無駄飯喰らい (甘栗@)
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無駄飯食らい、仕事をうける

パンが好きです。


 

 

 

 

 

 生き物が生命活動を続けるためには、食事をとる必要がある。

 

 

 耐えがたい飢餓感に襲われた空腹からか、はたまた単なる嗜好からなるそれかは置いておくとして。

 生き物である以上は必要不可欠な行為である。三大欲求、中でも食欲という言葉がある通り、食べたいから食べるし、第一食べなければ生きていけないのだ。

 だがしかし。何かを食べるということは、その何かが失われてしまうということでもある。 

 

 ガリゴリ、とどこか子気味良い音。

 

「クチート、もしかして月の石食った?」

「クチ?」

「おまっ、お前ほんとっ、おま......!」

 

 

 というわけで、当面の生活資金にするはずだった鉱石たちは相棒の胃袋に収まっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー腹減った」

 

 

 秋空のシンオウ地方である。

 どことなく冷ややかな風がトバリシティを吹き抜け、街行く人々が白い息を吐きながら大通りを行き交っている。夕方の掻き入れ時なこともあり、今日も隣のキッチンカーから漂う肉の香り。それに鼻孔と腹の虫をくすぐられながら、青年――カイルはぼうっとベンチに佇んでいた。

 

 腹こそ減っているものの、日銭が無いのでキッチンカーで買うことはしない。

 では身も心も満たされないかといえば、意外とそうでもなかったりするもので。ぼうっと景色を見ながら隣で匂いを嗅いでいるだけでも、何というか、こう。幸せな心地がするものなのだ。

 

 街を眺めれば、色んな人がいる。

 

 寒いからねー、と手を繋いでいる親子。

 足早に通り抜けるサラリーマン。

 

「ちょっともう、また何も食べてないの?」

 

 ふくれっ面でもって話しかけてくる少女。

 なんというか、特徴的なデザインのスーツを着ていた。具体的には、どこかSFチックな白と黒を基調とした上下で、腰当たりはミニスカートのようになっている。

 とやかくは言わないが、胸元に大きく『G』の文字があるのは、なんというか、こう。

 

「......やあマーズさん」

「何今の間。なんかムカつくんだけど」

「いやいや、今日も可愛いと思いまして」

「そ、ならいいのよ」

 

 少女は素っ気なく赤色の前髪をいじいじ。どうやら機嫌は斜めから正常に戻ったらしい。

 踏みつぶされる危険が去ったことに、カイルは安堵のため息をこぼしつつ。ちらと彼女の手に握られた二つの紙袋に視線を移す。

 隣のキッチンカーで売っているケバブである。しかも大盛。一番高いやつ。

 

「ほら」

「あざっす」

 

 投げられたので受け取った。

 即座に開封して被りつこうとしたのを人差し指で静止される。

 

「貸し一個。あと一仕事お願いね」

「ケバブ一個で随分と盛りだくさんだなぁ、」

「チッ、」

 

 赤髪少女は舌打ちと共に手持ちのもう一個を放り投げ、追加のケバブを買いに行った。

 あの態度ながら要求にはしっかりと答えてくれるのが可愛い所だったりする。その分は体で払われされることになるので、それはそれで素直には喜べないが。

 それでもまあいいか、なんて頬を緩めた。今はそれよりもケバブを楽しみたいのだ。

 

 かたりと揺れるボールを放り、出てくるは薄黄色の身体と頭部から伸びるこげ茶色のオオアゴが特徴的なポケモン。

 

「よっ、お前の分も貰ったぞクチート」

「クチー!」

 

 空中でケバブを受け取りつつ一回転、それからすとんっ、と。

 カイルの隣に芸術点の高そうな着地を決めた相棒は、久々に手にした肉の香りに目を輝かせている。

 

「やー、久々の肉だぁ」

 

 日数にして一週間ぶりである。

 流石に雑草も食べ飽きてきたし、相棒にもまともな食事をさせてやりたかったところだ。このタイミングでマーズからの誘いが来るのは素直にありがたい。

 まさしく渡りに船。ただし遠いギンガ行きの、しかも泥船ではあるけれど。

 

 ケバブを一口。齧りながら思い返す。

 彼女からは数週間に二度、三度呼び出される仲だった。

 幸いトレーナーとしての勘は鈍っていなかったらしく、傭兵がてらギンガ団の計画に駆り出されることが数回。

 この地方では珍しいポケモンを連れているため、見てみたいと数回。

 ソノオ発電所での計画でよくわからないガキに負けて腹立たしい、愚痴に付き合えと言われたのが、確か前回だったか。

 

 ちなみにギンガ団は意外にもホワイトであるらしく、計画参加時の報酬はそこそこな額を貰えるので参加しない考えはない。

 

 とはいえ、新しい世界がどうだの、崇高な目的がどうだのと。

 そんなことにカイルは毛ほども興味がなかった。正規トレーナーでなく、定職にもついていない人間はその日暮らしの日銭を稼ぐので精いっぱいなのだ。

 

「それで? 今日は何を頼みに来たんだ、マーズさん」

「......ま、後で話すわ」

 

 戻ってきたマーズに尋ねる。

 彼女は遠慮なくどかっと横に座り込んだ。

 

 それから例の通りケバブを豪快に一口、

 

「あんた、またその子にまともなもん食べさせてなかったの?」

 

 "その子"。言うまでもなくクチートのことだろう。

 

「俺も食べさせてはやりたいんだがなぁ、」

「バトルして稼げばいいじゃない......って、そっか。トレーナーズカードないんだっけ?」

「とっくの昔に失効したまんまだ」

 

 現代は電子マネーが完全に普及して久しい。

 現金を持ち歩く人間は少なく、基本的には電子決済を搭載したトレーナーズカードを使うのが主流だ。故に正規のバトルでの賞金のやり取りはカードを介して行われる。

 逆にカードを介さずにやり取りをするのは、非正規のバトル――いわゆる野良バトルと呼ばれ、基本的には歓迎されないのが普通だ。

 

「持ちかけても相手してもらえないわけね」

「そういうこと。一応、地下大空洞でたまに鉱石掘ったりはしてるんだけどね」

 

 であれば何か物を売ることで金を稼げばいいのだけれど、これもまた上手くいかない。

 幸いシンオウ地方には地下全域に大規模な空洞があり、掘り進めればあちらこちらから珍しい鉱石が出てくる。

 不思議な欠片に始まり、ポケモンの像。アオたま、アカたま、きんのたま、etc...。

 

「それ売ればよくない?」

「まあそうなんだけど、こいつが食べちゃうんだ。このアゴで」

 

 目線で横の相棒を示す。

 クチートの捕食器官は二つ。美味しそうにケバブを咥える小さな口と、貴重かつ恐ろしく硬い鉱石をおせんべいさながらにバリボリと食べ進める頭部のオオアゴである。

 後者については味覚はないそうなのだけど、それでも腹は膨れるそうな。

 おやつ感覚で鉱石を食べている、と考えると実にシュールだ。

 

「実際それ売ればそこそこまとまった金になるんだけど、まあ仕方ないな」

「叱った方がいいって言っとくわよ。どうせ無駄だけど」

「ま、他のことでちまちま稼ぐさ」

 

 マーズからため息の気配、

 

「あのさぁ、いい加減その無駄飯喰らい何とかしなさいよ。お金に変わる鉱石ばっか食べてるし、それで太らせる気?」

「まことそうでございますねマーズ様」

 

 特大大盛ケバブを食べている御方が何を申し上げられているので、と。

 もちろん口には出さず、あくまで心の中で考えていたのだけれど、

 

「......馬鹿にしてる?」

 

 

 機嫌もへそも曲げられてしまった。

 

 

 

「機嫌は直った?」

「うるさい」

「そっすか」

 

 触らぬ神に祟りなし。

 こういうときは彼女から話しかけてくるまで黙っておくのがいい。

 

「チ」

 

 食べ終わったらしいクチートが膝の上に乗っかってきた。

 小さい身体がすっぽりとカイルの中に収まって、少し高めの体温がどこか心地いい。それから食べ足りなかったらしい相棒と残りのケバブを半分こし、くっついたまま寝かしつけ、カイルもどことなく瞼が重くなってきた頃。

 

「そろそろね」

 

 おもむろに、マーズが立ち上がった。

 

「ね、カイル。本格的にギンガ団に入ってみるつもりはない?」

 

 人気も遠ざかり、太陽もテンガン山の向こうに沈みきり。

 暗がりに閉ざされたトバリシティの中で、紅一点。朱色のショートヘアーを揺らす少女に、そう問いかけられて。

 

 冗談だろ、と。

 

 喉元まで出かかった言葉は、けれどすぐに飲み込んだ。

 彼女の目は、本気だったから。

 

「断る、と言ったら?」

「言わせないわよ」

 

 一応問い掛ければ、彼女はハッキリとそう返した。

 それだけの自信があるのか、それとも作戦があるのか。どちらにせよカイルとしては、首を縦に振るつもりはない。

 念のため、クチートを起こしておくことにする。

 

「チィ?」

「あー、それじゃ暗くなってきたし。そろそろお暇しようかな」

 

 あくまで自然な笑顔でもって立ち上がるカイルに、マーズもニッコリと笑顔を浮かべたまま。

 

「ま、今日のところは仕方がないわね」

「おっ、見逃してくれる?」

 

 

 微かに、カチリと、音が聞こえて。

 

 

「ブニャット、"のしかかる"!」

「クチート、"アイアンヘッド"で弾き返せ!」

 

 上空高く放られたボールからのしかかりの体制をとったブニャットが飛び出し、ジャンプをしたクチートが背中側の大顎でもってそれを迎え撃つ。

 一度、二度回転し、遠心力を乗せたアイアンヘッドがブニャットの巨体を弾いた。

 小さいからと侮るなかれ。鉱石をも砕く怪力は伊達じゃないのだ。

 

「私が勝ったら入りなさいよ、ギンガ団」

「なるほど、俺が勝ったら?」

「そしたら一仕事お願いするわ」

「俺に得なくない!?」

 

 そんな会話をしてから、一呼吸分の間を挟み。

 先に動いたのはマーズだった。

 

「ブニャット、"とっしん"!」

 

 マーズの言葉に、地響きがするほどの踏み込みでもってブニャットが飛び出す。

 

「ジャンプして躱せ、クチート」

 

 風切り音すら聞こえてくる速度だが、クチートならば問題なく躱せるそれだ。故にカイルは躱す指示だけを行い、寧ろ避けた後の展開について思考を巡らせていた。

 付け入る隙があるとすれば、まさしくそこだったのだろう。

 ギラリと瞳を光らせたマーズが、鋭く次の指示を飛ばす。

 

「そこ、"だましうち"!」

「なっ!?」

 

 先以上に力強く踏み込み、瓦礫が飛び散るほど蹴りだし。

 ブニャットが、更にもう一段階加速した。

 

「ニャァット!」

「--ッ!」

 

 タイミングをずらされたクチートが、"とっしん"をもろに食らって跳ね飛ばされる。

 

「クチート、立て直すぞ!」

「――クチ!」

 

 崩れていた体制を戻し、ブニャットの様子にも気を配りながら着地。

 隙をついた。絶好の一撃を入れた。上空に跳ね飛ばした。この好機を、彼女が見逃すはずがない。着地と共に次の指示が放たれた。

 追撃だ。

 

「"みだれひっかき"!」

「ブガァ!」

「大顎で防げ!」

 

 前足の爪を鋭く伸ばし、あの巨体からは信じられないスピードで迫るブニャット。

 初撃を叩き落し、その勢いを乗せて回転。横薙ぎの二撃目を身をひるがえして躱し、そのままブニャットの背後へ。

 

「"かみつく"!」

「チー!」

 

 首元に大顎を挟み込み、鋭い牙がブニャットの分厚い皮膚に食い込む。

 

「"かみくだく"で掴め!」

 

 ミㇱリ、首をガッチリとホールド。

 クチートの筋力であればこのまま骨を折ることはできるけれど、カイルの目的は倒すことではない。かといって生半可な力で掴み続ければ、ブニャットからの手痛い反撃を食らうことになる。

 故にここでの正解は、戦闘の継続が難しい状態に落とし込むことだ。

 

「そのまま"ぶんまわす"!」

「チーッット!!」

 

 血管が浮き出し、更に大顎に力が込もる。

 大きく声を張り上げ、力の限りブニャットを振り回して投げ飛ばした。大砲を思わせる速度と質量のまま、ブニャットはマーズの背後に吹っ飛んでいく。

 

「ブニャット!」

 

 あくまで倒すのではなく、戻れないくらいに吹っ飛ばすことで戦闘不能にする。

 ......誰かに当たっていたり、しないだろうか。一応人気はなくなっていたし、見える限り誰かがいないことも確認はしていたけれど。

 あの速度で飛びくるブニャットにぶつかったのなら、まず間違いなく無事では済まないだろう。

 誇張抜きに大砲のそれだ。

 

「っは、」

 

 自分でぶん投げておいて、なんてカイルは笑う。

 反してマーズはぎりぎりと歯を食いしばり、顔を真っ赤にして。

 

「ムカつく、ムカつく......!」

 

 本来ならここで賞金のやり取りを挟むところだけれど、カイルはぐっと堪える。

 ああ見えて真面目な性格の彼女だ。賞金は貰えるだろうけれど、怒り狂う彼女を宥める作業。おまけにその後でナーバスになった彼女を励ます作業までくっついてくる。

 正直、面倒である。賞金は惜しいけれど仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹っ飛んでいたブニャットを介護し、半泣きのマーズを宥め。

 それから程なくして、カイルたちは近場のベンチに座り込んでいた。

 

「それでさ、なんでこんな強引な手段をとったんだ?」

 

 マーズは何というか、実直な少女だ。

 何事にも真っ直ぐに取り組み、その努力を怠らない。彼女の長所といえるだろう。しかしながらその実直さは、目指す方向性自体が外れてしまえば見る間に短所と化してしまう。

 

 今回は、その悪いところが出てしまったんだとカイルは思う。

 それがギンガ団の計画でもない限り、こんな強引なやり方を彼女は好まないから。

 

「アカギ様に、言われたのよ」

 

 ぽつりとこぼれるは、ギンガ団リーダーの名前。

 

「ちょこちょこ計画に呼んでたあんたのこと、あの方も知ってたみたいでさ」

 

 そこからマーズが話すことを簡単にまとめるならば、

 

 ギンガ団はこれから大きな計画の実行段階に移る。

 しかしながらシンオウ地方各所で計画を進めていくため、問題として戦力を一か所に集中することができないことがある。

 加えて、近くにある街のジムリーダーによる妨害。その上最近は計画の場に現れては構成員たちを倒して回る謎の子供の情報もある。

 

 そんな問題が浮かんでいる中、まずはギンガ団の戦力を増強する必要があるわけで。

 結果として、ときおり雇われ傭兵として顔を出していたカイルに白羽の矢が立ったそうな。正直人が足りていないんだろうなぁ、と思う。

 

 計画でもない限り強引なやり方はしないと考えていたのだけど、なるほど。

 今回は計画の一部だったらしい。

 

「とはいってもなぁ、俺も入るのはごめんだし」

「制服がダサいから?」

 

 カイルは苦笑。

 まあ、それもあるのだけど、

 

「正直言うと、ギンガ団の目的ってやつに興味がないから」

「はぁ、別にいいじゃないそれくらい」

「いいや、そうでもないよ」

 

 カイルは首を振る。

 

 『団』とは、同じ目的をもったもの同士がそれを達成するために身を寄せ合うものだ。

 集団を束ねるには共通の目的が必要になる。そして集団の数が多ければ多いほど、その必要性は高まっていく。

 目的を失った団は崩壊の一途を辿るのが自然の理。

 

 故に、構成員一人ひとりをとっても目的意識を持つことは重要なのだ。

 そう考えればこそ、目的に興味を持っていないカイルの加入はありえなかった。

 

「マーズさんは、俺を連れて行かないと怒られるの?」

「多少はね。でも勝負は勝負だし、残念だけど今回は見送るわ」

 

 それよりも、とマーズは立ち上がり。

 先とは打って変わって真剣な表情でもって、カイルに向き直る。

 

「仕事の話よ。あんたに一つ依頼がある」

 

 カイルは黙って続きを促す。

 若干頼みづらい内容であるらしく、彼女は大きく息を吸い、そして吐き出して。覚悟の決まったらしい紅の瞳でもって、カイルの目を見つめなおした。

 

 正直言えば、度肝を抜かれた。予想の斜めはるか高みをいく内容だった。

 いくばくか考え、こちらも大きく息をつき。

 

 それから、伸ばされた。微かに震えているマーズの手を取った。

 

 

 

 ――伝説のポケモン、"エムリット"の捕獲に協力してほしい。

 

 

 

 それが彼女からの依頼だった。

 

 

 




不定期更新です。
早かったり遅かったりします。

よろしくお願いします。




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湖の暴れん坊

急に仕事が忙しくなって全然投稿できませんでした。すみません。
それはさておき、お気に入り登録、高評価ありがとうございます。
おかげさまで二話目が投稿できまして、とても励みになっています。ありがとうございます。
亀更新ですがどうぞよろしくお願いします。

シーフードのカップ麺が好きです。


 

 

 

 

 

 その ポケモンの めを みたもの

 いっしゅんにして きおくが なくなり

 かえることが できなくなる

 その ポケモンに ふれたもの

 みっかにして かんじょうが なくなる

 その ポケモンに きずを つけたもの

 なのかにして うごけなくなり

 なにも できなくなる

 

 

 ――ミオ図書館、『おそろしい しんわ』より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンの中には、稀にその名を、その能力を伝承として語り継がれるものがいる。

 

 

 その要因は様々だが、多くの場合は常識の範疇を超える能力にある。

 あるポケモンは、はるか昔に時間の概念を創造した。

 それと対をなすポケモンが、空間の概念を創造した。

 はたまた、そのポケモンたちが生まれるよりも昔、原初のポケモンがこの世界を創り出した、なんて言い伝えだってあったりする。

 

 正直、それが本当であることすらにわかには信じがたい。

 だからこその伝承なのだ。言い伝えとして、物語として伝えることで、ふんわりとその存在を意識づけている。

 

 今回の目標。エムリットにも、そんな伝承が存在する。

 

「"感情"、か」

 

 雨音に乗せて呟く。

 

 各地に伝わる内容は様々だ。

 ある時、その存在が人々に感情を与えた。

 発さずとも、内からなる言の葉をその者は理解する。

 そのポケモンに触れれば、感情を奪われる。

 

 聞いた限り、調べた限りではだいたいこんな具合だったろうか。

 要するに、他人の感情に対して干渉を行うことができる能力があるらしい。いわゆるテレパシーというか、シンパシーというか。どちらにせよ並外れた能力である。

 これを捕まえろ、というのが今回の指示なのだそうで。

 

 カイルは吐息。

 次いで、反対側で火を囲むマーズに語り掛けた。

 

「中々の無理難題を頼むな、マーズさんとこのボスは」

「理想の実現のためだもの、当然よ」

「そうかい」

 

 コーヒーを一口、啜ってから一つ息をつく。

 

 正直にいえば、色々と思うところはあるのだ。

 ただそれを正直に言葉にすると色々と面倒なことになるので、そんな不満をため息という形で吐き出している。

 雇われ傭兵の身だとはいえ、せめてこれくらいは許してほしいとカイルは思う。

 

 そんなことを考える内、袖をくぃと控えめに引かれて。

 足元のクチートが、ものほしげにカイルの握るコップを指差していた。

 

「クチ」

「これ苦いぞ」

「チゥ、」

 

 上目遣いでおねだりをしてくるクチート。

 前回あげたときには苦かったらしく逆ギレされたので、今回は鋼の意思で無視を貫くことにする。人間は学びを重ねて成長するのだ。二の足は踏まないと心に決めていた。

 口を尖らせるクチートの頭をそっと撫でてから、カイルはもう一つのカップにコーヒーを淹れる。

 

「マーズさん、砂糖とミルクは?」

「マシマシで」

「マシ、」

 

 カイルは苦笑。二郎系じゃないんだから。

 

「沢山ね、ほらこれ」

「ん、ありがと。ていうかさらっと用意してるけど、どっから持ってきたのこのコーヒー」

「さっき本部から拝借してきた」

「......見逃すのは、今回だけだからね。それとクチートはこっち来なさい。これ甘いから」

「チー!」

 

 深まる苦笑。色々と甘い。

 

 小雨降りしきるシンオウ地方。

 カイルたちはシンジ湖の畔にきていた。

 なんでも伝承によれば、シンオウ地方各地に点在する三つの湖。中でもここの中心に佇む小島の中にエムリットが眠っているのだそうだ。

 詳細な歴史についても会議で話されていたような気がするけれど、早々に意識を手放したカイルにはそんなこと知る由もない。

 

 とはいえ。

 どれだけ良い情報を集め、またそれをもとにした計画を立てたとしても。結局のところ実行に移せないのならば、それらは全くもって意味のない絵の中の餅となってしまう。

 なんだったら、現在絶賛そうなりかけている状況なわけで。

 

「はぁ、」

 

 これで四度目のため息。

 シンジ湖にやってきてからはや二時間。絵の中の餅を取り出すことができず、責任者であるマーズさんの表情は暗いままだった。

 ちらと湖を見れば、高く上がる水しぶきと団員たちの必死そうな声がする。

 

「あのギャラドス、まだ居座ってるんだな」

「ほんと、いい加減にしてほしいわ」

 

 このあたりの生態系の頂点には、きょうあくポケモンのギャラドスが君臨している。

 彼らの縄張り範囲は広く、またその意識も強い。

 悠々自適にシンジ湖内を見回るように泳ぎ、近づく者たちには何人たれどその巨体と強力な技でもって牙を剥いてくるのだ。

 『地元の人間はシンジ湖に近づかない』というのはわりと有名な話である。

 

 要するに本日のギンガ団は、彼らの縄張りへの侵入を咎められ続けているのだ。

 

「まだ戦ってるのか、みんな大変そうだなぁ」

「逆よ。あんたが暇そうにしすぎなの」

 

 からからと笑う。

 見張り番を命じられているカイルの心持ちはいたって軽い。

 人が集まってくるのは、大抵何かが起きてからである。故に現状の見張りは、座ってのんびりしているだけでも成り立つような簡単なお仕事なのだ。

 湖からは爆音と共に砂煙が上がる。

 

「そう言われても......一応、仕事はしてるからね?」

「見張りなんてなんも起きなかったらただの暇人だから」

「刺さるなぁ」

 

 鋭い、がしかし、言ってることは至ってまともなのが悲しい。

 とはいえ一度命じられた役目は最後まできっちりと果たすのが傭兵の役目。故にカイルは最後までこの見張り番の役目を全うさせて頂くのだ。

 湖からはギンガ団員の情けない悲鳴が聞こえてくる。

 

「大体、みんな根性がないのよ。今の声聞いた? とてもギンガ団員とは思えないわ」

「今のはひどかったね」

 

 湖からは、また水しぶき。

 そんな光景を横目に、カイルは恐る恐るマーズに尋ねる。

 

「ちなみに、今は何部隊くらいやられてるわけ?」

「二部隊。とりあえず今は休んでもらってるけど、これ以上やられたら作戦に支障が出るわね」

「まぁ、相手が相手だからなぁ。それも仕方ない」

 

 被害は大きいが、それでも妥当な数字だとは思う。

 降りしきる雨の中、湖ということで相手の得意な戦場(水中)

 豊富な技の種類に加え、強靭な肉体。またそれを活かした攻撃手段。簡単に何とかできるような相手でないことは想像に難くない。

 マーズも同じ考えらしく、神妙な表情で頷いていた。

 

 そして、またニコリと可愛らしい笑顔を浮かべて。

 どことなく嫌な予感、

 

「そ、仕方ないわよね。だからカイル、一仕事お願い」

「報酬は?」

 

 すくっと立ち上がる彼女は、馬鹿ね、とでも言いたげな小生意気な表情で。

 

「エムリット捕まえなきゃ報酬自体ないわよ」

 

 

 カイルは今日一番の苦笑。

 それを言われたら何も言えないですマーズ様。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんか」

 

 

 とりあえず戦っていた団員たちと交代し、まずは様子を見るところから始める。

 流石に進化系なだけあって、戦闘経験そのものも豊富。多対一での戦い方もそれなりに理解しているようだった。

 何せ、これだけ敵を追い払っておいて陸に上がってくる気配が毛頭感じられない。

 

 相手の土俵に乗らず、寧ろ自分の得意な戦場に引き込む。

 数的不利を覆すための基本戦術だ。

 

「頼んだ、エーフィ」

 

 ボールを放り、飛び出すはしなやかな体躯と額の宝石が印象的な姿。

 たいようポケモン、エーフィ。パーティーで二番目の古株だ。

 

 クチートで相手取ることも考えたけれど、水中戦は論外。

 かといって地上へ引き上げようにもギャラドスの方から物理攻撃が飛んでこないので仕方がない。故に今回は留守番である。

 エーフィはといえば、何も言わずカイルの足に二又の尻尾を巻き付けていた。

 

「こら、一応バトルの場だから」

「フィル、」

 

 ちょっと悲しそうで罪悪感、

 

「ギャアアアアス!」

「くるぞ、"ひかりのかべ"!」

 

 ギャラドスは咆哮と共に"はかいこうせん"の構え。

 対し、エーフィは渋々といった様子で額の宝石のサイコパワーを高めて。

 そうして撃ち出された破壊の奔流を、展開された三枚の障壁が迎え撃った。目を奪う光と共に爆発が起き、晴れていく砂煙の中には健在なエーフィの姿。

 

 カイルは安堵と共に次の指示を飛ばす。

 

「そのまま、"めいそう"」

「――フィ」

 

 エーフィは藤色の瞳を閉じ、大きく深呼吸。

 風のなかったはずのこの場所で、ざわり。目に見えない何かがうごめく感覚。それは小さな風を生み出し、やがて清流が如く吹き抜ける烈風へ。

 その全てを吐き出す吐息と共に静めると、エーフィはゆるりと目を開き。

 ――額の宝石が、先以上に眩い赤の輝きを放つ。

 

 エスパーポケモンの超能力の高まりは、そのまま攻撃と防御の強さに繋がる。

 攻撃はより広範囲に、強力なものへ。防御もより大きく、硬いものへ。しかしながらそれだけの力を扱おうとすれば、当然そのポケモンの体にも負担がかかる。

 故に、突き詰めるべきは短期決戦だ。

 

「"みらいよち"」

「エフィッ!」

 

 エーフィが天高くサイコパワーを放ち、その間にギャラドスは作戦を変えたらしい。

 巧みに水中に潜り込み、素早く地上のエーフィへと接近。先よりも近く、かつ現在位置を特定しにくいようにした状態から巨大な激流――"ハイドロポンプ"が繰り出された。

 

「撃ち返すぞ、"シャドーボール"!」

「エーッフィ!」

 

 前方へと放つ"シャドーボール"が"ハイドロポンプ"とぶつかり合い、相殺して小さな爆発を起こす。

 舞った水蒸気で視界が悪いけれど、それはお互い同じ。

 寧ろ超能力で感知のできるエーフィに歩がある、と。

 

「風、?」

 

 思考を巡らせる最中、はたと気づく。

 相手の攻撃はそれに留まらず、吹き荒れる風が竜巻の形を成して左右からエーフィに迫っていた。

 "ぼうふう"を水中に潜る前に予め仕込んでいたらしい。頭の回ることだ。

 

 カイルは舌を打ち、鋭く次の指示を飛ばす。

 

「"ひかりのかべ"で自分を覆え!」

 

 指示を受け、エーフィは球状に"ひかりのかべ"を展開。急ごしらえ故に強度には難があり、吹き荒れる"ぼうふう"をヒビが入りながらも何とか防ぎきった。

 しかしながら、嵐のような攻撃は止まず。湖から飛び出したギャラドスが、大木のような尻尾で"アクアテール"を繰り出す。

 

「ギャラァッッッ!!」

「ッ、」

「エーフィ!」

 

 胴体に直撃し、エーフィが背後まで吹き飛ばされた。

 砂煙舞う中、油断のないギャラドスは再び"はかいこうせん"の構えをとり――

 

「ギャッ?」

 

 放出されるはずのエネルギーが、未だ球体の形を保っていることに気が付く。

 "サイコキネシス"によって、射出しようとする力の働きを無理やりに抑え込んでいるからだ。

 恐らく"めいそう"抜きでは成しえなかった力業。

 けれど、現状できる中での最適解だ。

 

 行き場を失ったエネルギーは、やがて大きく膨れ上がり。

 後は風船とそう大差ない。エーフィが超能力による捩じりを加えることで、エネルギーを蓄えに蓄えた光球がその場で一気に破裂する。

 

 響き渡る爆発音、

 

「ギャガッ、」

 

 とはいえ、タフなギャラドスのことだからこの程度では怯まないだろう。

 やはり『保険』をかけておいて正解だった。

 

「大丈夫か、エーフィ」

「エフィ」

 

 砂煙から飛び出したエーフィの足取りは重い。

 元々物理攻撃に弱いエスパータイプだ。たかが一発とはいえ、高い攻撃能力を持つギャラドスの攻撃を受けたのだからそうなるのも頷ける。

 これ以上の戦闘はこちらの被害が大きくなるばかりだ。

 

 であれば、丁度よかったとカイルは息をつく。

 まだ気は緩めていないし、油断をしているつもりもないけれど。

 

「"サイコキネシス"で縛り付けろ!」

 

 体内時計が指し示す時間通りならば、次の攻撃でこのバトルが終わるはずだから。

 

「フィッ――――!」

 

 高めた超能力で、ダメージの残っているギャラドスを押さえつけて。

 ギリギリと絞めつけることで少しでもダメージを与える。当然こんなことをしても倒せないことはわかっているけれど、カイルたちの本命は絞め上げての戦闘不能ではない。

 残る切り札は、少しだけ遅れてここまでやってくる。

 

 はるか上空から、キラリと。

 流れ星とも見紛うようなアメジストの輝きを放ち、サイコパワーの奔流が唸りを上げて迫って。

 

「ギャッ、ラアアァァァ!」

「フィィィィッ――!」

 

 逃げようともがくギャラドスを、エーフィが渾身の"サイコキネシス"で掴んで離さない。

 これで王手だ。

 

「――"みらいよち"!」

 

 シンジ湖に落ちる流星。その光が、瞬く間にギャラドスの体を包み込んで。

 耳をつんざくような轟音と共に、大きく、大きく弾けた。

 

 光が収まれば、そこには力なく浮かぶギャラドスの姿。

 隠れていたマーズさんはドン引きだった。

 

「ちょっと。やりすぎ」

「......何となく、そんな気はしてた」

 

 正直、派手に戦いすぎたとは思う。

 とはいえ、どうせカイルが戦う前にも団員たちが散々騒いでいたわけだし、今更少しくらい派手な攻撃をしたってそう変わらないだろう、多分。

 

「それよりもほら、湖が開けたし。今のうちに小島に渡ろう!」

 

 とりあえず一体倒したはいいけれど、シンジ湖にいるギャラドスはそれだけではない。

 他のギャラドスたちに気が付かれたくはないし、時間をかけすぎて若干日も沈み始めている。そこそこに急がねば面倒なことになるのは想像に難くない。

 カイルはマーズの手を取り、お疲れのエーフィを片手で抱きかかえて。

 

「エーフィ頼むな。それじゃあいくよー、マーズさん」

「ちょ、どっ、どうやって!?」

「"テレポート"」

「フィッ」

 

 指示と同時、グン、と頭が思い切り引っ張られるような感覚。

 そして転送が行われるその刹那、いやいやお前何してんだ信じられないとばかりに睨みつけてくるマーズと目が合って。

 

 確かに最初からこうすればよかったんじゃないか、なんて思考が脳裏によぎったのを、カイルは必死に気が付かないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

「ここね」

「チト」

 

 カイルとマーズは並び立ち、小島の中心にある洞穴を見つめていた。

 マーズに思い切り蹴られて足の脛が痛い。エーフィは超能力を使いすぎたので今日はそろそろ休憩。今度は自分の番だとばかりにボールから飛び出したクチートが意気揚々とカイルたちの前を歩く。

 

 一見、何ともなさそうな普通の洞穴に見えるけれど。

 それでも中からどことなく感じる空気がその感覚を否定させる。

 

 視覚ではなかった。聴覚でもなかった。

 通常の五感とはまた異なる、いうなれば第六感ともいうべきそれに対し、この奥にいる何者かが存在を訴えかけている。

 引き寄せられるように歩いていく内、揺さぶられていたナニカも確かに感じられた。

 

 感情、

 

「エムリット」

 

 思わず、そう名を呼んでいた。

 さながら妖精のような、神秘的な風貌。小さな体、先端が木の葉のように広がった尻尾。桃色の頭部に輝くは、エーフィとは似て非なる額の宝玉。

 カイルたちの足音で目を覚まし、金色の瞳でもって品定めをするような視線を向ける。

 

 かんじょうポケモン、エムリット。

 

 その声は発さずとも頭の中に伝わってきた。

 発する言葉は短く、単純で、それでいて恐ろしさを感じさせる。

 

 

 ――あなたの かんじょうを ほっする。

 

 

 初対面で随分なプレゼントをねだるものだと、カイルは引きつるような笑みを浮かべた。

 

 

 

 




主人公はわりとバトル好きです。
不定期更新ですが、次はわりと早いと思います。
よろしくお願いします。


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激情と冷酷

高評価、お気に入り登録ありがとうございます。
またまた仕事続きで投稿が遅れ気味です。
ペース遅いですが、ちまちま続けていくのでお気に入りしていただいている方もそうでない方も暇な時に見てやってください。

ムニエルが好きです。


 

 

 

 

 

 人が嫌いだった。

 

 

 痛いことをされた覚えがある。悲しかった、苦しかった思い出がある。

 どうしても忘れたくて、けれど消そうとしたって全然消えてくれなくて。こびりついたその記憶が、まるで火傷みたいにいつまでもジクジクと心の深いところを蝕む。

 

 時折、なんでもなく涙が溢れそうになる。

 どうしようもなく暴れてしまいたくなる。

 

 苦しくて、悲しくて――憎くて。この"感情"に身を任せて、暴れてしまいたくなる。

 

 都合がいいときだけ優しい顔をして、それ以外の時には心底嫌そうな顔をする。

 どれだけ信じていたって、嘘をつくし、簡単に裏切る。

 

 これで好きだなんていえる方が間違っている、なんて。

 そう考える私はきっと間違っていないと思う。

 

 

 

 

 

 

 いつからか、何かをねだることが多くなった。

 

 

 他人の芝は青く見えるなんて言うけれど、実際そういうものだ。

 

 あの人が何かを食べていれば、自分も食べたいと思う。

 あの人が何かをしていれば、自分もやってみたいと思う。

 

 おいしい、楽しい。そんな体験を、一緒に味わって共有したい。

 そう考えるのは、きっとそんなにおかしなことじゃないと思う。数ある選択肢から私を選んでくれて、うんと可愛がってくれて。それだけじゃなく、たくさんのおねだりに困った顔をしながらも応えようとしてくれて。

 星の数ほどある命の中で、私は数少ない幸せ者のはずだ。

 

 だからきっと、私は遠い未来で神様にだってねだるのかもしれないのだ。

 もしも生まれ変わったなら、またあの人のところがいい、なんて。

 

 

 

 

 

 

 怖い。不気味。恐ろしい。

 

 

 得体がしれないナニカが目の前にいる。

 透き通るような金色の瞳で、心の中を全て覗かれているような心地になる。

 

 この目を見ていると、あの頃を思い出しそうになる。

 昔、嫌な顔をされた時によく似ていた。あの冷え切った目線が、品定めをするような目つきが、私の体の奥底からぞわりと広がる悪寒を引き出す。

 暑くもないのに汗が流れてやまないし、足も縫い付けられたみたいに動かなくなる。

 

 怖い、逃げ出してしまいたい。

 

 となりにはあの人が立っている。

 

 怖い、一緒に逃げたい。

 

 あの人も震えている。けれど向き合っている。

 

 怖い、守りたい。

 

 あの人が私の頭を撫でる。

 

 怖い、けれど、安心する。

 

 あの人が私の目を見て頷く。私も頷きを返す。

 

 

 ――守りたい、一緒に戦いたい。

 

 

 

 

 

 

 洞窟に入り、その先の遺跡らしき場所で佇むエムリットに出会い。

 

 けれど、カイルは動けないでいた。

 そこそこにトレーナーとしての経験を積んでいるが故、対峙したポケモンの力量はある程度理解できるつもりだった。

 実際先のギャラドスと戦ったのも、力量を見たうえで勝てると判断したからだ。

 

 ただ、今目の前にいるポケモンは。

 

「......っ、」

 

 どういった戦いをするのか。どれだけ強いのか。間合いはどこまでなのか。

 その断片すらも見計ることができない。まるで、何も見えない暗闇を覗き込んでいるかのような。そんなえも言われぬ不気味さだけが感じ取れた。

 息をすることすら忘れていたことに、苦しくなって初めて気が付いて。

 

「ふぅ、」

「……」

 

 一度、落ち着いて呼吸を整える。

 普段なら真っ先に攻撃を仕掛けるマーズも、今回ばかりは慎重に様子を見ている。急いては事を仕損じることはカイルだってわかっている。

 相手から仕掛けてこない以上、こちらも冷静な対処を心がけるべきだ。

 

 ちらと横を見れば、クチートも怯えているようだった。

 

 トレーナーの焦りは、そのままポケモンの焦りへと繋がる。

 ふりだけでもいい。心の中がどれだけ荒れていたとしても、形だけの落ち着きを装ってでも、何よりポケモンの安心をさせてやることがトレーナーの務めだから。

 

「クチート」

「チ、ト」

 

 そっと、クチートの頭に手を当てて。

 震えを抑えて、優しく撫でる。

 

「クチート、大丈夫だから」

「......!」

 

 丸い目を見て、小さく頷く。

 クチートの目に光が戻る。そうしている内、心なしか呼吸も安定してきた。

 エムリットは何を言うでもなく、その様子を見ていた。

 

 じっと。じっと、

 

《かまわない》

 

 ふいに、そんな声が頭の中に響いて。

 カイルは驚愕を真顔の面で覆い、目線だけで必死に左右を確認する。そうして見渡せど、左右にいるのはクチートとマーズだけ。

 誰かの悪ふざけ、というわけではない。となれば、

 

「エムリット、なのか?」

《ひとのこと はなすのは ずいぶんとひさしい》

「ちょっとカイル、今更当たり前のこと言わないでよ」

「あれ?」

 

 もしかして、マーズさんには声が聞こえてない?

 

《すこし ねむったほうがいい》

「ちょ、なっ、え……」

 

 エムリットはふわり、マーズの目の前に移動して。

 互いに瞳を見つめ合う。そのうちに彼女の目が回り、エムリットが小さな指を額に当てて。

 ふらり、

 

「マーズさん!」

 

 名を呼び、倒れ込む彼女の体を支える。

 脈拍と呼吸は、問題ない。

 

 ただ、起こしても反応がなかった。

 軽く叩いても、ほのかに赤い頬に触れても、返ってくるのは微かな吐息ばかり。

 一見、ただ眠っているだけのようにも見える。けれどカイルの記憶の端をよぎるのは、いつか聞いた神話の一節だった。

 

 その ポケモンに ふれたもの

 みっかにして かんじょうが なくなる

 

 神話にせよおとぎ話にせよ、手放しに信じるような性格をしているつもりはない。

 しかしながら、目の前に伝説のポケモンが存在する以上、伝わる伝承全てが嘘だとも限らないことになる。

 そう考えれば考えるほど、警笛がごとく跳ねる鼓動の音がうるさくなるのを感じて。

 

 やまない不安と、零れそうになる弱音。

 それを、大きく、大きく深呼吸をして体から追い出した。

 

《さて はなしをしよう》

「……ああ、少し待ってくれ」

 

 腰の辺りからボールを拝借し、呼び出したブニャットにマーズさんを預ける。

 本来であればカイル自身が守ってあげたいところだけれど、流石に眼前佇む伝説を相手にしながら守り切る自信は持ち合わせていない。

 とりあえず、二人には洞窟の出口付近まで下がってもらうことにした。

 

 冷静さを保つことが、何よりも重要だとわかっている。

 焦りや怒りといった感情が、重要な局面における判断を狂わせる。

 

 カイルは、それを痛いほどよく理解していたから。

 

「――"ふいうち"」

 

 氷点下が如く。冷え切った声音でもって指示を飛ばす。

 

「チ」

 

 音もなく駆けるクチートがエムリットの背後をとると、大顎を大きく開き。鉱石をも砕く鋭利な牙は、けれどガチンと虚空を噛み抜いた。

 "テレポート"、

 

「後ろだ。地面を砕いて対応しよう」

 

 カイルたちの背後、舞うように周囲を旋回するエムリットが"スピードスター"を放つ。

 対しクチートは地面に牙を突き立て、嚙み砕き。それを大顎の中に含んだまま、颯爽とカイルの前へ飛び出して。

 

「"ぶんまわす"」

 

 大きくぐるぐると回転。

 そのまま遠心力に乗せて含んでいた石つぶてを前方いっぱいに投げつけることで、迫りくる"スピードスター"を全て相殺した。

 いくつも爆発が起き、悪い視界の先では次の行動に移るエムリットの姿。

 

 額の宝石を妖しく瞬かせ、そっと両手を合わせて。

 刹那、カイルたちの上空の空間が捻じ曲がったような感覚。

 

「上、?」

 

 宝玉とも見紛うような虹色の光の塊が、天井付近から落ちて来る。

 近づくにつれ大きくなる光――"じんつうりき"をこのサイズ感で放てるのはやはり規格外だ。規模のわりに発射が早いのもあり、気が付くのが遅れてしまっている。

 現状躱しきるのも、相殺も不可能。であれば、

 

「耐えるぞ、クチート」

「チィ!」

 

 硬い大顎を抱きかかえ、伏せるようにして防御態勢。

 落ち行く"じんつうりき"が眩い光と共にゴウッ、と爆風を引き起こし。けれど砂煙の中にはそれでも立つクチートの姿。

 

《......おどろいた》

「チィ、トッ!」

 

 とは、いえ。ダメージを受けていることに変わりはない。

 ここまでのやり取りでエムリットに有効打を与えることはできず、戦況は防戦一方のまま。何かしら対策を打たなければここまま押し切られることは容易に想像がつく。

 であれば、様子見はいらない。出し惜しみをする必要だってありはしない。

 

 良くて相打ちか、そうでなくても一撃を入れられるか、といったところだろうか。

 ともすれば、マーズさんの仇はとってあげられないかもしれないけれど。

 

 それでも、

 

《?》

 

 カイルは首元のネックレス。

 その先端の宝石を握りしめると、その内側から七色の光が生まれる。

 

「クチート、全力だ」

「チート!」

 

 カイルの光に呼応するように、クチートの腕輪に付いた宝石からも同じ光が発された。

 互いの光は幾重にも広がる線となって繋がり、クチートの体を包み込み。

 

「メガ――《ちょっとまった》」

「っ!?」

 

 待ったの一言と共に、不可視の力――"サイコキネシス"で口を抑えられた。

 発しようとした言葉は音にはならず、指示を途中で止められたクチートも慌てた様子でカイルを見ていた。

 これはまずい、と。カイルはそう考える。

 

 ポケモンバトルは、基本的にはトレーナーの指示に沿って戦いが行われる。

 広い視点からトレーナーが指示を出し、ポケモンがそれに従って動く。そういった分担がこの世界でのスタンダードなのだけど、これには大きな弱点が存在する。

 

 今この状況が、まさにそれを表していた。

 

 カイルはエムリットの"サイコキネシス"を受け、指示が出せない状態。

 現在は口元を抑えられているだけだが、このまま喉まで絞められれば、楽に天国までの片道切符を握ることは想像に難くない。

 やはり足を引っ張るのはトレーナーの方、だなんて。

 そう考えすらし始めた頃合いで、口元を抑える力が消えた。

 

 頭に響くのは、鈴を転がすような声音。

 

《おちついた?》

「ごほっ、なんの......つもりだ」

《なにか かんちがいをされているように かんじたから》

「勘違い?」

 

 エムリットは困ったように眉間に皺を寄せ、

 

《あの おんなのこ。きっとなんにちも ねむれていなかったはずだ》

 

 恐らく、マーズさんのことだろう。

 普段見ているこっちまで胃がもたれそうなほど甘党な彼女が、今日は砂糖とミルクをふんだんに使ってでもコーヒーを要求してきたのを思い出す。

 最近の任務の重要性と難易度、またその責任者を任されているという事実。それだけの心労が重なっていれば、眠れないのもなんら不自然な話ではない。

 

 カイルが頷くと、エムリットも頷きを返して続ける。

 

《だから いちどねむってもらっただけ。それいがいにはなにもしていないよ》

「あの子の感情を奪ったりとかは、してないのか?」

《ひつようにかられれば そうすることだってあるかもしれないけれど。すくなくともあのこにそうするりゆうは ぼくにはないだろう》

 

 一見、筋が通っているようにも感じるけれど。それでも手放しに信じて腹を割って話そうというつもりはない。

 何せ目の前にいるのは、人間以上に大きな力を備えた、価値観の違う存在。

 カイルと同じ尺度でものを考えていると思い込むのはよろしくないのだ。

 

「マーズさんが起きるまでは、信用しないぞ」

《まあ それならそれでだいじょうぶだよ》

 

 そんなこんなで会話に区切りをつけ、一応マーズの様子を見に外まで向かい。

 若干あきれ顔になりつつあるブニャットの背中で、それはもう幸せそうな顔で寝ていたのでそのまま放置してきた。

 去り際に不機嫌そうな舌打ちが聞こえた気がするけれど、きっと気のせいに違いない。

 

「ッフィ、」

「ちょっと沁みるか、ごめんな」

「フィル」

 

 戻ってからは、クチートとエーフィの応急処置をすることにした。

 強敵相手に戦ってくれた二人を労ってあげたかったし、第一エムリットにどう話しかけたらよいのかもわからないし。

 

「チト―、」

「はいはい、お前もありがとうな」

 

 治療をしているカイルとエーフィの間に潜り込んできたクチートが、わたしもわたしもとばかりにまるっとした瞳で見上げてくる。

 頭を撫でると、その手を小さな両手で掴んで頭に押し付けられた。

 可愛らしくて大変よろしい。

 

 いつの間にか、最初に洞窟に入った時の緊張は感じていなかった。

 それはクチートたちも同じらしく、今のように普段通りのじゃれ合いなんかもしている始末。そんななんでもない光景を、エムリットもまた眺めていた。

 

 何を言うでもなく、ただ、じっと。

 ここではない、どこか遠いむかしを眺めているような、そんな目で。

 

 ふと、呟くような言葉が聞こえてきた。

 

《かまわない》

 

 カイルは眉を寄せる。

 

「......さっきも言ってたけど、どういう意味なんだそれ」

《ちからをかしてくれと、そうたのみにきたんじゃ?》

 

 何を当たり前のことを、とばかりに返された。

 ある程度の事情は把握しているらしい。

 

「条件は?」

《というと?》

「話がはやくて助かるんだけど。お前ほどのポケモンが、なんの理由もなくその力を貸してくれるとも思ってないっていうのが本音だ」

 

 大きすぎる力には、使うための責任が伴う。

 伝説とまで謳われるその力を、なんの条件も制約もなく行使してくれるとはとてもじゃないけれど思えなかった。

 仮に条件が存在して、後からその分の代償を請求されたりなんかしてもたまったもんじゃない。

 ただほど高いものはない、とはよくいったものである。

 

 エムリットは、驚いたように目を丸くしていた。

 次いで手を口元にあててくつくつと笑い、

 

《きみは、よこのポケモンにもそうしてもらってるの?》

 

 横の、クチートを指で示されて。

 エムリットは続ける。

 

《おおきなちからは ぼくいがいのどんないのちにだってそんざいする。それにいちいちけいやくをもちかけるなんて、かえってめんどうなはなしだ》

 

 クチートとお前を一緒にされても、とは思うけれど。

 確かに人間を超えた力を有すという点については、どちらも同じそれだ。その中でただたまたま、自分に特殊な能力があるだけ、なんて。それくらいの認識なのかもしれない。

 恐らくだけど、エムリットは自分とそれ以外のポケモンを区別していないのだ。

 

 ただ、こと契約という話に関しては、クチートと取り決めたものがある。

 カイルは足元の相棒とアイコンタクト。

 

「悪いけど、クチートとはれっきとした取り決めがあるんだ」

「チ!」

《?》

 

 怪訝そうな表情のエムリットに対し、カイルは虚勢と張り付けた笑顔と共に。

 

「毎日三食昼寝付き、これが俺の手持ちの契約だな」

 

 まあ、お金に余裕があるときに限ったものだけれど。

 

《(笑)》

 

 うけた。

 エムリットは咳払い、

 

《それと あなたたちのかんじょうを みせてもらった。ずっとむかしのものから、すこしだけさいきんのもの。いまげんざいのものに いたるまで》

 

 ――気に入ったんだ、と続ける。

 どこか嬉しそうな表情で、凛と心に響くその声で。

 

《いいかんけいだとおもった。それできにいった。ちからをかすのもわるくないと、そうおもった。それいがいに なにかりゆうはひつようかな》

 

 そう結んで、にこりと笑うエムリットの姿に。

 いつしか、カイルは恐怖も不気味さも感じてはいなかった。快く頷きを返すと共に、腰元から取り出したモンスターボールを差し出す。

 

「いいや、必要ない。エムリット、少しの間だけどよろしく頼む」

《こちらこそ》

 

 そうして伸ばされた小さな手が、開閉ボタンに触れて。

 飛び出した光がエムリットを包み込み、ボールの中へと納まる。

 

 それから少しだけ、かたりと揺れて。

 程なくして、捕獲完了を知らせる音が洞窟内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い空間の中、男は佇んでいた。

 

 浮かぶ気泡、何かが送り込まれ、吸い上げられるチューブ。

 培養液入りのカプセルには、伝説のポケモン――『ユクシー』の姿がある。

 

 ギンガ団の最終計画を実行に移すため、幹部と全戦力の三割を向かわせてエイチ湖から連れてきたそれだ。

 いかに伝説のポケモンとて、数の力には勝てないのは自明の理。

 残るシンジ湖とリッシ湖にも分散させた戦力をそれぞれ向かわせている。右側に並ぶ二つのカプセルには何もいないが、じきに集まるだろう。

 

 男には野望がある。他の何を捨ててでも叶えたいもの。

 ――否、叶えなければならないものがある。

 

 それが自分の、そしてこの世界のためになるからだ。

 そのために多少の犠牲が出ることだって、きっとあるはずだろう。当然のことながら、自分自身がそうなる覚悟だってしている。

 しかしながら、これから創られる新世界の前ではどれもちっぽけなそれだ。

 

 私利私欲に塗れた社会。

 薄汚れた固定概念。

 

 ――不必要な喜怒哀楽、"感情"。

 

 そのどれもこれもが、不要な塵芥。

 なればこそ、それらを切り捨てることになんの躊躇をすることがあるだろう。

 

 カプセル左右のモニターに映る、計画実行中の文字。

 男が片方を操作すると、数秒ほどのコール音の後に若い男の声が聞こえてきた。虐待を受けた子供を思わせる、どこか怯えたようなそれだ。

 

「アカギ様、計画の方なのですが、その、」

「いや、いい。サターン。相手が相手だ」

 

 アカギと呼ばれた男は、小さく頭を振る。

 モニター越しに会話をしているのは、幹部であるサターン。向かわせているのはリッシ湖であり、計画の目的はいしポケモンの『アグノム』。

 この地方に伝わる伝説にて、いしのかみと讃えられているポケモンだ。

 

「到着から今まで、戦闘を?」

「はい。アグノムも疲れてはいるはずなのですが、依然抵抗が激しいままでして......」

 

 サターンの言葉を受け、アカギは幾ばくか考える素振り。

 それから、尋ねる。

 

「サターン。頼んでいたモノは?」

「ええ。一応完成はしているのですが、」

「それを使えばいい」

 

 何一つ表情も、声音も変えず、アカギは淡々と続ける。

 "落とせ"、と。

 

 それだけを言い残してモニターを閉じ、もう片方のモニターに視線を向ける。

 幹部であるマーズに任せたのは、感情を司るポケモン。

 

「感情、か」

 

 呟き、聞き、咀嚼し。

 

「シンジ湖には、私が向かうとしよう」

 

 止まない雨の中、降りしきる雫よりも冷たい言葉を残し、飛び立つ男。

 ギンガ団リーダー、アカギもまた、シンジ湖へと向かっていた。

 

 




次は投稿目標は一週間です。
ありがとうございます。


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悪感情

多忙と遅筆が重なって二か月以上遅れました。申し訳ないです。
前回お気に入り登録して頂いた方、ありがとうございます。これからものんびり投稿していくつもりなので暇つぶし程度に読んで貰えると幸いです。
ちなみに今回は難産な分いつもより多めになってます。
おせんべいが好きです。


 

 

 

 

 

 目を覚ました時には、すべてが終わっていた。

 

 

 情けない話だけれど、何より最初に感じたのが安堵感だった。

 数日ぶりにぐっすりと眠って、相対した伝説や作戦への緊張感からも解放されて。そうして起き上がるベッドの横では、よく見慣れた光景が広がっていたものだから。

 

「クチート、俺にも一口」

「チト」

《......!》

 

 シンジ湖近辺に設営した、仮拠点の休憩室である。

 起き上がったベッドの横。併設されているテーブルにはカイルがいた。膝上のクチートと食事を分け合い、反対側には目を輝かせてフーズを頬張るエムリットの姿もある。

 マーズは大きく欠伸。次いで緋色の目を擦り、改めて目の前の状況を認識する。

 瞳をぱちくち。やはりテーブルにはエムリットが座っていて。

 

 呟く、

 

「エムリット、?」

《やぁ》

「っ、...っ!?」

 

 ベッドから転げ落ちそうになった。

 正しくはバタバタと後ずさりをして、背後の壁に思い切り頭がぶつかる。

 

「あいったぁ......!」

「マーズさん、大丈夫?」

 

 かなり痛い、けれど。後頭部に鈍く感じるそれが、ここが夢の中でないことを証明してくれる。

 今いるのはシンジ湖の洞窟内ではなく、拠点の休憩室。にも関わらず、当然のように佇むエムリットの姿。

 つまるところ、

 

「……捕まえたわけ?」

 

 思わず、零す。

 にわかには信じがたいし、こんな都合よくいくかと思う。体のいいドッキリか何かかと疑いそうにもなる。ただ一つ確かなのは、目の前の男はそういう嘘がヘタだってことくらいなもので。

 そこまで考えて、やっと実感が湧いてきて。

 気がつけば、彼の手を握って引き寄せていた。

 

「ちょっとカイル。勝ったの? エムリットに?」

「え、あっ、ちょっ……」

 

 息まきながらカイルの手を振り、尋ねる。

 けれど当の本人はといえば、どこか煮え切らない様子でいて。視線だけで「いいから早く言え」と促すと、彼は気まずそうに頬をかき、ちらとエムリットの方へ眼を逸らした。

 

「いや、あっさり負けたよ。流石伝説って感じだった」

「ならどうやって捕まえたのよ。不意打ちでボール投げたとか?」

「あははっ、そんなマーズさんみたいなことしな......って痛い痛い痛い! ごめん、ごめんって!!」

「ちっ」

 

 吐き捨てるように舌打ち。次いで、ギリギリと握っていた手の力を緩めてやった。

 しかしこのところ部下にしてもこの男にしても、最近マーズのことを舐めている節がある。そろそろ一度制裁を加えておくのも悪くはないんじゃなかろうか、なんて考えながら。

 ひとまずはベッドに座り込み、続きを促す。

 

「で、なんでいるわけ?」

《かれのことが すこしだけきになったものだから》

 

 問いかけには背後のエムリットが答えた。

 威厳も何もあったものじゃない、ポケモンフーズを思い切り頬張っている姿である。テレパシーの使いどころを若干間違えている気がしないでもないけれど、それを指摘するのは野暮だろうか。

 

「俺もよくわからないんだけど、そうらしいよ」

「余計わからなくなってきたわよ......」

 

 もう一度、ベッドに倒れこんだ。 

 気の遠くなるほど、はるか昔。その時代から生きてきた、ある時には人々の営みに身を寄せてきた伝説のポケモンが、今更ただの一個人に興味を持つことなんてあるのか。

 仮にそれが本当だったとして、ただそれだけの理由で、本当にギンガ団に力を貸してくれるものかと。そんな疑問は残るところではあるけれど。

 

「はぁ、」

 

 考えるのが馬鹿らしく思えてきて、散らかった思考を記憶の彼方に放り投げた。

 何はともあれ、エムリットの捕獲には成功しているわけで。終わりよければ全てよし。それ以上余計なことを考える必要はないのだ。多分。

 

「マーズさんもほら、これ美味しいよ」

「ん」

 

 考えることをやめてカイルから固形食を受け取り、一口齧る。

 硬すぎず柔らかすぎず、ほどよい塩味と木の実の甘味が寝起きの体にちょうどいい。

 

「ちなみに、これはどこから持ってきたわけ?」

「本部から拝借してきた」

 

 二度目の溜息。また頭が痛くなってきた。

 

 それから軽く事情を聴いてみれば、マーズが寝ている間に色々とあったそうな。

 カイルとエムリットの間で一つ、取り決めが交わされたり。戻らない自分たちを救出しに行こう派と作戦失敗の言い訳を考えよう派に団員達が分かれていたり。

 眠るマーズを背負って戻ってきたカイルに、何故か一部の団員が感涙と共に拍手をしていたり。

 

「大体、こんな感じかな」

「はぁ......」

 

 要するに、半分近くがろくでもない話であるらしい。

 一応の上司として、部下たちにはそれなりに気を使った対応を心がけてきたのだけれど。教育において重要なのは飴と鞭の使い分けである。

 やはり連中には鞭の時間が必要そうだった。

 

「ま、全員後で説教ね。あんたにも悪いことしたわ」

「俺は報酬さえ貰えればなんでもいいよ」

 

 からからと笑ってくれる分、いくらか心持ちも楽になるけれど。その態度に頼りきりになってしまってはいけないこともまた事実だ。

 小さく頭を振り、

 

「それもそうなんだけど、今回は特にあんたへの負担が大きかったから」

「あ、気にしてくれてたんだ」

「まあね」

 

 元々彼に依頼した内容は、エムリットを捕獲することだった。

 それだけでも中々な無理難題だというのに、シンジ湖でのギャラドスとの戦闘。オマケにエムリットとの戦闘の後、寝ころんでいたお荷物を抱えながらの帰還。

 当初と比べれば随分とオプションがついたものである。

 

「リーダー格のギャラドスの撃退と、エムリットの単身での捕獲」

 

 マーズは指折り数え、小さく頷き。

 

「その分はちゃんと報酬は弾むよう言っておくわ」

「助かりますマーズ様」

 

 苦笑。どちらの方が助かっていると思っているのだろう。

 本来であれば、強敵であるエムリットとの戦闘だけに集中してほしかった。だからこそ、それまではやることのない見張り番を頼んだはずだったのに。

 立ちはだかるギャラドスを倒せなかった。お膳立てすらしてあげられなかった。

 

 不甲斐なさすら感じている、というのが本音だ。

 

「それと、」

 

 皆から、何か変な勘違いをされている気がする、なんて。

 口をついて出かけた言葉は、すんでのところで理性がせき止めた。

 

「それと、何?」

「何でもないわ。それより、他に何か変わったことは?」

 

 マーズの問いかけに、カイルはたっぷり五秒ほど、あーだのうーんだのと考えて。

 

「そうだ。そういえば、アカギさんがこっちに来るって言ってたかな?」

「......一応聞くんだけど。それいつの話?」

「ああ、確か今向かってるとかなんとか」

 

 数秒、思考停止。ギンガ団のボスであるアカギが、こちらに向かっている。

 恐らくは、作戦の進捗状況を確認しに来ているのだろう。理由なんて考えるまでもない。マーズが眠りこけていたため、本日分の進捗報告ができていないからだ。

 とはいえ、何故他の幹部や部下を寄こさないのかと疑問は残るけれど。今はそんなことを考える暇はない。

 

 急いで立ち上がり、さっと手櫛で寝癖を整えて。

 

「ちょっと、それ早く言いなさいよ!!」

「うんっ!?」

「ほんとにもう! ええと成果の報告は、いやまず昨日報告できなかった言い訳を、ああでもでも計画自体は成功したわけだし......!」

 

 通りすがり様、右ストレート一閃。

 報連相がなっていない目の前の大バカ者は、とりあえず思い切り殴っておいた。歩き出し駆け出し、とっちらかる思考をまとめながら扉を開けて。

 

「む」

 

 その向こう側に佇む男の姿に、すーっと。体中の熱が抜けていくのを感じた。

 背筋が冷える。というか凍える。その実感に違わないアイスブルーの髪と、どこか濁りを感じさせる黒々とした三白眼。

 

「あっ、ああああアカギ様......!?」

「ご苦労、マーズ。作戦の進捗はどうなっている?」

 

 

 忘れもしないその姿、ギンガ団のリーダーであるアカギがそこにいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 こういってはなんだけれど。

 皆が思っている以上に、アカギという人物はまともな人格をしている。

 

 

 新しい世界を創造する、という大きな野望を掲げて。

 そのために、今やシンオウ地方の中でも突飛して大きな組織であるギンガ団をまとめ。またその中で、職を失った人間や理念に共感するトレーナーを雇い入れては、身寄りのないポケモンを教育して彼らに貸し与える。驚くことに給料だって普通にもらえる。

 

 何か失敗をしたときでも、頭ごなしに叱ることもしなかった。

 状況を聴き、対応を聞き。原因を分析して対案を示す。

 

 いわゆる、カリスマというべきか。

 リーダーとしても、一人の人間としても、とても尊敬できる人だ。

 

「えっとですね。作戦の方なんですけれども、昨日は報告の方できずにいて申し訳ありません。一応そのための書類まとめたり連絡どうしようかなとか考えたり。あ、いやいやもちろん提出しろと言っていただければ今すぐ提出しますよ。サボっていたわけでないんです。本当ですよ? 実際に昨日はですね、シンジ湖周辺からまず状況を見て準備を進めて......」

 

 尊敬はしているのだ。それはもう。

 ただ、そうであっても、というかそうであるほど、かえって緊張をしてしまうもので。

 

「長いな」

「あああすみません! えっとですね、計画の方は成功しました!」

「ほう?」

「カイルがエムリットを捕獲したんです」

 

 見てください、とテーブルの方を指さしてたものの。

 さっきまでいたエムリットの姿はなく、横のカイルは怪訝そうな表情でモンスターボールを握っていた。

 

「君か」

「ああ、お久しぶりですアカギさん。ほらエムリット.....ってあれ、出てこない」

 

 開閉ボタンが押されても、ボールはうんともすんとも言わない。

 恐らくは中にいるエムリットの意思だろう。内外共に外に出ようという働きかけが無ければ、ボールからポケモンが外に出ることはない。

 モンスターボールというものは意外とよくできたシステムをしているのだ。

 

「......いや、本人が出たくないのならそれで構わない。ボールを渡して貰えるだろうか」

《だめだ》

 

 アカギの言葉に被せ、先までとは似て非なる強い思念が思考に割り込んできた。

 

「えっと、自分は大丈夫なんですけど」

《おそろしい。にごった よどんだかんじょうをしている》

 

 先以上に強まる思念に、頭痛すら感じる。

 カイルも同様に思念を感じ取っているらしく、唇をきつく引き結んでいた。そんなこちらの様子など意に介さず、アカギは淡々と言葉を繋げていく。

 

「既にユクシーは手中に収まっている。もうじきリッシ湖のサターンも、アグノムの捕獲を完了させる頃合いだろう。そこに君が捕まえたエムリットを加えることで、私たちの最終計画は完遂に大きく近づくことになる」

 

 野望を見据える男の言葉は、ただとうとうと紡がれて。

 

《とおいむかし いちどだけみた じゅんすいな あくかんじょう》

 

 反して思念には、入り混じる恐れが色濃く表れていた。

 

「そういうことだ。力を貸してもらいたい」

《このにんげんには ちからをかせない》

 

 これ以上なくシンプルなそれらが、二人が導きだした結論であり。

 その正反対な主義主張から板挟みにされているのがマーズたちだった。

 

(えぇ......)

 

 口角が嫌に吊り上がる。

 片方を選べば、当然ながらもう片方が敵に回る。かといってうまいこと間をとる折衷案があるわけではないし、下手をすればあの二人を同時に敵に回すことにもなりかねないわけだし。

 故に、正解は黙って何もしないこと。今の自分は路傍の石ころ。いや花だ。

 

 エムリットを捕獲したのが自分でなくてよかったと心底思う。

 なにせ、挟まれる板のメイン。今回どちらかを選ぶのはカイルなのだから。

 

「ふぅ、」

 

 しばしの思考の後、彼は大きく息をついて。

 

「俺は、頼まれた仕事をこなします」

 

 ――エムリットの捕獲を頼まれましたから、と。そう続ける。

 そう語る横顔は、何かを覚悟したらしい顔つきでいて。静かにアカギの元まで歩み寄り、ボールを手渡そうとした、その刹那。

 

 大地が、揺れた。

 

 それは体の芯に通じる重い地響きであり、立っていられないほどの地動であり。

 後に聞いた話によれば、この地震はシンオウ全土に響き渡っていたそうな。それが"人為的に"引き起こされたものだなんて、きっと誰だって信じないだろう。

 けれど、確かに起きた。起こされたのだ。

 

「サターンか」

 

 眉一つ動かさず、アカギは呟く。

 

「あ、アカギ様。今のは?」

「最小の範囲であり、最大の威力。それだけを突き詰めて作り上げたギンガ爆弾。それをリッシ湖に落とした」

「......あんな。あんな大きい地震が起きるようなものを、ですか?」

「必要だから落とした。ただそれだけだ」

 

 淡々と話すアカギに対し、何か言おうとして、けれどうまくまとまらなくて。

 結局何も言えないまま、マーズは下唇を噛んで俯いていた。

 

「アカギさん」

「ああ。すまない、話の途中だったな」

 

 カイルの方を振り向いたアカギは、いっそ清々しいくらいにいつも通りの様子だった。

 マーズが何か失敗をしたときも、こうだった。――否、今まで何が起きたときにだって、彼は変わらずいつも通りを保っていた。

 

 喜びも、怒りも、哀しみも、楽観も。

 ともすれば目の前の男は、今回発生しうる被害にも、今までの出来事にも。何一つ心は波打たず、何も感じてはいなかったのかもしれない。

 そう考えれば考えるほど、嫌な悪寒が背筋を走るような心地がして。

 

「とりあえず、俺は頼まれた仕事はこなしたので。これでお暇しますね」

「ああ。ご苦労だった」

 

 カイルは改めてアカギにボールを渡し、マーズの横を抜けて部屋の外へ。

 

「それじゃマーズさん、また何かあればよろしく」

「えっ、あ、うん......、」

 

 片手をひらひら。彼は何事もなかったかのようにアッサリと去っていく。

 なんというか、二人ともどこかドライすぎはしないだろうか。アカギはともかく、カイルはこういう時にいの一番に現場へと駆け付けようとするはずの人間だ。

 少なくとも何も気にしないまま、帰ってのんびり眠るなんてことはできないお人好しだ。

 

 第一、あれだけ拒絶反応を示していたエムリットを簡単に手渡すとも考え難い、と。 

 そこまで思考を巡らせ、もしかしてと思い当たる嫌な予感。

 

 こいつまさか、

 

「ときに、カイル君」

「......なんでしょう」

 

 アカギは振り返ることもせず、また淡々と話す。

 

「人間というものは、合理的に判断することのできない生物だ。人生にて幾重にも存在する選択肢の中。頭では何が正しいのか理解をしていても、敢えてその逆を選ぶものが後を絶たない」

「はぁ、どういうことですか」

「感情的になるから失敗する。道を誤る。時として人間が非合理的な判断を下すのは、必要のない感情が思考に割り込むからだろう」

 

 そう話す彼は、渡されたボールを地面へと落とし。

 

「その場限りの感情に身を任せるのは、愚かな人間のそれだ」

 

 思い切り踏みつけ、砕き割る。

 

「......ッ!」

「――改めて問うが。"これ"が君の選択で、間違いないのだな」

 

 嫌な予感と溢れ出そうな文句を、生唾と共に飲み込んだ。

 カイルが渡したのは空のボールであり、その意はいたってシンプル。ギンガ団にエムリットを渡すつもりなどさらさらない、ということだろう。

 交渉は決裂したのだ。それもこれ以上ないくらいに最悪な形で。

 再三の問いかけに、カイルは一縷の迷いもなく返した。

 

「ええ、これが俺たちの選択です」

「そうか。であれば、仕方がないな」

 

 アカギは吐息。次いで腰元のモンスターボールに手をかけ、

 

「クチート!」

「チィ!」

 

 瞬間、目を奪う速度でカイルに迫る漆黒を、クチートが大顎で受けとめた。

 互いに押し合い、そのまま睨み合うこと数秒。漆黒は初撃を受けとめられたことなど意にも介さず、力強い踏み込みと共に鋭い両翼による連撃を繰り出す。

 一閃、二閃、それに留まらず息つく間もなく続く"つじぎり"に、クチートの表情に苦悶の色が浮かぶ。

 

「クチートは確か、はがねタイプだったな」

「ええ、そうですが」

「はがねタイプの特色は、相手以上に硬いその肉体にあるといえるだろう。それは時に相手を打ち砕く矛となり、またある時には自分を守る盾となる」

 

 苦しみつつも攻撃を防ぐクチートに対し、漆黒は大きく距離を取り。

 その翼が。否、羽の一枚一枚に至るまでもが光沢すら覗く鋼鉄の刃へと変わっていく。

 

「ならば、対峙する我々が取る行動もまた然りだ。同じく硬い"はがね"を用意してやればいい」

「ッ、躱せクチート!」

「ドンカラス、"はがねのつばさ"」

 

 風切り音が、聞こえた。

 

「チグッ、」

 

 次の瞬間には、漆黒――ドンカラスの両翼がクチートを捉えていた。

 ガードの大顎をするりと抜け、右翼が喉元を、左翼が鳩尾を鋭く突いている。考えるまでなく、最短であり、最小であり、それでいて最大の効果を発揮する急所への攻撃。

 傍から見ているマーズでもわかる。今の一秒にも満たない数舜で、この勝負は決したのだ。

 

「クチート!」

 

 倒れこむクチートをカイルが支え、その小さな体を自分の足元へ。

 優しく頭を撫でてやり、耳元で何事か囁く。

 

「......ごめんな、休んでくれ」

「カイル、」

 

 マーズは、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

 今までずっと、ギンガ団の理念が。ひいてはアカギに付いていくことが正しいのだと考えていた。故にこそ、彼の指示に従う自分自身の行動にも疑いなんてなくて。

 けれど、あれだけの拒絶を見せたエムリットと、それを守ろうとするカイルの姿。加えて、ただ必要だからと簡単にリッシ湖に爆弾を落とすアカギの冷酷さを目の当たりにして。

 

 ともすれば、今までの自分たちの行動は間違っていたのではないか、と。

 自分の中の根底が揺らぐのを感じて、相反する感情に板挟みにされていた。

 

「私は、」

 

 自分の今までを信じ、アカギに加勢するか。

 それとも今の感情に身を任せ、カイルに加勢をするか。

 

 わからない。怖い、何もできない。

 

 どちらを取ることもできないまま、マーズはただ黙って戦いを見つめる。

 一人で作戦を実行に移せなかった、実力不足なのは自分だ。それ故にカイルを呼び出したのも自分だ。ここまで状況がこじれた原因は全て、他でもない自分自身にある。

 であればこそ、せめて事の顛末だけでも見届ける必要があった。

 

 瞬き一つするだけの間にも、戦況はすぐに移り変わり。

 ボールホルダーへと手を伸ばそうとしたカイルの喉元に、ドンカラスの黒翼が突き付けられる。

 

「悪いが、これで終わりだ」

「......」

 

 カイルは何も言わず、そのまま両手を上げる。

 

「必要以上の戦闘は好まん。ボールは触れさせないし、開かせない」

 

 ドンカラスは黒々とした瞳でもってカイルを見据え、その一挙手一投足すら見逃さない。

 アカギはそのまま歩み寄り、カイルの腰元にあるモンスターボールを取ろうとして。

 

「ボールが、ない?」

 

 そこにはただ一つのボールもなかった。

 鞄に入れた様子は見受けられないし、ポケットなどにそれらしき膨らみもない。であればどこに、と。思考を巡らせようとした一縷の隙を、彼は決して見逃さない。

 

「すいません、アカギさん」

「チト」

 

 相槌を打つクチートの大顎から、ボールが飛び出した。

 呟く。零す、言い放つ、

 

「――俺たち、諦めが悪いんですよ」

「ッ、」

 

 クチートはボールを握り、その開閉ボタンを押して。

 その内から飛び出すはエーフィ。その額から生まれ出ずる"フラッシュ"の光が、大きく、大きく部屋を照らす。

 その間にカイルたちは再び距離を取り直した。

 

「ナイスエーフィ、次は"テレポート"よろしく!」

「させん、"つじぎり"だドンカラス」

 

 "フラッシュ"をまともに受けておきながら、アカギ達の対応は素早い。

 その場から一瞬にして移動ができる"テレポート"は便利な技だけれど、その分発生までの隙は大きい。その時間を如何にして稼ぐかが肝といえるだろう。

 

「グァルッ、」

「フィ」

 

 迫るドンカラスの"つじぎり"は、見えない『壁』によって阻まれる。

 "リフレクター"、

 

「繰り返し"つじぎり"」

 

 動じないアカギの指示。それに応えるドンカラスが体を舞うように回転させ、展開した五枚の"リフレクター"を次々に切り裂き、破っていく。

 彼らは瞬く間に三枚をその翼撃にて切り捨て、

 

「"ダメおし"」

 

 暗いオーラを纏った黒翼による刺突が、残る二枚を貫いた。

 その勢いは止まることはなく、合わせた翼は真っ直ぐにカイルへと向かう。先と同じく急所を狙い、戦闘不能のクチートと"テレポート"に集中するエーフィでは間に合わない。

 にも関わらず、カイルは焦った様子一つ見せず。再びクチートが開くボールから飛び出したポケモンが、ドンカラスの攻撃を流麗に防いでみせる。

 

「ガッ!?」

 

 最小限の動きで攻撃を躱し、その力を別の方向へといなし。

 受けた勢いをそのまま乗せた"カウンター"を、ドンカラスの腹部に打ち込んだ。

 

「......助かった、チャーレム」

「チャム」

 

 めいそうポケモン、チャーレム。

 鮮やかに攻撃を捌きながらも、微塵の油断も見せず、静かに構えを取る。その構えはゆったりしているようで隙がなく、その瞳には燃えるような闘志を宿していた。

 よろけつつではあるがクチートも立ち上がり、カイルの前へと並び。

 

「逃がすなドンカラス!」

「すみません、アカギさん」

 

 立ち上がるドンカラスに対し、エーフィの宝石が赤く瞬く。

 時間にして、たったの数秒。短いけれど、とても長く、濃密に感じる数秒。

 

「今日はこれでお暇します。また何かあれば、よろしくお願いします」

 

 けれど稼ぎきった、カイルの粘り勝ちだ。

 

「"エアカッター"!」

「"テレポート"!」

 

 瞬間、先とは異なる光が部屋一帯を包み込み。

 それと同時に幾重にも放たれた"エアカッター"が炸裂した。発生した爆発に思わず目を覆い、ボールから飛び出したブニャットが前に出て爆風から守ってくれる。

 その間にも追撃の姿勢を崩さないドンカラスが、白煙を一翼にて切り払い。

 

「......してやられたな」

 

 呟く言葉。破壊の跡が残る室内、既にカイルの姿はなかった。

 

「マーズ、お前の処遇については後ほど決める」

 

 ひゅっ、と。魂が抜ける心地がした。

 とりあえず今度会った時に三発は殴ろうと密かに誓う。

 

「"テレポート"の範囲はそう広くはない。念のため稼働できる団員を集め、今すぐに周囲一帯の探索にあたるように」

「か、かしこまりました。アカギ様はいかがなさいますか?」

 

 アカギは僅かに考えるような素振りを見せ、

 

「私は本部に戻る。お前も日を跨いだ段階で撤収しろ。以降の指示はそれから出す」

 

 それだけを言い残して去るアカギの背中を見送り、その場にへたり込み。

 

「~~~~~ッ、」

 

 本当にしてやられた、と頭を抱える。

 見事に悪い予想が的中した。直球、ストレート、紛れもないど真ん中。

 

 ――かれのことが すこしだけきになったものだから、と。途中のエムリットの発言でどこか嫌な予感がしていたのだけれど、まさかこんな面倒なことになるとは思わなんだ。

 つまるところ、エムリットが興味を示しているのは。ひいては力を貸してもよいと考えているのは、あくまでカイル当人に限った話であり。

 その雇い主であるギンガ団はその範疇に含まれていない、ということだろう。

 

 計画について、あの男がちゃんと伝えていなかった。

 そのことについて多少の不満はあるし、何より先まで何もできなかった、選べなかった自分自身に対して腹が立つ。

 

「ほんと、何やってんのよ」

 

 それだけをぽつりと呟き、自分の中でスイッチを切り替える。

 やることをやらなければならない。自分はギンガ団の幹部だ。自分の管理不足で失敗した責任がある。犯したミスに対して対応する責任がある。

 失敗は失敗。大事なのはリカバリーだとアカギに教えられたから。

 

「何よりあのバカを捕まえること。まずはそっからね」

「ニャット」

 

 タスクはいたって単純、エムリットを奪うこと。

 

「それと......一発、いや三発殴るか」 

 

 後、三発殴ること。

 

 

 




ちなみに普通にバトルしたらカイルはアカギに勝てないです。
次の投稿目標は二週間です。
よろしくお願いします。


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薄氷少女


お久しぶりです。
相変わらず仕事やらなんやらあって、一か月ちょっとぶりの投稿です。
基本一、二か月は間が空くカタツムリみたいな更新速度の無駄飯喰らいをお気に入り登録、高評価してくださっている方々、ありがとうございます。励みになってます。

ペペロンチーノが好きです。


 

 

 

 

 

 一つ、勘違いを正さなければならないと思う。

 

 

 とはいっても、誰かに対してそうするわけではない。

 あくまで自分に対して、改めて強く言い聞かせる必要があると感じたからだ。本来であれば何かの判断を下す際、何より一番最初に考慮すべきもののはずだった。

 それが、ここ最近のカイルはすっぽり抜け落ちていたものだから。

 

「俺は、めちゃめちゃ強いわけじゃない」

 

 血混じりに呟く言葉は、雨音にゆるりと溶けていく。

 正直、キャパオーバーだと思う。今のところは運よく難を逃れているが、カイルが何とかできるような領分はとうに超えている自覚があった。

 そこらのトレーナーやポケモン程度であれば問題なく対処できる。しかし所詮はその程度であり、一流の相手にはとても敵わないのが実情だ。

 

「はっ、」

 

 あんな啖呵を切っておいて、また随分と情けない話だとは思うけれど。

 とかく重要なのは、弱い事実を受け止めることだ。

 

「弱い者は弱い者なりの戦いかたを、だったか」

 

 『先生』の言葉を思い起こし、カイルはぎゅっと手を握りしめる。

 弱者に手段を選ぶ余裕は与えられない。ただ死力を尽くし、考えうる全ての手札を以て目的を遂行する。それすらできなければ、弱者とも形容しがたい何者かだ。

 だからこそ。だからこそ、

 

「あ、れ」

 

 自分が倒れたことに、痛みを感じてようやっと気が付いた。

 よく回る思考。そのわりに体が重い、というか動かない。テレポートである程度の距離は取れたけれど、今回に関しては状況が状況。相手だって探すのに必死なはずだ。

 だからこそ、ここから急いで離れなければならないというのに。

 

「くそ」

 

 どうにもならない。指先一本に至るまで動かせない。

 このまま倒れていれば、自分が、自分のポケモンたちが、どういう末路を辿ることになるかなんて。そんなこと、考えなくたってわかるのに。

 

「......まいっ、たな」

 

 苦笑。

 せめて手持ちのポケモンたちだけは、と。そう考えながら零れていく意識の中で。

 

「あ、お尋ね者発見ですねぇ」

 

 

 やけに軽快なその声だけが、いやに耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。 

 

 

 今では遠い昔。それこそ、カイルがまだポケモンを持っていなかった頃の記憶。

 とはいえ、全くもって関わりがなかったというわけではない。ただしそれは手持ちとしてではなく、あくまで『借りていた』という形であり。

 様々な街を行き来するポケモンサーカス団、カイルはその下っ端だった。

 

 子供の故の小さい体ではできることも少なかったため、他の団員からは無能判定。そのため基本的に居場所がなかった当時は、ステージ裏の小道具置き場が定位置だった。

 

「な、またご飯食べてくれないわけ?」

「......」

 

 ポケモンサーカスというものは実力主義の世界。

 何か目立った特技や特徴がなく、演目に参加することができない者は雑用に回されるのが常だ。

 

「お腹減ってるだろ、食べようって」

「......」

 

 ポケモンサーカスというものはポケモンと人間の連携が求められる。

 心が通じ合っているかはともかく、互いにある程度協力しようという意思が必要になる。

 

「なあ、クチート?」

「...ッ!」

 

 伸ばした手を、とても強い力で弾かれて。

 ぎろりと睨みつけて来るその瞳には、拒絶の色がとても色濃く表れていた。

 

「ちぇ、わかったよ。一人で食べるよ」

 

 カイルはカチカチのパンを半分にちぎり、もう半分を自分の横に置く。

 どうしようもなく不仲であり、それ故に技の練習もできず。結局は雑用くらいしか任せられることがない。そのくせ食事だけは一丁前にとる無駄飯食らい共として認定をされているので、サーカス団での肩身はどうにも狭かった。

 

 ――片割れについては、その無駄飯すらまともに口にしていないわけだけれど。

 とはいえ、食事も睡眠もろくにとっていないのを見ていると流石に心配にもなってくるもので。

 

「急に攫われて、こんなところに連れ込まれて怖いのはわかるけどさ」

 

 話しながら、カイルは自分の服をめくりあげる。

 そうして覗いた様々な形で残る生傷を、クチートは伏し目がちに見ていた。

 

「まあ、俺も同じだよ。怖いのはお前だけじゃない。無理やり組まされて、その上指示してくるようなやつがこんなこと言ったって、だからなんだよって思うかもしれないけど」

 

 ――俺だって生きるのに必死なんだ、と。

 そう呟き、カイルはクチートに背を向けてパンを齧る。

 

「...、」

 

 程なくして、小さく。小さく息を呑む気配があった。

 気が付かないふりをしていると、クチートは黙ったまま、すっとカイルの横に座りこみ。

 半分のパンを拾い上げ、心底まずそうに食べ始めた。

 

「やっと食っ、......わかったよ」

 

 再び伸ばそうとした手は、今度は頭部の大顎を向けて止められた。

 苦笑。案の定信用はされていないらしい。

 

「ま、一歩前進かな」

「チ」

 

 熱々で渡されたはずのスープは、とっくに冷めきってしまっていたけれど。

 その日のパンは、心なしか普段よりも特別美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻ったとき、最初に感じたのは圧迫感だった。

 

 

「おおぁ、?」

 

 口には何か詰め物がされているらしく、声が出せない。

 ということは、拘束でもされているのだろうか。そのわりには手も足も自由に動かせるので、なんとも珍妙な捕まえ方をされているものだとは思う。

 目には何かが覆い被さっているらしく、何も見えない。ただ、どことなく覚えがある、安心する匂いがして。

 

「ういいお」

「チト?」

 

 なるほど、クチートが乗っかっていたらしい。

 となれば拘束の線も薄れてくるのだけど、はて。そうなると口の中へぎゅうぎゅうに詰め込まれているものは一体なんなのか。

 とりあえず噛んでみるとほんのりと甘い。

 というか、パンだった。

 

「むぐぐ。クチート、ちょっとどいて」

「チイイィィィ」

 

 咀嚼して飲み込み、顔にしがみついて離れようとしないクチートを頑張って引き剥がし。

 やれやれと起き上がるカイルの向かいには、その光景をくつくつと笑う少女がいる。

 

「こんにちは、お尋ね者さん」

 

 にこやかな笑みを浮かべ、ひらひら手を振る彼女の格好はよく見慣れたそれだ。

 グレーと黒のある種近未来な上下と、やはりというか胸元に鎮座するGの文字。その瞳は吸い込まれるような群青色であり、髪の毛はギンガ団員お決まりの水色のおかっぱ頭……ではなく、それを肩口まで伸ばしたウルフカットにしていた。

 

「その髪の毛、服装規定に引っかからない?」

「んーまあ。でもあのおかっぱ頭だけは勘弁ですねー」

「俺もあれはごめんだなぁ」

 

 適当に会話をしつつ、カイルは腰元を探り。

 

「あ、ボールは私が預かっちゃてるので無いですよ。ここで暴れられても困りますし」

「っ、」

 

 見透かしたように話す少女は、身に着けているポーチからボールを取り出して。

人質。攻撃。思考を巡らせ身構えるカイルに、「ほいっ」と気の抜けた声と共にそのボールが渡された。

 拍子抜け、

 

「それ、クチートのボールです。手当てしてから戻そうとしたんですけど、すごい嫌がられたもので」

「......なんのつもりだ?」

「いやいやこっちのセリフですよー。その子、私が食べようとしたパンを半分取ってったかと思ったら、あなたの口に突っ込み始めたんですから」

「?」

 

 半ば呆れ気味に語る少女。

 当のクチートはといえば、褒めてもらいたそうにカイルの裾を掴み、きらきらとした瞳で見上げていて。夢で見た景色も相まって、目の奥が少し熱くなるのを感じる。

 

「そっか。ありがとな、クチート」

「チ」

 

 柔らかい頭を撫でてやると、小さな体でぎゅっと抱きしめられた。

 感じる温もりが、なんというか、すごく落ち着く。そのタイミングを見計らったかのように少女は咳払い、

 

「一応自己紹介しますね。私、マークといいます。一応ギンガ団員です」

「そうか、俺は……うん?」

 

 一応、という言葉が何か引っかかるけれど。

 とはいえ、名乗られたからにはこちらも返す必要があると。そう考えていたのを、待ったの手のひらで静止された。

 

「ああ、名乗らなくて結構ですよ。カイルさんですよね? 一傭兵のくせにボスに真っ向から喧嘩売って、結果的にエムリット連れて、尻尾巻いて逃げだしたっていう」

 

 苦笑、

 

「うん、まあ、いいか。わかってるなら話は早い」

 

 立ち上がると同時にアイコンタクト。

 意図を汲み取ったクチートが、半歩前に出て周囲の警戒を行う。

 

 カイルも改めて状況を確認する。

 目覚めたここは、恐らくは森の中のどこか。簡易的なツリーハウスのような場所であるらしい。どういう原理かはわからないが、樹上の枝を幾重にも捻じ曲げ、だいたい大人四人分ほどの床が作られている。

 同様の原理で壁や天井の雨避けも作られており、マークの存外にも丁寧な手腕が感じられた。

 

 その上で先までの態度を含めて考えるに、彼女は今すぐにカイルをどうこうしようというつもりはないらしい。

 というのも、本当に捕まえるか突き出すつもりだったのなら、カイルが眠りこけている間に捕まえてギンガ団に引き渡してしまえばそれで終いのはずだ。

 だというのにマークは、わざわざ目覚めるのを待ち、自分の素性を明かし、手持ちを返して戦闘の意思がないことを伝えている。

 

 そうできるのは、本当に捕まえようというつもりがないか、それとも手持ちを返したところで問題ないほど実力に自信があるか。そのどちらかだろう。

 ただ、現状ではそこまでは絞り切れなかった。

 

「とりあえず、手当てをしてもらってありがとう。その上でいくつか聞きたいことがあるんだけど、構わないかな」

「はい、構いませんよ――といいたいところなんですけど。ちょっと事情があって私もここを離れたいので、聞きたそうなことだけ手短にお話しますね」

 

 言いながら、マークは人差し指を立てる。

 

「まず、ここはシンジ湖周辺の森です。"ひみつのちから"という技は知ってますか? 森羅万象、様々なものの力を借りて、自分の意のままに操る技です。とりあえず、今回は木の力を借りてツリーハウスを作ってみました」

「ふむ」

 

 むふー、と自慢げに胸を張り、マークは中指も立てた。

 

「次。薄々感づいてるとは思うんですけど、私はあなたを捕まえるつもりでは来てません。どちらかといえば、協力者よりだと考えてもらっても大丈夫です」

「ほう」

 

 にこやかにそう語る彼女は、最後です、と薬指も立てて。

 

「私、ギンガ団をぶっ潰したいんですよ。協力してくれません?」

「断る」

「えええええぇぇ......」

 

 とてもげんなりされてしまった。

 とはいえ、そのクーデターもどきに参加しようなんてつもりは毛頭ないわけだし、かといって生返事をして変に期待をさせてしまうのも申し訳ないし。

 やはりこういうのはすっぱり断ってしまうのが一番だと個人的には思う。

 

「悪いけど、俺はそういう争いとかはめっぽうごめんなんだよ。できれば静かにのんびり暮らしてたいんだ、その日暮らしの日銭を稼いでさ」

「んーまあ、言いたいことはわからなくもないんですけどね?」

 

 マークは下唇に指を添え、

 

「今回のあなたの状況だとそうもいかないと思うんですよ、私」

「うっ、」

 

 確かに、作戦そのものの根幹であるエムリットを連れて逃げ出したわけである。

 具体的にどの場面で必要になるのかはわからないけれど、現状確かなのはエムリットがいなければギンガ団の計画が確実に頓挫する、ということだ。

 そうなれば――というかそうなる前に、アカギは必ず手を打ってくるはずだろう。

 

 今更になってエムリットをほっぽり出すわけにもいかないし、さてどうするべきかと。そう考えてみると、確かに結論は近いところに結び付いていた。

 例えばギンガ団そのものが潰れてしまうか、もしくはエムリット自体が必要なくなるか。

 大方、そんなところだろう。

 

「......なるほど。元を断たないとどうにもならない、か」

「そういうことですよ」

「チト、」

 

 クチートは話についていけず、少し寂しそうだった。

 カイルは胡坐で座り込み、足元を示すようにぽんぽんと軽く叩く。クチートは目を輝かせ、飛びつくようにして足の上に納まった。

 

「正確には、ぶっ潰すって言い方は正しくないかもですね。私はあれを、新世界の創造なんていうバカげた作戦を、失敗させたいんですよ」

 

 そう考えるマークの表情は、いつになく真剣なもので。

 

「そうかい。具体的にどうするつもりなんだ?」

「必要な情報はその都度話しますよ。あなたが協力してくれるなら、の話ですけどね」

 

 どうですか? とばかりに目くばせを送られて。

 エムリットというカードを握っている以上、カイルはギンガ団を何とかしなければ平穏な日常は返ってこない。

 それを丁寧に話し、誘導し、そうしてマークは優しく手を伸ばしていた。......とはいえ、大方の状況はただただカイル自身の自業自得なのだけれど。

 

「なんか気に食わないけど、わかったよ。協力する」

 

 そこについては、とりあえずカイルも理解したし。前向きに検討しようと思う。

 ただ、今回は協力を依頼されているわけである。すなわち、

 

「それで、報酬はどうする?」

「報酬ですか」

 

 もちろん、とカイルは頷く。

 

「一応何でも屋みたいな感じでやってるんだ。俺をこき使おうっていうなら、その分は報酬を貰わないとだね」

 

 なにせ、今回当てにしていたギンガ団からの報酬が、パーになってしまったものだから。

 ただでさえ肌寒い懐だ。しばらくは他の仕事などできる状況ではないだろうし、このままでは生活が立ち行かない。

 そのため、ここでは何としても報酬の確約を貰う必要があった。

 

「構いませんよ。成功したらそれなりに、それと今回協力関係でいる間は生活を保障します」

 

 即答だった。この女の子すごい。

 

「了解。それじゃよろしく頼みます」

「ん、こちらこそお願いしますね」

「チト!」

 

 カイルは手を伸ばし、マークと握手を交わす。もちろんクチートもだ。

 何とも薄っぺらい協力関係だけれど、案外それくらいの方が丁度いいものだ。少なくともカイルとしては、まだ目の前の少女を手放しで信頼するつもりなどさらさらないわけだし。

 信用とか、信頼とか。そういったものは、基本的に後から積み上げていけばいい。

 

 最初から期待をしすぎていたら、裏切られたときがとても辛いから。

 ゼロからというよりは、マイナスから始めるのが人付き合いの常だ。

 

「それで、まずはどうするんだ?」

「そうでしたそうでした。急いで出ないと間に合わなくなりますね!」

 

 問いかけると、マークはやや慌てた様子でカイルのボールを返してきて。

 今度は自分のボールを放ったかと思えば、中から飛び出すは燃え盛る炎を体現したかのような、雄々したてがみが印象的な姿。

 

「よろしくです、ウインディ」

「ワフッ」

 

 でんせつポケモン、ウインディ。

 たくましい体と無尽蔵のスタミナが自慢のポケモンであり、一昼夜で一万キロを駆け抜けることができるというのは有名な言い伝えだ。

 吐きだす炎の出力も申し分なく、間違いなく炎タイプの代名詞といえるだろう。

 しかし彼女、この水色の髪で水タイプ使いでないのかと考えていると。

 

「......悪かったですね、見た目と感じが違って」

「まだ何も言ってないですマークさん」

「いいから乗ってください」

 

 言いながら、既にウインディに乗ったマークはその背を示すように叩き。

 クチートをボールに戻してからカイルも乗ったところで、ウインディがすっくと立ちあがる。

 

「この子の体、しっかり掴んでおいてくださいね。私たち程度の力じゃ痛がらないので、思い切りやって大丈夫です。むしろ喜ばれます」

「ほう?」

 

 試しに撫でてみると、くすぐったそうに身じろぎされた。

 なるほどと思い体をガシッと掴むも、これも嫌がる気配はない。それと、炎タイプ故の温かい体が存外心地よかった。冬の日に湯たんぽ替わりとして抱きしめれば、幸せ間違いなしだろう。

 もっと大丈夫、とばかりにこっちを凛々しい瞳で見られていた。

 

「ウォン」

「ほんとだ」

 

 温かいし安心だし、連戦に次ぐ連戦で疲れたし。

 このまま眠ってしまうのも、悪くはないかと。そんな思考がふわふわと浮かび上がってきたのを、感じる灼熱と真っ赤に染まる景色で塗りつぶされる。

 せっかくのツリーハウスは、ウインディの"かえんほうしゃ"で焼き払われてしまった。

 

 若干もったいないなぁ、なんて気持ちにすらなっているカイルを置き去りに、マークはウインディにいくつか指示を出し。

 にこりと笑いながら、こちらに振り返る。

 

「舌、嚙まないでくださいね」

「?」

 

 

 刹那、風を感じた。

 

 

「それじゃ、ギンガ団の包囲網を抜けますよ!」

「――――――ッッッ!???」

 

 というか、カイルたち自身が風になっていた。

 必死に掴まっていないと今にも振り落とされそうだし、器用に木々をかわしつつ走るものだから視界がグルグルとして気持ち悪い。

 とはいえ現状カイルの手持ちではこのスピードについていける者はいないので、ただひたすらに我慢してしがみついていた。

 

 ただし最悪の乗り心地に反し、やはりというかその実力はお墨付きである。

 ウインディは瞬く間に包囲網を抜け、若干慣れてきたころにはシンジ湖も遠く離れていた。しかしながらそこで止まる気配はなく、飄々とした顔のままで走り続けていて。

 

「そういえば、今はどこに向かってるんだ?」

「ありゃ、言ってませんでしたっけ」

 

 カイルが尋ねると、マークは幾ばくか考えるように数秒置き。

 まるで、買い物にでも行くかのように。友達に会いにでも行くかのように。これといって特別でも何でもない、至極当然のことを述べるような、あっけらかんとした様子で。

 

 

「向かうのは214番道路。連中がトバリに到着する前に、アグノムを乗せた飛行船を叩きます」

 

 

 彼女は堂々と、そう宣言してみせたのだった。

 

 

 

 

 




マーズだのマークだの似てる名前が多いですね。
次回目標は二週間です。

よろしくお願いします。



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冷静であり、冷徹であれ

年末あたりにかけての仕事でメンタルがいかれて前回から三か月間空いてしまいました。なんてこったい。
今のところ失踪の予定はないので、なるべく早くにぼちぼち投稿していきます。読んでくださる方がいれば、もうしばらくお付き合いいただければと思います。

大体三十話くらいで終わるような構想なので、このペースだと一体いつに終わるのやら、というところではあるんですけどね。

あたりめが好きです。




 

 

 

 

 

 リッシ湖での爆発の被害は、思っていた以上に大きなものだった。

 

 

 何せ、あれだけ広大だったはずの湖の水が全て蒸発し。

 露出した岩肌には無残にも打ち上げられたポケモンたちが見える。倒れこんだコダックは力なくもがいており、打ち上げられたコイキングは跳ねる気力もないらしく、ぴくりとも動かない。

 

「こりゃひどい」

 

 遠めに見る限りでもこんな凄惨なのだから、実際に降り立てばどれだけひどい状況なのかと。そう考えているだけでも、気分が悪くなってきて。

 

「近くで見ると、意外とでっかいもんだな」

 

 背けた視線の先では、ホエルオーさながらに巨大な飛行船が空を切っていた。

 飛行船など日常で、ましてや近くで見る機会などそうないけれど、そんなカイルですら一目で通常よりも大きなものだろうと確信できるほどの立派さである。

 空の青とも木々の緑とも似つかない、グレーの色合い。宣伝も兼ねているのか、バルーン部分にはシンオウ地方ではよく見かけるGのマークも描かれている。

 

 その横で優雅な自由落下を決め込んでいるカイルを見たら、人は何を思うのだろう。紐なしバンジージャンプか、それともスタイリッシュな身投げか。

 どちらにせよ正気の人間がやるような所業でないことだけは確かだ。

 

 何せ、カイルだって今の状況を飲み込めていない。

 はてさてどうしたものかと考えている内、上から鳴き声が落ちてきた。

 

「ケシ」

「おいお前、無理やり連れてきたんだから何とかしてくれないか」

 

 カイルの襟首に掴まっているのは、ねんりきポケモンのケーシィ。

 どこか狐を思わせる風貌が特徴的であり、とかく臆病的な気質であることでよく知られているポケモンである。

 

「ケシ?」

「なあ、もう一回言うんだけど」

 

 得意技は超能力による瞬間移動を行う"テレポート"。

 ただ逃げるかその場を離れるかなだけの技なので、性格しかり技しかり、基本的には無害だと考えてよいとされている。

 

「"テレポート"でここに連れてきたなら、責任持って飛行船まで運んでくれない?」

 

 ただ、その"テレポート"に巻き込まれるなんて事態が起きればたまったものではない。

 どこに連れていかれるかも定かではないし、第一ケーシィと違って普通の人間は"テレポート"でもう一度移動することもできない。

 つまるところ、変な場所に連れて行かれれば帰ってくることすらままならないわけで。ましてやリッシ湖の遥か上空なんぞに飛ばされたりした日には、そのまま帰らぬ人になってしまうことだろう。

 

「あの? ケーシィさん?」

「......?」

 

 そんな具合で三途の川の上空にカイルを運んできたケーシィは、しばし何を言っているんだという顔で話を聞いていたのだけど。

 ほどなくして何かを思い出したらしく、どこからか取り出した携帯端末をカイルに手渡した。例によってギンガ団印の刻印が施された、腕時計型の形状の端末だ。

 確か、名前は。

 

「ポケッチ?」

「ケシ!」

「ちょっ、あれ、ケーシィさん!?」

 

 役割を果たしたらしいケーシィは、どこか満足げにサムズアップをしながら"テレポート"で消えていった。

 未だに自由落下を決め込んでいるカイルを置き去りに、である。

 

「何もかも中途半端すぎるな――うん?」

 

 そんな愚痴をこぼしている最中、カイルはケーシィから受け取ったポケッチの画面が点灯したことに気が付いた。

 見れば、画面には電話のアイコンが映っており。その下には着信の文字もある。

 

『テステス。――あ、聞こえます?』

 

 通話のボタンを押せば、聞こえてくるは若い女性の声。

 

「ああ、聞こえてる。あんまり時間もないから手短に頼むよ」

『今しがた、アグノムの護送部隊がリッシ湖を離れたところだと連絡が入りまして。リッシ湖には着けましたか?』

「ああ、うん。おかげさまでね」

 

 皮肉たっぷりにそう返すと、電話越しにくつくつと笑みをこぼす声が聞こえて。

 

『結構離れたテレポートなので心配だったんですけど、到着できたならよかったですよ。ケーシィもお使いご苦労様でした』

「はいはい。改めて確認させてくれ。到着次第俺は場をかく乱して、可能ならアグノムを奪取。それが難しければどうにか到着を遅らせて時間を稼ぐ......だったな?」

『その通りです。傷が開くので無茶はしないでくださいね、また倒れますよ』

「無茶言ってくれるな」

 

 要するに、敵の多数集まった場所に単身で突っ込み、でもあんまり無茶しないで時間を稼いでくれ。できればアグノム連れ出したりしてくれたら嬉しいな、と。そんな具合の指令らしい。

 正直、無茶である。できるならばもっとはっきり言い返してやりたい。

 

『私もできる限り急いで向かってますから。それまでの間、よろしくお願いしますね』

「ああ、了解」

 

 淡々と返し、カイルは通話を打ち切る。

 既に落下を始めて随分立つ故、あまりうかうかしているわけにもいかなかった。自分の死に様など対して考えたこともなかったが、大地と熱い抱擁を交わしての最後というのは、こう。

 何というか、痛そうだし。

 

「勘弁してくれよ......エーフィ!」

「エフィッ」

 

 呼ぶと同時に飛び出したエーフィは、持ち前の頭脳で素早く状況を理解したらしい。

 腕を広げたカイルの胸にぴったりとくっつき、優しく支えるような念力で落下速度を下げてくれた。それだけでなく次の指示に備えてカイルを見つめる目に頼もしさを感じつつ、カイルは自分たちの横を飛ぶ飛行船を指さす。

 

「あの中に"テレポート"してほしい。できそうか?」

「......」

 

 こくりと頷くと、エーフィは瞳を閉じ。

 返す言葉はなく、しばしの沈黙。時間にして数秒か、数十秒か。そうして時間が経つにつれ、額の宝石から柔らかに放たれる光がカイルたちを包んでいき――

 

「エフィ!」

 

 力強く言い放たれた鳴き声と共に、藤色の光がリッシ湖の空で弾け、そして消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちょっとまずいですね、と。

 

 

 目の前で空色の髪をなびかせるマークの、そんな言葉が始まりだった。

 要するに、作戦が想定以上に早いペースで進行しているらしい。ノモセシティのジムリーダーも巻き込んでの交戦に発展しているはずが、既にリッシ湖からの逃走の手筈を整えているそうな。

 大人数での混戦の中、損切りの判断も早く、かつ目標も達成する。統率しているリーダーはさぞかし優秀なことだろう。

 

 対しカイルたちがいたのはクロガネシティ近辺。

 距離で言えばざっと街5つ6つほどあるが、連中がトバリシティの本部に到着すればアグノムの奪取は困難になるわけで。そのためどうにかして間に合わせる必要があった。

 

 そんな中でマークが考えたのが、その距離とテンガン山までもを跨ぐ超長距離テレポートである。複数のエスパータイプポケモンのサイコパワーを合わせることで、普通ありえない距離までの移動が可能になるのでは、と。

 そんないかれた仮説を身をもって実行させられたのがカイルたちだった。

 

「何とか生き残ったから、別にいいけどさ」

 

 腰を下ろし、安堵感も交えて息をつく。

 幸運なことに、テレポート先となった部屋は倉庫のような場所である。埃っぽい上に積み込まれた貨物には消費期限ぎりぎりの食糧品もあり、あまり管理は行き届いてないように見えた。

 

「エフィ?」

「ああ、無茶させて悪い......ってエーフィ、ちょっとこっち」

 

 傍らで心配そうに鳴くエーフィは、つうと鼻血を垂らしていた。

 短期間に度を超えた超能力を駆使し続ければ、その分だけ脳に負担がかかり、やがてその影響が身体に現れる。

 鼻血はその初期症状の一つだ。

 

「ごめんな。今日はもう休もう、お前ばかりに負担をかけすぎてる」

「フィー、」

「気持ちは嬉しいけど、それで何かあった時の方が俺は嫌だよ」

「......」

 

 首を横に振り「NO」の意思表示をする彼女だけれど、それを良しとはしない。

 念力と持ち前の器用さで、エーフィは大抵の場合こういった状況を打破してくれる。無理な指示をしても嫌な顔一つせず飲み込み、できる限りの精一杯で応えてくれる、頑張ってくれる。

 ――否、頑張りすぎてしまうのだ。それこそ、本当に倒れてしまうまで。

 

「どうにもならない時には、ちゃんとお前を頼るから。許してくれるか?」

 

 ハンカチで鼻血を拭ってやり、空いた手で優しく頭を撫でながら、そう問いかけて。

 

「エゥ」

 

 眉を寄せながらしばしの長考の後、渋々といった体で納得してくれた。

 実際のところ本日中にもう一仕事お願いする予定はないし、彼女もそれは薄々理解しているだろう。それでも不測の事態というのは往々にしてやってくるため、少なくともそこまでの間だけでも休んでいてもらいたい、というのがカイルの本音だった。

 

 鼻血の収まった彼女をボールに戻し、カイルは改めてボールを取り出し。

 放ったボールから飛び出すは、細見ながら確かな実力と存在感を感じさせる後ろ姿。

 

「予め言っとくけど、一体多数になる。そのつもりで頼むよチャーレム」

「チャアッ!」

 

 そんな短い会話とアイコンタクトのみを交わし、カイルたちは倉庫から飛び出した。

 飛行船はそう広いわけではないため、どこかで大きい音が鳴れば各所から次々と敵が集まってくる。そのため、可能であれば一撃、ないし数撃で勝負を決めるのが理想となる。

 

「っ!? なんだおまぁが、」

「おぐっ!?」

「まっ、待て待て待て!」

 

 倉庫近くにいた団員三人と接触。

 彼らが戸惑いと共にモンスターボールに手を掛けようとしたその刹那、音もなく駆けるチャーレムがその内二人の鳩尾に掌底を入れた。彼はそのまま流れるような動作で残る一人の背後を取り、尻餅をついている団員の首に片手を添える。

 カイルもしゃがみ込んで目線を合わせ、何も言わず、ただ人差し指を立てた。

 

 ――静かにしろ、と。

 その意を受け取ったらしい団員は何も言わず、両手を上げる。

 

「聞いたことにだけ答えてくれ。質問は許さない。この飛行船の構成人数は?」

「待ったっ、待っただ。ちょっと落ち着いて欲しい」

「時間がない。構成人数は?」

「......七人、だ」

 

 最後に残された男は、やけにすんなりと人数を話してみせた。

 

「それはお前たちを含んだ人数か?」

「ああ。サターン様は慎重なお方だ。戦闘員は俺たち三人以外この船に乗せなかった」

「そうかい、随分と信頼されてるようで何よりだよ。リーダーを除いて、残りの三人は操縦とか補佐とか、そんな役割?」

「そんなところだ」

 

 カイルの問いかけに、男は頷いて肯定の意を見せる。

 相手の話を鵜呑みにするつもりはないけれど、何かしら情報があるのと全くもって情報がないのとでは、状況判断が大きく違ってくるものだ。

 本当ならばもう少し時間をかけるか拷問にかけるかして情報の精査を行う必要があるけれど、今はそうする時間だって惜しい。

 

「情報提供ありがとう。ゆっくり眠ってく......」

「サターン様は、慎重なお方だ」

 

 違和感。

 

「そんなお方が俺のような人間を信頼し、そしてアグノム護送という大任を任せてくださっている」

 

 気配が、視線が、増えていくのを感じる。

 感じ取った違和感は、次第に、しだいに確かな疑惑へと変わる。

 

「......チャーレム」

「であればこそ、"俺たち"はその信頼に応えなければならない」

「打ち抜けチャーレム、"はっけい"!!」

 

 その疑惑が確信へと変わった刹那、カイルは鋭く指示を飛ばし。

 チャーレムが力強い踏み込みと共に放つ"はっけい"の拳底が打ち抜いたのは、目の前の男の体――ではなく、頭一つ分はある大きな手の平だった。

 肥大化した筋肉。腕に走る傷跡。そして、全てを受け止める強靭なその肉体。

 かいりきポケモン、ゴーリキー。

 

「悪いが、アグノムは奪取させない。エムリットも返してもらおう」

「......しくったな。ここで騒ぎを起こすつもりはなかった」

 

 増えた気配も、視線も、カイルの勘違いなどではない。

 チャーレムの攻撃を受けたはずの団員二人が、背後でゆらりと起き上がっていた。チャーレムが手を抜くはずもないし、恐らくは防弾チョッキか何かを仕込ませていたのだろう。

 彼らもボールを取り出すと、えながポケモンのエテボース、かぎづめポケモンのニューラを繰り出した。

 

 人数は不利。クチートは戦闘不能。エーフィも超能力の負荷で実質戦闘不能。

 エムリットは極力頼るつもりはないし、エムリット自身も必要に駆られない限り力を貸すつもりはないだろう。

 であればとカイルは新たなボールを取り出し、そこから踊り出るは水晶を思わせる色彩としなやかな姿。

 

「ごめん、ハクリュー」

「――、」

 

 その瞳は、まるで深海のように深く、黒く、そして凍えたそれであり。

 故にこそ確かに感じ取れるのは、強い拒絶の意思だった。

 

「約束と違うのはわかってる。けど、このままだと"みんな"が危ない。だから――力を貸してほしい」

「......クル」

 

 リッシ湖からトバリシティまでの距離はそう遠くはない。

 飛行船も既に移動を始めており、その上移動も既に始まっている。

 

「チャーレム、ハクリュー。もう時間がない。だから、」

 

 紡ぐ言葉は、ただただ感情を抑えた、殺しきった、冷たいもので。

 

「ここを堕とす。そのつもりでいくぞ」

 

 淡々と、宣言してみせた。

 

 

 

 

 




次回投稿目標は二週間です。
よろしくお願いします。


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交錯


最近、体調を崩してました。
結果思いのほか時間ができたので、前回より早く更新できたのが不幸中の幸いでした(更新目標は過ぎてますが)。
また、お気に入り、高評価頂きありがとうございます。
おかげでモチベ保ててます。更新速度上がる気がします。
次回も多分早いと思います。よろしくお願いします。

たこ焼きが好きです。



 

 

 

 

 

 ギンガ団内部に、裏切り者がいる可能性があると。

 

 

 そんな情報が入ってきたのは、作戦の実行数日前のことだった。

 正直、耳を疑った。最初はたちの悪い冗談かとも考えたけれど、入った情報の筋が筋なものだから。ただの下っ端ならばともかく、幹部候補生からの忠言となれば話も変わる。

 思い起こせば聞こえるのは、どこかいたずらっぽく語る少女の声で。

 

 ――あくまで可能性の話ですよサターンさん。ただ、頭にだけは入れておいてくださいね?

 

 錆びた明かりの元、水色の髪を揺らす少女はそんな忠言を残していった。

 くつくつと笑みをこぼしながら、ひらひらとその手を振りながら。

 

「非常に面倒だ」

 

 そんな記憶を思い起こし、少年――サターンは部屋で一人、ひっそりと愚痴をこぼしながらコーヒーを啜る。

 冗談だと笑い飛ばすのは簡単だが、その結果寝首を掻かれたのでは笑いごとではなくなってしまう。だからこそ今まで以上に周到な用意をした上で、計画を進めてきた。

 それこそが、幹部としての自分の責務だとよく理解しているから。

 

「お前も、随分と手こずらせてくれたな」

 

 サターンは爪を噛み、簡易カプセルの中にいるアグノムをギロリと睨みつける。

 多少の抵抗は覚悟していたけれど、まさか数日に渡るほどの戦闘の上、とっておきのギンガ爆弾まで使わされる羽目になるとは思わなんだ。

 だが、どれだけ抵抗を重ねようと、それが伝説のポケモンであろうと、結局は数の力が物を言うのはいつの世も同じこと。

 

「だがアグノム。いかにお前といえど、無尽蔵に戦い続けられるわけじゃあない。くっく、わざわざ本部に掛け合ってまで応援を寄こして貰ったかいがあったってもんだ......アカギ様、ぼくはやりましたよ...」

 

 アカギからもらう労いの言葉を考えながら、サターンはご機嫌に椅子へと腰掛けて。

 どうにも落ち着かない気持ちを乗せ、回転式のデスクチェアーをクルクルと回転させる。

 

「......」

 

 回る視界の中、頭に浮かぶのは『作戦の成功』と『裏切り者の存在』だった。

 

「裏切り者、か」

 

 前者はいい。というか、問題がない。

 何せ既にアグノムの捕獲は完了しており、今はその護送を行う段階である。これから天地でもひっくり返らない限りは問題なく目的を達成できるだろう。

 問題は、後者。裏切り者の存在にある。

 

 本来は護送部隊にもっと人数を割くつもりだったけれど、この言葉がそれを踏みとどまらせた。人物の特定はおろか、そもそも存在の成否も定かではない。しかし仮にいるのだとすれば、人数を増やせば増やすほどその中に裏切り者が混じる可能性が上がることになる。

 だからこそサターンは信頼のおける数名のみを船へと乗せる判断をした。戦闘員たちに関しては万が一の場合に備え、『仕込み』だってしておいた。可能な限りのリスクヘッジを行った、最適な選択だと信じて疑っていなかった。

 

 刹那、飛行船中に大きく、大きく響き渡る爆発音を聞くまでは。

 

「なっ、なんだっ!? 爆発!?」

 

 それは一度では終わらず、二度、三度、四度。

 まるでドアノブをノックするような感覚で何度も爆音と衝撃が飛行船内を突き抜け、サターンは明確に異変が起きていることを察知する。

 

「ど、ドクロッグ!」

 

 サターンはどくづきポケモンのドクロッグを繰り出し、前に立たせる。

 何が起きているのかは検討がつかないが、少なくとも非常事態であることは確か。であれば、第一目標であるアグノムの護送はまず達成しきる必要があった。

 

 冷静に考えて、敵の強襲と考えるのが妥当。

 規模は、相手は、人数は、強さは、

 

 そう思考を回すサターンの間左の壁に巨大なヒビがいくつも入り、

 

「ロッグゥ!」

「おわっ!?」

 

 その隙間から目を覆いたくなるほどの眩い光が幾重にも突き抜け、その中の一筋がサターンの頭があったはずの個所を一瞬にして焼き払った。

 しかしながら光はそれだけに留まらず、放たれた全てが部屋のあちこちを焼き焦がしていく。ドクロッグに襟を引っ張ってもらっていなければサターンも例外なく黒焦げにされていただろう。

 

「なっ、ななななんだ!?」

 

 すぐさま前に飛び出したドクロッグが"どくづき"で光線を弾き、サターンはその間にそそくさと後ろへ下がった。

 薄暗い部屋の中で橙色の光と紫の軌跡が交差し、散らす火花が視界をチカチカと照らす。絶えず放たれる光の束を、ドクロッグはとかく弾き、弾き、はじきはじきはじき――。

 一拍置いて放たれた一際大きな光の奔流を、揃えた両の手による一閃で相殺してみせた。

 

 戦いの余波で壁が崩れ、その先に佇むは一人の男の姿であり。

 その傍らでは水晶のような美しい光沢を放つポケモンが、反して赤黒い危険色の光を頭部の角に宿していた。

 

 その姿を知っていたわけではなかったし、話に聞いていたわけでもなかった。

 根拠だって何一つとしてないけれど、それでも確信めいた何かがあった。

 

「う、裏切り者......!?」

 

 黒髪の猫っ毛から覗くは、どこか影を宿した暗い瞳で。

 

 

 ――寄こせ、と。ただそれだけを冷えきった声音で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 強襲を行うにあたって重要なのは、いかに相手を冷静にさせないか、である。

 

 

 冷静にさせないことで判断を誤らせ、行動に移すまでの時間を遅らせる。

 そうすることで常に先手のアドバンテージを取り続けることができるからだ。

 

「チャーレム、"けたぐり"で崩して"ローキック"!」

「チャァム!」

 

 華麗なステップで駆け抜けて背後を取り、ゴーリキーが振り向いたときには既に真横へと移動しているチャーレムが鋭い足払いで体勢を崩させる。

 その隙を見逃さず、払ったのとは逆の足で地面を蹴りつけてジャンプし、前かがみに倒れこんだゴーリキーの顔面に遠心力を乗せた"ローキック"を叩きこんだ。

 

「問題ない。ゴーリキー、"リベンジ"」

 

 連続で攻撃を叩きこんだけれど、そこまでは想定内らしい。

 ダメージを受ければ威力が増加する"リベンジ"の指示が飛ばされ、ゴーリキーの体から可視化されるほど熱く滾っている熱気が上がる。

 

「リッキィ!!」

 

 着地した瞬間を突いて放たれた"リベンジ"のパンチに左手を添えて受け流し、チャーレムは最小限だけ体を動かして躱す。

 そのまま回転して飛び上がると、受けた勢いを乗せた回し蹴りをゴーリキーの横面に当てて吹き飛ばした。

 

「ッ!?」

「ナイス"カウンター"。そのまま追撃!」

 

 着地と共に蹴り出したチャーレムは吹き飛んだ場所へ真っ直ぐに疾走し――

 

「"とびひざげり"!!」

 

 起き上がろうとするゴーリキーの鼻面に、思い切り"とびひざげり"を叩きこんだ。

 相手に対して息つく間も与えないチャーレムの連撃である。倒しきるまではいけなくとも、間違いなく相当なダメージを与えることができたはずだった。

 だというのに、対面で指示を出す団員に焦った素振りは見受けられなくて。

 

「ゴーリキー、"ビルドアップ"」

「ゴゥ――!」

 

 ゆらりと立ち上がったゴーリキーが大きく息を吸って力を込め、筋肉が大きく膨れ上がる。

 その瞳には確かな自信と闘志を宿し、まだまだやる気は十分であるようだった。

 

「いいぞ。まだまだやれるなゴーリキー」

「......随分とタフだこと」

「そういうお前は随分と余裕そうだ。先から指示も出さずにハクリューを戦わせている」

「あー、あれなぁ」

 

 そんな会話を挟むカイルたちの反対側では、縦横無尽に飛び回るエテボースとニューラの攻撃を流麗な"りゅうのまい"で躱すハクリューの姿があった。

 するりと躱し、尻尾で防ぎ。そうして生じた隙をついて横薙ぎの"りゅうのはどう"を放つ。

 数的有利も意に介さないその戦いぶりを横目に、カイルは自嘲混じりに呟いた。

 

「まあ、そう見えるなら何よりだよ」

 

 流すようにひらひらと手を振り、大きく息をついて。

 

「さっ、第二ラウンドと行こうか。もう時間も残り少ない」

「そうさせてもらうとしよう。これ以上は飛行船の運行に支障をきたしかねんのでな」

 

 短く会話を打ち切り、互いに何も言わず睨み合う。

 それから軽く、二度ほど、息をする間があり。

 

「――"すてみタックル"!」

「ゴオォォォウ!!」

 

 火蓋を切って落とすは、最速であり最大の威力を放つ突進だった。

 ゴーリキーは指示と同時に力強く蹴りつけて前に繰り出し、"ビルドアップ"で強化した鋼さながらの肉体を肘を突き出すような形で固める。

 自身へのダメージなど度外視した超スピードの、まさしく捨て身の一撃。

 

 そうして徹甲弾と化し迫るゴーリキーを前に、チャーレムは静かだった。

 目を閉じて。手を合わせて。そして、ただ、ただ、静かな息遣いで、

 

「"溜め"は十分だな、チャーレム」

 

 すうっと見開く目に宿るは、静かながら獰猛な殺意を宿した闘志でいて。

 大砲のような重低音を響かせて踏み込み、闘志を、殺意を、気合の全てを乗せた拳を大きく振りかぶり。

 その間にもじっと、じっと、ものの一秒たりともゴーリキーから目を離すことはない。ただ力強く握りしめた拳を構え、彫像のような佇まいで待ち続けている。

 

 きっと、同じことを考えている。 

 勝負は次の一撃で決まる。

 

 迫りくる風切り音。空気のうねり。ただそれだけを感じ、時を待ち、

 

「思い切りいけ! "きあいパンチ"!!」

「チャム!」

 

 溜めた力と共に放つ必殺の"きあいパンチ"が、ゴーリキーの顔面を捉えた。

 それと同時にゴーリキーの肘鉄がチャーレムの鳩尾に入る――かと思われたけれど、もう片方の手の平を当て、パンチのために踏ん張った体と合わせて受け止める姿がそこにはあった。

 

「何っ!?」

「そのままっ撃ち抜け!」

「チャァァム!!」

 

 踏み込みでミシミシと床を軋ませ、相手の身体にめり込む程の全力を乗せて。

 轟音と共に振り抜いた拳がゴーリキーの体を吹き飛ばし、その奥にいた団員の体も巻き込んで壁に巨大なクレーターを作り出す。

 その衝撃で飛行船がグラグラと揺れ、ヒビの入った壁面からは団員たちが倒れ伏した。

 

「ぐッ、ガハッ......」

 

 いかに手持ちを持っていようと、トレーナーが戦える状態でなければそれが出てくることもない。戦闘を終わらせるに一番手っ取り早い手段と言えるだろう。

 外道と言われてしまえばそれまでだけど、今の状況は一刻を争うわけで。

 

「お疲れチャーレム。さっ、次だ......と思ったんだが」

 

 ひとまず、カイルの担当分は完了。

 先から一人で戦わせてしまっているハクリューの援護に回ろうかとも考えたけれど、そちらも問題ないようだった。

 

「流石、その必要もなさそうだ。ありがとうハクリュー」

「クリュゥー」

 

 向けた視線の先では、余裕そうな表情のハクリューがその細長い肢体でニューラとエテボースを下敷きにして抑え込んでいた。

 空いた尻尾の先端も座り込む団員二人の首に当て、いつでも仕留められる状態。

 尋ねられているのは、連中の処遇をどうするかと。大方そんなところだろうか。

 

「"頭"を頼む」

「ルゥ」

 

 カイルが指で頭を示すと、廊下に鈍い音が二度ほど響く。

 先は腹部への強打で仕損じたけれど、今度は油断なく頭部への攻撃で気絶させることにした。見たところ装備の類もつけていないし、確実に意識を刈り取るにはこれが一番手っ取り早いだろう。

 

「ここは問題ないな。となると次はアグノムの奪還だけど......チャーレム、何か感じ取れたりする?」

「ム、」

 

 その場に座り込み、カイルは横のチャーレムに問うてみた。

 あくまで仮定ではあるけれど、神話の通りに考えれば"いしのかみ"と言い伝えられているアグノムもまた、エムリットと同じエスパータイプと考えられる。

 故にチャーレムなら、アグノムの放つ波長を感じ取れないものかと考えたけれど。

 

「チャー、」

「了解、一応聞いたみただけだよ。お前の専売特許ってわけでもないもんな」

 

 やはりというか、快い返事は返ってこなかった。

 あくまでチャーレムは戦闘員であり、こういった探知はエーフィの仕事である。本来なら彼女に頼むべきだろうけれど、現在彼女はお休み中。ないものねだりをしても仕方がない。

 であればどうするか、と。そう考えていた折、

 

「サターン様は、慎重なお方だ」

 

 声が、聞こえた。

 

「であればこそ、俺たちはその信頼に応えなければならない」

「......ついさっき、倒したはずだ。なんで起き上がってる?」

 

 背後からだった。聞こえないはずの、倒した男の声だった。

 

「サターン様は、慎重なお方だ」

 

 そこには、何かに吊り上げられるようにして立ち上がる団員の姿がある。

 倒したはずのゴーリキーもゆらりと立ち上がっており、見ればガリゴリと星屑を思わせる結晶を齧っていた。

 溜息、

 

「"げんきのかけら"。強制的に意識を取り戻させ、肉体を活性化させる代物だったか。一トレーナーとしては関心しないな」

「ゴオォォォ!!」

 

 げんきのかけらを服用するにつれ、ふらついていた足取りは次第に確かなものとなり、殺意を宿す瞳も暗い光を増していく。

 そして、力強く、力強く、とかく力強く、ゴーリキーは"ビルドアップ"を繰り返して。

 

「であればこそ、俺たちはその信頼に応えなければならない」

「もう意識もないのに第三ラウンドって、そういうわけかい?」

 

 会話にならない会話を挟み、団員は抑揚のない声で指示を出した。

 

「"リベンジ"」

「絶対にっ! まともに受けるな!!」

 

 もはや異常なほどに肥大化した筋肉の鎧をまとうゴーリキー。

 その図体のまま素早く飛び上がるようにして迫り、轟音と共に放たれた"リベンジ"のパンチをチャーレムは思い切り体を逸らして躱す。

 それだけに留まらず逆の手で放たれた左フックを右手を添えて受け流し、

 

「そこ、"はっけい"!」

「チャァッ!!」

 

 両手を振り抜き無防備になったゴーリキーの鳩尾に、思い切り左の掌底を叩きこんだ。

 

「そのまま一回下がろう!」

 

 本来ならば追撃を狙いたいが、ここではあえて一歩分の距離を取ることにする。

 というのも、攻撃を受けることで威力の上がる"リベンジ"である。万が一にもここまで攻撃を受け続け蓄積したパワーの一撃を食らえば、形勢はそれだけで大きく傾くことになる。

 防御は行わず、躱し、いなし、受け流し、その上でどう倒しきるか。とにもかくにもその手段を確立しなければならないわけで、

 

「"リベンジ"」

「"カウンター"!」

 

 放たれる拳に左手を添えて方向を逸らしつつ、押し込もうとする力の流れに逆らわずに寧ろ身を任せる。

 左側は押し込まれた分だけ脱力して力の流れをいなし。その分だけ反して前に出ようとする右側に、押された分の力を余すことなく伝える。

 そうして放つ"カウンター"のパンチでゴーリキーの顔面を捉え、カイルは勝ちを確信した。

 

 いかに"ビルドアップ"で攻撃と防御の能力を引き上げたところで、引き上げた分の自分の力をそっくりそのまま受けているわけである。

 たとえ"げんきのかけら"で肉体が活性化していたとしても、十分に意識を刈り取れるものだと。

 

「ゴーリキー、"リベンジ"」

 

 そんな甘い考えは、次の指示ですぐさまに打ち砕かれた。

 "カウンター"をまともに食らったにも関わらず、ゴーリキーはニヤリと下卑た笑みを浮かべ。

 

「ゴオォォォウ!!!!」

「ッッッーーー!」

 

 ここぞとばかりに放った渾身の一撃が、チャーレムのどてっ腹を貫いた。

 声をかける間もなく轟音と共に吹き飛ばされ、カイルのすぐ横を通り過ぎて背後の壁に叩きつけられる。体力も、戦意も、意識も、全てを一撃のもとに屠る、まさしく必殺の攻撃。

 

「チャーレム! いけるな!」

「チャアム!」

 

 ただ、それだけで倒されるほどやわな育て方はしていない。

 チャーレムはふらつきながらも立ち上がると、血を吐き捨てて。それから何も言わず両の手を合わせる。

 それから広げる掌の間には、バチバチとエネルギーの弾ける球体が生まれ出でて。

 

「受けた分返すぞ......!」

「クウウリュウウウウ!!」

「って、待て! ハクリュー!」

 

 次の指示を出そうとした刹那、耳をつんざくような咆哮と共にハクリューが前に飛び出していた。

 カイルの静止も気に留めない。振り絞る怒りと激昂で周りも見えていない。

 これは、まずい。

 

「リュウ!」

 

 一筋でなく、いくつもの光の束となって軌道を描く"はかいこうせん"を四方八方にばら撒く。

 それらは地面にぶつかり、壁に炸裂し――

 

「リーシッ!?」

 

 照明を撃ち抜いた刹那、爆発と共に鳴き声が響いた。

 巻きあがる煙から飛び出すは鈴を思わせる姿。すずポケモンのリーシャンであり、それと同時にゴーリキーに指示を出していた団員はぷつりと糸が切れたように倒れこんだ。

 その様子を見て、カイルもなるほどと合点がいく。

 

「あれはリーシャンか。あいつがトレーナーを動かしてたってわけだな、それなら......」

 

 であればどうするかは至って単純。丁度準備だってしている。

 アイコンタクト、

 

「チャーレム、リーシャンに"きあいだま"!」

「チャァァム!」

 

 時は一瞬。穿つは虚空。込めるは、他でもない、気合。

 声と共に放つ"きあいだま"は小さい的ながら正確に敵を捉え、鳴りやまぬ爆音以上に大きな破裂音を響かせて。

 

「シャァン、」

 

 ぷすぷすと煤を上げながら、リーシャンはべしゃりと倒れた。

 これで再び団員が起き上がることもないだろう。次に考えるべきはまだ残っているゴーリキーなのだけど、そもそも指示を出すトレーナーがいなければ戦う必要もないわけで。

 

「落ち着けハクリュー、もう戦う必要はない!」

「リュゥゥ!」

 

 再びの静止も無視して追撃の"りゅうのはどう"を放ち、荒々しい龍の力とオーラを身にまとった"げきりん"の突進で跳ね飛ばして。

 そうして倒れこむゴーリキーに、しなる長体から繰り出す尻尾を叩きこんだ。

 

 これまでのダメージに加えてハクリューの連撃である。

 見る限りのゴーリキーの肉体には明らかにダメージが蓄積していた。"はかいこうせん"の余波で肉体の所々が焦げ付き、"げきりん"の影響で身体の所々の肉が削げ落ちていて。

 痙攣した身体に掠れた息遣い。考えるまでもなく、決着は既についていた。

 

「リュウウウウ!」

 

 そのはずが、ハクリューが止まる気配はない。

 殺し、かねない。

 

「ハクリューちゃんと見ろ! チャーレムは大丈夫だ、死んじゃない!」

「ウリュウウゥゥ!」

 

 カイルは咄嗟にハクリューの体に組み付き、続けざまに放つ"げきりん"を間一髪でゴーリキーから逸らした。

 そんな最中、状況を察したチャーレムの行動は素早い。団員たちを重ねて肩に担ぎ、念力で倒れたポケモンたちを持ち上げて端まで運んでくれていた。

 欲を言えばさっきの倉庫にでも避難させてほしいところだけど、状況がそれを許さない。

 

 カイルは普段の戦闘において、ハクリューを使わない。

 何かしらの要因で感情が高ぶってしまえば最後、自分の力とその矛先が制御できなくなってしまうからだ。

 

 ハクリューは強く、優しく。そして、怯えている。

 その体に秘める強大な力により、目の前の敵を打ち倒すことができる。けれどその力を御すことができず、力と感情の波に飲み込まれてしまう。

 飲み込まれた結果、倒すだけでよかったはずなのに、違う結末を辿ってしまう。

 それを、知っている。

 

 故に、ハクリューは怯えている。戦うことを怖がっている。

 けれど、彼はとても優しいから。目の前で仲間が傷ついていたのなら、ましてや死にかけていたのなら、精一杯に自分の力を振るうことを躊躇ったりなんかしないのだ。

 だからこそ、カイルはハクリューを使わない。戦わせない。

 

 ――否、戦わせたくないのだ。

 

「ハクリュー!」

 

 呼びかけるが、さながらシャワーのように放たれる"はかいこうせん"は止まず。

 通路周辺の壁をいくつも破壊し、貫き、その間にも止まない爆発とそのたびに上がる煙でむせ返りそうになる。

 

「なっ、ななななんだ!?」

 

 そんな最中に背後で聞こえたのは、若い男のものだった。

 広がる破壊の波は、貫かれた壁の向こう側にある部屋にまで届いていたらしい。倒れたデスクチェアーと、何かのカプセルを抱える少年。

 そしてその少年を守るように、前に立ちはだかるドクロッグがいた。人型の体で構えを取り、威嚇のつもりか喉元にある真紅の毒袋を膨らませて。

 

「リュア!!」

「ログログログロッグゥ!!」

 

 カイルの取り組みも虚しく放たれた無数の"はかいこうせん"を、ドクロッグは毒々しい光を放つ両腕を器用に振るい、"どくづき"でその全てを防いでみせた。

 

「う、裏切り者......!?」

 

 その背後、震えた声で呟く少年を見てカイルは思考を巡らせる。

 他の団員たちとは一風変わったデザインの白黒の上下。左右、三日月型に伸びた髪の毛。こちらを睨みつける、特徴的な猫目。

 作戦の実行前にマークから聞いた通りの情報である。つまるところ、目の前にいる男こそが幹部のサターンなのだろう。

 

「......寄こせ」

 

 となれば、彼が抱えている透明なカプセルの中身についてもある程度想像がつく。

 小さな身体だった。エムリットとよく似た妖精のような姿であり、額に輝くは真紅の宝玉。そしてその逆に、体色は透き通るような海の色をしていた。

 アグノム、

 

「そのカプセルを、寄こせ!!」

「ドクロッグ! 俺をっ守れ!!」

 

 向かい合うカイルとサターンが互いに鋭く指示を吐き出す。

 言葉と当時、飛び出したチャーレムが、ドクロッグが拳を突き合わせる。相も変わらず暴れまわるハクリューが、そこらじゅうを破壊して回る。

 戦いが、始まるはずだった。アグノムの処遇をかけて。カイルたちの命運をかけて。

 けれど結論から言えば、この場では戦いには発展しなかった。

 

 それぞれの思惑と拳がぶつかり合った刹那、地面が大きく揺れた。

 ――正確には、飛行船が揺れていたのだ。先からずっと戦い続けたが故の結果か、それともハクリューの暴走の余波によるものか。

 直接的な原因は定かではないけれど、それでも今わかる状況は至ってシンプル。

 

「飛行船が、落ちる......!?」

 

 落ちることで発生するであろう被害が、災害が思考にノイズとして混ざりこむ。

 そうなっても構わないとは考えていたけれど、そうするために戦っていたわけではない。中途半端な覚悟をしてしまっていたことへの後悔がカイルの頭を駆け抜けた。

 

 アグノムの奪還が第一目標だ。そのためにはサターンとの戦闘が必要であり、けれど飛行船が落ちるかもしれない以上は先に倒した団員たち、またその他の乗員たちの避難が必要になる。

 また、飛行船の墜落範囲となる場所についても、避難の誘導と防止を行わなければならない。

 改めての後悔を噛みしめる。覚悟ができていないから、即決ができなかった。

 

 何が一番重要か。そのため何を行うべきか。そのため、何を『切り捨てる』べきか。

 カイルには、それがまだ固く決められていなかったから。

 

「くそっ!、」

 

 飛行船が再び大きく揺れた。

 もう一刻の猶予もない。カイルは、決断を下さなければならない。はかる天秤の重さで心が軋むのを感じながら、とかく冷静かつ冷酷な判断を下そうと思考を巡らせていた。

 

《しかたがない ゆうじんを たすけるためだから》

 

 刹那、鈴を転がすような声音が感じ取れた。

 光、である。腰元のモンスターボールから眩い光が生まれ、見る見るうちに広がるそれは温かい輝きを放ちながら大きく膨らんでいく。

 

《ひこうせんはなんとかする みんなのことはりっしこへはこぶ》

 

 紡ぐ言葉には、ただ、ただ、純粋な願いが感じ取れた。

 だから、とエムリットは続けて。

 

《アグノムを たすけてあげてほしい》

 

 光に飲み込まれる最中、そんな言葉だけが聞こえて。

 もはや、迷うことはなかった。返す言葉だってなかった。

 だからカイルは、ただ大きく、大きく頷いてみせた。

 できる限りの手を使い、可能な限りの死力を尽くし。

 

 

 ――アグノムを助ける。

 

 

 改めてその覚悟を深く心に刻み付け、その目を閉じた。

 

 

 

 

 




次回目標は二週間です。よろしくお願いします。


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クラヤミネイバー


お久しぶりです。

なるべく早めに投稿したかったんですが、若干メンタルいかれてて筆が取れない状態でした。最近は少し安定してきたので、またのんびり書いていきます。
お気に入り、高評価ありがとうございます。かなり励みになってます。
コンビニのハリッサ風味タンスティックが好きです。
皆さん食べてみてください。


 

 

 

 

 

 夢を見ていた。 

 

 

 生まれた時から、小さかった時から、家族はいなかった。

 いつからか意識があった。どこか寂しいような心地がした。最初に感じていた包み込むような温もりは、気が付けばなくなっていた。

 小さくぎゅうぎゅうに詰められた世界から飛び出して、パリパリと殻を破る。

 

 そうして、暗い卵の中から顔を出して。 

 

「産まれたな。わざわざ無理を承知で竜たちの島に忍びこんだかいがあった」

 

 小さな暗い世界の外で広がっていたのは、また暗い世界だった。

 

「やはり美しいですね。これはいい見世物になりますよ」

 

 薄暗い部屋の中、濁った瞳がギョロギョロとぼくの体をねめつけていた。

 遠くから響くは悲鳴にも似た鳴き声と、誰かの怒声。そうして感じる嫌な視線も、声も、とてもとても恐ろしくて。

 だから、閉じこもることを選んだ。

 

「だが、ミニリュウのままというのではいまいち見栄えに欠けるな」

「というと?」

「ハクリューまで進化させるのがいい。"これ"を使えばレベルは上がるだろう」

 

 塞ぎ込む自分の前に置かれたのは、小さな包み紙。

 中には小さな丸いものが入っていて、なんだか綺麗だ、なんて思ったりする。

 

「なるほど、丁度いいですね。使いどころにも困っていたところですから」

 

 そんな話をしながら、ぼくの口にそれが詰め込まれた。

 舌に乗ったものは『ふしぎな』味がして、しゅわしゅわと弾けながら口の中で溶けていく。コロコロと口の中で転がしている間に、それはどんどんと小さくなって。

 

「......?」

 

 同時に、体の中で何かが大きく膨らんでいくような心地がした。

 それからは毎日、その丸いものがごはんの度に出された。これといって不味いわけでもないので、特に疑問もなく黙々と食べていた。

 不思議なもので、それは食べれば食べるだけ――強い、強い、力を感じるのだ。

 

 だから、今日も今日とてこの丸いものを。不思議な味の飴を食べる。

 

 しゅわしゅわ。

 しゅわしゅわ、しゅわしゅわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、寝ている間に身体が二回りほど大きくなっていた。

 

 どういう原理かはわからないし、別に知らなくともなんざ問題はない。

 ただその日からは毎日の食事が飴では無くなって、少ない上に薄味の、全然美味しくない汁物に替えられた。

 

「さっさと食え」

 

 上から頭を押さえつけられて、汁物を無理やり食べさせられる。

 それだけならばまだしも、時たま殴られたり蹴られたりと痛い思いをさせられることもあった。

 

「芸をやってみせろ」

 

 こういう感じでうまいことやってみせろと言われて、できなければ鞭でぶたれた。

 ご飯がもらえないことだって珍しくなかった。

 

 痛くて、お腹が減って、嫌なことをたくさんされて。

 それが当たり前になっていたものだから、毎日不満が頭に溜まっていた。したくもない我慢を強いられて、それをずっと抑えていられるほど、良い子なつもりもなかった。

 あの日、あの時、いつも通りのことをされて。何かが、ぷつりと途切れた。

 

「あがっ......!!?」

 

 その日、ぼくは初めて人をころ

 

《おもいでをめぐるのもいいけれど だいじなのはいまだ》

 

 スライドショーのようだった景色は、聞こえる声と共に白い背景へと変わった。

 流れる血と同じ。真紅に染まりそうだった意識も、同時にすうっと澄んだそれに変わっていくのを感じる。

 

《すこしだけ きおくをのぞかせてもらった》

 

 別に構わないけれど。覗いたとて楽しいものが見えるわけでもないのに、とは思う。

 聞こえる声にはどこか物寂しそうな感情が乗せられていた。

 

《うつわがそだつまえに なかみがおおきくなってしまったんだね》

 

 憐れまれているらしい。正直、あまりいい気はしない。

 

《そういわないでほしい いやなことも よかったことも ひとしくきみのきおくだ》

 

 ――君には今まで、一つも良かったことなんてなかったのかい? なんて。

 そんな言葉を皮切りに、先と同様記憶が流し込まれてきた。今度は苦い思い出とほの暗い景色ではなく、ほのかに温かい。

 例えるなら、のどかな陽だまりみたいな記憶が。

 

 小さいながらもとても力持ちな子がいる。

 不思議な力で、何かと面倒を見てくれる子がいる。

 身体を動かすのが好きで、まるで踊るような動きをする子がいる。

 姿を変えるのが得意で、とても、とても強い子がいる。

 

 さっきみたいに、真っ赤に染まっていた全部を真っ白にして落ち着かせてくれた。

 こんな自分にだって手を差し伸べてくれた、すごく優しい人がいる。

 

《"きみたち"はかれとよくにている》

 

 打って変わって、全てを包み込むような、優しい声音だった。

 

《いまはただ やすんでほしい ねむるのがいい すこしだけ つかれただろうから》

 

 言われてみれば、そんな気もする。戦ったのなんていつぶりかもわからないし。

 どこからか聞こえてくる声は、決して強いるわけではない。あくまでも判断するのは自分自身であることを念頭に置いた上で、提案をしてくれている。

 命令ではなくて、提案をだ。その事実と心地だけを噛みしめて、瞳を閉じて。

 

《おやすみ》

 

 静寂の中、そんな言葉と、モンスターボールが閉じる音だけが、小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来、カイルに戦う理由なんてものはなかった。

 

 強いて言うならば、依頼を受けたから。その達成をする必要があるから。

 そんなある種の責任感が主であり、そこにカイル個人の感情が介入する余地はなかった。特に傭兵のような仕事をしていく以上は、それが邪魔になることがほとんどだったものだから。

 思い起こす。思い起こす、

 

 感情を殺せない者は二流だというのが、『先生』の教えだった。

 職も行き場もなかったあの頃に、お腹が空いてばかりいたあの頃に、とかくそう言い聞かせてもらったものだ。

 

「飛んで放て、"ベノムショック"!」

「ロォッグ!!」

 

 そして、感情も、仲間も、敵も、何も殺さず何かを成すのが一流であり。

 

「来るぞ!"きあいだま"!」

「チャァァム!!」

 

 その逆に、『何も殺すことができない』のが、三流以下なのだと。

 似て非なるそれらの違いについては、今は置いておくとして。カイルはその教えにあえて唾を吐き、そして背を向ける。

 というのも、他でもない自分自身が、何を殺す覚悟もない三流以下である自覚があったから。

 

「おおおおおあああ!」

 

 そんな思考を吐き出す声で塗りつぶし、目の前の状況に意識を向ける。

 ドクロッグの左右の手から放たれた紫の光球にチャーレムの打ち返す"きあいだま"が炸裂し、今では大地と岩肌のみが広がるリッシ湖の上空で爆発が起きる。

 

「飛べチャーレム!」

 

 カイルの指示に合わせ飛び上がるチャーレムが、視界を覆う白煙にまぎれて接近し。

 

「"はっけい"!」 

「"どくづき"!」

 

 互い、撃ち抜く掌底と拳が空に乾いた音を響かせる。

 逆の手で鳩尾を狙うチャーレムの手をドクロッグは器用に身を翻して躱し、そうして反転させた体勢から回し蹴りを放った。

 想定外のそれも冷静に防ぎ、反撃に転じ、更にその反撃に対しての応戦を繰り返す。

 カイルも、目の前のサターンも、叫ぶように放つ指示は同時だった。

 

「「"インファイト"!!」」

「ロオオォォォ!」

「チャアアァァァ!」

 

 互い、落下しながらの熾烈な超接近戦闘。

 放つ拳も、防ぐその手も、返すカウンターも、振り抜く蹴りも、その全てが虚空を轟と切り裂く音を残し、その速度はただひたすらに上がっていって。

 着地の瞬間に再び拳を打ち合わせ、二体は再び距離を取り直す。

 

「アグノム。それにエムリットを連れて何をするつもりだ?」

「ユクシーだっているさ。あの三体が――いや、あの三体から抽出することで得られるエネルギーが、ギンガ団の野望を果たしてくれるわけだよ」

 

 眼前佇む幹部――サターンは、不機嫌そうにガジガジと爪を噛んでいた。

 いかにも不機嫌そうな表情である。彼はその猫目でもってカイルを睨みつけ、手を払うような仕草で。

 

「あいつらが欲しいならくれてやるさ。俺たちは抽出したエネルギーが欲しいだけなんだよ。なぁ、それさえ完了すれば後はお役御免だからさぁ!」

「......あー。悪いけど、俺はわがままなんだ。今じゃないと納得ができない」

 

 適当な会話を挟みつつ、引き出した情報も含めて思考を巡らせる。

 飛行船にて光が落ち着いてから、状況は色々と変わっている。ここらで一度整理したいところだったので丁度よかった。

 

 飛行船についてはよしなに対応してくれたらしく、爆発は遥か上空で起きるのみだった。

 とんでもない轟音が鼓膜を突き抜けてきたことに多少の文句はあるけれど、逆に言えばその程度で済んだのだから本当にエムリット様様である。

 リッシ湖にカイルたち含む乗員をテレポートさせ。地上に着いてからは暴れまわっているハクリューの額にぴたりとくっついたかと思えば、立ちどころに落ち着きを取り戻させた。

 

(正直助かった。ゆっくり休んでくれ、ハクリュー)

 

 穏やかな表情で眠ってしまったハクリューには、ボールで休んでもらうことにした。

 当然その分の戦力ダウンはあるけれど、それでも戦わせたくないのが本音で。今の状況はカイルとチャーレムだけで切り抜けてみせたかった。

 

「......」

 

 アグノムを助けると決めた。そのためにできることは可能な限りやるつもりだ。

 しかしながら、『やりたい』と『できる』との間には限りなく大きな溝が存在するわけで。

 ちらと見渡せば、周囲にはちらほらと集まりだすギンガ団員たちの姿がある。あれらを全て相手取った上でアグノムを奪還できるとすれば、それはきっとさぞかし凄腕のトレーナーだろう。

 

「よっし、チャーレム」

 

 そんな芸当は、カイルにはできない。

 けれど、カイルにはカイルなりのやり方があるのだ。

 

「思い切り蹴り上げろ!」

「ムチャッ!」

 

 チャーレムは渾身の力で地面を蹴りあげ、巻きあがる砂ぼこりが前方の視界を遮断する。

 

「下らん、振り払えドクロッグ!」

「グロッ! ......グロッ!?」

「"ねんりき"」

 

 振り払った砂ぼこりは、けれどチャーレムの"ねんりき"によって動きだす。

 それらはまるで意思を持ったかのように、流動的な動きでもってドクロッグの背後――サターンへと向かっていって。

 

「なッ、砂が!?」

 

 驚き怯む姿に、思わず口角が上がる。

 ポケモンでなく自分が攻撃されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。当然だ。他でもないカイルだって、最近改めてその事実を痛感させられたばかりなのだから。

 ポケモンバトルにおいて、一番の弱点はトレーナーである、と。首元の嫌な感触と共にその経験を思い出しつつ、砂ぼこりと同時に駆け出し。

 

「そこだっ!」

 

 掌底、一閃。

 あらん限りの力をサターンが抱えていたカプセルに打ち付けると、その勢いで腕の中からカプセルがすっぽ抜けた。

 そのタイミングを見逃さないチャーレムが、華麗なジャンピングキャッチを決めて。

 

「チャッ、ム」

「よっ、ナイスキャッチ」

 

 そうして、着地と共にそのまま駆け抜ける。

 かえって上手く行きすぎていると、そう考える位に順調だった。カイルの想定していた通りに事を運んでいた。

 後はこのまま逃げ出すだけで片が付く、そんなはずだった。

 

「っ、?」

 

 けれどその気持ちに反し、ぴたりと足が――否、身体が止まる。

 今までに感じたこともないような悪寒に、背筋をつうと撫でられたからだ。

 先のエムリットなど比にならないような、巨大で、偉大で、圧倒的なナニカから、品定めを受けたような。

 そんな心持ちだった。

 

「くだらない」

 

 声。

 ボスであるアカギを彷彿とさせる、サターンの言葉。

 

「くだらないくだらないくだらない、」

 

 言葉は熱を持つ。

 冷え切ったそれに薪をくべ、油を注ぎ、そうして煮えたぎった怒りがこもる。呼応するかのように力強く踏み込んだドクロッグが、カイルたちの前に猛毒の拳を携え立ち塞がる。

 そうしている間にもサターンの頭には怒りの熱が溜まり、高まり、

 

「くっだらないって、言ってんだよ!!」

 

 噴火した。

 何度も力強く足を踏み鳴らし、ギリギリと歯を食いしばり。まるで子供の癇癪を思わせるような、いかにもといった激怒である。

 

「悪いけど、どれだけお前に駄々こねられても渡すつもりはないよ。こっちは二人から、――何だったら、一人は伝説のポケモンから依頼を受けてるんだ」

「こっちはギンガ団全員の野望が乗っかってる。アカギ様から直々の命令と、その分の期待が乗っかってんだよ!!」

 

 互い、揺らがぬ意思。

 その間にも息を荒げたサターンはドクロッグに対して攻撃の指示を、

 

「ドクロッグ、"どくづ"――」

 

 指示を、

 

「――......?」

 

 声にならない言葉だけが、カイルの喉を抜けるのを感じた。

 感じていた悪寒はより確かなものとなっていく。前方のサターンたちも何かを感じ取ったらしく、強張った表情のままその場で固まっていて。

 

(違う、あいつじゃない)

 

 その姿を見て合点がいき、僅かばかりの疑念を振り払う。

 違う。異なる。圧倒的にかけ離れている。それだけ言葉を尽くしてでも否定したい。先に感じた悪寒は、決してサターンから発されたものではない。

 正しくは、カイルたちの間の空間から。『何もないはずの場所』から、そのプレッシャーが発されているのだ。

 

「サターン様、今加勢します!」

「裏切り者を囲め!」

 

 動くに動けず、膠着状態に陥ったカイルたちを囲むようにギンガ団員たちが集まってきた。

 彼らはナニカに気が付いていないらしく、攻撃こそしないもののじりじりと距離を詰めて来る。

 

「ッ、来るな!」

「いっ、いいぞ。そのまま囲い込むんだ」

 

 振り払うようにして呼びかけるカイルの言葉は、気にかけては貰えない。

 その間にも次々とポケモンたちがボールから飛び出し、周囲の円陣に加わっていた。

 臨戦態勢に入ったゴルバットはギラリと輝く牙を覗かせ、口端から青白い炎を零すデルビルが前足で力強く地面を踏みしめる。

 

 これ見よがしに後ずさりで距離を取ろうとしているサターンの姿もあり、ようやっとカイルも根本的なことに気が付いた。

 全力で、可及的速やかに、ここから全力で逃げ出さなければならないのである。

 なればこそ、こんなところで止まっている暇なんてないわけで。凍り付いた背筋に気持ちと根性で熱を入れ、止まない足の震えを殴りつけて抑えこむ。

 

《そう はやく はやくここからはなれて》

(エムリット?)

《さいしょのばくはつがおおきすぎた ひこうせんのばくはつもおおきかった "あっち"にもむしできないひがいが でているみたい》

 

 感じるテレパシーからは不安が読み取れ、事態を重く捉えているらしいエムリットの感情が伝わってくる。

 しかしながら、話している内容が要領を得なかった。

 

("あっち"?)

 

 爆発はともかく、"あっち"と称するそれが何を意味するのかがわからなかった。

 問いかけるもそれに対しての返答はなく、ただただエムリットから五月雨式に念話が送り込まれてくる。

 

《ちょうのうりょくをつかいすぎた "テレポート"でにがしてあげられない》

 

 カイルたちの目の前に、黒い雫が生まれた。

 

《かれがくる はやくにげださないと とりこまれることになる》

 

 雫は音も無く地面に滴り落ち、焦げ茶色の地面に漆黒の染みを残す。

 染みは見る見るうちにリッシ湖の大地全てを覆うほどに広がり、カイルたちの足元は全て漆黒の影に埋め尽くされてしまう。

 

《かれがくる つよい つよい いかりをやどし このばをおさめに》

 

 影から再び雫が浮かび上がり、それは球体へと姿を変える。

 中でナニカがボコボコと膨れ上がり、禍々しい翼を、雄々しい頭を、巨大な身体を形成し、中でナニカが膨らんでいくのが分かる。

 やがて完全に身体が構築したらしく――球体が、内から見ているだけで飲み込まれそうになる闇をまき散らし、弾けた。

 中から覗く姿は、明らかにこの世のものとは思えないそれだった。

 

《かれが ギラティナが くる》

 

 白銀の肢体に、黄金色をあしらった頭部。

 闇を宿した――否、闇そのものという他ない、赤黒い翼。

 

《"あっち"にしょうじたひがいの せいさんを おこないに》

 

 そうして姿を現したナニカ――ギラティナはギロリと周囲を見渡すと、巨大な足で地面を二度ほど踏みつける。

 それと連動して地面から伸び出した影が、かぎ爪のような形状となって揺れ動き始めた。

 伸びる影は一つから二つ、二つから三つ。最終的には数えるのも馬鹿らしくなるほどその数を増やして。

 

「たっ、退却!! 退却ーー!!」

「うわあああああ!!」

 

 一閃。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出すサターンとギンガ団員たちを、規格外の"シャドークロ―"が薙ぎ払った。

 

「......ちょっと、まずいな」

 

 正直言って、戦闘を挟まず逃げ出せるような。そんな都合のいい展開は期待できない。

 とはいえそもそもの目的があるわけで。せめてアグノムとエムリットだけでも逃がしてやりたいとは思うのだ。

 

「チャーレム」

「ムッチャ!」

 

 呼び声に応えるチャーレムが振り抜く手刀、"かわらわり"でカプセルを両断する。

 中からはアグノムがずるりと力なく出て来るけれど、一人で逃げ出す余力は残っていないらしく、そのまま地面に倒れこんでしまった。

 正直休ませてあげたいとは思うけれど、目の前のギラティナがそれを許すはずもなく。

 

「クチ―!」

「チャァァム!」

 

 カイルたちの背後から襲い来る影たちを、ボールから飛び出したクチートが大顎による"かみくだく"で根本から断ち切り。

 打ち漏らした影はチャーレムが"ねんりき"で根本から捩じり切った。 

 

《みちをつくるよ》

 

 高く飛び上がるエムリットが夜空の星に勝るとも劣らない数と輝きの"スピードスター"を放ち、伸びた影と地面を撃ち抜いて爆発を起こす。

 攻撃の余波でカイルたちの前方の大地が抉れ、そこからは影が無くなっていた。

 

《はやく はやく》

 

 これで走れるだろう、と。案内するように前に浮かぶエムリットが手をこまねく。

 手元にアグノムを抱えたままクレーターを滑り降り、息をきらしつつ登り。

 

「くっそ、走りにくいなもう!」

 

 舗装されていないことに若干の文句はあるけれど、そのおかげで"シャドークロ―"の危害から免れているのだからこれ以上の贅沢は望めない。

 とかく、ギラティナからの敵意を向けられていないうちにここを離れなければ、と。

 その一心で走り続けていたのだけど――、

 

「ッ、」

 

 影とは違う。地面そのものが大きく盛り上がり、さながら壁のようにカイルたちを囲んだ。

 恐らく"シャドークロ―"はほぼオートで動いていたと見える。何せ、特に動いている人間を追尾している様子だったから。

 けれど、この"だいちのちから"は違う。カイルたちを囲い込むように放たれていた。意図的に狙っている攻撃だった。

 

 ギラティナの意識が、こちらへと向いていた。

 

《ふせぐ》

 

 同時に上から落ちてきた影の塊を、エムリットが"サイコキネシス"で受けとめる。

 その間にチャーレムが壁に対して"はっけい"を放つのだけど、ギラティナの力が関与しているためか用意には砕けずヒビが入るのみに留まる。

 

《は、やくッ》

 

 同じ場所にクチートが"アイアンヘッド"を放ち、ヒビが少しばかり広がった。次いで"かみくだく"で牙を突き立て、齧り取るようにして壁を削る。

 鼻血を垂らしつつも防ぎ続けるエムリットに対しギラティナは周囲の影を集め、上空の塊が更に一回り大きく膨れ上がっていく。

 

《...っ ......っ、 はや、く》

 

 ダメ押しでチャーレムが"はっけい"を放ち――衝撃が壁を撃ち抜いた。

 人間の頭程度の大きさの穴が空き、向こう側の景色が覗く。今度は迷うこともない、まずはアグノムを穴の向こう側に放り出した。

 後は、

 

「エムリット、ごめん。依頼は最後まで果たせない」

《っ、まっ――!?》

 

 チャーレムが宙のエムリットを抱きかかえ、先と同様に穴の向こう側へと放り出す。

 刹那、"サイコキネシス"が途切れたらしく影の塊が再びカイルたちに向かって下り始める。

 

「マーズさんにも、マークさんにも合わせる顔がないな。.....お前らも、最後まで付き合わせてごめん」

「チト」

「チャム」

 

 そんな短い会話だけを最後に挟み、寄り添ってくれる相棒たちの温もりを感じ。

 

 

 カイルは めのまえが まっくらになった。

 

 

 

 

 




大体2週間から1か月くらいで投稿するつもりです。
よろしくお願いします


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