Re:ゼロから滅ぼす異世界生活 (石門 希望)
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『終わりの始まり』

 俺の名はアーデルハイト・ルシフェウス。

 前世では魔王をやっていた。

 前世……つまるところ死後において、俺はこの世界に生まれ変わった。

 前世の俺は己の望むままに世界を滅ぼし、着々と侵攻を進めていたところを勇者に討たれた。実に素晴らしいものであった。最後に奴と雌雄を決する戦いの果てに滅びたことを誇りに思う。

 さて、過ぎた過去はもはや俺には関係ない。ありし日の充実した思い出として留めておくのが精々だ。

 

 俺は現状について認識する。

 目の前の光景は奇妙奇天烈と言っていいものだろう。

 次から次へと、人の形をしていたモノが、原型を留めぬ変貌を遂げていく。その下手人はこのような光景を生み出しながら、それを愉快と言わんばかりに笑い声をあげている。

 

「きゃはははははっ! 

 テメーらクズ肉どもがどんな姿になろうとも、アタクシだけは愛してやりますよ。

 だからテメーらもアタクシを愛しやがれ!」

 

 なるほど。前世でもなかった光景だ。

 あれは……蝿か? 

 少女が触れた人間は巨大な蠅へと変化する。変化が終わってみれば不思議なものだ。まるで最初からそうであったかのようにしか思えないのだから。

 

「質問いいか?」

「およ?」

 

 話しかけられるとは思っていなかったのか、少女は素っ頓狂な声をあげて俺を見る。

 ふむ、なかなかに顔の造形は良いようだ。まぁ、その顔も偽りなのかもしれないが。

 

「なぜそのようなことをしているのだ? 

 何を求めて斯様な行為をする。どうも俺には疎くてわからないらしい」

「顔色変えずにアタクシに質問してくるなんて珍しいクズ肉じゃねぇ―ですか。いいですよ。いまのアタクシは機嫌がいいから答えてやります」

 

 楽しみだ。この少女は何を考え、求め、このような行為を働いているのか。今世はもちろん、前世においても類を見ない行いだ。非常に興味深い。

 

「テメーは姿を変えられたこいつらを見てどう思いやがりますか?」

「ふむ……蠅だな」

「頭の血の巡りの悪いクズ肉ですね。アタクシが求めてる答えはそういうのじゃねぇーのですよ。テメーはこいつらを見て、どう感じるのかって聞いているのですよ。テメーはこいつらを生理的にどう感じやがりますか?」

 

 どう感じる……蠅をか? 蠅は蠅だ。蠅としか思えない。蠅としか感じない。それ以上でも以下でもない。

 そういう生き物だし、生理的に云々と言われてもどうも判然としない。

 

 答えに窮していると、少女は焦れてしまったようで言葉を追加する。

 

「おぞましいとおもわないですか? 気持ち悪いと思わないですか? 生理的に嫌悪する、そうは思わないですか?」

 

 問われて思い至る。

 なるほど。確かに蠅に生理的な嫌悪感を抱く人間は多いな。それもこの見慣れないサイズとなればほとんどの人間は気持ち悪くておぞましくて吐き気がする。そう思うのも無理はない。

 俺の価値観とは異なるためその当たり前の考えに指摘されるまで気づけなかった。

 俺の頷きを少女は肯定と捉えたのだろう。悠々と自説の展開を始める。

 

「テメーらクズ肉どもは、誰であれああいう醜い生き物を疎む気持ちを堪えられねーんです。そう、それが正しい。誰が見てもわかる醜くて気持ち悪いもの。グズグズのクズ肉を、見るも無残なクソ虫に変えてやった。あんなもの、誰も愛せねー。当然ですね」

 

 さて、この話を前提に何を話す? 

 俺は興味深く少女の話に聞き入る。

 

「人は誰か愛さなきゃ生きられねー生き物で、でもあんな生き物ばっかりだったらとてもじゃねーですけど愛せねー。なら、別のものを愛するしかねーじゃねーですか。消去法で。どう足掻いても、薄汚いものは愛せねーんですから」

 

 なるほど。読めてきたぞ。

 

「慈悲深く優しいアタクシは、恋多き女でもあるわけですよ。この世の愛と尊敬を一人占めすると決めてるわけで、でも愛されるための努力を欠かすなんて怠けた真似も決してしねーんです。愛されるために、あなたの好きなアタクシになる。あなたにアタクシを見てもらうために、アタクシ以外のものからあなたの興味を奪う。もともと誰を愛してても構いやしません。最後の最後に、アタクシを選んでくれるなら。アタクシはそのための努力を欠かさない。アタクシ自身の魅力を上に上に上に上に上に上に上げて! アタクシ以外のクソ肉の魅力を下に下に下に下に下に下に下げて! この世の最も尊く美しいアタクシを、誰もが愛するようにする」

 

 ………………。

 

「アタクシは博愛主義でやがりますから、殺すなんて野蛮な真似はしません。どんな頭の悪くてどーしようもないクズであっても……アタクシを愛する可能性は、生きてる限り残る。アタクシは承認欲求が強いんですよ。ですから一人でも多く、一秒でも長く、一言でも高く、アタクシを評価してほしい。それができねーってんなら、そこで初めて死ね! とっとと死ね! 以上、アタクシのありがたーい訓示でありやがりまーす」

 

 …………なんと健気で美しいのだろう。

 己を磨く研鑽も、他者を蹴落としてでも優位を得んとする姿勢も、そのすべてが尊くて美しい。人間の醜い質を理解して、己の欲望のために利用する。──―されど、自らはその枠を超えて慈愛を配る。その精神性がまぶしくて仕方がない。そして、節々から感じる彼女の中の一貫した哲学。確固たる芯をもつ女性はとても魅力的だ。

 

「きれいだな」

「およ? アタクシの魅力に気づいたでやがりますか。

 歓迎してやりますよ。テメーみたいなクズ肉でも、アタクシを愛してくれるなら愛を返してやりますよ」

 

 ふむ。なかなかに惹かれる提案だ。

 

「ああ、俺は貴様を愛そう。否、これは愛ではないか……恋だな。一目ぼれという奴だ。俺は貴様に恋をした」

「素直なクズ肉は嫌いじゃなねぇーですよ。

 アタクシの外見に発情したオス肉は、アタクシに何を求めやがりますか? 髪が撫でて―んですか? 唇に触れて―んですか? アタクシの身体を抱きて―んですか? 

 テメーがアタクシを愛して、アタクシ以外が目に入らなくなるほど深く、深く深く深く深く深く! アタクシを愛するようになるなら、慈悲深いアタクシはできるだけ希望に応えてやりますよ。

 何がして―んですか? どんな姿がテメーの好みですか? 

 って、テメーはこの外見に一目ぼれやがったんでしたね。ならテメーはこの外見にどんな劣情をぶつけやがりたいんですか?」

 

 上機嫌に問いかけてくる少女。

 だが、俺としてはその発言の内容に納得がいかない。

 

「勘違いをしていないか? 

 俺が貴様に惚れた理由は外見などではない。その心根だ。精神性だ。貴様の欲望を聞いたから。貴様の願いへの姿勢を尊んだから、俺は貴様に惚れたのだ」

「は?」

 

 途端、理解できないという顔をされる。否、それどころかおぞましいものを見るような目を向けられる。同時に先ほどまでの愛らしい上機嫌も消え失せてしまった。

 ……失言か。

 俺としたことが前世を含めた初恋に気分が舞い上がってしまっていたようだ。

 ここから何とか挽回できないものか。よし、いっそのこと俺の思いのたけを、目の前の少女に抱いた願望をすべてありのままぶつけてみることとしよう。

 

「俺はありのままの貴様が見たい。ありのままの貴様を見せてほしい。より深く、より正確に貴様という人間を理解したい。

 既に俺は貴様に惚れている。何もせずとも既に貴様以外眼中にない。

 だからこそ知りたい。貴様の素顔を。

 俺は……ありのままの貴様も愛したい」

「────死ね」

 

 …………この感覚は懐かしい。

 転生前、すなわち16年ほど前以来の感覚だ。

 

 いま俺に訪れている感覚は『死』。

 前世の俺ならあの程度の攻撃をかわすのはたやすかったが、今世の肉体は脆弱で鍛えようがなかったのを思い出した。当然上限まで鍛えたがその程度だ。割合才能が重視されるこの世界では付け焼刃にすぎぬ。

 まぁ、初恋の女によって迎える最後も悪くない。

 

 そう思いながら、俺は今世で一度目の死を迎えた。

 

 

 ******************

 

 ******************

 

 

「きゃははははっ!」

 

 なるほど。目の前では見覚えのある光景が再生されている。否、一度見た光景という方が妥当だろう。続々と蠅に変えられていく人々。そんな彼らには何の感傷も抱かず、俺は再び愛しい少女と再開できた喜びに浸る。

 他が使えなかったから諦めていたが、どうやらたった1つだけ前世の異能を引きつぐことができていたらしい。それすなわち『死に戻り』。『死』をトリガーに()()の地点からやり直すことができる能力。

 

「フハハッ!」

 

 都合のいい状況に笑い声が漏れる。どうやら神も、俺達の出会いを祝福してくれているらしい。そんな馬鹿げた考えが浮かぶくらいには高揚している。

 

 そういえば……『死』の淵で1つだけ後悔したことがあったな。これを知ることを、再会を果たす一歩目としよう。

 俺は再開した愛しい少女に向かって踏み出して、一度目と同じセリフをかける。

 

「質問いいか?」

「およ?」

 

 愛らしい顔で振り返る少女に俺は────

 

「────貴様の名前を教えてくれ」

「────へぇ。いいでやがりますよ。アタクシの自己紹介をよぉく頭に刻み付けるがいいでやがります」

 

 一呼吸分の空白が訪れる。そして────

 

「アタクシは大罪司教『色欲』担当のカペラ・エメラダ・ルグニカ。

 この世の愛と尊敬は全て、アタクシに一人占めされるためにある。最も愛されるべきアタクシは、誰のどんな変態的な欲求にも応えられる、あらゆる価値観の美意識の究極を体現できやがるってわけです。テメー好みの美少女にだって、ぐにゃぐにゃ変身してやりますよ? アタクシ、尽くす女ですから! きゃははははっ!」

 

 

 これは────前世で勇者に殺された俺が、もう一度世界を滅ぼさんとする物語。

 

 そして────前世で怠惰も強欲も暴食も色欲も憤怒も嫉妬も傲慢も極めた俺が、今世ではたった1人の恋した少女と2人だけの世界を創り上げようとする物語だ。

 

 

 

『─────────Re:ゼロから滅ぼす異世界生活』

 

 

 



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『いずれ来る災厄に向き合え』

「なるほど。貴様もこの世界と別の世界。異世界からやってきたということか。ナツキ・スバル」

「ああ。そっちは転生で、こっちは転異っていう違いはあるけどな。けど、折角の同郷の好美同士だし仲良くしようぜ! つっても、俺とおまえって性格かけ離れてるから仲良くできるかは微妙だけど」

「フハハッ! そう言ってくれるな。俺とて貴様とは仲良くしたいとは思っている。何より一途に……一途に? まぁ、ともかく愛する女のために尽くす者同士だ。その思いの一点においては、貴様とは共感できる仲になれると期待している」

「お、おう……」

「それはそうと、少し気になることがある。先ほど貴様は俺とは同郷といったが、果たして本当にそうか?」

「え?」

「確かに我が出身地と貴様の故郷は共通点が多い。日本という名前もそうだし、ラノベや漫画においても同一内容のものが存在している。だが、先ほど貴様の話を聞いていて明確に違和感を覚えたことがある。

 1つ聞くが、貴様の世界に『魔法』というものは存在していたか?」

「は? んなわけないだろ。魔法なんてこの世界にきて初めてで……っまさか!」

「そうだ。俺の世界には魔法が存在していた」

 

 ついでに言えば、それに付随したのか政治体系もかけ離れている。俺の世界では国家の権威に欠かせない魔法の技量や才能は明確に血筋で左右されるため貴族政治を営まれていた。

 ちなみに国家の象徴的存在として最強として君臨するのが魔王で、俺は正規の手順を踏まずに魔王を殺して魔王を名乗りその他の国に宣戦布告した。結果、途中まで順調に征服を進めていたものの、達成には至らず勇者に討たれた。

 だがしかし、ナツキ・スバルの故郷で営まれていたのは民主政治で、俺の世界にはない概念だった。とするならば、年代もそう大差ないことだし俺とナツキ・スバルの住んでいた世界は全くの別物と捉えたほうがいいだろう。

 

「マジかよ……。ここにきて衝撃の事実! 折角日本出身の仲間ができたと思ったのに……。でもそっか。おまえの言動は正直16にもなって中二病の痛い奴だと思ってたけど、そんなに違う世界ならそれも当たり前だったのか?」

「否、前の世界でも陰で中二病と言われていた」

「そうなの!?」

 

 ふむ。共通点をもつ仲間だと思っていたのに裏切られて落ち込んでいるといった様子だな。

 

「そう気落ちするな。ここまで違っているが故にかえって不思議ではあるが、俺とおまえの世界で共通しているラノベや漫画、アニメも多い。その話題で盛り上がることも可能なはずだ。それに、内容に違いがあるのか興味もある」

 

 予想外の出会いに、予想外の交流。だが、俺としては運が良かった。

 俺はこのナツキ・スバルという男とは愛する女のために励むものとして、共感を得る友人にはなれないかと期待した。

 

 

 ******************

 

 

「魔女教に都市庁舎が占拠されたっ!? 

 クソッ、早く解放しないとっ……って、アーデル? どうしたんだ?」

「……ああ。もしかすると、都市庁舎に俺の恋人がいるかもしれん」

「っ!? マジかよ!! 早く助けに行かないとっ!!」

 

 その心配はないと思うのだがな。まぁ、いい。折角の機会だ。スバルに俺の恋人を紹介するのもいいかもしれん。

 

「非力だが俺も参加させてくれ」

 

 そうして俺は都市庁舎攻略のメンバーに名乗りを上げた。

 

 

 ******************

 

 

「フハハッ! どうしたナツキ・スバル。

 エミリアを、レムを、ベアトリスを愛しているのだろう! 誰よりも愛していると、真実に愛していると言ったよな! 

 ならば、いまここで愛を宣言しろ!! 

 異形の姿へと変わった女たちに! 蠅に! ムカデに! 虫けらに! 姿かたちだけが変わっただけの変わらぬ少女たちに愛をささやけ!!! 貴様が彼女らに本当に愛情を向けていることを証明するために!!! さあ! 早く!!!」

「……ァ……ア…………」

「そうだ!! もっと大きな声で!!!」

「……ア……ア……」

「もっとだ!!!」

「アーデルハイトルシフェウスゥゥゥゥウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!」

 

 放たれた言葉は愛する少女たちへの愛の宣言などではなく、憎悪という名の醜い感情の発露だった。

 

 



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