

「何を——」

 

「このまんま目的地まで直行してやらぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 そう叫ぶカゲツに呼応して、オウガは目的地のダンジョンである、“流星の滝”に向かって飛び始めた。

 

 

 

「——地下の野郎どもに竜のお届けもんだぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 その勢いのまま、絡み合った三者は岩盤に突っ込む。その無茶苦茶な特攻により、壮絶な破壊力が生まれたのだった……。

 

 

 

 

 

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ちゃぶ台をひっくり返すが如く——‼︎

〜翡翠メモ 45〜

領域変遷(コートグラップ)

天候、地形、空間の性質を変化させる技の俗称。主に“にほんばれ”や“グラスフィールド”などが挙げられる。

これらの技は高等技能とされ、その主な理由は、膨大なタイプ付与された生命エネルギーでその空間を満たす必要がある為。出力はもちろんのこと、それらを制御するための技術的な面でも習得難易度を上げる要因となっている。

技の追加効果で変化させるとなると、その膨大なエネルギーの値は自然災害のそれに匹敵するとさえ言われている……。


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第151話 「無茶苦茶すんな」


151かぁ……話数も初代ポケモンの総数に並びましたね。ひゃくごじゅういちのヨロコビ〜♪




 

 

 

 流星の滝内部——。

 

 

 

「ぬッ——⁉︎」

 

「痛えッ——‼︎」

 

 

 

 男2人の声が洞窟内にこだまする。その悲痛な叫びは、彼らとその相棒であるコモルーたちが外傷を受けたことを意味していた。

 

 

 

「これは……“氷”ッ⁉︎」

 

 

 

 肘の関節を凍漬けにされたレンザが驚く。何せそれは突然、何もないところでそうなっていたのだから。

 

 しかしこれだけはわかっている。これは“攻撃”——目の前で不敵に笑う女が仕掛けた攻撃なのだということは。

 

 

 

「驚いたかい?安心しなよ。腕の芯までは凍らせてないから……今すぐ温めれば凍傷程度で済むはずさ」

 

「痛えッ‼︎ 痛えだよレンザァッ‼︎

 

「ぐぬぅ……一体どうやって……‼︎」

 

 

 

 やはりこのイズミによって、凍らされたことに気圧されるレンザ。足関節を凍らされたトマトマはのたうち回っている。

 

 当然これはポケモンの“氷技”。それを受けたコモルーたちドラゴンポケモンには効果抜群となり、彼らの足を止めさせた。しかし解せないのはその攻撃法。レンザは必死にその攻撃の正体を突き止めようとしていた。

 

 

 

「ネタばらしするほどお優しくはないんだけどねぇ。頑張って門番やってるご褒美だ——ちょっと寒くないかい?」

 

「………!」

 

 

 

 唐突に気温への感想を言うイズミの一言に、聡いレンザは勘づく。その気温はここへ来たばかりの頃より、かなり低下していることに。

 

 

 

「戦闘中は熱くなってて気付きにくいけどねぇ。こうして意識してみると、結構違うもんだろう?」

 

「まさか貴様……既に領域変遷(コートグラップ)を——⁉︎」

 

 

 

 レンザが予想したのは、戦場を自分好みの状態に変化させる技能。この気温の低下はそれに由来すると行き着いた。

 

 

 

「アハハ。よく知ってるじゃないか……忍霰(しのびあられ)。実際に氷雪を降らせるほどのもんじゃないが、気温を低下させることで氷技の出力を上昇させる“熱減フィールド”を作る技だよ」

 

「オリジナルデザインのフィールドか……!」

 

 

 

 イズミの語る“忍霰(しのびあられ)”の効能を聞いて、レンザもその特異な技に検討をつける。ポケモンの技を応用すれば、既存の天候やフィールドとは違う状態を作り出すことも可能であると知っていたからだ。

 

 こうなってしまってからではもう手遅れだが……。

 

 

 

「しかしこの気温の高い“流星の滝”でそんな冷気を発生させるとは……そんな出力を持つなら、何故初手から“氷技”を使わん?こんな大技を使わずとも、先の少年と連携すればもっと楽に勝てていただろうに……」

 

「フフ……それができたら苦労はしなかったろうさ。今アンタが言った通り、ここじゃあ中々“氷技”も威力に自信持てなかったからねぇ」

 

「……そうか!そのために貴様、あれほどの水を‼︎」

 

 

 

 レンザはさらに推察を伸ばす。それはイズミにとってこの場所が都合の悪いフィールドだったということ。彼女はそれを変えるために、このような手のかかる戦法をとっていた。

 

 

 

「貴様のサクラビスは“水単タイプ”。系統は似ていても純粋な“氷タイプ”ではないから当然氷技の出力も落ちる。温暖なこの場所でなら尚更だろう……それを貴様、冷やした水をばら撒いて辺りの温度を下げおったな!」

 

「“氷技”を持ってることが割れると、警戒心を無駄に煽っちまうからねぇ。充分仕留められる場が整うまでは、水技で戦うしかなかった——てとこが妥当さね。こっちも結構焦ってたんだ。部下が思ったより役立たなかったもんでね」

 

「……その為に少年の無茶も許したと」

 

 

 

 レンザは下唇を噛んで悔しさを表す。全ては最初からこの女の手のひらの上だったのだと。その作為に気付けなかったのは自分の落ち度だとわかっているだけに、その悔しさは数倍になって自責が押し寄せてきた。

 

 子供の頑張りに当てられて、本来の自分たちの役割を全うできなかった——と。

 

 

 

「クソォッ——!」

 

「おっとッ‼︎」

 

 

 

 レンザはそれで冷静さを欠いた。既に配色濃厚な現状に圧迫された精神が、彼をイズミの元へと走らせる。だが、それを許すほど彼女は甘くない。

 

 

 

——パキンッ‼︎

 

「グァッ!!!」

 

「れ、レンザぁッ‼︎」

 

 

 

 特攻してくるレンザの右足を凍らせるサクラビス。全くのノーモーションから繰り出されるこの氷技を躱す術はない。

 

 

 

“凍える風【無情一陣(むじょういちじん)】”——低温化、高湿状態の空気を凍らせる微風で、敵に察知されることなく体を凍てつかせる技だよ。滅多に使わないんだがねぇ」

 

「くそ……クソッ‼︎」

 

 

 

 凍らされた足でつまづき、地べたに這いつくばるレンザは拳を地面に叩きつける。むざむざと敵の術中にハマり、加減されている技で動けなくされたことは、戦士としての矜持を持つ彼を否応なしに傷つけた。

 

 

 

「悔しがり方は一丁前だねぇ。目的のために手段を選んでいるようじゃ、意味ないけどね」

 

 

 

 冷たく履き捨てるイズミ。それを聞いたレンザも、痛みで疼くまるトマトマも、相棒に駆け寄り治療を施し始めていたジンガも……何も言えなかった。

 

 それを見てやれやれとため息をつくイズミは、改めて本題に戻る。

 

 

 

「さて……そろそろ隕石は取り出せた頃かねぇ……」

 

 

 

 そう思って背後を振り返った時だった——。

 

 

 

——ドゴォッ‼︎

 

 

 

 その衝撃音はイズミの脇にいたサクラビスを吹き飛ばすものだった。予想外の奇襲。それを行ったのが誰なのかと振り返えれば——

 

 

 

「好き勝手言ってくれるじゃねぇか女ぁッ‼︎——どうだぶっ飛ばされた気分はッ‼︎」

 

「アンタ……まだ動けたのかいッ‼︎」

 

 

 

 それは相棒をやられてから沈黙を保っていたジンガ。そのコモルーが、“捨て身タックル”によりサクラビスを吹き飛ばしたのだ。

 

 

 

「この辺には生命力をたっぷり含んだ鉱物がよく採れるじゃッ‼︎ “元気のカケラ”っつったらオメェでもわかるじゃねぇかぁッ⁉︎」

 

「油断した……ねっ‼︎」

 

 

 

 イズミは自分の失策に悔しさを露わにする。しかし冷静さを欠かず、目の前の男との戦いに集中し、サクラビスのダメージを計る。

 

 

 

「いけるねサクラビス——無情一陣(むじょういちじん)ッ!!!」

 

 

 

 無事を確認し、瞬時に攻勢に出るイズミ。その攻撃は目に見えず、察知することができないジンガとコモルーは皮膚を凍らされてしまった。

 

 

 

「ぐっ——おりゃああああああ!!!」

 

——コモォォォおおお!!!

 

 

 

 だがそれで2人の勢いは止まらない。凍らされたにも関わらず、無理やり動いて凍結を解除した。

 

 

 

「気合いじゃッ‼︎ 気合いがありゃなんとでもなるんじゃッ‼︎ さっきのガキもきばっとった‼︎ ほんだらワシらも気合い入れんでどうすんじゃッ‼︎——そうじゃろう、レンザ‼︎ トマトマッ‼︎」

 

 

 

 強引な理論を展開したが、落ち込んでいた今の2人には効果覿面だった。凍結させられていたのは自分たちの熱意の方だと気付いた彼らは、その思いで体を奮い立たせる。

 

 

 

「余計な真似を……でも嫌いじゃないねッ‼︎」

 

「貴様なんぞに好かれようとは思わんわこの女狐ッ‼︎ ひっ捕えて詫びさせてやるぁッ‼︎」

 

 

 

 ジンガとイズミの攻防は続き、レンザたちも起き上がろうと必死にもがく。状況を素早く片付けなければ、イズミに不利に働くことは目に見えていた。そうはさせまいと、サクラビスも一段と強く水と氷の技で仕留めにかかる——

 

 その激突が始まるかどうかという時、事態はさらに急変した。

 

 

 

「——と、採れたぁぁぁ!!!」

 

 

 

 後方からの歓喜の叫び。ツシマがその隕石を採掘したことを示す喜びを表した時、イズミの目の色が変わった。

 

 

 

「でかした——ねっ!!!

 

 

 

 イズミはその瞬間、思い切り指を打ち鳴らす。それと同時に、採掘現場付近に置いてきていたモンスターボールが弾けた。

 

 

 

——グラァッ!!!

 

 

 

 中から飛び出したのは黒い体毛に包まれた“グラエナ”——飛び出したグラエナは、ツシマが持つ隕石の現物そのものをその顎で取り上げてしまった。

 

 

 

「な、なんだぁ——⁉︎」

 

 

 

 ツシマや他の面々が驚いていると、あれよあれよという間にグラエナは主人であるイズミの元まで隕石を運ぶ。そして、彼女はそのグラエナの背に飛び乗って、さらに距離を取った。

 

 

 

「貴様——やはりそれが目的かッ‼︎」

 

「ど、どういうことですかイズミさんッ⁉︎」

 

 

 

 彼女の性悪さに嫌気がさしていたレンザと目の前で隕石を取り上げられたソライシが同時に叫ぶ。それを受けて彼女は答えた。

 

 

 

「悪いねぇ。今こういうものを使われちゃ困るんだよ……」

 

「騙してたんですかッ⁉︎ いや、そもそもアクア団がこんなこと……していいんですかッ⁉︎」

 

 

 

 アクア団は名目上、環境保護団体。そんな組織が実力行使で一個人から資源を奪う……それをアオギリ直属の幹部が行うという意味を問うソライシ。しかし彼女に動揺は見られない。

 

 

 

「うちのリーダーの意向さ。アオギリ様は海を穢すかもしれない組織の計画なんて認めてない。デボンとクスノキ造船が何をしようとしているのかを知れば、アンタらも意味がわかるだろうさ」

 

「そんな……僕らはまだ何も知らない!それをこんな不意打ちみたいに——」

 

「知らない……か。罪なもんだね。知らないってことは」

 

 

 

 高い場所から見下ろすイズミは、少し哀れみを含んだ声で彼らを一絡げにする。無知ゆえに、誰かの地雷を踏み抜いていることにすら気付かない人々に対して——思うところがあるように。

 

 

 

「話し合いじゃ話にならない。アンタらに語って納得させるだけの時間はもうないんだ。悪いがこれで失礼させてもらうよ——お前たちッ‼︎」

 

 

 

 イズミが一際大きい声を出すと、いつの間にか立ち直っていたアクア団の下っ端たちが隕石発掘組と流星の民たちの前に立ちはだかった。どうやら彼らは時間稼ぎらしい。

 

 

 

「くっ——イズミさんッ‼︎」

 

「待て女狐ッ‼︎ 勝負しろォォォッ‼︎」

 

 

 

 ソライシはまだ何か言いたそうに、ジンガはこれからという時に逃亡した彼女を責めるように叫ぶ。だがお構いなしに逃げるイズミは、グラエナに乗り——

 

 

 

——ドゴォォォオオオ!!!

 

 

 

 その洞窟の天蓋が突如破壊された。

 

 その場の全員が驚愕し、天を仰ぐと——

 

 

 

——ギャアアアッ!!!

 

 

 

 そこにいたのは、2匹の絡みあったボーマンダだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——チッ!厄介なことしてくれたね‼︎」

 

 

 

 アクア団の装いの少女が憎たらしく舌打ちをして、ボーマンダたちが飛び去っていった“流星の滝”を目指して走り出す。

 

 

 

「ちょっと待て——って速ッ⁉︎」

 

 

 

 ユウキが後を追いかけようとするが、少女は獣じみた走法であっという間に姿を眩ましてしまう。それに驚いているユウキだったが……。

 

 

 

「……まずいな。早く追いかけないと」

 

「ぐっ——‼︎」

 

 

 

 ボーマンダたちにくっついたジュプトル(わかば)とカゲツを案じて走り出そうとした矢先、背後で咽こむ中年の声に振り返った。

 

 

 

「ハンサムさん!大丈夫ですか⁉︎」

 

 

 

 ユウキがハンサムに駆け寄る。彼は先の戦いで少女から礫攻撃を受けていた。そのダメージが、彼に片膝をつかせる。

 

 ユウキはそれを見てハンサムの上着をとっぱらい、患部を露出させた。すると——

 

 

 

「なんだこれ……“毒”……?」

 

 

 

 ハンサムが礫を喰らった場所を確認すると、皮膚が青紫色に変わっていた。それは内出血のようにも見えたが、うっすらと脈打つそれがただの負傷ではないことを物語る。

 

 

 

「——血抜きをしろ。それは恐竜瘍(きょうりゅうよう)と呼ばれる、竜の毒素だ」

 

 

 

 低く渋い声が背後からするので、ユウキが振り返る。そこにいたのはザンナーとリオンに両肩を支えられた、元四天王のゲンジだった。

 

 

 

「あ、あんたは……」

 

「ゲンジという。この毒についてはわしの管轄だ。先ほどは見事な“居合”を見せたな……少年」

 

「え、えっと……」

 

 

 

 一度に情報が押し寄せてきて、対応に困っていたユウキ。それを置き去りにして、老体は(うずくま)るハンサムの隣に腰掛けた。

 

 

 

「……我慢しろ」

 

「グァッ⁉︎」

 

 

 

 ゲンジはそう簡潔に呟くと次の瞬間、手に持っていたナイフで患部を刺した。それにはたまらずハンサムも痛みで叫ぶ。

 

 

 

「え、ちょ!あんた何してんの⁉︎」

 

「血抜きによるキツケだ。『痛覚や恐怖心など、負の感情を毒素に変換する』——ヒガナが得意とする能力だ」

 

「能力……ヒガナ……?」

 

 

 

 ところどころわからないところはあるが、どうやら彼は先ほどの少女の正体を知っているらしく、この毒に対する治療を施しているということだけは辛うじて理解できたユウキ。戸惑う彼にゲンジは淡々と答え始める。

 

 

 

「“恐竜瘍”はヒガナが独自に開発した固有独導能力(パーソナルスキル)の賜物……故に同じ力を持つお前やポケモンには効果が薄い。このように耐性のない者を無力化する時に使う……自然治癒も見込めるが、即回復するならこの方が速い」

 

「ヒガナっていうのがさっきの女の子……?あんたは……何を知ってるんですか?」

 

「……知っていることは話そう」

 

 

 

 そう言ってハンサムの肩の血抜きと止血を手早く済ませたゲンジは、もう一度立ち上がろうとして膝を立てる——が。

 

 膝が笑って産まれたての子鹿と化す。

 

 

 

「ちょっと!めっちゃシリアスな顔して説明してたのに‼︎」

 

「締まらないわねこのおじいちゃん……」

 

「とりあえず肩貸しますから無理しないで」

 

 

 

 真面目にはやっているのだろうが、天然なのかその場の空気をなんとも言えない状態にするゲンジ。やたら風格があるだけに緩急についていけないと思う一行であった。

 

 とりあえずザンナーが再びゲンジをヘルプし、肩を貸して立ち上がらせる。

 

 

 

「とにかく今は奴を追わねば……里を抜けたとはいえ、流星の滝は奴の庭……ボーマンダの元に駆けつけることなど容易いだろう」

 

「里を抜けた……?」

 

「ちょっと待って。それって……彼女は流星の民ってこと?」

 

 

 

 ゲンジがさらっと言った言葉の中に、聞き流せないものが含まれていたことにユウキとリオンは気付く。その問いに老人は首を縦に振って答えた。

 

 

 

「数年前、自分の役割を放り出して里を飛び出したのがあの娘だ。なにゆえ今更ここに来たのかは知らんがな」

 

「そんな……だってあいつ、アクア団の格好してましたよ!流星の民がアクア団に入団することなんてあるんですか……⁉︎」

 

「経緯は知らんが……どうやら今回の件を見る限り、ヒガナは海の守り人と共に行動を共にしているようだ」

 

 

 

 それはHLC公認のギルドとしてはあり得ないことだった。おそらく仔細は報告していないと思われるが、その事が本部に発覚すれば、組織としては大きな非難を受けることになる。

 

 そのリスクを理解していないとは思えないが、アオギリを直に知っているユウキからすると、それ込みでも引き入れてしまう可能性を感じた。

 

 

 

「あの人、気に入った相手だと見境なさそうだもんな……」

 

「あら?アクア団のリーダーとも面識あるの?」

 

「カイナに行った時にお世話になってて……いやそれより、早く追いかけないといけないんでしたっけね⁉︎」

 

 

 

 ザンナーの問いにユウキは答えるが、今はそんな昔話に花を咲かせている場合じゃなかった。聞きたいことも言いたいことも山ほどあるが、それは道すがらするしかないとユウキは話を打ち切った。

 

 

 

「ゲンジさん、怪我してるとこほんとに悪いんだけど……道案内頼めますか?」

 

「元よりわしのボーマンダ(オウガ)もおるでな。勝手についてくるがいい」

 

「そうですか……そう……ですけど」

 

 

 

 フッと笑ってゲンジはぶっきらぼうに道案内を承諾する。しかしその姿を見て、ユウキは言葉を濁した。

 

 

 

「あの。膝震えるくらいなら、おぶりましょうか?」

 

 

 

 肩を支えられておきながら、ゲンジは未だ立つのもやっとといった感じで……なんとも言えない空気がその場を包んだ……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ドゴォォォォォン!!!

 

 

 

 固い岩を砕く破壊音が、流星の滝内部にいた全員を驚愕させた。その中心から飛び込んできたボーマンダ2匹——さらにその背に乗る1人と1匹についても。

 

 

 

「カゲツさんにジュプトル(わかば)——⁉︎」

 

 

 

 ツシマがその姿を捉えてさらに驚く。思いもしない友人たちの出現は、彼だけでなく、発掘チーム全体を驚かせていた。

 

 そんな思いも他所に、青い巨竜2匹が地面に叩きつけられ、凄まじい衝撃波が辺りの空気を震わせる。

 

 その爆煙が晴れる頃……ボーマンダ2匹は解けて、互いを睨んでいた。その背にいたカゲツたちを振り落として。

 

 

 

「カゲツさん!わかば——ッ‼︎」

 

 

 

 ツシマは直前の隕石の件を忘れて、2人に駆け寄る。体を地面に打ちつけたせいか、どちらも気絶して動かない。かなり無茶な飛び込み方をしたので、当然と言えば当然であるが……。

 

 

 

「息はしてる……出血もそんなには——でもわかばがここにいるってことは……!」

 

 

 

 ツシマはどちらの容体も見つつ、そこから推察できることから、すぐ近くにユウキがいることに気付いた。それだけで、この危ない事態にも希望が持てると彼は内心で喜んでいた。

 

 

 

「びっくりしたねぇ……“あの子”がいないが、足止めできなかったのかい。しかもあの襲逆者(レイダー)まで……」

 

 

 

 その一部始終を見下ろして、イズミはため息をつく。とはいえ相手をさせていたのが四天王ともなると逆によくここまで堪えたもんだと感心するほどだ。

 

 しかし彼女が気にしたのは、その背に乗っていたのがゲンジではなく、もう一人の四天王、カゲツであるということ。つまり、邪魔者が増えたこの状況は、彼女にとってもあまり嬉しい報せではなかった。

 

 

 

「まぁ予想くらいはしてたんだけど……さて——状況を聞かせてもらおうか、ヒガナ!」

 

 

 

 イズミは洞窟中に響く声でその名を呼ぶ。その名に反応したのは流星の民と——

 

 

 

「いやぁごめんごめん!そう怒らないでよ。イズミ姐様♪」

 

 

 

 洞窟の外部と内部を繋ぐいくつかの洞穴のひとつからその声が帰ってきた。その方向を見ると、アクア団の装いをした黒髪の少女が手をひらひらさせて戯けているのが見えた。そちらに向かってイズミは鋭い眼差しで問いかけた。

 

 

 

「外で四天王の足止め。買って出たのはアンタだと記憶しているけどねぇ……」

 

「最初は自信あったんだけどさぁ。そこに転がってるのと、あと3人ほどが邪魔してきて——あ、言い訳はいらないかな?」

 

「はぁ……わかってんならさっさと状況だけ伝えないかい」

 

 

 

 ヒガナが悪びれもせずそう言うと、イズミは呆れるようにため息を深くつく。そんなやりとりを見ていた流星の民——レンザはわなわなと震えていた。

 

 

 

「ヒガナ……だと……?貴様……貴様、こんなとこで何やってるッ⁉︎」

 

 

 

 その怒号を受けたヒガナは、特に何も思うこともなく軽く返事する。

 

 

 

「どしたのレンザ、なんか怒ってる?」

 

 

 

 その一言が、堪えていたレンザの怒りを爆発させた。その無神経さに、里の一員としての彼の怒りは凄まじい反応を見せる。

 

 

 

「これが怒らずにいられるかッ‼︎ 貴様、“継承者”としての自覚を忘れて飛び出したかと思えば、あろうことか今度は里に仇なす者たちと組みしているだと⁉︎ ふざけるのも大概にしろッ!!!」

 

「あれ〜“継承者”として認めなかったのは里の本意でしょ?別に私も相応しいって思ってたわけじゃないし。里に仇なすなんて大袈裟だよ。ちょっと近くでドンパチやったくらいでさ〜」

 

「この……ッ!不良娘がッ‼︎」

 

 

 

 レンザの怒りを軽く受け流すヒガナの姿は、さらに彼の怒りを煽る形となる。それにはトマトマやジンガも思うところがあった。

 

 

 

「ヒガナたんッ!別にオリたちはキミを認めなかったわけじゃないのら‼︎ ただ“龍神さま”に認められたって証拠を出せって……」

 

「本物の“龍神さま”に一度でもお目にかかれたらそうするさ。でもいないものに認められるなんて、どうやって証明すればいいんだよ……トマトマにわかるの?」

 

「うぅ……」

 

「ワシらが気に食わんのはその態度じゃッ‼︎ 誠意も敬意もなく、ワシらの伝統を穢すような態度がッ‼︎」

 

「伝統って……何年も地下に引き篭もるしかできなかった悪習でしょ?オババ様みたいな日和見主義じゃ何も変えられないってなんでわかんないかな〜」

 

「貴様ッ‼︎ 身勝手な振る舞いで里に迷惑をかけただけでなく……あの方まで侮辱するというのか⁉︎ 里と民たちを愛し憂うあの方を……そこまで腐ったかヒガナッ‼︎」

 

 

 

 同じ流星の民同士の会話は、その他の人間にはその全容を理解できない。しかしそれを聞いていたソライシは、意外なものを感じていた。

 

 

 

(なんだ?……あれほど結束の強い流星の民が仲間割れ?……彼らも一枚岩ではなかったということか……いや、それより——)

 

 

 

 ソライシは自分の流星の民たちの人物像と今見えているものとのギャップに驚きつつ、それ以上に気になることがあった。

 

 それは、彼女が本当に流星の民なら……必然的に浮かび上がる疑問だった。

 

 

 

「き、キミは本当に流星の民なのか⁉︎」

 

「ん、そうだけど……おじさん誰?」

 

 

 

 ヒガナに向けたソライシの叫びはすんなりと通った。その少女と目が合い、ソライシは固唾を飲む。それでも、気になったことを問いかけた。

 

 

 

「どうして……キミは外に出られているんだ⁉︎ HLCに厳しく管理されている保護区から出ることなんて、許可が降りるとは思えないぞ‼︎」

 

 

 

 流星の民が外に出ている——それはあの戦争を経験した人間からすれば悪夢だ。そうやって不安を煽る事態をHLCが看過するはずがない。すぐに治安維持局(セキュリティ)が彼女を連れ戻すはずだ。いや、最悪の場合——

 

 

 

「なんでって……無理やり出て行ったからだよ。許可なんていちいち取るわけないじゃん」

 

「ヒガナッ‼︎ それがどれだけの民を苦しめる結果になったのか……わからないのか⁉︎」

 

 

 

 ヒガナの答えにレンザが再び叫ぶ。その怒り様からして、誰にも想像がつく。彼女の行動の結果がどういうことに発展してしまったのかを……。

 

 

 

「ごめんレンザ。その話はまた今度ね。“今度”があればだけど——行こ。イズミ姐様。隕石は取り戻したんでしょ?」

 

「………」

 

 

 

 ヒガナは話もそこそこに踵を返して立ち去ろうとする。それを横目で見ていたイズミは何か言いたそうにしていたが……それを口にすることはなく、部下たちに改めて足止めを指示。その隙に洞穴の奥へと消えていく。

 

 

 

「ま、待て——ッ‼︎」

 

 

 

 レンザが踏み込んだ時、その進行を阻止すべくイズミの手下達がポケモンを放つ。

 

 ズバットにポチエナにメノクラゲといった小型のポケモンばかりだったが、人数で勝り、流星の民たちにやられたダメージからも回復した彼らの攻撃を、捌き切る力はもうレンザには残っていなかった。

 

 

 

「ぐぁッ‼︎」

 

「レンザッ‼︎——ぐっ!貴様らッ‼︎」

 

「おらおらぁッ‼︎ さっきはよくもやってくれたな流星ッ‼︎」

 

「お返しだよッ!そらっ‼︎」

 

 

 

 ジンガも助けに出ようとコモルーに指示を送るが、敵の数が多すぎる。的を絞らず、思った様にレンザを助けにいけない。

 

 その間に、敵の渦中にいた仲間は痛めつけられていく。

 

 

 

「や、やめろお前らッ‼︎ レンザはもうずっと寝てないんらぁッ‼︎」

 

 

 

 トマトマが仲間の窮地に飛び込もうとし、アクア団員に訴えかける。そこまでしなくても彼はすでに死に体だと伝えるが、彼らにそれを聞き入れるつもりはない。

 

 

 

「襲いかかってきたのはそっちだろうがッ!痛い目にあってもらうぜ‼︎」

 

「大体お前らがいつも無茶苦茶にすんだろ⁉︎ 大人しく穴蔵に潜んでりゃいいものをよッ‼︎」

 

「やめろッ‼︎ やめてくれぇ‼︎ レンザは……レンザは悪くないのらぁッ‼︎」

 

「うるせぇッ——!!!」

 

 

 

 泣きながら訴えかけるトマトマを、ひとりの団員が煩わしくなりポケモンを消しかける。軽く小突いたつもりが、思いの外辺りが強く——

 

 滝のある崖の外へと彼を吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

「トマトマァッ!!!」

 

 

 

 ジンガは仲間が滑落しそうになるところで叫ぶ。だが自分は助けに行ける距離ではない。当然レンザも。

 

 落下先は重く水が叩きつけられる瀑布の底。もしこのまま落ちれば彼は——

 

 

 

——パシッ‼︎

 

 

 

 そんな最悪の想像をした時だった。落ちるトマトマの手を掴む何者かがいた。

 

 それはくたびれた顔を必死に引き攣らせて、必死に彼を助けようとする——ソライシだった。

 

 その体を半分崖の外に投げ出し、ギリギリで踏みとどまっていた。

 

 

 

「そ、ソライシ殿——⁉︎」

 

「博士——⁉︎」

 

「ぐっ……だ、大丈夫か⁉︎」

 

「お、おまえ……なんで……」

 

 

 

 反射的に走ったであろうソライシにカラクリ大王と助手のツキノ、腕を掴まれているトマトマにすら驚く?

 

 そんなソライシは……自分でも戸惑いながら言う。

 

 

 

「わか……らない……ッ!きみたちの……こと……何も知らない……失われた時間の……ことも……許せる気が……しない……ッ‼︎ ……でも……死ぬなんて……ダメだッ!!!」

 

 

 

 ズルズルと崖から落ちそうになるのを踏ん張るソライシ。だが、やはり学者であり年もそれなりにとった彼の肉体では落ちる人間を支えることに無理がある。

 

 このままでは2人とも滝壺へ真っ逆さまだ。

 

 

 

「は、離すのらッ‼︎ お、おまえまで——」

 

「嫌だッ‼︎ 君にだって仲間が……いるんだろ‼︎ 」

 

 

 

 憎しみは消えない。それでもソライシは反射的に手を伸ばしたことを後悔していない。飛び出した本当のところはもうわからないが、後付けで足した動機が、さらにソライシの決意を強める。

 

 このままトマトマを死なせてなるものか——と。

 

 

 

「ええいッ‼︎」

 

「無茶しないでください博士ッ‼︎」

 

 

 

 ハッとすると、ソライシは自分の体を強く掴み引き上げる力に気付いた。それは大王とツキノの助力によるものだった。

 

 

 

「き、君たち‼︎」

 

「流星の民はまだ気に食わんが!死なれたら寝覚めが悪いのは同感だッ‼︎」

 

「私も……貴方に死なれては困りますので‼︎」

 

 

 

 2人も流星の民には煮湯を飲まされた立場の人間だった。それが今、ソライシと共に命懸けで救助に入る。その姿を目の当たりにしたレンザとジンガは——

 

 

 

「——おらっ‼︎ どこ見てやがるッ‼︎」

 

「——寝てなッ‼︎ クソ流星ッ‼︎」

 

 

 

 呆けた2人にポケモンをそれぞれ仕掛け、殴打を加えようとするアクア団。しまったと思った時には回避が間に合わず——

 

 

 

——ガキィン!!!

 

——ガシィッ!!!

 

 

 

 そのどちらもが、流星の民達を傷つけることはなかった。

 

 レンザの前には細身の凛々しい緑が、ジンガの前には逞しい背中の青が、それぞれ立ちはだかる。

 

 

 

「ハァ……ハァ——間に合った」

 

「申し訳ないっス……寝坊した」

 

 

 

 崖の上から急いで走ったであろうユウキと、気絶していたタイキがそれぞれ呟く。彼らの相棒が、主人の意向に突き動かされ、レンザ達を守っていた。これにはアクア団員たちも動きを止める。

 

 

 

「増援……さっき言ってた奴らか!」

 

「邪魔するならお前らもまとめて——」

 

 

 

 アクア団員が攻撃を防がれて逆上する。それでわかばに襲いかかるズバットが“つばさでうつ”を仕掛けるが——

 

 

 

——“リーフブレード【無垢鋼(ムクハガネ)】”!!!

 

 

 

 わかばはその敵意を察知し、最速でズバットの体を白刃の一太刀で斬り捨てる。あまりにも速い抜刀にそれを見た人間の度肝を抜く。そして——

 

 

 

——“地獄車”!!!

 

 

 

 ポチエナを掴み勢いよく地面に叩きつけるゴーリキー(リッキー)。効果抜群の格闘技を決めて、脅威を取り払う姿にアクア団員を怯ませた。

 

 

 

「本当に何があったか知らないけど……」

 

「寝てたからなんでこうなったのかはしらないけど……」

 

 

 

 2人の少年がそれぞれ思いを綴る。事情は知らない。それでも目の前で行われている非道を許すことはできないと——彼らは声を揃えた。

 

 

 

「「よってたかって無茶苦茶すんなッ!!!」」

 

 

 

 

 

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非道は許すな——!

〜翡翠メモ 46〜

『流星の滝』

ハジツゲタウンとカナズミタウンを結ぶ山岳地帯に存在する洞窟。豊富な水が流れ溜まり、巨大な瀑布が訪れた人間の記憶に焼き付けられる。

 この場所が出来上がるプロセスは今も専門家の間で議論がなされているが、その一説に隕石が作り出したクレーターに溶岩が流れ込んだり、その地中の養分を吸って分解するソルロックなどの岩石ポケモンが地形を形成しながら、また隕石の落下があったり……そうした長い時間の中で起きるサイクルが、今の洞窟を作り上げているとしているものが有力視されている。

 この場所にしか生息しないポケモンも多い為、訪れるトレーナーも多いのだが、度々その地下で暮らしている原住民との衝突があるとかないとか……。



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第152話 招待


節制しようと思って飲み物を水に限定したんですが、なんかめっちゃお腹空くようになってしまった……夏バテするよりはマシなのか?




 

 

 

 刃が閃く——。

 

 

 

——ロァッ‼︎

 

 

 

 ユウキに固有独導能力(パーソナルスキル)越しで叩き起こされたわかばが、レンザを守り、さらに囲っていたアクア団員のポケモンたちに応戦する。

 

 使用するのは“リーフブレード”。その二刀を鋭く翻す。

 

 

 

「この——メノクラゲ‼︎ “ヘドロ攻撃”‼︎」

 

「キバニア‼︎ “かみつけ”‼︎」

 

 

 

 2匹の水ポケモンがそれぞれ攻撃を仕掛ける。本来水棲のポケモンは地上戦を得意とはしないが、メノクラゲは自身を生命エネルギーで浮かせ、キバニアはエラから水を吐き出す勢いで飛行している。その様子にユウキは感心するが——

 

 

 

「器用なことするな——だけど‼︎」

 

 

 

 ユウキは少し離れた高い位置から戦況を見渡している。いつもより開けた場所だからこそ、視界に収められる敵の数も増える。

 

 鈍くなる時間の動きの中で、ユウキは的確にわかばをリードする。

 

 

 

(——前から2匹、背後にも1匹……攻撃は単調。お前の速度ならいける‼︎)

 

 

 

 その念を受け取ったわかばは一歩力強く踏み込む。それと同時に深く沈み込む体勢を取ることで粘液の“ヘドロ攻撃”を躱す。その後迫りくるキバニアの“かみつく”が迫るが——

 

 

 

——ザンッ!!!

 

 

 

 最初の踏み込みの時点で“リーフブレード”はキバニアの体目掛けて抜き放たれていた。リーチと速度で勝るその一撃に沈む。

 

 さらに2歩——素早い足運びで“ヘドロ攻撃”を仕掛けたメノクラゲに迫る。目の前の味方がやられた次の瞬間には、もう自分に向けて刃が向けられていたことに驚愕するのだった。

 

 

 

——ザザンッ!!!

 

 

 

 体を運んだ勢いで右の一太刀。さらに身を捻ってその場で回転しながら左の一閃。これによりメノクラゲは吹き飛ばされて、気絶した。

 

 

 

「後ろだぁ——‼︎」

 

 

 

 団員のひとりが嬉々としてわかばの背後を取ったことを知らせる。それと同時にわかばの死角から襲いかかってきたポチエナ。しかし当然ユウキの視覚の中である。

 

 

 

——ギュッ……ダンッ!!!

 

 

 

 わかばは回転した自分の体を止める為に踏み込んだ足の力を無駄にせず、反動に体重を上手く乗せる。そのまま“電光石火”でポチエナの視界から消え去った。

 

 

 

「なにぃ——⁉︎」

 

 

 

 わかばはそのまま翻り、完全に目標を見失ったポチエナの背面目掛けてその緑刀を振り下ろす。その一撃で、ポチエナは気を失った。

 

 

 

「ちくしょー!ガキに舐められてたまるかぁー‼︎」

 

 

 

 3匹を無力化したわかば。崖の上にいるその主人ユウキに、ひとりのアクア団員がズバットを差し向ける。それに身構えるユウキは躱そうとしたが——

 

 

 

「リッキーッ‼︎ アニキを守れッ‼︎」

 

 

 

 ズバットの接近に対応したのはタイキとゴーリキー(リッキー)。敵の動きだしを察知して、ユウキに向かう敵に肉薄。翼を引っ掴み、崖の下に投げ返した。

 

 

 

「タイキ……!お前も来てたのか‼︎」

 

「なんかお久しぶりな感じッスね!アニキの方こそ来てくれてたなんて——」

 

 

 

 互いにこの場に居合わせたことに驚く。再会を喜びたいところではあったが、今はまだ戦闘中。ユウキたちは気を引き締めなおし——互いの背後に迫るポケモンの攻撃に対応する。

 

 そんなユウキたちのコンビネーションに団員たちもたじろぎ始めた。

 

 

 

「こ、こいつら、強いぞッ!」

 

「ムキになるな!もうイズミ様たちは先に行ったんだ!これ以上まともに相手することぁない!」

 

「撤退だ——!」

 

 

 

 アクア団員たちは目的は遂げたと早々に引き上げようとする。やられたポケモンたちをボールに戻し、逃げに入る。だがそれをおいそれと見過ごすわけにはいかない少年たちが迫った。

 

 

 

「待て——ッ‼︎」

 

「落とし前くらい付けていけッス‼︎」

 

 

 

 それを追おうとするユウキとタイキ。だが、その行手は途轍もない強風で遮られる。

 

 

 

「ぐっ——ボーマンダッ‼︎」

 

 

 

 それはボーマンダが離陸するために羽撃いた副産物。“追い風”をあたりに吹かせ、こちらの進行を妨害した。これでは追うことはできない。

 

 

 

(密閉された洞窟だとこんなに凄いのかこの風——流石にもう追えない……か)

 

 

 

 強風が止むまで耐え、ユウキは口惜しそうにする。何がここで起こっていたのかまではわからないが、事情を聞くために一人くらい団員を捕えたかったが……それは叶わない。団員もボーマンダも、この隙に完全に姿を消してしまった……。

 

 戦闘が終わった洞窟の喧騒は鎮まり、滝の音だけが轟々と響いていた。そこでユウキは敵の追跡を諦め、タイキから事情を聞くことにした。

 

 

 

「タイキ、ここで何があったんだ?」

 

「えっとえっと……なんか採掘邪魔にしてきた流星の民と戦うことになって……アクア団のイズミさんが助けてくれてたんスけど……目が覚めたらそのアクア団がなんかやばいくらい暴れてたから咄嗟に助けちゃって……そしたらアニキが——」

 

「ちょ、ちょっと待て!流星の民⁉︎ アクア団と一緒に戦った⁉︎ 何がどーなってんだよ!」

 

「それはこっちのセリフっスよ!なんでアニキが……しかもあそこに転がってるのってカゲツさん⁉︎ ボーマンダもなんかいるし——」

 

 

 

 タイキも状況がわからないなりに話すがどうも容量を得ない。ユウキも自分が来ることになった経緯をどう説明すべきかと考えて、一度話を整理しようとするが、そこへ遅れてやってきたザンナーとリオン。ハンサムとゲンジをそれぞれ抱えてやってきた。

 

 

 

「かなり暴れられちゃったみたいね……まだよくはわからないけど、色々終わっちゃった感じ?」

 

「ザンナーさん……すいません。アクア団はもういなくて……」

 

「すっげぇー綺麗な姉ちゃんっスね⁉︎ アニキのお知り合いッスか⁉︎」

 

「あらありがと♪」

 

 

 

 ザンナーはハンサムを近場に座らせてユウキたちに現状を確認する。ここでタイキも初めて顔を合わせることになった。

 

 

 

「俺もよくわかんなくて……飛び込んだら既に戦闘が始まってました。アクア団が変わった格好の人たちをリンチしていたように見えたので……タイキ、もしかしてあの人たちが流星の民……なのか?」

 

「そうっス。俺、カラクリ大王(センセー)が作った採掘する機械を運ぶの手伝ってて……そしたら急に流星の民が襲ってきたんスよ!それにアクア団も現れて、最初は採掘するのを助けてくれたと思うんスけど……」

 

「ふーん。なるほどねぇ……」

 

 

 

 ユウキとタイキの証言にザンナーは意味深に納得した様に言う。その目は辺りを観察し始め、状況を整理しようとしていた。

 

 崖から落ちかけていたソライシとトマトマは引き上げられ、殴打を受けていたレンザをジンガが介抱している。気絶しているカゲツにはツシマがついて傷の手当てを試みている。ボーマンダ(オウガ)はそれを傍で静観していた。

 

 戦闘の痕跡などから見て、アクア団がどう立ち回ったのか……大体の想像をするザンナー。

 

 

 

「まぁしっかり見ていた人から話を聞くのが確実ね……というわけで。話は聞かせてもらうわ。ソライシ博士」

 

 

 

 ザンナーはソライシに近づく。それに振り返ったソライシは怪訝な顔で彼女を見上げた。

 

 

 

「なんだきみは……悪いが、今は彼らを介抱するところなんだ」

 

「敵であるはずの彼らを?」

 

 

 

 ソライシが突き放す様に言うと、ザンナーも彼の痛いところを突く。流星の民は最初に襲ってきて、さらに今日よりもずっと前から因縁のある相手だ。それを助けるという彼らの動機を探る。

 

 

 

「……わからない。彼らが敵だったかどうか、今はもう」

 

「曖昧ね」

 

「突然来たあなたに何がわかるんですか……というか、あなた方は一体——」

 

「俺が連れてきたんです。博士」

 

 

 

 ザンナーを警戒するソライシに、今度はユウキが話しかけた。最初ソライシは気づかなかったが、それがハジツゲの避難所で出会った少年だとすぐにわかった。

 

 

 

「君は……あの時の少年!? どうしてここに!」

 

「ユウキです……俺も今気付きました。こんなとこで会うなんて思ってもみなかったです」

 

「そうか……それで、この人たちは?」

 

 

 

 ユウキはその問いに言い淀む。それでザンナーに彼女らの身分を明かしていいのかを目で訴えると、ザンナーは「ご自由に」というように肩をすくめた。

 

 

 

「国際警察——らしいです。秘密裏にホウエンを調べているって」

 

「国際……⁉︎ 一体何がどうなっているんだ……」

 

「俺も詳しいことは……ただ今日掘り出した隕石が、今デボンの手に渡るのはまずいとかなんとかで……」

 

「では……あなた方も隕石を奪いに来たんですか……」

 

「人聞きが悪いわねー」

 

 

 

 ソライシはユウキの説明で徐々に不安そうな顔をする。ユウキという少年は信じたいが、この大人たちは先ほど隕石を盗んだ連中と同じ思考回路なのではないかという不安だ。それに答えるザンナーは、胡散臭くも努めて明るく振る舞う。

 

 

 

「まぁ最初は強奪もやむなし——ではあったんだけど。こっちの彼がどうしてもついてきたいっていうからね〜。話し合いで解決できないかって頑張っちゃったんだろうけど」

 

「うっ……それは……」

 

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。どうやらそれも間に合わなかったみたいだけど……」

 

 

 

 ザンナーは少し寂しそうにそう言う。ユウキは何のことだと眉を顰めたが、すぐに事態を理解し始めた。

 

 

 

「もしかして……さっきのアクア団が隕石持っていった……?」

 

 

 

 ユウキの憶測はすぐにソライシが力なく肯定した。

 

 

 

「ああ……あのイズミという女性。最初から我々が掘り起こしたものを奪うつもりでいたようだ」

 

「つまり、流星の民は偶然介入してきた形になるわけね。おそらくはあなた達が無事に掘り上げたところを襲撃する予定だった。でも流星の民が邪魔をしてきたから仕方なく姿を現した——そんなとこかしら?」

 

「いや……少なくとも奴らは我々が出張ってくることを知っていたはずだ……」

 

 

 

 ザンナーがそう推察していると、負傷しているレンザがそれに付け加えた。凍傷と殴打による打撲で痛々しい顔をした彼をジンガが支えていた。

 

 

 

「あの娘……ヒガナは元々同胞。奴があの青い装束の者たちを手引きしたのだとしたら、我々が動くことを想定してなかったとは思えん」

 

「あのボーマンダ乗りの子ね。相当強かったけど……それがなんで外で四天王とやりあってたのよ?」

 

 

 

 もしヒガナがその事を知っていたのなら、彼女も地下に潜って加勢したことだろう。そうすればより確実に彼らは本願を果たせたはず……それにレンザは答えた

 

 

 

「あの愚か者め……我らではなく、外にいたゲンジ殿を足止めしておったのだろ。彼は長きに渡って里と付かず離れずの場所から我ら流星の民を守ってくれていた。我らに強くなれるよう指導する——という形でな」

 

「元四天王が……?だってあなた達を制したのは——」

 

「そんなことはどうでもいいんじゃ!ワシらはあの人のおかげで戦えておった!それはヒガナもじゃッ‼︎」

 

 

 

 レンザの言葉に違和感があったザンナーが詳しくそのことを聞こうとすると、ジンガは起こった様に割って入った。

 

 

 

「あの子も……四天王に教えを受けていたのね」

 

「……ゲンジ殿はよく言っていた。『力の使い方を間違えるな。戦場を間違えるな』——と。そんな恩師に対してあの馬鹿者は……ッ‼︎」

 

 

 

 レンザはジンガよりも少し悲しそうな顔つきで思いの丈を語る。傷ついたゲンジを遠目で確認して、自分たちの同胞が何をしたのかわかってしまったから……。

 

 

 

「とりあえずまとめると——ヒガナはアクア団と行動を共にしているということ。どんな目的かはわからないけど、隕石を欲してここへ来た。あなた達との衝突も考慮して——すべては作戦通りに事を遂行したわけね」

 

 

 

 それにはもうレンザもジンガも答えなかった。俯いて怒りと何か複雑な心境を抱えた顔で耐えているようだった。

 

 しかしそれを見て、少年たちは思うところがあった。

 

 

 

(イズミさん、いい人そうだったッスけど……少なくとも人のもの奪って喜ぶ様な人じゃない……気がする)

 

(あのヒガナって奴、なんで里を抜け出したりしたんだ……?アクア団は……アオギリさんはこの事を本当に知ってるのか?組織としての本意で今回の事件が起こったにしては……ちょっと荒っぽすぎる気がする……)

 

 

 

 2人は体験したことから、話されたことと事実に相違があるような気がした。それを具体的にどうこう言えないもどかしさで口にはしなかったが。

 

 

 

「しかしみんなボロボロっスね……これ、一旦ハジツゲに帰るっスか?」

 

 

 

 タイキが漏らした一言に、ユウキとザンナーも口を重くする。

 

 重軽傷者含め、5、6名にも上った今回。これだけゾロゾロとハジツゲに搬入すれば、何が起こったのかと大騒ぎになるだろう。幸い通行人はそう多くなかったため、今は事態もここだけの話になっているだろうが、隠密行動をしていた国際警察側は当然それを嫌う。ユウキにしても、単純にこれだけの人間を麓の町まで運ぶのは骨が折れると感じていた。本人すら怪我人のひとりだというのに……。

 

 

 

「我らは元よりここから動けん。お前達も、今からでは日が暮れる前に町に戻るのは無理だろう……」

 

 

 

 その重い空気の中、レンザは呟く。何を言わんとしているのか、全員が気になって彼の方をむく。

 

 

 

「レンザ……まさかお前——」

 

「怪我人の手当てくらいしてもバチは当たらんだろう。我らの里まで来るといい」

 

 

 

 それは思ってもみない提案だった。流星の民、しかもその門番からそんな申し出があるなど想像もしていなかった面々は、ポカンと呆けていた。そしてジンガが我に帰って彼に詰め寄る。

 

 

 

「な、何を言い出すんじゃ貴様ッ⁉︎ 里によそ者を入れるというんか‼︎」

 

「傷ついた者に少しだけ休む場を分け与えるだけだ……オババ様もわかってくださる」

 

「そういう問題じゃない!神聖な領域をよそ者の足で踏み荒らせばどうなるか……“龍神様”が帰ってこなくなるかもしれんのじゃぞ‼︎」

 

「ふっ……その程度の器ではなかろうよ。我らが龍神様が、そんなせせこましいことをお考えにはならんはずだ」

 

「レンザ——ッ‼︎」

 

 

 

 ジンガからの猛反対に、レンザは落ち着いた顔つきをしていた。その様子にジンガもハッとして黙ってしまう。何か……強い思いの様な物を感じて。

 

 

 

「勘違いするな。私は(うつつ)の者と馴れ合うつもりなどない。だが助けられたことも事実。それを無碍に扱えば、この先私自身を咎める材料となる……人としての誇りだ。借りは返すものだ」

 

「……勝手にしろ!」

 

 

 

 ジンガはそれを聞いてもう反対はしなかった。代わりに突っぱねるようにレンザを荒々しく座らせて、彼は怒りのままその場を離れてしまう。それを見てユウキはレンザに話しかけた。

 

 

 

「い、いいんですか?仲間なんでしょ?」

 

「気にするな。あいつはああ見えて律儀な男だ。本当にダメだと思ったら、私を殴ってでも止める。君らに恩を感じているから反対もやめたのだろう」

 

「……ツンデレって奴ですか?」

 

 

 

 野生味溢れる男に可憐な要素を見出したユウキはなんとも言えない気分になる。しかしあれだけ反対もしていたことを考えると、本当にこのままレンザについていっていいのかと考えてしまう。

 

 ユウキには話の内容まではわからないが、里という場所はかなり排他的な空気で満ちている気がした。それはジンガの対応からしても見て取れる。加えて流星の民とHLCは敵対関係にあった過去がある。今はどういう扱いなのかわからないが、プロトレーナーとして踏み入れていいものかどうか……ユウキは決めあぐねていた。

 

 

 

「お言葉はありがたいんだけど、私たちはこれで失礼するわ」

 

 

 

 そんな思考に気を取られていると、ザンナーはレンザの申し出を断っていた。その後ろでリオンがまだ負傷しているハンサムを担いでいるところだった。

 

 

 

「さっき逃げたアクア団の足取りを掴まなきゃだし、国際警察がホウエンのデリケートな場所で長居するわけにもいかないでしょ?ウチのは心配しなくてもタフだから」

 

「そうか……外ではゲンジ殿が世話になったのだろう?すまなかったな」

 

「お気になさらず……ユウキくん。とりあえず隕石の件はこれで手を引いてね。これ以上はもうあなたは関わり合いにならないほうがいいわ」

 

「ザンナーさん……」

 

 

 

 ユウキが気にしていたことを先に言われ、それ以上は何も言えなかった。隕石の利用価値と用途や目的について、気になることは山ほどあったが、巨大ギルドの手に渡ってしまった今、できることは限られている。

 

 彼には自分のやるべきこと……目的があることを含め、ザンナーはユウキを突き放したのだ。

 

 

 

「まぁここはお姉さんに任せなさい。悪いようにはしないから」

 

 

 

 ザンナーは胸を張ってそう言った。その姿はいつかのフレンドリーショップの先輩のようで、ユウキはその時の彼女を思い出しながら小さく笑った。

 

 

 

「……わかりました。あとはお任せします」

 

 

 

 ユウキは、今度はそれをしっかりと受け止めた。彼女の本質は決して悪いものじゃないと信じることにして。

 

 元々出過ぎた真似。自分の身の丈に合わないことに首を突っ込んだことを、彼は理解していた。ヒガナとの戦いでユウキは現実を見た。自分ひとり守れない現実を——。

 

 

 

「ザンナー……さんと言うんだね。ユウキくんも……助けに来てくれてありがとう」

 

「ソライシ博士。次はお茶でもして隕石のお話聞かせてくださいね〜。綺麗な装飾にできるものもあるって聞きますし〜♪」

 

「ハハ……また調べておくよ」

 

 

 

 そんなやりとりをして、ザンナーたち国際警察は洞窟から去った。それを見送った後、レンザは改めてユウキたちに問いかける。

 

 

 

「それで……お前たちはどうする?居心地は保証できんが……」

 

 

 

 確かに流星の民の居住地となると、ユウキたちはさておき、長くホウエンで暮らしていた人間たちはあまりいい気はしないだろう。ユウキはトマトマを介抱している大王やソライシを見て……また、遠くで気を失っているカゲツを思って少し考えた。

 

 だがそれに答えたのは、他でもないソライシだった。

 

 

 

「構わないよ。今は人命優先。ユウキくんたちのポケモンも傷ついたよね?みんな一刻も早く休ませてあげなきゃ……今更だけど、申し出に感謝するよ。みんなもいいよね?」

 

 

 

 ソライシは言いたいこともあるだろうに、その言葉を飲み込んで、レンザたちに頭を下げた。今は小さなこだわりを捨て、この場の全員の無事を確保することに専念すべきだと。細かいことはその後でよかった。それには大王とツキノも続く。

 

 

 

「む?何の話しとったか聞こえなかったぞ!早く此奴らを運ぶぞー!ダグドリオンも持っていってやる!それで話はまとまるか?」

 

「博士がよいのでしたら……私に異存はありません」

 

 

 

 あっけらかんとして、先ほどの怒気を微塵も感じさせることなく振る舞う2人。それにソライシも、先ほど見ていたタイキも胸を撫で下ろす。さらにユウキも続いた。

 

 

 

「俺たちも異存なしです。あそこで転がってる人はちょっと気難しいので、目が覚めるとうるさいかもですけど……」

 

「大丈夫っスよ!いざとなったら簀巻きにして無理やり寝かせるんで!」

 

「……一応怪我人なんだろう?」

 

 

 

 ユウキたちのカゲツに対する対応に若干雑さを感じるレンザは一応突っ込んでおく。彼らの関係性がなんとなくわかるやりとりだった。

 

 

 

「でも……本当にいいのら?里の人間……すごく怒ると思うのらよ……」

 

 

 

 話がまとまりかけたところで、落ち着いたトマトマが今度はそんな不安を吐く。それについては、レンザも覚悟している風だった。

 

 

 

「オババ様ならわかってくれる……誰よりも愛と義理に固く着くお方だ」

 

 

 

 かなり曖昧な発言にも思えるが、どうやら話を聞いてくれそうな人物はいるらしい。元より彼らの里の行状を知らないユウキたちには、レンザを信じる他なかった。

 

 

 

「まずは怪我人を……コモルー達も手伝ってくれ」

 

「君も怪我人だろ。みんな満身創痍だし、助け合いながらそこに向かおう」

 

 

 

 問答はそこで終わり、みんなで互いを支え合いながら流星の里を目指すことにした。そんな中で、ユウキはこの数時間を振り返る。

 

 自分は何も知らずに生きてきたのだと実感させられた。自分には理解しきれない想いがあることも。そして、頭の中だけでは届かない強さがあるのだと……。

 

 策略、思惑、戦闘……それぞれ激しくぶつかり合ったこの洞窟に、滝の音がいつまでも鳴り響いていた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星の滝から離れたアクア団。彼らはとある森の中で野営の準備をしていた。戦闘でクタクタになっている団員たちは、その作業を気だるげに行っている。

 

 

 

「シャキッとしなッ!そんな調子じゃ日が暮れちまうよッ‼︎」

 

 

 

 イズミはそんな彼らをまとめ上げる立場。自身の気風と相まった声で、彼らを叱りあげる。それだけで曲がっていた背筋が伸び、先ほどより5割り増しの速度で役目に従事し始めた。

 

 

 

「まぁまぁそう怒らないでよイズミ姐様。みんな疲れてるんだし……姐様も頑張ってたでしょ?」

 

 

 

 その背後で“モモンのみ”を齧るヒガナが語りかける。軽快な笑いで和ませようとする彼女だったが、イズミはその態度が気に食わなかった。

 

 

 

「アンタもサボってんじゃないよ。いつから雑用免除されたんだい……下っ端の分際で」

 

「それは失礼しましたイズミサブリーダー。どうかご容赦を〜」

 

「ふん……相変わらず食えない奴だねアンタも」

 

 

 

 イズミの叱責を軽くあしらうヒガナ。追求するのが面倒になるような振る舞いに呆れ、イズミはため息をつく。

 

 

 

「流星の民……だったんだね。随分大胆な秘密を隠してたもんだ」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?別に隠してたわけでもないんだけどな……わざわざ言うほどのことでもないと思っただけで」

 

「自信満々に四天王の相手を買って出たと思ったが、身内なら手の内もわかるってことかい?」

 

「それだけでやれるほど簡単な相手でもないけどね。今回は追加のお邪魔虫さんたちのおかげで楽できましたよ」

 

 

 

 ヒガナはケラケラ笑いながら外での戦闘を話す。四天王ゲンジは、チャンピオンを除けばホウエン最強と謳われるほどの実力者。それを相手にするとなると、ヒガナ側にも相当の実力が必要になる。

 

 今回はラッキーだった。それがヒガナの主観だった。

 

 

 

「しかし隠し事がないなら、いい加減自分の目的くらい話したらどうだい?アタシらに有益な情報を流すことで、一体アンタにどんなメリットがあるんだい?わざわざ組織に加入してまで……」

 

 

 

 イズミは未だにヒガナの器を測りかねている。その実力は四天王を惹きつけるほどのものであること。それゆえに、そんな実力者が組織の下っ端に甘んじるなど考えられなかった。まるで野心はないと言いたげに。

 

 であれば、ヒガナにとってこの行動が何を意味するのか……イズミの関心はそこにある。

 

 

 

「アハハ。別に。それこそ隠すも何もないですよ。何者でもない私は、普通の人と同じように考えて動いてる……ただそれだけ」

 

 

 

 ヒガナは空虚な目でイズミを見る。その目の奥には何か得体の知れないものを隠しているような……そんな目で。

 

 

 

「『来るべき日に……世界は天からの裁きによって浄化される』——あの預言を乗り越えるために……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 話がついた一行は流星の民が住まう保護区に向かう。

 

 怪我人で動けないものはコモルーたちの背に。ダグトリオンを牽引するのはタイキと大王だった。その他無事なものは、野生のポケモンの襲撃に備えて辺りを警戒しながら進む。

 

 流星の滝は迷路のような地形が地下に向かって伸びている。人が通行する場合、この穴を決まったルートで通る必要がある。その道のりは険しく、怪我と疲労で体力を削られたユウキたちには少し応えた。

 

 僅かに残った体力を残そうと無駄口を叩く者はほとんどいなかったが、ふとユウキは前を歩くレンザに話しかけた。

 

 

 

「その……“龍神様”ってなんですか?」

 

 

 

 それは度々レンザたち流星の民が口にしていた単語だった。それが何かの存在を指していることはわかったが、ユウキにそれ以上のことはわからない。

 

 ただとても大切にしているらしく、それが彼らの価値観を見ることになりそうなことはわかっていた。

 

 

 

「“龍神様”とは、我々の里に伝わる守護者だ。このホウエンに危機が迫るたびにそのお姿を現し、厄災を取り除くと言われている。何百……何千年も前の話だがな」

 

「おいレンザ……龍神様の存在を勝手に口伝するなど……」

 

「いいのだジンガ。どうせただのお伽話としか彼らは思っておらんよ。我らとてその存在を見たことはないしな」

 

「お伽話……」

 

 

 

 レンザの話にユウキは思い出す。時折そのお伽話は現実になり得ることがあるのを。幻と称されるポケモンが、まるで絵本の中から飛び出したような超常を使う姿を。

 

 

 

「それって……やっぱりポケモンなんですか?」

 

「罰当たりめっ。その辺りのポケモンと一緒にするな!“龍神様”は崇高な存在……天変地異の類から何度もホウエンを守ったお方なのだ‼︎」

 

「す、すみません……」

 

 

 

 ジンガはユウキの失言に敏感に反応する。それほどの信仰対象であることはそれでわかったが、そうなってくるとユウキはあの戦争との結びつきもそこにあるんじゃないかと気付いてしまう。

 

 カゲツの話に出てきた、多くの血が流れたあの戦争——『二千年戦争』を。

 

 

 

「嬉々として話しているところ悪いが、我らはそのお伽話の影響を受けたとでもいうのか?あの戦争については正当な理由があると?」

 

「大王さん!今は言い争うような話題は……」

 

 

 

 カラクリ大王が怪訝な顔で問うのをソライシが止める。一度は治療を受け入れた彼らと揉めるのは得策ではないことを大王もわかってはいるが、やはりそれと因縁は別だった。ソライシの制止で何とか怒りは抑えてはいるが……。

 

 

 

「私とてムキになりたいわけじゃない。だが、あの戦争で住む場所や愛する者を奪われた者たちを知っている……それを割り切れと言われても無理なものは無理だ。無論復讐したいわけでも、謝罪を求めているわけでもない……だが彼らの態度を見ていると、また同じ過ちに手を染める可能性を感じてしまう」

 

「なんじゃと——」

 

「ジンガ」

 

 

 

 大王の独白に、ジンガが反論しようとするが、それを止めたのはレンザだった。

 

 

 

「そうか……それは許せないだろうな」

 

「ッ!他人事のように……ッ‼︎」

 

「すまない。我らはその戦争を……本当の意味では知らない世代なのだ」

 

「……え?」

 

 

 

 レンザの意外な発言に全員が目を引かれる。それはつまり、彼らは生まれていないか子供だったということを指していた。

 

 

 

「ジンガはこんなナリだが、まだ10代だ。我々も……そこの少年たちとそう変わらない」

 

「いやレンザさん?あなたも大概ですよ?」

 

 

 

 外見年齢からして20〜30代くらいだと思っていたのが驚きである。レンザとジンガは自分の老け顔に気落ちしながら、説明を続けた。

 

 

 

「それを言い訳にするわけじゃないが……軽く口にしたくない。謝罪も反論も……あの戦場も発端も……ただ聞かされただけに過ぎない」

 

「でも……あなたたちは何故未だに流星の民としての誇りを持っていられるんですか?あんなことを自分の身内がやったことを考えれば、離れる選択肢だって……」

 

 

 

 それはツキノからの質問だった。レンザはそれに深くため息をついて、毅然とした態度で言葉を返す。

 

 

 

「我らが道を誤ったとしても、それは龍神様のせいではない。先代たちが無礼を働いたからといって、我々がその信仰を捨てるような真似をすれば、それこそ龍神様に示しがつかぬ……誰よりもこのホウエンを憂い、お救いになっていたあの方にな」

 

 

 

 決意のこもったその言葉に、思うところはあっても口を挟むものはいなかった。それがレンザの……流星の民が信じる道だった。

 

 

 

「……さあ、着いたぞ」

 

 

 

 その問答の途中で、一行は狭い穴をひとつ抜けた。その先は……流星の滝最下層だった。

 

 降ってきたはずなのにそこは陽の光が差し込んでいる。巨大な滝が広い湖に落ち、そのほとりには人々が生活している空間がある。

 

 木材と石材でできた原始的な家屋……ちらほらと営みが見られるその場所を、少し高い場所からユウキたちは見ていた。

 

 

 

「——ようこそ現者(うつつもの)……ここが我らの里……流星郷(りゅうせいきょう)だ!」

 

 

 

 

 

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辿り着いた……因縁と豊穣の里——!

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第153話 オババ様


ポケモンスリープでも色違いが出るらしい。
ヤドン来ても多分わかんねーんだろうな。

https://syosetu.org/novel/298948/4.html
↑翡翠外伝更新しました。
「クロイが帰る。」……この人誰か覚えてる人います?




 

 

 

「隕石回収……?」

 

 

 

 時間は流星の滝での戦闘から少し遡る。カゲツに対して国際警察を名乗るハンサムは、その任務の協力要請を彼にしていた。

 

 

 

「断る」

 

 

 

 その要請を、一も二もなく断るカゲツ。それに対してハンサムも食い下がる。

 

 

 

「何故だ⁉︎」

 

「何故もクソあるかッ!いきなり現れて盗人の手助けしろだ?冗談じゃねぇッ‼︎」

 

「盗人ではないッ‼︎ このホウエン、ひいては世界の命運がかかっている——かもしれん事態を未然に防ぐための手段だ!」

 

「確信もねぇのによくそんなデケェ声出せんなッ‼︎ そういうセリフ吐く奴が一番信用ならねぇんだよッ‼︎」

 

「本当に必要なことなんだ!確実に成功させたい……君の力が必要なんだ‼︎」

 

「やかましいッ‼︎ そうやって自分のやることにいちいち大義名分持ちだして正当化するお前らに手を貸すなんざ死んでもお断りだッ‼︎」

 

 

 

 ハンサムの必死の呼びかけも虚しく、カゲツは背を向けて歩き去ろうとする。当然彼がそう簡単に応じるとは思っていないハンサムだったが、やはり無理を通すのはそう簡単ではないと悟る。

 

 

 

「——流星の民。彼らに関係することでもかい?」

 

 

 

 だから、ハンサムはやり方を変えた。

 

 

 

「……なんだと?」

 

 

 

 カゲツにとってその一族の名前は琴線に触れるものだった。低く唸るような声で呟くと、彼はハンサムのコートの襟を掴んで引き寄せる。

 

 

 

「テメェ……興味引くためにその名前出したんなら覚悟できてんだろうな?知りませんでしたじゃすまねぇぞ」

 

「……彼らの根城が流星の滝であることはしっているだろう?」

 

「外人が詳しいじゃねぇか……こそこそ嗅ぎ回って知った風なことを——」

 

「だが事実、あの場所には隕石が埋まっている。そしてあの近辺に住む彼らがこの件に関わってくることは容易に想像ができる」

 

「だからなんだってだッ‼︎」

 

 

 

 グッ——と、ハンサムの襟をさらに強めに引くカゲツ。その怒号はハジツゲの端まで聞こえそうなほど響いた。

 

 

 

「あいつらが出張ってきても俺には関係ねぇ!今後奴らに絡むこともねぇッ‼︎ 奴らが暴れようが謝ろうが知ったことじゃねぇ‼︎——金輪際その名を口にすんな!殺すぞッ‼︎」

 

 

 

 そう叫んでカゲツはハンサムを突き飛ばす。それに二、三歩後退する男は、それでも……まだ引き下がる気にはなれなかった。

 

 

 

「私の想像が正しければ……君の連れが巻き込まれる可能性が高い」

 

「………!」

 

「こちらも巻き込む気はなかったが成り行きでな……そこでもし戦闘にでもなれば無事を保証できない。できる限り穏便に済ませるつもりではいるが、隕石を巡るとどうしても誰かの横槍が入る——我々が手にした情報とは、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 カゲツはその言葉を聞いて、事は思った以上に大きいのだと察する。以前からあったひとつの不安……それが彼に怒りによる反発を抑えさせた。

 

 

 

(やっぱこうなってんのか……表向きは平和そのものだとメディアも特に取り上げる事はねぇが、あの戦争以降も水面下で化かし合いやってるボケ共もまだいやがる……チッ!面倒なッ‼︎)

 

 

 

 短く思考し、カゲツは今が仮初の平和であることを再認識する。自分たちには関係ないと耳を塞いだところで、事が起きてからでは遅いのだと彼にはわかっていた。

 

 降りかかる火の粉は払う——そんな身構えでは、いざという時に痛い目を見るということを。

 

 

 

「……嘘だったらぶっ殺すからな」

 

 

 

 カゲツは渋々だが承諾した。

 

 自分の身内が関わっているのなら、せめてその火の粉が降ってくる前に連れ出そうと……そう考えて——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——………。

 

 

 

 カゲツがゆっくりと目を開けると、そこは知らない天井だった。

 

 木製の天井や梁、開け放たれた襖からは外の風が流れ込んでいた。その風に煽られ畳の匂いが満ちた和風の室内を目だけで見渡し、それでもここがどこなのかわからない。

 

 それでカゲツは呟く。

 

 

 

「……くたばったのか?」

 

「死んではいませんよ」

 

 

 

 その声に驚いてカゲツは飛び起きる。自分の頭上からした声の主は、すぐ視界に飛び込んだ。

 

 紅白の巫女服をきちんと着こなしている女性……皺の多い顔がその年季を感じさせる。そんな老女が、カゲツの枕元に座っていた。

 

 

 

「なんだ……誰だババア‼︎」

 

「丸一日眠っていた割には、存外元気そうですね。安心しました」

 

「誰だって聞いてんだよ!耳遠いのか⁉︎」

 

「ホホホ。そう怯えずとも……取って食ったりはしませんよ」

 

 

 

 カゲツの質問(暴言)をその女性は軽くはぐらかす。その言動が気に入らないカゲツは話にならないとばかりに乱暴に立ち上がった。

 

 

 

「ここどこだ……?さっきまで俺ぁ——」

 

 

 

 彼はここで寝転がる前のことを思い出そうと記憶を辿る。

 

 確かハンサムについていった先でかつての四天王ゲンジと遭遇し、戦闘不能になった彼の代わりにボーマンダ——オウガを駆ることになった。その戦闘で敵のボーマンダごと流星の滝に特攻したところまでは覚えているが……そこで老人は口を開く。

 

 

 

「地上では同胞がお世話になったようで……細やかながら、手当をさせていただきました」

 

「これを……あんたが……?」

 

 

 

 カゲツは自分の体に巻かれた包帯を確認し、治療された事実を認識する。頭部と胸部に巻かれたそれらは適切に怪我を覆われている。それで改めて、自分があの特攻で気絶したのだとわかった。

 

 

 

「あなたのご友人たちが倒れたあなたを連れてきたので、こちらに運ばせていただきました。お食事もすぐに用意できますが……」

 

「一体どーなってんだ……ここはどこなんだ?」

 

 

 

 カゲツは自分の身に起きた事が知りたかった。今はその一心で目の前の老婆に聞くしかない。それで……ようやく観念したように、彼女はゆっくりとその名を口にする。

 

 

 

「私はこの小さな一族の族長——オババと呼ばれております……そしてここは“流星郷”。あなたのよく知る、流星の民たちの故郷です」

 

 

 

 その説明を……カゲツは聞いた途端に目を見開く。今なんと言ったのか……その処理が終わらずにフリーズした。そして——

 

 カゲツは感情の方が先に溢れた。

 

 

 

「てめぇが……てめぇらが流星……?ここがその棲家だってのか?ハハ……冗談にしちゃ趣味の悪い寝覚めだなぁおい」

 

「嘘ではありません。ここは流星の滝の最深部——」

 

「わかってんだよそんなこたぁッ!!!」

 

 

 

 そう怒鳴り、カゲツは老婆の胸ぐらを掴んでいた。彼女の軽い体は畳から浮き上がり、自重で首を締め付けられる。

 

 

 

「助けたことで恩を売ったつもりか?それとも俺様に許しでも乞うてるつもりか?それともまたなんかしでかす為の伏線かぁ⁉︎——俺のこと知った上で敷地に入れるとは良い度胸だなぁオイッ‼︎ まさかこうされる事を想像してなかったとか言わねぇよなぁ!!!」

 

 

 

 カゲツは冷静さを失い、いたいけな老人に食ってかかる。それを苦悶の表情で彼の腕に捕まるオババは、何か言おうと口を開いた。

 

 そこへ——複数の足音が急接近する。

 

 

 

——スパーーーンッ!!!

 

 

 

 突如響く乾いた音。カゲツの後頭部を思い切り引っ叩く空手少年タイキが持つハリセンの一撃だった。

 

 それでカゲツは老人を手放す。しかしそれで終わりではなかった。

 

 

 

「起きたと思ったら何してんだアンタッ!!!」

 

「いきなり老人の首絞める奴があるッスか⁉︎ バカなんスか⁉︎ バカなんスね⁉︎」

 

 

 

 そう言いながらユウキとタイキがカゲツを拘束。ジタバタする彼を本気で抑えつけ、近くにあった布団と“あなぬけのひも”で簀巻きにしていく。

 

 しかし族長を襲われた人間たちは黙ってはいない。同じく駆けつけたジンガが当然の如く怒る。

 

 

 

「この無礼者がッ‼︎ この方のご容赦でここに寝かせてもらっておきながら‼︎」

 

「すいませんすいませんすいません‼︎ 連れがほんっっっとうにご迷惑を!!!」

 

 

 

 勢い余って鼻先まで布団でくるりと巻き上げてしまったカゲツは「フーフー!」と息荒げに何かを叫んでいるが、その代わりにユウキがジンガにペコペコと頭を下げる。しかし尚も暴れようともがく師に、タイキが再びハリセンでしばきまくる。

 

 

 

「せっかくなんとか話まとめてくれたのに余計拗らせるやつがあるっスかぁ‼︎ そろそろそのチンピラ癖叩き直してやるッス!!!」

 

「ンーーー!ンーーー!!!」

 

 

 

 タイキの叱責にも構わずマルチナビのバイブレーションのようなうめき声を出すカゲツ。額の青筋と三角になった目が怒りを伝える。

 

 

 

「全く……騒がしいと思ったら貴様らか……」

 

「オババ様!だ、大丈夫のら⁉︎」

 

「レンザ、トマトマ、ありがとう……ジンガも旅の者たちも……私は大丈夫ですから」

 

 

 

 遅れてやってきたレンザとトマトマにオババは平静を保って返事する。さらにはカゲツを拘束するユウキたちにも優しく接した。それで騒ぎも少し落ち着いた。

 

 レンザはその後、ユウキたちに問いかける。

 

 

 

「しかしいきなりどうした?カゲツ殿が目を覚ましたようだが……」

 

「え、あぁいや……なんていうか暴れてたというか——」

 

「この愚か者がオババ様の首を絞めておったのだ‼︎」

 

 

 

 その一言をジンガが発した途端、レンザの目の色が変わる。彼は恐ろしい速さでカゲツに詰め寄り簀巻き越しに膝蹴りを何度も繰り出した。

 

 

 

「なんにしとんじゃド腐れがぁぁぁッ‼︎ この方は今お体が弱っておるのだ‼︎ 元より老体に鞭打つような真似をするとはどういう了見だこの外道ォォォ!!!」

 

「あーもうほんっっっとすんませんッ‼︎ 死んでも治らんのですこの人!!!」

 

「ンーーー……ン……フゴ……ッ‼︎」

 

 

 

 再燃した怒りで我を忘れたレンザをユウキが必死で謝りながら止める。しかしそれが致命傷になったのか、カゲツは途端におかしな呻き声をあげた。

 

 そういえばとユウキはカゲツの顔を見る。鼻先まで分厚い布団に包まった彼に当然呼吸などできるはずもなく、その状態で1分近く興奮していたことを考えれば、それは当然の結果とも言えた。

 

 カゲツは赤く染まった頭部を一瞬で青ざめさせ、気を失った。

 

 

 

「あ、死んだ……」

 

 

 

 タイキのボソッと呟いたそれが、静まり返った辺りに響く。奇しくもその遺体——もとい卒倒者を見ながら、せめて次に生まれ変わって来る時は、もう少しだけ大人しくなっていることを願うユウキだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——よそ者を入れるなッ‼︎

 

 

 

 流星郷の敷地に足を踏み入れたユウキたちに向けられたのは、住民たちからの猛反対だった。攻撃的な視線と共にぶつけられたその声に、流星の民たちは一丸となって彼らを追い出そうとした。その地上の人間たちと流星の民たちとの間にレンザは立ちはだかって説得を試みる。

 

 しかし彼らの反応は芳しくなかった。

 

 

 

「何を言い出すんだレンザ!そいつらは我々とは違う愚か者たちだ‼︎」「警告を無視して裁きの日を軽んじる者たちと関わるなど言語道断‼︎ 門番がそんなことでどうする‼︎」「地上の病気を持ち込みでもしたらどうするの⁉︎ 身籠ってる子もいるのよ⁉︎」

 

 

 

 どれもこれも、憎々しく叫ばれるそれはレンザ越しに聞いても不快なものだった。排斥の意思をはっきりと示されると、やはり来るべきではなかったかと地上の人間たちも後悔する。

 

 だが、レンザはそれでも引き下がらなかった。

 

 

 

「この者たちは洞窟で暴れる者たちにやられかけた我らを救ってくれた‼︎ せめてその時負った怪我だけでも手当させて欲しい‼︎ 皆の不安もわかるが、どうかここは堪えてくれないか⁉︎ このまま帰すにはあまりにも不義理‼︎ 不甲斐ない私ならいくらでも責めて構わん‼︎ だから——」

 

 

 

 しかしそんな必死の懇願も、彼らの耳には届かない。関係ない、里に入れるなど考えられないと痛々しい視線と怒号で傷だらけの人間たちを追い返そうとする。この光景にユウキたちも次第に怖くなってきた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「——随分と賑やかですね」

 

 

 

 その凛とした声が、この怒声の中でも不思議と聞こえた。その場にいた全員がその声のする方に目をやると、そこにいたのは、従者らしき女性に手を引かれる年老いた老婆だった。

 

 彼女はいきり立つ者たちに語りかける。

 

 

 

「あまり怒ってはいけません。龍神様も、そのような騒ぎは好みませんから」

 

「し、しかしオババ様‼︎ レンザの奴、急におかしな連中を連れてきて……!」

 

「……レンザ。お話を聞かせてくれますか?」

 

 

 

 オババはレンザに近寄り、事の顛末を聞き出す。一通り聞いた後、老婆はニコリと笑ってユウキたちを見た。

 

 

 

「遠路はるばる……ようこそいらしてくださった。身内が世話になったというのなら、私たちも歓迎致します。こちらへ……」

 

 

 

 そう言うのが聞こえた民たちは、我慢が決壊するように族長に嘆願する。

 

 

 

「そんな!オババ様、気は確かですか⁉︎」「そんな(うつつ)から来た人間たちなど信用できない‼︎ 招けばどんな災いがあるか——」「龍神様の棲家であったこの神聖な土地に無信仰の者たちが踏み入ったとなればどんな罰が下るかもしんのですぞ‼︎」

 

 

 

 彼らは各々が危惧していることを必死に伝えた。しかしオババは怯む様子も、言い淀む様子もない。彼女はただ、当たり前のことをしようと皆に投げかけた。

 

 

 

「鳥は止まり木を見つければ休みます。それがたまたまこの場所だった。彼らは休み場を必要としています。ならばほんの少し、分け与えましょう。我らは知っているはずです……安心できる場所が、人には必要なのです。それは(うつつ)の人間も同じ事」

 

 

 

 そんな彼女の言葉に、渋々といった感じではあるが次第に反対する者もいなくなった。

 

 そのおかげでこうして敷地内に入ることが許され、今はオババたち族長の住む家屋に泊めてもらっている。

 

 こうして1日をここで過ごしたユウキは、カゲツたちを下がらせた後、無礼を働いた件でオババ相手に土下座を決め込んでいた。

 

 

 

「本当にすみませんでした……お体、大丈夫ですか?」

 

 

 

 ユウキの言葉に反応したのは、ユウキとオババのいる和室に鎮座していたレンザだった。

 

 

 

「大丈夫なものか‼︎ 全く……どういう生き方をしたらあんな粗暴な男が出来上がるんだ……」

 

「重ね重ね本当もう……」

 

「レンザ。もう良いではありませんか」

 

「しかしオババ様……!」

 

 

 

 レンザはまだ腹の虫が治らないようで、ここにはいないカゲツの無礼をしきりに責める。彼からすれば、必死にこの場所まで通したというのに台無しにされた気分なのだろう。それがわかるだけに、ユウキも申し訳ない気持ちで畳に額を擦り付けるのだった。

 

 

 

「彼の気持ちもわかってあげてください。少年も情熱的な師を持ってよかったですね」

 

「え……あの、俺らのこと、誰か話しました?」

 

 

 

 まるでこちらの事情を知っているかのような口ぶりにユウキは戸惑う。身の上話はまだしていないはずだが、やけにピンポイントな話し方をすると感じた。

 

 

 

「オババ様は貴様らの“波導”を読み取っておるのだ。それを見れば、貴様らの関係性など手に取るようにわかる」

 

「は、波導……?」

 

「あまりひけらかすようなものでも自慢するようなものでもありませんよレンザ。心を覗き見るような真似を……どうか許してください」

 

「そ、それはいいんですけど……もう少し詳しく聞いてもいいですか?」

 

 

 

 その聞き覚えのない単語にユウキの興味は移った。そういえばどこかでこの単語を聞いた気がするがうまく思い出せないユウキに対して、「話はそれてしまいますが……」と前置きをした上でオババ説明してくれた。

 

 

 

「波導とは……生命体に流れる特殊なエネルギー——(うつつ)ではこれを“生命エネルギー”、それを扱う技術を固有独導能力(パーソナルスキル)と呼ぶそうですね」

 

「あ、はい……じゃあオババ……さんも?」

 

「“様”をつけんか無礼者ッ!」

 

「レンザ……?」

 

 

 

 ユウキの呼び方に不服があったレンザだったが、少し強めの族長の視線に彼もグッと我慢する。そして話の続きをした。

 

 

 

「厳密には生命力をコントロールする技術のことですが、まとめて“波導”と称しています。その昔にはこの波導を扱うことに長けた一族もいたとかで、流星の民にはその技術が今も伝わっているのです」

 

「こっちの固有独導能力(パーソナルスキル)とはまた違った技術ってことなんですか?」

 

「扱うエネルギーは同じですが、固有独導能力(パーソナルスキル)は生来より深くその者に刻まれている性質を表すもの。対してこちらは、修練次第である程度扱えるようになる技術です。人体には波導を感じる器官がきちんと存在していますから」

 

「そうなんですか⁉︎」

 

 

 

 今まで知らされていた固有独導能力(パーソナルスキル)とはまた違う、生命エネルギーをコントロールする技術が別にあることを知って驚愕するユウキ。しかしレンザが釘を刺しにきた。

 

 

 

「貴様が気にしても仕方あるまい。その事実がわかったところで、わざわざ教えてやることもないのだから」

 

「レンザ。意地悪なことをあまり言わないでくださいね」

 

「むぅ……オババ様は此奴らに甘すぎます」

 

 

 

 レンザは尚も不服そうにしている。その詳細についてあまり聞くと話が拗れそうなので、ユウキは気を取り直して先ほどのオババの洞察力の謎について聞いた。

 

 

 

「さっき俺たちの波動を見て……って言ってましたけど、具体的に何が見えたんですか?」

 

「そうですね……例えば彼——カゲツに見えたのは“怒り”と“悲しみ”のオーラ。少し“自責”もあったでしょうか。あとはユウキ。あなたからは彼に対する“敬意”のオーラが見えます。生命力の流れ方でそうしたものがわかるんです」

 

「へぇ……読心術みたいだ……」

 

 

 

 そこから彼女はこちらの関係を見抜いたのか……と思ったが、“敬意”など抱いていただろうかと少し疑問に思う。あの暴れん坊を想像して、「ま、まぁそれなりに世話にはなってるしな……」と無理やり自分を納得させるユウキだった。

 

 しかし改めて考えると、ユウキはずっと気になっていたことを口にする。

 

 

 

「あの……こんなこと聞いていいのかわからないんですが……本当に良かったんですか?俺たちがここにいるの……」

 

 

 

 ここで暮らす人間たちの反応を見てそう思った。レンザはそれでもと通してくれたが、ここでしている決め事を破っていることはなんとなくわかっていた。

 

 それを族長自らが踏み越えて、ほとんど無理やりに彼らを丸め込んだように見える。そんなことをしたら、彼らとの関係にヒビが入るんじゃないかと思った。

 

 しかしそれに応えたのはレンザだった。

 

 

 

「オババ様を侮るなよ?この方は先の能力のこともあって人に対する理解と憐れみに富んだ御仁だ。ひとりひとりに優しく接し、信頼を勝ち取ってきたお人なのだ。それに誰よりも龍神様を愛し、その教えを熟知して丁寧に実践してきた敬虔深さは皆の模範ともなっている。その脈々と受け継がれる教えを我々に説いてきた……オババ様が教えを破っていると思っている者などひとりもおらんわ!」

 

「そう言ってくれるのありがたいですが、彼らも忍耐してくれているのです。一絡げにそんな風に言ってはいけませんよ?」

 

「も、申し訳ない……オババ様」

 

 

 

 そうであるならいいがと、ユウキはひとまず胸を撫で下ろす。しかし族長というだけあって、ユウキはその親身になって人々を纏める彼女の凄さに感心していた。これがカリスマというやつなのかと……。

 

 

 

「でも……俺たちが入っちゃったことで迷惑かかってますよね。レンザさんも……ありがとう」

 

「むっ……それはもういいと言っただろう?貴様らはさっさと怪我を治せばいいんだ!」

 

「ごめんなさい。レンザは恥ずかしがり屋なので……」

 

「オババ様‼︎」

 

 

 

 そんなやりとりを見ていると、少しだけユウキも肩の力を抜けた。正直話に聞いていた流星の民への認識で少し怖いものを想像していたが、こうして話していると地上の人間と変わらないことを知れて安堵する。

 

 だからここで世話になっている間は、せめて自分も誠実でいたいと……ユウキは思うのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ここにはポケモンセンターがない。それに従じる建屋も機材も一切存在しないため、ポケモンたちの治療は基本的に里の医者に見せる。

 

 医者といっても傷や病気の具合を診て、栽培している薬草や薬を調合する程度のものだが……。

 

 

 

——ぐ、グマァァァ‼︎

 

 

 

 そんな薬物——“漢方薬”の一種を飲まされるのを嫌がるマッスグマ(チャマメ)が、室内を逃げ惑っていた。俺はそれを追いかけているところだ。

 

 

 

「チャマメ〜!頼むからこれ飲んでくれ!【亜雷熊(アライグマ)】の反動は治さないと!」

 

——グママァァァァッ‼︎

 

 

 

 必死に説得を試みるがやはりダメだった。昨日黙って与えたら全身の毛を逆立てて半狂乱になってしまって以来、この薬がトラウマになってしまっている。とりわけチャマメは食事に関して好き嫌いがはっきりしているので、これはちょっとやそっとじゃ飲んでくれそうにないだろう。

 

 少し作戦を変えるか。

 

 

 

「ほ、ほーら。わかばはちゃんと飲んでるぞ〜?お前もあいつみたいに強くなるためには、このくらいで挫けてちゃダメじゃないかー?」

 

 

 

 わざとらしく漢方薬を既に服用したジュプトル(わかば)を見るように促す。チャマメは一番付き合いの長いわかばを慕っているので、この作戦はかなり効くのだ。戦闘スタイルも速さを活かした速攻という点で似通っているこの2匹は、引き合いにするといい感じで競ってくれる。

 

 今回はわかばにうまいこと先輩面をしてもらって——

 

 

 

——ロェ……。

 

 

 

 しかしわかばもさすがにこの苦さに耐えきれてない様子だった。おいお前、その眉間の皺は苦さに耐えてるだけなのかよ。

 

 

 

——グママァ〜……!

 

 

 

 さらにチャマメも抵抗の仕方を変えてきた。逃げ回るのをやめ、その潤んだ目で訴えてきた。ちょっと待て。お前それ“つぶらな瞳”だろ?そんな使い方すんな。

 

 

 

「気持ちはわかるんだけどなぁ……体はちゃんと治さないと——」

 

 

 

 そう思って可愛らしく抵抗するチャマメに対し、断腸の思いで心を鬼にしようとする俺。しかしその前に、ふわりとそいつに近づくのは傷の手当ての済んだカゲボウズ(テルクロウ)だった。

 

 

 

——カゲゲェ〜!ゲゲッ‼︎

 

 

 

 テルクロウは空中で舞うように旋回しながら何かをチャマメに伝えていた。その挙動が怖い存在を真似しているようで……よくよく見るとそれが先日戦ったボーマンダだとわかる。チャマメもなんとなく理解したようだ。

 

 強い敵と次に戦う時、力をもっとつけなければ——そう言っているように見える。

 

 そのあと二、三言葉を交わした2匹は、同時に意を決して漢方薬を飲む。え、すげぇ……どうやって説得したんだテル?

 

 

 

——グマァ……。

 

——ゲゲェ……。

 

 

 

 さすがに味まで耐えられない2匹は舌を出して不味さをアピール。でもそれが仲間と一緒だったからか、その後お互いの顔を見合わせて笑っていた。

 

 こういう時、テルクロウはみんなを上手く元気づけてくれることが多い。実はメスだという事がわかったのだが、その器量の良さはどこか前の持ち主だったヒメコを支えていたことを想像させる。姉とか母親のような……そうした包容力が彼女の売りだった。

 

 

 

「マジで助かるよテルクロウ。名前をオスっぽくしちゃってごめんな?」

 

——カゲゲェ〜♪

 

 

 

 俺が謝ると、テルクロウは気にしてないよと言わんばかりに体を小刻みに振る。どうやらこのニックネームについては気に入ってくれているらしい。

 

 そんな頼もしい仲間に感謝する横では、ビブラーバ(アカカブ)とタイキの相棒ゴーリキー(リッキー)が2人してなんか言い合っている。

 

 勢いからして喧嘩かとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 

 

 

「ちわー♪——って早速やり合ってるっスね!うちのリッキー。アニキのアカカブと仲良いっスよねー」

 

 

 

 療養所の扉が開くと、そこからタイキが飛び込んできた。どうやらリッキーの様子を見にきたらしい。

 

 

 

「いつの間にかこんな感じだよな。おんなじ近接パワー系だからか通じるもんでもあるんかな?」

 

「それは言えてるっスね!踏み込み特訓で競ったりしてるッスから……よかったなーリッキー♪」

 

 

 

 タイキは自分の相棒に友達ができたことに喜んでいる。対して俺もそれには感謝している。元々トレーニングへのモチベーションがまちまちだったアカカブが、今日まで比較的真面目にやってこれたのはリッキーの助力が大きい。身近なライバルがいることで、あいつもやる気になってくれているから。

 

 

 

「さて……俺も遊んでばっかいられないな」

 

「あ。アニキもう行くんっスか⁉︎」

 

 

 

 俺が部屋を出ようとすると、タイキが残念そうに声をかけてくる。

 

 

 

「ああ。お前はまだ怪我が治りきってないんだから無茶すんなよ。そいつらの面倒だけは頼むけどさ」

 

「それはアニキも……固有独導能力(パーソナルスキル)の疲れとかあるっスよね?」

 

「こっちはあんま気にしなくていいよ。時論の標準器(クロックオン)にも慣れてきてちょっとの疲労も寝れば治ったから」

 

「うーん信用ならないっス……」

 

 

 

 目を細めて懐疑的な視線を送るタイキ。わ、悪かったよいつも無茶してさ……。

 

 

 

「ほ、本当に大丈夫だから!とにかくお前は休んでろよ。俺はちょっとレンザさんたちと話してくるからさ」

 

 

 

 そう行き先を告げて俺は今度こそ部屋を去る。最後までタイキはジト目で見てきてたが、これは日頃の俺の行いの悪さのせいなので、甘んじて受けることにしよう……いつもお世話になりますタイキさん。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺がレンザさんに声をかけたのは、しばらくここで世話になるための身の振り方について、いくつか聞いておこうと思ったからだ。

 

 レンザさんとオババさんの尽力もあって一度は矛先を収めてくれた流星の民たちだが、そんな俺たちが目の毒になってしまうのは正直避けられないと思う。俺らとしても居心地の悪さは少しでも解消しておきたいことだった。

 

 とはいえ、実際に戦争で痛い目に遭わされた地上組も思うところがある。多分協力を呼びかけても簡単には頷いてくれないだろう。俺にはよくわからないけど、カゲツさんの様子を見る感じではかなり根深いもので、理性でどうこうって話じゃないみたいだし。

 

 うだうだ考えてもしょうがなかったので、せめて俺は世話になっている分、滞在期間で何かできないかと思い、レンザさんに当たってみる事にしたのだ。本当はオババさんの方が話しやすそうだったけど、体調面と里長の立場ゆえに本当はおいそれと会えないという事情から泣く泣く却下になったのはついでのお話。

 

 

 

——……お前もか。

 

 

 

 レンザさんに質問して、いの一番に返ってきたのがそんな呆れたような声だった。

 

 お前も……?何の話をしているのかわからなかった俺に、レンザさんは「ついてこい」とだけ言って俺をある場所へと連れて行く。

 

 その場で目にした光景は……——

 

 

 

——ドドドドドドドド!!!

 

 

 

 黒光りする大きな機械が、おそらく畑と思われる場所の上を爆走していた。あ、あれって確か……大王さんが持ってきてた、採掘機⁉︎

 

 

 

「おおー⁉︎ なんだこれ‼︎」「すごい!固い土がみるみるほぐされてってる‼︎」「これ、どーなってんの⁉︎」

 

 

 

 その畑の周りでは、機械の仕事ぶりに感嘆の声をあげる若い衆で溢れかえっていた。手にはそれぞれ農耕具を持つ彼らが、そのお株を奪わんと動き回る機械に釘付けになっている。そして、高らかにその機械の上に乗る人物が叫び散らすのだった。

 

 

 

「ガハハハハ見たか若者たち‼︎——これが地上の文明だ‼︎ このパワー!このスピード!この効率に酔いしれるがいい!!!」

 

 

 

 そう言っているのは当然かのカラクリ大王。荒々しく畑を耕すその姿勢はとても農業やってるようには見えなかった。完全に自分の能力誇示に酔ってるよ……。

 

 しかしどうしたんだ?これじゃまるでここの仕事を手伝ってるようにしか見えないんだけど……。

 

 

 

「——やぁユウキくん。君も手伝いに来たのかい?」

 

 

 

 俺が不思議そうに見ていると、俺たちに近づいてくる一人の男が話しかけてきた。

 

 格好がこの場の人間と同じような装いだったからすぐにはわからなかったけど……この人は——

 

 

 

「そ、ソライシ博士——⁉︎」

 

 

 

 

 

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予期せぬ人間、予期せぬ姿で——!

〜翡翠メモ 47〜

『波導』

生命エネルギーとそれを制御・操作する技術の総称。現在は流星の民の間でのみ使われている。ポケモンと協力して行使する“固有独導能力(パーソナルスキル)”とは元手にするエネルギーが同じではあるが、こちらは人間単身でもある程度使用可能。

由来はかつてその技術を正確に扱える一族からの口伝らしく、長く緻密な鍛錬により習得が可能とされている。

そのエネルギーを目視するための能力を伸ばすことで、エネルギーの流れ方や色合いなどから相手の感情を読み取ることも可能とされているが、これは鍛錬以上に才能が求められる。逆に単純な五感や肉体強化は鍛えるほど能力が向上しやすい。

この能力に恵まれた民は、長らく民の間で大切に扱われてきた。



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第154話 閑話休題


今回はところがまるっきり変わります。
あしからず。




 

 

 

 キンセツシティ。そのHLC支部施設——。

 

 豪華絢爛なキンセツの街道。その脇にあるひとつのテナントの中で、この日は特別な集まりがあった。

 

 その一室の円卓に着くのは8名。正確には9席設けられた内の8席を埋めている状態で、会合は執り行われていた。

 

 

 

「おいおい……“トウカ”は欠席かよ。こっちはクソ忙しい時に来てるってのによ」

 

 

 

 定刻になっても埋まらない空席を見つめて、青い髪の筋肉質な青年——ムロジムリーダーのトウキが呆れたように頬杖をついている。その隣に座るお淑やかな振る舞いで紅茶を啜る規律正しい女性——カナズミジムリーダーのツツジが口を挟んだ。

 

 

 

「忙しいのは皆同じでしょう?年末年始はとにかく行事ごとが多いのですから」

 

「なんだよ。今俺、お前に話しかけたか?」

 

「ご自分だけが忙しい——みたいな文言に一言添えておきたかっただけですわ」

 

「誰も言ってねーこと捏造すんな。てかなんで隣座ってんだよ!」

 

「あら?記憶違いでなければあなたの方が後に座ったはずですけれど」

 

「ご丁寧にここに名札置かれてんだからしょーがねぇだろッ‼︎」

 

「じゃあわたくしに文句言うのやめてくださる?」

 

「こんの……ほんっと可愛くねえな‼︎」

 

 

 

 トウキとツツジが口論を始めているが、当然それは周りの人間も見ている。そのうち1人の赤い髪の少女——フエンジムリーダーのアスナがおずおずと仲裁を試みようとした。

 

 

 

「ち、ちょっとおふたり共……こ、こんなとこで喧嘩するの……不味くないかな?」

 

「なんですの?」

「なんだお前?」

 

 

 

 その睨み返しに一瞬で白旗を振るアスナ。2度と口出ししないですと心からの謝罪をして自分の席で震えている。

 

 その隣にいる、年齢一桁にも見える少年——トクサネジムリーダーのフウが慰めていた。

 

 

 

「ダメだよお姉さん。あの2人はほっとくに限るんだから」

 

「うぅ〜先輩たち怖すぎるよぉ……」

 

「見慣れたらお姉さんも気にならなくなるよー。あれで結構仲良いから」

 

「仲……良い……?」

 

 

 

 そう言って少年と瓜二つの顔を持つ少女——トクサネジムリーダーのもう片割れであるランが解説した内容に、疑いの目を思わず喧嘩する彼らにむけてしまう。次の瞬間にはバトルでもおっぱじめそうな勢いなのだが……と、彼女の懸念が止まらない。

 

 

 

「ワハハ!若いもんは見てるだけで気持ちがリフレッシュされるのぉ!年寄りには良い目の保養になるわい♪」

 

 

 

 そんな心配を他所に電気工事士風の装いをした老人——キンセツジムリーダーのテッセンが快活に笑う。その視線が自分にも注がれていることに気付いて照れるアスナも笑った。

 

 

 

「へへへ……若いだけじゃダメなんですけどねー」

 

「アスナさん。おそらくそういう話ではありませんわ。テッセン様も、年配としての自覚をお持ちでしたらそのような()()()()()()で女性を見るのはお控えくださる?」

 

「ワハハ!怖いぞ〜ツツジちゃん。いやマジで……」

 

 

 

 アスナが見当違いを起こしているのを見かねて、しれっとこちらの話にも耳を傾けていたツツジがテッセンに睨みを効かせる。そこに含まれた怒り成分に本気さを感じたことで、抱いた煩悩を即座に投げ捨てるテッセンだった。

 

 しかしそんな和気あいあいとした雰囲気に水を差すように、ひとりの女性が冷たく言い放つ。

 

 

 

「しかし……トウカをどうする?彼がこの場にいないこと、どのような理由であっても処分は必要だと思うが……」

 

 

 

 空色の飛行操縦士のような格好の女性——ヒワマキジムリーダーのナギの一言は、一同を静まり返らせた。その冷淡な物言いに返したのは、その隣で座る男性である。

 

 

 

「処分とは——また穏やかじゃないねナギ。仮にも僕らはジムリーダー仲間じゃないか♪」

 

 

 

 軽やかに語るのは独創的な衣服に身を包む派手な男——ルネジムリーダーのミクリである。彼は流し目で彼女に微笑みかけるが、ナギは眉ひとつ動かさず続けた。

 

 

 

「仲間だからと違反を見逃せと?この八傑会合(はっけつかいごう)は我々が足並みを揃え、それぞれの業務を行うために必要な情報共有の場だ。本来何を置いても出席するべきところを、代役も立てずに欠席とは恐れ入る……それを許すのは、単なる馴れ合いではないのか、ミクリ?」

 

 

 

 ナギはジムリーダーとしての誇りからなのか、毅然とした態度を変えようとはしなかった。トウカジムリーダーのセンリの欠席は、彼女にとって看過できるものではない。

 

 それを受けてミクリはと言うと……——

 

 

 

「うーん。今日はたくさん喋ってくれるじゃないか〜!美人と言葉を交わせる私は心が踊ってしまう♪」

 

 

 

 ——と、まるで意に介した様子はなく、いきなり立ち上がってその場で舞い始めた。その奇行に一同は若干引く。

 

 

 

「ま、まぁナギさん。言いたいことはわかりますが、予定がどうしても合わせられないこともあります。トウカジムで問題があるという話もお聞きしませんし、今回話し合われたことはわたくしの方からお伝えしますから……規律を重んじてくださる姿勢に感謝いたしますわ」

 

 

 

 収拾をつけるためにツツジがそう提案する。カナズミとトウカには強いパイプがあることは周知の事実であり、ツツジからそのように言うのであれば、ナギも文句はなかった。

 

 それを見て会合の仕切りを任されていたミクリは満足したのか動きを止めて皆に向き直る。

 

 

 

「うんうん。一応話はまとまったし、八傑会合を執り行おうか。みんな、忙しい中集まってもらって助かるよ。今回は各ジムの前期に提出してもらった課題の経過報告、ジム戦用のHLC規定の調整案、人員不足や業務内容への要望と……まあいつもしている感じのお話もしたいところなんだが——」

 

 

 

 ミクリは手元のマルチナビに映っている共有資料を眺めながらこの後の流れを簡単におさらいするが、すぐにその端末の画面を閉じた。

 

 仕切りの顔が、そこから真剣なものとなる。

 

 

 

「——その前に、まずはもっと面倒な話からしようか」

 

 

 

 その一言で会場の人間たちの顔つきが変わる。空気は張り詰め、音がしそうなほどの緊張が走った。

 

 

 

「今年に入って頻発している各地のダンジョンでの密猟行為について話し合っておきたい。これはトクサネの双子ちゃんとトウキくんが報告してくれたものだね。その後の調査報告はこちらにある通り。かなり天然資源を漁り尽くされているみたいだね」

 

 

 

 調査経過がつらつらと書かれたデータに目を通しながらミクリがその点を改めて話すと、実際に調査に携わったフウとランが口を開いた。

 

 

 

「正直“浅瀬の洞穴”はまだマシかな。侵入してきたのが満潮の時で、盗られた貴重鉱石も上層だけで済んでたよ」

 

「まぁだから手薄だったってのもあるんですけど……私たち、もう少し警備の手を強めなきゃって改めて反省しました」

 

 

 

 フウがため息をつきながら報告したあと、ランがその件から学んだ教訓を語る。だがミクリもその点で責めるつもりはないことを告げた。

 

 

 

「気にしないのおふたりさん。そもそもダンジョン内に張ってある観測機材ではモンスターボールの使用反応どころか機械一つ動かした形跡がなかったんだろう?密猟者は我々の知らない手段で事に当たっているはずだ。警備体制をいくら強化したとしても、おそらくそれは変わらなかったと思うよ」

 

 

 

 ミクリの言うことにも周りは一理あると首を縦に振った。もちろん警戒体制に問題がなかったかを考えるのは必要なことではあるが、だからといってこの件に関しては怪しい点が多すぎる。それをジムリーダーの能力不足と断ずるのは早計だろうとみんな思っていた。

 

 むしろこの厳重な警戒網の裏をかく周到さの方が気になると……さらにトウキも意見を述べた。

 

 

 

「ウチは……あれから調べ続けているがひでぇもんだ。ダイゴ(あいつ)からも連絡は来ていたが、ごっそり持ってかれてたよ。しかも——“例の遺跡”にまで手を出してやがった」

 

 

 

 トウキは石の洞窟での調査報告書をジムリーダー共有のフォルダに転送する。これには全員も目の色が変わった。

 

 

 

「HLCで重要文化財指定されてた『小島の横穴』。石の洞窟の最下層から掘り抜いて、こっちにまで手をつけてたらしい。どうやったのか知らねーが、何をしてもびくともしなかったあの“扉”をこじ開けてな……」

 

「なんということだ……報告が遅いぞムロジムリーダー!」

 

 

 

 トウキの報告にナギが問い詰める。

 

 

 

「言い訳する気はねぇがな。こんだけ派手に荒らしといて、最深部から小島の横穴まで抜けている道はきっちり隠してやがったのよ……それにこっちは“首領”との和解も済ませてからじゃねぇと調査そのものができなかったからな。俺はともかく、ウチの連中に落ち度はねぇよ」

 

 

 

 トウキはそれでも悔やまれるのか、拳を強く握っていた。自分の管轄でこれほど好きにされ、その上犯人の足取りも目星もつけられない現状に……彼なりに思うことは多い。

 

 

 

「まぁいいじゃないかナギ。彼はその尽力のために、今回のホウエンリーグ決勝では手持ちをベストコンディションにできなかったんだ……やれるだけのことはやった証拠じゃないかい?」

 

「……それは失礼したな。ムロの」

 

「おいおい。慰めはよしてくれよミクリさん。成果出せなかったことには代わりねぇ」

 

 

 

 ミクリが間に入ってくれたおかげで、荒れかけた話題も落ち着きを見せた。しかしやはり、今回の事件はただの小悪党ではないだろうことは、誰の目にも明らかになった。

 

 

 

「あの“小島の横穴”——その地下に眠る謎の紋様と固く閉ざされた封印。それを解いた上で中のものを回収した……そんなものを使って連中は何を?」

 

 

 

 ツツジの呟きにトウキはわからないと答える。

 

 

 

「見当もつかねえ。何せ中に何があったのかもわからねぇんだ。今回の件で調査は遺跡にまで及んだが……正直情報は望み薄だな。ただ——」

 

 

 

 ただ……トウキは何かを言いかけて、少し口籠る。そして改めてその一言を吐いた。

 

 

 

「——部屋の真ん中に何かがあった。そんな痕跡ははっきりとあったよ」

 

 

 

 調査報告書に載っている写真。それを見て全員も得体の知れない不気味さに駆られる。これがなんだったのか……そんな探究心とは別の何かに突き動かされるように、全員の思考は支配された。

 

 しかし、答えは出ない。

 

 

 

「……とにかく。ムロジムはご苦労だったね。今のところあと二箇所類似した遺跡の調査も進めているが、こちらはまだ手がつけられていないようだ。HLCにも護衛の任の為に治安維持局(セキュリティ)を動かしてもらいつつ、遺跡の解読を早めていきたい方針は伝えたよ」

 

「しかしHLCはえらく腰が重いと聞いておるぞ?事が大きくなっておるというのに、メディアに情報規制をかけるだけで目立った動きがないという話じゃが……」

 

 

 

 ミクリが打診した内容について話すと、今度はテッセンが難色を示す。彼にはHLCからの情報を聞く為の繋がりがあるため、そうしたことには耳が早かった。それにミクリも答える。

 

 

 

「参ったな……テッセンさんには隠し事できないや」

 

「別にお主を責めとるわけではない。ただ上はその辺どう見とるのか……お主からの意見が聞きたいんじゃがなぁ」

 

「私にも大してわかることはないですが……打診した時の反応や組織の動きの緩慢さを見るに——やはりまだ“様子見”に徹するようです」

 

「はぁッ⁉︎」

 

 

 

 ミクリの返事に一番早く反応したのはトウキだった。信じられないといった顔で立ち上がる青年は、息を荒げて抗議する。

 

 

 

「こっちには散々調査させといて、ヤベェってことは口酸っぱく伝えたよなぁ⁉︎ せめて流通規制なり捜査規模の拡大なり、それに合わせて人員寄越すのが筋ってもんだろ‼︎」

 

「トウキさん!ミクリさんに言ってもどうにもならないですわよ?」

 

「わかってるよそんくらい!だがな……今回の件で少なくともウチのプロの何人かはリーグ参加辞退してんだよ!調査には使える人材で当たらなきゃ話になんねーからなぁ……それなりに腕の立つ奴が自分の実力をこっちに回してんだ!いい加減人手のひとつくらい寄越してくれてもいいじゃねぇか!」

 

 

 

 トウキはこの件で多くの時間と労力を注ぎ込んできた。それは自分の不甲斐なさから来る責任感からだが、それに付き合わせてしまっている仲間のジム生についてはまだ割り切れていない気持ちがあった。

 

 それはツツジも知るところであるが、しかしこの場で喚いても仕方がないことだ。

 

 

 

「HLCの方針としては、それでも今を平穏に暮らす人々の気を荒立てないために水面下での調査を続行するつもりだ。まだ戦後十数年……やっと落ち着き始めたホウエンの治安を脅かすこともまた忍びないと思う気持ちは、私もあるよ。すまないね。君たちにばかり負担をかけてしまって」

 

「………いや、いい。今のは俺が悪かった」

 

 

 

 事実をせめて誠実さを込めて伝えるミクリに、つい感情的になってしまったトウキは自分を恥じて席に座り直す。それを見ていたツツジは、この聞き分けの良さに逆に心配になった。

 

 

 

(いつもならそれでも話を取り付けるように食らいつくでしょう。それほど今のあなたは疲れているんですか……?)

 

 

 

 幼い頃から彼のことをよく知るツツジがそれを口にすることはないが、その点でも注意しておかなければと心に誓うのだった。

 

 とりあえずこの一件についてはまだ情報が足りない。今後も調査を進める方針を固めて、議題は次へと向かう。

 

 

 

「次にマグマ団から報告があると……アスナちゃん、説明頼めるかい?」

 

「わ、わひ⁉︎ あた、あたたあたしですか⁉︎」

 

 

 

 ジムリーダー歴が最も少なく、萎縮して沈黙を保っていたアスナに話が振られ、彼女は言語中枢がショートしたように慌ててしまった。これにはミクリも笑ってしまう。

 

 

 

「クスクス。そんなに慌てなくてもいいよ。ゆっくりでいいから頼めるかい?」

 

「え、あ、でも……あたしなんかの話、みんな聞いてくれるかどうか……」

 

「こちらからお願いしてるのに聞かないことないでしょ?そんなに卑屈になることある?」

 

 

 

 あまりにも後ろ向きな発言に今度は若干引くミクリ。完全にこの場の空気に飲まれているアスナを、まずは落ち着かせるところから始めなければと彼は思った。

 

 

 

「まずは深呼吸しよう……ここにいるのは別に君の先生でも親でも上司でもない。君と同じジムリーダーだ。例え経歴が浅くても、それを理由に君を軽んじることはない。胸を張って見聞きしたことを話してくれないかい?」

 

「スー……ハー……あ、ありがとうございます」

 

 

 

 ミクリの言葉に少しホッとしたアスナはなんとか落ち着きを取り戻した。それを見ていた全員がまとめ役として選ばれた彼のリーダー気質に感心する。

 

 緊張はまだ残るが、それでも話せるくらいにまでメンタルを復調したアスナが口を開いた。

 

 

 

「えっと……報告というのは、最近発生している地震について……です。大きなのがついこの間にひとつ。さらに前にもうひとつ……こっちは確かトウキさんとツツジさんが石の洞窟で体験した時のものです」

 

「あー。そういやそんな事あったな」

 

「何しれっと忘れてますの?あれで同行していたユウキさんが数階層分滑り落ちたんですけれど?」

 

(え?ユウキこんなとこでも貧乏くじ引いてんの?大丈夫かなあいつ……)

 

 

 

 トウキが間の抜けたことを言うので、ツツジがそれを咎める。それを聞いたアスナは友人である少年の過去と今後を心配するばかりだった。

 

 

 

「それで……その地震が何か問題でも?」

 

 

 

 話が中断された事でナギが本題に軌道修正する。それで慌ててアスナも続きを話した。

 

 

 

「——そ、その地震なんですけど、なんか変らしくて……」

 

「変……?」

 

「その……震源はわかってるのに、根本的な地震の原因がわからないらしくて……」

 

「それは……そんなことがあるんですの?」

 

 

 

 これには地質学にも通じるツツジが怪訝な顔で食いつく。現代では地震のメカニズムについてまだ研究が必要な部分も多いが、根本的な原因究明についてはかなり進んでいる。そのことを知っているツツジは専門家たちが『わからない』と言っている事に違和感を覚えた。

 

 それでも共有データに送られた資料にはその旨がざっと挙げられている。

 

 

 

「普通地震は地下の火山活動だったり、断層、プレートの激しい運動なんかが関係しているらしいんです……でもマグマ団の調査結果と、ヒワマキの気象観測所でデータ推測をしても……それらしい痕跡が見当たらなくて」

 

「解せんのう。あそこはHLC管轄でも屈指の調査能力を持つ組織じゃろ?それが何も掴めなかったというのは……」

 

「す、すいません……」

 

「いやなんでお主が謝るんじゃ……?」

 

 

 

 また卑屈さが込み上げてくるアスナはさておき、この正体不明の地震についても不気味さがあった。何せ地面が揺れ動く異常事態。地に足つけて生活する生き物にとってはその原因究明は急ぐべき事態だった。

 

 

 

「この2つの地震に震源や当時の気候条件も共通点がないようですわね。これも人為的な何かという可能性は?」

 

「さ、流石にそこまでは誰も言ってませんでしたよ⁉︎ ポケモンの使う技程度の規模じゃないんです……それこそツツジさんの完帯掌握(フルコマンド)レベルでもない限りは——」

 

「でも……そのレベルならできなくはない——ということですわね?」

 

「つ、ツツジさん!別にあたしはそこまで言ってないですよ⁉︎」

 

 

 

 ツツジが突飛な話を持ち出すので、アスナは慌ててその可能性を否定する。こんな大災害を人為的に行えるとなると、それこそ相手は恐るべき兵器を有する集団ということになる。そんな想像を彼女もしたくなかったし、何より無責任に眉唾話を広めたくはなかった。

 

 

 

「冗談ですわ……もしそんなことができるとして、その痕跡を消すことまでは流石に難しいでしょう。地震の発生理由に挙げられなかったのも、それが理由ですわよね?」

 

「は、はい……」

 

 

 

 突飛な話は提示したツツジ自身によってあっけなく否定される。アスナはそれでまた胸を撫で下ろす。

 

 その一連の流れを見届けたミクリは、少し間を開けて口を開いた。

 

 

 

「みんな……それぞれ思うところはあると思うが、とりあえず現状起きている事についてはまだなんとも言えない——それはわかってくれていると思う。だからこそ、答えを焦って出そうとしたり、独断で動く事だけは控えてもらいたい。今日これらの問題を確認したのはそういう意図があったことを……どうか理解してくれ」

 

 

 

 ミクリはそれを言って深々と頭を下げる。立場上、ジムリーダーが一丸となる場合は彼が仕切りをすることになっているが、それでも他のジムリーダーより格が上だからというつもりはない。その謙虚さからミクリは、頭を下げて皆に願い出る。

 

 その思いがわからないはずもない。みんな、黙してその言葉を肯定した。

 

 

 

「——ありがとう。引き続き、できる限りの調査とその情報共有、警備体制の見直しはお願いするが、秘匿事項でもあることを忘れないでくれ。それでは、八傑会合を改めて始めよう……!」

 

 

 

 ひとまず挙げられた議題に区切りをつけ、彼らは本職に必要な会合を始める。

 

 しかし今日は誰もが、心がどこか別の方を向いている気がした……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——その顔。似合わないですわよ」

 

 

 

 八傑会合の中休みに、ひとり同じ施設内の休憩スペースで何やら思い詰めたような顔をしているトウキに向かって、ツツジはそんな声をかけた。

 

 彼が煩わしそうに振り返ると、そこにはひとつの紙コップが差し出されていた。

 

 

 

「甘いのは主義上飲まねえんだが?」

 

「差し入れですのになんですその言い草は。心配しなくても無糖のストレートティーですわ。少しは気を緩めませんといざという時参りますわよ?」

 

「……別に張り詰めてなんか」

 

 

 

 いつもの言い合いも今は互いにキレがない。こういう時は、どちらかが気落ちしている時である。それをなんとなく察しているツツジは、少しだけ優しく歩み寄ろうとしていた。

 

 

 

「何かまだ懸念がある——そう顔に書いてありますわ」

 

「……はぁ。お前ってホントめざといな」

 

 

 

 トウキは観念するように差し出されたカップを受け取った。ツツジはそんな彼の真横に座る。

 

 

 

「あなたの考えることもわかります。あなただけならいざ知らず、警備に固有独導能力(パーソナルスキル)で当たっていたフウさんとランさん達ですら感知できなかったことを考えると、後手に回ることの不安が残ることも……」

 

 

 

 ツツジはトウキの内心を言い当てる。治安維持という観点からすれば、水上の無作法を何度も取り締まってきたムロジムは他のジムよりも危機感を抱きやすい。こういう事態は早めに芽を摘むことに越したことはないと、彼が考えるのは自然だった。

 

 しかしツツジとしてはそれでも冷静になって欲しいとも思う。それで次の言葉を放とうとすると、彼は意外な返しをしてきた。

 

 

 

「そういうことじゃねぇ……」

 

「そうじゃない?では何を考えていたんですの……?」

 

「お前……本当に違和感ねぇのか?」

 

 

 

 ツツジはまさか聞き返されるとは思っておらず、その問いに戸惑う。違和感というのはおそらく先ほど議題に上がった密猟者と地震のどちらかの話だろうが、そう言われても、実態が掴めない今はある意味違和感だらけである。

 

 トウキは続きを話した。

 

 

 

「俺たちが密猟者に気付いたのはお前がデボンの荷物を持ち込んだあの日だ。ダイゴにも用があるってんで石の洞窟に行き、“隻角(せきかく)”が暴れてるのを確認してその後になる……」

 

「それがどうかしたんですの?あのボスゴドラが暴れ始めたのは密猟者が荒らしたからで——……!」

 

 

 

 トウキがあの日、デボンの荷物を持ち込んだツツジ達との行動を改めて話すのをツツジはなんの気もなしにトレースする。しかしそれを考えると、おかしな点に行き着いた。

 

 トウキの感じる違和感。しかし、それは彼女からすると気付きたくないものだった。

 

 

 

「おかしいだろ……ダイゴが来たのは俺たちが迎えに行く3日前からだぞ?ボスゴドラと俺たちが遭遇した時だってあいつはそばにいた。あの時はダイゴでも対話できないくらい興奮してたって言うから特に気にはしなかったが……」

 

「彼が3日も滞在していてそのことに気付かないはずがない。彼が居たのは少なくとも第七層よりも下……騒ぎがあれば石からその情報を聞き逃すはずがない」

 

 

 

 それはダイゴ特有の感覚であるため断言できるものではないが、少なくとも彼をよく知る2人からすると考えられない話だった。

 

 

 

「当然密猟者の情報も掴んでるはず。それを俺たちと共有しないとなると……」

 

「ちょっと待ってください……まさかあなた、ダイちゃんを疑って?」

 

 

 

 ツツジとしてはその考察は早計だと感じた。しかしトウキは真剣な眼差しで彼女の甘い考えを切り捨てる。

 

 

 

「お前だってわかってんだろ?あいつは強い。だから何か目的を見つけると1人で解決しようとする。周りに説明もなしに突っ走ることはよ」

 

「それが……彼がHLCの重要文化財に手をつける理由だとでも言うのですか⁉︎」

 

「……あるいは、その先に何かしでかす為のな」

 

 

 

 それを聞いてツツジは理性で感情を抑えられなくなった。隣にいるトウキの肩を掴んでこちらに無理やり向ける。トウキはそんな彼女の必死な顔に目を見開くが……動揺はしなかった。

 

 そこへ……手を叩きながらひとりの男が歩み寄って来る。

 

 

 

「はいはいおふたりさん。仲良さそうなのはいいけど、ヒートアップしすぎると周りに丸聞こえになってしまうよ?」

 

 

 

 それは会合を取り仕切っていたミクリ。陽気に仲裁する彼の存在に、2人は昂りかけた感情をどうにか収める。

 

 

 

「ミクリさん……」

 

「失礼しましたわ。お見苦しいところを……」

 

「気にしないで。ダイゴの件なら、私も思うところはあったからさ」

 

「……!ミクリさんまで!」

 

 

 

 ツツジは少し悲しそうにミクリにも突っかかる。彼女からすればダイゴは大切な友人だ。それを疑うということ自体、彼女には抵抗があった。

 

 

 

「別に彼が犯罪を犯しているとまでは思っていないよ。少なくとも彼が犯人なら、事はもっとスマートに運べたはず。それこそ遺跡の品を持ち帰るだけなら、わざわざ石の洞窟から侵入したりはしないだろ。それにダイゴは何より石を重んじる。例え目的のためとはいえ、ダンジョンやそこに棲むポケモンたちに危害を加えるやり方はしない。その方法も流儀も弁えているはずだよ」

 

「「…………」」

 

 

 

 そうであるならいい……そうした希望とそうだとしてもダイゴの行動にはいくつか説明がつかないものもある点がひっかかる2人は黙る。ミクリはそれで困ったように笑う。

 

 

 

「そう心配しなくてもあいつは賢い奴だ。確かに背負いすぎなところはあるから心配なのもわかるけど、あいつだってその事は知ってるはずさ。幼馴染の君らがよく知るように、彼も君たちのこともよく知っている。今はそこを信頼してあげてくれないか?」

 

 

 

 それはダイゴの友人のひとりとして、馴染みの2人に対するお願いだった。それを聞いてトウキとツツジも、込み上げていた感情を降ろす。

 

 

 

「わかったよミクリさん。ジムリに就いた時も世話になったあんたからの頼みだ」

 

「あなたがそう言うなら……ダイちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

「ああ。何か伝えられそうなことがあったら真っ先に君らに報告するよ。あいつにもなるべく心配かけさせないように釘を刺しとくよ♪」

 

 

 

 ミクリはそう言って2人を励ました。それで彼らも気付く。この話題に触れた時からおそらく自分たちが懸念するであろうことを察していたのだろうと。

 

 このアフターケアはまだ未熟な自分たちに向けられたエールだと、つくづくこの人には敵わないなと思うばかりだった。

 

 しかしそんな彼にも……妙なことを言い出す時が——

 

 

 

「ところで2人に聞きたいことがあってね——さっきユウキという名前を聞いたんだけど」

 

 

 

 その少年の名前に2人は顔を見合わせた。ミクリと接点があるなどという話は聞かなかったと思うが——そんな戸惑いのまま返事をする。

 

 

 

「ユウキさんですか……?彼は去年の夏の終わりがけにプロになった子ですけど」

 

「ミクリさん。あいつのこと知ってんの?」

 

「ああいや直接会ったことはないんだけどね。どうもこないだ“姪っ子”がその子と会ったらしいんだよ」

 

「……姪っ子?」

 

 

 

 ミクリの姪っ子——それはホウエンで知らない人間などいないほどの超がつく有名人。このジムリーダーはコンテスト参加もするコーディネーターと掛け持ちである異色のジムリーダーなのだが、そんな彼が手塩にかけて育てたのが彼の姪であり、現在トップアイドルとして活動している“ミラクル☆クラウド”のルチアである。

 

 2人はそのワードが出た瞬間、嫌な予感がした。これは面倒ごとの前触れであると。

 

 

 

「ち、ちなみにどのようなお話を……?」

 

 

 

 ツツジは正直掘り下げたくはないが、ユウキの今後の安否のためにも事の深刻さを確認しなければならなかった。その返答で見せたミクリの顔は……酷く暗い笑顔だった。

 

 

 

「いやぁ実に仲良くしてたらしいんだよ。ハジツゲのコンテストに一緒に参加したらしくてね……」

 

「あ、あいつプロのくせに何してんだ……」

 

「そ、それはまた微笑ましいですわねー」

 

 

 

 ミクリが妙なところにアクセントを置いて話す姿は間違いなく威圧感を込めていた。それで内心穏やかではないことを察知したツツジがなんとか話を逸らそうとするが——

 

 

 

「微笑ましい、ねぇ……あの子は警戒心とかそういうものがないから心配だよ。変な虫につかれてしまったらどうしようかと心配するのは叔父としては気になってしまってね。過保護だと笑うかい?」

 

「あ、アハハ。ま、まぁそれはミクリさんの保護者心ってやつだろ?ゆ、ユウキの奴にも困ったもんだよなぁアハハ」

 

「で、でも彼も優しくて良い子ですわ。ミクリさんが心配するようなことは——」

 

「先日ね。嬉々としてルチアから電話があったんだよ」

 

 

 

——なんかね。初めてすごく気になる男の子ができたの。

 

 

 

 恐ろしく低い声で、ミクリは溺愛する姪っ子の言葉をリピートした。それで2人は笑顔のまま凍った。

 

 

 

「ぜひお会いしてみたいなぁ。あの子にそこまで言わすユウキくんとやらに……!」

 

 

 

 ああ……これは助けられない——そう心の中で呟いた若いジムリーダー2人は、本人の預かり知らぬところでまたトラブルの種が生まれてしまったことに同情するのであった。

 

 

 

 

 

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何もしていなくても厄介ごとは増えていく——☆

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第155話 きっかけ


ところは戻って流星の滝。ちなみに滝にこないだ打たれてきました。ちょー痛ぇの。






 

 

 

「——べっくしッ‼︎」

 

 

 

 急に襲われた悪寒により、俺——ユウキは勢いよくくしゃみをする。隣で話していたソライシ博士はそんな俺を心配そうに見る。

 

 

 

「大丈夫?風邪かなぁ」

 

「なんだろ……嫌な殺気を感じたような……」

 

「暗殺される予定でもあるの?」

 

 

 

 ないよそんなもん。突然変なこと言って悪かったです。

 

 そんな他愛もない話をしながら俺とソライシ博士は、未だ荒れた土を耕し続ける掘削機を改造した“ダグドリオン”なるものと、それに乗るカラクリ大王を眺めていた。博士にあれは何事かと聞いたのは、数分前の話になる。

 

 

 

「にしても、掘削機を丸々トラクターに改造するなんて……ここに来てそう経ってないのによく出来ましたね」

 

「いつでもメンテできるように工具と予備の部品は多めに持ち歩いていたみたいだよ。ダグドリオンにはSOSで仮想ストレージが膨大にあるからできる芸当らしいけど」

 

「何のこっちゃかまるでわかりませんが……現にああして走り回ってますもんね」

 

 

 

 呆れるくらい快調に土を耕すダグドリオン。黒光りする3本のボディはもぐらポケモンを踏襲してデザインされているというが、激しく稼働しているそれはもうポケモンとは似ても似つかないパワーを誇っている。どんなエンジン積んでたらああなるんだ……。

 

 まぁそれはそれとして、別にびっくりしたこともあったのだけど。

 

 

「でもそれより驚いたのは……みんながここで働くのに乗り気だったことですよ」

 

 

 

 ここに来てから、タイキより俺が見てなかったみんなの動向は聞いている。

 

 流星の民……彼らが端を発した事をきっかけに起こった二千年戦争。その被害をモロに受けたこの人たちは今もその時の遺恨が残っている。それを見たタイキは、また揉めたりしないかとずっと気を揉んでいたんだけど……まさか一足早く働いていたのは。

 

 

 

「アハハ。まあ割り切れたわけじゃないけどね。やっぱり努めてないと昔のこととか思い出して気が重くなるし」

 

「それでもすごいですよ。なんかキッカケとかあったんですか……?」

 

「キッカケ……かぁ」

 

 

 

 俺の質問に少し考えながら視線を少し上げるソライシ博士。確か人間は思い出す時はよく上を見ながら話すとか言ってたっけ?

 

 

 

「……最初は、僕らも怪我がひと段落するまで大人しくしていようと思ったんだ。流星の民たちも僕らのことはあまり歓迎しているわけでもなかったしね」

 

 

 

 里の人間たちの態度はここに来た時の通り、今も友好的というわけではない。少なくとも必要で診療所を訪れる道中は冷たい目を向けられることも多かった。石ひとつ飛んでこなかったのは幸いだけど。

 

 

 

「でも、それはやっぱりまだ僕らが互いを知らないからなんじゃないかなって思ったんだ。知らないまま……互いを傷つけ合ってしまった。だからきっと、怖さだけが残った」

 

 

 

 ソライシ博士はそう言って地面から石をひとつ拾い上げる。それは何の変哲もない石ころだ。

 

 

 

「この石を君は怖がるかい?」

 

「へ?石を……?」

 

 

 

 そのありふれたものを俺に向けてヒョイと投げる博士の質問に、戸惑いながらも石を取る。それを眺めながら、問われたことに素直に答えた。

 

 

 

「怖くはないよ……だって石だし」

 

「フフ。そうだよね。僕らはこれを“石”だってわかってる。だから拾う時に素手で掴めるし、こうして渡されても君はそれを手にできる」

 

「……俺たちと流星の民も、同じってことですか?」

 

 

 

 その例えの意味を朧げながらに掴んだような……曖昧に聞き返すと、博士は困ったように笑った。

 

 

 

「本当のところはわからない。向けられた敵意や今までされたことを許したり、受け止めたり、理解できたりするのか……やっぱり分かりあうのはもう無理で、僕らは遺恨を残したまま出ていくことになるのかもしれない。触れている石が危険なものなのかどうかを、まだ僕らは知らないんだ」

 

 

 

 不用意に触れ合えば、どちらもただでは済まない可能性を示唆する博士。俺にはその意味を充分にはわかってあげられないけど、この人が慎重に今、行動しているのが伝わってきた。

 

 

 

「だから知りたい……向こうにその気がないなら、これはきっと僕の押し売りで迷惑なのかも知れないけど……滝で見たレンザくんたちを見なかったことにはしたくなかった」

 

 

 

 ソライシ博士は真っ直ぐにそう言う。例え相手が大切な人の仇でも……今を知ってから色々考えたいんだって……。

 

 

 

「その事を話したら、大王さんもウチの助手も……思ったより簡単に頷いてくれてね。それからは仕事も早かったよ。挙句には『我が子の乗り方を説明しよう!』——なんて言って、あそこにいる若い子たちに実演販売まで始めちゃったんだから笑っちゃうよ」

 

「それでやたら説明口調なのか……」

 

 

 

 もう呆れるほど清々しく、この人たちは流星の民たちに向かって歩いていた。俺が最初に懸念してたようなことをとっくに乗り越えて……まだ許せるかわからないとか言っていたけど、それはもう——

 

 

 

「——おーい!おまえ達も休んでばっかいないで少しは手伝え〜ぃ‼︎」

 

「博士〜!こちらの皆さんにダグドリオンの説明をしてあげてくださーい!」

 

 

 

 こちらが話し込んでいるところへ、痺れを切らした大王さんと、博士の助手であるツキノさんが手を振ってきた。農業やる気満々の2人を見て、博士と俺は目を見合わせて笑う。

 

 俺たちは今ちょっとだけど、流星の民(かれら)に向かって歩いて行けている気がして……嬉しかったから——かな?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ベチャッ!

 

 

 

 流星郷の公道を歩いていた男に、卵が投げつけられた。

 

 ボロボロの帽子に投げつけられたものの中身がだらりとロングコートに垂れ、それを受けた男はゆっくりと飛んできた方に振り返る。

 

 そこにいたのは、彼と同じくらいの老人だった。

 

 

 

「こんの裏切りモンが……どのツラ下げて流星郷(ここ)におるんじゃ……‼︎」

 

「ちょ……お父さん‼︎」

 

 

 

 血走った目で彼——元四天王のゲンジを睨む老人。その目には憎悪がたっぷりと込められている。そばにいる彼の娘らしき女性に行いを咎められるが、気にする素振りはなかった。

 

 

 

「あの戦争で寝返った貴様が……‼︎」

 

「やめてお父さん!あの人はオババ様が怪我人として里に——」

 

「そんな義理守る理由がどこにある‼︎ こんな奴どこぞで野垂れ死んでしまえばええ‼︎」

 

 

 

 ゲンジに向けられた憎しみの言葉は彼だけのものではなかった。その揉め事を眺めている人間の中……取り分け中年から高齢にかけての民たちが同じような視線を向けている。

 

 それを肌に感じて、ゲンジは一言だけ——

 

 

 

「……邪魔をした」

 

 

 

 そう言い残し、彼はその場を歩き去る。

 

 その背中が見えなくなるまで痛々しい視線を向け続ける民たちに、彼がどうこうすることは最後までなかった。

 

 

 

「——針の(むしろ)じゃねぇか。情けねぇ」

 

 

 

 里の静かな場所までゲンジが来ると、そこにいた元同僚——カゲツが呆れたように話しかけてきた。ゲンジは「なんだ貴様か……」と何食わぬ顔で通り過ぎようとした。

 

 

 

「待てよ……なんで言い返さねぇ?」

 

 

 

 ゲンジ呼び止めるカゲツ。彼らの迫害的な態度になぜ物申さないのかと問いかけた。

 

 

 

「事実を言われ、それに相応する振る舞いだ……正当な主張に難癖をつけるのは趣味ではないのでな……」

 

「正当な主張……?」

 

 

 

 ゲンジの言い分にカゲツは眉を顰める。

 

 

 

「自分たちの主張通す為に大勢の人間巻き込んだあの戦い……それに嫌気が差したあんたが同胞と敵対することを覚悟して行動したことくらいわかりそうなもんだがなぁ……あんたの口利きがなきゃそもそもこんな里認められるわけないだろうが……」

 

 

 

 戦争が終結した15年前。ゲンジが捕縛した流星の残党たちをどう扱うのかについてホウエン政府に嘆願したことを持ち出し、カゲツは舌打ちをする。

 

 ゲンジは元々この里の出身。その彼が戦争の中で流星の民としてではなく、一個人としてホウエンの未来を憂い、自分の立場を捨て去ってまで戦った事をカゲツは知っている。

 

 実際その影響は大きく、傾きつつあった戦争の流れが逆転したとする当時を見ていた人間も多い。それゆえに、戦争終結の功労者として扱われる彼の嘆願は無碍にされることはなかった。

 

 流星の民にもホウエン在住の許可を——それが彼にできた同胞たちへのせめてもの贖罪だった。

 

 

 

「……どんな理由があろうと。わしがしたのは薄汚い裏切り。里長の補佐としての立場も忘れたわしは、本来ここにいていい者ではない」

 

「ケッ……あいつらの横暴が気にくわねぇからあんたこっち側に着いたんだろうが。今更何を気兼ねすることがあんだよ」

 

「それは……おまえもだろうカゲツ」

 

「あ……?」

 

 

 

 ゲンジからの意外な切り返しに、一層険しい顔になるカゲツ。「どういう意味だ?」と問い返すと、ゲンジは続けた。

 

 

 

「あの戦争は……多くの血と犠牲によって止められた。今を生きる若者たちには受け継がれず、時代は前を向きつつある。そこにこだわる理由などないはずだ」

 

「……何が言いてぇ?」

 

「わしには、わしなどより余程……貴様の方が囚われているように見えただけだ」

 

「俺が……?ハハ……ついに耄碌したかジジイ……」

 

 

 

 カゲツは老人の言うことを妄言だと笑う。しかし内心は穏やかではない。

 

 

 

「あの戦争で受けた傷は……誰のせいでもない」

 

「うるせぇなッ‼︎ そんなこと——」

 

 

 

 そんなことわかっている——そう言いかけるカゲツは、全てを口にできなかった。どうして憚られるのかわからず、困惑する。

 

 それを見て、ゲンジはもう何も言わない。カゲツから離れるように歩き、結局2人はそのまま別れた。

 

 一人残されたカゲツは……口惜しそうに呟く。

 

 

 

「わかってんだよ……そんくらいのこと……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 おっす。俺タイキ!今絶賛ポケモンたちの様子を見ててたーいへん‼︎

 

 ……いやまぁ、真面目にやってるッスよ?アニキと俺のポケモンの怪我の様子を見ながら、みんなで療養所の庭にいるんスけど。

 

 天井がぽっかり空いたここは、地下深いところだって忘れさせるっス。そのおかげで気持ちいい風も吹くし、陽の当たるところは緑が豊かで結構過ごしやすいっスけど……こんなバカでかい空洞、どうやってできたんスかね?

 

 

 

「……にしても元気っスねみんな——って、あれ?」

 

 

 

 昼寝をしたり走り回ったりじゃれあったり……レンザさんたちのコモルーたちも混ざって入り乱れるポケモンたちの中で、1匹だけ固まって動かないやつがいるのを俺は見つけた。

 

 

 

「わかば……?どうしたんスか?」

 

 

 

 俺はふらっと近づいたけど、わかばはボーっとして反応がない。直立不動でさっきの俺みたく天井の穴とそこから差し込む日差し、風を体に浴びながら、なんか考えているみたいっス。

 

 わかばは賢いポケモンだけど、なんか考え事したりするんスかね?もしかしてここ気に入ったとか?

 

 

 

「わかば〜。どうせだったら寝転がってみたらどうスか?」

 

——………。

 

 

 

 わかばは俺の次の言葉には反応した。聞こえてなかったわけじゃなかったみたいっスけど、返事をするわけじゃない。ジロっとこっちを見て、何も言わずにまた天井を見ていた。

 

 あそこに何かあるのか……?

 

 

 

「はぁ……アニキならわかるのかもしれないっスけど、俺は固有独導能力(パーソナルスキル)使えないし、察してあげることもできないんスよねぇ〜……怪我とかの具合が悪いとかでないならいいんスけど」

 

 

 

 本当にそう願うばかりだった。アニキのポケモンになんかあったら死んで詫びるしかないっスからね。あ、そういえば——

 

 

 

「そういえば、アニキのタマゴ……まだ孵らないんスかね?」

 

 

 

 アニキが働きに出ている間、ついでにと預かってるポケモンのタマゴ。今も渡された時のまんま孵化用のケースに入れられてるけど……まだピクリとも動かないっス。

 

 

 

「これ、フエンの旅館に捨ててあったんスもんね……ちゃんと孵るかなぁ——」

 

 

 

 そんな心配をした時だった。今一瞬、タマゴが動いたような気がした。

 

 

 

「わっ!意外と元気⁉︎——うわーなんか感動っス!中身はどんなやつなんスかね〜?楽しみっス♪」

 

 

 

 こういうのを命の尊さ〜とかで表現するんスかね?なんかパワーというか、力強さを感じた俺は、早く中のポケモンと会いたくなった。

 

 とにかく元気に生まれてこいよー……なんて言いながら、ケースの覗き窓を小突いて。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちが療養のために流星郷に留まって一週間が経った。

 

 怪我人は今もオババさんの家と療養所で面倒みてもらいつつ、元気な俺やソライシ博士たちとで畑仕事を手伝っていた。きっかけは世話になった分の恩返しと流星の民たちを知る為の接近だったが——大王さんの無茶苦茶に魔改造したダグドリオンによって、事態は思っていたより好転している。

 

 最初は騒音と乱暴な仕事をする機械に好奇と迷惑そうな目が半分くらいだったけど、この1週間でそれも随分良いものになってきていた。

 

 集まっているのは主に里の若い衆……彼ら曰く、「これめっちゃ便利」——とのこと。

 

 

 

「そりゃあこんな無茶苦茶硬い岩場を耕そうってんだから……というか岩って土になんの?」

 

「そこがこの辺りのポケモンたちのお陰なんだよー♪」

 

「わっ——ツシマさん⁉︎」

 

 

 

 耕された地面を慣らす作業に当たっていた俺に後ろから急に現れたツシマさん。彼も一緒に働いている。

 

 

 

「ソルロックとルナトーン……その他岩石を主食にするポケモンたちが栄養価の高い排泄物を残していく。僕らみたいに有機物とは違うからプロセスは違うけど、柔らかく砕いたり水気を与えてあげれば、地上なんかよりも作物はよく育つ——」

 

「物知りっスね。AI技師なのに」

 

「——ってトマトマくんが教えてくれたよ」

 

「あー……そういう……」

 

 

 

 やけに自信満々に語ると思ったら原住民たちの受け売りだった。そりゃそうか。

 

 にしても、それならこんな地下に閉じ込められても生計が立てられる理由がわかる。要は自給自足ができれば生きていけるということ。単純に言い切っていいのかはわからないけど、今の流星の民たちを見ていると、なんか自然と一体って感じがする。

 

 こういう生き方も……ちょっと憧れるな。

 

 

 

「なんか……今ユウキくんからおじさん臭い匂いが……」

 

「それは一体どういう意味だツシマさん?」

 

「怖いよぉ〜そんなマジにならないでぇー」

 

 

 

 失礼な波導をキャッチした俺はツシマさんをこれでもかと睨む。なんで中年が都会の生活に疲れたみたいな感想してたのがわかるんだよ。それでもおじさんと言われる筋合いないだろ。

 

 

 

「まぁでも……こんなに溶け込めるとは思わなかったよ。最初はあんなに反対されたから、隙を見て俺たち全員縛り上げられて滝に吊るされるのかもとかビビってたのに」

 

「ちょっとあり得そうだけど……君そんなに追い詰められてたの?胃、大丈夫?」

 

「まだ胃薬の在庫はあるから……」

 

「常用してるんだ……」

 

 

 

 俺のストレス事情はまぁさておき、本当にこうして里の人たちの隣で働けるとは思ってなかった。

 

 里八分くらいは普通に覚悟してただけに、ここの若い人たちの反応がなんか普通で……今もダグドリオンには人だかりができている。それを誇らしげに操縦する大王と、機構をわかりやすく説明している博士とツキノさんで盛り上げているって感じだった。

 

 あとは仕事が終われば普通に昼飯を一緒に食べたりしてるし——

 

 

 

「なぁユウキー!ツシマさーん!昼飯の時にまた外の世界の話聞かせてくれよー‼︎」

 

 

 

 ひとりの若い衆が俺たちにそう言うのを聞いて、はいはいと手を挙げて答える。こないだうちからこの手の話題は男女問わず興味があるらしく、ためしにした俺の旅路の話やらツシマさんのキノココ狂い話やらが大ウケしたのだ。

 

 ちなみにその中でも一番興味を示していたのが、さっきチラッと名前が挙がったトマトマである。

 

 

 

「ツシマ〜!この後キノココの住んでるとこ案内するのら〜‼︎」

 

「えっ、行く〜〜〜♡」

 

 

 

 そのトマトマが昼飯終わりに彼を案内するそうだ。門番の仕事とかあるだろうにいいのか?——などとツッコむのは初日で飽きた。

 

 そんな感じで結構雰囲気はいい感じだ。でも、それに伴って浮き彫りになってきた問題もある。

 

 それが——年齢によって民の意識が違うということだった。

 

 

 

「本当は俺たちも話でしか戦争のこと知らなくてさ……今の俺たち世代なんかはあの頃ドンパチやってた親父たちの子供なんだよ」

 

 

 

 昼飯に握ってもらったおにぎりを畑の縁に腰掛けながら頬張っている時、若い里の民が話してくれたのは、そんな事情だった。

 

 

 

「もうちょい上の20くらいの人たちも子供だったからあんまり覚えたないって……中には結局そのまんま親が帰ってきてない奴らもいるから、思うとこはやっぱあるけどさ……地上の連中が鬼畜で龍神様を穢す悪い奴らだって教わったくらいなんだよなぁ。俺らの気持ちって」

 

「よくそれで普通に話聞いてくれるよな」

 

 

 

 語ってくれたのはそんな正味な話だった。しかしそんな事情だと、やはり受け入れてくれた今は奇跡に近いと思う。なんでそんな懐が深いんだ?

 

 

 

「——シガナのお陰だ」

 

 

 

 そんな俺たちの会話に混ざってきたのはレンザさんだった。いつもの仏頂面で座っている俺たちを見下ろしている。

 

 

 

「レンザ……その人のことは——」

 

「いいんだ。いずれ彼にも説明しておかねばならんと思っていたところ……彼はヒガナと既に接触しているのだ」

 

「ひ、ヒガナ——⁉︎」

 

 

 

 レンザと話していた若い衆が何か話しているが、聞き覚えのない名前の人物についてあれやこれや言っているみたいだ。シガナ?それに名前が似てるヒガナも関係してる……?

 

 

 

「あの……そのシガナって人は一体……?」

 

「……場所を変えるか」

 

 

 

 そう言って、レンザさんは俺を連れてその場を離れる。あまり人に聞かれたくない話なのか……どこか辛そうなレンザさんは、黙々と人気の無い場所へと歩いて行った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「シガナは……ここにいた流星の民の名前だ——それもただの民じゃない。“宝玉”に選ばれし“伝承者”という特別な存在だった」

 

「ちょっと待って」

 

 

 

 滝が落ちる湖の畔まで来たと思ったら、いきなり話し始めるレンザさんに待ったをかける。あまりにも唐突に知らない単語のオンパレードだったからだ。

 

 

 

「“宝玉”に……“伝承者”……?何がなんやら……」

 

「“宝玉”とは、この里の宝として遥か昔に龍神様が与えた深緑の珠のこと。我らが龍神様のことを後世に語り継ぎ、龍神様はそんな我らが住むホウエンの地を守護する——そうした契約が成された記念品だ」

 

「そんなものがこの里に……」

 

 

 

 おそらくそれはオババさん辺りが持っているのだろうけど、その遥か昔っていつぐらいのことなんだろう?

 

 

 

「その昔って……」

 

「言い伝えによれば、2000年以上も前の話だがな」

 

「にせん……ッ⁉︎」

 

 

 

 スケールがデカすぎる。そんな昔だなんて、地形が変わるくらいの歳月じゃないか。よくそんな話を今まで語り継げたもんだよ。

 

 

 

「信じられなくてもいい。私たちが知っていればいいことだ……私たちが知っていればな」

 

「レンザさん?」

 

 

 

 含みのある呟きが気になったが、レンザさんはすぐに話を軌道修正する。その“宝玉”とやらに『選ばれる』——ことについて。

 

 

 

「この里では里長の代替わりを決める時期が来ると、オババ様が“宝玉”を用いて、次代の“伝承者”を決定するのだ。“宝玉”は今もどこかで生きておられる“龍神様”と繋がっているとされており、正しく継承されるべき者が触れると一際輝く——のだそうだ」

 

「それが……さっき言ってシガナって人だった……?」

 

 

 

 俺が話の繋がりを見出すと、レンザさんは首を縦に振った。

 

 

 

「私もそれを直接見たわけでは無い。彼女が選ばれた儀式は戦争よりもずっと前の話。その人は……心優しく、とても賢い女性らしい。オババ様の若かりし頃を彷彿とさせるものだったそうだ」

 

 

 

 その言い方からして、かなり人に好かれていたんだろうってことは伝わってきた。そんな人だったからか、戦時中は心を痛めていたらしい。

 

 

 

「流星の民もそうでない人たちも、同じ龍神様に守られてきた仲間だ——戦争に出かけた殺気立つ大人とは違い、和解の道を見出そうとしていたそうだ。今思えば、彼女は民たちが敗北する未来を予感していたのかも知れない。だからこそ、今いる若年層は、父や母よりも彼女の教えを支持している者が多いのだ」

 

 

 

 シガナという人がそうした地道な努力をしてくれたお陰で、偏見だけに塗れずに今の若い世代は生きてこられたとレンザさんは語る。確かにそうした考えを持つ人たちが居たなら、あの反応にも納得だった。

 

 でも……その肝心のシガナさんは今どこにいる?少なくとも俺たちの誰も、そんな人に会ったという話はしていない。

 

 その説明はすぐに……レンザさんからされた。

 

 

 

「——そんな彼女はなんとか戦を止めようとした。そのために戦地で戦う民たちの指揮を取る者たちやホウエン政府に掛け合うと言って……それきり行方がわからなくなってしまった。あの人を慕っていた……お前たちが戦ったあのヒガナを残してな」

 

 

 

 シガナさんはそれ以来帰ってきていない……それを聞いただけで、俺には絶望的な予感しかできなかった。だからさっき、この人の名前が出た時に悲しい顔をしていたのか……。

 

 

 

「ヒガナはそんなシガナの意思を引き継ぎ、“伝承者”を絶やさないために立てられた代理。オババ様によって任命されたあいつは……その任を途中で放棄した。里を抜け出し、全ての責任から逃げたのだ……」

 

「“伝承者”の……代役?」

 

 

 

 龍神様のことを語り継ぐ人だったか?しかしなんでそんなに限られた人にこだわるんだ?この里の人たちは龍神様にかなり傾倒してる。彼らが語り継ぐべき内容を知らないとしたら、なんで情報を頑なに隠すんだろう……そのことを里の人たちは気にしてないのか?

 

 

 

「あの……ヒガナが外に出たのは、本当に責任から逃れるため……だったんですか?」

 

「それ以外になんだというのだ……!確かに重責ではあった。里の者の中には所詮代理だと嘲る者もいたが……少なくとも、私たちが共にゲンジ殿から稽古をつけてもらっていた頃は、あいつもその責任に誇りを感じていた!なのに……」

 

 

 

 声にこめられていたのは怒りとか悲しみとか……単純に一言で表せないようなものだった。レンザさんは握った拳をどこに向けて振るえばいいのかわからないとでも言いたげに、それを重く振って空を切る。

 

 

 

「……ゲンジ殿も元はここの出身。ただあの方は、当時の民たちの極端すぎる物の見方を憂い、遂には暴走した者たちを止めるために立場を犠牲にされた。それゆえに当時兵隊として戦っていた者たちからは非難のマトとなったが、私はそんな彼を尊敬している」

 

「ゲンジさんが……そんなことを……」

 

 

 

 確かにあの人は四天王として活躍できるほどのドラゴン使い。ここで会えたのも不思議ではないが、今思うとカゲツさんの反応がおかしかった。

 

 

 

——なんで……あいつがこんなとこにいやがる……?

 

 

 

 ここが流星の民の拠点だったなら、いても不思議じゃないはず。それをあんなにも意外に感じていたのは、表向きはゲンジさんと流星の民たちとの関係は絶たれていることになっているんだろう。

 

 レンザさんはそんなことも承知で、あの人のことを慕っているようだった。

 

 

 

「門番として、里を守る力を備えてくれてのも彼だ。私たち3人は幼少の頃、四天王を辞めて戻ってきた彼から手解きを受けた。その時、ヒガナは私たちの姉弟子だったのだ……」

 

「あんな見た目で……レンザさんたちより年上ってこと?」

 

「オババ様より波導の扱いにも通じていたからな。少し幼く見えるが、間違いなく私たちよりも歳は上。細かいことは聞いていないがな」

 

「そんなヒガナは……扱いに耐えかねて“伝承者”をやめた……シガナさんを探しに行ったとかは……?」

 

「それなら彼女がいなくなった時か、あるいはもっと早いタイミングで外に飛び出しただろう……何にせよ、私たちはその尻拭いをさせられている……」

 

「尻拭い……?」

 

 

 

 レンザさんが言っている事は、俺が薄々気になっていたことだ。

 

 HLCになってからなのかそれより前なのかはわからないが、ここで生活を強いられている流星の民がそう簡単に外に出られるとは考えにくかった。

 

 法が定められて以降の外出を、もし無許可でしていたとしたら——

 

 

 

「近々HLCからの視察が入る。その際に何をされるのか……わかったものではない」

 

「そんな……なんでそんなことに……⁉︎」

 

「それが代償だ。例え違反した者がひとりであろうと、それは管理をしている者たちの責任となる。以前興味本位で外に出た輩がいた時、奴らは視察と称して里を踏み荒らし、多くの道具を破壊、もしくは没収していった……極め付けは——」

 

 

 

 レンザさんは続きを話すのを躊躇って息を呑む。その後、ゆっくりとHLCの行いを口にした。

 

 

 

「……極め付けは抑止力——我々が力を手にすることを危惧し、野生のポケモンたちへ恐ろしい薬を投与した……ポケモンが進化できない薬を……」

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 それを聞いて、嫌な鳥肌が全身を襲った。HLCの行ったことの善悪は二の次で、ただただそんな行いに至れる倫理観への強い拒否反応が嫌悪感として表れた。

 

 人がポケモンを……。

 

 

 

「遺伝子に直接作用する薬のようだ……“かわらずの石”の主成分とポケモン工学で判明した推論によって生み出された試験薬を、奴らはこの洞窟中にばら撒いた。私たちが連れているコモルーも……ボーマンダになることはない」

 

 

 

 俺は……言葉が見つからなかった。

 

 酷すぎる……そんな言葉でも言い尽くせないほどの感情が押し寄せて……それでも俺みたいな子供にもわからないことがきっとあったんだって……今のHLCなら同じことをしたのかどうかとか、色んなことが頭をよぎった。

 

 無い知恵だけでは、聞いたことをどう処理していいのかもわからず……ただ胸くその悪さだけが心に残った。

 

 

 

「……ヒガナは……出ていって数年経ってるって聞きました。視察が今更になったのは……?」

 

「当然そのことはすぐHLCの耳にも入った。しかしそれ以前より生活に困窮した我々から、奪う価値のあるものも見つからなかったようだ。オババ様もあれで気丈なお人。役人の使い程度、あしらう事など造作もない……だが——」

 

 

 

 それでも……数年越しにHLCは責任問題を持ち出してきたようだ。

 

 

 

「執行猶予を今更持ち出し、奴らはあろうことか龍神様から賜った“宝玉”を要求してきた。我々の家宝を奪い、僅かばかり残った尊厳も……最早時間の問題となった……」

 

「そんなの……HLCにだって使い道はわからないでしょ⁉︎ それこそ流星の民たちが……“伝承者”がいてはじめて使える代物なら——」

 

「関係ないのだろう。奴らはあの宝をただのエネルギー体。もしくはそれに類する骨董品ぐらいにしか思っておらん。エネルギーの扱いは、(うつつ)の者たちはお手のものだろう?」

 

「………だからって……!」

 

 

 

 俺にはそんな横暴が通るなんて信じられなかった。確かにルールを破ったのは流星の民。戦争を起こしたのも彼らだ。でも……それは今ここにいる人たちの総意じゃない。

 

 苦しむのが残された人間たちだなんて……そんなの……そんなこと——

 

 

 

「あ……そうか……俺は……」

 

 

 

 俺は……その時やっと気付いた。

 

 ずっと胸につっかえていたこのモヤモヤ。誰かが理不尽に傷つけられたりするのを見て、どうしてこんなに辛くなるのか。とりわけこの人たちみたいに、周りに振り回される人がほっとけない理由。それは——

 

 

 

「レンザさん……残された人がなんでこんなに苦しまなきゃなんないんですかね……」

 

「………なんだ急に?」

 

 

 

 レンザさんはここへきて初めて俺の方に振り返った。ずっと過去を語る彼の背中を見続けていた俺は、せめてそのお返しにとばかりに胸の内を明かす。

 

 

 

「俺も……レンザさんたちほどじゃないけど、ずっと許せなかったことがあった。俺の父親を……」

 

 

 

 10年前に自宅を出ていった親父。それをきっかけに俺と母さんの苦しい日々が始まった。もちろん親父にだって事情はあったと思う。でなきゃ母さんがあの人を庇う事はしなかったと思う。ホウエンに来て、久々に親父と向き合った時……それは爆発してしまった。

 

 今は少しだけ……この旅に送り出してくれたあの人に感謝してる。でも、長年味わった苦労を水に流せるかといえば、そうではない。

 

 どこかそれを……俺は他人に見ていたんだ。

 

 俺と同じように……突然振って湧いた不幸でずっと下を向いてしまう人を、ほっとけない。

 

 

 

「俺の親父も好き勝手する人で、家に何年も帰ってこなかった。父親が欠けた家だって近所からは変な目で見られるし、俺は拗らせて引き篭もっちゃうし……外の世界がどんどん怖くなって、やりたいことひとつ見つけられなかった」

 

「そうか……お前も……大変だったな」

 

「でも……きっかけひとつで、俺は変われました。いや、変わってる途中って感じかな」

 

 

 

 ほんの少し何かが違っていたら出会わなかった存在たち。その出会いが、俺をあっという間に知らない世界へ突き飛ばした。だからなんだって言われたら、俺も何が言いたいのか……わからないけど。

 

 

 

「我々も変われる……と?」

 

「あ⁉︎ いや、そこまで言う気はない……です。俺もまだ親父のこと許せてるのかどうかわかんないですし……今まで誰も、親父を許せなんて言わなかったし」

 

 

 

 きっと許すってことはそう言われてできるものじゃ無いんだと思う。この気持ちはすぐに捨てられない。そうできる理由を見つけて……もしかしたらそれを何個も見つけて……それからやっと努力できることだと思う。俺はきっと、その途中なんだ。

 

 

 

「レンザさんたちは今理不尽な目にあってるわけだし。HLCやヒガナのことを……地上の人間から色々言われることもたくさんあって、大変だから……だから、今は一生懸命生きてほしいって……そう思うんです」

 

 

 ずっと暗い自分の部屋に篭っていた俺が、外に出られた時のような……そんなきっかけが来るのなら……それまではどうか耐えていて欲しい。

 

 これまでずっと我慢してきたこの人にそんなこと言うのは酷なのかもしれないけど……それが今、俺が言えることだった。

 

 

 

「…………お前、歳はいくつだ?」

 

 

 

 俺がひとしきり言い終えると、彼は突然そんなことを聞いてきた。え、今歳聞くの?

 

 

 

「えっと……15歳……です。あと何ヶ月かしたら16になるのか?」

 

「なんだ。私と3つしか違わないではないか」

 

「俺からするとレンザさんが落ち着きすぎて、とても10代には見えないんですが……」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 

 

 え、俺ってそんな年相応に見られない?老けてるようには見えないと思うけど……。

 

 

 

「お前はずっと、我々の立場に立って物事を考えているだろう」

 

「え?そ、そうなのかな……何でそんな事?」

 

「私も……オババ様ほどではないが、波導から少しだけ他者の心の機微がわかる。お前が見せた波導の揺らぎは……我々の感じた辛さと同質のものだったよ……」

 

 

 

 これは驚くべき事だとレンザさんは言う。俺、そんなに感化されてたの?

 

 

 

「10代でそこまで他人に同情できる奴も稀だ。それに主観的ではなく、こちらの事情や感情を的確に見抜いている。これは長い経験と人付き合いで培われるものだ……オババ様の受け売りだがな」

 

「俺……そんなつもりなかったですよ。それこそ『多分こうなんだろうな』——程度にしか考えてなかったし」

 

「その読みが当たっている……才能などと一括りにしてしまうならそれまでだが……何かそれもきっかけがあるのか?」

 

「え、え〜〜〜っと……」

 

 

 

 なぜか急にレンザさんが俺に興味を持った。そ、そんなこと言われても、俺は旅始めて1年未満の引きこもり脱け立てなんですけど……。

 

 でも……強いて言うなら、あれかな……。

 

 

 

「俺……昔から本を読むのが好き……だったかな?」

 

「本……?」

 

「はい……家に引きこもってる俺に、母さんが月に何冊も買ってきてくれて……大体が小説だったんですけど」

 

「それがきっかけだと?」

 

 

 

 レンザさんは首を傾げる。そりゃそこだけ聞いてもわかんないだろうな。でもこれが多分理由だと思うんだ。

 

 

 

「……その時、母さんから本を読むコツを教わったんです。『その物語の中にいるつもりで読んでみて』——って」

 

 

 

 それは多分、誰でもできる小さな冒険。本を読むのが俺にとっての旅になっていた。だから外に興味が向かなかったってのもあるのかなと、今更になって思う。

 

 

 

「母さんの教えてくれたコツを試すと、感情移入しやすくなっちゃったみたいで……時々読んだ小説の中に自分がいる妄想とかして……それでキャラに話しかけたりとかしてたんです。相手の返事とか想像したりとかして……」

 

「なるほど……ククッ」

 

 

 

 あ。今笑ったな?そりゃ俺だって自分が変——というか恥ずかしい趣味してると思ってるよ。でもせめて目の前で笑うのはやめて欲しかったな……。

 

 

 

「そ、そんでも……お陰で相手の立場を想像しやすくなったのかも……知れません。親父のことを気にしなくなっていったのも、きっとそれがあるから……相変わらず面と向かうと身構えちゃいますけどね」

 

「そうか……だが納得だ。お前は……」

 

 

 

 レンザさんは何かを言いかけて口を噤んだ。俺も次に何を言われるのかと待っていると……スタスタと歩き始めてしまった。

 

 

 

「え、ちょっ……レンザさん……?」

 

「もう『さん』はいらん……同じ10代なら、敬語など必要ないだろう……」

 

「またいきなり……待ってくださ——待ってよレンザッ!」

 

 

 

 俺は……とりあえずその返事に満足できた。ああ言ってくれるのは、俺なんかにも少しは心を開いてくれた証だって……そう感じたから。

 

 俺は聞いたことを少し振り返りながら、レンザの後を追う。彼の顔は見えないけど……俺たちは友達になれた気がした。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 その日の夜……流星の滝——とある洞穴。

 

 流星の民たちはこの複雑な横穴がどこに繋がっているのかを熟知していた。とりわけ里の敷地からよく出る門番たちにとっては庭も同然。そのひとりであるトマトマが、見知らぬ人間を見つけた。

 

 

 

「女の子……?(うつつ)から迷い込んできたのら?」

 

 

 

 長い金髪、白いシャツに黒いスカート。そんな出立ちの少女がトコトコと歩いているのが見えた。たまにこうして迷い込んでくる人間を追い返す——と言いつつ、地上まで案内するのがトマトマの流儀だった。

 

 

 

「あんな年端も行かない女の子、叱れってのが無理のらよ……おーい!ここは危ねぇ!案内してやっから、こっちこーい!」

 

 

 

 その声に少女は振り返る。その整った顔立ちに一瞬ドキッとするトマトマに向かって、少女は歩き出す。

 

 

 

「……なんで?」

 

 

 

 近くまで来た少女はトマトマに問いかける。主語がまるまる引き抜かれた質問に、トマトマは困惑した。

 

 

 

「なんで私が危ないの?なんでなんで?」

 

「え、え〜っと。女の子が一人でこんなとこいたら危ないのら。野生のポケモンに襲われたらひとたまりもないのらよ!」

 

「そっかぁ〜。じゃあお兄ちゃん、守ってくれる?」

 

「へ……?」

 

 

 

 質問に答えたトマトマにさらにそう聞く少女。彼女はとても可愛らしく笑いながら——

 

 ——トマトマの体に触れた。

 

 

 

「ガッ———⁉︎」

 

 

 

 その瞬間、トマトマの体には電流が走ったような硬直が起きた。彼自身何をされたのかまるでわからず、ただ突っ立ていることしかできない。

 

 完全な異常事態に、少女は笑いながらよびかける。

 

 

 

「わたしアリス……よろしくね。トマトマ♪」

 

 

 

 

 

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忍び寄るのは——。

〜翡翠メモ 48〜

『龍神様』

流星の民が口伝で受け継がれる伝説の存在。ポケモンではないかと言われているが正体は不明。流星の民は長らく流星郷で龍神様を崇拝しており、ホウエンを厄災から救う守り神としている。

二千年前にその姿を見せて以降、たびたび現れていると言い伝えられているが、現在はそれに当たる存在を観測できた者はおらず、二千年戦争の折にははっきりと存在そのものを否定された経緯がある。



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第156話 奪略の里


1週間まるまる空きました!元気ですか!?
私はキモリとドーブルがSV参戦決めて有頂天になってます。みんな、9月は祭りだ!!!




 

 

 

——………。

 

 

 

 流星郷のそばにある湖の畔で、ジュプトル(わかば)は目を閉じている。

 

 前傾姿勢で体を固定し、引いた右腕を腰辺りで止めている。その姿勢のまま1分、2分……里を吹き抜ける風が岩場に生えた草を撫でる音だけがして、静寂のまま時間が過ぎていく。

 

 揺らぐ意識を落ち着けていき、体に入っていた余分な力が抜けていくのを感じて……心は無風の湖面のような静かさになる。その時だった。

 

 

 

——………ッ!

 

 

 

 わかばは開眼——一挙手一投足に力を込め、構えた右腕を横薙に振るう。空を切り裂く鋭い音を響かせ、わかばは“リーフブレード”を抜き放っていた。

 

 一閃を振り抜いた姿勢のまま、わかばは動きをピタリと止める。それを横から見ていた俺——ユウキは近寄る。

 

 

 

「……もうすっかり自分のものにしたな。その技」

 

 

 

 技を抜き放ち、その姿勢を維持した後の体を手触りで確認した俺は、わかばがこの技を使うのに至った経緯を思い出していた。

 

 

 

「ハギ老人から教わった“居合斬り”が、進化した勢いで“リーフブレード”になって……こないだは新技にも挑戦できたし、頼れる技があるとやっぱ心強いな」

 

 

 

 頼れる技——勝負を決するだけの攻撃手段があるからこそ、万策尽きても戦えるところがある。配色濃厚でも入りさえすれば状況を一変できる……カイナでのウリュー戦はまさしくそんな感じでギリギリまで粘ることができた。

 

 そのことはわかばも理解しているようで、いざという時に頼りにしているのがこの技だった。

 

 そんな必殺技のフォームチェックをしていたわけだが、それを見ていたのはどうやら俺だけじゃなかったようで……。

 

 

 

「良い居合だ……少年。歳の割になかなか鋭い太刀筋を仕込んだな」

 

 

 

 渋い声がしたので振り返ると、そこにはゲンジさんがいた。今のわかばの“リーフブレード”を見てそう言ったようだが、これを『居合』と言っているあたり、この人も武術に通じてるのだろうか……?

 

 

 

「いえ……これは人に教わったもので、仕込み方はその師匠に習いました」

 

「ほう……まさかとは思うが、その師とやらは“ハギ”というジジイではなかったか?」

 

「え……知ってるんですか⁉︎」

 

 

 

 俺が技の習得経緯について少し話すと、ゲンジさんは教えてくれた人の名前をピタリと言い当てた。もしかして知り合いなのか?

 

 

 

「ハギちゃんとはよく刃を交えた仲でな」

 

(ちゃん付けなんだ……)

 

「その“居合”は何度も見せられた。実に美しく、そして厄介な代物だった。ワシが夢でうなされたのは……後にも先にも鬼気迫る“斬鉄”だけよ」

 

 

 

 元四天王。年齢から考えても、存命しているトレーナーの中で最古の猛者だろう。そのゲンジさんがトラウマになるレベルの強さだったなんて……ハギさん本当に強かったんだな。

 

 でも技を見ただけで師匠を見破るなんて、この人もこの人で結構マニアだ。

 

 

 

「まだ荒削りだが……ポケモンにこれほど高いレベルの武術を習得させているお前は、ハギちゃんの剣を継ぐに相応しいだろう」

 

「継ぐって……教えてもらっただけで、正式に弟子入りしたわけじゃないんですけどね」

 

 

 

 この“居合斬り”だってあの人は気まぐれで教えてくれたところが大きい気がする。もちろんハギ老人なりに俺たちに何か可能性みたいなものを見てアドバイスしたとは思うが、自分の後継者になんて考えてなかったんじゃないか?

 

 少なくとも、あれからこれといって連絡も寄越しては来ていない。

 

 

 

「……少年。もしや“一式”しか教えを受けておらんのか?」

 

「へ……?」

 

 

 

 聞き慣れない単語に俺の頭の上で「?」が浮かび上がる。今なんて言いました?

 

 

 

「奴の連続居合を開始する極意であり、最初の一撃だ。お前のジュプトルが今見せたのは、ハギちゃんの一式——」

 

「ちょっと待ってください!俺、そもそも教わったのは“居合斬り”の使い方だけで、他には何も教わってないんです!」

 

「ふむ……そうなのか……?」

 

 

 

 いきなり色々と説明を始めたゲンジさんに待ったをかける俺は、とりあえず教わったことはこれだけだと主張する。

 

 俺が聞き逃してなければ、ハギ老人が教えてくれたのはわかばがまだキモリだった頃、刃も爪もない状態でも斬撃を生み出すための所作だった。そこから技を突き詰めて、進化を経て今の技に辿り着いたんだ。

 

 それを聞いてゲンジさんはというと、どうも釈然としない感じだった。

 

 

 

「あの斬術好きがそれしか教えんかったのか……」

 

「お、俺の指導力を考えて、あんまり多くのことは教えなかったのかも……当時はまだプロにもなってない、素人同然でしたし」

 

「……それでも、ハギちゃんが才を見誤るとは思えん。今のは踏み込みも抜きも見事だった。コンスタントにこの技を使えるようになったのは、お主の指導とポケモンの弛まぬ努力……そして才能ゆえに至れた境地だ。これなら奴本来の——居合の極意を継承するに相応しいはず。そのことを見抜けなかったとは、ワシにはどうしても思えんのだ」

 

 

 

 ハギ老人とかなり深い関係にあるこの人がそう言うなら、俺も同じ疑問が残る。そういえば、プロになった後……カイナに行く船の中で——

 

 

 

——もしまたトウカ辺りまで帰ってきたら顔を出しにおいで。その時は、もうちょいマシな技を教えちゃる♪

 

 

 

「……あの人、そんなこと言ってたな。その後すぐにトーナメントとかでゴタゴタしてたから忘れてたけど」

 

 

 

 もしかしたらそれがゲンジさんの言う“居合の極意”ってやつなのかも……この人も同じ意見のようだ。

 

 

 

「何故技の存在自体を隠しておったのかはわからんが、後々伝授を考えておったと見ていいだろう。そうなれば、お前のジュプトル——わかばは今よりも強くなれるだろう」

 

「そんなにすごい技なんですか……?」

 

 

 

 それが本当ならぜひ教えてもらいたい。

 

 確かに攻撃手段として“居合斬り”——“リーフブレード”は重宝している。しかし草タイプは威力を半減できるタイプも多く、わかば自身、単純な“こうげき”は高くない。俺の固有独導能力(パーソナルスキル)で見たものから限りなく芯に捉えてあの振り抜きができるからこそ、今日まで戦果を上げてこれた。そこに派生技や複合技を今後も取り入れて強力な刃にするつもりにはしている。

 

 だからその強化方針を教えてもらえるのであれば、今すぐにでも聞きたい。

 

 

 

「ワシらが現役時代、多くの猛者たちを葬ってきた無双の刃だ。型は一から十まで存在するその技の名は——」

 

 

 

 そこまでゲンジさんが言いかけた時だった。背後から足音がしたので俺たち2人は振り返る。

 

 現れたのは、レンザだった。

 

 

 

「ゲンジ殿にユウキ……すまん。話を中断させた」

 

「あ、いや……」

 

「どうしたレンザ?この時間は見回りだと聞いていたが……」

 

 

 

 レンザの出現に違和感を覚えたゲンジさん。レンザはあの日からの怪我も完治しないままに門番としての役割を果たしているらしいので、個人的には休んでいて欲しいけど……確かに真面目な彼が職務放棄しているというのは変な感じがする。

 

 

 

「トマトマから知らせがあってな。どうも迷子をひとり預かったようだ」

 

「迷子……?こんなダンジョンで?」

 

「ああ。地上付近に親がいるんじゃないかと知らせを伝えにきた里の者に聞き返したら、それがかなり里に近い場所で見つかったらしくてな……」

 

 

 

 どうもそういうことらしい。ダンジョンは——当たり前だが、下層に行くほど野生のポケモンの数も増える。相対的に強さも上がっていくのが通説でもあるし、生半可な侵入は冗談抜きで命に関わる。

 

 里の周りは人が住めるように長い時間をかけて整備されて共存を可能にしているが、ここに至る安全なルートは門番のナビゲート無しでは辿り着けないほど入り組んでいる。

 

 その2点を考えると、迷子……おそらく子供がここまで足を踏み入れているってことがもう驚くべきことだった。トマトマが見つけなかったら本当に取り返しがつかなかったかもしれない。

 

 

 

「その子は今どこに?」

 

「私もこれから確認しにいくところだが、今はオババ様に掛け合っているそうだ。心配しなくても、お前たちが来た時のようなことにはなっていない。余所者を匿っている今、里の者も今更何も言うまいよ」

 

「あ、それは……よかったのか?」

 

 

 

 そういえばそういう懸念もあったな。子供相手に本気にならないとは思うけど、そうであるならよかった。

 

 

 

「とりあえず私はオババ様のところまで行く。2人を見つけたので一応声をかけておこうかと思っただけだ」

 

「ありがとう。ゲンジさん。話はまた今度聞かせてください」

 

「ああ。行ってこい」

 

 

 

 俺はそう言い残し、レンザについて行くことにした。その迷子というのがどんな子かわからないけど、外の人間もいた方が多分安心すると思う。

 

 その意図を感じたレンザも、何も言わずに俺をオババさんのところまで案内した。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星郷の本通りには既に人が押し寄せていた。また余所者が来たと騒ぎ立てているんじゃないかと心配もしたが、さっきレンザに言われた通り、殺気立っているわけではない。

 

 というか——

 

 

 

「「「いや〜ん可愛い〜〜〜♡」」」

 

 

 

 黄色い歓声を上げたのは里の女性たち。人だかりの真ん中にいる見覚えのない少女に向かってみんなが甘いため息をついている。あの子が噂の迷子か……?

 

 

 

「なんの騒ぎだこれは?」

 

 

 

 レンザが賑やかにしている集団からひとりの女性を捕まえて事情を聞く。するとその人があっさりと答えた。

 

 

 

「何いってんだい!こんの可愛らしい美少女が目に入らないのかい?相変わらず無粋な男だねぇお前さんは……」

 

「なんだそれは……あまり大人数で少女を囲むのは怖がられるんじゃないか?」

 

「あら?あんたにしては珍しく気が効くじゃないかい。心配しなくてもみんなに懐いてるよ。あんたのしかめっ面の方がよっぽど怖がられると思うけどね!」

 

 

 

 その快活な女性の一言が何気にレンザを跪かせる。この人、ちょいちょいメンタル心配になる。まあちょっと可哀想だとは思うけど。

 

 でも人見知りとかもなさそうでよかった。とりあえず保護者になんとか連絡つけるまでは、ここにいられそうだ——そう思っていた時だった。

 

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

 

 

 突然その子が女性陣をかき分けてこっちまで歩いてきた。小柄で金髪、元気な女の子イメージを持たせるサスペンダースカートといった少女が無邪気に歩いている様は確かに可愛らしいものがある。

 

 そんな少女が俺のとこまでたどり着くと……満面の笑みでこう言った。

 

 

 

「わたしアリス!わたしと一緒に遊びましょ♪」

 

「へ……?遊びましょって……」

 

 

 

 急にそんな話を振られて戸惑った俺はどうしたらいいかわからずおろおろと狼狽える。このアリスとかいう女の子とは初対面で、俺はあんまり年下の子と話すのは得意じゃないというか……そう思った時、俺の手を少女が握った。

 

 

 

——ゾワッ‼︎

 

 

 

 俺の背中が得体の知れない何かに撫でられたような感覚に襲われる。それで反射的に少女の手を弾いた。その勢いが良すぎて、ハッとした俺はその子に駆け寄る。

 

 

 

「ご、ごめ——」

 

「ユウキ——ッ‼︎」

 

 

 

 レンザの鬼気迫る声。俺はそれに反応して前を見る。

 

 その視線の先で振りかぶられていた凶器が、俺の目を抉り取る軌道を描いていた。

 

 

 

——ザグッ!!!

 

 

 

 鮮血が飛び散る。その痛みが熱さとなって俺を襲う。なんだ……何が起こった⁉︎

 

 

 

「ユウキ!——クソッ‼︎」

 

 

 

 俺は状況が理解できず、パニックに陥った。そして体が急に引っ張られる感覚で、レンザが俺を助けてくれたのがわかった。

 

 

 

「ユウキ!目は——」

 

「うぁ……だ、だいじょうぶ。顔の横切っただけみたい」

 

 

 

 俺は血に染まった手を開いて自分の状況を伝える。反射的に身を捩ってたのか、なんとか大事には至らなかった。

 

 でも、驚いたのはその後だった。

 

 

 

「どうしたんだ()()()()⁉︎」

 

 

 

 レンザが俺の無事を確認した後、放った一言はなんと里の仲間たちに向けられたものだった。

 

 見るとそこには、俺の顔を切りつけたであろう立ち切り鋏を構えた女性がひとり……いや、他の人たちもみんな、こちらに身構えている。

 

 

 

「どうもこうもない……アリスちゃんを虐める奴は、許さナイ……‼︎」「そうよ!アリスちゃんは私たちの……!」「お前は……アリスちゃんを傷付けた‼︎」

 

 

 

 殺気立つ……なんてもんじゃない。本物の殺意だ。それもいきなり……さっきまで普通に話していたあの女の人もこちらに——いや、俺個人に向けている。

 

 

 

「レンザ……なんかおかしいぞ‼︎」

 

「ああ。原因は……まさかとは思うが——」

 

 

 

 レンザはそう答えて——あの少女を見ている。アリスと名乗るあの少女……俺も信じられないが、これは……!

 

 

 

「ふふふ……アハハハハハ!——遊ぼ。お兄ちゃん♪」

 

 

 

 今度の笑顔は……純粋な少女のそれじゃなかった。悪意と狂気がたっぷりと込められたそれを見て、俺は鳥肌が立つ。この感覚……前にもどこかで——

 

 

 

「お前……誰だ⁉︎」

 

「アリスだよぉ。もう、さっき自己紹介したばっかりなのに……そんな悪いお兄ちゃんは——みんなでやっちゃえ☆」

 

 

 

 その声と共に里の女性たちが一斉に俺たちに向かって攻撃を仕掛けてきた。この物量……捕まったら一巻の終わりだ。

 

 

 

「むぅ……!みんな操られておるのか⁉︎」

 

「あんたこそ正気かい⁉︎ アリスちゃんに危害を加えたそいつを庇うってのかい‼︎」

 

「何を言ってるんだ⁉︎ いい加減に——」

 

「レンザッ‼︎ 今は距離を取ろう——こっちへ‼︎」

 

 

 

 豹変した女性たちに呼びかけるレンザだが、このままでは彼もまずい。そう思った俺は咄嗟に叫んだ俺はレンザと一緒に走って距離を取る。それを追いかけてくる女性たちは逃すまいと鬼の形相で追いかけてくる。

 

 そんな逃亡中、レンザは吐き捨てるように言った。

 

 

 

「クソッ!どーなってる⁉︎ あの娘、里の者たちに何をした⁉︎」

 

「わからない。何かされて操られてるみたいだから“催眠術”の類かと思ったけど……それにしてはヤケに意識がはっきりしてたのが気になる」

 

 

 

 エスパーや悪系統の技には時折精神に干渉するものがある。それを強力にした技を使えばそんなことも可能かもしれないが、少なくとも俺は人を意のままに操るなんてポケモンを聞いたことがない。

 

 そもそも今のみんなは洗脳をかけられていることに気付いてすらいない様子だった。そんなことがあり得るのか……?

 

 

 

「目的も全くわかんないし……とにかく今は無事な人を探して——」

 

「ユウキ上だッ!!!」

 

 

 

 その声に反射的に俺は空を見上げる。そこには2つの影——建物から跳躍してこちらに降りかかってくるそれを、俺たちは前転して緊急回避した。

 

 その後、襲ってきた顔ぶれを見て俺たちは戦慄する。

 

 

 

「ジンガ……トマトマ……ッ‼︎」

 

 

 

 目を血走らせながら、手に持つクワが殺意を物語っている。そんな2人を見て即座に理解した。彼らも……あの子にやられたんだと。

 

 

 

「ユウキィィィ……アリスちゃんを虐めるお前はぁぁぁ!!!」

 

「そうだ‼︎ アリスちゃんを虐めるお前だけはぁぁぁ!!!」

 

「「絶対に許さんッ!!!」」

 

 

 

 怒りのままに攻撃を振るう2人。しかし反撃するわけにもいかず、俺たちは距離を取って脅威から離れることしかできない。

 

 

 

「くっ——ジンガ!トマトマッ‼︎ 話を聞けッ!!!」

 

「あぁ‼︎ そいつを八つ裂きにしたらなぁ!!!」

 

 

 

 レンザの呼びかけも虚しく、やっぱり聞き入れてもらえる精神状態じゃないようだ。受け答えはできても、“俺を襲う”という意識は簡単に覆るもんじゃない。

 

 振りかぶられた農工具を避けながら、俺たちは再び逃走を決め込む。建物の間に入り込み、路地裏を突っ切る。

 

 

 

「レンザ!とにかく今は無事な人間を探そう‼︎ この騒ぎを聞きつけて来た人ももしかしたら襲われてるかも——」

 

 

 

 これだけの人間を自分の兵隊にできる能力……まず間違いなくまともな子じゃない。アリスとかいう少女と接触してない人が襲われている可能性を考えると、急がなきゃいけないのはむしろそっちの方だと俺は思った。

 

 しかし、レンザはちょうど路地を抜けた辺りで足を止めた。その目を……驚愕の色に染めて。

 

 

 

「いや……ユウキ……ッ‼︎」

 

 

 

 震える声が何を言わんとしていたのか、遅れて俺も気付く。

 

 街道にひしめく大人数の流星の民。いやそれだけじゃない。あれは……。

 

 

 

「タイキ……ソライシ博士……カゲツさんまで……ッ⁉︎」

 

 

 

 それは背筋が凍るような光景だった。おそらく——いや、間違いなくこの里全体は既にアリスの洗脳にかけられた者で埋め尽くされていた。

 

 それぞれがポケモンや攻撃手段として持っている日用品でこちらに敵意を向けているのを見て、俺は……何が起こったのかもわからないまま呟くことしかできなかった。

 

 

 

「嘘だろ……ッ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 平穏な時間に訪れた突然の襲撃。

 

 流星の民と外の世界の人間、そのどちらもが洗脳され、ユウキとレンザを取り囲んでいる。そんな彼らは口を揃えてこう言う——。

 

 

 

——『アリスちゃんを傷付けたお前は許さない』。

 

 

 

「何が……一体どーなってんだ……⁉︎」

 

 

 

 ユウキはこちらに尋常ではない敵意を向けられているこの状況に酷く困惑していた。

 

 昨日まで……いや、今朝方までは何事もなかったこの里に起きた事態をまだ受け入れられていない。全員が自分を敵視しているという圧力とそれを強制している少女の得体の知れなさにその身を強張らせていた。

 

 その中に……自分を慕う少年の姿を見つけて、彼はさらに顔を歪ませる。

 

 

 

「タイキ……お前もなのか……!」

 

「アニキ……アリスちゃんにした事のケジメは取ってもらうッス!」

 

 

 

 やはり……タイキも謎の能力で洗脳が完了していることを改めてユウキは理解した。仲間を奪われたことによる精神的なダメージは大きく、それはレンザも同じだった。

 

 

 

「くっ——何が……一体何が目的なんだ!貴様ッ‼︎」

 

 

 

 レンザが叫ぶ先には、後を追ってきた流星の民たち、その奥でニコニコと笑っている少女——アリスがいる。アリスはその怒号にケラケラ笑いながら答えた。

 

 

 

「目的?ないよ〜そんなの」

 

 

 

 帰ってきたのは答えにもなってない返答だった。当然これはレンザの怒りに油を注ぐ結果になる。

 

 

 

「ふざけるなッ‼︎ 突然現れてここまで里を踏み荒らして……子供と言えど遊び半分で許される所業ではないぞ⁉︎」

 

「アハハハハハ!面白い事言うのね。あなた、仲間はずれにされて拗ねてるんだ?」

 

「なっ……どこまでふざける気だ……⁉︎」

 

 

 

 レンザの怒りも意に介していない様子で、噛み合わない解答を続けるアリス。それをはたで見ていたユウキは、ある種の不安を覚えた。

 

 

 

(目的がない……?そんなバカな。ここまで大事にしておいて、目的ひとつ無しに俺たちを襲ってるのか?人を貶めて楽しむなんて、まるで——)

 

 

 

 そこまで思考して思い出したのはフエンタウンでの事件。

 

 あの時起きた戦いで、ユウキは初めて対峙した純度の高い悪意と嘲笑を受けた。あの虫唾の走るような感覚を、目の前の少女から感じる……。

 

 そして、あの時の彼が独立して行動していたわけでもないことも同時に思い出した。

 

 

 

——由来不明、構成員不明、規模も目的もまるでわかっていない……霞のような存在よ。

 

 

 

 思い出したのは怪盗姉妹兼国際警察を名乗るリオンが教えてくれた組織の名前。ユウキは反射的にその問いを口にしていた。

 

 

 

「お前……“デイズ”……なのか……⁉︎」

 

 

 

 今度の問いに、アリスは身動きを止めた。予想もしていなかった問いなのか、それとも——

 

 

 

「へぇ……いつの間にかそんなに知ってるんだ……私たちのこと♪」

 

 

 

 答えは肯定。支離滅裂だった会話を止め、暗い笑みを向けてくる。その顔は、いたいけな子供のそれじゃなかった。

 

 

 

「ユウキ……何か知ってるのか?」

 

「……外の世界で犯罪まがいなことに手を出してる連中だ。俺も詳しくはないけど、ちょっと前にそいつらの仲間と戦ったんだ……!」

 

「すると……この怪しげな少女もまともではないということか」

 

 

 

 レンザにかい摘んで説明したユウキ。ユウキ自身この組織について知っている事は少ないため、説明もその程度になる。

 

 しかし、さらに付け加えるとするなら——

 

 

 

「あいつが“デイズ”なら、この“妙な催眠術”も不思議じゃない。俺が戦った奴は“幻のポケモン”を使ってたからな……!」

 

「……それこそふざけ過ぎだろう」

 

 

 

 レンザは口ではそう皮肉を言うが、ユウキの真剣な眼差しと大規模な催眠効果を発揮した少女の異様さを目の当たりにしては信じざるを得なかった。

 

 人を思い通りに動かしている少女に、レンザの顔つきは一層険しくなる。一方アリスはそれがお気に召さない様子だった。

 

 

 

「もぉ〜。レディをほったらかして2人だけお話なんて……失礼しちゃうわ。意地悪なのね」

 

「意地の悪さをお前に指摘されるのかよ。人の友達洗脳しといて……!」

 

「洗脳……?そんなことしないわ。わたしはみんなと“お友達”になっただけ♪」

 

 

 

 その物言いはユウキたちを不快にさせる。まともに取り合う気がないのか、アリスは愉快そうに振る舞う。

 

 

 

「どうやら……まともに会話できる相手ではないようだな……!」

 

「ひどーい。そうやっていつもみんなわたしばっかり仲間はずれにするんだ……?」

 

 

 

 レンザが凄んで構える。それを見たアリスは俯く。

 

 それはあどけない子供が見せるはずのない暗い闘志。ユウキたちにもそれがわかるほどのそれを受けて、攻撃が来ることは予測できた。

 

 

 

「——質問してきたのはそっちなのに、みんな聞こうともしないで勝手に輪の外にわたしを追いやるんだわ。わたしはこんなに素敵なのに。こんなにみんなを理解しようとしてるのに……なんで……なんでなんで?」

 

 

 

 怒りなのか狂気なのか、ともかくドス黒い気配を放つ少女に呼応するように、彼女を取り巻く里の者たちの息が荒ぶる。「アリスちゃんを悲しませるやつは」——そんな恨めしい呟きが聞こえる。

 

 

 

「なんでみんな、仲良くできないの……?」

 

 

 

 その言葉を皮切りに、里の者たちはユウキたちに飛びかかった。標的は——あくまでもユウキだった。

 

 圧倒的な物量さ。しかも相手は仲間であるはずの人たち。ユウキは応戦しようとポケモンを出そうとするが——

 

 

 

「——ッ‼︎」

 

 

 

 その動作を途中で止めてしまう。ユウキに過ったある不安が、彼自身の行動に制限をかけてしまった。

 

 その一瞬の判断が——命取りとなる。

 

 

 

「ユウキ——ッ!!!」

 

 

 

 レンザは叫んだが、人間の塊に押し潰されそうになるのを止めることはできない。その先の悲惨な結末を想像して、レンザもユウキも顔を歪ませる。そして——

 

 

 

——ビュフォワッ!!!

 

 

 

 一陣の風がユウキに迫る脅威を払い退けた。

 

 

 

「風——ッ⁉︎」

 

 

 

 ユウキとレンザはその風を腕で防ぎながら、自分たちが助けられたことに気付く。

 

 その風はもちろん自然風などではない。巨大で逞しい翼による羽撃きが起こした旋風だった。

 

 

 

「やけに騒がしい気が溢れておるかと思えば……随分と大所帯だな」

 

 

 

 地の底から響くような低い声が、アリスに警戒を。ユウキたちには安心を抱かせる。

 

 その助太刀は、おそらくホウエンの中で最も信頼できるもののひとつだから。

 

 

 

「おじさん……誰?」

 

 

 

 アリスが見上げる空で対空しているのは、青い体躯と赤い翼を持つポケモン——ボーマンダ。その背に仁王立ちする様があまりにも似合い過ぎる老兵が、その問いに物申す。

 

 

 

「年長者として言わせてもらうが、名乗りは自分からあげるものだぞ……小娘」

 

 

 

 ホウエン四天王最強の男——竜皇(ドラゴン)のゲンジは、静かにその闘志を露わにしていた。

 

 

 

 

 

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奪われた絆、取り戻せ——!

〜翡翠メモ 49〜

竜皇(ドラゴン)のゲンジ』

ホウエン四天王最後の一角を務め上げた、最強のドラゴンタイプの使い手。旧ホウエン体制の黎明期から存在し、その歳は定かではないが、とても現役トレーナーができるほどではないと……少なくとも50年近く言われてきたことから、“生きた化石”と称される。

四天王制度下での戦闘スタイルは『受けて返す』を徹底する横綱相撲。あくまで挑んでくるトレーナーの真価を見極めることに注力してきた彼は、ドラゴンタイプの強力なフィジカルに物を言わせて圧力をかけてくる。

竜皇(ドラゴン)の二つ名には、『この世で彼を超えるドラゴン使いは存在しない』——という至高の存在であるという意味が込められている。



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第157話 臆病


みなさん。SVにキモリ内定ですって。
え?それは先週聞いた?へへ……。




 

 

 

「ゲンジさん——‼︎」

 

 

 

 里に起きた異変——その元凶に追い詰められたユウキたちにゲンジは間一髪で介入が間に合った。

 

 空に対空するボーマンダのオウガは、主と同じく、ことの首謀者を睨みつけている。

 

 

 

「……アハ。おっきなトカゲさん♪」

 

 

 

 普通なら身が竦んでもおかしくない圧力だが、アリスはさらりとそれを受け流す。凶暴で屈強なボーマンダをトカゲ呼ばわりする余裕まで見せていた。

 

 それに対してゲンジはため息をつく。

 

 

 

「よもやこのような少女にまで足元を掬われようとはな……」

 

「ゲンジさん!気をつけてください!こいつは……普通じゃ考えられない手段で戦いますッ‼︎」

 

 

 

 元四天王に油断するなとユウキは忠告する。

 

 何せ今、彼女の術中にハマっているのは同じ元四天王も含まれている。つまり何かしらの条件が揃えば、ゲンジといえどやられる危険性は考えられた。

 

 そうなったら、いよいよユウキたちに勝ち目はなくなる。

 

 

 

「むぅ!お兄ちゃんッ‼︎」

 

「——ッ‼︎」

 

 

 

 しかしアリスはその横槍が気に入らなかったのか、頬袋をパンパンにしてユウキを睨みつけた。そして、それに応じてアリスの傀儡と化した流星の民たちが一斉に彼に襲いかかった。

 

 

 

「今わたしがお話してるのに——邪魔するなんてひどいッ‼︎」

 

「くっ——!」

 

「オウガッ‼︎」

 

 

 

 ユウキへ差し向けられた里の人々を払いのけるよう、ゲンジはオウガに指示。その翼を再び強くはためかせて発生させた“暴風”により彼らは勢いよく弾き飛ばされた。

 

 

 

「ゲンジさん……た、助かりました」

 

 

 

 またも間一髪で助けられて、ユウキはゲンジとオウガに感謝する。しかし助けた側のゲンジは思うところがあってユウキに問いかけた。

 

 

 

「何故戦わん?」

 

 

 

 その一言に、少年の心は揺れ動く。

 

 

 

「先に襲われた際も、お前は腰のボールに手をかけておきながら応戦しようとしなかった……まるで何かを躊躇うように」

 

「それは……」

 

 

 

 それはユウキにとっては耳が痛い話だった。図星を突かれた少年は、思わず目を伏せる。

 

 しかしその問答を黙って聞いてるほど、アリスの兵隊たちは気が長くなかった。

 

 

 

「観念するっスよ——アニキッ!!!」

 

 

 

 目を血走らせて突っ込んできたのはタイキ——その両手で、ユウキの両手を掴んで組みついてきた。

 

 

 

「タイキ……ッ‼︎」

 

「アリスちゃんを傷つけたツケは払ってもらうッスよ‼︎」

 

「うぉ——ッ⁉︎」

 

 

 

 タイキは持ち前の近接格闘術でユウキの体を制し、背負い投げの形で彼を地面に叩きつけようとする。

 

 だが、ユウキは叩きつけられる寸前で受け身を取った。そしてタイキの手が緩んだ瞬間を見計らって、それを振り解く。

 

 

 

「くっ——それで逃げたつもりっスか⁉︎」

 

 

 

 僅かにできた間合い。ユウキは体勢を立て直してすぐに腰に手をやる。それをさせまいとタイキは突っ込んでくるが……。

 

 

 

(ここだ——!)

 

——アニキ〜♪

 

 

 

 ユウキがポケモンを使用して応戦しようとした時、目の前の少年の笑顔が脳裏をよぎった。

 

 純粋に自分を慕い、長い間支えになってくれたタイキに向かって……それは躊躇われても仕方がない。それが例え引き換えに自分が犠牲になるとしても。

 

 

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

「なん——ッ⁉︎」

 

 

 

 そんな硬直で動けないユウキとタイキの間に飛び込んできたのは——レンザだった。彼はタイキの腰に組みついて、地面に転がる。

 

 

 

「ぐっ——‼︎」

 

「レンザッ⁉︎」

 

 

 

 助けられた——しかし相手はタイキだけではない。ユウキが振り向くと、狂気に満ちた群衆がこちらに武器を振り上げて突っ込んでくるのが見える。

 

 ユウキはいくつかの攻撃を躱し、その場を飛び退いて離れる。それを追う人々に対して、ついに腰のボールからポケモンを出した。

 

 

 

ビブラーバ(アカカブ)——“砂地獄”ッ‼︎」

 

 

 

 飛び出したアカカブは勢いよく息を吹く。地面に吹き付けられ砂塵を巻き起こすことで発生した竜巻が視界を遮る。それがユウキと襲ってくる彼らとの間に置かれ、追撃を阻止する。

 

 

 

「くっ——!」「みんな止まれッ‼︎」「あとちょっとだったのに……ッ‼︎」

 

 

 

 群衆もそれ以上無理に追おうとはせず、その場で悔しそうに唇を噛む。それを確認して、ユウキはホッとした。

 

 

 

(無理やり操られてるって感じじゃないから、危険には自分の判断で避けるようにしてくれてる……気休めだけど、本人に当てなくても牽制で自衛はできるか……?)

 

 

 

 操作されていても彼らには意思が感じられる。捨て身での特攻を仕掛けてこないのなら時間稼ぎにはなる。相手が未知の能力で戦っている以上、そのネタを割るまでは時間が欲しい——ユウキはそう考えて思考する。

 

 しかし——

 

 

 

「……お兄ちゃん?」

 

 

 

 砂塵の向こうでユウキの動きを見ていたアリスが呟く。不思議そうな顔でユウキに問いかけるように。

 

 

 

「もしかして……怖がりさん?」

 

「なに……?」

 

 

 

 彼女の問いにユウキは顔を上げる。

 

 

 

「アハハ。ダメだよお兄ちゃん。もっと本気で遊んでよ。わたし、そんなんじゃすぐ退屈しちゃうわ♪」

 

「ふざけんな!こっちはお前のお遊びに付き合うつもりは——」

 

「だからダメなんだよ。そんな風に、遊びを履き違えちゃ!」

 

 

 

 アリスが一際強く言葉を発した時、ユウキの目の前の砂塵を突っ切って現れる影が見えた。

 

 それは——操られたジンガとトマトマだった。

 

 

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

「だりゃああああ!!!」

 

 

 

 “砂地獄”によるダメージを省みず、皮膚を薄く裂かれながら現れた彼らがクワを振り抜く。ユウキは驚いて挙動が遅れ、そのうちのひとつを肩にくらって後ずさる。その痛みが、ユウキの思考を鈍らせた。

 

 

 

(なん……で⁉︎ ダメージ覚悟で突っ込んで……そこまで強い暗示——⁉︎)

 

 

 

 数人の流星の民は足止めできても、とりわけ強い暗示がこの2人にはかけられているのかそれが叶わない。はっきりとした自己意識があるにも関わらず、本能的に避けるはずの痛みを躊躇いもなく受ける違和感と、それによるユウキの立場の危うさが、どんどん状況を悪化させていった。

 

 

 

「アハハ!みんな本気なんだよ?本気の人は砂嵐だってへっちゃらなの。ダメだよお兄ちゃん。みんなの本気を疑っちゃ〜♪」

 

「お、おまえ……!」

 

 

 

 勝手に洗脳しておいて好き放題に言うアリスに敵意を向けるユウキ。しかしそれで状況は変わったりしない。彼らが捨て身でもかかってくる以上……どうしても武力による無力化が必要になった。

 

 こうなるともう、しのごの言ってはいられないのだ——。

 

 

 

「少年!戦えッ‼︎」

 

「そうだユウキッ‼︎ 多少傷つけてでも止めねば——」

 

「……ッ‼︎」

 

 

 

 ゲンジとレンザもそれぞれ応戦しながらユウキを叱咤する。しかしユウキはそれに応じることができないでいた。

 

 

 

(そんなこと……だってこの人たちは……ッ!)

 

 

 

 

 操られているだけ——。

 

 それだけで苦痛を受けるだけの理由になるのか。ユウキはそれを良しとできなかった。

 

 何よりも自分の未熟さが……もし攻撃した時、たったその一撃で取り返しのつかないことがその人の身に起きたらと想像してしまう。

 

 脳裏にちらつくのは、あの時のギャラドスの姿——。

 

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

 

 ユウキはアカカブに指示すら送れない。それを見てアリスは高笑いする。

 

 

 

「アハハハハ‼︎ そんな顔しないでよお兄ちゃんッ‼︎ ほら!あの時のダチラくんの時みたいに!みんなの目を覚ましてあげなきゃ‼︎ アハハ!アハ!あははハはハハハハ!!!

 

 

 

 肌に嫌な感触を与えるような嘲笑が、ユウキの鼓膜を叩く。追い詰められた状況とその邪悪さにどうしていいかわからず、彼の精神はギリギリの状態だった。

 

 このままでは悪意に飲まれてしまう——それは誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

「——いい加減に……しろぉぉぉおおお!!!」

 

 

 

 そんな中響いたのがレンザの怒号。ユウキを意識を切り裂くように彼はアリスに向かって突撃する。

 

 道の先には——夥しい群れ。

 

 

 

「アハッ?何しにきたの——おじさんッ‼︎」

 

 

 

 アリスはそれに応じて空を手でなぞるような動きを見せる。それに反応した民たちがレンザの行く手を塞いだ。そんな彼らが口々に言う。

 

 

 

「レンザ⁉︎ 気は確かか⁉︎」「やめろ!お前とは戦いたくない!」「アリスちゃんだぞ⁉︎ なんで——」

 

「うるさい——退けッ!!!」

 

 

 

 レンザは群衆からの言葉を無視して走り込む。それを体ごと引き止めにきた者たちが次々にレンザにしがみつく。その際に、この間の戦闘で負った傷が痛んだ。

 

 

 

「——それが……なんだぁぁぁ!!!」

 

 

 

 その痛みを噛み殺して、数十人と覆い被さった人々を膂力だけで弾き飛ばした。漲るエネルギーを全身に纏っている……これは彼の習得した波導による技能のひとつだった。

 

 

 

「す、すごい……!」

 

 

 

 ユウキはその姿に圧倒され、レンザに釘付けになった。そして逞しく立つ男もまた、背中越しに伝わる視線に言葉をかける。

 

 

 

「ユウキよ……お前が優しい男だということはわかっている。だがこれだけは覚えておけ——」

 

 

 

 膨張した肉体を屈める。それが前進しか考えていない構えだとわかる。

 

 

 

「優しさだけでは救えない現実がある——それが今だッ!!!」

 

 

 

 レンザはそれだけ言い残し、力強く前に踏み出した。決して速くはないが、それでも力強い一歩一歩は、まるでレンザの覚悟が乗っているようだった。

 

 絆は必ず取り戻す——それが仲間を傷つけることになったとしても。

 

 

 

「コモルーぅぅぅ!!!」

 

 

 

 レンザは診療所に預けてあったはずの相棒の名を呼ぶ。すると物陰から飛び出してきたコモルーがレンザと並走するように走り込んできた。

 

 

 

「コモルー⁉︎ 波導で呼び寄せてたのか!」

 

 

 

 いつの間にかここまで走り込んでいた理由に気付いたユウキは驚く。あり得ないほど遠いわけじゃないが、視認していない場所にいるポケモンと波導で繋がるなど考えたこともなかったからだ。

 

 しかしポケモンを呼び出したということは——

 

 

 

「コモルー——捨て身タックル(道を開け)”ッ!!!

 

 

 

 レンザはほんの少し躊躇うような間をあけ、その指示を出す。コモルーもまた覚悟を決めた顔つきで全身に力を漲らせた。そして——

 

 

 

——コモォォォオオオ!!!

 

 

 

 その全霊で以って、目の前の同胞に飛び込んだ。

 

 

 

「「「ぐぁぁぁあああ!!!」」」

 

 

 

 その先にいた人間たちは着弾と同時にボーリングのピンのように勢いよく薙ぎ倒されていった。その光景に、ユウキは悲鳴を上げたくなる。

 

 だがそれでも——レンザは止まらない。

 

 

 

「同胞を盾に高みの見物を決め込む貴様の性根はよくわかった……」

 

 

 

 倒れた仲間の脇を駆け抜け、まだ残る仲間の抵抗すら跳ね除けながら、レンザはアリスに迫る。

 

 

 

「もう子供とは思わん——覚悟しろッ‼︎」

 

 

 

 心を鬼に——レンザはその覚悟でアリスを討つことを決意する。例えそれが自分の倫理からかけ離れた行いだったとしても……仲間を取り戻すために——

 

 

 

「じゃあ——はいどーぞ♪」

 

 

 

 その時、レンザは驚愕する。

 

 追っていたはずの敵が、知らないうちに自分の間合いの中にいたからだ。その行動に攻め一辺倒だったレンザの歩みが止まる。

 

 

 

「ほらぁ〜。おじさんが言ったんでしょ?わたしのこと許せないんでしょ?」

 

「なん……だと……⁉︎」

 

 

 

 アリスの言動がレンザにはわからなかった。何故わざわざ踏み込んできたのか。そもそもの目的すらわからないでいた彼女の行動原理に、思考がついていかないでいる。

 

 その時、ユウキは嫌な予感がして叫ぶ。

 

 

 

「なんか変だレンザッ‼︎ 攻撃するなッ‼︎」

 

「ひどいわ。でも許してあげる。だってあなた一生懸命だもの……それとも——」

 

 

 

 アリスの立ち姿から発せられる強者とは違う粘着質な圧力。そして放たれる理解不能な一言一言にレンザは覚悟から来る闘志とは違う何かで心を占領されつつあった。

 

 

 

「——こワィいぃ?

 

「う——うぉぉぉおおお!!!」

 

 

 

 その不気味な笑顔に耐えきれず、レンザは我を忘れて腕を横に薙いだ。するとそれはアリスの頭部を捉え、鈍い手応えと共に彼女は転がった。

 

 

 

「ハァ……ハァ……ッ‼︎」

 

 

 

 一瞬の静寂……その中でレンザの吐く吐息だけが聞こえていた。倒れ伏せる彼女は頭部から血を流して動かない。

 

 気を失った……?これで……洗脳も解ける——そんな思考がレンザに差した時だった。

 

 

 

「逃げろレンザぁッ!!!」

 

 

 

 ユウキの声と同時に、口を歪めてアリスが笑った。その瞬間、夥しい殺気が自分に向けられたことをレンザは自覚する。

 

 

 

——アリスちゃんを虐めるな……ッ!!!

 

 

 

 さっきまでとは違う自分を取り巻く民たち形相にレンザは戸惑う。

 

 

 

(いや、変化したというより——これは、ユウキに向けられていた殺気……⁉︎)

 

 

 

 それが先ほどまで狂気に満ちていた民たちと同じ言動であったことにレンザ——そしてユウキは気付く。しかし、気付くのが遅すぎた。

 

 

 

——ドッ!!!

 

 

 

 レンザの背中を思い切り打ちつけるのは家庭で使われる綿棒。女性の民が振るうそれではあるが、不意に打ち込まれた一撃はレンザを怯ませる。もちろん、攻撃はそれだけではなかった。

 

 

 

——ドカッ!バキッ‼︎ ズギャッ!!!

 

 

 

 敵地の真ん中にいたレンザは包囲していたそれぞれの鈍器、手足による殴打の餌食となる。それを見てユウキは反射的にアカカブに乗って駆けつける。

 

 

 

(クソ!クソ‼︎ クソ!!!——なんで気付かなかった⁉︎ アリスを傷つけるのがトリガーだったんだ!攻撃の的にされたのは……そんなことにも気付けなかったなんてッ‼︎)

 

 

 

 ユウキは自分の考え足らずに嫌気がさす。ヒントはそこらじゅうに転がっていたこと。そして何より……何よりも——

 

 

 

「やめろぉぉぉおおお!!!」

 

 

 

——“竜の息吹”!!!

 

 

 

 ユウキはリンチされる友達を目の前にして、半狂乱で駆けつける。自分に課していた洗脳被害者たちをポケモンによる攻撃に晒したくないという思いすら忘れ、無我夢中でレンザに降りかかる者たちにその吐息を浴びせた。

 

 その麻痺性のガスに怯んだ一同を強引に掻き分け、その中にいたレンザを抱える。

 

 

 

「——ッ‼︎ くそッ!!!」

 

 

 

 一瞬見えたレンザの見るも無惨な姿に悪態しかつけないユウキは、そのまま彼を抱えてアカカブに乗り込む。2人分の重量は初めて抱えるアカカブは、苦悶の表情で地面を必死に滑走。なんとか戦線を離脱できた。

 

 

 

「アハハ……わぁ……見て見て真っ赤っかぁ〜。綺麗でしょ?」

 

 

 

 アリスは額から流れ出る血液を手にべったりとつけて見せびらかす。それを離れたところから見るユウキは、背筋が凍る思いだった。

 

 

 

「そっちのおじさんはぁ……アハハ!赤と一緒に青色がたぁ〜くさん!いいなぁ〜♪」

 

「お前……頭おかしいんじゃないのかッ⁉︎」

 

 

 

 少女の振る舞いに恐怖と怒り、苛立ちに不安を感じてユウキの心はズタズタにされる。

 

 震える声で叫ぶも、それはより深い深淵を覗くことになる。

 

 

 

「アハハハハ!この世界で正気なんて意味ないもの!わたしはまだ生まれてないもの‼︎ だって見て——こんなにしても痛くないの……♪」

 

 

 

 アリスは自分の指で傷口のある額をグリグリと抉る。不快な音と痛々しい仕草でユウキは身が竦む。イカれている……ただそれだけで。少年には理解できない生き物がそこにいることが怖かった。

 

 

 

(なんだ……なんなんだこいつは……‼︎)

 

 

 

 ユウキの頭の中を占める恐怖の割合が肥大化していく。それは仲間を奪われ戦わさせられるものとは違う恐怖。得体の知れない暗闇を進む時に似た体の硬直が支配していた。

 

 それが何に由来するものか——知っている者でなければ抗えない。

 

 

 

——固有独導能力(パーソナルスキル)。“絆魂(はんごん)”。

 

 

 

——“炎纏戴天皇(えんてんたいてんおう)”!!!

 

 

 

 この恐怖に打ち勝つ心を持つ者を除いて——。

 

 

 

「ゲンジ……さん……⁉︎」

 

 

 

 ユウキは高温の炎を纏うボーマンダを見る。その背に乗るゲンジは、その炎の中で鋭い眼光をアリスに向けていた。

 

 

 

(なんて炎だ……しかもあの感じ、固有独導能力(パーソナルスキル)⁉︎ ゲンジさんも本気……⁉︎)

 

 

 

 もしもあの炎を民たちに向ければ火傷は免れない。それだけならばまだいいが、火による攻撃はレンザの行った物理技以上に殺傷力が高い。ユウキが危惧するには充分な迫力だった。

 

 

 

「アハ……綺麗な火……それに包まれてあなたは熱くないの?」

 

「心配とは恐れ入る……そう急くな。今から味わえるのだからな……ッ‼︎」

 

 

 

 ゲンジももう我慢ならないとばかりにその瞳に殺意を写す。焼き殺すと言わんばかりに、ボーマンダもその灼熱の翼で羽撃いた。

 

 

 

——“熱風”!!!

 

 

 

 翼に纏わせた熱い空気を風に乗せて前方へ拡散させるボーマンダ。その中にいる者たちは皮膚が焼ける感覚で悲鳴をあげる。

 

 無論アリスもである。だが——

 

 

 

「——ッ‼︎ アハ……アハハ!!!何これぇ⁉︎ こんな温度じゃ火傷だってしないよぉ⁉︎ やっぱりお爺ちゃんもお友達は大切なのかしらぁ⁉︎」

 

「よく喋る子供だ……」

 

「……ッ⁉︎」

 

 

 

 “熱風”に手心を加えたと察したアリスが高笑いするが、すぐにアリスは何かを察する。

 

 アリスとボーマンダ……その直線上には誰もいなくなったことに。

 

 

 

「——貴様は知るべきだったな。ワシがここにきた時点で、既に間合いの中だったということに」

 

「——ッ!!!」

 

 

 

——“捨て身タックル”

 

 

 

“【愚經炎葬(ぐぎょうえんそう)】”

 

 

 

 ボーマンダとアリスとを繋げる動線を炎の燭台のような装飾で彩る。それによって何人も立ち入れない不可侵領域を形成。これで邪魔も、逃げ道もない。

 

 

 

「……“必中制約(ノーガード)”。特性とは違うこの技専用の縛りだがな……これで互いの攻撃は必ず当たる。最期に何か言い残すことはあるか?」

 

 

 

 その発言を聞いてユウキは気付く。技の詳細ではなく、ゲンジの思惑の方に。

 

 ゲンジは……彼女を殺す気だった。

 

 

 

「ゲンジさん……だ、ダメだ……そんなの——」

 

「腰抜けは黙って見ておれッ!!!」

 

 

 

 ユウキが弱々しく制止を試みるが、ゲンジはより強い言葉で彼を叱責した。そこに険しくもどこか優しげだった老人とは違う——兵士としての顔を見た。

 

 

 

「……戦わねば取り戻せん。その事に聡いお前ならすぐに気付いたはずだ。だが実際は他者を傷つける事に怯え、友が先駆する間もただ傍観し、他の誰かに手を汚させるまでに至ったのは——お前のその甘い考えが招いたものだッ‼︎」

 

 

 

 その一言は、今のユウキにはあまりにも効くものとなった。胸に刺さった剣のような痛みに、口を重く閉ざす。

 

 

 

「優しさで守れるものなら……レンザとて同じ事を考えただろう。お前もわかるはずだ。あいつもまた、お前と同質の優しさを抱えている。だからお前に取って代わって自らの手を汚す覚悟を決めたのだ!その結果がどうだ?——お前はこれでも一人だけ、乳飲み子のように駄々をこねるか⁉︎」

 

「ぁ…………」

 

 

 

 ユウキはその悟しに素直に頭を垂れる。

 

 自分がしていたこと。理不尽に奪われ、急に戦いに巻き込まれた今にただ言い訳していただけだったことに。

 

 本当は動くべきだった。仲間を傷つけて平気な人間なんていない。レンザもゲンジも、おそらくは歯を食いしばって良心の呵責に耐えていた。自分だけ……それをせずにいた。

 

 本当にただわがままに……ユウキは自分の愚かさに気付かされた。

 

 

 

「——貴様は許されざる者。絆を弄び、己が思考に陶酔する亡者よ。この一撃で葬ってやろう……‼︎」

 

「アハ……アハ……アハハ……アハハハハハハ‼︎」

 

 

 

 ゲンジは敵に向き直る。アリスも嘲笑で応える。熱気に汗ばむ2人の距離は——

 

 

 

 ——一瞬で縮まった。

 

 

 

——ドバォォォオオオン!!!

 

 

 

 赤と白の閃光。そして熱波が辺りに飛び散った。その光景を直視できる者はおらず、離れていたユウキや民たちにも襲いかかる。

 

 その余波は里の建物を焼き、吹き飛ばし、生えた草は消え、木は炭と化した。

 

 ユウキはレンザをその熱から覆い被さって守る。何かが吹き飛ぶような音、風を轟音、背中に受ける熱気に恐怖で声が上がる。

 

 

 

 それは一瞬だった。しかしその間は、ユウキに長く火で焼かれるような恐怖を与えた。

 

 そして……その爆心地がどうなったかと……考えたくもない思考で少年は首をもたげる。

 

 

 

(ゲンジ……さん……アリス……は……?)

 

 

 

 辺りに立ち込める焦げた匂いの中で、熱気で歪む空間を見つめるユウキ。

 

 ぼやける視界の中でやっと見つけたボーマンダの影。あの一撃は確かに放たれたのだと……ユウキの中に残った最後の甘えが泣く。

 

 だが……その影とは違う別の大きな影に気付いてハッとした。

 

 

 

「——まさか。そこまで用意周到だったとはな」

 

 

 

 ゲンジは呟く。それと同時にその影は力なくその場に倒れた。

 

 それがチルタリスというポケモンだったことに、ユウキは驚愕に震えた。

 

 

 

(なんで……どこから⁉︎ まさかアレが盾になってアリスを——)

 

 

 

 突然現れたチルタリス。どうやって不可侵領域であるはずのあの場所に現れたのかはわからないが、とにかくそれがアリスをあの途轍もない威力の“捨て身タックル”から守ったことだけはわかる。

 

 そして、それこそがアリスの狙いだったことに、ゲンジは気付いていた。

 

 そのアリスはゲンジの懐にいつの間にか居て……彼の胸に手を押し当てていた。

 

 

 

「——【愚經炎葬(グギョウエンソウ)】は対象者とボーマンダ。それぞれ周囲にいる人たちを含めた直線上に立入不可能な結界を張って特攻する技……その領域にいる生物には領域変遷(コートグラップ)の応用で互いに攻撃が必ず当たる効果が与えられる……でしょ?」

 

 

 

 先ほどとはまるで別人のように、極めて冷静な分析を述べる少女は、流暢にゲンジたちが繰り出した技の正体を語る。その異様さにユウキは驚くも、ゲンジは得心がいったように目を閉じた。

 

 

 

「なるほど……それを()()()()()()()()貴様は、最初から懐にボールをひとつ抱えていたというわけか——オババのチルタリスを奪って」

 

「そっ——正解♪」

 

 

 

 ひどく落ち着いたゲンジにさらりと返事するアリス。それからここに来る前にしていたことを少し話し始めた。

 

 

 

「あなたがここぞって時はその技で確実に仕留めに来ることはわかってたの。わたしの能力がわかんない限り、下手な様子見は逆効果。いくら現役じゃなくなったからって、爪が甘くなるようなお爺ちゃんじゃないし……だから、オババ様の素敵なチルタリスを選んで用意しといたの♪」

 

「やはり下衆な趣味だ……しかしながら、正直に言うしかあるまい。この戦い……私の負けだ」

 

「え……?」

 

 

 

 かい摘んでの種明かし。しかしゲンジが最後に放った一言にユウキは困惑する。

 

 負けた——その一言が、数分前の自分の思考の中にあった事に遅れて気付いた。

 

 

 

——ゲンジさん!気をつけてください!こいつは……

 

 

 

 まさか……ユウキの脳内に最悪のシナリオが過ぎる。

 

 狂気に満ちて尚、事前に知り得たゲンジの切り札を察知しての防衛手段の用意。そこまでしてただの危機回避だけに留まるはずがない。そのカウンターまで用意されていると見てよかった。

 

 付け加えての必中効果。アリスはそのリスクに付け入る作戦を立てていた。全てはこの間合いにゲンジを引き込むため——。

 

 

 

 ——カゲツにすら効いたこの洗脳を。

 

 

 

「ゲンジさ——‼︎」

 

「———。」

 

 

 

 ユウキが叫ぶが手遅れだった。

 

 小さくアリスが呟くとそれは発動する。

 

 

 

「ガッ——!!!」

 

 

 

 その瞬間、老体は稲妻が走ったかのようにその身を痙攣させた。しかしその場から動くことはできず、アリスの行使した力によって蝕まれる。それはゲンジ越しにボーマンダのオウガにも伝播し同じ影響を与える。

 

 そうして数秒が経った後……アリスは呟いた。

 

 

 

「……意地っ張りさん」

 

 

 

 その直後、ゲンジの体が揺れ動いた。

 

 

 

「——操られるくらいなら、自分の心を焼き切る方を選ぶのね。あのお婆ちゃんと一緒……素敵♡」

 

 

 

——ドシャア……。

 

 

 

 その言葉と共に、ゲンジとオウガは地に堕ちる。

 

 倒れ伏した歴戦の猛者。それを前にして、ユウキは——

 

 

 

「ぁぁ……う……」

 

 

 

 完全に心が折れた——。

 

 

 

「うぁぁぁあああ———!!!」

 

 

 

 

 

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奪われ、奪われ……奪われる——。

 久々に胃が痛い……。

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第158話 立ち止まれる者


アニポケ、ホウエン地方行きそうでわくわく……ライジングボルテッカーズはみんな好きすぎる。




 

 

 

——ハァ……ハァ…………。

 

 

 

「アハハ……どこ行くの……お兄ちゃん?」

 

 

 

——ハァ……ハァ……!

 

 

 

「アリスちゃんを虐めるなッ‼︎」

 

 

 

「今度は鬼ごっこかなぁ?ウフフ……」

 

 

 

——ハァ…ハァ……ッ‼︎

 

 

 

「戦え……ユウキ……!」

 

 

 

——ハァ、ハァ、ハァッ‼︎

 

 

 

——アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん!!!

 

 

 

 

 

 …………。

 

 気付けば俺は、どこかの建物の中に入っていた。

 

 そこは流星郷でも珍しいガラス製の入れ物や戸棚が置かれており、その特徴からここが最近よく通い詰めていた診療所の一室だと気付く。

 

 慌てて入ったために開けたドアは半開き、いくつかの家具は倒され、上に乗っていたであろう花瓶は、中身と陶器の破片に変わって散らばっている。

 

 部屋のベッドに背中を預け、無我夢中で走ってきたせいで乱れた息を整えていた。短い吐息と自分の心臓の音ばかりがしていて……そこに俺は一人でいることを実感した。

 

 俺は……——

 

 

 

「…………逃げたのか」

 

 

 

 やっと自分のしたことに気付いて、俺は「ああそうか」と呟く。我が身可愛さに逃亡し、みっともなく駆け回った結果が今なのだと……しみじみと感じた。

 

 それでも俺は後悔していなかった。心臓に重い石でも入れられたかのように鈍くなった感覚がその事実を不思議と受け入れているという感じがした。

 

 今はただ、この場所で息を整えている。次に行動を起こすために——

 

 

 

「……いや……次って、なんだよ………」

 

 

 

 ふと自虐的な言葉が自分の口から漏れた。俺が今言った『次』とやらは、おそらく里を滅茶苦茶にしたあのアリスとどう戦うかについてだと思う。

 

 しかし現状は多くの仲間を敵に操られ、俺はロクに反撃もできなかった。レンザの決死の特攻は無効。頼みの綱だったゲンジさんの攻撃もあっちの作戦か何かで通用せず……これ以上何ができると言うのだろう。

 

 

 

「もうきっと流星郷で正気なのは俺だけ……外に助けを呼びに出ようとしても先に見つかって捕まるか、滝の洞窟で迷って野垂れ死ぬかのどっちか——いや、ここに隠れてるのだって時間の問題か」

 

 

 

 淡々と現状を把握した——ようなことを口走りながら、俺の心はどこか遠くにある感じだった。まるで他人事みたいな思考に疑問すら持たない。当事者は間違いなく俺だというのに——

 

 

 

——ガタッ。

 

 

 

 そんな俺の思考を呼び戻したのは物音。決して大きいわけではなかったが、部屋の扉の向こうでのそれに体は緊張する。落ち着きかけた心臓が脈を打ち、視線はそちらに釘付け……その後何かを引き摺るような音がだんだんとこの部屋に近づいてくるのがわかる。

 

 敵なのか……そう警戒して身構えていたが、どうにかできたのはそこまでだった。その音がこの部屋の前で止まり、半開きになっている扉がギィ……と音を立ててゆっくり開く。

 

 ……そこにいたのは、ビブラーバ(アカカブ)。その背にはボロボロのレンザが乗せられていた。

 

 

 

「アカカブ……レンザ……!」

 

 

 

 俺はその姿を見て反射的にふたりのところへ駆け出した。アカカブの方は少し汚れているだけで目立った怪我はなさそうだった。アカカブも俺が無事だとわかって嬉しそうに鳴いている。

 

 だが……やはりレンザの方は深刻なダメージがあった。軽く見ただけでも酷い有様だ。

 

 

 

「全身打撲……顔は守ってたのか流血は少ないか……でも体の方は——」

 

「ウグッ——‼︎」

 

 

 

 俺がそう言ってレンザの腹部を押さえると寝ていたはずの彼はうめき声を上げた。この反応……内臓にダメージがあるのか?だとしたらすぐに医者に診せなきゃ——

 

 

 

「……って。どうしろってんだよ。この状況で医者なんて……!」

 

 

 

 すぐに俺は現実を思い出して項垂れる。ここから出られず、自分一人だってどうにもできないのに、重傷の男を連れて逃げろなんて無理だ。

 

 今はただここで隠れているしかない。そんな事しかできない自分の無力感で……俺はどうにかなりそうだった。

 

 

 

「なんだよ……なんなんだよ……何でこんなことに……アレは……あいつはなんなんだよ……ッ‼︎」

 

 

 

 いきなり現れた少女——アリスと名乗るあの子は以前フエンで遭遇したダチラという男の同僚らしい……あの時も感じた目的不明の不気味さと、ありえない人数を支配下におく謎の洗脳力を持ち、元四天王すらも意に介さない強さを持つ。

 

 そんな相手に何ができる?突然出会った理不尽にどう対抗できるというのだろう……俺は現状をどうにかしないといけないと思う一方で、どうにもならない現実を思い知らされた。

 

 考えれば考えるほど状況は絶望的で……それが堪らなく怖かった。

 

 

 

「………誰か……助けてくれ……」

 

 

 

 か細い声で、誰にでもなくそう言ってしまう俺。それを見ていたアカカブも不安そうに小さく鳴いて俺に寄り添ってくれた。

 

 じんわりと暖かい感覚に縋りたくなるほど、今の俺は怯えていた……。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「——お困りかい?」

 

 

 

 意識の外からした声にハッとして前を向く。するとアカカブが入ってきた扉の先からひょっこり顔を出した男性に俺は驚いた。

 

 いつも通り、丸メガネに丈の余った白衣を身に纏った——ツシマさんだった。

 

 

 

「ツシマ……さん……?」

 

 

 

 顔馴染みと会えたことで一瞬緩んだ気が、脳裏をよぎった不安ですぐに警戒の色に染まる。

 

 どっちだ……この人はさっきの一団の中で見かけなかった。様子からして攻撃してくる気配はない。血相変えて襲ってきた彼らとは明らかに雰囲気が違う……でも、洗脳をくらってない保証だって——

 

 

 

「……えい」

 

「ヒッ——」

 

 

 

 張り詰めていた意識の中、急にツシマさんがガバッと覆い被さろうとしてきた。反射的に俺は情けない声を出して縮こまるが……それがただのフリだったことに気がつく。

 

 

 

「アハハ、珍しいねユウキくん。君がそんなに怯えるなんて。なんかあった——イダダダダダダ!!!」

 

「いつものあんたみたいで俺は大変安心しましたよ。ありがとう!」

 

「言ってることとやってることが全く噛み合わない⁉︎」

 

 

 

 悪ふざけで脅かされた俺は怒りのままに彼の頭を両手を使って万力のように締め上げる。どうやら本当に洗脳されてるわけじゃなさそうなのはよかったが、心臓に悪すぎる。マジで余裕ないんだって……。

 

 

 

「ふぅ……君らしくないよ?すぐに感情的になるなんてさ」

 

「どの口が……というかほんとに今までどこにいたんですか?この騒ぎのこと知らないんですか?」

 

「なーんかでっかい爆発音とかしてたのは知ってるけど……トマくんが教えてくれたキノココの巣穴を見に行った帰りに診療所にふらっと来たらユウキくんがいたのを見つけたのが今だよ。そういえばなんか里の人少ないね?」

 

「………そっすか」

 

 

 

 驚きの危機察知能力の低さである。こんだけ大々的に戦闘があった事件にここまで無関係でいられるのは逆に才能なんじゃなかろうか?よく今まで生きてこられたなこの人……。

 

 呆れてもう詳しく聞くことはやめにした俺は……それでもホッとしている自分がいたことに気付く。

 

 我ながら単純だけど……まともに会話できる人がいて……安心した……。

 

 

 

「……ユウキくん。そんなに辛かったの?」

 

「へ……な、なんですか急に——」

 

「だってほら……泣いてるから……」

 

 

 

 そう言われて初めて自分が涙を流していると知った俺は、咄嗟に頬に流れる液体を拭った。

 

 泣いてることへの恥ずかしさで誤魔化そうと腕で拭うが、一度決壊した涙腺を止めることができずに涙は次々と溢れる。

 

 それで……ようやく自分が限界を超えていたんだって……気付かされた。

 

 

 

「……言ってごらんよ。僕でよかったら聞くからさ」

 

「ツシマ……さん……」

 

 

 

 優しげに微笑むツシマさん。

 

 それはひと月前に悩みを聞いてくれた彼と同じ顔だとわかり、俺はそれにもう縋るしかできなかった。

 

 

 

「……たくさん……たくさんの人が……突然現れた女の子に操られて……俺、どうにかしようと思ったけど……何もできなくて……」

 

 

 

 起こったことをありのままに……普段ならもっとわかりやすく説明しようと努めるが、今はそれすらできなくて……。

 

 

 

「レンザもゲンジさんも戦ったのに……ダメで……俺……それをただ見てて……何も……何もできなくて……」

 

「それは……怖かったね」

 

「……違うんだ」

 

 

 

 ツシマさんの問いに俺はそうじゃないと思った。怖かったのはあるけど……本当はそれ以上に悔しかったんだ。

 

 

 

「俺……何もしなかったんだ……みんなは戦ったのに……仲間と戦うのなんかみんな嫌だったのに!……俺だけ逃げた。傷つけたくなくて……手を汚したくなくて……本当はできることだってあったのに……‼︎」

 

 

 

 それこそゲンジさんが最後に俺に言った言葉そのままだ。

 

 自分が気まずくなりたくなくて他人に任せてしまった。本当に傷つけたくなかったならもっと本気でレンザたちを止めればよかった。本当に助けたかったなら傷つけてでも里や仲間を止めればよかった。

 

 どっちも選べなかった俺は……自分の責任から逃げたんだ。

 

 

 

「その結果がこれなんだ!俺は戦いから逃げたんだ‼︎ だからこうなったんだ!頼りになる仲間はあの時もいたのに、俺はみんなの足を引っ張っただけだ——仲間と戦いたくないってダダこねて動かずに……挙句、本当にみんなを置いて……逃げた……ッ‼︎」

 

 

 

 俺はきっとそんな自分が許せなかった。それが自分のしたことだって思いたくなかった。ここに逃げ込んで冷静なフリをしたのもただの現実逃避。

 

 

 

「いつも……いつもそうなんだ……やらなきゃって、頑張らなきゃってわかってんのに、俺はいつも迷ってばっかで……やろうとした時には間に合わない……だから失敗する!だから取りこぼす‼︎——助かる方法だって、あったかもしれないのに……」

 

 

 

 溢れる涙と一緒に吐き出したのはそんな自己嫌悪。怖かったから逃げたなんてとってつけた言い訳だ。間違えることを恐れて決めなかったから起きた必然。

 

 

 

「何度失敗したら気が済むんだ俺はッ‼︎ 何で俺は大事な時に決められない⁉︎……いつまで臆病なんだよ。もう嫌なんだよ……こんなとこで言い訳するしかできない俺なんて……もう……嫌だ……」

 

 

 

 立ち向かう為の力が欲しい。逆境を覆す知恵が欲しい。苦難に耐える心だって……なのに足りないものに喘ぐ毎日。そんな自分にほとほと嫌気が差した。

 

 俺は……そんな俺が……嫌いだ。

 

 

 

「……失敗ってなんだろうね」

 

 

 

 俺の独白を聞いて、ツシマさんはそう言った。

 

 

 

「君の言う失敗って、動けなかったこと?それとも戦わなかったこと?仲間を置いて逃げちゃったことかな?」

 

「……そうだよ。全部。全部俺が悪いんだ」

 

「違う。僕はそうは思わないよ」

 

 

 

 ツシマさんにしてははっきりとした否定だった。でも、だから俺も強く噛み付いてしまう。

 

 

 

「違わない!俺も立ち上がって立ってたらレンザだってこうはならなかったかも知らない!ゲンジさんだって——」

 

「『かもしれない』——君が今言ったように、それは選ばれなかった未来の話だよ」

 

 

 

 選ばれなかった未来……?一体何の話を——そう疑問に思うのも、今目の前にいるツシマさんがどこかいつもと違うからだったのかもしれない。こんな状況で不思議な落ち着きを見せる彼は、森で腰を抜かしていた男と同一人物には見えなかった。

 

 

 

「可能性の話をするならば、君が動いていたとしても結果は変わらなかった——君が今言ったように臆病に打ち勝てたからといって、その女の子に勝てたという保証はないだろ?」

 

「そんなの……屁理屈だ」

 

「そうだね。屁理屈だ。屁理屈は議論にあげるべきじゃない。僕ら科学者はトライアンドエラーをモットーに生きるから、やらなかった『もし』の話はしないんだ。君が自分を責めるようなこともね」

 

 

 

 俺が拗ねたように返した言葉は、そのまま自虐した俺に刺さった。「もしああしていたら」と考えることそのものがナンセンスだと、ツシマさんは言う。

 

 

 

「失敗だって?そんなことはない。ただ思ったような結果を得られなかっただけさ。そんなこといつ誰にでも起こりうる」

 

「それが仲間を奪われて、見殺しにした俺でもそう言えるってのか⁉︎ あんたは見てなかったんだ!俺が尻込みして何もできなかった姿を見てたらそんなこと——」

 

「言えるさ。だって君は、誰も傷つけなかったんだろ?」

 

 

 

 俺が八つ当たりにも似た気持ちを叫ぶと、彼はそれでも笑って答えた。呆気なく、当たり前のように——

 

 

 

「初志貫徹じゃないか。君は仲間だった彼らを傷つけなかった。怖くて震えていたのに、状況がどんなに悪くなっても耐えたんだ。それなのにこうして五体満足でここにいる。敵から逃げ仰せて、今僕とお話ししてるんだよ♪」

 

 

 

 それは俺が望んだ在り方。ポケモンを暴力装置にしたくない。昨日まで笑い合った友達を傷つけたくない。自分がどんな不利益を被ることになったとしても……それだけはしたくないと願い続けた。

 

 ツシマさんはそれを……許してくれた。

 

 

 

「奪われた絆も君がそうしたわけじゃない。見殺しにしたんじゃなく、見守っていたとも言えるんじゃないかな?状況を一歩引いたところから見続けた君なら、そこにあったヒントを見逃すはずはないと思うけど」

 

「——!」

 

 

 

 俺が失敗だと思ったことを、彼は言い換えてプラスに考えてくれた。それも屁理屈だと思わなくもなかったけど、言い返すほどにも意固地にはなれなかった。

 

 

 

「物事は平面的ではなく立体的に捉えるべきだ。起こったことのマイナス面ばかりを見ていると、その側面にあったプラスを見逃す。そして案外、突破口はそっちにあったりするものさ」

 

 

 

 もう……言葉が出なかった。

 

 無茶苦茶になった心を、この人の言葉が、まるで絡まった糸をひとつひとつ丁寧に解くように整えていく。

 

 それが堪らなくて、最後の一滴まで出し切るように俺は泣いた。

 

 

 

「——あの日の夜。君と話した時に改めて思ったんだ」

 

 

 

 ひと月前。年末の決勝リーグを観た俺が、今日と同じようなことで悩んでいた時のこと。

 

 

 

「君は優しい。そして強い。これしかないって誰もが当たり前に突き進むところで、君は立ち止まれる。立ち止まる勇気のある人なんだよ。実はずっとそっちの方が怖いことなんだ。自分のしていることに疑問を持つのは、その只中にいる人には難しい。やってしまって後で後悔することになるとしてもね」

 

 

 

 レンザもゲンジさんもそれは覚悟の上だと思った。でも、だからって辛くないわけじゃない。自分で選んでやったからって、後悔しないわけじゃないのかもしれないと……それを聞いて思った。

 

 

 

「立ち止まっても周りは待ってはくれないかもしれない。誰よりも出遅れてしまうかも。それは誰もが認めてくれる生き方ではないけど……僕はそれを素敵だと思う」

 

「……辛すぎて投げ出したくなりますけどね」

 

「それでも……だからこそ君はかっこいいんだ。いつも何かに歯を食いしばりながら、自分の弱さと向き合い、耐えて歩く——ユウキくんというトレーナーは」

 

 

 

 トレーナー——その言葉を聞いた時だった。

 

 

 

——パパパーン!!!

 

 

 

 突然俺の腰にいたポケモンたちが外に飛び出した。セーフティロックをこじ開けて出てきた3匹——そしてアカカブも含めた彼らは一様に俺を見ていた。

 

 ——と言うより、なんか怒ってる?

 

 

 

——グマッ!

——ロァッ!

——ゲゲッ!

——ビバァ!

 

 

 

 4匹が俺の体の空いているところにそれぞれの方法でど突いてきた。痛っ!何だ急に⁉︎

 

 

 

——モット頼レ。

 

 

 

 その時、そんな言葉を心で聞いたような気がした。

 

 それは事の一部始終を見ていたこいつらなりの不満。抱え込んで勝手にひとりぼっちになるなと言いたげな顔を、4匹ともが見せている。

 

 そっか……大事なことを忘れてた。

 

 

 

「俺は……ポケモントレーナーだった……」

 

 

 

 自分の身の丈に合わない事態が次々と起きたせいなのか、少し自分を見失っていた気がする。

 

 俺はポケモントレーナー。最初から俺一人でできることなんてたかが知れている。こいつらに頼らないで何ができるんだ。

 

 迷うにしても、逃げるにしても、戦うにしても……俺はずっとひとりでそうしてきたわけじゃないだろ。

 

 

 

 ……この絆だけは、誰にも奪えやしない。

 

 

 

「——悩み、傷つき……恐怖すらも抱えたまま、立ち上がる……か」

 

 

 

 その時口を開いたのは、気を失っていたはずのレンザだった。彼はいつの間に目を覚ましていたようだが、少し話しただけで咽せてしまう。慌てて俺とツシマさんが彼のそばに行く。

 

 

 

「ゲホゴホガハッ‼︎」

 

「レンザ!無理して喋るな……すぐ医者に見せられなくてごめん。だからもうちょっとだけ——」

 

「私はお前が……羨ましい」

 

 

 

 俺が言うのを遮って、レンザは言葉をねじ込む。痛みで今にも気を失いそうな彼は、気力だけでなんとか意識を保っているように見えた。

 

 

 

「私はとんだ愚か者だ……」

 

 

 

 そうまでして言いたかったことは、そんな自虐だった。

 

 

 

「……今までずっと見ないようにして……きた……里の者たちと……(うつつ)との……堺でいる私たちは………時折、外の世界を垣間見ていた」

 

「レンザ……?」

 

 

 

 何が言いたいのか……この状況でどうしてそんな胸の内を明かすのか、わからない俺は戸惑う。

 

 

 

「滝の上層を歩く楽しそうな声……望むものを求めて冒険をする足音……己を磨くために鍛錬をするぶつかり合いの音——その全てが羨ましくもあり、憎らしかった」

 

 

 

 レンザはまだ語っていなかった胸の内を吐き出す。嫌悪感たっぷりのそれを聞いて、俺は悲しい気持ちになった。

 

 わかってしまうから……自由にそう生きられる地上の人間と、この里の人たちとではあまりにも……違うから。

 

 

 

「でもそれは……ただの嫉妬なのだ。認めたくなかった。でもいつか……外に出てみたかった」

 

「そんなの当たり前だ!自由をこんなに奪われてそう思わない人なんか——」

 

「自由を奪っていたのは——私たちの方だ!」

 

 

 

 一際大きな声でレンザは叫ぶ。怒ってるように見えて、どこか悲しそうな……そんな声で。

 

 

 

「自由になれなかったのは……この里に蔓延した執着と恐れが招いた結果なのだ。外に対して歩み寄る努力も受け入れる忍耐もせず、この土地にしがみつくことでしか生きられない我々は、ただ思考を止めて小さな穴蔵を守った……そうして(うつつ)には理解されず、我々も理解しようとせず……私も、何年も何年も、自分の縋っているもののせいにした」

 

「自分の……縋ってるもの……?」

 

「……あの戦争の責任だ」

 

 

 

 二千年戦争……ここにいれば嫌でも耳に入るその戦いは多くの死傷者を出した。当然その責任は、戦いそのものを起こした流星の民に背負わされることになった。

 

 

 

「私たちの先代は世界にやってくる危機を予知し、それを人々に警告として与えた。それは正当なもので、決して古い習慣から生まれた妄言などではない。しかし聞き入れられないばかりか、危険思想を持つ集団として政府から目の敵にされた……そして、かつての民たちは武器とポケモンを手にして立ち上がった——そうせざるを得なかったと、私の父はうわごとのように言っていたよ」

 

 

 

 それが二千年戦争が起きた理由。

 

 でも俺は思う。その世界にやってくる危機というものについてはまだ聞かされていない。この里のことだから、おそらく龍神様絡みであることはわかるが……。

 

 いや、問題はそこじゃないのか。

 

 問題は——今も尚、それは起きていないということ。

 

 

 

「あの宣言から二十年余り……結局そんな危機などやってはこなかった。先代たちの言葉は妄言であるという裏付けが、年を追うごとにされていく……そして、そんな妄想に取り憑かれて人々を傷つけた我々は、いつになってもその呪縛から逃れられない……溜め込まれた鬱憤はこんな穴蔵で煮詰められ、気付けばもうどうしようもないくらい……外でのうのうと生きる人間を恨んでしまった……」

 

「……レンザ……でもお前は——」

 

 

 

 お前はそんなことなかったじゃないか——初めは衝突することになった。それでも俺たちが傷ついた時、最初に里で療養するよう勧めたのは他でもないレンザだ。

 

 でもそれを言い切る前に、レンザは言った。

 

 

 

「……私は、そんな仲間のことも嫌いだった」

 

 

 

 力無く呟くそれに、どんな気持ちがこもっていたのか……わからない。俺にはそれが、とても悲しく聞こえた。

 

 

 

「外に出られないのは先代たちが無茶を通したせいだ。ここでしか生きられないのはいつまでもあの日の正当性に固執してるせいだ。門番などをやって……天に空いた穴からしか見られない空にはいつまでも届くことはなく、焦がれる気持ちを抱いたまま老いて死んでいくだけなのは……夢一つ見れないのは……全部状況のせいだと拗ねたのだ……私は……」

 

 

 

 本当は語りたくなかった。

 

 そうも聞こえるように、苦しそうに気持ちを吐露するレンザ。俺はそれを黙って聞くしかなかった。

 

 何も口を挟めない。彼にしかわからない、彼だけの苦しみだから……。

 

 

 

「だがお前を見ていて気付いた……全てが自分にとって向かい風になるとしても、足掻くこと、考えることを忘れてはいけなかった。そんなことを言っても仕方がない……なのに私はその場から動くこともせず、考えることを途中で投げ出した。だからかつての友だろうがなんだろうが、事態が悪くなれば平気で傷つけられたんだ」

 

 

 

 言葉はどんどん重くなる。自分を責めに責めた男の顔は……見てられないくらいしわくちゃになっていた。

 

 泣いていたんだ……レンザはずっと——

 

 

 

「それでも……今になって、心が……それが私を強く非難する!助けたかった!あんな連中でも……!だが……私では……こんな私では何もできない……唯一心の支えだったオババ様も……」

 

 

 

 それはただひとり。レンザが心を本当に許せた存在だった。

 

 

 

「あの方が今どうしているかと思うと……頭がおかしくなりそうだ……!最悪の想像ばかりが押し寄せて……もうどうしていいかわからないんだ……!」

 

「レンザ……!」

 

「——頼む」

 

 

 

 もう見てられない——そう思って彼を留めようとした時、最後に彼が絞り出した言葉が、俺の心に響いた。

 

 

 

「……足を止め、頑なになった、どうしようもない民だが……そんなひとりで、人を羨むことしかできない男の頼みだが……ゲホゲホ‼︎」

 

「レンザ!もう無理に喋るな!」

 

 

 

 長く喋らせ過ぎた。俺はそのことを後悔してレンザを押し留める。でもそれは叶わない。レンザは言い切る。残った力の限りを込めて——

 

 

 

「——この民を……里を……救って……くれ…………」

 

 

 

 それだけを言って……もうレンザは何も言わなくなった。

 

 ぴくりともしなくなった彼を見つめて、俺は最悪の想像で声を荒げてしまう。

 

 

 

「レンザ……?おいレンザッ⁉︎」

 

「大丈夫。気を失っただけだよ」

 

 

 

 それに応えたのはツシマさんだった。

 

 ツシマさんはそっとレンザの顔に手を当てて観察し、その旨を伝える。俺が心配するようなことではなかったらしい。

 

 きっと……いつ意識を飛ばしてもおかしくなかったんだろう。それほどの苦痛の中で、レンザは俺に託したんだ。

 

 この戦いを……こんな俺に……。

 

 

 

「……ツシマさん。レンザのこと、頼めますか?」

 

「僕も医者じゃないけど……それなりに心得はあるから。心配しないで」

 

「そっか……ありがとう」

 

 

 

 俺はそう言って立ち上がった。それをツシマさんは見上げる。目が合って、それから満足そうに彼は微笑んでいた。

 

 

 

「うん……その“目”をした君なら、大丈夫そうだね」

 

「大丈夫——かどうかはまだ……でもやれるだけやってみるよ」

 

「大丈夫だよ。君は……君たちは強い。僕はそれをずっと前から知ってるから」

 

 

 

 そう言って励ましてくれた。

 

 もうそれ以上の言葉はいらない。

 

 やるべきことはわかった。

 

 

 

「レンザ……『約束』だ」

 

 

 

 俺は誓う——必ず里のみんなを救うと。

 

 

 

 

 

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進む理由は充分に……その足、踏み出す!

〜翡翠メモ 50〜

炎纏戴天皇(えんてんたいてんおう)

竜皇(ドラゴン)のゲンジが使用する固有独導能力(パーソナルスキル)絆魂(はんごん)

対象のポケモンの主要タイプに“炎”を追加。使用する技にも効果が付与される。常時体表が発火しているため、使用するポケモンにも相応の負荷がかかる。屈強でかつ忍耐、勇気が求められる扱いの難しい絆権と称される。

ボーマンダのオウガはその条件を満たしており、年老いた今でもこの技に踏み切ることに躊躇いはない。長年ゲンジと付き合ってきた彼だからこそ、十二分に能力を発揮できると言える。



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第159話 利害の一致


こないだナポリタン風のラーメンなるものを食べました。全く口に合わなかった……皆さんは冒険するにしても苦手なものが入ったものは食べないでおきましょう。トマトはやっぱ生がいい。




 

 

 

 俺は診療所を出て、辺りを見回した。

 

 立ち並ぶ民家、間にある街道に人気はない。アリスからの追っ手が探し回っていると思ったが……。

 

 

 

(追っ手どころか……探してる素振りすらない……俺を追いかけることにそこまで執着していないのか……?)

 

 

 

 そう考えつつ、俺は診療所から別の建物の影に隠れるように移動。そうして俺はまず第一段階……戦況の再確認を始めた。

 

 アリスは厄介だ。先の戦闘で見せた大人数を一度に掌握する大規模な洗脳。洗脳された彼らはアリスをやたらと可愛がり、直接傷つけた相手を執拗に狙うようになる。

 

 一度身を隠したことでそのターゲットから外れたのかもしれないが……ともかくまた会敵することになったら、それ相応の勝算が必要になってくる。

 

 

 

(さっきはなりふり構わず逃げちゃったからな……里の地形と洗脳された人たちの人数。アリスの現在地を見てから作戦を立てたい)

 

 

 

 そのためにはこの里から一度離れる必要がある。全体像は俯瞰して見るのが手っ取り早い。今は敵に見つからないことを祈りながら、身を隠しつつ敷地の外輪へ向かうのが先決だ。

 

 できることなら気を失ったゲンジさんや、所在がわからないオババさんの安否を確認しておきたかったが、今の俺にそこまでの余裕はない。なので、アリスに勝つために必要な情報にだけ絞って行動をすると最初に心に決めておいた。

 

 レンザには悪いが、きっとそれが今できる俺の忍耐……考えるんだ。焦って行動すべきじゃない。今は耐えろ——。

 

 

 

「——!」

 

 

 

 そう思考しながら建物の隙間を抜けた時だった。複数の足音と誰かが話し合ってる声がした。俺は慌てて元来た道に飛び込み、裏路地に置かれた木の箱の影に隠れる。

 

 その時通りかかったのは……里の若い衆二人だった。

 

 

 

「はぁ……俺ももうちょいアリスちゃんとお話したかったなぁ」

 

「しょーがないだろ?まだレンザたちがどこいったかわかんないんだ。野放しにしてたらまたアリスちゃんを傷つけるかもしれねぇ。さっさととっ捕まえないとな」

 

 

 

 その会話は俺たちを探していることを示していた。別に探してなかったわけじゃないのか……でもなんか違和感が——俺は2人の会話の続きに耳を立てた。

 

 

 

「でも可愛いよなぁ〜。『あんまり遠くにいっちゃやだよ?寂しいんだから』——だってさ♡ 俺、もしかして気に入られてんのかぁ〜?」

 

「バーカ俺だって一緒にいただろうが。アリスちゃんは誰にでも優しいんだよ。そんな子をあいつら……絶対許さねー!」

 

 

 

 そう言いかけた時、彼らは俺のいる街道の前まで来ていた。そしてあろうことかこの路地に入ってきた。

 

 

 

(マジかよ……このままじゃ見つかる!)

 

 

 

 まだ見つかったわけじゃないと思うが、今からでは動いただけで居場所が割れてしまう。かといってこのまま伏せていてもこの前を通ったらバレるのは時間の問題。裏路地の暗さと箱の裏を見られないことに賭けてやり過ごすか?それとも先制してポケモンで取り押さえる?——ダメだ……考えがまとまらない!

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 まとまらない頭で迫る危機にどうにもできないでいると、近づいてきているはずの足音が止んだのに気付いた。

 

 そしてしばらくすると、彼らは再び歩き始めた。来た方とは反対方向へと……。

 

 

 

(なんで引き返した……?な、なんかわからんないけど助かった……)

 

 

 

 とりあえず窮地を脱した俺は、改めてこの里にいることの危険性を思い知らされた。こんな警戒の強くなっている場所で敵場偵察なんて無理だ。

 

 とにかく今は里の外を目指そう……里を一望できる場所——俺たちが最初に入ってきたあの辺りからなら、見渡せるはずだ。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 なんとか流星郷を抜け、一際高い岩場にまで登ることができた俺は胸を撫で下ろす。ここまで来られれば大丈夫……今はそう思うことにする。

 

 しかし時間はない。すぐに里を探るために、俺は端末のデータストレージから双眼鏡を取り出して流星郷を覗き込んだ。

 

 

 

「アリスは……いた。里の真ん中。さっきいた場所の近く……そこそこの広場にいるな。案の定里の人たちやタイキたちをそばにおいて……」

 

 

 

 その様子を見て、自然と右手に力が入ってしまう。遠目で見ていてもわかる仲睦まじい彼らのやりとりが、奪われたものの大きさを思い出させた。

 

 落ち着け俺……そう念じて、込み上げてくる気持ちをどうにかやり過ごす。

 

 

 

「……ゲンジさんとボーマンダはいないのか。オババさんもいない。人質として隠されてるって感じでもないのか?その辺にまだ転がってるとしたら……それも見当たらないか」

 

 

 

 アリスの言動からすると、わざわざ人質を取るような真似もしなさそうだった。何せ俺を襲うことを“遊び”と称するくらいだ。楽観視はできないが、その気になれば俺ひとりくらいどうにでもできるだろう。

 

 もし何かしら目的があって、俺に用があるならとっくの昔に脅迫なりして俺を行動不能にするはず。それもないとなると……やはり人質を用意する理由はない。

 

 それがそのままあの人たちの今をより不安に想像させてしまうけど……今は考えないようにするしかない。

 

 

 

「……里の真ん中に陣取って、周りを探す人とアリスに群がる人……あの様子じゃあいつがひとりで出歩くのを待つのは望み薄か……」

 

 

 

 事態が変化するのを待つのはあまり得策じゃなさそうだ。あの調子だと夜になって就寝ということにでもならない限り、俺にチャンスは訪れないだろう。第一こっちには重症のレンザがいる。ゲンジさんやオババさんにも治療が必要となると、かけられる時間はそう多くはない。焦りも禁物だが、悠長な作戦は立てられない。

 

 

 

「——そもそもどうやってアリスに勝つ?操られてる人を軒並み倒す……のはやりたくない。というか流石に現実的じゃない」

 

 

 

 向かってくる人を迎撃するくらいならできるかもしれない。しかし物量を考えると、いくらポケモンといえども応戦するのには限界がある。一部の人間は痛みも気にせず突っ込んでくるみたいだし……。

 

 ではどうするか。一番いいのはアリスの洗脳を解くこと。それさえできればアリスに兵隊はいなくなる。身体能力は流石に常人を超えてるような感じはなかったから、そうなれば無力化も同義だ。

 

 でも……その方法がわからない。

 

 

 

(鉄板なのはアリスを気絶させること……でもそのために攻撃を仕掛けるとなるとまた洗脳された人たちが邪魔になる。そもそも傷つけるのがきっかけで襲われるようになったんだ。これ以上刺激すればどうなるかわからない)

 

 

 

 俺があと思いつくのはひとつだけ——そのヒントはゲンジさんが教えてくれた。

 

 

 

「ゲンジさんを洗脳しようとした時、あいつの体から生命エネルギーが出たように感じた。やっぱりあれは固有独導能力(パーソナルスキル)に近い能力なのかもしれない」

 

 

 

 もしこの仮説が本当なら、もしかすると生命エネルギー——波導をどうこうすればなんとかなるんじゃないかと俺は思った。

 

 例えば洗脳されている人に波導を制御して強めに働きかける。そうすればそれがキツケになって正気を取り戻すかもしれない——って考えては見たが。

 

 

 

「はぁ……そもそも俺そんなことできないよな。心を通わせる方法はわかっても、カゲツさんみたいに誰とでもってわけにはいかないし……人間相手になんか試したこともないんだ。ぶっつけ本番で成功するとは思えないよな……」

 

 

 

 そう項垂れて、今浮かんだばかりの案を却下する。今言ったことは固有独導能力(パーソナルスキル)をまだ完全にコントロールできない俺にはハードルが高いものだった。

 

 もしそれができるとしても、戦いの中、精神が乱れてる時に慣れないことはしない方が吉だと思う。俺はまた振り出しに戻った。

 

 

 

「どうすりゃいい……?洗脳を解く方法……訴えかけて目が覚めるのを期待するか?そんなご都合主義なことあるわけない……何か……まだなんかなかったか?」

 

 

 

 俺は記憶の中にまだ見落としがないか必死に思い出す。能力を使う時、何か癖のようなものはなかったか。発動条件が他になかったか。アリスの発言、洗脳されたみんなの挙動、レンザが倒され、ゲンジさんと肉薄したあの瞬間——脳みそを引っ掻き回すように見てきた光景を辿る……。

 

 すると——ある疑問がよぎった。

 

 

 

「そういえば……なんであいつ、俺らのことは洗脳しなかったんだ?」

 

 

 

 アリスの洗脳は大規模で、かかった人間が自分でそれを自覚できていないというほど強力なもの。であれば、俺らにそれをけしかけるより、直接洗脳すればいいのではないだろうか?

 

 

 

「発動条件には……多分、『相手に直接触れる』ってのがあると思う。ゲンジさん相手にわざわざ間合いを詰めさせたんだからそれは間違いない……だったら俺ら相手にもその機会はあった」

 

 

 

 俺はファーストコンタクトで。レンザはアリスに立ち向かった時に。それぞれチャンスはあった。でもそれをしなかったのは——

 

 

 

 

「……頭のネジが五、六本飛んでるやつだから、論理的な答えじゃないのかもしれない……でもある程度の知性はある——でなきゃあんな緻密な罠をゲンジさん相手に仕掛けられるとは思えない」

 

 

 

 ゲンジさんを相手どった作戦——あれはその場の思いつきじゃない。事前に情報を仕入れて、確実に強敵を倒すという明確な意思がなければ、あそこまでメタれるものじゃない。オババさんのチルタリスを前もって奪ってるのがいい証拠。

 

 ということは……やっぱりあいつには何かしらの目的があったということだ。

 

 

 

「わざわざ喧嘩仕掛けてきておいてただ遊びたいから——なんてことはない。むしろ嘘ついてまで本音を隠そうとしてるなら……知られたくない何かがあるってことだ」

 

 

 

 本当の目的。それがわかったら上手く利用できるかもしれない。しかし肝心の目的までは流石にわからない……。

 

 

 

「考えろ……あいつはダチラと同じ組織にいた。あいつの行動原理も謎だったけど……あいつなりの戦う理由があった。ならアリスにも——」

 

 

 

 そう考えて、アリスの発言をもう一度追跡(トレース)する。

 

 

 

——質問してきたのはそっちなのに、みんな聞こうともしないで勝手に輪の外にわたしを追いやるんだわ。わたしはこんなに素敵なのに。こんなにみんなを理解しようとしてるのに……なんで……なんでなんで?

 

 

 

 その言葉を思い出した。

 

 それがアリスの語った……数少ない本音じゃなかったのか?

 

 

 

「もしかして、あいつの能力って……」

 

 

 

 そして俺はもう一度里を見る。

 

 ツシマさんが言ったように、今度は視点を変えて——

 

 

 

「——そういう……ことか……!」

 

 

 

 能力の謎や解除方法にばかり目がいっていた。俺は自分の視野の狭さに呆れた。

 

 こうして俯瞰してもわからなかったのは……見るべき場所が違うかったからだ。

 

 物事は立体的……見る側面を変えれば、観測できる事象は自ずと変わってくる。

 

 繋がってきた。アリスの動機から、なぜ俺たちを操ろうとしなかったのか。それは一見遠回りだったけど、そこから導き出されたのは、あいつの能力の“限界”。

 

 あったんだ……単純だけど、あの能力には致命的な欠点が。

 

 

 

「こんな簡単なことに気付かなかったなんて……」

 

 

 

 懸念はある。至った思考が正しいのかどうか、確かめることなく本番を迎える。それに仮説が正しければ、不確定要素がいくつかあることも事実だ。

 

 それでも俺は確信する。手を誤らなければ、この状況をひっくり返せる可能性はあることを。でもこれには下準備が必要だ。その為には——

 

 

 

「……急ごう。みんな、頼むぞ」

 

 

 

 強い意思で戦場に向き直る。

 

 正直まだ怖い……失敗したら今度こそ終わりだ。でもその気持ちに立ち向かう時、ひとりじゃないことをもう忘れたりはしない。

 

 腰いる相棒たちはそのことを肯定するように、その意気込みをボールの中から伝えてきた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「おらよ。食えガキンチョ〜♪」

 

「あーん……う〜ん美味しい♡」

 

 

 

 人が賑わう広場の真ん中で、アリスを取り囲むように里の人間が彼女に群がっている。そのうちのひとりであるカゲツが彼女に焼き菓子を与えていた。普段の彼からは想像もできないような所作にタイキはさすがに引いていた。

 

 

 

「アリスちゃん相手だからってアレはないっスね……なんだろ、スゲェ気持ち悪い」

 

 

 

 その喧騒の外から呟いたタイキだったが、その失言はカゲツの地獄耳が捉えていた。アリスに夢中だった彼は音を置き去りにする勢いでタイキに迫り、一撃をそのつるつるの頭に叩き込む。

 

 

 

「痛いッ‼︎ すこぶる痛いッス!!!」

 

「だまらっしゃいッ‼︎ 相変わらず師匠に対する敬意がなってねぇなテメェは‼︎」

 

「敬意が欲しいんだったら行いを改めるっス!鼻の下伸ばして言っても説得力ないッスよ!」

 

「はい〜ぶっ殺ぉす!」

 

 

 

 そうして掴み合いの喧嘩になる2人を見て周りの人間もその有様に笑っていた。とんだ茶番だが、アリスもそれをケラケラと笑って眺めている。

 

 

 

「アハハハ面白〜い!でも喧嘩はダメだよ〜?」

 

「「はい!アリスちゃん‼︎」」

 

 

 

 少女の一言に2人は喧嘩をやめて彼女の方を向く。その様子はまるで犬のようだった。

 

 

 

「ん〜……でもそろそろ飽きてきちゃったかな。あーあ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 従えた下僕を他所に、アリスは独り言を言って天を仰ぐ。能力と肝の据わり具合では恐ろしいほど洗練されている彼女だが、時間を潰すことを苦痛に感じるのは見た目相応の少女らしかった。

 

 日の光は天蓋に開いた穴からしか降り注がず、岩場と古臭い街並みは彼女に息苦しさを感じさせた。楽しんでいた“人形遊び”にも飽きがきて焦れる頃合いに、思いついたように少女はパッと顔を上げた。

 

 

 

「そうだわ!みんなを()()()()()にして戦わせればいいのよ!差し詰めわたしはお姫様役かしら?それか前線を張る女指揮官ってのも素敵じゃない?」

 

 

 

 無邪気な笑顔で邪悪な発案。

 

 彼女はすでに手中に収めた勝利だけに飽き足らず、その絆を用いて新たな遊びに興じようとした。

 

 だが、この場にそれを咎められる人間は——

 

 

 

「そんなこと——やらせるかッ‼︎」

 

 

 

 ただひとり……ユウキだけだった。

 

 少年の声がどこかから聞こえて皆が身構える。すると1発の弾丸がアリスの足元近くに撃ち込まれた。

 

 それは家屋の屋根の上から放たれたジュプトル(わかば)の“タネマシンガン”。その1発は、ユウキたちからの威嚇射撃だった。

 

 

 

「アハ——来てくれたんだ、お兄ちゃん!」

 

 

 

 嬉しそうにユウキのいる場所を見上げたアリス。それと同時に操られた兵隊たちが屋根の上へと向かった。

 

 ある者は手に持つ道具や石を投げつけ、ある者は屋根の上に登ろうと家屋に飛び込み、ある者は——

 

 

 

「小僧!縄につけェェェィィィ!!!」

 

 

 

 コモルーの背に乗ったジンガがあっという間にユウキたちのいる屋根の上まで登ってきた。それを受けてユウキも動く。

 

 

 

「悪いけど無理だ——足元気をつけろよッ!」

 

「なに——⁉︎」

 

 

 

 ユウキに向かって走り出すコモルーとジンガだったが、その瞬間、近くでスタンバイしていたビブラーバ(アカカブ)が勢いよく屋根に向かって震脚する。

 

 “地ならし”——狙いは衝撃によって屋根瓦の繋ぎを緩めること。そうなれば、当然重さのかかる足元の瓦は滑り始め、ジンガたちを地上に追い落とした。

 

 

 

「ぬぁ〜〜〜⁉︎」

 

「——アリスちゃんのためにィィィ!!

!」

 

 

 

 ジンガと入れ替わるように、今度は逆方向から同じようにコモルーの背に乗って登ってきたトマトマがユウキたちに突っ込む。ユウキはそれを受けて——

 

 

 

「——発芽しろ‼︎」

 

 

 

 そう発声。するとコモルーの足元から植物の根のようなものが彼らの体に絡みついた。

 

 “宿り木の種”——わかばが予め仕込んでおいたトラップだった。

 

 

 

「な、なんりゃこりゃぁぁぁ⁉︎」

 

「早く解かないと生気吸い尽くされるからな……頑張って解けよ‼︎」

 

「ぬぁぁぁ⁉︎」

 

 

 

 そう言い残して、ユウキは絡まった状態のトマトマとコモルーを下に突き飛ばした。落とす場所は家屋下に並べられた家畜用に積まれた藁の束の上。

 

 それを見てアリスも勘付く。さっきまで怯えていた少年とは明らかに違うことに。

 

 だが、攻めの手はまだ弛まない。

 

 

 

「アニキィィィ!!!」

 

「——!」

 

 

 

 今度はタイキがゴーリキー(リッキー)にしがみついて現れた。屋根上から落とされないために、既に滑って剥がれた屋根の場所にしっかりと足を落とした。そこに宿り木の種のような仕掛けは施されていない。

 

 

 

「観念するッスぅぅぅ!!!」

 

 

 

 先行してきたのはリッキー。太い腕を手刀にした“空手チョップ”がユウキ目掛けて振り下ろされる。しかしそれを寸前でわかばの“リーフブレード”が受け止めた。

 

 

 

「止めることくらい——予想ついてるッスよ!!!」

 

 

 

 それをわかっていたタイキはリッキーの体の影から飛び出し、ユウキに肉薄する。両手を掴み、2人の少年は押し合いになる。体力勝負になれば、格闘技を心得ているタイキの方に分があるのは目に見えていた。

 

 

 

「これで終わりッス‼︎」

 

「ごめん——タイキッ‼︎」

 

 

 

 タイキがユウキの腕を引いて屋根から落とそうとした時だった。力のかかった足元に何かがぶつかった感触でハッとするタイキ。

 

 それはマッスグマ(チャマメ)による“ずつき”だった。体重が偏ったそこへぶつかられたタイキはバランスを崩し、投げられる姿勢を維持できなくなる。そして、別の屋根下の荷物の上へとユウキによって突き落とされた。

 

 

 

——ゴリッ⁉︎

 

——ロァッ‼︎

 

 

 

 主が離れたことで動揺したリッキーに隙が生じる。そこを見逃さなかったわかばは姿勢を屈め、“リーフブレード”を解いた前腕葉でリッキーの足を引っ掛け崩す。そこへ屋根の上部にいたアカカブが助走をつけてその巨躯を突き飛ばした。

 

 リッキーが地面に落下すると、もう追撃はなかった。それを確認して、ユウキはアリスを睨みつける。

 

 その一部始終を見て、アリスは目を伏せた。

 

 

 

(高所をとって追いかけてくる人間を選定……状況を限定して迅速に上がって来れるポケモン持ちだけを誘き寄せたってこと?アハ……さっきまで逃げてたくせに……)

 

 

 

 ユウキの動きに妙な自信を感じたアリスは、それでも笑っていた。

 

 ニタリと不気味な笑顔をする少女に、ユウキははっきり宣戦布告する。

 

 

 

「本気で来いよ……遊んでやるから……!」

 

「……アハ。楽しくなってきた♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキはアリスの支配にある仮説をいくつか立てた。

 

 まずその1つ——洗脳された者たちにかかってる能力の働き方について。

 

 操られる前後で、アリスに傾倒するという特徴を除けば、ほとんど変わらない人格や個性を見せる人間を確認して、ユウキはこれがアリスの思い通りに動いているわけではないのではと仮定した。

 

 一見アリスの指示を受けて動いているようにも見える彼らだが、それはあくまで『彼女を守ろう・外敵を排除する』——という洗脳された側の自発的な行動なのだ。

 

 その証拠に、アリスが使役する人間には意思の強さにばらつきがあった。

 

 

 

(アカカブの“砂地獄”を前に引く奴もいれば、引かない奴もいた……つまり、アリス側にそれを強要して、恐怖しない軍団を作ることはできないってことだ!)

 

 

 

 ユウキは事前に回しておいた思考を反芻しながら、里の中を駆け回る。それを追随してきた里の者たちが、血相変えて彼に襲いかかっていた。

 

 だがその行き先が建物の裏路地に差し掛かった時、ユウキはその通路の上部に仕掛けておいたものを発動させる。

 

 

 

——“タネマシンガン【雁榴炸薬(ガングレネード)】”!!!

 

 

 

 石材が積まれた外壁に前もって取り付けておいた拳大の種が炸裂する。わかばによって生成された爆弾が、硬い石材を破壊。その瓦礫が狭い通路を閉ざし、ユウキと追っ手を分断する。

 

 

 

(ここにくる前にできるだけこの里には罠を仕掛けた。道中通るついでに仕掛けたからそんなに多くはないが……これで逃げる余力を確保する!)

 

 

 

 今回の作戦における懸念のひとつ。それはユウキにはこの里の土地勘が薄いこと。

 

 敵がアリスの操り人形ではないということは、細かい指示による巧みな陣形を形成して多人数の有利を最大限活かしてくる可能性が低いことを示す。だが個性が残っているということは、この里に詳しい彼ら相手に人数不利の鬼ごっこを強いられるという側面があった。

 

 ユウキがアリスに勝つためには、そんな里の中で戦うわけにはいかない。少なくとも戦いの場を変えなければならなかった。

 

 しかしそれでも里の外に誘き出すためには自分という『エサ』が必要。第一段階にして最初の関門は、一度姿を現した自分を使って、なんとか惹きつけつつ里の外へ再離脱を図るというものだった。

 

 

 

「あっちに逃げたぞ!追えッ‼︎」「この里で余所者が逃げ切れると思うなよ‼︎」「回り込め!奴の退路を塞ぐんだ‼︎」

 

 

 

 そんな声が瓦礫の向こうでしているのを背中越しに聞きつつ、ユウキは足を止めない。ちなみにここでアカカブによる“浮遊板竜(コンバットサーファス)”を使用しての移動に入らないのは、必要以上に逃げる距離を稼がないためだった。

 

 

 

(見失われると辺りを片っ端から調べられる。そうなったらまだ所在がわかっていない診療所にいるツシマさん達に危険が及ぶ。付かず離れずをキープして、ヘイトを俺に向けさせなきゃいけない)

 

 

 

 そのための姿晒しでもある。初撃を威嚇射撃程度に留めたのは不利な状況で起こりうる予想外の事態の誘発をケアするため。とにかく今はアリスと兵隊たちを惹きつけることに執心するしかない。

 

 

 

(当然これにはアリスが『食いつく』ことが前提……あいつが興味を示さない——ってことはなさそうだけど……)

 

 

 

 それでもアリスがこちらの作意に気付く可能性はある。というより、気付いて然るべきだとユウキは感じていた。

 

 ゲンジ相手にあそこまで準備をしていたアリスのこと。自分がこうして姿を晒したのは何か勝算を見出したと勘付くことも不思議ではなかった。

 

 

 

「お兄ちゃん……何考えてるのかなぁ〜?」

 

 

 

 アリスはニタニタと笑いながら思案する。店先のショーウィンドウで品定めをするように、恍惚な笑みを浮かべながら、少年の稚拙な作戦の内容について思い巡らせる。

 

 大見栄きった割に逃げ一辺倒のユウキ。明らかに里の外へと誘うような動きに彼女はすぐに気付いた。おそらくその先に何か仕掛けがあると予想もつく。そこまでわかっていてホイホイついていくのは、賢い選択ではない。

 

 

 

(それでも——暇してるならついて来るだろ!)

 

「お兄ちゃんが何するのか……楽しみね‼︎」

 

 

 

 ユウキの読みは当たっていた。アリスには圧倒的なアドバンテージがある。野戦での経験値、自分の能力による数の有利、精神的な強さなど、彼に勝る点を数えればキリがない。

 

 そして、アリスは時間を持て余していた。里の真ん中でひたすら“人形遊び”に興じるほどに。それは引いて観察していたユウキにも伝わってきた。彼女にとって、この洗脳はあくまで戦う手段でしかない。洗脳した人間にさして思い入れはなかった。

 

 そこから導き出されるアリスの動機——つまり、彼女は『待っている』。おそらくは何かから意識を自分に向けさせるために。

 

 

 

(多分アリスには仲間がいる。この里は龍神様を信仰する場所……“デイズ”の目的はわからないけど、利用価値のある宝のひとつやふたつあっても不思議じゃない。それを探すかなんかするのは邪魔されたくないはずだ)

 

 

 

 組織として彼女が派遣されているなら、単独でいるという方が考えづらい。もちろんこれも証拠はなく、推論に基づく考察だが、アリスからはわかりやすく待つことに不満を感じている様子が見られた。それだけでもユウキにとっては裏付けとして充分である。

 

 つまりここでユウキを逃すことはそれを邪魔される可能性が出てくるということ。里から逃さずに捕まえられるのがアリスにとってもベストではあるが、例えその場所まで逃げるとしても自分の役割を果たすためには進軍してくる可能性は高かった。

 

 ユウキは現在ひとり。自衛のためのポケモンも連れているとなると、彼を目視していればその役割は果たせると考えるのは自然なこと。飽きがきて変化を求める見た目相応の我慢の短さ。罠だろうがこの短期間で仕掛けてきたものに負けるはずがないという自信。ユウキという面白いおもちゃを相手に遊べるという高揚感——その全てが、ユウキの利害と一致する。

 

 

 

(舐めてくれるなら付け入る隙はある。向こうの本懐はこの際無視するしかないけど、それだけこちらもそいつに邪魔される可能性は低い。里から出る最もらしい理由も与えたんだ……ついて来るって信じてたぞ!)

 

 

 

 これによりユウキとアリスの鬼ごっこは成立。あとは事前に仕掛けた罠で足止めを計りつつ、彼らを指定のポイントまで誘導する。残る問題はそれまで捕まらずにいけるかどうか——

 

 

 

「素敵な場所にエスコートしてくれるのかしら?でも……レディのエスコートは大変なのよ‼︎」

 

「逃げ切る——必ずみんなは取り戻す‼︎」

 

 

 

 ユウキは裏路地を使用することで時折射線を切るよう立ち回り、建物の中を突っ切ることで逃走経路を撹乱する。里の人間相手にどこまで通用するかはわからないが、ここで最初にポケモン持ちのトレーナー勢を先に叩けたのが活きた。

 

 

 

「そっか……ポケモン持ちだと追いつかれて応戦するために足を止めざるを得なくなる。だからあんな大声でわざわざ挑発してきたのね……!」

 

 

 

 アリスはそのことに気付く。彼の作戦は急拵えのはず。その割には要所要所で気が回る冴えた計画を立てているかもしれないと思うには充分な情報だった。

 

 ユウキが事前に想定していた状況はかなり解像度が高く、あり得る不利をできるだけケアした一連の動きを可能にしている。それゆえにアリスも期待通りだと舌なめずりをする。

 

 

 

「ダチラくん倒したんだもんね……そんくらいはしてもらわないと——でも全部が上手くいくのかな?」

 

 

 

 アリスは笑う。そしてユウキは驚いた——予想外の伏兵がいたことに。

 

 

 

「——“パワージェム”!!!」

 

 

 

 街角を飛び出した先にいたポケモンからの攻撃。特殊なエネルギーで練り上げられた鉱物状の塊が数発、ユウキたち目掛けて飛来する。それをわかばが“リーフブレード”で全て弾き落とした。

 

 

 

「……ソライシ……博士……!」

 

 

 

 それは白衣を着たヒョロ長い中年。学者然とした彼とその相棒であるバネブーの“トンキー”が立ちはだかっていた。

 

 

 

「ユウキくん。彼女を傷つけた罪……ここで償ってもらうよ……!」

 

 

 

 少年は歯噛みする。

 

 少年はまだ、里から出られそうにない。

 

 

 

 

 

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開戦——‼︎

〜翡翠メモ 51〜

『捨て身タックル【愚經炎葬(グギョウエンソウ)】』

ゲンジのボーマンダ、オウガが使用する“捨て身タックル”の“派生技”。標的と定めた相手とオウガ本体とを直線で結び、その動線に炎で装飾された結界を張る。その結界は強固で出入りは基本不可能。さらに内部にいる生命体は『回避する本能』を阻害され、事実上の必中状態になる。

技の威力強化ではなくこの結界が本質であり、莫大な威力を誇るオウガによる突進攻撃をより確実に当てるためにこのような仕様にゲンジは鍛え上げた。敵にも必中状態が付与される点は副産物として生じたが、そうした条件が知らずに結界を強固にし、密閉性を強めたと、技の習得後に発覚したそうだ。

このように、技や特性にある程度の条件を設けることで実際の効力を底上げする技術も存在するが、何がどのように効力を強めるのかはやってみないとわからない場合が多い。



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第160話 その瞳に映るもの


X(旧Twitter)の公式アカウントでSVのレポート提出してきました。あのPVめっちゃ泣いた……あの冒険から1年くらい経つのか。




 

 

 

 こんな話を聞かされたことがある。

 

 ある日、5歳前後の俺がテレビを見ていたらしい。そこには重苦しい雰囲気を纏ったキャスターが映し出されており、複数のテロップと、その詳細が語られたVTRが流されていた。

 

 彼女が扱っていたのは、ある家族の凄惨なる最期。理由はわからないが、その家の母親が自ら命を絶ったという。愛していたはずの我が子と共に……。

 

 それを見ていた母が言うには……俺は泣いていたらしい。

 

 赤ん坊のように泣き喚いていたわけではなく、しくしくと慎ましい嗚咽を発しながら……それでも映像を見続けていたそうだ。

 

 俺にはそんな記憶はなく、当然そんな事件の内容について理解していたとは思えない。泣いていたのはただその重苦しい雰囲気を怖いと感じたからだと思う。

 

 でも母の目にはそうは映らなかったと言う。まるで悲惨な事件に胸を打たれ、変わり果てた家族の姿を想像さえしているような……そんな風に見えたらしい。

 

 未だにそれは信じられなかったけど……今なら少しだけ想像できる。

 

 柄じゃないけど、感受性が強さが自分の本質なんだと……最近を振り返るとそう思うことも増えた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ユウキくん……君だけは‼︎」

 

「アカカブ!——“砂地獄”‼︎」

 

 

 

 ソライシ博士が使役しているバネブー(トンキー)が襲い掛かろうとした矢先、ユウキはアカカブが吐き出す砂塵で行手を塞いだ。

 

 それによって視界を切り、すかさずそばの建物に駆け込む。今は足止めされるわけにはいかない。だが——

 

 

 

——バキン!——バキバキバキン!!!

 

 

 

 ユウキが抜けようとした建物——その壁面を何かが勢いよく突き抜ける。それは宝石の形をした弾丸だった。ユウキらは一瞬驚きつつも咄嗟に伏せて回避。数発の弾丸が頭上を掠め、室内の家具を破壊する。今のは……ソライシ博士による攻撃だった。

 

 

 

「視界は切ったのに……なんで⁉︎」

 

 

 

 さっきの攻撃は明らかにこちらの居場所を特定してのものだった。だが“砂地獄”という遮蔽物を展開した直後、ユウキが建物の中に逃げ込んだことを彼が知り得るのは難しいはず。それでも当てに来たということは、勘が非常に鋭いのか……それとも——

 

 

 

「逃げても無駄だ……()()()()()‼︎」

 

——“パワージェム”!!!

 

 

 

 壁越しに博士が声を荒げているのが聞こえ、それと同時に室内に弾丸の群れが撃ち込まれる。攻撃を避けるために入った屋内だったが、これでは逆に袋のねずみだ。

 

 

 

「そうか——俺の持ってる石の気配!」

 

 

 

 こちらの居場所を明確に知る術——それは『隕石の気配を辿れる』という彼だけの能力に起因していた。学者として、探索機代わりに使用してきた彼には、隕石を持ってるユウキの位置はおおよそ掴めるのだ。

 

 

 

「関心してる場合じゃないな……チャマメ‼︎」

 

 

 

 ユウキは意識をアリス攻略に戻し、マッスグマ(チャマメ)を呼ぶ。チャマメは意図を汲んで、大きく吸って肺に空気を送り込んだ。

 

 

 

——マァ〜〜〜!!!

 

——“輪唱【飴坊(あめんぼ)】”‼︎

 

 

 

 チャマメの発した声が形となって、発声方向に薄い音の壁を作り出す。独特なビブラートのかかった“輪唱”は本来の音波攻撃ではなく、柔らかい空気の層を作り出した。

 

 トンキーの放った“パワージェム”はそれに受け止められ、層の中で失速して床に落ちる。

 

 

 

「いいぞチャマメ!練習通りだ!」

 

——ママッ!

 

 

 

 彼らが以前から習得を狙って訓練していた“輪唱”の派生技に成功を喜びつつ、ユウキたちは再び走り抜ける。だがソライシ博士も、弾丸の手応えの無さに勘付いたようだった。

 

 

 

(何かしらの防御策を講じてきたか……流石はプロトレーナー。対応の速さは素晴らしい——それでも!)

 

——“パワージェム”!!!

 

 

 

 博士は彼らの行方を遮るような射撃でこちらの足を鈍らせる。直撃はしなくても、少年たちをここに釘付けにできれば、他の仲間で包囲することが可能。ソライシの目的もそこにあった。

 

 

 

(このまま建物の中にいるのは危険か——でも今出ていけば、その出足を潰される。かといって——)

 

 

 

 そんなユウキの逡巡がわずかに動きを鈍らせる。そのタイミングでさらに事態は急変した。

 

 

 

——ドオオオォォォン!!!

 

 

 

 爆音が鳴り響き、さっきの“パワージェム”とは比べものにならない破壊がユウキたちのいる室内を襲った。かろうじてそれに当たることはなかったが、飛び散った石材の破片がユウキの体にかすり傷を負わせる。

 

 壁に風穴が開くほどの威力——しかしそれを放ったのはソライシたちではなかった。

 

 

 

「ガハハハハ!悪党成敗ッ‼︎——カラクリ大王の名において、お縄につけぃユウキッ!!!」

 

 

 

 高らかに名乗り出るカラクリ大王の前には車輪の付いた重厚な見た目の——とある水棲ポケモンに似た、丸っこいフォルムの大砲が置かれていた。砲身から煙を上げるそれを見て、ユウキは顔を引き攣らせる。

 

 

 

「は、反則だろそれはぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ユウキたちは血相変えてその場を離脱しようとする。建物に開いた穴から身を隠すようにしてさらにその中を進んでいった。当然それを追うようにソライシたちも狙いをつける。

 

 

 

「逃がさない——」

 

——“パワージェム”!!!

 

 

 

 付け狙うようにして動きを阻害する射撃にユウキは顔を顰める。単純ながら“パワージェム”による足止めが少年の行動と思考を遮り、その隙にカラクリ大王による——

 

 

 

「ファイアッ!!!」

 

 

 

 大砲による一撃が、壁など無視してユウキたちを襲った。当たればタダでは済まない……そう確信させる破壊力だった。

 

 

 

「そんなもんどっからとってきたんですか⁉︎」

 

「バカを言っちゃいかん!私はカラクリ大王‼︎ 森羅万象あらゆるものを組み上げし天才ぞ⁉︎——作ったに決まっておるだろう‼︎」

 

「デタラメすぎるだろッ!!!」

 

 

 

 大王の説明になっていない説明にユウキは思わずツッコミを入れる。しかし絶えず“パワージェム”による牽制があり、他ごとに注意を割いている暇などなかった。

 

 

 

「打ち込んでいるのは“空気”だ!特殊な空気装填室を使い、地下で採れた“炎の石”の熱量で空気圧を調整‼︎ あとは引き金を引くだけであら不思議!——民家の一軒ニ軒が更地になるのじゃあ!!!」

 

「そんな通販通販感覚で人ん()吹っ飛ばすな!——ぐっ!」

 

 

 

 聞いてもいない兵器の説明に物申すが、直後“パワージェム”による牽制がユウキを黙らせる。応答している場合じゃない——そう切り替えて建物内部の突き当たりまで走り込む。

 

 

 

「行き止まりだ!逃げ場はもう——」

 

「わかばッ!!!」

 

 

 

 追い詰めたと思ったソライシ。しかしユウキはわかばを呼びつけ、その腕の葉を刀身へと変貌させる。

 

 

 

——“リーフブレード”!!!

 

 

 

 高速の三連閃が行き止まりだったはずの壁を容易く切り裂く。これにより道が開け、ユウキたちはさらに先に進んだ。突き破った壁の向こうは——もうひとつの民家。

 

 

 

「だが——状況は変わっていない‼︎」

 

 

 

 すかさずユウキたちの入った民家目掛けて大王は自作の大砲を向ける。いくら視界を切ろうが、居場所が割れているこの状況で、壁など関係なく攻撃を仕掛けてくる2人の追跡は振り切れない。

 

 次の空気装填が終わり、内部圧力が臨界まで達すれば、いつでもあの砲撃が飛んでくる——ユウキの勝利条件に、あの大砲の無力化が加わった。

 

 

 

「吹き飛べ——!!!」

 

——ドゥゥゥッ!!!

 

 

 

 空気の塊を勢いよく発射する大王の大砲。壁を破壊し、屋内にいるユウキたち目掛け、暴風が吹きつけた。

 

 だが——そこにユウキはいなかった。

 

 

 

「マッスグマだけ……⁉︎」

 

 

 

 壁の向こうにいたのは、砲撃から難を逃れたチャマメだった。その背には大雑把にくくりつけられたユウキのポーチ。ソライシは一瞬遅れてユウキの狙いに気付いた。

 

 

 

「しまった——大王さん‼︎」

 

 

 

 壁越しにこちらの居場所がわかるソライシ。そのレーダーは正確無比であり、下手な機械に頼るよりずっと信頼性のある代物だった。でもだからこそ、それは時として大きな落とし穴となる。

 

 ユウキはチャマメにお守り入りのポーチを持たせ、そのレーダーに映る自分の位置を誤認させた。常に自分たちから逃げるように建物の中を突き進んでいたのも合間って、この発想の切り替えについてこれなかったソライシは大王を呼ぶ。

 

 ここまでして撹乱したのは……間違いなくあの大砲の無力化が狙いだと気付いて——

 

 

 

「——“地震”ッ‼︎」

 

 

 

 建物の2階から飛び出したのは、アカカブの背に乗ったユウキだった。その直後、ユウキと共に勢いよく落下し、大王の隣にある大砲を踏みつける。その震脚が、自慢の砲台を真ん中からひしゃげさせた。

 

 

 

「ノォォォオオオ!!!」

 

 

 

 技の余波で吹き飛びながら泣き叫ぶ大王。だがまだソライシとトンキーによる攻撃の手が緩まることはなかった。“パワージェム”を彼らに向かって掃射する構えを取る——

 

 

 

——“宿り木の種”‼︎

 

 

 

 直後、トンキーの体からは無数の植物の根が絡みつき、その動きを止めた。これに驚いたトンキーは技をキャンセルしてしまい、その場でジタバタともがくしかなかった。

 

 それを仕掛けたのは言わずもがな、わかばである。

 

 

 

——ロァッ!

 

「みんなよくやった!早く里を出るぞ‼︎」

 

 

 

 ユウキは仲間を労い、無力化した2人を残して踵を返す。これでかなり時間が稼げる——と思ったのだが。

 

 

 

「何すんじゃこのクソガキがぁ!!!」

 

「いっ——⁉︎」

 

 

 

 泣いていたはずのカラクリ大王が突如豹変。オニゴーリもびっくりの“こわいかお”をするその姿は、本当の鬼そのものだった。

 

 

 

「よくも……私の愛すべき“オクタンク8世”をよくもぉぉぉ!!!」

 

「は?え、オクタ……?——ってあんた、アリス関係なくキレてるだろ⁉︎」

 

「問答無用!——貴様の尻の穴にドリル突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやるぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 完全に我を失ったカラクリ大王にら追われる羽目になったユウキはやってられんとばかりに逃走を決め込む。それを怨念を全身で体現するような身のこなしで追跡する大王だったが……流石に追いつかれるようなことはなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「フフ……必死だねぇお兄ちゃん♪」

 

 

 

 建物のひとつ挟んで反対側から戦闘音が聞こえるのを聞いて、アリスは微笑む。彼女も操っている兵隊たちを追うように走っていた。

 

 それを見て、そばに置かれていたカゲツが問いかける。

 

 

 

「おい大丈夫かアリスちゃん?なんならおぶってやろうか?」

 

「アハ、ありがとうおじちゃん。でも大丈夫、かけっこ楽しいもん♪」

 

 

 

 カゲツの心配に気にするなという感じで元気に答えるアリス。そんな彼女の胸の内で、ユウキへの興味が募っていた。

 

 

 

(事前にわたしの能力を知っておいて『誘い出し』という選択を取った……こっちがお人形さんだけで追って、ただの消耗戦になることを全く気にしてない辺り——勘づいてるんだ。わたしの能力の()()()()を)

 

 

 

 アリスがユウキの動向から察したのは、自分の弱点に彼が気付いているだろうということ。

 

 アリスの能力には、術者本人から一定以上離れるとその効果を失うという制約があった。それによる突発的な能力解除を避けるため、普段は技にハメた相手に『アリスから半径100m以上の範囲から出る挙動を制限する』という暗示があらかじめ掛けられている。

 

 

 

(多分不自然に引き返したお人形さんを見たか、里の外側まで一旦離れて里全体を見渡したかしたんでしょ?——それならこの作戦にも説明がつく)

 

 

 

 アリスと里の中で戦わない——そのためにはアリス本人が釣れなければ意味がない。そうした制約があることを事前に知らなければ、こんな作戦を立てるはずはないという彼女の予測は……概ね当たっていた。

 

 それでも笑う。アリスの築いた盤石の布陣は、そんな事で揺らぐようなものではない。

 

 

 

「アハ……でもわかってるお兄ちゃん?わたしのこの能力……単にお友達を増やすだけのものじゃないんだよ?」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……‼︎」

 

——ルォ……ゼェ……。

 

——グ……マァ……。

 

——ビィ……バァ……。

 

 

 

 岩で形成された自然の高台。里の外輪に存在し、湖に落ちる滝の真横にある出っ張りにて、ユウキとそのポケモンたちは息を荒げていた。それを追ってきたアリスたちは、完全に退路を塞ぐ形で陣取っている。

 

 里の中での戦闘に次ぐ戦闘。逃走のために走りっぱなしだった影響で、鍛えてきた肉体が悲鳴を上げ、使いに使った脳みその回転が鈍ってきていた。

 

 里の外まで彼らを誘き出す事には成功した……しかし、その代償も高くつく。

 

 

 

「アハ、どんなとこに逃げ込むかと思ったら、綺麗な景色〜……もしかして、この絶景スポットに案内したくてエスコートしてくれた?」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 

 アリスの軽口にユウキは答えない……いや、答えられなかった。

 

 既にアリスと会敵してから数時間……一度完全に敗走し一息ついたとはいえ、こんなにも長く緊張状態が続くことがなかったユウキは、精神的にかかるストレスで思考が鈍っていた。

 

 誘き出す工程で、常に固有独導能力(パーソナルスキル)を回してしたのは言わずもがな。回避予測に補正を入れるために時論の標準器(クロックオン)まで稼働していたユウキの波導にも限界が来ている。

 

 それは、共に行動をしているポケモンたちも同じだった。

 

 それを見抜いているアリスは、侍らせている人間たちの輪の中心で笑う。

 

 

「アハハハハハ!ロマンチックな場所に連れてきてくれるなんて……でもここなら、たくさん仲間のいる私たちからの攻撃の方向を、ある程度限定できるものね」

 

 

 

 数で勝る彼女側のアドバンテージは、その物量で標的を囲ってしまえることに本領がある。いくらユウキが高い感知能力を持つ固有独導能力(パーソナルスキル)を有しているとしても、四方八方からの攻撃に対応するのには限界があるからだ。

 

 それを背面に敢えて崖を背負うことで死角に回り込まれるのをケア。正面からの攻撃なら、対応しきってみせるという——ユウキなりの覚悟が現れた地形選びだった。

 

 

 

「じゃあちょっとテストね——みんな!お兄ちゃんに向かって石投げちゃえッ‼︎」

 

 

 

 そんなユウキの作戦を嘲笑うように、アリスは兵隊に投石を指示。言われるままにそれぞれが拾った石を彼に向かって投げつける。

 

 集まった百人に達しようという民たちからの一斉投石は、躱すのが絶望的なほどの面攻撃となった。それをユウキは——

 

 

 

「——飴坊(あめんぼ)‼︎」

 

 

 

 そう発声するのと同時に、チャマメがユウキたちの前に一歩出て声帯を震わせる。その前方に独特な音波で形成された粘性のある空気の層が、迫り来る投石をしっかり受け止め切った。

 

 

 

「そんくらいは……対策済みだ……!」

 

「へぇ〜……かっこいい〜♪」

 

 

 

 正面からの攻撃なら、たとえ飛び道具だろうと迎撃できる姿勢を見せてユウキは凄む。アリスはそれを揶揄うように笑っていた。

 

 

 

「でも……なんか元気ないね〜?」

 

「——!」

 

 

 

 その一言でユウキは顔を顰める。見抜かれている……こちらの体力の限界を——。

 

 

 

「お兄ちゃんの固有独導能力(パーソナルスキル)……とっても集中しないと使えないもんね。あと単純にずっと走りっぱなしだし?こんなに長いこと戦ったこともあんまりないんじゃないかな?」

 

 

 

 全て図星だった。ユウキにはまだ経験値が足りない。様々な可能性を思考することはできても、そのどれが考えるべきことで、どれが重要ではないことかの判別をするために時間がかかる。故にこうした継続戦闘で彼はその判別を敢えてせず、思いつく限りの考慮をして走り回ることを選択していた。足りない部分を固有独導能力(パーソナルスキル)による体感時間延長と時論の標準器(クロックオン)による未来予測でカバーすることで、実際回避性能は飛躍的に上昇した。

 

 だがその代償は重く……既に心身共に疲弊しきっている彼は、意識を保つので精一杯だった。いや、ユウキだけではない。その高度な戦闘に振り回され続けたポケモンたちもまた、同じく疲れを隠せていなかった。

 

 

 

「アハ!それでも必死で睨みつけてくるなんて……可愛いなぁお兄ちゃん。もうできることは、そうして凄んで、虚勢を張るくらいなの?」

 

 

 

 アリスは輪の中から一歩踏み出してユウキに問う。

 

 

 

「——そうやって痛いのも辛いのも我慢して……大好きなポケモンと一緒に傷ついて……友達もいなくなったのに、なんでそんな頑張るの?」

 

 

 

 アリスはユウキに近づきながら質問する。一度逃げ出したはずの少年が、それを覚悟で再び飛び込む動機を問う。

 

 ユウキはそれに答えない。ただアリスを疲弊して半開きの目で睨みつけることしかできない。そして——

 

 

 

「なんで……なんで?……なんでまだそんな眼をしてるの?」

 

 

 

 そこでアリスは歩みを止めた。

 

 ユウキはそこでハッとする。死に体の自分に油断していると思ったが、アリスはユウキの瞳に宿った闘志を見逃さなかった。

 

 

 

——ドドドッ!!!

 

 

 

 突如そばの滝が爆ぜた。それに振り返る間もなく、ポケモンたちが背後からの攻撃により吹き飛ばされた。さらにユウキも何者かによって首を絞められる。

 

 

 

「か……カゲツ……ざん……‼︎」

 

「よぉクソガキ……しばらくだな」

 

 

 

 ユウキは自分の師匠の名を苦々しく口にする。自分の首を絞めていたのは元四天王のカゲツ。腕をしっかり少年の喉元に当てがって裸締めを決める彼の拘束が決まっていた。

 

 そしてその状態で見えたのは、吹き飛ばされたポケモンたちを押さえつけている別のポケモンたち。

 

 コモルー2匹にゴーリキーが1匹——タイキとジンガ、トマトマの3人による奇襲が確認できた。

 

 

 

「アハハハハハ‼︎ 無警戒でわたしが近づくと思った⁉︎ 念の為、お兄ちゃんがここに来ることを予測して別ルートでこの滝の裏に潜ませてたのよ。流石に驚いてくれたかしら?」

 

「ぐ……どこまでも……用心深いな……ッ!」

 

 

 

 アリスは罠を仕掛けていた。ユウキの行動過程から高所で大人数での攻撃を制限する場所まで連れ出そうとしていることを察していたことで、警戒の薄い滝や背後からの奇襲を計画していたのだ。

 

 ユウキとしては得意な場所まで連れてくるところが最も難関であり、それを達成すれば意識にも多少緩みが出ることも織り込み済み。

 

 ただの奇襲というより、悪魔のような洞察力でユウキの意識の外から攻撃したと言える。そしてそれは完全に決まる形となってしまった。

 

 

 

「大人しくしな……じゃねぇと首の骨折るぜ?」

 

「………ッ‼︎」

 

 

 

 本物の殺意に当てられたユウキは身動きを封じられた。わかばたちも背後からの攻撃と睨みを効かせているポケモンたちの取り押さえによって動けないでいる。まさに万事休すといった具合だった。

 

 そこへ……改めてアリスが歩を進める。

 

 

 

「フフ……正直何を狙ってたのかまではわからなかった。お兄ちゃん頭いいし、変に勘繰って誘導されるのも危ないしね。だから誘いに乗るフリして……仕掛けるならここだと思ったの♪」

 

 

 

 アリス側で警戒していたのは作戦の内容よりも、その過程で意識を誘導されてしまうこと。ユウキの仕掛けの中にブラフとして紛れ込ませていたものを掴まされ、自滅してしまうことだった。

 

 目の前の少年がただの子供ではなく、同僚ダチラを倒すほどのトレーナーだと認識した上で、アリスは警戒を怠らなかったのだ。

 

 

 

「少しでも油断してくれるって思った?だから言ったでしょ……『遊び』だって本気でやってるんだって。だってそうでしょ?どんなに楽しくても、負けちゃったら意味ないんだから……」

 

 

 

 アリスは……気付けばユウキのそばまで歩み寄っていた。そして、そっと右手を——ユウキの左胸に添える。

 

 

 

——ドクンッ‼︎

 

 

 

 その時、不快な何かがユウキの魂を撫でた。その不気味な感触に総毛立ち、強い吐き気と痺れるような感覚に身を震わせるユウキ。

 

 

 

「アハ……最後にひとつだけいいこと教えてあげる。わたしの能力は対象者の『心の優先順位』を入れ替えるの」

 

 

 

 痙攣を起こすユウキは、ただ苦痛の中でそれに聞き耳を立てることしかできなかった。そこで語られたのは——アリスの能力の本質。

 

 

 

「人が大事にしてるものの価値を変動させる。すると会ったばかりのわたしでも大切な女の子になるし、長年連れ添った奥さんもあっという間に倦怠期に……記憶を弄れるわけじゃないから忘れさせたりは無理だけど。それでもわたしに関わったその時から関係は生まれる。あとはお兄ちゃんが考えてる通り、直接触れた相手と能力で波導を繋ぐ——」

 

 

 

 今、こうして被害に遭ってみるとわかる。ユウキにも、この力に抗う手段は——なかった。

 

 

 

「でもその時に副産物として……相手の記憶を覗けるの。心が繋がるからかな?おかげで術をかけた人のことを知れて違和感なく会話もできるし……あの時のおじいちゃんの攻撃も事前に知れたの」

 

 

 

 アリスは説明の中でトマトマとジンガに接触したことを思い出す。彼らはゲンジを師事し、彼の技についても知っているものがあった。

 

 その中に、あの“捨て身タックル【愚經炎葬(グギョウエンソウ)】”の記憶があったのだ。

 

 

 

「もうわかるでしょ……?今からお兄ちゃんの記憶を覗く。そして何をしようとしてたのかを知るの。わたしを倒すためにめいっぱい考えた素敵な作戦……やーんわたしったらはしたない♡」

 

 

 

 そうしてユウキの心の領域を次々に踏み荒らしていく。その中でユウキの意識もまた何かに引っ張られる。

 

 明滅する視界の中で見たのは、誰かの断片的な記憶だった。

 

 

 

——なんで?なんで空は青いの?

 

——いい加減にしないかッ!どうしてお前はいつも……

 

——残念ですが……これ以上は手の施しようが……

 

——なんで?……やだ……やめて……ひとりにしないで‼︎

 

——ひとりぼっちじゃないさ。ほら。これがら今日から君の……トモダチだよ。

 

 

 

 嵐のような記憶の断片の途中で、アリスが高笑いしているような声が聞こえた。

 

 

 

アハハハハハ‼︎ほら!見せてよお兄ちゃん‼︎ 急に元気になった理由は何⁉︎ 誰かに励まされた⁉︎ わたしに勝てるなんて思ったのは——」

 

 

 

 他人の記憶を弄り、その苦痛がユウキをさらに苦しめる。その力に同じ生命エネルギー——波導で抗おうとするも効果は薄かった。

 

 そうして徐々に体から力が抜けていき……ユウキの四肢は完全にカゲツとアリスに支えられて立っているだけになる。

 

 

 

「心配しないでお兄ちゃん‼︎ 仲間はずれになんかしないわ!価値観をチグハグに繋ぎ直して、おかしなお人形にしてあげる‼︎ きっと面白いダンスを踊ってくれるわよね⁉︎」

 

「……っ……り……か……」

 

 

 

 狂気に満ちた笑顔でユウキを壊そうと能力の出力を上げる。ユウキは言葉にならない声をあげている。

 

 

 

「なに⁉︎ 何か言いたいことでもあるの⁉︎ 聞いてあげるわ‼︎ 仲間への恨み言かしら?それともわたしのお兄ちゃんにでもなってくれるの⁉︎」

 

 

 

 顔をグッと近づけるアリス。今際の際にユウキが何を遺すのかを問いただそうとして。

 

 そして……ユウキはこう答えた。

 

 

 

「——やっぱりかっつったんだよ。この外道ッ!!!」

 

 

 

 その瞬間、ユウキは僅かに残しておいた力で地面を思い切り踏みつける。すると、アリスは突然の浮遊感に襲われた。

 

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

 

 ユウキとアリス、カゲツの3人がいた崖際——湖の上まで出張った岩の高台の先端が音もなく折れたのか、とにかくその足場が消失。当然上に立っていた3人は重力の影響で湖に自由落下する。

 

 

 

(嘘……まさか仕掛けていたのは……この足場そのもの⁉︎ でもどうして——だってそんな時間は‼︎)

 

 

 

 アリスはユウキが仕掛けたであろうこの罠に疑問を感じた。ユウキたちが最初のエンカウントから一度逃亡し、再び再戦するまでにかかった時間はものの30分前後。

 

 当然アリスも地形に罠が仕掛けられていることは警戒した。だがそんな痕跡ひとつ残さずに、しかもこの短期間にこんな罠を仕掛けるなど——考えられなかった。

 

 

 

「これでよかったんだね……ユウキくん」

 

 

 

 落下する時、そんな声が聞こえた気がした。アリスはふと崖の裏側を見て驚愕。そして唐突に理解した。

 

 これを仕掛けたのは——ユウキじゃない。

 

 

 

(そうか……この足場は折れたわけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 アリスが見たのは崖の裏側に潜む人影。ツシマがユウキのカゲボウズ(テルクロウ)と共にいる姿だった。

 

 その間に、アリスは掘り起こしていたユウキの記憶を覗き見ることになる。

 

 

 

——テル。今すぐこのメモをツシマさんに。俺たちが里でアリスの気を引きつけるから、その間にここに書いてあるものを用意して湖の崖上まで行ってくれ。

 

 

 

 ユウキはアリスたちを引きつけるためだけにあの大立ち回りを演じたわけではなかった。ポイントの場所まで誘き寄せる一方で、アリスたちの意識をツシマというまだ存在を認知されていない者から遠ざけたかったのだ。

 

 その結果、アリスの目には考慮不能のジョーカーとしてツシマは映る。

 

 

 

——ダグドリオンに搭載されてる仮想ストレージから採掘で出た土砂を足場に組み替えて崖の上に生やして欲しい。そして、俺が合図を出したらストレージを再起動して、足場を消してくれ。

 

 

 

 採掘で出た鉱石を含む砂利などの主成分はこの滝の内部で採れたもの。それをデータから呼び起こす際、実際の岩と結合させて出現させることなど、ツシマにはわけがなかった。

 

 結果、天然の落とし穴をこの短時間で生成。アリスはまんまと術中にハマった。

 

 

 

(いくつも他の罠を仕掛けて撹乱しようとしたのも、不利な状況をわかって見え見えの誘いをしたのも——本命である『わたしが近づく』というシチュエーションで仕掛けた罠に気付かせないため⁉︎ 散々固有独導能力(パーソナルスキル)だのポケモンの派生技だのを連発していたのも——この伏線のため‼︎)

 

 

 

 自由落下の中でユウキの意図に気付き、舌を巻くアリス。何かの仕掛けがあると勘付きつつも、そこから微妙にずらされた意識が、彼女になんとも言えない高揚感を与えた。

 

 背後からの奇襲については予想外ではあっただろうが、それが成功して逆にアリスは引き締めていた気を緩まされたのだ。

 

 自分の方が格上——気をつけていれば負けはしないと。

 

 

 

「そして……このまま落ちれば——‼︎」

 

 

 

 崖は100mを優に超える高さだった。水面に叩きつけられる危険性よりも、アリスにとって致命的な距離——能力の有効範囲外まで、一気に到達してしまうという事実が彼女を焦らせた。

 

 ここまで作ってきた布陣が——一瞬で無に帰す。

 

 

 

「——惜しかったね!お兄ちゃんッ‼︎」

 

 

 

 しかしアリスはこの事態に対応する術を持っていた。彼女は叫ぶと、逸らした胸から得体の知れないポケモンを出現させる。

 

 瑞々しく小柄な青い体躯——大きな瞳とぬいぐるみのような愛らしい姿は、とあるお伽話に出てくるポケモンと一致していた。

 

 幻の海域に住むと言われる海の王族。その城の王子様は……こう呼ばれている。

 

 

 

——海の皇子、マナフィと。

 

 

 

——マナァァァァァァ!!!

 

 

 

 マナフィはアリスの命を受けてその体を発光。それに共鳴するように、崖の上にいた兵隊たちも光り始める。

 

 そこから互いに青い光を伸ばし合い、ついにはそれが結合された。これは——

 

 

 

“ハートスワップ”——接続回路最大ッ!!!」

 

 

 

 アリスが次に叫ぶと、その光の筋がピンと張って実体を持つ。それによって崖の上の彼らと繋がったマナフィ、それに付随してアリスやユウキたちも絡めとられて、自由落下は停止する。

 

 

 

「アハ……今のは危なかったけど。とってもスリル満点!でもこれで……お兄ちゃんをぶっ壊せるッ‼︎」

 

 

 

 宙吊りになった状態で、完全に密着状態のユウキにアリスは今度こそと再度“ハートスワップ”による侵食を開始する。

 

 既にここまでで限界を超えてしまっているユウキには余力がない。アリスも今度は容赦なく心を壊しに来るだろう。

 

 実際アリスにもう遠慮はなかった。

 

 

 

「これで終わりだよ——お兄ちゃんッ!!!」

 

 

 

 彼女はマナフィの力を行使する。まるでユウキの心を鷲掴みにするように、荒々しく能力を発動——しかし、そこでふと疑問がよぎった。

 

 

 

(なんか変……こんな大仕掛けをしてた割に、最後の詰めが甘すぎる……今だってカゲツおじちゃんも巻き込んじゃってるわけで——)

 

 

 

 それは小さな気付き。普通ならスルーしてもいいことではあった。対極が決する直前に思い至ったところで、アリスには無関係の話である。

 

 そう……アリスには——。

 

 

 

——もしかして……あいつの能力って……

 

 

 

 アリスに流れ込んできたのはユウキの記憶。この戦いに挑む直前に気付いた、彼の憶測がそこで述べられていた。

 

 彼が気付いたのは、有効範囲が存在するアリスの能力——その限界についてだった。

 

 

 

(そういえば……さっき『やっぱり』とか言ってた……ということは、わたしが記憶を覗き見ることができることにも気付いてたってこと——⁉︎)

 

 

 

 アリスはさっきのやりとりの文脈から、ユウキがここまで自分を分析していたことに気付いて驚く。確かにヒントはあった。ゲンジとの戦いを俯瞰して見ていたユウキにはそこに気付くチャンスはあった。

 

 だが、ユウキの気付きはそれにとどまらなかった。

 

 有効範囲があるということは、つまりその間、操作されている人間とアリス本体との間に繋げる役割を持つ何かがあるはず。それが無線にしろ有線にしろ……大元となる能力の源があると考え、ユウキは考察を伸ばしていく。

 

 そもそもの話、この能力にはその性質ゆえの弱点——『敵がいなければ使えない』というものがあった。ユウキが見てきた通り、能力でアリスは自分の好感度を上げることはできても、他人を攻撃させるためには一度、術者であるアリスを傷つけさせる必要があり、兵隊たちに『報復しなければいけない敵』を用意しなければならない。

 

 だから最低1人は、この戦闘を引き起こすための——いわゆる“鬼役”が必要だった。そこで白羽の矢が立ったのが自分だと気付き、それと同時にある疑問が生まれる。

 

 それは……なぜレンザまで“鬼役”をさせられたのかという点。

 

 

 

——能力の効果は固有独導能力(パーソナルスキル)常在(じょうざい)に近い性質……もしこれが精神を結び合わせる能力だとしたら……心が迷っている人間には効果が薄い……?

 

 

 

 アリスはその記憶を読み取ってハッとする。ユウキのその仮説はかなり的を得ていた。対象と心を通わせるためのコンタクトとして使う常在(じょうざい)は、相手の感情の指向性を読む力が必須となる。その方向に自分も寄り添い、合わせることで、その特殊能力は発動する。

 

 アリスはそれをマナフィの“ハートスワップ”を応用して、半強制的に能力を行使できるが、それでも感情が乱れている人間には上手く決まらないことがあった。

 

 アリスも能力をよく知っている分、他人への目利きは鋭い。パッと見でそれを察知したからこそ、レンザは崇拝する側ではなく、敵としてわざと傷つけさせたのだ。

 

 そこから導き出されるのは——先も思い至った能力の本質。常在(じょうざい)と近い能力。だからこそ、ユウキは『もしかして』と思ったのだ。

 

 

 

「洗脳されて女の子にへーこらするなんて——そんなタマじゃないだろ……()()()()

 

 

 

 ユウキがポツリと呟いた時、アリスとマナフィそれぞれの首根っこを掴む者がいた。

 

 それは四天王——襲逆者(レイダー)の手だった。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

「うるせぇ——ったく、こいつが中々能力の“核”を見せねぇからあんなつまんねぇ大根芝居打つ羽目になったんだぞこっちは……」

 

 

 

 それはいつもの不機嫌そうな男の声。何度も理不尽をふっかけてきたその声が、今のユウキには心地よさすら感じた。

 

 

 

「アナタ……“ハートスワップ”は……ッ⁉︎」

 

「あ?初見で精神触って来そうなのはなんとなくわかってたからなぁ……元より俺も同じ穴のなんとやら。術者騙くらかす波導の扱いくらい心得てらぁ」

 

 

 

 カゲツは簡単に言ってのけるが、アリスには信じがたい話だった。カゲツは洗脳にかかったふりをしていたのだが、それをこれだけ長時間の間、少しの違和感も術者に与えずに来ていたことに衝撃を覚えた。

 

 だが真に驚くべきだったのはやはりユウキ。彼はそんなか細い可能性から勝算を見出していた。

 

 アリスから逃げ惑うことを装い、特定のポイントまで誘き寄せ、激闘を演じて疲労したというブラフでアリスの警戒を緩め、ここぞという時でチェックメイト——そんなプラン全てが、この『カゲツがきっとやってくれる』という状況を作り出すための囮だった。

 

 信じていたのだ。

 

 ユウキは自分の師匠を。

 

 

 

「お前……仲間はずれがどーたら言ってたな?仲間に入りたきゃ、同じ釜の飯は食うのが礼儀だ……美味いのも……クソ不味いのもなぁ!!!」

 

 

 

 耐えに耐えたユウキ。そして人知れず機を見張り続けたカゲツ。示し合わすこともなかった2人の作戦が……アリスを打倒する!

 

 

 

 出力最大——。

 

 

 

——“精神簒奪(パルスジャック)”!!!

 

 

 

 

 

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ただこの瞬間(とき)のために——‼︎

〜翡翠メモ 52〜

『海の皇子マナフィ』

誰も知らない海の底に沈む、水ポケモンたちの楽園を納める皇子マナフィのお伽話。

その楽園では誰もが幸せに暮らしており、もし誰かが傷ついても、マナフィが心を通わせてそのポケモンを慰める。

その優しい在り方に、幼い頃に何度も読み返す読者も多く、出版したものが託児所などに寄贈されることも多い。

 ご高覧いただきありがとうございました!お気に入り、高評価、感想などなどお待ちしております!ご質問などもありましたらお気軽にコメントしてってください♪

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第161話 彼の師匠のできること


最近エアコン切って寝ることもできるくらいには涼しくなってまいった。こういう時風邪ひきやすいので気をつけます。




 

 

 

 カゲツの使用する固有独導能力(パーソナルスキル)常在(じょうざい)応用技——精神簒奪(パルスジャック)

 

 常在(じょうざい)で繋がった対象に自身の畏怖を叩き込むことで、その意識を昏倒、あるいは支配下に置くことができる。

 

 通常、常在(じょうざい)という技能は自分の使役するポケモンに限定して使用されるが、天才的な感性を持つカゲツはその限りではなかった。

 

 長年の戦闘経験とも相まって、能力の対象は野生だろうが他人のポケモンだろうがお構いなし。そしてその効力はやろうと思えば人間にも及ぼせる。

 

 アリスとマナフィ——正体を現したこの2つの存在に、容赦なく精神の奔流は流し込まれた。

 

 

 

「ああああぁぁぁ!!!」

 

——マナァァァァァァ!!!

 

 

 

 これまで常に余裕を見せていたアリス、そしてマナフィの絶叫が滝にこだまする。それはそのまま、カゲツの能力が効いていることを裏付けていた。しかしここでカゲツの表情が曇る。

 

 

 

(なんだ、思ったより効きが悪い?——何かに阻害されてんのか……⁉︎)

 

 

 

 相手の精神に干渉している手応えに違和感を感じたカゲツ。袋に息を吹き込んでいるのに、空気が入っていかないような感覚——そこで彼はハッとして上を見上げた。

 

 アリスとマナフィによる“ハートスワップ”。それによって繋がれた回路が、アリスの落下を防ぐために今は実体化しているこの状況。カゲツはひとつの仮説に辿り着く。

 

 崖の上の彼らの様子がおかしいのを視認して、その仮説が確信に変わった。

 

 

 

「テメェ……上の奴らに()()()()させてんのか……‼︎」

 

「アハ——ハハ——アはあハハはあははハハははハハはハハハ!!!

 

 

 

 カゲツの精神簒奪(パルスジャック)は強力な威圧による精神攻撃。アリスはそれを強くしたパイプを通して、自分に向かうはずだったいくらかのダメージを自分の操る兵隊たちに送り込むことで軽減していたのだ。

 

 その証拠に、繋がった彼らの顔が苦痛で歪んでいる。

 

 

 

(こいつ自身を経由してるからダメージがねぇ訳じゃねぇが……こいつらを落とすより先に上の奴らがくたばっちまう‼︎)

 

 

 

 能力の手応えからもダメージを受けているのは上の人間たちの割合が大きいと感じたカゲツは歯噛みする。ここまでして最後の一押しが通らない——アリスの底力を甘く見ていた自分に腹が立って仕方がなかった。

 

 だが、カゲツはそれでも能力を解くわけにはいかなかった。

 

 

 

(ここで能力解いたら今度こそこいつはユウキを奪り殺す!上の奴らには悪いが……‼︎)

 

 

 

 ここでアリスを仕留め切る。そのためならやむを得ない犠牲だと、彼の戦士としての判断力が告げる。元々無犠牲で勝とうというのが虫がいいのだ。その犠牲を惜しめば、必ずそれは自分たちに跳ね返り、今以上の犠牲を出す羽目になる。

 

 それをわかっている……わかってはいるが……。

 

 

 

「ぐぁあぁあぁあああ!!!」

 

「——チィッ‼︎」

 

 

 

 崖の上の一際大きな悲鳴が、わずかにカゲツの集中力を乱した。それは無意識に、自分の能力の出力に手加減が生じる。

 

 だが、それを見逃すアリスではない。

 

 

 

「アハッ!!!」

 

——ガッ!!!

 

「ぐぉッ——⁉︎」

 

 

 

 アリスはカゲツの首を掴み返す。そして、自身の精神力とマナフィの“ハートスワップ”でもって、精神簒奪(パルスジャック)に抵抗し始めた。

 

 

 

「おじちゃんも案外人の子なんだね⁉︎ あんまりにも虐められちゃってたんで、流星が可哀想になってきちゃった⁉︎」

 

「クソガキが……知ったようなことぉぉぉ!!!」

 

 

 

 力関係はまだカゲツの方が優勢。しかしその間もアリスと繋がった人間たちの精神は削られていく。苦痛の悲鳴がカゲツの耳に届くたびに、その出力は落ちていった。それとは対象的に、アリスは威勢を取り戻していく。

 

 

 

「アハハハハハ‼︎ ほらほらほらほら!もっと頑張んないと負けちゃうよぉ⁉︎ 最後の希望なんでしょ⁉︎ わたしに勝ちたいんでしょ⁉︎ 全力出しなよ……四天王ッ!!!」

 

 

 

 徐々に押し返し始めるアリス。それによって、ただ苦悶の表情を浮かべていた上の人間たちにも変化が起きていた。

 

 

 

「アリスちゃん……」「助けなきゃ」「助けなきゃ……」「アリスちゃんを……」「引き上げろ……」「そうだ……引き上げるんだ……」

 

 

 

 精神簒奪(パルスジャック)と“ハートスワップ”の競り合いで精神を削られ、朦朧とした彼らは、おぼつかない足取りで崖のそばに近寄る。自身と繋がれたパイプを掴み、引き上げるつもりだった。

 

 

 

(あいつら‼︎——クソがッ‼︎ このままじゃ引き上げられちまう——)

 

「ユウキ‼︎ テメェいい加減起きねぇかボケッ‼︎ あと一歩だろうがッ!根性みせやがれッ!!!」

 

 

 

 最早競り合いどころの話ではなくなってきた。停滞してもこのままではアリスを再び安全圏に戻してしまう。それを阻止するためには、もう一押し何か必要になってきた。

 

 カゲツは自身の無力さと甘さを呪いつつも、なんとかユウキを起こそうと叫んだ。

 

 だが、“ハートスワップ”による侵食で、ユウキの意識は戻らないままだ。

 

 

 

「最後は人頼みなんて、四天王なのに可愛いね‼︎ 歳とって丸くなっちゃったぁ⁉︎」

 

「クソ……がッ……‼︎」

 

 

 

 悪態しかつけないカゲツ。それを見てアリスは確信する。もう彼らに取れる策はないと。

 

 

 

「アハハハ‼︎ 流星の民たちに遠慮なんてせずに決めちゃえばよかったのに!仇だったんでしょ⁉︎ 大事な女の子の夢も生き方も奪ったんでしょ⁉︎ おじちゃんが四天王から崩れたのだって全部悪いのはあの戦争じゃない!——悪いのは全部、流星の民だったじゃない!!!」

 

 

 

 アリスの言葉は、カゲツの記憶を読み取った上での発言だった。そこに介在する感情も含めて悟られている為、彼女の言った言葉には説得力があった。

 

 どうしても割り切れない——あれは仕方なかったんだと言えるほど、カゲツはあの事件をまだ冷静に見ることはできなかった。

 

 この世界に、親に、制度に——全て裏切られて姿を消した彼女を思うと、カゲツの心を悲鳴を上げる。その結果があの暴挙。自分を抑えきれなかった者の末路。

 

 そしてそれが今になって後悔へと変わる。何故自分はこんな無様を晒しているのか。何故力を手放すような真似をしたのか。世界が理不尽で出来ていることを知っておいて、我慢ならなくなってしまったのか……。

 

 カゲツは——自分に腹が立って仕方なかった。

 

 

 

「ほらやっちゃいなよ‼︎ 全部奪ったあの人たちに仕返ししちゃいなよ!!!」

 

 

 

 それでも……カゲツは——

 

 

 

「うるせぇ馬鹿ガキがぁぁぁ!!!」

 

 

 

 カゲツは大きく叫ぶ。精神簒奪(パルスジャック)の出力こそ上がらないが、その気迫と威圧感は、それまでの比ではなかった。

 

 

 

「さっきから当たり前のことペラペラと——わかってんだよんなこたぁッ‼︎ だがなぁ、それがなんだってんだ⁉︎ 今関係あんのかぁ⁉︎ こいつらが……必死こいて守ってきたんだよ‼︎ こんな穴倉でも自分の居場所だっつって——無い知恵絞ってクソ地味に生きてよぉ!!!」

 

 

 

 カゲツの怒号に乗せられた感情が、低出力で維持された精神簒奪(パルスジャック)に乗る。そこに伝わる真に迫った覚悟——それを通してアリスは怯む。

 

 

 

「ガキどもが知らねぇなりに理解(わか)ろうとしたんだ‼︎ おっさん達がはらわた煮えくり返ってんのに歩み寄ろうとしたんだ‼︎——なのに俺だけ過去に縛られて……これじゃ誰がガキだかわかりゃしねぇッ‼︎」

 

 

 

 自身への怒りは、他人に抱いた多少の尊敬から来ていた。羨ましいとさえ思うほど、過去を乗り越えようとする人間たちが眩しく見えた。

 

 自分は四天王だった。強さを知っているつもりだった。そんな自分が知った別種の強さ。それはあの時——初めて会ったユウキが見せたものだと、今更になって気付く。

 

 

 

「痛え!怖え!辛え!——それから逃げも隠れもせず、小っ恥ずかしい姿晒しても前に進むんだよッ‼︎ イラついて怒鳴り散らすのはもうやめだッ‼︎ 偽善だ綺麗事だと拗ねるのはもうやめだッ‼︎俺ぁ……」

 

 

 

「弟子が必死こいて守ろうとしたモン……一緒に背負うって決めたんだッ!!!」

 

 

 

 初めて認めた己の弱さ。初めて口にした己の本心。そうして示せたのは、彼が羨ましいと思った別の強さ——耐え忍ぶという頑強な精神だった。

 

 依然押し合いはアリス優勢に傾きつつある。ユウキが作り出したアドバンテージが失われつつある。それでも、そんな覚悟に触れたアリスはほんの少しだけ心を揺るがせた。

 

 それはあるか無いかの差異。すぐにアリスは自分を取り戻す。

 

 

 

「——だからなに?」

 

 

 

 アリスはマナフィを通じて力を引き出す。邪悪な思念が精神の濁流となってカゲツを襲った。

 

 

 

「だからなに?だからなに?なになにナニナニナニナニナニ⁉︎——負けちゃったら意味ないじゃんッ‼︎ みーーーんな守れず終わりじゃん!!!」

 

 

 

 いよいよもってカゲツの能力を超えてきたアリス。一度押し返されれば次はない。アリスには2度も洗脳し損ねるなどという甘さは期待できない。

 

 やはりダメか——カゲツがそう思いかけた時だった。

 

 

 

——ボォォォアアア!!!

 

 

 

 咆哮——それはボーマンダのものだった。

 

 赤い翼をはためかせ、青い体躯が空を切る。その登場にアリスは顔色を変えた。

 

 

 

「ボーマンダ……⁉︎ まさかあのおじいちゃん達——()()()()()()()()

 

 

 

 ボーマンダの背には主の姿はない。だがこの個体の放つ威圧感が、誰のものかを物語っていた。

 

 それはゲンジのオウガ。ユウキは覚えていないが、アリスによって倒された後、残った力を振り絞って逃走した彼だった。

 

 

 

(逃げたっきり帰ってこないもんだと思ったけど……もう動けるなんて……‼︎)

 

 

 

 今ここへきての登場は完全に計算外。万全でもなく、主人も背中に乗せていないことを考えれば万全ではないが——それでも充分アリスには脅威となった。

 

 それは——カゲツも知るところだ。

 

 

 

「オウガッ——あのヒモ食いちぎれッ!!!」

 

 

 

 カゲツはここぞとばかりに叫ぶ。本来他人の言うことを聞くようなポケモンではないが、この瞬間に限ってオウガもそんな態度は示さない。

 

 カゲツの示した先に一直線に飛んでいき、アリスの作り出した“ハートスワップ”のパイプに噛み付いた。

 

 

 

——ブチブチブチブチ——ブチブ……!!!

 

 

 

 飛行、交差する瞬間に多くの糸を食いちぎったオウガ。だが、一度に全てを切断することはできなかった。

 

 もう一度交差するためには、充分な旋回と加速を必要とするオウガだったが、アリスはこれ幸いと高らかに笑う。

 

 

 

「こっちが潰す方が早いわ‼︎ この勝負わたしの勝ちよッ‼︎ アハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 最後の最後で一歩足りなかった。

 

 アリスは最後まで肝を冷やしたが、勝ちを確信する。カゲツもオウガの切り返しは間に合わないとわかってしまった。

 

 せっかくした覚悟も意味をなさない……現実は残酷なんだと、改めて実感する。

 

 

 

「——まだだぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 それでも諦めない者はまだいた。

 

 それは……傷だらけのレンザの叫び声だった。

 

 

 

「行け——わかばぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 怪我を押して無理やりツシマについてきたレンザはずっと息をひそめていた。そしてこの機に乗じて飛び出し——波導を全身に漲らせ全体重を乗せたタックルは、わかばを押さえつけていたリッキーを押し退ける。

 

 その瞬間、弾けたようにわかばは動き出した。

 

 

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 崖から飛び出したわかばは“ハートスワップ”の束を視認する。それを切断するのが自分の役目だとわかっていた。

 

 何故なら——既に動くべき挙動を伝えられていたからだ。いつの間にか目覚めたユウキによって。

 

 

 

「行け……わかば……ッ‼︎」

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)!!!

 

 

 

 わかばの視覚には飛行機パイロットのモニターに映し出されるような緑色の照準が映し出される。そして、自分が目指すべきポイントがその照準でロックオンされると、体は自然とその方向へ運ばれた。

 

 ひとつは通り過ぎるボーマンダの背面。もうひとつは“ハートスワップ”の束の中心。わかばは最初に示されたボーマンダに向けて飛んでいた。

 

 

 

「……やはり……な」

 

 

 

 遠くでそのやりとりを見ていた老兵が呟く。緑色の軌跡を残して空を駆けるわかばを見つめて、懐かしそうに目を細めていた。

 

 わかばはボーマンダの背面に体を預け、自由落下する前に溜めた力を足へと流す。その時既に腕は刃を抜き放つ姿勢へと——その構えに、一切無駄な力みはない。

 

 

 

「古流武術……習得難易度と門下相伝の厳しさ、現代社会が形成されるにつれて護身術が台頭するようになり表舞台から姿を消した技の数々。奴が使っていたのはそうした敵を倒すことに最も特化したもののひとつ……」

 

 

 

 わかばは飛び立つ。鍛え上げた脚力は自身を一瞬で“ハートスワップ”の近くまで到達させる。

 

 

 

「一太刀。斬鉄の名の由来となった、回避以外の選択肢を許さぬ一刀必殺の剣。奴が勝利を確信する十連斬を始めるための、その初撃の名は——」

 

 

 

 わかばは振り抜く。向かう勢いと体の捻りを最大限、刃に乗せて。

 

 その切先は瞬間的に音を置き去りにする——!

 

 

 

 翡翠斬(かわせみぎ)り・開闢壱閃(かいびゃくいっせん)

 

 

 

「———あっ」

 

 

 

 その横薙ぎの一閃が、アリスの“ハートスワップ”を全て両断する。

 

 それと同時に支えを失った彼女らは重力に従って落下——100m以上の垂直ダイブが始まった。

 

 わかばは斬撃のあと、取り憑いた壁から落ちゆく主人達に向かって叫ぶ。

 

 

 

——ボォアッ!!!

 

 

 

 その時駆けつけたのがオウガ。カゲツはユウキを抱きかかえていたところを下から掬い上げるように滑り込んできたオウガによって事なきを得た。だが——

 

 

 

「アリス——ッ!!!」

 

 

 

 ユウキは救われなかったアリスに手を伸ばす。彼女はまんまると目を見開いたまま、こちらを見ていた。

 

 横を通り過ぎながら自由落下する彼女も救おうと反射的に手を伸ばすユウキだったが——

 

 

 

——…………アハ。

 

 

 

 そんな笑い声が聞こえてきた……ような気がした。

 

 少女はその手に応じることはなかった。

 

 

 

「アリ——」

 

 

 

 ユウキは落ちてゆく彼女見ているしかなかった。その瞳は自分の目と合ったまま、滝壺へと落下してゆく。

 

 やがて小さくなっていく少女が飛沫を上げて湖面に叩きつけられるまで……そう時間はかからなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 彼女はずっと……笑っていた。

 

 俺が見ていたアリスは、本当に楽しそうに人を弄んでいた。まるで人形遊びをするように。

 

 どうしてそんなことをするようになったのかわからない。なんでそんなことで面白がれるのかわからない。

 

 それでも見せられた記憶の中にあった……確かにそれは、誰かに与えられた能力だった。

 

 

 

——心配いらない。今日からそれが君の友達……いや、家族だ。

 

 

 

 優しげで深みのある声がアリスの耳元で囁かれていた。水を彷彿とさせる青々とした姿のポケモンを渡され、彼女ははしゃいでいた。

 

 それは本当に家族として与えられたものだったのかはわからない。それでも……そこに映っていたのは——邪悪さとは程遠い、無邪気に喜ぶ少女だった。

 

 

 

「アリス…………」

 

 

 

 滝壺に落ちた女の子の名前を、俺は無意識に呼んでいた。

 

 腕を伸ばした実感はある。でも、それでなにをしようとしていたのか……今の俺にはわからない。

 

 まさか……ここまできてまだ敵を助けようとしてたなんて……——

 

 

 

「おめぇのせいじゃねぇよ」

 

 

 

 オウガの背中で、俺を抱えていたカゲツさんが呟く。俺が考えていること、口に出さなくてもわかってるみたいに……。

 

 

 

「オウガがあいつを拾わなかったのは、あいつが意識を保つ間は何をされるかわからなかったから。俺も助ける気なんざなかった。お前も最悪……こうなることはわかってたろ?」

 

「……はい。わかってて……やりました」

 

 

 

 この作戦を立案した時から、こうなることはわかっていた。というより、これしか思いつかなかった。

 

 下が水だからといって、これほどの高度から落下すればただでは済まない。それでもこの環境を利用しなければ、アリスの支配を解く方法は思いつかなかった。

 

 それでも自分も含めた犠牲なら……そんな風に考えていたのかもしれない。

 

 

 

「あいつも殺したっていいくらいにきてた。それを制するのに、俺たちじゃ力及ばなかったってことだ……極力傷つけないようにしたお前のことを……とやかく言うつもりはねぇ。だが結果まで背負おうとすんな。今は……そんな歳じゃねぇ」

 

 

 

 これまで見たこともなかった、カゲツさんからの慰めだった。それで俺はこの手を汚したんだと自分を責めていたことに気付く。

 

 先にそれを察して、カゲツさんは俺のせいじゃないと言ってくれていたんだ……。

 

 できることはやった——この結果がこれなんだと。

 

 

 

「……ごめん……カゲツさん……また俺……」

 

 

 

 また決断するのに遅れた……今更必要以上に後悔することでもないかもしれないが、フエンで叱られたことをまたやってしまったことを師匠に告げる。

 

 面倒だからもういいと言われるか、適当に小突かれてしまうのか……そんなことを考えていたが……

 

 カゲツさんの表情が、どこか険しく見えた。

 

 

 

「——連れが世話になったな」

 

 

 

 突如、全く意識していなかった岩壁から、見知らぬ男の声がした。

 

 俺とカゲツさん、オウガがそちらへ振り向くと、その声の主がいた。

 

 目を細く、厳格そうな初老の男性。ひと昔前の軍服と帽子。その間から覗かせる白髪混じりの黒髪。推定180cmはある長身と彼は、まっすぐこちらを見ていた。

 

 その腕にアリスを抱いて……。

 

 

 

「てめぇ誰だ……どうやって……ッ⁉︎」

 

 

 

 得体の知れない存在にカゲツさんは警戒度を引き上げる。でも俺はこの人が誰かなんとなく察しはついていた。

 

 この作戦立案の際、懸念として考慮していたもうひとりの存在……存在をひた隠しにされていたから、助力しにくるとは考えづらかったが、まさかここで出てくるとは——。

 

 いや、そんなことより、多分俺もカゲツさんと同じことで驚いていた。

 

 どうやって……落下したはずのアリスを抱えて、一瞬でここまで登ってきたのか。

 

 

 

「あぁそう警戒するな、煩わしい。もはやこちらに戦う意味はない。帰りがけにこの娘を回収に来ただけだ」

 

「ふざけんな……こんだけ好き放題してタダで済むと思ってんのか……⁉︎」

 

 

 

 勝手な物言いにカゲツさんも喰らいつく。俺としてもここまでしておいて、目的を遂げたからはいサヨナラと言われるのは納得いかなかった。

 

 向こうはアリスを抱えていて動きは制限されているはず。こっちは満身創痍とはいえカゲツさんとオウガのチーム。わかばはまだ動ける位置にいる……ひとり取り押さえるには充分な戦力だと思った。

 

 

 

「——やめておけ!2人ともッ‼︎」

 

 

 

 それを制したのはゲンジさんだった。ボーマンダが飛来してきた、滝の上部の横穴から響く彼の言葉で俺たちの足も止まる。

 

 でもやめとけって言われても……

 

 

 

「あのご老人は見抜いているようだな……私との戦力差を」

 

「戦力差だと……この俺様を前にして言うセリフがそれか……?」

 

「……勘が鈍ってるんじゃないか四天王?わからぬか。疲弊しきった貴殿らと我との差が——」

 

 

 

 カゲツさんを前に——敢えてそう言う男は、次の瞬間、信じられない殺気を放った。

 

 

 

「——分を弁えろ。蟻めが」

 

 

 

 それだけでわかった。俺なんかでもすぐに——この人、恐ろしく……強い!

 

 

 

「……オトギ……おじちゃん……?」

 

「ああ……起こしてしまったか。すまぬな。少し聞き分けがなかった故……」

 

 

 

 そんなやりとりの傍ら、アリスがうっすらと目を開けていた。そんな彼女に、優しげに返すオトギと呼ばれる男。

 

 

 

「かなりはしゃいでいたのだな。楽しかったか?」

 

「うん……とても素敵な時間だったわ」

 

「そうか。では、礼を言わねばならんな」

 

「アハ……おじちゃんは相変わらず、律儀ね……」

 

 

 

 そんなやりとりを見ていた俺には隙だらけに映った。今ならオウガとカゲツさんで——しかしそう思ったのも束の間、彼はアリスを抱えたまま、そばにあった洞窟の中に歩き始める。

 

 それを……誰も追おうとはしなかった。

 

 

 

「あのね。たっくさん友達作ってみたの。でもダメね。楽しいのもちょっとだけだったわ」

 

「そうか……では今度はもっと大勢でやるといい」

 

「それもいいわね……でも今日を超えるにはもっと……何か画期的なのを思いつかなきゃ」

 

「ではそれを楽しみにしている。今度は私も見守ってな……」

 

 

 

 洞窟に2人のやりとりが響く中、誰も動くことはなかった。

 

 いや、()()()()()()。まるで嵐が去るのをただ待つことしかできない人間のように。カゲツさんの顔から緊張の色が抜けないのを見て、俺はさっきまでしていた思考の甘さに後悔した。

 

 今やれば負ける……そう思わされるほどのオーラを放っていたのだと、今更になって気付いて……。

 

 

 

「……あいつら……一体……」

 

 

 

 目的は結局不明。しかしやり遂げたようなことを言っていたオトギというアリスの仲間。“デイズ”はここに何しにきたのかはわからずじまいだった。

 

 ただ、それでも言えるのは——

 

 

 

「終わった……のか……」

 

 

 

 俺は呟く。それを自覚した途端、体と意識が鉛のように重くなったのを感じた。

 

 滝の音がやけに耳に残りつつ、手放す意識の中で実感したのは、ただ安堵する自分。

 

 

 

 長い一日が……終わったのだと——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 時折……同じ夢を見る……。

 

 霧がかかった水面の上に、翡翠色に染まる大木があった。

 

 その木には葉などはひとつもないけれど……それがとても遠くにあって、どんなに大きいのかもわからないくらいだということだけがわかった。

 

 いつから見てるのだろうか……そう思い返したところで、巨木と自分との間に、一人の男が現れる。

 

 青みがかった黒色のゆったりとしたマントを纏った、同じ色の帽子を被る不思議な男性。

 

 俺はその人を知っている。そして決まって言うのだ。

 

 

 

 ——次は、君の番だ……って。

 

 

 

「——また寝てたのか俺」

 

 

 

 目が覚めると、そこは知らない天井——などではなく、世話になっていた流星郷の里長邸の風景が映し出されていた。

 

 気を失った経緯はなんとなく……アリスとの戦闘、無茶な作戦に度重なる固有独導能力(パーソナルスキル)使用と精神攻撃による疲弊。緊張で保たせていた意識がプツリと切れたってところだ。

 

 こう何度もぶっ倒れてたら、わかってくるもんなんだなぁ〜。

 

 

 

「なーーーに呑気な顔でしれっと目覚めてんスかぁ!!!」

 

 

 

 そこへ飛び込んできたのは、いつも通り磨き上がったスキンヘッドをキラつかせるタイキ——血相変えてなんだ急に。

 

 

 

「頭に響く……心配しなくてももう見ての通り大丈夫だから」

 

「全く信用なんないッスよ‼︎ また無茶したってことは知ってんスからね⁉︎ アニキはほんっと毎回毎回!!!」

 

「だから叫ぶなって……というか、あれ……お前こそ……大丈夫なのか?」

 

 

 

 ふと俺はタイキの顔を見る。

 

 戦闘の最中に負った擦り傷には手当てが施されており、元々そんなにダメージを負わせた覚えもなかったので、外傷的な心配はさてなかったが、気になったのはメンタルの方である。

 

 あれだけアリスに操られ、自分の意思で俺を襲わせたことを考えると、それを覚えていれば、こんなに元気に振る舞えないと思ったからだ。こいつの事だ、すぐに『操られてたとは言え、なんて無礼を‼︎』とか言って切腹まがいなことし始めても不思議じゃない。

 

 それがないとなると——

 

 

 

「おう起きたか……相変わらずテメェの周りは騒がしいなぁ」

 

 

 

 そこへ現れたのはカゲツさん。いつものジャケットではなく、この邸宅で出されたもの——俺が今来てるのと同じ着物を着てのご登場だった。やけに似合うな。

 

 

 

「カゲツさん……無事だったんですね」

 

「誰にもの言ってんだ。お前に比べりゃ擦り傷もいいとこだぜ」

 

「アハハ……とりあえず無事ならいいです」

 

 

 

 さすがは四天王。アリスと具体的にどんなやりとりをしたのかは覚えてないが、かなり危ない能力の押し合いに発展してたことは察しがつく。それでもこんだけケロッとしてるんだから、その頑丈さには感服する。というかそれまでずっとアリス騙すために神経すり減らしてたはずなんだけどな。

 

 俺がそんなことを思っていると、カゲツさんはタイキに適当に用事を押し付ける。不服そうにタイキも断っていたが、いつものゴリ押しで半ば強引にこの室内から追い出された。

 

 まぁ……人払いなんだろうな。俺と話すために。

 

 

 

「……何から聞きたい?」

 

 

 

 タイキを行かせたあと、いの一番に示したのは俺に事情を説明する姿勢だった。あのカゲツさんが自分から切り出すなんて……などと思ってると「早くしろ……あいつ帰ってくるだろうが」と急かす。

 

 確かに無駄話してる場合じゃないので、とりあえず思いついたことから聞くことに。

 

 

 

「……あいつの記憶……というか、操られてた人たちの記憶って無くなってます?」

 

「ああ。どうやらそうらしいな」

 

 

 

 最初の質問に即座に肯定するカゲツさん。やっぱり、タイキのあの感じからも分かる通りだった。

 

 

 

「流石にあいつらが目を覚ました時は違和感だらけ。俺が適当にカバーストーリー作ってあいつらには『突然現れた敵に眠らされた』とだけ説明しておいた。里の一大事だったっつぅんで今は壊れた建物やら道路やらの修繕でテンテコ舞いだが……まぁそれで連中も納得してたよ」

 

「そう……ですか……」

 

 

 

 それを聞いてどこか安心する俺。

 

 操られてたとはいえ、同胞に暴力を振るったとなれば、タイキほどではないにしてもみんなの心に傷が残っただろう。本人たちからすれば本当のことを知りたかったかもしれないけど、この方がずっといいと思った。

 

 例えエゴだとしても、あんな同士討ちを伝えるのは酷だろう。

 

 

 

「……それじゃ次の質問。ゲンジさんにオババさん、レンザは……大丈夫だったんですか?」

 

 

 

 その3名はアリスの能力で深手を負った人たちだ。物理的に怪我をしたレンザはあの後も無茶な飛び出しをしていたし、それはゲンジさんも同様。オババさんに至っては姿も見てないから容態そのものがわからない状態だった。

 

 

 

「レンザとゲンジのジジイは無事だな。怪我とすり減らした波導の治癒には時間がかかるが、とりあえず問題なさそうだ」

 

「そっか……でも、オババさんは……?」

 

「そっちはまだなんとも言えねぇな。何せこの屋敷で見つかった時から気を失ったまま……怪我もしてねぇし息はあるが、持ち直すかどうかはわからん。俺も医者じゃないしな」

 

「……レンザ、辛いだろうな」

 

 

 

 その現状を聞いて、俺が真っ先に思い浮かんだのはレンザの顔だった。あれだけ心配してた彼がこのことを知って冷静でいられるとは思えない。レンザが語った様子を見るに、親も同然の接し方だったから。

 

 

 

「ケッ。人の心配してる場合かよ。なんなら一番重傷だったのお前だったんだからな。あんだけ能力使いまくって、ロリガキの精神汚染にダメ押しの時論の標準器(クロックオン)——俺が見た中でも一番ヤベェ出力の仕方してたからな」

 

 

 

 そう言いながら俺の頭を小突くカゲツさん。痛い。でもお小言も最もだった。今までの俺だったら、多分途中で力尽きてたと思う。耐えられたのは……もしかしたらだけど……。

 

 

 

「……なんか、意地見せたくなっちゃって。柄じゃないんですけど」

 

 

 

 素直に……今思ったことを話す。

 

 あの時俺の頭の中にあったのは、ツシマさんの励ましとレンザとの約束だけだった。

 

 今思い返しても背筋が寒くなるが、あんな状況で作戦を立てて、そこにあるいくつもの賭けに挑み、最終的には無茶も無理もゴリ押ししてカゲツさんの能力発揮できる状況まで持っていけたことは奇跡に近かった。

 

 もう一度やれと言われてもおそらく無理だろう。それができたのは、固有独導能力(パーソナルスキル)の継続使用と、出力の高い時論の標準器(クロックオン)の連続使用が最後まで続いたから。

 

 多分あの時、俺は絶妙な出力で使えていた。その感覚があった。なんというか……これって所謂、全能感ってやつか……?

 

 

 

「あの時は無我夢中だったけど、頭はやけに冴えてた。固有独導能力(パーソナルスキル)発動中の中でもここまで冴えてたこともなかったと思うんです……ここまで出力上げても、連続使用しても大丈夫だって……なんとなく……」

 

「はぁ……お前それ、ゾーンってやつだろ」

 

 

 

 カゲツさんがため息まじりに言ったのは、俺でも聞いたことがある単語だった。でも……なんで呆れてんだ?

 

 

 

「プロと名前のつくほど、専門的にひとつの事に集中してる奴が稀に見せる極限のパフォーマンス状態。きっかけは人それぞれとは言うが、お前が今まで手こずってた出力調整ができたのもそれが理由だろうな」

 

「そうなのかな……でもなんでため息つくんです?」

 

「そりゃ呆れもするわ。だってお前それ……要は『他人を助けたいから』——って理由でゾーン状態になったってこったろ?」

 

 

 

 それを言われて……言われてみれば確かにそうかもと思う。立ち向かうための勇気はツシマさんがくれたけど、本質的に覚悟が決まったのはレンザに託された時だった。

 

 その後も戦闘中にすれ違ったみんなのことを考えると力が漲ってきたと思う——って、だからなんで呆れてんですか?

 

 

 

「はぁ……プロトレーナーなんて自分個人の為に戦うもんだろうが。名声、誇示、達成感、打倒——そんなエゴを上に上がる奴は少なからず持ってんだよ。それをお前……一番乗ってる時が他人のためだぜ?才能あるんだかないんだか」

 

「し、しょうがないでしょ⁉︎ 俺だって好きでこんな性格してんじゃ——」

 

「へいへい。お前が友達大好きだってことぁもうじゅーぶんわかったよ」

 

「だからそんなんじゃ——」

 

「だったらよ。これっきりにしろよ」

 

 

 

 軽いやりとりだっただけに、最後に言った言葉の真剣さに面くらった俺は言葉を失った。

 

 何が——そんな風に今の俺は、それを察せられないほどバカじゃない。

 

 

 

「能力使って無茶すんのもいい。誰を理由に戦うのも好きにしろ。だが命まで賭けんな。お前の作戦のキモになってた崖からの道連れダイブ……あれはお前自身の命も勘定に入れてなかったろ」

 

 

 

 それについて俺は反論の余地はなかった。アリスを道連れにしてでも……いや、白状するなら、きっとアリスを抱きかかえて、緩衝材になることも厭わなかった。どうせ誰かが犠牲になるなら……それは俺の方が幾分かマシだって……思ってしまった。

 

 

 

「辛いのも苦しいのも我慢するならよ。自分を賭けて楽になろうとすんじゃねぇ。お前の性格じゃそっちのが辛いかもしれねぇが、それで遺された奴らはもっと辛えんだ。タイキなんか見てりゃわかるだろ……下手すりゃ一生引きずるぞ?」

 

 

 

 俺は自分がした最大の過ちについて気がついた。カゲツさんの言うことは最もだ。今回の作戦、きっと他の誰かが立てたものなら真っ向から反対した。結果的に誰も犠牲にならなかったからよかったものの、もし今回俺が死ぬようなことになったら……どれだけ後味悪いことになったのか、今更ながら気付いた。

 

 いや……それ以前に俺は、自分が恐ろしかった。俺が踏み込んだアクセルペダルの重みがが……そうやってどこに向かっていってたのか……。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 思わず……といった感じで、俺はそう呟いていた。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……2度3度と呟くたびに、涙が込み上げてきた。

 

 アリスから逃げた時に感じた無力感や臆病な自分に対する後悔とは違う……根本的な恐怖から、俺は泣いていた。

 

 

 

「ったくよ……そんなに怖かったんなら、マジで今後は無茶すんなよ。無茶しなくても勝てるように仕上げてやっから」

 

「はい……うん………ありがとう。師匠」

 

「ケッ。こんな時だけ師匠呼びか!」

 

「え、だって俺の師匠だって、アリスに向かって叫んでたでしょ?」

 

「テメ——聞いてやがったのか⁉︎」

 

「いやだってあんな至近距離で叫ばれたら100年の眠りからも醒めるって——」

 

「忘れろ今すぐオラァァァ!!!」

 

「いでででででででこっち病人なんですけどぉぉぉ!?!」

 

 

 

 

 不意に優しくなったと思ったら、やっぱりいつもの師匠だった。ちくしょう、この不良師匠め……。

 

 ——と。なんやかんや言いつつ、いつの間にか俺も、こんなカゲツさんのことを気に入ってるんだと思う。変に優しすぎず、それでも他人の気持ちを無視しないこの人の在り方を……尊敬してる自分がいるんだ。

 

 相変わらず折檻は痛いんですけど。

 

 

 

「ったぁ……って。そういえば質問の続きですけど。結局“デイズ”って何目的だったんですか?」

 

「んぁ?あぁそれだがな——」

 

「た、大変大変大変ッスぅ〜〜〜!!!」

 

 

 

 俺がカゲツさんと本題に戻ろうとした時だった。使いを頼まれた(適当にあしらわれる為に)タイキが慌てて帰ってきたのだ。

 

 

 

「あ!テメェあと小一時間は帰ってくんなっつっただろがッ⁉︎」

 

「そ、そんなことどーでもいいんスよ‼︎」

 

「あぁ——⁉︎」

 

 

 

 タイキが慌ててたのもわかるが、カゲツさんの前でまた失言をした彼は師匠からのありがたいヘッドロックの餌食になる。話進まんっての。仕方ないから俺が軌道修正することにした。

 

 

 

「——で、何が大変なんだよ」

 

「そ、そうなんス!大変なんス!!!」

 

 

 

 いやだから何が——そう聞きかけた時、タイキから放たれた一言は衝撃の内容だった。

 

 

 

「き、来ちゃってんスよ‼︎ HLCからのお役人さんがッ!!!」

 

 

 

 

 

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一難去ってまた一難——⁉︎

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第162話 馬鹿野郎


起き抜けに伸びをした私は、背中の筋を盛大にやりました。2日経った今でも痛えです。皆さんもお気をつけを……。




 

 

 

 流星郷は流星の滝最深部に位置する集落だ。野生のポケモンの掘った穴と地殻変動、大小様々な地震や水の侵食、稀に飛来する隕石衝突などが原因で、ここへ至るための道は常に変化している。

 

 そのため、かなりここに足を運んでいるHLCの役人といえども、現住の流星の民の案内がなければこの場所に辿り着くことは困難を極めた。下手に押し入れば、前後不覚の状態で何日も彷徨う羽目になるリスクを考え、HLC側もこれまで勧告なしに現れることはなかったのだ。

 

 だからこそ、事前のアポイントメントなしで彼らが現れたことは、里全体に衝撃を持した。これは彼らにとって、死活問題であったからだ……。

 

 

 

「ふーん……やはりここはいつ来てもカビ臭いですねぇ……古い因習の香りがぷんぷんします」

 

 

 

 いやみたらしくそう言うのは、里の街道にまで踏み込んだHLCの役人達を束ねるスーツ姿の男——HLC財務管理局長のサウロだった。彼の顔は里の住人もよく知っており、来るたびに痛い思いをしてきた彼らにとっては怨敵と言っても差し支えなかった。そんな彼が今、大量のエージェントを連れてここにきている。

 

 彼がこの非常時に現れた——この事態に里では誰が通したんだと犯人探しが始まっていた。あの天然の迷路を無理やり突破してきたとは考えづらい。「どうやって来たのか?」という疑念が、彼らを疑心暗鬼にさせる。

 

 

 

「ふむ……しかしどうしたんでしょうねぇ?廃れた光景は見慣れたものですが、倒壊した建物がチラホラ……怪我人もいるようですし、これはまたどうしたことやら……」

 

「これは財務局長殿。遠路はるばるご足労をかけましたな」

 

 

 

 壊れた街並みを舐めるように見回すサウロ局長の前に立ったのはレンザだった。体中を包帯で巻かれた痛々しい姿をした彼を見て、サウロはわざとらしく気にかけるような素振りで対応する。

 

 

 

「おぉこれはおいたわしやレンザ殿……かの屈強な流星の門番がこうもやられてしまうとは……よっぽど大変な目に遭われたんでしょうなぁ?」

 

「まるで見て来たかのような言い草だな局長……まだ誰も『誰かにやられてこうなった』——とは言ってないと思うが?」

 

「はてそうでしたかな……予測ですよ予測。ほら、あなた方がうん十年も前に唱えた天の裁きがどうのというアレと一緒ですよ。あっちは外れてましたけどねぇ?」

 

 

 

 レンザとのやりとりの間も、絶えず見下すように刺激するような物言いをするサウロ。それを聞いていた周りの者たちは怒りを露わにした。自分たちの信じている伝承をバカにされて、堪えられるはずもなく、その罵声は容赦なくサウロたちに投げかけられる。

 

 それを——

 

 

 

「——黙らせなさい」

 

 

 

 冷酷に吐き捨てるように……サウロが指を鳴らすと、後ろで控えていた取巻き達が無機質な動作でモンスターボールを投げ込む。

 

 そこから現れたのは光沢を帯びた銀色のポケモン——レアコイル達だった。

 

 

 

——“金属音”

 

 

 

 数匹のレアコイルが放つ、人間の生理的な部分を引っ掻き回すような不快な音が、野次を飛ばす里の人間たちを襲う。一様に耳を抑える仲間を見て、ひとり害を受けなかったレンザは叫んだ。

 

 

 

「やめろぉッ!!!」

 

 

 

 その一言でサウロは腕を上げて部下を制する。一糸乱れぬ統率を見せつけながら、レンザの前で不敵に笑う局長は続けた。

 

 

 

「そう声を荒げなくとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このような強行策、私も胸が痛いのですから」

 

「どの口が……ッ!」

 

 

 

 軽薄に語られる男の口から出た言葉に、レンザは顔を顰める。彼が言っているのは、これが対等な立場の人間同士で行われるコミュニケーションではないということ。そこにははっきりとした上下関係——いや、それを超えた主従関係が存在し、噛み付くようなら容赦もしないという脅しが含まれていた。

 

 HLCの組織系統の一端を担うサウロにとって、これは“躾”に等しい行為だった。

 

 

 

「さて。私がここへ来た理由は話さずともわかりますね?要件を無駄に引き延ばすのも、こんなところで長話をするのも趣味ではありませんので……手早く渡して頂けますかな?翡翠色の珠(ひすいいろのたま)とやらを——」

 

 

 

 その名を聞いた時、レンザに一際緊張が走る。それこそがまさに、この里の秘宝——龍神さまと流星の里を繋ぐ唯一の宝だったからだ。

 

 

 

「私では判断しかねる……アレはこれまで脈々と受け継がれてきた“伝承者”のみが所有を許され、ひいてはその力を引き出すに至る——」

 

「それはそちらの都合。私たちには何の関係ありません。言ったでしょう?」

 

 

 

 サウロはレンザを問い詰める。口を濁す彼に対して、何かの規則を読み上げるように局長は続けた。

 

 

 

「安全には規律が必要。規律には理由が、理由には説得力が——そしてその枠に収まれない者には罰則が必要だと。聞き分けのない子供を叱るのと同じです。ましてあなた方は聞き分けられる大人でしょう?言葉だけで責任は取れない。里の中で違反者を出し、それを取り締まることができないのなら——その代償は払わなければならない」

 

 

 

 それは里抜けをしたヒガナについて言っていた。二千年戦争を引き起こし、多くの人命と生活基盤を奪った一族として迫害されるに至った流星の民には、この里と流星の滝外での活動を厳しく制限されている。それを完全に無視したヒガナの行動は、HLCとしても看過できない事態だった。

 

 だが……レンザにしてみればこれはただの口実に映る。

 

 

 

「わかっている!だがあの宝玉は何千年も守られて来た龍神さまとホウエン全土を繋ぐ絆なのだ‼︎ 下手に扱えばどんな災いとなるか……そなた達とてどうなるかわからんのだぞ⁉︎」

 

「…………」

 

——ギィィィイイイン!!!

 

 

 

 レンザの必死の訴えの返答は言葉ではなく“金属音”。その音は鼓膜や皮膚、骨からも響き、既に満身創痍だった彼を容易く跪かせた。

 

 

 

「関係ないんです。違反者には罰則を。取り立てられないなら監督者に代償を。私はただ誠意を見せてくれと言っているんです」

 

「ぐぁ……き、貴様……どうやって……ここに……ッ‼︎」

 

「今度は苦し紛れに話を逸らしますか……」

 

——ギィィィイイイン!!!

 

「ガぁ——!!!」

 

 

 

 納得のいく返事でない限り、レンザには“躾”として容赦なく音が襲いかかる。這いつくばりながら、それでもサウロを睨むレンザだったが……男は嫌な笑みを浮かべて語り始めた。

 

 

 

「まぁいいでしょう。ここまで案内してくれた方のご紹介と行きますか」

 

「———ッ⁉︎」

 

 

 

 サウロが再び指を鳴らすと、流星の民の中から数人の若者が前に進み出た。レンザはそれを信じられないという目で見ていた。その中には、普段からいつも飯を食う仲のいい友達もいたのだから……。

 

 

 

「ここまで快く導いてくれた流星の若き皆様方です。案内ご苦労様でした」

 

「嘘……だろ……みんな……‼︎」

 

 

 

 レンザは現実を受け入れられないといった具合で仲間に問いかける。何かの間違いであってくれ……そう願わずにはいられなかった。

 

 しかし帰って来たのは、残酷な現実だ。

 

 

 

「すまんレンザ……」

 

 

 

 その謝罪は、これまで身内でだけは強めて来た絆を破壊するのに充分なものだった。衝撃でレンザは言葉を失う。

 

 

 

「ハハハハハハこれはお気の毒にッ‼︎ よもや身内から刺されるとは思ってもみなかったようで‼︎」

 

 

 

 嘲笑するサウロの声すら聞こえないほど、放心状態になったレンザ。心の中はアリスによって痛めつけられたばかりであり、そんな彼がこの現実に耐えられるはずもなかった。

 

 

 

「それにしても不運でしたねぇ。私が来る日に限って()()()()来訪者に襲撃されるとは……」

 

「……まさか……あの少女を…送り込んだのも……⁉︎」

 

「人聞きが悪いですねぇ。私たちがやったという証拠でも?」

 

「ふざ……けるなぁ!!!」

 

 

 

 レンザは立ち上がってサウロに食ってかかった。いきなりの挙動に面食らったサウロだったが、それは付き人によって止められ、取り押さえられる。

 

 

 

「ぐっ——は、はなせッ!はなせぇぇぇええ!!!」

 

「び、びっくりさせないでくださいよ全く……これだから地下の野蛮人どもはッ‼︎」

 

 

 

 地面に倒されたレンザを、驚かされた腹いせとばかりに蹴りを入れる。それが腹に突き刺さり、レンザは苦悶の表情で黙らされる。

 

 

 

「飼い主が誰かまだわからないようだ……お前達。その辺りのものを片っ端からここへ集めろ。焼き討ちにしてしまえ‼︎」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ‼︎」

 

 

 

 レンザを蹴っても腹の虫が収まらないサウロは部下に指示を出す。そこで物申したのは、先ほど役人達を手引きしたとされる民の若い衆のひとりだった。

 

 

 

「なんですか……?」

 

「いや、その……何もそこまでしなくてもいいじゃないですか?ちょっといざこざはあるだろうって言われてはいましたけど……」

 

「ふん。薄汚い裏切り者の分際で、今更情が湧きましたか?」

 

「……ッ!」

 

 

 

 裏切らせた張本人が彼らを責め立てる。それに今更言い訳をするつもりはない彼らだったが、それでも痛めつけられる友達……だった彼のことを放ってはおけなかったらしい。他の若い衆からは「やめろ!」と止められるが彼はなんとか食い下がろうとする。

 

 

 

「で、でもここまでするなんて聞いてない!レンザもちょっと、急なことで整理できてないんですよ!許してやってくださいよ!」

 

「はん。裏切ったかと思えば今度は馴れ合いですか……そんなこと言ってる暇があなたにあるんでしょうかね?」

 

「え……?」

 

 

 

 なんとか温情を求めるようにと嘆願する若者だったが、返しの一言に何か不穏なものを感じた。サウロはそんなことに気を止めることもなく続ける。

 

 

 

「許しを求めなければいけないのはあなた方ではありませんか?何せ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——辛いですよ〜狭い空間でのイジメは」

 

「な、何を言ってんですか……?」

 

 

 

 サウロの言葉に我が耳を疑った若者は詰め寄る。その周りでさっきまで彼をとどめていた集団も同じ顔をしていた。

 

 約束が違う——と。

 

 

 

「あんたが言ったんじゃないか……『地上での居住権をやるから、里長が出られないタイミングで自分たちを手引きしろ』——って。あんた、約束を反故にする気か……⁉︎」

 

 

 

 震える声で縋るようにサウロに詰め寄る青年。しかし返ってくるのは冷酷なまでの突き放しでしかなかった。

 

 

 

「一体誰とどんな約束を?いつ、どこで、どんな証拠があるんです?そんなに言うならさぞ誓約書など、一筆書いたんでしょうねぇその方は」

 

「な、なんだよ、冗談言うなよ!公式に記録が残れば地上での暮らしに何かと影を落とすから、証拠を残さないやり方だって——あんたが信用しろって言うから——」

 

「知りませんねぇ。我々は、あなた方の()()()()()()()()()ここに招かれただけですよ……」

 

 

 

 どれだけ縋っても、どれだけその時のやりとりを問い詰めても、知らぬ存ぜぬで通すサウロ。もうこの時点で何人かは気付いた。自分たちの過ちに。そしてそれを聞いていたレンザも。

 

 

 

「なるほどな……だから門外不出の宝珠のこともしっておったのか……随分根回しのいいことだ……」

 

 

 

 這いつくばったままレンザが呟く。体はもう動かせないのか、力無くその場で口だけを動かしていた。

 

 

 

「お前達も……ただ外の世界へ出たいが為に仲間を売ったのか……そうだよな……外の話はここでは味わえない……刺激の多いものだったもんな……」

 

 

 

 レンザもまた外の世界に焦がれるひとり。しかし自分に自制をかけ、門番という在り方に徹した。複雑な気持ちではあったが、彼らの気持ちはわかる。

 

 だからこそ……耐え難かった、

 

 

 

「酷いではないか……酷すぎるではないか……ッ‼︎ ちっぽけな世界でしか生きてこれなかった我々の……ほんの少し抱いた希望で釣るなど…………!!!」

 

 

 

 耐え難い痛みが涙となってレンザの目から溢れる。その非道な行いに震えるほどの怒りと悲しみが彼を襲っていた。口から血を流すほど食いしばった歯が悔しさを物語る。

 

 それを聞いたサウロは——

 

 

 

「ハハハハ……ハハハハハハハハ‼︎ 」

 

 

 

 ただ嘲笑した。レンザの気持ちを踏み躙るように。

 

 

 

「無様ですねぇ!生まれと一族の汚れっぷりに同情しますよレンザ殿‼︎ 馬鹿正直に門を守っていたのが笑えますねぇ‼︎ 守られている側から裏切られたんじゃたまったもんじゃない——」

 

 

 

 レンザの開いたばかりの傷口を広げるように追い討ちをかけるサウロ。嘲笑と罵倒に打ちのめされたレンザはただ泣くことしかできなかった。

 

 そんな局長の声は里に響き渡り、虐げられた者達に悔しさと怒りを与えた。

 

 そう……この声は、聞く者を不快な思いにさせた。

 

 

 

——パァンッ!!!

 

 

 

 いつの間にか近づいていたのはひとりの少年だった。いつもの帽子の縁から覗かせる瞳は怒りに燃え、その傍らでは天に向けて手のひらをかざすジュプトル(わかば)がいた。

 

 その手からは“タネマシンガン”を発砲したあとに上がる、エネルギーの硝煙が立ち昇っている。

 

 

 

「な、なんだ君は——⁉︎」

 

 

 

 その音に怯えたサウロが少年を見る。そして、彼の前にはお付きの護衛がレアコイルを連れて立ちはだかった。

 

 しかし——ユウキはそんなことで怒りを抑えようとはしなかった。

 

 

 

「俺の友達を……嗤うな……ッ‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星郷。里長の屋敷——。

 

 その最も奥で床に伏せていたのは、その家主であり、この里の者たちを誰よりも愛する女性だった。

 

 先の戦いで真っ先に無力化されてしまった彼女は、ようやく目を覚ました。

 

 誰かが泣いている……その声に呼応するように。

 

 

 

「オババ様が!お目覚めになられました——‼︎」

 

 

 

 そばで看病をしていた侍女が慌てて他の者達に知らせる。それを聞いた他の世話係や診療所の医者などが駆けつけて、オババの容態を確認しにくる。

 

 しかし、彼女はすぐに立ちあがろうとした。

 

 

 

「いけませんオババ様!あなたは先の戦いで——」

 

「大丈夫です。状況は大方わかっております……」

 

 

 

 一番近い側近を制して、オババは目を閉じて波導を感じ取る。

 

 里に溢れていたあの少女の邪悪な念は消え、その代わりといわんばかりにレンザの悲しい波導を察知した彼女は、自分が気を失っていた間の情報を集めていた。

 

 里で誰ひとり死んだ人間はいなかったこと、里そのものも壊滅的なダメージを負ったわけではないこと。そして、何かと難癖をつけてくる役人達がいることを踏まえ——感じ取ったそれぞれの波導に乗った感情から今の状況を整理したオババは立ち上がる。

 

 

 

「行かなければ……ユウキさんが彼らを食い止めてくれている間に……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「なんだね君は——この里の人間じゃないなッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが割って入ったことで動揺。取り乱したサウロは部下の後ろから声を張る。少年の顔に見覚えがなかったことから、すぐに里の者ではないことを察したが……。

 

 

 

「そんなことどうだっていい……さっき言ってたこと、取り消せオッサンッ‼︎」

 

「オッサ——⁉︎」

 

 

 

 いつも以上に強気なユウキに気圧されるサウロは長らくそんなど直球な悪口を聞いたことがなく、里の者だけを相手にする予定だったことも相まって半ば混乱していた。

 

 何故ここに部外者が——閉鎖的な流星の民が余所者を匿っているなど、想像すらしていなかったのである。

 

 そんなことを……ユウキには知る由もないが。

 

 

 

「俺だってそんな長い付き合いじゃない……いきなり余所者から知ったようなこと言われたくないかもしんないけど……俺は見たんだ。レンザの——里のみんなそれぞれの暮らしぶりを……!」

 

 

 

 ユウキにとって二千年戦争は過去を知ってる人々の口伝でしか知らない。だから、彼は自分のこの目で見たもの、聞いたものを大事にしたいと思っていた。例えこの一族がどれほどの被害をホウエンにもたらしていたとしても……この場で必死に生きようともがく人間の尊厳が奪われていい理由にはならない——と。

 

 

 

「そんな友達を……無様だなんて一言で笑わせない……‼︎ 今すぐ取り消せ!そんで謝れッ!!!」

 

「黙って聞いていれば……貴様、我々に楯突いてどうなるか——このホウエンの実権を握った我々に対してこのような無礼——」

 

 

 

 ユウキの煮えたぎった怒りを前に、少し冷静さを取り戻したサウロは脅しにかかる。自分たちが政府に成り代わってこのホウエン地方の治安を守っていることを盾に、ユウキという個人など簡単に潰せると言ってのける。

 

 だが、熱くなった彼が気にするはずもなかった。

 

 

 

「役人だろうがなんだろうが知ったことか‼︎ 悪いことしたんだから謝れよッ‼︎ 人蹴っ飛ばしといて何偉そうに講釈タれてんだッ‼︎ そんなんで何が規則だ馬鹿野郎!!!」

 

「うっ……!」

 

 

 

 安易にちらつかせた脅しはユウキの激情に油を注いだ。真っ向からぶつけられた正論により、サウロは返す言葉を探す羽目になる。

 

 彼がここで好き放題に言えるのは、戦争のきっかけを作った大罪人たち相手だからだった。多くの命と生活を奪ったことを持ち出せば、その負い目から黙る者がほとんど。背後に侍らせた部下たちも、相手を鬼畜だと思えばこそできた非道だったが、地上の人間に見られたとなると動揺もする。

 

 どこかでわかっていたから。自分たちが酷いイジメをしていることを。それこそ何十年も前の因縁を盾にして。

 

 

 

「小僧風情が……いい気に——」

 

 

 

 だがそんな遠慮も、ほんの少し理性がブレーキをかけただけでさして意味はない。サウロの脳裏によぎった『どうせ他に誰も見ていない』という言い訳が、ユウキを襲撃するに至る。

 

 そんな敵意を察知したユウキとわかばも身構えるが——。

 

 

 

「余裕なくなって敬語抜けてんぞ?……随分薄い化けの皮だな」

 

「———⁉︎」

 

 

 

 そんな声が、一触即発のユウキたちとサウロ一行の間に割って入って響く。遅れて人混みをかき分けて現れたのは大小2人の男たちだった。

 

 ユウキにとっては馴染み深く、そして、サウロはその片割れを見て、これまでにないほど動揺し始めた。

 

 まるで幽霊でも見るかのような顔つきで——。

 

 

 

「か、カゲツ……だとぉ……⁉︎」

 

「誰かと思えば何処ぞの戦場でションベン垂らしながら逃げてったクソ司令官殿じゃねぇか。ご無沙汰ぁ……!」

 

 

 

 燃えるような赤いトサカを視認し、大昔に関わった強者の背中を思い出すサウロ。恥ずかしい過去と共に思い出された悪魔じみた尖った笑顔は、当時をフラッシュバックさせるには充分だった。

 

 そんな地元の不良に久々に再開したかのような気まずさを味わう一方で、ジト目でユウキを睨んでいるのはタイキだった。

 

 

 

「アニキぃ〜?病み上がりなんスからいきなり走っちゃダメっスよ〜?」

 

「うっ……ごめん……というか来るの遅かったな?」

 

「アニキと違って俺らまだここの土地勘ないんスよ!追いつくのに割と必死だったんスからね‼︎ そしたらまた危なっかしいことに首突っ込んでるし‼︎」

 

「重ね重ねごめんマジで」

 

 

 

 ちょっと目を離した隙にこれだと言わんばかりにユウキを叱るタイキ。これにはボルテージを上げたユウキも縮こまることを余儀なくされる。ぐうの音も出ないとはこの事である。

 

 しかし——と、タイキも内心穏やかではなかった。

 

 

 

「でも……でっかい声で話してくれたお陰で、なんとなく状況はわかったっス」

 

「随分幅利かせてるみてぇじゃねぇか……なんか言ってたなぁ……楯突いて、ホウエンで生きていけると思うな——的な?」

 

 

 

 2人の男はそれぞれサウロとその取巻き達を睨みつける。活力沸る男たちの雰囲気は、それなりに見る者を震わせるものがあった。

 

 

 

「元からあんまお役所さんは苦手っスけど、こんなことまかり通ると本気で思ってんスか?」

 

「小心者の癖に言うことはデカくなったもんだなぁサウロ()()さんよぉ……いつぞやの尻拭いの借りは……確かまだだったはずだが?」

 

 

 

 その眼光に固唾を飲むサウロ。だが彼の肥大化したプライドは、このまま黙って言われるままにはしなかった。開き直るかのようにして、男は自分の権威を振りかざす。

 

 

 

「所詮『元』四天王だッ‼︎ 重赫教導者(じゅうかくきょうどうしゃ)にまで落ちぶれたアウトローが子分連れたくらいでいい気になるな‼︎ 貴様ら3人程度、私の指先ひとつでどうとでも——」

 

「「上等——!!!」」

 

 

 

 そんな脅しはこの2人にもきかなかった。元よりユウキよりも熱しやすいのがこの2人。魂に刻まれた反骨精神が『お上の権力なんざ知ったことか』——と突き返した。

 

 

 

「も、もういい!お前たち‼︎ こいつらを取り押さえろッ‼︎」

 

「し、しかし局長……」

 

 

 

 驕りで昂ったプライドを傷つけられ、既に正常な判断もままならないサウロは感情的に部下を差し向けようとする。だが、流石にこの指示には味方側も困惑していた。

 

 元々管轄ではない財務局がここに立ち入るために、書面上かなり無理をしてきたという裏事情に加え、犯罪歴があるとはいえ元四天王を相手取るというのは、それなりに鍛えてきたトレーナーである彼らには畏れ多いことだった。

 

 流星の民が相手ならいざ知らず、一般人を手にかけることにも躊躇があった彼らからすれば、この逡巡も仕方のないことだった。

 

 だがサウロも引き下がるに引き下がれない。

 

 

 

「公務執行妨害だろうこれはッ‼︎ 細かいことは後でどうとでもなるッ‼︎ 所詮3人のはみ出し者の戯言など誰も信じるものか!!!」

 

()()?——寂しいことおっしゃりますなぁ〜局長殿」

 

 

 

 サウロが強引にことを進めようとした時、また別の声が彼の耳に届く。今度はなんだと辺りを見回すと、人混みの中から現れた3名の男女に目が留まる。

 

 職人気質の逞しい腕を組んで強気に笑うカラクリ大王と、普段の優しげな顔つきとは違う力強い眼差しをするソライシ博士とその助手ツキノ——そんな彼らもまた、流星郷にいるはずのない外の世界の者たちなのだと、サウロは直感した。

 

 

 

「な、なんだお前たち‼︎ ゾロゾロとこんなところに……ここが“立入指定区域”*1と知ってのことか⁉︎」

 

「お役人さんらしいセリフですね。心配せずとも、ここには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけですので……HLC規定にも『あらゆる規則、罰則も生命危機に至る事態ではその限りではない』——とあるのはご存知かと」

 

「……⁉︎ き、君は……“タカオ”君かッ⁉︎」

 

 

 

 想像以上に部外者が介入してきたことにも驚いていたサウロだったが、それ以上に顔見知りであるソライシを見つけたことで、彼の思考はより混乱させられた。

 

 当時はまだ母親と一緒に行動していた男の苗字ではなく、本名の方を叫んだサウロは、信じられないという目で彼を見ていた。

 

 

 

「お久しぶりです、サウロさん。()()()は……ありがとうございました」

 

 

 

 ソライシ・タカオが深く頭を下げるのを見て、やはり自分の知る男だと再確認したサウロ。そんな彼がここまで驚くのにも理由があった。

 

 ソライシという人間をよく知る者からすると、この場にいること自体が不可解だったからだ。

 

 

 

「戦火が迫ったハジツゲから逃げる途中、部隊を率いていたあなたが、僕ら家族を助けてくださったことは今でも感謝してます。しかし……そんなあなたがこんな事をしているだなんて、悲しいです」

 

「そうだ……その逃げる途中で、君は年老いた母親を——」

 

「……あれは悲しかったですね。元々酒癖が悪くて、あの日も本当ならお医者さんからお薬を貰わなきゃいけなかったんですが」

 

「何故だ⁉︎ 弱った母親を追い詰めて殺したのは流星の民も同然だろう⁉︎ 親の仇の里に何故いる!何故邪魔をするんだ⁉︎」

 

 

 

 それを側で聞いていたユウキとタイキは思い出した。流星の民たちから受けた被害は大きかったこと、優しげなソライシがやけに感情的になっていたこと、その具体的な内訳は聞けないままだったが……。

 

 『大切な人を奪われた』——それほどまでに根深い話だったのだと、今更になって気付く。

 

 

 

「別に彼らを助けようだなんて思ってません。僕に何ができるとも思えません。邪魔だなんて……あなたが声を大にすれば、我々など一捻りでしょう?」

 

 

 

 そんなソライシは淡々と告げる。理性的に話そうと努めているのか、胸の中に秘めた熱いものを抑えるようにして。

 

 

 

「タカオ君!私はそんな横暴を働きにきたわけではないのだよ!何か誤解させてしまったのかもしれないが、流星の悪逆非道を思い出すとつい力が入ってしまってね?だから——」

 

「復讐だと仰りたいのですか?僕ら被害者遺族のための……?」

 

 

 

 ソライシはサウロの言葉を遮る。そこには多少の熱が漏れていた。

 

 

 

「確かに憎しみを捨てられたわけじゃない……それは大王さんとツキノさん(このふたり)も同じだと思います。彼らにも同情すべきところが見つかったからといって、過去を無かったことにも、割り切ってあげることもできない」

 

 

 

 それがソライシの、葛藤の中でわかったことだ。どんなに仲を深めようとも、堪えようとも、決してあの日に受けた理不尽を許すことはできないのだろうということ——。

 

 

 

「それでも……それは僕らの怒りだ。他の誰かに復讐してほしいなんて思ってない。そして僕らが怒ってるのは、あの日理不尽に日常を奪われたあの戦争についてです——もう2度と起こってほしくない。『当たり前』を奪ってほしくない!誰からもッ!!!」

 

 

 

 それは今を生きようと必死で戦う流星の民たちにも感じた本心だった。ソライシ自身、それを今ようやく自覚した。純情や願いを踏み躙られた彼らを——彼は見てられなかった。

 

 

 

「我らとて許せん。だが行いを憎んで人は憎まずだ——」

 

「それを綺麗事だとおっしゃるかも知れませんが、私たちはそれでもいい。彼らも業は背負ってる。そんな中で見せる笑顔を奪うなんて——誰にも許されていないと思います。そうですよね、博士?」

 

 

 

 ソライシの左肩に手を乗せる大王、右手を握るツキノがそれぞれ彼の言葉を肯定する。

 

 人情に訴えて味方に引き込もうとした思惑は空振りに終わり、強く歯軋りをしてソライシたちを睨むサウロだった。

 

 

 

(ふざけるなよ学者風情が……!一体この日のためにどれだけの根回しをしたと思っている!ここの宝珠のエネルギーはあの“二対の宝珠”と同等の価値があるはずなのだ‼︎ 必ず手に入れる——何人(なんぴと)も邪魔はさせんッ‼︎)

 

 

 

 サウロの燃え上がるような野心は既に制御を失っていた。ここは無理をしてでも通す。相手が社会的信頼を確立している隕石学者となると不安が残るが、目的達成のためなら些細なことだと考えていた。

 

 故に——取るべき選択は権力と力に任せた野蛮な奪略だった。

 

 

 

「ええい!流星の民の反逆行為は明白‼︎ それを庇い立てする者も同罪だぁ‼︎ 財務管理局長サウロの名によって命じる!HLC規定に則り、この場の全員を拘束せよ‼︎ 抵抗する者はポケモンによる武力行使を許可‼︎ 即刻しょっぴけぇぃ!!!」

 

 

 

 サウロが声を張り上げると、困惑していた部下たちもポケモンを身構えさせる。ここに大義などないことは彼らにもわかっている。しかし組織に属している以上、上司の命令は絶対だった。そんな迷いで生まれた空白の時間の中、カゲツはユウキに問う。

 

 

 

「いいのか、やっちまってもよ……?」

 

 

 

 一瞬、ユウキは何を言われているのかわからなかった。でもすぐにこれが、自分の進退に関わることだと気付く。

 

 どんなにこちらに言い分があったとしても、役人を敵に回せばプロとしての活動には大きな影響が出る。さっきはカッとなって気にならなかったが、それは自分の目指す夢から逸れる決定となる。

 

 最悪もう戻れないかもしれない……その事を怖くないと言えば嘘になる。タイキもそんなユウキの気持ちになんとなく勘付いていた。

 

 それでもユウキは嬉しかった。カゲツとタイキの眼差しに込められた思いは、言葉にしなくてもわかったからだ。

 

 

 

 どんな決定でも……ついていく。そう言ってもらえたような気がして。

 

 

 

「ここで見て見ぬ振りしたら……俺はこの先真っ直ぐ生きられない。だから……ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキは意を決して2人に答えた。

 

 例えプロを諦めることになったとしても、もうそれを失うことを怖がったりはしない。それで全てが終わるわけじゃないことを実感している。

 

 自分にはこんなにも頼もしい仲間がいるんだと——ユウキは胸を張ってそう言えた。

 

 

 

 役人お抱えのエージェントたちの決意が固まる。ユウキたちの覚悟も。自分の里を守ろうと立ち上がる流星の民たち——それぞれが自分のための戦いを始めようとしていた。

 

 その最前線が後に引けないところまで駆け出そうとした……その時——

 

 

 

——“ストーンエッジ”!!!

 

 

 

 清廉な声が辺りに響いたと同時に、敵対する彼らの間の地面が隆起。鋭い刃に変質した地形が、その戦いを寸前で阻止した。

 

 何が起こった——その場の全員が驚愕に足を止めていた。

 

 そこへ、彼女は現れた——。

 

 

 

「先週より流星の滝付近で確認された戦闘音。報告から調査まで少し時間がかかりましたが……それが功を奏しましたわね」

 

 

 

 黒い長髪を鮮やかな赤いリボンでまとめた女性。それとは対照的にモノトーン柄のワンピースを着た人物をユウキは知っていた。

 

 傍らで“ストーンエッジ”を発動させたであろう相棒のダイノーズは大きな力を感じさせながら鎮座している。そんな山のような不動の圧力を、彼女も発していた。

 

 何故彼女がここに——そんな疑問も、ここに現れてくれたことへの安心感で吹き飛んだ。

 

 二つ名を不落嬢(ファランクス)——現カナズミジムリーダーにして岩タイプ最強の使い手、ツツジがそこにいた。

 

 

 

 

 

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*1
HLCが定めた立入を制限されたエリア、または建物。必要な資格と手続きがなければ立ち入ることを許されない。





舞い降りた盾——!

〜翡翠メモ 53〜

『立入指定区域(立入制限エリア)』

HLC規定で定められた『立入が極めて危険、および重要資源、文化財の喪失可能性のある区域』に設けられた、制限域の総称。

その危険度、重要度から“甲”、“乙”、“丙”の3区分に分けられ、必要な資格と場合によってはHLCに正式な手続きを申請しなければ立入ができないとされている。

しかし知らないうちに迷い込んだ場合や、遭難などでやむを得ず滞在を余儀なくされてしまった場合はその限りではない。また、有資格者の立ち会いの元、無資格者の同行が許される場合もある。

以下はその区分に必要な資格と格付け理由である。

“甲”……ジムバッジ8つ全てを獲得したプロトレーナーにのみ立入が許された場所。危険かつ重要な文化財が存在するため、強さと賢さを充分に有した人材のみということでこの区分となる。立入日2週間前より申請が必要であり、相応の立入理由を確認、精査された上で許可が降りる。ルネシティ地下に存在する“目覚めの祠”などが該当する。

“乙”……ジムバッジ5つを獲得したプロトレーナーに資格が与えられている。重要文化財が指定されている地域に多く割り当てられており、破損や盗難を避ける観点から充分にHLCに信頼されているトレーナーとしてこの区分となっている。流星郷付近の階層にはこの区分が設けられており、現在は立入を厳しく制限されているため、資格者であっても立入は困難となっている。

“丙”……ジムバッジ3つを獲得したプロトレーナーに資格が与えられる。遭難可能性の高いダンジョンの下層、自然区域に多く割り当てられており、単独での走破が可能かどうかという点で、この資格条件となる。

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第163話 もう充分だ


今回で流星郷編終わらせるつもりが……あと1話分は続きそうです。




 

 

 

「——ツツジリーダー!」

 

 

 

 わたくしがホウエンのジムリーダー会合から帰ってきた時、ジム生のひとりが声をかけてきた。

 

 やや疲れ気味の色が見える姿と、待ってましたと言わんばかりの表情からすぐに察することができた。

 

 私のいない間に何かあったのだろう——と。

 

 

 

「事態の説明をお願いできますか?」

 

 

 

 軽くそう聞くと、かき集めたであろう資料をデスクから雑に持ち出して、彼女は説明を始める。きっとわたくしが帰ってきた時用に準備していたのだろう。座学にばかり固執しないよう注意してはいるが、こういう生真面目さにはいつも助けられる。

 

 そんな説明は、実に要領を得ていた。

 

 先週の週末、ジム管轄で管理しているカナズミの北部からハジツゲタウンまで伸びる114番と115番道路間で、大規模な戦闘音と強力な波導を検知したらしい。その反応から少なくともジムリーダークラス、ホウエンリーグランカー*1レベルのバトルが繰り広げられていたと推測された。

 

 道路上での戦闘に制限はなく、ポケモン捕獲か2人以上のトレーナーによるバトルの際に生じたものと最初は軽い調査を派遣したのだが、通行人への聞き込みの中で、唯ならぬ気配を感じた調査員。すぐに応援要請と事態把握のためにジムリーダーへの連絡をするようにとお達しがあったらしい。

 

 わたくしはそんな折に会合から帰還したようで、その調査の詳しい詳細は、自分の目で確かめた方が良いだろうと、待ち構えていたジム生は要点を抑えた資料を用意してくれていたのだ。

 

 

 

「……流星の滝内部と外部周辺に複数の戦闘形跡。目撃証言では騒ぎに向かって走る複数の人間を確認。にも関わらず……実際の戦闘を目撃した、あるいはその当事者たちからの証言は得られず——ですか」

 

 

 

 調査段階ではそこまで疑問視されることもなかったが、これだけ調べても出てこないのは異様だった。確かにホウエン公道にしてはその立地の悪さから歩行者が少ないことが原因で聞き込みが思ったより難航しているのはまだ理解できる。

 

 それでも戦闘を行ったはずのトレーナーたちのひとりくらいは見つかってもよかった。内部と外部の戦闘痕跡はどれも凄まじく、目撃証言が確かなら、複数の人間が関わっていることになる。現場からは少量の血痕や衣服の破れも見つかっており、この事からも事件性があるのは間違いなかった。そう考えるなら、加害者はともかく、被害者からなんの届出もされていないのは不可解だった。

 

 何より不気味なのは、それだけの人間が入っていくのは見られていても、その一団が出ていくところは目撃されていないということ。

 

 

 

「やはり何か得体の知れない団体の抗争だったのでしょうか?最近きな臭い話を聞きますし……」

 

「そんな連中なら、確かに公的な医療機関に頼るのも避けますわね……ですが——」

 

 

 

 こうしたいざこざを“ランカーレベル”のトレーナーが起こしているというのが気になる。しかも立ち去る痕跡を消しながら逃げたにしては、戦闘で起きた痕跡はまるで消していなかった。人目を気にしてそうしたというのなら、その隠匿の仕方の偏りに説明がつかない。

 

 そう考えて……わたくしは嫌な予感がした。

 

 

 

「そういえばハジツゲって……まさか!」

 

 

 

 わたくしはある事に思い当たってもう一度資料を読み返す。

 

 わたくしの思い過ごしかもしれない。しかしもしその一団が()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「あそこには流星の滝……最深部には立入指定“乙区”の流星郷がある。戦闘のどさくさでそこに迷い込んでいたとしたら……流星の民たちが拘束している可能性が……」

 

「え、で、でも彼らが里に人を招き入れますか⁉︎ 追い返してHLCに連絡するんじゃ——」

 

「彼らの思考回路はわたくしにもわかりかねます。それに——」

 

 

 

 思い至ったのはそれだけじゃない。今回の事件、場合によってはかなり厄介なことになっている可能性があった。

 

 そう思う方に実は大した根拠はない。わたくしもただの嫌な予感としか言えないが——

 

 

 

——いやぁ実に仲良くしてたらしいんだよ。ハジツゲのコンテストに一緒に参加したらしくてね……

 

 

 

 八傑会合でミクリさんが言っていた話……そこに登場したのは彼の姪と親しげにしている少年。ハジツゲタウンに滞在していたのはもうひと月も前の話だと聞いていたので、その可能性は低いと思ったが……。

 

 わたくしは知っている。彼の間の悪さが、筋金入りだということに。

 

 

 

「目撃者の中に、白い帽子を被った少年を見たという人がいますね……これは確かですか?」

 

「え……は、はい!たくさんいた人の中で、酷く起こっていた赤髪の男と、去りながら謝罪をしてくれた少年についてはよく覚えている——と」

 

 

 

 これで確定である。

 

 いや、他の可能性などいくらでも考えられるが、ことこの件に関してはわたくしの勘がそう告げています。

 

 酷く曖昧で頼りがいのないわたくしの勘ですが……今日だけは信じましょう。

 

 

 

「すぐに流星の滝へ向かいます。流星郷への立入申請の方はそちらでお願いします」

 

「しかしリーダー!あそこはHLCでも扱いが慎重で、調査申請もいきなりとなりますと——」

 

「リーダー権限で構いません。人命第一。全責任はわたくしが負いますので心配なさらないで」

 

「あ——」

 

 

 

 わたくしはそう言い残し、帰ってきたばかりのホームの扉を開け放つ。その去り際に「リーダーにしてはらしくない……」と言われた気がした。

 

 確かに……今のわたくしは冷静さを欠いているのかもしれませんね。まだまだ未熟者であることをどうかお許しください。ですが——

 

 

 

 見て見ぬフリをしての後悔は……もうしたくないんですの。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「カナズミジムリーダー……ツツジ……ッ⁉︎」

 

 

 

 地面を砕き、隆起した刃で双方の陣営を止めたのはツツジだった。その登場に、彼女を知る者たちは息を呑み、知らない者たちは誰だと彼女を見る。

 

 そんな中で、驚きで声を裏返しながら叫んだのは財務局長サウロだった。

 

 

 

「ご機嫌よう財務局長。随分と派手にご活躍なされているご様子……何よりですわ」

 

「こ、これはこれは……ご丁寧に……!」

 

 

 

 笑顔で応対するツツジに対し、サウロは険しい笑みで返す。顔は穏やかそうに見えるが、彼女の僅かに『笑っていない』部分を察知して緊張している。

 

 ユウキも意外な再開を果たして動揺していた。

 

 

 

「つ、ツツジさん⁉︎ なんでここに——」

 

「お久しぶりですわユウキさん。しかし『なんで』——とはご挨拶ですわね。()()の管理もまた、わたくしたちカナズミジムの仕事なのですよ?」

 

 

 

 そう言われて、ユウキは脳内で開いたホウエン地図を思い出してハッとする。ハジツゲタウンはホウエン本土の最北端にあり、えんとつ山を挟んで南西から下るとカナズミシティがあることに気が付いた。

 

 カナズミから旅立った日から役半年。その間に、ホウエンの西側をぐるりと一周していた。

 

 

 

「先週辺り、地上で起きたとされる戦闘の痕跡を調査に走ったところ……この地下での騒ぎを聞きつけまして。来てみれば、お役人様とかの流星の民が衝突する現場に居合わせることになろうとは——意外なこともあるものですわね?」

 

(……な、なんか怒ってる?)

 

 

 

 ツツジの言葉に何か察したユウキ。その背中に冷たい汗を流しながら、黙して続きを聴くことにした。今口を挟むのは危険だと察知して。

 

 

 

「さて……まずはこの状況の説明を——サウロ局長?」

 

 

 

 彼女が最初に聴取を取ったのはサウロ。意外そうな顔でキョトンとする男だったが、それも束の間。これ幸いにと笑顔で口を開いた。

 

 

 

「いやはや……この者達にも困らされていたところですよ。予定していた視察を妨害されて、今しがた数名取り押さえたところでして——」

 

 

 

 サウロが放った一言で里の者たちは声を荒げる。彼の虚偽の申告はユウキたちの眉間にも皺を寄せさせた。それを聞いてツツジは——

 

 

 

「ご静粛に——!」

 

 

 

 たった一言でその場の波風を静める。そして、聞いた話に踏み入るように言葉を続けた。

 

 

 

「取り押さえた——というのは、そこで倒れ伏している彼らのことで間違いはありませんか?」

 

「はい。そうですよ」

 

「随分と手荒にやられたのですね……」

 

「我々としてもできるだけ穏便に済ませたかったんですがねぇ……彼らの方から激しく抵抗されてしまって……」

 

「抵抗……ですか」

 

 

 

 サウロの話を聞きながら、ツツジは辺りを見回す。そんな様子に堪らなくなったのは——ユウキだった。

 

 

 

「ツツジさん!」

 

「お静かにと言ったはずですよ?」

 

「うっ……で、でも、今の証言は——」

 

「黙れ小童ッ!流星の民などの肩を持つ者の証言など信用できるかッ!!!」

 

 

 

 ユウキが濡れ衣を晴そうと声を出すが、逆にサウロによって遮られてしまう。その言葉にツツジも反応した。

 

 

 

「そうですね……ここ流星郷は立入指定区域。なぜ地上の方々までもがここにいらっしゃるのでしょう?」

 

「知りませんよ!私がここに来た時には、既に彼らが居た。そして事もあろうかこの戦争犯罪者どもに迎合し、私たちに暴行を加えようとしたのです!この者たちにも相応の罰が必要かと思いますが⁉︎」

 

「…………」

 

 

 

 サウロの主張にユウキや他の人間も歯を食いしばる。その内容についてあからさまに隠し、どうしてそうなったのかという大事なことがツツジには伝わっていなかった。しかし言っていること全てが嘘ではないだけに、反論しづらい。

 

 それを聞いたツツジは沈黙。その間がユウキたちに嫌な空気を匂わせた。そして——

 

 

 

「確かに……仰ることが本当であれば、流星郷側に責任追及。地上の方々にもなんらかの刑罰が下される可能性はありますわね」

 

「……!では——」

 

「それが()()()()()()——のお話ですわ」

 

 

 

 事態が自分に都合が良くなり、顔が緩むサウロ。しかしその次の一言をピシャリと閉ざされることに。

 

 ツツジの瞳は——鋭く光っていた。

 

 

 

「もしこれが逆に虚偽であった場合、それはそのまま貴方の責任問題となります。もちろん一度の聴取でのことでしたので、()()()()()であったのであれば訂正をしていただきたいて結構なのですが……」

 

「な、なんですかその言い草は!私が虚偽など——」

 

「ではお聞きします」

 

 

 

 ツツジは警告とも取れる文言で再度サウロに確認。しかし彼が素直に話す気がない様子を見るや否や、すかさず彼女も質問する。

 

 

 

「予定していた視察とのお話でしたが、当然その視察要件と日時もわたくし達ジム側に届出が成されている要項でお間違いないのですわよね?」

 

「うっ……!」

 

 

 

 その件を持ち出されて、顔色を変えたのはサウロ。視察という名目で流星の民への制裁行為を取るつもりだった当初の予定、その日時の話は、今の彼には耳の痛い話だった。

 

 

 

「わたくしの記憶では早くても3月。新年度前の仕事納めとして届出をされたのは、まだ記憶に新しいですわ」

 

「よ、予定が繰り上がったのだ!HLC財務局は危険及び高級な資源の回収は急務。それはジムリーダーもご存知と思われますが⁉︎」

 

「規則は規則でしょう。よしんば早く繰り上がったとして、なぜ立入前に一言くださりませんでしたの?」

 

「そ、それは……それはそちらが不在だと聞いたからだ!その間に流星の側の()()()の報告が舞い込んできて、事態は急を要すると判断したまでだ‼︎——現場の判断にまで口を出さないでもらおうか⁉︎」

 

 

 

 よくもまぁこれだけ言い訳が思いつく——と、カゲツは内心で毒づく。流星の協力者、つまり先ほどいいように使われた若い衆たちのことをさして、ここに来るだけの言い分を作ったサウロ。この場合、その協力者に話を聞くのが筋ではあるが、彼らからの証言は『流星の民だから』——の一言で、不利なものは突き返されてしまう。

 

 ツツジがもう少しこちらに傾倒してくれていれば話は違うのだろうが、彼女はあくまで公正に事態を確認しようとしている。それはカゲツにもわかった。

 

 だからこそ——

 

 

 

「では質問を変えましょう。先ほどあなたは『流星側の激しい抵抗にあって仕方なく応戦し、取り押さえるに至った』——と話されていました。しかしそうなると、なぜあなた方の誰も怪我ひとつしていないのでしょう?」

 

「な……我々を疑うのか⁉︎」

 

「質問しているのはこちらです。激しい抵抗というのであれば、彼らの方から危害を加えてきたことになります。その際に『応戦もやむなし』と判断できるだけの状況になっていなければ、今の証言は効果を発揮しえません」

 

 

 

 ツツジは問う。その理由——抵抗を抑えなければいけないほどの状況とは何かを。

 

 何せ彼が従えているのはバッジ7つ以上を保持しているプロ出身のHLC専属トレーナー。ましてそのトップがその状況判断を誤るというのは、あってはならないこと。流星の民といえど、傷つければ傷害。殺せば殺人になる。現体制がいくらHLCの実権下といえど、その役員が犯す罪は変わらない。

 

 取り押さえるにしても、ツツジの目には『やり過ぎている』——と映っていた。

 

 

 

「さらに言うなら、彼らが抵抗するために行使した武力はなんですか?見たところポケモンで抵抗したようには見えません。彼らも持っていたものを投げつけたようにも見えませんでした。にも関わらず、彼らの中には耳を抑えて蹲っている方々が散見されます。そちらのレアコイルを使った“音波系”の変化技を使用されたのでしょうか?」

 

「そ、それは……」

 

「元々、活動許可範囲を無断で抜け出した者たちへの制裁措置として、彼らから強力なポケモンを手にする機会を奪っているのでしょう?そんな相手にプロでも指折りの精鋭を連れておきながら遅れを取った——などとは言いませんわよね?」

 

 

 

 ツツジの言葉は徐々にサウロの逃げ場を消していく。まるで詰め将棋のように、彼の言い分を逆手に取りながら聴取を進めていく姿を見て、周りもようやく風向きが変わってきたことに気付き始める。彼女がここに来たことが意味するところに——

 

 そんな彼女の顔が——平手打ちされるまでは。

 

 

 

「…………ッ!」

 

「いい加減にしたまえ……!さっきから下手に出ていれば好き放題……貴様、何様のつもりだ⁉︎」

 

 

 

 彼女の頬を叩いたサウロは顔を真っ赤にして恫喝する。一方それを見ていたユウキは怒りで駆け出しそうになった。しかしそちらはカゲツによって留められる。

 

 

 

「か、カゲツさん……⁉︎」

 

「まだ黙ってろ……」

 

 

 

 静かに答える師匠の凄みで、一気に上がったボルテージも押し留められたユウキは、そのまま成り行きを見守ることしかできなかった。

 

 

 

「そもそもジムの運営費から人材派遣、施設運営の向上など、多くの助けがあって貴様らジムリーダーは成り立っているのだろうが‼︎ それをたかが戦争犯罪者たちを責め立てたことで取り締まろうなどと……恩を仇で返すつもりか⁉︎」

 

「…………」

 

 

 

 ツツジは答えない。

 

 彼の発言は誰の目から見てもわかる逆ギレだ。今の言い分では苦しいことを察したサウロが開き直っているのを見て、ソライシや大王たち、流星の民たちもいい加減にしろと怒りを溜め込んでいた。

 

 だがサウロはまだ続ける。それどころか、彼女の襟を掴んで引っ張った。

 

 

 

「ジムリーダーになって天狗か⁉︎ 聞いているぞ?教師と両立しようとして、自身のストレスに耐えかねた貴様が学級崩壊まがいな事件を引き起こしたことを——昨年にはそれで退学に追い込んだ生徒から復讐までされたそうだな?そんな小娘に、我々の邪魔をする資格などない‼︎ こちらには流星の民への制裁措置という大義があるのだ‼︎」

 

 

 

 ツツジの過去に土足で踏み入るサウロ。それを聞いてユウキは前にデボンの荷物を盗まれた事件を思い出した。主犯は国際警察として暗躍していたリオンだったが、実行犯として捕まったのは、ツツジの元教え子だった。

 

 詳しいことまでは聞かされていないが、それでも彼女にはその時思うところがあったのだろう……そう思わせる顔をしていたのを覚えている。

 

 そして、思い出したことがもうひとつ。

 

 

 

「大義……ですか」

 

 

 

 ツツジは掴まれた手にそっと触れる。

 

 優しくも見えたその動きだが、次の瞬間、迸るようなプレッシャーがサウロを襲う。

 

 

 

「ッ——⁉︎」

 

「何かお心違いをされていらっしゃるようなので、失礼ながら申し上げます」

 

 

 

 そのプレッシャーを遠巻きで感じながらユウキは思い出していた。森の中で彼女が同じ顔をしていた事を。

 

 彼女が本当に怒った時の怖さを、彼は知っていた。

 

 

 

「確かにHLCの統制によって各町々の経済状況は良くなりました。ジム側もその恩恵を受けていることを否定は致しません。同じ土地で足並みを合わせるために、HLC規定も遵守する所存です」

 

 

 

 淡々と告げる一言一言に、殺気と見紛うほどの圧力が込められている。それを一身に受けるサウロの動揺は計り知れない。

 

 

 

「ですが、ジムはあくまでトレーナー後進育成機関。所属トレーナーが将来的に様々な局面で有益な人材となるべく励まむ場を提供しているに過ぎません。そちらに控えているお付きの方がどこかのジム生だったからといって、あなた方の駒使いを育てているわけではない」

 

「な、なんだと……⁉︎」

 

「先ほど何様だと仰りましたね。わたくしの未熟さはご指摘の通りですが、だからと言ってジムリーダー全体を見誤る発言は看過できません。あくまで彼らがジムの顔を張るのは——あらゆる横暴への抑制です」

 

 

 

 毅然と言い張られたことで、サウロの顔色はますます悪くなる。彼も知っているからだ。その存在意義を——。

 

 

 

「大昔、戦争と圧政からの自由を謳い、呼び集められた8人の英傑たち——その伝承に倣い、ここホウエンで選ばれたジムリーダーたちの集いが“八傑会合”。理不尽に事態が動く時にわたくしたちの存在意義が問われるのです。そして今——わたくしはその責務を全うするかどうか、判断しています」

 

 

 

 それは自分たちジムリーダーの思想。個性は違えど、長年歩んできた自身の研鑽を大きく制限する事の意味を彼らは知っている。ツツジが代弁したのは、そんな誇り高い守り人としての精神。

 

 断じて、HLCの配下ではないということ。

 

 

 

「どうしてHLCの指揮系統に従属しながら。ジムリーダー連『八傑会合』という別の名が与えられているのか……お忘れですか?」

 

 

 

 襟を掴むサウロの手を、力強く握りながらツツジは告げる。

 

 

 

「“個”の暴走を止めるのがHLCの役割だとするなら、“組織”の横暴を正すのが我々ジムリーダーであるということを——‼︎」

 

「ヒッ——!」

 

 

 

 一際強く与えられた圧力が、反射的にサウロを後退させる。自分が虎の尾を踏んだことを今更自覚したのだった。

 

 ツツジはそれらの文言を踏まえた上で、彼に問う。

 

 

 

「もう一度聞きます局長。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ツツジは最初から気付いていた。このサウロという男の目的を。その際にどれほど権力と暴力をちらつかせ横暴を振るうのかを。その狭量な心を持つ彼を、どう問い正せばいいのかを。あくまで、公正な見方で——。

 

 サウロにもはや言い逃れる術はなかった。相手は自分の組織に属する強者。彼女の未熟さを指摘しておきながら、その若さに似つかわしくない手腕と物腰の柔らかさから、周囲から厚い信頼があることも知っている。そんな相手に実力行使をすれば、立場を悪くするのは自分だということを理解していた。

 

 故に——彼は沈黙以外の選択肢がなかった。それでも、男は諦めきれない。

 

 

 

(ふ、ふざけるなぁ〜〜〜‼︎ 一体この機をどれだけ待ったと思っている⁉︎ 高エネルギー体の発見と調査から得られるHLCからの報奨は、この私にとってまたとない出世のチャンスとなるのだ……‼︎ それを……それをこんな小娘にぃぃぃ!!!)

 

 

 

 矮小な心が、己の野心を満たせないことでのストレスで悲鳴を上げる。自分よりも二回り以上も歳下の少女に叱責される羞恥と恐怖も相まって、顔を真っ赤に染めた。

 

 これが誰も見ていない場所ならば、おそらく年甲斐もなく地団駄を踏み、周囲の物に当たり散らしていたに違いない。

 

 しかしそれでも、サウロは自分を制することに努めた。ここで怒りに任せて行動すれば、出世どころの話ではない——が、かと言ってここですごすごと引き下がれば、後々ジムリーダー相手には何も言えないという事実上の格の違いが生まれることになる。誇りと面子が服を着て歩いているようなサウロからすれば、絶対に避けなければならないことだった。

 

 今必要なのは、せめて立場は対等であるという周囲からの評価。善悪や手段、好みとは別に考えられる、ジムリーダーとHLCのパワーバランスを均等にならすことに、男は目的を切り替えた。

 

 

 

「わかりました……状況証拠でしかないあなたの推論ではありますが、そこまであなたが仰るのでしたら私たちも引き下がりましょう。他ならぬジムリーダーのあなたです。我々としても、同じ組織の仲間と対立したいとは思いません」

 

「……そうきましたか」

 

 

 

 ツツジは自分の質問に答える気がないことを察しつつ、ここでそれを追求すれば、かえって話題をのらりくらりと変えられてしまう未来が見えてため息をついた。

 

 実際、彼女が言ったのは表面上で見える状況証拠と過去の流星絡みの因縁から算出された予想でしかない。ここでどんな悲惨な事件が起こっていたとしても、動かぬ証拠までは提出できなかった。

 

 その上で、向こうが『歩み寄り』という選択を取ってきた以上、事実を追求することは逆にリスクとなる。

 

 

 

「あなたもここには先週の事件調査という名目で訪れたと仰ってました。であるならば、ここは互いの領分を弁えるというのはどうでしょう?あなたのお仕事の邪魔はしたくはありませんし、私たちの使命もまた完遂されなければなりません。ここは同じ組織の目的のために、どうか流星側に要求した品の回収だけはさせていただけませんか?」

 

 

 

 先ほどあれだけツツジをこき下ろしたというのにいけしゃあしゃあと——とユウキは苛立ちを隠せなかった。

 

 彼の本性はこの短時間でもよくわかるほど小狡い。そんな彼の内心は、ツツジの立場を認めたわけではなく、敵対するより丸め込む方が早いと踏んでの発言だということ。敢えて『組織』などと言っているのは、ツツジもまたその組織の一部だから。彼女の首を縦に振らせる口実を作るためのものだと、憶測ながらも気付いた。

 

 

 

「流星にした要求の品……確か、この里の宝玉でしたわね?」

 

「そうですそうです!このホウエンには多くの技術者たちが集まり、戦後の復興に大きく貢献してきました!しかしながらどんな技術を以ってしても、肝心の動力となるエネルギー源が確保できなければ無用の長物となってしまう……デボンと共に様々な分野でそれを捜索しているのですが、その宝玉にはそれに相応する価値があると睨んでいるのです!」

 

 

 

 流星郷に伝わる宝物を指して、サウロは演説気味にその価値をプロデュースする。これにはHLCという組織の理念や目的が含まれていることを強調する意図があった。

 

 

 

「ツツジジムリーダー。確かに手続きに若干の行き違いがあったことは認めましょう。ですが、私たちの行動はHLCの悲願に基づいての行動なのです。浅慮な私の独断とあなたはお思いでしょうが、それもこのホウエンの未来を憂いているからこそ——エネルギー供給が将来的に立ち行かなくなれば、技術ばかりが先進した未来で何が行われるか、聡明なあなたならおわかりいただけますね?」

 

 

 

 その果てにあるものを想像させて、説得力と正当性を同時に主張するサウロ。

 

 もちろんツツジにもその背後にある野心やプライドがあることを見抜いてはいたが、それを今指摘しても子供の揚げ足取りとしか受け取られないことも予想がつく。

 

 苦し紛れの発言かと思われたが、存外際どい点を突いてくる彼のやり口に感心すらツツジはしていた。腐ってもこの新体制でのし上がった男。やり方は褒められたものではないが、侮っていい人材でもないことを再確認した。

 

 

 

「お互い時間も惜しいでしょう。さあ、道を開けてください。あなたへの非礼は後日必ず、別の形でお詫び致します。ここは私の顔に免じて退いていただけませんか?」

 

 

 

 ツツジがどうすべきかと逡巡する隙に、サウロはすかさず退くか退かないかの二択で迫る。財務局側の発言に一理あると考えているからこその沈黙と誠意を見せた発言とで『できるだけ譲歩した』——というポーズを取った男は、上手く自分の立場を確立した。

 

 無論プライドの高いこの男の腑は今も煮えくり返っているが、目的を遂げるためならとこの怒りに完全に封をするだけの度量はあった。大したポーカーフェイスぶりだと、皮肉混じりにツツジも心の中でため息をつく。

 

 その流れの変化に、ユウキを不安が襲う。

 

 

 

(誰が見たってこんな横暴まかり通らないのに!ツツジさんは立場的に退くしかない。そうなったらもう俺たちの抵抗は単なる公務執行妨害。ツツジさんすら敵に回しかねない——クソ!何か……宝玉を持っていかれない方法はないのか……⁉︎)

 

 

 

 出目は最悪の方に振られてしまった。ツツジが首を縦に振り次第、彼らは嬉々として宝玉“翡翠色の珠”を奪いにくるだろう。そうなる前に役人たちを止める理由を思いつかなければならなかった。

 

 もう数秒の猶予もない——だが、ユウキにも、他の誰にもそんな都合のいいアイデアは湧いてこなかった。

 

 ツツジもこの状況でどう応対するのか悩んだが、それでも自分のすべきことを考えて——選ぼうとした時だった。

 

 

 

「——もう心配はいりませんよ」

 

 

 

 そこまで大きな声ではない。なのにやけにしっかりと通った清涼感のある声が、その場の人間全てに届いた。

 

 声のした方を見ると、複数の流星の民が現れ、その中心には声の主であろうオババがいた。仲間に支えられながら、彼女は疲弊した体を押して現れたのである。

 

 

 

「……里長ッ!」

 

 

 

 その姿を見たサウロは苦虫を噛み潰したような顔で迎える。

 

 彼女と何度も対話をした経験のある男からすると、その度に煮湯を飲まされたことを思い出して怒りと煩わしさが込み上げてくる。

 

 それとは対照的に、里側の人間の顔は明るくなっていた。やっと信頼に足る人間が助太刀に来てくれたことに。

 

 しかし、何をもって心配するなというのか——近くにいたジンガが問いかけた。

 

 

 

「オババ様!あんた体壊しとるんじゃあ……それに、心配するなってのは——」

 

「ありがとう。里を守ろうとしてくれていたことに感謝します。でも、心配の種はもう無くなりますから」

 

 

 

 そう言って、ジンガの言葉を他所に、懐から彼女はそれを取り出した。

 

 鮮やかな緑に輝く——“翡翠色の珠”を。

 

 

 

「お、オババ様⁉︎」

 

「い、いけません!あいつらこれを狙って——」

 

「ええ。所望されていた品を献上しに来たのですよ」

 

 

 

 ジンガや他の民たちが血相を変えて彼女に詰め寄るも、さらに信じられない言葉で追い討ちをされて開いた口が塞がらなくなる。

 

 ユウキたちも……何が起きているのかわからないといった具合でその事態を傍観することしかできなかった。

 

 そんな中でサウロは——

 

 

 

「ククク……!そうですか。やはりあなたには里の者たちを守る以上の感情を、その珠に持つことはできなかった——というわけですね……!」

 

 

 

 彼にとっても思わぬ幸運だった。

 

 頑なに渡さない姿勢を見せてきた彼女が自らその宝玉を持ち出した。その動機がおそらく里の者たちの疲弊の度合いに関係していると睨んだ彼は、結果として宝玉が手に入る流れになったことに心の中で歓喜する。

 

 だが——

 

 

 

「伝説の宝玉………あれが……?」

 

 

 

 その中でひとり——ソライシだけは違和感を覚えていた。

 

 問題はオババが持ち出した“翡翠色の珠”。それを見て、彼はある疑惑が頭に浮かんだ。だがその考えを口にする前に、オババはそれを持ってゆっくりとサウロの元まで歩いて行く。

 

 サウロもそれをただ見下ろすように、満足げな顔でそれを待っていた。予期せぬ事態はあったが、これで目的は果たされる。この状況を脳裏で戴冠式のような光景に妄想しながら、宝物が転がってくるのを待っていた。

 

 

 

「こんなものが欲しければ——差し上げましょう」

 

「…………?」

 

 

 

 彼女がゆっくりとその珠をサウロに手渡した時、その光は失われる。

 

 サウロはその光景に不自然に思いつつ、里長の手元から離れたことでその輝きを失ったのだろうかと納得しかけた。

 

 喉から手が出るほど欲しがったそれを舐め回すように見て、まさか偽物をつかまされたのではあるまいなと眺めていると——

 

 

 

「……なんだこれは?」

 

 

 

 サウロは目利きをしているうちに、震えるような声でそう呟いた。

 

 顔はみるみる紅潮、宝玉を持つ手に力が入って青筋が何本も走る。

 

 

 

「それが……翡翠色の珠です」

 

「ふざけるなッ!!!」

 

 

 

 オババの言葉でついに我慢の限界を迎えたサウロは手に持ったそれを思い切り地面に叩きつけた。

 

 その衝撃で粉々に砕け散った宝玉。その光景に流星の民は悲鳴をあげそうになった。

 

 だが、サウロの怒りは収まらない。砕けたガラス片の中から乱暴につかみ出した結晶をオババに突きつけながら続けて怒鳴る。

 

 

 

「これは生命エネルギーに反応して発光する結晶だ‼︎ 波導を扱える者が力を流せば簡単に発光するただの手品だ‼︎——偽物掴ませやがってこのババア!!!」

 

 

 

 もう敬語どころか、品性すらも失った言葉遣いで彼女に詰め寄る。老体の衣服に手をかけ、力任せに引き寄せた。

 

 この事態に困惑しながらも里長を助けようと里の者たちが駆け出すが、それを手の平を見せるだけで、オババは仲間の救助を留めた。

 

 そして、その意図を口にする。

 

 

 

「その手品こそ……私たちが何千年も守ってきた代物ですよ。いえ、真実と言った方が正確かもしれません」

 

「真……実……?」

 

 

 

 何を言っているのかわからない——サウロだけでなく、その他の人間も同じ感想だった。

 

 ただひとり、ソライシを除いては。

 

 

 

「最初から……翡翠色の珠なんてなかった——そういうことですか?」

 

 

 

 彼が放った一言に全員が振り返る。

 

 近くにいたユウキが、その続きを聞く。

 

 

 

「どういうことですか……?」

 

「私の専門は天文学だが、考古学の友人の話も聞いていてね——宝玉、または宝珠と呼ばれるものは、伝承などで登場する超古代ポケモンと密接な関わりがあるんだ」

 

「超古代ポケモン……?」

 

 

 

 耳馴染みのない言葉にユウキは聞き返す。ソライシは言うか迷ったが、変に話を止めるべきではないと思い続きを話す。

 

 

 

「お伽話に登場するようなポケモンの一種だ。そして、そんなポケモンの存在を匂わせるように、世界各地ではこういう宝玉のような品が発掘されている……ここホウエンでも、既に2つの珠が発見されているんだ」

 

 

 

 現在HLCで管理されているものが既にある——だからこそ、サウロたちもこのような眉唾物に価値を見出していた。その伝承云々というよりは、そこに内包されているエネルギーを求めて。

 

 

 

「生成された経緯も正体もわからないものだけど、今はそれを“送火山(おくりびやま)”という場所で管理されているんだ。僕も一度だけ、研究者として意見を述べるために実物を見せてもらったことがある」

 

 

 

 だからわかった。彼の能力も相まって、今見た翡翠色の珠がそれら宝玉とはかけ離れたものだということを——。

 

 

 

「あれとは全く違う。そもそも珠は常に光を帯びているんだ。内包するエネルギーが光に変わってね。今手渡された珠には、そんな力を感じなかった……」

 

「じゃあ……龍神様との契約って……」

 

 

 

 レンザから珠の話は聞いていたユウキが思わず口走る。しかしそれが今どれだけデリケートなことなのかとすぐに思い至って、しまったと言わんばかりに自分で口を塞ぐ。

 

 だが、サウロにそんな気遣いはなかった。

 

 

 

「ふざけるのも大概にしろ流星‼︎ 結局伝承だなんだとあれだけ騒ぎ立ておいて、『蓋を開けてみれば全て嘘でした』——⁉︎ こんな笑い話があるか⁉︎ おかげでこっちは費やした費用が丸損だよ‼︎ これだから誇大妄想に浸ったおめでたい奴らとは関わりたくなかったんだ‼︎ 宝玉ひとつにしか価値のない能無しどもめ‼︎ 」

 

 

 

 これまでのストレスを吐き出すように地面に散らばった水晶を踏み砕くサウロ。流星の民全員に向けられたそれは、現状を飲み込めない彼らを傷つける。

 

 信じていたものを目の前で砕かれた彼らには、この上ない仕打ちだった。

 

 そのガラス片が全て粉微塵になるまで踏みつけた後、荒ぶった息を少しだけ整えて、サウロは力なく笑う。

 

 

 

「ククク……ハハハ……!愚かだなぁ流星の民よ。こんな嘘つきに騙されたばっかりに、お前ら全員一生地下暮らしだッ‼︎ ハハハ!イイ気味だ——」

 

「黙れ……ッ‼︎」

 

 

 

 まだ罵倒するサウロ。そんな彼の襟に手を掛けていたのは——カゲツだった。

 

 

 

「なっ……き、貴様……⁉︎」

 

「ほぅ?俺相手に『貴様』呼ばわりとは……偉くなって随分神経太くなったんだなぁ」

 

「ひっ……⁉︎」

 

 

 

 カゲツは手にかけた力をほんの少し強める。それだけで調子づいたサウロは恐怖で身を強張らせた。

 

 それを止めようとする兵隊たちだったが、カゲツの一睨みでその動きを止める。四天王の胆は伊達ではない。

 

 

 

「……ケッ。色々あったあの戦争。2度と関わり合いになんかなるかと思ったが、何の因果かねぇ……結局大元辿る結果になっちまったってことか」

 

 

 

 カゲツは自嘲気味に笑う。

 

 そこにどんな気持ちが込められているのか、この場にいる人間でわかるのは、波導を見ていたオババくらいだった。

 

 

 

「確かにお前の言う通り。ざまあねぇぜ。人騒がせなこったなぁ。あの戦争で()()()()アホみたいな被害出して……その真相がこれかって話だ。何十年……いや、何千年も騙されてきたんだよこいつらは……或いはあの戦争に関わった連中全てがな」

 

 

 

 カゲツは言葉を続けるほど、手に込めた力を強めて行く。そこに悔しさなのか悲しさなのか怒りなのか……複雑に絡み合った様々な感情が表されているのを、ユウキはなんとなく察した。少なくとも、誰を思い浮かべているのかくらいは——。

 

 

 

「だからよぉ、もうこの辺でいいだろ。制裁っつうならもう充分だ。こいつらは生きる指針を今この場で失ったんだ。これからどうすりゃいいかもわかんねぇ暗闇に、いきなり突き落とされたんだ……!もう充分だ……ッ‼︎」

 

 

 

 彼らは許されない罪を犯した——その子孫だ。全員が全員加担していたわけではない。それでも戦った人間の尻拭いを贖罪とするのなら、これほど重い制裁はないとカゲツは言った。

 

 それはその裏返し——カゲツは彼らをもう許そうと……告げていた。

 

 

 

「ふざけるな‼︎ こっちはそんなもの——」

 

「いい加減にしとけよチキン野郎……俺がもういいつってんだ。あそこで戦った俺が言ってんだ!誰にも文句は言わせねぇ‼︎ まして、奇襲くらっていの一番に部隊ほっぽりだして逃げ出したクソ指揮官なんざがどうこう言える立場じゃねぇんだよッ!!!」

 

 

 

 戦時中に起きた出来事を想起させる言葉で、カゲツはサウロを責め立てた。我が身可愛さに自分を信頼する兵士たちを見捨てようとした男に、そんな事を言う資格はない——と。

 

 

 

「いいか‼︎ これ以上何かこいつらに言ってみろッ‼︎ HLCだろうがなんだろうが関係ねぇ‼︎ 今度こそ殺すぞボケナスがぁッ!!!」

 

 

 

 四天王の本気の圧力を至近距離で浴びせ、サウロの全細胞は逃走を決め込んでいた。恥も外聞もなく、泣き喚きながらおたおたと里の出口へと向かい、動揺していた側近のトレーナーたちはそれを見ているしかできなかった。

 

 そんな彼らに、カゲツは続ける。

 

 

 

「いつまでそうしてるつもりだ……お前らが突っ立てんのは人ん家の敷地だぜ?——出てけッ!!!」

 

 

 

 その一言で彼らも恐怖で身を翻す。

 

 慌ただしく退散して行く彼らを見送った者たちは、何も言わなかった。

 

 ただ、ユウキだけは……ほんの少しだけ嬉しかった。

 

 

 

(カゲツさん……)

 

 

 

 まだ何が真実なのかはわからない。

 

 それでも、あれだけ流星を憎んでいた彼が流星を守ったこと。そして、それはどこかできっと、許そうとしていたからできたことなんだと確信していた。

 

 それがわかるだけ、こんな辛い結末でも意味はあったと——少年はひとり思った。

 

 

 

 

 

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*1
プロトレーナーA級ライセンスを持つ者の中で、上位100人に選ばれるトレーナー。プロ全体の約5%ほどの猛者たちである。





信仰は砕かれ、あまりにも重い現実だけがそこに横たわる——。

〜翡翠メモ 54〜

『財務管理局』

ホウエン全土の経済状況の管理、および重要指定文化財、貴重資源の管理を任されているHLCの会計担当部門。

主な活動内容はポケモンバトル興行の盛り立て役であり、ジム運営の総括も勤めている。毎月のジム側の報告から算出した予算を提供しており、その審査と予算案の構築に奔走している。

一方で貴重な資源をデボン・コーポレーション協力の元、回収に努めており、資格のかなうプロトレーナー達にも仕事を割り振ることも多い。

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第164話 許しと強さと


今回で終わると言ったな?あれは嘘だ……いやちゃうねん。長過ぎたねん。




 

 

 

「全くあなたは……どうしていつも厄介事の渦中にいますの⁉︎」

 

 

 

 ことのほとぼりが一先ず落ち着き、俺は再び療養のため、オババさんの邸宅に送還させられていた。その一室の布団に腰掛けながら、今はツツジさんと話している。

 

 無茶な駆け込みをしたことをタイキにこってり絞られた後なのだが、それ以上に今はツツジさんからの叱責が痛い。そんなこと言われましても……。

 

 

 

「俺だって好きで巻き込まれているわけではないんです……」

 

「それにしたって警戒心が足りませんわ。『のほほんとしてる割に意外とすぐカッとなるところがある』——というアスナさんからの証言もあるのですよ」

 

「あ、アスナ……⁉︎」

 

 

 

 あら、呼び捨ての間柄でしたの——などと呑気なことを言われてしまったが、俺としては何言ってくれてるんだと物申したい気持ちでいっぱいだ。とんだ風評被害である。

 

 

 

「あいつに会ったんですね……他に何か言われてたりします?」

 

「『経歴の割に腕が立つ』、『センリさんとはまた違う意味で真面目』、『顔は平凡だけどなんだかんだ女性を泣かしそうなタイプ』——」

 

「わかりました。今すぐフエン行くんで」

 

「病人でしょう。安静にしてくださいまし」

 

 

 

 思ったよりズケズケ言いますやんアスナはん。くそ、何がそこまで言わすんだ。仲良かったよな?最後のに至っては濡れ衣にも程がある。

 

 そんな悔し涙を流していると、ツツジさんは少し真剣味を含ませて声のトーンを少し落とす。

 

 

 

「こんな場所にまで辿り着いてしまうなんて。あなたの境遇の悪さは筋金入りですわね」

 

「うっ……し、心配かけました……」

 

「これもアスナさんから聞いてはいましたが、元四天王のカゲツさんと共に居られたのにこうなってしまうだなんて……」

 

「……あの人が一緒にいるから巻き込まれたとは考えないんです?」

 

「……?人格者だとお聞きしてますが?」

 

「今度アスナに眼科か脳外科を紹介してやってください」

 

 

 

 その辺、アスナ一体どういうつもりで話してたんだ。確かに最近は丸くなったり、なんだかんだ前から面倒見もよかったりはするけど、表面的にそう言えるのは感性おかしいとしか言えんのだが。

 

 

 

「まあ今更無茶をするななんて言うのは野暮というものかもしれません。旅をする以上、こうした経験をすることもあるでしょうから……それでも、ご自分の道を見失うことがありませんように。あそこまで必死になってトウキさんから勝ち取ったプロの資格だということは、忘れないで欲しいのです」

 

「あ………」

 

 

 

 それを聞いて、ツツジさんが怒っていた理由が少しだけわかった気がした。

 

 俺の夢や目的は、プロ資格があって初めて成せる。ハルカに挑むための切符であることは充分理解していた——つもりだった。

 

 でも今回、俺はそれを手放しても構わないとさえ思っていた。そのために払った犠牲は大きかったはずなのに、目の前のことで頭がいっぱいで……。

 

 カッとなりやすい……か。確かにそうかもしれない。

 

 

 

「ごめんなさい。ツツジさんにもお世話になっときながら……」

 

「わたくしは何もしていませんよ。あなたが自分で選んで、今日まで歩いた道のりですから」

 

「それでも……ツツジさんが最初のジムチャレンジの相手だったから、色々よかったんだと思います」

 

「……そうですか」

 

 

 

 こんなことを言われて迷惑かもとは思ったが、ツツジさんは笑ってその言葉を受け取ってくれた。

 

 今回はまた世話になったし、そろそろご飯のひとつでもご馳走しないと本格的に恩知らずのレッテルを貼られそうだ。忙しいと思うけど、今誘ってみるか。

 

 

 

「あの……世話になりっぱなしですし、今度ご飯でもご馳走させてください。もちろんカナズミに行った時でいいですけど」

 

「……やはり女性の目の毒だというのは本当の話でしたの?」

 

「は⁉︎ な、なんですかいきなり⁉︎」

 

「婦女子相手に2人きりでいる時に食事のお誘いですよ?あなたにそんな気は微塵もないのでしょうが、これではそのうち勘違いされますわ」

 

「え、な、なんでそうなるんですか⁉︎ 俺はただ単純に——」

 

「はいはい。ハルカさんには言いませんから、食事を誘うならそちらにどうぞ」

 

「なんで今ハルカの名前が出るんですかぁぁぁ!!!」

 

 

 

 どこで間違えたのだろう。会話の流れが常に俺の予想の斜め上に行ってしまう。ツツジさん、やっぱりまだ怒ってるのか?

 

 羞恥心と困惑で顔が赤く染まった俺は、これ以上話すと泥沼だと判断して、もうそれ以上は抵抗しないことにした。ため息をついて天を仰ぐように布団に体を預けた。

 

 すると、ツツジさんは何かを思い出したかのように口を開く。

 

 

 

「そういえば……感謝というのなら、ツシマさんにこそお伝えした方がいいですわ」

 

「え、ツシマさん?」

 

 

 

 今名前が挙がるとは思っていなかった俺は素っ頓狂な声で返事してしまう。確かにアリスの時は世話になったけど、なんでツツジさんがその話をするんだ?

 

 

 

「やはり気付いてなかったのですね。わたくしが流星の滝まで来たのは確かに調査目的でしたが、流星郷までの道案内をしてくれたのは——ツシマさんなのですよ?」

 

「え、マジですかそれ」

 

 

 

 そういえば、あの人今回の騒動には姿を見せてなかったっけ。てっきりまたマイペースにどこかに遊びに行ってるのかと思ってたけど……。

 

 

 

「流星郷には案内人がいなければ辿り着くまでに時間がかかりますから。いつからわたくし達が来たことに気付いたのかはわかりませんが、滝の下層を案内してくれたのです。わたくしが事態に介入する頃には、また姿が見えなくなってしまいましたが……」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 

 ツシマさんがツツジさんを連れてきてくれなかったら、今頃俺たちは流星の民と一緒に縛り上げられていたことになる。確かにこれは大きな借りを作った。でも、そうなると疑問もある。

 

 

 

「あの人……いつの間にこの辺の地形を把握したんだ?」

 

 

 

 ツシマさんもここに来るのは初めてって感じだった。過ごした時間も俺たちと大差ないだろうし、里の外で迷子になられると困るからと外出には門番の誰かと行動を共にするように言いつけられていた。

 

 トマトマと仲良くしてたし、よく2人で出かけていたから、その時覚えたのだろうか……?

 

 

 

「あの方についてあれこれ考えるのは得策ではありませんよ。わたくしもデボンの事件以来の付き合いではありますが、正直行動を予測しにくい方ですので。今は素直に感謝しておくと良いのかもしれません」

 

「それもそうですね……ツシマさんですし」

 

 

 

 あの人のことについて、俺は知らないことばかりだ。それを聞く機会もあったはずなんだけど、会話してるといつも突拍子もない話になって聞きそびれてしまう。デボンの目的とかD-RinG(ディーリング)のこととかも聞きたかったのに。

 

 でも、今は逆にそういうことを尋ねる気にならない。

 

 

 

「あの人……良い人ですよね」

 

「何をもってそう言えるのかはわかりませんが、わたくしも好印象を抱いています。今はそれでいいのではありませんか?」

 

「……はい」

 

 

 

 結局そんなところで話は落ち着いた。本当ならツシマさんにそのまま感謝を伝えたいが、ここにもいないことを考えると、もしかしたらもう里にはいないのかもしれない。

 

 神出鬼没なあの人のことだ。今は会えなくても、またひょっこり顔を出すだろう。今は……それで納得しようと思う。

 

 

 

「さて、あまり病人を起こすのも気が引けてきましたので、わたくしはそろそろ退散するとします。一応今回の件で事情聴取はしたいと思うので、後程カナズミに来ていただくことになるとは思いますが……」

 

「あ、はい……構いません」

 

「では、もう少しおやすみください。今回は本当にご苦労様でした」

 

 

 

 ツツジさんはそれを最後に立ち上がって席を外した。その足音が遠ざかっていく音を聞きながら、俺はお言葉に甘えて目を閉じる。

 

 

 

(本当に……色々あったな……)

 

 

 

 倦怠感で意識が沈んでいく中で、俺はここ数日を振り返る。

 

 いきなり現れた国際警察に告げられたデイズの存在——。

 

 隕石を巡って争った人たち。そこにいた流星の民——。

 

 初めて聞いた戦争の発端となった人たちの声。それぞれの思い。ソライシ博士やレンザの抱えていた過去——。

 

 HLCの役人の制裁行為——。

 

 

 

(大丈夫かな……みんな……)

 

 

 

 意識を手放す寸前に思い出していたのは、ほんの数時間前の流星たちのこと。

 

 身内に裏切られ、心無い言葉と暴力で傷つけられ、最後には信じていたものを砕かれたあの人たちのことだった……。

 

 俺はその時のことを、また夢の中で見ることになる……。

 

 ——あの悲痛に泣き叫んでいた、あの人たちのことを。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 数時間前——。

 

 

 

「オババさま……嘘なんだろ?さっきの話さぁ……」

 

 

 

 粉々に砕かれた“翡翠色の珠”の前に立っていたオババに対して、里の者のひとり——白髪まじりの中年くらいの民が話しかける。

 

 サウロによって暴かれてしまったこの現実を受け止めきれず、オババにそれを問うていた。今にも泣き崩れそうな男に、オババは答える。

 

 

 

「全て……真実です。“翡翠色の珠”など存在しません」

 

「は、ハハ……お、俺疲れてるのか?もしかして、これは夢か?」

 

「現実なのです。里長を決めていたのは龍神様ではなかったのです。全ては私とその先代の——」

 

「ふざけるなッ!!!」

 

 

 

 オババが答えていると、今度は民の中からそんな野太い叫びが上がった。

 

 もうひとり、別の老人がオババの前に躍り出る。それは数日前にゲンジに卵をぶつけた男だった。

 

 

 

「わしは……わしらは今まで、龍神様を信じてきた……その神が選んだのがあんたらだったから、わしらも長年従い続けてきたんじゃ……それを、それをあんたは……‼︎」

 

 

 

 怒り——だけではない。

 

 裏切られて生まれた悲しみやこれまでしてきたことへの恐怖。されてきたことへの恨み。そうしたものが混じり混じって、絶望となって彼の顔と波導に現れる。

 

 オババはそんな彼を真っ直ぐに……悲しそうに見つめていた。

 

 

 

「なんだったんだ……?今までわしらは何をしていた?いもしない神に頭を下げ、それを食い物にしてきたのかあんたらは?わしらに手を汚させて……こんな穴倉を聖地などと呼ばせて……」

 

「確かに“翡翠色の珠”は……里長を選ぶために作られたシステムです。ですが、龍神様は本当にいらっしゃる——」

 

「どの口がほざくかぁッ!!!」

 

 

 

 オババの言葉に、かつてのような信頼はもうない。男はもう聞きたくないとばかりに咆哮して涙を流す。

 

 

 

「今までさぞ楽しかったのだろうな⁉︎ 何も知らない我々が、愚かにも盲信している姿は——さぞ滑稽に映っただろうよ……‼︎ 馬鹿の一つ覚えのように教え教え教え……‼︎ 自分たちは真実を知って高みの見物‼︎ だから戦争にも里長と側近たちは加担しなかったんだものなぁ‼︎」

 

 

 

 男は掻き乱された心で喚く。

 

 戦争の間、全ての流星の民が争いに出向いたわけではない。それを知っていた男には、『盲信して気が狂った民』として扱われてきたことに我慢ならなかった。

 

 ましてそれが、味方からそう思われていたのだから——。

 

 

 

「一体……あれで何人死んだと思ってる……ッ‼︎ ホウエン政府の力は絶大だ‼︎ いくら多くの人間を引き込んだとしても、真の強者たちの前では吹き飛ばされて終わりだ‼︎——帰ったら式を上げると言っていた親友が、目の前で……散っていった‼︎ あんたもそれは知っておったというのに……‼︎」

 

 

 

 男が体験したのは真の恐怖。

 

 わけがわからないまま殺される恐怖。

 

 それに立ち向かうだけの動機にあった信仰が嘘っぱちだったという恐怖。

 

 それを知ってしまい……あの戦いに意味などなかったと認めてしまいそうになる恐怖だった。

 

 

 

「よく黙っていられたよ……よく平気な顔で我々と接していられたよ!——何が慈愛に満ちた女神だ……あんたはただの人殺しだッ‼︎ 人畜無害な皮を被った悪魔だッ‼︎ こんなもので人を誑かせる詐欺師め——殺してやる……お前なんか——‼︎」

 

 

 

 男は地面から拾い上げた石をオババに向かって投げつける。

 

 それは真っ直ぐ老女の額に目掛けて——

 

 

 

——ガッ!!!

 

 

 

 それが当たる直前、間に入ってきたゲンジの額が代わりに受けた。

 

 

 

「げ……ゲンジ……⁉︎」

 

「おっさん——‼︎」

 

 

 

 男が呆気に取られている間に、カゲツはゲンジの元に駆け寄る。「無茶すんな」と叱責されながら体を支えられるが、ゲンジは意識を保って男を見ていた。

 

 

 

「そうか……そうだったんだなゲンジよ。だから裏切ったのか……」

 

 

 

 男は何かに得心がいったように、侮蔑するようにゲンジを睨む。彼が裏切った理由に検討がついたと言って。

 

 

 

「貴様は知っていたのだ。流星の民など嘘の塊だと……それをいち早く察した貴様は身を翻して敵に寝返ったのだ!自分たちに正義はない!ならば戦後に立場を得ようとひとりだけ逃げたのだろう‼︎ ハハ……そうかそうか……流星の民とは結局、裏切り者の集まりというわけだ!何も知らない者達を心の中で馬鹿にする者達だったのだな⁉︎」

 

 

 

 男はそれをゲンジにだけにとどまらず、隅っこで縮こまっていた若い衆にも向けて言い放った。彼らもまた、地上での生活欲しさに身内を売った事実を抱えた者達だった。

 

 その罪悪感で、誰も顔をあげられない。

 

 

 

「何が龍神様だ……何が宝玉だ……何が……何が信頼だ……‼︎ 馬鹿にしやがって——」

 

 

 

 男がそう言ってもうひとつ石を拾い上げる。感情が制御できない老人はもう狙いもつけずに石を投げ散らかしていた。

 

 それが誰かに当たることはなかったが、込められた悲痛な叫びが、裏切り者たちの心に刺さる。

 

 この場の誰もそれを止めることができない。止めに入ろうとする者もいたが、そんな気力も民の中ではとうに失せていた。聞いていたユウキたち地上の人間も、どうしていいかわからずに。

 

 

 

「いい加減にしろ……」

 

 

 

 そんな男に最初に声をかけたのは、レンザだった。

 

 酷い暴行を受けた彼を介抱していたタイキに支えられて、レンザは体を起こして男に告げた。

 

 

 

「レンザ……!」

 

「あんたの言いたいことはわかる……だが、自分だけが不幸だと嘆くのは、違うだろう?」

 

 

 

 澄んだ瞳でレンザは言う。それを信じられないという目で睨みつける男。

 

 

 

「悔しくないのかレンザッ‼︎ お前も……そいつらに裏切られたんだぞ⁉︎ 誰よりも甲斐甲斐しく里長を補佐しながら、馬鹿みたいに里の出入り口に立たされていたのだ!何も思わないなどとは言わせない‼︎」

 

「そうだ……私の中には、今も激しく苦しみが乱れている」

 

「だったら——」

 

「ずっとそうだった!!!」

 

 

 

 ずっと——レンザはずっとそんな苦しみと闘っていた。今まで誰にも打ち明けてこなかった思いを、レンザはついに口にした。

 

 

 

「私の父もそうだった。大きな戦いの流れの中で、個人の声はあまりにも小さい。例え里の方針に疑問を持っても、もう流れに身を任せるしかなかった。私も……この地下暮らしでできたことといえば、ただ現状を保つことだけだ」

 

 

 

 その間、レンザはずっと耐えていた。

 

 地上を垣間見ては憧れ、それでもそれを表に出すことは決してせずに……。

 

 

 

「誰もわかってくれないと思っていた。里の誇りを汚して、皆の気持ちを荒立てることはしたくなかった……例え、オババ様に隠し事があると気がついていても……!」 

 

「レンザ……やはり気付いていたのですね……」

 

 

 

 オババは申し訳なさそうにレンザを見ていた。それに悲しげな笑顔で、門番は返す。

 

 

 

「地上に出たいという若者達の気持ちだって……私がずっと焦がれてやまないものだ。理解できる。仲間を売った行動そのものは許せないが、彼らがそうしてしまった思いを誰が無視できる……?この穴からしか見えない空が、視界いっぱいに広がる世界を……目指して何が悪い⁉︎」

 

 

 

 誰もが享受している当たり前が『夢』となるほど、彼らはひどく苦しい地下暮らしを強要されてしまった。どこにも行けず、ここで生まれたというだけで虐げられている現実に、どうしようもない理不尽を感じていた。

 

 レンザはそんな若者たちに寄り添うように言葉を紡ぐ。裏切り行為を脇に置いて——。

 

 

 

「確かに……悲しいことだ。仲間だと信じていたものに、真理だと思っていたものに裏切られるのは——だがもう、私はその度に誰かを呪うことはしたくない。誰も本心で偽りを口にしたかったわけじゃないはずだから」

 

「そんなこと、お前になんでわかる⁉︎ こいつらの……何を信頼しろと言うんだ⁉︎」

 

 

 

 レンザがそう言えるのは若いからだと、男は憤慨する。彼はレンザよりも長くこの里で生活していた。厳しくはあるが、真っ直ぐな心で教えを全うしていた。だからこそ、裏切られた痛みはレンザのそれを超える——そう思っていた。

 

 それに対して、レンザはゆっくり告げる。

 

 

 

「……オババ様が皆に混じって畑を耕した。手に豆ができるほど、真剣に——」

 

 

 

 レンザは思い出す。彼女の体がまだ元気だった頃の姿を——。

 

 

 

「怖い夢を見た時、このお方は優しく慰めてくれた。少し薄味のスープをもらって、心が温められた——」

 

 

 

 それを聞いていたオババは、ずっと崩さなかった顔色を変えた。彼からそんな言葉を聞けると……思っていなかったから。

 

 

 

「宝玉は確かに偽物だった。でも彼女が教えてくれたことが私を育ててきた。龍神様の教えは、こんな地下でも秩序となって我々を支えていた。先代の里長も、その前も……確かにその教えは、私たちを守ってくれていた」

 

 

 

 レンザは思う。きっとそこに込められていた想い——愛情は嘘ではないと。

 

 

 

「ここで泣くことは簡単だ。教えを手放すのも自由だろう。だが、もう簡単な方には逃げない。辛く苦しい道のりだとしても、それをしっかりと握って離さないことには大きな意味がある——それは、ここに来てくれた友が教えてくれたことだ」

 

 

 

 レンザはそう言って、今度はユウキを見つめた。目が合った少年は、それが堪らなく嬉しくかった。

 

 傷つきボロボロになっていた友達が、今はあんなにも強くあろうとしていることに——

 

 

 

「我々はこの穴倉で多くのことを学んだ。望んだ状況ではなかったが、そこから強い信念を持ち続ける方法を学んだ。限られた状況で暮らす逞しさを得た。そして今——痛みを知った今。誰かを許す心を……」

 

 

 

 そう言ってレンザは手を差し出す。

 

 握手を求めるように差し出されてたそれは、真っ直ぐ泣いている男に向かって伸びている。

 

 

 

「やり直そう。もう一度……私たちは流星の民。家族だ」

 

 

 

 それを聞いていた民達の誰もが涙していた。それぞれ思うところが違う。それでもレンザの言葉に皆が胸を打たれていた。

 

 男はその握手に応じることはできなかった。ただ力を失い、崩れるようにその場で塞ぎ込んでしまう。レンザはそれを見て、やはりすぐにわだかまりが解けるわけではないことを再認識する。

 

 それでも……この道を耐え忍びながら歩いていこう。いつかそうしてよかったと笑える日が来るまで——そう決心していた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 昔、まだこの土地がホウエンと呼ばれる前の頃——。

 

 2匹のポケモンが目を覚まし、その力を思う存分奮っていた。

 

 片方は大地を盛り、砕き、また生み出し——。

 

 片方は雨を呼び、海を作り、波を逆巻かせ——。

 

 いずれその2匹が衝突し、世界は天変地異に見舞われる。灼熱の日差しと分厚い暗雲が入り乱れ、地震と津波が生きとし生けるもの全てを脅かしていた。

 

 そこへ一陣の風が吹く——。

 

 天が裂けたような音と光景は、全てのものの目を惹きつけた。その雲間から現れたのは、新緑の体躯をした巨大な龍。

 

 その者がひとつ吼える。すると2匹はその身を震え上がらせる。

 

 その者が風を巻き起こす。すると2匹は力を失った。

 

 巨大な龍はその威圧でもって2匹を鎮める。それ以来、この土地を守る神として、その龍を崇めるようになった。

 

 その者の名は——レックウザ。

 

 人々は畏敬の念を込めて——龍神様と呼んだ。

 

 

 

「——これが、私たち流星の民に伝わる伝承です」

 

 

 

 里長の自室。寝ていた布団から体を起こしたオババさんから聞いたのは、この里の伝承だった。

 

 レックウザ——龍神様と呼ばれるのは、正体不明の超古代ポケモン。数千年前からいたとされるそれにまつわる物語だった。

 

 俺とタイキ、カゲツさん——地上からきたみんながそこに集められ、ことの経緯を説明してくれているその席で、ソライシ博士が口を開く。

 

 

 

「その伝承に出てくる2匹のポケモンは、“グラードン”と“カイオーガ”ですね?地上にはその2匹が暴れた伝説しか残っていませんでしたが……」

 

「あ、それ俺も聞いたことあるッス!なんかテレビの特番とかでやってたような……」

 

 

 

 聞いたことがある名前にタイキも思わず反応する。俺もオダマキ博士のラボで似たような記録を読んだことがあるのを思い出した。

 

 それについてオババさんは答えてくれた。

 

 

 

「一般にはおそらくその2匹が疲れ果てるまで争った——と通っているのでしょう。レックウザの存在が公に認められれば、龍神様を崇める流星の民の言葉に説得力が出てしまうから」

 

「じゃあ、HLCもその存在は認知しとるということか⁉︎」

 

 

 

 それに反応したのはカラクリ大王。あまり考えたくないが、確かに戦時中の情報規制は厳しかったらしい。やってきた役人の雰囲気からしても、それは簡単に想像できた。

 

 

 

「当時の政府とHLCがどれだけの申し送りができたのかはわかりませんが……今となっては本当に実在したという証拠も残っていません」

 

「確かにあるのはHLCで確保している“紅色の珠”と“藍色の珠”だけですからね。そんな規格外のポケモンの存在は……現代社会でもこれまで観測できていません」

 

 

 

 ツキノさんがオババさんの説明を補足する。多くの学者が調べてわかったのは、そんな噂話程度のものと出自不明の宝玉だけだと言う。

 

 

 

「んで、なんでここでそんな宝玉紛いなもん大事に抱えてたんだよ?」

 

 

 

 そこで質問したのはカゲツさんだった。相変わらず言葉を選ばないなこの人……。

 

 

 

「これは……わたしも先代の言葉を借りるしかありませんが……この珠を用意する以前、里ではこの里長の地位を巡って争いが絶えなかったそうです」

 

 

 

 オババさんが語ったのは、覇権争いがあったという事実。当時は今よりもずっと、流星の民が多かったと言う。そんな王の座ともいえる里長の席は、代替わりの時期になると奪い合いになっていたという。

 

 

 

「そこで考えだされたのは、その座を『龍神様に決めていただく』——というもの。もちろんそれはまやかしであり、本当に龍神様と交信できる者はいませんでした。ですので、波導の力に反応して光る水晶玉を、発見された宝玉と伝承に準えて“翡翠色の珠”と呼ぶようになりました。その光が次の里長を決めると皆に吹聴して回って——」

 

 

 

 オババさんは少し悔しそうな顔でそう打ち明けてくれた。本当は向き合うのも辛い現実だとは思うけど、そこに嘘や誤魔化しがないのを感じる。やっぱり芯の強い人だな。

 

 

 

「ですが結果がこれです。私たち一族は、もっと根本原因と向き合うべきでした。里長という座の責任を。それを対症療法のように嘘とハッタリで誤魔化してきたツケを……今を生きる民達に払わせてしまった」

 

「ケッ。しっかり自業自得だな」

 

「カゲツさん!」

 

 

 

 人が真剣に話してるってのにこの人は……憎まれ口叩かないと息できないのか?しかしそんな言葉を聞いても、彼女はどこか清々しい顔で話してくれた。

 

 

 

「自業自得でも、本当のことを告げられて今はよかったと思います。告げられた側は納得できないと思いますが、それでも……」

 

「……ついでだ。もう一つ聞かせろ」

 

 

 

 オババさんが続きの言葉を言う前に、カゲツさんが続けて質問した。

 

 

 

「お前らの言ってた“天からの裁き”——ありゃ結局なんだったんだ?珠だけが偽物ってんなら、そっちは何か信じられる根拠でもあんのかよ?」

 

 

 

 確かに。戦争にまで発展した議題だ。争いもやむなしと判断するほど切羽詰まってたんだとしたら、その根拠はかなりはっきりしてたんじゃないかとも思う。

 

 それについて、オババさんはこう答えた。

 

 

 

「根拠と言えるほどではありません……ですが、波導を扱う者の中には稀に特殊な力に目覚める者がいたのです。それも、“未来を見通す”——といった能力を」

 

「どういうことですか……?」

 

「その“未来視”の力に目覚めた者が——1000年前に一度予言を的中させたことがあったそうです。文字通り“天からの裁き”を」

 

「———!」

 

 

 

 その言葉に俺たちは驚きを隠せない。それは実際起こったことなのか、オババさんは続けた。

 

 

 

「ホウエン南東に存在するルネシティ。あの場所は巨大隕石の落下によって生まれたクレーター跡に人が住み着いたという由来があります。その隕石落下が、実はさらに以前から予言されていたのです。流星の民、未来視の力を持つ者によって」

 

「ちょっと待て。じゃあ何か?お前らの中にもそんな奴がいたってのか……?」

 

 

 

 たまらずカゲツさんが口を開く。そうだとするなら本当に危険なことがその内起こるということになる。ルネは俺も地図で見たことがあるけど、かなり大きなクレーターだった。あの規模が現代社会を襲うとなると、未曾有の大災害に匹敵する。

 

 しかし——オババさんは首を横に振った。

 

 

 

「現在、我々の中に未来視は確認されていません。おそらくは固有独導能力(パーソナルスキル)の一種なのでしょうが……」

 

「じゃあなんで……」

 

「この時代にそれは起こる——昔の未来視持ちからの予言が、現在まで語り継がれてきたからです。そして、それはもう間も無くだと……」

 

 

 

 だがそれは起きなかった。

 

 戦争が終わり、15年以上経つ今となっても——。

 

 

 

「人が語り継ぐには1000年という時間は長すぎたのかもしれません。継がれていくうちに人の意思が介在し、事実は少しずつ曲げられた……その結果があの戦争を引き起こしたと言えるでしょう」

 

 

 

 結局そんな予言があったのかどうかもわからないまま、オババさんはひとりで全てを抱え込んでいたらしい。その心境を考えると俺も何も言えなくなる。

 

 

 

「私から話せることはこれで全てです。あとは、どのような罰も受けるつもりです。こんな老体ですが……」

 

 

 

 そう言って、緩慢な動きで姿勢を正すオババさんは布団から出てしまう。何を——と言おうとしたら、彼女は両手を畳について頭を下げた。

 

 

 

「誠に申し訳ありませんでした。全ては一族をまとめる里長である私の責任です。ですからどうか……彼らのことは許していただけませんか……!」

 

 

 

 一族の責任を全てその背中に乗せて、彼女は頭を下げた。俺はそれになんて言っていいかわからず、そして何も言う資格がないことに気付いた。

 

 これはきっと——ソライシ博士やカゲツさんたちが答えなきゃいけないから。

 

 

 

「……最後に一つだけいいですか?」

 

 

 

 ソライシ博士は、感情の読めない声で問いかける。頭を下げたまま、オババさんは「はい」とだけ答えた。

 

 

 

「この先、きっとまた長い間、彼らはここから出られないかもしれません。地上の人たちはこの事を知らない。僕らも……きっとまだ全てを許せたわけじゃない」

 

 

 

 そう言いながら、ソライシ博士はオババさんの肩を持って優しく起こす。

 

 その時の顔は——きっと俺も忘れられない。

 

 

 

「それでもいつか……そんな彼らが笑って日の元に出られる未来を願います。予言はしてあげられないけど……そう、強く——!」

 

 

 

 それが今、きっとこの人のできる、最高の笑顔だったと思う。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちは少しの手当てと休息——後にツツジさん率いるカナズミジム主導の元、カナズミシティの病院で治療を受け直すことになった。

 

 里の方にも医療チームが派遣されることになり、レンザたちの怪我もひとまずはなんとかしてくれるそうだ。

 

 本来俺たちはここに立ち入る資格がない。少し慌ただしくなるが、荷物をまとめて早々に出ることになった。

 

 そんな折に、包帯塗れのゲンジさんから声をかけられた。

 

 

 

「少年。少しいいか」

 

「その前にミイラになってる理由聞いていいですか?」

 

「……少し里の者たちと揉めてな」

 

 

 

 どうやらあの後も少し殴られたらしい。これについては心苦しいが、なんとも言ってあげられない。しかしやりすぎも良くない気がするが……。

 

 

 

「いやその人、里の年長者たち相手に『好きなだけ殴ってくれ』——とか言ってたんだよ。言われた側も困惑して最初は断ってたんだけど、どうしてもって聞かなくて——」

 

 

 

 荷物をまとめるのを手伝ってくれていた里の若者が、通り過ぎ様に説明してくれた。

 

 あんた……いつか死ぬぞ。

 

 

 

「……で、質問はそれだけか?」

 

「ええもういいです。頭痛くなってきたんで」

 

「それはまずいな。早く地上の検査を受けた方がいい」

 

「天然なんですねホント」

 

 

 

 俺は呆れながらも、この四天王の人間臭さが割と嫌いではなかった。

 

 最強とまで呼ばれた男が、今もこうして俺たち後輩に声をかけてくれている。怖いイメージがあったけど、接してみるとこんなに優しい人も珍しいとさえ、今は思う。

 

 そんなゲンジさんは、最初に声をかけてきたわけについて話し始めた。

 

 

 

「改めて言うが、素晴らしい居合だった。ジュプトル——わかばはよくやっている」

 

「え、あ、ありがとうございます……!」

 

 

 

 これにはちょっと感動した。自分が褒められるより何故かずっと嬉しかった。あいつの頑張りを認めてくれる存在が、四天王ほどの強者にいることに……。

 

 でも、ゲンジさんが話したかったのはその先だった。

 

 

 

「だからこそわかった。何故ハギちゃんがその子に“翡翠斬(かわせみぎ)り”を授けなかったのか——」

 

「かわせみぎり……?」

 

 

 

 聞き馴染みのない名前に俺は首を傾げる。もしかして、こないだ言ってた“居合斬り”のことだろうか?

 

 

 

「鋭く旋回できる飛行能力を持った古代の野鳥から名付けられた古流武術の名前だ。大昔、刀を手にした者たちは自然界のポケモンや動物の動きを真似て、武術に反映した歴史がある。ハギちゃんはそういった流派のひとつを継承する、生きた化石だ」

 

「な、なんか知りませんが、すごいですね」

 

「そのひとつ——翡翠斬(かわせみぎ)りは本来一式の“居合”から十式まで連続で繋げる連続攻撃となる。それをポケモンの技に転用する際、“連続斬り”という技の効能を反映させたらしい」

 

 

 

 “連続斬り”——。

 

 虫タイプの斬撃系の技で、斬りつける度に威力が増すという変わった技だ。初撃こそ脅威は薄いが、技の回転率のいいポケモンが使うととんでもない性能を誇る玄人向けの技——らしい。

 

 そこまで聞くとこの技の真価が俺にも見えてくる。つまり、この翡翠斬(かわせみぎ)りはまだ未完成。最初の居合から続けて攻撃することにこそ意味が生まれるってことだろう。

 

 でもそれならなんでハギ老人は教えてくれなかったんだ?

 

 

 

「そう。ヌシが今疑問に思ったように、ハギのやつはその技を中途半端に教えている。最初は時間がなかったのかとも思ったが、おそらくそうではない——そのわかばに、致命的な欠陥を見つけたのだろう」

 

「け、欠陥⁉︎」

 

 

 

 褒められたのも束の間、わかばを指して欠陥を指摘されてしまった俺は慌ててその内容を聞き返す。それが本当だとすると、聞かずにはいられなかった。

 

 

 

「生まれつきなのか、本来のジュプトルという種にしては、明らかに生命エネルギーの総量が少ないのだ……“翡翠斬(かわせみぎ)り”全ての型を放ち切るほどのエネルギーが、この子にはない」

 

「そんな…………‼︎」

 

 

 

 俺はそんな言葉に軽く眩暈がした。

 

 今まで頑張って技を磨いてきた。その必殺技がもっと強くなるって教えてくれたのに、それはわかばが手にできるものじゃないと申告されたことは大きなショックだった。

 

 だが、ゲンジさんはそんな俺の肩に手をおいて続けた。

 

 

 

「それで質問だ少年。この子とは……どこで出会った?」

 

 

 

 俺が落ち込んでいると、ゲンジさんは真剣な眼差しで俺にそう問いかけてきた。

 

 どこで……?それになんの関係があるんだ?

 

 

 

「え、えっと……キモリだったこいつをオダマキ博士から預かってそのまま……」

 

「……その前は?」

 

「俺もよく知らないんですけど、マサトってトレーナーと一緒に居たらしくて……それ以上は……」

 

「うむ……そうか……」

 

 

 

 何かに納得したような、それでも歯切れの悪い返事でその問答は終わった。

 

 一体なんだったんだ?——そう疑問に思って彼の顔を覗き込んでいると、「これもなんの因果か」——という一文から口にした。

 

 

 

「確証はないが……其奴、この滝で産まれたか、或いはその子孫ではないか?」

 

「………………え?」

 

 

 

 一瞬思考が固まった。

 

 なんでそんな事になるんだ?今の質問もよくわからないままだし——そんな戸惑いの中、何か嫌な予感がした。

 

 ゲンジさんが今から言う真実は、俺にとって途轍もないものなんじゃないかという予感だ。

 

 

 

「生命エネルギーの少なさ……それはおそらく人為的に薬物によって引き下げられたものだろう。この里周辺のポケモンの症状とよく似ているのだ」

 

「待って……」

 

「この辺りからは随分離れるが、流星の民の活動圏内ギリギリにキモリ種の群れが住む場所がある。元は流星の民の手持ちが野生化したものだが——」

 

「待ってよ……」

 

「彼らにも、以前HLCの制裁措置で薬物が散布されてしまったのだ……進化ができなくなるよう、生命エネルギーを奪われる作用がある薬物を——」

 

「待ってって言ってるだろ!!!」

 

 

 

 俺は……もう聞いてられなかった。溢れ出した感情が声になってゲンジさんの口を遮る。

 

 それでも……かろうじて冷静な脳みそが、なんとか状況を理解しようとして質問する。

 

 

 

「じゃあ……わかばが前に進化できなかったのは……その薬のせいってことですか……?」

 

「……あの薬物には遺伝子に作用する働きがある。その個体の子孫にまで効果は続き、その家系には永続的に効果を及ぼすらしい。レンザの持つコモルーの子供がいたんだが……どれだけ訓練してもそのタツベイは進化しなかった」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 俺はそれを聞いて唇を噛み締める。

 

 それなら……やっと合点がいった。

 

 トウキさんとのジムチャレンジ——あの日まで血の滲むような努力をしても進化しなかったのは、わかばに掛かった呪いとも言うべき薬物の効果が原因だったんだ。

 

 そりゃ進化しないわけだ……でもそれで、そのせいでこいつは——!

 

 

 

「それでこいつは……マサトに捨てられたんだよ……使えないから。これ以上強くならないならいらないって……!」

 

 

 

 俺はおもむろにわかばの入ったボールを握りしめていた。

 

 中のこいつも俺の顔色で何か伝わったのか、目を伏せて沈黙したままだ。

 

 わかばはその時から何年も苦しんでたんだ。俺と一緒に旅を始めた後もずっと——それが……こんな真相だったなんて……。

 

 

 

「そう……進化しない——はずだった」

 

 

 

 ゲンジさんは……そんな俺の顔を真っ直ぐに見てそう言った。

 

 その言葉の意味を理解するのに、まだ俺の意識ははっきりしていない。

 

 

 

「この薬物は今までその強力すぎる効果ゆえに除去する手段が見つかっておらんかった。それはHLCでも同じ。実際彼らはそれ以降公にその薬を使う事はなかった。制御できない薬物など、危険極まりないからな」

 

 

 

 ゲンジさんは言う。だから顔を上げろと——。

 

 

 

「にも関わらず、今ヌシの相棒はその姿をジュプトルに進化させた。わかるか?これは奇跡なんだ。お前たち2人で起こした——おそらく誰も想像もしていなかった奇跡なのだ!」

 

 

 

 今まで落ち着いた話し方だったゲンジさんが、ここへきて高揚したように力強く俺に言う。

 

 その意味を理解し始めた俺は……思い出した。

 

 

 

「そうか……だからあの時——」

 

 

 

 わかばが進化する直前、何かが壊れるような音を聞いた気がしたんだ。

 

 あれは興奮してた時に聞いた幻聴だと思った。正直今でもそうだとは思うけど、もしかしたらあの時、弾みで薬物の効果を壊したのかもしれない。

 

 

 

「少年。まだその子の呪縛は完全に解けているわけではない。だがそれでも、誰もなし得なかったことをヌシらは成し遂げた。そしてその知らせを運んでくれたのだ。お陰で民たちにも希望が持てる。力を得るためではない。自然という友を、あるべき姿に還すという希望がな……」

 

 

 

 ゲンジさんは言う。俺たちの歩みが、無自覚にもここの人たちの希望に繋がったのだと。

 

 ゲンジさんが言いたかったのは……それについての感謝だった。

 

 

 

「……俺、ただ必死だっただけなんです」

 

 

 

 その言葉と思いを受け取って、気付くと俺は独白していた。その時思ったのは、これもまた偶然だろうってこと。

 

 

 

「プロになるとか、わかばが良くなるようにとか、みんなの期待とか、世話になった人に応えたいとか……現実がそれをいつも邪魔するから、躍起になって、ただがむしゃらに——」

 

 

 

 それが遠い昔のことのように感じながら、その時のことを改めて考える。それが今も、俺たちを支えているんだと再確認できる。

 

 

 

「その頑張りとかが、少しでも誰かを励ませたなら……嬉しいです。俺も、わかばを褒めてくれたこと……大事に覚えておきます」

 

「そうか……だからオウガは、お前についたのだな」

 

「へ?」

 

 

 

 俺がそう締めくくろうとすると、ゲンジさんは唐突に自分の相棒の名前を口にした。オウガがどうしたって?

 

 

 

「先のデイズ襲撃時、最後に駆け付けたオウガは、気絶したワシを叩き起こしてまでヌシを助けようとしたのだ。あのプライドが高く、優しさなどというもので動くことは決してなかった奴がな」

 

「え……じゃああの助太刀って……」

 

「そうだ。ワシの指示ではない。つまり、奴を動かすだけのものをヌシは見せたのだろう。そして、奴が動くとするなら——そこに強さがあったからだ」

 

「強さ……?」

 

 

 

 四天王のエース、とりわけプライドが高いというボーマンダを唸らせるような強さ——ということだろうか?そんなものがあったら、寧ろあそこまで手こずらなかったと思うんだけど……。

 

 

 

「ヌシは『ドラゴンタイプは薔薇の杖』——ということわざを聞いたことはあるか?」

 

 

 

 ゲンジさんが放った言葉には少し聞き覚えがあった。確かテッセンさんとジムバトルで、アカカブの制御に失敗した時に言われたんだっけ?

 

 ドラゴンポケモンはそのタイプ故に気性が荒いとされる学説に付けられたことわざだったと思うけど……。

 

 

 

「あの学説はな、元は研究職に出向いておったシガナが提唱したものなのだ」

 

「え……確か、次の里長候補だった……?」

 

「本として売り出されたのは結局まとめ上げた学者のものになったがな……まだ戦争が起きるずっと前、シガナは外の世界を見て回っていた。本当に聡明で美しい女性だったよ……」

 

 

 

 そんな時期があったことに驚きだった。てっきり流星はずっと地下に篭ってるものだと思っていたが、そりゃ戦争の前なら出歩いててもおかしくはないか。

 

 そんな彼女が提唱したのがドラゴンタイプにまつわる学説だった。つまり、それには何か根拠があったということだろうか。

 

 

 

「結局、因果関係までは突き止められなかったようだがな。だがそんな彼女がはっきりと、このオウガを『頑固者』と呼んでおったよ。良くその背中に彼女を乗せて、山脈を飛び回っていた」

 

「仲良かったんですね……」

 

「ああ。だがその時にふと思った。シガナは別に強いトレーナーというわけではない。そんな者を背に乗せて飛び回っていることに、違和感を覚えてな」

 

「……?単に仲がいいということは?」

 

「元々そうした馴れ合いは好かん気性でな……オウガには、ワシには見えない何かを感じておったようだ」

 

 

 

 それを言う時、ゲンジさんは少し寂しそうに里の天蓋——その日が差す穴を見上げていた。

 

 

 

「心の強さ——自分の状況に左右されず、人々を愛し続け、その信念にブレが全くない……そんな大自然のような雄大さを持っていたのだ」

 

 

 

 それがシガナという女性だった。

 

 容姿も声も知らないけど、その人を思うゲンジさんや他の人を見て、俺もまたその人の魅力を知った気がした。

 

 

 

「その時気付いたよ。この世界には、武力に寄らずとも発揮する力が存在する事に。そして、今回——オウガはヌシに、それに近いものを感じたようだ」

 

 

 

 そう言って、ゲンジさんは俺に向かって頭を下げた。まだ言われていることにピンと来てないまま、俺はそれを見ることしかできなかった。

 

 そして——告げる。

 

 

 

「ヌシは強い。迷いながらもその優しさを捨てなかった。里の者たちを守ってくれた。どんな危機にもその心を忘れなかったことに、ワシは敬意を表する。ありがとうユウキ。この里を訪れてくれたこと……出会えたことを心から嬉しく思う」

 

 

 

 言葉が……出なかった。

 

 それと同時に込み上げてきた色んな感情が、俺の顔を熱くさせる。勢い余って泣きそうなくらいに。

 

 

 

 きっと、この出会いは偶然だ。

 

 誰かが仕組んでこうなったんじゃない。いくつもあった『たまたま』が作り出した出会いだ。

 

 俺が望んだ未来でもなければ、他の誰かが引き合わせたものでもないのだろう。嫌なものも見たし、悲しい話も聞いた。痛い思いを何度も乗り越えなきゃいけなかった。

 

 でもその先に待っていたのが、こんな人の、こんな言葉なら……俺は——

 

 

 

「俺も……ここに来られて、よかった」

 

 

 

 

 

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それが少年の強さ——!

〜翡翠メモ 55〜

『宝玉』

発掘作業などで稀に出土する、由来不明の高エネルギー体のひとつ。ホウエンで確認されているのは、主に2つである。

どちらも高密度の球体であり、その名と同じ色の輝きを放つことで知られており、調査の結果、製造法や年代は不明だが、かなりのエネルギーを内包していることがわかっている。

その色から、かつてホウエンで暴れ回っていたとされる伝説のポケモン、『グラードン』と『カイオーガ』に関係している品ではないかと考察されているが、その真偽は定かではない。

近年、カロス地方でも類似した水晶体が発見され、関連性を調べる研究者も多い。



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第165話 別れの風


3日連続投稿なんて久しぶりですね。色々あった流星郷のラストをお楽しみください……。




 

 

 

「——これでよし」

 

 

 

 自室でひとり、オババは机に向かって筆を取っていた。今ちょうどそれがひと段落し、コンパクトに畳んで卓の真ん中にきちんと置く。

 

 その後、ゆっくりとした動きで布団までにじり歩き、ようやくそこに辿り着くころには肩で息をするほど疲れていた。

 

 そこへレンザが現れる。

 

 

 

「オババ様……私に用があるとこと遣ったのですが——」

 

「ああ……レンザ。よく来てくれました。これから少し横になろうとしていたところです」

 

 

 

 そうして寝る体勢になろうとするオババにレンザは慌てて駆け寄ってその体を支えた。彼女の足腰の弱さを知っている彼は、いつもやっているように寝支度を手伝う。

 

 

 

「お疲れでしたらもっと早くにお声掛けください」

 

「ふふ……頼もしい限りです」

 

「か、からかわないでください!いつもそうやって……」

 

 

 

 褒められたのが嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤く染めるレンザ。彼女のこの調子は、2人でいるとたまに出してくる。彼女にしてみれば年上の余裕でできるちょっとしたからかいなのかもしれないが、大切に扱う里長を相手にしている彼からすると、勘弁して欲しいと毎回思うのだった。

 

 

 

「して……御用件というのは?」

 

「そこの机の上に……文をしたためました。アレをユウキさんに。内容を読んでから、他の方と情報共有なさるように伝えてください」

 

「ユウキに……?」

 

 

 

 レンザはその手紙を見つけて拾い上げる。なぜ彼に手紙を書いたのか不思議に思った彼は、それでも里長が言うならと懐にしまった。

 

 

 

「これからユウキたちを地上に送ってきます。その時に渡しておきましょう」

 

「ありがとう……」

 

「オババ様も……今日はおやすみください。お身体に触ります」

 

「そうさせてもらうわ……」

 

 

 

 それを最後に、オババは目を閉じた。それを確認したレンザは物音を立てないようにそっと歩いて立ち去ろうとする。すると——

 

 

 

「レンザ——」

 

 

 

 彼女はレンザを呼び止める。その声に振り返ったレンザ。

 

 

 

「……私を……恨んではいませんか?」

 

 

 

 その質問に、レンザは少しだけ悲しそうに眉を顰める。でも、すぐに笑ってこう返した。

 

 

 

「はい……あなたの考えることだと、ずっと信じておりましたので……」

 

「そう……ですか……」

 

「これからもずっと、私はあなたを守ります。里が変わろうと、教えの在り方が変わろうと……これが私のしたいことですから」

 

「……ありがとう」

 

 

 

 少し背伸びをしたか——そう自分の発言に照れ臭くなるレンザは、笑顔だった。オババはそれを聞いて安心したのか、目を閉じて深く眠った。

 

 本当に安心したように……穏やかな顔で——。

 

 

 

「——おやすみなさい。オババ様」

 

 

 

 レンザはそう言い残し、部屋をあとにするのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 流星郷の人たちに見送ってもらった俺たち地上組は、レンザ、ジンガ、トマトマの3人に案内されながら流星の滝上層を目指した。一度撤退したカナズミジムの人たちとはそこで落ち合う手筈になっている。

 

 ちなみに絶対安静ということで、俺はレンザにおぶられての移動になった。もう自分で歩けるとは言ったが、その場にいたほぼ全員から『世話になれ』——という得体の知れない圧力で半ば強制的に、ご厚意に甘えることに……怖いよみんな。

 

 

 

「にしても軽いなお前は……しっかり飯は食っとるのか?」

 

「う、うるさいなぁ。レンザみたいに骨格がデカくないんだからしょうがないだろ?」

 

「ははは。鍛え方が足りん言い訳としては50点くらいだな!」

 

「手厳しいなぁ……」

 

 

 

 俺を背負いながらいじってくるレンザ。俺はぶーたれ文句をいいつつも、彼がまた元気になってくれたことで安心していた。

 

 いや、ここに来るよりも明るくなった気がする。思い詰めて何かに耐えるような険しい顔つきが、今はなくなっているように感じた。

 

 だから……この先、また地下と地上で別れることに、俺は少し罪悪感を覚える。

 

 

 

「ごめんな……レンザ」

 

「何がだ?」

 

「あ、いや……おぶってくれて、ありがと」

 

「……小鳥が止まっとるようなもんだ。気にするな」

 

 

 

 俺は咄嗟に嘘をついてしまう。本当に謝りたかったのはそんなことじゃない。でも、それを言ったところでどうにもならないことを知っている俺は……口を噤むしかなかった。

 

 

 

「着いたな……」

 

 

 

 そうこうしていると、俺たちは思いのほか早く地上付近の階層まで上がって来ていた。

 

 狭い横穴から急に開けた空間に出て……その上の方でカナズミの一団と思われる人たちがいるのを目視で確認できた。

 

 そう……お別れの時間だ。

 

 

 

「——流星の民だ。保護していた民間人を届けに参上した」

 

「カナズミジムです。協力に感謝致しますわ」

 

 

 

 出迎えてくれた人の中にいたツツジさんがレンザと受け答えをする。形式的なやりとりを経て、俺たちはカナズミが用意したバスに案内された。

 

 これに乗れば、俺たちはこの岩窟からようやく離脱できる。でも……誰もその事を喜ぶようなことは言わなかった。

 

 背負っていた俺を地面に降ろし、カナズミのジム生に預けたレンザは、俺に言った。

 

 

 

「——息災でな」

 

 

 

 それを聞いた途端、俺は堪えられなかった。

 

 

 

「レンザ!俺……!」

 

 

 

 本当は笑って別れを告げたかった。でもここを一度離れると、次に来られるのはいつになるかわからない。手紙ひとつ届くことはない地下と地上で別れる。それを実感して、俺は言うまいと思ってた気持ちを告げてしまう。

 

 

 

「俺は……この先も、自分のための道を歩く。みんなに助けてもらいながら、多分うまくいかないことばっかで、それなりに大変だろうけど……きっと、やりがいのある生き方ができると思う。でもお前は……!」

 

 

 

 わかってる。俺がそんな事言ったってしょうがないことくらい。それに、自分を取り巻く環境に文句を言わないと決めた男に、こんな事言うのは間違ってるってこともわかってる。

 

 でも……それを考えても俺は……。

 

 

 

「……大変なお前を差し置いて、俺は夢を追う。だから……ごめん」

 

 

 

 それを……どうしても謝りたかった。そんな謝罪、こいつは望んでないってわかってるけど、それでも言わずにはいられなかった。

 

 それを聞いていたレンザ——ではなく、答えたのはジンガだった。

 

 

 

「侮辱するなよ!!!」

 

 

 

 彼は大声と共に俺の額に思い切り頭突きをした。

 

 

 

「いっ——⁉︎」

 

「お前ばかりが幸せ者だと思うな‼︎」

 

 

 

 俺が額を抑えて涙目になっていると、ジンガは続けてそう叫ぶ。するとトマトマもそれに続いた。

 

 

 

「そうのら!レンザにはオリたちもおるだ‼︎ 里のみんな……家族もおる‼︎ 」

 

「その通り‼︎ もう不甲斐ない姿は見せんぞ!不満はあるまいな——レンザ?」

 

 

 

 レンザも何か言いたげだったのか、口を開けて固まっていた。彼もこれにはいきなりで驚いたのか、目を見開いている。

 

 その後、レンザは微笑んだ。

 

 

 

「ふふ……そういうことだユウキ。私にはこの上ない仲間がいる。お前と同じように……そして、戦いもな」

 

 

 

 そう言って、レンザは俺に向かって手を伸ばす。それが何を意味しているのか、わからないほど馬鹿じゃない。

 

 

 

「次会う時は……互いに笑って話そう。『約束』してくれるか……?」

 

 

 

 それはどれほどの苦難があっても……諦めずに生きていくというレンザなりの決心だとすぐにわかった。

 

 ああもう……こんなに強くなったレンザの何を心配してたんだ俺は——

 

 

 

「ああ……『約束』だ。次はもっと……たくさん話そう!」

 

 

 

 感極まって涙が込み上げてくる俺は、ギリギリでそれを堰き止めて、今度こそ笑顔でレンザの手を握った。

 

 これが今生の別れになるわけじゃない。これきりにはしない。レンザとまた再会することを誓って——俺たちは固く握手をした。

 

 

 

「レンザくん……」

 

 

 

 そんなやりとりの後、今度はソライシ博士がレンザに話しかけた。

 

 それを受けてレンザは改めて頭を下げる。

 

 

 

「オババ様からも謝罪があったと聞いている。だが改めて——ここへ来た時、乱暴に絡んだ事……本当に申し訳ない。その上、押収した機械も残して行ってくれて……」

 

 

 

 結局あの“ダグトリオン”とかいう掘削機だか採掘機だかは置いていくことになった。今後はカナズミジムでメンテナンス技師も何度か派遣されるという。監視の意味合いもあると言うが、その辺りはツツジさんの優しさと賢さで、良いところに収めてくれた感じがした。

 

 そんな感謝と謝罪をレンザがすると、ソライシ博士はこんな昔話をした。

 

 

 

「……母は、どうしようもない人でした」

 

 

 

 そんな言葉から綴られたのは、戦争から逃げる途中で息絶えたという、実母の話。

 

 

 

「僕が子供の頃、仕事人間だった父は働き詰めでロクに家に帰ってこなかった。今ならその気持ちも少しわかるけど、そんな父に愛想を尽かして、他所の男性と一緒になりました。父には三行半(みくだりはん)だけ押し付けて——」

 

 

 

 その時のことをどう思っているのか、顔色から察することはできない。博士は続けた。

 

 

 

「でも母に人を見る目はなくてね。結局その男も、前夫の稼いだ貯金を持っていた女に貢がせるだけ貢がせて……そんな金が底を尽きると僕らのことをあっさり捨てたんです。母も寂しさを埋めるために適当な男を選んでたから……自業自得ですけど」

 

 

 

 その後はひどいものだと、目の奥を暗く濁らせて言葉を紡いだ。

 

 

 

「母は僕を捨てるようなことをしなかった。でも再婚者に捨てられたのは僕という子供がいたからだと言って、酷くなじってきました。大人になるまで育ててくれた恩はあるけど……正直そんな母のことを好きになれなかった」

 

 

 

 それでも博士は母を見捨てるようなことはしなかったという。それは、今まで誰かを捨てて来た大人たちと同じようになりたくなかったから——らしい。

 

 

 

「必死に勉強して、手に研究職をつけて……稼いだお金で母と2人で暮らしました。ハジツゲに来たのはその時です。そして——あの戦争が起こった」

 

 

 

 ようやく2人落ち着ける。過去の遺恨も、このゆるりと流れる時間の中で少しずつ解消しよう——そう思っていた矢先だと言う。

 

 

 

「日々のストレスと深酒で投薬が必須になった母に、あの逃亡生活は耐えられませんでした。結局、過去を許すことも、清算を求めることもできないまま……あの人は逝ってしまった」

 

 

 

 それがソライシ博士の傷だった。何年経ってもその事を忘れられず、それでもどう手当していいかわからない……深い傷だ。

 

 

 

「ソライシ殿……」

 

「でもだからこそ、家族を捨てなかった君を見れて嬉しかった。誰も僕のようになって欲しくない。その絆が大事だって気付いた時、大体は手遅れになってることの方が多いから……」

 

 

 

 手遅れになってしまった自分とレンザをどこかで重ねていた——そんなニュアンスの言葉を残して、ソライシ博士も手を差し伸べる。

 

 

 

「過去と向き合う機会をくれたことに感謝します。これからもどうか……お元気で」

 

「ああ……ソライシ殿。みんな。達者でな」

 

 

 

 2人がまた握手を交わすと、みんなはバスに乗り込み始めた。俺も……今度は後ろ髪を引かれることなく、自分の道に向かうために乗車する——その時だった。

 

 

 

「そうだ。忘れるところだった」

 

 

 

 レンザは何かを思い出して懐に手を突っ込む。最後に俺が乗れば発車というギリギリのタイミングだった。

 

 そこで取り出したのは——和紙でできた手紙だった。

 

 

 

「オババ様からユウキ——お前宛にだ」

 

「オババさんから……?」

 

 

 

 道すがら読むといい——そう言ってその手紙を俺に手渡してくれた。なんだろう……これはみんな宛じゃないってことか?

 

 

 

「内容を誰かと共有する前に、まずは自分で読む事を勧めていたぞ。開封には気をつけてな」

 

「あ、ありがとう……?」

 

 

 

 そんな意味深な言葉が、レンザとこの場で交わした最後の言葉になった。

 

 俺がバスに乗り込むと、車はあっさりと発車する。窓の向こうで手を振る流星の門番たちに手を振り返しながら……俺たちの距離はあっという間に遠ざかっていった。

 

 

 

「ありがとう……みんな……またな」

 

 

 

 彼らにはもう届かない声で呟く。

 

 俺たちは——流星の滝を抜けた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 親愛なるユウキ殿——。

 

 此度は里をお守りくださったことに深く感謝致します。あなた方には迷惑ばかりをかけてしまったことの謝罪と、我々を救ってくださったことの感謝をここに綴ります。

 

 波導を酷く消耗しているので、行き先の医療機関でゆっくりと治療なさってください。これからも益々の活躍と健康を、お祈り申し上げます——。

 

 

 

 そんな手紙の内容に目を通しながら、オババさんの達筆なのに読みやすい文字から伝わる気遣いに感謝する。バスに揺られ、今までの疲れからか、みんなが寝てしまっている間——俺は続きに目を通す。

 

 

 

 あなたにお伝えしたいことがあります。もうゲンジさんからお聞きしたとは思いますが、わかばさんの出生と今の状態についてです。

 

 彼はこの里近郊に住み着いたキモリ族の群れに血縁がある個体だと推察されます。その結果、あなた方の旅路に大きな影響を与えてしまっていることを、改めてお伝えさせてください。

 

 そして、今の彼はまだ薬物の効果が残っています。一度は脱した進化不能の呪いをどう破ったのか——その瞬間を目撃していない私には判断がつかない事をお許しください。

 

 しかしながら、先日感情の昂りを見せたわかばさんの波導から推察できることもあります。おそらく彼はあなたと似た波導気質を持っていると思われます——。

 

 

 

 わかばについての記述は、多分アリスと戦った時のものだろう。オババさんは波導の感知範囲が里全体に及ぶと言っていた。里の外での戦闘を感じられるのかという疑問はあったが、今はその先が気になった。

 

 俺と似ているって——?

 

 

 

 彼の波導は本来のジュプトルよりも総量が少ない。しかしその割にエネルギー効率が非常に良い肉体に仕上がっています。体にそのエネルギーを走らせる速度が、通常の個体よりはるかに速い——そしてその回転率は、感情の昂りに比例するようです。

 

 彼はそうして内包しているエネルギーを瞬間的に速めることで、あれだけの鋭い一撃を放つことに成功しているようです。もしかするとそれが極限にまで達した時に、遺伝子にまで影響を及ぼした薬物効果を打ち消すに至ったのかも知れません。

 

 あなた方の今後の役に立てばと思い、僭越ながらここにそのことを記します——。

 

 

 

 それがオババさんの見解だった。

 

 確かに最初ゲンジさんからその話を聞いた時、そんなわかばがプロの戦場で普通以上に戦えている——という矛盾を感じていた。戦いの中でエネルギーが枯渇するような様子もなかったし、それを固有独導能力(パーソナルスキル)で繋がっている俺が見逃すはずがなかった。

 

 わかばはきっと、長い修練の中でそんな術を身につけたんだと思う。意識的になのか無意識なのかわからないけど……。

 

 

 

「すげぇな……お前」

 

 

 

 もう何度言ったかわからない賛辞をわかばの入ったボールに告げ、俺は残り少なくなった手紙を読み切るために、再び文字に目を落とす。

 

 

 

 あなた方の旅路にどうか幸運を。そして、この出会いに祝福を。一介の老人にすぎない私からの、せめてもの願いを届けます。お元気で——。

 

 

 

 そう綴られた手紙に、俺は自然と頭を下げていた。里では散々な言われようだったけど、やはりオババさんは優しくて芯が強い人だ。

 

 そんな彼女に敬意を表して、俺は目には見えない里長に頭を下げる。そして、最後の一文を読み上げ……——

 

 

 

——あなたはお父上によく似ておられます。親子二代に渡り、私たち助けてくださったことに心からの感謝を——流星郷、里長。

 

 

 

「……………は?」

 

 

 

 俺はその文言を見て思考が止まった。

 

 少しの硬直の後、何かの読み間違いかと思って何度も文字を追うが——確かにそう書かれていた。

 

 なんで……なんでここで親父が出てくる……?

 

 

 

「誰かと間違えている……?いや、でも——」

 

 

 

 聡明なオババさんに限ってその可能性は限りなく低いと、冷静な部分の頭が告げる。でも、じゃあなんだよこれは?

 

 

 

——なんでもない……なんでもないの……!

 

 

 

 その時、脳内でフラッシュバックした光景が俺の頭を強く打つ。頭痛と見紛うほどの強いイメージが——俺にあることを思い出させた。

 

 それは何年も前——父との電話を切った母が、初めて泣いた姿を見せた時の出来事だ。

 

 

 

(なんで今更こんなこと思い出す……?)

 

 

 

 俺にはその記憶が蘇った理由がわからなかった。その時のことが流星の民と何か関係があるとでも言うのだろうか。

 

 いや、少なくとも俺にそんな判断がつくとは思えない。例えこれが虫の知らせだとしても——。

 

 

 

「親父……あんた、ここで何してたんだ……?」

 

 

 

 10年前、いきなりホウエンに旅立ったあの人を思い出して、胸のざわめきがだんだん大きくなるのを感じる。

 

 俺たちのことを知らないで過ごした親父の10年。そして——

 

 

 

 俺が知らない親父の10年でもあることを考えながら——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「隣……いいか?」

 

 

 

 流星郷の少し高い場所で呆然として座りこむ老人に、ゲンジは声をかけていた。老人はその声に振り返ることもなく、また返事もしなかった。

 

 しばらくの沈黙の後、ゲンジは無言で男の隣に腰掛ける。

 

 それからまたしばらく沈黙——最初に話を切り出したのは、老人の方だった。

 

 

 

「笑いに来たか……偽善者め」

 

「何を笑うことがある」

 

「……少なくともわしは、笑えてしょうがない」

 

 

 

 ゲンジに辛く当たる老人だったが、その問答にも疲れたような声色でそう言う。

 

 眼下に広がる流星郷の民家。傷ついたそれらを今は若者たちが汗水垂らして直している。もちろん、一度は家族を売った彼らも……。

 

 

 

「あれだけのことをしておいてお咎め無しか……わしらの時代ではあり得ないことだ」

 

「そうだな……」

 

「一度は裏切ったのだ……また状況が切迫すればいずれまた裏切る。まして、この里にはもう——」

 

 

 

 男は先ほど知らされた真実にまだ打ちのめされていた。誰よりも龍神様の教えに準じて来た自負を待つ彼だからこそ、その一部でもまやかしだと知った時の影響が色濃く出ている。

 

 長い時間と強い信仰が、今は彼を苦しめていた。

 

 

 

「あやつら……どうせ教えがなくなってむしろ精々しとるんだろ?昔から窮屈な思いをしてきたものな……わしらのことを頭の固い老害としか思っとらんのだろ」

 

「若者に嫌われるのは嫌か?」

 

「ふん……馬鹿にするならすればいい」

 

 

 

 男は拗ねたようにそう吐き捨てる。

 

 遠目で見ているとわかる。彼ら若者はもう前を向いていた。これから大変なことばかりの未来を見据えて、今できることを精一杯やろうとしていた。

 

 それは若かりし頃の自分と重なって——酷く自分を苦しめる。

 

 

 

「彼奴らには未来がある。若さと活力も……わしらとは違う」

 

 

 

 自分たちはもう未来などと遠い先のことを語ることはできなくなったと、男はぼやく。

 

 老い先短い命——最期まで握りしめようと思ったものまで砕かれた彼は、そんな少年少女たちを妬む。

 

 

 

「再起して何になる……もう龍神様はわしらのそばにはいない。ここからも出られない。出られる未来があったとしても……わしらには関係のない話となっている」

 

 

 

 それでどうして納得できよう。どうして許せと言うのか。確かにそうできるのなら、とても素敵だろう。綺麗だろう。

 

 だが——彼の心から湧き出るのは、醜悪な恨み言ばかりだった。

 

 

 

「もう変化には耐えられない……こんなことならあの戦争で死んで仕舞えばよかったのだ。嘘まみれの一族のことなど知らずに死ねる方がどれだけよかったか……なあ、そう思うだろう……?」

 

 

 

 そこまで言って、老人はようやくゲンジに向き直った。疲れ切った顔で、もうどうでもいいといった感情が込められている。

 

 それに対してゲンジは——

 

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 それだけ答えるのだった。

 

 一瞬意外そうに目を見開いて、その後は力無く笑ってまた俯く。だが、ゲンジはその先を続けた。

 

 

 

「戦争で死んでいれば、このようなものを見ずに済んだ——悲しみも嘆きも、恨みも憤りも感じずに済んだだろうな……」

 

 

 

 ゲンジは淡々とそう言う。老人もそれをただ聞いていた。それが彼にとっての事実——

 

 

 

 『喜びも愛おしさも含めてな』——最後にそう付く、そんな言葉が。男は目を見開いた。

 

 

 

「……近々孫ができると聞いた。せめてその子の顔を見るまでは、今生にしがみつくのも悪くないだろう」

 

 

 

 そう言ってゲンジは立ち上がる。そのまま男の前から立ち去ろうと、ゆっくりその場を離れていく。そんな彼の言葉に老人は目を開いたままだった。

 

 そして、しばらくするとゲンジはわざとらしく、思いついたかのような声をあげる。

 

 

 

「そういえば……若い衆は龍神様の掟を1から調べ直すそうだ。今まで教わってきたものが確かに信じられるものかどうか納得するまでな。そのためには教えを熟知した年長者たちの意見が欲しいとも言っていたか……」

 

 

 

 ゲンジはそう言って、今度こそその場から立ち去る。残された老人はただひとり、丘の上で黙していた。

 

 

 

——戦争で死んでいれば、このようなものを見ずに済んだ——悲しみも嘆きも、恨みも憤りも感じずに済んだだろうな……

 

 

 

 頭の中で反響する言葉で、男は自分が何を言ったのかを思い出す。

 

 戦地で散っていった仲間の前で、今と同じことを言えたのかと自分に問いかけ、激しい嫌悪感で頭が満たされる。

 

 その一方で、こんなどうしようもない自分ら年寄りを必要としている若い世代の存在に……心が満たされるのを感じた。

 

 ようやく気付く。自分が一体何に怯えていたのかを……その正体を——。

 

 

 

 爽やかなそよ風が男のいる丘を撫でる。

 

 まるで誰かが彼を労うように吹いた風に、男の涙が揺れた。

 

 他に誰もいないその場所で……しばらく嗚咽だけが小さく響いていたことを、知るものはいなかった——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風は巡る——。

 

 

 

 里を巡り、それはやがて里長の家を訪ねる。

 

 その縁側で、レンザは庭の掃き掃除に励んでいた。

 

 怪我の手当てが施された額がズキリと痛み、まだ本調子ではないことに煩わしさを感じ、それでも今はじっとしてられない気持ちを優先して、庭先の掃除に励む。

 

 ここは……彼女のお気に入りの場所だから——。

 

 

 

「あまり無茶をしてはいけませんよ。レンザ……」

 

 

 

 凛とした声が耳に届き、ハッとして振り返る。

 

 軒を支える柱を背もたれに、緑茶の入った器を膝の上で大事に持つオババがそこにはいた。普段の里長の装いではなく、簡素な和服に身を包んで——。

 

 

 

「オババ様……今日はもうおやすみになられるのかと——」

 

「……………」

 

「オババ様?」

 

 

 

 自分の問いに何も言わない里長を不審に思い、彼女の顔を覗き込む。その顔はとても穏やかで、目は開いてるのかもわからないほど細められていた。

 

 すると——

 

 

 

「レンザ〜!大人しくしてろと医者に言われたばかりじゃろうがぁ〜‼︎」

 

 

 

 遠くからこちらに向かって叫ぶ友人の声が聞こえて、レンザはそちらに振り返って「見つかってしまったか」——などと呟く。

 

 苦笑いしながらそちらに手を振ろうとした時、細やか風が自分を包んだ感覚でハッとする。

 

 

 

 そして振り返ると……そこに彼女はもういなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 レンザは忽然と姿を消した彼女を不思議に思い、その場に立ち尽くす。

 

 どこに行かれたのだろうと辺りを見回そうとするが、その頃にはジンガがそばまで駆け寄っていた。

 

 

 

「こうなりゃワシが力尽くで寝かしてくれる!」

 

「な、なぁ……オババ様見なかったか?」

 

「はぐらかそうとしたってそうは行かんっ!大人しくお縄につけぇ〜‼︎」

 

 

 

 そんなじゃれあいにも似たジンガの捕縛にあえなく捕まってしまうレンザは、不思議な気持ちに戸惑いながらも、ジンガと話すうちに気にならなくなる。

 

 夢か幻か——どこか今見た彼女の姿が、寝たきりになる少し前の彼女に近いものを感じたことを……気のせいだと割り切るのに、そう時間はかからない。

 

 

 

 風は巡る——。

 

 里を抜け、岩に触れ、湖面を撫でていく。

 

 まるで愛おしいものに触れるように、優しく全てを撫でていく……。

 

 

 

 ここは流星郷——。

 

 人と自然と龍が織りなす……。

 

 

 

 彼女が愛した故郷だ——。

 

 

 

 

 

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愛しさの風は、いつまでも——。

脳内ED(特殊版)
酔花/Riverside
今回は東方ボーカルより拝借。

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第166話 お見舞い


コンビニにて、ポイントカード出してないのに「支払い、ポイントで!」っとデカデカと叫んだ馬鹿者がいます。わたしです。




 

 

 

 カナズミ総合病院——。

 

 以前トウカの森で暴漢に襲われた後、ツシマさんに連れられてきたポケモンセンターも兼任する医療施設だ。

 

 この街で一番大きな病院であり、その病室はホウエンで見ても最多。その一室に俺——ユウキは寝かせられていた。

 

 今は連れてこられて1日経った朝方。カナズミジムが用意してくれた個室でのんびりと朝日を浴びていた俺だったが、そんな平穏はとある来客——見舞いに来た方々によって破壊されるのだった。

 

 

 

「いやぁ〜突然入院したって聞いたから心配したよー!」

 

「ユウキ?博士に連絡忘れてたでしょー。怪我するなら怪我するでちゃんと連絡しなさい」

 

「……へぇ」

 

 

 

 病室に来たのは俺の母であるサキと、ミシロで絶賛活動中のポケモン博士のオダマキその人。2人はどこから聞きつけたのか、俺の様子を見に来てくれていた。

 

 気持ちは嬉しいが、母よ。久しぶりに会った息子が怪我してて、第一声がそれなのはどうよ?

 

 

 

「まあまあお母さん。便りがないのは元気な証拠と言いますし」

 

「それと約束を忘れるのとは別の話です。博士に月イチで連絡する約束だったんでしょ?」

 

「わ、悪かったよホント……言い訳のしようもないです」

 

 

 

 本当は言い訳したい。でも母がこのスタンスで話している時にそんなことを言っても焼石に水。説教モードに入られると俺なんかの語彙と神経では太刀打ちできないことを俺は知ってる。さっさと白旗を上げるのが吉なのだ。

 

 そこへ近くに停泊していたタイキとカゲツさんも現れた。

 

 

 

「おはようッスアニキ——あれ?賑やかっスね?どちら様ッスか?」

 

「あぁおはよー2人共……」

 

「あらお友達?ユウキの母のサキです。息子がいつもお世話になっております」

 

「わ!お、お母さん⁉︎ 初めましてどーも!自分、ユウキさんの子分のタイキといいます!」

 

「あらあら〜元気の良い子ね。あの友達のいなかったユウキにこんな可愛らしい友達ができるなんて感慨深いわ〜」

 

「初対面で猫被る人に言われたくない」

 

「なんか言った?」

 

「ぼくのさいこうのともだちですおかあさん」

 

 

 

 歯向かう反逆の意思はその一言で潰される。余計なことを言うなと笑った顔の奥から告げられた俺は再度白旗を振り回す。こえぇよ。

 

 

 

「なんだ、お前母ちゃんに連絡してたのかよ」

 

「僕らはこの街のジムリーダーから連絡を受けて来たんだ。そう言う君は……カゲツさん、だね?」

 

「あ〜?そう言うおっさんは誰だよ」

 

「ああごめんね。僕はオダマキ——ミシロでポケモンの分布調査を生業にしてる、しがない中年だよ」

 

「オダマキって……生息変遷の第一人者じゃねぇか……!」

 

「四天王に覚えてもらえるなんて光栄だよ!試合の生放送、よく録画して見ていたよ。懐かしいなぁ〜」

 

 

 

 あっちで何やらおじさん2人が話し始めたのが聞こえた。そうか……この2人、お互いに知る人が知る有名人なのか。

 

 今更だけど、周りにいる人間のスペックが軒並み高いのを改めて感じる。だからなんだという話でもないけど、異色の組み合わせに非日常を味わっている気分だった。

 

 なんて他人事のように構えているところに、母さんはこちらの顔を覗き込んできた。

 

 

 

「——で、今回はどんな無茶したの?」

 

「え……ツツジさんから聞いたんじゃ……」

 

「聞いたのは『息子が入院してるからお見舞いにどうぞ』——ってとこだけ。何してたのかは本人から聞くのが一番早いでしょ?」

 

 

 

 どうもそういうことらしい。母さんらしいといえばそうだが、ツツジさんに問い合わせるより俺に聞くのを優先する辺り、かなり冷静だ。

 

 しかしそう聞かれても、俺には何を話してよくて、どこまで言わないでおくのが吉なのか、まだ判断しかねている。何せ遭遇したのが流星の民で、よくわかんない内にHLCと揉め事まで起こしている。

 

 単純に母さんに心配かけたくないというのもあるけど、それ以上に周りの迷惑にならないかどうかが気掛かりだった。

 

 

 

「えっと……あの、まぁほら。旅に危険は付き物だろ?大して話すようなこともないかなぁ……」

 

「ふーん。自分の口からは言えないようなことしたと?」

 

「そんなこと言ってないだろ⁉︎ と、とにかく今は何も……」

 

「『今は」?『何も』?まるで口止めでもされてるような言い草ねぇ〜?」

 

 

 

 巻き込むまいと誤魔化そうとするが、言えば言うほどボロが出る。この人、その辺の探偵や警察なんかよりよっぽどタチが悪い洞察力してんだもんな……。

 

 でも——

 

 

 

——何でもない……何でもないから……!

 

 

 

 目の前の母と過去で泣いてたこの人とがダブる。それなりにきつい事があったんだ。もしそれを思い出すようなことになったら……そう思うと、正直に言えなかった。

 

 そこへ助け舟を出してくれたのは——カゲツさんだった。

 

 

 

「なんだ。すっかり手玉だなぁ」

 

「カゲツさん……」

 

「やたら深読みで頭回るのはやっぱ遺伝だな。変に隠そうとすっからそうなるんだよ」

 

 

 

 俺の師匠はそう言ってから母さんに向き直る。その目いつもの気怠げな視線ではなく、真剣なものになっていた。

 

 

 

「俺ぁカゲツ。今はこいつに頼まれて師匠やってるが……まぁそれなりに無茶してるぜ」

 

「それは、うちの息子がお世話に……」

 

「ホント手のかかる息子さんだぜ。だが聞くのは今のとこその辺までにしてやってくれや。こいつが見てきたもんは、昨日今日で整理がつくもんでもねぇ。危なっかしいのはわかるが、色々聞くのはもうちょい待ってやってくれねーか?」

 

 

 

 カゲツさんはそう言って母を止めてくれた。俺がなんで話そうとしないのか、その全てを知ってるわけでもないだろうに……相変わらず、変なとこで察しがいいんだから。

 

 それを聞いて少し沈黙。母さんはため息をついて話し始めた。

 

 

 

「今はそれでいいことにしましょう。カゲツさん。息子のこと、よろしくお願いしますね。ユウキもちゃんとお師匠様の言うこと聞きなさいよ?」

 

 

 

 とりあえずそれでいいことになった。母さんもカゲツさんの真剣な目に何か察してくれたみたいだ。

 

 そんな少し重くなった空気を裂くように、オダマキ博士は思いついたように声を上げる。

 

 

 

「そうだ!ユウキくん、僕らの他にお見舞いに来た子がいなかったかい?」

 

「え……?」

 

 

 

 もちろんそんな人物は見かけてない。朝起きてすぐにみんなが来たし、昨日はジム生たちから今日以降の予定を聞かされて寝ただけだ。

 

 はて……オダマキ博士と母さんの2人だけじゃないとなると誰だろう。親父——は仕事を推してまで来るかどうか不明だな。となるとオダマキ博士の奥さん——モモコさんだっけ?でも一緒に来そうなもんだし……。

 

 

 

「私たちが連絡を受けた時、たまたま近くまで帰ってきてたんだよ。それで君の入院を話したら()()()()()()()()()()()()()。てっきりもう一緒にいると思ったんだけど——」

 

「誰なんですか——」

 

——ガララララ‼︎

 

 

 

 そう問いかけた矢先だった。個室のスライド開閉式の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 その奥から出てきたのは“大量の箱”。アホみたいに積み上げられたそれのせいで、持ち込んだその人物の顔は見えなかった。

 

 誰かの部屋と間違えた?いやそうだとしても、それが見舞いの品だとしたら非常識極まりない——って。

 

 

 

 その箱を下ろされるまで、俺はそんな呑気なことを考えていた。

 

 箱を持っていたのは赤い袖無しのシャツを来た女の子。茶髪の頭には赤いリボンが巻かれ、まん丸と開かれた瞳でこちらを見ている少女だった。

 

 俺はよく知ってる——というか忘れるはずもない相手だった。

 

 

 

「ユウキくん‼︎ お見舞いに来たよ!!!」

 

「は、ハルカぁ〜〜〜⁉︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ハルカが遅れてきたのは、この買い物を済ませてから来るため——だったらしい。

 

 買ってきた大量の品は、やはり俺への見舞い品だった。中に何が入ってるのかと試しにひとつ開けてみると、きのみや果物のセットがぎっしり。

 

 「何買ったらいいのかわかんなかったからとりあえず美味しいもの」——という短絡的思考に基づいて用意されたそれらを見て、俺はげんなりする。この量、病人がどないせいっちゅうねん。

 

 それでその後、その一部を剥いてあげるとハルカが言って、今は俺の寝床の横で、丁寧にりんごの皮を剥いているところだ。

 

 他の人たちはどうしたかって?なんかニヤニヤしながら荷物と一緒に出てったよ。「空気読みますから」——って顔に書いて。なんだよちくしょう!

 

 

 

「ユウキくん……りんご嫌いだった?」

 

「え⁉︎ あ、あぁうん——じゃなくて!べ、別に嫌いじゃないぞ⁉︎」

 

「じゃあ……好き?」

 

「好——ッ⁉︎」

 

 

 

 不意に飛び出した「好き」という単語に過剰反応を示す我が言語中枢が憎い。くそ!こんなので動揺すんなや‼︎

 

 

 

「……す、すき……だとおもわれます」

 

「何で疑問系?」

 

「それ以上聞くな」

 

 

 

 俺はこれ以上ボロを出す前にハルカの口を塞ぐ。こいつと話すと調子が狂うのはいつものことだが、今はそれ以上に動揺しまくってるのがわかる。

 

 というのも……最近とうとう自覚してしまったからだ。

 

 

 

 ハルカの事が……好きだと。

 

 

 

——ガンッ‼︎

 

 

 

 俺は咄嗟に右拳で頭を殴りつける。

 

 

 

「どしたの急に⁉︎」

 

「悪い……ちょっと気持ち悪くて」

 

「余計に気持ち悪くなっちゃうよ⁉︎ ナースコール呼ぶ⁉︎」

 

「こんなことで呼んでたら俺はそこから飛び降りかねない」

 

 

 

 ここは2階だったか……最悪落ちても骨折くらいで済むかな——などと現実逃避をしてその場をやり過ごす。とりあえずハルカ、ナイフ持って立ち上がるな。危ないから。

 

 

 

「なんか今日のユウキくん変だよ?入院するほどお熱とか出ちゃった感じ?」

 

「熱も何も……ああもう!何でもないっての!」

 

「ふーん?でもなんか、気持ちは元気そうでよかった♪」

 

「………!」

 

 

 

 そう言って笑う顔は天使みたいだった——何言ってんだ俺は。反則級に可愛いのは認めるが、言うに事欠いてそれか。くそ……ダメだ。気を抜くと大事な制御系統が持っていかれる。

 

 そんな不毛な脳内闘争を経て、それでも何とか平静を取り戻していく俺。それもハルカがりんごの皮剥きのために黙ってくれていたからだったけど。

 

 そんな俺は……改めてハルカの顔を横目で見る。

 

 手元に目を落とす顔つきは柔らかく、慣れた手つきで細い指先が作業を済ませていく。俺が「まつ毛も長いんだなー」——などと見惚れてる間に、綺麗に切り分けられたりんごが皿の上に乗せられていた。

 

 

 

「はい——ユウキくん」

 

 

 

 そのひとつを摘み上げて、それを俺の方に突き出すハルカ——は?

 

 

 

「……何してる?」

 

「え、りんご切ったから」

 

「『切ったから』——?」

 

 

 

 一度の質問では今何が起こっているのか理解できない俺は、また疑問で返してしまう。

 

 いや、何度も聞いて申し訳ないと思うが、何故か起きてることに脳みそが追いつかないんだ。俺の口元に差し出されたりんご一欠片にどんな詩的な意味合いがあるのか……浅学非才の俺にはまるでわからない。

 

 

 

「だから食べさせてあげようと思って——はい。あーん」

 

「いやわかってるよ⁉︎ わかってたよ⁉︎ 何だお前‼︎ 何だお前!!!」

 

「え、何で急に怒るの⁉︎ あ、ごめん!素手はばっちぃよね⁉︎ でもフォーク忘れちゃったの!手はちゃんと洗ったから許して‼︎」

 

「そこじゃねぇよッ‼︎ 相ッ変わらず距離感ぶっ飛んでんなぁッ‼︎ 年頃の男女間で『あーん』とかやらねぇの普通‼︎」

 

「え、そうなの?こういうの、ユウキくんは嫌だった……?」

 

「嫌じゃないから困ってんだよクソッタレッ!!!」

 

 

 

 ボスッ——と自分の寝てる布団にアームハンマーをぶち込んでこの溜まったストレスを発散する俺。それを小首を傾げながら見守るハルカは何もわかってなさそうだった。あーあーそうですよねぇ。わかりませんよねぇこっちの内心なんて!

 

 そんな感じで恥ずかしさに頭をやられかけていると、ハルカが手に持ったりんごを引っ込めたのが見えた。

 

 そして——何故かこんな切り出しで話始める。

 

 

 

「ごめん……やっぱり、怒ってるよね?」

 

「は……?お、怒ってる……?」

 

 

 

 これまた見当違いな方面からハルカは突然謝罪してきた。怒ってるって今の反応を見てか?いやこれは照れ隠しというか年頃の女の子の取る行動として「それはどーなの?」的なアレやコレやであって別に怒ってるわけでは——いや、そもそも『やっぱり』ってなんだ?

 

 

 

「その……今回旅で怪我とかしちゃったし。毎日冒険すると大変なこともあるだろうし……そのきっかけになっちゃったのって……私だったりするから……」

 

 

 

 珍しく塩らしくなったというか……ハルカがそんなことを覚えていることにまず驚いた。確かにきっかけになったのはハルカの励ましだったり約束だったりしたけど、こいつの事だから「そんなことあったかなー?」とか言ってはぐらかすくらいはしてくると思ってた。

 

 俺にとってはあの日は運命的だったけど、ハルカにしてみれば変わらない日常のほんの一部——そう思ってたのに。

 

 

 

「お前……そんな前のことよく覚えてたな」

 

「そ、そりゃ覚えてるよ!だってユウキくん、あの時泣いてたし」

 

「え、はっ⁉︎ な、泣いてないし!それは見間違いだろ絶対‼︎」

 

「泣いてたよ〜!」

 

「泣いてません!」

 

 

 

 泣いた泣いてないの水掛け論に発展したが、どうやら本当に覚えてるみたいだ。それはなんか……無視されてないってことがわかって嬉しかったな。

 

 

 

「はぁ……でも、それこそお前のせいじゃないだろ。旅に出るきっかけにはなったかもだけど、旅に出るって決めたのは俺だし」

 

「でも……辛い事もあったんじゃ」

 

 

 

 やけに食らいつくな。そんなに責任感持つのもどうかと思うけど……変なとこで気にするというか、アレ、意外にこういうのが地雷だったりすんのか?自分の言動で人に迷惑を掛けるとか……。

 

 だとしたら、それこそ余計なお世話ってやつだよな。

 

 

 

「辛いことが全部悪いことにはならないだろ?痛い思いしたから経験できたこともあるし、人と関わってえらい目にもあったけど、お陰で友達もできた。引きこもってたあの頃じゃ考えられないことばっかだよ。それで成長できたこともあるし」

 

 

 

 だから旅に出たことは後悔してない。したことはあったとしても、今はそれが俺を形作ってる要因でもあるって思うから。

 

 もしそれを避けていたら……きっと俺はレンザと友達にはなれてなかったと思う。

 

 

 

「こないだできたばっかの友達がさ……他人や環境を呪うのはもうやめるって言ってたんだ。そういう痛みが成長できるきっかけになるって……そいつが抱えてる問題はホントにおっきかったのにさ。それ見てると、なんか俺も……文句言ってこの旅に、ケチつけたくないんだ」

 

 

 

 正直きついことは今でも嫌だけどな——とくさいこと言った照れ隠しで付け足した。

 

 それを聞いていたハルカは、目を丸くしているように見えた。りんごを持ったまま、呆然としている。

 

 

 

「……だ、だからまぁ……そのりんご。勿体無いから食うよ。自分で食べるから。それくれ」

 

「え、あ……うん」

 

 

 

 ぎこちない返事でハルカは改めてりんごを手渡す。俺はそれを受け取ってサクッとそれを口にした。甘味と酸味が程よく混ざった味に幸福感を覚えながら……この見舞い品の意味をなんとなく悟った。

 

 要は申し訳なさから来る、彼女なりの謝罪だったのだろう。つまり俺を本気で心配して……それでもみんながいる前では気丈に振る舞っていた。必要以上に俺に気まずい思いをさせたくなかったから。

 

 ミシロでのやりとりだけなら、ハルカにそんな器量があるなんて信じられなかったと思う。でも時々見せるハルカの内面を見る度に、こいつにも考えがあることを察するくらいは俺にもできた。

 

 そんないじらしさを感じると……否応なく俺の胸は高鳴った……。

 

 

 

——今……言っちゃってもいいんじゃないか……?

 

 

 

 ふと湧いた心の発露——それに俺の胸は一際高鳴る。

 

 最近自覚したばかりの淡い恋心。自分で言うとホント虫唾が走るが、それでもこの気持ちに嘘はつけない。

 

 ハルカは総じて考えるならいい奴だ。ちょっと変わってるとこもあるけど、人を思いやれる心があるし、一緒にいて普通に楽しい。見た目なんか言うことないくらい可愛いし、正直俺なんかじゃ釣り合わないと思ってる。もう年頃もいいとこ。彼氏のひとりくらいいても不思議じゃないんだ。

 

 だからこそ……それでも俺は、言わなきゃいけない——。

 

 

 

——好きッス。俺……ツバサのことが

 

 

 

 脳裏をよぎったのはタイキが勇気振り絞って告白したワンシーン。アレを見て俺は、次に機会があったら告白しようと思ったんだ。

 

 それが今なんじゃないか——逸る気持ちが俺にゴーサインを出す。

 

 

 

「ハ、ハルカ……!」

 

「なに……?」

 

 

 

 何を言うのかも決めないまま、俺は見切り発車でハルカの名前を呼ぶ。普通に返事をしてくるハルカを見て、すぐに俺にはブレーキがかかった。

 

 本当に今言うべきなのか?ハルカは今俺に負い目がある。それに漬け込むような告白になるんじゃないか?それ込みでも付き合えるとは思ってないけど……いや、そもそも付き合うってなんだ?俺はハルカに並ぶほど強くなる為に旅してるわけで、そんな相手と付き合うってなると、それはそれで面倒くさい関係になるんじゃないか?大体にして俺もハルカもそれぞれ忙しいだろうし……いや、成功する前提で話進めたけど、断られたらそれこそ約束云々も無くなるんじゃないか?最悪夢一個消えるぞ俺——⁉︎

 

 そんな思考をしているうちに、沈黙が数十秒経過。なかなか話さない俺を見ていたハルカが……ついに口を開いた。

 

 

 

「——プ。クク……アハハハハハ‼︎」

 

「は、ハルカさん……?」

 

 

 

 俺はまだ何も言ってないのにいきなり吹き出すハルカ。な、なんかおかしかったか?

 

 

 

「アハハ……ごめんごめん。なんか顔真っ赤にして口パクパクさせてるんだもん。それが可愛くてつい……」

 

「うっ……そんな変な顔してたか?」

 

「うん。陸に打ち上げられたコイキングみたいだった」

 

「……言葉は選んでくれよ」

 

 

 

 どうやら俺の渾身の真面目顔は世にも奇妙なものとなっていたらしい。きっとこの場に鏡があったなら、今度こそそこの窓から飛び立っていたことだろう。何やってんだ俺は……。

 

 

 

「フフ。それで、何言おうとしたの?」

 

「……いや、見舞いに来てくれて、ありがとうって話だ」

 

「そっか。どういたしまして♪」

 

 

 

 結局言い直すこともせず、俺は誤魔化すようにそんな言葉だけ吐いた。

 

 逃げたとは思う。でも正直この雰囲気から告白する気にもなれなかった。それが言い訳だとわかってるけど……それ以上は踏み込めそうにない。

 

 

 

「はぁ……ホント。お前には参るよ」

 

「なんでそんなボヤくの⁉︎」

 

「うっさい。自分で考えろ」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 今回俺は旅先での負傷という名目で入院することになった。でも体の傷は元々大したことがなく、本当に検査が必要だったのは『心』——つまり、固有独導能力(パーソナルスキル)乱発で起こった生命の摩耗(エナジーフリック)の具合だった。

 

 過去何度もこれで倒れているので大丈夫だとは思うが、ひどい場合には後遺症も残るという。それを懸念して、能力の存在を知るカナズミジム側の医療チームから今日の昼に診察をしてもらった。

 

 その結果は——『今はとりあえず問題なし』ということ。それにホッとしたような喜んだようなため息をついたが、すかさずその医師から「気をつけるように」——と釘を刺される。一応トレーニングをするぐらいは問題なくできるとのことなので、日課のメニューに影響はないが、肝に銘じようとは思う。

 

 そんな検査も終え、自分の頑丈さに呆れる暇もないまま、今度はそのジム側からの尋問が始まった。主にあの流星郷での事件についてだけど……聴取に出張ってきたのはツツジさんだった。

 

 ちょっと緊張はしたけど、俺はとりあえず話せそうなことを選んで、あの滝に入る経緯とその後地下でどう過ごしたのか、起こった事件の内容なんかを伝える。

 

 話さなかったのは、国際警察の存在とアクア団の隕石強奪の件。俺としては包み隠さず話すべきだと思ったんだけど……。

 

 

 

——国際警察の方はHLCとはほぼ対立関係にあんだろうし、アクア団の方はデボン絡みらしいし、そのどっちにも深く関係してるカナズミの嬢ちゃんにはまだ伏せといた方がいい。

 

 

 

 そう昨日俺とタイキに耳打ちをしたのはカゲツさんだった。それで俺も、ツツジさんが何かとんでもないことに加担していることを一瞬考えたが、あの人に限ってそれはないと否定した。でも、カゲツさんはそういうことを言ってるんじゃないと俺に忠告してきた。

 

 

 

——嬢ちゃんにとって寝耳に水なら、当然それを調べるためにHLCやデボンに探りを入れ始めちまうだろうが。そうなったら水面下で怪しい動きしてる連中が黙ってると思うか?デイズの根っこだってどこまで繋がってるのかわかんねぇ……これは俺の勘だが、あの嬢ちゃんとこの事件との相性はすこぶる悪いと思うぜ。

 

 

 

 全てを理解するのには俺にも時間がかかったけど、要はこの事件、掘り返すのには慎重になるべきだとカゲツさんは言っていた。

 

 アクア団の件は実際やり方が強引ではあったものの、デボン社とクスノキ造船の繋がりが秘密裏に行われていたことを考えると、あまり不確定な情報を伝えるべきではない。あれが『アクア団は悪者で、すぐに対応した方がいい』——と割り切れるなら話すのも手だが、やましいところがデボンにないと言い切れない以上、どちらかの肩を持つような発言は控えた方がいいというのがまず一点。

 

 国際警察の方はさらに複雑だ。調べていたのはあのデイズにも繋がるD-RinG(ディーリング)にまで話が込み入っている。もちろんダチラがHLCに捕まっている以上、その存在は知れ渡っていると考えていいだろうけど、それがどんな風に絡み合っているのかはわからない。

 

 この間のHLCの役人の言動を見ても、ホウエン側にも何か隠し事があるのは明白だ。最悪デイズと手を組んで、何か良からぬことをしている奴が上層部に至って不思議じゃない。

 

 そうした諸々を考えると、デイズの話は避けられなくても、それを外部から秘密裏に調査しようとしている国際警察についても黙っていたほうがいいとカゲツさんは思っているんだろう。俺としてはツツジさんを信頼したかったが、もしそれで彼女に迷惑がかかるなら、俺も発言には気をつけようと思う。

 

 問題は……この人相手にそんな誤魔化しが通じるのかというところだろうけど。

 

 

 

「——そうですか。本当に大変な旅路でしたわね」

 

 

 

 一通りの聴取が終わり、ツツジさんはそう言って俺を労ってくれた。

 

 正直、まだ全部を言ってない分罪悪感が半端ないのだが、これも一応俺らの選べる最善の選択。喉から飛び出しそうな「ごめんなさい」を必死で飲み込んで、俺はツツジさんとの話に戻る。

 

 

 

「大変……って言われても、現実味がないですね」

 

「幻のポケモンを操るデイズ……ですか。噂には聞いてましたが、そのどちらとも戦闘をなさられたのがあなただなんて。運が良いのか悪いのか——」

 

「100パー悪くないですか?」

 

「あら?貴重なポケモンが見られて嬉しくないんですの?」

 

「俺をどこかのフィールドワークオタクと一緒にしないでください。命懸けだったからそれどころじゃないんですよ」

 

 

 

 これがオダマキ博士なら時と場合なんて考えずに目をキラキラ輝かせてたんだろうけど。

 

 

 

「それでもその苦難を乗り越えるあなたの成長を見られたのですから。わたくしとしては感慨深いものがありますの」

 

「成長……できてるんですかね、俺」

 

「ええ。随分お口が固くなったことも含めて——」

 

 

 

 ……おっふ。今のってもしかしなくても「隠してることあるのバレてますわよー」——的なことだよな?

 

 それに気付いた瞬間、跳ね上がるように俺は言い訳に入る。

 

 

 

「いやあの——」

 

「わかってますわ。黙ってたのはあなただけじゃない。皆さんも。あの滝に行ったきっかけについてヤケにおしゃべりでしたもの」

 

 

 

 それを聞いて、どうやら全員の話を聞いた上でツツジさんは見抜いたとわかった。

 

 確かに今の隠し事は俺たちだけじゃなく、個別に聴取を受けたソライシ博士たちにも伝えてあった。今回事件の聴取を受けたのが6人。その全員が『滝に向かった理由とそこから里に招かれた理由』について、口裏を合わせて話していた。

 

 ツツジさんには、どうもそこが逆に怪しく見えたらしい。

 

 

 

「意外にも人の記憶というのは曖昧ですわ。ついさっき起きた出来事ですら、それを見た十人に訪ねても意見が完璧に噛み合うことはほとんどありません。まして濃厚な時間を地下で過ごす前のことをこれほど鮮明に語られれば、不審に思うのが自然ですわ」

 

 

 

 流石というか……今回はこちらの完全に墓穴だった。言われたことはどれも疑いの目を向けられても仕方のない証言だ。俺が逆の立場でも、そこまではっきりとは言わなくても疑問に思うところはあったと思う。

 

 やはり隠し事は無理か——そう思った時だった。

 

 

 

「まぁいいでしょう。あなた方には黙秘する権利もあります。嘘の証言をしたわけでもありませんし、そういうことにしておきます」

 

「え……怒らないんですか……?」

 

 

 

 ツツジさんは意外にも、この件について追求することはなかった。それは助かるんだけど、なんで——理由の方が気になった。

 

 

 

「わたくしはあくまでお話を聞かせてくださいとお願いする立場です。それに『話したくない』と答えられれば、それに準じるのは当然ですわ。それにあのような醜態を見せておきながら、信じて全て話せ——などと言えるはずもありません」

 

 

 

 ツツジさんは少し自嘲気味にそんなことを言った。彼女が言った『醜態』とは——地下で争った役人との会話のことだろうか。

 

 

 

「残念ながら、今でもこの土地では様々な利権を巡った派閥争いがあります。それを黙認している現状で、わたくしたちが全てをコントロールするかのような振る舞いは傲慢と言えます。ジムリーダーは組織の抑止力——ああ言っておきながら、情けないことこの上ありませんわ」

 

「そんな……実際俺たちはツツジさんに助けてもらったんです!」

 

「それでも……あれがわたくしの限界でした。規定に沿った正当な主張と、身につけた力と圧力で脅すことしかできなかったのです。これではあの財務局長とやっていることは変わりませんわ」

 

 

 

 そんなことない——俺がそれを言うのは簡単だ。でもこれはきっとツツジさんが自分で思っている罪悪感なんだと思う。誰かにそれを否定してもらっても、拭えない気持ちは俺にだってわかるんだ。

 

 でも……それに恩人が苦しめられてるんだとしたら、見てられない。

 

 

 

「フフ。そんな顔しないでくださいまし。わたくしは別に落ち込んではおりませんわ。寧ろ今回のことで身が引き締まった思いですの。わたくしもまだまだ伸び代のある未熟者——そしてそれを教えてくれたのは、あなたや流星郷の人々です」

 

 

 

 ツツジさんは「心配しないで」と言うように、暖かく微笑んで見せた。それに含まれる複雑な気持ちまでは、今の俺じゃ察することなんてできないけど……それなら、その言葉を今は信じようと思う。

 

 

 

「ごめんツツジさん。俺——」

 

「それ以上言うとせっかく内緒にした意味がなくなってしまいますわ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 最初その言葉をの意味がわからなかった。この後——何か予定があったかと思い巡らせていると、ツツジさんは少し笑って続けた。

 

 

 

「プロの高みをまだ目指しておられるのでしたら……然るべき時に、ジムの門をお叩きくださいまし」

 

 

 

 ツツジさんが言ったのは……俺のジムチャレンジの件だった。以前コテンパンにされたあのジム戦のリベンジを受けると彼女は言ってくれていた。

 

 その時に俺が実力を発揮できなかったとしたら、きっとツツジさんはそれで怒る気がした。それで俺も、もうそれ以上何も言わずに、部屋から立ち去ろうと思った。

 

 ツツジさんへの挑戦——間違いなく強敵である彼女との戦いなら、作戦を立てる時間はいくらあっても足りない。俺の気持ちはもうジム戦にシフトしていた。

 

 

 

 そんな俺の背中に、ツツジさんは一言付け加える。

 

 

 

「最後に——もし、わたくしたちが信頼に足ると思われる時が来ましたら……その時は遠慮なく頼ってください。それだけは……お約束してくださいますか?」

 

 

 

 俺は少し考えて……それにだけははっきりと「はい」と答えた。それが俺の示せる精一杯の誠意。もしこの先、抱えきれないことがあったら……こんなに優しい彼女を疑ったりはしないと。そう誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたくしは残った部屋で、先ほどユウキさんから聴き取った話の議事録を眺める。それと同時に、過去に提出された別の調査報告書を見比べ、ため息をついた。

 

 一人残された部屋。他には誰もいない。

 

 

 

 そんな場所で、わたくしはつい漏らしてしまう——。

 

 

 

「また会いたいですわね……ディアンシー」

 

 

 

 その呟きは誰に届くこともなく、ただ部屋に寂しくこだまするだけだった……。

 

 

 

 

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その名に込められた意味とは——。

〜翡翠メモ 56〜

『カナズミシティ』

ホウエンの教育機関を一手に請け負う『学校(スクール)』と『大学(カレッジ)』を有する学園都市。

街には未来のトレーナー候補生のために建造された施設が多く存在し、単身で若者たちが住めるようにワンルームアパートなどが多く存在する。

街の周辺の交通利便性が著しく劣って見えるのは、そうした自然を残すことで、トレーナーたちの修練の場にできるという配慮の元あえて残されているという事情がある。



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第167話 4番目の門番


これは何度も言ってますが……感想書いてくださる方、本当にありがとうございます。返信の文量はいただいたものに合わせて抑えてますが、本当は毎回大量の感謝とレスポンスで返したい。まぁくどくならない程度に返信させていただきます。

誤字報告してくだってる方々もありがとうございます!皆さんのお陰で、少しずつ読みやすくなっています。本当に感謝です……!




 

 

 

 尋問も終わり、退院の手続きをした俺は、その帰りがけの道端でソライシ博士含めたハジツゲの3人を見つけた。

 

 

 

「ソライシ博士ー!」

 

「あ、ユウキくん!元気そうだね」

 

「はい。体はもう大丈夫です。そっちも尋問お疲れ様でした」

 

「アハハ。流石に緊張したよ〜」

 

「俺もです……って、3人だけですか?タイキとカゲツさんは……?」

 

「ああ。彼らなら早々にホテルに戻ってるよ。なんでもやることがあるからって。君を見かけたら、『気にせず彼女さんとデートでも行ってこい』——って言ってよ」

 

「……チッ」

 

「なんで舌打ちしたの……?」

 

 

 

 ソライシ博士は俺の言動にやや不穏な空気を感じて心配そうに見てくる。でも心配には及びません。ちょっとイラっとしただけです。

 

 やっぱりあの出歯亀師匠覗いてたやがったな。そりゃタイキの時も露骨に見張ってたんだ。俺の時だけマジで空気読んで退散——なんてするはずがない。

 

 今すぐ行ってお灸を据えたいが……悲しいかな、あの理不尽大魔王が素直に応じるはずもない。結局泣き寝入りである。とりあえずそんな不毛な考えは忘れて、話をソライシ博士たちに戻した。

 

 

 

「なんでもないです。でもそう言われてもなぁ……他にこの街でやることもないんですけど」

 

「まぁそう言うな。せっかく地上に出られたんだ。女と楽しく遊ぶのも悪くないだろ?」

 

 

 

 それに答えたのは大王だった。女と遊ぶ……?何言ってるんだこのおじさまは。

 

 

 

「あのですね……ハルカとは別にそういう間柄じゃ——」

 

「なんだ。まだ誰とも言っとらんのに名前が出るほど意識しとる相手がおるんじゃないか」

 

「ウルトラミス!!!」

 

 

 

 俺は自分の甘すぎる足元に崩れ落ちた。最悪だ。でもそこの助手さん、笑ってんじゃないよ。こっちは死活問題なんだ。

 

 

 

「まぁ羽ぐらい伸ばせ。流星絡みで何かと疲れたであろう?あまり気を張ったままだと、いつかプッツリと切れてしまうぞ」

 

「それがそういうわけにもいかないんですよ。近々カナズミジムに挑戦しようと思ってて、すぐにでもやらなきゃいけないことがあるんです」

 

 

 

 さっきの質疑応答ではっきりとその意思を見せた俺は、もうその為に動かなきゃいけない。焦って挑戦するつもりもないけど、手持ちの調整をした上で、来週辺りに試合を申し込もうかと思っていた。

 

 

 

「なら尚更、今は気分を解しておけ。そのまま根をつめると勝てるものも勝てなくなる。年長者の言葉をよく聞いておいた方が良いと思うが……どうかね?」

 

「う……わ、わかりました!わかりましたよ!」

 

 

 

 結局一理も二理もある言葉にあえなく降伏。俺は今日くらいのんびりさせてもらうことにした。まぁ確かに今は夕方。今からジタバタしたって大したことはできないだろう。

 

 しかし遊べって言ってもなぁ〜。ハルカたちは一応今日はこっちに泊まってるって言ってたけど……うっ。これもしかしなくても俺の方から誘わないとダメなやつ?

 

 

 

「あら。誘うのが恥ずかしいって顔に書いてますね」

 

「ツキノさん……そういうのはわかっても言わないでもらえますか?」

 

「ウフフ。可愛い反応でしたので……でもあんまり奥手ですと、後で後悔するかもしれませんよ?」

 

 

 

 そう言ってソライシ研究助手は笑っていたが、改めて言われると普通に焦るから困る。とはいえさっきは告白失敗するようなヘタレかましたわけで、同じ日にまたチャレンジするのも気が引けるんだけど……。

 

 

 

「何も告白しろ——なんて言わないですよ。意中の方なら、楽しむ時間を通して距離をある程度縮めておくのも悪くないかと。大丈夫。ユウキさんって華はありませんけど、優しそうでとても素敵な殿方ですよ」

 

「なんか余計な一言ついてません?」

 

 

 

 いや華がないというのはわかりますけど。褒めてんのかどうなのか怪しいラインのセリフにため息をつくしかなかった。

 

 にしても、研究助手なんてしてるくらいだから、恋愛とかあんまり興味ないのかと思ってたけど……やっぱりそこは女子。他人の色恋の話が好きなのは相変わらずなのか?

 

 などと呑気に思っていると——

 

 

 

「結果を得たいなら、多少無様に思えても努力する価値はあります。今は恥ずかしくても、それを手にできたら……過程なんて忘れてるものですよ」

 

 

 

 そう言って、彼女はソライシ博士の手を取った。中年の少し皺の多くなった手を愛でるように触れる、うら若き女性の仕草に——不覚にもドキッとしてしまった。

 

 え……なにその雰囲気……いやまさか——

 

 

 

「試合、来週だったね。仕事が立て込んでるから今日で僕らはハジツゲに帰るけど……また詳しい日時がわかったら教えてね。彼女と応援に行くから」

 

「………あ、はぃ……

 

 

 

 そう言って博士たちは帰って行った。その背中をボーッと見送って、その状況に脳が追いついたのはしばらく経ってからだった。

 

 仲睦まじく、手を繋いで歩く博士と助手。歳の差なんか感じさせない2人は……今の俺の理解の遥か遠くにいる存在となっていた。

 

 

 

 ちなみにこの後、ハルカを映画に誘おうとして——結局ひよってひとりで観に行った。あんまり楽しくなかった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 1週間後……。

 

 

 

「アニキ……どうっスか……⁉︎」

 

 

 

 タイキがやや緊張しながら話しかけてきたのは、カナズミの公共コートで野試合をしたあとの事だった。

 

 その試合は主にジュプトル(わかば)の調整が目的であり、実際危なげなく勝つことができた。タイキが聞いてきたのは、そんな試合の心配ではなく……こいつが試合前にくれた物の感想を聞こうとしてだった。

 

 

 

「うん。目に見えて——ってほどじゃないけど、出力はしっかり上がってたよ。お前が作ってくれた“奇跡の種”。ちゃんと機能してたよ」

 

 

 

 直後、タイキは満面の笑みで「よっしゃー!!!」と喜びを大にして叫んでいた。そのはしゃぎっぷりに苦笑いする俺だったが、まあその気持ちはわかる。

 

 今回タイキは、カラクリ大王に弟子入りして初めて自作で作った持ち物(ギア)を俺にくれたのだ。あいつなりにすごく頑張ってたのは知ってたけど、まさかジム戦に間に合うとは思わなかった。

 

 ちなみに“奇跡の種”は持たせたポケモンの草技の威力を底上げする持ち物(ギア)だ。今日の感じを見るに、上昇率はいいとこ20%くらいだけど、“タネマシンガン”に“リーフブレード”という主力技を持つわかばと相性が良かった。

 

 というより、きっとタイキもそれを見越してこの種を作ってたんだと思う。

 

 

 

「本当はもっとカッチョイイ奴——“気合いのタスキ”とか作ってみたかったんスけどね。まだ単純な火力アップ持ち物(ギア)とかしか作れなくて……」

 

「何言ってんだよ。初めて作ったのにちゃんと機能してるんだ。大王さんにもお墨付き貰ったんだろ?もっと胸張れって」

 

「えへへへへ……!」

 

 

 

 タイキは恥ずかしそうに後頭部をかいて照れている。俺もそんな友達の成果に少なからずテンションが上がっていた。

 

 ギア師として俺の専属になることを決めたタイキの処女作。これが俺たちの戦いに役立てるっていうのは、何か込み上げるものがあった。それはきっと、こいつの頑張りを知ってるからだろうな。

 

 

 

 これで——今日の戦いに挑める。

 

 

 

「アニキ!今日のジム戦……絶対勝ってくれッス!!!」

 

「ああ……絶対勝つ……!」

 

 

 

 俺とタイキは拳を突き合わせて、今日の勝利を誓う。

 

 そう……今日はジム戦。去年苦い思いを味わった、初めてのジム戦と同じ会場に、俺たちはこれから向かう。

 

 相手はあのツツジさん。今日はあの日のリベンジマッチだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カナズミジム、屋内バトルコート——。

 

 会場の客席には、去年にはなかった賑わいがあった。それを生み出しているのはカナズミジムに所属するトレーナーたち。その中に、タイキ、カゲツ、オダマキ、サキ、ソライシ、ツキノの6名が周りを見渡して驚いていた。

 

 

 

「わぁ〜!ジム戦ってこんな感じになるんスか⁉︎」

 

「ジム生の会話から察するに、ツツジ(あの嬢ちゃん)から見学に来るよう勧められてるみたいだぜ?」

 

 

 

 カゲツの推察通り、今回はジムリーダーからの招集が掛かっていた。元よりジム戦の見学はいつでも誰でも見ることができるが、かなりレベルの高い試合でもない限り、ジム生たちの目に留まることはない。

 

 ツツジという先生がわざわざ声をかけるほどである——そんな期待が、人々を集めたひとつの要因となっていた。

 

 そして……もうひとつ。それを語ったのはオダマキだった。

 

 

 

「ジム戦は『最初が最も難しい』——と言われてる。何せプロとアマチュアを分ける大事な試合だ。HLCの規定もそれに併せて難易度は高めに設定されている。そして……その次に難しいとされるのが、この“4つめ”だ」

 

 

 

 オダマキはいつもの柔らかい笑顔を見せつつも、どこか真剣みを帯びた声色で話す。曰く、ここが『プロとして大成できるかどうかの分水嶺』——だと。

 

 

 

「全8個あるジムバッジの折り返しに差し掛かるこの“4つめ”は、本気でプロの中で勝ち進む意思を持つことを測る戦いだと言われている。そんな最低条件を見極める為に、ジムリーダー側の手持ちのレベルはこれまでとは比べ物にならない跳ね上がり方をするという……」

 

「まぁそれでも意思関係なく強い奴なら易々と突破しちまうがな。4つめのバッジからはプロの中でもかなり優遇されるようになるから、『とりあえずここまでは取ろう』——って輩もそれなりにいやがる」

 

 

 

 オダマキの説明にカゲツは補足としてそんな皮肉めいたことを言う。そしてそんな甘えた考えこそ、このジム戦では命取りになることをカゲツは弁えていた。

 

 

 

「HLCの有力企業への推薦、最先端の技術開示、そのテスター体験、どれも一介のトレーナーじゃあ味わえねぇ恩恵の数々……そんな甘い餌に食いついた愚か者を釣り上げ、多くの雑魚から約束金をぶんどっていくのが、我らがHLC様のやり方だぜ」

 

「もちろん、その言い分が全てではないけどね……しかし、そんな登竜門に選んだ相手が……ツツジさんとはね」

 

「……ツツジさんだと何かまずいんですか?」

 

 

 

 含みのある言い方をするオダマキの言葉に、ソライシは不思議に思ってそう聞いた。その理由は、彼女について以前から噂されている話が元となっているようだった。

 

 

 

「ツツジさんはね。ホウエンジムの中で『最も簡単なジムリーダー』——そう噂されているんだ」

 

「え……ツツジさんが、簡単?」

 

「どういうことでしょうか?」

 

 

 

 それにはタイキやツキノにも不可解だった。この場にいる人間は皆知っている。ツツジというトレーナーの素晴らしさ。その底の見えない知恵から繰り出される戦略は、並のトレーナーでは乗り越えられない難易度を誇る。そんなツツジが『簡単』と揶揄されることに、違和感があった。

 

 

 

「確かにツツジさんは強い。それこそホウエンランカー経験者であり、強さの一点で言えばジムリーダーの中でもトップクラス。しかも10代というあの若さでだ」

 

「だったら——」

 

「それでも彼女は教職を選んだ——それ故に、彼女の“手の内”はほとんど割れているんだよ」

 

 

 

 ツツジはジムリーダーと学校(スクール)で教鞭を取るという異色のトレーナー。強く逞しいトレーナーを育てる為には心血を注いできている。だからこそ、その教えに手ぬかりはない。

 

 そうした真に迫るカリキュラムを受けたトレーナーは、自然とツツジの戦闘スタイルやポケモンの強さを目にする機会が多くなる。

 

 

 

「このホウエンに教育機関と呼べるほど大きなものはカナズミにしかない。そうした背景もあって、『ジム戦を最初にするならカナズミジム』——という風潮は根強い。そして彼女はより多くのアマチュアトレーナーの目に留まり、必然的にプロへの入り口として、その多くがカナズミジムの戸を叩くことになる」

 

「だからカナズミはジム戦が他より何倍も多いんだとよ。ったく、手の内わかってようが勝てねぇ奴は勝てねぇんだから、どこ選んだって一緒なのによ……」

 

「それだけじゃないんだ。彼女が『最初の相手』として選ばれる理由は——」

 

 

 

 カゲツが口を挟むと、オダマキはより真剣にその理由を語る。

 

 ツツジが“一人目”として選ばれ——“二人目”以降に選ばれないわけを。

 

 

 

「理由は簡単——ジム戦が後半になるにつれ、彼女の強さが跳ね上がっていくから」

 

「———!」

 

 

 

 その言葉に、ユウキを応援しようとしている人間の間には緊張が走る。

 

 オダマキは続けた。

 

 

 

「彼女の強さの由来は圧倒的な知識量と、そこから最適解を導き出す天性の発想力。あの若さで岩タイプという玄人向けのポケモンに拘り、ランカー達を葬ってきた実力を持つ理由だ。そしてそれが最も発揮されるのは、従来の使用ポケモンに近づくほど……」

 

 

 

 それはどのジムリーダーにも言えることではあるが、ツツジは多くの手段を用いて戦うスタイルのため、それが顕著に現れる。

 

 それで一つ目のバッジの門番として立ちはだかる時よりも、後半の門番として相手をする方がチャレンジャーとしてつらくなってくる。

 

 

 

「まして今回はジムチャレンジの中でも強さの上がり幅の広い“四つめ”——ポケモンの強さも想像を絶する。ジムリーダーという立場からより彼女本来の戦い方に近づいていくんだ……」

 

「ケッ、観客が多いと思ったら何のことはねぇ……ここにいる奴ら、珍しく自分らの大将が本気でやるってんで押しかけてきやがったんだな」

 

 

 

 周りの観客も、そのほとんどがツツジ目当て。ユウキという挑戦者への期待は、如何に彼女の本気をどこまで引き出せるかに向けられていた。それを知って、兄貴分の勝利を疑っていなかったタイキの顔にも翳りが見える。

 

 ユウキを信用していないわけではない。それでも、ツツジの強さも事実なんだろうことは……彼も一度はプロを目指したトレーナー。認めざるを得なかった。

 

 

 

「——なら、あの子にとっても不足はないってことね」

 

 

 

 重苦しい前情報を聞いて、それでも呆気なくそう言って退けたのは——彼の母親であるサキだった。

 

 

 

「初めて世話になった父親以外のジムリーダー。その恩師が、本来に近いコンディションで戦ってくれる……これで喜ばなきゃ男じゃないよ……ユウキ!」

 

 

 

 サキは笑っていた。ユウキの心配というより、ただこの状況の中で息子が戦うことを喜んでいるように。

 

 そんな彼女の言動に、ひとりカゲツは意味深な眼差しをサキに向けていたことを……本人以外知る者はいなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ついに……ツツジさんとの試合が始まる。

 

 俺は心の中でその事実を噛み締めながら、ゆっくりと控え室からコートに伸びる通路を歩く。出口はコートを照らす照明で眩しいほどに光っている。その先からうっすら聞こえる喧騒で、今回は観客も多いんだと知った。

 

 緊張してる……ちょっと怖いのかも。指先が震えるのは、これがジム戦だからか?

 

 いや、もうこれでジム戦は都合5回目になる。そもそも進退がかかったトーナメントにも2度出場していて、ミスの許されない命懸けの立ち回りもしてきた。

 

 それでもここまで落ち着かないことなんてなかった。指先にうまく力が入らない。歩いてるのに地面に足がついてないような感覚だ。

 

 

 

「——武者震いって言うんだっけ。そういうの」

 

 

 

 その声にハッとして前を向くと、そこにはハルカがいた。いつもの赤いキャミソールを着たスポーティな少女が俺の目に飛び込んでくる。余裕のない俺は、ただオウム返しのように聞き返すことしかでしなかった。

 

 それに答えたハルカは、そっと俺の方に近づいて手を取る。

 

 

 

「ずっと戦いたかった相手……待ってた分だけテンションがあがっちゃうこともあるよ。でもそのままだと力入り過ぎちゃうかな……?ツツジさんはそんなガチガチだと倒せないよ?」

 

 

 

 俺の手を揉みほぐすように握るハルカは、あったかい笑顔をむけてくれた。普段ならもっと恥ずかしがって慌てるところだが、そんな余裕すら今の俺にはないらしい。

 

 

 

「せっかく楽しみにしてたんだからさ。ユウキくんも……精一杯出し切れるように応援してるね♪」

 

 

 

 そう言って放された俺の手は——もう震えていなかった。さっきまであれほどざわついていた心が嘘のように穏やかになってる。

 

 あぁくそ……またハルカに助けられたみたいだ。

 

 

 

「……こんなんでお前のライバル張ろうとしてるなんて、馬鹿げてるよな」

 

「でも、なってくれるんでしょ?」

 

「……約束だからな」

 

 

 

 俺はそれだけ言って前に進んだ。後ろにいるハルカはきっといつもの笑顔で見送ってくれてるんだろう。だから俺も、せめてそれにだけはカッコつけようと思う。

 

 

 

「——勝つよ。絶対に」

 

 

 

 そうして、俺は光の中に飛び込んだ——。

 

 

 

——……。

 

 

 

 コートの奥……いつもの笑顔——ではなく、ギラついた闘争心の宿った表情が、こちらに向けられている。

 

 凛々しい顔立ちのその人は、俺を見るや否や、こう言った——。

 

 

 

「お待ちしておりましたわ。ユウキさん」

 

 

 

 

 

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その意思……岩石の如く——!

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第168話 疼いて仕方がない


久しぶりのジム戦ですね。というかフルバトルちゃんと書くのキンセツ以来ってマジ……?




 

 

 

 カナズミジム、メインバトルコート——そこで行われる試合を見ようとして押しかけた観客は有に百を超えていた。

 

 彼らのほとんどはカナズミシティ教育機関——通称“学校(スクール)”に通う学生たちだ。皆、一度は今日戦うツツジの教えを受けてきた者たちである。

 

 そんな彼らの興味は、久しくまたは初めて見るツツジの本気の一端——そこに集中していた……。

 

 そうした独特な高揚と緊張感が走る会場で、中心となる2人は互いに顔を見合わせている。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 挑戦者であるユウキも、待ち構えていたツツジも、互いに口を開くことはなかった。ジム戦という張り詰めた空気の中とはいえ、少々異様な対応であると、観客もざわつき始める。

 

 

 

「すげぇピリピリしてるな……」「そんだけ集中してんだよ」「でもツツジさん相手に失礼じゃないか?」「あの2人、前に一緒にいるとこ見たよ……!」

 

 

 

 それぞれが思った疑問を呟く。確かにはたから見ている人間には、二人の仲は険悪に見えたかもしれない。

 

 しかし——沈黙は、その胸の内を伝える術を弁えているからこそだった。

 

 

 

(ごめんツツジさん。今何か言うと、あなたを“倒すべき敵”として見れない気がする——いや、それも言い訳か……ただ単純に、余計な言葉でこの戦いをつまらなくしたくなかった……今はただ——)

 

 

 

 ユウキは何を口にしても、ツツジにはこの気持ちを充分に伝えられないと思っていた。夢を最初に阻んだ彼女。「強くなれる」と初めて言ってくれた強者。世話になり、助けられ、今また目の前に立ちはだかってくれている。彼にとってこの試合は、通常のジム戦とは比べ物にならない意義があった。

 

 そしてそれは——ツツジもだった。

 

 

 

(あなたは強くなった……初めてここで戦ったあの日から感じた微かな予感。そしてトウキさんとの戦いで見せたあなただけの力。もしあの頃からその力を順当に磨いてきてここに立っているのだとしたら——)

 

 

 

 ——疼いて仕方がない。

 

 両名が偶然にも同じ言葉を心の中で念じた時、互いの視線が火花を散らせた。

 

 2人にとって……その沈黙は充分なコミュニケーションだった。

 

 

 

「——両者、ポケモン選出決定を!」

 

 

 

 審判から指示が入る。それと同時に2人はコート脇にある、使用ポケモンの選出登録用の機材の前に向かう。

 

 そこに辿り着くと、互いに使うポケモンの入ったボールを機材の窪みにはめ込む。ユウキは4つ。ツツジは5つ。それらのポケモンで選出を行う意思を示す操作用パネルの“NEXT”のボタンを押し——いよいよこの試合に選出を決定する画面へと移行する。

 

 その際、相手の使用予定ポケモンが映し出される。

 

 

 

【ミシロタウン・ユウキ】

・ジュプトル ・マッスグマ ・ビブラーバ

・カゲボウズ

 

【カナズミジムリーダー・ツツジ】

・ダイノーズ ・サニーゴ ・ゴローン

・ユレイドル ・ツボツボ

 

 

 

 選出画面はコート上部にある巨大なモニターにも反映されており、観客にもしっかりと見える。そのツツジの手持ちを見て、改めて普段見る“1つ目”とはまるで違う手持ちであることを再認識してため息が出る。

 

 ユウキはそんなツツジの手持ちを見て、以前戦った時の記憶との修正に入っていた。

 

 

 

(前戦った3匹がそのまま進化してる。それに加えて戦った経験がない2匹……前に立てた作戦は今のツツジさんには通用しないか——選出予想は、やっぱりこっちの手持ちにどう刺さっているかから分析した方が良さそうだ)

 

 

 

 今更強くなった手持ちに狼狽える素振りはない。このレベルのジム戦であれば、事前情報が当てにならないことを既に想定していたユウキに、精神的な動揺はあり得なかった。

 

 

 

(まず向こうのダイノーズは出てくる。ツツジさんのエースだろうし、進化して“鋼”が加わったアレなら、わかばの草技を等倍にできる。逆にアカカブの地面技が4倍弱点になるから、そこをカバーしたポケモンを使用してくる可能性が高い)

 

 

 

 ツツジにとって脅威となるのはアカカブだろうことを想像し、ユウキはその可能性があり得そうなポケモンを想像する。ツツジの手持ちの中で、ドラゴン・地面の複合タイプを持ったビブラーバに抜群をつけそうなポケモンは一見すると見当たらない。そうなると、攻撃がヒットした際、被害を最小限に抑えられるのは——タイプ相性上、ツボツボとユレイドルであることが窺える。

 

 

 

(サニーゴが氷技を覚えてる可能性も捨てきれないけど、わかばの攻撃が4倍、ツツジさんが覚えていれば、チャマメの【亜雷熊(アライグマ)】も考慮されてる可能性がある。あまりにもタイプ的に不利なサニーゴが選出されるとは考えづらい。同様にゴローンも……前は“ころがる”で詰みかけたけど、その対策は経験則でもうできる。特性“頑丈”を盾にした戦法にもおおよそ検討はつく——となると、やはり可能性が高いのはダイノーズ、ユレイドル、ツボツボの3匹だ……!)

 

 

 

 ユウキは模索してたどり着いた結論を唱えながら、自分の選出を決めていく。その自信を裏付けるのは、手持ちの優位性がこちらにあることを察してだった。

 

 ユウキの絶対的なエースであるわかばは、ツツジのポケモンに通りがいい。それをさらにアカカブでプッシュできる構成を考えれば、例え先ほどの推察が外れていたとしても、大した痛手にはならない。選ばれないと踏んだサニーゴやゴローンが出てきたとしても、それはわかばにとって格好の餌食となる。

 

 とはいえそこはジムリーダー。そういう浮かれそうなところを突いて崩してくる作戦もあり得るため、警戒は緩めない。だがそれでも分がこちらにある賭けなら、優位性のある今リスクを負うことを恐れたりはしない。

 

 

 

(決め打ちなんて正直どうかと思うけど……今は大胆にいきたい。()()()が見てるんだ。不甲斐ない試合になんかしない——!)

 

 

 

 消極的な振る舞いは、時に足元にあったチャンスを逃す可能性がある。ユウキはそれをこれまで痛いほど味わってきた。だから……この大一番で、その大胆さが必要だと直感した。

 

 

 

「選出完了確認——両者、トレーナーズサークルへ!」

 

 

 

 審判のコールに2人は応じ、それぞれがコート両端の枠内に入った。ここまでくれば、あとは試合開始の合図を待つだけ——。

 

 

 

(……本当なら、もっと緊張しただろうな)

 

 

 

 先ほどまで、頭の中が真っ白になっていたユウキは、それを解消してくれた存在に短く感謝を念じる。今日、ここまで歩んだ道のりを……このバトルで体現する。その気負いが起こした震えを止めてくれた少女を想うと——力が湧いてきた。

 

 

 

「これより、カナズミジムリーダーツツジとミシロタウンのユウキによる、ジムバッジ公式戦を行います——両者、構え——‼︎」

 

 

 

 ユウキとツツジ——その掛け声に合わせて、ボールを投げ込む体勢に入る。

 

 まるで弓を引き絞り、敵に狙いを定めているような——そんな張り詰めた緊張が観客たちにも伝わった。

 

 

 

 始まる。次の一言で——。

 

 

 

「——対戦開始(バトルスタート)!!!」

 

 

 

「行け——ビブラーバ(アカカブ)‼︎」

 

「お願いします——ユレイドル‼︎」

 

 

 

 互いのポケモンがコートに降り立つ。

 

 ツツジの繰り出したユレイドルは、化石ポケモンリリーラの進化系。独特な壺型のフォルムは残しつつ、体色を緑へ、特徴的な触手も健在——見た目通り、搦手を得意とするポケモンだった。

 

 進化前とは対照的なカラーリングをした両ポケモンは、互いに一度戦った組み合わせ。ビブラーバとなったアカカブは、苦い記憶を思い出し、気合いを入れ直すように背中の羽を撃ち鳴らす。

 

 

 

——ビバァァァ!!!

 

「わかってる——お前も待ちきれなかったんだよな‼︎」

 

 

 

 ユウキはアカカブを後押しするかのように、固有独導能力(パーソナルスキル)を発動。低出力ながら、そこから伝わるアカカブの闘志に直接その意思を伝える。

 

 一方ツツジはその熱を秘めた目でユウキとアカカブを見ていた。そして——

 

 

 

「まずはお手並み拝見——」

 

——“ステルスロック”

 

 

 

 ユレイドルはその指示の元、口元と思われる機構から無数の岩片を吐き出した。それがユウキ側のコートに散りばめられ、すぐに姿をくらませてしまう。これはそういう“設置技”だった。

 

 

 

「“ステルスロック”——ポケモン交代の際に反応して出現し、相手のポケモンに一定のダメージを与える技。ダメージはそれほど大きくないけど、これで交代という選択にリスクが付くようになった——!」

 

 

 

 オダマキの解説に一同も息を呑む。初手でユウキに不利な状況を作ったツツジ。その仕掛けの速さに手心は一切無いとタイキたちは痛感した——だが。

 

 

 

「それでもあいつはもう動いてる——!」

 

 

 

 カゲツの呟きと同時にタイキが見たのは——既に間合いを詰めていたアカカブだった。これにツツジとユレイドルもハッとさせられる。

 

 

 

「———!」

 

「“ステルスロック”……実際嫌な技ですよ!でもそれを使った分——こっちの攻撃に一歩出遅れる‼︎」

 

 

 

 ユウキはこの状況にいち早く対応してみせた。確かに“ステルスロック”のような戦場を自分の都合に寄せる技は強力だ。しかしその弱点は、使った直後の硬直にある。

 

 どれほど間合いが開いていても、技ひとつを使用する間にはそれを埋める隙が生じてしまう。それはいくら鍛錬を積み、技の出を速くしてもケアしきれるものではない。

 

 “設置技”には即効性がない——一言でいえばそんな当たり前の弱点だが、ユウキはその当たり前を見逃さなかったのだ。

 

 

 

——“地震”!!!

 

 

 

 アカカブは突っ込む勢いのまま、ユレイドル近くの地面を踏みつける。そのパワーが巨大な揺れを生み、敵のいる地面ごと吹き飛ばした。

 

 

 

(これは……初手で“ステルスロック”を読んでましたわね、ユウキさん!)

 

 

 

 ツツジはユウキの反応の速さの理由に勘付く。

 

 確かに“ステルスロック”使用後の隙は看過できるものではない。それだけにツツジにも、目算ではあるがその後隙に飛び込んでくる攻撃にある程度備えがあった。

 

 ユウキが技を見てから動き出すまでのタイミング、ビブラーバという種が持つ機動性、覚える技のリーチなどを考慮し、ギリギリ対応が間に合う——そのはずだった。

 

 だが予想は外れ、対応が間に合わなかったユレイドルに技がクリーンヒット。このズレが生まれた理由は——ユウキの動き出しが予想よりはるかに速かったからだ。

 

 

 

(あの対応速度……前もってわかってなければ不可能ですわ。おそらく間合いが開くこの最初の対面が絶好の設置技発動タイミングであることを読んで、動き出したに違いない。そして、一度動けばユウキさんは——!)

 

 

 

 ツツジが起きた事柄に思考を巡らせている間、アカカブの猛攻は止まらない。一度の“地震”で後退させられたユレイドルに対し、追加でもう一撃加えようと接近を試みる。

 

 ユレイドルは崩した体勢を立て直すのに必死で、まだ迎撃体勢が整ってなかった。予想外の速さと予想以上の技の威力——こうなるとツツジといえど、やれることはない。

 

 

 

「——もう1発喰らわせろ‼︎」

 

——“地震”!!!

 

 

 

 アカカブの2度目の震脚は、ユレイドルの頭部を踏み付けた。確かな手応え——この一撃で決まってもおかしくない破壊音がコートに響く。

 

 そして——

 

 

 

「——“からみつく”……!」

 

 

 

 一瞬倒れたように見えたユレイドルは息を吹き返し、アカカブをその触手で拘束しようとした。まだ倒れないのか——とその硬さに舌を巻くユウキだったが、その可能性を捨てていたわけではなかった。

 

 ユウキの心の動きに反応してアカカブは背後に羽を羽撃かせて後退。なんとか“からみつく”からの脅威から脱した。

 

 その技の応酬——僅かにして10秒足らず。

 

 

 

——ウォォォオオオオ!!!

 

 

 

 そんな攻防に、息を止めていた観客たちが感嘆の声を上げた。それはユウキを応援している人間も例外ではなかった。

 

 

 

「——こ、これって……もしかしてもしかしなくないッスか⁉︎」

 

「うん!今確実にユウキくんに分があるよ!」

 

 

 

 タイキとソライシが顔を見合わせて喜んでいた。ツキノもこれには口元を抑えて興奮し、オダマキは目を丸くしていた。そしてカゲツは、不敵に笑う。

 

 

 

「テッセンのジジイの時に課題にしてた“思考力の最適化”——随分かかったが、ここでやっと物にしやがったな……!」

 

 

 

 それはフエンタウン停泊中にカゲツが示したユウキの弱点。高速戦闘中に決断を迷い、せっかく固有独導能力(パーソナルスキル)で得た優位性を潰していた彼の悪癖だった。

 

 様子見と称して停滞する間にも敵はこちらを倒そうとしてくる。その損なっていた時間を有効に活用するための訓練が、あの日からずっと課されていた。

 

 それが今、ようやく結実する——ツツジという強敵との戦いをきっかけにして。

 

 

 

(仕留め損なった!でもあのダメージ、パフォーマンスに影響は避けられないはず——技か何かで回復される前にここは——)

 

「アカカブ‼︎——“竜の息吹”‼︎」

 

 

 

 ユウキは一度距離を空けた後、再び攻めに転じるようアカカブに指示。ツツジ側の反撃は考えられたが、ここで相手に息を吐かせる理由はなかった。

 

 ツツジの表情は険しくも慌てた様子はない。まだ立て直せる算段があるのかもしれない——それでもここは押す。ユウキはそれが最適解だと信じていた。

 

 中距離からの黄色いブレスがユレイドルに向かう。まずは削りがてら視界を奪い、反撃に集中させないようにする。そしてフィニッシュへ——そう思った矢先だった。

 

 

 

——ポン!——ガジガジッ!

 

 

 

 何もない空間から突如“きのみ”が出現。それをユレイドルは食して飲み込む。あれは——

 

 

 

“オボンのみ”か——!」

 

 

 

 ポケモンに持たせられる持ち物(ギア)の中でも、ポピュラーな回復用きのみ。身の危険が迫った時、ポケモンが自己判断でそれを食すことができる。体力が危険域に達したユレイドルが本能的にそれを欲したのだ。

 

 “オボン”を食べることは即席の回復行為。技による治癒よりも速く、体勢を立て直せる。それでもユウキの勢いは止まらない。

 

 

 

(それを食べるってことは、ちゃんと効いてる証拠——他の持ち物もないのがわかったんだ!このまま突っ込め‼︎)

 

「——“ミラーコート”‼︎」

 

「———⁉︎」

 

 

 

 ユウキが突撃続行を選択した直後、ツツジはその技の名を口にする。

 

 ユレイドルの体表はぼんやりと発光。その後、アカカブの“竜の息吹”が直撃する。そして——

 

 

 

——バシュンッ!!!

 

 

 

 甲高い音と共に、そのブレスはアカカブの元へ跳ね返った。

 

 

 

——ビバッ⁉︎

 

「アカカブ——‼︎」

 

 

 

 “ミラーコート”——。

 

 体表に纏ったエネルギーフィールドにより、それに触れた“特殊技”を相手に跳ね返すカウンター技である。

 

 使用者は基本的にそのダメージから逃れることはできないが、跳ね返された技にはミラーコートの反転エネルギーが上乗せされ、倍の威力で敵を襲う。

 

 それにやってアカカブは接近を阻まれてしまった。

 

 

 

「アカカブ、大丈夫か……⁉︎」

 

——ビババッ‼︎

 

 

 

 ユレイドルの思わぬ反撃にユウキは現状を判断することに徹する。アカカブのダメージを確認し、それが大したことがないと悟ってホッとした。

 

 

 

(アカカブの“竜の息吹”の威力がなくて逆に助かった……しかしあんなものまで持ってるのか。中遠距離からの対策としてはえげつないな……!)

 

 

 

 開幕早々“ステルスロック”を使用した感じから見るに、あのユレイドルの役回りは場作り。後続のポケモンたちが戦いやすいように、フィールドを整え削りを入れるのが役割になる。

 

 対面で相手のポケモンを倒す能力を落とす代わりに、高い耐久性と“オボンのみ”のようなサポートでもって任務を遂行していた。それもあって、ユウキの選択肢の中から『敵からの反撃』というものへの警戒が薄れた一瞬——あの“ミラーコート”が飛んできたのである。

 

 全く警戒していなかったわけではなかった。それでもそのカードを切られたタイミングが良過ぎたせいで、ユウキの攻めっ気は鈍らされてしまう。

 

 

 

(でも足を止めてても仕方がない!特殊技は使わないようにしつつ、接近して今度こそ仕留める——あの距離なら、“からみつく”で止められる前にこちらが先に——)

 

「戻ってユレイドル——!」

 

「え……⁉︎」

 

 

 

 ここでツツジ、ユレイドルを交代させる。ボールのリターンレーザーで瞬時に手元に戻された後、即座に別のモンスターボールが投げ込まれた。

 

 

 

(あの削られたユレイドルを残してまでポケモン交代⁉︎ 目の前にはさっき“地震”見せたアカカブがいるんだぞ!交代際の“地震”は誰が出てきても痛いはず——)

 

 

 

 ユウキはそれが弾けて中身が割れる間にそう思考する。何故このタイミングで。何故あのポケモンを。そうした疑問がユウキの決断を僅かに鈍らせた。

 

 それでも“地震”で登場後の隙を狙おうとして——さっきの“ミラーコート”が脳裏を過ぎる。

 

 

 

「———ッ!」

 

「お願いします!ダイノーズッ‼︎」

 

 

 

 ユウキの僅かな躊躇いの間に、ツツジのエースは着地する。

 

 青い皮膚に巨大な赤鼻。砂鉄で出来た髭を持つ重厚な頭が出現した。その独特な一頭身のポケモンの出現に対して、そこへユウキが横槍を入れることは——遂にできなかった。

 

 

 

「アニキ!なんで交代際に攻撃しなかったんスか⁉︎」

 

 

 

 タイキは絶好のチャンスをふいにしたユウキに驚く。それを説明したのはカゲツだ。

 

 

 

「その手前で“ミラーコート”ちらつかせられたんだ。出てきた後続に似たような技で返されるのを反射的に恐れたな……にしても——」

 

 

 

 にしても——とカゲツはツツジを見ていた。

 

 先ほどのユウキの攻撃。ほぼ間違いなく想定外の痛手になっていたはず。にも関わらず、彼女に微塵も動揺が見られなかったことにカゲツは少なからず驚いていた。

 

 精神的にも経験則的にも、確かに狼狽えないのは立派だが、それにしても限度がある。浮き足立つどころか、即座にユレイドルから自分のエースに交代するプランを立て、それを通す為にユウキの思考回路まで利用する——まるで感情のないコンピューターのように。

 

 

 

(“不落嬢(ファランクス)”——か。確かにあの不動の精神力は伊達じゃねぇ。とても10代のガキには見えねぇな)

 

 

 

 年齢ゆえの精神的未熟さに多少はカゲツも期待していたが、どうやらその手の可愛らしさはとうに失っていたらしい。そう結論付けて、ユウキの方へと意識を戻す。

 

 そして……やはりこの戦い。一筋縄ではいかないことを悟った。

 

 

 

(わかってるんのか……?お前は今、自分のミスでやられてるわけじゃない。動揺を引き出されたんだ。その辺の違いに気付けなきゃ——負けるぜ?)

 

 

 

 そんな弟子の横顔を眺めて、カゲツはその行く末を見守るのだった——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カナズミジム、門前——。

 

 そこにはひとりの男が立っていた。

 

 素朴なジャージ姿のその中年は、今絶賛大盛り上がり中のカナズミ屋内バトルコートの方を見て立ち尽くしている……。

 

 

 

「サキに言われて来てしまったが……私が来たなどと知ったら、頑張ってるユウキの邪魔になるんじゃないか……?」

 

 

 

 気の抜けた声で、妻からのメールを見ながらそう呟くのは——トウカジムリーダーのセンリ。ユウキの父親である。

 

 最初に連絡をもらった時は仕事を理由に断っていたが、先の入院の件といい、最近は心配もかけるような息子のことが気になり、居ても立っても居られなかった。

 

 それで気がつくと、彼はカナズミまで足を運んでいたのだ。だがここへ来て、水を差したくないと躊躇いを見せ始めていた。

 

 

 

「……やっぱり帰ろう。今あの子を変に刺激するような真似は——」

 

「あれ?おじさん!」

 

 

 

 そう言って立ち去ろうとした時だった。バトルコートの方から女の子の声がした。そちらを見ると、見覚えのある少女——ハルカがこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

 

「ハルカちゃん⁉︎ びっくりしたよ!」

 

「お久しぶりです!それはこっちのセリフですよ?なんでカナズミまで……」

 

 

 

 ハルカはセンリを見かけて早々にその理由に思い至る。それに「まずい!」と思ったセンリは慌てて誤魔化そうとするが——

 

 

 

「あ!ユウキくんの応援ですよね⁉︎ もー遅いですよ!とっくに試合始まってるんですから!」

 

「え、あぁいや私は——」

 

「ほらほら!早く行って応援しましょー!」

 

 

 

 センリの僅かばかりの抵抗も虚しく、結局そのまま強引に建物の中に向けて背中を押されることしかできなかった。

 

 まだ色々と心の準備ができていない——そんな言葉はハルカには届かなかった。しかし、ふとこの状況にセンリの脳内を疑問が過る。

 

 

 

(あれ……試合中なのに、この子なんでこんなところにいるんだろ……?)

 

 

 

 ユウキの応援を勧める本人が、試合が始まっている客席にいないことに違和感があった。それでその事を聞こうとしたが、ハルカがどんどん自分を押し込むのでそれどころではなくなってしまった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ダイノーズの降臨を許してしまったユウキは、改めてその結果に歯を食いしばっていた。

 

 

 

(くそ……!ほとんど無償で交代を許した。あそこはリスク負ってでも強めに圧をかける場面だろ……⁉︎ でも今更そんなこと言っても仕方ない。とりあえずユレイドルの残り体力は僅かなのに変わりはないし、早々にダイノーズを引きずり出せたんだ……ここはダメージを与える最大のチャンス!)

 

 

 

 ユウキは自分の失敗を反省しつつ、一番警戒していたダイノーズを早めに見ることができたことをひとまずプラスに考えた。

 

 ツツジ相手に読み合いで勝ち続けるのにはそもそも無理がある。先ほど獲得した優位性はそこまでひっくり返されているわけでもない。そのことも考慮に入れつつ、岩・鋼タイプのダイノーズに、4倍の威力が期待できるアカカブの“地震”をどう当てるか——そのことに集中することにした。

 

 そんな意思決定とほぼ同時に、ツツジは呟く——。

 

 

 

「——“マグネットメイカー”

 

 

 

 突如、ダイノーズの足元からコート全体にかけて薄灰色のエネルギーフィールドが展開。一瞬にしてコートはそのエネルギーに包まれてしまった。

 

 

 

「これは——⁉︎」

 

“強電磁フィールド”——特殊な磁場を発生させ、上にいるポケモンの電気、鋼タイプの技の威力を引き上げる領域変遷(コートグラップ)。“マグネットメイカー”は、そんなフィールドをダイノーズ登場時に発生させる“潜在特性”ですわ」

 

 

 

 そんなオリジナルの効果を持つ領域変遷(コートグラップ)の説明を受けて、ユウキは生唾を飲み込む。

 

 

 

(さっきは“ステルスロック”でこっちの妨害をしてきた。そして今度は自分の得意なフィールド……あっちもあっちで得るものを着実に増やしている……!)

 

 

 

 ダメージという目に見えて勝ちに直結する要素では確かにユウキがリード。しかしそれを代償にして、ツツジは着実に自分の領域を広げていた。

 

 その目的はわからない……だがこのまま手をこまねいていれば、それこそ得たアドバンテージを自ら捨てているのも同然であることをユウキは理解している。

 

 動け——ユウキの思念は、心で繋がるアカカブの背中を押した。

 

 

 

——ビバァッ!!!

 

「勇敢——いえ賢明です。あとは力が及ぶのかどうか……」

 

 

 

 ツツジは向かってくるアカカブにその指を差し向ける。するとダイノーズは少し身震いさせて——

 

 

 

——磁遊帯装(じゆうたいそう)‼︎

 

 

 

 ダイノーズの身体に取り憑いた“チビノーズ”と呼ばれるユニット3機が独立してアカカブ目掛けて飛来する。

 

 

 

「あれは……確か森で渡してくれた“チビノーズ”⁉︎」

 

「——“パワージェム”!」

 

 

 

 ツツジが言い放ったのは生命エネルギーで作り出した宝石状の塊を放つ技、“パワージェム”。それは特に特別な効果を持たない真っ当な攻撃技だった。

 

 特筆すべきことがあるとすれば、それを撃ったのが飛行するチビノーズだったということ——である。

 

 

 

——ビバッ‼︎

 

 

 

 飛んできた宝石群を横跳びで躱したアカカブ。しかしその回避先を狙って、もう一機のチビノーズが“パワージェム”を射出。それに反応して背中の羽を無理やり振動させ、着地をせずに滑るようにその攻撃を潜り抜ける。

 

 しかし、さらにその先にチビノーズはいた。

 

 

 

——ビバッ!!!

 

「アカカブ——‼︎」

 

 

 

 その攻撃にまで回避は間に合わない。頭にヒットした“パワージェム”によってその動きを止められる。そして、この3機の包囲網で足を止めるということがどれほど危険か——わからないユウキではなかった。

 

 

 

——ピュン……!

 

——ピュン……ピュン……‼︎

 

「そこから抜け出せアカカブ——“竜の息吹”‼︎」

 

 

 

 ユウキは彼の活路を見出すべくブレス攻撃を指示。それを避けるためにチビノーズ3機はそれぞれ回避運動取った。機敏な動きだが、そこで出来た包囲の穴に向かって、アカカブは飛翔する。だが——

 

 

 

「逃しませんわ——!」

 

 

 

 ツツジがその手を動かすと、それに合わせてチビノーズは空を舞った。アカカブの死角から死角へ——常にユニットをへばりつかせる。そして、的確なタイミングで“パワージェム”を発射した。

 

 

 

——ビ!——バッ‼︎——ビバッ⁉︎

 

 

 

 アカカブは特性“浮遊”を活かしたスライド移動で回避運動を取る。それでも躱しきれるものではなく、数発の宝石が体にめり込んだ。

 

 

 

(このままだと蜂の巣にされる——だったら!)

 

「——地下だアカカブ!“穴を掘る”‼︎」

 

「させませんわッ‼︎」

 

——ピュン!ピュピュン‼︎

 

 

 

 アカカブが地面に潜り込もうとしたが、それはツツジの方でも読んでいた。地下への潜行には掘り進める時間がかかる。当然その隙はダイノーズにとって格好の餌食だった。

 

 “パワージェム”が地面を掘ろうとするアカカブの体を撃ち抜き、その態勢を崩す。逃げ場をさらに潰された。

 

 

 

「アカカブ!足を止めるな‼︎ 狙い撃ちにされるぞ‼︎」

 

——ビバッ‼︎

 

 

 

 それでも怯まずユウキは指示。まだアカカブも気力を失ってはいない。だが、このままでは削られて終い——躱し切るのも無理だとしたら、ユウキたちの取れる手はひとつだった。

 

 

 

「『被弾覚悟で攻めに転じる』——そう来ますわよね!」

 

「気付かれても関係ない‼︎ いくぞアカカブ!!!」

 

——ビバッ!!!

 

 

 

 ユウキの思考を読んだツツジの方が先に動いた。磁遊帯装(じゆうたいそう)、チビノーズによるオールレンジ攻撃に苛烈さが増す。そこを中央突破しようとするのだから、それを見ていた観客は肝が冷えた。

 

 なんて無謀な——だが、それでもユウキたちは進む。

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)‼︎

 

 

 

 ユウキはその突破口に自身の固有独導能力(パーソナルスキル)を選択。空間の色彩は失われ、必要な空間情報を記した計器のようなイメージが出現する。

 

 危険やチャンスを数秒手前で予測、ロックオンする照準がユウキの視界に与えられる。ほんの少し未来(さき)を見通すそれは——既に数発の弾丸発射ポイントを看破していた。

 

 

 

「——“砂地獄”‼︎」

 

 

 

 アカカブは勢いよく地面に息を吹きつけ、小型の砂塵竜巻を生み出す。本来の出力には満たないそれは、ユウキが意図的に技の出だしを速くさせた即席版。そのインスタント砂地獄は、一瞬だがアカカブの体を隠した。

 

 そこへ“パワージェム”が撃ち込まれる。

 

 

 

——ビバッ‼︎

 

「躱した——!」

 

 

 

 一瞬の視界切り。しかし高速戦闘ではその一瞬で的が動く。有るかないかのギリギリの猶予ではあるが、その甲斐あって初めてチビノーズの包囲網を突破した。

 

 ダイノーズとの距離は目測10メートル。“地震”の有効範囲圏内まであと少し——

 

 

 

「戻りなさいダイノーズ——‼︎」

 

「なっ——また交代⁉︎」

 

 

 

 包囲を突破された——とはいえ致命的な状況でもないのに交代を選択するツツジ。離れていたチビノーズごと、ボールに戻されたダイノーズに代わり、投入されたのは——

 

 

 

「もう一度頼みます——ユレイドル‼︎」

 

「ユレイドル⁉︎ なんで——いや、なら今度こそ‼︎」

 

 

 

 投げ込まれたボールからはユレイドルが再度出現。しかしこの交代には今度こそ先手を仕掛けるべきと判断し、アカカブを突貫させる。

 

 まだ体勢の整っていないユレイドルはさっきのダメージが残っている。“オボンのみ”で回復したとはいえ、次の“地震”を耐えるような余裕はない——その目測の元、ユウキはここでユレイドルを落としにかかった。

 

 アカカブはユレイドルの頭部目掛けて飛び上がる。その震脚を叩き込むために——。

 

 

 

——バッ⁉︎

 

 

 

 寸前、アカカブは横から突然隆起した地面に殴られる。全くの無警戒だった角度からの攻撃に、吹き飛ばされたアカカブは痛みよりも驚きで目を見開いた。

 

 

 

「地面がなんで——⁉︎ アカカブ‼︎」

 

——ビィ……!

 

 

 

 ユウキもそのことに驚くが、今は攻撃を受けたアカカブの状態を確認するほうが先だった。その声に低く唸って反応したアカカブ。見た目ほどのダメージはなかった。

 

 

 

「流石に……腕を上げましたわね。ユウキさん」

 

「………!」

 

 

 

 ツツジはここでようやく口を開く。無駄話ひとつせず、これまで戦いに徹した彼女が最初に言ったのは……ユウキへの賞賛だった。

 

 

 

「あの日から半年が過ぎ、今尚成長を続けるあなたに敬意を評します……」

 

「そりゃ……どうも……」

 

「ですが——その破竹の勢いが本物かどうかはまだわからない……」

 

「………?」

 

 

 

 彼女の意味深な言葉にユウキは訝しむ。何を言おうとしているのか……と考えつつ、頭の片隅では戦闘状況を再確認していた。

 

 

 

(こっちの心理を突いてまでダイノーズを出したのに、接近されるや否やすぐに交代……潔いっちゃそうなんだけど、ツツジさんにしては消極的過ぎないか……?思ったより最初の奇襲で動揺してる?いや、こんなことで崩れるとは——というか、なんでユレイドルを出し直した?)

 

 

 

 目まぐるしく変化した戦闘の中、感じた数々の違和感。ポケモンそれぞれのスペックの高さはわかるが、それを操るツツジの思考にまで理解が追いついていない。

 

 先ほど地面を隆起させた未知の攻撃手段もあって、ユウキは『わからない』という現状に妙な胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

「本当に強さが結実するのに足り得るものをお持ちでしたら、きっとこの戦いでも答えを出せるでしょう。ですが——」

 

(ユレイドルはさっきのダメージであと一押しだ。アカカブで勝つビジョンも見えてる。なのになんで——)

 

「もしただ単に勢いだけのハリボテだとしたら……ここで脱いでいただきます……‼︎」

 

「———⁉︎」

 

 

 

 ツツジの威圧的な言葉が発せられるのと同時に、ユウキは見た。

 

 ユレイドルの傷が……予想よりも治っていることを。

 

 

 

「“自己再生”……⁉︎ いや、でもそんな隙は——」

 

 

 

 ユウキはユレイドルが引っ込められた時の状態をよく覚えていた。確かに“オボンのみ”での回復は有効に働いていた。そのおかげで“ミラーコート”を使用できるラインまで体力を持ち直したのも理解している。

 

 だが再登場の際、その傷がさらに治癒されているこの現状には説明が付かなかった。

 

 

 

(特性“再生力”なら交代するたびに傷を癒す効果がある。でもユレイドルにそんな特性は——なんだあれ?)

 

 

 

 ユレイドルの謎の回復——その可能性を探るうちに、ユウキの目はある違和感を捉えていた。

 

 ダイノーズの貼ったフィールドが……消えている。

 

 

 

(時間経過で領域変遷(コートグラップ)が解けた……⁉︎ いや、それにしては早過ぎる!俺たちが解いたならわかるけど、ツツジさんたちの方から意図的に解く理由もわからない——その理由があるとしたら……!)

 

 

 

 ツツジがわざわざリスクを負ってまでタイプ不利のダイノーズを出した理由。その出現に伴って発生した“強電磁フィールド”——そしてすかさずユレイドルの出し戻し。その際の回復。

 

 これらがひとつの線で繋がる仮説を……ユウキは導き出した。

 

 

 

「ユレイドルが……()()()()()()()()()()()()()()()()……⁉︎」

 

 

 

 彼の出した答えを肯定するかのように、ユレイドルの降り立った足元にはまだ僅かに“強電磁フィールド”が施された灰色のエネルギー帯が残っていた。

 

 最後にそれも吸い上げて、ユレイドルはほぼ全快する。

 

 

 

「種族特性“土壌根張(どじょうねば)り”——フィールドに施された領域変遷(コートグラップ)を解除し、その余剰エネルギーを吸って回復する。これで初撃の優位性は取り返させていただきましたわ」

 

「…………ッ!!!」

 

 

 

 ツツジの解説したユレイドルの種族特性。その真価は、ダイノーズとのコンボで半永久的に回復し続けるサイクル戦*1にあった。

 

 そんな反則じみたものを見せつけて、ツツジは目の奥を光らせる。

 

 

 

「あなたの知らない戦い方がこの世界には無数に存在します。これからあなた方が挑むのは、そんな大海の一端——呆けていると、あっという間に飲み込まれますわよ……?」

 

 

 

 ユウキはその言葉に気を引き締める。脅威に慄いている暇はないことを、ツツジから改めて教えられた。

 

 

 

 カナズミジムの戦いは……まだ始まったばかりである——。

 

 

 

 

 

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*1
ポケモンの交代を繰り返し、常に有利な状況を保ちながら戦う戦法





挑むのは……無数の手段——‼︎

〜翡翠メモ 57〜

不落嬢(ファランクス)

現カナズミジムリーダー・ツツジに付けられた二つ名。

非凡な発想と膨大な知識量、多くの経験則から生まれる多彩な戦術を得意とする彼女だったが、それ以上に恐れられたのはその不動の精神力。事態がどれほど目まぐるしく変わろうと、例え敗北を匂わせる窮地に陥ろうとも、その動揺を見せない強固な神経を見せ、それが対戦相手を恐れさせる要因となっていた。

そのあまりにも安定した立ち振る舞いから、付けられたあだ名に相応しい揺るぎない強さを示し続け、ホウエンランカーとして戦っていた頃から高い支持を集めている。

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第169話 教える者と教わる者


10月入って急に秋……わたしはもう冬布団出そうか迷ってますわ。




 

 

 

「ほらおじさん!早く早くー!」

 

「わ、わかったからハルカちゃん、そう急かさないでくれ……!」

 

 

 

 ユウキとツツジの戦いを、2階にある観客席から見下ろせる位置までセンリを運んできたハルカ。

 

 その時、ちょうど再出撃したユレイドルと、上手くサイクルをされて手傷を負ったビブラーバ(アカカブ)が対面し、互いの出方を窺っているところだった。

 

 

 

「ありゃりゃ。ユウキくんの方が劣勢かなぁ……」

 

「うむ……試合展開は——」

 

 

 

 ハルカがパッと見の旗色からユウキの苦戦を察すると、センリが試合状況の詳細を見ようとしてコート上部に掲げられたモニターを確認する。

 

 そこには双方トレーナーの顔と、既に見えたポケモンの姿が映し出されている。ユウキ側はビブラーバ1体、ツツジ側はユレイドルとダイノーズの2体がそれぞれ晒されている。

 

 

 

「ツツジくんの方が先にポケモンを2体見せたのか……どうやら彼女は交代を繰り返してユウキを翻弄する策に出ているようだね」

 

「サイクル戦——ってやつですよね?私はそういうの苦手だからあんまり詳しくないけど……」

 

 

 

 センリが少ない情報ながらも現状を把握。その感想から、ハルカも大体の事態を察した。

 

 

 

「基本は強い個体それぞれに決定力を持たせて、1対1の戦いを制する“対面構築”が昨今主流になっているパーティ編成。そちらの方がわかりやすく育成もそこまで悩まないからね」

 

「アハハ。私は単にそれしかできないんですけど」

 

「構築難易度が低いからといって悪いわけじゃない。寧ろそれは概ね正しい考え方だ。トレーナーとはそのポケモンの長所を伸ばし、短所をできるだけカバーするのが仕事。『対面で勝つ』ということは、それだけそのポケモンの良さを徹底的に磨くのと同義なんだ。素直に強く伸びやすい戦い方と言えるだろう」

 

 

 

 そのポケモンを選び、育成し、持ち物(ギア)やスタイルを授けてあとは相棒を信じる——そんな戦い方は多くのトレーナーの理想でもある。

 

 その一方でサイクル構築はというと——

 

 

 

「個々のポケモンのスペックで戦うのではなく、複数のポケモンを入れ替わり立ち替わりさせて大きな戦局をコントロールするサイクル構築はそれとは対極にある戦い方と言えるだろう。元々バトル中の交代はリスクが付きまとう。それとずっと付き合っていかなければいけないこの戦術は、実に玄人向きと言える」

 

 

 

 でもだからこそ、それを完全に制する能力を持つトレーナーがやると、発揮される効果は絶大となる。そしてその戦術を選ぶには、ある種の覚悟が必要になることもセンリは知っていた。

 

 

 

「対面構築は……誤解を恐れずに言うなら、最終的にはそのポケモン任せになる。持っている能力や相性によって勝ち負けが決まるから。でもサイクル構築は、戦い方をトレーナー自身で細かく決める。その分試合の勝敗に対する責任は重い。重く感じてしまうのが人間だ……」

 

 

 

 多くの手段とその組み合わせを駆使して戦うことが課せられるこの戦術。それに自分とポケモンの全てを乗せるのだから、指示を出すトレーナーへの重圧は計り知れない。

 

 勝ちも負けも自分の立てた作戦とその場の判断次第——人生のかかる試合が多くなるプロでは、サイクル戦を仕掛けること自体が覚悟の表れとなる。

 

 

 

「ツツジくんは強いよ。才能だけじゃない。ジムリーダーになる者にある特有の責任感をあの歳で背負う覚悟が彼女にはある……その重み、お前は受け止められるか——ユウキ」

 

 

 

 父としてというより、ひとりのトレーナーとしてユウキを見守るセンリ。その視線の先で——ユウキは乱された心を落ち着かせていた。

 

 

 

(……参ったな。あれじゃ何度攻撃を仕掛けても回復されてなかったことにされる。“土壌根張(どじょうねば)り”の回復量はわからないけど、ユレイドルの体力が危険域になった瞬間に戻されてまたダイノーズを出されるか——でもそこに隙はある)

 

 

 

 次にダイノーズが出てくる時、先ほどは警戒してできなかった交代の隙に“地震”を叩き込む選択が取れる。そうなれば回復手段が今のところ見つかっていないツツジのエースに大打撃が見込めるのだ。

 

 しかし——それはツツジも読んでいる。

 

 

 

(同じサイクルをしてくるとは考えにくい。まだダイノーズ側は手の内をほとんど見せてないんだ。無警戒に“地震”を決め打ちするのは得策じゃない。それに……)

 

 

 

 ユウキの懸念は、出突っ張りのアカカブにもあった。この短い時間で、かなり負担をかけさせてしまっている。その消耗は目に見えて明らかだった。

 

 

 

(波導から伝わる手応え、息の荒さ……アカカブの手の内も見られてるし、このまま引っ掻き回されたら落とされかねない。ここは一度引っ込めて休ませるべきか……?)

 

 

 

 だがそうなると、最初に仕掛けられた“ステルスロック”が邪魔をする。交代すれば今は見えない地雷と化した岩が後続のポケモンを襲う。決して大きくはないダメージだろうが、その隙はツツジの交代よりも大きくなるのは避けられない。

 

 

 

(登場時の痛みで体は一瞬でも硬直してしまう。それをツツジさんが見逃すとは思えない。それに今ツツジさんの方もこちらの様子を窺ってるのが気になる……戻った体力とさっき得たアカカブの情報から攻め立ててもいいはずなのに……)

 

 

 

 ユウキはそこにきな臭さを感じた。ツツジも熟考した考えの元に戦うタイプ。慎重に戦うことに不自然さはない。だが、手の内を話してこちらを揺さぶった割にはえらく消極的に見えた。

 

 そういう時、決まって彼女は何か企んでいる……ユウキにはツツジが何かを待っているように見えた。

 

 

 

「随分大人しくなってしまいましたわね……もう終わりでしょうか?」

 

「まさか……そう慌てないでくださいよ」

 

「それは結構。でしたら——」

 

 

 

 ツツジはユウキの意思を確認した後、ユレイドルに指示。その内容は——

 

 

 

——“エナジーボール”

 

“【万葉機銃(ガトリングリン)】”!!!

 

 

 

 ユレイドルの触手がそれぞれ小さな緑の“エナジーボール”を生成。そのボール付きの触手が首の周りで高速旋回——扇風機のような機動を見せながら、充分に遠心力の乗ったエネルギー弾がアカカブ目掛けて撃ち込まれる。それも連続で——。

 

 それをアカカブも避けるために弾ける。ユレイドルに対して距離を保ったまま、掃射される弾を横に飛びながら躱していく。

 

 

 

「さあ次はどう致しますか!秒間10発のこの【万葉機銃(ガトリングリン)】——疲れているあなたが逃げるのにも限度がありますわよ‼︎」

 

「くっ——戻れアカカブ‼︎」

 

 

 

 これ以上の消耗はまずい——そう判断したユウキはアカカブを手持ちに戻す。機銃の掃射から間一髪で逃れたアカカブの代わりに選んだのは——

 

 

 

「——頼むジュプトル(わかば)‼︎」

 

 

 

 投げ込まれたボールから出現したのはユウキの相棒わかば。それを見たツツジは、冷静にその銃口をわかばの着地地点に向ける。

 

 ユウキもわかばもそれを察知して、着地と同時に走るつもりでいた——がしかし。

 

 

 

——ロァッ⁉︎

 

 

 

 わかばの体に切り傷が刻まれる。これは仕掛けられていた“ステルスロック”によるダメージだった。わかってはいたが、やはりその時の隙でユレイドルには狙い撃ちにされる。

 

 

 

——ドドドドドドド!!!

 

 

 

 無数の“エナジーボール”をわかばに向かって叩き込む。その爆煙でわかばの姿は隠されてしまった。

 

 

 

「わぁぁぁ‼︎ わかば!アニキッ‼︎」

 

 

 

 有利状況から一転して窮地に陥ったユウキ。その頼みの綱であるわかばが早々に蜂の巣にされて、タイキは悲鳴をあげる。

 

 だが……その爆煙の向こうから、わかばはその体を鋭く走らせていた。

 

 

 

「効果今ひとつとはいえあのダメージのなさ——まさか銃弾を全てあの刃で!」

 

 

 

 ツツジの予想は当たっている。わかばは迫る“エナジーボール”の群れを“リーフブレード”でそのほとんどを叩き落としていた。ユウキとしてもかなり思い切った行動だったが、わかばのスペックを信じた甲斐はあった。

 

 

 

「距離を詰めろ——仕留め切るッ‼︎」

 

「そう簡単にはいきませんわ——万葉機銃(ガトリングリン)ッ‼︎」

 

 

 

 持ち前の身のこなしでわかばはユレイドルへ接近する。対してユレイドルも機銃掃射で敵を近づけまいと躍起になっていた。

 

 しかし先ほどのアカカブとは全く違う速力に、狙いが追いつかない。あっという間にその刃の間合いにユレイドルを捉えた。

 

 

 

——“リーフブレード”!!!

 

 

 

 鋭い剣閃がユレイドルの体を捉える。クリーンヒットしたユレイドルは後方へ吹き飛ばされた。

 

 

 

「やはりその速さは厄介ですわね——戻りなさいユレイドル‼︎」

 

「また交代——わかばッ‼︎」

 

 

 

 下がってきたユレイドルを受け止めるようにユレイドルを手元に戻したツツジ。次のボールに手がかかるのを見たユウキは、わかばに迎撃体勢を整えさせる。

 

 サイクル戦は一度大きく隙を見せるこの交代が弱点——そこを遠慮なく突こうとして、わかばは腰を落とし、居合の構えをとる。

 

 その異様な雰囲気にツツジも顔色が変わった。

 

 

 

(あの構え——ハギ老人由来の高速抜刀ですわね。受ければ間違いなく致命傷……いいでしょう。勝負です‼︎)

 

 

 

 指からボールが離れる一瞬、ツツジは覚悟を決めてそれを繰り出した。

 

 出てきたのは——ダイノーズ。

 

 

 

「エース対決——⁉︎」

 

「だが先に構えてるわかばが先に動く——!」

 

 

 

 タイキが直感的にこの局面に緊張する。カゲツはその大事な場面で先に動けるわかば優勢だと判断した。

 

 その瞬間——わかばの体が()()()

 

 

 

——“翡翠斬(かわせみぎ)り”。

 

 

 

開闢一閃(かいびゃくいっせん)”!!!

 

 

 

 わかばは踏み込み、身の捻り、腕の振り、しなりを瞬時に刃へ伝えてその一刀をダイノーズ目掛け振り抜く。チビノーズの離陸も間に合わないほどの速度にツツジは目を見開き——

 

 空間ごと斬り裂かれたと錯覚するほどの斬撃音がコートに響いた。

 

 

 

「入った——⁉︎」

 

 

 

 タイキが完全に間合いに入っているダイノーズを見て声を上げる。躱せる距離ではない。防ぐにしても準備不十分の体勢から受けられるような代物でもない。

 

 今度こそ有効打が入った——そう思った。

 

 

 

「——下がれわかばッ!!!」

 

 

 

 ユウキは直感的に身の危険を感じてわかばに叫ぶ。それと同時にわかばも気付いて後方へ飛んだ。その瞬間——

 

 

 

——“電磁波”ッ‼︎

 

 

 

 ダイノーズの周りにドーム状の“電磁波”が展開される。わかばは間一髪でその効果範囲外まで飛び退いたのだ。

 

 わかばは着地後ダイノーズを睨みつける。ユウキもまた「仕留め損なった」と顔に悔しさを滲ませていた。

 

 だがはたから見ている観客のほとんどは、何故ダイノーズが無事なのかがわからない。倒れないだけならともかく、反撃をする余裕すら見せていることに多くの人間が不可解に思った。

 

 

 

「無傷——とまではいきませんでしたわね。間一髪でした……」

 

「そうか……それがあなたの能力——ってわけですね」

 

 

 

 その中でユウキはツツジがやったことに気がついた。いや、見ていた——という方が正しいだろう。

 

 ユウキの視線はわかばが先ほど踏み込んだ地面に注がれていた……。

 

 

 

「——固有独導能力(パーソナルスキル)……それもポケモンの生命エネルギーをこねくり回して行使する“絆魂(はんごん)”だな」

 

「え……⁉︎」

 

 

 

 カゲツが説明した内容にタイキは驚く。そんな素振りがいつあったのか——という点についてだ。

 

 

 

「さっきユレイドルを再出撃させた時、地面が急に隆起しただろ。多分あれがそうだ。地面だか岩だかを変形させることで即席の攻撃や防御に使えるってとこか……」

 

「でも……ダイノーズの時はそんなの——」

 

「おそらく今回はわかばが踏み込んだ地面に細工したんだろ。平地だと思って踏み込んだ足場が急に競り上がったりしたら、お前だってバランス崩すだろ?」

 

「そ、そっか……!技自体を止められなくても、それで威力が落ちたんだ……!」

 

 

 

 わかばの居合は最初の『踏み込み』が要となる。それには敵との間合いを詰める他に、技の威力を生み出す為の『最初の加速』という重大な役割があった。

 

 地のある場所とそうでない場所での運動能力の違いについては今さら言うまでもなく、こと居合に至っては正しいテンポや速度の足運びも肝になってくる。それがミリ単位でも狂えば、技に与える影響は凄まじい。

 

 その結果——ダイノーズに撃ち込まれた“リーフブレード”は、本来の効果を発揮できなかった……。

 

 

 

「——紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)。ある程度の硬度を持つ岩石を変形・隆起させるのがこの能力(ちから)ですわ」

 

「やっぱ、使ってきますか……!」

 

「あなたが相手ですもの……手抜かりがあったと思われては心外ですので」

 

「ちょっとくらい加減してくれてもいいんですよ?」

 

「あらごめんなさい。これでも精一杯加減してるつもりだったのですが……」

 

 

 

 ユウキは半分冗談まじりに憎まれ口を叩くが、それもツツジの言葉で息を呑むことになる。

 

 何せ渾身の一撃を透かされてしまったのだ。ユウキとしてもわかばとしても、与えられた動揺は大きい。もうあんな大振りは彼女相手に二度も当たらないことを予感していたからだ。

 

 決定打を免れた——それは挑戦者にとって、このバトルに暗い影を落とす結果となる。そんな中、ツツジは口を開いた。

 

 

 

「しかし実際、聞くのと見るのとでは大きな違いですわね。“斬鉄”ハギ老人のフィニッシュウェポン——その技をわかばさんの身のこなしで放つ威力を……正直見くびっていましたわ」

 

 

 

 それは予想外の賛辞。ツツジはわかばの攻撃の素晴らしさについて語っていた。ユウキにしてみると、それでも対応されたのだからまだまだだと言われるものと思っていたが、彼女は違う印象を受けていた。

 

 本来であれば、対戦者に打ち明けることなどあり得ない心の内を……ツツジは話さずにはいられなかった。

 

 

 

「わたくしとの戦い……暴走したとはいえ、キモリの頃から並々ならぬ努力と気迫を備えていたわかばさんが、よもやここまで成長しようとは……わたくしの予測を超える斬撃を見せてくれたことに礼を言います」

 

——ピシッ。

 

 

 

 ツツジがそう語り終える頃、ダイノーズからそんな異音がした。頑強なポケモンは、それと共に小さく唸る。その理由は正面から見ているユウキには明白だった。

 

 ダイノーズの硬質な肌に、わかばの斬撃が深く刻まれていた。

 

 

 

「まさか……あの体勢が崩れた中で……!」

 

 

 

 タイキはその様子に戦慄する。

 

 格闘技に長らく携わっていた彼にとって、わかばのやったことがどれほどの難業だったのかを知るのは容易かった。

 

 フォームを崩された時のパフォーマンスは著しく落ちる。それが威力が高く、技術を要求するものほど、崩された時の効力減退は免れない。

 

 つまり……わかばは下がった威力でこれだけのダメージを与えたというのだ。それはダイノーズと戦った経験のあるハルカすら驚かせた。

 

 

 

「ダイノーズってすっごく硬いことで有名なのに……効果抜群の技でも中々倒れないのに、タイプ相性等倍の“リーフブレード”でここまでなんて……」

 

「おそらくそれほど速い“振り”なのだろう。蹴足からの力が得られていない以上、威力を得られるのはそこからしかない。脱力からの力みの落差が途轍もないことの証拠だ」

 

 

 

 センリの解説にはハルカも同意見だった。物理技の威力を決定付けるものは多くあるが、わかばのそれはポケモン本来の力というより、長い時間研鑽を積むことで得られる“技術”という分野でその能力を高めている節があった。

 

 それを覚え込ませることは容易ではなかっただろうことも予測できるが、事実ここまで高い完成度で習得させていることにセンリすら感心するほどだった。

 

 だからこそ……センリはこう言った。

 

 

 

「だからこそ惜しかった……あそこで仕留め切れなかったことで、彼女の警戒度が上がってしまった……!」

 

 

 

 ジムリーダー同士だからこそわかる、指導者としての僅かな緩みを知っているセンリは、これが本当の意味での痛手だと理解していた。

 

 通常ジムリーダーは“物差し”としての役割が大きく、相手の力の多寡が測れ次第、そのトレーナーを勝たせるか負かすかの選択を取るのが基本となる。

 

 つまりその測っている時間は、挑戦者が格上に対して突ける数少ない隙となる。それこそあるかないかの小さな歪みではあるが、そうした目利きができるかもトレーナーの裁量を見る材料になる。

 

 そしてそれと同じく、見つけた隙を有効に活用できるかどうか——チャンスをものにできるかも採点項目となっている。

 

 

 

「ユウキは狙い過ぎた……交替際は確かに隙ができる瞬間だが、それはやっているツツジくんが一番理解している。そこへ大技が来ることも……」

 

 

 

 要は打ちごろの狙い球であった。それゆえにツツジとしては読みやすい。それでもダメージを受けたわけだが、彼女の裏をかくまでは至らなかった。

 

 それでもハルカにはそこまで悲観することもないように思えたが……。

 

 

 

「おじさんの言うこともわかるよ……でもユウキくんとわかばのコンビなら、正面から戦えるってことの証明にもなったんじゃないかな?」

 

「……いや、むしろ逆だろう」

 

 

 

 ハルカの問いにセンリは不安を煽るような言葉で返す。

 

 

 

「彼女に通用するあの居合はもう使えない。彼女の隙は何度も突けるほど容易くはない。そしてまたあの不動の精神とジム戦仕様とはいえ鍛え上げられたポケモンたちと対峙することになる——そんな相手を突き崩すのに、今のユウキには致命的な事実があるんだ」

 

「致命的な……事実……?」

 

 

 

 センリの指摘するそれが何なのか。少し不思議な言い回しのそれにハルカも首を傾げる。

 

 そしてその事実は、別席に座るカゲツも知るところだった。

 

 

 

「アニキが……このままだと負ける?」

 

 

 

 師匠の呟きにタイキや他の面々も振り返る。それを言ったカゲツは重くその口を開いた。

 

 

 

「あいつの作戦は……とりあえず戦えるレベルでは通用してる。ポケモンのスペックもそれなりだ。技の奇抜さや派手さはないが、このレベルでも勝てなくはねぇだろうよ」

 

「だったらなんで負けるなんて……」

 

 

 

 タイキにもツツジが強敵であることを認める度量はある。簡単に勝てないことも、ユウキが負ける可能性もあることも理解しているが、応援する立場がそんな消極的なことを考えてどうすると……そんな評価は彼なりに不満が出るものだった。

 

 しかし、カゲツが消極的になるのにはいつも明確な根拠があることも、タイキは知っていた。

 

 その理由は——単純だった。

 

 

 

「あの2人が似てるからだ——その上で、ややツツジの嬢ちゃんの方が読みの早さで勝ってる」

 

 

 

 2人が同質のトレーナーであることを見抜いた上で、カゲツの目にはツツジの方が上手だと映っていた。

 

 

 

「そんな……アニキだってツツジさんを驚かすような動きしてたッスよ!」

 

「そうだ……あの嬢ちゃんにとっての予想外……そいつを引き出せて初めて互角——その為にあいつはこの短時間にどれほどの手札を切った?」

 

「………ッ!」

 

 

 

 タイキもそう言われてことの重大さに気付かされる。

 

 ユウキがこのバトルで見せたのは、様子見を極力無くした思考の最適化と固有独導能力(パーソナルスキル)、わかばの“開闢一閃”という……ここ数ヶ月で身につけた伸び代だった。

 

 それは確かにツツジの喉元まで迫っていたことは誰もが認める。それでも結果は五分五分止まり。

 

 

 

「序盤で流れを掴むためとはいえ、見せた手札は今後そう簡単に通らなくなった。こっから嬢ちゃんを驚かせるだけの“予想外”をあと何回引き出せるか——少なくとも嬢ちゃん側にはそうしたもんがまだ控えてあんだろうがな」

 

 

 

 情報アドバンテージの差は、こと高速戦闘となるバトルでは大きな成果に繋がる。対応を即座に下さねばならない戦闘下で、初見殺しのような技がどれほど効果的かは実際にトレーナーをやっている者にはわかりきったこと。ユウキもそれを察して、顔を緊迫させているのだ。

 

 

 

「ダメージを与えて終わりじゃ意味はねぇ。

むしろあのダメージと引き換えに、ユウキは大きなアドバンテージを手放した……というより、ハナからそんなもんは無いに等しかったのかもな……」

 

「どういうことっスか……?」

 

 

 

 カゲツが呟いた言葉にまた不穏な空気を感じてタイキは聞き返す。最初から情報アドバンテージがなかったかのような言い草に、男は答えた。

 

 

 

「あの嬢ちゃん、あいつとの付き合い長いんだろ?だったらその手の内も、最初からある程度想像ついてたんじゃねぇか?」

 

「あ……!」

 

 

 

 ユウキとツツジの関係は、タイキも全てを知っているわけじゃない。ただたまに聞くその名前から察するに、かなりトレーナーとして世話になっていたことは窺えた。

 

 トウキとの試合もツツジは見ていた。あの最も伸び代を見せたあの試合を——()()()()()()

 

 

 

「要はあの嬢ちゃんが毎回チャレンジャーにやられていたことを……今度はユウキがやり返される番になった。だから予測されるし、そっからあいつがやりそうなこと——思考を読んで誘導することもできる」

 

 

 

 それは最初にユレイドルからダイノーズに交替した時のユウキの逡巡から感じたことだった。ツツジの読みは結果正解ではあったけれど、彼女にとってのリスクもやはり大きかった。あれはかなりユウキへの理解度がないとできない戦い方だった。

 

 ユウキなら危険に対して無防備でいることはない——そんな理解が……。

 

 

 

「こっからあの嬢ちゃんも本気だ。もしこれ以上の策も技もないって事にでもなりゃ……既に詰んでるぜ……?」

 

 

 

 カゲツ、センリがユウキの敗北を予感した本当の理由……それは今まで目に見えなかった実力さと優位性がくっきりと浮き彫りになり始めたからだった。

 

 それを覆せるかどうか——それはツツジにとっても重要な観点だった。

 

 

 

(悪く思わないでください……これもジムリーダー——夢を阻む障壁としての仕事です。あなたがこれを超えない限り、その先に行かせるわけには参りません……!)

 

 

 

 ツツジは心の中でそんな決意を唱える。それと同時に、ダメージから復帰したダイノーズに力が漲ってくる……。

 

 彼女は告げる——ダイノーズの本領を発揮するために。

 

 

 

 

“マグネットメイカー”展開——磁遊帯装(じゆうたいそう)!!!」

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 幼少の頃、わたくしはこのカナズミの学校(スクール)に育まれたひとりでした。

 

 多くのことを知り、多くの強さを知り、それを教えてくださった先達たちに深く感謝していたのを覚えています。

 

 わたくしがひとつのタイプに拘りを見せる変わり者だったこと。それゆえの苦悩や挫折を経験しつつ、それでも自分なりに“答え”というものを出せたのは、そんな指導者たちのおかげでした。

 

 だからわたくしも、そんな方々に続く者となれるよう……自分の後を続く者たちの道となるべく、教鞭を取った。

 

 わたくしも自信があったわけではありません。自己を高めることと、他者をそんな高みへと導くこととを同一視するほど愚かではないつもりでした。

 

 それでもわたくしは間違えた……。

 

 

 

——大学(カレッジ)に続き学校(スクール)でも……やはりあなたのやり方は、少々厳しすぎるのでありませんか?

 

 

 

 学園を執り仕切る理事から問われたのは指導者としての能力。どれだけ強さをその身で知っていようとも、それを言葉にして誰かに伝える術を持ち合わせていないという……なんとも皮肉なものでした。

 

 

 

——誰もがあんたみたいにできると思うなよ……‼︎ 言われたことをなんでも1発でできるアンタにはわかんないだろうな‼︎

 

 

 

 トレーナーとして強くなるというのは地道な積み重ねの連続。そのひとつひとつに意義を持て。何度も同じ間違いをするな——そう説いた結果が、そんな言葉でした。

 

 

 

——何でいつも否定から入るんですか……頑張ったのに……頑張って考えたのに……!

 

 

 

 自分で考えた戦術を、わたくしの教えた基本をそっちのけで試してきた学生を叱った時、その少女は泣いていました。

 

 

 

——僕は……僕のやりたいようにやらせてもらいます……。

 

 

 

 どこか危うさを孕んだ瞳の少年には、まともな教えひとつ授けることができませんでした。

 

 そんな彼らのような感想を持っていたのは、どうやらわたくしだけではなかったようで……——

 

 二度のクラス全体での授業出席拒否。有体に言えばボイコットというものです。それは教師をやっている者として、落第もいいところです。

 

 その後はわたくしの教職としての立場も危うくなり、ほとぼりが冷めるまでは教育機関にも顔を出す事は控えていました。

 

 その間に考えさせられたのは……わたくしの未熟さ。教育者と呼ぶにはあまりにも狭い視野。強さを知るからこそ出た驕り。身から出た錆とはこの事です。

 

 トレーナーとして強くなるには、正しい順序があると信じていた。そしてその順序を守ることの意義と、余計な寄り道がその子の首を絞めることになると決めつけて、自分に習うようにと鞭を振り回していた。これで人を教えていたなどとどうして言えましょう。

 

 それを否定され、焦り、それでも自分のやり方を曲げるべきでは無いと突き放して——一体自分は先生たちの何を見てきたのだろうと、酷い自己嫌悪に陥りました。

 

 まるで深くハマって抜け出せない沼のような時間を過ごして……そんな折、わたくしにひとつのお誘いが来たのです。

 

 

 

——カナズミのジムリーダーを頼めないかな?

 

 

 

 それは幼馴染で、チャンピオンを辞めた現在でもHLCに大きな発言力を持つダイゴさんからのお誘いでした。それがどうしてわたくしなどに声を掛けてきたのか……驚きと申し訳なさで、最初はその返信すらままなりませんでしたが……それでもわたくしで務まるのならと、その適性があるかどうか判断してもらおうと思い、ダイゴさんを改めて尋ねたのです。

 

 その結果……わたくしは多くのものを見ることができた。

 

 まだわたくしから見れば拙い育成論や指導技術も、伸ばし方次第で如何様にも変化できる様を見た。座学や制限の科された実技バトルでは見られないような多様性がそこにはあったのです。

 

 

 

「——ね。ここでなら、君にも学べることがあると思うんだ」

 

 

 

 ダイゴさんはわたくしに足りなかったものを、ジムの中で見つけてくれました。自分とは違う、それでも自分が目指した高みを追うもの達——そんな彼らの背中の押し方を。

 

 そして、わたくしはやり方を間違えたと——そう言い訳していたことに気付きました。

 

 間違えていたのは教育理論や内容ではなく、その伝え方——一人一人、聞き取り方の違う生き物を扱うという覚悟が足りていなかったということ。

 

 それは優しさだけでも厳しさだけでも成し得ない、そしてそんな微妙なバランスの教育を経て飛び立つ教え子たちを見届けるまで……何が正解だったのかもわからない、そんな曖昧なもの。

 

 それでも……そういう生き物である生徒が、自分なりの答えを出す時——そこまでの道を歩くお手伝いができたと実感した時、わたくしはこの仕事の本当のやりがいを見つけることができました。

 

 そして誓いました。ジムリーダーとしての責務を果たすこと。そして、教育者として再び黒板の前に立つことを——

 

 

 

 彼と会ったのは……確かそうして教職に復帰したすぐのことでしたね……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——“磁遊帯装(じゆうたいそう)”。

 

——“チャージビーム”‼︎

 

 

 

 ダイノーズから分離した3基のチビノーズたちがわかばの周囲に高速で飛来する。それぞれがわかばの死角を狙いながら、的確なタイミングでレーザー状の電気技を放つ。

 

 それをわかばは身のこなしと【雁空撃(ガンマニューバ)】で躱す——。

 

 

 

「空中での姿勢制御もできるのですね……回避についてはもはや言う事はありません——」

 

 

 

 ツツジがそう言いながらも、“磁遊帯装(じゆうたいそう)”によるオールレンジ攻撃の手は緩まらない。上下左右前後からのレーザー攻撃は、わかばを防戦一方にさせるには充分な密度だった、

 

 これではユウキ側からダイノーズに近づくこともできない。

 

 

 

(くそ……改めてとんでもないなこの特性ッ!ダイノーズの動きのノロさなんか問題にならない——どうする⁉︎)

 

 

 

 どれだけ思考を速めても、有効策を毎回思いつくわけでは無い。既に後手に回ってしまっている現状では、ユウキにできることも限られていた。

 

 まずはこの特性と戦法に慣れるまで耐える必要がある——ユウキはその攻撃軌道をひたすらに見続けた。

 

 

 

(“時論の標準器(クロックオン)”は俺の経験則に基づいてポイントを弾き出してる……俺がこの攻撃に慣れれば、その分高精度なロックオンができるようになるはず——もうちょい耐えてくれよ……わかばッ!)

 

 

 

 ユウキが念じると、わかばにもそれが伝わったのか「任せろ」と言うように唸る。チビノーズによる“チャージビーム”連打は確かに苛烈だが、わかばも持ち前の動体視力と反射速度でなんとかくらいついている。互いに時間をかけることの意義を理解している分、迷いはなかった。

 

 だが、一方でツツジも無策に攻撃を繰り返しているわけではなかった。

 

 

 

(正面からと側面からの攻撃に回避までにかかる時間に変化はない。打ち終わりもしっかり次の回避を想定した体捌き——捕まえるのは少し骨が折れますね)

 

 

 

 これまでの回避行動から予測を立てようとするツツジは、パターンを覚えるのにはまだ時間が掛かるとして次の手を考える。

 

 このままでもわかばのスタミナを削れるので悪くはないが、ユウキを相手に一辺倒な攻めは危険だと長年の勘が囁いている。

 

 

 

(少しリスクを負いますが、おそらくこちらの方が——)

 

「ダイノーズ——進撃‼︎」

 

「な——ッ⁉︎」

 

 

 

 ツツジの掛け声と共にダイノーズはコートを滑るように移動——機敏とは言えない動きで、その身を戦いの最前線に投げ出した。

 

 ユウキたちからすると敵の方からわざわざ急所を差し出してきたようなもの。これには流石に驚かざるを得ない。

 

 

 

「どうされました——蜂の巣にしてしまいますわよ⁉︎」

 

「考えんのは後か——わかばッ‼︎」

 

——ロァッ‼︎

 

 

 

 わかばは一瞬の躊躇いの後、チビノーズが狙いを定めていた“チャージビーム”を紙一重で躱す。そしてここが好機と判断してダイノーズ本体に斬りかかる——だが。

 

 

 

——“電磁波”‼︎

 

 

 

 即座にダイノーズはドーム状の“電磁波”を展開。向かってきたわかばを返り討ちにする算段だった。

 

 

 

「それは前に見た——」

 

——ロァッ‼︎

 

——【雁空撃(ガンマニューバ)】‼︎

 

 

 

 わかばはその寸前で急制動。その電気フィールドをなぞるように飛び越え、手中に握った種の圧力破裂で一気にダイノーズの真後ろを取った。

 

 “電磁波”は発動から数秒後には消え去る。その上技に集中するためにダイノーズは身動きが取れない。技の終わり際にわかばはその刀を振るうつもりだった。

 

 しかし——

 

 

 

——ピピュン‼︎

 

——“チャージビーム”‼︎

 

「くっ——避けろ‼︎」

 

 

 

 “電磁波”の解除際を狙うわかばの上空から瞬時にチビノーズが2基駆けつける。2本のレーザーがわかばに向かうが、その攻撃は地面を焦がすだけで標的を捉える事はなかった。

 

 

 

(本体とチビノーズはそれぞれ別個に技を使えるのか——なら本体に近づく前に飛んでる方を撃ち落とす!)

 

「わかば——“タネマシンガン”‼︎」

 

 

 

 ユウキは目標をチビノーズにシフト。わかばはそのうちの1基を狙って種弾を掃射——しかし鋭く不規則な軌道を描くチビノーズに当たる気配はない。

 

 

 

「精細を欠いてますわよ!——“チャージビーム”‼︎」

 

「——そこだッ‼︎」

 

 

 

 わかばの周りに包囲陣を展開したチビノーズたちのうち1基が“チャージビーム”を放つ。だがユウキはそのうち1基に向かってわかばを走らせた。

 

 そこには既にユウキのイメージが作り上げた予測照準が固定(ロック)されていた。

 

 

 

(いきなりタイミングを合わせられた——そうか、これがユウキさんの固有独導能力(パーソナルスキル)の本質!そのための起点として最初に“タネマシンガン”を撃ち込んだのですね!)

 

 

 

 ツツジがそれに気付く頃、わかばは狙いを定めるために一度空中で止まったチビノーズに向かって“リーフブレード”を叩き込む。そのユニットは甲高い悲鳴のような音を発して後方に吹き飛ばされた。

 

 その瞬間、ダメージを受けたユニットはダイノーズの体に戻った。

 

 

 

(——!ダメージを受けると戻るのか……!自動式(オート)なのか起動式(セルフ)なのかわからないけど、ずっと個別に飛んでられるわけじゃないみたいだな‼︎)

 

 

 

 ユウキは磁遊帯装(じゆうたいそう)特有の穴を見つける。一見死角のないように見えたこの特性にも、叩き落とすことができれば戦いようはあると知り、バトルスピードのギアをひとつ上げるようわかばに指示を送る。

 

 その瞬間、わかばは一瞬の溜めから地面を蹴る——。

 

 

 

——“電光石火”+“タネマシンガン【雁空撃(ガンマニューバ)】”。

 

雁連花火嵐(ガンマインツイスト)!!!

 

 

 

 “電光石火”の速度で加速。方向転換の際に【雁空撃(ガンマニューバ)】で急制動。また“電光石火”——その目にも止まらぬ速度は、チビノーズの飛行速度に匹敵——いや、超えていた。

 

 

 

「撃ち落としなさいッ‼︎」

 

「斬り伏せろッ‼︎」

 

 

 

 互いの銃口と刀身の向かう先が交差する。“チャージビーム”はわかばの頬を掠め、“リーフブレード”は芯こそ捉えられなかったがチビノーズ1基の横っ面を叩く。だが残りの1基はわかばに狙いを定めていた——。

 

 

 

——ゴチンッ‼︎

 

 

 

 しかしそれを読んでいたユウキによって砲身からレーザーが放たれる事はなかった。先ほど当てた攻撃で吹き飛ばしたチビノーズを残りの1基にぶつけたのだ。

 

 この瞬間にまとめて切り裂く——わかばは刃を構えて斬り掛かろうとする。

 

 

 

——ノォォォォズ!!!

 

「ダイノーズ——ッ⁉︎」

 

 

 

 そこに割って入ったのはダイノーズ。その巨躯の出現でチビノーズへと続く道が閉ざされた。本体を叩こうかとも考えたが、即座に放たれた“電磁波”で接近を断念することに。

 

 足を止めたわかばは“タネマシンガン”でダイノーズを攻撃してみせた。しかし予想はしていたが、まるでダメージが入ったようには見えない……。

 

 

 

(やっぱり硬い……こいつを倒すには渾身の“リーフブレード”以上の力がいる——にしても、なんだ?)

 

 

 

 ユウキはここでツツジの行動に違和感を覚えた。それはある一貫性の無さによるものだった。

 

 

 

(最初に出てきたダイノーズはアカカブが磁遊帯装(じゆうたいそう)を抜けそうになった時にはすぐ引っ込めてた。なのに今回はやけに粘る。その上本体まで前線に上がって来てる?今もチビノーズたちを守るようにリスクを冒してまで出張ってくるなんて……さっきと何が違う?)

 

 

 

 もちろんこの戦い方にも脅威は覚える。“電磁波”のせいで僅かな隙しか見せないダイノーズ本体と立体的な軌道で多彩な攻撃を仕掛けてくるチビノーズ群の波状攻撃は厄介極まりない。

 

 

 

(でもサイクルを続ける選択もあったはず……ユレイドルとわかばの相性を考えてダイノーズを突っ張らせている——?)

 

 

 

 考えがまとまらないうちにダイノーズの“電磁波”が解除される。ここは解除の隙を突けるタイミングでもあったが、まだ動けるチビノーズたちが姿を現していない。死角からの攻撃を警戒してわかばとユウキは一度足を止めた。

 

 すると——

 

 

 

(チビノーズたちが……ダイノーズに戻ってる……⁉︎)

 

 

 

 最初に戻ったチビノーズは元より、先ほど吹き飛ばしたチビノーズ2基も元の場所にすっぽりと収まっている。今の隙に戻ったのだろうが、その理由がわからない……。

 

 

 

(なんだ……あのくらいのダメージでも戻る必要があった?それとも離れていられる時間の方にも制限があるのか?)

 

 

 

 確かにチビノーズの小ささから言って、継続飛行時間は長くないとしても不思議ではなかった。さっきの撃ち合いでいいとこ2分ほど……とすれば、今はダイノーズ単騎との戦いができるのいうこと——そう思った時、ユウキは先ほどの疑問をより深く意識するようになった。

 

 

 

(ちょっと待て……そんなリスクがあるなら、尚のこと今前線にいるのはやっぱりおかしい!近距離でわかばと撃ち合う術が他にあるとしても、磁遊帯装(じゆうたいそう)を超える対応力を発揮できるとは考えづらい。ツツジさんは何を考えて——)

 

 

 

 そんな思考の中、目に飛び込んできたのはダイノーズの異変だった。

 

 さっきの“電磁波”の打ち終わりから……電気が僅かにまだ帯電しているように見えた。“電磁波”の残りだとしても長すぎる……。

 

 

 

(なんだあれ……いや、そういえばさっき——)

 

 

 

 ユウキは先ほどダイノーズがもうひとつ不自然なことをしていたことに気がついた。最初のアカカブの時、ダイノーズは“パワージェム”を使って攻撃を繰り返していた。効果は今ひとつだが、もう一つの攻撃技が“チャージビーム”ならそれも納得できる。電気技では地面タイプのアカカブにダメージを与えられないからである。

 

 しかしわかばにはその“チャージビーム”を使用している。こちらも同じ効果今ひとつの技だが、アカカブの時と違って“パワージェム”での応戦が可能だった。見た感じでは弾速が“チャージビーム”の方が速いくらいしかメリットを感じなかったユウキだが……その理由が垣間見えた。

 

 

 

「なんかわかんないけどやばい——戻れわかばッ!!!」

 

 

 

 ユウキはわかばを手元に戻す。即座にもうひとつのボールに手をかけて戦場へ投げ入れた。

 

 

 

「アカカブ——“地震”で仕留めるぞッ!!!」

 

 

 

 鬼気迫る声でアカカブを出し直すユウキ。帯電しているダイノーズはまだ動かない。しかしその姿は先ほどよりも夥しい電気を発していた。

 

 何かが起きる——その前にアカカブを走らせようとして——

 

 

 

——ビバッ⁉︎

 

(しまった“ステルスロック”が——‼︎)

 

 

 

 すぐに動き出させようとした時、ユレイドルが仕掛けた透明化した岩がアカカブの体を傷つける。ダメージこそ大したことはないが、その痛みにより一瞬硬直。その間にダイノーズは臨界を迎える。

 

 

 

 ユウキが気づいたこと。それは“チャージビーム”という技の性質だった。

 

 

 

(確かあれは効率の良いエネルギー出力で放つ電気技……その出力で生み出された余剰のエネルギーが使用者に還元されて使うほど“特攻”が上昇する代物だったはず……)

 

 

 

 効率重視の技であるため、技そのものの威力は大したことがない。効果今ひとつのわかば相手に当てたところで、実際そう痛手になることはなかっただろう。

 

 だが、あれだけの数を連発しておいて、チビノーズの“チャージビーム”に()()()()()()()

 

 

 

(“特攻”上昇はいくらかしてるはず……でもそれがチビノーズには見られなかった。じゃあその分のエネルギーは?使っていないなら今どこにある?もしそれをずっと使わずにユニットたちが保管していたとして……今それが戻ってダイノーズに還元されているとしたら——)

 

 

 

 ユウキが思考できたのは、固有独導能力(パーソナルスキル)の時間遅延を使ってもそこまでだった。

 

 次の瞬間、発光しているダイノーズは高らかに吠える。それと同時に3基のチビノーズは再度離脱し、ダイノーズの前方に花弁のような陣形で展開。3つのチビノーズとダイノーズの間で強大なエネルギーの収束がユウキにも観測できた。

 

 

 

——バチバチ……バチバチバチチチチチ!!!

 

 

 

 甲高い電撃の迸る音が会場を包む。まだこの場の誰も知らないダイノーズの“主砲”が火を吹く瞬間だった。

 

 チビノーズ3基が蓄えた臨界ギリギリのエネルギーを一度に照射する大技……その名も——

 

 

 

“チャージビーム”——」

 

 

 

百輪臨界砲(メルト・グロリオーサ)”!!!

 

 

 

 その瞬間、極太のレーザービームがコートを駆け抜ける。その速度は恐ろしく、身構えていたアカカブに容易く照射された。

 

 

 

——ビバァァァアアア!!!

 

「アカカブ——ッ!!!」

 

 

 

 途轍もない出力の“チャージビーム”に飲み込まれるアカカブに向かって叫ぶユウキ。だが、彼自身はこの交代にホッとしていた。

 

 

 

(アカカブに交代しておいて正解だった!こんな威力の技、わかばじゃとても受けきれない。それでも地面ポケモンなら威力に関係なく——)

 

 

 

 威力に関係なく、ダメージを無効化する。それがポケモンバトルの常識だった。

 

 地面の性質はあらゆる電気を拡散させ、瞬時にその活動を停止させるもの。それが例えこの威力の技でも——そう思っていた。

 

 

 

「関係……なく……」

 

 

 

 ユウキは次第に、自分の予測と起きている事態のズレに気付く。アカカブの悲鳴が止まらないことに——。

 

 

 

——ビバァァァアアア!!!

 

(いや……まさかそんな……アカカブに電気を無理やり流し込んでる……⁉︎ そんなことできるわけ——)

 

「『地面に雷が効かない』——そうお思いでしょう?」

 

 

 

 ユウキの焦りにも似た疑問に、ツツジは不自然なほど穏やかに答える。

 

 

 

「確かに地面タイプは電気技を受け付けません。電気は地面のエネルギーによって受け流され、地肌に触れることなく他所へと流れる……()()()()()()()()までなら、それで無力化ですわ」

 

「ある一定の……⁉︎」

 

 

 

 それは授業をしている時のような口調だった。穏やかに。それでいて凛々しく、力強く……ツツジはユウキに起きていることの説明を果たす。

 

 

 

「その電気を阻害している地面側のエネルギーにも負荷が掛かりますのよ。それは熱となり、熱はダメージへ……今アカカブさんは、電気抵抗によって発生する熱に焼かれているんですのよ……」

 

「な…………ッ!!!」

 

 

 

 それが今アカカブを苦しめている要因だった。そして気付く。これこそがツツジの狙いだったのだと……。

 

 

 

「正直そのアカカブさんはわたくしのパーティと相性が良すぎます。とりわけこのダイノーズには……その脅威には早めに蓋をしておきたかった」

 

 

 

 その気付きに肯定するかのようにツツジはその思惑を語った。ここまでの大立ち回りは全てアカカブを仕留めるためのもの。高度なサイクル戦もダイノーズの“磁遊帯装(じゆうたいそう)”も——全てはこのための布石。

 

 

 

「さて……戦いはまだ終わってませんわよ。ユウキさん?」

 

 

 

 不敵に笑うツツジの前には、照射を終えたダイノーズが立ち尽くす。レーザーによって熱気を帯びたコートに……倒れ伏すアカカブの姿を捉えて……。

 

 それはあまりにも理不尽な一撃。無情にも審判の声がコートに響いた。

 

 

 

「ビブラーバ戦闘不能!ダイノーズの勝ちッ!!!」

 

 

 

 

 

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無理をも通す必殺の一撃——炸裂!!!

〜翡翠メモ 58〜

『タイプ別エネルギー解説“地面”』

地形を利用、または大地に残存するエネルギーを使役することに長けたタイプ。弱点を突けるタイプが炎、電気、岩、鋼、毒と全タイプで見てもトップクラスの抜群率なため、かなり攻撃的なタイプと言える。

一方で威力を半減以下に抑えるタイプは少ないために、耐久性には期待できないとされている。しかし、高速且つ攻撃力の高い“電気技”を無力化できる点と、地形利用の応用で生み出す防御法を持つ点について考えると、見かけ以上にタフな戦い方が可能とも言える。

ただし、全体的に攻撃速度が遅いこと。大技にはそれに見合う隙ができること。飛行や特性“浮遊”のポケモンには攻撃が効かない点などの弱点も多く持つ。



 ご高覧いただきありがとうございました!お気に入り、高評価、感想などなどお待ちしております!ご質問などもありましたらお気軽にコメントしてってください♪

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第170話 越えるべき過去


度重なる誤字報告、感謝です!
気温が下がると頭もスッキリしますな。




 

 

 

 しくじった——最初にユウキが思ったのはそれだった。

 

 ツツジが大技を使うことはダイノーズの予備動作からわかっていた。その際にこちらの予想を超える何かが起こることも、彼には予見できていた。

 

 その結果選択したのは、技の発生前に潰すことと、それが失敗した時に被害を食い止めるための透かしという試みだった。

 

 アカカブの“地震”が間に合えば、効き目4倍の震脚がダイノーズを止めるだろう。もしそれが間に合わなくても、地面タイプなら高威力の電気技を相性関係で受け流せる——あの一瞬で弾き出したにしてはよくできた二重策と言える。

 

 しかしツツジは予想を超えてきた——そういう想定外は覚悟していたはずなのに、土壇場で『地面タイプに雷は通らない』という常識に飛びついてしまったことをユウキは悔いていた。

 

 膨大な電力を放つ“チャージビーム【百輪臨界砲(メルト・グロリオーサ)】”。その雷槍が起こす事象を見誤っていた……。電気抵抗によって間接的に地面ポケモンを焼くほどの超電導——まさに理不尽の極みだった。

 

 その威力を目の当たりにして、アカカブを失ったユウキは——

 

 

 

「戻れアカカブ——よくやってくれた」

 

 

 

 散ったアカカブを手元に戻しながら、落ち着いた声色でその労苦を労っていた。

 

 その目はまだ——死んでいない。

 

 

 

(まずは落ち着け……ポケモンが戦闘不能になった後の交代には1分ほどのインターバルが与えられる……まずはその時間を使って受けたショックをリセットしろ……!)

 

 

 

 ユウキはその場で大きく深呼吸。今し方痛手を受けたメンタルはすぐには回復しないことを彼は知っていた。それは強がりや理屈で処理できるものではない。

 

 ツツジから放たれる圧力も相当。目に見えないストレスは、知らず知らずのうちに心を蝕むものである……それをまずは認識できるレベルまで自覚することに努めた。

 

 それを見ていたタイキは不思議そうに呟く。

 

 

 

「アニキ……アカカブやられちゃったのに、何やってんスか……?」

 

「ここまで上ってた頭の血の気を抜いてんだろ。まぁ、あいつなりに成長したってこったな」

 

「どういうことッスか?」

 

 

 

 カゲツの答えにタイキはまだ今ひとつピンと来ていない。ビブラーバ(アカカブ)というツツジ相手に効果的なポケモンを失って動揺しないとは確かに立派なことだとは思うが、それでも現状不利なことに変わりはない。

 

 それに加えて、ユウキは精神の昂りが思考能力のパフォーマンスを上げる気質を持っている。その事を考えると、今集中力を切らすような間の取り方は危険なのではないかとタイキには思えて仕方がなかった。

 

 

 

「感情に任せてのプレーはあくまで一定の理性があってこそだ。あいつの性格はある程度の勝算とか……そういう根拠があって初めて前向きになる。今感情に任せても、ただの破れかぶれになるだけ……嬢ちゃん相手じゃ100パー負けに繋がる」

 

「おぉ……アニキ、それがわかってたから一回深呼吸してんスね!」

 

「どうだかな……とはいえ、ここでメンタルが折れなかったのも、無理やり自分を誤魔化そうともしなかったのもデケェ。ぶった斬られる筈だった首が、薄皮一枚で繋がったからな……」

 

 

 

 その見解にタイキも安心したようなため息を吐いてユウキに向き直る。他の面々もそういう事ならとユウキを応援する為に声を出すのだった。

 

 そんな中でカゲツは、言わなかった続きを心の中だけで呟く——。

 

 

 

(あくまで薄皮一枚だが……俺が見ても敗色濃厚。こっから先はまずミスれねぇ。どうするよ……ガキンチョ?)

 

 

 

 そんな師の考え事など預かり知らぬところで、ユウキは息と考えを整えることに尽力していた。審判もそろそろ時計を気にし始めている……残りわずかなインターバルが終わろうとしていた。

 

 

 

(やっぱりツツジさんはすごい。あれほどの切り札を一番ベストなタイミングで切ってきた。多分幾つかあるうちのプランのひとつだったとは思うけど、アカカブを最も警戒の薄かった電気技で仕留めるなんて……これがチャンスをものにするってことか……)

 

 

 

 予想外の事態で受けた被害を、ツツジへの賞賛にして消化する。そしてそこから学べることもあったと、自分の糧にすることで今までの戦闘も無駄骨ではなかったと自分を納得させた。

 

 その上で、今の自分にはどんな役に立つのかと問うてみる。

 

 

 

(それでもわかったことは多い。ダイノーズのあの大技……おそらくチビノーズが“チャージビーム”で蓄えたエネルギーを最大限まで貯めて撃てる代物。多分もう一度撃つにはまたさっきみたいに“チャージビーム”をチビノーズに撃たせないといけないんだと思う……その証拠に、さっきまでバチバチいってた本体が今は静かだ)

 

 

 

 失ったものよりも得られたものに目を向けて、今後の有益な情報として蓄積する。そうやって戦略を組み立てるピースを集めて初めて前向きな思考は可能となるのだ。

 

 

 

(主砲の準備には手間も時間もかかる。発射までの予備動作もわかった。“磁遊帯装(じゆうたいそう)”の動きにも慣れてきたわかばなら次は同じようにはいかない。ユレイドルにしてもそれは同じだ。問題は——)

 

 

 

 エース格のダイノーズの動きを多く見られたことはユウキにとって大きな収穫だった。その上で懸念点も洗い直す。

 

 

 

(残る一体……ここまできて出す素振りがなかったポケモン。選出にいたサニーゴ、ゴローン、ツボツボのどれか……!)

 

 

 

 ここまで見えた2匹はユウキが事前に予測していた3匹中の2匹。もし最初の読みを信じるのであれば、あれはツボツボの可能性が高かった。

 

 ツボツボには“虫”のタイプが備わっている。草タイプのジュプトル(わかば)には効果的な技を持っている可能性があった。となると——

 

 

 

(もしその予想が外れても、わかばが残っている以上下手に出してくることはないだろ。そうなれば動きを大方見終わったダイノーズかユレイドルの2匹。負担を大きいけど、そこはわかばを信じる——)

 

 

 

 そう思考したところで、審判からインターバル終了の警告がかかる。ルール上、これより20秒以内にポケモンを出す意思がなければ、無条件でユウキの敗北となるのである。

 

 それでもユウキは……まだ波風が立つ心の荒ぶりを抑えるために時間を使った。

 

 それを見ていたタイキたちの方が、心臓を痛めて見守る。

 

 

 

(お前は俺の相棒だ……細かいことは俺がなんとかする。だから——)

 

 

 

 タイムリミットが迫る中、ユウキの心はやっと前を向く。

 

 思い切り行け——そう相棒に伝えて。

 

 

 

「行け——わかばッ!!!」

 

 

 

 ユウキは意を決してわかばを戦場に送り出す。それと同時に試合再開となった。

 

 

 

「随分と時間を掛けられましたね……その甲斐はあったのでしょうが——」

 

 

 

 ツツジはユウキの精神的な成長を内心で喜びながら、それでも今は敵として鋭い眼光を放つ。

 

 

 

「——“ステルスロック”のダメージはお忘れ無く」

 

——ロゥッ……!

 

 

 

 場に出た途端、わかばの足に切り傷が浮かび上がる。その痛みを堪えながら、わかばはそれでも立ち上がった。

 

 

 

(わかばはまだ相手からのクリーンヒットを許してない……とはいえ、何度も出し直せば岩のダメージで先に脚がやられるか……出し直せてあと1回か2回——ここが踏ん張りどころだな)

 

 

 

 ユウキは状況を冷静に判断する。依然劣勢であることに変わりはないが、あの頃のような焦りはなかった……。

 

 

 

——わかば、一度退くんだ‼︎態勢を立て直すからまずはこっちに来い‼︎

 

 

 

 片や劣勢に怖気付き、片や劣勢にもがき、それぞれの歯車はチグハグのまま、ツツジの前に沈んだのが去年の6月。

 

 あれから半年……今、この2人は同じ目線で、同じ気迫であの頃と同じ劣勢に立ち向かおうとしている。

 

 彼女はそれを知っている——だからこそ、手は抜かないと誓った。

 

 

 

(ここが正念場ですわ……本当の意味で成長できたのかどうかは——ここで‼︎)

 

 

 

 ジムリーダーとして。ひとつの壁として立ちはだかる。せめて超え甲斐のあるトレーナーであろうとして——ツツジは指揮を振るった。

 

 

 

「行きますわ——磁遊帯装(じゆうたいそう)ッ‼︎」

 

——ノォォォォズ!!!

 

 

 

 ダイノーズから再び3基のチビノーズが切り離し(パージ)される。鋭い軌道を描きながら、わかばに迫っていった。

 

 

 

——“電光石火”‼︎

 

 

 

 わかばは己の脚力を使ってチビノーズを迎え撃つ。先ほどのように【雁空撃(ガンマニューバ)】を併用した立体機動ではなく、あくまで地上戦で相手をするつもりだった。

 

 

 

(先ほどより速力を落とした……あの驚異的な動きも、そう何度もできるわけではないということでしょうか——ならば!)

 

 

 

 ツツジはその隙を逃さない。わかばという的が動きを緩めるのならば、今のうちに致命的なダメージを与える方へと作戦がシフトする。

 

 

 

——“パワージェム”‼︎

 

 

 

 飛ばされた1基が宝石の弾丸を放つ。効果今ひとつの“チャージビーム”を止め、直接的なダメージを狙いにきた。

 

 わかばはそれを鋭い軌道で躱す。

 

 

 

(確かに速い——しかし地上での回避のみとなれば先は読みやすい!)

 

「———!」

 

 

 

 わかばの回避先に素早く回り込んだもう1基が肉薄する。わかばはその時、身の危険を感じた。この距離——射撃ではない。

 

 

 

——“電磁波”‼︎

 

 

 

 チビノーズは自身を中心にして麻痺性の電気フィールドを展開。ダイノーズ本体とほぼ同じそれを、わかばにぶつけようとした。

 

 だがわかばも違和感の正体を見る前にその場を飛び退き回避。なんとか事なきを得た——が。

 

 

 

(チビノーズでも“電磁波”ができるのか……!撃ち落とそうと迂闊に近づけばわかばが“麻痺”に——そうなったら勝ち目はない!)

 

 

 

 ポケモンの状態異常にあたる“麻痺”は、被害者の肉体の機敏さを痺れで損なわせる。機動力が命のわかばにとって、これは致命的なのだ。ツツジもそれをわかっていて、フィニッシュには敢えて攻撃技ではないものを選んでいる。

 

 ダメージよりも深刻な“麻痺”は、絶対に受けられない。

 

 

 

——ロァッ‼︎

 

——ピュン!

 

——ピュピュンッ‼︎

 

 

 

 わかばの賢明な回避にもピタリとついてくるチビノーズたち。本体は先ほどのように前線に出張ってくることはない。これでは遠くから嬲り殺しにされる。

 

 

 

「アニキィ‼︎ このままじゃやばいッスよ‼︎」

 

「ユウキくん!なんとかダイノーズの懐に飛び込むんだぁ‼︎」

 

 

 

 ユウキの苦戦ぶりにタイキとソライシが声を上げる。見るのも苦しくなるような展開に、そうせざるを得なかった。

 

 そんな中、カゲツも現状の不味さに歯噛みする。

 

 

 

(アカカブ仕留めたってのにあの嬢ちゃんには少しの緩みもねぇ。精神的な揺さぶりは無理だろうな。多少の奇策じゃ払われて終わり。かといってこのままズルズルやってりゃ……)

 

 

 

 わかばの回避だけでは限界がある。そもそもこれではダイノーズに全くダメージが与えられない。それに引き換えダイノーズ側は“電磁波”を当てれば勝ちというシンプルな回答が残されている。この差を埋めるのに必要なものを……カゲツは今のユウキから見つけることができなかった。

 

 それはユウキにも……自覚があった。

 

 

 

(やっぱり“雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”の動きじゃないと引き離せないか——でも、今はこうする他ない!)

 

 

 

 それでも今はこうせざるを得ない。ユウキはとある理由で空中を使った回避運動を取ることを避けていた。例え被弾のリスクが上がるとしても——

 

 

 

——ロァッ‼︎

 

「バカッ‼︎ そっちは——」

 

 

 

 わかばがサイドステップで“パワージェム”を躱した時、カゲツは反射的に叫ぶ。

 

 その方向には既に次弾の準備が整ったチビノーズがいた。

 

 

 

——“パワージェム”‼︎

 

——ルォッ……!

 

 

 

 次の回避に間に合わないタイミングでの射撃は、わかばの肩を撃ち抜き体勢を崩させる。その隙にすかさずもう1基が接近。

 

 

 

「まずい——!」

 

「ユウキくん‼︎」

 

 

 

 センリとハルカもこれが一大事であることを察して声が出る。わかばの回避がギリギリ間に合わないことを——ツツジが見逃すはずがなかった。

 

 

 

「終わりです——」

 

——“電磁波”‼︎

 

 

 

 わかばに接触したチビノーズが激しく発光。今度は間違いなくその電撃を挑戦者の体に叩き込んでいた。

 

 

 

「アニキ‼︎ わかばぁッ!!!」

 

 

 

 誰の目から見ても明らかにその電気を一身に受けているわかば。それはタイキにとって絶望そのものだった。これでわかばの自慢の足が死ぬ。それはユウキにとっても同じで——

 

 

 

「——“リーフブレード”!!!」

 

 

 

 そんな少年は、動揺するどころか痺れる相棒に反撃を指示。肉体の硬直を無理やり解いて、その一撃を接近していたチビノーズに食らわせた。

 

 チビノーズはそれにより後退。即座にダイノーズの元まで戻る。しかし残った2基は既にわかばの上空から“パワージェム”の掃射態勢に入っていた。

 

 反撃は見事であるものの、“麻痺”を受けたわかばには躱す余力などない——そう思っていたが。

 

 

 

——ドドドドドドド!!!

 

 

 

 宝石の雨はわかばのいた地面を穿つ。しかし当の本人は先ほどと変わらぬ機敏な動きで躱していた。追撃のためにその掃射をわかばに向け直すが、バックステップと宙返りで難を逃れる。

 

 そうしてわかばはユウキの近くまで帰ってきた。

 

 

 

「なん——でぇぇえぇぇえええ!?!?」

 

 

 

 タイキにはそれが信じられなかった。確実に“電磁波”を食らったわかばの機動力が落ちていない。その事実に喜ぶべきところではあったが、それ以上に不可解さがそんな叫び声に変わって出てくる。

 

 当然他の人間のほとんどが同じ感想だった。

 

 

 

「確かに“麻痺”してたはず……ジュプトルという種にそういう特性が?」

 

「いや、そんなのないと思うッスよ⁉︎ でも持ち物(ギア)での回復は……」

 

 

 

 すぐに思い当たるのは状態異常を回復させる持ち物(ギア)の存在。しかしそれはタイキが渡した“奇跡の種”でスロットが埋まっているのを彼は知っている。その可能性はなかった。

 

 ではなぜ……その答えを知っていたのは、この会場でも3人だけ。対戦相手のツツジ、カゲツ、そしてセンリである。

 

 

 

「——“アース”……?」

 

 

 

 センリが呟いた単語に反応したハルカは首を傾げていた。どうやらそれがわかばが“麻痺”にかからなかったからくりらしいが……。

 

 

 

「家電製品や電気作業にも使われる、感電や漏電を防止する行為のことだよ。大地に予め電気の逃げ道を作っておくことで、機械が電気を溜めて労働災害を引き起こすリスクを下げるために行われるものだ」

 

 

 

 通常それは通電する物体が周りに被害を与えない為に施される処置である。しかしその原理は『電気を溜め込まないように他所へと逃す』——というシンプルなもの。

 

 

 

「ポケモンの“電気技”は本来の電気の性質とほぼ同質。ある程度の指向性と目的を持たせて放ちはするが、手元を離れた電撃はその性質に従う——わかばがアースに近いことをすれば、麻痺性の電気といえど外へと抜け出してしまうように……」

 

「まさか……わかばが地面に電気を逃した……?」

 

 

 

 ハルカはその結論に至ってコートを注意深く見た。すると先ほどわかばが“電磁波”を受けた大地に、小さくではあるが何かが突き立てられた跡を見つける。

 

 その痕跡が物語るのは……わかばがあそこに刃を突き立てたという事実だった。

 

 

 

「ユウキの野郎……最初から“電磁波対策”は用意してあったんだな」

 

 

 

 カゲツはそんなユウキの用意周到さに呆れる。しかしタイキはそれにひとつの疑問をぶつける。

 

 

 

「でもあんなので“電磁波”が対策できるんスか?それなら誰でもアレで対策できちゃうってことに……」

 

 

 

 タイキの疑問は“電磁波”がいくら電気の性質と似ているからといって、そんなに都合よく無効化できるのかということ。しかも『地面に体の一部を突き立てる』というあまりにも簡単な対策で——である。

 

 かなりレベルの高いプロの世界でも時折見る技なだけに、その容易さには疑問が生まれても仕方がなかった。

 

 

 

「おそらくその辺はわかばの器用さだろうな。あいつ、生命エネルギーを体内で循環させて効率よく動かせるんだろ?」

 

「そういえばアニキ、こないだそんなこと言ってたっスね……」

 

「薬物の呪いだかなんだか知らねぇが、それが返って波導操作のレベルを知らないうちにあげてたんだろ。“電磁波”はポケモンの技。その“麻痺”も生命エネルギーとモロに関係してくる。体内に残るはずだったそれを、うまい具合に電気と一緒に地面に受け流すくらい……できても不思議じゃねぇ」

 

 

 

 それにはかなり高度な波導操作、そして素早く受け流す技術が必要になる。対策として授けようにも、思いついてから習得に至るまで、本来なら数年を要する難業だろうことは容易に想像できた。

 

 それを可能にするわかばの努力がどんなものだったか……想像するだけで鳥肌が立つタイキだった。

 

 しかし……それを知っているツツジにはまだ疑問が残る。

 

 

 

(地面から頑なに離れなかったのはこれが理由でしたか——しかし実際に電気を逃し麻痺を回避できるかどうかは賭けだったはず……それだけ自信があった?そうだとしても当たらない方が遥かにリスクが低い。“電磁波”を受けるリスクを負ってまでこの回避方法を試したのは何故……?)

 

 

 

 ツツジがそう思うのも、今の反撃で得たリターンがユウキ側に少なく映ったからだ。そこまでのリスクを負って、できたことがチビノーズ1基を退けること。これではとても採算が合わない。

 

 

 

(地面にへばりついて防戦一方になるくらいなら、ダイノーズに迫る努力をした方が勝ちに繋がるはず……やはり先ほどのビブラーバ取りが響いて消極的になっている?……今までの彼ならばそうですが——)

 

 

 

 少年の未熟さを考えればそれも仕方がないこと。しかし直前のユウキとわかばの雰囲気からはそう断じることに違和感を覚える。とはいえ、それ以上の目的をツツジの方で出し得なかった。

 

 一先ずチビノーズたちを戻して——そう仕切り直そうとするまでは。

 

 

 

「……1基につき“3回分”ってとこか——」

 

「———ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキの呟きにツツジはハッとする。チビノーズたちをダイノーズに取りつかせたことで、自分が彼に情報を与えてしまっていたことに——。

 

 

 

(まさか……磁遊帯装(じゆうたいそう)の使用限界を……⁉︎)

 

 

 

 ダイノーズの種族特性“磁遊帯装(じゆうたいそう)”——。

 

 チビノーズを分離し、それぞれにダイノーズが使用できる技を行使させるという強力な特性ではあるが、それを飛ばす為には相応のエネルギーが必要になる。

 

 それらチビノーズが技を行使する時、消費するエネルギーはその飛行分から賄う。ユウキはその限界を測るために、一度防戦状態で様子を見た。

 

 

 

(ユウキさん視点では『技の使用回数』か『飛行時間』、もしくは『被ダメージの度合い』で使用制限に引っかかるかどうかは判断がつかなかったはず……それを見極めるために攻撃を誘ったんですのね……!)

 

 

 

 ユウキがもし仮に“雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”による攻めに転じていれば、ツツジ側はその限界が来る前に別の戦法へシフトしていた可能性があった。そうなれば、貴重な情報は手に入らなかっただろう。

 

 その結果得た情報は、“電磁波”には地面と接触することで回避が可能であるということ。そして——

 

 “磁遊帯装(じゆうたいそう)”の保持時間は、1基につき技“3発前後”であるということ。

 

 

 

「わかば——“電光石火”‼︎」

 

 

 

 その瞬間、ユウキは攻勢に転じる。わかばはそれを受けてダイノーズに接近。迎え撃つツツジは——

 

 

 

「——“パワージェム”!!!」

 

 

 

 短く舌打ちをした後、ダイノーズ本体によって射撃させた。わかばは鋭く身を翻して回避——それを見てユウキは新たな発見に目を見開く。

 

 

 

(最初に戻ったチビノーズすら使わず本体で攻撃!——やっぱり戻ってからエネルギーを補充するのにはある程度時間が要るんだな‼︎)

 

 

 

 ユウキが攻勢に出た理由は、次に“磁遊帯装(じゆうたいそう)”が使用可能になるまでの時間を割り出すため。ダイノーズの強さはこの特性に大きく依存している。今のわかばと単騎で戦うのは避けたいはずと読んでいた。

 

 再充填までの秒読みをユウキは始めていた。

 

 

 

「もしくはこのまま——押し切れるかッ‼︎」

 

——“リーフブレード”ッ!!!

 

「させません——ッ‼︎」

 

——“電磁波”‼︎

 

 

 

 接近するわかばに対して“電磁波”で迎撃するダイノーズ。これにより“磁遊帯装(じゆうたいそう)”の再展開までの時間を稼ぐ腹づもりだった。

 

 

 

「そろそろその技にも——潰れてもらうッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが吠えると、わかばは構えた“リーフブレード”とは逆側の手に握り込んでいた種をダイノーズに向けて投げつける。

 

 それが“電磁波”にぶつかった直後——その種が発芽し、中から細身の根が溢れ出す。

 

 

 

——“宿り木の種”!!!

 

 

 

 発現した“宿り木の種”は絡みついたダイノーズと地面を繋ぎアース効果を発揮。纏っていた“電磁波”は瞬く間にその効力を失った。

 

 

 

「考えましたわね——ッ‼︎」

 

「これでガラ空き——ぶった斬れッ!!!」

 

 

 

 間合いを充分に詰めたわかばはその一太刀を浴びせようと構える——そこでツツジは自身の固有独導能力(パーソナルスキル)を発動する。

 

 

 

——紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)‼︎

 

 

 

 その能力で地形を自在に変形させられるツツジは、ダイノーズのいる地面を隆起。その勢いで本体を無理やりわかばの間合いから引き離した。

 

 

 

「まだだ追え——ッ‼︎」

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 ユウキもわかばも、この程度のことは想定していた。だから躱された直後でも後追いの意思は素早くなされる。

 

 着地し地面に轍を作りながら踏ん張るダイノーズにわかばは迫る。それにダイノーズ本体はまた“パワージェム”で応戦した。

 

 機関銃の射線上から飛び退くわかばを見てツツジは歯噛みする。やはり回避能力は一級品だと再認識して——。

 

 

 

「では——これはどうですッ‼︎」

 

——“パワージェム”+“電磁波”。

 

輝石操劇園(ジェムストーム)”——!!!

 

 

 

 目標を外れた“パワージェム”が突如わかばに向かって進路を変えた。いきなりの追尾に流石に驚いたわかばとユウキはダイノーズに向かって直進していたのを中断して回避に専念——しかし、追尾は想像よりもしつこい。

 

 

 

「追尾弾——くそっ‼︎」

 

 

 

 ユウキはまだそんなものを隠し持っていたのかと舌打ちする。一体いくつ戦いの引き出しがあるのか聞きたくなるほどの手札の多さに参ってきたが、今はそんなことを言ってられない。

 

 夥しい数の宝石弾を前に、わかばは足を止める。

 

 

 

「全部、斬れ——ッ!!!」

 

——ルア゛ァッ!!!

 

 

 

 両腕に構えた“リーフブレード”を高速で振り回すわかば。彼を中心に斬撃の嵐が巻き起こり、向かってくる弾は彼に触れる直前で粉微塵になっていく。

 

 がむしゃらに振り回しているわけではない。その一太刀一太刀が“パワージェム”の一粒ずつの芯を捉えている。ユウキとの視覚共有で全弾の軌道が視えるからこその芸等だった。

 

 

 

「お見事——ですがッ‼︎」

 

——磁遊帯装(じゆうたいそう)!!!

 

 

 

 ここでチビノーズたちの再充電(リチャージ)が完了。再びわかばにその脅威をもたらす為に3基は飛び立った。

 

 既に場にあった礫を叩き落としたわかばの周りをすかさず包囲——三方向からの“パワージェム”で討伐にかかる。

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)ッ‼︎

 

 

 

 その攻撃の予測をユウキは既に終えていた。わかばは瞬間、“雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”で空を駆る——3基のチビノーズは銃弾を放つ前にその立体起動による体当たりで吹き飛ばされた。

 

 

 

(間合いに入っていたとはいえあの3基を一瞬で——これがユウキさんの固有独導能力(パーソナルスキル)とわかばさんの速さが成せる瞬発力ッ‼︎)

 

(“磁遊帯装(じゆうたいそう)”の再発動には少なく見積もっても30秒ってとこか——そんだけあれば次の補給で仕留められる‼︎)

 

 

 

 ツツジは脅威的な機動力に舌を巻き、ユウキはダイノーズの最大の武器の解析を終える。このエース対決、自軍有利だと確信したユウキはここで詰め切ろうと前進する——だがツツジもそうはさせない。

 

 

 

「戻りなさいダイノーズ——‼︎」

 

「チッ——!」

 

 

 

 対面で劣勢と判断したツツジはダイノーズを引っ込める。あと少しというところで、彼女もまた引き際を弁えていた。

 

 それと同時に認める……わかばは強いと。

 

 

 

(まだだ……この後に出てくる奴には相応の痛手を受けてもらう!わかばの踏み込みを崩してくるのはもうわかった——次は同じ轍は踏まない‼︎)

 

 

 

 そう心に誓うのはユウキだけではなかった。わかばもまた次こそはと抜刀の構えに入る。その集中力はツツジにも伝わる。それを見た彼女は……何かを覚悟したようにひとつのボールを投げ込んだ。

 

 

 

「ユレイドル——お願いしますッ‼︎」

 

「わかば——ッ!!!」

 

 

 

 出現したユレイドルに対してユウキは叫ぶ。それと同時にわかばの脱力が力みへ——力強い一歩が地面に突き刺さる。

 

 

 

——紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)!!!

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 ツツジの能力で地形が変わる——しかしユウキの“時論の標準器(クロックオン)”は地形の変化を予見——どの足場を伝い、踏み込めばいいかをわかばに教えた。

 

 先ほどのような威力減衰はあり得ない——必殺の一撃がユレイドルを襲う。

 

 

 

——“翡翠斬(かわせみぎ)り”……開闢一閃(かいびゃくいっせん)!!!

 

 

 

 その刃はユレイドルの胴体を斬り裂く。凄まじい斬撃は、対象を大気と一緒に薙ぎ払った。

 

 ユレイドルは受けたダメージで首を上げて硬直。直後、上げた首をダラリと前方に垂れさせる。

 

 完全に決まった。あとはこれをユレイドルが耐えるのかどうか……。

 

 

 

——………ピクッ。

 

 

 

 ユレイドルはその体を僅かに震わせた。そして、自身の種族特性を発動。地面に残った“強電磁フィールド”を吸い上げていた。

 

 

 

「まだ動けるのか……‼︎」

 

 

 

 ユウキはそのしぶとさに驚かされる。回復していたとはいえ、あれだけ何度も受け出しさせられていたユレイドルもそれなりに消耗していると思っていた。

 

 しかしわかばの渾身の一撃すらも耐えてみせたのは……もう感服すらする。それでユウキも腹を括ろうとわかばに戦う指示を出す。

 

 そしてツツジは……小さく笑って手をユレイドルに伸ばした。

 

 

 

「——やはり……耐えられませんでしたわね」

 

「え………?」

 

 

 

 彼女がそう言った瞬間、蠢いていたユレイドルがパタリのその首を項垂れさせた。まるで糸の切れた人形のように、その体に漲っていた生命力は失せていた……。

 

 確かに種族特性“土壌根張(どじょうねば)り”は発動しているように見えた。実際にフィールドにかかったエネルギーを吸い上げていたが、その回復がダメージを上回ることはなかった。

 

 そんなこととは知らずに戦おうとしていたユウキとわかばは、呆気に取られて立ち尽くしている。その代わりと言うように、審判はユレイドルの状態をじっと見つめて——自分の任務を全うする。

 

 

 

「ユレイドル、戦闘不能ッ‼︎——ジュプトルの勝ちッ!!!」

 

 

 

 その瞬間、会場は割れんばかりの歓声で埋め尽くされる。

 

 

 

「すげぇ‼︎ あのチャレンジャー、ツツジ先生相手に負けてねぇよ‼︎」「誰あれ⁉︎ トーナメント出てた⁉︎」「知らないよ!まだ無名なんだろ‼︎」「あれが無名……⁉︎」

 

 

 

 多くの人間がツツジ目当てで観戦していた、彼女を知る生徒やジム生である。そんな彼らもプロ事情はそれなりに通じていた。

 

 そんな彼らも知らないユウキというトレーナー。その力を見て震えていた。

 

 

 

「どぉッスかカナズミの皆々様ッ‼︎ これが未来のチャンピオン、ミシロタウンのユウキ様ッスよぉぉぉ!!!」

 

「ユウキくん凄いぞぉー‼︎ そのまま決めちゃえーッ‼︎」

 

 

 

 その盛り上がりに乗じてタイキとソライシも声を出す。タイキに至っては立ち上がって前の座席に足をかけながら叫んでいた。それで隣にいたカゲツに「邪魔だ」と言われながら無防備の尻に指を突っ込まれて悶絶、轟沈する。

 

 

 

「な、なにす……んすか……!」

 

「うっせんだよ……こんなことでいちいち喜んでんじゃねぇっての」

 

 

 

 カゲツは周囲の盛り上がりとは対象的に落ち着いた様子だった。元々ユウキの試合で一喜一憂するような男ではないことは知っているが、身内としては少し冷たいんじゃないかとタイキは不満そうにしていた。

 

 

 

「劣勢だったのにアニキもわかばも頑張ってたじゃないッスかぁ〜。ここはいっちょ応援で後押ししてあげましょうよ〜!」

 

「だからうっせぇって……まだ調子こける状況じゃねぇんだからよ」

 

「えぇ……?」

 

 

 

 タイキの訴えも虚しく、カゲツはその誘いを断ってコートに目を落としていた。

 

 視線の先ではツツジがユレイドルをボールに戻している。わかばはユウキの元に戻りながら、ツツジたちの方を目だけで捉えている。どこか意味深な表情で……。

 

 

 

「ふん……まぁ、この後だろうな。本番は——」

 

 

 

 カゲツがそう呟く頃、別の客席でセンリとハルカと神妙な面持ちでコートを見つめていた。

 

 

 

「おじさん……今の……」

 

「ああ……ユレイドルを()()()な」

 

 

 

 ハルカの主語なしの問いにセンリは的確に答えてみせた。その内容は、ツツジがユレイドルを出した理由。

 

 

 

「余力を残していたユレイドルだったが、あの一振りを受けられるほど体力は残ってなかったのだろう。それを覚悟し、彼女は非情な判断を下したんだ……()()()()()()()()()()()——」

 

 

 

 ポケモンが戦闘不能になれば、次のポケモンを出すまでの間、対戦相手は技や特性の行使ができない(非公開の固有独導能力(パーソナルスキル)も観客にはポケモンの技の一部と認識されている為、使用できない)。

 

 つまり、次に出すポケモンの出鼻を挫くことができないのだ。ユレイドルはその為の犠牲として出されたということになる。

 

 

 

「サイクルを回す際にあれほどダイノーズと相性の良かったユレイドルを切った……となると、次に出すポケモンはわかばに対して有効な手段を持つ手練れということになる……」

 

「ユレイドル以上に厄介なポケモン……か。ユウキくん……気をつけて」

 

 

 

 もちろんこの二人が感じていることを、対戦しているユウキが感じ取れないはずがなかった。ツツジが次のポケモンを出すまでの間……近くまで戻ってきたわかばに話しかける。

 

 

 

「わかば……まだ行けるか……?」

 

——……ロゥ。

 

 

 

 異様なツツジ側の空気に警戒しつつ、まずはわかばの体調をチェックする必要があった。

 

 かなりの高速戦闘。常に“時論の標準器(クロックオン)”の判断速度についていくために集中している状況が続いている。

 

 その上で“電磁波”の無力化、“雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”、“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”……そうした技や技術の行使で、わかばの疲労もそれなりにあると見てよかった。

 

 わかばはそれでも気丈に振る舞うが、ユウキの目はその疲労を見抜いている。

 

 

 

(まぁ……どのみちダイノーズの相手はわかばでしかできなかったわけだし、一応そのダイノーズを一旦退かせることには成功した。勝負はやっぱり()()になるか……)

 

 

 

 まるでこの状態を想定していたかのように、ユウキはユレイドルを倒した安堵など全く見せずにツツジを見ていた。

 

 

 

(ここまではお互い前のジム戦やトウキさんとのバトルで見せた力のぶつけ合い。予想外のことは何度もあったけど、まだ事前情報が活きる立ち合いになってた……でも——)

 

 

 

 互いの手札にあらかたの予想を付けてのバトルだったのはユウキもツツジも同じ。しかしこの先は違うと——ユウキは肌で感じていた。

 

 

 

(ゴローンなら俺も戦ったことがある。もちろん楽勝なわけがないけど、手の内に検討はつく……でももしそれ以外なら、ここでその“初見殺し”に対応しなきゃならない……!)

 

 

 

 ポケモンバトルは生き物。そして突然の異常事態は思っても見ないところから発生する。不意打ちに近い奥の手に対して、余裕があった序盤とは違うということをユウキは理解していた。

 

 ここで流れを取り返されたら……ゲームオーバーだということを。

 

 

 

「わかば……まだ後ろには仲間が残ってる。ダイノーズ攻略にはお前の速さが必要だ。ここは慎重に……交代の準備はいつでもしておけ……!」

 

——ロゥッ!

 

 

 

 ユウキの檄にわかばと唸りで応える。

 

 ようやくもぎ取った1匹のポケモン……しかしまだ油断できない。それどころか勝敗に大きな影響与える局面に当たる上で、より集中力は増すばかりだった。

 

 そして……沈黙を破ってツツジがひとつのボールを掴む。

 

 

 

「行きますわよ……ユウキさん、わかばさん‼︎」

 

 

 

 これまで以上の威圧感。それを真正面から受け止める2人は警戒を強める。

 

 何が出てくるか、どんな技が飛んでくるか……。

 

 

 

 一瞬も気が抜けない戦いが、再び幕を開ける——!

 

 

 

 

 

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ジム戦……そのクライマックスへ——!

〜翡翠メモ 59〜

『タイプ別エネルギー解説“電気”』

体内の器官、生態電気、摩擦などによって発生するものなどを駆使しながら発動を促すものが多い。

タイプ的な弱点も“地面”以外には存在せず、攻撃の際に半減以下で受けられるタイプも少ない、技の性質もあって弾速が速いこともあって、かなり汎用性の高いタイプとなっている。

その分習得には元々素質のあるものでも難しい技が多く、性質を逆手に取った対策などには無効化されがちであるため、カタログスペック通りの強さを発揮するには工夫が必要である。



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第171話 3匹目


飼ってる猫がカーテンに爪引っ掛けたまま背伸び状態で窓際に吊るされてました。何してたんや君……。




 

 

 

 ツツジとのジム戦の数日前——。

 

 ユウキとタイキ、カゲツの3名はカナズミの総合広場でトレーニングに励んでいた。

 

 その目的は『打倒ツツジ』——その為に必要な策の考案、それが実現可能かの確認と練習にあった。

 

 

 

「すげぇ……こんな作戦も思いついてんスねアニキッ!」

 

 

 

 その実験相手として協力していたタイキが、相手をしていたゴーリキー(リッキー)の手当てをしながら感嘆の声を上げる。それを受けてユウキは首を横に振る。

 

 

 

「まだまだだよ。課題も多いし、“電磁波”とかの向こうから飛んでくる技の対策はまだ試行段階だからな」

 

「それでも!きっとすごいバトルになるっス‼︎ 今から楽しみでウズウズするッスよぉ〜‼︎」

 

 

 

 自分の置かれた立場からそんな風に謙遜するユウキにタイキは元気づけも込めてそう励ました。苦笑いを返すユウキだったが、悪い気はしていない。

 

 そこでのんびりと芝生で寛いでいたカゲツが口を開いた。

 

 

 

「お前……なんでジム戦なんかすんだ?」

 

 

 

 問われた内容があまりにも予想外過ぎて、聞かれたユウキどころかタイキまで目が点になる。

 

 なんでって……ユウキが続けようとした時、タイキが口を挟んできた。

 

 

 

「一体今まで何見てたんスか⁉︎ 何聞いてたんスか⁉︎」

 

「うっせぇな。おめぇには聞いてねぇよ」

 

「いいや言わせてもらうッスよ!アニキはハルカさんと“将来のライバル”になるって誓い合った仲なんスよ‼︎ その為に力を付けるためのプロ入り!ジム戦‼︎ トーナメントッ!!!——最近ちょっとはマシなこと言うようになったと思ったのにこのお師匠は——」

 

 

 

 そこまで言ったタイキが拳骨からのノックアウトまで要した時間はコンマ1秒である。それを目を点にしたまま見送ったユウキに、カゲツは再度同じ問いをする。

 

 何故ジム戦をするのか——と。

 

 

 

「別に『プロのトーナメントで決着をつける』——とか言われた訳じゃねぇんだろ?強くなる方法なんざ、プロにならなくても幾らでもある。そんくらいはわかってたんだろ……?」

 

「…………あぁ、そういうのもあったな」

 

 

 

 なんとも気の抜けたユウキの返しにカゲツは腰から砕けて倒れる。その後アホかと言わんばかりにユウキに詰め寄った。

 

 

 

「考え無しかよッ‼︎ じゃあなんでプロなんだ⁉︎ 金銭的にも年齢的にもリスクあるって散々言われたんだろッ⁉︎」

 

「あぁいや……その約束の前にジムリの親父からジム入りの誘いがあったりとか、ハルカが飛び込んだ世界がどんなものかって……割と最初は興味本位だったと言うか……」

 

「待て待てお前、その前まで引き篭もりだったんだろ⁉︎ いつも心配性なクセしてなんでそんなとこだけ思い切りいいんだよ!」

 

「そんなこと言われても……あーでも、確かあの日あいつから言われたことで、そうしようって決めた節は……あるかも」

 

 

 

 呆れ果てるカゲツの質問でユウキはハルカと約束したあの日の会話を思い出す。その中で同い年とは思えないようなことを言うハルカの言葉の中に……今の自分の目指す道の指針となったものがあった。

 

 

 

——でもユウキくん。きっと知らない自分は、もっとたくさんあるよ。私も旅を始めて色んな自分を見つけたんだ。その中には、私も忘れてしまいたいような気持ちもあるけど……

 

——私はそれらを見つけられて本当によかったと思ってる。そして、もっとたくさんの自分を知りたい。それを教えてくれる仲間と旅をしたい……

 

 

 

「あいつ……本当に色んな経験した上であんなこと言ってたんだなって。そう言えるだけの経験ってどんなだろって思ったのは……覚えてます」

 

 

 

 ハルカは明るくて周りを振り回すような言動も目立つが、時折ユウキの考えが及ばないところにいるように思わせることも言う。

 

 それを知りたい……でもその為には、同じ立場になってみないとわからないものもあるだろうことを認めるしかなかった。

 

 

 

「それで必死追いかけてたら……いつの間にかこんなとこまで来ちゃいました。いや、カナズミは最初にジム戦したとこだから、帰ってきたって感じですけど」

 

 

 

 その甲斐はあった——のかもしれないと、今のユウキは少し恥ずかしそうに笑っていた。それを見たカゲツは……。

 

 

 

「はぁぁぁ……結局女の尻追いかけてただけかよ。やってらんねぇな」

 

 

 

 ——と、品性も風情もない……なんとも彼らしい感想が返ってきた。

 

 

 

「ちょ!勿論それだけじゃないですよ⁉︎ きっかけは確かにあいつでしたけど——」

 

「なんだ。尻追いかけてる部分については否定しないのな?」

 

「あのねぇ……あぁもう!なんでカゲツさんはそう言うことばっか言うんですか……」

 

「ギャハハ!そりゃお前が反応良すぎんのが悪りぃんだよ♪」

 

 

 

 いじめっ子の発想である——と、ユウキは心の中でだけ抗議をして、無駄だとわかっているので苛立ちはため息にのせて他所へと追いやる。

 

 それでも言いかけた言葉の続きは話した。

 

 

 

「……カナズミジムは特別なんです。不甲斐ない試合して、やっぱ俺じゃ無理なのかなって思った時……ツツジさんが言ってくれたんです」

 

 

 

——貴方は強くなれますもの。

 

 

 

「そう言ってもらえて……間に受けた。その後も自信無くすようなことばっかで忘れてたけど、俺はそれで模索するようになったんです。勝つために何をしたらいいのか……」

 

「人に言われてやっとこさってとこか……そういうトロさはお前らしいな」

 

「否定はしないですけど……でも、いつまでもトロいまんまじゃいられない……」

 

 

 

 ユウキはそう言うと拳を固く握っていた。それを見つめて、目を見開く——。

 

 それはここしばらく心の中で燻っていた感情……自分でも抑えられないくらいの高揚だった。

 

 

 

「あの人が言ってくれた“強さ”にどれだけ迫れたのか。ただ俺は……試したいんだ……!」

 

 

 

 この日に至るまでに備えたものを振り返り、ユウキはその手に修めた力を確かに感じていた。

 

 それを見せたい。早く、早く……逸る気持ちをどうにか抑え付けながら、ユウキはその日を待っていた。

 

 

 

 『リベンジを誓う』などと言うにはあまりにも当てはまらない——それはそれは楽しそうな表情で……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ツツジの3匹目の投入にユウキとジュプトル(わかば)は身構える。

 

 ここまでの試合展開は五分——流れの天秤が傾くとしたら……ここだった。

 

 

 

「お願いします……“ツボツボ”——ッ‼︎」

 

 

 

 ツツジが繰り出したポケモンは、赤い甲羅の中に潜む——軟体のポケモンだった。

 

 その特徴的な殻の中から黄色く細長い触手を四肢のように這わせ、可愛らしい首をユウキたちに見せる。彼の想定していた通り——これがわかばに対して繰り出された最終兵器だった。

 

 

 

(やっぱりツボツボか——対戦経験もないし、過去の録画でもあんまり見たことがないポケモン……ほぼノーデータ)

 

 

 

 温厚そうな見た目というのもあって、何をしてくるのかわからない怖さを感じながら、ユウキはネガティブな思考を振り解く。

 

 未知の怖さは充分知っているが、それを克服する時はいつだってそこに飛び込むしかないことも同時に理解している。

 

 大事な岐路に立たされたからこそ——ユウキは大胆に攻めることを選ぶ。

 

 

 

「先手は譲らない——“リーフブレード”ッ‼︎」

 

 

 

 わかばはユウキの気迫に後押しされて緑刀を構える。凄まじい速度で距離を潰すわかばに対し、ツボツボ側は——

 

 

 

「まずは()()()()()

 

——ツボッ!

 

 

 

 主からの指示はひどく曖昧だった。しかしツボツボは自信ありげに返事をする。そうする間にわかばの刃がツボツボを襲おうとしていた。

 

 その刃にツボツボはその手を差し出す——。

 

 

 

——ロァッ⁉︎

 

 

 

 わかばが驚くのも無理はなかった。ユウキも一瞬何が起こったかわからない。振るった刀がツボツボにヒットする直前で——軌道を曲げた。

 

 

 

「なんだ……今何を——」

 

——ロァッ!

 

 

 

 ユウキの理解を超えた事態。避けられたのでも防がれたのでもなく()()()()()という不可解さに思考が追いつかない。それでもわかばは攻め手を休ませなかった。

 

 

 

——ロゥッ!ルァッ‼︎

 

——ツボッ!ツボッ!

 

 

 

 わかばが“リーフブレード”を振るう度に、ツボツボはその触手を緩やかに差し出す。それに刃が触れた途端、緑の刀は使用者の思惑とはややズレた角度でツボツボに向かい、固い甲羅の表面を撫でるような感触だけを残して空振りに終わる。

 

 わかばがそんな気持ちの悪い感触に顔を歪めている後ろで、ユウキはそれを引きで見ていたことでその現象の正体に気付く。

 

 ツボツボがやっていることに……あらかたの検討をつけて——。

 

 

 

(あれは……“合気”——⁉︎)

 

 

 

 滑らかな手付きは決して速くない。しかし最短、最小の動きで差し出す触手は、高速で動くわかばの切先を捉えていた。

 

 それも打ち込まれる方向ではなく、そのやや斜め横——刀の腹を撫でるような軌道が、わかばの太刀筋を少しだけ歪めていた。

 

 その動きは、『敵の力を利用し、自分の力を乗せて返す』——という武術のそれに近い。

 

 

 

(でもそれを刀相手にやるか……⁉︎ 刃物の腹を弾くなんて、一歩間違えたら触手の方が斬れるぞ‼︎)

 

 

 

 ユウキの想像通り、ツボツボの使っている技術は並みの神経では扱えない代物だった。訓練ではできても、実戦でやるとなると緊張は体のパフォーマンスを著しく落とす。そんな中であれほど繊細な動きをするとなると、相当な仕込みが必要になるのだ。

 

 わかばやチャマメに体捌きを教え込んできたユウキには、その努力がすぐにわかった。このツボツボはそれができるポケモンだということを——。

 

 

 

「でもあんな回避、何回もできるわけないッスよ!」

 

「いや躱してるわけじゃねぇ……!」

 

 

 

 タイキの言葉にカゲツは訂正を施す。しかし現に攻撃が当たってないじゃないかとタイキは反論した。

 

 

 

「触手で軽く弾いて芯からズラしてんだ。それでも的を外すほどじゃねぇから刃はきっちり当たってる」

 

「当たってる⁉︎ でも現にわかばの“リーフブレード”は——」

 

 

 

 カゲツの見立てにタイキは納得がいかなかった。もし当たっているのであれば、どうしてツボツボが無傷なのか説明がつかなかったからである。

 

 しかしそれはオダマキによって解説された。

 

 

 

「当たっても問題ないんだよ。あの条件下で、ツツジさんのツボツボというポケモンは……」

 

「え……?」

 

 

 

 そう言ってツボツボの情報が記載された端末の画面をタイキに見せるオダマキ。最初に何が書かれているのかわからなかったタイキはそれを食い入るように見る。

 

 それはいつの間にか博士があのツボツボを撮影し、自作のアプリで解析した結果であると本人の口から語られた。

 

 

 

「私も最初見た時驚いたよ。あのツボツボの甲羅はとても滑らかに仕上がっている。本来のツボツボのものとは比べ物にならない……おそらくそういう仕様なんだ」

 

 

 

 オダマキはあのツボツボを見た時、何か違和感を覚えたと言う。その正体を突き止めた時、彼には衝撃が走った。

 

 あの硬い甲羅をどう磨いたのかわからないが、限りなく凹凸を減らされ、全体のシルエットが球体に近づいていた。それがわかばの“リーフブレード”に『当たっても問題ない』——という理由になっている。

 

 

 

「表面が滑らか過ぎて……芯から少しでもズレれば有効な衝撃を与えられない——だからあの斬撃の全てを撃ち落とせる」

 

 

 

 センリもまたそれに気付き、わかばの旗色の悪さを指摘していた。ハルカもこれには同意せざるを得ない。

 

 

 

「ツボツボってそんな素早いポケモンじゃないから変だとは思ったけど、斬撃を逸らすだけなら少ない動作だけで充分——多分、いくら速くても今は当てられないですね」

 

「ああ……まさに要塞だ……!」

 

 

 

 2人の見立て通り、その後何度も斬りつけるわかばだったがツボツボはそのことごとくを捌き切る。触手で太刀筋が逸れたそれでは、滑らかな甲殻を削りもしない。

 

 

 

「斬撃が効かないなら——!」

 

——“タネマシンガン【雁烈弾(ガンショット)ッ!!!

 

 

 

 わかばは右手に種を握り込み、それをツボツボへ突き出す。その破裂で生じる斥力を叩き込むつもりだった。

 

 

 

「無駄です——!」

 

 

 

 ツボツボは至近距離で構えられた腕に素早く触手を絡める。そのままわかばに取り付き、【雁烈弾(ガンショット)】の範囲から逃れる。そして——

 

 

 

——ツボッ!!!

 

 

 

 ツボツボは自身の自重とわかばの技の反動を利用して彼の腕を引っ張る。その勢いのままわかばを投げ飛ばした。それに驚くわかばは、それでも地面に手をついて受け身を取りことなきを得る。

 

 

 

「取り付いてからの投げ——器用なことするな!」

 

「わかばさんを鍛えたあなたにそう仰られると光栄ですわ」

 

「どーも……だったら今度は——」

 

 

 

 斬撃や散弾攻撃もダメとなると、わかばの近接攻撃を当てるのは至難の業だと判断したユウキは次なる手を打つ。

 

 どちらの攻撃も捌き切る技術は脅威——ならその要となるものを封じに出る。

 

 

 

——“宿り木の種”ッ‼︎

 

 

 

 わかばはエネルギーの籠った種子をツボツボ目掛けて指で弾き飛ばす。体捌きのキレは一流だが、身動き自体が速いわけではないツボツボにそれは容易に着弾——すぐさま種から生命エネルギーを吸う根が全身を覆う。

 

 

 

「これで触手は出せない——」

 

“高速スピン”——!」

 

「———ッ⁉︎」

 

 

 

 今度こそ身動きを封じたと思ったユウキだったが、ツツジはその技名を呟く。触手と首を甲羅の中に引っ込め、その状態で横回転——コマのように回ったツボツボは“宿り木の種”を振り解いた。

 

 

 

「このツボツボにそうした絡め手は通用しませんわよ……?」

 

「なるほど……ッ‼︎」

 

 

 

 どうやらそうらしい——ツツジの言葉に妙に納得してしまうユウキは険しい顔で笑う。内心でその技術の高さと冷静な判断に感服していたからだ。

 

 

 

「“宿り木”も効かないなんて……どうすりゃいいんスか⁉︎」

 

「どうもこうもねぇ。現状防戦体勢整えられちまったら、もうわかばじゃどうしようもねぇってことだ」

 

 

 

 見ていたタイキの問いに率直な物言いをするカゲツ。彼の言う通り、現状わかばの手札で正面からツボツボを崩すのはかなり難しい。それを理解したなら、取るべき手段はひとつだった——だが。

 

 

 

「ユウキくん……まだ交代しないのか?」

 

 

 

 ソライシもその手段に気付き、ユウキがそうしないことに疑問を抱く。有効打がないなら、今ここでわかばを突っ張らせるメリットはない。イタズラに体力を消耗するだけだ。

 

 しかしわかばはその後もツボツボに斬りかかる。ユウキもそれを止めようとはしない。それをツキノも心配そうに見ていた。

 

 

 

「博士……ユウキくんは今冷静さを欠いてるんじゃ……」

 

「わからない。でもここまできたんだ……ユウキくんがまだ何か策を残している——と信じるしかないよ」

 

 

 

 それは希望的観測だとソライシもわかっている。どんなに聡い人間でも、あそこまで攻撃がいなされれば焦りも出てくる。ユウキは忍耐強い性格をしているが、もし頭に血が昇っていたとしても不思議ではない。

 

 そして交代しないのではなく、“できない”可能性についても考慮するべきだった。

 

 

 

「もし後ろのポケモンもあのツボツボに対抗できるものを持っていないとなると……交代できないとしても仕方がない」

 

「ユウキくんの残り1匹次第——ですよね」

 

 

 

 センリとハルカもその事を危惧していた。わかばはまだダイノーズを倒すという大役が残っている。今ここで彼を消耗させてしまうと、その役目を全うできない可能性が濃くなるのだ。

 

 とはいえ今のツボツボを後ろのポケモンで倒せないとなると、その役目もわかばでどうにかしなければならない。ジリ貧となってしまうなら、今余力があるここで、それでも勝てる算段を立て直す必要があった。

 

 

 

「どちらにせよ、それはツボツボがまだ手の内を隠している内に判断をつけるのは難しいのだろう。ユウキはまだ粘ってるのは、その手の内を引き出すため——おそらくツボツボ側の武器を見るまではこれが続く」

 

 

 

 センリの読みは当たっている。ユウキはその為に無理を押してわかばを前線に立たせていた。

 

 

 

——ロゥッ!ロァッ‼︎

 

 

 

 懸命に刃を振るうわかばだが、それはツボツボにダメージを与えることはない。全く手応えのない攻撃は、次第にわかばの精神に負荷をかける。そしてここまで動き続けた彼の身体に、大きな疲労を感じさせる。

 

 

 

(わかばのスタミナがやばいか……でもまだツボツボの攻撃手段が分からない。ツツジさんのことだ、あんだけの防衛能力を持たせておいて反撃手段がないわけがない……それを見抜くまでは、頼むぞわかば‼︎)

 

 

 

 ユウキとしてもここは賭けだった。もしツボツボにそんなものがない。或いはツツジが今の段階でそうするつもりがなかった場合は、この攻めもただの徒労に終わってしまう。こちらの思惑に気付いたツツジが、余程のことがなければ動かないと決めているとしたらかなりの痛手だった。

 

 そしてツツジは——そこまで読みが回っていた。

 

 

 

(お疲れのところ押してくるのはツボツボの情報を引き出すため——であるなら、わたくしの方からわざわざ動く必要もありませんわね……)

 

 

 

 ユウキがそのままなら、わかばは放っておいても自滅する。むしろこちらから仕掛ければわかばの攻撃を芯にくらう危険性が増すばかりである。

 

 ここまでわかっているなら、賢明なツツジが動く理由などない——そんな彼女の対応を見て、事情がわかっているトレーナーもツボツボの攻勢を見るのは絶望的かと思われた。

 

 だったのだが……。

 

 

 

「それでも攻めてくる……あなたは……ッ!」

 

 

 

 ユウキは確信してそう呟く。それと同時にツツジは“紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)”を発動。地面を変形させる。

 

 直後ツボツボはその変形させている途中の流動化した地面に自身の前2本の触手を突っ込む。それを引き抜くと、それはドロドロの土で塗れていた。

 

 

 

“ストーンエッジ”——!」

 

 

 

 ツツジがそう言うと同時に、ドロドロだった土が鋭い刃へと変わる。ツボツボはそれを構えて飛び上がった。

 

 

 

「これは——二刀流ッ⁉︎」

 

 

 

 わかばに覆い被さるように飛来したツボツボは岩の刃で斬りつける。先ほどとは比べ物にならないキレの高速斬撃は、わかばの刃と激しく打ち合い火花を産む。

 

 

 

(短刀での二刀流……!防御を合気、攻撃を力の要らない斬撃で近接戦闘を行うのが、このツボツボか‼︎)

 

 

 

 ユウキは攻勢に出たツボツボの能力を即座に識別した。待ちに待った情報に喜んでいた——のだが。

 

 

 

「違う!()()()だッ!!!」

 

 

 

 カゲツがそう叫ぶ頃、ユウキは自分の目測の誤りに気がついた。ツボツボが翻った時、見えてなかった後ろの触手にも鋭い短刀が備わっているのを見て戦慄する。

 

 手数は——わかばよりも上だと。

 

 

 

——“ストーンエッジ【|絡繰天華(からくりてんげ)】”!!!

 

 

 

 ツボツボはその身の捻りと触手の振りを連続した斬撃に乗せて放つ。目にも止まらぬ四刀が、わかばの剣閃と交わり弾く。そして——この距離でわかばを圧倒していた。

 

 

 

「まずい!押し切られるッス‼︎」

 

「チィッ!あの嬢ちゃん、そういうことか——‼︎」

 

 

 

 タイキは急転した展開に顔を青くし、カゲツはやや遅れてだがツツジが攻勢に出た理由に思い至った。このままでは切り刻まれる——ユウキもその事を察した。

 

 

 

雁烈弾(ガンショット)——!!!」

 

 

 

 わかばが刻まれる瞬間、ユウキは反射的にそれを選択。手に握り込まれた散弾の反動を使ってその場を逃れた。

 

 ツボツボは……その後を追うことはせず、そこで一息ついていた。

 

 

 

「あわよくば……とは思いましたが。あなたのお気に召す情報はこれでお間違いありませんでしたか?」

 

「やっぱ……気付いてたんですね……!」

 

 

 

 ツツジが鋭い目でこちらを見てくる。その威圧感に耐えながら、ユウキは自分の読みも当たっていたことを確信した。

 

 その攻撃性能の高さには正直舌を巻いたが……。

 

 

 

「あんなものがあったなんて……ツツジさん、あれでわかばを仕留められるって確信してたのかな?」

 

 

 

 それを見ていたハルカは、攻めてこなさそうだったツツジの行動にやや疑問を抱いていた。あの短刀四刀流を見せられると、それも納得できなくもないが——といった具合で。

 

 

 

「それもあるんだろう。でも彼女が攻めに出たのはもっと先を想定してのことだろう」

 

「先……?」

 

 

 

 今の攻めにはわかばを倒す意志を見せると同時に、もうひとつの意味があった。そう語るセンリは一呼吸置いて続ける。

 

 

 

「確かにユウキ視点からすれば現状維持をされるのが一番辛かっただろう。それはツツジくんにもある程度読めてはいた。だが確証もなかった……」

 

「ユウキくんが……まだ何か仕掛けてくるかも——って、ツツジさんが勝手に警戒したってことですか?」

 

 

 

 それはツツジらしいといえばらしい慎重さだ。しかしハルカにはそこまでジムリーダーが小心者だとも思えなかった。

 

 

 

「もしかするとハルカちゃんなら、読み合いで相手の思考を見抜いた手応えを感じたら迷わずその感覚を信じて進むのかもしれない。しかしツツジさんやユウキのように、様々な状況を想定できるトレーナーにとってはごく自然な考え方なんだよ……隠しているであろう手の内を暴くのは」

 

「………?」

 

 

 

 ハルカは自分を引き合いに出してまで、センリが何を言いたいのかわからなかった。その説明を続けるセンリと同じような話を、対岸にいたカゲツはしていた。

 

 

 

「要はユウキ側の隠し玉を嬢ちゃんも暴きたかったんだろ。もっと致命的なタイミングで、自分の戦術を崩してくる可能性を潰すために……」

 

 

 

 ユウキが今ツボツボの情報を引き出すのに躍起になっていたように、ツツジもまた、まだ姿を現さない3匹目をこのタイミングで見ておきたかった。この攻勢は、ユウキに対しての交渉材料でもあったのだ。

 

 

 

「こうした手合いとの戦いでは、言葉にしなくてもわかる“対話”が存在すんだよ。現場のトレーナー同士で試合を展開する内、互いの思惑がだんだんわかってくる。嬢ちゃんはその上で、ただ相手の戦略を潰すだけが頭脳戦じゃねぇことを弁えてああしてんのさ」

 

 

 

 この場合、それは敢えて誘いに乗り、その手の内を公開するよう促す——というのがそれに当たる。ユウキの思惑に通りにツボツボの情報は得たが、代わりにツツジは全てを理解しているという精神的な優位性を獲得していた。

 

 隠している策があるなら早く出せ。それら全て返り討ちにしてみせる——ぐらいの意気込みを乗せて、彼女はユウキの挑発に乗ったのだ。

 

 

 

「無論餌に使ったのがわかばだからってのもあるがな。あわよくばわかばも仕留められれば盤石だった……見かけ以上にユウキの野郎、綱渡してやがったぜ……!」

 

 

 

 カゲツはそんな危なっかしい弟子を見てため息をつく。下手をすればダイノーズを倒せる切り札を失う可能性があった。そんな策をツツジレベルの相手に仕掛けるのがどれほどリスキーか……わかってやっているのかと。

 

 しかしそれでも……ユウキは気落ちしていなかった。

 

 

 

(元々読み合いじゃ向こうが先手打ってくる……状況を作り出すのがツツジさんの割合が多い以上、流れはどうしてもあっちに偏るけど——なんとか誘いに乗せることはできた)

 

 

 

 それは信頼しているわかばが、ツツジにとって間違いなく脅威であることの証拠にもなる。やはり先のダイノーズ戦はわかばの方が優勢だったのだ。だからこの誘いに乗るメリットが、乗らずに現状を保たせることよりも少しだけ上回った。

 

 そこまで出来たのだから……これ以上わかばを使い潰すことは愚策となる。

 

 

 

(要はあと1匹……こいつでこのツボツボを取れるのかどうか……!)

 

 

 

 その成否がこのジム戦の明暗を分ける——向き合う2人にとって、それは間違いない共通認識だった。

 

 

 

「——まぁそれ以前に、このツボツボの前で交代が可能なのでしょうか‼︎」

 

「わかば戻れ——ッ‼︎」

 

 

 

 ツボツボは再び飛び上がり、4本の剣をわかばに向かって突き出す。その直前でユウキはボールに相棒を引っ込めることに成功する。

 

 

 

「しかし——次の攻撃は避けられますの⁉︎」

 

 

 

 ユウキは即座に次のボールを投げ入れる。その位置までツボツボは身を丸めて“高速スピン”をしながら近付く。そしてボールが開放される——。

 

 

 

「頼んだ“カゲボウズ(テルクロウ)”——‼︎」

 

 

 

 そこから飛び出したのは黒いてるてる坊主のような見た目をしたテルクロウ。ユウキの最後の1匹は遂に姿を現した——だが、ここで“ステルスロック”が作動。彼女の体に傷をつける。

 

 

 

——ゲゲェッ!

 

「早々に退場して頂きましょうかッ‼︎」

 

 

 

 その痛みでテルクロウは一瞬その身を強張らせる。そうした効果を理解しているツツジにとって、それは格好の餌食だった。

 

 

 

——“ストーンエッジ【絡繰天華(からくりてんげ)】”‼︎

 

 

 

 ツボツボは先ほどわかばを圧倒していた剣技でテルクロウに迫る。それに巻き込まれればひとたまりもない——。

 

 

 

「——“凍える風”‼︎」

 

「無駄です——‼︎」

 

 

 

 テルクロウは凍てつく息吹で応戦するが、そんなものが洗練されたツボツボに当たるはずもなく、軽やかに躱されてしまう。そしてその後、剣撃の嵐がテルクロウを襲う。

 

 

 

——カゲェッ‼︎

 

「テルクロウ——ッ‼︎」

 

 

 

 無数の斬撃がテルクロウを刻む。一撃一撃は大したことがない威力だが、あの攻撃回数がそれをカバーして余りある攻撃力となる。彼女も懸命に避けようと身を捩るが、わかばの剣閃すら見切ったツボツボが逃がしてくれるはずも——

 

 

 

「下がってツボツボ——ッ‼︎」

 

 

 

 そんな絶好のチャンスで、ツボツボに意外な指示が飛ぶ。それですかさずその場を飛び退くと、代わりにテルクロウに向かって冷風が吹き込んだ。

 

 

 

(これは最初に放った“凍える風”……!速さはないですが、ある程度操縦できますのね!)

 

 

 

 その風に乗って、嵐の日に飛ばされる洗濯物のような軌道を描きながらテルクロウはツボツボからさらに距離を空ける。

 

 刻まれたダメージは痛かったが、それでもまだ戦える意志をその目で示す。

 

 

 

「よく離脱したテルクロウ!こっから頼むぞッ‼︎」

 

——カゲェッ‼︎

 

 

 

 ユウキの檄でテルクロウはさらに闘志を燃やす。出して早々やられるという事態から切り抜けた割には、充分なやる気だった。

 

 

 

「ツボツボ気をつけてくださいまし。今のように死角から攻撃を飛ばせるようです。自分の間合いでも油断せずに——!」

 

——ツボッ!

 

 

 

 一方でツツジとツボツボに油断はなかった。新たに出てきたポケモンが仕掛けてくるであろう戦術に目を光らせ、隙があればいつでも倒すと誓う。

 

 互いの手札が出揃ったところで、いよいよジム戦もクライマックスとなる——!

 

 

 

「テルクロウ——“鬼火【怨鳥(おんどり)】”‼︎」

 

 

 

 テルクロウは自分の周囲に青白い火球を複数生成。それを各自不規則な軌道でツボツボ目掛けて放った。

 

 

 

(あれは……追尾可能な“鬼火”……⁉︎)

 

 

 

 ツツジはそれに目を見開いて驚く。しかしすぐに対策に思考を回し、ツボツボに“高速スピン”で薙ぎ払うように指示を下す。

 

 “鬼火”は着弾するも、その効果でツボツボを火傷にすることはできず、空中で霧散する。それを見てやはり火傷にするためにも正面からでは分が悪いことを察するユウキ。

 

 

 

(多少背後をとっても全方位に弾けるツボツボじゃ“鬼火”はきついか……“攻撃”を削ぐのも手間暇かかるな——だったら!)

 

——“凍える風”ッ‼︎

 

 

 

 次にテルクロウは“凍える風”を遠方からツボツボに吹きかける。冷たい風を浴びた相手は運動のための筋肉の運動量を奪われ、一時的に“素早さ”を下げられる。

 

 ツボツボはそれを浴びて……しかし平気な顔をしていた。

 

 

 

「無駄ですわ。カゲボウズとタイプ不一致の“凍える風”ぐらいの火力ではダメージもありません。素早さの低下もこの子には然程痛くもありません!」

 

「くっ……!」

 

 

 

 離れた距離からの技を受けて、涼しい顔をするツボツボを見てユウキは顔を顰める。やはりまともなダメージは期待できない——それらを確認したツツジは再び攻勢に出る。

 

 

 

——絡繰天華(からくりてんげ)‼︎

 

 

 

 ツボツボは回転し岩の刃を振り回しながらテルクロウに向かう。これでは“鬼火”などの牽制すらはじかれてしまう。

 

 ユウキはテルクロウに距離を取るように指示。幸いツボツボ自体の移動速度はテルクロウでも対応できる程度だったため、間合いを詰められる心配はなさそうだった。

 

 しかしその考えも甘かったのだと、すぐに思い知らされる。

 

 

 

——ピッ‼︎

 

 

 

 カゲボウズの頬を何かが掠めた。それによって切られた布状の皮膚を見て、ユウキは戦慄する。

 

 

 

「ツボツボのやつ、短刀を……()()()ッ⁉︎」

 

 

 

 予想外の攻撃にテルクロウとユウキは動揺する。まさかあの近接戦闘の技術を修めておいて、こんな投擲技も持っているとは——。

 

 

 

“ストーンエッジ【棘飛車(とげひしゃ)】”——。しなやかなツボツボの触手は鋭い鞭にもなるのです。それを刃の投擲に応用すれば——」

 

 

 

 その説明の後、ツボツボは距離をとった位置から次々に“ストーンエッジ”を投げつける。付け焼き刃の技では出せないキレから、その威力を察してユウキの顔から血の気が引いた。

 

 

 

「マジかよ……‼︎ テル!避けろッ‼︎」

 

——ゲゲェッ!!!

 

 

 

 投擲されるナイフたちをなんとか躱す。ユレイドルの“エナジーボール”ほどではない連射力だが、その分1発1発の威力が高い。耐久力に自信のないテルクロウを仕留めるのに充分なものだった。

 

 それを懸命に躱すテルクロウ。しかしツボツボの攻撃が止むことはない。

 

 

 

(地面をツツジさんが軟化させて、そこから刃を補充——弾切れ無しってことか‼︎)

 

 

 

 こうした技の最大欠点はその持続力の限界にある。それ故に弾やエネルギーというなくてはならない供給源を潰せば、どんな連射攻撃も止められる。しかしその供給源があまりにもありふれた“地面”ともなると、そういうわけにもいかない。

 

 

 

「さぁどうなさいますか!ここまで大事に温存していたその子が……まさかこのまま終わるはずがありませんわよね?」

 

「くっ……‼︎」

 

 

 

 ツツジはそう言いつつも攻撃の手を緩めることはなかった。足元から取り出す岩の刃をテルクロウという的に投げ続けるツボツボ。この脅威に少しでも対抗する術がなければ、ここまでテルクロウを温存した意味がない。

 

 そして、ユウキには明確にその役割をテルクロウに担わせていた。

 

 

 

「言われなくても……ッ‼︎」

 

 

 

——“鬼火”‼︎

 

 

 

 テルクロウは躱す合間に“鬼火”を展開。ツボツボにその火球を寄越す。しかし、その為にひらひらと飛んでいた体が技の発動で止まってしまう。

 

 

 

「アニキ!止まっちゃダメッス‼︎」

 

 

 

 タイキの反応は正しい。ツツジがその隙を見逃すはずがなかったからだ。ツボツボはより厳しいコースをついた投擲を行い、空で釘付けになったテルクロウを攻撃する。

 

 弾速は“鬼火”とは比べ物にならない——直撃コースの“ストーンエッジ”が先にテルクロウを斬り裂く——。

 

 

 

——ビュオッ!!!

 

 

 

 その時、一陣の風がテルクロウを包んだ。その風に乗って、当たるはずだった刃の投擲から逃げ仰ることに成功する。その風は、先ほどツボツボに吹きかけたあの“凍える風”だった。

 

 それと同時に、自分に迫る“鬼火”を“高速スピン”でツボツボは難なく弾いた。ツツジはそれを見て、テルクロウの能力を悟る。

 

 

 

(なるほど……軽い体を活かして、自身の操る風に乗って機動力を確保するのがあの子の戦法——これでわたくしと撃ち合いをすると?)

 

 

 

 ツボツボは再度“ストーンエッジ”を投げつける。テルクロウも風に煽られながら“鬼火”を生成。中距離での射撃戦に持ち込まれた。

 

 

 

(弾速と狙いは流石にツボツボ(むこう)に分があるか!でも真っ直ぐな軌道なら時論の標準器(クロックオン)無しでもなんとか読める。あとは——)

 

(ユウキさんの“鬼火”を弾くだけなら容易い。しかしその為には投擲を止めて“高速スピン”に移らなければならない。手数の一部を“鬼火”の撃墜に使って対応しますか……ここへきて“凍える風”の素早さ低下が足を引っ張りましたわね——)

 

 

 

 互いが次の一手を模索——その間にも射撃は正確に。無作為にではなく必要な攻撃をその場その場で選び抜く。

 

 

 

(“鬼火”が当たれば“祟り目”*1による火力上昇が狙える!でもそう簡単には当てられない——)

 

(ユウキさんが“鬼火”による火傷を狙っているのは明白。こちらの攻撃低下と、おそらくはその際に何か効力を発揮する技を仕込んでいる……当たらないのがわかっていても“鬼火”一辺倒なのが良い証拠——)

 

(このまま続けていても被弾するリスクはこっちのが上!仕掛けるなら——)

 

(ユウキさんは聡い。この攻防で先にボロを出すのが自分だと自覚しているでしょう……ならば仕掛けるのは——)

 

 

 

「——ここだろッ‼︎」

「——ここですわッ‼︎」

 

 

 

 そこで互いの思考が同時にそう答えを弾き出す。その瞬間、テルクロウの乗っていた風がツボツボに向きを変えて吹き荒ぶ。ツボツボもほぼ同時に刃を投げつけながら前に飛び出した。

 

 

 

「二人同時に動いた——⁉︎」

 

「ユウキの野郎、長期戦で相手の目が慣れる前に勝負に出やがった!」

 

「でもツツジさんも動いてるッスよ‼︎」

 

 

 

 ソライシ、カゲツ、タイキの3人がそれを目撃して試合がまた劇的に動くのを察知する。互いのポケモンの距離がみるみる縮まり、射撃の圧力がどんどん増していった。

 

 そして先に被弾を許したのは——テルクロウだった。

 

 

 

——ゲゲェ!グゲッ‼︎

 

 

 

 “ストーンエッジ”の投擲が体を掠め始める。複雑な軌道で飛んでいるはずだが、やはりツボツボの見切りの早さは尋常ではない。この短期間で、かなりの精度で当たりをつけ始めていた。

 

 

 

(それでもクリーンヒットしないのは、まだ慣れてないのとこっちの作戦にいつでも対応できるように余力を残してるからだろ⁉︎)

 

(被弾も辞さずに大幅な間合いの短縮——やはり決め手はあるのですね‼︎)

 

 

 

 ユウキとツツジが限られた時間の中で思考する。如何に自分の読みを通すか、如何に敵の策を看破するか——ポケモンたちが近付くほどにその集中力が増す。

 

 そして——

 

 

——カゲェッ!!!

——ツボァッ!!!

 

 

 

 2匹の距離がほとんどゼロになるまで近付いた。その事に最初に違和感を覚えたのは——センリだった。

 

 

 

(何故ツボツボの得意とするあんな深い間合いまで接近した……⁉︎)

 

 

 

 その距離は完全にツボツボの間合いだった。先ほどわかばすら退けたツボツボの剣技を相手にあそこまで接近するなど正気の沙汰ではない。

 

 しかしそれこそ——ユウキの思い描く形だった。

 

 

 

「刻みなさい——ッ‼︎」

 

——絡繰天華(からくりてんげ)!!!

 

 

 

 絶好の間合いにテルクロウを捉えたツツジに迷いはない。いくら複雑な軌道で飛べると言っても、手負いでこの剣閃を切り抜けることは不可能だと判断した。

 

 ユウキもその点にだけは同意する。だから——

 

 

 

「わかってても……必ず接近戦で仕留めにくるッ!!!」

 

 

 

 それがわかっているからこそ、この場所に誘い出せた——ユウキはそれを確信して叫んだ。

 

 

 

——“鬼火”!!!

 

 

 

 その技を言い放つと同時に、ツボツボとテルクロウの周りで炎が灯る。

 

 問題はその数と範囲——明らかに先ほどよりも多い。

 

 

 

「この炎は………ッ⁉︎」

 

 

 

 ツツジもすぐにはこの現象の正体を突き止められなかった。先ほどまでの“鬼火”とは比べ物にならないほどの量に目を見開く。ツボツボもこれには手を止めざるを得なかった。

 

 

 

「“鬼火”に……ゴーストタイプのエネルギーを混ぜ込みました」

 

 

 

 その疑問に答えたのは他でもないユウキだった。その言葉の意味を一瞬考えて、ツツジもこの現象にハッとする。

 

 

 

「ゴーストタイプは他のタイプに比べて残存性能が高い——空気中に霧散して溶け込むまでに時間がかかるんです」

 

「まさか……あなた……ッ‼︎」

 

「ええ……そのエネルギーを再利用してみました……無茶苦茶難しかったけど」

 

 

 

 本来テルクロウが出せないほどの技の規模。それは進化前のカゲボウズではあり得ない出力だった。

 

 炎タイプに分類される“鬼火”に、テルクロウが得意とするゴーストタイプの特質を付与。技として放った後も一定時間、まとまったエネルギーとして空気中を漂うそれを、テルクロウが遠隔で操作することで、一度の出力ではなし得なかった効果範囲の“鬼火”を再生成できたのだ。

 

 それを可能にしたのは、テルクロウが“鬼火”や“凍える風”などの技を遠隔で操作する術に長けていたから。その才能を持ってしても、習得には多くの時間を要したわけだが……なんとかこの場で成功させられた事にホッとしていた。

 

 

 

「昔の対戦録画で見たのを参考にしたんですけど……今は“鬼火”だけで精一杯です」

 

「先ほど間合いを詰めたのは、カゲボウズ自身を囮にして技の中心にツボツボを釘付けにするためでしたのね……」

 

「正直テルには怖い事させてます……そのまま倒される可能性も、技そのものが失敗する可能性も高かった。それでも——」

 

 

 

 テルクロウを信じた——ユウキはその言葉までは言い切らず、ただ右手を前にかざす。

 

 そして……思い切りその手を握り締めた——。

 

 

 

——“蒼淵鬼火(そうえんおにび)”!!!

 

 

 

 

 

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*1
ゴーストタイプの特殊技。相手が状態異常を引き起こしている場合、その威力が倍増する。





それは掻き集めた弱者の灯火——‼︎

〜翡翠メモ 60〜

『タイプ別エネルギー解説“ゴースト”』

技に使用者の思念や感情が反映されるという、ポケモンのエネルギーの中でも未だ謎が多いとされるタイプ。

技の性質や耐性について有名なのは、ノーマルタイプとは相互に干渉し合えないということ。そしてゴーストタイプを持つポケモンの多くは、物理攻撃に何かしらの耐性が多く見受けられることで知られている。

その性質の中でも特に、技として使用された直後でも、ある程度まとまったエネルギーとして空気中に漂っているという18あるタイプの中でも変わったものが観測されている。

バトルではそれらを活かした戦法を開発するトレーナーも多いが、科学的根拠がまだ未確定の技術でもあり、その調査も同時に進められているという……。



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第172話 剣折岩砕(けんせつがんさい)


秋!!!




 

 

 

 “蒼淵鬼火(そうえんおにび)”——。

 

 ゴーストタイプの残存性を利用し、事前に放った“鬼火”のエネルギーを再度使用することで発生させる領域変遷(コートグラップ)

 

 領域内は青白く光る“蒼魂フィールド”が展開されており、カゲボウズ(テルクロウ)はその中にいる限り、残存するエネルギーを使用してゴースト技を使うことができる。

 

 本来これだけのフィールドを埋めるエネルギーを賄えないテルクロウ。それを可能にしたのは、ユウキがこれまで見てきた領域変遷(コートグラップ)の原理と、過去の公式戦の録画より着想を得ていたからだった。

 

 それでも問題となったのは、動き回る相手を領域内に引き込む立ち回りと、その作戦に気付かれないようにするための工夫である。それを百戦錬磨のツツジ相手にやるのは、彼なりに不安を感じていたのだが——。

 

 その甲斐はあったと言えよう。

 

 

 

「——素晴らしかったですわ。お二人共」

 

 

 

 “蒼淵鬼火(そうえんおにび)”の渦中にいるツボツボを眺めながら、ツツジは呟いた。炎の奥にいるユウキは彼女のそんな振る舞いを見て顔色が変わる。

 

 

 

「カゲボウズの才覚を充分に活かした派生技の構築、それを実戦で試す度胸、作戦を気取られないための所作、細かい気遣いなどを言い出せばキリがない——本当に、強くなりましたわね」

 

 

 

 ツツジが言ったのはユウキに対する純粋な賞賛だった。互いに3匹目まで見せて戦ってきた彼女は、かつて見た挑戦者の伸び代が見当違いではなかったことを知って微笑む。

 

 テルクロウだけではない。アカカブもわかばも——彼らを育て上げ、その実力を充分に発揮するタクティクスを見せたユウキをそう評価することは彼女にとって当然だった。

 

 だからこそ……ユウキは嫌な予感がした。

 

 

 

「テルッ‼︎ “鬼火”展開ッ!!!」

 

 

 

 身の毛がよだつほどの嫌な予感——この状況で勝ちだとまでは思っていなかったユウキだったが、それもツツジのことを知っている彼だからこそ気付けた危機である。

 

 彼女が繰り出した2匹のポケモンには、とんでも無い奥の手が隠されていた。今見えているものが全てではなく、追い詰められた時に発動するものがあると見てよかった。

 

 そんな奥の手がツボツボにもあるとしたら——それを仕掛けられる前に仕留めるしかない。

 

 

 

「——“パワートリック”

 

 

 

 ツツジがその名の技を呟くと、ツボツボの体に何かの作用が働く。外観ではわからないが、その技の存在をユウキは知っていた。

 

 

 

(あれは確か自分の“防御”と“攻撃”のステータスを入れ替える技——‼︎)

 

 

 

 ツボツボは元々耐久力に秀でたポケモン。その代わりと言わんばかりに、その他のステータスが極端に低く、その極端すぎる性能故にこうした変わり種な技は効力を発揮する。

 

 その奥の手から予測できる結末は——ひとつしかない。

 

 

 

(先にテルクロウを仕留める気か!それでも先にこっちの“鬼火”が当たる——ッ‼︎)

 

 

 

 

 “パワートリック”を完了する頃、既にテルクロウが作った火球は十を下らない数が生成されていた。その狙いもつけられている——ツボツボの移動速度も見切ったユウキの読みは当たっていた。

 

 もちろん、ツツジもそのことはわかっている。

 

 

 

「その勇姿に敬意を——それでも……お許しを」

 

 

 

 ツツジは高らかに掲げた腕を振り下ろす。その瞬間、ツボツボはその場で“高速スピン”を始めた。

 

 

 

(まさか……この量の“鬼火”を全て弾く気⁉︎ いくらなんでも——)

 

 

 

 ユウキがそう思った矢先、ツボツボは自転する中で四肢のように使っていた触手を出す。岩の刃が付着したそれを思い切り振り回し始めたのだ。

 

 それによる“高速スピン”の攻撃力増加——これがツツジの狙いかと思ったが……。

 

 丸まったシルエットが突如として膨張した——!

 

 

 

——“パワートリック”+“高速スピン”+“ストーンエッジ”。

 

一夥蓮華壺(いっかれんげこ)”——ッ!!!

 

 

 

 膨張の正体は触手の大きな伸長——“蒼淵鬼火(そうえんおにび)”の効果範囲に匹敵する回転剣舞は、生成された“鬼火”全てを薙ぎ払った。

 

 その中にいたテルクロウも含めて——。

 

 

 

「——今度は……逃しません!」

 

 

 

 攻撃で吹き飛ばされたテルクロウに、ツボツボは回転を止めて跳躍——“ストーンエッジ”を投擲する。それが彼女の体から伸びる布状の皮膚を突き刺し、地面に磔にした。

 

 

 

「ここまでよく頑張りました……‼︎」

 

「テル………ッ!!!」

 

 

 

 テルクロウはそれによって身動きを封じられる。ユウキにできたことと言えば、そうしてギリギリ声を掛けることしかできなかった。

 

 その直後、テルクロウに岩の刃が振り下ろされる……。

 

 

 

「——カゲボウズ、戦闘不能!ツボツボの勝ちッ‼︎」

 

 

 

 その後すぐに審判の確認が取れ、ツツジサイドに軍配が上がった。それと同時に観客はその攻防の熱に当てられて沸き立つ。

 

 その中でユウキを応援する者たちの声は小さかった。

 

 

 

「そんな……テルクロウの奥の手まで通用しなかったなんて……」

 

 

 

 タイキは自分のことのように悔しそうに拳を握る。彼らのトレーニングにこれまで付き合ってきたからこそ、その悔恨も相当なものになった。

 

 そんなタイキとは対照的に、カゲツは今の戦いを冷静に分析していた。

 

 

 

「確かに悪くねぇ手だったが、領域のエネルギー供給と発生させることに集中し過ぎて、生成した“鬼火”の精度が落ちてやがった。狙いと弾速が鈍ったせいでツボツボの反撃を許しちまったのが、あいつの敗因だな」

 

「そんな!アニキたちはあの技身につけるために頑張ってたんスよ⁉︎ そんな言い方——」

 

「でも——それが現実だよ」

 

 

 

 タイキがカゲツの冷たい物言いに言い返すと、意外にもそれに応えたのはオダマキ博士だった。いつも穏やかな彼の顔が、ここへきて真剣そのものに変わっているのを見て、タイキも息を呑んだ。

 

 

 

「この戦いにかけた時間、努力、想い——どんなに言い繕っても、それは結果に結び付かなければ意味がない。僕はプロトレーナーではないけれど、何かの分野に人生を乗せる世界は知っているつもりだ。だから、厳しく聞こえるかもしれないけど……」

 

 

 

 そんなオダマキはポケモンの生態調査という分野で多くの人間に支持されてきた経歴を持つ。しかしそうなるまでに経験したことは、必ずしも華やかなものばかりではない。

 

 自分の仮説とその実証が結び付かず、膝を折ることさえあった彼は、今のユウキの立場を理解できるのだ。

 

 

 

「——過程は大事だ。それでも、今この場でだけは結果が求められる。ユウキくんもそれは覚悟していたはずだ……」

 

「でも……でも……ッ!」

 

 

 

 タイキにもその理屈はわかる。どんな綺麗事を並べたとしても、時としてそれはただの言い訳になってしまうことを。誤魔化しきれない悔しさと、手の届かない栄光に焦がれる想いを少年も知っていたから。

 

 それでも……ユウキの努力を知ってそんな理屈を飲み込めるほど、タイキは大人になれなかった。

 

 

 

「そんな顔しなくていいんじゃないかな……」

 

「ソライシ博士……?」

 

 

 

 悔しさで泣きそうなタイキに、今度はソライシが話しかけた。その顔は穏やかで、とても友達のピンチを見守っているようには見えなかった。

 

 

 

「ユウキくんもそのことは知ってるって、オダマキ博士も言ってただろ?なら、ユウキくんはまだ諦めてない……」

 

 

 

 あの少年は賢い。そしていつも現実から逃げない強さがある——ソライシはユウキを見てそう思っていた。だからこそ、まだ勝敗が決していない今、応援する側が気落ちしても仕方がないと思えたのだ。

 

 

 

「彼は強い。例え後がなくなっても、必死に活路を見出そうとする……何故だかわからないけど、そんな気がするんだ……」

 

 

 

 ソライシは無自覚にもあの流星の滝での経験から、ユウキの強さを感じていた。記憶にはないはずのユウキの戦い方から……——

 

 そんなユウキの目は……確かにまだ死んではいなかった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキたちの試合を見下ろせる観客席。そのうちのひとつに腰掛ける男性トレーナーは、ツツジの戦い方を見て目を見開いていた。

 

 

 

「やっぱり……でも……なんで……?」

 

 

 

 男がツボツボとテルクロウの攻防を見ながらそんな呟きをする。声は震え、何かに動揺していることは明らかだった。

 

 男はそれ以上話すことはない。何故ならその戦いに見入ってしまったからだった。

 

 その戦いが進むにつれ男は息を呑み、見守る。その戦いが決した時、止まっていた息を勢いよく吐き出して客席に身を預けるのだった。

 

 彼の言動が意味するところを知る者は、この場にはいなかった。

 

 少なくとも今は——。

 

 

 

「——お疲れ様。よく頑張ったな、テル」

 

 

 

 ユウキは倒れた仲間をボールに戻し、戦ってくれたことに礼を述べて懐にしまう。

 

 確かにテルクロウは健闘した。重ねた訓練から得た能力を存分に発揮できた。

 

 しかし……それでも通用しなかったのは事実だった。

 

 

 

(わかってる……“蒼淵鬼火(そうえんおにび)”はまだ未完成。元々安定して発動できるものでもなかったんだ。むしろこの土壇場で成功させたことがすごい——)

 

 

 

 ——あぁでも……勝たせてやりたかったな……。

 

 

 

 ユウキはその最後の言葉だけは、心の中ですらはっきりと唱えることはしなかった。その思いに引かれて、この後に響くことを嫌ってのことだった。

 

 それはテルクロウも望まないだろうと——ユウキは歯を食いしばった。

 

 

 

「だから行こう……これで最後だ……ッ‼︎」

 

 

 

 バトルはいよいよ大詰め。2匹のポケモンを失って先に崖っぷちに立たされたユウキは覚悟を決める。

 

 たった1匹——それでも、最も信頼する1匹がその手に握られている。

 

 ユウキにとってこのプレッシャーに打ち勝つ理由は——それだけでよかった。

 

 

 

「頼んだぞ——わかばッ!!!」

 

 

 

 追い詰められた状況の中、ユウキは確固たる意志で立ち直る。それは周囲の予想を裏切るほどの速さで——。

 

 

 

「アニキ——ッ⁉︎」

 

「そんな!ここはインターバルで少しでも心を落ち着けるべきなんじゃ——⁉︎」

 

 

 

 タイキとソライシが意外に思うのも無理はなかった。ユウキはポケモンが倒された側のトレーナーに与えられているはずの1分間(インターバル)を自ら放棄した。先ほどはそれを使って気持ちを落ち着けるために時間を費やした彼にはあり得ないミスである。

 

 それはカゲツにもわからなかった。

 

 

 

(確かにツボツボも大技使った後でそれなりに疲弊してるだろうが、今お前に流れはねぇぞ……!何考えてやがる——⁉︎)

 

 

 

 勢い任せに走るにはあまりにも劣勢だった。それは急ぐ理由についてある程度見当がついているセンリと同様にそう思っていた。

 

 

 

(わかばのスタミナの限界は近い。この後ダイノーズを倒すために余力を残さなければならないことを考えると、勝負を焦る気持ちはわかる。だか——)

 

 

 

 そんな気持ちが隙になることを、ツツジが見逃すはずはなかった。

 

 

 

「最後に想いが空回りしましたか——残念ですわッ‼︎」

 

 

 

 ツボツボは迎え撃つ体勢を整える。とても付け入る隙を見せてくれるような雰囲気ではなかった。そこへわかばは全速力で突っ込む——。

 

 

 

「——ぶった斬れッ!!!」

 

——“リーフブレード”ッ!!!

 

「捌きなさい——ッ‼︎」

 

——“ストーンエッジ【絡繰天華(からくりてんげ)】”ッ!!!

 

 

 

 ユウキとツツジの闘志が、それぞれのポケモンに乗って火花を散らす。それらが交差する時、刃がかち合う音が響く——

 

 ——はずだった。

 

 

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

 

 ツツジは絶句する。ツボツボに起きた異常事態に。

 

 

 

(なぜ……()()()()()()()()()()……ッ⁉︎)

 

 

 

 それはツボツボが構えていたはずの“ストーンエッジ”が解けていたからだった。このギリギリのタイミングで、ツボツボは技を失敗した。

 

 そして——

 

 

 

——ズッバァァァァン!!!

 

 

 

 わかばの一撃が、深々とツボツボの露出させた首筋に叩き込まれる。

 

 それはほんの刹那に起きた出来事——あまりの事態の変わりように審判すら一瞬反応が遅れるほどだった。

 

 そして……我に帰った審判によって、判定が下される。

 

 

 

「つ、ツボツボ、戦闘不能!ジュプトルの勝ちッ!!!」

 

 

 

 その声と共に、静まり返っていた会場がドッと湧き立つ。あまりの事態に見ていた強者たちすら目を丸くしていた。

 

 

 

「やったやったやったァァァ!!!アニキがいきなり返したぁぁぁ!!!」

 

「で、でもなんで……ツボツボはわかばの太刀筋を見切ってたはずじゃ——」

 

「いや……直前でツボツボの動きが明らかに鈍っていた……何かトラブルでもあったのか?」

 

 

 

 わかばが即座に戦況をひっくり返したことでユウキ陣営の湧き立ちも尋常ではなかった。起きた事態への疑問もどこか嬉しそうに口走る学者2人にタイキは「細かいことはどーでもいいんスよ‼︎」などと言って喜び勇む。

 

 そして、ようやくカゲツにもユウキが何をしたのかが理解できた。

 

 

 

(野郎いつの間に……やってくれたなぁてめぇ!)

 

 

 

 弟子の成長が自分の予測を超えていたことでやや高揚気味にユウキを見るカゲツ。

 

 そう。これは偶然起こったアクシデントなどではなかった。ユウキが引き起こした、奇襲だったのである。

 

 

 

「——そうか!“呪われボディ”‼︎」

 

 

 

 その特性の名前を口にしたのはハルカだった。

 

 “呪われボディ”——。

 

 相手が使用してきた技に封をする念をかけて“かなしばり”状態にし、技そのものを一定時間使用不能にするカゲボウズの“特性”のひとつだった。

 

 ただ問題となったのは、この場の誰もがその事を失念していたということである。

 

 

 

「なるほど……ユウキは見ている我々すらも誘導していたんだな」

 

 

 

 父であるセンリにはその理由がわかったようだった。ハルカがどういうことかと問うと、小さく笑って彼は答えた。

 

 

 

「おそらくユウキの狙いは初めからこの特性でツボツボの“ストーンエッジ”を止めることだったんだ。攻撃手段を執拗に引き出そうとしていたのは、“呪われボディ”で縛るメインウェポンの仕様を確認するため」

 

 

 

 そのためにわかばに無理を承知で先頭を続行させたユウキは、それを見るや否やテルクロウに交代。これで“ストーンエッジ”を封じる準備は整った。

 

 しかし、ここである問題が立ちはだかる。

 

 

 

「問題となったのは、ツボツボが想像を超えた防御能力を備えていたこと。あれでは例え“呪われボディ”が効果を発揮したとしても、効果時間をあの合気道で凌がれてしまう。その突破口も並行して考えなければならなかったんだ」

 

 

 

 ツボツボの恐ろしさは、やはり全ての近接攻撃を無効化する動きにあった。多少ツボツボの裏をかいて攻撃したとしてもその後が続かない。勝つためには、確実に攻撃を当てられるシチュエーションを作り出す必要があったのだ。

 

 そこでユウキは、その両方を同時に行おうとしたのである。

 

 

 

「ユウキは勝つためのシチュエーションを限定し、その光景に辿り着くために全てを賭した。“ストーンエッジ”がわかばの一撃を叩き込む寸前で効果を失い、敵が動揺している間に一太刀で切り伏せる——そんなワンシーンを目指して……カゲボウズの奥の手、“蒼淵鬼火(そうえんおにび)”すら囮に使ってな」

 

 

 

 ユウキにとって最大のハードルとなったのは、そんな狙ったシチュエーションにツツジを誘い込むという難題だった。彼女とは都合2度戦い、そのバトルIQの高さと経験値の差をまざまざと見せつけられている。そんな相手を術中にはめるのは至難の業だった。

 

 そのためには通常の思考を捨てる必要があった。今まで培ってきたものを捨てるくらいの思い切りが……ユウキには必要だったのである。

 

 それが——ここしばらく取り組んでいた新技を囮に使うというものだった。

 

 

 

「あれだけの技、おそらく相当練習したのだろう。できればそれで決めたいと思うのが人情だ。ユウキは優しい子だしな。実際技を破られるまでは本気でツボツボを倒そうとしていた」

 

 

 

 それでも、技のひとつひとつの精度が落ちるという欠陥を抱えた技で勝てるほど甘くないということを認めていたユウキはすぐに切り替えた。しかしこの意識の違いをツツジ側が看破するのは不可能に近い。

 

 

 

「本来のツツジくんなら“呪われボディ”への警戒を怠ることはなかっただろう。だが“鬼火”による能力低下という狙い、戦いの中での細やかな思考戦、満を持して発動した奥の手——ここまで隠された本命を見抜くのは難しいだろう。何よりユウキの気迫には目を見張るものがあった」

 

 

 

 ユウキの策には穴がある。彼自身が自覚しているものもそうでないものもあるが、一様にしてどれも完璧な計画ではなかった。そんなものに自分の進退を賭けて全霊で挑むというのは、やったことがない者には想像もつかないプレッシャーとなることをセンリは知っている。

 

 でもだからこそ、全てはそれに帰結するとセンリは言う。作戦を成功させた根本的な土台であり、最大の要因ともなった少年の特質——。

 

 

 

「“勇気”——本当に……その名の通りの子に育ってくれたんだな……」

 

 

 

 センリが最後に言ったそれは、今までのどの言葉よりも小さかった。それを聞いたハルカはその事に気付きつつも、敢えて触れずに話を続ける。

 

 

 

「確かに……ユウキくん。すごく強くなりました。でもそれ以上に……最初から持ってたものを無くさなかったのかも」

 

 

 

 ハルカも今のユウキを見て思うところがあった。時折見せる勇気ある一歩を踏み出す時、いつもユウキには驚かされるのだと。

 

 そしてそれを為したのが、あのわかばとだと思うと……彼女はいつの間にか笑っていた。

 

 

 

「頑張れ……ユウキくん……!」

 

 

 

 ハルカが小さくユウキを応援している時、ツツジは起きた事象の整理をつけてユウキを見ていた。

 

 

 

(脱帽……ですわね。完全に失念していた——いや、敢えてその事を思い出さないように誘導されていた。他の事に気を回す暇がないほど、わたくしはユウキさんとカゲボウズを警戒せざるを得なかった……このミスは引き出されたもの——ユウキさんがもぎ取った一勝!)

 

 

 

 彼女は敵として自身の優位性をひっくり返されたことに気を引き締めつつ、一方でユウキの理解者として心を打ち震えさせていた。

 

 トレーナーとして大成していく可能性を感じつつも、どこかでそれが花開くのはずっと先のことだと考えていた。目の前にいる少年がホウエンにその名を轟かせるのは、今日を含めたこれからの経験と努力にかかっているだろうと。

 

 しかしその目測を超えた成長速度に彼女の魂はざわつく。まだ荒削り、ポケモンたちも発展途上——しかし戦闘中の発想と判断能力は既に傑出したものを見せ始めていた。

 

 もしかすると、この戦いの中でいきなり伸びたのかも知らない——そうであるなら教師として生きるツツジにとって、これほど喜ばしいことはなかった。

 

 

 

「——やってくれましたわね……ユウキさん」

 

 

 

 であるならばどうするか……やはりツツジもジムリーダー。最後まで障壁として立ち塞がろうと意思を固くする。

 

 ユウキもその呟きに唯ならぬ気配を判じて冷や汗をかいていた。追い詰められた強者ほど、怖いものはないことを知っているから。

 

 

 

「しかしこれで……お互いエースを信頼するしかありませんわね……」

 

 

 

 ツツジに残されたのはダイノーズ。ユウキに残されたのはわかば——。

 

 この両名に、戦いの行方は託された……。

 

 

 

「泣いても笑ってもこれが最後……ユウキさん……願う事ならば——」

 

 

 

 ツツジは硬く握ったモンスターボールを投げ込む。それが空中で開放される時、彼女はこう言ったのである。

 

 

 

「——()()()()()()()()……お気張りくださいまし……‼︎」

 

 

 

 ツツジの意味深な言葉と共に、コート上部のモニターが急に告げたのである。

 

 

 

 ——制限時間、残り3分。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 以前、ツツジさんに聞いたことがある。

 

 それはジム戦のルールで、いくつかある公式戦でよく使われるルールとは違う部分についてである。

 

 

 

「ジム戦のルールでタイムオーバーした時の勝敗なんですけど……なんで同数だとジムリーダー側の勝ちになるんですか?」

 

 

 

 正直不満というほどではないけど、間違いなく自分よりも強いジムリーダーに有利な規則があることに少し納得がいかなかった。

 

 別にハンデが欲しいと言う訳じゃないけど、敢えて挑戦者側がハンデを背負う理由もない気がしたんだ。それについて、ツツジさんからは意外にもはっきりとした答えが返ってきた。

 

 

 

「それは一試合の時間を短縮するためですわ」

 

 

 

 最初その言葉の意味がわからなかったが、少し考えるとわかる単純な理屈だった。

 

 ジム戦希望者はひとつのジム辺り、1日平均でも10戦はくだらない。多忙なジムリーダーにとっては、そのひとつひとつの戦いが間延びすることは避けたい。しかし勝つためになら時間をかけてTOD*1を最初から狙う輩も出てくる。そうした事態を避ける為の措置として、時間にはジムリーダー側に有利な条件を指定していた。

 

 

 

「そんなジム側の事情に加えてもうひとつ。この仕事の存在意義をわかってもらう為ですわ」

 

 

 

 もうひとつの理由。それはジム戦に挑むトレーナーがいつか貢献するであろうホウエンへの影響力が関係していた。

 

 俺は少し生い立ちが変わってるからあまり意識したことはないけど、ポケモントレーナーは普通子供達の憧れだ。そんなトレーナーがメディアを介して子供達に夢や希望を与える。そうして鼻息荒くしてトレーナーを目指すようになる。そんなサイクルがその地方のトレーナー人口を増やし、有望な将来株を生み出していく……プロとはそんな子供達の火付け役でもあるんだ。

 

 

 

「もちろんそれが全てではありません。ほとんどは己のために戦うトレーナーばかりでしょう。しかし己に準じて魅せるものが鮮烈であればあるほど、周りを惹きつけます。その逆に己を曲げて小手先に頼るばかりの者が魅せるものの影響も無視できません」

 

 

 

 そんな連中ばかりを見てしまったら、人格形成が途中の幼少期にどんな影響を及ぼすのか……ホウエンのトレーナーたちを担うジムリーダーたちはそんな事も考えなきゃいけないと、ツツジさんは言う。

 

 

 

「トレーナーを焚き付け育てるものは、何も教鞭を取り、教え諭すだけではない…そんなこと、もっと早くに気がついてもよかったのですが……」

 

 

 

 最後に言っていたことはよくわからなかったけど、俺がわからなかっただけで、ルールにはそれが定められるだけの理由があることはわかった。

 

 そんな理屈がわかったところで、ジム戦に挑む心構えを学んだような気がする。もし今後その壁にぶち当たることがあっても、それに不満を垂れるようなことはしないと心に決めた。

 

 でもまさか……この試合でそうなるなんてな……。

 

 

 

「残り……3分……ッ!」

 

 

 

 俺の持つ全てを賭してツツジさんに挑んだこのジム戦——その結末が見えてきたところで、俺はとうとうこの壁にぶつかった。

 

 試合時間全30分——それが残すところ1割を切ったことをモニターが示した。俺はその事実に直面してそう呟いた。

 

 しかしなるほど……ツツジさんはどうやら先にその事に気付いていたらしい。だからあんなことを……。

 

 

 

「でも……『願わくば』——か」

 

 

 

 そんなツツジさんの言葉に、非情になりきれないあの人らしさが滲み出ているようだった。

 

 手を抜くことはないだろう。きっと俺に気を遣って敢えてその勝ち方を選ばない——なんてことはしないはずだ。ツツジさんの性格からして、こうなるつもりで戦ってたわけでもないだろうし……。

 

 でも……ここまで来れば話は早い。今まではどうにも相手の目的を探ったり、勝ち筋を見出すために考えたりと忙しかったけど……。

 

 

 

「タイムリミットまでに俺たちが間に合えば勝ち。間に合わなければ——」

 

「わたくし達の勝利……ユウキさん。あなたにそれができますか?」

 

 

 

 ツツジさんと俺との共通認識——それが視線となって結びつく。もうお互い、出せる手札は晒した。

 

 あとは——

 

 

 

「わかりません……わかばを信じるだけだッ‼︎」

 

「その心意気、受け取りました……!」

 

 

 

 その言葉で結んで、俺たちはツツジさんに立ち向かう。ツツジさんは全力でそれを阻みに来る。

 

 わかばとダイノーズ——最後のぶつかり合いが始まった……!

 

 

 

「わかば——‼︎」

 

——“電光石火”ッ!!!

 

“マグネットメイカー”——磁遊帯装(じゆうたいそう)!」

 

——“パワージェム”——三基一斉掃射ッ!!!

 

 

 

 “磁遊帯装(じゆうたいそう)”で3基が宙に浮き、ダイノーズを守るような布陣を敷いて“パワージェム”の雨を浴びせに来るチビノーズ。わかばはその弾幕を縫うようにして敵陣へ侵入——!

 

 疲労はボールの中で回復してる……この動きなら!

 

 

 

「——甘いですわッ‼︎」

 

——輝石操劇園(ジェムストーム)ッ!!!

 

 

 

 わかばが一度躱した“パワージェム”たちが、ダイノーズの磁力操作によって軌道を操られる。その弾丸の群れがガラガラと音を立てながら再びわかばに迫った。その上前からも攻撃が来る——!

 

 

 

——雁連花火嵐(ガンマインツイスト)ッ!!!

 

 

 

 わかばは踏み込んだ脚をさらに力強く蹴る。そうして跳躍した直後、【雁空撃(ガンマニューバ)】の機動力を最大限に活かして密度の高い弾幕を弾き返す。

 

 

 

「もうそれは効かないッ‼︎」

 

「効かなくても……無闇に近づけないでしょうッ‼︎」

 

 

 

 俺が強がれば、ツツジさんも返す。

 

 ハッタリというわけではなかったが、確かに無造作に当たるわけにはいかない。かといって生半可な迎撃は自分の首を絞めることになる。

 

 ここは我慢比べ……でも——

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)!!!

 

 

 

 しばらく使用を控えていた時論の標準器(クロックオン)を再度発動。敵の攻撃とダイノーズ、チビノーズの移動位置を特定。今までよりも多くの情報が揃った今回——その精度は今までの比じゃない!

 

 

 

「振り回す……ついてこいよわかばッ‼︎」

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 誰にものを言ってる——という念を感じる唸り声と共にわかばは飛翔する。宙と地を完全に掌握した相棒がチビノーズが放つ弾丸の雨を攻略していく。

 

 弾が操られ、軌道が変わるポイントも全てが見える——これならダイノーズまで詰め寄るのに時間はかからない。

 

 

 

「簡単には——‼︎」

 

——紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)‼︎

 

 

 

 ツツジさんはその手を振るって固有独導能力(パーソナルスキル)を発動してきた。その途端に時論の標準器(クロックオン)の照準が更新された——⁉︎

 

 

 

「地面が——()()()()()()⁉︎」

 

 

 

 俺が見たのはコート全域で起こった地形の変動。全ての地面が流動化し、まるで海流のように地面が入れ替わっていく。その上にいたダイノーズも移動するが——何故時論の標準器(クロックオン)の照準がズレたのかまではわからない——いや、まさか!

 

 

 

「あなたの能力は情報を視覚化する——そうした手合いは、ほんの少し状況が変わるだけで狙いが狂う!」

 

「くっ……!情報を混ぜられたのかッ‼︎」

 

 

 

 俺の時論の標準器(クロックオン)は得た情報から次の未来を予測する。俺自身が自覚していない些細なこともその要因に絡んでおり、脳の高速処理のおかげで膨大な量の情報を瞬時に処理し、照準へと昇華する。

 

 だがその敏感過ぎる情報処理が仇となった。一見関係のない地形変更でも、俺の脳は必要な情報か否かの判断ができずにバグを起こす。こうしたプログラムが一度ごちゃると、必然的にリセットすることで情報を更新してしまうのだ。

 

 

 

「地形変更も考慮に入れた予測もできるのでしょうが……間に合いますの!」

 

 

 

 やはりツツジさんもそれが狙い。通常そんなことをしても単なる時間稼ぎにしかならない。

 

 しかし今はその時間が勝敗に直結している。

 

 

 

「でもわざわざそんなことするってことは——」

 

 

 

 それで俺も確信する。今のダイノーズとわかばの力関係を——!

 

 

 

「予測が届けばわかばが勝つ——ッ!!!」

 

——ロァッ!!!

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 ツツジさんの顔からもう余裕は感じない。正真正銘、全てを出して立ちはだかっているのはもう痛いほどわかる。

 

 巧みな操作性でチビノーズを操りつつ、俺の予測を混乱させるために絶えず地形を変更させながら間合いを保とうとするツツジさんは誰がどう見ても必死だった。

 

 時間という制限で俺も追い詰められたけど、あの様子から見るに本当に追い詰められているのはツツジさんなんだ。

 

 なのに……!

 

 

 

「……………ッ!!!」

 

 

 

 なんて気迫だ……!一瞬でも気を抜けば、倒し返されるかもしれないとさえ思える目付きをしていた。

 

 ひとつひとつの所作に優雅ささえあった動きが、今は荒々しく俺に勝とうと奮わせている。全身から発散させている波導がはっきりと見えるようだった。

 

 これが……これがツツジさんの——!

 

 

 

「……勝つぞ……わかば………ッ!」

 

 

 

 俺はそれを見て、敢えてそう口にする。

 

 そんな相手だからこそ、気持ちで負けないために……何より——

 

 本気になってくれたこの人に応えるために!

 

 

 

「勝つぞわかばぁぁぁ!!!」

 

——ルァァァァァァ!!!

 

 

 

 わかばが出せる限界——そのギリギリを超えた出力が両の手から解放される。

 

 

 

——雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”!!!

 

 

 

 かんしゃく玉のような音を響かせながら、先ほどよりも少し速くその身を飛ばすわかば。しかしその誤差が、磁遊帯装(じゆうたいそう)が築いた包囲網からわかばを抜けさせる。

 

 そして、チビノーズの1基を掌底で弾き飛ばした。

 

 

 

「包囲が崩れた——‼︎」

 

「ダイノーズ——‼︎」

 

 

 

 状況の変化に機敏に反応したのは俺だけじゃない。ツツジさんもわかばの底力を見て怯むことなく次の手に出ていた。

 

 でもここまできて相手の出方を読む時間はない。それにもう()()()()——!

 

 

 

磁遊帯装(じゆうたいそう)のエネルギー切れ……!その間に仕留めるッ!!!」

 

「くっ………ッ‼︎」

 

 

 

 チビノーズたちはこの瞬間、素早くダイノーズへと戻る。技3発分の使用を終えたユニットたちはエネルギー補給の為に母艦へと戻る。

 

 この間約30秒のクールタイム——ここで仕留める‼︎

 

 

 

——“リーフブレード”!!!

 

 

 

 わかばはその速さのまま緑刀を振るう。充分体重の乗ったそれは、ダイノーズの硬い皮膚を削った。

 

 

 

「硬いなちくしょうッ‼︎ でも——!」

 

——ロァッ!!!

 

 

 

 ダメージはある——!

 

 “開闢一閃(かいびゃくいっせん)”だと躱される可能性があるが、この削りを続ければ確実に勝ちが届く。あと数十秒の猶予の間に——

 

 そう思った時、ツツジさんの目が光ったように感じた——。

 

 

 

「——“ストーンエッジ”ッ!!!」

 

 

 

 追撃を加えようとした瞬間、その声と共にダイノーズの周囲が鋭い刃となって隆起。危うく反撃で致命傷を受けるところだったわかばは、その頬を切っただけでなんとか飛び退くことには成功する。

 

 そして、ツツジさんは毅然として俺に叫ぶ。

 

 

 

「そのような緩い攻めでは、わたくしのダイノーズを仕留めることなどできませんわよ!!!」

 

 

 

 ツツジさんは怒りを孕んだ声で俺を叱りつける。わかばの“リーフブレード”が緩い——か。

 

 そう言われて、俺は自分がまだ消極的な気持ちになっていることに気付く。さっきの攻撃、ダメージよりも確実性をとって通常の“リーフブレード”を指示してしまったということに。

 

 あそこは躱されるリスクがあっても“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”で行くべきだったんだ。それをわかってツツジさんはそう言ってる……くそ!また俺はあの人に教わるのか——⁉︎

 

 

 

「——もう不甲斐ないとこ見せられないってのにッ‼︎」

 

 

 

 この会場のどこかで見てるあいつに。応援してくれるあいつにも。ここまで指導してくれたあの人や駆けつけてくれたあの人たちに——俺は今日こそ結果を見せるんだ。

 

 

 

「わかば——もう一度だッ!!!」

 

——ラァッ!!!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキとツツジ——その濃密な試合の結末は、制限時間に託されることになった。

 

 ユウキはそれが来るまでに最後のポケモンを討伐できるか。ツツジはその1匹を守り切れるかに勝敗がかかっている。

 

 互いに譲らない一進一退の攻防——それを見ていたタイキたちは声を張って応援するだけだった。

 

 

 

「アニキィィィ‼︎ 頑張れアニキィィィ‼︎」

 

「わかばくん‼︎ 頑張れッ‼︎ 諦めるなッ‼︎」

 

「そこです!そこそこッ‼︎ 」

 

 

 

 タイキ、ソライシ、ツキノによる声援が、周りの歓声に混じる。この終盤、彼らに最早勝ち以外に望むものはなかった。

 

 故に叫ぶ。ユウキたちの勝利を願う気持ちを——!

 

 

 

——ガィィイイインッ!!!

 

 

 

 都合2度目の“リーフブレード”がダイノーズを襲う。居合の構えで抜き放ったそれは頑強な要塞にもダメージを与える。しかし、“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”でも体勢を崩し切ることはできなかった。

 

 

 

(クソッ‼︎ インパクトの瞬間に“ストーンエッジ”とバック移動で()()()()()‼︎ やっぱこの状況で完璧に“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”を決めるのはキツい……ッ‼︎)

 

 

 

 ユウキは思ったような手応えを得られずに歯噛みする。わかばも懸命に技を振ってはいるが、想像以上にダイノーズの粘りが凄い。

 

 チビノーズ無しでも、ツツジの“紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)”の地形変更による機動力補正と“ストーンエッジ”による迎撃が、わかばの必殺の一撃を狂わせる。

 

 そうする間にも時間は迫る。そして——。

 

 

 

——磁遊帯装(じゆうたいそう)、再展開ッ‼︎

 

 

 

 再びチビノーズたちがそのエネルギーを充填して飛来する。ダイノーズを削ることには成功するも、仕留め切るには至らなかった。

 

 

 

「ここからは……岩の刃もお届けしましょう‼︎」

 

「来るぞわかば——ッ‼︎」

 

 

 

 仕切り直し——チビノーズたちの迎撃も加わった要塞落としにかかる。

 

 

 

(だがこの状況——“不落嬢(ファランクス)”の得意とする防衛戦だ……!このままでは時間などすぐに来てしまうぞ!)

 

 

 

 センリはそれを見て手に汗握る。ツツジの必勝パターンである『受けて弾き返す』が成立しているこの状況で、わかばが溜めの必要な抜刀を当てるのは途轍もなく困難だった。

 

 何か手を打たないと——そう思った矢先、ユウキは動く。

 

 

 

「——“タネマシンガン”

 

 

 

——雁榴炸薬(ガングレネード)!!!

 

 

 

 わかばは拳大の種を空中に放ってそれを炸裂させる。中に詰まった粒がその勢いで四方に散りばめられる。

 

 

 

(これは……炸薬式の榴弾ッ⁉︎)

 

 

 

 ツツジは技の正体をすぐに判別。弾丸を浴びたチビノーズたちは僅かに怯んでその動きを止めた。

 

 ここへ来ての隠し球が、ツツジの目測を僅かに狂わせる。でも今はその僅かな隙が欲しかった。

 

 

 

「行け——ッ‼︎」

 

——ロゥアッ!!!

 

 

 

 わかばは再びダイノーズを間合いに捉える。今度こそ“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”を当てる為に——。

 

 

 

「——“ストーンエッジ”ッ!!!」

 

 

 

 しかし接近してきたわかばを待ち受けていたのは地中からの斬撃。これでは充分な溜めを作ることはできない。そう思ったが——

 

 わかばはその抜刀体勢を()()()()()跳躍——“ストーンエッジ”を回避する。

 

 

 

(まさか構えたまま——ですが‼︎)

 

 

 

 ツツジはその体勢のまま近づくわかばからダイノーズを逃がす為に地形を大きく動かして間合いを開ける。しかしわかばはその体制をキープしたまま着地——即座にダイノーズを追いかける。

 

 

 

「ですがその体勢ではあの立体機動はできないでしょう——‼︎」

 

 

 

 その2匹の直線上に、先ほど怯んでいたチビノーズが割って入り“パワージェム”で迎え撃つ。それによってルートを塞がれたわかばは横跳びで躱す。構えはまだ解かない——。

 

 

 

「包囲——一点集中——ッ‼︎」

 

——“パワージェム”!!!

 

 

 

 推進力が僅かに減衰したわかばを逃さず包囲。即座に弾丸を浴びせるチビノーズたち。これを躱すためには“雁連花火嵐(ガンマインツイスト)”は必須——しかし、構えを解けばまた力の溜め直しとなる。

 

 そんな二者択一の中——ユウキの瞳が閃く。

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)‼︎

 

 

 

 その瞳が示す先にわかば跳んだ。弾丸が薄皮一枚擦るほど狭い空間を抜けて——相棒はその攻撃を無視してダイノーズの場所まで駆け出したのである。

 

 

 

(この情報の変化にもう目が慣れたのですか⁉︎ どこまであなたは——‼︎)

 

「いっけぇぇぇえええ!!!」

 

 

 

 驚異的スピードで事態に対応し始めるユウキにツツジは戦慄する。しかしそれでも対応を誤ることはしない。

 

 

 

——紅蓮の彫刻家(ガーネットマスター)‼︎

 

 

 

 今度はわかばの踏みしめる大地を変形させて技を殺しにかかる。目まぐるしく変わる足場を見たユウキ——それでもその目はわかばに教える。

 

 

 

——ダダダッ!!!

 

 

 

 照準はわかばが踏ん張ることのできる場所を教える。それに従ってわかばは前に進んだ。

 

 前に、前に……気付けばダイノーズの懐まで、その身を運んでいた。

 

 

 

——“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”!!!

 

 

 

 その瞬間、とんでもない音がコートに響く。そしてあの巨体を誇るダイノーズが後方へと思い切り吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

「ダイノーズ——ッ‼︎」

 

 

 

 ダイノーズはツツジの言葉で気を保ちその身を地面に擦り付けて踏ん張る。大きく後退した要塞を見て、ユウキはまだ余力があることを悟り、再びわかばを疾走させる。

 

 

 

「勝てる——ッ!!!」

 

「……………ッ!!!」

 

 

 

 ダイノーズの体勢はまだ整っていない。それが間に合う前に、わかばの攻撃の方が先に入ることを予感したユウキは目の前に見えた勝利に向かって突き進んだ。

 

 しかしその背後からはチビノーズたちが“パワージェム”を携えて現れる。

 

 

 

——“パワージェム”。

 

全弾射出(フルバースト)”!!!

 

 

 

 それは残ったエネルギーを全て乗せることで放つチビノーズたちの火事場の馬鹿力。通常よりも多い弾幕は、ユウキの予測能力を上回るほどの密度だった。

 

 これを食らえば、わかばの足が止まる——。

 

 

 

「馬鹿野郎ユウキ‼︎ 時間がねぇんだ‼︎ さっさと決めろボケナスッ!!!」

 

 

 

 残り時間が1分を切り、モニターには秒読みを始める時計が出現する。ここでしばらく黙していたカゲツが弟子に喝を入れた。それが耳に届いたかどうかはわからないが、ユウキはその瞬間に目を見開いた。

 

 

 

「ぶち抜けわかば——」

 

 

 

——ルァッ!!!

 

 

 

 その言葉でわかばは渾身の一歩を踏み込む。地面が爆散するほどの瞬発力は、限界をさらに超えた速力を生み出す。

 

 それは“パワージェム”の弾速を()()()()()()()——!

 

 

 

「…………!!!」

 

「これで——」

 

 

 

 わかばは完全に間合いに入った。ダイノーズは——。

 

 

 

「終われェェェエエエ!!!」

 

——ラァアァァアァァアッ!!!

 

 

 

 魂から搾り出す声が会場に響く。

 

 そして、彼らの生んだ一撃が閃く時——

 

 

 

 この熱戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

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*1
“タイム・オーバー・デス”の略称。指定のポケモンを倒し切らずに制限時間超過による判定勝ちを狙う作戦のこと





刃か、時間か——!

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第173話 悔いる過去、向かう未来


久々にORASやったら、結構カロス地方と関わりある設定多いですね。里帰りというより取材旅行してきた感がある……。




 

 

 

 その日、一人の少年が自分を訪ねてきた。

 

 ジムリーダーを父に持ち、その父の推薦で自分に挑んできたその少年はトレーナーに成り立てで、ひよっこもいいところだった。

 

 実際に戦ってみると、あまりにもお粗末な指示ばかり。これではとてもジム挑戦など勧められない——そう思っていたが、彼らはそんな状態で戦いの中でその真価を見せ始めた。

 

 その時予感していた。この少年は強くなる……ジムリーダーの息子だからじゃない。もっと大事な、彼だけの素晴らしい宝物を持っていることを見たからそう言えた。

 

 それでもあの日、彼女は少年を下す。今でも覚えているのは、少年の悔しそうな顔と……その相棒の悲痛な表情。

 

 どれだけ腕を伸ばしても、地を蹴っても、並々ならぬ想いがあったとしても——決して届かぬものがあることを知ったような……そんな顔をしていたことを。

 

 

 

 だから……今日戦えたことをツツジは心の底から嬉しく思う。

 

 小さかった力と小さかった身体が成長し、今自分の目の前で開花した。中々芽を出さない種に水と肥料を与え続けた彼らが、やっと咲かせた花の姿は……。

 

 

 

 ——とても美しく、力強いものだった。

 

 

 

——ビィィィィーーー!!!

 

——ズバァァァァァン!!!

 

 

 

 コートに響く2種類の音が試合終了を告げる。ジュプトル(わかば)の“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”がダイノーズを斬りふせるのと全く同時にタイムリミットを示すブザーが鳴り響く。

 

 それを見ていた者は誰も声を上げなかった。その結果がまだわからなかったからだ。

 

 制限時間を超過した場合、それ以上のポケモンの行動は一切許されない。そしてその時点で決着がついていない場合、その残数で勝敗が決する。

 

 同数の場合はジムリーダー側——つまりツツジの勝利。ユウキが勝つとすれば、今の一撃でダイノーズが倒れたと審判が判断するかどうか。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ダイノーズは沈黙している。

 

 コートの上で鎮座する姿は、気を失っているのかただ黙しているだけなのかの判別がつかない。

 

 その静けさが逆に不気味で……ユウキに嫌なプレッシャーを与える。

 

 

 

(立ってるのか寝てるのか……どっちだ……⁉︎)

 

 

 

 それを見守っているタイキたちは祈るような気持ちでその結末を見守る——。

 

 

 

(倒れててくれッス——‼︎)

 

(どうかユウキくんの勝ちで——‼︎)

 

(お願い……お願い……‼︎)

 

(わかばの一撃に文句はなかった……)

 

(あとは嬢ちゃん側が耐えれたのかどうか……!)

 

(…………ッ!)

 

 

 

 別サイドでも固唾を飲んで見守るハルカとセンリ。

 

 

 

(ダイノーズの頑丈さは折り紙付き……耐えたとしても不思議ではない——)

 

(でも……わかばとユウキくんの想いが乗った一撃なら……!)

 

 

 

 ツツジの勝ちかユウキの勝ちか——観戦していた人間がそれぞれ思い思いにその行末を予想して見守っている。

 

 その時間は……本当は短かったのだろう。しかし体感では果てしなく長く感じる沈黙だった。

 

 そして——その沈黙を打ち破ったのは、ダイノーズだった。

 

 

 

——ンゴゴ……。

 

 

 

 ダイノーズは目を覚ました。その巨体を少し震わせて、意識があることを示す。

 

 それが意味するところを知って、見ていた者たちの顔色を変えていく。審判も判断がついたことを示すために、持っている旗をゆっくりと掲げた——

 

 

 

 それと同時に——ダイノーズは後ろ向きに倒れる。

 

 

 

「ダイノーズ!戦闘不能ッ‼︎ ジュプトルの勝ち‼︎ よって勝者は——」

 

 

 

——ミシロタウンのユウキ!!!

 

 

 

 その判定が下された瞬間は、まだ誰もその事実を受け止められなかった。

 

 目覚めたダイノーズが示したのはツツジの勝利——誰もがそう思った矢先、突然その栄光がユウキに差し出される。それは戦っていた本人ですらわからなかった。

 

 しかしそれも束の間——わかばとユウキはそれが現実だと唐突に理解する。

 

 その感動は——天を突くような咆哮となって会場の唸りと共に響き渡った。

 

 

 

「ウァァァアアアアア!!!」

 

——ロァァァアアアア!!!

 

 

 

 一瞬息を吹き返したかに思えたダイノーズだったが、わかばの剣はその意識を刈り取っていた。

 

 最後に身じろぎしたのはダイノーズが残した執念の表れだったのかもしれない……それほどの気力を持つポケモンに勝ったことの達成感は、ユウキたちに未体験の興奮を与える。

 

 

 

「やったやったやったぁぁぁ!!!アニキの勝ちだぁぁぁ!!!」

 

「最後までヒヤヒヤさせやがって……」

 

「凄い……本当に凄かったよ……!」

 

「とても熱かったですね……博士!」

 

 

 

 この勝利を心から喜ぶタイキ、結局勝負は時の運だったなと呆れるカゲツ、ただ素晴らしいものを見て感動したことを告げるソライシとツキノ——それぞれがユウキとツツジの繰り広げた戦いを見終えた気持ちを吐露する。

 

 それだけ……それだけの熱戦だったことは、この場にいた誰もが認めるところだった。

 

 

 

「ツツジ先生に勝つなんて大したもんだよ‼︎」「先生も!凄かったです‼︎ たくさん勉強になりましたぁ‼︎」「ユウキだな!名前覚えたぞぉー‼︎ 絶対ランカーになれよ‼︎」

 

 

 

 そんな歓声が上がるほど、見るもの全てを魅了する試合だった。誰にも予測できなかったこの結末に、誰もが納得していた。

 

 この勝利は決してまぐれではない——強敵であったツツジを、ユウキの全力が倒したのだと。

 

 

 

「——完敗ですわ」

 

 

 

 ダイノーズを手元に戻し、ユウキに近付いたツツジが最初に言ったのは、そんな短い一言だった。わかばと抱き合いながら喜んでいたユウキに届けられたそれで、ようやく少年も我に帰る。

 

 

 

「あ——す、すみませんッ!なんか……興奮しちゃって……」

 

「フフフ。それが勝者の特権です。気兼ねせず大いに喜んでくださいまし」

 

「ハハ……でもそっか……俺たち、ツツジさんに勝てたんだな……」

 

 

 

 しみじみとその事を噛み締めるユウキは、込み上げて来るものを抑えるので必死だった。

 

 ここで敗北した時のことが急にフラッシュバックして、それ以来積み重ねてきた時間を思うとそれも仕方のないことだった。しかし彼なりのプライドがそれを素直に溢れさせることを許さない。とはいえツツジにはバレバレではあったが。

 

 

 

「……最後の一撃。あれに至る蹴足——それを可能にする体幹。あなた方が努力してきた道のりを雄弁に語る一太刀でした。この上なく、素晴らしい剣技をありがとう」

 

 

 

 そう言ってユウキに差し出されたのはバトル後に交わされるトレーナー同士の和解として差し出された手だった。

 

 それまで何度も互いを打倒するつもりで睨み合ってきた2人が、また以前の友人に戻るための魔法の握手——同じ景色を見る者とだけに許された親愛の印である。

 

 

 

「………ありがとう。ツツジさん」

 

「どういたしまして。そして、おめでとうございます。ユウキさん」

 

 

 

 その親友の手の中に感じた固い感触に一瞬違和感を覚えたユウキは、手渡されたそれを見て目を輝かせる。

 

 磨き上げられた小さな装飾品。しかしユウキにとっては何よりも大きな宝物だった。

 

 それは生半可な力では手にできない——自分が強くなれたことを明確に示すトレーナーの栄光そのものだった。

 

 ツツジから手渡された、カナズミジム攻略の証——

 

 

 

 “ストーンバッジ”が、ユウキの手の中にあった——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ジム戦後、ツツジはコートから控え室に伸びる通路を歩いていた。

 

 まだ残るバトルの高揚感、ジム戦と言えど敗北したということへの悔恨、頭脳と固有独導能力(パーソナルスキル)の使用からくる程よい倦怠感——そして、ユウキの成長を喜ぶ気持ちに身を浸して、彼女は微笑んでいた。

 

 そこに意外な客人が来るまでは——。

 

 

 

「お疲れ様です。ツツジさん」

 

「……ハルカさん」

 

 

 

 通路の壁に背中を預けているハルカを見て、ツツジは目を見開く。彼女の方からアプローチをかけてきたことは、ツツジにとってそれほど意外だった。

 

 

 

「試合……残念でしたね」

 

「それを言うならユウキさんの勝利を讃えてあげるべきでしょう。わたくしへの労いは不要ですわ」

 

 

 

 こんなところで油を売ってないでユウキのところへ行ってやれ——そんなニュアンスを含ませた言葉で、ツツジはハルカの目の前を通り過ぎようとした。

 

 そんなツツジに、ハルカは一言漏らす。

 

 

 

「変わりましたね……ほんとに」

 

 

 

 その言葉はツツジの足を再び止める。そこに含まれた感情がどんなものか……ツツジにも計り知ることはできない。

 

 だからツツジは自分の気持ちを吐露する。

 

 

 

「……愚かな教師も、自分を見直すには充分な時間をいただけました。おかげで今も教鞭を取らせていただいてます」

 

「そっか……うん。ツツジさんはやっぱりそっちの方がいいです」

 

 

 

 自嘲気味にツツジがそう言うと、ハルカはその在り方を肯定する。そんな少女に対して、ツツジは少し躊躇った後に……こう続けた。

 

 

 

「恨んでいますか……マサトさんを止められなかったわたくしを……」

 

 

 

 ハルカはすぐには答えない。その顔を見ることも憚られたツツジには、今どんな顔をしているのかもわからない。

 

 そんな沈黙の後、ハルカは答えた。

 

 

 

「恨んでなんかないです。学校(スクール)でもジム戦でも……マサトがお世話になりました。それだけです」

 

「しかし……わたくしは教え手の本分を全うできなかった。何か心を病んでいることを悟っておきながら、それ以上踏み込む事をしなかったのがわたくしです。あなたには……あなた方ご家族には、わたくしを恨む理由も資格もあるはずです」

 

 

 

 ツツジは過去に犯した過ちを知るハルカにこそ、自分を断罪するに相応しいと感じていた。例え今は教育者として成長できたからといって、愚かな指導の被害に遭った人間には関係のないこと。マサトもその一人だったことを、ツツジは忘れていなかった。

 

 

 

「5年前——彼が学校(スクール)に入学し、3年必要とされるカリキュラムを僅か2年で修了。その2年でわたくしも教えを説いた1人……そして、彼がプロになることを決定づける試合をしたのも……他ならぬわたくしです」

 

 

 

 その試合で、彼が大事に育てていたはずのキモリを出してこなかったことに気付いていた。気付いていて、自分はそれを見なかったことにしたと——ツツジは自分を責めていた。

 

 

 

「わかばさんとマサトさんの間に何があったのかはわからない……でもその絆が破壊される前にかけられた言葉もあったはず。彼は人の目によく止まる子でした。なのに……わたくし含め、誰も彼の闇を見ようとしなかった」

 

 

 

 ただ優秀で、人当たりが良くて、キモリが大好きな男の子——そんな印象しか彼には抱いていなかった者がほとんどだった。時折陰る彼の顔を見ても、気のせいの一言で済ませてきたこと、ツツジは悔いる。

 

 

 

「謝る資格はないのかもしれません。それでも……ごめんなさい……あなたの家族に、人を頼る大切さを教えてあげられませんでした」

 

 

 

 力不足の自分と向き合うことで手一杯だったツツジは、拳を固く握ってハルカに謝罪する。それに対してハルカは——

 

 

 

「……わかばは……確かに辛かったかもしれないです」

 

 

 

 少し、自分とは違う存在を引き合いに出して話した。

 

 

 

「わかばは進化できなくて……それでもうこれ以上強くなれないからいらないって……マサトがそう言った時は、私も耳を疑いました。あんなに仲良かったのに……あの子がそんな事言うなんて……信じられなかった」

 

 

 

 自分の弟が言い放った冷酷な宣告。それがどれだけわかばを傷つけたか、ハルカはよく知っている。

 

 

 

「それと同時に怒りが湧いてきた。そんな事を言うマサトに。そんな風に育てた周りに……それであの日——ツツジさんに辛く当たってしまった」

 

 

 

 ハルカは自分がジム戦へ挑む時のことを思い出した。ツツジに挑み、その試合で自分の気持ちを一度だけ曝け出したことがある。

 

 

 

——なんで……なんでちゃんと見てくれなかったんですか!!!

 

 

 

「よく考えたらおかしな話ですよね……真っ先に頼られてもいい家族がこんな有り様で、人を責めるなんて片腹痛いというか……」

 

「そんなこと——」 

 

 

 ハルカがそう自虐するので、ツツジはそんなことないと否定しようと振り返った。

 

 でもそこには——満面の笑みを浮かべる彼女がいた。

 

 

 

「でももういいんです。マサトのこともわかばのことも、今日までずっと考えてくれてたんでしょ?さっきのバトルで、なんかそれがわかっちゃった……」

 

 

 

 どんな風にそうしていたのかまではハルカにもわからない。それでも、自分の弟のことを考えてくれる他人にハルカは感謝を告げた。

 

 それで充分だと……そう言って。

 

 

 

「それに……もうわかばはひとりじゃない。マサトの帰りを待ってたキモリはもういないんです。今はもう……ユウキくんの相棒だから」

 

 

 

 それを認めるのに、少し時間がかかったけど——そう付け加えてハルカは笑った。そこにどれほどの想いが込められていたのかはツツジにもわからない。

 

 

 

「さ。私も頑張らなきゃ……ユウキくんに『ライバルになって』——なんて言っちゃったので。うかうかしてたら追い抜かれちゃいますもんね!」

 

 

 

 そう言ってハルカは立ち去る。ツツジに質問させる間も与えずに……。

 

 置いてけぼりにされたツツジは呟く。

 

 

 

「ハルカさん……あなたは……」

 

 

 

 その先を言うことはなかった。それ以上はただの邪推になると弁えていたからである。ただ残る申し訳ない気持ちを抱えたまま、ツツジもその場を去ろうとした。

 

 しかし今日は……随分来客が多い日らしい。

 

 

 

「………先生!」

 

 

 

 通路の奥から走ってきたのはひとりの男。平凡な見た目ではあるが、腰のボールホルダーからポケモントレーナーであることはわかる。

 

 そもそもツツジは、この男のことをよく知っていた。

 

 

 

「マカベくん……」

 

 

 

 それはかつて大学(カレッジ)で教えていた生徒のひとりだった。正確にはその後、押し付けた教育に嫌気がさしてクラスを出ていき、去年の中程で道を踏み外したところを取り押さえた相手——である。

 

 彼は現在、ツツジが監視役をしながら、大学(カレッジ)の特別講習で再教育中である。

 

 そんな彼が今更、何を血相変えてくることがあるのだろうと、ツツジは不思議がっていた。

 

 

 

「先生……あの……あんた!さっき試合なんだけど……!」

 

「ああ……見てくれていたのですね。申し訳ありません。負けてしまいましたわ」

 

「いやホントあのガキ強かったというか——じゃなくて!」

 

 

 

 マカベはツツジの試合の結果のことで現れたのではないと——まとまっていない考えのまま、自分の言葉を述べ始める。

 

 

 

「ツボツボだよ!あの小刀での近接戦……あれ、俺が前あんたにダメ出しくらった戦法だろ⁉︎」

 

 

 

 ツボツボの“ストーンエッジ”を使った近接闘法——あれを指して男は鼻息を荒くしていた。

 

 

 

「細かいとこ言うと結構違うけど、あれ、俺がコノハナの“はっぱカッター”で二刀流やろうとしたのと同じ原理だろ⁉︎」

 

「あ………」

 

 

 

 それでツツジは思い出す。確かにこのツボツボを育成する時、そのことを考慮しながら育てていたことに。

 

 そして同時に自分の吐いたセリフも思い出して、情けなくなる。

 

 

 

——耐久力も高くないコノハナに接近戦?そんな戦法が通用しますか。それに遠距離から攻撃できるものをわざわざ近接型に改良だなんて……大方、命中精度が向上しないからその言い訳にそんな小手先をおぼえたのでしょう。そんなことをしている暇があったら、わたくしの教えた基本を徹底的にやりこんでくださいまし。

 

 

 

 そんなキツすぎる言葉を思い出したツツジは、頭を抱えながらマカベに謝る。

 

 

 

「あの時はごめんなさい……それに技を盗む気もなかったんですの。ただあの時は、あなたの教えてくれた戦法を試してみようと思っただけで……いえ、これでは盗人の常套句になってしまいますわね?」

 

「そんなことわかってるっての‼︎」

 

 

 

 一際大きな声で抗議するマカベにツツジはやや気圧される。では一体何事ですか——とツツジが問う前に答えは出た。

 

 

 

「あんたが俺たちのこと……本気で強くしたかったんだって……今ならわかるよ。だから、要らない知識とかにかまけるなっていう理屈もわかる。でもよ……なのにあんた、そんな俺の思いつきをよぉ……!」

 

 

 

 マカベにとって、あれはツツジを驚かせるために思いついたただの小手先——方便だった。それを否定されて激昂したのも、痛いところを勢いよく突かれてたからにすぎない。だからああ言われてもしかないと納得していた。

 

 しかし……そんな思いつきさえ、ツツジはちゃんと覚えていた。

 

 

 

「あんたは勝つために手堅くやれって言ってたのに……あんなかっけぇことできるんだな……俺の思いつきだって、あんたがやればあんな風にできるんだって……いや、悔しいぜ!俺らができねぇことを簡単にやられたらよ……でも……なんかさ…………嬉しかったんだ」

 

 

 

 マカベの少し複雑な喜びを聞いて、ツツジは瞳を揺らす。そんな風に思っていたなどと、露ほども思っていなかったのだから。

 

 

 

「やっぱすげぇ先生だって……そんなすげぇ人が、俺らのことちゃんと覚えてたんだって……才能とか要領とかのせいにしてたけど、本当はそんなのよりずっとすげぇ……優しい先生だったんだって……!」

 

 

 

 その想いが伝わってきた——それほど鍛えたツボツボの戦いは、男の心を奮わせていた。

 

 自分が想像したかっこいい姿を超える形で、自分の戦い方を再現してくれたことに……いつの間にか涙を流してツツジと手を取っていた。

 

 

 

「ありがとなぁ……先生……あん時……ひどいこと言って……ごめんな……‼︎」

 

 

 

 それを聞いたツツジは心の中で「そんな事を言ってもらえる資格はない」——と突っぱねる。

 

 しかし……目の前の教え子を見ると、そうも言えなくなってしまった。

 

 優しさを忘れていたからこそ、優しくなろうと努力した。失敗したからこそ次は——そんな自分を育てたのは、彼のあの罵倒がきっかけだった。

 

 だから……本当に礼を言うべきは——。

 

 

 

「マカベくん……礼を言わなければいけないのはわたくしの方ですわ」

 

 

 

 ツツジは言う。

 

 不落嬢(ファランクス)とまで称され、不動の心を持つ彼女が揺らした、そんな感傷を。

 

 

 

「あなたが立ち上がったから、わたくしは変わる事ができた。少し遅すぎたのは否めませんが……それでも、今わたくしは幸せです」

 

 

 

 ツツジは目に涙を浮かべてマカベの肩に手を置く。そんな恩師からの言葉に、マカベは堰を切ったように泣き始めた。それを受け止めるように、慈愛に満ちた眼差しで教え子の背中をさするツツジ。

 

 

 

 思えば随分と遠回りをしたと、ツツジは語る。そしてそんな遠回りはまだ途中なのだとも——。

 

 

 

(わたくしもまだまだですわね……次は泣かないようにしないと……)

 

 

 

 生徒の気持ちを受け止めきれるだけの度量を備えるために、感情的になりやすい自分を律することを心に決め、彼女はまだ自分の成長に期待できる事を知る。

 

 そして、こんな機会を与えてくれたマカベと……ユウキたちに感謝するのだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ユーーーウーーーキーーーくーーーん!!!」

 

 

 

 ぐへぇあ——ハルカに鳩尾あたりを頭突きされて、そんな悲鳴を上げる俺。なんか久しぶりだなちくしょう。

 

 そんな俺は今、カナズミ総合病院でわかばたちの治療を頼んでいる。ポケモンセンターも兼ねているここは、ツツジさんの働きかけでそこそこ広い個室だった。

 

 そんな場所に、観戦していた俺の知り合いが詰めかけている。

 

 タイキ、ソライシ博士、ツキノさん、カゲツさん、オダマキ博士、母さん……あとは今突っ込んできたハルカと——

 

 

 

「ていうか、なんで親父いんの?」

 

 

 

 その一言で親父——トウカジムリーダーのセンリは取り乱す。なんだその面白い挙動は。

 

 

 

「い、いやぁ……母さんに誘われてはいたんだが……仕事で行けそうもないと言って断っててな……」

 

「いやだから。それがなんでここにいるのかって聞いてんだよ」

 

「……ちょっと気になったというか」

 

「それで仕事抜けてきた……と?」

 

 

 

 俺はそれを聞いて俺のボルテージが上昇するのを感じる。この男……何考えてんだ?

 

 

 

「あんたジムリーダーだろ⁉︎ くっっっそ忙しいんだろ⁉︎ 何息子のジム戦なんか見にきてんだよ!仕事しろ仕事‼︎ あんたがやらなかった分誰がやってると思ってんだ⁉︎ サオリさんも可哀想だなオイ‼︎」

 

「返す言葉もない……」

 

 

 

 そんな弱々しい声で申し訳ないと呟く親父どのは、なんとも情けない姿を晒していた。

 

 ホウエンリーグでは“拳王(けんおう)”とまで呼ばれ、ジムリーダー就任後もその卓越した指導力と高い実力を持つ男してその名が知られている男とはとても同じ人間とは思えない醜態だった。息子にここまで言われて他に言う事ないんかい。

 

 しかしそれに割って入ってきたオダマキ博士によって、俺はなだめられる。

 

 

 

「まあまあ。ユウキくんの活躍がどうしても見たかったんだよ。応援に来てくれたんだから許してあげよう?」

 

「うっ……」

 

 

 

 それはまぁ……おっしゃる通りではある。そもそもそんな甲斐性があることの方が驚きなんだが、一体どういう風の吹き回しだ?

 

 そう疑問に思っていると、他所ではタイキとカゲツさんがなんか好き勝手言い始めていた。

 

 

 

「というかアニキがこんなに人のこと言うの珍しいっスね」

 

「そりゃおめぇ反抗期ってやつだろ?」

 

「なるほど……アニキも可愛いとこあるッスね」

 

「聞こえてるぞチンピラ2人……!」

 

 

 

 本人の目の前でそういう考察するな。反抗期の一言で片付けてもらっては困る。というかなんでそんなとこだけ息ぴったりなんだ。普段から仲良くしろ。

 

 

 

「まぁでもその子の気持ちもわかるわよ。この人、何年も家族ほったらかしてたんだから」

 

「ふぐぅ……!」

 

 

 

 何故かいきなり母が助け舟をくれた。いやなんだ急に。というか出した船の先っぽが親父の鳩尾抉ってるぞ。

 

 

 

「それが今更息子の様子見にくるんだもんねぇ。一回は断ったくせに」

 

「はぐ……ッ!」

 

「お見舞いにはこないのに、そんな中途半端なことされたらユウキも困るわよねー?」

 

「……母さん。その辺にしないと多分親父死ぬ」

 

 

 

 我が母の口撃によって燃えカス寸前の親父がそこで蹲っているのを指して、俺は待ったをかける。いやホント、ぐうの音も出ないとはこの事だよ。

 

 

 

「なにー?今更そんなこと言われたくらいでへこまないでよー。まるで私が悪者みたいじゃない」

 

「ハハ……苦労をかけるねサキ」

 

「何を見せられてんだ俺は……」

 

 

 

 ——と、やや不穏な夫婦漫才を見て俺はため息をつく。

 

 まぁまぁな死闘を潜り抜けたあとにこんな感じだとなんか気が抜けるんだよ。もう張り詰める必要もないとはいえ、帰ってなにもやる気が出なくなる……。

 

 

 

「失礼します——」

 

 

 

 そこへ預けていた手持ちのモンスターボールを携えてきた。思ったより早かったな——ん?これジョーイさんじゃない……?

 

 

 

「はいお待ちどーさま。ユウキさんのポケモンは元気になりましたわよ」

 

「ツツジさん⁉︎ なんで⁉︎ その格好は——⁉︎」

 

 

 

 ツツジさんはホウエン各地で働くポケモンセンターの看板——通称“ジョーイさん”と呼ばれる職種の制服を着て登場した。

 

 桃色の制服に白いフリルのエプロン。頭にトレードマークの帽子を被った姿は、思いの外ツツジさんに合っていた。そんな彼女にハルカはキャッキャしながらその姿を褒める。

 

 

 

「わぁー可愛い!ツツジさん似合うね♪」

 

「フフ、恐縮ですわ。久しぶりに袖を通してみましたが、やはり本職が板についている方々と比べると見劣りするかと思ってましたが……」

 

 

 

 そんなことはない。間違いなくその辺歩いてたら何人かの男性の心臓を撃ち抜くルックスをしている。普段のギャップとでも言うのか、シックな色の服を見慣れてるせいで、華やかで軽い色のこの姿はやけに親しみやすく見える。

 

 あくまでパンピーの意見だが、多分間違ってないと思う……というか今『久しぶり』って言った?

 

 

 

「あれ、ツツジさんってジョーイさんしてたんスか?」

 

「看護資格を取得するために少しの間ですけれど。もう10年近く前のことですわ」

 

 

 

 タイキが聞いてくれたのでその経緯がわかった——いやちょっと待て。その計算だとあんた10歳前後で資格試験通ったのかよ。トレーナーの勉強片手間に?どんだけ勉強してたんだ……。

 

 しかしなんでまたそんな格好してるんだ?

 

 

 

「今日はユウキさんが4つ目のバッジを手に入れた素晴らしい記念日ですし、どうせですから皆さんと共にささやかなお祝いでもと——ツボツボの“きのみジュース”、よかったら皆さんで召し上がってください」

 

 

 

 そう言って彼女が入ってきた扉からツボツボやユレイドル、チビノーズがトレイを携えて現れた。

 

 そのトレイにはそこそこの量のジュースが注がれたコップが人数分——え、これ出すために来てくれたの?

 

 それに飛びつくようにタイキやハルカなんかは遠慮なくいただき、「私たちもいいのかい?」などと遠慮していた大人たちも勧められるままにそれを受け取っていた。

 

 最後に戸惑う俺もそれを手渡され、恐る恐る口に含む——。

 

 

 

「あ、おいし……」

 

「ツボツボの種族特性——“殻内熟成(かくないじゅくせい)”で作った逸品です。あまりバトル向きではないのですが、私に勝ったトレーナーには差し上げることにしてますの。皆さんの分は、今回楽しませてもらったお礼ですわ」

 

 

 

 あの手強かったツボツボにそんな能力があったとは……こうしてバトル業やってると忘れるけど、やっぱりポケモンの魅力は戦いだけに尽きない。この味はそれを思い出させてくれるみたいだ。

 

 

 

「なるほど!ツボツボは元々きのみを殻の中に蓄える習性があるからね〜。やはり先生は美人というだけではないですな〜アハハ」

 

「オダマキ博士にそう言っていただけるとわたくしたちも鼻が高いですわ。ですが……後ろの娘さんのことをお忘れなく」

 

「ハッ……⁉︎」

 

 

 

 ナース姿のツツジさんに鼻の下を伸ばしていたオダマキ博士は、背後から笑顔で見てくる娘の視線に気付く。満面の笑みのはずなのだが、笑ってるわけじゃないことは俺にもわかるほどの殺気だった。

 

 

 

「お父さん……あんまり人前で恥ずかしいこと言わないでね?」

 

「アハハ……ハルカも元気で可愛いなぁ!」

 

「お父さん?」

 

「いやなんでもないですはい」

 

 

 

 悲しい。どうして父親という人種はこうも愚かな姿を見せるのか。あれがいずれ来る自分の未来かもしれないと思うと涙を禁じ得ない。

 

 

 

「というか、ユウキくんもデレデレしてたよね?」

 

「は……ッ⁉︎」

 

「あら、そうなんですの?」

 

 

 

 ハルカの突拍子もない言葉でいきなり俺に飛び火する。ちょっと待て。対岸にいただろ俺は。

 

 

 

「ずっとツツジさんの格好見てたし」

 

「そりゃいきなりジョーイさん化したら見るだろ!」

 

「そんなに物珍しいですの?」

 

「いやそんな珍獣扱いではなくてですね?」

 

「やっぱり可愛いから見てたんでしょ〜?」

 

「違う!いや違わなくもないですけど!」

 

「あらあら。婦女子をそのような目で見るのは如何なものかと。これは淑女との接し方について教えて差し上げる必要が——」

 

「さては楽しんでるなあんたらッ!!!」

 

 

 

 俺が察して喚くと2人は息の合った姉妹のようにケラケラ笑う。くそ、こういうイジり苦手だってわかってやってるな?

 

 あと遠方でニヤついてる俺のご両親たち。生暖かい目で見てないで助けろください。息子が変態の汚名着せられてもいいんか?

 

 

 

「アハハごめんごめん。ユウキくん反応いいからつい……」

 

「バトルと違ってこういうお話ではやけに感情的になりますわね〜。もっと楽しむ余裕を持つことをオススメしますわ」

 

「好き勝手いいますねホント……」

 

「なんでも楽しんだもの勝ちですわ♪」

 

 

 

 だからなのか……そういうツツジさんは本当に楽しそうだった。

 

 ジム戦という制限の中ではあったけど、本気で戦って、それでも負けたばかりの人がする笑顔にしては、負い目ひとつ感じられなかった。

 

 俺にはまだわからない境地なんだろう……まぁでも、楽しそうならいっか。

 

 

 

「さて……それじゃあ僕らは帰ろうかな。いつまでもお邪魔するのも悪いし」

 

 

 

 閑話休題。というよりお開きの時間となって、ソライシ博士とツキノさんは立ち上がる。

 

 

 

「すごく刺激的な試合でした。ユウキくん、ツツジさん。本当にありがとうございました♪」

 

「ユウキくん。今後の活躍、陰ながら応援させてもらうよ」

 

 

 

 2人はそう言って頭を下げた。俺としてはそう思ってくれることへの嬉しさより気恥ずかしさの方が残るけど。

 

 それでも……応援に来てくれた2人にこそ、俺は感謝したかった。

 

 

 

「ソライシ博士、ツキノさん。またハジツゲにも行きます。大王さんにもよろしく言っといてください。ホントに今日はありがとうございました」

 

「ああ。ユウキくんも達者でね」

 

 

 

 互いに感謝を述べて、俺たちは握手を交わす。少し名残惜しいけど、俺はこんな優しい人と友達になれたことを誇りに思って、その手を離した。

 

 そんな訳で、俺たちの突発的に行われた祝勝会もお開きとなり、あとはそれぞれ帰路につくだけとなった——のだが。

 

 

 

「ユウキ。ちょっといいか?」

 

 

 

 その間際、俺は親父に止められる。

 

 何事かと思い親父を見ると、さっきまで萎びてた顔が引き締まっているのがわかった。

 

 そんなジムリーダーは……こう続けた。

 

 

 

「——次のジム戦。うちでやらないか?」

 

 

 

 

 

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いきなりの提案——!

〜翡翠メモ 61〜

『タイプ別エネルギー解説“岩”』

自身のエネルギーを凝縮、固定、安定化させることで自然鉱物に近いものを生成、または変形させることができるタイプ。全18タイプの中でも攻撃と防御それぞれバランスよくポテンシャルがあるとされている。

このタイプのポケモンの多くが耐久力の高さを得る傾向があるのは岩のエネルギー生成過程で『固める』という動作が含まれるためだとされている。その表皮が鉱物状のものが浮かび上がるポケモンが多いのもその説を有力視させているらしい。

一部の地方ではそのポケモンの持つ安定性と、タイプ耐性には穴があることを逆手にとって若手トレーナーの教材として取り扱う地方も多く、ジムの看板タイプにされることも多いのだとか。



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第174話 事後報告


ORASでカゲツパーティ縛りしようとキバニア釣りに2時間くらいドブに捨てました。釣れたやつには『アゴアニキ♂』と名付けました。親しみを込めて……。




 

 

 

 カナズミからトウカまでの道に、いわゆる公共交通機関はなく、自家用車で通過できるような舗装道路ひとつない。

 

 理由はその間にある巨大な指定区域“トウカの森”——その自然保護の名目で、必要以上に人の手が加わることを避けるため……らしい。

 

 何度か開発の話も持ち上がったそうだが、利便性も考えるとどうしても奥地にまで手が伸びるらしく、その場合はこの森に住むと言われている“首領個体”に認定されているポケモンとの衝突は避けられなくなる。その個体は強さも勿論だが、何より“知性”を持つようで、森のポケモン全てを統治していると言う。

 

 ついた二つ名は叡渥(えいあく)——そんな存在のこともあって、“トウカの森”は現代でも珍しい手付かずのダンジョンとなっている。

 

 ——と、明日通る場所の説明を嬉々としてしていたのは、そういう事情にお詳しいオダマキ博士だった。

 

 

 

「その首領も人の話がわかるらしくてね。お互い自然に生まれた者として、道の通行と必要ならポケモンの捕獲も許してくれているんだよ。誰がいつどう交渉したのかわからないけど、そのお陰で長年課題だったカナズミとカイナを結ぶ、比較的危険の少ない通路を確保できるに至った——ってわけさ」

 

「ポケモンが人と交渉した……ってことですか?」

 

「にわかには信じられないッスねー」

 

 

 

 昔は大変だったんだから——と語るオダマキ博士。そんな与太話をしているのは、ジム戦終わりに祝勝会の続きとばかりに集まった飲食店のとある個室である。

 

 帰ってしまったソライシ博士とツキノさん、ジムの仕事があるとかで戻って行ったツツジさんを除いた7人で、それぞれ飲み物と豪華なコース料理を堪能しているところである。

 

 ちなみに財布は親父持ち——である。

 

 

 

「でもカナズミとの行き来が大変だったのは本当らしいよ。戦前は通るのも命懸けの文字通りダンジョンだったって……」

 

「そのせいでトウカ、コトキ、ミシロは昔から流通の不便さから中々発展しなくてね……いや、僕は嬉しいんだけどさ。フィールドワークし放題だったし」

 

「お父さんの趣味は聞いてないよ?」

 

 

 

 生まれも育ちもホウエンのハルカと博士がそう言うので割とマジなんだろうか。親父はその事、なんか知ってんのかな?

 

 

 

「森の管轄って親父なんだろ?見た事あるの?その首領個体ってやつ」

 

「ん……ああ。まあな。そう多くはないが、森の環境保全の確認と通行状況の見直しで、年に何回か様子を見に行くんだ」

 

「襲われたりとかしない?」

 

「ああ。話のわかる方だからね。若輩の私相手でも、人間との架け橋として親身に聞いてくれるよ」

 

 

 

 その口ぶりだと、ポケモンというより重役の人間を相手にしてるみたいな口ぶりだった。話がわかるって、まさか人の言葉喋ったりするのか?——ってそれはないか。

 

 

 

「面白い冗談を言ってくれたりするし——」

 

「やっぱ喋んの⁉︎ ポケモンがッ⁉︎」

 

 

 

 俺は親父の続く言葉で弾けたように立ち上がる。え、マジで言ってんのこの人?

 

 

 

「あ、あぁ……でなきゃ交渉なんてできないだろ?」

 

「いやいやいや!確かにラプラスとか賢いポケモンいるけど‼︎ 人の言葉喋るなんて聞いた事ない——ってあれ?」

 

 

 

 俺がそう抗議した時、ふと周りとの温度差に気がついた俺は続きを口にできなかった。あれ、なんでみんなそんな冷静なの?

 

 

 

「アニキ……喋るポケモン、普通にいるっスよ?」

 

「なん……だと……………⁉︎」

 

 

 

 俺はその一言でフリーズ。おいやめろ。タイキにまで「お前マジか?」みたいな目で見られたら生きていけない。

 

 

 

「確かに珍しいけど……訓練とポケモン次第で会話できるポケモンいるよね?」

 

「テレビとかみねぇのかおまえ……一時期そういうのSNSで流行ってたろ?」

 

「声帯の有無にもよるけど、一般的にどんなポケモンでも人とのコミュニケーションを試みるだけの知性はあるからね。知らなかったのかい?」

 

「え……そうなの……?」

 

 

 

 あかん。なんかみんなすごく通だ。

 

 え、もしかして知らないの俺だけなの?他の人間全員知ってるの?いやいや俺もプロ。そんなにメジャーならとっくの昔に誰かが教えてくれる——

 

 

 

「あー気にしないで。その子『電子情報は脳が腐る。紙媒体の情報こそ生きた知恵だ』——とか昔のたまって、流行りのこととかなーんにも知らないの」

 

「ゴハァッ……‼︎」

 

 

 

 そんな母の掘り起こした過去が俺の心臓にクリティカルヒットする。母よ……慈悲はないのか。

 

 

 

「えーでもアニキ、今は普通にマルチナビ使って雑誌見てるじゃないッスかぁ〜。そんな信念あったら簡単にそんなもん読まない——」

 

「そこのパチンコ玉。それ以上傷口抉ったら縁切るよ?」

 

「俺たちの鋼の友情を——⁉︎」

 

 

 

 タイキがまたアホな質問をしてきたせいで俺はあのフエンで誓った友情すら手放しそうになった。頼むタイキ。俺たちの未来のために今だけは鼻くそくらいのデリカシーでいいから発揮してくれ。

 

 

 

「今も難儀な性格してるが、昔は輪をかけてクソガキだったんだなお前♪」

 

「あの俺が言うのもなんですけど、人様の親の前で言います普通」

 

「そういう奴に弟子入りしたんだろ?」

 

 

 

 あーむかつく。なんで開き直ってんだよ。その通りだよちくしょう。流石だよあんたは。よくそこまで客観的に物事みれますね。

 

 

 

「助手を頼んだ時にやたら機械の操作が覚束なかったのはそのせいだったんだね。いやぁ君も成長したもんだ」

 

「つまり、ユウキくんは昔『痛い人』——だったんだね!凄いね!今普通に人とお喋りできてるよ‼︎」

 

「そんなもんで人の成長測るなぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 オダマキ博士はともかく、好きな人から超弩級の不名誉な称号もらったんですけど。下手すりゃ俺の恋ここで終わるよ?ここに誰か味方はいないのか?

 

 

 

「ごめんなユウキ……私がほったらかしにしたばっかりに……」

 

「テメェ親父いい加減にしろよ……?」

 

「味方したのにッ⁉︎」

 

 

 

 親父はどうも虐められた俺が不憫に思えたのかもしれないが、それだと『可哀想な奴』って言ってるようなもんだからな?別に憐れんで欲しい訳じゃないんだよ。あんたも大概だな。

 

 どいつもこいつも今日頑張った俺にこの仕打ちはないだろ……と文句を垂れつつ、まあ本当に変われば変わるもんだと思う自分もいる。

 

 いつだったか……また知らない自分を見つけられるとか言ってくれた女の子がいましたっけね。

 

 

 

「アハハハハ!ユウキくんは愛されてるなぁ」

 

「今の黒歴史公開処刑を見てそう思えるなら大したもんだよ」

 

「そだね……本当、そんな昔話もできたらよかったのに……」

 

「あ…………」

 

 

 

 そこでハルカが呟いた一言で、俺はふと思い当たる。

 

 今の俺は家族や仲間に囲まれて楽しく団欒している——そう見えたのなら、今のハルカには思うところがあっただろうと……弟が今ここにいないハルカにとっては。

 

 

 

「ハルカ……」

 

「あ、ごめんね⁉︎ 今する話じゃなかった!」

 

 

 

 俺が話しかけると、ハッとして誤魔化すように笑うハルカ。それがどこか痛々しく見えて心配になる。やっぱマサトのことで思うところあるよな……当の本人もあんな感じだし。

 

 でもこれも良い機会だ。ちょっと話しづらくてタイミングを伺っていたことを、俺は口にすることにした。

 

 

 

「いや……むしろ助かる。ここにいる人なら、聞かれてもそんな困る事ないだろうし」

 

「ユウキくん……?」

 

 

 

 俺の言葉を不思議そうに聞くハルカ。タイキとカゲツさんは察したんだろう。俺の方を見て「言うのか?」と問いかけるような眼差しを向けてくる。

 

 まぁ隠してても仕方ないしな……。

 

 

 

「マサトに会ったよ。あいつは今——マグマ団に所属してる」

 

 

 

 それを聞いたハルカは目を丸くしていた。流石に驚いたのか、その顔のまま俺に問いかけてくる。

 

 

 

「それって……いつ……?」

 

「去年の10月……フエンタウンで滞在することになって、その時に偶然……知らせるのが遅くなったのは……ごめん」

 

 

 

 俺は遅れてしまった報告にバツの悪さを感じつつ、正直にその旨を伝えた。それでハルカは若干放心状態に……そこでオダマキ博士が次の質問をしてきた。

 

 

 

「マサトは今、マグマ団で何をしてるのか……何か目的のようなものを話してたかい?」

 

「……いや。マグマ団に入った経緯とかこれからからのこととかは聞けなかったです。ただ、『ホウエンリーグ目指すのは諦めた』——とは言ってました」

 

 

 

 その時俺が感じた怒りについては話すか迷った。もしかしたらそれであいつも意固地になって、さらに殻に引きこもった可能性もある。首突っ込んで関係を悪化させたのだとしたら、俺はこの2人に顔向けできなかった。

 

 でもそんなことより、2人は多分あいつの現状が知りたいんだと思う。だから……それも正直に伝えた。

 

 

 

「その時俺、あいつのこと怒鳴っちゃったんです。『悩んでるわかば置いてけぼりにして何やってんだ!』——って。いきなりそんな事言われてあいつも困ったのかもしれないけど……どうしても許せなかった。カッとなっていらん事も言いました。本当に……ごめんなさい」

 

「いや……いいんだよユウキくん。むしろ話しづらいことをわざわざありがとう。辛かったね」

 

 

 

 俺の話を聞いて、それでも博士は優しく俺の肩を叩いた。俺が言い出しづらかった理由も含めて労ってくれたが……正直申し訳なさばかりが込み上げてくる。

 

 それを誤魔化すように、マサトの現状を続けて話した。

 

 

 

「——あいつは今、マグマ団の中でも“三頭火”っていう幹部の1人になってるようです。それはそれで努力してなったのかも知れないけど……なんでなのかは俺も聞き出せなかった」

 

「“三頭火”……リーダー直属の指揮系統を担う一角だね……マサトが、か」

 

 

 

 博士は感慨深くその事実を受け止めるように呟く。本当なら家族としても大手ギルドの幹部昇進を祝ってあげたい気持ちになるところなんだろうけど、事情がわからないだけに複雑なんだろうな。

 

 そんな空気の重さの中で、意外にもカゲツさんが補足を入れてくれた。

 

 

 

「一応俺らも見たがな。それなりに信頼は得てるようだったぜ?若い身空で年上のトレーナー引き連れてたが、別にそいつらも不満があるようには見えなかった。フエンの警邏隊を仕切るだけあって、そこの新米プロ如き、軽く捻るくらいの実力はあるみてぇだしな」

 

「ユウキくん、マサトと戦ったの……⁉︎」

 

「うっ……ぼ、ボロ負けしたけど……」

 

 

 

 その補足のせいでマサトとの揉め方がそれなりに壮絶だったこともバラされてしまい、ハルカがますます驚いた顔をする。なんとも気まずさが増したのは、まあ自業自得なので受け入れるしかない。

 

 

 

「あいつのアブソル……本当に強かったよ。多分まだ本気でもなかったし、固有独導能力(パーソナルスキル)も多分使えるんだと思う」

 

「マサトが……?」

 

 

 

 俺がそう漏らすと今度は博士が驚く——というより、疑っているような聞き方だった。

 

 

 

「あ、いや……戦っててそうかなって思っただけですよ。でもハルカの弟だし、そんくらいは当たり前かなって……」

 

「そうか……あの子が……」

 

 

 

 博士は俺の説明を聞いてもイマイチ釈然としていないという感じで考え込んでいた。なんだろう、この様子から見るに、少なくとも在学中は能力に目覚めてなかったってことか?

 

 でも目覚めても不思議じゃないと思うんだけど——と、そこへ助け船を出したのは親父だった。

 

 

 

「ユウキ。固有独導能力(パーソナルスキル)は必ずしも家系単位——つまり、血筋で発現する可能性が左右されるというわけではないんだ。ハルカちゃんにその才能があったとしても、弟のマサトくんが同じように才能を発揮するわけではない……オダマキ。当時彼はやはり……」

 

「うん。そういう見込みは無さそうだ——って思ってたんだけどね」

 

 

 

 親父がそう言うと、博士はそれを肯定するように返した。えっと……そうなると昔あいつは——

 

 

 

「マサトは……昔は固有独導能力(パーソナルスキル)使えなかったってことですか?」

 

 

 

 その質問に答えたのはハルカだった。

 

 

 

「私も当時はそんな能力知らなかったんだ。お父さんは私にその才能があるって知ってたみたいだけど……マサトはそういうの、あんまり得意じゃないのかもって……」

 

 

 

 となると、やはりオダマキ博士にはそれを知る具体的な手段を持ってた——ってことになる。それで心当たりがあるとするなら……流星郷で聞いたあの技術だ。

 

 

 

「博士……もしかして波導のこと、知ってるんですか?」

 

 

 

 俺のその質問に、どう答えたものかと一瞬躊躇う博士。それでも笑ってその返答をしてくれた。

 

 

 

「ああ……私が扱えるわけではないんだがね。古い友人が教えてくれたんだよ……君も会ったことがある人だ」

 

「俺も…………?」

 

 

 

 博士は意味深にそう言うが……はて、俺と博士で共通している知り合いなんかいたっけ?その言い回しだと親父ってわけでも無さそうだし……誰のこと言ってるんだ?

 

 

 

「ま、その話をすると横道にズレるからまた今度ね。とにかく昔、その友人から波導については少し聞かされていてね……人というより、生命全体に通じる分野だったから壮大な話にもなったけど……おかげで僕はポケモンの生息地の変遷について詳しくなったんだ」

 

 

 

 それが自分の肩書きになった絡繰だと、オダマキ博士は語る。

 

 

 

「学説に応用できるくらいには教えて貰えたんだ。今の僕の立場だって、本当は彼が得ているはずのものだよ。恥ずかしがり屋さんで、中々そのことを受け取ってはもらえてないんだけどね……ともかく人に流れるエネルギーは、扱えない僕でも調べる方法があるんだ。君も旅先でそういう人を見てきたんじゃないか?」

 

「……心の治療ができる人なら……確かに……」

 

 

 

 俺はキンセツジムリーダーであるテッセンさんの奥さん——固有独導能力(パーソナルスキル)専門の治療ができるカエデさんのことを思い出していた。確かに今思えば、そんな治療のために検査をする機械を持っていたように見えた。

 

 

 

「波導と固有独導能力(パーソナルスキル)は心臓とその付近にある器官や血流に関係していることがわかっている。外科的な処置はまだ確立されていないけれど、心拍や血液分析である程度わかるものなんだ。マサトのことは調べたけど……そうした能力を使えるとは思えなかった」

 

「ち、ちょっと待ってください!でも確かにあいつは——」

 

 

 

 俺はマサトにその才能がないとはっきり言っているように聞こえて、それはおかしいと訴えた。

 

 確かに戦ってる間に、あいつが能力を使っていたと断定したのは俺の勝手な思い込みだ。アブソルの特性“厄脈感知(やくみゃくかんち)”をマサトも共有しているものとばかり思っていたけど、そうだと言えるほどの証拠はない。

 

 でも……最後にアブソルに迫った時——確かにわかばは何かに脚を掴まれたように見えた。

 

 

 

「あれは……マサトが固有独導能力(パーソナルスキル)を使って、わかばに妨害を仕掛けていたように見えた……後天的に能力が開花した可能性はあるんじゃないですか?」

 

「うん。その可能性は充分にあるよ。まだこの分野は研究段階——我々が通例だと思っているものも、いつ根底から覆されるかわからないからね……でも——」

 

 

 

 それでもオダマキ博士ははっきりと述べた。

 

 検査によって固有独導能力(パーソナルスキル)が発現しないと診断された人間が、後天的に能力を発現させた者は……未だに現れていない——と。

 

 

 

「そんな……」

 

「マサトがもしそれに当てはまらない特例だとすると……まあびっくりだよね。だからなんだって話でもないんだけど……」

 

「やけに軽いですね……」

 

「そんなことはないさ。これでも驚いてるんだよ。でも……才能がないって嘆いてた彼が、今はそんな能力を得てマグマ団幹部だと思うと……喜んでいいのかもしれないと思い始めているよ」

 

 

 

 それを聞いて、マサトは自分の状況もわかってたんだと知った俺は、少し自分の見識の狭さを感じていた。

 

 マサトはバトルでかなりのアドバンテージを持つ固有独導能力(パーソナルスキル)の才能がなかった……それは進化できない呪いを抱えていたわかばと似ている。

 

 それだけにあいつを置いて行ったことは解せないけど、少なくとも苦しんでいたわかばの辛さがわからなかったわけじゃなさそうだった。マサトは「弱いから捨てた」って言ってたけど……痛みがわかるやつの本心がそれだとは思えない。

 

 

 

「元気でやってるみたいだしね……うん。それなら私もいいんだ。どこで何してるかわかんないのがずっと心配だったけど……ひとりぼっちじゃないんだね」

 

 

 

 ハルカもそれでひとまずは納得したようで、緊張していた声が少しだけ和らいだように聞こえる。俺のこんな話くらいでそう簡単に落とし所を見つけるとは思えないけど、近況がわかっただけでもよかった——ってところだろうか。

 

 

 

「でも人が悪いよユウキく〜ん?弟のこと見つけたら連絡するって約束持ちかけてきたの、ユウキくんなんだからね?」

 

「あ!そ、そうだっけか……?」

 

「忘れてたの〜?まあそんな口実でもないとハルカさんと番号交換聞き出せないくらい恥ずかしがり屋さんだもんねー。ついでの理由なんて忘れてても当然か〜♪」

 

「ちょっと待てなんだその言い草は!別にそんな魂胆で聞いたわけじゃねぇって!」

 

「本当かなぁ〜?」

 

「ぐ……少し塩らしくなったと思ったらまた調子に乗って……!」

 

 

 

 実際そういう気がなかったわけでもないだけに、冗談と言えどそんな風に言われたらこちらも慌てざるを得ない。くそ、まるで俺が好きなのわかってて言ってる感じだな……!

 

 

 

「…………カゲツさん」

 

「何も言うなバカ。あと1年くらいはこの茶番で楽しむんだからよ」

 

 

 

 何かを悟ったような顔をするタイキとカゲツさんがなんか言ってる。意味はわかりませんが楽しんでらっしゃるようですね。大変結構。お小遣い減らそうかな……。

 

 とかなんとか言ってる間に、話はマサトから俺に移されてはぐらかされてしまった気がする。まぁ確かに、人の家の事情に首を突っ込むのは得策じゃないだろうし、所在がもうわかったんだから後はオダマキ家で話し合うのがいいんだろう。

 

 俺も……人のことに構える状態じゃないし……。

 

 

 

——あなたはお父上によく似ておられます。

 

 

 

 俺はあの手紙をくれたオババさんの言葉を思い出していた。

 

 親父は以前、俺の知らないところで流星の民と関わっていた……それがいつの頃の話なのかはわからない。世情的にも公に交友してたってこともないだろうし、何より理由も謎のままだ。

 

 その時どうしてか、母さんが泣いてたことと結びついたのも気になる。確かにその事で何かあったなら動揺もするだろうし、子供の俺に話さないのも……まあわかる。

 

 そんな事情をまだ解消できてないうちから、ハルカたちに立ち入ろうだなんて……俺の領分でもなきゃ器量もないんだ。ここは大人しくしていよう。

 

 

 

「とにかく悪かったよ……とりあえずそんな感じだったから、マサトに会いに行くなりなんなりする時は……気をつけてな」

 

「わかってるよ〜。誰かさんみたいにいきなり殴りかかったりしないから♪」

 

「殴っては——ないですよ……

 

「……ユウキくんって意外と喧嘩っぱやい?」

 

 

 

 冗談のつもりが案外当たってることを言ってハルカも若干引き気味に俺を見る。すんません人様の息子に……この手が悪いんです。

 

 

 

「……さ!積もる話もいいけど、肝心のご飯がまだ途中よ!……言っとくけど、宴の席だからってお残しは許さないからね……?」

 

 

 

 そこで満を持してうちの母が偉く貫禄たっぷりにそう言う。母さんはこと食事のこととなると目の色を変えるほど作るのも食べるのも好きなのだが……その分どんな席だろうが残すことだけは許せない気質だったのを思い出した。

 

 『シェフの気持ち考えろ。食え』——という無言の圧は、我々の落ち着きかけた食欲に無理やり火を付けさせる。完全に給仕寮母と化したオカンからの有難い一喝で、俺らは話もそこそこに、残った料理を平らげるのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日——。

 

 ツツジさんの見送りもあって、俺たちは早朝にカナズミを出発。その去り際に「今年も例年通り大学(カレッジ)でもトーナメントが行われますので、ご都合がよろしければぜひ参加をオススメしますわ♪」——と有難い言葉を頂戴した。親父とのジム戦が落ち着けば、またそれに向けて予定を組もうと思う。

 

 そしてここで……ハルカとはまた別行動を取ることになった。

 

 

 

「ユウキくんの試合はまた見たかったけど、そろそろ私も自分のために色々しなきゃだから……でも大丈夫!ユウキくんならセンリさんに勝てるよ‼︎」

 

 

 

 そんな励ましだけされて、あいつは一足先に行ってしまった。本当はもっと話がしたい——もとい純粋に色々聞きたいこともあったけど、またの機会に持ち越しになった。まぁいいけど。

 

 

 

「——素直に寂しいって言えば、嬢ちゃんも残ってくれるかもよ?」

 

「人の脳内にまで侵食しないでください。妖怪かあんたは」

 

 

 

 ——と。下世話な師匠の余計な茶々も受けつつ、俺らはトウカシティを目指すために、ここ“トウカの森”を通過中だった。

 

 ここにはこれで3度目の侵入になるが……昨日の話を思い出すと、やけに緊張するようになってしまった。

 

 森を守り、人とポケモンとの仲介をするほどの知恵を持つほどのポケモンがこの森のどこかに……そんな圧迫感のせいで、まるで違う森に入ってしまったように感じた。

 

 

 

「なーに緊張してんだよ。別にここのボスと会おうってんじゃねぇんだ。通してくれんだから堂々としてればいいんだよ」

 

「そうは言っても……」

 

「アニキの心配はわかるッスよ。こんな社会不適合者が歩いてたんじゃ、首領様のお怒りに触れるかもしれないと思うと気が気じゃ——」

 

「ポケモンって人間(がき)の丸焼きとか食うんかな?」

 

 

 

 タイキがまたいつものようにカゲツさんに羽交い締めにされているのは無視して、俺は親父に話を振る。会ったことあるって言ってたけど、実際どのくらい理解があるのか聞いてみたかった。

 

 

 

「彼は……そうだな。例えるなら“大樹”のようなポケモンだよ」

 

 

 

 そう言って親父は少し遠い目をしながらその首領個体——“叡渥(えいあく)”と呼ばれるポケモンについて語る。

 

 

 

「人やポケモンの気持ちをよく理解してくれている。そこに清濁があることも。そして、それを理解した上で色んなことを受け入れてくれている。そんな彼のことを森のポケモンたちは大好きでみんな慕っている……」

 

 

 その在りようは木陰を求めて生き物が集まる木のようだと……親父は言った。やはり聞けば聞くほど普通のポケモンとは違うと認識させられる。これで言葉まで話すんだからとんでもない。

 

 

 

「それだけに、最近のHLCのやり方には参るよ。彼が温厚な性格であることをいい事に、森の一部開発の提案を持ちかけるよう要請があったりもしてね……彼が本気になったら、トウカの森そのものがひとつの軍団となって襲いかかってくるかもしれないというのに……」

 

「それは……冗談抜きでシャレになんないな……」

 

 

 

 それこそ二千年戦争みたいなことがまた起こる——統治してるのはトウカの森だけみたいだけど、他の地域のポケモンたちも協力する可能性だってある。その兵力を人の気持ちがわかるという知能が動かすとなると厄介なんてもんじゃない。そうなったらいくらHLCでも抑えが効かない。被害云々以前に、ホウエンそのものが滅亡する——って考えるのは、多分俺が心配性ってわけじゃないはずだ。

 

 

「あぁすまない。愚痴っぽくなってしまったな。確かに恐ろしい力を持ってはいるが、彼がそうする可能性は0に等しい。人との争いが生む悲しみを知っているからこそ、彼は人を拒むのではなく、受け入れる姿勢を見せているからね……」

 

「……それを踏み躙ってるのも人、なんだよな……」

 

 

 

 親父は俺の心配を察したのかそうやって笑う。それでも俺の不安は拭えない。それを漏らしたのは……しまったなと思いつつ、その先を口にしてしまう。

 

 

 

「ポケモンや人がどんだけ優しくあろうとしても、それにつけ込む奴がいる限り本当の安心はないんじゃないかって……最近思うんだ」

 

 

 

 別に今までだってその事に気付いてなかったわけじゃない。いつだって平和を望む声は大勢の中から叫ばれてきた歴史くらい、俺にだってわかる。

 

 それでも人同士だろうがポケモン相手だろうが争いが起きるのは……そんな気持ちを踏み躙る存在だ。

 

 その理不尽への怒りなのか……今の俺は少し不安定になる。それでつい親父に意見を求めてしまった。

 

 

 

「難しいことはわかんないけどさ……親父もそれがわかるからそんな要請を鵜呑みにしないんだろ?」

 

「……どう……だろうな」

 

 

 

 親父の返事は思ったよりも歯切れが悪いものだった。俺……もしかして変な事言ってるのか?

 

 

 

「私には……わからないことの方が多い……誰かが悪者で、それを打倒すれば平和になる世界なら……きっと世界は今よりも安心できる場所のように思う……でも、私たちは今も争いをやめない……」

 

 

 

 それは……嫌なことが起きる時、それは絶対誰かが原因になってるわけじゃないって話だろうか……それはわかるけど……。

 

 

 

「争う原因が少しでも減った方がいいだろ……?」

 

「その為に人を迫害できるか……?」

 

 

 

 その返しは俺の心臓をいきなり握るような感覚を覚えさせた。それで俺は——反射的に否定する。そんなことすべきじゃ無いと。

 

 

 

「そんなこと——」

 

「私たちが大事にしているものを、確かに他の誰かは大事にはしてくれないだろう。それでも、私たちもきっと彼らが利とするものを尊重することはできない……トウカの森に安全で便利の良い道が通ることを願う人だって実際にいるしな」

 

「……俺の考えが浅いって言いたいのかよ?」

 

「そんなつもりはない。難しい話だ。私にはその答えがわからない……ただ、人が正解を知ってその通りにできるなら……誰も間違いなど犯さないんじゃないのか……そう……思わなくもないかな……」

 

 

 

 親父はその言葉を綴るほど、どこか遠くを見ているような目をしていた。俺に言っているはずなのに、いつの間にか独り言のように呟いている。

 

 

 

——あなたはお父上に……

 

 

 

 その時、俺の頭によぎったオババさんの言葉はやけにうるさく響く。親父がそんな風に遠い目をするのは、やはり流星の民に関わることなんだろうか?

 

 わからない……親父が何を言わんとしているのかも——

 

 

 

「——はいはい。2人して暗い顔しないの」

 

 

 

 そこで割って入ってきたのは母さんだった。いつもの調子で呆れたように話しかけてくる母さんは、親父と俺の背中を同時に叩く。

 

 

 

「親子2人して哲学でも語ってんの〜?ただでさえ森抜けは長いんだから、あんま暗い話で盛り下がんないでよー。こっちの足まで重くなっちゃうわ」

 

「アハハ。すまんすまん」

 

「…………」

 

 

 

 母さんの言うことも最もだ。確かに大所帯で歩きながらするには、この世間話はあまり好ましくないのかもしれない。

 

 でも……今、母さんも話をはぐらかしたように見えたのは気のせい……か?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 難なく森を抜けた俺たちは、程なくしてトウカシティに到着する。時刻は昼を少し過ぎたぐらい……間で持っていた軽食を口にしてきたので、空腹もそんなに感じない。

 

 ただ、長時間の歩きでかなり足がくたびれたのは確かだ。

 

 

 

「あー足だるっ。センリさんよぉ。ジムでちったぁ休ませてくれんだろうな?」

 

「こらししょー!アニキのお父上になんスかその態度は!」

 

「アハハ。四天王を迎えるなんて緊張するなぁ。一応騒ぎになってもいけないから、ジム生には見つからないようにこっそり入室してくれると助かるよ」

 

 

 

 カゲツさんのだらしない態度を意に返さない親父はそう言って道案内をする。それを横目に俺はトウカの町を見回していた。

 

 ここを出たのが去年の夏前……5月くらいだったか。まだ1年も経ってないというのに、ひどく懐かしく感じるようになってしまった。

 

 いや、1週間くらいしかいなかった割にそう感じるのは、それだけここが思い出深い場所だってことだろう。

 

 あの日旅立つ時、俺にたくさんの餞別と激励を送ってくれたトウカジムの友達。ヒトミに貰った回復アイテムはとうの昔に使い切り、ヒデキがくれた“シルクのスカーフ”は擦り切れて、ユリちゃんがくれたお守りは今もこのポケットの中で輝いてる……。

 

 ミツルに至っては、今では居なくてはならない俺たちの切り込み隊長をやってくれてるアカカブをくれたんだった。ナックラーだったこいつが、今やビブラーバに……本当に色んなことがあって、今があるんだよな。

 

 ——そんなことを考えていると、俺たちの向かう先から誰かが走ってくるのが見えた。

 

 

 

「…………あれって」

 

 

 

 遠目から見てもわかるように手を振っているのは小柄な女の子だった。長い丈の白いインナーの上から薄桃色の上下トレーナーウェアを着ており、頭には彼女のトレードマークとも言うべきサンバイザーが装着されている。

 

 それはさっき俺が思い出していた友人のうちの1人——トウカジム生のユリちゃんだった。

 

 

 

「センリさーん!ユウキさーん!おかえりなさーい‼︎」

 

「ユリちゃん——⁉︎」

 

 

 

 俺はムロのジム戦以来、久しぶりに会えた旧友に驚いた。いや、ここにいること自体は別に驚くことじゃないんだけど……なんというか、この子こんなに身長あったっけ?

 

 

 

「ユリちゃん……背伸びた?」

 

「あ、わかります⁉︎ 私、今成長期凄いらしくて!」

 

 

 

 そう言うユリちゃんの背は確かに伸びていた。当時俺の肩くらいまでしかなかった身長が、今は俺の顔の高さまで頭がくるほどになっている。俺自身の身長もちょっと伸びてることを考えると、この半年でめちゃくちゃ伸びたんじゃなかろうか?

 

 

 

「『もしかしたらヒトミさんも追い抜いちゃうかも〜』——って冗談で言ったら、ご本人に割としっかり睨まれました……」

 

「あいつ……負けず嫌いだからな……」

 

 

 

 ユリちゃんが苦笑いするも、俺も前に『腕相撲くらいなら女子には負けなくなったかも』——と調子こいたところをヒトミにKOされたのを思い出して身震いしてしまう。もちろん腕相撲で。

 

 

 

「でも会えてよかったぁ〜♪ ユウキさん、全然PINE(パイン)くれないんですもん」

 

「あ、悪い……いまだにこういうの使いこなせてなくて……」

 

「アニキは()()()()()()()()で今まで機械にうとかったッスもんね!」

 

「ちょっとこっちおいでタイキくん」

 

 

 

 俺が余計な一言を添えたタイキの服を掴んで少し遠くまで連行する。何度言えば治るんだこの口は。一度ガムテープで封殺してやろうかこの野郎。

 

 ——などと冗談をやっているのも束の間。ここでまたしても親父の方から思いついたような一言が飛んできた。

 

 

 

「ちょうど良かったよユリちゃん。せっかくだしこのままユウキとバトルしちゃおうか」

 

「は………?」

 

 

 

 それを聞いて俺の思考は止まる。え、何故ですかお父さん?いきなり過ぎません?ユリちゃんも「え、いいんですかー⁉︎」って喜んでないでちゃんと説明して?

 

 

 

「ユウキ。長歩きで疲れているところ悪いんだが、彼女の相手をしてくれないか?」

 

「え………いや……」

 

「アニキは売られたバトル断ったりしないッスもんね!ここはビシッとやってくれるッスよ!」

 

「いやだから……」

 

「俺ぁひと休みできたらそれでいいや……適当に頑張れよー」

 

「あんた女の子相手なんだから手加減してあげなさいよー?」

 

「ユウキくん、今度はどのポケモン使うかこっそり僕に教えてくれないかい?できれば育成のためにした事とかも手短でいいからさ♪」

 

「……………」

 

 

 

 話がトントン拍子に決まっていく中で、当事者の俺だけが置いてけぼりを食らう。そんな俺の顔はきっと今感情が死んでいただろう。

 

 頼む。誰でもいい。説明。ギブミー。

 

 

 

 

 

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というわけで……頑張れ——☆

〜翡翠メモ62〜

『トウカシティ』

ホウエン西部の森林地帯を開拓し出来上がった地方都市。活発な物流網のないこの土地が栄えたのは、自然豊かな景観を残しつつ、近郊にローカルの遊覧船を走らせることで人々の行き来を促したという背景がある。

104番道路上に存在する森林地帯ダンジョン——通称“トウカの森”の管理もHLCから一任されており、ジムを始めとしたHLCから認可された団体によって日々整備されているのも、そんな町の行き来を少しでも円滑にしようとする努力の賜物である。

しかし、高齢者を始めとした身体的に問題を抱える人間の往来を確保するような声も上がり始めており、長年手付かずだった森の開発の話がここ数年で持ち上がっているという噂もあるとか……。

 ご高覧いただきありがとうございました!お気に入り、高評価、感想などなどお待ちしております!ご質問などもありましたらお気軽にコメントしてってください♪

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第175話 後に続く者


どこまでも自己満足で書いております。言いたくなっただけ。




 

 

 

 トウカジム、その第三修練場に俺たちは案内された。ここはジム未所属のトレーナーも混ざってバトルを楽しむことができるよう、親父の計らいで夕方まで開放されているバトルコートだ。うーわ懐かし。

 

 そんな場所で俺とユリちゃんは早速試合をすることになった。その説明もそこそこに、すでに俺はコートの空き待ちを終えて、ユリちゃんと対峙している。

 

 

 

「ユウキさーん!私、しっかりプロ志望なので!遠慮なくボコボコにしてくださいねー!」

 

「ボコボコにって……あんたねぇ……」

 

 

 

 俺はただユリちゃんと1匹限りの1on1をしろとだけ託けられているので、そうしろと言うのなら別にいいのだが……それにしたってもうちょいその意図なりなんなり教えてほしいというのは贅沢なのだろうか?

 

 いや……それは百歩譲ってもういいことにする。そんなことより、俺には少し心配なことがあったからだ。

 

 

 

「「「ユリちゃーーーん頑張ってぇーーー!!!」」」

 

 

 

 どえらい熱量で応援する人間が、コートの外でちらほら……どうやらユリちゃん目当てで観戦してる人たちらしいが、それにしたって目付きがヤバい。ユリちゃんも手なんか振ってるけど、大丈夫か?ちゃんと知り合いか?

 

 

 

「アハハ……ここで戦ってたら応援してくれる人が増えちゃって。気を散らしてたらごめんなさい!」

 

「いや、それは構わないけど……」

 

 

 

 まぁここでバトルするからには人目につくわけで、そこに何度も顔を出しては頑張ってるジム生ともなればファンもつくか。トレーナー業ってそういう人気商売みたいなとこあるし。ユリちゃんも素直で可愛らしいからなぁ。

 

 

 

「さて……それじゃあよろしくお願いします!」

 

「あ、ああ……よろしく……」

 

 

 

 結局言われるままにコートに立つことになった俺は、釈然としないながらもユリちゃんからの真っ直ぐな挑戦状を受け取るしかなかった。しかしもうこうなったからには、俺もトレーナーとしての本分を果たすよう努めるべきだろう。

 

 なんせユリちゃんは、俺と()()()に色んなことを教えてくれた、初めての師匠のうちのひとりだからな。

 

 

 

「久しぶりだし……成長した姿、見てもらおうか!」

 

 

 

 俺はそう言ってひとつのボールをコートに向かって投げ入れる。そこから現れたのは茶色の大毛が流線形に伸びた突進ポケモン——マッスグマ(チャマメ)だった。

 

 

 

「わぁー!チャマメ、進化したんだね!おめでとぉー‼︎」

 

「ああ。結構強くなったと思うけど……胸を借りるつもりで挑ませて貰うぞ?」

 

「うん……ユウキさんに追いつくために私も頑張ったので、全力で行かせてもらいますッ‼︎」

 

 

 

 今度はユリちゃんが気合十分な一言を残してボールを投擲——中から飛び出したのは桃色の大毛を持ち、小柄な身体と同じくらいの大きさを誇る丸々とした尻尾が特徴的な猫型のポケモン——エネコ。

 

 

 

「——見た目は変わってないけど……あの頃よりもうんと強くなったとこ見せよう、エネコ(モモマル)‼︎」

 

——ニャァ〜ン!

 

 

 

 モモマル——そう呼ばれているエネコは間伸びした声を出しながらもやる気をアピールするように飛び跳ねる。確か前はネーム付けされてなかったと思うけど……モモマルか。覚えとこ。

 

 

 

「それじゃあいきます——」

 

「行かせてもらう……!」

 

 

 

 ユリちゃんが向かってくる意志を見せたので、俺も応じるように集中する。チャマメもそれに合わせてその身を捩らせる。

 

 訳もわかんないままやらされた試合だが、せっかくだ——ツツジさんの時にはお披露目できなかったお前の実力、見せてやる!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 バトル開幕後、先に仕掛けたのはユウキだった。

 

 

 

「——“充電”‼︎」

 

 

 

 その技の名が発せられた時、ユリはその目を丸くする。それは多くの観客にも同じ衝撃を与えていた。

 

 そんな技をマッスグマが覚えるはずはない——と。

 

 

 

——ギュルルルルル‼︎

 

 

 

 チャマメは指示を受けた直後、右前足を軸にその場で時計回りに回転。激しく数回回った後、その身を急停止させて、再びモモマルに目をつける。

 

 少しの砂埃を巻き上げたチャマメの四肢——いや、その全身は激しく火花(スパーク)を発生させていた。

 

 

 

「あれは——‼︎」

 

「いくぞ……チャマッ‼︎」

 

 

 

 ユリはその姿に一瞬、過去に見たムロジムでのチャマメを重ねて思い出す。それが自己強化の帯電であることを知っていた彼女は、次に来る脅威を想像して顔から血の気が引いた。

 

 

 

——“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”……

 

“頭突き”——‼︎

 

 

 

 帯びた電気がチャマメの筋肉を活性化させ、素早く伸び縮みすることで可能になる敏捷性の爆発的な自己強化——それがマッスグマ本来の突進力に乗せられると、その弾速はほとんど拳銃の発射に等しい。

 

 それは見てから躱すことが不可能なほど速く……容易にモモマルの体を捉える——が。

 

 

 

——グマッ⁉︎

 

 

 

 自分が捉えた感触に違和感を覚えたチャマメは怪訝そうな声をあげる。その真相を引いた位置から見ていたユウキは目撃していた。モモマルはチャマメと衝突した後、その体を霧散させたのだった。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 “影分身”……ユウキは今霧散して消えた残像を抜いた6匹の分身体を見て、その技の名前を心の中で唱える。

 

 

 

「“充電”であの電気技をすぐに発動できるようにしたんですね……様子見もあったもんじゃないや……!」

 

「さっきの“充電”の時、ちゃっかり分身作ってたんだな。意外と抜け目ないというか……」

 

 

 

 

 ユリは昔と違うユウキの戦い方から、ユウキはユリの意外な強かさから、それぞれ警戒レベルを上げていく。

 

 ここからはオープニングヒットを互いに奪い合う駆け引きが始まる。

 

 

 

「アニキさすがッス〜!そのまま決めちゃいましょー!」

 

「年下のメスガキ相手に容赦ねぇな〜。それでも男かぁ〜⁉︎」

 

「はいそこ!色々アウトな野次はお控えくださいッス!」

 

 

 

 タイキがカゲツを嗜める横で、ユウキの両親、センリとサキは面白そうに会場の雰囲気について話し合っていた。

 

 

 

「随分な人気ねぇあの子。ユリちゃんっていったっけ?」

 

「ああ。何せ健気で一途……そうして戦う姿は人を惹きつけるものがあるからな。だが……」

 

 

 

 だが……彼女はそれだけで持て囃されているわけではない——センリがそう言う頃、ユリは動いた。

 

 

 

「いきなり本気になってくれたこと、嬉しいです!だから私たちも——お礼させてもらいますッ‼︎」

 

 

 

 ユリが自分の気持ちを表明するのと同時に、分身体のモモマルは一斉にコートで散開した。チャマメはそのどれを追ったらいいのかわからず、一瞬走り出すのを躊躇する。

 

 

 

「迷うな!右側の1匹に“頭突き”——‼︎」

 

 

 

 ユウキも正体を見破ったわけではない。しかしだからこそここで足を止めるのは愚策、狙いをつけたそれが例え分身であったとしても、霧散して消えるのであれば頭数を減らせる——それを即断してチャマメを駆り立てた。

 

 

 

——グマッ‼︎

 

「やっぱハズレか——!」

 

 

 

 すぐに追いかけた1匹を即座に霧に変えたチャマメは地面を強くグリップして再発進——次の標的の元へ向かう。

 

 

 

「行くよモモちゃん——‼︎」

 

 

 

 充分距離を取ったモモマルにユリは技を仕掛けさせる。それはチャマメの速度でも間に合わない場所からの攻撃だった。それが何なのか、ユウキたちは身構える——

 

 

 

——“猫の手”!!!

 

 

 

 その瞬間、エネコの短い前足が発光——踏みつけた地面に猫の肉球のようなエネルギーが出現し、その中から勢いよく何かが飛び出した。

 

 それは拳状のエネルギーの塊——青く冷たい拳だった。

 

 

 

——グマッ‼︎

 

 

 

 チャマメはそれを鼻先寸前で躱す——しかし、自分の死角からも攻撃が飛んできていることをユウキによって知らされる。それは“影分身”で作られたモモマルから放たれた——先ほどとは違う色の拳弾だった。

 

 

 

「影分身からも“猫の手”が——⁉︎」

 

 

 

 タイキは驚愕する。“影分身”で作られる虚像は本来実体を持たず、攻撃する力も持たないのが一般論とされている。それからも攻撃が飛んできているこの状況——ユウキは自分の時間の中で思考する。

 

 

 

(普通に考えればこれは幻——でも‼︎)

 

 

 

 ユウキは直感で今来ている攻撃が本物であると判断。チャマメは躱し終わりを狙われているため、今からでは回避が間に合わない可能性が高い——以上の点から躱すのを諦めて迎撃を選択。

 

 

 

“輪唱”——」

 

——“【雷鈴虫(かみなりすずむし)】”!!!

 

 

 

 体に纏った電気を声帯に集中——雷速を得た“輪唱”は口内で反響、発せられた時には音の大砲となって向かってくるエネルギー弾を吹き飛ばした。

 

 

 

「すごい……あの“輪唱”がこんな——」

 

 

 

 ユリはチャマメの放った“輪唱”を教えた第一人者。だがその成長は彼女想像を軽く超えており、敵であるはずのチャマメに感動する。しかしすぐにその意識を感心から分析に移し、冷静に戦況を確認することに向けた。

 

 

 

(前とは比べ物にならないくらい速い動きのチャマメ……しかもあの強化状態をすぐに出せる“充電”までできる……生半可な遠距離攻撃も“輪唱”で防がれるし、気を抜けばそのまま攻撃にも転じられちゃう——参ったなぁ!)

 

 

 

 内心その成長への喜びは抑えられていないが、敵として戦うと自分のポケモンにとってはここまで脅威なのだと再確認するユリ。しかしその脅威とは裏腹に気付いたこともある。

 

 

 

(“輪唱”を使ったら、チャマメの体がバチバチしなくなった……ということは、あれは威力を上げる代わりに強化状態も解けるってことかな?だったら連発はできないはず。タイミングさえずらせられれば、次は当てれる——!)

 

 

 

 そう彼女が思考する一方で、ユウキもユリとモモマルの戦い方を分析するために、口元に手を当てて考え込む。

 

 

 

(“猫の手”——確か自分の手持ちの技をランダムにひとつ使う変化技だったか。今のを見る限り、飛んできたのは氷の属性(タイプ)がついた拳型の遠距離技……それを分身も使える……でも——)

 

 

 

 ユウキはそこで周りを見回してある変化に気付く。

 

 モモマルが展開した分身が——消えているのを確認した。

 

 

 

(分身が技を使えるのは驚いたけど、おそらくそいつらが技を使えるのは一度きり。しかも使ったら強制的に影も消える。いい能力だけど、本体の位置は技を使うたびに限定できるなら、付け入る隙はある——!)

 

 

 

 ユウキはその情報だけでも充分に勝算を見出していた。次の攻防では必ず捕まえる——そう心の中で決意して。

 

 

 

「今度は逃がさない——!」

 

「今度こそ当てます——!」

 

 

 

 2人の心が決まったところで仕切り直し——チャマメとモモマルはほぼ同時に動いた。

 

 

 

——グマァァァ!!!

 

——ニャァァァ!!!

 

 

 

 チャマメは再度“充電”から【亜雷熊(アライグマ)】を発動。持ち前の直線スピードでモモマルを追い込む。

 

 モモマルは“影分身”を展開。6匹に分かれたそれらは狙いを絞られないように忙しなくコートを駆け回り隙を窺う。そしてひとつの分身をチャマメがかき消した時、彼女たちは反撃に出る——。

 

 

 

——“猫の手”!!!

 

 

 

 空中に肉球の紋章が現れ、そこから黄色の拳が出現——物凄い速さで撃ち出されたそれをチャマメは横跳びで躱す。

 

 標的を外した拳はコートを叩き、その部分が乾いた音を鳴らして細かく何かが迸るのを目にした。ユウキはそれで技の正体に勘付く。

 

 

 

「これは——“雷パンチ”か‼︎」

 

 

 

 技の正体は電気タイプが付与された拳を武器として放つ近接技の“雷パンチ”。ユウキはそれを“猫の手”を通して射撃していると推測——そして、すぐにこれを放ったモモマルへと視線を戻した。

 

 

 

(撃った奴が消えてる。やっぱ分身か——)

 

「行けモモマルッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが分身か本体かの判別に思考を割いていると、そこにモモマルが突っ込んできた。これにはユウキもギョッとする。

 

 

 

(接近——⁉︎ この距離でチャマメとやり合う気か!)

 

「“猫の手”……」

 

——双猫拳(ダブルスタンプ)ッ‼︎

 

 

 

 距離を詰めたモモマルは2つの肉球紋章を展開——その2つを重ね、自分を通過させる。すると赤い拳型のエネルギーが2つ——モモマルの両隣に出現する。

 

 

 

「技を使ったのに消えない——こいつは本物

‼︎」

 

——グマッ‼︎

 

「いっけぇモモぉぉぉ!!!」

 

——ニャアーーー!!!

 

 

 

 2つの拳はモモマルより先行してチャマメを叩く。それを強化された肉体の俊敏性でもって躱す——その先をモモマル本体が遮った。

 

 

 

「そいつは本物だ‼︎——叩け‼︎」

 

「そこ——‼︎」

 

 

 

 チャマメがこれ幸いにと“ずつき”の姿勢に入る——その突進に合わせて、今度はモモマルが紙一重でそれを躱した。そのすれ違いざまに、自分の尻尾をチャマメの左前足に巻きつけて——

 

 

 

——ニャアーーー!!!

 

——グマッ⁉︎

 

 

 

 モモマルは相手の向かってくる力を利用し、自分の絡ませた尾をしならせて振るう。それは背負い投げの要領でチャマメを空高く投げ飛ばすことに繋がった。そして——

 

 

 

「空なら——‼︎」

 

「しまった——‼︎」

 

 

 

 ユリはチャマメが空中で身動きが取れないと踏んでこの形に持ち込んだ。ユウキもその事に気付くが、一歩遅い。

 

 作られた赤い2つ拳——“炎のパンチ”は既にチャマメ目掛けて飛んでいたからだ。

 

 

 

「かき消せ——!!!」

 

——雷鈴虫(かみなりすずむし)!!!

 

 

 

 自分に向かってくる拳2つに向かってチャマメは咆哮——その威力で“炎のパンチ”は効力を失い、目標の遥か手前で霧散する。

 

 だが、ユリの詰めはここからだった。

 

 

 

「さすがチャマメ……でも‼︎」

 

 

 

 ユリは迎撃を予測して他の分身体を待機させていた。“猫の手”をいつでも発動できるように——

 

 

 

「ここまで予測して——⁉︎」

 

「——“トリプル猫の手”!!!」

 

 

 

 消えた2体と技を撃ち終わった直後の本体を除く3匹が“猫の手”のエネルギーとなって消える。その中から赤、青、黄の3色の拳が射出される。

 

 チャマメはまだ空中、【雷鈴虫(かみなりすずむし)】の使用後すぐに電気は溜められない——その隙を完全に突かれることになった。

 

 

 

「当たれぇぇぇ!!!」

 

——ズドンズドドォォォン!!!

 

 

 

 3発の拳が空にいたチャマメに命中——完全に捉えたとユリは大きく腕を振って拳を握り込む。

 

 

 

「やったぁ当たったぁ!!!」

 

 

 

 彼女の喜びと共に、空で起きた爆煙から煤汚れたチャマメが落下してくる。それがコートに叩きつけられそうになり——

 

 

 

——グマッ!!!

 

 

 

 その寸前でチャマメは覚醒——地面にぶつかる直前で身を捻り回転、その受け身で弾んだ体を制して、無事に地上へと帰還する。それを見てユリは驚いた。

 

 

 

「なんで——なんでそんな丈夫なんですか⁉︎」

 

 

 

 攻撃が3発も撃ち込まれたにしては余力を残しているように見えるチャマメを見て驚愕する。攻撃性能はお世辞にも高いとは言えないモモマルだが、クリーンヒットした攻撃をこうも容易く耐えられると堪えるものがある。

 

 だが、それはユウキによって説明された。

 

 

 

「いいや……流石にいいのを3発も貰ったらヤバかったよ。3つの内、ひとつが電気技で助かった——ってとこかな」

 

「電気技……あっ!」

 

 

 

 ユウキの意味深な言葉で、すぐにユリは自分の犯した過ちに気付く。自分の放った攻撃が、逆にチャマメに逃げる隙を与えてしまったということに。

 

 

 

「まさか……モモが撃った“雷パンチ”を自分の電力に……変換したんですか⁉︎」

 

 

 

 ユリの解答は正解だった。チャマメは先に飛んできた“雷パンチ”を食らい、その電気を吸収——即座にその電気を【雷鈴虫(かみなりすずむし)】の燃料として使い、後から来た2つの拳を打ち払うに至ったのである。

 

 

 

「潜在特性受雷毛(じゅらいもう)——まぁ特性“蓄電”や“避雷針”みたいにダメージそのものを無効にはできないけどな……それでも軽傷で済んだのは、運が良かったよ」

 

「運……ですか……!」

 

 

 

 ユウキの言葉に、ユリはそれだけでは説明できない何かを感じていた。

 

 確かに先に飛んできたのが“雷パンチ”だったからできた芸当であることはユリも認めている。しかし3色の拳を同時に撃ち出せば、そのうち黄色いそれが最初に目標物へ到達することも彼女は知っていた。

 

 

 

(“電気”は全タイプ中トップクラスの“速度”が持ち味……私もよく奇襲で使うけど、もしその事をユウキさんが知ってたんだとしたら……!)

 

 

 

 実際彼もチャマメに“電気技”を習得させる上で多くの知識を取り入れているはず。そんなユウキがそのことを失念するとは考えにくかった。それを言わないのは謙遜なのか敢えて説明を省いたのか……どちらにせよ、今のはただ待ち構えていて偶然起きたわけではない。

 

 ユウキの知識と判断力とチャマメの能力——それらを的確に扱えるからこそできた高等テクニックであることをユリは知って鳥肌がたった。

 

 

 

「……やっぱりすごいや」

 

 

 

 短い戦いでそれを目の当たりにした少女は、小さく呟く。

 

 

 

「ユウキさんは本当にすごい……持ってるものが違うのかもって諦めそうになることもあったけど……やっぱりそうじゃないんだ……」

 

「ユリ……ちゃん……?」

 

 

 

 彼女の言っている意味をユウキは知らない。それはユリが自分で抱えていた気持ちであり、今日ここで戦おうと決めた理由でもあることなど……知るはずがなかった。

 

 

 

「私よりも後にトレーナーになって、あっという間に強くなって……プロになってどんどん遠いとこまで行っちゃう——だから()()()()()()()()()()()()

 

「何言ってんだ……?」

 

 

 

 ユウキはユリに問いかけるが、その返事はすぐに返ってこなかった。その一言を口にすること自体は簡単——それでも一度口にしたら、簡単には変えられないものだとわかっていたから。

 

 それを言った時、自分も茨の道に入る覚悟をすることになる——だが、そんな覚悟はとうの昔にできていた。

 

 だから言う——ユリは自分の想いを。

 

 

 

「ユウキさん、私も……あなたを目標にして頑張ってきました!だから——‼︎」

 

 

 

 ユウキはその言葉を聞いて目を見開く——いや、正確にはその言葉の意味にではない。

 

 ユリの体から伝わってくる闘気が——先ほどよりも強まっているように感じたのである。

 

 

 

「だから……今日は無理を言ってリーダーにお願いしました!ユウキさんと戦わせてほしいって……目標にどれだけ近付けたのか……確かめたくて‼︎」

 

「ユリちゃん……まさか……‼︎」

 

 

 

 この戦いはユリが望んだことだと知る驚きと、ある可能性が脳裏をチラつくことで生まれた戸惑いとでユウキは冷や汗をかいていた。

 

 明らかに……ユリの波動が昂っているのを感じる——。

 

 

 

「ユウキ……お前ならわかるだろう……能力を持つお前なら——!」

 

 

 

 その戦いを見ているセンリが、届くはずのない声でユウキに問いかける。

 

 ユリの発揮しているそれが、ただのプレッシャーなどではないことをセンリも知っていたのだ。だからこそ、このマッチアップに協力したのである。

 

 彼女に宿っていたある才能——その起こりをユリから感じ取ったユウキは確信する。

 

 これは——

 

 

 

——固有独導能力(パーソナルスキル)……発動。

 

 

 

——“桃色扉域(ももいろといき)!!!

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキさんが旅立った。

 

 その後すぐにミツルさんも旅に出た。

 

 なんだかんだいつもの調子だったけど、それでも先を越されたことが悔しかったのか、ヒデキさんとヒトミさんもその後を追うように——。

 

 それで私だけが残った。私だけ……まだ自分の戦いを始められなかった。

 

 

 

——寂しいかい?

 

 

 

 私が抱いたちっぽけな劣等感は、センリさんにはお見通しだったみたいで……いつかの訓練中にそう言われた時、私は馬鹿みたいに泣いた。

 

 あの日、ユウキさんがジムに来てから、私の世界は変わってしまった。みんなと一緒に楽しくトレーニングする毎日から、みんな自分のための道を選んで歩き始めるものに。

 

 それを寂しいだなんて……本当は言いたくなかった。そんな事を言っちゃったら、私はもうみんなに追いつけないような……そんな気がした。

 

 それでも気付いた。みんなと一緒に居られない自分がいる。それがもうどうしようもなく寂しくて……言わないだけでずっと思ってたんだって……。

 

 ユウキさんを恨んでるわけじゃない。それは本当。でも……それでみんな変わったのに、私だけまだ変われてないのが……嫌だったんだ……。

 

 

 

——君は変われている……もう十分に。

 

 

 

 センリさんはそう言ってくれた。

 

 すぐに思ったのは『嘘だ』——ってことと、なんでそんなこと言うのかっていう単純な疑問だった。

 

 センリさんは優しいけど、適当な事は言わない。それはここでトレーニングするみんなが知ってること。

 

 そんなセンリさんは……私の気付かなかったことを教えてくれた。

 

 

 

——だって君はもう新しくなったみんなに追いつこうと頑張ってるじゃないか。変わってしまった事への寂しさは抱いても、変わった友達のことを(ひが)んだりしてない。

 

——みんなと同じ目線で語らえるように、今も研鑽を積んでいる。それはここにしがみついて変化を恐れるというより、その景色が見える場所へまだ行けない悔しさのように私には見えたよ

 

——その寂しさは友達を大切にしている証拠だ。人を恋しく思うのは自然な気持ちなんだ。だから恥ずかしがらなくていい。そして素直な気持ちで自分の心に問いかけてごらん。

 

 

 

——今……何を望んで、頑張りたいと思うのか……。

 

 

 

 私は……その時自分にしたあの質問の答えを今も信じている。その為に掲げた目標は私なんかには大き過ぎて、口にするのも怖かったけど……。

 

 今なら言える……私はあの人みたいになりたい。

 

 怖くても、辛くても、前に進むことを考えていたあのお兄さんみたいに——。

 

 

 

「私は強くなる——ユウキさんみたいに!」

 

——ニャアーーーン!!!

 

 

 

 ユリは高らかにそう宣言して、相棒のモモマルと共にユウキたちを攻め立てる。

 

 それを受けたユウキは戸惑いながらも、少女の熱意に動かされて気を引き締め直した。

 

 

 

「なんか分からんけど……負けてはやれないなッ!」

 

 

 

 向かってくる少女は自分より歳下の女の子。しかしトレーナー歴は自分よりも遥かに長い。そんな相手が何故自分などを目標にするのかまではわからない——だが、それが真っ直ぐ力の限り向かってくるとなると、ユウキも顔色を変えざるを得なかった。

 

 

 

「行こうモモマル——最高のバトルにしよう‼︎」

 

——ニャアーーーン‼︎

 

「受けに回ったら押し込まれる——流れ取り返すぞチャマメッ‼︎」

 

——グマァッ!!!

 

 

 

 ユリは相棒と共に笑いながら、ユウキは仲間を勝利に導くための思考をしながら——両者は互いの勝利を手繰り寄せるために戦う。それを見ていた観客もヒートアップし、試合を盛り上げるのに一役買っていた。

 

 2人のトレーナーの攻防を見ながら、カゲツにはこの試合の意味についてある程度察しがつき始めていた。

 

 

 

「なるほどな……あの嬢ちゃんのために人肌脱いだってわけか」

 

 

 

 カゲツはひとり納得したようなことを言ってセンリを見る。このジムリーダーの腹の中を推察した男はこう続けた。

 

 

 

固有独導能力(パーソナルスキル)は一人一人で能力の幅も鍛え方も違う、取説のないオーダーメイドの機械みてぇなもんだ。使いこなすには実際使うしかない……その点ユウキと戦えばやる気も出せて能力発動もしやすいし、あわよくば使い手から技を見て盗める可能性ある——なぁジムリーダーさん?」

 

 

 

 推察を話したカゲツに話を振られたセンリは一瞬カゲツに目をやって小さく笑った。どうやらその胸の内を話す気になったらしい。

 

 

 

「……私では教えられる事は限られている。それこそ今、新しい力を磨いている彼女の成長を促すのは実戦による慣れだろう。その相手として、ユウキは申し分ない人材だった」

 

「ふーん。自分とこの教え子育てるためなら、息子をダシにするのも厭わねーってか」

 

 

 

 センリの解答につい憎まれ口で返すカゲツ。「そんなつもりはないよ」と苦笑いするジムリーダーは、その続きを口にした。

 

 

 

「別にユリちゃんのためだけではない。これはユウキにとっても良い経験だと思ってる。こないだのジム戦を見て、少し思うところがあってね……」

 

「え、アニキ、なんか問題あったんスか……?」

 

 

 

 その言葉に反応したのはタイキだった。先日行われたツツジとのジム戦で、ユウキに問題があると判断されたことを不思議に思った少年の問いに困ったような笑顔で答える。

 

 

 

「いやいや問題なんてものじゃないよ。むしろあの試合はユウキの出せる力を全部出したって感じで……素晴らしかった」

 

 

 

 それならなんで——タイキがそう問いかけようとしたが、その時コートの戦況がさらに盛り上がる。

 

 

 

「モモマル‼︎ 頑張れ——!!!」

 

——ニャアーーーン!!!

 

「チャマッ‼︎ 来るぞッ!!!」

 

——マァァァッ!!!

 

 

 

 モモマルの分身陣形の中を素早い動きで駆け抜けるチャマメ。それぞれを鼓舞しながら海馬に鞭打って作戦を実行する2人のトレーナーの散らす火花は見るものを虜にしていった。

 

 それを見て、センリは話を続ける。

 

 

 

「強くなるほど……忘れてしまうものもある。きっとこのバトルは、ユウキにそのことを思い出させるはずだ。薄れてしまったあの感覚を——」

 

 

 

 その呟きは歓声に混ざって消える。父親の視線の先でバトルに集中する少年は——ユリの能力を分析するために頭を回していた。

 

 

 

(——おかしい。“猫の手”で出てくる技はランダム。なのにあれ以来、“雷パンチ”が飛んできてない……⁉︎)

 

 

 

 既に何発も放たれた“猫の手”——そこからチャマメの強化に使用できる“雷パンチ”が、最後の被弾以来使われていないことにユウキは不審に思った。

 

 

 

(手持ちの技を調整したり、技の訓練次第で出る技をある程度絞り込むことはできるらしいけど、一度出た技の発動率を極端に下げることなんてできるのか——いや、まさかとは思うけど……!)

 

 

 

 そう考えを巡らせる間に、チャマメの上からまた分身体による“猫の手”が炸裂——青と赤の拳が再びチャマメを襲った。それを躱すチャマメを見て、ユウキは自分の予想により確信を持つ。

 

 

 

(やっぱり……“雷パンチ”だけが出なくなってる!まさか……それがユリちゃんの能力……⁉︎)

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)発動以来、技の発動に偏りが生じる以外、特に変わったことはなかった点を考えると、そう思考するのが自然だった。能力の詳細はわからないが、どうやら“猫の手”で出る技を操作できるらしい。

 

 おそらく“雷パンチ”がこちらに利用されるのを恐れた——確かにそうできるなら自分でもそうするとユウキは考えた。

 

 

 

「ユウキさん!攻めが緩くなってますよ‼︎」

 

「ご忠告どうも……!」

 

 

 

 ユリはユウキを挑発するように叫んでから、さらに分身体を展開——モモマルは手数のアドバンテージをもってチャマメを攻撃する。一方チャマメ側はまだこの陣形の崩しを成功させられていない。ひたすらに攻撃と回避を繰り返しているだけだった。

 

 

 

「それでもやっぱ捕まえるのは大変ですね……だから‼︎」

 

——ニャアァァァン!!!

 

「———⁉︎」

 

 

 

 そんなチャマメを捕まえる為、ユリは次の手を打つ。モモマルが高らかに叫ぶと、その技は起動した。

 

 チャマメのすぐ足元から——。

 

 

 

——“猫の手”

 

“冷凍パンチ”!!!

 

 

 

 その一撃がチャマメの腹部に突き刺さった。それにより吹き飛ばされ、後退させられる。それを目の当たりにしたユウキは、技の正体に勘付いた。

 

 

 

「死角からの攻撃……いつの間にか()()()()()されてたんだな……!」

 

 

 

 ユウキは“猫の手”が出現した地面を見つめて、それがユリたちの仕掛けた罠だと気付く。技の痕跡で上がった煙の向こうに、うっすら見えた小さな足跡がその印だった。

 

 足跡の印がついた場所にエネルギーを流し込むことで、任意のタイミングで“猫の手”を発生させる地雷のようなものだろうとユウキは推察する。これだけコートの中を走り回られたのなら、それを仕掛ける時間は充分にあったと見て差し支えなかった。

 

 

 

「さすがユウキさん、もう見抜いちゃったんですね。だったら遠慮はいらないかな!」

 

——ニャアッ!!!

 

 

 

 ユリは間髪入れずにモモマルに攻めさせる。ダメージからまだ完全に体勢を整えていないチャマメにラッシュをかけるつもりだった。

 

 

 

「いっけぇモモマル!——“おうふくビンタ”!!!」

 

 

 

 足の止まったチャマメはモモマルの振るう尻尾の殴打を横跳びで躱す。そしてすぐに応戦——向こうのチャンスとはいえ得意な距離にまで飛び込んできたことで、ユウキたちにも応戦する機会が生まれた。

 

 

 

「迂闊だったんじゃないかそれは——!」

 

「そうかも。でも飛び込まなきゃわかんないこともあります!それに——」

 

 

 

 チャマメは短いステップで距離を取って“ずつき”の体勢に入る。だがさらに追撃してきたモモマルによってその予備動作は意味を成さなかった。

 

 

 

「そうか……ここまで張り付かれたら突進系の技は使えない!」

 

 

 

 ここへきて浅はかさを露呈したのは自分だったと歯を食いしばるユウキ。先ほどの設置型の“猫の手”といい、ユリは持っているものも多いが、何よりその手札の使い方が上手い。適材適所にその技能を使う事で着実にユウキとの戦力差を埋めてきていた。

 

 そんな戦い方は……少し引いた位置から見ている者にはある感想を抱かせた。

 

 

 

「なんか……アニキと似てる……?」

 

 

 

 タイキが漏らした一言は的を得ていた。それを肯定する言葉をセンリは口にする。

 

 

 

「物事を始めるなら早い方がいい——だが私はそうとも言い切れないんじゃないかと思う。それは耐えることも必要になるかもしれないが、後に続く者たちにしか見えない景色に繋がっているんだ。ユリちゃんは……しっかり見ていたよ。彼ら先人たちの戦いを——!」

 

 

 

 それを自分のものにするために、ユリは今もここで戦っている。他人から学ぼうとする素直さが、今の彼女を作っていた。

 

 そして、それはユウキからだけではない——。

 

 

 

——ほら!まだ手元ばっか見てる!もっと相手とポケモンをよく見て!

 

 

 

 ユウキはユリの戦う姿を見て、何故かそんな言葉を思い出した。それはこのジムに来てすぐ、未熟な自分の戦い方を矯正してくれた友人の声だった。

 

 素人はよく自分のポケモンにばかり目をやる。だから相手の動きに気付くのが一歩遅れて対応が間に合わなくなる。強くなるための基本中の基本。されどそれをどのように行うかでトレーナーの本質はまるで変わってくる——そう説いたのは、ヒトミだった。

 

 今日戦っているユリとはよく目が合うが、きっとその在り方を真面目に模倣していたからなんだろうとユウキは気付く。

 

 

 

(それだけじゃない……この攻勢の思い切りの良さも……‼︎)

 

 

 

 戦いは守っているだけでは勝てない。時にはリスクを承知で敵陣に飛び込む度胸が必要だと——ヒデキが体現していたアグレッシブさもユリは実行していた。

 

 

 

(そしてこの……人を惹きつけるような技の使い方は——!)

 

 

 

 モモマルは“おうふくビンタ”でチャマメに追いすがりながら、地面に仕掛けた“猫の手”を起動して敵の死角から拳を放つ。それもギリギリで躱すと、2色の拳同士がかち合って綺麗な輝きを散乱させる。それが観衆の心を掴んで放さない。だからこそこれだけ多くのファンを獲得しているに至っているのだと、ユウキはやっと得心がいった。

 

 観る者たちすら味方につけてしまうその在り方は——あのミツルにそっくりだと、ユウキは笑う。

 

 ユリがどんな風に今日まで研鑽を積んできたのか……なんとなくわかってしまうほど、その姿は雄弁に語っていた。

 

 

 

(自惚れじゃなきゃ……()()()に俺も——)

 

 

 

 それが嬉しいと感じて、ユウキは再び戦いに意識を戻す。

 

 そうであるなら、ここで自分が手を抜いていいわけがない。「戦いに集中できなくて負けた」——などと言おうものなら、自分が許せなくなることは必至だった。

 

 ユウキにはわかる。本気で戦ってくれる相手の尊さが——

 

 

 

「だったら俺たちも見せなきゃな……!」

 

 

 

 ユウキは目を一瞬閉じて、戦いの行方をチャマメに託す。懸命に戦う自分の仲間ならやってくれる——そう信じて集中を研ぎ澄ませた。

 

 この時ユウキは気付かない……自分の心持ちがほんの少し、今までと違うものに変化していたことを。彼の胸に去来しているものが、今までのバトルからは得られなかったものだということを——。

 

 

 

「行くぞ……ユリちゃん!!!」

 

 

 

 その心は今までよりも少し軽く——そして今まで以上の力を生み出した。

 

 ユウキの瞳には——いつも以上の“照準”がロックされる。

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)!!!

 

 

 

 モモマルが次の分身体を生成したところで、その能力は発動する。ユウキの瞳に映った全ての情報が簡略化され、色褪せた世界が形成された。

 

 その中でチャマメが辿るべき道をユウキは選ぶ——そのルートを彼が駆け抜けると信じて。

 

 

 

——バヂヂヂヂヂヂ!!!

 

 

 

 チャマメは大きくバックステップして一度モモマルから距離を取る。分身生成で足を止めていたモモマルにこれを追う術はなかった。

 

 その直後、ユウキが指し示したルートを全力の突進で走破する。それは攻撃を全て掻い潜り、影を捉え、一瞬のうちにモモマル本体のところまで辿り着く。

 

 【亜雷熊(アライグマ)】の肉体強化を最大限に活かし、マッスグマの直線走力と直角変進が成せる最速の連続突撃攻撃が炸裂する——!

 

 

 

怒蜂(かんしゃくばち)】!!!

 

 

 

 その最後の一撃がコートに響いた後、程なくしてユウキたちの勝利が確認された……。

 

 

 

 

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少女の想いに応えた一撃、炸裂——‼︎

〜翡翠メモ 63〜

『ジムトレーナー』

 HLC公認のトレーナーズジムに所属する、将来を有望視されているトレーナーたちの総称。ジムによる個人差はあるが、ジム側に頷かせるほどの実力を有するというだけあり、多くの人間から支持されている。

所属した者はジムリーダーを始めとした経験豊富で教育の質の高いコーチから多くのものを与えられ、次代を担うトレーナーへと成長していく。

 得るものを得たと自覚したトレーナーが独立して旅立つ一方、ジムに残留したままホウエンリーグで戦う者たちもいる。そうした者たちはリーグを戦い抜く他に、ジム側の専属コーチや近隣の企業への就職などへの推薦などもされるため、その恩恵に預かる者も多い。

 しかし、日々のトレーニングに加え、地域活動への貢献やジムが担当する仕事などの参加も義務付けられるため、多忙を極めるジム生を続けていくこと自体、資質を問われることになる……。

 ご高覧いただきありがとうございました!お気に入り、高評価、感想などなどお待ちしております!ご質問などもありましたらお気軽にコメントしてってください♪

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第176話 わからないばかり


月一くらいで友人とフットサルするんですが、毎回脚がオシャカになります。




 

 

 

「………あれ?」

 

 

 

 ユリが目を覚ますと、そこはジムの医務室だった。誰一人いないその部屋にある、ひとつのベッドを自分が占有していることを知ると、その体を起き上がらせようとする——が。

 

 

 

「……力……入んない……?」

 

 

 

 上体を起こそうと腕を寝床に突っ張るが、その力には足りず、ポスリと枕に頭を戻す。それで自分がなぜこんなところにいるのか、どうしてこうなったのかなどと頭を回していると……。

 

 

 

「あ、起きたんだね。おはようユリちゃん」

 

 

 

 部屋の引き戸を開けて現れたセンリが、ユリの覚醒を確認して優しく話しかけてきた。ユリはそんな師に対して、状況説明を求める。

 

 

 

「あの……私……」

 

「ユウキと試合したことは覚えているかい?あの後少し経ってから君、僕らの前で気を失ったんだよ」

 

「……あ……そっか……」

 

 

 

 そこでユリはだんだん気を失う前のことを思い出す。

 

 ユウキがトウカに来ることを知らされて、その場でセンリにこのマッチアップを頼んだこと。その戦いの中で、できる限りの想いをぶつけたこと。そして——

 

 

 

「負けたんです……よね……私……」

 

「素晴らしい戦いだったよ。結果を嘆くよりも実力以上の力を出した自分とポケモンを褒めてやりなさい」

 

 

 

 そうだったと肩を落とすユリにセンリは優しく彼女を労う。その言葉を聞いて、ユリは素直に頷いた。

 

 そして、センリは改めてユリが倒れた理由について語る。

 

 

 

「——君が気を失ったのは、おそらく能力発動による生命の摩耗(エナジーフリック)のせいだろう。君が力に目覚めて以来、ここまでの出力で扱ったのは今回が初めてだろうから、精神がその負荷に耐えきれず……といった具合だろうな」

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)使用者にある特有の反動については、ユリも勉強しているので知ってはいたが、改めて説明されるとその重みがわかる。そんな具合で持ち直しかけた気持ちがまた沈んだ。

 

 

 

「そっか……私、まだまだだなぁ……」

 

 

 

 ユリは自分の実力不足を痛感していた。

 

 元々ユウキに勝てると思っていた訳ではないが、それでも強くなった自分に自信があったのも確かだった。それには能力に目覚めたことも影響しているのだろう。

 

 それでも、そんな力の使い方ひとつとってもユウキには及ばなかったんだという現実に、負けたばかりのユリは落胆してしまう。

 

 

 

「何言ってんだよ……」

 

 

 

 そんなユリに語りかけたのはユウキだった。センリより遅れてこの部屋に入ってきたユウキは、今の話を聞いて呆れたように話しかける。

 

 

 

「ユウキさん……?」

 

「親父から聞いたけど、まだ能力に目覚めてひと月も経ってないんだろ?それであんだけ使えたら上出来なんじゃないか?まぁ俺は下手くそだったから、何度もぶっ倒れてようやくって感じなんだけど……」

 

 

 

 ユウキは実体験からユリはよくやっていると思っていた。この能力は一歩間違えれば即体調に悪影響を及ぼす諸刃の剣だ。その扱いを知るには、実際に使って覚えるしかない。

 

 そんなものをたったひと月で固有能力を身につけるまでに成長させたユリの才能と努力に、ユウキは感心を超えて驚異的だと感じていた。

 

 

 

「俺が能力に自覚したのなんか、それこそ半年前くらいでさ。だからまぁ……すごいと思うぞ?」

 

「……ありがとうございます。ユウキさん」

 

 

 

 そんなユウキの励ましを、今度は笑顔で返すユリ。まだ敗北の傷は癒えてないが、それでも戦ってくれた人からの評価を素直に受け取ろうと努めていた。

 

 そんないじらしさを見ていたセンリは、教え子の成長に心を温めて席を立つ。

 

 

 

「お互い積もる話もあるだろう……ユリちゃんも今日はジムのことはいいから、ユウキと少し談笑しててくれ。ユウキ、頼めるか?」

 

「え、あぁ……そりゃ構わないけど……」

 

 

 

 センリの提案に少し戸惑いながらユウキも了承する。ちょうど今はチャマメの治療を他所に頼んで時間を持て余していたため、断る理由もない。しかしセンリが席を外す必要があるのかと首を傾げていた。

 

 

 

「そろそろ本気で仕事しないと色んな人に怒られちゃうからね……ユウキのご忠告通り、頑張ってきます」

 

「なるほど。では駆け足で、どーぞ」

 

 

 

 そんなことを言う情けない親父の背中を押すようにユウキは機械的な声で彼を送り出した。

 

 その後医務室でふたりきりになったユリとユウキは……少しの沈黙の後、話始めた。

 

 

 

「ユウキさん……ホントに強くなっちゃったなぁ……」

 

「なんだよ急に……言っとくけどユリちゃんのおかげなんだからな?」

 

「アハハ。流石にこんなにすぐに強くなるなんて思いませんでしたよ……」

 

「自分じゃ不器用な方だと思ってるんだけどなぁ……」

 

 

 

 ユリから見ればユウキの成長速度は異常と言って差し支えなかった。バトルを始めて数ヶ月でプロ入りし、今尚その成長に淀みがない——今日戦ったのは、もう初めて会った頃の初心者とはまるで別人だったとユリは改めて驚いていた。

 

 その一方でユウキは自分の泥臭さに呆れるとその評価を素直に受け止めることができなかった。

 

 

 

「俺、旅先でめちゃくちゃ色んな人に色んなこと教えて貰っててさ……今日一緒にいた柄の悪いおっさんいただろ?あれ……俺の師匠で、元四天王なんだよ」

 

「え……もしかしてあの赤いトサカみたいな髪の人⁉︎」

 

 

 

 あの風変わりな男がユウキの師匠であり、それが昔ホウエンのトップとして君臨していた四天王だったことに目を輝かせるユリ。それを聞いて「間違っても本人の前で言うなよ?」と一応釘を刺すユウキ。

 

 

 

「かなり怖い……というか理不尽な人だけどさ。流石に強くなる方法については詳しいよ。俺一人じゃ思いつかないようなことをたくさん教えてくれた……マンツーマンで四六時中指導を受けりゃ、こんなのでもマシにはなるみたいだ」

 

「すごい師匠なんですね……でもそんなすごい教えを実践してるユウキさんもすごいです!」

 

「ありがとな……でも師匠に言わせると、俺はまだまだだって……俺も自分でそう思うよ」

 

 

 

 ユリの褒め言葉はありがたく頂戴しつつ、ユウキはそれでも自分の歩みのノロマ具合について思うところがあった。

 

 

 

「色々考えられるのは俺の長所……だと思う。でもそれを行動に移すのがまだ遅いんだ……今のままじゃ、とんでもない速さの動きと判断力を持ってる奴とかには、きっと勝てない……」

 

 

 

 自力の違いを見せつけてくる相手を仮想敵に据えた時、ユウキにはそれを打倒する自信がなかった。まだ焦ることはないかもしれないが、この思考から行動に移す速度に事実ヤキモキしている自分がいる。

 

 そんなことを考えると、まだ自分に満足できなかった。

 

 

 

「まだまだ俺には見えてる課題があって、それをわかってても越えられない壁があるんだ。だから……強くなったって言われても実感ないんだ」

 

 

 

 確かに以前の自分と比べればかなり成長したのは事実だろう。それでも強さを身につければ身につけるほど、上にいるトレーナーたちが目に入るようになった。

 

 ウリュー、マサト、ハルカ……そんな身近なトレーナーたちでも歯が立たないくらい強いホウエンランカー達——その全てがこれから自分が倒すべき相手だと考えると、現状に満足などできないとユウキは言う。

 

 そんなユウキを見て、ユリは笑った。

 

 

 

「やっぱり……すごいなぁユウキさんは」

 

 

 

 ユリはユウキの内心を知ってか知らずか、それでも今の後ろ向きな発言を聞いてそんな感想を口にする。それがユウキには不可解だった。

 

 

 

「すごい要素あったか……?」

 

「うん。だってそんなことがわかってるのに、出てくる言葉が『もっと頑張んなきゃ』——だもん」

 

「俺そんなこと言ったっけ?」

 

「言わなくてもわかるもん。ユウキさんはそんくらい強くなりたいって……顔に書いてるよ?」

 

 

 

 そう言われて、確かにそうかもしれないと自嘲気味に笑うユウキ。強くなりたいからそんな現実を受け入れて尚、戦っているんだと自覚する。

 

 それほどまでに自分はこの世界に毒されているのだと、改めて知って笑いが込み上げてきた。

 

 

 

「ハハ……いまだにそんなイメージできないってのになぁ」

 

「私も……ユウキさんみたいになれるかって言われたら……ちょっとイメージ湧かないかも」

 

「それ気になってたんだけど、なんでまた俺なんだよ。身近な目標なんてそれこそいっぱいいるだろ?」

 

 

 

 ユウキはバトルの時にも聞いたユリの目標について問いかける。ユリにはミツルやヒデキやヒトミ……ジム生から現役プロトレーナー、センリという師匠とお手本にできる人間は山ほどいる。

 

 その中でたった1週間ぽっち過ごした自分が、他と何が違うのか——ユウキは気になっていた。

 

 

 

「そうなんですけど……そうじゃないっていうか、ユウキさんだったから……なのかも」

 

 

 

 ユリはその質問に、少し恥ずかしそうに答える。赤くなった頬をポリポリとかきながら、自分の心の内を語った。

 

 

 

「なんていうか……ユウキさんは弱かったので……」

 

「うん、遠慮なく言うな君は」

 

「あ、いやそうじゃなくてですね!ほ、ほら、私とも何度か戦って……その……負けが続いたじゃないですか……?」

 

 

 

 ユウキは古傷を抉られながらも、ユリの言葉でその頃を思い出す。

 

 経験を積むために先の第三修練場で何度も敗北を味わっていたユウキにとっては苦い思い出だった。その時初めて悔しさというものを知ったわけだが、それがなんだと言うのだと、ユウキは首をかしげる。

 

 

 

「ユウキさん、トレーナーになったばかりだって言ってたのに、そんだけ負けが続いたら嫌になっちゃうんじゃないか……って心配してたんです。バトルって、やっぱり勝って初めて心の底から楽しいって思えるものじゃないですか?」

 

「ああ……まぁ我ながらよくやってたよな。俺としてはみんな俺の先輩で、ずっとポケモンのこと考えてトレーニングしてたんだから負けて当たり前——って思ってた節はあるけども」

 

「それがわかってても……やっぱり嫌になってまでここに居たいと思う人はいない……私、そういう人いっぱい見てきたから……」

 

 

 

 ユリの言葉からユウキもその意味を察した。

 

 ジム入りはその本人にとっては快挙であり、ジム所属のトレーナーという肩書きはひとつのステータス。しかしそんな甘い考えで続けられるほどジムトレーナーの道は容易くはない。

 

 日々のトレーニングには常に意味を求められ、結果が結びつかなければ自信を失い、改善のために必死で頭と体を動かす。

 

 そんな中でも組織の中にいる以上、果たさなければいけない義務があり、それを強要される日々はあまりにも過酷だろうことは想像に難くない。

 

 

 

「ユウキさんの言う通り、強くなったって手応えを感じることがあっても、次の日には誰かに追い抜かされることばっかりでした。それで自信なんてとっくの昔に無くなっちゃって……そんな時に思い出すのは、いつもここで頑張ってた頃のユウキさんでした」

 

 

 

 自分から見てもまだ未熟で……それでも負けじと頭を回し、メモをとり、色んな人にアドバイスを求めて自分とポケモンに向き合っていたユウキの姿を差して、ユリは笑う。

 

 

 

「本当に苦しい時ほど、ユウキさんが同じように苦しんでたことを思い出すんです。それで、そうやってユウキさんは強くなったんだと思うと、なんだか力が湧いてくるんです……『まだ私にも何かできることはあるんじゃないか』——って」

 

 

 

 そんな自問から、いつもユリは立ち上がった。その後何度も倒れることになっても。枕を涙で濡らすことがあっても。その少年の背中を思い出すと、立ち上がる力を得られた。

 

 

 

「それでもすぐに強くはならない、変われないって……わかった時は正直もうダメだ〜って思ったんです。みんなに追いつくのはもう無理なんだって……そしたら、センリさんがたくさん助けてくれました。『充分変わったよ』って——」

 

 

 

 ユリは自分の心境が既に挑戦者のそれに変わっていたことをセンリから教わったことを告げる。そしてその後、自分が意識し始めたことを語った。

 

 

 

「今すぐ変われない悔しさをバネにしてでも、自分が何をしたいのか——その時パッと思いついたのが、ユウキさんだったんです」

 

 

 

 あの人をライバルに——ユリはそんな目標をいつしか掲げていたのだと、その頃の気持ちを正直に伝えた。

 

 それを聞いたユウキは照れくさそうに頭をかく。

 

 

 

「それは……なんというか光栄だな……でも、うん……そっか……」

 

 

 

 あの苦しい時期が今こうして友人の背中を押していると考えると、胸が熱くなる思いだった。感謝したいのは自分の方だと言いたくなるほどに……。

 

 

 

「だから……ちょっと順序は変わっちゃいましたけど改めまして……」

 

 

 

 ユリは真っ直ぐユウキに向かって手を伸ばす。その小さな手が求めるものを履き違えることは、今の彼にはあり得ない。

 

 

 

「これからも目標にさせてください……そして、いつかまた本気で戦ってください……!」

 

「ああ……今度も負けないよ」

 

 

 

 ユウキはユリの手を握り返して、互いの気持ちを結び合わせる。ユウキはそんなどこまでも真っ直ぐなユリを見て、またかけがえのないものが増えたなと嬉しそうに笑った。

 

 そんな友情を示した後、少しそのやりとりが気恥ずかしくなり、ユウキはその手を離すと誤魔化すように話を切り替えた。

 

 

 

「にしても固有独導能力(パーソナルスキル)まで持ってるなんてな。その歳でバトルにも使えるなんて……改めて考えても結構すごい事なんじゃないか?」

 

「アハハ……実はこの能力、私もよくわかってないんですよ」

 

「え、そうなのか……?」

 

 

 

 ユリがそう苦笑いするのを怪訝な顔で見るユウキ。対面していたユウキからすると、かなり確信を持ってその力を行使していたように見えただけに、そんな曖昧な答えが返ってくるとは思っていなかった。

 

 

 

「ちょっと感覚的な話になるので、話半分に聞いて欲しいんですけど……私、昔からピンク色のポケモンが好きなんです」

 

「はぁ……そういえばエネコもピンク色だな……?」

 

「そんなピンク色のポケモンと一緒にいる時だけ、なんでかいつも力が漲ってくるんです……それでそれが能力発動の起動因子(トリガー)になってたのかもって……センリさんが教えてくれたんです」

 

 

 

 起動因子(トリガー)とは固有独導能力(パーソナルスキル)を使用する上で必要になってくる精神状態、及び身体に宿る重要な器官を示す。

 

 ユリにとっては『ピンク色のポケモン』——というのが、それに該当するらしいことをユウキは知った。

 

 

 

「使うポケモンによって能力が使えるかどうかが変わるっていうのは結構珍しいってセンリさんも言ってたけど……その状態だと、モモマルが使う“猫の手”が何を撃つのか……なんとなくわかるんです」

 

「ランダム要素のある技の内容が前もってわかる——ってことなのか?でもあの時、“雷パンチ”を出さないようにしてたのは……?」

 

「うーん。その辺はセンリさんに聞いてもわかりませんでした。もしかしたら確率をある程度コントロールできるのかも——って言ってましたけど」

 

 

 

 センリですらその能力の詳細は突き止められなかったらしい。しかしそれもそのはず、固有独導能力(パーソナルスキル)は本人にしかわからない心の中や主観に大きく関わる能力である。それを客観的に見ることしかできない他人が全てを理解する——というほうが無理なんだろうとユウキにもなんとなくわかった。

 

 

 

「でも……いつかこれを自分のものにして、ユウキさんやミツルさんたちに挑みます!その為に、先に名前だけは付けておきました」

 

 

 

 自分の新しい扉が開いたきっかけの能力——それが“桃色扉域(ももいろといき)”だとユリは語った。

 

 それを聞いて、やはりこの能力は奥が深いなぁ〜などと呑気な感想を持つユウキだった。

 

 だが、そこでふとあることを思い出した。

 

 

 

「あ、ごめん。また話は変わるんだけどさ——」

 

 

 

 ユウキはそう言って自分のマルチナビを開く。そして端末内にあるデータストレージからひとつの石を取り出して、ユリに見せた。

 

 

 

「あ!私があげたお守り!まだ持っててくれたんですね!」

 

「捨てないよ。なんだと思われてんだ俺は……」

 

 

 

 それはユウキの旅の無事と活躍を願ってユリから授かった、カラフルな装飾がされた小さな石だった。しかしそれを見たユリの天然から繰り出される言葉のせいで、自分がどんだけ冷たい印象を与えてたんだと焦るユウキ。

 

 その問題の品なのだが……最近この石に関して興味深いことがわかったので、ユウキは元々の持ち主であるユリから話を聞こうとした。

 

 

 

「これ……ハジツゲで会った隕石学者に見せたんだけどさ。その人が言うには、これが隕石だって言うんだ」

 

「そ、そうなんですか……?ごめんなさい、私はよく知らないんです……」

 

「だよなぁ。そんな貴重なもんならこんな装飾つけて渡したりしないだろうし……」

 

「例え隕石だったとしてもあげますよ〜。でも……そっか。じゃあそれをくれた人は“宇宙人”だったのかも知れないですね」

 

「…………はい?」

 

 

 

 ユリにもこの石の正体はわからないらしいが、何故か続けて妙なことを口走り出した。

 

 宇宙人——確かに隕石は宇宙から来るが、発想が飛躍しすぎてやしないかとユウキは変なものを見るような目をする。

 

 

 

「いや、それ実は元々私のじゃないんです。小さな頃、お母さんが私に——ってくれた宝物だったんですよ」

 

「おいちょっと待てい!」

 

 

 

 ユリがいきなり爆弾発言をするため、堪らず口を挟むユウキ。彼の倫理観からは到底あり得ない譲渡だったとわかり、慌ててその石をユリに押し付けながら叫び散らす。

 

 

 

「なーーーんでそんな大事なもん人に渡しちゃうんだよ!しかもお母さんからの宝物って——今からでも返すからお母さんに謝ってこいッ‼︎」

 

「そんな大袈裟ですよ〜。お母さんもその石に私が悪戯で落書きしちゃったから、そのままくれただけなんです。高価なものならそんな簡単にくれたりしないでしょ?」

 

「思い出はプライスレスなんだよユリちゃん‼︎ そんなハートフルストーリー聞かされて持たされる俺の身にもなってくれ‼︎ こないだ危うく失くすとこだったんだぞ‼︎」

 

 

 

 ユリの余りにも軽いノリから放たれる一言一言が逆にユウキを追い詰める。流星郷でその特異性を活かして囮に使ったことをまさか今更後悔することになろうとは夢にも思わなかった。

 

 そんなユウキの反応が面白かったのか、ケラケラ笑ってユリは続きを話す。

 

 

 

「その石……お母さんはいつの間にか持っていたって言ってました。それを拾ったのか貰ったのかわからないらしくて。お母さん、昔まだお父さんとお付き合いしてた頃に、一回すごい大怪我しちゃったみたいで」

 

 

 

 それはよくある滑落事故だったとユリは語る。体を強く打ち、生死の境を彷徨っていたところを、ユリの父親が応急処置をしてなんとか一命を取り留めたと言う。

 

 だが、その事件にはいくつかの違和感があったそうだ。

 

 

 

「全部お母さんが言ってたんですけど、まずあのひ弱なお父さんがそんな応急処置できたのかな〜ってこと。映画で血を見るだけでも悲鳴あげちゃうような人なんです」

 

「それは重症だな」

 

「あとお医者さんが言うには、頭の傷の大きさからして元の日常生活に戻れたのも奇跡なんだって……それで、その事故の時に手に握ってたのがこの石らしいんです。お父さんもよくわからないって言ってたし、お母さんは事故のショックでしばらく記憶が飛んでたとか言ってて……」

 

 

 

 そう語るユリにも、それが何を意味するのかはわからない。状況から見るに、その辺の石を知らないうちに掴んでいたということになるのだろうかとユウキも考えを巡らせていた。

 

 それがたまたま隕石だった……そういうことなのだろうか?

 

 

 

「でもそれ以来、なんか不思議な縁を感じて、事あるごとにそれに願掛けしてたらしいですよ。それで、大きくなったら私にくれるって……ジム入会の時に渡されたんです」

 

 

 

 その時、ユリの母は暖かく励ましてくれたそうだ。

 

 

 

——私はもうたくさん願いを叶えてもらったから、今度はユリがその石と仲良くしなさい。そんで、もしユリの大切な人が見つかったら、それを渡してあげて……。

 

「——って言われたんです。だからユウキさんにあげたって言ったら、お母さんすごく喜んでたんですよー!」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 

 そんな願いも込められていたのなら、無碍に手放すのも違うのか——などと少し釈然としないながらも押し付けていた石を下げた。

 

 どんな人にとってもそれは大事な思い出であることには変わらない。だがその扱い方は人それぞれなのかも知れないと、ユウキはひとまず預かっておくことにしたのだった……が。ひとつ引っかかる点があった。

 

 

 

「でもなんでユリちゃんお母さんはその石をあげる人が現れて喜んだんだ?」

 

「さあ……ただ『ユリにもそんな人がねぇ〜』って言うばっかりなんです。喜んでくれるなら別にいいんですけど」

 

 

 

 ユリに問いかけてもその答えは得られなかった。母親心はまだわからないことが多いと、ふたりして首を傾げる。

 

 その母親の言った、『大切な人』の意味を両名が知るのは——かなり先の話であろうことは言うまでもない……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トウカジムの中庭で俺は治療の終わったチャマメを労うべく、ボールから出したこいつを撫で回していた。

 

 ユリちゃんとの試合で負ったダメージもさして無いことを確認して、俺はひとまず実験は成功したとホッとする。

 

 

 

「診断結果も異常無し……【亜雷熊(アライグマ)】の反動、だいぶ消せるようになったな」

 

——グマ〜♪

 

 

 

 そう呟くと、チャマメも自分の成長が嬉しいのかその場でグルグル回って喜びをアピールしている。ユリちゃんとのバトルが決まった時はかなり慌てもしたが、良い機会だったと今は感謝する俺だった。

 

 今回チャマメが取り組んだのは、自身に電気負荷をかけて身体能力をアップさせる“電磁波【亜雷熊(アライグマ)】”にあった課題の克服とそれに関係する新技の試運転だった。

 

 チャマメは他の同種個体よりも電気技の適性が高かったのだが、その理由はチャマメの体毛にあることは以前からわかっていた。運動で得たエネルギーを静電気に変換し、他所に逃さず蓄積し続けるこの潜在特性“受雷毛(じゅらいもう)”。さらに相手が繰り出してきた電気技も自分の蓄積エネルギーに変えることができるとキンセツのジム戦で発覚し、この2つの性質をどうにか発展させてやれないかと考えたのが、今の形になる発端だ。

 

 まずは“受雷毛(じゅらいもう)”の問題の改善。電気蓄積と運動エネルギーの変換は確かに面白いしこれまで何度も助けられてきたが、派生技に頼り切りになってしまう戦い方になってしまう都合上、電気が溜まり切るまでの時間がどうしても生まれてしまう。過去にも何度かその点を突かれてしまうケースもあった。

 

 加えてその反動——【亜雷熊(アライグマ)】は使えば一時的に攻撃性能が跳ね上がるが、使用後の肉体へのダメージも大きく、無理をすれば一度の回復では治り切らない怪我へと繋がる可能性があった。バトル一試合で考えても、時限式の強化だと相手に気取られた場合、防戦に回られてしまうと苦しい点も見過ごせない。【雷鈴虫(かみなりすずむし)】は反動こそないが、使えば1発で帯電状態が解けてしまう。

 

 こうした問題を解決するためには、『電気を即時補給』と『反動によるリスクを軽減もしくは無効化』という2つの取り組みが必要になった。そこで考え出されたのが、新技の“充電”である。

 

 

 

——バチ……ジジ……。

 

 

 

 嬉しくてその場で回っていたチャマメは、特訓の成果で得た“充電”により火花を生み出している。チャマメもクセになっているのか、最近は隙あらば体に電気を溜めるようになってしまった。うっかり触ると痛いからやめて欲しいんだけど。

 

 この“充電”は本来マッスグマが覚えるはずのない技。俺が仕込んだ拡張訓練で得たチャマメのオリジナルだ。この帯電状態こそ、【亜雷熊(アライグマ)】や【雷鈴虫(かみなりすずむし)】を使用可能にする鍵になる。

 

 “充電”は通常、体内に発電器官を持っているポケモンが集中してその機能を活用することで、次に使う電気技の威力の底上げと特防を上昇させることを目的とする技。チャマメの場合は電気を溜めることはできても発電するためには動き回らなければいけないというジレンマを抱えていた。今までの発電効率を考えても、“充電”に相当するチャージを数秒で完結させるのは現実的じゃなかった。

 

 そこでマッスグマでもなんとか“充電”できる方法はないかと、技の仕様とマッスグマの生態を調べ直した。するとその習性故に、一瞬だけ通常の運動の時よりも多くのエネルギーが発生する瞬間があることに気付いた。

 

 それはマッスグマが“急停止する時”——直線距離を素早く走ろうと進化し、骨格が変化したことで、進路変更の際にかなりの筋肉負荷が発生することがわかったのだ。そのエネルギーを変換したところ、ちょうど“充電”一回に相当する電気になることが判明したのである。

 

 ——とまぁ長々と語ったが、要は踏ん張った時にできたエネルギーを“充電”と言い張っているだけである。もちろん普通にやっても技として成立しなかったので、その場で自転して急停止するという動きから“充電”するエネルギー変換の効率を上げるトレーニングは積むことになったが、最近やっとまともにできるようになってきた。これにはチャマメが毎日欠かさず足腰の筋肉鍛錬を欠かさなかったことがデカかった。

 

 

 

「ムロじゃ逃げ出すくらい嫌がってた訓練だったのにな……って痛ぁ⁉︎」

 

 

 

 俺がそんなことを呟くと、チャマメがいきなり俺の足元にその体を擦り付けてきた。溜まった電気で足をやられたのだが、どうやら余計な事を思い出されて不機嫌になったらしい。眉間に皺寄せて睨んできてる。

 

 

 

「あー悪かったよ。お前は本当によくやってくれてる」

 

 

 

 訂正するように俺がそう言うと、チャマメも満足したのか笑って頷いていた。

 

 実際その鍛錬へのひたむきさはあの頃とは別人のようであり、かなり負荷のかかるトレーニングにも積極的になったのは、割と最初は驚いてた。

 

 キンセツのトレーニング以来だったか……思い返せばウリューに負けたのが堪えたのかもな。そのおかげで筋力は強くしなやかになり、“充電”と【雷鈴虫(かみなりすずむし)】によるON・OFFの切り替えもできるようになったことで、【亜雷熊(アライグマ)】の反動はかなり抑えることができた。

 

 まぁ使うたびにメディカルチェックはこれからもすることになるが、使用そのものを控えようとしていた以前と比べて格段に使いやすくなったのは大きい。

 

 そんなチャマメの姿をユリちゃんに見せられてよかったと、俺は中庭の木陰でご満悦だった。

 

 すると、周りから話し声が聞こえてきた。

 

 

 

「おい……あいつって確か……」「ああ、ジム入り断って旅に出たっていう……」「センリさんの息子でしょ?さっき第三で試合してたわよ」

 

 

 

 少し遠めでされていた話し声。それが自分のことだと気付いて気まずさが込み上げてくる。

 

 話しているのはおそらくジム生。去年ここで大騒ぎした俺のことを覚えてたのだろう。最初は親の七光りだなんだと言われ、ジム側の意向で戦わされた試合では野次まで飛ばされた間柄だ。正直良い気はしない。

 

 でもジム入りを断った件で、あの人たちが不満を漏らすのもわかる。入会のために自分たちが死に物狂いで頑張ったことを考えると、俺はそんな権利を人から貰うわあっさり捨てるわで……逆の立場ならたまったもんじゃないだろうな。

 

 そんな彼らも俺に話しかけるつもりはないらしく、中庭と建物を繋ぐ通路へと消えていった。俺はそれを見送って、安堵と共にため息をつく。よかった。話しかけられたらどうしようかと——

 

 

 

「話しかけられて何かまずいことでもあるのかね?」

 

「ええそりゃもう——って誰ッ⁉︎」

 

 

 

 俺の思考に割って入ってきた男の声に飛び上がって驚く。振り返ると、俺がもたれていた木の影にスーツ姿の中年が立っているのが見えた。

 

 その男はやれやれとため息をつきながら口を開く。

 

 

 

「誰とはご挨拶だな。私の記憶では、君は少しの間とはいえこの敷地内で世話になっていたはずだが?」

 

「あ……確か役員さんの……」

 

 

 

 その嫌味っぽい口調から、俺の記憶からこの男性との会話が発掘される。

 

 確か最後に話したのは、俺が親父にジム入りを断った会議室で……名前は確か……。

 

 

 

「ツナマヨさん」

 

「ツネヨシだ」

 

 

 

 間違えた。おにぎりの具みたいにしてしまった。

 

 

 

「まったく……最近の若者は人の名前すら覚えておらんのか。独り言も多いし」

 

「すみません……というかもしかして俺、声に出してました?」

 

「自覚ないのか……?」

 

 

 

 やめてくれ。割とガチで心配そうな顔しないで。大丈夫。俺ももう慣れてるから。

 

 

 

「あれだけ大見栄きって出ておきながら今更人目を気にすることもあるまい。ここで学べることなど所詮たかが知れてるのだろう?」

 

「だいぶ聞こえ悪くなっちゃってますけど……あの日はホントすみませんでしたって」

 

 

 

 ツネヨシさんは多分まだ俺がジムを出ていったことに納得していないんだろう。そんなこと言われたら俺も追い出そうとしたり引き込もうとしたりされたことがチラつくが、だからって言い返すほど俺の神経は太くない。その時された懸念については的を得ていたと思うし。

 

 

 

「ふん……久々に顔を出したと思ったら、相変わらずふざけた態度だ」

 

「ツネヨシさんも相変わらずみたいで……」

 

 

 

 憎まれ口を受けながらも、どこか安心して話しているのが、自分でも不思議だった。

 

 懐かしむほど関係があったわけでもないし、どちらかというと嫌われているとさえ思っている相手なのに、こうして話すこと自体はそこまで嫌ではなかった。

 

 本音で話してくれている……って感じるからだろうか。建前の顔を知っているだけに、こうして時間をとって俺と話してくれることに……どこか嬉しさを感じているみたいだ。

 

 あと……多分これは、この人との共通できる話題があるからかも知れない。

 

 

 

「親父がぼやいてましたよ。いつもあなたに怒られるんだ〜って。お世話になってます」

 

「はぁ……親子揃ってまたそれだ。世話になってると思うなら、少しは年長の意見を聞いたらどうだ?」

 

「これでも感謝してますよ。用意してくれたあの試合のおかげで、俺も自分が何のために頑張るのか知れたんですから……」

 

「そんな持ち上げをしたとて……」

 

 

 

 そう言いかけたツネヨシさんは口籠る。どうしたんだろうと思って顔を覗き込んだが、その顔はぶっきらぼうな感じのままで、俺にはその内心がわからなかった。

 

 そのまま黙ってしまったので、気まずくなった俺は咄嗟に話題を変えてしまう。

 

 

 

「そ、そういえばサオリさんとまだ会えてないなぁ……今コーチング中だったりします?居るうちに挨拶くらいはしたいんですけど」

 

 

 

 サオリさん——俺がこのジムでトレーニングをしている間に何度も倒れ、その度に蘇生——もとい介抱してくれた恩師である。

 

 トウカを出るに当たって見送りまでしてくれたあの人に会いたいというのは一応本音だった。

 

 

 

「ああ……彼女なら今はジムにいない。私用でもうしばらく開けるとのことだ」

 

「そうですか……それは残念」

 

 

 

 どうやら間が悪かったらしい。ミツルやヒデヒトの2人もそれぞれ旅に出かけたらしいし、このまま彷徨いてても知り合いに会えないということが確定して少し落ち込む俺だった。

 

 まぁここにはジム戦で立ち寄っただけ。終われば早めに退散するつもりにしてたので、気にしてても仕方ないだろう。ツネヨシさんも急に反応が悪くなってしまったので、失礼しようと立ち上がった。

 

 

 

「それじゃ俺はこれで……」

 

「ああ……」

 

 

 

 様子が少し変なツネヨシさんを置いて、俺は中庭から去ろうとする。足元のチャマメも俺とツネヨシさんの顔を見比べて首を傾げていたが、すぐに俺の後を追ってきた。

 

 そうして建物の中に入りかけた時だった。

 

 

 

「明日のジム戦だが!」

 

 

 

 ツネヨシさんが急に大きな声を張り上げてきたので、びっくりした俺は振り返る。な、なんだいきなり?

 

 しかし呼び止めた本人は続きを中々話さなかった。それから数秒経過し、俺は驚きから困惑に顔色を変えてその続きを待つ。

 

 

 

「……君の父親は手強い……用心していけよ」

 

 

 

 それだけ……だった。

 

 俺はそんな言葉に目を丸くして立ち尽くす。ツネヨシさんはそれだけ言って足早に俺とは別方向に歩いていった。

 

 な、なんだ……もしかして今、俺のこと激励した……?いやそんなまさかな……。

 

 

 

「……大人ってよくわからんな」

 

 

 

 俺は足元にいる愛らしいポケモンにそう語りかけて、考えるのをやめた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 翌日——。

 

 

 

「母さん帰んの?試合見ていくんだと思ってたけど……」

 

 

 

 親父と約束した試合まであと数時間という時に、一緒にジムで寝泊まりしていた母さんが出ていくのが見えて、俺は声をかけていた。

 

 その後ろにはオダマキ博士もいて、どうやらもう帰るらしい。

 

 

 

「そうしたかったんだけど、なんかさっき家に来客があったらしくてね。オダマキさんとこの奥さんが教えてくれたのよ」

 

「来客……?あの田舎町に?」

 

 

 

 俺はそんな珍事に若干の違和感を覚えた。何せ越してきて1年……少なくとも俺が居た半年前まではそんなものほとんどなかった。あったとしてもご近所さんからのお裾分けとか、ハルカん()から誰か尋ねてくるくらいで、応対のためにわざわざ帰る間柄でもない人たちである。

 

 

 

「ミシロやコトキじゃ見慣れない風貌の人たちだって言ってたわね……誰かしら?」

 

「大丈夫かそれ……変な訪問販売だったら断れよ?」

 

「はいはい。そんな心配してないで、あんたはあんたの戦いに集中しなさいな」

 

 

 

 母さんはそう言って俺を励ましてくれた。まぁ確かに、今は午後に控えたジム戦に集中するべきだろう。何せ相手はあの親父——5番目のジムリーダーとしての手持ちで挑んでくるわけだから、激戦は必至だ。

 

 

 

「はぁ……正直気が重いって。実際親父が戦ってたのってかなり昔の録画で見たのが最後だし。あの経験値でどっしり構えられたら崩すのも一苦労なんだよなぁ」

 

「あら弱気ねぇ〜。今まで家族に負担かけた分をのしつけて返してやろう——くらいでやればいいのに」

 

「ハハハ、サキさんは相変わらず手厳しいなぁ♪」

 

 

 

 それを言うかあんた。オダマキ博士も笑ってんじゃないよ。そんな私怨込めたってポケモンは答えてくれないっての。

 

 

 

「どうせそんなもん込めたって軽くいなされて終わりだよ。器用な親父のことだから……」

 

「…………器用?」

 

 

 

 俺が漏らしたそんな一言に母は何故かピンとこない顔をしていた。それで「ああ、あんたからはそう見えるのね……」などと意味深なことを呟き始める。

 

 

 

「なんだよ……なんか変なこと言った?」

 

「別にそういうわけじゃないけど……そうねぇ。少なくとも、あの人は元から器用だった訳じゃないのよ」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 何を言い出すかと思えば、親父の昔話だろうか?そう言われてみれば、今の家族になる前の話はあまり聞いてこなかった気がする。でも……それがなんだというんだろ。

 

 

 

「ホントに異次元的な不器用さしてたのよ。だからちょっと……器用なんていわれてるのを見ると面白くてついね」

 

「それ馴れ初めの話?もう随分前の話だろ……何年もトレーナーやってジムリーダーになるほど経験積んだんだから、その頃よりはだいぶマシになったってことだろ?」

 

「そういうとこはまだまだお子様ね」

 

 

 

 むかつく。いきなりマウント取られたんですが。いや、親父のこと知らないんだから的外れなこと言っちゃうのはしょうがないだろ。

 

 

 

「そんなに言うならちゃんと教えてくれよ。あの謎多い親父の話」

 

「それは本人から自分で聞き出しなさいな。それが親子のコミュニケーションってもんよ」

 

 

 

 母さんはそう言ってジムの玄関から出ていく。結局何がいいたかったのかはあやふやだったが、最後に言い残した言葉は……嫌に耳に残った。

 

 そういえば最近どこかで同じような言葉を聞いた気がしたから……。

 

 

 

——正解は知ってても、答えを出せない人もいるのよ。

 

 

 

 

 

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語られた言葉の真意とは……次回、トウカジム戦——!

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第177話 暗雲


め〜〜〜ちゃめちゃ手こずったのがこの話。
おまたせしやした。




 

 

 

「——マリさ〜んホントにいいんすか?こんなことしてて……」

 

 

 

 ポケモントレーナー雑誌の記者を生業とするマリとダイは、現在ミシロタウンの道端で立ち往生していた。今後有望株としてツバをつけていたユウキの実家を訪ねるべく、遠路はるばる来たのだが、その家主である母親は留守。もう少ししたら帰ってくるというご近所さんの声を頼りに、現在待ちぼうけをくらっていた。

 

 そんなダイはというと、取材用のカメラの入ったバッグを抱えたまま、町の道端に座り込んでいた。取材のバディである先輩のマリに不満をこぼすと、それを聞いた途端に彼女の眉は吊り上がった。

 

 

 

「何言ってんの!せっかくここまで取材進めてきたんだから、彼の生家を訪ねるのは当然じゃないッ‼︎」

 

 

 

 マリはダイの耳元まで顔を近づけて相棒の態度を叱りつける。その衝撃で彼は三半規管にダメージを負い目を白黒させる。

 

 彼女がそんなに怒るのは、半年前から時間をかけたあるトレーナーについての調査にケチをつけられたからである。

 

 

 

「ユウキくんはこれから絶対伸びるトレーナーだってあんたも認めたんでしょ⁉︎ そんな金の卵を今のうちに取材して、大きな成果出した時にその記事を誰よりも早くスクープにするって決めたじゃないの‼︎」

 

「だ、だからってその間他の仕事ほったらかすし、チーフからの鬼電もブッチするし、自腹切ってまでホウエンを巡るわジョウトまで飛ぶわ……それでミシロの実家まで押しかけるなんて、正直ついていけないっすよー!」

 

 

 

 そんなダイの泣き言は、彼女にさらなる燃料を投下することになる。過去にも何度かこういうことがあったからなのか、いい加減にしろと言った具合でマリはドスの効いた声を張り上げる。

 

 

 

「バカ言ってんじゃないわよ‼︎ あんたそれでもジャーナリスト⁉︎ あのジム戦見て感動したってあんた言ったわよねぇ⁉︎」

 

「ええ言いました!言いましたよ‼︎ でもあれからどこのメディアも彼のこと取り扱ってないんですよ⁉︎ 本社からの援助も無しにこれ以上の取材はきついっすよ!」

 

「泣き言ばっか言って!ちょっとは自分でもどうすればいいか考えたら⁉︎」

 

「なっ……!ここまでついてきてそんなこと言っちゃいます普通⁉︎」

 

「何よ!そんなカメラ後生大事に持ち歩いても、結局お荷物にしかなってないじゃないのよ‼︎」

 

「はぁ…………⁉︎」

 

 

 

 2人はしばらく続く手応えのない取材で神経を削り、互いの熱量の違いもあってかその不満が募りに募っていた。

 

 双方感情のままに発言し、ほぼ子供の喧嘩のような言葉を発して数秒睨み合ったまま沈黙——そして、ダイの方が先に動いた。

 

 

 

「……もういいです。これ以上やりたきゃおひとりでどうぞ」

 

「な、何よ……あんたまさか帰る気⁉︎」

 

 

 

 マリは初めて見せる相棒の反抗に戸惑い、その腕を掴む。だが、今回のダイはそう簡単に引き下がる気はなかった。

 

 

 

「ついてけねぇーって言ったでしょ。俺だって何かあると思ってたし、マリさんの情熱はすごいって思うけど……もううんざりです」

 

「ここまで一緒にやってきたじゃない!あんたにだってそんくらい——」

 

「誰もがあんたみたいに神経太くないんですよ!!!」

 

 

 

 マリの説得はかえってダイの神経を逆撫でし、掴まれた手を強引に振り解いてしまう。それで思ったよりも力が入り、彼女が尻餅をついたのを見て、青年は「あ……」と短く漏らしてしまう。

 

 それでも……ダイは発言を撤回しなかった。

 

 

 

「……俺、マリさんのことは尊敬しますよ。でも俺には無理だ。取材が一番でそのためならどんな犠牲も払うなんて……後先考えずに突っ走れるバカにはなれないんです」

 

 

 

 ダイはマリを見下ろしながらそう言った。彼女はそんな青年の心境を初めて聞いたような顔をして目を丸くする。

 

 

 

「なによそれ……じゃあなんでここまでついてきたのよ……」

 

「それは……なんでっすかね……」

 

「あんた言ってたじゃない!今の部署に異動になって、初めて私に挨拶した時のこと忘れたの……⁉︎」

 

 

 

 マリは信じられないといった具合で立ち上がり、ダイに詰め寄る。彼女が知るこのカメラマンの言動が許せず、突き飛ばされた勢いも相まって必要以上に噛み付いてしまった。

 

 それが……トドメとなってしまった。

 

 

 

「忘れましたよ……そんなの……」

 

「…………ッ‼︎」

 

「とにかく!俺はもう降ります‼︎ 今更帰ったってデスクが残ってるかはわかりませんけどね……」

 

 

 

 そう言い残してダイはひとりその場を立ち去った。苦々しく語った彼の顔を見てしまったマリは、いつもの調子で感情をぶつけることはできず……その場に立ち尽くすしかなかった。

 

 そして彼の姿が見えなくなって数秒後、溜まりに溜まったフラストレーションを声に出して放つ。

 

 

 

「あーーーもうッ‼︎ いいわよあんなのいなくても‼︎ 私ひとりで続けてやろうじゃない‼︎ あんな薄情者なんて……」

 

 

 

 そうして吐き出した苛立ちは田舎町の小道で虚しく響いた。それが彼女自身に惨めな気持ちを込み上げさせ、その語気を徐々に弱めさせる。

 

 

 

(結局……またこうなったか……)

 

 

 

 マリは自分についてこられないと言ったダイの顔を思い出して、心の中でそう呟く。でもそれは今に始まったことではないという裏返しでもあり、彼女の歩みを止めるには至らなかった。

 

 

 

「忘れた……か」

 

 

 

 相棒が去り際に放った一言がまだ心に刺さっているマリ。いつまでも刺さって抜けない棘のような言葉を噛み締めて、地面を睨んでいた。

 

 

 

——ポツ……。

 

 

 

 地面に水滴が落ちた。

 

 彼女はそれを見てハッと空を見上げる。

 

 

 

「雨……?」

 

 

 

 マリが見上げた空は鈍色に染まっていて、それが天気の崩れる合図だと理解した。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 トウカジムの第一修練場の屋根を、しとしとと降る雨が叩く。

 

 屋内のバトルコートがあるこの場所に、今は多くのジム生がそこへ詰めかけていた。その目的はジムリーダーが行う試合の観戦だった。

 

 相手がそんな師の息子ということもあり、いつもの数倍の関心がその試合に注がれる。そんな人間で埋め尽くされた客席の中に、タイキ、カゲツ、ユリの3人もいた。

 

 だがその試合は……観衆の予想を超えた展開へとなっていた。

 

 

 

「ヤルキモノ、戦闘不能‼︎ マッスグマの勝ちッ‼︎」

 

 

 

 白い獣型のポケモンが倒れ伏し、審判が戦いの結果を告げる。コートの真横に掲げられたモニターにはその結果が反映され、ジムリーダー側の手持ち表記が黒く濁る。

 

 センリの手持ちはこれで1体——対するユウキの手持ちは、全て健在だった。

 

 

 

「スゲェッ‼︎ アニキの圧勝じゃないッスか‼︎」

 

 

 

 戦いの運びを見守っていたタイキは、五つ目のジムバッジにあと少しで手が届く場所にきているユウキを指さして興奮していた。バッジ獲得も後半に差し掛かり、これまで以上に過酷な戦いになると思われていたタイキからすると、これは嬉しい誤算だった。

 

 だが、隣にいたカゲツの顔はどうも浮かない。それに気付いたタイキが彼を囃し立てる。

 

 

 

「なんでそんなテンション低いんスか!アニキ、またひとつバッジ獲れそうなんスよ?もっと嬉しそうにしたらいいのに」

 

「ああ……」

 

 

 

 カゲツは投げかけに応じるが、それもどこか適当だった。目に見えてわかるほど生返事をする男が気になるタイキだったが、コートの方が最後の戦いを始めたので意識もそちらに向けられた。

 

 センリは最後の1匹——ケッキングを投入していた。

 

 

 

「ケッキング……頼むぞ!」

 

——ブモォッ‼︎

 

 

 

 薄灰色の肌に茶色の体毛が生えた恰幅のいいポケモンは、主人の一言に唸って応える。それに対してユウキはまだほぼ無傷のチャマメに目を落としていた。

 

 その瞳は……戸惑いの色を映し出していた。

 

 

 

(やっぱりおかしい……あの親父がここまで簡単に追い詰められるなんて……)

 

 

 

 ここまでの試合展開は終始自分のペースだった。何度か交代を織り交ぜてはいるが、基本はこのチャマメ1匹で戦ってきた。【亜雷熊(アライグマ)】の制御をものにしたことで継戦能力が上がり、ここまでその高い性能を活かした立ち回りでセンリの手持ちを残り1匹にまで追い込む大活躍を見せていたのである。

 

 それが逆にユウキの心に鈍いものを残す。仮にもジムリーダーがこんなに容易く追い詰められるのか……と。

 

 だがそんなことを考えていても埒が明かない。ユウキは考えを振り切ってチャマメを鼓舞する。

 

 

 

「チャマメ、あと一息だけど油断するな。あのケッキングは親父のエース……攻撃能力は間違いなく高い。捕まるなよ!」

 

——グマッ!

 

 

 

 その注意喚起に疲れを見せない返事で応えるチャマメ。その様子からも、これまでの戦闘で何かされているとは考えづらかった。ユウキは些細な見落としがないかと意識のセンサーを張り巡らせ、センリと最後の戦いに臨む……。

 

 

 

「行くぞ……親父ッ!!!」

 

「…………来いッ!」

 

 

 

 少年は父に向かって吠える。それと同時に体毛から激しくスパークを撒き散らしてチャマメが疾走——電撃の矢と化した突進攻撃は、瞬く間にケッキングの懐まで迫っていた。

 

 

 

——“ギガインパクト”ッ!!!

 

 

 

 その瞬間、ケッキングは右拳を振り抜いた。標的はもちろんチャマメ——向かってくる敵を迎撃する形で鉄拳が迫る。

 

 恐ろしい速度——だが、チャマメはそれを横跳びで躱す。

 

 

 

——ドンッッッ!!!

 

 

 

 標的を失った拳が耐ショック性の高い特殊コーティングのされたフローリングコートを叩く。途轍もない破壊音が第一修練場に響き渡り、技の風圧が客席にまで届く。

 

 その威力はいうまでもなく——。

 

 

 

「なんスかアレ——コートが抉れたァッ⁉︎」

 

 

 

 タイキが驚くのも無理はない。実際この破壊力は見慣れているはずのジム生たちを毎度戦慄させてきた。

 

 当たればゲームが終わる——そう確信させる一撃である。

 

 

 

「“ギガインパクト”。確かにケッキングと相性は良い技だけど——‼︎」

 

 

 

 それでもユウキは気圧されない。チャマメも怯える様子はなく——。

 

 

 

「技の反動で動けないんだろッ!!!」

 

——“頭突き”!!!

 

 

 

 肉体への電気負荷で驚異的な速度を発揮したチャマメは、技を避けた直後にケッキングを強襲。地面に拳を突き立てたまま硬直する巨体の脇腹にその頭を突き立てた。

 

 

 

——ブモォッ⁉︎

 

「効いてる——でもやっぱタフだな……!」

 

 

 

 チャマメの手応えを見て、突進攻撃の有効性を正確に測るユウキ。バトルにおける認識の誤差は勝敗に直結しやすいため、早めにその見切りをつけていた。

 

 その目測によると、チャマメのメインウェポンは確実にケッキングを削れる。だが決定打とするにはもう一押し欲しいところ。あの破壊力を持つ敵の間合いで駆け回ることへのリスクも考えて、確実に倒せるプランを自分の時間の中で算出する。

 

 

 

「その程度か——ユウキッ‼︎」

 

——ブモォォォッ!!!

 

 

 

 攻撃を受け、険しい顔でセンリは威圧感を醸し出す。その表情にはいつもの優しさのカケラもない。ただ敵を討たんと尽力するトレーナーのそれだった。

 

 ケッキングは“ギガインパクト”の硬直から復帰し、再び次の迎撃体勢をとる。

 

 

 

「やっぱり狙いはこっちの攻撃に合わせてのカウンター——それでも‼︎」

 

 

 

 向こうの出方がわかっているなら打つ手はある——ユウキは臆せず進んだ。

 

 チャマメは構えているケッキングに真正面から突っ込んでいく。それを狙い済ませた一撃が襲う。

 

 

 

——“ギガインパクト”ッ!!!

 

 

 

 圧縮されたエネルギーを抱え、ケッキングの拳はチャマメの真横を掠める。だがチャマメの反応速度はケッキングの大振りを完全に捉えている。避け損なうことはまずあり得なかった。

 

 

 

——“頭突き【怒蜂(かんしゃくばち)】”!!!

 

 

 

 回避後、チャマメはケッキングに向かって何度も突進攻撃を叩き込む。【亜雷熊(アライグマ)】による身体強化状態で可能な連続“頭突き”は、タフな身体にも充分なダメージを与えていた。

 

 その猛攻に堪らず蹈鞴(たたら)を踏んだケッキング。それは誰の目にもチャマメの方が翻弄しているように映った。

 

 

 

「もう1発——‼︎」

 

——マァァァッ!!!

 

 

 

 ここが勝負の賭け時だと、ユウキとチャマメは攻勢を強める。何か反撃があったとしても自分たちの危機感知能力はそれを上回る自信があった。ユウキの固有独導能力(パーソナルスキル)とチャマメの身体強化は振りかぶりの大きいケッキングと相性が良いのである。

 

 勿論それを知らない父親ではないことも、ユウキにはわかっているが——。

 

 

 

(隠し球があるとしたらここだ!気を引き締めろ——ッ‼︎)

 

 

 

 追い詰められた獅子ほど怖いものはない。それはユウキの経験則からわかる真実である。

 

 プロとしてバトルに臨む以上、その内には必ずとっておきの刃が忍ばされているはずである。固有独導能力(パーソナルスキル)はその最たる例だ。

 

 次の瞬間何が飛び出すかはわからない。実際自分も追い詰められた時ほど逆転の一手を放つことが多い。それらを踏まえると、ユウキの勝負勘はここが一番きな臭いと感じたのである。

 

 応じ手は必ずある。そしてその対応を誤れば、先に挙げた2勝すらも食いかねないほどの損害が——

 

 

 

——“ギガインパクト”ッ!!!

 

 

 

 そんなユウキの思考に割り込むように、ケッキングは拳を振るった。

 

 先ほどと変わらない速度、間合い、威力で——。

 

 

 

——グマァァァッ!!!

 

 

 

 全く変化しない拳を三度躱すチャマメは、そのタイミングを完璧に捉えていた。今度は地面に拳が突き立てられる前に、チャマメの“頭突き”がカウンターで入る。

 

 それが完全に脳天に直撃し、ケッキングは後方に吹き飛んだ。

 

 

 

「なん……——」

 

 

 

 ユウキはその攻撃が成功したことに疑問しかなかった。今のは完全に読めるシチュエーション。ジムリーダーともあろう者が想定できないわけがない。にもかかわらず、実際は父親のそんなお粗末とも言える戦い方だけが目に映る。あの聡明な男にはあるまじきミス。違和感以外のなにものでもない。

 

 これも何かの作戦か——そう思いかけた時、ユウキの視界にはその思考を止めさせるものが飛び込んできた。

 

 

 

「え………?」

 

 

 

 それはコートの奥。対戦相手が佇むトレーナーズサークルにいるはずのない人物が立っていたからである。

 

 それは……自分の師、カゲツだった。しかしユウキにはそれ以上に不可解なことがある。

 

 何故かカゲツは自分の父の肩を持っていた。まるで支えるように、項垂れてしまっている父を……。

 

 

 

「親…父……?」

 

 

 

 状況が飲み込めない。

 

 これがまだ試合中であること、先ほどまで真剣な顔つきで戦っていた相手だったこと、それでもずっと何か違和感があったこと……様々な情報が傾れ込んできて、ユウキの思考はピタリと止まる。

 

 ただ飛び込んできた光景が教えた異常事態に、咄嗟に体が動いていた。

 

 

 

「親父……親父ィ!!!」

 

 

 

 自分の父親に起きた異変はユウキに嫌な予感ばかりさせた。突然の出来事に動転した少年が駆け寄り、父を呼びかけるが返事はない。

 

 それから試合が止められ、ジムの救護員たちが駆けつけるまでずっと、雨の音がやけに大きく響いていた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 センリが倒れて数時間後……。

 

 ジムの救護員によってトウカの総合病院に担ぎ込まれた彼の病室の前に置かれたベンチでユウキは項垂れた状態で腰掛けていた。

 

 センリは気を失ったまま、今は医師や看護師による適切な処置が為されている最中である。ひとまず容態が落ち着くまでは外にいろと医師から言われたユウキはそうする他なかった。

 

 そんな彼の横には……カゲツが座っていた。

 

 

 

「やっぱり無理してやがったのか。あの親父殿は」

 

 

 

 カゲツの呆れたような……それでいて少し優しげにも聞こえる声を聞いて、ユウキはそれでも反応を示さなかった。

 

 カゲツはその様子に少し苛立ちながらも続きを話す。

 

 

 

「思えばカナズミで見た時から無理してたんだろうな。健康的な人間とは違って、垂れ流してた波導がやけに乱れてやがった。今日は特にな……」

 

 

 

 カゲツは事態が発覚する少し前から異変に気付いていた。彼自身も半信半疑ではあったが、お粗末な戦い方をするジムリーダーの振る舞いでそれが確信に変わったと言う。

 

 そして……その原因については他所から聞いていた。

 

 

 

「昨日一日泊まっただけでもあちこちで噂になってたぜ……最近のジムリーダーは働き詰めだ。顔色も悪い。時々思い詰めたような顔をする——ってな」

 

 

 

 ユウキにはそんな噂話など耳に入っていなかった。実際はカゲツの諜報能力が高過ぎるだけではあるが。

 

 しかしそんな事実を聞いても、依然沈黙を保つユウキだった。

 

 

 

「要は過労……ストレスもすごかったらしい。総合病院(ここ)にはよく薬を貰いに来てたらしいぜ?親父さん、前からそんな感じなのか——」

 

「知らない」

 

 

 

 そんな彼が沈黙を破って放ったのは冷たい四文字。カゲツは言葉を遮られる形で黙った。

 

 

 

「……知らないんですよ。俺は。いつもいつも。親父のこと……何にも知らない」

 

 

 

 ユウキはポツリと、呟くようにセンリに返事する。力無く、それでも喉の奥に感情を滲ませながら……。

 

 

 

「体が悪かった……?俺にはそんなのわからなかった。帰りがけに会った母さんも何も言ってなかった。いつもそうなんだよ。なんでか知らないけど、俺は親父のことを何も聞かされない。教えてもらえない。家族なのに……いつも……俺だけ……」

 

 

 

 それは孤独と言っていいのか、ユウキにもわからなかった。ただ思いつく限りの言葉をまとめてカゲツにぶつけただけに過ぎない。

 

 悪いと思いながらも、ユウキは既に感情の(たが)を外してしまっていた。相手に気を遣えるほどの余裕はもうなかった。

 

 

 

「会ったばっかのカゲツさんにでもわかることなのに、俺ってホント鈍いんですね。そりゃ話してもらえなくても仕方ないか……」

 

 

 

 ユウキはわかりやすく拗ねる素振りを見せる。それに対してカゲツは何も言わなかった。ただ、何かを見透かすような視線で少年の横顔を見つめるだけだった。

 

 

 

「——お待たせしました」

 

 

 

 そうこうしていると、父のいる病室の戸が開いた。中から出てきた医師の言葉に弾かれたように立ち上がったユウキは、すぐにセンリの安否を確かめる。

 

 

 

「親父は……⁉︎」

 

「心配しなくても大丈夫。ただの過労だよ。点滴と休養で充分回復できる範疇だ。もう起きてるから、少しだけなら話も——」

 

 

 

 問い詰めていたユウキは医師の言葉を聞き切らずに病室に飛び込んだ。冷静さを失っている彼の代わりというように、カゲツは押しのけられた医師に話しかける。

 

 

 

「悪りぃな。今あいつ機嫌悪くてよ……」

 

「……いえ。息子さんならあれだけ心配するのも無理はないですから」

 

「心配……ねぇ」

 

「……?」

 

 

 

 カゲツの意味深な言葉に首を傾げる医師。

 

 病室に駆け込んだ少年の方向を見ながら、男は本人には言わなかったことを口にする。

 

 

 

「案外、自分だけ蚊帳の外だった……ってのが、一番きついもんなのかもな」

 

 

 

 カゲツの呟きはユウキには聞こえない。彼が病室の奥に入っていくと、そこには1人のジョーイとベッドに横たわりながら介抱してくれた女性に感謝を述べているところだった。

 

 顔色の悪い笑顔を見て、ユウキは言葉を失った。それと対峙したセンリは、その顔のまま息子に話しかける。

 

 

 

「ああ……すまないユウキ。せっかくの試合だったのに……こんなことになって……」

 

「…………」

 

 

 

 いつもと変わらない優しげな声にユウキは答えない。その目は見開いたまま父親に向けられていた。そんな父は申し訳なさそうに続ける。

 

 

 

「働き過ぎ……てしまったみたいだ。周りからは心配されてたんだがな。自己管理もトレーナーの仕事だと言っていた私がこの様だ。これではみんなに示しがつかない……ユウキにも……その……私から誘っておいてすまなかった」

 

 

 

 センリは自嘲混じりに重ねてユウキに詫びる。トレーナーとしての本分を全うする為にも身体はその資本。大切にしろと教えてきた彼にしてみれば笑い話にもならないことだろう。最後の謝罪の言葉には、茶化すつもりのない真剣な気持ちが込められていた。

 

 だがユウキにとって、そんなことはどちらでもよかった。

 

 

 

「言いたい事……そんだけか?」

 

 

 

 ユウキは問う。センリはその問いの意味がわからず困惑していた。それでユウキはさらに続ける。

 

 

 

「無茶してぶっ倒れてもごめんで終わりか?無茶した理由の方については何も言わない気かよ?」

 

「あ、あぁ……いや、そんな理由なんて大袈裟なものは……」

 

「……やっぱそうやってはぐらかすんだな」

 

 

 

 父の返答に納得がいかず、思わず握り拳を作ってしまうユウキは暗い声を出す。

 

 その目は……今度は明確に怒りの色を滲ませていた。

 

 

 

「母さんは知ってんのか?知ってんだろうきっと。あの察しがいい母さんがあんたの様子がおかしいなんて見抜けてない方がおかしいんだから。それで俺には一言も無しかよ」

 

「ユウキ……母さんも私も別にお前に意地悪しようとしたわけじゃ——」

 

「そうやって宥めてりゃいつまでも黙ってると思ったのかよ‼︎」

 

 

 

 ユウキの怒声が病室に響き渡る。

 

 そばにいたジョーイは今にも掴みかかりそうな勢いのユウキを制するようにその肩に手を置いた。

 

 

 

「お父さんは今起きたばかりなのよ⁉︎ 今つらく当たるのは——」

 

「いや、いいんだジョーイさん」

 

 

 

 だがそのジョーイを止めたのは怒りを向けられたセンリだった。息子には好きにさせてやってほしい。そう言いたげに彼女が遮っていた言葉をユウキに続けさせた。

 

 

 

「……あんた……いつもそうやって涼しい顔してるよな」

 

 

 

 ユウキは父のそんな顔が嫌だった。今そのことがやっとわかったと、少年は吐き捨てるようにそう言った。

 

 

 

「俺がここに初めて来た時も、何食わない顔で父親面して……ジムでも世話になったけど、結局あんたの気持ちは教えてくれなかった。そもそも俺たちを置いてまでホウエンに行った理由だって、母さんを泣かせた理由も、今まで何があったとかも全部ッ‼︎……あんたは俺に何も言ってこなかった……」

 

 

 

 ユウキはこれまで謎に感じていた父親に関することを吐き出した。父が思慮深いことは知ってはいたし、その行動には意味があると信じてもいた。

 

 しかしここへ来て、その意図がわからないままだったことがユウキにとって痛手となった。

 

 信頼したくても……センリの行動に納得できる点を見つけられなかったのだ。

 

 

 

「なぁ……何考えてたらこんなことになるんだよ……!あんたジムリーダーだろ?経験豊富なトレーナーなんだろ?あんたが言った通りジム戦誘ってきたのそっちなんだぞ⁉︎ それが試合当日に体調不良……⁉︎ 前から体悪そうにしてたッ⁉︎ 自己管理の大事さ知ってる人間がなんで今倒れてんだよ‼︎ そんくらい何かに追い詰められてんなら……なんで俺には一言もないんだよ‼︎」

 

 

 

 連絡しようと思えばいくらでもできたはず……現にフエンでミツルが倒れた時にはすぐに連絡がついた。ユウキにはできて父親にできない道理はない。

 

 それでも言わなかった。意図的に伏せていたと考えるのが、ユウキにとっては自然だった。

 

 

 

「確かに相談なんか乗れなかったかもしれねぇけどさ。それでも一言くらいあってもいいんじゃないか?それが両親2人して隠すなんてあんまりだろ……何も知らずに自分のことばっかりやってた俺が……バカみたいだろ‼︎」

 

「そんなこと……ユウキが旅先で一生懸命何かに打ち込んでいたのなら、私たちにとってこれほど嬉しいことは——」

 

「それが子供扱いだって言ってんだよ!自分のことに打ち込めってのはあんたの……あんたら親のエゴだろ⁉︎ その為に家族ひとり心配することも許されねぇのかよ‼︎ 大事なことはこれからも話す気ないんだろ⁉︎ あんたがどこで何してても、俺には関係ないって顔してさ……‼︎」

 

 

 

 それが……ユウキには堪らないことだった。

 

 昔から何か良くないことが起こっているとはわかっていても、誰からもその詳しい内容を教えられなかった彼にとって、それは蔑ろにされているに等しかったのである。

 

 だから……父や母が何かを秘密にしているのが、許せなかった。それはきっと、流星の民にまつわる話も含まれているだろうから。

 

 ユウキの怒号を受け止めたセンリは目を瞑って一呼吸置く。なんとか言えよと言わんばかりに睨みつける息子を前にして、父親は枕元に置いてある自分のマルチナビを手に取った。

 

 そして何かを操作すると……データストレージからひとつのバッジを取り出した。

 

 それはトウカジムを制覇した証——“バランスバッジ”である。

 

 

 

「受け取れ……ユウキ」

 

「…………は?」

 

 

 

 それを手に取ってユウキに差し出すセンリ。少年は、その行動の意味も言葉も本当に意味がわからないといった感じで声を漏らす。

 

 

 

「試合は結末こそ私の管理不足が招いたものだが、それまでのバトルの経過は十分これを受け取る資格に適っていたことを示していた。胸を張って受け取るといい」

 

「……親父、今冗談なんか聞いてられねぇぞ?」

 

 

 

 それはまるで話をはぐらかすように、いきなりジム戦の成果を突き出してきたセンリ。それに対してユウキは腹の底から怒りが込み上げてきた。

 

 

 

「冗談なんかじゃない。お前は本当に強くなっ——」

 

「ふざけんなッ!!!」

 

 

 

 センリの賞賛は彼の耳には届かない。ただあしらわれるように手渡されたそれを手の甲で弾いて、ユウキは激昂する。

 

 

 

「『お前に話すことはない』って、そう言いたいならはっきり言えよッ‼︎ 隠して誤魔化して話逸らして……もうウンザリなんだよッ!!!」

 

 

 

 受けた扱いの冷遇さに傷ついたユウキはそう叫んで病室を出ていってしまった。

 

 その様子にジョーイはユウキを呼び止めようと声を出そうとするが、それはまたしてもセンリによって止められる。

 

 

 

「……今はそっとしてあげてください」

 

「いいんですか?息子さん、あなたと話がしたかったんじゃ……」

 

「今は……これで。今、彼を納得させられるだけの言葉は……ありませんから……」

 

 

 

 センリはそう言って弾かれて病室の床に転がったバランスバッジを見つめる。

 

 その瞳の奥にある真意を知る者は……今この場にはいなかった……。

 

 

 

 

 

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父と息子、確執は深まるばかり——。

ジム戦やると言ったな。やったカウントにならんかな〜……。

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第178話 夜雨の再会


肩こり目疲れからのゲキオモ頭痛に便秘腹下しによる一日がありましたがあんときは三途の川見えた。




 

 

 

 トウカシティは生憎の雨で、日が暮れかけているのも相待って街全体が薄暗かった。

 

 その中にひとり飛び出した少年は、冬の冷たい雨に打たれていた。撥水と保温性に富んだトレーナーウェアといえど、その刺すような痛みを凌ぎ切ることはできない。

 

 しかし今の少年はそんなことに気を回す余裕はなかった。感情のままに父親を罵倒し、赴くままに走ってきた。どれくらい走ったのかも朧げになるほど必死だった彼の体の芯には熱が篭っていて、今にも吐き出してしまいそうなほど胸が痛かったからだ。

 

 

 

(……何やってんだろ……俺……)

 

 

 

 物心ついた時からあった、胸に留まるこのしこり。それが何に由来するものか、彼にはずっとわからなかった。

 

 それが家庭における疎外感で、父も母も自分には多くを語らないことから来る寂しさだったのだと気付いたのがついさっき。ただ、気付いたら気付いたで、それを認めるのも癪だったのである。

 

 それでも両親の言動を尊重できるほど大人にもなれず、言語化できない心の内を無理やり曝け出した結果があの問答である。拙い——なんてもんじゃない。ユウキは自分の未熟さに打ちひしがれていた。

 

 

 

(なんなんだよ……親父のあの態度は……)

 

 

 

 自分を責めつつも、やはり父親のしたことが許せない。

 

 確かに自分が詰め寄ったことで、話を穏便に済ませることができなくなったのはユウキの落ち度だっただろう。しかしそれをまるであしらうように、ジムバッジを贈呈しようとしたセンリの行動は、息子としてもトレーナーとしても看過できるものではなかった。

 

 説明責任を果たさず、ジムリーダーとしても役不足な姿を晒し、挙げ句の果てには取ってつけたように『強くなった』——などと言われてしまえば、ユウキの怒りは自然と爆発する。

 

 冷ややかな雨に打たれていても、その怒りと寂しさで荒れた心が冷まされることはなかった。そんなユウキのいる薄暗い街道に、灯を灯すべく水銀灯がその場を照らし始めた。

 

 温暖なホウエンとはいえ、冬の雨に夜の寒さは堪える……刺すような冷たさに身震いさせた少年は、そういえばと腰元に手をやって気がついた。

 

 

 

(そいえば……手持ちは病院に預けてきたままなんだっけ……)

 

 

 

 感情のままに飛び出してきたため、ポケモンたちの引き取りを忘れていることに気が付いたユウキは、何をやってるんだろうと改めて自分の行動に頭が痛くなってくる。早く戻ってジム戦の労いくらいしないといけなかった。

 

 もうとっくに日が暮れている。タイキたちも心配しているだろう。そろそろ戻ろうか——そう考えていた時だった。

 

 男性が……後ろから声をかけてきた。

 

 

 

「…………ユウキくん?」

 

 

 

 若いのかそうでもないのかわからないくらいの中低音に呼び止められ、振り返るユウキ。

 

 そこにいたのは、大荷物を持つ、厚みのあるジャンパーを着た青年だった。見覚えがない彼に対してユウキは怪訝な表情を向ける。

 

 

 

「やっぱりユウキくんだ!お、覚えて……ない?一回ムロで会ってるんだけど……じ、ジム戦の時さ……」

 

「…………あ」

 

 

 

 青年の言葉でユウキは思い出した。

 

 トウキとの一戦を終えてすぐ、町を上げた宴会の席に現れた記者のひとり——名前を確か、ダイという男だったと。

 

 

 

「ダイ……さん……?」

 

「名前まで思い出してくれたの?すごい記憶力だね……う、嬉しいよ」

 

「いえ……」

 

 

 

 ユウキを褒めるダイはどこかぎこちなかった。暗がりにひとり佇む少年に対する心配なのか、それとも……。

 

 とにかくダイはそんなユウキとのコミュニケーションを取るために、必死で言葉を紡ぐように努めていた。

 

 

 

「あ、雨降ってるのに傘も無しにどうしたんだ?もう日暮れだし、風邪引くぞ……?」

 

「ああ……そう、ですね。そういえば傘、持ってないや」

 

「おいおい。プロトレーナーが体調管理を怠るなんてダメじゃないか。若いからって風邪は引くぞ?」

 

「……そうですよね。プロなんだから……そんくらい……」

 

 

 

 ダイの質問に対して心ここに在らずといった具合のユウキ。青年はその様子から、唯ならぬ気配を察した。

 

 話した時間はそう多くはない。しかし、取材を進めてきた少年の性格と若干のズレを感じたダイは勘付くのである。

 

 

 

「……うち、来るかい?」

 

 

 

 ダイは多くの疑問を飲み込んで、ユウキにそう提案した。予想の斜め上の展開に、落ち込んでいた少年も流石に反応せざるを得ない。

 

 

 

「え………?」

 

「俺ん家。実家だけど。トウカにあるんだ。今は爺さんしかいないから静かなんだ」

 

「いや意味がわかんないというか……」

 

「あーいや。別に嫌ならいいんだ。なんというかずぶ濡れだし、雨宿りくらいさせてあげてもいっかなって……勿論行く宛があるならいいんだけどさ……」

 

 

 

 そう言うダイは優しげで、わずかにあったユウキの警戒心を解くには充分な柔和さがあった。

 

 そしてユウキにもまた、その提案に乗りたくなる理由もあった。

 

 

 

(今は……帰りづらいな……)

 

 

 

 きっと今晩もトウカジムに泊まる手筈になっているんだろう。となると、必然的に今日の件でジムにいる人間からあれやこれやと質問されることは目に見えていた。

 

 そうでないにしても、今は噂話ひとつ聞くのも嫌だった。むしゃくしゃしている間、顔馴染みと会うのも気が引けるユウキは、ダイの後をついていくことを決定するのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

「お邪魔……します……」

 

 

 

 弱々しくそう言う少年は、まるで迷い込んだ小型のポケモンのようにダイには見えた……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 雨足が強くなって来ると共に、空には雷鳴が驚いていた。時々稲光が走る悪天候に早足でダイの実家と称される場所に2人は向かった。

 

 その家に着くと、ダイは少しだけユウキを玄関外で待つように言い、一足先にその家の戸を開けて中に入った。

 

 

 

「ただいま〜——」

 

 

 

 ダイは間の抜けた声で家主に帰宅を告げる。いつも帰ってくるような調子で男が屋内に入った時、すぐに事件は起こった。

 

 

 

「なんじゃお前ェッ‼︎ 勝手に入ってくんなぁッ!!!」

 

 

 

 突然の怒号。年寄りの男性のものと思われる野太い声と共に、ダイは玄関先から弾かれるように外に転がっていた。

 

 ユウキは何事かとダイに駆け寄ろうとするが、直後に玄関から姿を表した人間を見て、ギョッとして立ち止まる。

 

 車椅子に乗った強面の老人がそこにいたのだ。その顔は雷で照らされて、より威圧感を増していた。

 

 いや、そんなことよりも、ユウキにはどうしても見過ごせないものがあった。正確には()()()()——というほうが正しいのかもしれないが。

 

 その老人の右足がない事に、ユウキの意識は釘付けになっていた。

 

 

 

「——痛ってぇなッ‼︎ なんだよじーちゃん!俺だよ俺ッ‼︎」

 

 

 

 硬直するユウキを他所に、ダイは今し方自分を突き飛ばした祖父に向かって食い下がる。だが祖父は、そんな青年を見下ろしながら冷淡に吐き捨てる。

 

 

 

「知らんなぁ。見覚えのないコソ泥め。ワシのカメラ勝手に持ち出したクソガキなんぞ知った事ではないわ」

 

「やっぱ覚えてんじゃんッ‼︎ というかもう何年も前の話だろそれ⁉︎」

 

「盗人猛々しいッ‼︎ どの面下げて帰ってきたんじゃと言っとるんじゃッ‼︎ この祖父不幸モンがぁッ!!!」

 

「いいだろ別にッ!一人前のカメラマンになったらくれるって言ってただろ⁉︎」

 

「半人前以下の馬鹿者にくれてやるとは言っとらんわッ!!!」

 

 

 

 玄関先で泥まみれで抗議するダイと全く譲ろうとしない祖父の言い争いを見て、ユウキはポカンと呆けていた。

 

 どうやらダイがこの家を出ていくにあたって一悶着あったことだけは察した。だからこの状況で「雨宿りさせてくれ」と頼める気がしないのである。ようやくそこまで思考が回ったところで、祖父の鋭い眼光がユウキに向いた。

 

 

 

「なんじゃワレ……いつからおったんじゃ?」

 

「へッ⁉︎ あ、いや俺は……」

 

「じーちゃん!この子は俺が連れてきた客人‼︎ ずぶ濡れだったから雨宿りさせてやりたいんだよ!」

 

「なんじゃと……?」

 

 

 

 ユウキが丁度「頼みづらいなぁ」と思っていたことをすんなり言い放つダイ。その面の皮の厚さに冷や汗をかく少年を、老人はじっと見つめていた。

 

 

 

「……全く。急に帰ってくるなどと連絡を寄越したと思えば……勝手な性格は相変わらずなようじゃのう」

 

「ごめんって……でもこれはじーちゃんに似たんだと思うよ?」

 

「減らず口だけは一丁前じゃな。ほれ小僧。いつまでもそんなとこ立ってないで早う入れ」

 

「………え、あ?はぁッ⁉︎」

 

 

 

 老人は何をしていると言わんばかりにユウキを招き入れる。その様子にユウキは思考が追いつかず素っ頓狂な声を上げる。

 

 先ほどまで言い争っていたのはなんだったんだと問いただしたかったが、うまく言語化できず舌が空回ってしまう。

 

 

 

「丁度いい。今し方飯を作り過ぎてしまってな……消費を手伝え、小僧」

 

 

 

 そう言って慣れた手つきで車椅子の電動レバーを操作し、家の中にスッと消える老人。呆気に取られたユウキがその背中を見送っていると、その肩にダイが手を置いて言った。

 

 

 

「ほら、早く入ろうぜ。風邪引く前にさ」

 

「いや……だってさっきまで揉めてたじゃないですか……なんていうか……いいのかなって……」

 

 

 

 ユウキは今のやりとりが不思議に思えて仕方がない。

 

 話の意味はわからないが、長らく連絡を取ってなかった風なことを言っていた。それも揉め事ひとつあった上で。それを何食わぬ顔で帰ってこられた祖父の気持ちを察するあまり、彼にはこの招きが信じられなかったのである。

 

 迷惑かけた孫の勝手な振る舞いのことはもういいのか……と。

 

 

 

「いいんだよ。本気で怒ってたら俺の連絡なんか無視してただろうし。飯作って待ってたってことは……そういうことだろ」

 

 

 

 ユウキはそれを聞いて、よくわからないながらも、この2人が本気でいがみ合っていたわけではないんだと悟った。本気なら飯を作って待ってるなどあり得ない。これが、ダイと祖父とのコミュニケーションの取り方なのかも知れないと感じたのである。

 

 釈然とはしないながらも、ユウキはそれを飲み込んで、言われるがままダイの祖父の家に上がり込んだ……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 招かれてすぐに用意されていたのは、飯よりも先に風呂だった。

 

 浴槽に並々張られたお湯にはフエン印の入浴剤が溶け込んでおり、浴室には柑橘系の匂いが立ち込めていた。一人暮らしには明らかに大きい浴室で、俺とダイさんは一緒に体を温めたわけだが……風呂の準備まで万端だったとは、お爺さんには恐れ入る。

 

 そして浴室から出ると、脱衣所には着替えまで用意されていた。成人用でどうやらダイさんの持ち物らしいそれは俺には少し大きかったが、それでも着れないことはなく、ありがたくそれに袖を通した。

 

 

 

——バリィ〜。

 

 

 

 着替えが完了したタイミングで、脱衣所にいきなりそのポケモンが入ってきた。

 

 見た目は人型。桃色の肌のパントマイマーのような見た目をしたそいつは、“バリヤード”というカントー地方などでよく見るポケモンである。

 

 その高い知性と温厚で気さくな性質を示す彼らは、あっちでは主にヘルパーなどに駆り出されることが多いらしい。ホウエンではちょっと珍しいけど、おそらくはお爺さんの世話係的な役回りなんだろう。

 

 案の定、彼は俺たちを案内するために現れたようで、手招きして俺たちを食卓のある部屋へと通された。

 

 

 

「早よ食え。冷めちまう」

 

 

 

 お爺さんは俺たちを見るや否や、既に並べられた米と味噌汁、煮付けや野菜の盛られた夕飯の席に座るよう急かす。

 

 テーブルに着くと、俺は食べる前に何かお礼をと思いお爺さんを見たが、仏頂面のまま先に食事に箸を付けていたので話しかけられなかった。

 

 それでダイさんを見ると、元気に「いただきます」と言ってから茶碗と箸を持って食べ始めたので、俺もそれに恐る恐る習った。

 

 何となくおかずより先に手元の味噌汁に手をつけてみたが——

 

 

 

「……うまっ」

 

 

 

 味噌汁の一口がやけに美味く感じた俺は、勝手にそんなことを呟いていた。それを聞いたダイさんがニカっと笑う。

 

 

 

「だろ〜?じーちゃんの味噌汁めちゃくちゃ美味いんだよ」

 

「お前が自慢することじゃない。無駄口叩いとらんとさっさと食え!」

 

「褒めてんのにそりゃねぇよ〜」

 

 

 

 褒められたお爺さんは照れ隠しなのかそんな風にダイさんを突き放す。それに対していつものことと言わんばかりに物申すダイさん。いつもの2人のやりとりが垣間見える会話だった。

 

 

 

「……元々こりゃ死んだ婆さんの味だ。婆さんのはもっと美味いからな」

 

 

 

 少し寂しそうにそう言うお爺さんだったが、すぐにそれが惚気の類だとわかった。ずっとへの字に曲がった口が初めて緩んだからである。多分、奥さんの味噌汁が大好きだったんだろうな。

 

 そんなお爺さんがとてもいい人で、いきなりきた俺のことも特に嫌がることもなく面倒を見てくれてるのがわかると、今度は自然と感謝の言葉が口に上った。

 

 

 

「ありがとう……ございます。こんなによくしてもらって……」

 

「ふん。子供が遠慮などするな。昔はその辺の子供が他所の世話になるなど当たり前だったんだから」

 

 

 

 昔……というと本当に何十年も前の話だろうか。今は防犯の観点からそうしたことは少なくなったというが、俺からするとそんな時代の方がすごいと思う。引きこもってた頃に知らない誰かが家に上がってきたらパニックだったろうし。

 

 

 

「でもじーちゃんは変人でさ。地元の子供にはずっとビビられてたなぁ。婆ちゃんは優しかったけど」

 

「余計なこと言わんでいい。全く、うるさくて敵わんというのにあいつときたら……」

 

「はいはい。それでも写真見せる時はノリノリだったのも余計なことですかねー」

 

「今からでも出ていってもらっていいんだぞ?」

 

 

 

 ダイさんの口ぶりからすると無愛想なのは昔からということらしい。まぁ昔気質の人なら珍しくもないんだろうけど。

 

 しかし……ではその足も、昔からなんだろうか。

 

 

 

「……気になるか?」

 

「え、あっ!いや、すみませんッ!」

 

 

 

 俺はいつの間にかお爺さんの足元を凝視してしまっていたらしく、それを気取られてしまった。失礼なことをしてしまったと詫びるが、本人は気にしていない様子だった。

 

 

 

「こいつぁ昔無茶やった代償じゃ。いや、そんな格好のいいもんでもねぇか」

 

「事故……とかですか?」

 

 

 

 俺はそう呟くお爺さんに詳細を聞いてしまう。デリケートな部分だから聞くのも憚られるのが本音ではあるが、ここで聞かないのも同時に変かなと思い、好奇心混じりに質問する。

 

 

 

「ポケモンだ——」

 

 

 

 その返事は、俺を容易く絶句させた。

 

 ポケモン……身体能力で人間より遥かに勝る彼らによる惨劇だったことを示したそれは、俺の胸をざわつかせた。

 

 だが、本当に胸を痛めるのはこの後だった。

 

 

 

「敵を……人間を傷つけるために訓練された兵隊さんにやられた。俺がその惨状をアレに納めようとしていた時だ。いきなり地面から現れたナックラーに膝から下を持ってかれたよ」

 

 

 

 お爺さんはアレと言って、ダイさんが持ち出したというカメラの入ったバッグを睨みながら当時の惨劇を語っていた。

 

 一度ナックラーを育てた俺にはわかる。その牙と顎がどれほど強靭で、危険な代物かを……。

 

 しかしその表現からもわかる通り、やったのは野生のポケモンではない。しっかりと指示をするトレーナーのいる……調教されたポケモンの話をしていた。

 

 それが示すのは……多分俺の気のせいなんかじゃないだろう……。

 

 

 

「ユウキ君も二千年戦争は知ってるよな?じーちゃんはそこで戦場カメラマンやってたんだ」

 

 

 

 補足を入れてくれたダイさんのおかげで、予測は確信に変わる。

 

 二千年戦争。流星の民たちが起こした数年にも及ぶホウエンで起きた武力闘争。終戦した今でもその遺恨は残り続けている……俺にとってはもう耳に馴染んだ言葉だった。

 

 お爺さんはその現場を、ダイさんの持ってたあのカメラ片手に走り回っていたそうだ。

 

 

 

「人と人。ポケモンとポケモンが本気の殺し合いに興じている……その光景がどれほど虚しいもんかを世界に知らせるために、ワシは戦場を駆けた。駆けて駆けて——そうしたら、その足の方を支払うことになってな……」

 

 

 

 お爺さんはそう言ってから、車椅子を狭いスペースで軽やかに動かして、自分の背後にあった棚に向かった。その所作の慣れ具合から見て、この生活がどれほど長く続いたのかを物語っていた。

 

 お爺さんはその引き出しからスクラップ帳を持ってきて、膝の上で内容を改め始めた。

 

 

 

「だが……足を失っても後悔はしとらん。あそこには地獄しかなかった。流星の言葉に耳を貸してあっち側の思想に飲み込まれた連中にはそれがわかっておらんかった。蜂起賛同しておった馬鹿者たちにこれを見せたら、面白いくらいに顔を青ざめさせておったよ」

 

 

 

 そう言って見せてくれたのは戦場の生々しい光景だった。

 

 現像された写真ははっきりとそこで行われた命のやり取りを鮮明に映し出していた。俺はそこから熱や叫び声が聞こえてきそうな気がして……青ざめたという彼らの気持ちをすぐに理解した。

 

 煙、土、火……そして血と、生きていたであろう何か。それらが語るのは本当にそれがあったという現実と、これを正当化していい理由など存在しないという悲痛な叫びだった。

 

 

 

「じーちゃん。飯時にはやめろってそれ」

 

 

 

 俺が写真に釘付けになっていると、ダイさんがそれを祖父から取り上げて、元あった場所にしまった。声こそ穏やかだったけど……やっぱりダイさんも良い気分ではない様子だった。

 

 

 

「ごめんなユウキくん。疲れてたのにこんな話聞かせて」

 

「いえ……聞いたのは俺の方からですから……」

 

 

 

 実際、お爺さんの足のことを安易に聞いた俺が悪い。人の部位が欠損するような事態だ。どんな話でもきっと食事時にすることじゃなかっただろうことは予測できたのに。

 

 俺はそのことを謝ってから、再び食事にありつく。まだ味噌汁しか口にしていなかった俺の体は、自然と次の食物を要求していたので、食べ始めるとかなり早いペースで飯を平らげてしまった。いや全部美味いよこれ。

 

 

 

「ご馳走様でした……」

 

「いい食べっぷりだったなぁおい」

 

「美味しかったので……つい……」

 

 

 

 俺が食事の感想を言うと、お爺さんは急に咳き込みはじめた。どうやら飲んでいた味噌汁辺りが気管に入ったみたいだが、大丈夫だろうか?

 

 そんな老人の背中をさすっているダイさんが何故か俺の方を見ながらぼやく。

 

 

 

「ユウキくん……君、そういう才能あるの?」

 

「な、何がですか……?」

 

「いやごめん……なんでもない」

 

 

 

 俺は何もしていないはずなのに、ダイさんはどこか呆れたようにそう言った。

 

 なんだろう……今俺、なんか失礼なこと言ったかな?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 夕飯を終えても雨は止みそうにないということで、俺はこのままお爺さんとダイさんの家に泊まることにした。

 

 その報告を今更ながらカゲツさんに入れたが、思いの外すんなり聞き分けてくれたことにはホッとする。ただ……あの人がギャーギャー言わないのもそれはそれで不気味だった。

 

 とりあえずお許しが出たあと、寝泊まりするダイさんの自室に通されたわけだが……そこは六畳一間ほどで、ひとつの窓とデスク、漫画やフィギュアなんかが飾られた棚が目立つくらいの……なんとも男部屋らしい空間だった。

 

 ただ気になったのは……その荒れようである。

 

 

 

「ごめんな。数年前にこの家飛び出した時から掃除とかロクにしてなくて……空いてるスペースに適当に腰掛けてくれよ」

 

「空いてるスペース……?」

 

 

 

 ダイさんはそう言って、床に散乱している物を適当に跨ぎながら、眠るための寝具を取り出そうと押し入れの前立つ。しかしそこを開ける時にも散らかしたものが邪魔になっていた。そんな彼の文言に従おうとするも、俺にはその空間が見つけられない。

 

 そうやって目を泳がせていると……しわくちゃになった雑誌が目に入り——

 

 

 

「〜〜〜ッ⁉︎」

 

「ん?どうした?」

 

「え⁉︎ いやななななんでもないですッ‼︎」

 

 

 

 俺は“それ”から慌てて目を背けて返事する。自分でもわかるほど顔が熱くなっているので、速攻でダイさんからも顔を背けた。

 

 おいおい……こういうのその辺に放置すんなよ——ってちょっと待て。

 

 

 

「……ダイさん。30分だけ、俺に時間くれませんか?」

 

「へ……?」

 

 

 

 急で驚いただろう。そんな提案をする俺に間の抜けた返事をするのもわかる。

 

 だが緊急事態だ。説明をしている暇はない。今日ここで寝泊まりするという話がそのままこの部屋でということであるなら、今部屋の隅で何かが蠢いたものを無視できる神経を、俺は持ち合わせていない。

 

 俺はなるべく平静を装いながら、言葉の中に真剣な思いを含ませながら言った。

 

 片付けさせて欲しい……と。

 

 

 

 30分後——。

 

 

 

「なんということでしょう……あの荒れ放題だった俺の部屋が……」

 

「自覚あったんならせめて俺を通す前になんとかなりませんでしたか?」

 

 

 

 俺が一通り床にあったものを片付け、人の通行が容易になるくらいにした辺りで腰を落としたところで、ダイさんは他人事のように驚いていた。そう思うならあんな悍ましいものが現れる前に少しは手を加えていて欲しかったと思うのは贅沢だろうか……。

 

 ともあれ手持ちの殺虫剤は振り撒いたし、散乱していたゴミもまとめ、ざらついた床も掃除機をかけたので、俺としては一応一安心である。え、あの雑誌はどうしたって?あんなのただの紙の束だ。ちゃんと健全な表紙の雑誌と重ねて部屋の隅に追い込んだよ。視界に入らないのでセーフセーフ。

 

 

 

「でも手際いいねぇ。掃除好きなの?」

 

「好きっていうか……やんないと気持ち悪いだけです。自分の生活圏内に嫌な物残しときたくなくて……」

 

「へぇ〜。なんか意外だなぁ」

 

 

 

 意外と言われるほどのことはないんじゃないか?確かに男が神経質なのもどうかと思うけど、別に珍しいってほどじゃないわけだし。自分のみみっちい性格を考えると、むしろしっくり来るんじゃないか?

 

 そんな俺の疑問の視線に気付いたダイさんは慌てて訂正する。

 

 

 

「あ、いやごめん。別に君がズボラだと思ったわけじゃなくてさ」

 

「じゃあなんですか?」

 

「ほ、ほら、引きこもりってちょっと清潔にするの嫌がる人多いから……」

 

「やっぱズボラだと思ってたんじゃないですか。別にいいですけど……」

 

 

 

 心外と思わなくもないが、その認識はまぁわかる。社会に馴染めず、いくつになっても外出ができない人間を特集していたワイドショーで見た光景は、いつか来る将来の自分だと悩んだ日も多い俺にも想像がつく。

 

 もしかして俺、それと同列になりたくなくて掃除に執着してた……のか?

 

 

 

「……なんか自分が嫌になってきました」

 

「どうして⁉︎ そんな傷つけたッ⁉︎」

 

「違うんです……自分の醜さを見ただけなんです」

 

「何が君にそう思わせたんだよ……」

 

 

 

 ダイさんにはわかるまい。いやわかんなくていいです。他人と比べて少しでも優越感に浸ろうとする自分なんて……。

 

 そんなアホな後ろの向き方はさておき。そろそろ聞きたいことを聞かせてもらおうか。

 

 

 

「ていうか——なんで俺が引きこもりだって知ってるんです?」

 

「え……」

 

 

 

 俺の質問に硬直するダイさん。おそらく何か図星を突いたと思われる。それを確認して俺はさらに追求する。

 

 

 

「そもそも変だと思ってたんですが、半年も前に会った俺のこと、あんな暗い道でよく迷いなく声かけられましたね?あれ以来接点もなかったのに」

 

「あーいやぁ……それは……」

 

「いやよく覚えてたなぁくらいには思ってたんですけどね……俺が引きこもりしてたなんてデリケートな部分、知ってる人はそう多くないんですよ。トレーナーになったのが最近ってことは知られてるかもですけど」

 

「…………」

 

 

 

 ダイさんは誤魔化すように笑っていたが、流石に隠しきれなくなってきたという具合で沈黙。その顔は気まずばかり孕んでいた。

 

 大体、例え人覚えが良いからっていきなり出会った人間を久々に帰省する家に上げるというのも変な話だ。その際のお爺さんへの説明の面倒臭さは付きまとうし、俺も旅をしているトレーナーで、こんな雨如きで行き場を失うとは思ってないはずだ。

 

 もしかしたらずぶ濡れの俺が心配で声をかけてくれたのかもしれないけど、拾ってきたポケモンじゃないんだ。そうする動機がわからない。何か他人とは違う感情や事情がないと、今こんな状態になってないと思う。

 

 

 

「……ごめ……いや、すんませんでした」

 

「謝る前に、なんで俺のことそんな詳しいのか教えてくれません?」

 

「うぅ……白状するよ」

 

 

 

 ダイさんはそう言ってお手上げのポーズをとる。やはり何か特別な事情があるようだった。

 

 まぁ……彼の職業を考えると、薄々その理由は見えてくるけど。

 

 

 

「実は……ずっと君を取材してまして」

 

「本人抜きで……?」

 

「そ、それは……今の君の人物像を作った背景(バックボーン)を調べてからの方が深い取材ができるって……マリさんが……」

 

「それで俺に関係する場所を調べてた……と」

 

「す、すまない……別にストーキングするつもりはなかったんだ」

 

 

 

 ダイさんの自白から感じたのはそうされたことへの怒りよりも納得する気持ちの方が強かった。通りでやけに親しげにしてくれたと思ったよ。

 

 しかもこの狼狽えよう……まさか俺とこんなところで再会するとは思ってなかったんだろう。声をかけてきたのは勢い余ってなのか……どっちにしてもこの手厚い施しは、俺への罪悪感の裏返しなんだろうな。

 

 しかし……そうなるとまだ疑問は残る。

 

 

 

「そう言って調べてたのに……マリさんは今いないんですか?」

 

「……実はその……道中で喧嘩しちゃって……」

 

「えっと……それで別れちゃった……と?」

 

「言い方が良くない。まるでマリさんと付き合ってたみたいじゃないか」

 

「些細なことでいちいちキメ顔しないでください。指摘してる方が恥ずかしくないですか?」

 

「些細?俺はもっと肉付きのいい女性が好きなんだぞ?夢はグラビアアイドルと付き合うんだって公言して回ってる」

 

「正直者なのは大変結構なんですけど、それ絶対心の中だけで言っててください。死にたいんですか、社会的に」

 

 

 

 俺が聞いた以上……というか明後日の性癖事情まで白状しやがったダイさんを見る自分の視線が、さっきの虫を見るそれに近づきつつあるので、その辺にしてもらった。そういう話題でテンション上がるのはうちの師匠とどっこいどっこいである。

 

 

 

「でも喧嘩って……何があったのか聞いても?」

 

「正直そこ話すのが嫌で黙ってたんだけどね……いいよ。もし気分を害するようなことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「それは構わないですけど……」

 

 

 

 そう前置きをしてからダイさんはその経緯を話してくれた。

 

 半年前、ムロでのジム戦を機に俺に興味を持った2人が自社の雑誌に記事の掲載を訴えたが、上役の許可が降りなかった為、半ば強引に取材を敢行したと言う。

 

 その期間、会社からの費用は出ない完全に自腹で取材旅行を行なっていたというが、流石にダイさんの方が限界を迎え、その折に喧嘩別れする羽目になったらしい。

 

 色々ツッコミたいとこはあるんだけど……。

 

 

 

「いや……なんでそんな無謀なことしたんですか?」

 

 

 

 とにかくそれが1番解せない。まだ活躍もしてないトレーナーの為に半年も棒に振るやつがあるか。もし俺に将来性を感じたのならそれは光栄だけど……例えその審美眼を持ってたとしても、この愚行を肯定する理由にはならない。

 

 

 

「俺も我ながら思うよ……でもマリさんは、とにかく“1番”に拘ってた。君を見つけたのはどの記者よりも先だって……それを掻っ攫われたくないっていつもピリピリしてたよ」

 

「そ、そういうもんなんですか……?」

 

「記者って生き物は意地汚くてね。とくダネは『誰が最初に取り上げたか』——ってことにはえらく敏感なんだ。俺もその気持ちはわかるし、最初にその記事を世に出せるってことはとても嬉しいことなんだ」

 

 

 

 それが記者のステータスのひとつ。ダイさんは自嘲混じりにそう語る。そしてそんなとくダネの芽として俺を見ていることに……疑問を持ってなさそうだった。

 

 こんな俺が……だ。

 

 

 

「俺……そんなにすごいトレーナーじゃ……ないです」

 

「あ、いや……プレッシャーをかける気はなかったんだけど……」

 

 

 

 俺のネガティブな発言でダイさんは慌ててフォローに入る。

 

 その気持ちは嬉しいけど……プレッシャーとかそういうんじゃない。ただ、過大評価をそのままにしてはおけないだけなんだ。

 

 

 

「俺だって頑張ってきたことは自信を持って言える。ポケモンだって頑張ってきた。それなりにバッジも取れてきて……カナズミでツツジさんに勝てた時は、正直手応えを感じてました」

 

「あのツツジさん相手に勝ったのか!そりゃすごい——」

 

「でも……今日は親父と……トウカジムリーダーと戦ったんです」

 

「え、今日ジム戦してたの⁉︎」

 

 

 

 俺の話はどうやら寝耳に水らしい。ダイさんは声を上擦らせるほど驚いていた。そして、勝手にその先を話し始める。

 

 

 

「そっかぁ……それで負けちゃったんだ。だからあんな落ち込んで——」

 

「いや勝ちはしたんです」

 

「うんうん……うん?」

 

「でもあれは勝ちとは言えないか。親父が試合中に倒れちゃって……一応この場合は俺の勝ちらしいんですけど」

 

「いやちょっと待って?」

 

 

 

 話しの流れでいらんとこまで言ってしまった。ダイさんが待ったをかけるのも無理はない。

 

 

 

「その……お父さんがジムリーダーなのは知ってるよ?で、そのお父さんが試合中に倒れた……ってこと?」

 

「うん……最近働き詰めで、なんか思い詰めてたこともあったみたいで……それで俺、本気でやってくれなかった親父に当たっちゃったんです」

 

 

 

 なんで体調が悪いのに挑戦を受けたのか。昔から大事なことを何も言わない親父に俺は我慢の限界を迎えてしまったのである。

 

 それをどれだけダイさんが理解してくれるかはわからないけど……要は俺の器なんてそんなもんだと言う話だ。

 

 

 

「ガキでしょ?親父には親父の事情があるってのに、俺は自分が知らされてなかっただけで不機嫌になっちゃったんだ。そういうところは、いくら旅をして経験を積んでも治らない……子供と一緒なんです」

 

 

 

 自分の年齢を加味すればそれは仕方のない話かもしれない。でも俺は少なくとも、冷静になればそうしたことを理解できる。

 

 大人だって万能じゃない。もしくは俺の考えよりも深いところまで熟考した上で行動しているのかもしれない。ただ俺が見えてないものが、両親には見えているだけに過ぎないんだ。それを教えてもらえないことが、俺にとっては疎外感を感じるってだけ。それで拗ねる自分の器が……ひどく小さく見える。

 

 

 

「だから……パッとしないと思う。トレーナーとして華があるとも思えないし、普通に家族と揉めて、そんなことでウジウジ言う俺のこと……なんて……」

 

 

 

 ダイさんの選択は正しい。そんな無謀な取材をする暇があったら、早く見切りをつけて他のトレーナーを探すべきだ。俺が知るだけでもミツルやウリューといった逸材がいる。もう他所で取り上げられてるかもしれないけど、それでも俺に執着するよりはずっといい。

 

 そう思っていると……ダイさんは何故か生暖かい目で俺を見ていた。口元もなんか緩んで……なんだその顔は?

 

 

 

「ふんふん。いやぁわかる。わかるよぉ。おじさんにもそういう時期あったなぁー」

 

「あの……意味がわかるように言ってくれません?なにぶんバカなもんで……」

 

「いやぁ別に深い意味はないよ。ただ嫌なことがあったらつらいよなって話。それを誰かに相談とかもせず、雨にひとり濡れてたんだと思うと……フフ」

 

 

 

 あ……待って。皆まで言うな。気付きかけてる俺の脳みそも止まってくれ。

 

 いやちゃうねん。そういう年頃とか、悲劇のヒーロー気取りやりたかったとかそういうんじゃなくて——あぁ……あーぁあーぁあーぁ……——

 

 

 

「すいませんお世話になりましたところで話は変わりますがこの辺にフレンドリーショップはありますか?」

 

「この雨の中行くつもり?」

 

「ちょっと太めの縄と脚立が欲しくて」

 

「なんでだろう。その組み合わせ、不安しか感じない」

 

 

 

 止めないでくれ。羞恥心から解放されるにはもうこの世とさよならバイバイするしかないんだ。なんでこんな死にたくなる状況になりやすいんだ俺は……。

 

 

 

「ハハ。まぁでもそれなら声かけた甲斐があったよ。正直黙って取材してたことが足引っ張って、見つけてから声かけるまでちょっと躊躇ってたから」

 

「だったらそんな風にいじらんでください。年頃の子供にその手の攻撃効きすぎるんですから」

 

「君も大概達観してる方だと思うけどな……」

 

 

 

 何やら解せないという視線を向けられているが、達観してるとはまた見当はずれな感想だと思う。達観してる奴がこんなリアクションしないっての。

 

 しかしそんな奴のことを心配して声をかけてくれたのも事実。ダイさんには一応感謝しておこうと思う。

 

 

 

「でも、ありがとうございます……おかげでちょっと気が紛れました」

 

「そっか……それならよかったよ」

 

 

 

 ダイさんもそれ以上俺をいじるようなことは言わずに、優しく返事するに止まってくれた。

 

 そうこうしていると夜も深まってきたということで、俺たちは寝支度に入った。一度歯磨きのために部屋を出て、帰ってくるとすでにダイさんによって2つの布団が並べて敷かれていた。

 

 俺はその片方に寝転がり、ダイさんは俺の右隣の布団に入る。彼が照明を落とすのを合図に、俺たちは暗闇の中黙る。

 

 そうして時間が数秒、数分……どれくらい経った頃だろうか。ダイさんの方が口を開いた。

 

 

 

「ごめんな……色々聞き回って。あとじーちゃんの話も……怖がらせちゃったよな」

 

「え……あぁ……いいですよ。どっちも」

 

 

 

 今更怒る気になんてなれない。というより、自分に注目してくれてたことを怒る理由なんかない。

 

 腐ってもプロトレーナー。人気商売に片足突っ込んだ時点でこうして注目をされるのもある程度覚悟できてる——とはいえないけど。実際そんな人間いるなんて思ってなかったわけだし。

 

 だけど、将来を誰かが期待してくれることなんてあんまりなかったから、それはそれで普通に嬉しかった。ダイさんが気にするようなことは何もないと思う。

 

 お爺さんの件は……きっとダイさんも知らない地雷ではあった。この人は単に怖い話を聞かせたことを悔やんでるのかもしれないけど……俺としてはタイムリー過ぎて、逆にその話の方に興味が向いたくらいなのである。

 

 それで……少し踏み込んで聞くことにした。

 

 

 

「あの……もし差し支えなかったら……お爺さんのこと、もう少し聞かせてくれませんか……ダイさんのことも……」

 

 

 

 俺がそう聞くと、ダイさんは黙ってしまった。やはり人に聞かせたくないことなのかもしれないと、俺は少し後悔した。それでもこのままでは眠れないと思ったからこそ、もう少し踏み込みたい。

 

 

 

「俺も……あの戦争で人生狂わされた人たちと……話したんです。あんなこと、もう二度と起きちゃいけないって……お爺さんがその為にカメラを持って行った気持ち……少しだけ……わかる気がします……」

 

 

 

 それは的外れかもしれない俺の意見。これでダイさんの機嫌を損ねれば、もう話を聞くことはできないだろう。

 

 それで拒絶されるなら、もう何も聞くまい——そう思っていたが。

 

 

 

「つまんない話かも……でも話すからには、寝落ちは勘弁してくれよ……?」

 

 

 

 そう言って、ダイさんは重い口を開いてくれた。

 

 

 

 

 

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それは記者となる少し前の男の話——。

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第179話 三者三様


最近難産が続いてますが、設定細かく考えすぎた弊害ですね。
過去話の振り返りとかもしながら執筆するので時間がかかるかかるw

更新気長に待っていただけると助かります(ボロッ)




 

 

 

 ダイはシンオウ地方の生まれだった。

 

 新聞記者である父を持ち、母共々関係は良好。兄弟はいなかったが、不自由の無い生活の中で、ごくごく普通の青春時代を送っていた。

 

 ひとつだけ変わったことがあるとしたら、ホウエン地方の祖父との密かな友情だろうか。

 

 

 

——いいかダイ。写真はただの思い出じゃない。その時間と空間、それらそのものを切り取って封じ込めるものなんじゃ。

 

 

 

 写真家の祖父はいつもそう言って、ダイに自分の撮影した写真を見せていた。

 

 それは時に風景であったり、人であったり、ポケモンであったり……およそジャンルと呼べるものはなく、ただその言葉通りに美しい一瞬を切り取ったその一枚一枚を見ていたダイは幼い頃から惹かれていた。

 

 そんなダイが撮影をし始めるのに、そう長い時間はかからなかった。彼は親にせがんで買って貰ったインスタントカメラをいくつも使い潰す勢いで、祖父に負けないくらいの写真を撮りまくったと言う。

 

 そしてそれを祖父に自慢しに行くのが、彼の一番の楽しみとなった。

 

 

 

「でも酷いんだぜ?見せる度に『ピンボケが酷い』とか『角度がなってない』とかダメ出しばっか。可愛い孫に容赦ねぇのよあの爺さん」

 

「アハハ……なんか想像つくかも」

 

 

 

 祖父の辛口審査でいつも頬を膨らませていたダイ。それで今度こそはと次から次へとシャッターを切りまくったそうだが……結果として、それはダイの青春時代をカメラ一色に染めることになった。

 

 思春期に熱中したそれが丸々人生の指針となり、気付けばダイはポケモントレーナーになることを毛程も考えない男へと成長していた。ただ写真を撮りたい。そしてそれを職業にしたいと考えるようになった。

 

 そんな人生の帰路に立った時……その戦争は起こった。

 

 

 

「すぐにシンオウを呼びつけたんだけどさ。その頃ちょうど体を悪くしたばーちゃんがトウカの病院で寝たきりでさ。それもあってじーちゃんは戦火が迫ることになってもそこから動けなかったんだ」

 

「じゃあ……ダイさんがホウエンにいるのって……」

 

「まぁ……ね」

 

 

 

 両親はもちろん反対した。祖父を思う気持ちはわかるが、自分まで危険な場所に飛び込むことはないと。

 

 それでしばらくは引き止められたが、戦火が広がる速報を受け取る度にダイは胸が締め付けられるような思いになった。

 

 そして戦争がもっとも苛烈を極める時に……まだ10歳前後だった彼は全ての制止を振り切ってホウエンに飛び出したと言う。

 

 だがその決断は、意外な形で彼らの人生を大きく変えることになる。

 

 

 

「びっくりするかもしんないけどさ。俺がばーちゃんの面倒を見るようになってから……じーちゃんは戦場カメラマンになったんだ」

 

「え……そんな時に……?」

 

 

 

 案の定、ユウキはその行動が理解できずに困惑する。何を思ったのか知らないが、妻を孫に任せきりにしてまで戦場へ出かけて行くその神経がわからなかった。

 

 何に突き動かされたと言うのか……例え理由があったとしても、それを肯定できる材料になり得るのか……少年は理解に苦しんだ。

 

 

 

「それで足持ってかれたんだから自業自得だよな。父さんや親戚からも酷い言われようだったよ……それもあって、今は俺以外の親戚はじーちゃんと絶縁中。勝手やってる間にばーちゃんも死んじゃったら……仕方ないよな」

 

 

 

 それ以来、ダイだけが祖父の世話をするようになった。結局戦火で焼かれることはなかった今のこの家に住みつき、片足を失った老人の介護を始めたのである。

 

 戦争が終わるまで……そして終わってからも、しばらくそんな生活が続いたそうだ。

 

 

 

「なんでそうしたのかって言われてもな……まだじーちゃんの行動の全部に納得は……俺もできてないよ。でも……男が何も言わずにそんな危ないことしたんだ。俺はその覚悟と理由を信じたかった。じーちゃんは口悪いけど……ばーちゃんの事は大好きだったと思うから」

 

 

 

 それゆえにダイは祖父を見捨てられなかった。彼はそれだけ祖父と濃い時間を過ごしていたのである。

 

 

 

「この家建てたのもそんなばーちゃんのためだったんだ。子育ても終わっていよいよ老後だって時に……貯金叩いてこんな豪邸建ててさ」

 

「晩年に建てたんですか……?」

 

「ああ。変わってるだろ?大きな家がステータスに感じるほど俗物でも、将来見据えて建てる歳でもないってのに……二人暮らしには広過ぎる家を建てたんだ」

 

 

 

 その理由が祖母にあった。というより、祖母の意向を汲んだ形となったようだ。

 

 

 

「じーちゃんは見ての通り、コミュ力が壊滅的だからな……その癖本当は子供好きなんだ。それを知ってるばーちゃんが、近所の子供達を呼んで遊べるような広い家が欲しいって頼んだらしい。今思えば見え見えの気遣いだったって、じーちゃんがたまに話すんだ」

 

「そっか……お爺さんが優しいのは……」

 

 

 

 ユウキはそんな彼の祖父の不器用な優しさにやっと得心がいった。

 

 いきなり現れた自分を簡単に受け入れ、性格の割にはもてなし慣れしている風に感じた理由がそこにあったのだと朧げながら気付いたのである。

 

 だが……それだけに妻を失った時は見ていられなかったとダイは語った。

 

 

 

「ばーちゃんが死んだ時、じーちゃんは足を無くしてすぐだった。重傷負って最寄りの病院に運ばれた時、知らせが来てから俺はそこに飛んでった。『何やってたんだ!』——ってさ」

 

 

 

 流石にその時は祖父も塩らしかった。何も言い返す事なく、歳の割に逞しい体すら萎んで見えるほどにダイには感じられた。

 

 そして祖母の死を伝えると……初めて泣いた顔を見せたと言う。

 

 

 

「なんていうんだろ……俺その時初めて、『ああ、これが絶望した人の顔なんだ……』って思っちゃったんだ。本当にばーちゃんのこと大好きだったんだって……あれに嘘なんかなかったと思う」

 

「じゃあ……なんで戦場になんか……」

 

「俺もそう思って色々調べてみたんだ。そしたら……ばーちゃんとこの病院でその理由がやっとわかった」

 

 

 

 それはある日……まだ祖母が会話できるほど体力があった頃、祖父と2人で談笑していた昼下がりの会話をひとりのベテランジョーイが聞いていたらしい。

 

 ダイの聞き込みが彼女に及んだ時、その時の事を詳細に語ってくれたのである。

 

 

 

——いってきなさい。あなたの撮りたいものが……あそこにあるんでしょう?

 

 

 

「その時担当してたジョーイさんが言ってた。あれは嫁さんをほったらかしにするような男じゃないって……戦場に行ったのは、ばーちゃんが背中を押したからなんだって……」

 

 

 

 ダイは懇々と語る中で、その時自分の感じたあの切ない想いを振り返させた。

 

 自分の信じた祖父は、自分が思っている以上に素敵な人間だったことへの感動である。

 

 

 

「ばーちゃんが大好きだった日常は、病気と戦争の両方に持ってかれた。近所にいた子供達はみんな地方外に逃げたからね……それで心を痛めてたじーちゃんは、自分の撮影で出来る事を見出してたんだ。勿論それはばーちゃんを置き去りにしてやらなきゃいけない事だった」

 

 

 

 それを祖母は理解していた。語らずとも長年伴侶として生きてきた彼女にはわかる。

 

 そして、それをわかった上で祖父の背中を力一杯押したのだ。

 

 生涯の最期……愛する者といる時間を捧げて……。

 

 

 

「じーちゃんはそれでもばーちゃんと一緒に居たかったと思う。でも……ばーちゃんが好きでいてくれた自分ってのにも同時に嘘が付けなかった。男としての自分……“写真家”としての本分に……」

 

 

 

——時間と空間……それらを切り取る。

 

 

 

 それを……戦争に向けて行われたのは、今日食卓で語ったあの老人の言葉が全てなのである。

 

 あの悲惨で虚しい時間と空間を切り取る……そしてそれを後世に残して、二度とこんな事が起こらないようにと。

 

 ダイはそんな祖父の戦う姿を知って、その時やっと本当の意味で彼を尊敬したと言った。

 

 

 

「すげぇ人だよ……それを見れて、俺はホウエン(こっち)に来てよかったって思えたんだ。他のどこでも学べなかった大事な事を教わったよ……俺が目指す、一人前ってやつをさ」

 

 

 

——自分の撮りたい……自分にしか切り取れない時間と空間を……見つけるんだと。

 

 

 

 ダイはその頃の気持ちを思い出して、同時にこれを忘れていたのだと気付いた。

 

 吐露した過去が、再びあの瞬間に抱いた熱意を呼び覚ます。

 

 

 

「あぁ……そっか……マリさんが言ってたのは……これだ……」

 

「………?」

 

 

 

 ひとり何かに納得するようにポツポツと呟くダイに、何も知らないユウキは不可解そうに眉をひそめる。

 

 そのことを察したダイは、自嘲混じりに今朝方あった喧嘩の詳細を白状した。

 

 

 

「さっきマリさんと喧嘩したって言ったろ?あれの別れ際に言われたんだ」

 

——あんた言ってたじゃない!今の部署に異動になって、初めて私に挨拶した時のこと忘れたの……⁉︎

 

「——忘れてた……俺、そういえばそんな感じのことを言ったんだった」

 

 

 

 ダイは思い出す。自分がマリと最初に会った時の会話を。そその頃の境遇も併せて……。

 

 

 

「恥ずかしい話……じーちゃんのカメラを持ち逃げして写真家を目指した後は全然ダメでさ。それで仕事もなくて、キンセツ辺りでフラフラしてる時に今の会社に入ったんだ。本当は自分の腕一本で食っていきたかったから、妥協する形にはなったんだけど……」

 

「その時に……マリさんと会った……?」

 

 

 

 ユウキの予想は当たっていた。返事する代わりに小さく頷いたダイは、出会った頃から変わらないマリの話をし始めた。

 

 

 

「竹を割ったような性格……っていうんだろうな。とにかく何事もストレートで、俺に対してもそうだった。『あんたの撮りたいものは何?』って……取材のバディ組まされて最初に聞かれた時は度肝抜いたよ。でも、俺もヤケクソで入ったから、勢い余って言っちゃったんだよな……」

 

 

 

——自分が凄いって思ったもん……全部です!

 

 

 

 その言葉に込めた気持ちに嘘ではない——ダイはそんな青臭い心を思い出して……ようやく何かから解放されたような顔つきになった。

 

 

 

「そうだった……マリさん……おれ………思い出したよ……」

 

 

 

 語り疲れたのかホッとしたのか……急に意識が遠のく中でダイはここにいない彼女に向かって呟く。

 

 

 

「明日……謝りに………いかなきゃ……な……——」

 

 

 

 最後にそう呟いてから、彼はまだ目が冴えているユウキを残して眠りについた。

 

 その背中を見つめながら、少年は話された内容を整理する。

 

 

 

(お爺さんの生き様から感化されて、今のダイさんがいる。でもその過程は大変で……初心を忘れるほどキツイものだった……って感じかな)

 

 

 

 それは物語じゃ鉄板のサクセスストーリー。先達の背中を追いかけて自分もと孤軍奮闘する姿は……やはりユウキにも胸を熱くさせるものがあった。

 

 ただ現実はやはり甘くない。今もこうして思い通りに歩めないダイを見るとそう思える。だからこそ、応援したくもなるのだとも……。

 

 

 

(でも……お爺さんと今仲良くて……よかった……な……)

 

 

 

 そこは自分の境遇と重ねて見ていた部分。何の説明もされないまま、それでもダイが祖父の理解を諦めなかったからこそ繋がっている関係である。

 

 そしてそれは、自分ができていないことだと感じて……それでもよかったと言えるくらいには安堵する。

 

 ユウキはそんな気持ちの中、ダイの後を追うように意識を手放すのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキがダイの家に世話になる少し前。彼の母がひとり住まう家で、マリもまた一晩泊めてもらうことになった。

 

 生憎の悪天候の中、雨に濡れていたマリを見つけたサキは、まずは風呂と暖かいものを彼女に与えて、それから話を聞き始めた。

 

 今はマリがユウキの取材をするまでの経緯と、それがきっかけで先ほど相棒と喧嘩する羽目になったことを吐露させられたばかりだった。

 

 

 

「——って!なんで私はこんなことペラペラと話してるのッ⁉︎」

 

「オホホホ。随分口の軽い記者さんだこと♪」

 

 

 

 いつの間にか色々と喋ってしまっていることに驚いたマリは困惑する。その一方で、してやったりと笑うサキは実に楽しそうだった。

 

 その自白が母親の手腕であることにまだ気付いていないマリは、言ってしまったものはしょうがないと頭を抱えながら出された紅茶で喉を潤す。

 

 

 

「ぷはぁ〜……怒らないんですね。息子さんのこと、勝手に取材したり勝手に評価したりしたこと」

 

「あら?怒られるようなことじゃないでしょ?むしろごめんなさいね。あの子に期待してくれてるのに待たせちゃってるみたいで」

 

「あ、いやそんな……」

 

 

 

 マリは取材対象に気を遣わせてしまったことに慌てる。彼女もひとりの大人である。世話になった上、これから色々と聞こうとしている相手に気兼ねさせるようなことを言っている自覚があっただけに、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのである。

 

 だが、サキはそんなことで表情を曇らせるような人間ではなかった。

 

 

 

「親としては嬉しいわ。プロになったってだけじゃなくて、こうして人を惹きつけるトレーナーになれてるってことがね……だから、もしあなたがよければ、この先もユウキを応援してあげて欲しいわ」

 

「それは是非……お願いするのは私の方……です……」

 

 

 

 すっかりサキのペースに飲まれたマリは空になったティーカップの底を見つめたまま頬を赤らめる。

 

 その動揺を見るや否や、サキはニタリと笑ってマリの方へと踏み込んだ。

 

 

 

「どうして記者さんやってるの?」

 

「え……?」

 

 

 

 その質問は完全にマリの意識外から放たれたものだった。人に話を聞きに来たのに、まさか自分が聞かれてことになるとは思っても見なかったのである。

 

 それがマリの心に更なる隙を生んだ。

 

 

 

「気になるじゃない。自分の息子を取材している人がどんな人間なのか……どうせ今日は泊まって行くんだし、話のタネには持ってこいだと思わない?」

 

「そんな……私の話は……そこまで大袈裟なこともない……」

 

「あなたにとっては有りふれた過去でも、あなたしか味わったことのない経験よ。私はそういうの大好きだもの」

 

「う………」

 

「それに、私たちだけ一方的に話を聞かれるっていうのもフェアじゃないわ。対価が取材料だなんて味気ないもの。私は同じものを支払ってくれた方が嬉しいわね〜?」

 

 

 

 他人の過去に対する好奇心はマリも理解するところ。それがわかるだけに無神経だと突っぱねることはできず、その後に提示された要求も理に適っていると感じた彼女に逃げ場はなかった。

 

 その頃になってようやく、目の前の女性がかなりのやり手であることを理解する。そして、気付いた頃にはもう、全てを話すしかなくなってしまった。

 

 

 

「本当に面白い話じゃないですからね?」

 

「はいはい。そのうちに雨があがってくれるといいわねー」

 

「ぐ……はぁ。まぁいいです」

 

 

 

 当分止まない雨を恨めしく思いつつ、マリは少し間を取ってから話し始めた。

 

 自分が記者になった経緯について——。

 

 

 

「初めは……子供の頃に観た映像でした」

 

 

 

 マリは幼い頃、今でも鮮明に覚えているひとつの映像を思い出していた。

 

 それはあるポケモン同士の戦い。本気と本気がぶつかり合う、互いの全力を賭けたポケモンバトルである。

 

 

 

「その映像が頭に焼き付いて……同時に自分がどれほど幸福なのかと感じた。その場に立ち会えていない私がそれを観られたのは、この映像を残してくれた人たちによるものだって……」

 

 

 

 例えそれが自分の生まれる前から存在するものであったとしても、その誰かが残してくれれば、誰でも感動的な瞬間を拝めるのである。

 

 マリはそんなカメラマンを始めとする“メディア”というものに深い敬意と憧れを持つようになった。

 

 

 

「それで大人になったらずっとカメラで大勢の人を撮るんだって……小さな頃からずっとその夢に向かって生きた。ぶれない姿勢は周りと少し距離を空けることになったけど、今も後悔はしてない」

 

 

 

 それでも……マリはカメラマンという職に就くことできなかった。昔から男色の強い仕事でもあり、体力的にも業界の見識的にも、マリの願望は聞き入れられるものではなかったのである。

 

 だから、初めてメディアの仕事に触れたのは——テレビレポーターとしてだった。

 

 

 

「初めはそれでも楽しかった。まさかカメラに映り込む側になるとは思わなかったけど、被写体を引き立てる役に徹することにやり甲斐を感じたわ……でも、すぐに私は辞めちゃった」

 

 

 

 何故——サキはそんな疑問は口にしなかった。何となく察してしまったからだ。その業界の闇を。

 

 

 

「いわゆる女子アナってのも人気商売でね。視聴者はもちろん、現場の同僚やスポンサー、業界でふんぞり返ってる天狗トレーナーやコーディネーターみたいな芸能人……あとはライバル争い?露出できる場所は限られてるからっていう理由で、女子アナ同士でその席の奪い合いをするの。人によっちゃ自分の——」

 

「いいわ。皆まで言わなくて」

 

 

 

 サキに止められてハッとしたマリは、しまったという顔で固まってしまう。

 

 その頃のことを思うと、まだ冷静でいられない自分に気付いて、それを疎ましく思うマリは……少しだけ心を落ち着けるために黙った。

 

 

 

「……まぁそんなこんなでレポーターは引退。その時知り合った記者の伝手で、今の会社に入ったわ。ヤケクソ気味で」

 

「思い切ったのは好きよ。私も」

 

「でもそっちはそっちで問題児扱いされたわ。編集長には『熱意の化け物』——なんて揶揄されてね」

 

 

 

 そのあだ名はマリ自身認めるほどである。会社の方針で取材は必ず2人以上で行うように取り決められるのだが、マリの相方はその溢れんばかりの熱に耐えられず、潰れて行く者がほとんどであった。

 

 本人にその気はなかったが、その名に相応しい……新人潰しを敢行していたのである。

 

 

 

「どいつもこいつも腑抜けばっか……そう思ってた時、あいつと……ダイと会ったんだっけ」

 

 

 

 思い返すとその時の自分はやさぐれにやさぐれていた。その頃には新しく相棒にされる相手には何も期待などしておらず、何日保つかと自分の中で賭け事をする始末だった。

 

 そんな彼女は穿った態度で初対面のダイに対応。その時勢い余って変な質問をしてしまったと、いまだに後悔していた。

 

 

 

「『あんたの撮りたいものは何?』——って。今考えても何様って感じ。自分はカメラ一つまともに持ち上げられなかったってのにね」

 

「でも、そんな彼はその質問に答えた。そうでしょ?」

 

「…………ええ。『自分が凄いと思ったもの全部』って……まるで子供みたいに目を輝かせて」

 

 

 

 その純粋な言葉が、曇ったマリの心を照らした——本人にその自覚はなかったが、それでもマリは、それまでの鬱憤がいくらか晴れたのは感じたのである。

 

 そしてそれ以来、マリのパートナーが変わることは無かった……。

 

 

 

「それが今日になってついに解散よ。笑っちゃうわよね……口喧嘩くらいは日常だったのに……気が付いたら、あいつは昔の気持ちも忘れてた……」

 

 

 

 それが……今になってようやくマリに自覚させた。ショックだったのだ。やっと見つけた自分と同じ熱量を持つ同志が、いつの間にか腐っていたことが。

 

 

 

「でも……しょうがないわよね。私たちも30手前……いい加減現実見た方がいいんでしょうね。ワガママ言って、会社に迷惑かけて……わかってんのよ。自分でも無茶苦茶やってるってことくらい……」

 

 

 

 そう言いながら、マリは項垂れる。

 

 机に体を預けながら寝そべる態度からは、普段の覇気は感じられなかった。ここにかの相棒がいたら『らしくないっすよ⁉︎』——と驚かれるに違いない。

 

 そんな彼女を見て、サキは呟いた。

 

 

 

「それでも諦められないものがある……歳とかそんなの言い訳にしても、割り切れないものが……」

 

「…………!」

 

 

 

 それはマリの核心を突いていた。

 

 今言った弱音は事実だろう。それでもマリにとっての本心ではない。本当に願っているもの、成したい事は……そんな言い訳で誤魔化すことはできなかった。

 

 だからこんな歳になっても……彼女はこれと決めたものに打ち込むのである。

 

 

 

——感動的な瞬間を……この手で取り上げる為に。

 

 

 

「そうよ……その為に……一介の記者に落ちてもまだ足動かしてんのよ……だから……だから私は……!」

 

 

 

 バンッ!——と、項垂れていたマリはいきなり机を叩いて立ち上がった。

 

 その目は先ほどのような弱さなど微塵も感じさせないほど強いものが宿っていて、サキもこれには目を丸くした。

 

 

 

「だから納得するまでユウキくん取材すんのよ!私も自分の信じたトレーナーを最後まで信じるわ‼︎ ダイが忘れちゃったなら、この取材を降りたこと後悔させるくらい凄い記事書いちゃうんだから‼︎ 見てなさいよ〜〜〜!」

 

「元気がいいのはいい事ねー。でも……」

 

 

 

 ようやく普段の自分を取り戻したマリに、釘を刺すような視線が向けられる。

 

 

 

「会社にはやっぱり連絡した方がいいんじゃない?その記事書く為に戻っても、書かせてくれる場所が受け入れなかったら本末転倒よ?」

 

「うっ……」

 

「それにダイさん?彼にはこの長旅でお世話になってるんでしょう?夢を追いかけるは一向に構わないし、迷惑をかけるなとも言わないけれど……道理や誠実さを忘れたジャーナリストは誰も評価してくれないわよ?」

 

「ぐは……!」

 

 

 

 反論のしようのない正論がマリの胸を抉る。立ち上がったものの、サキの鋭い一言は彼女をもう一度席に座らせることに成功した。

 

 だがその助言を受け入れる余裕くらいは、まだあったようだ。

 

 

 

「わかってるわよ。明日にでも詫びの電話くらいいれるわ……許してくれるかわかんないけど……」

 

「フフ。きっと相手はびっくりするでしょうね」

 

「それどういう意味よ⁉︎」

 

 

 

 マリが素直に聞き入れようとするその姿勢に、普段の彼女を知っている者たちの有様を想像して笑うサキ。それは流石に失礼なのではと抗議するが、これもまたこの母のペースに乗せられているだけだと気付いて深く考えないようにした。

 

 

 

「はぁ……ユウキくんのお母さんって聞いてたけど、あんまり似てないのね」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。あの子のこと、本当によく見てくれてるのね」

 

「どれも人伝てよ。本物の彼を……もう半年は見てないんだから……」

 

 

 

 マリはそう言いながら、そういえばと何かを思い出して言葉を詰まらせた。

 

 取材の一環でホウエンを旅したというユウキの足跡を辿りながらあちらこちらで彼を知る者たちから話を聞いて回ったマリだったが、それが生まれ故郷であるジョウトまで及ぶとは、会社を飛び出した頃は想像もしていなかった。

 

 しかし想像していなかったのは、そこで聞いたことも同様であった……。

 

 

 

「……ねぇ。私の話はした。なら教えて貰えるのよね……ユウキくんのこと」

 

「約束だもの。もちろんよ」

 

「ユウキくんのこと……だけじゃなくても?」

 

 

 

 マリはもう一歩踏み込む。それにはサキも何かを感じ取ったのか、相手の顔を見ながらその続きを待った。

 

 目の前の記者は……重苦しい口を開く。

 

 

 

「あなた達家族のことも……教えて貰える……?」

 

 

 

 それは、マリからすると望み薄な問いだった。自分が聞いてきたことからすると、それは容易に語られる話ではないと推察されるからである。

 

 まして自分はマスコミ関係者。そんな話を聞かせたら、それを肴にどれほどのことを世間に広められるかわかったものではない。マリ自身、そうしたメディアの悪い側面を認めているからこそ、約束を盾に無理やり聞き出そうとは思わなかった。

 

 それだけ……マリ達が見聞きしたことは、重たいものだった。

 

 

 

「……約束だもの。謹んでお答えするわ」

 

 

 

 そんな承諾の声を聞いて、マリは目を丸くした。いいのか……と。

 

 

 

「でも……そうね。少し時間をくれない?具体的には……明日。急ぎでないなら、明日、お茶しながら話したいわ」

 

「それは……構わないけど」

 

 

 

 サキがそう言うのなら聞かせてもらおうとは思った。その為に待つ事もやぶさかではない。だが……その反応は、逆にマリを不安な気持ちにさせた。

 

 何せ、先ほどまで軽やかに話していた彼女の口がいきなり重くなったのだから。

 

 つまり、それだけ彼女にはまだ……——

 

 

 

「あまり面白くない話だけど……ね」

 

 

 

 マリがそう言ったように、サキもまた、同じような前置きだけを残して、その先は翌日へと持ち越すことになった……。

 

 

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 

「——小僧。父親と仲直りの目処は立ちそうか?」

 

 

 

 翌日——昨晩の雨が嘘のように晴れた朝。

 

 昨晩、ダイとその祖父の好意によって一泊したユウキは朝食にも預かることになり、夕飯と同じ食卓に招かれていた。

 

 ご飯と味噌汁、漬物に焼き魚と簡素ながらも胃袋を起こすのに充分なラインナップを頬張っていた時、老人からいきなりそんなことを言われた。

 

 度肝を抜かれたユウキは、恐る恐る質問する。

 

 

 

「いきなり……なんですか?」

 

「お前、トウカんとこの倅じゃろ?」

 

「だからなんでそれを……?」

 

 

 

 それが自分の父がこの街のジムリーダーをしていることを知っているという旨の発言だとはわかった。問題は何故それを知っているのか……ユウキは思わずダイを見る。

 

 

 

「いや……俺は何も言ってないよ?」

 

「別に他人から盗み聞いたわけではない。お前の父親から、直接聞いただけだ」

 

「親父……から……?」

 

 

 

 そんな繋がりがあったことにユウキは驚いた。しかしそれも意外と言うほどではないのかもと思い直す。

 

 同じ街に住み、家族を除けば割と人当たりの良い父はそれなりに人望を厚い。そんな彼と話した事があっても……不思議ではないのかと思った。

 

 だが、事態はユウキが思うような表面的なものに止まっていなかった。

 

 

 

「その帽子……やはり見間違いではなかったようだな」

 

「………帽子……?」

 

「息子のために土産として買って帰ったのを……まさかその子供が被ってくるとはな」

 

「ちょっと……待ってください」

 

 

 

 老人の口ぶりは、その辺りで世間話をした以上の関係を匂わせた。

 

 この人はこの帽子のことを……知っている?いや、それよりも気になるのは——

 

 

 

「この帽子……親父が買ったんですか?この……ホウエンで……?」

 

 

 

 ユウキは自分が普段使いで使っている黒い淵のついた白いニット帽を指して言っているのかと改めて問う。老人はすぐにそれを肯定する頷きを見せた。

 

 

 

「最初見た時は我が目を疑った。まさか、あの子供が自分の目の前に現れるとは……」

 

「じーちゃん、ユウキくんのこと知ってたのかよ⁉︎」

 

「話では……な。一応昨晩のうちにセンリに一報を入れたが……その時に事情はあらかた聞いておる。難儀しておるようじゃのう」

 

 

 

 老人は事態を把握していた。自分の父と元より知り合いだったこの人物は、昨日よりも優しげな声で話しかけていた。

 

 ユウキはそれを受けて、それでも疑問が残った。

 

 

 

「……親父は……ホウエンに行ったきり、ジョウトには一度も帰ってきてない……少なくとも俺は……知らない……!」

 

「じゃあその帽子を貰った時のことは覚えてない……?」

 

「それは……親父から貰ったって……母さんが……」

 

 

 

 ダイの質問は、ユウキに新しい疑問を与えた。そういえば自分は……この帽子を譲ってもらった時のことを覚えていない。

 

 というより……その頃のことをあまり覚えてはいないことに気付いた。覚えているのは5歳前後まで、家族と楽しく暮らしていたこと。そしていきなりホウエンへと旅立つ父に泣いて縋って止めたこと……。

 

 だが——

 

 

 

「やっぱ……覚えてないんだな」

 

 

 

 ダイのその一言にユウキは目を見開く。

 

 覚えていないとは……覚えていないということ。

 

 つまり自分は、何か大事なことを忘れている……と。

 

 

 

「俺、君の取材のためにジョウトにも行ってるんだ。そこで聞き込みして知ったことだから、確証はなかったんだけど……」

 

 

 

 自分の生い立ちを調べるために刊行した取材旅行が、まさかそんなことを知るに至るとは、ダイもその相棒も思ってはいなかった。

 

 そしてその当事者が目の前にいるということも……ダイにとっては複雑な気持ちだったのだろう。

 

 再会して以来、本当はずっとそのことを聞きたかった——それがカメラマンとしてのダイの希望だった。

 

 

 

「ユウキくん。君は一度——」

 

 

 

 ダイは言う。

 

 自分の聞いたことを。

 

 ユウキ自身が忘れている事実を——。

 

 

 

「……死にかけている」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……おうよ。寝覚めはどうだいジムリーダー?」

 

 

 

 トウカ総合病院の一室に、昨日倒れたジムリーダー、センリがいた。彼はここしばらくの心労が祟り、しばらくは安静を言い渡された身である。

 

 そんな病室に訪れたのは、彼の息子の師を務めるカゲツだった。

 

 

 

「ああ……こんなに体を休めたのは久しぶりだよ。ジムのみんなは今日も忙しいというのに、なんだか申し訳ないな」

 

「そりゃいきなりジムリーダーが倒れちまったら予定もめちゃくちゃだろうな〜」

 

「うっ……手厳しいな……」

 

 

 

 カゲツのそんな嫌味は、的確にセンリの罪悪感を刺激する。苦笑いするジムリーダーだったが、その顔は穏やかなままだった。

 

 

 

「昨日、ユウキに言われた通りだ……何をやってるんだろうな。トレーナーとしても、責任者としても、ひとりの大人としても……自己管理がまるでなってない」

 

「おいおい。懺悔室はここじゃねーんだぜ?カビ臭い独り言なんか聞きたくないね」

 

「そうだったな……すまない。息子のことでも、君には世話になりっぱなしだ」

 

「天下の“拳王”に言われりゃ気分もいいわ」

 

 

 

 今度は憎まれ口で対応するカゲツ。そんな男に、本当に感謝しているといった風のセンリは、窓の向こうの青空を見上げていた。

 

 そんな彼に、カゲツは近場の椅子に腰掛けて問う。

 

 

 

「どうせ聞くなら……昨日の話の続きを聞かせてもらおうか」

 

 

 

 そう言うカゲツの顔は真剣そのものだった。昨日の話の続き——そう称される話題を出されたセンリは、見上げていた空から目を背ける。

 

 その視線は自分の手元に向けられていた。そこには、昨日ユウキが弾き飛ばしたバランスバッジがあった。

 

 何も答えないセンリに、カゲツは続ける。

 

 

 

「俺が昨日聞いたこと覚えてるか?あんたは何も息子(あいつ)に語っちゃいない。それには事情があるんだと俺も思った。あいつもあいつなりに気を遣ってたが……そりゃ違った」

 

 

 

 カゲツは昨日の焼き直しと言わんばかりにもう一度同じことを話す。センリを直接見て、自分が思ったことをそのままストレートに語る。

 

 

 

「あんたは……語ることを恐れてる。それであいつに及ぼす影響ってやつにな」

 

 

 

 センリは昨日と同じカゲツの言葉に、肯定も否定もしなかった。ただ何か想いに耽るように、視線を落とすばかりだった。

 

 カゲツはそれでも、自分の考えを続けた。

 

 

 

「初めに違和感を感じたのはあいつの能力の話を聞いた時だった。固有独導能力(パーソナルスキル)の詳細と……その()()()()()を聞いた時だ」

 

 

 

 カゲツは初めて会ったユウキとのことを思い出しながら話す。初めはただの違和感、しかしそれは日々共に過ごすうちに明確な疑問へ……そして今は——ある種の核心へと変わって行った。

 

 

 

「あいつの能力は高度な現状の処理能力の向上。見た景色の時間を遅く感じるほどの情報処理と、その対処を導き出すイメージとしての照準だ。そしてそれは……専ら感情が昂るほどに精度を向上させる」

 

 

 

 それは珍しいことだとカゲツは言う。それでも、それだけならここまで気にすることはなかった。

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)は未だ謎が多い人間の能力。ポケモンと共に発現させるそれは、多くの仮説から有力なものを選んで通説としているだけで、全ての人間に当てはまるという類のものではない。

 

 だから、感添(かんてん)の能力が高い情報処理なのに、その出力が感情に左右されることには敢えて触れてこなかった。

 

 

 

「普通の感添(かんてん)なら、能力発動後は冷静な扱いで制御する。感情任せに能力の出力を上げるより、操作の仕方を上達させた方が効率がいい場合が多いからな。だがあいつは、興奮すればするほどその扱いを上達させてきた。人間の心理にここまで逆らった反応を見せるのは珍しい。狭くなるはずの視野は広がり、単調になるはずの思考はより高度な次元に達する……あいつの底知れなさを感じるのは、そういう時だ」

 

 

 

 四天王をしていても、そう見かけることはなかったタイプのトレーナーだった。

 

 自分のコンディションに左右される感覚派と理論と反復した作戦を武器に戦う頭脳派。ユウキはその大別される二つが結びついた稀有な感性を持っていた。

 

 そしてカゲツは、そんな希少性でも説明がつかない点に気付いたのである。

 

 

 

「だからって能力の性質はまんま頭で回すタイプのもんだ。それは変わらねー。あいつが日頃の感覚を偽ってねぇ限り、まず間違いなく使われてるのは脳みそってことになる」

 

 

 

 だからおかしいのである。ユウキはそんな能力であるにも関わらず、噛み合わない事実を述べていた。それは——

 

 

 

「それでも起動因子(トリガー)が“心臓”ってのは……どういうことなんだ?」

 

 

 

 カゲツは問う。その異様さ。有力とされる仮説とは食い違うそれを、見逃さなかった。

 

 

 

起動因子(トリガー)は能力の特性に密接に関わってる。あいつがいくら特別だとしても、脳で情報処理しているはずだ。これは人間の構造上そうなってるはずなんだよ。なのに、能力起動の身体的な起動因子(トリガー)生命の摩耗(エナジーフリック)も……あいつは常に心臓で感じてやがった」

 

 

 

 心臓も脳も、人間にとって不可欠な内臓という点では共通している。だが、その役割はまるで違う。そしてユウキの能力は、明らかに脳に偏ったもの。心臓が思考し、見たものの判断をするというのは、感覚的におかしいのである。

 

 カゲツは固有独導能力(パーソナルスキル)には例外があることも十分承知している。自分の知っていることが全てではないことも弁えていた。

 

 だがそれにもちゃんとルールが存在している。一見おかしな事象を目にしたとしても、突き詰めればそうなる理由がちゃんとあるということも知っていた。

 

 それが唯一……この能力に共通する公式なのである。

 

 

 

「……あんた、知ってたんじゃねぇのか?全部じゃなくても、そんな変わり者になってしまうあいつに、心当たりはあんじゃねぇのかよ?」

 

 

 

 カゲツはセンリにはっきりとした答えを求める。もし知っていたのであれば、何故黙秘する?黙っていることが彼のためにならないことはもうわかったはずだ。直接言えないのなら、せめて自分が捌け口になる——そんな気概で、カゲツは弟子の父を見た。

 

 それでもセンリは答えない。

 

 

 

「……おかしいのはまだある。あんたら夫婦のことだ」

 

 

 

 答えないのなら、自分の感じた違和感をさらに突きつけるだけだった。

 

 

 

「あんたの嫁さん……ありゃ元プロトレーナーだろ?しかも才能バリバリの……」

 

「……そんなことまで……わかるのか?」

 

「やっと口開いたな?だが気になるのはそんなことか?俺なら見りゃわかんだよ。ありゃ固有独導能力(パーソナルスキル)も持ってる。何よりバトルを見る時の思考が、上を目指してる奴特有のもんだった」

 

 

 

 カゲツはカナズミでユウキの母を見た時のことを思い出す。

 

 彼女はユウキの試合を見ながら、その目を輝かせていたように見えた。

 

 

 

「本気で戦ってくれる強者に喜べ——そんなセリフ、同じ感覚持ってる奴じゃないとまず出ねぇ。それが今は人の親……それに比べてあんたはジムリーダーとして働いてる……解せねぇんだよ」

 

 

 

 カゲツにはその在り方がひどく歪に見えた。その理由は、そんな母サキと目の前のセンリにあった。

 

 

 

「あんたの方が弱ぇのに……なぁ?」

 

 

 

 カゲツはそんな意外な見立てを口にした。そしてセンリは……ゆっくりとその見立てを肯定した。

 

 

 

「そこまでお見通しか……恐れ入る」

 

「ああ……なんせあんた、固有独導能力(パーソナルスキル)使えねぇんだろうからな」

 

「……その通りだ」

 

 

 

 センリはその言葉を噛み締めるように呟く。ジムリーダーにまでなった人間が特殊な能力ひとつ持っていないことを見抜いたカゲツは、やはりかとため息をついた。

 

 

 

「私に固有独導能力(パーソナルスキル)はない。トレーナーとしての才能も、特別なポケモンの保有も……私には“特別”と呼べるようなものはひとつもないんだよ」

 

「それでジムリーダーか……むしろそっちのがすげぇんだろうけどな」

 

「そう言ってくれる人もいる。だが、妻の方が才能も実力もあるというのは……事実だ」

 

 

 

 センリはカゲツの推察を認めた。彼はプロトレーナーを指導する立場でありながら、その才覚はそれらよりも劣るのだと。

 

 そしてその妻は、“拳王”と呼ばれるトレーナーの上を行く存在だという話だった。

 

 

 

「別に結婚して家庭に入ること自体は珍しくねぇ。才能ある方がトレーナーやんなきゃいけねぇ道理もな。どんな話し合いしたのかなんて俺にゃ興味のないことだ……だが、こんなになるまで棍詰めるあんたを見てると、どうもな……」

 

 

 

 病床から動けないでいるセンリを見て、カゲツにはその決定が果たして充分話し合いをした上での決定なのか甚だ疑問だった。

 

 事実、そのやりとりを経て息子との関係はさらに拗れてしまっている。ユウキの態度を肯定するわけではないが、はたで見てるだけではそうなってしまうのも仕方がなく見える。

 

 カゲツにも度し難いと感じるほどの口の硬さは何に由来するのか……彼が注目するのはそこだった。

 

 

 

「あいつに関係してて、あいつに言えねぇことなら……俺が聞いてやる」

 

「きみは……どうしてそんなことを……?」

 

 

 

 センリ側は、そこまでするカゲツにそう問いかける。その質問にはただ純粋な疑問が含まれているだけだったが、カゲツからすると、少し皮肉に響いた。

 

 こんな自分が……『聞いてやる』——かと。

 

 

 

「……これでもあいつの師匠だからな。それに……俺には人の親ってのがどういう生き物か……わかんねぇんだ」

 

 

 

 指導する者としての最低限の責任感は、弟子のパーソナルな部分を知ろうと彼の中で懸命に声を上げる。ユウキのことを知るのは、どんな情報が彼の成長を促すものになるのかわからないことを知っているカゲツにとって、大事なことだった。

 

 だがそれ以上に……カゲツは知らない。

 

 親とは……家庭とはどうあるべきものなのか……。

 

 

 

「俺ぁ自分の親のことも知らねぇーからな。そんな奴が答え探してウロウロしてるあいつに変な先入観を植え付けるようなこと言っちまうと……取り返しがつかねぇ気がすんだよ。あんたもそれは本意じゃねぇはずだ」

 

「そうか……ふふ。そんな風に思ってくれているのか」

 

「……!失敗すんのがわかってっからリスクケアしてるだけだっ!アンタらの為ってわけじゃねぇ‼︎」

 

「ハハ……ユウキは本当にいい人たちに囲まれたな」

 

 

 

 照れ隠しに反発するカゲツに対して、センリはその事が嬉しくてつい笑ってしまう。

 

 そんな彼や、ユウキと関わった人間たちを思い出して……父親は安堵した。

 

 

 

 だから……彼はその重い口を開いたのかもしれない——。

 

 

 

「……大した理由じゃないんだ。君が納得できる話ではないかもしれない。ユウキにも……だが、そうだな……少し長くなるが……——」

 

 

 

 迷いながら、言葉を選びながら……センリはどこから話したものかと再び窓の外を見上げた。

 

 晴れ晴れとした空に想いを馳せながら、ゆっくりとあの頃を思い出す。

 

 センリは、その“はじめから”——言葉を紡いだ。

 

 

 

「私がポケモントレーナーを目指したのは……——」

 

 

 

 これより語られるのは、埃を被った昔の思い出。しかしそれを語るのはセンリだけではない。

 

 

 

「あの人と初めて会った時から話そうかしら——」

 

 

 

 約束を違えずに、過去を打ち明けるサキ——。

 

 

 

「奴から聞いたことを……順を追って話すとしようか」

 

 

 

 そして、父親から聞かされた老人もまた口を開く。

 

 

 

 時代は今より30年ほど遡る。

 

 それは2人のトレーナーが見てきた——

 

 

 

 迷いながら進んだ足跡である。

 

 

 

 

 

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ついに明かされる、父と母の景色——。

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第180話 馴れ初め


週末体調崩して寝ずっぱりでしたわ。




 

 

 

 ジョウト地方のポケモンリーグ制度はプロトレーナーになる為の条件や実績実力に応じた階級制度など、ホウエンのそれと大差はない。

 

 強いていうなら隣接するカントー地方と管轄しているリーグ委員会が同じであるということぐらいではあるが、それを日頃意識するような体制姿勢ではない。そこに属するプロも例外ではなかった。

 

 そんなジョウトでプロを志すトレーナーは当然のことながら多い。バトル興行に力を入れる企業がこぞってプロトレーナーたちのスポンサーを努め、メディアに取り上げられる世界観の中、子供達は自然とポケモンの育成に励むようになる。

 

 そうした子供たちは物心ついた時からポケモンへの知識や憧れを増し加えていき、適齢期の10歳を迎える頃には、本格的にトレーナーになるために行動を起こす。学校(スクール)への入学は、その中でも王道の選択になるだろう。

 

 30年前のこの日、センリも多くの人間と共にキキョウシティのトレーナーズスクールへと入校したのである。

 

 

 

——あいつだろ……落ちこぼれのセンリって。

 

 

 

 その学舎で、そんな噂が広がるのに1年もあれば充分だった。

 

 彼はトレーナーとしての成績が振るわず、そのあまりにも酷い結果から、学徒から中傷されるようになっていた。

 

 バトルでは歳を考えても稚拙な指示でポケモンを混乱させ、今まで白星ひとつ取ったことがない。融通が効かず、通用しなかった技を何度も指示しては教師に「真面目にしろ」とまで言われる始末だ。

 

 そうかと思えば学の方もからっきしであり、タイプ相性や技の性質への理解が遅く、学校(スクール)で落第寸前の成績を保つのがやっとなのである。

 

 酷いと言えば、最初のパートナーとして選んだポケモンについても、多くの同級生から非難の声が上がっていた。

 

 ホウエン地方から持ち込まれた『ナマケロ』というポケモンだったのだが、そのあまりにも戦闘向きではないポケモンを選びながら、本気でプロのトレーナーとして活躍するといった旨を公言していたのである。

 

 そんな彼を見る人間の反応は様々だ。

 

 無様な姿を笑う者、知識の無さを蔑む者、選んだポケモンに対して呆れ返る者……そして、何よりその状況でヘラヘラと真剣味のない表情を浮かべる本人を軽んじる者が多かった。

 

 センリは……バトルで負けようとも、馬鹿にされようとも、その顔つきを変えることはなかったのである。

 

 

 

——センリ。本当にお前、プロになる気か?

 

 

 

 それを心配したのは他でもない彼の両親だった。

 

 父親は誰もが子供のうちにトレーナーを志す社会の流れに任せ、センリを学校(スクール)に通わせたが、教師からの勧めもあり、息子に早いうちから諦めるように働きかけた。それには母親も賛成だった。

 

 トレーナーだけが立派な将来ではない。例え華のない職種に就くとしても、堅実に生きることにだって意義はある。父親が普通の会社員として真面目に生きたこともあり、教えられるのはそんな現実的な見方となった。

 

 だが、少年は頑固としてトレーナーを目指した。

 

 父に反発してたわけじゃない。彼は優しい人格者で、母も息子をちゃんと愛してくれていたと感じていた。親になってからセンリも気づいたこともあるが、当時から両親の接し方に不満はなかったとセンリ自身は語る。

 

 それでもトレーナーを諦めなかったのは……彼の信念に基づくものだった。

 

 

 

「センリ。君はなんでずっとプロにこだわるんだい?」

 

 

 

 同級生であり、彼が唯一真意を打ち明ける相手だったオダマキは、学校(スクール)卒業の日、その進路について問いかけた。

 

 オダマキは自分の適正と好奇心からポケモン博士を目指し、より自然を残す地方へと旅立つことにしていた。そんな彼は、友人が茨の道を進むと頑なに決め込んでいるのを見て聞かずにはいられなかったのである。

 

 センリにその才能はない……バトルに詳しくないオダマキにすらそれはわかるほどだった。

 

 その問いに、少年はいつもの顔でこう答えた——。

 

 

 

「僕は……自分の道を歩きたいんだ。始めに選んだこの道を。それが本当に無駄だったのかどうか……答え合わせがまだ済んでいないから」

 

 

 

 センリの言葉の意味を、その時のオダマキは理解しきれなかった。何を言わんとしていたのか、その時センリがどこに目を向けていたのかはわからない。

 

 ただ親友が……他のトレーナーとは違う志しを胸に秘めていたことだけはわかった。これほど不器用な男が、こと何かを信じるという点では比類のない強さをちらつかせたことに鳥肌が立ったのである。

 

 オダマキはそれを信じた。だから友の選択を……心から応援した。

 

 必ずプロになってくれ——誰も知らない2人の青春は、その言葉と別れを締めくくりにして、二人の男の想い出になった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——それを機に、センリはジョウト、オダマキはこのホウエンへと、それぞれの目的の為に夢を追いかけたそうだ。二人が再会したのは、それから何年も経ってからと聞く」

 

 

 

 ダイの祖父は、朝食を片付けられたテーブルに手をついて、客人であるユウキの父の話をしていた。

 

 今より30年前、彼は今のジムリーダーという職に就いているとは考えられないほどの凡夫だった。それを聞いたユウキは、目を丸くして言った。

 

 

 

「信じられない……です……親父がそんな……」

 

 

 

 ユウキにとって、父センリは高次元の存在だった。

 

 自分が物心ついた時からプロの場で活躍し、常勝とは言わないまでも、その実力は高いものだと見聞きしていた。

 

 対戦の録画もいくつか残っていて、それは今見ても、今語られたようなトレーナーが立ち回れる内容ではなかったのである。傍目からでは推測でしかないが、鍛えられたポケモンもさることながら、センリ自身の采配が大きく試合に影響し、勝利に至るケースも多いように感じていた。

 

 

 

「本人の自己評価ではあるが、極端に不器用だと言っとった。他人が簡単にできる作業も、自分はその倍は時間を掛けてしまう感じでな。だから、不器用なりに反復練習で補っておったそうだ……」

 

 

 

 それを聞かされて、以前カゲツにも言われた反復練習の意義をユウキは思い出す。同じことを何度も経験することで、類似した状況に遭遇した時の対処速度を上げるのは、自分にとって効果的だった。

 

 センリにとっては、そうすることで人並みの対処速度に追いつこうと必死だったらしい。

 

 

 

「結果、今のジムリーダーになるとは、ワシも聞かされた時は信じ難かった。他所の地方の事情は知らんが、どんな世界でも名を馳せるのはそう容易ではなかったろうに……一体どれほどの研鑽を積んだのやら……」

 

「でも……そういえば母さんも似たようなこと……」

 

 

 

 老人自身の感想を聞きながら、ユウキは昨日聞かされた母の言葉を思い出していた。

 

 朝方になってすぐにミシロに戻ろうとする母が言った、意外な一言を——。

 

 

 

——ホントに異次元的な不器用さしてたのよ。だからちょっと……器用なんていわれてるのを見ると面白くてついね

 

 

 

 母が語った人物像は、ジムリーダーよりも確かに今の話に当てはまる。常人が感覚的にできることを反復練習でその身に叩き込むその姿は、見方を変えれば強引だった。

 

 その泥臭さは、まさに異次元の不器用さである。

 

 

 

「それとは対照的に、お主の母親は才能の塊じゃった——」

 

 

 

 老人は続ける。その焦点を、父から母へと移して——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 サキはバトルセンス抜群のスーパールーキーだった。

 

 学校(スクール)入学時からその頭角を表しており、ポケモンの指示と独自の発想力、使うポケモンの強さというわかりやすい結果を見せつけ、カリキュラムを終えるとすぐに独立し、ジムに挑んだ。

 

 彼女はその前評判通りジムリーダーを破り、プロの世界へと飛び込んだのである。

 

 そんな彼女にとって、センリは眼中に入らない一つ年上の先輩だった。

 

 

 

「……なにあれ?」

 

 

 

 サキはその日、プロトレーナーとして母校の生徒たちにバトルの手解きの依頼を受けて、久しぶりにキキョウシティに帰ってきていた。

 

 その頃の彼女は既にバッジを複数獲得し、プロリーグにおける格も着実に上げる出世株になっていた。当時バトル興行を節操なく広げていたポケモンバトル全盛の時代で見ても、サキの才能は眩しく輝いていた。

 

 そんな話題のトレーナーが見たのは、街の河川敷で何かに打ち込むセンリの姿だった。

 

 ジョウトでは珍しいナマケロを連れた少年。彼らは他に誰もいない開けた場所で技のトレーニングに励んでいたのである。

 

 すぐにそうだとわかると、彼女の好奇心はそのトレーナーに向いた。歳は自分と同じくらいと見積もったサキは、そんな彼らの実力を振る舞いから見定めようとしていたのである。

 

 だが、その期待はすぐに裏切られた。

 

 

 

ナマケロ(テンゲンマル)——“斬り裂く”ッ‼︎」

 

——ナァーンッ‼︎

 

 

 

 覇気を感じない間伸びた声を上げながらも、真剣に自分の爪を振るうテンゲンマルと呼ばれるナマケロ。その爪が空を斬り裂く姿を見て、サキは前につんのめる。

 

 その後何度も“斬り裂く”を連呼するセンリと指示に懸命に従おうと腕を振るい続けるテンゲンマルを見て、遂に堪えられなくなったサキはセンリたちに詰め寄った。

 

 

 

「ちょっとタンマタンマッ!何してんのアンタ⁉︎」

 

「へ……?」

 

——ナァ〜?

 

 

 

 急な第三者の介入にトレーニングを中断するセンリたちは、声のする方を振り返る。そこには血相を変えた少女がいた。

 

 

 

「さっきからずっと何してんの⁉︎ それもしかしてトレーニングのつもり⁉︎」

 

「え、あぁ、そう……だけど?」

 

 

 

 サキの問いかけにセンリは辿々しくそうだと答えた。それが彼女の火に油を注ぐことになる。

 

 

 

「バッカじゃないの⁉︎ アンタのポケモン、それどう見たって“斬り裂く”じゃないでしょ!いいとこ“ひっかく”——しかもめっちゃノロノロの‼︎」

 

「アハハ……この子、鋭い動きはどうも苦手で——」

 

「当たり前よ!そもそもナマケロってのは早いとこ育てて進化させてからが本番でしょ⁉︎ それをこんなとこでバトルもせずに、しかも近接技の素振りだなんて……非効率にも程があるわッ‼︎」

 

 

 

 彼女の指摘は的を得ていた。

 

 ナマケロはその個体差にもよるが、大抵はのんびりとした性格が多く、進化するまではバトルで戦わせるのも一苦労となる。

 

 しかもその特性は“なまけ”であり、ひとつの技を使用すると一定時間動けなくなってしまう。バトルにおいては大きなデメリットを抱える種族でもあった。

 

 ヤルキモノへと進化すると、そんな特性も無くなり、それなりに活躍が見込めるポケモンへと成長するため、多くのトレーナーはナマケロを進化させてから本格的なトレーニングに励むのである。

 

 もしその下準備のためにトレーニングしていたとしても、こんなにも素振りに打ち込むくらいなら、その辺りの草むらにいるポケモンと戦ってレベルを上げる方が遥かに賢明だったろう。

 

 それらを受けて、センリはポカンとした表情でサキにこう言った。

 

 

 

「あの……もしかしてずっと見てた?」

 

「見かけたのはさっきよ……河川敷でトレーニングなんてまた渋いことするなぁーって見てただけ。そしたらアンタ——」

 

「すごい!そんなちょっと見ただけで僕らのことわかっちゃうんだ‼︎」

 

 

 

 予想外の切り返しに驚くサキ。目を輝かせながら逆に距離を詰めてきたセンリに逆上して叫ぶ。

 

 

 

「なんでそうなんのよ!アンタ悔しくないの⁉︎ 自分のトレーニング馬鹿にされて——いや当たり前の忠告だけどね⁉︎」

 

「悔しくないよ。むしろありがとうさ!君のおかげでこのトレーニングは無駄なんだってわかったから……いやぁでも弱ったなぁ。進化させればいいってのはわかったけど具体的に何をどうやればいいのか……」

 

「何言ってんのよ。そんなもんその辺の野生と戦えばいいじゃない。勝った時ほどじゃないけど、負けたってちゃんと経験値は蓄積されるし」

 

「え!そうなの⁉︎」

 

「基本中の基本よ!学校(スクール)で教わるでしょこんなの⁉︎」

 

 

 

 自分のためになるアドバイスを聞いて驚きながら喜ぶセンリとは対照的に、自分と同年代の男がこんなこともわかってなかったのかと頭を痛めるサキだった。

 

 今言われた通り、これは基本。トレーナーを志す者が、その年でまだそんなことを言っているということが、彼女には信じられなかった。

 

 

 

「あのね、一生懸命やればいいってもんじゃないのよ?ポケモンにはポケモンそれぞれの得意不得意があるし、それに合った育成を導くのが私たちポケモントレーナーの仕事なの。そんなんじゃ、そのナマケロが可哀想だわ」

 

「そっかぁ……ごめんなぁテンゲンマル」

 

——ナァ〜ン?

 

 

 

 センリは自分の相棒の頭を撫でながら、言われたことを心に留めた。ここまで付き合わせているポケモンに報いるためにも、もっとしっかりしなくては……少年は純粋な気持ちで彼女のアドバイスを受け入れたのである。

 

 そんな事とは知らずに、サキは少なくとも、その様子から2人の関係は良好であることを認めていた。

 

 トレーナーは少しお粗末だが、その友情は確かなものだと感じ、それは彼女にとっても好ましく映っていた。

 

 

 

「はぁ……まぁお節介だったかな。別にプロ目指そうってわけでもないんでしょ?なんか、悪かったわね」

 

「ん……そうだけど?」

 

「あ、そうなんだ。ふーん……」

 

 

 

 サキは何かにひっかかってしばし沈黙する。今の会話、何かおかしくなかったかと違和感で口を噤んでしまった。

 

 『そうだけど』——その言葉は一体何に対する返事だったのかを思い出す。確かプロを目指すわけではないんだろうと聞いたばかりだったはず……ということは——。

 

 

 

「アンタ……本気?」

 

「うん。僕、こいつと一緒にプロトレーナーになるよ。そんで自分がどれだけ通用するのか試すんだ……!」

 

 

 

 センリが何を言っているのか、サキにはわからなかった。意味そのものは理解できても、それを言っているのが目の前の男であることを、脳みそが受け付けずフリーズしていた。

 

 そんな少年は、いつもの笑顔で語る。

 

 

 

「小さい頃からの夢なんだ。こんな体たらくで笑っちゃうかもしれないけど、本気だ。僕はテンゲンマルと一緒にジョウトのプロリーグに挑む……いつか、必ず!」

 

 

 

 笑顔の顔で一際輝くその目はキラキラと輝いていた。それが嘘や冗談ではないことを悟ったサキ。

 

 そんな彼女は……ゆっくり口を開く。

 

 

 

「笑わないよ……というか、笑えない」

 

「あ、ありがとう。わかってくれる人がいると僕も嬉し——」

 

「笑えないわよ。そんな妄言」

 

 

 

 サキの言葉に笑っていたセンリの顔が固まる。語気の強さとそこに含まれた冷たいものに、体をこわばらせた。

 

 彼女は変わらず低いトーンで続ける。

 

 

 

「アンタわかってんの……今言ったことが、この時代にどんだけ大それたことか。いいとこ私と同い年くらいでしょ?……こんな当たり前のことをその歳になっても言ってるような奴が、生き残れる訳ないでしょ」

 

「…………」

 

 

 

 辛辣ながら現実的な言葉にセンリは沈黙。サキは苛立ちを交えて続ける。

 

 

 

「プロ目指すなんて、そりゃ学校(スクール)通うようになる子供ならみんな言うわ。でもそのみんながみんなプロになるわけじゃない。なんでかわかる?そこで自分の才能ってやつを知るからよ」

 

 

 

 ジョウトの学校(スクール)は大抵10歳以上の子供が3年かけてカリキュラムに取り組む。その期間は成長盛りの子供達を育てる場ではあるが、同時に選別の期間でもある。

 

 その区分はシンプル。才能の有無である。

 

 

 

「今も大会に出るようなやつはみんなその選別で誰からも才能有りって太鼓判を貰ってる。見せかけじゃない本物をよ。それをみんな本気で磨いてる。みんながよ?それで鎬を削り合うのがプロの世界。そんな世界に自分が行けるビジョンが本当にある訳?」

 

「…………」

 

 

 

 センリはまだ沈黙を保つ。

 

 サキはその態度に嫌気が差して、ついに声を荒げた。

 

 

 

「諦めろって言ってんのよ!アンタじゃ無理!初めから結果の見えた博打なんてやるべきじゃない!」

 

「……やってみなきゃ、わかんないだろ?」

 

「——ッ!そういうのを夢みがちって言うのよ!後悔する前にさっさと諦めた方が身のためだってのがわかんないの⁉︎ 自分のポケモンの育成方針すら立てられてなかったじゃない‼︎」

 

 

 

 サキはその愚行が見過ごせなかった。

 

 既にプロの世界にいる自分だからわかる。こいつはダメだ。頑張ればみんな何かを得られるわけじゃない。そして費やした時間の回答が無意味だと知った時、本人に待ち受けているのは絶望と無力感だけである。

 

 そうして諦めていったトレーナーを何人も知っている彼女にとって、目の前の男は同じ運命を辿るだけだと理解するのは造作もなかった。

 

 

 

「私はもうバッジをいくつも獲って、トーナメントにもガンガン出て結果を残してる!アンタに同じことができんの⁉︎ 歳もそんなに変わんないアンタと私にそこまでの差があんのよ⁉︎ どんだけアンタが望んだって……世界は……現実は変わんないわよ‼︎」

 

 

 

 サキはまだこんな底辺をウロウロしているトレーナーに、同じ夢を語る資格はないと考えていた。

 

 ポケモントレーナーも人気商売。強さとインパクトを売りにして人々の目を惹くのである。そこに加えて、若さというビジュアルも求められるのが残酷な現実。よしんばこのまま懸命にトレーニングを重ね、プロになれたとしても……おそらくその頃には人生の盛りを終えている。

 

 現時点でセンリがプロになる意義も、夢を叶える公算も何も存在しないことがわかるサキには、彼の言動は到底認められるものではなかった。

 

 それを受けて……センリは口を開く。

 

 

 

「……ありがとう。心配してくれて」

 

「別にアンタのために言ってんじゃない!目障りなだけ‼︎」

 

「それでも……はっきりそう言ってくれた人は、あんまりいなかったからさ」

 

 

 

 センリはいつもの笑顔を取り戻していた。サキはその真っ直ぐな視線に驚きを隠せなかった。

 

 まるで堪えていないのかと——。

 

 

 

学校(スクール)で3年、今は補欠入学した大学(カレッジ)で2年。その間に、それとなく僕を諦めさせようとした人たちはいたけど、今日みたいに本気で止めようとしてくれた人はいなかった。何がダメで、何がそんなにおかしいことなのか……言ってもらえなかったんだ」

 

 

 

 だからセンリは嬉しかった。

 

 自分のことを遠巻きであれこれと言う人たちよりも、一歩踏み込んで助言をくれたことが。それがどんなに辛辣な内容でも。

 

 

 

「だからごめん。諦めるつもりはないんだ。まだ僕は……僕らは答えを見てないから」

 

「は、はぁ⁉︎ こんだけ言ってわかんないの⁉︎ 答えは出てるでしょ!アンタにプロは——」

 

「まだなれてない。でも明日にはなれてるかもしれない」

 

「そんな屁理屈で誤魔化すのが夢みがちって言ってんのよ!子供でももう少しマシな言い訳するわ!」

 

「そうだね。僕は言い訳も苦手みたいだ」

 

「そんな不器用くんが息できる世界じゃないわ。諦めなさい」

 

「やだ」

 

「〜〜〜ッ!!!」

 

 

 

 聞き分けのないセンリに、もう限界とばかりにサキは彼に背を向けた。

 

 イライラで漲った力が足取りに表れ、ズンズンと彼から遠ざかっていく。

 

 

 

「あ!もう帰るのかい⁉︎」

 

「帰る!アンタに関わったのが運の尽きだったわ‼︎」

 

「そっか!アドバイスありがとうッ‼︎ 僕、絶対プロになるからねー!」

 

「こんの……無理無理‼︎ 逆立ちしたってプロになんかなれるもんか‼︎ 精々叶わない夢でも見てなさいよ‼︎」

 

「プロになったら僕と戦ってくれよー!!!」

 

「うっさい‼︎ バカ‼︎ 聞かん坊‼︎ う◯ちネーミングセンス!!!」

 

——ナッ⁉︎

 

 

 

 感情的になったサキは鼻息荒くその場を去った。罵倒の流れ弾に直撃したテンゲンマルは涙目になっていたが、センリは彼女に深く頭を下げてた。

 

 これがこの二人のファーストコンタクト。サキは今もこの日の出会いを鮮明に覚えている……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「なんか……あなたも結構ズケズケ行くタイプなのね?」

 

「若気の至りよ。まぁでも、今もあの人には振り回されてばかりなのよね実際」

 

 

 

 サキは語りに一区切りをつけて、空になったティーポットに紅茶を入れ直していた。それを待ちながら、彼女の意外な性格を知ってため息をつくマリ。2人しかいないリビングは、それでも賑やかだった。

 

 

 

「あの人、昔からあんな感じで飄々としてるから、嫌味やちょっかいかけてくる相手をよく逆上させてたのよ。話が通じてないっていうか、聞いてるのかすら怪しくてね。言い返してもこないから暖簾に腕押しって感じで……みんなそのうち本気で相手するのがバカらしくなってくるのよ」

 

 

 

 自分の旦那相手とはいえ、かなり言いたい放題な様子を苦笑いしながら聞くマリは、おかわりされた紅茶を口に含んでその先を聞いた。

 

 

 

「じゃああなたも?バカらしくなって、彼を見放した……?」

 

「ふふ。さすが記者さん。鋭いご指摘だこと」

 

 

 

 マリの問いに含まれた読みを感じ取ったサキは笑う。

 

 『みんな』と引き気味に話す彼女は、その内に含まれていない——そういうニュアンスをすぐに記者の勘が気取ったのである。

 

 サキも紅茶に口をつけ、白状した。

 

 

 

「その河原で会って以来、妙に旅先で会うようになってね。最初に再会した時、彼がバッジを獲ってたのには驚いたわ」

 

「へぇ〜。よほど貴方の指導が効いたのかしら?」

 

「どうだか……でも、あの人はそうだと信じて疑わなかった」

 

 

 

 『君のおかげでプロになれたよ!ありがとう‼︎』——純粋で無頓着な謝辞を投げかけられ、怒りで返したのを思い出したサキはやや顔を紅潮させる。今思えば、そこまで言わなくてもよかったなと反省しながら。

 

 

 

「それでも私は信じられなかった。プロになれたのもマグレで、すぐにボロが出るって……それであーだこーだと消極的な言葉をぶつけたわ。多分、あの警戒心ゼロの笑顔を歪ませてやりたかったんだと思う」

 

「ひどいわね……なんかわかるけど」

 

「彼は……こんなキツい女にも、センリはずっと笑いかけてくれたわ。罵倒を聞き流されてたのかと思ってたけど、こっちが言った内容はちゃんと次のバトルやトレーニングの対策にしてた。最初に不器用晒してたのが嘘みたいに……あの人は、あの人のペースでプロの世界を冒険していた」

 

 

 

 会う度に憎まれ口を叩く自分に、絶えず笑顔を見せてくるセンリを思い出しながら、その中に彼の強さを見ていたことをサキは吐露する。

 

 そのぶれない精神と、他人からのアドバイスの言い方にではなく内容に注意を向け、柔軟に聞き続けたセンリが、徐々に力をつけて行ったのを見たサキは、そういうトレーナーもいるのかと認め始めていた。

 

 

 

「でも……私は少し辛かった。彼が口先だけの人間じゃないってわかるほど、いずれ来る“本当の壁”に押しつぶされるんじゃないかって……」

 

「本当の……壁……?」

 

 

 

 サキのいうそれに疑問符を打ちながらも、マリにはなんとなく察しがついていた。

 

 それはプロとして、上を目指すほど明確に見えてくる……現実である。

 

 

 

「自分よりも遥かに優秀なトレーナーに打ち負かされる……無慈悲なほどの実力差に膝を折る日がやってくるのを考えると……こうやって目を輝かせているうちに身を引かせた方がいいんじゃないかって……」

 

 

 

 それは勝手な思い込みかもしれない。しかしサキにとって他人事ではなかった。

 

 人は劣等感を感じ始めると、その在り方を曲げ、性根を腐らせることを知っていたから……。

 

 

 

「私、学生の頃から同級生たちにいじめられてたのよ。ちょっとした嫌がらせ程度だったけどね」

 

「それって……あなたの才能を僻んで……?」

 

「多分……そうね。実技や野良でコテンパンにしてやった奴は、露骨にやってたかも」

 

 

 

 圧倒的な才能を持つ側の人間だから見える景色がある。サキは若さに見合わないその実力をひけらかした事で、同級生たちから反感を買っていた。もちろん本人にその自覚はなかったが。

 

 

 

「物を隠されたりとかしたのはまだよかった。むしろやった奴見つけて喧嘩になるくらいなら、怒りの矛先を向けられてスッキリできたわ……一番堪えたのは、バトルをなげやりにされたこと」

 

 

 

 バトルの才能を持つ以上に、サキはバトルが好きだった。それこそ四六時中ポケモンたちの育成を考え、実践するほどのめり込んでいた。

 

 自分の腕が上達するのを感じる。相棒達が日に日に強く、大きくなるのを感じる。実績が表面化し、さあこれからという時——

 

 サキの周りには敵がいなくなっていた。

 

 

 

「夢中で走った後、振り返ったら誰もいなかった。そして気付いた。みんな私とバトルするのが嫌だったんだって。そりゃそうよね。みんな自分の可愛いポケモンをボコボコにされるんだから……」

 

「そんな……それは別にあなたが悪いわけじゃ……」

 

「わかってる。でもわかるでしょう?圧倒的な才能が純粋に認められるのは最初だけ。羨ましいって気持ちはだんだん妬みや僻みに変わる。学校でずっと一緒なんだもの。嫌でも自分と比べてがっかりする子は多い……まぁ、だからってそれを受け入れられたわけじゃないけれど」

 

 

 

 今でこそ客観的にその事を捉えられているが、当時は耐え難い苦痛だったとサキは語る。

 

 誰も自分と本気で戦わない。試合が終われば「はいはい強い強い」と嫌味たらしく手を上げられ、その後は陰口を叩かれ、同じ熱意でバトル論を語り合える人間などひとりも現れなかった。そんな灰色の青春時代で、サキは思い知ったのである。

 

 この世界は才能がなければ立ち入るべきじゃない——と。

 

 

 

「あの人に……そんな風に変わって欲しくなかった。何かがうまく行きかけているのに、台無しにしてくる誰かに会う前に諦めさせたかった。でもそんな心配なんて知らない顔で、あの人は今日もバトルとトレーニングを楽しんでいる……むかついたわ。本当に」

 

 

 

 何度突き放しても、いつものように笑って見当違いなことを言うセンリ。そんなやりとりが続くほど、彼を認めつつ、彼に変わって欲しくない自分が強くなってくるのを感じていた。

 

 できることなら手放しで応援してやりたい。欲を言えば自分に並び、追い越すようなトレーナーにだってなって欲しい。その直向きさに見合う才能さえあれば——サキはそんなジレンマに揺れていた。

 

 

 

「だけど、そう考えていたのは驕りだった。私は人にそんな事を言える人間じゃなかった」

 

「どういうこと……?」

 

 

 

 サキは、センリに向けていた思いが驕りだと断じた。マリにはそれが何を意味するのかはわからなかった。

 

 

 

「結局私も……同じ穴のなんたらって話……」

 

 

 

 サキは語る。

 

 自分で語ったプロの世界。

 

 それが自分に牙を剥いた日のことを——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「勝者——“四天王のカリン”ッ!!!」

 

 

 

 ジョウト・カントーの総合リーグ、その本選に出場していたサキは、青髪のトレーナーの前で膝をついていた。

 

 相手は四天王——ポケモンリーグが選んだその地方最強の称号を持つ女であり、本戦へのシード権を持つ強者である。

 

 その力は凄まじく、サキは何も実力を発揮することがないまま、敗北した。

 

 

 

「あなた……」

 

 

 

 呆然と地面を見ているサキに、四天王は話しかける。彼女からすれば何の気無しの問いかけだったが、サキの体はその一言でびくついた。

 

 

 

「ポケモンが倒れてるわ。早く戻してあげたら?」

 

「え……ぁ……」

 

 

 

 勝者の助言に言葉を失うサキはしどろもどろになる。その有様は、とても自信溢れていた普段の彼女からは想像もできないものだった。

 

 そこへ、カリンは一言——。

 

 

 

「残念ね。期待の成長株だって聞いてたのに」

 

 

 

 その言葉は、サキの心にヒビを入れる。

 

 ピシリと亀裂の入った彼女は、指一つ動かせなくなった。

 

 

 

「誰が何と言おうと好きなポケモンで戦えばいい。私は常にそう思ってる。だからポケモンに罪はない……でも——」

 

 

 

 感情を感じさせない冷ややかな言葉を、サキはただ黙って聞いていた。

 

 聞くことしか……できなかった。

 

 

 

「それを扱うあなたに……才能がないんじゃ、ねぇ?」

 

 

 

 その一言は、傷だらけになった心を壊すのには充分すぎた。

 

 その後のことはよく覚えておらず、気付けば見知らぬ町中をフラフラと歩いていた。

 

 その間、強者から言い渡されたものが脳内を反響する。

 

 

 

——才能がないんじゃ、ねぇ?

 

 

 

 それは自分が周りのトレーナーに思ってきた言葉。才能がない者がこの世界に立ち入ることは許されない。分を超えた行動は、結局本人の身を焼く結果になる——ずっと持論にしていたことだった。

 

 それが今日……自分に向けられた。

 

 何も言えなかった。言い返すことも、次は勝つとも——そう言えないくらいに、今日の試合は……——

 

 

 

「あれ、サキ……さん?」

 

 

 

 思考がぐるぐると巡る中、急に背後から呼び止められてサキは歩みを止めた。

 

 その声には聞き覚えがあった。今日までもしかすると、一番聞いた男の声かもしれない。こっちの気など知らない顔でいつもニコニコ笑っていて、才能なんて感じさせない不器用を見せつけては苛立たせる男。

 

 そして、今一番会いたくないトレーナー……。

 

 

 

「やっぱり!サキさんだ!」

 

 

 

 ゆっくり振り返ったサキは、センリを目視した。それと同時にセンリも彼女だとわかってホッとする。

 

 

 

「いやぁ人違いだったらどうしようかと。こんなに背中丸めて歩いてるとこ見たことなかったから……」

 

なんでそんなとこは見てんのよ……

 

「なんか言った……?」

 

「……なんにも」

 

 

 

 小声で垂れた不満も、本人には届かせなかった。普段は鈍感なセンリが時たまに見せる鋭さを言及するほど、今の彼女に元気はない。

 

 そんなこととは知らずに、センリはやや興奮気味で言った。

 

 

 

「そっか。それよりすごかったね!さっきの試合‼︎」

 

「あんた……観てたの……⁉︎」

 

「うん!負けちゃったのは……残念だったけど……」

 

 

 

 センリが観ていたのは、先ほどの試合の始終だった。彼はサキが試合に出ると知ってその客席に座っていたのである。

 

 ただでさえ会いたくなかった相手がよりにもよってあの試合を観ていたというのは……なんとも皮肉な話だった。

 

 胸の痛さを通り越して、壊れた感性はサキを笑わせる。

 

 

 

「あはは……じゃあアレだ。アンタは笑いに来たってわけね。そりゃそうよねぇ?普段偉そうなことばっか言ってた奴が、無様にボロ負けしたんだもん」

 

「え、そんなこと……」

 

 

 

 わかっている。彼がそんな事を言う人間ではないことくらい。だがサキにはどうしても止められなかった。

 

 この内側に沸いた、腐った性根をぶちまけずには——

 

 

 

「いい子ぶったって、アンタも内心じゃ気味がいいんでしょ?才能才能って言ってた私が、ただの調子乗りだったってわかってさ……結局自分より強い相手に出会わなかっただけの……凡人だって‼︎」

 

 

 

 そう言いながら、サキはそう自分に思っていたことを半分くらい自覚していた。

 

 自分は才能があるとどこかで奢っていた。人とは違う道を選んでいるつもりだった。いつか自分が壁にぶち当たっても、挫けずに立ち向かえると思っていた……。

 

 本性を知った時、こんなにも惨めな気持ちになるなんて思ってもみなかったことを、サキはそんな甘い自己を激しく責め立てていた。

 

 だがら……これは全部自分に向けた罵倒だった。

 

 

 

「僕はそんなこと思ってないよ!」

 

「じゃあ何思ってたのよ!見たでしょ⁉︎ 私、あの人相手に何もできなかった!ポケモンの強さも、技のキレも、指示の巧さも——私じゃ何一つ敵わなかった‼︎」

 

「そんな事ないよ!サキさんだって充分凄かっ——」

 

「アンタは弱いからわかんないだけよ‼︎ あの次元で起きた事を理解してたらそんな気休め言えないわ‼︎」

 

 

 

 感情に引っ張られて、つい余計なことを言ったことに気付きながら、彼女は口を止めない。自暴自棄のサキに、自制を働かせられる理由はなかった。

 

 

 

「何も……なんっにもできなかった‼︎ 今日までトレーニングで手を抜いた事なんてない‼︎ 体調だって絶好調だった‼︎ 言い訳できないくらいベストコンディションで挑んで——何にもできなかったのよ‼︎ 惜しいとこすらひとつ見つけられなかった‼︎ 次どうすれば勝てるかなんて……考える余地もないくらい‼︎ 負かされた!!!」

 

 

 

 その気持ちがセンリ如きにわかってたまるかと、怒りと悔しさと悲しさをグチャまぜにしてサキは放つ。

 

 八つ当たりだとわかっていても、そうせざるを得ないほど、彼女は追い詰められていた。

 

 何もかも投げ出してしまいたくなるほど荒んだ心の叫びを聞いたセンリは息を呑む。普段とは違う彼女を見て、一瞬悲しそうな顔をしてしまった。

 

 サキはそれを見て、我に帰る。

 

 

 

「………ホント……最低ね……わたし」

 

 

 

 自分が如何にわがままで、浅慮なのかと、直前に放った言葉を思い出して自嘲するサキ。

 

 しかもそれによって得られたのは、あれほど顔を歪ませてやりたいと思っていた相手の悲痛な表情だった。

 

 それを成したのが、自分の不甲斐なさと身勝手さだということが、途轍もない虚無を生み出す。

 

 いつの間にか大切な存在になっていた彼に……こんな顔をさせたかったのか……と——

 

 

 

「……試合開始直後、まだ緊張してたよね」

 

「………え?」

 

 

 

 センリが突然言い出したことに、サキは何のことかすぐにはわからなかった。

 

 

 

「ほんの少し……だけど。あの出鼻を挫かれたのは大きかったね……あれで主導権がカリンさんに渡っちゃった」

 

 

 

 彼が続けたのは、サキが惨敗したあの試合についてだった。センリはその内容を必死に思い出そうと、手元に手帳を開きながら試合内容を振り返る。

 

 

 

「でも負けじと切り返したのがサキさん。自慢のスピード&パワーで敵を押し返した。ここでまた勝負がわかんなくなった……」

 

 

 

 ペラペラとページを巡りながら、センリは懸命にその時の情景を思い出す。自分が見て、感じた事を必死になって——。

 

 

 

「でも……その後サキさんは引いてしまった。相手が回復行動を取ろうとした時、普段なら攻め時を逃すはずがなかったけど……緊張なのか、相手のプレッシャーに負けちゃったのか……」

 

 

 

 それでも分析は客観的に。サキの味方をするようなものではなく、ありのままの事実を記した手帳を眺めて、センリは告げる。

 

 

 

「結局ペースを取り返すことができなかった。でも、格上として翻弄するつもりだった四天王に、勝負を急がせたって見方もできるんじゃないかな?それほどあの切り返しの鋭さは見応えがあったよ。次やったら絶対同じ結果には——」

 

「なんで……よ……」

 

 

 

 センリがその考察を言い終える前に、サキはその気持ちを漏らした。

 

 溢れた言葉にセンリは口を止め、彼女を見つめる。その顔は伏せられたまま、罰の悪そうな姿勢で佇んでいた。

 

 

 

「なんでそんなこと……アンタにわかんのよ……ちょっと前まで……プロでもなかったアンタに……」

 

「……ずっと……観てたから……かな?」

 

 

 

 恐る恐る絞り出された言葉に、センリは照れくさそうに返す。サキはそれを聞いて、決壊寸前の心に蓋をしながら問いを続ける。

 

 

 

「なんで……アンタはいつもそんななの……!そんな風に……何があっても前向きで……私なんかよりずっと……絶望的だったくせに……‼︎」

 

 

 

 サキが本当に悔しかった事……それは自分には超えられなかった壁を、目の前の男はもう何度も乗り越えたであろう事実。

 

 誰からも応援されず、誰からも慰めてもらえず、孤独にただひたすら前を向き続けた姿を、サキは知っている。

 

 だからこそ惹かれた。だからこそ変わって欲しくなかった。

 

 そんな彼が今、たまらなく羨ましかった。

 

 

 

「アンタはなんでそんな強くいられるのよ‼︎ 私、こんなになっちゃうくらいつらいのに‼︎なんで!!!」

 

 

 

 少女の叫びは、センリに答えさせる。

 

 何故そういられるのか……少年は問われたことに、素直に口を開いた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「小さな頃から——私にはずっと不思議だった」

 

 

 

 病室でセンリは妻と心を通わせたあの日について語っていた。

 

 それを黙して聞いていたカゲツは、何のことだと目を細めて続きに耳を傾けている。

 

 

 

「何故幼い頃から、当たり前のように学校に通わされるようになるのか。何故ポケモントレーナーを目指すことを王道とし、誰もそのことに疑問を持たず、懸命に日々を送れるのか……そうかと思えば、ある程度年齢を重ねた途端に抱いた夢は諦めろと来る」

 

 

 

 物心ついた時から、センリにはそれらが気掛かりであり、長らく答えが出ない難問となっていた。誰もが無視できる疑問に、センリだけは立ち往生を強いられていたのである。

 

 

 

「初めのうちは周りに聞いたよ。でも返ってくるのは曖昧な返事ばかり。あまりにしつこいと叱責されるか、『まだ子供のうちから難しいことを考えなくていい』といった宥めすかしばかり。私はその内、周りに問うのをやめてしまった」

 

 

 

 センリはその時の心境を考えると、今でも胸を締め付けられる思いに駆られる。

 

 あの孤独は……とてもつらかったと。

 

 

 

「だが、自分の中に引きこもっても答えはない。まるで当てのない夜道を彷徨う漂流者だった。答えの見えない問いにばかり気を取られて、気がつけば周りからは成功し、喜ぶ声が聞こえてきた」

 

 

 

 自分の世界に取り残されたセンリは、それに何度も足を挫かれた。周りは自分を置いてどんどん先に進んでいく。何の悩みも持たない人間が楽しそうに日々を謳歌しているのが、堪らなかった。

 

 

 

「私はずっと自分の抱えた疑問に固執した。自分で暗闇の道に足を突っ込んだ。それがこんなにも寂しいものだったとは……」

 

 

 

 どこかで捨てられたこだわりだったのかも知れない。もし物心ついたばかりのあの頃、やり直せるなら、きっとこんな疑問は早々に見切りをつけたのかもしれない。

 

 みんなと同じように、教えられたことを忠実にこなし、何となく、曖昧なまま日々を送れば、こんなにつらくはならなかった。

 

 自分に適正がないものに執着せず、親や先生の言うとおり、平凡な生き方を選べたはずだった。

 

 それでも……サキを前にしたあの時は、そんな後悔を微塵も抱かなかった。

 

 

 

「妻が……サキがあの日挫けていた時、私はやっと自分の選んだ道の答えを知った気がした。彼女に『なんで?』と聞かれた時、この苦しい道のりの意味にひとつの答えを見つけられた気がしたんだ」

 

 

 

 それはただの結果論だったかもしれない。自分の都合のいい解釈に過ぎなかったのかもしれない。

 

 だがそれでも初めて、センリは納得することができた。

 

 

 

「私は……彼女に言った……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「僕は……強くなんかないよ。何度も挫けた」

 

「嘘よ……そんなの……!」

 

「誰も僕がぶち当たった疑問の答えを教えてくれなかった。親も、先生も、友達も……それが堪らなく寂しくて……惨めだった」

 

「それでもアンタは今も立ってるじゃない!私にはそんなこと——」

 

「君と初めて会ったあの日……僕はもう全部を諦めかけてた」

 

「………⁉︎」

 

学校(スクール)で3年。大学(カレッジ)で2年……この5年間、僕は彷徨い疲れてた。もうこんな叶わない夢、捨てちゃおうかなって……」

 

「………じゃあ……なんで……?」

 

「…………君に……否定されたから、かな?」

 

 

 

 センリは照れくさそうに笑う。

 

 サキはハッとして彼の顔を見る。

 

 

 

「あの日君に否定されて、何故か力が湧いてきたんだ。『まだ僕は全部を試したわけじゃない。自分で選んだ道の答えを見つけてない』——って」

 

「不思議だった……そんな君のアドバイスにだけは、何の疑問もなく受け入れられた。そうして成果を得て、初めて自分が真っ直ぐ歩けてるって実感できた——」

 

「自分がどこに居て、どこに向かってるのか……足元を照らしてくれた気がしたんだ。君が……照らしてくれた」

 

 

 

 センリは一歩だけ、サキに歩み寄る。

 

 そして手をそっと——前に差し出した。

 

 

 

「サキ……君なんだ。僕にこの道の歩き方を教えてくれたのは。幾度と僕にかけてくれた叱責と助言が……今僕が立ててる理由なんだ」

 

 

 

 サキはもう何も言わなかった。

 

 ただ込み上げてきた涙を、無抵抗に流すだけだった。

 

 

 

「そんな君がもし……あの頃の僕のように、暗闇で蹲ってるなら……今度は僕が照らすよ。見えなくなった足元を。僕はその答えを、きっと知ってる」

 

 

 

 そのために迷った。そのために苦しい思いをした。

 

 きっと、今日この日——。

 

 

 

「僕が迷ってきた道の理由は……今日君に答えるためだったんだから……」

 

 

 

 サキがその言葉を聞く頃、彼女は無意識に彼の手を取って泣きじゃくっていた。

 

 ずっと気丈に振る舞っていた彼女には似つかわしくない嗚咽と涙は、隠されることなくセンリの前に曝け出された。

 

 それを見て、本当によかったと彼は思う。

 

 この道を耐えて歩んだ自分を、初めて誇れた気がした。

 

 救われたのがどっちだったのか、両方だったのか……それはわからない。

 

 ただ、2人はかけがえのない存在に出会えたんだと噛み締めていた。

 

 

 

 そんな2人が結婚し、子供を授かる。

 

 それは2007年のことである。

 

 

 

 

 

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漂流者は二人……その手を取り合う——。

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第181話 選ばれた道


3週間も明けちまいました……もうしわげね。




 

 

 

——あのユウキ(バカ)、今日は他所で泊まってくるらしい。テメェはあいつ帰ってくるまで留守番してろ‼︎

 

 

 

 不躾な命令を言い渡されたのが昨晩。ユウキのジム戦の後、しばらく放置されていたタイキは、トウカジム内にあるジム生用に備えられた空き個室に缶詰状態となっていた。

 

 いきなりの展開に何の説明もない状態で、それでも律儀に言いつけを守る姿は、正に主人に従う犬系ポケモンの様である。

 

 しかし何もせずただ待つという性分でもない彼は、引きこもりながらも出来ることをしていた。

 

 

 

「——ほいチャマメ。“シルクのスカーフ”。調整出来たッス!」

 

 

 

 自室のテーブルの上で、小さな工具でいじっていた白い布状の持ち物(ギア)を持ち、同じ部屋で放し飼い状態になっていたマッスグマ(チャマメ)に手渡す。

 

 チャマメはそれを待っていたと言わんばかりに嬉しそうに飛びつき、口で咥えてタイキに笑顔を見せる。

 

 

 

「そんなに喜んでくれると俺も鼻が高いッス!よっしゃ!アニキ達が帰ってくるまで、みんなの分の持ち物(ギア)も調整かけていくッスよ〜♪」

 

 

 

 そう言いながら、部屋にいる他のユウキの手持ちのポケモンたちを見るタイキ。一同はそれぞれ思い思いに主人の帰りを待っている状態だった。

 

 ビブラーバ(アカカブ)は与えられた木の実を平らげ、床に寝そべっている。相変わらずマイペースだなとタイキは苦笑いして観察していた。

 

 一方カゲボウズ(テルクロウ)はというと、“鬼火”を出しては宙に浮かせ、その炎の軌跡で空に何かを描く遊びをしていた。当たっても火傷するような出力ではないらしく、チャマメはその炎を追いかけて遊んでいたくらいである。

 

 そして、タイキは窓際でりんごをひとつ齧りながら待つもう1匹に目をやる——。

 

 

 

「……大丈夫ッスよ、わかば。アニキはみんなのこと置いて消えたりしないッスから」

 

 

 

 タイキはなんとなく——憂いを帯びたジュプトル(わかば)に励ます様な言葉をかける。わかばは細い目をより細めて、少年の気遣いに反応を見せた。

 

 わかばは一度——詳細は不明だが、主人に捨てられている。それを知っているタイキは、それが気がかりになっているのではとつい勘繰ってしまう。

 

 今回の件が彼らの絆に大きな影響を与えるとまでは思っていないが、それでもわかばからすれば心配なんだろう……そこまで考えて、タイキは少しおかしくなって含み笑いをする。

 

 

 

(なんか……アニキの心配性が感染(うつ)ったみたいッスね)

 

 

 

 かつての自分なら、きっとそんなこと気付きもしなかっただろう。物言わないポケモンの気持ちを慮る今の自分など、昔は想像もしていなかったなと笑う。

 

 タイキがそうなれたのは、今日までの積み重ね……ユウキという最も近しい存在を見て学んできたからに他ならない。

 

 

 

「大丈夫……アニキなら……」

 

 

 

 まだ帰らない憧れの少年のことを思い、タイキは呟く。

 

 人の家庭事情はわからない。ユウキが、センリが、またそれに関わる人間たちがどんな風に考え、どんなことを大切にしているのか……タイキにはそのほとんどがわからない。

 

 わからないからこそ……タイキは彼を信じる。

 

 これまでどんな苦しい状況でも、決して考えることを投げ出さなかったユウキをただ信じている。

 

 

 

 きっと……また一皮剥けて帰ってくることを……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 一軒家。ダイとその祖父の住まう家の食卓で、ユウキは自分の父親に関する話を一区切りつくまで黙って聞いていた。

 

 父親の意外な凡才っぷり。母との馴れ初め、その関係性。センリという人間の起源ともいうべき話は、ユウキにとってとても興味深かった。

 

 それ故に失念していたことを、ユウキは口にする。

 

 

 

「親父の昔のことはわかりました……でも、それと俺が死にかけたって話と、何の関係が……?」

 

 

 

 ユウキが気になったのは、自分が知らない過去——何かしらの事件によって死にかけたことと、そんな両親の馴れ初めがどういう意味を持っているのか、ということ。

 

 記憶が正しければ、確かそんな議題で話を聞いていたはずだった。

 

 それについて、ダイの祖父は答える。

 

 

 

「前振りが長くなったな……だがこの話なくして、お前は父や自分の話について充分に知れたとは言えまい。お前の父が何を望み、行く道を選ぶ時、何をどう考えて行動したのか——あの不器用な男の顛末を知るには、そんな背景を知っておく必要があるだろう」

 

「……意味が……わかりません」

 

 

 

 祖父の回答にユウキは納得できなかった。というより、したくなかったという具合だった。

 

 ここまでの話を聞いた所、確かに父センリにも事情がありそうな雰囲気は感じられた。人が当たり前だと受け入れていることに、どうしてと疑問を持つ気質があること。それ故に周りとは人生を歩くスピードが違うことも理解できた。

 

 でも……ではだから、ユウキは自分が受けた心痛に納得しろと言うのか——父の話は、まるで彼を擁護しているように聞こえていた。

 

 そんな感情が顔に出ていたのを見て、ずっと沈黙を保っていたダイが動く。

 

 

 

「あ、あはは。いやぁでもなんか意外だったよ!ホウエンではジムリーダーとして本当に尊敬される人だったから、てっきりジョウトでも大活躍だったんだと思ってたよ」

 

「なんだ、お前ジョウトにまで取材に行ったんだろう?知らんかったのか?」

 

「お、俺たちが取材してたのはユウキくんだし!家族についてはそこまで掘り下げなかったんだよ‼︎」

 

「詰めが甘いのう」

 

「ぐっ……!で、でも調べに手抜きはなかった!なかったんだ……だから……」

 

 

 

 祖父に抗議するように自分の取材したことを思い出しては言い、そうするうちに見聞きしたことを思い出して、ダイの口は重くなる。

 

 

 

「なんで……君の近所に住む人たちは、君たち家族をあんなに毛嫌いしてたのか……聞いた時は……」

 

 

 

 ダイはふと自分に語った彼らの陰鬱とした顔つきを思い出して顔を顰める。ユウキはそれを聞いて疑問に感じた。

 

 確かに自分について、年頃にもなって引きこもりを続ける自分に呆れる人間のことは知っている。だがそれはあくまでユウキ自身であって、母や父にまで風当たりが強かったように言われると違和感があった。

 

 

 

「どういう……ことですか……?」

 

「あ、いや……やなこと思い出させちゃうけど、いい?」

 

「構いません。言ってください」

 

 

 

 ダイは今更なことを聞き、ユウキはそんなことどうでもいいと言うように答えを急かす。

 

 

 

「記憶がない……ってことは、やっぱその事故があったことや、その後周りからどんな扱いを受けたとかも……覚えてないんだよね?」

 

「……何度聞かれても、思い出してみても、そんなの覚えてない……あの頃はただ母のそばに居たくて……」

 

 

 

 ダイの確認で、ユウキは数年前まで陥っていた状況を振り返る。

 

 覚えている限りでは5歳くらい。父が突然ホウエンへ行くと言って家を空けることになり、その間母がみるみる弱っていくのを見て、父の身勝手さが許せなくなっていった。

 

 あの男のようにはなるまい——そう誓って、ユウキは母から離れず、旅に出る可能性を極力減らすようにして自宅に引き篭もっていた。ポケモントレーナーなど、当時の彼には以ての外である。

 

 その間に誰かとの交流はほとんどない。あるのは唯一と言ってもいい2つ歳上の男友達と遊んだ記憶……あとは、耳を塞いでも聞こえてきそうな、周囲からの陰口。

 

 

 

「本当に俺……死にかけたんですか?そんなやばかったんなら、手術痕とかあってもいいんじゃ……でもそんなの——」

 

「そこまでだ……少年」

 

 

 

 ユウキが出す疑問に老人は待ったをかける。少年は言葉を止めつつもまだ聞きたいことがあると抗議の視線を送る。

 

 

 

「知りたい気持ちはわかる。だが今お前の疑問に全て答えるためには、順を追って話した方がいいと判断した。それがユウキ、お前に話して欲しいと言っていた父の意向でもある」

 

「親父が……俺に……?」

 

 

 

 老人はその方がいいと言うが、ユウキにはそれを信じられるほどの器量がなかった。

 

 今まで散々ダンマリを決め込んでいた父が、今更話す気になったとは思えない。よしんばそうだとしても、それをよりにもよって他人に任せてしまう辺りに責任感や誠意がかけているとすら感じている。

 

 例えそれが不器用さに由来するとしても……わかりにくくてもいいから、顔を突き合わせて話して欲しい……ユウキはそんな悲しさを表してしまった。

 

 老人はそれでも……自分の負った責務を果たそうと説明する。

 

 

 

「昨晩、センリに連絡した折、これら過去の全てをお前に話してくれと言付かった。ここにお前が来たことは偶然だが……何の因果かのぅ……」

 

「一体……あなたは……親父の何なんですか?」

 

「……それも語るうちにわかる話だ。無理に納得しろとも言わん。だが、ここで全てを聞かないと耳を塞ぐことだけは……勧められん」

 

 

 

 老人は言う。ユウキに今は聞いて欲しい。全てを話し終えるまで、こらえていて欲しいと。

 

 

 

「ワシの知る限りを……お前に伝える。納得も否定も……全てはその後でも遅くはなかろう……」

 

 

 

 宥めるように、思い出すように……渋めの声で言ったあと、老人は茶を啜る。

 

 そして、話はまた過去へと遡る。

 

 

 

 ユウキが生まれ、5年が経ったあの頃へ——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 2012年、コガネシティ——。

 

 センリとサキは7年前に結婚。その2年後にユウキを妊娠し、母親の方はそれを機にプロトレーナーを引退。父親はその後もプロのリーグ選手として活動しながらも、ジョウトの都会、コガネに家を構えて家族と接していた。

 

 それから5年……息子ユウキが一人で立ち上がり、言葉を話し、自我を持つようになる頃、センリの目指す道も変わりつつあった。

 

 

 

「——本当かそれは⁉︎」

 

 

 

 コガネのアパートの一室——三人家族が住まうそのリビングで、電話越しの一報に飛び上がるセンリ。

 

 いきなりのことで驚いたと、そばに居たサキとユウキは父親の方を見ていた。それに気付いたセンリは、ジェスチャーで『すまない』と愛する家族に謝罪する。そして、電話でのやりとりに意識を戻すのだった。

 

 それから数分後……電話を終えたセンリに、サキは何の電話だったのかと問う。すると、センリはやや硬い表情で妻に答えた。

 

 

 

「……ホウエンにいたオダマキから連絡があってな……こっちでジムリーダーをやってみないかって……」

 

「あら。オダマキさんって、前話してた親友の?」

 

 

 

 センリの口から出た名前に聞き覚えがあったサキは、そういえば若くしてホウエンに渡った夫の学友がいたことを思い出していた。

 

 彼はポケモンの生態について調査をする仕事——いわゆるポケモン博士を目指して、大自然を相手にフィールドワークに励んでいる。少し前に起きた武力闘争の影響により安否を心配されていたが、その後に無事が確認されたのである。

 

 その相手から、ジムリーダーにならないかという提案がなされたようだった。

 

 

 

「ああ。今やオダマキは研究成果を認められて、その名がホウエンに留まらないくらいだからなぁ……きっと僕のために口利きしてくれたんだろう」

 

「オダマキさんにも相談してたの?」

 

「愚痴を溢す程度にね……まさか僕の話を真に受けてたとは……」

 

 

 

 そう言いながら、少し嬉しそうなセンリの横顔を見て、サキは面白くなさそうに呟く。

 

 

 

「ふーん。私にはなーんにも話してくれなかったくせに」

 

「それは!子育てで大変だと思って——」

 

「それで勘づかれてたんじゃ元も子もないんじゃないのー?隠し事なんて慣れないことするもんだから、私に詰め寄られて結局白状したんじゃない」

 

「うぅ……悪かったよぉ……」

 

 

 

 サキとセンリのやりとりは、結局サキがマウントを取る形で決着。その結果に満足した——というよりは、毎度情けなくひれ伏す夫の姿を面白がってケラケラと笑うサキ。

 

 

 

「ごめんごめん。冗談よ。冗談」

 

「ほ、本当かい?怒ってないかい?」

 

「不器用ながら気を遣ってくれたんでしょ?そういうところ、昔は腹立ったもんだけど、慣れちゃうと逆に可愛いから♪」

 

「な、なんだろ……複雑だなぁ」

 

「細かいこと気にしないの。とにかくおめでとう。念願だった教職……しかもジムリーダーだなんて、よかったわね」

 

 

 

 そう言って、満面の笑みでセンリの胸を拳でつつくサキ。それがとてもセンリには嬉しくて、胸が熱くなる感覚に自然と頬が緩む。

 

 センリはこの時点で、既にプロとしてのピークを終えていた。リーグ戦績は勝率5割程度。元の境遇を考えればこれ以上ない成果を納めていた。

 

 ただ、そんな家庭を知らない世間からの評価はそれほど高いものとはならなかった。リーグ出場の実力こそ認めてはいるものの、目立った大会での優勝はなし。相棒のケッキング(テンゲンマル)のスペックこそ高いが、パーティ全体としての総合評価はあまりされていなかった。そのテンゲンマルも、今は長い戦いで疲弊し、最近はバトルそのものからも遠ざかっていた。

 

 それらの要因から選手生命の終わりを感じていたセンリ。自身の年齢も30にもなろうという時期で、体力的にも限界を感じていたのである。

 

 そこで、彼には新しい目標が必要となった。先ほど一報があった『教育者』という目標が。

 

 

 

「でもホウエンかぁ〜。これまた随分遠いところね。海路で2、3日はかかるかしら……」

 

「そうだね……本当はジョウトか、せめてカントーでそういう仕事が見つけられればよかったんだけど……」

 

「仕方ないわよ。教育機関にしろジムコーチにしろ、プロでブイブイ言わせてた人が大勢駆け込むとこなんだから。貴方の成績じゃ〜ちょっと物足りないもの」

 

「手厳しいなぁ〜」

 

 

 

 サキは非情な現実を語る。

 

 実際このポケモントレーナー飽和時代。教職に就く人間もまた必要とされている。所が変われば『猫の手でも借りたい』と雇い口は多く設けられている場合があるが、ことジョウトやカントーに限っては、その教師すら飽和しているというのが現状である。

 

 昔はトレーナーを育てるという文化すらなかった時代。それでも独自に腕を磨き、セキエイトーナメントで鎬を削る世界が常にあったこの辺りでは、人手となりえる人間が多過ぎなのだ。

 

 それでもセンリは教育者としての道を選んだ。彼にとって、そのハードルの高さは問題ではなかったからである。

 

 

 

「それでも……僕はやってみたい。今まで大変な目に遭ってきた分、伝えられることもあると思う……どこの誰に響くのかもわからないけど……子供には僕みたいな孤独は感じて欲しくないから」

 

 

 

 長いトレーナー人生を振り返って思う。出会えた存在は大きく、自分を救ってはくれた。でもその出会いがなかったとすると、どれほど孤独だっただろうか……と。

 

 センリはそんな孤独を抱える子供たちの助けになりたかった。その為に、不器用ながらも進んできた道について語っていこうと心に誓っていた。

 

 もしかしたら、我が子にもいつか……そうできるかもしれないから……センリはそう考えながら、一人遊びをする息子を眺めていた。

 

 そこへサキが、この後の予定について問う。

 

 

 

「じゃあオダマキさんには感謝しないとね。それで?いつ出発なの?」

 

「それなんだが……少し、迷っている」

 

「……?」

 

 

 

 歯切れの悪い返事にサキは首を傾げる。

 

 やりたい仕事に就ける絶好のチャンスを前にして、何を迷うことがあるのか——と。

 

 

 

「ホウエンは遠い……そして、やはり向こうで働くには、それなりに支払うものも大きい……みたいだ」

 

「……そういうこと」

 

 

 

 センリが辿々しく言った内容だけで、サキにも何が言いたいのか、大方の想像がついた。

 

 ジムリーダーという職はその地方におけるトレーナーを管理する組織にとって、大きな責任を帯びるものとなる。それを任せるには、当然信頼を勝ち得なければならない。

 

 そして信頼は、一朝一夕で得られるものではない。となれば、センリの今後も自然と見えてくる。

 

 

 

「2年……最低でもそのくらいは向こうの組織で働かなきゃいけない。その間にジムリーダーとしての適正や資質を見極める——そうだ」

 

「そう……そうね。じゃあ、あなたが向こうに行く場合、私たちはどうすればいい?」

 

「…………」

 

 

 

 サキの問いに、センリは口籠る。

 

 言い淀む様子から察するに、あまり気分が乗るようなものではないのだろう。サキも、なんとなくそれはわかっていた。

 

 家族を養うセンリ。彼がそこへ行くのであれば、通常家族も同行するのが自然だろう。だが……。

 

 

 

「連れて行くには……まだ情勢が安定していないように……僕は思う。それなりに大きな争いだったみたいだからね……」

 

 

 

 センリが言ったその懸念は、数年前までホウエンで起きていた戦争についてだった。遠方のセンリらにその詳細まではわからないが、時折耳にする報道だけでも、先ほど連絡をくれたオダマキの安否を心配するには充分過ぎるほどの衝撃があった。

 

 そこへ自分だけならまだしも……愛する妻や子供を連れて行くことへの抵抗は、サキにも理解できる。だがそれはセンリ自身にも言えることだった。

 

 

 

「そんな不安を持つような僕が行く——というのも変な話だ。僕が君やユウキを想うように、2人も僕のことを心配するってわかってる……」

 

「そうね……それは否めないわ」

 

「仕送りは当然するつもりだが、帰って来れるのは年に一度くらいになるだろう。ユウキもこれから育ち盛りだっていう時に、そばに居られないのは……つらい」

 

「そうね……とても苦しいと思うわ。あなたにとっては……」

 

「そう……だよね……」

 

 

 

 センリは次々に湧いてきた懸念を吐露し、他にも細かいことはたくさんあるといった具合で眉間に皺を寄せる。

 

 やっと手に入れた幸せの重み。孤独から救ってくれた妻や子供と離れる寂しさ。ホウエンに自分の求めた役回りがあり、その機会もやっと巡ってきたものであるとしても……天秤に掛けるにはあまりにも尊い存在が家族だった。

 

 普通なら……そんな選択は選ばない。夢や仕事より家族を選ぶもの。それが人として、人らしい選択である。センリはそう結論付けて、この申し出は断ろうと思った。

 

 サキが次の一言を発するまでは——。

 

 

 

「でも……やってみたいんでしょ?」

 

「………!」

 

 

 

 妻の言葉が、センリの胸を貫く。

 

 そして気付く。その時反射的に、その問いに『YES』だと思ってしまったことに……。

 

 

 

「確かに家族として、あなたにはそばに居てほしい。どれだけプロの仕事が立て込んでても、必ず食う寝るは家で過ごしてくれたの、嬉しかったわ。おかげで毎日……幸せだった」

 

「サキ……」

 

 

 

 サキは自分の思いを語る。センリという存在がどれだけ大きいかということを。夫が努めて自宅で過ごす時間を作ってくれたことに感謝していることを、丁寧に。

 

 だからこそ、サキはセンリに自分らしい生き方を続けてほしいとも思った。

 

 

 

「でもあなたはまた新しい目標を見つけた。その道を見つけたなら、あなたはその先に何があるのかを確かめずにはいられないんじゃない?」

 

 

 

 今までがそうだったように……例え型破りだ、常識はずれだと言われても、センリは見つけた疑問や可能性を追求せずにはいられない。

 

 成否がどうなるかはサキにもわからない……だが、やらずに後悔する夫の姿を想像すると……。

 

 

 

「あなたがやりたいと思うのなら応援する。寂しい気持ちはその代償にはなるけれど……どう?」

 

 

 

 それでも決めるのはセンリだ。行くにしろ行かないにしろ、大変なことに変わりはない。だから、その分岐を選ぶのは……彼自身でなければならなかった。

 

 それを弁えたサキの言葉に、センリは——

 

 

 

「……ユウキには、嫌われてしまうかも……な」

 

「………そうかも……ね」

 

 

 

 彼の口走った未来を想像して、夫婦共々苦笑いする。少し離れたところでぼーっと座ってる息子は、自分の話をしているなどと夢にも思っていない。

 

 その姿を目に焼き付けるように、センリはユウキを見つめた。

 

 

 

「僕が帰ってくるのは……数年先か」

 

「情勢次第じゃこっちからも行くけどね」

 

「あはは。案外また会えるのはすぐかもしれないね」

 

「そうね。でも……いつまででも待ってるから」

 

「………うん。僕、必ず帰るよ」

 

 

 

 センリはサキの手を取って、最後にそう誓った。

 

 かつて歩んだ孤独の道を、再び歩む決断。それが本当はどこに繋がっているのか、答えは出ないまま……。

 

 それでもこれがセンリ自身の選んだ道。その先に幸あれと願いながら……サキも最後に小言をひとつ言った。

 

 

 

「これから先生になろうって人が、そんな弱虫みたいな話し方しないの」

 

「ご、ごめん……努力するよ」

 

「じゃあせめて、一人称は『僕』じゃなくて『私』にでもしなさい。多少は誤魔化し効くでしょ♪」

 

「そ、そうかな……?」

 

 

 

 半分冗談混じりにしたサキのアドバイスに、センリは間に受けて咳払いをひとつ。そして、試しに一言——。

 

 

 

「……わ、私、行ってくる……ょ?」

 

「……………オネエみたいになったわね」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「随分ぎこちない話し方だったけど、今は流石に板についてきたわよねー。あの人でも歳食ったら貫禄出るんだもの」

 

 

 

 サキは淹れ直した紅茶を啜りながら、夫を送り出す決意をした日について語っていた。それを聞いていたマリは、少し疑問に思ったことを呟く。

 

 

 

「確かに家族を捨てるような人柄には見えなかったけど……でも、なんでその後10年も置き去りになってるの?今ジムリーダーになれて、ホウエンの情勢が安定するのもすぐだったはず」

 

 

 

 マリの疑問にサキは顔つきを変えない。ただ、ティーカップを持つ指に少し力が入ってしまう。そのことにマリは気付かない。

 

 

 

「だってその後すぐ、HLCが発足して——」

 

「そう。今のホウエンを支える新体制が整うのはもうすぐだった……オダマキさんもそう思って、夫を誘ってくださったの」

 

「じゃあなんで——」

 

 

 

 なんで——続けて問おうとしたマリの脳内に、ある違和感が過ぎる。

 

 そう……()()()()()()()——戦争の爪痕から復興までの激動の時代。血の気が多かったトレーナーたちを律するために敷かれた新たな法。そしてそのために行われた、古き因習の撤廃——それら全てがまもなく完了するという時代である。

 

 その境目に飛び込んだのがセンリ……だとするなら——。

 

 

 

「…………まさか……」

 

「続きを話しましょうか……」

 

 

 

 マリが何かに気付きかけるところで、サキは遮るようにその後を話す。その様子に、今度は動揺を見てとれたマリは押し黙った。

 

 

 

「あの人に起きたことは、人伝てに聞いただけだから、細かいところはわからないけど……流石にこたえたわ」

 

 

 

 サキはこの話を聞かされた時のことを思い出して心を揺らす。その顔は笑顔ではあったが、同時に泣きそうになっているようにも見える。

 

 

 

「あの人が選んだ道がどうなるか……それを見て来てって言ったのを……初めて後悔した。こうなるって知っていれば、きっと選ばせなかった」

 

 

 

 つらそうに続けるサキの目が、どんどん沈んだ色に染まる。

 

 その深淵を垣間見て、マリの背筋にも嫌な汗が滲み始めた。

 

 

 

 センリがホウエンで見たものとは……そう思わせるのに充分なものであるのだ……と。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 オダマキの提案に乗ったセンリは、妻と息子に別れを告げて、ホウエンに降り立った。

 

 客船を乗り継ぎながら海路を進んで丸3日。カイナシティに辿り着いた彼を出迎えたのは、親友その人である。

 

 

 

「久しぶり!ようこそホウエンへ‼︎」

 

「本当に久しぶりだなぁオダマキ!何十年振りか……かなり肥えたな」

 

「ハハ!カミさんの飯が美味くてね。ささ。長旅も疲れたろ?カイナに宿を取ってあるから、今日は羽を伸ばしてくれ」

 

「なんだ。いきなり観光かい?」

 

 

 

 今回ここへ来たのは仕事——ジムリーダーへの適正を測るためにやって来ている。ホウエン復興に尽力する新政府設立に向けての人手となる自分が、そんな悠長なことをさせてもらえるのかとセンリは疑問に思った。

 

 そんな彼に、オダマキは笑って答える。

 

 

 

「ハハハ!上だってそこまで鬼じゃないさ。やる気があるのはいいが、まだ土地に馴染んでないうちからはしゃぐと身が持たないぞ?」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

「まぁ逸る気持ちはわかる。早くジムリーダーになって、家族を迎えてやりたいもんな♪ だが物事には順序ってもんがある。その手始めとして、まずは休憩がてら、ホウエンの風景を楽しんでくれ♫」

 

 

 

 結局オダマキにそう絆され、センリは少し落ち着かない気持ちを抱えながらも、彼の後に続いて宿泊先まで行った。

 

 必要最小限の旅荷物をフロントに預けると、まだ余力があるセンリは、オダマキの案内で街を見て回ることにした。

 

 カイナは漁業と造船技術で発展したホウエンの港玄関。物流の中心地でもあるこの場所は、物、人、金……ポケモンたちが大量に行き交う街になっている。

 

 その道すがら、人通りに舌を巻くセンリは呟く。

 

 

 

「すごい人だな……」

 

「都会派プロトレーナーもびっくりだろ?僕も初めて来た時はそうだったよ!」

 

「なんだいその取ってつけたような称号は……?」

 

「ハハ!まぁここも、少し前までは煙たい感じだったんだけどね……」

 

 

 

 そう言ったオダマキが、少し悲しそうな顔をしていたのを見たセンリは、すぐにあの戦争へと思考が結びつく。

 

 ここは戦前からずっと大きな漁港として成り立っていた。それゆえに活気ある街になったわけだが、戦争ともなるとそれが仇になる。人が多く密集する場所はすぐに標的にされ、テロ行為や武力行使によって、街には深い爪痕が残るのだ。

 

 だが、センリにはその様子をカケラも見ることはできなかった。

 

 

 

「この街は守られてたんだ。ほら、ちょうど今あそこを歩いてる集団——」

 

 

 

 そう言って指差すオダマキ。センリがその先を目で追うと、天下の往来をズンズンと進む一団が目に映った。

 

 温暖な気候に似合う青柄ストライプの半袖を来た一団——どこかアウトローな雰囲気を醸し出す彼らが、この街を守ったと言う。

 

 

 

「通称“アクア団”——新体制では正式に“ギルド”という公認組織にもなるって噂だ。あそこの長がまぁできる人でね。元々この漁港連の若頭だって聞いたけど……」

 

「へぇ……これは失礼かもしれないが、人は見かけに寄らないんだな」

 

「話してみると気のいい連中さ。気性が荒いのは玉に(きず)だが、そんな彼らをまとめ上げる組織力は、やはり目を見張るものがあるよ」

 

 

 

 オダマキがそう評価する一団が横切るのを見送って、2人は観光を続ける。

 

 賑やかな街並みを眺めながら歩くのは、センリにとっても気分が良く、長旅の疲れを忘れさせた。

 

 その後は大きな造船所を遠くから眺めたり、ポケモンコンテストでお祭り騒ぎの喧騒に混じってみたり、野良バトルを観戦したり……そうするうちに時間はあっという間に過ぎていった。

 

 陽が傾く頃、2人はカイナ港から海を眺めていた。

 

 水平線に沈もうとする夕陽を背に、センリは言う。

 

 

 

「楽しい時間はあっという間だな……」

 

「そう言ってもらえて何よりだよ。この街は気に入ったかい?」

 

「どうかな。素晴らしい街ではあったけど……」

 

 

 

 その感想に嘘はない。ネガティブな事前情報からは想像もつかない活気を見られたことは、センリにとって驚きだった。

 

 その理由も含め、この街の人間がどれほど努力してきたのかがわかると、自然と応援したくなるのである。

 

 でも……この先うまくここでやっていけるのかと思うと……不安でもあった。

 

 

 

「これから頑張って盛り返す……きっとそれはカイナだけじゃない。なんとかみんなで守ったこの地方を取り戻す戦いは他の場所でもまだ続いてる。それに私のような部外者が混ざることを……受け入れられるのかどうか……」

 

 

 

 その事が想像できてしまうだけに、不安は絶えない。自分の不器用さは身に染みてわかっている。責任ある立場を捉えることを願ってはいても、果たせるかどうかは別問題だ。

 

 その失敗の影響で、今頑張っている人たちに水を差したくない……そんな弱気な優しさが、センリの中で渦巻いていた。

 

 だがオダマキは、俯く親友を笑った。

 

 

 

「ハハハハ!もうそんな心配してるのか?真面目なのは知ってたが、この数十年でより酷くなったもんだ」

 

「茶化すなよ……今が大事な時なのはお前もわかってるんだろ?」

 

「まぁな……でも気が早すぎるよセンリ。言ったろ?今は羽を伸ばせって……」

 

 

 

 先走るセンリを優しく制するオダマキは、彼とは対象的に空を見上げる。

 

 夕暮れの赤と青い空が混じり合う光景に瞳を輝かせて、彼は語った。

 

 

 

「このホウエンのことを思ってくれるのは嬉しいよ。確かに人手も欲しいし、今の子供たちを育てるジムリーダーは責任重大だ。でも、その責任に押し潰されるのは……親友として看過できない」

 

 

 

 それでは誘った自分がやるせない。そんな念を込めて、穏やかに続ける。

 

 

 

「それでも君が『このホウエンに来てよかった』——そう言って貰えたらこれ以上ない。この街を見た感想を聞ければそれで良かったんだ。他意はない」

 

「オダマキ……」

 

 

 

 カイナの風景がセンリの意欲を増し加えるならそれでいい。本当に英気を養ってくれるだけで、オダマキには充分だった。

 

 新しい地で新しいことに取り組む男の先を見据えた純粋な根回しであることを知って……自分の勘繰りを恥じるセンリ。

 

 

 

「そうか……うん。そうだな……私も少しナーバスになっていたのかもしれない」

 

「仕方ないさ。不器用な君のことだから、どうせこんな事だろうと思ったよ」

 

「手厳しいなぁ……でもありがとう。オダマキ」

 

「いやいや……ところでセンリ。さっきから気になってたんだが……」

 

 

 

 自分の気持ちのささくれを認めて、少し肩の力が抜けたセンリに対し、オダマキはふと疑問を持ち出す。

 

 なんだろうと首を傾げるセンリは「なんだい?」と聞き返した。

 

 

 

「——その『私』ってのは……もしかして……イメチェンのつもりか?」

 

 

 

 その一言だけは余計だと……心の中で親友に毒づくセンリだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「……そんな流れで、私は妻子を置いてホウエンへと渡った。その後はリーグ委員会に面通しをして……私はオダマキの勧めのままトウカに来た。ユウキの知るように……私は一時的にとはいえ、自らの意思で家族と離れた。あいつが怒るのも……無理はない」

 

 

 

 病室で語りに区切りをつけたセンリ。その話を窓の外を眺めながら、背中越しにカゲツは聞いていた。

 

 その男が、ひとつ納得した事があった。

 

 

 

「なるほどな……あんたの実績でジムリーダーってのはちょいと解せなかったが、随分とまた嫌な役回りを引き受けたもんだぜ」

 

 

 

 今までの話を聞きながら、現在に至るまでジムリーダーを勤めているセンリに疑問を持っていたカゲツ。

 

 確かにプロとしてはそれなりに実力を有している。だが傑出しているわけではない。実力の程まではわからないが、特異な才能も結果も見せられなかった男がジムリーダーというのは、力不足感が否めなかった。

 

 それはオダマキの推薦があったとしても……である。

 

 

 

「普通ならそんな何処の馬の骨ともわかんねー奴に天下のジムリーダー枠ひとつくれてやるなんて馬鹿げてる。上の連中こそそういう思考回路してるはずだ……それでもあんたを受け入れたってことの意味……わかってたのか?」

 

 

 

 カゲツの率直な問いに、センリは苦笑いをしながら返す。

 

 

 

「ああ……流石にホウエンに来るまでは気付けなかったが……自分がただの“繋ぎ”だってことはすぐに思い知らされたよ」

 

 

 

 センリは笑顔でその意味を語る。実績無しのトレーナーに対する異例の待遇。それが示すのは、当時の政府がどれだけ困窮していたかという事実である。

 

 

 

「あの戦争の被害は、私の想像を絶していた。当時有力視されていたトレーナーのほとんどが重傷以上死亡以下という燦々たる状況。まだ復帰を望める人間もいたが、体以上に心を蝕まれた熟練者が次々にホウエンを去っていた……ジムリーダーも含めてね」

 

 

 

 センリはその繋ぎ——他地方で出涸らしとなり、利害が一致するトレーナーであれば、誰でも良かったのだと……自虐のように彼は言った。

 

 

 

「ケッ……人の都合でこき使われて、ヘラヘラしてるんじゃねぇーっての」

 

「ハハ……確かに面白くはなかったかな。だが政府の都合はどうであれ、私は運がいいと思った。トウカジムで働き始めた時、私は早速ジム生たちへの指導を始められたのだから」

 

 

 

 リーダー見習い——などという扱いは受けなかったことを含ませて、センリはホウエンでの生活をスタートした頃を思い出す。

 

 大変ではあった……だが手応えも感じた。不器用な自分が、人に物を教えるなどと大層なことができるとは思えなかったその予想が、いい意味で裏切られたのである。

 

 

 

「そのことを早速妻に話したら、『物覚えが悪い分、人の不出来な部分への理解が早いのかも』——と言われたよ。なんというか、初めて自分の特質を好きになれた気がしたんだ」

 

 

 

 人は同じことを知っていても、経験しているのとそうでないのとでは理解の深みが段違いになる。大方の失敗を経験してきたセンリにとって、教職とは意外なほどに適正があった。

 

 それがセンリに意欲と力を与える。

 

 

 

「ポケモンを育てていたあの頃の楽しさを思い出した……いや、あの時以上のやりがいを感じていたんだ。泣いている子供を笑顔にできた時の嬉しさを噛み締めて、私はがむしゃらに働いた」

 

 

 

 その日々は、彼に将来の明るさを予見させた。その街に生きる次世代を担う若者たちが大きくなる頃、ホウエンは本当の意味であの戦いを終わらせられる。そうなれば、家族をこちらに呼んでもいい。

 

 

 

「何もかもが上手くいく気さえした……でも、そんな日々はすぐに終わってしまった」

 

 

 

 センリの状況は一変したと言う。ある事件を境に——カゲツは眉をひそめて問う。

 

 「何があった?」——と。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 センリがトウカジムで経験を積むようになって、およそ1ヶ月が経過しようとしていた時、それは突如として起こった。

 

 トウカ在住の老人の家で強盗事件が発生。近くでパトロールをしていたジム生の報告により事態は早々にトウカジムが聞きつける。

 

 犯人は三、四人のグループ。複数のポケモン所持を確認。報告時点では既に街中を荒々しく逃走していた。

 

 センリはそんな彼らを打倒、捕縛の任務に参加し、強盗たちと対峙することとなった。

 

 

 

「——ヤルキモノ!“なし崩し”‼︎」

 

 

 

 センリの声により赤いトサカを持つ白い毛で覆われた二足歩行の獣型ポケモン——“ヤルキモノ”が腕を突き出し、標的のポケモン——“グラエナ”の腹部を刺突する。

 

 鍛え抜かれたポケモンの一撃でグラエナは戦闘不能。操っていたトレーナーは直後、焦ったように身を翻して逃走の姿勢に——そこへセンリ自身が駆け込み、取り押さえる。

 

 

 

「ぐぁっ!は、はなせっ!!!」

 

()()()()()して離せるわけないだろ⁉︎ さぁ!大人しくするんだ!!!」

 

 

 

 地面に押し倒され、それでも抵抗する男性トレーナーを後ろ手に拘束するセンリ。なんとか暴れる男の制圧は完了した。

 

 

 

「大丈夫かセンリくん!」

 

 

 

 事態を収めたセンリに駆け寄ってきたのは咥えタバコの中年だった。袖を捲ったビジネス用のシャツに黒いスラックスという働き盛りの姿をした男は、センリの教育係としてトウカジムに在籍する——ツネヨシである。

 

 

 

「私は大丈夫です。それよりツネヨシさん、他の人は?」

 

「それこそ心配ない。ウチの精鋭たちが今簀巻きにしたところだ」

 

「そっか……よかった……」

 

 

 

 ツネヨシの報告を聞いてひとまず安堵するセンリ。彼の言った通り、現場にいた暴徒たちは取り押さえられているのを視認できた。

 

 押さえつけられている男たちはそれぞれ抜け出そうともがいたり、大声で抵抗したり、ただジッと拘束する人間たちを睨みつけたりといった具合で、当たり前だが穏やかではなかった。

 

 

 

「全く……ここ最近は街も安定してきたと思って油断してたな。久々に肝が冷えたわい」

 

「それって……やっぱり情勢不安の煽りで?」

 

 

 

 ホウエン圏内の統制は先の戦争で事実上の瓦解。それを残った人間で立て直すまではこうしたいざこざが各地で見られた——というのは、センリが人から聞いた話だ。

 

 物流が滞り、いつどこで争いが起きるともわからない不安定な時期。悲しいことにその間、人間たちのモラルは崩壊していたという。

 

 その有様を、センリは今初めてまざまざと見せられた気がした。

 

 

 

「この辺りは戦火を免れていたからな……それ故に街の外から避難民が押し寄せてきた。それらを養うための物資にも限りがあり、他人から奪おうとする輩が現れる——あの時は、生きてる方がしんどいとまで思ったね」

 

 

 

 ツネヨシが事もなく放った言葉が、センリの胸に冷たいものを残す。

 

 こうして犯罪行為を目の当たりにして思う。人は法に守られ、享受している間はそれを当たり前だと感じ、それらに違反する行いを憎み、避ける事を簡単にできる。

 

 だが状況が変われば、人間はそれまで大事にしていたものを捨てる事ができる。それができてしまうと、彼らのように強行策に出るようになる——それが恐ろしくもあり、悲しくもある現実だった。

 

 そんな感傷に浸るセンリを他所に、ツネヨシは続ける。

 

 

 

「余計な仕事を増やしてくれたもんだよ。こっちは後進育成で忙しいってのに……また報告書を書かねばならん」

 

「そうですね……しかし、彼らは何を盗んだんでしょうか?」

 

 

 

 ツネヨシのぼやきもそこそこに、センリは強盗たちの目的が気になって質問した。

 

 強盗が出現したことへの悲しさよりも、まずは目の前の事態把握が先決であるのは間違いないので、ツネヨシも愚痴をやめて答える。

 

 

 

「まだ詳しくは聞いてないが……どうやら私怨のようだぞ」

 

「私怨……?」

 

 

 

 ツネヨシの言葉から察するに、どうやら彼らは強盗そのものが目的というより、その家の家主に個人的な恨みがあったのだとか。

 

 それがわかったのは、彼らが大声で言っていたことから、なんとなく察せられた。

 

 

 

「こいつらが侵入した家は写真家のじーさんが住んでるとこでな。どうやらその仕事ぶりが気に入らなかったらしい」

 

「そんな……理由で……?」

 

 

 

 あまりにもチープな犯行動悸に言葉がつまるセンリ。だがツネヨシは、さして不思議そうな顔はしていなかった。

 

 

 

「それが()()()()にとってはどうしても我慢できん事なんだ。何せ彼の撮った写真で、自分たちの悪名が世間に浸透しちまったんだからな」

 

 

 

 ツネヨシの口ぶりが、どこか強盗たちを知っているように聞こえるのは気のせいか?——センリはそんな疑問で小首をかしげる。

 

 自分の教育係が終わりかけのタバコを地面に捨てて踏みつける。その足で地面に押さえつけられながらこちらをジッと睨む一人に近づいていった。

 

 そして——

 

 

 

——ガッ‼︎

 

 

 

 ツネヨシは男の顔を踏みつけた。センリはその行動にギョッとして体を強張らせる。

 

 踏みつけたタバコの灰と砂利が入り混じった靴底を押し付けられながら、それでも男は睨みつけるのをやめなかった。

 

 その両者の顔つきを見比べるくらいしか、今のセンリにはできない。事態の把握に脳が追いつかないまま、センリはツネヨシの言葉を聞くことしかできなかった。

 

 

 

「なぁ……流星の残党さん?」

 

 

 

 ツネヨシは男の顔を強く踏んで、彼の首元を晒す。

 

 そこに巻かれてあった、見慣れない模様の入ったスカーフを見て、センリはまさかと目を見開いた。

 

 その独特な紋様はとある民たちの衣服に装飾されるもの。そしてその民とは、大義を語ってこの地を地獄へと変えた忌まわしい存在だった。

 

 そんな彼らに同調することを表すこのスカーフのことを、センリも今日までに何度か聞かされた。つまり、ここに倒れ伏しているのは——

 

 

 

 流星の民——その思想に侵されたホウエンの裏切り者たちである。

 

 

 

 

 

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堕ちた星の運命が、男に絡みつき始める——。

〜翡翠メモ64〜

『ジムリーダー』

 ホウエン各地に8箇所存在するポケモンジムの責任者。旧ホウエン政府からHLC新体制まで、ポケモントレーナーの後進育成機関として長らく存在する。またプロリーグ入門のための門番としても役割も果たし、それら業務内容に沿って、任される人間は一定の信頼と堅実な強さを求められる。

 現在、就任するためにはHLC直轄機関で責任を帯びた役職者の推薦を必要とし、推薦された者の力量とジムリーダーとしての適正を測るため、指定された機関で2年以上の経験を積むことを科される。

 その後は審議委員にかけられ、ジムリーダーになれるかどうかの成否を判断される。



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第182話 残党狩り


年末年始はがっつり休んでました。
今年からも翡翠の勇者をよろしくお願いします‼︎




 

 

 

 現歴2000年——。

 

 急速に発展していく科学技術とポケモンバトル産業。そんな時代の節目に、突然その声明は発せられた。

 

 

 

——聞け!偽りの安寧に生きる者たちよ‼︎ 我々は天啓を得た。もう間も無く、この地に滅びが到来する。天からの裁きによって、この地上の命は均されることとなる。我らが声に耳を傾ける者たちよ!今こそ目を開き、己が力を振るうため、立ち上がれ‼︎

 

 

 

 高らかに宣言された謎の警告は、流星の民たちによってホウエン全土に触れ告げられた。聞いたものたちはそれぞれ困惑、無視、疑念と反応を見せるが——それでも何かがすぐ起きたわけではない。

 

 だがその一方で、彼らの言葉に耳を傾ける人間も少なからず存在していた。流星の言葉に鬼気迫る何かを感じた彼らは、次第にその民たちと同じように滅びの予告を語り始める。

 

 彼らの言葉を聞いた者が、次に触れ告げる者へと変わり、そうしてまた次の者が——そして2年が経った頃、あの戦いは起きた。

 

 

 

——滅びが起きることは明らかだ!しかしこの大地の指導者たちは愚かにも耳を塞いだ‼︎ 戦わねばならない!愛する家族、家、友を……このホウエンを守るために!!!

 

 

 

 流星の民とそれに連なる“蜂起組”と呼ばれるホウエン住民は、政府がまともに取り合わなかったとしてポケモンや武器を用いた破壊行動に打って出る。

 

 北ホウエン(ハジツゲタウンを中心とした山岳地帯)を中心に拠点を構えた彼らはリーグ委員会の重要施設がある場所へ攻撃を仕掛け、多くの負傷者を出す結果となった。

 

 ホウエン住民たちの明日が危ぶまれる中、政府は流星の民と蜂起組に対して即時停戦の通告を言い渡す。だがそれに応じるはずもなく、政府は抱えていた治安維持部隊として招集したトレーナーたちを派遣。

 

 当初は派遣したトレーナーの実力がジムリーダークラスと遜色なかったこともあり、流星たちを即座に捉えられる算段だった。実際制圧戦において、膨れ上がったテロリストを問題にしない活躍を見せており、戦いはこのまま政府優勢で終幕する——誰もがそう思った。

 

 しかし流星たちは正面からの戦いを放棄。古巣であったハジツゲと流星の滝深部の故郷まで捨て、彼らはホウエン各地に展開。テロ組織的な破壊活動を行うようになる。

 

 これの対応に政府戦力は分散。“群”から“個”へと限りなく近づいた政府部隊は、流星の奇襲部隊によって痛手を受ける結果となり、戦火はホウエン全土にまで及ぶこととなる。

 

 そうして戦争は長期戦となり、ようやく流星たちを押さえつけることに成功した頃には……ホウエンは立ち直れないほど痛めつけられていた。

 

 それから3年……世間はようやく前に進み始めている。センリは今日の一件でそんな渦中にいることを再確認した。

 

 

 

「“これ”を取り返してくれたんだな……感謝する」

 

「いえ!ぼく——私はたまたま居合わせただけですから!」

 

 

 

 センリは拘束した強盗たちから取り返した一冊のノートを手に、襲われた家屋の主である老人の元を訪れていた。

 

 上司であるツネヨシからの言いつけで返しに来ただけの自分が賛辞を受けることに抵抗しながら、センリは頭を下げ——彼が車椅子に乗っている原因を目にして驚いた。

 

 片足のない——膝下から目を離せずに。

 

 

 

「……無茶をした代償だ。気にするな」

 

「あ……すみません……」

 

 

 

 老人はその視線に気付いて、手短に事情を話す。センリも流石にその一言で察した。あの戦いの爪痕なんだと……。

 

 少し重苦しい沈黙が続き、先に口を開いたのは老人の方だった。

 

 

 

「しかし連中も無茶をする。わしなんかの為に姿を現せば、拘束される危険は理解できてただろうに。上手く隠れる術はあっても、理性を保たせ続けるのは難しいということか……あるいは……」

 

 

 

 あるいは——そこまで自分のことが憎かったのか。その先は言わずに、どこか遠い目をする老人。そこでセンリは、先刻から気になっていた事を口にする。

 

 

 

「あの……そのノートが、彼らの目的だったんですか?それ依然に彼らは今何をしてるんです……?」

 

 

 

 疑問は2つ。此度の事件は流星の民に賛同する蜂起組の生き残り——“流星の残党”と呼称される人間たちの犯行だった。

 

 彼らは二千年戦争で敗北し、ホウエン各地で散り散りの状態となった。大部分はホウエン部隊に制圧されて捕縛されたが、その取りこぼしたちが今もホウエンに潜伏しているという。

 

 そんな彼らが敗北を受け入れず、まだその身を隠す意味と、それでも危険を犯してひとりの老人を襲う意味——センリの質問に老人は微妙な顔で返事する。

 

 

 

「質問は一度にひとつまでにせい」

 

「す、すみません」

 

「それにわしは流星のことなどほとんど知らん。元々あの声明にどんな意味があったのかも、今何を思って潜伏しておるかなど……知りたくもない」

 

「……そう……ですよね………」

 

 

 

 憎々しく吐き捨てる老人の言葉はその心境を明確にセンリに教えた。

 

 あれだけの戦争……おそらく奪われたものはこの老人にも多かったのだろう。いたずらに戦火だけを広げ、大ごとにした挙句、何もわからないまま戦争は終わりを告げた。

 

 その被害者にあるのは深い悲しみと……敵対者への憎悪だ。

 

 

 

「だが……わしを襲った理由くらいなら、わからなくもない」

 

「え……?」

 

 

 

 そんな憎悪を醸し出しながら、老人は後者の理由に心当たりがある風なことを言う。それが意外だったセンリは素直に疑問符を打つ。

 

 

 

「わしは写真家だった。幾千幾万の光景をフィルムに収めてきた……その最後の仕事場が、あの戦争だった」

 

 

 

 老人はそう言って、返されたノートをゆっくりと開く。センリもそこに目をやると、それが多くの写真を貼り付けたスクラップ帳だということに気付いた。

 

 

 

「戦争は……豊かな自然を壊し、培った営みを壊し、人の倫理観さえ壊した。子供達が暮らす場所も、安心して眠れる夜も……何もかもを壊してしまった」

 

 

 

 語りながら、老人はノートを1ページずつ捲り、その頃の情景を悲しく思い出す。手元にはそれらを写したものが生々しく納められているのを見て、センリは思わず顔をしかめた。

 

 

 

「ワシにはそれがどうしても我慢ならなかった。だがこんな老耄(おいぼれ)にできることなど多寡が知れている……。ましてやこの泥沼の戦争を止める手立てなど持ち得るはずもなかった。ワシができることは……戦争を終わらせるためにできることは何もなかった……」

 

 

 

 それでもカメラを手に戦場へと走った。それが自分にできる唯一のことだったからだ。

 

 

 

「まだ足が健在だった時、ふと思った。この戦争がいつ終わるのか……それはわからない。だけどいつか必ず終わりを迎えるはずだ。ならばその後……もう二度と起きないように……どんな大義名分があろうとも、人やポケモンの命を焼き尽くすこの惨劇を……繰り返さないために——ワシは人々にそれを伝える為に、必死にシャッターを切った」

 

 

 

 言葉を重ねる老人の指先は、そう言う頃には震え始めていた。戦いの渦中で撮影していた彼が、どれほど過酷な状況にあったのか……センリはその様子を見て固唾を飲んだ。

 

 

 

「……結果として、ワシは足を奪われた。夢中で駆け回っている間にほったらかしにした妻にも先立たれ……それでも、やっと戦争は終わった」

 

「終わった……じゃあそのあとは……」

 

「ああ……ワシは世にばら撒いたよ。この目で見たあの地獄を……二度とこんな悲劇を繰り返させてはいけないと……宣ってな」

 

 

 

 写真は時に言葉以上のメッセージ性を持つ。そのことを知っていた写真家の熱意はどうあれ人々に行き渡ったと言う。

 

 だが、どこか自虐を交えたような言葉に若干の違和感を覚えたセンリ。

 

 

 

「よかった……んですよね?そうしてみんな、もうあの戦争はこりごりだって……思ったんなら——」

 

「どうだろう……な……」

 

「自信持ってくださいよ!足を失って、家族の死に目にも会えなかったあなたの頑張りだ!それが報われないなんてことあってたまるか!」

 

「……後悔は……ない」

 

 

 

 まるで自分のことのように老人の行いを肯定したいセンリ。しかしそれとは対照的に、老人の顔つきは渋いまま……。

 

 後悔はない——だが、それでも思ったようにはならなかった。

 

 

 

「ワシの撮った写真は、確かに人々に恐怖や忌避感を与えた。いやワシが思った以上に、人々はあの光景に強い印象を受けたようだ」

 

「だったら……なんでそんな風に言うんです?」

 

「言っただろう。『思った以上』——だったと……」

 

 

 

 それは予想以上の反響を生んだ。人々が戦争の現実を受け止め、繰り返してはいけないという決意をさせる——には、少し刺激が強すぎたと老人は語る。

 

 

 

「こんなことを引き起こした流星の民や蜂起組に対する憎悪が膨れ上がった。人々は彼らをやり玉に上げ、それに“関わった”とされる人間には容赦なく制裁を加えるように……最初はそうでなくても、気風に当てられた者たちは、彼らとの関わりを極端にやめるようになった——本当のところ、流星の民全てが悪かったと言える根拠もないままに、だ」

 

「…………!」

 

 

 

 誰が悪かったのか、何がいけなかったのか……結局流星の民たちの言い分が具体的にはなんだったのかもわからず、戦争は泥沼化し、なし崩し的に終わりを迎えた。

 

 そう。何も判明しなかった。少なくとも事情を知らない者たちは、知らないまま彼らを迫害するようになってしまったのである。

 

 

 

「でも……それこそあなたの写真ひとつでそうなったとは言えませんよね⁉︎」

 

「そこまで驕るつもりはない。だが、責任の一端は間違いなくあったろうな……」

 

 

 

 センリの必死の擁護も、老人は既に自分で行った後だった。それでも受け止めなければいけない現実がある。わかってやったわけではない。だが結果として自分の写真が人々の不安や怒りを助長したのだ——と。

 

 

 

「後悔をしないのは、妻に背中を押されて踏み切ったから。そして自分も決死の覚悟で撮影し、真に平和を願って人々に知らせたからに他ならない……まぁ、これがジレンマとでも言うやつか」

 

 

 

 最後にフッ——と笑う老人が、センリには酷くやつれて見えた。

 

 平和を願い、戦争を振り返させないための行動が、結果としてはその逆を行く差別へと世論が流れるように助けてしまった——センリにもそれが全てだとは思えなかったが、目を逸らさないものもあることを同時に認めてしまう自分もいることに苦しむ。

 

 よかれと思ってやったことが裏目になる気持ちは、多くの間違いを踏んできた彼には痛いほどわかってしまうから……。

 

 

 

「だからきっかけとなったワシに復讐してやりたいという奴らの言い分もわかってしまう。客観的に見れば逆恨みもいいとこだろうが、それで割り切れるほど、人間出来ておらんのよ」

 

「……立派です。それは——」

 

「世辞はやめい」

 

 

 

 センリが何か声をかけてやらなければと発した声は一笑に伏される。老人はその後、ノートをパタリと畳んだ。

 

 

 

「しかしお前さん。その様子だとホウエンに来たのはここ最近だな?大方、人手不足になったリーグ委員会の手伝い——といったところか」

 

「……はい……一応、ジムリーダー候補として、この街には……」

 

「そうか………」

 

 

 

 老人の問いに辿々しく答えるセンリ。それを聞いて深めのため息をつく老人。

 

 

 

「お前さんは優しい。出会ったばかりの老いさらばえたワシに感情移入ができるほどに。教育者として、その感受性は宝になるだろう」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 

 

 老人の褒め言葉に照れるよりもいきなり言われた驚きで目を丸くするセンリ。

 

 何を言い出すんだろうと問い返そうした時、老人からそのストレートな一文は飛んできた。

 

 

 

「今すぐ帰った方がいい……お前さんに、今のホウエンは刺激が強すぎる」

 

「えっ…………?」

 

 

 

 突然、忠告がセンリの頭を叩く。

 

 その衝撃で半ば思考が止められたセンリは、なんとか「何故……?」と聞き返すくらいはできた。

 

 老人は……目を閉じて答えた。

 

 

 

「いや、一介の古老の独り言だ……忘れてくれ」

 

 

 

 何かを言いかけたようにも見えた老人の口からは、前言を撤回するだけの言葉が出る。それきり遠い目をして座るのを、センリは詳しく聞き込もうとはしなかった。

 

 聞いたら、何か恐ろしいものを覗き込むような——そんな感覚に襲われて……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 センリが強盗事件に遭遇し、さらに数ヶ月が経過した。

 

 相変わらず殺人的な量の雑務をこなしながら、教え子たちの育成プログラムを組むことに忙殺されていたセンリ。

 

 しかしそんな最中、センリにある話が持ち上がった。

 

 

 

「君、流星の民のことはもう知っているな?」

 

「はい……」

 

 

 

 トウカジムのとある個室——電気を付けず、ひとつだけある窓から差し込む日差しだけがこの部屋を照らしていた。そこで2人、センリとツネヨシが話し合っている。

 

 

 

「かの戦争を引き起こした張本人たち。奴らは敗戦後もしぶとくこのホウエンの地下に根差し、水面下で蠢いている。全くもって忌々しい限りだ」

 

「そんな言い方……」

 

 

 

 上司の言葉に強すぎる憎しみを感じたセンリは、つい内心漏らしてしまう。それに苛立つように、ギロリとツネヨシはセンリを睨みつける。

 

 

 

「あの戦争でホウエンがどれほどの被害を被ったか……知らない君ではあるまい。そしてその過激な運動が今も行われていることも」

 

「それは……はい……」

 

 

 

 ツネヨシの言うことに間違いはなかった。少なくともセンリには否定できる材料がなかった。

 

 流星の民——その残党は今もホウエンの水面下で活動している。それが時折テロとなって顔を出しては、人々に不安な気持ちを呼び起こさせる。

 

 もう戦争は終わった……そう安心したいのに、彼らが火をつけるせいでそれもままならないのである。

 

 

 

「数年後には正式に政府立て直しの為に、形骸化した組織を一新する方針に決まりつつある。この転換期に後顧の憂いを断つ——その為に、ホウエンに巣喰った奴らを根絶やしにする必要があるのだ」

 

「根絶やしって……‼︎」

 

 

 

 それは人に向けて使うにはあまりにも強すぎる思想だった。センリの倫理観はそれを反射的に否定する。

 

 

 

「彼らも生きてる人間ですよ⁉︎ それにまた血を流すことになったら、ホウエンの人達はそれこそ安心なんかできない!」

 

「無論ことは秘密裏に遂行される。手荒な手段を用いることは認めるが、それを民衆が知ることはない」

 

「でもやった行いは見なかったことにしても消えることはない!罪はいつか明るみに出ます!そうなったらその新体制への信頼も——」

 

「いい加減にしないかッ!!!」

 

 

 

 必死の訴えは、ツネヨシの怒号に掻き消される。その気迫に押されセンリは黙るしかなかった。

 

 

 

「わからんのか⁉︎ もう切羽詰まっているんだよ!あの戦争が終わり、ようやく立て直しが始められるといった矢先!奴らはまだ人々の……子供達の生活を脅かしいてる!それに対抗しようと民衆の間では自警する動きが多発!だが組織化されていない素人の警備がどれほど杜撰(ずさん)で酷いものか……‼︎」

 

 

 

 ツネヨシは握り拳を震わせて、センリの甘い理想論を打ち砕こうと躍起になっていた。

 

 センリの言うことはわかっている。だがそれで手をこまねいて、変わらなかった3年が目の前にある。ホウエンはまだ混沌の中で苦しんでいるのだ——と。

 

 

 

「一部では強さを至高とする“四天王制度”を始めとした、リーグ運営のやり方にも問題があるとしている声もある。血の気が多い人間が、碌な教育も受けずにいたずらにポケモンを使役するケースも増えてきた。法が明確に定められていない今、彼らも実質野放しなんだよ」

 

「そんな……でも……でも私は……‼︎」

 

 

 

 ツネヨシの語る現実に、明確な答えを持ち得ないセンリは震える。それでも……それでも人を根絶やしにするなんて——彼には超えてはならない一線が目の前にあった。

 

 それを見かねたツネヨシは、ひとつ間を空けて話す。

 

 

 

「さっきは使った言葉を間違えた。確かに“根絶やし”とは言ったが、それは『根本原因を取り除く』——という意味だ。我々とて人命を軽んじているわけではない。例えそれが敵対する流星であってもだ」

 

「どういう……ことですか?」

 

「流星、蜂起組、その他協力関係にあった闇組織などを含め、全てを武力制圧する。その全ての人間を拘束し、以後それらの扱いを決定。それに基づいて処遇を決める——ということだ」

 

 

 

 殺すのではなく、捕縛——要はもう暴れられないように自由を奪うための強襲作戦を決行しようというのだ。

 

 センリはその方針にやや難色を示すも、先ほどよりは幾分かマシに感じた。

 

 

 

「ここしばらく捕獲していた残党たちからおおよそのアジトの場所を聞き出している。あとは充分な戦略を以て遂行するだけだ。私が声をかけた意味は……これでわかったかな?」

 

「……その作戦に……私も参加しろ……と」

 

 

 

 ツネヨシは沈黙。だが何よりもわかりやすい肯定だった。

 

 

 

「君は優秀だ。正直言うと、私も上層部(うえ)もあまり期待していなかった。だがジム生たちの評価は君の能力を雄弁に語った。それを私は認めている」

 

 

 

 センリのここ数ヶ月の働きぶりも踏まえ、忙殺される中でも決してパフォーマンスを落とさなかったことも含めて賛辞を送るツネヨシ。

 

 だが、それでもまだ一歩足りないと言う。

 

 

 

「しかしながら愛郷心の強い老人たちを認めさせるには、君が心からホウエンの民になっているのかどうか——それを知らしめなければならない。その為にはこれまで以上にわかりやすい『結果』を必要とするんだよ」

 

 

 

 そう言って、ツネヨシはセンリを左肩を掴む。

 

 

 

「君も早く家族に会いたいだろう……?」

 

「………ッ‼︎」

 

 

 

 少しトーンの落ちた男の言葉に、センリは身を震わせた。

 

 確かにこの作戦が終われば、悪化した治安も改善の目処が立つ。それに合わせて自分の存在を受け入れてもらえれば、家族をこちらに呼び寄せるのも比較的楽になる。

 

 それが目の前にぶら下がっている。センリの動揺は仕方のないものだった。

 

 

 

「参加するのを決めるのは君だ。どの道作戦の決行は変わらん。君の力添えは心強いがアテにしているわけでもない。自分の手を汚したくないというのなら構わんさ……」

 

「ツネヨシさん……」

 

 

 

 それは好意で言っているのか、この期に及んで腰のひけた自分に呆れての発言なのか——センリには計りかねた。

 

 このまま見なかったことにもできる。これを断ったからといって、自分の道が閉ざされるわけではない。むしろそれを理由にやると言えば、それは保身に走ったことと同義である。そんな人間が人に物を教えられるとは思えない。

 

 だが……それは黙認したとしても……。

 

 

 

「その作戦……成功すれば、本当に終わりますか?」

 

 

 

 もう関わってしまった。センリはそれを見なかったことにはできなかった。

 

 

 

「人は……子供達は……安心して眠ることができますか……?」

 

 

 

 これは誰かがやらなければならないこと。平和を脅かす存在と和解することはもうできない。既にそういう段階ではない。彼らを取り除く他、道はない。

 

 

 

「私はそのためなら……みんなの助けになりたい……!」

 

 

 

 その決定がどんな結果へと辿り着くのか、センリにはわからない。

 

 それでも誰かがやらなければいけないのなら……それで救われる人がいるのなら……。

 

 

 

 センリはただそう願い、首を縦に振った。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 願いは——確かに正しかったはずだ。

 

 人が安心して暮らせる世界を勝ち取るため、それを妨げる存在を取り締まる。程度はあれどどんな世界でも見られる当たり前の光景だ。

 

 センリはそれに加担した。いつかホウエンで家族と暮らすため。今を生き、将来を夢見る若者たちの土台を守るため。自分にできる限りのことをする以外になかった。

 

 当然だが、わかっていたこともある。流星たちにも感情があることを。彼らの残党がどんな顔で自分の向き合うことになるのか……それが自分のストレスになるだろうことを理解していた。

 

 力で押さえつけ、拘束し、彼らの仲間を次々に捕らえていく……そんな日々が優しい男を蝕むことを、センリ自身がわかっていた。

 

 それでも自ら戦う。それがきっと流星たちにとってもやり直すチャンスだと思うからだ。

 

 わかりあう前から戦ってしまった彼らと、捕まえたあとなら話す機会もあるだろう。誰も知ろうとしないのなら、せめて自分がそうしようと。それで救われる人だっているはずだ——センリはその希望を握りしめて、流星たちを捕らえていく。

 

 罵詈雑言を吐かれながら。あるいは泣いて許しを乞われながら。恐怖や怒りに支配された彼らの顔を見るのは辛かったが、それも今だけ……この苦しみを少しでも早く終わらせるため、彼は残党狩りを懸命に行なった。

 

 今の痛みをこらえる。それが幸せな明日にたどり着く為に必要なことだと信じて……。

 

 

 

——今すぐ帰った方がいい……。

 

 

 

 時折ふと、その言葉を思い出す。

 

 あの老人にはこの結末が見えていたというのだろうか。

 

 もしあれが警告だったんだとしたら、確かにそこで帰った方がよかったのだろう。

 

 自分の心の悲鳴に蓋をしたことがこんな結果に繋がっていたと知っていれば……など何度考えたかわからない。

 

 それでも結果はわからなかった。あの時あの選択をしなかったら——そんなことを考えるのは無駄なのだ。

 

 現実はここ。目の前にある光景。どんな後悔をしたとしても、それだけは揺るぎない事実なのだから……。

 

 

 

「いや!嫌よ‼︎ 私、そんなところに行きたくないッ!!!」

 

 

 

 ミナモシティ某所で捕縛した女性が声だけで抵抗する。彼女もまた流星の言葉に毒され、残党としてテロ行為に加担していた一人だった。

 

 そんな彼女に、センリは歩み寄る。

 

 

 

「落ち着いて。あなたは今パニックになってるだけだ。あなたが落ち着ける場所に案内するだけですから」

 

「落ち着ける場所……⁉︎ 嘘よ‼︎ 私たちを拷問するんでしょ⁉︎ それか殺してポケモンの餌に——」

 

「そんなことしません‼︎ 大丈夫、大丈夫だから‼︎」

 

 

 

 彼女が怯えるのも無理はない。だがこれも彼らの業。人々の平安を脅かしたことへの報いだ。だからセンリはせめて落ち着いてもらえるようにできるだけ優しく接した。

 

 流星たちに住む場所や大切な人を傷つけられた他の者たちにはできない親切を示した。自分にはそんな憎しみはないから。攻撃されて怯える気持ちがわかったのなら、きっと彼らも変わってくれる……そんな淡い期待も込めて。

 

 

 

「おいおい泣いちゃってんじゃんこのおっさん!」「少しは俺たちの痛みがわかったかよ‼︎」「勝手ばっかしたツケ、払ってくれよなぁ‼︎」

 

「や……やめてくれ‼︎」

 

 

 

 しかし、それは自分だけだった。

 

 この作戦に参加している者たちは、そんなセンリの思想とはかけ離れた行動を取る者たちばかりである。

 

 捕まえた残党を取り囲み、制圧と称して必要以上に痛めつける。それも復讐心からのものではない。日々のストレスを晴らすための捌け口としてである。

 

 センリも最初は彼らを止めた。これは平和のための戦いで、決してこんなことが許されるための口実ではない——と。

 

 だがセンリ以外はそうは思わなかった。どれほど熱烈に語っても、彼の言葉は仲間には届かない。

 

 せいぜいできることは、この作戦を一刻も早く終わらせるために、一人でも早く残党を捕らえることくらいだった。

 

 しかし——。

 

 

 

「今……なんて……言ったんですか?」

 

 

 

 作戦指揮を執っていたベテラントレーナーが陰でしていた話をうっかり聞いてしまったセンリは気付いたらその男を問い詰めていた。

 

 そこでされていた話……それは、捕まえた残党たちの処遇についてである。

 

 

 

「本来の流星の民たちは彼らの里で幽閉……そうではない蜂起組は国外へ永久追放……って……嘘ですよね……そんなの……」

 

 

 

 わなわなと震えるセンリに対し、特に悪びれる様子のない男は、煩わしそうに返事する。

 

 

 

「あれだけの戦争をかましといて、敗戦後もこれだ。当然だろう?被害を考えれば、むしろ全員極刑だっておかしくなかったんだ。生かしてやるだけ感謝してほしいくらいだね」

 

「そんな……彼らもホウエンの一員じゃないんですか⁉︎ それを追い出すなんて……まだ更生の余地もあるんじゃ——」

 

「それを待ってまた大勢不安にさせるのか?君、一体何のために戦ってたんだ?」

 

 

 

 言葉がなかった。

 

 自分は平和のために戦っていた。それはこのホウエンに生きるすべての人——つまりは流星や残党たちも含めたものの平和だ。

 

 だが他の人たちは徹底して流星たちを排除する方針だった。いや、もっと前からそのことには気付いていたセンリではあるが、こうも真っ向から言われては、返す言葉が見つからなかった。

 

 

 

「第一更生と君は言うが、何を以て更生したと言う気かね?彼らが『もうしません。許してください』と懇願したらか?それが嘘でないと証明するための取り決めは?」

 

「それは……でも……」

 

「具体案もないのによく吼えたもんだ。まぁ余所者に我々の憎しみを解れとは言わんがね」

 

 

 

 邪魔だけはしないでもらおう——そう言って、指揮官は去る。その背中に何も言えないセンリ。

 

 今の話はほぼ決定事項だった。このままでは故郷を追われる羽目になる残党たち。自分が捕まえた人間たちが……無慈悲にも海の向こうへ放り出される。

 

 どうにもならない感情がセンリを駆り立て、気付けば流星の滝まで走り出していた。

 

 向かうはその最深部——流星郷である。

 

 

 

「今すぐ残党たちに呼びかけてください‼︎ 今ならまだ間に合う!私も弁護する‼︎ だから彼らに降伏するように言ってください!!!」

 

 

 

 その懇願は、流星の民の長——オババ様と称される老婆に向けて放たれた。

 

 この作戦は流星の残党を狩り尽くすまで終わらない。ならばそれより早く、彼らに抵抗をやめてもらい、少しでも酌量の余地を示すしかセンリには思いつかなかった。

 

 そのために、彼らをまとめ上げている里長に声をあげてもらおうと頼むが——。

 

 

 

「最初から、私には彼らを止める力などありません。元より先の戦争は、私が抑えられなかった民たちが推し進めてしまったもの。私が声をかけたところで、何も変わらないでしょう」

 

「だったら!だったらせめて言い訳のひとつくらいしてください‼︎ このままじゃ、みんなここに閉じ込められるか、故郷に帰れなくなるかのどちらかです‼︎」

 

「それが……我々が受けるべき罰なのですよ」

 

 

 

 センリの言葉で揺らぐことがないオババ。あまりにも落ち着いたその姿勢は、彼に歯痒さを増し加えていく。

 

 

 

「そんな理屈どうでもいい!!!無駄だとか、罰だとか……そんな理屈で人の人生がめちゃくちゃになってる‼︎ やった行いが自分に返ってくるって……わかってるけど‼︎ でもみんながあなたみたいに受け入れてる訳じゃない‼︎」

 

 

 

 センリは思いつくままにオババに訴える。今拘束され、明日を不安の中で待つ者たちの心境を目の前で見てきたセンリには、そんな簡単に割り切れる問題ではなかった。

 

 

 

「あの人たちの中には、自分で選ばずに流星側についた人もいるんです‼︎ 家族や友達に誘われて、断るに断れなかった人が‼︎ 周りに流されてしまって今捕まって泣いてる人がッ‼︎ その人たちは確かに愚かだったかもしれない……でも、ここまで痛めつけられる謂れだってない!!!」

 

 

 

 例え多くの命を奪い、思い出の場所を焼き払った憎き敵だったとしても、ホウエンで生きたかけがえの無い命であることをセンリは無視できない。

 

 憎悪に駆られて彼らを糾弾する者たちはもう止まれない。だからここに来た。とにかくこのまま最悪の結末を迎える前に——。

 

 

 

「このまま作戦が終わったら……ホウエンに莫大な負債を抱えることになります‼︎ 復讐心と後ろ暗い過去が残ってしまう‼︎ その中で子供たちがどう育つのか……僕は……ッ‼︎」

 

 

 

 それが現実になってしまう。その選択は、将来に暗い影を落とすことを予感したセンリ。今ここで手っ取り早く流星を排除することは、和解する道を完全に閉ざすことになる。そちらも苦しい道ではあるが、少なくとも胸を張って歩ける道だ。

 

 センリはせめてそうなって欲しかった。今はダメでも、将来互いに許し合える光景を……ホウエンの人たちが過去を見ないふりしなくてもいいようになって欲しかった。

 

 その純粋な願いは——遂に聞き届けられることはなかった。

 

 

 

「——流星の民は“流星郷”と周辺地層地域外での活動を禁ずる‼︎ それに賛同していた蜂起組は、ホウエンからの永久追放を言い渡す‼︎」

 

 

 

 結局、作戦は筒がなく進行——粗方の目処が着いたところで、即席の裁判により処分が言い渡された。

 

 それに意を唱える人間は一人としておらず、流星たちを擁護する声は上がらなかった。

 

 センリも……胸に秘めた言葉を飲み込んで——。

 

 

 

「うそつき……大丈夫だって言ったのに……」

 

 

 

 国外追放のための護送船に乗せられていく残党たちのひとりが、警護員として見送りに来ていたセンリの腕を掴む。

 

 それは……いつか自分が捕まえ、宥めすかしていた女性だった。

 

 

 

「うそつき……嘘つき……嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき‼︎……アンタが……大丈夫だって言うから‼︎ それだけが希望だったのに……‼︎」

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 運ばれていく列からはみ出してまで、恨みがましくその女はセンリを睨む。その言葉ひとつひとつが彼の胸に刺さり、鉛のような心痛を入れ込む。

 

 その女を他の警護員が取り押さえ、強引に船へと乗せようと引っ張る。

 

 

 

「こら!大人しくしろ‼︎」

 

「離して‼︎ やだぁ‼︎ ここから出たくない‼︎ 家族に……娘に会わせて‼︎ まだ何も謝れてない!!!」

 

「いい加減にしろこの売女めッ!!!」

 

「いやぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 その光景を……センリはただ黙って見送るしかできなかった。

 

 無理やり連れて行かれる彼女と、生気を失った行列が乗せられた後……その船は無慈悲にも出航してしまう。

 

 大勢がこれでせいせいすると吐き捨てる中、センリはひとり孤独を感じていた。

 

 誰も……自分と同じように彼らを見てくれない。彼らの仲間でさえ、罰は受け入れろと言って聞かない。

 

 どこに行くのかもわからない船に乗せられて故郷を去る彼らの身を案じる者は、自分以外にいない……。

 

 その孤独は……センリがいつか感じていた幼い頃と同じだった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「だいぶやつれたな……」

 

 

 

 失意の中、センリは気付けばあの写真家の老人宅を訪ねていた。

 

 庭先に車椅子で出ていた彼は、変わり果てたセンリの姿を捉えて少しだけ笑う。

 

 

 

「……ご無沙汰しております」

 

「まぁ……なんだ……茶でも付き合え」

 

 

 

 老人はセンリの心境を察して、縁側に腰掛けるように勧める。その言葉に従い、センリは力無く指定された場所に腰を下ろした。

 

 老人は既にあった急須から湯呑みにお茶を淹れ、センリに手渡す。

 

 

 

「……結局、あなたの言う通りでした」

 

 

 

 センリは貰ったお茶に口をつけることなく、独白する。

 

 

 

「私には……何もできなかった。最初から関わり合いになるべきでは……なかったんでしょう……それでも……何かはできるんじゃないかと信じて……夢中でした」

 

「そうか………」

 

 

 

 最初からこの結末はわかっていた。自分ひとり、ましてや部外者だったセンリに、周りの人の気持ちを動かすことなど叶わなかった。

 

 ずっとひとりで……何か大きな流れのようなものに抗っている——ように見せかけることしかできず、結局流されるだけの時間を過ごしてしまったと、センリは酷く後悔していた。

 

 

 

「私は……ジムリーダーなどという器にはなれない。意思に沿わない決定でも飲み込む度量も、理不尽に打ち勝つ力もない。それだけが……それだけわかれば充分でした」

 

 

 

 チャンスではあった。だがそれもチャンスでしかなかった。教育者としての適正もあったのだろう。だが組織という大きな生き物と対峙し、自分がどれほど恐ろしいものに動かされていたのかと再認識させられた。

 

 その上で、自分には身の丈に合わないと悟る。

 

 

 

「弱い自分が……どうしようもなく憎い……誰の心も動かせなかった……自分が……‼︎」

 

「……ワシだってそうだ」

 

 

 

 そんなセンリの悔恨を、同意するかのように老人は口を開く。

 

 

 

「ワシも……写した物に魂を込めたつもりだった。だが見た者たちの反応は様々だ。どれだけの感情を込めたとしても、伝わるのはその1割にも満たないのかもしれん……人の心など、他人が動かすことなどできんのだ」

 

 

 

 それは残酷な現実。だが、だからこそそれはセンリのせいではない——老人はそんなニュアンスを込めてセンリに言う。

 

 

 

「ジムリーダーという仕事がお前さんに合うのかどうかは知らん。それなりに落ち込むこともあっただろうが……ヤケになるな。自分の無力さなど、みんな感じて生きている。自信の無さを感じつつ、なんとか日々の楽しみと僅かな成果で誤魔化して生きておる。お前さん、少し自分を許さなさ過ぎだ」

 

「………自分を……許す?」

 

 

 

 センリにはその発想がなかった。自分を許す必要があるということを自覚していなかった。老人は続ける。

 

 

 

「あるいはそれがお前さんの1番苦手なことなのかもしれんがな……心だって生き物だ。栄養を与えてやらんといつか死に絶える。空いた穴を埋めてやらねばな」

 

「……それは……どうすれば………?」

 

「なんでもいい。美味いもん食うなり、映画を見るなり、友と朝まで飲み明かしたっていい……家族がいるなら、今すぐにでも会いに行け」

 

 

 

 それが今、センリ自身に必要なことだった。

 

 センリは追い出された蜂起組や流星たちのことを思うばかり、自分のことを大切にしてやれなかった。それに気付いてくれれば、老人はそれでよかった。

 

 

 

「風景は……時として見る者を苦しめるトラウマになり得る。戒めとして覚えておくことも大切ではあるが、切り取らずに忘れることもまた大事だ。心のフィルムはちゃんと整理しておけ。いらないものは……忘れたっていいんだ」

 

 

 

 自分に向けられた憎悪も、自責に潰されそうだったあの頃も、血眼になって人を追いかけ回したあの光景も——忘れていい。

 

 

 

「ありがとう……ございます……」

 

 

 

 力無く、センリは老人に感謝した。

 

 

 

「そうですね……家族に……会いたい……」

 

「なら今すぐ連絡しろ。あと土産のひとつくらい買っていけよ?」

 

「あぁ……何がいいかなぁ……」

 

 

 

 センリはから元気を出して、なんとかそんな間の抜けたことを言う。今は無理をしてでも切り替えが必要——センリはそう自分に言い聞かせ始めていた。

 

 それからトウカシティを一通りぶらつき始めるセンリ。

 

 街にはあの流星の残党たちが消え、人々の顔には徐々に笑顔が戻ってきていた。

 

 それが何を犠牲にして勝ち得たものかを考えようとして……センリは目を閉じてその思考を放棄する。

 

 

 

「……もういい……終わったんだ……」

 

 

 

 センリは自分に言い聞かせる。これ以上の後悔は何の意味もなさないと。何かできたかもしれないと考えることは驕りなのだと。

 

 今見えている現実が全てだ。争いの根っこを強引に引き抜いた痛みは大きくても……この街のような穏やかさを確保できたことは……認めてもいいのだろう。

 

 今はただ……この傷ついた心を癒したい。

 

 

 

「ママ〜!あれがいい!あれ買って!」

 

 

 

 疲れ切った男の横で、少女の声がした。

 

 センリが振り返ると、とある衣服店のショーケースを指差してはしゃぐ女の子とその手を引いている母親の姿を見た。

 

 女の子はぐいぐいと母の手を引っ張って、ショーケース越しに見える可愛らしい麦わら帽子をねだっているようだった。

 

 その様子を見て、センリは息子の姿を思い出す。

 

 

 

「……帽子……か」

 

 

 

 センリはおもむろにその店に足を踏み入れる。

 

 思えば最低限の身だしなみを整えるくらいで、いわゆるオシャレなどに気を遣ったことはなかった。それが息子ともなると余計に気にかけてやれなかった自分を思い出して、たまにはそういうのを贈ってやってもいいのかもしれないと思った。

 

 センリはそこでひとつのニット帽を選ぶ。選定に理由はない。撫でた息子の頭はこれくらいだったかと想像しながら、彼はそれを会計に通す。

 

 買ってからしばらくして、自分のセンスに不安を感じたセンリは、踵を返して写真家の家へ行く。子供好きの彼なら、選んだ物の良し悪しを教えてくれると思ったからだ。

 

 そうして老人宅で買った土産を披露する頃、センリの心は少しだけ安らぎ始めていた。

 

 悪い夢から覚めるように、彼は次第に穏やかな心持ちを取り戻していく。もうこれ以上傷つく必要はないのだと、彼を知る人間ならきっと誰もが思っただろう。

 

 そんな時——彼の端末に着信が入る。

 

 

 

「はいもしもし——」

 

 

 

 それは妻、サキの携帯からだった。

 

 そういえば作戦終盤はほとんど連絡をしなかった。センリは申し訳ないと思い、謝罪の言葉を口にしようとした。

 

 

 

「——《ユウキが……ユウキが……‼︎》」

 

 

 

 取り乱した妻の声を聞くまでは——。

 

 

 

「え………?」

 

 

 

 これは……安らぎを求めた罰なのだろうか。

 

 自分の手は汚れてしまっているのに、自分だけ家族に会いたいなどと願った罰なのだろうか。

 

 考えることを放棄して、容易い方に流れた自分への——。

 

 

 

——ユウキが……事故に遭った……。

 

 

 

 

 

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悲劇、重なる——。



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第183話 胸の内側


この歳になってパソコン使うか検討してます。




 

 

 

 その日、サキは息子のユウキを連れて、キキョウシティにあるトレーナーズスクールの見学に行っていた。入学可能な6歳を迎える前のちょっとした視察だった。

 

 それも滞りなく終わり、帰路に着いていた2人。その道中でユウキは疲れ果てて眠ったらしい。

 

 しばらく近場にあったベンチで息子を寝かしつけていたが、あまりにもぐっすりだったため、すぐそこの自販機で2人分のジュースを買おうと——サキはほんの少しその場を離れた。

 

 そしてその数秒後、悲劇は起こった——。

 

 

 

「公道を走っていたギャロップの牽引する馬車が道を外れて暴走。路肩を超えて歩道まで侵入した馬車が、ユウキを寝ていたベンチごと跳ね飛ばした……」

 

 

 

 当時起きたことを淡々と語るサキ。それを聞いていたマリは固唾を飲む。

 

 サキのすぐ後ろで起こった事故について、最初はサキ自身も事態の把握ができずに困惑していたという。

 

 そして現実を理解するより早く、息子に半狂乱で駆け寄った——というところで、マリが口を挟む。

 

 

 

「ちょっと待って……それだと私たちが聞いた話と少し違う……」

 

 

 

 マリはつい数日前、ダイを連れてユウキのルーツを辿ろうとジョウトへ取材しに行っていた。

 

 それは主に彼が数年住んだというコガネシティで行われたが、当然そこでの聞き込みで今の事故の話を聞くことになった。

 

 ただその内容が若干違っていた。

 

 

 

「あれは……幼いユウキくんが()()()()()()()起きたって……」

 

「そうね……少なくとも、公にはそういうことになったわ」

 

 

 

 サキの回答でマリの背筋に痺れるような感覚が表れる。何がわかったというわけではないが……嫌な予感がしたのだ。

 

 

 

「事故を起こした馬車には……ある企業の子供たちが乗っててね。その子達、親に内緒で馬車を乗り回してたらしいのよ」

 

「まさか……そんな……」

 

 

 

 そこまで言えばマリにも事態が把握できた。金持ちの火遊びに巻き込まれる形でユウキは馬車に轢かれた。当然それはその家の評判に多大な傷を負わせることになる。

 

 風評被害を避けるために金持ちがしそうなことなど簡単に想像がつく。

 

 

 

「間の悪い話でね。その時目撃者らしい人は周りにいなかった。路上の監視カメラにも事故そのものを写したものは見つけられず……なのに後から馬車の持ち主たちに有利な証言が次々に出てきて、結果としてその過失は私たち二人にあるってことになったわ」

 

 

 

 理不尽な結論を淡々と語るサキに、マリは激情を露わにする。

 

 

 

「なったわって……事実じゃなかったんでしょ⁉︎ 何受け入れたみたいな顔してんのよ!こんなの誰がどう見たって不正があったに決まってるじゃない‼︎ そんなことも知らない人間が、あなた達家族になんて言ってるか……知ってるんでしょう⁉︎」

 

 

 

 真実は闇に葬られ、嘘が世間の本当になってしまった。周りの人間はそんな事情も知らずに二人を責め立てた。

 

 

 

「馬車に乗ってた子供たちは一人を残して全員死亡。ユウキも致命傷を受けていたとはいえ、子供を見てなかった私にはそう言っても仕方ないわ」

 

「だから……なんで認めちゃうのよ⁉︎ 問題があったのは向こうだったんでしょ⁉︎ それなのに——」

 

「ユウキが助かったのも……相手方のおかげだったからね」

 

「え………?」

 

 

 

 サキが何も言い返さない理由……理不尽を許す理由が、そこにあった。

 

 

 

「ユウキは事故の衝撃で心臓が破裂してたの。はっきり言って即死だった。それを向こうお抱えのお医者さんが蘇生させたの」

 

「それって可能なの?いや、そもそもなんでそんなこと……」

 

 

 

 マリは混乱した。自分の知る限りではそんな状態から人を蘇生するなど聞いたことがなかった。そしてそんな無理難題を決行したのが、事もあろうか加害者側の——真相を捻じ曲げた富豪たちだという違和感。これらを信じるのは容易ではなかった。

 

 

 

「方法はわからない。ただ向こうは医療にも精通する企業だったみたい。医療投資を主に置いていたあの家だから可能だったのかも……」

 

 

 

 そこは医者でもないサキには、想像することしかできない。あれだけの重傷を負った子供を蘇生させ、今も健康体を維持できるような処置がどのようなものだったのか……。

 

 もしかすると合法的なものではなかったのかもしれない。サキにはそう思う根拠があった。

 

 

 

「ユウキの蘇生に使われたのは……馬車に乗っていた男の子の遺体。その子の心臓を移植したらしいわ」

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

 

 サキの言葉にマリは絶句する。

 

 ユウキの心臓を治したのが加害者側であること、治療に必要だった心臓の提供者がその子供であること、それを可能にする技術——そのどれもが信じられなかった。

 

 

 

「でも動機や方法がどうであれ、ユウキが生きてくれてることが嬉しかった。それを考えたらあの人たちを責める気にもなれなくてね……何かわがままを言ったら、ユウキが居なくなってしまいそうで——だから抗議しなかったのは私の意思なの」

 

「そう……なの……」

 

 

 

 サキはその時すでに覚悟を決めていたようだ。息子の命が助かったのなら、それ以上を求めることはしない。例え肩身の狭い思いをすることになっても、今度はちゃんと自分で息子を守るのだと——。

 

 だが……現実とはどこまで残酷なのだろう。

 

 

 

「それでも辛かった……支えが欲しかった……死んでしまいそうになるくらい不安に押し潰されそうで……だからあの日……夫の言葉をちゃんと聞いてあげられなかった」

 

「あの日………?」

 

 

 

 それはユウキの状態を夫に報せ、その後センリが戻ってきた日。

 

 彼は帰ってきた。我が子の身を案じて——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキは事故直後、事実隠蔽を図る企業の者たちによってお抱えの医師がいる邸宅へと運ばれた。サキはそれに同行して数日間、息子の治療が終わるまでその家屋に居座っていた。

 

 その間に馬車の持ち主たちからは『この件を何処にも漏らさないこと』を条件に、息子を助ける意思を告げられた。実質ユウキの命を人質にされているサキに選択肢はない。

 

 それ以前に、サキにはそんなことどうでもよかったのである。ただ息子が……生きていてくれればそれで……。

 

 ともあれ母の祈りが届いたのか……ユウキは無事に蘇生させられ、安定して眠りにつくまでに至った。そこまで経過観察を終えた後、ユウキは一般の病院へと移されることになる。

 

 その間、ユウキが目を覚ますことはなく——既に事故から1週間が経過していた。

 

 

 

「サキ………ッ‼︎」

 

 

 

 センリはサキから届いた凶報を受け、ホウエンから飛んで来た。その報せも半ば軟禁されていたこともあって、実際に電話できたのはこの病室に移されてからなのだが。

 

 その頃にはすっかり疲弊したサキ。傍で眠るユウキをただ見つめて……座っていた。

 

 

 

「あなた……ごめん……」

 

「何を……何を謝ってるんだ‼︎」

 

 

 

 サキが溢した謝罪から、センリは妻の心痛を感じ取って堪らなくなる。咄嗟に座る彼女の頭を胸に押し当て、その存在を確認するように撫でていた。

 

 それでサキも……堪らずに泣き喚く。

 

 

 

 しばらく彼女が泣いた後、ようやく話せるところまで落ち着いたサキは、センリにことの次第を伝え始めた。

 

 事故の経緯、ユウキの状態、相手方の治療について——口止めされていたこともあり、事実を伏せて話すしかなかったサキは、心を痛めながらも話せることは全て話した。

 

 そして——ユウキの異様な現状についての話となる。

 

 

 

「ユウキは多分……一度死んでた。それをどうやって治療したのかはわからない。治療のために使われたのが向こうのお子さんの心臓だってことも意味がわからない——それでもってユウキには……その治療痕もないの」

 

「治療痕が……ない?」

 

 

 

 サキの説明を聞いてもセンリには理解できなかった。

 

 それほどの大手術だと言うのなら、普通に考えて切開の一つ行われていたとしても不思議じゃない。その痕跡をかなり小さくできる医者はいるかもしれないが、それを完全に消してしまうとなると——センリの理解を遥かに超えた事象ということになる。

 

 しかし目の前にいるのは——とても事故に遭ったとは思えないくらい、綺麗な容姿をして眠る息子なのだ。

 

 

 

「ユウキは……ちゃんと起きるのだろうか」

 

「わからない……でもその医者は『問題ない』って……」

 

「……その相手から……他に請求は?」

 

「なにも……ただこの件について必要以上に勘ぐったり、他言したりするな——って」

 

「そうか……わかった……」

 

 

 

 センリも半分くらいは理解を諦めてしまっていた。それで必要なことだけを知ると、もう何も言う気が起きなかった。ただ息子が生きていてくれて……目を覚ますのならどうでもよかった。

 

 

 

「ユウキ……すまん……ごめん……」

 

 

 

 我が子の安らかな寝顔に向けて、センリは涙を滲ませて謝る。

 

 たったひとりで旅立ったこと。ユウキにとってそれがどれほど寂しいことだったのか。その間に怖い目に遭い、今も生死の境にいる。それに対して何もできない自分の無力さが、父親にそう口走らせた。

 

 そして、土産と称して買ってきた帽子を——ユウキに被せる。

 

 

 

「……帰ってきて

 

 

 

 その後ろで——妻の消え入りそうな声が聞こえた。だがそれは確かにセンリの鼓膜を叩いていた。

 

 

 

「お願い……もうひとりじゃ……やっていける自信がないの………わたし……この子を守ってやれる自信が……ない……」

 

 

 

 センリが旅立って以来、これまでワンオペレーションでやってきたサキ。元より不安なことも多かったが、息子もそれなりに自立して動くようになり、神経をすり減らすことも少なくなっていた。

 

 だがそれでも子育ては大変だ。そこへ今回の事件が突然日常を奪った。この先の未来を考えるだけで押し潰されそうになるサキの気持ちなど、想像に難くない。

 

 だから助けを求めるのは当たり前のことだった。そしてセンリは求められて当然の父親なのである。

 

 

 

「………………ごめん」

 

 

 

 その父親からまさかの拒絶。サキは一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 

 

 

「なん…………え………?」

 

「ごめん……私は……帰れない……」

 

「どうして……自分の子供が死にかけたのよ?そばに居たくないの?」

 

「居たいさ……君たちを守りたい……ずっと近くで……」

 

「じゃあなんでよ‼︎ なんでそんなこと言うの!?!」

 

 

 

 サキは堪らずに声を荒げる。

 

 打ちのめされた彼女には、今センリが必要だった。今まで何も求めず、気前よく送り出してくれた妻からの唯一の願いと言ってもいいだろう。

 

 それを突っぱねた夫の行動を、サキが許せなくても無理はない。

 

 

 

「……ごめん……ダメなんだ……私は……私だけが…………そんなこと……ッ‼︎」

 

 

 

 センリの言動を今のサキが理解できるはずもない。彼が何に阻まれているのか。何をそんなに苦しんでいるのか。彼女にはわからない。

 

 

 

——離して‼︎ やだぁ‼︎ ここから出たくない‼︎ 家族に……娘に会わせて‼︎ まだ何も……‼︎

 

 

 

 彼の中で泣き叫ぶ者たちがいることを——。

 

 

 

 

「自分だけ……そんなムシのいいこと言えない……ッ!!!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 センリは——結局そのままホウエンへ戻った。

 

 その後はロクに家族にも連絡することなく、数年ぶりにジムリーダーになった報告くらいしか届くことはなかった。

 

 サキはそんな夫の独りよがりに辛い思いを抱きながらも、その身を案じて日々を過ごしていた。例え世間になんと言われようとも……まだ目を覚さない息子を見続けて。

 

 

 

 ユウキが目を覚ましたのは——彼が10歳を迎える頃だった。

 

 

 

「……………思い出した」

 

 

 

 父と母、そして自分の身に起きたことを知らされ、自分自身の中に眠っていた記憶に辿り着いたユウキは……そう呟いた。

 

 

 

「そうだ……アレは……あの記憶は……——」

 

 

 

 ユウキに時折過ぎる記憶——母が何かについて泣き崩れ、それを自分が問うというシーンがある。だがそれは正確なものではなかったことに気が付いたのだ。

 

 

 

「母さんが泣いてたのは……俺がまだ眠ってる間だった。母さんが親父に泣いて縋って……それでも親父はそばに居てくれなくて……それを……俺は聞いてたんだ……」

 

 

 

 明確に意識を取り戻した訳ではない。うっすらと浮上してきた意識の中、奇跡的にユウキの海馬にその時の光景が刻まれていた。

 

 それを思い出すのと同時に、芋づる式に他のことも思い出していく……。

 

 

 

「俺はその時、母さんを慰めたかったんだ。どうしたの、何があったの——って。でも本当は指一本動かせなくて……夢の中で何度も母さんを励ましてた……!」

 

 

 

 何もわからない自分にできるのはそれくらいだった——その時の無力感を覚えている。少年が母のそばにいることに固執した理由はこれだった。

 

 

 

「なのに俺は……そんなことも忘れてた……。こんな大事なこと……」

 

「それは仕方のないことだと……思うよ」

 

 

 

 ユウキが自分の健忘に責任を感じていると、ダイが優しく口を開く。

 

 

 

「誰だって記憶違いなんてことは日常的にあるもんだ。俺、色んな人に取材したからわかるけど、ある出来事について問いかけても大体の人は事実とは違う適当なことを言ってた。それって別に嘘を吐こうとしての発言じゃなくて、その人の中ではそう記憶されてるってだけなんだ……」

 

 

 

 人の記憶は思ったよりも曖昧である。健康な人間がそうであるなら、まして事故に遭い、長年昏睡していたユウキの記憶が正確でないことになんら不自然なことはない。

 

 だからそこに、責任などあるはずもないことをダイは言いたかった。

 

 

 

「ユウキくん。なんでも自分で背負っちゃダメだ。君のお父さんがそうだったように、責任は重すぎると人を潰す。時にはそれを肩から降ろすことも大事だよ」

 

「でも……でも、俺は……!」

 

「あの事故は君のせいじゃない。お母さんのせいでも、お父さんのせいでもないよ。客観的で無責任なこと言うかもしんないけど……少なくとも君ら家族に落ち度はなかった。俺は今それがわかって嬉しいんだ」

 

 

 

 ダイとマリはユウキを知るための取材をジョウトで敢行した。だがそこで見聞きしたのは彼ら家族に対する不信と罵倒。可哀想だと思う人間もいるにはいたが、ユウキたちを擁護するようなものにはならなかった。

 

 その事故の真相はユウキたちの潔白を証明していた。これがダイには喜ばしいことだった。ユウキにはその気持ちを知る由もないが……。

 

 

 

「だからもうそんなに抱え込まなくていい。ユウキくんは自分の人生を楽しんでいいんだと思う。俺が言っても説得力ないかもだけど、まだ楽しみにしてるんだ。君とポケモンたちがどこまで行けるのか——」

 

 

 

 ダイのこの言葉は記者としてではなく、ひとりのポケモンバトルファンとしての純粋な気持ち。これからの活躍を祈る、個人の気持ちである。

 

 ユウキにとってもそれは嬉しい言葉だった。そう言ってもらえるのなら——そう思って活力を取り戻すこともできたのだろう。

 

 だが——ユウキはまだ、過去を振り返っていた。

 

 

 

「…………わかってる。わかってるんだ。本当は……」

 

 

 

 誰に言った訳でもない少年の呟き。それは小さかったが、聞く二人にははっきりと聞こえた。

 

 

 

「親父がなんで頑なに話さないのか……それは俺に余計なこと考えて欲しくないからだって。トレーナーとして生きる道選んだのは俺で、それをサポートしたいって思ってたことくらい……」

 

 

 

 今に至っても、やはりジムリーダーとしての父は自分に甘すぎたと思う。周りの反対すら押し切って我が子を優遇するそれは、とても公正な教育者のそれではなかった。そこに親心があったことは、誰の目から見ても明白である。

 

 

 

「母さんは泣いてても……親父の悪口は一回だって言わなかった。きっと寝ていた俺にも……思うところはあっても、結局は許せちゃうんだろうな。二人はお互いのことが好きなんだから……」

 

 

 

 父も母も、お互いが起こす問題を受け入れる覚悟ができている。それは長い時間、近かったり遠かったりする距離感の中で培った愛情の賜物だろう。

 

 きっとそれは素敵なことだ。そんな優しい二人が自分の親であってくれて誇らしいとさえ思う。

 

 だけど——。

 

 

 

「それでも俺は……親父を許せない……ッ‼︎」

 

 

 

 その言葉が絞り出され、聞いていた二人の顔も歪む。

 

 感情がドリップされて滲み出た本当——自分に嘘をつけないユウキがやっとの思いで出した気持ちが……それだった。

 

 

 

「親父も俺と同じで夢見てた……そのために普通とは違う道選んだのだってわかる……気持ちもわかるよ……!でも……じゃあ今までのこと……許すなんて……俺には無理だ……!」

 

 

 

 父が旅立つ時、泣いて縋っても彼は行ってしまった。自分の知る限りでは一度だって帰ることはなく、その間の孤独を埋め合わせるようなこともなかった。

 

 母がどんなに痛めつけられていたのかも知っている。それを間近で見ていたユウキが、本当はここにいるべき父親の不在に何を思っていたのか……他人では想像すらできない。

 

 センリも行った先でこんなことになるとは思ってなかっただろう。努力すればするほど、もがけばもがくほど沈んでいく泥沼のような中にいたことに同情の余地はあった。ユウキはあの戦争に関わって傷ついた人たちも知っていたから。

 

 それでも……それでもユウキは納得することができないのである。

 

 

 

「俺はずっと……聞き分けのいい子供を演じてた。本当に思ってること、もしかしたら母さんにも言ったことない。だからひょっとしたら……両親やお爺さんの期待を裏切ることになるのかもしんないけど……でも……こればっかりは無理なんだ……ッ‼︎」

 

 

 

 どうしても許せない。処理しようと回る理性を飲み込む勢いで、次々に父を責め立てる言葉が込み上げてくる。

 

 

 

「俺だってこんなの……誰のせいにもしたくないよ!でも親父はホウエンに行って後悔した癖に今でもジムリーダーやってる!それが追放した人たちのことで責任感じてることくらいわかるけどさ‼︎ そっちは見ず知らずの他人だろ⁉︎」

 

 

 

 普段は押さえがきく語気を今は敢えて解放する。思ったことを全て吐き出す——そうでもしないと気が狂いそうだった。

 

 

 

「他の家族の間を引き裂いたこと……責任持つのはそんなに立派なことか⁉︎ 自分のしたことに責任感じて、今自分が動けば確実に救いになる人を見ておきながら無視することの——どこに正当性があるんだよッ‼︎」

 

 

 

 どんなに理屈で考えても——。

 

 どんなに優しさを示しても——。

 

 どんなに家族として愛そうとしても——。

 

 ユウキにセンリの意思を汲む理由が見つけられない。それがこの10年、ユウキが抱えていたものの重さだ。

 

 そしてその重さは……ユウキ自身を苦しめる。

 

 

 

「そんな親父をさ……みんな許してる。仕方ないことだったって。この選択が、選んだ道がこうなるなんて誰もわからなかったんだから——って」

 

 

 

 それが……ユウキには我慢ならなかった。

 

 

 

「それじゃあ俺の気持ちはどうしたらいいんだよ‼︎ みんなが許してるから、足並み揃えないといつまで経っても終わらないから——そんな理由で親父を許したフリだけして、一生モヤついてろってのか⁉︎ こんな大事な話人任せにするような奴の何を許したらいいんだよ⁉︎ 楽しみにしてたジム戦でベスト尽くしてこない人の何を尊重したらいい⁉︎ 自分の家族の助けを拒む親父の何を⁉︎ 息子が死にかけてるの見て置き去りにできる神経ってなんだよ‼︎ ふざけんなッ!!!」

 

 

 

 堪えられなくなった感情がユウキの言葉を強くし、座っていた体を立ち上がらせる。胸の内を明らかにする度に、内で沸々と湧いていた怒りが少年の胸を焼く。その痛みに苦しみもがくようにユウキは荒ぶり、被っていた帽子を床に叩きつけた。

 

 そうして荒れている間、少年は泣いていた。

 

 

 

「…………もう嫌だ……こんな自分が……」

 

 

 

 曝け出した心を引っ掻き回して、最後に見つけた気持ちを溢す。悲痛に、それでも素直に——。

 

 

 

「同情できる親父のことを許せない俺が……そんな人に世話にならなきゃ、今の自分はなかったのに……そんな恩に報いることもせずに……ただあの人を責めることばかりする俺が…………ッ‼︎」

 

 

 

 なりたい自分。思い描く人物像に自分が程遠く感じてしまう。この怒りや憎しみに支配されていることを冷静な自分が見ていた。そんな人間が何かになりたい。何かを成そうだなんて思い上がったものだ——と。

 

 助けられ、許されて今日まで来たのに。ユウキはそれをセンリに示してあげられない。あの可哀想な男に——。

 

 

 

「こんな不義理なことがあるかよ……俺は……こんなにも………自分勝手な恩知らずなんだ……‼︎」

 

 

 

 結局自分の気持ちを留めてやることができなかった。何が違っていればそうできたのかはわからないが、少なくともその要因は自分にあると激しく自責するユウキ。

 

 どんな綺麗事も自分の都合や感情の前では何の意味も成さない。それを証明し続けてしまう自分の存在に嫌気が差す。

 

 激しく揺さぶられた心は、借り物の心臓を張り裂けそうなほど鼓動させる。その音が嫌に煩くて……ユウキは思う。

 

 

 

 いっそ、あの時——。

 

 

 

「これは……ワシの持論だが……」

 

 

 

 何かに振り切れてしまいそうなユウキの心を引き留めるように、老人の言葉が響いた。

 

 

 

「人は時々、自分の解いてる問題の答えを知っている時がある。それを口にするのは簡単で、大体の場合、誰からも支持されるような答えだったりする」

 

 

 

 その例えは、まるで答案用紙の横に答えの書かれた紙が置かれているような状況だろう。その前に人が立ったなら迷わずそれを書き込めばいい。簡単な理屈である。

 

 

 

「だが、その答えをこの先も支持し続けることは大変だ。悪いものは悪いと言い続けることは、常に自分を律していくことに繋がっている。言っていることとやっていることが乖離すると、人は自信を保てなくなるからな」

 

 

 

 道徳や義務感の基準は人それぞれだろう。だから他人に強いられたとしてもそこまで責任を感じることは少ない。だが自分で示した基準については、感じ方が全く別物になる。

 

 だから……人は時々答えを出し渋ることがあるのだ。

 

 

 

「正しいことを言ってしまったら……それをこの先の人生、ずっと抱えていかなければならないという重みを知っている。自分の気持ちを後回しにしてでも周りを思いやることは素晴らしいことだ。でもそれは一度や二度で済むことではない。人と関わって生きていくなら、誰かとの衝突は避けては通れない」

 

 

 

 その度に人のために自分の心をいわば殺す——言いたいことをグッと堪えるのがどれほど酷なことか。老人にはそれが痛いほどわかるのである。

 

 

 

「お前さんはその痛みを知っている。だから答えを出したがらない。清濁両方の価値を知り、物事の本質から目を背けないお前さんの姿勢……よく見させてもらった」

 

 

 

 老人はそう言って床に落ちているニット帽を拾う。ついていた埃をはたいて、それをユウキに差し出した。

 

 

 

「お前さんはよくやっとる。断じて身勝手な恩知らずなどではない。できる限り受けてきた施しを覚えておる。だからこそ出たセリフだ。それだけの気持ちを抱えて尚、母を支え、父を理解しようとした今までがどれだけ二人を心付けたか……ッ!」

 

 

 

 そこまで言って、老人は込み上げてくるもので喉を詰まらせる。付き合いそのものは短いあの気の毒な男の息子が、これほど懸命に現実と向き合えるほど強い子供なのだと思うと……それだけで胸がいっぱいになるのだ。

 

 一度死に瀕し、それからも生き続けている奇跡に感謝して——。

 

 

 

「でも……俺……」

 

「許せなくていい。本当なら声を荒げて気持ちを爆発させたっていいんだ。建設的な行為でないことは確かだが、人間が理性的でいられる時間には限りがある。むしろそれを今日までよぉ我慢した。いつかその我慢に両親は感謝することだろう……」

 

 

 

 それもまた事実。ユウキが自分を責める内容よりも確かな、ユウキ自身が考えて行動した結果であることに疑いの余地はなかった。

 

 それはダイも認めるところである。

 

 

 

「俺、こんなにユウキくんがすごい人間だったなんて思わなかった。俺が同い年の頃なんてもっとわがまま言ってたよ。なんなら今の俺より……君はずっと大人だよ」

 

「そんな……こと……ッない……です……!」

 

「そこは親子か……謙遜もいいが、やはり自分を許してやることが苦手なんだな」

 

「……生き方が……下手なんです」

 

 

 

 ユウキは嗚咽混じりに言う。上手く生きる術を知らないと。

 

 

 

「こんなに……自分には見えてない気持ちがあったなんて知らなかった……どこかで……きっと、吐き出す機会もあったのに……こんなになるまで気づけなかった」

 

 

 

 自分の許容量を超えた感情を抱えることの危うさを知っているのに、ユウキにはそれをどうしたらいいのかいつもわからなくなる。

 

 そうできる他人が不思議でたまらなかった。

 

 

 

「俺……どうしたらいい……?このまま旅してていいのかな……?親父のこと許せないまま……ほったらかしてていいのかな……?」

 

 

 

 ユウキの質問には二人ともすぐには答えられない。そればかりはユウキ自身が決めることであり、それが可能なのかどうかもユウキの裁量にかかっているからだ。

 

 ただそれを今の彼に伝えられるほど、冷静ではいられない。だから老人は言う。写真家として長年働いた経験から——。

 

 

 

「その問いの答えを見つけに行く旅でもいい。見てきたものからわかることもきっとある。難題の答えは……そんな光景の中にあるのかもしれん」

 

 

 

 それは単なる気休めかもしれない。問題の先延ばしにしかならないのかもしれない。それでも今ユウキに必要なのは希望だと老人は思った。

 

 すぐでなくてもいつか——この少年が問題から解放され、家族と心置きなく話せるようになる日が来ることを……願わずにはいられなかった……。

 

 

 

 

 

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想いは募り、願いは先へ——。



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第184話 緋色の破片(ピース)


公私ともに過去最高に忙しいぜ!!!
翡翠も頑張るぞぉぉぉ!!!




 

 

 

 あの日は雨が降っていた——。

 

 夏の暑さを冷ますように振る雨粒が、私の頬に当たるたびに弾ける。それで体の芯まで凍えていたのをよく覚えている。

 

 踏み込む足が水溜りを蹴り上げ、進む体が空気と水をかき分けていくあの感覚……私はその中で心も凍らせていた。

 

 標的は絶えず逃げる。私からどんな手を使ってでも逃れるためにあらゆる暴力行為に及んだ。

 

 それを全て凍てついたな頭が処理する。手持ちのポケモンと身のこなしで、逃走する標的に着実に迫る。

 

 そうして袋小路へと追い詰め、私はその人を捕まえる。怯え、嫌がるその者たちを無理やりに……。

 

 

 

——やだ……いやぁ……ッ‼︎

 

 

 

 今でも耳に残る、残党たちの命乞い。

 

 本当に命を奪うわけではない。だがそんなことを彼らが知る由もない。私はそれを無視して腕を伸ばす。

 

 冷酷と思われようとも。悪魔と罵られようとも。私は私と背後にある未来を守るために手を伸ばす。

 

 全ては……いつか本当に笑える日を迎えるために——。

 

 

 

——いやぁぁぁあああああ!!!

 

 

 

「———ッ‼︎」

 

 

 

 強烈な衝撃により目を覚ましたセンリ。悪夢によって激しく揺さぶられた精神は心臓に負担を強いて、体はそれに伴って呼吸を荒くさせる。

 

 彼が目を覚ました時、窓の外は夕陽の色に染まっていた……。

 

 

 

「起きたか……随分とうなされてたみてぇだな」

 

「………すまない……話の途中で眠ってしまったのか……」

 

 

 

 枕元に腰掛けていたカゲツの存在に気付くと、センリは自分が居眠りをしてしまったことを悟った。それについて謝るが、カゲツは特に興味なさそうに返す。

 

 

 

「大方の事情はわかった。アンタがホウエンで何してたのかも、あいつが死にかけたって話もな」

 

 

 

 カゲツが聞いたのは、通常人の身に起こることの範疇を超えた悲惨な出来事。誰もが正気を保つことさえ難しく感じる中で、各々がどんな風に生きたのか……その概略である。

 

 

 

「またきな臭ぇ話だなぁ。それであれか。心臓が能力源になったってのは——」

 

「そこまでは私にも断言はできない。私自身、能力が使えるわけでもないのだ。ただ何事にも例外はあり、ユウキはその型にハマることがない力を得てしまっている……というのは事実だろう」

 

 

 

 その理由があの事故、あるいはその治療によって移植された心臓にあるのかはまだ謎に包まれている。現状それを確実に見極める術がないのだ。

 

 何よりそれを確認する必要があるのかどうか……センリには疑問だった。

 

 

 

「今あの子は……健常者となんら変わらない日常を送れている……なら下手に藪をつつくことはしたくない。君にも……そうしてもらえるとありがたいよ」

 

 

 

 今後長く付き合っていくであろうカゲツにも同じようにして欲しい。そんな父親からの願いをカゲツは黙って聞く。

 

 それから少し間を開けて、カゲツは口を開いた。

 

 

 

「これからどうするつもりなんだ?」

 

 

 

 主語のない問いがセンリに向けられる。“どうするのか”——具体的に何を指して言われているのか、判断しかねるジムリーダー。しかしそれでも自分なりに答えてみる。

 

 

 

「……そうだな。ユウキは結局受け取らなかったが、あのバッジはこれからのあいつには必要なものだ。公式試合としてはユウキの勝ちに変わりはないから、実物は君が受け取ってくれても——」

 

「そうじゃねぇだろ……」

 

 

 

 カゲツは答えに納得が行かないといった風で、大きくため息をつく。何をがっかりされたのかわからないセンリは当惑しながら問い返した。

 

 

 

「な、何か不味かったかな……?」

 

「不味いも何も……はぁ、こういうのは柄じゃねぇんだけどな」

 

 

 

 カゲツはそう言って立ち上がり、再び大きくため息をついて……改めてセンリに向き直る。その様子を首を傾げながらセンリは見ていた。

 

 何かを躊躇うように口を開け閉めしながら数秒後、カゲツはようやく呟く。

 

 

 

「あんた。今立てるか?」

 

「え?あ、あぁ……」

 

 

 

 突然の提案に戸惑うセンリは、それでも言われた通りに体を起こしきり、足をベッドの外へ投げ出す。

 

 備えられたスリッパを履き、1日ぶりに自立を果たしたセンリは最初こそふらついていたが、すぐにバランス感覚を取り戻していた。

 

 それを見て、カゲツは「よし」と呟くと——。

 

 

 

——バッチィィィン!!!

 

 

 

 瞬間、乾いた破裂音が病室に響き渡り、その直後センリの体には衝撃が走る。臀部から響くそれに目から火が出たと思うほどの痛みで、男は前につんのめる。

 

 その一撃がカゲツからの平手であることに気付き、センリは苦痛と困惑の表情を見せた。

 

 

 

「な、なにを………⁉︎」

 

「頭は流石にやべぇだろうからな。とりあえずケツで許してやらぁ」

 

「え、は、えぇ……?」

 

 

 

 なぜ自分の尻を叩かれたのかわからないまま、これでも配慮をしたというカゲツからの謎説明を受けてさらに混乱するセンリ。

 

 しかしその理由はすぐにカゲツから語られた。

 

 

 

「アンタがあんまりにも察し悪いんでな。ちと野暮だとは思ったが……口出しさせてもらうぜ」

 

 

 

 センリの対応。ユウキに対してのこれからを思う気持ちを話す父親としての姿を見て、カゲツには思うところがあった。今からそれを直接伝える——「そんなんでどうする」という喝を込めて。

 

 

 

「息子が必死で鍛えて自分に挑んできた。それを万全の体調で迎えてやれなくて申し訳ないって気持ちはねぇのか?もしそれがカケラでもあるんなら、今のセリフが出てくるってのはどういう了見なんだ?あ?」

 

「……どういう……とは?」

 

「自分のこと素通りしてくれって……居ないものとして扱ってくれっていうその態度だ……‼︎」

 

 

 

 センリは言った。ユウキのこの先に必要なバッジを渡したいと。それは額面通り受け止めればそのまま息子の行先に役立てて欲しいというシンプルな後押しに見えるだろう。

 

 だがそれは裏を返せば、バッジだけを渡してさっさと先に進んでくれ——というセンリ側の事情が透けて見える発言だった。カゲツはことこういう誤魔化しに対して、強くかぎつけてしまうのである。

 

 

 

「バッジを渡すってのは持ち主のアンタに認められた証だろうが!それを押し付けて先に行かせるってのは、単にあいつから逃げてるだけだろうが‼︎」

 

 

 

 センリは答えない。推し黙る姿は強く非難されるその発言に乗せてしまった意図を肯定するようだった。

 

 ユウキから、息子から、家族から……逃げている自分の態度が表れている——と。

 

 

 

「事情はわかった。だが納得はしてねぇ。アンタがいくら自分のこと責めようと、家族に義理果たさなくていい理由にはなんねぇんだよ」

 

「わかってる……だからもう私は家族として二人には——」

 

「そこがわかってねぇんだよ‼︎ そんなこと、あいつらは望んでねぇ!!!」

 

 

 

 センリが家族と距離を置こうとするのをカゲツは許さない。それはきっとユウキやサキもまた同様であると彼はなんとなく知っているから。

 

 目の前の男を強く叱責したあと、カゲツは一呼吸置いて声のトーンを落とす。

 

 

 

「言っとくが……俺は元々捨て子だ。別にそのことを今更とやかく言うつもりはない。俺が言いてえのは、そんな奴の言うことに説得力はねぇのかもしれねぇってとこだ」

 

 

 

 突然身の上を知ったセンリは息を呑む。元四天王であの戦争を終わらせた立役者のバックボーンが、そこまで暗いものだとは知らなかったから。

 

 カゲツはそれを前置きに、改めてセンリに語りかけるのである。

 

 

 

「アンタには同情しねぇ。どんな理由があろうと目の前のことをほったらかしで逃げるような親を俺は親と言わねえ。そんでもって親ってのは自分がなろうとしなきゃなれねぇもんだ。なりたくてなったんだったら、そん時に覚悟決まってたんだよなぁ?」

 

 

 

 妻と二人で子供を育てる事。それは確かにセンリが心に刻んだ誓約だ。例え完璧にはできなくても、精一杯尽くすと決めた約束だった。

 

 

 

「だったらなんで今逃げてる?暴れてた奴らが追放されんのは当たり前だろうが。それに手を貸したアンタが責められる謂れがどこにある?」

 

「そう簡単に言えたらどれほどよかっただろな……だが私にはそれを無視する器量がないんだ」

 

「器の問題じゃねぇ。甘えんなよおっさん」

 

 

 

 その物言いには流石にセンリも思うところがあったのかカゲツに強い視線を向ける。怪訝そうな顔は、普段の穏やかさを失っていた。

 

 だがそれも、カゲツを怯ませることはない。

 

 

 

「どこの誰ともわかんねぇ奴が追い出された。それが全てだ。それに加担したからなんだ?誰かにそれを責められたのかよ!」

 

「誰も責めないから!私は私を厳しく罰するしかなかった!そうしなければ、あの時泣いていた彼女に……追放された彼らにどう償う⁉︎」

 

「償わなくていいだろうがッ‼︎ どうせ償えねぇんだから!!!」

 

 

 

 センリの在り方をカゲツは強く否定した。それが犯した罪を見なかったことにしろと言っているように聞こえ、火付きの悪い彼の心に火を灯す。

 

 

 

「そんな無責任なことを‼︎ 償う方法がなければ忘れろと⁉︎ 例えそんなことができないとしても、私が忘れたら彼らはどうなる⁉︎ もう追い出された彼らを思い出せるのは……私くらいなもんだろう‼︎」

 

 

 

 センリは胸の内に沈んでいた気持ちを叫ぶ。

 

 いくら自分に正当な理由があったとしても。いくら誰もそれを望んでないとしても——あんな悲劇を認める理由など存在しない。少なくともセンリは、それを現実と認めることができなかった。

 

 

 

「何もわからないまま!ただ時代に翻弄されて道を見失った者たちを‼︎ 私が覚えていなきゃいけないんだ‼︎ 彼らが味わえなかった幸せを私も捨てて——」

 

「それが甘えだっつってんだよ。それを自分を肯定する理由にしてんなら尚更な!」

 

 

 

 センリが過去を引きずり続ける理由を最後まで聞かずに、カゲツはその言い分を切り捨てる。

 

 

 

「自分を許すってのは簡単じゃねぇ!償いきれねぇもんを抱えて生きるのはそりゃ辛えだろうよ!だがその重さに耐えかねて膝折って!いつまでも後ろばっか見てて何になる⁉︎ アンタが納得できる償いも!過去を取り戻す方法も!この世のどこにもねぇってのに!!!」

 

 

 

 この世界のどこにもそれはない。ないものを強請るのは甘え。そしてそれに甘んじて、家族と向き合う事を放棄するのは——。

 

 

 

「そこにこだわって家族と距離を置く?俺には『どうかそれで許してください』って言ってるようにしか聞こえねぇんだよ‼︎ そりゃはっきり言って惰性だ‼︎ 覚えてなきゃいけないだと?それより優先することが他にあんだろうがッ!!!」

 

 

 

 カゲツはセンリの胸ぐらを掴む。そのまま引き寄せて互いの額がぶつかった。

 

 

 

「納得できるものなんかありはしねぇ‼︎ あるのはくだらねぇ不条理と理不尽‼︎ それを受け入れなくても、飲み込んで前に進まなきゃならねえんだよ‼︎ 見なかったことにするんじゃねぇ‼︎ 見た上で黙ってろ‼︎ そんで自分の無力さに唇ズダズタになるまで噛んで……グッと堪えろや‼︎」

 

 

 

 それはカゲツ自身ができなかったこと。

 

 現実を受け入れられず、不条理を認めず、理不尽に怒り狂ったかつての自分——彼にはセンリに同じ影を見ていた。

 

 

 

「まだ手元に残ってるもんまで捨てんなよ!取りこぼしたもんはもうドブ行きだ‼︎ 振り返ったってどっか流れていっちまったんだよ‼︎ そんなアンタを見てる奴らの気持ち考えたことあんのか⁉︎」

 

「…………ッ‼︎」

 

「少なくともアンタの嫁はそんなの認めねぇはずだ!アレは強ぇ女だ!アンタが堪えられない分、その嫁が踏ん張ってる‼︎ アンタが自分の気持ちに負けて家族を離れても、アンタとの関係を捨てずにいるのがその証拠だろうがッ‼︎ それを知りませんでしたで通す気か?知ろうともしなかった癖によぉ!!!」

 

「私だって——ッ!!!」

 

 

 

——ちょっと待ってください!!!

 

 

 

 カゲツの言葉に触発されて叫ぶその瞬間、少年の声が二人を制止した。

 

 言い争っていた両名が振り返ると、そこにいたのは——ユウキだった。

 

 

 

「ユウキ……⁉︎」

 

「てめぇ……なんでここに……!」

 

「親父と話にきたんだ。その……色々聞いちゃったから……さ」

 

 

 

 ダイの祖父、写真家の老人から父や母、自分についての過去を聞かされたユウキ。その後この病室を再び訪ねるためにここへ来たと辿々しく語った。

 

 それは何も不思議なことではない。老人に説明を頼んだのは他でもない父センリなのだから。それよりむしろ気になるのは——。

 

 

 

「……どこまで聞いてやがった?」

 

「カゲツさんが……親父に1発かました時から……かな」

 

 

 

 カゲツがセンリの尻を思い切り叩いた時——だとするならと、カゲツはしまったと言わんばかりに頭を手荒く掻く。

 

 

 

「チッ……ほとんど聞いてんじゃねぇか!」

 

「俺が言うのもなんですけど、やっぱ暴力は良くないです」

 

「盗み聞きしてたてめぇに言われたくねぇってんだ」

 

「それこそアンタが言えた義理じゃないと思う……」

 

 

 

 暗い雰囲気の中、それでもいつものような軽口を言い合えることに少しホッとするユウキ。カゲツも思ったより安定した弟子を見て、荒ぶっていた心を鎮めた。

 

 そんな和みを経て、ユウキは言う。

 

 

 

「ごめんカゲツさん。取り込んでるとこ悪いけど、ここは俺に譲ってくれませんか?」

 

 

 

 譲るとは何を——とは流石のカゲツも言いはしない。自分と衝突していたセンリとの対話をユウキに引き継げと言っているのである。

 

 それを受けてカゲツは問い返す。

 

 

 

「いいのか?なんなら代わりにもう1発ぐらいぶっ叩いてやっても……」

 

「そんなことしたら親父死んじゃうから……それに——」

 

 

 

 ユウキはかろうじて作った苦笑いで答える。ゆっくりと立ち尽くす父親の方に視線を移しながら……。

 

 

 

「親父の本心は……自分で聞き出したい」

 

 

 

 真っ直ぐな視線がセンリを貫く。

 

 その時見た父親の顔は……まるで怯えているようだった。

 

 カゲツはその様子をじっくり見た後、ユウキの横を通り過ぎる。

 

 

 

「いつまでも訓練サボってんじゃねぇ。さっさとケリつけて来い」

 

「………ありがとう」

 

 

 

 ユウキの謝辞にカゲツは答えないまま、彼は病室を後にした。

 

 少しの静寂……夕日が建物の影に差し掛かるところまで落ちる。室内がうっすらと暗くなる中、先に口を開いたのはユウキだった。

 

 

 

「座んなよ……立ちっぱなしは疲れるだろ?」

 

「………いや……このままで……いい」

 

 

 

 センリは何かに咎められてそのままベッド横で立つ。そう言う父親に少しだけ顔をしかめるユウキだが、そうしたいのならいいかと口を噤んだ。

 

 そして、代わりと言わんばかりにユウキの方がベッドに腰掛ける。

 

 

 

「……全部聞いた。写真屋のお爺さんから」

 

「そうか……頼み、聞いてくれたんだな」

 

「全く何考えてんだよ。人様にこんな重い話させるなんてさ……」

 

「すまない……」

 

 

 

 互いに顔を合わせないまま、抑揚なく経過を報告するユウキとそれに申し訳なさそうに答えるセンリ。

 

 それでまた沈黙が漂う。会話が転がらずに気まずい空気だけがその部屋に満ちていた。

 

 その沈黙を、またもユウキが破る。

 

 

 

「最初は……何も聞くつもりなかったんだ」

 

 

 

 ここに来るまでそのつもりだったと語る息子。意外な言葉にセンリは訝しむ。何故だ——と。

 

 

 

「今聞いても……多分俺は受け止められないから。親父が悩んで悩んで出した答えに……きっと納得できないんだろうなって……」

 

 

 

 老人から伝え聞いた事を加味しても、到底受け入れる事のできない父の選択。自分の身の上を知った今だからこそ、センリの言動に整合性を見出す事ができなかった。

 

 だから今じゃないと。家族同士すれ違うことになったとしても、気持ちがささくれたまま事に臨むのは得策じゃないと……そう心に決めて、ユウキは赴いていた。

 

 

 

「でもさっき扉の向こうで……カゲツさんと親父のやりとり聞いてから……なんでかな。今はとても親父を怒る気になれないんだ」

 

 

 

 それも意外な発言だった。

 

 息子や妻が受けてきた仕打ちを考えれば、感情が乗った罵詈雑言が飛んできてもおかしくないのに。センリはますます当惑した。

 

 その理由を……ユウキは意を決して口にする。

 

 

 

「子供の俺がこんなこと言っていいのかわかんないけど……小さく見えたんだ。親父が。まるで迷子の子供みたいに……」

 

 

 

 カゲツに罵られている父を見て、ユウキはそんな風に思った。前後不覚に陥ったセンリの歩みが、少年に気の毒だと言わせていたのである。

 

 

 

「俺、ここに来るまで考えたんだ。どうやったら親父を許せるんだろうって。だって可哀想な目に遭ったのは事実だろ?俺や母さんはその割を食ったってだけで……本質的には親父が悪い事した訳じゃない。これは理屈というか、感情を全く無視した事実だけど……」

 

 

 

 それだけで許せるなら苦労はない。そう結論がついて、先程までいたダイ達の家を出たのは確かだ。父親に全ての非がある訳ではないからといって、受けてきた屈辱や負担を忘れることなどできはしない。

 

 だから……ユウキには理屈以上に必要なものがあった。

 

 

 

「俺は……親父のことを家族として好きでいたかったんだ。何度期待を裏切られても、また期待しちゃうのは……そういうことだと思う」

 

「ユウキ……」

 

 

 

 息子の言葉にセンリは胸を締め付けられる。正面からはっきりと述べられた『家族』という単語に強く反応してしまう。

 

 そしてユウキがどれほどの覚悟で今話しているのか……ひしひしと感じてしまうから。

 

 

 

「許せないって気持ちと許したいって気持ちがぐちゃぐちゃに混ざってたんだ。だから歩み寄ろうとしても突き放そうとしても、どっちにしろ痛かった。親父と関わるたびに胸がざわつくのは……俺にはどっちも本当だからなんだよ」

 

 

 

 自分の中にある気持ちを必死に探して見つけたものを言葉を絞り出して曝け出す。正反対に引き合う感情が父親に触れるたびにその力を増していく。

 

 それがただただ……痛かったんだと。

 

 

 

「だから、きっとどっちかに振り切れてもスッキリすることはないんだと思う。少なくとも今はどうにもならない。理屈に従って親父を許してもモヤっとしたままだし、心に従って親父をこの場で責め立てても、自分のことが嫌いになるだけだ……」

 

 

 

 結局は同じことだった。全てが丸く収まるような妙案はこの場には出なかった。それを受け入れる必要があったことをユウキは今悟っていたのである。

 

 少年にとって、現実とはそういうものだった……。

 

 

 

「親父。今まで酷いこと言ってごめんな。大変だったのに知ろうともしないで。辛いの我慢してずっと仕事してくれてたんだよな。俺や母さんが食いっぱぐれなかったのは……アンタのおかげだ」

 

 

 

 ユウキはそう言って()()に重心を乗せた。どのみち楽になれないなら、せめて自分が理屈で許せる方を選ぼうと。

 

 先人達が選んだように……自分もこの分岐に答えを出そう——と。

 

 

 

「俺も選んで生きてみるよ。親父達がそうしたように。これ以上親父の負担になりたくない。アンタが悩んでるってわかったから、俺はそれだけで充分だ。俺も完璧に許せるかどうかはわかんないけど……それでいいんだよな?」

 

 

 

 ユウキはそう言って父親に笑いかける。それはセンリにもわかるほどぎこちないもので、それでも彼が今精一杯できる表情だった。

 

 自分の都合を叫べばその瞬間は楽になるのかもしれない。それをするだけの権利くらいは持っていることをユウキ自身自覚していた。

 

 だけど今はそれを置いておこう。これは今までしてきたような見ないフリじゃない。ユウキはそれを未来に託した。時間か、状況か、他の要因になるのかはわからないが、いつかセンリを心から許すことができることを願って……。

 

 その選択を前にして、センリは——。

 

 

 

「私が……私がお前に…………そんな顔をさせたのか……?」

 

 

 

 震えながら、父は呟く。

 

 そんな顔——張り付いたような希薄な笑顔を指して、センリは震えざるを得なかった。

 

 これが……自分が選んできたことの結果なのだと……。

 

 

 

「親父……?」

 

「……ユウキ……やはり私は……お前の父親を名乗る資格などない……ッ!」

 

「なんだよ改まって。そうやって自分を責めないとやってられなかったんだろ?だから——」

 

「違うッ!!!」

 

 

 

 センリは焼けた胸の内を勢いよく吐き出す。それはユウキにとって、見たことも聞いたこともない父親の姿だった。

 

 ここまで取り乱す父を……少年は知らない。

 

 

 

「違うんだ……私は……私はもう少しで担いでいた責任から逃げようとしていた。犯した罪を背負うことに……自分のした選択の責任からも……私は………ッ‼︎」

 

 

 

 意味がわからなかった。センリが辿ってきた道について聞いた限りでは、ユウキにはとてもそんな事を口走るとは思えない。

 

 失敗や間違いを繰り返してきたとしても、逃げなかったから今もこうしてジムリーダーをしている。選んだ道を自分なりに最後まで歩こうとして、家族から距離を取り、後進育成に心血を注いでいるはずなのだ。

 

 では一体何から逃げようとしたのか……この期に及んでセンリは何を自分で自分咎めるようなことがあるのか。

 

 その理由は……ユウキの想像を超えていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキを病室に残して部屋を出たカゲツ。「退出前にああは言ったが……」と内心で弟子を心配していた。

 

 そんなところに居合わせたのは、ユウキとここまで出向いていたダイである。

 

 

 

「ん……なんだてめぇ?」

 

「いやそっちこそ……ってもしかして、ユウキくんかセンリさんの知り合いですか?」

 

「そういうてめぇは……あぁなるほど。あのガキが世話になったっていう……」

 

 

 

 ダイとカゲツは互いの素性をこの状況で鉢合わせたことから推察してなんとなく理解する。それでダイの方から改めて自己紹介が入った。

 

 

 

「はじめまして。俺、ダイって言います。カメラマンやってて、ユウキくんのことは前に取材した時から……」

 

「カゲツだ。あんたのことは一応ユウキ(あいつ)から聞いてる。今回はお互い巻き添えもいいとこだったな」

 

「いえ……あれ?カゲツって……まさかとは思うけどあの——」

 

 

 

 その紹介からダイが聞き覚えのある名前に勘づき、「しまった!」とカゲツが顔を引き攣らせている時だった。

 

 その会話にひとりの女性の声が割って入る。

 

 

 

「あら?カゲツさん来てくれてたの?」

 

「あん?——って。ユウキのお袋⁉︎」

 

 

 

 振り返った先に居たのはユウキの母サキ。突然の来訪にカゲツはますます顔を引き攣らせる。

 

 

 

「なんでアンタがここに⁉︎」

 

「何でもなにも、夫が倒れたってジムの方から連絡があったのよ。目が覚めたのは聞いてたからゆっくりめで来たくらいなんだけど——」

 

 

 

 サキが訪れた理由を話すが、なんとも間の悪い時に来たなとカゲツは頭を抱えた。そしてその横で、ダイはサキの後ろにいたマリと再会を果たしていた。

 

 

「ダイ‼︎ なんでアンタがここにいるのよ⁉︎」

 

「マリさんこそ!なんでここに⁉︎」

 

「ユウキくんの取材でお母さんから話聞いてたのよ!そしたら連絡が来てここに——」

 

「俺もユウキくんと偶然ばったり会って、そしたらウチのじーちゃんが知り合いで、そのまま根深い過去話を聞いたり——」

 

 

 

 マリとダイはそれぞれ自分が見聞きしたことを話し始めようとしてこんがらがった頭の中にある言葉をぶつけあう。それで互いに理解できるはずもなく、病室前の廊下は騒がしくなった。

 

 そうなると当然、通りすがりのジョーイから注意を受ける訳である。4人はそれで声量を抑える。それでも驚きを隠せないマリが呟く。

 

 

 

「何がどーなってんのよこれ……」

 

「俺もさっぱり……というかさっきユウキくんが入って行ったっきりなんですけど」

 

「じゃあ今はユウキとあの人が二人きりなの?」

 

「あー……ちょっと今は他からの横槍はちょっとなぁ……」

 

 

 

 状況が発覚したと同時にカゲツは今中に誰かが入るのはまずいとそれとなく告げる。何せデリケートな神経を持つユウキだ。かなり神経がギリギリのところを刺激するとまた拗れかねないのである。

 

 そんなカゲツの読みは当たっていたのだろう。それを聞いたサキは一言呟く。

 

 

 

「……ちょっとまずいかもね。あの人の方が」

 

 

 

 神妙な面持ちでサキは一歩病室の戸に手をかける。カゲツは反射的にその手を掴んだ。

 

 

 

「わりぃなお袋さん。でもあいつは今あんたらの過去聞いて自分で答えだそうとしてんだよ。あいつのためにも今は任せる約束にしてあんだ。例えアンタでも——」

 

「ありがとうカゲツさん。でも今あの二人をそのままにする方がまずい気がするの」

 

「どういうことだ……?」

 

 

 

 息子が自分たちの過去を知ったことに驚くどころか、サキは来たばかりだというのに何かに勘付いている様子だった。

 

 その目を見てカゲツも訝しむ。

 

 

「きっとユウキはあの人のこと全部知って……時間はかけてもゆっくり許していこうって思ってくれる。優しい子だし、争うことの虚しさも知ってるから……でも今その優しさは、あの人には刺激が強過ぎるの」

 

 

 

 サキは知っている。ユウキのことも。センリのことも。

 

 その二人がこれから関係修復に向けて取るであろう行動もその理由についても、見えてくるものは多くあった。

 

 だからこそ今が一番大事なタイミングで……最も危険な瞬間だと感じていた。

 

 

 

「私たちは色んなことを経験しすぎた。幸いなことにみんながそれぞれ一生懸命、なんとか家族っていう枠組みに収まろうと頑張ってくれたから……今日までいられた」

 

 

 

 サキは独白するほどに、手に込められた力を増し加えていく。並々ならぬ覚悟をして、踏み入ろうと体に力を入れていく。

 

 

 

「その日々はジグソーパズルみたいなものだと私は思う。使い方のわからなかったピースが完成するうちにどこに収まるのかが見えてくる……どんな経験もその意味や理由なんて今になってみないとわからないのよ。結局のところ……」

 

 

 

 もうそれは誰かに言っているのではなく、サキ自身が自分に言い聞かせた言葉だった。

 

 ほんの些細なことがどこかで何かに影響を与えている……そのことをサキは痛いほど知っていた。

 

 

 

「でも……それは時に知るのが早過ぎたり遅過ぎたりする時がある。ユウキもあの人も……私も……」

 

 

 

 呟きが小さくなるのと反対に、サキは扉にかけた手が震えるほどに力んでいた。カゲツはそれを見て朧げながらに何かに気付く。

 

 もしかすると……自分は大きな見落としをしていたんじゃないのかと。

 

 

 

「ピースの在処を自分で知ったような気になって、あるべき場所じゃないところに必死で捩じ込んだ。当然そんなパズルは破綻する。なのにまだ取り返せるって躍起になって……また別のところが歪になる……」

 

 

 

 そうした掛け違いが繰り返されてできたのが今のユウキたち家族の在り方。あってはならないところに捩じ込まれたそれぞれが痛みの中で壊れないようにただじっとしていたのだ。

 

 サキがその事に気付いた時、既にどうしようもない状況だった。そして、事態はあの日を境に動き出す。

 

 

 

「一年前、ユウキがトウカを出てすぐにあの人が初めてウチに帰ってきた。私はそれでようやく前に進める気がしていたの。でも……もう手遅れだった」

 

 

 

 息子の旅立ちを機に事態は動き始めた。しかしそれははち切れんばかりに耐えていただけの家族にとってはとんだ起爆剤だった。

 

 帰ってきた夫の様子は……それを如実に物語っていた。

 

 

 

「ユウキの事故から数年振りにまともに話した。その時……あの人はもう……どうしようもなく疲れ果てていた。そこへ……ユウキが言ってしまったの」

 

 

 

——悪いけど!!!

 

 

 

 父親に対して怒鳴ってしまったユウキ。その胸の内を全て伝えることはなかったが、息子が自分にどんな感情を向けているのかを知ってしまう結果となった。

 

 ユウキは自分のことで苦しんでいる……その事実は、ギリギリのところで踏ん張っていたセンリの精神を瓦解させるには充分すぎたのである。

 

 

 

「『あの子にあんな気持ちを抱かせてしまった』——本心はそれしか聞き出せなかったけど……あの人にとってそれはあまりにも辛い現実だった。例え自業自得だとしても……受け止められる余裕なんてもうどこにもなかった。だから……」

 

 

 

 だから……サキは察してしまった。

 

 夫はもう頑張る事に疲れてしまっていることに。

 

 人が真に生きるために必要な原動力を失ったらどうなるか……その後サキはまざまざと見せつけられることになった。

 

 それを見て知ったのは……絶望そのもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人は……死にたがってる……」

 

 

 

 

 

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響き渡る悲しい想い、綴られる——。



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第185話 温もり


今回で一応ひと段落。




 

 

 

 サキが異変を感じたのは、ユウキがトレーナーの道を歩み始めた頃。ミシロタウンに住居を移してから初めてセンリが帰ってきた時だった。

 

 その時に交わしたのは何気ない会話。それと長い間ほったらかしにしていたことへの夫からの謝罪。センリは終始落ち着いた様子で近況を報告してくれた。

 

 だがサキにはそれが不気味にすら思えた。あの小心者が久々に帰ってきてここまで動揺もなく話すことができるのだろうか……と。

 

 長い間壮絶な経験をしてきた故に、精神的成長を遂げたと前向きに見ることもできた。しかしそれでも拭えない不安はサキに嫌な予感をさせたのである。

 

 センリの様子がおかしい——その一報を職場の人間に問うまで、時間はかからなかった。

 

 

 

「バカなことを……ッ‼︎」

 

 

 

 センリがユウキとのバトルで倒れてからしばらくして、男は驚愕の声を漏らす。

 

 サキからの報せを受けたのは経理部のツネヨシだった。『夫の様子が気がかりなので、それとなく様子を見て欲しい』——という要請から、ここ最近センリの顔色の悪さを思い出した経理はそれ以来彼を見張るようになっていた。

 

 仕事をこなしてはいるがオーバーワークは明らか。ジム生たちへの指導に手ぬかりはないが、むしろやり過ぎなほど親身になっているのは以前から気になっていた。何度か折を見て心身を休めるようにと指摘したこともあったが、『この仕事が終わったら……』とはぐらかされるばかりだった。

 

 ツネヨシとしてはジムのために身を粉にして働く彼の姿は好ましかった。運営や指導方針に違いはあっても、長年同じ環境で肩を並べるセンリは頼りになる存在だったのだ。

 

 だからこそ……大事にするべきだった。ツネヨシは目の前にある“現実”を見て口元を押さえる。

 

 明確に感じた違和感は、『彼が仕事の合間を縫ってまで病院に通っていた』——ということ。あれだけ養生しろと勧めたのに働き詰めていた男が、激務の中自分の体調を考えてそんな場所へ行くのだろうか……そう思った時、ツネヨシの脊髄に稲妻が走る。

 

 ただの思い過ごしであって欲しいと願いながら、この予感の真相を確かめずにはいられず、プライベートの概念を無視して彼が使う個室の鍵を無断でこじ開けた。

 

 部屋主不在のその空間。ミニマリストを彷彿とさせる殺風景な部屋で、ツネヨシは数少ない収納スペースから引き出しを掴み出した。

 

 入っていたのは大量の錠剤。おそらくは睡眠薬の類が入れられた処方箋が何袋も……それと同じところに『遺書』と書かれた皺くちゃの紙も発見された。

 

 サキとツネヨシが感じた予感は最悪の形で的中してしまった。何も語らず、悟らせまいと頑なに心を閉ざした男が何をしようとしていたのかを知って、上司は膝から崩れ落ちそうになる——。

 

 

 

「センリ……君は……まだ……ッ‼︎」

 

 

 

 あの戦争で負った傷は誰もが深い。終戦から十数年経った今でも消えない痛みがあることは知っているつもりだった。

 

 それでも大方の人間は過去にケリをつけていた。センリもそうやっているとばかり思っていた。だからジムリーダーを今も続けられているのだと……。

 

 そんな甘い幻想に比べて、今目の前にある現実の存在感はあまりにも濃すぎた。彼は過去を清算などしていない。抱えたまま、痛みに耐えて今日まで歩いてきたのだ。

 

 だが先に心が限界を迎えてしまった。これは……そういうことなのだろう。

 

 

 

 トウカジムリーダーセンリは……自死を選ぶほどにすり減っていた——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「私は……死にたかった……!」

 

 

 

 消え入りそうな声で……親父はそう言った。

 

 死にたかった……?死にたかったって……つまり、死にたかったってこと……?

 

 息子である俺にそう語る父親の言葉がうまく飲み込めず、その時すぐには何も言えなかった。

 

 親父が大変なのは知っていた。それを聞いたばかりで、受け入れるのは大変だったけど、そうしてよかったと思っている。

 

 ほんの数秒前まで……俺はそんな呑気なことを考えていた。

 

 

 

「本当はずっと前から……生きるのが辛かったんだ………私は自分の無力さを呪ってきた……弱く愚かな私のことが心底嫌いだった……プロになれず悔し涙を飲んだ時も、ホウエンで誰も救えなかった時も、お前が死に頻していた時も…………ッ‼︎」

 

 

 

 親父は吐き出す。多分これまでの全部を。

 

 俺が耐えきれずそうしたように……黙っていたもの全部……。

 

 

 

「責任を感じた……でもそれはさっきカゲツさんが言ったような……こんな自分を認められる唯一の手段だった…………だから……これは全部私の利己心(エゴ)なんだ……ッ‼︎」

 

 

 

 剥き出しになった親父の言葉。どれもが悲痛で、俺の脳じゃ処理できないものだった。

 

 聞くしかなかった。俺はただ……ジッと。

 

 

 

「それでも……子供達を教えることは私にとって救いだった。みんながみんな夢を叶えられたわけじゃないが、教わったことを実践して笑ってくれる子供達を見て救われた……その間だけは責任の重さを忘れられた…………そしてやっと……お前たちを呼び寄せる決心が着いたんだ……」

 

 

 

 親父はなんとか俺たちに歩み寄ろうとしてくれていた経緯を話す。それをするに足りるくらいの理由も見つけ始めてた。でも……そうはならなかった。

 

 

 

「でもダメだった……どれだけ近くにお前たちを置いても……どれだけ子供たちを教え導こうとしても…………消えないんだ……脳裏に媚びれついた……彼らの怨嗟の声が………サキの泣く声が……お前がベッドで横たわる姿が……ッ‼︎」

 

 

 

 親父は苛まれてた。そうなってしまった要因は全て自分にあるのだと……深く思い詰めて。眠れない夜など……いくらあったかわかりはしない。

 

 でもそんなの……俺には信じられなかった。

 

 

 

「なんだよそれ……嘘だそんなの!だって親父、俺にはちゃんと親父らしく接してくれてただろ⁉︎ 俺が冷たくあしらっても……優しくしてくれただろ‼︎ 俺が旅に出るって決めた時も、ツネヨシさん説得してくれたのも親父だ‼︎ 息子が遠くで頑張ってたらいい的なこと……言ってくれただろ……⁉︎」

 

「…………すまない……あれは……嘘だ」

 

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 それは不器用で馬鹿正直な男がした嘘。したことのないような虚偽で応答したと語る親父の目に輝きはなかった。

 

 

 

「実際お前の幸せは望んでいたと思う……責任だって持ち続けなければ……生きて果たさねばならないことはまだまだたくさんある……そう自分に言い聞かせていた。でも……本当はもうどうでもいいって………投げ出してしまいたいって気持ちも……どこかにあった」

 

 

 

 奇しくもそれは俺が父親に感じていた相反する気持ちの様だった。抱えて持っていたいのに捨ててしまいたいって気持ちがどっちにもあって……心が壊れそうだったと親父は語る。

 

 

 

「日に日にそれは大きくなった。お前がプロになれずに苦戦していると聞いた時も。悪党と大立ち回りをしたと聞いた時も……気が気じゃなかったんだ……私のせいでお前がまた苦しい目に遭ってると思うと……」

 

「なんでそうなるんだよ‼︎ そこに親父が責任感じる必要なんかないだろ⁉︎ 無茶したのも全部俺の決定だ‼︎ 茨の道だってわかってて足突っ込んだの俺だろ⁉︎」

 

「その茨の道しか用意してやれなかったのは……私なんだ……‼︎」

 

「意味わかんねぇよ‼︎ なんでそこまで背負うんだ⁉︎」

 

「私が………お前たち家族を求めたからだ……‼︎」

 

 

 

 親父は一際強くそう言う。

 

 俺はそれを聞いて……胸が詰まった。

 

 

 

「私がホウエンで夢を求めた時、本当は捨てるべきだったんだ……身の丈に合わないものを持って尚欲したから……」

 

「………やめろ」

 

「はじめから才能がないとわかっていたのに……手に入らないものを強請る悪癖だけが染み付いてしまった。母さんとの結婚も……彼女に苦労をかける選択だってわかってた……」

 

「だからやめろって……」

 

「欲しかった……理解者が……最愛の妻や家族が……でもその責任は……私には重すぎた………お前のことを望んだ時も——」

 

「もうやめろって言ってんだろッ!!!」

 

 

 

 親父の独白を最後まで聞くことができなかった俺は塞ぐように声を荒げる。

 

 俺を……息子を作ったことを否定する言葉を……最後まで聞いてしまったら俺は……きっと耐えられない……。

 

 

 

「なんでそんなこと言うんだよ!アンタは頑張ったんだろ⁉︎ 選んだ結果はどうなるかわかんなかったって……誰にもわからなかった!なのに今になって家族でいたことを後悔するなんて…………ッ‼︎」

 

 

 

 やっと許せそうだったのに……近づけそうなところまで来たと思ったのに……親父はまた俺から遠ざかろうとしている。それが堪らなくて、結局自分の話をしてしまう。

 

 

 

「それに……死にたかったならとうの昔に死んでてもおかしくなかった!それを今日まで踏ん張ったってことは、捨てるよりもまだ抱える気持ちの方が強かったからだろ⁉︎ だったら嘘なんかじゃない!親父が俺に言ったこと、まだ覚えてる‼︎」

 

 

 

——お前が仲間と見た景色は、お前が大事に持っておけ。

 

 

 

 あの言葉は……今ならわかるんだ。

 

 それはきっと親父も言われたことがあるから出たセリフなんだって。

 

 

 

「あれは……写真屋のお爺さんからの受け売りなんじゃないのか⁉︎ それがホントだって思ったから俺にくれた言葉なんじゃないのか⁉︎ あれも嘘だって言うつもりかよ⁉︎」

 

 

 

 それだけじゃない。この旅の間、ミツルやユリちゃんがかけてもらった言葉だって俺は聞いたんだ——。

 

 

 

「『一生懸命頑張ってる人を叱るつもりはない』とか『自分が思ってるより人目には変わって見える』とか——あれも全部嘘か⁉︎ 教え子には育って欲しいって思ったから出たアドバイスだろ⁉︎ なら今それを自分に言うべきだ‼︎ 」

 

 

 

 そうじゃないと……一体誰が救われるんだ?

 

 親父が今言ったような気持ちの方が本当で、今までのが全部嘘っぱちだったとして……それが何の役に立つ?

 

 ただ現実に打ちのめされて、頑張って生きた大人もいつか絶望して……そっちが本当だって言うなら……俺たちは今何の為に頑張ってんだよ……!

 

 親父が今自分の歩みを否定したら、俺たちの努力も時間も全部否定されることになる気がした。それだけは許せない。

 

 

 

「確かに辛かったと思う!それは認めるよ‼︎ 俺たちだって自分の未来に絶対の自信なんかない!いつか今の親父の気持ちを味わう日が来るのかもだけどさ……それでも……嘘なんて言って欲しくない……‼︎」

 

 

 

 親父は充分苦しんだ。気が狂ってもおかしくない状況だった。だから俺たちに歩み寄ろうとしたことも、これまでの教えも全部台無しにしてしまおうって考えても無理はないんだ。

 

 落ち込んでる時、びっくりするぐらい酷いことを言ってしまうのは常だ。だから全部嘘なんてことはないはずなんだ。

 

 今ここで俺にその話をするのも、ただ堪らずに漏らしただけで——

 

 

 

——私が……私がお前に…………そんな顔をさせたのか……?

 

 

 

 そこまで思って……俺の脳裏に親父の言葉が過った。

 

 そういえば親父……なんでこのタイミングでこんな話するんだ?

 

 親父がずっと耐えかねてたのはわかる。どこで溢れたっておかしくない気持ちだった。でもじゃあなんでこのタイミングになったんだ?きっかけになったのは……俺が親父のことを理解しようとして言った言葉……?

 

 でもそれは親父に謝っただけだ。寧ろ今までの態度や言動の方がよっぽど堪えたはず……普段と違うといえばそうだけど……何か釈然としなかった。

 

 いや……でも……——

 

 

 

——人が正解を知ってその通りにできるなら……誰も間違いなど犯さないんじゃないのか……

 

 

 

 親父がいつか言った言葉……今日はもう何度反復したかわからないその意味深な言葉が鍵だった……それを思い出して、俺は自分のした本当の過ちについて思い知る——。

 

 

 

「——俺のせい……か?」

 

 

 

 無意識に出た呟きだった。

 

 親父はそれ聞いて見開いたまま立っていた。

 

 

 

「親父は……正解がわからないなりに色々やろうとしてた……責任取ろうと思って仕事に打ち込んだり、俺たちとの距離感測ったりして………でもそれを否定し続けたのは……」

 

 

 

 親父がジム生として俺を招こうとした時、俺は強く拒絶した。もしあれが親父の精一杯の歩み寄りだったとしたら……?

 

 ギリギリの神経の中、色々考えて出した答えを俺が無碍にしたんだとしたら……?

 

 

 

 親父に死に近づけたのは——。

 

 

 

「だったら……俺なんだ……親父を殺そうとしたのは……‼︎」

 

 

 

 親父にその選択をさせたのは俺だ。俺が自分の気持ちを優先したばっかりに、心無い言葉で親父に修復不可能なダメージを与えてしまったんだ。

 

 俺が想像するよりも……俺の言葉は親父を傷つけていたんだ……。

 

 親父が俺にしたように……俺も親父を……——。

 

 

 

「親父が頑張ろうとした時にその出鼻を挫いたのは俺だったんだ……そんで久々に会ってもまた責めて………何にも知らないくせに酷いことばっか言って……‼︎」

 

「ユウキ……私は——」

 

「何が『酷いこと言ってごめん』だよ‼︎ そんな簡単に謝ってんじゃねぇよ俺ッ‼︎ もうちょっとで本当に……親父は…………‼︎」

 

 

 

 親父が何かを俺に言おうとするが、俺はそれどころじゃなかった。

 

 自分が愚か者だってことはわかってるつもりだった。知らないことが多くて、それゆえに無神経なことを言ってしまう時があるってのことも……。

 

 でもそこに危機感を抱いてなかった。親父が示す無神経さにばっか気にとられて、自分が与えた影響については考えてなかった。

 

 結局同じ穴のなんとやら……俺は……本当に………どうしていつもこうなんだ。

 

 

 

「なんで間違う前に気がつけないんだよッ‼︎ 親父がこんなになるまで気付けないんだよッ‼︎ 何が許すだッ‼︎ 何がごめんだッ‼︎——悪いのは……俺の方だ………ッ‼︎」

 

 

 

 喉が焼き切れそうなほど叫んで、言うほどに消え入る俺の声。

 

 気持ちが昂って吐き出してしまった言葉の裏で、どこかで冷静な俺が気付いたことがある。

 

 そうか……こうやって親父も自分のことを許せなくなっていったんだ……って。

 

 俺が外側から親父に求めたのは、間違いから学んでまた頑張って欲しい——そんな気持ちだったと思う。どんなに酷い過ちを犯したとしても、それを踏み台に人は成長できるって信じていたからだ。

 

 でもこうなってみてわかる。何度間違えても、どんなに頑張っても……治らないものが俺の内側にもあった。

 

 次こそは——そう思って過去を乗り越えたつもりでいても、実際は変われないことの方が多いんだ。

 

 その度に自己嫌悪に陥って……それでは意味がないからって無理やり心に積極性を求めて立ち上がって……。

 

 そうやってすり減らしていったんだ。傷つくたび、折れるたび、無視してきた痛みに悲鳴を上げながら。

 

 

 

 それが俺の……俺たちが『人生』って呼ぶ現実なんだ……。

 

 

 

「——はいそこまで」

 

 

 

 その声でハッとした俺は自責で下げた顔を上げた。

 

 気付いたら……病室には母さんがいた。

 

 母さんだけじゃない。カゲツさんにダイさん……あれは……マリさん……?

 

 

 

「全く。家族の大事な話し合いに母親(わたし)を混ぜないなんて……随分嫌われたものねー?」

 

 

 

 母さんはそう言って俺たちの方に歩み寄ってくる。ベッドに腰掛けたままそれを見ることしかできない俺と、今にも泣きそうな顔で立ち尽くす親父の方へと……。

 

 そして——。

 

 

 

「私はこんなに大好きだってのに……」

 

 

 

 母さんはそっと親父を抱きしめた。

 

 俺も親父も……何が起こってるのかわからないまま。

 

 

 

「サキ……私は……」

 

「何も言わなくていい……全部知ってたから……」

 

 

 

 全部——母さんは全部知ってた?

 

 親父が何に悩んでたのかも、俺が親父を殺しかけたことも……全部?

 

 

 

「さっきツネヨシさんから連絡があったわ。あなたの部屋で色んなものを見つけてしまったって……勝手に心配してあの人に相談しちゃってたの。ごめんね」

 

「なん……で…………わたしは……お前たちを——」

 

「いいの。そんな時くらいあるわ。『家族』だもの」

 

 

 

 母さんは『家族』だからと——親父の凶行を許した。俺にはそれで許せる理由になるとは思えなかった。

 

 母さんだって万能じゃない。俺が死にかけた時、母さんはひどく取り乱してたって言ってたんだから。

 

 そんな母さんがなんで……それを知ってそんな顔ができるんだよ。

 

 

 

「血の繋がりって厄介よね……好きで一緒になったつもりなのに、時間経って状況が変わったら時々それを重たく感じることがある。それって酷いことだって思ってたけど……自分で経験してわかるわ。これは仕方のないことだって」

 

 

 

 母さんはそう言いながら親父の背中をさすっていた。その手が震えているのを、俺だけは見ていた。

 

 平気なわけがない。母さんは今——精一杯戦ってる。

 

 

 

「でも敢えて言うわ。センリ。あなたには生きてて欲しい。繋がりを捨てないでほしい。帰ってきてなんて——前みたいに幸せな暮らしに戻りたいなんて言わないから……迷惑だってお互い様だから……死にたくなるほど責任が重いなら、そっちは置いちゃってもいいから…………」

 

 

 

 母さんは抱きしめていた体を少し離して、さすっていた手を親父の顔にやる。その顔を真っ直ぐ見つめながら母さんは言った。

 

 

 

——家族のままで居させて。

 

 

 

「わたしは……わだ……し…………ぁ……‼︎」

 

 

 

 その言葉で、親父の中の何かが崩れたように見えた。

 

 壊れないように堪えていたものが全部解けて……親父はもう立ってられなくて、母さんに抱きしめられたまま膝をつく。

 

 

 

「やっぱりその一人称似合ってないわね。弱々しくて可愛らしい方が……あなたにピッタリよ」

 

「サキ……わたし………僕は………すまない……ごめん……こんな……ぁぁ……うぁ……!!!」

 

 

 

 人目も憚らず親父は一心に泣いた。

 

 ハリボテが取れて、俺の知っている男とは全く違う父親がそこにいた。

 

 まるで迷子が親を見つけた時みたいに……。

 

 しばらくそうして親父をなだめる母さん。それをただ黙って見ていた俺は、改めて自分の行いに落胆していた。

 

 親父は悪くなかった。考えが足りなかったり見通しが甘いことはあったのかもしれないけど、こんな現実でも精一杯生きようとしていただけなんだ。

 

 結果は散々だったけど、それでもこれに意味がなかったなんて言えるわけなかった。正解を選べなかったとしても、最善を尽くそうとした親父の気持ちに気付くべきだった。

 

 親父の気持ちにカケラでも気付いていたら……ほんの少し優しくできてたら……こんなに泣かせることもなかったんだ。

 

 母さんはそれを知ってた。だから俺には言わなかったんだ……。

 

 

 

「最低だな俺……自分のことばっかだ……」

 

 

 

 一度は区切りをつけた気持ちがぶり返して、俺はそう呟いてしまった。

 

 周りにいた人たちが一斉にこちらを見る。その視線が痛くて、俺はふいっと視線を地面に落とす。

 

 

 

「俺たちの過去聞いて、完全に被害者ヅラしてた。親父を許せればこの問題は終わりだと思ってた。あとは親父次第だろうって……どこか他人事だったんだ」

 

「ユウキくん……」

 

 

 

 この期に及んでまだそんなことを言ってしまう俺に、哀れむようなダイさんの声が届く。今はそれにも……応える気力が出ない。

 

 

 

「母さんが言った通り『お互い様』なんだよ。何自分だけ特別だって思ったんだろな……俺が今自分のしたいことできてるのは親父と母さんのおかげなのに……」

 

 

 

 家を出て、ろくに連絡もせずに自分の夢とやらに夢中になった。それは親父がしたことと全く同じだった。

 

 大変な旅でも、自分で選んでやりたいって臨んだ道だ。そこを歩ける幸せを感じておいて……人にかけた迷惑のことを忘れていたんだ。

 

 気付けなかったからしょうがないじゃない——知ろうとしなかったから俺が悪いんだ。

 

 

 

「ごめん……話がまとまりそうなとこでグズグズ言って、ホント気持ち悪いよな。でもダメだ。やっぱり俺は自分のことが好きになれない……自分を責めても何にもならないけど……責めずにいられない」

 

 

 

 わかってる……親父がそうやって自分のことを追い込んだことも。それを他人は誰も望んでないことも。子供なんだからそこまで背負わなくていいって他人にだったらいくらでも言えるんだ。

 

 でも……でも………‼︎

 

 

 

「俺こんなだから……この先もまたおんなじ失敗する……その度につらくなるのがわかってて……この先を笑って進めない……今の親父見てると……同じ目に遭う気しかしない………それがわかっちゃうと……生きるのが怖いんだ………ッ‼︎」

 

 

 

 本当の意味で先行きが不安だという気持ちを理解した。自分が誰かに傷付けられるのも、逆に誰かを傷つけるのも……生きている限り避けられないんじゃないかって。

 

 それを思うと、今まで歩いてきた道が急に恐ろしいもののように感じた。自分の心に従って行動して……その結果取り返しのつかないことになる気がした。

 

 似たようなことを前にも思ったけど、今回はより具体的に、自分がどうなってしまうのかがわかってしまった。

 

 今の親父は……きっと未来の俺だ。

 

 

 

「ごめん親父、母さん……育ててもらってこんなこと言うのは酷いかもしんない。ごめんカゲツさん。今日まで色々教えてくれたのにいつまでも変わらなくて。マリさん、ダイさんにもたくさん期待してもらっておいて……こんなこと……酷いけど……!」

 

 

 

——こんな現実で……何の為に生きてるのかわかんないよ……。

 

 

 

 俺は……その言葉を噛み潰せなかった。

 

 誰も救われない結論を出して、それで俺の気力は尽きた。

 

 誰も何も言わない。いっそ叱ってくれたらどれほどよかっただろうか。

 

 でも……やっぱりそうなんだ。

 

 

 

 俺には……果たせる約束も……夢も……本当は身に余る代物だったんだ……。

 

 

 

「…………確かに……そうかもね」

 

 

 

 そんな中、ひとりだけ母さんは笑ってた。

 

 俺が吐いたどうしようもない言葉を、まるで受け入れたような顔で。

 

 

 

「生きる理由なんて大人になるにつれてどんどん曖昧になる。幸せを感じたからってそれを失う辛さを考えたら、最初からない方がよかったって思うのは当たり前だもの。私もお父さんも……きっとここにいるみんな、その気持ちを知ってる」

 

 

 

 母さんも親父も、カゲツさんもダイさんもマリさんも……それを考えてしまうくらいには現実に傷付けられてきた。俺もそのことを知ってるから……母さんの言ってることはわかる。

 

 じゃあやっぱり……そう思うと、俺の頭は深く沈み込んだ。

 

 

 

「でもね。少なくとも私は見つけられたわ。自分が生きる意味。こんな現実でも生きていたいって思えて、進む力を与えてくれるものを……」

 

 

 

 母さんはそう言って——空いてる方の手を差し出してきた。

 

 俺に向かって、真っ直ぐに——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——子供か……正直……不安だな。

 

 

 

 その日、妻からの提案に夫は難色を示した。

 

 結婚して一年。あっという間に過ぎ去った頃、そろそろと切り出されたのは子供を授かることだった。

 

 人並みに結婚するなどと思ってもみなかった二人だが、それでも人生を共にすることを選んで、今隣にいることを互いに喜んでいるのは確かだ。

 

 だが子供を産み育てるとなると、夫にとってハードルは跳ね上がる。

 

 妊娠した妻をちゃんと世話できるだろうか。今まで冷静だった妻が取り乱す可能性がある。その中で自分はしっかり支えられるだろうか。

 

 産まれてきた子供をちゃんと愛せるだろうか。成長を見届けてやれるだろうか。間違わずに叱ってやれるだろうか。いつも優しくできるだろうか。

 

 何より……自分の仕事とバランスを取ることができるだろうか——。

 

 

 

「不安……か。私も……本当は不安」

 

「だったら……」

 

「でも欲しいの。あなたとの子供が」

 

 

 

 妻の言葉に夫は言葉を詰まらせた。

 

 半分は嬉しさ。自分との子供という何にも変え難い絆の象徴を望まれて、喜ばない男ではなかった。

 

 しかし同時にその考えは危ういと思えた。「欲しい」と望んで産まれてくる子供は親を選べない。親になるにあたって自分もベストを尽くすつもりだが、それでも苦しまない人生を保証はできない。

 

 産まれ落ちて……そのことをいつか後悔するようなことになれば……その責任を取ってあげることなどできるのだろうか——と。

 

 その心配を受けて、妻は笑って応えた。

 

 

 

「でも望まなきゃ幸せはやってこない。私たちがそうだったように。怖かったけど、進んだから今がある……私は望んじゃうの。あなたといつか産まれてくる赤ちゃんの成長を見守る日々を……」

 

 

 

 それが例え親のエゴだとしても……この気持ちに嘘はつけなかった。

 

 

 

「でもあなたの気持ちもわかる。私も年々……色んなことを経験するうちにすっかり臆病になっちゃった。傷付きたくなくて、もう前ほど色んなことに挑戦できない。だから……私も不安は一緒かな」

 

 

 

 それでも望む。

 

 まだ見ぬ我が子に会いたいと——。

 

 

 

「あなたは会いたくない……?」

 

「………会いたい。君との子供に」

 

「よかった……」

 

「でも……怖いよ。その子に幸せを与えてやれる自信なんてない……」

 

「それも一緒。怖いね……だから……先に私たちが貰おうよ」

 

「…………貰う?」

 

 

 

 妻の言葉の意味がわからず訝しむ夫。

 

 その意味を……彼女は満面の笑みで語る。

 

 

 

「怖いから……足がすくんじゃいそうな私たちに……進むための力を貰おう。その願掛けってわけじゃないけど……名前はもう決めてあるんだ♪」

 

 

 

 名付けとは、きっと普通は子供の幸せを願ってされるものかもしれない。その名に見えない未来を託して、どうか幸せになってくれと贈る親からのささやかなプレゼント。

 

 しかし二人はそうはしなかった。見えない未来を憂うより、今この瞬間に感じた気持ちを思い出すための象徴にした。

 

 

 

 その名をこれと決めて……その子に力を貰って進む。愛おしい我が子から……進む原動力を。

 

 

 

 その力の名は——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“勇気(ユウキ)”——あなたは、私たちが生きる希望……そのものよ」

 

 

 

 母さんは真っ直ぐに俺に手を伸ばしている。

 

 生きる希望。願い。進むための原動力——今は欲しても込み上げてこないそれを……俺に求めて産んだ……って……。

 

 

 

「あなたが何者になれるかなんて……私たちにはそこまで重要じゃない。だって産まれてきてくれただけで私たちの一等賞だもの。進んでよかったって……その気持ちは今も変わらない。産んでよかった。ユウキ。あんたは私たちに大切なものを……もうたくさんくれたのよ」

 

 

 

 涙ぐむ母さんの言葉が胸を締め付ける。

 

 何もできてない俺が……もう与えていたって……産まれてきただけの俺にそう……言ってくれた。

 

 言って……くれたのに……。

 

 

 

「それでも……俺……自分も見つけられる自信なんてないよ………母さんと親父みたいに……進めない……」

 

「すぐには難しいかもね。それに本当は、今のあんたの歳でここまで考える必要だってない。ホント、子供の成長って恐ろしいわ」

 

「成長なんかじゃない……俺は——」

 

「親の楽しみをそう簡単に否定しないで頂戴。それに……——」

 

 

 

 俺がまだうじうじと言っていると、母さんは困り顔で優しく答えてくれた。

 

 でもその視線は……何故か俺ではなく、部屋の窓の方へと向いていた。

 

 

 

「——案外、もう出逢ってるのかもね」

 

 

 

 そう言った直後、部屋の窓が勢いよく割れた。

 

 

 

「わぁぁぁぁぁあああ——グヘエッ!!!」

——ギャウンッ‼︎

——ビババッ‼︎

——ゲゲェッ‼︎

——ルォアッ‼︎

 

 

 

 割れた窓から飛び込んで来たのは、俺の手持ちのビブラーバ(アカカブ)と、それにしがみついていたタイキ、マッスグマ(チャマメ)カゲボウズ(テルクロウ)、そして……ジュプトル(わかば)だった。

 

 彼らは団子になって病室の壁に激突して床に転がった。それにいち早く駆け寄ったのはカゲツさんだ。

 

 

 

「な、なんだテメェらッ!どっから入って来てんだ⁉︎」

 

「イテテテテ——ってカゲツさん(ししょー)⁉︎ なんでここに——ってやっぱここにいたんスねアニキ‼︎」

 

「タイキ⁉︎ 今まで何してたんだよ!」

 

 

 

 カゲツさんと俺を交互に見ながら、いつも通りテンション高めのタイキは慌てて話す。

 

 それで反射的に口を開いたのがよくなかったのか、タイキは額に青筋を走らせて声を荒げた。

 

 

 

「何してたじゃないッスよ!!!アニキは試合以来姿見せないし‼︎ ししょーは俺にポケモンたちと留守番させてずっと帰ってこないし‼︎ 俺のこと忘れてるんじゃないかと不安で不安で!!!」

 

 

 

 ごめん。ぶっちゃけ完全に忘れてた。

 

 親父のことでメンタルやってからマジで1ミリも思い出さなかった。これ言ったら怒り通り越して泣くと思うので口にはしないが……。

 

 というか、それで何故今ここにカチコミよろしくの特攻ダイブ決めることに?さらに言えば何故ここがわかった?——という旨をカゲツさんがタイキの胸ぐら掴んで聞いてくれた。——鬼か

 

 

 

「そうだ‼︎ アニキに用があってきたんッスよ‼︎」

 

「まず説明ッ!!!」

 

「えぇ⁉︎ あぁもう!部屋でいたら()()が凄い動いたんで慌てて探したんスよ‼︎ でもアニキの居場所わかんないし!そしたらわかばが急にここに向かって走り出して——」

 

 

 

 そう言いながら、タイキは見覚えのあるケースを俺たちの前に差し出した。

 

 それは……フエンで貰ったポケモンのタマゴの入った孵化用のケースだった。

 

 

 

「もう孵りそうなんスよ‼︎ これ絶対見せなきゃって慌てて‼︎ アカカブに無理やり乗ってみんなで突撃するしか——」

 

「ちょっと!それホントに産まれそうじゃない⁉︎」

 

「「「えッ!!!」」」

 

 

 

 大慌てで説明していたタイキの横からマリさんがそう指摘して、俺たち全員はタマゴケースに釘付けになる。

 

 すると親父が何かに気付いて声を出した。

 

 

 

「いけない!産まれてくるポケモンのサイズは必ずしもタマゴのサイズに比例しないんだ!早くケースから出してやらないと——」

 

「そうなん⁉︎ やば——ケース開けるよ⁉︎」

 

「タイキてめぇもっと早くに持ってこいやッ‼︎」

 

「理不尽ッスぅ〜〜〜ッ!!!」

 

 

 

 ここへ来て孵化についたリスクを知った俺たちはてんやわんやしながらもタマゴをケースから取り出すことに成功した。

 

 しかしもう部屋の外に出す時間はない。俺たちは一瞬どこで——と迷ったが、結局ベッドの上にそれを置いて、なるべく離れた位置からことの次第を見守った。

 

 

 

——パキッ……。

 

 

 

 タマゴの頭といっていいのか……頭頂から小さな亀裂が入る。

 

 そのひび割れがタマゴ全体に広がっていき、それに伴って殻全体が淡く発光し、徐々にその明るさを増していった。

 

 一説には、タマゴの殻もそのポケモンを構成する大事な要素だと唱える学者もいるらしい。生まれてくる時、殻を取り込みながら変容するのはそれが理由だとか。

 

 細かいことは結局俺なんかにはわからない。

 

 わかっているのは……待っていた時が、今来たってことぐらいだ——。

 

 

 

——…………ルリ?

 

 

 

 最後に一際光ったタマゴ。その眩しさに目を閉じて、しばらくしてから瞼を開けると……そこにいたのは青い見た目のポケモンだった。

 

 小さな体はまるでボールのように丸く、ネズミのような大きな耳が一組ついている。尻尾はその体躯と同じかそれ以上の、同じく丸い形状をしていた。

 

 

 

 それはルリリという……みずたまポケモンだった——。

 

 

 

——ルリ………リルリ……?

 

 

 

 ルリリは自分が生まれたことに動揺しているようだった。人間と同じ感覚で考えていいとかわからないけど、そりゃあいきなり知らない場所で知らない人たちに囲まれれば狼狽えもする。

 

 だんだん不安になってきたようで、困り顔は徐々に泣きっ面に……そして勢いよく——

 

 

 

——ルリィィィイイイ!!!

 

 

 

 癇癪を起こしたように、ルリリは泣き出した。それで反射的に、俺はルリリに駆け寄る。

 

 伸ばした手が生まれたばかりのポケモンの頬に触れて……その温もりが手に伝わってきた。

 

 

 

「……………大丈夫か?」

 

 

 

 ぎこちなく、様子を聞く俺。

 

 何言ってんだろ……人間の言葉なんてわかりっこないのに。ましてや生まれたばかりのこの子が……でも……聞かずにはいられなくて………。

 

 

 

——ルリ………ルリィ………?

 

 

 

 ルリリは触れてから泣くのをやめた。代わりに啜り泣くように小刻みに鳴き声を出す。

 

 その様子と手から伝わってくるものは……『生きてる』っていうこと。

 

 当たり前のことなのに……何故かそれが俺には——

 

 

 

「アニキ……泣いてるんッスか……?」

 

「え………?」

 

 

 

 タイキに言われて、俺は初めて自分が泣いていると知った。

 

 頬に流れる熱いものを手で拭って……その生理現象に説明を求める。

 

 わからない……なんで……なんでこんな……。

 

 

 

——ルリ……ルリィィィ!!!

 

「え、あ!ご、ごめん!手を離したら不安なのな⁉︎ ごめん……ごめ………ッ!」

 

 

 

 また泣き出すルリリを、俺は両腕で優しく抱き上げた。

 

 自分も泣いてるのに何してんだろうって思うけど、この温もりにずっと触れていたくなった。

 

 その間も涙が溢れてくる。それにだんだん感情が追いついてきて……俺は顔を歪ませた。

 

 

 

「おめでとうユウキ。ルリリは無事に生まれたみたいね」

 

「母さん……俺………俺ェ……ッ‼︎」

 

 

 

 溢れる感情に体が震えた。母さんの優しい言葉を聞いて、より気持ちが溢れかえった。

 

 はっきりとした理由はわからないまま……俺はなんとなく、母さんが言ったことの意味がわかった気がした。

 

 

 

 母さんも親父も……決して強い心があったわけじゃない。俺が怖いと思うのと同じで、先行きは不安だらけだったみたいだ。

 

 俺には想像もつかないくらい、子供を産んで育てるのは怖いことなんだろう。二人が望んでも躊躇するぐらい……。

 

 その先に進む怖さを乗り越える力は……きっと二人の中にはなかったんだ。

 

 自分の中に見出せないから、誰かにその理由を求めた——それが俺だったんだ。

 

 

 

 俺にも……きっとそういう時があった。

 

 それは母さんが言うような親が抱く愛情とか……そんな大きなものじゃなかったけど。

 

 ホウエンに来て、多くの人たちに出逢った。その出逢い全部が俺に勇気をくれたわけじゃないけど……ひとつひとつから少しずつ……俺に色んな気持ちをくれた。

 

 その中でポケモンだけは——手放しに力をくれたと断言できる。

 

 言葉を話さないこいつらが……言葉以上の生き様で俺に勇気をくれた。振り回されることもあったけど、好きになることをやめられなかった。

 

 こいつらの成長をまだ見ていたい……辛くても投げ出す気になれなかったのは、きっとそういうことなんだと思う。

 

 

 

 今ここで生まれた新しい命。それが本当によかったと喜んでいいのかはわからない。

 

 でも自然と湧いてくるこの気持ちはとめどなく溢れる。これはもう理屈じゃない。

 

 出逢えたこと。産まれてきてくれたことに——ただ涙が溢れてきた。

 

 

 

「ありがとう…………ッ‼︎」

 

 

 

 なんでそう言ったのかはわからない。

 

 誰に対して言ったのかも……。

 

 その理由がわかるのは……きっともっと先のことなのかもしれない。

 

 今は——この温もりを抱きしめるだけで……精一杯だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、当然のことながら病院の職員から大目玉を食らった。

 

 理由は勿論タイキたちの特攻による器物損壊。弁償はトウカジムで持つと親父の申し出で事なきを得たが、今度はその旨を聞いたツネヨシ経理からのお叱りが続く。

 

 何故俺まで……と思わなくもないが、ツネヨシさんからすれば『親子揃って人騒がせ過ぎだろ』と思ってしまうのは仕方がないんだろう。全くもって申し訳ない。

 

 

 

 マリさんとダイさんは見聞きした一連の事件について、しばらくはお蔵入りにすると宣言してキンセツの本社に帰って行った。

 

 完全に巻き込まれでほぼタダ働きになってしまった二人には申し訳ないと思ったが、何故か意気揚々としている二人を見てると何も言えなくなった。どうやら知らないうちに和解していたらしい。

 

 ただ、マリさんは母さんに最後、何か訊いてる風だったのは気になったけど……俺には今のところ、それを知る術はない。

 

 

 

 親父については、今回のことでジムリーダーとしての責任能力を問われることとなった。数日間のジム業務を停止の後、正式にジムリーダーを後任に任せて引退する手筈になった。

 

 親父が残そうとしていた遺書によると、その後任にはサオリさんを抜擢する予定だったらしい。前々から自分の後任にと考えてたみたいで、今回不在だったのも私用と称して関係する施設の視察に出向いていたからだったとのこと。流石に先代が自殺考えてたなんて思ってなかっただろうけど……。

 

 ちなみにその後親父はミシロの家に帰ることになった。母さんと二人で、ゼロから家族設計をやり直すんだとか。

 

 それには俺も参加したかった。それでしばらくはまたミシロに拠点を置く流れになったのだが……。

 

 

 

「自分の目標があるんでしょ?今はそっち専念しなさい」

 

 

 

 母さんからピシャリと締め出しを食らってしまった。そりゃないよと落ち込んだものだけど、実際まだ俺もトレーナー職を辞めたいと思っていたわけでもない。

 

 カゲツさんやタイキからも背中を押されて、とりあえずの中間択として『しばらくミシロでポケモンたちのトレーニングをする』——ということに。

 

 

 

 とにかく諸々がなし崩し的に決まって、今はもう落ち着くとこまで落ち着いたといった感じだった。

 

 親父との確執に明確なものを見出せたわけでもないし、将来はなんだかんだやっぱり不安だ。

 

 でも……きっと今はいいんだと飲み込むことにする。だって俺にはまだ選べる選択肢が無数にあるから。

 

 並べられてるもののどれを選べばいいのかわからないけど、その先がどん詰まりになる恐怖はあるけど。

 

 わからないなりに進む力を……俺もまた貰ってるから——。

 

 

 

「よし……今日もよろしくな。お前ら!」

 

 

 

 朝起きて、出掛ける支度をした俺はポケモンたちに声をかけると、みんな漲った顔つきで応えてくれた。

 

 俺が引っ張るつもりなのに、そんな姿の相棒たちに背中を押される——ちょっと情けないけど、今の俺には頼もしい限りだった。

 

 

 

 今は……この道を歩んでいこう。

 

 以前と変わらない決意を、以前とは違う気持ちと抱いて。

 

 俺もきっとこの先迷う。それは自分の器を大きく超える負担になるかもしれない。

 

 でもきっと……その道中はずっと苦しいわけじゃない。

 

 今がそうなんだから。

 

 そんなあやふやな心で見る未来で俺は——

 

 

 

 きっと笑えてるはずだから。

 

 

 

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鋭い痛みと共に……少年はまた大人になる——。

特殊ED『プラネテス/キタニタツヤ』

 一先ず決着‼︎ 長々としたものにお付き合いくださりありがとうございました‼︎ 色々言いたいこともありますが、あとひとつデケェ話を第二部の締めくくりでやりますんで、その後にまとめて——‼︎

 2年近くやってる第二部ですがいよいよクライマックス‼︎ 過去一気合い入れて書きますのでどうか応援のほど、よろしくお願い致します‼︎

 


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第186話 無双の剣


ホットアイマスクを最近試しました。
目ぇ焦げるわ。




 

 

 

 ———。

 

 ———。

 

 ——夢だったと思う。

 

 

 

 俺の目の前には一人の少年が立っていた。

 

 俺と変わらないくらいか……でも、どこかで会った気がするような……そんな感じの子供だった。

 

 いつも見ていた大きな樹の夢とは違うとはっきりわかる。なんでかわからないけど……それだけはわかる。

 

 

 

——…………。

 

 

 

 そいつが言うことに、俺はぼんやりとした意識の中で答える。

 

 なんて言われたのか、なんて返したのかはもう覚えてないけど。

 

 それが大事な『約束』だってことは……わかってた。

 

 

 

「——あとは……任せてくれ」

 

 

 

 目が覚めると、俺はミシロの自分の部屋にいた。

 

 寝室のベッドに転がりながら、俺はそう呟いて……自分で疑問に思う。

 

 何を任せられたんだろう……と。

 

 

 

「…………夢……か」

 

 

 

 寝ぼけていたんだろうか。

 

 俺は自分の意識がはっきりするに従って、夢の内容を忘れていった。

 

 身支度を整えて、普段使いのバッグと帽子を被り、部屋を出る頃にはもうそんな疑問を気にすることはない。

 

 下から香ってくる朝食の匂いの方が、俺にとっては重要事項だった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 俺たちはあの騒動以来、ミシロの俺ん家に押しかけることとなった。親父の稼ぎは良かったため、そこそこ大きな家を拵えたのが幸いした形となったが、今考えてもよく受け入れたよとウチの母親の懐の広さに呆れる。

 

 現在は俺、タイキ、カゲツさん、母さん……そして親父を含めた計五人が詰めかけている状態である。

 

 そんな生活が始まってひと月。3月の朝だ。

 

 

 

「アニキ。今日出掛けるんでしたっけ?」

 

 

 

 起き抜けに母さんの作ったバタートーストに齧り付いていた俺に、同じく朝食にありついていたタイキがそんなことを聞いてきた。

 

 食卓には居住者全員が並んでおり、みんなで母さんのバタートーストに齧り付いている。基本寝起きの悪いカゲツさんや、団欒に遠慮がちな親父を座らせられているのはひとえに母さんの手腕ゆえだが……。

 

 話は逸れたが、今日1日のスケジュールを大体ここで話し合っている。タイキはそのしきたりに則って、俺に質問してきた。

 

 

 

「ああ。本当はトウカで用が済んだら行く予定にしてたとこがあってさ。このゴタゴタで行けなかったけど、今日アポが取れたんだ」

 

「行く予定っていうと……?」

 

「ハギ老人のとこ」

 

 

 

 ハギ老人——。

 

 現役時代は“斬鉄”と呼ばれるほどの古参トレーナーであり、一時期はあの四天王・ゲンジさんとも互角に渡り合ったともいわれる斬撃技の達人。

 

 カナズミで出会い、わかばに新しい力を授けてくれた恩人である。

 

 

 

「ゲンジさんにも言われてたからさ。翡翠斬(かわせみぎ)り——まだ基本しか教わってないあの技の続きを教えてもらえないか頼んでみる」

 

 

 

 ハギ老人は俺たちに“居合斬り”と称してその技を教えてくれた。しかしまだその全容は明らかになっていない。

 

 別れ際にはまた来てくれと言っていたし、訪ねればきっと力になってくれると思って連絡したのだ。

 

 ただその為に丸一日潰れるので、その間カゲツさんに残りのポケモンたちの面倒を頼んでいるのだが……。

 

 

 

「そんでトレーニングサボってわかばとデートかい。羨ましいねぇ?——お袋さんおかわり!」「はーい」

 

「聞こえ悪いなぁ。わかばの強化に直結するんだし、協力してくださいよ」

 

「そっスよししょー!大体ここに住まわせてもらってまだロクに働いてないじゃないッスか!1日くらいアニキの代わりくらいやってくれッス!」

 

「だったらタイキ。おめぇがやりゃいいじゃねぇか!」

 

「俺はポケモンたちの持ち物(ギア)調整で忙しいんス!次のトーナメントまでに新調するやつで手一杯ッス‼︎ ちょっとは働け‼︎」

 

 

 

 俺たちがギャイギャイと騒ぎ立てる食卓は、毎朝こんな感じで賑やかに繰り広げられる。最初は面食らってた俺の両親も、もう慣れたと言わんばかりに我関せずの姿勢で見送っていた。

 

 最初は二人、俺がいなくなってからは一人だけになったこの家がいきなり大所帯になったなと笑う母さんを見て、少しホッとする。

 

 だけど……ふと気になって、俺は親父の顔を見てしまった。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 親父は俺の視線に気付いて、『なにか?』と小首を傾げる。

 

 特に用というわけでもないので、俺はたまたま目が合っただけと言うように視線をすぐに逸らしてしまった。

 

 今のところ……表面上では大丈夫に見える。だけどあの日以来、親父は確実に以前とは違う心の様子を見せるようになっていた……。

 

 

 

 『PTSD』——過去のトラウマを忘れられず、私生活に多大な影響を与えるストレス障害。親父はトウカ総合病院の精神科にて、そう診断を告げられた。

 

 親父が今回倒れることになったのは、単に過労が原因ではない。そのさらに根本の原因として、働かなければいけないという強迫観念によって、自分の限界を超えた稼働をしてしまうというものがあった。

 

 それはジムリーダーを引退するにあたっても続き、最初は俺たちとまともに会話することもできなかった。大きな役職を抜けたことでジム側にかけた迷惑や、まだ克服できていない過去との向き合い方などが、休もうとする親父を苛む。

 

 しばらくは睡眠障害と摂食障害、時折不安定になって泣き出すなど、正直見るに耐えない状態が続いたが……ミシロでの生活は少しずつ親父の心を落ち着かせていった。

 

 1ヶ月の療養で、かなりまともな生活を送れるようになったのは喜ばしいことだ。そのはずなんだけど……。

 

 

 

(……親父……無理して大丈夫なフリしてる訳じゃ……ないよな………?)

 

 

 

 俺にはその懸念がどうしても拭えなかった。何年も一人であんだけのストレスを抱えてたんだ。迷惑かけることを嫌って、内心辛いのにそれを隠したとしても不思議じゃない。

 

 その見極めが一緒にいる俺たちに求められるんだろうけど……母さんならいざ知らず、正直俺には判断がつかなかった。

 

 無理をして、人に悟られずにまた神経をすり減らすような真似……しなきゃいいんだけど……。

 

 

 

「ご馳走様。そんじゃ行ってくるよ」

 

 

 

 俺は不安を残しつつ、考えても仕方ないと頭の片隅にその件を追いやって立ち上がる。

 

 今は俺だけじゃないんだ。母さんがそばにいて、ここにいる間は事情を知ってる仲間も見てくれてる。

 

 そこに頼って、俺は俺でやらなきゃいけないことに集中しようと思う。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——来たな」

 

 

 

 トウカシティの西側を通る“104番道路”。海岸線沿いには定期便が出る小さな港が存在するそこに、民家としてあるハギ老人の家へと俺たちは赴いていた。

 

 手持ちには相棒のジュプトル(わかば)のみ。民家の玄関は開け放たれており、恐る恐る中に入った時、そんな重い声が聞こえてくる。

 

 

 

「お久しぶりです……ハギ老人」

 

「うむ……随分と逞しくなって帰ってきおったな」

 

 

 

 畳敷にちゃぶ台と座布団、その他レトロな家具が並べられた部屋に座るハギ老人からそんな賛辞をいただいた。

 

 逞しくなった……か。

 

 

 

「ありがとうございます……でも今日は、もっと強くなるために来ました。わかばに教えてくれたあの技……“翡翠斬(かわせみぎ)り”について——!」

 

 

 

 ハギ老人の褒め言葉はありがたく頂戴して、俺は彼に要件を伝えた。

 

 翡翠斬(かわせみぎ)り……流星の滝で、ハギ老人とも戦ったことのあるゲンジさんからその名が知らされた特殊な派生技。

 

 去年の夏、俺とわかばに正体を明かさずに教えてくれた“居合斬り”がそれだったようだが、依然として正体は謎のままだった。

 

 ハギ老人自身、また近くに寄ることがあれば顔を出すように言っていたことから、この技についておそらく尋ねられることも想定していたのだろう。俺がその名前を言っても、眉ひとつ動かすことはなかった。

 

 

 

「俺たち……近々大きなトーナメントに向けて手持ちの強化を計ってます。わかばはあれからもっと強くなりました。今ならより難しい訓練にも耐えられると思います……どうか力を貸してもらえませんか……?」

 

 

 

 俺は座ったままの老人に対して、玄関先から深々と頭を下げる。

 

 ハギ老人は最初に俺たちにこの技をただの“居合斬り”として教えた。特に名前を偽る理由もないのにそうしたということは、おそらくあの“開闢一閃”だけでは真の翡翠斬(かわせみぎ)りとはならないからだと思う。

 

 実際、ゲンジさんもこの技を指して『とてつもない連撃』——というニュアンスで説明していた。

 

 先があるんだ……この翡翠斬(かわせみぎ)りに。二撃目、三撃目の必殺技が——。

 

 

 

「ええよ」

 

「ありがとうございます——って軽っ⁉︎」

 

 

 

 厳かな雰囲気が一転。まさかの快諾に俺は姿勢を崩す。

 

 隠してたくらいだから、もしかしたら断られるかもと思っていたのに……気が抜けるわ。

 

 

 

「ホホホ。まぁ別に隠しておったわけではないからのぉ。どこから聞いたのか知らんが、最初に教えた技は翡翠斬(かわせみぎ)りであり、翡翠斬(かわせみぎ)りに非ず——要はただの鋭い一閃を非力なキモリ(わかばちゃん)に教えてあげたかっただけじゃった」

 

「じゃあ……最初から教えるつもりはなかったってこと?」

 

「元々、現代の多様化するバトル環境では使い勝手の悪い古流武術。キモリだった頃ではまず習得は有り得んかった。進化した後でも、まぁ難しいとは思ったんじゃが……」

 

 

 

 ハギ老人の言葉からも、やはり俺たちに真価となる翡翠斬(かわせみぎ)りを教える気はなかったようだ。教えてくれた技はあくまであの時点で習得可能だった“居合斬り”。しかしそうなると、ジュプトルに至ったわかばの“リーフブレード”が翡翠斬(かわせみぎ)りに近いものになっていたのも頷ける。

 

 

 

「お主からのとゲンちゃん——四天王のゲンジからの報告で確信したわい。お前さんたちなら、翡翠斬(かわせみぎ)りの全容を教えるに値する——とな」

 

 

 

 それが先ほどの快諾の真相だった。

 

 ゲンジさん……いつの間にかハギ老人に言付けてくれたみたいだ。

 

 

 

「感謝しておったぞ……里を守ってくれたお主たちのこと……」

 

「俺は……大したことは何も——」

 

 

 

 ゲンジさんはどうやら里で起きた事情についても話してくれてたようだ。そんな感謝を又聞きした俺は、謙遜でなくそう返す。

 

 

 

「俺だけじゃ何もできない。わかばや……仲間のポケモンたちがいなきゃ、俺は非力な人間のままです。だから、俺は精一杯こいつらを大事に育てていきたい……!」

 

 

 

 弁えておくべきはトレーナーの立ち位置。ポケモンが自分の力だなんて驕るつもりはない。それでも夢を預ける仲間だから……俺はそのためにこいつらを強くする。

 

 俺自身のエゴと仲間が応えてくれる気持ちを大事にしたい……だからハンパは許されないんだ。

 

 

 

「お願いします。俺たちを……もっと強くしてください」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ——今年も例年通り大学(カレッジ)でもトーナメントが行われますので、ご都合がよろしければぜひ参加をオススメしますわ♪

 

 

 

 カナズミの去り際、ツツジさんから聞いていたトーナメントの話が、俺たちが目指す次の目標になっていた。

 

 カナズミ大学(カレッジ)主催で行われる年4回ある四季折々のトーナメント。俺たちが出場を狙うのはその内の春——『新春トーナメント』である。

 

 大学(カレッジ)のオープンキャンパスも兼ねた客寄せという背景もあるこのイベントだが、それだけあって人の入りは俺が経験したどの大会よりも多いとのこと。前に一度、初夏トーナメントを見に行った時も凄かったのを覚えている。

 

 要は俺が目指すのはそれだけ注目される大会だってこと。それがプロとして戦う俺にどんな意味があるのか、教えてくれたのはカゲツさんだった。

 

 

 

——いつまで無冠でいるつもりだ。ちんたらしてたらあっという間におっさんだぞ。俺が教えてんだ……そろそろ結果出しやがれ。

 

 

 

 プロトレーナーの選手生命は短い。勿論個人差はあるが、本人が最も強くいられる時間は20〜25歳が限度。それ以降はポケモンと共に激しいトレーニングをこなせなくなるという。

 

 実際多くのトレーナーはその辺りで見切りをつけて前線を退き、培った経験と実績を元に携わる仕事に切り替えている。親父がジムリーダーを選んだ時のように……。

 

 今年俺は16歳。プロトレーナーとしてはまだまだ若輩だ。結果が出なくて焦る歳でもないと言ってくれる人も多いだろう。だけど、うちの師匠はそんなに甘くない。

 

 

 

——ホウエンでランカー張りたいって奴がB級程度で足踏みするようじゃ見込み無しだ。可能性のないトレーナーをいつまでも面倒見てやれるほど、俺ぁ人間できてねぇからな。

 

 

 

 それが元四天王の見解と要望だった。

 

 プロとして戦うことはできても俺に上に行く力がないなら、カゲツさんを師事している意味がない——俺自身もそう思った。

 

 だけど意外だったのは続きの言葉……。

 

 

 

——カナズミで勝ちゃ、ちったぁマシなトレーナーだって箔がつくだろ。俺様から見りゃ未熟も良いとこだが、それでも面倒見てぇって奴の一人くらい現れても不思議じゃねぇ。

 

 

 

 大学(カレッジ)で行われるトーナメントの注目度は他のトーナメントと比べても高い。特に新春は大学の志望生や入学予定者が多く集まる。当然、未来のチャンピオン候補たちにマスコミが動く。そして結果を出したトレーナーを雇いたい企業やギルドチームが接触してくるケースは少なくない。

 

 それはこの大会は俺にとって特別な意味を持つ……。

 

 

 

——いい加減知らしめろ。一介のプロなんかで収まんな。サクッと優勝して、お前が……『ミシロタウンのユウキ』がいるって。呑気にしてるボケ共の目ぇ覚ましてこい!

 

 

 

 それがカゲツさんが俺に対して言ってくれたのが意外だった。

 

 決して人を褒められないような人だとは思っていないが、ここまでストレートに言ってくれたのは記憶にない。

 

 師匠は認めてくれてるんだ。このトーナメントで俺が優勝できる力があるんだって。

 

 俺の至らない点を叩き直していた師匠が、初めて背中を押してくれた。それが何よりも嬉しくて……。

 

 

 

 『強くなれる』——俺にそう思わせてくれた。

 

 

 

「“翡翠斬(かわせみぎ)り”——これは遥か昔……まだホウエンと言う名がこの地に付けられていなかった頃、とある放浪の旅人が残した必殺の剣術名だったそうじゃ」

 

 

 

 ハギ老人の座る茶の間にて強くなる意義を改めて噛み締めていた俺に、彼は技の背景から話してくれていた。

 

 太古の古流武術——人と人、ポケモンとポケモンが法もなく争い合っていた時代。弱肉強食が常だった世界で生き残るために発案されたと、この人は語ってくれた。

 

 

 

「じゃから本来は“競うだけ”の現代バトルにおいて、この技の成り立ちはあまりにも場違い。敵を仕留めることに特化するあまり、その攻撃性能は高過ぎ、使用者にはそれなりの負担がかかる技となっておる……」

 

「だから……最初は教える気がなかったんですね」

 

 

 

 あまりにも殺傷能力が高い技は相手のポケモンの命すら奪いかねない。俺にそんな十字架を背負わせたくないというのがひとつの理由だった。

 

 そして使用者——この場合わかばが使う訳だが、本当の翡翠斬(かわせみぎ)りを使用した場合、かなりのリスクも同時に背負い込むことになるのが二つ目の理由。

 

 どちらの理由も、以前の俺では答えることすらできなかっただろう。それを見越してハギ老人は口をつぐんだ——なるほど納得である。

 

 

 

「じゃが強い体と心をその身に宿したお二人さんなら、例え肉体に不安があっても使いこなしてくれると信じられる。それにこの先を戦う上で必要になってくるのも……事実じゃ」

 

 

 

 わかばは進化という成長を阻害される体に思うところがある。でもそれを加味しても、教えるに足ることを明かしてくれた。

 

 そして俺たちのこの先に必要になるという理由も、なんとなく察しがつく。

 

 

 

「お主が——というより、あの紅燕娘(レッドスワロー)ちゃんが頭角を表し始めたくらいからかのぅ……ホウエン全体のトレーナーのレベルが急激に上がってきておる。新時代の波とでも言うのか……プロになって間もない新人が今、次々とその名を轟かせはじめておるんじゃ」

 

 

 

 それは俺も知るところだった。

 

 週刊誌Pokeman(ポケマン)によると、紅燕娘(レッドスワロー)ことハルカは既にA級トレーナーのライセンスを獲得。トーナメント出場こそ最近は控えめだそうだが、プロ入りしてからの記録に黒星はない。

 

 そんなハルカに引っ張られる形と言っていいのか、それより後にプロ入りした奴らの名前が雑誌に掲載され始めた。

 

 俺も戦ったウリューは現在B級最強格。信じられないほど早い試合ペースを凶暴なまでに強いギャラドスとこなし、とんでもない数のトレーナーを撃破している。こっちはハルカと違って負けもあるが、ほとんどはアクア団の緊急奨励などを理由に棄権したという不戦敗らしい。あとは年末のエキシビジョンマッチでの大敗だが、アレも相手を考えれば評価を下げる理由にはならないだろう。

 

 ミツルはフエン以降も各地のトーナメントに出没。当初は前評判ほどの活躍ができないと落胆の声が上がってたみたいだが、俺と別れてからはトーナメントグレート2相当の試合でいくつか優勝も経験している。“貴光子(ノーブル)”の異名は復活したと見ていい。

 

 先に上げた三人ほどではないが、既にヒデキやヒトミもバッジを凄い勢いで獲得し、トーナメントでの活躍を機にメディアへの露出が確認できた。他にもこういったのがゴロゴロ出始めている。

 

 今はある種の新時代——そいつらの強さがこれまでの新人から中堅までを軽く超えていると評価されている。その伸び代がまだあることを考えると、数年後にはビッグリストが総入れ替えされていると考える人間も少なくなかった。

 

 強さがインフレしていく連中の中で俺はまだ無名……要はそいつらに対抗するためには、俺たちも人には真似できないような武器が必要になるって話だ。

 

 

 

「とはいえこの技は一度振るい始めれば無双の剣技と化す。真髄を引き出すことができれば、接近戦においてわかばちゃんの右に出る者は現れなくなるじゃろう……使いこなせればの話ではあるがのぅ」

 

「そんなに凄いのか……翡翠斬(かわせみぎ)り……」

 

 

 

 正直その評価については半信半疑だった。

 

 強い技だってことはわかってる。何せあのゲンジさんですら脅威と見做していた。わかばの動きを見ただけで背後にこの老人がいると察したくらいだ。それだけ強烈な印象があったんだと思う。

 

 でもかといって「決まれば勝ち確」——とまで言ってしまえるかというとそこは疑わしい。俺の想像でしかないが、当然他のトレーナーも血の滲むような鍛錬をしてポケモンを育てているのは間違いない。俺よりも才能もポケモンの能力にも恵まれている奴らがだ。

 

 対抗できる武器だろうことは認める。でも慢心はできない——そんな気持ちが顔に出ていたのか、ハギ老人は俺の顔を見てニンマリと笑っていた。

 

 

 

「な、なんですか……?」

 

「ホホホ。無双云々が信じられんのじゃろう?ワシの誇張だと疑う気持ちもわかる」

 

「あ、いや……決して舐めてるわけじゃ——」

 

「わかっとるわかっとる。バトルは何があるかわからん。必殺技のひとつで勝てるなら誰も苦労せん。その言い分は真実じゃ」

 

 

 

 そう言ってハギ老人は意外にも俺の所感を認めた。バトルの奥深さを知らないハギ老人じゃない。俺のした疑問なんてお見通しだったようだ。

 

 ということは……それを踏まえても絶対の自信がある——そういうことなのかと俺が固唾を飲むのを見て、ハギ老人は笑顔のまま満足そうに頷いた。

 

 

 

「相変わらず察しが良いのぅ。まぁそれは()()()()()()()()()()じゃろう」

 

 

 

 見てもらった方が……ということは、これから実演でもするのだろうか?

 

 確かにその方が俺としてもわかりやすい。百聞は一見にしかずとも言うし。だけど俺の記憶が正しければ、ハギ老人は愛してやまないキャモメとお孫さんから貰ったって言うカモネギくらいしか手持ちがいなかったはず。

 

 使えそうなのはカモネギの方だが、習得難易度が高いことを仄めかしていたことを考えるとそれも怪しい。

 

 俺がそんな感じで怪訝な顔を見せていると、おもむろにハギ老人はこちらに近づいてきた。

 

 

 

「ほれ。まずはわかばちゃんを出してあげい」

 

 

 

 俺は何をするのかと疑問に思いつつ、とりあえず言われた通りわかばを手持ちのボールから出す。

 

 出てきたわかばは少し毛伸びをして、細身の体を震わせた。

 

 

 

「ホホホ。相変わらず鋭い目つきじゃ。思えばあの頃から……少し期待しておったのじゃろうな。ワシも……」

 

 

 

 そう言いながら、老人は俺とわかばの手を片方ずつ握った。

 

 それからしばらく黙り込み、目を瞑って何やら力を込めるようにして俯いた。

 

 最初は何の変化もなく、今行われていることが全く理解できなかった。わかばも同じらしく不思議そうに俯いたままの老人を見ている。

 

 だが俺は失念していた。彼は何十年も前にゲンジさんと渡り合った猛者のひとりだということを。

 

 そうであるならば、あの力を有している可能性は充分にあった。それが見せる神秘は……俺なんかじゃ予想もつかないことだって……。

 

 

 

——ィィン………!

 

 

 

 微かに老人の体が光ったように見えた。でもそれは俺の目があの能力に慣れ、視認できるまでに感覚が鋭くなったからだった。

 

 バトルでの危機察知能力を上げるため、能力の起こりを感じ取るための訓練を欠かさなかったのがこんな形で自覚するとは思ってなかった。

 

 老人は能力で何かをしようとしていた。

 

 ポケモンと心を結ぶ特殊なトレーナーの能力——。

 

 

 

 固有独導能力(パーソナルスキル)で——。

 

 

 

「…………………ッ‼︎」

——……………ッ‼︎

 

 

 

 次の瞬間、俺とわかばの意識は何かに吸い寄せられる。

 

 見えていた風景は暗闇で塗り潰され、直後には色取り取りの景色が物凄い速さで過ぎ去っていく。

 

 途轍もない情報量がその間に俺たちに流れ込んできて、思わず自分の正気を疑った。

 

 でもそこで見たもののことは……よく覚えている。

 

 

 

 まだ若かりし頃のハギ老人——。

 

 相棒のポケモンたちと共に数多くの猛者たちと斬り結んだ光景——。

 

 そして……翡翠斬(かわせみぎ)りの全てを出し切った試合を見て——。

 

 

 

「——ハァ……ハァ……ハァ……ッ‼︎」

 

 

 

 気付けば俺たちの視界は元の茶の間に戻っていた。俺たちはどうやら……ハギ老人に今の光景を見せられていたらしい。

 

 胸が熱い……見たものから受けたショックで肺と心臓が仕切りに動いている。それはわかばも同じらしく、俺と似た感じで息を荒げていた。

 

 そんな俺たちにハギ老人は淡々と語る。

 

 

 

「これが翡翠斬(かわせみぎ)り”——初撃の“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”を含めた全十種の斬撃を一度の攻勢で流れるように連続して繰り出す超速波状連撃。その全てを今、お主らの記憶と心に焼き付けた。どうじゃ、感想は……?」

 

 

 

 翡翠斬(かわせみぎ)りの全容を知ったことで受けた俺たちの衝撃は計り知れない。それは見ての通りで、意地悪にもそんな言葉をかけてくるハギ老人。

 

 感想って……そんなの……。

 

 

 

「確かに……こんなの()()()()()()()()()()()()()()()()()………耐えるのなんてとんでもない……でも——」

 

「うむ。さすがに見逃さなかったようじゃな」

 

「………こんなの……無理が過ぎる!」

 

 

 

 俺は見たことへの感想を素直に口にした。

 

 俺が見た連撃の凄さは確かに想像を絶していた。無双の剣が誇張でもなんでもないことは理解できる。

 

 でもそのデメリット——というか、習得そのもののハードルがあまりにも高過ぎだ。

 

 

 

「あんな……ポケモンが技を出しっぱにするなんて……‼︎」

 

「左様。この技を本当の意味で修めるためには、この十連の間、翡翠斬(かわせみぎ)りを“解いてはいかん”のじゃよ」

 

 

 

 俺の懸念はドンピシャだった。

 

 ポケモンの技は自身の生命エネルギー(波導)で賄われる。体内にある限り、それはポケモンの意思である程度自由に扱えるが、一度に使用できるエネルギーには限度がある。

 

 例えばわかばのよく使う“リーフブレード”や“タネマシンガン”。これらを技として維持できる出力は『最低これだけ』という下限があるが、同じように『最大ここまで』という上限の出力が存在する。使うエネルギーが足りなければ技は形を成さないが、力み過ぎれば技の形に留めきれなくなるんだ。

 

 だから一度の指示で技に込めるエネルギーは調節して使うよう訓練されている。というか、ポケモン自体が本能的にしていることを俺たちトレーナーが補佐する形を取っていると言う方が正しい。

 

 もし仮に、そのリミッターを外し、技に込めるエネルギーに制限を掛けなければどうなるか……。

 

 例えるならそれは、100メートル走——いや、全力水泳中に息継ぎ無しでさらに体内の酸素を吐き続けるようなものだ。

 

 

 

「それはお主の感じている通り。本来生物が有する生存本能に逆らう必要がある。扱えるエネルギーを極限まで引き出し、受け止める肉体にもかなりの負荷が掛かるじゃろう。それを試合という極度の緊張状態でやるとなれば、そのストレスは想像を絶する……」

 

 

 

 ましてそれを、薬物によって半永久的にエネルギー制限がかかっているわかばでやろうと言うのだ。はっきり言って正気の沙汰じゃない。

 

 わかばは流星の滝にいる野生の子供らしく、その折りに流星の民への制裁のとばっちりを受けて、本来は進化できない体にされていた。

 

 その副作用からか、わかば自身が有する生命エネルギーの絶対量は他の個体より少ないとオババさんが言っていた。そのわかばに、限界を超えたエネルギーの取り扱いをさせるというのは……トレーナーとして勧めていいものじゃないんだ。

 

 俺の冷静な部分が告げている。この技の全てを受け継ぐのは無理だ——と。

 

 

 

「でも……できたらそれは……必ず俺たちが勝ち取った力になる——ってことですよね?」

 

「………!」

 

 

 

 俺は……珍しく強気にもそう言った。

 

 そんな俺の言葉にハギ老人は目を丸くする。

 

 

 

「実際できるとは言えない……俺もわかばも、これが簡単なことじゃないってわかってる。だから安請け合いも強がりもできない。でも……それでも挑戦してみたい……!」

 

——ロァッ!

 

 

 

 俺の気持ちにわかばも同意する。

 

 初めから教わるものの習得が難しいだろうって覚悟はしていた。強さに比例して努力はこれまでの何倍にもなることも。

 

 それがちょっと俺たちの予想を超えていただけだ。今の俺たちにはどうやって身につければいいのかさえ思い付かないけど……それも今に始まったことじゃない。

 

 最初はわかばの動きが速すぎてロクに指示が出せなかった。

 

 何かに駆られて暴走するあいつの気持ちをどうわかってやっていいのかもわからなかった。

 

 進化できないことを知って、何をしてやればいいのかわからなかった。

 

 俺自身が能力に目覚めた時だって、最初は人に聞いてばっかで……ひとりじゃ何にもわからなかったんだ。

 

 

 

 だけど、そのどれもを——俺たちは乗り越えてきた。

 

 

 

「誰がなんと言おうと、わかばは俺の最初の相棒でウチのエースだ。こいつがやる気なら、俺が諦める道理はないです。それに——」

 

「それに……?」

 

 

 

 俺はその続きを言うかどうか躊躇った。

 

 でもそれはその言葉が少し重たいから

 

 それだけ大事にしていることだから。

 

 

 

 ——脳裏に浮かぶ親父を振り切って、俺は言う。

 

 

 

「俺たちはまだ道の途中。選んだ道の行き先はまだわかんないけど……その歩き方は、みんなが教えてくれる。みんなが一緒に考えてくれる。ひとりぼっちで歩いてるんじゃないって……今ならわかるから……!」

 

 

 

 それがわかるから……確信はなくても、俺はこの技をモノにしたいって思える。

 

 わかばがその剣を取ってコートを駆け巡る姿を見たい——それを共に歩んでくれた人たちに見せてやりたい。

 

 期待してくれる仲間に示したい。

 

 俺が……俺たちがこのホウエンにいるんだってことを——!

 

 

 

「…………いい返事じゃ」

 

 

 

 俺たちの決意を、ハギ老人はゆっくり頷いて聞き届けてくれた……。

 

 

 

 

 

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これまでの道、これからの道。過去が彼の背中を押す——!

〜翡翠メモ 65〜

『四季トーナメント』

 HLC公式認定のカナズミ大学(カレッジ)主催で行われるトーナメントの俗称。

 毎年春夏秋冬、計四回に渡って開催されるこのイベントには、プロアマ問わず多くのトレーナーが詰め掛ける。

 その理由は各マスコミやスポンサー企業の注目度であり、ここでの活躍がそのままトレーナーの評価に繋がりやすく、それ故に毎年激戦区となっている。

 あまりにも参加者が多く、トーナメントクラスに関わらず参加者は事前の予約を必須とする。これは他のトーナメントではあまり見られず、特例とも言える。ちなみに選考基準は明かされないが、HLCへの貢献度と獲得バッジ、公式線の成績は間違いなく反映されている。

 特に3月末に行われる“新春トーナメント”はカナズミ大学(カレッジ)に入校及びその予定にしているトレーナーがごった返し、そんな彼らの中から新時代のプロトレーナーを発掘しようと躍起になるマスコミやスポンサーも溢れかえるため、四つのトーナメントの中でも更に格式が高いと言える。

 以下はトーナメント時期と対応する俗称のまとめ(開催時期はその年の状況によって前後、または中止になる可能性もある)。

・新春トーナメント(3月中旬~4月上旬)

・初夏トーナメント(6月内)

・錦秋トーナメント(10月中旬~11月下旬)

・冬至トーナメント(1月上旬-中旬)





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第187話 準備期間(スタンバイ)


ウェブライティングのお仕事を始めたお陰で、お仕事を依頼してくれた方々からフィードバック(ここが良かった、ここは直した方がいいよみたいなご意見)を貰えるようになって、少しは執筆の成長にも繋がりそうです。




 

 

 

「——えぇ⁉︎ サオリさん、トーナメント間に合わねぇの⁉︎」

 

 

 

 カナズミのポケモンセンターにて、公共のテレビ通話機を使用するヒデキは声を上げた。

 

 この3月末に行われる“新春トーナメント”。彼はそれに出場する旨を、ジム生時代に世話になっていた恩師に伝えている途中だった。

 

 『今度こそトーナメント優勝果たして、最強のトレーナー候補に名乗りをあげる』——その記念すべき日に恩師をゲストに戦いたいと企てていたヒデキ。しかし、どうやら都合が合わないようだった。

 

 電話の向こうで申し訳なさそうに笑う女性——サオリはそれを受けて謝罪する。

 

 

 

「《ごめんね。やらなきゃいけない手続きに思ったより時間が掛かっちゃって……寄るところが多くなってしまったの》」

 

「まじかぁ……せっかくサオリさんに俺が優勝するとこ見て貰いたかったのに……」

 

「ちょっと!何もう勝った気でいんのよ‼︎」

 

「ヒトミ!割って入ってくんなよっ!」

 

 

 

 連れの文言に納得いかなかったのか、後ろで控えていた少女——ヒトミがグイッとヒデキを押し除ける。ヒトミもまた、サオリを恩師と仰ぐ一人だった。

 

 

 

「そのトーナメントには私も出るのよ!もちろんアンタなんかに負けないわ‼︎」

 

「《あ。ヒトミちゃんも出るのね!》」

 

「はい!お久しぶりですサオリさん。でも残念だなぁ。今回優勝して、サオリさんのジムリーダー就任祝いに花を添えるつもりだったのに——」

 

「おいてめぇ!俺が話してる途中だぞ‼︎」

 

「うっさいわねー男がケチケチしないの!」

 

「なんだそれ!俺はサオリさんに用があんだよ‼︎」

 

「私だって‼︎」

 

 

 

 電話の主導権——というよりサオリの取り合いになって二人は喧嘩を始める。人目も気にしないその様子に「相変わらずだなー」と困り顔で笑うサオリだった。

 

 二人はしばらくそのまま騒いでいたが、流石に近くを通ったジョーイによって注意を受けることに。面白くなさそうにして両名は渋々静かになった。

 

 

 

「全く……アンタのせいで恥かいたじゃない」

 

「うっせぇ。元はといえばお前が割り込んで来なけりゃな——」

 

「《はいはい喧嘩しないの。またジョーイさんに叱られるわよ?》」

 

「へいへい……でもホントに来れねーのかよ?」

 

「こらアンタ。サオリさんを困らせないの」

 

「だってよぉ……」

 

 

 

 ヒデキは諦められず、サオリが新春トーナメントを観に来れないか改めて問う。食い下がる友人を叱るヒトミだが、彼女も内心では同じ気持ちだった。

 

 

 

「《うーん。少なくとも予選トーナメントは観に行けないかな……翌日の決勝にならギリギリ間に合うかも……でもあまり期待しないでね》」

 

「そっかぁ……うわぁー悔しいぃぃぃ‼︎」

 

「あんま駄々こねんな!新春は大きな大会だからライブ配信されるし、決勝まで行けばチャンスあるんだから‼︎ ごめんなさいサオリさん。こいつが無茶言って……」

 

「《いいのいいの。本当は今すぐ飛んで見に行きたいって私も思うから……》」

 

 

 

 サオリはそう言って二人の気持ちに感謝する。教え子たちが立派に活躍しているのを見ると、やはり胸に込み上げるものがあった。

 

 

 

「《あなた達がジム入りして五年——小さかったあなた達が頑張ってたのを私は知ってるわ。直接見てあげられるないけど、精一杯応援してる……頑張ってね。二人とも!》」

 

 

 

 幼少期の彼らを重ねてサオリは激励する。例え遠方からであっても、二人を応援する気持ちは本物だった。

 

 それがわからないヒデキ達ではない。

 

 

 

「はい……!今度こそ必ず優勝してみせます!」

 

「サオリさん!来れたら絶対来てくれよな‼︎」

 

 

 

 恩師の激励に背筋を伸ばして答える二人。その様子に満足したサオリはそっと通話を切る。

 

 残された少年たちは活きのいい笑顔をしばらく続けたが、示し合わせたかのようにほぼ同時に笑顔を解いて息を吐く。

 

 しかしそれはサオリがトーナメントを直接観られない——という落胆からというわけではなかった。

 

 

 

「アレ、どう思う……ヒデキ?」

 

「どうも何も……疲れてるだろサオリさん。画面越しでもわかるくらい顔色悪かったし」

 

 

 

 先ほどのため息をついた理由に相当する話を始める二人は互いに意見を確認する。

 

 サオリの体調があまり良くないということを前もって想像していたヒデキとヒトミは、このトーナメント観戦で少しでも息抜きをしてほしいとも考えていたのだ。

 

 しかしそれも多忙を極める今では叶わない……それがわかると、二人の落胆は余計に深くなるのである。

 

 

 

「全く……何もこのタイミングでジム職降りる事ぁねぇよなぁ」

 

「言わないでよ。聞いたでしょ?ユウキくんとのジム戦で倒れたって……結局ジムリーダーも人の子。いつまでも続けられるほど甘い職業じゃないってことよ」

 

「その皺寄せがいきなりサオリさんに行くってのはどうなんだよ?あの人選んだのもセンリさんなんだろ?」

 

 

 

 ヒデキが指摘しているのは、現職のジムリーダーであるセンリがわざわざサオリを名指ししてきているという点だった。

 

 実力や指導力という点なら問題はない。彼女から教えを受けた二人にならそれは理解できる。しかし研修期間もなく、ロクに引き継ぎもできないまま半ば強引に押し付けるようなやり方には文句のひとつも出ようというものだ。

 

 

 

「今回の件でサオリさんが帰ってくるのも長引いてるし、()()()も流れたって……」

 

「流れたんじゃなくて延期よ!縁起悪いこと言わないで!」

 

「でもよ——」

 

 

 

 具体的な事情を知らない二人は、ひたすらサオリが不憫でならなかった。ジムリーダーに昇格したことは確かに喜ばしいことのはずなのだが、あの様子を見てしまっては手放しに祝福してあげられない。

 

 そのことにヤキモキし、何かしらの機を逸した話をしている二人だったが——。

 

 

 

「いつまで占領してるつもりだ……いい加減退けッ‼︎」

 

 

 

 そんなヒデキの背中を何者かが蹴飛ばしたことで話は中断。蹴られた衝撃で地面に転がる少年と見ていた少女は何事かと振り返る。

 

 

 

「何すん——」

 

 

 

 ヒデキは抗議しようとした相手を見てその言葉を詰まらせた。その相手に見覚えがあったから。

 

 黒い髪に青装束。アルファ文字を模った文様のついたスカーフを腕に巻いた、自分とそう変わらない少年。

 

 それが“アクア団のウリュー”だったことに息を呑んだからである。

 

 

 

「テメェ……なんでこんなとこに⁉︎」

 

「お前なんぞにあった覚えはない。邪魔だ失せろ」

 

「あん……ッ⁉︎」

 

「ちょっとヒデキやめなさい!」

 

 

 

 高圧的な態度のウリューに反発するヒデキ。一触即発の状況を察して間に入ったヒトミがヒデキの方を止めた。しかしヒトミはウリューにも睨みをきかせる。

 

 

 

「話に夢中で公共の場を占領してたのは謝るわ。でもだからって無防備な人の背中を蹴飛ばすことないじゃない。怪我でもしたらどうすんのよ」

 

「知ったことか。俺の一分一秒を奪った報いだと諦めろ」

 

「あなたがどんだけのトレーナーかはわかってるつもり……瀑斬の青鬼(アーズルオーガ)の異名もね。でもそれが最低限の礼節も弁えない理由にはならない!」

 

 

 

 “瀑斬の青鬼(アーズルオーガ)”——。

 

 ホウエントーナメントに一度出場すれば、戦った相手を尽く押し流し粉砕する——戦いに飢えたようにも見えるその活躍ぶりから畏怖の念を込めてメディアから送られたウリューの二つ名だった。

 

 非情な態度がさらに『鬼』の文字に拍車をかけるが、それがヒトミにとっては許せなかったのである。

 

 

 

「あなたは今やホウエントレーナーたちの憧れの一人よ。それがこんな乱暴者じゃ示しがつかない。わかってるの?それが先達たちが守ってきた規律あるプロのイメージをどれだけ貶めてしまうのか……!」

 

 

 

 プロとしての規律。自分を磨きつつも他人をリスペクトするという教えを受けてきたヒトミには、ウリューの態度が我慢ならなかった。強いからどんな横暴も許される……それが今のプロトレーナーに紛れているという事実が。

 

 しかしウリューは知らん顔で言った。

 

 

 

「早速後進育成にご熱心とは。道理で負け犬の匂いがするわけだ」

 

「なんですって……⁉︎」

 

 

 

 指摘を聞き入れないばかりか逆にヒトミを下げる物言いのウリュー。彼女はその言葉で敵意を露わにする。しかしウリューはそれにも動じない。彼らを退かせた先にあるテレビ通信機に近寄り、背後にいるヒトミに追撃の言葉を加える。

 

 

 

「気になるのは空席一脚きりの王座より、周りの評価か。そりゃあ姿勢がどーのなんて気にして結果がついてこねぇのも頷ける……」

 

「あなたに私の何がわかるってのよ!会ったばかりのあなたに——」

 

「『今度こそ優勝する』——つまりまだ何の結果も出せてねぇってことだろうが」

 

「………ッ‼︎」

 

 

 

 ウリューは彼らを押し退けたテレビ電話の席で誰かに通話をかけようとパネルを操作しながら冷淡な言葉を放った。

 

 それはヒトミの胸を刺さり、彼女の口を塞ぐ。ウリューの指摘は一部真実だったからである。

 

 

 

「聞いてたの……?」

 

「あんだけ騒いでて聞こえねぇわけあるか。でもいいよなぁ?負けたら大好きな先生様に慰めて貰えるんだから……別に羨ましくもないが」

 

「あんた……ッ‼︎」

 

「喚くな鬱陶しい。どんな思想で戦おうと勝手だが、俺より弱い癖に偉そうに意見するな。雑魚が講釈たれるなんざ吐き気がする……!」

 

 

 

 ヒトミの睨みも意に返さないウリューは淡々と自分の目的のために通信機の操作を行う。自分の学んできたことと共に忠告を一蹴された怒りと、それでも何も言えない力不足の自分への悔しさでヒトミは拳を固く握った。

 

 ウリューよりも弱い——現時点での力の差を知らない彼女ではない。その事実がヒトミから次に口を開く気力を奪っていた——。

 

 

 

「そいつぁ俺も同感だぜ……要はテメェをトーナメントでぶっ飛ばしゃあいいわけだ……!」

 

 

 

 その代わりに応えたのはヒデキだった。彼は不敵な笑みを浮かべて、ウリューの後ろに立つ。それを受けて、ウリューも操作していたパネルから『キャンセル』を選択して振り返る。

 

 

 

「お前が……?」

 

「ああ。こんな時期にカナズミにいるんだ。どうせお前も“新春”に出るんだろ?だったら決着(ケリ)はそこで付けようぜ……俺たちはプロトレーナーなんだからよ!」

 

 

 

 それは宣戦布告。受けた屈辱と借りは百倍にして返してやるという意気込みだった、

 

 ヒデキの申し出にウリューはすぐに応えなかった。凶暴性を奥に秘めた瞳で目の前の少年と後ろにいるヒトミを見る。

 

 ヒトミもハッとして目に闘志を宿す。自分もそのつもりだと言うように。

 

 

 

「………ふん。負け犬どもがどこまでやれるのか見ものだな」

 

「吠え面かかせてやる!首洗って待ってろオーガッ‼︎」

 

「必ず勝ってその態度改めさせてやるッ‼︎」

 

「面白い……かかってくるならしっかり蹴散らしてやる……!」

 

 

 

 今度は真正面から火花を散らす両陣営。ウリューのプレッシャーとヒデキの勝気、ヒトミの負けん気がせめぎ合った。

 

 どちらも譲れないものを握りしめて、闘志だけをにやしていく……。

 

 

 

 再びこの地に彼らが集う時、たったひとつの椅子とそれぞれの信念を賭けた戦いが始まるのである……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ルリィィィ!!!

 

「あーよしよし……お前ホントよく泣くなぁ」

 

 

 

 ミシロの自宅。母さんや親父とブレイクタイムに入った俺——ユウキ。

 

 しかし見ての通り、急に泣き出した生まれたてのルリリ——“アマル”のあやしに挑戦中だった。

 

 アマルは抱いてやるとしばらくしてスヤァと目を閉じたが、こうなるとしばらく寝付くまでは手を離せない。この後またトレーニングに戻らなきゃいけないんだけど、仕方ない。

 

 俺がため息をついていると、目の前のテーブルにコーヒー入りのマグカップを母さんが置いてくれた。

 

 

 

「アマルちゃん。すっかりあんたに懐いちゃったわね〜。やっぱり刷り込み効果ってすごいのねぇ」

 

「刷り込みか……責任持って育てるつもりだけど親扱いはやめてくれよ。俺まだ今年16だぞ?」

 

 

 

 “刷り込み”とは生物が産まれた時に見た存在を『親』として認識する特殊な学習法。ポケモンにもそういう一面があるらしく、タマゴから孵って最初に見たトレーナーに依存する姿は決して珍しい訳じゃない——らしい。

 

 この間親父との一件の最後に産まれたアマルをそのままオダマキ博士に念の為検査を依頼したところ、生後の状態は安定。精神状態については今話した通りである。

 

 産まれたからには健やかに育ってほしいので検査結果についてはかなりホッとしたのを覚えているが……さてどうしたもんか。

 

 

 

「——で。その子、バトルに出してあげるの?」

 

「うーん。流石にプロの試合ではなぁ……」

 

 

 

 俺が考えていたことを先回りして母さんが訊いてきた。めざとい。

 

 アマルは産まれたばかり。当然レベルも低く、今のところは自立すらままならない赤ん坊だ。とてもバトルには出してやれない。プロなんて以ての外である。

 

 しかしかといって手持ちで持て余すというのも気が引けた。ポケモンだって狭いボールの中に押し込められるのは嫌だろう。他の手持ちとも仲良くしてほしいし、ちょっとずつそういう交流は試していこうと思う。

 

 でもだからってあの肉体改造トレーニングでしごくのもどうかと思う。そもそもアマルがバトルそのものを良しとするかもわからないわけで——。

 

 

 

「はいはい。結局悩んでるってことね」

 

「えっ、声に出てた⁉︎」

 

「……あんたの方が検査受けた方がいいんじゃない?」

 

 

 

 俺の独り言が酷いのはわかる。でも母よ。一回死にかけてる息子にそれはあまりにもブラックジョーク過ぎん?

 

 

 

「まぁその子の意思を尊重したいって気持ちはわかるけどね。自由にやれって言われてもアマルちゃんは困惑するだけじゃない?どんな選択肢があるかなんてその子にはまだわからないんだし」

 

「そっか……まずは色々見せて興味引くものがなんなのか見極めるのもいいか」

 

 

 

 それがバトルかもしれないし、コンテストかもしれない。場合によっては進化後のマリルやマリルリの群に返してやるって方法もあるか。それはちょっと寂しいけど。

 

 

 

「試しに今度のトーナメントは見せてやったら?私たちもその日は行ってあげるから、面倒見るくらいするわよ」

 

「そうしてくれると助かるよ。それまでは引き続きこいつのお守り頑張るか……」

 

 

 

 ひとまずそんなところを落とし所にして抱いているアマルをゆっくり揺らす。深い眠りに落ちないとまた泣き出すからなぁ。トレーニングに戻る前にしっかり寝かしつけねば——と、そろそろ気になってる事について触れとくか。

 

 

 

「——で。さっきから親父は何そわそわしてんの?」

 

「えっ⁉︎ あ、いや……!」

 

 

 

 俺はさっきから視界の端でチラチラと動く中年に狙いを定める。なんか知らんがこっち見ながら口を開けたり閉じたり……話があるなら普通にこい。

 

 

 

「気を遣ってんのはわかるけどさ。話しかけるくらい普通にしてくれよ。正直めんどくさい」

 

「すまん……怒るかなと思って……」

 

「じゃあ尚更だっての。聞きたいことあったらスッと訊く!」

 

「はいっ!!!」

 

 

 

 やたら良い返事が返ってきた。それになんだその「え、いいの⁉︎」みたいな笑顔は。こんな事言うの酷かもしんないけど、歳にあわねぇよ。

 

 

 

「じ、じゃあ……ゴホン。ユウキ、ハギ老人から賜ったというあの“翡翠斬(かわせみぎ)り”について……上手くいってるか?」

 

「いってねぇよ‼︎ 今まで何見てたんだ!!!」

 

「はいそうだよなごめんなさいぃ!!!」

 

 

 

 親父は的確に俺の悩みをぶち抜いた。思わず感情のままに怒鳴ってしまったがいかんいかん……いやほんとにこの人は俺の地雷を面白いくらい踏むなぁ。

 

 

 

「結局怒ってんじゃない」

 

「母さんは黙っててくれ。全く……見ての通りさっぱりだよ」

 

 

 

 

 俺はそう言って庭側についた部屋の窓を親指で指す。

 

 ガラス戸の向こうではタイキ、カゲツさんに見守られてトレーニングに励む俺の手持ちたちが血気盛んに駆け回っていた。

 

 その中に1匹、一際疲弊したジュプトル(わかば)の姿がある。そいつは『ただ技の素振りをする』という比較的簡単な命令の元、動いてたんだけど——。

 

 

 

——ルァアッ!!!(開闢一閃)

 

 

 

 わかばは腰だめに構えた刃付きの腕を勢いよく振るう。踏み込みと体の捻りを肩から腕に伝えて瞬間的に音速を超えた斬撃を放つ“開闢一閃”。翡翠斬(かわせみぎ)りの極意にして最大十連撃にも及ぶ連続攻撃の初撃。言ってしまえば要の技だ。

 

 もうその一撃の練度はかなり高いレベルまで来ている。並の相手ならまずこの一撃で致命傷を与えられるだろう。しかしそれ以上の相手とは近いうち必ず当たる。その為に二撃目以降の技の習得に躍起になっているわけだ。

 

 でも、やはりと言うべきかそう上手くはいかない。

 

 

 

——ロァッ⁉︎

 

 

 

 “開闢一閃”の終わり際、繋げて次の斬撃を放とうと身構えるわかば。しかし振り終えた緑刀が音と共にエネルギーが霧散し、“リーフブレード”は技の形を保てずに萎れた。

 

 わかばは「またか……」と呟くように、硬さを失った腕の葉を見つめている……。

 

 

 

「——あんな感じで、続けて二撃目をやろうとするとエネルギーが抜けて翡翠斬(かわせみぎ)りどころじゃないんだよ。わかってたことだけどさ……」

 

 

 

 わかばと俺がハギ老人から“翡翠斬(かわせみぎ)り”の全容を教えてもらったのが一週間前。それから帰ってきて、見せてもらった記憶を頼りに特訓に打ち込んでいるんだけど、残念ながら今のところ成果はない。

 

 型の動きや実戦で繰り出すトレーニングも控えてるってのに、そもそもできないっていうのが俺たちを焦らせてしまう。

 

 

 

「そ、そうか……やはり一筋縄では行かないようだな……」

 

「もう新春トーナメントまで二週間切ってるってのに未だにできそうな気配がないのがなぁ……」

 

「ならいっそトーナメントで使うのは諦めたら?」

 

「それも考えたけど、優勝するためには絶対格上と当たるんだ。翡翠斬(かわせみぎ)りが無くても勝てるならいいけど、きっと必要になると思う」

 

 

 

 母さんの提案は既に俺も考えた。その上で俺たちはこの技に固執している訳だ。多分……いや絶対にこの技は必要になる。そんな予感がするんだ……。

 

 

 

「しかし……このまま手をこまねいても始まらないだろう。そろそろ新しいトレーニングを試してみる頃合いではないか?」

 

「親父の言うこともわかるけど、じゃあどうすんの?って話だよ。今のところ一撃目の“開闢一閃(かいびゃくいっせん)”より先に全く行けないこの状況で何したら……」

 

 

 

 俺もわかばもそう簡単に習得できるとは思ってなかった。でも正直なところ、特訓してみれば何か取っ掛かりが見つかると思っていたら節もある。具体的な問題点でも見つかれば、あとはその場のアイデアと頑張りで何とかなると思ってたんだ。

 

 その見通しの甘さが、この一週間を無駄にさせたわけなんだけど……。

 

 

 

「ハギ老人は?というか、技の特訓はそのお爺ちゃんのとこでやるもんだと思ってたけど」

 

「俺も通いになるかなって思って訊いてみたけど、もう俺たちの記憶に技のイメージはあるから必要ないって……」

 

「かなり曖昧ねぇ。そんなんで大丈夫なの?」

 

「うーん……」

 

 

 

 母さんのご指摘については俺も段々不安になってきている。師事した相手が『自分は必要ない』って言うのだから仕方がないが、せめてコツのひとつでも教えて欲しかった。

 

 ハギ老人から翡翠斬(かわせみぎ)りの全容を見せてもらった後、俺たちはすぐに彼によって家を追い出された。色々特訓とか極意とか教えてもらえるもんだと思っていたところ、ハギ老人は満面の笑みでこう言ってた——。

 

 

 

——翡翠斬(かわせみぎ)りはもうお主らのもんじゃ。後は見たイメージを参考にし、自分たちだけの型に落とし込めい。健闘を祈る♪

 

 

 

「無責任——って言っても、最初から責任なんてないもんなぁハギ老人には……」

 

「ふむ……しかし、ハギ老人の言うことにも一理あるかも……知らんな……?」

 

 

 

 俺が落ち込んでいると、今度は親父が意味深なことを言い始めた。

 

 

 

「一理って……親父、なんかわかんの?」

 

「あ、いや……僕も見てたわけでもないのに……余計なこと言ったな」

 

「別にいいから。今は少しでもヒントが欲しい。思いついたことあったんなら教えてくれよ」

 

 

 

 親父がまずったと目を逸らすので俺はちょっと苛立ちながらも言いかけた言葉の続きを要求する。そんな卑屈になられるとこっちまで気が滅入るんだから……。

 

 

 

「そ、そうか……?見当外れかもしれないぞ……?」

 

「あーもういいからさっさと言ってくれ!時間が惜しい‼︎」

 

「わ、わかった……じゃあ……ゴホン」

 

 

 

 ようやく所感を話す気になった親父は、咳払いをひとつして悲しげな顔を少し引き締める。言葉を選ぶようにして数秒黙った後、口を開いた。

 

 

 

「“翡翠斬(かわせみぎ)り”……一口にそう言っても、おそらく使い手によって全然違うものになるんじゃないか?」

 

「なんでそんなことが言えるんだよ?」

 

「んーそうだな。例えばひとつ別の技を例にしてみよう。“メガドレイン”はお前も知っているな?」

 

 

 

 “メガドレイン”——。

 

 草タイプの特殊技に区分される、相手の生命力を奪って自分のものにする攻撃と回復を同時に行う技だ。大体草タイプのポケモンが覚えるポピュラーな技と言える。

 

 親父はこれを例に話を続けた。

 

 

 

「キモリ種も“メガドレイン”は使える。しかし一方で他にも使えるポケモンは大勢いる」

 

「ナゾノクサとかハスブレロとか……?」

 

「そう。だがそのポケモンたちが皆全く同じ“メガドレイン”を行う——というわけではないだろう?」

 

「あ……確かに」

 

 

 

 親父が言っているのはどのポケモンが()()()()()“メガドレイン”を扱うのか——ということだった。

 

 わかばがキモリ時代に使っていた“メガドレイン”は手のひらから直接相手に触れて使っていたが、他のポケモンも全く同じとは限らないというのは俺も知っている。

 

 

 

「ナゾノクサならある程度離れた位置から草エネルギーでマーキングを施してから“メガドレイン”を行える才能がある。ハスブレロも似たような使い方ができるが、個体差によってはキモリのように接触して使う場合もあるだろう」

 

「どんな技も、どんなポケモンが使うかでその性質や効力は全然違うってことか……じゃあハギ老人が細かく指導しなかったのって……」

 

「おそらく、しなかったんじゃなく()()()()()()んだろう。ポケモンとトレーナーによって、翡翠斬(かわせみぎ)りもまた大きく変化する技というのが僕の予測だ」

 

 

 

 そう言われて、俺は初めて自分の中にあった違和感の正体に気付く。

 

 ハギ老人の記憶の中で見た光景。そこで戦っていた若い頃の“斬鉄”とコートで戦っている剣を帯びたポケモン——見たことのない青いポケモンだったけど、それは頭の角として機能していたのを確認できた。

 

 一本角のポケモンがそこから怒涛の高速連撃を放っていたことを考えると、わかばとは根本的に違う点がある。

 

 それは——持っている刀の本数だ。

 

 

 

「そうだ……確かにハギ老人が使ってたポケモンは一本の剣だけで翡翠斬(かわせみぎ)りを成立させてた。対してわかばは両腕の前腕葉をエネルギーで刃化させた二刀流。そもそもポケモンの体格だって全然違うんだ。そんなことにも気付いてなかったのか俺は……!」

 

「ユウキ……人間そんなになんでも自分で気付けるもんでもないさ。落ち込むことは——」

 

「ありがとう親父!なんかわかった気がする‼︎——母さん、アマル多分もう寝たと思うから後は頼んでいい⁉︎」

 

「ゆ、ユウキ……?」

 

「はいはい。いってらっしゃい」

 

 

 

 やっと見つけた取っ掛かりを前にして、俺はアマルを母さんに押し付けて外にいるわかばの元に急ぎ始めた。

 

 途中なんか親父が言ってた気もするが……大したことじゃないよな?

 

 

 

「……僕、必要だったかな?」

 

「いいアドバイスだったわよ。お父さん♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カナズミシティ——。

 

 西ホウエンの最大都市にしてトレーナーたちのメッカ。今日この日この場所は、地方の中でも特に熱い場所となることが約束されていた……。

 

 

 

「お父さーん!モニターの角度こんなもんでいい?」

 

「職場では店長と呼ばんかッ!全くこの親不孝者め……」

 

 

 

 早朝、カナズミ大学(カレッジ)付近のフレンドリーショップにて、新品のディスプレイをレジの上部に取り付ける作業が行われていた。手持ちであるネイティオの“念力”で作業を進めていた少女が父親兼店舗のオーナーに声をかける。その呼び方が癪に触った初老の男が声を荒げて店の奥から出てきた。

 

 

 

「なによー!大学(カレッジ)のトーナメントで忙しくなるって言うから手伝いに来てあげたんじゃない!そしたらいきなり『巨大モニター取り付けて大会の中継映す!』とか言い出すし!無茶振りに付き合ってる娘にそんな言い草ないでしょー!」

 

「頼んだ覚えはないわこの道楽者め!店の手伝いなんかしとらんでトレーナーとして結果のひとつ出してこんか!」

 

「はぁ⁉︎ 何それー‼︎」

 

「なんじゃー‼︎」

 

(そろそろ店を開ける頃だけど、暇ならこっち手伝って欲しい……)

 

 

 

 仲が悪い(?)ことで有名な親子を尻目に、長身の青年——クロイは僅かに抱いた不満を口に出さずに品出しに勤しむ。

 

 そんなフレンドリーショップの前の往来は早くも人で賑わっていた。その中に、ハジツゲから来た隕石学者のソライシ博士と助手のツキノがデボンの技術屋ツシマによってエスコートされているところだった。

 

 トーナメント開催日に訪れたことがなかったソライシは、その人だかりに目を回す。

 

 

 

「すごい賑わいだね……」

 

「それはそうですよ!何たって“新春トーナメント”。それが“グレード2”のレギュレーションで行われるとなれば、この集まり具合も納得ですっ!」

 

「ツキノさん詳しいね……」

 

 

 

 兼ねてより知ってはいたが、本場の空気に充てられてかいつもより饒舌に語る相方に苦笑いをするソライシ。しかしその話を聞くと、ある疑問が自然と浮かぶ。

 

 

 

「なんで“グレード2”だと人気なんだい?こういうのはレベルの高い“グレード1”の方が集客があるんじゃない?」

 

「あ、それはですね——」

 

「今出てきてるトレーナーが熱いから——だよねツキノさん?」

 

 

 

 疑問に答えようとしたツキノに割って入ったのは彼らの前を歩くツシマだった。丈の合わない白衣の袖をパタパタとさせながら、その先を続ける。

 

 

 

「“グレード1”の試合は確かに見応えあるけど選手があまり変わり映えしてないらしくて。逆に今の“グレード2”帯は今勢いのある新人がガンガン上がってきてるんだって……」

 

「それでこの人気かぁ……新しもの好きはみんな一緒って訳だ」

 

「さすがツシマさん。あまりバトルは知らないと仰ってたのにお詳しいですね」

 

「ハハハ!ユウキくんの活躍を見ようと今じゃPokemanの定期購読頼んでるんだもん!これくらい当然——」

 

「そうですかぁ……でも説明ぶんどった言い訳としてはどうなんですかそれぇッ‼︎」

 

「わぁ‼︎ なんで怒ってんの⁉︎」

 

 

 

 ツシマが自慢げに語ったことでツキノの地雷を踏み抜き、研究女史に似つかわしくないヘッドロックが綺麗に決まって彼の断末魔が往来に響き渡った。

 

 それを別のところで聞いていたのは、来場者たちを先導するために要請を受けて出動していたマグマ団の警邏部隊だった。本格的に混み出す前に配置を決めるためのミーティング中で、警邏部隊長であるマサトを中心に執り行われていた。

 

 そこで騒ぐ連中に顔をしかめる団員がマサトに進言する。

 

 

 

「まだ早朝だというのに騒がしい……注意しておきましょうか?」

 

「いいですよあのくらい。今日はお祭りですからねー。あんなのに一つ一つ対応してたらキリがないですから」

 

「そうですか。しかし隊長、今回我々が出張る必要があったのでしょうか?」

 

「不満かい?」

 

「……失礼しました」

 

 

 

 団員の言葉からそういった感情を読み取ったマサトが核心をつく。返答に図星だった団員は罰が悪そうに頭を下げた。

 

 しかしこのイベントに駆り出されたことをよく思わない団員が他にもいるのは事実である。HLC公認ギルドの中でNo. 1を誇る規模と成果を上げてきたマグマ団の本領は“環境保護”。人類とポケモンと自然の調和を取り持つのが主な仕事だった。

 

 警邏部隊が作られたのもその一環であり、決してイベントの度に呼べる便利屋というわけではない。組織理念に賛同して入ってきた新参者ほどその態度は顕著だった。

 

 それを知らないマサトではない。

 

 

 

「まぁ僕も面倒くさいのは嫌だから気持ちはわかるよ〜。でも引き受けた後に文句を言うのは違うんじゃないかな?」

 

「全くもってその通りです……」

 

「あ、誤解しないでね。不満は不満で良いと思うよ。そんだけ組織の主目的を忘れてないってことだからさ。いやー僕は頼もしい人たちに囲まれて仕事できて嬉しいなぁ〜♪」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 マサトは戯ける様子に戸惑いを見せる隊員たち。それが単に褒められているわけではないとわかっている。

 

 

 

「まあ最終的にやるって言ったの僕ですし。ちょっと『人間のイベント管理も環境保護の一環かな〜』とか思わなくもなかったとかそういうわけでもないですし?部下の指揮を下げるようなタスクを与えてしまうこんな若輩者に着いて来れないっていうのもわかるというか——」

 

「ほ、本当に失礼いたしましたー‼︎」

 

「え、じゃあ文句言わずやってくれる?」

 

「はい!喜んでぇー‼︎」

 

 

 

 大袈裟に落ち込む大根芝居を始めたマサトに団員たちはもうブーブーと文句を垂れることはなかった。

 

 そんな焦る赤服の集団の横を、ツバサとヒメコが通過する——。

 

 

 

「今回はマグマ団も誘導手伝ってくれるんだ?」

 

「正直助かるぜ〜。ウチら学生がその辺やり出すと学内の購買やら案内やらも合わせてとても試合どころじゃなくなるからさぁ」

 

「そんだけ今日の“新春”は注目されてるってことだよね!誰が出てくるんだろ〜?」

 

 

 

 ツバサが言った言葉にヒメコが耳をピクリと動かす。それを見逃さない親友ではなかった。

 

 

 

「んー?もしかしてユウキさんとかぁ……」

 

「あ、あいつが出てくる訳ねーだろ⁉︎ そんな都合良く——いや別に出てきたって文句ないけどッ‼︎ あ、ちょっとテルクロウがどんな感じになってるのか気になるってだけだし‼︎」

 

(わっかりやすぅ〜く反応してる。おもしろ)

 

 

 

 顔を紅潮させながらテンパっているヒメコを面白がるツバサはニヤニヤと淑女らしからぬ顔で見る。しかし当然その態度はヒメコにも筒抜けであり、そうなってくると反撃するネタもあるわけで——。

 

 

 

「というか。ユウキ来るんだったらタイキも漏れなくワンセットじゃん」

 

 

 

 ピシリ——その瞬間、ツバサの全身は石と同質に変身する。

 

 

 

「一回振った好きな子とどんな顔して会うんだよ?アレで結構器量良しだしなー。もしかしたら他に女の一人や二人……」

 

「そう……だよ…ね……タイキくん……カッコいいし…優し………ぐすん」

 

「ガチ泣きするなよ……」

 

 

 

 思ったよりダメージが大きかったとヒメコは発言を後悔。しかしそんなに好きなら告ればいいじゃん——とまで思考して、それが自分にも骨ブーメランの如く突き刺さる。

 

 そんな二人の少女が恋心ゆえに落ち込む姿を、そのテレビカメラは知らずに映していた。街並みに向けられたレンズに接近して、非凡な白きアイドルが躍り出た——。

 

 

 

「キラキラ〜!くるくる〜?みなさんこんにちは〜!お馴染みルチアでーす‼︎ 今日はカナズミシティにやってきてます!すごい人だかりだね〜‼︎」

 

 

 

 ポケモンコンテストNo. 1コーディネーターにして最高のアイドルと名高いルチアが、今日もいつもの白と青を基調としたコスチュームに身を包んで、持ち前の明るさを全国に届けていた。

 

 その存在は、トーナメントに向いていた道ゆく人間たちの意識を彼女に向けざるを得ないほど強烈だった。既にカメラマンクルーたちの周りを多くの人間が取り囲む事態となっている。

 

 

 

「今日のトーナメントはみーんなが注目してる一大イベント!この機を逃すルチアさんではないのだ——というわけで、本日わたしルチアは出場選手達にリポートを試みたいと思います‼︎ みんなの大好きなトレーナーさんが見つかるかな?一緒に応援しましょー☆」

 

 

 

 彼女が力一杯拳を空に突き出すと、観衆たちも自然と声を出しながら手を挙げた。賑わいをさらに加速させたルチアはそのまま大学(カレッジ)の方へと向かっていくのだった。彼女のファンたちを引き連れて……。

 

 そんな光景が全国に中継されて、今日ここに集えなかった人間たちの目にも映ることとなった。

 

 

 

 煌々と輝く街並みの中で——。

 

 

 

「わっはっは!今日はどんなひよっこたちが見られるかのぉー?」

 

 

 

 湯煙と香ばしい食事の匂いがたちこめる路上で——。

 

 

 

「あいつ……出てるかな〜?」

 

 

 

 移動する船の中で——。

 

 

 

「頑張れ……みんな……!」

 

 

 

 山の中でも海のそばでも、雨が降ろうが灰が降ろうが、誰もがその光景に釘付けだった。

 

 皆が期待するのは熱いバトル。それを可能にする新星たちの輝きである。

 

 

 

 そこに——ついにユウキは足を踏み入れた。その後ろをタイキとカゲツがついて歩く——。

 

 

 

「いよいよッスね!アニキ‼︎」

 

「ああ……」

 

 

 

 タイキの言葉に握り拳を固くするユウキ。それにカゲツは茶々をいれる。

 

 

 

「一丁前に気負ってんじゃねぇ。誰もお前なんか知らねえよ」

 

「まーたししょーはそうやって!素直に応援できないんスか⁉︎」

 

「できねぇよバーカ」

 

「あぁっ⁉︎ 開き直ったッスー‼︎」

 

 

 

 試合をする当人そっちのけで喧嘩を始める付き人二人。それに呆れながらも、今は仲裁する気にはなれなかったユウキ。

 

 ただ一人……この内に湧いた感情を抑えるのに注力していたから……。

 

 

 

(なんだろう、落ち着かなきゃいけないってのに……胸が騒つく……)

 

 

 

 緊張とも違った込み上げる想いに体の深部が熱くなる。それなのに悴むような震えがユウキを襲った。

 

 そういえば……いつかこんな風になったこともあったなと少年は思い出す——。

 

 

 

 早く試合がしたい——その気持ちに駆り立てられていることを自覚して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナズミの街外れには大きな湖がある。その上に架けられた橋を渡り歩く母が幼い娘の手を引いていた。

 

 娘は近付いてきた街に想いを馳せ、昂った気持ちのままに母を出し抜いて駆け出した。

 

 すると——。

 

 

 

「危ない——‼︎」

 

 

 

 幼い子供は走り出したことでバランスを崩し、柵ひとつない橋から湖へと落ちかける。母がいけないと思った時、既に助けられる距離ではなかった。

 

 娘が溺れる——その事に血の気が引いた母親が慌てて駆け寄ろうとした時だった。

 

 

 

 娘の体が空中で()()()()

 

 我が目を疑った母親だったが、その真偽を確かめる間もなく、突然現れた娘の体を抱き止める少女によって意識が塗り替えられた。

 

 赤い髪の優しげな少女に——。

 

 

 

「アカリ……‼︎」

 

「ママ……?」

 

 

 

 娘を案じて駆け寄ってきた母に、少女はその子を引き渡す。抱きしめられた娘は名前を呼ばれてもいまいちピンときていない顔をしていた。自分が湖へと落下しかけたことなど知らなかったように……。

 

 少女はその様子を見て、優しげに微笑む——。

 

 

 

「あ……あなた、さっきはありがと——あれ?」

 

 

 

 恩人に礼を言っていなかったことに気付いた母親が顔を上げた時、その少女は姿を消していた。

 

 辺りを見回してもその姿どころか、自分たち以外の存在自体を見つけられなかった。

 

 まるで最初から誰も居なかったかのように——。

 

 

 

——…………♪

 

 

 

 その時、湖畔の上を撫でるような風が吹いた。

 

 それが親子の間を通り抜けると、二人には誰かが笑っているような気を起こさせる。

 

 

 

 吹き抜けた風はカナズミの街並みへと流れ、その喧騒の中へ溶けていった……。

 

 

 

 

 

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透き通る風が吹く街に——。



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第188話 闘志舞う春風


ようやくここまできた。
あとはバトルするのみじゃあ!!!




 

 

 

 カナズミ大学(カレッジ)主催の“新春トーナメント”は、大勢のトレーナーを無制限に受け入れているその他大会とは違い、完全な予約エントリー制を採用している。

 

 この大会での活躍がそのままホウエン中に認知されることとなり、まだプロとして知名度を持たないトレーナーにとっては絶好の機会。となると、参加倍率は他のトーナメントと比べて跳ね上がるのは自明の理だ。

 

 しかしいくら巨大組織のバックボーンがあるからといって全てのトレーナーを参加させるに足る時間も人員も設備も用意できるはずがなかった。何より、名声のみを目当てにしたトレーナーなどのエントリーは御免被るというのが運営方針である。

 

 

 

「何で俺が出られねぇんだよ‼︎」

 

 

 

 カナズミ大学(カレッジ)敷地内に設置されたトーナメント受付係にて、一際大きな声が喧騒を切り裂く——。

 

 新春の予約エントリーからあぶれた者が、当日受付をしていた女性に噛み付いていた。彼は自分が出場できなかったことが不服らしい。

 

 しかし受付嬢も毅然とした態度で応える。

 

 

 

「ですから……トーナメント参加の可否については事前にお送りしたメールにてご回答している通りです。全ての応募者の中から評価と実績を加味して審査を行い、上位72名から選出されています。選ばれた選手には参加資格確認用のコードが添付されたメールが送信されているはずです。それが提示出来ない場合、如何なる理由があろうとも今大会への出場は認められません」

 

「だからその選考基準がおかしいんだって!俺は去年の新春に出てるんだぞ⁉︎ 新春だけじゃない、初夏もだ‼︎ その俺がなんで出られねぇんだよ⁉︎ こんなこと今まで一度もなかったぞ‼︎」

 

 

 

 説明を受けても男は引き下がる気配がなかった。その理由は本人からも語られた通りであり、自分が落選したのは選考に誤りがあったと考えているからだった。

 

 しかし選考基準や経緯について組織が内訳を開示することはあり得ない。それを知らない男ではないだろうが、今年の注目度を考えると抗議しないわけにはいかなかった。だが受付嬢の返答は「回れ右」の一点張り。これに業を煮やした男は話にならないとばかりに大声を張り始めた。

 

 

 

「じゃあ運営委員呼んでこい‼︎ 直接問い詰めてやる——」

 

「お呼びでしょうか?」

 

 

 

 男が要求を言い切る前に、彼の背後から女性の声が投げかけられた。男がドキッとして振り返ると、そこには白いパフスリーブシャツと黒いノースリーブワンピースを着こなした女性が立っていた。器用に括られた髪と赤いリボン……ここまでの特徴を揃えた存在を知らない人間などカナズミにはいないだろう。

 

 カナズミジムリーダーのツツジが、凛とした雰囲気で立っていた……。

 

 

 

「ジムリーダー……⁉︎」

 

「ご存じとは光栄ですわ。如何にも……わたくしはカナズミでジムリーダーとして働くツツジです。先ほど運営委員を呼べとのお声を聞き届けましたので、こちらに参った次第ですわ」

 

「運営委員……まさか、この大会ではあんたが……⁉︎」

 

 

 

 男はツツジの口ぶりで彼女の立場を察する。彼が驚くのも無理はなかった。

 

 HLC公認トーナメントの運営とは、それを開催する場所・組織の責任者が担当するのが一般的である。今回の場合、開催地がカナズミ大学(カレッジ)であることから、学園理事会がその担当になるのが妥当だろう。

 

 しかし例外として、HLCから運営委員担当者を派遣されることがある。あまり知られている制度ではないが、何かしらの理由があれば組織そのものから指令が下ることもあり得るのだ。

 

 そして何かしらの理由とは……多くの場合、トーナメント運営に問題があるケースが多いのである。

 

 

 

「カナズミで年に四度も行われる大きなトーナメント。わたくしもこの時期は楽しみにしているひとりでもあります。しかしながら、肝心の試合の質が年々落ちている——と感じられる場合も多かった。今回HLCはその事実を重く受け止め、わたくしに運営選考を一任してくださいましたの」

 

「質の低下って……そ、それで俺が落とされたってことか⁉︎ アンタが俺のこと——」

 

「ええ。申請番号12番——カシマくん。19歳にして某SNSを通じ、世界中にエンターテイメント溢れるバトルをお届けするインフルエンサー」

 

「なん……⁉︎」

 

「あなたのことは選考時点でしっかり確認させていただいておりますわ。とても素敵な動画投稿者であるとの評判も……しかしながら毎年参加のたびに手持ちを総入れ替えし、奇抜な戦い方が目立つ印象を受けました。相手の意表を突くのは結構ですが、実利に見合わない戦法が足を引っ張って、出場回数は多くても結果を残せていませんわね?」

 

 

 

 男はつぶさに調べられた自分の経歴を突きつけられて言葉を失う。

 

 特に戦い方のそれは自分が意識的に行なっているもので、ツツジが指摘した“裏の事情”を匂わせていることに男は勘付いた。

 

 動画投稿者としての実情——目まぐるしく変わる流行と視聴者の要求するものを生み出すためにやった苦肉の策を……。

 

 

 

「育て屋を経営している方からも聴取が取れましたわ。『預けたポケモンをいつになったら取りに来る?』と仰ってましたわよ」

 

「そんなことまで……」

 

「調査が充分行き届いていたことがご理解いただけて何よりですわ。それでしたらわたくしが何を言いたいのかも……おわかりになりまして?」

 

 

 

 顔立ちの整った笑顔は見る者が違えば素敵な表情に見えるだろう。しかしこの男にとってはそうではなかった。

 

 ツツジは暗に言っている。『あなたでは実力不足である』——と。

 

 

 

「………クソッ‼︎」

 

 

 

 先ほどまで粘っていた根性も、ツツジに刈り取られてしまった男は悔しさを滲ませた呪詛を残して足早に去っていった。

 

 どれほど多様な思想があれど、実力が伴わないトレーナーが認められることはない。そんなプロトレーナーの世界の厳しさを痛感する事件だった。

 

 ツツジは無慈悲な通告を成した後、受付嬢に少しだけフォローを入れてから振り返る——その先……受付のために会場に現れ、一部始終を目撃していたユウキに声をかけた。

 

 

 

「とんだ災難でしたわね。怖がらせてしまいましたか?」

 

「あ……いや、ちょっと可哀想だったなって思ったくらいです」

 

「フフ、正直ですわね。でもこれがわたくしの仕事ですから……」

 

「そうじゃなくて……ツツジさんが——です」

 

 

 

 予想外の一言を言ったユウキに目を丸くするツツジ。一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに発言の意図を理解したツツジは先ほどとは違う暖かい笑みを口元に浮かべた。

 

 嫌な役回りをしたツツジに、どうやら彼は気を遣ったらしい。

 

 

 

「ご心配には及びませんわ。こんなことでいちいち凹むほどヤワな精神構造はしてませんもの」

 

「だったらいいんですけど……」

 

「お気遣いに感謝いたします。それでも……今はどうかご自分のことだけに集中してくださいまし」

 

「……そうですね。そうします」

 

 

 

 ユウキは自分の感傷よりもツツジの助言を受け入れた。人のことまで気を回せるほど今の自分に余裕がないことは確かであり、それで試合に影響が出れば、その時顔をしかめるのはツツジであることが予想できるからだ。

 

 この人も応援してくれている——自惚れでなくそう思えるほど、彼女への信頼は厚かった。

 

 ユウキはツツジとのやりとりもそこで済ませ、受付に向かう。だがここでツツジはもう一度彼を呼び止めた。

 

 

 

「ユウキさん。これを——」

 

 

 

 ツツジがそう言って寄越したのは小さなメモリーチップだった。見た目では判断できないが、おそらくマルチナビ端末に差し込んで使うものだろうとユウキは推察する。

 

 しかし問題の中身については見当がつかなかった。

 

 

 

「なんです、これ……?」

 

「受付が終わった後、()()()()()()()()()()()()——それでは」

 

 

 

 ツツジはそれだけ説明して軽やかな足取りでその場を去っていった。残されたユウキは不可解な表情を浮かべて渡されたチップを眺める。

 

 だが外見で中身がわかるはずもなく「まぁいいか」と譲渡品を記憶の隅に追いやって、改めて受付の元に向かった。

 

 受付嬢は先ほどの騒ぎの余韻など少しも見せずにユウキの素性を改める——。

 

 

 

「ようこそカナズミ大学(カレッジ)へ。本日開催されるトーナメントエントリーでお間違いありませんか?」

 

「はい。ミシロタウンのユウキです。こっちが参加資格番号」

 

「コード“230364”——確かに確認させて頂きました。『ミシロタウンのユウキ』様、トーナメント出場おめでとうございます。それでは確認のため、手持ちポケモンの登録と現在所有しているバッジの提示をお願いいたします」

 

 

 

 受付の指示にユウキは腰のボールホルダーから取り出した四つの手持ちをテーブルにあった装置にはめ込んだ。

 

 次いで今持っているジムバッジを端末のデータストレージから提出。

 

 カナズミジムの“ストーンバッジ”、トウカジムの“ナックルバッジ、キンセツジムの“ダイナモバッジ”、フエンジムの“ヒートバッジ”——以上である。

 

 

 

「おや?ユウキ様は記録によりますとトウカジムにて“バランスバッジ”を獲得なされていますが……本日はお持ちではないのですか?」

 

「はい……諸事情で今は前ジムリーダーに預かってもらっています」

 

 

 

 ユウキのトレーナーとしての帳簿と食い違いがあることで受付嬢は首を傾げたが、本人の説明を受けてますます困惑する様子を見せる。

 

 個人的な事情だとは思うが——と心の中だけで前置きをした彼女は問う。

 

 

 

「本日出場されるにあたって問題はありませんが、ジムバッジ五つ獲得となりますと成績上位8名に当たるシード権の獲得が見えて参ります。しかしバッジ保有数は記録よりも提出される数が成績に反映されますので……その、本当によろしいのでしょうか?」

 

 

 

 新春は他のトーナメントと同じく二日に分けて行われる。今日は明日の決勝トーナメントの進出者4名を決める予選を行うわけだが、シード選手はその他の選手と比べて戦う回数が少ない。

 

 戦う回数が多ければその分手の内は観客に混じったライバル達に開示され、ポケモンたちの消耗も激しくなる。日にポケモンセンターで回復できる回数も限られており、ミスする機会も増加することを考えるとその権利の持つ影響は大きいのだ。

 

 一回の敗北で全てが終わるトーナメントにおいて、シード権はそれほど貴重なものだった。無論ユウキもそれはわかっている……。

 

 

 

(結局親父がくれたのを突っぱねたまんま、受け取るタイミング無くしたんだよな……でも『やっぱり欲しい』なんて今更言えるわけもなく——)

 

 

 

 ユウキは問われたことの意味を重く受け止めて、過去にしたこと、できなかったことを思い出す。

 

 あれから父親とバッジのことで話し合う機会はなかった。もちろん忘れていたわけではなかったが、少なくともユウキの方から受け取ろうとする動きは皆無。常にこのトーナメントまでにポケモンたちを仕上げることに集中していたのである。

 

 シード権は確かに惜しいというのは本音だ。今から父親に頭を下げる理由としては充分だろう。センリもきっと、言えば渡してくれるだろうことはユウキにもわかっていた。

 

 それでも……意を決してユウキは返答する。

 

 

 

「構いません。提出するのはこの四つだけです」

 

 

 

 その言葉を確かに放ったユウキ。その瞳と言葉の力強さは、何か並々ならない事情があるのだろうことを受付嬢に伝えた。

 

 それならもう何も言うまいと、彼女はユウキをそのまま新春トーナメントの名簿にその名を刻むのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「お……?」

 

「あ……!」

 

「ん……?」

 

 

 

 大会出場を完了させたユウキが建屋から、来客で賑わいを見せている大学(カレッジ)の中庭に出て——そこでヒデキとヒトミにばったり出会した。

 

 一瞬驚いて固まる三人だが、弾けたようにそれぞれが声を出す。

 

 

 

「おま——ユウキ⁉︎ なんでこんなとこに⁉︎」

 

「ちょっと久しぶりじゃない!背ぇ伸びた⁉︎」

 

「お前らも!——ってまさか新春に出るのか!」

 

「あたぼうよっ‼︎ ん?今『も』って言ったか?」

 

「じゃあユウキくんも⁉︎」

 

「ああ……なんとか出られるみたいだ」

 

 

 

 彼らにとってはユウキのトウカジム戦以来。久々の再会と同じ目的で偶然集ったことで高揚する三人。

 

 プロに上がる前からの付き合いである友人同士、テンションが上がらなければ嘘である。

 

 

 

「あのユウキがなぁ……って、プロじゃあお前の方が先輩か!ワリィワリィ」

 

「やめろよそういうの。そっちは雑誌に載るくらい活躍してるみたいだな。二人ともすげぇよ」

 

「隅っこの新人インタビューでね。正直全然嬉しくないわ」

 

「相変わらずヒトミはストイックだな……」

 

 

 

 初めて会った頃から変わらない性格の二人に張り詰めていた心が解かれるユウキ。しかしやる気を漲らせて纏う雰囲気は、以前とは全く違うものになっていることも見抜いていた。

 

 

 

「強くなったんだな……」

 

「当たり前よ。トーナメントで当たったら覚悟しておいてね」

 

「プロ入りをお前に抜かれた屈辱は直接返してやるぜ!俺と当たるまで負けんなよ‼︎」

 

 

 

 自信に満ち溢れた二人の言葉に、軟化した気持ちを引き締め直すユウキ。当たれば必ず大きな障害となることは言うまでもなかった。

 

 こちらに負けられない気持ちがあれど、きっと向こうも同じだろうことはわかるから……しかし。

 

 

 

「ああ——でもヒデキ。屈辱は返すもんじゃなくて晴らすもんだからな?」

 

「う、うっせぇやい!男が細かいことイチイチ言うなっ‼︎」

 

 

 

 久しぶりに味わった壊滅的な言葉選びに容赦なくツッコむユウキ。慌てて言い訳するヒデキの後ろでヒトミは吹き出していた。

 

 纏う雰囲気が違えども、やっぱり根っこは変わらないか——などと考えていると、ユウキはひとつ浮かんだ疑問を二人に聞いた。

 

 

 

「なぁ。そういえばミツルは?もしかしたら来てるのかな〜って思ってたんだけど」

 

 

 

 その問いにヒトミとヒデキはキョトンとして顔を見合わせる。ユウキも何か変なことを訊いたか?——と怪訝な顔をするが、直後ヒデキの方から口を開いた。

 

 

 

「もしかして……お前知らねーの?」

 

「な、何が……?」

 

「ミツルくんならここには来ないわよ。だって——」

 

 

 

 ヒトミが放った言葉はユウキにとって完全に寝耳に水だった。

 

 その発想すらなかった彼は、それを聞いて目を見開く。

 

 

 

——今、海外に留学しに行ってるから。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ミツルは俺とフエンで別れてから、グレート2〜3レベルのトーナメントで数度の入賞経験を積み、順当に周囲の評価を得ていった。

 

 プロ入り当初はアマチュア時代の活躍ほどの実績を出せないことで評価を落としたこともあったが、それで腐ることはなかったミツル。その姿から、期待の新星というある種のアイドルから本物のプロトレーナーに成ったと認める者も増えていったのである。

 

 そんなミツルに、たまたま海外から訪れていた人間からひとつのオファーがあったらしい……。

 

 

 

「《——報告が遅く成ってすみません。ユウキさんにもその内連絡するつもりではいたんですけど》」

 

 

 

 ヒトミの言葉を確かめるためにすぐに手元の端末からミツルに電話をかけた。普段なら電話代もバカにならんとポケセン備え付けの通信機を使うのだが、とにかく事態の把握に走りたかった俺に、電話に出たミツルが苦笑いで返してきた。

 

 

 

「いや報告義務とかないけど……驚いたぞ。いきなり“イッシュ地方”に留学だなんて……」

 

 

 

 イッシュ地方——。

 

 ホウエンからかなり離れた言語体系すら異なる文字通り異国の地。ここ以上にバトル興行が盛んな地方で有名であり、ミツルに声をかけたのはそこの教育機関に属する人間だったらしい。

 

 オファーの内容は『新設校のモニタリング』。若くしてプロになったミツルからの意見が是非欲しいとのことだった。それで現在、ちょうどこれからイッシュに向かう船へと乗り込むところらしい。

 

 

 

「《僕も最初は驚きましたが、なんでもやってみようって決めてたのでお受けすることにしました。本当はみんなと同じ大会に出たい気持ちもあったんですけど——》」

 

「そんなお誘い来てるんだったらそっち行くべきだろ。俺らと戦うのはその後でもいいんだからさ」

 

「《ありがとう……ユウキさんならそう言うと思った》」

 

 

 

 ミツルが嬉しそうに笑うのが電話越しでもわかる。何がそんなに可笑しいのか嬉しいのかわかんないけど、前向きに考えて決めたことならよかったよ。

 

 だが通話を傍で聞いていたヒトミとヒデキは何やらイヤらしい顔で笑っていた。

 

 

 

「あーんなこと言ってますよヒトミさーん」

 

「本当は『好きな子の故郷っぽいとこに行ってみたい』的な理由だって仰ってたのにねー?」

 

「《あ!そこにヒトミさんとヒデキくんいる⁉︎ ちょっと余計な事言わないでよ‼︎》」

 

 

 

 後ろでゲッスイ顔してる存在を察知したミツルが慌てた素振りで声を荒げる。受話器がハウリングするくらいのでけぇ声出してるんだが……壊れたら端末代請求しようかな?

 

 しかし『すきなひと』——ってことは、そういう……ふーん。

 

 

 

「……お前にも春が来たってわけか」

 

「《今絶対笑ってますよね。ユウキさん!今すっごい嫌な笑顔してますよねぇッ‼︎》」

 

 

 

 いやいやまさか。ちょっと『おいおい後で二人から聞き出そうかなぁ〜』とか思ってないですよ。疑り深いなぁミツルくんは。

 

 

 

「まぁ楽しんでこいよ……告白の文句ひとつ覚えて帰ってくりゃ上出来だろ?」

 

「《ほんっっっとうにそんなんじゃないですから!!!もう、そろそろ切りますね⁉︎》」

 

「怒んなよ、悪かったって……それでどんくらい向こうにいるだよ?」

 

「《え、えっと……今のところは二年くらいですかね。イッシュのポケモンたちと戦って強くなって帰ってくるんで!三人とも覚悟してくださいね……》」

 

 

 

 二年か……遠い地方だし、かなり長い期間合うことはないんだろうな。寂しくないと言えば嘘になるか。

 

 最後の方は私怨が入ってるようにも聞こえたが、ともあれこれでしばらくはお互い自分のことに集中することになるだろう。再会の時、がっかりされないトレーナーになっておかないとな。

 

 

 

「わかった。また会えるのを楽しみにしてる……!」

 

「《はいっ!そっちもトーナメント頑張ってください!ライブ配信からですが、遠くから応援させてもらいますッ‼︎》」

 

 

 

 そんな感じで、最後はいつもの素直な激励を受けて通話を切った。

 

 ミツルはこの大会には出ず、俺たちとは違った道から強くなるらしい……これはトーナメントが終わってもうかうかしてられないな。

 

 

 

「せめてこのトーナメントで驚かせてやんないとな」

 

「そうね。ミツルくんに見せつけてやんないと」

 

「ああ……どうやら借りを返さなきゃいけねぇ奴もいるみたいだし……な?」

 

 

 

 俺とヒトミはミツルに対してそう言ったが、ヒデキだけは何故か違うニュアンスの言葉を選んだ。その視線も俺たちとは違う方に向いており、それがある一人の人間に注がれていたのがわかる。

 

 遠方に立っている青い装束の男——あいつは……!

 

 

 

「…………ふん」

 

 

 

 群衆に紛れて立っていたのはアクア団のウリューだった。鋭い目でヒデキのガン付けを確認したように見えたが、鼻を鳴らしてスルーする様子を見せた。

 

 怒りのような気迫が込められた眼光と硬質感のある黒髪が特徴的なそいつは、去年の9月に俺が惨敗したトレーナーだった。

 

 あいつがここにいるってことは新春にエントリーしてるってことだろう。でも二人は個人的にウリューを知ってるみたいなのが気になる。無視されかけたヒデキは自ら青服に近付いて絡んでいった。

 

 

 

「おいおいシカトはねぇだろウリューさんよ。あんだけ盛大に蹴り飛ばしといてよぉ?」

 

「覚えてねぇな。お前はその辺に蹴飛ばした石ころのことを覚えてられんのか?」

 

「石ころだぁ……?」

 

 

 

 何やら物騒な雰囲気が両者の間で渦巻いていた——っていうか、どんな因縁かは知らないけどここで喧嘩はまずいぞヒデキ。

 

 そんな心配を他所に、今度はヒトミが二人の間に割って入った。

 

 

 

「言い合いはもう結構。やめてよね、こんなとこでみっともない」

 

「だってこいつが——」

 

「だってもへったくれもない!どうせ聞く耳もつやつでもないし」

 

「ふん……だったら絡んで来るな」

 

 

 

 ヒトミの制止でひとまず喧嘩には発展しなさそうだった。しかしなんでまたあんなバチバチなんだ?ウリューは流石に有名だから二人が知っててもおかしくないが、あの態度からしてその程度の間柄じゃない。明らかに面識がある——それもかなり悪い感じの。

 

 

 

「………それで、今日は後ろのと三人で難癖付けに来たのか?」

 

「え……お、俺……?」

 

 

 

 俺が関係性を推察していると、突然ウリューは俺にも話を振ってきた。難癖ってなんだよ急に。

 

 

 

「こいつぁ俺らのダチだ。一応トーナメント出てるからお前にも関係あるから紹介してやるよ」

 

「いらん。雑魚の顔なんていちいち覚えてられるか」

 

「なんだと‼︎」

 

「だからやめろっつってんの!」

 

「雑魚……」

 

 

 

 なんでだろう。完全に巻き込まれた上で雑魚呼ばわりされたんですけど。というかここまで近付いても気付かれない辺り、本当に俺のことは覚えてないんだろうなぁ。

 

 まぁ、カイナではギャラドス1匹に手も足も出なかったわけだから仕方ないけど、誰にでも噛みつく姿勢は相変わらずみたいだな。

 

 

 

「弱い奴ほどよく群れる——精々決勝の枠でも狙ってお仲間同士いちゃついてろ」

 

「もう我慢ならねぇ。なんなら今ここで決着つけてやろうか⁉︎」

 

「口を開くな唾が飛ぶ。弱虫がうつるだろうが——」

 

 

 

 ウリューの悪態にいよいよもってヒデキは我慢ならなかったようで、『殺す』と顔に浮かべて握り拳を固めるのが見えた。

 

 流石にこれはまずいと踏んで、俺は咄嗟にヒデキを止めようとしたところ——。

 

 

 

——ガシッ——ゴシャッ!!!

 

 

 

 ウリューの背後から突如現れた男が彼の頭を掴み、地面に叩きつける音が現場に響き渡った。

 

 

 

「いやぁ〜ウチのがまた失礼したみたいで。すんませんなぁ」

 

 

 

 現れた男に俺たちは唖然とする。

 

 黒に緑のインナーが入った長髪を後ろ頭で縛り、季節的には寒そうな甚平を着た男のことを、きっとこの場のみんなが知っている。

 

 ウリューの頭を地面に押さえつけて現れたのは——星帝(シリウス)と呼ばれるトレーナー、ジンさんだった。彼は凶悪な腕力を披露した後、にこやかに俺の方へ話しかけてきた。

 

 

 

「お?キミ、確かハジツゲで一回()うたなぁ」

 

「お、お久しぶりです……覚えててくれたんですか」

 

「面白そうな子ぉ忘れるわけないやん♪ おっちゃん意外とマメなんやで?」

 

(嘘くさい……)

 

 

 

 最強と名高いジンさんに覚えてもらえてるのはトレーナーとして普通に嬉しいが、話し方か破天荒な振る舞いのせいで若干信ぴょう性がない。

 

 そんな胸の内は死んでも見せないけど……というかそれ、ウリュー大丈夫なのか?

 

 

 

「ンン———!!!」

 

「おーおー元気やなぁ。その元気は試合で出そうなぁ」

 

「そ、そんくらいにしといてください……周りの視線が痛いです」

 

「お?」

 

 

 

 俺の申し出にジンさんもやっと周囲を見渡した。先ほどまでイベント特有の楽しい雰囲気だったのが、今は同様とざわつきでとんでもなく冷ややかな空気になっている。

 

 成人男性が未成年を地面に叩きつけて酷い扱いをしている絵面が衆目に晒されているのだ。そりゃこうなるって。

 

 

 

「あーすまへん!これがウチらのスキンシップですから——ほらウリューくん、ご挨拶して」

 

 

 

 ジンさんは押さえつけていたウリューの襟を掴んでヒョイと起こす。マリオネットみたいに。その当人は相変わらずの仏頂面で——

 

 

 

「ぶっ殺す……‼︎」

 

 

 

 右ストレート一閃。殺意の籠った拳は、しかし軽やかにかわされ、ジンさんに抱きつかれる結果となった。

 

 

「な!仲良しですやろ♪」

 

「キモいッ‼︎ 離せおっさん!!!」

 

「恥ずかしがり屋なんですわー」

 

「マジ殺す!ぶっ殺す‼︎ ンギィーーー‼︎」

 

 

 

 ウリューの抵抗も虚しく、ジンさんの抱擁で顔まで覆われて呪詛すら吐けなくなってしまった。

 

 それを見ていた群衆も、最強星帝(シリウス)の戯れかと納得したようにため息をつく。全く、そうでなくても有名人だろうに一目につくような真似はやめていただきたい。

 

 最終的に「大人しくするんやったら離してやるわ」というジンさんからの言葉で解放されたウリュー。声こそ荒げなかったものの、目で殺す勢いの視線をジンさんに向けていた。こわっ。

 

 

 

「アハハ。ちょいと紹介が遅れたな。ワイは——」

 

「いや知ってる——ス」

 

「このホウエンにいてあなたのこと知らない人なんていませんよ……」

 

「なんや。みんなワイのファンかいな!ごっつ嬉しいわぁ〜♪」

 

 

 

 ヒトミとヒデキとは初対面ということで自己紹介を試みるジンさんだが、当然ながらこの二人も彼のことは知っている。

 

 何せ去年の暮れ、テレビ中継で後ろにいるウリューを倒した後、大々的にホウエン全ランカー、プロトレーナーを煽り上げた張本人である。

 

 

 

「ファン……つぅか……今正直現実味がねぇ……です」

 

「キミ敬語苦手なんやろ?楽に喋ってええで〜」

 

「というか、何故あなたがウリューと?見たところその……二人で連れ歩いているように見えるのですが」

 

「こっちの美人ちゃんは礼儀正しいね〜。肌きれぇ〜」

 

「し、質問に答えてくださいッ‼︎」

 

 

 

 うわぁ。ヒデキは完全に萎縮。ヒトミはセクハラまで受けてタジタジって感じだ。そりゃ俺も初対面で正体知ってたら平常心保てなかっただろうけど……。

 

 しかし確かに、なんでウリューと一緒にいるんだ?あのエキシビジョンマッチがきっかけで知り合い同士になったのはわかるけど、敵対した上で惨敗させた人間とウリューがつるむとは考えにくかった。

 

 今もなんだかんだと言い付けを守るように一歩引いたところから睨みつけている様子は、俺の知る狂犬めいたあいつからは想像できない……。

 

 

 

「アハハ。まぁこいつは去年一回こっぴどく負かしてな。それで『弟子にしてくださいー!』って泣きつかれたからしゃーなしで——」

 

「ふざけんな。俺がそんな情けねぇ真似すっか!」

 

「でも弟子入りしたんはホンマやろ〜?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 

 そのやり取りを聞いても信じられなかった。

 

 あのウリューが弟子入り?他のトレーナーならいざしらず、負かした当の本人に?俺が負けたその場でウリューにアレコレ質問したのを咎めたこいつが……?

 

 

 

「せやからワイは師匠というか、保護者みたいなもんや。今日は弟子の出来確認するんと、最近はしゃいどる新人くんたちの見学っちゅう感じや。よろしゅう頼むで」

 

「ぐぇ——て、テメェ!引っ張んな!」

 

「やめて欲しいんやったら早よ自分で歩け」

 

「くそったれがっ!!!」

 

 

 

 俺が見聞きしたことで唖然としている間に、ウリューとジンさんは二人して去っていった。まだ脳みそがうまく回らないんだけど、どうやら本当にそういうことらしい。

 

 これはまたとんでもないことになった。去年の時点でただでさえ強かったウリューに、よりにもよって最強のトレーナーが指導したって言うんだから——。

 

 

 

「びっくりしたわ……」

 

「いや本当に——」

 

「あんたによユウキくんッ‼︎」

 

「俺——⁉︎」

 

 

 

 ヒトミの呟きに同意したら、矛先が何故か俺に向いてきた。そうかと思ったら今度はヒデキも血相変えて俺の肩を掴む。

 

 

 

「おま——星帝(シリウス)と知り合いだったのかよ⁉︎ いつ⁉︎ どこで⁉︎」

 

「いや知り合いってほどじゃないって!たまたま訪問した先にいてちょっと話したくらいだから——」

 

「ホウエン最強があんた推して『面白い』って言ったのよ⁉︎ 何もなかったなんて言わせないわ‼︎」

 

「信じてくれ!俺は無実だぁ!!!」

 

 

 

 二人は俺がジンさんと知り合いだと言うだけでとんでもない圧で迫ってきた。本当にそれ以上でもなんでもないと抗議するが、結局二人はそれで納得してくれず、最終的に『後でサインを貰う時一緒に頼む』——という約束で手を打つ事になった。

 

 ……って。結局ファンなんかい。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 カナズミ大学(カレッジ)——。

 

 長いホウエンの歴史の中でも古くからある建物で、この地方の教養を支えてきた学び舎である。

 

 そんな場所にある敷地内の一際広いバトルコートを舞台に、今日開催のトーナメント出場者が並んでいた。さらにその応援観戦のために訪れた観客が客席でひしめき合っている。その中の半数近くはこの大学の在籍者でもある。

 

 本来は同じ街の学校(スクール)から持ち上がりで入学する者がほとんどだが、今日はそんな彼らも脇役とならざるを得ない。

 

 未来を夢見るトレーナーたちが目撃するのは、現在(いま)を力強く生きる猛者たちの才能の輝き——そのぶつかり合いである。

 

 ユウキはその中のひとりとして、開会式に並ぶ選手に紛れていた。

 

 

 

(こんなに仰々しくやる開会式は初めてだな……注目度の高いトーナメントってのは本当らしい……)

 

 

 

 過去に二度参加したトーナメントだが、どちらともと違う異質な空気が漂っていた。

 

 プロとして大事な試合であることは確かだが、それでも観客にとっては一イベントに過ぎない。それにも関わらず、騒ぐ観客たちの間ですら緊張感が走っているのがユウキにも見て取れた。

 

 

 

 これが、カナズミ大学(カレッジ)の“新春トーナメント”——!

 

 

 

「——《ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました……只今より、カナズミ大学(カレッジ)主催、ホウエンリーググレード2、春季公式大会、カナズミトーナメントを開催することをここに宣言致します!!!》」

 

 

 

 演題からの宣言で客席は一気に湧く。

 

 そして出場者はそれぞれ闘志に注ぐ燃料を一際多く注ぎ込む。

 

 顔つきは様々だがやる気は申し分ない。ユウキもまた、握り拳を固くしてトーナメントに臨んだ。

 

 

 

 目的は勝つことのみ——たったひとつの席を巡ってのサバイバルが、幕を開けたのだった……。

 

 

 

 

 

 

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開幕——‼︎



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第189話 シード


来年、Z-Aが発売されるようですね。
ORASやったことがある方ならわかると思いますが……下手すりゃ翡翠のシナリオにも影響ががが。

まぁ今更解釈違いがなんぼなもんじゃいって話ですわな(開き直り)。




 

 

 

 桜の花が彩るカナズミ大学(カレッジ)。その敷地内で大々的に行われた開会式の後、参加トレーナーの端末には早速トーナメントの組み合わせが送られてきた。

 

 今大会は規模と注目度からシード権を持つ選手が8名存在し、A、B、C、Dの四グループに各2名が上位順に割り振られている。それ以外の64名は抽選でランダムに各グループに配置される。

 

 第一シードと第五シード、番号1~16は『Aグループ』。第二シードと第六シード、番号17~32は『Bグループ』。第三シードと第七シード、番号33~48は『Cグループ』。第四シードと第八シード、番号49~64は『Dグループ』——具体的な内訳はこのようになる。

 

 

 

「俺の番号は——『56』……!」

 

 

 

 俺——ユウキに割り振られたのはDグループに属することを意味する数字だった。それを確認した俺の横で、タイキは項垂れる。

 

 

 

「はぁぁぁ……やっぱシード権は取れなかったッスかぁ〜」

 

 

 

 大学(カレッジ)の中庭にて、落胆の色強めのため息が響き渡る。それを聞いた俺も苦笑いするしかなかった。

 

 タイキが言っているのはこのトーナメントに参加するにあたって本来の評価がされていないことへの落胆だ。俺が受け取り可能な五つめのバッジを親父に預けたまま、エントリーの際にバッジ獲得数を“四つ”と申告したのが原因なんだけど……俺がタイキに謝ろうとした時、間に入ってきたカゲツさんが代わりに返事をした。

 

 

 

「このバカの奇行に今更あれこれ言うんじゃねぇよ。こいつ、バカなんだから」

 

「それはわかってるッスけど〜!」

 

「二人の共通認識はよぉ〜くわかったんで。往来で人のことバカバカ言うのやめてください」

 

 

 

 そう言われてもしょうがないのはわかるが、もうちょっとオブラートに包むとかできないのかこの人らは。できないんでしょうけども。

 

 しかし実際バッジ五つを提出できたとしても今回はシード権を貰えたどうかはぶっちゃけ怪しかった——というより、実は出場の方が危ぶまれてたと言った方が正確だろうか。

 

 その理由は、今大会の顔ぶれにある——。

 

 

 

「おい……あれ、“灰問の涅槃(グレイヴァーナ)”じゃないか……⁉︎」

 

 

 

 俺たちの横を通り過ぎた男を指差して道ゆく通行人が息を飲んだのがわかった、

 

 その男はオールバックの黒髪と純白のトレーナースーツが特徴的な凛々しい出立ちだった。年は二十代だろうか……面識がない人物で最初ピンとこなかったが、呼ばれた二つ名が時間差で彼の正体に勘付く。

 

 確か週刊誌にも度々載っていた知名度の高いプロトレーナーだったはず——。

 

 

 

「ルネシティの“リチュウ”。一時期は“ランカー”も経験していたほどの実力者で、今大会の第一シード——不撓不屈の精神力と見事なバトルタクティクスから灰問の涅槃(グレイヴァーナ)と呼ばれているA級プロトレーナーよ」

 

 

 

 誰だったかを思い出そうとする俺に助け舟を出したのは、背後から現れた女性だった。

 

 少し前に聞いた覚えのあるその声の主は——トレーナー雑誌記者のマリさんだ。その後ろにはダイさんもいる。

 

 

 

「久しぶりッスねマリさん!」

 

「お久しぶり!無事トーナメント参加できたみたいでよかったわ♪」

 

「おっす未来のチャンピオン!お連れさんもいつも通りみたいで」

 

「ダイさんもお元気そうでよかった」

 

「また来たのかよ。凝りねぇなぁ」

 

「こちとらこれが仕事なのよ!」

 

 

 

 カゲツさんの悪態にも屈しないマリさんはこのトーナメントに取材対象を求めて足を運んだようだ。『仕事』と明言していることから、どうやら勤め先にはまだ在籍できてるらしい。こう言っちゃあれだけどしぶといな。

 

 しかし——さっきは聞き間違いだろうか?

 

 

 

「あの、マリさん。今『A級』って言いませんでした?」

 

「言ったわよ?だからこそ今大会では文句なしの第一シード(最強枠)。その辺のB級じゃ相手にもならないはずよ」

 

「ちょっと待って。この大会、A級も出てんの?」

 

 

 

 いきなり新事実である。まさか格上と同じフォーマットで戦うことになるとは……てっきりA級はみんな“グレート1”以外のトーナメントには出ないものだとばかり思ってたから……。

 

 

 

「まぁ普通は出ないでしょうね。今話した彼もA級では既に名が知れたトレーナー。決してランキング下位で収まるような器ではないわ。それが出張ってきてるってことは……()()()は本当のようね」

 

「噂……?」

 

 

 

 マリさんが意味深に呟くのが聞こえた時、視覚にいた灰問の涅槃(グレイヴァーナ)ことリチュウさんは一人の男の前に立ち塞がる。

 

 そいつは——ウリューだった。

 

 

 

「初めましてだな。アクア団のウリューよ」

 

「誰だお前……?」

 

「ルネから来たリチュウという者だ。名前くらい聞いたことはあるだろう?」

 

 

 

 ウリューよりも頭1つ高い男は威圧的にあいつを見下していた。言葉ひとつひとつにプレッシャーを乗せているような……そんな喋り方で接しはじめる。

 

 それに対して——。

 

 

 

「はぁ……どいつもこいつも自意識が高いな。記憶力に自信がないんでなぁ……誰だって聞いてんだよ白いの……‼︎」

 

「ほう………!」

 

 

 

 明らかに自分よりも目上の相手に一切ぶれないウリュー。その誰彼構わず噛みつく様子に、無表情だったリチュウさんも不敵に笑って反応していた。

 

 おいおい……仮にもプロの先輩——しかもライセンスじゃ向こうのが上の相手にまでその態度は大丈夫なのか?

 

 

 

「聞いていた通りプロにそぐわぬ不遜ぶり……これは楽しめそうだな」

 

「こっちはがっかりだぜ。質問にも答えられないような木偶の坊が同じ敷地にいるってのがなぁ……!」

 

「はしゃぐなルーキー。そう焦らずとも我々は近いうち戦う。その時になれば貴様も記憶に刻みつけることになるだろう。躾のなってない狂犬に誰が鞭を打ったのか——のをな……!」

 

 

 

 ウリューの悪態に案の定、空気は張り詰める。

 

 互いに殺気立ち、今にもボールを持ち出さないかとヒヤヒヤする俺。まだ一回戦すらやってないってのに……。

 

 

 

「おもしれぇ……その鞭、てめぇの首に巻いて散歩してやるよ!」

 

「口数の減らない小鬼だ……貴様を育てた人間性が窺える」

 

「あぁ………⁉︎」

 

「うんうん。やっぱりNo. 1の座をかけた二人のトレーナー……始まる前から既にエンジン全開フルスロットル☆——って感じだね!」

 

「「———⁉︎」」

 

 

 

 ウリューとリチュウさんが火花を散らしていたところ、その間に突如として現れた少女——呆気に取られる二人の間で、何やら神妙な面持ちで言う彼女は、俺の知ってる人物だった。

 

 緑色の髪をサイドに括ったヘアセット。白基調に青いアクセントが効いたアイドル衣装。

 

 忘れもしない。ホウエンNo. 1コーディネイターにして至高のアイドル——ルチアだ。

 

 

 

「なんだてめ——どっから湧いた⁉︎」

 

「今年の人気者だって噂のアクア団の超新星——ぜひ大会への意気込みを一言!」

 

「耳付いてんのかてめぇッ⁉︎」

 

 

 

 ルチアは聞かれたことには一切答えず、何故か手に持ってるマイクをウリューに向けた。よく見たら周りには既に彼女目当てであろう人集りができており、どこかのテレビ局か取材班らしきクルーがカメラを回していた。

 

 ルチアはその後もウリューの罵倒を浴びながら、全く気にする素振りを見せずに矢継ぎ早に質問する。そうかと思えば後ろで若干引いていたリチュウさんにもマイクを向け、さっきと同じ要領で質問——何かのテレビ企画らしいが、相変わらず無茶苦茶だなあの子……。

 

 こうなると流石に揉めてた雰囲気もかき消され、興が削がれたように覇気をしまい込んだリチュウさん。

 

 

 

「どうやらこれ以上は人目の毒なようだ。精々頑張ることだ。瀑斬の青鬼(アズールオーガ)……!」

 

「待てよ脱色野郎ッ‼︎ まだ話はついてねぇ——」

 

「くぅ〜〜〜‼︎ ライバル同士の熱い火花ってやつだ!名付けるなら『バチバチ☆ サンダーボルトバトル‼︎』——って感じね♪」

 

「お前もう黙ってろッ!!!」

 

 

 

 結局リチュウさんが離れたことでうやむやに。最後までルチアに翻弄されることとなったウリューはやってられんとばかりにズカズカとその場を態度悪く去る。すげぇなホント。

 

 しかし他人事のようにしていたのがいけなかった。どうやらルチアの取材対象はこちらも同じようで——。

 

 

 

「おっ!あそこにもトレーナーくん発見‼︎——ってこれまたミラクル⁉︎ 久しぶりだねユウキくん‼︎」

 

「うっ——あ、ど、どうも……久しぶり……です………」

 

 

 

 あろうことかルチアめ。こっちに思い切り急接近かました挙句名指しで大声出しやがった。この衆人環視の元——である。

 

 

 

「なんで敬語なの?いつもみたいな話し方で大丈夫なのに」

 

「『いつもみたいに』——とかいうな。一日くらいの付き合いで」

 

「あんなに最高の夜を一緒に過ごしてそれはないよ〜!とっても楽しかったじゃん‼︎」

 

「うぉいやめろぉ?」

 

 

 

 お前の言うそれは以前あったハジツゲでのコンテストの話だろうが。なんでちょっと意味深に言うの?さっきから際どいワードが飛び出すたびに後ろの方々からすごい視線送られて来るんだよ。

 

 というか、そうでなくてもこれ中継カメラだろ?あれ、ひょっとして俺詰んだ……?

 

 

 

「へぇ〜。あのトップアイドルとユウキくんが……ねぇ?」

 

「ちょっとそこの記者さん。何面白いもん見つけたって顔してんですか?」

 

「ソンナマサカ」

 

「カタコトになってんぞ」

 

 

 

 俺の後ろで控えていたマリさんの目が楽しんでるそれだった。釘を刺そうとしたが、あかん。有る事無い事記事に書かれそうだ。

 

 

 

「にしてもユウキくんが開会式に並んでたの見てびっくりしちゃった!さすが、あのハルを追いかけるだけあって実力もたっぷりなんだね〜‼︎」

 

「お願いだから待って?全国中継でえらいこと言いふらすの——」

 

「そうなのよ!さすがスター‼︎ この子ホントにやる時やる子なんだから‼︎」

 

「何余計なことを——」

 

「そうだよねお姉さん!流石記者さん、話がわかるぅ〜☆」

 

「こっちは彼が()()()()()()()()()()()()に立ち会った最古参のファン!故に1番の理解者がこの私! ズバリこのトーナメント、優勝するのは彼だと断言するわ——‼︎」

 

「マジでやめて」

 

 

 

 既にボルテージが上がりきった観衆とテレビの向こうの方々にどえらいこと口走りやがったマリさん。ただでさえかの紅燕娘(レッドスワロー)に挑むとか言われて、トップアイドルとの交友がバレて、皆さんからは『どこのしゃばぞうじゃこいつぁ?』と疑心の視線送られてんだよこっちは。頼むからこれ以上余罪を増やさないでくれ。

 

 

 

「むふふ〜♪ じゃあユウキくんも注目株の一人ってことで——これから挑むにあたっての意気込みをどうぞ‼︎」

 

 

 

 こっちが周辺評価に頭悩ませてたらルチアがとんでもないこと言い出した。

 

 え、この状況で何を言えと——?

 

 

 

「これはチャンスよユウキくん!ビシッと決めちゃいなさい‼︎」

 

「マリさん、あんた俺のこと何にもわかってなく無い‼︎」

 

「まぁそう言わず。あ、こっちにも視線くれるかな?」

 

「ダイさん?」

 

「アニキッ‼︎ 『我ここにあり』——的なことよろしくお願いしますッス‼︎」

 

「おいこらパチンコ玉」

 

「元々そのつもりでトーナメント出るんだろ?」

 

カゲツさん(あんた)が言ってただけでしょうがこの不良師匠ぉぉぉ!!!」

 

 

 

 みんなに散々弄ばれた挙句、最後に叫んだ姿が中継でお茶の間に届けられることとなった俺。

 

 これから試合だというのに……気のひとつも引き締められないのは大丈夫なんだろうか……?

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「『27番』か……ヒデキ、あんたは?」

 

 

 

 ユウキが慟哭する頃、別所の中庭ベンチに腰掛けていたヒデキとヒトミ。

 

 そのうちヒトミが自分に送られてきたトーナメント番号を口にし、次いでヒデキに届いた番号を問う。

 

 

 

「俺は『38番』——お前とは別グループだな」

 

「アンタの番号だと『Cグループ』か。私は『Bグループ』——当たるとしたら決勝トナメね」

 

「お前とはさんざんやったからなぁ。正直助かったぜ」

 

「あら。アンタにしては弱気じゃない」

 

「はぁ?簡単に勝ってもつまんねーって言ってんだよ……!」

 

「なんですって……?」

 

「おうやるか?」

 

 

 

 ヒデキとヒトミは射殺すような睨みをきかせ合う。同門で何度も戦った相手だからこそ、気迫で遅れを取るまいとする二人——だが、すぐにヒトミの方から視線を外した。

 

 

 

「よしましょ。今のところは当たるかもわかんないんだし」

 

「へっ。まぁそういうことにしといてやらぁ」

 

「全くあんたはまた——あっ!」

 

 

 

 まだ減らず口を言うヒデキに眉を顰めるヒトミだったが、視界に飛び込んできた人物を見て声を上げた。

 

 ヒデキも何事かと彼女の見る方へ振り返ると、そこには見慣れた集団がいた。

 

 一人は同じトウカジムで共に研鑽した後輩のユリ。さらにジムで在籍しながらプロ活動で着々と実績を積んでいる先輩トレーナーのヤヒコ——そしてそんな彼らの隣を歩く元ジムリーダー……センリとその妻がそこにはいた。

 

 

 

「ユリちゃん!ヤヒコさん!リーダー‼︎」

 

「わっ!ヒトミさん⁉︎ 久しぶり!!!」

 

「久しぶりぃ〜見ない間に大きくなって〜‼︎」

 

 

 

 駆け寄ったヒトミにまず応えたのはユリ。可愛らしい足取りで近づいてきた後輩を愛でるように抱きしめる。

 

 

 

「ハハハ。君らが出ていってまだ半年も経ってないんだ。そんなに背は変わらないと思うぞ?」

 

「ヤヒコさんは相変わらずデリカシーないです。こういうのは雰囲気でお願いします」

 

「君の手厳しさも相変わらずだな、ヒトミ」

 

 

 

 スポーツサングラスをかけた先達に容赦なく指摘するヒトミ。だがこれもいつものことだという風に笑って流すヤヒコだった。

 

 久しぶりに再会した同門たちへの喜びではしゃぐヒトミ。しかし後ろにいたセンリの姿を見て、その顔色は変わる。

 

 

 

「お久しぶりです……リーダー」

 

「久しぶり。でもリーダーはよしてくれ。もう退いた身だ」

 

「そうだよな。それもいきなり——!」

 

 

 

 センリの挨拶に返したのはヒデキだった。その言葉に棘があることを誰にでもわかるような語気の強さで。

 

 

 

「ヒデキくん。久しぶりだね」

 

「ああ。ホントならもうちょっと後で会うはずだったんだけどな……アンタが持ってるバッジをもぎ取りに」

 

「それは……すまなかったね。君の挑戦を受けてみたかった」

 

「どうだか……口では何とでも言えんだろ」

 

「ヒデキ——‼︎」

 

 

 

 太々しい態度のヒデキをヒトミが叱責する。それを受けても感情を隠そうともしない素振りを見せるかつての門弟に対して、センリもまた何も言えなかった。

 

 長い付き合いだ。彼の言いたいことはわかっている——。

 

 

 

「本当に楽しみにしてたんだよこっちは……だから言いつけ守ってバッジも四つ手に入れて——このトーナメントが終わったらすぐ行くつもりだったのに……!」

 

 

 

 センリはトウカのジム生たちにそういう約束をしていた。『ジムバッジ四つ獲得したら自分に挑む許可を出す』——と。本来その言葉に強制力はなく、センリの独断で決められた口約束である。しかしそれを破ろうとするジム生は一人としていなかった。

 

 密接に関わってくれていたからこそ、巣立ち、独立した環境で磨いた腕を見てもらう——唯一のチャンスだったから。

 

 ヒデキの言葉に悔しさが滲むのは仕方がないことだった。

 

 

 

「本当にすまない。僕が不甲斐ないばっかりに……」

 

「俺に謝ってもしょうがないじゃん……どうせ頭下げるならサオリさんにでもしとけよ」

 

「いい加減にしなよアンタ!リーダー——センリさんにそんな態度‼︎」

 

「じゃあお前は悔しくなかったのかよ⁉︎」

 

「………ッ!」

 

 

 

 目に余るヒデキを叱りつけるヒトミだったが、返された文言に言葉を詰まらせてしまう。

 

 ヒトミもそう……本音を言えばそうなのである。

 

 

 

「俺はこの半年——いや、もっと前から俺は自分のできることやってきた!俺の夢はこのホウエンで1番になること‼︎ その目標のために鍛えてきた姿を——アンタにぶつけたかったのに……‼︎」

 

 

 

 ヒデキもヒトミも、プロとして目的意識を持ってこれまで研鑽を積んできた。実力もさる事ながら、気持ちの面では現役ランカーにも負けないつもりでいる。そんな二人にとって、支えとなってくれたセンリとのジム戦は特別な意味を持っていた。

 

 その機会の損失を、ただ『仕方ない』で済ませられないでいるのが彼らである。そんな二人にセンリがかけてやれる言葉などなかった——。

 

 

 

「努力の成果ってさ。ジム戦以外に見せる機会はないのかい?」

 

 

 

 そんなセンリに変わって口を開いたのはヤヒコだった。目線はグラスに隠れてわからないが、穏やかな口調は二人の緊張を和らげた。

 

 

 

「ヤヒコさん……」

 

「別にセンリさんを庇い立てするつもりはないさ。だがこの人に固執するのは君らのためにもならない気がしてね……少しだけお節介を言わせてくれ」

 

 

 

 先輩の言葉に動揺する二人。そんな気まずそうな彼らにヤヒコは続きを話す——。

 

 

 

「教えを受けた君らの気持ちはわかる。私とてこの人とのジム戦は特別なものになった一人だ——だがセンリさんに勝ったあと思ったよ。結局、私が望んだことはこの人に認められることじゃないんだと……」

 

 

 

 例え人生最大の恩師だったとしても、ヤヒコにとっての最優先は別のところにある。プロトレーナーとなり、ひたすら高みへ目指すための歩みの先に……それはあった。

 

 

 

「今日のトーナメントは私が望むものへ続いている。そこにセンリさんはもう関係ない。私はもう次を見ている……失った機会にいつまでも拗ねてちゃ、勝利の女神は微笑まないぞ?」

 

 

 

 ヤヒコは最後に砕けて後輩二人の頭を撫でた。手慣れた所作にヒデキもヒトミも抵抗する気にはなれない。言われたこともわからないほど馬鹿ではなかった。

 

 

 

「それに、ジム職やめたからこそ今日はここに来れたんだ。センリさんに良いとこ見せるには絶好の機会——違うか?」

 

「あーもうわかったよ!俺がガキでした‼︎」

 

「そうね……大人気なかったです。すみません」

 

「ハハハ!君らはまだ子供でいいんだよ。そうですよね、センリさん?」

 

「あぁ……二人とも、すまなかったな」

 

 

 

 ヤヒコが振り返るとセンリは申し訳なさそうに笑って改めて謝罪を口にする。それがなんとなく嫌だったヒデキは、むしゃくしゃする気持ちを声に乗せて放った。

 

 

 

「だーかーらー!もういいんすよ!俺、絶対優勝すっから——それ見てくれりゃいいよ‼︎」

 

「私も……センリさんや遠くで見てるサオリさん、応援してくれてる人たちのためにも必ず納得してもらえるだけの結果を見せるつもりです!」

 

「それは聞き捨てならないな〜。そういうことは私を倒してから言いたまえ。この“第五シード”である私を——!」

 

「「………‼︎」」

 

 

 

 ヤヒコの言葉に二人は目を見開く。

 

 ヤヒコによって目の前に掲げられた端末には彼の名前と“S-5”の文字——今大会のシード資格者であることを示す表記が掲載されていた。

 

 

 

「ヤヒコさん、シード権持ってんの⁉︎」

 

「これでも“鹿毛の槍弓(フォーンバリスタ)”って立派な二つ名を頂いた身なんだぞ?だから二人と戦うのは決勝トーナメントだな。第一と第五は『Aグループ』だから——」

 

「え、なんで俺たちとグループが違うって知ってんだ?」

 

「おいおい。組み合わせ表が出た時点でトレーナー名が掲載されてるのを知らないのか?——ほら、二人の名前もちゃんとある」

 

 

 

 ヒデキがそのことを失念していたので、やれやれとヤヒコは二人に最新のトーナメント表を端末に映してやった。

 

 ヒデキは『Cグループ』、ヒトミは『Bグループ』のトーナメント表に名前が掲載されている。番号にも間違いはないようだった。

 

 

 

「ホントだ!——じゃあちょっと待てよ………お、ユウキの奴は『Dグループ』か!」

 

「みんなバラバラになっちゃったのね。もしかしたら決勝は私たちで独占しちゃうかもね」

 

「ハハハ、それはいい!彼とはまた戦いたいと思っていたからね……だが今大会はいつも以上にハードだ。二人とも、私のことすら知らないようなら、シード選手のチェックは合間でしておくといい」

 

 

 

 楽観的なヒトミの言葉に気を引き締めるよう促すヤヒコ。無論彼女も簡単にいくとは思っていないが、『いつも以上に』——という単語が引っかかった。

 

 それは新春トーナメントだからなのか、それとも例年とは違う事情が——そう思考した時、ヒデキが「はぁ⁉︎」と声を上げる。

 

 

 

「何よヒデキ!でっかい声出さないの!」

 

「いやだって——これなんかの間違いじゃねぇのか⁉︎」

 

「何が——」

 

「だからこれだよこれ‼︎」

 

 

 

 ヒデキは不思議そうにするヒトミにトーナメントを押し付けるように見せた。それは『Aグループ』のトーナメント表で、先輩のヤヒコがいるところ——今のところ自分たちとは直接関係ないアミダである。

 

 最初ヒトミはその異常に気づかなかった。特に変哲のない表。しかし名簿を見て彼女にもそれがわかった。

 

 ヒデキがそのことに気付いたのは『シード選手をチェックしろ』というアドバイスに従って、全トーナメントのシード枠を目を通したからだった。そちらから辿った方が話は早かっただろう。

 

 ヒトミが見たそこには——シード権を持っていなければおかしい選手の名前があった。

 

 B級最強のあの男の名前が——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

——ウリューがシード選手じゃない⁉︎

 

 

 

 数刻前、マリさんから聞いた話に驚いた自分を思い出す。

 

 現在B級最強と名高い瀑斬の青鬼(アズールオーガ)ことアクア団のウリューに今大会シード枠が与えられず、その他大勢のトレーナーと同列扱いで『Aグループ』の名簿に載っていたことを教えられた。

 

 最早ライセンス的にはA級でも充分通用する能力があるとさえ言われているあいつがシードの実力がないとは考えづらい。審査規定は俺も知らないけど、ウリューよりも強いトレーナーがグレート2級に8名以上もいるとは俺には思えなかった。

 

 おかしいのはそれだけじゃない。さっき現れたA級の注目株——灰問の涅槃(グレイヴァーナ)のリチュウさんの登場も、改めて考えれば変な話である。

 

 その二つがどうやら結びついている——というのが、マリさんの見解だった。

 

 

 

——瀑斬の青鬼(アズールオーガ)。彼の快進撃は止まるところを知らないわ。今や活動を以前よりも見なくなった紅燕娘(レッドスワロー)よりも勢いがあるトレーナーとして注目されている。いい意味でも悪い意味でも……。

 

 

 

 鮮烈なデビューを果たし、派手な戦い方をするウリューの存在は、顔ぶれがあまり変わらないA級トレーナーたちよりもホウエンの人たちの注目を集めていた。しかし集めた注目は必ずしも賞賛の声ばかりを生み出すわけじゃない。

 

 あいつの性格や言動が、どうもその悪い方に働いてしまったらしい。

 

 

 

——試合中の暴言の数々。何度注意されても改める気配はなく、プライベートでも素行の悪さが目立ってしまっている。そういうのを咎める人もいれば、尖ったスタイルを逆に気に入って彼を持ち上げるファンも現れたの。どっちにしても悪目立ちし過ぎたみたいね。こうなるとHLCも黙っちゃいない。

 

 

 

 おそらく、普通のトレーナーに対してHLCが何かすることはない。少なくとも俺は一度上層部の人間と一悶着あったはずだが、その後のお咎めは不思議とない。それくらい個人を重視してアクションを起こすという気はないんだろう。

 

 そのHLCが動く動機ともなれば、今まで見聞きしたことも考えると——『足並みを乱す輩を看過できない』ってところか。

 

 

 

——流石に表立ってそう言ったわけじゃないけど、裏事情に詳しい情報屋界隈ではこの話で持ちきりだったのよ。『ウリューがお上を怒らせた。HLCは出る杭を叩き潰すために工作し始めてる』——ってね。

 

 

 

 それがウリューのシード権剥奪の真相。あくまで噂でしかなかったが、こうして大会当日を迎えると仮説に現実味が帯びてくるものばかりがマリさんには見えたらしい。その最たるものが、さっきも言った灰問の涅槃(グレイヴァーナ)の登場だった。

 

 本来A級が格下のトーナメントに出場するメリットは薄い。いくら優勝賞金が出るとはいえ、既に高い知名度を持つA級トレーナーが広告のためにわざわざ出張る意味はない。むしろ敷居を下げたと見られて評価を落とす原因にも繋がるし、そこで負けようものならそのデメリットは計り知れない。

 

 従ってリスクばかりが増える下のグレードで戦いたがるA級はまずいない。それが暗黙の了解で、実力で差別化されたトーナメント制度を荒らさない意味でも揺らぐことのない原則だった。

 

 それでもリチュウさんはここにいる。それが意味するのは——。

 

 

 

「——ユウキ選手。選出完了をお願いします」

 

「え、あ!すみません!今します!」

 

 

 

 意識の外から声をかけられ、ハッとして自分の置かれた状況を思い出した。

 

 今は新春トーナメント一回戦。俺にとっては今後を占う大事な滑り出しだ。もう選出も完了して、試合開始の合図を待つ観客に囲まれている。何やってんだ俺は——!

 

 

 

(人のこと気にしてる場合じゃない……とにかく今はこの一回戦に集中——シャキッとしろ俺!)

 

 

 

 審判に急かされてようやく意識を取り戻した不甲斐なさを自分で顔を叩いて払いのける。

 

 後ろ暗い事情があるからって俺には関係のない話——それで『負けました』なんて笑い話にもならない。

 

 そんなんじゃ、手持ちのこいつらにも悪いってもんだ——。

 

 

 

「悪い。ちゃんとするから——頼んだぞお前ら……!」

 

 

 

 俺は気を引き締めてボールを強く握る。中にいる相棒たちへ気持ちを伝えるように。

 

 このトーナメントで結果を出す——今まで積み上げてきたものの答えを知るために。

 

 

 

 俺たちが今どこにいるのかを確認するために——!

 

 

 

——対戦開始(バトルスタート)!!!

 

 

 

 

 

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今はただ、目標に向けて——‼︎



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第190話 一回戦


目薬差すの一生下手くそ芸人。




 

 

 

 ウリューを中心とした噂は、マスコミ関係者を通じて多くの人間に伝わっていた。

 

 昨年から頭角を表し始めた“瀑斬の青鬼(アズールオーガ)”と呼ばれるトレーナーの姿勢をHLCが危険視。多くのトレーナーに悪影響を与えるとして意図的に彼のトーナメントでの審査基準を厳しめに設定していた。

 

 シード権獲得の阻害は、人々から彼への注目を阻むと共に、多くの試合を積むことでいずれ彼がボロを出し、どこかでつまづくことを期待しての工作だったが、結果は逆効果。ウリューは圧倒的タフネスを誇るギャラドスのバクアと共にあり得ない試合ペースでもって各トーナメントを蹂躙していった。

 

 それに羨望の眼差しまで注がれるとあってはHLCの掲げる理念のひとつ、『競技思考を育むプロリーグ』が危ぶまれる。大袈裟に聞こえる——と考える者も多いが、実際ウリューのスタイルが多くの若いトレーナー候補者たちに影響を与え始めているのは事実だった。

 

 旧体制の血生臭さすら醸し出すリーグ環境に戻ることを組織は絶対に良しとしない。例えそれが小さな芽であっても、発見次第叩き潰す——HLCの存在意義を守るために。

 

 その結果、組織は刺客を放つ。プロでも活躍し、今のHLCらしさを全面に打ち出すような模範的なプロトレーナー——それが灰問の涅槃(グレイヴァーナ)ことリチュウである。

 

 

 

「し、試合終了……‼︎ 勝者、アクア団のウリュー——‼︎」

 

 

 

 新春トーナメント第一回戦。試合開始から五分後に響いたのは、ウリューが相対するトレーナーの手持ちを全て屠ったことを示す審判からのコールだった。

 

 相手はB級トレーナーだが、この新春に参加できるほどの力を有する人間だった。この日のため——さらにその先を見据えて研鑽を積みに積み、手持ちのポケモンとの絆を育んできた実直なトレーナー。

 

 だがウリューはそんな男をものの五分で撃破。歯牙にも掛けない強さでもって、彼の夢を粉々に粉砕したところである。

 

 

 

「やっぱすげぇ瀑斬の青鬼(アズールオーガ)!」「本当にギャラドス1匹で全滅させちまったよ!」「ねぇねぇ、ちょっと怖いけどカッコよくない……?」  

 

 

 

 ウリューとギャラドス(バクア)によるバトルは観客たちを大いに刺激した。巨体から繰り出される技の数々。そのひとつひとつに乗せられた“殺意”ともとれる研ぎ澄まされた戦闘意識。対戦者を射抜く眼光とストイックさを滲み出す彼らに、オーディエンスは興奮と期待で拍手を送った。

 

 そんな中、リチュウは一人呟く。

 

 

 

「ギャラドスの高い物理能力を活かしたオフェンシブなスタイル。多少の攻撃は避けもせずに真っ向から敵を粉砕するか……まさに狂犬。それらしく戦ってくれるじゃないか」

 

 

 

 試合の間、リチュウは彼らの始終を見守っていた。バクアによる猛攻。一切手を緩めないウリューの戦術。他者へのリスペクトも容赦もまるでない、純粋な勝ちのみにこだわる思考、意識——総じた評価を鼻で笑う。

 

 その不敵な笑みをウリューもまた見つけ、小さく舌打ちをする。

 

 

 

「チッ……見てんじゃねぇよ……!」

 

 

 

 ウリューは見下ろしてくるリチュウに憎々しく視線を向ける。彼がシード選手であり、一回戦は手隙となるためこうした“敵上視察”は珍しいことではないが、そんなことをウリューが考慮するはずもなかった。

 

 見られた煩わしさを隠す気もなく、顔に出して睨み返す。リチュウはその意気込みだけは買おうと言うように、表情そのままで立ち去ろうとした——。

 

 

 

「敵上視察とは殊勝な心掛けですなぁ〜。流石A級トレーナーさまやで♪」

 

 

 

 リチュウの行先に、軽薄な声を発しながら立ち塞がったのはジンだった。ホウエン最強と名高い彼の登場で、どっしりと構えていたリチュウに緊張が走る。

 

 

 

星帝(シリウス)——貴様……!」

 

「なんや、天下のA級さまにも知ってもらえとるとは光栄やねぇ〜♪ サイン書いたろか?」

 

「相変わらずの軽口だな……その戯れで一体どれほどのトレーナーが迷惑を被ったか……‼︎」

 

 

 

 ウリューとは相対的にジンには敵対心を丸出しにして身構えるリチュウ。単に実力差がそうさせるというわけではないようで、眉間に皺を寄せるほどの怒りを彼に対して抱いていた。

 

 

 

「迷惑ぅ〜?んー……あかんわ。なーんも思い出せへん。これあれや。記憶ニゴザイマセンっちゅうアレや♪」

 

「惚けるなッ‼︎ 昨年末、貴様の不用意に放った発言でトレーナーたちを煽ったことを忘れたとは言わせんぞッ‼︎」

 

「おー怖っ。急にでっかい声だすなや君ぃ」

 

 

 

 激昂するリチュウの言葉を受けても飄々とした態度を崩さないジン。白いトレーナーの言葉に見当がつかない彼だが、この事件を忘れているトレーナーの方が少ないだろう。

 

 昨年末——ホウエンの年を締め括る一大イベント、“ホウエンリーグ決勝”。そのエキシビションの試合で見せた圧倒的実力差から起きた“私刑(リンチ)”。さらにその後ジン本人が放った言葉と共に、あの事件は人々の脳裏に焼きついていた。

 

 

 

——死ぬ気で挑みに来いッ!路傍の石ころ共ッ!!!

 

 

 

「あのトーナメント以降……明らかにホウエントレーナーの意識は変わった。いや()()()()()()()……貴様の発言によって、ホウエンの秩序は乱されたのだ‼︎」

 

「そないでっかい声出さんでも聞こえとるっちゅうねん……耳痛ぁ〜」

 

「話を聞かん!自覚も足らん!そんな姿勢であんな無責任なことをよくも宣ったものだ‼︎ それで今度はあの狂犬を消しかけようというのだろう?どこまで我々を愚弄する気だ⁉︎ 貴様にどれほどの実力があろうとも、私は認めない……この恥晒しめッ‼︎」

 

 

 

 吐き捨てられた言葉にジンは冷ややかな視線だけを返す。まるで意に介していない様子の最強に、これ以上何を言っても無駄なようだと悟るリチュウ。

 

 

 

「——覚えていろ。奴の首に縄を付けたら、次は貴様だ……‼︎」

 

 

 

 最後、ジンの前を横切ったリチュウはそう言い放ってその場を後にした。

 

 その間、ジンは一言も発さずにただ彼を見送る。その背中が小さくなるのを眺めながら、星帝(シリウス)は一人で呟いた。

 

 

 

 ほくそ笑む口で——。

 

 

 

「…………その意気やで。おにいさん♪」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「よっしゃァァァやっちまぇザングース(ザンバ)ァァァ!!!」

 

——シャアーーーッ!!!

 

 

 

 新緑の髪を揺らしてヒデキが叫ぶ。それに呼応する相棒のねこいたちポケモン“ザングースのザンバ”が鋭い爪を研ぎ澄ませて、蓮の葉を頭に乗せた恰幅のいいルンパッパに襲いかかった。

 

 既に相手は手傷を負い、満足に逃げることもできない。この猛攻から逃れる手段をトレーナー共々探るも見つからない。全てを悟ったトレーナーは悔しそうに瞳を閉じる。そして——。

 

 

 

——“ブレイククロー”!!!

 

 

 

 ザンバの右刺突が赤々と輝き、稲妻のような軌道を描いてルンパッパの胸を斬り裂いた。文句なしのクリーンヒットであえなくダウン。その一撃がヒデキたちの勝負を決した——。

 

 

 

「ルンパッパ戦闘不能!ザングースの勝ち‼︎ よって勝者——“トウカジムのヒデキ”!!!」

 

 

 

 最後に軍配が上がった瞬間、観ていた者たちと勝者であるヒデキが飛び上がるようにして歓声を上げた。

 

 その盛り上がり具合が行われた試合の熱量を物語っている。それら全てを映し取らんとカメラを回すダイが興奮気味で口を開いた。

 

 

 

「互いの得意距離が近接戦闘。おでこぶつけての高次元の接近戦——流石に見応えありますねぇ今年の新春は!」

 

 

 

 ダイが息巻くのも無理はない。今年度は新人がめきめきと頭角を表し始めた豊作の年。先ほど繰り広げられていたレベルのバトルはとてもグレート2のそれではなかったのである。ヒデキも負けたトレーナーも、どちらにもこの喝采は贈られて然るべきだった。

 

 その横にいたマリもダイの言葉に頷く。

 

 

 

「“トウカジムのヒデキくん”——物理技による近接攻撃を主体に戦うポケモンを多く手持ちに揃え、激しいクロスファイトを得意とするアグレッシブなトレーナー。ムロで見かけた時よりも風格が出てるわね。実力は申し分ない」

 

 

 

 喜び勇むヒデキを見ながらマリはヒデキを高く評価する。おそらく例年の新春でなら入賞ぐらい訳が無い能力を有しているだろう。

 

 ただ、逆に言えばこのトーナメントがそれだけ強いトレーナーで溢れているとも言える。単純なバトルの強さで決まるわけでは無いとはいえ、ヒデキやそれに匹敵するようなトレーナーが普通にノーシードなのだ。今大会のレベルはとてもグレード2のそれではない。

 

 

 

「あっちでは“アクア団のウリュー”が早速ノーシードを負かしてたわね。一回戦では今のところ最速じゃない?」

 

「人混みに手間取って撮影間に合いませんでしたもんね。早すぎでしょ彼……」

 

「言い訳しない!そのデカい図体も肝心なとこで役に立たないんだから!」

 

「そりゃないっすよマリさーん!」

 

「まぁ……それはお互い様なんだけど……」

 

 

 

 ウリューは今大会でも注目株の一人。その開幕1戦目を撮り逃した損失は大きい。ジャーナリストとして不覚を取ったとマリは自分にも厳しく自責しながら、悔やんでもしょうがないと切り替える。

 

 見なければいけない選手は他にも大勢いるのだから——。

 

 

 

「——勝負アリ!勝者“トウカジムのヒトミ”!!!」

 

 

 

 別コートでヒデキの同門であるヒトミの勝鬨が上がる。そこでは落ち着いた顔つきで手持ちをボールに収める彼女の姿を確認できた。

 

 

 

「ヒトミちゃんも順当に勝ち上がったみたいね。ヒデキくんと同時期にプロ入り。アマの頃から手厚く育てられたポケモンと緻密な戦略と広い視野を活かして試合をコントロールするスタイルのトレーナー。彼女の戦い方はスポーツというよりは将棋やチェスのようなボードゲームを彷彿とさせるわね」

 

 

 

 血の気の多い新人たちの中で、彼女の落ち着きぶりと戦闘スタイルはある意味で異質だった。ベテランのような試合運びには歓声よりも感心の声が多く上がる。見る者が見ればわかる戦略の数々にため息が出るのだ。

 

 やはりヒトミもまた、このトーナメントでは光るものを持つ一人である。

 

 

 

「くぅ〜!こんだけの顔ぶれが揃うなら各企業も黙ってられませんよ!こいつは大変なことになりそうだ……!」

 

「あんた、今日はやけにはしゃぐわね」

 

「そりゃそうっすよ!なんたってここには今日ユウキくんがいるんですよ?やっと……やっと彼にも陽の目が……!」

 

 

 

 ダイは1ヶ月前の事件を機に、本格的にユウキへ傾倒するようになっていた。悲惨とも言える過去を抱え、それでも尚戦おうと奮起する少年ユウキ。その道のりは多難の日々であり、入賞したはずのトーナメントは全てトラブルにより途中中断。それを二度も食らって未だに結果を出せていない彼を思うと、ダイが涙目で握り拳を作るのも仕方がなかった。

 

 そう考えると、本当に不憫でならないとマリは頭を抱えるのである。

 

 

 

「どーしてまたこんなイレギュラーな大会に出ちゃうのかしらねぇ彼は。いくら周辺評価へのアピールができる場とはいえ、たまたま難易度が跳ね上がった新春に顔出しちゃうなんて……つくづく間の悪い子よ」

 

「わかってないですねぇマリさん。彼はこういうシチュエーションだからこそ燃えるタチなんですよ」

 

「ちょっと……さっきからウザいわよアンタ」

 

 

 

 ユウキの境遇は実際可哀想と言って差し支えない。しかしそれを乗り越える気しかしないダイには演出を彩るスパイスにしか見えていない様子だった。

 

 それは流石に楽観的過ぎるだろうとマリは呆れていた……そんな時、別のコートではどよめくような観客の声が響き渡る——。

 

 

 

「あっちも勝負は佳境みたいね——って、あれユウキくんのいるコートじゃない⁉︎」

 

「やばっ!もしかして勝負決めちゃった⁉︎ 待って待って!まだカメラのバッテリー交換が——」

 

「早くしなさいよっ!先行ってるわよ‼︎」

 

「待ってくださいよマリさーーーん!!!」

 

 

 

 ユウキのコートで何か動きがあったことに不覚を取ったマリは慌ててそちらへ駆け寄る。ダイのことは捨て置いて。

 

 人混みに囲まれたコートの状況を見るために強引に前に出張るマリは、群衆をかき分けてなんとか前に出た。

 

 

 

 そこで彼女が目にしたものは——意外な光景だった。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキが引き連れたポケモンたちはジュプトル(わかば)マッスグマ(チャマメ)ビブラーバ(アカカブ)カゲボウズ(テルクロウ)——この4匹。

 

 生後間も無く、まだバトルに出すことはできないルリリ(アマル)を両親に預けて挑んだ今日の舞台。彼らの調子は悪くなかった。

 

 トレーニング疲れによる試合影響を考慮したスケジュールを順調にこなし、今朝のアップでは充分なパフォーマンスを披露。4匹とも活力を漲らせてこの試合に臨んでいた。

 

 

 

 だからこそ解せない。何故——。

 

 

 

(どうしてこうなった——⁉︎)

 

 

 

 ユウキは下唇を噛み、悔しさを滲ませる顔つきで思考を回す。

 

 既にコートにいるアカカブは傷だらけであり、相手にしているサマヨールのダメージと比較しても明らかに旗色が悪かった。

 

 問題となったのは初手。チャマメとサマヨールのマッチアップから始まったのだが、ノーマル技が効かないゴーストタイプを見るやユウキは交代を選択。代わりに繰り出したアカカブに対して、サマヨールは“黒い眼差し”を発動。自身がコートに立つ限り、ユウキはアカカブを引っ込めることができなくなった。

 

 サマヨール側は明らかに搦手で来る姿勢。交代を封じられたことを危険視したユウキは早めに勝負を決めようとアカカブで果敢に攻める——一見、その攻撃は通用しているように見えた。

 

 

 

「アカカブ!“地震”——‼︎」

 

 

 

 ユウキの指示でアカカブは跳躍。急降下と同時に地面を体で打ち叩いて激しい衝撃波を発生。サマヨールを吹き飛ばすほどのパワーで攻撃した。だが——。

 

 

 

「サマヨール!“痛み分け”だ‼︎」

 

 

 

 攻撃を受けた直後、サマヨールは被弾から復帰して目を怪しく輝かせる。既にマーキングを許してしまっているアカカブはこの変化技の影響から逃れる術はない——。

 

 

 

「くそ!また⁉︎」

 

——ビビィ……‼︎

 

 

 

 サマヨールに睨まれたアカカブは体に覚えのない痛みを生じさせて顔をしかめる。ユウキはその様子から先ほどと同じ要領でダメージを受けたと理解した。

 

 “痛み分け”——互いの感覚を生命エネルギーで接続後、任意のタイミングで共有する変化技。この技を受けたポケモンは、互いのポケモンの体力を足して半分にしたものを均一化、再分配されるのである。

 

 当然体力が多いポケモンほど減らされる体力は大きく、逆に痛手を負った側のポケモンはある程度の回復が見込める。それをカウンターで発動すれば、アカカブが苦悶の表情を浮かべる結果への繋がるのだ。

 

 この姿勢がユウキに攻めあぐねさせていく……。

 

 

 

(こっちの攻撃は“痛み分け”で返される……これをどうにかするには次の一撃で確実に沈めるしかない!でも——)

 

 

 

 “痛み分け”の攻略法は至ってシンプル。使われる前に倒し切ることである。当然そのことをユウキが知らないはずはない。だがそれを実行するには、今のアカカブでは火力が足りなかった。

 

 今ので二度目の“地震”。どちらもクリーンヒットしていること、それでも反撃に躊躇がない様子からして、サマヨール側にはまだ耐えられる算段があるようにユウキには見えた。もしこのまま次も同じ攻撃を仕掛けたとしても、結果はおそらく変わらないだろうと。

 

 イタズラに攻めても埒が明かない——そう思い、ユウキが攻め手を緩めたその時を相手トレーナーは見逃さない——!

 

 

 

「今だ——“鬼火”ッ‼︎」

 

 

 

 ユウキが様子見のために一瞬気を緩めた隙にサマヨールは青白い炎を生成。アカカブ目掛けて炎弾を飛ばす。“痛み分け”の疲労で動きが鈍ったアカカブにこれを躱す余力はなかった。

 

 

 

「しまった——‼︎」

 

 

 

 ユウキは事態の悪化に青ざめる。今の降着状態で“鬼火”の被弾を許したのは致命傷だった。

 

 “鬼火”は当てた相手を『火傷』の状態異常にさせる変化技。この状態は疾患者の体力を時間経過で奪っていき、物理攻撃能力を半減させる効果を持つ。

 

 アカカブは物理主体のアタッカー。この状態は機能不全を引き起こしたと言って差し支えなかった。その上ダメージを受け続けるとなると——。

 

 

 

(これで向こうにダメージソースまで確保された!ますますサマヨールの突破が無理ゲーくさくなってきた……今のアカカブじゃアレを倒し切るのは……でも交代は封じられてる‼︎)

 

 

 

 対面したポケモンで倒す算段がつかないのなら別のポケモンで突破口を探る——バトルの常套手段を封じられたユウキにこの展開は苦しさを増し加えた。

 

 だが黙していてもただアカカブの体力を無駄にするだけ……できることをするしかない。

 

 

 

“竜の息吹”——!!!

 

 

 

 ユウキの掛け声でアカカブは麻痺性のあるブレスを勢いよく吐く。火傷により物理技の効果を見込めない状況で、唯一使える特殊技を主体に戦うことを選択。

 

 だがそれは焼石に水——サマヨールは僅かに距離を取るだけで簡単に攻撃を躱してしまった。

 

 

 

「やっぱり懐に飛び込まないと簡単には当たらないか!」

 

「いいぞサマヨール!向こうに今のところ怖い攻撃はない!じっくり料理してやれ‼︎」

 

「くっ——‼︎」

 

 

 

 今のが苦し紛れの攻撃だと見抜かれたユウキ。実際これしかない現状、図星という他なかった。

 

 “竜の息吹”はあくまで牽制。近接主体のアカカブの攻撃レンジを相手に誤認させたり、威力を軽んじて受けてきたポケモンに『麻痺』を加えたりなどの役割がほとんどである。

 

 今のはそのどちらでもないその場しのぎの攻撃——とはいえ、やらないよりはマシだとユウキは心の中で言い訳するようにネガティブな思考を払い除けた。

 

 その様子を見ていた観客——タイキは苦しそうにする友人に必死で声をかけ続けていた。

 

 

 

「頑張れアニキィーーー‼︎ 負けんなアカカブゥーーー‼︎」

 

 

 

 戦況はユウキにとって明らかに不利。まだ最初の1匹とはいえ、今後の試合展開に暗い影を落とすこの状況はタイキにとっても不安で仕方なかった。

 

 それを振り払うように、またユウキがこの状況も乗り越えられることを信じて、真っ直ぐに声援を送る。そこへやってきたのはセンリとサキ、それにユリを加えた三人だった。

 

 

 

「遅れてすまない!戦況はどうなってる⁉︎」

 

「遅かったな。ちょうど今お宅の息子さんが負けそうになってるとこだ」

 

「なんて事言うんスか‼︎ まだ負けてないっスよ!!!」

 

 

 

 ユウキの状況を尋ねたセンリに対して、タイキの横で観戦していたカゲツが答えた。縁起でもないことを言う師匠に対して、タイキは必死で訂正する。

 

 不穏な空気を感じたセンリたち。その中にいたユリが詳しい状況を今一度質問した。

 

 

 

「ユウキさん、苦戦してるってことですか?」

 

「あぁ。そりゃもう手玉よ手玉。サマヨールに“黒い眼差し”使われて、“痛み分け”と“鬼火”でズルズルと……」

 

「かなり旗色が悪いわね。それで……ユウキに策はありそう?」

 

 

 

 カゲツの説明から大体を察したサキが、今度はカゲツの戦況予測を問う。どんなシチュエーションでもユウキが諦めることはないだろうとこの場の誰もが認めている。そんな彼に、実際のところ逆転の目があるのか——という質問だった。

 

 しかし、カゲツは肩をすくめて気だるげに言う。

 

 

 

()()()()()()()だな。この試合、別に相手が強くて不利背負ってるわけじゃねぇ。今の状況は完全にあのバカ弟子がやらかした結果だからな」

 

「なっ——アニキに悪いとこなんてなかったッスよ⁉︎」

 

 

 

 それを聞いて反論したのはタイキだった。カゲツと同様、終始ユウキを見ていた彼に落ち度は見つけられなかった。憧れのアニキへの不当な物言いを咎められるカゲツだったが、眉ひとつ動かさずに説明を始める。

 

 

 

「初手で一も二もなく即交代だぞ?サマヨールの戦法のカケラも覗かずに安直に交代して隙見せるなんざ凡ミスもいいとこだぜ」

 

「そ、それでもタイプ相性が悪いんならしょうがないッスよ!チャマメの対ゴースト戦は前にヒメコと戦った時に痛い目見たんスから!」

 

 

 

 去年、キンセツで戦ったヒメコと当時まだ彼女の手持ちだったカゲボウズ(テルクロウ)に苦しめられたユウキとチャマメ。ゴーストタイプにノーマル攻撃は軒並み無効化されてしまう点の攻略で頭を悩ませたことがあった。

 

 それを引き合いに出すタイキだが、すぐ切り返すカゲツ。

 

 

 

「そん時はまだ【亜雷熊(アライグマ)】が完成してなかったからな。技の反動嫌って使わなかっただけ。だが今はその課題もクリアしてるだろ?電気タイプが付与されたチャマメなら、サマヨールに対しても有効打になる」

 

 

 

 【亜雷熊(アライグマ)】はチャマメの特別な体毛により電気を蓄積する特性を活かした“電磁波”の派生技。筋肉動作に電気負荷を掛けたフィジカル強化に加え、物理攻撃が全て電気タイプを帯びるようになるチャマメの得意技である。

 

 それが通用するかどうかの確認も、件のヒメコ戦でできていることを考えると、確かにユウキの即時交代は悪手だったのかもしれない。

 

 

 

「それにあいつは元々情報を引き出してからが本領のトレーナー。材料になるもん集めなきゃ話にならねぇ。交代先に“黒い眼差し”使われて突っ込むような真似してるようじゃなぁ……」

 

「確かに……アニキらしくないって言えばそうかも知んないっスけど……」

 

 

 

 カゲツの物言いに不満を感じつつも、確かにいつものユウキにはない違和感にタイキも気付き始めていた。

 

 今日の彼はどこか精彩を欠いている。そんな気にさせる言葉だった。

 

 

 

「挙げ句の果てに“鬼火”まで食らったとなると……こりゃ本格的に陥ってるかもなぁ」

 

「陥ってるって……なんスか?」

 

「あれだよあれ……やべ、ど忘れした。えっと——」

 

「『イップス』——ってやつ?」

 

「おーそれそれ」

 

 

 

 カゲツが思い出せないでいた単語を引き出したのはユウキの母、サキだった。詰まってたものが取れたようにご機嫌な顔で返事する師匠だが、事態の深刻さを示すそれに周りの人間の顔は険しくなる。

 

 

 

「なんかしらがキッカケでいつものようなプレイができなくなる精神疾患。今日のあいつはまさにそれって感じだな」

 

「アニキがイップス……⁉︎ 流石に決めつけが過ぎないッスか⁉︎」

 

「だったらなんで“鬼火”くらったんだよ。あれは見慣れた技だろ?」

 

「………!」

 

 

 

 カゲツが提示した疑問点でタイキも何かに勘付いた。

 

 不意に放たれた“鬼火”。通常これに当たるのは珍しくない。弾速は遅い変化技だが、初見で躱すとなるとある程度の距離、反応速度が求められるからだ。

 

 それが本当に初見なら——ではあるが……。

 

 

 

「アニキには時論の標準器(クロックオン)があるはずなのに……なんで⁉︎」

 

 

 

 時論の標準器(クロックオン)——。

 

 ユウキが発現させ、成長に伴って進化した“感添(かんてん)”の固有独導能力(パーソナルスキル)

 

 視界に収めた光景に独自のイメージで作り出した照準器によって、少し先の未来を予見する超高度な感知能力である。

 

 発動条件は高い集中力と材料となる事前情報の収集。ユウキの経験則にしたがって自動で高速処理された情報が、彼にこれから起こる危険や役立つ道筋を教える——というのが能力の概要だった。

 

 しかしそんな能力を持ち合わせておきながら、ユウキは相手からの決定的な攻撃を受けてしまった。それも普段見慣れたはずの“鬼火”を——である。

 

 

 

「“鬼火”はカゲボウズ(テルクロウ)の得意技だ。いくらサマヨールと体格が違うからって、何の変哲もない火球を普段のあいつが見落とすか?少なくとも能力が正常に作動してるなら、何かしらの回避行動くらい取るだろ。それをびっくりしてそのまま食らうとか……」

 

 

 

 それはここしばらく、彼の様子を知っていた二人には考えられない話だった。

 

 時論の標準器(クロックオン)は発動条件こそ厳しいものの、これまで必要な時には必ず作動していた。ユウキ自身が信頼を寄せている様子からも、安定性に関してはかなり期待できると見てよかった。

 

 そして“鬼火”は他でもない自分の手持ちの技。今日まで何百回と見てきた技に、能力が反応しないはずがなかった。

 

 避けられたはずの攻撃を受けてしまったということ。つまり……ユウキに起きている異変の原因は——。

 

 

 

「まさか……アニキ、固有独導能力(パーソナルスキル)使えないんスか——⁉︎」

 

 

 

 タイキの予測は——半分当たっていた。

 

 

 

(能力が………()()——‼︎)

 

 

 

 ユウキは視界に映る自分のヴィジョンにやきもきする。

 

 イメージでできた緑光の照準そのものは現れているが、いつもと比べて数が少ない。状況の急所とも言うべき箇所をほとんど見つけられていないのである。

 

 ユウキはそんな自分の能力を感覚的に“重い”と表現したが、今まで機敏に動いていたものの取り回しが悪くなったという意味で、それは確かに彼の戦い方を鈍重にさせていた。

 

 情報を得ても中々見つからない敵の隙。致命的な“鬼火”の被弾を許した事実。時論の標準器(クロックオン)の不調は確実にユウキたちを不利に追い込んでいく……。

 

 なんとかして突破口を探るべく、能力の立て直しを計るが——いたずらに時間が過ぎていくだけだった。

 

 

 

(なんで、今までこんなこと——いや、原因を考えてる場合じゃない!早くなんとかしないと——)

 

 

 

 鈍くなる一方の感覚に振り回されるユウキだったが、深刻なのは自分のことではなく試合展開の方だとすぐに意識を改める。

 

 迷いを噛み殺して自前のマルチナビを開いて時計を確認——既にこの戦闘で20分以上を費やしていた。

 

 

 

(向こうはアカカブに決定打がないのを知って火傷での削りで勝とうとしてる……だけど、いくら“痛み分け”で体力を減らされたとはいえ流石に制限時間の方が先に来るのを察する頃合いだ……となると、サマヨール側はもう計画(プラン)を“TOD”*1に切り替えてると見ていい……!)

 

 

 

 相手が完全に待ちの姿勢を維持していることからもそれは窺える。補助技を3種類も使用して搦手を使ってくる手合いであることから、目の前のサマヨールは基本的に直接的な攻撃で勝つタイプではないことは予想できた。

 

 TODを最初から意識していたのかはわからないが、この手の戦術は一度ハマると抜け出すのが難しい。ユウキはそれを再確認して、現実を受け止めるよう努める——。

 

 

 

(幸い固有独導能力(パーソナルスキル)そのものが死んでるわけじゃない……アカカブの状態も確認できる。動けないほどの具合じゃない)

 

 

 

 火傷を負ってしまってはいるが、アカカブはまだ戦う意志を強くしている。空振りが続いてかなりご立腹のようで、ストレスが能力を介してユウキにも伝わっていた。

 

 とはいえこのままではジリ貧……あそこまで下がられたサマヨールを追い回してもイタズラにスタミナを使い果たすだけである。

 

 

 

(考えろ……こういう戦略を立ててくる相手がいることは事前に想定済みのはずだろ……!キツい状況だからって心が先に折れたら終わりだ……負けられない……こんなところで‼︎)

 

 

 

 ユウキの意志も潰えてはいない。謎の不調で動揺はしたが、それを言い訳にするつもりはなかった。

 

 いつも通りで居続けるのは難しい。浮き沈みは誰にでもある。その中でも、今できるベストを尽くすのがプロである。その矜持を支えるのは、応援してくれている仲間の存在——。

 

 

 

(タイキもカゲツさんも……親父や母さんだって!俺がこんなところで負けるのなんかみたくないだろ‼︎ 勝たなきゃ……勝って俺たちは進むんだ……‼︎)

 

 

 

 これまでにない確固たる意志——それが気迫となってユウキを昂らせる。

 

 相変わらず時論の標準器(クロックオン)の動作は芳しくないが、その熱気は対戦者に固唾を飲ませた。だがそれで引くトレーナーではない。

 

 

 

(凄んだって無駄さ……勝ちたいのは俺たちも一緒なんだ‼︎)

 

 

 

 対戦相手の男もこの試合には並々ならない決意で臨んでいる。チラリと手元の時計を確認しながら、男は下唇を噛み締めた。

 

 

 

(見栄えは悪いけど……間違いなく勝てる手段が目の前に転がってる!例え観客が辟易するとしても……このバトルは俺たちがいただく‼︎)

 

 

 

 既にこの試合、九割がた勝負がついたと席を立つ観客が後を絶たなかった。そればかりか、戦い方を指して「退屈」、「つまらない」という声までが男の耳には入ってくる。

 

 人気商売という側面を持つプロトレーナーにとって、目的を果たしたらあとは時間を潰すだけという戦術はあまり受け入れられない。人は止まっているものよりも動くものを目で追い、心動かされるものだ。その点で言えば、試合展開を酷評されるのも仕方のないことではある。

 

 だがそんな気後れも『勝利』という二文字の前では意味を成さない。臆病者のレッテルを貼られても、それを超える成果で雪いでしまえばいい。そのためならば、今罵声を浴びせられようとも——そう考えていたところでユウキは動く。

 

 

 

「時間との勝負だ!気張れよアカカブッ‼︎」

 

——ヒバァッ!!!

 

 

 

 ユウキの喚起とアカカブの怒号が唸りを上げる。それで男は攻撃の気配に冷や汗を垂らしながら身構えた。

 

 負けられない——一部の隙も見せてなるものかと迎撃態勢を取る。

 

 

 

——“砂地獄”!!!

 

 

 

 アカカブは特性“浮遊”で地面を滑走——前進したまま土煙を上げる息を吐いて砂塵の竜巻を作り出した。

 

 

 

「怯むなサマヨール!これは陽動——‼︎」

 

 

 

 だが男もすぐさま技の目的を看破。巨大な竜巻は一見サマヨールを巻き込まんとして放たれたように見えるが、目標に達するにはまだ少し距離があった。

 

 距離を詰めてから使わないことから、その目的がこちらの視界を遮ることだと気付いた男。であれば、無闇に動くのは悪手。敵が砂塵を突破してくるのを待つのみである。

 

 

 

「…………まだ、来ない?」

 

 

 

 “砂地獄”の中をよく見る男。完全に姿を消したアカカブがそのどこかから、あるいは両脇から飛び出して来るのを警戒するのは当然だった。

 

 しかし砂埃の向こうからは未だ攻撃の気配は感じられない。一瞬読み違えたかと思ったが——。

 

 

 

「違う——下だサマヨールッ!!!」

 

——ヨマッ⁉︎

 

 

 

 男の叫びにサマヨールは下からの気配を察知。地中を進む何者かの振動を足の底から感じ、即座に身体を後退させた。

 

 直後、地中から飛び出してきたアカカブは苦虫を噛み潰したような顔をする。外した——と。

 

 

 

“穴を掘る”か——だが残念!当たってやらねぇよ‼︎」

 

「でも距離は詰まった——‼︎」

 

——“竜の息吹”‼︎

 

 

 

 アカカブは攻撃を外したのも束の間、即座に黄色いブレスを吐きかける。ギリギリで躱したサマヨールの重心はまだ後ろに残っていたため、これを躱すのは先ほどよりもシビアになった。

 

 今度こそ当たる。その願いの行方は——。

 

 

 

“ナイトヘッド”——!!!」

 

 

 

 サマヨールは向かってくる攻撃に対して“ナイトヘッド”を使用。自身のエネルギーを膨張した自分の姿に変えて発散し、“竜の息吹”を相殺する。

 

 

 

「あぁ!もうちょいだったのに——」

 

「いや、まだ終わってねぇ……!」

 

 

 

 攻撃のチャンスをふいにしてしまったと嘆くタイキ。だがカゲツにはまだ先が見えていた。

 

 彼の読み通り、ユウキとアカカブの攻めっ気は緩んでいない。むしろここからがユウキたちの本領だった。

 

 

 

「もう一度“竜の息吹”ッ!!!」

 

「無駄だッ!“ナイトヘッド”で迎撃しろッ!!!」

 

 

 

 ユウキは再度ブレス攻撃を選択。男はそれを掻き消すために“ナイトヘッド”を発動させ、攻撃の一切をシャットアウト。

 

 アカカブは懸命に麻痺性の息吹を照射するが、サマヨールの防御膜を破る気配はない。

 

 

 

(残り時間はもう少しで1分を切る——このまま行けば俺たちの勝ちだッ!!!)

 

 

 

 男は半ば勝利を確信。ここまで近づいても“竜の息吹”一択の様子から、相手にもうこれ以上の攻撃の攻撃はないことを悟った。

 

 火傷による攻撃力半減でメインウェポンをもぎ取り、“痛み分け”とスリップダメージで判定勝ちを確信できる状態まで削ぎ落とした。交代は依然“黒い眼差し”で封じている。ここから新手の登場はあり得ない。

 

 全ての条件が自分の勝ちを揺るぎないものにする。その感覚に自然と口元が緩む男——だったが。

 

 

 

「“ナイトヘッド”を破るほどアカカブの特殊攻撃は強くない……だけど、足は止まるよな……!」

 

 

 

 その勝利に暗い影を落とす。影の正体は——巨大な砂塵だった。

 

 

 

「なっ——この竜巻は——⁉︎」

 

 

 

 突如サマヨールを飲み込んだのは“砂地獄”。しかしそれはアカカブが技を切り替えて発生させたものではなかった。

 

 その“砂地獄”は、既にコートに出現していたものである。

 

 

 

(技の持続時間が異常に長い……⁉︎ くそ!目の前のビブラーバに集中し過ぎて気付くのが遅れたッ‼︎)

 

 

 

 アカカブの“砂地獄”は長いの鍛錬で発生時間が大幅に伸びていた。さらに発動後は敵を目掛けて追尾するホーミング能力も付与。しかし本来、技の速度の遅さは解決されていないこれを当てるのは至難の業だった。

 

 男は守れば勝てると疑わない。攻めて自分から隙を作らないようにした上でユウキたちの動向を注視してくるその警戒心を掻い潜らなければならなかった。

 

 数々の戦いを経験したプロの警戒。当然それは一方向からのものに対してだけではなく、あらゆる不測の事態を想定したものとなる。“砂地獄”を初見で使ったとしても、技の持続時間が長いことはすぐに見破られただろう。

 

 

 

「普通なら当たらない……だから飛び込んだアカカブの存在で、“砂地獄”から注意を逸らした……!」

 

 

 

 センリはユウキの目論見を言い当てる。

 

 “穴を掘る”からの急接近は容易く男から“砂地獄”への意識をアカカブへ切り替えさせた。元々陽動だと思っていたものからそうするのは自然といえる。

 

 しかしそれだとまだ弱い。巨大な竜巻は存在感の塊。見た目も音も相当なものだから。

 

 

 

「その上で時間ギリギリまであいつは粘った。残り時間が1分を切るこのタイミング……そうなりゃ意識はますます目の前のポケモンの方に向く……!」

 

 

 

 カゲツは自分で教えた対戦者の心の遷移を読み取って解説する。TODを狙った相手を倒すためにできることを、ユウキ教えていたのである。

 

 試合を判定に持ち込むまでの時間は30分。その間、仕掛けている側はひたすら相手を警戒していなければならない。どんな手段を持ち、攻撃を仕掛けてくるのかに意識を張り詰めさせるのはそう簡単な話ではないのである。

 

 それを完遂するまでに多くの忍耐と集中力が必要。男もその鍛錬は欠かしてこなかったことだろう。

 

 だが最後——勝利があと一歩というところまできたこのタイミングとなれば、視野は無意識に狭くなる。

 

 

 

「まさか……通用しないとわかって“竜の息吹”を使い続けたのも……⁉︎」

 

「せめぎ合ってる間は互いの攻撃に集中するもの……足を止めてくれたのはラッキーだったけど——!」

 

 

 

 男は一連の事態を目の前のトレーナーが画策した戦略だと気付く。

 

 だが、考えが至ったのは全て手遅れになってからのこととなったが……。

 

 

 

「TOD最大の弱点は、判定の直前に倒されること——あのカゲツさん(嫌味な師匠)らしい教えだったよ……!」

 

 

 

 そう皮肉って、ユウキは最後に檄を飛ばす。

 

 砂塵の中に閉じ込められたサマヨールをしとめるため仕留める為に——‼︎

 

 

 

“竜の息吹”——!!!」

 

 

 

 アカカブは渾身のブレスを自ら生み出した竜巻に吹きかける。そのエネルギーは“砂地獄”に巻き上げられ吸収——土気色をしたそれが黄色く発光する。

 

 砂に巻かれた竜エネルギーが中にいるサマヨールにトドメを刺す——アカカブの複合派生技によって。

 

 

 

“砂地獄”+“竜の息吹”——

 

 

 

砂塵吹竜縛(さじんすいりゅうばく)”——!!!

 

 

 

 

 

next page ▶︎

 

 

 

 

*1
Time Over Death(タイムオーバーデス)』の略。試合制限時間を使い切っての判定勝ちを狙う作戦。





刹那の画策、轟く勝利——!



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第191話 不調の原因


この連載に並行して別の二次創作書いたらやばいよなぁ。
そう言い続けて2年くらい手付かずの作品が溜まっていく。




 

 

 

「ひっでぇ試合だったなぁ」

 

「マジですんませんでした……」

 

 

 

 仁王立ちする師匠ことカゲツさんを前に、俺——ユウキは平身低頭の構えでもって受け応える。

 

 新春トーナメント一回戦。相手のTOD狙いの作戦を時間ギリギリでひっくり返して逆に判定勝ちを拾った俺は、試合が終わるなりコートを出て今に至る。

 

 あのままあそこに立てるほど、俺の神経は太くない。そういう試合だった……。

 

 

 

「てめぇ。最初の選出時点から他のこと考えてたろ?あれで既に初手から思考鈍らせやがったな」

 

「うっ……」

 

 

 

 正解。相変わらずめざといな。

 

 おっしゃる通り、俺はウリューとHLCの関係を知って少し動揺していた。もちろん試合が始まる前には考えを振り切ったが、心の準備がちゃんとできてないうちに試合開始の合図がなってしまったのは俺の落ち度である。

 

 準備時間だって試合の一部。相手への考察、初動へのイメトレ、コンセントレーション……出来ることを数えればキリがない。

 

 

 

「それでタイプ相性悪いからって安直に交代か。交代際にしっかり技貰って起点になりやがって……」

 

「うっ……」

 

「おまけに能力まで錆びついてるとなると、こりゃ優勝どころか、次の試合すら怪しいなぁ……?」

 

「そんなことまで……」

 

 

 

 試合展開もさることながら、実際やばいのは固有独導能力(パーソナルスキル)——俺の信頼する武器の一つ、“時論の標準器(クロックオン)”の不調だ。

 

 本来の出力が取り戻せていない現状、今までのような反応速度で戦うことができない。ポケモンたちの危険察知が遅れれば、勝率はガクッと落とすことになるだろう。

 

 試合中はそんなこと言ってられなかったから一旦忘れたけど……今更なんで……——と俺が思考の泥沼に入る直前、タイキが割って入ってきた。

 

 

 

「もういいじゃないッスか!アニキ勝ったんだし。アカカブの回復する時間とってまで説教することぁないっスよ!」

 

「ダァホ!誰が好き好んでおんなじこと言うかッ!悪いのはこいつの覚えの悪さだ!」

 

「アニキだって一生懸命なんス!意地悪ばっか言ってないで、たまには『頑張れ』の一言くらいかけてやったらどうっスか⁉︎」

 

「タイキ……カゲツさんも俺のために言ってくれてるんであってな……」

 

「誰がオメェのためだ‼︎ 恥かいた俺に謝れっつってんの‼︎」

 

「え……?」

 

「アニキは黙ってるっス‼︎」

 

「えぇ……?」

 

 

 

 理不尽……というか何を見せられてるんだ俺は?俺の話なのに俺が入っていけないのはなんで?解せん。

 

 とりあえずなんか話が二人で勝手に盛り上がっていくので、俺は言われたことと試合の内容を反芻しながら原因を探ることにした。相手してたらすぐ次の試合が始まっちゃうし。

 

 とりあえずアカカブに傷薬を当ててやろう——俺がそう思った時だった。

 

 

 

「相変わらず賑やかだなアンタら……」

 

 

 

 黒ジャージに金髪、目元のクマが特徴的なヒメコがいつもの調子で話しかけて来た。その後ろには彼女の親友のツバサもいる。

 

 

 

「ヒメコ、ツバサ……!」

 

「よっ。とりあえず勝ててよかったな」

 

「二人とも見に来てくれてたのか」

 

「こんにちはユウキさん!応援に来ましたよー♪」

 

「え、ツバサ……ッ⁉︎」

 

「お。いつかのガキンチョガールズじゃねぇか」

 

「タイキくん!お師匠さまもお久しぶりです!」

 

 

 

 ヒメコはいつものローテンションで。ツバサは丁寧な挨拶で受け応える。それにピリッと緊張したのがタイキ。いつもの口の悪さを披露するカゲツさんと……こっちは散々な顔ぶれである。

 

 タイキは全身の関節と自律神経をやったんかと言わんばかりの緊張っぷりでツバサを見たまま変な挙動を見せている。告って振られた相手だからしょうがないのはわかるけど……。

 

 

 

「振られたんだから緊張してもしゃーねーだろ」

 

「グハッ!!!」

 

 

 

 そこへカゲツさんの容赦のない一撃が入って白目を剥くタイキ。この人に誰か“デリカシー”って概念を搭載していただきたい。

 

 

 

「というか、振った相手によくまぁ普通に話しかけれるな嬢ちゃんも。神経太いっつうかなんつうか」

 

「(シュン……)」

 

 

 

 さらにその毒牙はツバサにまで伸びる。だからデリカシーを云々カンヌン——というかもうこの人つまみ出していいんじゃないか?

 

 嫌味ばっかり言う身内に申し訳なく思っているとヒメコが耳打ちで話しかけてきた。

 

 

 

「おいお前の師匠。なんか機嫌悪そうだな」

 

「あーうん……さっき俺が不甲斐ない試合したからちょっとな……」

 

「勝ったのに?」

 

「内容が酷かったからな。次の試合も怪しいんだよ実際」

 

 

 

 機嫌が悪い——言われてみれば確かにそうなのかもしれない。

 

 カゲツさんはこの大会に臨む前に俺に『優勝しろ』とハッパかけている。あの人にしては珍しく俺に期待しているんだ。それを裏切るような試合したらそりゃ……な。

 

 

 

「ふーん。傍目には相手の判定勝ち奪ったように見えたから、普通にすげぇって思ってたけど。調子悪いんだ?」

 

「いつもみたいにプレイできないんだ……原因もわかんなくて」

 

「まぁ逆に言えばそれで勝ってるんだから……やっぱお前すげぇよ」

 

「あー、いや、でも……うーん」

 

 

 

 ヒメコがせっかく励ましてくれているのに、俺はやっぱり不調の原因の方が気になって素直に賞賛を受け取れなかった。

 

 今悩んでることを口に出してみても解決にはならない。応援に来てくれてる人たちに心配かけるだけだってわかってはいるんだけど……。

 

 自分でも今暗い顔をしているのが、ヒメコの顔つきでわかる。いい加減立ち直らないと——そう思っていたら。

 

 

 

「試合の内容は各スポンサーも見てる。時間ばかりかかってつまんない試合じゃ、そういう人たちの視線を奪うことはできない——心配ごとはそんなとこかしら?」

 

「マリさん……!」

 

 

 

 俺たちの輪の外からした声は、トーナメントを取材していたマリさんのものだった。後ろではカメラを構えたままのダイさんもいる。さっきの試合、やっぱ見られてたか。しかしスポンサーの視線か……あんまり意識してなかったかな。

 

 

 

「そういう心配は……今してる余裕なかったかも……」

 

「そう?でも大事なことよ。あなたが将来、もっと強くなろうとするなら独力の限界がいつかやってくる。才能があってもその磨き方を知ってる専門家や経費を負担してくれるおじ様たちの心を掴まなきゃ……いつか頭打ちよ?」

 

「誰……この人……?」

 

「雑誌記者のマリさん。俺のこと気にしてくれてるんだよ……」

 

 

 

 俺はヒメコにマリさんを紹介しながら、忠告されたことを改めて意識する。

 

 ご高説の通り、俺にはいつか必要になる人たちがこのトーナメントを見学して回っている。A級クラスにもなると必ず複数人ついている担当者たち。彼らはこうしたトーナメントで有望なトレーナーを見つけている訳だ。

 

 そこに食い込もうとしている俺は、今が自分を売り出す千載一遇のチャンス……とわかってはいるんだけど、どうにもそういうのは苦手というかなんというか……。

 

 

 

「嫌なこと言うけどね。世間の評判だってバカにできないの。嫌われたら基本的には終わりの人気商売。どんなに綺麗に咲く花も、日の当たらないところでは萎れるだけだし芽も出さない……って、説教臭すぎたかな?」

 

「いや……言われた通りだと俺も思います。ちゃんとわかってたら、少なくともあんな立ち上がりはしなかった。意識というか覚悟というか……苦手だからってやろうとしないのは、まだ俺が甘い証拠なんで」

 

 

 

 そう。言ってられないんだ。

 

 俺はまだ誰にも見つけてもらえてない新芽。ここに自分がいるってことをアピールしないで、誰かに気付いてもらおうなんて虫が良すぎる。

 

 ここまでした努力のためにも、ついて来てくれるポケモンたちのためにも、期待してくれる周りのためにも……俺は声を出さなきゃいけないんだ。

 

 

 

——《トーナメント一回戦。全試合が終了しました。勝利した選手はお手元の端末よりトーナメント表を確認後、指定された第二回戦会場へお越しください。》

 

 

 

 俺が改めて自覚したことを噛み締めていると、場内に流れたアナウンスが耳に届いた。

 

 次の試合がもうすぐ始まる——。

 

 

 

「ありがとうマリさん。俺もう行かなきゃ」

 

「いってらっしゃい。あなたの活躍、もっと見させてちょうだい!」

 

「ユウキ!気合い入れろよッ‼︎」

 

「おう——っ!」

 

 

 

 俺はその場の人間を残して端末に表示された指定コートへと向かう。背中に受ける激励に応えて、俺は次の戦いへ臨むんだ……。

 

 

 

(……嫌われたらそれで終わり……か)

 

 

 

 それでも……ふと考えてしまうことがある。

 

 嫌われないようにすることが、自分をいくらか殺さなければいけない部分も含んでいるんじゃないかと。それが嫌で自己を通そうとして……観客や組織に目をつけられるウリューみたいな奴もいるってことを……。

 

 

 

 あいつは大丈夫なんだろうか——そこまで考えて、俺はやっぱり人の心配をしている場合じゃないと、それ以上は頭から振り払うのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 新春トーナメント二回戦——。

 

 

 

 一回戦の熱も冷めやらぬまま始まったそれぞれの戦いは、やはりハイレベルなものばかりだった。

 

 勝ち進んだ32人に加え、二回戦からは8名のシード選手が参戦。計40名の猛者の激突は観客を大いに賑わせる。

 

 

 

「マッスグマ——“捨て身タックル”!!!」

 

 

 

 追い詰めた相手に最後の一撃を加えんと叫ぶヤヒコ。相棒のマッスグマは鍛え上げられた四肢を限界まで奮って敵に向かって突進する。

 

 これを躱すことも防ぐこともままならなかった相手ポケモンをそのまま撃破。第五シードの威厳を守る完勝で二回戦を突破したのである。

 

 

 

「ありがとう。良い腕だった」

 

「ありがと……ございま……ッ!」

 

 

 

 試合後、ヤヒコは賞賛と共に対戦者に手を差し伸べる。だがそれに応えようにも、敗北の涙が込み上げる彼にはどうすることもできなかった。

 

 やっとの思いで勝った一回戦。しかし次点であっさりと負けてしまった。そこで彼の春は終わる——その虚しさ、悔しさをヤヒコも知っている。

 

 それでも手を差し出すのは……彼の敗北と自分の勝利を心に刻むため。その試合に意味をもたせられるのは自分だという覚悟の現れである。

 

 

 

「君を負かした私がどこまでいけるか——いや、優勝するところを見ていてくれ……!」

 

「………はい………はいッ!……応援……していますから……ッ‼︎」

 

 

 

 その言葉を聞いて、ヤヒコの手を今度は取る少年。そして相棒のポケモンと共にコートを去る。彼らの背中を見送るヤヒコは一抹の侘しさを抱いて……すぐに気持ちを切り替えた。

 

 

 

「さて……みんな勝ち上がってくるのかな……?」

 

 

 

 まだ見ぬトレーナーたち。その中にいる同門の後輩たちの行く末に思いを馳せるヤヒコ。できるならば直接相対したいものだな——と少しの期待を抱いて。

 

 

 

「——勝者、ミシロタウンのユウキ!!!」

 

 

 

 ヤヒコとは別ブロック。ユウキが三回戦進出を決めたことで、そのコートでは一際大きな歓声が上がった。

 

 大きいとは言いつつも他の注目選手にギャラリーを取られているここは、トーナメントの賑わいに紛れてしまっているのだが……。

 

 

 

「やったぁ!アニキの勝ちだッ‼︎」

 

「なんだかんだ言っても流石ユウキさん!やっぱりすごいや‼︎」

 

 

 

 応援に励んでいたタイキとユリが歓喜する。一回戦の不調を理由に不安があった二回戦だが、試合内容は驚くほど安定したものとなっていた。

 

 一回戦の疲れを残したアカカブを今回は休ませて、ジュプトル(わかば)マッスグマ(チャマメ)カゲボウズ(テルクロウ)の3匹を選出。相手の出方を伺うスロースタートな展開だったが、このバトルスピードはユウキの得意分野。相手の攻勢を凌ぎつつ、隙を見つけての反撃により一気に流れを掴んだ彼は、不調とは思えない快勝を納めていたのである。

 

 試合の内容に非の打ち所がない——ように見えたのだが……。

 

 

 

「おかえりなさいアニキ——って、なんか暗いっスね?」

 

「え?あぁ……」

 

 

 

 試合後、コートから出てきたユウキを迎えたタイキたちだったが、その表情が落ち込んで見えたのが気掛かりとなった。勝ったのにどこか上の空な彼の心配事。それを知っているタイキは「まだ戻ってないのか」と笑顔に翳りを見せる。

 

 

 

「アニキ、やっぱり能力が……」

 

「うん。なんとか今回は勝ち切れたけど、流石にこのままじゃまずいよな……」

 

 

 

 ユウキの不調。それは試合に集中するよう気を引き締めてどうにかなるものではなかった。

 

 彼がこの旅の中で何度も頼ってきた特別な能力——固有独導能力(パーソナルスキル)の出力低下が戻らないのである。

 

 元々安定した力ではない。“心”や“波導”といった抽象的なものを材料に表れるため、こうしたこともあるかと最初は割り切るつもりだったユウキ。

 

 しかし試合をすればするほど、能力の出力は落ちてきているのを実感した。だから先ほどの試合、ほとんど時論の標準器(クロックオン)は使わずに事を進めていたのである。

 

 

 

「だ、大丈夫ですよ!ユウキさん強いし、まだシード選手とも当たりませんもん!」

 

 

 

 ネガティブを察知したユリがなんとか元気づけようとユウキを励ます。実際、試合内容は悪くなかった。まだ致命的な事態に陥っていないうちから肩を落とすのは得策ではないことを、この場の誰もがわかっている。

 

 だが、それでもトーナメントは一回負けたらそこで終わりなのだ——。

 

 

 

「ユウキ……もしかしてお前……」

 

 

 

 センリはそんな息子を案じて声をかける。何かを察したような、そうでもないようなという朧げな感覚で発した言葉にユウキは振り返った。

 

 

 

「もしかしてって……なんだよ親父?」

 

「あ………いや、なんでもない。多分、気のせいだ」

 

「………?まぁいいけど」

 

 

 

 センリはそう言って口を閉ざしてしまう。ユウキとしては言いかけたことを途中でやめられるのはいい気がしないが、今はそれどころじゃないとすぐに自分の思考に戻った。

 

 

 

(能力は使える。常在(じょうざい)の方の“伸びる時間感覚”は正常に動くから、思考に十分な時間を持たせることはできる。問題は時論の標準器(クロックオン)だけか……)

 

 

 

 先の試合で得た自分の状態情報を反芻する。自分の戦術の要である“時間感覚の延長”が機能することは不幸中の幸いだった。

 

 だが起きている事象を見る力に長けた前者でも、“未来”を見通すことはできない。それを可能にする時論の標準器(クロックオン)という武器を失っている現状に、焦るなという方が無理な話だろう。

 

 今はまだ通用する——だが三回戦も同じかどうかまでは……。

 

 その答えを求めてユウキはふと周りに目配せをする。すると、いない人物たちのことに気がついた。

 

 

 

「あれ……そういえばカゲツさんと……取材一行は?」

 

 

 

 ここにはタイキ、ユリ、ヒメコとツバサ、両親二人だけがいる。先ほどまで見ていたはずの師匠とマリとダイの三名だけが忽然と姿を消していた。

 

 

 

「なんか試合の途中で三人ともどっか行っちゃったんスよ!『この試合はどうせ勝つだろ』——とか言って……薄情っスよねぇ?」

 

「そっか……まぁそんだけ信じてくれてるってことにしとくよ」

 

 

 

 ユウキは若干寂しく思いつつ、その期待通りに勝ててホッとした。しかし自分の試合を見ずにどこかに行くとなると、偵察か何かを予想してしまう。

 

 こと公式戦において、そんな事を自分の代わりにやる姿は想像できないとも思えたが——。

 

 

 

「それならおそらく……『Aグループ』の試合を見に行ったんだと思うよ」

 

 

 

 その疑問に答えたのはセンリだった。

 

 

 

「『Aグループ』って……なんでまた?」

 

「ほら、確かこの二回戦だろう……第一シードが戦う相手が……」

 

「………!」

 

 

 

 そこまで聞けば、ユウキや他の人間にも察しがついた。

 

 その試合がもしかすると、今大会最大の山場ともいえる対戦カードだということを。

 

 

 

 第一シード、灰問の涅槃(グレイヴァーナ)のリチュウ。その相手となるのが、最強のB級トレーナー、瀑斬の青鬼(アズールオーガ)ことウリューだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ツシマさん……まだユウキくんの試合観に行かなくていいんですか?」

 

 

 

 試合で賑わうカナズミ大学(カレッジ)の敷地内にて、ソライシは先行するツシマにそんな声をかけていた。

 

 既に二回戦までが終了したトーナメント。折り返しとなる三回戦も控えるということで、流石に本命のユウキのところへ顔を出したくなったのである。

 

 しかしそんな言葉を受けても、ツシマは何の気無しに振り返って答える——。

 

 

 

「ふぁいおーぶだお。うーいうんああいあうあら」

 

「さっきから食い過ぎですよツシマさん!!!」

 

 

 

 振り返ったツシマの口にはたっぷりとその辺りの屋台で購入した品々が放り込まれており、まともに聞き取れる文字は一つもなかった。

 

 

 

「さっきから飲み食いばかりじゃないか!お祭り騒ぎに浮かれるのは構わないけど、もう少し彼を応援してあげようとは思いませんか⁉︎」

 

「モグモグゴックン。アハハ!ソライシ博士はユウキくん思いだねぇー!」

 

「そういう話では……ツキノさんもなんとか言ってあげてください!」

 

 

 

 話にならないとソライシは傍にいた助手であるツキノに話を振った。彼女ならしっかり彼を叱ってくれると信じて——。

 

 

 

「これ美味しい——え、なんですか博士?」

 

「いや君もかっ⁉︎」

 

 

 

 そこには油の乗った焼きそばを食し、ご満悦になっている彼女がいた。緊張感などまるでなく、完全にツシマと同じ姿勢でいたのが見て取れる。

 

 

 

「だ、だってしょうがないじゃないですか!トーナメントだしお祭りだし、最近研究であんまり美味しいもの食べられてなかったんですから‼︎」

 

「そ、それはすまない……だが我々も応援のために来ているわけであってね……?」

 

「それなら心配いりませんよ。ほら、ライブ中継でユウキくんの試合観れますから」

 

 

 

 日々の不満をぶつけられてたじたじになるソライシに、ツシマは自分の端末を開いて様子を見せてくれた。

 

 そこには既に終わった二回戦の表示と勝利者であるユウキの顔が映し出されていた。

 

 

 

「ちょ——こんなのあるなら先に言ってくださいよ!」

 

「アハハ。他の試合も観ながら買い食いしてたら忘れちゃってて。それにこのくらいで彼が負けるなんて僕思ってないですし」

 

「それでも応援行きましょうよ……きっと喜ぶと思いますから」

 

「そうだね。三回戦ぐらいからは顔出すかな——と」

 

 

 

 ツシマがそう言って先を進もうとした時、前方不注意で気付かなかった人物と軽くぶつかってしまった。

 

 赤い服の人物はよろけることなくツシマを受け止める。

 

 

 

「ダメですよ。前はしっかり見て歩かないと」

 

「アハハごめんね!僕としたことが……」

 

「いいえ。せっかくのお祭りですし、楽しんでいってください」

 

 

 

 受け止めたのは少年。ツシマに優しく注意を促すその姿を見て、ソライシとツキノもハッとする。

 

 彼の装束はホウエンでも屈指のギルドメンバーの証——しかも唯一改造制服が許される幹部クラスの人物であることを即座に見抜いたのである。

 

 それはマグマ団、三頭火のひとり——マサトだった。

 

 

 

「すみません、うちの連れが……」

 

「そう畏まらないでくださいよ。この人混みじゃあしょうがない。なにぶん今年は例年よりも大賑わいですし」

 

「そう言ってもらえると……って、そういえばマグマ団さんは何故ここに?確か外回りの交通整理に出向かれていたんじゃ……」

 

 

 

 マグマ団はこの大会での混雑を整理する人員としてカナズミに招かれていた。それを知っているソライシは、幹部クラスの人間が大学(カレッジ)の敷地内にいることに少し違和感を覚えたのである。

 

 それを聞かれて数秒、バツの悪そうな顔で黙るマサト。

 

 

 

「あーいやぁ……ほら、会場内でもトラブルがあるといけませんので少し見回りを……」

 

「そうでしたか。お勤めご苦労様です」

 

 

 

 歯切れの悪い返事も、ソライシたちは特に不思議に思うことなく素直にその働きを労う。この大会が成立するのも彼らのおかげであることを認めているため、今楽しんでいるソライシたちにとっては救いの存在だった。

 

 本人の真意には関係なく——ではあるが。

 

 

 

「……そんなことより、そろそろ行ったほうがいいんじゃないですかね。二回戦の大一番——そろそろクライマックスだと思いますよ」

 

 

 

 マサトは誤魔化すように三人を別の場所へ促す。最初は何のことかと思ったが、そういえばとツキノが手元の端末で大会情報のページを開いた。

 

 

 

「あっ……!博士!ツシマさん!そろそろ第一シードたちの試合が終わりそうです!」

 

「なんだって!それは早く観に行かなきゃ!」

 

「あー二人とも待って——あの、教えてくださりありがとうございました!」

 

「お気になさらず、早く行ってあげて」

 

 

 

 そう言ってマサトは駆け出す三人を見送る。ソライシだけは少し申し訳なさそうにしていたが、それもマサトには関係のない話だった。

 

 

 

「ふぅー……さてさて。僕ももうちょっとサボり——もとい、巡回警邏を続けましょうかね〜」

 

 

 

 そんな呟きを誰にでもなく言い訳して、彼も人混みに溶け込むのであった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 ユウキたちが試合を終える数十分前——。

 

 このコートには今まで、そして並行して行われるどの試合よりも注目が集まっていた。

 

 やってきた観客は今か今かとその試合の始まりをそわそわしながら待ち、メディアはその始終を撮影せんとカメラを回して待ち構える。

 

 企業スポンサーやギルドスカウトたちも目を光らせる中、ついにその試合を演出する役者が現れた——。

 

 

 

「随分人気者だな……小鬼……!」

 

「てめぇが余計なギャラリー引き連れやがったんだろうが……白色……!」

 

 

 

 長身、白色のウェアを纏うリチュウは睨みきかせる青色の団員服のウリューを見下す。

 

 その視線のぶつかり合いすら、観客には最高のスパイスになる。

 

 両者の気合いは充分——なのだが。

 

 

 

「何のことかな……このギャラリーの多さはひとえに君の集客だろう。目立つだけ目立ってきた君の愚かさ故に……」

 

「なに……?」

 

 

 

 リチュウの言葉に引っかかるものを感じたウリュー。これだけ注目を集めたのが、A級トレーナーではなく格下のB級であるという事実——それはこういう話だった。

 

 

 

「度重なる不遜な態度に身の丈に合わぬビッグマウス——それが本物かどうかは、今この一戦に掛かっているのだよ。君のこれまでの行動が“本物”所以なのかどうか……その分水嶺だ」

 

「まだるっこしいな……何が言いてぇ?」

 

「学のない君には難しかったな。ではこう言い換えよう——“最強”などというメッキ、この衆目の場で剥がしてくれる……!」

 

 

 

 リチュウのその目は完全に敵と定めた者に対するそれだった。歴戦の試合を潜り抜けてきた男のプレッシャー。それはコートを見守る人間たちにも伝わる殺気だった。

 

 それを真正面から受けてウリューは——笑う。

 

 

 

「とっととそう言え高学歴気取り……地べたなめさせてやるからかかってこい……‼︎」

 

 

 

 こちらも全く気圧されずに殺気を込めて返答する。人間というよりも野生動物に近い種類の気迫が、さらに会場を張り付かせた。

 

 この両者の次元だけ、明らかに他のトレーナーと異なる空間に存在する。まだ試合が始まってもいないのに、そう確信させる何かがあった。

 

 

 

 それで誰もが思う。この試合を勝った方はおそらく——トーナメントの覇者になると。

 

 

 

「それでは両トレーナー……ポケモン選出を初めてください」

 

 

 

 審判の呼びかけによりそれぞれがポケモンの選出のために一度コート脇に向かう。

 

 手持ちのボールを機械にセットし、互いのポケモンを確認——選出を終わらせてから、自分たちの立ち位置であるトレーナーズサークルへと向かう。

 

 それらは時間にしてものの数十秒。慎重になっても時間いっぱい使ってもいい場面のはずなのに、リチュウとウリューはまるで示し合わせたかのように全てを即決していた。

 

 待ちかねている観客ですら覚悟が決まらないまま、試合を始めようとする両者。片方はトレーナーとしての在り方に据えかね、片方は見下す姿勢に噛み付かんとする。

 

 互いのプライドを賭けた戦いの直前。空気は重く張り詰める——。

 

 

 

「……それではこれより、トーナメント第二回戦を行います!両者——構えてッ‼︎」

 

 

 

 掛け声と同時にウリューもリチュウもひとつのボールを掴み取る。

 

 次の一言を待つ両者の目は鋭く光り、標的を見据えて固定される。

 

 目的はただひとつ——。

 

 

 

 そのプライドをへし折り、叩き潰すために——。

 

 

 

——対戦開始(バトルスタート)!!!

 

 

 

 

 

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誰も予想できないバトルが今、始まる——!



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第192話 A級


ガンダムSEED FREEDOM 今更ながら観てきました。
アスランのおかげでなんとかなったけどアスランのせいで話に集中できない。この馬鹿野郎ッ‼︎




 

 

 

「勝者——トウカジムのヒデキッ!!!」

 

 

 

 始まった二回戦。早々に勝ち星を上げたヒデキはガッツポーズを取る。ここまで出来すぎなほど自分らしい試合で駒を進めていることから、今日の調子の良さを実感して声を上げていた。

 

 だがそれを見ていたヒトミによって、冷や水を掛けられてしまう。

 

 

 

「調子に乗るのはいいけど、なんだかんだ危なっかしいとこあったわよ?抜群技が当たってたら、勝負はわからなかった」

 

「ヒトミ……⁉︎ お前試合は——」

 

「楽勝——って言っても、今回は向こうの自滅だったけどね。相当緊張してたのか、実力の半分も出しきれなかったって感じ」

 

 

 

 若干の物足りなさを含ませながら返答するヒトミ。それを聞いて自分より早く三回戦進出を決めた彼女を恨めしそうに見るヒデキ。

 

 

 

「ちぇっ!俺が一番早く試合決めたと思ったのに……!」

 

「お生憎様。修行が足んないのよ——」

 

 

 

 馴染みの顔にいつもより機嫌良く語るヒトミ。だがそんな彼女を曇らせる声が、後ろから届けられた。

 

 

 

「別に一番早く試合を終わらせたトレーナーが優秀——というわけでもないだろう?」

 

「や、ヤヒコさん……⁉︎」

 

「やっ。可愛い後輩たちの勇姿を見にきたよ〜。もちろんヒトミちゃんのもね♪」

 

 

 

 現れた二人の先輩は快活な笑顔で現れた。その言葉尻に自分より早く試合を決めたことを含ませる言葉を聞いて、恥ずかしそうに口を尖らせるヒトミ。

 

 一方ヒデキはヤヒコも勝ち進んだことを察して喜んだ。

 

 

 

「ヤヒコさんも勝ったんだな!さっすがシード枠‼︎」

 

「よせよせ。私も人の隙を突いて倒し切った口だ。二回戦は一回戦の緊張を引き摺っている者もまだ多いからな……とはいえ、今大会のプレッシャーは相当だ。私もコートに立って、思ったより固くなっている自分に気付かされている……」

 

 

 

 ヤヒコはそう言って自分の手のひらを見つめる。今は自然と指が動くが、試合を始める直前はボールを投げる動作がぎこちなかったのを思い出していた。

 

 多くのギャラリーに見守られるのは慣れている——そう思っていたが、それ以上に向けられる視線の質が違っていたのを感じるのである。

 

 それは、普段なら軽口でも自ら張り合うようなことを言わない彼女にも心当たりがあった。

 

 

 

「んーそんなもんか?ヤヒコさんでも緊張すんのな!」

 

「当然さ。逆に君は自然体というか……」

 

「俺にはむずかしいことわかんねぇよ。ただ目の前のトレーナーに集中!そんでぶつかったら押し合い殴り合いあるのみ——これしかできないからさ!」

 

 

 

 ヒデキはジェスチャーで心根を表現する。例えどんな舞台でも自分の在り方は曲げない——そんなメンタリティを語る彼を見て、『敵わないな』と笑うヤヒコ。

 

 

 

「それが君らしさってことなんだろうな……羨ましいよ」

 

「へへへ!とにかく今は一歩一歩ってことで……借りを返さないといけねえ奴もいることだし……」

 

「借り……?」

 

 

 

 ヒデキと口にする相手がふと気になって首を傾げるヤヒコ。その返しはヒトミから行われた。

 

 

 

「アクア団のウリューですよ。こいつも私も数日前、彼には酷い目に遭わされて……」

 

「あぁ彼か……瀑斬の青鬼(アズールオーガ)と遭遇したとは中々運がなかったな。しかしその様子だと、噂に違わぬ悪漢らしいね」

 

「ほんっっっとやな奴なんだよ‼︎ このトーナメント勝ち上がって、絶対ギャフンと言わせてやる‼︎」

 

 

 

 初めて直接対面し、背中を蹴り飛ばされた挙句に散々こき下ろされたことを思い出して、再び復讐の炎に駆られるヒデキ。その様子を笑いながら見ていたヤヒコが口を開く。

 

 

 

「ハハ。確かにそれは見応えあるだろうな。でもそれを叶えるには、彼と同じ『Aグループ』に属する私の敗北も必須事項になってしまうなぁ……」

 

「あ!それならそれでウリューに勝ってイイよ‼︎ 俺、そんなアンタ倒して一番になっから‼︎」

 

「こらバカッ!口を慎みなさいッ‼︎」

 

「ハハハッ‼︎ それこそ決勝に行きがいがあるってもんだ——だが……そもそも彼は上がって来られるのかな……?」

 

 

 

 ヤヒコは笑いつつも、その目の奥に冷ややかなものを潜ませていた。

 

 順当に自分が勝ち上がり、ウリューと当たるならAグループの決勝戦ということになる。だがその障壁は、今まさにこの二回戦にて立ちはだかっている。

 

 粗暴な態度と強烈な反骨精神の塊——そんな彼に目をつけたHLCの刺客によって……。

 

 

 

「……このトーナメント、優勝候補筆頭は間違いなく“あの男”だろう。A級でも名を轟かせていた彼に、果たして期待の超新星がどこまでやれるのかどうか」

 

ウリュー(あいつ)の心配か?どうせならコテンパンにされて泣きべそでもかいてりゃいいんだっての」

 

「負ければ手痛い薬にはなるだろうな……だが……何故だろう……」

 

 

 

 暴れすぎた聞かん坊にお上が与える仕置きと躾——トーナメントの組み合わせ発表の時から、既に噂は現実のものへとなっている。

 

 普通に考えればウリューに勝ち目はない。強いと言われ続ける彼にも、格上のさらに上澄みを倒すとなると……ヤヒコの想像力が限界を超えるのである。

 

 でもだからこそ拭えない何か……それはプロで数年生きてきた彼に嵐の前触れを感じさせる。

 

 

 

「胸騒ぎがするんだ……なんとなく……」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「キュウコン、戦闘不能!ギャラドスの勝ちッ!!!」

 

 

 

 コートに上がった審判のジャッジ。倒れ伏せるきつねポケモンとそれを見下す青い巨軀。激しい戦闘痕を残すフィールドでオーディエンスが大いに湧く——その中で興奮気味に叫びながらリポートするルチアだった。

 

 

 

「強靭!無敵‼︎ 最☆強〜〜〜ッ‼︎ 見た見た今の一撃ッ⁉︎ まさに大雨の日の滝つぼッ‼︎ 名付けて 『激流☆ギラギラ荒武者‼︎』——って感じ!!!」

 

 

 

 鼻息荒く、目を輝かせて(謎のタイトルまで付けて)そのギャラドスを賞賛する。カメラの向こうの人間も鳥肌ものの猛攻だったと確信できるルチアは、今できる最大限の賛美でもって彼らを称えた。

 

 熱気渦巻くコートに立つギャラドス(バクア)とウリューに——。

 

 

 

「とんでもないわね……あの灰問の涅槃(グレイヴァーナ)の手持ちをあっさりと……」

 

「しかも2匹をこんなあっさり……どうなってんだよあのギャラドスは……⁉︎」

 

 

 

 それを撮影し、一部始終を記録せんとメモまで取っていたマリとダイも舌を巻く。

 

 試合開始して10分……ウリューがここまで手早く勝利までリーチを掛けるなど思っても見なかった。苦戦は必至、勝てば番狂せ——などと思っていた試合前の自分たちの見立てを完全に裏切る形となったのである。

 

 

 

「やっぱりユウキくんの試合を途中にして来て正解だった……これは事前に対策しとかないと——」

 

「どうだかなぁ……」

 

 

 

 マリが焦りを滲ませてそう言うと、割って入ったのは傍にいたカゲツの一言だった。

 

 様子を伺う気だるげな——それでいて鋭い視線を向ける彼は、まだそう決めつけるのは早いと言うのである。

 

 

 

「確かにあのギャラドスの強さは半端ねぇ。個体だけでいやぁ、すでにA級上位でも通用するかもしんねぇ……だがあの白いデクの棒の手持ちもそれなりに鍛えられていた。それこそA級上位クラスのな……」

 

「……何が……言いたいの?」

 

 

 

 カゲツの見立ては最初、マリたちの言葉を肯定するように聞こえた。その前提からして既におかしいのであって、結果として2匹も失ったリチュウ側はかなり厳しい状況となっている。

 

 HLCの刺客として放たれた彼ですら問題にしない強さ——そう思えたのだが……。

 

 

 

「何……見た目通り追い詰められてんだったら、随分涼しい顔してやがると思ってな……()()()()()()()()

 

「………!」

 

 

 

 カゲツの発言でマリも異変に気付いた。

 

 照りつける太陽の日差し……はじめは会場の熱気にあてられただけかと思ったが、明確に肌を焼く強さを増しているのを感じたのだ。

 

 その中で眉ひとつ動かさず、かといって闘気を失わずにウリューとバクアを睨みつけている。勝負を捨てていないどころか、まるで意に介していない様子だった。

 

 2匹も手持ちを倒されたのに——。

 

 

 

「まさか……これは“にほん晴れ”⁉︎」

 

 

 

 “にほん晴れ”——。

 

 炎タイプのエネルギーを空気中に散布することでフィールドを“晴れ状態”にできる領域変遷(コートグラップ)

 

 この環境下では炎タイプの出力が増大する他、逆に水タイプの出力を低減。それが今回、バクアのメインウェポンの威力を半減させるのである。

 

 

 

「正確には特性“日照り”——一部の特殊なキュウコン個体に発現する『場に出るだけでフィールドを“晴れ”にできる』って代物だが……どうやらこれがあの狐の役割らしい」

 

「天候を“晴れ”に……でもその為だけに1匹差し出したっていうの?」

 

「どうだかなぁ……だが元々あの青ガキはギャラドス1匹しかまともに使わねぇらしい。それがわかってて相性の悪いキュウコン(炎タイプ)の投入——定石を知り尽くしている野郎がだ」

 

 

 

 “日照り”を持つキュウコンとはいえ、有効打が少ないのではギャラドスを『倒し切る』ことは難しい。ただでさえタフネスに自信があると噂のバクアが相手であれば、もっと有効な攻撃手段を持つポケモンを優先されるだろう。

 

 それを知らないリチュウではないはずだが……。

 

 

 

「何考えてんのかわかんねぇが……答え合わせができそうだぜ……」

 

 

 

 カゲツの予測はマリたちにことの起こりを想起させる。歴戦の男の告げた勘が当たっているのかどうか——灰問の涅槃(グレイヴァーナ)が回答する時間がやってきた。

 

 リチュウは動く——。

 

 

 

「下拵えは整った——覚悟はいいな……小鬼!」

 

「うるせぇなぁ。ちんたらしやがって……さっさと出しな。あんだろ切り札がッ‼︎」

 

 

 

 ウリューもそれは察している。だからこそここまでの二勝で浮き足立つことはなかった。

 

 先の2匹は何かの前座——寧ろ倒されるためにあてがわれたことに業を煮やして、目つきを鋭くさせていた。

 

 それがバクアも同感のようで、その特性による強化とともに咆哮する——。

 

 

 

——ギャオァァァアアア(自信過剰)”!!!

 

 

 

 特性“自信過剰”——。

 

 敵を倒せば倒すほど、その物理攻撃力を増加させていく。水半減の効力は倒した2匹で帳消しとなっていた。

 

 雑魚を捧げた代償……その身で払ってもらうと雄叫びを上げる。

 

 それを受けてリチュウは……——。

 

 

 

「はしゃぐなルーキー……待っていろ、今——」

 

 

 

——身の程を弁えさせてやる……‼︎

 

 

 

 彼はそう言って放り投げたボールが勢いよく弾ける。

 

 中から飛び出したのは黒い獣——それと相対する純白の角。同じく白い骨のような外殻を持つ四足獣が唸りを上げて現れる。

 

 タイプは炎と悪——ダークポケモンのヘルガーである。

 

 

 

「最後の1匹は——ヘルガー……⁉︎」

 

「自慢の1匹ってとこか。だが相変わらず炎タイプ……こりゃとんでもない頑固野郎か、あるいは——」

 

 

 

 あるいは——相応の策が存在するか……である。そしてそれはおそらく、後者であろうということ。

 

 現れたヘルガーの迫力は、それまでの2匹とは比べ物にならなかった。

 

 

 

「最後に問おう。蒼き悪食よ……貴様、何の為に力を求める……何の為に名声を求める……!」

 

 

 

 リチュウの問答にウリューは訝しむ。

 

 一体何のつもりだ——そう疑問に思ったが、口を歪ませて牙を剥いた。

 

 

 

「知らねぇよ‼︎ 問答なら他所でやれや……クソ神父気取りッ!!!」

 

 

 

 それが答えだった。

 

 彼の目指す高みを一足先に向かう先達へ唾を吐くように叫んだウリュー。

 

 それを聞いたリチュウは不遜な後輩を、顎を出して見下ろす。

 

 

 

「いいだろう。その減らず口に今すぐ(くつわ)を付けてやる——!」

 

 

 

 静かな殺意が言葉に乗ってコートに響く。そして、彼は続けた。

 

 勝利へ導く詠唱を——。

 

 

 

「冥府の愚者を繋ぐ骸犬(むくろいぬ)よ。焔喰(ほむらは)みしその牙を以てして、刃向かう刑徒を全灰(ぜんかい)せよ——」

 

 

 

 その詞と共に、彼はキチンと閉めたウェアのファスナーを少し下ろして首元を晒す。

 

 そこにかけられたペンダント——七色に光る宝珠が表れる。それは彼の言葉に乗じて次第に輝きを増し加えていった。

 

 その石と同調するようにヘルガーの体も光り輝く。光はやがて黒い獣全てを包み込む。膨張し、球体状に展開されたそれが臨界点に達する——。

 

 

 

「メガシンカ——!!!」

 

 

 

 その瞬間、ヘルガーを覆っていた結晶球が砕け散った。

 

 中から現れたのは同じくヘルガー。しかし体付きは一回り大きく、形どられた装飾の作りは大幅に展開。2本の角は天を突かんと鋭く伸びている。

 

 一連の光景はウリューの目も見開かせる。観客一同は尚のこと、奇跡を目の当たりにしたかのように驚愕の色に染まった。

 

 

 

 メガシンカ——通常の進化を超えたポケモンの最高到達点。

 

 強くなった日差しの中で佇むヘルガーはもうヘルガーではない。コートに降臨した死神は、禍々しい姿とは裏腹に神々しく地に足を付ける。

 

 その瞳が開かれた時、圧倒的なプレッシャーがコートと周囲を襲った。

 

 目的はただ——主人の命を全うする。

 

 

 

「やれ……メガヘルガー……‼︎」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「おい早くしろよ——!」

 

「ちょっと走んないでよ‼︎」

 

 

 

 試合を終えたヒデキたちが、先輩のヤヒコに誘われてリチュウ対ウリューの試合が行われているコートに向かっていた。

 

 その途中、大きな歓声を聴き取ったヒデキがひと足先に駆け出し、いち早くその様子を見ようとしてスタンド席の後ろ側にある柵に手をかける。階下に広がるコートでは苛烈な戦いが繰り広げられていた。

 

 だがヒデキたちがそこで見たのは、とんでもないポケモンだった——。

 

 

 

「メガヘルガーッ‼︎——“煉獄”!!!」

 

 

 

 異形の姿となったメガヘルガーは口から灼熱の炎を吐き出す。赤黒く滾る火炎は対象のバクア目掛けて拡散——包み込まんと青龍を飲み込む。

 

 

 

「躱せバクア——ッ‼︎」

 

 

 

 完全包囲される前にバクアは全身のバネを使って後方へ飛ぶ。多少の攻撃は突っ切っていた彼らが躱すほどの威力に会場も湧いた。

 

 しかしその出力以上に警戒されたのは、“煉獄”の追加効果——。

 

 

 

「ほう……どうやらただ突っ込むだけの脳なしではないらしい。まともに食らえば確実に火傷状態にする“煉獄”を躱す危機察知くらいはできるようだ——だがッ!」

 

 

 

 リチュウの視線の先、コート上では未だ“煉獄”の炎は燃え滾っていた。技の威力が落ちることなく、本来不燃であるはずのコートを焼くようにしてその場にとどまる。

 

 バクアたちの前方——コート上の約2割が火の海となった。

 

 

 

「なんだあの炎——っていうか、メガヘルガーッ⁉︎」

 

「あれって……まさか“メガシンカ”……⁉︎ 一体何がどうなって……」

 

「あの白男の最後の手持ちだ。どうやらA級様は本気であの青ガキを叩きのめすつもりらしい」

 

 

 

 ヒデキとヒトミの疑問に答えたのは、偶然近くに座っていたカゲツだった。マリとダイはその横でコートに釘付けとなり、驚愕の面持ちでカメラを必死に回している。

 

 

 

「確かあんた、ユウキんとこの——」

 

「四天王のカゲツ殿——元はホウエンの頂点に立っていたお方だ。お目にかかれて光栄だよ」

 

「ヤヒコさん……!」

 

 

 

 そこへ遅れてやってきたヤヒコが彼の素性を話した。自己紹介の手間が省けて何よりと肩をすくめるカゲツは続ける。

 

 

 

「……試合開始直後、青ガキは噂通り、ギャラドス1匹で無双。2匹をあっさり蹴散らすに至ったが、最後の1匹がアレだった。大雑把に言えばそんなとこだな」

 

「メガシンカ……A級上位で時折その使い手は現れるが、直接見るのは初めてだな……!」

 

 

 

 経緯を聞いたヤヒコは大体を察してコートに目を落とし、異様な迫力を放つメガヘルガーを見て目を細める。彼も詳しいわけではないが、その戦術的威力と希少性については幾分か知っている様子だった。

 

 

 

「“メガシンカ”——特殊な出自の石をポケモン、トレーナー双方に持たせることを前提とし、特定の条件を揃えた場合のみ発現される“進化を超えた進化”。単純なステータス上昇は勿論、特性やタイプすらも変わる個体もいるというが……成程、これは凄まじいな……!」

 

 

 

 ヤヒコは自分の説明が大枠ではあるが合っていると確信する。目の前の火の海を作り出したメガヘルガーのさらに勢いを増して“煉獄”を吐き出す姿を見て、戦慄するのだった。

 

 

 

「ほらどうした?何もしなければ、貴様の足元は全て火の海と化すぞ‼︎」

 

「てめぇ………ッ‼︎」

 

 

 

 リチュウはメガヘルガーによる“煉獄”でバクアを追い詰める。その最中、煽るように発せられた言葉にウリューは苛立った。

 

 現状バクアは“煉獄”の攻撃速度には対応できている。躱すことは造作もないが、その度に自陣の足場を失っていった。焼けた大地は恐らく“煉獄”の威力を保ったままそこにある。水タイプを持つバクアにはダメージは半減されるが、火傷を負うことは物理攻撃を主体に戦う彼には致命的だった。

 

 いや……そもそも炎技の威力は“晴れ”天候によって底上げされている。そこにメガシンカによる爆発的な出力上昇。さらに——。

 

 

 

「メガヘルガーは特性が書き変わって“サンパワー”を獲得している。晴れ状態のフィールドでは特攻が跳ね上がるんだ。あまりに上がりすぎて、自身の身体すら傷つけるほどに……」

 

 

 

 カゲツたちとは反対サイドの客席にいたソライシが呟いた。それを聞いて意外そうにツキノは言う。

 

 

 

「博士、お詳しいですね……?」

 

「メガシンカの研究は隕石学や宇宙論を多く含んでいるからね。メガシンカを確認できるポケモンのデータを見たことがあるんだ」

 

「じゃあ、あのヘルガーも……?」

 

 

 

 ツキノの問いにソライシは頷く。

 

 

 

「メガヘルガー。通常種からは考えられない温度の炎を精製する黒い化身。その炎は環境に適応し、晴天の下で最も破壊力を増す——先ほどキュウコンが“日照り”で場を整えたのは、ギャラドスの水の威力を半減させるためじゃなく……この炎を用意するためだったのか……」

 

 

 

 ソライシはバトルについては素人だ。

 

 そんな彼にもリチュウの作戦は理解できる。単純な天候変化からの後続支援。ポピュラーな戦術のひとつだからだ。

 

 だが驚かされるのはその絶大な効果。“煉獄”という高威力の技に長い燃焼効果。コートという限られたフィールドを『潰す』能力は、ウリュー側に甚大な被害をもたらしている。

 

 

 

「あぁ見て!コートが……!」

 

 

 

 同じく観戦していたツシマが叫ぶ。

 

 その先にあるバトルコートは既に半分近くが炎で満たされていた。降り注ぐ日光と特性に底上げされたそれが、春の広場を地獄に変える。

 

 逃げ場を無くしたバクアは、僅かに残された土地の上で沈黙するしかなかった。

 

 

 

「無様だな……そうして敗北を座して待つしかないとは……」

 

 

 

 たったひとつの技による強引な領域侵害。理不尽に奪った張本人が侮蔑の言葉をウリューに放つ。

 

 熱気が生じさせる陽炎の向こうで、ウリューは彼を睨みつけたまま喋らない。リチュウはそんな少年に続けて言った。

 

 

 

「あの星帝(シリウス)がやらたと気にかけるからどんなものかと思えばその程度か……?自慢のパワーもこの火の海の前では手も足も出ないと見える。そんな様でよくもあれだけ豪語できたものだな……!」

 

 

 

 ウリューの驕傲たる態度を思い出しながらリチュウは蔑むような視線を彼に送り続ける。焼ける大地の向こうにいる少年は、まだ何答えない。

 

 

 

「自分が戦う姿をどう見られているかなど考えもしない。奴もそうだ。持て余した力をイタズラに振るうだけで……他者を傷つけ焚き付けるだけで何も導こうとしない!力にあてられて増長した馬鹿者共を増やすだけだ!——言ってみろ小鬼ッ‼︎ 貴様は一体何の為に戦うッ‼︎ どんな大義があってこの神聖なコートを穢すッ‼︎」

 

 

 

 圧倒的な暴力を以てして制してきた試合。相手トレーナーに慈悲も敬意も抱かず、悪態ばかりを吐き捨てるウリュー。刺激すれば容易く爆発する癇癪が他人を傷つけていることをどう思っているのか。そんな太々しさがどこから来ているのか……リチュウは厳しく彼に問うた。

 

 それに対してウリューは——。

 

 

 

「言うにことかいて“大義”か……優等生の考えそうなことだな……」

 

「なに………?」

 

「生憎と俺にはそんなものはない。ただ目の前の敵を叩き潰して勝ちを奪う——そんだけだ」

 

「貴様……!」

 

 

 

 その回答にリチュウは歯噛みする。到底人の夢を背にのせた者の発言とは思えなかった。ウリューはさらに笑って続ける。

 

 

 

「ククク……しかしまぁ、なるほどな。格下と見下げた俺相手に随分と慎重になるわけだ。“大義”なんてもんにうつつを抜かしてるなら尚更な……!」

 

「なんだと……‼︎」

 

「バクアを倒すために色々と準備してきたんだろ?“日照り”だけのために用意したキュウコンだけじゃ飽き足らず、俺の戦術の引き出しを覗き見るように最初の1匹目で完全に様子見までした……ご苦労なこった」

 

 

 

 みすみす2匹のポケモンを差し出したリチュウの行動の理由。それは現状のウリューたちの戦力を正確に測るためだった。手応えなくあっさり倒せたのは、リチュウたちも本気ではなかったから。ウリューにはそれがわかるからこそ、笑ってしまうのである。

 

 

 

「そりゃそうか。『本気でやって負けました』——じゃあ格好つかねぇもんな。3匹の総力でバクアを倒せたとしても、頭数と経歴の差が邪魔して胸張れるわけねぇか。辛いもんだな、人目を気にするってのは……」

 

「言わせておけば……追い詰められて今度は言い訳か?悪いが貴様のことは過去の試合を遡って調べ尽くしている。最初から1匹で戦い抜こうなどという蛮行を貫く姿勢は周知の事実。今更その弱味につけ込むのがそんなに気に食わないか?」

 

「勘違いすんな……こっちの弱点探すくらい必死なのはむしろ褒めてやってんだよ。格上だからとふんぞり帰ってた割には、随分と可愛い抵抗じゃねぇか……!」

 

「この——!」

 

「だがそれもこれも、裏返せば不安の表れだ……負けが怖くて備えに備えなきゃやってられねぇってな。そんなへっぴり腰に——バクアは討てねえよ!!!」

 

 

 

 その一言が、A級を本気にさせた。整った顔つきに皺が入り、胸の内の激情を前面に打ち出す。

 

 ただでは置かない——それはメガヘルガーに伝わり、黒い番犬は高らかに吠える。

 

 

 

「始末に終えない愚か者がッ‼︎ 厚顔、不遜、驕傲、不躾‼︎ そのどれもがこの場に相応しくないことを知れ——メガヘルガー‼︎」

 

 

 

——“炎の渦”!!!

 

 

 

 その怒号と共にメガヘルガーは更なる炎を吹き出す。拡散するようにばら撒かれた先ほどの炎とは違い、指向性を持った火炎がコートの中心で渦を巻く……火の海に突如出現した竜巻がバクアに向かって動き始めた。

 

 これにヒトミとヒデキが声を上げる。

 

 

 

「逃げ場のないとこに“炎の渦”⁉︎ これじゃ躱せない——!」

 

「こうなりゃ一か八か“煉獄”の海に踏み込むしかねぇぞ‼︎」

 

「それも無理だな。周りをよく見な……!」

 

 

 

 ヒデキの対処では難を逃れられないと言うカゲツ。火柱の上がった周囲を見ると、確かにその言葉は正しいのだとわかる。

 

 竜巻が周りの炎も巻き込んで煽り、火の手がさらに勢いを増したからだ。

 

 

 

「コート全体が……‼︎」

 

 

 

 マリはその光景が信じられなかった。これほど広範囲に持続する炎を展開し、後掛けでさらに火力を増大させる戦術。それを支えるメガヘルガーの特攻出力と制御能力に。

 

 

 

「“炎の渦”に巻かれた“煉獄”が貴様のギャラドスを飲み込むッ‼︎ 既に貴様らは私の手の中だッ‼︎ この渦に巻き込まれたが最後……立っていることなど許しはしないッ!!!」

 

 

 

 逆巻く炎のフィールドに、ついにバクアは居場所を失った。完全に包囲された巨体に向かって、四方から炎が舞い踊る。

 

 超高温のフィールドには、触れずとも火傷が懸念されるほどの熱気が吹き荒れている。渦中のバクアには既に甚大なダメージが入っているのは想像に難くない。

 

 目標を焼き尽くすまで消えない“煉獄”と大規模な火炎旋風を起こす“炎の渦”の複合派生——。

 

 

 

——煉烬焱嵐(れんじんひがらし)!!!

 

 

 

「その太々しい態度ごと灰にしてくれる——!!!」

 

 

 

 メガヘルガーの起こした竜巻が周りの“煉獄”を引き込んで巨大化。一気に被害範囲を拡張させた灼熱の旋風がとうとうバクアを飲み込んだ。

 

 この炎は通常の“炎の渦”とは比べ物にならない威力と拘束力を有している。捉えた対象を恐ろしい火力で焼き切り、全身火傷の重傷を負わせる危険な技だった。

 

 例えそれが水タイプであろうと——。

 

 

 

——蒼王の業(ブルーカルマ)”。

 

 

 

 その地獄の裏で、ウリューは心の中でその名を呟く。それと同時に——。

 

 

 

——ドッパァァァアアア!!!

 

 

 

 赤一色に染まっていたコートがバクアを中心に大爆発——一気に上がった爆煙と爆風が周囲まで襲った。

 

 

 

「なに———ッ⁉︎」

 

「わっかんねぇ‼︎ 何が起きたぁッ‼︎」

 

 

 

 ヒデキたちが熱気と煙に目を開けてられずに顔を伏せながら状況説明を周りに求める。だが誰もその真相を知り得ない。彼らと同じく、皆が爆発の脅威で視線を逸らしてしまっていたからだ。

 

 ただひとり——対戦者のリチュウを除いては。

 

 

 

(こいつ……“水蒸気爆発”を起こしたのか……‼︎)

 

 

 

 白煙と状況から予測できる事態。水が高温の物質に接触することで急激にその体積を増して至る爆破現象だった。

 

 リチュウはバクアたちが反撃に出てくることも読み、この事態を予想していた。高温地帯に素人考えで『水を掛ければ済む』——と彼らが水技を使用すれば即座に起動するトラップ。三重に強化された“煉獄”——その果ての“煉烬焱嵐(れんじんひがらし)”はそれほどの火力を有していたのである。

 

 おそらくは反撃のために起こした行動。バクアを中心に爆発したように見えたのはそのためだった。

 

 

 

(馬鹿者が……いや、自らの力に溺れる貴様にはお誂え向きと言ったところか。この爆発……最悪二度とコートに立てなくなる——)

 

 

 

 バクアの安否を予想していたリチュウ。しかしその予想を裏切って、煙の中から二つの円刃が飛び出してきた。

 

 一瞬ハッとさせられたが、メガヘルガーは機敏な動きでその二つを回避——。

 

 

 

(馬鹿な……あの爆発でまだ攻撃を——いや、おそらく瀕死一歩手前!爆煙で見えないのを逆手に取っての奇襲だが、接近してこず遠距離攻撃してきたのがその証拠——)

 

 

 

 リチュウは即座にバクアの状態を割り出しに入る。だが失念するべきではなかった。急変した事態は彼にそのことを忘れさせる。

 

 飛来した刃が炸裂性を有していることを——!

 

 

 

——バキィンッ!!!

 

 

 

 メガヘルガーの背後で衝突した二つの鋸刃が砕けて四散——無数の水刃となって黒獣に降り注ぐ。

 

 

 

「しまった——‼︎」

 

「行けバクアッ!!!」

 

 

 

 被弾したメガヘルガーに合わせてバクアは白煙の中を突っ切って出現。幾つかの甲殻にひび割れと欠損を抱えながら、本体はエネルギーを漲らせて突撃してきた。

 

 

 

(あの爆発にあってまだこれほどの——‼︎)

 

「——“アクアテール”ッ!!!」

 

 

 

 リチュウが呆れるタフネスだと驚愕する一方、ウリューは迷いなく“アクアテール”を選択。バクアの長い尾が激流を押し固めたような刃へと変質し、メガヘルガーに振り下ろされる。

 

 だが——。

 

 

 

「舐めるな悪童——ッ‼︎」

 

——煉獄纏(れんごくまとい)!!!

 

 

 

 即座に迎撃体勢を取るメガヘルガー。身体の装甲の隙間から噴射した“煉獄”により自身の周りを覆う。近接攻撃に対応した炎の障壁を形成した。

 

 

 

「この障壁も当然“煉獄”と同じ効果を有している‼︎ 触れればそちらもただでは済まない——」

 

 

 

 そうリチュウが言い切る前に、バクアの“アクアテール”が炸裂した。

 

 

 

「ベラベラうるせぇんだよ説教屋ぁぁぁ!!!」

 

 

 

 水刃がメガヘルガーの胴を捉える。インパクトの瞬間、“煉獄纏”が周囲の煙と共に吹き飛んだ。

 

 炎のタイプのメガヘルガーには効果抜群の一撃がまともに入る——。

 

 

 

「——甘いわ小僧ぉぉぉ!!!」

 

 

 

 リチュウが叫んだ次の瞬間、バクアの全身に電流が走る。“アクアテール”を受けたはずのメガヘルガーだったが、その被弾に乗じてバクアの尻尾に喰らい付いていたのだ。

 

 その牙から放たれる電撃がバクアの身体を駆け巡る。これは——“雷の牙”だ。

 

 

 

「“煉獄纏”を恐れずに突っ込んできた度胸は褒めてやる!だが切り札は最後まで取っておくものだ——晴れ下での水技半減を甘く見た報い、この一撃を以て思い知るがいい!!!」

 

 

 

 バクアの“アクアテール”は本来の威力を維持できずに受け切られてしまった。その返しに食らった“雷の牙”はギャラドスのタイプ水・飛行の両方に抜群の四倍弱点。例え本来のタイプとは違う技でも致命傷になる。

 

 いや、リチュウは最初からこの想定で戦っていた。いくら盤石の布陣を敷いたとしても、屈強なフィジカルとタフネスで誰の想像をも超えた戦い方をするバクアを相手にするとなると『確実』と言えるものを見つけるのは容易ではない。

 

 あらゆる手段を用いて作戦に嵌めたとしても、強い精神力が肉体の限界を超えた耐久力を発揮する例もある。リチュウにとってそれは不意の偶然。そんなもので敗北することを良しとできない。

 

 だからこそ、切り札を作戦の裏側に忍ばせていた。自分たちの敷いた火炎の布陣を予想もしない形で打破し、得意の距離で放つ一撃を敢えてくらう。肉を切らせて骨を断ったのである。

 

 リチュウの目論見は大方当たっていた。試合の流れはウリューによって変えられたかに見えたが、それこそがバクアの意識を刈り取るための布石となる。耐えに耐え、ようやく抜けたトンネルの光を浴びた彼らは、反撃のために前に出る。その忍耐から解放される一瞬の隙は、彼らに食いしばらせていた顎を緩ませた。

 

 そこへ四倍弱点の“雷の牙”。タイプはメガヘルガーとは一致しない、得意の特殊技でもない技ではあるが、完全に意識の外側からの攻撃としてバクアを襲う。

 

 幾重に重ねられた保険。事前に調べられた限りではこれが出来る全て。ウリュー狩りを想定した完璧なシナリオがここに完成した。

 

 

 

 そう。完成していたのだ。

 

 だから……耐えられるはずがないのに……。

 

 

 

——ゴシャアッ!!!

 

 

 

 バクアは喰らい付いたメガヘルガーごと、地面へと尾を叩きつけていた。致命的な電撃を身体に受けているのに——である。

 

 

 

「なっ………⁉︎」

 

「やれ——バクアッ!!!」

 

 

 

 リチュウは驚愕する。まだ動いているのだ。これほどの攻撃を食らっておいて。それを当然とばかりに攻撃を指示するウリュー。

 

 バクアはそれに応えてさらに取り憑いた獣を地面に叩きつける。主人の命によりこの“雷の牙”で倒すまで離さないと決めていたメガヘルガーは、衝撃の中、なんとか意識を保って電気を流し続ける。

 

 だがそれもお構いなしとバクアは三度、四度と叩きつける。その度に鈍い音がコートに響き渡り、メガヘルガーの意識が遠のいていった。

 

 その内、獣の顎はバクアから外れた。衝撃に脳を揺さぶられ、弱ったポケモンは地面に投げ出される。

 

 

 

「仕留めろ……ッ‼︎」

 

 

 

 標的が離れたことでバクアは充分なスイングストロークを獲得。振り上げられた尻尾には、逆巻く水が纏わりつく。それと同時に長きに渡って強かった日差しに影が差した。まるでこの試合はここで終わりと天が告げるかのように——。

 

 

 

 その一撃は——容赦なく振り下ろされた。

 

 

 

 

 

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堕つ——‼︎

〜翡翠メモ66〜

『メガシンカ』

 特殊なエネルギーを内包した石、“キーストーン”と“メガストーン”を一対で使用することで、対応するポケモンを一時的に変質させる現象。

 “キーストーン”の持ち主と深く繋がりのあるポケモンが自身に合った“メガストーン”を保持することで可能となる技術であり、発見・報告されてから長い年月が経つが、未だに全容が解明されていない。

 未知の部分を多く含む反面、発見例の多さから一般社会にも知れ渡っており、“メガストーン”を持ち物(ギア)として公式試合で使用を認める地方もそれなりに存在している。

 


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第193話 爪角激突!


最近筆早くなった……かも?
他作業と同時並行でも週一投稿できそうで嬉しい。




 

 

 

——……リュー。ウリュー。

 

 

 

 それは儚い昔の記憶。擦り切れたフィルムの中に焼けついた青い少年のものである。

 

 幼い少年の手を引く男が、優しげにその名を呼ぶ。弱々しく、何の力みもなく、ただただ慈しむように少年を呼ぶのである。

 

 男は言った——。

 

 

 

——ウリュー。何事も焦ってはいけないよ。足早に手に入れたものは、同じく足早に去っていく……丁寧に進んだ道の先にしか、長続きする幸せはないんだ。

 

 

 

 優男は語る。まだ幼い彼にはわからないかもしれないと思いつつ、それでも言い聞かせるようにその言葉を彼に贈る。

 

 少年は案の定、何のことかわからないといった風にぼんやりと男を見上げる。

 

 そこにどんな感情が込められていたのか……何年も経った今でも知り得ることはない。

 

 そして答えを探す意味を見出すこともないだろう。

 

 答え合わせの術は、とうの昔に失われているのだから——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「し……勝者……アクア団のウリュー……‼︎」

 

 

 

 業火、爆音、閃光、轟音……全てがほんの一瞬で目まぐるしく入れ替わり、観客たちは意識がついて行かない。

 

 審判もまた同様、声を発するまでに時間がかかり、自分の責務に動かされてやっと出た声はとても弱々しいものだった。

 

 

 

 勝負は決した。地に伏せて動かないヘルガーと倒して尚威圧感を振り撒くギャラドス(バクア)がそれを証明していた。

 

 歓声は上がらない。ある者は目の当たりにしたものが信じられず、ある者は畏怖から。ある者は未だ事態に意識が追いつかず、ある者は——。

 

 

 

「バカな……こん…な……私が………ッ‼︎」

 

 

 

 コートで対峙していたリチュウは膝をついて地面を見つめていた。

 

 敵によって無惨に散った相棒はピクリとも動かない。しかしその安否を気にかけることすら彼にはままならなかった。

 

 事前に調べられることは調べた。戦い方や思考の傾向。予想される潜在能力への考察。既知のものから派生されるであろう技の数々。

 

 その上で練り上げた作戦は完璧だった。追い詰められて実力以上の力で反撃をくらったケースまで想定された作戦は、格上である彼が本来は計画すること自体が不自然なほど入念になされたものだった。

 

 全てはウリューを倒すため。その為に人事は尽くした。そして最強のメガシンカというカードまで切って……結果がこの様。

 

 そんな事が……プロとしての経験と誇りが現実を否定し続ける。

 

 

 

(バカな……バカなバカなバカなバカなッ‼︎ 私はA級!灰問の涅槃(グレイヴァーナ)のリチュウだぞッ⁉︎ それをこんな年端もいかぬ小僧に……こんな荒削りなだけの乱暴者に……‼︎)

 

 

 

 大事を取り過ぎたとさえ思えた今回の作戦。しかもそれはほとんど完璧に機能していた。確実にバクアにダメージを与え、そのどれが致命傷となってもおかしくない攻撃を加え続けた。

 

 そんなもの、1匹のポケモンで耐え切れるはずがない。彼の経験則にあるポケモンという種の耐久力を遥かに上回った事実は、その価値観を大きく揺らがすに至った。

 

 そこに立ち入るのはウリュー——彼はリチュウの前まで近づいていた。

 

 

 

「いい眺めだな……ノッポの旋毛(つむじ)がよく見える」

 

「き……さま……ッ‼︎」

 

「大したもんだな。さすがはA級さま。負けておいてまだそんな態度が取れるとは恐れ入ったぜ……俺なら恥ずかしくてこの場にいられねぇっての……」

 

「〜〜〜〜〜ッ‼︎」

 

 

 

 見下すウリューの言葉に悔しさで顔を歪ませるリチュウ。内外問わず規律正しい彼が、まるで感情を抑えきれない。

 

 それだけこの敗北は、彼の魂を傷つけたのだ。

 

 

 

「そういえば言ってたな。躾がどうのこうのってよぉ……」

 

 

 

 ウリューはしゃがみ込んで、這いつくばるリチュウの眼前で囁く。

 

 それは試合前、散々言い合ったリチュウの言葉——。

 

 

 

——その時になれば貴様も記憶に刻みつけることになるだろう。躾のなってない狂犬に誰が鞭を打ったのか——のをな……!

 

 

 

「悪いなぁ‼︎ 誰だったか忘れちまったよッ!!!」

 

 

 

 凶悪な嘲笑がリチュウのプロとしての自信を粉々に打ち砕く。一言では表せない苦痛を顔に浮かべて、リチュウは再び突っ伏して動けなくなった。

 

 ウリューは満足げに笑い声を上げながら立ち去る。叩き潰した男を忘れ、ただ一人しか味わえない勝利の座に太々しく座る。

 

 そこからの景色を堪能するかのように、彼は嗤うのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 A級プロトレーナー、灰問の涅槃(グレイヴァーナ)のリチュウが敗れたことは一瞬でマスコミ関係者を通じてホウエン中に報された。

 

 HLCの刺客とも噂された彼が標的に逆に食われることとなった結果がバトルに携わる多くの者たちを震撼させる。それを成し得たウリューに対する評価は右肩上がり。最早誰も口先だけのトレーナーだと罵る者はいなくなった。

 

 これは組織の思惑とは完全に外れた結果である。無論そんなことを公言する人間もまた、存在しない訳だが……。

 

 

 

「『瀑斬の青鬼(アズールオーガ)ここに極まる!灰を喰らい進むトーナメント、優勝は確定か——⁉︎』——だってよ!クソォッ‼︎ アニキだっているのに、これじゃウリューに注目掻っ攫われちゃうッス〜〜〜‼︎」

 

 

 

 そのネットニュースを読み上げて、タイキは頭を抱えていた。ウリューの活躍は目覚ましく、完全にこの大会の台風の目となったのである。こうなると観戦者たちの注目は「この才能がどこまでやれるのか」、「彼をもし倒すとしたら誰になるのか」——と、全てはウリュー中心に関心は集まっていた。

 

 無論それはスポンサーたちの方が顕著であり、既に彼を引き入れるために動き出したスカウトたちが足早に移動しているのがあちらこちらでも見られた。

 

 そこにユウキが付け入る隙などあるはずもないのである。

 

 

 

「しょうがねぇよ。実際本当に凄かった……」

 

 

 

 ユウキはその現実を受け入れるようにタイキにも促す。試合後、ネット中継で配信されていたウリューたちの試合を観ていたユウキは、そこに映った全てを噛み締めるように言う。

 

 

 

「敵上視察に下準備、その上とんでもないヘルガーのこれまたとんでもない大火力——正直あれで終わったと思ったのに、それを真正面から受けて跳ね返したのがウリューだ。全部が一瞬でひっくり返るなんて……悪い冗談にしか思えない……」

 

 

 

 ユウキもまた、起きた現実を飲み込むので精一杯だった。それほど強烈な印象を与えたウリューとバクア……それが自分の出場しているトーナメントで暴れている。

 

 ウリューが決勝までやってくるのは間違いないだろう。対して自分は——とどうしても思ってしまう。

 

 

 

「あれに勝たなきゃ……優勝はないんだもんな……どうしようかな、ホント」

 

 

 

 乾いた笑いを浮かべるユウキ。その様子から不安を覚えたタイキが彼を励まそうと口を開く。

 

 

 

「な、何弱気になってんスかアニキ!大丈夫ッスよ!全然ッ!もう全然ウリューに引けをとってないッスから!いや、アニキの方が大変な目に遭ってここまで来てるはずっス!土壇場の力ならきっと——」

 

「土壇場になってはじめて勝負になる……って感じじゃあな……」

 

「あ!いやそんなつもりじゃなくってッスね⁉︎」

 

 

 

 そんな励ましも逆に捉えてしまうユウキはため息をつく。応援してくれているのは彼も重々わかってはいるが、それでも荒らされたばかりの気持ちはすぐには落ち着かない。

 

 それだけウリューの強さは衝撃的だった。今から考えても仕方のないことではあるが、それでも考えてしまう。

 

 

 

 アレに勝てるのか……と。

 

 

 

——バシィッ!!!

 

 

 

 次の瞬間、ユウキの背中に痛みが走った。激痛に涙目になりながら視界を白黒させる。何事かと振り返ると、そこには仏頂面で平手打ちを放ったヒメコがいた。

 

 その彼女に対して、ユウキは詰め寄る。

 

 

 

「何すんだよッ‼︎ 痛ぇじゃねぇか‼︎」

 

「あ、ゴメン。虫がいたから、弱虫っていうんだけど……」

 

「そりゃどーも……ちなみに多分それは俺のことで間違いないですかねぇ⁉︎」

 

「春先にはよくいるよなぁ〜」

 

 

 

 ユウキの怒号もまるで意に介さず、涼しい顔で皮肉ばかりを言うヒメコ。本当になんなんだと声を漏らすユウキだが、心当たりはあるのでこれ以上は言い返せない。

 

 不満はあるが、今の自分はどう考えてもいじけてるだけに過ぎないと自覚しているから。強烈な光を放つウリューの力を少なからず羨んでいる。自分はこんなにも不調なのに……と。

 

 

 

「ひ、ヒメちゃん……落ち込んでる人にその言い方は……」

 

「しょうがねぇよ。弱虫はさっさと追い出してやらねぇとな。“次”が控えてんだから——」

 

「次って……」

 

 

 

 ツバサがヒメコを諌めるも、悪気のない顔つきで返される。ユウキはそんな彼女の言った“次”を呟いていた。

 

 “次”——それは誰にもわかるシンプルな言葉。とどのつまり、次の試合である。

 

 

 

「お前、まだあいつと戦うって決まったわけじゃないんだろ?あいつだってさっきの試合、楽勝だった訳じゃないんじゃねぇの?さっきの試合を引き摺って、案外決勝こないかもしんないじゃん」

 

「そりゃその可能性はあるさ。でもあいつはきっと……そんなに脆くない」

 

「そうだとしても。強敵ひとり倒してくれたって喜んでもいいとこだろ?A級なんて、戦うって考えただけでも身震いモンだし。強いのが潰し合ってくれたんだ。ノーマークがそんくらい喜ばなくてどーすんの?」

 

「いや………確かに……?」

 

 

 

 マイナス思考に陥っていたユウキ。しかしヒメコの言葉の中には思わず頷いてしまうような内容が含まれていて、段々と思考がクリアになっていくのを感じた。

 

 確かに……A級とは戦わずに済んだ。手の内がわからない強者という点では、むしろウリューよりも厄介な存在だったかもしれない。もちろんそれを倒したウリューの方が問題ではあるのだが……。

 

 

 

「要は気の持ちようだろ?実際戦うのはポケモンなんだ!まだやる気のそいつらが諦めてないのに、飼い主のあんたが弱気でどーすんの?男だろお前ッ‼︎」

 

「今、性別関係あったか?」

 

「やかましい‼︎ とにかく次だ次ッ!遠くの心配より目先のライバルぶっ倒してこいッ‼︎ テルクロウやったウチの気持ち!忘れたとは言わせねぇぞ‼︎」

 

「………!」

 

 

 

 彼女の檄でユウキは思い出した。

 

 半年前、キンセツで初めてあったヒメコとのやりとりを——。

 

 

 

——どんな状況でも諦めないで考えて考えて答えを出す。そんで出した答えに思いっきり踏み込んで行ける——そんなあんたのとこで、カゲボウズが活躍してくれてたら、すごく嬉しいって思うから……

 

 

 

 ヒメコからは託されていた。青春を捧げて育てたポケモンと共に、とても大事なものを。

 

 ユウキはその言葉を思い出して、確かに落ち込んでる場合じゃないと気を持ち直す。

 

 

 

「そう……だったな。お前の分も乗っかってるんだもんな。悪い。いや、ありがとな……!」

 

「ち、ちょっとムカつくから小突いてやっただけだ‼︎ とにかく、こんな何でもない三回戦で敗けたらもう一発いくからな⁉︎」

 

「了解。それはマジで勘弁して欲しいので、死ぬ気で勝ってくる!」

 

「おう……!」

 

 

 

 ユウキはそれに応えるのを最後に、次の三回戦の会場へ一人向かった。今はとにかく目の前の試合を勝っていく……おそらくは次も楽に勝たせてはくれないだろうから。

 

 相変わらず不安要素の多い自分ではあるが、今の励ましで覚悟が決まった。

 

 もう自分の進退は自分だけのものじゃない。託されたものを思い出したユウキは、力強い歩みで会場へ向かうのだった……。

 

 

 

「……さっきの、結構アニキ嬉しかったみたいッスよ」

 

「え、はぁ⁉︎ あんな痛い目にあって嬉しいとか……マゾかよ!」

 

「素直じゃないっスねー。そんなんじゃ、アニキに告白するのなんかいつになるやら……」

 

「は、はぁぁぁ⁉︎ ななななんでお前——」

 

「いやこんだけあからさまなのに気付かないとかマンキーじゃないんスから」

 

「ヒメちゃん。意外とタイキくんは気配り上手なんだよ?」

 

「ど天然二人に諭されてるの屈辱過ぎるッ‼︎」

 

 

 

 彼が去った後、タイキとツバサによって弄られ始めるヒメコ。本人は隠せているつもりの恋心を丸裸にされたところで、ジャージ姿の乙女の顔は臨界点に達する。

 

 しかしボンッ——と爆発する手前で、静観していたセンリが声をかけてきた。

 

 

 

「ありがとう。そうか、君もユウキに色んなものを預けてくれたんだね。親として、あいつを励ましてくれたこと、礼を言わせてくれ」

 

「ユウキのお父さん⁉︎ い、いや、なんかすんません!ウチ、勝手なことばっか言って——」

 

「いや、きっと息子にとっては嬉しい言葉だったと思うよ。背中を押してくれる人が、君のように優しい子でよかった」

 

 

 

 優しげな微笑みでヒメコに感謝するセンリ。それを受け取って、照れくさそうに頬を掻く彼女だった。

 

 だが、それに対してセンリはどこか浮かない顔もしていた。

 

 遠い目をして、もうここにいない息子の姿を見るかのように……憂げな表情で彼を想う。

 

 

 

「ユウキ……やはりおまえは……」

 

 

 

 センリはそれ以上言うことはなかった。

 

 独り言として呟いたそれは誰に聞かれることもなく、春の空に消えていくのである……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 新春トーナメント第三回戦。

 

 ホウエン中にいた腕に覚えのあるトレーナー72名がここまでで20名まで絞られた。当然そのトレーナーたちのレベルの高さは相当なものである。

 

 そのどれもが激戦だったことは言うまでもないが、やはりウリューの試合に関しては特段注目が集まっていた。

 

 

 

「勝者!アクア団のウリューッ!!!」

 

 

 

 早々に敵を蹴散らしてAグループ準決勝へと駒を進めたウリューとバクア。リチュウを退けたことで得たトーナメントのシードラインを狙って挑んでくるトレーナーをものともせず、実力通りに敵を粉砕する。

 

 バクアが放つど迫力の技の数々と不退転の戦闘スタイルに灰問の涅槃(グレイヴァーナ)撃破によって貫禄がつき、放つ威圧感も相まったその姿は——まさに鬼神だった。

 

 そこに目を落としながら、三回戦を免除されている第五シードのヤヒコが観客席の高所から呟いていた。

 

 

 

「うちのグループ決勝はやはり彼か……強敵だな。見る限り私との相性は何とも言えないが……」

 

 

 

 ヤヒコはそう言いながら「いかんいかん」と気を引き締め直す。

 

 彼はまだウリューと戦う前にひとつ試合を残している身。未来を見据えすぎて目先の戦いへの集中を欠くようでは、到底このトーナメントを勝ち切ることはできないことを弁えているヤヒコ。今までの戦いも、決して気を抜くことなどできなかったことを思い出して、彼は切り替えた。

 

 

 

「さて……とはいえ次の試合まで時間はある。あまり棍を詰めるのも良くないし、ここはひとつ後輩たちの様子でも見に行くか」

 

 

 

 そう言って別コートに足を向けるヤヒコ。ウリューの試合ペースを考えれば、まだ彼らの試合には間に合うはずだ——と少し上機嫌になって。

 

 

 

「——勝者!トウカジムのヒトミッ‼︎」

 

 

 

 ヤヒコが最初に向かったコートで結果を示す声が大々的に発された。湧く観客の中、目を丸くするヤヒコは試合後に足取りの軽くなったヒトミと会話する。

 

 

 

「お疲れ様、ヒトミちゃん。三回戦も難なく……という感じだな?」

 

「ヤヒコさん!はい。なんか今、自分でも怖いくらい調子が良いのがわかるんです……なんだか負ける気がしない……!」

 

「…………!」

 

 

 

 ヤヒコは彼女の目に宿す光を見て冷や汗をかく。今の彼女の試合を見るに、本来の実力を十二分に発揮していることは明白だった。

 

 その不適な笑みを浮かべる少女が、一種のゾーン状態にあることを知って、同族として騒つくものを感じるのである。

 

 

 

「そうか……だが次からはシード選手2連戦になる。浮き足だって足元を掬われるなよ」

 

「はい……肝に銘じておきます!」

 

「うん。さて、今からでもヒデキの試合には間に合いそうかな?」

 

「どうでしょう。あいつの相手、第3シードですからね……長引いてたらまだ——」

 

 

 

 二人はヒデキの試合に間に合うかどうかを手元の端末で調べようとした。しかしその時、周囲の何人かが慌てた様子で駆ける様子を目撃する。

 

 

 

「大変だ!あっち——Cグループの試合がやべぇんだって‼︎」

 

 

 

 Cグループ——駆けていく一人がそう口走るので、二人はハッとして顔を見合わせる。

 

 今そこでやってる試合は二つ。ひとつは次の下位シードへの挑戦権を賭けたノーシード同士の戦い。そしてもうひとつは——。

 

 

 

「ヤヒコさん!」

 

「ああ、急いだ方が良さそうだ……!」

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ッ‼︎」

 

——ガルルル………ッ‼︎

 

 

 

 息切れするヒデキの目の前で、傷だらけになっている相棒のザングース(ザンバ)。既に片目は打撲によって塞がっており、体毛のところどころが血によって赤黒く染まっている。

 

 そんな彼らの視線の先にいるのは、今大会で第3シードを張る女性だった。

 

 彼女はひとり思考する——。

 

 

 

(こちらの作戦に乗ってくれたお陰で序盤の2匹は容易く捩じ伏せられた。あの少年の最後に出したザングースも早々に追い詰めることに成功した……大方作戦通り。このまま行けば勝てるはず……)

 

 

 

 彼女もB級で長年燻る猛者の一人。敵の追い詰め方も、術中への誘い込み方もヒデキを遥かに上回る実力者である。

 

 当然、知略に秀でているわけでもない直感的な彼を手玉に取ることなど造作もなかった。恐ろしい攻撃力を有した手持ち(パーティ)ではあったが、彼女からすれば何度も経験した類のトレーナーである。

 

 戦いの流れは間違いなく彼女にあった。誤算があったとすれば、その後のザンバの粘りが想像以上だったことくらいだろう。

 

 その……はずだったのだが……。

 

 

 

「——チャーレム!戦闘不能ッ‼︎ ザングースの勝ちッ!!!」

 

 

 

 ザングースの爪によって引き裂かれた胸を抑え、疼くまる赤い剛脚の持ち主を見て第3シードは歯を食いしばっていた。

 

 彼女が失ったポケモンはこれで2匹目。ヒデキたちはついにその喉元に迫ったのである。

 

 

 

「シャアオラァッ!!!あと1匹ィィィ!!!」

 

 

 

 疲労を隠せない様子……しかし尚漲る闘志に会場が震えた。

 

 力強く取ったガッツポーズに総立ちになる観客たち。そんな歓声の中、一際存在感を放つザンバが猛る。

 

 それを受けて彼女は——。

 

 

 

「気圧されてなるものか……勝つのは——私たちだッ!!!」

 

 

 

 驚きに足を掬われることなく、こちらも負けじと力強くボールを投げた。高らかに放られた空中で解放される第3シード最後の1体——それがコートに降り立つ。

 

 青い昆虫の体躯を持ち、一際目を引く一本角が特徴的な凛々しいポケモン——ヘラクロスである。

 

 

 

「そうこなくっちゃなぁッ‼︎ 真っ向から行くぜ——ザンバッ!!!」

 

 

 

 ヒデキたちは強敵の本気になった様子にどこか満足気だった。眉間に皺を寄せて戦意を前面に打ち出すも、口は歯を剥き出し、頰は釣り上がる。

 

 白と赤の相棒はそんな主の闘争心に押されて前に出た。基本的に接近戦を得意とするザングースのオーソドックスな立ち上がりではあるが、それはヘラクロスの得意距離(レンジ)でもあった。

 

 2匹は逞しい腕をかち合わせて、コート中央でぶつかる——!

 

 

 

「まただ!あいつ、格闘タイプ相手にまた突っ込んでるッ‼︎」「怖くねぇのかよッ⁉︎ もう何もらっても倒れそうなのに——‼︎」

 

 

 

 観客が驚くのも無理はない。

 

 ザンバが相手をしているのは、ノーマルタイプに効果抜群の技を得意とするヘラクロス。格闘打点を有した上、この種の物理攻撃力は素で高いのである。

 

 そんなヘラクロスに接近するということがどれほど危険なことか——わからないヒデキではない。

 

 

 

“インファイト”——‼︎

 

 

 

 ヘラクロスから放たれる無呼吸連打がザンバを襲う。素早く力強く放たれる拳打はそのどれが当たっても致命傷。それをザンバは迎え撃つ。

 

 

 

“ブレイクダンスクロー”ォォォ!!!」

 

 

 

 鋭い身のこなしで双腕双爪を振るうザンバ。得意の斬撃“ブレイククロー”に“剣の舞”の舞踊を取り入れた連撃はヘラクロスの全打撃をいなし、受け切った——!

 

 

 

「この——ッ‼︎」

 

「もっとだぁッ‼︎ もっと燃えろザンバァァァ!!!」

 

——キシャァァァアアア!!!

 

 

 

 攻撃を凌いだ後もザンバの勢いは止まらない。踊る足取りそのままにヘラクロスへと爪撃した。

 

 

 

「舐めるなよッ‼︎——“メガホーン”ッ‼︎」

 

 

 

 両腕を弾かれたヘラクロスは頭部の角を輝かせて縦に振り下ろす。迎撃する形で敵の頭部をかち割らんとするが、それはギリギリで技を中断したザンバによって躱されてしまう。

 

 

 

「ちぃっ!すばしっこいッ‼︎」

 

「ふぅ〜!今のは危ねぇ‼︎ だが今のが最後のチャンスだったな!!!」

 

「減らず口を——ヘラクロス‼︎」

 

“ミサイル針”!!!

 

 

 

 大技を躱されたとしても彼女は動揺しない。大幅に飛び退いたこの隙に輝く角から連続で極太の三角錐状のミサイルを射撃。体勢を崩したザンバはこれをさらに跳躍して一発ずつ躱す——。

 

 

 

「遠距離技もあんのか!やんな姉ちゃんッ‼︎」

 

「そいつはどーも!勝たせてはやらんがなっ‼︎」

 

 

 

 絶えず連発される“ミサイル針”に翻弄され始めるザンバ。攻めるにしてはヘラクロスまで距離があり、様子を見るにしては近過ぎる絶妙な間合いで戦う彼女はさすがシードと言ったとこだろう。

 

 このままでも悪くはない——だが彼女にはひとつ引っ掛かっていることがあった。

 

 

 

(あのザングース、火力が桁違いだ。“命の珠”を持ったヘラクロスと力比べで負けてない……恐らく特性“毒暴走”を持っている個体のはず——)

 

 

 

 “毒暴走”——自身が毒に侵されている場合、その間物理攻撃力を飛躍的に上昇させる特性。火力増加の持ち物(ギア)を有したヘラクロスの攻撃力と互角であることを考慮し、ヒデキたちの戦術を看破していた。

 

 その発動条件を満たすため、恐らく持ち物(ギア)は持ち主を“猛毒”状態にする“どくどくだま”。やや顔色が悪く見えるのがその証拠である。

 

 だが……だとすれば余計に解せない。

 

 

 

(“毒”は時間経過と共にポケモンの体力を奪う。それが“猛毒”ともなれば、経過するほどその効力を増してしまう危険な状態だ……なのに、奴はもう10分以上動き続けている——!)

 

 

 

 そんなに時間が経ったのであれば、何もせずに倒れていてもおかしくはない。直接体力を削る毒は、とてもではないが気合や根性という精神論で耐えられるものではない。

 

 だから最初、手痛い反撃を食らっても彼女は問題にはしなかったのだ。放っておけば時間が敵を倒してくれる——そう考えたから。

 

 

 

「それがなんでまだ動ける——おまえはッ‼︎」

 

 

 

 主人の咆哮に合わせて“ミサイル針”の最中、ヘラクロスは突っ込んで“メガホーン”を叩きつける。躱したタイミングに合わせて飛び込んだことでザンバもギョッとして硬直する。

 

 

 

「——ッ‼︎ “ブレイククロー”ォッ‼︎」

 

 

 

 まずいと思ったヒデキは反射的に得意技の“ブレイククロー”を指示。赤く輝く爪が襲いくる角とぶつかり甲高い音がコートに響き渡った。

 

 だが体勢不十分だったザンバは力負けして後方に吹き飛ばされる。その隙を見逃さずに、再び“ミサイル針”で追撃する——!

 

 

 

「その不利な体勢でどうする——⁉︎」

 

 

 

 吹き飛ばされる中、迫る穿撃。地に足を付けて迎撃するのでは間に合わない。そう思ったヒデキは叫んだ。

 

 

 

「ザンバァッ‼︎ なんとかしやがれェーーー!!!」

 

 

 

 それはあまりにも大雑把な指示だった。聞いてた相手も不可解に眉を顰めるが、ザンバは迷うことなく行動に移す。

 

 次の瞬間、ザンバは空中で身体を捻り、()()()()()()で“ブレイククロー”を振るったのだ。それは信じられないことに充分な威力を保っており、襲いくる“ミサイル針”を全て弾き切る——。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

「おっしゃアッ‼︎ 反撃いけェェェ!!!」

 

——“電光石火”!!!

 

 

 

 驚愕の色に染まる相手選手。気迫を乗せた叫びをあげてヘラクロスに猛突するザンバはその間合いを一瞬で潰した。

 

 “毒暴走”で火力が増した“ブレイククロー”を携えて、ザンバは敵に飛びかかった。

 

 しかし、その瞬間彼女は笑う——。

 

 

 

 

——兜返(かぶとがえ)し”!!!

 

 

 

 かかって来たザンバを、これまでにないキレと速度で角による横薙ぎをかましたヘラクロス。“メガホーン”と“燕返し”を複合した速度命中重視の攻撃にヒデキは目を見開く。

 

 だが直後、ザンバの姿が()()()——。

 

 

 

——シュンッ‼︎

 

 

 

 姿を霧散させたザンバは、気付けば技を放ったヘラクロスの足元に身体を伏せていた。そしてそのまま足を払ってヘラクロスの体勢を崩す。

 

 

 

「“影分身”……いや、“フェイント”⁉︎」

 

 

 

 驚く女性はザンバの攻撃の正体を口にする。

 

 “フェイント”——攻撃すると見せかける残像を形成し、敵に存在を誤認させながら行う高速隠密攻撃。

 

 通常の戦闘技術とは違う本物の“技”として放たれる“フェイント”は、プロのポケモンすら完全に騙して見せた。

 

 

 

「まさか、ここまであからさまに突っ込んできたのは——」

 

 

 

 彼女はその時確信する。

 

 ヒデキもまた策を弄していたことを。ザンバがそれを身を挺して実践していたことを。

 

 全てを耐え忍び、凌ぎ切った解放感が、ヒデキの声に。ザンバの空色に輝く爪に変換されていく。

 

 

 

 “ブレイククロー”+“燕返し”——。

 

 

 

「終わりだァァァ——!!!」

 

 

 

——“フリーダムブレイク”!!!

 

 

 

 鋭い“飛行”タイプに染まった爪撃がヘラクロスを完全に捉えた。

 

 ザンバの攻撃力から放たれる虫・格闘に抜群の四倍弱点——これを耐える術を、この時ヘラクロスは持ちえなかった。

 

 

 

「ヘラクロス、戦闘不能ッ‼︎ ザングースの勝ち‼︎ よって勝者は——」

 

 

 

——トウカジムのヒデキッ!!!

 

 

 

 審判による宣言により、ヒデキの勝利が示された。勝鬨の上がる中、ヒデキとザンバは雄叫びを上げて盛大にこの勝利に酔いしれる。

 

 それだけの苦戦だった。それら全てを知っている観客は、割れんばかりの拍手で二人を讃える。

 

 第三シードが予選で敗れる——そんな番狂せにオーディエンスは大興奮だった。

 

 

 

「…………完敗だな」

 

 

 

 敗北の辛酸を喉に流し込まれ、胸をぼやけた痛みが襲う。そんな中、どうにか吐き出せたのはそんな言葉だった。

 

 戦いは常に自分主導の流れだった。それをどこで間違えたのか、気付けば膝をつかされ、地にひれ伏すことになった。

 

 それを成し得たのはなんなのか、自分の戦い方に間違いはあったのだろうか。グルグルと周る思考の中で、彼女はひとつだけ結論を出す。

 

 あの少年たちは強かった……と。

 

 

 

「きみ……最後の“フェイント”、見事だった。やはりアレは“こらえる”を警戒されていたのかな?」

 

「え……な、なんだよアンタ急に……⁉︎」

 

 

 

 女性はヒデキに近づいて質問する。楽しそうにザンバとじゃれついていたところ、何の話かもわからずに彼は驚いて声が裏返った。

 

 

 

「“こらえる”だよ。瀕死にならないよう、敵の攻撃をギリギリ耐える防御技……てっきりそれを警戒されてたのかと思ったけど……」

 

「うへぇ〜。そういえばあったなそんな技。それされてたら、返しにどぎついのもらってたかもしんねーな!アハハハハ‼︎」

 

「そうか……」

 

 

 

 彼女の予想は外れのようだった。“こらえる”はポケモンが力むことで発動する関係で、両の足が地についていなければ発動しない。“フェイント”による足払いは期せずしてその応じ手を封殺していたのである。

 

 それがなければ……ほんの少しだけ悔しさを滲ませる手のひらを、すぐに彼女は緩める。そんな後悔に意味はない。結果が出た以上、終わってからあれこれ言うのは違うとわかっている。

 

 彼女は差し出す。戦うために振るっていた手を——。

 

 

 

「素晴らしい試合だった。また()ろう……!」

 

「おう……今度も敗けねぇーよ‼︎」

 

 

 

 ヒデキはその握手を快く受け取った。

 

 そんな様子を見て、観客たちはさらに湧く。彼女の言った『素晴らしい試合』を演じてみせた二人は、彼らにとってのヒーローだった。

 

 その中に詰まらせていた息を吐いて安堵するヒトミの姿があった。

 

 

 

「はぁぁぁ……最後までどうなることかと思ったけど……全く、相変わらず無茶ばっかして……!」

 

「アハハハハハ!しかし彼らしい良い戦い方だったと思うよ。少しでも気後れしていたら、決してもぎ取れない勝利だった。私含め、多くのトレーナーにとって学びになる試合だったよ……」

 

「今のがですか〜?」

 

 

 

 一緒に見ていたヤヒコからそう言われて、苦虫を噛み潰したような顔をするヒトミ。

 

 戦術は近接一辺倒の突撃ばかり。緩急も何もないただ敵と斬り結ぶことしか頭にないあの姿に何を学べと——と、理屈屋の彼女らしい疑問が頭を過ったが……。

 

 

 

「まぁ……勝ってあんだけ嬉しそうなら、良いのかもね……あんなトレーナーがいても……」

 

 

 

 眼下で応援してくれた観客たちに、対戦相手と手を挙げて答えるヒデキ。その姿があまりにも無邪気だったからか、ヒトミは馴染みの顔を見て少し微笑むのだった。

 

 

 

「しかし第一シードに続いて第三シードまで……」「今年の新人はすごいかもしれないぞ?」「トウカジムのヒデキか……こりゃ目が離せないな!」

 

 

 

 そんな感動の熱気が拍手となって降り注ぐコートの外では、慌ただしくマスコミやスカウトたちが席を立っていた。

 

 ここにヒデキというトレーナーがいることを知った彼らは、この機を逃すまいと奔走する準備に至るのであった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 重い——。

 

 俺はポケモンに指示を送りながら、そんな感覚に心を支配されていた。

 

 能力の発動が重い。この三回戦からはさらに枷でも掛けられたみたいに、固有独導能力(パーソナルスキル)の反応が鈍ってしまった。

 

 それだけじゃない。それに釣られるように、思考の方まで鈍っているような気がした。

 

 反応が一歩遅れ、判断が一手遅れ、指示が一足遅れる——勝ちたいという気持ちに置いていかれる思考と体が、鉛のように重くなっていくんだ……。

 

 それでも……それでも負けたくない……。

 

 俺には背負っているものがある。みんなに託された想いが……俺を力付けてくれるみんなの気持ちが乗ってるんだ。

 

 だから——。

 

 

 

「だから……負けられないんだッ!!!」

 

 

 

 俺はもうがむしゃらに戦った。

 

 敗北に追われて、焦燥する意識を無理やり捻じ伏せて——。

 

 戦ってくれるポケモンたちを気遣うこともせずに。そんな余裕が、もう俺にはなかった。

 

 ボロボロになっていくポケモンたちに叱咤激励するだけの無能な俺……それでも信じて前を見るポケモンたち。

 

 あぁクソ……俺は……なんで………なんでこんな……。

 

 

 

 苦しみながら戦ってるんだ……?

 

 

 

「——勝者、ミシロタウンのユウキ‼︎」

 

 

 

 

 

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勝利……しかしこの苦味は——。



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第194話 暗い少年


ちょっと投稿ペース早めようかな〜と思ったら、今回急に難産でしたわ。すんません、他ごとにかまけて忙しかったです……。




 

 

 

 三回戦を辛くも突破した俺は、傷ついたポケモンたちを即時回復させるために、学内の医務室に足を運んでいた。

 

 ポケモンたちにこの手段で回復できるのは原則一度まで。自己治癒能力を促進させるこの方法は、下手をすればこいつらの寿命を縮めかねない。

 

 だからこそ貴重な回復手段はできればグループ別トーナメントの決勝まで温存しておきたかったが……これだけの損害を抱えて次の試合に臨むのは無謀すぎるので仕方がない。

 

 

 

「アニキもちょっとは休んだ方がいいッスよ!ポケモンたちの治療、終わったら俺が引き取りにいくッスから!」

 

 

 

 付き添いで来てたタイキがそう言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。しばらくは室内のソファーに腰掛けていたが、それでも落ち着かなかったので、タイキに一声かけてから外の空気を吸いに出ることに——。

 

 屋外は未だトーナメントによる熱狂で大賑わいを見せる人混みで満ちていた。今はどうしてもそれが堪らなく煩わしく、人の少ない場所を探してその辺を彷徨く。

 

 気付けば俺は、外界と大学の敷地を隔てる塀の隅まで来ていた。大きな校舎が日陰となって、熱気で汗ばんだ体を冷やしてくれる。

 

 この辺りは人の通りも少ない。これでしばらくは休めそうだ。

 

 

 

(でも……次の試合までそんなに時間ないな。早くタイキのとこに戻ってやらないと……)

 

 

 

 疲れた頭でぼんやりと思うのは控える四回戦のこと。今回はポケモンたちもフル回復で臨めるので、とりあえず戦力の不安はない。

 

 ただその指揮官が、ずっと足を引っ張ってるだけだ……。

 

 

 

「ダメだなぁ……マリさんやヒメコにあんだけ励まされといて、一試合するだけでこの様だ……こんなんでホント、行けんのかなぁ……決勝……」

 

 

 

 俺はふと自分の溢した言葉に辟易する。

 

 俺が目指したのはトーナメントの優勝のはずだった。カゲツさんの激励もあって、今度こそ必ず結果を手に入れると誓って意気込んだはずだった。

 

 それが今やDグループ突破すら怪しいとさえ思う。なんせ次からはシード選手2連戦だ。調子は戻らないし、既に今日一回こっきりの回復権は使ってしまった。

 

 俺の手持ちは4匹だから、次を勝てても使用した3匹が満身創痍となれば、最後の上位シードとの戦いは絶望的となるだろう。

 

 いや……先のことどころか、目の前の第八シードすら正直きつい。きっと向こうは俺のことを調べてるし、さっきの試合は当然見られてたと思う。こちらはポケモンの手の内がバレてるから、下手な作戦は通用しない。

 

 もちろんだからって諦めるつもりはない。俺には背負ってるものがある。夢を託してくれたその人たちの為にも、今膝を折るわけにはいかないんだ。

 

 でも、それで勝てるなら苦労はないよな……。

 

 

 

「悩み事か、少年……?」

 

「うわっ⁉︎ だ、誰……?」

 

 

 

 びっくりした。思考の泥沼から俺を引っ張り上げたのは見知らぬ男性だった。

 

 長い黒髪を後ろで結えた長身の男は、どこか見覚えのあるエプロンをつけていて……いつの間にか俺の前に立っている。

 

 あれ……そういえばこの顔もどっかで見たような……?

 

 

 

「誰とは随分だな。まぁプロに成り立ての君にあっさり負けた私のことなど忘れていてもしょうがないか」

 

「あーーー!確かカイナシティのトーナメントでシードだった人⁉︎」

 

 

 

 思い出したのは去年初めて参加に漕ぎ着けたカイナトーナメントで当たったトレーナーだった。めちゃめちゃ苦戦させられたから試合の内容もよく覚えている。でも名前までは覚えてないんだよな……。

 

 

 

「クロイだ。しかし完全に忘れられてないというのは、少しだけ報われたような気がするよ」

 

「いや、ホントにあのオオスバメには手を焼きましたから。ゴローンもグラエナも倒すの大変で……」

 

「そこまではっきり覚えていているのか。すごい記憶力だな……」

 

 

 

 俺は彼の存在に紐づいていた記憶から芋づる式に当時のことを思い出して語る。正直あの試合も土壇場の思いつきがたまたま功を奏して勝てたようなものだった。

 

 十回に一回勝てれば良いくらいの実力差が、当時はあったように思える。

 

 

 

「あの試合はかなり運に助けられて勝ったみたいなもんです……あの後もちょっと実感ありませんでしたし」

 

「こっちも必死だったってのにそう言われちゃ立つ瀬がない。運も実力のうちだ。それに今だってこんなレベルの高い大会でまだ生き残ってるんだろう……自信を持っていいと思うが……」

 

 

 

 クロイさんは優しげに俺にそう言ってくれた。確かにアレはお互いが必死にやった結果なわけで、終わってから運だったとか言われるのはなんとなく気分が悪いか。軽率だったな……。

 

 でも自信か……そういえば今の俺には一番足りてないものかもしれない。

 

 

 

「いつもの調子が出ない——そんなところか?」

 

「………!」

 

 

 

 図星——沈黙していた俺の心境を言い当ててたクロイさんを俺は反射的に見てしまった。

 

 その反応に対して「驚くほどのことじゃない」とクロイさんは笑う。

 

 

 

「どんな才能溢れるトレーナーでもそれひとつで大きく揺らぐものだ。私も経験がある。だから君の戦う姿を見てもしかしたらとは思ったのだが……」

 

「観てたんですか……俺の試合……」

 

「見知った顔が開会式に映り込んでて驚いたよ」

 

 

 

 どうやら俺の存在はトーナメントスタート時から知られていたらしい。しかし他にも目につくトレーナーが居るってのに俺の試合を見てくれたのか……。

 

 嬉しいとは思う。でも半分くらいは申し訳ない気持ちで満たされてる。

 

 

 

「すみません……せっかく観てくれてるのにこんな体たらくで……」

 

「謝られても返事に困るな……もちろん応援はしているつもりだが、試合内容がどうだろうと私にはあまり関係がないし……」

 

「でも……がっかりしましたよね……この有様じゃきっと優勝なんて無理だ。これじゃ応援のしがいもない……」

 

 

 

 俺に期待してくれている人間は多い。でもずっと裏切ってばっかだ。みんな優しいからこんな俺でも励ましてくれるけど……正直なところ、やっぱりがっかりしてると思う。

 

 カゲツさんなんて、アレから姿見せてないし……。

 

 

 

「——って。クロイさん。さっきから何笑ってんですか?」

 

 

 

 俺が暗いことを考えながらふとクロイさんを見ると、肩を震わせてひっそりと笑っているのが見えた。何がそんなに面白いのか知らないが、本人はツボに入ったらしく「ククク……」と——正直薄気味悪い笑い方をしていた。

 

 

 

「いや、すまん……まさか優勝する気でいたとは……アレだけの面子がひしめくこの大舞台で……ククク……」

 

「わ、わかってますよ!身の丈に合わないってことぐらい‼︎ でも——」

 

「それだけ色んなものを背負っている——ということか。その為なら大胆な目標も目指せる……なるほどなるほど」

 

 

 

 俺が抗議するもクロイさんは笑うのをやめなかった。いやもう可笑しいのはしょうがない。この人をこんなに笑わせてしまうような大それた夢だってのは変えようの無い事実だし。

 

 それはそれとしてちょっとムカつくけど……クロイさんはひとしきり笑った後、息を整えてから口を開いた。

 

 

 

「正直言うとな……君がここまで勝ち上がることすら期待してなかったよ。私を負かした君が勝ってくれるのは嬉しいが、このレベルのトーナメントだ——最初の一回戦なんかを観ると、私には二回戦が打ち止めだと思ってた」

 

「そりゃどうも……今でも醜く抗ってますよ……」

 

「そう……抗ってる。抗えてしまっている。君はなんだかんだと言いながら、三回戦を突破して今はシード相手に挑もうとしているんだ。驚いたよ」

 

 

 

 それは……仲間のみんなにも言われたことだ。首の皮はまだ繋がってる。でもそれは繋ぎ止めるだけで必死で——。

 

 

 

「君は私の予想をいつも上回ってくる。今、現在進行形でな……ならこの先もきっと——そう思うのは都合が良過ぎるかな?」

 

「………期待してくれるのは嬉しいですけど……応える自信はありません」

 

 

 

 多分、励まそうとしてくれてるんだろう。たった一度手合わせしただけのクロイさんがここまで言ってくれてるんだ。本来なら前を向いて立ち上がるべきなんだろう。でも……今はそんなことに気を遣えない。そんな余裕ないんだ。

 

 自分の狭量さに申し訳なくなっていると、クロイさんは言った。

 

 

 

「期待とはさて何のことやら……私はただ予測を口にしただけだ。それが当たろうが外れようが、君には関係ない。君も私の予想なんて興味ないだろ?」

 

「え……あぁ、えっと……」

 

 

 

 興味ない——なんて言うとちょっと失礼かと思って口籠る俺。それを見抜いたような黒い眼差しが心の中をのぞいているように見えた。

 

 この人は……何が言いたいんだ……?

 

 

 

「応援は確かに力になるだろう。期待はモチベーションを高める。そうした存在は大事にした方がいいというのは同意見だ。だが……君はそんな彼らのためだけに戦っているのかい?」

 

 

 

 応援してくれる人たちのためだけに戦っている——そう聞かれて、何故かドキリとさせられた。

 

 俺が戦う理由は……。

 

 

 

「まぁどんな心意気で戦うのかは人それぞれだ。大切な人たちに応えたい、観ている者たちに夢を見せたい——そうした素敵な理由だからこそ力を出せるトレーナーはいる。君もその一人かもしれない……だから、今一度よく考えてみてもいいだろう……」

 

「……こんな土壇場に……ですか?」

 

「土壇場だからこそじゃないか?私に勝った君は、土壇場でこそ思考を止めずに果敢に戦う男だったはずだよ」

 

 

 クロイさんはそう言うと振り返って立ち去り始めた。「もうすぐ休憩時間が終わるからこれで失礼する。幸運を」——そう言い残して。

 

 俺は頭の中でクロイさんの言ってたことを繰り返し呟いていた。

 

 期待や応援は確かに俺を支えてくれてる——でも本当にそれだけが原動力だったのか……?

 

 答えはわかってる……俺にだって……俺自身にだって勝ちたい理由はあるんだ……。

 

 

 

——私のライバルになってよ♪

 

 

 

 あの時の俺は、まだその言葉の意味をきちんと理解してなかった。

 

 稀代の天才、紅燕娘(レッドスワロー)と肩を並べるってことが如何に無謀な挑戦だったか……それはこのプロの道を歩けば歩くほど痛感する現実だ。

 

 子供の頃、宇宙を目指したりするのと一緒で……大人になるにつれて忘れていく幼稚な目標だった。

 

 ただその約束を……きっとあいつは笑って待ってる。

 

 考えなしに頷いた俺なんかのことを——。

 

 

 

「……勝ちたいなぁ…………‼︎」

 

 

 

 独りになった俺は、校舎の陰で声を絞り出す。

 

 勝ちたいと願っているのに、下を向いてしまう俺は……ヒメコの言うように弱虫だ。

 

 行ってみたい。あいつのいる場所へ。

 

 無理でもなんでも……俺は……——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 四回戦——。

 

 各グループの上位シードラインは免除され、下位シードから上がってくるトレーナーを待つ状態となっているこの戦いは、ノーシードのトレーナーにとってはひとつの山場となる。

 

 登録時点で自分よりもはっきりと『格上』と評価されている猛者とのマッチアップ。一概には言えないが、結果を出してきたからこそのシード……その腕前が拙いはずもない。

 

 単純な地力勝負ではまず勝ち目がないここを抜けるには、ヒデキのようにいつも以上のパフォーマンスを発揮しなければならないのである。

 

 

 

「それで〜?アタシの相手はどこのどいつよ……?」

 

 

 

 ここはシード選手のために設けられた控え室。鏡の前で身だしなみを整える人物が、背後にいる黒服に話しかけている。

 

 砂漠地帯に生息する“ノクタス”に酷似した衣装で身を包む長身で、自慢の紫色の髪を櫛でとく姿は優美な女性を彷彿とさせるものだった。

 

 そんな彼がつまらなそうに付き人の青年へと問いかけるのである。マネージャーを務める彼はおどおどとしてながら質問に答えた。

 

 

 

「え、えっと……56番のユウキという少年です。実年齢15歳……過去のトーナメント記録で入賞経験はありません……」

 

「はぁ〜またパッとしないわねぇ。ここまでの相手も大したことなかったし、退屈させられること請け合いねぇ〜」

 

 

 

 次の対戦相手であるユウキの資料内容を聞いて落胆する男。興味なさげな態度で自慢の髪を整える背中にマネージャーは釘を刺すようにして提言する。

 

 

 

「しかしですね……彼はプロになって一年未満と聞きますし……父親は少し前に引退された元ジムリーダーセンリだと専らの噂ですよ?」

 

「あらぁ〜それは素敵じゃない。まぁこのトーナメントに出てるんだもの。非凡な経歴のひとつやふたつあって然るべきじゃないかしら?でも入賞経験もなしでよく出られたわねぇ〜」

 

「わ、私も驚きましたよ……油断はできないかと……」

 

 

 

 ユウキの経歴を見ると、逆にその得体の知れなさを感じてマネージャーは慎重になるべきだと進言した。だが当の戦う本人の食指はまだ動かない——。

 

 

 

「まぁでも、名前の端っこも聞いたことないような子ならさして問題ないでしょー。大方パパにヨシヨシされて育ってきた温室育ちってのがいいとこ……どこの田舎者か知らないけれど、芋臭い男はアタシの敵じゃないわ〜!」

 

「そ、そうですよね……ハーリー様に限って……こんな“ミシロ”なんて田舎出の少年などに遅れは——」

 

「なんですって?」

 

 

 

 マネージャーの言葉に自身を飾る手を止める男はいつの間にか付き人に顔をずい——と近づける。

 

 彼の放ったひとつの単語がそうさせるのだった。

 

 

 

「ミシロ——コトキでもシダケでもハジツゲでもなく……ミシロ?」

 

「え、あ、はいっ!ミシロタウンに籍をおいているようですが……」

 

「アンタそれを早く言いなさいよっ!!!」

 

 

 

 怯えるマネージャーの肩をバン——と叩いたと思うと、彼は高揚した様子で姿見の前に立ちそそくさと残った身支度を整えた。

 

 何事かとマネージャーが首を傾げるもその理由はわからない。

 

 

 

「フフフ……あのスワローちゃんの同郷のトレーナーで、しかも同年代——これは面白いことになってきたジャナ〜イ?ウフフ、待っていなさい……ユウキちゃん!」

 

 

 

 彼は知っていた。ユウキの出身地がかの紅燕娘(レッドスワロー)と同じ場所であることを。元々退屈を持て余していた第八シード。この事態にいても立っていられず、跳ね上がるようなスキップを見せて部屋を飛び出すのだった。

 

 

 

 それが彼——“烈棘の薔薇(バーストローズ)”の名を冠するトレーナー、ハーリーであった……。

 

 

 

「そこのアンタ!誰が彼よ!彼女よ彼女——‼︎」

 

 

 

 ……………。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——というわけで。アンタには悪いけど全力でぶっ潰させてもらうわ♡」

 

「……………はぇ?」

 

 

 

 不安を残したままの四回戦。そのコートに呼び出された俺を待っていたのは、妙な緑色の人からの熱烈なウィンクだった。

 

 既にコートには多くの観客が詰めかけている。あとは定刻になると上がる審判のコールを待つばかりである。その隙間時間に……なんだろうこの人。

 

 確か……名前はハーリーさん……だっけ?

 

 

 

「話は聞いてるわ〜。アンタ、あの紅燕娘(レッドスワロー)と同じ町出身らしいじゃない!あの娘にはこないだコテンパンにやられてるからねぇ〜!ま、運がなかったと思って諦めて頂戴♪」

 

「……そ、そっすか」

 

 

 

 いきなりなんだこの人は。ハルカの知り合い……にしてはなんかトゲトゲしいな。あいつに試合で負けたって話か……?それだと今日はその腹いせ……ダメだ。ここは負けてたまるかと意気込みを見せるところなんだろうけど、この人のノリにイマイチついていけない。

 

 ただでさえ落ち目だってのに……。

 

 

 

「それにしてもアレねー。パッとしないわアナタ」

 

 

 

 ズン——と俺の頭にのしかかったのはそんな言葉だった。絶対それ、ハルカと比べての発言だよな?

 

 

 

「あのスワローちゃんの友達だって聞いたからどんなもんかと思ったけど、本当に強いの〜?なーんかやる気というか……覇気が足りないのよね。覇気が」

 

「べ、別にいいでしょ!ほっといてください!」

 

「あら怒っちゃって。可愛い顔はしてる点は評価してあげるわ♡」

 

 

 

 今なんかゾワっとした。背中に虫が入り込んだ時とおんなじ感覚である。俺、今からこの人と戦うんか……。

 

 しかしいい加減このやりとりにもうんざりしてきた。早く審判手を上げないかなー。

 

 

 

「——そろそろアタシの目くらい見た方がいいんじゃないかしら?」

 

 

 

 俺が明後日の方を見ていると、ハーリーさんは少し真剣な声色でそう言ってきた。

 

 もしかして不快にさせただろうか……でもそうは言われても……。

 

 

 

「プロの世界はいつだって真剣勝負。目の前の相手に真剣になれないで、どうして高い目標を目指そうと思えるの?」

 

「……言われなくてもわかってます。試合となればあなたから目を離すことはないと思うので、お気になさらず」

 

「わかってないわね。坊や——」

 

 

 

 そう言ったハーリーさんの顔が、いきなり俺の目の前に現れた。鼻先1センチほどの距離で——。

 

 

 

「目の前に立ってんのはアタシよ……アンタが立ち向かわなきゃいけないのはアタシ以外の他でもないわ。そんなどっか遠い目をしてウジウジ悩んでるようじゃ、アタシには勝てない!」

 

「………ッ!」

 

 

 

 ハーリーさんに言われたことは当たってる。今の俺はこの人を直視できない。

 

 この人は自信に満ち溢れている。それが何に裏打ちされているのかは知らないけど、少なくとも今の俺にはない活力があった。

 

 それに比べて俺は日陰の花みたいに萎れている。戻らない調子の原因を探して、勝たなきゃいけない勝負に不安を抱えて、もし負けたら——そう思うと足が竦むのだ。

 

 だけど……だからってこの人に好き勝手言われたくない。

 

 

 

「今日会ったばっかで何がわかるってんですか!こっちはこれでも必死なんです……説教なら他でやってくださいよ!」

 

「あら〜、上手く行ってないからって八つ当たりぃ〜?男の子がみっともな〜い♪」

 

「こんの……!」

 

 

 

 人がナイーブな時になんて言い草だろうか。いや、八つ当たりだってのは認める。言われたことが図星だったからイラつくのは子供のすることだ。

 

 でもそれを自制する余裕なんてない。こうもあからさまに煽られたんじゃ余計に。

 

 しかしハーリーさんは続けてこう言った。

 

 

 

「まぁでもとりあえずはこっち見たわね。言い返す元気くらいはあってよかったわ」

 

「へ………?」

 

「だって、せっかくスワローちゃんのお気に入りと戦えるんだし?そんなメンタルズタボロの状態のまんま叩きのめしたって嬉しくないじゃない」

 

 

 

 あっけらかんとそう言うハーリーさん。スワローって……さっきからこの人、ハルカとはどういう関係なんだ?

 

 そんな疑問もさておき、ハーリーさんはやたらと皮肉った割に爽やかな笑顔を振り撒く。

 

 

 

「アタシの美貌に赤面するのはしょうがないから、特別に許してあげる」

 

「び……?えっと、すいません……よくわかりません……」

 

「そこ謝んな。ぶっ飛ばすわよ?」

 

 

 

 ハーリーさんが何を言っているのかわからず謝ると怒らせてしまった。ドスの効いた声が圧となって押し寄せてくる。怖い。

 

 そうこうしていると、どうやら試合開始時刻が回ってきたようで、審判が台の上から使用ポケモンの選出を促してきた。

 

 

 

「ひとまずはお手並み拝見——良い勝負をしましょ。スワローのお友達ちゃん♡」

 

「………ユウキです。よろしくお願いします」

 

 

 

 おしゃべりの時間は終わり、ハーリーさんは選出機に向かって行った。

 

 その背中に、最後の抵抗にと名前だけを突きつけて……俺もポケモンの選出へと向かうのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 四回戦が開始されて数分が経過していた。

 

 三回戦で第三シードを撃破したヒデキは既にCグループ決勝へとコマを進めていた為、今回はヒトミの試合の応援に徹していた。

 

 対するは今大会の第六シード。当然実力は確かなもので、前評判も良かった。苦戦は必死かと思われたが——。

 

 

 

「——勝者、トウカジムのヒトミ!!!」

 

 

 

 このレベルの相手を容易く撃破してのけるヒトミ。試合が開始して幾分と経たずに格上を倒す姿はヒデキにも圧巻に映った。

 

 よく知っている間柄だからこそ、ここまで調子を上げている彼女を見たことがなかった。自分自身の手応えも過去最高だと実感していたが、それはどうやらヒトミも同じらしい。

 

 同門の馴染みがシードすらも圧倒するのを見て、ヒデキは拳を硬くするのだった。

 

 その一方で、彼らの先輩にあたるヤヒコもまた順調に試合を進めていた。

 

 こちらは終始ヤヒコがスローペースで試合の主導権を握っている状況。早い勝負を望んでいたノーシードからすれば、こうもどっしり構えられては敵わなかった。

 

 投了こそあり得なかったが、それでも時間の問題だろうことは誰の目にも明らか。Aグループの決勝戦は彼とウリューでほぼ決まりだった。

 

 

 

 そしてDグループ——。

 

 こちらは現在、第八シードとユウキの戦いが行われていた。

 

 

 

「上手くない……な」

 

 

 

 厳しい現状をセンリは呟く——。

 

 今はタイキと父センリ、アマルを抱えた妻のサキの三人でこの試合を観戦していた。

 

 ツバサとヒメコは大学(カレッジ)の方で割り振られた仕事に戻る必要があったため、今回は欠席。中継か録画で試合経過は確認するからと渋々退散していったのである。

 

 センリは少し寂しくなった応援陣の中で、懸念を口にしていた。

 

 

 

「第八シード……やはり一筋縄ではいかないか。試合は終始あちらのペース。奇襲による削りでなんとか1匹は倒せたが……」

 

「そのためにカゲボウズ(テルクロウ)ちゃんとマッスグマ(チャマメ)ちゃんが深手を負いすぎたわね。相手のポケモンはまだ2匹健在——このままだと……」

 

 

 

 深刻そうなユウキの両親の言葉に「うぅ……」と泣きそうになるタイキ。本当は腹の底からの声援をかけてやりたいが、それもこのムードでは叶わなかった。

 

 観客の多くはハーリーの戦術に魅入ってしまっていてとてもユウキを応援する気にはならない。時折大袈裟な挙動で観る者を虜にするような演出をする彼(彼女?)に皆が夢中だった。

 

 そんな第八シードの出自は、意外な経歴から始まっている——。

 

 

 

「あの人、そういえば今年も出てたわね……コンテスト上がりの目立ちたがり屋さん」

 

「あ、マリさん……目立ちたがり屋さんって?」

 

 

 

 完全にお通夜ムードだったユウキ陣営にマリが参入してきたことでタイキは反射的に嬉しそうに顔を上げた。

 

 彼女はいつも通りカメラを回すダイを連れてきていた。その横でマリはタイキたちに軽く手を振ってから、ハーリーの解説を始める。

 

 

 

「彼は第八シード、烈棘の薔薇(バーストローズ)のハーリー。前衛的なファッションとポケモンコーディネーター時代で培ったパフォーマンス重視の戦い方を好むB級の常連よ。勝負にこだわり過ぎない演出目的の行動をすることから、掴みどころがない選手としては有名だわ。基本理論派のユウキくんとも少し相性が悪い」

 

「そんなぁ〜!あんな変な帽子の奴なんかに負けて欲しくないっス‼︎」

 

——ギロリッ。

 

 

 

 マリの言葉に哀しい未来を見たタイキはジタバタして抗議。しかしその発言の直後、ハーリーが真っ直ぐタイキの方へと睨みを効かせた。殺気を受け取ったタイキは「ヒィ!」と短く悲鳴をあげるのだった。

 

 この喧騒でコートからはかなり遠くにいるタイキの悪口を聞き取る聴覚については、触れない方が良いだろう。

 

 

 

「それもユウキくん次第ね。現状ハーリーの独壇場になんとか食い下がってるだけみたいだし、このまま何も打開策を思いつかなければズルズルと負けに向かって行くだけ……それは彼らもわかっていると思うけど……」

 

 

 

 そう言ってマリがコートに目をやると、ちょうどバトルにも動きがあった。

 

 既に傷だらけとなったチャマメに対して、万全なノクタスが攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 

 

「やっちゃってノクタス(アイビー)ちゃん!“宿り木の種”——‼︎」

 

 

 

 アイビーと名付けられた自分のコスチュームのモデルともなっているノクタス。サボテンのような刺々しい腕から無数の種子を発射して、反応できなかったチャマメの体にそれを植え付ける。

 

 種は一気に発芽——伸びる蔦が四足獣の体に巻きついて締め上げる。

 

 

 

「振り解けチャマメ——!」

 

「無駄よ!そんなお疲れムードで解けるほど、その子の蔦はやわじゃないわ‼︎」

 

 

 

 ハーリーの言う通り、ユウキの指示を受けてもそれを解けるほどチャマメは激しく動けなかった。

 

 そうしている間にも蔦は伸び、チャマメから生気を奪っていく。この技は相手を拘束するだけでなく、奪った栄養素を使い手にも還元する吸収効果を持っている。一度食らえば、型に嵌められるのは必至なのだ。

 

 

 

「さぁどうする〜?このままじゃあアタシの得意な植物彫刻に変えちゃうわよ〜?」

 

「くそっ——戻れチャマメ‼︎」

 

 

 

 煽るようなハーリーの言葉にユウキはやむなくチャマメをボールに戻す。

 

 “宿り木の種”を解除する有効な手段としては模範解答だった。交代さえしてしまえば、絡みついた蔦からは解放されるのである。

 

 しかしそれはハーリーにも知れたこと——。

 

 

 

「甘いわね!交代先にもおんなじ様に“宿り木の種”を撃つだけよ‼︎ 状況は変わらないわ‼︎」

 

 

 

 ユウキは歯噛みしてボールを投げる手を止める。確かに彼の言う通り、交代後の隙をつかれて“宿り木の種”を受ければまた戻す必要が出てくる。そこでまた交代を選べば繰り返し……狙いすまされている現状、これを回避することは至難だった。

 

 それでも……ユウキは意を決してボールを投げ込む——。

 

 

 

「そーら!お出迎えしてあげなさい‼︎——“宿り木の種”ッ‼︎」

 

 

 

 ノクタスはコートで弾ける寸前のボール目掛けて種子を飛ばした。飛び出す光がポケモンの姿を形成するのとほぼ同時に着弾——“宿り木の種”は成功したかに見えた……。

 

 

 

「……なるほど。ジュプトル(草タイプ)……ね♡」

 

 

 

 ユウキが取り出したのは草タイプを持つジュプトル(わかば)……植え付けられたはずの種は発芽することなく、彼によって振り払われたのである。

 

 ハーリーはそれを見て、ニタリと笑った。

 

 

 

「少しは頭が回るようね。“宿り木の種”は同じ草タイプだと効果が出ない。交替際に出せば、とりあえず無傷でその子を出せるって睨んだわけね……」

 

 

 

 ハーリーの言葉にユウキは答えない。その様子を見て肯定ととらえた彼は「でもね……」と続ける。

 

 

 

「……それでうちのアイビーちゃんを攻略したつもりなら……ちゃんちゃらおかしいわっ!!!」

 

 

 

——“宿り木の種”!!!

 

 

 

 ハーリーの指示によりアイビーは再び種子を飛ばす。「わかばには効かないはずなのに——⁉︎」と驚くユウキだったが、今度の攻撃は様子がおかしかった。

 

 種子はわかばではなく空を目掛けて放たれた。しかも先ほどとは違い、一度に、大量に——!

 

 

 

「しけたコートも見飽きたわ……ここからは、アタシたちの“領域(フィールド)”へ招待してア・ゲ・ル♡」

 

「フィールド……まさか——‼︎」

 

 

 

 ユウキが気付いた時には遅かった。

 

 既に撒かれた種はコートに植え付けられ、いつでも発芽する準備が完了している。

 

 もしもこれが一度に発動するのだとしたら——背筋に電流が走ったユウキは即座にアイビーの次の手を潰しにかかる。わかばはその意志を受けて“電光石火”で接近を試みた。

 

 しかし彼が言うように、間に合うはずもない——。

 

 

 

——“グラスフィールド”‼︎

 

 

 

 アイビーは自身を中心としてコート全体に草エネルギーを拡散。それに共鳴するかのように植えられた種からもエネルギーが放出され、水の波紋のようにコートをエネルギーで満たしていく。

 

 緑の波紋が伝播したフィールドは植物が生い茂り、ものすごい速度でコートを埋め尽くす。

 

 その植物と葉と根がオブジェクトをさらに形成——コートの角から巨大な主柱が飛び出し、枝葉がその間にかかってカーテンとなる。それが一度外界からの視界を遮ると、次の瞬間に一気に開かれた。

 

 その内側には繊細な細工がなされた“騎士”を思わせる草の像が無数に並べられていた。それがコートの両脇にずらりと並べられ、その間——ハーリーとユウキを直線上に結んで交わる中央に踊り場が形成されている。

 

 その踊り場の上に、アイビーは両腕を広げてその身を晒していた。

 

 まるで舞台の主役を演じるかのように——。

 

 

 

貴方とだけの熱滾舞踏会(オペラ・デュエルブ・フランベルジュ)……‼︎」

 

 

 

 ハーリーは技の名を口にしてから、妖艶な眼差しでユウキを手招きする。

 

 その眼は真っ直ぐ、迷いなく——。

 

 

 

「さぁ、共に踊りましょうか……貴方を彩る敗北の輪舞曲(ロンド)を——‼︎」

 

 

 

 

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それは少年と刻む領域変遷(コートグラップ)——‼︎



 -ハーリィさんがわからない人へ!-

 彼——もとい彼女はアニメ『ポケットモンスター・アドバンスジェネレーション』に登場するポケモンコーディネイターです。主にハルカのライバル権お邪魔キャラとして作中では何度もその癖の強いオネエキャラでお茶の間を沸かせました。最初は気に入らない相手を完膚なきまでに叩き潰す執念深さが目立ちますが、それも自分の美学に絶対の自信を持っている裏返しだったり、そうかと思えばロケット団と結託して悪事に加担したら、時には迷走するハルカを叱る立場になったり……とにかく色々と目が離せないキャラだと感じました。

 めちゃめちゃ魅力的なキャラですので今回は輸入させてもらいました。ありがとうハーリィ。がんばれハーリィ。でもユウキくんを負かさないで。頼む。



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第195話 原動力


すんません。前話で「ハーリー」さんを「ハーリィ」さんと表記していました。おそらく「ハーリー」さんで間違いないかと。AG好きっ子の同胞たちよ、すまんやで……。


 

 

 

 殺風景だったコートに芽吹いた緑たちは、あっという間に彼女(ハーリー)好みのステージに作り変えた。

 

 植物の根と葉によって形成された舞台には、見える限りで十体ほどの同質の素材で作られた“騎士”が身構えている。右手に剣を持ち、胸の前で掲げられている姿を見て、まずユウキが察したのはアレらにあると思われる攻撃能力——。

 

 

 

領域変遷(コートグラップ)……しかも“グラスフィールド”にはない人形の生成まで!もしアレが全部動かせるんだとしたら——)

 

 

 

 ノクタス1匹でも先ほどから苦戦を強いられているユウキ。そこへさらに追加で現れた十体の人形。これに四方から仕掛けられれば、いくらジュプトル(わかば)と言えども無事では済まない。

 

 ハーリーもそれがわかるからこそ、勝ち誇ったような顔で声高らかに叫ぶ。

 

 

 

「オーーーホッホッホッホッ!!!どう?アタシたちの創り出したアーティスティックな劇場は⁉︎」

 

「有利状況で早速切り札切るとか——意外と余裕ない感じですか⁉︎」

 

「あら失礼しちゃうわ。これでも認めてるのよ……あなたのこと。()()()使()()()()()()()()()()()

 

「…………?」

 

 

 

 その言葉がユウキには疑問だった。

 

 使った技の規模の大きさから考えてもハーリーが本気なのはわかる。それが最初からだったのか試合の流れでそうしようと思ったのかはわからないが、少なくとも今は全力を出していると捉えていいだろう。

 

 ただその理由がユウキ自身にあるとは思えなかった。ここまで良いところひとつない少年に何を見ればそんな発言が出てくるのか——しかし真意を確かめる時間までは与えてくれないハーリー。

 

 

 

「行くわよボウヤ‼︎ 踊り方はその身で学びなさい——‼︎」

 

 

 

——“グラスフィールド【貴方とだけの熱滾舞踏会(オペラ・デュオルブ・フランベルジュ)】”!!!

 

 

 

 ハーリーの指揮下で舞台中央で腕を振るうノクタス(アイビー)。その腕の動きに合わせるかのように、植物騎士たちはゆっくりと足を踏み出し始めた。

 

 初動は緩慢な動き——次第にわかばと距離がつまるにつれてその動きを早くしていく。

 

 十体の従者たちによる剣撃が、わかば目掛けて振るわれた——。

 

 

 

「くっ……躱せッ‼︎」

 

 

 

 対してユウキは後退を指示。わかばはバックステップで騎士の群れから距離を取った。

 

 

 

「まぁ!レディの誘いを断るなんて——!」

 

「いちいちうるさいなっ!囲まれるわけにいかなんですよこっちは‼︎」

 

「ふーん?でも距離とって勝てるとでも?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 

 ハーリーの指摘は的を得ている。

 

 このフィールドを操っているのは他でもない彼女のアイビー。攻略するには本体を叩くのが定石だった。

 

 しかしそれにはこの騎士団を突破する必要がある。下がるという行為はそれだけ勝利からも遠ざかるということである。

 

 

 

(——かと言ってまともにやり合う訳にはいかない!まだ能力も不明な以上、下手に突っ込んだら返り討ちだ……失敗はできない!)

 

 

 

 それもまた真実。飛び込めばその瞬間に何をされるかわかったものではない。時論の標準器(クロックオン)が正常に機能しない今、一番怖いのは初見殺し。反応できない意識の外からの攻撃による致命傷だった。

 

 今はわかばに逃げ回ってもらうしかない。ユウキは唇を噛み締めて、ただひたすら耐えることを選んだ。

 

 

 

「ほらほら‼︎ そんな足取りじゃあ主導権を握る(エスコート)なんて無理よ無理ッ‼︎ それともこのまま素敵な相棒を見殺しにでもするー⁉︎」

 

「〜〜〜ッ!」

 

 

 

 わかばと騎士人形が立ち回る中、ハーリーの煽りはしっかりとユウキの胸を抉った。

 

 今はまだ耐えるしかない。しかしそれが終わるのはいつだ?打開策を思いつかなければ負けるのは変わらない。もし見つからなければ?例え見つかったとしてもその時にわかばの体力が底を尽きていたら?作戦実行までの余力を残せなかったら?——そんな後ろ向きな疑心暗鬼が少年の胸中に渦巻く。

 

 この形になった時点で敗北は濃厚——だがそれでも、ユウキは膝を折る訳にはいかなかった。

 

 

 

——“タネマシンガン”ッ‼︎

 

 

 

 わかばは体内で生成した種子を口から吹き出して攻撃。飛来する種は人形たちの体に弾かれて霧散した。

 

 

 

 

(手応えからして見た目以上に硬い!おそらくエネルギーで固めた葉を甲冑みたいに着せてるんだ……やっぱりあいつらを一体ずつ倒すのは骨が折れる——だったら‼︎)

 

「——わかば!飛べッ!!!」

 

 

 

 ユウキの檄にわかばは跳躍。凄まじい脚力で数メートル飛び上がった後、さらに手の中に生成した“タネマシンガン”を握り込んで、自分の後方に向かって押し出した。

 

 これは“タネマシンガン”の派生技を利用した空中移動法——。

 

 

 

——“【雁空撃(ガンマニューバ)】”!!!

 

 

 

「——甘いわよボウヤッ!!!」

 

 

 

 アイビー目掛けて飛び込む軌道で飛翔するわかばに対してハーリーが叫ぶ。それと同時に騎士たちは素早く陣形を整える。

 

 二人が一組となって向かい合い手を重ねたと思ったら、そこへ駆け込むもう一人。勢いよく飛び込んだ瞬間、一組の両の手が飛びこむ仲間の足の裏を捉えて思い切り振り上げる。

 

 即席のトランポリンで高く跳躍した騎士は、空中のわかばに向かって刀剣を突きつけた。

 

 

 

——ガキィンッ!!!

 

 

 

 わかばは衝突の直前、咄嗟に発動させた“リーフブレード”でそれを防ぐ。硬い金属同士のぶつかる音がコートに響き渡り、互いは空中で弾かれた。

 

 わかばも騎士も地面に激突することはなく、しっかりと受け身を取って事なきを得る。

 

 

 

「わかば、大丈夫か⁉︎」

 

——ロァッ‼︎

 

 

 

 ユウキの呼びかけに『問題ない』とばかりにしっかりと応えるわかば。ダメージはないとわかるとホッとする。

 

 だが、今ので空中からの強襲もままならないことがわかった——。

 

 

 

(見た目は騎士だけどやってることは曲芸に近い……硬い甲冑であそこまで飛び上がれるってことは、途轍もない腕力で押し上げられたのか、もしくは硬さと軽さを両立させてる外装なのか……どっちにしろまともにやり合うのは得策じゃない……!)

 

 

 

 今のやりとりで騎士たちの性能の高さも窺えたユウキはますます慎重になる。正面対決を避けたい彼は、どうにかあの隙間を縫って本丸を落とせないかと思案した。

 

 しかし過ぎるのは、失った自分の能力のこと——時論の標準器(クロックオン)があれば、先ほどの空中戦でもわかばに躱させることが可能だったかもしれないということである。

 

 

 

(何考えてんだ俺は!無いものねだりしてもしょうがないだろッ!甘えたこと言ってる暇あったら、さっさと次の策でも思いつけってんだよ——‼︎)

 

 

 

 心の中に芽生えたそれは今を戦う人間にとっては毒だった。余計な思考がひとつ挟まるせいで、ユウキは次の敵の攻撃への反応が一歩遅れる。

 

 騎士のひとりがわかばに剣でもって肉薄してきた——。

 

 

 

——ロァッ‼︎

 

「わかば——‼︎」

 

「よそ見してるからよッ!!!」

 

 

 

 一瞬の遅れがわかばと騎士をかち合わせる。攻撃そのものを受け止めてしまったせいで、わかばは意図も容易く包囲されてしまった。

 

 目の前の騎士と鍔迫り合いになったわかば。その背後からもう一太刀加えようと接近する人形が切り掛かる——。

 

 

 

「後ろだわかば——‼︎」

 

——ルァッ!!!

 

 

 

 わかばは左手で目の前の敵の剣を受け止めたまま、残った右手の“リーフブレード”で背後からの攻撃も受け止める。しかしこれで完全に足が止まった。さらに両手が塞がったことで胴が無防備になる。ここを見逃すハーリーではない。二体の騎士がわかばを挟撃するようにして斬りかかってきた。

 

 

 

「ガラ空きよ——‼︎」

 

「——自転して薙ぎ払えッ‼︎」

 

 

 

 即座にユウキはわかばにそう指示。

 

 わかばはその場で構えた手から“タネマシンガン【雁烈弾(ガンショット)】”を発動。左右の手のひらは前後それぞれに向いており、噴射した反動はそのままわかばを独楽のように自転させる。

 

 瞬間的に速度が加えられた両の刃が、襲いかかってきた四体の騎士を薙ぎ払うことに成功。事なきを得た。

 

 

 

「ヒュ〜♪ お見事——でもまだまだ‼︎」

 

 

 

 ハーリーはわかばの動きを見てますます上機嫌になる。それに合わせるようにしてアイビーの操る騎士たちの動きもより活発になっていった。

 

 包囲に成功した彼らは、わかばに向かって仕切りに剣を振り下ろす。わかばはそれに対応してすべくその身を翻して応戦——しかし。

 

 

 

——ロゥッ‼︎

 

 

 

 そのうちひとつの切先がわかばの背中を捉えた。剣の属性は草タイプを帯びているようで効果こそ今ひとつだったが、鋭い剣閃に代わりはない。

 

 そのダメージに苦悶の表情を浮かべるも、わかばはそれでも果敢に立ち向かう。

 

 それを見てユウキは——。

 

 

 

(くそ……くそ、クソ、クソッ‼︎ わかばがあんな頑張ってんのに……また足を引っ張った‼︎ 今だって少しでも何か力にならなきゃ行けないって時に……俺は……ッ‼︎)

 

 

 

 自責の念は強まるばかりだった。それがさらにユウキから思考力を奪っていく。その間も素早く現場に対応しようと必死にもがくわかば。そんな彼に何もしてやれない無力感に今にも押しつぶされそうだった。

 

 

 

(負ける……何もできずにこのまま……!俺はまだ背負ったものに何も応えられてないのに……夢にはまだまだ遠いのに……!!!)

 

 

 

 ちらつくのは託されたもの。自分の目指す道の長さ。背負ったものの重さはその足取りを重くさせ、気の遠くなるような道のりに心が折れる。

 

 気付けばあれほど望んでいたこのトーナメントへの参加すら、彼には重圧となっていた。ここまでひしゃげてしまったメンタルは試合中にそう簡単に覆すことはできない。

 

 そして……それこそがまさに、ユウキの不調の原因だった。

 

 

 

「僕の……せいだ……!」

 

 

 

 すると突然、客席で観ていたセンリが絞り出すようにして声を出した。

 

 悲痛なものを含ませたそれに、タイキが訝しんで振り返る。

 

 

 

「センリさんのせいって……どゆことッスか⁉︎」

 

「すまない……本当はこんなこと言うつもりはなかったんだ……」

 

 

 

 センリの謝罪は余計にタイキを混乱させる。何が「すまない」なのか。何を言わないようにしていたのか——それを何故こらえようとしていたのかも、少年にはさっぱりだった。

 

 背後で聞いていた妻のサキ以外には、知り得ようのない話である。

 

 

 

「こんな後悔をしたところであいつには何の得にもならない。僕の不甲斐なさで要らない心配までかけて……その責任を感じているなんて言ったところで、あいつが報われることはない……」

 

「あの……すんません!俺バカなんで何言ってるか全然わかんないんスけど!アニキ、やっぱどっか悪いんスか⁉︎ もしかして固有独導能力(パーソナルスキル)の副作用みたいなやつとか——」

 

「プレッシャーよ。ただ単に、あの子は試合の精神的負担に押しつぶされそうになってるだけ……」

 

「え………?」

 

 

 

 どうにか説明をしようとするもセンリの言葉は要領を得なかった。困惑しているタイキを見兼ねて、サキは彼の代わりに話を続ける。

 

 だがその内容もタイキには信じ難いことだった。

 

 

 

「そんな……アニキが?いや違うッス!アニキはもっと大変な中で戦ったこともあるんスよ!それこそ負けたら命だって危ない場面だって……それがこんな大会で——」

 

「質が違うのよ。そういう類の戦いと、今あの子が経験している戦いとの……ね」

 

 

 

 サキは知っている。旅を続ければ危ない目に遭う事も。試合といえども負けが今後を左右することも日常茶飯事だった。そこでは当然重圧との戦いになる。それを乗り越えるたびにトレーナーはその種のプレッシャーに強くなっていくのだ。

 

 ユウキは充分そうした戦いを経験してきた。それはサキ以上にタイキの方が知っていることだろう。彼女もそれは弁えている。

 

 だが……だからこそ見落とすのである。別種のプレッシャーが存在することを——。

 

 

 

「その人が自分のせいだ——なんて言うから混乱しちゃうかもしんないけど。それは半分当たってるわ。私もずっと……あの子がいつかこういう場面で苦しむんじゃないかって気を揉んでた……それを目の当たりにして、私もちょっと口が重くなっちゃったけど」

 

「アレとかソレとか……結局なんなんスか⁉︎ アニキの経験してるプレッシャーってのは——」

 

 

 

 タイキは痺れを切らしてサキに詰め寄る。彼女が抱えているルリリ(アルマ)がその拍子に驚いて泣き出してしまったことで、タイキとサキは慌てて宥めに入るのだった。

 

 そうこうしている間にも、わかばは騎士団に囲われて生傷を増やしていく。ユウキはそれにもう指示が出せなくなっていた。

 

 目まぐるしく動く戦況に自分の意識が追いついていかない。悔恨で鈍くなった思考では立ち入る隙もなかった。

 

 ユウキはひとり——孤独に思う。

 

 

 

 どうして……こんなに自分は弱いのか……と。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——難しい話をしてしまうのですが……」

 

 

 

 時間は遡り、センリがジムリーダーを退職して少し経ったある日。彼は妻と共にトウカの精神科に足を運んでいた。

 

 優しげな担当医が献身的な姿勢で、長年傷付いたセンリのメンタルと寄り添う形で治療に望んでくれていたのである。

 

 そんな彼だから、少し言いづらそうにしたのだろう。それでも必要なことではあったのだが……。

 

 

 

「息子さんのこと……少し様子を見てあげてください」

 

「ユウキ……ですか……?」

 

 

 

 センリもサキもここで息子の名前が出てくるとは思っていなかったので面を食らってしまった。医者は続ける。

 

 

 

「今回の件で最も深手を負ったのは間違いなくセンリさん。あなたです。しかしながら奥さんにも息子さんにも、決して浅くない傷が残ってしまった……これもまた事実です」

 

 

 

 それを聞いたセンリは顔を伏せてしまう。当然その原因を作ったのは自分だという意識があるからだ。医者も彼がそう抱え込んでしまうと知っていたから、この話をあまりしたくはなかった。

 

 それでもしたのは、やはり息子であるユウキに対する懸念があったからである。

 

 

 

「お話を聞く限り、その息子さんもあなたと同じで抱え込むタイプだ。幸いにして友人は多いようですし、ポケモンとの仲も良好。癒しの場や気分転換ができる環境の中にいらっしゃるので思い過ごしだといいのですが……」

 

「そうじゃなかった場合……ユウキも精神的に何か爆弾が……?」

 

 

 

 サキはその言葉を聞いて不安になる。夫の疲弊具合からして、ユウキがもし何かの拍子に病を拗らせることになるかもしれないと思うと胸が締め付けられる思いだった。

 

 だが医者はそこまでのことを言ったわけではなかった。

 

 

 

「いえ、日常生活に支障が出るほどではないでしょう。そこまで落ち込む前に誰かが気付いてくれる場合がほとんどですから……ただ、彼はプロのトレーナーですよね?」

 

 

 

 それはこの夫婦も歩んだ道。その職業の名は否応なく二人を緊張させた。

 

 

 

「ポケモントレーナーだけではありません。プロアスリートと呼ばれる人間のパフォーマンスは意外なほど精神に左右されるのです。精密機械とまで呼ばれる凄腕の特技を披露できる人が、ある期間は何も上手くできなくなることだってある……それは本人にとって耐え難い苦痛となるでしょう」

 

 

 

 いつもと違う感覚に陥った場合、そこから抜け出すのは容易ではない。人間は一度味わった感覚を無意識に反芻して同じ過ちを繰り返しやすい。それを矯正するのは長い時間と根気強いリハビリが必要になることを医師は知っていた。

 

 それが精神的原因ともなると、明確な理由がはっきりしない場合が多く、治療はさらに困難を極める。

 

 おそらくそうなっても日常生活に支障が出るほどではないだろう。だが崩れたメンタルでパフォーマンスが低下したトレーナーは……。

 

 

 

「“イップス”——何かのきっかけでそれきり今までと同じようなプレイができなくなる精神疾患の俗称よ。やっぱり出ちゃったか……」

 

「そんな……アニキッ‼︎」

 

 

 

 サキからその病を懸念するようになった経緯を聞いたタイキは緊迫した顔でユウキの方を見る。

 

 コート上ではまだ懸命に戦うわかばの姿があった。しかしユウキは、ほとんど呆然としていた。

 

 

 

(なんでだ……なんでこんなことになった……?持ってる力が出しても通用しないならわかる……でも、ちゃんと使えたはずの能力が出ないなんて……!)

 

 

 

 それは少年にとってあまりにも辛い現実だった。まだ原因についてまるで自覚がない分、失った能力への執着心が大きくなってしまったのである。

 

 イップスと呼ばれる疾患に苛まれているとも知らず、自身の不調を己自身の不甲斐なさに置き換えてしまうのは仕方のないことだった。しかしその行為は、ユウキから立っている力すらも奪いかねなかった。

 

 どうして、なぜ……気付けばそんな単語ばかりが頭の中を駆け巡る。しかし自問しても答えは出ない。思考の泥沼に肩まで浸かってしまった少年には、足掻く力すら削ぎ落とされていく……。

 

 

 

 それを見定めるように、ハーリーは鋭い視線で彼を観察していた。

 

 

 

(あらあら……ちょっとピンチになったくらいでやる気まで無くしたって言うの?よくそんなメンタルでここまで勝ち上がれたものね……!)

 

 

 

 ハーリーは内心毒吐く。

 

 彼女としても小耳に挟んだユウキの実力には興味があった。経歴が浅い割にここ一年で急速に成長を遂げたと思われるバッジ獲得ペース。常連でもないのにこのレベルの大会への参加を許される腕前。()()()()()によれば周囲からの信頼も厚いという。

 

 そうして前情報をハーリーは得ていた。だからこそ今のユウキには疑問があった。とても大成できる器じゃない。しかしそれでも……自分の元まで勝ち続けている。

 

 

 

(前の三つの試合を観ていても気付かなかった……何が彼を勝たせていたのか。運と一口に言うにしてもここまで気迫が足りない子供が三連勝なんて不自然なのよ……でも、手合わせしてやっとわかったわ。この子の力は——)

 

 

 

 不調をきたしているにもら関わらず、結果は出ている。過程の努力が身を結ばないことはあっても、過程なくして結果が発生することなどあり得ない——。

 

 その理由を垣間見たハーリーは、小さな笑みを溢していた。

 

 

 

——ロァァァアアア!!!

 

 

 

 

 わかばは一際大きく咆哮する。

 

 植物騎士団に囲われながらも、何度と斬りつけられながらも、それでも戦意を失うことはなかった。

 

 地を蹴り、宙を舞い、翻って刃を振るう。例えユウキの指示がなくても勝利をを目指して足掻き続けている。

 

 ハーリーにはわかっていた。この足掻きがただの破れかぶれではないということを——。

 

 

 

(このジュプトル、こっちの動きを()()()()()……!十体もの物量で囲っているのに、未だに致命傷を避け続けられるのはそれ以外に考えられない……‼︎)

 

 

 

 高速戦闘の最中、気配だけを頼りに全方位からの攻撃を凌ぐのは不可能に近い。そもそも気付いたところで躱しきれないのだから。実際わかばもその身に太刀傷を数箇所負っている。

 

 しかしそれにしても被弾が少な過ぎた。アイビーの操る十体の騎士の操縦性能は並じゃない。派手な動きもその実、戦闘で相手に動きを悟られないように撹乱する一種のブラフを幾つも織り交ぜられたフォーメーションだった。

 

 そのフォーメーションは目で見て判断できるものではない。はたから見ただけでは次の動きの予測などできるはずもないのだから。

 

 しかし、それでもわかばは見ていない方向からの攻撃を躱し始めている。

 

 

 

(またこれよ!さっきも完全に死角から攻撃したのに躱された‼︎ 陣形のパターンを読まれたの⁉︎ いや、いくら賢いポケモンでも長年考え抜いたアタシたちの攻撃パターンを解析するのは考えにくい……だとしたら——‼︎)

 

 

 

 その時ハーリーとわかばの目が合った。鬼気迫る眼光は彼女に警戒させるほどの殺気が込められていた。

 

 それこそわかばの読みの良さのカラクリ——敵がいつ攻撃を仕掛けてくるのか、そのタイミングを相手の挙動から察して動いていたのだった。

 

 

 

(あの騎士たちはアイビーの腕振りを指揮にして動かしている。その動きとアタシの視線を元手に攻撃してくるモーションを盗んでるってわけ……いや、それでもわかるのは“タイミング”だけ!どの攻撃がどの角度でどんな速さで来るかまではわからない‼︎ まさか山勘で全部捌いてるってゆーの⁉︎)

 

 

 

 ハーリーは次第にわかばのやっていることの恐ろしさに気付いていく。いくら人間よりも多くの感覚が鋭いポケモンとはいえ、全てを勘に頼った回避には限界がある。もし仮に可能だとしても、勘が外れれば手痛い一撃をもらうことになる。その恐怖は、目隠しで交通量の多い道路を横断するのに匹敵する。

 

 そんなことを可能にしている訳は——言うまでもない。

 

 

 

「いい加減目ぇ覚ましたらどうよユウキちゃん⁉︎ 俯いて地面ばっか見て……それが頑張ってるポケモンちゃんたちへの態度⁉︎」

 

 

 

 叱られたユウキはハッとするも目はまだ地面に向けられていた。言われたことはわかっている。至極当然なお叱り、ここまでユウキを信じて戦い抜いたポケモンたちへの返礼がそれではやるせない。

 

 だがユウキの首はそれでも重い。理想と現実の板挟みにあった少年にはもうどうしていいかわからなかった。ハーリーはそんなユウキの心境をどことなく察し始める。

 

 

 

(そう……そこまでわかってても頭が上がんないわけ。対戦相手の顔も見ようとせずにひたすら苦しそうに戦う理由……そして……あそこでも苦しそうに見守っているパパの存在——)

 

 

 

 彼女が観戦席を見上げると、心配そうに息子を気にかけるセンリの姿が確認できた。彼がここ最近、心身の不調でジムリーダーを降りたことはハーリーの耳にも届いている。おそらくその辺りに理由があるのだろうと。

 

 

 

(はぁ……せっかく出会えた原石ちゃんだってのに……随分と無駄なゴミが付いてるようね……重いわけよ)

 

 

 

 心の中でのため息を吐きつつ、ハーリーはユウキに向かって投げかける。

 

 お前はそれで本当にいいのか——と。

 

 

 

「——今頑張ってるのは、アンタが手塩にかけて育てた相棒じゃないの⁉︎ その子達と一緒にこのトーナメントで勝ち上がるって誓ってきたはずよ‼︎ なのにアンタは下ばっかり向いて……‼︎」

 

「………うが……ないじゃんか……‼︎」

 

 

 

 ユウキはそこで初めて返答する。苦々しく……顔を歪めて——。

 

 

 

「だってしょうがないじゃんか‼︎ 俺はこんなにも弱い‼︎ ポケモンたちがどんなに強くなっても、俺の指示が拙いばっかりに痛い目に合わせる‼︎ みんなが期待してんのにそのどれにも答えられてない‼︎ 託された想いもいっぱいあるのに……俺はぁ………‼︎」

 

 

 

 悲痛な叫びがコートに響き渡る。しかしそれを剣戟がかき消して、会場の歓声に溶けていった。

 

 白熱するわかばとアイビー率いる騎士団の戦いも佳境を迎えているからである。

 

 叫ぶわかばの裏で、ハーリーとユウキの思いもまたぶつかっていた。

 

 

 

——ロァァァアアア!!!

 

「俺はこんなにも脆いのに……なんでみんな期待するんだよ!!!」

 

——ノクタァァァ!!!

 

「甘ったれたこと言ってんじゃないよボウヤ‼︎」

 

 

 

 ユウキの叫びを真っ向から否定するのはハーリーのドスの効いた怒号だった。

 

 

 

「人の想いは誰かに向けられてる時こそ一際輝くのよ‼︎ それは望んでも手に入らない宝物‼︎ 重荷に感じてるのは、アンタの受け取り方が悪いだけでしょうがッ!!!」

 

「受け……取り方……?」

 

 

 

 人の想いの受け取り方——そんな風に言われてもユウキは困惑するだけだった。ハーリーは続ける。

 

 

 

「せっかく咲いても誰にも見てもらえずに萎れていく花は多い‼︎ ここだと声を大にしても目も耳もあらぬ方向へどこ吹く風‼︎ アンタはそんなその他大勢のトレーナーの中で勝ち残って、今ここまで来たんでしょうが‼︎ それは背負ったものに突き動かされてきたからじゃないの⁉︎」

 

「それは……でも俺は……俺には責任を果たすだけの実力が……!」

 

「責任ってなにぃ〜⁉︎ そんなこと考えてるから重荷になってんのよ‼︎」

 

 

 

 ハーリーの突っぱねるような物言いと同時にわかばは剣撃によって後退させられる。流石にずっと動きすぎた体は疲弊し、肺が酸素を欲して緊急活動している。

 

 アイビーは確実に仕留められるように、ジリジリと騎士団で包囲してから距離を詰める……。

 

 

 

「確かに背負ったものが時々重石になることもあるわ。でもそれとうまく付き合っていくのもプロの資質よ!ただみんなに褒められたいだけのトレーナーに人は決して惹かれない‼︎ 目を引くトレーナーやポケモンには、いつだって誰かの夢や希望、熱狂が乗せられてるの‼︎ それを今知ったからって尻込みすることがあるのかしら⁉︎」

 

「わかってるよそんなこと‼︎ でも俺の器はそんなに大きなものじゃない!乗せられてるものが大き過ぎて、俺には支え切れない‼︎ 親父がそうだったように……‼︎」

 

 

 

 ユウキが思い出すのはかつての父センリの歩み。

 

 誰にも見向きもされなかった男が、地道な努力と人との出会いで少しずつ認められていき、果てにはジムリーダーとして人々を教えるまでに至った足跡。

 

 しかしその中身はとても個人が抱えられない闇と隣り合わせの日々だった。

 

 その歩みは、どこかユウキにも似通っている……。

 

 

 

「将来はどうなるかもわかんないのに!できる、やれるって言われても俺には信じられない‼︎ 行きたい場所に辿り着けるビジョンが思い浮かばない‼︎ あんなに強そうだった親父がボロボロになるの見ちゃったら……俺はそんな親父の息子なんだ‼︎」

 

 

 

 ユウキは語るに連れて心のタガを外していく。仕舞い込んで、自分でも意識できないほど深く沈めた気持ちを吐き出し始める。

 

 父が全てを吐露したあの日……全てをやり直そうとして見ないふりをした己への不安。自分はそんな彼の息子で、似たような性格で……だから明るい将来を期待できない。

 

 ハーリーはそれを聞いて、こう言った。

 

 

 

「じゃあ自分に一番期待してないのは——アンタってことじゃない!!!」

 

「———‼︎」

 

 

 

 アイビーがその瞬間、騎士たちをわかばに仕掛けさせる。一度に刺突で全方位から襲撃されたわかばは、ギリギリまでそれらを引きつけて空へと飛び上がる。

 

 わかばはまだ——諦めていなかった。

 

 

 

「他の誰かの期待が重いのは、アンタがそんな自分に期待してないからじゃない‼︎ ずっとアンタはそれを理由に下向いてたんじゃないの‼︎ 自分は弱い!ダメなやつだ‼︎——」

 

「そうだ……だってそれは本当のことだから——」

 

「バカおっしゃいッ‼︎ そんなトレーナーに人の気持ちは動かされないッ!!!」

 

 

 

 ユウキの言葉は否定される。ハーリーにはわかる。それだけは違うということを——。

 

 

 

「なんで……なんでそんなことがわかるんだ⁉︎ 会ったばかりのあなたになんか——」

 

 

 

 ユウキには解せない。

 

 何故、彼女がここまで言うのか。

 

 ここまでずっと手応えのない戦いを繰り広げる相手にそこまで言うのか……。

 

 

 

 ハーリーはそれに、自信満々に答えた。

 

 

 

「わかるわよ。アタシにだって手合わせした相手の努力くらい……」

 

 

 彼女がそう言った時、アイビーはわかばの喉元まで迫った騎士たちの動きを止めた。何事かと思ったユウキはハッとして対戦者の顔を見る。

 

 その時のハーリーの顔は、慈しみに満ちていた——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「よう——どうよ、シードぶっ倒した感想は……?」

 

「………誰だアンタ?」

 

 

 

 カナズミ大学(カレッジ)の校舎内にあるとある休憩室で、備え付けの自販機からミックスオレを購入したウリューに一人の男が話しかけていた。

 

 赤い立て髪のその男——カゲツは少年の言葉に「ケッ」といつも通り吐き捨ててから答える。

 

 

 

「質問に質問で返してんじゃねぇっての。これだから最近のガキゃ〜」

 

「名乗りもしねぇでいきなり問答ふっかけてくる野郎に躾がどうの言われたくねぇな。アンタと話すのに俺が時間を割くとでも……?」

 

「邪険にするじゃねぇか。クソ生意気な小鬼がよぉ。ま、そういう態度は嫌いじゃねぇがな」

 

 

 

 肩を竦めてカゲツは笑う。昔とった杵柄——自分がトレーナー時代、ウリューのようなスタイルを貫いてきた彼には少しだけ共感できる部分もあった。

 

 今のHLCに迎合しない姿勢も彼にとってはポイントが高い。軒並み好印象のウリューだが、肝心の本人は相手にするつもりがないようで、缶ジュース片手にその脇を通り過ぎようとした。

 

 

 

「——だが、負けた時もまだそんな面してられんのかねぇ……?」

 

「なんだと……?」

 

 

 

 その言葉に足を止めたウリュー。

 

 自分が敗北する可能性を示唆したカゲツに対して訝しむ少年。カゲツは敢えてその先を話さず、ウリューの反応を楽しむかのように視線を送り続けている。

 

 

 

「俺が負ける……?聞き間違いか、それとも冗談のつもりか?」

 

「笑えねぇってか?そりゃ現状第一シードを倒したお前には敵なんかいねぇわな〜。流石は天下の瀑斬の青鬼(アズールオーガ)様。次の試合の相手の偵察もせずに、呑気にこんなとこで茶ぁ啜ってるとは、器がちげぇ〜」

 

「テメェ……!」

 

 

 

 カゲツはにやつきながら拍手を送る。その仕草に侮辱されたと思ったウリューは目つきを鋭くさせた。

 

 

 

「何が言いてえんだよオッサン!生憎だがシードだろうが決勝だろうが興味はねぇんだよ‼︎ 相手が誰だろうが結局俺のやることは変わらねえ‼︎ 立ち塞がる奴は粉砕してねじ伏せる——それが俺のやり方だ‼︎」

 

 

 

 それは圧倒的強者にのみ許された傲慢。しかしそれを実現可能にするほどの力を有しているウリューの弱点にはなり得ない。

 

 それだけの自負がある彼は偵察などは無意味だと結論付ける。実力の足らないトレーナーがやる足掻きなのだからと。

 

 しかしカゲツも別にそんなことはどうでもよかった。

 

 

 

「そのやり方にケチつけようってんじゃねぇよ……ただあんまりにも眼中にないみたいなんでな。年長者としてちょいとアドバイスしてやろうと思ってよ……」

 

「いらねぇ、とっとと失せろ‼︎」

 

 

 

 強く突き放すように吐き捨てて、ウリューは足早にその場を後にしようとする。それに対してカゲツは——。

 

 

 

 

「Dグループの56番!テメェが負けるとしたら……多分そいつだ‼︎」

 

 

 

 さらに距離の開いた二人の間に響いたのはそんな言葉だった。

 

 ウリューは再び足を止めるが振り返ることはない。聞き覚えのない番号、姿も知らない誰かについて一瞬思考する。

 

 カゲツは続けて言った。

 

 

 

「せいぜい寝首をかかれねぇようにな……いずれ必ずお前の前に姿を現す。その時まで、その番号は覚えておくこった……‼︎」

 

 

 

 そう言って、今度はカゲツがその場を離れた。

 

 言いたいことだけ言って立ち去る男の背中を横目に「くだらん……」とつまらなさそうに呟くウリュー。だがそれでも『56番』という響きは妙に頭に残った。

 

 

 

(関係ねぇ……誰が相手だろうと……勝つのみだ……!)

 

 

 

 そう誰にでもなく誓ったウリュー。

 

 一方、立ち去るカゲツもまた心の中で呟く。

 

 

 

(はぁ……これで負けてたら笑いもんだぜ。ま、そん時はケツ蹴り上げてさっさと飯でも行くか。あいつの奢りだけどな……)

 

 

 

 頭では憎たらしくそう言うカゲツ。しかしその足取りは気持ち軽く、口元はやや緩んでいた。

 

 そこに心配や焦りなどは微塵もない。いつもより少し上機嫌な彼は、そのまま気ままに校内を練り歩く。

 

 まるで心配など不要だと言わんばかりに。頭の中とは裏腹に、彼は少し先の未来想像していた。

 

 自分の弟子が勝ち上がるところを。例え今は弱っていても、ここぞという時に立ち直る時がやってくることを。

 

 そのきっかけを見つけてくるのが、あいつなんだ——カゲツがそう予想する頃、ユウキは戦いでそのきっかけとやらに出会っていた。

 

 

 

 期せずしてもたらされたのは対戦者からの叱責と助言。慰めもいくつか含まれていただろう優しい言葉だった。

 

 彼女——ハーリーは今のユウキに必要な言葉を知っていた。

 

 

 

「——あんたのポケモン、本当によく育てられてるわ。そのジュプトルちゃんだけじゃない。さっき戦ったマッスグマちゃんもカゲボウズちゃんも……とてもパワフルでスピーディー。一朝一夕の仕上がりじゃなかった……」

 

 

 

 ユウキとわかばを敗北寸前まで追い詰めたハーリーは、トドメを刺さずにそう言った。

 

 それは手合わせして、軽くあしらわれたと思っていた仲間への賞賛だった。

 

 

 

「道理で手前の三戦を勝ち上がってこれたわけだわ。例えあなたが指示しなくても、各ポケモンが戦えるだけの技や筋肉、思考力が備わっている。無茶な指示だろうとオーダーに応えつつ、自分らしさを失わない。今まで伸ばした長所を存分に発揮する術を叩き込まれているのがわかったわ……」

 

「そんな……俺はそんなこと……意識したことなんか……」

 

「それだけ習慣化してたってことでしょ?毎日毎日飽きもせず同じことの繰り返し……さぞ地味な反復練習を重ねてきたようね。しかも仕上がりからしてかなりハード。普通はなかなか続けられないわ。ポケモンの方が……」

 

 

 

 そこまで見通すことができるのか——ユウキはそう驚いて目を丸くした。

 

 ほんの少し手合わせしただけで、ユウキたちの生活ルーティーンが見抜かれてしまった。しかしハーリーが見抜いたのはそれだけじゃない。

 

 

 

「それでも無理はさせていない。必ず休むべき時には休ませ、遊ばせる時はうんと遊ばせている。それは毛並みや肌艶が証明しているわ。ここまで綺麗なプロの手持ちは珍しい……でもこれは個人じゃ難しいでしょう?大方、あっちで叫んでるお友達に手伝ってもらったってとこかしら……」

 

「あっち………?」

 

 

 

 ハーリーはそう言って観客席の方を親指で指す。ユウキはふと観客席を見上げた。

 

 多くのギャラリーたちがバトルに沸き立ち歓声を上げる。でもその中に自分の聞き馴染んだ声が響いているのがわかった。

 

 これは……ユウキが最も信頼する人間の——。

 

 

 

「アニキィィィ‼︎ 頑張れアニキィィィ!!!」

 

「タイキ…………‼︎」

 

 

 

 タイキは叫んでいた。

 

 目に涙を浮かべ、両手をメガホン代わりにしながら、在らん限りの力を込めて必死でユウキを後押しした。

 

 喉が枯れて、顔は歪んで、鼻水を垂らしながら……不細工と言って差し支えない姿で、それでも声を飛ばすのをやめない。

 

 ただその声援の中には「勝て」も「負けるな」も含まれていなかった……。

 

 

 

「幸せ者じゃない。こんなになっても応援してもらえる友達がいるなんて……あ、もしかして恋人だったり?」

 

「え、あ、はぁ?タイキが……なん……?」

 

「オホホホ!冗談よ冗談!」

 

 

 

 ハーリーは笑って誤魔化す。ほんの少し「そうだったらおいしいのに……」などと思いながら。

 

 しかし冗談のあと、真剣な面持ちでユウキに語りかけた。

 

 

 

「どう?これでもアンタは『他人の期待は重い』——なんて言える?ポケモンも友達も……みんなアンタの力になろうとしてる。それでも自分で自分のことを諦めんの?それこそ期待を裏切ってるってことになるんじゃない?」

 

 

 

 ハーリーの言葉に今度はすぐに反論できなかったユウキ。

 

 確かに自分が自分のことを諦めて、応援を重荷に感じてしまったら、それこそ彼らに対する裏切りになるんじゃないのか——ハーリーの言葉そのままを繰り返して思ったことは、その通りかもしれないという肯定で締めくくられる。

 

 でも……それでもやっぱり……ユウキは将来まで肯定してあげられなかった。

 

 自分の歩く道がどこに続いているのか……その先が誰かを不幸にするものだったらと思うと——

 

 

 

——頑張れーーー‼︎ 俺も応援してるぞーーー‼︎

 

 

 

 その思考を遮るように、ユウキの耳にある声援が届いた。

 

 今度のそれは彼の耳に馴染みはない。なんならどこからした声かもわからない。しかしそれも当然のことだった。何せユウキは彼らを()()()()のだから……。

 

 

 

——わたしも応援してるよーーー‼︎

 

——あの日フエンで優勝するの、今でも君だったって信じてんだからなーーー‼︎

 

——デビュー当時から目ぇつけてたんだ‼︎ いつもみたいにシードなんかぶっ飛ばしちゃえよ‼︎ 万年ダークホース‼︎

 

 

 

 声援の中に混じって、それでもユウキを応援する言葉が確かにそこにはあった。

 

 皆どれも聞いたことのない声。ユウキもこれは知り合いからのものじゃないことはすぐにわかった。

 

 それでも信じられなかった。ここまで……ずっと無名だと思っていた自分のことを応援する人間がいるなんて……。

 

 

 

「いつの間に……こんな……」

 

「試合始まってからずぅ〜とよ?呆れた、気付いてなかったの?」

 

「はい……いやでも……………はい……」

 

 

 

 ユウキはその事実を知って頭を抱えたくなった。

 

 確かに試合や自分の状態に必死でそちらに意識を向ける余裕がなかったのも事実だが、それでもこんな歓声の中でも聞こえるくらい自分を応援してくれる人がこんなにもいることに気付けなかった。

 

 もし今自分が叫んだことを聞かれてたんだとしたら……そう思ってユウキは自分の言動を恥じるのだった。

 

 でも……ユウキはそれでも振り払えない不安を口にする。

 

 

 

「でも……俺は夢を叶える想像ができない。苦しくて辛くて厳しい戦いを続けて……それに仲間を付き合わせて……何度も覚悟を決め直してるはずなのに、やっぱり思っちゃうんです。『本当に俺なんかが歩いていける道なのか』——って」

 

 

 

 その自信が今のユウキにはなかった。決定的に不足しているのは自分が決めた道を忍耐して進む力。あるいは動けずに身じろぎしかできない時間、奪われる熱意に争う気持ちなのかもしれない。

 

 ユウキは今、極寒の地で熱を奪われた遭難者のようなものだった。進む力も耐える熱も奪われた彼は欲していた。

 

 ずっとそれは『夢』だったり『友達』だったり『家族』だったり——旅先で遭遇した数々の『事件』だったりした。しかし今、そのどれもがユウキを燃え上がらせるには至らない。

 

 だからその疑問の答えが欲しかった。

 

 ユウキは問う。

 

 

 

 何を原動力に進めばいいのか——と。

 

 

 

「簡単よ。思い出せばいいのよ。アンタの言う、アンタが歩いてきた道を歩いてた時のことを……“一番自分が燃えていた時”のことを——!」

 

 

 

 そう言われて、ユウキは目を見開く。

 

 そして無意識に脳裏を駆け巡った。反射的に彼の記憶から引き出された光景……そのどれもを鮮明に覚えている。

 

 初めてコートに立った時、緊張で足が震えた。友人と特訓して挑戦した課題をクリアした時は自然と拳を握った——。

 

 初めてのジム戦では脳の回路が焼き切れるほど頭を回した。無理だと思った地獄を乗り越えて手にした力を全力でぶつけられた時は胸が躍った——。

 

 強敵と戦い負けたら悔しかった。自分に付き合わせて誰かを知らず知らずのうちに傷つけてしまうのが怖かった。その度に周りから教えられて考えを改めて——それでもやっぱり傷つけるのが怖いのは治せなかったけれど。

 

 例え命が掛かった戦いだったとしても望もうと立ち上がった時の気持ちに嘘はない。

 

 戦おう、やってやろう、例えダメだったとしても——いつも分の悪い戦いを強いられてそれでもやってこれた理由に、自信なんか関係なかったのだ。

 

 ユウキは思い出す。その時抱いたあの熱意を——。

 

 

 

「そうだ……俺は………ただやってみたかったんだ……」

 

 

 

 ユウキは思い出す。

 

 何かに挑む気持ちの理由を。

 

 それはもうそのまま——『挑みたい』という単純明快な理由だったことを。

 

 

 

「誰かの気持ちのために……じゃない」

 

 

 

 それはほんのきっかけ。その気持ちに『応えたい』と思ったのは、ユウキ自身のため——。

 

 

 

「今までの努力が報われる……じゃない!」

 

 

 

 その道が例え二度と立ち上がれない挫折につながっているとしても、それが立ち止まる理由にはならない——。

 

 

 

「俺は……俺たちは………ただ気持ちが向かう方向に——‼︎」

 

 

 

 そう……ユウキは思い出した。

 

 何故ならあの時、彼は本当に諦めてしまったことがあるから。

 

 あれはプロになれるかどうかの分水嶺。負ければ夢を諦めると約束したあのジム戦。

 

 熱と意地と覚悟を絞り出したあの僅かな時間の中で——。

 

 

 

——ここで負けたらプロは諦める事になるかもしれない……。でも、俺たちの関係が終わるわけじゃない。ずっと続いていくんだ。俺たちが生きてる限り……人生ってやつは……。

 

 

 

 自分で吐いた台詞の臭さにやや頬を赤らめるユウキ。あれを相棒に言った時、ユウキは本質的には諦めていた。

 

 ただ現実が行手を阻むなら——道を曲がればいいだけなんだと。

 

 

 

「そういえば……あの時はお前の調子が悪かったんだっけ……」

 

 

 

 そう呟く先には、件の相棒が立っていた。

 

 姿は斬り傷でボロボロ。肩で息をするのがやっと。しかし目には力が宿り、闘志は一切萎えてなかった。

 

 あの頃とは見違えた姿で——。

 

 

 

「終わったら謝んないとな……」

 

 

 

 そう呟いた時、ユウキは少しだけ振り向くわかばと目が合った。

 

 その瞳はどこまでも澄んでいて、怒りも苛立ちも感じない。不甲斐ない主への焦りや心配すらも感じさせない。

 

 ただ問うような視線は言葉よりも雄弁だった。

 

 

 

 次はどう戦う?——そう言っているのだと、ユウキは確信する。

 

 それで……もうユウキは迷いを断ち切った。

 

 

 

「…………………スゥ

 

 

 

 ほんの少し、息を吸う——。

 

 それだけ……たったそれだけのことで、周りの空気が変わった。

 

 荒々しかった溶岩流のような熱気が、澄んだ清流が放つ爽やかさへと——。

 

 

 

「…………ほんと、呆れちゃうわね」

 

 

 

 ハーリーはそう言って生唾を飲み込んだ。

 

 呆れる——そう言った彼女の顔は笑みを浮かべている。しかし目は笑っていなかった。

 

 自分が楽しむために、ほんの少し目を覚まさせるつもりだった——それがまさかこんな結果になるとは思っていなかった。

 

 まだユウキたちは動かない。何か状況が好転したわけでもない。劣勢は未だ変わらず、勝算は雀の涙ほどだろう。

 

 変わったのはただ気分のみ。ユウキというトレーナーが迷いにひとつの区切りをつけただけの心の変遷。

 

 しかしそれが時に大きく戦況を揺るがすことをハーリーは知っていた。

 

 

 

——パキンッ!

 

 

 

 乾いた音がユウキの脳内でのみ響く。

 

 彼のみが立ち入ることを許される時間空間の中で、翠色の閃光が鋭く空間へ刻まれた。

 

 照準は敵とわかばを結ぶ直線上の空間。その意味を知らないユウキではない。

 

 この感覚には頼って良い——そのことを知っているから。

 

 

 

「お待たせ……しました……!」

 

 

 

 ユウキは告げる。

 

 戦いの再会を——。

 

 

 

——“時論の標準器(クロックオン)”!!!

 

 

 

 

 

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ただその“衝動”に突き動かされて——!



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第196話 ハーリーという芸術家(アーティスト)


おもたより長なってもうた。




 

 

 

 軽い——ユウキが最初に感じたのは、今までのしかかっていたプレッシャーから解放された軽量感だった。

 

 勝たなければ、果たさねばと力み続けていた気持ちに整理をつけた彼は、自分の原点となる気持ちに立ち帰る。

 

 それにより蘇る。ユウキの本当の能力(チカラ)が——!

 

 

 

——時論の標準器(クロックオン)”!!!

 

 

 

 解放された固有独導能力(パーソナルスキル)によって、彼の視界からいらない情報が瞬時にシャットダウン。鮮やかだったコートに生える緑は色を失い、代わりに敵とそれが操る人形たちの輪郭がはっきりと浮き彫りになった。

 

 その空間には無数の照準(ロック)がイメージの電子音と共に出現し、まだ起きていない戦場の変化起点を使い手に教える。

 

 それを心の繋がったわかばが受け取ることで、彼らの闘法は完成されるのだ。

 

 対戦者のハーリーにもすぐにわかった。これが……ここからが本当のバトルなのだと——。

 

 

 

——“電光石火”‼︎

 

 

 

 ユウキは念じるだけでわかばに技を指示。通常思念による指示はポケモンの誤解を招く恐れがあるため多用は出来なかった。しかし今は一種のゾーン状態。細かいことは考えず、心の赴くままにわかばの背中を押した。

 

 そしてその相棒の蹴足による加速は——。

 

 

 

「速い——!!!」

 

 

 

 ハーリーが驚くほどの速度。今までの戦いで見せていたのはなんだったのかと思うほどの飛び込みに顔色を変えさせられる。

 

 わかばは“電光石火”でハーリーの【貴方とだけの熱滾舞踏会(オペラ・デュエルブ・フランベルジュ)】が作り出した植物騎士十体の群の中に躍り出る。しかしそれは、最初ユウキが避けていた立ち回りだった。

 

 

 

「やっちゃいなさいアイビーちゃん‼︎」

 

——ノクァッ!!!

 

 

 

 主人の指示に腕を振り上げたアイビーは支配下にある騎士団を絡繰(からく)る。その動きに合わせてすぐに迎撃陣形を整えた騎士の一体が迫ってきたわかばに一太刀を加えようと剣を振り上げた。

 

 

 

——“ブレード”

 

 

 

 そこへわかばが鋭く右で振り抜いた“リーフブレード”で騎士の上げた腕の付け根、脇に切れ込みを入れる。

 

 全く力んでいない斬撃が乾いた音を立ててヒット。植物が剣を振るうために使っていた筋を断ち切られ、騎士は剣を振り下ろすことなく攻撃不能となった。

 

 

 

「なっ——⁉︎」

 

「やっぱりか——!」

 

 

 

 ユウキは冴え渡る思考で今見た事象を確認。そこから予想していた攻略法が通じると確信して次の攻撃に移る。

 

 だがハーリーも驚いてばかりではない。突然覚醒したユウキに臆することなく、彼女もまた力強く攻めた。

 

 わかばが剣を振り抜いた隙に、他の棋士たちは既に包囲陣形を完成させていた。残り九体による全方位からの剣撃を前に、わかばはその場で身構えている。

 

 だがその瞳は閉じられていた——。

 

 

 

「心眼でもしようって訳⁉︎ そんなので見切れるもんなら見切ってみないさいよッ!!!」

 

 

 

 一見無謀とも思えるわかばの閉眼にアイビーは「舐めるな!」と言わんばかりに力強く腕を振るう。この包囲から繰り出される集団攻撃のパターンで最大の攻撃を仕掛けた。

 

 まず第一陣——前方の二体がわかばに攻撃。だが目を閉じていてもわかばにはユウキのサポートがあった。自分の視点を切ってユウキの見せる三人称視点の光景からその攻撃を察知。両腕の刃が難なくそれを止めた。

 

 しかし第二陣——背後からさらに二体の騎士が剣による刺突をすぐそこまで迫らせていた。ほとんど最初の攻撃と同時に行われていたため、今から察知して躱すのは不可能だった。

 

 

 

(取った——‼︎)

 

 

 

 ハーリーがヒットを確信した瞬間だった。

 

 わかばは腰を落として振り下ろされた剣をいなして地面に叩き落とす。その勢いのまま後ろの刺突に向けてバックステップ。一瞬突き刺さったかと思われたが、その剣は2本ともわかばの両脇を抜けて外れる。わかばは即座にそれらを脇で挟み固定。両腕の“リーフブレード”を再展開し、後ろの騎士二人脇腹に突き刺した。

 

 

 

(甲冑の合間を突き刺した——⁉︎)

 

 

 

 ハーリーはわかばの攻撃が騎士たちに通用しているのを見て驚く。今の一撃で“何か”を破壊された騎士は力無く倒れるが、わかばはさらに第三陣でやってきた四体同時による跳躍からの強襲に晒される。

 

 飛びかかってきた四体に対してわかばは即座に跳躍と同時に【雁烈弾(ガンショット)】で加速。その内の一体の横を通り抜けざまに甲冑の首根っこを掴んで空に打ち上がった。

 

 空振りに終わった上空からの奇襲に残された三体は立ち位置が逆転したわかばを見上げる。捕まった騎士はその拘束から逃れようとジタバタするもわかばの手から逃れることはできず、握られた手から放たれた【雁烈弾(ガンショット)】によって地面にいる三体に向けて打ち出される。

 

 地面に激突した騎士を躱すために散開。わかばは落とした騎士の上に【雁烈弾(ガンショット)】で加速して急降下。硬い部分を避けた剣閃が四肢の筋を全て断ち切ってみせた。

 

 ユウキはこの騎士たちの攻略法に自信を持って思考する。

 

 

 

(硬い甲冑を着ていても、生き物と一緒で必ず靭帯や関節に当たる部分が必要になる。あの運動能力からして、形状は人間のそれとほぼ同じだ——だったらその駆動箇所を斬れば、人形たちを無力化できる!)

 

 

 

 素早くそれを可能にするのはわかばの巧みな剣捌き。そして時論の標準器(クロックオン)における未来予測が敵の急所となる隙間を教えてくれているのが大きかった。植物の根を靱帯代わりに使用していることを見抜かれたハーリーは驚愕していた。

 

 さらにユウキが確信したのはもうひとつ——。

 

 

 

(腕振って操作してたからアリスの時みたく有線で繋がってたのかと思ってたけど——)

 

 

 

 アイビーはそれでも気圧されることなく、鋭敏な動きで残りの騎士たちを動かす。正面から気合の入った一撃でわかばと切り結び、その隙に両側から二体で挟む段取りだった。

 

 だがわかばは初撃の正面攻撃を半身になって紙一重で躱す。続く左右から挟むように振るわれた横薙ぎに対して、最初の一人を蹴り、全身を横に寝かせながら跳躍。高跳び込みの選手のように真っ直ぐな姿勢を宙で保ち、左右から迫る剣の()に滑り込むように体を細く絞って回避——直後、【雁烈弾(ガンショット)】で挟撃の二体を吹き飛ばした。

 

 ハーリーには何が起こったのかすらわからずに唖然とする。アイビーもまた驚愕しながらも一番近い騎士で攻撃を仕掛けた。しかしそれも容易く躱され——。

 

 

 

(こいつらは空中戦もやってのけた!それでも糸一本見つけられないってことはワイヤレスでの操作!つまり——)

 

「騎士の中に核がある——!!!」

 

 

 

 時論の標準器(クロックオン)で見定めた甲冑の隙間に刃を滑り込ませて、剣を持っていた腕を斬り飛ばす。その脇腹に返す刀で胴体を刺突。体の中にあった核となる種を砕いて完全に沈黙させた。

 

 一瞬の攻防で一軍の半数を失ったアイビーは気圧されて騎士たちを後退させてしまう。この試合、初めて後ろに下げさせられたことでハーリーの動揺も相当だった。

 

 

 

「ほんっと嫌になるわね……何が吹っ切れたのか知らないけど、ちょっと意識変わるくらいでここまで……!」

 

(でもどういう理屈……?動きが良くなるのはまだしも、あのジュプトルの速さは——)

 

 

 

 ユウキとわかばのコンビネーションに固有独導能力(パーソナルスキル)が絡んでいるのことはハーリーも知っている。あの動きに心で繋がったユウキからのパスがあろうことは彼女にも感じられた。

 

 しかしわかばの素早さ上昇までは説明がつかない。精神的に前向きになることでパフォーマンスを上げるポケモンは存在するが、ここまで爆発的に動きを速くできるものなのか、ハーリーには疑問だった。

 

 それでも事実、わかばはアイビーの反応速度を完全に置き去りにする速さでもって騎士団を半壊させた。今目の前で起きたことは全て真実。であるならば——。

 

 

 

「こっちも本気、出しちゃうわよッ!!!」

 

——ノクァッ!!!

 

 

 

 ハーリーとアイビー、姿の似通った二人が息を合わせる。それと同時に前線で戦っていた残り四体が後方へ大きくバックステップ。騎士たちは互いに身を寄せ合う形となった。

 

 さらにアイビーは遠隔で彼らを操り、密着した四体をひとつの身体へと融合させた——。

 

 四体の融合により体躯は二回りほど大きくなり、通常腕二本だった騎士の背中から六本の義手が剣を持って誕生する。

 

 前後左右に増えた顔全てが敵を討たんと吠え猛る。その姿は、芸術と呼ぶには少々無骨で恐ろしい印象を与えるものだった。

 

 

 

「これがアタシたちの究極芸術従蓮華修羅鬼(ナチュレ・ド・シュバリエ)‼︎ さぁアイビーちゃん!その生意気なヤモリちゃんを切り刻んで——‼︎」

 

 

 

 今までになく高揚し、威圧感を放つハーリー。彼女の想いに応えてアイビーが創り出したのは鬼神の権化だった。その複腕複顔の騎士だったものは、わかばに向かって計八本の腕に携えられた剣を振り下ろす。

 

 手数とパワーは完全に騎士の方が上——。

 

 

 

——パキキキキキンッ!!!

 

 

 

 そこへユウキの時論の標準器(クロックオン)が道を示す。緩慢な時間の中で出現した複数のロックオンがわかばに何をすればいいかを教えた。

 

 現実時間にしてそれは零コンマ数秒——一瞬だった。

 

 

 

——ズババババババババァァァン!!!

 

 

 

 わかばは振りおろしてきた剣に臆することなく、照準目掛けて“リーフブレード”を素早く振り抜く。それを連続且つ高速で行い、騎士の複腕全てを斬り飛ばした。

 

 身体が例え大きくなっても、関節が弱いことを見抜いているユウキたちにとって問題はない。やる事は変わらず、ただ目の前に立ちはだかる障壁へ全力でトライするのみだった。

 

 わかばの剣が、騎士の首まで跳ね飛ばす——!

 

 

 

「嘘…………ッ‼︎ アイビーちゃん——」

 

「行け——わかばッ!!!」

 

 

 

 ハーリーは自信作をあっさり破られたことで一瞬次の手が遅れる。その隙を見逃すことは今のユウキにはあり得ない。

 

 声に後押しされたわかばはさらに加速。蹴り上げた地面が爆発し、彼を容易にアイビーの元まで運んだ。

 

 接近後、踏み込んだ脚が力強く地を捉え、姿勢はより低く、利き腕の右は腰に当てがわれるようにして構えられる。

 

 体を捻って溜めを作り、前に伸ばされた左手は狙いであるアイビーの正中へ向けられていた。

 

 この構えから繰り出されるのは、わかばの持つ最強の一撃。“斬鉄”を継いだ無双の一振りである。

 

 

 

——“リーフブレード”、翡翠斬(かわせみぎ)り……。

 

 

 

 開闢一閃——!!!

 

 

 

 次の蹴足でわかばは消えた。

 

 アイビーの背中まで走り抜けた彼は後ろにいる標的の気配を感じながら、抜刀突進による反動を踏み込みで受け止める。

 

 爆発的な推進力と身の捻りをフルに乗せた“リーフブレード”はアイビーの身体に逆袈裟斬りとして刻まれた。

 

 緑の傀儡使いはそれによって膝をつく。だがまだその瞳は死んではいない——。

 

 

 

「…………“ハン”——」

 

 

 

 その意識を断つべく、ユウキは“次”の攻撃に移ろうとした。

 

 主人の意志を受け取ったわかばは刃を翻して転身——しかしそこで……。

 

 

 

「ストップジュプトル——ッ‼︎」

 

 

 

 鋭く差し込まれたのは審判の声だった。

 

 その声に返す刀をアイビーの背中寸前で止めたわかば。ユウキは何事かと訝しむ。

 

 審判が試合を止めることなど滅多にない。相応のトラブルが起きた証拠だった。その真相は——。

 

 ハーリーが挙げた両手が示していた。

 

 

 

「……ハーリー選手の降参により、試合終了!勝者、ミシロタウンのユウキ——‼︎」

 

 

 

 トレーナーの両手挙げは戦意喪失の意。勝者の栄光を相手に譲る降伏を示す。それまでの過程など関係なく、試合を制したのはユウキとなった。

 

 その本人は……いや、コートを見守る観客たちもまた、まるで状況を理解していなかった。

 

 

 

「え、終わり……?」「まだハーリーって手持ち二体残ってたよな?」「嘘だろ〜⁉︎ これからじゃんかよ〜〜〜!」

 

 

 

 少しの静寂後、ざわめきはじめる観客席。それも当然、ユウキはもうわかばしかまともに戦えるポケモンは残ってなかったのだ。そこまで追い詰めた本人がこうもあっさり負けを認めるなど誰が想像しただろうか。

 

 それは職務に従って即座に宣告を言い渡した審判も然り。信じられないという目でハーリーを見ている。

 

 彼女はそんな中、瞳を閉じていた。

 

 何も語ることなく、ただ静かに——。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「ハーリーさん——!」

 

 

 

 試合後、コートから足早に去っていったハーリーを追いかけてきたユウキは彼女を呼び止めようと走っていた。

 

 何度も呼びかけたが中々止まってくれないハーリーだったが、人通りが少なくなった辺りでようやくその歩みを止める。

 

 こっちは走ってるのになんで追いつけないんだ——などと思いながら、ようやく立ち止まってくれたことで一息つくユウキだった。

 

 

 

「何よ〜、勝ったトレーナーが負けた奴に何の用?」

 

「勝ったって……いやなんていうか、納得が……」

 

 

 

 ユウキはまとまらない思考の中、なんとか呼び止めた理由を語ろうとした。

 

 いきなりの降参にふって沸いたような勝利。あれだけ息を詰まらせながら戦った結果としては拍子抜けもいいところだった。

 

 それがユウキに言い表せないもどかしさを与えていた。彼自身よくわからないうちにハーリーを呼び止めていたのだが、ハーリーはそれを知っていたかのようにクスリと笑う。

 

 

 

「急に降参したのがそんなに意外……?」

 

「意外っていうか……釈然としません。あの状況、まだ勝ちの目はいくらでもあったはず……あなたが諦めるとはとても……」

 

 

 

 頭数において圧倒的な優位性を保っていたハーリー。ユウキの手持ちは瀕死こそ免れていたがボロボロ。わかばもアイビーとの戦闘で手傷を負い、過度なストップ&ゴーでスタミナも怪しかった。例えあのまま貴重な相棒が倒されることになったとしても、彼女の有利に変わりはない。

 

 それにユウキにはどうしても考えにくかった。あれだけ勝ち気を見せていたハーリーが、自ら負けを認めるという行為そのものが——自分ですら余程のことがない限り降参なんてしない。彼女のことを多く知っているわけではないが、戦いの最中で交わした言葉と気迫からはそんなに脆い選手には見えなかった。

 

 その理由を説明しないまま、ハーリーは手近にあった自販機で二本の缶ジュースを購入し、片方をユウキに渡して自販機横のベンチに腰掛けた。

 

 

 

「……アタシね。元々ポケモンコーディネーターだったのよ」

 

 

 

 突然語り出したので何かと思えば、彼女は自分の身の上話を始めた。「それがどうしたんですか?」とユウキが聞くと、「黙って聞いてなさい!」と叱られてしまう。

 

 ポケモンコーディネーターとは、自分の磨き上げたポケモンを披露し、その肉体と技と能力を織り成して観るもの全てを虜にするコンテストプレイヤーのことである。

 

 五感に訴えかける心技体を磨くべく、日夜トレーニングに励む点は、過程は違えど根本はバトルを専門とするプロトレーナーと遜色ない。ユウキもほんの少しではあるが、その一端に触れたことがあるのでわかっているつもりだった。

 

 そんなコーディネーターもまた十人十色。一人一人、様々な想いを抱えて演台に立つ。ハーリーもかつてはその一人だった。

 

 

 

「怖いポケモンだって可愛いところも美しいところもあるってことを世間に認めさせてやる——アタシはその一念で自分の美学に真剣に向き合ってきたわ。ほら、ノクタスやジュペッタって、ちょっと見た目で敬遠されることあるじゃない?子供の頃、それがなんか嫌だったのよ……」

 

「怖いっていえば……まぁわかんなくもないですけど……」

 

 

 

 ユウキがそう返すと、ポケットに入っていたボールが一人でに解放されて中からカゲボウズ(テルクロウ)が出てきた。

 

 いきなりのことで驚くユウキだったが、どうやら彼が『怖い』という点を肯定したのが気に入らなかったらしい。抗議のために自分の体で軽く小突き始める。

 

 

 

「いたっ!痛い!どうしたお前——!」

 

「あら〜怒っちゃったのね、ごめんなさい。でもあなたも迂闊よー?女の子の前では言葉は選びなさい」

 

「今のはただ同意しただけ——っていうかなんでテルクロウがメスだってわかったんですか⁉︎」

 

「見ればわかるわよ。ね〜♪」

 

——ゲェ〜♪

 

「えぇ……?」

 

 

 

 カゲボウズという種の雌雄に外見的な違いは無いはずなんだけど……などとユウキが若干引く中、波長が合うのかテルクロウとハーリーは仲良さそうに笑っている。

 

 しかしそれほどまでに『見た目が怖いポケモン』への造詣が深いことが見て取れるハーリー。そんな彼女が何故今はプロのバトルに戦場を移しているのか、ユウキには疑問だった。

 

 その疑念を察知したのか、ハーリーはやや苛立つように続ける。

 

 

 

「言っとくけど逃げてきたわけじゃない無いからね……?」

 

「そんなこと思ってないです!」

 

「当然コンテストではアイビーちゃんを始めとした自慢のポケモンちゃんたちで色んなコンテストのトロフィーやリボンを手に入れてきたわ!グランドフェスティバルだって夢じゃないって……この子達はそう思わせてくれた……」

 

 

 

 自信満々に語るハーリーだったが、勢いは後半になるなど尻すぼみになっていく。その様子から道のりは順調ではなかったことが伺えた。

 

 

 

「『怖い見た目』を気にいる人も一定数いる。でもどこまで行ってもキワモノ止まりだった。ある種の興味を惹くことはできても、その世界では一番にはなれない。自分は一人よりも何倍も努力したつもりで、気合いで負けるはずがない——そう思ってても、結果はついてこなかった」

 

 

 

 ユウキは知っている。恐怖心を煽るような見た目にもそのポケモンなりの生存戦略だったり、何かに秀でるための武器になっていることを。しかしそれでも『見た目』が第一印象となるコンテストでは大きなハンデとなる。

 

 人は結局、王道に流れてしまう——これがその道を極めたハーリーの出したひとつの結論だった。

 

 

 

「もちろん一番に固執することはなかった。アタシのポケモンたちが造る作品を好きだと言ってくれるお客さんも多かったし、日の目を見れない多くのコーディネーターよりは報われた方だったと思う。それでもアタシは許せなかった」

 

 

 

 世間の決めつけた価値観に、見た目で損をしたポケモンたちに脚光を当ててあげられないことが。自分の無力さと綺麗なものばかりに目を奪われる観客の姿勢に。

 

 そこに理由を求めてしまったからか、ハーリーは自分の持っていた栄光を捨て去ることを決意した。

 

 

 

「だったら『バトルでコンテストをやればいい』——アタシもヤケだったの。どうしても叶えたい夢はそうじゃないってわかってたのに、自分の感情に歩くべき道を曲げちゃったの……バトルで美しい技を披露して、その上で勝つ——でもそれはアタシの領分じゃなかった」

 

 

 

 ユウキはそれでも凄いと思った。ハーリーは畑違いの場所で今日のような実力が重視されるトーナメントでシードに選ばれるほどだったのだから。

 

 しかしハーリーが認めるような成果は出ていないらしく、彼女は自分の歩いてきた道をそこで振り返ったと言う。

 

 

 

「バトルは見た目を気にして勝てるほど甘いものじゃない。かと言って見かけで劣るコンテストでは好きなポケモンが一番になれない——中途半端な場所で足掻いてたアタシは、その頃になると性格も捻じ曲がって……気付けば他人に嫉妬ばかりするモンスターになっちゃった。未来ある新人を潰して回る……そんな怪物に……」

 

 

 

 自分が苦悩する横で何も悩みなどないと言わんばかりに成果を上げていく若手たちを羨んでしまう。そんな醜い心に支配されたハーリーは抑えられない妬みに身を焼かれてしまったのである。

 

 格下を痛ぶることと自身の実力を誇張することしかできなかった彼女。そんな時だった。あの破天荒な燕と遭遇したのは——。

 

 

 

「——たまたまトーナメントで当たったのがハルカちゃんだったの。アナタの話を聞いたのはその時ね」

 

「ああ……それで……」

 

「憎たらしかったわぁ〜!こっちが必死で仕掛けてるっていうのに本人はケロっとしてるもの。それでなんやかんやで負けちゃうし……歳下の新人によ?腹立たしいことこの上なかったわ‼︎」

 

 

 

 ユウキはようやくハーリーとハルカの接点を知って合点がいく。あのお喋りなら見ず知らずの他人に自分の話をしていてもおかしくないと容易に想像がついたからだ。

 

 そんな出会いを果たした二人だったからか、ハーリーも負かされたことに少なからず憤っているように見える。しかしその後、彼女は優しく笑って続きを話す。

 

 

 

「でもね……本当に綺麗だったわ。あの子の戦い方。嫉妬に狂うアタシにそれは眩し過ぎた。初めて心の底から敗北を認めちゃったのよ。そのくらい……鮮烈だった……」

 

 

 

 ハーリーの脳裏に焼きついたハルカ操るポケモンたちの姿は、その記憶補正によって鮮やかな芸術作品となっていた。

 

 笑顔で戦う彼女の姿は、ただ無邪気にバトルを楽しむ理想のトレーナーそのもので……ハーリーはそれに目を奪われたのだった。

 

 

 

「結果がいつまで出せなくても挫けることはなかったけど、心が折れたらもうダメ……そう思って、一度は完全に諦めたりもしたの……でも……」

 

 

 

 でも——彼女はそうできなかった理由を語る。

 

 

 

——初めてノクタス見た……よく見るとお目目ぱっちりで可愛いですね♪

 

 

 

「バトルが終わってたった一言……あの娘にそう言われて、たったそれだけで救われたのを感じたの。素直に嬉しいって……そう思えた……」

 

「ハルカが……そんなこと……」

 

 

 

 それを聞いてユウキもハルカならそう言うだろうなと少し嬉しそうに呟いた。

 

 ハルカは人の事情や壁といった、パーソナルエリアをひょいと飛び越えてくる時がある。ユウキにとってそれは最初こそ迷惑だったが、今はそれをきっかけにかけがえのない想い出が増えていっている。

 

 自分の殻のような何かを粉砕する図太さというのか……きっとそれがハーリーの凍えた心を溶かしたのだろう……そう思って。

 

 

 

「それと同時にこうも思ったわ。なんであの子の戦いぶりを見て心が折れたんだろうって。それはアタシが自分じゃなくて常に他人を見てたから……誰かと比較して、自分が優位に立たないといけないっていう強迫観念に囚われていたからに過ぎない」

 

 

 

 それはある意味では仕方のないことだった。コンテストにしろプロリーグにしろ、明確に『順位』が存在し、結果如何で格付けがなされる世界に身を投じているのだから。

 

 でもハーリーのもっと根本にあった『夢』は——。

 

 

 

「どんな見た目だって素敵な演目を踊れる——それが証明できるのなら、別に一番じゃなくてよかったのよ。それをアタシはいつしか見失った。今日のアンタのようにね」

 

「今日の……俺………?」

 

「そう。見失ってたものに気付けないでもがく姿は既視感あったもの。ダメなのは自分だって思うアンタに対して、アタシは他人のせいにしまくってたけどね♪」

 

 

 

 それがハーリーには見てられなかった。だから少しお節介だろうと思いつつ、あんな叱咤激励を試合中に送っていたのだ。

 

 

 

「でもまさかあそこまでやるとは思わなかったわ!ハルカちゃんがいつか自分ライバルになるって言っての……誇張じゃなかったのね」

 

「いや……俺なんかまだまだですよ。不調で自分の能力が思うように使えなかっただけであそこまで崩れた。能力に頼り過ぎてる証拠です」

 

「やっぱりアンタ……“特異保有者(スキルホルダー)”だったのね。ちなみにどんな能力だったのよ?」

 

「えっと……」

 

 

 

 ユウキはしまったと思い口を重くしてしまう。基本的に固有独導能力(パーソナルスキル)の存在は暗黙の了解で秘匿情報だ。一部の人間に発現するこの能力の正体についてまだ科学的知見が追いついていない現状、社会に与える影響を考慮しての配慮だが、そのことをうっかり忘れていた。

 

 だがハーリーも能力のことは知っているようで、特異な力に驚くことなくただ興味本位で聞いてきている。なら問題はないかと自分の能力の説明をした。

 

 接続下に付与される常在(じょうざい)は体感時間延長による時間遅延。ポケモンの波導に影響を受け、自身特有の感覚が研ぎ澄まされる感添(かんてん)は、経験則から未来に起こりうる事象を検知し狙い定める時論の標準器(クロックオン)——その二つの能力を聞いて、ハーリーはようやく合点がいったと頷いた。

 

 

 

「なるほど……どおりでジュプトルちゃんの動きが速くなったわけね……」

 

「わかばが……?」

 

 

 

 ユウキは腰にぶら下げたわかば入りのボールを見て首を傾げる。

 

 先ほどの試合、わかばの動きはユウキ覚醒を機に尋常ではない素早さを見せていた。その機動力にどんな理由があるのかわからなかったが、ハーリーはそれがユウキの能力ありきであることを見抜いたようだった。

 

 

 

「そのジュプトルちゃん、本人がその気になったらいつでもあの機動力を出せるのよ。でもあんまりにも速すぎるから、あなたが能力をしっかり発揮できる時じゃないと連携が取れなくなる——一丁前に気ぃ使ってんのね。いじらしいじゃない」

 

「あ…………」

 

 

 

 ユウキは無自覚だったが、心当たりもあったことを思い出していた。

 

 まだトレーナーとしては駆け出しの時、トウカでユウキはわかばの速さに指示が追いつかないことがあった。

 

 自分の制御下におけないポケモンをバトルには出すまいと自制したつもりだったが、もしかしたらその時のことをわかばが覚えていたのかも知れないことに思い立ったのである。

 

 主人を振り落とさぬよう、わかばは自分を制してきたのではないのか——と。

 

 

 

「悪いわかば……そんなことも知らないで俺……」

 

「それだけ好かれてるってことでしょ?いいじゃない。ちゃんとしてれば、アンタにも乗りこなせるじゃじゃ馬なんだってわかったことだし——」

 

「じゃじゃ馬って……」

 

「はいはい。とにかくこの先は……わかばちゃんだっけ?その子に不憫な思いさせないように頑張んなさいな。あと、()()()()()()()()()たちのためにもね」

 

「あっち……?」

 

 

 

 ハーリーが親指で指す方に視線を向けると、だんだんこっちに走ってくる人影が見えた。

 

 ツルピカに磨き上げられた頭部を輝かせて現れたのは——号泣しながら走り込んできたタイキだった。

 

 

 

「アニキィィィイイイ!!!」

 

「タイキ———ぐぇっ!!!」

 

「アニキアニキアニキアニキ‼︎ よかったッス〜〜〜勝ててよかったッスぅ!!!」

 

「あ……ガッ……苦し…………‼︎」

 

 

 

 突進してきたタイキはそのままユウキにタックルかまして地面にてホールド。プロレスならスリーカウント待ったなしだったろう。抱きしめられたユウキは小柄とはいえ鍛え抜かれたタイキによって締め上げられた。

 

 

 

「オホホホ。仲がおよろしいことで……邪魔しちゃ悪いから帰るわね〜♪」

 

「いや……たすけ……て……っていうか……まだ、勝ち譲ってくれた理由が……」

 

「そんなのいいじゃない。それよりアタシが認めてあげたんだから、ちゃんと優勝しないと許さないわよ?しっかりやんなさい!」

 

 

 

 そう言って足早に遠ざかっていくハーリー。その内心で、彼女はユウキからの問いについて少しだけ返していた。

 

 

 

(見たくなっちゃったんだもの……あなたと……あなたとわかばちゃんが、本当はどこまで輝けるのか——てね)

 

 

 

 自分が輝こうと前に出ていた頃にはきっと考えもしなかったであろう他人への期待。

 

 相手が見せた素晴らしいタクティクスを素直に褒められなかったのは、同じ土俵に立つトレーナーのジレンマなのかもしれない。他人の輝きに妬んで荒んでいたあの頃は少なくともそうだった。

 

 綺麗なものを綺麗と言えないことほど辛いものはない。芸術を他人と競った時点でハーリーはそのストレスに囚われていた。だがそれを手放した今、その限りではなくなったのである。

 

 

 

 時に若い彼らに道を譲り、その行く末を見て愉しむ——これもまたアリなのだと。

 

 

 

「アニキィィィ‼︎ 絶対!絶対優勝しましょうねぇぇぇ!!!」

 

「ぐぅぅぅ!わかったから‼︎ わかったからそろそろ離れろぉぉぉ!!!」

 

 

 

 そんな期待など知りもせず、ユウキはタイキからの熱い抱擁から抜け出すべく天に声を響かせるのだった……。

 

 

 

 

 

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 希望はバトン。美しいそれは少年へと——。



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第197話 旅路の足跡


この歳になってダンガンロンパ初めてやってます。
脳が焼ける。



 

 

 

 各グループの四回戦が全て終了し、決勝トーナメント出場者四名を決める五回戦を残すのみとなった本日の新春予選。ユウキはタイキや両親に囲まれて、鬼門だったシード選手を越えられたことを祝福されていた。

 

 試合中に時論の標準器(クロックオン)の復調にも至り、それを知ったタイキは胸を撫で下ろす。

 

 

 

「よかったッスぅ〜‼︎ もう二度と元に戻らなかったらどうしようかと——」

 

「縁起でもない。怖いこと言うなよ」

 

「でもその可能性普通にあったわよ?イップスは罹ると一生付きまとう人もいるらしいし」

 

「え、そうなの……?」

 

 

 

 母サキの言葉にユウキは固まる。このトーナメント中はさておき、この先一生付き合うということまで想像していなかった少年は「もしかして結構ヤバかった?」などと今更恐怖するのだった。

 

 そこへ——。

 

 

 

「はぁ〜いユウキくん!とってもよかったわよ今の試合‼︎」

 

「マリさんにダイさん!観てくれてたんですか?」

 

「当たり前じゃない!あなたには優勝してこのトーナメントのダークホースになってもらうんだから、応援しない手はないわ‼︎」

 

「ダークホース……?」

 

 

 

 現れたマリはカメラを回すダイを連れてユウキを賞賛する。その文言の中で遠回しに大穴であると言われた気がして若干釈然としないユウキだったが深くは突っ込まなかった。

 

 だがタイキは納得がいかなかったようで、マリに食ってかかる。

 

 

 

「アニキは俺にとっての一番人気ッスもんね!絶対優勝するッスよ‼︎」

 

「なんでお前が言い切るんだよ」

 

「アハハ。まぁケチつけるつもりはないんだけどね〜。何せ今はいい感じにあなたは注目されてないわけだし、そこへいきなりドーン!と決勝トナメでぶちかましたら……ククク。観てる人間の顔が見ものねぇ!」

 

「マリさんまで……」

 

 

 

 ユウキは熱烈な自分のファンが暴走してあらぬ妄想を始めるのにため息をつく。まだ次の五回戦で上位シードとの試合が残っているというのに気の早いことだと。盛り上がる二人に水を差すのも気が引けるので敢えて口にはしなかったが。

 

 すると、さらにそこへ現れたのは——。

 

 

 

「随分手こずったみてぇだが、ちゃんと勝ったんだろうな?」

 

「か、カゲツさん……⁉︎」

 

 

 

 ユウキは長らく席を外していた自分の師匠が帰ってきて声を上擦らせた。その反応が大袈裟に映ったのか、何事かと訝しむカゲツ。

 

 

 

「なんだその反応。バケモン見つけたみてぇに」

 

「あ、いや……不甲斐ない試合続いたから愛想尽かされてもう帰ってこないのかと……」

 

「テメェは俺のことなんだと思ってんだ?」

 

「理不尽大魔王(タ)」

 

「冷血暴力装置(ユ)」

 

「いい度胸だ」

 

 

 

 なんだと聞かれて反射的に不敬な態度を示す弟子二人にカゲツはドスの効いた声とヘッドロック。ギリギリと頭を締め上げられる二人はギブアップの意として腕を高速タップした。やっぱり理不尽で暴力装置だと思いながら。

 

 降伏を受け入れて解放したカゲツはため息をついてから言った。

 

 

 

「——ったく。いつまでもしおれてやがったら月面までぶっ飛ばすとこだったぜ」

 

「いや、その……すみません」

 

「あぁ?なにがだ……?」

 

「え、約束違えそうになったの怒ってたんじゃ……」

 

 

 

 カゲツとした約束とは、このトーナメントに勝ち、この辺りで大きな成果をひとつ遂げるというものだった。

 

 キンセツで会って半年ほど。いい加減に上を目指せることを証明するためにもここはわかりやすいトロフィーが必要——今までなんだかんだと言いながら育ててくれた師に、ユウキはその実績を捧げるつもりだった。

 

 だが当の本人はというと——。

 

 

 

「………………なんだそりゃ?」

 

 

 

 覚えてなかった。

 

 かなり間をためて思い出している辺り、本当に忘れていたことが伺えるほど、綺麗さっぱり。

 

 

 

「ちょっと!上目指せる見込みはこの大会次第だとか、そろそろ結果出せとか言ってくれたじゃないですか⁉︎」

 

「あー……んなこと言ったっけ?」

 

「言いましたよ!こっちはそれもあって頑張ってたんですよ⁉︎ 忘れるやつがありますか‼︎」

 

「うっせぇな〜。忘れたもんはしょうがねぇだろ……というか、じゃあ何か?お前そんな人のセリフに振り回されて実力出しきれなかったってのか?」

 

「うっ………」

 

 

 

 ある意味図星だった。ユウキにとってはモチベーションにしている部分もあったのと、他にも要因はあったため一概に言うことは出来ないが、今の言い方だとそう捉えられても仕方がないことに気付く。

 

 そんな様子の弟子に嫌味な笑いを向けるカゲツ。

 

 

 

「あーぁ。相変わらずめんどくせぇことばっか考えてんなぁ。そんでプレッシャーに押し潰されてちゃ世話ねぇぜ」

 

「だ、だから謝ったじゃないですか……でも言ったからには覚えててくださいよ。こっちも必死なんですから」

 

「知らね。自分の言ったことなんざいちいち覚えてられっかっての」

 

 

 

 無責任——ユウキは額に青筋を走らせて師匠を睨んだ。この御仁は本当にどこまでも自己中に振る舞うなと。

 

 だが、カゲツはそんな視線に気づく様子もなく続ける。

 

 

 

()()()はそういう気分だったんだろ。さっさと忘れてしまえそんなもん」

 

「気分って……でもカゲツさん、いつまでも結果出せない俺なんかに用ないでしょ?」

 

「おう。用ねぇな。飽きたらオメーなんかその辺に捨てて消えてやるぜ」

 

「だったら——」

 

「飽きるまでは……付き合ってやる」

 

 

 

 嫌味な男の言葉が少年の言葉を遮った。

 

 それは何というか、おおよそ彼が言ったとは思えないような……そんな言葉だった。

 

 

 

「ケッ。精々飽きさせねぇよう気張んな。まだ試合残ってんだろうが。つまんねぇこと考えてねぇでさっさと決勝決めてこいっ!」

 

 

 

 バシッ——そんな憎まれ口と共に背中を思い切り叩かれたユウキは前につんのめる。

 

 痛みに涙目になりながら、もしかするとこれは彼なりの激励なのかもしれないと少しだけ笑ってしまう。

 

 飽きないうちという期間限定の間柄。だけどそれは、今飽きられていないという裏返しで……いや、それも正直怪しいとユウキは思う。

 

 なんだかんだと言いながら、時に危ない橋を共に渡った彼のことを考えると、何故かそう思えるのだった。

 

 

 

「何ニヤついてんだ気色悪い!次の試合まで時間ねぇぞ‼︎」

 

「そっスよアニキ!あんな人ほっといてポケモンのケアするっス‼︎」

 

「パチンコ玉ゴルァ!いい加減にしねぇと首もぐぞッ‼︎」

 

 

 

 そんなユウキの感傷も、いつものやりとりでかき消されてしまう。やれやれと思いながら、勧められるままに次の戦いに向けての準備を始めることにする。

 

 こんな日常がずっと続くのなら——そう思うと、ユウキはいくらでも頑張れる気がしたから。

 

 

 

「……いいの?戻ってきたら何か言ってあげるつもりだったんでしょ?」

 

 

 

 その後方で、様子を伺っていたセンリに妻のサキが優しく問いかける。

 

 センリはそれに少し考えてから答えた。

 

 

 

「いや……僕が口を挟む隙は……どうやらないみたいだ」

 

 

 

 それは少し寂しいとも思えた。

 

 それでも……息子の周りにいる人間を見るとホッとする気持ちの方が遥かに勝る。何が起きるかわからない、挫けることもままあるかもしれないが……その前途には常に誰かと共にいる未来が広がっている。

 

 それがわかっただけで、センリには十分だった。

 

 

 

——ルリィ……?

 

「あらアマルちゃん。ごめんねかまってあげれなくて……」

 

 

 

 センリが感傷に浸る中、サキの腕に抱えられたルリリ(アマル)が不思議そうに周りの人間を見比べていた。ユウキから預かったアマルにサキは優しく揺らしてあやす。

 

 アマルには自分の周りで起きていることがわからない。生まれたばかりでまだ人間の機微には疎い子供。誰がどんな気持ちで何のために戦うのかなどわかるはずもないのだが……。

 

 

 

——ルリィ……。

 

 

 

 それでもその目は……ユウキに釘付けとなっていた。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

 五回戦——。

 

 熱狂渦巻く新春トーナメントの予選も残すところこの試合のみとなった。

 

 AからDの四グループからそれぞれ一人だけが明日行われる決勝トーナメントに出場できる——つまり、残った八人のうち半分はここで脱落するということだ。

 

 勝てば決勝、負ければ敗退——ここまでの努力が報われるか水泡に帰すかという分水嶺に、観客もまた落ち着かない様子だった。

 

 誰が勝つのか——明日を彩るキャスト四名が誰になるのか、皆の意識はそこにしかなかった。

 

 そんな喧騒の中、ユウキはカゲツ、タイキと共にポケモンのボディケアに勤しんでいた。傷薬で傷んだ患部を治療し、ピーピー系*1のアイテムで疲労をできるだけ回復させる事にひとまず成功した。

 

 しかしそれにも限度があった……。

 

 

 

「とりあえず応急措置はできた……でも……」

 

「うーん。流石に本調子ってわけにはいかないッスね。無事なのはさっき試合に出してないビブラーバ(アカカブ)くらいッスかね」

 

「今更とやかく言ってもしょうがねぇ。出せる実力が五割だろうが三割だろうが、負けていい理由にはなんねぇからな」

 

「ししょー!今アニキにプレッシャーかけてどーすんスか⁉︎」

 

「あ〜?」

 

「もうそれいいんで、ちょっと離れたとこ行ってもらえます?」

 

 

 

 またも喧嘩を始めそうな二人のせいでポケモンたちの気が休まらないと苦言を呈するユウキ。そちらに気をやりつつ、彼はマルチナビ内のデータストレージからノートを数冊取り出して中を改め始める。

 

 書き記されているのはユウキが経験、もしくは見聞きしたバトルに関する情報だ。旅を始めた頃から続けてきた日課は、今のユウキの血肉となっている。

 

 それを覗き込むタイキとカゲツは、それぞれ反応を示した。

 

 

 

「うげぇ〜。相変わらずお前、よくこんなもん続けてんな……」

 

「いやスゴいんッスよこれ!今までの試合、全部これに書いてあるッスもん!」

 

「あの……邪魔しないでもらえます?」

 

「なになに〜……『変化技と攻撃技の比率傾向』〜⁉︎ お前こんなもん対戦相手一人一人につけてんのか⁉︎」

 

「あーちょっと!勝手に読まないでくださいってば!」

 

「ししょー!こっちにマンキーの落書きあるッスよ!」

 

「マンキーちゃうわ!それはアブソルの絵‼︎」

 

「「は……アブソル……⁉︎」」

 

 

 

 ユウキの発言に今一度ノートに描かれた絵と自分たちの端末から検索エンジンで調べたアブソルの画像と見比べる二人。

 

 凛々しく澄まし顔で佇むアブソルに対し、ユウキが描いたというアブソルはあまりにもこう…………。

 

 

 

「アニキ……アブソルが可哀想ッス」

 

「人の絵勝手に見てなんだその言い草は‼︎ せめて味があるくらいは言ってくれ‼︎」

 

 

 

 タイキは無表情でユウキの肩を叩く。抗議されても彼らにはこれがどう見ようとしても四つん這いのマンキーにしか見えなかった。

 

 ちなみにこのアブソルはフエンでマサトが繰り出したもので、どこかで油を売っているマグマ団警邏部隊長は謎の悪寒でくしゃみしただとか。

 

 そんなユウキの絵心にカゲツは悪ノリで他にもないかと他のノートの詮索し始める。

 

 

 

「ギャハハハ!こっちには何描いてんだ〜?」

 

「ちょっとまた勝手に‼︎」

 

「アニキ、これも現実を受け止めるためッス!二度とこんな悲劇を生まないためにも‼︎」

 

「今悲劇っつったか⁉︎ 俺の絵のこと悲劇って言った⁉︎」

 

「おっ。悲劇の産物発見〜♪ どれどれ……」

 

「マジでいい加減に——」

 

 

 

 カゲツが新しいノートのページを開くのと同時に、ユウキがそれを引っ掴もうとして腕を伸ばした時だった。

 

 ユウキの端末が地面に転がり、その時にデータストレージが作動。あるフォルダーから物が溢れ出て散乱してしまう。

 

 獲得したジムバッジだったり、ユリから貰ったお守りだったりと、貴重品が多く入れられているフォルダーだったことが窺えるラインナップで、ユウキは慌ててそれらを広い集める——。

 

 

 

「何やってんだよオメー」

 

「あーもう!めちゃくちゃだよ——ってあれ?」

 

 

 

 その中に……ふと見覚えのないものが紛れ込んでいるのを見つけたユウキはそれを拾い上げた。

 

 マルチナビに挿入して使うタイプのメモリーチップ。こんなもの持っていたかと自問して——。

 

 

 

「あ。そういえばツツジさんからこんなの貰ってたな」

 

「なんだそりゃ?」

 

「メモリーチップッスか?中になんかデータ入ってるんス?」

 

「いや……俺も中身については聞かされてなくて……」

 

 

 

 これは大会前にツツジから受け取った物で、そのうち開くように勧められていた。その時に確か言っていたのは、『みんなで見るように』——という補足だったのを思い出す。

 

 

 

「なんだよ気になるじゃねぇか」

 

「今観るんですか?試合までちょっとしか時間ないですけど……」

 

「そんなこと言って、アニキも気になるんじゃないッスか?」

 

「そりゃまぁ……」

 

 

 

 結局この場で内容を改めることにした三人。こちらが気になって試合に集中できなくなったら目も当てられない——などとユウキはひとつ心の中で言い訳してそのチップを自分の端末に差し込んだ。

 

 画面には入れられたチップの内容が確認できるタブが反映される。タップするとひとつのデータが出現した。それもタップすると、データ解凍のための読み込みが始まった。

 

 

 

「やけに重いなこのデータ……」

 

「お前の端末がボロなんじゃねぇの?」

 

ホウエン(こっち)来てから母さんに買ってもらったもんですからね……そろぼち買い替えかも」

 

「この大会の賞金で買い替えちゃいましょーぜアニキ!」

 

「気軽に言ってくれんな——あっ」

 

 

 

 マルチナビの買い替えの件はさておき、少し会話しているうちに解凍が完了した。

 

 そこでユウキたちの目に入ってきたのは黒い画面に三角形が表示された画面——それが何かはすぐにわかった。

 

 

 

「これって……動画の再生ファイルっスよね?」

 

「ツツジさんの見せたかったものって……」

 

「あーもうじれってぇな!さっさと見りゃいいだろうがッ!」

 

「あー!」

 

 

 

 中身に想いを馳せていると、痺れを切らしたカゲツによってその動画は再生された。

 

 画面は少しのロードの後に進行し、すぐさまどこかの一室が映し出される。

 

 木造の柱に障子貼りの引き戸、大きな室内には畳がびっしりと敷かれているそこは、ユウキたちにも見覚えがあった。

 

 何よりそこにいた人間たちのことを忘れるはずもない。地上では中々見られない古風な民族衣装に身を包んだ人々。その真ん中には——。

 

 

 

「——《おい、これってもう話していいのか?》」

 

「れ、レンザぁ〜〜〜⁉︎」

 

 

 

 そこに映し出されていたのは流星の民たち。その中央で何やら固くなっているのは、ユウキたちが訪れた際に友人となった男——少年はその名を叫んで、予想外の彼らの登場に驚くのだった……。

 

 

 

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

 

 

 

「——“捨て身タックル”!!!」

 

 

 

 茶色い身体をまっすぐに伸ばし、一本の槍へと変化させたマッスグマが敵に向かって突撃する。

 

 それは青い龍を彷彿とさせるギャラドスの青い装甲に激突し、激しく火花を散らした。マッスグマの渾身の一撃はギャラドスをややぐらつかせることには成功するものの、硬い音と共に攻撃は弾かれてしまう。

 

 その光景を目の当たりにして、マッスグマの主——ヤヒコは下唇を噛んだ。

 

 

 

(硬い……‼︎ やはりあのギャラドスの甲殻の強度は並じゃない!まるでハガネールに突っ込んでる気分だ……‼︎)

 

 

 

 相棒の一撃の手応えに改めてその馬鹿げた防御力を痛感するヤヒコ。

 

 ギャラドスの背面部にあたる青い鱗は鍛錬によって鍛えられた鎧そのものだった。そんな代物を搭載させたウリューは、抗う敵の反撃を煩わしそうに顔を顰める。

 

 

 

「無駄な努力なんざ意味ねぇんだ!とっとと道を開けやがれッ‼︎」

 

「それは——出来ない相談だ‼︎」

 

 

 

 ウリューの言葉に毅然した態度で応対するヤヒコ。その胸に秘めた闘志はマッスグマに伝播し、彼の身体から無数の体毛が針となってギャラドスのバクアを襲う。

 

 しかしそれもまた、青い甲殻によって遮断されてしまう。その反撃に放たれたのはバクアの口から吐き出された“竜の怒り”だった。

 

 

 

——ズドォォォン!!!

 

 

 

 吐き出された赤光の球体がマッスグマの頬を掠めてコートを抉る。技の影響でえぐれた地表がその威力を物語っていた。

 

 

 

「フィジカルと装甲に加えて遠距離砲まであるのか……反則だな……‼︎」

 

「わかったらさっさと降参しなッ‼︎ もうテメェの手持ちはそいつだけ……これ以上やっても意味なんてねぇぞッ‼︎」

 

 

 

 ヤヒコはそう言われて黙り込む。

 

 ここは生意気にも勝ち誇る後輩に二、三言い返すくらいはするべきだろうと思う彼だったが、実のところウリューの言葉には少しだけ賛成だった。

 

 

 

(そうだろうな……負けるつもりもなかったが、かと言って本気で勝算があったわけじゃない……それほどまでに彼は——強い‼︎)

 

 

 

 認めていた。ウリューとバクアの強さを。第一シードを撃破した実力に何の不足もないことを。顔を合わせ、同じコートで戦うとわかる。自分とは格が違う存在だとヤヒコは痛感していた。

 

 だがそれでも降参だけはしない。最後まで自分のポケモンを信じる気持ちが彼にそうさせる——だけではなかった。

 

 

 

「それほどの力……さぞ身に付けるのに努力したのだろう。類稀なる才に弛まぬ努力が造り上げた素晴らしいポケモンだ。君自身の心の強さも然り、それが戦術を支え、無謀とも思えるこだわりを見事に体現している。その一貫性は凄まじい……参ったよホント」

 

「何だテメェ……?勝てねぇからってご機嫌取りか?」

 

「まあ聞けよ。()たちのポケモンたちがぶつかり合う時間……この時だけは誰にも邪魔されないんだから……」

 

 

 

 ヤヒコがそう言う間も、バクアとマッスグマはコート上で火花を散らす。観客たちの歓声の中、静かに見つめる彼の言葉に最初はウリューもさほど興味を示さなかった。

 

 だがヤヒコが少しだけ口調を変えると、その異様な雰囲気にウリューは目を細めた。

 

 

 

「バトルはいい。語られずともぶつかった手応えが雄弁に重ねてきたものを教えてくれる。君のは少し大き過ぎて、俺には受け止められそうもないが……」

 

「何が言いてぇ……?」

 

「意外だな。君の方から質問してくるとは……」

 

 

 

 ウリューが興味を示したような発言をしたのを見て、ヤヒコは本当に意外そうに目を見開く。てっきり言葉を遮るために罵倒の嵐が飛んでくるものと思っていたが——。

 

 

 

「勝手に喋り始めたのはそっちだろうがっ!なんだ⁉︎ 僻みか⁉︎ 自分の実力不足を棚に上げて、テメェは俺の力に妬いてんのかぁ⁉︎ そんな泣き言だったら聞きたくもないッ‼︎」

 

「いいじゃないか。実際、嫉妬するほど君は強いぜ……?」

 

 

 

 ヤヒコは諦観したような言葉を口にする。

 

 まだ勝負は決していない。それでも現時点で自分よりも強いことを認めた先達は、何故かとても落ち着き払ってそう言った。

 

 

 

「その強さはビシビシと伝わってくる。安易なトレーニングなどしたことないんだろう?勝つために負けないために、自己とポケモンをいじめ抜いてきたんだろう?あのギャラドスの屈強さはそういう類のものだ。俺にはわかる。でも……だからこそ気になるんじゃないか——」

 

 

 

 そこでヤヒコは、ようやく本題を口にした。

 

 

 

「どうしてそこまで“力”にこだわってきたんだい……?」

 

 

 

 その言葉がウリューが人前で初めて見せる顔を引き出した。

 

 まるで意図していない攻撃を受け、何が起こったのかもわからないというような……そんな気の抜けた顔が。

 

 

 

「あって然るべきだろう?理由無くしてそんな凶暴なまでの力を得ることはありえないはずだ。君にも背負っているものがあるんじゃないのか?みんなが言うような“暴君”としての君じゃない。もっと内に秘めたワケが——」

 

 

 

 ヤヒコの問いはバクアの一撃によって掻き消される。“アクアテール”を胴体にモロに受けたマッスグマが吹き飛ばされて地面を転がり、ヤヒコの足元まで到達する。

 

 ボロボロになったマッスグマは、それでも震えながら起き上がった。

 

 

 

「マッスグマ!すまないな……不甲斐ない主で……」

 

——…………グマッ!

 

 

 

 ヤヒコは足元の相棒に申し訳なさそうに謝罪する。それとは裏腹にマッスグマの返答は気合いの乗った快活なもので『気にするな』とでも言いたげだった。

 

 そんな二人を前に、ウリューは先ほど言われたことを繰り返す。

 

 

 

「ワケ……だと………?」

 

 

 

 それはウリューにしてみれば考えてもみなかったことだった。

 

 何故と問われても、ウリューはその答えを持ちえなかった。何故ならそれは当たり前過ぎて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 食事や呼吸をすることについて誰も理由など聞かない。歩くのに足を使うことを迷って決めたりはしない。敵を屠るために備えることは、それらと同じでウリューにとって“当たり前”のことだった。

 

 それを改めて問われて頭が真っ白になる。何を言っているだこいつは——と。そしてその直後、ウリューの中には怒りが湧き上がってきた……。

 

 

 

「そういやぁ……どっかの誰かも偉そうにそんなこと聞いてきやがったっけな……」

 

「ウリュー……?」

 

「『なんで強くなったのか』——だと……?強くなるのにいちいち理由がいるのか?刃を研ぐのは斬るためだろうが……どんなもんでもぶった斬れるように……叩っ斬るために……‼︎」

 

 

 

 湧き上がった怒りは顔に現れ、闘気が固有独導能力(パーソナルスキル)の放つ波導としてウリューにまとわりつく。

 

 それを肌で感じたヤヒコは目を見開いた。

 

 

 

「どいつもこいつも……随分と気楽なもんだな……!理由がねぇと息もできねぇってか……?そいつぁ難儀してるなぁ随分と!」

 

「ウリュー、俺はただ……」

 

「うっっっせぇんだよッ‼︎ グチャグチャグチャグチャ薄寒い文句垂れ流しやがって‼︎ 戦って勝つ以外に何があるッ⁉︎ そのためにバトルコート(ここ)に立ってんだろうが俺たちはぁぁぁ!!!」

 

 

 

 その直後、バクアの周りで水の柱が勢いよく迫り上がった。

 

 怒号と共に発動させたのは固有独導能力(パーソナルスキル)、絆権——蒼王の業(ブルーカルマ)である。

 

 

 

「脇見に余所見!勝手にしてやがれッ‼︎ だからとっとと道を開けろッ‼︎ 負け犬根性腐らせたボケカスがぁぁぁ!!」

 

 

 

 ウリューが叫ぶと同時にバクアは水の柱と共にマッスグマへと向かう。ウリューの触腕と化したそれらとバクアの突進はまるで激流——受ければひとたまりもないことは、誰よりもヤヒコが知っていた。

 

 それを目の前に、ヤヒコは瞳を閉じて笑う——。

 

 

 

(礼を言うつもり——だったんだがな……)

 

 

 

 心の中でそう呟くヤヒコは少し残念そうだった。ともあれそんなことを言われて喜ぶタイプでもないだろうと悟り、彼は大きく息を吸い込む。

 

 まだ——バトルは終わってはいないのだから。

 

 

 

「“初めての挑戦”は……いつだってワクワクするな——!」

 

 

 

 ヤヒコは胸を高鳴らせて身構える。それに合わせるかのようにしてマッスグマは全身の毛を逆立てて気合い充分とばかりに叫んだ。

 

 トドメを刺さんと突っ込んでくるバクアたち相手に、応戦するつもりで。

 

 

 

「——“ミサイル針”

 

 

 

 ヤヒコの唱えた技の名は、中遠距離から牽制で使用することの多い“ミサイル針”。体毛を針のように鋭く硬質化させたものを飛ばすそれは、手数は多いが威力据え置きの牽制球。そんなものが通用する訳がないことは誰の目にも明らかだった。

 

 しかしその軌道は通常のそれとは異なり、異様な軌跡を描いてマッスグマの頭上で留まっていた。

 

 まるで渦を巻くかのようにして滞留する“ミサイル針”は、次第にその身を寄せ合い融合——か細かったそれらは長大な一本の槍へと姿を変えた。

 

 体毛に電気エネルギーから生み出される磁力を付与し、互いを強く結び合わせて作るこの槍はその影響を受けて強く発電。バクアに最も有効な電気技へと昇華する。

 

 ウリューという怪物。持ち得る全てを注ぎ込んで尚届かない強さを前に、ヤヒコたちは()()()()()()()()()この槍を作り上げた。

 

 強者へとがむしゃらに挑む——まだ駆け出しだった頃、常に自分を突き動かしていた向上心を思い出したヤヒコは、理解ある大人から少しだけ別れを告げる。

 

 いつかの少年のように——無理難題に立ち向かうために!

 

 

 

——“ミサイル針”

 

 

 

 雷灼槍(ライボルグ)——!!!

 

 

 

 巨大な雷槍は突っ込んでくるバクア目掛けて射出される。当たれば水と飛行にそれぞれ抜群の電気エネルギーが標的を貫く。

 

 それを前にしてウリューは——。

 

 

 

「ねじ伏せろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 選んだのは強行突破。躱すことも防ぐこともバクアには許さず、ただそれに真正面に受けろと指示する。

 

 バクアはその命に躊躇うことなく、動揺ひとつ見せずにその顎を大きく開いた。そして——。

 

 

 

——“噛み砕く”

 

 

 

 “刃羅顎《バラアギト》”——!!!

 

 

 

 黒色の鈍い光を放つバクアの牙が、突っ込んでくる槍にくらいつく。その瞬間“雷灼槍(ライボルグ)”は大放電。稲光を輝かせてコートを包んだ。

 

 しかし、ついにその電撃がバクアを焼くことはなかった。

 

 

 

 ——バギィィィン!!!

 

 

 

 甲高いような鈍いような破砕音が辺りにこだまする。それがヤヒコたちが決死の覚悟で作り出した槍を粉々に粉砕したことを示す。

 

 その光景を見届けたヤヒコは……今度こそ悟った。直後に迫る波と巨体に相棒が飲み込まれる中、結末をなぞるようにして……。

 

 

 

 俺の敗けだ——と。

 

 

 

「——勝者、アクア団のウリュー‼︎」

 

 

 

 審判の判定に会場が湧いた。

 

 これで決着。長い予選の末、Aグループを勝ち残ったひとりが今決したのである。

 

 その名をウリュー。圧倒的な力を見せつけて、明日の決勝トーナメントへと駒を進めるのだった。

 

 

 

(やはり……慣れないな。この感覚は……)

 

 

 

 ヤヒコは頑張ってくれた相棒を小さく労い、今し方負けを喫したことを噛み締めるように下を俯く。

 

 いくら相手の強さを受け入れようと、自分の弱さを認めようと、敗北の辛酸に慣れることはない。慣れたとすればそれは勝ちをハナから諦めた諦観者だけだろう。この悔しさにも意味がある。いや、意味を持たせるために今は歯を食いしばるべきなのだ。

 

 次は敗けない——その時までに心を絶やさぬために……。

 

 

 

「敗けたよ。Aグループ優勝おめでとう。君の活躍を心から——ってあれ?」

 

 

 

 ヤヒコが悔しさをやり過ごした後に対戦者に声をかけようとしたが、ウリューはすでにコートから立ち去ろうと背を向けて離れてしまっていた。

 

 敗者から聞く言葉などないと背中に書いてあるようで、ヤヒコはその態度に苦笑いする。

 

 

 

「確かに……負けた人間の気持ちを背負うってガラじゃないか。でもな、ウリューくん……」

 

 

 

 立ち去る彼を眺めながら、ヤヒコはそれでもと呟く。

 

 何者も寄せ付けぬ強さ。それを振り回して周りを遠ざけるウリューと戦って感じたのは“孤高”とも言える境地だった。

 

 強くなることに理由はなく、それそのものが目的と化しているように言った少年に、この道の先輩としては言いたいこともあったのだ。

 

 しかしそれを聞いてくれないだろうことはわかっているので、こうして独り言として空に放つ。

 

 

 

「君は理由なんかないって言ったけど、俺にはそうは思えないんだ。いや、もしそれが本当なんだとしても、それは君がまだ“出会えてないから”——かもしれないぜ?」

 

 

 

 ウリューは強さを求めることに理由を問わないと豪語した。しかし強さを求めるようになったきっかけは何かあったんじゃないかともヤヒコには思えた。

 

 今はそれを知る術も推察する材料もない。だからもしまだ理由に出会えていないのなら——そう考えると、明日が楽しみにも思えてきたのである。

 

 

 

「もしかしたらその出会いはもう近いのかもな……明日、君と戦う奴らが——」

 

 

 

 この新春トーナメント。勝ち上がってくる彼らがウリューに挑むことになるだろう。もしかするとその中にいるのかもしれない——ヤヒコは何故かそんな気がした。

 

 

 

 力の拮抗した好敵手——ライバルという者に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——久しぶりだな、ユウキ。今はツツジ殿の協力もあって里もかなり安定した。

 

 

 

 それはツツジがユウキにと託したメモリーチップに入っていた動画のセリフだった。

 

 事件に巻き込まれ、流星の里に立ち寄り、そこで出会ったかけがえのない仲間。レンザからのビデオメッセージである。

 

 

 

——話したいことは山ほどあってだな……何から話したものか……とにかくこの記録がお前たちに届いていることを願う!い、以上だ!

 

 

 

 だんだん恥ずかしさが込み上げてきたのか急に話を終わらせようとするレンザを、後ろで控えていた同郷の者たちによって取り押さえられる。映像はそこで仕切り直しとなり、少し衣服を見出したレンザが改めて語る——。

 

 

 

——しかし凄いものだな。外の世界の技術というのは……いやすまん。話が脱線してしまうな。お前とは直接会って話す約束のはずだったが……お前たちもこちらの状況を少しは知っておきたいだろうというツツジ殿からの勧めでこの形を取らせてもらった。無礼を許せよ。

 

 

 

 ツツジからの勧め——つまり、彼女がこの記録を残すことを発案したことが示唆されていた。おそらく収録機材もツツジから提供されたのだろうことをユウキは察する。

 

 しかし肝心なのはその内容——流星郷の実状とは一体何のことかと視聴者は耳を傾けた……のだが——。

 

 

 

——そちらの話は長くなる故、記録の後半の方に残しておいた。今はお前たちも忙しい身と聞く。急ぎではない故、そちらは気が向いた時に確認をしてくれればいい。だから、ここはただの……前振りというやつだ。

 

 

 

 照れくさそうに頭を掻くレンザに拍子抜けした三人。その中でユウキは、彼らの健在ぶりに胸を撫で下ろす。

 

 そんなレンザが最初に寄越したのは、ユウキへ向けたメッセージだった——。

 

 

 

——お前の夢は順調か……ユウキよ。

 

 

 

 その問いにユウキはハッとする。

 

 レンザに語った自分の行く道。その経過を彼は尋ねていた。

 

 

 

——順調ならば良し。だがもし膝を折るようなことになっているのなら、お前は馬鹿者だ!——と言っておこう。

 

 

 

 少し芝居がかった様子でレンザは動画の前にいるユウキを指さす。ほんの少し前までしょげていた自分を思い出して、ユウキはギクリと肩を振るわせた。

 

 

 

——いいか。確かにお前の道は険しいのだろう。里で見たお前は繊細で、基本的には頼りない男だ。体も小さく、悩みも多い。何かあるとすぐ泣くような軟弱者で、その歩みは遅いのかもしれん。そんな奴が歩くには、その道とやらはさぞ辛かろう。

 

 

 

 散々な言われように微妙な気持ちになるユウキ。釘を刺しているのはわかるが、もう少し言い方はないのかと遠くにいる友人に物申したくなる。そんな声が届くはずもないが——。

 

 

 

——だが案ずるな。お前は強いッ‼︎

 

 

 

 その言葉は一際大きく、ユウキの胸を打った。

 

 

 

——遅い歩みだろうと一歩一歩確実に積み上げてきたものの強さは鋼や宝石よりもずっと固く美しい!そのようにして踏み締めた足跡はくっきりと私たちには見える!胸を張って戦え‼︎

 

 

 

 レンザの言葉はまっすぐユウキの心を打つ。何度も何度も……決して気休めなどではないと訴えるように。

 

 

 

——それにお前はひとりではない。お前には世話を焼いてくれる周りがいる。いざという時頼りになる仲間がいる。例え間違えたとしても正してくれる者達が……ならば何を心配することがある!大丈夫だッ!お前ならできる‼︎ 誤ちなどいくらでも犯せ!それでも前に進む姿に我々は……いや、私は惹かれた。だから頼む。その姿をこれからも……!

 

 

 

 何度も何度も……レンザはユウキを励ます。

 

 手放しにそう言う彼の目は画面越しでもわかるくらい澄んでいて……そこに嘘など微塵もないことは明白だった。

 

 そんな言葉を不意に受けた少年の心は溶ける。強張っていたものが緩んで、涙が頬を伝った。

 

 きっとここにレンザがいたら、また泣き虫を指摘されるんだろうと思いながら……それでも溢れてくるものを押し留めることはできなかった。

 

 自分の歩いてきた道を疑い、これでよかったのかと息を詰まらせた苦しみを覆した今日という時間。ここに至るまで出会えた彼らとの奇跡に、今度こそユウキは心から感謝していた。

 

 応援とは決して重荷にはならない。だって彼らは結果を求めているわけではないのだから。

 

 ただその歩みを見ていたい——ユウキという少年が繰り広げる冒険活劇を。それほどの魅力が彼にあり、その続きを見たいと願った者たちは自然と手を差し伸べたくなる。

 

 

 

 それが——ミシロタウンのユウキだった。

 

 

 

「——俺、今なら言えるよ」

 

 

 

 五回戦——ユウキはひとり、運命の分かれ道を前にして呟く。

 

 

 

「旅に出てよかった。プロを目指して本当によかった。辛いこともキツイこともあったけど……逃げなくて本当によかった……」

 

 

 

 後悔がないわけじゃない。それでも今はそう言えるほど、満ち足りた気持ちだった。

 

 自分が求めたから始まった身の丈に合わない旅路。それをやっと肯定できる。そんな出会いに満ちた道のりがただただ愛おしかった。

 

 だからこの戦いも……どうなるかはユウキにもわからないが——。

 

 

 

「どんな結果になってもいいように……全力を尽くす。完璧は無理だけど……今できる“最高”を……!」

 

 

 

 出し切ろう——結果を怖がらずに、ユウキはそう決めて一歩、前に踏み出す。

 

 そうして挑む五回戦。相手は第四シード、強敵が立ちはだかっているその試合に進むのは満身創痍な仲間達。

 

 不安はある。でも怯えは消えた。

 

 確かなものを心に留めての挑戦は——。

 

 

 

 今までの不調が嘘みたいな快勝を、ユウキにもたらした——。

 

 

 

 

 

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