史上最悪を継承する者 (YJSN)
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賢者の石
黒い魔法使い
物語が動き出す遥か昔・・・100年前、魔法界には著名な闇の魔法使いが存在した。
その者はかの闇の帝王の登場によりその存在感は薄くなったが、未だに魔法界に大きな影響を与えた人物として世界中で
そしてその数々の悪行と善行が織り交ぜて語られる彼には、奇しくも血を受け継ぐ者が居た。
彼が家族だと唯一はっきり言えるほどの人物...そして彼自身が生み出した
かつて史上最悪の魔法使いとして名を馳せ、欧州魔法界を大戦に巻き込んだゲラート・グリンデルバルドの誇れる、自慢の娘であった。
そんな彼女は、今現在、ヨーロッパ随一の険しい山々が連なる、オーストリア領内アルプス山脈付近に来ていた。
「・・・ったく、こんな蒸し暑い夏に来る事になるとは・・・。」
目に見えるように酷く悪態をつきながらも、私は足を止めて、改めてこの堅牢に建てられたデカイ負の遺産を見上げる。
空高く立ちそびえるこのデカい要塞は、かつての我が義理父が建てたヌルメンガード城と呼ばれる監獄だ。
元は自分に敵対した者達を収監しておくための監獄だったのだが、皮肉にもそこに私の全ての始まりとも言える人は収監されている。
「・・・それじゃ、入れるか試してみますか。」
・・・グッ、と身体に力を入れてみるが、やはり何も起きない。
「・・・やはりダメか。」
予想通り、この城には未だオーストリア魔法省にすら解呪できなかったほどの強力な魔法がかけられている。
恐らく、姿現し妨害魔法が城中、壁一面に張り巡らされているのだろう。だからこそ、私の姿現しでは何も起こらなかった。
「叔父上もよくやるものだ・・・こんな大規模な魔法をかけるなんて。」
彼自身の負債でもあるそれを、私は微笑と共に、今度は少し違った手で掻い潜ってみる。
「・・・なら、これでは・・・。」
私は素手でパチン、と指を鳴らす。
すると、周囲の壁沿いに聳り立つ深い森や木々の視界が一転し、突然暗い直線の通路へと移った。
「・・・成功して良かった。」
今しがた使用した無詠唱魔法は、最近の私の研究成果の結晶だ。
姿現し妨害魔法を構築する魔法線・・・私に見えている呪文を構成する細い糸のような線の事を言う。
それを一部結び直すようにして、新たに呪文を上書き、改変するという事をして姿現しの妨害対象を私以外にしたという、少々卑怯に見える荒技を使ったのだ。
そうして私は現在この要塞の中に入れた。これがなければ屋敷しもべ妖精にでも頼むしかなかったが、彼らの純情さから言えば、悪の体現とも言える我が叔父に会う事は願い下げだと嘆願されるであろう。
だから、私は家にいる屋敷しもべを置いて単独でここまで来ていた。ウチの屋敷しもべ妖精は恐らくそんな事気にしない性格だとは思うが、出来る限り自分の家の事は自分で片を付けたいという思いもある。
私は城内に姿現しをした後、この薄暗く不気味な通路を抜け、道中の看守を目くらまし呪文で透明になりながらやり過ごし進み続けた。
そして遂にもう何個目か分からない通路をくねくねと曲がり、階段を上がっていくと、そこにはとある監獄があった。
他の通路沿いにあった一般囚の監獄とは違い、独房で、何重にも破壊・炎・呼び寄せ呪文等に対する反対呪文が重ねがけされた部屋で、重厚感も半端がない。
しかも扉の両隣には、通常の見回りの看守と違う、明らかな手練れの看守が二人常に張り付いている。恐らくオーストリア魔法省の中でもトップクラスの闇払い達から選抜された者達だとすぐに分かる。
(・・・ふむふむ、では少し眠っていてもらいましょうか。)
私は右手を以って看守の前で人差し指と親指を交差させ、無詠唱で魔法をかけてやる。
「ぅ・・・。」
するとドサッと音を立てながら、派手に硬くて冷たい床におでこを打ちつけて一人が気絶した。
「・・・ッ、攻撃を受けた!!至急応援を ぁがッ・・・。」
それに気づいた相方の看守もすぐに対応しようと見えないはずの私と反対方向へと駆け出したが、敢えなくまた一人と次々に夢の世界へと旅立ってくれた。
一方左手では杖なしで、看守が無力化された時のために設置されていた緊急連絡装置と警報装置を
(よし・・・あとはアレだな。)
私は鉄の扉の前に近づき、トントン、とノックをする。
すると、扉にかけられた魔法の線や、細い糸のようなモノは解かれ、次々に緩められていき、最終的には何の変哲もないただの扉になった。
その次に、後方に人避けの魔法(マグル避けの魔法の原理を応用して発明した)を、これまで通ってきた通路ごとに三層にも重ねがけする。
そうして漸く、わざとらしくギィィー...と、音を立てながらこの鉄の塊となった扉を魔力で内側へと押し開けていく・・・。
すると、薄暗い部屋の最奥から、しわがれた、されどよく聞き覚えのある声がかけられた。
「・・・何の用だ、我が愛しの娘よ。」
その声を発したのは、白髪を生やし、髭の伸びた老ぼれ...私の叔父であった。
「やっほー、元気してた?」
中の様子を見ながら、この鎖に繋がれ、ありとあらゆる魔法によって拘束された老齢の男を見下ろす。
「・・・ふん、これで元気と言えるか?」
「・・・それもそうだね、スコージファイ。」
私が指先でチョコチョコと叔父上の方をいじってやれば、荒れ放題のヒゲは整えられ、何年も洗っていなかったであろう体は清潔感を取り戻していた。
そればかりか、部屋中のカビや汚れ、ホコリが瞬く間に落ちていき、空気中へと離散していった。
その一部始終を見た叔父は、驚愕の顔で見返してくる。
「・・・我が身体に幾多にもかけられた拘束魔法に加え、部屋中の防護呪文を掻い潜って清めの呪文を使うとは・・・本当にこんな娘を生み出したのは間違いだったのかもな。」
「え〜、ひどぉーい。僕、これでも叔父上の事慕ってるんだよ?」
私はわざとらしく頬を膨らませながら文句をつける。
が、彼はそんな仕草をどうとも思っていないのか、真剣な顔で睨み返してくる。
「そうなるように
「やだなー、おじさまったら容赦ないんだから。・・・端的に言えば、報告のようなものだよ。」
「・・・報告、か。」
彼、すなわち私の叔父 ゲラート・グリンデルバルドは少し落ち込みながらも、顎を使って話の続きを促してくる。
「・・・最近、全くと言っていいほど情報が途絶えたから、何かあったのかと英国魔法省を盗み見てきたんだ。
そうしたら、なんと驚いた事に、トムが死んでたみたいなんだよね。
いや、肉体の方がって言うのが正しいんだけど。
それで英国魔法省が一応、機能不全から脱して私達の活動にも抵抗し始めたって感じかな。」
「・・・奴をやったのはアルバスか?」
グリンデルバルドはさも当然の如く旧友の名を出すが、私は首を振り否定を返す。
「違う・・・とある男の子だってさ。」
「男の子・・・?いくつだ。」
彼が訝しみながら問うてくるので、髪をいじりながら素直に答えてあげる。
「・・・んーとね、当時はまだ一歳だったって話だよ?」
「・・・バカな。まだ赤ん坊じゃないか。そんな奴が傲慢であさましくも、アルバスとマトモにやり合えるだけの魔力を持つあの若造を葬れるとでも?」
目の前の叔父は、同じ闇の魔法使いとしてあろうことかヴォルデモート卿を若造と言い放った。
その言葉には、実にかつて十年以上の間、世界魔法大戦に身を置いた歴戦のゲラートの姿が垣間見える。
「そこが不思議なんだよね〜。僕もちょっと興味が出てきてさ。」
私は髪をいじるのをやめて、彼に真向かいに向き合う。
すると、彼も話の意図が読めたのか、私の目を見て問うてくる。
「・・・なんだ、今の活動を放り出してでもアルバスの厄介ごとに首を突っ込むのか?」
「残念・・・半分正解だけど、半分間違ってるかな。
私が
それに、どうやらその子は来年の九月にホグワーツに入学するみたいだし、丁度時期がいいかと思ってね。
・・・叔父上だって
私が素っ気なくいうと「はぁ・・・。」と大きなため息をついた叔父上がこう言った。
「・・・確かに、アイツには返すべき恩がある。
お前が俺の代わりに果たしてくれるなら、ありがたい事この上ないが・・・なるほどな、ホグワーツには休暇が年に幾度かあったはずだ。それを利用してヨーロッパでの活動も継続させる気か?」
「ご名答〜。さすがは叔父上だねー、開心術でも使ったのかなー?」
ジッ・・・と、私が叔父上の目を見る。
その瞬間、叔父上はサッと目を逸らした。
「・・・何でもかんでも他人の心を覗くものじゃないぞ。クイニーでさえもう少し弁えていただろうに・・・。」
叔父は、かつて彼自身に協力してくれた懐かしい名前を・・・クイニー・ゴールドスタインの名を出した。
(・・・彼女、結局あのマグルのおじさんと結婚したんだっけ・・・今も幸せに生きているのかな?)
頭の中の記憶を頼りに、昔を懐かしみながら叔父に返事をする。
「えへへー、それ程でもないよ〜。・・・でも全然本気じゃなかったよ?」
不必要に開心術をかけながら言うセリフではないが、どこかあざけながら言う私を嫌な目で見る叔父。
それに対して私は何でもないかのように先程思い浮かんだ疑問を呈する。
「そういえば、クイニーおばさんはまだ生きてたっけ?そこら辺の記憶はあなたが私を
私が何となく興味に駆り立てられて問いかけてみれば、叔父は彼女の事をよく思い出したのか、懐かしむ表情で述べた。
「あぁ・・・マグルの夫の方は先に他界したとアルバスが話していたな。稀にアイツはここにやって来て、昔話をしてくれたものだ。
例えば、あの何度も私の行く手を阻もうとした動物好きの若造の話もしてくれた。確か若造は本を出版したんだとかな・・・ここ数年間、アルバスとの会話は途絶えたが。」
「ふ〜ん・・・。」
そこまで言った叔父上は、悲痛な表情へと変わり移った所で思考を一旦切り替えたのか真剣な表情へと再び戻る。
「・・・それで、トムの所在はわかるのか?」
「いやそれが全然わからんのよねぇ・・・。
ホークラックスを用いてる事から死んではいないと思うんだけど、いかんせん衰弱した肉体も持たない魂を探せという方がどうかしてるよ。」
クスッと笑った僕にただ「そうか・・・。」とだけ返す叔父。
「・・・あ、そうだ。その他に伝えるべき事としては、ヨーロッパ各地の勢力は現在拡大中だって事だね。
中々に熱き若い魔法使い達は大勢いるみたいで、協力者が結構増えてきたんだよね、まるで昔の叔父上みたいに!」
私がバッ、と両手を上げながら歪んだ笑顔で、近年進めている活動の内容を報告すると、案の定いつもの叔父の渋い顔が浮かび上がり、
「・・・用心しろ、娘よ。同志が増えるのは良い事でもあり、反面魔法省のネズミが入り込んでるやもしれん。」
「その点に関してはもちろんだよ!叔父上。魔法省の息のかかった連中は今頃開心術士達が尋問してからオブリビエイトでもして、街中に放り出してる頃だと思うし。」
私はそういった方面も抜かりはないのだ。組織に加盟した人物の来歴や経歴、思想的背景などは把握済みだ。
ある者はその能力の平凡さから、狭い路地裏で職にも就けずになんとか生活する事しか許されなかった、魔法界からもマグル世界からも徹底的に虐げられた魔法使い。
ある者は、悲劇の仮面を被った、闇を葬るべく固い信念を持つ
そういった、少しでも怪しい経歴を持つ者がいたら、面接という名の尋問でレジリメンス連発からのオブリビエイトでマグル世界に放り出してしまう形式を取っている。
今月、最もマグル世界に放逐された
「でも、叔父上の言う事も案外参考になるね〜。組織がデカくなる程、内側からの崩壊に気づきにくいってのが現実になるのは、正直恐ろしくてたまらないや。」
叔父はその言葉を聞いてふんっ、とかつての自分の経験を自慢する様に語った。
「当たり前だ。見かけだけ忠誠心を持っている輩や、目的もなく流れに身を任せて辿り着いた者達がどれほど多い事か...真の大義を理解する者達に出会うまでは全く気が抜けん。」
説教を垂れる様にプンスカプンスカと言い始める叔父は少し可愛かったため、クスリとまた笑ってしまう。
「・・・何を笑っている。」
「ふふふ、いや何でもないよ・・・それじゃ、そろそろ時間も迫ってきた事だしお暇させてもらうよ?」
「あぁ、あの様子じゃ、そうした方がいいだろうな。」
叔父は扉の方を見ながら、その更に奥の奥、二つ下の通路から何人もの看守が慌てて走ってくる足音を察知して忠告をしてくる。
「・・・それと、そろそろ杖を買っておけ。杖なしだと、その、なんだ・・・不便な時もあるだろう。」
「それもそうだね。来年までには揃えておくよ。確かオリバンダーの店がいいんだったっけかな?」
私は優雅な仕草で、左手をパチンと指を鳴らし、叔父上に最後の言葉を告げる。
「じゃぁ叔父上、また来年会おうね・・・。」
『
私達が掲げる共通の標語を言ったのち、まるで屋敷しもべ妖精のようにその場から跡形もなく姿くらましをした。
「はぁ・・・アルバスよ、私の娘をどうか頼むぞ。」
あの娘も、そろそろ魔法以外の面に関して知見を広めておくべきだろう。
教師としてなのか、生徒としてなのか、どのようにして我が娘がホグワーツに立場を作るのかは不明だが、あの子には得るべき友が必要だ。
ホグワーツは娘にその機会を与えてくれるだろう。
かつての私とアルバスのように、共に・・・この魔法界を真の意味で変える者達を。
あの子の力は絶対的だ。魔法に関して言えば、彼女の右に出るものはいない。
あのヴォルデモート卿ですら純粋な戦闘では歯が立たないかもしれない可能性だって十二分にある。
だが、彼女はいずれ自らの行いを確かめる時が来る。
自分に与えられた務めは、正しかったのか?
それに答えられるのは、友だけだ・・・それを
前方の扉から大量の看守達が騒ぎ立てて雪崩れ込んでくるのを尻目に、ゲラート・グリンデルバルドはゆっくりと瞼を閉じた・・・。
1990年スタートチャートです。
帝王と不死鳥の騎士団とグリンデルバルドで仲良く3P(殴)したいと思います。
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For the Greater Good
私は長い銀髪を靡かせながら、姿現しをしてとある喧騒な街へと現れる。
今は深夜3時。マグルでさえ寝込んでいるこの闇夜をトボトボと歩きながら、これまたとある壁の前で停止する。
この何の変哲もないレンガ壁の両隣には、洋服店と人形屋さんがあり、何とも肩身の狭い想いが募る場所だった。
「確かここだったっけかな?」
私は壁に向けて、歩き出す。
すると、スルスル・・・と、壁の中に身体がめり込んでいく。
「・・・やっぱり気持ち悪いな、この感覚。」
ロンドンにあるキングスクロス駅にも同じ様な仕掛けがあったが、こちらのは幾分と厳重だ。
認識阻害の呪文と不可視化の呪文、それからマグル除けの呪文に魔力感知妨害呪文を数十回も交差させてかけてあるため、入り込む時の認識の歪みが正される感覚が気持ち悪いのだった。
とは言え、最近余計に厳しくなったフランス魔法省の監視の目を掻い潜るにはこれほどしなければならないのも事実だ。
少し顔を不快感に歪めて、壁に呑み込まれた先の景色は、先ほどいたマグルの寂れた街並みとは一風変わった場所だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
そこに丁度タイミング良く、少し老いた声で出迎えてくれたのは、今しがた姿現しをしてきた屋敷しもべ妖精のベルムだった。
この拡大魔法がかけられた、どこまでも続いてそうな空を表す天井から日の光が差し込む空間こそ、私の自宅だ。
周囲は草原であり、小さな湖に釣り場、小川だってある、幻想的な風景を醸し出している。
そんな中、この場所の中央に聳え立つ城のような城塞があった。
ミニ・ヌルメンガード城と本人は名付けているが、部下達からはパリ本部或いは司令部としか呼ばれていない。
確かに、ヌルメンガード城程の防御魔法や妨害魔法は張り巡らせていないが、侵入者に対しては一定の対応力を持つんだぞと、内心反抗してしまったのは内緒である。
私は久々の帰宅に際して少し気分が良くなったのか、ベルムに対していつものヤツを頼んだ。
「ただいま、ベルム。早速で悪いんだけど、紅茶と洋菓子をお願いできるかな?」
「かしこまりました、お嬢様。執務室でお待ちください。」
彼はいつも通り、恭しくお辞儀をして了承の旨を伝えた後に、再び姿眩ましをして厨房へと向かった。
彼の姿眩ましの行き先がわかった理由の一つに、この前叔父上の所に行った時にも見た魔法線の読み取りがある。
姿くらましを構成する魔法線の糸が、一瞬ではあったものの厨房へと真っ直ぐに伸びていたのが見えたのだ。
彼が姿を消した後、元気一杯に背伸びをしながら私自身も姿現しをして、城の最上階に位置する、自室兼執務室に移動する。
真っ黒のコートと帽子を立てかけて、柔らかいクッション魔法がかけられた執務机の椅子に座り込む。
すると、ちょうどベルムが準備が整ったのか、トレーに紅茶とフランス菓子を洒落たお皿に乗せて運んできた。
「どうぞ、お嬢様。」
「今日は・・・マドレーヌか。いつもありがとう。」
コトン、と私の執務机の上に置いた彼は、腰を深く曲げて私の礼に対して反応する。
「いえいえ、この程度の事、お嬢様にお仕えするベルムめにとっては当たり前のことでございます。」
その揺るぎない忠誠心が我が家の支えになってくれている事を、再度実感させてくれるような温もりのある言葉だった。
それを見た私は笑顔で微笑みかけ、彼を退室させる。
そして紅茶をズズズ、と啜りながら目の前にある膨大な書類を見て頭を痛める。
「あー、帰ったと思ったらこれだよ・・・。私はいつになったら魔法大臣ごっこから解放されるんだか。」
新しく入った組織の魔法使い・魔女達の経歴書を見ながら、魔法で動かした羽ペンでサインをつけるこの作業は少し苦であった。
「・・・でも、一年後には部下に丸投げできるしいっか。」
そう思いながら、私は焦茶色に焼けた美味しそうなフランス菓子を口へ放り込み、思案するのだった。
1991年 4月。
着々とイギリス渡航のために準備を進めた私は、自室に部下を数名呼び出していた。
私からのフクロウ便を受け取った彼らはすぐに各自違法ポートキーやら姿現しやらで、この城の前に現れてくれた。
ちなみにこの場所はフランス共和国パリ街の一角にある、商店街の壁中に存在する。
忠誠の術をかけ、私と、私がこの場所を知らせた幹部達以外は入ることは愚か、見ることも近づく事もできない。
執務机に置いてある水晶玉を通してみれば、壁前の道路を歩くマグルの通行人はこの壁の事なども欠片も見ずにスタスタと歩き去っている。
わざわざこんな場所を選んだのは、廃れた街や廃工場に拠を構えるよりかは、こういった敢えて人通りの多い場所の方が魔法省の連中も勘づかないだろうとの考えからだ。
事実、この場所は露見したことが一度もない。
その事実を前に、私は口角を少しばかり不気味に歪めながら目の前の数人の部下達を見やる。
「お呼びでしょうか、グリンデルバルド嬢。」
その中の一人、中ぐらいの背丈の顔に傷を負った男の魔法使いが話しかけてくる。
「えぇ、そうね...まず、これまでの活動報告を聞きたいわ。まずは貴方から、マドリード支部カルカ卿。」
私は彼の隣にいた黒髪のシルクハットを被った魔法使いに尋ねる。
「はっ、スペイン魔法省は我々の動きを少なからず感知している様ですが、依然こちら側の人員や詳細な情報は漏れておらず、目立った動きはありません。
連中による我々の活動の取り締まりに関しても、他の支部よりも寛容な所があり、このままいけばドイツ魔法省と同様に、抱き抱えられるかと思われます。」
ふむ...スペイン魔法省ももう少しで陥落させられそうか。
「よくやった。そのままスペイン各地で我が紋章を広めろ。我々の存在を暗に示し続けるのだ。」
その報告に満足した私は笑顔で彼を称賛し、その後の活動を指示した後、その他の支部幹部達の話も順に聞いていく。
一通り各国に潜伏している支部から報告を受けた私は、再度口を開く。
「各自、よくやってくれている...だが、まだ表舞台に立つ時ではない事くらいわかるな?」
私がだだっ広い執務室で忠告を行うと、彼らもそこは承知している様であり、次のように述べた。
「もちろんです、グリンデルバルド嬢・・・まだ事を起こすには早すぎると誰もが承知しております。」
と、顔に傷を負ったベルリン支部幹部が答えてくれる。
私達は半世紀もの間、我が叔父の組織を再建するため、再び『より大いなる善』を掲げて秘密結社を立ち上げた。
国際魔法機密保持法の撤廃、並びに愚かなマグルの統制・支配を目論む私達は叔父が投獄された後も、ヨーロッパを中心に活動を続けてきた。
だが、それでもアルバス率いる各国魔法省によって撲滅された組織の立て直しは困難を極めた。
かつての同志達は散り散りになり、ある者は落ちぶれ、ある者は牢獄で一生を過ごした。
その結果、我々のことを覚えているのは僅かばかりとなり、ほとんどの若き魔法使い達は我々のことを忘れてしまったのだ。
故に、ドイツ支部ベルリンにスペイン支部マドリード、ここフランス本部パリなど主要な魔法省の懐に拠点を構えるのも苦労したものだ。
それもようやく形となってきて、私達は今着々と再び起きるであろう大戦の準備を進めてきた。
そこまで回想したところで、私はふと意識を巻き戻して目の前の事に思考を向ける。
「よろしい...では、皆に伝えておくべきことがある。...唐突で悪いのだけれど、今年の九月から私は英国に渡る。」
だが、そんな私達の理想を叶える準備段階において英国への渡航を伝えると、案の定幹部達の顔に動揺が走る。
慌てた様子でイタリア支部の眼鏡をかけた若い男の魔法使いが苦言を呈してくる。
「な、なぜ...!?
今グリンデルバルド嬢に本部を離れられれば、勢力の拡大に衰えが出るやもしれません!それに、各国の魔法省が騒ぎ出すことも目に見えています...!」
私はそんな彼をじっと見つめながらも、冷静に答える。
「・・・私達にとって天敵となりうる存在が英国にいるのよ。そいつを肥え太る前に片付けておくのは至極真っ当な事じゃない?」
私がそこまで言うと、イタリア支部の男は理解したのか、「なるほど...。」と口を噤む。
「・・・闇の帝王、ですかな?」
ベルリン支部の男が再び口を開き、その予想を的中させてくる。
「その通りよ、奴は私と恐らく対等にやり合える数少ない魔法使いの内の一人...その上、魔法界の支配を目論んでいる。
・・・正直に言おう。同じ闇の魔法使いだとしても、あの若造の目的と私達の理想とは相反する...我々が追い求めてきた気高き理想が、薄汚れた純血思想なはずがない。」
「・・・。」「・・・。」
その言葉を皮切りに、沈黙が訪れる。
それもそうだ。今世紀最強の闇の魔法使いであるヴォルデモート卿を恐れていない、と言えば嘘になるだろう。
奴は肉体を失って彷徨い続けているとは言え、きっかけさえ与えられればすぐにでも肉体を取り戻し、その膨大な力を使い英国魔法界を制圧するだろう。
さらには、英国にはダンブルドアがいる。かつて我が叔父ゲラートを討ち取った宿敵だ。
そんな争いの絶えない悪夢の様な場所に私を放り込むなど、幹部達から見れば正気の沙汰ではないだろう。
だからこそ、彼らは
「・・・ならば、前回同様にあの今世紀最も偉大なる魔法使いに任せておけばよいのでは?
わざわざこちらが連中の手助けをしてやる必要があるのでしょうか。」
マドリード支部 カルカ卿が畏まりながらも、より良い案を提案してくる。
私は彼の話を聞きながら机の上の紅茶をじっと見つめ、こう述べる。
「・・・確かにその通りだ。
この私が居る限り、ヨーロッパ魔法界は絶対的に安全を補償されるだろう...その上英国には
・・・だが、その過程で私達は何を目にしてしまうと思う?」
「・・・と、言いますと?」
私の言いたい事を計りかねて、彼、カルカ卿は顔に疑問符を浮かべている。
私はそんな彼に、悲しげな瞳の中、一閃の希望に縋るごとく、至って丁寧に説明する。
「・・・帝王とあのダンブルドアとの戦いの中で、今度は一体どれほどの若き魔法使い達が、その何物にも変え難い命を散らすのだと、私は言っているのだ。」
その言葉に、彼らは一瞬瞳を揺らしてしまう。
思えば英国の連中とて、魔法を使える時点で、同じ魔法族である。
我々は闇の魔術に傾倒し、堕ちてしまったとは言え、崇高なる理想を常に胸に抱いてきた。
無作為に、無意味に殺されていく同胞の犠牲を何とも思っていないわけではない。
魔法使いとは、真に
当時、闇の帝王との第一次魔法戦争で英国魔法界は大打撃を被った。
それを私は、我々はこの目で直接見てきたのだ・・・傍観者として。
幾多もの優良なる魔法使い達の犠牲が絶えず、良き者は死に、悪しき者だけが残っていった。
潜伏していた諜報員から寄せられる数々の卑劣な拷問と殺しの報告書が、私の中にあった大きな迷いを打ち消したのだ。
私は見てしまったのだ。
救えたはずの、貴重な魔法族の血が無惨にも散り果てていくのを。
これが、我々が望む理想なのか?
これが、私が何よりも犠牲を厭わず求めた
それは今世紀、私が最も思い悩んだ疑問であった。
迷える時はいつも不意に、叔父の言葉が浮かび上がって来ては脳裏に染み渡る。
私は今この瞬間より、迷いを一切振り切り、彼らに向かって
「・・・諸君らの気持ちもよくわかる。いずれ我々とは道を分つかもしれない者達を助けるなど、戦略上狂気の沙汰だ。
・・・だが、これが我々の望んだ世界なのか?
我々は偉大なる目的の為ならば如何なる犠牲をも、如何なる手段をも厭わない。
だが・・・我々が打ち倒すべき、そして救うべきでもある魔法族が無惨に、無意味に、無作為に殺されるのを、我々は黙って見ていられるか・・・?
我々の神聖なる最期の闘いに水を刺そうとする愚かな愚物に、好きにさせておくと言うのか?
・・・かつて我が叔父と共に始めた、偉大なる理想を追求するこの我々が!!」
ゴォォォッ!!
私が椅子から立ち上がり、勢いよく言い放った途端に、この部屋全体に突風が吹き荒れ、青い炎が私達を円状に囲み込む。
それを見た幹部達は目を見開き、私達の掲げた共通の理想を脳裏に焼き付ける。
この理不尽な世界に憤り、そしてたどり着いた場所が、かのゲラートを完全に継承した唯一の希望
フォートシュリット・グリンデルバルドなのだ。
彼らが胸に秘める彼女への期待・希望・熱意・・・その想いは尋常ではなかった。
それゆえに
「・・・我等は常に貴方と共にある。
グリンデルバルド 」
その言葉と共に、幹部達は彼女を信じる。例えいかに矛盾して見えようと、例えいかに困難であろうと、彼らはなすべき事を成すために、彼女についていく・・・それしか道は、残されていないのだから。
そして一斉に杖を顔の前に突き立て、忠誠を唱えた彼ら幹部達の答えに満足したのか、フォートシュリットは青い炎を身振りを1つ整えただけで消し去り、何事もなかったかの様に佇まいを戻した。
「・・・その言葉が聞きたかった。」
そうとだけいい、再び執務机の椅子に深く、腰を下ろして再度思案した後述べる。
「・・・今年の九月より、私は英国に行く。目的は英国本土に支部クラスの拠点を設ける事と・・・闇の帝王を迎え撃つ事にある。
その間、私が休暇まで帰って来れない間は諸君ら各支部の幹部にこの組織を一任させることになる。
各自、何かあれば、即座にしもべ妖精のベルムを通じて私に連絡を取るように。
私がいない間はこのパリ司令部の指揮は・・・ベルリン支部担当のフォックスに任せる。
クスッと含み笑いをした後、彼に視線を移す。
「了解致しました、では早速ベルリン支部の部下と連絡を取り、パリ司令部に人員を割きます。」
忠実に与えられた役割をこなそうと了承した彼・・・コードネームをフォックスというが、その彼に会釈し、感謝する。
彼は各支部の中でもその指導力に優れており、私の右腕といっても差し支えない。
「他の支部も各国の魔法使い達への協力関係の構築、魔法省への侵入・浸透に集中してほしい。
くれぐれも私の渡航に関する情報の漏洩は徹底的に規制するように・・・。
・・・我々の今後の方針はこれまでと何も変わりはしない。
闇の帝王を容易く屠った後は、魔法界を二分する最期の大戦を再び巻き起こす。全ては我らの・・・」
『より大いなる善のために。』
その標語と共に、各員は再び姿くらましをして各国に戻って行った。
「・・・はぁ。」
「お疲れ様でございます、お嬢様。」
今日もガチャガチャと、飲み干した紅茶と食べきった洋菓子皿の後片付けをしてくれるベルムに労われながら、私は机に突っ伏した。
「叔父上に似せようと思うのだが、どうもうまく行けている気がしない。」
「あのお方は厳格な気質でございました故に、お嬢様にとっては少し難しいお立場かもしれません。」
そうとだけ言って彼は「では。」と厨房にトレーごと姿くらましして行った。
ベルムが去った後の執務室で、ぼんやりとヤツの名を呟いてしまう。
「・・・アルバス、か。」
叔父上のかつて最も信頼厚き友であり、最も対立した宿敵・・・。
そんな存在に、これから連絡を取ろうと言うのだ。
もちろん、闇の帝王と敵対関係であるダンブルドアと協力関係を結ぶためだ。
流石に英国魔法界に頼れるツテがあるわけではないし、そもそも英国にはあまり力を入れてこなかったために、ロンドン支部は形成さえされていない。
ダンブルドア自身の目もある事だ。英国に居を構えるのは容易な事ではない。奴の実力はヨーロッパのそこいらの魔法省の比ではない事くらい明らかだ。
だからこそ、初手では協力関係を構築したいところだ。
しかし、いくらあの闇の帝王を葬り去るための協力関係とはいえ、ヨーロッパでの悪評によって私達は当然警戒対象になっているはずだ。
ゆえに、どんな風に手紙を書けばいいのか少し迷っていたのだった。
執務机の前で「吠えメールにでもしようかな・・・。」などと呟く私は、どこか抜けた事をいいながら、思案したのだった。
次回は髭もじゃ爺に会いに行くゾイ!
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「寒ッ!」
姿現しに似た違法ポートキーの移動音を耳にしながら、私は目の前の高層ビルが立ち並ぶ都市部のありふれた景色を目に入れる。
そこは英国首都ロンドン中央街 キングス・クロス駅から徒歩10分の所にある寂れた道路に並ぶ商店の前だった。
暗い裏路地の通路に、組織に頼んで作ってもらった違法ポートキーの到着地点を設定したため、まばらに歩くマグル達には見られていない。
「とりあえず・・・よいしょっと。」
私は片手を一振りして、単純な防寒呪文を唱える。単に魔力を熱に変換して温度を高く保つ大昔からある魔法だ。
その次に、私は手に持つ羊皮紙とにらめっこする。
「えっと・・・確かこの先よね?」
私がアルバスに向けて書いた手紙の返事には、こう書かれていた。
『フォートシュリット嬢へ。
ぜひわしも会って話がしたいと思うた。
そこでじゃ、来週の水曜日にもれ鍋というパブへ来てくれんかのぅ?場所は下の地図を見ておくれ。
おぅ、そうじゃったそうじゃった。わしは最近ペロペロキャンディが好きでの。
アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアより。』
「名前長ッッ・・・。」
そういやダンブルドア家には著名な魔法使いが何人か輩出されていたっけか。
恐らくその者達の名を取った影響で家名がアホほど長くなったのだろう。何ともややこしいことだ。
私はスタスタと、ダンブルドア手書きの地図を元手に英国の街並みを歩き見ながら、目的地まで辿り着く。
すると、そこには現代的な街並みの両隣の商店とは違った不自然な古臭いパブがあった。
しかも、奇妙な事にマグル達はそんなものないかのように半円を描くようにしてその場所を避けながら歩いている。
「・・・なるほどね。魔法族以外には不可視化の呪文と、マグル除けの呪文で見えない・近寄れないわけだ。」
私は生まれた時から、呪文によって形作られた魔法が細い糸や、線のようなもので見えていた。
叔父によれば人によって形作られた魔力の塊を視認できる、魔法界でも千年前にそういった能力をもった人間がいたっきりの珍しい特徴らしい。
だからこそ、私は既存の魔法を視界的にではあるが、糸の絡み方、線の結び方などが魔法ごとに一定であることに気づき、そこから魔法の理論を理解していけたのだ。
ゆえに、新たな魔法を多種多様に創作できたのもその能力のおかげだった。
それを通して見てみれば、このもれ鍋とやらにかけられた魔法の数々は、およそ五百年前にかけられた中々に歴史あるものだったのだ。
「おぉー、すごいね・・・。」
そんな感想を抱きながら、もれ鍋の扉を無造作に開けて中へと入っていく。
酒臭さと共に、中は「いらっしゃい。」と元気そうに声をかけてきてくれる初老の店主と、そこそこ賑わった店内の様子が見受けられた。
そんな中に突如として現れた、銀髪の青い眼という少々目立った容姿の少女に周囲の目が釘付けになっていた。
「ミス・フォートシュリット、こちらです。」
少し居心地が悪そうに困惑しているその時に、声をかけてきてくれたこれまた初老の、しかし老いを一切感じさせないほどの快活さを持った緑のエメラルド色のローブを着た魔女がいた。
「おや、アルバス自ら出迎えが来るかと期待したのですが・・・あなたは?」
「私はダンブルドア校長先生への案内役として来ました、ホグワーツで教員を務めているミネルヴァ・マクゴナガルと言います。
・・・さて、ミス・フォートシュリット、少し場所を変えましょうか。」
綺麗な淑女たる佇まいに内心評価をあげていると、確かに注目が集まってきた店内からひとまず移動する事を提案してきたため、承諾する。
「了解です、マクゴナガル教授。
しかし・・・私は自分で出来ますので。」
そういうと、私は自分自ら後追い姿くらましをしようとするが、
「ミス・フォートシュリット、貴女の年齢については詳細は知りませんが、恐らくその身長であればまだ・・・匂いについてはご存知ですか?」
「・・・匂い?」
別にどこも臭くないけど・・・。
あっ、もしかして英国に着いた時から少し気になってたこの魔力感知系統の魔法のことかな?
英国に着いて以来、随分と太い魔力線が私の身体を這い回り、縛り付けているのが見えた。
構造を少し見てみれば、魔力感知と伝達魔法が含まれており、伝達先は魔法省だった。
恐らく未成年の魔法使いによる魔法使用が制限されているのだろう、とアタリをつけた私はもちろん、乙女の体に纏わりつくなど下品極まりないのでこの魔法はすぐに解呪させてもらった。
というか、17歳ってまだ未成年なのか。
私は肉体年齢を若めにしてたせいで、どうやら引っかかったらしい。今度からは気をつけようと身体を21歳相当に引き上げようとしているのは内緒だ。
まあそう言うわけで、別にマクゴナガル先生に付き添い姿くらましをしてもらう必要などなかったのだが、どうやらマクゴナガル先生はいまだに私に匂いの魔法が付いていると思い込んでいるようだ。
「・・・・・・そうですね、ではお願いします。」
とはいえ、ここで「匂いの魔法?もう解きましたよ教授。」なんて言えば、こちらの実力を測られたも同然。
いずれ踵を別つ組織に余計な情報を与えてやる必要はないと判断して押し黙る。
素直に了承した事に訝しむマクゴナガル教授だったが、すぐになんでもないとばかりに、付き添い姿くらましのため手を差し出してきたので握り返した。
「・・・では、手をしっかりと握っていてください。途中で落ちたら大変なことになりますよ。」
そう、脅し文句的な事を言われながら私達は、恐らくホグワーツへと姿を消した・・・。
付き添い姿現しでホグワーツの入り口前玄関付近に到着した私は、マクゴナガルに校長室前まで連れて行かれる。
初めて見る見事なレンガと石を混ぜ合わせて建造されたホグワーツの内部を、通り過ぎる生徒達に何事かと驚かれながらも見物していく。
そして今、目の前に巨大なガーゴイル像がある廊下の前まで来た私は、マクゴナガル教授に唐突に別れを告げられる。
「私はここまでです。後は合言葉通りに・・・。」
マクゴナガル教授は背を向けてさっさと立ち去っていった。
まあ教授を務めているのだから、多忙なのは当然かと推察してから、私は手紙を取り出して再度目を通す。
「合言葉・・・これでいいのよね?」
この爺のどうでもいいような好みが書かれたのが合言葉とは、アルバスも落ちたものだと感じてしまう。
「ペロペロキャンディ。」
だがいざ言ってみれば、実際に目の前のガーゴイル像が動き始め、上への螺旋階段を作り出してくれるのだからなお呆れる事の他ない。
「もうちょっとマシな合言葉はないんかい・・・。」
と、愚痴を吐きつつも私は目の前の校長室であろう扉をトントン、と叩く。
すると返事はなく、自動で扉は開いてくれた。
これは中に入れって事だよな?ノックしたら誰でも入れてしまうドアじゃないよな?
少しここの警備システムに疑心暗鬼になりつつもそろりそろりと中へ入っていくと、ようやく声がかけられる。
「ふぉっふぉっふぉっ、ようこそワシの城へ。フォートシュリット嬢よ。」
と、私に朗らかな笑顔を向けてくる老人が、態々私が入ってきた時は見えない校長室の死角から出てきた。
私はこの狸爺に関してはよく知っている。何せ叔父上の記憶を授かっているのだから。
そのため、私は普段の口調から一転して、【グリンデルバルド】としての口調に変わる。
「・・・久方ぶりだな、アルバス。実際に会うのは半世紀ぶりか?」
風格ある叔父上の言葉遣いを用いながら、奴にまるでこの前出会った古い友のように語りかける。
その言葉を聞いたアルバスは一瞬、目を大きく開けて驚いたようだったが、すぐに平静を取り戻した。
「本当によく似ておるのぅ・・・それに、ゲラートに娘がいたとは・・・手紙で読ませてもらった時は驚いた事この上ないのじゃ。」
あくまで朗らかな笑顔を崩さないこの狸爺は、私に目の前のソファへと腰を下ろすよう求めてくる。
それを私が無言でじっと見ていると、
「・・・もちろんじゃが、わしはお主と違って椅子やソファに磔の魔法を仕込んでおくほど、愚かではないのじゃぞ?」
私が警戒していたのを見通してか、出来る限り安心させようと和らげに何も仕掛けていない事を伝えてくれる。
「・・・ふん、お前は良くも悪くもぬるすぎるぞ、アルバス。」
私はそう言いながら、いつのまにか彼が淹れていた紅茶のカップを、ソファの手前の机の上から引っ張り上げて一口、二口飲み込む。
「・・・何度もいうのはなんじゃが、本当にお主はゲラートに似ておる。
その話し方、佇まい・・・何から何まで懐かしゅうて、この老ぼれは涙を流してしまいそうじゃ・・・。」
「やめろ。老人の涙は見たくない・・・それに、これは私が叔父の記憶を継承してるからこそ再現できる事・・・
『私は彼ではない』とキッパリと言い放つと、ダンブルドアは私の目を見つめながら、私が
最初からただ単にゲラートの一人娘とは信じていなかった様子だった上に、そもそも叔父上には妻がいなかった。妻という定義に限りなく近しい者はいたが、それも革命のための強い情でしかなかった。
だからこそ、目の前の老人は私が
ヨーロッパでの活動も既に奴は知っているはず。私が受け継いだ叔父上の偉大なる思想を関連付けて、私が叔父上の人格・思想・記憶その全てを継承した完全なる
それ故に、私が叔父上の記憶を完全に継承した、という発言をすんなりと理解したようで、「そうじゃったか・・・それは残念じゃ。」と、小さな小さな声で漏らしながら、本題へと入る。
「・・・さて、ミス・フォートシュリット嬢よ。お主からの手紙には
『是非、協力させてほしい。
君が旧友 グリンデルバルドの継承者より。』
とだけ書かれていたのじゃが・・・まさか紅茶を啜りに来ただけとは言うまい?」
「もちろんよ。・・・端的に言うわ。
アルバス、あなたへの借りを返しに来た。
あの偉大なる叔父に代わって、私があなたに借りを返すわ。
」
彼から受け継いだ壮大なストーリーの中で、ゲラートはアルバス・ダンブルドアという人物に借りを作ってしまった。
『
・・・己の務めは、本当に正しかったのか?
これが私達の望んだ結果だったのか・・・?
・・・それに答えられるのは、友だけだ。
そうだろう? アルバス 』
我が叔父がいつぞやの時、いつぞやの場所で問いかけたその一言一言が、私の頭に再び染み込んでしまう。
私はそれを脳裏から瞬時に振り払い、目の前のアルバスへと視線を戻す。
すると、そこには先程とは打って変わった真剣な様子でこちらを見つめるダンブルドアの姿があった。
「・・・本気なのじゃな?わしに、そなたはゲラートの借りを返したい・・・と。」
そう呟いた彼に、私はコクリと再度頷く。
すると、少しばかりため息をついた彼はこう言う。
「・・・わしは、ゲラートに貸しを作った覚えはない。
だが友として、・・・いや友以上の関係として、彼にすべき事をしてあげたまでじゃ。
だからのう、フォートシュリット嬢よ。
お主が後ろめたく思う必要などないのじゃ。お主がゲラートに代わってわしに何かを返そうとしてくれる必要など、何もない・・・なぜならば、お主は
そう言う彼の目は、どこか悲しげに光っていた。まるでかつての友を懐かしむような・・・そしてかつての過ちを後悔するように。
だが、アルバスはそんな目を閉じて、そしてしばらくしてからもう一度開けた。
そしてその目は、先程とは打って変わった、明らかに覚悟を決めた目だった。
「・・・じゃが、わしは今、お主を必要としておる。それほどまでに追い詰められとると言ってもいいほどじゃ。
お主が協力してくれるというのであれば、わしはトムとの間の遺恨を消し去るために、お主を醜い争いに巻き込む事も厭わんじゃろう。
しかし同時に、わしは悩んでいるのじゃ・・・わが親友の娘に、死地に送り出すような真似をして良いのかと。
心の奥底で、僅かながらに残った良心が、わしを痛めつける・・・それが苦しくて苦しくて、仕方がないのじゃ。」
初めて私を前に本音を語ってくれたその姿は、我が叔父 ゲラートが誰よりも信頼し、誰よりも優秀だと褒め称えた今世紀最も偉大な魔法使いの面影はなかった。
そこには、単なる良心の呵責に責められる哀れな老人がいた。長年の争いに疲れ切った、かつて世界を変えようとした男の抜け殻が、そこにはあった。
私は、見るに耐えかねる彼の姿に、こちらも意を決して答えを返す。
「・・・私は、あなたが何と言おうと叔父上の借りを返す。
それが、彼・・・ゲラート・グリンデルバルドの最優の友 アルバス・ダンブルドアへのせめてもの罪滅ぼしなのだから。」
そう言い切った私の心は、まるで叔父上の見た、聞いた全ての感覚が呼び起こされるような気がした。
「・・・そうか。
そう言ってくれることの、どれほど嬉しいことか・・・我が友 グリンデルバルドよ。
しかし、わしが此度与えられた試練は困難を極める・・・トムは強大じゃ、お主でさえ死ぬやもしれん・・・今ならまだ辞める事もできる。
その上で、再度問おう、フォートシュリット嬢よ。
わしの最期の頼みを、聞いてくれるか。」
それを聞いた私は不敵に笑みをこぼし、持っていた紅茶のカップを机に戻し、こう述べる。
「えぇ・・・えぇ、もちろんよ、アルバス・・・それが貴方への借りを返す『最期の頼み』とやらなら、受けて立ちましょう。」
私がキッパリと言い放つと、彼は顔色を変えずに話を続けるようこちらを黙って見つめて、促してくる。
私も彼に返事だけでなく、こちらの
「・・・確かに、己の利益を追求している事は否定しないわ。あなたも知っての通り、私が続けている欧州での活動に、帝王から水を刺されないために先駆けた保険でもある。」
「じゃが、友のためでもある・・・。
・・・
含みのある言葉遣いで、目の前の老人は私に礼を述べる。
恐らく、アルバスは相当闇の帝王に苦戦していたと見える。
表向きは第一次魔法戦争で勝利を収めた英国魔法省だったが、その実態は双方共に犠牲者を多く出した酷い戦いだったと、報告書を読めば一発で分かった。
しかもアルバスは着実にこの歳を取り、それに比例する力の衰え具合も著しい・・・かつての偉大なる魔法使いの面影は、もはやなりを潜めている。
こんな弱りきった老人に、かつてこの世界で最も信頼できた友が手を貸してくれると言ったのだ。
彼は一人ではなくなった。その生涯の孤独から、今解放されたのだった。
そして、グリンデルバンドにとっても、これは彼に理想を問いかける機会にもなり得るのであった。
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取引
1991年 7月 ロンドン もれ鍋店
バタンっ、と今回で2回目となるもれ鍋の扉を開く、黒いコートを羽織った銀髪の少女が現れる。
その様子を凝視する中にいた飲み客や初老の店主を無視しながら、その少女は中を見渡しながら歩く。
「・・・嬢ちゃん、ダイアゴン横丁ならそこの裏手に回りな。」
店主がにこやかな顔で迎えて私が求めてるであろう行き先を教えてくれる。
「・・・ありがとうございます。ですがなぜ私がダイアゴン横丁に行くと?」
一体どういう訳で私の目的を把握していたのだろう、とふと疑問に思ったことを聞けば、彼は自信満々に答えてくれた。
「なに、この時期になるとホグワーツの生徒達がよくここを通るもんでよ、あんたもこの前マクゴナガル教授と通って行ったから学校関係者かと思ってね。
ホグワーツの先生か生徒かは知らないが、関係者ならダイアゴン横丁以外ねぇわな!はっはっはっ!」
と高笑いする店主にぎこちない笑顔で返した私は「なるほど。」と納得してその場を立ち去り、裏手へとさっさと向かう。
「・・・バレてなくてよかった。」
私は今21歳相当の肉体年齢なのだ。
少々とはいえ、前回もれ鍋に来た時より身長が伸び、顔つきが大人びていたからバレるかとも思ったが、気づかれる事なく通れたので安心した。
叔父上譲りの銀髪と爽やかな雰囲気、容姿端麗さも彼らの気を散らすのに一役買ってくれたのだと思う。
「はぁ〜・・・叔父上も昔はハンサムだったのに・・・。」
今じゃ髪も髭もボサボサの老人だけど、と店の裏の勝手口を通ってレンガ壁までたどり着いた私は、かつての叔父を思い出しながら壁に向けて右手を伸ばす。
そしてトンっ、トントンと、規則正しく適切な位置を人差し指で叩いていった。
ゴゴゴゴゴ・・・
すると、レンガ壁はガタンガタンと、外側へと別れていき、その先の道をあけてくれる。
「・・・わぉ・・・。」
思わず声をあげてしまうほど繁盛するこのダイアゴン横丁に、私は心を打たれた。
中へ踏み込んでいけば、感知不可拡大呪文をかけられ、なおかつ上空には幻影呪文がかけられ、その繰り返しを受けたマグルにとっては存在しないも同然の通りが広がっていた。
私の目に映るのは数々の珍奇な魔法をかけられた物珍しい商品や、魔法界独自の食べ物やお菓子・・・。
「・・・フランス魔法省お抱えの魔法都市パリよりも賑わっている。」
英国独自の自由な空気が商売を繁盛させているのだろう。
フランスは闇の魔術に関する魔法製品にヨーロッパ随一で厳しい故に、検閲がかけられてしまい商人がまばらだ。
反対に最も検閲の緩いのがドイツ魔法省だ。彼らは今私の組織のお抱え魔法省な上に、魔法使い達の気質は狡猾さが目立つ。
つまり、商売において全く手段を選ばない。その特質は、かつて我が叔父 グリンデルバルドに敵対したドイツ出身の
彼らは叔父に対する反乱の際、こぞって闇の魔法を連発してきたものだから、かなりの戦闘被害を被ったと記憶の中で愚痴を漏らした叔父が垣間見得た。
おっと、閑話休題。話が逸れた。
まず私が行くべきなのは・・・
「グリンゴッツ世界魔法銀行、か。」
お上りさんのようにあたりをキョロキョロと見回しながら賑わう通りを歩いていれば、高くて白い、堅牢そうな細長い建物が見えてきた。
文字通り、世界中に支店を構え、全ての魔法使い達の間で使用される共通の貨幣を作り上げ、世界経済を融合させた小鬼達の勤め先・・・。
パリにも支店はあったが、ここロンドンの本店は初めて見るため、新鮮味が沸き立つ。
支店よりも何回りも大きな銀行に来たのはもちろん資金をおろす為だ。
私は恥ずかしながらこの歳になっても杖を持っていなかった。
ダンブルドアも前回の会合の時、そのことを気にしており、
『ならばダイアゴン横丁へ行くとよいじゃろう。あそこにはオリバンダーの店があるのじゃ。
きっと生涯相棒となる杖が、君を今も首を長くして待っていることじゃろうて。』
そういうわけで私は色々お買い物をする資金を手に入れるため、アルバスから貰った金庫の鍵を手にしながら、この堅苦しそうな建物の中に立ち入った。
中にいる小鬼達は顰めっ面を極めており、もはや怒っていそうなほどの雰囲気だが、私の容姿を見ると何やら奇妙なものでも見るような目つきで見つめてくる。
その視線を掻い潜り、受付のところまで来た私は、目の前の仕事に集中している小鬼に流暢な英語で話しかける。
「・・・コホン、預金を下ろしに来ました。」
私の要件を聞いた小鬼は、ゆっくりとこちらへ顔をあげてから相変わらず険しい顔つきで述べる。
「・・・鍵を拝借いたします。」
私は小鬼に銀色の鍵を渡し、「しばしお待ちを・・・。」と言われて手持ち無沙汰となり、辺りを見回す。
周りの小鬼達はハンコを押したり、書類をまとめたりで大忙しなようだ。
小鬼というのは、元来現金な性格で、対等な取引や真面目な仕事ばかりを好んで引き受けたがるという、屋敷しもべ妖精とは真逆の性格を持っている。
いや、屋敷しもべ妖精達が真面目じゃない仕事を好んでいる、というつもりはないが...(一部当てはまる)。
色々と彼らという種族を観察すること数十秒、やっとこさ戻ってきた小鬼はスタスタと彼らの背丈の3、4倍は高いであろう机の上に戻ってきて、書類と羽根ペンを私の方に手渡してきた。
「フォートシュリット様、277番の金庫でございます。それではそちらの羊皮紙に金額と署名を。」
全く愛想のない仏帳面な顔で支持されながらも、私は言われた通り必要な記入事項を浮遊呪文を利用した自動筆記で羽根ペンを走らせて書き込んでいく。
そして書き終わった羊皮紙を小鬼の方に投げるように浮遊呪文を無詠唱で放ち飛ばしてやると、小鬼はさもありなんとばかりに片手間で羊皮紙を掴んで確認する。
チッ・・・。
「・・・それでは、こちらがお求めの金額になります。どうぞお受け取りください。」
私の些細な悪戯を回避されて御立腹な舌打ちを心の中で打ちながら、出された小袋に詰まったガリオン金貨をチャリン、と歯切りのいい金属音を響かせながら受け取り、さっさとこの銀行を退出した。
ちなみに額はあんまり多くなかった。アルバスはどこかケチなところがあり、必要な分しか入れてくれなかったようだ、残念。
『無駄遣いせんようにの。』
あの狸爺・・・今世紀最高の魔法使いと言われながらどうせ懐は暖かいだろうに、なんとケチくさいヤツだ。
そんな事を思っている間に、目的のオリバンダーの店まで来れた。
目の前の古く年季の入った店の看板には『オリバンダー杖専門店 紀元前382年創業』と書かれてあった。
私は店の看板を「紀元前?ブリトン人も真っ青だな。」などと戯言を言いつつマジマジと見つめながら扉付近に近づくと、そこで思わぬ人物に出会ってしまった。
「・・・半巨人の・・・髭もじゃ?」
私が怪訝な顔で呟いてしまうと、目の前の私より身長も体格もデカい、整えられていない少し不潔な髭を生やした男は顔を顰めながらこちらの事を凝視してくる。
「なんだいお前さんは・・・よく俺が半巨人だとわかったな。」
突然正体がバレた事に対して訝しげに見つめてくるが、こちらは彼を知っている。アルバスとの話の中で出てきた大男の森番、ハグリッドである。
「私はフォートシュリットよ、ハグリッド。ダンブルドアからあなたの事を聞いたのよ。」
「フォートシュリット・・・ああ、確か新しい闇の魔術に対する防衛術の助教授さんだったか。これは失礼、こっちもダンブルドアから話は聞いちょる。」
先程と打って変わって、私の素性を知ったハグリッドは納得したのか朗らかな笑顔で迎えてくれた。
「それはよかったわ・・・それで、店内に入りたいのだけれど、あなたが・・・その、大きくて通れないのよ。少し退いてくれるかしら。」
私は店の扉前に堂々と仁王立ちするハグリッドを指摘すると、彼は「おおう、すまんかった すまんかった、ほれ。」と、慌ててその場を退いてくれた。
全くどこか抜けているのか何というか・・・でもそれがハグリッド特有の性格なのだと、ダンブルドアとの会話を思い出しながら推察していく。
私はそんな少し鈍臭い彼にため息を漏らしながら、素早く店へと足を踏み入れていく。
さっさとしないと「助教授にもなろう人が、なんで杖の一本も持っていないんだ?」なんてハグリッドが機転を利かした質問をしてくるやもしれなかったからだ。
・・・いや、もしかしたらそんな事思いつきもしないだろうが。
彼の事は放っておいて、扉を開けて店の中に立ち入ってみると、そこには沢山の細長い箱が積み置かれた埃っぽい店内があった。
いかにも職人らしさが滲み出ている、古き良き老舗感が感じられるが、埃に関しては清潔ではないので、店内辺り一面に気付かれないよう、
そして、その次に注意深く店内を見渡してみれば、店の外からでも感じることのできた、特殊な魔法をかけられた
「・・・ハリー・ポッター・・・。」
そう思わず呟いてしまうが、それも仕方のない事なのだろう。
目の前にはようやく自分の杖に出会えたのか、嬉しそうな表情のハリーが杖職人オリバンダーと支払いの会計をしている最中だった。
私の呟きを聞いたハリーは後ろを振り向き、「あの・・・誰ですか?」と不思議そうな顔で私の方を見返してくる・・・。
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『予言?』
『そうじゃ、予言じゃ。』
目の前の顔を歪めたアルバスが、他の物事には一切の目もくれず真剣に話す。
闇の帝王を打ち破る力を持ったものが近づいている・・・
七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる
闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう
しかしその者は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう
一方が他方の手にかかって死なねばならぬ
一方が生きる限り、他方は生きられぬ
闇の帝王を打ち破る力を持ったものが・・・
その内容は、実に闇の帝王を討ち破る者が現れるという内容であった。
予言の中にあった三度抗ったというのは、回数を数えればポッター家とロングボトム家に該当するという。
そしてこの予言を知った闇の帝王は、その未来を変えるべく両家を血眼になって探したらしい。
結果として、すでにポッター家はその子を残して殺された。
ロングボトム家も両親はデスイーターの襲撃により、磔の呪文による過酷な拷問の後、廃人になり聖マンゴで引き取られているという。
もちろん、闇の帝王はこの時、ハリーにかけられた何らかの呪文によって肉体が粉々に破壊され、闇の陣営は敗北したという話は今世紀で最も有名な逸話であろう。
だがアルバスは、不死鳥の騎士団や、各国魔法省のコネを通じた連絡網を通して知っていた。
トムは肉体を失くしても、魂はこの世に留まり続けていることを
そして再び復活の機会を狙っている事を・・・。
これが、第一次魔法戦争の経緯であると粗筋を話してくれた後、彼は私に続けてこう述べた。
『・・・じゃが、予言はもう一つあるのじゃ。』
以上のような予言は、ホグワーツにいる占い学のトレローニー先生によるものだ。
普段のトレローニー先生は占い
だが、そんな先生でも時に常軌を逸した雰囲気でこのような予言をすることがあると、アルバスは語ってくれた。
そして、恐らくそれこそが本来のトレローニー先生の持つ・・・そして我が叔父も所有していた『未来を読む力』なのだと推測される事をアルバスは語った。
叔父と違ってその力を操れていない時点でその器はないに等しいが、それでも今現状この人の予言が何よりも重要だったのだ。
なぜならば、予言とはこれまで魔法史上、
大当たり とはいかなくとも、何らかの関連性を持ってその予言が間接的に成し遂げられる事や、稀に全くと言っていいほどその予言通りになる事がほぼ確定した事項・・・それが予言の力だ。
その強力な力を持つ予言がもう一つあるというのだから、聞かない訳には行かない。
アルバスはトレローニー先生が予言を解していた時に、何者かによる未来予知に対する妨害が行われ、半分までしか聞けていないという前置きをした上で、内容を話してくれた。
『確かそうじゃのう・・・。』
気をつけよ、闇の帝王よ・・・気をつけよ、抗おうとせん者達よ・・・
闇の帝王を討ち滅ぼし、帝王に抗う者達との最後の決闘を挑む者が現れるであろう。
––––––––––その者は−–––––––––
『・・・じゃったかのう。「その者は」で切られてしもうて、いつものトレローニー先生に戻られた時は、わしも随分と内心焦ったものじゃ。』
ほっほっほ、と笑うが、その老人の眼は明らかに笑ってなどいない。
寧ろ剣呑な目で私の目を、目の中を、目の奥を見つめ続ける まるで私の全てを見透かそうとするような・・・
開心術か・・・!!
ギッ、と鋭い目つきでアルバスの開心術に対して、恐らくこの世で最も堅く閉ざされた暗い壁を心の中に立てる。
私の本気の閉心術は、叔父のモノを上回る程に強固だ。
例えかつての組織の仲間、今は亡き開心術のプロであったクィニーですら、私の心は決して開かれない 永遠に・・・。
凍り付くような青白い目で、アルバスに対して徹底的に心を閉し、侮蔑の視線を送り続けてやると、彼も流石にこれ以上は無意味だと理解したのか一度目を逸らし、互いに矛を収める。
『・・・残念じゃよ、お主がわしに全てを見せてくれぬとは・・・二つ目の予言に当たる者がもしかしたらお主やもと、確信した上のことだったのじゃが・・・。』
『・・・乙女の心を無闇矢鱈に読もうとするな、アルバス。』
彼は私の闇の帝王を滅ぼすための手助けに関しては感謝しているようだが・・・今ので互いの腹づもりが漠然とではあるが、判明してしまった。
互いが互いを信用はしてなどいないが、互いに頼りにする・・・これからの関係は何とも複雑になるなと内心でため息をつきつつ目の前の爺に視線を向ける。
『本当はお主を心の底から信用したかったのじゃが、拒まれるというならば仕方あるまいて。』
『・・・本当に善意でやっているかどうかを確かめたかったのなら、そう言えばよかったじゃない。その程度の事なら素直に答えてあげるというのに。』
互いに緊張した空気を、冗談なのか本気なのか分からない言葉を交わすことで緩和しながら、今後のことへと話の路線を修正していく。
『・・・さて、フォートシュリット嬢よ、ひとまずわしらは最初の予言に対処せねばならない。二つ目の予言に関しては・・・時がくれば、互いの態度をはっきりとさせようと思う。
それで話を戻すが、改めて問おう。
トムを封じ込めることは、わしら
彼の打って変わった真剣な表情と、人の善悪を左右するかの如く見定めるような目つきは、相変わらず魅力的だった。
この世には善悪のキッパリ分かれた物事など一つもないというのに・・・そう、例えば
私は彼との将来的な対立を予測しながらも、目先の事にも目を向けるため返事を返す。
『同意見だわ。奴はあの穢らわしい純血思想を以って、我々魔法族の分断と支配を目論む《共通》の宿敵よ。
私の目的は、すべての魔法族に地位と栄光を齎すこと・・・決して帝王にも、そして
このまま放置し続ければ、帝王は英国どころか、欧州魔法界にすら全面戦争を仕掛けてくる・・・故に傍観者である事は、
私が己の信条とヤツの掲げる邪悪な、魔法族すらも意味もなく殺戮し得る思想の相違点を挙げながら、憎しみにも哀しみにも近い感情で述べれば、アルバスは深く相槌を打つ。
『フォートシュリット嬢よ、お主は正しい・・・
アルバスは、彼自身もまた同じように魔法界の理不尽な立場を味わい、得難い幸福を追い求めてきた過去があるように、私を叔父上と重ね合わせているのだろう。
懐かしさを覚えた表情で、私の考え・感情を否定せず、むしろその全てを抱擁し、肯定し、受け入れてくれる・・・手段という、ただ一つを除いて。
私はそんな彼の、暗に言いたい事を理解しながらも今はそれどころではないとこの話を切り上げ、次の考えるべき段階に進む。
『とにかく、今はその事より闇の帝王よ・・・それこそ、最初に取るべき手段はどうするの?
その帝王を滅ぼしてくれる予言の子供達なんて、正直言って今のままでは期待薄ではないの?これからどうやって育てていくつもりなのかしら。
・・・それにそもそも、予言に従う必要はあるのかしら?私達ほどの
勿論、肝心の帝王は肉体を失って彷徨う魂の残り滓のような状態だから「今すぐ見つけ出せ」なんて言われればいくらなんでも無理があるけれど。』
予言は条件さえぶち壊してしまえば、いくらでもねじ伏せてその先にある・・・いや、あった
即ち、確定された未来とは言い難いが、一つの強力な指針にはなるものとして世界で認識されている。
その条件とは・・・予言の対象者達が、予言の起こる時期まで生きている事にある。
この条件から離れてしまうと、予言とは逸脱した世界線になる可能性があるため、帝王は執拗にポッター家とロングボトム家を狙っていたのだ。
だから、今現状私達に存在する選択肢は二つ・・・予言を利用して、
それとも、
その意図を先程の言葉に乗せて意見を返してみると、彼は十二分に頷いた後にこう述べる。
『わしもそこは承知しておる。どちらの手段を取るかは、様子を見つつ決めるべきじゃろうて・・・もしかすれば、
・・・この男はやはり狡猾だ。
目的のためならば手段を選ばない、冷酷無慈悲な男。
アルバスは普段ならば、不死鳥の騎士団に所属する者達を決して
彼らはアルバスにとってかけがえのない友であり、教え子達や古い知り合いである。
にも関わらず、戦略上の手駒と発言する辺り、アルバスの中にもやはり
私が右手で顎を撫でながら彼の事を注意深く、そして面白そうに見つめていると、彼自身もその視線に気づいたのか、少し拍子を置いて話の続きを進める。
『・・・ただどちらの手段を取るにせよ、心配なのは追う事ではない
彼が発した言葉には一層警戒心と真剣みが増しており、私はその意味を容易く理解した上で意見を挟む。
『・・・それで?弱った虫の息の帝王が、まさかこの最も守りの堅いホグワーツに侵入してくるとでも言いたいのかしら。』
私が半信半疑に彼の持つ推測に疑問を呈すると、彼は考えを呈する。
『・・・ないとはいい切れん。例えば配下の
予言の子、わしの見当ではハリーだと思っておるのじゃが、彼はまだ幼く、まるで赤子のようじゃ・・・。
そこを狙って来れば奴とて、ハリーを容易く屠れるじゃろう。
あの手この手を使ってトムはハリーを殺しにくる・・・それも直接ではなく、間接的にじゃ。
わしは予言を信じておる。
例え未来を捻じ曲げようと闇の帝王が努力しようとも、定められたトムの運命を避けられんように、道を真っ直ぐと正してやるのが、わしらに今出来ることじゃろう・・・そうすれば闇の帝王は自ずと滅ぶ。
そのためには、ハリーが闇の帝王を討ち破れるようになるには、もう少し時間が必要なのじゃ。その時間を、お主に稼いでもらいたい。』
そう言い切ると、彼は後ろの校長室の執務机の横に立っている不死鳥フォークスを腕に乗せながらこちらをじっと見つめてくる。
私も佇む彼の目をじっと見つめながら、頭の中であれこれと思案し始める。
ハリーとネビル 果たしてどちらが予言の子であるかどうかは疑問が残るところだ。
しかし、やはり闇の帝王を一度肉体だけとはいえ滅ぼしている事から、可能性はハリーに軍配が上がる。
闇の帝王のかける死の呪文を跳ね返すほど強力な呪文をハリーとやらがかけたのか、或いはかけ
仮にアルバスと私二人でトムを打ち倒しても、奴の魂までは
結局また今のような仮の平和を手に入れるだけであり、ヤツが本当の意味で死なないのであれば、何度でも甦り何度でも魔法戦争を引き起こし続ける事だろう。
よって今後の方針の1つに追加項目が増えるとすれば、帝王の不死を作り出しているあの忌まわしき悪しき分霊箱を探り当てる事だ。
生憎私には奴が何を自分の魂の拠り所としたのかなぞ今の所何の見当もつかないし、その辺の石ころにでも魂を引き裂いて入れられていれば私達にはお手上げだ。
それに帝王の
・・・やはり
『・・・具体的に、その手段は。』
『ハリーを、どうか守ってやってほしい。
彼は幼いゆえに過ちも犯すじゃろう・・・時に命を落とすこともあるやもしれん。
じゃから、お主への頼みはハリーの守護じゃ。
場合によってはお主の持つあらゆるモノを犠牲にしてでも、この約束は果たしてもらわねばならん・・・どうじゃ、引き受けてくれるか?』
それを聞いた私は一旦目を閉じ、自身の戦略と照らし合わせた上で頷きながら納得した後に、目を開き彼に答えを告げる。
『・・・承知したわ、アルバス。』
私の返事を聞いたアルバスは、まるで重圧に気圧された緊張から解放されたような安心した顔になると、不死鳥を非常に開放的で簡素な鳥籠に戻して私に向き直る。
『・・・では、わしはお主にそのためのポストを用意するかの・・・じゃが、いくつか約束してほしいことがある、聞き入れてくれるかの?』
(まぁ、妥当よね...。)と頭の中で呟く私は、このように条件を課される点から見て、頼りにはされてるが警戒もされている立場を再認識する。
はてさて、この狸爺は一体何を要求してくるのだろうか・・・?
『まずお主を闇の魔術に対する防衛術の助教授として迎え入れようと思っておる。
もちろん、お主の本名は伏せてのぅ?わしの古い友人ということにしておこうと思う。
その上でじゃが、第一にホグワーツでは体罰は禁止じゃ。罰則は別の形で課してもらおうかの。
次に、生徒に闇の魔術をかける事も一切禁止じゃ。お主がそこまで愚かではないとはわかっておるのじゃがの、保険じゃよ。
それとじゃが、あまり今年の闇の魔術に対する防衛術の先生には深く関わるでないぞ?』
基本的には生徒に危害を加えるなという内容で、思ったより普通の要求であった。こう、もっと私の行動を縛り付けてくるのかと思ったのだが、この様子だとそう言うわけではなさそうだ。
『どうじゃ、守れそうかのう?』と私の返答を待っている間、再度私の目を覗いてこようとする鬱陶しい狸爺から視線を逸らして口を開く。
『その程度のことなら、言われずとも心得ているわ。もちろん守るわよ?』
『おぉ、そうかそうか、それはよかったのじゃ。闇の魔術に対する防衛術の新しい先生に関してはまた後で詳しく話そうと思う。・・・ただ、もう一つ守ってほしいことがあってのう?』
その声にはこちらの腹の内を引っ張り出そうとするような、相手の裏をかくような威圧感があった。
そして彼はティーカップを口につけ、紅茶を飲みながらこう言う。
『・・・わしの目の届くところで、ゲラートの真似事はやめることじゃの。』
その言葉に、私はフッ、と含み笑いをしてしまった。
(やはりバレていたか・・・。)
先月中、英国に組織から少々部下を送り込み、ロンドン支部として新たに英国の協力者達と組織の拠点設置を狙ったが、流石に頻繁なモノ・ヒトの出入りによって気づかれていたようだ。
『おっかしいなぁ。あの子達には不可知化の呪文と魔力感知妨害呪文を何重にもかけてあげたのに、一体どこでボロを出したのか・・・。』
『ふぉっふぉっふぉっ、わしでなければ見落としておったわい。』
・・・この爺・・・。
私はギリリ、と悔し紛れに歯軋りを鳴らしながら目の前の男を睨み付ける。
確かに、勢力拡大のために英国ロンドン支部を置こうとしたのは早計だったか。
しかし、彼がそのような
『けどアルバス、その子達は
それも私の持つ重要な手駒であり、闇の帝王への対抗手段という名文ならば、多少の事は同盟関係を保ち続ける条件として呑んでくれるだろうとの打算であった。
それに加えて更に、私が体内の膨大な魔力を一部漏らしてやれば、彼は少し目を見開いて驚きの表情をもってしてこう言う。後ろのフォークスは既に主人の危険を感じたようで、グワグワ鳴き喚いて警戒心を剥き出しにしているが。
『・・・もちろんじゃ。その事もあってわしはまだ手出しをしておらん・・・じゃが、先程も言ったと思うがくれぐれもこの国の中で目立った行動は避けると良いじゃろうて。』
暗喩するかのごとく脅し文句をつけてくるアルバスは、わざとらしく机の上にあった新聞数枚の束を片手で浮遊呪文を使い、私の目の前まで見せつけてくる。
そこにはこう書かれていた。
【 黒い魔法使いの再来か? 】
《継承者を名乗る何者かがヨーロッパで活動を続けている模様。その勢いは半世紀前、かつてヨーロッパ全土を覆った
私の組織の事がまるっきり一面記事となったフランス魔法省お抱えの自由記者団 ド・ゴールの新聞があった。
また、スラッと片手を交差させて、裏の2枚目の新聞も堂々と見せつけてくる。
そこには、英国の日刊預言者新聞も今や英国魔法界では知らぬ者がいないほど有名なハリーポッターに関する記事の下の方に私の活動を伝える記事が出ていた。
『親切にご忠告をどうも・・・この雰囲気の中だと少し居心地も悪いし、私はここら辺で一旦帰るわ、色々準備しなければならない事もあるし。』
『・・・そうじゃな。長居させて悪かったのう?ではまた9月に・・・
フォートシュリット・グリンデルバルド嬢?』
ニタニタと朗らかな笑顔を貼り付ける爺には少し頭にきた。
アルバスがそのような手で私に牽制を込めてくるならば、私も仕返しと言わんばかりに叔父上の見た記憶の中から、
そして、自身の思考が帝王のそれよりも邪悪に歪むのを理解しつつ、同時に引け目を感じつつも、その邪悪な思考と言葉を口にする。
『えぇ、アルバス・ダンブルドア・・・
この言葉が、どれ程彼の心に深く突き刺さる鋭い剣になるかは、私自身も深く理解している。
だが、手段を選ばない・・・それこそ私の長所であり、短所だ。
己の言動を何一つ恥じず、後悔もせずに校長室を後にしようとする私の背後には、苦い表情で見つめる老人の顔があった。
(お主は言ったはずじゃ、自分はゲラートとは違うと・・・。
じゃがゲラートを、我が最も信頼厚き、そして愚かでもあった友を完全に継承してしまったのもまた、事実やもしれぬ・・・。)
だからこそ彼の姓を名乗っておるのじゃろう・・・グリンデルバルドという名を・・・という言葉は、もはや校長室から足早に姿眩ましをしていなくなったフォートシュリットの耳には入っていなかった・・・。
闇の魔術に対する防衛術の助教授というのは、荒木ラキ様の英国魔法界陥落RTA 原作:ハリーポッターを参考にしました。よければそちらも読んでみてください。
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杖選び
「・・・あの、あなたは一体・・・?」
頭の上で疑問符を浮かべる少年は、オリバンダーの杖店内で先程自分の杖が見つかった時の喜びから一転して、私に不思議な、それでいて純粋な瞳を向けていた。
私は暫く彼の事を観察したのちに、慌てて返事をする。
「・・・あぁ、いや。あのハリー・ポッターに出会えるなんて今日は運がいいと思っただけよ。」
「えっと・・・僕ってそんなに有名なんですか?」
彼はこの年齢になるというのに、今の自分が置かれている状況をイマイチ把握していないようだった。
ダンブルドアから聞いた話では、彼はマグルの家で魔法界の事を何一つ知らされずに、ダンブルドアがかけた護りの呪文で、そのマグル一家諸共に守られながら育ったらしい。
・・・尤もあれは守られていた、というより彼にとっては監獄のような環境であった事は間違いなく、アルバスはその事を自身の引き起こした悪行として恥じていたが。
だからこそ、自分が幼い頃に闇の帝王を一度滅ぼしかけた事など欠片も覚えてもいなかったし、この子が予言通りの人物になるにはこれから過酷な試練を受けなくてはならないという確信があった。
私はそんな彼の運命を遠目に予測しながら、こう言ってあげる。
「えぇ、そうよ。あなたはとっても素晴らしい魔法使いだわ・・・それに、随分と愛されているのね。」
「え・・・?」
彼の額の傷を見つめながら私のこぼした一言に、さらに不思議な顔で見返してくるハリー。
先ほどから気になっていたが、彼には非常に強力な護りの呪文がかけられているのが見えていた。
細くも繊細で、複雑にからめられた糸で出来た私も数度しか見たことのない非常に古く強力な魔法であり、この魔法を使う対価として術者の命が必要とされるため、滅多にお目にかかれないのだ。
それが、彼の身体にはしっかりとかけられていた。まるでまだ小さな赤ん坊を抱き抱えるように、柔らかくしっかりと・・・。
恐らく、これもダンブルドアの話で出てきたリリー・ポッターというハリーの母親がかけた護りの呪文なのだろう。
対価として命を差し出す覚悟が十分にある、勇気ある魔女であったのだと改めて称賛を心の中で送らせてもらう・・・我々が救えなかった、尊い魔法族の血に対して。
「・・・ほら、そんな事より早く行かないと、外のハグリッドが退屈して居眠りしそうよ?」
未だに私の方を疑問視し続けているハリーを横目にやり、店の外でグースカ立ちながら眠りこけ始めたハグリッドを呆れた眼差しで指差しながら言ってやる。
「あっ、そうだった!僕ハグリッドを待たせてたんだ・・・ごめんなさい、お姉さん。またどこかで!」
「えぇ、坊や。気をつけて行きなさい。」
彼は別れの言葉を告げた後、急いで店を後にしてハグリッドを起こしにかかっていた。
それを見た私は満足気に頷いて、「・・・またホグワーツで会いましょう。」と小声で言ってから店のカウンターの方に向き直る。
「さてさて、次のお客さんは・・・おや、随分と美しい魔女でしたか。ご自分の杖をまだお持ちではないのですか?」
店の杖職人オリバンダーが次の客さんは誰かなといった視線を向けながら、抱いて当然の疑問を口にして声をかけてくれた。
「いえ、その・・・実はこの間魔法実験をしていた際に使っていた杖が粉々になってしまったところなの。」
中々にいい嘘をついたと、我ながら心の中でガッツポーズを取ったのは内緒である。
それを聞いたオリバンダーは「ふぅむ、それは困ったの・・・同じ様に忠誠を誓ってくれる杖があるかどうか・・・。」とブツブツと呟きながら深く思案した後に、決心したのか私に顔を上げてこう述べる。
「よし、それでは貴女に再度付き従ってくれる杖を見繕いましょう。利き手はどちらで?」
彼は恐らく杖腕の事を聞いたのだろうと即座に理解した私は、右手をスッと上げる。
するとタイミング良くオリバンダー氏のポケットから出てきた巻尺がスラスラと伸びて、私の腕やら何やらまでサイズを測ってくる。
「ふむふむ、それではあの杖から試してみましょうかの。」
オリバンダーが杖箱のしまわれた棚に向かっていけば、調子に乗り出したのか巻尺がしまいにはぺったんこな胸板まで測り出そうとしたので、燃焼呪文で青い炎の餌にしてやった。
乙女になんと失礼な・・・。
「これをどうぞ、イチイの木にドラゴンの心臓の琴線を芯に使いました。26cm、しなやかで柔軟。」
オリバンダーが戻ってきたときには、巻尺は灰となり消えて行ったが、私は何もなかったかのように構わず杖をクィッと宙に振ってみる。
すると、ボォォォォォッと、杖先から思いっきり青白い炎が出てきたかと思えば、周囲の杖箱や戸棚を全て燃やさんとしたところで、オリバンダーが慌てて杖を取り上げた。
「いかんいかん、これではダメじゃ・・・ではあれを。」
手前の戸棚にポツンと置いてあった杖箱を取り出し、とぼとぼと今度はまた一風違った毛色の杖を私に手渡してくる。
「サクラの木にドラゴンの琴線。26cm、丈夫で自制心に長ける。」
また同じようにスッと杖を振り回してみれば、大量の花びらが豪雨のように店中に散らばり降ってくる。
「いかんいかん、これもダメじゃ・・・。」
魔力から生成された花びらは店内の床を埋め尽くしており、後片付けがさらに大変そうに思われるが放置して次の杖へと向かう。
その後、かれこれ一時間ほど同じような杖交換作業を続けていた。
もう何十本目という杖を握ろうとすれば、もはや握る前に何か不吉な未来が見えたのかオリバンダーはさっと杖をしまい、新たな杖に変えて、またさっと杖をしまうという奇妙な光景があった。
「難しいのぅ、難しいのぅ、こんなお客さんは五十年に一度っきりじゃ。」
私の頑固な気質ゆえか、それとも杖達が頑固なだけなのか、あれこれ言いながらオリバンダー氏は私にそれぞれの杖の特徴を教えてくれた。
また彼曰く、所有者が杖を選ぶのではなく、
「杖が・・・?」
「左様でございます。先程の杖も、あなた方の気配を察して逃げるようにわしの手元に来たでしょう?」
そう言われても、そんな気配一回も感じた事はないので何とも胡散臭い印象を受けてしまうが、恐らくそれは事実なのだろう。
ここまで杖が決まらないと、杖に嫌われている、杖がまるで人間のように意思を持っていると思ってしまうものだ。
「うぅむ・・・・・・そうじゃのぅ。仕方あるまい、あれを試す時が来たようで。」
何やら家宝のような隠し杖?が思い浮かんだのか、オリバンダーは店の最奥の方へと姿を消して行き、ドサッという何か物が落ちていく音がしながらも目当ての杖を探しているようだった。
その後ろ姿を見てから私は盛大なため息を吐く。
「はぁぁ・・・。」
いい歳した大人が、杖一本も買えないなんてあるか?こんなのならあのハリー・ポッターの方が余程マトモな魔法使いと言える。
・・・私は
などと自分自身の中で燃え上がる葛藤の中、賑わう窓の外の景色を見ながら手持ち無沙汰になっていた時、ようやくオリバンダー氏が小走りで戻ってきた。
「お待たせしました・・・ですがひとつだけご忠告申し上げますぞ?この杖は出所が不明な点が多く、扱いの困難さ・不吉さ相まって誰も買い手が見つからんかったのです。貴女に合うかどうかはこの杖次第といったところですな。」
そんなネガティブな事を持ってきた今更になって言うでないと、文句の一つでも垂れそうになったが、私はひとまずこの杖の特性を聞いておくことにした。
「それで、どんな杖なのかしら?この子は。」
私はガサガサとした肌触りの、薄い灰色に染まった杖を手に持ちながらオリバンダーに質問する。
不思議と、この杖は他の杖よりも軽く、そして何か・・・
「・・・木の材料にはかの有名な、されど希少なニワトコの木を用いており、芯にはバジリスクの角の一片が使われています。
芯の素材から察せられる通り、闇の魔術と相性が良く、強力な魔法使いで尚且つ大いなる使命感溢れる者を好むと言われております。」
この杖を手にした瞬間から、私は・・・
「そして少々信じがたいのですが、使われたニワトコの木は、かの死の秘宝のひとつであるニワトコの杖と同じ木・・・つまり
無論、この杖を高く値付けて売り込むための眉唾物の噂でしかないとは思うのですがね。」
オリバンダー氏は続けてこの杖に纏わる奇妙な話をしてきた。
即ち今私が手にしているのは死の秘宝にまつわるニワトコの杖との兄弟杖かもしれない、などと期待させるようなホラ話だ。
とはいえそんなにわかには信じがたい噂を抜きにしても、この杖は私との相性が抜群だ。強力な魔法使いと相性がいいという通り、この灰色の杖はよく手に馴染み、私の放つ魔法の一つ一つ全てに期待しているような感覚がする。
この杖からの期待を裏切る事はない、存分に応えてやろうという気概を感じながら、私はマジマジと嬉しそうに微笑む。
兄弟杖というのは、オリバンダーが言った通り同じ木から材料を採取して作られた杖を指す。
おそらく先程の信じがたい噂の内容も相まって、叔父上から奪い取ったあのニワトコの杖の新たな所有者であるアルバス・ダンブルドアを思い出させる原因にもなっている。
私はそんな杖をヒュイッ、と軽く一振りだけ振るってみる。
すると ゴウッ と、私の身体の周りを暖かい青色の炎と赤い炎の両方が優しく囲んでくれた。
まるで新たな挑戦者を試すかのように、見定めるかのごとくこの炎は、私の周りをクルクルと回転していた。
更に周囲には私が杖に流す膨大な魔力を歓喜しているかのように、キラキラと輝く緑色の光が放たれ始めた。
「おぉぉ・・・これは何とも不思議じゃ。」
私がこの杖と不思議に
「この杖は私どもの3代前の時にとある魔法使いの方から引き取り、大切に保管していたものなのです。その魔法使いのお方は、この杖が数々の者の手に渡ってはその所有者を悲惨な死へと追いやった事をお伝えしてくださいました。
・・・確かにニワトコの木で出来た杖は強い魔力を持ち、強力な魔法使いの実力を思い通りに引き出してくれる優れた杖であります。
しかし、いかんせん持ち主を選ぶ傾向は人一倍、いえ杖一倍強く、その忠誠心を得られる程の実力を伏せ持った所有者がこれまで現れなかった故、店の奥で埃をかぶっておりました。
もう百年以上、仕えるべき主人と出会って来なかった杖ですが、今日ようやく貴女のような、この杖に選ばれるほどの立派な魔女の手に再び取られたことを、この杖も喜んでいることでしょう。あぁ、素晴らしや素晴らしや。」
オリバンダーがまるで涙を流さんばかりに良かった、良かったと頷きながら私の杖を見つめて商談を続ける。
「それでは、杖はそちらでよろしいでしょうかな?」
「えぇ・・・えぇ!もちろんよ!この杖を頂戴、いくらかしら。」
私が杖を見つめながら視線を一切移さずに、興奮した表情でオリバンダー氏に勢いよく返事をすれば、彼は笑顔になりながら答える。
「28ガリオン頂戴いたします。少々お高いですが、バジリスクの角を使用した希少な品なのでそのくらいは妥当かと・・・。」
(はぁぁ!? 28ガリオン!!)
私は驚愕の表情でオリバンダー氏の言ったことを頭の中で繰り返し、心の中で悲鳴をあげて叫んでしまいそうだった。
これからまだ闇の魔術に対する防衛術の今年の教科書を買わなきゃいけないのに、それじゃ私が遊べるお金がないじゃないか!
貯金は全部パリの我が家にあるし、ダンブルドアはお金はこちらで用意するとか言っといて全然ケチだし!
あの狸爺の「こちらで用意する」はもう二度と信用しないぞ!
ぷんぷんと怒り狂いながら、私は袋の中から28ガリオン丁度を支払い、苦い思いをしながらも愛杖を手に入れた感動に打ち震えながら、オリバンダーの杖店を後にしたのだった・・・。
「・・・次からはお金は全部、自前で持ってこよう。」
堅い決心が、私の中で一つ書き加えられた瞬間であった。
追記:第四話 取引の内容を一部修正して話の辻褄を合わせました。
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入学と再開
少し耳障りな姿現しの音と共に、黒いコートを着こなした私はこのデカい城へ何度目かの来訪をしに来た。
「・・・相変わらず凄い魔法がかけられてるね・・・。」
見れば城には至る所に現代で言うプロテゴ・マキシマと似通った魔法やドラゴン対策なのだろうか、炎避けの呪文がかけられている。
およそ千年以上の歴史あるホグワーツ魔法魔術学校は、かつて私の叔父や組織から身を守るために闇払い達・若き魔法使い達が隠れられる唯一無二の安全な場所でもあった。
そこに、皮肉にも私自ら足を運ぶことになるとは・・・と、自分自身を嘲笑いつつも城の中へと、この長い橋から歩み寄っていく。
ちなみに姿現しが許されているのは城の外までということになっているし、ダンブルドアが新たに設置した姿現し妨害呪文が現在も機能中なのは確認済みだ。
普通の魔法使い達はこの城に張り巡らされた姿現し・姿くらまし妨害呪文を突破する術を持ち合わせていないだろうから、今の私みたいに真正面エントランスから黙って入っていくしかないのだ。
ところが私はそれを強引に破ってでも教員棟の方に姿現しができるのだが、今ここでそんな目をつけられるような事をしてはならないと自分でも理解していた。
他の教員達は、恐らくダンブルドアの側近であるマクゴナガル先生くらいならば、ダンブルドア伝いに私の事をある程度
しかし、それ以外の教員は私の実力に関しては未知数として認識している事だろう。決して無意味に、下手に自分の実力をひけらかしてはならない。
特にスネイプ、奴は口数こそ少ないと聞いているが、ダンブルドアの話でも出てきた通り、今後の計画において頭の切れる重要な人物だ。一応、私の事を協力者として彼もダンブルドアから話は聞いているだろうが・・・。
奴に私の実力が見られ、正体が知られ、闇の帝王に匹敵する、などと噂されれば私は警戒されるどころか、帝王ごと闇に葬られかねない。
ゆえに今後ホグワーツ城内では、極めて慎重に行動すべきだと私は自分に言い聞かせながら、自分のトランクを浮かせて城の中へと入っていく。
しばらく歩けば、この城の屋敷しもべ妖精が姿現しをしてきて私の荷物を教員棟の自室に運んでくれると言ってくれた。
私は「ありがとう。」とだけ言って、彼に荷物は任せた。
そうして、時折授業を受け終わった上級生やヒマをしている生徒達に「新しい先生かな?」などと奇異の目で見られながら私は自室へと辿り着く。
中には粗末なベッドがひとつ、木机がひとつに、椅子がひとつ。
質素な部屋だったが、元々私は贅沢を好まない性格だったので特に不満はない。
部屋の隅をみてみれば、しもべ妖精が運んでくれたのか先程のトランクが置いてあった。
「さて、と・・・
私は一先ず、闇の魔術に対する防衛術の先生ことクィレル先生に会うことにした。
ダンブルドアにあまり関わるなと忠告されたばかりであり、一見すればもう矛盾した行動のように見えるが、これにはちゃんと理由がある。
今後の授業の打ち合わせや、教科書のどこから学んでいくかなど、教員としての仕事付き合いで色々と話すことがあったからだ。
だがそれと同時に、ふとつい先日ダンブルドアから聞いた話を思い出す。
『フォートシュリットよ、クィレルの件じゃが・・・。』
ダンブルドアは件の闇の魔術に対する防衛術の先生に近づくな案件の内容について、漸く話してくれるようだった。
彼はまるで子供のイタズラに困ったような顔をしながら、口を開こうとするが私はそれを手で制止し、先に述べる。
『・・・大方予想はついている。奴が闇の勢力側に付いている、とでも言いたいんでしょ?』
私がふっと笑うようにいってやれば、目の前の老人は大袈裟に驚いた顔をして私をさぞ誉め立てるように述べた。
『その通りじゃ。さすがはフォートシュリット嬢、鋭いのう。
実はクィレル先生はこれまで世界旅行をしておったと教員面接の際に言っておった。
じゃが、よくよく彼の訪問先を調査してみれば・・・アルバニアへ行っていたことがわかったのじゃよ。』
ふむ・・・この狸爺の情報網は相当広いようだ。高々どこの馬の骨とも知らぬ男の一人旅の旅行先さえ割り出せるというのだから。
私もどこか他国へ行く時は用心した方が良いだろうな、など将来の移動手段を色々と考えているとさらに彼は話を続ける。
『その時からなのじゃ・・・クィレル先生が頭にターバンを巻き、忙しない口調になったのは。』
『つまり、アルバニアで心境に変化が訪れたってわけね?確かに可能性としては十分にあり得る話だけれど・・・どうしてヤツが
私が未だにダンブルドアの判断の根拠を疑問に思っていると、彼はこう切り出してくる。
『いやなに、風の噂なのじゃがの?アルバニアにトムが身を隠しているとか何とか、騎士団のメンバー伝いに聞いた覚えがあってのぅ。
情報元はアルバニア魔法省からで、ハイキング中だったマグルが恐ろしい呻き声を上げながら飛翔する霞のようなモノを見た事が発端じゃった。
それに、クィレル先生はあんなオドオドした人物ではなかったと彼を知る古い知り合いから聞いたのじゃ。』
ふむふむ・・・帝王の所在がアルバニアの森の中であったと分かったのは大きいが、現在地を把握出来てないなら振り出しに戻ったも同然だ。
とはいえこれでクィレルの身の回りから出てきたボロから状況証拠は既に揃っている。
これならば納得だ。私は首をコクリと縦に振り、肯定の意を示し、残る問題はいつヤツに仕掛けるかを議論する事だった。
『・・・なるほど?彼は晴れてデスイーターになったわけだ。』
『絶対的な確証は持てん。これまでわしが勘を外してしまった事はないが、僅かながらの良心にかけてクィレル先生を信じないのは、人の道理に反する。・・・じゃがの、今年は彼を利用し、試す算段を設けておるのじゃ。』
やはりやり方が余りにも生ぬるいな・・・。
私ならば、〔疑わしきは罰せよ〕組織命令第23号に従い、嫌疑のかかっているあらゆる者に対しては、容赦のない
そして用済みになれば、クィレルなどという下級魔法使いなど捨てるというのに・・・情をかけたようだな、ダンブルドア。
私はそんな詰めが甘すぎるダンブルドアを睨みつけるが、当の本人はニコニコと笑顔を顔に貼り付け、本心を悟られないようにしている。
『・・・それで?どうやってヤツの利用だとか、クィレルとやらが本当にデスイーターかどうかを確かめたりするのよ。』
私が何度目かのおうむ返しのような質問をさせられることに若干苛立ちが募ってくると、彼もそれを察してか自信満々にその答えを私に突きつけてくれた。
『・・・賢者の石じゃよ。』
「そ、そそそそれでは、その形でじゅ、授業をしてよよ、よろしいでしょ、です、ですか?」
私は白々しいにも程があると思いながら、目の前の男を冷たい瞳で見つめる。
その頭に巻いてある紫色のターバンからは、異様に黒く染まった悪の根源のような魔法線が垣間見えるが・・・私はここでは手出しをしない。
彼はダンブルドアの利用品のひとつなのだ。ここで彼との計画を反故にしては、我々の未来が危うい。
その上、あの禍々しい黒い呪文は恐らく、拠り所の呪文に近い構造だ。
拠り所の呪文とは、魂が現世に留まったままのゴーストや、肉体から離れてしまった魂を自身の身体の中に呼び込み対話する、高等魔法に数えられる内の1つである。
あの魔法線とクィレルの肉体との絡み具合を見るに、どう見たって入ってきてこんにちはと対話するレベルの呪文ではない。
恐らく魂を自身の肉体に
そしてこの状況下で寄生してくるような
これはアルバスに報告しなくてはならない事が1つ増えてしまったなと、クィレルに見られないようにして私は口角をニヤリと釣り上げる。
こうなれば失敗は許されない。私ならば行き場を無くした魂くらい、結界呪文で容易く閉じ込め、永遠に封印する事だって可能だ。決してヤツを逃してはならない、千載一遇のチャンスなのだ。
だから私は努めて平静を保ち、笑顔を叔父譲りの淡麗な容姿に貼り付けながらこう言う。
「えぇ、ミスター・クィレル、それでいいですよ。今日は色々とありがとうございます。」
「い、い、いえいえ、わ、私もあなたとは、話せてここ、こ、光栄でした・・・。」
いつまでその茶番を続ける気なのか、若干興味もなくはないが、私は目の前の男と話していれば一日が悠にすぎそうな気がするので、「それでは。」と言い残して足早に退出した。
先程まで私達は今後の授業の方針や教科書の進め方など、色々煮詰めていたところだった。
だが、どうにもあの喋り方のせいで普通の倍以上の時間がかかってしまった。
私は
ヤツについて色々と思案しながら、用が済んだ教員棟を出て次は目的の大広間へと向かう。
今は夕方の5時半・・・すべての学年で授業が一通り終わった頃合であり、窓の外を見れば真っ赤な夕陽が落ちかけているのが見え、夕陽の眩しさが私の目の疲労を教えてくれる。
「・・・彼はもうすぐね。」
英国魔法界随一の英雄、ハリー・ポッターが入学する記念すべき日は今日、1991年9月1日なのだ。
ホグワーツの入学とその儀式は普通のマグルの学校と違い、朝ではなく夕食時に盛大に行われる。
それ故、今向かっている大広間には全生徒が集まり、今年はどんな新入生が入ってくるのかや、件の生き残った男の子 ハリー・ポッターのことでだいぶ賑やかになっていた。
私は彼らを巧みに避けながら、教員用の机へと向かい優雅に椅子に座る。
「・・・。」
隣には私の方をじっ・・・と見つめる薬草学担当のスネイプ先生がいたが、私は目線を一切合わせず、自前で用意していたシャンパーニュ産の高級酒をグラス片手に嗜む。食事の余興としては十分にいい味を出している。
そしてもう隣には我らが大不人気者のクィレル先生がいる。またおどおどしてるが、その顔の裏に
だがよく考えれば、非常に険しい顔を向けてくる切れ者のスネイプと、闇の帝王に挟まれたこの異常に窮屈な教員席は少し苦痛だった。
新たな生徒達の入学と組分けが早く始まることを切に祈りながら、私はワインをちびちびと嗜み始めた。
その後、数十分も経たないうちに遠くの方で汽車の汽笛がなった気がした。
大広間は生徒達の喧騒のせいで音も聞き取りづらいが、それでも微かに聞こえたその音は、恐らくキングスクロス駅の9と4分の3番線から到着したホグワーツ行き特急のものだろう。
更に十分も満たないうちに、大広間の扉は開けられ今年の新入生達が入ってきたのを皮切りに、大広間はザワつき始める。
彼ら新入生等の中にはもちろん、あの有名なハリー・ポッターもいた。この前オリバンダー杖専門店で出会った、眼鏡をかけて周囲を不思議そうに見回している彼だ。
そして、周囲の生徒達の喧騒が止んでから、彼らを引率してきたマクゴナガル先生が手の中にある羊皮紙を読みながらこう言う。
「皆さん、これからまず組み分けの儀式を行ってもらいます。名前の順にお呼びするので、呼ばれた人は前に来てこの組分け帽子を被ってください。頭の上に軽く乗せるだけでいいのですよ、分かりましたね。」
大広間の教員側に近い壇の上には、中央にひとつの古臭い木製椅子とその上にボロボロの組み分け帽子が二つポツンと置かれていた。
「アボット・ハンナ!」
一人目が選ばれ、短い組分け選考時間でハッフルパフへと組み分けされたのを皮切りにかの寮の方から拍手があがり、暖かい声援で迎えられていく。
次々に名前が呼ばれていき、その度に拍手喝采が送られていたが、この少女は中々に癖が強そうな見た目をしていた・・・恐らく中身もだろうが。
「ハーマイオニー・グレンジャー!」
茶髪混じりの賢そうな目つきをしたハーマイオニーと呼ばれた少女は、組分け帽子に寮の選考を少々悩まれるという事態になったが結局・・・。
『・・・グリフィンドール!』
甲高く告げられた寮名に、また大きな拍手がグリフィンドール寮から上がった。
そして、ついにその番が来た。
「ハリー・ポッター!」
その名が呼ばれた瞬間、大広間の中は静まり返り、彼へと視線が集中させられる。
皆、魔法界随一の英雄であるハリーの方から目を離さない。
彼を手に入れた寮は、帝王を倒した英雄を迎え入れられる栄誉を授かれるのだから。
『うぅむ・・・難しい、実に難しい。』
知覚魔法で強化された私の耳は組み分け帽子の独り言を漏らさず聞けた。
『スリザリンに入れば、間違いなく君は偉大な魔法使いになれる・・・名を歴史に残せるのだよ?』
「スリザリンは嫌だ・・・スリザリンだけは・・・どうかスリザリンだけはやめて・・・!」
ハリーはどうやら組み分け帽子からスリザリンに入れられようとしているようで、小声でその心から湧いて来ているだろう嫌悪感を隠さずに頑固として反対しているようだった。
すでに5分が経過しており、生徒達は口々にハリーが組み分け困難者だと言い始めた。
時間が刻一刻と過ぎ去る内に、組み分け帽子も根を上げたようで意を決したのか、口を大きく開きこう述べた。
『そうかならば君の意思を尊重しよう・・・グリフィンドール!!』
その言葉が発せられると共にものすごい拍手喝采がグリフィンドール寮のテーブルから湧き上がる。
反面、スリザリンのテーブルは白けた顔をグリフィンドール寮に向けていた。ダンブルドアから聞いた通りで、この二つの寮は昔から犬猿の不仲らしい。
だが周囲の事など知らない顔で、純粋なハリーはグリフィンドールのテーブルへと向かっていき笑顔で先程のハーマイオニーや赤毛の子に、上級生達に、同級生達に迎えられていた。
それからしばらく時が経ってから組分けが無事、全員分終わると中央の校長用の椅子に座っていたダンブルドアが笑顔で立ち上がり、ハリーを一瞬見た後嬉しそうな顔で話し始めた。
「よろしい、それでは諸君、寮も決まった事じゃし今年の連絡事項を伝えておこうかの。
まず、ミスター・フィルチ先生からじゃが、使用禁止の悪戯道具の項目が増えておるので、彼の事務室まで行く事じゃ。
・・・最も、確認したい人がおればの話じゃがのう?」
ダンブルドアはそう言うと、グリフィンドール寮のテーブルに視線を移して茶髪の双子兄弟と思われる二人組をチラチラと見つめる。
なるほど、今ニンマリと笑っている彼らは相当な悪戯好きのようで、校長直々に目をつけられる程厄介極まりないということか。
あの狸爺を出し抜くとは気に入った、私の授業に来た時にはグリフィンドールに5点差し上げよう。お小遣いだ。
「また、今年は先生が何人か変わられた。まず闇の魔術に対する防衛術の先生は新しく入ったクィレル先生と、助教授のフォートシュリット先生が受け持つことになった。皆拍手でお出迎えして差し上げなさい。」
紹介された私達二人は席を立ち上がり、片方はオドオドとしながら、片方は慎ましくお辞儀をしてから生徒達の拍手に包まれて座る。
ちなみに私の名前は姓の方は持ち合わせていないということになっている。何やら両親が不明だとか。つまり孤児設定だ。
いや実際には不明というか、父親しかいないんだが。
そしてその時、ハリーがこちらの方を驚いた表情で見つめていた。
よく耳を澄ましてやれば「あの時のお姉さん、先生だったんだ。」なんて隣の友達であろう赤毛の子・・・確かウィーズリー家の子か?に話していた。
「それと例年のことじゃが禁じられた森へは立ち入り禁止じゃ。
・・・そうそう、今年度中に命を落としたくないものは、3階右廊下の部屋には入らぬ事じゃの。以上じゃ。」
ダンブルドアは賢者の石に関する含みを
恐らく私の隣でダンブルドアを今なお観察しているクィレルを釣るための餌を撒いたのだろう。
現に今のダンブルドアの話を聞いてからずっと顰めっ面になり、何か考え事をし始めているようだから効果抜群なのは間違いない。
「腹も減っている事じゃし、皆食事にしようかの。」
最後にお腹を空かせたダンブルドアは自身も席につき、むしゃむしゃと味付けされた香ばしい肉汁ジューシーなチキンを手に取り、豪勢にかぶりつき始めた。
あーあー、そんな食べ方だと髭が汚れちゃうよ。
自慢の白髭に付いた汚れを拭き取っているダンブルドアに呆れた視線を送りつつ、私もスープなど軽い食事から適度に取って行く傍でハリーの事を見つめる。
ちなみに隣のスネイプ先生もハリーの事を見つめているが、私は彼のような睨みの効いた目できつく見つめてなどいないから、恐怖を与えない点では大丈夫だろう。
特筆すべき事は色々とあったが、私達は今年も無事彼ら新入生を迎えて一日を終えたのだった。
映画版も織り交ぜて描いて行きたいので、やはりあのダンブルドアの謎の『わっしょいわっしょいドハァァァ』ビームはなしです。新入生に何やってんだよ!
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予言の子
今は12月の真冬であり、城の外は銀色の雪景色に反射する光がギラギラと照り付け、凍えそうな寒さに包まれていた。
途中地下にトロールが入るだのハリー達がトロールを倒すだのと大きな騒ぎがあったのも束の間のことで、すぐにホグワーツには平和が舞い戻った。
もちろんハリーと愉快な仲間達はその後も暗躍を続けて、ついに夜中に歩き出した事をマルフォイ・・・純血の家系の坊ちゃんにチクられて150点を減点されたらしいが。
ホグワーツには寮ごとに善行・悪行に対する加点・減点システムが用意されており、学年末には寮杯の授与が行われどの寮が最も規律正しかったかを競い合う伝統が存在する。
件のマルフォイも50点を減点されていたようなので今回の事は痛み分けといったところか。
だがハリー達を見つめるグリフィンドール生の目が数段冷たくなった気がした・・・恐らくコツコツ貯めて来た150点をゴッソリ持っていかれて恨まれているのだろうな。
とまあ入学直後の数ヶ月は色々とあったが今はどこの寮も皆試験を終えてクリスマス休暇に入っているため、ほとんどの生徒は一度実家に帰った。
城の中からはいつもの喧騒が止み、城内に居残りの僅かな生徒達以外の話し声は聞こえなかった。
私もこの時期にもなれば、流石に教員の仕事をほとんど覚えきっており最初は色々と苦労した授業も楽なものとなっていった。
まあ雑用をクィレルに押し付けているのが仕事が楽になった原因かもしれないが。
丁度あの闇の魔術に対する防衛術の助教授として初授業をした時のことを不意に思い出してしまい、クスリと微笑んでしまう。
『そ、そそそそれでは、や、闇の魔術にた、たた対するぼ、防衛術のじゅ、授業をは、始めたいとお、思いま、ます。』
あまりにも辿々しい言葉遣いに呆れそうになるが、目の前のグリフィンドール生達はコイツの口調には慣れてしまいすっかり面白そうな目で見ている。
私はそんな彼らに浮遊魔法を利用してあらかじめ用意してあった羊皮紙を一枚パラパラと机に座る各生徒に渡していく。
『・・・それじゃ、始めるわよ。まず第一に、あなた達の闇の魔術に対する知識を知っておくわ。そこの羊皮紙に思いつく限りの闇の魔術と、それを使う上で何が重要か書いてみて頂戴。』
私はいきなりこの場を仕切り始め、彼らに5分程内容を筆記するよう指示した。
唐突な私の発言に皆一瞬「え?」と言った表情をしたが、私が険しい顔をすればすぐに机に向かって羽ペンを動かし始めた。
魔法界に入って間もないハリーには悪いが、これは現状の知識量を測るために必要な作業だ。黙って参加してもらうしかない。
どこを知っていてどこを知らないかを確かめなければ、勉強の始まりとして現状確認すらできない。学習計画の基本中の基本さ。
後ろでオドオドと『フォ、フォフォ、フォートシュリット助教授、あ、ああ、ありがとうござ、ございます。』などという奴にこの授業を任せておけば、期末試験がいつになるかなんて分かったもんじゃない。
授業の進行速度を加味して、この隣で立っている無能に代わり代行として全力で彼らに
軽く5分が経過した頃合いに私がトントンと石で出来た床を踏み音を立てれば、生徒達の書いた羊皮紙は再び浮遊魔法で私の手元にバサバサと飛んでくる。
彼らが回答した内容を拝見してみると、やはり一年生で知っている闇の魔術なんてたかが知れていた。
スリザリン生の場合は『悪霊の炎』『
どれも「わかりません」とか「
ただ唯一、ハーマイオニー・グレンジャーとネビル・ロングボトムだけが興味深い呪文を回答していた。
私は彼らの羊皮紙を手に取り、にこやかに回答者ら二人にこう聞いてみる。
『ほう、グレンジャー。君は
グレンジャーはこの歳で許されざる呪文を答えられるとは、なかなか勉学において優秀なようだ。
彼女は私に指名されたのが嬉しかったのか若干笑顔で、されどあまり気乗りしない様子で答えてくれた。
『・・・はい、先生。死の呪文は、相手を死に追いやる強力な闇の魔法で、禁じられた呪文の3つの内最たるものとして有名です・・・。』
『ご名答、グリフィンドールに5点。』
彼らは子供のようにはしゃいで「やった!」だとか「いいぞハーマイオニー!」だとか小声で叫んでグレンジャーを称賛していた。
恐らくこの授業ではじめての得点を得て喜んでいるのだろう。
この後に控える薬草学の地獄のような授業を知れば、彼らグリフィンドール生
は決してそんな顔を出来ないだろうにと哀れみながら、私は再度彼らに向かって呪文の説明を行う。
『死の呪文は相手を即死させる強力な呪文だ。・・・ノートに取らないのかい?』
グリフィンドール生達はその言葉を聞くと慌てたように一斉に羽ペンを動かし始め、自身の羊皮紙に書き連ねていった。
それを見た私は彼らの筆記時間を気にして少し拍子を置いてから言葉を続ける。
『その呪文を回避する術は無く、その呪文を使う時に最も重要な事は・・・グレンジャー、何が必要かわかるかな?』
必死になって手をブンブン挙げているグレンジャーを指名してやれば彼女は自信満々だが、やはり言うには忍びない感じでその答えを告げる。
『・・・憎しみです、先生。死の呪文を使うには相手を死なせてしまう程の、強い憎しみを必要とします。』
『その通りだグレンジャー。教科書をほぼ完璧に予習しているね?グリフィンドールに3点。』
彼らの・・・というよりグレンジャーの功績を讃えて加点していってやれば、彼らは再び子犬のように喜んでおり、可愛らしいものだと感じる。
『死の呪文において最も大切なのは相手を憎しむ気持ちだ。その思いが強ければ強いほど、時には建物そのものに死の呪文をかけれるほど範囲の拡大された強大な呪文になりうる・・・。』
この呪文はかつて私の叔父が敵対者によく使っていた呪文であり、なおかつ私にとっても古くから愛着ある呪文だった。
叔父とともにしてきた、時に残虐であり時に甘い蜜のような手段に後悔はない。既に私は理想以外のあらゆる善良なる良心を吐き捨てた。
魔法界を左右する道をいずれ別つと分かっているならば、そこに慈悲はなく、ただ互いの信条を貫き通す事が、私達魔法使いに出来る最後の高潔なる手段だ。
・・・だからだろうか、ダンブルドアにもこう言われてしまった。
『お主を闇の魔術に対する防衛術の助教授に抜擢したのは、ひとえにお主がその分野に関してはわしよりも詳しいじゃろうと思ったからじゃ。』
その推測は大当たりだ。私は今世紀、最も悪しき闇の魔法使いになる・・・それ故に闇の魔術に傾倒する異端の一人なのだ。
だが、反対にこうも思うと私は生徒達に向けて再び口を開く。
『・・・闇の魔術は一般的に最悪の呪いとして知られているわ・・・唱えてはならない禁じられた呪文としてね。
でも、考えて欲しい。
闇の魔術にも、使い方次第では友を、大切なものを助ける力になってくれる事がある。
・・・それが君の憎しみと怒りを犠牲にしてでも守りたいと願うものならば、これらの呪文にも使う価値はあると、私は断言しよう。』
目的を達するためならばいかなる手段をも躊躇ってはならないとキッパリ言い放った瞬間、何も知らないマグル生まれの生徒やハリーを除いて生徒達からはかなりの奇異の目で見られる。
(・・・闇の魔術の使用を薦める先生なんて珍しいでしょうし、仕方のないことよね。)
私は全くと言っていいほど闇に染まらない彼らの純情さを理解しながら、再びネビル・ロングボトムの書いた『磔の呪い』を議題に出していく。
その背後ではクィレルが私の背中をジッと見つめていることに気づかないまま・・・。
「・・・早いものだね。」
私は深く長い回想から戻って生徒達が食事片手に楽しく談笑し合う光景をいつもの大広間に重ね合わせながら、フライドエッグを適当にフォークでつついて食べる。
教員は基本的に城に残って多少の仕事をしなければならないが、生徒の大多数は家に帰って休暇を過ごす。
だから先ほど述べた通り城の中はガランとしており、私が今食事中の大広間の中なんて静けさが漂っている。
だが、全員が帰ったというわけでもなさそうだった。グリフィンドール寮のテーブルの方を見てみれば案の定、そこにはまだ人が疎らにいた。
その中には件のハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーもいて、彼らは魔法使いのチェスとやらをしているようだ。
よくよく会話を知覚魔法で強化された耳を使って聞いてみれば、何やら興味深い話題が上がっていた。
「ハリー、ニコラス・フラメルって誰のことなんだろうね。・・・それにこの前のあの番犬だって。ハリーも見ただろう?あの三つ頭があった化け物!」
「うん・・・でもハーマイオニーがクリスマス休暇で帰っちゃったから、僕らに出来る事なんて今は何もないよ。大人しく彼女が戻ってくる年明けを待ったほうがいいと思う。」
・・・罠にかかったね、ハリー。
私は彼らの会話を聞きながら悪戯心を抱くかのように思った。
「うん、そうだね。」と言ってチェスに戻る赤毛のロンというハリーの友人を見つめながら、何と簡単に引っかかった事だろうと笑ってしまいそうだった。
ニコラス・フラメル・・・賢者の石の生成に成功した錬金術師であり、ダンブルドアの古い友であった。
その名は錬金術界隈では知らない者がいないほど有名だったが、いかんせん錬金術などという分野は複製呪文が完成して以来あまり人気でなかった上に、当の本人が現在664歳という事でかなりの老齢だ。
更にはダンブルドアが彼の隠居生活に配慮して態々ニコラス・フラメルに関する報道を規制するなど、これでは名が埋もれてしまうのも無理はない。彼ら三人組が図書館で普段から必死になって探しても中々出てこないわけだ。
・・・とはいえ私は知っている、ダンブルドアが敢えて賢者の石に対して杜撰な警備をしている事を。
普通あの石を本気で守るならば3階右廊下の部屋に幾重にもして感知不可呪文、不可視・不可知化呪文に数々の死に追い込めるトラップをしかけるはずだ。
それこそ教員ですら二度と立ち入れないほどの邪悪な呪文による、非道なトラップの数々を・・・。
なのに、奴はそれをしない。まるで盗んでくださいとでもいわんばかりに、4つほどのトラップしか置かれていない。それも一年生が知恵を出し合って解けてしまいそうな。
その理由を私は知っている。と言うか本人から直接聞かされていたのだ。
『・・・実はのう、既に策を練っておるのじゃよ。』
『・・・もったいぶらないで早く言わないと焼き殺すわよ。』
何度目になるかわからない爺の焦らしプレイに耐えかねた私は表情筋をピクピクさせながら目の前の老ぼれから答えを待つ。
彼もそんな私をニコニコ顔で見つめながらさぞ楽しそうに話し始める。
『・・・前にも言ったが、例えわしとお主でトムを打ち倒したとしても、完全にはやり切れんじゃろう。トムは何らかの方法で肉体は滅んでも、魂だけはこの世に残り続ける事ができる。』
私はそのカラクリを知っている。
情報元は第一次魔法戦争時の我々の諜報員からの報告書であり、帝王の異様な容姿とその善性の著しい欠如から判断がつけられた。
奴は無意味に、傲慢に、同じ魔法族を殺しその魂を生贄に自分の魂を引き裂き、自らの分霊箱に収め隠すという史上最悪の魔法を使用している・・・それも単なる自分の下らない欲求を満たすために。
もちろん、私はその事をまだこの老人には伝えていない。
奴が分霊箱にした品々の内の最初の一品でもわかるなら話しても益になるだろうが、現状この爺に聞けることはなさそうだったからだ。
この爺にあいつの趣向がわかるとは到底思えないし、時が来ればアルバス自身がそのカラクリの正体に気づくはずだ。
・・・だが私は一瞬同じ魔法族が、何の崇高なる目的もなく殺害された事実を認識してギリリ、と歯軋りをしてしまう。
老人はそれを気付いてるのか気づいてないのかわからない素振りで続きを話す。
『・・・だからじゃ、尚のことハリーが必要なのじゃ。彼には帝王を打ち倒せるようになってもらわねばならん。』
『予言に固執する余り、他の手段を見失っちゃわないかしら・・・まるでかつての
私が皮肉を込めて言ってやるが、彼は本気で予言を最優先事項と考えており、首を横に振って再度言ってくる。
『・・・わしの事は何と言おうと構わん。じゃがハリーが帝王を倒す鍵になることには何の疑いようもないことじゃ。・・・お主は協力する、そう言ったであろう?』
『・・・えぇ、そうだったわね。しかし一つの事に夢中になるあまり、他の事を考慮し忘れてはならないと、そう忠告しているだけよ、アルバス。』
『もちろん、その忠告はありがたく受け取っておこうかの。』
『・・・わかったわ。それで?ハリーに帝王をけしかけてもらう上で、どうやって彼をそのレベルにまで叩き伸ばすつもりかしら。』
私がいかにも怪訝そうに問うと、老人は安堵したような顔で私の方を見て話し始める。
『前にも言ったのじゃが、最初にあの子に課すべき試練として賢者の石を用意させてもらった。現状弱りきったトムは必ずこの石を手に入れんとするはずじゃ・・・恐らく彼の元で働くクィレルは石を狙って今にも動いておる。その機会を利用するのじゃよ。』
・・・なるほど、理解した。
この男がどれほど
『・・・つまり貴方は我らが偉大なハリー君をデスイーター相手に対峙させるつもりね?』
『そうじゃ、そして試すのじゃ。彼の勇気と、知恵を・・・。』
常人からすれば気の動転した話だと考えられてもおかしくなどない。
私は呆れ顔でものも言えずに、盛大なため息を吐きながら彼から目線をそらして問題点を指摘しようとするが、それは彼に止められた。
『言いたいことはわかる。じゃが、ハリーには強くなってもらわねばならぬ・・・そうでなければならんのじゃ。』
強い瞳で、されど残酷で冷酷な目で私に語りかけてくる彼は一昔前の叔父に共通する部分があり、見つめているだけで感慨深く思ってしまう。
『・・・あんなまだ何も知らない赤子同然の少年を敵地に放り込んで、無理矢理にでも成長させるだなんて・・・随分と堕ちたものね、アルバス。』
『先ほども言ったが、わしをなんと思おうが、罵ろうが構わん。それでハリーを助けてもらえるならば本望じゃ・・・それに既に用意はしてある。教員達には幾多のトラップをしかけてもらい、最後の仕掛けも完了したのじゃ・・・ハリーにも
逆名、望みの鏡。
自分が最も心から欲する望みを写してくれるという、魔法界でもその一つしかない非常に希少な鏡だ。
恐らくだがハリーはクリスマスプレゼントとして父親の持っていた透明マントをこの狸爺から貰ったのだろう。
それを利用して夜中に城を出歩き、あの鏡の虜になってしまっていたということが推測できる。
最もアルバスの方から誘導するような形であったのは否めないが。
『・・・だからって、万が一私が面倒見きれずに死ぬ可能性もあるのよ?絶対にあの帝王とやらから全ての障害を防ぐことはできないかもしれない・・・それでは元も子もないじゃない。』
『じゃから尚のことお主には全力でハリーを守ってもらわねばならん・・・ハリーが死に近づいた時、彼を守ってやるのがお主の果たすべき役目じゃ。』
『・・・。』
私はとことんこの爺に利用されるらしい。目の前の老人は『どうじゃ?受けてくれるかの?』と笑顔を装いながら返答を待っている。
・・・正直、乗り気にはならない。
予言に固執するアルバスに、今のままでは大して力もないハリー・・・。
そのハリーですら、これから先恐らく全ての場面において闇の帝王との死地に向かわされ、その度に学び、成長を強要される。
なんとも、なんとも葛藤に満ちた非道なる手助けだが・・・。
『・・・約束は違えないわ。
この理不尽な世界を変えるため・・・魔法界に
『・・・助かる、フォートシュリットよ。』
あの時の老人の顔を思い出しながら、私は目の前でチェスをして喋っている当の二人組を見つめる。
「・・・あとでヒントでも渡すか。」
珍しく彼らを本気で手助けする気が起きたのは、私の中の心境の変化なのかも知れない・・・死にゆく彼らを全力で守ろうと思う、私に残った僅かな良心のせいなのかもしれない。
その前にひとまずこのクリスマス休暇中の仕事を早く終わらせてパリの自宅に戻ることにするか、と我が家を待ち遠しく思いながら私はその夜を終えた。
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誰がためか
あの後、粗方仕事を終わらせて教員の冬季休暇に入った私は真冬の雪に包まれたパリの実家に帰った。
もちろん、その前にハリーにはフクロウ便にて匿名でメモを送っておいた。
『図書館、閲覧禁止区域右奥三番目の棚の中段にある本を探せばいい。』
この手紙を朝食時の大広間で受け取って目を丸くして読んでいた彼を見た時は微笑ましい光景に見えた。
なにせ彼はクィディッチのシーカーに選ばれたためにマクゴナガル先生からニンバス2000という競技用のお高い箒をフクロウ便で授かっていたばかりなのだから。
もちろん、そちらも匿名のためハリーはニンバス2000を送ってきた人物と今回のメモの送り人を同一人物と勘違いしている可能性だってある。
やめてくれ、私はそんな気の利いた奴じゃない上にあんな高い箒を買えるほど今私の手持ちは英国に置いていない。
色々と思考に一悶着ありつつも、私はどうにかあの狸爺・・・ダンブルドアに実家に帰る許可を得た。
冬季休暇を名目に実家に帰る許可をもらうのは結構苦労したものだった。
『例え世界一安全なホグワーツに居ようとも、ハリーの面倒は見てやるべきだと思うのじゃがのう?』
などと
どうにか私を引きとどめ欧州での活動を妨害したかった・・・もあるだろうが、主にはハリーの養育担当としての役割も果たせということなのだろう。
しかし、わたしにはハリーの養育とは別に大いなる使命を課されている事も理解して貰わなくてはならない。
私達は将来、再びあの伝説とも称されるであろう二度目の『決闘』を交えなくてはならないのだ。
それをあのアルバスも理解してるはず・・・いずれ道を、傲慢なマグル達に対する手段を違える時が来ると。あの男と私
時が来れば違える事になるその時まで、私達は互いの活動に対して闇の帝王を口実に干渉すること自体は両者共にこれまで控え続けている。
それはひとえに、闇の帝王を共通の敵としてみなす故の事だろう。互いの足を引っ張り合い、自滅するような事態は避けねばならないからだ。
それに私の組織が勢力を伸ばし、羽を伸ばして欧州に進出していく事は帝王への牽制にもなる・・・もちろん、アルバスに向けての牽制にすらなり得るが。
とは言えアルバスが私の行く手を阻む事は
それは互いに望まぬ結果であり、帝王の利益にしかならないという趣旨をアルバスに長い時間をかけて説得・承知させてから、今は目の前のフランス・パリ市街地内にある洋服屋と人形屋さんに挟まれた我が家の入り口前・玄関に来たのだ。
記憶の中の叔父も言うように、もはやアルバスはかつて共に目指したはずの志を捨てており、マグルに例え窮屈で屈辱的な思いを強いられていたとしても何もせず、耐えるべきと考えている。
つまりあの男は、何もしないことで今の『仮の平和』を得ようと思っているのだ。
何もできない者に、未来を恐怖するあの男には、もう魔法界を変えるような大業は何一つ成せないだろう。
そんな彼の事を考えると、かつて共通の理想と目的を共にして追い求めてきたアルバスの面影が懐かしく感じられた。
・・・さて、海を跨いでの姿現しはできないので、魔法省に登録されていない違法ポートキーを危うくあの爺に潰されかけたロンドン支部経由で取り寄せてから、華やかなパリの街からは隠れた薄暗い路地裏に移動した。
その際ノーマジのホームレスという名をつけられている浮浪者に姿を見られたため、適当にオブリビエイトして寝かしつけておいた。私の存在がこの浮浪者経由でフランス魔法省にバレるのは避けたいからだ。
やはりマグル避けの呪文をこの裏路地にもかけておくべきだなと反省したところで、灰色の壁を通り抜けて私は城のような我が家へと足を進めていく。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
いつも通り城の正面玄関手前まで来たところで、屋敷しもべ妖精のベルムが丁寧に戸を指を鳴らして大きな扉を開けながら私の荷物を浮遊呪文で預かってくれる。
「ありがとうベルム・・・それと客人が来ているようね?」
私が執務室の方から数人の魔力探知魔法に引っかかった感覚を受け取った後、ベルムに聞くと彼は頭を下げて答えてくれる。
「はい、お嬢様の部下の皆様方が、お帰りになられたお嬢様に近況の報告をしたいと存じ上げております。お荷物は後で寝室の方に送って置きますので、どうぞお先に行かれるが宜しいかと。」
彼は丁寧に告げると、報告を聞く私のためにいつもの洋菓子と紅茶を取りに行ったのか調理室に姿現しをして行った。
私もそれを見た後すぐに今度は愛用する灰色の杖を取り出してから執務室の飾りっけの無い質素な机前に姿現しをする。
姿現しによる独特な気味の悪い感覚を慣れたものと耐えながら、周囲の景色が一変していつもの執務室の光景になると、即座に周りから声をかけられる。
「ご帰国なさいましたか、グリンデルバルド嬢。」
「あらフォックス 居たのね。パリとベルリンを任せっきりだったから、てっきり多忙で姿を出さないかと思ったけれど・・・調子はどうかしら?何か変わった事はなかったか。」
机のすぐ目の前にいる顔に傷を負ったフォックス・・・私が居なかった間は彼の元々の配属先であるベルリンに加えここ、フランスパリ本部の指揮も執ってくれていた、私の信頼できる部下の内の一人だ。
「ドイツ魔法省にはなんら動きはありません。引き続き我々への協力姿勢を見せています。
・・・ですが、国際的には動きが。」
彼は私の方をじっと見ながら表情を険しくし、目を鋭くして答える。
他の周りにいる支部配属の幹部達も、まるで苦虫を噛み潰したような顔をしながらその動きとやらを説明してくれた。
「こ、国際魔法使い連盟が我々の活動を約70年ぶりに、再度公式に禁止しました。グリンデルバルドの信奉者は、一切の魔法裁判なしに即座に投獄されるとのことです・・・。」
・・・おっと、危うく羽ペンを握りつぶしてしまうところだった。
まさかこのタイミングで・・・なるほど、
アルバスは可能な範囲で先手を打ち、私との盟約を危険に晒してでも優位な状況を先んじて作っておこうと早まったわけだ。
それならば話は早い。向こうが帝王に対する共同戦線を脅かすなら、こちらにだって態度というものがある。
私は感情を自らの身体から引き抜き、まず冷静に各支部の管轄下にある魔法省の反応を確認する。
「・・・マドリード支部はどうなのかしら、スペイン魔法省の反応は好意的なの?引き込めそう?」
「は、はい。スペイン魔法省の反応は、公式には本当に我々が復活したのか疑問視しており、冷ややかなモノでありました。しかしこの数ヶ月の間、長い交渉と説得の末に、魔法省の高級官僚らの高い地位の保証や保身を条件に何とか魔法大臣側近ら数名が我々に協力するそうです。」
シルクハットを被ったマドリード支部がいきなり指名された影響か、少々慌てながらも確実に根を広げている事を報告してくれた。
「なるほど・・・あの狸爺、本気だな。」
国際魔法使い連盟、通称International Confederation of Wizardsは17世紀末に忌々しい国際魔法機密保持法を制定するために世界中から集められた魔法使い達で構成される、我々魔法族にとって負の遺産のような組織だ。
そしてその加盟国は文字通りほとんど全世界に渡る・・・。
今この連盟の指導者は・・・イギリス魔法省代表かつ、上級大魔法使いであるあのアルバス・ダンブルドアであった。
おおよそ、奴が連盟に圧力をかけて働きかけたのだろう。
例の如く最も反グリンデルバルドの姿勢を見せるフランス魔法省は嬉々としてこの法律を即時採用し受け入れたと、手元の報告書を見れば分かった。
「・・・ならば今後はドイツ魔法省とスペイン魔法省以外の各国での活動は控えるしかない、か。私も支持者達を無駄に投獄させたり、彼らの中で犠牲者を増やしたりなどしたくはない。」
「・・・その方針が妥当と思われます。」
フォックスが熟慮した上で出した私の結論に対して静かに賛同してくれる。
・・・あの時と同じだ。
かつての叔父が現れた時と全く同じ光景が目の前にあるように思えて、記憶が不意にフラッシュバックを起こし、私は長めの銀髪を振り解き頭を抑える。
その時丁度用意ができたのか、それとも間に入ってくるタイミングを図っていたのか、若干遅れて屋敷しもべのベルムが紅茶と洋菓子を姿現ししながら私のテーブルまで持ってきてくれた。
「どうぞお待たせしました、お嬢様。」
「・・・ありがとう。」
私はかつての記憶が脳裏に蘇る前に、ベルムが差し出してくれた紅茶のカップに手をつけながら次の手を即決で打つことにした。
「・・・いいかしら。各国の組織支部は必要最低限の人員を残し、ベルリン支部及びマドリード支部に組織の拠点を移動させなさない。
今後はこの二カ所を中枢として活動していくわ。」
「「「「承知しました、
グリンデルバルド嬢。」」」」
この二カ国程度しか、私達は今のところ活動拠点にできない。
他国では、特にここフランスでベルリンのような活動を続けようものならば集会は全面禁止の上即闇払い達に監獄送りにされる。それほどまでに過去の叔父が切り刻んだ歴史は、彼らの記憶に残っているという事だろう。
ならば、他国で活動をより密に、集中させる他ない。一国集中型を狙い、国家単位で魔法省を素早く手の内に収めるのだ。
「それと移動してきた同志達には、暖かい住居や拠点を用意してあげるのよ。また、語学を学ばせる事も必要に応じて行いなさい。
・・・いいかしら、私達は
全ての魔法族は互いに言葉を交わし、互いを理解し、そして共通の理想を追い求めるべき存在。決して国境などというマグル共の負の産物に分断されてはならない。それをしかと心得ておく事よ・・・いいわね?」
「承知した。」
フォックス以下全員の支部幹部達は即座に私の言葉に対して応え、そして深く共感を覚えていたようだった。
今回ばかりは戦力不足が否めなかった。まだアルバス率いる全世界の魔法省を相手に全面戦争を起こせないどころか、そのような事は自殺行為に等しいくらい、我々は数では圧倒的に負けている。
だから今はひたすら耐え、我々の理想を磨き、力を蓄える時なのだ。
「・・・それにしても、まだ表舞台にすら立っていないというのにこの有様とは、一体どう言う事でしょうか。」
イタリア支部の若い眼鏡をかけた幹部が馬鹿げた質問を口にするが、即座にフォックスが呆れたような口調で答えてくれる。
「馬鹿者、国際魔法使い連盟の今の指導者が誰か忘れたのか。」
それを聞いたイタリア支部幹部局長はハッとした顔で「申し訳ありません、考えが至らぬ故・・・。」と心から謝罪してきた。その手は震えており、私に恐怖していることがありありと分かる。
私はそんな小刻みに震える彼の手を見て、優しげな表情を持ってして彼に近づき、手をスッと握ると、彼の震えは強制的に止められた。
「怖がる必要はない・・・私でさえあのダンブルドアの動きを読めなかったのだ、誰にでも失敗はある。
むしろ君は私に良く尽くしてくれていると、理解している・・・恐怖からではなく、純粋な瞳と、理性と、理想を持って私に付き従ってくれていると、私は気づいているのだ。
・・・お前を震え上がらせてしまうなんて、上に立つ者として全く情けないものだな、私は。」
自嘲するように、されど彼を慈しむように手を優しく握ってやりながらい言えば、イタリア支部局長・・・マルコは私の目を見つめた後、目尻に涙を浮かべてこう述べた。
「ッ、そんな事はありません!今やあなただけが、あなただけが私の、我々の
それを聞き届けた私は彼に微笑を返した後に彼の手からそっと離れ、再度執務机に戻ってからフォックスに向き直り、聞くことがあると言い彼に質問する。
「ところでフォックス、カルカ・・・例の件は終わらせたか?」
ふとこの前に頼んだ仕事の件を聞いてみれば、彼ら二人のうちベルリン支部は非常に歪んだ、しかし気分の良さそうな表情で答えてくれた。
「えぇ、もちろんでございますグリンデルバルド嬢。あれらの愚かなマグル共は指示通り、磔の呪文の後全員悪霊の炎によって焼き殺しましたとも・・・。」
マドリード支部の・・・暗号名はカルカだが、彼は恐ろしいものでも見たかのように怯えた表情だった。
彼は元々残虐な行為を好まず、手段に甘さがあるのが玉にキズなのだ。けれど、私達の掲げる理想を共に成し遂げようとする勇気は十二分に持ち合わせており、共に世界を変えるまで私と歩んでくれる事は自明だ。
私はカルカに安心しろ、という視線を向けてから、フォックスの報告を聞いて気分が高揚したのか不敵な笑みを浮かべる。
私は英国渡航の前に、ある件について彼ら二名に事前に頼んでおいた。
それは愚かなマグル界において、二度目の世界大戦という大罪を引き起こしたマグル達の処遇であった。
かの世界大戦は再び国境線を巡る無意味な、無価値な、動物の縄張り争いと同じ
ソビエト=ロシア魔法省(旧ロシア帝国魔法議会)はマグルの連中と結託したドイツ魔法省から宣戦布告を言い渡された。
その結果、我が叔父 ゲラート・グリンデルバンドの軍からこの事件に反発した者達が叔父を見限り、国家側の無意味な戦争へと戻るため祖国へと離反してしまう事態にまで繋がった。それが叔父の敗因の一つでもあるのだが・・・。
それほどまでに我々の魔法界を分断し、戦争へと焚きつけた愚かなマグル共張本人達を追うべく、我々はずっと血眼になって探して来た。
そして遂に、その実が結ばれることとなった。証拠隠滅のため焼却処分された書類を復元し、その記録を元に後を辿ってみれば、どうやら彼らマグルの戦争指導者達はこぞって南米に逃げ延びていたと言う。
彼らは大戦中マグルにのみならず、高潔な魔法族の人間に対しても度重なる非道な人体実験を繰り返し、我々
我々は南米の魔法使い達も管轄下に未だに入れているスペイン魔法省を伝って彼らの所在を割り出し、こうして拷問の後にかつてマグルから受けた魔法使い達への火刑を逆さまに返してやったというわけだ。
その証拠にポトン、とマドリード支部のカルカが私の机の上に恐る恐る
そこには【
「・・・よかったわ。これで少しは胸が晴れたというものね。」
「全くです。ノーマジの諍いのせいで魔法族が二つに分裂するなど、あってはなりません。」
その他の支部の幹部局長も同意と称賛の言葉を溢れんばかりに、拍手と共に送ってきてくれた。
その後はある程度互いの支部同士で情報交換や人員の派遣などをさせた後、私は組織の統括者・指導者として全ての支部に共通する目標を指示する。
「・・・それでは今後の方針を決定するわ。」
私が話始めれば、それぞれ語り合っていた幹部達の会話は静まり返り、私の方に一斉に向き直る。
「第一に、各国支部はスペイン魔法省、並びにドイツ魔法省に人員を秘密裏に流入させ活動を維持させる。移動して来た同志達には手厚くもてなすように・・・。
第二に、上記の二ヶ国の魔法省内に所属する国際魔法使い連盟の連盟員を
最後になるけれど、第三に・・・。」
私はそこで息を深く吸い、己の中で考え抜いた結果出した重要な決定を、凛とした声で皆に言い放つ。
「
私がこの言葉を発した後若干の間、明らかな動揺が室内に電撃的に走る。
そしていい意味でも悪い意味でも熱き革命家として精を出すイタリア支部幹部局長のマルコが焦った口調で質問攻めをしてくる。
「な、なぜ今なのです!?グリンデルバルド嬢は今あのホグワーツの教員としての役割をお持ちなのでは・・・!」
それに対して私はいい質問だと言わんばかりに彼に拍手を数拍送った後、薄くて小さな胸を張りその質問に丁寧に答えていく。
「その通りだ、マルコ局長。今の私はホグワーツの教員だ。」
「で、ではなぜ?」
私は一寸余韻を持たせてからフォックス以外の困惑の表情を浮かべる幹部達に透き通る声で説明する。
「第一にあのアルバス・ダンブルドアが我々の存在を公に認知し、先手を打ってきたのだ。このまま何もせず今までのままで活動を続ければ、いずれ奴の持つ膨大な権力に捻り潰されるだろう・・・動かないわけにはいかないんだ、マルコ局長。
第二に人々は私たちの存在を忘れ去っているからだ・・・再び我々の存在を示し、魔法界に一つの希望が、理想が、知性がある事を示さねばならない。
・・・それに際し、私は集会を行う。」
私の行った丁寧な説明に納得と驚きの両方を織り交ぜた声をあげる各支部局幹部達だが、唯一ベルリン支部フォックスだけは驚いた様子もなく、私に質問を投げかけてくる。
「・・・それでは、その折には認識阻害の呪文をかけれるよう部下の中から優秀な魔法使いを選抜しておきましょうか?」
「いや、その必要はない フォックスよ。お前の気遣いにはいつも感謝しているが、その程度の事は自分でできる。」
それを聞いた他の幹部達は更に「なるほど・・・。」と納得の唸り声をあげてくれている辺り、粗方は理解したようだ。
表に出るとは言っても、顔や素性がバレて仕舞えば私のホグワーツでの仕事に支障をきたすだろう。
ゆえに不可知・認識阻害・魔力探知妨害など多数の呪文を幾重にも重ね、そして最後に閉心術を施工する必要がある。
その状態ならばあのアルバスでさえ、たとえ現場にいても私だとはわからないだろう・・・少なくともそう思えるだけの腕はここにある。
ちなみにアルバスが私の正体をまだ世間に明かさないのは、ヴォルデモート卿に加え
ただでさえ闇の帝王の恐ろしさはヨーロッパにも轟く程なのに、そこに半世紀前のもう一人の
だが綺麗事を並べる一方であの狡猾なアルバスの事だ。
いずれ私の正体を闇の帝王を滅ぼした後か、滅ぼす直前になり公表するつもりなのは目に見えてわかる。
それでも今は帝王に対して全力をもって共に戦うという利害関係が我々の正面切っての対決を避けさせているという、何とも皮肉な話になった。
だが逆に言えばこれはダンブルドアに対する好機なのだ。各国は闇の帝王が力を増せば増すほど我々に疎くなり、秘密裏に勢力の拡大を狙える。
勢力を拡大し、基盤を十二分に固めたその時にこそ、私は今一度魔法史上という表舞台に出ねばならない。
僅かな希望を求める魔法使い達に示さねばならない。
我々とその気高き理想は、まだ朽ち果ててはいないことを・・・。
「・・・来年の夏の休暇中に再度私は戻ってくるが、その際にベルリンで演説を行う。
では同志達よ、ゆめゆめ忘れるな・・・我々は再度魔法界に衝撃と恐怖、そして希望と栄誉ある理想を与えるのだ。」
『
私の言葉と共に今期の報告会はこの場で終了し、幹部達はそれぞれ我々の標語を復唱してこの場を各自持参していたポートキーで立ち去っていった。
私の集会のためにベルリン支部担当のフォックスには負担をかけるが、是非成功させるためにも彼にはよく働いて貰わねばならない。
そして私自身も、この誤った我々の姿を正さねばならない・・・。
『・・・クリーデンス・・・。』
ふと、私の脳裏に記憶が蘇ってきてしまう・・・。
ここは・・・地下鉄か?
線路が脇に引かれた、されど所々壊された跡がある・・・。
『・・・彼は
女の魔法使いだろうか?この辺りの記憶は曖昧で、私も継承したとは言え完全に思い出せる事はできなかったが、この女の言った『
『その法律のせいで、我々はドブネズミのようにコソコソと隠れて生きねばならない。
正体を知られないようにと、常にびくびくと怯えていなければならないのだ。』
それは誰よりも力強く、私を魅了する・・・紛れもない叔父上自身の言葉だった。
そうだ・・・私達は決して大手を振って日の元で、街で、公に暮らすことなど許されない。
太陽を好きな時に浴びて、街中を
月を見て宇宙のことを科学者達と語り合う事さえも、マグル相手に真実を話す事さえも禁じられている。
私達は必死に自分を偽り、
魔法族は常に自由を踏み躙られ、自分達より劣った存在に屈辱を舐めさせられて来た。
・・・この苦痛をどれ程の魔法使い達が与えられてきた事であろうか。
住処を奪われ、狭い場所を必死に広くしようと拡大魔法を発明し、まるでドブネズミのようにコソコソと隠れる有様は、
あまりにも滑稽だった。
あまりにも寂しかった。
あまりにも無情であった。
彼らマグルは我々魔法族を人として看做していない。
我々は彼らにとって、
「・・・誰を守るための法、か・・・。」
『我々か?・・・
私はその言葉を必死に脳裏に焼き付け、そして目の前の執務室の窓から見える庭園・・・城の中心部にあるその場所に聳え立つ一つの大きな塔。
そこに深く刻み込まれていた大いなる紋章を目にする。
ファンタビのオープニング凄いっす(語彙力)
叔父上の青い炎で闇払いが薙ぎ倒されるの痺れルゥ!
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進展
クリスマス休暇はあっという間に過ぎ去り、もうじき春に入りかけそうな頃・・・。
どうやら私が送ったメモに書かれた場所をハリー一行は真夜中に探り当てたようだった。
そしてそこに置かれていた禁書『20世紀の偉大な魔法使い達』の中に載っていたニコラス・フラメルの章を読んで、彼についてようやく理解したのだ。
ちなみにこの本が禁書指定を食らったのは、ひとえに錬金術師であるニコラス・フラメル及びその賢者の石に関する詳細な記述が含まれていたのと、闇の帝王とそのむごい歴史を綴っていたからだ。
石によって死を逃れられる選択肢を生徒に安易に見せない、或いは闇の帝王の使用した闇の魔法の数々や残虐な歴史を目の当たりにさせないためにもこの本は禁書指定される必要があったのだ。
だがそんな本もハリーを強化するためにあっさりダンブルドアからプレゼントされた、死の秘宝のひとつである透明マントで見張りのフィルチとその猫を掻い潜ってハリー達は賢者の石の事をばっちり把握した。
ちなみにニコラス・フラメルについてはハグリッドがウッカリ口に出してしまった事が原因で調べる事になったらしい。
やはりダンブルドアがあの天然な性格のハグリッドにこの事を吹き込んだのは、彼ら三人組に見つけさせるためだったのだろう。
全く狡猾で抜け目のない男だ・・・とはいえ、これでようやく舞台の幕開けの準備が整ったといえよう。
今学期末の試験が多少彼らにとって難しかったのと、出された課題の処理で多忙だったのを除けば、時間は十分にあったはずだ。
その証拠にクィディッチの試合の件ではハリーの箒に呪文がかけられるという事態が発覚した。
私は直に見ていたわけではないが、恐らくこれはクィレルの仕業だと推測できる。
おおよそハリーを箒から振り落とし即死させるまではしないでも、彼が抵抗できなくなるまで怪我を負わせて
あの男も遂に帝王から叱責されたのか、行動を起こし始めたという事だ。
更にハロウィンの時にトロールが城内に侵入したことをヤツが真っ先に報告したことを加味すれば、クィレルの立ち位置は今ホグワーツの中では非常に怪しい。
彼らグリフィンドールの三人組がその事実にたどり着いてくれている事を願いながらも、私は目の前の生徒達の提出してきた課題に目を通していく。
闇の魔術に対する防衛術の教室には今クィレルは生憎居なかったが、恐らくヤツを疑うスネイプにでも捕まって尋問されているのだろう。
スネイプは普段傲慢な態度で物言いも厳しいが、賢者の石を守るために実は色々と暗躍してくれていたりする。
もちろん大のグリフィンドール嫌いでスリザリンを贔屓しまくるという欠点はあるが、それでもクィディッチの試合の時はハリーの箒に対して反対呪文を唱えて危害が及ぶのを防いでくれていたと後にダンブルドアが話してくれた。
彼がやらなければ観戦中のダンブルドアが代わりに反対呪文をかけていたと本人も述べていた事から、やはり私は別に見に行かなくてもよかった。
だがそれにも関わらず事後にあの狸爺から小言を受けてしまったのも事実だった。
『お主も次からはクィディッチを観戦しに来るのじゃ。スネイプ先生がおらんかったら、ハリーがほんの少しだけ危うかったしのう。』
どうせあんたが止めに入るだけだろなんて正面切って言うつもりもなく、適当にあしらい返事を返して会話を終わらせたが。
確かに単なる子供の遊戯と断じて油断して見に行かなかったのはハリーの警護上宜しくないのは否めなかった点を見れば、今回の非は私の側にもある。
ダンブルドアがクイディッチを欠席するなんて万に一つもないからこそ奴に任せれば良いと思っていたが、思い返せばやはり私も見ていた方が良かっただろうと少し反省した。
私は数日前の苦いやり取りを思い出しながら、手を止めずに課題の評価点を付けていく内に、ドタドタとこちらに走ってくる足音が三つも聞こえた。
向かって来ている人物達におよその当たりをつけながら顔を上げてみれば、予想通りそこには件のハリー達三人組が息も絶え絶えになりながらも、教職員の執務室内に走り込んできていた。
「・・・どうしたんだい?そんなに焦って。」
執務室にノックもなしに入り込むなど少し礼節が欠けると感じた故に冷たい顔を三人組に向けた。
私に余計な仕事を増やすなと暗に視線を送ってみるが、彼らはそんな事気にも留めず私に早口でこう言い放った。
「先生!大変なんです、賢者の石が・・・石が盗まれそうになっているんです!」
「マクゴナガル先生にその事を言っても取り合ってもらえなくて、それで私達先生にならと思って、それで!」
ハリーの後にキーキー音が響き渡り、思わず耳を塞ぎそうになる。
グレンジャーだったか?彼女が訴えてくるのを鼓膜がイカれそうになりながら手で制して溜息をつきながら彼らの訴えに答える。
「・・・石は万全に守られているわ。何一つ、欠片の綻びもなしにね。」
お決まりの台詞を言うしかなかった。
ダンブルドアからは以下のように忠告を受けていた。
彼ら自身に石を見つけさせ、
故に石の守りが盤石であると大ホラ吹きをして、彼らを賢者の石へと誘導せよと。
私達教師陣が完全に油断して頼りにならないと思い込ませる事が狙いなのだ。
まぁだからこそ彼らはこんなにも必死に訴えてきてくれているのだろうが、私達はそれを手助けする事はできない・・・彼らの命に関わる事以外は。
目の前にいる三人組はそのような事情を欠片も知らないがために、必死に石に危険が迫っていると訴え続けており、次には大きな爆弾発言をしてしまう。
「フォートシュリット先生!マクゴナガル先生も同じ事を言いました。けど本当に危ないんです!スネイプが賢者の石を・・・!」
だから、私には何も手出しは・・・・・・何?
私は今ハリーの口から出た一つの単語に頭が、思考が固まった。
「・・・何て・・・」
「石が盗まれる前にどうにかしないと・・・先生・・・?」
私はハリーの話など耳に届かず、ただ唖然としながらもう一度開きかけた口を開く。
「・・・今、なんて言ったのかしら。」
それを聞いたハリー達は何か不味いことでも話したのかと三人で顔を合わせた後、恐る恐ると言った形で先程の話を繰り返し伝えようとした。
「で、ですから先生!スネイプ先生が賢者の石を狙おうとしてるんです!その証拠に右足を噛まれて怪我をしていました・・・あれは三階の右廊下にいる
私はそこでハリーの言葉を手で制して、努めて冷静に当たり前のことを彼らに説明する。
「いいかしら?スネイプ先生は曲がりなりにもホグワーツの先生なのよ?・・・確かに、スリザリン贔屓が過ぎる所だってあるけれど・・・。
そんな石を守っている先生が盗むわけないじゃない。それくらいわかるでしょ?」
「「「・・・。」」」
私は彼らの予想していたはずの犯人がクィレルからスネイプ先生になっていた事に驚いてしまい、開いた口が閉じない。
確かにあの男は元
そのためにヤツは曲がりなりにも十年以上薬草学の教授をやってのけているのだ。
私は心底馬鹿げた彼らの推理に呆れながらも、このままでは誤った答えのまま石に突き進んでしまうと思い、再度彼らには正しい推論と取るべき行動を示唆してやる。
「・・・確かに怪しいと思うこと自体は無理もないわ。
けれど、もしスネイプ先生以外の他の誰かが石を狙っていてそれを阻止しようとしてスネイプ先生が動いていたのだとしたら・・・貴方達はとんだ勘違いをしていると言うことになるわよ?」
それを聞いて「うっ・・・。」とロン・ウィーズリーが呻き声を漏らしてしまうが、それでもハリー達は他に怪しい人物が思い当たらないようでこう言ってきた。
「・・・ならスネイプ先生以外に誰が・・・。」
「消去法で行くわよ。まずマクゴナガル先生に森番のハグリッド、ダンブルドアはもちろんフリットウィック先生・・・以上に述べた先生達は20年を越すベテラン教授よ。長年ホグワーツに勤務している時点で、闇の魔法使いではないと断言できるわ。」
「じゃぁ・・・今年新しく入ってきた先生の中にいるって事ですか・・・?」
「その可能性は十二分にあるわね。加えてスネイプ先生ももう10年くらいはホグワーツに勤務しているわ。だから残るは・・・。」
そこで私が口を止めてハリー達の方をジッ、と見つめると彼らも察したのか、驚愕の表情を貼り付けながら私の方におずおずと向き直る。
「く、クィレル先生と・・・フォートシュリット助教授・・・!」
絞り出した答えは私と私の同僚の名前であった。
「・・・言っとくけど私である確率は1%未満よ。私はダンブルドア直々に推薦されてここに来たんだから。・・・怪しいのはどちらかと言うと。」
「・・・そんな、クィレル先生が・・・まさか・・・。」
あまり信じられない様子といった感じで彼らは顔を互いに見合わせているが、可能性としてみればヤツは実際かなり怪しいだろう。
「思い返してほしい、ハロウィンの時に侵入してきたトロールを最初に発見したのは誰だった?」
「そ、それは・・・。」
「それにスネイプ先生が足を怪我したとして、それはいつの事だった?」
「えっと・・・確かトロールがハーマイオニーを襲った・・・そうか!あの隙に賢者の石が盗まれる可能性があったからスネイプ先生は三階の右廊下奥の部屋に行ったんだ・・・。」
「推測が正しければそうなるわね。・・・そして最近スネイプが向けるクィレルへの視線は妙に鋭くなりつつある。」
そこまで言い切った時、彼らも半分納得半分疑っているくらいにまでは目が節穴でなくなったらしい。
だが、ハリーはいまだに信じられないといった表情でなおも私に詰め寄ってくる。
「で、でも!スネイプが犯人の可能性だってまだ」
「そこまで知りたいんなら、今夜貴方達で石を守りに行けばいいじゃない・・・。
今夜は期末試験が終わって生徒達も疲れ切って早めに寝ている上に、先生達も仕事が増えて忙しい・・・機会としては絶好だと思うわよ?」
彼ら三人組に石を守らせるよう教唆すれば、ハリー達はその目を丸々とした後に輝かせて再度、私の言ったことを確認してくる。
「い、いいんですか!?真夜中に城内を出歩いても、本当に・・・。」
「・・・私は何もみなかった事にするわ・・・少なくとも私はね。けれど、寄り道はしない事。それから行きだけはグリフィンドール寮の手前で待っているから、見送りしてあげるわ。
本当に何かあれば私が駆けつけるから、すぐに戻ってらっしゃい。約束は11時くらいでいいわよね?」
私が深くため息をつきながら許可の旨を言い渡せば、ようやく頼れる先生を見つけれたんだとばかりに彼らは喜んで「ありがとうございます、フォートシュリット先生!」と礼をいってきた。
だがその中でもグレンジャーはまだ11歳だというのに、普段の授業態度から見て取れるように意外と頭がキレるらしく、疑問符を浮かべた顔でこう聞いてきた。
「その・・・なぜ先生は一緒についてきてくれないのですか?」
ゲッ、それを聞くか・・・という声を出しそうになりつつも、私は平然を装って彼らについて行けない言い訳を申し立てる。
「・・・貴方達はどうやら
それに貴方達の悪巧みに協力してるってバレれば教師失格だし、貴方達のせいで懲戒免職を喰らうなんて私はごめんよ。」
なんともギリギリな回答だったが、ハーマイオニーは「確かにそうね・・・。」と小声で言った後、すんなりと納得してくれたようだった。
この子は成績優秀で学年末の試験でも高成績を叩き出した事で先生の間では非常に有名だ。
なぜレイブンクローに入らなかったのだと組み分け帽子に問いただしたかったくらいだが、今はそんな事言っている場合じゃない。
また何か悪ガキ三人組に余計なことを頼まれないうちに、彼らにはこの多忙な執務室からは退散してもらう事にする。
「それじゃ、何かあれば必ず助けに行くから、今夜ちゃんと準備しておくのよ・・・この
フフッ、と不敵な笑みを浮かべながら手のひらをくるりと返す合図をして退出を促した。
まあ、この程度の助太刀なら彼らの課題解決に影響はしないだろうし、ダンブルドアも許してくれる事だろう。
仮に本当に命に危険が迫れば、この城の妨害呪文を全て掻い潜ってでも姿現しをした後に死の呪文を即座に
そうして彼ら三人組も私が味方についてくれるということもあってか安心した表情でこの教室を素早く後にして行った。
「はぁー・・・ダンブルドア、しくじったわね。」
いくら何でもスネイプを疑わせ、私に協力するよう求めるなんてあまりにも滑稽な話だった。せめてマクゴナガル先生にでも頼まれてほしいものだ。
彼らがあんなに一所懸命に石を守るスネイプを犯人だと勘違いしてしまうなんて、守ってやっている本人からすれば苦労が水の泡に思えてくるだろうに。
彼ら自身にあの悪戯っ子の仕掛けのようなトラップを解いてもらって賢者の石の部屋までたどり着いてもらわなくてはならないという目的自体は変わらないのだが・・・。
いかんせん私の方でも仕事が沢山あるのだから、三人組に構ってやる時間があまり無いのも事実。
「クィレル・・・今だけはお前を心の底から恨んだぞ。」
仕事を私にほっぽり返してどこで何をしてるのやら・・・その答えは大体予想がつくが。
私は愚痴を吐きながらも、目の前の山積みになった生徒達の課題や試験の回答への評価をチマチマとつけていくのだった。
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試練への見送り
これまで投稿してきた内容の話の筋道が非常に荒く、無理がある部分もありましたので、全話に多量の修正・加筆を加えました。
宜しければもう一度目を通して頂けると幸いです。
今回は短いですが、どうぞ。
深夜1時半を迎えた頃、私はグリフィンドール寮の入り口に背を寄せて、心底気怠げにもたれかかっていた。
「おい、そこのお前!・・・ああいや、失礼!フォートシュリット先生でしたか、見回りご苦労様です。」
すると時々この辺りを周回に来るグリフィンドール寮の監督生が灯りを手に小走りで声をかけてきた。
口調から察するに、夜中に出歩いている下級生達を叱りつける算段だったのだろう。結果は教員を誤認逮捕してしまったわけだが。
こういう時ほど自身の立場に恩恵を感じることはない。
彼の胸の辺りを見てみれば輝かしい監督生バッジが灯りの光をギラギラと反射していた。
「あら、そっちこそご苦労様。私を捕まえてスリザリン寮を減点でもするつもりだったのかしら?」
フフッ、とイタズラ心を織り交ぜて監督生を嘲笑うと、彼も自身の失礼を詫びようと思ったのか困った顔で私に謝罪し始める。
「そ、そういうつもりでは!・・・本当に申し訳ありませんでした先生。」
かなり意気消沈させてしまったようで、逆に監督生への減点さえ受けてしまうのではと彼が内心思っている事は、先程開心術を少しだけ掛けてみたので筒抜けだ。
監督生の立場で減点を喰らうのは、今まで築いて来た地位や名誉を一夜にして崩れ落としてしまうのと同義だ。
しかし私はそんな意地悪でもないし、グリフィンドール嫌いでもないため特に障りのない対応をする。
「そう・・・まあ最近、
なら、もう行って良いわ。ここは私が巡回しておくから早く他の
少し励ましたところ、彼も元気を取り戻したようで俯かせていた頭を持ち上げ、「はい!」と元気よく返事を返した後見回りへと戻って行った。
結果として彼ら監督生の見回りにやる気を与えてしまい、後ろに隠れている
「・・・いつまで隠れてるのよ、早く出て来なさい。」
私は痺れを切らし、いつの間にかグリフィンドールを守るこの太ったレディの扉裏から出てきていた例の三人組に姿を表すよう求める。
「・・・どうして分かったんですか、フォートシュリット先生。」
するとハリー達三人組は透明マントから頭だけを出すという器用な事をしながら、私に信じられないと言った表情で疑問を投げかけて来た。
私はいとも簡単な様子でその疑問に答える。
「私の目や耳は知覚魔法で強化されているの。
貴方達三人の息遣い・僅かな足音・扉を開ける音なんて丸聞こえよ。
普段はうるさいから呪文をかけてないけれど今日は特別よ?」
少々自信満々に種明かしをしてやれば、ハリーの隣にいた赤毛の子・・・ロナルド・ウィーズリーがバツが悪そうにしてこう述べる。
「そ、それじゃ先生が見回っている日はもう夜中に出歩けないじゃないか!」
「いい事じゃない。素行を良くする機会として快く受け取りなさい、ウィーズリー。」
私はフフ、と彼の絶望した目を見つめながら忠告をしておいた。そもそも夜中に出歩かなければいい話なのだ。
そのやり取りが終われば今度はグレンジャーが私に恐る恐るといった様子で声をかける。
「あの・・・フォートシュリット先生、本当に見送ってもらえるんですか?」
彼女は未だに教員である私が目的地まで引率してくれるのか疑問に思っているようだった。私は一度言ったことは守る主義だ。約束は違えない。
「もちろんよ、だから安心して頂戴。
なら早速だけれど、こんな所でいつまでも話しているわけにはいかないわ。
三回右廊下までなら案内してあげられるから、ついて来なさい・・・。」
監督生や他の見回りの先生に見つかる可能性があるため、寮の出入り口付近で棒立ちするのをやめて私達は移動を開始した。
「あなた、さっき
階段を登り薄暗い廊下を歩きながら、多少気持ちの余裕が出始めたので、私はグレンジャーに対して詰問すると、透明マント越しにギクっという声がした。
「先生なんで知ってるんですか・・・!」
ロナルド・ウィーズリー・・・ロンが驚愕の声音で質問してきたが、簡単な事だ。
「直前呪文よ。先程グレンジャーの懐にあった、呪文を使ったばかりの杖を盗み見たのよ・・・。
あの大人しそうなネヴィル・ロングボトムにかけるなんて、貴女案外容赦ないのね。」
私がさも当然のことと言うように彼らに小さな声で答えると、ハリーとロンは驚いた表情で私を見つめてくる。
それでもまだ疑問点が残り腑に落ちないのか、賢きグレンジャーは更に質問を返してくる。
「・・・でも先生、直前呪文を読み取るためには実際に杖に触れていなければいけませんし、それに誰にかけたかまでは分かりません。」
「良い質問だグレンジャー、グリフィンドールに2点。」
真夜中に出歩く生徒を褒めて加点してやるなど、教員として正気の沙汰ではないが彼女の鋭い洞察力に祝して、ということにしておこう。
私は彼女達に補足しながらもう少し詳しく説明してやった。
「まず一点目について。
確かに一般の魔法使い達は杖に触れなければ、その直前呪文を見分ける事はできない。
・・・しかし、私は少し
見るだけで何の呪文を使用したのか読み取れるという特異体質に三人は驚愕の表情を返してくる。
私はそんな反応を示す彼らに微笑しながら続きを話す。
「次に二点目について。
私はいつだって未成年の魔法使いが魔法を使用した時の
もちろん、その匂いには呪文をかけられた対象者の情報も付随してる。」
「だから私がネヴィルに呪文をかけたって分かったんですね。」
私の持つ能力への驚きと納得が入り混じった様子でグレンジャーは首を縦に振って理解の意を示す。
「先生、でも仕方なかったんです。ネヴィルが頑なに話を聞いてくれなくて・・・それで 」
すると減点でもされると思ったのか、焦ったハリーが必死に伝えてくる言い訳をそこまで聞いた私は、手で話の続きを制して至って普通の表情でこう述べる。
「確かに普段ならば同じ魔法を学ぶ友に呪文をかけるなんて許されない事よ。
それこそ、校則違反どころか
・・・けれどね、貴方達が行おうとしている
私は歩いていた足をとある扉前で止めて、そこでハリー達三人に振り返り真剣な眼差しで述べる。
「だからね、ハリー・ポッター・・・この世では
その言葉を聞いたハリー達三人は微妙な表情になりながらも取り敢えず肯定の意を返してくれたので、その先の道を指で示す。
「ここが三階右廊下の最奥よ。そして・・・この扉が賢者の石へと繋がっているわ。
何かあれば直ぐに向かうから、フクロウを飛ばして来て頂戴・・・特にハリー。貴方のことは常に見守っている。」
私は彼らに最後の言葉をかけた後に、自分が常々愛用する
すると扉にかけられていた南京錠はポトリと床に落ちていき、ゆっくりと木製の扉は開かれて行った。
それを見た目の前のハリーを筆頭とするグレンジャー・ロンを含めた彼ら三人組は覚悟を決めたようで、ゆっくりと部屋の中へ突き進んで行った。
その様子を横目に、私は無機質な壁に背を寄せて
いかがだったでしょうか。
半年ぶりの執筆で腕が落ちているかもしれませんが、
評価・感想頂ければうぷ主のやる気が2上がりますので、宜しければお願いいたします。
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闇の帝王
月曜日から少し多忙なので、更新が遅れるかもしれませんがご了承ください。
それでは、どうぞ。
壁に背をもたれていた私は、新たに開発した魔力を一種の電波の様に波紋状に放出し、その跳ね返りを用いて様々なモノの位置を把握する
そして彼がダンブルドアの用意した最後の試練
「・・・もう良い頃合いか。」
無造作にフクロウが振り落としてきた手紙を浮遊呪文でキャッチしてやり、読んでみたその中身は予想通り、先程ハリー達に伝えた緊急時の助けを求めるものだった。
私が手紙を確認するのを見たフクロウは、まだ残っていたもう一通の手紙を持ってどこかへ飛び去ろうとしていた。
恐らくダンブルドアへ向けた同じ救援を知らせる内容の手紙だろう。
ここは奴より早くハリーと闇の帝王の元に辿り着いた方が、ハリーの信頼を勝ち取り
ハリーを取り込められれば、将来的にダンブルドアに対する強い切り札になり得る上に、帝王への
そうと決まれば話は早い。飛び立っていくフクロウに錯乱呪文を強めにかけた私は、壁に激突したフクロウに目もくれずこの城の妨害呪文を全て跳ね除け、姿眩ましを行う。
妨害呪文越しの慣れない姿眩ましが引き起こす、不快な感覚に襲われながらも、姿現し独特の音を立てて私は第三の試練であるチェスの間へと瞬時に移動した。
その瞬間、チェス盤の上で座り込んでいたかすり傷を多少負ったグレンジャーが嬉々として声をかけてきた。
「フォートシュリット先生!」
私が着いた頃にはやはりチェスの試合自体は終えており、辺り一面に犠牲となった駒の破片が散らばっていて非常に歩きにくかった。
なので私はとりあえず愛杖を取り出して「
そしてその後に、床に倒れ伏し気絶したロンを介抱しているグレンジャーの元へ近寄り、
「グレンジャー、無事だったか・・・ハリーはどこへ行った?」
出来るだけ柔らかい笑顔で彼女の元に近寄り、背を低くして肝心な事だけを尋ねてみたところ、グレンジャーは矢継ぎ早にペラペラと話し始める。
「ハリーなら次の部屋に進んで行きました・・・石を盗もうとしている犯人が先に着いているかもしれなくて、すごく危険なんです!
だから私、ハリーに頼まれてフクロウを・・・そうだわ!ダンブルドア先生にも送ったはずなんだけれど・・・一緒じゃないんですか?」
チッ・・・。
何せ
私は今後の戦略を重点的に考慮しながら、冷静にグレンジャーに指示を飛ばしてこれからすべき事を伝える。
「いいかグレンジャー、よく聞くんだ。君はこれからロンを介抱して、ここでダンブルドア先生が来るのを待つんだ。」
「わ、わかりました!それで先生は一体どうするつもりで・・・。」
元からそうするつもりだったのだろう、グレンジャーは快く頷いて未だ気絶しているロンを手繰り寄せ介抱する。
そして私の方を向いて、何かよからぬ事が起きそうとでも言いたげな不安そうな表情を露わにして私の動向を問うてくる。
私はそんな不安がる彼女を安心させるように、ゆっくりと落ち着いた口調で彼女に述べる。
「私は・・・そうね、
私はそう述べた後、グレンジャーから一切の視線を外し、背を向けた後に、即座に姿眩ましを行い、みぞの鏡の設置された間へと瞬間移動を行なった。
残されたグレンジャーは、垣間見た先生の最後の表情を見て更に不安な、そして筆舌し難い感情に包まれていた・・・。
「フォートシュリット先生・・・・・・どうして
あんなにも
底知れぬ恐怖と違和感を感じ、何かが頭の中で引っかかるハーマイオニー・グレンジャーは、七年の時が経った後に漸く、その真実を理解するのだった。
移動した場所は最後の試練の部屋から少し離れた、会話しているクィレルとハリーからは見えない死角となっている壁の裏だった。
私はいつでも戦闘が行えるようにニワトコの杖を懐から出した時、杖からの反応に少し動揺した。
杖が、我が愛杖が言う事を聞かないのだ。
まるで私に、
なるほど、と私は理解した後に、この我が愛しの杖をそっと宥めるように片方の手で撫でつける。
(・・・私は
心の中・・・杖と私の魔力を共有し通じ合う中で、私は
すると杖は私を再び信用してくれたのか、この手に落ち着き、再度馴染み始めた。
これはニワトコの杖独特の性質であり、所有者が死に対して恐怖を抱いたり、死を受け入れない場合、忠誠を拒絶するというものだ。
私は亡者の軍団を形成するために
始まりが存在するならば、どんなモノにだって終わりが来るべきだ。
私もその
役目を果たし終えた以上、もうこの世界に私が存在する意義も、居場所もないのだから・・・。
いずれ来るであろう孤独な死を覚悟しつつ、私は未来のことから今のことへと意識を向ける。
目の前ではハリーと、クィレルの頭部に寄生した
(馬鹿なヤツ・・・。)
ハリー・ポッターという人間を僅かにでも知っていれば、あの良心の塊で形成されたような純粋な子が、闇に堕ちるわけがないと簡単に予想できる。
恐らくあれ程の姿になるまで落ちぶれた闇の帝王は、ハリーのポケットに入り込んだ、あの禍々しいまでの魔力を保持している賢者の石に対する欲に負けたのだろう。
思考が動物以下だ。
『わしと組めば、魔法界を支配できる・・・ハリー、お前と私ならば、何でも出来よう。』
死にかけた、萎れた悪魔のように霞んだ声で語りかける奴の姿は滑稽だった。
それに対してハリーは予想通り、頑なに帝王の愚案を拒絶した。
「・・・ッ、嫌だ!!」
やはりダンブルドアが見込んだ少年なだけはあり、闇の帝王を前にして怖気付かないとは非常に勇気ある少年だった事が、壁裏に潜む私にすら感じられた。
帝王も同様にハリーの事を評したのか、彼の両親の事を話すという、ハリーにとって
『ふははは!親に似て、勇敢だなハリー・ポッター・・・。』
帝王の顔は歪んだ笑顔だった。
恐らく自身が殺害したハリーの両親の事を思い出しているのだろう。
『どうだ、ハリー・・・二人にまた会いたくはないか・・・。
二人程度なら、呼び戻してやる事もできるぞ・・・?』
闇の帝王はみぞの鏡にハリーの両親を映し出し、彼の目を釘付けにしていた。
そして同時に彼、ハリーは自分の心の奥の傷を逆撫でされるかの如く、悲痛な表情になった。
私は、帝王がまるで目の前に甘い蜜を垂らした狩人のように、餌を吊るした釣り人の様にハリーを見つめる視線には呆れてしまって物も言えなかった。
目の前の両親を殺した男に、挙げ句の果てに自分の両親の魂さえ握られているという
否、
遠隔で放った開心術から覗いたハリーの心は既に死に物狂いの怒りと、壮絶な勇気に占められていた。
『さぁ、石を寄越せ!!』
そして彼は次の瞬間意を決したように、完全なる拒絶を、石を求め続ける哀れな帝王にぶち撒けた。
二度目の拒絶に対して流石に我慢の限界だったのか、闇の帝王は先程の歪な笑顔もどこへやら・・・強い憎しみに満ちた形相で、寄生しているクィレルに向けてこう告げる。
(・・・そろそろ出番ね。)
クィレルは寄生される事で疲労困憊なのか、帝王の指示に対して複雑な呪文を使おうとしない。
帝王自身は死に体のためか、死の呪文を自ら放とうとしないのも見て取れるように、連中は所詮弱った獣に過ぎない。
更には今ハリーに
だから別にここで無理に割り込む必要も理由も一見すればないのだが、目的は
ハリーの
私はクィレルが飛翔術を使い、ハリーに迫り来る正にその時に壁の裏から姿を表し、杖を大きく突き出し呪文を唱える。
呪文を詠唱し終えると、私の杖先からは普段からは想像も絶する様な、膨大な魔力の塊が
生の人間であれば肉体をそのまま引き裂かれるという悲惨な運命を辿るだろう。
だが仮にも魔法使いの端くれであるクィレル(+闇の帝王のバックアップ)もあり、咄嗟に
「『グォぉッ!!』」
だがその盾となるはずの
そしてプロテゴでも防ぎきれなかった私の放った風魔法は相当なダメージを与えたのか、帝王とクィレルは短い断末魔を上げながら鏡の方に吹き飛ばされて行き、無様に倒れて呻き声を上げている。
「フォートシュリット先生!来てくれたんですね・・・!」
驚いた表情で声をあげてこちらを振り返るハリー・ポッターに、私は何の感情も載せず冷徹な顔でこう述べる。
「無事で良かったわ・・・けれどハリーは下がっていて頂戴・・・ここからは
私の言葉を聞いたハリーは普段と変わった
そして私は、遂に目の前の無様な
「あら、初めましてというべきかしら・・・
まるで嘲笑う様な表情で、英国魔法界が生み出した最大の
『お前は・・・フハハハハ!!愚かな真似をしおって・・・!』
“ 小娘 ” そう呼ばれた事に強い不快感と怒りを覚えた私は、再度杖を帝王に向け直し、取り敢えずは挨拶がてらに返事を返してやる。
「えぇ、そうよ・・・私が
後ろで私達の会話を聞いていたハリーは、どうやら強い違和感を覚えたようでソワソワと私の後ろ姿を見つめ始めた。
そして、どこかで私の
私は余計な事を思い出される前に、じっとこちらを見つめ続けるハリーに、杖を持っていない左手で軽い錯乱呪文をかけてやり、彼の思考を矛盾させ、回転させ、停止させる。
少々想定していた事態とは異なり、ハリーの信頼を得るのは難しくなったが、帝王との対話を行う以上、仕方ない事だと甘んじて受け入れる。
だがこれで私達の会話に
ハリーには最後に
次に私が開発した魔法
私達にとっては普通の速さで時間が進んでいる様に見えるが、周りからはゆっくり見えるという、かつて談笑し合った
もちろんこの呪文をかける目的は、
だがこれらの細工により、漸く帝王と一対一でゆっくり、じっくりと
そして流石は闇の帝王と称されるだけの事はある。私の一瞬の動作と一連の魔法の発動を見抜いたようで、先程の強い憎しみによって歪められた帝王の表情は、また
『フハ・・・フハハハハハハハハ!!
まさかこれ程までの逸材とはな、グリンデルバンドの娘よ・・・。
どうやらお前は本当に
「いつまでも娘だのお前だのと呼ばれるのは気に食わないわ・・・私の名は
苛立ち気味に闇の帝王に侮蔑の視線を送ってやれば、流石にここで私を怒らせるのは不味いと判断したのか、高圧的な態度を少し緩めた。
そして、ヤツは
『そうか、ならばフォートシュリットよ・・・わしの元に付かないか。』
・・・お前の元に、
その全く予想だにすらしていなかった言葉を耳にした瞬間、私の中の
・・・いや、予想していなかったというのは
だが、私は少しだけ期待していたのだ。帝王と称される者ならば、少しはマシな会話をしてくれるだろうと・・・。
『お前と私が手を組めば、世紀を超えた闇の魔法使いの結託だ・・・
そうなればこの世界はお前と私で半分に分かち合えよう・・・?』
だが目の前の
『お前は優れた魔法使いだ、フォートシュリット・・・この世に善も悪も存在せぬ事くらい承知していよう?
・・・お前とお前の父親が掲げた
私は、目の前の
これまで幾多もの回数、人や物を恨んできたが、今回はその比ではなかった。
私は人生で
マグルに向ける侮蔑と軽蔑の視線ではない。
絶対的な、無条件な
私はこの時点で、そんな
「フッ・・・フフフッ・・・フハハッ!!」
そして私も、目の前の愚物に続いて甲高い笑い声を上げた。
しかしその笑い声はこいつに対する同調ではなかった・・・むしろ
その様子に帝王は何を勘違いしたのか、自分と結託する事を決めたのだと思い込んでいるようであり、不気味な笑顔を浮かべていた。
『・・・良いぞ、グリンデルバンドよ。お前はもう、我が
愚かな帝王は此方に近寄ってきて、私が備え付ける美しい叔父譲りの銀髪に触れ、慈しもうとした・・・私は微動だにせず、ただその
そしてその刹那、私は無詠唱で
『グゥゥッ!?
・・・ガ・・・ガァァァァァッッ!!』
以上三つを重ね合わせた、最高峰に高度な闇の魔法を駆使して、
あまりの魔力が載せられた呪文だった為、一瞬青白い衝撃波が周囲に撒き散らされ、クィレルと帝王は後ろに吹き飛ばされた。
私がかけた呪文の痛みは恐らく闇の帝王を以ってしても身悶える程の死を超えた、想像を絶する痛みに違いなかった。
痛みの余り既に気を失ったクィレルと、未だ目の前で悶え苦しむ帝王の姿は、そう思わせるには十分だった。
私はそんな彼等には目も暮れず即座に周囲に
ゴォォォォォォッ!!
刹那、青白い炎が私の周囲に円形に引かれ、既に円内にいる動かなくなったハリー・ポッターと私以外は、この円の中に入る事が不可能となった。
これでハリーの安全は保てるだろうと、後ろの心配事を消した後に、円の外で苦しみ悶え続ける帝王に近寄る。
『グァァァァァ・・・な、なぜだ・・・お前は私に従うはずでは・・・!!』
「
軽く嘲笑した後に、私は確信した。
この火だるまと化した男にはこれから私が懇切丁寧に説明する話を聞き届けて貰う必要がある事を・・・私が
ゆっくりと口を開き、私はこの男の言ったことの全てを否定し始めた。
「笑わせるな・・・お前如きが、この私を従わせるなど、出来の悪い童話にすらならん。」
『キ、貴様ァァァァ・・・ガァァァッッッ!!』
強い憎悪を吐いた帝王だったが、私は焼け爛れたクィレルの皮膚を見て、このままでは肉体の方が持ちそうにないと瞬時に理解した。
現状、クィレルという
この男の肉体が朽ち果ててしまえば、帝王の魂をここに留まらせる事は困難を極める。
そしてそれはヤツの逃亡をいとも簡単にしてしまう抜け道だったのだ。
ゆえに私は、私の強烈な魔力に歓喜する愛杖をクルリと翻すように振り回し、ヤツに取り憑いていた悪霊の炎を綺麗に取り去る。
だが未だに
「これでマトモに話せるかな?トム・リドル。」
『その・・・名で、呼ぶな・・・小娘がッ!』
明らかに弱った帝王はそれでも私に反抗心を持ち続ける。
健気な事だ。ぜひ
「あら、そう?
先程私を家名で呼び続けた貴方にそれを言う資格があるかしら、お馬鹿なトムさん?」
クスッと含み笑いをして、存分に屈辱を与えてやれば、床をのたうち回るこの男からは、強烈な痛みに耐えながらも、想像もつかないような憎悪に溢れた鬼の形相が現れた。
『許さん・・・許さんぞ・・・単なる小娘如きがこの俺様を・・・この俺様を・・・ガァァァァァァァァァ!!!!』
一般の魔法使いが聞けば恐怖に震え上がる様な悍ましい憎悪の叫び声だが、私はそれにも勝る極めて冷酷な表情で一方的な蹂躙を続ける。
「・・・貴方は大いなる勘違いをしている様だから、私がそんな無知な赤子に知恵を与えてやろうかしら。
まず第一に我が崇高なる理想は、お前に想像できる様な薄汚い
我が叔父と、私に課せられた使命は・・・我々の
「魔法界を
私はそこまで言い切ると、自分の顔が妙に歪んでいく感覚を覚えたと同時に、ある疑問も浮かんだ。
だがその疑問に答えるよりも私は目の前の事を優先し、痛みから平伏している
「
魔法の発展は、
お前のその
そこまで私が言い切った時に見た帝王の表情は、恐らく私が出会ってきた人物の中で最も醜いモノであったと断言できる。
だが歪んだ男の事など取るに足らない様子で、私はこの男への説教を終えて小さな後悔を述べ始める。
「本当はもっと期待していたんだよ、トム?
貴方がひょっとしたら
私は心底残念そうな顔で、目の前の酷く歪んだ
『ガァッ・・・!!!』
「闇の帝王・・・そんな壮大な名を取るに値しない、力に溺れた哀れなトム・・・お馬鹿なトム。」
私はクルクルとニワトコの杖を振り回しながら、クスクスと嘲笑い続け、トム・リドルを小馬鹿にする形容詞をひたすら繰り返し、目の前の愚物を馬鹿にした。
そうして
私が帝王を嬲る様子を無言で見続けるハリーは、錯乱の呪文に未だ囚われているのか、ブツブツと独り言を言いながら立ち尽くしたままだった。
そしてそれが、我が人生最大の
そして次の瞬間、あろうことか帝王は既に物言わぬクィレルの身体を、決して手を抜いていない
「なッ、コイツ!!!」
『気づいてももう遅いッ!この俺様に耐え難い屈辱を与えてくれたな、グリンデルバンドの娘よ・・・!!
この怨念、貴様には俺様が味わった同等の屈辱と痛みを与え晴らしてやるぞッ!!覚えておれ!!』
私がヤツの意図する事に気づいた時には、悔しいがもう手遅れだった。
ゴォォォォォォォォォッッ!!!
帝王は捨て台詞を吐きながら、
これでヤツは霞のような魂だけとなり、この世を彷徨いどこへでも逃げる事が可能になったのだ。
クィレルという肉体が、縛りが、
現に目の前の独り言を呟くハリーの目の前には、クィレルの遺灰から出てきた禍々しい黒い魂が形を成そうと、もがいていた。
それを見た私は咄嗟にハリーの錯乱の呪文を解除して、彼のすぐ真横に姿現しをして彼を庇おうと死力を尽くす。
だが、時は既に遅かった。私が姿現しを完了させる前に、帝王はそのドス黒く濁った魂を形にし、浮遊させる事に成功していたのだ。
「・・・え・・・先、生・・・?」
『・・・ヴォォォォォォォォォ・・・!!』
悍ましい雄叫びをあげて帝王の魂がハリー目掛けて突進していき、彼の胸を貫通した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そしてその瞬間、ハリーは失神の呪文を軽くかけられてしまったのか後ろに大きく倒れてしまい、気を失った。
「ぐッ、
私は逃げようとする帝王の魂目掛けて、咄嗟に自身が独自に開発した結界魔法を放った。
だが帝王は私の呪文を上手く避け、階段を上がって行き、運良く逃げ切ってしまった。
時すでに遅し・後悔後に絶たずとはこの事を指すのだろう。
この状況では帝王の魂が弱っているがために、その魔力の小ささが妨げとなり探索魔法で見つけ出すのは至難の技であった。
また、ヤツは移動も自由自在のため、追いかける事も非常に困難であった。
私はその事実に、しばらく唖然としていた。
ただ何もせず、ボーッと放心状態で、その場に突っ立っていた。
その時であろうか。
私が闇の帝王を討ち滅ぼす場面を、マジマジと見せつけてくる望み鏡・・・。
それを見た私は、これまで努めて平常心を維持しようと、必死に抑えつけていた感情が遂に抑え切れなかった。
「・・・クソッ・・・クソがッ・・・クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガシャァァンッ!!
私の放った
「何故だッ・・・何がいけなかったんだ・・・あと少しの所でどうして・・・!!」
私は自身が万全の状態で帝王に仕掛けておいて、その上で逃してしまったという事実に対し、怒りの余りすっかり半狂乱に陥ってしまっていた。
己の計画の不十分さか・・・?いや、私は事細かにヤツとの筋道を立てていた。あれ以上考えが及ばない程に、完璧だと自負していた。
闇の帝王の思いがけない忍耐力か・・・?いや、普段のヤツは我慢強くなどない事は文献や資料から把握済みだ・・・気に食わない事があればすぐに
クィレルのヤツが何か仕掛けていたとか・・・?いや、アイツにそこまでの知能があるわけがない。あの恐怖と帝王のおこぼれに与ろうとする男に何が出来ようか。
己の失敗の原因を探り始め、数え切れない程の思考が最高の頭脳の中で繰り返されては消えてゆく、正にその時だった。
予想していたのに、忘れてしまっていた
途端に気絶したハリーと私のいた空間に亀裂が走り、
パリン とヒビが入るような音が響いた。
すると私が作り出した
そして私は破壊された呪文の跡を見つめた後に、コレをやってのけた、最早わかりきっている相手を睨み付けた・・・。
「憎しみに身を委ねてはならん・・・いかに筋が通った事でものぅ。」
やはり、
アルバスは、警戒心を露わにして身構える私の方へと静かに階段を降りながら近寄り、帝王と同じく私の顔に触れようとする。
その動作が先程の帝王のソレとは全く違った意図を含んでいた事を察せるほど、今の私は冷静ではなかった。
だから私は バッ と彼の老いた、されど温もりのある手を力強く止めれば、彼は悲しげな表情でこう述べた。
「お主は気づいておらんのか・・・自分が泣いておる事に。」
アルバスの放った言葉を聞いて、私は更に動揺してしまった。
この私が、泣いている・・・・・・?
あり得ない・・・断じて!!
私は自身の顔に咄嗟に両手をかざして、そんな事はないと否定しようとする。
だが、それは叶わなかった。
なぜなら、そこには一筋の雫が流れていたのだから。
それを見たアルバスは、柔らかい表情と温和な声でこう述べた。
「まずハリーを守ってくれて助かったのう、感謝しておる・・・それに
ポンポンと私の肩を叩く老人の手を再度、しかし先ほどより弱めに振り払いながら、私は彼に応える。
「えぇ・・・冷静になれたわ、アルバス。こちらこそ礼を言わせて頂戴。」
「ふむ・・・ではハリーを医務室に運ぶのを手伝ってくれんかのう?・・・それと、石の件じゃが・・・。」
そこまでアルバスが言った時、私は手で彼の言わんとすることを制止してこう述べた。
「分かっているわ・・・今回、私には帝王を逃してしまった非がある。
その上、
これだけ理由があれば十分・・・賢者の石の事は諦めようじゃない。」
普段ならば決してあり得ない選択を、自ら取ってしまった・・・私は
「おぉ、話が早くて助かるのう・・・それから念のために伝えておくのじゃが、ハリーにはお主の
わざわざ知らせてくれるアルバスに有り難く思いながらも、私はその事に関しても既に承知済みだと返答する。
「えぇ・・・だから
ニヤリと口角を上げながら目の前の
「 “
ニコリとアイコンタクトを私に繰り出したアルバスは、気絶した幼いハリーに向けて、かつて
だがその過程で何か良くないモノでも見たのか、記憶を消し終えたアルバスは顔を少しばかり顰めながら、私に向かってこう述べた。
「・・・しかしハリーに向けて錯乱の呪文を使うとは、余り良い判断とは言い難いのぅ。
記憶の整理に少し時間が掛かってしまった。」
「・・・悪かったわね、次からはもう少し気をつけるわ。」
フンッ、と鼻を鳴らしながら不承不承に了解の意を返せば、彼は「宜しい。」と言って賢者の石をハリーのポケットから手繰り寄せた後にこう言う。
「最後に、石は粉々に破壊する事に決めたのじゃが、今更異論はあらぬ事じゃろう?」
「えぇ・・・
「ふぉっふぉっふぉ、流石はフォートシュリットじゃ。鋭いのう。」
彼はその言葉を最後に、ハリーを抱えながら医務室へと歩き始めた。
・・・おいおい、私に「ハリーを医務室に運ぶのを手伝って欲しい」とか言っていたのは、結局私と会話するための口実に過ぎないのかよ。
私は心の中で狡猾だが、憎めないアルバス・ダンブルドアに呆れた言葉をかけた。
彼の後ろ姿を見つめ続ける私は、今回の件について、己の『傲慢さ』と『憎しみ』が失敗の原因であったと結論付け、先程の激情とは別れを告げた。
そして、まだ此処では終わらないとばかりに、次の事・・・また更に次の事へと、未来を予測し始めるのであった。
投稿当初は荒い内容でしたので、所所修正致しました。
一万文字も書くと疲れるんるん(脳死)
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