飛雷神の最大の長所は何か? 逃げることだよ (余は阿呆である)
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1話 ヒーローとか無理無理

 飛雷神がかっこよくて書いた。
 
 先を考えない勢い任せの行為だが、反省も後悔もない。


 死んだら転生したって、フィクションだとありふれすぎてもう飽き飽きしてたくらいなんだけど、いざ自分が体験してみたら超新鮮だった。

 具体的には出産時が。

 

 いやもうほんと、死ぬかと思った。これから生まれるってときなのに。

 なんで破水のタイミングで記憶戻るんだよ。普通ちゃんと生まれてからだろ。

 

 母さんの腹から外に出るまでの地獄はきっと一生忘れられない。暗くて、狭くて、臭くて。早く出たいのに、身体は全然思う通りに動いてくれなくて。それが何時間も延々と続く。普通にトラウマになったわ。

 こんな新鮮さ欲しくなかった。

 

 世の赤子が生まれたときに泣くのは、クソみたいな世界に生まれたことを絶望してだとか言うけど違うね。ただ単に直前までめちゃくちゃ苦しい思いしてたから泣くんだよあれは。

 体験者が言うんだ。間違いない。

 俺も精神はいい大人なのにギャン泣きしたからね。

 あの時は恥とか外聞とか気にしてる余裕なかったわー。まぁおかげで周囲は普通の赤子と思ってくれたわけだし、結果オーライ。

 

 そんなわけで第二の人生を最悪のスタートで迎えた俺を待っていたのは、個性を持った人で溢れかえった世界だった。

 別に個性的な人が多いとかそういう意味ではない。

 この世界、どうやら元いた場所とは違って人間が超能力じみた不思議な力を使えるらしい。

 その力を個性と呼んでいて、個性は一人につき一つ持っているとか。

 

 個性の種類は千差万別で、なるほどこの名称は言い得て妙だと納得した。元々の単語と被るので造語を名付けろよという気持ちもあるが。

 個性は数百年前に一人の赤子が全身光ったのが始まりで、そこからその数はどんどん増えて、今では全人類の八割が個性持ちらしい。

 ちなみに、初めて見た個性は母の、口から火を吹くというもの。

 生後何ヵ月かのときに、ため息と一緒に火が出てきたときは心臓が止まるかと思ったわ。

 

 そんなとんでも世界でも更にとんでもないのが、ヒーローという存在。

 別にニチアサよろしく世界を救う使命を背負った人が無償で悪と戦うとかじゃなく、普通に職業としてある。

 前世の警察とレスキューと芸能人を足したような感じ。

 

 ちゃんとライセンスを取らないといけないし、規則もかなり厳しいものが多い。

 おまけに人気職業だから、ヒーロー飽和社会と呼ばれる現在では、人気がなければ売れない芸能人の如く消えていく。

 華々しく見えて、なかなか業の深い世界だ。

 俺が幼稚園の行き帰りで見かけてた推しのヒーローも、いつの間にか見なくなったし。

 うーん、あの仮面ライダーの如く全身覆ったスーツかっこよかったんだけどなぁ。

 

 前世ならテレビの向こうの世界に等しいヒーローだけど、実は俺にとっては結構身近だったりする。

 なんと父が現役のヒーローなのだ。

 本名は波風隼人(はやと)。ヒーロー名はスイリュー。個性は水を生み出して操作するというありふれたもの。ヒーロービルボードチャートは圏外。副業はなし。よって稼ぎは薄給。

 

 人気ないヒーローって本当に稼ぎが少ない。幸い母さんが翻訳の仕事してるから一般家庭並には稼ぎがある。

 父さんも別にサボったりせず、身体鍛えたりもちゃんとしてるんだけど……いささかヒモの気配が。

 

 実力も結構あると思うんだけど、経営とかがてんでダメな脳筋タイプのせいで、人気の出る立ち回りとかも出来ない。

 なので稼ぎは一向に増えないんだけど、同業者とかからの信頼は厚いみたいで、ちょいちょい差し入れを持って帰ってくることもある。

 昔堅気な不器用ヒーローって感じで俺は結構好きだ。薄給なことを除けば。

 テレビでやってたトップヒーローの年収見てめちゃくちゃ羨ましくなったからな。あの稼ぎならプライベートジェット機とか買えそう。プライベートジェット機、憧れるよね。使う機会とかないと思うけど。

 

 まぁそんなわけで、人気のないヒーローの悲しい懐事情を幼い段階で知る俺は、特にヒーローに憧れたりはしなかった。

 かっこいいとも、立派だとも思う。尊敬も応援もめっちゃする。でも自分がなりたいとは思えない。

 

 個性は遺伝する確率が高い。

 個性の発現は四歳くらいが多くて、俺はまだだがおそらく父さんか母さんの個性を受け継いだものになるだろう。

 口から火を吹くか、あるいは水の操作か、はたまた稀に見るそれらをあわせたものか。

 

 そんな個性では、例え頑張ってヒーローになれたとしても、ランキング上位になれる気が全くしない。

 つまりは稼げない。

 命懸けの仕事なのに薄給とか流石にごめんである。

 俺は父さんのように、金とか関係なく赤の他人のために死にもの狂いで働けるような誇りなんてない。

 他人のために頑張ったなら、その分の対価は欲しいと思う浅ましい人間である。

 

 そんな俺がヒーローとしてやっていけるとはとてもではないが思えない。

 時に助けた人に理不尽に責められることもあるんだぞ? ちょっとした失敗を守るべき人達が嬉々として叩くことだってある。地味だけどコツコツ頑張ってるヒーローを見下し嘲りああはなりたくないと面と向かってほざくクズもいるとか。

 

 うん、無理。

 自分がそんなこと言われたらその瞬間立場忘れてコブラツイスト決める自信しかない。

 やはり俺にヒーローは無理だったのだ。

 Q.E.D.終了! お疲れ様でしたー!

 

 そうして俺こと波風湊翔(みなと)は、サラリーマンのような堅実で安定した将来を目指すことにしたのだった。

 

 

 

 ━━完。

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 なんか俺の個性、火でも水でもないんだけど。

 瞬間転移? 突然変異型の超レア個性? 絶対にヒーローになるべき逸材?

 父さんと母さん、めっちゃ喜んで将来はトップヒーローだなとか言ってるんだけど。

 今からヒーロー科通わせるために貯金頑張ろうとか話してるんだけど。

 とてもヒーロー目指す気はないとか言い出せない空気なんですけど!

 あ、あれー?

 どうしてこうなった?

 

 

 




 湊翔くんはヒロアカ知りません。
 NARUTOも少年編までしか知らないニワカオタクです。


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2話 ここフィクションの世界では?

 飛雷神(ひらいしん)

 それが俺の個性に与えられた名前だ。

 能力は、触れたものにマーキングを付けることが出来、その場所に自分あるいは自分の触れているものを瞬間移動出来るというもの。

 もちろん、マーキングの数や、移動させられる距離や質量には限界がある。

 それにしても、それにしてもだ。

 

 この個性強すぎない?

 ただでさえ、転移系の個性は歴史的に見ても超希少なのに、この個性はその中でも異質らしい。

 聞いた話だと、転移には霧や泥など、何かしらの媒介を必要とすることが多いらしく、移動までにはどんなに速くともラグが発生するのだとか。

 飛雷神にはそれがない。発動したら一瞬で移動出来る。

 

 現存する記録にない個性。

 つまりは人類史上初の個性となるわけだ。やったね!

 となるわけがなく、なぜ神はこんな個性寄越しやがったんだよファックという気持ちでいっぱいだ。

 余計なことすんなよマジで。

 こんな個性持ってて平穏に暮らすとか無理だろ。

 考えてもみろ。

 この飛雷神でもっとも優れた長所はなんだ?

 相手の懐に一瞬で潜れること? 不利な形勢をリセット出来ること? 攻撃全てを余裕で避けれること?

 違う違う。

 逃げることだよ。

 つまり、ヴィランにとって喉から手が出るほど欲しい個性ってわけだ。

 

 この個性を知ったヴィランはこう思うに違いない。

 拐って脅して個性使わせれば、ヒーローに捕まりっこないと。

 実際、あらかじめアジトにマーキングしておけば、強盗などの行為が終わった瞬間、ヒーローが来る前に帰ることも容易だ。

 犯罪者なら誰だって欲しがる個性。

 よし、絶対に黙っていよう。俺は周囲には無個性って偽って平穏に暮らすぞ。

 

 そう思っていた時期がありました。

 このご時世、ヒーローが個性ひけらかしまくってるからか、個性に関するプライバシーがゆるゆるなんだわ。

 んで園や学校には個性に関しては書類などに記載して報告しないといけないんだが……普通に幼稚園の先生にバラされた。

 瞬間移動の個性なんて凄いねー、って。

 

 おまおまおまおまアホくぁwせdrftgyふじこlp!

 個性は人によってはデリケートなもんなのにみんなの前で大々的にバラしてんじゃねーよ!

 褒めりゃ子供だから調子乗っていい気になるとでも思ってんのか!?

 舐めんなこちとら精神だけなら成人じゃヴォケがぁ!

 

 周りの園児たちは無邪気に凄いねーって褒めてくれてるけど……これ絶対親に言うよな。

 んで親は珍しい個性を話の種としてあちこちで話す可能性大。

 オーマイゴット。もう隠すの不可能だわこれ。

 グッバイ平穏な生活。おはよう誘拐と隣り合わせの日常。

 毎朝家にマーキングしてから出かけるようにしよ。

 

 

 

 不思議なことに、特に誘拐されるなんてことはなかった。

 この世界のヴィランがバカなのか、あるいはヒーローが優秀なのか。

 もしかして父さん、秘かに俺の護衛とかやってくれてる?

 

 あり得そう。父さん結構家族バカなとこあるし。

 まぁ平穏なのはいいことだ。警戒は一切緩めないけど。

 常に逃げれるように、マーキングは離れた場所に三ヶ所くらいつけてあるし、大丈夫だとは思うが。

 

 ふとテレビを見れば、オールマイトが映っていた。

 この国のNo.1ヒーローで、平和の象徴とも謳われている凄い人。そんな彼のインタビューみたいだ。

 うーん、相変わらず凄いな。画風が違う。一人だけアメコミからきたみたいな見た目だ。笑い方もアメリカンだし。確か若い頃アメリカ留学してたみたいだし、その影響かな。

 

 うーん、それにしても本当、漫画とかから出てきたみたいな人だよな。

 この国平和なのもこの人がヴィラン捕まえまくったおかげみたいだし。

 漫画みたいって言えば、この世界もゲームとか漫画にありそうだよな。

 個性といいヒーローといい、少年受けが絶対いいと思う。

 

 そしたら俺は、個性的にも結構重要なポジションのキャラっぽいよなー。

 主人公らのお助け役か、あるいは厄介な敵役か。

 こういうの妄想する分には楽しいよな。好きな漫画で自分がここにいたらこうするのに、とか考えるの。

 オラワクワクすっぞ。

 

 オールマイトの立派なインタビューを聞きながらそんなことをボーッと考えていて、あれ? と思う。

 漫画みたいな世界?

 前世、俺はオタクだった。

 転生ものなんてそれこそ飽きるほど読んだくらいの。

 その中には、アニメや漫画、ゲームの中に転生するなんてものもあった。

 というか現代に転生する場合はほとんどがそれだった。

 この世界、現代だね。それも個性とかヒーローとか少年漫画にでもありそうな設定付きの。

 しかも俺、個性めっちゃ強いね。少なくともモブではあり得ないレベルに。

 ……俺、漫画なりゲームなりのキャラに憑依転生したのでは?

 

 はっ、はぁあああああああああああっ!?

 ちょっ、待て待て待て待て! もちつけ俺! 今すぐ臼と杵を用意して……じゃない落ち着け! 落ち着くんだ俺!

 いったん深呼吸だ。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。

 よし落ち着いた。なんか違った気がするけど気のせいだろ。

 で、なんだったか。

 ここがフィクションの世界で、俺はそのキャラに憑依したかもしれない?

 HAHAHA!

 ……チェンジで。生まれ直しを要求する。

 

 そりゃ漫画やゲームのキャラになりたいと妄想したことは何度もあるよ? でもマジでなったらノーサンキューに決まってるだろ。

 ここ多分少年誌とかのバトル漫画だろ?登場人物もれなくボロボロになる可能性大じゃん。

 嫌だわそんなん。友情努力勝利よりも、平穏安泰息災願うわ。

 

 しかも知ってる世界ならまだファン根性発揮出来たかもしれんけど知らない世界だし。

 やる気出んわこんなの。

 原作知識ないから何すりゃいいのかもわからんし。

 

 というか俺ってどのポジションなの?

 主人公、はないか。少年誌のバトル漫画の主人公なら、シンプルに強い系の能力だろうし。

 モブもない。転移出来るモブとか存在していいわけない。主要キャラの活躍食われるわ。

 となるとさっき妄想した、主人公の味方か敵か。

 極端すぎる二択だわー。

 

 でも今の環境的に、ヴィランに堕ちる要素ないよな。

 家族は愛してくれるし、能力的にも将来有望。

 もし堕ちるとしたら、やっぱり誘拐されて洗脳されるとか? あるいは親をヒーローが原因で殺されたからとかもあり得るか。

 やっべ、二人が殺されるとか想像しただけで吐き気してきた。

 もうこれ考えるのやめよう。仲間だったパターン考えよう。

 

 能力的には、主人公の先達の可能性高いよな。

 頼りになる背中を見せて、主人公の成長を促す的な。

 父さんがヒーローだし、小さい頃から英才教育を受けていたなら、同年代でも出会った時点では主人公より先を行っていた可能性は高い。

 

 ふむ、となると今からでも鍛えたほうがいいのか。

 もし俺の鍛練不足が原因で負けましたとかシャレにならんぞ。

 バトル漫画で主人公が負けてたら世界が滅んでたとかザラにあるし、この世界だと法治国家が維持出来ずにヴィラン蔓延る世紀末になるとか? 

 街歩いてたら肩パットしたモヒカンが改造バイク走らしてヒャッハーしてるのが当たり前な世の中。嫌すぎるわ。

 

 これは何としても阻止しなければ。と思いはしても、まだもうちょいぬるい生活してもいいかなーって。

 だって我まだ四歳だし? ダラダラ過ごしてても問題ないっていうか?

 

 というかモチベーションがあんま上がらない。

 そもそも本当に原作で俺が主人公達に必要なのかもわからんのだ。

 敵だった場合もあるだろうし、仲間でも能力が強力な分バランス調整で序盤に殺されてるかもしれないし。

 

 ……ん? ちょっと待て。

 殺されてる? 誰が? 波風湊翔が。

 波風湊翔って誰だ? 今は俺だ。

 なーんだそっかー、俺が殺されてる可能性もあるのかー。

 ……何でその可能性に気づかなかったんだ俺の馬鹿野郎!

 

 そうだよ! こんな便利能力持ってるやつなら途中で殺されてもおかしくねーわ!

 敵からしたら邪魔すぎる能力だ。自分たちが利用出来ないならさっさと殺すに限る。

 つまり俺の選択は、闇堕ちしての犯罪者ルートか、頼りになりすぎて途中で脱落する仲間ルートの二択なのか!?

 

 嫌だー! 死にたくないー!

 せっかく第二の人生始まったのに二回目も若い身空で死ぬのはごめんだぞ!

 でもだからって犯罪者になるのも嫌だ。

 当たり前だ。こちとらまともな倫理観持った小市民だぞ。誰が好き好んで後ろ暗い道なんか行きたいと思うのか。

 

 くそっ、こうしちゃいられねぇ。

 一秒でも早く強くならなければ。

 ヒーローにならなかったとしても個性的にヴィランに狙われるのは高確率な以上、俺に残された道は誰が来ても返り討ちする強者ルートのみ。

 原作がなんぼのもんじゃ!

 主人公もラスボスもまとめてぶっ飛ばせるくらい強くなってやらぁ!

 

 俺は心の中で強くそう決意し、特訓を頼むため父さんがいるだろうスイリューヒーロー事務所へ向けて家を飛び出した。

 慌てて追いかけてきた母さんにすぐ捕まった。

 もの凄い怒られた。

 四歳児だからね。是非もなし。



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3話 英才教育とは児童虐待の別名である(迫真)

まだ原作キャラすら出してないのに詰まるというクソザコっぷりに全俺が泣いた

なんで他の人は書くのがあんなに早いの……?


 ユーは幼稚園の頃なにしてた?

 オモチャや遊具で遊んだ? 絵本を読んで貰ってた? それともおやつ食って昼寝とかしてた?

 普通はそうだ。

 それで何の問題もない。

 じゃあ成人男性がそんな生活送ってたらどう思う?

 もちろん障害者でも病気でもない至って健常者である人間がだ。

 俺なら正気を疑う。

 つまり何が言いたいかと言うと━━幼児生活辛い。

 

 

 なんであいつらってあんな元気なの?

 体力なんて大人に比べてろくにないはずなのにめちゃくちゃ走り回って大声で喋りまくって表情を百面どころか二百面相くらいさせて。

 もうね、付き合うのが大変。

 加えて素のテンションだと周りからしたらつまらなそうに見えるらしくて、心配されたり不快に思われたりと面倒なことになりかけた。

 前世の記憶があるなどとこの超常社会においても異常なのは明らかなので、何がなんでもそのことを隠したい俺としては、周囲には極々普通の子供と思われなければならない。

 

 なので常時ハイテンションでいることにした。

 単純な積み木重ねる作業を某機動戦士のプラモデルを作るくらい真剣にし、何度も聞いた絵本の朗読を推しの声優の読み聞かせの如く目を輝かせて拝聴する。

 絵に描いたような元気な幼稚園児を全力で演じてみせた。

 素面で酔っ払いの真似事をしてる気分だったよ。

 何も面白くないのにハイテンションでい続けるのマジできつい。

 唯一の癒しはお菓子とお昼寝の時間だけだ。

 あの時間だけが俺の心を癒してくれる。出来れば一生グータラしてたい。

 そして家に帰ったら、笑顔の両親に園での出来事を事細かに話す。給食で好物が出たとか滑り台が楽しかったとかどうでもいいことまで。

 

 これを俺の主観で観測すると「幼児プレイを両親へ赤裸々に語る成人男性」の図になる。

 信じられるか? 平日は毎日こんなことを繰り返してるんだぜ。

 軽く首を括りたくなるレベルの地獄である。

 よく今まで正気でいられたと自分を褒めてやりたい。

 休日も同じようなことしてたら、確実に狂っていた。

 もしテレビ鑑賞が趣味でなかったら、休日も公園などに連れていかれて幼児の相手をさせられてただろう。

 母さんのママ友付き合いの機会を減らしてしまうことに申し訳なさを感じはするが、休日くらいは家でのんびりしたいのだ。

 

 この世界のテレビは、もっぱらヒーロー関連のものが多い。

 ヒーローの仕事についての解説や、ヒーローの紹介に取材。ゴールデンタイムの番組では、副業として芸能活動をしているヒーローを毎日見かけるし、中には俳優をしているヒーローまでいる。

 テレビでヒーローを見ない日はないんじゃないだろうか。

 前世にはなかったヒーローに関することは非常に興味があるので、休日は喜んでテレビにかじりついている。

 普通ならテレビばっかり見てるのは親に注意されそうなものだが、父さんの職業に興味持ってるのが嬉しいのか、母さんは隣でニコニコしながら一緒に見ていることが多い。

 いやー、父さんがヒーローのおかげで休日にゴロゴロテレビ見るという、ダメ人間スタイルを堂々と出来るわけだから感謝感謝。

 

 そんなね、趣味に没頭してるときにね、気づいちゃったわけですよ。

 この世界がフィクションの世界で、俺の今世がその作品のキャラに憑依したものだって。

 しかもそのキャラが、将来的に闇堕ちか死亡の可能性が高いってことに。

 そうとなれば特訓しかないわけですよ。

 親がヒーローなんだから英才教育ルート一択なわけですよ。

 ただの幼児なら泣いちゃうくらいきつい訓練かもしれない。でもメンタル大人だからダイジョブダイジョブ。ヨユーヨユー。モーマンタイモーマンタイ。

 むしろ幼児生活に比べたら精神的には遥かに楽に違いない。

 

 はっ、思い付いた。

 ヒーローを目指すと決めたからって理由で、落ち着いた態度を取るように心掛けるようになったってカバーストーリー作れば、あのハイテンション地獄から解放されるのでは?

 将来のために強くなれるし、ハイテンション地獄から抜け出せるし、加えて周りは成長を喜んでくれる。

 まさに一石三鳥。我が計略は孔明並であったか。

 よーし、それじゃ父さん帰ってきたら早速お願いするかー。

 いきなりこんなこと言い出すわけだし、建前の理由いるよな。

 んー、「父さんのようなヒーローに早くなりたいんだ(キリッ」とでも言っとけばいっか。

 いやー、父さん帰ってくるの楽しみだなー。

 どうせ初期は軽い運動や格闘の基礎習うくらいだろうし、しばらくは気楽にやりますかー。

 

 

 

 ━━そう思ってた時期が俺にもありました。

 

 

 

「今日はここまでにする」

 

 厳かな声で告げる父さんの前には、陸に打ち上げられた魚の如くピクピクしている少年がいた。

 というか俺だった。

 いや、英才教育舐めてました。

 まさかここまでやるとは。

 よく考えなくても、一流の人間に育て上げるんだから、幼児だからって生ぬるいわけがなかった。

 フィクションの貴族とか王族とかも、子供なのにそこまでする!? ってくらい色々習わされてたし、恐らくこれが英才教育の普通なんだろう。

 前世でスポーツ選手の二世とかずるいよなとか思ったことあるけど、全然ずるくないわ。純然たる努力の結果だったんだと今ならわかる。

 もし将来俺のことずるいとか言うやついたらシャイニングウィザード決めたろ。

 

 訓練内容自体は思っていた通りの体力作りと格闘の基礎だったんだが、想定の十倍はしごかれた。

 まずは走り込み。近くの緑地公園の周りを走らされたんだが……具体的な距離を事前に伝えられなかった時点で嫌な予感はしてたんだよ。

 予感通り、立てなくなるまで走らされました。

 止まりそうになる度に「まだ走れるだろう!」と後ろから追従してた父さんに怒鳴られるのを繰り返し、ほとんど歩くようにしか足を動かせなくなっても続けさせられ、どんなに頑張ってもこれ以上は無理って段階になってからようやく解放された。

 

 終わった時はホッとした……なんてことはない。解放された安心感ややり遂げた達成感など微塵もなく、虚無だった。何かを感じる余裕とかとうに無くしてたからね。

 意識も疎らになってて、気づいたらいつの間にか父さんのトレーニングルームに連れて来られてた。

 今度は格闘の訓練らしい。

 

 嘘でしょ? 普通そこは休憩でしょ。

 そんな願い虚しく、疲れた身体に鞭を打って技術を身体に覚えさせる為の訓練が始まる。

 基本の構え、拳と蹴りの打ち方、投げ技に間接技、防御技回避技受け身の取り方。

 それらを軽く一通り実演付きで説明されてから、一つずつ覚えてさせていくと言われる。

 まずは受け身からだそうだ。

 めっちゃ投げられた。

 マットの上に手加減してとはいえ何度も何度も投げられた。

 父さん曰く、習うより慣れろ。

 つまり口下手で説明上手く出来ないから身体で覚えろってことですねわかります。

 視界が回って回って回りまくる。体操選手並に回りまくる。正しくは回されてるだけなんだが。

 回された分だけ、背中でマットにキスするんだけど……これがきつい。

 手加減されてるから痛みはそれほどなんだけど、叩きつけられたときの衝撃が身体に走るのが結構辛いんだよね。

 身体がビクンッて跳ねる感覚がなかなか慣れない。

 それを繰り返し、投げられたマットから起きあがれなくなったとき、ようやく初日の訓練は終了した。

 

 初日から死にかけの魚状態になってるわけだけど、俺大丈夫だよね?

 原作始まる前に訓練で死なないよね?

 あ、ヤバ。

 意識、落ち━━

 

 

 

 目覚めたら朝だった。

 いや確か晩飯と風呂はちゃんとしたような……?

 ダメだ、記憶が曖昧すぎる。でも腹とか減ってないし身体もすっきりしてるから、ちゃんとしたんだろう。多分。

 不思議と身体は不自由なく動いた。

 あれだけやっといて翌日にはニュートラルな状態になるとかどゆこと?

 漫画世界の住人だから身体の構造が前世と違うのか、あるいは幼児だからか。

 幼児って体力ゼロになるまで動いても、翌日にはピンピンしてたりするからね。

 これが若さか。前世の俺が失ってたもの。

 なるほど、父さんが幼児相手でもあそこまで容赦なかったのは、問題ないってわかってたからか。

 

 流石はプロヒーローだ。

 身体に対する理解度が違う。

 精神的にはきっついけど、まぁ死ぬよりはマシだ。

 死なないためならこれくらいやってやるよ。

 ただし原作終わったらだらける。めっちゃだらけてやる。

 世界救った恩賞で一生遊べるくらいの金貰って悠々自適に余生を過ごしてやるんだ!

 あ、なんかそう思うと凄いやる気出てきた。

 少年漫画なんだし、成人迎える前には原作終わる確率が高いはず。

 たかが十年ちょっと頑張るだけで残りの五十年以上を遊んで暮らせると思えば、とても安い買い物だ。

 

 うぉおおおお! 漲ってきたぁ!

 よしっ、そうと決まれば起床起床。

 高いテンションのまま部屋を飛び出したときに遭遇した父さんに、今日もよろしくー! と伝えて、顔を洗いに行く。

 飯食ったら幼稚園へゴーだ!

 

 

 

 早速今までのハイテンションから大人ぶった態度にチェンジしたんだけど……先生や園児の親達から物凄い暖かい目で見られた。

 解せぬ。

 

 

 



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幕間 波風隼人の決意

 波風隼人は、自分が凡人だという自覚がある。

 頭はよくないし、運動能力も平均。加えて個性も水を操るというありふれたもの。

 強いて長所を上げるなら、根性があることくらいだ。

 出来ないことがあるなら、時間がかかってでも出来るようになるまで頑張る。頑張るだけで駄目なら誰かに相談する。そして「何でもっと早く相談しないんだ」「お前は非効率すぎる」「頭を使えこの脳筋が」と幼馴染みの友人に怒られる。

 幼い頃はそれが隼人の日常だった。

 要領の悪さに呆れながらも色々と世話を焼いてくれた友人には、大人になった今でも頭が上がらない。

 

 そんな隼人がヒーローになりたいという夢を持ったのは、小学五年生の頃のこと。

 旅行先でヴィラン事件に巻き込まれた際に、ヒーローに助けられたからというよくある理由だ。

 死ぬかもしれないという絶望を覆したヒーローの姿は、人の人生を一瞬で変えるだけの影響力があった。

 

 それからはがむしゃらに━━ではなく、友人に相談しながら、必要なことを効率よく頑張った。

 らしくないというのはわかっている。

 それでも絶対になりたいと思ったから、慣れないことに四苦八苦しながらも、頭を使いながら必死に技能の習得に取り組む。

 

 その努力が実ったおかげで、今がある。

 ヒーロー科のある高校の入試に合格し、在学中にライセンスを獲得。卒業後はサイドキックとして経験を積み、その際に出会った女性と男女の関係へと至り、入籍と共に独立を果たす。

 ヒーロー一辺倒なくせに、あまり活躍出来ず給金も少ないのに、文句も言わず支えてくれる妻には頭が上がらない。

 

 そして数年前、子宝にも無事恵まれた。

 名前は湊翔。隼人と妻の美夏(みなつ)の名前から取って名付けた。

 我が儘を言わず、よくお手伝いもしてくれるいい子だ。きっと妻に似たのだろうと隼人は思っている。

 妻も子も、自分にはもったいないくらいに優しくて、恵まれていると隼人はよく感じていた。

 この幸せがずっと続けばいい。いや、続かせてみせる。

 例えどんな理不尽が襲ってきたとしても、命を懸けてでも守るんだ。

 ヒーローとして、夫として、父親として。

 並々ならない思いで、隼人は強く決意していた。

 

 そして間もなく、試練は訪れた。

 湊翔に個性が発現した。転移という、世界的に見ても希少な個性。

 それも既存のワープ型とは異なる、史上初となるテレポート型だ。

 最初は喜んだ。自分のような凡人から、こんなに優秀な子が生まれてくれるなんてと。

 ヒーローが好きなようだし、きっと優秀なヒーローとなってたくさんの人を助ける存在になるんだろうと、親バカ全開でまだ見ぬ将来に期待した。

 

 期待はすぐに恐怖に変わった。

 湊翔に個性が発現して間もなく、隼人のヒーロー事務所にスーツを着こなした男が二人訪ねてきた。

 男達は、ヒーロー公安委員会を名乗った。

 

「率直に申し上げます。あなたのご子息である波風湊翔君を、我々ヒーロー公安委員会にスカウトするために参りました」

 

 語られるのは、湊翔の個性の有用性と危険性。

 そして表には公表されていない、裏の支配者の話。

 そいつは他者から個性を奪い、他者に個性を与えるというふざけた個性を持っていて、聞くだけで怖気が立つような悪行の限りを犯していた。

 例年、優秀な個性の持ち主が行方不明となる事件が世界各所で発生していて、公安委員会はそいつが犯人だと考えているらしい。

 そして湊翔は、その標的となる可能性が高いと告げられる。

 

 聞いた瞬間、目眩が隼人を襲った。

 心臓の音がやけにうるさいくせに、身体は異様な程に冷たい。全然動いてないのに全身から嫌な汗が溢れて止まらず、寝ぼけてるみたいに思考がぼやけて働かない。胃がぐちゃぐちゃになったような刺激に、吐き気までしてきた。

 

 意味がわからなかった。

 何で自分の子供が、そんな危険な目に合わないといけないのか。

 ただ日々、家族が健やかに過ごせるのならそれでよかったのに。

 世界の英雄にはなれなくても、家族の英雄になろうと決意したのに。

 何百年も世界の裏を牛耳る魑魅魍魎から息子を守れるなんて思えるほど、隼人は自信過剰にはなれない。

 隼人にはもう、何も出来ずに息子を失い、絶望する未来しか見れなかった。

 

 公安委員会の人間はそんな隼人の様子にも動じず、毅然とした態度のまま、更に告げる。

 湊翔をスカウトするのは、保護の名目もあるのだと。

 それは甘い誘惑だった。

 自分では無理でも、国なら息子を守れるんじゃないかと。

 頷いてしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐える。

 隼人とてわかっている。

 ヒーロー公安委員会にスカウトされるという、その意味を。

 表に出せない案件に対処する仕事にとって、湊翔の個性がどれだけ都合がいいのかを。

 一度足を踏み入れたら、二度と何も知らずにいられた生活に戻ることは出来ない。

 そんな世界に、まだ四歳の息子を放り込む決断なんて、隼人には出来なかった。

 

「返事は、息子が小学校にあがるまで待って欲しい」

 

 出来たのはただの時間稼ぎ。

 公安委員会の男達は、それに了承した。

 どころか、秘密裏に護衛までしてくれるという。

 公安委員会にとっても、湊翔の個性が敵に奪われるのは厄介だからだ。

 なのに返答を待ってくれているのは温情からか、あるいは何らかの思惑があるからか。

 

 何でもよかった。

 そんなことを気にするよりも、残り少ない時間を家族と過ごす方がずっと大事だった。

 美夏にはすぐに話した。最初は納得してくれなくてかつてない程の大喧嘩をした末に、折れてくれた。

 心の中では納得なんてしてないだろう。ただ隼人の意を汲んでくれただけ。本当に出来た女性だ。

 隼人はもう、湊翔を公安委員会で預けるつもりだった。

 

 それが湊翔のためになるとは思えないが、それしか守れる方法が思い付かなかったから。

 期限の半年前には湊翔にスカウトの件を伝えるつもりでいるが、いざその時になって、伝えられる自信もなかった。

 真っ直ぐ見つめてくる息子の目は、父親のことを信じきっている目だ。そんな湊翔と目をあわせて「俺では守れないから公安にお前を預けることにした」などと言えるのだろうか。

 

 情けなかった。

 夫としても、父親としても、一人の人間としても。

 こんなにも弱い人間だったのかと、自分に失望した。

 隼人の内心とは裏腹に、湊翔の身に何かが起こることはなかった。

 公安はしっかり守ってくれているみたいだ。

 

 驚いたのは湊翔の防衛意識。その高さだ。

 公安からの報告で、個性のマーキングを複数の箇所に常につけて行動しているらしいことがわかった。

 気になって湊翔が通園したあとに湊翔の部屋に入ると、床にマーキングが刻まれていた。

 思っていたよりも息子は強かだったみたいだ。

 その事実に少しだけ安堵する。

 案外、公安に行っても上手くやっていけるんじゃないか。

 自分を正当化するための思考を一瞬でもしたことを、隼人は恥じた。

 

 

 

「父さん。お願いしたいことがあるんだ」

 

 それは、公安委員会が来てから数ヶ月経った頃のことだった。

 いつもの元気全開な様子とは異なり、とても落ち着いた口調で湊翔が話しかけてきた。

 ただ事ではないと思い居住いを正して話を聞く態勢をとる。

 その予想は当たっていた。

 

「俺を鍛えて欲しい。護身術とかじゃなくて、ヒーローになるための本気の訓練を課してくれ」

 

 言った内容が信じられず、目を見開いてしまう。

 子供にありがちな、憧れの職業を真似たいからという軽い気持ちではない。

 力強く父親の瞳を見つめるその目はどこまでも真っ直ぐで、決意に満ちていた。

 本気だ。

 まだ四歳の子供が、本気でヒーローとしての訓練を課して欲しいと望んでいる。

 

 この歳からでも、訓練を始める子供は少数ながら存在はするだろう。

 でもそれは大人側からアクションがあって成立するもののはずだ。子供側から望むことなんて普通はあり得ない。

 湊翔が生まれてから四年間、毎日顔を見てきた。

 親として未熟者なのはわかっていたから、殊更子供のことは気にかけてきたつもりだ。

 

 なのに今日、いきなり知らない顔を見せられた。

 こんな側面があるなんて、まるで知らなかった。

 息子のことを、全く理解なんてしてなかったんだ。

 ああ、本当に俺は親としてやるべきことを、何も出来てなかったんだなと痛感させられた。

 

「どうしたんだいきなり。何かあったのか?」

 

 咄嗟に出した心配の言葉は薄っぺらく、心の中で自身に失笑する。

 今さら親らしく取り繕ったところで、自分が惨めになるだけなのに。

 

 鬱になっている自覚はある。

 何よりも大切な息子の危機から始まる思考の負の連鎖は止まってくれず、もう二度と立ち直ることは出来ないんだと。

 そう思っていた。

 湊翔の言葉を聞くまでは。 

 

「早く父さんみたいな、立派なヒーローになりたいって思ったんだ」

 

 驚く隼人の目を湊翔は真っ直ぐ見つめて、自分の思いを話し始めた。

 

「個性が発現してから、ずっと思ってたんだ。父さん達から貰ったこの個性はとても凄いもので、たくさんの人を助けられる力なんだって。そう思うと、いてもたってもいられなくなるんだ。一秒でも早く、父さんみたいに誰かを助けられるヒーローになりたいって気持ちが抑えられなくなる。だから、」

 

 一拍間を置いて、湊翔は決然と言い放った。

 

「俺が本物のヒーローになるために、お願いします」

 

 そう言って頭を下げる湊翔の姿に、隼人は思わず目に滲む涙を見られないように、右手で顔を覆い俯いた。

 いつの間に、こんなに立派になったんだろう。

 

 ああ、情けない。

 息子が成長している間も、何をするでもなくウジウジと悩むだけだった自分が本当に情けない。

 今まで何をしていたんだ。

 この身は微力であっても無力ではないというのに、出来ることもせずに卑屈になっているなんて、お前はそれでもヒーローかと過去の自分に渇を入れてやりたくなる。

 だけど今は、反省も後悔も後回しだ。そんなものは後でいくらでも出来る。

 

 そんなことよりも、一生懸命に自身の想いを話してくれた息子に応えるのが先だ。

 今までの悩みなど臆面に出さず、息子が憧れてくれたヒーローとしての己を前面に出して答えた。

 

「知ってると思うが、俺は不器用だ。手加減などは苦手だが、覚悟はいいか?」

 

「はい!」

 

 元気のいい返事に、思わず笑った。

 久しぶりに心から笑えた気がする。

 あまりに嬉しくて初日から飛ばしすぎてしまった程だ。

 さすがにあれはやり過ぎた。反省しなければ。

 

「あ、父さんおはよう! 今日もよろしく!」

 

 と思っていたら、翌日には元気よく次の訓練をねだられた。これにはもう驚きを通り越して呆れたものだ。

 個性とか関係なく、あれは大物になるに違いないと思わされた。

 

 その日から湊翔は家や幼稚園でも、訓練を頼んだときのように大人びた言動をするようになった。

 

「ヒーローを目指すって決めたんだ。だからもう、子供っぽいことは卒業しようかなって」

 

 そう言う湊翔に、周囲の大人は微笑ましいものを見るような目を向けていた。

 端からは大人ぶった態度を取りたいだけの子供にしか見えないのだろうが、隼人は知っている。

 あれが湊翔の言う通り、ヒーローを目指す決意の表れなのだと。

 

 もう少し子供でいて欲しいという少しの寂寥感と、それを上回る誇らしい気持ちが胸に湧き、隼人はその気持ちの向くままに、湊翔のための行動を始めた。

 

 ヒーロー活動や湊翔の訓練の傍らで何度も公安の人間と話した。

 話せる範囲での仕事内容や、湊翔が所属した際の待遇ややらせようとしていること。湊翔の訓練へのアドバイスを貰ったり、時には付け焼き刃で交渉をすることもあった。

 たまに相手の逆鱗に触れたのか、物凄く鋭い視線を向けられることもあり、めちゃくちゃ怖かった。

 現役のヒーローが視線だけで逃げ出しそうになるくらいには怖かった。

 裏を担う人間とは皆あんなに怖いのだろうか。

 いずれ湊翔もあんな顔をするようになるのかと思うと、やっぱり公安に行って欲しくない気持ちが強くなる。散々根回ししておいて今さらな話だが。

 

 そうした諸々のおかげで、湊翔が正式なヒーローになるまでは公安の仕事はさせないという言質を取ることが出来た。

 所詮は口約束だし、完全に信用なんて出来ないが、今の隼人に出来るのはここまでだ。

 あとは自分で面倒を見れるうちに、湊翔を可能な限り鍛え上げる。

 

 公安に行っても、ちゃんとやっていけるように。

 いつか立派なヒーローになれるように。

 

 隼人は決意を胸に、今日も湊翔をしごき倒した。

 

 

 




 感情の浮き沈み激しくて頭が悪くて不器用で根性が取り柄で自己犠牲精神持ってて身内大好き

 要素だけ見ると少年漫画の主人公みたいなパパンの回でした


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4話 三つの顔を持つ生き物なーんだ?

祝☆お気に入り数1000突破!

……前話の投稿でお気に入り数が三倍近くに増えて正直ビビりました
めちゃくちゃ嬉しいんだけど、ここまで伸びるの!? って驚愕とかが大きくて

何事にも動じない鋼メンタルが欲しいと切実に思いましたハイ


あと感想見ててわかる飛雷神の人気ぶりですね
まだ本編で出てもないのにほとんどが飛雷神関連という

なるべく早くカッコいい飛雷神の戦闘シーン出せるように頑張ります


それでは本編どうぞ


 忘れるな。イメージするのは、常に最強の自分。

 脳裏に焼き付いた理想の自分を、現実に再現しろ。

 手に持つは木製の手裏剣。その重さを感覚で計りながら、構えに入る。

 

 始まりは模倣だった。そこから何度も繰り返した経験から、自分にとっての最適化を重ねた構え。元となったものとは少し違うそれは最早身体に馴染んでいて、余分な力は一切入っていない。

 対象までの距離を目で計り、風向きを肌で感じる。

 呼吸を整えながら、理想の自分との擦り合わせを行っていき、全ての準備が完了した。

 そしてここだと思ったタイミングで、手裏剣を放った。

 

 飛んでいった手裏剣は綺麗な回転を描いて真っ直ぐ進み、十五メートル先に立つ的のど真ん中へと命中。

 カッ、と小気味良い音を立てた手裏剣に、ふうと息を吐いてから、満足気に頷いた。

 今日の結果は二七発二七中。つまり的中率は一〇〇パーセント。

 

 ふっ、完璧だ。

 飛雷神の転移先を自在にするために、マーキングのついた投擲武器を放つ訓練を開始して一年でこの成果。

 我がことながら自分の才能が恐ろしいぜ。

 もはや手裏剣術はマスターしたと言っても過言じゃないな、うん。

 

「よし、単発で静止した的なら当たるようになったな。次は利き手とは逆の手で挑戦しよう。それが出来たら連続投げに同時投げに両手投げ。最終的には動きながら動く的に当てられるようにするぞ」

 

 ごめんなさい過言でした。

 道はまだまだ遠いようです。ぴえん。

 

 

 

 

 転生してから七年弱。

 今日やっと、卒園式を終えた。

 長かった。来月からやっと、俺も学生を名乗ることが出来る。

 とはいえ別に、そんなに変化があるわけでもないが。

 勉学など新しく取り組まなければならないことが増えるとはいえ、そんないきなり人間は成長出来たりしない。

 つまりは同い年の遊び相手どもはまだまだ子供のまま。

 園児と小学校低学年に差などないに等しいのだ。

 

 いきなり道路に飛び出すこともあれば、しょうもない理由で喧嘩を始めて大泣きもするし、酷い奴などは一人で何処かへ行き迷子になって大騒動に発展することもある。

 ハイテンションロールプレイをやめて優等生の仮面を被ってからというもの、同い年なのにお兄ちゃん的ポジションへと据えられてしまった俺は、奴らの面倒を何かと見ることが多くなっていた。

 

 それは前とは別の意味で心身をすり減らされたもので、あと数年、いやもしかしたら小学校の間はもうずっと続くのかもしれない。

 せめて高学年になった頃には最低限しっかりして欲しいが……望みは薄いだろうな。特に男子。お前らちょっとは女子見習えマジで。

 まあ幼児プレイよりマシだし、そこはもう諦めるか。

 

 卒園式というのは情緒の育ってない子供、もしくは人生二週目の奴からすれば特に感慨深くもないのだが、親は違う。

 周りの親、ひいては我が両親は号泣していた。

 写真もめっちゃ撮られたし、テンションが上に振り切っていた言動の数々にはちょっと恐怖を覚えたくらいだ。

 前世含めて彼女すら出来たことのない俺にはわからない感情だが、きっと親にとってはそれだけの大事なんだろう。

 

 まあ今世は俺、イケメンだから結婚出来るだろうしいつかわかるだろ。

 鏡を見れば、純日本人なのに金髪碧眼の爽やかさ全開の顔がこっちを見ている。

 前世の冴えない顔とは比べるべくもないベビーフェイス。このまま成長すれば、将来は顔だけで食べていくのも夢ではないかもしれない。

 

 俺としてはそんな退廃的な生活よりは、可愛いお嫁さん一人を何とかゲットして一生仲良く出来るほうが万倍いいけど。

 ハーレムとかリアルで考えたらマジで無理だろ。絶対女同士のギスギスが当たり前の日常になるわ。

 やっぱり恋愛は一途が一番なんやなって。

 え? 実際にたくさんの女の子にちやほやされたらって?

 

 そんなもん鼻の下伸ばしまくってフィーバーするに決まってるだろ! 男の子だもん! 普通に考えて当たり前だろうが常考!

 学生時代はたくさんの淑女達と遊べるだけ遊び倒して、二十代後半くらいに理想のお嫁さん見つけ出して財力アピールで堕として結婚するんだい!

 

 

 ━━まあ全部、それまで生きてられたらの話なんですけどね!

 

 

 あ、ヤバい。一気にテンション下がった。

 いつだって現実という冷や水は、人の夢の温度をあっさり奪っていきやがる。

 いやこの世界の現実ってフィクションが元なんだけどね。

 くそぅ、少年漫画って人に夢を与えるもんだろうが。人から夢奪ってんじゃねえよバカ野郎。

 

 はぁー、俺って二十年後ちゃんと生きてんのかねえ。今世は九十まで生きて孫に囲まれて大往生したいんだけど。

 などと自室でぐだぐだと考えていたら、泣き腫らしてた顔を整えた父さんが訪れてきた。

 

「湊翔、少し話が……どうした難しい顔をして」

 

「(自分が)平和な未来を迎える為にはどうすればいいか考えてた」

 

「(世界の)平和な未来について考えてた……!? そ、そうか。その歳でもうそんな視点を……流石だな」

 

 なんかとても感心された。

 自分の将来心配するのって、この歳だとそんなにおかしいか? いやおかしいか。六歳児が恵まれた環境でしていい思考じゃねえわ。

 深掘りされたらいらんこと言いそうなので、この話は流すことにしよう。

 

「それより父さん、何か話があるんでしょ?」

 

「ああ、そうだった……湊翔、大事な話なんだ。リビングで話そう」

 

「? わかった」

 

 やけに真剣な表情の父さんに頷き、部屋を出る。

 訓練以外でこんな顔してる父さんを見るのは初めてだ。一体何の話なんだ?

 気になったので、ちょっと催促してみる。

 

「何の話か、先に聞いてもいい?」

 

「そうだな……一言で言うと、お前へのスカウトの話だ」

 

 ほう。スカウトとな。

 なるほど、確かに大事な話だ。

 ものによっては将来に関わってくることもあるしな、うん。

 ……いや六歳児のスカウトってなに?

 全然思い付かないんだけど。

 普通に考えてスカウトで思い付くのは、スポーツとか芸能界関連か?

 

 スポーツはないな。

 格闘技は家でしかやってないし、走り込みが人目についたところでそれだけでスカウトなんて来ないだろ。多分。

 となると、芸能界?

 ふっ、とうとう俺の時代が来てしまったか。

 この爽やか系イケメンを将来アイドルにするために、今のうちに大手事務所が声をかけてきたに違いない。

 

 全くモテる男は辛いぜ。

 こっちは生死のかかった問題に直面しているというのに、人気アイドルルートの開拓など……やるしかないな。

 いやほら、ヒーローを目指すものとしては? 期待には応えないといけないわけだし?

 だから仕方なく生存ルート開拓の片手間くらいならやってもいいっていうか?

 べ、別に不特定多数の女の子達からちやほやされたいとか思ってないんだからね!

 

 部屋を出た時とは違って、身体は羽のように軽くなっていた。

 内心ではスキップを踏みながら、父さんの向かいに座る。

 芸名は何がいいかなー、などと考えていたら、ゲンドウポーズの父さんが前置きなしに本題を口にした。

 

「ヒーロー公安委員会から湊翔、お前にスカウトの話が来ている」

 

 スン、とスキップしていた内心の俺の顔がチベスナ顔になる。

 まさかのトリプルフェイスルートだった。裏社会にどっぷり浸かる未来確定である。

 何処で人生の選択肢ミスった俺。

 いきなり出てきた特大の爆弾におののいていると、父さんが経緯を話してくれた。

 

 何でも個性を奪って与えることの出来る裏世界のドンが俺を狙ってる可能性があるから、スカウトの名目で公安が保護してくれるのだとか。

 もちろんただではなく、俺は将来的には公安直属のヒーローとなり、表沙汰に出来ないような仕事もしなければならなくなる。

 父さんの交渉のおかげで正式にヒーローになるまでは、公安の仕事とは無関係でいられるみたいだけど……全然安心出来ないんですが。

 

 いやわかってるよ。これもう選択肢一択しかないって。

 そこらのチンピラヴィランならともかく、超常黎明期から存在する化物相手に個人でどうにかするとか不可能だし。

 公安で保護してもらえるなら、安全性は遥かに高まる。今を生きるために将来ちょっと後ろ暗い仕事するくらい割りきるべきだ。

 それくらいの損得勘定、精神年齢大人な俺はやろうと思えば簡単に出来る。

 

 でも嫌なもんは嫌なんだよー!

 考えてもみろ。公安なんて機密情報の塊みたいな組織、一度入ったら一生辞めれるわけがない。

 もし辞めたいなんて抜かせば秘密裏に処理されることは必須……!

 俺は原作終わったら一般人として生きていくつもりなのに、このままだと待っているのは一生死と隣り合わせのライフワーク。

 

 いずれ『表ではヒーロー、裏ではヴィラン組織のスパイ、しかしてその正体は公安』なんてトリプルフェイス生活させられるに違いない。

 あんな言動の隅々にまで意識張り巡らす生活、ストレスで死ねるわ。それかボロを出して殺されるか。

 くっ、老後に布団の上で死ぬという細やかな夢を叶えるのはもう無理だってのか。ガッテム。 

 

 自身の未来がお先真っ暗で嘆いていたら、父さんが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「いきなりこんな話をしてすまない。湊翔には出来るだけ何も知らずに、普通の生活を送って欲しかったんだ」

 

 普通の生活……毎日吐くほど訓練するあの日々が?

 思わずそう口にしそうになるが、自粛する。

 今そういう空気じゃないし、訓練は俺から望んだもの。そこに不服はなかった。

 ただあれを普通と呼ぶのに首を傾げるだけで。

 

「いや、それもただの言い訳だな。ただ湊翔に話す勇気がなかっただけだ。息子一人自分で守ることも出来ない男なんだと、お前に失望されるのが怖かった」

 

 いや相手、現代版魔王みたいな化物でしょ?

 そんなやつから守れないから父親失格だー、とか言わんよ流石に。

 むしろ自分の力に酔わず、適切な機関に協力を仰ぐのは英断でしかない。

 それが喜ばしいかは話は別だが。

 

「俺は弱く、情けない。どんな奴からもお前を守ってやると言えるほど強くはなれない。それでも、どんな手段を使ってもお前を守りたいんだ。この方法が正しいとも、理解してくれとも言えない。ただお前のことを想っていることだけは信じて欲しい」

 

 信じるどころか、父さんのやったことは正しいし理解もするよ。

 ただ俺のメンタル的な問題でめちゃくちゃ行きたくないと駄々をこねたくなるだけで。

 今なら生まれたとき以来の恥も外聞もない大泣きが出来る気がする。

 やらんけど。

 

「……五日後に、お前の返答を聞く為に公安の人間が家に来る。それまでに、覚悟を決めておいてくれ」

 

 あ、なんかショック受けた顔してる。

 そういえばさっきから何も返答してなかったな。

 でも許して。今ちょっとその辺の余裕ないから。後でフォローするから。

 父さんに無言で頷いた後、俺はフラフラとした足取りで自分の部屋に戻った。

 

 

 

 ベッドに身を沈めて思うことは一つだけ。

 さっきの話、聞かなかったことに出来ないかな?

 今までのことは全部夢で、起きたら俺は父さんか母さんの個性を受け継いでいて、大成は出来ないけど平穏な日常を歩める未来が待ってるんだ。

 だからきっと頬を思いっきりつねっ……たら痛かったので現実ですねはい。

 

 ああー、現実逃避してー。

 そんなことしても事態は何にも変わらないどころか時間が経つほど悪化するだけとわかってても、現実逃避したい。

 もう現実逃避だけで一生過ごしたい。

 まだ五日あるし、今日くらい何も考えず幸せな妄想しても問題ないよね?

 死んだ目でありもしない幸せな未来を妄想する六歳児か……もう一種のホラーだな。

 

 ハハハ、と渇いた笑い声をあげていると、コンコンとノックの音。

 

「湊翔。ちょっと話したいんだけど、今大丈夫?」

 

「母さん? 大丈夫だけ……あっ」

 

 特に何も考えず返事をした直後に気づく。

 自分があまりにも迂闊な行動を取ってしまったことに。

 まずい、この状況は……!

 

 慌てて待ったをかけようとしてももう遅い。

 母さんは既に、部屋の扉を開けた後だった。

 

「……ああ、やっぱり。酷い顔してる。あんな話の後だものね」

 

 そう言う母さんは、予想通り()()()()()()()()俺を見ていた。

 瞬間、冷や汗が全身から溢れ出す。

 手足に震えが走り、心臓が激しく脈打つ。

 乱れそうになる息を必死に整えながら、打開策を練るために頭を必死に回す。

 

 母さんにも公安の話を通しているのは、考えればすぐわかることだ。

 父さんの母さんへの信頼度は筋金入りだからな。

 故にこのタイミングで母さんが訪ねてくる理由なんて、俺を心配してのことくらいしかないと気づけたはずなのに……。

 己の迂闊さが恨めしい。

 

 そう、俺が恐れているのは、母さんが俺を心配していることそのものだ。

 それは別に、母に心労をかけたことが許せないなんていうマザコンちっくな感情ではない。

 純度一〇〇パーセントで自分のためのものだ。

 母さんはこういう時に、よくする行動がある。

 それは━━

 

「大丈夫、大丈夫だからね。何があっても、お母さん達は湊翔の味方だからね」

 

 抱擁、つまりはハグである。

 力いっぱいに、母さんは俺を抱き締めてくれた。

 強く、けれど優しい抱擁だ。子供に安心感を与えてくれるその行為に、しかし俺の動悸は急激に激しくなっていった。

 頭痛と耳鳴りまでしてきて、本格的に体調が不味いことになってきた。

 

 母の胸とぴったりくっついた耳から聞こえてくる心音。

 それが、俺の恐れていたもの。今世における最大の天敵。

 

 母さん、というか人の心音を聞くと思い出してしまうのだ。

 転生して一番最初の出来事━━出産時の、あの暗くて苦しくて狭くて臭いのが何時間も続いた地獄を。

 脳髄に記憶されたトラウマが、フラッシュバックするんだ。

 多分、胎児の間は母体の心音をずっと聞いていたから、それと連動して思い出してしまうんだと推測してるのだが━━これがキッツい。

 

 心音を聞くだけで頭痛、目眩、吐き気、その他諸々の症状が出た上に、その日はほぼ決まって生まれた時の悪夢を見てしまう。

 ガチのPTSDである。

 これが発覚したときはマジで神を呪ったぞ。

 

 なんせこの先、俺に彼女とかが出来ても抱き合うことすらまともに出来ないんだからな。

 ハグなしで結婚まで至れる方法とか存在したら教えて欲しい。

 裏社会のボスの件といい、公安の件といい、今世俺に厳しすぎない?

 このまま抱き締められ続けると症状は悪化していき、最悪気絶してしまう。

 

 なので俺は自分の安全のためにも、一刻も早く母さんの心配を取り除くことにした。

 

「ありがとう母さん。もう落ち着いたよ」

 

 震えそうになる身体を気合いで抑えつけ、さも母さんのおかげで安心した風を装う。

 親の愛を感じることで、今まで苛まれていた不安から解放された。そう見えるように全力で演じる。

 相手は生まれた時から一緒にいる肉親。僅かでも気を抜けば一瞬でバレる。

 

 今だけは自分をハリウッド主演俳優だと自己暗示し、意識が飛びそうになるのを必死に耐えながら、俺は微笑みさえ浮かべて母さんの抱擁から自然に離れた。

 

「そう? まだ少し顔色が悪いけど……」

 

「平気だよ。それに今は、少し一人で考えたいんだ」

 

「湊翔……わかったわ。邪魔しちゃってごめんなさいね」

 

「母さんを邪魔だなんて思うわけないでしょ。心配してくれてありがとう」

 

「……本当に、子供が大きくなるのって早いのね」

 

 母さんは軽く俺の頭を撫でてから、部屋を出ていった。

 少し間を開けて、戻ってくることはないと確信してからベッドに倒れこんだ。

 

 あ、危なかった……!

 あと少しでも長引けばマジで気絶するところだった。

 運動したわけでもないのに乱れてる呼吸を、少しずつ整えていく。

 十分ほどして、ようやく本当に落ち着いた。

 

 のでさっさと今後について考えることにする。

 え? 現実逃避?

 そんなことしてる暇あるわけないだろ。一秒でも早く今後の指針決めて母さんの心配を取り除かなければ。

 じゃないとまたハグされる。

 それは絶対に嫌だ。

 俺は母さんが来る前とは正反対に、現状について真剣に考えを巡らした。

 

 

 とはいえ選択肢は父さんから話聞いたときと同じく一択。

 公安に入るしか道はない。

 俺の個性を狙ってるらしい裏社会のボス、オール・フォー・ワン。

 こいつに対処する術を持ってない以上、俺は公安に守ってもらうしかないのだ。

 

 え? 飛雷神で逃げればいいじゃんて?

 無理無理。

 俺の個性、強力な代わりに欠点もデカイんだよね。

 なんと転移系個性のくせに、飛距離がたった一・五キロしかない。

 いや正しくは、マーキングが俺から直線距離で一・五キロより離れてしまうと消失してしまうのだ。

 これのせいで、俺は他の転移系個性と違って超長距離移動が出来ない。

 飛雷神で逃げれるのは最長一・五キロまで。そこから先は走るなり交通機関を使うしかない。

 

 そこらのチンピラ程度ならともかく、世界的に影響力のあるらしいオール・フォー・ワンからの逃亡は、素人の俺でも無理だとはっきりわかる。

 いっそ公安の話が全部嘘だったらとも思うけど、その可能性も低い。

 これは論理的根拠というよりも、メタ的視点によるものだが。

 

 オール・フォー・ワンって、凄いラスボスっぽいんだよね。

 立場とか行動とか能力とか。

 マジで魔王そのもので、ラスボスだと言われても違和感が全くない。

 そしてラスボスなら、主要人物の過去などに因縁があってもおかしくない。

 それが波風湊翔こと俺なんじゃないかって話だ。

 

 本来の原作だったら、この時点でオール・フォー・ワンに拐われて闇堕ちしてたのか、それとも個性だけ抜き取られて殺されていたのか、はたまた公安に入った諸悪の根元として敵視してるのか。

 原作知らないので正確にはわからないが。

 とにかくそういった理由から、公安の話は本当だと俺は思っているのだ。

 

 んで公安に入るのは確定として、考えるべきなのは入り方だよな。

 とある恋愛漫画でも言っていた。

 好きになった方が負けだと。請うた側の立場が低くなるのだと。

 これは何にでも言えることだと思う。

 

 つまり公安に入る際、保護して下さいと頭を下げるのではなく、オール・フォー・ワンを捕まえるのに協力()()()()といった体を取るのだ。

 そしてこう要求する。

 オール・フォー・ワンを捕まえた暁には、公安を辞めさせろと!

 

 ……いや流石に無理筋かなぁ。

 オール・フォー・ワンってラスボスだし、どうせ遅くても俺が二十代の間には倒されると思うから、その間くらいなら汚れ仕事でもやってもいいと思えたんだけど……まぁ、試すだけ試してみるか。

 

 

 

 なんか上手くいった。

 要求通したくて色々言ったけど、それが功を奏したのかね。

 俺の言ったことは要約すると「人の未来を壊すオール・フォー・ワンの存在は許せないから協力するけど、俺は誰も殺さずに救うことを諦めないヒーローになりたいんで、諸悪の根元倒したら公安辞めます」という感じのもの。

 

 なお嘘は言ってない。

 ()の未来を壊すオール・フォー・ワンは許せないし、人殺しとかやっぱ嫌だから出来るだけ避けたいし、公安とか辞めれるなら秒で辞める。

 ほら嘘じゃない。

 ただ相手がどう解釈するかは知らないが。

 

 それから二日後。今日は初めて公安の施設へと伺う日だ。

 ちなみに移動方法は徒歩でも車でもなく飛雷神。

 交渉が終わった際に、公安のスカウトマンが渡してきた一枚のハンカチ。それにマーキングが刻んである。

 後は約束の時間になったら、そのマーキングへ飛べば目的地だ。

 

 移動時間が零になるのはもちろん、秘匿の観点からもこの移動方法は最適と言える。

 俺は公安所属となったが、だからと言って全ての時間を公安に費やすわけではない。

 当初の予定通り、俺は来月から小学校に通うことになっていた。公安としての時間は、放課後と休日だけ。

 

 これは俺が公安所属であることを隠すためのものだ。

 戸籍を偽造すれば小学校に通う必要もないが、それだと何処かでボロが出るリスクは避けられない。

 故に外では普通の小学生として過ごし、家に帰ってから飛雷神で誰にも知られることなく公安施設へと赴き、訓練を受ける。

 効率は落ちるが、秘匿性の方を優先した結果、この方法が採用されることになった。

 俺としては別に小学校に通いたいと思わないので公安漬けの日々でも良かったんだけど、父さんも母さんも凄い喜んでたから良しとしよう。

 

 約束の時間までもう少し。というところで気になることが一つ出来た。

 これから飛ぶ場所についてだ。

 俺は現存しているマーキングなら、現在地を感覚的に探れるんだが……ここって最近商業ビルが建った辺りじゃなかったか?

 んで今気づいたんだけど、そもそも俺の家からたった一キロちょっとの距離に公安の施設あるのおかしくね?

 まさか……俺の為だけに、事前に作ったとか? まだ公安に入るかもわからない段階から?

 

 ……よし、このこと考えるのはやめよう!

 俺一人にかけてる金額がちょっとえげつない桁になってそうな事実とか、俺は気づかなかった! 

 プレッシャーを感じる真実なんて、なかったんや。

 頭を振って心臓に悪い推測を頭の片隅へと追いやり、飛ぶ準備をする。

 といっても、持っていくものは何もない。

 

 電子機器も、筆記用具も、トレーニングの道具も全て向こうで用意してある。

 むしろ何も持ち込まないことを徹底するように言われていた。

 

 これから向かう場所は当然極秘。

 その為に飛雷神を使うというのに、万が一にも俺に発信器やら盗聴器やらが付けられていたら台無しだ。

 なので公安から貰っていたレーダー機器で、俺の身体や服にその類いのものが付けられてないか事前にチェックするのが必須事項となっていた。

 

 金属探知機やら電波探知機やらで一通り調べ終わり、問題ないとわかってから飛雷神で飛ぶ。

 何気に一キロ以上の長距離を転移するのは初めてだな。

 そんな感慨にふける間もなく、目的地には一瞬で到着した。

 

 慣れ親しんだ自室の景色は瞬きの間に消え、目の前に広がったのは白く、窓のないだだっ広い部屋だった。

 ビルの壁全部と、天井を五階層分くらいぶち抜いたくらいの広さだろうか。

 これだけのスペースでかつ窓がないってことは、ここって地下なのかね。

 

 部屋には様々なトレーニング用の道具や機器が綺麗に並べられている。

 どれも最新鋭のものなんだろうな、と何となくわかる見た目だった。それこそ一つ一つが諭吉を何十枚も切らないと買えないものばかりのはず……絶対に壊さないように気をつけないと。

 

 そんな部屋には、俺以外に四人のスーツ姿の大人達がいた。

 彼等が俺の訓練を見てくれる公安の人間なんだろう。

 そのうちの一人、マーキング付きのハンカチを持った、二日前家に来ていた男が話しかけてきた。

 

「ようこそ湊翔君。早速だが、君には今からここで厳しい訓練を受けてもらうわけだが……覚悟はいいかい?」

 

 覚悟か……全然出来てないな。

 ぶっちゃけここに来たのってほとんど流れに身を任せた結果なとこあるし。

 

 当然ながらそんな本音をぶちまけていい場面ではないので、俺は力強く嘘を吐いた。

 

「覚悟なら、ここに来る前に済ましてきました! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

 

 俺の返答に、男は満足そうに一度頷いた。

 

「結構。ではこれより君の訓練課程の説明を始めます。心して聞くように」

 

「はいっ!」

 

 こうして、俺の公安生活は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは何事もなく小学校生活を送ることが出来た。

 ヘラヘラ笑ってるけど全く油断の出来ない先輩が出来たり、とある縁で誰もが知るあの人と知り合ってしまったりなどのハプニングもあったが、想定していたよりはずっと平穏だった。

 

 訓練密度のえげつなさに、両手の指では数え切れないくらいに心が折れかけたりもしたけど、命の危機とかは全くなかったので特に問題にする程のことでもない。

 俺も図太くなったものよ。

 未だにトラウマ克服出来てないけど。

 

 そうしてかなり特殊な小学校生活を無事終え、卒業すること数週間。

 記念すべき、中学校へ入学する日。

 

 

 

 

 

 ━━その日俺は、運命と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、恋愛的な意味ではないのであしからず。

 

 




次回、とうとう原作キャラ登場!



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5話 主人公見つけた!《前編》

 まさかお気に入り数が1500も増えるとは……!

 読者の皆様には感謝しかないです


 今回は長くなったので前後編に分けてます

 ではどうぞ


 

 

 この六年で最早自宅よりも馴染み深くなった、公安御用達のトレーニングルームにて。

 ここでは馴染みのない人と俺は向き合っていた。

 プロヒーロー、スイリュー。つまり父さんだ。

 これから俺は、父さんと模擬戦をすることになっている。

 

 

 きっかけは昨夜。

 もう二日後には中学生になるという日に、父さんが突然こんなことを言い出した。

 

「湊翔がどれくらい強くなったのか、確かめてみたい」

 

 子供と大人の境目、その入り口と言ってもいい中学生。

 息子がここまで育ったことに感慨深さを覚えるのと同時に、今の時点でどのくらいやれるのか気になったのだと言う。

 

 公安に入ってからというもの。

 父さんとの訓練は組手くらいしかしていないので、確かに今の俺の実力がどの程度なのかはわからないのだろう。

 だから個性も使った模擬戦で、直接確かめてみたいと。

 

 とはいえ、ライセンスを持っていない人間の個性使用は、原則禁止。

 私有地にてライセンス所持者の監督付きならば、個性の使用許可申請を通すことも出来るだろうが……一般家庭たる我が家に、そんな戦闘出来るスペースなどあるはずもない。

 

 だから諦めよう、とはならず。

 父さんは公安の施設が使えないかと提案してきた。

 確かにあそこならば広さは充分にあるとはいえ、父さんは部外者。

 とても許可が降りるとは思えなかったが、父さんが必死に頼んできたので、仕方なく先輩に取り次いでもらった。

 あっさりオッケーを貰えた。うそん。

 

 先輩曰く、「俺とばっか戦ってるし、違う相手と戦うのはいい経験になるでしょ。飛雷神で来れば、場所バレの心配もないし」とのこと。

 ちなみに先輩との戦績は全戦全敗。実力というよりは相性の差だと主調しておく。

 相性差がある六歳も下の子供相手に一回も負けてあげないとか、大人げないことこの上ない先輩だよ全く。次に戦ったら絶対に泣かす。

 俺は勝負事とか全く好きではないが、負けるのは死ぬほど嫌いなのだ。

 

 そんな報復対象である先輩のお膳立てもあり、わずか一日で父さんとの模擬戦の舞台は整えられた。

 といっても、いつもの公安施設に父さんを連れて転移しただけだが。

 初めて来たこともあり、父さんは興味深そうに周りを見回している。

 無理もない。

 プロヒーローでも個人では所有している人間なんて極々稀と言えるレベルの、最新の機器や器具の数々。

 現役のプロヒーローとしてはそそられることだろう。

 そのままそっちに意識を向けて俺との模擬戦のことを忘れて欲しい。

 

 この六年で俺も成長した。

 そんじょそこらの高校生が徒党を組んで襲ってきたところで、無傷で鎮圧するくらい楽勝と言えるくらいには。

 でもプロヒーロー相手となれば話は別。

 さすがに勝てるわけがない。

 プロになる前だった先輩にも勝てなかった俺が、ベテランプロヒーローの父さんに勝つ?

 寝言は寝て言えって話だ。

 

 あいにく俺は経験になるからと負け戦に興じれる程大人ではない。

 むしろ俺の為を思っての戦いだろうが、負ければ確実に相手と戦いのお膳立てをした相手を恨む。俺が勝つまで絶対にその気持ちを忘れないって断言出来る。

 自分でも意味不明なレベルの筋金入りの負けず嫌いなのだから仕方ない。

 前世でも、幼い弟相手に大人げなくゲームでボコボコにして泣かせたことは、両手の指で収まらないくらいにあった。

 同じ数だけ親にしこたま怒られても治らなかった悪癖は、生まれ変わった程度ではなくなってはくれないらしい。

 

 なので俺としては、どうにかしてこの模擬戦うやむやに出来ないかなーと思ってるんだけど……父さんの顔見る限り無理ですねハイ。

 先ほどまでのお上りさんみたいな雰囲気は消し飛び、これから戦争でも始めるのかと思うくらい闘志を漲らせている。

 もう何を言っても止まることはないのだろう。

 ここの使用を提案された時に、頑固として拒否していたら、こんな面倒なことにはなってなかったのかな。

 そんな栓ないことを考えながら、模擬戦に備えて身体をほぐすことにした。

 

 

 

 フィールドの範囲は二〇メートル四方。

 区切りとして、公安職員の個性によって即席で作られた、高さ五メートル程のコンクリート壁がある。

 これは他の人間や、何より最新鋭の道具達が巻き込まれないためのものだ。

 公安の予算ならば代わりなど幾らでも用意出来るとはいえ、税金の無駄遣いは避けなければならない。

 というか俺達親子の庶民感覚的に、壊した際に動く金額が怖すぎて壊すとか無理。

 そういう心配がなくなるという点で、この壁はとてもありがたいものだった。

 

 一〇メートル程の間を開けて、父さんと向き合う。

 互いに訓練時に着ているジャージ姿だが、俺は加えて両足にホルスターを付けている。

 ホルスターの中身は手裏剣とクナイ。

 最早手に馴染みすぎた投擲道具だ。

 別にハンデとかではない。

 元から父さんはプロ活動中の時も無手というだけだ。

 そもそもこの程度の装備で埋まる実力差なら苦労はしないのだが。

  

「お二人とも、準備はよろしいですか?」

 

 壁越しに審判を勤める公安職員のマイク音声がする。

 

「はい」

 

「いつでも始めてくれて構わない」

 

 肯定の返事をして、俺達は身構えた。

 

 

 

 

「それでは━━はじめっ」

 

 開始の合図とともに、左手で手裏剣を三枚投げつける。

 淀みのない動作で行われる、利き手とは逆の手での同時投げ。

 六年前とは違う。手裏剣術はもうマスターしたと自信を持って言える動作だ。

 

 真っ直ぐ向かっていく手裏剣に、父さんは野球ボールくらいの水の球を三つ出してぶつけた。

 ツプン、と水球の中に入る手裏剣。勢いを失った手裏剣は、プカプカと浮いている。

 あの速度の手裏剣に、あんな小さな水をピンポイントであっさり当てるとは。

 流石はプロだな。

 

「動きを止めるな!」

 

 などど感心している間に、父さんは攻撃態勢に入っていた。

 手裏剣を取り出した水球を圧縮し、勢いよく放ってくる。

 

 速っ!

 慌てて右に大きく飛んでかわす。

 水球は俺の横を通り抜け、鈍い音とともにコンクリート壁に激突。

 後ろをチラリと見れば、大きく抉れた跡があった。当たったら骨折くらいは覚悟した方がいいかもしれない。

 

 父さんの個性の名は、【流水】。

 水を生み出し操る個性だが、スペックそのものは大したことはなかったりする。

 一度に操れる水量は少なく、操作出来る範囲も短い。

 それを父さんは工夫と技術でカバーしていた。

 

 短距離でしか操れなくとも放てば遠距離攻撃に使えるし、量が少ないならピンポイントに絞って有効活用する。

 高速で飛来する複数の手裏剣に難なくぶつけるその手腕が、父さんの強さを物語っていた。

 

 追撃が来ないことを確認して、体勢を整える。

 父さんは新しい水球を四つ、自身の周囲に浮かせながらこちらの様子を見ていた。

 

 今の僅かな攻防で感じたのは、やりづらさだった。

 個性の違う先輩と父さんの戦闘時の動きは、当然ながら全く違う。

 攻撃方法、防御手段、機動力に手数、間合いの取り方。

 慣れきった戦いの流れとあまりにも違いすぎて、咄嗟に身体が動いてくれない。

 

 なるほど、先輩が言っていたことにも頷ける。

 実力差云々の前に、まず経験が俺には圧倒的に足りてなかった。

 普通に戦っても、やっぱり勝ち目はない。

 

 なら普通にやらなければいい。

 初見殺しのオンパレードで倒す。

 

 

 

 まだ公安に入る前、父さんとの訓練をしていた時は身体を鍛えるのがメインで、個性の訓練はしなかった。

 だから父さんが飛雷神について知ってるのは、公安就職前までにわかっていたことまでだ。

 公安での個性訓練で発覚した、飛雷神の特性と使い方については知らない。

 それを利用する。

 

 両手にクナイを持つ。左手のクナイと床にマーキングを付けてから、左手のクナイを父さん目掛けて投げた。

 父さんはそれを水球の一つで防ぐ。

 直後、俺は父さんの背後に転移した。

 

「っ、消え━━なっ!?」

 

 視界から消えた俺が背後に現れたことに、驚く父さん。

 隙だと思って右手のクナイで斬りかかったが、手首を捕まれて失敗。

 そのまま腹を蹴られそうになったので、先ほど床に刻んだマーキングへと逃げた。

 

 飛雷神の特性その一。

 マーキングの元へ、自分、あるいは触れた物を転移する。

 より正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その特性を活かして、水球に捕らえられたマーキングを起点に背後に飛んだのだが……まさか体術だけでしのがれるとは。

 ポジティブに考えれば個性を使う間もないくらい咄嗟だった、ネガティブに考えれば個性を使うまでもなかった。

 前者であることを願いたい。

 

 今、俺から見て父さんは背を向けている上に、蹴りを外したことで体勢を崩している。

 仕掛けるならここだ。

 今度は両手で、手裏剣を六枚投げつける。内、マーキングを付けているのは一枚。

 その一枚は、残りの五枚よりも僅かに遅れて放っている。

 丁度父さんから見れば、先行している手裏剣の影に隠れて見えないように。

 

 これこそ俺が手裏剣術を学ぶと決めたときから習得を決意していた再現技、影手裏剣の術!

 NARUTOの主人公であるナルトとそのライバルであるサスケ。いつもいがみ合っていた二人が初めて共闘し、格上の敵から師を助け出した超カッコいい技である。

 あまりにカッコよくてそのシーンだけ二〇回くらい読み直したのはいい思い出だ。

 手裏剣はこれをやるためだけに習っていたと言っても過言ではない。

 

 本当は風魔手裏剣で再現したかったんだけど、それ使うなら他の武器使った方がいいと周りに止められたため断念したんだよなあ……。

 くぅっ、この技は風魔手裏剣でやってこそだというのに……ロマンのわかってないやつばっかりだ!

 

 恐らく父さんは、先ほどの仕掛けを何となくでも気づいてるだろう。

 だからこの攻撃を水球で防ぐ際に、水球をなるべく自分より前に持って行くか、あるいは自身が下がるかで水球との間に距離を作るはず。

 それを踏まえて、影手裏剣は手前のものより僅かに軌道をずらしてある。

 これで手前の手裏剣が水球に防がれたとしても、認識されてない影手裏剣は水球の横を素通りして父さんへと向かう。

 それに驚き隙を作ったところで影手裏剣に転移すれば、今度こそ攻撃を通せるという目算だった。

 

 その目算は物の見事にぶっ壊された。

 

「甘い!」

 

 叫びと共に父さんは飛んだ。

 いや跳んだ。自分の真下にバスケットボールサイズの水球を作り、それを踏んで上空高くに跳び跳ねた。

 

「嘘だろ!?」

 

 何だ今の現象!? 意味不明すぎるんだが!?

 驚きすぎて完全に動きを止めた俺に、父さんは容赦なく水球を何発も放ってきた。

 

 慌ててかわされた影手裏剣のマーキングに飛んで事なきを得る。

 上を見れば、壁よりも遥か高い空中で、父さんはバスケットボールくらいの水球を足場にして、バインバインと跳ねていた。

 

 ……マジで何だあれ?

 思わず思考停止しそうになるが、すぐに冷静になり、状況分析に入った。

 あれは多分、水に弾性を与えてるんだよな。圧縮したり膨張させたりする応用なんだろう。

 それで操作中の水は浮かせられるから、それに弾性を付与して跳ぶことで疑似飛行を可能にしたのか。

 ……水系統の個性で空飛ぶ人って初めて見たわ。

 

 俺は父さんのヒーロー活動を見たことが余りない。

 せいぜいパトロールしているところをたまに出くわす程度だ。

 間がいいというか悪いというか、事件に対処しているところに遭遇はしなかった。

 だから父さんの個性を使った戦闘を目にするのは、今回が初めてだったりする。

 

 とはいえ家で個性の話はするし、スイリューについてネットで調べることも結構ある。

 だから父さんの戦い方についてはある程度知ってるつもりだったんだけど……マジでつもりなだけだったな。

 こんな技全く知らんわ。

 

 ネットにも上がってなかったし、多分この場が初見せのはず。

 どうやら思っていたよりも、父さんがこの模擬戦にかけている想いは大きいみたいだ。

 

「父さん、いつからそんなこと出来るようになったの?」

 

「成長しているのはお前だけではないということだ」

 

 そう言うや、父さんは水球を蹴って移動する。

 弾性によって加速しながら水球を生成し、それによって行われる更なる加速と軌道変更。 

 それを繰り返して縦横無尽に飛ぶ様は、飛行系統の個性を持ったヒーローとも遜色なく見えた。

 

「お前が俺を目標にしてくれてると知ってから、俺も改めて己を鍛え直した! お前の憧れに恥じない様に! 先達としての越えるべき壁であれる様に! そして何より、どんな奴からもお前を守ってやると言える様に!」

 

 父さんの言葉に、思わず目を見開いてしまう。

 それは父さんの熱い思いを聞いたから━━ではなく。

 すっかり忘れていた、俺が父さんを目標にしているという設定を思い出したからだ。

 あー、そういえばそんな理由で訓練お願いしたんだっけ。

 もう九年近く前のことだから完全に忘れてたわ。

 

 俺にとってはただの建前でも、父さんにとってはこんなとんでも技を生み出してしまうくらいには大切な言葉だったのだろう。

 どうしよう。罪悪感で胸が破裂しそうなんだが。

 とりあえずこの事実は胸の中に閉まって、墓場まで持っていこう。

 嘘も一生貫けば真実ってやつだ。

 

「父さん……ありがとう」

 

 あと忘れていてごめんなさい。

 父の言葉に感動した息子の演技をしながら、心の中で謝っておく。

 

 父さんは少しだけ笑ってから、引き締めた顔をした。

 

「そういうのは戦いが終わってからだ! 行くぞ!」

 

 空中機動中に、父さんはこちらに水球を連続で放ってきた。

 全部で五つ。

 移動しながら放っているため、全ての発射位置が異なっている。

 先ほどまでの同一方向からのものとは違った、多角的な攻撃。

 素の身体で避けるのは無理と判断し、マーキング付きのクナイを前方へ投擲する。

 すぐに飛雷神しようとしたところで視界が捕らえた。

 投擲したクナイへ向かう水球を。

 

「まずっ……!」

 

 転移先への攻撃に、即座に方針転換。

 向かってきた水球目掛けて、マーキング付きの手裏剣を投げた。

 五発目、つまり一番後続の水球へと命中。

 当然それで攻撃が止まるはずなく、ただ手裏剣が水球の中に捕らわれただけで終わった。

 だけどそれでいい。

 

 先頭の水球が当たる直前。

 その手裏剣を起点に、水球の進行方向とは真逆に転移した。

 下にいる俺に向かっていた水球の真逆、つまり上空へと。

 

 父さんがいる空域よりもまだ大分低いが、距離は縮まった。

 これなら手裏剣で狙える。

 八枚の手裏剣を両手に持つ。

 

 動く標的を狙う際、重要なのは予測だ。

 右に行くのか左に行くのか、あるいは突然止まるのか。突っ込んでくる、後ろに下がる、急に方向転換する。

 予備動作から考えられるあらゆる未来の行動パターン。そこからただ一つの正解を導き、動き出すよりも先に狙いを定めなければならない。

 

 父さんの動きをよく見て、軌道を予測する。

 ここだ、と思うタイミングがきた。

 水球を出して方向転換しようとした瞬間。そこで八枚全てを投げた。

 三枚、方向転換する角度を推測し、その軌道上に。

 三枚、そこから急停止、あるいは少し逸れるように進路変更した場合の軌道上に。

 二枚、それらの軌道上の上と下に、マーキングを付けて。

 あらゆる行動を予測し、次に繋げる布石まで打った攻撃だ。

 

 父さんは全ての予測を裏切り、俺に突っ込んできた。

 

 あの方向転換はこちらに突撃する為のものだったみたいだ。

 

 その軌道だと俺の投げた手裏剣の何枚かに当たるのだが、当前のようにそれらを水球で防いでいる。

 父さんから見れば、向かってくる手裏剣と突っ込む自分の速度が相乗した景色だったはずなのに、軽く反応してみせるのには最早呆れるしかない。

 プロって皆こんなこと出来るのか?

 

 ただ、この展開は俺にとってとても都合が良かった。

 

 今のシチュエーションならやれるかもしれない。

 トンデモ技の披露で中断してしまった、初見殺しオンパレードを。

 

 間近まで迫ってきた父さんが、拳を振り上げる。

 拳は囮で、本命はそれから転移して避けた先を攻撃する為に取ってある水球だ。

 それが、俺に勝ち筋を描かせるきっかけとなった。

 

 俺は、父さんの拳を受け止めるように、手を前に出した。

 

「むっ?」

 

 怪訝な顔をする父さん。

 先月まで小学生だった俺と大人の父さんでは、当然体格は後者が勝っている。

 加えて上から下に向けての勢いと全体重を乗せた一撃だ。

 普通に考えたら受け止められるはずもない。

 

 その通りだ。

 俺は受け止める為ではなく、触れる為に手を出したのだから。

 

 父さんの拳が掌に触れた。

 瞬間、父さんごと床のマーキングへと転移する。

 

「なぁっ……!?」

 

 驚く声を上げる父さん。

 それは自分ごと転移したことに対してではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 飛雷神の特性その二。

 転移すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例え一〇〇メートル上空から落下しようとも、一度転移すればそれまで働いていた重力はなくなり。

 殴る途中で転移すると、勢いが消えたのに中途半端な姿勢で力んでるからつんのめってしまう。

 そして今の父さんは、全身を使って拳を放つ体勢で空中に静止している、極めて隙だらけな状態だった。

 

 防御用に出してた水球は転移させていないので、空中に置き去り。

 予想外の飛雷神の特性への驚愕で、精神的にも隙を晒している。

 仕掛けるなら今しかなかった。

 

 握っている手を、父さんの拳から手首へと移す。

 そこを起点に背負い投げ。

 普段なら絶対に防がれるが、今回は綺麗に決まった。

 

 と思ったら、変な感触が手に伝わった。

 床に叩きつけた時、ぶよんとまるでクッションに沈むような感触が。

 背中に弾性のある水球を作ったのだとすぐに気づいた。

 これも防ぐとは。想定内だよチクショウめ。

 

 背負い投げの勢いを利用した弾性の反発で、そのまま離脱されそうになる。

 だから今度は父さんだけを転移させた。

 起点は背負い投げの際に掴んだ、父さんの手首に付けたマーキング。

 

 飛雷神の特性その三。

 対象に刻んだマーキングを起点にしても、その対象を転移させられる。

 これは結構な盲点だったりする。

 転移と聞けば長距離の移動を想像するのが普通だ。

 故に一メートルしか転移出来ないこの特性には気づきにくく、気づいたとしても意味がないと思うかもしれないが、実はそうでもない。

 他の特性と合わせれば。

 

 飛雷神の特性その四。

 転移しても姿勢は変わらないが、角度を変えることは出来る。

 東向きだった身体を西向きしたりな。

 相手の背後に転移する時はこの特性を利用している。

 そしてこの特性は前後だけでなく、上下を変化させることも出来た。

 

 俺は転移で、父さんの姿勢を縦に一八〇度回転させた。

 結果、父さんは頭を地面に向けた状態で俺に背中を向けることになる。

 

「……っ!?」

 

 視界がいきなり上下逆転したことで、流石の父さんも少しだけパニックになっているみたいだ。

 俺はその背中に触れ、更なるマーキングを刻み、飛雷神を発動。

 今度は床に俯せになるように転移させる。

 

「なっ……こ、ぐっ……!?」

 

 もう父さんからは何が起きてるかわからないだろう。

 慣れてない人間にとって、間を置かない連続転移は情報処理が追い付かず、思考が乱れやすい。

 

 ここまで念入りに隙を作り出した上で、俺は父さんの背中に乗って動きを封じ、その首筋にクナイを突きつけた。

 

「……俺の、負けか」

 

 状況を把握した父さんの呟きが、決着の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~、つっかれたぁ~」

 

 自室のベッドに沈みながら、深くため息を吐く。

 やっぱりただの鍛練よりも、戦闘訓練はずっと疲れるな。

 しかも終わってからが大変だった。主に父さんが。

 質問攻めにあうわ、息子の成長に漢泣きするわ。宥めるのにめちゃくちゃ労力使う羽目になったぞ。

 精神的には模擬戦よりも疲れたのには文句を言っても許されると思う。

 

 明日はもう入学式だってのに、何でこんなに疲れなきゃいけないんだろうか。

 父さんにまた戦おうって言われたけどごめん被る。

 今回勝てたのはあくまで、父さんが飛雷神の特性をほとんど知らなかったからだ。

 次は対策もされてるだろうし、ほぼ確実に負けること間違いなし。

 俺がもっと強くなるまで、勝ち逃げさせてもらおう。

 

 時計を見ればもういい時間だった。

 もうそろそろ寝た方がいいか。

 ま、多少は寝過ごしても問題ないんだがな。

 実は事前に、校内へ転移出来る様に仕込みを施してある。主に楽する為、もとい遅刻防止の為に。

 毎日徒歩三〇分の距離往復するの面倒くさいとか決して思ってないよ、うん。

 

 私物のボールペンにマーキングをして、それを敷地の仕切りであるフェンスの隙間から校舎裏の目立たない場所に置いておいた。

 これで始業の五分前に家を出ても間に合う。

 完璧だ。

 毎朝惰眠を貪ってやろう。

 フゥーハッハッハッハッ!

 

 

 

 

 

 翌日、俺は知らない道で一人呆然と佇んでいた。

 

 

 

 え? どゆこと?

 確かに俺、中学校に転移したはずなんだけど……。

 

 足元を見れば、道路の隅に捨てられたボールペンが。

 ……あー、これ動物がここまで咥えてきたのかな。

 何となく興味持って咥えて、飽きて捨てたってところか。

 

 ま、まぁ問題ない。

 今日は初日だから、早めに家を出たのだ。

 まだ時間はある。

 自宅と公安施設に刻んだマーキングの位置と比較して、三角測量を用いて現在座標を割り出せばまだどうとでも……。

 

 あ、公安施設のマーキング消えてる。

 ここは公安施設からは遠い場所だったみたいだ。

 ここから自宅までの距離と方向はわかったが、それだけでは現在地がわからない。

 知らない場所だからな。どっちが東かも見分けがつかなかった。

 

 この辺りは山もないから、景色からの判別も難しい。

 今日が曇りじゃなければ、太陽の位置から東がどっちか把握することも出来たんだがそれも無理。

 住所の書かれた電柱は見つかったが、知らない町の名称だった為収穫なし。

 つまり中学校の方角も距離もわからないまま。

 始業の時間まで残り二〇分。

 ……これ詰んだのでは?

 

 や、やべぇえええええええええ!

 初日から遅刻、それも原因が飛雷神使ったズルの失敗だとバレたら、確実に父さんと公安の上司から折檻される……!

 な、何とかしなければ。

 

 とはいえ現状手立てが思い浮かばない。

 周りを見回しても住宅街ばかりで、運悪く通行人もいないから道を聞くことも出来なかった。

 道を聞くためだけに知らない家のインターフォンを鳴らすのってのもアレだし……くっ、どうすれば!?

 

「あっ、あの!」

 

 頭を抱える俺の背後から、少し上擦った声がする。

 振り返ればいつの間にか、同じ中学校の制服を着たモジャモジャ髪の少年がいた。

 少年は何処か緊張の面持ちで、けれど真っ直ぐこちらを見ながら、救いの言葉をくれた。

 

「さっきから困ってるみたいですけど、どうかされましたか?」

 

「折寺中学までの道を教えてください!」

 

 迷うことなく俺は救いの手にすがり付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 これが、この先長い付き合いとなる、緑谷出久との出会いだった。

 




 前半の戦闘シーンが長くなりすぎた……おかしい、飛雷神をちょっと書くだけのはずが何故こんなことに



 後編は翌日の朝七時に投稿します


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6話 主人公見つけた!《後編》

 前半に比べて短いです


 

 

 中学校への入学が間近に迫った頃。

 俺は一つ、やるべきことを決めていた。

 主人公探しだ。

 少年漫画の主人公の年代は、大体は中学生か高校生くらいが多い。

 つまり、中学生になればいつ原作が始まってもおかしくないのだ。

 

 ある日いきなり、交通事故にあったことをきっかけに、霊界探偵として妖怪達と戦うことになるかもしれない。

 ある日いきなり、赤ん坊の家庭教師が家にやって来て、マフィアのボス候補だと告げられ理不尽な教育を受けることになるかもしれない。

 ある日いきなり、月を破壊した怪物が担任教師となり、地球を守る為にそいつの暗殺を毎日行わなければならなくなるかもしれない。

 

 中学生とは、何が起こってもおかしくない年代なんだ。

 

 だから俺も常に気を引き締め、いつ原作が開始してもいいように備えなければならない。

 そう決意していた俺の頬は今、弛みきっていた。

 

 仕方ない。仕方ないことなんだ。

 

 なんせ━━今世で初めて友達が出来たんだからな!!

 

 幼稚園? あれは友達ではなく、保護者と児童の関係。

 小学生? 放課後も休日も訓練してて遊ぶ暇なかったのに出来ると思う?

 先輩? 先輩は先輩であって友達じゃないから。

 

 なんだかんだ、今世は友達を作ることが出来なかった。

 年齢がネックになってたから仕方ないことなんだが。

 だから中学生になったら、主目的である主人公探しとは別に、裏目標として友達作りを掲げていた。

 それも出来ればこの世界の主要人物ではなく、物語とは全く関係ないようなモブ相手とだ。

 

 勿論理由はある。

 確かに物語を円滑に進めるならば、主要人物とは仲良くなった方がいいのかもしれない。

 でも俺の目標はあくまでもその後。原作終了後に平穏な生活を送ることなのだ。

 

 考えてもみて欲しい。

 何年も血生臭い戦いをしていた人間が、何のコネクションもなしにいきなり一般人に戻れるだろうか。

 昨日までヴィランとの命懸けの戦闘が当たり前だった奴が、普通の人に馴染めるのだろうか。

 

 まぁヒーローには出来る人多いんだけど。

 今あげたのって結局はコミュ力あったら解決するからね。

 コミュ力の塊みたいなのが多いヒーローなら、環境が大幅に変わっても問題なく生きていけるのが過半数を締めることだろうさ。

 ただ俺は違うってだけで。

 

 別にコミュ症とかではない。

 普通だ普通。

 仲良い奴には舌がよく回るし、初対面だと印象良くする為に表情作る。苦手な奴はさりげなく避けるし、嫌いな奴には皮肉を言うこともあった。

 全て前世の話だが。

 今世は俺、素の性格ずっと隠してるからな。

 そこが問題だった。

 

 優等生の仮面というのは、ヒーローを目指す上では都合がいいので、ずっと続けていた。

 公安からの指導もあり、子供の頃とは比べ物にならないくらい上手に演じれている。

 でも優等生を演じるというのは、結構疲れるのだ。

 だから一般人に戻った暁には素の性格を前面に出していこうと思ってるんだが……それが心配なんだよな。

 

 何せもう十年以上前だ。

 最後に素の口調で話したのは。

 心の中では元気いっぱいな素の俺は、実際に口に出してみたら果たしてどうなるのか。

 どもったり、思っていたのと違うことを喋ったり等、コミュ症あるあるなことをやらかす予感しかしなかった。

 

 だからそういうのに備えて、ただの一般人の友達を作っておきたいんだ。

 いずれ一般人に復帰した際に、少しでも馴染みやすくする為に。

 あと原作のストーリーに絡まない安全枠として。

 

 いや主要人物と関わってたら、いつ事件が発生してもおかしくないからね。買い物してたところを襲われたのがきっかけで、大事件に発展していくストーリーとかもあり得るから、マジで気が抜けない。

 そういう心配のない友達欲しいんだよ切実に。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、緑谷出久。

 不幸な事故で迷子となった俺を中学校まで案内してくれる救世主であり、同じ学校の同級生となる少年だった。

 

 俺の見立てでは、緑谷は間違いなくモブである。

 ヒョロっとした身体に冴えない見た目。名前もザ・一般人って感じの、発音も漢字も至って普通のもの。

 人見知りの気があるのかちょいちょいどもるし、かと思えば好きな(ヒーローの)ことを話し出すと止まらないオタクだったりする。

 ヒーローものの仲間とは思えなかった。

 

 でも良い奴だった。

 初対面の赤の他人である俺が困ってそうだったからと、人見知りを圧して話しかけてくれるくらいに。

 中学初日の登校途中だ。

 内容によっては遅刻していた可能性もある。

 もしそうだったとしたらどうしたのかと、自己紹介の後に試しに聞いたら、緑谷ははにかみながら「多分、遅刻してたと思う」と言いきった。

 俺の緑谷への株が爆上がりしたのは、言うまでもない。

 

 条件のモブであることは達成。そしてお人好しすぎる人柄。

 これはもう友達になるしかない。

 そう思って俺はあれこれと話しかけた。

 最初はぎこちなく応対していた緑谷だったが、ヒーロー好きという共通項がわかってからは打ち解けるのが早かった。

 

「この間のオールマイト特集の番組見た!? 今まで解決した事件ランキングやインタビュー、視聴者参加型のクイズとか色々あったよね! 僕はやっぱり事件ランキングが一番夢中になったかな。全部知ってる事件なんだけど編集されたものを改めて見返すと新しい発見が幾つも見つかって。ヒーロー評論家の人達が番組そっちのけで討論始めた時は混ざりたくなったなあ。勿論他の企画も凄く良かったよ! インタビューではオールマイトが過去の事件を見返すことで、今思っていることが聞けたし。クイズは全問正解だと超激レアなオールマイトのグッズの抽選権が貰えるから全力で臨ん━━」

 

 うーん、このノンブレス長台詞。

 前世で俺をオタクの沼に引き込んだ奴を思い出すわ。

 容姿似てないけど雰囲気がそっくりすぎる。

 オタクってやつは皆こんななのかね?

 あ、俺もオタクでした。ニワカだけど。

 

 緑谷のヒーロー知識は凄まじかった。

 俺もヒーローについてはそれなりに詳しいつもりだったが、この分野でもニワカだったと思い知らされる。

 緑谷最推しのオールマイトのマイナーな情報は勿論、俺も知らないヒーローや、果ては父さんについても詳しく知っていた。

 俺も知らないようなことまで。

 

 えっ、父さんってインタビューとかあったの?

 地元の一部で密かに人気あるから非公式ファンクラブが結成されてる?

 別のヒーローがスイリューにお世話になったことや、酔うと息子自慢しかしなくなることを語ってる記事や動画がある?

 ……帰ったら詳しく聞くか。

 

 ちなみに緑谷にはスイリューの息子だとは話していない。

 当たり前だ。

 酔ってる時に自慢してる息子って俺なんだぜ、とか恥ずかしすぎて言えんわ。

 どんな内容を話してるのか……やめよう。自分への褒め言葉想像するとか痛々しすぎる。 

 

 そんな風に楽しく会話していたら、あっという間に学校にたどり着いてしまった。

 思ってたよりも学校近くに転移していたみたいだ。

 クラス表にて確認すれば、運良く二人揃って同じクラス。幸先のいいスタートだ。これはいい中学生活になりそうな予感。

 始業まで残り五分というところで教室に到着。中に入れば、突然緑谷が青い顔をした。

 

「ひぇ……!?」

 

「? 緑谷、どうかしたのかい?」

 

「なっ、ななななんでもないよっ! はっ、早く席につこうっ」

 

「えっ、あ、うん……」

 

 急にめちゃくちゃどもり出したから、こっちもつられてどもってしまった。

 爽やか優等生のイメージが崩れる行動は避けたいというのに全く。

 元凶の緑谷を見れば、何故か身を縮ませながらコソコソと席順の書かれた黒板を確認し、自分の席に向かっていた。

 なんだあれ? 誰かから隠れてるのか?

 

 疑問には思ったが、まあいいかと俺も黒板で確認してから、自分の席についた。

 

 荷物を机に置き、主人公っぽいやついないかなーと教室を見回す。

 お、緑谷いた。俺から見て右に二つ、後ろに二つの位置か。割と近いな。

 その緑谷は生まれたての子鹿のように震えながら、チラチラと何かを見ていた。

 視線を辿る。そこは俺の席から前に一つ、右に一つの位置。

 絵に描いたようなヤンキーがいた。

 

 即座に視線をそらした。

 いや、あれヤバイって。

 切れたナイフよりも鋭そうな目付きとか、刺せるんじゃないかってくらいに全方位にツンツンしてる髪とか、机に足を乗せて周りを威圧してる態度とか。

 何かドス黒いオーラみたいなもんまで見えるし。

 やだ、この子ホントに一般人?

 見たとき一瞬、ヴィランが教室にいるって思っちゃったんだけど。

 服に潜ませてるクナイ取り出しかけたからねマジで。

 

 なるほど緑谷が恐れてるのはこいつか。

 確かにオタクにとって、ヤンキーって怖いもんな。

 関わりたくないから目立たないようにあんな行動してたのか。

 納得納得。

 俺もなるべくなら関わりたくないので、絡まれないように寝たフリをした。

 そこ、公安のくせにチキってるとか言わない。

 これはあれだから。友達の為の戦略的撤退だから。

 決してビビってる訳じゃないから。

 

 

 斜め前のヤンキーが突然ヒャッハーと叫びながら個性をフィーバーしないかと怯えながら迎えた中学初のHRは、特に何事もなく終わった。

 でもめっちゃイライラしてる。

 何に対してかはわからないけど果てしなくイラついてるのだけはわかる。

 もういつ暴れだしてもおかしくない感じだった。

 

 気分はいつ爆発するかもわからない時限爆弾の側にいる一般人。

 チッチッとタイマーの音は聞こえるのに、時間表示はされてないという恐怖に襲われてるみたいだった。

 これならマジの爆弾の方がまだマシだ。飛雷神で逃げれば済む話だし。

 今飛雷神で逃げたら、いきなり個性使って入学式サボったヤベー奴にしかならない。

 故にこのプレッシャーから逃れる術は、現状皆無だった。

 爆弾よりも厄介とは、こいつは将来大物になるかもしれないな。

 

 等とバカなことを考えている内に、クラス全員で体育館へと移動する時間になった。

 これより記念すべき入学式が始まる。

 不安要素のヤンキーは、雑に列をなしての大移動の間も大人しくしていた。

 ひょっとしてヤバいのは見た目だけなんだろうか。

 そういえば朝も遅刻したりせずに自分の席に座ってたし、案外中身はまともなのかもしれない。

 

 開会の言葉の後に入場し、国歌斉唱。

 それが終わってから始まる、偉い方々の長い話。

 当然真面目に聞く気は欠片もなかった俺は、その間思考に耽っていた。

 主に主人公について。

 

 主人公とは、どんな存在なのか。

 一言に主人公と言っても様々なタイプがいる。ジャンルや作風によって千差万別だし、一言で纏めれる共通項など俺には思いつかない。

 憧れる存在、共感出来る存在、面白い存在、あるいは全く理解出来ない存在なんてのもいる。

 

 では“バトル系少年漫画の主人公”という縛りがあったらどうだろう。

 先ほどまでよりは絞れるはすだ。

 

 俺が思うバトル系少年漫画の主人公で最も大事だと思える要素は、カッコよさだった。

 戦闘シーンや困難に立ち向かう場面、あるいは台詞や在り方、前に進み成長する姿。

 そういう時に、読者が思わず拳を握ってしまうような、心の底からカッコいいと思えるのが主人公なんだと、俺は思っている。

 

 当然、脇役でもカッコいい人なんて幾らでもいるが、やっぱり一番カッコいいのは主人公であるべきだ。

 異論は認める。

 オタクは論争してもいいけど、価値観の強要はNGってのが持論だから。

 だから腐女子の皆さんは、男キャラ同士のカップリング論争で自分の陣営に俺を無理やり引き込もうとしないでくださいホントに。

 腐女子の上位種である貴腐人。その深淵を覗いた恐怖を、俺は永遠に忘れない。

 

 話がずれたが、とにかくこの世界の主人公も、カッコいい奴なんだと俺は推測しているわけだ。

 とはいえカッコよさだけで決めつけるのもいけない。この世界はヒーロー物の作品。いくらカッコよくても犯罪者ならば、それは主人公ではなく敵役となってしまう。

 故に主人公とは、主人公要素を持ったカッコいい奴でなければならない。

 

 その肝心の、主人公要素がどんなものかというと。

 はっきりとした目的がある、感情の波が激しい、自らの意思を堂々と口にする、他と比べて才能がある又は極端に才能がない、能力が絵になる、終始一貫してブレない、仲間を大切にする、誰かを守る為に力を使う、何処かしら欠点がある、名前に使われる漢字が当て字、特徴的な口調なり口癖がある、ツンツン頭、エトセトラ。

 

 今上げた内の七~八割当てはまり、尚且つカッコいい奴。

 もしそんな奴が、この世界の主要人物である俺の身近、つまりは同級生にいたなら。

 

 そいつが主人公だ。

 

 

 ……………………………………………………多分。

 

 

 いや原作知らなくて手がかり0なのに確証とか得られる訳ないだろ。

 主人公っぽい奴見つけたら要チェック。

 現状で出来るのはこれだけだ。

 まあ、そうそう主人公の条件満たす奴なんていないし、いたら高確率で当たりだと思うんだけどなぁ。

 そんな簡単に見つかる訳ないけどさ。

 

 入学式も終わり、教室にて自己紹介タイムに突入しても、俺はウダウダと考えていた。

 あー、誰か自己紹介で前人未到の夢を堂々と語るとかしてくれないかなー。

 一回見たら一生忘れないような、他の追随を許さないくらいインパクトのあるやつ。

 等と思っていたら、斜め前のヤンキーの番が回ってきた。

 するとヤンキーは、突然机の上へと立ち、声高々に叫んだ。

 

「俺の名前は爆豪勝己! いずれはオールマイトをも超えるNo.1ヒーローになり、高額納税者ランキングに名を刻むことになる男だ! 覚えとけモブどもォ!」

 

 両手から爆発音を鳴らしながらの宣誓。

 クラスの誰もが、教師までもが口を間抜けに開けてポカーンとする程の衝撃を受けている。

 俺もその中の一人だった。

 そして回り始めた頭が状況を理解すると、顔を机に伏せた。

 今の顔を人に見せるわけにはいかないから。

 

 派手な個性。

 ツンツンした髪。

 特徴的すぎる口調。

 黙っていても目につく存在感。

 勝つという文字が入った名前。

 そして何より、あのオールマイトを超える等という大言を堂々と言ってみせた、その強い意志。

 

 ━━ああ、これは確定だ。間違いない。

 

 主人公要素盛りだくさんなこともそうだが、何より今の名乗りを聞いて、心が訴えかけてきていた。

 こいつがそうなんだと。

 

 まさか初日から見つかるとはな。

 主目的と裏目標、両方達成とか運が良すぎるだろ。

 

 俺は弧を描く口元を隠しながらヤンキー━━爆豪を見やった。

 まるで犯人の名を告げる名探偵の様な気持ちで、心の中で指差し叫んだ。

 

 

 

 主人公は、お前だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その十分後。

 鬼の形相で緑谷に絡む爆豪を見て、やっぱりヴィランかもしれないと思った。

 

 

 




 今話の裏タイトル『湊翔、致命的ガバをやらかすの巻』
 

 やっとここまで書けた!

 この作品、最初にこのネタ思い付いたのが始まりなんですよね。
 本当は一話でここまでくる予定でした。
 こう、一万字くらいでパーっとダイジェスト形式で。

 これからも予定通りには書けないんだろうなあ……


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