Re:ゼロから始める異世界生活 小噺集 (USHIかく (錦))
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のどかなロズワール邸の一日
初二次創作、初SSです。
リゼロ4章以降ネタバレ注意。
設定やセリフの違和感は温かい目で見てやってください。
――冬の肌寒さも和らいだ、ロズワール本邸での平穏な一日。
慌ただしいながらそんな平和な日も、明くる日に入れ替わろうとしていた。
すっかりと暖かくなった空気。窓から入ってくる涼しい風に当たりながら、スバルは寝台の前に穏やかな表情で座っている。
そして、春の陽射しに照らされて楽しく過ごした一日の出来事を、日課のように眼前の青髪の少女に物語り始めた。
「今日さ、ガーフィールのやつが……」
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「なァんだってェ!? その剣聖の野郎ってのァそんな速ェのかよォ!?」
「そうらしいぜ。あいつによると、フェルトに呼び出されたら一瞬で駆けつけられるとかなんとか。疾風迅雷の赤髪騎士ルージュ・パラディンってやつだな」
事の発端はいささか不明。ベアトリスが可愛くパトラッシュが辛辣な朝を過ごし、昼食を取った後、スバルとガーフィールの会話にはあのラインハルトが話題となっていて。
王都で彼から聞いた能力を、厨二要素を交えながら、スバルは我が物顔で語っていた。
「かっけェ! なんだそれァ! よっしゃァ! 俺もそのラインハルトって奴に追いついて見せるぜェ!」
「誰が呼んでも一瞬で駆けつけるとか。あとお前でもラインハルトには勝てないと思うぞ。だってあいつ加護とかで……」
「よっしゃァ! 足を速くするなら何すればいんだァ! 走り込みかァ!」
「いやあのガーフィールさん、速く走りたいならいっぱい走るしかないとは思うけど、ラインハルトのやつには加護が……」
「よォし! 『考えるよりガングリオン』! 早速死ぬ気で走ってくるぜェ!ありがとよォ、大将!」
人の話を聞かずに、ガーフィールは金色の短髪で駆け出し、それにスバルは呆れて立ち尽くす。
「厨二造語に踊らされて、あの猫科野郎は本当に……。そういえばラインハルトのやつ、『剣聖』じゃなくて『剣聖の家系』って呼んでくれ、とか言ってたっけ」
そんなことを思い出していると、
「――それで、スバルは今からどうするかしら」
膝に座り込んで書物を読む金髪の幼女に声を掛けられる。
「おおベア子、そういえばいたな。軽すぎて気がつかなかったわ」
「むきゅーなのよ! スバルのバカ! もう知らないかしら!」
「それ灰色の巨大な生き物に連れてかれるぞ。幼女だからなおさら」
「なんのこと言ってるのかわからないのよ! ……それより、スバルはどうするのかしら」
「エミリアたんは勉強で忙しいし、脳筋猫も走りにいったとこだしぃ? ちょっと残念だけど、俺はちょっとやんなきゃいけない仕事を片付けることにするわ。ベア子は?」
「ベティーはスバルと一緒にいられればいいのよ」
言った後に自分の発言の真意に気がついたらしい。ベアトリスの頰が火照る。
「え、なんだって?よく聞こえなかったからもう一回言ってくれ」
「スバルと一緒に……やかましいかしら! むきーなのよ!」
「あー可愛い。俺のベア子可愛い」
そんな会話を交わし、不貞腐れるベアトリスを側に、スバルは居間を後にする。
ベアトリスは、割りに合わないほどの大きな本を片腕に抱え、もう片方の腕の先はスバルの指を掴んでいて。そんな調子でてこてことついてきたのだった。
* * *
オットーへの挨拶という名のおちょくりも済ませ、スバルが作業に手をつけていると、近くに座って読書をする幼女が何かを呼びかけてきた。
「騒がしいのが帰ってきたみたいかしら」
「――ただいまァ!」
外から大声が聴こえてくる。
相変わらずうるせーな、と零しながら、窓を開けて屋敷の前の猛虎を見下ろす。すると、スバルが声を掛ける前にガーフィールの前には桃髪の少女が佇んでいた。
「うるさいわ、ガーフ。騒ぎながら飛び出して行ったと思ったら何をしていたの」
「大将が、ハァ、ラインハルトってやつが足が速いって言ってたから、ハァ、負けらんねェって走ってきたぜェ! ……アーラム村まで!」
「バッカじゃねーのお前!? 走り込みって森の中とか周りとかそういうのだろ!? その距離思いっきりマラソンやってるぞ!?」
息を整えるガーフィールが告げた衝撃の目的地に、スバルは思わず声を張ってしまう。
「おお大将! ババアたちも元気にやってたぜェ!」
「そういうこと聞いてるんじゃねぇ! お前行ってから3、40分くらいしか経ってねぇぞ!?」
「よっしゃァ、もう一往復行ってくるぜェ!」
スバルがその脳筋っぷりに呆れながら見下ろしてる中、ガーフィールは踵を返してまた動物のように飛び出て行った。
それに、ラムは、
「そう、いってらっしゃい。……あと、うるさいと言うバルスが一番うるさいわ」
「へいへい……お前ガーフィールに甘いのか厳しいのかどっちだよ」
スバルは、甘えてくるベアトリスに抱きつかれながら、仲間の虎の亜人に呆れ果てるのであった。
* * *
結局、ガーフィールは4、5往復し、そのバカ体力に屋敷の面子は呆然としていた。
「くっそォ、めちゃくちゃ疲れたぜェ! これで俺様も剣聖のやつみたいにかっこいい名前で呼ばれてもらえ、じゃなくて足も速くなれたのかァ!?」
「厨二心スケスケだぞ、ゴージャスタイガー。呼んだ瞬間に駆け付けて護ってくれるなら御の字。でも残念ながら、あいつの場合は加護だからなぁ……」
「クソォ、わっかんねェ! 『ペニーペニーは譲らない』だァ! 絶対もっと速くなってやるァ! ……それより、腹が減ったぜェ!」
あたりは少しずつ暗くなっていたがまだ暮れ方でもなく、喧しい虎はランニングから帰って来たと思ったら騒ぎはじめて。
お腹を押さえて空腹を訴え始めたその男にスバルが対応していたところ、獰猛な牙を隠しながら微笑む、ガタイのいいメイドが歩いてきた。
「あら、帰ってきていたの、ガーフ。悪いけど、夕食はまだペトラと私で準備中なのでまだ何もないですわ」
「今出せるのは茶菓子くらいだぞ?」
そういって、スバルは居室のソファに腰を掛ける少女たちを指差す。
勉強に一段落ついたエミリアは紅茶を飲み、ベアトリスはスバルの故郷の味がするという茶菓子をちょこちょこと食していた。
それを見た猛虎は、まるで猛虎のように居間に飛び込んで行き、
「いただくぜェ!あれがうま……」
「スバルがくれたベティーの菓子に触るんじゃないかしら! ふん!」
吹っ飛ばされた。
「これだから頭が残念な亜人は面倒なのよ!」
「持ってきてやるからベア子のをとるんじゃねぇよ馬鹿脳。……と思ったらこれで終わりじゃん」
ガーフィールに肩を貸しながら起こしているところ、フレデリカは、
「ガーフ、『バームベームは寝かせるほど旨い』と言いますし、夕食の時間まで大人しく待っているのですわ」
「お前ら姉弟揃って慣用句大好きとか、ほんと似てるよなぁ」
「姉貴、うるせェ! ちょっとでいいからなんかくれよォ!」
そんな文言も儚く、フレデリカは仕事へ去って行って。
――そのとき、この様子を見ていたらしい銀髪の美少女が歩み寄ってくる。
その瞬間、スバルは己の身の危険を感じた。
「ガーフィールお疲れ様! とーってもお腹が空いてるって聞いたから、私がお菓子をふるまってあげようかなーって思って。ね、スバルもいいと思うでしょ?」
「え、エミリアたん! うん、俺もすっごくいいと思う! ガーフィールも喜んでくれると思うから! じゃ、じゃあエミリアたん、俺ちょっと仕事が残ってるから……」
露骨に動揺を隠せないスバルは満を持して逃げ切ろうとするが――。
「……待つんだァ、大将。俺様もエミリア様のは、まあ、そういうことだが、逃がしはしねェぞォ」
「ウッ……」
ガーフィールに肩を掴まれたスバルには、逃げる道ももうない。
「私がどうしたの?」
「いや、そのですね……」
そのとき。
「――待つかしら。スバルが喜ぶならベティーも作るのよ。エミリアのは不味くてもベティーの方が絶対美味しいから、絶対に負けないかしら」
「べ、ベアトリスさん!?」
「ベアトリスも手伝ってくれるのね! 早速始めちゃいましょう! さっきのスバルの故郷の味って言ってたお菓子がすごーく美味しかったからそれを……」
スバルはまだ諦めさせることを諦めない。罪悪感を感じながらも、ここぞとばかりの根性。
「待つんだエミリアたん。さっきフレデリカが夕食まで待った方が良いって言ってたから、あの茶菓子で満足しておくべきだと思うんだ」
「でもそしたら、疲れてお腹を空かせてるガーフィールがすごーく可哀想じゃない」
「エミリアたん優しい! まさにE・M・T(エミリアたん・マジ・天使)! でも違う! 今は違うんだよエミリアたん!」
「何が違うの?」
「いや、えっと……」
どうしても言葉に詰まってしまうスバル。
その様子に、ベアトリスは、
「そこの野蛮な猫は置いておいて、スバルが喜ぶならベティーは作るのよ。事情なんて知らないかしら」
「そういうことなら分かったわ! じゃあ、スバルとガーフィールはいい子にして待っててね!」
「いい子にしててって気に入らない評価!」
結局、説得して丸め込むのは男たちでは無理だった。
紅茶を飲みながらその様子を食卓から眺めていたオットーは、相変わらずだなぁ、と、どこか嫌な予感を感じ取りながら呆れていた。
どう逃げ出せるかと画策しながらもエミリアに悪いという意識にジレンマを馳せていたところ、エミリアとベアトリスはエプロン姿で皿を両手に戻ってきてしまった。
それに乗っていたのは――黒焦げになった謎の物質。
「出来上がり! さあ召し上がれ!」
「出来上がりかしら! 感想を言うのよ、スバル!」
男たちは逃げた。
「なんで逃げるの(かしら)!」
結局、走り回ったあとにエミリアとベアトリスに捕まった男たち――スバルとガーフィール、ついでに飛び火して嫌な予感が見事的中したオットーの三人――は、色々と酷い目にあったのであった。
* * *
辺りはすっかり暗くなっていた、その日の夜のこと。
暖かさと薄ら寒さが混じった初春の空のもと、スバルはソファで文字の書き取りをしていた。イ文字にもすっかり慣れてきて、ロ文字の練習をする彼の隣には、スバルの教材作りに励むベアトリスがちょこっと掛けている。
「なあベア子、もうそろそろ遅いから寝たらどうだ? 夜更かしは肌に悪いぞ?」
「子供扱いもいい加減に止めるかしら。ベティーはスバルが終わるまで待つのよ」
「クソー、ベア子は可愛いなぁ!」
淡いクリーム色のドリルツインテールを伸ばす頭を撫で撫ですると、ベアトリスは照れながらもその手をどけようとはしない。
「さてと。今日の分やっと終わったわー。いやー疲れたよー慰めてよーベア子」
「よしよし、なのよ」
「うーんベア子可愛い」
撫で返されたスバルは腰を上げながら眼前の幼女に、
「エミリアたんにおやすみの挨拶もしたし、ちょっと行ってくるわ」
「……あの青髪の小娘のとこかしら」
「……先に部屋に戻ってていいから、ちゃんと歯磨きしろよー。虫歯になるぞ?」
「精霊は虫歯になんてならないかしら!」
一瞬瞳に映した憂いも即座に消し、そう喚く契約大精霊幼女を側に、スバルは部屋を後にしたのだった。
▲ ▲ ▲ ▲ ▲
「――ってことがあったんだよ」
「――――」
スバルは、目の前に眠る青髪の美少女に今日の出来事を話す。
「いやー、俺のまわりはみんな楽しいやつらばっかだよなぁ」
「――――」
「――俺の大事な人は、俺が必ず守る。だから、あいつらと一緒に、また新しい思い出を作ろうな」
「――――」
「――レム」
寂しい風が吹き込んできた頃、スバルはその静寂を切り裂くように、
「やっべ! もうこんなに経ってた! ベア子本当に寝ちゃう!」
「――――」
「寒くしちゃ悪いから窓は閉めて、っと。――おやすみ、レム」
そう言って、スバルは彼女の眠らされている部屋を後にした。
――必ず彼女を取り戻すことを、幾度も砕かれたその胸に誓って。
* * *
「おいベア子……部屋に戻ってろって言っただろ……」
「――――」
自室に行ってもいなかったため、まだ何かをしていると疑ぐり降りて行ってみると、ベアトリスはソファで横になりすやすやと寝息を立てていた。
ため息をつきながら机の上に広げっぱなしの書物を片付け、スバルは眼前に寝こける羽根のように軽い少女を抱える。
すると、
「スバルかしら。にゃー」
「にゃーとか猫かよ。部屋で寝ろって言っただろ、もう。とりあえずベッドで寝るぞ」
「ゔ〜ん……にゃ、やなのよ……」
駄々をこねて降りないベアトリス。
むしろ、思い切り抱きついてくる。
「仕方ねえな、この甘えんぼ幼女は、このー、このー!」
毛布の下、隣に寝静まる少女。
「にゃ……スバル……」
寝言を言うベアトリスに癒されながら、スバルは次の日の波瀾万丈を楽しみに眠りに落ちた。
いつかこの光景を彼女と見られるように――と、春愁の星空に願いながら。
<了>
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