La vie en rose (T・Y・ムンチャクッパス)
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第1話

原作の温かく五つ子たちの可愛さに胸がドキドキする展開など微塵もありません。


それを承知で読んでやろうという物好きな方ならご覧ください。また原作五等分でこんな作品を投稿しやがりやがった作者への怒り、文句、人格否定など何かありましたなら、遠慮なくお気軽にどうぞ。








「ど、どうして……どうして、どうして……?」

 

おそらく彼女にとっては青天の霹靂であろう俺からの別れの言葉。四葉はただ呆けたように同じ言葉を繰り返すと、引きつったような笑みを浮かべた。

 

「わ、私……何か風太郎君の気に障ることしちゃったのかな?あ、あはは……ごめんね。私お馬鹿さんだから、わ、分からなくて。……ごめんさい。謝ります、ちゃんと謝ります。ですから……」

 

久しぶりに聞いた彼女の丁寧な口調。

上杉さんから風太郎君へ。そう呼称が代わってからは久しく聞いてなかった四葉の口調。高校時代の彼女のどこか取り繕ったような口調。それは今の四葉の狼狽を表していた。

 

覚悟はしていた。それでもやはり四葉のこんな姿を見るのは胸が疼く。

 

「風太郎君……」

「四葉。言葉の通りだ。俺の勝手ですまない。お前は何も悪くない。でも……終わりにしよう」

 

俺はそう言って頭を下げた。

「ひっ!」と四葉の断末魔のような息を吞む声が耳に入る。だが俺は自分の靴を見つめたまま、頭を上げようとはしなかった。

 

奇しくも四葉と恋人として結ばれたあの日から……5人の中から彼女を選んだあの日から、ちょうど二年が経過した日。俺はそんな日に彼女に別れを切り出していた。

 

 

 

別に敢えてこの日を狙ったわけじゃなかった。ただ決意を固め四葉を呼び出した際に、嬉しそうに今日という日が持つ意味を話し始めたからだ。

 

二人が結ばれた日だと。

自分を選んでくれた大切な日なのだと。

腕を絡ませてきながらとても嬉しそうに言ったのだった。

 

……ああ。俺はそんなことすら忘れていたのに。

 

唐変木。デリカシー皆無の男。

いつだろうか。彼女の姉の一人から言われた言葉が蘇る。本当に俺はどうしようもない。

 

もう何度も繰り返した四葉とのデート。

かつては軽蔑すらしてた行為。人前で見せつけるように手を繋いで歩くのにも抵抗はなくなった。隣に四葉がいるのが当たり前になった日常。そして鈍感な自分にさえ分かる、変わることのない彼女からの親愛の情。

 

そんな大切なものを、築き上げてきた時間を、彼女の信頼を、愛を。

俺は全て投げ捨てようとしているのだ。しかも彼女にとっては大切な日というこの日に。

 

彼女のことが嫌いなったというわけではない。愛想が尽きたというわけじゃない。

そんな容易く心変わりが出来る程彼女と、いや彼女『たち』と過ごした日々は軽くない。

でも一方で俺はとても恐ろしいことを考えるようになった。いや違う。それはあの日から……五人の中から四葉を選んだあの時からずっと……心の奥底に燻っていた思いがあったのだ。そんなはずはないと自分自身に言い聞かせながらも、誰にも言えない僅かな葛藤があったのだ。

 

俺は本当に四葉のことが好きなのだろうか?

 

そう。そんな残酷な思いが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

上杉風太郎は高校を卒業後、地元を離れ東京の大学に進学していた。

学業の成績を取ることに躍起になっていたものの、特に将来の希望もなく、大学で懸命に学びたいことがあるわけでもなく、また経済面での困難さ故から、許されるなら地元の国公立にでも入ろうかと漠然と思っていたが、彼女たちとの時間を過ごす過程で、こんな自分をほんの少しでも高めたいと思うようになっていったからだ。何より彼女と並んで歩くにふさわしい男になりたいと思うようになったから。

 

結果は見事最難関の大学に合格。そして訪れた彼女たちとの別れの日。

既に一足先に巣立って行った長女を除き、彼女たちは皆泣いて二人を応援してくれた。この場でただ一人、風太郎と同じく東京への進学を決め、共に上京する彼に選ばれた姉妹。胸に宿る様々な想いを堪えながらも、それでも涙ながらにエールを送ってくれた。

 

そうして風太郎と四葉は手を取り新たな生活に向けて足を踏み出したのだった。

 

結果的にいえば、それは風太郎にとっては成功だったと言えよう。高校時は勉強をしているだけで、ガリ勉、根暗、変人など陰口を叩かれたことも珍しくなかった。そのことに一々何か思うことなどなかったが、どうして人の努力の姿を遠巻きに嘲笑う者がこれほど多いのか不思議だった。でもここでは誰もそんな者はいない。日本トップクラスの大学、周りは誰もが強いられるわけでもなく自発的に勉強をしている者ばかりなのだ。そういった環境は風太郎にとっては新鮮でやりがいのあるものだった。

 

大学に、バイトに、新たな人間関係。目まぐるしくも充実した毎日。

高校時は毎日のように顔を合わせていた四葉とも、忙しさから会えない日が多くなっていった。四葉からの誘いの電話にも断ることが多くなっていった。それでも風太郎はそのことについてさほど気にしていなかった。姉妹の中でも社交性のある四葉なら自分より多くの友人にも恵まれるだろうし、寂しさなんてそう感じることもないだろうと。そもそも知り合って間もない、というのならともかく、あの激動の長い日々を共に過ごした仲なのだ。今更少し会えないくらい互いにどうってこともないだろう、元来恋愛事や色事に無頓着である風太郎自身はそう高をくくっていた。

 

このも先変わらず手を取り合い、互いを尊重し合い、慈しみ合い、共に歩いて行けると思われていた二人。

その歯車は少しずつだが確実に何かが軋んでいった。

 

 

 

 

何だよこれは。風太郎がそう思うようになったのはいつの頃だったろうか。

春が過ぎ、夏が過ぎ、秋も終わりに近づいた頃だろうか。

 

五つ子たちから、特に二乃からの電話の回数が目に見えて多くなっていた。内容は決まって風太郎への文句と咎めの言葉。

 

「もっと四葉を大事にしろ」

「もっと四葉の気持ちを考えろ」

「もっと四葉を優先しろ」

「もっと四葉を~」

 

初めの内は他姉妹との会話に楽しささえ感じながら対応していた風太郎だったが、こう回数が続けば次第にうっとおしくもなってくる。そもそも五つ子とはいえ何で他の姉妹が人の恋愛事にまであれこれ口を出してくるのか。何で自分だけが悪者にされ文句を言われなければならないのかと。

 

四葉のことだってちゃんと自分なりに考えている。

でもこっちは日本でも有数の学力のある大学に通う身なんだ。入学してそれで終わりというわけじゃない。日々の講義、ゼミ、論文、試験。お気楽に愉快なキャンパスライフを送れるようなものじゃないんだ。それに自分は正真正銘の苦学生なんだ。大学から紹介されたボロアパートの家賃の三倍以上の部屋に住み、バイトで稼ぐ何倍もの仕送りをして貰っている四葉とは違って、生きていくだけで精一杯なんだ。他姉妹からの文句を聞くたび、風太郎は声を大にそう反論したかった。

 

何より四葉はそれほど不満があるというのなら、どうして自分に直接言わないんだろうか?

五つ子たちの絆の強さについてはよく分かっている。それでも今は昔とは違う。今の四葉と自分は恋人同士なのだ。ならどうして自分に言わず姉妹に……。風太郎の中で恋人への不満も姉妹からの文句に比例するように少しずつ大きくなっていった。

 

四葉がかつて姉妹への罪悪感から己の感情に蓋をしたように、未だ自分に対しても遠慮のような部分があるのは風太郎も分かっているつもりだった。

それでも不満があるのなら文句でも何でも自分に直接言って欲しかった。姉妹に愚痴を言って、彼女たちに自分を咎めるようなことを望むのは違うんじゃないかと思っていた。

 

それでも、そんな小さな不満が蓄積されていきながらも、上手くやっていたつもりだった。

四葉のことは大切に想っていたし、別れるんなんて考えもしなかった。ずっと二人で歩んで行くものだと風太郎自身思っていた。

 

……それでも運命の神様とやらは、余程人間を試すのがお好きらしい。

言うなればそれも奇跡と言っていいだろう。同じ学生の身とはいえ、一千万以上の人間が慌ただしく生活しているこの世界有数の大都市の中で、誰もが忙しなく足早にすれ違っているこの東京で、風太郎は偶然昔馴染みに出会ったのだから。

 

「びっくり。これは驚いた」

「竹林……?」

「学園祭以来か。久しぶりだね。風太郎」

 

 

 

 

 

初恋の相手と運命的な再会を果たし様々な困難を乗り越えて結ばれた二人。

お伽話のような、幼い少女が寝物語に母に頼むような、幸せな話。

素敵な素敵な愛のおはなし。

 

でも変わらない愛なんて本当にあるのだろうか?

二人で歩んで行けると決めた光り輝く道は、実は不安定で危ういものなのかもしれないと、どうして考えもしないのだろう?

 

永遠だと思った愛なんて小さな綻びですぐに崩れてしまう。

簡単に、壊れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話


赤薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』





「ふざけんじゃないわよ!どういうことなのよ!」

「お、落ち着いて二乃……」

 

姉である二乃の今日何度目かの大声に、三玖はおっかなびっくりしながらも取り直そうとしていた。

 

「落ち着けるわけないでしょ!三玖!アンタ何とも思わないわけ?」

「それは……」

「あのバカ!絶対に四葉を泣かせない、悲しませないって約束させたのに!」

「でも何かの間違いってことも……。フータローに限ってそんな……」

「四葉泣いてたじゃない!最後は子供みたいにわんわん泣いちゃって……!アンタも聞いてたでしょ!」

「……それは」

「こっちから何度電話かけても繋がらないし!メッセージにも無反応!それってアイツにやましいことがあるからじゃない!違う?」

「……」

「ホントどうしようもないわあの男!最低!」

 

二乃はそう吐き捨てると憤懣遣るかたない、といった体で部屋の中をぐるぐる歩き始めた。

姉妹として頭に血が上った時の二乃の凄まじさを知っている三玖としては、嵐が過ぎるまで居心地悪そうに身体を小さくすることしか出来ない。ただ問題は今回に限りその嵐が何時収まるのか皆目見当がつかないことだ。

 

「フータロー……」

 

思わず呟いてしまう。

信じたくない、信じない、そう心のまま言えればどんなに楽だろうか。でもそれを言うことは出来ない。なぜなら彼の恋人であり、且つ妹である四葉の口から直接聞いてしまったのだから。

 

『風太郎君が別れようって……。私どうしたらいいんだろう?』

 

電話口から聞こえた四葉の声。生気のない声。三玖は四葉のそんな声を初めて聞いた気がした。

 

「フータロー……どうして……?」

 

だが彼女のその小さな呟きに答えを返してくれる人はいない。答えて欲しい人は遠く離れた地にいるのだから。二年前とは、側にいるのが当たり前だった頃とは違い、彼はもう自分の手の届かない場所にいる。その事実に三玖は急に胸が痛くなるような感覚に襲われた。

 

未だ怒りが収まらない様子の二乃を横目に伺いながら、痛みに堪えるように胸を押さえていると、不意に三玖のスマホが鳴った。ラインの通知。表示された文面を見て思わず息を吞む。

 

「ちょっと三玖。どこ行くのよ?」

 

そっと部屋を出ていこうとした三玖に二乃が怪訝そうに問いかける。

 

「えっ?あの……そう、バイト先からみたい。連絡くれって。何かあったのかな?」

「別に私に気兼ねすることないでしょ。ここで話せばいいじゃない」

「い、いいよ。長くなりそうだし。気にしないで。じゃあ」

「あ、ちょっと!」

 

三玖はそのまま逃げるように家を出た。スマホを胸に抱くようにしながら、誰の邪魔も入らないであろう近くの公園まで足早に歩く。

 

『話がしたい』

 

一言だけのそっけない言葉。だがそれが無性に彼らしく三玖の顔に僅かに笑みが浮かぶ。

 

ごめんね四葉。

三玖は心の中で妹に謝罪する。

 

大切なかけがえのない妹が悲しみ苦しんでいる。なのに……。

風太郎が真っ先に自分に連絡をくれたこと。真っ先に自分を選んでくれたこと。

 

そのことがとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

三玖が慌ただしく出て行き、一人になった二乃は大きく息を吐きだした。

 

ムカツク。

どうしようもないほどムカツク。

でも……。

 

「……なんなのよ一体!もぉ!」

 

だが怒りとは別に、言いようのない感情が自分を侵食していくのを感じ、二乃はそれを振り払うように殊更大きな声を上げた。

 

怒りは無論風太郎に対してだ。この世で誰よりも何よりも大切な姉妹。その姉妹を泣かせ悲しませたのだから、故にこの怒りは当然なのだ。二乃はそう思っていた。

 

だが一方でこのムカツキの原因。それは風太郎のみではないことは他でもない二乃自身が一番良く分かっていた。

四葉に対してもイライラしている。それがこの怒りに拍車をかけていた。

 

電話越しから聞こえてきた四葉の声。か細く覇気のない声で相談をする四葉を慰め励ましながらも、二乃は思わずにはいられなかった。どうしても思ってしまうのだ。

 

私なら、こんなことにはならないのに。

私なら、もっと上手くやれるのに。

私が、四葉の立場だったら……。

私が、選ばれていたなら……。

 

負け惜しみなのは分かっている。

選ばれたのは四葉。そのことは痛いほど分かっている。

自分は彼には選ばれなかった。彼の一番じゃなかった。そのことは充分すぎるほど分かっている!

 

でも、それでも……!

 

二乃は苛立たし気に髪をかき上げると、己を鎮めるように何度も深呼吸をする。そうして少し落ち着いてくると自嘲するような笑みを浮かべた。

 

情けないと思う。

あれから二年も経った。普通の子ならとっくに忘れるものだろう。淡い初恋の思い出として心に仕舞い、さっさと次の恋に移行しているものだろう。

 

それでも自分はあの日から動けないでいる。未だ彼に捕われ続けている。

 

「フー君……」

 

その愛称を呼ぶだけで、彼を思い浮かべるだけで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう?

その可能性はないと理解しているのに、どうして彼を忘れられないのだろう?

どうしてこんなにも彼のことが好きなのだろう?

彼の中の大事な場所に居る子は自分じゃなかった。分かっているのに、どうして?

 

『なぁ。なんでお前らはそんなにも俺のこと……』

 

不意に以前風太郎との電話中に彼が言いかけた言葉が頭をよぎった。

 

二乃は天井を仰ぎ見る。

おそらく理屈じゃないんだ。こういうのは頭であれこれ理由を求めて考えても答えは出ない。人を好きでいる理由に絶対的な解なんてない。納得できる答えなんてない。

 

ただ一つ確かなのは。

……私は彼のことが好き。それだけ。

 

だから刻みたかった。選ばれないのならせめて自分を。『五つ子の一人』じゃない。『中野二乃』という存在を彼の中に。

 

嫌われるのを承知で、四葉とのことを何度も何度も口煩く言ってきたのもそのためだ。

四葉のことを思って、というのは本当だ。でもそれ以上に自分を彼の中に刻みたかったんだ。たとえそれで嫌われようとも忘れられるよりはずっといい。だって嫌っている内は彼の中で自分は存在しているということなのだから。嫌っている内は自分のことを考えてくれているということなのだから……。

 

……そう。私はそれほどまでに彼のことが好きで……。

いや、愛しているのだ……。

 

でもそれでも自分は四葉の姉なんだ。あの子は何より大切な家族なんだ。

だから四葉と風太郎の仲を元に戻すために最大限手を尽くす。

それが第一。それがあの子の姉妹としての責務。

二乃はそうして答えを出すと、上に向けていた視線を戻した。

 

 

『……いいの?』

 

その瞬間ダレカの声が聞こえた。

どこから?目の前にある鏡から。

 

『それでいいの?』

 

ダレカの声。

それは聞き慣れた声。頭に響く自分の声。

 

鏡に写る毎日見ている自分の顔。あの子にそっくりなくせに選ばれなかった負け犬の顔。そいつが鏡を通して頭の中で問いかけてくる。

 

『本当にそれでいいの?』

 

いいに決まっている。

顔を手で覆うと自分の中に響く声を振り払うように頭を振った。

 

『嘘つき』

 

嘘じゃない。

四葉の為に二人の仲をもう一度構築させる。それが一番したいことなんだ。

 

『じゃあもう一度鏡を見てみなさいよ』

 

その声に導かれるように目の前を覆っていた手をゆっくり開け、鏡を見た。

 

「……っ!」

 

思わず仰け反ってしまう。

鏡に写る自分の顔。その顔は醜く邪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

ああ……そうだ。自分自身に嘘を付き、何を取り繕っていたのだろうか。

 

背けていた顔を鏡に戻す。そこに映る(わたし)は変わらず厭らしい不快な笑みを浮かべていた。怒りと共に感じていた得体の知れない感情の正体。それは許されざる歓喜の気持ちだったんだ。ただそれを認めたくなかっただけ。だから怒りでカモフラージュし、自分の醜いところから目を背けようとしていたんだ。

 

でもこれが私の真実の思い。たとえ血の繋がった姉妹は騙せたとしても、自分自身だけは騙せない。

 

そう。私は嬉しいんだ。こんな醜悪な笑みを浮かべる程に。

四葉と彼が別れる。二人の関係が終わる。そのことが本当は嬉しい。

 

嬉しい。

嬉しい。

嬉しい。

嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!

 

嬉しくてたまらない。

 

一度素直に認めてしまえばその思いは止まらなかった。

 

胸の内から湧き上がるような悦びを抑えることが出来ない。涙を飲み諦めていた可能性が再び点滅したことに嬉しさを隠せない。もちろん四葉に悪いという思いは当然ながらある。だがその一方で思うことがある。私は四葉の為にずっと懸命にやってきたじゃないかと。もう充分じゃないかと。

 

なぜなら私だけが四葉の為に、嫌われるのも承知でずっと彼に苦言を呈してきたのだから。

 

彼に嫌われたくない一心でひたすら甘いことしか言わなかった三玖とは違う。

四葉とのことをただ彼と話す切っ掛けにしようとしていた五月とも違う。

 

私だ。私だけだ。

そこに私なりの理由が存在していたとしても、真に四葉の為に動いていたのはこの私、中野二乃だけなんだ。充分にやってきた。あわよくばなどという下心もなく、彼にウザがられようともずっとずっと四葉の為に憎まれ役をやってきたんじゃないか。

 

そんな私だからこそ……資格があるんじゃないだろうか。

いや、あるに決まっている。私以外の誰にそんな資格があるというのだ。

 

自信はある。

彼を私のモノにする自信は……ある!

 

そもそも彼が私たちの中で一番異性を、女を感じていたのは間違いなく私だったはずだ。

これは負け惜しみではない事実。女としては彼の中で私が一番勝っていたはずなんだ。

 

じゃあなぜ勝てなかったのか。

それは月日の長さと、参戦した時期なんだ。

 

月日に関してはどうしようもない。でも彼を巡る想いにしても私はある意味一番遅かった。我が物顔で姉妹の間に入って来た異物である彼をずっと嫌い、憎んでいた。ようやく彼を受け入れた時、ようやく己の気持ちに正直になった時にはもう遅かったんだ。

 

もしもあの時もっと早く素直になれていたら……。

姉妹の誰よりも長く彼に気持ちをぶつけ続けられていたのなら。

 

きっと今彼の隣にいるのは私だったはずなんだ。

 

「フー君……私の、フーくん……うふふ」

 

ああ、愛しい。なんて愛しいんだろう。

理屈じゃない。答えなんてない。身体が、細胞が、彼のことを求めているようだ。

 

『なんでお前らはそんなにも俺のこと……』

 

あの時が彼が言いかけた言葉。おそらくは四葉はその答えを示せなかったんだろう。

でも私は違う。私なら出来る。

 

鈍感な彼が理解出来るまで一日中でもまぐわって愛を教えてやる。

不安なら一晩中でも耳元で愛を囁いてやる。

 

「フー君。愛してるわ……」

 

言葉と共に決意を示す。私の全ての愛を捧げる。

 

今度は遅れない。

絶対に放さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話


白薔薇の花言葉は『相思相愛』





「もしもしフータロー?」

『三玖か』

「うん」

『一人か?』

「周りに誰もいないよ。外出たから」

『気を使わせて悪いな』

「ううん。いいよ」

 

公園に着いてすぐ私はフータローに電話をかけた。暫しのコール音の後にフータローが出る。いつもと変わらない声の調子に少しホッとした。

 

「フータロー。その、大丈夫?」

『ありがたいけどお前が心配すべきは俺の事なんかじゃないだろ?』

「あっ……」

『二乃からの着信数で察したよ。もう四葉から聞いたんだな?』

「う、うん」

『そうか』

「フータロー……あの……えっと……」

 

何を話せばいいのか。何を言えばいいのか。

分からずに言葉が上手く出てこない。そんな自分が嫌になる。

 

『ごめんな』

 

そんな私を見かねてなのかフータローが呟くように謝罪の言葉を言った。私は慌てて何とか言葉を紡ごうとする。

 

「その、別にフータローが謝ること……」

『三玖は俺を責めないのか?メッセージはまだ見てないけど、二乃はかなり怒っているんだろ?』

 

私はそれには答えず聞きたかったことを尋ねる。

 

「フータロー。四葉の言ってたことは本当なの?」

『四葉は何て?』

「その、フータローが、わ、別れようって……」

『そうか』

「あの、何か誤解があるんだよね?そう、ちょっとした勘違いとか……」

『事実だ』

「……っ!」

 

間髪入れずに返してきたフータローの返事に思わず絶句してしまう。

 

『四葉に別れを切り出した。それに勘違いでも一時の気の迷いでもない』

「どうして……。だってフータローは四葉を選んだんでしょ?あの時私たちの中から四葉を選んで。二人はとってもお似合いで幸せそうで。だ、だから私……私は……」

 

だから私は我慢して身を引いたんだよ。

その言葉を寸前で呑み込む。

 

「フータロー。何かあったんだよね?フータローが四葉にそんなこと言うなんて何か……言えないような特別な理由があったんでしょ?私は分かってる。フータローのことは私が誰よりも分かって……と、とにかく私は信じてるから。だから……」

 

熱が入って思わず言ってはいけないようなことまで口走ってしまいそうになる。

私は自分を落ち着かせるように一つ息を吐くとフータローの返事を待った。

 

『……三玖。お前らから見て俺はそんなにも……』

「な、なに?」

『いやいい。何でもない』

 

フータローはそう言葉を切ると暫し沈黙が訪れた。フータローは今何を思っているのか。どんな顔をしているのか。電話じゃそれが何も分からない。それがもどかしく……悲しい。

 

『なぁ三玖』

 

小さなため息が聞こえた後、フータローが呼びかけて来た。

 

『そんなに変なことか?』

「えっ?」

『男と女の仲が終わるのにそんな御大層な理由やらが必要なのか?』

「えっ?えっ?あ、あの……」

『別に珍しくもないだろ。こういうのは』

「フータロー?どうしたの?」

『……悪い』

 

フータローはそう言うと、何やら聞き取れない小さな声で独り言を言い始めた。

その態度に不安になる。フータローはどうしちゃったんだろう?

 

「あ、あの……」

 

フータローの為に何か話さないと、話を聞いてあげないと、そう思った。

 

「フータロー」

『……あ。悪い。何だ?』

「どうして私に連絡を?」

『どうしてとは?』

「その、二乃や五月じゃなくて。あ、もしかして一花にはもう?」

『一花に?まさか。俺から話すわけないだろ』

「そ、そうだよね。じゃあ何で……」

『三玖が一番だからだよ』

「ええっ!?」

 

その言葉に場違いな大きな声が出てしまった。

 

『なんだよ。いきなり大きな声出すな』

「だ、だってフータローが!その、急に変なこと……言うから」

『そんなに変か?二乃や五月に話しても互いに喧嘩になりそうだし。一花は忙しそうだし。冷静に話し合い出来そうなのがお前だけだと思ったんだが』

「えっ……あ、そう、だよね。ごめん」

 

一瞬何かを期待してしまった自分が恥ずかしい。

勘違いした恥ずかしさに黙り込んでいると、フータローが小さく笑った。

 

『ダメだな。どうにも相手が見えない電話だと……俺が口下手なせいもあるけど』

「フータロー?」

『話したいことが他にあったんだけどまたの機会にするよ。すまなかったな三玖』

「えっ?ま、待って」

『ただ一つだけ。一番言いたかったこと……四葉のこと頼むな。アイツはああ見えて脆いとこがあるから。お前ら姉妹が支えてやってくれ。……俺にこんなこと言う資格なんてないんだけどな』

「フータロー。待って」

『頼んだぞ三玖。じゃあな』

「待って!」

 

本当に自分の声かと思うくらい大きな声が出た。

フータローも私の声に驚いたのか、電話を切らず黙っている。

 

そんなはずない。あり得ない

そう思っていても不安で怖くてたまらなかった。

 

これでフータローと私たちの……私との絆が消えてしまうんじゃないかって。

 

『三玖?』

 

暫く沈黙が続いた後フータローが伺うように呼びかけて来た。声には困惑の色がありありと出ている。

 

『まぁ……なんだ。悪かったな。お前も本当は四葉の事で俺に言いたいこと沢山あるだろうに。駄目だな、どうも俺は昔からお前に甘えてしまうところがあるな』

「……甘える?私に……?」

『お前は誰よりも優しいからな。だからつい甘えちまう』

 

優しい?私が?

……違う。違うんだよフータロー。私は……。

本当の私は……

本当の私の気持ちは……!

 

『とにかく今日は悪かった。切るぞ』

「待って」

『なんだ?』

「フータローは四葉と別れたんだよね?」

『えっ?』

「そうなんだよね?」

『いや……まだ四葉からは返事は……』

「でもフータローの気持ちはもう固まっているんだよね?」

『それは……』

「答えて」

『三玖。今日はもう』

「答えて。お願い」

 

沈黙が訪れる。

フータローの小さな息遣いだけが微かに聞こえた。

 

『……ああ』

 

どこかぶっきらぼうに、それでもはっきりとフータローは言った。

私はそれを聞いて右拳にありったけの力を入れて握りしめた。爪が掌に食い込み跡が付くのもかまわずに自分に発破をかける。

 

“私と付き合おうよ”

 

かつては届かなかった言葉。それを今ここでもう一度言う為に。

 

「フータロー」

『なんだよ?』

「私……わたしと」

 

喉元まできている言葉。それを何とか出そうとする。

 

私は優しくなんてない。

そんなのは私自身が一番よく分かっている。

 

卑怯で、卑屈で、醜い。

それが真実。それが中野三玖という私の正体。

 

でもそれが何だ。

フータローが私を見てくれるのなら。フータローが側にいてくれるのなら。フータローが私を選んでくれるのなら。

 

私は喜んで悪人になる。なってみせる。

たとえ大切な妹から男を奪う悪女と言われようとも。

 

一度目は選ばれなかった。

私はフータローの一番じゃなかった。

時の積み重ねが違うあの子に勝てるわけがなかったんだと自分を慰めて。それでも未練がましく『もしも』を捨てきれずにいたのは、それは変わる事のない想いのため。

 

私はフータローのことが好き。大好き。

この想いの強さだけは誰にも、あの子にも絶対に負けてない!

 

何の取り柄もない私。何の自信もない私。何も言えなかった私。

でもあなたのおかげで私は少しだけ変わることが出来たんだ。

 

だから言おう。

あの時届かなった言葉を。今度こそは届くように。

 

「フータロー。聞いて」

『なぁさっきから何なんだよ?』

「わ、私……私」

『三玖……?』

「私と……!」

 

 

 

 

 

 

いつの間にか空は暗くなり僅かに雨も降ってきていた。

なのに私はすでに相手のいなくなったスマホを耳に当ててまま、木偶の坊のように立っている。

 

“私と付き合おうよ”

 

結局この言葉を言うことは出来なかった。

そうして何も言わず黙り込む私を訝しみながらフータローは電話を切った。

 

怖かったんだ。

もし言ってしまえば、今のこの関係さえ失ってしまうんじゃないかと。

 

私は卑怯だ。

この一年もの間二乃が、五月が、四葉の為にフータローに強い言葉で咎めていた時にも、私だけはフータローを庇っていた。姉妹の前ではフータローに怒りを見せるように装いながらも、二人で話す時にはとにかくフータローを庇い、励ましていた。ただフータローに嫌われたくない。フータローに好かれたい。そんな邪な思いのために。

 

だから当然なんだ。フータローが私を信頼してくれたのは。

優しくなんてないんだ。全部自分のため。そのために私は大切な姉妹さえ利用していたんだ。

 

でもそんな私の醜い心で築いた信頼であろうと崩れてしまうのが怖かった。

四葉のことで間もない内にこんなことを言って、それで軽蔑でもされたらと思うと言えなった。

 

二乃なら言えただろう。

一花でもそうしただろう。

五月でも……。

 

でも私は言えなった。

結局私はあの時から何も変わらない。自信なしの情けない愚かな少女のまま。

 

「フータロー。私と付き合おうよ……」

 

相手のいないスマホに向け私は独り呟く。

 

「私と付き合おうよ。フータロー。私と付き合ってよ。ねぇフータロー。私と、私を……」

 

冷たい雨が少しずつ強くなっていく。

馬鹿な私を嘲笑うかのように全身を濡らしていく。

 

暗くなった空へ手を伸ばす。

でもその手を繋いで欲しい唯一の人はここには、私の側にはいない。

 

寂しい。

寂しいよ。

 

「フータロー……」

 

私はここだよ。

お願い。私を掴まえて。私に触れて。私を抱きしめて。

 

 

わたしを見つけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話


橙薔薇の花言葉は『絆』





「お久しぶりですね上杉君」

「……ああ」

「そんなに嫌そうな顔しないで下さいよ」

「はぁ……」

「デリカシーのなさは相変わらずのようですね」

 

三玖との電話から二日後、風太郎は思わぬ相手と再会していた。本来ここで会うはずもない相手、何より今は会いたくない相手の一人。故に風太郎の顔にも戸惑いと若干の緊張が走っていた。五月は訝し気に自分を見る風太郎を少し悲しそうな顔で一瞥すると周りを見渡した。

 

「やっぱり東京の駅は広いですね。迷子になっちゃいそうです」

「五月」

「なんですか?」

「どういうつもりだ?」

「何がですか?」

「いきなりこっちに来るってこともそうだし。更には俺一人で迎えに来させたり」

「私が東京に来ちゃいけないなんて決まりはないでしょう?」

「勿論そんなのはない。でもだからってこんな時に……」

「誰のせいだと思ってるんですか?」

 

五月はそう言うと風太郎を非難するかのように目を細めた。

 

「ちっ」

「……あの、さすがにそんな態度取られると傷つきます」

 

思わず忌々しそうに舌打ちをしてしまった風太郎だったが、五月の曇った顔を見てやり過ぎたと思いバツが悪そうに額に手をやった。

 

「ついイライラして。すまなかった」

「思ったより……ですね。その様子じゃ二乃とでもだいぶやり合ったんですか?」

「いや、アイツとはまだ話してないから」

「ということは他の子とは話を……なるほど、どうせ三玖でしょう」

「……ああ」

「相変わらず三玖には素直に話すんですね」

「別に」

「それは三玖がお気に入りだからですか?」

「おい大概にしろよ五月。そんな嫌味を言いにこの時期にわざわざこんなトコまで来たのか?お互いそんな暇じゃないだろ。特にお前はこんなことしてる時間がどこに……」

 

風太郎の言葉に五月は俯く。

 

「……悪い」

「いいですよ。その通りですし」

「まぁなんだ。敢えてあんまり触れないようにしてだけど、実際どうなんだ?自信の方は」

「五分五分……いえすみません。正直に言うとかなり厳しいです」

「そうか……」

 

風太郎は一つため息をつく。

 

「なぁ五月。俺がもう偉そうに言えることじゃないけど……」

「だったら言わないで下さい」

 

有無を言わさぬ言葉に風太郎は押し黙ると、もう一回ため息を吐いた。

 

「それより上杉君」

「なんだよ」

「その……お腹減ってません?」

「は?」

「いやですから……もし上杉君がお腹減ってるなら、ご飯付き合ってあげてもいいかな、と」

 

見れば五月は先程の仏頂面からうってかわってお腹を押さえて恥ずかしそうに俯いている。

 

こんな時にでも食い気が出るのは相変わらずなのか。

風太郎はそんな食いしん坊を面白そうに見つめる。

 

「……何がおかしいんですか?」

「いや。別に」

 

風太郎の顔に小さく笑みが浮かぶ。

張りつめていた空気がどこか和らいだ気がした。

 

「そうだな。そういや少し腹減ったし。なんか食うか」

 

その言葉に五月はパッと顔を上げると顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

「……お洒落な店ですね」

「だな」

「なんか店内カップルばかりですね……」

「そうか?」

「うう……」

 

風太郎に連れられた店に着き、案内された席に座ると五月は緊張したように店内を見渡した。

 

「何頼む?」

「え、えっと……う~」

「なんだその空腹の獣のような唸り声は」

「そんな唸り声なんて出してません!ただ……その、こういう場合何を頼めばいいのかと……」

「普通に好きなもの頼めばいいだろ」

「そうなんでしょうけど。あまりこういう、その、カップル御用達のようなお店は慣れてないもので……ううっお腹が減ってるのにぃ……」

 

その後お腹を押さえながらもメニューを見たまま一向に決まらない五月に、風太郎は苦笑すると店員を呼んだ。

 

「お決まりですか」

「あの黒板に書かれているのが今日のオススメですか?」

「はい」

「じゃあそれを二人分で。コースは……」

「えっ?ちょっ私はまだ決めてないですよ!」

「それと彼女には食後のデザートも。ええっと」

「上杉君!」

「もういいだろ。足りないと思うならその時に追加で注文すりゃいい」

「た、足りないって……人をそんな大食いみたいに」

「違うのか?」

「違います!」

「その割に暫く見ないうちに随分ふくよかになった気が……」

「気のせいです!絶対気のせいです!」

「ま、まさかとうとう60の大台に……」

「そ、そんなわけないじゃないですか!さすがにそこまでいってません!この前会った時からほんの二キロほど増えただけです!訂正して下さい!」

「やっぱしっかり増えてんじゃねーか」

「だってそれはお勉強の!……あっ」

 

五月はそこで店員が笑いをかみ殺しているのに気付き、顔を真っ赤にして俯いた。風太郎は小さく笑うと五月の分も含め注文をする。

 

「とりあえずこれで。デザートはまた後で」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

店員が去って行くと一瞬奇妙な沈黙が訪れた。風太郎が視線を目の前に座る五月に向ければ、恨みがましい目でこちらを見ている。

 

「なんだよ怒ったのか」

「そう見えますか?」

「冗談だよ、悪かったって。少しからかっただけだ。変わってないから安心しろ」

「そんなことじゃありません」

「じゃあ何だ?」

「随分慣れているんだって、そう思っただけです……」

 

五月はどこか寂しそうに言うと、何か言いたげな表情を向けて来た。風太郎は思わず視線を逸らす。

 

「上杉君」

 

しかし風太郎の心情をよそに五月は追及の手を緩める気はなさそうだった。

 

「この店は四葉と?」

「いや……ここは四葉とは来たことは無い」

「そうなんですか?じゃあどうして私をここに?」

「別に深い意味はない。丁度こないだオススメの店だってアイツに聞いたから。それで」

「誰ですか?」

「誰ってそれはお前も……あっ」

 

答えようとした風太郎はそこで何かに気付いたように口を紡いだ。そして言葉を探すように視線をあらぬ方へ向ける。

 

「……その、大学の友達だよ」

「そうですか。こちらでは随分とお洒落な友人方に恵まれているようですね」

「何か棘ある言い方だな」

「そうでしょうか?」

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

「何の躊躇もなく女の子をこういうお店に連れて来て、自然に振舞って、余裕があるように見えましたから。高校生の頃のあなたからは想像も出来ませんよ。人って変わるんだなと思っただけです」

「何言ってんだお前?」

「それとも女の子の扱いは四葉で存分に鍛えられたというわけですか」

「五月」

「そして慣れたらもう用済みとして捨てるんですか」

 

ガタッ!

大きな音を立てて椅子を蹴り飛ばす勢いで風太郎は立ち上がった。

 

そのまま五月と睨み合う。だがそこで周りの何人かがこちらを見ながら何事か小声で話しているのに気付いた風太郎は、不承不承ながらまた腰を下ろした。

 

「怒りました?」

「あんな言い方されて怒らない奴がいたら顔が見てぇよ」

「そう、ですね……」

「なぁ五月」

 

風太郎はそこでやるせなさそうに頭を振る。

 

「お前は……いやお前らは少しもおかしいと思わないのか?」

「何がですか?」

「俺にもお前ら姉妹の仲の良さ、絆の強さってのは分かっているつもりだ。何より俺にも大事な妹であるらいはがいるしな。それでも……やっぱりおかしいだろ」

「だから何がですか」

「姉妹の為と言えば聞こえはいいけど、お前らいつまでこういうのを繰り返す気だ。この先もずっとお前らの誰かが恋愛事で傷付く度に、誰かが泣く度に、他の姉妹が束になってその相手を責めに行くのか?」

「……」

「もういつでもずっと一緒なんて、何もかも姉妹で分け合い共有していくなんて、そんな子供じみたことは通用しないのはお前にも分かるだろ。俺らはいつまでもガキじゃいられないんだ……!」

「……」

「俺自身三玖にお前ら姉妹で四葉のことを支えてくれと頼んだけど、でも……ああくそっ!」

 

風太郎は肩肘をついて頭を乱暴に搔きむしると己を落ち着かせるように目を瞑った。五月は何も言わず、そんな風太郎を無言で見つめている。

 

「悪い。どうかしてた。許してくれ」

 

取り乱した自分が情けなくいたたまれなくなって、風太郎は目を閉じたまま謝罪の言葉を述べた。

 

「上杉君」

 

だが思いの外落ち着いた口調の五月の言葉に顔を上げる。

 

「いくら世にも珍しい五つ子の私たちでも、いくら頭の悪い私でも分かっていますよ。いつまでも一緒になんていられないって」

「五月……」

「それに姉妹みんなでどこぞの相手を責めに行くなんて、そんなことしませんよ。するわけないじゃないですか」

「いや、でもな……」

「あなただって本当は理解してくれているんでしょう?」

 

五月はそこで口元をどこか不自然に歪ませた。

 

「あなただからですよ」

 

風太郎をしっかりと正面に捉えて言う。

 

「上杉君だから、そうしているんです」

「お前……」

「あなたは私たちにとって特別なんです」

 

そうして笑顔を見せた。満面の笑顔、親愛に溢れた笑顔を。

 

「いつ……」

「あ~。お腹減りました。どんなお料理でしょうか。楽しみですよ」

 

一転して無邪気に言う五月。風太郎はどこか引き攣った顔で目の前の五月を見る。

五月が心の奥で何を考えているのか分からない。そんな五月が不気味で……怖かった。

 

「お待たせしました」

 

そこに丁度よくかかる店員の声。

 

「お客様。当店では行き届いたサービスを心掛けていますが、どうか痴話喧嘩の方は周りを考慮してのセルフサービスでお願い致します」

 

その店員らしからぬ言葉に風太郎はパッと顔を上げる。

 

「なっ……」

「いらっしゃいませー」

「竹林!?何でお前が!」

「なんでって、私ここでバイトしてるから」

「えっ?な、何言ってんだ?だってお前がオススメの店だって教えてくれたんじゃないか」

「そうだよ。自分の働いている店をオススメするなんてバイトの鑑だと思わない?」

「お前……」

「それにしても早速来てくれるとは思わなかったけど。他の子に面白いお客さんがいる、って言われて見てみれば……まさか風太郎とはね」

「ぐっ……」

「しかもまだ時間も経ってない内にもう別の女の子連れて?ちょっと節操がないんじゃないかなー?」

「おい!」

「冗談だよ。冗談」

 

そのまま竹林は口をあんぐり開けて固まっている五月の方へ身体を向ける。

 

「えっと、お久しぶり……でいいのかな?五つ子さん」

 

そうしていたずらっぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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