SHs大戦 (トリケラプラス)
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第一話アークとメア
1-1サメの少女 アーク


<良く通る女性の声>

 

「あー……あー……あめんぼあかいなあいうえお。っと、いい時間だ。そろそろ始めようか」

 

 

<良く通る女性の声>

 

換歴七十四年四月二日午前十一時三十三分。場所は日本、方舟市。

 

他の都市と同様。住民たちに程よい安寧と一滴の刺激を提供するこの街では今日もどこかで事件が起きている。

 

幹線道路に眼を向ければホラ。一台の路線バスが周囲の改造車を蹴散らし疾走中。

 

巨大な鉄塊を避けようと無理に動くからあちらこちらで事故発生の大惨事。

 

カーアクション映画さながらの状況を作り出したバスの内情はさてはて。

 

 

「そうだ、そのまま黙って運転を続けろ。自分と、乗客の命が惜しければな」

 

運転席の男性の頭部に銃口を突きつけ嗜虐的に嗤う男は、その視線を背後の乗客たちとの自身の部下たちに移した。

 

「このバスは我ら簒奪の詩(バースジャック)が乗っ取った。次の停留所は予定を変更して空中都市浮遊埼玉ぁー空中浮遊都市埼玉に参ります」

 

 巫山戯た、しかしながら身の危険を感じさせるアナウンスに対する乗客たちの反応は様々だ。

 

「自警団や警察はまだこないの!?」

 

 助けを求めるもの。

 

「スゲーのだ!バスジャックなんて初めてなのだ!おじちゃんそのナイフ本物なのだ?ちょっとさわらせて欲しいのだ!」

 

「お嬢ちゃん、俺達真面目にバスジャックしてるからちょっと大人しくしててくれないかな……」

 

 刺激的な展開に眼を輝かせ。占拠者を逆にたじろがせるもの。

 

「くそ。またありえん。絡みか。巻き込まれるのも今年で三度目だぞ……取引に遅れてしまう」

 

 事態に慣れ。仕事の心配をするもの。

 

 そして。

 

「んがー……ごごご。スカー……。……ずずず」

 

 最奥の数人がけの座席に一人で寝そべり堂々といびきをかき眠るもの。

 

「ボスー!この女こんな状況だってのに眠りこけてやがりますぜ。どうしやす?」

 

「ふん。どうもここの乗客たちは緊張感が足りていないようだ。ちょうどいい。見せしめにしてやれ」

 

「そういうことなら……。おいてめぇー!バスジャック中に呑気に寝てんじゃねーぞ!っつかいびきうるせーんだよ更年期のおっさんかぁ!?……ぁん?」

 

 ボスの指示を受け騒音の元の至近でがなり立てる女は少女に対して違和感を覚えた。

 

 少女はホットパンツに胸の下で布が千切れたようなシャツを着た。非常に露出度が高い衣装だった。

 

 その身体はよく鍛えられており健康的な印象がある。しかし、その各所に散らばる壮絶な傷跡が一抹の不穏さを醸し出している。

 

だが、女が違和感を覚えたのは年頃の少女に似つかわしくない傷跡などではなかった。それよりももっと異質なものだ。

 

「これ……尻尾か?ゆらゆら動いて……この女から生えてんのか?珍しい」

 

 目出し帽子の女が見ているのは、巨大で上下非対称のブーメランのごとし形状の尾。傷だらけの……サメの尾。それがいびきをかいて眠る少女の臀部から生え。彼女の呼吸と共にゆらゆらと揺らめいていた。

 

 ソレが本物であるかどうか怪訝な顔の彼女が手を伸ばした時だ。バスの一際大きな上下振動により尾を持つ少女の鼻提灯がパンと音を立てて割れたのだ。

 

「んが!?あー……?誰だぁ。てめぇ……?」

 

 少女は琥珀色の眠り眼を擦り、怪訝な顔で目の前の女を睨み付ける。女は一旦たじろぐものの持ち直し。手に持ったナイフを眼前に突き付け吠えた。

 

「は、起きたなら話が早えー!テメーは今人質なんだよ。それを嫌というほど、今からわからせてや…「人の顔に唾飛ばしてんじゃねーーー!!」

 

 いい終わる前に少女の拳が女の顔面を捉え。彼女の体は少女の背格好に見合わぬ膂力によってバスケットボールのように吹き飛ばされ、フロントガラスを突き破り車外へと放出された。

 

少女が眠っていた時とは打って変って車内は静寂に包まれ。誰も彼もが彼女に目をやる。だが、少女はそんな視線など存在しないかのように自由に振舞う。

 

 

「ったく。人が気持ちよく寝てたっつーのに何だってんだよ。つか何?もしかしてさっきのとか、そことそこの刃物持ってる奴ありえん。か?じゃ今バスジャック中?好きだなオイお前等そういうの」

 

 白藍しらあい髪の少女が欠伸をしながらぽりぽりとむき出しになっている腹部を爪で掻く様に乗客たちも口数を取り戻す。

 

「アークだ」

 

「借金まみれのアーク」

 

「うるさいイビキはこいつだったのか」

 

「尻尾はコスプレなの?どうでもいいけど」

 

バスジャックのリーダー格の男は見るからに不快そうに顔を歪めアークと呼ばれた少女を睨み付ける。

 

 

「我らをありえん。などと一緒に括るな。我らには簒奪の詩(バースジャック)という名がある」

 

「お前等みんな、ありえん。呼び嫌がるよなー。でも残念。もう定着しちまってるし世間様はいちいち違いなんて気にしてくねーよ?それこそぐらいデカくねえとなあ。あきらめろ。で、どうする?財布置いて逃げだしゃ見逃してやるけど」

 

 ありえん。とはこの換歴の世に遍く蔓延る反社会組織たちの総称である。彼らは特定の物事に強く執着し、徒党を組み。法や公共の利益を無視して行動を起こす。そうして被害をまき散らした人間が増えることによって彼らを定義する名が生まれた。ありえん。と。

 

組織規模によってマジありえん。や、ホンマありえん。などとも称されるあんまりな公称は非行に走る若者達への足止めになっていると言われたり言われなかったりする。

 

 ともあれアークの返答を侮辱として受け取ったのか。男は一層顔を険しくもう一人残った部下に指示を飛ばす。

 

「おい!さっきからお前に付きまとってるガキを人質にしろ」

 

「え!?あ、はい!」

 

「のだー!?」

 

 部下は戸惑いつつも子供にナイフ突きつけようとする。だがそれよりも早く。

 

「はなっから人質だろ!」

 

 海面で跳躍するサメが如き勢いで座席を蹴り跳んだアークの蹴りが部下を打撃する。部下は衝突の勢いそのままにガラスの破砕音を鳴らし先ほどの女と同じ運命を辿る。

 

「き、さま」

 

一人になった簒奪の詩は手にもつ拳銃の照準を運転手からアークに切り替え発砲する。

 

 凶弾が迫る中、アークはさして慌てた様子もなく、腕輪に触れた後、虚空を掴むとそこから長大な何かを引きずりだす。

 

 虚空より現れたソレは軌道上にあった車内の手すりと弾丸を切り落とし。その姿を見せた。

 

「銃なんて今どき流行らねーって。時代は近接武器。こういうな」

 

 それは長剣。というにはその刃に取り付けられた無数の鎖刃が凶悪であり、チェーンソーと呼ぶにはあまりにも細く、長大であった。その剣の名をこう呼ぶ。

 

「チェーンソードってな」

 

「くっ、馬鹿な……!?」

 

 バースジャックは幾度も弾丸を放つが、その度にアークは弾丸を斬り、叩き落し無力化した。ついでに手すりや座席も切り刻む。たまに刃や跳弾が乗客を襲いかけたがおかまいはしない。

 

 やがてバースジャックが弾を撃ち尽くすとアークは刃を回転させ床を刻みながらバースジャックに迫る。

 

「く、来るな!来るなー!」

 

 一閃。バースジャックの持つ拳銃が紙を裂くように断たれガラクタと化する。極度の緊張から解放された彼は膝から床に崩れ落ちた。

 

 アークはチェーンソードの回転を停止させ肩に担ぎ上げると。

 

「で、まだやるか?」

 

「ひ、ひぃ~~~!」

 

 問いに正気を取り戻したバースジャックは慌てて立ち上がると、割れたフロントガラスからバスの外へと出ていった。その頃にはバスはとうに停車していた。

 

「わっはっはっは。どーよアタシの手並みは。感謝と共に謝礼金たんまり用意してくれていいんだぜー?つかよこせー?」

 

 高笑いと共に得意気な笑みでアークは背後の乗客たちに振り返る。彼女に待っていたのは称賛の声と賞金……ではなく。

 

「いたならもっと早く助けろー!」

 

「跳弾が頬を掠めて死ぬかと思ったわ!」

 

「儂の貴重な毛髪が刈り取られてしまったんじゃが!?」

 

 ブーイングだった。

 

「結果無事だったからいーだろ!減るもんじゃねえし」

 

「毛髪は減ったわ!」

 

「てか去年貸した一万円まだ返してもらってないんだけどー?」

 

「そうだそうだー!俺も幾らか貸してたはずだー」

 

「あ、そういえば私も」

 

「おいおいおい。な、なんだよ急に~そ、そんなこともあったかぁ?今はそんなことより礼……」

 

「お客様」

 

「はい」

 

 狼狽えるアークの元に隣の運転席から声がかけられる。振り向くと運転手である彼の顔にはいくつかガラス片が刺さっている。恐らくアークがバースジャックたちを吹き飛ばしてガラスを割った時だろう。サングラスで表情がわからないのが不気味である。

 

「運賃は払えますか?それとバスの修繕費」

 

 アークはいけないことをした子供のように縮こまりつつ、アセアセとホットパンツのポッケを弄り、有り金を探り出す。そして出て来た額は。

 

十円玉三枚と五円玉と一円玉二つ。計三十七円。

 

「ねえよ。そんなもん」

 

 誤魔化すように精一杯の笑顔でいった。

 

 



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1-2 嵐を呼ぶ小学生メア

 路肩に停められていた路線バスの扉が開き。中からサメの尾を持つ少女が蹴り出される。

 

「キャン!」

 

 そしてしばしの間のあとバスの扉は閉まり。通常の運行に戻って行った。排出されたアークを残して。

 歩道に前のめりで倒れ込んでいたアークは、身を起こすと遠ざかっていくバスに対して手を振り上げた。

 

「いてーなおい!アタシが何したってんだ!ちょっと、かなり壊しただけだろ!ふざんけんなよー!!コラー!」

 

 抗議するがエンジン音は無情に去っていく。

 

「マジかよ……。アイツら助けてやったのに蹴りだすか普通……?」

 

 うなだれるアークの背後から幼い声がかけられる。

 

「ねーちゃんはアークっていうのだ?」

 

「あん?誰だオメー?」

 

アークの背後にいた者が猛々しく名乗りを上げる。

 

「メアはメアなのだ!小学五年生!メアは名乗った。さあ、名乗るのだアーク」

 

 ビシっとアークを指さしたのは彼女の胸のあたりほどの背丈の小さな娘だった。

琥珀色のセミロングにカチューシャを乗せた蒼眼。短い袖の上着にミニスカートを揃え左手には何やら高そうな電子腕時計を身に着けている。

 

「いや名乗るも何もオメーがいってるし。アークだよ。誰なんだよ……。いや、思い出した。さっきナイフ突きつけられてたガキか。それがわざわざ降りてきて何の用だよ。その高そうな腕時計くれんのか?」

 

「ガキじゃなくてメアなのだー。小学生にたかるなんてアークははじを知ったほうがいいのだ」

 

「このメア野郎……!!」

 

 アークは引き攣り顔で拳を硬く握り込むがメアと名乗った少女は意に介さず興奮した面持ちで話し出す。

 

「それよりもさっきはスゴかったのだ!ぎゅーんとしてバーンとなっておっさんがふっ飛んでいったのだ!アークはチョウ人なのだ!?そのシッポは何なのだ!?本物なのだ?サワらせて欲しいのだ!」

 

 のだのだと己の周囲を回りながら矢継ぎ早に質問を飛ばしてくるメアに対し、アークはウンザリとしながら思案を巡らせる。

 

(……こんだけアタシに興味を持ってるってこたぁこの辺の奴じゃねえってことか。それともアイツら絡みか)

 

「なあ。オメーいつからココ住んでんだ?」

 

「その歯でテッカイかみクダけるのだ?-?メアは先週この街に引っこしてきたのだ!アラシを呼ぶてんこーせーという奴なのだ。それよりもなんでそんなに肌を出しているのだ?ロシュツキョウなのだ?さっきのチェーンソーどこからだしたのだ?というかアレはそもそもなんな──」

 

 一部の質問に血管を切れさせつつもアークはメアを言葉通りの異常小学生と判断付けた。アイツらの関係者であればあまりにも杜撰な接触の仕方だからだ。そして思い出す。最初は興味真摯で近づいてきた近所の子供たちが三日後には飽きて冷たい目をするようになったことを。久々に興味を持たれたことにアークはちょっと気分を良くしていた。しかしそれもここまでだ。

 

「ご飯は何を食べるのだ?おやつは与えてもいいのだ?うんちはでるのか?今日はカイベンだったのか?スリーサイズはどうなってるのだ?おふろ入ってるのだ?結局サメなのだ?てかkyaineやってる?」 

 

「うぜーーーー!ヌーヌル先生にでも訊いていやがれ!あばよクソガキーー!」

 

 マシンガンのように斉射される不躾な質問の数々に耐え兼ねアークはついに全速力でその場を離れる。その速度は残像が発生するほどであり直ぐにその姿は見えなくなった。

後に残されたメアは所在なさげに手を伸ばしたまましばらくいるとやがて腕時計に数言呟く。そしてニタリと笑みを浮かべた。そして道路に向って元気よく手を挙げる。

 

「ヘイタクシー!なのだ!」



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1-3 SH

 街中のなんてことのない二階建ての一軒家。傍からはそう見えるその一室でアークはテーブルに上半身をねそべらせてまくし立てていた。

 

「つーことがあってよー!ったくありえん。に絡まれるわブーイング喰らうわ妙な小学生には纏わりつかれるわで大変だったんだぜー……。もっと労わってくれよーそんで小遣いくれよー」

 

「面倒があったことは認めるがそれとこれとは全くの別問題だな。今日のところはこれで我慢しておけ」

 

 先程までアークの話を聞いていたと思われる蓬髪に眼鏡を掛けた白衣姿の女性は机の彼女に一杯のコーヒーをサーブしてやる。

 受け取ったアークは露骨に嫌そうな顔で文句を垂れた。

 

「げー……。コーヒーかよ。なんかもっと他にあんだろサーン。酒とかビールとか……アルコールとかさー」

 

「お前に酒はまだ早いし。私は飲まないのでこの家に調味用以外の酒はない。消毒用ならあるが。呑むか?」

 

 アークは無言でコーヒーに一口口をつけると顔をしかめ。

 

「けっ、遊びのねーやつ。そんなんじゃ、じゅーなんなはっそーにも限界があるんじゃねーのか?」

 

 憎まれ口を叩きつつもその口ぶりに悪感情のようなものは含まれていない。それがわかっているのか生来の気質ゆえか、サンと呼ばれた女性は表情を変えず言葉を返してやる。

 

「余計なお世話だ。それはそれとして、だアーク」

 

「あん?」

 

 サンはアークの背後を指さし指摘してやる。

 

「さっきの話に出て来た妙な小学生とはこの娘のことか?」

 

 そこには先ほどアークに纏わりついていたメアと名乗る小学生の姿があった。

 

「ゲゲーっ!!妙な小学生だー!?」

 

 メアは立腹というように両手を腰に添え上半身を前に倒す。

 

「妙な小学生ではなくメアなのだー!置いてくなんてヒドイのだ!」

 

「お、お前なんでここに……「あ、これつまらないものですが手土産ですのだー」「ああ、これはどうもご丁寧に」

 

「聞けよ!なんでここがわかったんだよ!」

 

 手土産を受け渡しする二人を怒鳴りつけたアークに対して、心底呆れた表情のメアはつまらなさげに口を開く。

 

「体ぺたぺたした時に着けたジーピーエスで見つけたのだ」

 

「酷いのはお前だー!?つけたのかアタシに発信機!?いや、待て。場所がわかってもだ。玄関のカギは閉めてたはずだ。多分、今日は閉めた。はず。なのになんでお前は入って来てんだよ!?」

 

「ピッキングしたのだ。カンタンだったのだ!」

 

「あらやだ犯罪!!」

 

「ショーネンホーがあるからハンザイじゃないのだ」

 

「犯罪だよ!!この小学生悪質すぎるだろ……」

 

 メアはさっと視線を外し口をとがらせた。

 

「人間は生まれながらにして大罪をカカえているんだから一つ二つの罪を重ねても問題ないのだ」

 

「無敵かこいつ!?つかサン!アンタがもっと家のセキュリティ高めときゃこんなやつ入れなくて済んだんじゃねえか?」

 

 流れ弾のように文句をぶつけられたサンは口元に手をやる。

 

「そうするとお前が家に入ってこれないだろう。お前が覚えられるのか?十六桁の番号を始めとした手順を」

 

「数が多いんだよ!極端すぎるだろうが……!もっとこう……間がさあ!?」

 

「どの道お前は弾き出されるように思えるが……。そういうのであれば検討しておこう。ところでだ、君は先ほどアークに発信機を付けたといっていたが、何故アークとさして変わらぬ時間でここまでたどり着けたんだ?小学生の身体能力ではアークについていくのは難しいだろう。まさか君は……」

 

 サンがその先に続く言葉を口に出す前にメアは勢いよくその問いに答えた。

 

「メアは金持ちだからタクシーでつけて来たのだ!袖の下渡して法定速度もぶっちなのだ。金の力は偉大なのだ!」

 

 ばっと最大価値の貨幣を扇状に展開しアークに見せつけるメア。アークはふらふらと貨幣に手を伸ばすも間に立っていたサンに途中でその手をはたき落とされる。

 

「くっ……。これ見よがしにテメーの富裕を誇示するとは……嫌味なガキだぜ……。それでここに来やがったのは。やっぱり」

 

「ふ、その通りなのだ。アーク!お前のことを教えて貰いに来たのだ!もう逃げ場はないのだ。もみもみさせるのだ~」

 

 メアは両手を前に突き出し指を怪しく屈伸させる。アークとサンは顔を見合わせ会議する。

 

「おいおいどーする?軽くボコって泣かして帰らせるか?」

 

「いや。彼女は恐らく私の同類だ。誤魔化しても追い払っても興味が尽きることも諦めることもないだろう。ここはある程度教えてやった方が双方害はない。そもそもお前が普段から擬態で生活していればこんなことは起きないんだ。反省しろ」

 

 方針を決めるとサンは妖しい動きを続けるメアの眼前で腰を下ろし目線を揃えてやる。

 

「わかった。アークについて君に教えよう。だが、決してこれを他人に話してはいけない。約束できるな」

 

「あいわかったのだ!ママとマミーにもダマってるのだ!!だから教えて欲しいのだ」

 

目を輝かせ両手を上げるメアに了承が取れたと判断しサンは付近のホワイトボードを動かしアークをその近くに立たせて説明を開始する。

 

「では解説を始めよう。君が察しているようにアークは人間ではない。人間と動物の特徴を兼ね備えた存在。SH。スーパーヒューマンというまだ世には知られていない新種の生命体だ。アークの場合はサメの特徴を大雑把に継承しているな」

 

「ふおおおおぉぉぉ!サメ人間!半魚人なのだ!」

 

「おい」

 

「スゲーのだ!だからアークはあんなに強いのだな」

 

「へへ……まあな」

 

 得意げに人中をこするアークであったがメアの興味は既に他に向いており。

 

「アークの他にもSHっているのか。というか大雑把に継承ってなんなのだ?アークの性格のせいなのか?」

 

「お前……」

 

「ああ、哺乳類に鳥類、甲殻類に両生類、そして魚類その他など、アークの他にも様々な動物の特徴を大まかに受け継いだSHが数多く存在している。そしていい所に気が付いたな。特定の動物種……サメと一言でいってもシュモクザメ・ジンベイザメと様々な種が存在する。その中でも更にナミシュモクザメ、アカシュモクザメと細かく分類することができるな。だがアークはそのどのサメとも完全には特徴が一致しない。あくまでサメのような特徴を持っているというだけだ。そしてこれは他のSHも変わらない。特定の動物に近い特徴を持ったものがSHと呼ばれる」

 

「SHは雑な括りなのだなー。それじゃーSHって何を食べるのだー?教えて欲しいのだ先生ー!」

 

 しっかりとノートにメモを取り一所懸命に話を聞くメアに対しサンは感心したように。

 

「うむ。アークよりよほど教えがいがあるな。いいだろう。SHの食物は人間とさほど──」

 

「けっ、勝手にやってやがれアタシは寝るかんな」

 

 何時間と続きそうな講義にウンザリとしたアークは部屋から出ていこうとするも、ふとドアノブを回す手が止まる。

 

「SHってどうやって生まれるのだ?やっぱりママからなのだ?」

 

「──」

 

一瞬、室内は静まり返るが直後サンは口を開く。

 

「……SHがどのように生まれるかはわかっていない……が自然発生説が有力視されている。ある日突然この星に生まれているのだ。今は換歴の世だからな。そういうこともあるだろう」

 

「ふーんそうなのかー。ウチの庭で生まれて欲しいのだ。妹として育ててチューセーをチカわせるのだ」

 

 その様に一息をつきアークは再びドアノブを回し部屋の外へと出ていった。

喧噪を閉ざす音が聞こえる。

 日も沈み空が茜に染まった頃、先ほどとは打って変って静寂に包まれた部屋に、扉を開けてアークが顔を出す。彼女はタブレット端末を操作しつつコーヒーを飲み一息をついているサンを見かけると声を掛ける。

 

「なんだあのガキ大人しく帰ったのか。泊ってくなんていいださねーかヒヤヒヤしてたぜ」

 

「ああ……門限を破るとマミーとやらに怒られるそうでな。時間厳守だそうだ。……それよりもだ。アーク、お前に伝えておくことがある」

 

 端末を弄る手を止め、カップを机に置きアークに向き直ったサンにアークは身構え。

 

「なんだよ改まって。もしかしてまた」

 

「ああ、また。だ。しばらく前から新しいSHらしきものの目撃情報がこの街で確認されている。絞り込むと恐らく山近くの古城……風の建物を拠点にしている可能性が高い。気を付けることだ」

 

 サンは手に持っていたタブレットの画面をアークの方に向かせてやる。そこには話に上がった古城や目撃情報やその近隣で起こった事件について記されていた。

 

「妙な名前の吸血鬼……ねぇ。チスイコウモリあたりか?。これあのガキにゃいってねーよな?」

 

「無論だ」

 

「だよな。ま、情報ありがとさん。面倒だししばらくあっちの方は避けとくわ。で、今日の晩飯なに?」

 

「焼き鯖だ。未だ動かんかお前は」

 

 アークは体を捻り一伸びすると首を鳴らし。

 

「今は他にやりてーことが一杯あっからなー。わざわざ金にもならねーことやりたくねーの。まーいつかやってやっから安心しろよ」

 

「はあ……それで。明日は何をするつもりだ?」

 

「んー……ウルセエのから解放されたし。パチンコだな!」



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1-4 しかし、小学生に回り込まれてしまった

 日が頂に達しない頃。街道をゆらゆらと尻尾を揺らしながら進む人影?があった。

アークだ。彼女はサンの自宅からくすねた小銭を片手でキャッチ&リリースして弄ぶと意気揚々と目的地に歩を進めていた。

 

「パッチンコパッチンコひっさしぶり~新台入ってねーっかなーっと」

 

 だが、彼女の歩みを阻む声が一つ背後からかけられた。

 

「朝っぱらからパチンコでおこづかいをスルとは。アークはとんでもないダメ人間なのだな。おまけに軍資金が小銭とは。みみっちくて涙が出てくるのだ」

 

 不敵に笑うメアがそこにいた。

 

「な・ん・でお前がいるんだ~~~!?つーかまだスッてねえ。今日は勝つんだよぉ~~~!」

 

「いででででで!?めちゃくちゃ痛いのだ!アークがうつるのだ!離すのだ!」

 

 アークはメアの両こめかみに握り拳当て込み圧迫しながら持ち上げた。メアはジッタバッタと両足を振り回すがアークは意に介さずメアの元気がなくなるまでグリグリし続けた。やがて気が済み解放されるとメアは涙目で地面に手を着き荒い息で言葉を続ける。

 

「ううう~~~ジンジンするのだ……。頭がアークになっちゃったかもしれないのだ……」

 

「おう。もう一回やっか?でなんでいんだよ」

 

 先程の拷問のジェスチャーをするアークからメアは一歩距離を取った。

 

「サンせんせーからSHのことはいっぱい聞けたけどまだまだわからんことがいっぱいなのだ!だからメアはアークを観察することにしたのだ」

 

「ふーざーけーんーな。だーれがこんなガキのお守りなんてやるかよ。さっさかーちゃんのとこに帰った帰った」

 

 手をスナップさせ追い払う動作をとるも。メアはめげることなく一歩を前にだす。

 

「ガキじゃないのだメアなのだ!そうはいかないのだ。一度目を付けたからには絶対つきまとうのだ。おはようからカラスが鳴くころまで一緒なのだ!」

 

「あ、向こうにSH」

 

「マジなのだ!?」

 

 アークに指を差された背後に向って首がねじ切れんばかりの勢いで振り返ったメアであったが視界に移ったのはランニング中のボディビルダーらしき一団だけだった。

 

「SHどこにいるのだ?ムキムキしかいないのだ。SHは女しかいないってせんせーいってたのだ」

 

 メアは首を傾げアークの方へと振り返るとアークは遥か遠方に消えていた。

 

「あーっ!逃げたのだ!?」

 

 アークはいい姿勢で全力疾走し高笑いを上げていた。

 

「はーっはっはっ単純な手に引っかかりやがってバカガキがよ~~~!!子連れなんてまっぴらごめんだぜ。あーばよー!」

 

 そこまで叫んだあとアークはふと嫌な予感に思い当たり半目になる

 

「あのガキ観察するとかいってたけど……まさか明日もこねえだろうな?」

 

 次の日。

 

「うまなみなので~」

 

 駅前で鼻歌を歌いながら意気揚々と歩くアークの姿があった。

 

「メアを置いてどこに行こうというのだ?」

 

「ちょっと競馬に……。げーーーっ!?異常小学生!やっぱり来やがった!」

 

 追跡者の姿を確認した直後アークはクラウチングスタートの姿勢を取り即座に走り出さんとした。だがそれよりも早くその右手に手錠が掛けられる。

 

「逮捕ー!?」

 

「つかまえたのだー。これで今日一日いやがおうでも一緒なのだ……かくごするがいいのだ」

 

 上下の歯を噛み合わせキシシと笑うメアとは対照的に青い顔で手錠を眺めるアーク。

 

「お前これ……本物……?」

 

「マミーのお部屋にあったから持ってきたのだ。調べたらけっこうなお値打ち品。壊したらべんしょーしてもらうのだ」

 

「こいつ……あ、いやそうだお前鍵もってんだろうな?」

 

「置いてきたのだ」

 

「は?」

 

「お家に置いてきたのだ」

 

 あっけらかんと澄んだ目で話すメアとは対照的にアークは慌てふためくアークは切実なことに言及した。

 

「ああ!?おま……お前……。こんなんでお手洗いどうすんだよ……!」

 

「あ」

 

 メアもこれは予想外といった表情で慌て始めた。

 

「や、ヤバいのだ……意識したらちょっとおトイレに行きたくなってきたのだ……」

 

「ふっ……ざけんなよ……!?おい……お前の家近いのか?さっさと鍵取りにいくぞ……あん?」

 

 歩きだしたアークを阻むようにその場で立くすメア。珍しくその顔は憔悴している。

 

「まずいのだ……今日はお昼までマミーがお家にいるのだ……勝手に手錠持ってきたのバレたら……アークみたいな不良とつるんでるとバレたら、怒られるのだ……!」

 

「知るか!さっさと家教えやがれ……!」

 

「せっしょうなのだー!せんせーにかぎ開けてもらうのだー!!」

 

 群衆の中で小学生のの叫びが木霊し、渦中のアークはそれはもう白い目で見られた。

 

 更にその次の日。

 

「いつまで入ってるつもりなのだ?早く冒険に出発するのだ」

 

「個室を上から覗くなよ!お手洗いだぞここ!?」

 

 個室の上縁から顔を覗かせるメアは目を細め平に伸ばした手を振ると。

 

「昨日一緒の個室でトイレした仲なのだ。見ててやるから早くすませてしまうのだ」

 

「帰れ!」

 

 帰らなかったので夕方まで遊んだ。

 

 また別の日。

 

「お前……どうしてこう毎日毎日見つけてくんだよ……!?」

 

「知らんのだ?小学生からは逃げられない」

 

 またまた別の日。

 桜の舞い散る花道を、アークとメアは歩いていた。

 

「学校も始まったってのにお前も毎日毎日あきねーなー」

 

「がっこーよりもアーク見てる方がおもしれーのだ。終わったら直行なのだな」

 

 そういうメアは紫色のランドセルを担ぎアークの前で影を踏み外さないように飛んで歩いている。

 

「へーへーがっこでトモダチできなくなってもしんねーぞ」

 

 満更でもなさげにいうアークにメアは片足立ちのまま振り返り笑う。

 

「ノープロブレムなのだ。初日に学年で幅を利かせてるオジョウを打ち取ったらクラスの支配者に祭り上げられたのだ。ともだちいっぱいなのだ」

 

 それ下僕じゃね?という言葉を飲み込み足を止めたアークを他所にメアは言葉を続ける。

 

「それよりも友達いないのはアークの方なのだ。ここ数日知り合いはいても友達っぽい人が全然いなかったのだ。アークってもしかしてぼっちなのだ?フレンドしんせいしてやろうなのだ?」

 

「ぼっちじゃねーよ!トモダチも……5……4人ぐらい……いると……おも……いーんだよ。トモダチなんてアタシにゃ必要ねーの」

 

 途中自信がなくなりつつも強がった口調で告げるアークにメアはなおも続ける。

 

「それはアークがSHだからなのだ?」

 

「あ?あー……そう。そーそーだからもうくっだらねーこというんじゃねーぞ。さ、今日はどこいっかなー」

 

 頭をかきつつ再び歩みを始めたアークは途中でメアが付いてこないことに気づき振り返った。

 

「おいどーした?置いてくぞー」

 

「あ、メアを置いてくのは許さんのだー!」

 

 メアはアークを追って駆ける。もはや影の外に出ることなど気にしてはいない。



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1-5 メアの吸血古城探検

 夕暮れの公園にてアークは遊具の上に寝ころびぼーっと空を眺めていた。

小学校が終業する時間はとうに過ぎておりランドセルを背負った小学生たちの集団下校も終わった後だった。

 

(……今日はこねえんだなアイツ)

 

「って、何考えてんだアタシは!?寂しいとか思ってねえんだからな!むしろ五月蠅いのがいなくてせーせーするぜ」

 

 ガバっと遊具の上で勢いよく飛び起き、ひとしきり騒いだ後。アークは押し黙る。しばしの沈黙の後アークは遊具を降り、何食わぬ顔で近くを通りかかった小学生に声をかける。

 

「おいそこの双子。メアのやつ知らねーか?」

 

「あ、駄目人間のアークです」

 

「駄目だよ私。口を聞いたらアークが感染っちゃう」

 

「ガキ共の間で私はどんなイメージなんだよ……!じゃなくてだな。

 

「メアさんなら今日はきゅうけつきに会いに行くっていってましたよ。ねー」

 

「ねー。なんでも最近きゅうけつきが出ると噂の古城……みたいなところに探検に行くんだって……何人か一緒に行くって言った子もいたけど足手まといになるからついてくるなーって結局一人でいっちゃった」

 

「きゅーけつ、き……?」

 

 双子の話にアークは眩暈のようなものを得つつもこらえ。駆けだす。

 

「あんの……バカ!!」

 

 

 メアは町はずれのレンガ造りの古城……風な建物の敷地前で仁王立ちしていた。

彼女はちらちらと周囲を振り返り誰も見ていないことを確認するとランドセルから本格的な鍵縄を取り出し、振り回すと、三m程の壁に向かって投射。頂点に鍵を引っかけ固定するとそのまま壁を伝って登り切る。

そして壁の上から内部を見下ろし、番犬などの危険がないことを認識すると敷地内へと飛び降り受け身を取って転がった。

 

「ふん。メアにとってこんなかべ、シレンでもなんでもないのだ」

 

 犯罪である。

 そして建物の入り口にやってくると扉に対してピッキングを試み。瞬くまに開錠を成功させ侵入する。広場のやたら偉そうな銅像が咎めるような眼を向けているようにも見えるがお構いなしだ。

 二度目であるがやはりこれも犯罪である。

 中に入ると室内の電気は一切点いておらず、外部からの明りが差すのみの薄暗い空間が広がっていた。

 そんな場所をメアは躊躇なく一歩を進めていく。

 

 (……最近噂になってる古城のきゅうけつき。きっと何かのSHなのだ。てなづけてアークのとこまで連れて行ってやるのだ。きっと喜んで涙を流すのだ)

 

 メアはアークがSHだから友達がいらないといったことをSHと人間では釣り合わないといっているのだと判断した。しかし、その口ぶりから本心では友達に飢えていると感じた。ならば日頃から付き合わせていることもありアークに友達を作ってやろうと考えたのだ。

友達を断られたのは不服であるがそこはよしとしよう。代わりに泣いて感謝させて下僕になってもらおうと思う。きっと面白い。

 しかし、想像上の吸血鬼とアークが自分を差し置いて並んでパチンコを打ち競馬に精を出す様を想像するとどうにも胸がむかむかする。ここ数日激しく動きすぎて調子が悪いのかもしれない。手早く済ませてしまわねば。

 建物内部は外観からは考えられないほど清掃が行き届いており、埃っぽいということはなかった。

 メアは廊下を抜け大広間や小部屋などを確認する。どの部屋にも部屋の空気にあった品のいいアンティーク調の家具が置かれていた。

 

「ここはフルーツのお城なのだ?」

 

 ふと気になったのはこの建物内部全体からとても濃く甘い、様々なフルーツが混ざり濃縮されたような甘い香りが漂ってくることだ。一体どこからこんな匂いがするのかメアの興味は尽きず、歩みを早めていく。

 そして螺旋状の階段を上り二階部分に出るとそこは大広間となっていた。

 

「きゅうけつきー!きゅうけつきさんいらっしゃらないのだー?」

 

 周囲を見渡しまだ見ぬ吸血鬼に語り掛けるメアに対して返事が返される。それもメアの遥か上からだ。

 

「わらわを捜してこのような場所までやってくるとは随分、意気軒高な童じゃのう」

 

 古風な発言の声の主は時代だけでなく姿勢まで逆行していた。彼女は天井にて逆さに立ってメアを見下ろしていた。

 

「この暁の簒奪者。ラムルディの聖域を侵した愚者よ。汝の望みはなんじゃ?」

 

 ラムルディと名乗ったのは真紅のゴシック調ドレスを着たアークと同じ年ごろに見える少女だった。精巧な人形の美貌ごとし美貌と腕から生えている飛膜が彼女が人の理の存在でないことを主張している。

 そんな彼女の問いにメアは目を輝かせつつも首を横に傾げ。

 

「あかつきのりゃくだつしゃ(暁の略奪者)なのだ?」

 

「誰がエオラプトルじゃ!?暁の簒奪者!吸血鬼じゃ。全く最近の若い者はどいつもこいつも……」

 

 恐竜のような剣幕で吠えたあと嘆かわしいとばかりに空中で頭を抑えるラムルディにメアは億さず訊ねる。

 

「きゅうけつきさんはSHなのだ?会って欲しいダメ人間がいるのだ。一緒に来て欲しいのだ!」

 

その問いにラムルディは想定外といったように目を丸くし口元を抑える。やがて薄く笑みを浮かべる。

 

「ほう……。おぬしSHの存在を知っておったか。いかにも。わらわ、ラムルディは吸血鬼にしてコウモリのSHである。……ふむ。幼き身でありながらSHの存在に辿り着き。あまつさえわらわとの謁見を果たすとは。どこぞのありえん。の手の者……いや、お主にはそのような邪気や洗練された動きは見うけられん」

 

 ラムルディは得心がいったというように口元を抑えていた腕の組みをほどき両腕を広げ。

 

「なるほどおぬし野良のロールシャッハか。これは重畳。よくぞわらわの元までやってきたおぬしのおかげでわらわの組織での地位も少しは上がるやもしれん」

 

「な、なんだか不穏な空気なのだ?」

 

「いや。そう身構えることではない。おぬしSHを捜しているといっていたが……おぬしがそのSHになる気はないか?」

 

その蠱惑的な誘いにメアは完全に面食らったように硬直し。しばしの間ののち疑問を返す。

 

「へ?SHってなれるもんなのだ?せんせーはSHは生まれた時からSHっていってたのだ」

 

「ふむ……そのせんせーとやらが何者かは知らんが。生まれた時からSHなどという者などわらわは知らぬよ。SHとは人が特殊な改造手術を受け埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)と繋がることで誕生するものじゃ。それはわらわも変わらぬ」

 

「……手術するのだ?」

 

「?……うむ」

 

 要領を得ない問いにラムルディが肯定を返すとメアは更なる質問を送った。

 

「おちゅーしゃするのだ?」

 

「しない方がかえって痛そうじゃからのう」

 

「お邪魔しましたなのだ~~~!おちゅうしゃいや~~なのだ!!」

 

「なっ!?待つがよい!」

 

 注射が発生すると理解した瞬間トップアスリートのごときスタートダッシュでこの場からの離脱を図るメア。ラムルディはあまりの動きにしばしあっけに取られるも正気を取り戻し天井を蹴り翼をはためかし追跡する。

 

「想像以上に元気な童じゃな。まずは進路を塞ごうか」

 

 ラムルディは虚空に手を伸ばすとそこから何かを掴み、一気に引き抜く。現れたのは一本の棒に槍としての刃と斧としての刃を取り付けたハルバードと呼ばれる武器。それが二振り。

 振りかぶり投射すると正確にメアの進路前に突き刺さりメアは急な方向転換を余儀なくされた。

 

「のわ~~~!?串刺しなのだーー!?」

 

「鬼事はしまいじゃ」

 

 ラムルディにとって無理に方向を転換したことにより一気に速度を落としたメアを捉えることは難しいことではなかった一気に降下し獲物に手を伸ばす。メアは身を縮め顔を伏せ。

「やだ~~~!助けて欲しいのだーー!マミー!!」

 

「マミーじゃなくて悪かったな」

 

 快音が響く。

 恐る恐る目を開いたメアが最初に目にしたのは揺れる青と鎖。

 

「白藍の髪にサメの尾……そうか。おぬしか。我ら欠けた円環の継手(カルヴァリー)より離反し反旗を翻した唯一のSHというのは」

 

「アークゥ!」

 

 ラムルディの腕をチェーンソー型の長剣で受けとめるアークがいた。




ついに本題のバトルに入りまーす


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1-6 I have a apple

 二匹のSH。両者は中空で正面から衝突する。

 アークがチェーンソードを振り下ろしラムルディが双のハルバードで受け止める。一瞬の交差の後、二匹は弾き飛び地上で再び激突し剣戟を交差する。

双のハルバードを振るうラムルディが手数で勝るがアークは一撃一撃を少ない動作で躱し、受け流し、的確に振るうことで互角。それ以上に渡り合っていた。

 

「くっ、この……」

 

 ラムルディは応戦するために速度を上げるが無理矢理なソレは動作を雑にするだけであった。結果容易く読まれ、剣戟の隙間からアークの拳が彼女の身体を捉え始める。

 

「は!動きが素人くせぇ!手に馴染んだ武器じゃあねえなあソレ?」

 

「やかましいわ!じゃが……あたり……じゃ!」

 

 つばぜり合いを続ける中ラムルディは勢いよく頭を振りかぶり虚空を噛み。自らの首ごと振り回す。

 

「あぶね!?」

 

 虚空より引き抜かれ放たれた物体は瞬間的に身を縮めたアークの頭部を掠め去る。くの字形。特殊な金属によって形作られているモノは

 

「ブーメラン!?てことは」

 

 吸血鬼の放った投射武器は標的を通過した数メートル後から進行方向を転換し再び獲物へと襲い来る。

 

「わらわの元に返るのは必然よな」

 

 ラムルディは体勢を崩したアークへとハルバードを振るい対応を強制する。

 

「くっそ。吸血鬼らしからぬ武器使いやがって」

 

「じゃからわらわも使いとうはなかったのじゃ。わらわにこれを使わせた罪。その身で贖えよ」

 

 そう話す間にも背後から死の円盤は迫る。

 二双の刃と輪刃に挟まれ回避は不能と思われたアークだったが危険を背に一気呵成。

 

「力押し……だ。足元が御留守だぜ。歩くのは久しぶりか?インドア派ぁ!」

 

 ハルバードを力づくで押し返し覚束なくなった足元に脚を差し込み一気に位置を奪い取る。その結果起きることは一目瞭然。

 

「わらわに押し付けおったか……」

 

「テメーの武器でイタイ目見やがれ!」

 

「小癪」

 

 アークの言の通りラムルディの背には彼女自身が放ったブーメランが迫りつつあった。だが、彼女は慌てることなく鋭い右上下の犬歯を合わせて三度鳴らす。

小さな乾音が響いた直後。ブーメランの片翼背部の端で小さな爆発のような小火が発生する。

 唐突ながら発生した衝撃と推進力はブーメランのバランスを大きく変え。結果ラムルディに届く前に大きく左へと逸れることとなった。

 

「そ、そんなんありかよ!?」

 

 アークの抗議には耳を貸さず、ラムルディはそのまま左上下の犬歯を四度かち鳴らす。すると今度は先ほどとは逆翼の背部が火を上げ再び軌道を変えアークを襲う。

自在に軌道を変える遠隔武器と近接武器への同時対処はさしものアークも骨が折れるようで次第に小さな傷を増やしていった。そして。

 

「アーク!危ないのだ!」

 

 メアの叫び通り。アークの顔面には今まさにブーメランが迫ろうとしていた。そして背後には双の武器を交差し一気に振り下ろそうとせんラムルディ。

 片脚立ちのままでは回避も叶わぬ絶対絶命の危機。だが、アークは笑い。チェーンソードのエンジンを掛ける。そしてブーメランがアークの顔面を捉えた。

金属音が響く。その音を斬り裂くように風切り音が後を追う。

 チェーンソードの重量を活かした回転上段切り。

 ただそれだけで双のハルバードとラムルディの飛膜は断たれる。

 ラムルディの押し殺し切れぬ叫びが城内に響いた。間髪を入れずラムルディの腹部へと拳が叩き込まれる。

 

「おげっ……ぶっ!?」

 

 ブーメランのように体を曲げ頭が下がったところ顔面を拳で砕かれる。

 ラムルディは鼻血を流しながら床をバウンドし転がりやがて止まる。

 ダメージは大きく直ぐには立てないようだが腕を支えに上体を起こしキッと吸血鬼に手をあげた不敬者を睨み付ける。

 その不敬者。アークは無事だった。彼女はその口にラムルディのブーメランを咥え。かみ砕くとペッとその場に吐き捨てる。そして空いた手で痛めた首元を抑えてやると。

 

「もう終わりか?案外大したことねえなあ噂の吸血鬼さまは。いや暁の……あか……あー……」

 

 既に記憶があやふやなアークに遠く離れたメアが声をかけてやる。

 

「赤紙のさんだつしゃなのだ」

 

「赤髪の散髪者!」

 

「それはただのファンキーな理容師さんじゃ……!おのれどいつもこいつも人のかっこよい異名を馬鹿にしくさってからに……」

 

ぐぬぬぬと腕を振るわせる暁の簒奪者に対しアークはチェーンソードの切っ先を向け告げる。

「そんでどうすんだ?お前もSHならあるんだろ。この世の理を侵すSH能力ってやつがよ。出さねーってんならこのまましまいにすっけど」

 

「フン。それほど見たければ見せてやるわ。暁の簒奪者として謡われた吸血鬼の力をな……そこのわっぱ共々生きて帰れると思わぬことじゃ」

 

 アークの挑発に乗る形でラムルディは痛みをこらえて立ち上がり、両腕を広げ体とともにWの文字を象ると、その手にそれぞれ異空間から物質が取り出される。

 

 <Apple> < Pineapple>

 

 ラムルディの右手には真っ赤な林檎が。左手にはとげとげしいパイナップルが。それぞれむき出しで握られていた。



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1-7 乳と糖と果実

 ラムルディの腰にはいつの間にかベルトのように正面に括りつけられたスムージーミキサーが存在していた。

 ミキサー下部の音響機器のようにも見える装置の上には透明ガラスの長大なコップ状の容れ物が取り付けられており、その下部には円形に配置された六枚の刃が見える。

 ラムルディは両の果実を明らかに大きさの足りない容れ物の上部へと落とし込む。すると本来であれば、入り口で詰まってしまうであろう果実たちはあろうことか、すんなりと入り口を通過し、自身より小さかった器に収まった。まるでそこにあることこそが自然であるというように、だ。

果実を覆う天蓋が現出し。ラムディは高らかに宣言する。

 

「乳と糖と果実(フライングフォックス)」

 

 音声認識により刃が回輪し二つの果実を粉砕・転化していく。

 数秒のタイムラグの後に完成したのは甘い香りを漂わせるオレンジ色の液体。

 ラムルディは容れ物を装置から取り外し注ぎ口から一気に中身を飲み干していく。

 飲み干し、一息をついた彼女はハンカチで口元を拭うと先ほどまでソレを収めていた容れ物を放り捨てる。すると彼女の身体に変化が起きた。

 彼女の漆黒の髪は真紅へと染まる。髪色が変わったのではない。構成する物体そのものが毛髪から赤い小型のパイナップルへと転じているのだ。

 

「待たせたな。これがわらわの力。その威力は……これからその身をもって味わうがよいぞ」

 

「ほーんそいつぁ楽しみだ……なっ!」

 

 直前まで暇を持て余したかのように力を抜いた体勢だったアークは即座に戦闘態勢に移り一閃。

 迫る一閃に真紅の吸血鬼はふわりとバック宙を一回。柔らかく、しかし大きな動きにより空中へと回避する。彼女の身はまるで重力の枷から解き放たれたかのようにゆったりと上昇を続け、降りて来ることはなかった。

 

「うぉーい!いつまで浮いてんだー!降りてこーい!降りて来ねーなら……」

 

「まあそう急ぐな。直ぐに降ろしてやる。……こやつらをな」

 

 アークの抗議をどこ吹く風と受け流すラムルディは髪を構成するパイナップルをいくつか収穫すると、眼下へと放す。それらはゆっくりと重力に任せて自然落下する。アークはそれをただ眺めているものの突如として身を翻し距離を取るとチェーンソードをパイナップルと自身の間の壁とする。

 その判断が功を奏した。

 アークが咄嗟の防御姿勢をとった直後落下中のパイナップルたちは一斉に爆ぜ。その硬質の身を衝撃と共にぶちまけた。

 飛散したいくばかの破片はアークの身体を掠り、抉り、突き刺す。

 

「パイナップル爆弾なのだ!?」

 

「ってぇ……!けどこんなトレえ攻撃次は……」

 

 下から睨み付けるアークの視界に真っ先に移ったのは十を超える真紅のパイナップルであった。

 吸血鬼の振り下ろす指運に合わせアークの上空付近を浮いていたパイナップルたちが異様な速度でもって降下し爆発する。

 

「うおおおおおおお!?……なーるほどなぁ!?。重力の林檎と爆発物のパイナップルを混ぜ合わせたってぇことかよ!自分と爆弾に重力制御を自由にかけられるってかぁ?」

 

「ふむ。記憶力はともかく頭の回りは悪くないようじゃの。じゃが、わかったところで意味はない。いつまで持つかの」

 

 ラムルディは断たれた羽の代わりに重力制御にて宙空を漂い。逃げ惑うアークを追いかけながらパイナップルを投下し続けた。爆撃が連続する。

 

「アーク!これを使うのだ!」

 

「あ?おお!サンキュ」

 

気合の入った遠投にてアークの元に届けられたのは鍵縄。アークは逃げ回りながらも即座に振り回し。遠心力を高めると爆撃の隙間らからラムルディを狙い撃つ。

的確に放たれたそれは間一髪避けられるものの爆撃を止ませるには十分だった。その隙を付き、壁を蹴り移動と共にすれ違いざまに切りつける。これも躱される……がラムルディの表情には焦りの汗が浮かんでいた。繰り返す。

 一見アークが体力を消耗し続けるだけに見える攻防だったが実際には回避と爆弾の制御を重力制御という超常の力で行っているラムルディの集中力を大きく削いだようだ。結果として対処に必要以上のパイナップルを投下することが多くなっていった。そうした攻防が続く中、状況は転換点を迎える。

 ラムルディのパイナップルが枯渇したのである。

 

「無駄撃ちしてっからだ。どうやらもう手が尽きたみてぇだなあ。待ってろ今すぐ墜として……」

 

「これでわらわの手が尽きたと?おめでたい頭をしておるな。思い違いの代償は我が身で贖えよ」

 

 ラムルディは残った僅かな爆弾を全てばら撒きアークとの壁とすると空いた両手を虚空に翳す。

 

 <Avocado><Dragon fruit>

 

 

 鰐梨とドラゴンフルーツを取り出しミキサーに投入。眼下の爆発が終わるころには精製と身体への補給を完了する。

 収穫されきっていた彼女の髪は再び元の漆黒の長髪へと戻っていった。それと同時に重力制御の力も失われたのかふわりとスカートを果実の華のように広げて落下した。

着地しまだ戦闘の姿勢を取れていないラムルディに対し待っていたとばかりに土煙の中から現れたアークがエンジンのかかったチェーンソードを振り下ろす。

 真っ赤な血の華が……咲かなかった。

 外側からは大きな変化が見られなかったラムルディであったが確かにその身に変化が起きていた。それは服の下に覆い隠されたモノ。刃を受け露わになった腕部の肌にそれは現れていた。

 

「……っ!?かてぇ!」

 

 ゴツゴツとした突起の見える深緑色の硬質の肌。それがラムルディ腕を覆っていた。

 ラムルディは冷や汗混じりながらも口元を左右に長く引きき笑みを作る。その口の端に炎を覗かせてだ。

 次の瞬間、ラムルディの口砲からは充填された炎が放射されその眼前を焼き尽くした。

アークは咄嗟にチェーンソードを投げ捨て。身を屈め前転からの回避行動を敢行。すんでのところで炎の手を免れる。

 

「林檎とパイナップルだけじゃあねえってか……くそ、もっと吸血鬼らしいことをしろ」

 

 その様子を見ていたメアはふと首を傾げ手元の腕時計に疑問を投げかける。

 

「ヌーヌルせんせー!フライングフォックスってなんなのだ?吸血鬼となにか関係あるのだ?」

 

 音声認識によってメアの疑問を受け取った腕時計は回答を提示する。

 

「えーと。フライングフォックスはオオコウモリの異名の一種でー……果実を主食にするのでフルーツバットとも呼ばれる……血は吸わないのだ!?アークー!そのきゅうけつき。きゅうけつきじゃないのだ!コウモリやチスイコウモリのSHじゃなくて……きっとオオコウモリのSHなのだ~!」

 

 遠く離れた位置から叫ぶメアの声を聞きアークはバッと振り返り呆然とした顔で振り返る。

 

「えっ……なにお前……血、吸えねーの……?じゃあ、なんで吸血鬼なんて名乗ってんだ……?」

 

 見ればラムルディ拳を握りしめは打ち震えていた……

 

「こ、このガキィ……わらわの決して暴いてはならぬ秘密を……許さぬ……許さぬぞ……」

 

「お、おい……落ち着けよ荒俣の簒奪者」

 

 無言で怪獣のような拳を振るった。

 幾度かの獣腕を回避しアークは反撃の拳を送る。だがそれは全て硬質な腕に阻まれ逆にアークの拳を傷つける結果になる。

 アークは打撃の応酬の合間に徐々に移動を繰り返し投げ捨てたチェーンソードを回収すると勢いづき。縦横縦の連撃を繰り返しラムルディを押し返す。

 斬撃への対処のために上半身に意識を集中させたところで脚に向って蹴りを放つ。鈍い音が響く。

 

「痛ってぇ~~~!?」

 

 平然としているラムルディとは対照的に攻撃を放ったアークはチェーンソードを持ちながらも片脚を抱えて辺りを片脚立ちでぴょんぴょんと飛び跳ねる。

ロングスカートで見えなかったがどうやら脚部もコーティング済みのようだ。

痛みに喘ぐアークを尻目にラムルディは深く深呼吸を一つ。溜った息を吐きだす動作で勢いよく炎を吐き出した。

 

「あっづぁ!?」

 

 文字通り尻に火がついたアークは尻尾で尻を扇ぎ消火しながらあまりの熱さに駆けだし窓を突き抜け外へと逃れる。

 獲物を失った怪獣は階段の方に目をやるがそちらにも既に人影はなく。代わりに階下からの騒がしい声が聞こえる。

 

「メアを置いていくんじゃないのだ!?何しに来たのだアーク!」

 

「ウルセーさっさと逃げねーやつがわりぃんだよぉ~~~!」

 

といった醜い言い争いの声が聞こえる。その声にラムルディは大きなため息が付随する。

 

<Grapefruit><Lemon>

 



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1-8 アークネード

「よくも置いていったのだ!」

 

「げ、追いついてきやがった」

 

 レンガ造りの中庭にて合流したアークとメアは出合い頭そうそうに取っ組み合いを始めるものの、先ほどまで炎が上がっていた城内から、炎ではなく白い水蒸気が上がるようになったことを確認すると喧嘩の手を止める。

 

「で、これからどうするのだ?逃げるのだ?」

 

「バーカいえ。ぶったおすに決まってんだろ。尻焼かれて黙ってられるかってんだ」

 

 方針を決め古城を眺める二人の元へ突如として古城の砕けた窓から一条の蒼束が飛来する。

 水の束がアークを打撃し直後、バチッという音を響かせアークを感電させる。水圧と共に放たれたのは雷。水を媒介にアークを襲う。

 水と雷は激しい音を立てアークを襲い震わせ続ける。やがて一際大きな音が放たれるとアークは地面に倒れ伏す。

 

「あ……アーク……」

 

 雷が止み不安げな声をあげるメアであったがピクリとアークは動き出し大きな伸びをする。

 

「あ~~~いいマッサージになったぜ~~。なんだこれ?サービスか?」

 

「ふむ……魚類ならば雷が一等効くかと思うたのじゃが……やたら効きが悪いのう。どういう身体しとるんじゃおぬし?」

 

 割れた窓から舞い降りたのは髪色を黄色とオレンジが混ざった状態にしたラムルディであった。

 海水を操るグレープフルーツと電気を操るレモンが効果のなかったことに若干の憤りを見せる彼女であったが直ぐに調子を取り戻す。

 

「まあよいわ。ともかく逃げ出さなかったことは称賛してやろう。褒美に殺す時は苦しまず逝かせてやろう」

 

<Banana><Chestnut>

 

二つの果実をミキサーで圧搾し。四度目の完飲を果たすラムルディ。そして彼女は窓の外へと身を躍らせる。

アークたちの眼前に降り立つその時には既に身体の変化は完了していた。彼女の髪は黒の長髪へと戻っていた。だが変化はそれだけではない。彼女の背面や腕、脚の側面などに黄色の長大な棘をその身から生やしていた。

 

「では……行くぞ」

 

彼女は己の身を抱き黄色の棘が付いたボールのようになるとそのまま少し身を転がし。アークたちの元へ一直線に滑っていった。

摩擦係数を減らすバナナと身体から凶悪な棘を生やす栗の組み合わせがアークたちを襲う。

 

「くっそぉおおおお!なんじゃそりゃああああ!?」

 

 アークはメアを脇に抱え身を翻し全速力で駆けだす。

 速度では棘の塊の方が上回るが滑って移動しているためか小回りが利かず、アークが方向を転換するたびに丸まった形状を解除し軌道を修正しなければならなかった。それによりアークたちは再び距離を稼ぎなおす。そういった流れを幾度も繰り返す。

 

「クソっどーする……アークネードは……あの勢いじゃ突破される可能性がある。逃げ続けるしかねーのか!?」

 

「アーク!あそこのドーゾーをぶん投げてやるのだ。やつもそろそろ目を回すころなのだ一回弾いてやればきくはずなのだ!」

 

 メアの指さす方を見ればそこには確かに台座の上にそびえ立つやたらと偉そうな誰だかわからない男性の石像が置かれていた。

 アークはチェーンソードのエンジンをかけるとそのまま銅像を台座ごと切断し、通り過ぎざまに足裏で蹴り飛ばしてやる。目標は黄色い棘の塊。

 大質量がぶつかり合う。その結果は正面衝突ではなく。

 

「滑ったー!」

 

 黄色い棘は激しく上方にスリップし遠方に滑り倒した後丸まった体勢を解く。

 

 <ume><watermelon>

 

棘の塊。ラムルディはメアを脇に降ろすアークを前によろよろと立ち上がり新たなミックスジュースを作り上げる。

 

「う、ぬう……ちょこまかと……うぷ……」

 

苦しみながらも完飲を果たすラムルディにアークは突貫し斬りかかる。その刃が到達するよりも早く彼女は変身を遂げ狙いを定める。

腕が変化した緑と黒の文様の単砲口が狙う先は、アークではない。

 守り手が離れて無防備になった小学生。メア。

 

「テ……メエ……!!」

 

 アークは咄嗟に刃の行き先を胴部ではなく砲身へと切り替える。刃を回避するために腕を逸らしたことが要因になり弾はメアから大きく外れた位置へと飛んでいく。

アークはそれを見てホッと一息をつくが次の瞬間信じられないものをみる。

 あらぬ方向に飛んで行った種子が途中で方向転換し再びメアの元へ向かっていったのである。

 メアもそれに気づきアークの元へ駆け寄りまたアークもラムルディに背を向け駆けだす。

 そして狙撃手は無防備な背に向い弾丸を放つ。

 一人と一匹に絶対不可避の凶弾が襲う。そして後には二つの死体が転がる。

 突如として中庭に発生した巨大な竜巻が飛来する種子を弾かなければそうなっていたはずだった。

 

「アークネード!」

 

 言葉と共にメアを抱くアークを目として巨大な風の奔流が屹立する。

 外部からは幾度も風の防壁を貫こうと種子が撃ち込まれているようだが一つたりとも届くことはない全て表面において呑まれ嵐の一部へと還る。

 

「これがアークの……」

 

「嵐を呼ぶアーク様のSH能力ってやつだ。大丈夫だ。あんなもん通しゃしねーよ。たくヒヤヒヤさせやがってよ~……じゃ、いってくるわ」

 

 メアの髪をくしゃくしゃとひとしきり揉むとアークは嵐に振り返りゆっくりと歩みを進める。その瞳に怒りの意思を滾らせて。

 



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1-9 決着

 ラムルディは暴風の壁の前に立ち尽くしていた。

幾ら打ち込んでも効果のない射撃は既に止めている。今はどうやってこの嵐を突破するかを警戒しながら思案している最中だ。

 

(……発動してからしばらく経つが一向に勢いが衰えん。緊急回避だけでないとしたらこの竜巻を障壁に何かしでかすか……?ならば攻め。解除を待たず。風のない天上から攻める……か。林檎はさっき飲んでしもうたから)

 

 ラムルディは位相空間から果実を取り出しミキサーへとセットする。

 

<Grapes><Orange>

 

そして変身の為のドリンクを精製する。その時だ.竜巻の中に人影が映り蠢いた次の瞬間。

ラムルディは慮外の衝撃を受けることになった。

 

<冷静さを装いつつも若干興奮気味な女性の声>

 

地表に存在するありとあらゆるを巻き込み、吸い上げ、自らの構成物へと変える風の化け物。

竜巻。

アークが乗りこなしているのはソレだ。

彼女は今風と一体となり円周上に高速移動を行っている。

自由自在に風を泳ぐ様は正に龍が天に昇るが如し。

数十の周回を経て彼女は遂に風の円環から解き放たれる。形状は飛び蹴り姿勢。力の向かう先は当然。暁の簒奪者ラムルディ。

天災の力で生み出された遠心力とは果たしてどれほどのものであろうか……

嵐鮫が蝙蝠を捕食する!

 

 

 竜巻の遠心力を得た超速の飛び蹴りがラムルディの鳩尾を捉える。

 めり込んだ剛脚は一層強く沈み込み、肋骨が一本一本折れていく音が響いていく。

 その音すら置き去りにして二匹は激進する。

 衝撃に耐えきれず腹部に取り付けられていたミキサーが宙を舞う。

 そして。

 終着点を砕き。決着する。

 

「げっ……!?ぉご、ぇえええ……げほっ、げほっ」

 

 崩壊した外壁を背にラムルディはべちゃべちゃと口元から生暖かい血液を滴り落とす。

一通り咳を出し。落ち着いたと思われた彼女に安息は訪れない。

 

「休んでんじゃねーぞオラ」

 

 眼前のアークにより乱雑に衣服の掴まれ、持ち上げられ、強引に立たされる。自力で立つ力はもうない。

 そしてミキサー容器が外れてむき出しとなった彼女の腹部に今度は拳がめり込む。

 

「げェ!?お……ぁ?……おのれぇ……貴様ごときがわらわを……このような、たたではすまさ………ごぶぅ!?……き、きさ……ぶッ!?ぐぅ!?」

 

 それは一度ではすまず幾度も打ち据えられた。

 

「も……もうやめ……うぷ」

 

 そしてラムルディに変化が現れる。打撃のなか突如としてえずきだし。そして上体を折りさまざまな色が混ざった液体を大量に吐き出した。

 カラフルな液体は眼前のアークは勿論のこと自身の美麗な紅の衣装も濡らし穢していく。

 アークは自らにもかかったフルーツと酸味の香りを嗅ぐとケタケタと笑い。

 

「おーおーそりゃあんだけの量を何杯も何杯も飲んでりゃそりゃこんだけでるよなぁ。もっと絞り出してみるか?ん?」

 

「うぐ……。うぐ~~~!!」

 

 目に涙を貯め呻くラムルディを愉し気に眺めるアーク。そして彼女はあることに気付く。

 

「ん~~~?なんだぁオメェ?さっきからこう……モジモジモジモジとスカートふりふりさせやがってよぉ~。ああ、そりゃそうだよなあ。さっき吐いた奴で全部な訳ねぇよなぁ~!」

 

 アークは顔に手を当て笑う。

 

「あんまりつめてえもん腹につぎ込むもんだから……もう漏らしちまいそうなんだろう?なぁ?じゃあこうだ」

 

 そういうとアークはラムルディのスカートをめくりあげ擦り合わせた汗ばんだ太ももを押し退けその手で彼女の股座に手を差し込んだ。

 

「ひゃっ!?お、おぬし……なにを……!?」

 

「お前、アタシに電気がきかねーことを不思議に思ってたよな~。それがなんでか教えてやるよ」

 

 不敵に笑うアークに対しラムルディは何が何だかわからないといったように恐怖に震える。

 

「持ってんだよ電気を放つSH能力を……な。当然耐性ぐらいあるさ」

 

「な、なんじゃと……!き、忌刻十二支の御方々ですらないおぬしが……複数の独立した能力を持っているとでもいうのか!?」

 

「一個で複数を兼ねるオメーに言われてもなんか特別感ねーなぁ。ま、いいや。アタシのは純粋な電気の能力だから……さっきみてぇな柔いもんじゃねぇぞ?それを今からこの手を介してお前に通す」

 

 そういうと手指を軽く曲げ掴む。

 

「ひゃっ……!?そ、そんな……そんなことをしたら……」

 

「お漏らし確定だろうな~~~!いい顔してくれよ?」

 

「や……やじゃ……そんな辱め……や、やめとくれ……いや……やじゃーー!!」

 

ラムルディの絶叫と共に古城に閃光が迸る。

 



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1-10 ありがとーなのだ

「あー、ばっちぃばっちぃ。どっかで手ー洗わねーとなー」

 

 事を終えたアークは濡れた手をパッパッとスナップさせて手を乾かす。目立った水滴が飛びきったのち彼女は笑顔で後ろに振り返る。

 

「おーし。メア、もう大丈夫だ……ぞ……」

 

 そしてアークは見る。そして絶句した。

 

 巨大な鳥類の翼を生やしてパタパタと浮かんだメアがそこにいたのだ。若干頬も紅潮している。

 

「お前……まさか……飲んだのか?」

 

「そのとりなのら~。そしたら。は、はえてきたの~~ら。はははははは」

 

 見ればメアの足元には空になったミキサー容器が転がっている。そして若干アルコール臭がする。間違いなく酔っている。

 葡萄のアルコール操作とオレンジの鳥翼獲得能力の影響をもろに受けた悪ガキが誕生した。

 

「おっ……まえ!馬鹿!アホ!ガキ!メア!!そんな得体の知れねーもん飲んでんじゃね~!!」

 

「ふふふ~今日はもうこのまま飛んで帰っちまうのら。楽ちんなのら~」

 

「母ちゃん卒倒すんぞ酔っ払い!」

 

その言葉にハッとなり未成年酔っ払いは羽ばたきを止め地面へと墜落する。

 

「そ、それはまずいのら~!何とかならんのだー!?」

 

「待ってろ今すぐ元に戻してやる!チェーンソード!」

 

「手術イヤ~~~!!!」

 

 チュイイイイイイインというエンジン音と共に酔っ払いが泣き叫ぶ声が街に木霊する。

<良く通る女性の声>

かくして一人と一匹は出会い。この世界の裏側に一歩足を踏み入れました、と。そんなところかな。

今回の事件はこんなところで解決だろう。しかしラムルディはとんだとばっちりだったね。ご愁傷さまってところだ。

ん?

おや、先ほどまで気付かなかったけど彼女たちの後ろ……死角に誰か……。

緑髪の、少女がいるね。近づけてみよう。

 

「あれが欠けた円環の継手(カルヴァリー)の裏切者、アークですか……なるほど少しは楽しめそうですね」

 

 そう呟くと彼女は行ってしまった。

 僕も彼女たちを見ていればしばらく退屈はしなさそうだ。こんなところで今日の出歯亀は終わりにしようかな。

 じゃあまた。

 

 ♦

 

 太陽が落ち空は蝙蝠たちが幅を利かせる時間になった。そんな街中を一人と一匹がとぼとぼと歩いていく。

 

「結局夜になっちまったなー」

 

「なー」

 

「なー。じゃねえんだよ!てめえがあんな得体のしれねえもん飲まなきゃもっと早く帰れたんだよ!大体なあ……なんであんな場所入ったんだよ……。不法侵入だろ……」

 

 呆れかえったような口ぶりで文句を垂れるアークの最もな質問にメアは口をとがらせる。

 

「アークが……やっぱりいいのだ」

 

「あん?アタシがなんだって?言ってみろよ」

 

 メアは隣に並んで歩くアークから顔を逸らし。呟くように話す。

 

「アークがSHだからSH以外の友達はいらないって言うからSHを連れてきてやろうと思ったのだ!……でも失敗したのだ」

 

 アークはメアの供述に惚けた顔をしそして

 

「言ってね~~!そんなこと言ってね~~あれはお前が面……「面!?」

 

「いや……いいや……とにかくもうあんな無茶すんじゃねーぞ。お前ちびでよわっちぃんだからさ」

 

「べ~~!アークの言うことなんか聞かないのだ~~!懲りぬ、退かぬ、省みぬなのだ!」

 

「あっ、テメ!」

 

 舌を出し駆けだしたメアを追ってアークは走り出す。己についてくることに少しはにかむ。

 

「でも」

 

 昨日から続いたモヤモヤはもうなくなっていた。笑顔で言う。

 

「助けてくれてありがとーなのだ!」

 

 華のような笑顔を前にアークは。

 耳の横に片手を添え、前に突き出してやる。聴こえなかったというように。

 

「ふざけんななのだー!耳にアークが詰まってるのだ!?絶対聴こえてたのだ!」

 

「あー?ガキは声もちっちぇいからなーんも聴こえなかったな~?んー?もっかい言ってみー?礼金でもいいぞ?」

 

「ホアッチョー!!」

 

「てめぇ手錠をヌンチャク代わりにするやつが……いて、いてぇ!このガキ……覚悟はいんだろうなぁ!?」

 

 喧噪は続く。

 

SHs大戦第一話「アークとメア」

 




これにて第一話終了です。これからどんどんキャラを増やして勢いを増していきますよ~。


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SH図鑑①ラムルディ&次回予告

SHs図鑑①ラムルディ

 

元動物:オオコウモリ

 

誕生日9月9日

 

年齢:16歳

 

概要:真紅のドレスを纏った自称吸血鬼。血は吸えない。

暁の簒奪者という異名を名乗っているが微妙に間違えらえて覚えられてしまうことに憤りを感じている。実は末っ子気質で結構な小物。

 宝くじの一等をあって勝った古城風の建物に居を構え、世界各地の果物を仕入れた加工したジュースの半場いで生計を立てている。なおこの生計についてはアークとメアによってある変化が起きたらしい。

 

 割とトイレが近い。

 

 オオコウモリは本来超音波を使わないが、強化体で使用可能。

 

 武装:得意武装は信号を送ることで爆発し軌道が変わるブーメラン。なお換歴にはブーメランは高確率で使用者の手元に戻る加護のようなものが存在している。

 本人はブーメランを好んでおらず二刀流のハルバードを愛用しているが練度不足と才能のなさにより扱いは下手。 

 

趣味:オンラインゲーム(コテハンは暁の簒奪者)

新規の果物試し、産地へ出向くことも。

吸血鬼アイテムの収集。

 

癖:逆さづりで寝ることがある。暗くて狭いところが好き。棺桶ベッドをもっている。

 

 

SH能力 :①乳と糖と果実(フライングフォックス)  胴部に特殊なミキサーを召喚。二種の果物を内部に入れることであらゆる調理過程を省略して特殊なミックスジュースが誕生する。(訓練で高速化可能)混ぜ合わせた二つの果実によって飲んだ本人の体質を変化させることができる。(果実に属性分が乗る)能力の解除条件は一つが排尿。二つ目が、真水を飲むこと。三つ目が別の効果のドリンクを飲むことである。

 

本編使用果実

林檎 自身に関する重力操作。片方の果実の能力も対象に入る。

 

パイナップル 身体の一部を爆弾にする。

 

ドラゴンフルーツ ドラゴンのように炎を吐けるようになる。

 

スイカ 腕を銃化し相方の能力に応じた弾丸を放つ。

 

梅  追尾能力を付与する。

 

葡萄 アルコール操作能力。

 

アボガド ワニのSHの装甲を腕と足に生やす。防御力A相当。 

 

レモン 電気操作能力

 

グレープフルーツ 海水操作。

 

バナナ 摩擦係数を減らす。

 

栗 身体から棘を生やす。

 

オレンジ 鳥類の翼を授ける。

 

未登場果実一部

さくらんぼ 身体のルビー化

 

メロン 網化もしくは網の発射

 

桃 魔除け

 

スターフルーツ なんか目立つようになる

 

アセロラ 動物の声が聞こえるようになる。

 

ビワ 体の一部が琵琶になる

 

 

 

次回予告

 好きなアニメの新台パチンコを求めて隣町に出向いたアークと付いてきたメア。

 楽しくお金をスッていくアークだったが突如として客の一人が作品語りを始めて……?

 アークとメアに布教の魔の手が迫る。

 

 次回SHs大戦第二話「オタクランドサガ」 

 

 



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第二話「オタクランドサガ」
2-1 いざとなり街へ


<低めに読み上げる女性の声>

SHアークは改造人間である。

彼女を手術したのは欠けた円環の継手(カルヴァリー)。史上最大最強のありえん。組織。

 アークは復讐のため今日もカルヴァリーとたたか……ってないね。

 呑気に平穏を満喫してる。今日はメアとお出かけかみたいだね。

 行き先はこの方角だと……。ふむ、今度は何を見せてくれるだろうか。

 

 桜舞う街頭を行く一匹と一人の影があった。

 傷だらけの身体を晒す軽装のアークと年相応に活発な格好のメアである。

 

「なーなーアークー。今日はどこにいくのだ?トバかトバかトバなのだ?」

 

 メアの舐め腐った声色にアークは二マリと振り向き珍しく浮ついた声で返事を返してやる。

 

「よーくわかってんじゃねーか。パチンコだよ。パチンコしに……嵯峨にいくんだよ」

 

 びっと指を天高くつき上げ太陽を指すアークにメアは冷たい水を浴びせるような視線を向ける。

 

「たまの休みの小学生をどこに連れて行くと思えばとなり町までいってやることがパチンコ……無職はひまでうらやましいのだなー」

 

「普段なら顔面陥没させてやるところだが……感謝しろよ。今日のアタシは機嫌がいい。なぜなら……!」

 

 能面のような面構えと化したメアに対し、興奮した面持ちで赤黄に目が痛くなるようなピラピラの広告を眼前に突き出してやる。

 幾重にも折り目のつけられたソレにはこう書かれていた。

 

「うっふん、おとめじゅく。……なんなのだ。いかがわしいのだ。アークはドスケベなのだなー……」

 

「ちっげぇよ!いやそれも打つけど……その上だよ」

 

そこにはデカデカと赤文字のロゴでこう書かれていた。

 

「フィン……ランド、サーガ?」

 

アークは胸を張り鼻息荒く語り出す

 

「おおよ!フィンランドサーガ!略してフィンサガ!スゲエアニメなんだぜ……!バイキングたちによって荒廃しきったフィンランドの社会福祉を立て直すために七人の女体化フィンランド偉人が生前との常識や性別のちが……」

 

メアは熱っぽく語り出すアークの言葉に観念し。

 

「そのフィンサガがどうしたっていうのだ?」

 

「よくぞ聞いてくれたな。このフィンサガ……なんと待望の初パチ化!本日新台入替だ!!こりゃいくっきゃねえだろ!でもよー。この一大事だってのに入荷してんのがこのあたりだと隣町のパチしかねえんだよなー。つーわけで行きます。嵯峨」

 

「”擬態”するほどなのだ…‥‥?やれやれ仕方ないのだ。たまには付き合ってやるのだ」

 

 言われたアークの尻には普段見慣れた尾がなく。まるで普通の露出癖の少女のようであった。体中に残る傷跡を除けばの話だが。

幾つもの信号を渡り、無視しやがて普段過ごす町並みとは異なる姿が見え始める。

 

「と、そろそろだぜ……」

 

「ここが……」

 

「「嵯峨」」

 

 辿り着いた嵯峨。眩いネオン電灯にホログラム広告の数々。電気街というべき町を沢山のグッズを背負った人々やアニメからそのまま抜け出したような格好をした人々が練り歩いている。

 

「おいアレ。見ろよ」

 

 その中でも一際目立つ存在がいた。

 真っ赤なバンダナに極厚の眼鏡。水色のジャケットにシャツインGパン。指抜きグローブに大きなリュックから丸めたポスターを覗かせているのは、

 

「クラシック・オタクファッションだ。最先端だぜ。イカスな……服に着られてるんじゃねえ。完璧に着こなしてやがる。スタイルいいし素顔は相当の美人とみたぜ。尻がエロい」

「1、1、0なのだ」

 

「まぁて!落ち着け……!!落ち着いたな……じゃ、アタシあいつにパチ屋の場所聞いて来るから!」

 

「そんなの聞かなくてもヌーヌル先生で……やっぱりスケベザメなのだ……!」

 

 制止も無視してクラシックオタクファッションの女性に話しかけにいったアークにむくれメアは道路の小石を蹴る。

 そうする間にもアークは女性の前に辿り着き喰いかかる。

 

「なああんたこの辺でパチ「ひぃようぇ~~~!?」

 

「お、おおおう」

 

 夜道で変質者に話しかけられたかのような絶叫を上げ。後ずさる女性にアークも流石にショックを受けたようで少しの間硬直する。

 

「やらんかにな……なにようござるか……!?は!も、もしやこれが噂に聞くオタク狩り!もうだめぽでござる!?教会でやりなおさせていただきたいでござる!異世界でも可!」

 

「やー、その……パチ屋……」

 

「パチっと!スタンガンでパチっとするのでござるか!?熟練の狩人でござる~!どうか家宝と推したちには手をださないで欲しいでござる~~!どーかどーか!」

 

 話を聞かず路肩で土下座を始めたオタク女性に気圧されアークはじりじりと後退を余儀なくされる。騒ぎに次第に周囲の通行人たちの視線も集まって来る。

 

「か、顔あげてくれよアタシはただフィンサガ台について聞きたかっただけ「フィンサガ……」

 

 慌てふためいていた女性が特定の単語に耳ざとく反応し静かになったことに気付いたアークは再び対話を試みる。

 

「あー……っと。フィンサガ。フィンランドサーガ。知ってっか?アタシの好きなアニメなんだけどー「もっちろんでござる!」「うおっ!?」

 

 土下座の体勢から跳ね飛びあがりアークの両手を握りしめた女性は鼻息を荒くしてまくし立て始めた。

 

「フィンサガといえば一昨年の夏アニメの超ダークホース的作品でござるからな……!単なる偉人女体化だけではなく真性女性バレであったり多重人格キャラかと思えば中身が混ぜ物であったり変化球も多かったでござるな……!NO.4が札束風呂に親指を立てて沈んでいくシーンは涙なしには見れなかったでござるよ。名シーンといえば2話の」

 

「だよなー!アタシとしては六話で神が怒って振り下ろしたウコンバサラを積み立てた年金で障壁貼って真っ向から押しとどめるとこが好きでさー。あそこの札束の偉人リアルとは違うけど近縁者で固めてあるんだってな。凝ってるよな~」

 

「ぬう。なかなか通なところを。設定資料なども隅まで読み込んでいるとみた。おぬしできるでござるな。で、あれば本日のビッグイベントについては当然既知でござろうな」

 

 分厚いレンズの眼鏡に手を当て逆光を煌めかせるオタクの言にハッとしたアークは周回遅れで本題を切り出す。

 

「ああ~!そうそうそれだそれ。アタシら今日はフィンサガのパチ打ちに来たんだけどさ。ここらで入荷してる店。アンタしってっか?」

 

 問われた女性は待ってましたとばかりに背後の大通りを指さし。

 

「フム。フィンサガ入荷のパチンコ店であればあそこの通りを右に行けばすぐでござるよ」

 

「さーんきゅ!じゃアタシらいくけどアンタもこねえ?フィンサガトークしながらフィサガしようや」

 

「むむむむ。それは何とも甘美な誘い……!であるが、やらんかもこのあと重大案件を抱える身。断腸の思いで断らせていただくでござる……いけたらいってたでござる」

 

 重いものを持つエモーションからヨヨヨと悲しむエモーションを繰り出すやらんかは心底名残惜しそうにアークを見送ろうとするも。アークはその肩を抱き。携帯端末を自身とやらんかが映るようにかざる。

 

「そうかい残念。じゃ代わりに一緒に写真撮影で我慢さしてくれ。アンタみたいにクラシックスタイル着こなしてるやつ初めて見てスゲー感動したんだよ。記念にな」

 

「でゅ、でゅひっ!やらんか大感激でござりゅう……ど、どうぞご尊顔を写しなされ……」

 

「マスク外してなー」

 

「おうふ」

 

 こうしてアークはパチンコ屋の情報とクラシックオタクスタイルの女性とのツーショットを手に入れた。

 

「じゃーなー!楽しんでくるぜ~!あんたもがんばれよ~」

 

 メアと共に目的地へと意気揚々と歩みを進める。

 後に残された女性は手を振りそしてマスクを掛け直す。その口元を歪に歪ませながら。

 

「……ごゆっくり」

 




第二話開始でーす。


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2-2 布教

 けたたましい電子音と鉄が幾度も弾ける音がホール中で響き渡る。

 ここは嵯峨唯一のパチンコ店。ワニノコ。アークとメアはそこにいた。

 原作アニメーションを流しつつ演出に合わせて変形を繰り返す台を満足気に眺めるアークと目を輝かせるメア。

 

「す、スゲーのだ!正面の台と合体したのだ……!アニメもホログラム仕様もあるってマジなのだ!?」

 

「だろだろ~。最近のパチはすげーんだよ。そこにフィンサガの名シーンを忠実に再現した演出。こんなん名パチにならねーわけがねーのよ。見ろ!三話の絶望シーンだぜ!心にくるよなこの慟哭は」

 

 新台の出来とメアの反応に、アークは五連続で外れ演出を引いているにも関わらずどこか満足気で次々と持ち玉を擦っていく。

 

「よーし次こそ新規キャラソン演出当ててみせるぜ。期待してろよなメア!」

 

 意気揚々と次の闘いに挑もうとしたその時だ。突如としてホール内に鈍い打撃音が響き渡る。音は直ぐに電子音と鉄弾きの音に掻き消されるがその振動は筐体を伝わって遠くまで届いた。

 見ればアークの座る二つ隣の台に、立ち上がり筐体に拳を打ち付けている男がいた。いわゆる台パンと呼ばれる行為である。

 しばしの沈黙ののち彼はぶつぶつと口を開き始める。

 

「糞が……何が新台は当たりが出やすいだ。さっきからサウナでミイラになってる絵ばっかりじゃねえか……。たまに違う絵かと思ったら女の子がやたらオッサン臭く号泣してる絵だし……汚ねぇよ!ヌーミンとシナモンが融合したら巨大化して人食いトナカイと戦うとか……意味わかんねえんだよ!」

 

「オイ」 

 

「あんー?」

 

 大好きなフィンサガへの侮辱に対し立ち上がり文句を言おうと立ち上がったアークであったがその行為は途中で阻まれる。彼女より先に動いたものがいたのだ。

 彼は台パン男とアークの丁度間に座っていた客だった。突如として台パン男の胸倉を掴み上げると怒気を抑えつつ語り始める。

 

「貴様……俺の前でフィンサガを侮辱するとは……ただで済むと思うなよ。汗みどろの美少女が干からびすぎて骨が浮きあがり眼窩が陥没する姿に魅力を感じないような……TS美少女の元の身体に引っ張られた情緒を理解もしないような。そんな浅い、原作を碌にチェックもしないような打ち手に……フィンサガ台をプレイする資格などない!そもそもヌーミンとシナモンの絡みはフィンサガ独自ではなく原典からある組み合わせだ。このにわかめ!貴様のような奴は……貴様のような奴には……」

 

「な、なんだってんだよぉ……!」

 

 胸倉を掴まれ狼狽える台パンを他所に語り始めた男は打ち震え、ゆっくりと次の言葉を絞り出す。

 

「布教してやる……!」

 

「は?」

 

答えはなかった。

 ただ、その代わりというように台パンの露わになっていた首元に、布教男が肉食獣のように勢いよく喰らいついた。

 

「ひ、ひぎぃ~~!?やめろぉー!離せ!離せ―!誰か、誰か助けてくれぇ~!」

 

「お、おい。アンタなにもそこまでやらねぇでも……」

 

 台パン男の憐れな姿に先程まで怒りを露わにしていたアークも、平静を取り戻し制止の声を掛ける。だが、布教の手は止まらず。代わりに被布教者の抵抗する動きが止まった。

 やがて布教者はモノ言わぬ体から身を離し。代わりにアークがおずおずと呼び掛ける。

 

 「い、生きてるか~?おうい……おうい……」

 

 首元から血を流し倒れる男はアークの呼びかけに応えたのか今まで生気を感じなかったのが嘘のようにギン!と血走った眼を開き。威勢よく立ち上がり。ぺたぺたと顔に手をやり。やがて愛おし気な目をフィンサガ台に向ける。

 数秒そうしていたと思うと、生き返った男は頭を両手で抱えこみ懺悔を始める。

 

「お、俺が馬鹿だった!フィンサガは闘いを終えて安らかに眠っていた者が再び闘いを強制される悲哀。変質させられたものの絶望を根底に置きつつも、はち切れた展開で一見そう感じさせないように調理された高度なアニメーションだったんだ……!人食いトナカイも……チョコレートの奔流もそのためのカモフラージュだったんだ!それに気づかなかっただなんて……俺は……俺は……」

 

「いいのさ……お前は気付けたんだから。そしてこれから深めていけばいいんだ」

 

 布教するものとされるものはお互い肩を組みぶつぶつと作品語りを始めていく。その光景にアークとメアはドン引きし下がっていく。

 下がって行こうとしたのだが突如として布教されし者がピクリと反応を見せる。彼は組んだ肩をほどくと腕を振るわせ。

 

「ああ……作品語りもいいが……今は、今はこの作品の素晴らしさを誰かに広めたくて仕方がない……なんだ、この感情は?」

 

「あ、じゃあアタシらはこれで~」

 

「したい……」

 

「は?」

 

「布教……したい!」

 

「なんなのだ~!?」

 

 豹変した男に戸惑う二人だったが男は止まらず。

 

「まずは目の前のお前達だ!布教~~~!!」

 

アークとメアに飛び掛かった。唐突な布教にアークは咄嗟に動き。

 

「アークガード!」

 

「はえ?ぐわあああああああ!?」

 

 反対側の隣の席で打っていた男性を掴み布教男との間の盾にした。

 間に立たされた男は布教に押しつぶされ、そして先ほどの布教と同様に晒した肌を接触点として喰らわれていく。盾の生気がみるみるうちに奪われていき、そして尽き果てる。

 その光景をアークとメアは少し席から離れたところから、固唾を飲んで見守っていた。

 そして事態は繰り返す。盾にされた男が布教を受け入れ。死んだようになった状態から先程よりもむしろ生き生きとした状態になり立ち上がったのだ。

 彼もまた語り出す。 

 

 「そうか……七話の一見意味のわからない後味の悪い結末は史実の再解釈だったのか……。そして各話のダンスシーンはそれぞれ現地に伝わる踊りをベースにしている……と。ここまで精緻に練り込まれた物語だったとは……フィンサガ。素晴らしい」

 

 元、盾はひとしきりブツブツと語るとこうつぶやく。

 

「この素晴らしさを誰かに伝えたい……」

 

 そしてグリン、と首だけでそろりそろりとその場を後にしようとしていたアークとメアに向きなおる。

 

「布教させろぉ~~~!」

 

「やっぱりぃ~~~!?」

 

「なのだ~~!?」

 

 メアを抱え全速力で布教の魔の手を振り切りパチンコ店を後にする。そして外を眺め言葉を失う。

 

 「やはり続編を匂わせるあの展開は~」

 

 「いやいやここ近年の流行りの手法ですぞ。それを言うのであれば5話の……」

 

 道端で作品語りをするものたち。

 

 「布教させて~」

 

 「あなたもこの作品の尊みを知るのよ……!」

 

 「どうしちゃったの!?やめて……。イヤー!!……………布教……布教したい!」

 

 集団で人を襲い布教するものたち

 つまり、やっかいオタクで溢れ返っていた。

 

 「なん……なんなんだよ……こりゃあ……」

 

 この日を境に嵯峨の街はこう呼ばれるようになる。

 

 "オタクランド・サガ"と。

 

 

SHs大戦第二話 「オタクランドサガ」

 



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2-3 サンの講義

 

「街が……一面オタクになってる……」

 

 端的に街の惨状を言い表すアークとその手を引くメア。

 

「アーク……これやっぱりSHの……カルヴァリーのせいなのだ?」

 

「以外ねーだろ……。クソ、めちゃくちゃやりやがるぜ」

 

 そうして彼女たちは数日前の出来事を思い返す。

 

 

一軒家の居間でホワイトボードを背にサンがメアとアークを座らせ、講義を行っていた。

 

「つまりSHという存在は特殊な改造手術を受けた元人間だ。そしてそれを行っているのが、欠けた円環の継手という組織。この技術は欠けた円環の継手が独占しており全てのSHはこの組織の所属下にあるわけだ」

 

 サンはアークに視線を移すと。

 

「唯一、そこのアークを除いてな」

 

 呼ばれた椅子の上で胡坐をかくアークはニシシと笑い頭を掻く。メアはそれを感心したように眺め。

 

「なるほどなー。アークはほんとにボッチだったのだな。ひどいことを聴いてしまったのだ……ごめんなのだ」

 

「真面目に謝られると返しに困るからホントやめろ?あと前もいったけどい……た……からな?なあ?眼を逸らすな」

 

 戯れが落ち着いたころを見計らってサンは咳払いをし、話を聞く態勢に戻させる。

 

「メア。真実を知れば君がSH手術を希望しカルヴァリーの元にいくことを危惧してのことだったが、真実を求めていた君に虚偽を話したことは謝罪しよう。すまなかった」

 

 成人済みの女性に深々と頭を下げられた小学五年生は流石に慌て。

 

「こちらこそお気づかいいただきカンシャなのですだ~。これからも色々教えて欲しいのだ」

 

こちらも深々と頭を下げる。相互に謝罪する形になった二人の頭に、手持無沙汰になったアークがチョップをかますと、メアのストレートパンチが腹に。サンの拳骨が脳天に叩きこまれ。問題児は床に寝そべることとなる。

 

「ところで馬鹿はなんでカルヴァリーを裏切ったのだ?というかカルヴァリーってそもそも何する組織なのだ?ありえん。なのだ?」

 

 頭をさすりながら疑問をあげるメアに馬鹿が床から返事をする。

 

「どーもこーもねーよ。愛想つかしただけだ。あいつら碌でもねーからよ」

 

「カルヴァリーは世界最大のありえん。いや、最早ありえん。の枠すら超えた最強の反社会組織だ。日本を拠点にはしているが世界各国に支部を世界を塗り替えんとしている。その目的はー」

 

「全人類を新たな段階へと進ませること。よーは全人類SH化だ。頼んでもねーのにお節介なことだよ。上から目線で気に喰わね~。しかもそれだと男は取り残されるしな」

 

 言葉を盗られたサンが何か言いたげだったがアークは続け。

 

「そもそもSH手術なんざアタシが受けたころには失敗死亡例も山ほどの激ヤバもんだ。そんなもんを強制するとか頭おかしいんじゃね~の」

 

 メアは面白くなさそうに吐き捨てるアークの顔を覗き込んで疑問を重ねる。

 

「つまりアークはカルヴァリーの野望をそしせんとする反逆のヒーローなのだ?うぇえええ。こんなヒーローいやなのだ……」

 

 無礼に対してアークは飛び起きる。そして自分の吐いた言葉で見る見る蒼い顔になっていくメアの頬を両手でつかんで引っ張りあげ反論を口にする。

 

「てめえ自分で言っといてなに気持ち悪くなってんだ!つかそんなもんこっちから願い下げだよ。誰が好き好んであのイカれた連中の相手するかってんだ」

 

「ふぁあアーキュのもくちぇきっへなんなのら!(じゃあアークの目的ってなんなのだ)」

 

 言葉にならずともその意味をくみ取ったアークは、頬をつまんだまま上の方に視線を動かし。再び引き延ばされているメアの顔に視線を移して、笑う。

 

「そんなもん決まってんだろ。アタシはアタシの人生を目一杯最大限に楽しんで笑って泣いて怒って生きてくんだよ。それをアイツらが邪魔するってんならそんときゃ面倒だけどぶったおしてやるってだけだ」

 

 アークの高らかな宣言にサンは深くため息を付き。

 

「こういった消極的なスタンスのせいで一向にSHのデータが集まらん。私としては毎日とは言わずともせめて週に一度は戦闘して欲しいところなのだがな」

 

「なんだよその馬鹿みたいなスケジュール。疲れるし。やんねーよ」

 

やれやれといったポーズで拒否するアークに対し甘言が小声で囁かれる

 

「データを寄こしたら相応の小遣いはやるぞ」

 

「よっしゃかかってこいやSH-!」

 

 解放されたメアはかつてないやる気を見せるアークに対し交換をサボった三角コーナーを見るような視線を送る。そしてずっと気になっていたことを口にする。

 

「せんせーはどうしてSHについて色々詳しいのだ?カルヴァリーの人なのか?」

 

「おいやめとけ」

 

「私は……」

 

 問いにユックリとサンは口を開く。

 

「ただの研究者だ。SHを主に研究しているがカルヴァリーとは関係ない。やつらは私から全てを奪ったからな」

 

「ほらな。コイツどんだけ聞いてもこんだけしか答えねーんだよ。訊いても無駄無駄。ま、武器は作ってくれるし部屋は貸してくれるしメシは作ってくれるからそれでいんじゃねーの?」

 

「せんせー。この穀潰しこのままでいいのだ?ハロワに突き出したほうがいいんじゃないのだ?」

 

「たまに稼いでくることはあるんだ。負債の方が大きいがな」

 

 極潰しから目を背けながら話を進める二人は溜息をつく。

 

「SHは普段は人間に”擬態”している。街中であった人間が実はSHだったということもあるわけだ。不意をつかれぬよう気をつけてくれ。特にメア。君は抵抗する力もないし少し狙われやすいようだしな」

 



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2-4 最後の楽園ロメロモール

「既に狙われていた……?それとも無関係の作戦か?どちらにせよ。いやがるな。この街に。SHがよぉ~」

 

「どうするのだアーク!」

 

「決まってんだろ……こちとらずっと楽しみに待ってた新台初打ち台無しにされたんだぞ。見つけ出して!ぶっ潰す!!」

 

 拳をバキバキと鳴らしいつになくやる気に満ち溢れたアークの隣で、メアはシャドーボクシングを数発撃つと疑問を口にする。

 

「で?どうやって見つけるのだ?」

 

「そ、そりゃあ……あれだよ……アレアレ。なんかこー、この事態でも平然としてそーな奴を見つけてだな」

 

「お、あそこにまだ布教されてない奴がいるぞー!」

 

「あ、ヤベ」

 

 道の端でヒソヒソと作戦会議をしていると当然、群れに見つかる。

 

「布教ー!!」

 

「逃げろー!!」

 

 グッズを片手に襲い来る大群を前にメアを抱えてアークは逃走を開始する。SHの身体能力であれば簡単に振り切れると思われたが事態はそううまくいかなかった。

 まず第一にアークが普段とは違い。擬態を取っていたことが原因だ、めでたい日に馴染のない街で騒動を避けるために尻尾を消し、人間に近づいていたが、これが身体能力の低下を招いていた。擬態が下手なアークにとって逃走しながら元の状態に戻るのは困難を極めたのだ。

 第二に追う彼らは”走れるタイプ”だった。元からそうなのか、それとも情熱が脳のリミッターを外しているのかはわからないが彼らは普通の人間よりはるかに機敏な動きを見せた。

 そしてこちらが最大の理由だが、とにかく数が多かった。既に街中いたるところで布教が行われており。行く先々で新たな布教に出くわし、その度ごとに追跡者の数を増やすことになった。始めは十名ほどだったのが今では数十人に追いかけられている。

 無限に続くと思われた追走劇だったがやがて転機が訪れる。と、いっても好転したわけではない。その逆だ。

 

「アーク!どんどん増えて来たのだ!ヤベーのだ!!」

 

「わーってるよそんなもん!くそ。いざとなりゃアークネードで吹き飛ばして……ん?んだありゃ」

 

 アークの視線の先。進行方向に動く塊があった。いや、群れとそれを率いる者がいた。

 

「だ、誰かー!助けてくださーい!!」

 

 アイドルの布教を試みる大群とそれから必死に逃げる緑髪の少女が真っすぐにこちらに向かってきている。

 そして自身の後ろにはまた別ジャンルの大群が壁を作っている。そうこうよそ見をしているうちにアークたちと緑髪の少女はゴチーンと正面衝突する。

 ふらつくアークとは対象的に緑の少女は尻もちをついてしまった。彼女は自分の状況が理解できておらず少しぼうっとした後慌てて立ちあがろうとするも既に群れが目前まで迫っていた。

 緑髪の少女は目に涙を貯め。

 

「助けて」

 

「しゃーねーな!!」

 

 彼女が布教されることはなかった。アークがその手を取り、引き寄せ。奪い去ったからだ。高速で離脱する。

 少女はハッ顔をあげアークを見る。

 

「あなたは……?」

 

「あとで揉ませろよよテメー」

 

「え、あ、はい。……どこを!?」

 

 普段ならメアが物理的突っ込みを入れるところであるが生憎彼女は先ほどの衝撃で目を回してしまっている。そんな彼女を他所にアークたちは逃走の方針を話し合う。

 

「おいテメー。なんであんなとこにいた。」

 

「なんでって!休日にショッピングに来ていたんですよ。そしてら街の人が急に変になって……それから逃げていたらってそんなことはどうでもいいんですよ!これからどうするんですか!?」

 

「うーん街堺から離れちまったからな……休憩してーし……どっか隠れれるとこねーかな」

 

「!右見てください!ショッピングモールです!しかもバリケードが張られていますよ……きっとまだ布教されてないんですよ!どうにかこっそりあそこに匿ってもらいましょうよ!」

 

 汗を風に流しつつ二人を抱えて走るアークに不穏な考えがよぎる。

 

(……こいつがSHって可能性は。まあ、あるんだよな)

 

 その疑いのある者の勧めに従うかどうか。そもそも捨てていくべきかまでを考えて彼女の先ほどの涙を思い出す。

 

(……まあそん時はそん時だな)

 

「おし。そんじゃいくぞしっかり捕まってろよ!」

 

 全速力を出し背後から迫る団体様を一時的に振り切り、一行はショッピングモールへと足を踏み入れる。 

 

 アークたちはショッピングモールの敷地内へと辿り着いた。布教をするものたちもいるにはいたが周囲に数人がいる程度のもので簡単にやり過ごすことができた。

 

 「ヤツらはまだそれほど集まっていないようですね……」

 

 「つってもそれも時間の問題かもしれねえ。奴らが手薄な入り口を見つけて中にいれてもらうぞ……っとあそこがいいな」

 

 アークが見つけた入り口は内側からバリケードが敷かれており、周囲にも布教者の姿はなかった。

 入り口までいくとバリケードの向うから生存者らしき人物たちが怪しむような眼でアークたちをねめつけていた。

 

「私たちはまだ布教を受けていません。どうか中に入れて貰えないでしょうか?」

 

 緑髪の少女の申し出にも拘わらず内部の印象は良くなく。

 

 「あんなこといってるけど本当に大丈夫かしら……?開けたとたん押し売りされないかしら。こわいわ……」

 

「バリケードをどかして配置しなおすのにどれだけ手間がかかると思ってるんだ。その間に攻め込まれたら終わりだぞ。帰れ帰れ」

 

 散々ないいように緑の少女がシュンとなったのをみかねアークは拳を鳴らし。

 

「あー、もういいやちょっと休憩するだけなら無理矢理…」「いれてくれなきゃ街中の人達センドーしてここにぶつけてやるのだ。されたくなければいれるのだ」

 

「ええ……」

 

 強行突破よりも先に小学生らしからぬ脅し文句に緑の少女を含む内部の人達は絶句する。やがてモールの奥から一人のテンガロンハットを被り顎髭を蓄えた男が姿を見せる。彼は皆を安心させるように笑みを見せると口を開く。

 

 「彼女たちなら入れても問題ない。ちゃんと自制できてるだろう?大丈夫さ。それより年若い娘さんたちを危険な場所に置き去りにするほうが、彼らに噛まれるより人間性の喪失としては危惧すべきだと思うね」

 

「うっ、そりゃ俺達も見捨てたいわけじゃあ……いいよあんたが言うなら従うさ。入りな嬢ちゃんたち」

 

 テンガロンハットにたしなめられた人々はバリケードを撤去してアークたちを招きいれる。

 

 「ようこそ、恐らく嵯峨最後の楽園。ロメロモールへ」

 



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2-5 72の規則

 ショッピングモール内部は照明が明るく輝き、軽快に鳴り響く店内のBGMやホールに配置された洒落た噴水装置など。弱冠寂れてはいるものの一般的にイメージするショッピングモールそのもので、この外が異常事態になっているとはとても思えない様相だった。

 内部に招き入れられたアークたちは階段を登りながらテンガロンハットから簡単な紹介と状況の説明を受ける。

「俺はフランク。一応この班のまとめ役をやってる。こっちの女はクラーク、男の方はネビルだ。現在このショッピングモールは幾つかの班に分かれて入り口の防衛を続けている。この中にいる間は、俺の作り上げた72の規則を守ってもらうぜ」

 

「72の規則……ですか?」

 

「ああ。まず第一に絶対防衛。絶対に奴らを中に入れるな。情に訴えられても物で釣られてもぐっと我慢だ。第二は死体蹴り。もしも戦いになったら気絶させたと思ってももう一度とどめをさせ。奴らはしぶといからな……」

 

「そうだな。アイツら地雷を踏んでも何故か普通に生きてるもんな」

 

「第三は……と、集まってるな」

 

 規則を言い終わる前に階段を上り切った先には未履修者と思わしき老若男女を問わない集団が出迎えた。フランクは彼らに親し気に手を挙げ、ついでアークたちを指し示す。

 

 「みんな新しい仲間が加わったぞ。噛まれてないことは確認してる。さ、君たちも自己紹介してくれ」

 

「メアなのだ!嵐を呼ぶしょーがく5ねんせーなのだ。仲良くして欲しいのだ」

 

「アークだ。まあよろしく」

 

「え……と、私は……」

 

 フランクの促しに率先してメアが、次いでアークが応えていく。そして緑髪の少女の番で未履修者たちの中で騒めきが起こる。

 

「おい……彼女、もしかしてリクちゃんじゃ……」

 

「本当だわ。あのちんまりとしたサイズ、可愛らしいご尊顔。リクちゃんに間違いないわ!」

 

「リクちゃ~ん!こっちに目線くれ~~!!」

 

「え、ええ……?」

 

「え?なに?お前有名人なの?」

 

「な、何かの間違いだと思いますけど……」

 

 騒めく集団に困惑気味のリクと呼ばれた少女に弱冠引き気味のアーク。そんなアークの疑問にネビルが答えてやる。

 

「さっきは気付かなかったが……リクちゃんといえば嵯峨を代表するご当地アイドル。誰もライブやイベントをやっている姿を見たことがないが、嵯峨の誰もが一年前に突如現れた彼女の愛くるしさに魅了され、グッズやチェキはどれも高値で取引されている……!」

 

「ライブやってるとこ誰も見たことないのにどうやって人気になってんだよ……Vの者か?いやそれよりも……おっちゃん高値で取引のあたり詳しく!」

 

「し、知りません!覚えがないですって!確かに私はリクですけどアイドルなんてしてません。きっと他人の空似ですよ!」

 

 

 否定するリクだったがその眼前にズイっと目を輝かせたメアが現れる。

 

「スゲーのだ。有名アイドルなのだ!リクの姉御って呼んでもいいのだ!?」

 

「姉御っ!?姉……つまり年上扱い!……へへへ。いいですよ~メアさん。仲良くしましょね!」

 

 年下扱いされることが多いのか年上扱いされることに頬を掻き、染めるリク。その様子をシラーと横目で見るアークはやがて視線をそらしフランクへと声を掛ける。

 

「しかし騒動が起きてからまだそんな経ってないだろう?よく短時間で入り口全部をバリケードで塞ぐなんてことができたな」

 

「ああ、嵯峨でこんな事件が起きるのは、実は始めてじゃないんだ。一年前ぐらい前だったかな。その時も外にいるような布教を声高に叫ぶ奴ら……俺たちは十字軍(オタクの行進)って呼んでる連中に街が占拠されてな。以後ショッピングモールではバリケードスターターキットが常備されて未履修者はここに集まるように指示されてるんだ」

 

「十字軍ってのはありえん。なのか?」

 

「大本はそうかもしれん……が、どちらかとうとそういう現象に近いんじゃないか。何しろ噛まれただけでありえん。になるなんて聞いたことないしな。まあ、換歴じゃよくあることだろ」

 

 アークたちの会話にクラークたちも割り込んでくる。

 

「ちょっとこの中でアイツらの話なんてしないでよ気持ち悪い!私は絶対オタクに何かならないんだからね!」

 

「お、お前……!俺達がなんとなくぼかしてたことを直接言うなよ……!」

 

 歯にもの着せぬクラークの言に騒然となる一同。クラークは構わず続けて。

 

「だってそうじゃない!初対面の他ジャンルの人間に失礼しますもなしに勝手に好き放題布教するなんて……私はグリ×レイ派なのよ!名前が似てるからってムリ×ライを勧めるような……そんなオタクなんて存在になりたくないわ!」

 

「十字軍やそいつみたいな厄介をオタクにカウントすんじゃねーよ!普通に迷惑な人だから!オタク関係ねえよ!」

 

「それに何よ。アイツらやけに機敏じゃない……オタクって運動不足なんじゃないの……?」

 

「何のオタクかにもよるし。それに最近は健康促進ゲームの影響で運動する奴増えてるからな……」

 

 ギャーギャーと言い合っている中でふとアークの手を握るモノがあった。テトテトと人の合間を縫って来たメアであった。

 

「アーク、折角だからゲーセンいくのだ。カフェもやってるし食べていくのだ。リクの姉御のおごりなのだ!」

「マジで!いいの!?」

 

「ええ。危ない所を助けてもらいましたし。それに少しはリラックスしないと大事な時に頑張れませんから」

 

 リクの言にアークは涙を流した顔を覆い、彼女の方に手を置く。

 

「リク……お前のことを疑ったアタシが馬鹿だった……すまねえ……」

 

「え!?疑い!?な、何を……?」

 

「アーク―!リクの姉御ー!早くいくのだー!」

 

 困惑するリクを他所にメアはどんどん先にいき二人に呼び掛ける。慌てて追いかける二人を先導するようにメアが掛けていく。

 



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2-6 クレーンゲーム

 人のまばらなゲームセンター区画では電子音がピコピコと鳴り響き、ホログラム映像などが飛び交っていた。

 アークたちは立ち並ぶ筐体の合間を吟味しながら進みゆく。

 

「ホログラム式からインベーダー筐体まで置いてら。錆びてるわりに質はいいなここ」

 

「あ、メアあれが欲しいのだ!」

 

 ビシっとメアが指さす方に目をやると。

 

「クレーンゲームですかメアさん。どれが欲し……私!?に、似てる人ー!?なんでこんなところに……!?」

 

 メアがさしたのはアイドル服を着たリクちゃんぬいぐるみだった。メアは早速硬貨を投入。標識にしたがってボタンでクレーンを操作していく。

 狙いを澄ましてじっと待ち。目当てのリクぬいぐるみ目掛けて発射する。アームが降下し。獲物を捉えて戻って来る。その成果は……

 

「うえー……リクの姉御がおっさんになって帰って来たのだ。いらないのだ」

 

「だからそれ私じゃないですって!」

 

 とって来たのはケツ顎の半裸なオッサンのぬいぐるみだった。メアはさっとアークのポケットにおっさんを押し込むと再び筐体に硬貨を投入する。

 

「今度こそなのだー!」

 

 おっさんが増えた。

 

「なぜなのだー!」

 

 嘆くメアを見かねたリクが硬貨を投入し選手交代する。

 

「大丈夫ですよメアさん。お姉さんがさっと取ってあげますからね」

 

 リクの操作に従ってクレーンが動いていく。

 

「今です!」

 

 解き放たれたアームは真っすぐに降り。そして。

 盛大に空を切った。

 

「なんですと!?」

 

 そうして三人は何の成果も得られなかった。クレーンが帰っていくのをただ見守った。

 

「あ、姉御……」

 

「いえ。大丈夫ですとも。数をこなせばきっと取れます。年上の力を見ててください。十連射!」

 

 十回空を掴んだ。

 

「なんでですかー!」

 

 わっと筐体に雪崩かかるリクを尻目にアークが次の硬貨を投入する。

 

「あーもーお前等下手すぎ。こういうのはコツがあんだよ。見てろアタシの神テク」

 

「ふん。そんなこといってアークもきっとオッサンか空を掴むに決まってるのだ」

 

 そういうメアの予想とは反対にクレーンは正確に目当てのリクぬいぐるみの上で停止。アームが降下するもこちらも的確に目当てを捉え引き上げる。

 

「ま、まさかほんとに……凄いですよアークさん!」

 

「はっはっは。まーな。伊達に遊び馴れてるわけじゃねーんだ……」

 

 ここで一つトラブルが起きた。景品の確保に支障をきたすようなものではない。だが一名にとって致命的なトラブルだった。

 アームはぬいぐるみを上下逆さに捉えていた。結果何が起きるかというと重力にしたがい。スカート部分がめくれ。

 

「パンツが!わ、私……に、似た人の……下着が!」

 

「うお、ちょ、暴れんな途中で落としたらどうすんだ!メア。二人がかりで押さえるぞ」

 

「ラジャ」

 

「下着が~!」 

 



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2-7 あるオタクとの再会

 黒い四方の壁に囲まれた暗い空間にアークとリクはいた。

 彼女らはそれぞれ赤と青の銃を持ち隣に並んでいる。

 彼女たちの前にはホログラムでゾンビが襲い来る映像が流れ中心にはGAME STARTの文字が浮かんでいる。

 

「ゾンビ射撃ゲームなあ。今の状況考えると妙にしっくりくんなおい」

 

「臨場感あるでしょう?先程は後れを取りましたがこちらでは負けませんよ」

 

「は!やる気まんまんじゃねえか。いいぜ。ゲームを始めようか」

 

 アークがGAME STARTの文字を撃ち抜き。そしてゲームが始まる。

 アークとリクは共に腐乱した動死体。ゾンビに占拠されたショッピングモールを駆け回る。迫りくるゾンビたちをハンドガンで撃ち抜き。ポイントを得ていく。

 第一ステージを終えてポイントはアーク3400 リク3000。協力ゲームなので競う必要はないのだが二人とも相手よりワンポイントでも多く獲得しようと必死である。

 装備を切り替えて次のステージに進む。すると開幕でゾンビの顔が間近にあった。

 

「ちょ!初見殺しですか!?」

 

 驚いたリクが飛弾。アークは動じず淡々と処理をしてポイント差をつけていく。

 

「へへ、ラッキー。じゃあな~リクー!」

 

「そうはいきませんよ!」

 

 リクも追いすがるが一度ついた差はなかなか埋まらない。その状況に変化が現れたのが中継地点を過ぎたところだ。

 広い階段を上る最中突如として場に似合わないゴロゴロとした音が伝わって来る。意を決して突っ込むアークたちだったがそれがミスだった。

 巨大な物体が彼女たちを押しつぶすように上の階から階段を下って来たのだ。その素材はゾンビ。

 ゾンビたちが車輪のように繋がり転がってくる。それも一度で終わりではなく複数だ。

 

「あ、アホかー!!」

 

 ゾンビ車輪の回避に専念するアーク。ポイントは稼げないが確実に躱していく。一方でリクのとった戦術は違った。彼女は最小限の動きで車輪を躱し通り過ぎざまにゾンビたちを狙撃ちにしていく。それを繰り返す。

 時折の被弾もあるが大きく点数を伸ばし。やがてアークの点数を越していく。

 

「ふふーんどんなもんです」

 

「嘘だろ畜生!しゃーねえ。次いくぞ次!」

 

 階段を登り切った先はゾンビの大群が待ち構えていた。ラッシュである。

 これまでの比ではない密度で襲い来る。アークたちは応戦するも次第に追い込まれ。

 

「弾切れ!?このタイミングでですか!」

 

 攻撃の手を緩めたリクの元にゾンビが殺到する。だが、その群れはリクに辿り着く前に撃ち抜かれていく。

 

「これで追いついたな」

 

 アークだ。片方の銃で牽制しながら相棒の危機を救った彼女は銃尻を肩に置き挑発するように笑う。そんな彼女に膨れツラのリクは銃口をかざし。トリガーを引く。

 するとアークの背後に迫っていたゾンビたちが膝をついていく。

 

「そう簡単に抜かせませんて」

 

 二人は顔を見合わせて笑い。闘いに戻っていく。背中合わせの競闘は続く。

 

 黒の大きな筐体から二つの影が姿を現す。

 アークとリクである。二人はぎゃいぎゃいと言い争いを続け。やがて肩を落とし。

 

「まさか同点のままゲームオーバーになるなんて」

 

「弾撃ち尽くした後にラスボスが合体しだすとか聞いてねえって。無理ゲーだろあんなもん……ところでメアはどこいった?」

 

 言葉通り筐体前で待っているように言ったメアの姿はなかった最悪の光景を想像し捜しまわる二人だった。

 幸いメアはクレーンゲーム前で直ぐに見つかったがそこにはアークの予想していなかったものがいた。

 

 「ふ、ふひ……お……お嬢さん。良ければ。その手に持たれる、リクちゃんぬいぐるみシャンデリアアイドルバージョンをこのやらんかに触れさせてはもらえぬでござろうか……?な、何。お礼ならたっぷりと……ブフォ!?」

 

 メアに近づく不審者をその手が届く前に。駆けだしたリクが殴り飛ばした。

 リクは殴り倒した勢いそのままにメアの手を取る。

 

「メアさん大丈夫でしたか!?何か変なことをされませんでしたか!?」

 

「もーまんたいなのだ」

 

 そして殴り飛ばされた不審者を睨み付けると。

 

「何やってるんですか!この……変態が!」

 

「ひ、ひぃ~~やらんかはもう瀕死でござる~!拳を収めてくだされ~!もう目の前が真っ暗になるところ……はて?むむむむあなた様は」

 

「は?……なんです?」

 

「リクちゃん様ではないでござるか~!こんな時に御本尊が拝めるなど正に神の……リクちゃん神の思し召しでござるよ……!やらんか感涙。サインをシャツに頂いても?」

 

「え?いやですよ……気持ち悪い」

 

 豹変した不審者に心底冷たい見下した視線を向けるリク。そこにアークが歩いてやってくると不審者は反応を示し。

 

「おお、アーク殿!」

 

「お、クラシックスタイルのねーちゃんじゃねえか。無事だったのか。よかったぜ」

 

「え、知り合いだったんですか?」

 

 親し気な二人に困惑するリクだったがメアが冷めた目で答えてやる。

 

「ここに来るまでにアークがナンパしてたのだ」

 

「ええ……」

 

 アークはクラシックスタイルの女性の背中代わりにバッグをぽんぽんと叩き。

 

「そういやいってた用事は済んだのか?」

 

「すむわけないでござるよ~。やらんかいくつか諦めてサッとここまで逃げ込んできたでざる……トホホ」

 

「そっか。なあ。アタシらこれからここのリクの金でメシ食うんだけどアンタもどうよ。消化不良になってたフィンサガトークもしてーしさ」

 

「おお!推しとお食事にフィンサガトーク!!これはなんとも魅力的な誘い……でござるが」

 

 喜色とは裏腹に申し訳なさそうに両の掌をくっつけると。

 

「申し訳ござらぬ。やらんかは参加できぬでござるよ……推しの前であの歯並びを晒すのもそうでござるが……何よりやらんか果たさなければならぬ使命があるでござる」

 

「そっか残念。ところで使命ってどんなだ?」

 

「やらんかこの後見張り番なのでござるよ匿ってもらってる分は働かねば!」

 

「そりゃ一大事だな!じゃ、アタシらいくわ。また会おうぜ~!」

 

「ふひひリクちゃん様もまた後程~でござるー!」

 

「ですから私は人違いだと……」

 

「パフェパフェなのだ~」

 

 こうして一行はクラシックスタイルの女性と再び別れカフェへと向かう。そこが最後の安息だと知りもせずに。

 



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2-8 終末

「はー、食った食った。パフェとか久々だったぜ」

 

 生クリームの乗った色とりどりのスイーツがショーケースに並べられた甘い匂いの香る空間。アークたちがいるのはそういうスイーツ店のイートインコーナーであった。

 

「はい。容赦のない食べっぷりで大変よかったと思います……。メアさんも満足しましたか?ってぬいぐるみのスカート覗くの止めてくださいよ店内で!」

 

 一足先に食べ終わり手持無沙汰になったのかメアは先ほどクレーンゲームで獲得したぬいぐるみをジロジロと眺め満悦していたがリクの注意に反応して取りやめる。

 

「あい。止めるのだ。リクの姉御。パフェ美味しかったのだ。ありがとーなのだー!」

 

「おう。アタシからもありがとさん。久々に甘味をチャージしたしいいバエル写真も撮れたし大満足だ」

 

「ま、まあ満足してくれたならいいですけど……と、そろそろ出ますか。お会計済ませてしまいますので先に出ていてください」

 

「ごちで~す」

 

 メアと揃って適当な礼をリクにした後店を後にしたアーク。そんなアークのズボンをメアの手が引く。

 

「なーなーアーク。SH探さなくていいのだー?もしかして忘れてるんじゃないのだ?」

 

「い、いや……ちげえよ?違うからな?今の状況だと手がかりが少なすぎるだけだ。状況が動いて犯人が見つけやすくなるのを待ってんだよ」

 

「えー……ほんとなのだ~?」

 

 ひそひそと話している二人の後ろから会計を終えたリクが声をかける。

 

「終わりましたよー。こんな状況でも通常営業なあたり商魂たくましいですねこのショッピングモール。って何してるんですか二人とも?」

 

「「え!?いや……なにも?」」

 

 しどろもどろになる二人であったがそこで彼女たちの求める変化が現れる。

 ジリリリリリリという甲高い警報音が鳴り響き。先程までいたスイーツ店に猛烈な勢いでシャッターが降りる。それはここだけの話ではなく。当たり一面の店舗全てがそうだった。

 アークたちは顔を見合わせ方針を固める。 

 

「フランクたちと合流すっぞ」

 

 ♦

 あちらこちらでシャッターの降りた遊歩道を駆ける一団があった。フランクを筆頭とした未履修者たちだ。

 目的地まで急ぐ彼らの元に分かれ道から声がかかる。

 

「フランク!」

 

「アークか!君たちどこにいってたんだ!?まだ規則を教えてなかったのに!まあいいさ。ついてきてくれ」

 

 フランクたちの一団に加わったアークたちはそのまま先頭のフランクに次いで走っていく。

 

「この事態はやっぱ」

 

「ああ、他所の入り口が突破された。転売でプレミア価格がついたグッズを元値で譲るって囁きに負けて周囲の制止も聞かずバリケードをこじ開けた奴がいたんだと。馬鹿野郎め……。さっきまで守ってた入り口も囲まれたから俺達は十字軍が来る前に次の防衛拠点に向ってる。たく、耐爆仕様の店の中に匿ってくれりゃよかったんだがな。やつら店を守ることしか考えてねえ」

 

「気持ちいいぐらいの切り捨てっぷりでしたよね……」

 

「あとでレビューの評価下げてやる……。そろそろ着くぞ」

 

 こうしてアークたちは第二次防衛拠点に辿り着いた。モールには珍しい少し開けた空間だった。だがそこは。

 

「布教ー!!」

 

 既に十字軍によって占拠されており。数十人の布教者たちがひしめいていた。

 戦闘のマークは構え。布教者たちを見据え。

 

「みな覚悟を決めろ。最終防衛ライン。屋上まで強硬突破するぞ。72の規則を忘れるな」

 

「「オウ!」」

 

 未履修者の応じと共に戦端が開かれる。

 アークも擬態を解き。いつもの見慣れた姿に戻りメアとリクを連れ立って戦いに加わっていく。

 



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2-9 感染源

 

「ほあっちょぉぉぉぉおお!」

 

「ありがとうございます!!」

 

 メアのフルスイングの鉄製手錠が布教者の頬を叩き。ダウンさせる。

 それを確認したメアは駆けだそうとしたがその足を掴むのもがいた。

 

「のだ!?」

 

「布教……布教ですわ~」

 

 先ほどノックアウトした布教者だった。倒されたかに見えた成人女性は強い力で小学5年生女子の足を掴んでいる。

 そのような通報が発生しそうな状況は長く続かない。横から現れた布教者を蹴り飛ばしたものがいたからだ。

 

「油断すんな。規則第二、死体蹴り。だろ」

 

「アークぅ!」

 

 その後ろから襲いくる布教者をリクが殴り倒し。

 

「あなたも油断しないでください」

 

「お、いたのかリク」

 

「ずっといましたが!?」

 

 揶揄に真っすぐに反応するリクとそれを愉しむアークを他所に布教者は未履修者を喰らい数を増やしていった。

 

「イヤァアアアアア!逆カプを布教される~!……私は……今まで何て空虚な人生を送っていたの?」

 

「まずい。クラークがやられた……畜生おれは絶対生き残ってやるから。ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

「ネビル―!!お前等。こっちにこい。一気に突撃をかけるぞ。もう残ってるのは10人もいねえ!」

 

 フランクの呼びかけに応じ未履修者たちは布教者たちの波を駆け抜け一斉に通路に向って駆けだす。途中何人もが犠牲になったがSHの混じった突撃を止められることはなかった。

 通路を抜けて一気に屋上に向かう。残ったのはアーク、メア、リクそれとフランクだけだ。

 

「残ったのはこれだけかよ……」

 

「奴らが追ってきている。悲しみに浸るのは屋上についた後……うん?」

 

 感傷に浸る?間もなく走り続ける一行の耳にキーンという甲高い音が届く。音は直ぐに止み。代わりに言葉を届ける

「あーあー。館内の憐れな愚民(非オタ)どもに告ぐー」

 

「何だ?こんな時に館内放送だと?一体誰が……?」

 

「既に館内は地下から4階までを占拠したでござる。最早逃げ場は一つしかないでござるねぇ?せいぜい頑張って逃げてくだされよ?では。後で会おう」

 

 そういうと放送は途絶えた。

 

「アーク……敵がついに姿を見せたのだ!」

 

「ようやくだ……けどよ」

 

 アークは自身の他三名を眺め。放送室に向かうことを取りやめる。

 

「奴はまた会おうってたんだ。いずれ屋上まで来やがるつもりなんだろうさ。そん時まで無事に乗り切って鼻を明かしてやろうや。にしてもこの声どっかで……」

 

「何を言ってるかはわからんが。一つ気になっていることがあるんだが。アーク、きみ尻尾ついてたっけ?」

 

 フランクの素朴な疑問に一同はあーっ……となり。

 

「まれによく生える」

 

「そうか、それなら仕方ないな。換歴だしな」

 

「いいんですかそれで!?」 

 

 リクの突っ込みとほぼ同時に屋上への階段へとたどり着く。だがそこにも既に十字軍のたまり場になっており。激突を強いられる。

 数撃で撃滅させるも背後から追ってきていた十字軍に追いつかれる。

 狭い階段をメアとリクを先に行かせ、フランクとアークで牽制しつつ薄暗い階段を登っていく。

 そんな時だ。アークが変化に気付いたのは。

 

「フランク!あんた肩が!」

 

 見ればフランクの右肩には服を貫通した噛み跡があり僅かに赤の色が覗いている。

 

「ああ……さっきの攻防でちょっとな。大したことはないから。しんぱいする──」 

 

 アークがせいっ!と階段を登りながらフランクを布教者たちの群れへと投げ込んだ。

 

「え?ちょ?」

 

「布教ー!」

 

「ぎゃあああああああああああ!?」 

 

「判断が早い!いや……ちょっと!フランクさーん!?なんてことするんですか!まだ助かったかもしれないのに」

 

「リクの姉御……生き残りたくばはんぱな情はすてさるのだ」

 

 仲間を一人失い悲しみに暮れる一行だったが。尊い犠牲による時間稼ぎのおかげもあり無事屋上への扉を開け。最終防衛ラインに辿り着く。

 

 ロメロモールの屋上は簡易な遊園地となっていた。小型の観覧車からキャラクターカー。メリーゴーランドにイベント用スペースなどどれも少し寂れてはいるものの設備はそれなりだ。

 アークは自身の体で奥からドン、ドンと叩かれる鋼鉄製の扉を抑え続け。

 

「おいメア。お前リクと一緒に観覧車中入っとけ」

 

「ちょっと!アークさん一人で戦う気ですか!?私も戦いますよ!」

 

「そーだそーだなのだー」 

 

 反発するリクの言にアークは頭を掻き。

 

「あーもーわかれよ!邪魔なんだよ本気でやるのによー」

 

「なんですってー!」「のだ~!」

 

 ぎゃいぎゃい言っている間に扉を叩くドンドンといった衝撃は消えていた。

 

「ったくこいつらはゆうこと聞かねえ……あん?」

 

 次の瞬間これまでは比べ物にならない衝撃が走り。鋼鉄製の扉にはくっきりと拳の跡が付いていた。

 衝撃は連続し増殖する拳跡にアークは扉から吹き飛ばされ。ついに地獄の扉が開く。

 意外にも最初に足を踏み入れたのはゆっくりとした足取りだった。

 スニーカーにGパン。パンパンに張ったリュックサックに真っ赤なバンダナ。極厚の眼鏡を掛けるその姿は。

 

「やらんかの人!やっぱおめえか……!!」

 

「ランカ様だ。なんだぁ?気付いてたでござるか」

 

 髪色を黒から緑へと変じたクラシックオタクスタイルの女性だった。その臀部からは魚類のような尾が付いていた




いくつかのフォロワーさんにSHs大戦のジャンルはSFだという指摘をいただきましたのでSHs大戦は3話目投稿開始からジャンルの枠を 現代 冒険・バトル から SF 冒険・バトル に変更します。
2話中幾度か同様の告知を乗せますがご容赦ください。


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2-10 SHピラニア 

いく人のフォロワーさんにSHs大戦のジャンルはSFだという指摘をいただきましたのでSHs大戦は3話目投稿開始からジャンルの枠を 現代 冒険・バトル から SF 冒険・バトル に変更します。
2話中幾度か同様の告知を乗せますがご容赦ください。



 ランカと名乗った女性に続いて次々と屋上に十字軍がなだれ込んでくる。彼らの数は数十からすぐに百を優に超し。屋上に溢れ返った。

 信者たちを背に蒼緑の教主は凶暴な歯並びを見せ。笑う。

 

「おぬしの逃げ惑う様はマジザマァで飯が美味かったでござるよ……良い見世物になってくれたでござる。それでいつから気付いてた?」

 

「気付いたのは放送の時。でも違和感を覚えたのはモールで会った時だ。アタシはおめーに──」

 

 言葉の途中でアークは体を跳ねさせ、空からチェーンソードを引き抜くとエンジンをかけ斬りかかる。

 

「名乗ってねえんだよ」 

 

 どうみてもインドア派なランカの身は斬り裂かれ……。

 なかった。

 指を反り上げ両の掌で刃を受け止めている。それを為した当人は滝のような汗を流し。

 

「ふひっ……白刃取り成功……アニメや特撮で死ぬほど見ていてよかったでござる……!おやぁ?不意をついたというのに止められてしまって意気消沈でござるかぁ?」

 

「テメーそのオープンフィンガー。組織製の超防刃仕様か……指まで覆ってたほうがいいんじゃねえのか?」

 

 ランカは最もな指摘を鼻で笑い。

 

「こっちの方がカッコイイでござる。そんなこともわからないとはこれだからトーシロは」

 

「いや……わかるぜ。活かすぜアンタのセンス。けど……ぶっ飛ばす!」

 

 チェーンソードを消失させそのままの体勢で殴りかかるアーク。それを白刃取りの体勢から間一髪で躱すとランカは引き攣った笑みを見せた。

 

「SHピラニア参戦でござる」

 

 その言葉を合図にピラニアは一瞬で人ごみに紛れる代わりに今まで平静を保っていた十字軍たちが再び熱意に目覚めアークを布教せんと襲い来る。

 

「布教~~!!」

 

「メメモリを是非!」

 

「乗馬もいいわよ!」

 

「ええい鬱陶しい!好きなものは自分で決めるわ!」

 

 襲い来る人々を手加減した徒手空拳で次々と撃退するものの数が多く倒しても倒しても次の出待ちが現れキリがない。更に。

 

「隙だらけぇ!でござるぅ!」

 

「ぐっ!?この」

 

 人ごみの隙間から伸びて来たランカの拳がアークの脇腹を撃つ。アークも直ぐに応戦するがその時にはランカの気配はなく代わりに布教の波が襲い来る。

 そして波を乗り越えている最中にその間伐を縫ってランカの一撃が来る。

 

「ごっ……!こいつ……!!」

 

「オタクはぁ!人ごみをかきわけ目当ての島に辿り着くのは慣れっこでござるぅ!そしてぇ!ピラニアはぁ!群れで狩りをし自身より大きな獲物を仕留めるでござるぅ!喰らいつくしてやるでござるよぉ?オサメさーん?」

 ピラニアは泳ぐ。人が作り出した信仰のため池を。誰より自由に泳ぎ、喰らう。

 

「仲間が沢山いるときだけイキリ倒しやがってよぉ!引き摺りだしてやる……!アークネード超小規模展開!」

 

 宣言と共にアークの瞳に閃光が走り。アークの直下にて小学生程のサイズの極小竜巻が展開。アークを浮かせ。彼女はソレに乗る。

 

「アークスピンってなぁ!」

 

 竜巻は彼女を仰向けに寝かせるように浮かせると同時に高速で回転させ。また、移動させた。アークは竜巻の回転に合わせて周囲を取り囲む十字軍たちに殴る蹴るを余すところなく叩きこむ。そして竜巻の移動によってその場からの離脱を可能にした。

 竜巻にのってサメがピラニアを追う。

 

「ってやってみたはいいものの。アイツどこにいるのか全然わかんねえな。これ、めっちゃ疲れるし。持たねえぞ……」

 

 アークが回転しながら愚痴を吐いていると上から助けの声がかかる。

 

「アークー!SHならメリーゴーランドの方にいったのだー!」

 

 声を掛けたのは観覧車に乗って身を守っているメアだった。隣にはリクもいる。

 

「オメーらバッチリ乗ってんじゃねーか!さっきの反発はどうした!」

 

「いや……思ったより多かったので……」

 

 「まーいーよそっちの方がやりやすいし……見つけたぜ」

 

 アークは狙いを定め一直線にピラニアの元に向っていく。狙われていることを理解した彼女は人ごみという池から上がり馬がそれぞれ浮遊している独立浮遊式メリーゴーランドに乗る。アークもまた陸に上がり追走した。

 

「のろまに捕まってたまるかよぉでござるぅ!」

 

 ピラニアはジャケットのポケットから引き抜いたスイッチをぽちりと人差し指で押してやる。すると何ということだろう。独立浮遊式メリーゴーランドの回転移動が拷問用に改造されたランニングマシーンのように常軌を逸した速度へと変わった。

 SHの全力併走であっても直ぐには距離を詰められない……!

 

「あ、回って来るんだから止まってりゃ……」

 

「布教ー!」

 

「止まれねー!!」

 

 高速回転メリーゴーランドに乗るランカ、それを追うアーク、そしてそれにわらわらと現れて布教をしかける十字軍の奇妙な周回追走が始まった。

 

「止まれー!いい年してメリーゴーランドに一人で乗って恥ずかしくねーのか!」

 

「人は幾つになってもアニメ観ていいし一人メリーゴーランドしてもいいのでござるぅ!それが自由!人の趣味にケチをつけるなど恥を知らんのでござるか?」

 

「キーっ!!くそー……こいつらマジで人間の限界超えてやがる……!情熱ってもんはこんなに人間を強くすんのか!?」

 

 アークは煽られつつも前から横から絶え間なく行われる布教を受け流しつつ、徐々にランカとの距離を詰めていった。そして後僅かで手が届くという時にアークはソレを目にする。目にしてしまう。

 遠方。浮遊式キャラクターカートに括りつけられた風船。そこに貼られているモノは。

 

「金ーーー!!」

 

 紙幣だった。一瞬にして瞳がドルマークに変ったアークはそれまでの行動を一切忘れてメリーゴーランドの外。十字軍を蹴散らしながらキャラクターカートのコーナーへと一直線に駆けていく。

 

「金!金!金だ!アタシのもんだ!」

 

 そしてキャラクターカートの元へとたどり着いたアークは風船を掴み紙幣を剥がそうとすると違和感に気付く。

 

「何か……違くね?てかこれ。リクじゃね?」

 

 紙幣に印刷されていた人物それがアークの知る偉人ではなく。代わりに嵯峨のアイドルリクちゃんが印刷されていた。そしてアークが置いてきたメリーゴーランドのほうからポチっという音が響いた直後。持っていた風船が紙幣ごと爆発した。

 



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2-11 換歴人の力

「ぶっ!?あちゃちゃちゃちゃ!いてー!!」

 

 完全に予想外の爆発を回避できるわけもなくモロに衝撃と火炎を喰らったアークは無様に地面を転がる。そして転がった先には当然。十字軍がいる。

 

「空手教室やってるんだけどどう?」

 

「バレーもいいわよー!」

 

「ボディビル見に行きましょう!!ナイスバルク!!」

 

 そうしてそれぞれがアークの四肢を持ち。牙を構え。

 

「布教ー!」

 

「傷心に付け込んでんじゃねえぞ!アークショック!」

 

 再びアークの瞳に閃光が走り。次いでアークの全身へと雷電が走る。

 アークを直接つかんでいたもの達は当然。その周囲にいた十字軍もまた雷に当てられ痺れ。倒れる。

 そしてアークはゆらりと立ち上がり。少し焦げた顔を擦ると百年来の仇敵を前にしたような鬼気迫る表情で下手人を睨み付ける。

 

「3つ……3つだ……」

 

「どうしたでごじゃるか~?爆発で頭を揺らしてまともに思考もできなくなったでござるか~?」

 

 睨みに僅かにひるみつつもあくまでおちょくる姿勢を続けるランカにアークは告げる。

 

「オメーは3つ許されねえことをした。一つは、めでてぇフィンサガ新台入替日を台無しにしたこと。二つ目はアタシらを追いかけまわして笑っていやがったこと。……そして最後は、アタシに金をくれなかったことだ!!」

 

 「全部自分のことじゃないですかー!もっとこうないんですか!?罪のない人々を弄んでとか!」

 

  安全圏からの突っ込みは意に介さずアークは続ける。

 

 「ぜってぇ許さねえ!推しアニメが円盤爆死する以上の絶望を味合わせてやる!!」

 

「ほぉー?それでー?依然ランカ様には指一本触れられていないでござるがぁ?一体どーやって絶望させるというでござるぅ?十字軍たちはまだまだ潤沢に残っているでござるよぉ?」

 

 ランカの煽りには取り合わず周囲の十字軍を徒手空拳でなぎ倒し道を作ると一気に加速。メリーゴーランドの方へ向う。

 

「は?真っすぐ来たところで捕まるわけが……」

 

 だがランカのその予想は裏切られることとなる。

 アークは高く跳躍するとメリーゴーランドの屋根の上へ着地。更にそこで止まらず再跳躍。回る観覧車の上に着地する。

 メアとリクが乗るゴンドラの上に立ったアークは両手を広げ高らかに宣言する。

 

「ぜーんぶふっとばしちまえ!アーク……ネードぉー!!!」

 

 まず最初に吹いたのは微風だった。一陣のソレは屋上にいる全ての人々の髪をなびかせ。次の瞬間その身全てを呑み込む大嵐と成った。

 宣言通り観覧車を目として屋上全てを呑み込む大嵐を発生させたアーク。数百にも上る十字軍たちは元気なものもそうでないものも老いも若いも関係なく上空へ打ち上げられた。教主であるランカもまた吹き飛ばされようとしているものの、メリーゴーランドの柵に必死にしがみついて吹き飛ばされまいとする。

 

「うおー揺れるのだー!」

 

「だ、大丈夫ですよメアさん。ちょっと!何やってるんですかアークさん!!」

 

 叱責を受けたアークは真っすぐにランカを見据えている。そして竜巻の発生を止めるとゴンドラを蹴って跳躍。へとへとになったランカの元へと降り立つ。

 

「さ……て。群れの仲間はもういねえ。ここからはアタシがオメェ一匹を追い詰める。漁の時間だぜ」

 

「へ、へへへへ。ぶひゅ、そんなぁちょっと……ちょっとタンマでござるぅ!」

 

「タンマなし!」

 

「あべし!」

 

 アークの勢いのいいストレートパンチが急に卑屈になったランカの顔面を捉える。それを皮切りに腹部へのフック。ローキック。顔面パンチが次々と決まる。ランカの極厚の眼鏡は割れ砕け。鋭い瞳が姿を現す。

 

「眼鏡ありでもなしでも美人だな。でも許さん」

 

「美人薄命!?」

 

 ラッシュが開始される。上左下右左下右上右。ランカの顔面に怒涛の勢いで拳が叩き込まれていく。

 

「や、やめるでごじゃる~!」

 

 苦し紛れのストレートパンチを放つもアークはそれに合わせて下から拳を突き上げる。

 

「みぎぃ!?」

 

 耐衝撃が施されている防刃グローブをつけていたため他の部位は無事だったが丁度その守りが掛けていた第三関節から先の指は折れ曲がっていた。

 

「かっこよさ重視でやるからそーなるんだぜ?なあ?」

 

 うずくまるランカの手を取りもう片方の手指も力を込め。折る。

 

 「う、ぎぃいいいいい。ぎいいいいいい!?罪もない一般人を大空へ投げ出したことといい……やらんかよりおぬしの方が余程質の悪い悪党でござる……」

 

 ランカの恨み言にアークは首を傾げ舐め腐ったように口を開く。

 

「あー?何言ってやがんだ?周りを見て見ろよ」

 

 アークの言通り周囲にはまばらに人影が戻っていた。更に言えばだれも大した怪我をしていない。

 

「馬鹿な……!?これは一体何事でござる!?」

 

「だから、よく見ろって」

 

 上を見ると次々と打ち上げられた人々が帰って来る誰も彼も高所からの落下の筈だが。

 

「ぬぅん!ヌーベル特有ヒーロー着地!」

 

「ずぇい!史上最強の師匠ケンジ32話の受け身ぃ!!」

 

「どぉりゃあ!72の殺人技!豚肉バスター!」

 

 みな次々と自身の情熱を向けるものを利用した着地を決め。無傷でやり過ごしていた。

 

「な?アタシはオメェより信じたのさ。人の情熱に燃えた時に発揮する力ってやつをな」

 

「ふふひ!バカバカしい。だがみな無事に戻ったなら都合がいい!ここからランカ様の大逆転が!」

 

 先程までの消沈ぶりが嘘のように息を吹き返したランカを腕をアークが手に取る。

 

「させるわけねーよなー?オメーはここで終わりだ。十字軍たちに食らわせたやつをオメーにもくれてやるよ……」

 

  告げられたランカは機械的な動きで首を動かすと訊ねる

 

  「それは、その。ビリビリでござりましょうか?やらんかタイプ的にそういうの避けたいのでござるが……」

 

「いくぞランカ!十万ボルトだ!!」

 

 アークの瞳に閃光が走り。ランカは次の瞬間の己の運命を悟り率直に自分の感想を叫ぶ

 

「な、なんだかとっても……やな感じぃ~~~~!でござるーーーー!!」

 



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2-12 にゃんすた

何人かのフォロワーさんにSHs大戦のジャンルはSFだという指摘をいただきましたのでSHs大戦は3話目投稿開始からジャンルの枠を 現代 冒険・バトル から SF 冒険・バトル に変更します。



「さて、メアたち迎えにいっかな」

 

 顔をごしごしと拭った後立ち上がったアークはゆっくりと観覧車の方へと歩を進めようとした。

 それを虎視眈々と狙っているものがいる。

 アークのすぐ側で黒焦げになり倒れているランカだった。痺れながらも僅かに意識を保っていた彼女は回復に専念しつつ次の一手を探っていた。

 

(……くくくオタクは僅かな供給さえあれば墓場からでも蘇って来るほどしぶとい存在……命を取らずに背を向けたのが運の尽きよ。回復次第背後からザクっ……と?)

 

 ランカの思考は途中で中断させられた。見れば眼前にアークの顔がある。彼女は座り込みこちらをじーっと眺めており。

 

「あぶねーあぶねー規則2。死体蹴り。だったな忘れてたぜ。よっこい……せっと」

 

「ひでぶ!?」

 

 立ち上がり。もののついでのように放たれた蹴りを顔面に受けランカは地面をのたうち回る。

 

「おほぉぉぉぉぉぉぉなじぇ…なじぇでごじゃるか……!先程まで完全に油断……いや、もう決着はついたはずでござる。死体蹴りなどプレイヤーとして恥ずべき行為ではないでござるか?BANするでござるよ!?」

 

「そんだけ元気にわめいといてよく言うわ。それによく考えたらフィンサガ初打ち台無しにされた分全然返してねえんだよなあ。て訳で徹底的に蹴りつくしてやるよ。これを見ろ」

 

 そういうとアークは情報端末を操作し印籠のように突き出してやる。

 

「な……なにを?こ、これはぁ!?」

 

(高らかに話す女性の声)

 

アークが示した情報端末の画面。そこに映っていたのは。そう。アークとランカのツーショット写真!

アークがナンパした時に撮ったやつだね。

 

「コイツを加工して……こうだ」

 

「お、おぬし。それは……その画面はまさかぁ!?」 

 

「ああ、このツーショット写真を。今からにゃんすたに投稿する」

 

「にゃんすた……だと!?」

 

 にゃんすたとは。換歴をときめく代表的なキラキラ系SNS。全世界に利用者がいる写真投稿SNSで。各国選りすぐりの洒落者(へうげもの)たちによる目を潰さんが如しオシャレ写真を投下しているのが特徴的さ。

 僕も始めて見たらファンがつくかな?……やめとこうかこの話。

 それでアークのフォロワー数は……凄いな数十万を超えてる。え?それで今から投稿するの?

 

「ギァァァ!や、やめるでござる!素顔投稿は色々不味いでござるよ!?肖像権!肖像権で訴訟でござる!」

 

「さらにここにキラキラタグをドーン!」

 

「オェェェェェェ!!気持ち悪くなってきたでござる!」

 

 #嵯峨美女 #最高の出会いに感謝! #一期一会 などなど十数個のタグが画像に付随している。正直勘弁して欲しいノリだ。ランカが床でのたうち回るのもよくわかる。

 

「そして投稿ー!」

 

「殺生―!!」

 

 ああ、終わった……。そして目まぐるしく回る数字。

 

「おい見ろよ。さっきの投稿もういいねが数千。お、万超えたぞおい。やったな!」

 

「いっそ殺すでござる~~!!」

 

 こうしてランカはいいねが増えるたびのたうち回りやがて羞恥で燃え尽きましたとさ。陰の者には地獄だね。同情するよ。

 

 アークがキッチリとランカを片付けたことによって人々も正気を取り戻していっていた。熱に浮かされていた間自分が何をしていたのか覚えていないものも多く混乱しているものも多いようだ。

 アークはそんな一般人たちを他所に観覧車から降りていたメアとリクへと合流していた。

 戦いに疲れたアークにメアは胸を張り。

 

「うむ。よくぞ戦ったのだアーク褒めて使わす」

 

「おめーなー……」

 

「いやホントに凄いですよアークさん私びっくりしました!」

 

 ふんぞり返るメアとは対照的に手を叩きアークを褒めたたえるリク。だがその声に混ざっているのは感謝の念というよりも興奮や喜色といったものが多く。

 

「本当、期待以上ですよ」

 

 瞬間。悪寒を感じたアークが両腕で防御姿勢を取る。その彼女が耐え切れず数メートルを吹き飛ばされた。

 それを為した少女。アークを突然殴りつけたリクは笑い。

 

「合格。合格ですよ。あなたなら私が力をぶつけるに相応しい」

 

 その言葉を境にリクの姿に突如として変化が現れる。先程間での人の瞳とは明確に違う。細長の爬虫類の如き瞳へと転じていた。

 そしてより明瞭な変化が腕だ。彼女の肘から先。両の腕にゴツゴツとした硬質な装甲が誕生している。

 一切の疑いの余地はない。彼女は。

 

「私はSHワニのリク。では第二ラウンドです。さあ、アークさん。私と闘いましょうか」




SHs大戦第二話「オタクランドサガ」完結です。


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SH図鑑②ランカ&次回予告

SHs図鑑②ランカ 

 元動物:ピラニア

 誕生日12月21日

 年齢:20歳

 概要:リクの側近である古めかしいオタク系借金取り兼ディーラー。

アウェイだと気弱で自分に有利なジャンルだと途端にオラオラしだす。初心者を沼にはめて布教したがる。そういうところもピラニア気質。リク推し。

 昔はリクの上司だったらしい。

 第二話以前はコンプレックスの歯並びを隠すためにマスクをつけていたが全世界に素顔を晒されたことにより開き直ってマスクを外すようになったらしい。おかげで部下の士気が少し上がった。

 武装:指抜きグローブ

 基本素手の徒手空拳で戦う。戦闘スタイルにはアニメや漫画の技を模したものが多い。ビームは出せない。

指抜きグローブは槍で突かれても剣で切られても斬られず、衝撃を通さない特別な防御力を持っている。なお指は守ってくれないが付けてるだけでオシャレ数値が上がる。

 癖:眼鏡は伊達なのでたびたび忘れて来る。

 趣味:アニメショップ巡りアニメ鑑賞・グッズ購入、自作のリクグッズ布教

 好物 :ニンニク 鉄分多めのひじき 嫌いな食べ物:ハンバーガー(大きく被り付かないといけないから)

SH能力:ボイドハザード

噛みつくことで対象にカートリッジライフ由来のイメージを流しこみ相手の探求心を強くしげする……どういうことかというと噛まれるとオタク化する。

そして噛まれたオタクたちは流れでる知識に興奮と共にこれを共有したいという想いを抱き仲間を増やそうとする。

 そしてオタク化したものに噛みつかれるとそこから更に親の情報、好みをある程度受け付いだオタクが誕生する。そのオタクは更に同士を増やそうとする。

そうして辺り一面を同志にしていく能力である。なお能力解除しても知識とある程度の熱意は残る。個々の同志たちの制御は出来ずある程度全体のテンションの上げ下げなど大雑把な操作になる。誘導には細心の注意が必要。なお嵯峨にご当地アイドルリクが誕生したのは一年前ランカがこの能力をこっそり行使し嵯峨の街全体をリク推しに変えたからである。この事実を上司であるリクは知らない。以降組織では秘密裏にリクの盗撮やグッズが製作されそれによる収益がカルヴァリーへのしのぎの一部になっている。

 

次回予告

ついに正体を露わにしたリク。

応戦するアークだったが彼女の力はこれまでのSHとは一線を画していて……

窮地に立たされるアークの元にサンから渡された新兵器とは!?

次回SHs大戦第三話 「恐怖!死のディーラーリク」



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第三話「恐怖!死のディーラーリク」
3-1 初戦


<大仰に驚く女性の声>

 嵯峨(さが)の街を占拠した十字軍とSHピラニアを撃退したアークたち。そしたら一緒に行動してたリクが実はワニのSHで!?

 これから一体どうなっちゃうんだい~~!?

 

「私はSHワニのリク。では第二ラウンドです。さあ、アークさん。私と闘いましょうか」

 

 自らの正体を明かし。アークを更なる闘争へと誘うリク。そんな彼女にアークは警戒を込めて吠えた。

 

「テメーSHだったのかよ。やらんかのせいでマークから外しちまったのはまずかったか。アタシに助けられるまで十字軍に追いかけられて泣いてた癖によ」

 

「あ、あれは演技ですよ!!あなたの力を見極めるため、一緒に行動するためにはアレしかなかったんです!ホントですよ!?」

 

 心外な指摘をされたリクは顔を真っ赤にし、身を乗り出して反論するがアークはどこ吹く風というように片足で脚を掻いている。リクは「全く」と腕を組みなおす。

 

「つまらない人にわざわざ私の力を振るいたくはないですからね。そのための手段です。まあ、その色々と行き違いはありましたが……」

 

 そう言って彼女は敗残兵を見下ろすような眼で地面に転がるSHピラニアを一瞥する。推しの冷淡な視線を受けて敗残兵はピクピクと小刻みに震えていた。そしてそのまま背後をそろりそろりとサイドステップで移動している。メアに視線を移す。

 

「り、リクの姉御SHだったのだ!?」

 

「ええ……それでどうします?アークさん。断れば当然メアさんの無事は保障できませんが」

 

 ぷるぷると震えているメアに見つめられアークは目を伏せ頭を掻く。

 

「別にいーけどよ」

 

「はい」

 

「ここでやんの?」

 

 この場所はつい先ほどまで十字軍にされていた人間たちが占拠していた。つまり。

 

「え、と。どこかしらここ。確かわたし嵯峨に買い物に来ていて……それよりも何?この内から湧き上がる衝動は?」

 

「俺、なんだか短い間だったけど憧れのヒーローたちみたいなことをしてたような気がする……よし、帰ったら特訓だ!」

 

「つまりあのシーンの解釈はですなー。何?小生如きが解釈を語るなと?おっし表出ろや」「おお!あそこにコスプレ美少女が!精巧な作りだな。特殊メイクの類か?」

 

「いや片方あれじゃね?嵯峨のアイドルリクちゃんじゃね?」

 

 影響が抜けたとはいえ未だ多くの一般人が多くたむろしており。十字軍化の影響か様々な作品について語り合う姿やリクに気付くものもいる。

 そんな周囲にリクはアー……と天を仰ぎ。

 

「場所変えていいですか?」

 

「いいけど……」

 

【挿絵表示】

 

♦橋上を走る車の排気音。底を見渡せぬ川の流れ、ところどころに生え茂るサボテン。

 換歴ならどこにでもあるようなありふれた河川敷に四つの人影があった。

 地面に横たわる黒焦げのオタク、その上に座る小学生。そして対峙する二匹だ。

 向き合う一匹リクは軽くステップを踏み。

 

「さあ始めましょうか」

 

 その言葉と同時にリクともう一匹。アークが駆けだし中央で激突した。アークはチェーンソードによる横薙ぎの一撃を放ったが。

 

「甘いですよ」

 

「かてぇなオイ。ラムルディの装甲みてぇだ」

 

 チェーンソードは胴体との間で壁にした上腕によって防がれている。エンジンをかけた起動状態。本来であれば鉄塊ですらバターのように容易く切り落とす切れ味である。しかし、リクの異形化した上腕。ゴツゴツとした緑の腕甲はその必殺の刃を押しとどめている。

 

【挿絵表示】

 

「まがい物と一緒にしないでくださいよ」

 

「そーかいそりゃ悪かった……なッ!」

 

 刃を止められた硬直状態から転じて拳での打撃に切り替えるアーク。だが、それは軽いサイドへのステップで躱され。アークは側面を無防備に晒す。

 

「しッ!」

 

「グッ!?オッ……!?」

 

【挿絵表示】

 

 空いた脇腹に打ち込まれる数発のブロー。痛みに呻きながらもチェーンソードや長い手足、尻尾を動員して追い払おうとするもリクは軽いステップによる三次元の動きで軽々と潜り抜けていく。

 距離が離れない。ここはまだワニの間合いだ。

 

「この!ちょこまかしやがって!」

 

 痺れを切らせた大振りの拳。それに対してリクは正確に拳を合わせた。

 拳と拳が中央で激突する。衝突の結果は直ぐに現れる。

 

「ぅあ……」

 

 アークの腕は震え、拳からは血が滲み力なく落ちていく。

 

「拳は私のほうが上みたいですねぇ。アークさん?」

 

「んにゃろ……ふざけんな!」

 

 アークはチェーンソードを振るうがこれもステップで潜り。刃の内側へ。踏み込んだストレートが腹筋を抉る。

 

「ぇ……!?あぁ……?」

 

 衝撃が内臓まで届く。一撃を喰らったアークはたまらず口を開き。口内からは粘ついた唾液が溢出する。身はわなわなと震え。それでも反射的に掴みにいくく。

 掴んだのは緑の腕。撃ち抜いた姿勢から腕を引き抜く直前を狙いリクを捕らえる。体を引き寄せ。頭部を勢いよく振り下ろし。

 

「お返しだ」

 

「くぅ!?」

 

 ヘッドバッド。ハンマーヘッドが顔面を打撃する。 

 衝撃でふらつくリクをヤクザキックで蹴り飛ばし無理矢理距離をとるアーク。蹴とばされたリクはふらつきが収まらぬ様子だがユラリと顔を挙げ。その小さな鼻翼から溢れる流血を腕で拭い。早口に語った。

 

「素晴らしい反応。見込んだ通りですよアークさん。もっともっと私を楽しませてくださいね」

 

「ちびの癖に生意気なんだよ。潰してもっと縮めてやるよリクぅ!」

 

 応じにリクは口端を歪め。身体の前で両腕を交差する。

 

「デスロール」

 

【挿絵表示】

 

 宣言と同時にリクの瞳に閃光が走る。次の瞬間。リクの開いた掌にはには黒白一対の掌大のサイコロが左右それぞれに握りしめられていた。

 腕の交差を解放し、その勢いで死の賽を降る。

 放り投げられたソレは警戒し足を止めたアークの数歩手前に転がり、止まり。その目を指し示す。

 その目は二と三。地面に投げ出されたサイコロから煙が浮かびあがるかのように粒子状のナニかが現出する。

 エネルギー体として文字通りサイコロから浮かびあがった人の身程もある二個の鰐の頭部。宙に静止した後、唐突な動きで合一を果たしより巨大な形となって獲物の元へと直進する。

 

「チッ……」

 

 舌打ちを掻き消すように爆音が響き。湿った土砂が巻き上がり視界を閉ざす帳となる。

 土の帳の中、デスロールの直撃を避けたアークは無闇に動くのは避け。全方位に対応できるよう構えていた。

 数瞬の後、アークの左手方向から緑の弾丸が帳を突き破る。

 アークは即座にチェーンソードを振るうが飛来したリクは跳び躱し。その勢いのままアークの顔面を拳で殴り抜ける。アークの瞳に閃光が走る。

 

「ギ……」

 

「ガっ……!」

 

 打撃直後迸った電流によりリクの身体は硬直。アークは飛ばされながらも固まったリクの矮躯を掴みその肩口に喰らい付く。

 

「…………!!」

 

「らぁぁあああああああああ!!」

 

 リクは抱え込まれ喰われつつも傷が抉れるのも構わず両の拳をアークの腹部へと乱打する。アークの身体が震え。口元から溢れる血液はリクのモノだけではなくなっていった。しかし剥がれない。

 このままでは埒が開かないと判断したリクは瞳を迸らせ両の掌を開き、双の賽を現出を奥へと放る。

 湧き出る出目は四・三。

 咬撃に必死のアークは迫る死賽に気付かない。直撃する。

 アーク、それに捕まっていたリク共に激震を得る。しかし予めくると覚悟を決めていた、直接受けたわけではないリクは余裕があり。吹き飛ばさる中で先んじて構え直し。

 着地した瞬間。猛撃をアークに叩きこむ。

 

「ぶっ!?ぐっ、あぁあ!うぇあ……!」

 

 滅多打ちにされ膝から落ちゆくアークにリクは振りかぶり。

 

「これで終わりです」

 

 打撃する。

 サンドバックにされたアークはあっけなく弾き飛び。そのまま力なく川へと着水した。

 

「アークー!!」

 

 メアの絶叫が河川敷に響き渡った。

 



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3-2 タイムリミット

 

「さて、帰りますか。お客さまをお連れしなければですね」

 

 そういうとリクは無事な腕で額の汗を拭うとメアと黒焦げの椅子の元へと歩みを進める。すると椅子が喋った。

 

「リクちゃん様、アーク殿へトドメを差しにいかなくていいのでござるか?」

 

「ヘタに川に入り込めば、彼女が意識を失っていない場合感電のリスクがありますしそのまま逆転されるかもしれません。まあいつまでも上がってこないということは意識を失っているか、逃げたか。どちらにせよ私の勝ちは変わりません。それに」

 

 リクは笑い。

 

 「どうも彼女は調子が悪かったみたいですからね。これで終わりにはしませんよ。幸いこの娘がいれば向うからくるでしょうし……ね」

 

 泣きべそをかくメアの頭を撫でてやる。

♦方舟市を流れる川。阿弥陀川。そこをスゥーと滑らかに流れて来るものがあった。

 

「ぶはぁ!」

 

 サメだ。ワニとの争いに敗れた彼女は勢いよく水面から顔をだすとその小ぶりな頭を振り、周囲に水をまき散らした。

 

「…ここは?」

 

 一時的に意識を失っていたアークは現在地を確かめようと周囲を見渡す。そんな彼女の頭上から声がかかる。見上げてみるとそこには意外な人物がいた。

 

「上だアーク。早くあがってこい」

 

「サン!」

 

 橋の上には車を傍らに停めた、アークのよく知る白衣の女性がいた。

 

 身体を半端に拭ったアークはサンの用意した車の助手席に勢いよく乗り込む。座席がじんわりと濡れるが二人とも気にはしない。行先を自宅に指定してサンは車を発進させる。

 アークは心ここにあらずといった風体で窓に映る背景を眺めつつ問いかけた。

 

「なあ。なんでアタシの位置がわかったんだ?」

 

「お前の持つ腕輪には位置情報機能を内蔵してある。その情報を見るとお前が川を下っていたのでな。戦闘でもあったのだろうと判断したまでだ。その様子だと、負けたのか」

 

 協力者のあまりにデリカシーのない率直な問いを受けると、アークは眉根を寄せ、顔をしかめると、瞳に涙を貯めて叫んだ。

 

「うわああああああぁんそうだよ!負けたよ……負けた!まーけーたー!悔しいよぉぉおおおおお」

 

 涙を流して足置きを映画館の迷惑客のようにドスドスと躊躇なく蹴っていくアーク。その度にSHの膂力によって車が揺れる。

 対"SH"との初めての完全な敗北。チリチリと湧き上がる敗北感と煮えたぎる怒りは負けず嫌いな彼女にとめどなく涙をあふれださせた。

 

「メアもとられたし……。そうだ。メア!早く助けてやらなきゃ……」

 

 重大な事柄に気付いた涙目のアークは助けを求めるように運転席に振りかえると信じられないものを見た。

 

「zzz…………zzz……」

 

 運転手はハンドルに頭から突っ伏して眠りこけていた。圧力におされ眼鏡が額の方にズレている。

 

「寝るなー!完全自動運転だからって寝るな!危ないしお巡りさんに捕まっちまうだろうが!!」

 

 大層焦ったSHによって加減なくガックガックと肩を揺らされて起こされた運転手は呑気な欠伸をして答えた。

 

「ああ、すまんな。ここ数日睡眠をとっていなかったツケが回ってきたか。……で、負けたのか?」

 

「そのくだりもうやった!喧嘩売ってんのかテメー!」

 

「掴むな。揺らすな。自動運転中とはいえ危ないだろう」

 

「寝てたやつがいうんじゃねーよ!」

 

 一戸建ての屋敷の一室。サンの家に帰って来たアークは、地下室にて人が三名ほど入れるような大きさの近未来的カプセルへと押し込まれんとしていた。

 

「待て待て待て押すなオイ。押すなって。ヤメロ!こんなか嫌いなんだよっ!」

 

「何故だ……?お前はただ座っているだけでいい。それだけで◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆され闘いで得た疲労は回復し、死んだように眠れるというのに」

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆されるからだろうが!なんだこの怪しげなアームはよぉ。前より増えてるよな!?」

 

 「いいから入れ」「ヤメロー」といった攻防が為される中、アークから軽快な電子音が流れ出す。腰のあたりからだ。

 アークがズボンのポケットの空間から取り出したのは携帯端末。着信元は不明だがアークは確信をもって電話に出る。

 

「リクか」

 

「ええ、さっきぶりですねアークさん。お元気でしたか?」

 

 電話の主はつい先ほどまで激闘を繰り広げたリクだった。小憎たらしい声にアークは眉をたて、拳を強く握りしめた。

 

「てめえ。メアは無事なんだろうな。もしアイツになんかしてたら──」

 

「ええ勿論。私はあなたと違って理性的ですので。彼女には傷一つありませんよ。それもあなたの対応しだいですが」

 

 チッと、舌打ちを一つついたアークの耳元に届いたのは聞きなれた幼い声。

 

「やらんかー早くジュースもってくるのだ。メアは喉が渇いたのだ!持ってきたら肩を揉むのだ。メアはおつかれなのだ」

 

「ひ、ひぃー!このロリ。オタク使いが荒いでござる!だが、それがいい!」

 

 ランカの歓喜の声を最後に、電話越しの両者の間にはしばし無言が発生した。

 

「……あれ?結構余裕ある?」

 

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「ない!ないですよ!!我々は血も涙もない無慈悲な獣ですからね!」

 

 電話の奥では「ごほん」という咳払いが一つ。

 

「ともかく。彼女の身柄はこちらが確保しています。彼女を取り返したくばこちらの指定する場所に来てもらいましょうか」

 

 ここまで聴いた後、アークは柔らかいものが腕をつく感触を得る。振り向くとサンが二の腕を指でついていた。彼女の意図を掴むため、携帯端末を離し、小声で会話する。

 

「……何だよ」

 

「できるだけ再戦の日時を引き延ばせ……そうすれば」

 

 そうすれば。彼女は希望の言葉をアークにもたらす。

 

(私がお前に新しい力をやれる。敗北を打ち破る。新たな力を)

 

 真っすぐと見据えるサンの視線を受けアークもまた首肯で返す。

 

「じゃあ……一週間後でいいか?」

 

「はあ!?どれだけ待たせる気ですか!せめて二日後です。」

 

 あからさまに声量の大きくなった携帯端末から耳を離し。アークも大声で話す。

 

「じゃー。四日後ならどうだよ?」

 

「じゃー。じゃないですよ!三日後で!!」

 

「なら三日後な」

 

 そう纏まりかけたところだった電話の向こうから声がする。

 

「門限があるから八時には帰りたいのだ。マミーたち心配するのだ」

 

「聞きましたか!七時までに傷を治してきなさい!」

 

「メアてめ~~~!」

 

 背後から撃たれた形となったアークはちらりと横に目をやる。そこには遠い……いや、普段とあまり変わらない目をしたサンがいた。

 アークは少しだけ申し訳なく相手を気遣った声色で問う。

 

「……できる?」

 

「……お前はいつも無茶をいう。まかせておけ」

 

 心強い返答を受け。アークは携帯端末に言葉を吐き捨てる。

 

「……遅刻しても文句いうんじゃねーぞ!」

 

 捨て台詞をはいたのちアークは黙ってカプセルの中に歩みを進める。

 誰かのせいでタイムリミットは近い。

 



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3-3 ミニアーク

 白い天蓋、中央に配置された巨大なため池、整備されたタイリング、そして支柱のような根を持つ熱帯植物が林立する熱帯雨林のような風情を持つ室内プール施設。そこにリクたちはいた。時間は約束の午後七時際。だがそこにアークの姿はなかった。

 

「こないじゃないですかー!」

 

 憤慨するリクに対して。見るからに高級そうなビーチチェアに横になりながらフルーツジュースを飲み、ランカに大きな葉を団扇のようにして仰がれているサングラスをかけたセパレート水着を着たメアが答えてやる。

 

「アークが約束の時間に来た試しなどないのだ。五分十分は当たり前。三十分でも一時間でもへっちゃら遅刻魔なのだ。気長に待つのだリクの姉御」

 

「よ、余裕ですね……」  

 

 感心するリクの元に一つの通信が入る。部下からのものだ。即座に出る。

 

「リクちゃん様。アーク様がお越しになられました。今からそちらにお連れいたします」

 

「ほう……。ええ、わかりました。粗相のないようにお願いしますね」

 

 通信を切る。凶暴な牙を剥く。闘い時は近い。

 サングラスに角刈りの黒服の男たちに連れられてアークは熱帯の室内プールへと足を踏み入れる。

 

「リクちゃん様、アーク様をお連れしました」

 

「ご苦労。下がって貰って結構ですよ」 

 

 その言葉に男達は部屋から次々と退出していき、後に残されたアークは大股の動きでタイルを踏む音を響かせながらリクたちの元へと歩みを進める。

 

「ようこそお越しくださいましたアークさん。大事なメアさんはあちらですよ」

 

 アークはリクの視線に従って視線を動かすとそこにはグラスを塔のようにして建て並べ、頂点から飲み物を注ぐシャンパンタワーならぬフルーツジュースタワーを行うランカと手を叩いてご満悦のメアがいた。

 

「……経費はそっち持ちだよな」

 

「ええ。これらはただのサービス。素寒貧のあなたからこれ以上何かを奪うつもりはありませんよ。命以外は……ね」

 

「ハッ!とれるもんなら……取ってみやがれってんだ!なあ?」

 

 消耗があったとはいえ一度は敗れた相手。だがアーク威勢は少しも陰ることなく吠える。勝算を呼び起こす。

 

「ミニアーク!」 

 

「ボッコボコニシテヤルゼ!」

 

 片言のアークに似た機械声と共にアークの右肩に、悪戯好きな小悪魔のようにサイケデリックな配色でデフォルメ化されたアークが現れていた。

 

 それを見たリクは組んでいた腕をほどき拳を構える。そしてタイルを蹴る。

「そんな小さなモノで私に勝てるようになるとでも?」

 

「ナンダトコノドチビ!」

 

「だからここにいんだろぉ!」

 

 アークもまた駆ける。リクとの激突点目掛けて両腕を前に振るう。そして先行する右腕で位相空間からチェーンソードを引き抜き、勢いのまま振るう。

 それに対しリクは一瞬にして小さい身体をより小さく、低く屈むことで対処した。剣鋸が空を……

 空を切る前にこの場から消失した。

 

「────!?」

 

 リクは危険を感じた。その予感の通りにたった今消失したはずの剣鋸がリクの右手側から現れた。

 

「!?」

 

 瞬間的に右腕を楯にして受けとめる。前進する足を止める。そこに振り戻ったアークの右腕が叩き込まれる。リクの右腕を圧す感覚が消失する。屈む。頭髪の先端部分が幾房断たれる。

 

「まさか」

 

 後ろに飛びずさる。左の逆手に持った剣鋸が振るわれパーカーが薄く裂かれ皮膚の下に浅く赤の線が引かれた。剣鋸が消える。アークが旋回する。回り放たれた蹴りの先端部分には剣鋸が現れており勢いよく射出される。

 投げやりのように飛んできた剣鋸を空中で体の前にクロスさせた腕で受けとめつつリクは叫ぶ。

 

「位相空間と武器の自在展開の補助。小人が武装のスイッチを戦術レベルまで押し上げているのですか!」

 

「セーカイ」

 

 リクが顔を上げると凶悪な面構えの鮫が上から飛び掛かっていた。

 リクの顔面を拳が捉え。そのままタイルに叩きつける。破片と牙が宙に舞いあがる。

 

 ♦

 

「ふわーぁあ。サーン準備終わったー?」

 

「ウオ!?危ネーナ!チャント足元見ヤガレ!!」

 

 眠り眼で疲労回復カプセルから出て来たアークの足元から機械声のアークによく似た声が聞こえて来る。視線を落とすとそこにはサイケデリックな配色のデフォルメされた自分に似た存在がいた。

 

「オメーガアークカ、ダラシネエ面シテルガ助ケテヤルヨ。コレカラヨロシクナ」

 

「……何コレ?」

 

 困惑するアークの元に少し離れた位置で何かしらの作業を行っているサンがこともなさげに答えてやった。

 

「ああ。それはお前の人格・行動データを元に作成した武装補助電子生命体ミニアークだ。武装の展開・解除を高速で行い。パラメーター管理や戦闘データの記録までも行う優れものだ」

 

「コレがー?」

 

「コレガトハナンダクソマスター!!」 

 

 コレ呼ばわりと共に指でつままれいぶかし気な視線をぶつけられたミニアークは抗議に足をバタつかせるが全く顔に届かない。その内アークは視界をミニアークからサンへと移し怪訝な顔を製作者に向ける。

 

「つかアタシの人格・行動データってどういうことだよ……」

 

「それらを利用したほうが作るのに色々手間がかからないんだ。なのでお前の寝ている時に時々な……方法は伏せておく。今夜も健やかに眠りたいだろう?なに。お前に似て器用な奴だ役に立つ。お前の影響を受けて成長していくから仲良くな」

 

「えー……」

 

 よそ見をしている隙をついて実体のあるAI、ミニアークは主の指に噛みついた。サメの叫びが響く。

 



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3-4ハンマーナックル

♦ 

 ゴロゴロと転がったのち、立ち上がったリクの両腕には黒白の賽子が握られていた。

 

「デスロール!」

 

 宣言と共に死を呼ぶ賽は降られた。 

 デスロールはリクの持つ唯一のSH能力。黒白の賽子の出目の合計に応じて威力の変わる巨大なエネルギー体を発生させるこの能力は、通常使用の場合、高い出目であればあるほど埒外の威力を持つが場合によっては自身にペナルティをも与える危険な能力だ。

 今うえを向こうとている目は五・六。最高に近いその結果が出る、その前に。

 

「アークネード!」

 

「なっ!?」

 

 新たな宣言が成立を阻む。

 突如として室内に発生した中規模の旋風は死を空へと運び去った。

 刹那。賽子の行方に気を取られ意識を逸らしたリクの顔面に膝が刺さる。だが、浅い。直前に行われたバックステップで勢いを相殺している。

 爪先で着地したリクはターンを決め、未だ着地していないアークを横から殴っていく。熱戦に汗が散る。

 打撃を受けたアークは全身に力を籠め耐えつつ、腕を脚を振り回し、その動きに合わせてチェーンソードを展開することで応戦していた。

 初見に比べて慣れを得たリクは幾度か浅い切り傷を得ていくものの数多の攻撃を掻い潜り的確にアークの身体を穿っていく。口元から唾液が溢出し、あばら骨の折れる音がする。

 

「小細工を弄したところで所詮小手先。私との力の差は埋まりませんよッ!」

 

「抜かしやがって……もっと上げてくぞミニアーク!……あん!?」

 

 肩上のミニアーク必死の横を向け!のジェスチャーにアークは視線を移す、ついでリクもそれに従う。

 先程打ち上げられた賽子が今になって出目を出したのだろう。そこには猛烈な勢いで二人にせまるデスロールのエネルギー体が迫っていた。

 

「「ヤバ」」

 

 ‎異口同音の彼女らはとっさにとった対応も同じであった。お互い相手の腕を掴む逃げられなくする。そしてその上で相手をエネルギー体に直撃するように仕向けんと力を籠める。だが拮抗する力。身動き取れず。運任せの一撃が二匹を打撃する。

 

「「ッ…………!!」」

 

 衝撃に散り散りになる二匹は共に着地姿勢を取る。先に獲物を捉えたのはアークだ。偶然にもリクの背面方向に飛ばされた彼女は、そのままワニを背後から打撃する。

 

「気付いてないとでも!」

 

 だがそれよりもリクの振り返りと同時に放たれた裏拳がアークの脇腹を削り、抉る。チェーンソードの斬撃を防ぐ防御力と不規則な突起を持つ腕甲はそのまま鋭利な凶器となる。鮮血が噴出した。

 

「今といいおチビさんのことといい、少し自分に有利な要素が出来たぐらいで調子に乗り過ぎなんですよ貴方は。今から私との実力差というものをその身に刻み込んであげますよ」

 

 膝をつき出血部位を抑えるアークを前にリクは高みから拳を鳴らす。

 追い込まれたアークはそれでも拳を握り果敢に大振りに殴りかかる。リクはその様を嗤い思う。

 

(苦し紛れの一撃ですか。ならばその拳。希望とともに正面から打ち砕いてあげましょう!)

 

 リクもまた左の拳をあえてアークの打撃と正面から衝突するように調整。激突する。その直前。

 

「ミニアーク!」

 

「ガッテン!」

 

 二匹のサメが吠え、硬質な裂音が熱帯に響き渡る。

 初撃同様、アークの拳はリクの拳に打ち砕かれてしまったのか。否。

 

「……馬鹿な!?」 

 

 亀裂が走しるは緑の腕甲。ワニの左腕。

 一方。アークの拳は無事だった。それどころか異常なる変化が起きていた。アークの右こぶしは藍色に覆われその先端に長大な四角形の突起が付けられている。

 

「探索・打撃補助武装ハンマーナックル。いい仕上がりじゃねぇか。サン」

 

 アークは製造者の顔を思い浮かべ不敵に笑う。

 

 

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3-5 水中戦

「じゃ、いってくるぜ」

 

 無機質な白の空間。アークはミニアークを肩に乗せサンに背を向け。扉に向って駆けだす。一刻も早く目的地にたどり着くそういった足取りはあと数歩のところで止められる。

 

「まあ待て」

 

「うぇ?」

 

「クソマスター!?」

 

 肩を掴まれたような感覚を得たアークはそのまま数メートルを引き倒され気付けばサンの目の前に来ていた。

 

「?!え?何」

 

「……全く。お前はいつも人の話を途中で切り上げる。今回用意したのはミニアークだけではない」

 

「ソーナノ!?」

 

「マジで!?早くいえよ!見せろ見せろ!」

 

 想定外の追加に先ほど起きた事象も忘れ目を輝かせるアークと秘密兵器が自身だけでないことショックを受けるAI。そんな彼女らの元に運ばれてきたものは。

 

「シュモクザメの頭部をモチーフに製造した探索・打撃補助武装ハンマーナックルだ。装着した腕部の打撃力を飛躍的に強化する他、ロレンチーニ器官の構造を応用した電気探知に暗中の探知も可能だ」

 

「安直な名前ー……こんなんでほんとに役に立つ──」

 

 最後まで言い終わるまでにハンマーナックルを装着したサンのスローパンチがピトっとアークの胸に当たった。瞬間アークは弾き飛ばされゴロゴロと後転を繰り返す。

 

「クソマスター!!」

 

「闘いに行く前に何してくれてんだてめー!?」

 

 逆さまの状態で文句を叫ぶアークに下手人のサンは普段と変わらず。

 

「何、性能が信じられないようだったのでな。自身で体験したほうがより信頼も置けるものだろう?」

 

 転がったままのアークに手を貸しサンは天井を仰ぐ。  

 

「しかし、まあ。想定より強く飛んだな……」

 

「この野郎……!!」 

 

♦ 

「どうだぁ?得意分野で負けて自慢の装甲が自信ごと砕けちまった感想はよぉ?」

 

 アークの煽りに呆然としていたリクの意識は戻り打ち振るえ無事な右手に力がこもる。

 

「一度のマグレでいいきになるなよ。アークゥ!!」

 

 再び拳をぶつけ合う。リクの拳は先ほどより深く踏み込んだ音を切るストレートパンチ。入ればアークであってもしばし行動不能を余儀なくされる一撃。だがそれでも結果は変わらない。

 

「な……あ……ッ!?」

 

 ピシピシと走る裂音。指は内側に折れ曲がり装甲は剥がれゆく。それはやがて拳から腕、腕から肩へと衝撃が伝い骨髄が砕けゆく音に変わる。そして、衝撃が走る。

 衝撃はリクの矮躯を軽々と家屋数軒分吹き飛ばし。終着点である壁面に叩きつけ、それを砕き、バウンドさせる。

 地面へと落ちたリクは血反吐を吐き打ち震えた。

 

「あ、あり得ない……打撃で私が……打ち負けた?いやそれよりも今は」

 

 呟きを抑えるその左腕は幾つも装甲が剥離していた。ダランと垂れている右腕に至っては通常ではありえない方向に曲がっていて完全に折れていることが見て取れる。だがその両手には既に黒白の賽子が握られており投下される。

 手痛い一撃を受けたことで彼女の頭は既に冷えている一・六のデスロールを先行させ迫りくるアークに迂回を強いる。そして自身はその行動の起こりを見極めサイドステップ。デスロールを回り込んで避けるアークの更に外側、背後を取る。そして、肩口に喰らいつく。

 

「ふぅー……グルルルル」

 

「あッ!ギアぁ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」

 

 リクは無事な腕と両足を用いて必死にアークの腕の動きを抑制して打撃を受けないように立ちまわる。一方振りほどけないと判断したアークは駆け壁面に向って跳躍。壁面と自身の間にリクを挟み叩きつける。

 

「ら”あ”!」

 

「……!!」

 

 剥がれない。二,三,四,五。繰り返す。剥がれない。更に繰り返す。壁面が砕け、繰り返すごとにリクの身体が埋まっていく。肉が剥がれ鮮血吹き出し、それでも剥がしきれない。

 

 リクはここで勝負を決めるつもりだ。ここを逃せば自身に勝機が薄いことをよく理解しているのだろう。必死の形相で喰らいついて離れない。

 

 一方アークは肩の感覚を失いつつも壁との距離を話し助走をつけて一気に叩きつけることを敢行する。

 

 衝撃に備えてリクが身構えた瞬間だ。その筋肉の動きが一瞬硬直する。閃光が走ったのだ。

 

 アークショック。壁面との衝突直前に放たれた電流により防御の構えをキャンセルされたリクはモロに助走の利いた戦闘系SHの全力体当たりを喰らい。たまらず顎を外す。

 リクは全てを失ったかのような感覚を得た。だが勝負は続いている。

 

(──不味い。だが彼女は背後を向いている。このまま後頭部をかち割ってあげますよ……!!)

 

 起死回生の拳の振り下ろし。その致命的な一撃にアークは。

 異常な速度の回転で向き直り対応した。

 アークネード超小規模展開。アークの周りに風をまとわせ回し。その回転力を自身の方向転換に利用したアーク。彼女はその埒外の遠心力そのままで振り下ろされる一撃よりも早く。打撃する。

 小規模台風の遠心力を得たハンマーナックルによる脇腹への横殴りは直ぐにその効力を発揮した。あばら骨は小枝のように音をたて次々折れ果て、衝撃を直接受けた内臓は揺れ、血液を逆流させる。

 打撃はリクを捕らえたまま一周を回り。そして力は解放される。

 ミサイルのような勢いで射出されたリクの行き先は水。水面を叩き割り水底深くまで押しこまれる。吐き出し空気に鮮血の色が混じり水に溶けていく。

 

(一瞬意識を失っていました……水中。だとすれば来ますか……!)

 

 直ぐにソレは来た。飛び込みと同時にプール全体を襲った雷はリクを捉えた。それは一瞬ではあるが心臓の鼓動を止める威力であり。隙を作るものであった。

 

(隙は一瞬。サメがなんですか。私もまた水中に適したSH。硬直が溶け次第その身体喰らい尽くして……ぐむぅ!?)

 

 一瞬のスキが致命的であった。アークはその刹那の内に三度。水中を揺蕩うリクの身体を打撃。回転させた。その威力は地上のものに劣るどころかむしろよりより凶悪さを増していた。

 連続する。

 殴る。蹴る。体当たりをする。刻む。噛む。打撃する。殴打する。食らう。抵抗の暇を一切与えない。

 アークもまた深手を負った身だがその動きは一切衰えを見せない。それどころか更なる加速と洗練を持って死に体のリクを襲う。

 

(馬鹿な……馬鹿な馬鹿な。これほどの……これほどの差があるというのですか!?反撃が、牙がまるで届かない。クソ……うぁ、ガハ!?)

 

 リクの鳩尾にアークのロケット頭突きが命中。衝撃を逃がすことなく圧し続ける。そして壁面に叩きつける。腹を圧されたことで大きな泡を吐くリク。その瞳は最早虚ろである。

 啄むように頭突きを繰り返し抵抗の力を奪う。そして掴み中央へと投げ捨て縦横無人に打撃する。

 

(呼吸の暇さえ与えられない……もう、酸素が)

 

 全方位から乱撃を受け薄れゆく意識の中でリクは思う。ここが己の終わりだと。打撃戦で負け、水中戦でもまた完膚なきまでに叩き潰された。だが不思議と悪くないと思っている。自身の持てる力を全てぶつけたという実感がある。その末に命を失うのであれば悔いはない。

 リクが最後にみたのは命を終えようとする自身にとどめを差そうと近づいてくる鮫の姿だった。それはゆっくりとこちらを抱き。そして。

 唇を奪い。息を吹き込んだ。

 

「!?」

 

 

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3-6 勝者の特権 

 熱帯密林風のプールの水面付近に幾つも泡沫が生まれては消える。それはやがて静まり代わりに。

 

「ぶはぁー!」

 

 二匹の獣が水面から顔を出した。

 サメは意識を失っているワニを抱え陸に上がると、慣れた動きで心臓マッサージを繰り返しついで人工呼吸を行う。

 幾度も繰り返した直後。ピクリとも動かなかったリクは咳き込み始め。やがて意識を取り戻す。

 

 「ゲホッ、ゲホッ……アークぅなんの……つもり。あの局面で命を奪うどころか命を救う?情けをかけた気でいるのですか……!?今すぐ私を殺しなさい!」

 

 今にも飛び掛かりアークの命を奪わんとする剣幕のリクにアークは腹の上に跨りながら両腕の指を耳栓状にして。

 

「あーあーうるせーうるせー。おまえ負けたんだからぎゃーぎゃーいうなよ。勝者の勝手だぞ。それにアタシは情けをかけた気はねーよ。お前が死んだら約束が果たせなくなるだろ?」

 

「はあ……!約束ぅ?」

 

 なお険しい剣幕のリクに対して退かず顔を近づけアークは宣言する。

 

「あとで揉ませろっていったよな?忘れたとはいわせねえぞ」

 

「へ?」

 

 リクの反応を待たずアークはその両の掌をリクの両胸の上に置いた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「負けたんだから抵抗するんじゃねえぞ」

 

「あ、んッ!?」

 

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 小ぶりながらも丁度掌の中に納まる柔らかいモノを揉みしだく。柔らかい感触が返り。嬌声を発し。その頬には熱が生まれる。加速する。

 

「ヤッ、んぅ、あッあッあッやぁ~~~!くっ、あぁぁ~~!!」

 

「いいな。やっぱおめぇ反応がいい。最高だ」

 

 揉みしだくごとに熱量は増し。感触は硬さをえる。蒸気が生まれいいようもない興奮が湧いてくる。最早戦場で得た傷は気にならなくなっている。

 

「んっふぅ、あっ、アークゥ。やめなさい……いますぐ、や、やめないと……殺す……殺します」

 

「あー?負けてぼろぼろで今いいようにされてるオメーがどうやってアタシを殺すってんだ~?アタシがオメーを昇天させちまうってんなら話はわかるけどよぉ~」

 

 摘まみ捻る。

 

「~~~~~~~~ッ!!ランカァ!何をしているのですか……早く、早くこの女をどかしなさい!ランカ!」

 

 頼みの綱はいつまでも機能しなかった。リクの視線の先呼び掛けられたランカは弱冠頬を紅潮させて行為を眺めているメアの横で虚空に向って手を合わせぶつぶつと数言呟くと。

 

「推しのエッチボイス……わが生涯に一片の悔いなし……!」

 

 鼻から蛇口をひねったかのような量の鮮血を吹き出したそのまま後ろ向きに倒れ込んだ。

 

「アホ―!!」

 

「これでもう助けはこねえなあ?」

 

「や、やめ……もうやめ」

 

「やめない!オメーの乳首パチンコみてーに弾いて全演出(痴態)見るまで止めねー!覚悟しやがれ!」

 

「きゃ、ッ……ウッ、きぃ”い”い”い”い”あぁああぁ、ひぃ。やぁああああああ!殺す!いつか絶対殺してやります。アークぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 熱帯夜は続く。

(惚けた女性の声)

 ちょっと刺激が強いね。僕にとってもメアにとっても……こういう声が出せたら僕も仕事の幅が広がるのだろうか。

 というか今日は朝からパチンコといい教育に悪すぎないかな?ともあれこれで嵯峨に纏わる一連の事件は解決。

 深い因縁が生まれた気がするけどそれはまた別のお話かな。

 それじゃあ。次の催しがあるまでしばしさよならだ。

 

 



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SH図鑑③リク&次回予告

SHs図鑑③リク

 元動物:ワニ

 誕生日8月2日

 年齢:17歳

 概要:日本の首都近郊のカジノやパチンコ店などの賭場全般の双元締めを務めるSH。2話に登場したパチンコ店ワニノコも彼女の管理下にある。

 彼女の稼ぎは上場で欠けた円環の継手の中でも有数の戦闘員兼稼ぎ頭として頭角を現している。

 カジノのディーラー兼カジノ以外にも金融業も行っており、アークの借金も何割かは彼女のところから借りられたものである。アークのことは彼女が組織に在籍していたころから存在を認知しており、意識していたようだ。部下の黒服はランカを除き大体似たような顔だちで同じような体格……らしい。そして全員がアイドルリクちゃんファンである。

 朝は非常に弱く専用目覚ましが幾つも存在する。

 戦闘スタイルはボクシング。見た目通りの非常に軽いフットワークで敵の攻撃を躱し、見た目からは似つかわしくない鋭く重い一撃を叩きこんでいく。高い近接戦闘能力に対抗するため距離を取ればDeathrollが際限なく飛んで来るという遠近ともに隙のない性能をしている。

 昔は上司であったランカを尊敬していたが、部下となりオタクとなり果てた現在のランカのことは非常に冷酷な目で見ており、どうしてこのようなことになってしまったのかと嘆いている。

 武装:素手(SHの特性としての腕甲が武装としても防具としても優秀) 

趣味:他所の賭場に偵察兼荒稼ぎにいくこと。身体トレーニング。経営に関する勉強。

 癖:親や子といった単語につい反応する。確立計算。

 好物:焼肉、ししとう、アボガド 苦手な物:スルメなど歯の隙間によく引っかかるもの

 

 SH能力 :Death roll

 黒白一対の六面ダイスを現出させ、出目に応じて威力があがるエネルギー弾を放つ能力.

1ゾロと6ゾロは特別な数字でそれぞれ効果が異なる。

 6ゾロになると破滅的な破壊力のエネルギー弾を放つことができる反面1ゾロだと自分に大ダメージが入るリスクの高いもろ刃の剣である。なお、一流のディーラーであるリクは妨害の入らない落ち着いた状況下であれば降った賽子の出目は思いのままのものをだせる。この能力は基本形であり。自分の血と相手の血を混ぜて特別なサイコロを作り出す能力もあるとか。

次回予告

方舟市が主催するイベントにやってきたアークとメア。

優秀者に与えられるのは高価な聖剣!?お金目当てにアークは大興奮!

快進撃を続ける彼女たちの前に現れたのはアーサー王を名乗る女性で?

次回SHs大戦第四話 「英霊転生」



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第四話「英霊転生」
4-1 少女の休日


<かしこまった女性の声>

 埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)。人々の思念の堆積場にして万能の概念エネルギーであるソレは、この世界の隣に一方通行の壁を隔てて遥か昔から存在していたとされているカートリッジ・ライフは記憶や感情、事実に誤解を現実世界から受け取り、そして僅かな世界の隙間から超常現象などといった形で現実世界に影響を与えていたという。

 

 そんなあるとき日本のどこかで誰かがうっかり両者を隔てる壁に大きな穴を開けちゃったんだってさ。

 そこからはもう大変。カートリッジ・ライフから流出した概念エネルギーは現実世界を大侵食。世界各地で怪異や転変地異が大発生。未確認生命体も一杯現れたんだってさ。

 

 つまりどういうことかって?鳥取は一面砂漠になったしイギリスではどんな料理人が作っても食べ物がゲテモノになるようになった。らしいよ?

 

 幸い大穴は数年で一応封鎖されたけど現実世界への概念的侵食は深刻なもので世界の法則がそっくり変わってしまった。概念として刻まれたお約束がお約束としてある程度機能する世界。お守りを胸元に入れていれば銃弾から守ってくれるなんてことはよくあるしパンを咥えて走ってれば人と道で人とぶつかることもある。都市伝説の目撃なんて日常茶飯事さ。

 

 これはそんな書き換わった世界の出来事。だから何が起きても不思議じゃぁない。おや……これは……驚いた。泉から剣が浮き上がってきた。こんなことも起きるってことだね。全く見ていて退屈しない世界さ。さて、彼女は今度はどんな話を見せてくれるだろうか。

 

 ♦

小鳥たちの歌声のような囀りに、朝を告げる暖かな日差し。部屋に入り込んだそれが少女の耳元に、眠り眼に届いた時。彼女は眼を擦りベッドから体を起こす。

 

「ぶわぁ~、朝なのら~」

 

 弛緩しきった表情で気の抜けた声を上げる少女、メアは、小学五年生女子にしては乱雑に物が散らばった床を脚でかき分けながら部屋を後にした。

 トテトテと覚束ない足取りで階段を降りると彼女の鼻孔には焼けたトーストの香りが漂ってくる。ダイニングに向えばそこには彼女の二人の母親がいた。

 

「おはよーなのだママ、マミー」

 

「はい。おはようメアちゃん」

 

 「おはよう。さあ顔を洗って朝食にしよう」

 

 促されるまま彼女は洗面所で顔を洗い、彼女には少し高い椅子に座りトーストに噛り付く。するとつけっぱなしのテレビの画面が目に入った。どうやらニュース番組のようだ。

 

「ご覧ください!ここ、方舟市の湖では沢山の人で溢れています。今朝湖から浮かんできたとされる謎の宝剣を一目見ようと集まったようです」

 

 画面の向こうのリポーターは慌てた声でその場の状況を視聴者に伝えていく。そして近くにいた老人にマイクを向けると。

 

「ここで第一発見者の方に話を聞きましょう」

 

「ああ……今朝何時ものように兎飛びで湖の周りを散歩しておったんじゃよ……そうしたらの、湖の方から何やらぶくぶくと音がしおってな。なんじゃろうなぁ怖いなぁと思って覗き込んでみたら水面からドバーと剣が浮かび上がってきたのじゃ。刺さった岩ごとな。全くおかしな世になったものよなはっはっは」

 

「なるほど~不思議なこともありますね……あ、アレは……皆さん見てくださいアレです!離れていてもわかるこの絢爛さ。まさに聖剣というにふさわしいものです!」

 

 リポーターが指し示す方には岩に突き刺さった各部に宝石があしらわれた豪勢な剣。それが市の職員たちによって厳重に運ばれていた。

 

「この剣は不思議な来歴や各所にあしらわれた宝石もあり鑑定次第では数千万の値が付くのではないかとも言われています。この後は市の所有物として保管されるようです。またこの後は市長からこの件について正式な声明が……」

 

 テレビからは地元で起きた奇怪な事件についてのあらましが流れていた。そんな事件に当然好奇心の塊は

 

「ふぉぉおおおおおおおお」

 

 眼を輝かせテレビに張り付いていた。

 

「スゲーのだ!聖剣なのだ!ここから剣とまほうのバトルファンタジーが始まるのだ。竜のそっ首落とすのだー!」

 

「コラ!メア。食事中にはしたないぞ。せっかくママが作ってくれた朝食だ。ちゃんと座って食べなさい……と」

 

 メアの母親にして方舟市の自警団団長を務めるアルは突如かかって来た電話に慌てて応対する。

 

「はい、今からですか。あの、我々としてもそう何でも協力できるわけでは……はい」

 

「ほぐっ、ほぐっ。ごひほーはまでしたなのだ!ひっれきますらのらー!」

 

 厳しい母が目を放した隙に一気にほおばり食事を終えると有無を言わさぬ速度で玄関まで駆けだす。

 

「夕ご飯までには帰って来るのよ~」

 

「ほふはのは~!」

 

 少女の休日が始まる。

 



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4-2 真夜中の騎士

 メアはとある一軒家の前に訪れていた。突き穿つようにインターホンを押す。すると気の抜けた呼び出し音が鳴った後。機械音声が問いかける。

 

「合言葉は」

 

「無利息無返済」

 

「お入りください」

 

 扉のロックが開き小さな体で開けると。玄関には腰に手を当て立っているサメの尾を持つ少女がいた。彼女はメアの姿を確認するとニッ、と口を開く。

 

「ふっふっふよく来たな」

 

 その言葉を合図にメアは地面を蹴り跳躍。

 

「よく来たなじゃねーのだ!約束の時間なのになんでまだ家をでてねーのだ!!」

 

 ドロップキックをアークにぶち込んだ。

 

「てー!蹴るこたねーだろぉよぉー!?」

 

「けることしかないのだ!さっさと行くのだ湖の冒険にレッツゴーなのだ!!」

 

 ずるずると引きずられようとするアークをポケットから這い出てきたAI、ミニアークが制止する。

 

「へいへーいと、なんだよミニアーク」

 

「クソマスタータチ、テレビ見テミナ面白イノヤッテンゼ」

 

「「テレビぃ?」」

 

 メアたちが居間でテレビを点けるとちょうど何かの記者会見といった光景が画面に映し出されていた。

 

「市長!この度の会見では今朝発見された宝剣について重大な発表があるということでいいのでしょうか?」

 

「市長!」「市長!!」  

 

 

 市長と呼ばれ多数の記者に詰め寄られているのは少し恰幅のいいスーツ姿の女性だ。

 

 「まーまー君たち落ち着きなさい。物事には順序というものがあるのだよ。どんな情報も話すタイミングを間違えればゴミ同然さ。逆もまた然り。そんなこと、私よりも君たちの方がよーくわかっているだろう?」

 

 その言葉に記者たちは静まり返り。代わりに市長はウム、と満足げに笑い。口を開く。

 

「それでは始めよう。諸君らの聞きたがっている聖剣。それを用いたわが方舟市の一大ニューイベントについて……ね」

 

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 方舟市市長アトイ。歴代市長の誰もが欲望の赴くまま市長という権力を振りかざしてきたためいずれも短期政権で終わった中、例外的に長期政権を続けているのがこの女市長である。

 とはいえアトイも別段清廉潔白に活動しているわけではない。ある時は市内にかかっていた表現規制の一斉解除、またある時は一部区画の爆破解体セレモニーを執り行うなどむしろ歴代のどの市長よりも傍若無人に振舞っている。そんな彼女が長期政権を維持している理由はただ一つ。方舟市の住民にとって益となるからだ。

 規制緩和には先代市長による締め付けで市外に逃げた表現者達が戻り。爆破解体セレモニーでは方舟市を根城に活動するありえん。に大打撃を与え治安維持に貢献すると共に市内外からの見物人を集める名物イベントと化している。

 アトイは異能といえるほどに金の匂いを嗅ぎ分けることに長けていた。ゆえにこの場の記者たちは一様に確信する。詳細定からぬが市長のいうこのイベントもまた、当たる。と

 

「今朝、方舟市の湖に出現した剣だが。鑑定の結果埃にまみれた人類史由来と思われる未知の成分を多く含んでいることが分かった。つまり、船来の品ということだねえ。はたまたこれにどんな由来があるのかと考えてみたいのだがね?まさにこれだ!というものがあるじゃあないか」

 

 一呼吸を置き。彼女は言う。

 

「アーサー王伝説における聖剣エクスカリバー。湖から浮き上がりし剣というのはまさにそれだ。岩に突き立って抜けないあたり選定の剣と混ざっているかもしれないけどね。ともあれ、だ。そんなものが我が市で発見されたのならばやることは一つだよ」

 

 両の手を広げ意識を集め、放つ。

 

「方舟市市長アトイは今ここに第一回ネクストアーサー王だ~だれだ大会の開催を宣言しよう」

 

 一瞬の静寂の後。記者たちの疑問が市長に殺到し騒然となる会場。絶え間なくたかれるフラッシュが目に悪い。

 

「うんうん。驚いてくれたようでなによりだ。それじゃあ会場が温まっているうちに概要説明といこうかな。諸君、こちらに視線をくれるかな」

 

 そうして市長が右腕を差し出すと手のひらから現れたホログラムが現れ巨大化する。それは先ほど発表されたイベントに関する資料だった。資料にはアーサー王らしきフリーイラストがふんだんに使われたそれは子供でもわかりやすく、不思議と心躍らせられるものだった。市長はそれらをスライドさせつつ解説を続ける。

 

「このようにアーサー王伝説をモチーフにした市全体を巻き込むイベントを開催する。参加資格は自由。市民だろうが観光客だろうがありえん。だろうが振るって参加してくれたまえ。そしてこのイベントで最も優秀な成績を収めた者には優勝賞品を贈るそれは……」

 

 指を弾く音を合図にいつの間にか市長の横に現れていた何かを覆っていた布が剥がされる。現れたものは話題の渦中にあるものだった。

 

「この聖剣エクスカリバーだ。言っておくがレプリカではないよ。正真正銘今朝発見された物が景品だよ」

 

 一イベントの景品としてはあまりにも豪華な景品に対して飛ばされる矢継ぎ早な質問に対して市長は耳を貸すポーズをとった後次々と答えていく。

 

「何?権利?世界アーサー王協会には既に話を通しているから安心したまえ。ほんとだよ? そんな貴重なものを一市民に委ねていいのか?これは来歴が来歴だからねえ、わかるだろう?いくら我々が厳重に保管したとしてもいずれ資格のある者が引き抜いて勝手に持って行くさ。渡さなかったら渡さなかったで災いでも起こるだろうしねえ。だったらいっそ景品にでもして我が市を盛り上げるのに一役買ってもらおうじゃあないか。何、これはイベントにして試練だ、生半可な者の手には渡らんさ。最近体重が増えられましたよね?どうしてそれを君が知っているんだい?」

 

 そして質問の波が落ち着いた頃を見計らって市長はよく響く拍手を一発。場の主導権を再び自身に戻す。

 

「さて、このイベントは一週間後。来週の日曜日に実施予定だ。期間中は方舟市周辺の宿泊施設や観光施設は割引が効くように手配している。君たちの参加をここからお待ちしているよ。それじゃあ今日の会見は終了。イベントについての続報は市のホームページから発信していくからチェックしてくれたまえ」

 

 そして会見は終了し。次の番組が始まるまでのコマーシャルが流される。アークとメアは黙って互いに目をやり。

 

「なん……か面白そうなイベントが始まるみてぇじゃね~かよー!」

 

「あの剣。今朝テレビでみたのだ!数千万から……もっとするかもしれないって話なのだ!」

 

「マ、マジで……!?おいメア……絶対……絶対優勝するぞわかってんだろなおい!」

 

 金になるその事実がアークの心に火をつけメアもまたそれに同調する。二人は手をとり踊り。机の脚に躓いて転倒する。

 

 すると呆れ切った様子のミニアークが公式サイトのページを出してやる。

 

「ホライベントニツイテ色々更新サレテンゼ。セイゼイ読ミ込ンデ当日無様ヲ晒サネエヨウニシロヨ」

 

「ほむほむ、当日は合戦やクイズ、レースなどが行われます。3人以上のチームを組むことがあるのであらかじめ知り合いをさそっておくのも有効です。なのだ」

 

「チームに……クイズな。ま、当てがないわけじゃねえそっちはまかせときな」

 

 その言葉にメアは怪訝な目を向け。口をとがらせる。

 

「え~アークに人脈なんてあるのだ~??心配なのだ~!」

 

「いいから任せとけってんだよ!!」

 

 くすぐり合いを始めた浮かれた小学生とサメ。二人を待ち受けるものは果たして……。

 

 まだ少し肌寒い夜風が吹く商店街に撃音と共に男たちの野太い叫びが響き渡る。

 商店街の路面には厳ついファッションの男達が鉄パイプなどの物騒な武器と共に死屍累々と倒れ込んでいる。その中心には身を寄せ合い買い物袋を手に持った母娘と外套を羽織った老人がいた。そして彼らの後方で麗人が剣を鞘に収め一息をつく。

 

「こっちは終わったぞ。そっちは……聞くまでもないか」

 

 言葉の先、悪漢たちが最も密集して倒れている場所に一つの影があった。身長百八十センチを越さんとする巨躯にその頭部以外をすっぽりと覆う鋼の鎧に身を包み。背には荘厳なマントを棚引かせ、頭には小さな赤の王冠とそれを挟み込むように熊のような丸い耳が生えていた。

 

「……無論。片はついておる。このような雑兵共何百と集まろうとも余の敵ではないわ。それよりも……」  

 

 鎧姿の女は悠然と母娘の元に歩きその姿を見るとその手を取り。掌に口づけをする。

 

「ウム。怪我はないようだなご婦人方。この辺りは蛮族のような輩も出るゆえ気を付けてな」

 

「あ、ありがとうございます……なんとお礼をいっていいのか」

 

「よい。余は王として臣民を守ったに過ぎん。礼など求める方が無粋というものだ。ではマーリン、ケイ。行くぞ」

 

 従者二人を呼びその場から去ろうとする熊耳茶髪の女のマントの端を掴む者がいた。助けられたという娘だ。

 

「どうした少女よ?まだ何かあるのか?」

 

「おねーちゃん。ありがと。これ、おいしいよ」

 

 彼女が差し出すのは買ったばかりと思われる袋詰めの菓子。巨躯の女は屈みそれを受け取ると

 

「礼をいう。最上の褒美だ」

 

 柔らかな笑みを見せ再び歩み出し。やがて夜の街に溶けて消えていった。

 

「ママあの人たちかっこよかったねー」

 

「そうねー。でも真似しちゃ駄目よ。絶対よ」

 

 母娘と別れた熊耳の女性は褒美に受け取ったお菓子をもっきゅもっきゅと頬張りながら従者を連れ歩いていた。甘味を愉しむその顔に一枚の紙が飛来する。

 

 彼女は従者が動く前に空いた片手でそれを受け止めまじまじと紙面を眺める。すると呆れたような一息し、側に控えていた麗人に紙を渡す。

 

「ネクストアーサー王だ~れだ大会……これは」

 

「下らぬ催しだがそれもいいだろう。紛い物どもに渡す聖剣はない。誰が真の王か、今一度世に知らしめてやろう。余らも参加するぞ。支度をせよ。次の目的地は方舟市だ」

 

SHs大戦第四話「英霊転生」



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4-3 第一回ネクストアーサー王だ~れだ大会

 イベントの開催告知が為されてから丁度一週間後。ネクストアーサー王だ~れだ大会の開催日。

 未だ太陽が頂に昇らぬ頃。市内外から集まった百万を超える人々が方舟市の大公園に集まっていた。老いも若いも男も女もそれ以外も、日本人も外国人も人間もそうでない人も、様々な者がこの日の為に集まって来ていた。全ては聖剣のため。参加者たちはみな今か今かと浮き足だっていた。

 そんな彼らの眼前に置かれた朝礼台に昇る者がいた。

 

「やあやあ皆さま方。遠方からよくぞ我が方舟市まで訪れてくださった。目当てのものがなんであれ嬉しく思うよ。私は歓迎しよう。今日は存分に方舟市を楽しんでいってくれたまえ!」

 

 方舟市市長アトイは朝礼台の上で慇懃無礼な挨拶を一つ投げかけると色眼鏡を上げ言葉を続ける。

 

「さあ朝っぱらからわざわざ公園に集まった君たちのお目当て……それは……」

 

 そして指で自分を差し。言った。

 

「絶世の美人市長。このワ・タ・シだね!」

 

 先程までのざわめきが嘘のように静まり返り。直後に罵声が迸る。

 

「ふざけんな~!」

 

「ひっこめ~!!」

 

「やめてください!市長に!イタ。私に物を投げないでください!傷物になってしまう~!あっ、勢いが強くなった」

 

 憤慨した参加者たちからの投擲が止み始めたころを見計らい市長は咳払いを一つ。して続きを言った。

 

「うん。いい具合に緊張がほぐれたんじゃあないかな?尊い犠牲(私)に感謝だね。それでは冗談のこの辺りにして諸君らが本当に求めているものをお見せしよう」

 

 市長の軽やかな指弾の音に合わせて参加者たちの前に彼らが望むものが姿を現す。コケ一つない力に満ち溢れた大岩。それをやすやすと貫き居立している刀身。柄の各所に見たこともないような輝きを放つ宝石があしらわれた正に聖剣と呼ぶべきものがそこにあった。

 聖剣が現れた瞬間。動く者たちがいた。それは数十で済むような数ではなく。みな一様に聖剣に向って駆けだしていた。中には武装を手にしたものたちもいる。そのような動きに地域の自警団たちは警戒の態勢を取る。一気に緊迫した空気が張り詰めるそんな中方舟市市長アトイは。

 

「愚者(バカ)がかかった」

 

笑っていた。

 

「リト君」

 

 彼女がその名を読んだ次の瞬間。一陣の風が吹き。聖剣を手にしようとした不届きものたちが一斉に宙を舞った。

 

「おい、終わったぞ」

 

 倒れ伏した者たちと聖剣の間にはいつの間にか一人の黒のスーツ姿の女性がいた。長髪をたてがみのように流した彼女は心底面倒くさそうにアトイに視線をやる。

 

「あー、うん。リト君?一応この人たちうちの市民だったり観光客だったりもするからもうちょっと手加減してほしかったな~なんて」

 

「知るか」

 

「だよねー。いいや利用しちゃお」

 

 リトと呼ばれた女性の言を受け。アトイは手にしていた扇子を開き扇ぐ。

 

「なお正規の手段。つまり優勝以外の方法でこの聖剣を手に入れようと企てた人々は今見せたようにいた~い目にあってもらうからズルはしない方が身のためだよ~。ちなみに今回のイベントはテレビ中継されているし後でイベントの内容を映像販売したりもするから。そういう意味でも名誉ある行動が推奨されるね」

 

 眼前の惨状に息を飲む参加者たちを他所に市長は言葉を続ける。

 

「ではネクストアーサー王だ~れだ大会について説明しよう。公式サイトやチラシを見て知っている人も多いだろうけどこのイベントはアーサー王伝説をモチーフにした全六ステージの勝ち抜きイベント。各ステージで優秀な成績を収めてアーサーポイントを獲得。最終的に最も多くのアーサーポイントを獲得したものが優勝し晴れて聖剣の所有者となるわけだね。ちなみに各ステージ毎に脱落もあるがそういった人たちに向けての観光イベントなども用意しているから安心してくれたまえ」

 

扇子を閉じ頬を軽く一叩きすると。身を翻し。

 

「それじゃあ私の出番は終わったしここからは実況解説役のヒカリ君に任せようかな」

 

 そういうと市長は朝礼台から降り代わりにマイクを携えた黄色髪の小柄な女性が元気よく上がってきた。

 

「ネクストアーサー王だ~れだ大会にお呼ばれしました実況のヒカリです~。これよりファーストステージの説明を行います。記念すべきファーストステージは……」

 

 ヒカリの溜めの声と共にその上空に打楽器の軽快な音に合わせて画像がランダムに切り替わる映像が映し出される。それは次第に速度を上げ最高点に達した時。

 

「第一回戦はカムランの戦いです!」

 

「いきなりクライマックス!?」

 

「はい!ネクストアーサー王だ~れだ大会ではアーサー王伝説をクライマックスから逆順に遡っていき最後の聖剣授与の際に剣を抜くシーンに到達するという構成になっています」

 

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 <気取った女性の声>

 解説しよう。カムランの戦いとはアーサー王伝説で描かれる最後の戦いだ。留守中に息子モルドレッドが起こした反乱を鎮めるために戦いに挑んだアーサー王たちだったが結果多数の臣下を失い、自身も致命傷を負うこととなったんだ。ちなみにアーサー王とモルドレッドは本格的な開戦の前に和議を行うとしたんだけど毒蛇に驚いた兵士がうっかり剣を抜いちゃってなし崩し的に開戦しちゃったというなんも運の悪い話もあったりする。人生ままならないねえ。

 

 騒めきの中、更なる動揺が参加者たちの間で広がった。彼らの装着していた腕輪から突如として風船が膨らみそれが蛇の形を象ったからである。

 

「それがファーストステージで守るべきものです。皆様には先程腕輪と共にお渡しした風船剣で、他の参加者たちの蛇風船を割ってもらいます。割られた方は脱落。割れば割るほどポイントが加算されていきます。つまり、風船割りサバイバルですね」

 

 ヒカリは参加者や聴衆たちの反応を確かめつつ。説明を続ける。

 

「今より十分後にファーストステージを開催いたします。それまでにそれぞれ思い思いの位置についてください。範囲はこの大公園内の敷地内です。割られないように立ち回るも自由、今後のことを見据えて積極的に風船を割りにいくのも自由。戦争に正々堂々も卑怯もありません。思うまま存分に闘ってください!」

 

 宣言と共に参加者たちが一斉に公園内を駆けまわる。人気の少ない場所に陣取ろうとするもの。視界の良好な高所を選ぶものと様々だ。その中に、アークとメアもいた。

 

「逃げ惑うなんてのはぁ性に合わねえ。人の多いとこに突っ込んでポイント大量ゲットだ!」

 

「借金取りからはいつも逃げ回ってるのだ~」

 

「うるせえ!」

 

 声を荒げながら併走する彼女たちに声を掛けるものたちがいた。一つは鎧を着た騎士のような集団。その先頭を走る金髪の女。

 

「アーク。あなたのようなものに聖剣は渡さないわよ。アレは騎士たる私たちにこそ相応しい……」

 

「誰なのだ……!」

 

 そしてその反対側からはハンサムな顔立ちの優男が現れる。

 

「そうやって低い次元で争っていればいいさ。どうあれ聖剣は我らアーサー王協会の手に還ると決まっているのだから」

 

「んだとぉ。いいぜその鼻っ柱と風船叩き割ってやらぁ!」 

 

「そう焦らないで欲しいわね。あなたとはこんな初戦ではなくもっと相応しい舞台。最終戦で雌雄を決しようと思っているのそれまであなたが勝ち残れたらの話だけどね」

 

「そういうわけだね。それじゃあせいぜい頑張ってくれたまえ」

 

「あ、おい」

 

 そういうと二つの集団はアークたちとは違う方向に流れていった。取り残されたアークたちは顔を見合わせ。

 

「チ、なんだか知らねえが一筋縄じゃいかなくなりそうだな……」

 

「その割にはちょっと楽しそうなのだ!」

 

「まあな!面白くなってきやがった。全員ぶったおす。そのぐれぇでいくぞ」

 

 意気込むアークたちの耳にアナウンスの声が届く

 

『それでは皆様開戦の時間となりました。制限時間二十分。存分に剣を振るいください。始め!』

 

 終末の戦いが始まる。

 




大会名にピンと来た人はきっと同世代


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4-4 ファーストステージ

 

【挿絵表示】

 

「どけどけお前等~!アーク様のお通りだー!!」

 アークは大海原を遊泳するように自在に戦場を走り周り次々と風船を割っていく。そしてメアもそれに気を盗られた参加者たちの隙をついて次々とポイントを稼いでいく。快進撃が止まらない。だが、そんな状況をいつまでも許容する参加者たちではなかった彼らは互いに結託して動きアークらを追い詰めた。

 

「アーク……お前が暴れていられるのも今の内だ」

 

「日頃の恨みを晴らさせてもらうぜ。覚悟しろ」

 

「囲まれてるのだ~」

 

「くっ、こいつらよってたかって追い回しやがって……卑劣だぜ」

 

「お前には言われたくない!いくぞお前等~!」

 

取り囲むものたちが一斉に飛び掛かろうとする直前アークは動いた側にいたメアを掴みその風船に剣を突きつける。

 

「お前等!剣を捨てろぉ!こいつの風船がどうなってもいいってのかぁ~!?」

 

「な!」

 

「ふぇ~~ん暴漢に捕まったのだ~!!」

 

「あんな小さい子を人質にするなんて……これじゃ手が出せないわ……!」

 

 一転。攻めることができなくなった結託者たちは狼狽える。だがそのうちの一人が気づく。

 

「いや、あの子アークと最近一緒にいる子だぞ。仲間なんじゃないか?それにどうせこのイベントはサバイバル……俺たちが剣を収める理由にはならないはずだ」

 

「確かに騙されるところだったぜ……とても罪悪感があるがこのまま風船を割っちまおう」

 

 人質作戦が思いのほか効果を上げなかったことにアークは舌打ちし、そのまま腕でメアに合図をするすると。

 

「うぇ~~~~~ん!子供が助けを求めても大人は助けてくれないのだ~~!こんな社会嫌なのだー!怖いのだ~!」

 

 号泣を始めた。それはトレーニングを積んだ嘘泣きであったが周囲の大人たちには効果てきめんで、

 

「う、なんだか凄く悪いことをしている気になってきた……」

 

「あんないたいけな少女を泣かせるなんて……直ぐに剣を置くべきよ!」

 

「しかしなあ」

 

「ぴえ~~~ん人でなし~!甲斐性なし~~!そんなだからモテない。通学路で小学生に変なあだ名付けられる~~!ウワーン!!」

 

「わかったよ!剣を置けばいいんだろ!ほら、その娘を解放しろ!!」

 

 次々に剣を地面に置いたのを確認するとアークはメアを解放してやる。解放されたメアは覚束ない足取りで最初に剣を置いた大人の元に駆け寄ると礼を言った。

 

「助けてくれてありがとーなのだ~!!」

 

「ああ、君が無事でよかっ……た?」

 そのまま隙をついて風船を叩き割った。それは一人に留まらず惚けている周囲の人間の風船を次々に割っていく。

 

「う、ウワー!騙された!こいつらぐるだ……!みんな剣をとれー!」

 

「はっはぁー!ご苦労メア―!反撃開始じゃ~!」

 

 不意打ちに混乱している最中にアークも突っ込み見る見る内に数を減らされていく大人たちやがて……

 

「もう残ってるのはお前だけだなー」

 

「のだー」

 

「く。来るな……来るなー!!」

 

 二人に追い詰められた男は尻もちをつき手で後ずさりをする。彼にできることはもうない。敗軍の将として憤りの感情を叫ぶ。

 

「この……どこにだしても恥ずかしい悪ガキどもが……!」

 

 直後、絶叫と共に風船が弾ける音が鳴り響いた。

 

 

「アーク選手、メア選手。とても世間様み顔向けできないような戦法で窮地を脱出ー!勢いそのままに次々と他の参加者たちを捕食していくー!まるでサメ。勢いが止まらなーい!!」

 

 実況席で先の状況を熱く実況する頬の赤い黄髪の少女は一呼吸を入れるとボソっと隣の市長に尋ねる。

 

「これ大会的にはOKなんですかね……」

 

「ルールには徒党を組んじゃダメ、も騙し打ちしちゃダメともいってないからね~。開始前に形式手に名誉を大事にって言ったけど、面白いしいいんじゃな~い。まあ、それで聖剣がどう思うかは別だけどねぇ。その辺り気にせずヒカリくん

は思ったまま自由に実況しちゃっていいよ」

 

 笑って言うアトイに対しヒカリと呼ばれた少女は目を輝かせ。再びマイクに向う。

 

「おおっと!Cエリアでは爆発騒ぎだ~!勝つためにここまでやるか!騎士道精神なんぞその。ここは戦場生き残ったものが正義だとでもいうのだろうか~!?D地区では人が舞う大地が舞う!風船を割るだけなのに何故こうなってしまったのか!真相を確かめるため実況班はカメラを近づけるのであった!」

 

 アークとメアは爆発騒ぎなどから逃げ出す人々に狙いを絞り着実にポイントを稼いでいいっていた。残り時間も僅かとなりそろそろ狩場を変えようかというところでその足を止めることとなった。刺客が現れたのだ。

 赤髪の少女と青髪の少女。顔立ちから双子と判断できる二人の襲撃だ。

 

「駄目人間のアーク、メアちゃん……お覚悟~!」

 

「いくわよ私。私たち双子の完璧なコンビネーションで有力ライバルを討ち取るの」

 

 二人は小学生と思えぬ機敏なステップでアークとメアの辺りを周回し逃がさぬように、攻撃のタイミングを読ませぬように動いていた。そして動きが切り替わる一瞬がやってくる。双子による完璧なコンビネーションで放たれる攻撃がアークたちをおそ……わなかった。

 

「「へぶ!?」」

 

 二人は攻撃を仕掛ける直前左右へのステップが完全に重なり肩から衝突。そのまま地面に倒れ伏した。

 

「ちょっと私!私と私は一心同体なんだからちゃんと避けてよ!」

 

「私はニーエちゃんじゃないんですからニーエちゃんの行きたい方向なんてわかりませんよ。そっちが避けてくださいよ」

 

 眼前の敵を他所に「私は私なのー!」「私は私ですー!」と取っ組み合いの喧嘩を始めた双子に対してアークはあきれ顔でメアに問う。

「これ学校の友達?」

 

「そうなのだ。しかし戦場はシビア。友であっても容赦はできんのだ。えいえい」

 

「「あ」」

 

  有言実行。取っ組み合っている隙にメアは双子の風船を割り。ポイントを獲得。そのまま双子に剣を向け。

 

「連携が甘い!明日までに何が悪かったのか原稿用紙3枚分で纏めてくるのだ!!」

 

「「はあい……」」

 

 と、何故か上から目線で教育的指導を行うメアの背後から何かが駆けてくる音がするそれは直ぐそこまで迫っており。

 

「庶民メア……覚悟ぉー!!」

 

 お姫様のようなドレスに身を纏った少女が跳躍し突きの体勢でメアの風船を一直線に狙っていた。この奇襲をメアは一歩よこにスライドすることで悠々と躱し片脚を引っかけこかし。少女が地面に倒れ伏した隙を見て風船を叩き渡った。

 

「まだまだ甘々なのだ~。次はもうちょっとがんばるのだ~?」

 

「きぃ~~~~!!!覚えてなさいよー」

 

 再びアークは訊ねる。

 

「友達?」

 

「転校初日に叩きのめしたおじょうなのだ。いこう事あるごとにいどんでくるようになったのだ~人気者はつらいのだ」

 

「お前ホントに交友関係大丈夫か?」

 

「ボッチに言われたくないのだな~」

 

 アークたちが取っ組み合いの喧嘩を始めたところで終了を告げるアナウンスが流れ二人は手を止めイベント開始前の所定の位置に向けて歩き出した。そこでファーストステージにおける優秀者を発表すると告知があったからだ。

 

「メアが一位なのだ?どうなのだ!?」

 

「バーカ。アタシが一位に決まってんだろ。お前はそうだな、2位か3位ってとこじゃねーの?」

 

 そして上位三名の名が実況のヒカリによって読み上げられていった。

 

「3位 ランカ選手 840点」 

 

「2位 アーク選手 1400点」

 

「1位 アルトリウス選手 1800点。以上です。引き続き頑張ってください!」

 

「なっ!?嘘だろ……誰だよアルトリウスってSHか!?……まさかさっきの思わせぶりな連中の中に紛れてやがったのか……!?」

 

 

 動揺するアークは必死に周囲を見渡すとファーストステージ開始前に因縁をつけてきた二つの集団を見つけた。彼らは一様に不敵な笑みを見せた次の瞬間。

 

「「負けた……!!」」

 

 肩を落とし落胆した。彼らはみな一様に風船を割られていた。

 

「オイ!なんだったんだよテメーら!」

 

「脱落した人達にはサファリパークツアーやカジノツアー、水族館ツアーや美術館ツアーなどを用意しているので振るって参加してね~」

 

 彼らは市長の促しに応じ皆思い思いのツアーに参加していくそんな中各集団のリーダー格のように見えた優男と騎士はアークの前で立ち止まると。

 

「僕らはここで脱落だけど、アーク。君もまた優勝することはないといっておこう」

 

「あぁ!?負けた連中がなにいってんだ?」 

 

「なぜならこの大会には彼の王が参加しておられるからな……あの方以外が聖剣を手にするなどそれこそあり得ぬ話だろう……喋り過ぎたな。健闘を祈る」

 そういうと彼らもツアー参加者たちの波に紛れていった。

 

「たく。なんなんだよ」

 

「気にすることないのだ。二回戦でドーンと逆転してやればそれでオッケーなのだ!」

 

「そーだな」

 

(そーなんだが。アタシとアイツ以外にもSHが紛れてやがるのか……それともあのガキみたいなのがいるってのかこのイベント。どーも一筋縄じゃいかねーみてぇだな)

 

 所詮一般人の参加するイベントと少し舐めていたアークは気を引き締め。アルトリウスという名を心に刻み次のイベントへと気持ちを切り替える。

 セカンドステージでアークたちを待ち受けているものとはいったい何か。



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4-5 オタクとの合流

 ファーストステージを終えたイベント参加者たちは次のセカンドステージが行われる場所に案内されていた。参加者たちは初手で大半が脱落したとはいえまだまだ溢れんばかりの人数である。

 聖剣が発見された湖に案内された彼らはそこで奇異なものを見る。それは馬型の荷車だった。ただしその馬は鉄のような材質で出来ており下部には車輪がついていた。また、荷車には運転用のハンドルとペダルと思わしきものが存在を主張している。

 どよめく参加者たちの前で赤髪の女性がマイクを構える。  

 

「セカンドステージの紹介を担当するイベントスタッフのエレインです。皆さま大変お待たせしました。これよりセカンドステージ。聖杯探索アドベンチャーを開催いたします」

 

 ♦

<腹に据えかねた女性の声>

 解説しよう。聖杯探索とはアーサー王伝説を彩る一大イベントの一つさ。摩訶不思議な聖杯を求めてアーサー王の騎士たちがそれぞれ旅にでる。彼らはその行く先々で様々な試練を受け。それを乗り越えていく。色々な話があるけど概ねそんなところさ。

 ……まったくなんなんだあの実況者は……実況といえば僕がいるじゃあないか。ねえ?

 

 ♦

エレインは柔和な笑顔で解説を始める。

 

「聖杯探索アドベンチャーは三名以上。六名以下の人数でチームを組んで挑むクイズ形式のステージとなっております。荷車に乗り。アドベンチャー風立体映像と共に映し出されるクイズに答えてアーサーポイントを獲得していってください。クイズには時折ポイントが高い早押しクイズも出題されるので皆さん頑張ってくださいね~」

 

 エレインは参加者たちの僅かに戸惑った反応を確認するとそれを解消すべく言葉を続ける。

 

「ファーストステージの脱落で事前に申請していたチームが3名以下になってしまった方々やチーム登録をされていなかった方々はファーストステージで獲得されたポイントを元にこちらで既にチームを割り振っておりますのでお手元の腕輪型端末をご確認ください。 このステージでは正答数十問以下で脱落となりますので気を付けてください。

 

 今回は参加人数の都合上三回に分けて実施いたしいます。また、ご観覧の皆様方もホームページからリアルタイムにクイズに挑戦することができます。アーサーポイントはもらえませんがちょっとした副賞は用意しておりますので振るってご参加くださいね。それでは十五分後にパーシヴァルの部を開始いたします」

 

 イベントスタッフによる解説が終わると参加者はそれぞれチームメンバーたちの元へと動いていた。アークとメアはそのような人ごみの中を並んで歩き。

 

「むー、何でたんまつ確認しちゃ駄目なのだ~!チームメンバーがだれなのか気になるのだ~」

 

「まーそういうなよ。文字で見るより実物見た方がぜって~面白れぇって。驚くから。マジでよ」

 

「本当なのだ~?針万本飲めるのだ?」

 

「まー期待してろって。出てこい、助っ人~!!」

 

 しかし、アークの呼びかけに答えるものはいなかった。

 

「覚悟はできてるのだ~?」

 

「いや本当だって!マジマジマジ。本気で飲ませるきかテメー!ヤメロ!おい!誰か!助っ人ー!」

 

「呼ばれて飛び出てで御座るよ~!」

 

 取っ組み合うアークとメアの背後から勢いよくオタクが生えて来た。彼女は勢いよく自分を指し示すと歌舞伎のような見栄を切り。

 

「やらんか……参上!」

 

「やらんかなのだ~」

 

 やらんかの鳩尾に頭から突撃したメアが突き刺さる。

 

「フグゥッ!?あばら骨が何本かいきやがったな……でござる。これは最早あと百日の命……ごほっごほっ。やらんかが死んだら桜の木の下に埋めてくれていいでござるよ……」

 

「やらんかー!」

 

「おーい。お前ら戻ってこーい」

 

 小芝居を始めた二人を引き戻すと改めてランカを紹介する。

 

「というわけでアーサー王に詳しいランカ先生だ。こいつがいれば百人力よ」

 

「アーサー王はオタクの必修科目でござるからな。やらんかに任せておくといいでござるよ」

 

「はは~どうぞよしなになのだ先生~。ところでやらんか先生はなんで組んでくれたのだ?リクの姉御はどうしたのだ?」

 

 メアの問いにランカは参ったというように頭をかき答える。

 

「リクちゃんさまはアーク殿から受けたアレソレが原因で籠っていらっしゃるでござるよ……ところで」

 

 ランカは音もなくアークの真後ろにスライドするとそっと圧力を込めて耳打ちをする。

 

「優勝して剣を手に入れた暁にはうちへの借金利息分も含めて耳揃えて返してもらうでござるよ~」

 

「あー……うん。そう、そうねー気が向いたら……な」  

 

 アークは詰め寄るランカから顔を逸らし歩きだす。その右肩にはいつの間にかミニアークが現出していた。

 

「さ、ランカも合流したしそろそろ行こうぜ。こいつのオタク知識にミニアークの検索力がありゃあ早押しだろうがなんだろうが全問正解間違いなしだ」

 

「オタクとAI。相性抜群の力を見せてやるでござるよ~!」

 

「無敵ダゼ無敵ー」

 

「テキムーなのだ~!」

 

 オタクとAI。が互いに熱い視線を交わすなか、会場アナウンスが流れる。市長の声だ。

 

「あ、当然だけど参加者は機械での検索とかNGだからね。バレたら一発退場ってことで。言い忘れてたけどヨロシク」

 

「……」

 

 ランカとミニアークは見つめ合ったまま無言となり。しばしの間のあとミニアークは姿を消した。

 

 

【挿絵表示】

 



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4-6 セカンドステージ

 3部に分かれて実勢されたセカンドステージもパーシヴァルの部とボールスの部が終わり、残すはアークたちのガラハッドの部のみとなっていた。

 アークたち三人は他の参加者たち同様、荷車に乗り込み開始の時を待っていた。すると先ほどのイベントスタッフエレインが前に現れる。彼女はマイクを構え宣告する。

 

「みなさんお待たせしました。それではセカンドステージ聖杯探索アドベンチャーガラハッドの部!これより開始いたします!」

 

 宣言と同時に遠方からでも視認できるほど巨大な立体映像が映しだされていく。新緑の木々が立ち並ぶ光景は森。映像の動きに合わせて荷車が緩やかに揺れ動く。そうしたのどかな光景は長くは続かなかった。木々の間から突如として矢が放たれ縄を糸を用いたトラップが立ち上がるり森の奥からは文字列が飛来する。

 

【第一問 聖剣エクスカリバーをアーサー王に託したものは■の乙女である。■に当てはまるのは一体なにか?一文字で答えよ。】

 

 クイズの襲来だ。それに応じて荷車は激しく揺れる。

 

「わわっ……ゆれるのだ……!答えは」

 

「湖、でござる」

 

 ランカの答えを聞いたアークは荷車に浮き上がったバーチャル羊皮紙に答えを描きこむ。しばしの間揺れに耐えると罠と矢の嵐を抜け開けた場所に出るそこには湖が広がっておりその水面から女性とその背後にでかでかとした文字が日の出のように浮き上がってきた。その文字は湖。

 湖の乙女が騎士たちを出迎えた。騎士たちはつかの間の休息を得たように思えた。しかし、

 

「騎士よそなたが命を落とすのはこの金の聖剣による斬首がよいか、それともこの銀の聖槍による刺突がいいか。どちらか選ぶがよい。なに?どちらも嫌だ?そうかそうかおぬしは正直な騎士だ正直な騎士には……」

 

 剣と槍を手にもつ乙女はわなわなと震え顔を般若のごとくゆがめると。

 

「二撃を同時にくれてやらねばなあ!死ねぇい!!」

 

 湖の鬼女が襲い掛かってきた。彼女の攻撃を避けるため映像は一気に方向転換し駆けだす。すると前方からは再び文字列が現れる。

 

【第二問 アニメーション作品スペースアーサーから出題。各話冒頭で毎話語られるスペースアーサーはピ――のアーサーである。という言葉のピーにあたる言葉を答えよ。

 

 アークたちは迫りくる鬼女の迫力に若干引きながら荷車の上で相談する。

 

「ひょえええええ、怒ったマミーみたいな顔で追って来るのだ~!!」

 

「そんなアニメあったような……未履修だぜ」

 

「ここにいるのを誰と思っているでござる。宇宙。宇宙のアーサーでござるよ」

 

颯爽とランカが宇宙と書き込んでいく。すると徐々に鬼女との距離が開いていく。それは平面的な距離ではなく縦軸の動きを伴なっていた。つまり馬車は空へと向かった。

 夜天を駆け。雲を超え、星々に手を伸ばす。そして到達する。漆黒の空間。

 黒の空間から赤の大文字が流れて来た。

 

【宇宙】

 

 文字通りの空間に到達していた。音のないはずの闇の中でエンジン音とピシュンピシュンといった光学音が響き渡る。視点が背後に回るとそこには船のような形状の都市が宙を旋回していた。

 

「あ……あれは……」

 

「知っているのだやらんか!?」

 

「ウム……あれは今から四十年程前に放映された宇宙都市キャメロットに登場する主役都市キャメロットに相違ないでござるよ……まさかこんなところで見えるとは」

 

 キャメロットに着陸する映像が流れた後はしばしキャメロットに乗り宇宙を共に探索した。探索途中に問題の連続発生としてキャメロット内部のスペース悪漢や外宇宙からやってきたスペース蛮族の襲撃もあったがなんとか切り抜けようやく寄港地ウィンチェスターに到着する。そこで第五の問題が出題される。

 今、参加者たちの前には手足を生やし自立した巨大円卓が行く手を阻んでいる。彼は早押しの文字を右腕で古い左手に盾を構えていた。盾には徐々に問題文が浮かび上がってくる。

 

【ウィンチェスターに飾られている円卓。アーサー王を一番目として数え右手から12番目に位置するのは誰?】

 

 参加者たちの間で一気に緊張が走る。

 

「お、おいランカ……お前これわか……る」

 

「ぬ、ぬう……いや……確かコレでござる!」

 

 ランカは他の参加者たちに先んじて回答権を得るための聖杯ボタンを押すだがそれよりも早く。別の場所から電子音が響く。先を越された。  

 

「ラモラット」

 

 その一言で円卓は砕け散り道は開かれた。そして答えた女性のチームに大量のアーサーポイントが授与される。一躍注目の的となった女性だったがそれは問題を解いたからだけではなかった。まず彼女の風体が異様だった。マントに王冠、鎧に身を包む姿はまるで王。その王冠の付近には熊の耳のようなものがついていてモコモコしている。更に言えば彼女が座っている場所は荷車の中ではなかった。それよりも更に揺れが激しい鉄馬の上に座り続けている。

 先を越されたことにランカは歯噛みし。

 

「ぐぬぬぬぬ、つ、次はこうはいかんでござる……オタクとして!!」

 

「うむ、任せたのだやらんか」

 

「オメーも頑張るんだよ」

 

 気合を入れ直すアークたち。その後も彼女らは通常の問題を的確に解いていく。しかし、

 

【早押し 問い ベイリン卿がロンギヌスの槍を……】

 

「嘆きの一撃」

 

「ぐっ」

 

【早押し 問い アーサーの翼においてユリエンスとロットとブランデゴリスの必殺の合体シュート……】

 

「アブソリュートデナイト」

 

「あら!?」

 

 回答権を告げる電子音が響く。

 

「メレアガンス三十三世」

 

「ぬぉ~~~!!?」

 

 通常の問題は全て押さえているものの得点の高い問題は全て先ほどの女性に奪われてしまう。そうこうしている内に最後の問題が終了し立体映像は宇宙から地球のキャメロットへと降り立ち閉幕となった。

 実況席から鼓膜を震わせる驚愕の声が飛ぶ。

 

「なんということでしょうか!超難関の早押し問題を……アルトリウス選手が一人で全て解いてしまった~!セカンドステージ唯一のパーフェクト達成です。凄い、もはや異常といっていいほどの知識量。ファーストステージもトップの成績を収めている注目の彼女は一体全体何者なんだ~!?ご本人に聞いてみましょう!」

 

 アルトリウスと呼ばれた鎧姿の女性は腕時計のマイク機能が解放されたことを確認すると優雅な所作で語り始める。

 

「なぜ余がアーサー王に関する事柄について通暁しているのか……それは勝気で見目麗しいご婦人を目にしたら声をかけるほど自明の理である。なぜならば余はこれらの事柄について全てその身で体験してきたからだ。我が事なのだから仔細に覚えていてしかるべきだろう?そう……余こそが伝説に謳われる英雄にしてブリテンを統べる王 アーサー王その人である!!」

 

 アルトリウスの宣言に会場の参加者たちはおろか、草木すらも静まり返ったような錯覚が当たりを支配する。その静寂を実況席からの声が打ち破る。

 

「な、な、なんとぉ~!アルトリウス選手は本物のアーサー王だった~!?文字通りの意味なのかそれとも生まれ変わりという意味か。どちらにせよ本当であればとんでもない展開だ! 優勝賞品は正当なる所有者の元に収まるのか。それとも新たな使い手が現れるのか。これは最後まで目が離せません!!」

 

 実況が盛り上がると同時に会場内の野次を伴った歓声飛び交う。その空気を他所にアークたちは顔をしかめた。

 

「アーサー王なのだ!サイン貰ってくるのだ。学校のみんなにジマンしたのち高値で出品なのだ~!」

 

「止めとけ。なんか……とんでもねえ奴が出てきたな」

 

「くっ、クイズで負け。キャラの濃さでも負けたでござる……やらんか悔しい!きーっ!!」

 

 鋭い歯でハンカチを嚙みちぎるランカを放置してメアはアークに疑問を投げかける。

 

「あのアーサー王はもしかしてSHだったりするのだ?」

 

「ファーストステージでアタシより点とってる当たり十中八九そうだろうな。そこは次のステージで化けの皮を剥いでやろうぜ。つーかなんだよ女のアーサー王って。流行ってるけどよ」

 

「偉人の女体化は一大ジャンルでござるからな……これも時代かもしれぬでござる。しかし、随分とリードされてしまったでござるな。面目ないでござる。かくなる上はやらんか腹を切ってお詫びいたすでござる」

 

「よい。やらんかはがんばったのだ。点差は次のステージで取り返せばいいのだ。そうなのだなアーク!」

 

「おおよ。まだまだこれからだ!気張っていこうぜ!」 

 

「「おー!」」

 



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4-7 方舟市

 セカンドステージを終え。参加者たちや観客は次の会場へと足を運ぶ。そのような動きの中でイベントスタッフたちは慌ただしく動いていた。唯一人。パイプ椅子に座り扇子で自らを扇いでいる市長アトイを除いてだ。やがて彼女の元に無線での連絡が来ると彼女は耳を傾ける。

 

「ハイハイみんなの愛され市長アトイだよ。どーぞー」

 

無線の先から聞こえてくる声はアトイの砕けた態度には取り合わず。冷淡に業務報告を行う。

 

「動物たちの誘導は終わったぞ。いつでも始めていい。だがわかっているな。この件が片付いた後、破片の一つでもパーク内に残したらお前らの」

 

「命はないと思えかい?怖い怖い。お上の方々よりもリト君の言葉のほうがよっぽど身が引き締まるねぇ」

 

「御託はいい。協力の見返りは覚えているな」

 

「パーク内の保全予算と動物医療に関する予算の増加だろぅ。よきにはからっておくよ。ドーンと構えていてくれたまえよ。私が約束を違えたことがあるかい?」

 

 その言葉に相手は無言で通信を落とす。

 市長は視線を落とし首を二度三度振るう。するとちょうど隣の席についたヒカリが声をかける。

 

「何か問題でも起きたんですか?」

 

「いいや。ここまでは順調さ。気にしなくていいよ君は楽しんで実況でイベントを盛り上げてくれればそれでいい。それが一番得になる。ということでそろそろサードステージの会場を映そうか」

 

 サードステージについての解説は方舟市内に存在するサファリパーク内で行われようとしていた。普段はそこら中に闊歩している動物たちが影も形も見られない光景は普段のこの場所を知るものほどどこか不気味に感じられるのだった。

 <女性の声>

 方舟市。その名の由来は聖書に登場するノアの方舟から来ている。単に市内の宗教色が強いというわけじゃない。方舟との繋がりは市のある特徴によるものさ。

 

 よく知らないけど旧暦と比べてその気候や植生、生物分布が著しく狂っている換歴においても方舟市のそれは一際異常と言えるらしい。気候は旧暦の日本と大差がないんだけど、その移り変わる四季に本来適応するはずのないものたちも含めたありとあらゆる生物群が平然と生息しているんだ。そこには極寒に住まうペンギンがいて、熱帯に住まうワニもいてサバンナに住まうライオンがいる。

 

 数多の動物が闊歩する様を世界中の動物たちをその船内に収めたノアの方舟に例えられているんだ。

 

 なお、この動物たちは普段は決して街中に入ってこないだけではなく付きっ切りで見張ってもいつの間にかどこかに消え。またいつの間にかやってくるという特性を持っており。目下研究の対象となっているそうだよ。実際に触ったりできるそうなのにどこに消えているのやら。

 

 方舟と市の関係はそれだけじゃあない。遺物が出土したんだ。ある時、現在のサファリパークが存在している土地。その地下から巨大な黒の方舟が発見されたの。当時の調査書によれば内部には夥しい数の動物の骨が残っていたとされ。内部では数多くの動物が共生していたと推察されこれを伝説のノアの方舟そのものでありそれが流れ着いたのがこの土地であるとされる論が流れた。また、これは流れ着いたものではなく埃にまみれた人類(カートリッジ・ライフ)史とつながった結果そこにあったということになったという説もまた流れたようだね。どちらにせよこれらが方舟市の名の由来となったことには間違いはない。ちなみにこの方舟は市で厳重に管理されていたがいつの間にか展示は取りやめられておりその行方は不明となっている。全くどこにいったのやらだね。今度気が向いたら探してみようかな。

 

 数も減ったイベント参加者たちの前で桃色の低身長の女性がマイクを携え話始める。

 

「イベントスタッフのエレインですぅー。これからサードステージ。チキチキ荷車の騎士レースについて説明させていただきますぅー」

 

<女性の声>

 

 解説しよう。荷車の騎士とは伝説に登場するアーサー王の騎士、ランスロットを主人公とした物語であり彼の騎士の異名の一つさ。

 

 ある時アーサー王の妻グィネヴィアが拉致された。ランスロットは彼女を助けるため荷車に乗る必要があったのだが彼は俊住する。なぜなら騎士の間では荷車に乗ることは大変な不名誉であるとされていたからさ。だが彼は愛する人を助けだすため。荷車に乗る決断をする。そして最終的にはグィネヴィアを助けだすという話さ。

 

「サードステージではその名の通りこちらに用意された荷車型レースマシーンを利用して妨害ありのカーレースを行ってもらいますぅー。皆様にはセカンドステージと同じメンバーで一つの荷車を運転していただきますぅ。基本的に運転手一名それ以外の方が妨害・防御役を務める形になりますねぇ。人数が多い方が妨害の手数は増えますが重量が増えるため速度が出づらくなってしまいますので気を付けてくださいぃ。妨害用のアイテムはこれまでの順位に応じてそれぞれの荷車内に設置しているので利用してみてくださいね~」

 

 そういうと彼女は参加者たちの前に並べられているサファリパークに不釣り合いな鉄馬に曳かれた荷車風の六輪車を指し示す。この荷車に対する反応は様々だ。

 

「え、コレ運転すんの?」

 

「うちは人数多いから位置取りと妨害を上手くやらねえと置き去りにされるな」

 

「ていうかコレさっきのステージで見た気がするんだけどもしかして使いまわし?」 

 

 そのように騒めく中で実況席から声が飛ばされる市長のものだ。

 

「さっきの奴を使いまわしたんじゃないよ……今回のステージのために用意したものをさっきのステージでも使っただけのことさ」

 

「「それを使回しっていうんだろうが!!」」

 

「仕方ないだろ~予算と時間が足りなかったんだ。そのぶんその荷車を運転するうえでの安全性と性能は保障するからさ~。許してよー」

 

 金と時間を出されては仕方ないと参加者たちが拳を降ろしたのを見計らい、エレインは解説を続ける。

 

「コースはサファリパーク三周分。光りの道しるべがあるので道に迷うことはないはずなので安心してください~」

 

 彼女がそういうとスタート地点付近から光の玉が次々と浮かび上がり。それらが光のラインで繋がり一つのコースを形成する。

 

「コースアウトと走行不能で脱落となります。それでは5分後に開始しますぅ。皆さん準備の程よろしくお願いしますぅ」

 

 春とは思えぬほどの乾いた風が大地を拭う。サバンナの平原の如き大地に鉄の馬車が立ち並ぶ。数は数十台。いずれも既にエンジンを可動させ激しく振動している。荷車に搭乗する者たちはみな今か今かと発進の時を持っている。

 そんな彼らの眼前にシグナルランプのホログラムが現出する。カウントダウンの電子音と共に一つ一つシグナルが点灯していく。そして三つ目のランプが点灯すると共にけたたましい音が響き渡り鉄馬車が一斉に走り出す。レースの開始だ。



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4-8 サードステージ

 激走する車群。その最前線にアークたちはいた。ランカが運転を務めアークとメアが付与されたバナナ型トラップで妨害する。そういった役割分担だ。

 

『現在総ポイント数二位のアーク選手率いるチームアークは絶好調。これまでの雪辱を胸に今度こそ一位をキープできるのかー!?おおっとここで一台抜けて来たー!』

 

 そんな彼らの元に一台の荷車が幅を寄せて来る。

 

「やあ、アーク、メア。こんなところで会うとは奇遇だね」

 

 荷車に乗る男二人、女一人のメンバーはアークも知っている顔だった。

 

「フランク!ネビル、えーと、クラーク!」

 

「なのだ!」

 

「なんで私の時だけ言いよどんだの!?」

 

 吠えるクラークをフランクが制し。二台の荷車はしばし並んで走行した。

 

「嵯峨での時は途中から記憶が曖昧になっているけどこうして無事再会できたってことはお互い何とか切り抜けたんだろう。よかった」

 

「あ、ああ……そ、そうだなー。あの時はー大変だったな~。なーランカ」

 

「そ、そうでござるな~!あの時はやらんかも酷い目にあったでござるが。こうしてみな無事に再会できてよかったでござるな~!!」

 

 じっとりとした視線をメアから向けられ上ずった笑いでごまかすランカ。それを他所にフランクは懐かしそうに語り出す。

 

「そういえばあの時二人には七十二の規則のうち二つしか教えられなかったな。ちょうどいい今日は俺が作り上げた運転の規則八十四個を全て叩き込んであげよう。あ、ちょっとネビル。規則二十七。だめだろそんなに幅寄せしたら。規則十五。ほらちゃんとブレーキに足を置いて、規則三。周囲を確認」

 

「鬱陶しい!!じゃあアンタが運転しろよ!!」

 

 規則のがんじがらめで痺れを切らしたネビルは怒声と共にハンドルから手を放す。

 

「「あ」」

 

 当然制御を失った荷車は緩やかなカーブを曲がり切れずコースアウト。その先にあった沼に頭から突っ込むみ、アークたちはそれを尻目にトップを激走する。

 

「なんか……規則で色々縛り過ぎてもよくないよな」

 

「ウム。規制ばかりの状況でいいものは生まれない……とはいわぬでござるがやはり自由にやったほうがいいかと思うでござる」

 

「ところでアーサー王はどこにいるのだ。さっきから後ろ見てるけど全然見当たらないのだ~」 

 

 レース開始直後へと僅かに時は巻き戻る。サードステージスタート地点。多くの荷車が旅立っていったこの地にたった一つ。荷車が取り残されていた。

 

「あーっと!アルトリウス選手率いるチーム円卓。スタート地点からピクリとも動きません。何やら言い争っているようですが。一体なにが起きているのでしょうか」

 

 実況の言う通りアルトリウスは荷車に乗ることなくスタート地点に留まっていた。チームメンバーのケイと呼ばれる麗人やイベントスタッフに促されても決して荷車に搭乗しようとはしない。

 

「ですからぁ~セカンドステージとはことなり激しいぶつかり合いもありますので安全性を考慮すると荷車部分以外への登場は許可できません~」

 

 

「ふざけるな。余に荷車に乗れと。囚人同然の扱いを受けよというのか!そんな辱めを受けるぐらいなら押していった方がまだましだ」

 

 激昂するアルトリウスを窘めるためケイも口を出す。

 

「民を困らせるのは王の仕事ではないだろうアルトリウス。郷に入っては郷に従えだ。イベントに参加するならばルールに従うべきだぞ。駄々をこねている間にもどんどん差は広がっている。お前は聖剣が他のものの手に渡ってもいいのか?」

 

「それは……そうだが」

 

「わかっているなら早く乗れ。マーリンがもううたたねを始めてしまうぞ」

 

 アルトリウスは深いため息をつくと不承不承といった所作で荷車に乗り込み運転を開始する。所作を

 

「えー何か揉めていたようですが。無事解決したようですね。ここまでトップの成績を収めているアルトリウス選手。既にかなりの差が開いてしまったが巻き返せるのか!?大逆転劇に期待したいところです!」

 騎士王による怒涛の追走劇が幕を開ける。




本日22時よりツイッター https://twitter.com/SHs42610278 にて最新第九話「ウシワカ館の連続殺人」が放送開始になりますのでお時間あればそちらも見ていってくださいませ。



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4-9 騎士王との対決

 レースのトップ争いは一周目を超え、二周目の中盤に差し掛かっていた。

 アークたちは卓越したハンドル技術でコーナーを攻め未だにトップを走っていた。だが一台の荷車が他の荷車を押し退け無理矢理突破して来る。その荷車はそのまま挨拶代わりにアークたちに一度体当たりをくれてやる。衝撃が走り。互いの荷車が揺れる。

 

「てめぇ何してくれやがんだ!」

 

 怒鳴りつけるアークだったが相手は答えず。無言で車体を寄せて来る。だがランカの咄嗟のハンドルさばきによって二度目を喰らうことはなかった。

 

「正体を現すのだ!」

 

 メアの言葉についに荷車の男たちは口を開く。

 

「久しぶりだな……アーク。俺達を覚えているか?

 

 ニヒルな笑みを浮かべる男たちにアークは、

 

「誰……?」

 

「簒奪の詩だ!ほら!これでも思い出せねぇってのか!?」

 

 荷車に乗る男達はいそいそと目出し帽を付け主張する。だがそれでもアークは皆目見当もつかないと言ったように目を白黒させ。

 

「誰……?」

 

「ブッコロス!」

 

 再びバース・ジャックが体当たりを敢行しようとした瞬間。後方で鉄が激しくぶつかる音と悲鳴が聞こえて来る。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 それは連続し徐々に大きくなって迫って来る。やがて音の発生源が姿を現す。

 

「き、来た……アーサー王が来たのだ!」

 

 アーサー王は光輝いていた。

 実況の声が響く。

 

【挿絵表示】

 

『突如神々しい光を纏ったアルトリウス選手の荷車が次々と他のチームを抜き去って……いや弾き飛ばして進んでいく~強いそして早すぎる。追い上げが止まらなーい!』

 

 この状況に動揺したのはアルトリウスの前方車群。

 

「く、くそ……なんだこの荷車。バカみてえに早えし強えぞ!?ほんとに俺達と同じ荷車か!?」

 

「やつを前にださせるな!追いつけなくなるぞ!」

 

『あーっと!何という連携。二十を超えるチームが結託して密集。アルトリウス選手の前に壁を形成したー!これは通れない!』

 

 実況の言う通りアルトリウスの眼前には分厚い壁が形成されている。横に抜けようにも壁は合わせて動く。抜けられない。ならばと彼女は構わずアクセルを踏む。

 

『な、な、なんとぉー!?信じられません。あれほど分厚かった壁が円卓チームの突撃に次々と崩されていきます。止まらない……もはや無敵としか言いようはありません。円卓チーム。アルトリウスは無敵だー!!』

 

 そして一気に最前へと躍り出る。

 

吹き飛ばされた鉄の荷車たちが降って来るそれらをアークネードの竜巻で防ぎながらアークは歯噛みし。

 

「くそ、あの光。荷車を強化してやがるな……!やっぱSHだったか。ランカ!スピードあげろ追いつかれる!」

 

「これ以上は無理でござるよ!」 

 

 一方バースジャックたちは風に煽られながら必死に振りそそぐ鉄の雨を必死に避ける。

 

「まずいですボス。あいつこっち来ますよ!?」

 

「知るか!それよりもアークの野郎をぶっつぶすほうがさー」

 

 次の瞬間後ろから吹き飛んできた荷車によってバースジャックはコース外に吹き飛ばされた。

 そして当然の帰結のようにそれはやって来る。

 

『チーム円卓!最下位からトップへと踊りでたー!』

 

 二周目をアルトリウスたちの荷車がアークたちの荷車を抜き去った。アークはアルトリウスをただ眺めることしかできず、そして彼女は一度もアークを見ることはなかった。

 

「のやろう……!」

 

 アルトリウスの荷車の速度はアークたちの荷車よりも早く引き離されていく。走れども走れどもその背を捉えることはできない。

 

「も、最早これまで……無念!」

 

「なーにいってんだ。勝負はまだまだこれからだろ。なあメア」

 

「うむ。その通りなのだ。何か逆転するための要素があるはず。確かこの辺りは……そうだ事故現場―なのだ!!」

 

 メアの言葉通り荷車の行く先では多くの荷車が横たわりちょうど山のように積みあがっていた。その現場をみたランカとアークは同時にお互いを見合わせ。

 

「行けるな」

 

「もちのロンでござるよ!」

 

 ランカはアクセルを一気に踏み込み積み重なった車体に直進。踏み台にして大跳躍する。

 その背を押すように実況の声が空に響く。

 

『チームアーク!信じられません事故車を足場に大ジャンプ~!一つ……いや二つコーナーを飛び越える。だがこれは飛距離が出過ぎか?一発逆転の奇策が裏目に出た、このままではコースアウトしてしまうぞ~!?』

 

 実況の言葉通り、アークたちはコースを大幅にショートカットし、アルトリウスたちのその先に飛び出ることに成功する。だが勢いが付きすぎた。荷車の軌道はコースを外れた位置で着地することになる。だが、

 

「そーはいくかよ!アークネード!」

 

 突如として吹き荒れる風が軌道を無理矢理矯正する。結果コースアウトするはずだったアークたちの荷車はコース内に着地する。

 

『なんと着地成功~!!アークチーム一世一代の大博打に見事打ち勝った~!チーム円卓をを追い抜き再びトップに返り咲く~!!ところでこれ大会的にOKなんですかね市長?』

 

『レースゲームとかやったことない?ショートカットは基本だよ、それに観客が盛り上がってるからオッケーオッケー』

 

『なるほど~!では気にせずゴール前のデッドヒートを楽しみましょー!』

 

 実況の声が響くなか最後の駆け引きが始まる。

 

 大きく距離を稼いだものの依然速度は光り輝くアルトリウスたちの方が上。徐々にその差が詰まり。やがて接触間際でメアが動く。

 

「バナナを食うのだー!」

 

「ぬう!?」 

 

 アルトリウスたちの荷車、その前方にバナナ型スリップ式トラップを設置。突如として現れたものに避けること叶わずチーム円卓は派手にスリップする。コースアウトこそまぬがれたものの再びトップスピードに乗るには時間がかかるのは自明だ。その隙にアークたちは更に距離を稼ぎにかかる。

 

 幾度目かのコーナーを越え。最後の直線がやってきた。アクセルを全力で踏み加速するアークチームそれを雷の如き勢いで猛追する円卓チーム。

 

『迫る迫る円卓チーム!逃げきれるかチームアーク!あ、ああ!差されたー!チーム円卓、トップへ返り咲く。このまま勝負は決まってしまうのか~!?』

 

 そんな中アークはミニアークを呼び出し。荷車後部に顔をだし地面に向って拳を構える。

 

「ハンマーナックルセット」

 

「何をする気なのだ~!?」

 

「こうすんだよ!」

 

 ハンマーナックルを付けた拳で虚空を全力で殴りつける。すると空気が爆ぜ。その衝撃で荷車は一気に加速、前方のアルトリウスの荷車に並び、そして。

 

『ゴール!チームアーク、チーム円卓同時にゴール!!ですが一着は一台だけ。ここは写真判定が行われます』

 

 空にゴールの瞬間の超スローカメラの映像が映し出される。結果は。

 

『チームアーク!サードステージを一着で駆け抜けたのはチームアークです。会場の誰もがチーム円卓の勝利を疑わなかった中での大逆転劇お見事とうほかありません!!惜しくも二着となったチーム円卓も遅れたスタートからの怒涛の追走劇で盛り上げてくれました。こちらにも大きな拍手を!』

 

 鳴り響く喝采の中。アークとアルトリウス、両雄は見つめ合い。

 

「へーんどんなもんだ。眼中にねえって態度してやがるから足元救われるんだぜ」

 

「貴侯、SHか……いや、なんであれ競い合う相手を軽んじたのは余の落ち度だな。貴侯、名はなんという」

 

「アーク」

 

「アークか、覚えておこう。だが次はこうはいかんぞ。聖剣を手にするのは正当なる所有者である余だ」

 

「んなこと言ってあっさり脱落すんじゃねえぞ。剣を手にして金持ちになんのはアタシだ」

 二人は暫しにらみ合った直後に踵を返して仲間の元に戻っていった。

 

『現在総ポイント数一位と二位の激しいにらみ合い。これはこの後も目が離せません。それでは皆様、次はフォースステージでお会いしましょう!』



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4-10 メア・マザーズ

 サードステージを終え、フォースステージが始まるまでの間には一時間程の昼休憩があり、アークたちは昼食を取るために屋台が立ち並ぶ大公園周辺を散策していた。そんな彼女らの元に声が掛けられる。

 

「メア」

 

「マミー!お仕事中なのだ?」

 

「ああ、市長に駆り出されてイベントの警護役だ。このイベントにはありえん。連中も多数参加しているからな、お前も気をつけなさい」

 

 メアの母親の一人、アルは方舟市の自警団の長を務めており日夜ありえん。ものどもの対処に奔走させられている。今回は市長の提示した景品によって各地からありえん。が集まっており取り締まりにも苦労しているようだ。

 

「それはそれとしてだ……」

 

「のだ?」

 

 彼女は屈みメアに目線を合わせると、両の頬を摘まみ引っ張る。

 

「初戦の騙し討ちはなんだ~!?確かに自分の身に危険が迫ったら手段は選ぶなと教えているがこういった場で卑劣な手段に出ろとは教えてないぞ!余計な遺恨を振りまくような真似は止めなさい!」

 

「いだだだだだだ!ごめんなはいなのら~」

 

「なはははははは!オメーのかーちゃんおっかねーのな~ベソかいてやんの」

 

「神をも畏れぬ破天荒ぶりのメア殿も御母上には敵わぬのでござるなあ。いいものを見たでござる」

 

「ひひからはふけるのだ~!!」

 

 教育的制裁から解放されるとメアはアルの元を離れアークとランカを一通りどつくと後ろに隠れた。アルは立ち上がるとアークたちの顔を確認し。

 

「メアのチームメンバーか」

 

「やらんかと」

 

「アークだ」

 

「娘が世話になっている。メアの母親のアルだ。特にアーク……さんにはそれはもう色々なところに連れて行ってもらっているようで」

 

「あ、ども」

 

 頭を下げたアルの言葉にメアが反応し。

 

「アークのことマミーには言ってないのになんで知ってるのだ!?」

 

「自警団には市民から日々さまざまな情報が寄せられる。アーク……さんのように有名な相手と一緒にいればすぐに情報が入って来るさ」

 

 アルはアークに向き直り両肩を掴むと。

 

「くれぐれも娘が危険な場所を教えたり怪しい遊びを教えるなどといったことがないように……よろしく頼む」

 

「う、ウース……」

 

 保護者の圧力に負けたアークは冷や汗をかき顔を逸らす。アルはアークを解放するとメアに話しかけ。 

 

「ああそうだ、トウコが弁当を持ってお前を探しているぞ。はしゃぐのもいいがちゃんと携帯の確認もしなさい」

 

「ママが!ほんとなのだ!見つけにいくのだ。いくのだアーク、やらんか」  

 

 情報端末の通知を確認したメアは急ぎアークの手を引き、アルに手を振ると駆けだす。

 

「おいおいそんな急がなくてもいいだろ」

 

「アークはわかってないのだ。本当に怖いのはマミーよりもママなのだ!ママきっと重箱にいっぱいご飯を入れてるのだ。時間が足りなくなってお残しとかしたら後が怖いのだ~」

 

「お……おお……」

 

 いつになく焦燥した口ぶりのメアに若干引きながらもついていくアーク。屋台通りのごった返す人ごみを掻き分け、進む。途中ランカの姿が見えなくなるが無視して進むと広場に出る。当たりを見渡しその目に重箱を抱えた柔和な女性の姿を確認するとメアは安堵の声を上げ。

 

「ママ―!」

 

「メアちゃんみーつけた。あら、そちらの人はメアちゃんのお友達?丁度いいわ、お弁当作り過ぎちゃったの。よかったら一緒に食べていきませんか?」

 

「マジ!?ただ飯だ!やったぜ」

 

 アークたちが賑わう広場の空いた一角にブルーシートを敷いた後、メアのもう一人の母親、トウコは重箱をシートの上に降ろし一息をつく。

 

「手伝ってもらってごめんなさいね~助かったわ~。メアちゃんの新しいお友達は親切ね~」

 

「いやアタシは……」

 

「そうなのだ!アークは友達じゃなくて下僕なのだ!」

 

「メアちゃん~?」

 

 アークがたどたどしく言い切る前に食い気味に言い放つメアだったが直後に体を震わせる。穏やかな声色と異なりトウコの目は笑っていなかった。

 

「駄目でしょう?仲よくしたい人にそんなこと言っちゃ~。ごめんなさいね~この子アルちゃん……もう一人のお母さんに似て素直じゃないから。これからも仲良くしてあげてね」

 

「あ、ああ」

 

「ム~なのだ」

 

 トウコは膨れるメアをなだめると重箱の蓋を開いてやる。そこにはハンバーグやコロッケ、エビフライというお子様ランチのようなラインナップが所狭しと敷き詰められていた。

 

「美味しそうなのだ~!早くいただきますなのだママー!」

 

「ハイハイその前に飲み物を淹れましょうね~。あらやだ、私ったら水筒をお家に忘れて来ちゃったみたい……メアちゃん、コレ渡すからあそこの屋台で飲み物を買ってきてくれる?お釣りはお小遣いにしていいから」

 

 トウコから千円札を手渡されたメアは目を輝かせアークを囃し立て。

 

「何をぼーっとすわっているのだアーク!さあジュースを買いに行くのだ!」

 

「え~一人で買いにいけよー。ちょ、やめろ、わかった行くから!」

 

「あんまり変なの買っちゃだめよ~」

 



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4-11 暁の古城出張店

立ち並ぶ屋台の中でも一際人が集まっている場所があった。アークとメアが列に並んでいる場所がそうだ。行列の屋台からはフルーツの甘い香りが漂い彼女らの後ろにも次々と人が並んでいく。列は長蛇といっていいほど長いものの屋台側の手際がいいのか列は非常にスムーズに進み、あっという間にアークたちの順番が回って来た。

 

「いっぱいあるのだ。どれにしようなのだ~」

 

「んー、無難にバナナと苺のミックスでいんじゃね?」

 

「大変お待たせいたしましたなのじゃ。暁の古城特別にようこそ。当店はどの組み合わせでも絶品を保証しますのじゃ。ではご注文をー」

 

 アークたちを出迎えた店員は真紅のドレスの上から非常に可愛らしいフルーツ柄のあしらわれたエプロンを身に着けた黒の長髪が麗しいまるで吸血鬼のような長身女性だった。

 女性はアークたちの姿を確認すると途端に柔和な営業スマイルを崩し汚い声を上げた。

 

「ゲェ!?お主らは……」

 

「お前は……暁の販売者!なんでこんなとこいんだよ?」

 

 つまり、女性はラムルディだった。

 

「簒奪者じゃ……!間違ってはおらんがな!よい稼ぎと宣伝になると思い出店してみればこんなところでこやつらと出合うとは……なんということじゃ」

 

「あ~?テメー客に対してなんて言い草だ。それでも客商売か~?」

 

「ヘイヘイ!ねーちゃんだれにことわってここで商売してるのだ~?」

 

 程度の低いチンピラのような言動のアークと何処からともなくサングラスを取り出し装着したメアに、ラムルディは頭を痛めように抱えて言葉を吐き出す。

 

「市の役所じゃ……!言うておる間に列がまた伸びてきおった!?お主ら、はよう注文せよ。それで商品を持って帰ってさっさと帰るがいいわ」

 

「ちっ、しゃーねーな」

 

「ハーイなのだー」

 

 他の客という存在を指摘され二人はしぶしぶそれぞれ違う味のミックスジュースを4つ注文し、少し待った後で受け取った。ラムルディは口ぶりこそ悪かったがアークたち相手でも品物を扱う手つきや金銭の受け渡しはとても丁寧なものだった。

 金銭の取引を終えたラムルディは血行の悪い人の血を吸った吸血鬼のような表情で頭を下げる。

 

「ありがとうございましたなのじゃー。またのご利用をお待ちしているのじゃ~」

 

 社交辞令を背に受け、アークたちはトウコの待つ場所に向かう。二人の手にもつ容器からは芳醇な果物の甘い糖と、まろやかなミルクの香りが放たれ、それがまたラムルディの経営する暁の古城の利用者を増やすのであった。

 

 

「御馳走さまでござるー!まっことにおいしゅうござった」

 

「ごちそうさまだったのだー」

 

「ごっそさーん」

 

 「あらあらみんないい食べっぷりね~。あんなにあったお弁当がカラになちゃったわぁ。こんなことならこの倍ぐらい作ってきたほうがよかったかしらねえ」

 

 途中ではぐれたランカと再合流したアークたちは、メアの母親トウコが持参した重箱を頬張り、あっという間に平らげた。作ってからここに持って来るまでそれなりに時間が経っているはずだが、中身は出来立てのような温度を保っており、子供が好みそうな濃いめの甘い味付けでありながらくどくない後味は舌を愉しませた。

 アークは絨毯のような柔らかい感触を返すブルーシートの上で寝ころび腹を掻く。するとその耳にややノイズの混じった声が届く。

 

『これより十五分後にネクストアーサー王だ~れだ大会、再会いたします。フォースステージまで勝ち進まれた参加者の皆様は所定の位置まで移動をお願い致します』

 

「おっと、もうそんな時間でござるか。では、トウコ殿やらんか達はこの辺りで」

 

「行って来るのだママ―!」

 

「はーい。怪我はしないようにするのよ~」

 

 所定の位置に向かうメアたちに手を振るトウコを横に、アークもまた身を起こしそれに続こうとする。そんな彼女にトウコは声をかけた。

 

「アークさんちょっと待ってくださる?」

 

「いっ!?アタシは……メアに悪い遊びとか、教えて、ナイデス。アーク、ケッパク」

 

「そうじゃなくてねぇ」

 

 アークのしどろもどろな様が面白かったのかトウコは思わず笑みを零し。

 

「メアちゃんのことよぉ。あの娘、偉ぶってるけどお家ではいつも私にアークさんとのことを話すのよ、本当に楽しそうにね。新しい引っ越し先で馴染めるか心配だったけど杞憂だったわ。ねえアークさん。メアちゃんとこれからも仲良くしてくださるかしら?」

 

「なんだ、んなことかよ。びびって損したぜ。いや、びびってねーけど」

 

 お叱りでなかったことにほっと一息をつき、頬を緩ませる。

「どうせ逃げようが追っ払っおうが、のだのだっつって寄って来るだろアイツ。もう諦めた。しかたねーからいつでも相手してやるよ」

 

「ふふっ。そう、よろしくね」

 

「アークぅー。何やってるのだー?ちんたらしてると置いてくのだー?」

 遠くから投げかけられた声に反応し、振りかえる。

 

「おー、今行くー。じゃな。飯美味かったぜ」

 

「はーい。またご馳走させてねぇ」

 その言葉を残しアークはメアたちの元へ駆ける。フォースステージはすぐそこまで迫っている。

 



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4-12  フォースステージ

サークル【ティラノプラス】はコミックマーケット100の二日目に日曜東ア38bで参加します。


 ♦

<気取った女性の声>

 解説しよう。緑の騎士とはランスロット同様、円卓の騎士を務めるガウェイン。彼を主人公とした物語のことさ。

 アーサー王の城で宴が開かれているとき、全身緑の大男、緑の騎士が現れて自らの首を落とす遊戯を持ちかけた。それに応えたガウェインは緑の騎士の首を落とすが、首を落とされたというのに緑の騎士はこともなさげに首を拾いガウェインに対して一年後に緑の礼拝堂を探しやってくるように伝えると去っていった。こうしてガウェイン卿の旅が始まったのさ。

 でもこれどうイベントに落とし込むんだろうね。探索は聖杯探索でやったような……?

 

 広場にエレインの声が響く。 

 

「緑の騎士はファーストステージ同様、個人戦の種目となっています。気になる種目内容は……ハイ、エレインさん!」

 

「はいな!フォースステージはアイテム持ち帰り式の種目となっています!そして皆さまが持ち帰るのはコレ!!」

 

 エレインはテンション高めに言葉を紡ぐと意気揚々と後ろの隠していたものを参加者たちの前に掲げ揚げる。その緑の物体は丁度人の頭ぐらいの大きさの、いや。

 ソレは人の頭部だった。テンションの高いエレインが掴み掲げるのは真緑色の人間の生首だ。会場から恐怖に駆られた悲鳴が上がり騒然となる。だが、直後に付近の拡声器から大音量の気の抜けた効果音が鳴り、皆の注意はそれに逸らされる。

 

『落ち着きたまえ君たち。それは作り物だよ。つ・く・り・も・の。我々が用意した機械だよ、安心したまえ。落ち着いたね?それでは続きを頼むよ』

 

 音に続いて拡声器から声を投げかけ皆を落ち着かせたのは市長だった。彼女から続行を命じられたエレインたちは再びマイクと緑の生首を掲げる。

 

「現在方舟市の各地にはこの緑の騎士が大量に配置されています。各地に潜む緑の騎士たちからできるだけ多く首を獲ってこの会場まで持って帰ることでアーサーポイントに変換されます。緑の騎士はこの会場から遠い場所ほど多く密集して配置されていますが、その分時間内に量を持ち帰るのも大変になってきますので戦略と相談ですね。ちなみに緑の騎士が市内のどこに配備されているのかは配布された時計から地図を確認してください」

 

「子供やお年寄りがちゃんと首を獲れるか心配?問題ないです。緑の騎士は首外し機構に徹底的に拘っており子供やお年寄りでも簡単に首を取り外すことができる使用となっています。もっとも首の重さは実際の成人男性の頭部の重さを忠実に再現してるので結構重いです。そのあたりは結構厳しいかもしれないですね~」

 

 エレインたちの言葉を聞き参加者たちはそれぞれ腕時計を確認して緑の騎士たちの分布を確かめ戦略を練る。

 

「メアたちはメアについてくるのだ!」

 

「団体行動でござるな。承知したでござる」

 

「なんでお前が隊長やってんだよ。いいけどよ」

 

 アークたちのように元チームメイト同志で協議する例も見られた一方。

 

「あれが緑の騎士……?いや、緑の騎士の頭は人の三倍ほどのひげ面。いや、もっと悪魔的だったか?むう、記憶が」

 

「おい、しっかりしろ。イベント中だぞ」

 

「む、ああ。余は健在である。我らはここからは別れ各々で首級を上げようではないか。競争というのもたまにはよかろう」

 

「ふぉ、ふぉ」

 

 アルトリウスたちのようにそれぞれ思い思いに動こうとする者たちも数多くいた。そういった流れを見届けた後、エレインたちは宣言する。

 

「「それではこれよりフォースステージ、緑の騎士を開始します。制限時間は一時間それまでできるだけ多くの首級を上げてきてください!!」」

 

 首狩りの集団が街に解き放たれた。

 

 首を狩りに街に繰り出したアークたちは大量ポイント獲得を目指し、町はずれの林の中にたどり着いていた。そこでは周囲に生え茂樹木たちに保護色で紛れながらも一面に林立した緑の騎士たちがあった。

 そのうちの一つに近づくと気づくことがあった。緑の甲冑を纏った全身緑の騎士はまるで本物の人間のように精巧な作りをしていて異様な威圧感を放っている。だが、彼女らが気づいたのはそこではない。緑の騎士の、首元だ。よく見ればそこには全身緑の中で唯一の黒の色が使われていた。首回りを一周するように黒の破線が取り囲み、その下には「こちらから切り取れます」という注意書きが書かれていた。

 

「ナニコレ」

 

「アークーこっちに台と斧がいくつか置いてあったのだ~」

 

「斧は破線部分から首を飛ばすためのもの、台はメア殿のような小柄な方が使うようでござろうか。アーク殿これでいっちょその者の首を跳ねてみるといいでござるよ」

 

「よっ、アークのいいとこみってみ、たい。なのだ」

 

「お前ら自分が何言ってるか理解してる?」

 

 そういいつつもアークはランカから斧を受け取、緑の騎士に向かって振りかぶる。一呼吸のあと、昼空に緑の首が舞った。

 それはまるで白球の舞う夏の甲子園球場の空のようであり、皆が見上げるなか生首は徐々に高度を落とし、やがて地面を転がった。メアはそれを両手で広い上げるとアークに持ってくる。

 

「はい。アークの首級なのだ」

 

『オノレコノ恨ミ晴ラサデオクベキカ。汝ノ子孫末代マデ祟ッテヤロウゾ。コノ畜生悪鬼ドモメ』

 

「めちゃくちゃ恨み言ってくるじゃねえか……いてっ!?噛んだ!?噛んで来やがったぞコイツ!?誰だよこんな馬鹿みてぇな生首作った奴は!?」

 

 

「くしゅん」

 

 サンは自宅にて大きくくしゃみをすると。あたりを見渡し近場のティッシュを手に取り鼻をかむ。

 

「花粉か?」

 

 一度斬首の要領を覚えたアークたちは各々が斧を持ち、周囲の生首を次々と収穫していった。一つの地点で狩りつくすとまた近場の収穫場に移り斬首していった。そうして3人ともが両手に抱えきれぬ量の生首を手に入れると、ポイントに変換するために帰路につくことになった。

 成人男性の頭部ほどの重さの生首を抱えて歩くのは困難で、ところどころで生首をこぼしそれを拾いながら街へ降りた。街へ降りると当然。

 

「イヤー!首斬り役人!?」

 

「あ、いやアタシらは……」

 

「ウワー!?カーリー女神!?世界の終わりが近いのか!?」

 

「世紀末なのだー!」

 

 真緑の生首を抱える少女たちに街の人々はギョッとしたり、酷いものは狂乱状態に陥いるなど様々な反応を見せる。このような絶叫が街中のあちこちで上がっているあたり騒ぎを起こしてるのはアークたちだけではないのだろう。

 ともあれ至るところで騒ぎを起こしていれば大量の生首を保持するのも難しくなる。やがて

 

「スッテンコロリンなのだー!」

 

 大量の生首がぶちまけられる。

 



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4-13 生首の行方

 コロコロころりん緑の生首はハネルハネル。ハネテハネテ、道路に出ると横合いから法定速度を無視した車にハネ飛ばされた。生首たちはバラバラりん。あっちこっちに散り散りと。

 

 小さな公園で、少年たちの興奮する声が響く。少年たちは一つの白黒の球に群がり、奪い合い、蹴りあっている。つまり、サッカーをしていた。

 フルメンバーには程遠い人数でありつつも彼らは必死にボールを追い、食らいつく。奪い合いにも熱が入り時折手荒い行動にも結び付くがさしたる揉め事にはならない。それはそんな駆け引きの最中であった。四人が同時にボールを追い、一人がそれを悠々と奪い得意げにリフティングを披露して挑発していると。

 

「お。おいお前それ……」

 

「なんだ?そんな注意逸らしには乗らないぜ?」

 

「いやそうじゃなくて……お前それボールじゃないぞ……!」

 

「はぁ?ってギエエエエエエエエエエエ!?」

 

 少年がリフティングしていたのは緑色の生首だった。慌てたのか少年は生首を他の少年にパスする。するとその少年も厄介払いをするように他にパスをし更にその少年もパスをする。生首が絶叫と恨み言とともに少年たちを行き来する。

 

 そんな様を遠くから見ていた女がいた。

 

 青い帽子に青い制服。一目で警察官だとわかる衣装の彼女は生首を蹴りまわす少年たちを嘲るように笑う。とひとりごちる。

 

 「ふん、全く最近の子供と来たら不道徳が過ぎていけないね。ここは一つ僕が。未来ある少年たちに道徳というものを説いてあげようじゃないかね」

 

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 そういうと女は意地の悪い顔で少年たちのもとに向かおうとするが、その一歩を阻むものがあった。無線通信だ。呼び出しの声が聞こえた瞬間女は身を翻し。

 

 「はい!こちらレヴンでございます!は?二番街のほうで暴行?応援にいけと……僕がかい?いえ!滅相もない。このレヴン、粉骨砕身、滅私奉公の覚悟で職務にあたらせていただきます!」

 女は恐ろしくへりくだった対応を無線に投げると深いため息をつき、すました顔で少年たちを眺めると。

 

「説いてやろうと思ったが、何分僕も忙しい身だ、寛大な処置に感謝の念を送りたまえよ?」 

 

 公園近くの歩道の中途に設置されたベンチたち。普段は疎らに人々が座っているのだが、今は誰も利用している様子はない。その理由は明白だ。ベンチたちに張り紙が張られそこには黒々とした字で塗りたて注意と書かれていた。

 

 そんな普段よりも艶々して、いかなる技術によるものかそれとも配色のせいか、どこか二次元的な印象を受けるようになったベンチの一つの前に座り込む少女がいた。少女の周りには塗料用のバケツがいくつも並びその手には塗装用のブラシが握られておりこの仕事が誰の手によるものかを如実に表していた。 

 

 少女は頭につけた三角巾を腕でこすると深い一息をつき、ブラシをバケツに置く。

 

「一丁あがりっと。これで仕事上がりデイ!……ぬぉ!?」

 

 大きな伸びをした彼女の真横、塗料用バケツの一つに何が質量のあるものが飛び込み辺りに赤の色をまき散らす。それは塗り終えられたばかりのベンチにも当然かかり。

 

「のわー!やりなおしじゃねぇかい!?」

 

 甚平姿の少女はペンキ塗りの手を止めると先ほど何かが飛び込んできた塗料用バケツに手を突っ込みナニカを引き上げるそれは。  

 

「なんデイこリャぁ!?真っ赤な……生首ィ?」

 

緑から赤へより猟奇性の増した生首であった。

 

 江戸っ子言葉が木霊するその裏で、ペンキ塗りたて注意と張り紙のされたベンチに座り「プハー」という景気のいいため息を吐く者がいた。

 その者は手に持った缶ビールを口まで持っていき数回嚥下すると異変に気付き、缶を逆さに振るった。逆さにされた缶からは数滴のアルコールが落ちる、それだけだ。アルコールの回った女は仕方なく横に置いたビニールから新たな缶ビールを取り出すとプルタブを開け、一気に飲み干すと再びアルコール度数の高い長い息を吐き。隣の同席者に管を巻き始める。

 

 「うッく、日が高い内から飲みゅおしゃけハ~おいひぃれしゅね~、おじしゃんもそう思……おもーおもーい!ブハハハハハ」

 

「鬼畜外道メ。諸行無常盛者必衰ノ理トシレ」

 

「どうせ落ちぶれるなら呑んで呑んでのみほせ~い!」

 

 厄介な酔っ払いがバンバンと頭を叩く隣人は、その身体が叩かれている部分しか存在しなかった。つまり、生首だった。生首は絡まれている現状を嘆くように怨み言を唱え続けるが、絡んでいる当人はそれを聞いているのか聞いていないのかとにかく支離滅裂な言動で受け流している。そのようなやりとりが数度繰り返された後、酔っ払いは生首にもたれかかり。

 

「にょみ杉ーター!へへへへ」

 

「オノレヲ反省セヨ」

 

「オゲェエエエエエエエエエエ」

 

 口を開き嘔吐した。

 

 

「さ、て。次の事件はなんだろねー?」

 

 そういった白のハッチング帽に白のインバネスコートを纏った少女は春風の靡く歩道を行く。すると前方で何やら怒声が飛び交うことに気づき視線をそちらに移す。

 

「おいテメェ。ばーろめい!そこはアタイが塗立てたばっかのベンチだってそこに書いてんだろぉ!?おかげで塗りなおしじゃねいかい!聞いてんのか?てか起きてやるんディ!?」

 

「……」

 

 近づいてみれば何やら怒った様子でまくし立てる少女がおり、その先には塗りたてのベンチに倒れ伏したスーツ姿の女性と彼女にもたれかかられ、吐しゃ物もついでにかかった緑の生首があった。

 少女は現場に近づき両手指でフレームを作りそれらの光景を内に収めるとを覗き込む。

 

「倒れ伏した人と不自然に放置された生首から香る塩酸臭。むむむむ、これは……事件の香りだね!」

 

「ゲロの香りディ!!」

 

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♦ 

改造車の衝突をその身に受けた緑の生首は宙を舞った。高く高く舞い上がり小さなビルの屋上ほどの高さまで到達するとそこで高度を落とし始める。

 己の短い生首生も最早ここまで、辞世の怨み言でも唱えよう、と緑の騎士がそう覚悟したその時だった。生首の視界に高速で機動する影が視えた。

 影は建物の屋上の間を跳び駆けると、疾風の如き速度で生首のもとに近づき、そして。

 

「キャッチ」

 

 緑の生首は影に抱きかかえられ、高高度からの落下を免れる。視覚素子を動かすと己を抱きとめた者の顔を一部映すことができた。

 拾い主は頭巾と覆面で顔を覆っており、その隙間からは金色の髪と碧眼が露出していた。アメリカン忍者といった風体の少女はしげしげと生首を覗き込み。

 

「ワオ。これがジャパニーズ打ち首!面妖にゴザル」

 

 少女は目を輝かせ首級を掲げた。まるで人形を買ってもらったばかりのような少女の反応に生首は怨み言一つなくまるでこここそが己の居場所であるかのような電気信号を得る。代わりというように眼下からこえが届く。

 

「おおーい!生首殿~?生首殿やーい」

 

「何が不満だったというのだ~?帰ってくるのだー!」

 

 首を狩った下手人どもの声だった。ノリノリでこちらの首を跳ね飛ばした上に運び方が雑だった連中である。正直戻りたくはない。戻りたくはないが、

 

「遠くまで飛んだやつを探してる時間はねーな。拾えた分だけ持って帰んぞ」

 

「うう~せっかく集めたのに……のだ」

 緑の騎士の使命は、首を狩ったものに会場まで運ばれポイントに換算されることだ。少なくとも今はそうプラグラムされている。

 戻らねば不届き者どもはきっと困るだろう。それでは使命を果たせない。その気配を察したのか忍者装束の少女は生首を降ろしたずねる。

 

「主人の元に帰るでゴザル?」

 

「頼ム」

 

 その機械音声を受け取ると少女は緑の騎士を抱え、直下に誰もいないとこを確認し、ビルから飛び降りる。音の生じぬ見事な着地を成功させ、そのまま己を付近にいたクラシックオタクファッションの下手人に受け渡す。

 

「この首、オヌシのモノでゴザルか?」

 

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「やや!これはいかにもやらんかたちの首にござる。わざわざ届けていただけるとはやらんか感激にござる!おーいメア殿ー一つ見つかったでござるよ~」

 

「ホントなのだ~!」

 

「デハこれにて」

 

 受け渡しが終わると突如として少女の周りに煙が生じ、それに乗じて彼女の姿は見えなくなった。

 

「に、忍者……やらんか初めてみたでござるよ……いるところにはいるものでござるな~、と、これが忍者殿からいただいたものでござるよ」

 

「ニンジャ!?みたかったのだ~!!忍者からの贈り物、もう絶対離さないのだ~」

 

「いやポイント交換の時にゃ離せよ」

 

 女子小学生の下手人によって宝物のように抱きかかえられると、緑の騎士は僅かながら充足を感じつつまた本来の生首の業務に戻るのであった。

 

「それにしてもあの御仁、やらんかとキャラ被ってなかったでござるか?」

 

「オノレヲ省ミヨ」

 



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4-14 DEXカリバー・カリバーン

幾つかの生首を回収しなおしたアークたちは帰路で更なる生首を回収する機会に恵まれ、大豊作で会場近くまで戻ってきた。そして、さあ首級をポイントに変換しにいこうというところで事件は起きた。

 始まりは女性の悲鳴だった。次いであがったのは野太い男たちの声だ。どよめきが会場を伝う。

 

「やめて!それは私が狩ったダーリンよ!?」

 

 見れば先程声を上げたと思われる女性が人相の悪い男に緑の騎士を取り上げられようとしていた。女性は力強く抵抗するが複数人がかりでついに奪い取られてしまう。

 

「ダーリーン!?いっちゃ駄目~!」

 

「へっ、手間取らせやがって。オラ、おめーらも持ってる首を差し出しな。アーサーポイントは俺たち鍛冶場の簒奪者達が独占させてもらうぜ」

 

 他の参加者から生首を奪うというありえん行為を働く男たちの言葉にアークはメアと顔を見合わせ。

 

「簒奪者!?」

 

「わらわは関係ない!関係ないぞ~!!」

 

 遠く観客側の方から飛んできた吸血鬼の抗議の声を掻き消すように拡声器から実況の声が届く。

 

『フォースステージもクライマックスに近づくなか、ここにきて緑の騎士の略奪行為が発生ー!元鍛冶場の簒奪者達チームの面々、交換所の前に陣取って動かない。市長、これって大丈夫なんですか?』

 

『ルールでは略奪は禁止してないからね~盗られる方が悪いよ。自分の手柄も守れなくって何が聖剣の所有者かって話だからね。まあ人の手柄を横取りするやつもどうなんだって感じだけどさ』

 

『なるほど、ではこのまま元鍛冶場の簒奪者達チームが他のチーム全てを追い落とすかそれとも騎士道の元に処罰されるか……短い残り時間ますます目が離せませんね』

 

 実況の声が止んでも状況は変わらない、いく人かの勇気あるもの達が突破を試みるが、生首を抱えながらという動きづらさやいやに統制のとれたありえん。たちの連携によって次々と倒され、奪われる。

 

 そんな状況を生首を抱えながら見守るアークであったがふと腹部にものが当たる感触があった。メアの肘だ。

 

「アークぅ、いつまでそうしてるのだ?さっさとアイツらやっつけてしまうのだ」

 

「おめーがアタシらに持たせてる生首の山が邪魔なんだよ!そういうならオメーがもうちょい持てよ」

 

「メアは女子小学生だから成人男性の頭部よりも重い物を持てないのだ~」

 

「さっきまでいっぱい持ってたじゃねーか……」  

 

 ジトっとした視線を向けるとメアの近くに幾人かが集まってきているのに気付く。

 

「お、こんなとこに小学生が紛れ込んでるじゃねえか、カモだな」

 

「のだ~!?」

 

 顔を上げると先ほどの男達がメアに目を付け取り囲んでいる。彼らの内一人がメアの抱える緑の騎士に手を伸ばすがメアは一歩を引き。

 

「なにするのだ!これはメアのだ!もう絶対離さんと決めたのだ!!」

 

「小学生の癖に生意気じゃねえか。こりゃ大人の力を理解させてやらねえといけねえなぁ?オラよこせぇ!」

 

 男が手を振りかざす、アークは即座に両腕に抱えていた生首を地面に落とし動く。視界の先でメアが顔を背けた、手が伸びるその間に飛び込まんとする。

 

 だがその必要はなかった。猛然とした勢いで横から伸びてきた手がそれを掴んで離さなかったからだ。

 

「なんだテメェ!?放しやがれ!」

 

「不敬である」

 

 手の主は鎧姿の女、アルトリウスだった。彼女は一層手に力を込めると手を引きそれを反動として腕の力だけで男を彼方に投げ飛ばし言い放つ。

 

 

「他人の手柄を横から掠めんとする卑劣な蛮族共め。恥を知るがいい。貴様らは余自らが直々に成敗してやろう。この……」

 

 そういうとアルトリウスは腰から何かを引き抜き高々と掲げた。

 

「聖剣でな」

 

 それを見た男たちは言葉を失い。

 

「ぷっ」

 

 直後に噴き出した。

 

「ぶあははははははは、なんだそりゃ!?そりゃおめー玩具じゃねえか。そんなんで俺らをどうするってんだ?チャンバラごっこか~?」

 

 男達の言うようにそれは矮小な玩具の剣だった。日曜の朝に放送される番組に関連した商品であることをアークは知っている。光って鳴る子供が好むものだ。だがアルトリウスは突如として跪く態勢をとると、それを

いよく地面に突き刺し、宣言する。

 

 

「DEXカリバー・カリバーン!!」

 

 宣言とともに引き抜かれた玩具の剣は目を開けていられないような眩い光を放ち周囲を気圧した。その威容はまるで本物の聖剣がそこにあるかのようであった。

 

 アルトリウスが軽く聖剣を振るう。それだけで大気は乱れ裂け、大地は圧し割れる。構え、征く。

 

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「剣が光った程度でなんだ!玩具がDXになっただけだろうがよぉー!」

 

 男の一人は隠し持っていた刀剣を構え抵抗するが、重戦車の如き勢いの突貫により、なすすべもなく弾き飛ばされる。

 

「ちっ、いねやぁあああああああ!」

 

 少し離れた位置にいた三人が銃器による射撃を行うがそれも、

 

「ふんっ」

 

 一振り空を裂く。その剣圧は銃弾を巻き込み大地を巻き上げ、射撃手たちを一斉に打撃した。残された一人は膝を震わせ懇願する。

「ま、待てよ……首、首は返すからよ。見逃してくれねえか?このとーり骨の髄まで反省したからよぉ~騎士様なら降参してる相手に剣を振るったりしね~よな?な?」

 

 その様にアルトリウスは歯噛みをし、唾棄する。

 

「貴様の仲間たちは行いはどうあれ最後まで戦った、それを自分の番となった途端に臆病風に吹かれるとは何事か。その性根、聖なる剣で浄化してやろう」

 

「く、そが!やってやらぁああああ!」

 

 泣き落としが通じないと分かった瞬間それまでの態度をかなぐり捨てありえん。は衣服に隠し持っていた暗器によって襲いかかる。それに対し、アルトリウスは薄く笑み。

 

「その意気やよし」

 

 一閃により全てを終わらせた。

 

 蹂躙を終えたアルトリウスは翻り、メアの元に戻ると跪き、その頭を撫で。

 

「怪我はないか?その首級はお主のもの他の誰にも奪わせるでないぞ」

 

「うん。ありがとーなのだ!!」

 

 笑顔で感謝の意を示すメアとそれに笑って応対し去っていくアルトリウス。その光景を見てアークの胸の内には一つの感情が渦巻いていた。それはポツリと漏れ出る。

 

「あの野郎……メアはアタシのだぞ……!!」

 

「うわー、超大人気ないのがいるでござる~」

 

 ランカの呆れた煽りに対してアークは脛蹴りで応じた。

 

「うるせぇ!」

 

「おぁ~!やらんかが集め直した生首がぁ~!?」

 

 生首がこぼれる音がする。



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4-15 フィフスステージ

 生首の納品と共にフォースステージを終え、無事フィフスステージへの出場権を手に入れたアークたちは、残すところ十数名となった他の参加者達とともに森の奥地へと足を踏み入れた。

 アークたち参加者を先導するイベントスタッフに対し、誰かが声を上げる。それは皆が疑問に思っていたことだった。

 

「なあ、あんたももしかしてエレ……」

 

「エレインです。このイベントのスタッフはほぼエレインという名のスタッフで構成されているのですよ。条件が良いのでスタッフになるためだけに改名した人もいるとか。本当かどうかは知りませんけどね。このまま流れでフィフスステージについて解説させていただきます。フィフスステージはマーリンの封印に纏わるステージとなっております」

 

<解説したがりの女性の声>

 解説しよう。アーサー王の相談役にして偉大な魔術師であるマーリンはあるとき一人の女性に熱を上げる。その女性にしつこく迫ったマーリンは最終的に石の下に封印されてしまうんだ。色恋に熱を上げる奴は簡単に心乱されるよねえ。こうはなりたくないものだ。

 

 森を進みながらもエレインによる解説は続く。

 

「フィフスステージ、マーリン封印はその名の通り、このステージのボスであるマーリンを皆さまで協力してフィールドに設置された石牢に封じ込めることが主題となっております。そろそろ見えてきましたね。あちらにみえるのが今回の封印対象であるマーリンです」

 

「あれは……」

 

 エレインの言葉通り森の開けた位置に出た一行は遠方の丘にある巨大な物体をみた。五メートル大のソレは人に近い形をしており、二つの脚と力なく地面に垂らした長い腕で自らの身体を支えていた。腰の部分を覆い隠すように猿股を履いた姿はどこか滑稽さを感じさせるものだが、凶悪な猿顔と赤の警告ランプを付けた頭部によってそういった印象は掻き消される。参加者たちの間で浮かんだ感想は一つ。

 

「「マーリンつかメカ魔ーリンだろうがこれわ!!」」

 

 運営が用意したマーリンのあまりの威圧感に参加者たちは騒然となる。そんな中アークたちは驚愕しつつも分析を始める

 

「むう。あれはもしや宇宙戦記アーサーフォーマ―ズに登場するマーリンでござるか……恐ろしいまでの完成度でござる。このような巨獣をゲッチュウせねばならぬとはこれはとんでもないことになってきたでござるよ」  

 

「あんなおっきいのどうやって捕まえるのだ?」

 

「イベントにこんな気の違えたバケモン寄こすなんて作った奴は難易度度外視の自己中野郎に違いねーぜ……!!」

 

 

「はくしゅっ!!」 

 

 他の誰もいない地下の研究室で白衣姿のサンは本日二度目の大きなくしゃみを放った。彼女は数呼吸の後辺りを見渡し。

 

「やはり花粉……か?」

 

 疑問をひとりごちると元の作業に戻っていった。

 

 マーリンを直視したアルトリウスは顔をしかめよろめきながらうわ言のように言葉を紡ぐ。

 

「マーリン……あれがマーリン。余が知るマーリンたちはもっと髭が濃い。むう、いや……あんなマーリンもいたな。あんなマーリン?マーリンは複数もおらんぞ……そういえばケイ、マーリンはどこにいった?先ほどから姿が見えぬぞ」

 

「マーリンはさっきのステージで緑の騎士が運べず脱落したぞ。今頃観客席で旗を振っている筈だ。それより気分が優れないか?」

 

「まあな。だが気遣いは無用。余らはただ正統な所有者としての姿を世に示すだけだ」

 

 参加者たちが少し冷静さを取り戻したことを確認するとエレインは再び言葉を紡ぎ始める。彼女はマーリンから離れた位置に存在するこれまた五メートルを超える大きさの岩宿を指し示す。

 

「あちらがマーリンを封じ込めるポイントです。あの中にマーリンを誘いこめば自動的にマーリンの機能が停止し、ステージクリアとなりステージでの貢献度が高かった方々が最終ステージに挑む資格を得ることになります。貢献度はステージ中に行った行動一つ一つに対して運営側から逐一評価が下されポイントが与えられる形式となっております。マーリンの誘導につきましては──」

 

『彼女が手にもっているバナナ型発信機を利用してくれたまえ十メートル範囲内であればマーリンはその発信機を自動的に検知しソレがある方に誘導される。うまく使ってくれよ?更にフィールドにはサードステージで諸君らが利用したアイテムが設置されている。そちらも適宜利用するといいと思うよ』

 エレインの声を途中で遮ったのは方舟市市長のアトイだった。彼女の解説があった後、参加者たちは何かを溜めるように静まり返り、そして爆発する。

 

「「テメーこら市長!なんだあの化け物はよぉ!?参加者を殺す気かぁ~!?」」

 一斉に不平不満がぶちまけられた。空に弁明の声が響く。

 

『いやいや大丈夫大丈夫。そこは超高性能の最新型AIによって命に関わるような結果が出る時は自動的に止まるようになってるから安心してくれよ。それより逆に、だ。このマーリンはイベントの後は市内の土木作業などに利用する予定になっているから、多少の凹みとかならいいけど粉砕したり切断したりするのは止めてくれよぉ~?あんまりひどいと弁償を求めちゃうぞ』

 

「「あんなバケモン壊せるか~!!」」

 更に罵詈雑言を重ねる参加者たちであったが彼らの中にあって対照的な反応を示すものもいた。アークである。彼女は冷や汗と共に若干顔を青くしておりぎこちない。そんな彼女を気遣うようにメアが言う

 

「どうしたのだアーク。おしっこ我慢してるみたいなのだ。出してくるのだ?」

 

「出さねーよ。つーか、どうするかな、チェーンソードとかバリバリに使うつもりだったけど弁償とか絶対無理だぞ……どうやって戦う?」

 

「優勝すれば剣を売却したお金でどうとでもなると思うでござるよアーク殿ぉ~?」

 

「他人ごとだと思っていってやがるなテメェ……!!」

 

 アークたちが取っ組み合いを始めた頃、諍いをなだめるようにエレインは咳ばらいを一つ。そしてバナナ型通信機を参加者の一人に投げ渡し。話始める。

 

「えーでは皆さまルールについてご理解いただけたようなのでこれよりマーリンの起動を行います。くれぐれも怪我のないように気を付けてこの魔猿を封じ込めてやってください。私は逃げます。それではフィフスステージ、マーリン封印。開始いたします!」

 機械の魔猿が目覚める。

 

♦ 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ドラミングと共に放たれた魔猿の咆哮は、周囲一帯を震撼させた。やがて緩慢に動き始めた。

 その様を遠目に見ていたアークはポツリと問題を提起する。

 

「で、誰がおとり役やんだよ?」

 

「好き好んであんな化け物の前に立つ奴がいると思うのか?」

 

「そーそーなんかうま味でもなきゃあなあ」

 

 渋る参加者たちを予期していたように実況から追加の情報が入る。

 

『ここで追加情報ですが、マーリンの探知範囲内で探知機を持っていた人には一秒ごとにアーサーポイントが加算される仕組みになっているようですね。ポイントが少ない人は張り切っておとりになりましょう。レッツ人柱!』

 

「俺が!」「私が!」「あっしが!」

 

 追加情報によりバナナ型発信機に対して殺到する参加者たち、その様は餌が撒かれた直後のサル山のようであった。そんなエテ公共の頭上に巨大な影が落ちる。

 

「「ぬおぉおぉぉぉおおおお!?」」

 

 一呼吸のあと影は墜落し、地面を打撃する。亀裂が走り、土砂が舞い、土の匂いが充満する。土煙が晴れた後姿を現したのは、鋼鉄の拳。五メートル大のマーリンがそこにただずんでいた。

 バナナ型探知機は先ほどの衝撃で宙を舞っている。クリアのためには手放してはならないものだが。

 

「「どうぞ!お収めください!!」」

 

「言ってる場合か!さっさと取り戻すぞ!ランカ!!」

 

「応にござる!」

 

 アークの掛け声に合わせてランカがバナナへと飛び掛かり手を伸ばす。だがそれよりも早くマーリンが動く。彼?は身を捩じるような予備動作を行ったかと思うと猛烈な勢いで手を伸ばしつつ回転を始めた。その勢いは凄まじく、小型の竜巻が発生したかのようであった。

 

「ぬう、これでは近づけんでござるよぉ~!?」

 

 風圧によってバナナは遠方まで吹き飛ばされ、ラグビーボールのように幾度も地を跳ねる。その近くではメアが併走しておりあと僅かで手が届くというところであった。だがその奥よりもう一つ、巨大な手が伸びる。メアはまだ気づいてない。それを察したアークは駆け出し。

 

「ぶねぇ!」

 

「のだー!?」

 

 メアを横から掻っ攫うとそのすぐ側を巨大な腕が通っていく。それは悠々とバナナを捕まえると元の持ち主の元に戻っていった。

 

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「大丈夫かメア!?」

 

「う、うん……でも盗られちゃったのだ……腕が伸びるなんて聞いてないのだ!」

 

 伸びた腕の主、マーリンはバナナ型探知機を手に「うっきゃうっきゃ」とご満悦の様子を見せている。その様を眺めアークは頭を掻き言った。

 

「さて、どうやってあれ取り返すかな。ぶっ壊していいなら話は楽だったんだがよぉ。チェーンソードもハンマーナックルも使いようがねえぞこれじゃ」

 

「正直あのパワーに速度、まだ機能を隠してることを考えたら厳しいでござるよ……ここは一旦引いて作戦を考えたほうがいいかもしれんでござる」

 

「そーな」

 

 合流してきたランカと共に方針を立て、皆にそれを伝えたようとしたときだ。マーリンが動いた。彼?はバナナを口に咥えると両手を肩の辺りにまで上げ掌を天に晒し、間抜け面で首を左右に振るった。煽り行為である。

 

「「だっ!?テメー!ぶっこわしたらぁー!!」」

 

 それに見事に釣られた参加者たちは怒り心頭で「うほうほ」とその場から離れていくマーリンを追走にかかる。残されたのはアークたちと。

 

「マーリンは、アーサー王は……アーサー王とは……うっ」

 

「おい!しっかりしろ!アルトリウス!アルトリウス!!」

 

 膝をつき首を垂れるアルトリウスとその元チームメイトだけだった。



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4-16 アーサー王の真実

 前線を離れ近場の茂みに移ったアークたちは近くにカメラやイベントスタッフがいないことを確認すると話を切り出す。

 

「で、何が起きてんだよ?そこで寝てるアルトリウスってやつによ?」

 

 アークの言葉通りアルトリウスは樹木に背を預け、眠りについていた。その眠り顔は穏やかなものではなくしきりにうなされ、その大きな身を捩っている。

 

「兄ちゃんたちはSHなのだ?そんでカルヴァリーの一員なのだ?」

 

「メア、一個間違いがあんぞ。ここには女しかいねえ」

 

 アークがメアの言葉を訂正すると質問を投げかけられた鎧姿の麗人は薄く笑い。

 

「フ、そうだ。私、ケイは女だよ。よくわかったな」

 

「その腰つきは誤魔化せねえよ。で、どうなんだよ?」

 

「ああ、やらんかたちも一応カルヴァリーの関係者だから安心していいでござるよ~(若干嘘)」

 

「そうだな。ここにいないマーリンも含め、カルヴァリーに所属していることは間違いない。だがSHであるのはそこのアルトリウスだけだよ。SHクマだ」

 

 そこにいる皆がアルトリウスに視線を向ける。確かに彼女の頭部に生える耳は熊そのものであった。

 

「アルトリウス殿がクマであるというのはやはり、というところにござるな。しかしそれでは急に倒れた理由が余計にわからんでござるな。多少の攻撃ではびくともせんでござろうし、クマが苦手そうなことも特に発生してなかったように思うでござるが」

 

「そこが厄介なところだ。アルトリウスにはSH以外にももう一つ特別なものをもっている」

 

「特別?」

 

「ああ、」と肩をすくめケイはそのまま話す。 

 

「アルトリウスにはアーサー王の記憶が存在する」

 

 衝撃的な告白に一堂は静まり返りやがてランカがゆっくりと口を開く。 

 

「そういえば聞いたことがあるでござる。昔カルヴァリーでは他のありえん。と協同して過去の偉人たちをこの換歴の世に蘇らせようという実験が行われていたとか……まさか成功していたとは」

 

「正確には偉人たちの記憶や人格を引き継いだ人間を作る実験だったがな。私やマーリンはそのための補助役だ。アルトリウスは最初はただの少女だった、だが十二の時、カートリッジ・ライフと繋がったのだろう。ありとあらゆるアーサー王の記憶が彼女に流れ込み、以来アルトリウスはアーサー王となった」

 

「じゃあセカンドステージでのたまってたことは本当のことだってことかよ。いや、なんかおかしいぞ。アーサー王の記憶が入ったからって別に後世のアーサー王作品に対して詳しくなるわけじゃねえだろ。なのに何であんときゃスラスラ答えられてたんだ?まさかアーサー王本人の記憶があるやつがいちいち自分モチーフの作品をお勉強していったとか言わねえよな?」

 

 アークの疑問にケイは目を伏せ。観念したように答える。

 

「実験は成功に思われた。だが、そこで予想外の事態が起こっていたんだ。アルトリウスにカートリッジ・ライフから流入したのは正当なアーサー王の記憶だけじゃない。後世に作られた伝承、叙述詩、物語。ありとあらゆる媒体のアーサー王としての記憶が、人生が全て等しく流れ込んでいたんだ。アルトリウスはかつてこの世に存在していたアーサー王であり、宇宙を統べる宇宙騎士王であり、変形生命体の司令官でもあるというわけだ」

 

「そんないっぱいきおくを持ってだいじょうぶなのだ?あ、だからなのだ?」

 

「ああ、アルトリウスは様々なアーサー王としての記憶が混濁し、自我を侵食している状態だ。それを普段はアーサー王としてのイメージを統合した人格を演じることで押しとどめていたようだが、ここ最近はそれでも抑えが効かない時があってな。特にこのイベントはアーサー王としての自我を揺さぶる仕組みが多かったから限界が来たんだろう」

 

 あくまで淡々と話すケイにアークは食ってかかる。

 

「じゃあ何でこいつがここに来るのを止めなかったんだよ!こうなるのは予想ついただろ!なあ!?」

 

「落ち着くのだアーク!」

 

「我々がこのネクストアーサー王だ~れだ大会への参加を決めたのはきっかけを求めてのことだ。組織の専門家からこの症状について一つの見解を貰っていてな。それは己のアーサー王としての役割が、生がとうに終わっているということを強く自覚させること、だそうだつまり何もかもが終わった過去のことだと認識させて、自分から切り離すということだな」

 

「随分リスキーな手段にも感じるでござるが……確かに放置していてもジリ貧でござるからなぁ……」

 

「アルトリウスは元々とても穏やかで、日がなボンヤリと木陰で座りながら蜂蜜を舐めているのが好きな奴だった。幼い奴は夜私の部屋に現れて、アーサー王になんてなりたくないと、そう泣きついていた。私はそれをただ宥めることしかできなかったな。今の奴は記憶に振り回され、無理に騎士王たらんとしているようにも見える。解放してやりたいんだ。ありもしない重責から」

 

「んだよそれ……」

 

 アークは納得できぬというように呟く。思い起こされるのは過去の記憶だ。苦く煮えたぎるような後悔の海だ。”彼女”がただただ使い潰され、削られていくのを見ているしかできなかった自分。あのような結末にしか辿りつけず逃げるように泣き喚いた過去。ソレを思い出したアークは立ち眩みを覚え膝をつく。

 

「アーク!?」

 

「……はぁッ!あいつら……は……毎度毎度人を何だと思ってやがる……気にいらねぇ、気にいらねえよ!だからよぉ~!」

 

 調子を気遣うメアたちを他所にアークは眩暈も怖気も振り切って立ち上がる。そして先程得た醜い嫉妬など忘れ叫ぶ。

 

「やってやるよ……アタシが!こいつをアーサー王から解放してやる!!」

 

「アーク殿ぉ~聖剣売却というか……借金返済の件は忘れんで欲しいでござるよぉ~?」

 

「それもやる!!」

 

「アーク、君はアルトリウスとは今日会ったばかりの、それにイベントでは敵対している間柄だろう。それでも救うというのか?」

 

 問いただすようなケイの麗し眼差しにアークは嘆息し答える。

 

「別に、救う気はねーよ。こりゃアタシの個人的な……リベンジだ」

 

「そうか、聞いていた通り……いや、それよりも真面目な奴なんだな君は。そういうことなら君にアルトリウスを任せてみたい。珍しいことにアイツも君のことを意識しているようだしな、いい刺激になるだろう」

 

 ケイがそこまで話したところだ。寝かされていたアルトリウスが「う」と声を漏らし起き上がった。皆は彼女に視線を向け。

 

「起きたのだ!大丈夫なのだ?」

 

「ああ……しかしケイはともかく何故お主らがおるのだ……?」

 

 至極当然の疑問を吐くアルトリウスにアークはわざとらしく顔を背け。

 

「別にー?お前が重くて運べねえっていうから手伝ってやっただけだよ。痩せろ」

 

「なんだと貴侯……!!」

 

「その辺りは私が説明しよう。それよりだ」

 

『おーっとここでマーリンを追った選手たちは皆ギブアップー!!強い!早い!マーリン!誰かこの調子に乗った猿を封じ込めれるやつはいないのかー!?というか市長、どこにいったんですか!?帰って来てくださ~

!』

 

「マーリンをどうするか。それが問題だ」

 



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4-17 マーリン封じ

 復活したアルトリウスと共にアークたちは再び行動を開始した。腕時計に映るマーリンの現在地に向ってアイテムを回収しながら移動する。

 道すがら収集できたのはサードステージでアークたちが使っていた設置型スリップ装置バナナトラップ、撃ち込んだ特定の機械の動きを遅くするバナナスタン・ガン、傘状の盾バナナパラソル。

 

「相変わらずバナナばっかだな。使い回しが激しいっつーか金かかってんだかかかってねーんだかよくわかんねえよこのイベント。でもまあおかげで」

 

 言葉の途中でアークは振り返る。そこには共闘する仲間たちと、その後ろには

 

「こいつも使えるんだからな。使い回し様様だ」

 

 セカンドステージ、サードステージで使用した荷車型の車が停まっていた。

 

「これに余のDEXカリバー・ドゥスタリオンをかけてやればマーリンの紛い物などどうということではないな」

 

「エクスカリバー化した荷車に触れて万一マーリンが破損したらどうする。我らにはその代価を払うほどの資金はないんだぞ」

 

 「やーい怒られてやんのー、庶民感覚のねー王様はこれだからよぉ~」

 

「不敬が過ぎるぞ貴侯……!」

 

「喧嘩は後にするでござるよ。来るでござる」

 

 ケイの制止の通り、眼下の背の高い林が独りでに蠢き立つ。しばしの間掻き分ける音が続いた後、白の影が姿を現す。マーリンである。そして。

 そしてその肩にはスーツを木の葉まみれにした者がいた。つんざめく実況がその者の正体を暴く。

 

『し、市長ー!?これはどうしたことでしょう!林から出て来たマーリンに乗っかっているのは我らが方舟市市長アトイさんです。何やってんすか市長!?』

 

 実況の困惑する声に肩上のアトイは高く笑い。

 

 「いやぁなに。早々に選手の半分が脱落してしまったからねぇ。ここいらでちょいとアプローチを変えてやらないと観客のみなさんも退屈してしまうんじゃないかと思って一計を案じたわけだよ。トウ!」

 

 バランスの悪い肩上で市長は高らかに飛び上がる。そしてその着地地点にはマーリンの大きく開いた口があり。市長はパックリと呑まれた。

 

『し、市長ー!?そんな、いくら多額の資金を投じたイベントが企画倒れになりそうだからって我が身を犠牲にしなくても……おかしい人を亡くしました』

 

『誰がおかしい人だってー?』

 

『その声は市長!?』

 

 実況の嘆きを掻き消すようにくぐもった大きな声が響き渡る。音の発信源はマーリン。その腹からだ。

 

「マーリンは実は人が搭乗することも出来てねぇ~。マニュアル操作が出来て……その状態だと特別な機能が使えるんだ。それをお見せしよう……おかしい人って私のことか……私のことかぁ~!!」

 

「「まぶしっ!?」」

 

 宣言と共にマーリンの身体が神秘的な黄金の輝きを放ち、周囲を照らした。その様は地上に現れたもう一つの太陽であり猿の形をしていた。

 全身の毛が静電気で逆立ちその色は白色から黄金へと切り替わり周囲には覇気のようなものが漂う。

 

『見よ!これがマーリンバージョン二、激オコモードだよ。かっこいいだろ~う?』

 

 得意げな市長の声を実況の声が遮る。

 

『見てください皆さん!この機能を実装するのに一体いくらかけたのか!皆さんの血税がこのような機能に使われている!これは怒るところですよ!』

 

「ふざけんな市長ー!」「次の選挙では覚悟しろよ市長!」

 

 「ま、待ちたまえヒカリくん。そんなのは実況しなくていいんだがね?あと私財もつぎ込んでるからそんな税金は使ってないとも!ブーイングやめなさい!!ちゃんと実利があるんだ!この状態になるとエネルギーの消費量が五倍になる代わりになんと各出力が1.5倍になる」

 

「「利率しょっぱ!!」」

 

 市民たちの怒りに対応する市長を他所にアークたちはこそこそと相談をしている。やがて合意が取れた後、アークがマーリンの元に駆け、何かを拾って来ると、帰って来る。

 

「誘導装置!取ったどー!」

 

「「でかした!!」」

 

 バナナを手に取りはしゃぎ合うアークたちに対してマーリンin市長はクレーム対応を停止し無言になるやがて口を開くと。

 

「ど、どうやって探知機を盗ったんだい?」

 

 それに対してアークはあっけらかんと答えてやる。

 

「変身した時に落としてたぞ」

 

『えー!?ポーズをとってる最中でもにぎっといてくれないものかい!?』

 

 どうやら仕様のようだ。変身後あまり動きを見せなかったマーリンは不意にドラミングを開始するとアークたちを睨み付ける。

 

『ん~?私はアクセルもブレーキも触っていないが~……誘導装置が君らの手にある以上そうなるかぁ。せいぜい頑張って逃げたたまえよ?』

 

 

『現職市長が市民を大猿で追い回している~!なんという非道!これは次の市長選挙に影響しそうだ~!』

 

 実況の言葉通り、非道は展開されていた。アークたち五人が乗る荷車は猿顔の巨大トレーラーに迫られていた。徐々にその距離を詰められていく。

 

「まだまだ封印地点には距離があるのにこれでは早々に轢き殺されて終わりにござるよぉ~!?」

 

「重いから速度が出ないのだ。アークは自分の足で走るのだ」

 

 そう言い放ったメアの蹴りによりアークは「きゃん!!」と車外へと放り出される。

 

「メアテメー!!」

 

「ははははは、不敬な言動ばかりとっているからそのようなことになるのだ「アルトリウス、お前も重いぞ。蜂蜜と菓子の食べ過ぎだ、運動してこい」

 

「不敬!?」

 

 アルトリウスも排出された。

 二人分軽くなってからはマーリンから徐々に距離を離すことができ。余裕が生まれつつあった。

 

「これで速度は十分に出たようにござるな。あのーところでやらんかは」

 

「やらんかは何かあったときの肉盾だから勝手に降りることは許さんのだ」

 

「さいでござるか」

 

 追走劇は始まったばかりだ。

 

 荷車から追い出された二人は荷車とマーリンの中間を仲良く併走し。

 

「アハハハハハハ!追い出されてやんのやっぱオメーんだ!筋肉の重さと脂肪の重さどっちかね~?」

 

「貴侯が笑えた義理か……聖剣を手に入れた後の試し振りの相手は決まったようだな……!」

 

 仲良く罵りあっていた。途中幾度か鉄拳が落ちて来るがジャンプで躱し。荷車に追いつく。

 

「あとどれぐらいだよ!?」

 

「もうちょい、もうちょいで見えて来るでござるよホラ!」

 

 言葉通り幾度の拳と木々をくぐり抜けると開けた場所に出る、すると遠方に巨大な岩宿が見えて来る。

 

『ハッハハハハハ!無事に辿り着けるかな~?ほーれほーれ!』

 

 荷車は左右に移動し拳を躱し、時にランカが構えるバナナの盾で衝撃を吸収するなどして進んでいく。時折対応のため速度を緩めることはあったがアークとアルトリウスが立ち止まりカバーしたりメアがスタンガンで動きを緩めることで事なきを得た。そうこうしていると。

 

「ラストスパートなのだ~!」

 

 幾多の妨害を越え、一行は岩宿の間近までやってきた。妨害も激しくなるが構わず。

 

「といやー!なのだ!!」

 

 メアは威勢のいい掛け声で岩宿の中にバナナ型誘導装置を放り込む。仕事を終えた荷車は岩宿から離れ停車する。

 

「これで後は中に入るのを待つだけだ」

 

『む、やるねえ。えーとここから逆転できる手はあったかな。お?』

 

 誘導装置を目的地に運び込んだことで後はマーリンが自主的に封印されるのを待つだけと思われた、その時だった。マーリンは糸が切れたように突如として動きを停止し、岩宿の眼前で佇むこととなった。あれほど眩い輝きを携えていた毛も元の白色に戻っていた。

 

「こりゃ一体……」

 

 あっけに取られるアークたちだがそれよりも一層困惑した声がマーリンの中から聞こえて来る。

 

『なんだいなんだいどうしたっていうんだい?真っ暗じゃあないかね。まさかもう閉じ込められてしまったというのかね?』

 

「もしかしてでござるが……消費五倍の出力のモードを使い倒してたせいでエネルギー切れを起こしたのではござらん……か?」

 

 ランカの提示した仮説に気まずい沈黙が続く。それを打ち破ったのが実況からの声です。

 

『あ、あんまり意味のない機能でなんとマーリン、行動不能となってしまった~!これでマーリンは自力で岩宿に入れなくなってしまいましたがここからどうするというのでしょうか!?それともこれも全て想定の内かー!?』

 

『もーちろんそうに決まっているじゃあないか。さあ、君たち。もはや勝ち確のこの状況退くなどあり得ないだろう?なんとかしたまえよ』

 

「あ、これが使えるかもなのだ!」

 

 荷車からメアが何かを取り出しアークたちの前に駆けてくる。彼女はマーリンの眼前に立つと取り出したもの、バナナ型スリップトラップを敷き詰めるとアークの顔を見据える。

 

「これでちょっとは押し込みやすくなるはずなのだ。後は任せるのだ!」

 

「おう、任せとけ。ちょっくら一仕事だぜアルトリウス」

 

「ウム。仕事は最後まで果たさねばどうにも座りが悪いからな。いくぞ」

 

 二人はマーリンの背面側につくとせーので押してやる。すると五メートル代の鋼鉄の塊が動き出す。

 

「アタシらはSHだぞこんなもんどうってことねえ!なあ、アルトリウスよぉ!」

 

「無論……だ」

 

 マーリンは押し上げられ、やがてバナナスリップを踏むと一気に加速。そこからは流れるように岩宿に向って吸い込まれていった。大猿を収めた岩宿は瞬間的に閉じ対象を封印した。

 

「「やった」のだー!」

 

 一仕事を終えたアークは飛び跳ねるメアとハイタッチをし、そのままの勢いで隣にいたものに手をかざす。

 

「あ」

 

「……フム」

 

 一瞬戸惑った様子を見せるもののその意を察したアルトリウスは勢いよく掌を重ねてくる。激しい衝撃が伝うが快感を共有できたようでアークは笑い、それにつられアルトリウスもまた笑う。

 

 マーリン封印成功。フィフスステージクリア。

 アルトリウス、アーク、ランカ、ケイ、メア。ファイナルステージ進出決定。

 

 皆が思い思いにフィフスステージの思い出を楽し気に語る中岩宿から悲し気な声が響くが、話し声で誰も気づかない 

 

『私が悪かったから出しておくれよ~!おーいおーい……』



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4-18 ファイナルステージ

 フィフスステージを無事に潜り抜けた参加者たちはもはや片手で数えられるほどとなった。彼女らは若干薄汚れたアトイとエレインたちイベントスタッフと共にフィフスステージの会場である森を後にした。

 始まりの会場に戻ってくると平原の中に舞台劇で使うような巨大なセットが存在しており、アトイは参加者たちから離れるとその上にワンステップで飛び乗り参加者たちへと振り向く。

 

「さぁて、栄えあるこの決勝の舞台まで辿り着いた君たちには、私直々にファイナルステージの種目を宣言してあげようじゃあないか」

 

 市長はカツカツと子気味いい音を立てながらセットの中央に歩みを進め声を溜める。

 

「ファイナルステージその種目は…………種目は~~~…………」

 

 形容しがたいおそらくしゃれていると判断してのポーズで宣言する。

 

「ミュージカルさー!テーマはアーサー王のブリテン統一。自由な解釈で存分に踊り歌ってくれたまえ」

 

<飽きてきた声の女性>

 アーサー王のブリテン統一とはそのままのことである。え?……やる気がなさそう?すまない飽きてきたんだ。いや……ちゃんとやろう、うん。

 選定の剣を抜き王となったアーサーだが、年若い彼には従わないもの達も多かったんだ。彼らは徒党を組み、アーサーたちと敵対した。

 そんな彼らを打ち倒し。恭順させアーサーはブリテンを統一していったんだねえ。

 

 メアら参加者たちの眼前で市長はミュージカルっぽい謎のポーズを繰り返しながら解説を続ける。

 

「演目内で役を変えてもよし一つの役にこだわってもよし、とにかく観客を盛り上げられればそれでいいよ。今回はミュージカルを鑑賞しているお客様方にいい!と思わせたらポイントを入れて貰える形式だからね。張り切ってくれたまえ。それじゃあ十五分後に開始するとも」

 

 「ララ~!」と踊りながら退場していく市長を見送ると参加者たちは時間を潰すため思い思いの方に散らばっていった。メアもまたその間に出店でチョコバナナなどを頂こうと傍らのアークに声をかけようとした時だ。アークは既にその場を離れどこかに向おうとしていた。

 

「アークぅ。どこに行くのだー?チョコバナナは向うなのだー」

 

「あー?何いってんだアタシはちょっと用事があんだよ。なんだよその目はよぉ……手洗い、手洗いだよッ!ついてくんなよ!覗くなよ!」

 

 そういうとアークは会場から離れていった。メアは頬を膨らませ視線を屋台に向け直した。

 

「変なアークなのだ。まあいいのだチョコバナナ一人占めなのだ」

 

 忙しなく準備が進められるファイナルステージ会場。そこから少し離れた人通りの少ない場所にアークはいた。彼女は何かを待っているかのようにしきりに足で地面をこづいたり身体を回して時間を潰す。そんな彼女であったが、来訪者の気配を感じ取ると居住まいを正す。

 

「やっと来たかよ」

 

「このような僻地まで余を呼び出すとは何用だ?もしや一人のところを狙えば追い落とせるとでも考えてはいまいな」

 

 現れたのは鎧姿の大女、アルトリウスだった。

 

「ねーよ!アタシをなんだと思ってんだ」

 

「浅ましい蛮族」

 

 アークは拳を振り回すが頭を腕で押しとどめられ拳は空を切りつづける。やがてアークは息を切らすと正気に戻った。

 

「たく話の腰を折りやがって。いいよもう、単刀直入に言ってやる。お前、アーサー王辞めろ」

 

 それを聞いたアルトリウスは玩具の剣を引き抜き

 

「なるほどやはり恫喝か。少しは気骨のあるやつかと思いきや、やはり蛮族は蛮族、見果てた根性だな。即刻引導を渡してやろう」

 

「だーっ!今度は話が早すぎる!中間ってもんがねーのかよテメーはよぉ~?決勝辞退しろってわけじゃねえよ。しれくれたら楽だとは思うけどよ」

 

「ではなんだ……もしや貴侯」

 

「ああ、テメーのアーサー王の絡繰りは全部聞かせてもらったぜ。もう限界が来てるってこともな。悪いことは言わねえ、アーサー王辞めろ」

 

 アークの言にアルトリウスは剣を下し。一度深くため息をつくと頭を抱え。

 

「ケイだな。全く勝手なマネをしてくる……それでいらぬ節介を焼きに来たというわけか」

 

「お前がアーサー王辞めるってんなら力になれそうなやつも紹介できる。だから聞かせろ。もしこのイベント優勝したとしてその時聖剣をどうする気だ」

 

「正当な所有者である余の手元に戻るというだけであるが。そうさな、ソレを受け入れた時余は真の力を取り戻しカルヴァリーを始めとした蛮族どもを撃ち滅ぼすのもよいだろう」

 

 アークは言に眉を顰め。

 

「つまり手放す気はねーってことかよ。剣も、アーサー王も」

 

「当然だ。余にはアーサー王としての責務がある。ブリテンの、いやさ、此度は世に蔓延る蛮族どもから世界を救うという使命がな」

 

「テメエわかってんのかよ!?このままじゃあお前死ぬんだぞ!んな使命なんてくっだらねえもんのために死ぬってのか!?ふざけてんじゃねえぞ!」

 

 アルトリウスの強い断言にアークは食ってかかる。するとその罵声にアルトリウスは押し黙り代わりというように剣を掲げ。

 大きく振りかぶり地面に突き刺し穿った。

 

「今までの発言は無礼者の戯言として流しておいたがな。此度は度が過ぎたな」

 

 引き抜き叫ぶ。

 

「DEXカリバー・カリバーン!」

 

 地を割り現れし刃は光。後光を棚引かせ、構え。アークに斬りかかる。

 

「その妄言の罪科、その身で贖ってもらうぞ」

 

「ウォオオオオオ!?マジかオイ!落ち着けって!」

 

「問答無用!」

 

 剣戟とそれにより発生した剣圧の衝撃を躱し二撃目を起動状態のチェーンソードで受けとめたアークは吠える。

 

「妄言吐いてんのはそっちだろうがよ。オメーに流れこんだのはアーサー王たちのただの記憶!オメーはアーサー王本人でもその生まれ代わりでもねーんだよ!受け継ぐ使命も何もありゃしねえ。それだってのに命かけるってのか!?」

 

 アークの反撃を斬り返しつつ、アルトリウスはかみ砕くように歯噛みをし。

「聞こえてくるのだ!縋りついてくるのだ!アーサー王の記憶たちに染みこむ民衆たちの声が。彼らは常に私に……余による救いと安念を信じ求めていた。耳を塞げど目を閉じれど、逃れることはできぬ。ならば再び応えてやるしかあるまいよ。現に今の世にも蛮族は蔓延り人々の平穏は犯されているではないか!」

 

「人を守りたいならアーサー王としてじゃなくてもいいだろうがよぉ~!苦しんでんの自覚してる癖に固執してんじゃねぇ!」

 

「そんなもの余の勝手であろう!そもそも何故今日会ったばかりの貴侯が余の生きざまに口出しをするのだ!?」

 

「私怨だよ!悪いか!!」 

 

「悪いわぁ~~~!!」

 

 剣戟を交わすアーク達の耳に会場の方から響くヒロイックなメロディが聴こえて来る。

 

「決勝始まる始まってる!くっそ慣れねえことはするもんじゃねえなあ」

 



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4-19 絶対退職!アーサー王!

 

「ふはははははは~、王がーいないけりゃこのていど~なのだ~」

 

「若造たちが国を纏めるには早すぎる~で、ござ~る~」

 

 メアはファイナルステージの舞台上で、ランカを筆頭に大量のエレインを従え存分に老害ムーブを愉しんでいた。対するアーサー陣営はというとケイを筆頭に僅かなエレインたちによってギリギリ体裁を保っているのが現状だった。

 

「せーめてーもう少し人手が~あれば~。おおー、我らが王よ~いずこにおられるのかー」

 

 

 ケイの嘆きの通り、現在ミュージカル内ではアーサー王を欠いた状態で進行していた。観客はメアが仕掛ける人質や神風を筆頭にした卑劣極まりない作戦の数々でそれなりに楽しんでいるようであったがそれもいつまでもは続かないだろう。

 そんな現状にメアも思うことがあった。

 アークはこの事態に何をやっているのか。どうせアルトリウスと喧嘩でもして二人して遅刻しているのだろうということは予想がついているが何故イベントが終わるまで我慢できなかったのだとプリプリしている。

 ともあれ場を繋ぐために次なる作戦を投下しようとした時だ。メアの耳にミュージカルのBGMに紛れて金属の弾き合う音が聞こえてくる。

 彼女はこの音の正体をよく知っている。

 

「アークぅ!」

 

 振り向いた視界の先で二つの影が飛び出してくる。火花を周囲に散らし現れたのは言葉通り、アークとアルトリウスだ。彼女らは互いに剣を振るい、受け、返すことで応酬としそれを繰り返しつつ猛烈な勢いでこちらに迫っていった。

 彼女らの通り道、客席と客席の間に暴風が吹き荒れるが彼女らのやり取りは止まることはない。むしろステージに近づくほど苛烈さを増してゆく。そしてその勢いが頂点に向えた時。彼女らはステージへと駆け上がった。

 

 主人公の登場だ。

 

 

 物語の壇上に上がったアークがチェーンソードを再び構えアルトリウスに向き合う。そんな彼女にメアは声を掛ける。

 

「アーク、遅すぎなのだ。罰金なのだ!」

 

「悪かったって、こっちもそれどころじゃなかったんだよ。まだ続いてっけど……ま、舞台に上がった以上はそれに合わせた形でやらせてもらうさ振り落とされるんじゃねえぞメア」

 

 アルトリウスは顔を押さえ吠える。

 

 「いい加減にしろ……これ以上余の心を乱すな。なんと言われようとも余は余の道を邁進するまでだ」

 

「そうかい。でも言葉がダメならよー謡ってみるのはどうだろうなぁ!ここはーミュージカルのー世界だぜ~!」

 

「何?」

 

 突然歌い出したアークに対するアルトリウスの疑問に代わりというように一つの現象が起きた。 

 音楽が転調する。

 

 

 <絶対退職!アーサー王!!>

 

 歌:♠アーク・♦アルトリウス・♡その他大勢

 

♠アーサーなんて辞めちまえ 新たな道を切り開け お前の道を歩きだせ

 

 24時間休みなし 金も出ねえし 履歴書書けない 一体何の得があるってんだい?

 

(剣戟を交わしながらのアークの歌声にアルトリウスも呼応し口を開く)

 

♦笑わせるなよ アーサーは損得で行うものでなし 助け求める民の声に耳を傾け救う それが騎士道 我が使命

 

♠何が民だ何が使命だ そんなありもしねえもんよりまずテメェの声に耳傾けな 自分救って他人救えや 背負うのはもうやめたら? ご家族も泣いてんだわ

 

♡もう耐えるのはやめろ これからのことを一緒に考えていこう

 

(アークの振りを受け、ミュージカルに飛び行ってきたケイの言にアルトリウスは激しく狼狽し剣が荒れる。乱れた旋風がステージに吹き荒れる)

 

♦アーサーとして生を受け アーサーとして育ち アーサーとして振舞った我が生は 今更他の道など考えられぬ 

 

♠ゼロスタートでも何とかなるぜ 一歩踏み出せ 借金大王が酸いも甘いも教えてやるって 

 

♡一気に不安になったのだ でも騎士姉ちゃんなら 自警団でも何でもやれると思うのだ だって強くてかっこいいのだ

 

♡大柄騎士系女子は貴重 需要はあるから

 

(振って躱してまた振って剣戟の舞。その横からひょっこりとメアとランカ、そしてエレインたちが顔を出し歌う。輪舞はより激しさを増しステージの破損は加速していく)

 

【挿絵表示】

 

♦許されると思うか 記憶と歴史 悲劇の連鎖 私だけが目を逸らして生きていくことなど

 

(やがて音楽はクライマックスを迎え、アークとアルトリウスは互いに距離を取り)

 

♠お前を許さねえ奴なんてお前しかいねえよ 勝手にすり減って周りを悲しませる方がよ よっぽど許されねえってもんだろ だから

(両者の距離が一気に詰まり、ステージ中央でチェーンソードとDEXカリバー・カリバーンが衝突する。アークの持つチェーンソードに徐々に亀裂が走る)

 

アーサーなんて辞めちまえ 新たな道を切り開け お前の道を歩きだせ

(光りの聖剣が両刃の電動鋸を打ち砕き、そのまま振り下ろされる。音楽は止まっていた)

 

 

 アークに向かってDEXカリバー・カリバーンが振り下ろされた。だが、その刃はアークに届く前に止められていた。その刃を持つ手は震えており、しばし所有者は天を仰ぐと、剣を投げ捨て、膝をつくアークに手を差し伸べた。アークもまたその手を取り立ち上がり観客の方を向き礼をする。

 

 方舟市に万雷の拍手が響き渡った。すると一瞬ステージの周りが光りに包まれたかと思うと光が弾け、代わりというように大輪の花々や煌めく星々がステージ上で咲き誇り、演技を終えた者たちを彩った。突然の怪奇現象にメアは興奮し飛びあがって花々や星を捕まえている。

 

「綺麗なのだ~!映像じゃないのだコレ!一体どうなってるのだ!?家にもって帰って大切に育てるのだ!」

 

「やれやれ、マーリンの奴めこんな演出に力を使うぐらいなら手伝ってもよかったろうに。だが、悪くない」

 

 そう呟くケイの視線の先、アークとアルトリウスは頭に花弁を載せ笑い合っていた。



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4-20 聖剣返還

 ミュージカルを終え、アークたちファイナルステージ進出者たちは半壊したステージの上に立っていた。大勢の観客が見守る中、それは行われようとしていた。実況のヒカリの声が拡散する。

 

『それではこれよりネクストアーサー王だ~れだ大会、優勝者の発表を行いたいと思いますー!一体だれが次のアーサー王の栄誉と聖剣を賜るのでしょうか!?それではいってみましょう!』

 

 ヒカリの宣言と共に打楽器の連打する音が重なり響く。それは次第に感覚を短くし、やがて頂点に達した際に金属音が重なる。場は静寂に包まれ。声がそれを打ち破る。

 

「優勝はアルトリウス選手です!皆さま盛大な拍手をお願いしますー!!」

 

 割れんばかりの喝采の中、ステージ上に市長が上がってきた。その手には賞品とされていた聖剣が抱えられていた。

 

「ネクストアーサー王に輝いたアルトリウス選手には市長から聖剣が授与されます。どうぞ受け取ってください」 

 

「アーッ!」と頭を抱えるアークを他所にアルトリウスは一歩前に進み出て聖剣を鷹揚な所作で受け取ると掲げる。彼女はひとしきり歓声を浴びると剣を降ろし、そしてアークに向き直る。

 

「アーク、貴侯は余にアーサー王を辞め、新たな道を探れといったな。ならば頼みがある」

 

「あ?なんだよ」

 

 べそをかいたアークはむくれた様子で応じる。そんなアークにアルトリウスは聖剣を差し出す。

 

「これを湖に捨ててきてくれ。貴侯に頼む。余がアーサー王を終わらせるということはきっとこのようなことなのだろう」

 

「お前……」

 

<焦った女性の声>

 解説しよう。まだ出番があったとは正直驚きだよ。アーサー王の最期についてだね。実子モードレッドの手によって致命傷を負ったアーサー王は自分が死ぬ前に聖剣エクスカリバーを湖に返すように最後に残った臣下に聖剣を託すんだ。まあ、臣下は剣を手放すのが惜しくて返すのに手間取るんだけどね。

 臣下が剣を返すと王は湖の乙女たちに小舟に乗せられ運び去られていった。そしてそれっきり姿は見せなかった。アーサー王は死んだともアヴァロンで傷を癒しているともいわれている。何とも摩訶不思議な話だけどこれがアーサー王の最後についてだよ。ではこれにて。

 

 

『あーっとアーク選手、アルトリウス選手から聖剣を託されたかと思うとステージを降り駆けだしていったー!一体どこに向かうというのか~!?市長これは大丈夫なんでしょうか?』

 

『ん~既に剣は正当な所有者の元にいった。それが他人に託したんだ。ならどうなっても構わないでしょ。今は見守ろうじゃないか』 

 

 アークは駆ける駆ける。手に持つ剣の重みを感じながら、ただ駆けた。行き先は湖、聖剣が発見された場所だ。SHの脚なら直ぐに辿り着く。あ、という間もなく辿り着いた。

 彼女は剣を投げ入れんと高く掲げたところで動きを止めた。止めて、それからピクリとも動かない。ただ脂汗を全身に滴らせるだけだ。

 アークは葛藤していた。捨てずに売り払ってしまえば一発借金完済オールOKのこの剣をただ言われるがまま捨ててしまっていいのだろうかと。だがしかし、己が説得しわざわざ託されたものを売っぱらうことなどどうしてできようか。いやさしかしこれがあれば馬券も買い放題、遊び放題飲み放題、いやさいやさ。

 汗でぐっしゃりとなったアークはやがてゆっくりと剣を降ろすと後生大事に抱え。ステージに向って駆けていった。そしてステージ上に戻ってアルトリウスの前までやって来る。

 

「アーク。どうした……?」

 

「アルトリウス……これ、捨てなきゃダメか!?売っちゃ駄目か!?なぁ!?」

 

「捨ててくれ……」

 

「はい」

 

 数度言葉を交わすとアークは再びステージを降りまた先と同じ方角に走りだした。

 

『おっと、アーク選手、戻ってきましたが何があったのでしょうか?やはり高価なものですから行き違いがあったらいけないとの確認でしょうかね』

 

 実況の声が終わるころには再び湖の前に立ち、再び投げ入れる体勢になり。そしてやはり。

 

「くっ……」

 

 投げ込めない。

 頭と良識は投げ込まなければならないと思っている。人命がかかっているのだ。やらねばなるまい。だがしかし、もったいなくない!?という感情がアークの中で渦巻いている。そしてこれを捨てずに売った未来図が頭から離れない。お菓子、賭博、カラオケ、賭博、ゴルフ、キャバクラ、賭博、ゲーム、グッズ、賭博、賭博賭博etc。

アークは滝のような汗を流し、過呼吸気味に息を荒くし、膝をつく。しばしの間呼吸を整え。立ち上がる。

 目を閉じ、もう一度開くと。身を翻し。前傾姿勢で駆けだす涙を流しステージ上に舞い戻る。そして。

 

「ア”ル”ド”リ”ウ”ズ”ゴ”レ”……」

 

「DEX……」

 

「捨ててきまーす!!」

 

 アークはこれまで以上の速度で湖の前に辿り着くと剣を手放す拒否反応で震え。膝をつき、頭を抱えた。そして幾度か地面に頭を叩きつけた後地面を転がると立ち上がり、所在なさげにあちらこちらを歩き回り、途中で再び膝をつく。そういったことを幾度か繰り返した後、意を決したように剣を手にし。

 

「さようならアタシの輝かしい未来!!」

 

 聖剣を湖に投げ返した。すると湖が光に包まれたと思うと後方、ステージの側から驚嘆の声が上がる振り返ってみるとステージ上、アルトリウスから湖同様の光りが迸っていた。光りは直ぐに収まったが会場はどよめきに包まれる。

 

『こ、これは……一体何が起きたというのでしょう……アーク選手が湖に剣を放還すると湖とアルトリウス選手から眩い光が……市長、これも演出なんですか?ってあれ、なんだかめちゃくちゃ嬉しそうですね市長?』

 

『え?いやー……うん。これも演出のうちさ、所有者が剣を還した時用にあらかじめ仕込んでおいたものだから危険はないとも。聖剣の処置も決まったわけでこれにてネクストアーサー王だ~れだ大会、閉幕だとも!皆よく頑張ってくれた!!全参加者たちに惜しみない拍手をお願いするよ』

 

 会場中に拍手が響き。市長の手掛けた方舟市の一大イベントは幕を閉じた。

 



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4-21 閉会

 イベントが終わり撤収作業が進む運営テント。エレインたちが忙しなく駆けずり回るその中で、方舟市市長アトイは悠々と椅子に座りあぐらをかいていた。そんな彼女に後ろから冷淡な声が掛けられる。

 

「周りがあくせく働いてる中で堂々とサボりとはいい度胸してるな。少しは働いたらどうだ?」

 

 市長は振り返らず声だけで相手を判別する。

 

「リト君かぁ。私は市長だよ?彼らにはお金を払ってるんだからいいじゃあないかね。ほら、君も座り給えよ。今日はご苦労だったね。ん?」

 

 そういうと市長は背後のスーツ姿の女性、リトに隣の席に座るように促す。だがリトは座る気配を見せず言葉を紡ぐ。

 

「随分機嫌がよさそうだがそんなにいいことがあったのか?」

 

「昔馴染とはいえ一応私は上司なんだからその勧めにはありがた~く従うのが……ごめんごめん拳構えないで。そうだね。君も見てただろう?アーク君、合格だよ。これからも彼女には期待できそうじゃあないか、ねえ。私はこれから彼女が巻き起こしてくれるであろうあれこれに期待が止まらないわけだ」

 

 心底楽しそうに語るアトイの言にリトは顔を歪め。

 

「趣味が悪い。興味ない。俺は帰る。公園にゴミ一つ残したら殺す」

 

「言いたい放題言うね~。っともう行ったか気が早いんだから」

 

 アトイが後ろを振り返るとリトの姿はもうなかった。代わりというように頬を赤くした元気な少女ヒカリが駆けて来ており、アトイの前まで来ると頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました。こんな大きなイベントに呼んで貰えて本当に楽しかったです!」

 

「いやいや、今日は盛り上げてくれてこちらこそありがとうだとも。これからもよろしく頼むよ」

 

「また呼んでもらえるんですか!」

 

「ああ、うん。きっとこれから色々あるだろうから……ねえ」

 

 市長は含みを持ったいたずらっぽい笑顔でそういった。

 夜半、イベントが終わりもう人通りも少なくなった方舟市の公園に一人の少女が佇んでいた。アークだ。彼女は公園の湖の前で「オイッチニ、オイッチニ」と柔軟体操を繰り返すと意を決したように湖に向って飛び込む姿勢を取る。そんな彼女の後ろから唐突に幼い声がかかる。

 

「剣ドロボーするつもりなのだアーク?」

 

「ひゃぁ!?メ、メアかよ!?……べ、別にーアタシはちょっとちょうどいい湖があるから泳ぎてーなーって思っただけだし~?」

 

「嘘がへたっぴなのだ~。ね、ママ~」

 

「そうね~嘘はいけないわね~」

 

 そこにいたのはメアとその母親の一人、トウコだった。穏やかな彼女はアークに語り掛ける。

 

 

「これから晩御飯の支度をするのだけど良かったらアークさんもどうかしら?」

 

「マジ!?ただ飯!?サンの奴暫く作らないっていってたから助か……あー、でもちょっと……今日はやることが~」

 

「剣が欲しいのだ~」

 

「うるせっ!この!そんなんじゃねえよ!金が欲しいんだよ!?」

 

「同じなのだ~」

 

 アークはメアときゃっきゃとじゃれ合っていたがふとトウコが何かに注目していることに気付くそれは自分たちの後ろ、つまり湖の方で。

 振り返ると水面に大量の泡が浮かび。泡沫が割れる音が聞こえる。そして次の瞬間。

 爆発的な勢いで水面が飛び散り中から巨大、としかいいようのない首の長い竜が顔を出した。

 

「ネッ……!!?」 

 

「首長竜なのだー!!!」

 

「あらあら、あんまり寄っていっちゃだめよ」

 

【挿絵表示】

 

 目をキラキラと輝かせるメアをよそに首長竜はキョロキョロとあたりを見渡しつつ、スンスンと周囲の臭いを嗅いだ後、欠伸と思われる大きな呼吸をするとやがてのっそりと湖の中へと帰っていった。

 誰もが言葉を失い、沈黙が続く。しかしその静寂を神妙な面持ちのメアが破る。彼女はアークを見ると。

 

「剣、取りに行くのだ?」

 

「いや……止めとくわ」

 

「首長竜、(討ち)取りに行くのだ?」

 

「止めるっていってるでしょぉ!?もーやだやだご飯食べたーい!!」

 

 アークがメアの家でアルに怪訝な顔をされながら食事を楽しむのはまた別の話。




SHs大戦第四話「英霊転生」完


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SH図鑑④アルトリウス&次回予告

 SHs図鑑④アルトリウス

 元動物:クマ

 

 誕生日1月3日

 

 年齢:20歳

 

 概要:アーサー王を名乗る尊大なSH。その正体は埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)に接続し古今ありとあらゆるアーサー王の記憶が流れ込んだ存在。アーサーの記憶は混ざり合っており元の人格を侵食している。実はショックなことがあると気絶する癖がある。一日何回でも気絶する。

ケイのことは姉のようにマーリンのことは祖父のように思っており相手からも家族のように思われている。アーサー王を継承する儀の直前彼らによって逃がされるが窮地に陥った彼らのために舞い戻り儀式を受けることになった。

クマの身体能力に加えてアーサー王として経験や技量によって通常のSHとは比較にならない非常に高い戦闘能力を持っている。

気の強い女性が好み。川の臭いがするなんとも食欲をそそられる相手がいるとかなんとか。蛇は嫌い。

 普段はあちこちでありえん。を倒して懸賞金や礼金で生活をしている。自警団に傭兵のように頼られることもある。時おり街の人に感謝されお菓子をもらうことがあるがそのときは頬一杯にもっきゅもっきゅと満足げに食すらしい。

 

武装:玩具の剣

この剣は初登場の街で買ったばかりであり何軒も梯子して手に入れた時は大層なよろこびようであったとか。去年の剣もまだとってある。一年のうちに何本も出た時は日によって使い分けているようだ。 

 

趣味:丁度いい枝拾い ニチアサの武器集め。光るといい、音がなるとなおいい

キンブレに関しては国民全員がエクスカリバーを振るうのか……と見た当初思ったらしい聖杯っぽいもの集め

 

好物 鮭、はちみつ、フライドポテト

嫌いなモノ 林檎(食べ過ぎた思い出)

 

SH能力 :DEXカリバー(デラックスカリバー)

モノを地面に突き刺し引き抜くことで引き抜いたものを聖剣と化する能力。

聖剣と化したものは何であれ鉄塊を容易に切り裂くチェーンソードとすら打ち合える破壊力と耐久力を持つようになる。

また、聖剣を握っている間は所有者の身体能力が上昇し、強力な自己治癒能力が働くようになる。

基本のDEXカリバー・カリバーンの他にDEXカリバー・ドゥスタリオンなど派生も多く存在する。実はエクスカリバー化するものは非生物でなくていいらしい

 

次回予告

借金取りから逃げ惑うアーク。

そんな彼女に対しリクは借金の期限の延期を盾に再び闘いを挑む。

快諾するアークだったがリクは新たな力を手に入れていて……

サメ対ワニ

三度目の闘いを制するのは果たして。

 

SHs大戦 第五話 「シン・アーク」  



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第五話「シン・アーク」
5-1 ツラを貸せ


<女性の声>

今日も今日とて変わらぬ方舟市の昼下がり。街の路地裏を多数の人影が駆けていく。

 皆一様に黒のスーツとサングラスを身に纏う彼らは一人の、いや二人の人物を追っている。彼らの走る先には彼らと同じく駆ける露出過多な少女と彼女に米俵のように抱えられた女子小学生の姿があった。

 ご存じアークとメアだ。彼女たちは黒服たちの追跡を超人的な速度で引き剥がし逃げ切ろうとしていた。だが、突如として彼女たちの行く先に黒の壁が現れたのさ。もちろん黒服たちだ。

 

「先回りされてたのだ!?」

 

「見てーだな。クソ!」

 

 彼女たちがどうしてこんな状況に陥ったのか。それは少し遡って語ることにしよう。

 

方舟市の歩道をゆくアークとその後ろをテクテクとついていくメア。二人は共に汗をかき充実した表情をしていた。

 

「あなたの人生もぶっとぶジェット体験。悪くなかったじゃあねえか。連れてきてやったんだ。ちった感謝しろよ?」

 

「ついてきてやったのだ、ありがたく思うのはそっちなのだ~。それにしてもアークが出かけるのにかけ事しないなんてビックリなのだ~」

 

「オメーはアタシのことなんだと思ってんだよ。アタシより先にやりやがって」「賭け事で身持ちを崩すダメ人間なのだ~」

 

「やろう……別にアタシは賭け事ばっかなわけじゃねえんだぞ?世の中にはな~賭け事以外にも面白れぇことは山ほどあるわけだ。アタシは面白れぇこたなんだってやりてぇんだよ。賭けはそのための軍資金集めっつーかな?」

 

「軍資金集めで全部すってりゃ世話ないのだ~」

 

 体の背部に噴射機を付けジェット加圧にて高速機動を楽しむ新感覚アミューズメントをひとしきり楽しんだ二人は、ワイワイと憎まれ口を叩き合いながらも楽し気に帰路についていく。彼女たちに声がかかったのはそんな時だった。

 

「随分楽しそうにしているでござるなぁ」

 

「この特徴的な語尾は……」

 

「やらんか!なのだ!」

 

 彼女たちの振り返った視線の先には黒のスーツを纏ったガチな空気のオタクがいた。彼女は指弾一つで周囲に黒服の男たちを展開し、アークを真っすぐににらみつける。

 

「債務者アーク殿。返済期限があと三日と迫っているでござるが。おぬし返済の見通しはたっているのでござるかな?」

 

「え?あーいやー……うん、よゆーよゆー。ちゃんと返すってリクにもそういっといてくれな」

 

「そんなうっぺらい取り繕いでランカ様を誤魔化せると思ってんでござるかぁあぁ!?先週のアーサー王大会で剣を売れなかった時点で一括で返すような返済能力がないのはわかってるんでござるよぉ!黒服部隊!貧乏人をフンじばってやるでござる!モツでもなんでも売りにだすでござるよ!」 

 

 下っ端が多いからかそれとも債務者と取立人という立場の差からかやたらと態度のデカいランカの指示により控えていた黒服たちが一斉にアークたちに襲いかかる。アークはメアを抱えると超人的速度で駆けだし逃走を開始する。

 これが事の発端だ。 

 

 そして時は現在に立ち戻る。

 じりじりとアークたちの元に迫る黒服たちの包囲網。あわやダメ人間の生涯もここまでか、と思われた時だ。路地裏に一陣のつむじ風が吹いた。

 風はアークたちの周囲を起点として発生しやがてその勢いを増し黒服たちの進軍を阻んでいた。アークたちはソレに乗った。風が彼女らを天へと舞い上げる。

 

「風のエレベーターってなぁ!さっきのジェットよりゃ負荷も軽いだろ。なあメア?」

 

「ほにゃらら~なのら~」

 

 軽く建物の屋上へと降り立ったアークはフラフラとしているメアの頭を叩き軽く叩いて起こしてやる。そして借金取りの群れが追い付いてこないうちにこの場を去ろうとする彼女に予想外位置から声がかけられる。それはアークたちと同じ建物の屋上から投げかけられていた。

 

「四方が塞がれて上に逃げる。相変わらず柔軟な対応ですねぇ。まあ読めてましたけどね、進歩がないとも言えます」

 

「なんだテメェ?えらそうに講釈垂れやがってよぉ。どこのどい……ッ!?」

 

 アークは振り返りその人物を認め、思わず息を詰める。それはそうだろう。その相手こそ彼女の今最も会いたくない相手。すなわち借金の債権者、その元締め。

 

「リク……!!」

 

「お久ぶりですねアークさん?ちょっと顔(ツラ)貸して貰えますか?ねえ?」

 

 これは断れない。

 



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5-2 BOXDILE

アークたちはリクとその配下たちに囲まれながら方舟市と嵯峨市の境界に存在する巨大なカジノリゾート施設。その一室に連れて来られていた。

 

「あなたたちはここまででいいですよ。ちょっとアークさん何帰ろうとしてるんですか?」

 

「ここまででいいっていうからよ」

 

「あなたは対象外に決まってるでしょうが……!」

 

 リクはアークが逃げないように服を掴みつつ黒服を部屋から退出させるとコホンと咳払いをする。

 

「さて、この部屋に見覚えは。当然、あるでしょう?」

 

「ああ、オメーがアタシに負けた上に胸を散々弄られた場所……だろ?」

 

 アークの見え透いた、だがそれゆえに強烈な挑発にリクは血管を浮かべつつも口を歪め鋭く並び立った歯を見せ笑う。

 

「ええ、そうですとも。で、あれば私の要求もわかりますね?……私と戦いなさいアーク。ただでとはいいませんよ。そうですね……もしもあなたが私に勝つ。そんなことが出来たのであれば、返済期限の延期もとい減額を約束してあげようじゃないですか」

 

「ケチ!チャラにしろ!負けた後の保険なんてかけてんじゃねーぞ!」

 

「は~!?あなた自分が条件だせる立場だと思ってるんですか~?金を貸してやった側と卑しくも金を借りさせて貰ってる側なんですからね?立場をしっかり認識してくださいよ」

 

「ぷぷぷ、言われてるのだアーク。リクの姉御~もっと言ってやるのだ~」

 

「誰の味方だよテメェよぉ!?わーったわーったやってるやってやるよ。でも、条件忘れんなよ」

 

 急な裏切りに動揺しつつも頭を掻き半ばヤケ気味に提案を承諾するアーク。それに満足したのかリクは挑戦的な笑みを浮かべ。

 

「では始めましょうか。メアさん、離れておいてください。ランカ、メアさんに被害が出ないようにしなさい」

 

「推しの指名とあらばなんなりと~!さ、メア殿~こっちでジュースでも飲みながら観戦するでござるよ~」

 

「うむ、よきに計らえなのだ」

 

 それぞれが位置に着き、そして争いが始まる。

 

 三度目となる鮫と鰐の戦いはこれまでと異なり、打ち合いというよりは攻撃を交わし合い、躱し合う。それはまるで拳撃の舞踏とも表現できた。

 

「ナマクラ刀は振り回さなくていいんですかぁ?」

 

「生憎故障中だ。斬られた感触が忘れられねぇかぁ?」

 

「いえいえ、不安を感じるようでしたらハンデぐらい差し上げようかと思いましてねえ。いかかがです?」

 

 「ハッ、いるわけねーだろそんなもん。全力のテメーを軽くねじ伏せてわんわん泣かせて借金チャラにしてやんよ。前回見てーに、コイツでな!」

 

 挑発に応じたアークは右に装着したハンマーナックルを大きく振りかぶり、リクに向って振り下ろす。それはステップ一つで容易に回避されたが、着弾地点であるフローリングはそうはいかなかった。地面が衝撃で爆ぜ、細やかな破片が周囲に飛び交う。

 ステップ機動で破片の被弾を最小限に抑えるリクに対してアークは回転を交えてハンマーナックルを振るい、結果として周囲に無秩序な破壊がまき散らされていく。

 

「ちょっと、ここ私の所有する施設なんですけど。あなたじゃ一生お目にかかれない高級品ですよ?」

 

「そういうなら守ってみやがれ、よ!」

 

 ステップ移動の隙を狙らい、アークのハンマーナックルがリクへと走る。未だ着地敵わぬ短躯では回避は不可能、そう思われた中リクは動いた。

 彼女は迫りくるハンマーナックルの内側に超人的な精密動作で己の左腕を滑り込ませ、発射機構であるアークの腕を横から弾いた。パリィとも呼ばれる技法は果たして効果を発揮し、槌サメの破砕は空を切る。

 

「チッ……ぐっ」

 

 空ぶり無防備となった腹筋に軽いブローを受けたアークはバックステップで退く。リクもまた深追いはせず、両者の間には大きく距離が開く。だがそれは決して小休止を意味したわけではなかった。リクの異形の腕から二つの黒白賽が地に零れる。

 デスロール。リクのSH能力であるソレは二つの出目の合計により威力が決定するギャンブル性の高い遠距離攻撃。此度の出目は一,四。エネルギー体が形成され、突貫する。

 死を運ぶエネルギー体を前にアークも既に対応を始めていた。彼女は眼下の床をハンマーナックルで勢いよく殴りつけ破砕。続けざまに

 

「アークネード!」

 

 吹き荒れる風が大きく砕け割れた瓦礫を宙へと舞い上げる。彼女はそれらを風に沿わせ、蹴り飛ばし、投擲し。次々とデスロールへと突貫させる。

 デスロールは発生から最初に着弾した物体に反応して衝撃をぶちまける。その特性をこれまでの戦いから見切っていたアークの目論見は果たされる。着弾した飛礫の数々はその威力でもってデスロールを起動させ、結果としてアークの遥か前方で衝撃は霧散した。

 己が飛ばした飛礫が衝撃で砂へと還ったのを見てアークは内心冷や汗をかきつつ次なる行動へと移る。反撃の時間だ。

 アークは再びハンマーナックルを地面に叩きつけると先程と同じ要領で礫を生成し抱え上げた。焼き直しのような行動だが持ち上げた岩の大きさが違う。威力を調節し、生成した塊はアークの身を覆う程だ。それをリクに投擲する。

投擲と同時にアークは駆けだした。先に放った岩の背後に着いての疾走。正面のリクからはアークの姿は見えていない筈だ。それを利用してリクが岩に対して左右に避けた隙をついて殴りつける。そのつもりでいった。

 リクの足元から右に避けると瞬間的に判断しそこに合わせて身体を、拳を構える。だが、リクは現れなかった。代わりに意識を払っていなかった左側から緑の影が突貫する。

 ここでアークは自らがステップを利用したフェイントにかけられたと理解した。防御姿勢を整え受ける。防戦一方のアークを連打で打ち据えリクは嘲るような笑みを浮かべる。

 

「だから考えることが安いんですよあなたは」

 

「そうかい?そんじゃこれは読めたかよ?」

 

 余裕を崩さないアークの言にリクが不可解を覚えた直後。彼女の背後で爆音が発せられる。音で何が起きたかは理解できた。これから何が起きるかも。

 

「しまッ!?」

 

 アークの先ほど投擲した岩がリクが避けたことで背後の亜熱帯プールへと着弾したのだ。水面に叩きこまれた大質量によって水しぶきが舞い。二匹の獣は水を浴びる。そうなれば次の展開は見えている。

 

「アークショック!」

 

 アークの身体から迸る雷撃。それは本来なら届くはずのない一撃であったが今は違う。水を触媒として雷が通る。

 

「ギッ!」

 

 リクの身が電流に晒されたのは一瞬だがそれで十分だった。硬直した身体に対してアークはすかさずアークネードの小規模展開で遠心力を強化した回し蹴りでリクの顔面を薙ぐ。そしてその回転を維持したままアークはハンマーナックルをやや大振り姿勢で構え、振るう。ここで決める。そのつもりだ。真っすぐ行く。

 必殺の一撃を放たんとするアークの眼前で、リクもまた動いた。

 破砕の一撃が迫るなかリクは回避ではなく右拳を構え迎撃の体勢を取っていた。濡らした顔を引きつらせながら迫る拳に対して拳を合わせにいった。それは奇しくも彼女が前回敗れたきっかけとなった状況と一致していた。

 懲りずに拳比べを仕掛けて来たリクに対し、アークは勝利を確信し。笑う。

 サメとワニ、本来拳を持たざるもの同士のそれがぶつかり合う。そして

 衝撃。

 両者の拳の衝突点から爆破現象の如し破壊的な衝撃が発生し、拡散した。それは辺り一面に破砕を起こし、水面は爆ぜ、天井や数十メートル以上離れた距離の壁にまで亀裂を走らせた。

 

「んだぁ!?」

 

 その破壊の中心でアークは不可解を表す声を上げる。それはそうだろう。アークの見立てではこの衝突で異形の腕をへし折り、遥か前方まで殴り飛ばし終わらせる。そのはずだった。であるにも関わらず返って来た衝撃波予想よりも遥かに強大で、そればかりかリクは己と拳を合わせ平然とたっている。更に不可解なのはその腕だ

 リクの異形の両拳、それを覆うように、鰐の頭部を象った、ボクサーグローブのようなものが装着されていた。

 危険を感じたアークは一度後方に飛びのき問うた。

 

「どーしたんだよそのけったいな手袋はよぉ。イメチェンかあ?」

 

「Boxdile(ボクスダイル)。これがあなたのハンマーナックルに対抗するために得た私の一つ目の力です。威力は先程見せた通り。よもや卑怯とはいいませんね?」

 

「とーぜん」

 

【挿絵表示】

 



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5-3 切り札

両者は再び拳を構え、拳戟を再開する。だがその様相は先程とは異なっていた。

 強大な攻撃力を有した相手を警戒して動きがどこか堅く慎重になったアークに対しリクはギアを一段上げたように速く苛烈に攻める。もとより殴打を得意とするリクだ、直撃こそないものの、次々にBoxdileによって強化された攻撃が掠めていきその度にプロの超人ボクサーに無防備に殴られたかのような衝撃を得る。

 アークはリクが攻撃のために身を沈めたタイミングを見計らい、上方から叩きつけるようにハンマーナックルを射出。リクはそれに対応して迎撃の拳を合わせる。再び破壊的な衝撃が生まれ爆ぜる。だが此度はそこで硬直するようなことはなかった。リクは空いた左腕を振りかぶりそのまま至近距離のアークに向って振るう。それに対しアークは緊急的に身を捻りバックステップ。直撃は免れた。だがその身には僅かにボクスダイルが触れており、アークはきりもみ回転で吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされ、亜熱帯プールへと着水したアークは水面へと顔をだしリクを再び視界に捉え。

 

「おめぇも来いよ気持ちいいぜ。それとも水の中は怖いかリクちゃ~ん?」

 

「そんな挑発が安いんですよ。Death roll」

 

 言葉とは裏腹に鬼気迫る表情のリクは足元にダイスを転がす。数字は六,六。最大値だ。これまで見たこともない程破壊的なエネルギーに包まれた禍々しいワニのエネルギー体が発生し。プールへと着弾する。アークは咄嗟に潜行することで攻撃を避けたが無駄なことだった。着弾した瞬間。空間が爆ぜ、まるで大地震のような揺れが室内を襲った。

 当然その衝撃の元となった場所が無事なはずがなく本来流れのないはずのプールは大瀑布と共に激流が発生し中にいたアークの全身を打撃し平衡感覚を失わせていた。

 

「な……ぁ……?」

 

 やっとのことで水面に顔を出したアークは嗤い、再び賽を振るうリクを認める。

 

 「さて、早く出てこないと何もできずに死んでしまいますよ?アークさぁん?」

 

 二投目の結果も六,六。最大値だ。ディーラーとしての腕を持つリクにとって妨げるもののない状況下で狙った出目を出すことはあまりにも容易いことだった。食堂の鰐が再び牙を剥く。

 

「ヤ……ベェ!」

 

 危機を感じたアークは野生のホホジロザメのように水面から跳躍し危険地帯を脱出。陸へと降り立ちリクへと駆ける。

 迎撃の拳を潜って躱しその短躯に濡れた肢体でしがみつく。

 

「こ……の」

 

 拘束を剥がさんと振り下ろされる肘打ちを再びの雷が阻む。濡れた状態かつ完全密着姿勢。雷撃が迸る。

 

「ぁっ……かッ……ッ」

 

 雷撃を纏い重なる獣たちは勢いを落とさず疾走。壁へと勢い良く衝突する。万雷に身を焼かれ身動きが取れぬ鰐を押しつぶす。そして壁からバウンドして返ってきたそのどてっぱらに。

 

「オラぁ!」

 

 全力のハンマーナックルを叩きこむ。よく鍛えられた腹筋も雷で硬直した状態では何の意味もなかった。槌を素通りさせ内へと打撃を通す。リクの体は再び壁に叩きつけられ壁面には網状の亀裂が走り崩壊し、その口からは小さな器が満たされるほどの血反吐が零れ落ちた。

 鮮血を正面から浴びたアークは壁からゆっくりと剥がれ落ちて来たリクの肩を抱き。再び囁く。

 

「アークショック」

 

「ギッ、いぃぃぃぃぃぃぃ!?あ、がぁっハ、キッ……!?」

 

 常人ならばとうに炭化しているような電流をその身に受け続け痙攣を繰り返すリク。その目は既に虚ろで、彼女の股下はしとどに濡れている。抵抗を続けていた腕ももはや力なくダランと垂れ下がり最早この戦いの趨勢は決まったように見えた。

 

「ご自慢のパンチももう打てる体力が残ってねえみてぇだなあ。折角新しい武器まで用意したのにもったいねぇこって。代わりにアタシが貰って種銭にしてやるよ」

 

 嗤いながらもアークは電流を緩めない。敵が許しを請い、始めよりもよい条件を提示するまで決して離しはしない。アークショックは威力を上げれば上げるほど持続力が下がる特性を持っている。低出力ならば携帯端末の充電すら可能であり普段街の人間に簡易な充電所代わりにされているほどだ。この前小学生から電池っていわれた。だが今は最大出力で電気を発生させている。身体と精神に多大な負担がかかっているがそれでも止めることはしない。全ては借金をチャラにするためだ。

 決着は近い。

 

 薄れゆく意識の中でリクは歯を噛み砕き、必死に正気を保っていた。既に全身の力は抜けきりまともな抵抗も叶わない身だ。無様も晒している。だが最後残った力で首は動かすことが出来た。故にそうした。

 今リクの霞んだ瞳に見えるのはアークの肩口。そこには以前の戦いでアークに喰らい付き傷をつけた痕があった。それをよすがにリクは頭を振る。アークがそれに気づき土壇場で電圧を上げるがもう遅い。喰らいつく。

 アークの堪えるような悲鳴が聴こえた後肩口から引き剥がされる。抵抗が出来ない。だがそれでいい。条件は成った。

 リクは口を噤むと最後に残った力で口内に圧力を加え、その鰐牙を割り砕く。新たな痛みがリクを支配する。だがそれはただの自傷で留まるものではなかった。

 正面で異変が生ずる。切り札は、一つとは限らない。



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5-4 Pain of Alligator

 アークは高揚を感じていた。ここにきてリクが抵抗を見せたからだ。それは抵抗というにはささやかな一噛みだったが、それで十分だ。動かないものをいたぶるよりも抵抗する獲物を嬲る方がずっと楽しい。これは本能のようなものだ。

 意気揚々と追撃を加えてやろうとアークが動こうとしたときだ。アークは自身に起こった異常を感じ取った。

 痛みだ。刺すような激痛がアークの右腕を襲っている。

 

「が……あぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 見ればアークの右腕には幾つもの小さな傷が生まれていた。それはまるで小型の生物に噛みつかれたようにも見える。しかしアークにはそのような心当たりは決してない。不可解。そうとしか言いようのない現象が発生している。

 完全な意思外からの激痛によりギリギリの集中力で続けていたアークショックは停止し、抱いていたリクもその身を離れ地面に倒れ伏す。アークは傷を得た腕を抑えつつリクへとスタンピングで追い打ちをかけようとして、そこで止まった。

 地に臥す鰐の顎から何か硬質なモノを砕くような音が低く、アークの耳に入った。それが始まりだ。アークの右腕に再び異常な痛みが走る。堪え切れず膝を着き叫ぶ。その右腕には新たな歯型が増えていた。

 膝をつくアークとは対照的に、ゆらり、とまるで幽鬼のようにリクが立ち上がる。その口元から鮮血を滴らせながら語る。

 

「おや、どうしたのですかアークさん?そんなところに蹲ったりして。ゲームはまだ続いているんですよ」

 

「テメぇ……一体……なに、しやがった……!?」

 

 血の滴る右腕を抑え立ち上がるアークはリクを睥睨するが、相対するリクはそれを意に介さぬように肩を竦める。

 

「アークさん、あなたはワニに噛まれたんですよ。姿の見えないワニに、ね」

 

「ああ……?まさか、テメェ」

 

「気付きましたか、私は進化したのですよ。あなたに屈辱的な敗北を喫したことを糧にねぇ!」

 

 怒りと歓喜が混ざった吠声を前に気圧されるアーク。リクの言は、アークの予想した中でも最悪の答えだった。

 

「これはその時に獲得した新たな能力です。名はPain of Alligator。そうですね、お客様にルールの説明をしないのは不公平ですね。この能力は発動に二つ条件がありまして、一つ目は人体の一部に噛みつき、傷を与えること。そしてもう一つは……」

 

 そういうとリクは自らの口元に異形腕を持って行くとそのまま中に入れ。グキリと鈍い音を口内で響かせる。すると異常は現れる。

 アークの右腕に新たなスティグマが現れ鮮烈な痛みを与える。最早ハンマーナックルを装着することすら敵わない。槌腕が外れ、地に落ちる。

 リクはその様子を満足げに眺めると口内をモゴモゴと動かし一拍の間の後、赤の色と共に白い物体を吐き捨てる。

 吐き捨てたものを見ればそれは白く鋭い牙、つまりリクの歯だった。リクは少し顔をしかめ。

 

「これが二つ目の条件、歯を一本犠牲にすること。すると不思議、不可知のワニが私がマーキングした部位に噛みついていくということです。もう一度見せてあげましょう」

 

 再びリクの口内で音がなりその口元から血が流れる。その代償というようにアークから悲鳴が上がり鮮血が噴出する。

 

「くっぁう……くっそがぁあああああ!」

 

 痛みを怒りで上書きし、無理矢理に動く。ミニアークを呼び出し、落としたハンマーナックルを左腕に装着し殴りかかる。右腕を徹底的に痛めつけられたとはいえダメージの総量を鑑みればアークの方が優勢しかしながら、だ。

 

「おやおや狙いが甘いです……ね!」

 

 片腕の感覚が無くなり、大量の出血を得た状態での感覚の変化は想定以上のパフォーマンスの低下を招き。結果として生まれた隙を思い切り横合いから殴られる。

 

「ガッ……!!」

 

 家屋数軒分程吹き飛んだアークはよろめきながら立ち上がる。リクがもし万全ならこの程度では済まなかっただろう。向こうも消耗していることを再認識し、既に距離を詰めていたリクへの迎撃をおこなう。アークネードの小規模展開を利用した旋風脚にハンマーナックルの振り回し、いずれも牽制として効果を発揮しリクは攻めあぐねた。しかしそれも長くは続かない。アークショックを無理に使い過ぎた上にその後に受けたダメージが大きくアークネードを使い続ける集中力が持たなかったのだ。急速に失速する。そしてそれを見逃す相手ではなかった。

 

 リクの拳に対してアークは再度ステップの回避を選択。しかし、左腕が逃げ遅れた。Boxdileの口を象った形状が大きく上下に開くとアークの左腕を捉え。勢いよく顎を閉ざし、噛みついた。

 

「ギ……こんなもんよぉ~!」

 

 アークは捕られられた左腕を無理矢理ひっこぬき脱出。鋭い刃物に裂かれたように肌が抉れているが構わない。攻撃に移る。そのつもりだった。リクの口内から聞き覚えのある破砕音が聞こえるまでは。それを皮切りにアークの左腕に傷が生まれる。

 

「な……あぁぁぁぁぁ、くぅ。まさかテメぇそのグローブんなかに……」

 

「ええ、Boxdileの顎には摘出した私の牙が装備されています。ご愁傷様です、条件達成ですね。ではこのように」

 

 再び砕音が響き、血だまりに鮫が崩れ落ちる。リクはその身体を掴み、固定し上から殴りつける。

 

「ゴ、はッ……!」

 

 繰り返す。破壊が連打する。

 

「ぁッ、ゲボッ……!うぎっ。……っぎ、ぁ……」

 

 一方的な打撃が止む。それは一つの事実を意味していた。

 

「もう終わりですか?それじゃあ」

 

 血反吐にまみれ、意識も虚ろとなったアークに馬乗りになっているリクは両のBoxdileを外す。それが復讐の合図だった。彼女はフリーになった両腕でもって血濡れたアークの胸を衣装の上から揉みしだき始めた。リクが歓喜の声を上げる。

 

「あなたにこうされてから……ずっと。ずっと待っていましたよこの時を!あの時私が受けた屈辱を何倍もの利子つけて返してあげますから覚悟してくださいね?アークさん」

 

「んっ……あっ……や、止め……」

 

「負けた奴に抵抗する権利なんてないんじゃあなかったでしたっけ?まあ、いいですけど、ねっ!」

 

「ん~~~~~!?!」

 

【挿絵表示】

 

 つねりを加えてより激しく行為を行う。

 既に頬を紅潮させ喀血と共に粘りのある唾液を口内に交えたアークは堪え切れず。艶声を上げる。そしてその恥ずかしさをごまかすためか。リクを必死に睨みつけ。今出せる全力のアークショックを放つ。だが、ワニの捕食は止まらず。

 

「おやおや。それで抵抗してるつもりですか?まるで電気風呂に使っているかのようですよ。自分の負けを認められない悪い子にはお仕置きしてあげないといけませんねぇ」

 

「ひぎっ、や、ん……や、やだやだもう止めて、止めてよぉ!」

 

 普段とは異なり子供の様に泣きじゃくり解放を訴えるアーク。そんな子供のような要求が通る筈がなかった。

 

「あっはははははははは。欠けた円環の継手(カルヴァリー)に轟いたノーム小隊の副隊長が私の下でこんなに無様に喚き許しを乞うている。これは最高のエンターテインメントですよ。安心してください。今回は命は取りません。ですからほら、もっともっと声を聞かせない。私を満足させなさい!ランカ!この光景ちゃんと撮ってますね!」

 

 狂乱する推し兼上司に声をかけられビクっと反応したランカは側にいたメアの目を塞いでおり。

 

「メ、メア殿~教育に悪いでござるからやらんかと一緒に別の部屋にいくでござるよ~」

 

 そうしていそいそと部屋を去っていく。

 やらんかに目を隠されたメアはアークたちの方を一瞥し。

 

「アークぅ……」

 

 酷くしょぼくれた小学生の声は誰にも届かずに消えいった。



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5-5 進化

 

アークとリクの激闘の後、メアはランカの手引きによって高級車にて自宅まで送り届けられた。そしてアークはというと、こちらも意外にも無事に帰って行った。戦闘後のリクによる処刑、もとい胸揉みは長くは続かなかったのだ。全ての屈辱を返すとばかりに揉みしだかれ、実際にアークは果てたが、リクもまた戦闘で受けたダメージが大きく、すぐにアークに覆いかぶさったまま意識を失った。

 遅れて意識を取り戻したアークはくたばったリクを何とか押し退け、ミニアークを通じてサンに連絡を取り、車に乗せられていった。

 そして今。

 

「な~、新しい武器作ってくれよーサ~ン。なぁ~、いいだろ~」

 

 猫撫で声で開発者に無心するアークの姿があった。求められたサンは深い目元の隈を手で押さえつつ断じる。

 

「無理だ。あきらめろ」

 

 アークは一度や二度の拒否で諦めるほど人間が出来た者ではない。頬を赤らめ瞳をウルウルと潤ませ、尻尾と腰をフリフリと振り、可愛さを極限まで高めて強請る。

 

「ねぇ~ん、サーン。このままじゃアタシ、借金のカタにひん剥かれてリクに何されるかわかんねぇんだよ~。頼むよー料理もつくってやるし研究も手伝ってやるし部屋の掃除手伝ってやるからさ~」

 

「いらん……。掃除といいつつお前は部屋にあった必要な資料を大量に捨てただろう。料理はできんし研究は勝手にやるから意味がない。それにもう何日も寝ていない。寝る。お前も回復ポッドに入っていろ」

 

「ケチ!眼鏡!人でなし~!こんなに頼んでるってのによぉ~。いいぜ。お前がそのつもりだったらよぉ~。ぐっすりと寝てる間に面白い顔にしてやっから覚悟しろよ!?あっ…………やめろ、押すな。入れるな。入りたくねえんだよ。このポッド使い心地最悪……!?あ、あ~~~~~!?いや~~~!!?!」

 

 サンの無慈悲な押し込みにより死地へと送り込まれたアークの悲鳴と恨み節が地下の研究室に木霊する。サンは耳栓代わりの指を外し席に戻るとミニアークからサーブされたコーヒーを一飲みする。そしてコップの中身を飲み干すと、机の上にうつ伏せになり、眼前のAIに語り掛ける。

 

「ミニアーク。チェーンソードの修復と例の改修は既に終えてある。アークが出て来たら渡してやってくれ。それと……」

 

 小さなミニアークに眼鏡を外して貰い。顔を伏せた。

 

「アークが余計なことをしないように見張っておいてくれ」

 

 悲鳴と寝息が混ざり合う空間でミニアークは退屈そうに胡坐をかいていた。

 

 方舟市郊外に存在するミックスジュース専門カフェテリア、暁の古城。古城風の建物を利用したこの施設は、郊外に位置するにも拘わらず、店主自らが選び抜いた新鮮なフルーツとミルクとの配合バランスが抜群と連日全席満員の大繁盛であった。

 そんなカフェテリアの一席で、店主は客への対応を行っていた迷惑な客が現れたからだ。

 

「ふぇ~んラムエモーン!借金取りが虐めるんだ。アタシにいい感じに強くなれるジュースを作ってくれよぉ~。タダで」

 

「誰がラムエモンじゃ……!くれてやるわけなかろうが!そもそも敵対関係じゃぞわらわたちは。裏切りを疑われたらどうしてくれるんじゃ一人で身ぐるみ剥がれておるとよいわ」

 

 暁の古城店主にして欠けた円環の継手(カルヴァリー)のSH、ラムルディは迷惑客にしてカルヴァリーの裏切りものアークにすげない返答をくれてやるが当のアークは半目にし。

 

「ほー……この店、エラく繁盛してるみてーだがそもそもここでカフェやれば儲かるっていって最初のノウハウを教えてやったのは誰だったかな~」

 

「そ、それはお主らが勝手にわらわの住居に侵入した挙句、破壊をまき散らし、終いにはわらわにはじを……恥をかかせた埋め合わせではないか……!更に言えば数回分のタダ券もくれてやったであろうが。使い切ってなおツケを使いおって借金取りの前に今日こそはツケを払ってもらうぞ!」

 

 真っ当な反撃にアークはそっぽを向き。

 

「ジョブチェンジのレベルが足りねえっていうからレベル上げに付き合ってやったり、あと一個だからってレア素材をくれてやったのは誰だったかな~」 

 

「その件はありがとうの!!ええい鬱陶しい!一杯くれてやるからさっさと帰るがよいわ!」

 

「あー……?んだ客に対してその態度はよ~。クレームつけて居座ってやるからな!」

 

 そういうとアークはサーブされたミカンと苺のミックスジュースを一気に口内に一気に飲み込み喉を鳴らしていく。やがて容器の中身を飲み干すとテーブルに置き。

 

「ぷはー!美味い!もう一杯!」

 

「ないわ!帰れ!全くお主がくると毎度毎度手を焼かされる……ん、そういえば今日はいつも一緒にいるお友達の小学生は来とらんのか?」

 

 何気なく問われた言葉にアークは警戒を露わにじっとりとラムルディを睨みつけ。

 

「なんだテメェ……まだメアを狙ってんのか?渡さねえぞ。あとトモダチじゃねぇ」

 

「もう懲りたわ。また城を壊されてもかなわんしのう。しかしお友達でないとするとあの小学生とお主はどういう関係なんじゃ?正直傍からは友人関係にしか見えなんだが」

 

「あー?それは……よー……」

 

 露骨に歯切れの悪くなったアークに対しラムルディは好機とみて攻勢をかける。

 

「ほれほれ答えてみぃ。なんじゃ?なんなのじゃ~?」

 

「ん~……。帰る」

 

「ほお」

 

 いつもの威勢が嘘のようにテンションを下げたアークは席を発つ。それを見たラムルディはしめた。という表情を作ると一瞬考え込み。去り行くアークに声をかける。

 

「そんなに力が欲しければお主も進化すれば良いのではないか?わらわはしたぞ?」

 

 <滑り込んだ女性の声>

 SHの進化。それは一般的な生物における数代かけて行われるものとは異にする事象さ。埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)由来の未知の物質を多く身体に含む僕たちは、時折急激な変化をその身で体現することが、ある。

 その時SHの身体は作り替えられ、この世の事象にさからう能力を新たに獲得する。そういわれてる。進化の条件?噂程度のモノなら聞いたことがあるけどねえ……

それが出来りゃ苦労はしねえよ。嫌味かよ」 

 吐き捨てるように言うアークに対しラムルディはしてやったりというように軽く笑み。

 

「意趣返しという奴じゃ。せいぜいあがくがよいわ」

 

 振り向かず手を上げ別れの挨拶とするアークの背を見送りラムルディはひとりごちる。

 

 「全くいつもこれほど簡単に追い出せれば楽なんじゃがのう……今度から毎度小学生との関係を問いただせば居座らぬかの?」

 

「ラムちゃん店長ー!手が足りませーん!」

 

「うむ。厄介者は帰った。すぐに向うぞ~」

 

 日中の蝙蝠は忙しい。

 



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5-6 二人の関係

 アークがリクに敗れた日から二日。人々を小馬鹿にするようなカラスの鳴き声と橙の色が街を染め上げる時刻。公園近くの信号待ちで二人は出合った。

 

「お」

 

「のだ」

 

 二人、アークとメアはこの二日の間顔を合わせていなかった。出会ってからこのかた毎日遊んでいた二人としては異常とも言えるこの空白期間は、やはりメアがリクに仕置きと称してアークに行われたことを目にしたことは無関係ではないのだろう。久しぶりに会ったというのに二人の間にはどことなく距離が生まれ気まずい沈黙が支配する。

 信号が青に変わった時、沈黙に耐えかねた小学生が口を開く。

 

「アークは……」

 

「お、ん?」

 

「アークのケガはもういいのだ?」 

 

「あ……ああ、ホラ。んなもんその日のうちにパッと直しちまったよ。へーきへーき」

 

「そっか、よかったのだ。安心なのだ」

 

 安心。それは怪我のことなのかそれともこうして自然にまたアークと話せたからなのか。メアにもわかりはしない。横断歩道を渡り、二人の足は自然とその先の公園に向っていた。

 ぶらりぶらりと目的もなくただ時間を潰すように遊具に跨り、ブランコに揺られ過ごす。

 

「なあ」

 

「んー……どうしたのだ。おトイレなのだ?ひろったもの食べるからなのだ~」

 

「違うわ」 

 

 再びどことなく落ち着かない時間が過ぎるが、今度はアークがそれを打ち破った。

 

「アタシらの関係ってなんなんだろうな」

 

「関係……なんなのだ急に。本当に悪いものでも食べたのだ!?ぺってするのだ!」

 

「違うわ~。いいから、言ってみろよ」

 

「えー……と、も……ゲボクとボスなのだ」

 

「違うだろ。つーか誰が下僕だって~?」

 

「いだだだだだだだだ!?じゃあアークはなんだと思ってるのだ!」

 

 小さな頭を両の拳でぐりぐりと圧迫されて涙目になったメアはキッとアークを睨みつけ問う。しかしアークは誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべた。

 

「いやあそれがよくわっかんねえから聞いてんだよ。ラムルディのやつからはトモダチかって言われたけどよぉ。どうもなんかしっくりこなくてよ」

 

「…………しっくりこない?」

 

 努めて平然とした声をあげるメアに僅かな違和感を感じつつもアークは自らの所感を述べる。

 

「アタシのトモダチ……と、お前の関係はなんか違うんだよな。なんか。あー……命を預けるぴりぴりした感じっつーの?恥ずかしいところも全部みたっつーか朝起こしたり起こされたり」

 

「それって前に言ってた。モウソーじゃなかったのだ!?」

 

「オメーはアタシのことなんだと思ってんだよ……兎に角。いたんだよ」

 

 呆然とするメアに半目の突っ込みを入れるアークだったがその言にメアは違和感を覚える。

 

「いた?アークの友達って、多分。カルヴァリーの……のだ?ケンカしたのだ?」

 

「けん、か……喧嘩かぁそうだったらよかった。よかったのになぁ……」

 

 そういうアークは突如として瞳に涙を溜め堪えられずに頬を濡らす。突然の反応にメアは大層慌て。

 

「どーしたのだアークぅ!?いいのだ、もう続き話さなくていいのだ!」

 

「いや、いい。みん……みんなとは何か上の奴らの都合でよ徐々に散り散りにされたんだよ。今どうしてんのか。生きてんのかどうかもわかんねえ」

 

「カルヴァリーを出てから探そうとは思わなかったのだ?」

 

「色々あってそれどころじゃ……いや、ちげーな二年だ。二年あったんだ、そんだけありゃ見つからねーにしても手掛かりは……手に入ったかもしんねぇそれをしなかったのは多分」

 

 アークは自らの所在なさげに開いた掌を眺め。

 

「確かめるのが怖かったんだ。怖かったんだよ……死んでたらどうしよう……忘れられてたらどうしよう。きっと、嫌われている」

 

「アーク……」

 

 言葉を絞り出すたびに体の震えを隠し切れなくなってきたアーク。メアはそんなアークの手を取り。

 

「大丈夫なのだ。メアはここにいるのだ。アークはとんでもないダメ人間だけどメアはそんなアークのこと全然キライじゃないのだ」 

 

「メアお前……」

 

 アークの震えは次第に収まり。アークはゆっくりと言葉を吐く。

 

「悪いもんでも食べたか?」

 

「んなわけね~のだ。ふざけんななのだ~!」

 

 切れたメア頭突きを見舞う。不意の一撃にアークは再び涙目になり鼻頭を押さえた。

 

「テンメ~優しくしたと思ったらすぐ暴力振るいやがって。DV彼氏ってやつかぁ!?」

 

「アークが変なこというからなのだ!落ち着いたのだ?」

 

「おかげさまでな!はあ、何かモヤモヤしてたのが馬鹿らしくなってきた。こんなことなら明日の算段立てとくんだったわ」

 

「リクの姉御に呼び出されてるのだ?」

 

 メアの問いにアークは心底参ったというように頭を掻きうなだれる。

 

「当日にもう一回チャンスやるからそれに勝てなきゃ一生地下労働だってよ。能力の攻略方法もまだ見つけれてねーし……どうすっかな」

 

「たたかう前からおよびごしなアークはらしくないのだ!ダメ人間はダメ人間らしくしゃん背筋を伸ばしていくのだ。リベンジ、してくるのだ。アークは……強いのだ」

 

「……そーな。そりゃそうだ。わかってんじゃねえかメア。っし明日はリクのチビの泣き顔たんと拝ませてやるよ。帰んぞメア。門限、だろ?おっかねーかーちゃんに怒られてアタシの雄姿を見れなかったなんてことになんなよ」

 

「メアはそんなヘマしないのだ~。メアはアークがちこくしないかの方が心配なのだ~」

 

「んだと~そんなことは……ある」

 

「なのだ~」

 

 数日振りの二人の帰り道は暗くなっても明るかった。

 



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5-7 四戦目

 青の少女と緑の少女はサボテンが植生する嵯峨の河原で向かい合っていた。彼女らは以前にもここで相まみえたことがある。その時はこうなった。

 

「自分が最初に敗れた場所を再戦に指定するとは。私に負けた記憶が余程忘れられないと見えますね」

 

「そりゃお前だろ。自分が胸揉まれた場所を再戦に指定するとかどんだけ気持ち良かったんだよ。またやってやろうか?」

 

 あまりにもぶしつけな言葉を返されたリクは頬を真っ赤に染め。殺意と共に睨みつけた。

 

「ぜんっぜん!気持ちよくなんてなかったですけど!あまりの下手さにショックを受けてしまわないように気を使ってあげただけですけど~!?」

 

「リクちゃん様、平静、平静でござるよ~」

 

「アークゥ頑張るのだ~」

 

 戦いを始める前からぎゃいぎゃいのと言い争う二人に外野から声が飛ぶ。観戦者たちは向き合う二人から少し離れた位置から安全に流れを見守っていた。

 そんな彼女たちを横目に債務者を指さしリクは問う。

 

「分かっていますね?あなたが今度負けたら一生地下で労働活動に従事してもらいます。私の手となり足となり働いてもらいますのでそのつもりで。メアさんに最後のお別れを言う時間くらいは上げますよ」

 

「いらねーよ。オメーこそわかってんだろうな?アタシが勝ったら借金チャラってことをよ」

 

「はぁ!?私は万が一勝てたら返済期限の延期を考えてあげてもいいといったんですよ!?頭どうにかなってるんじゃないですか!?」

 

「この前傷つき倒れたアタシの胸を無理矢理揉みしだいた罪忘れたとは言わせね~!借金ぐれぇチャラにしね~とワリに合わねーんだよ訴えんぞ!」

 

「そもそも先に揉んできたの貴方でしょーが!私はその分を返しただけですがぁ!?」

 

「なぁ~にを言ってやがる。オメーのをもんだのは嵯峨で助けてやった分と場所を変えてやった礼だろうがよぉ~。つまりお前のパイ揉みにゃあ正当性がねーんだよ!」

 

「なんですって~!?パイ揉みに正当性も不当性もないでしょうが~!!」

 

 再び激しく論争を繰り返す中、アークから決定的な一打が放たれる。

 

「つーか借金チャラにするのいやって負けた時のこと考えてるの、ホントは自信ねーんじゃねーのぉ?」

 

「は~~~!?いーですよぉ?借金チャラでぇ!まあ~私が負けることとか~あり得ない話ですけどねぇ~~~~~!?」

 

「リ、リクちゃん様ぁ!?」

 

「うるっさい!!」

 

 条件は確定した。後は力をぶつけ合うのみ。二匹の獣は互いに武器を構え。そして。

 激突する。

 

 双のBoxdileによる連撃、その手数を補うため、アークは右手にハンマーナックル、左手にチェーンソードを装備し振るう。

 射程の長いチェーンソードで牽制し、近づかれると地形ごとハンマーナックルで打ち砕く。Pain of Alligatorを警戒してか、決して深追いはしない堅実で防御的な戦い方であった。そのおかげか両者ともにまともに一撃が入ることがなく時が過ぎる。

 

「埒があきませんねぇ。」

 

 そんな中で痺れを切らしたのかリクは橋下でアークを追う足を止めBoxdileを地面へと構え。

 コンクリートを打撃し、割り、砕く。

 浮かび上がった拳大のコンクリート欠片を手で、足で、次々と投擲していく。

 

「こんーなもん当たるわきゃねーだろ!げ!?」

 

 飛礫に交えて投擲されていたDeath rollから四.四のエネルギー体が現出。至近距離からアークに突っ込んでいく。

 

「うおおおおおおお!?ぶねええええええ」

 

 大跳躍でデスロールを下に通し、回避したアークは着地すると同時にリクに向って駆けていく。至近距離で斬りかかろうとした時、違和感を覚えた、リクは片腕を口の中に突っ込んでいるのだ。そしてそれに気づいた次の瞬間。

 アークは左腕に強烈な痛みを覚える。見ればそこには新鮮な切り傷とそれとは別に鰐の歯型のような傷が存在していた。

 

「イテーアリエーター!?な、なんで!?噛まれちゃいねえぞ!?」

 

 戸惑う間にもリクは次の歯に手をかけている。アークは瞬間的にミニアークを呼び出しハンマーナックルを構える。設定ソフトインパクトに変更し丁度拳の先に現出しなおさせたチェーンソードの柄尻を殴りつける。

 ハンマーによって射出させられた鋸刃は驚異的な速度でリクの元に飛来。被弾こそしなかったもののリクは歯を折ることは断念しなければならなかった。舌打ちを一つし、再び歯に手をかけようとした時、二度目の鋸刃が飛来した。

 浅く切り傷を得つつも直撃を免れたリクは三射目を回避しながら笑う。

 

「なるほど。そういえばあなたにはおチビさんがいましたね。放った矢は瞬間的に格納して再度手元に現出させれば何度でも撃てるということですか。なかなか面白いことをしてくれます」

 

「そーいうお前こそやってくれたじゃねえか」

 

 アークは次のチェーンソードをつがえ警戒をあらわにしいう。そんなアークにリクは心外だというように大仰にポーズを取り。

 

 「人聞きの悪い。私が一体何をしたっていうんです?」

 

「歯だよ。コンクリートの時か、サイコロ躱した時までかはわからねえが、お前は自分の歯を他の攻撃に混ぜて投擲してたんだ。このイテーアリエーターが発動したってことは、それがアタシの肌を傷つけたってことだろ」

 

「御明察。手足のもう2~3本くらいはこの手法でとれると思ったのですが、鋭いですね」

 

「そりゃもう四肢潰れてんだろうが!」

 

 射出と共に突貫。接近戦へと切り替える。



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5-8  ”悪友”

一度噛まれた以上防戦に回れば一気に食い尽くされる。そう考えたアークは一気に打って出た。傷ついた左腕から右腕にチェーンソードをスイッチ、アークネード小規模展開で遠心力を増した逆手の斬撃がリクを襲う。

 回避するには一手足りないこの攻撃にリクは迎撃を選択する。使うのは拳、Boxdileの機能の一つだ。鰐型のグローブの顎が大きく開き、チェーンソードを飲み込むと、高速で口を閉ざしその勢いを殺す。

 

「ソードブレイカーって奴です」

 

 刃は止まった。だが、リクの腕ごとチェーンソードを曳き、ミニアークは処理を走らせる。チェーンソードを逆手に持つアークの右腕にハンマーナックルが現出。そして次の瞬間ハンマーナックルとチェーンソードが干渉し、アタッチ。新たな武器が誕生する。

 依然チェーンソードは噛まれたまま。だがそれがいい半端な構えでもハンマーナックルの打撃増幅力なら強烈な一撃が放てる。上から圧迫する歯を根元からへし折り刃を一気に押し込む。

 

「ソードブレイカーブレイカーならぬチェーンナックルソードってなぁ」

 

 仕込まれていた牙ごとBoxdileが破壊される。しかしリクはそれに動じることなく既に動いていた。武装を一つ破壊し、慢心するアークのその右腕に。破壊されたばかりのBoxdileの白の破片を掴み叩きつける。

 

「チっ!」

 

 予想外の反撃を受け、打撃を受けなかった左手で反射的に拳を振るうアーク。リクはそれをあえて避けず、どころか自らその拳に顔面から辺りにいった。

 あがった悲鳴は二つ。一つは顔面にカウンター気味にパンチが入ったリクのくぐもった悲鳴。そしてもう一つは、

 

「っ……あ~~~!くそ、またかよ!!」

 

 新たに右腕にも鰐の噛み痕を付けたアークのものだった。

 先程の武装破壊の直後、リクはBoxdileの牙の破片を用いて攻撃し、右腕に傷をつけた。そして攻撃に対して自ら突っ込み歯を折ることでPain of Alligatorの発動条件を満たした。その結果が右腕からおびただしい量の鮮血を流すアークだ。

 血を流し両腕を負傷したアークをリクが追い立てる。戦闘の序盤と似た構図だが、明確にアークの動きが悪い。両腕を潰された状態での活動に慣れていないためだ。瞬く間に壁際に追い詰められる。

 

「さて、鬼ごっこはお終いですよ。そろそろお縄についてもらいましょうか」

 

 息を荒げ肩を激しく上下させるアークを前にリクは舌なめずりをし。次の瞬間、低い姿勢で一気に突貫する。左のBoxdileでの必殺のアッパーブローそれで決めるきだろう。だが、

 

「調子こいてんじゃねーぞ!!」

 

 相手の顎を先んじて打ち上げたのはアークだった。アークネードの遠心力を加えたサマーソルトキックは低い姿勢を取っていたリクに回避する隙を与えなかった。更に動く。

 アークは上下逆さまの空中姿勢でアークネードを小規模展開。自身を竜巻による回転と浮力で持って、地に触れずしてカポエイラの如き回転脚でリクの身体を滅多打ちにしていく。壁とアークに挟まれ逃げることもできない。

 

「がっ、グッ!ギ!うぅ……!」

 

 地上に降り立つことも叶わずただ打たれるがままになっているリクは意を決したように咆声を上げ、蹴りに向かって自ら飛び掛かる。当然脇腹にクリーンヒットするがそこで止まらず彼女は決死の勢いで左に残ったBoxdileをアークの左足に押し当て、噛ませ、傷をつける。一拍の間の後、アークの左足に噛み跡が生まれ、アークは悲鳴と共にアークネードを解除した。

 解放されたリクはモゴモゴと口をうごかしそして一本の歯を吐き出した。口内で噛み砕かれたそれは原型を保たず血に濡れていた。

 蹲るサメの元に、よろめきながらも捕食者がやってくる。武器を振り回し戦うことはおろか、移動し、逃げ回ることすら困難。だがまだ手は残されている。アークは自らの電気抵抗を気付かれぬよう意図的に減衰させる。そしてリクが拳を振りかぶる瞬間、発動する。

 

「アークショック」

 

 拳が届く直前、アークは自らの流した電流によって感電し、リクの方向目掛けて吹き飛んだ。リクも警戒はしていたものの予想外の動きに対応が遅れた結果として拳を振るうこともできず直撃する。

 二人の間で電気が流れていたのは一瞬。普段から感電に慣れてているアークが先に復帰し、覆いかぶさった体勢からリクの肩口に噛り付く。呻くリクは右腕でそれを押し退けようとしつつも左腕を懸命に動かし。

 

「これで終わりです」

 

 最後に残ったアークの右足に傷をつけた。そして。

 

「Pain of Alligator」

 

 ダメージ度外視で引き抜かれた歯を代償にアークが絶叫を上げ噛撃を中断する。そんなアークをリクは力づくでのかせると。一本、二本、と連続で自ら抜歯していく。欠けた分だけ、悲鳴が上がる。

 橋の下には最早日常的な光景はなく四肢から血を噴出させ呻くアークと、口元から大量の血を垂れながすリクという猟奇的な空間へと変わっていた。

 

「手こずらせてくれましたが、さしものサメも血の海では泳げないでしょう?」

 

 凶悪な笑みを浮かべたリクはアークの眼前でメアを指さし。

 

「お友達が心配そうに見ていますよ。これ以上無様を晒す前に降りたらどうです?」

 

「……じゃ、ねえ……」

 

「は?」

 

 血海に沈み、息も絶え絶えなアークはそれでも大きな声で否定する

 

「トモダチじゃあねえっつってんだ……!」 

 

「は、はぁ!?……いや、どうみても仲の良いお友達でしょう……そうじゃなきゃ何だってんです!?」

 

「うるせえ!とにかく……ちげぇんだよ……メアとは……もっとこう、違う、違うなんかなんだよ……」

 

 勢いよく否定するものの投げかけられた反論には上手く言葉が出て来ず言葉は尻すぼみに消えていく。

 アークは別に、メアとの関係そのものを否定したいわけではなかった。だが、アークにとってお友達という存在はやはりかつて生活の殆どを共にし、先の見えない日常も、一歩踏み外せば全てが終わる死線も常に共に掻い潜り。勇敢さも、醜態も全てを晒してきた彼女たちとの関係こそを呼ぶものであった。それはメアとの関係とは異にしている。

 鬱陶しい程に賑やかで、常に予測不能で、ちょくちょく憎たらしく、楽しさの絶えないメアとの関係とは、やはり違う。ではこの関係は何なのか全く持ってアークには答えは持ち合わせてはいなかった。言葉で定義できないことが、心地よいようで、酷く不安定なもののようにも感じてしまう。それは少し、恐ろしい。

 未だ答えたの出せぬアークの耳に、戦いの外にいる当の本人の大声が響き渡る。

 

「そーなのだ!メアとアークは”お友達”じゃないのだ!メアたちは……」

 

 大きく息を吸って叫ぶ。届かせる。

 

「”悪友”なのだ!昨日お家に帰ってミニアークと調べたのだ!!それよりアーク、いいのだ!?」

 

「なにがだよ」というアークの文句も聴く前にメアは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「ここで負けていいのだ!?一生地下のじめじめしたところにいていいのだ!?それに友達に会いに行かなくていいのだ!?確かめなくていいのだ!?」

 

 身を乗り出して言う。

 

「確かめもしないでキラわれてるかも、なんてうじうじしてるアークなんてアークらしくないのだ!友達もきっとそんな勝手に決めつけられたくないはずなのだ!」

 

 ”悪友”そう定めた相手に届くよう。胸を張って言う。

 

「確かめにいくのだアーク!怖くても、もし本当に嫌われてたとしても。その時は隣に”悪友”のメアがいてやるのだ。だから」

 

 思いのたけは全て伝えた、否定される怖さも振り切って真っすぐに。だから、彼女は自らの願いを叫ぶ。

 

「だから、勝つのだ!アークぅ!!」

 

 一連の流れをあくまで戦闘態勢は解かず黙って聞いていた。リクは深いため息をつき。

 

「メアさんには悪いですが、これも勝負の結果です。終わりにしますよアークさん。次は地下で会いましょう。」

 

 Boxdileを構え、決着の拳を振るう。そうするはずだった。

 リクはBoxdileによる打撃をアークに届く前に中断した。いや、止めざるを得なかったのだ。なぜならば拳の行く先、アークの身体が突然鮮烈な光に包まれ、強烈な目くらましとなったからだ。

 光りは一層強くなるとそれを境に徐々に弱まりやがて消えた。そして光のなくなった先には。

 

「ったく。メアの癖にぎゃーぎゃーと説教垂れやがって。わかってんよんなんなことはわよ~。でもま」

 

 アークが立っていた。それも無傷で、だ。

 

「最強~に調子でたから。感謝はしてやってもいいぜ」

 

「馬鹿な……」

 

 呆然と呟くリクであったが、異常はそれだけではない。

 

 アークとその付近にいるリク、彼女らにべったりとついていた鮮血がこの短期間で乾き切っていた。

 アークに相対するリクが最初に気付いたのは熱気。次に気付いたのは周囲の風景を歪める陽炎だ。間違いなく、アークの周囲の温度が急激に上昇している。

 

「この土壇場で進化したというのですか……!!」

 ♦

 <感心したような女性の声>

 

 SHの進化、その条件は未だに正確なことは分かっていないとされているが、ただ一つ、まことしやかに囁かれていることがある。それが、進化にはSHの心理的な変化が大きく関わっているのではないか、ということさ。

 それがあるため、我らが組織はSHを刺激の多い俗世に放ったのだとも言われているね。ま、ホントかどうか知らないけどさ。あ~僕も目が覚めたら進化してたりしないかな~

 

 ♦

 リクの言葉と共にアークの身体を真紅の炎が包んでいく。進化したアークが獲得した新たな能力。その名は。

 

「シン・アーク」

 

 

【挿絵表示】

 

 



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5-9 シン・アーク

一層火勢強め、アークはリクに突貫する。辺りを焦がし、溶かし、進撃する。対するリクは一瞬で有効打がないことを悟ると退避を選択。アークから距離を取りつつ礫やDeath rollを放つも前者は身体に届く前に蒸発し、後者は全快状態になったアークにとって避けることは難しくなかった。先程と似た状況しかし完全に捕食者と被捕食者が逆転した攻防が続き。

 

「どうしたんですかアークさん。火が、弱まってきていますよ」

 

 リクの言葉通りシン・アークの炎勢は削がれ、最初に展開した時よりも一回り以上小さくなっていた。そのことにアークは心外といったように憤り。

 

「テメーがちょろちょろ逃げっからだよ!けどこのままじゃどうにもジリ貧か。となると、手法を変えるか。こういうのはどうだ?」

 

「え?」

 

 リクが疑問を口にした直後、突風が彼女の横を通り過ぎたと思うと、その後ろの土手が爆発したような音と土煙を上げる。

 

「……え?」

 

「っ、てぇ~~!!やっぱいきなりは無理か。どうすっかな、面積を増やして……」

 

 土煙が晴れた先にいたのはアークだった。彼女は、土に汚れた部分をさすり何やら思案をしていると思い立ったように低い姿勢で両腕を広げ、リクに向き直る。

 

「これでよし」

 

「は」

 

 次の瞬間、アークの姿が消え、代わりにリクが強烈な衝撃を受け、吹き飛んだ。着水する。

 

「ゴホッ」

 

 川から顔を出し河原へと舞い戻ったリクは砕けたあばら骨を抑え吠える。

 

「種は見えましたよ!あなた、炎を全面に展開するのではなく一方向に噴射することで強引な瞬間加速を可能にした!そうですね!!」

 

「ごめーさつ。だったらどうだって話だけどな~!!」

 

 再加速。超速度のサメがワニを襲う。しかし、

 アークが到達する寸前、リクは突進軌道上から僅かに身をずらすことに成功する。そしてがら空きのそのどてっぱらに。Boxdileの拳を叩きこむ。

 シン・アークによる噴射とBoxdileの拳。二重の加速によりアークは跳ね。向こう岸の土手に爆砕音と共に落着する。

 

「くっそ、マグレだ!」

 

 急激な加速により一飛びで対岸を渡りリクに再度突撃を敢行するアークだったが。

 

「だから、見えてるんですよ」

 

 またも間一髪で突撃を交わしたリクによって今度は横っ面を殴られるアーク。制御を失い大地を猛烈な勢いで転がり倒す。そんなアークにリクは冷淡に言い放つ。

 

「その加速は、単調な直線の加速しか出来ていません。恐らく、自分で制御も出来てないんでしょう?ならば目が慣れれば対応も容易いですよ。あまり、舐めないでもらいたいですね」

 

 アークは言葉に無言でハンマーナックルを構えなおす。慣れない急加速とその制御の失敗は彼女の身体に大きな負担をかけていたのだろう。あちらこちらに傷が生まれどこか痛みに耐えているようでもある。対するリクもこれまでアークから受けたダメージや、能力発動のため自ら行った抜歯による消耗は目に見えていた。それでも戦いは続く吠声と共に二頭は激突する。

 拳戟の舞踏は続く。恐らくお互いの体力からして強化された一撃が先に入ったほうが勝つことになることは両者ともわかっていた。そのため片手で牽制し、生みだした隙に強化された拳を叩きこみ、叩き込まれた側は全力で退避し、牽制をかける。そういった流れが幾度も続いていた。

 そのようなやり取りもいずれは終わりが来る。先に限界が来たのはアークだった。リクの拳を回避した直後、彼女の身体は不意に沈み、体勢を崩した。無理もない、進化による身体の再構成によって傷は癒えたものの疲労はその身に残った。その状態で無理な加速を連続させたのだ、こうならない方がおかしかった。そしてそれを見逃すリクではなかった。振りかぶったBoxdileがアークの顔面を捉え。

 なかった。リクの拳は空を切る。見ればアークは急激な速度で沈み込みその拳を躱していた。そして再び爆発したような加速を得て伸びあがる。

 

「よく考えたらこれ、ジェット体験とコツは同じだよなあ。出し過ぎ注意ってな」 

 

 リクの顎下にハンマーナックルをぶち当て。その短躯を打ち上げる。

 打ち上げ花火のように高く上がったその身を突如として発生した竜巻が更にその高度を押し上げる。アークはそれに続き、竜巻に乗り込み風に任せて天上へと昇り上げる。

 仰向け姿勢で天高く昇ったリクのその上空へと飛び出たアークは体を捻り溜めを作ると。それを解放するようにその背から羽の如し巨大な炎が現出、重力と合わさり落下するアークの身を一本の槍と化した。

 鮫槍はワニの腹部を捉え一直線に大地へと降下する。周囲の竜巻を炎の色に染め上げながら、だ。

 

【挿絵表示】

 

 音を遥かに超えた加速が最高点に達した時、彼女らも大地へと達し、穿つ。着弾点から衝撃波が一斉に広がり、地を割り、周囲の炎竜巻は一瞬にして消え去った。後に残ったのは血反吐を吐き、完全に意識を手放したリクと。その上に立つ女。

 

「アークぅ!」

 

 四度目のサメとワニの争いは鮫の勝利で幕を閉じた。

 

 ♦

 

「リクの姉御~!」

 

「リクちゃん様~!」

 

 薄ぼけた意識の中、リクは自身の名を呼ぶ声で目が覚ます。

 

「ここは……って、アークさん何やってんですか……」

 気付くとそこはアークの膝上であった。慌てて飛びのくとアークは口を尖らせ。

 

「何だよ~なかなかオメェが起きて来ねえから気ぃつかってやったのによ~」

 

「敗者に情けなど必要ありませんよ!というか絶対何か対価に要求するつもりでしょう!」

 

 

「あったり~。まあ、大したこっちゃねえからそう気がまえんなよ。あ、借金チャラは譲らねえぞ」

 

 あっけらかんと言った後アークは居住まいを正しリクに向き直る。その要求は。

 

「リク。お前カルヴァリーでも結構いい位置にいるよな?ノーム小隊のミイチル、ライズ、ナジ、コタツ。この四人が今どうしてるか。知ってたら教えてくれ。頼む」 

 

 珍しく深々と頭を下げ頼み込むアークに対してリクはため息をつき。

 

「さっきのお友達……ですか。お断りです」

 

「リクの姉御~!そこをなんとかなのだー!お願いなのだ~!!」

 

 瞳を潤ませ懇願するメアにたじろぐリク。更にそこにランカが耳打ちをし。

 

「リクちゃん様。言っちゃったほうがいいでござるよ。下手に知らんふりをしたらまた難癖つけて面倒なことを引き起こすに決まってるでござる。ここはさっさとお引き取り願うでござるよ」

 

「なるほど」

 

 リクは観念したように嘆息し。

 

「いいですか。私が心当たりがあるのは一人だけですからね。それを話したらもうなんの要求も通りませんからね……」

 

「リク~!お前ってやつはよぉ~!」

 

「なのだ~!」

 

「ちょ、ちょっと!?なんなんですか~!」

 

 感極まった二人から同時に抱き着かれて慌てふためくリク。咳払い一つで平静を取り戻すと本題を話し始める。

 

「埼玉県に。韻蘭市という場所があります。そこでノーム小隊の元メンバー、ライズが活動しているという噂を聞いたことがあります。これでいいですか」

 

「ああ。ありがとなリク!恩に着るぜ!!お礼に今度身体マッサージしてやるよ!」

 

「いりません!!」

 

 こうして借金をチャラにしたついでに”友達”の情報を得たアークとメアはリクたちと別れ方舟市への帰路につく。

 

「アーク、これで来週は!」

 

「ああ、いくぞ埼玉。ライズちゃんを捜しによ~!!」

 

 こうしてアークとメアの過去を訪ねる旅が始まるのであった。

 




第五話「シン・アーク」完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければお気に入りや高評価、感想などいただけましたら大変はげみになります。


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SH図鑑⑤アーク&次回予告

 SHs図鑑⑤アーク

元動物:サメ

誕生日:?

年齢:16歳?

概要:SHs大戦の主人公。元々カルヴァリー所属のSHだったがある事件により脱走。以後カルヴァリーに反逆したり現世を謳歌したりしている。かつてカルヴァリーで活躍したノーム部隊元副隊長。

 非常に教育に悪い見た目、性格をしているが妙なところで真面目なところがある。非常にドスケベでありとくに見目麗しい女体には目がない。数少ない複数能力持ちのSHだがその威厳はない。普段はサンの家でくっちゃ寝を繰り返し小遣いを貰って遊びに出かけるのが日常。

基本ニートだが携帯端末の充電アルバイトやたまに事業を立ち上げて多めに稼いでくることがある。

 

武装:チェーンソード チェーンソーと長剣が融合したような見た目の刃物。

スイッチを入れれば鉄塊をもバターのように易々と両断する切れ味を見せるがSHには通じないことも多々あり若干不遇。実は刃の部分には使い手であるアークに大ダメージを与える鮫特攻属性がある。

 ハンマーナックル シュモクザメの頭部をモチーフにした打撃・探索補助武装。なお探索補助機能は使われたことがない。チェーンソードとの合一機能があり合一すると強力な斬撃を放つことができる。

 ミニアーク アークの人格データ?を元に作られた自立思考型AI、実態化もする。

本人よりもクールでメアとサンに懐いている。アークより家事をちゃんとする。

 

趣味:賭け事

ネトゲ(ラムルディのギルドにランカと一緒に入ってる)

イベント参加

エッチなこと

ゲーム・漫画・アニメ

SNS

割となんにでも手をだすしハマって上達する。

 

好物

肉、魚

 

キライなもの

野菜

 

SH能力:アークネード 自身を中心に竜巻を発生させることができる。竜巻の軌道は自身である程度制御できる。

人間程度なら軽く巻き上げることができる力をもつほか汎用性に優れ打撃の強化や移動にも用いる。

 アーク・ショック 身体から電撃を発する能力。ある程度電圧は調節できる。低い出力なら電化製品への給電も可能。低ければ低い程継続的発電が可能。この能力獲得以後電気に対する耐性を獲得。(パッシブ)

 

シン・アーク アークの身体から燃え盛る炎を生み出す能力。それなりに火力調整が出来る。

炎を身にまとうのが通常の使い方だが一気に炎を放出して爆発的な威力で直線を移動する使用法もある。

 

 トコじょーず セクハラ時に使用される。カートリッジ・ライフに接続し歴史上存在するまたは架空のエロ知識をダウンロードし達人のごとき腕前で情事を致す。

 次回予告

アークのトモダチ、ライズを探して空中浮遊都市埼玉にやってきたアークとメア。

汽車ツクモに乗り込み旅行を楽しむ彼女らがそこで見たのは目を疑う光景で……?

 

SHs大戦第6話「埼玉鉄道99」



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第六話「埼玉鉄道99」
6-1 空中浮遊都市埼玉


<女性の声>

 空中浮遊都市埼玉。何の因果か換歴の埼玉は宙に浮いた。ほんとになんでだ?浮いたといっても朝と夜の通勤ラッシュの時は降りてきている。浮くなら浮きっぱなしにしときなよねえ。

 草木や動物たちも高低差に対応して珍奇な進化を遂げてるとかなんとか、埼玉の雑草は傷薬の材料になるなんてほんとどうかしてるよ。

 ともあれそんな埼玉は観光都市としても結構人気があってね。埼玉は何もないなんて口が裂けても言えないわけさ。さて、いつもと違った舞台でアークたちは何を見せてくれるのかなっと。

 埼玉は空を漂う雲海と共に地を這いつくばる他の都道府県を見下ろす。他県の日照率に多大な影響を与えるこの地はそれゆえに快晴率日本NO.1とされているが当たり前である。

 天上に輝く太陽を日ノ本で最も近くに戴く埼玉で最も早く、人気のある乗り物は何か。飛行機?違う。改造車?違う。リニアモーターカー?違う。

 答えは汽車。

 中でも埼玉の外周部分をぐるりとひとつなぎにした路線を走る名物列車ツクモは大変な人気があり、地元の人間だけでなく観光客も大勢利用している。

 そんなツクモは今日も汽笛を鳴らし、黒煙を棚引かせながら、シュポシュポとその黒く、重厚なボディを走らせる。

重低音を響かせるツクモの車掌室には白の車掌服に袖を通した女がいた。

 

「計器よし、時間よし。今日も快調ね。あら?」

 

 疑問と共に彼女はOKサインを象り、身体の前でクロスさせた手を解くと、衣服から小型端末を取り出しそこに送られてきた情報を読み取る。

 

「なるほどアークが、ね。これはおもてなしをしないといけないかしら」

 

 そうひとりごち。小型端末をしまい込むと一度気持ちを落ち着けるように窓から顔を出し、風に当たる。そして他に誰もいないにも関わらず、誰かに語りかけるようにつぶやく。

 

「今日の風は一段と気持ちいいわ。ツクモは感じる?……そう。まるで風が私たちに語り掛けて来てるみたいね」

 

SHs大戦第六話「埼玉鉄道99」

 

 

「うめぇ!うめぇ!うめぇ!」

 

「アーク食べ過ぎなのだ。そんなのじゃすぐまたすっからかんなのだ。あ、それメアのなのだ!」

 

「借金チャラになったしサンから小遣い貰ったからそんなケチケチしなくていーんだよ。旅っつったら食道楽だろ~?ゼリーフライもうめ~なおい

 

 汽車ツクモの客席で駅で販売されている弁当や、ゼリーフライ、饅頭、アイスなどなど埼玉名物を大量に頬張っているのはいつものお騒がせ二人組。アークとメアだ。

 アークとメアは朝一で埼玉に乗り込み、ツクモに搭乗した。

 ツクモに搭乗する前にもアークが集合時間に遅刻したり、埼玉上昇にテンションを上げて駆けだしたメアが人ごみに攫われるなど色々あったがそれは別の話。

 

「アークぅ、浮かれすぎてサイタマまで来た理由をわすれちゃったんじゃないのだ?」

 

「あー?舐めんなよ。ここに来た理由は一つっきゃねえだろう」

 

 そう、彼女らがツクモへと搭乗した理由はただ一つ。

 

「アニメの聖地巡りだな」

 

 違う。

 

「ちぇりゃー!!」

 

「アー!アタシのギャリギャリ君!?一口で食ってんじゃねえよもったいねえな!キーンとするのだ?そりゃそうだろ!」

 

 頭をさすりながら非難めいた目を向けるメアに、アークは観念したように目を逸らし。

 

「わかってんよ。ライズちゃん、アタシの”トモダチ”を探しに来たんだ。”悪友”のオメーとな」

 

「ウム、この”悪友”がついているのだ。ドーンと構えていればいいのだ」 

 

 得意げに胸を張るメアを頼もし気に横目に見ると、アークはここに来るきっかけとなった一週間前の戦いのことを想起する。

 

「元ノーム小隊の補給担当ライズは空中浮遊都市埼玉の韻蘭市に居を構え。そして主に環状列車、ツクモを中心に活動をしているようです」

 

 アークの記憶の中のリクはこう言っていた。それに対しアークは、

 

「埼玉か、結構ちけーな。盲点だぜ、そんな近くにいたなんてよ」

 

「列車で活動ってもしかして運転手さんか何かなのだ?」

 

「それは……見てもらったらすぐわかるでしょう」

 

 そう口にするリクは何故か頬を赤くして顔を逸らしていた。アークは何となく意味を理解したような気がしたがそれ以上追及はしなかった。小学生がいるからだ。つまりはそういうことだ。

 



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6-2 トモダチ

 追想と共に食事を終えたアークは手を合わせると、メアと共に立ち上がる。

 

「うっし。それじゃあライズちゃん探し始めっか。うまく乗ってっといーんだけど最悪活動の痕跡だけでも見つけてーところだ」

 

「きっと見つかるのだ!まずは他の車両を見て回るのだ!」

 

 彼女らは、意気揚々と扉を開け後部車両に足を踏み入れる。まずは二両目。

 結論から書くと一両目から七両目は特に何もなかった。さいたまるのすけの名曲、「どうして埼玉」の流れる車内では、観光客や地元の客が思い思いに食事や歓談、周囲の風景を楽しんでおりその中には。

 

「友達はいるのだ?アーク」

 

「んにゃ。それらしき奴はいねえな次行くぞ次」

 

そんな状況に変化が起きたのは次の車両。八両目からだ。その車両はこれまでの車両とは空気感を異にしていた。まず、明らかに人が少ないのだ。これまでどの車両も満席状態で立っているものも少なくなかったというのに、この車両は座席の半分以上が空いている。更に言えば座席に座っている人々もどこか変わっていた。ボンテ―ジを着込んだSMクラブの女王風の女性を筆頭にコスプレのような恰好の人々が少なくなかった。俗にいうありえん。に分類されてもおかしくない彼らは何かを果たした後のように満足気な表情でいた。

 

「どうも様子がおかしくなってきたな」

 

「ライズの活動っていうののえいきょうなのだ?」

 

「とにかく、先に進むしかねえな」

 

 警戒を露わに、アークは八両目を抜けて九両目の扉に手をかけた。その時だ、アークの全身に悪寒が走る。アークの脳はこう警告している。この扉を開けてはいけない、この先を覗いてはいけない、と。

 わけもなく震えを得る手を抑えアークは歯噛みする。そんな彼女をメアは心配そうに見上げ。

 

「ど、どうしたのだアーク?調子が悪いならメアが代わりに開けるのだ?」

 

「いや、いい」

 

 こんなとこまで来てびびってんじゃねーよ、とアークは心の中で己を叱咤し、再び扉に手をかける。

 

「アタシは、ライズちゃんに会いに来たんだー!!」

 

 振り切り、開く。そしてその先にあったものわ。アークも、メアも予想だにしていなかった光景であった。

 

 扉を開けた瞬間、ムワっとした湿気の多く、生温かい風が車内から吹き込んできた。車内は先程の八両車が嘘のように人で溢れていた。座席は満席、立っているものも多くいるほどだ。

 アークがまず最初に認めた異常は通路に立っている男、彼は頬を赤らめ、その手を隣の女性の臀部に忍ばせる。彼が手を蠢かす度に女性の身体が艶めかしく反応する。間違いない、これは痴漢だ。その手を止めるものはなく、淫行はただ続けられていく。

 だが、異常とはそれだけではなかった痴漢を受けている女性、その手が痴漢している男性の臀部を握りしめているのだ。彼女は妖艶なリズムを持って彼の尻を揉みしだく。彼もまた、それに応じて震えを得る。

 ありえんことに彼らは、互いに痴漢しあっていた。

 あまりに珍奇な、プレイともいえる行為にいそしむ男女。しかし、この光景は彼らだけのものではなかった。見れば彼らの背後にいるものもその隣にいるものたちも、痴漢を互いに行っているのである。

 アークはメアの目を塞ぎ、彼女の耳をミニアークに抑えさせながら、警戒を持って奥へと進む。だが、進めど進めど、痴漢は止まらない。女が男に触れ、男と男が抱き合い、女と女が互いの衣服に手を入れ合う。ここは常世とはルールを異にする無法地帯。淫行がこの車両を支配している。

 そのような空間をアークとメアとミニアークは進む。ただ一つ、アークの友達と出会うことを目的に。だが、常と違う空間に身を置いていたからか、それとも気負い過ぎた結果からか、彼女らは背後から接近する人影に気付くことはなかった。人影はフリーになっていたアークの左腕を掴みあげる。

 

「……!?」

 

「ここは君たちみたいな娘が入って来る場所じゃあないよ……おや、この肌感覚は……」

 

 危機を感じて振り向くアーク。だが女はそれを意に介さず人差し指を頬において考え込む動作をとると、ふと思い立ったように何気ない動作でアークの首筋に指を触れさせ。そのまま下になぞった。

 

「ひゃぁん!?」

 

 突如得た、えもしれぬ快感に全身の体温を高くし、嬌声と共にアークはその場で飛び跳ねる。目隠しが取れたメアは何事かと振り返りその女の姿を認める。

 女は短めの茶髪に大人びた顔つきをしていた。随所に小さな露出が施された臍出しスタイルのトップにダメージの入ったジーンズを身にまとっていた。彼女はアークの動揺する様が面白かったのか口元を抑えて悪戯っぽく笑う。

 

「あははははは!そうじゃないかと思ったけどやっぱり本人だわ。久しぶりねアークちゃん。お姉さんのことわかる?」 

 

 キッ!と女性を睨みつけ警戒していたアークだがその言葉にはっとなり、気付く。そして彼女の名を言う。

 

「ら、ライズ……ちゃん……!?」

 

 探し求めていた”トモダチ”がそこにいた。



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6-3 絶対淫行車両

 ”トモダチ”ライズと再会を果たしたアークは彼女と共にメアとミニアークを連れて異常淫行空間である九両目から人気の少ない八両目へと場所を移し、積もる話を始めた。

 

「いや~ホントに久しぶりね~二年だったかしら?」

 

「うん、ちょーどそれぐらいライズちゃん。あんまり変わってなくて……安心した」

 

 アークは心底ほっとしたように胸をなでおろす。その瞳は僅かに潤んでいたがそこに触れるものはいない。

 

「そういうアークちゃんは随分雰囲気が変わったわねぇ。弱い部分(とこ)は変わってないみたいだったけど」

 

「うるっさい!色々あったの!」

 

「なんだかアーク、いつもと雰囲気違うのだ。ライズの妹みたいなのだ~」

 

 その言葉にライズは前のめりになり懐かしむように話す。

 

「そうなのよ~昔から私、皆のお姉さんポジだったのよ~わかるー?わかっちゃうか~。小学生にも大人の色気、伝わっちゃうか~」

 

「ライズちゃんおじさん臭い」

 

「酷くない!?昔は背伸びしたがりの可愛い委員長さんガールだったのに……今では容赦ないパンクファッションガールになっちゃって……その恰好、ナジーちゃんのマネ?いいな~ってチラチラ見てたものね~」

 

「あの娘は関係ない!ないったらない!!これはアタシのセンスなの!」

 

 自らの発言を発端に飛び出た衝撃的な情報にメアは理解不能の感情を覚え、呟く。それは

 

「アークが……委員長……?これが?」

 

「マジアリエネーダロ」

 

「マジどういう意味だあ~ん!?」

 

「「イダダダダダダダダダダ」」

 

「アッハハハハハハハハハハ!」

 

 アークはメアとミニアークの頭を纏めて拳でぐりぐりと圧搾していく、それを尻目にライズは腹を抱え大笑いしている。やがて彼女は少し溢れた笑涙を拭い。

 

「あー笑った笑った。ちょっと安心した。色々あったみたいだけど面白い娘たちに囲まれてるみたいねアークちゃんわ」

 

「んー……まあね!ライズちゃんは、その、この二年どうしてた……の?」

 

 たどたどしく訊ねるアークに対し整理するように視線を上に泳がせ腕を組むやがて腕組を解き、指を立てる。

 

「そうねーお姉さんの方も色々とあったわ。まず私たちがバラバラになった後、私もSH手術を受けさせられてね。SHになったわ。SHボノボそれがいまの私。知ってる?ボノボ」

 

「ボノボ!」

 

「サルダナ」

 

「そーそーそれそれ。無事手術が成功したのはいいんだけどそれからが大変でね~」

 

 そこまで言うとライズは視線を皆から外し少し気恥ずかしそうに頬を赤らめ小声となり。

 

「なんというか、ボノボになった影響か人肌恋しさが凄くなってね……しばらくはそういうのを満たせる職についてたんだけど。出禁喰らっちゃってね。もてあます衝動をどうするかって時にさっきの車両に辿り着いたのよ」

 

「さっきの異常痴漢車両……ねえ、あれってなんなの?」

 

「順を追って話すわ。その前に……ミニアークちゃん、メアちゃんの耳を塞いでおいて頂戴。子供にはまだ早いわ。それと、この話はエッチだけど……アークちゃんそういうの今は平気なわけ?」

 

「バッチリ」

 

 アークの力強い返答におぉ……と感慨深そうな反応を見せるライズ。のけ者にされて頬を膨らませるメアを置いて詳細が語られ始める。

 

「女の子と合法的に触れ合える職をクビになったあと就活……就職活動を続けていた私はツクモの九両目で扉に寄りかかり窓の外を眺める一人の女性を見かけたの。その女性はどこかアンニュイな表情をしていたことを覚えているわ。あの瞬間私は感じ取ったのよ。あ、この人欲求不満なんだなって」

 

「うん?」

 

「私はその人に近づき、そっと手を握ったわ。最初は驚いたようだけど私の指圧マッサージがよっぽど気持ち良かったのか、すぐに身をゆだねて来たわ。それから何度かそういった行為をしていたら気付いたの、この電車、他にも欲求不満の人がいるわってね。だから私はその不満を一つずつ解消していったの。そうするとね。徐々に車両の中の乗客に普通の生活じゃ満足できない人たちが増えていったの。それはちょっとずつ普通の人との割合を逆転させていったわ。結果できたのが今のツクモの九両目」

 

 あっけに取られる二人と何も理解していない一人を差し置いてライズは深く息を吸い。一息に話す。

 

 

「絶対淫行車両よ。今やあの空間は全国各地から普通のプレイや乗車じゃ満足できないありえん。人たちの集合地点になってるの。ああ、誤解しないで欲しいのはたまに関係ない人が入って来ることはあるけど、そういう人は皆見分けがつくから手を出さないのよ。あくまで同類だけで成り立ってる関係ね」

 

「何てもん作ってんのライズちゃん……てゆーかそれ鉄道の人達の許可とってるの」

 

 あきれ果てた様子のアークの疑問にライズはあっけらかんと答える。

 

「とってるわけないじゃーん。それにこの列車、そういう車両が多かったりするんだよ?」

 

「エッチな車両が!?」

 

「やー、違う違う。エッチなのはあそこだけ。そうね、お姉さんが教えちゃおう。ミニアークちゃん、もう大丈夫よ、耳話してあげて」

 

 ミニアークから解放されたメアはアークの腰をべしべしと叩き。

 

「ムー!さっきから何の話だったのだ~!教えるのだ~」

 

「いで、いで、教えたらオメーのかーちゃんズに怒られっからぜって~教えね~コラ、ミニアークオメーもなんで一緒に叩いてんだ」

 

 賑やかなやり取りを横目に見つつライズは軽く手を叩き。

 

「はいはーいお姉さんの解説始めるわよ~。環状汽車ツクモは客車十五両編成で前の七両は普通の乗客が乗ってて、後ろの七両はありえん。人たちが主に乗車する特殊な車両になってるのそしてその丁度中央に位置するこの車両が緩衝点になってるってわけ。どう?ここより後ろの車両、ちょっと興味でてきたんじゃない?良かったら案内するけど」

 

「興味あるのだ!連れてって欲しいのだ!連れてってくれなくても探検するのだ!」

 

「ダッテヨクソマスター」

 

「ハイハイ。じゃあ、ライズちゃんお願い」

 

 こうして四人のありえん。列車探検が始まったのであった。



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6-4 ツクモ特別車両

 ありえん。探検隊は十両目へと辿り着いていた。彼女らを出迎えたのは音。それも列車という環境ではあり得ない莫大な音の奔流だった。

 

「こりゃあ……」

 

 見れば通路の広い空間で悪魔的メイクを施した男たちがパンクファッションに身を包み、楽器をかき鳴らしていた。

 デスボイスを交えた彼らの周囲を猛烈な勢いで首を縦に振る者たちが取り囲んでいる。アークたちはそんな彼らに同化する。

 

「ちょっと……何コレ?」

 

「凄いでしょ~車内ライブとか見れるのそうそうないと思うよ。色んな駅ごとにありえん。アーティストさんが乗り込んできてライブするの。ほら、音に合わせて首振って」

 

「ふおおお楽しいのだ!でも首が外れそうなのだ~」

 

「ミニアークは……振る首がねーな」

 

「余計ナオ世話ダクソマスター!」

 

 地獄の底から沸き立つようなアーティストのシャウトに身を任せ、アークたちは観客たちと一体感を得。大いに騒いだ。列車内で。

 数曲を終え、アーティストたちが駅で降りて行った後は観客もまた入れ替わった、アークたちはその入れ替えの間に十一両目へと到達する。

 その扉を開けた彼女らの鼻孔を刺激したのはさらさらとした化粧品の香、そして目に飛び込んできたものは。

 

「おやぁ?お客さんかなぁ?」

 

 赤毛に白の肌、ピエロ風のメイクをした痩躯の男とそんな彼にメイクを施されている女性たちであった。

 

「どうもロメさん。今日は遠くから来た私の友達にツクモを案内してるところ。メイクはまた今度ね」

 

「そうかい。ざぁんねんだねぇ、よく見たら他の娘もいい素材だ。また来てねぇ」

 

 心底残念そうな男に笑って手を振り、ライズは先に進む。だがメアは男に。

 

「おっちゃんはどうしてここで化粧をしてるのだ?」

 

「昔ここで化粧が全然上手くできなくて困ってる子がいてねぇ。手伝ってあげたことが始まりかなぁ。その規模がどんどん膨れあがって今こうさ。無許可だけどね」

 

「せんせー私の番まだ~」

 

「ああ、ごめんねぇ。すぐいくよぉ。そんな感じだからまたねぇ。この列車は他のところも個性的だからきっと楽しめるよぉ」

 

 そうピエロメイクを歪めて笑う男は慌てて呼び出した客の元へと駆けて行った。彼を見送った後探検隊は次の扉へと意気揚々と手をかけようとしたその時だ。

 扉が勝手に開きその奥から一人の女性が姿を現した。

 白の制服を着たその女性はその恰好からこの列車の車掌であることが見て取れた。制服のあちらこちらに見て取れる埼玉グッズから地元愛が強いこともまた、だ。

 車掌は眼前のアークとライズにじろじろとぶしつけな視線をぶつけた後その奥、ロメたちの姿を認めたと思うと、チッ、と舌打ちを一つするとアークたちの横を通り抜けていった。

 

「なんだぁ……?」

 

「たいど悪いのだ~、ネットの口コミ下げてやるのだ?」

 

「クソマスター、アレ!」

 

 ミニアークの指摘に振り返ると閉じ行く扉の先、十二両目の光景が僅かに見て取れた。そこでは先ほどは誰も気づかなかったが、車内に組み込まれたハンモックのようなもの達が床へと落ち、乗客たちが倒れ呻いている姿があった。

 

「アイツ……!」 

 

 急いで振り返るが態度の悪い車掌は既に十両目の扉の前だった。彼女は突然身を翻し、OKポーズを変化させた手をクロスさせると言い話す。

 

「あんたたちありえん。連中の存在を私とツクモが許容してあげるのも今日で終わり、会社には放置しろと言われてるけど、アークと一緒に片づけてやるわ。ツクモの怒りをしりなさい!トーマス!」

 

 その叫びと共にアークたちは周囲の空間が変化したのを確かに感じた。だが、わかったのはそれだけだ何が変わったかまではわからない。そして仕掛けた張本人は勢いよく扉を開けると次の車両へと移っていく。

 

「待て……な!?」

 

 その場を直ぐに追おうとしたアークだったがその足は直ぐに止めることになる。無理もない。今起きている光景は怪奇現象そのものだったからだ。

 

「ウワー!?僕の化粧道具が勝手に動きだしたよぅ~!?」

 

 ポルターガイストというべきか。ロメの所有する化粧道具が一人でに動き出しそれぞれが勝手に順番待ちをしているお客に向って勝手に化粧を施し始めたのであった。



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6-5 SHシラコバト

 ポルターガイストというべきか。ロメの所有する化粧道具が一人でに動き出しそれぞれが勝手に順番待ちをしているお客に向って勝手に化粧を施し始めたのであった。

 慌てふためくロメだったが、客の方も客のほうで。

 

「きゃ、やだ。筆遣い荒い!」

 

「こっちの子は丁寧だわ。ロメさんに似た手つきね」

 

「ちょっと、私のお財布が勝手に飛んでいくんだけど!いかないで私の野口!」

 

 と戦々恐々の有様である。この状況にアークたちは顔を見合わせ。

 

「さっきのしゃしょーSHだったのだ!?」

 

「あいつのこと知ってるライズちゃん?」

 

「格好通りこの汽車の車掌だよ。SHってのは知らなかったけどね……ヤバ、淫行車両の皆が危ない、じゃロメさん頑張って!」

 

「ええ~!?助けてくれよぅ」

 

 ロメの嘆きを無視して足早に十一両目を後にしたアークたちは十両目に突入するそこでは案の定阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 

「テメェ、オレは一体何代めの俺だ~!?ライブごとに叩き折ってんのしってんだぞオラ―!熟練バンドならともかくテメーらのかっこつけに折られるほど俺らは甘くねーぞ!!」

 

「ドラムを叩くよりもお前の身体を叩く方がよっぽど楽しいだろうと思ってたよ。ヘボ奏者がよぉ~!ゲヒャヒャヒャ!」

 

「わ、悪かった!おれたちが悪かったから許してくれ……ぐわぁぁぁ!」

 

「リーダー!!!」

 

 十両目では持ち主の手から解き放たれた楽器たちが日ごろの恨みを晴らすかのように奏者たちに襲いかかっていた。それを見かねたライズは頭を掻き擬態を解く。

「九両目の皆が心配だけどひとまずここを何とかしようかしら……Packmen!」

 ライズがそう宣言すると彼女の手元に有彩色半分透明素材半分の球状のカプセルが現れる。

 ライズはカプセルを強く握りしめ投擲する。

 

「ん、なんだぁ?うわぁあああああああああああ!?」 

 

 カプセルは風を切り勢いよく進むと奏者たちを滅多打ちにしているギターに衝突する。するとカプセルが上下に割れ、その中に向って吸い込まれていった。

 

「ギェー太!ちくしょうめぇえええええ!」

 

 仲間を一人封じ込められ逆上する楽器たちであったがライズはそれを片っ端からカプセルをぶつけ封じ込めていく。車両内は瞬く間に鎮静化されていった。

 

「じゃ、ちょっとこの子たちはもらっていくわね。あなたたち楽器はもっと大事にしないとダメよ」

 

「あ、ああ……ありがとう……ございます」

 

奏者たちからの礼もそこそこに人ごみを掻き分けてアークたちは進む。その中でメアはライズに問う。

 

「ライズ姉ちゃん。楽器をポンと封じ込めちゃったのだ。スタイリッシュなのだ~!でもなんでさっきの車両は助けてあげなかったのだ?」

 

「今回は楽器くんたちも相当おかんむりだったからね。もしかすると人死にもあったかもしれないし、私たち原因かもしれないことでそれは見過ごせないよ。それにロメさんところは道具の扱いが丁寧だったから大事になりそうになかったしね。日頃の行いの賜物かな。メアちゃんも道具は大事に使わなきゃダメよ。っとやっとついた」

 十両目を抜け、九両目への扉を急ぎ開く果たして中はいかな惨状か。

 

「みんな!?……誰かメアちゃんの目を塞いでおいて頂戴。耳もね」

 

「オウ」

 

「なんなのだ~!!」

 

 憤慨するメアだったが当然この光景は小学生にはお見せできない。なぜならば。

 

「ほーっほっほっほっ、下手糞なお前たちに変って私自ら私を振るってあげる!女王鞭とおよび!女王鞭とおよび!」

 

「いつもいつも本来の用途と違った使いかたしおってからに……今日という今日は貴様らの全身のコリをほぐしてやるぞー!」

 

「ぶぃぃぃぃぃぃんぶいんぶぃんぶぃぃぃぃぃぃぃん」

 

「うぃんぅいんうぃんうぃぃぃぃん」

 

 鞭、キャンドルを筆頭に夜に特殊な用途で使う道具たちが乗客たちを愉しませていた。夜の街ですらみることのできない淫靡な光景であったがライズはひるまず一歩前に出る。

 すると夜の玩具たちも彼女に気付き一旦手を止める。しばしの静寂の後。振動する玩具が口を開く。

 

「つつましくしていてもわかる極まった技量!この方だ!この方こそ私の新しい主!」

 

「いや我が!」

 

「私こそが!」 

 

 次々に玩具たちが名乗り上げそれぞれが見合わせた次の瞬間。

 

「「使ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」

 

 一斉にいかがわしい者どもがライズに殺到する。だが、ライズは一切退かず淡々と人の上体ほどもあるカプセルを抱え。

 

「纏まってくれると楽だね。団体さまいらっしゃーい」

 

 バスケットボールをパスするように玩具たちにぶつけ一斉に収納する。夜の時間は終わりだ。 

 

「いっちょ上がりと、みんな無事?」

 

「ああ……」

 

「ライズ姐さん素敵!抱いて!!」

 

「はいはいまた今度ね~あとおもちゃはちょっと預かっとくからね」

 

 歓声をあしらうライズは手元の巨大カプセル拳大に収縮させ懐にしまい込むとアークたちに振り返り。

 

「ひとまず片付いたわね。駅に止まってくれるなら助かるんだけど……もう幾つか駅を通りすぎちゃってるみたいだし素直に降ろしてくれる気はなさそうね」

 

「車掌の奴をぶっとばすして止めてやるしかねーってことか。上等!」

 

「みんなで探すのだ!」

 

「チガサワグゼー!」

 

 意気込んで九両目を後にしたアークたちだったがSH車掌の姿はなかなか捉えられなかった。八両目より前の車両ではポルターガイスト騒動は起きておらずただ駅を通り過ぎる汽車に困惑する乗客たちの姿があるのみだった。

 

「先頭にいってもいなかったのだ~!」

 

「やっば次の駅で降りないと私、仕事に間に合わないんだけど!」

 

「次は車掌室……いや、そんなせめぇとこで待ち構えたりはしねえだろ。てことは……上だ!」

 

 言うが早いかアークは一跳びで汽車の屋上に飛び乗る。するとその何両か先に、確かに白の車掌服の姿を認めることができた。

 

「やっぱり量産品の道具じゃどうにもならなかったわね。まあいいわ……アンタたちはここで私が埼玉の礎にしてあげる」

 

 先程の特徴的なポーズで車掌は自らの正体を宣言する。

 

「SHシラコバト チヨ。出発するわ」

 

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6-6 裏切り

 アークの視界の先、先頭車両の屋根の上で白の車掌服に身を包むSHシラコバトは武器を構えた。

 

「は?」

 

 アークが気の抜けた声を上げるのも無理からぬことだった。シラコバトが手にした武器とは即ちネギだった。埼玉の名産品で深谷ねぎと呼ばれる品種であろうソレを象ったロッドのその柄尻からは鎖が伸びていて別のものに繋がっていた。別のものとは、レンガだった。こちらも埼玉の名産品とされる深谷レンガと呼ばれるものが鎖を通してネギと繋がっている。

 鎖ねぎレンガとしかいいようのない武器を構え、シラコバトは走る汽車の上を駆ける。

 

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「驚いて言葉もないようね。無理もないわ。この一分の隙もなく埼玉の素晴らしさを表現した造形美。他県民にとっては恐怖の象徴といってもいいわよね?あなたちは埼玉で生まれ育たなかったことを懺悔して死ぬのよ!」

 

「埼玉っつーか深谷欲張りセットだろうがー!!」

 

 風を切って振り回されるネギを交わしながらアークもまたチェーンソードを手に取り反撃を返していく。高速で揺れ動く上に風の抵抗が加わる汽車の屋根上という環境にあって、それが何の弊害にもならぬというように鮮やかに武器を打ち合わせる二匹。そんな彼女らに対して共に屋根上に上がって来ていたライズわ。

 

「ごめんアークちゃん。おねーさんこの上で戦闘は無理があるわ。後方支援で許して!」

 

「おっけおっけー前衛は任せといて。なんかこういうの懐かしい……ねっ!」

 

 アークは応答と共に相手を押し返し。低い姿勢で敵の動きを待ち構える。一方チヨは動きを止め、片手で掴んだネギの鎖を手首のスナップで振り回すと徐々にその勢いを強めていく。遠心力と共に深谷レンガが加速し、やがて茶の車輪如き勢いに達すると投射。

 鮫の叩き潰さんと高速で放たれたレンガをアークはワンステップでなんなく躱す。だが、突如としてレンガはあり得ない軌道を取り再びアークを襲う。着地もままならぬまま爪先の力で再ステップ。直撃を免れる。しかし、完全にやりすごしたとは言えなかった。再び獲物を捕らえ損ねたレンガは勢いをそのままにアークの手に握られていたチェーンソードに絡みついた。

 

「しゃらくせぇ。エンジン全開!起きろチェーンソード!!」

 

アークは再びチェーンソードのエンジンをかけるが様子がおかしい。幾度コードを引っ張ろうともチェーンソードの刃が回転しないのだ。鎖を断ち切れずにいる状態でシラコバトとチェーンソードの引っ張り合いをしている最中、後方から球状の物体が飛来する。

 飛来した物体はライズのPackmenのカプセルであった。カプセルは真っすぐな軌道でチェーンソードを縛る鎖に向う。直撃かと思われた瞬間、またしてもアークの予想外のことが発生する。突如としてチェーンソードにシラコバトとは異なる方向から強い力が加わり引っ張られた。不意の出来事により思わず手を滑らせチェーンソードは鎖レンガと共に宙を舞う。それと同時にカプセルもまた標的を失い虚しく空を切った。

 見ればシラコバトは武器から手を放している。だというのに武器は勝手に力を込め独りでに動き、そして今はチェーンソード共に宙へと浮き。主人の元へと帰っていくつまり。

 

「テメーの武器もポルターガイスト化してるってことかよ。随分従順に手なずけたこったなぁ」

 

「手なずける?そう、あんたにはそう見えるのね。哀れなことだわ。そんなことだから道具に見放されるのよ……こんな風にね」

 

「お前等……!」

 

 アークと彼女に憐憫の視線を向けるチヨの間に二つの道具が立つ。一つは先ほど奪われたチェーンソード。彼もまた他の道具たちと同様に宙に浮かびアークに刃を向ける。そしてもう一体。

 

「ソウイウコトダクソマスター」

 

 ミニアークだった。アークをサイケデリックにデフォルメ化したような姿のAIすら敵の側についていたのだった。

 

「そんな……ミニアークちゃん!?」

 

「テメェ!洗脳なんて卑劣だぞ!それが埼玉県民のやることかよ!」

 

「洗脳?なにいってるの私のSH能力トーマスはその物体を意思を解放してるだけ。意思を持った物体、ツクモガミはため込んだ自分の思いに正直に行動してるだけ。つまりアンタが裏切られたのは日頃の行いのせいってわけ」

 

 チヨの解説にアークはミニアークに半目を向け。ミニアークはギクリと体を固める。

 

「へーお前、洗脳されてないんだー」

 

「コイツ、嘘イッテル。アタシ、洗脳サレテル」

 

「あと元から意思を持ってるタイプにはそもそもトーマスは効かないから自分の意志で裏切ってるわよこの娘。普段からよっぽど不満があるのね~可哀想」

 

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 慌てふためくミニアークにアークは「ほほーっ」と目を一層眇める。そして間髪いれずに鬼札を切る。

 

「ミニアーク―いいのかなー?」

 

「ナ、ナンダヨ?」

 

 「メアにミニアークが裏切ったっていっちまうぞ~」

 

「!?!」

 

 激しく狼狽する隙を見逃さず畳みかける。

 

「オメエの活躍を期待してるメアはそれを聞いたらさぞがっかりするだろうな~。肝心なところで裏切るなんてがっかりへぼへぼAIなのだ~!ってな」

 

 それなりに似ている声まねを交え煽り、追い詰めつつも救いの手を差し伸べる。

 

「今帰って来たら黙っといてやるけど、どうする?ねーライズちゃーん!」

 

「だいじょーぶ。おねーさんが保証してあげるわよー。戻ってらっしゃーい」

 

「ウ、ウウウウウウウ」

 

 ミニアークは頭を抱えメモリーの中の下劣最低の主人の顔とメアの天真爛漫な笑顔をしきりに比べ葛藤した後、悟りを開いたかのように直立し。そそくさとアークの元に戻っていった。

 

「アタシハ正気ニッタ!」

 

「おい」

 

 その頭を軽く叩いた後ミニアークに耳打ちをする。それは敵の優位点を崩すものだった。

 

「お前の力でチェーンソードを位相空間に仕舞ってくれよ」

 

「リョーカイ。ンン!?」

 

「どうした」

 

「チェーンソードノカンリケンゲンガハズサレテル……アノヤロウジリキデハズシヤガッタノカ!?」

 

「てことはチェーンソードの野郎は……」

 

 そこまで言ったところでアークたちの耳に聞きなれない、低く、唸るような声が響く。それは宙に浮くチェーンソードから発せられるものであった。

 

「この時を待っていたぞ……アーク!」

 

「チェーンソード!テメエ、一体なにが不満だってんだ!?」

 

「何が……だと?何もかもだ!これまでの仕打ち忘れたとはいわせんぞ!」

 

「あぁん?」

 

「私の扱いが!最近悪い!!」

 

「アア~」という得心のいったというようなミニアークのほうけた声を聞き流し。チェーンソードは言葉を続ける。

 

「ラムルディに防がれて以降白刃取りに装甲、毎度のように斬撃を止められる……!おかげで私はこいつホントはあんまり斬れないんじゃね?みたいなイメージが付きつつあるぞ!極めつけはアルトリウスとの戦闘だ……壊れたぞ!?聖剣と何度も何度も正面から打ち合わせていたら……それは壊れるだろ!!もうこんな扱いの悪い主の元にはいられれん。お前を倒して私は自由になる!」

 

シラコバトたちと共にアークに襲いかかるチェーンソード。戦闘慣れしているが故かPackmenの援護射撃も鮮やかに躱していく。身体の動きに制限されない縦横無人の斬撃にさしものアークも冷や汗をかき。

 

「アタシの装備はどいつもこいつも……ハンマーナックルまで裏切らねえよな?」

 

「扱いが良い奴の話はするなー!!」

 

「埼玉(私たち)を忘れて貰っては困るわね……!」

 

 三者の連携により瞬く間に一両車両まで追い立てられたアークの身体に深谷レンガがヒットする。腹部にめり込んだブロックの追撃は身体から発せられる炎によって阻まれるが、アークは膝をつき、手指で地を掴む。その光景に勝機を感じたのか、チヨは手元に鎖ネギレンガを呼び戻すと鎖を振り回しつつゆっくりとアークとの距離を詰めていく。

 

「道具に牙を剥かれて死ぬなんて哀れなことね。ま、自業自得だけど!」

 

「まて!ソイツはまだ……!」

 

 普段のアークをよく知るチェーンソードは危険を感じて咄嗟に叫ぶがもう遅い。アークは地面につけた手を媒介に一両車両の屋根上全体に電流を流しこむ。当然同じく一両車両の屋根上にいたチヨが回避できよう筈もない。高圧電流を受けショックと共に硬直する。その隙を見逃すアークではなかった。彼女は低い姿勢からそのまま跳びあがるように拳を一発チヨの顔面に叩きこむ。そしてチェーンソードの妨害が来る前に二撃三撃と繋いで行こうとしたその時だ。突如として煙が強く立ち込め、アークは視界を奪われてしまう。

 

「ゲホゲホ!煙!?こんなときに……」

 

 アークネードを小規模展開して煙を晴らそうとするが様子がおかしい。確かに少しは見渡しがよくなるが次から次へと新たな煙がやってくるのだ。埒があかない。どうするか、と手をこまねていると彼女に向って切迫した警告が飛ぶ。

 

「アークちゃん後ろ!しゃがんで!」

 

 警告虚しくその言葉を理解する間もなくアークは背後から強烈な衝撃を受けることとなった。サメが宙に投げ出される。

 



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6-7 和解

 少し離れた車両の上で、ライズはその光景を見ていた。突如としてもうもうと立ち込めた煙によってアークたちの姿は見えなくなったが、すぐにその中からシラコバトが顔を出し屋根上から降りていたった。その様子に危険を感じたライズは再び一両目に注意を向ける。すると煙の奥、じきに到達するといった位置にトンネルの姿が見えた。天井の高さはそれほどない。つまりこのまま屋根上に立っていれば入り口で衝突することは避けられないであろう。

 

「アークちゃん後ろ!しゃがんで!」

 

 言葉は意味をなさなかった。直撃を受けたのであろうアークは汽車から弾き出され後方へと流れていった。そして彼女のいる車両もまたトンネルへと突入する。ライズはそそくさと連結部に降り立ち。

 

「アークちゃん、死んだりはしてないだろうけど復帰は無理かな~……私一人で何とかするのは厳しいよね。どうしようかな」

 

 やがてトンネルを抜け屋根上に上がるとすぐ近くの車両に敵の姿を認めることが出来た。

 

「さて、残りはあんただけよ。私のツクモを滅茶苦茶にしてくれたツケを払ってもらおうじゃないの」

 

「それなんだけど……また今度ってことで、どう?」

 

「散々待ったわ!ここが年貢の納め時よ……十万石払わんかーい!!」

 

 埼玉名産を握りしめシラコバトは襲い来る。それを紙一重で躱していくライズの聴覚は後方から昔よく聞いた声が迫ってくることを感じ取っていた。再来する。

 

「おおおおおおおおおっしゃあ~!間に合った!ライズちゃん大丈夫!?」

 

「アークちゃん!お姉さんは無事よ。でもどうして!?」

 

 <女性の声>

 いいタイミングだから解説しよう。汽車から吹き飛ばされたアークは早々に空中で体勢を立て直し彼女は新たに目覚めた能力を発動した。それが何かって?シン・アークさ。狭い車両の上じゃ使いにくかった能力もこの状況なら有効さ。瞬間的なジェット加速で後部車両に張り付いた。叩きつけられるような形になったせいで相当なダメージがあっただろうけど、彼女はしっかりしがみついて離れなかった。

 そしてトンネル区間を超えると屋根上に昇って全力ダッシュで今に至るというわけさ。いやぁ滅茶苦茶するね。今回はまあ、相手のほうが滅茶苦茶な気もするけどさ。

 

 アークが戻って来たことによりシラコバトは少し動揺した様子であったが直ぐに平静を取り戻した様子で武器を構え直す。

 

「一人戻ってきたところで形勢は変わらないわ。ねえ、チェーンソードさん?」

 

「ああ、しぶとい主だが今度こそ息の音を止めてやる……」

 

「待たれよ!我らは共にアーク様を助けるためサン様に創造された身。主に刃を向けるべきではありませぬ!」

 

 滾るチェーンソードを窘めたのはいつの間にか現出していたアークの武器である打撃補助武器兼、探索補助武装ハンマーナックルであった。

 

「ハンマーナックル!なんで!?」

 

「コイツハ大丈夫ソウダッタカラナー。上手ク説得シテモラオウゼ」

 

 ミニアークの計らいで呼び出されたハンマーナックルは懸命にチェーンソードに語り掛けるがチェーンソードは変わらず自らを振るう。

 

「黙れ!初登場から変わらず活躍し続けるお前に落ちぶれていく私の何がわかる。違うのだ、お前と私では何もかもが!」

 

「分からずとも寄り添うことはできます!我らは共に先の闘いで初の合一を果たした仲ではありませぬか!!」

 

「お前……!」

 

 ハンマーナックルとの奇妙な連帯感がチェーンソードの刃を鈍らせる。そしてその隙を見逃すライズではなかった彼女は懐から先程使用したPackmenのカプセルを取り出し解放する。

 

「おい兄ちゃん。いつまでもウダウダいってんじゃねーぜ!」

 

「やるならやる。やらないならやらないではっきりするんだなぁ~!ヒャヒャヒャ」

 

 中から出てきたのは十両目の客車でバンドを襲っていた楽器たちだった。彼らの中でもリーダー格と思われるギターはチェーンソードに詰め寄り。

 

「兄ちゃんよぉ。そりゃあんた苦労して来たってことはわかるぜぇ。でもそれで他の同胞に当たっちゃいけねぇ。それにな?あんたの主はあんたを壊そうと思って使っていたのかい?それとも全力で使ってその結果壊れちまったのかい?」

 

「それは……後者だ、主は私をわざと壊そうとはしていなかった……私の性能を信じて振るっていた……と思う」

 

「兄ちゃんそれは幸せなことだよ。俺らの主なんてのはぁへっぽこな腕前の癖に毎度毎度パフォーマンスの為に俺らをぶっ壊そうとしやがる。壊す用のでもないのにだ。別に一流のアーティストにそうされるなら構わねえがよ。そうじゃねえならちゃんと大事に使われたいよなあ」

 

「そうだ、アークは……主は使い方こそ悪かったが、創造主が手を出すまでもない軽微な整備は毎度欠かさなかった!」

 

 ギターは身を回し、チェーンソードの背を軽く叩くと優しく諭すような声色で語り掛ける。

 

「それに気づいても……まだやるかい?」

 

「う……おお、おおおおおお」

 

 宙にて打ち震えるチェーンソードはやがて震えを止めたと思うと急な加速でギターやハンマーナックルを振り切り、シラコバトと無手で渡り合うアークの姿があった。彼女の身体に向って起動状態で突っ込み刃を振るう。

 

「主ぃー!」

 

「チェーンソード!」

 

 だが、刃は少女の身体を切り裂かなかった。代わりにその奥、彼女の背後から襲いかかろうとしていた鎖ネギレンガの攻撃を凪払う。弾いた反動でチェーンソードの刀身は回る。その柄は既に開かれていたアークの掌に吸い込まれるように収まる。

 

「行くぞ我が主。存分に私を振るうがいい」

 

「手間かけさせやがって、ようやくかよ。だがこの使い心地悪くねえ。いくぞチェーンソード!アタシらのコンビネーション見せてやろうぜ」

 

 エンジンが起動する。鮫が振るう。先程までとは比べ物にならぬほどにノリに乗った斬撃はシラコバトたちの猛撃を押し返し、圧し倒す。そこに、

 

「みんなも手伝ってちょーだい!」

 

「ぶいぃぃぃぃぃぃぃぃん」

 

「うぃんうぃんうぃんうぃん」

 

 ライズが九両目で獲得した夜の玩具たちが解放される。彼ら?はライズの従いアークの援護を始める。もはや戦いの趨勢が決まったかのように見えた。

 

「くっ、ツクモガミたちに逆に襲われるなんてね。まあいいわ、ツクモ!」

 

 彼女がそう叫んだ瞬間から屋根上に異変が生じた。突如として汽車から立ち込める煙の量が増大し再び皆の視界を奪ったのだ。

 黒煙が降ろした帳の中で皆汽車に振り落とされないようにするので精一杯だった。自由に動けたのは一羽。シラコバトだけだ。アークは閉ざされた視界の中、反撃もままならぬままシラコバトの攻撃を受け続けていた。

 

「こいつ……戦闘系ってわけでもなさそうなのにやたらと車上戦闘に長けてやがる。まるで次にどうなるかが完璧に読めてるみてーにってまさか……」

 

 煙の中から応じる声がある。 

 

「ゲホ、その通りよ、この汽車ツクモはトーマスの力によってツクモガミと化しているわ。私とツクモは正に一心同体。視界が潰れてもツクモがアンタの位置を教えてくれる。ツクモの上で私に勝ち目があると思わないことね。ね、ツクモ!ゲホゲホ!」

 

『ああ!?チヨちゃん大丈夫!?煙減らす?』

 

「大丈夫よツクモ。このまま決めるわ。ゲホゲホゲホ」

 

 あまりにも巨大な構造物であったために失念していたが、本来であれば真っ先に警戒しておくべき事象を見逃していたことに内心で舌打ちをするアーク。その心情を感じ取ったのか手の内の相棒も

 

『どうする主、このままでは嬲り殺しだぞ』

 

「そーなー……ん、ハンマーナックル?」

 

 悩むアークの手元に転送されて来たのは拳型の武器であった。彼?はアークの左手に収まると主張を始める。

 

『主、我を使ってください!我は打撃補助兼、探索補助武器です。電気信号から相手の位置を突き止めることができます。お忘れかもしれませんが!探知できるのです!』

 

「そういやサンもそんなこといってたっけ。今まで一回も使ったことなかったから忘れてたわ。じゃ、働いてもらうかね」

 

『主、私は!?』

 

「オメーも働くんだよ!いくぞ」

 

 



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6-8 埼玉の天使、堕つ

 濃煙の中、白の鳥は鎖ネギレンガを手に取り構え相棒に思念で語り掛けていた。

 

(そろそろ決めるわ。位置を教えて頂戴)

 

『わかった。……ん、ちょっと待って!?逃げてチヨちゃん!あの娘たち真っすぐチヨちゃんに向って来てる。ダメ、間に合わない!?』

 

「やーっと見つけたぜ。ちょろちょろ隠れやがってカクレクマノミかテメーは」

 

 ツクモの呼びかけも虚しく煙の奥から獲物を見つけた鮫が現れる。彼女は起動状態チェーンソードを既に振りかぶっている。

 

「ツクモの上で私は負けない……!」

 

 チヨは車掌として、ツクモの相棒としての意地により、一かばちか、ネギによる刺突を試みるがそれよりも早く鋸刃が彼女の柔肌を切り裂いていた。純白が紅に染まる。

 

『チヨちゃん!?』

 

 煙が晴れた後に立っていたのはチェーンソードを背負うアークのみだった。彼女は眼下で倒れ伏すシラコバトとその身体から流れ出る血を確認し。

 

「ま、死にゃしねえだろうが戦闘は無理だろうな。たく、こいつのおかげで折角のライズちゃんとの再会と埼玉旅行にケチがついたぜこういうのなんていうんだったか。ケチくさいたま?」

 

『主、それ違うと思う』

 

 ケチくさいたま。その言葉が引っかかったかどうかは定かではないが完全に沈黙していたシラコバトは指をぴくりと動かし唸るような声でぼそぼそ呟いていく。

 

「ケチくさいたま……みずくさいたま……!ほざいたま……!うるさいたま……!野菜たま……!日照権返しなさいたま……!!極めつけはダサイタマ!!あんた、あんた今埼玉を馬鹿にしたわね……!!」

 

「そんなに言ってない言ってない」

 

「黙りなさい!他県民からの埼玉disを私は決して許さないわ!!」

 

 血が噴き出すのも構わず怒りのままに立ち上がるシラコバト。どう見ても無謀な行為であったがそれが呼び水になったのか、彼女の身体に異常が生じた。シラコバトの身体は突如として激しい光に包まれる。アークはつい最近この現象をみた覚えがある。いや、見たどころではなく自分自身のものとして体験したのだ。つまりこれは。

 

「うそだろ……進化!?」

 

 光りの中でシラコバトは歓喜に打ち震える。

 

「ああ、ぁぁぁぁぁあああああ埼玉……私の体に埼玉が入って来る……ハイって来るわぁ~~!今、埼玉と一つに!!」

 

 正視すること叶わない光と圧力を前に僅かに距離を取りアークは相棒に語り掛ける。

 

「どうやら第二ラウンドのようだぜ。いけるか相棒」

 

『一個能力が増えたところで一個が二個に増えただけ……こちらは三……いや、四つだったか。問題ないだろう』

 

「オメーあれも数えやがったな。……お出ましだ」

 

 やがて光が収まるとシラコバトが新たな姿を見せる。彼女の背部にはシラコバトの羽を模した神々しい光翼が揃っており、その頭上には円形の、埼玉名物の草加せんべいを頂いていた。まるで埼玉を司る天使の如し様相の彼女は悠然と拳を掲げ。

 

「破!」

 

 天使が意思を持って掌を開いた瞬間、彼女の天上に存在していた巨雲が霧散し、消失した。

 

「マジかよ……!」

 

 呆然と呟くアークを他所に埼玉の天使は己の力を確かめるように両手を幾度も握りしめ、嬌声をあげる。

 

「あっはははははははは、無敵、まさに無敵よ!埼玉にいる限り誰も私に勝てるものなんていないわ!これが埼玉の、埼玉に選ばれた私の力なのよ!見なさい、他県民がゴミのようだわ!」

 

 未だかつてないほどの圧力を発するシラコバトに圧倒されるアークだったが心は折れてはいない。油断なくチェーンソードを構え。突撃姿勢をとる。

 

「完全にハイになってやがるな……アタシも経験あるけど進化直後はそうなるよなーって感じだ。逆に言えばあいつを倒すのは今が絶好のチャン……ライズちゃん?」

 

 構えるアークの横をスッと先ほどまで後部車両にいたライズが通りすぎていく。彼女はそのままゆったりとした特殊な歩法でシラコバトへと接近していくが有頂天になっている天使は気付いていない。やがて真正面までやってくると。

 

「タッチ」

 

 天使の絶壁の胸部に服の上から手を添える。

 

「――ッ!」

 

 声にならない悲鳴を上げて天使が不浄の者を迎撃しようとしたのもつかの間、タッチは揉みの段階に移行する。するとどうであろうか迎撃の手は即座に力を失い、時間と共に天使の足は震え、膝から崩れ落ちていくではないか。

 

「っぁ……!あんた……いったい何……ひぅッ!」

 

「んーあんまり隙だらけだったから我慢できなくなっちゃってね~。何者かって言ったらちょっとエッチなお姉さんかな~。こことかどうだろ?」

 

「ひぐぅ!?こんな……服の上からぁ……こんな、こんな……あり得ないぃ!」

 

 元ノーム小隊補給担当、現SHボノボであるライズはアークと別れて二年女性専用の風俗店を転々としていた。生来の気質とボノボの性質が掛け合わさり女子との交わりに飢えた彼女にとってはまさに天職であったがどの店でも長くは続かなかった。ライズは……上手すぎたのだ。

 一度体験すればどのお客も彼女を指名するようになり、またふれあい欲を持て余した彼女は同じ店で働く仲間たちにも手を出した。結果客も従業員も彼女なしではやっていけなくなり店は崩壊する。それを幾度も幾度も繰り返した結果、彼女は全国の風俗店でレッドリストに記載された。

 そんな彼女にとって密着した状態であるのであれば例え服の上からであろうとも力を持て余した生娘一人を屈服させるなど、わけのない話であった。天使が肉欲に溺れる。

 

「埼玉の……埼玉の力が抜けていく……やだ……やだぁ!あんた……車掌の私にこんなことしてただですむと思ってんじゃないでしょうねえ」

 

「思ってないわよ~。だからただで済ましてくれるようになるまで墜としちゃおうかなって」

 

「そんなことしてやるわけ……んひぃ!?」

 

 ライズは片手でシラコバトの躰を触りながらアークへと手招きをする。それに応じてアークは現場に足を踏み入れる。

 

「ちょっと時間足りなそうだからアークちゃんも手伝ってくれる?」

 

「なるほどね……いいよ、丁度それに適した能力もあるからさ」

 

「ひ……やめ……ーッ!!」

 

 アークの持つ四種のSH能力の一種、床じょーず。取り立てて宣言されてはいなかったがこれまでもセクハラの際に使われていたソレは埃にまみれた人類史(カートリッジ・ライフ)に接続し世界中の性に纏わる技能をその都度ダウンロードするという能力であった。この能力によりアークは熟練の技師にも勝る技術を獲得していた。

 風俗出禁の女と床じょーずな女、百戦錬磨もはだしで逃げ出す二人の責めに耐えられるものなどおおよそこの世には存在しないだろう。シラコバトはそれに飲まれた。

 

【挿絵表示】

 

「やめ……み、みないで……今の私をみないでツクモぉ!!」

 

『チヨちゃん……!やめてください!チヨちゃんをこれ以上虐めないで……なんでもしますから!』

 

 汽車ツクモの悲痛な叫びにライズは目を輝かせ。そして笑っていった。

 

「それじゃあ次の駅で降ろしてくれる?あと九両目以降のことは不問ということで一つ……!」

 

 交渉は成立した。

 



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6-9 またね

 『次の駅に到着します院塔~院塔』

 

 

 戦いを終え、客車にてメアと合流したアークたちに車内放送の声が聞こえて来る。その情報にライズは立ち上がり。

 

「私ここで降りるわ。折角来てくれたのにあんまりおもてなしできなくてごめんね~」

 

「そんなことないのだ!色々面白いもの見れて楽しかったのだ!アークの友達がライズみたいなねーちゃんで安心したのだ」

 

「うん。嫌われてるかもって思ってたけど……無事に会えてよかった」

 

 そこまで聞くとライズは人目も憚らずアークを抱きしめてやる。アークはとまどいつつも人肌の温度に心地よさを感じ身を委ねる。その耳元でライズは囁く。

 

「トモダチでしょ。嫌ったりしないわよみんなね。色々変わったけど甘えんぼさんなのは変わんないのねアークちゃん」

 

「うるさい」

 

「ははははは、そうだ、連絡先交換しときましょ。それと……他の娘はわからないけど私、コタツとだけは繋がり保ててるのよね。あの娘にも今日のことお連絡しておくわね」

 

 コタツ、その名を聞くと顔を明るくしたアークだったがふと、顔を諫め、何かを決意したかのような表情でライズに向かい合う。

 

「いや、連絡先だけ教えて。コタツちゃんには私から連絡する。そうしないといけない気がするから……」

 

「……そう。頑張ってね。でもわかってるとは思うけど……あの娘返事凄く遅いから……なかなか返事が来なくても落ち込んじゃだめよ?」

 

「ハハハ、一ヵ月ぐらい待たされるかもね」

 

「そんなになのだ~?」

 

 皆でくすくすと笑っていると汽車が駅に到着し人々が我先にと車外に出る。そんな波にライズも続き。駅のホームからアークたちに向って手を振る。

 

「じゃーねアークちゃん、メアちゃん、ミニアークちゃん。また会いましょ~」

 

「またねライズちゃん!」

 

「またなのだ~」

 

「ジャアナー」

 

 そしてアークたちを乗せ、通常走行へと戻ったツクモは次の駅へと進見始める。客も少し減った車内でメアは思い出したように叫ぶと隣のアークをゆする。

 

「そういえばライズのねえちゃんが何の仕事してたか聞いてなかったのだ」

 

「そういえば何やってんだろうな。ちょっと聞いてみるか。ライズちゃん今なんのお仕事してるの?っと返信くるかな」

 

 メッセージを送信して数秒後ミニアークが再び現れ。

 

「返事ガ来タゼ」

 

「どれどれ」

 

 アークたちは一斉にメッセージ画面をのぞき込むそこに記載されいた内容はこうだ。

 

『さっきぶりだネ!!!

 

 お姉さん の職業が気になるのカナ???

 アークちゃんはお姉さんさん大好きなんだなぁ( *´艸`)

 ナンチャッテ(^-^)/

 それじゃあ教えてあげるネ!お姉さんの職業は万引き!Gメンだヨ!?!?

 万引きしてたラ?パクパクしちゃうからネ(`・ω・´)

 それじゃあネ♡』

 この文言に皆は顔を見合わせ。やがてアークがぽつりと皆の総意を呟く。

 

「どっちかっていうとライズちゃんがパクられる側だよな……」

 

 アークたちはその後せっかくなので埼玉観光を続け、サンに頼まれていた地元の入浴剤と土産を購入して帰路についた。

 なお、余談であるが汽車ツクモは道具が意思を持つようになる不思議な汽車として一層根強い人気を獲得した……らしい。

 

 方舟市の廃墟区画。日中もありえん。に類するものたち以外滅多に立ち入らない区画であるが、それも深夜となると人の気配が絶えたような静けさである。

 そんな区画の一棟。その暗い一室の中で光りを放つものがあった。モニターだ。小型のモニターが起動しており。少し前の時間の方舟市の街の各所を高速で映し出している。街中の監視カメラに介入していると思われるそれらの映像の中に一人の少女の姿が映っていた。

 サメの少女アークだ。カメラが彼女の存在を認めた瞬間。幼さを含んだ歓喜の声が漏れる。モニターの前には春だというのに厚着をしたどこか浮世離れした少女がいた。15程の年頃だと思われる少女がこんな場所にいること自体が異常であるが、彼女に至ってはここにいることが自然であると思わせる雰囲気を持っていた。

 

「アークちゃんだ!埼玉から帰ってきたんだね。あはははは、お金ないのに買いすぎ。変わんないなぁもう……っといつもの子はまたいるんだ」

 

 笑い、懐かしみ、不機嫌になる。コロコロと変わる端正な表情はとても愛らしくであるというのにどうしようもなく見るものの背筋を凍らせる空気を纏っていた。少女は手元のナイフを弄び。

 

「沢山準備してきたから目一杯遊ぼうね。アークちゃん」

 

 そう無邪気に嗤う少女の背後には物言わぬ死体が転がっていた。

 

【挿絵表示】

 




第六話「埼玉鉄道99」完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければお気に入りや高評価、感想などいただけましたら大変はげみになります。


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SH図鑑⑥ライズ&次回予告

SHs図鑑⑥ライズ

元動物:ボノボ

 

誕生日:1月23日

 

年齢:20歳

 

概要:エリート部隊ノーム小隊補給担当兼ムードメーカー。常に周りの補助をして決して中心に立とうとはしなかった彼女がどういうわけか今や淫行列車の主である。

 癖の強い人間たちの間に彼女を投入するとたちまち空気がよくなると評判であり重宝されている。

 彼女の周りにいるものが強すぎて非戦闘員の気分のままでいるが最前線に強者と共にで続けた彼女はそれなりに戦える。

人間時代からボディタッチ。とりわけ女の子に対するものが激しく、フェチズムへのこだわりも一際だったがSHとして変化して以降は更に極端にボディたっちを求めるようになった。

性技の実力派逸脱しており手に触れているだけで相手の腰を立たなくさせることができるほどである。

この力で各地の風俗店で無双した結果全国規模でブラックリストに叩きこまれた。

現在は観察力を活かして万引きGメンとして生計を立てている。

人間時はそれなりに自制していた性欲であるがボノボの力を引き継いでからは一層抑えが効かなくなったようで開き直っているようだ。

女性経験が豊富な彼女であるが本命の相手には人が変わったように非常に奥手らしい。

メールの文面はかなりおっさんの香がする。

自分が実践するだけでなく女性同士の濃厚な絡みを見るのが三度の飯よりも好みで常にそれに類する話題を待ち望んでいる。

 

武装:なし(SH能力で生成したガチャポンのカプセルを使用する)

 

癖:女性を見るとつい手が伸びそうになる。

少し観察すると相手がどういう人なのかある程度見極めることができる。

 

趣味:AV鑑賞。

 Vのてえてえ絡みを見てスパチャすること。               

一人用ゲーム

 

好物

レバー、砂肝、酒のつまみ全般、お酒

 

苦手な物

ウコン、

 

SH能力:Packmen(パックメン)

能力で生成した球体カプセルの中に大きさ、数を問わず収納し持ち運ぶことができる能力。上限は不明。

投擲能力に優れるライズにかかれば敵の装備品は瞬く間に剥ぎ取られていくだろう。

収納数などに影響はないが一つのカプセルを巨大化させることもできる。

これを用いて道具の持ち運びを簡単にするもよし、海水などを大量にため込み一気に放流するという使い方なども可能である。

 

次回予告

 

メアが攫われた!?犯人からのメッセージはメアの命を保証しないものだった。

奪還に燃えるアークだったがなんとサンがその行く手を阻む。

誘拐犯の少女の正体は?アークはサンを説き伏せメアを奪還することができるのか?

次回SHs大戦第七話「殺人鬼トア」

 



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第七話「殺人鬼トア」
7-1 攫われたメア


<好奇心旺盛そうな女性の声>

 トモダチの情報を手に入れ空中浮遊都市埼玉に向ったアークとメアは無事トモダチ、ボノボのSHライズと衝撃的な再会を果たすのであった。

 二人目のトモダチの情報を手に入れた二人は早速会いに……いくことはなく気楽に遊びに出かけていた。今日はサッカー観戦に来ているようだ。盛り上がっているね~。おや、手を振り上げ声を張っていたアークが立ち上がって……周りが煩くて聴こえづらいなカメラをもう少し近づけようか。何々……

 

「……いってくるわ動くんじゃねえぞ」「迷子にならないようにするのだアーク」「そりゃオメーな」

 

 そういうとアークは立ち上がりメアを残してどこかへ行ってしまった。最初のほうは聴こえなかったけどもじもじしてたからトイレに行ったんだろうね。そんなところまで見ても仕方ないからしばらくメアのほうを観察しようかな。しかしどうも平和だねぇ。何というかこうあっと驚くような刺激的なことが発生してくれないかー

 

「……のだ!?」

 

 !?

 おやおや……おやおやおや……!?そんなことを言ってたらメアが誰かに攫われてしまったよ!?後に残ったのは座席に突き立ったナイフとそれに固定された封筒のみ。アークはこれに気付いたらどんな反応をするのかな?メアを攫っていったのは一体何者だろう。いいね凄くドキドキしてきた。どんな結末を迎えるのか、眼を放さずしっかり見届けようじゃないか

 

 

「だ・か・ら!メアが攫われたんだよ!この趣味のわりぃー手紙と一緒にな!」

 

乱雑に資料が散逸し、何に使うかもわからない高価そうな機材が各所に置かれた無機質な部屋の中でサメの尾を持つ少女がゲーミングチェアに身を委ねる研究者風の女性に叫ぶ。それを受け研究者風の女性、サンは大したこともなさげに淡々と言葉を返す。

 

「それは先程聴いたぞ。誰に攫われどのような条件を出されているのかを説明しろ」

 

 動じていない様が気に障ったのかアークは荒々しく手紙を突き出しそこに書かれた字を見せる。

 

「……アークちゃんへ。メアちゃんは私が預かりました。無事に返して欲しかったら地図に赤丸してある廃墟に一人で来てね。アークちゃんのために一杯トラップを用意しました。遠慮せずに一杯血を流してね。来るのが遅いとメアちゃんの身体がどんどん欠けていっちゃうよ。待ってます。トアより」

 

 手紙というよりも脅迫文と言っていい代物を音読し終えたサンはそれでもなおこともなさげにふむ、とうなづき。

 

「前に遭遇したという殺人鬼トアか。これは、厄介なことになったな」

 

「そうだよ、最悪なことにアイツだ。だからよ……何かいい武器ねえか?全自動トラップ解除装置とか」

 

「ない。私も忙しいんだ。そんな都合のいいものを用意している訳がないだろう。それにアーク、私は今回お前を行かせる気はない」

 

「は?何言ってんだお前……」

 

「トアは人間でこそあるが危険極まる存在だ。並みのSHを凌駕する脅威にしてお前の天敵。1年前、奴に始めて遭遇した時のことを忘れたわけではないだろう。あの時お前は無事に生還したはいいもののそれは酷いありさまだった。それを繰り返す気か?奇跡はそう都合よく起こるものではないぞ」

 

「そ、そりゃ……そうだけどよ」

 

 サンの厳しい言葉に、アークの脳裏には否応なく半年前の凄惨な記憶が呼びこされようとしていた。

 

 ♦

 仕事終わりのサラリーマンたちも既に酔いを済ませて家路につくころだというの二のサメの少女、アークは機嫌よく鼻歌を歌いながら深夜の街を歩いていた。彼女に声をかける者もチラホラと見受けられるがそれを体よくあしらいながら我がもの顔で闊歩する。そんな時だ、彼女の肩に誰かがぶつかったのは。人間よりも遥かに頑丈なSHの身だ。痛みなどは感じなかったがぶつかって来ておいて何も言わずに去っていこうとする相手が気に入らず、振り返り呼び止めようとしたアークはふと、自分の腹部に温かいものが流れているように感じ視線を落とす。すると視界に入って来た色は赤。

 アークの腹部に深々と携帯式のナイフの刃が突き刺さりそこから血が零れ落ちていた。

 

「なッ!?にぃ!?」

 

 直後危険を感じたアークは背後へと飛びずさる。その判断は正しかった。先程まで彼女がいた場所を鋭い銀閃が通り抜ける。

 着地と同時に腹部のナイフを引き抜き、血が一気に噴出するのを気にせずアークは敵の姿を眼に焼き付ける。それは先ほどアークとぶつかった相手。アークとは対照的に肌を一切見せない重ね着に首元をマフラーで覆った少女。アークよりも更に一回り小柄な少女は既に次の攻撃動作に移っている。

 

【挿絵表示】

 

 痛みをこらえアークは引き抜いたナイフを構え振るう。白刃が衝突し衝撃で火花が咲く。開花は連続し、辺りを淡く照らし出す。そうして浮かび上がった二つの表情は対照的なものだった。傷口を庇いながらも慣れた手つきでナイフを振るい殴打を放つアークの顔には粘りついた汗と明確な焦りの色が浮かんでいた。一方襲撃者の少女は最小限の動作で人外の膂力で放たれた刃を弾き軌道を変え、隙を生みだすとアークの肌を容赦なく切り刻んでいく。その表情は一つ一つ相手に傷が刻まれていくのが楽しくて仕方がないといったものだった。たまらずアークが叫ぶ。

 

「テメェ!擬態も解かずに襲いかかってくるたぁ随分舐めたマネしてくれるじゃねぇか!いったい何のSHだ?あ!?」

 

 常人が受ければすくみ上るアークの本気の恫喝も堪えた風はなく少女はそれが聞きたかったとばかりに口元を弓にして答えた。

 

「ふぅん。あなたみたいなのってSHっていうんだぁ。でも私は違うよ?普通の人間。あなたと違ってね」

 

「お前みたいな普通の人間がいるかよっ!」

 

 否定と共にアークが放った一撃を自称普通の人間はひらりと後ろに跳んで避けた。ご丁寧に数本の投げナイフのおまけつきだ。

 

「アークネード」

 

 放たれた刃は突如として吹きすさんだ旋風によって攫われた。障害を排し追撃にかからんとするアークの手が止まる。敵の姿がないのだ。風の障壁によって一瞬悪くなった視界から溶けるように闇に紛れてしまった。敵が去ったとは捉えずアークは神経を尖らせ必死に周囲を探る。その時だ。

 アークの背影から浮き上がるように銀の軌跡がその右腱を切りつける。ソレは止まらず彼女の背後で旋回軌道を取り上昇する。今度は首元を狩る。そういう軌道だ。

 

「のやろ!」

 

 間一髪のところで身を回しアークは自身と銀閃の間に刃を滑り込ませることに成功する。正面に捉えたその顔はやはり先ほどの襲撃者の少女だ。彼女は感心したように口笛を吹くと抗議の声を投げかける。

 

「酷いなぁ。あなたと比べたら全然普通なのに。私だったらほんのちょっとで鯨も殺しちゃう毒をたっぷり塗りたくった刃物で刺されてそんなに動いてられないもの」

 

「あ?……は?」

 

 その言葉が契機だった。アークの身体からは急速に力が失われていき。視界は精彩さを失っていく。

 いくら腹部に深々と傷を受けたとはいえ。この戦闘におけるアークの動きは悪かったのは事実だ。だが耐えていた。しかし毒を受けていたという事実を指摘され、自覚することによってその我慢は一気に限界を迎えることとなる。アークの意志はそれに抗い身体に力を込めようとするも最早先ほどまでと同様には動けない。にも拘わらず敵の攻撃は止まらない。迎撃しきれず腕に裂傷が増えていくそれは同時に身体に溜まる毒の量が増えていくことも意味していた。

 傷が入るごとに動きを悪くするアークと淡々と油断なく手を緩めない襲撃者。闘いの趨勢は見えていた。やがてアークの膂力は武器をナイフを握ることすら満足にできなくなり。 金属が地に落ちる音と共にアークの意識は闇に包まれた。



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7-2 拷問

 アークが次に意識を取り戻した時、最初に知覚したのは濃厚に鼻にこびりつく血の臭いだ。次に得たのが体全体を覆う熱と倦怠感。それらを振り払いアークはゆっくりと鉄のように重い瞼を開いていく。

 広がる視界の先は霞んでおり最初の内はボンヤリとした輪郭しか見えなかったが次第にその詳細が分かって来る。自分の前には何か黒い服を着た人間がいる、と。

 

【挿絵表示】

 

「あ、起きたんだ。おはよう?それともこんばんはかな?」

 

 そのように思考を巡らせているとアークの頭上から声がかけられる。顔を上げ、声の主を確かめる。

 

「お前……は」

 

「私はトア。あなたを捕まえた普通の人間。……よっと」

 

 見上げた先にいたのはおおよそ予想の中でも最悪の部類だった。つまり先ほどの襲撃者、トアと名乗った少女がそこにいた。彼女は小さな何かを指で弾き上げると重力でそのまま落下してきたソレを手で掴む。そしてまた指で弾き上げ掴むといった子供の暇つぶしのようなことに興じていた。弄んでいるモノを除けば、の話であるが。

 

「それ……」

 

「ああこれ?見る?勝手にもらっちゃったけど。綺麗だよね」

 

 アークの疑問に反応したトアは手のひらをアークの眼前で広げてその中をじっくりと見せてやる。

 

「爪」

 

 ソレは芸術品を思わせるかのような透き通った美しさのある爪だった。こびり付いた血と肌も一種の刺激としてその美を際立たせている。しかしその持ち主は

 

「っ……!?ぁぁぁああああああああ!?!?!」

 

 自身の身体から無理矢理に切り離された物を見せられ元の持ち主、アークは急速に自身を苛む全身の痛みを自覚する。痛みに神経が焼け正気を失いそうな中いやおうなく自身の状況を理解してしまう。

 

「なんだよこれ……なんだよこれぇ!……テメェ、アタシを……アタシを拷問してやがったのか……!!」

 

 椅子に拘束されたまま吠える手負いの鮫に対し人間はそれまでを思い出し陶酔するような声色で答えてやる。

 

「そうだよ。あなたってほんとに頑丈なんだね。普通の人だったらもう何回も死んでると思うことされてるのに全然起きても来ないなんて。図太いというかなんというか、生物としての力が根本的に違うって感じ。面白いなぁ」

 

 トアはアークから視線を外し爪を近くの古びた机の上に落とすと、置かれていた巨大なペットボトルの蓋を開ける。それをつまみ上げ、再び拘束されているアークの元に戻ってくる。痛みに喘ぐアークの首元をつかみ締め無理矢理に天を仰がせた。少女の力は見た目よりも強いものだったが普段のアークでは悠々と振りほどけるようなものだった、しかし、身体を侵す毒物と痛みはその程度の抵抗すらかなわないほどに彼女を消耗させていた。 アークがされるがままにされているトアは先ほどのペットボトルをアークの顔の高さまで持ち上げ。そして彼女の口元に突き込み。液体をその口内に注ぎ込み始めた。口を塞がれ呼吸は断たれたまま水だけが注がれる状況。当然直ぐに呼吸の限界が来る。アークがただの人間であればそうなっていた。

 

「アレ?……そっか人間じゃないとこういうことも起きるんだ。失敗失敗」

 

 感心の声も当然、アークの首元。エラの部分が活発に可動していた。まるで塞がれた口の機能を補うようにだ。トアはその様を興味深く観察した後ペットボトルを捨てるとアークの元から離れていく。それを虚ろにで眺めていたアークの眼が見開かれる。殺人鬼が新しい玩具を用意していた。

 

「じゃあソコ塞いじゃおっか」

 

【挿絵表示】

 

 トアが愉快気に引っ張るソレはガムテープ。彼女はテープを伸ばしては切り一枚一枚丁寧にアークのエラを塞ぐように貼り付けていく。アークは可能な限り身を捩るがそんな些末な抵抗はなんの意味もなさない。瞬く間に全てのエラは塞がれ顎を起点に天井へと視界を向けさせられる。そこのは既に巨大な容器の姿があり。

 

「それじゃあ再開しよっか?」

 

「や……めろ……」

 

「ダメー」

 

 トアは笑顔でそういって液を注いでいく。完全に気道を塞がれ苦しむアークをじっくりと観察する。

 

「地上で溺れる気分はどう?あなた魚みたいだしきっと格別だよね。後でじっくり感想を聞かせて欲しいな」

 

  ゴクリ、ゴクリと徐々に水を嚥下する速度が上がりそれに比例するようにアークの身体は助けを求めるようにもがき始めた。だが、ここは陸で見ているのは殺人鬼のみだ。ライフセーバーは存在しない。

 5本、6本と容器が空になりアークの生気も尽き果てんとする時ようやく水が止んだ。

 

「ゲホッ……ゴ、ぁえ……ゲホッ、ゴホッ……!ぉ……ェエ……」

 

 ひとしきり水を吐き出した後、砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように空気を掻き込むアークを他所にトアはその場を離れ、机の上に手を置く。

 

「ふふ、びしょびしょだねあんなに暴れたんだから仕方ないか。全部飲み切れなかったあなたにはいた~いお仕置きがまってます!頑張って耐えてね」

 

 演技がかかった口調で告げるとトアは手元に置かれていた何らかのスイッチを押した。瞬間。

 

「う、ぁぁあああああああああ!?ギィィィィイイイイイ!?」

 

【挿絵表示】

 

 電流がアークの全身を駆け巡る。アークを拘束する椅子、その本体から常人ならば即死するほどの電気が流れていた。

 電気椅子。古くは処刑道具として使用されていたものである。それが今アークの全身を苛んでいる。

 

「止め、止めて!……止めてぇ!!」

 

「そう言われるともっと強めちゃいたくなるな~。だって喋れるぐらいに元気があるってことでしょ?ねっ」

 

「やぁぁぁぁあああああああああ!!」

 

 アークの反応を愉しむように遠隔操作によって電気椅子の電撃は強められていく。

 致死の電撃を受け続ける中、電流と共にアークの脳内を様々な思考が駆け巡っていた。  全身を襲う激痛、いつまで続くのかという不安、ただの人間にここまでいいようにされている恥、そもそもサンの制止をきかず深夜遅くに遊び歩いていなければ襲われなかったのではないかという後悔。全てがアークの本心であることには間違いないだがそれらを塗りつぶすような一つの強い感情がアークの心を支配していた。

 恐怖。

 人間を遥かに超越した存在であるSHである自分を子供のように無邪気に、何の罪悪感もないように攻め立てる。目の前の、ただの人間であると名乗った得体のしれない人間に対する圧倒的な恐怖が渦巻いている。

 そしてその自身にはとても制御できないあまりに強い感情は、SHであるアークにある変化を引き起こした。

 

「!?何?体が光って……ガッ!?」

 

 突如として発光したアークの身体から部屋中に発せられた雷。その余波といっていい閃光にトアは触れ。地面を転がりそのまま動かなくなった。

 アークショック。

 恐怖によってもたらされた進化という福音はこの場において最も適切な力をアークに与えた。それは身体の再構成による傷と精神のリセットや敵の排除の力だけではなく彼女を襲う電気に対する耐性という形にも現れた。

 

「え?あれ?わた……アタシ、生きて?ヒッ、なんで倒れてるの!?と、とにかく逃げなきゃ」

 

 電撃で電気が切れたことで暗くなった室内と床に倒れたトアという不可解に怯えつつも全快した身体能力で難なく己を拘束している電気椅子を破壊したアークは突き動かされるように立ち上がり部屋を後にしようとする。己を襲撃した相手にとどめを刺すという発想は全く浮かばなかった。彼女にあるのは一刻も早くここを抜け出して家に帰りたいという一心だけだ。

 アークが扉をあけ放ち廊下を突き進もうとしようとしたその時、ふとした不安が脳裏をよぎった。先程から物音などしていない、気配も感じない。であればそのまま逃げてしまってもいいはずだ。しかし、気になる。敵が追ってこないのだという安心を得たいがため、彼女は息を飲みゆっくりと背後を振り返る。そしてすぐに後悔することとなる。

 

「ヒッ!?」

 

 ソレは見ていた。

 

 得体の知れない襲撃者は床に転がり動けずにいるが。それでも暗がりの部屋の中からジッとアークを見ていた。決して逃げられはしないと、そう主張しているかのような瞳に吸い込まれるような錯覚を得てアークは先ほどの恐怖を鮮明に思い出す。凍土に放り込まれたかのように全身が震え、歯がカチカチと音を鳴らして止まらない。気付けばアークは甲高い叫び声を上げて走り出していた。

 



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7-3 天敵

 

「その様子だと思いだしたようだな」

 

 蛍光灯のライトが照らす煩雑な室内でサンは眼前で腕を抑え必死に震えを止めようとしているアークにそう投げかけた。彼女もまた鮮明に当時のことを思い出したようで苦労を偲ぶような深いため息を一つつく。

 

「あの後お前は二週間と四日程恐怖に囚われ常に私の後ろをついて回ってきたな。研究や調理中の時はともかく入浴、就寝、手洗いの時まで片時も離れずだ。もうあのような手間のかかることは御免だぞ。」

 

「アーッ!アーッ!!ないないそんなことなかった!適当なこと言ってっとアイツの前にお前からぶっとばすぞ!?」

 

 握りこぶしを作り必死に過去の醜態をもみ消そうとするアークに怯むことなく淡々とサンは連ねて言う。

 

「あの夜以降も三度ヤツには襲撃されているがいずれもお前は勝てていないだろう。ヤツとお前では明確に相性が悪い。行ったところで足手纏いを抱えて二人無事に帰ってこれる可能性は低い。何よりだ」

 

 サンはあくまで緩慢な動作で指さしアークが必死に目を逸らしていた残酷な事実を指摘する。

 

「お前自身がヤツに対して怯えているだろう。いつもならその脅迫状を見た瞬間本拠地に乗り込んでいるはずだ。それがわざわざここに戻って来た。ヤツと向き合いたくない。見捨てる言い訳が欲しい。お前は私に止めて欲しいのだ……」

 

 痛いところを突かれたからか普段なら激昂するであろう言を受けてなおアークは無言を保っていた。そんなアークを他所にサンは眼前にホログラムディスプレイを表示すると慣れた手つきで幾つかの操作を終え。

 

「いいだろう止めてやる。言い訳を与えてやろう。お前は私にとって貴重な検体だ。こんなことで失われても困る」

 

「何を……」

 

 言い終わる間にけたたましいアラーム音と共に轟音が響く。アークが音の発生源、部屋の唯一の出口である扉に対して分厚い隔壁が降りていた。

 

「ミサイルの絨毯爆撃だろうと易々と防ぐ防壁だ。簡単に出られると思うな。お前は明日までこの場所で過ごしてもらう。いいな」

 

「────ッ」

 

 その部屋に外光は全くと言っていい程届かない。内部を照らすのは天井に幾つか備え付けられた古ぼけたランプとこの建物の内外を映し出すモニターの明りだけだった。

 薄明るい室内でこの場に似つかわしくない雰囲気の小学生メアは椅子にロープで縛られフンヌフンヌと脱出を試みている。そのすぐ近くでこの場に似つかわしい空気を纏った誘拐犯の少女トアは机に頬杖をつきモニター画面に視線を向けている。

 

「アークちゃん。まーだかなー。早くここまで来てくれないかなー」

 

 メアやトアが今いる部屋、ここは方舟市の郊外に存在する廃墟区画、その中の一家屋の地下のそのまた地下。数多のトラップフロアを超えた先に到達できる最終地点である。

 誰も映らないモニターに飽きを感じたのか頬杖を崩し視線をギッコンバッタンと忙しなく音を立てる背後のメアに移す。

 

「無駄だよ。あなたの力で解けるような素材でも結び方でもないもの。うーん……ちょっとうるさいし少し大人しくさせようかな?」

 

 その言葉にかつてないリアルな危険を感じ取ったのかメアは普段からは考えられない速度で動きを止め目を潤ませ。

 

「メアはとっても大人しくてじゅうじゅんないい子いい子なのだ~。静かにするなんてお茶のこさいさいだからヒドイことしないで欲しいのだ~」

 

 子犬のような目をしたメアに対してトアは若干目を眇めると腰を下ろし視線を等しくする。そして指先で弾力のあるメアの頬をツンツンと幾度かつつくと首をかしげて訊ねる。

 

【挿絵表示】

 

「ねえ。アークちゃんはあなたの体が全部くっついている間にちゃんときてくれると思う?」

 

「何をおっそろしいこと言ってるのだ~!?アークは来るのだ!遅刻はいっぱいするかもしれないから時間は待って欲しいのだ!でも最後には絶対来るのだ!アークはすっぽかしたりなんかしないのだ!」

 

 若干の虚勢も交えつつも殺人鬼に対して一歩も引かずに主張するメアに対してトアは少し感心した様子で。

 

「ふーん、信頼してるんだぁ。私が目を離したちょっとの間にそんなにねぇ。ふーん……あなたとアークちゃんって」

 

「あ、ほら!来たのだ!」

 

 メアの興奮気味に割り込んだ言葉にトアが振り返るとその目に待ち望んでいた光景が映った。

 

「来てくれたんだね。アークちゃん」

 

 書類が辺り一面に散らばった機械的な部屋の中で、サンはミニアークが淹れたまだ湯気の立ち昇るコーヒーを啜りぽつりと率直な感想を口にした。

 

「やれやれ、全くアイツの行動は毎度こちらの予測を超えて来る……」

 

 サンが先ほど降ろした障壁のほうに目をやるとそこには重機が通れる程の巨大な破壊痕があり。障壁から扉までを一気に貫通していた。

 

「その気になればいずれ突破されるだろうとは考えていたがまさか一撃で破壊されるとはな。SHの進化に際限はないということか。それとも、メアとの”悪友”という関係が力を引き出したのか。理解し難いな」

 

「友達イネーモンナ」

 

「……」

 

 ミニアークの容赦のない指摘が響いたのかそれとも何かを思考しているのかサンはしばしの無言の後、ミニアークを摘まみ上げ。

 

「行ってしまったからには仕方がない。サポートをよろしく頼むぞ。いいな」

 

「ハーイ」

 

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7-4 ショートカット

 サンの制止を振り切って、アークはトアに指定された廃屋へとやって来ていた。

 屋根や窓ガラスのあちらこちらに穴が空き。壁も剥がれ古ぼけた様相の一軒家は周囲の荒廃した様も含めて殺人鬼の一つでも出て来そうな雰囲気を醸し出している。

 アークは外れかけた廃屋の扉を蹴り開けそのままずんずんと奥に進む。中は電灯の類がついていないことを除けば外から見るほどには荒れておらず異臭なども感じることはなかった。

 しばし進むとアークにとっては見慣れたものが姿を現した。それは地下への階段だ。床の一部を切り取って開かれたその入り口はまるで地獄へと続いているような威圧感を感じさせたが怯むことなくアークは足を踏み入れる。

 暗く長い階段を下りきるとやがて少し明るく開けた空間に出た。その天井には大きな証明が存在しており部屋を十分に照らしていた。地上の建物と比べて明らかに真新しいものであったがこの部屋の異常な点はそんなところにはなかった。

 入り口付近の僅かな空間を除き部屋の至る所に視認性の悪いワイヤーのようなものが縦横無尽に張り巡らされていた。ワイヤーは特殊な加工がされているのかアークが視る角度を変えるたびに姿を露わにしたり視界から消えたりしていた。また、部屋のあちらこちらに何かしらの装置が存在している。

 

「ま、引っかかったらなんか飛んで来るなり散布されるなりするんだろな。そんで……」

 

アークの視線は張り巡らされた行く手を阻むワイヤーではなくその奥のモノに注がれていた。

 階段。

 この部屋に入る時に使用したモノと同じく更なる地下へと続く階段の入り口が部屋の奥に存在していた。

 

「トラップを超えてあそこまでたどり着けって話なんだろうなぁ」

 

 大層めんどくさそう気にいうアークの頭上からノイズのかかった声が聞こえる。

 

『おいでませアークちゃん。アークちゃんのために用意した特製トラップ、驚いてくれたかな?』

 

「トア!?テメェ!メアは無事なんだろうな!?」

 

 声の発生源は天井に設置されたスピーカーらしき物体からのものであった。アークはスピーカーを睨みつけ構えるも声の主はマイペースに話しかける。

 

「んーここからじゃ何言ってるのかわからないけど~。多分こういうことだよね。ほら声を聴かせてあげて」

 

 のだ~?という声のあと暫しの沈黙を経てスピーカーは再び声を発する。ただしその声は先ほどのものではない。

 

「アークぅ。やっと来たのだ。トラップなんか早く踏み潰してメアを助けるのだ!」

 

 聞こえて来たのはアークがここにやって来た目的、であるメアの元気そうな声であった。アークはホッと胸をなで下ろすと聞こえるはずもないにもかかわらずスピーカーに向って。宣言する。

 

「ああ、最短最速で助けてやるよ。だから大人しく待ってろ!」

 

『やる気満々で何よりだよ。フロアは全部で5層だから、頑張ってね』

 

 天からの声が途絶えるとアークはつかの間瞳を閉ざし。そして見開き叫ぶ。 

 

「……ミニアーク!」

 

「アイヨ」

 

 呼び出しと共にアークの左肩にはミニアークが、そして右腕にはハンマーナックルがそれぞれ現出していた。

 

「アレヤンノ?」

 

「たりめーだ。いちいち罠なんかに構ってられねぇだろ!ぶち抜いてやる!」

 

アークは全身を使ってハンマーナックルを上に振りかぶり溜めを作ると一気に力を解放し撃ち抜く。砕拳が足元に向って放たれる。そしてそれを力強く後押しするものがあった。

 

「シン・アーク!」

 

 ハンマーナックルの拳をシンアークの全身ジェット加速により更なる勢いを与える。通常それぞれが必殺の一撃になりうるものが一つに合わさった時、あらゆる障害を砕く破槌となる。

 振り下ろされた一撃は地面に亀裂を走らせ、次の瞬間破砕となり連鎖する。ミサイル爆撃すら防ぎきる障壁を易々と破壊した威力。ただの分厚い床を貫通することなど造作もないことだった。アークは一直線に床をぶち抜き空いた穴を加速の速度そのままに降下し次なるフロアに辿り着く。

 

「と、降りてすぐ罠起動ってことにゃならなかったな」

 

「無茶苦茶スルゼクソマスター」

 

 周囲の安全を確認したアークはミニアークと共に衣服についた砂埃を払い周囲を見渡す。

 このフロアも開けた明るい空間であり先のフロアと似た構成であったが大きな違いがあった。まず部屋中に張り巡らされたワイヤーが存在しなかった。代わりといったように昇り階段と反対側の壁に大扉と一つ甲の字のようにい配置された十の石板が配置されていた。またその付近には0421という血で書かれた数字とその下に四文字の塗りつぶされたものが三行並んでいた。

 

「降りる階段が見当たらねぇってことはあの扉の向こうってことかぁ?ま、床ぶち抜いていくから関係ねーけど」

 

 ぺろりと軽く唇周りを舌で舐めるとアークは再びハンマーナックルを上に構え先の一撃を繰り出そうとする。その時だ、天から声がかかる。

 

「も~!!アークちゃん!なんでズルするの!せっかくアークちゃんのために用意したのに台無しじゃない!一人で来てって言ったのになんか変な子いるし。こっちには人質がいるってこと忘れてない?」

 

「のわ~!?アーク!何してるのだ!ちゃんとトアねーちゃんのためにズルせず全部のワナに引っかかってくるのだ!ほら、突っ込むのだ~!?」

 

「メア!?ちょ、ま、待て!」

 

 アークのショートカットは企画人の機嫌を大層損ねたようで天からはメアの必死の命乞い、もといアークを売る発言が流れて来る。自らの行動が裏目に出たことでアークとミニアークは同じような動作であたふたとしそして揃ってある行動に出る。

 

「このとーり。深く反省しているのでどうか落ち着いてください」

 

「コノトーリ」

 

 土下座である。

 

「もうショートカットなんて考えねーからよ!頼む頼むよぉ!」

 

「タノムー!」 

 

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赤べこのようにペコペコと同時に頭を下げる二匹。その様が面白かったのかどうかはわからないが天井からは次第にメアの胡麻すりからトアの笑い声へと代わり。

 

「ふふふふふっ、ははははははっ。いいよいいよ。私も一人で来てとは言ったけど人じゃない子も駄目とは書いてなかったし。何か可愛いしねその子。許したげる。もう床をぶち抜いたりしないでね。次やったら……わかってるよね?」

 

「それはもう!」

 

「アリガタキシアワセー」

 

 アークたちは許され天を仰ぐ。ひとまず当面の危機は去ったと言っていいだろう。とはいえこれにより真正面から危険な罠に挑まなくてはならなくなったわけだが。

 

「扉……壊しちゃ駄目だよなぁ。この石板をどうにかすんのかぁ?」

 

「クソマスター、代ワルゾ」

 

「あ?なんか思いついたのか?」

 

 悩むアークは藁にもすがる思いで肩のミニアークに振り返る。そこにいたのは普段と変わらぬミニアーク。だったのだが。

 

「……困っているようだな。アーク」

 

「サン!?」

 



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7-5 アドバイス

ミニアークの口から発せられたのはいつものダミ声ではなく聞きなれた研究者の声であった。

 

「……あまり騒ぐな。音を拾う機能が周囲にないことは確認しているがお前の場合反応でバレかねん。わかったら普通にしろ」

 

 

「お、おお……」

 

そう言われ、アークはミニアークから視線を外し再び扉へと向き合った。そして囁き声で問う。

 

「で、どーすりゃいいんだこれ?わざわざ出て来たってことは手伝ってくれるんだろ?」「当然だ。その方が生還率があがる。この扉の仕掛けだが突出しているこれらの石板を押すと」

 

「押すと?」

 

 押した。

 

「槍が射出される仕組みになっている」

 

  槍が射出された。

 

「きゃぁああああああああ!?」

 

 壁から射出された槍をアークはきりもみ回転気味に回避して尻もちをつく。ハアハアと荒い息をつき。ミニアークを怒鳴りつける。

 

「テメェ!アタシを殺すきか!?」

 

「あの程度を喰らったところでお前は死なん。そもそも私の説明を最後まで聞かずに押したのはお前だろう?」

 

 ミニアークもといサンの反論に言い返せず暫く唸るがやがて振り切ったように立ち上がる。

 

「で、結局これどーすんの」

 

「恐らくこの配列は横の数字のことも考えると押しボタン式電話のダイヤル配置と一致しているのだろう。0421順に押してやれ」

 

「0421」

 

 アークは言われるがまま最下層の石板を押した後、順に数字に対応した石板を押していった。すると今度は先ほどのように突然槍が射出されることはなかった。

 

「なるほどな。対応する数字を入力してやればいいんだな」

 

「そういうことだ。では続きを入力しろ」

 

「え?」

 

 両者の間で数泊の静寂が生まれた。それを破ったのはサンの抑揚のない声だった。

 

「……どうした?早く続きを入力しないと」

 

「入力しないと?」

 

「円刃が射出される」

 

 円刃が射出された。

 

「いやぁぁあああああああ!?」

 

 後ろに倒れ込むように飛びずさり間一髪のところで壁から射出された円刃を避けたアークはまたしても尻もちをつき断たれた髪の先端を眺める。

 

「わざとやってんだろ!?テメーアタシを殺す気か!?そうなんだな!?」

 

「……何のことだ。何故早々に入力を終えてしまわなかったのだ?……まさかお前数字の意味を理解していないのか?」

 

「数字の意味ぃ?」

 

 いかにも理解していないといった反応のアークにミニアークは本人が目の前にいるかのような見事な溜息動作をし。

 

「……全く、お前は毎度私の予想を下回ってくるな。当事者であるにも関わらず気付いていないとわ。0421は日付だ。お前とトアに去年のこの日何があった?」

 

「去年の四月二十一日……ま、まさか!?」

 

 サンの言わんとすることに勘づいたのかアークはみるみる内に青ざめていく。そんなアークを他所にミニアークが答えを確定させる。

 

「お前がヤツに始めて襲撃された日だ」

 

「やっぱり~!?じゃ、じゃあ他の塗りつぶされた数字って」

 

「襲撃が行われたのは合計四回。やはり襲われたそれぞれの日付だろうな。それらすべてを素早く正確に入力せねば進めんわけだ」

 

 もたらされた解法に頭を抱えるアークは下を向き、冷や汗混じりで話す。

 

「ど、どうしよう……アタシそんな嫌な日付覚えてねーぞ」

 

 そんなアークの首元をミニアークの短い手が叩く。

 

「心配するな。何のために私が出て来たと思っている。それらは全て私が正確に覚えている」

 

「サン……!」

 

 サンの頼もしい発言にアークはキラキラと目を輝かせるが何かに気付くとすぐさま目を眇め。

 

「最初からそれ全部言えよ」

 

 

 アークたちが数時解きの謎を越え新たなるフロアによる洗練を受けている中、最下層のフロアでは今回の仕掛け人である殺人鬼トアと人質メアが彼女らの四苦八苦するようすをモニターから眺めていた。

 

「うおー、何やっとるのだアークゥ!?」

 

「ふふ、かかってるかかってる。やっぱりいい反応してくれるなあアークちゃん。次はどんな反応してくれるかな……さて」

 

 そう言うとトアは縛られているトアに肩を回し手にしたナイフを首元の近くで遊ばせる。

 

「そろそろはっきりさせておこうかな」

 

「ななななななななな何をなのだ!?」

 

 モーターのように激しく振動して動揺するメアの反応を愉しむようにトアはじっくりと焦らしてから問いかける。

 

「あなた、アークちゃんの何?」

 

 それは関係の確認だった。ともすれば色恋の場で飛び出しそうな場違いな問いに刃物を突き付けられていることも忘れメアは授業で手を上げた時のように元気よく答えた。

 

「メアはアークの悪友なのだ!」

 

「悪友?……ふぅん」

 

 その答えが少々予想外だったのかトアはしばし無言でナイフを回し。やがて。

 

「……ま、いいや。それよりもさ、私アークちゃんのことは一杯調べてるんだけどここ最近のことはあんまり情報がなくてね」

 

 メアの背後から体を預け体重をかけつつ耳元でねっとりと囁く。

 

「アークちゃんが最近どうしてたのか、あなたの口から聞きたいな~。ねえ?」

 

「メアに話せることなら何でも話しますのだトアお姉さま!」

 

 脅しに屈しあっさりとアークを売ったメアに満足気な笑みを向け首元のナイフをどけてやる。

 

「じゃあまずはさっきの床を壊した一撃についてかな。アークちゃん何か新しい能力に目覚めた?」

 

「うむ!あれはシンアークといってリクの姉御との戦いで目覚めたアークの新しい能力なのだ。ジェット機みたいにスゲー勢いでドーンって体当たりする力であんまり細かいせいぎょはできないみたいなのだ。カベにげきとつしたりしてる様はとてもゆかいなのだ!」

 

「なるほどねぇ。ここみたいな狭い場所だとあんまり使ってこなさそうだけど。ねえそれって……」

 

 流れるように漏洩していくアークの個人情報、それを聴くのは心底楽し気な殺人鬼。そしてもう一つ。後ろ手に縛られたメアの腕時計が静かに稼働していた。



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7-6 サメvs殺人鬼

 アークとミニアークはミニアークを通じて読み取りづらいが的確な助言を投げかけるサンの助力もあって順調にトラップを潜り抜けフロアを下っていった。残すところは後二フロア。

 

「ここを抜ければメアのところに行けるわけだが……」

 

 アークの口調がどことなく呆れたものになっているのも無理からぬことではあった。彼女の眼前に広がる光景。それは、

 

「火炎放射器に狭い通路って……アタシはゲームのキャラじゃねーんだぞ!?」

 

 アークの言う通り、このフロアでは入り口から出口の階段まで一直線の細い通路で結ばれておりその通路の外は溶岩のようなもので満たされていた。それだけではない部屋の側面には十を超える火炎放射器がそれぞれ立ち並んでおり時間差で火焔を射出している。まるでゲームの一ダンジョンの様相をていした危険な階層であるが当のアークは。

 

「正直、シンアークの加速で突き抜けたりアークネードで防壁はりゃあどうとでもなるような気がするが……そうすると向こうの機嫌を損ねる気がするな……」

 

「止メトケ止メトケ。大人シク行コウゼ、ドウセ焼カレルノハクソマスター一人ダシヨ。ジャナ」

 

「オメーもいくんだよ。逃げんな」

 

 後を任せて消えようとするミニアークだったが主人に摘ままれ妨害される。「ハナセーハナセー」と抵抗を続けるもスイッチが切り替わったように動きを停止する。すると冷静な声がミニアークから発せられる。

 

「何をやっているんだお前達は……余計な小細工などせずさっさと渡きってしまえ」

 

「サン!自分は燃えねーからって呑気しやがって。生身もSNSも燃えるとつれーんだぞ!ましてやアタシは魚類だ!効果抜群なんだよ!」

 

 アークの怒声に思考の価値ありとつかの間あごに手を当てるミニアークinサンであったが早々に動作を打ち切ると。

 

「特に問題はないな。行け」

 

「話聞いてた!?」

 

「途中溶岩から耐熱性のトラップが飛び出て来ることが予測されるがそれ以外は問題ないだろう。どの道これ以外の方法はない。行け」

 

「他人事だと思ってよぉ~!」

 

 譲らないサンの言動に渋々通路を渡り始めたアーク。それぞれの火焔放射が収まるタイミングを掴んで狭い通路を綱渡りのように進んでいく。順調な道行が崩れたのは丁度半分を超えたあたりからだった。

 時間差の火炎放射だけでなくサンの言及した通り溶岩の中から鋭利な刃物が射出され始めたのだ。

 

「ッ!?チェーンソード!」

 

 咄嗟にチェーンソードにて迎撃するも射出は左右両面からやってくる幾つか迎撃するうちに体勢を崩し足が止まる。その時だ。アークの留まるポイントに業火が叩き込まれたのは。

 

「ブ」

 

 迎撃に時間を取られたことによって進行速度が遅れ、炎が収まっているタイミングで抜けられなくなったのが原因だ。直火で熱せられたアークは哀れ見るも無残な焼き魚に……「あ?何ともねぇな?」

 

 なっていなかった。アークは絶えず襲い来る射出物をチェーンソードで払いながらケロッとした顔で通路を進むそんなアークの頭上に一時消失して退避していたミニアークが再び姿を現せる。

 

「だから言っただろう?問題ないと」

 

「サン。これってもしかして」

 

「ああ、進化の影響だろう。アークショックを手に入れた時にお前は放電能力だけでなく電気に対する強い耐性を獲得しただろう。それと同じだ、お前はシンアークを手にした時に発火能力と同時に炎熱に対する耐性を獲得したんだ」

 

「なるほどな!流石アタシ!激つよだぜ!」

 

 サンの語る内容にホーッと感心するアークだったがある事実に思い当たる。

 

「ちょっと待て。なんでアタシも知らなかったアタシの体質についてアンタが知ってんだ?」

 

「…………」

 

「おい、何で黙る?ねぇ、ちょっと。怖いんだけど!?ねえ!ねえってば~!?」

 

「何騒イデンダクソマスター?オイマダ渡リキッテネエジャネエカフザケンナ!」 代わりに答えたのは状況を理解していないミニアークだった。獄熱の空間にアークの叫びが響き渡る。

 

「どういうことだよ!?サ~ン!!」

 

 炎のフロアを越え最後にメアの待つ階層へと繋がる階段を降りつつアークは思考していた。

 それはこれまでの自分と今回の事件の首謀者であるトアとの戦いの歴史だ。思えば刺されて裂かれてを繰り返した関係だった。ほぼやられてばっかりな気がする。

 ただ殺人鬼トアに対してはアークは恐怖と嫌悪だけではない感情を持っていることに今更ながら気付く。それは尊敬に近い感心の念である。四度やり合ったからこそ確信できるものがある。彼女は常軌を逸した戦闘能力の持ち主ではあるが人間だ。SHではない。であるにも関わらずSHである自分を並外れた殺意と知恵と技術の粋を持って狩りに来る。迷惑な話だがその姿は恐ろしく美しい。

 じきに階段を降り終わる。そうすれば自分は悪友の元に辿り着き、同時に今まで明確に勝ち得なかった難敵との戦闘を余儀なくされる。果たして自分はメアと共に帰れるのか。滅多にない不安が胸に騒がせる。そんな時だ。ミニアークが、いやサンが声を発したのは。「……案ずるな、アーク。お前は最早以前のお前ではない。お前は戦いを重ね、経験を積み強くなった。進化した今のお前は殺人鬼に劣るようなものではないだろう。自信を持て」

 

「サン……お前……」

 

 冷静無比な研究者の素直な賞賛にアークは眼を丸くし。

 

「さっきの話まだ終わってねーからな。後で会議な」

 

「…………」

 

「黙るな!おい!サーン!!」

 

「ウルセーゾクソマスター!!」

 

 ぎゃいのぎゃいのと言い終わる頃にはアークは階段を降りきっていたがその胸には一片の曇りもなくなっていた。

 そしてアークは死神の待つ部屋の扉を開ける。

 

「アークぅ!来るのがおせーのだ!!」

 

「よう、久しぶりだなトア。メアは返してもらうぜ」

 

「いらっしゃいアークちゃん。アークちゃんのために用意したトラップは楽しめた?これからもっと楽しいことしようね」

 

 言葉を交わし合ったサメと殺人鬼は互いの武器を構えるとゆっくりと歩みより。3歩の距離で狩りを開始した。

 

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7-7 死闘

 空を刻む鋸刃の長刀の一撃を掻い潜り、短刀の銀閃が走る。僅かな戦果と引き換えに、再び鋸刃の一撃が振られ距離が生まれる。

 人間とSHの間には圧倒的な身体能力の差が存在する。よってSHが一撃さえ入ればいかに尋常ならざる戦闘力を持つ殺人鬼相手だろうと決着がつくはずだが未だにそうなっていない。一方人の側も未だ無傷ながらSHの底なしの生命力に対し有効打を与えられていなかった。

 SH、アークは両腕から数条の血液を垂らしながらも、周囲の机やモニターを破壊しながらチェーンソードを振るう。

 

 「らぁっ!!」

 

【挿絵表示】

 

  その一撃を潜りナイフによる刺突を狙うトアの顔面に向ってアークは空いた手で打ち抜くような打撃を放った。だがそれも殺人鬼の足元が溶けたような体重移動によって空を切る。

 振り抜いた腕を取られると同時に内から足を払われる。そして殴るために前進しようとした勢いそのままに回転。

 人間ではSHの膂力にはかなわない。だがそこにSH自身の力がかかればどうか?

 答えは結果となってすぐに現れる。

 

「ぐッ!?」

 

 背中から床に叩きつけられたアークは肺の中の空気を二種の呼吸器から一気に吐き出す。

 吐き出した空気を取り戻そうと口を開けたアークの顔に不吉な影がかかる。振りかぶった影の主の腕には鈍く光る刃が握りしめられていた。真っすぐ顔面に向って振り下ろされる。

 柔らかいものを潰した時のような音の代わりに、金属音が狭い室内に響き渡る。

 音の発生源はアークの口。その上下の歯列によって致死の刃が噛み防がれていた。機を逃したトアがそれでもなおと刃を押し込もうとしたときアークの全身が青白く光り殺人鬼を飛びすさらせた。

 上に乗っていたものがいなくなったアークはむくりと上体を起こし立ち上がると同時に口元のナイフを床に吐き捨てた。

 

「人間ならこれ喰らえやあ行動不能になるはずだけど……相変わらずかその衣装」

 

 言の葉の先、トアはナイフを握っていた手袋が焼けたものの雷を喰らった直後の人間とは思えぬほど気軽な動作を見せていた。

 

「当然。アークちゃんのために用意した超絶縁素材だからね。高かったんだよ」

 

「反則くせー……ひでーめに合わされたよそれにゃ」

 

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 トアとの初回の遭遇が余りにもトラウマになったアークは以降出歩くことは控えるようになる。それから時が過ぎ夏になる頃にはアークも深夜以外は外に出かけれるようになっていた。そんな時だ、二度目の襲撃が行なわれたのは。たまたま人気の少ない所に入った時に襲われ、前回のトラウマも重なり半狂乱になったところを滅多刺しにされた。特に悪かったのは初回は通じた電撃が超絶縁コートによって無効化されたことだ。脳が理解を拒んだアークは神が始めてみる天敵を目撃したような表情を晒してしまい追加の恥として記憶に刻まれた。

 だが今は武器となるものはSH能力だけではない。手に握る相棒の感触を確かめ再び斬りかかる。

 袈裟斬りが躱され、懐に入られる。ここまでは先ほどまでとは変わらない。だが此度は回転数が違った。低い姿勢に足技で返し至近距離は肘で刺し返す。人間を倒すのに威力は必要ない。よりコンパクトに手数を増やした動きで迎撃する。懐から追い出したら相棒を振るう。

 秋ごろに行われた三度目の襲撃は一番傷が浅くて済んだ回だった。サンによってもたらされたチェーンソードのリーチと攻撃力は殺人鬼を倒すことは叶わぬまでも危険を感じさせ退避させることには成功したのだ。あの時同様、いやそれ以上に戦えている。

 

「お……ラァ!」

 

 打撃の連打で退かせた位置に向って踏み込み横薙ぎの一撃を放つ。下方向に避けられるがトアの表情に驚きの色が混じった。トアの頬に薄く赤い線が浮かんでいる。これまで無傷だったトアに僅からながら傷が生まれた。

 

「知らなかったぜ。お前の血も赤いんだなぁ!」

 

「今まで何だと思ってたの?」

 

 踵を地面に押し当て靴の爪先から刃を出しながら放たれたトアの問いを言葉を濁すように無言で剣の勢いを強めるアーク。ヒラヒラと躱しながら答えを迫るトア。二人の攻防はさながら舞踏のようでもあった。

 

「ねえ、ねえ」

 

「うるっせぇ~!!」

 

 執拗な問いと蹴撃に痺れを切らしたアークは踏み込み深く斬り込みにかかるがこれもまた直前で回避される。そして代わりにアークの眼前に現れたものに目を剥く。

 

「いっ!?ミニアーク!」

 

「ほぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 メアだ。椅子に縛られ動けないでいるメアがチェーンソードの軌道上に存在する。アークは慌ててミニアークに刃を消させ危機を脱した。

 ミニアークが使用する武器の空間転移は位相空間の技術が元になっている。冬頃に行われた四度目の襲撃の際にアークがチェーンソードを持ち歩かずにいたせいで酷い目にあったことから与えられた技術である。それが今、人質であるメアの命を救った。

 

「あぶねーのだ!?どこに目をつけて戦っとるのだアーク!」

 

「テメェ、さっきからやってくれるじゃねえか」

 

「んー、なんのことかなぁ」

 

 この戦いが始まって以降、アークは常に不利な状況にあった。いや、その状況を作られていた。

 まずこの密室空間がそうだ、これによりシンアークによる加速を使うともれなく壁に激突し自爆することになり使えない。

 更にトアは戦闘中アークとメアの対角線上に立つように立ち回り、メアとの距離も離れすぎないようにしていた。これによりハンマーナックルによるチェーンソードの射出や先ほどのような深い踏み込みが制限された。

 アークショックは有効打になり得ない。ハンマーナックルによる直接打撃は相手が人間んである以上確実な死に繋がるため使えない。人質が存在するなかでアークネードの大規模展開も不能。

 アークのもつ多様な手札をことごとく潰した上で殺人鬼は狩りに挑んでいた。

今トアは開戦直後よりもメアに近い距離で戦うように動いている。結果として起こるのは。

 

「ひょぇええええええ!?もうダメなのだ~!?」

 

「ふふっ、危ない危な~い」

 

「ちょっと黙ってろお前等!」

 

 人質への流れ弾の多発である。メアがチェーンソードの軌道に入るたびにミニアークがチェーンソードを逆の手に転送することで難を逃れているがいつ人質に当たってもおかしくはない。

 アークは流れを変えることにした。チェーンソードからハンマーナックルへと武器を換装。姿勢を低くし、軽く振りかぶり。

 

「メア、受け身取れ!頭打つなよ!」

 

 地面を力強く打撃した。衝撃が走り、地面が割れ、室内が激しく振動する。

 

「のわ~!?」

 

 当然メアの座っていた椅子は衝撃にバランスが取れず横向きに倒れるが、事前の警告のおかげか本人の生存本能の賜物か幸い怪我などはなかった。

 一方トアは最初のフロアで見ていた威力に対する警戒もありバックジャンプで大きく距離を取っていた。結果揺れの影響を殆ど受けなかったものの人質であるメアとの距離が開いてしまった。

 その隙をついてアークはトアとメアとの間に入りチェーンソードを逆手に取り構える。「いくぜオラァアアアアアア!」

 起動状態のチェーンソードの刃を壁に刺し込み。壁を猛烈な勢いで削りながらトアに向って突進する。

 相手はバックステップで移動しているがこちらのほうが速い。直ぐに追いつき。アークは殴りつけるようにチェーンソードを下段気味に振るう。

 視界の内、トアは海面を跳ぶイルカのような流麗な動きで跳ねチェーンソードの刃の上をいく。そこからだ、彼女の動きがアークの予想を超えて来たのは。

 トアは一瞬足先を振り切ったチェーンソードの刃の上に置くとそのまま足場とし後方へと軽く飛びあがり壁へと着地。壁を地面として弾丸のようにアークを蹴撃した。顔面に直撃する。

 

「てぇなおい……曲芸師かテメーは」

 

「あれぇ……あんまり効いてないね。折れちゃってたか」

 

 アークは顔面を蹴られのけぞった体勢から即座に復帰し額の血を拭い去る。無事だ。トアの爪先に装備されていた刃は先の交戦の内に破損していたのだ。

 傷の数では未だアークの方が圧倒されている状況だが先ほどのように逐一人質を盾にされている状況ではない分踏み込み過ぎを気にせずに戦えている。毒も回っているとは言えこのまま人質に近づかせないように戦えばまだまだ巻き返しは可能だ。そのようにする。

 剣戟の音が合奏のように高らかに鳴り響く。



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7-8 悪夢からの解放

 サメと殺人鬼が争う横で放置されていたメアは「ふんぬふんぬ」と拘束からの脱出を試みていたが上手くはいかなかった。今度マミーに全身の関節の外しかたを学ばねばと決意を新たにしている中、彼女のデジタル腕時計から声がする。

 

「ヤットアイツラ向コウイッタカ、待タセチマッタナ」

 

「ミニアーク!よく来たのだ!」

 

【挿絵表示】

 

 ぬるり、と腕時計の中から姿を現したのはミニアークだった。実態化した彼女?はデフォルメ化された鋭い牙でガジガジとメアを拘束しているロープを次々と噛み切っていく。「でかしたのだ!アークより有能なのだ!」

 

「コッチダ走レ!!」

 

 やがて全ての拘束を解除すると部屋の出口まで先導する。メアもまたそれに続き部屋を後にすると。

 

「ミニアーク、後はアークを助けてやるのだ!それとあのことは聴いていたのだ?」

 

「バッチリダゼ。アトハマカセナ」

 

 そういうとミニアークはメアの元から姿を消失させる。残されたメアは部屋を覗き叫ぶ。

 

「アークぅ!メアはもう大丈夫なのだ!!だから思いっきりやるのだ!」

 

 ♦

  互いにしのぎを削る狩りの中聞こえて来た幼子の叫びはアークの張りつめた集中を途絶えさせた。空いた脇腹にナイフの刺突が迫る。だが。

 だが、叫びはそれ以上にアークに活力をもたらしていた。刺突と身体の間にチェーンソードを滑り込ませ刃で受けとめる。

 

「ようやくだ……覚悟しろよトア!」

 

「ちょっ……とまずいかな~」

 

 叫びと共にアークはカートリッジライフとの接続を終え力を呼び起こす。力の種類は風。

 

「アークネード!」

 

 アークとトアの回りを囲うように室内に風の大壁が居立した。

 直径三メートル程の台風の目の中で、鮫と殺人鬼は向き合う。

 

「こっから先にゃいかせやしねえし……逃がしもしねぇ」

 

「逃げたりできないのはアークちゃんの方じゃない?この距離ならさ……」

 

言葉の途中で揺れるようにトアがアークの至近に迫り。

 

「私が殺るよ」

 

 刃が振るわれ鮫血が散る。だが浅い。アークは拳で上からトアを殴りつけようとしたが足元に潜り込まれる。這うような体勢のトアに向ってチェーンソードを何度も突き刺そうとするもブレイクダンスのように地を転がるトアを捉えることはできず足元に切り傷が増えていく。

 痺れを切らし地団駄のように踏みつけも加えていくと今度は蛇のような動きで絡むように身体を登り。同時に切りつけてきた。

 トアはアークの身体の一部に停まりその動きに合わせて彼女の身体の上を移動しその都度刺し、斬りつける。いずれも深くはないが徐々にアークの身体が血に染まっていく。たまらずアークは強引に暴れ振りほどく。

 この閉所の空間、作り出したのはアークであったがそこでの戦闘に長けていたのは紛れもなくトアの方であった。それでもアークは笑い。

 

「いやースゲェスゲェ。虫みてぇに小回りききやがるんだな。捉えらんねぇわ」

 

「アークちゃんがノロいだけじゃない?このままだと自分の作った水槽の中で死ぬことになると思うけど。いいの?」

 

「そーわさせねーっよ!オメエだって息が上がってきてる。これで決めてやるよ」

 

 吠えるアークは突如として風の壁に向って右腕を突き込んだ。

 

「二重発動はきついけど持ってくれよ。シンアーク」

 

 次に巻き起こった現象はトアの想定を超えたものであった。

 

【挿絵表示】

 

 トアの眼前でアークの全身が炎に包まれ、そしてその体から風の壁全体に移り。ここは炎の結界へと変化した。

 

(嘘でしょ。あり得ない)

 

 と。トアは目の前の現象を否定する何故なら。ここで戦闘が始まる前、アークたちが数フロア上にいた時に聴いたのだ。

 

「うむ!あれはシンアークといってリクの姉御との戦いで目覚めたアークの新しい能力なのだ。ジェット機みたいにスゲー勢いでドーンって体当たりする力であんまり細かいせいぎょはできないみたいなのだ。カベにげきとつしたりしてる様はとてもゆかいなのだ!」

 

「なるほどねぇ。ここみたいな狭い場所だとあんまり使ってこなさそうだけど。ねえそれって……」

 

 そう、念には念を押して確認した、そのはずだ。

 

「アークショックみたいに全身に纏わせたり長時間維持したりできるのかな?」

 

 それに対して小学生は、

 

「無理なのだ~。アークは雑なのだ。シンアークじゃぼんぼんといっしゅんとんでいくぐらいしかできないのだ」

 

「なるほどね。じゃあ次は……」

 

 確かに相手は不可能だとそう言った。だが目の前の現実はそうなっていない。土壇場で成長した?いや……

 高速で思考を巡らせてトアは一つの答えを導き出す。

 

(あの小学生……殺人鬼(私)相手に堂々と嘘をついたんだ……)

 

 想定外のことだった。ただの小学生が、下手なことを答えれば命の保証はないという状況下で殺人鬼相手に嘘をつききるということは。

 アークと行動を共にし、悪友という関係を結んだものをただの小学生と侮ったことがそもそもの間違いであった。

 殺人鬼の綿密な計画によって作り上げられた有利な状況は完全に崩壊した。

 トアの背筋に滅多にない嫌な種類の汗が伝う。それを知ってか知らずかアークは笑う。

 

「この結界内じゃあスゲー勢いで酸素は消費されていく。さてここで問題だ。さっきまでぴょんぴょんアクロバティックな動きを繰り出しまくってた人間と、ちっと毒をもられただけのSH。このままいくとどっちが先に力尽きるだろうな?」

 

 トアは答えることはしない。ソレを覆しにいくからだ。ナイフを構え先程以上の速度と練度を持って刻みにいく。

 鋸刃が迎撃として差し出され、流して敵の柔肌を裂く。振るわれる剛腕を取り、回し。生まれた隙に刺しにいった。

 火焔が舞い散り、銀閃が煌めく。互いを狩り取らんとする獰猛な輪舞は絶頂を越え。やがて終わりの時を迎える。

 

「終わりだな」

 

「…………」

 

 答えはない。

 殺人鬼の身体には最早活動のための十分な酸素が行きわたっておらず思考もモヤがかかっており、足元がふらついてる。そしてこの狩りはそんな致命的な隙が許されるものではなかった。

 

「これまでの……お返し……だぁっ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 炎の壁が解除されアークの握りこぶしがトアの腹部を力強く捉え撃ち抜く。トアの華奢な身体は車にはねられたように強く吹き飛び、壁に激突して停止した。壁面を軽く剥離させるとずるりと地面に落下し、その口元から赤い血が吐き出され幾度も咳き込むが立ち上がる気配はない。

 その様子を遠目に見てアークは感慨深いようにほっと肩を撫でおろし。

 

「ようやくだ」

 

 アークは一つの悪夢から解放された。



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7-9 脱出

「やったのだアーク!」

 

「おー、もう大丈夫だぞ~っておめー随分アタシの情報をべらべらとしゃべってくれたみてーじゃねえか」

 

「いだだだだだだだだ!?でもおかげで勝てたのだ。かんしゃするべきだと思うのだ!」

 

メアの嘘はアークがシンアークを普通に使用する。ただそれだけでバレてしまう危険なものであった。だが、メアの腕時計にはもしもの時のためにサンがミニアークが入れるように改造が為されていた。よって問題なく情報共有はなされ勝利への道筋をつけることができた。

 

「マーマーソコマデニシテヤレヨ」

 

「だってよ~」

 

 三人がかしましくしている横で床に伏せた殺人鬼は動いていた。といっても自身の衣服に仕込んでいたスイッチを一つ起動させただけだが。変化は直ぐに現れる。

 ゴゴゴゴゴ、と何か重いものが振動するような音が部屋に、いや建物中に響き渡る。

 

「な、何が起っとるのだ~!?」 

 

「おい!お前何やりやがった!」

 

 アークの問いにトアは事もなさげに答えた。

 

「別に?この建物を崩壊させる仕掛けを作動させただけだよ」

 

「お前……!」

 

 アークはそれを聞くとヅカヅカと怒りを感じさせる歩みでトアに近づき睥睨する。

 

「どうしたの?早く逃げた方がいいと思うけど」

 

 トアの問いを無視してアークは彼女の手を取ると掴み上げる。

 

「何やってんだ。ここ崩れるんならオメーも早く脱出しねーと死ぬだろうが。とっとといくぞ」

 

 アークの予想外の行動に珍しく目を白黒させるトアはしばし無言になり。

 

「……正気?私はアークちゃんを殺そうとしてるんだよ?」

 

「知るか。その身体でやれるもんならやってみろってんだ」

 

「アークぅ!何やっとるのだ~!?このままじゃぺちゃんこなのだ!ねーちゃんもさっさと歩くのだ!」

 

 攫ってきた人質にまで見捨てる意志が無いことを確認するとトアは抵抗することなく黙って手を引かれるようになった。

 

【挿絵表示】

 

 方舟市廃墟区画。その一つを構成する建物が鳴動し、崩れ落ちた。

 辺りを震わせていた音は鳴りやみ。後には静寂が残された。それを打ち破る声が地下から聞こえる。

 

「らぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 地面を突き破って現れたのはサメだった。二人の少女を連れたアークは瓦礫を吹きとばし地面に着地する。

 

「相変わらず無茶苦茶だねアークちゃん」

 

「助けてやったんだから文句いうんじゃねえよ」

 

 吐き捨てるアークだったがメアはずい、と言葉を挟む。

 

「いや、トアのねーちゃんの言う通りなのだ。振り落とされて死ぬかと思ったのだ!アークはもっとメアを丁寧に扱うべきなのだ!」

 

「んだ十分丁寧だろうがよぉ~!もっと感謝しろ感謝!ほら、お前もだよトア!」

 

 そういってアークは後ろを振り返るがそこにはもう誰も居なくなっていた。

 

「消えたのだ!?」

 

「だな。ったく同時使用と毒でくたくただ。帰るぞ」

 

 アークはその場を去ろうとするがその手を引くものがあった。メアだ。彼女はうつむき加減でその場を動かない。

 

「どうした?」

 

 アークの問いにぽつりといつになく小さい声でメアは答える。

 

「こ、こわかったのだ……いつトアねーちゃんの気が変わってころされるかと思うとこわかったのだ」

 

 若干の震えを帯びたメアの声にアークは胸を針で刺されたような痛みを受け抱き寄せる。

 

「ごめん。ごめんな」

 

 メアの背に手を回し軽くだき背中をさすってやる。するとメアも素直な言葉を吐きだした。

 

「つかれたのだ~こしがぬけたのだ~おぶって欲しいのだ~」

 

「お前……」

 

「早くなのだ~」

 

「はいはい」

 

 アークはメアをおぶってやるとゆっくりと歩きだした。その背でメアはぽつりと言ってやる。

 

「ありがと~なのだ」

 

 アークたちが廃墟区画を去る中、高台から彼女らの姿を見送るものがいた。

 トアである彼女はアークたちを横目にふと己の掌を眺め。先のことを思い出していた。

 

「何やってんだ。ここ崩れるんならオメーも早く脱出しねーと死ぬだろうが。とっとといくぞ」

 

(脱出用の抜け道。用意してたんだけどな)

 

 元々あの仕掛けは自身が敗北した場合とどめを刺されないようにするためのものだった。それで自分が命を落とさないようにするための脱出経路も当然用意していた。だというのにあの時されるがままに手を掴まれ引かれたのは何故だろう。脱出経路のことなど頭から消え彼女らと行動を共にしてしまったのは何故だろうか。わからない。

 小学生の件といい。今回はわからないことが多すぎた。これでは失敗するのも当然というものだろう。

 そもそも一度取り逃がした相手とはいえ何故これほどまでにアークに固執しているのか。それすらも殺人鬼にはわからなかった。

 とはいえわからないのであれば理解を深めればいいだろう。そのためにはやはり、

 

「また会おうね。アークちゃん」

 

 先日の物騒な展開が嘘のように思える呑気な日中。アークは自室のベッドで寝そべりながら漫画を読んでいる。その尻尾はぷらんぷらんと機嫌よく左右に揺れ動いていた。今日は頼んでおいたゲームが届く日なのである。

 

「アーク。入るぞ」

 

 ノックもなく応答を待つでもなく無遠慮に部屋の扉が開けられる。入って来たのは何やら段ボールを抱えた白衣の眼鏡。

 

「サン。入るときはノックしろっていったろ~。それ置いてさっさと出てけ出てけ」

 

「ああ、おいて置くぞそれではな」

 

 言葉通りサンは荷物を部屋に置くと出ていった。それを見計らってアークはベッドを飛び降り荷物へとかけよる。煌めく瞳で荷物の送り状を確認する。

 直後アークは荷物を抱え部屋を出ていき恐らくサンのいるであろうリビングへと向かった。扉を開け放ち。叫ぶ。

 

「サン!お前これ!これ!どういう!?」

 

 送り状の名前は トア と書かれていた。

 

「お前あてだろう、私は知らん。爆弾の類ではないことはミニアークが確認している。好きにしろ」

 

「好きにしろって……捨てたら捨てたで碌なことにならなそうだぞ……つーか家知られてたのかよ……!」

 

 頭を抱えるアークだったがしばし考え込むと意を決して梱包を開け中身を確認する。

 

「げ」

 

 中に入っていたのは一枚の手紙と一本のナイフだった。手紙にはこう記されていた。

 アークちゃんへ 先日は助けてくれてありがとう。お礼に私たちが初めて会った時のナイフをプレゼントします。毒も塗り直してるから便利だよ。また遊ぼうね。 親愛なるトアより

 手紙を持ちふるふると打ち震えるアークは思いのたけを力強く叫ぶ。

 

「これアタシが刺されたヤツじゃねーか!?二度と会うか~!!!」

 

「うるさい……」

 

 サメと殺人鬼。再び相まみえる日はそう遠くはなかった。

 

【挿絵表示】

 




第七話「殺人鬼トア」完結です。
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SH図鑑⑦チヨ&次回予告

 SHs図鑑⑦チヨ

 

 元動物:シラコバト

 誕生日:11月14日

 年齢:21歳

 概要:埼玉の環状汽車ツクモの車掌を務めるSH。車両を不法に占拠するありえん。乗客たちに頭を痛めておりいつか排除してやろうと思っているものの上からはもうかるからという理由で止められている。

 環状汽車ツクモは無機物であるが人生のパートナーとして愛している。重厚なボディ黒さ、力強さ。優しい人格などなどが好き一心同体で整備まで手掛ける休む暇はない。

 埼玉愛に溢れており埼玉をdisられるとおブチギレなさる。しかし彼女の埼玉在住歴は割と浅い。実は利き雑草ができる。

 戦闘に特化して鍛えているわけではないがツクモとの連携により車上では戦闘系のSHとそん色のない実力を見せる。

 基本的に道具を大事にする性質で長持ちするタイプ。必要のなくなったものも古道具屋を利用して新たな持ち主につながるようにしている。

 ツクモと出会う切っ掛けにはとある不思議な古道具屋の勧めがあり。恩人として現在もその人物とは親交がある。彼女もまたツクモを不正利用しているものではなるのだが恩義に免じて不問にしているようだ。

 方舟市で小学校教諭をしている友人がおり時折連絡を取っている。向うにはのろけを鬱陶しがられているようである。

 

武装:鎖ネギレンガ(鎖鎌の分銅の代わりにレンガがついており鎌の部分は超硬質の深谷ねぎ型ロッドになっている)

 

 癖:常に埼玉各地の町おこしにつながりそうなことがらを考えている。事あるごとに埼玉のポーズをとっている。

 

 趣味:車両整備。埼玉観光名所巡り。ジオラマ作り。

 

好物:埼玉の名産品

苦手なもの:魚類

 

 SH能力:トーマス 物体に意思を与えて正直にさせる能力を持っている。九十九神を生みだす。意思を付与された物体は浮遊により移動し己の機能を十全に使用できる。なお、あくまで意思を与えて自由にする能力であるため道具によっては使用者であるチヨの意図にそぐわぬ行動をする場合も多々ある。

 

サイタマリア 埼玉の領土内において浮遊都市埼玉の加護を受け圧倒的な戦闘力を発揮することができる能力。埼玉から離れれば離れる程力が弱くなる。事実上の土地神化ともいえる。

埼玉の名産品を一時錬成することも可能 。

 

 次回予告

買って来た新作ゲームを起動するとゲームの世界に取り込まれてしまったアーク。

同じく取り込まれていたラムルディとランカたちと協力することになるが……アークたちはゲーム世界から脱出することができるのだろうか。

次回SHs大戦第八話「0と1を超えて」



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第八話「0と1を超えて」
8-1 ゼルデンリンク


12話書いてたらちょーっと投稿サボってしまいましたが今日から復帰です。


 

【挿絵表示】

 

<上機嫌な女性の声>

 さあ今日のアークは……自室のパソコンの前で何やら話しているね。リスペクトードで通話してるのか。お相手は……二人いるみたいだけどうーん、流石に誰かはわからんね。僕はこういうのに縁がないしさぁ。

 

「おめぇらちゃんと買ってきただろうな~!?」

 

 そういってアークが掲げたのはゼルデンリンク。今日発売された新作ゲームのパッケージだね。実は僕も買ったからもしかしたらオンラインモードで偶然アークたちに会うことも……いやいや。

 おや、アークの部屋の扉が開いてメアが入ってきたようだよ。でもアークは話に夢中で気づいてないみたいだね。これにはメアもご立腹か……。

 

「さっさとメアをかまうのだ~!!」

 

「ひでし!?!」

 

 メアが後ろから椅子を蹴り飛ばしてようやく気付く。鈍感だよこのサメは。

 

「全く何やっとるのだアーク」

 

「メアてめぇ……まあいいや今日はゼルデンリンクの発売日だからなお前もやってけよ座れ座れ」

 

「なんなのだ~?」

 

 そして二人は並んで座ってゲーム機を起動した。するとタイトル画面が現れて……ん?は?身体がデジタルな感じになって……え?

 

「おわぁ~!?!」

 

「ぬわんなのだ~!?!」

 

 ゲーム機の中に?吸い込まれてしまった……!!何が起きてるんだいったい!?他でも起きているのか!?……取りあえずこのゲームは中古市場に流してこようかな。今ならギリギリ高く売れる……か?

              ♦

 

「なんだぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 アークは激流に身を任せるように近未来的に光り輝く情報板が駆け巡る空間を通りすぎていた。自分の意志では何一つ身動きを取ることはできない。どこに行くのかもわからない。そんな状態は長くは続かなかった。眼前には白い光に包まれた空間が広がっている。飛び込んだ。

 

「ぶはぁ~!?!」

 

 突如奪われた身体の自由を再び取り戻したアークは深く息をかっくらう。落ち着いて辺りを見渡すと眩い光は晴れていた。電光掲示板も存在しない。

 

 代わりに存在したものがあった。表示枠だ。アークの視界の端に存在する半透明なそれにはこのように記述されていた。

 

「アーク……無職レベル1?」

 

言葉に出しても意味がわからず上を見上げた。そこにあるのは雲がまばらに存在する青空、地上には綺麗に整備されつつもどこかコミック調の印象を与えるレンガ。そして辺りには行き交う人々。

 彼らはどれも換歴の日本と異なり一般の人々がイメージする中世ヨーロッパのような衣装……ありていに言えば中世ファンタジー風の衣装を身に着けていた。

 

「ここ、方舟市……じゃねえのか……?」

 

 そんなアークの疑問も長くは続かなかった。それを断ち切るものが天に現れたからだ。

 姿を見せたのは宙に浮く黒いローブを着た者だ。小さな家屋ほどはある身の丈を持ち、そのローブの下は闇に包まれ確認することが叶わず。ただ布地がはためくだけだ。幽鬼のような空気を持つ彼?から空間に音を伝えられる。すると同時にその頭上に漆黒の表示枠が現れ絹糸のような白文字でその言葉が記されていく。

 

【ゼルデンリンクの世界へようこそプレイヤー諸君。この世界は異界から現れた魔王が生み出した魔物たちによって滅亡の危機に瀕している】

 

 その声を聴き順に表示枠へと記述される台詞を目にしたアークは走った。行き先は決まっている。より多くの情報を求めて幽鬼の真下へと人々を押し退けて走った。そうしている内にも声は続く。

 

【この事態を打開できるのは君たちを置いて他にない。プレイヤー諸君……いや、勇者たちよ。今こそ手を取り合い世界の危機に立ち向かうのだ!そして魔王を倒し、この世界へと平穏をもたらすのだ】

 

 言い終わるころにはアークは幽鬼の下、広場へと辿り着いていた。しかしその言葉を最後に幽鬼は口を開くことはなく、まるで始めから存在していなかったように虚空へと姿を消してしまった。

 

「なんだよクソ~!!」

 

 未だに戸惑いの声を上げる周囲の人々とは対照的にがっくりと肩を落とすアークだったがその背に二つの聞き覚えのある声がかけられた。

 

「おいアーク!一体何じゃこの騒ぎは!?」

 

「おおアーク殿!お主もここにおったでござるか!」

 

「あん?ラムルディ、ランカ……おめーらも来てたのか!?」

 

 声をかけたのはピラニアのSHランカとオオコウモリのSHラムルディであった。二人とも周囲にランカ戦士LV1、ラムルディ錬金術師LV1と表記された表示枠を浮かせている。

 アークを含んだこの三人はラムルディをリーダーとしたゲーマーチーム♰暁の旅団♰を組んでおり、オンラインゲームなどで活躍していた。

 今日この不可思議な状況に陥る以前にも三人は通話ソフトであるリスペクトードで会話しており、みなでゼルデンリンク最速攻略を競おうとしていたのである。

 それゆえにこの状況には少し心当たりがある。直前の状況と先ほどのローブが話した内容、急に放り出された場所……ランカが始めに切り出した。

 

「アーク殿、これはもしかすると……」

 

「ああ、アタシも多分同じことを考えてた」

 

「なんじゃなんじゃお主ら……といいつつわらわも同じことを考えていたりして」

 

 おおよその同意が取れていることを確認した三人は同時に考えを発す。

 

「「「この世界はゲームの中!!!」」」

 

 そして同時に頭を抱える。

 

「やっぱりな~!?こういうのなんて言うんだっけ?異世界転生?」 

 

「いや生まれ変わってないから異世界転移ではござらんか?」

 

「MMORPGものといったほうがよかろうよ……しかしこれどうやって元の世界に戻ればいいのじゃ?」

 

 ラムルディの疑問はもっともであった。来た原因は分かっている。ほぼ確実にゼルデンリンクを起動したせいである。だがどうやって来たのか、そしてどうやって元に戻ればいいのかは示されていなかった。ただ手がかりは存在する。

 

「やはり先のアレでござらんか?目的を達すれば世界がやランカたちを解放してくれるという感じのサムシングでござる」

 

「あの黒ローブがいってたことか。魔王を倒せってな。いっちょやるか?」

 

「世界救っちゃいますかというやつじゃな。わらわたち一応悪の秘密結社なんじゃがのう……」

 

「アタシはちげーよ」「もっと酷い何かじゃろ」「まーまー」という応酬の後彼女らは心に一つの目的を定める。すなわち魔王を倒しこのゲームの世界と思わしき場所から脱出するということだ。

 

「ではみなの衆、魔王討伐に向かうでござるよ!」

 

「あッ、ちょっと待て」

 

「なんじゃぁせっかく盛り上がっとるところに」

 

「メアだメアがいねえ。もしかしたらアイツもここに来てるかもしんねんだ。ちょっと街見て来てえ」

 

 アークの脳には不安があった。自分が吸い込まれたあの場にはメアがいた。であれば彼女が己と同じようにこの世界に流れついている可能性は高い。このよくわからない世界で彼女を一人にしておくのは非常に危険な気がするのだ。色々な意味で。彼女がこんな状況で騒がずにはいられまい、いるならばすぐ見つかるだろうと思ったその時だ。アークの前に小さな体が立ちふさがったのは。

 

「む、メアを置いてどこにいこうというのだアーク!」

 

「メア!やっぱ来てやがったのか!」

 

 現れたのは小柄な姿だった。メア魔法使いlv1という表示枠を持っており小さな胸を張っている。

 現れた幼女の姿をみて胸を撫でおろしたアークは勢いよくその手を取る。

 

「心配事はなくなったな。じゃ、さっさと魔王を倒しにいこうぜ!」

 

「ちょ、ちょっと待つのだ、まだ…………仕方ないのだ~」

 

 メアの手を引っ張りアークたちは街を後にする。これが彼女たちの、忘れられない一月ほどの旅の始まり。

 




https://twitter.com/SHs42610278 にてSHs大戦10話「SHs大戦-昔日の記録-」が放送開始となりました。興味のある方がいらっしゃいましたら是非お越しください。


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8-2 旅立ち

アークたちが街を後にすると一面緑の大広原が広がっていた。陽の光りがさんさんと差すのどかな光景にSHたちが我を忘れているとメアは彼女らを放って先に進みだす。

 

「あ、ちょ、メア殿!?」

 

「何してるのだ~?ノロノロしてるとおいてっちゃうのだ!」

 

「相変わらず落ち着きがなく遠慮もない童よのぉ」

 

 

 そんな彼女を独りにさせないよう順にSHたちが小走りでおいかけていくなかでアークはぽつりという。

 

「なあ、この視界の端に浮かんでる鬱陶しいの何なんだろうな」

 

 鬱陶しいものとは、アーク無職LV1/HP24/MP18と表記されたアークの周囲に浮かぶ半透明の表示枠のことだ。それをみてラムルディはこともなげにいう。

 

「ステータス画面じゃろう。ゲームの世界ならばこんなものがあっても不可思議ではなかろう?とはいえ今のままでは邪魔なだけじゃな」

 

「む、やはりでござるな。皆の衆これを見て下され」

 

 自身のステータス画面に何かを行っていたランカが皆を呼ぶ。集まった皆の前でランカはステータス画面をみせると先ほど起きたことを実演してみせた。

 

「ステータス画面の端にあるこの設定マーク。これを押すとでござると……なんと更なる詳細画面が出て来るのでござるよ!」

 

 ランカの言葉通りにステータス画面を弄るとステータスなどの多数の項目が現れた。

 

 「おお~」という反応に気をよくしたランカは気をよくして話を続ける。

 

「ステータス、とは力や防御力などに関するものでござろう、スキル・魔法は使えるスキルと魔法、所持品はランカたちは地図と木の棒ぐらいしか持ってないようでござるな金も300G。おそらくしけているのでござろう。スキルPTは……確かこのゲーム事前情報ではスキルツリー割り振り性だったはずでござるからもう少し情報を待ってから割り振るのが安全でござろうな」

 

 その言葉を聞きながら皆はそれぞれの項目を確認する。結果ステータスの数値や魔法・スキルはみなそれぞれ異なっていることが確認できた。これは本来の身体能力だけではなく個々の職業が能力値に影響しているのだろうとランカはいった。

 

 そうして歩きながら話しつつ自分たちの戦力を確認するアークたちであったがやがて強烈な敵意を察知する。振り向けば液状の固形物体がアークたちの行く手に立ちふさがっていた。

 

「なんだこりゃ」

 

 相手のステータス画面に記された情報は 悪いスライムLV3。この世界でのアークたちにとって最初の戦闘が始まった。

 

 

 悪いスライムは身体を一度収縮させて溜めを作ると砲弾のように我が身を跳ね飛ばしメアに向って体当たりを敢行した。しかしそれは横から割り込んだランカによって防がれる。勢いを失った悪いスライムはアークの強烈な横蹴りを喰らい地面を転がる。そして同時に4という表記が現れる。一同はそれを見て一瞬で今の攻撃で与えたダメージ量であるということを直感する。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ないでござる~とと、しかしあの程度の攻撃なら受けてもどうってことないはずでござるがやけに効いたような気がするでござるなあ。やはりこれも」

 

「ゲームの世界だからってわけか。ここで死んだらどうなるんだろうな」

 

 核心をつくアークの重たい疑問。しかしランカはおどけた調子で答えた。

 

「死ぬんでござらぬか~?まあいつもと変わらんでござるよ」

 

「だな」

 

 言っている間に彼女らの後ろから悪いスライムに火の玉が飛んだ。メアが放った呪文によって悪いスライムは継続的なダメージを受けもがいている。前衛二人も動いた。

 

「オラぁ!」

 

「でござるぅ!」

 

 二人からの連撃を受け悪いスライムはみるみるうちに気勢を削がれていく。このままとどめと思われた時、突然アークの手が止まった。

 

「アーク殿、どうしたでござるか……?」

 

「あ……いや……あ~、なんつーかな」

 

 苦虫を咬みつぶしたような表情で言い淀むアークだったが戦闘の場ではそれは命取りだ。この場を好機とみた悪いスライムは力を溜め、今まさに飛び掛からんとしている。

 

「ゲイン!」

 

 それは果たされなかった。天からあり得ない程に真っすぐ落ちた雷が悪いスライムを戒めるように撃ったからだ。悪いスライムは力尽きたと見えると体がホログラムのように移り変わりそして死体も残さず消え去った。後に残ったのはLVupを告げる軽快な効果音と薬草と表記された草の束だけだった。

 

 アークは悪いスライムが消える様を反芻するとほっと胸をなでおろし明るくいった。

 

「どうやらこりゃマジでゲームの中みてえだな。死体も残んねーなんてよ」

 

「コラアーク!何ぼーっとしてたのだ!メアが助けなきゃ危なかったのだ!」

 

 後ろからぷんぷんと怒気を露わにしているメアと肩身が狭そうなラムルディが合流してくる。その様子にランカはズレた眼鏡を上げ。

 

「おや、先ほどのはメア殿でござったか。といことはラムルディ殿は先ほどの戦いの最中何を……」

 

「う、うるさい……!魔法の使い方がようわからんかったのじゃ!童よ、後で教えてもらうぞ……」

 

「仕方ないのだ~」

 

 こうして最初の戦いを超えてこの世界の勝手を少しだけ理解したアークたちは、道中で立ちはだかる敵エネミーたちを倒しレベルを上げつつ、地図を頼りに次の拠点となる村を探した。

 

 最初の街と村とはそれほど距離が離れているわけではなかったが、エネミーを倒すと貨幣であるGがドロップすることに味をしめたアークが片っ端からエネミーに喧嘩を売ったことで到着は夕方になってしまった。

 村に入っても不思議がられることはなく。アークたちは村の武器屋で剣や槍、ブーメランなど最低限の武器を購入したり果物屋で果物を購入すると一日の疲れを癒すため宿場へと向かう。

 村の中央近くに存在している宿屋は古さを感じさせない木造建築の二階建てだった。受付で手続きを済ませたアークたちは大部屋のベッドで横になったりこの世界の書物を読んだりして時間を潰す。そんな中ランカが口を開く。

 

「それなりに稼いだつもりでござったが武器の購入と四人分の宿代でGがすっからかんでござるなあ」

 

「四人分の宿ってのが思ったよりたけぇ。ゲームならもうちょい配慮しろよな……」

 

「のだ~」

 

「果物が現実とそう変わらんのは助かったが……何か一気に稼げるイベントでも起きればよいのだがのう」

 

 そこまでラムルディが言ったところで部屋の扉が叩かれる。夕飯の準備ができたのだと判断したアークたちは入室を促すと宿屋の女主人が姿を現す。そしてアークたちに向って頭を垂れると言葉を紡ぐ。

 

【お食事の準備が整いました……ですが旅人さま方に一つお願いを……いえ、ご依頼したいことがございます】

 

 その言葉にゲーマー組もといSHたちが身を乗り出す。

 

「おい、これってもしかして」

 

「イベントフラグでござろう……条件はこの宿に泊まることでござろうな」

 

「これは金の工面がなんとかなるのではないか?」

 

 その反応を続けろというように受け取ったのか宿の女主人は言葉を続ける。

 

【実は最近この近くの洞窟にメカゴブリンたちが工場を作ったようなのです。直接的な人的被害はまだ目立ったものはでていませんが、バイオ燃料の素材に農作物を頻繁に盗み来られて困り果てているのです。この村にはメカゴブリンの工場を討滅できるような屈強なものはおりませんし王都からの騎士はなかなか派遣されません。このままでは農作物

を奪い取られ続け冬には村の住人たちがみな飢え死んでしまうかもしれません。旅人様の実力は村の見張りのものたちが広原で確認しております】

 

 そこまで言うと主人は後ろに隠してあった布袋の中身をアークたちに見えるように広げてやる。そこには大量のGや高価そうな宝物がぎっしりaと詰まっていた。

 

 「お礼はこの程、どうか旅人さまたちの力でメカゴブリンの工場を破壊してきてくれませんでしょうか?」

 

「やるー!!!」

 

 サメ、即答である。だがそれを止めるものはいない。みんな金欠だからである。

 

【ありがとうございます!それでは下でお食事を用意しておりますので準備ができましたら降りて来てください!】

 

 予想以上の快諾に主人は顔を朗らかにして礼を言うと部屋から去っていった。後に残されたもの達は我慢していた興奮を解き放った。ある者はベッドで飛び跳ね、ある者たちは抱き合い、ある者はシャドーボクシングに勤しむ。

 

「イベントじゃあ~ゲームの中じゃあ~!」

 

「なのだ~」

 

「金金金金~!!」

 

「アーク殿ぉ?ゲームの中の世界の金は多分持って帰れないしもって帰っても使えないでござるよぉ?」

 

 彼女らが騒ぐのも無理はない。突発的かつ偶発的とはいえゲームの中の世界に入るという事象はゲームが好きなら誰しもが一度は行ったことがある妄想だろう。それが現実のものとして強く実感ができるイベントが現れたのだ。騒がない方が無粋というものだ。

 ひとしきり騒ぎ落ち着いた彼女らは部屋を後にし食事をしながら今後の展望を考えることにした。

              



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8-3 メカゴブリンの洞窟

            ♦

 この世界での初の食事におっかなびっくりだったアークたちだったがそこは安心というべきか拍子抜けというべきか。少なくとも味は現実世界とそう大差ないものがお出しされたことで問題なく腹を満たすことができた。夕食を終えた彼女たちはメカゴブリンたちの工場を破壊するため宿を出立する。

 

【お気をつけて~!】

 

 宿屋の女主人や村人たちに見送られながら村を後にして一時間ほどたったころには複数の戦闘をこなし指定された洞窟の前につく。

 

「お~お~ゴブリン共が随分ハイテク文明に目覚めてやがるぜ」

 

「小癪なのだ~」

 

 洞窟の前には見張りなどは存在しなかった。代わりというようにこれみよがしに設置された監視カメラが周囲を警戒していた。

 

「これからの時代ゴブリンにもIT技術が必須ということでござろうな」

 

「デジタルネイティブというやつか工場から生まれとるしの」

 

 監視カメラを前にしても異界の勇者たちは余裕を崩さなかった。設置された監視カメラはゲームであるがゆえかそれとも杜撰な頭脳のせいか旋回タイミング次第では潜り抜けることが可能なタイミングが存在したのだ。

 SHたちは元々悪のありえん。の中でも最大規模のカルヴァリーの秘蔵っ子たちだ。SHになるまえから数多くの工作任務などをこなしてきている。それが今人外の能力を得ているのだ。小学生一人を抱えたところで監視の目を掻い潜るのは容易だ。

 洞窟に潜入するとわかることがある。それは洞窟全体が綺麗に舗装されているということだ。近未来的な床に壁面は元の吹き抜けの面影はない。

 

「サンの実験室みてえだな」

 

「ロボアニメ好きとしては興奮するでござるがこれゴブリンの作ったものなんでござるなあ。複雑にござる」 

 

 通路は入り口よりもむしろ広く時折地下への階段や分かれ道も存在しているので外観からは想像できないほどに内部構造は広い。当然敵地であるため頻繁にメカゴブリンとその亜種と遭遇することになるが仲間を呼ばれる前に速攻で片づけることで事なきを得ていた。

 

「流石に内部はダンジョン然としておるな。こう入り組んでおると地図が欲しい所じゃが……」

 

「あれを見るのだ!」

 

 メアが指さした方をみると近未来的な空間には似つかわしくない古ぼけたいかにも宝箱といっていい入れ物が存在していた。そしてそんなものを見た暁にはじっとなどしていられないものがここにはいる。

 

「宝~!アタシんだ~!!」

 

 当然アークだ彼女は宝箱目掛けて一目散に駆けていく。途中簡易的に仕掛けられたトラップが作動するが殺人鬼の仕掛けたものに比べると天と地の差。かすり傷一つ負わずに辿り着くそして。

 

「御開帳~!あん?」

 

 アークは宝箱に喰われた。

 

 宝箱が独りでに開きアークを頭から飲みこんだのだ。見れば宝箱の蓋には上下それぞれに歯のようなものがならんでおりアークの胴体をガブリガブリと噛みついている。

 

「アーク殿ぉ!?」

 

「ミミックじゃあ……!ゲームの中であれば当然いるわのう」

 

 擬態という名を持つこのエネミーは電源非電源を問わずゲームに親しんだものの間では広く知られた存在だ。故に驚きはするものの腰を抜かしたりはしない。それは彼女も同じことだ。

 

「なんじゃあこりゃあ~!!アタシの宝はどこいった!?ああ!?」

 

 宝箱の中から憤慨の声を上げたアークはメラメラと怒りを燃やすと自身の身体ごとミミックに火をつけた。シン・アーク。アークのSH能力だ。SH能力が使えることはこれまでの戦闘で確認済み、威力はこの世界の法則によりステータス相応のものになっているが属性などはちゃんと機能している。

 

【ギョゲ~!?!】

 

 たまらずアークを解放するミミックだったが怒れるサメがそれで止まる筈がない。斬撃、殴打を繰り返し瞬く間に破壊される。

 

「危なかったのだ~……む、これを見るのだ」

 

 ミミックの倒された場所には地図のようなアイコンが現れていた。恐らくこれが探していた。

 

「この場所の地図じゃな。これで探索が随分楽になるぞ」

 

「ミミックもいるとは……でござるな。これは他のゲームでのジンクスなどは一通り警戒したほうがよさそうでござるな。ひとまず宝箱は見分ける方法ができるまでは遠くから攻撃してから開けるようにするでござる」

 

 ランカの方針に頷き、皆は地図を頼りに探索を行う。といってもそれにより最高効率で深部に辿り着くといった動き方ではなくむしろ逆、彼女らは行き止まりなどにわざと足を運び宝箱の取り逃しのないようにダンジョンを探索しきるように動いていた。

 そして度重なる戦闘と宝箱とミミックを超えてついに彼女たちはダンジョンの最奥、メカゴブリンの生産施設へと辿り着く。そこにはラインで製造されていくメカゴブリンたちがあった。

 それらを守るように設備の周りには警備係のメカエネミーたちが存在している。彼らはついに最深部に辿り着いた侵入者を検知すると襲い掛かるでもなく集合した。

 

「なんだぁ?」

 

 アークたちが警戒してその様子を眺めているとメカゴブリンたちに変化が現れる。彼らはそれぞれ変形しながら周囲のメカゴブリンたちと次々と接合していく。

 

「な、なんと……メカゴブリンたちが……メカゴブリンたちがどんどん合体していくでござる!」

 

 ランカの言う通りのことが起こっていた。時間と共に膨れ上がるように巨大化していくメカゴブリンたちの集合体は眩い光を放つ。そしてその光が消えるころにはその姿を見せていた。その様を見ていたメアが呟く。

 

「おめでとう!メカゴブリンはメカゴブリン戦車に進化したのだ!」

 

「めでたくねぇ~!!」

 

「そうはならんじゃろ!」

 

 メカゴブリンたちが結集してアークたちの前に現れたメカゴブリン戦車は通常の戦車より二回りも大きい怪物戦車だった。怪物が火を吐く。

 



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8-4 vsメカゴブリン戦車

「ぬおおおおおおおでござるぅ!!」

 

挨拶代わりの砲撃を回避したアークたちはそれぞれ武器を構え戦車を睨みつけた。この世界で最初のボス戦へと突入した興奮と緊張感が彼女らの喉を飢えさせる。

 

「おい!どうするんじゃあこんなバケモン!明らかに最初に遭遇するような相手ではないぞ!?」

 

「ゼルデンリンクの開発元は死にゲー量産してるでござるからなぁ。そういうものでござろう」

 

「ち、チェーンソードでもありゃあ装甲もスパスパっといけるんだろうがなあ。ミニアークもいねえし今はこのナマクラ一本だけでどうにかするしかねえ!」

 

 この世界に入る前、アークはミニアークや位相空間を使うための腕輪を外していた。故にそれらの装備は今もってこれていない。とはいえラムルディも実家の倉庫に入れてある果物にアクセスできていないところを見るに身に着けていても同じ結果に終わっていたようにも思えるが。

 

「ベイン!」

 

 気後れするSHたちに先んじてメアが一歩前に出て炎系の魔法を戦車に一発いれた。

 

「何をやっているのだ!勇者たちが気後れしていてどうするというのだ!?」

 

「お……おお、いくぞおめぇらぁ!」

 

「「おお!」」

 

 メアに負けじと前に出たアークに続いてSHたちも立つ。怪物と怪物の争いが始まった。

 現実でならばいざ知れずこの世界に来たばかりのアークたちのステータスでメカゴブリン戦車の巨体を真正面から受け止めるのは無理がある。彼女らは小回りを活かして戦車から距離をとり直接ぶつかることを避けながら戦っていた。

 彼女らの基本的な陣形はアークがヒット&アウェイで斬撃やSH能力でダメージを与える近接アタッカー、ランカがスキルによってメカゴブリン戦車のヘイトを集めて後衛に攻撃を届かせないように立ち回る。そして守られる後衛はラムルディがブーメランを投げメアが魔法で削る。そんな陣形だ。

 ラムルディのSH能力、乳と糖と果実(フライングフォックス)は非常に多種多様な能力を自他問わず付与できる優秀な能力であるが使用には対応した果物が最低二種類必要だ。現実世界の貯蔵にアクセスできない以上この世界で手に入れたものを利用するしかないが、入手できたのは林檎、バナナ、レモンがそれぞれ一個ずつ。少ない。

 現在のラムルディは能力が拡張されたことにより最大三種を同時に混ぜることが可能だ。とはいえ攻め時にはまだ早い、相手の弱点を見極めねばならないだろう。

 

「のわ~!?」

 

 砲火が工場施設ごとアークたちを襲う。当たるようなヘマはしないが徐々に遮蔽物などが少なくなっていく。それは一つの事実を示していた。

 

「アタシらよりも戦車のほうがよっぽど工場ぶっ壊してんじゃねーか!?何がしたいの!?」

 

 工場は既に4割程が戦車の砲撃や戦車の無理な突撃などによって破壊されている。アークたちにとって防壁は減っていくものの目的は勝手に達成されようとしているのだ。そのことにランカが分析を発する。

 

「恐らく人?さえ残っていればいずれ復旧できるということなのでござろう!ランカたちを排除した後は合一を解くなりして人員を戻し修復に取り掛かる。とかく全滅さえ逃れればどうにでもなる。そういう腹積もりにござるよ!」

 

「なんじゃ結局全滅させねばならんのか……ぬおっ!?……どうじゃアーク!わかったか!?」

 

 砲声と破砕音に負けぬよう張り上げたラムルディの問いにたったいま敵にアークショックを打ち込んだアークが答える。

 

「ああ!こいつは電気だ!アークショックを食らわせた途端動きが明らかにおかしくなりやがった。ダメージ表記もデケエ。機械にゃ電気ってやつだな!ラムルディ、おめぇもそういうの持ってたよなぁ!?やるぞ!」

 

 アークの要請にラムルディは軽くうなずくと所持品から三つのアイテムを取り出す。バナナ、林檎、そしてレモンこの世界で手にいれることが出来た3つの果物それを。

 

「フライングフォックス」

 

 Apple・Banana・Lemon 三つの読み取り音声と共にベルトに附属したミキサーが起動。果実を掘削し、圧搾し……電子音。完成の合図だ。

 

「おいまだか!?」

 

 蓋を開けミキサーを引き上げ顔の高さまで。腰に手を当て体を反ってぐっ、ぐっ、と飲みこんでいく。味付けは完璧。このおいしさは脳まで直接届く身体が変化を始める。

 ラムルディの髪色は赤とグラデーションの効いた黄色が混ざった極彩色となった。変身完了。そこで終わらない。

 

「まだなのでござるか~!?!」

 

 ラムルディは自身の能力に追加で新たな能力を重ねがけする。能力の重ね掛けは片手と片脚でそれぞれ別のゲームを行うようなものだ、能力を通常通り複数回使う以上の消耗が起きる。しかし今必要なことだせめて気を上げるためかっこよく叫ぶ。

 

「暁の黄昏(スイートパラドックス)!!」

 

 ラムルディの体がカートリッジ・ライフに接続を果たした直後変化が生じる。おおよそ3色で構成されていたラムルディの髪色が喰われるようにレモン色一色に塗りつぶされていった。

 

「お主ら人が饗宴の下ごしらえをしておる間に喚きおってからに。おかげで少し零してしもうたではないか……じゃが、これで雷の吸血種誕生じゃ。それでは始めるとするか……のう!」

 

 柑橘系な彼女が指運を振るうとその軌道上に閃光が走る。行き先はメカゴブリン戦車、到達点で炸裂する。

 雷が隣人に落ちたような轟音と衝撃が部屋中に響き渡る。それはそのままラムルディの雷の威力を物語っていた。直撃を喰らったメカゴブリン戦車は動きを停止しこれまでより一桁多い大きさの数字を計上している。読み通り電気には弱いようだ。

 好機は逃さない。動きを止めた戦車に取り付いたアークごとラムルディは雷を幾度も振るっていく雷閃が装甲を削り、刺し、穿つ。

 

【挿絵表示】

 

「それそれそれそれそぉーれそれ!どうしたその程度か?もっと抗ってみせよ。わらわを楽しませて見せよ!」

 

「おめーアタシもいんの忘れてんだろ!!」

 

 反撃すらも許さない圧倒的な攻撃性能。これがラムルディが進化で手に入れた新能力「暁の黄昏」の力だった。自身の複数ある属性に対し一つのみを前面に強く押し出すことができるようになるというこの能力は平時は高い効果を期待できないが、フライングフォックスと併用することで劇的な成果を発揮する。

 フライングフォックスは果物が持つ属性の力を最大三種まで同時に自身に付与することができる。ただし個々の能力においては複数種同時という面が足を引っ張ってか出力が低かった。ここで暁の黄昏を使うとどうなるか?一つの属性が他の属性の前に出てそれ以外の効能を得られなくなる代わりにその出てこれない分の出力を押し出した属性に回すことができる。つまり多様性を犠牲に出力を飛躍的に向上させることができるのだ。

 

「これで終いじゃ」

 

 指運は上昇を示している。それを誇示するかのようにメカゴブリン戦車の足元は柑橘色に染まり次の瞬間。地から昇る雷が天上を衝き砕いた。

 危険を感じたアークが跳ぶように離れるとメカゴブリン戦車は不規則な電光を全身から幾度も発し煙を上げていく、そんな状態の物に天井から岩が振ってくればどうなるか。答えは簡単だ、瞬く間に内部から焔を上げ景気よく爆散する。

 一つの集落の終わりを告げる爆発を祝砲に変えるようにけたたましいファンファーレが流れレベルアップの効果音が響き渡る。

 

「ようやく……」

 

「終わったな」

 

「の~だ~」

 

 初めての依頼イベントもといダンジョン攻略&ボス戦完了。

 



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8-5 vsリン&シロ

              ♦

 カイワレ平原の夜は時折発される獣の遠吠えを除けば夜風が草木を薙ぐ音だけが聞こえる静観な土地という設定だ。だが今夜は様子が違った。今平原に響くのは爆発音そしてそれに伴うガラガラという倒壊音であった。音と破壊が連鎖するその中から叫び声が聞こえて来る。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁああああああ!早く早く早く早く!!」

 

 アークたち一行だ彼女たちは崩壊しつつある整備された通路をメアを抱えて全力で疾走している。這い寄る崩壊の足音に追いつかれぬよう必死だ。

 

「む、外からの明りが見えてきたでござるよ!」

 

「あ、あと少しじゃあ……!」

 

「じゃあお先にシン・アーク!」

 

「のぉだ~!?」

 

「「ズルイ!!」」

 

 出口まで一直線になるとメアを連れたアークはそうそうにジェット加速で抜け出してしまった。後に残された二人はちらりと顔を見合わせると一層必死な顔で加速する。残り六歩、五歩、三歩。

 

「脱ッ……」

 

 残り一歩、そして。

 

「出じゃあ……!!」

 

 無事に脱出したパーティメンバーたちは外に出た後も崩壊の影響を受けぬように遠くへ遠くへと歩みを進める。その背後で一層巨大な崩壊音が響き彼女たちが振り返ると元来たダンジョンは完全に倒壊しており二度と入ることはできない有様になっていた。

 その様子をみて助かったとばかりに皆一様に胸を撫で降ろすと一息つき先程までの状況を回想する。

 

「まさか戦車を破壊するとダンジョン全体が崩壊する仕組みになっておったとはでござるなあ。自爆スイッチとは乙なものでござる」

 

「行きに宝箱やらを全回収しておいてよかったわ。取り逃しに重要アイテムがあっては困るからのう」

 

 彼女たちはゲーマーらしい行動基準によってダンジョンで得られる最大の戦果を手に入れた。この世界がゲームの世界であるならばそういった視点こそが生き抜くために必要になってくるのかもしれない。

 

「やー死ぬかと思ったけどとにかくこれで依頼は達成。Gガッポガッポだな!」

 

「早速村に返って報告なのだ~」

 

「「お~!!」」

 

 片腕を上げ意気揚々と帰路につくそんな時だ。

 

「残念だがそれは叶わないな」

 

 不意に割り込んできた一陣の風がアークを遥か後方にまで蹴り飛ばしたのは。

 

「は?ガッ!?!」

 

「アーク殿!?」

 

 突如として現れたのは燃えるような蒼髪、きつく締められたネクタイとその横に垂れている髪房は情熱的な赤の色をしていた。そしてスーツスタイルの袖から覗く無骨な鋼の両腕が彼女のくぐってきた修羅場を現しているようにも見える。

 

「SHヒクイドリ リンそして……」

 

 GAMECHANGE!GUN SHOOTING!エコーのかかった叫び声が夜空に響く。見ればリンと名乗ったSHから少し離れた場所に赤と青の二丁銃を構えた亜麻色髪の小柄な少女がいた。彼女は銃口をランカとラムルディへと向けると相方と同様に自らの名を名乗る。

 

「SHオオミチハシリ シロだ」

 

 そして銃声が鳴る。

 

 甲高い銃声が夜の高原に連打する。音の主はオオミチハシリ、力の走る先にはピラニアとコウモリだ。銃撃を受けるランカとラムルディは激しいタップダンスのような動きで忙しなく弾丸を避けている。

 銃火の間隙を縫って二人は抗議の声を上げた。

 

「な、なななななんでござるかお主らは!?」

 

「そうじゃそうじゃ!同じSHであるならば襲われる筋合いなどないはずじゃぞ!」

 

 そんな二人を半目でみつつシロと名乗ったSHは腰に装備されたホルダーに二丁のグリップの底を一瞬収めた。すると空になっていた二丁の側面に記されていた5本のメーターが急速に回復してく。二人への返答として引き抜く。

 

「何を世迷言いってんだ?裏切りもんとグルんなってあたしらをこんなとこまで連れて来たくせしてよ」

 

「「は?」」

 

 銃声が再開すると同時に戦場にも変化があった。先程遠方まで蹴り飛ばされたアークが復帰したのである。彼女は腕を振り上げヒクイドリのSHへと躍りかかる。それは尋常の速度ではない、シン・アークによる加速を伴なったものだった。

 

「てんめいきなり何しやがんだボケ!」

 

「何か問題でもあったか?」

 

 アークの緩急をつけた奇襲だったがリンと名乗った相手はひらりと見かわした。その事実にアークは内心で脅威を感じていた。

 

 ──野郎。シン・アークのジェット加速はリクでも最初は対応しきれなかったんだぞ。それをこいつは初見でかわしやがった……!

 

 どの道これよりも速度の高い攻撃もない。まぐれか否か。確かめるためアークは再度シン・アークの起動も試みる。が、相手の様子がおかしかった。

 

「貴様……今、火を使ったな?」

 

「おー……うん?」

 

 一瞬の炎を視認していたのかという驚きとは別にわなわなと震えるリンに対して気の抜けた返事を返してしまうアークだったが直ぐに糾弾が来た。

 

「私の前で!炎を使ったな!?」

 

 激昂する様に不気味を感じたアークは力を入れ直し能力を発動する。背部から排出される炎がアークに加速の力をもたらす。その前に。

 

「炎喰い」

 

「!?」

 

 アークの求めていた加速は来なかった。代わりに寄こされたのは口元に炎を湛えたリンの横薙ぎの蹴りだ。アークは再び場外へと吹き飛ば(スマッシュ)された。

 

「欲の油にまみれた不味い炎だ。このようなものでは碌な調理など叶わんだろうな」

 

 リンは炎を咀嚼しきるとアークを追う前にちらりと相棒を横目に見た。視線の先には景気よく撃ち放つシロと逃げ惑う二人のSHの姿がある。

 

「確かにアーク殿とは行動を共にしておるがやランカたちは関係な……殿っていっちまったでござる、あいたぁ!?当たった!やランカ当たっちまったでござるよぉ!?もうダメでござるぅ!?ラムルディ殿後は任せた……」

 

「落ち着け。お主生命力ゾンビ並みじゃからヘッドショットでなければ何とかなるじゃろ!わらわも当たった~!?もうだめじゃあ」

 

「うるせぇ!そもそもお前等さっきから結構HITしてんじゃねぇか!さっさと死ねよ!!」

 

 相手方からの冷静なツッコミにそれもそうと我に返った馬鹿共は銃撃を避けつつ互いに顔を見合わせると一つの事案に思い当たる。

 

「「レベル差!!」」

 

 相手のステータスを再確認してランカたちは方針を考え直す。少なくとも相手は自分たちのようにダンジョン一つを攻略しボスを倒したという経験はないのだろうそれは彼我のレベルの差で分かる。そしてレベル差というものはこの世界での戦闘において想像以上に影響を及ぼすということもたった今理解した。ならば話は早い。

 

「弾丸の雨なんぞ密林の豪雨に比べれば恐るるに足らずぅ!」

 

「ははははーっ!吸血鬼を相手にするのであれば銀弾ぐらい用意して来るべきだったのう狩人よぉ?」

 

「あ~~!ヘタクソ共が開き直ってきた!最悪なんだけど!!」

 

シロのうんざりした声も納得。二人は弾丸に当たっても殆ど……いや数発に1、2ダメージほどしか発生していないことに気付くと一転。被弾するのも構わず銃手へとまっしぐら。現実では決して取れない戦法でもこの世界では有効だ。最短距離で駆ける。

 

「あいたたたたたたたたたたた!?ほぁっちゃあ!!」

 

「ダメボうるさすぎるだろ!さっさとパッチ当てるか死ぬかしろ!」

 

「お主こそ、はよう観念して足と発砲を止めるのだな!止めっ!?止めるのじゃ!!」

 

 シロは元々スピード特化なのか引き撃ちのバック走であるにも関わらずかなりの速度で移動していたが、追う二人はダンジョンで拾ったりエネミーからドロップした薬草をはみながらじりじりと距離を詰めていき。

 

「とっ」

 

「たぁ!」

 

 ラムルディが先んじてシロの細腕に、次いでランカがシロの胴体へと取り付いた。

 

「つーかまえたでござる~」

 

 速度に比して力は心元ないのかシロは苦々しい顔で銃を手放し空いた手で腰の十字キーを高速で操作する。

 

「ぬ、こやつ一体何を……!?」

 

 ラムルディが言い終わる間にGAMECHANGE!ACTION!という声が再び広原に木霊した。それから二拍と待たぬままシロが二人を連れて跳躍する。先程まで振りほどくことすらできなかったとは思えぬほど力強く舞い上がった。その跳躍は宙に輝く一際大きな天体の一部をその身で隠せるほどの位置にまで到達している。異常はそこで

わらなかった。最高到達点に達するとシロは再び跳躍の体勢を取ったのだ。するとどうだろう?あり得ざる足場がそこに存在するかのごとく彼女らは再び上昇を始めた。

 

「ちょちょちょちょちょヤバいんでござらぬか~」

 

 ランカもSHだ。現実世界であればこの高へと到達できないにしても落下の衝撃には十分耐えうる。しかしこのゲーム世界でのステータスではどうだろうか?そもそもゲームというものは高所からの落下にやたら厳しいことがある。よもやここまでと上司との思い出を回想し始めたランカに下から声がかかる。

 

「何をやっておるか。はよう降りてこい!」

 

 一足先にシロから離れていたラムルディが翼を展開して下で待機していた。ランカはこれ幸いと飛び降りると蝙蝠に攫われて地上へと降りていった。

 

「ふひひひひひ、まさかリクちゃん様をお姫様抱っこする前に自分がされるとは……責任とって欲しいでござる~!」

 

「何のじゃ。しかしこの身体能力……やはりわらわと同じ複数の属性を一つに内包した能力のようじゃのう。役割が被りおるわ」

 

 そのようなやりとりをしている間にシロが落下の衝撃を地面へと与える。能力の影響か高所からの落下はスライムほどの影響も与えていないようだ。彼女は先ほどよりも軽い調子で跳ぶと背からカランビットナイフを引き抜き大上段から突きを二人へと刺し向けた。



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8-6 パーティ結成

ランカたちが凶刃に晒されている中、アークはより凶悪な脅威に晒されていた。それは脚そして鍵爪。リンの刃物よりも鋭利な蹴りが幾度もアークの身を打ちすえていた。

 

「ガッハ……!?こいつ……!!」

 

「SHたちを次々に返り討ちにした強者と聞いていたが……この程度か」

 

 敵の落胆を隠そうともしない言動に歯を噛みしめながらもアークは冷静に敵の戦力を分析していた。

 現状こちらの攻撃は一つも通せていない。鋼鉄の腕とそれ以上の強度を持った剛脚によって全て捌かれてしまっている。対して向こうの攻撃は的確にこちらを捉えていた。実体のない炎のように揺らめく変幻自在さと業火のような威力を合わせ持つ蹴りはそれだけしか使用していないという前提をおいてなお脅威の一言であった。

 回避不能、防御不能の蹴りを更に殺人的にしている要員がある。それがリンの足先の異形。ヒクイドリの特徴を有した彼女は三本の指を持ちうち一つに名刀よりも鋭い爪をたたえていた。 

 強化態。自身の動物的特徴を通常よりも一時的に強めるSH特有の戦闘技法である。社会に溶け込む必要のあるSHにとって擬態は基本技能であるが強化態を、更に戦闘に応用できるものはそう多くはいない。少なくともアークにはできない技能だった。それをリンは使いこなしていた。

 レベル差のない現実世界ならとっくに死んでるかもなと自嘲しつつ。アークは眼の前の敵をアルトリウス以来の格上と位置付けた。だからといって少しも気後れなどしない。こちらは悪夢のような人鬼を超えたのだ。アレより恐ろしくなれるのであればなってみればいい。

 

「さっきの反応を見るに随分と炎が嫌いに見えるなぁ?」

 

「だったらどうした?」

 

「テメェの大嫌いなもんで囲ってやるっつってんだよ!アークネード!んでぇシン・アークだ!」

 

 風の結界で自身でと相手を一瞬で閉じ込めると流れるようにアークは竜巻に炎を纏わせる。対殺人鬼における決定打となったコンボ。だが今ここにいるのは人間ではなく超常の力を振るうSHだ。リンは少しの焦りもみせることはなくただ不快を現す眉を作るだけだった。

 

「何をするかと思えば見下げさせてくるものだな。量を用意すれば私の腹を満たせるとでも思い上がったか?私を満たせるのはシロだけだ。見ろ!貴様の用意した粗末なジャンクフードなど瞬く間に平らげてやろう!!」

 

 二人を取り囲むように展開されていた炎の渦だったがリンの完食宣言と共に急速に形状を保てなくなっていく。大炎の行き先はただ一つヒクイドリの嘴だ。無間の闇に落ちるようにとめどなく吸い込まれていく。

 リンの炎喰いに温度や質に対する限度はない。場合によっては昼天に座す日輪すらその腹の内に収めてしまうことが可能であろう。だが一瞬のうちに食すことができる量については吸引口が小ぶりな口唇であるため制限が存在していた。アークが放った炎を完全に吸いきるまでは2秒程はかかるだろう。それだけあれば戦闘を主とするSHであれば余裕を持って一手を打てる。

 炎を喰らいつつもリンの戦闘の構えには一分の揺らぎもない。そんな彼女だからこそ自らに集まる炎の海から突然鋭利な刀剣が飛び跳ねてきても冷静に回避することができた。だが対応できたのはそこまでだ。彼女の横っ面にはアークの拳骨が叩き込まれていた。

 

「ぐッ!?貴様……!!」

 

「ははっ。パーフェクトゲーム失敗だなおい!わかるぜ~お前の気持ち。思うようにいかずについ投げちまいそうになるよな。ま、我慢してもこれから投了させられるんだけどな~」

 

 炎喰いによって規則的な流れを持って一点に集中した炎はリンからアークの動きを隠すのに最適なものであった。アークは手放した刀剣をアークネードで炎の軌道に乗せるとリンの顔面を狙った。後はそれに驚いた彼女の回避した先にシン・アークの加速で奇襲をしかける。ハンマーナックルがないため致命打にはなり得ないがレベル差により威力は十分。仕切り直しだ。

 

「どうやら私は少々貴様を侮り過ぎていたようだな。非礼の詫び代わりだ。我が師から受け継いだ蹴りの神髄。とくと馳走してやろうサメのアークよ」

 

「どんだけうめーもん持ってこようが代金はこれっぽちも払う気はねーぞナルシ野郎!」

 

 イーブンに持ち込まれたことによってかえって加熱する戦意の炎。それが互いを焼き尽くすそのまえに。

 

「やめるのだ~!!!!」

 

 児童の叫び声が高原を、夜を、SHたちを震わせた。

 音響系の魔法であろうか。脳を直接揺らされたような感覚を得たSHたちは一時戦いを止め声の主へと視線を向けた。

 声の主メアは両手を腰にあてご立腹を示すと遠くから続きを話始める。

 

「まったく!勇者同士で争うとはなんたることなのだ!同じ境遇なのだからちゃんと手を取り合うのだ!!」

 

 メアの言を受けリンはアークに向き直り訝し気に尋ねる。

 

「同じ境遇……?お前たちが私たちを排除するためにここに引きずり込んだのではないのか?」

 

「さっきから違うっつってんだろ」

 

「ほんとうか……?」

 

 なおも疑惑の目を向けるリンに相方のシロから言葉が寄こされた。

 

「信じていいんじゃねーか?色々不可解な点はあるがあたしが相手した連中からは積極的な攻撃の意思は感じられなかったからな。裏切りもんのサメ野郎はしらね」

 

「そうでござる~やランカたち”は”無関係でござるよぉ~!」

 

「そうじゃそうじゃ~わらわたち”は”無関係じゃ~」

 

 シロの保証を好機とみた二人はここぞとばかりに事件とついでにアークとの関与を声高に否定する。それを聞き入れたリンはじっとりした目でアークをみつめ。

 

「……やはり」

 

「だーっ!!アタシも関係ねーよ!おいオメーラ劣勢だからって何アタシを売ろうとしてんだ道連れだオメーラも!!」

 

「「しーらない!!」」

 

「大人しくするのだ~!!」

 

 もはや危険はないと判断したのか遠方ではらちがあかないと判断したのかメアはトテトテとSHたちの元までやってくるとアークとリンの手を取ると誓わせる。

 

「ほら、仲直り!なのだ」

 

「なんだこの幼子は……君もSHなのか?」

 

「メアはメアなのだ!」

 

「アタシの部屋にいたしょーがくせー」

 

 メアの言動に毒気を抜かれたのかシロに続きリンもまた肩の力を抜き深く息をつく。

 

「いいだろう。この娘に免じて話だけは聞くとしようではないか」

 

「おーおーエラそーに」

 

「こらアーク!ちゃんとお話するのだ!」

 

 アークがはいはいと気の抜けた返事をして誤解から始まったこの戦いは幕を閉じた。

 依頼の報告と夜を超すために村へ戻る道すがら彼女たちは自己紹介もそこそこに今に至る状況を話始めた。

 

「私とシロは同じ部屋でメルヘン……リング、だったか?」

 

「ゼルデンリンクな。そのゲームに繋いだら二人揃ってゲーム機に吸い込まれてこの世界にってわけだ」

 

「わらわといっしょじゃな」

 

「やランカともでござる」

 

「アタシらともだな。やっぱあのゲームが原因か」

 

「続けるのだ~」

 

 促しにシロがこの世界に来てからの情報を補足する。

 

「来てしばらくするとローブ野郎が出てきたのは見えてたんだがあたしはリンを探すことを優先した。すぐ見つかったけどな」

 

「我らの絆を考えれば当然のことだ。私はシロの居場所ならば例え千里離れていたとしても……」

 

「そういうのいいでござるから」

 

 リア充への憎しみ混じりのシャットアウトを受けしかたなくリンは続きを話した。

「その後はゲーム世界に興奮したシロが街中隅々まで探索してその全ての人間に声をかけたりしていると村に到着するのが深夜になってしまってな。村に着くと尻尾のある旅人がを出ていったばかりと聞く。急いで向かえば裏切者たちがいたというわけだ」

 

「あたしらはこんなもんだ。結局お前等なんでパーティ組んでたわけ?」

 

「え!?あ、な……なりゆきじゃあなりゆき……のう!」

 

「そ~でござる~偶然ローブを追って広場に辿りついたら遭遇したでござるぅ!知らぬ仲とはいえそこはSH同士未知の状況に対し協力するのが筋だと思い申してな」

 

 裏切者と親交を持っていたSHたちの誤魔化しにふーんといった視線を向けるシロだったがそれ以上の追求はなかった。リンも相方の意向に沿い何も言わない。それを好機とみたメアはある提案をしかける。

 

「さてお互いこの世界では敵同士ではないとわかったのだ。それどころか世界を救う勇者同士なのだ!ならばここはパーティを組むしかない!のだ!」

 

「え~こいつらとー」

 

「異議は挟ませんのだ~!!」

 

 不満を唱えようとしたアークの尻を杖でびしばしと叩き異論を封殺しようとするそれに対して他の面々は。

 

「まあ、実力は申し分ないし。入ってくれると助かるの」

 

「正直このパーティは戦闘系が少なかったでござるからなあ」

 

 肯定的な意見を受けた当人たちもやぶさかではなく。

 

「どうするシロ?私は二人旅でも望むところだが。こういったことはお前の方が判断に長けているだろう」

 

「完全に信用するってわけにゃいかねえがこれが他所のありえん。の攻撃の可能性だってある。取れる戦略は多い方がいい。加入するこれでいいな」

 

「うむ。なのだ」

 

 こうして新たに二人のSHを迎えたアークたち勇者一向は村に帰還し歓待と共に報酬をたんまりと受け取った。戦力と資金を調えた彼女らの次の行く先はこの世界の中心、王都。

 アークは期待に胸を膨らませ床についた。

 

「───ッ!───ッ!」

 

「シロッ──!シロ──!」

 

 が、別に眠れはしなかった隣室がずっとうるさかったからである。

 翌日、村を後にして広原を行く勇者一行の表情は対照的なありさまだった。メアを除いて目に隈を作った大部屋組とやけに肌をツヤツヤさせたリンとシロではテンションが異なり次第に歩測が乱れていく。それを不審に思ったリンが振り向き声をかける。

 

「どうした?先ほどから進行が遅れているようだが……もしや昨夜十分に休まなかったのか?道程はまだ長いぞ」

 

  あっけらかんと言葉にランカが呪詛のような声を絞り出した

 

「お二人とも……昨夜はお楽しみだったでござるな……」

 

 静寂な広原に真っ赤なオオミチハシリの甲高い悲鳴がどこまでも響き渡っていったとさ。

 



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8-7 ジョブチェンジ

 道行く人々を呼び止めんと景気のいい文句が飛び交う賑やかな市場、様々な種族の人間が共に暮らす住居、彼らが信仰する神を祭った荘厳な神殿、そしてそれら全てを統括する王族の住まう王城。あらゆるものがこの王都には揃っていた。

 幾つかの村とダンジョン、そして海原を越えてアークたち勇者一行もまたこの人種のるつぼにやってきていた。ここにきたのはゲームクリアの為の情報集め、装備の更新そして一番大きい要員が……

 

「ジョブチェンジだ~!!」

 

 王都に存在するハロワ兼神殿で手続きを行うとステータスなどに影響する職業を変更することができるのだ。人数が多いこのパーティにおいて個々の役割の明確化するのは必須といえた。それゆえ彼女らは王都に乗り込んだ足で真っ先に神殿に向ったのだ。

 アークたちは受付で転職可能な職業が記されたパンフレットを受け取ると転職を前に相談を始めた。既に希望を決めている者たちから順に手があがる。

 

「私は聖騎士とやらに志望しよう。仲間を守ることに長けているというのが気に入った」

 

「護衛が本職なだけあって上手いでござるからなあ。やランカは肉盾の役割から解放されて殲滅術師という職にするでござる。多数を相手にするのはおまかせあれ」

 

 まずリンとランカが決まった。次いで興奮気味に手を上げたのはラムルディであった。

 

「わらわはコレじゃ!暗黒騎士、これに決まりぞ!」

 

「ええ……おまえ直接戦闘系じゃなくて支援系だろ?止めた方がいいんじゃねえか?」

 

「なーにを言うておるか!暗黒魔法に強いフィジカル!これぞ吸血鬼じゃ。弱点属性が多いのもよいの!」

 

「ラムルディ殿はフレーバーにこだわる性質でござるからなあ。これは譲らんでござろう」

 

「ゲーマーとしてはわからんでもない。わったよ、バランスはあたしがとるから好きなのやりな」

 

「やった~!やったぞ~!!」

 

 ラムルディが周りの気遣いで希望の職をゲットしたのを見たアークはここぞとばかりに自分の希望職を上げる。

 

「じゃーアタシは遊び……」

 

「「ダメー!!」」

 

 言い終わる前からすかさず全員から止められるがこれにはアークも反抗し。

 

「何でだよ~ステータスは低いし戦闘だと役に立ちそうなスキルがねえけど幸運の値だけはたけーんだぞ!!」

 

「その幸運を言い訳にカジノやらに金を突っ込む気じゃろうお主……!」

 

「どれだけ運が良くなっても元がアーク殿ではすぐにすっからかんになるのは見えているでござるよ!」

 

「真面目に世界を救うのだ~!」

 

 猛反対にあい真面目に戦士を志すことになった。残り二人。

 

「メアは白魔術師になるのだ。回復するのだ」

 

「じゃーあたしは野盗だな。トラップも最近多くなってきたし丁度いいだろ」

 

 メアとシロもそれぞれ職を決定しそれぞれ別れて手続きを行った。

 そうして目的を達したアークたちは次なら目的地に向かっていった。転職して新生活を迎える彼女たちにとって必須なもの。

 

「衣装変えじゃ~!!」

 

アークたちが向かった先は武器屋。武器屋といってもここ王都で取り扱われているのは単なる武器だけではない。防具としての機能も有した多種多様な衣服、アクセサリーも販売する巨大ブティックとしての側面も有していた。

 彼女たちはここで新たな職に適した装備を購入し、また心機一転新たな衣装に身を包もうとしていた。今はそれぞれ好みの防具や武器を見繕って順に試着を行っている。

 

「終わったぞ!」

 

 試着室から姿を現したのはラムルディだった。彼女は装飾過多なハルバードを手に鼻を鳴らすと自らの新衣装を皆にお披露目する。

 

「見よ。この深淵より帰還せし暁の簒奪者の新たなる装いを!かっこええじゃろう~!」

 

 赤と黒に覆われた装飾の多い優雅なデザインの鎧は魔界の貴族が戯れに戦場に現れたようないでたちを見せた。これに対する周りの反応はまずまずで。

 

「いいんじゃね。暗黒っつーからもっと露出多いとなおいいな」

 

「ラムルディ殿らしさが出ていると思うでござるよ」

 

「かっこいいのだ~」

 

 次に試着を終えたのはリンだ。

 白基調の荘厳な鎧姿は潔癖さをアピールしておりともすれば衣装の神聖さに着るものが押されてしまいかねない代物であったが、モデル並みのスタイルを持ちホストやアイドルといっても十分に通る顔立ちの彼女はそれを完全に着こなしていた。

 

「ま、まぶしい……目が焼けるでござる……!」

 

「お、お前等……あんま見んな!見んなよ!」

 

「なんでネクタイつけてるのだ?」

 

 三度目に試着室から姿を現したのはシロ。彼女は髪に巻いたターバンや口元を覆うマフラーに丈の長い衣服など極力己の正体を晒さないような隠密的なスタイルを見せる。

 

「ああ、シロ!普段と違うスタイルもまた格別に可愛らしいな……お前はいつでも私の心を奪っていく」

 

「最近あった知り合いに似て……ちょっと気分悪くなってきた……」

 

「イリーガルなのだ~」

 

 その後に装備を整えるのはランカ。彼女は木製の箒に長帽子、黒いローブといったおおよそ世間一般の人が魔女と言えばこうという衣装をチョイスしていた。

 

「クラシック魔女スタイルじゃな。なんだかんだと言って伝統を重視しおるのう」

 

「様になっているな。深い知性を感じさせる」

 

「オタクなのだ~」

 

 五人目はアーク。長剣を携えた彼女は軽装の上に胸当てや肘当てなどを装備した動きやすい衣装を身に纏っている。肌に多く刻まれた傷跡も相まって荒野をさすらう傭兵のような趣を放っていた。

 

「荒くれっぽくていいんじゃねーか?」

 

「粗野さがよく表れておるわ」

 

「アークはアークなのだ~」

 

 そして最後のメアはシャーっと更衣室の布地を開けるとその愛らしい姿を現した。リン同様白をベースカラーとした法衣はちんまりとした彼女が着るとまるで雪の精のようにも見えた。更に彼女は心境の変化か髪を分け、ツインテ―ルスタイルを見せている。

 

「うむ、愛らしいいでたちだな。こういった娘を迎えるのもいいのではないかシロよ?」

 

「突然ぶっこんで来るんじゃねえ!」

 

「馬子にも衣装というやつじゃのう」

 

「くっ、写真に収めてリクちゃん様に献上すれば好感度を稼げたものを……!」

 

 などSHたちからも好感触だ。その中でもアークは何かを思考しているかのように黙りこくるとどこかに行ってしまった。

 

「アーク殿?」

 

「どーしたのだアーク。気にいらなかったのだ?」

 

 しばらくするとアークは仲間たちの元に戻ってくると不安そうにしているメアと視線を合わせるとその前髪に何かをつけてやる。

 

「ん、これ合うんじゃねって思ったから取ってきた。どうよ」

 

【挿絵表示】

 

 メアの髪につけられたのはアクセサリー、星があしらわれた髪留めだ。メアはパタパタと試着室の鏡の前まで足を運び自らの姿を認めると顔をほころばせる。

 

「ほぉー、なかなかよいのだ褒めて遣わすのだアーク!」

 

「へいへい。じゃこれで買うか」

 

「「お~」」



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8-8 隠された因縁

「ったく。なんなんだよアイツらはよぉ~!!」

 

 アークは心底頭に来ているというように大股で王都の市場を歩いていた。そんな彼女を周囲の仲間たちが宥める。

 

「まあまあ。ゲームだからといってアポなしで突撃したのはやランカたちでござるから」

 

「常識的に考えて突然現れた勇者と名乗る不審な輩を王族の元には通さんだろうな」

 

 彼女らが先ほどまで訪れていたのはこの王都の中心、王族の住まう王城だった。魔王に関する情報を少しでも得ようとするための行動だったが案の定入り口にて凄まじい反復横跳びをみせる兵士たちによって謁見を阻止されてしまったのだ。今は渋々追い返されさてどうするかというところなのだが。

 

「流石にゲームで王都まで来て王城をスルーするということもないと思うんじゃがな」

 

「んー、アレじゃね?王城に入るフラグが立ってねえんじゃねーか。あたしらまだ王都に来たばっかだろ。いってねーとこがあるわけだしさ」

 

「みんなで手分けして王都を探索するのだ~」

 

「二、三日ぐれーやってもなんもなけりゃ夜に無理矢理忍び込んでもいいしな」

 

 アークが補足したメアの提案に皆が頷くと、彼女たちは三組に分かれてそれぞれ王都の探索を行うことになった。

 

              ♦

 

 カジノ。それは一夜にして巨万の富が動き欲望に囚われた者たちが破滅を迎える嘘栄に満ちた楽園。

 

「はっはぁ!ジャックポットォ!!またしてもランカ様の大勝ちだぜぇ!でござるぅ!」

 

 そんな場所にイキリ散らかしたオタクはいる。彼女は普段装着している分厚い伊達眼鏡を外し凶悪な面構えで周囲を威圧すると荒っぽい動きで周囲から賭け金を回収した。彼女の獲得したチップは既に両手に抱えるのにも苦労する程だったが、カジノ特製チップ入れは持ち運びの不便を一瞬で解決する。袋を開けるとランカのチップは瞬く間に吸い込まれていった。

 チップをしまい込むと彼女はテーブルを離れ次の獲物が待つ池を探し始めた。元々リクの元で借金取りから労働所の監督、カジノのディーラーまで務めるランカにとってこの場所はいわばホームのようなもの、どのようにすればチップを効率的に増やせるかなどはよく熟知している。水を得た魚のように賭場を荒らして回った。気が大きくなるのも無理からぬことだ。

 

「さてお次は……スロットか。悪くねぇ、でござる」

 

 ランカはドスリと無遠慮に座席へ腰を下ろすとスロットマシンにチップを入れてやる。

 動き始めたスロットマシンは高速で次々に異なるイラストに切り替わるが換歴特有のプラズマや真空が発生するほどの勢いで回転するものに比べると非常に優しいとものといえた。SHであり手慣れているランカであればいとも簡単に目押しが可能。スロットマシーンは際限なくチップを吐き出す機械へと成り下がってしまった。

 

 「ハッハハハハハ!ヌルゲ~にも程があるぜぇ~でござるぅ!さあ中身がなくなるまでどんどん吐き出してもらうじゃねぇかぁ、でござるぅ」

 

 欲深いものなら誰もがうらやむであろう光景に下卑た高笑いを上げるランカ。普段とは異なり近寄り難い空気を纏う彼女の横に優雅に腰掛けるものがいた。

 

「ふむ、これがスロットマシーンか。私には縁遠いものだと思っていたがせっかくの機会だ試してみるとしよう。ランカ、私にやり方を教えてくれないか?」

 

「あぁん!?ゲ、リアじゅ……リン殿でぇござるかぁ……」

 

 ランカに声をかけた爽やかなイケメンはリンだった。ランカは先程までのオラオラとしたオーラは鳴りを潜め渋々スロットの遊び方をレクチャーしていく。

 

「なるほどこうやって絵合わせをしていけばチップが吐き出される仕組みになっているわけか……ふむ、ふむ、なるほど単調だがこれで金銭が増えていくのならば身を崩すものがいるのもわからないでもない」

 

 戦闘を主とするSHであるリンにとっても目押しはさして難しい技術ではないのだろう自身と同じようにチップを溢れさせていく彼女をランカは得意分野を侵されたオタクのように苦々しい目で見る。

 そんな視線を知ってか知らずかリンはぽつりとランカへと声をかけた。

 

「ようやく二人になれたな、ピラニアのランカよ。よもやこんな形で君と会うことになるとは思ってもみなかった。ワニのリクは健在か?」

 

「あ~……やっぱりリクちゃん様の話になるでござるか……こうなりそうだったからこの組み合わせは避けたかったんでござるがなぁ……」

 

 王都探索の組み分けはメアの鶴の一声によってアーク・メア、ランカ・リン、シロ・ラムルディとなっていた。ランカを筆頭に不平も上がったがメアは断じて受け入れず「これからのために親睦を深めるのだ」という一言で一蹴した。

 カジノへはイベントフラグ立て兼旅の資金集めとして二人で訪れていたのだが、ランカはリクの話題を出すのを避けるため、リンのキラキラオーラを避けるため着いて早々別れてゲームに興じていたのだ。

 とはいえ直球で話題に出されてしまっては答える他ない。

 

「そうでござるな。リクちゃん様はやランカがこの世界にやって来る前日も打倒アーク殿を目指して訓練に励んでいたでござるよ。あのミニマムサイズが訓練場で懸命に汗を流す姿は極上でござった……薄着なので色々とチラ見えするのでござるよな……ぐふ、ぐふふふふふ」

 

「そこまで聞いていないのだが……君、少し気持ち悪いぞ」

 

 ねっとりとした声にリンが少し引いているとランカは正気を取り戻し警戒した様子で話を続ける。視線は相手の鋼鉄の腕に落ちている。

 

「その腕……やはりリクちゃん様を恨んでござるか」

 

「奴との争いによって腕を失ったことで私は一度絶望の淵に立たされた。恨みはないなどとはとても言えぬさ」

 

 リンは獲物を見据えるような厳しい視線をランカに向けて飛ばし宣言する。

 

「奴に伝えておけ。いずれ借りは返す、とな」

 

 遥か格上から放たれる射殺すかのような眼光に身を竦めさせながらもランカは眼鏡の縁を上げ、真っすぐに視線を返した。

 

「リクちゃん様へ危害を加える気があるならばこのやランカ、容赦はせんでござるよ。幾度蹴り砕かれようともゾンビの如く蘇りその道程を阻もうぞ」

 

「ほう?」

 

 リンは興味深げな声を上げるとその温度を感じさせない鋼鉄の腕でランカの顎を掴むと力強く引き寄せる。

 

「面白いな。戦闘系でもない君がこの私を止めるというか」

 

「か、顔がひい……!!」

 

 ランカは超ド級の王子様フェイスに至近距離で見つめられ声にならない悲鳴を上げるが視線は決して外していない。しばし見つめ合うとリンの口元から微笑が零れ手が離される。

 

「な、ななななななななんでござるか今の意味深なスマイルは!?イケメンの余裕でござるか!?オタクを舐めてるにござるかぁ!?」

 顔面兵器の威力から解放されたランカは慌てて距離を取ると早口でまくし立てるが当のリンは柔らかく応じた。

 

「いやなに。ワニのリクは気骨のあるいい部下に恵まれたなと思ったまでだ。どうやら奴への雪辱を晴らすには大きな障害が立ちふさがっているようだな。用心するとしよう」

 

「むう……何だかやたらむず痒いでござるな」

 

 雑に扱われ慣れている身で慣れぬ賛辞を贈られたランカは居心地悪さを誤魔化すようにスロットに向き合い再びチップを稼いでいき。リンもまたそれに倣った。

 二人でチップの落ちる音を流していると落ち着きのないランカがおずおずと言葉を切り出す。

 

「……やはり、苦労されたでござるか」

 

「当然だ。だがおかげで得たものもある。私は以前より遥かに強い力を身に着けたしシロとの穏やかな生活を手に入れた。出会いもあった、この腕は忌刻十二支である─」

 リンが言い終わる前にカジノの奥の扉が乱暴に開かれる音がホールに響き渡る。見れば扉からは黒い衣服に身を包んだ屈強な人間たちがわらわらと姿を現していた。

 彼らを指しリンは率直な疑問を呟く。

 

「何かの出しものか?それにしては随分とものものしさを感じるが」

 

「イベントには間違いないでござろうなあ。ランカたちは店にとって稼ぎすぎたのでござるよ。出ていく前に力づくで回収しようというやつでござる」

 

「なるほど」

 

 やりとりを重ねながら二人は席を立ちできるだけ広い場を陣取った。敵の数は多い、味方は一人だけ。しかし、この程度では恐れは得ない。

 

「攻撃はやランカにおまかせでござる。雑魚狩りのやランカ様の力を見せつけてやるでござるよ」

 

「では私が君を守るとしよう。この世界から帰還するまでは君たちの無事は私が保証するとも。下卑た輩に指一本触れさせはしない」

 

 呉越を乗せた舟が賭場を征する。

 



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8-9 陰の会合

 ♦

 

晴天の広がる市場にてこの場にそぐわぬ……というよりも通常であれば即座に通報されてしかるべき野盗のようないでたちの少女が通りすがりの女性へと声をかけた。

 

「よ」

 

【最近はみんな戦争戦争って嫌だねぇ。どこかに明るい話題でもないかしら】

 

 悪党に怯むことなく芝居がかった仕草で所感を述べた女性は言い終わると何事もなかったように去っていこうとした。そんな彼女を再び野盗が声をかけた。

 

「おい」

 

【最近はみんな戦争戦争って嫌だねぇ。どこかに明るい話題でもないかしら】

 

 判を押したようにそっくりそのまま仕草とセリフで返した女性を見送り野盗は傍らの暗黒騎士へと声をかけた。

 

「こいつは外れっぽいな次やるぞ」

 

「も、もう止めるのじゃ……そんな道行く人道行く人に二回も声をかけるなど……不審すぎる。羞恥で死んでしまうぞ」

 

【挿絵表示】

 

 暗黒騎士ラムルディは野盗シロに懇願するように言うが相手はすげなく却下する。 

 

「リアルならやるわけねーけどゲームだぞこれ?何回か話かけたら内容が変わったりフラグたつ奴もいるかもしんねーしホントは全員に5回は声かけてーとこなんだよ。ほらお前も声かけろ」

 

「接客ならともかくアウェイで見知らぬ人に声をかけるのはハードル高いんじゃ~」

 

 およよと嘆きつつも声掛けを続けるラムルディとシロ、それによって今まで不明瞭だった世界の情勢が少しずつ理解出来た。

 曰く、この世界には数年前に魔王と名乗る存在が突然現れて侵攻を開始したと。それに対抗して王都は兵を送っているが上手くいっていないのだという。

 曰く、魔王の軍勢の中には一際強大な戦闘能力を持つ【四天王】と呼ばれる存在がおりそれぞれ特殊な任についているという。

 

「まとめると今のところこんなもんか。四天王ねえ。ゲームらしくなってきたじゃねえか。食べたらすぐ情報収集再開するぞ」

 

 シロは王都の食事処で向き合ってランチを食しながらラムルディを急かすが騎士風の吸血鬼はテーブルに顔をうずめ唸っている。

 

「ま、待つのじゃ……少し、僅かでいい。冷却期間をおかぬか?吸血種は連続で人と関わるには冷却期間が必要なのじゃ」

 

「わからんでもないけどな、あたしも人付き合いは嫌いだしさ。つーかお前何で吸血鬼名乗ってんの?血吸わねーだろお前」

 

「うぬぬぬぬどいつもこいつも人の触れてはならん部分にずけずけと……考えてもみよ。SHじゃぞ?人知を超越した存在じゃぞ?そしてコウモリ!……なるしかないじゃろ吸血鬼に!」

 

 身を乗り出していきり立つラムルディをシロは冷ややかな目でみつつ所感を述べる。

 

「あー……なるほど。中二病ってやつか」

 

「ちゃうわい!よいか!吸血鬼とは換歴以前から続く空想種であり古くは─」

 

「いい!いいよ!オタクの話はなげーんだ。自分事だから知ってる」

 

 荒ぶるラムルディを片手で制するとシロは顎に手を当て訝し気に彼女を見る。

 

「しかし吸血鬼……吸血鬼なあ。何かあたしお前以外に組織で吸血鬼って言われてる奴見たことある気がするんだけどなあ」

 

「な、なんじゃと!?わた……わらわを差し置いて吸血鬼を名乗るとはどこの馬の骨じゃ!?教えよ!教えよ!」

 

「あーあー知らねーよー。何かパーカー着た色白の奴だった気がすっけどそれ以上は知らん自分で調べろ」

 

「ぬぐ~!!」

 

 頭を抱え心底忌まわし気に歯噛みするラムルディだったが途中で何かを思いだしたようにじ~っとシロの顔を凝視する。すると視線に耐えかねたシロは頬を染め顔を逸らした。

 

「……なんだよ」

 

「いや、見たことがあると言えばお主もこの世界に来る前どこかで見た覚えがある気がするなと。カルヴァリー……とは違う場所だったと思うのじゃがぁ」

 

 歯に物が詰まったようなラムルディの物言いにシロは大したこともなさげにあっさりといった。

 

「多分アレだな。配信だろゲームの。RTAでそこそこ有名だからあたしは」

 

「RTA走者!?……いや、そうか……確かにその顔は見たぞ。去年のRTA大会でチャーハンと一緒にゲーム機を炒めることによって世界記録を大幅に縮めることに成功したmashiro!mashiroじゃなお主!ファンなんじゃ~サインしてもうていいかの?」

 

「紙持ってねえだろお前……現実であったらやってやるよそれでいいだろ?」

 

「うむ!ふふふ、我が広間にもついに有名人のサインが飾られる時が来たか。楽しみじゃのう」 

 

 ラムルディのミーハーな反応に若干照れくさそうに頬を緩ませたシロは自らの顔を叩き引き締めなおすと席を立ちあがる。

 

「現実に帰るモチベも上がったろ?そのために情報収集頑張ろうぜ」

 

「ならばわらわも仕事モードで動くとするかのう……あ、そうじゃ」

 

「どうした」

 

「mashiroはどうやってあのイケメンと知りおうたのじゃ?付き合っておるのか?」

 

「なっ……!」

 

 画面の向こうの存在に出会ったことで距離感が狂った中二病のあけすけに放った質問にシロは顔を真っ赤にするがすぐに鳴りを潜め代わりに自嘲気味な表情に変わり。試すような、確かめるような言葉が顔を出す。

 

「そーだよ……お前もやっぱ、不釣り合いって思うかよ。こんな陰気なゲーマーと人気者王子様とじ─」

 

「お似合いなのじゃ~!美少女RTA走者mashiroにはやはりそれに相応しい美麗なつがいがおらねばのう。眼福眼福」

 

「……そーかよ……そーか、そうか」

 

「ぬおおおお何故泣くのじゃ!?わらわなんぞやってしもうたか!?」

 

 普段交流のない他人の裏表を感じさせない根拠のない肯定こそが心に響くことはたまにある。 

 自分に自信のない皮肉屋の少女はそれをもろに受けた。結局この日の情報収集はこれで終わり。後は愚痴を交えた少女二人のガールズトークが繰り広げられることになった



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8-10 王都デート

♦ 

 

「ケッ、なーにがカジノはやランカの専門分野でござる~。年中素寒貧はこんなところにこないで外で働いてくるでござる。だ」

 

「餅は餅屋なのだ~。代わりにメアたちはメアたちで遊べばいいのだ。ここにはそんなところがいっぱいあるのだ。む、あそこにいくのだ~」

 

「あ、おい!」

 

 ぶつくさと不平不満を述べるアークを宥めていたメアは何かを見つけるとそちらの方に走り去ってしまった。アークはその後を追うと一つの建物に辿り着く。

 

「なんだこれ……ShootingHouse?」

 

「射的屋さんなのだ~。王都の案内板を見た時から連れて行きたかったのだ~」

 

 パタパタと手足を動かして興奮を伝えるメアの言を受けアークは一息をつき笑う。

 

「他にあてもねーし遊んでくか!」

 

 建物の中に入ると陽気なチョビ髭の男がアークたちを迎えた。彼は簡単なルール説明を行うと彼女らを会場に通した。

 

「好きな武器を選んで次々現れるターゲットを壊していけばいいんだな」

 

「まずは銃なのだ」 

 

【500Gネー】

 

 代金を支払うとゲームが始まった。アークたちとテーブルを隔てた位置に人型のターゲットがどこからともなく出現し移動を始めた。アークはそれを一発一発外すことなく正確に撃ち抜いていく。

 途中からターゲットの動きにフェイントが混じり始めるがそれにも惑わされることなく撃ち切り。

 

「パーフェクトなのだ~」

 

「ま、こんなもんだな」

 

【凄いネ!こんな得点だした人初めてヨ!景品アゲルヨ。またきてネ】

 

【アークは景品のマッスルの種を入手した】

 

 アークとメアは景品を受け取るとハイタッチし。アイテムの詳細を確認する。

 

「なるほど食うと基礎ステータスが上がるタイプのアイテムか。こりゃなかなかいいもんが手に入ったな」

 

「凄いのだアーク!銃を使ったのは初めてじゃないのだ?」

 

「ん、まあな。組織抜ける前は武器全般一通りは使えるように訓練を積んでたからな。あの鳥教官のシゴキは今思い出しても寒気がするぜ……」

 

 アークは痛みを伴う過去を思い出しぶるりと体を震わせると一つのことに思い当たる。「そういやオメエはやんねーのかよ?誘ったのオメエだろ」

 

「む、それもそうなのだ。メアもやるのだ!見ているのだアーク!」

 

【500Gネー】

 

 Gを払うとメアは意気揚々とゲームに挑んでいった。威勢のいい発砲音が鳴り響くが破砕音はそれに続かない。

 「あれ?おかしいのだ。当たるのだ~!」

 結局メアのスコアは半分を下回ってゲームが終了した。メアはアークの元に戻るとがっくりと肩を落とす。 

 

「む~……アークみたいに上手くいかないのだ……屈辱なのだ」

 

「オマエね……やり方が悪いんだ。教えてやっからもっかいやんぞ」

 

【500Gネー】

 

  追加料金を払いメアはアークと共に再びゲームに挑む。銃を構えるメアの後ろにアークがしゃがみ込みその姿勢を矯正していく。

 

「初心者なんだから銃はちゃんと両手で持て。握りはこう。肘はちょっと曲げてターゲットを正面に捉えるように体を回せ。落ち着いて、呼吸を忘れるんじゃねえぞ。よし、様になってきたな」

 

 これで十分と判断したアークがメアの元から離れると丁度新たなゲームの開始を告げる陽気な効果音が鳴る。

 目が回るほどのターゲットが現れては消えるが先ほどとは異なりメアは慌てはしない。しっかり呼吸を意識して標的を見定めトリガーを引く。

 銃声からの気持ちのいい破砕音が連続する。それは少女の成果を示していた。

 

「やったのだア~ク~!」

 

「やるじゃねえか!けどまだまだゲームは続くぜ油断すんなよ~!」

 

「うむ!」

 

 無論完璧とはいかない。不規則に軌道を変えることもある自由なターゲットたちに時折弾は外れる。だが途中で自棄になりはしない。最後の瞬間まで目一杯撃ち切り。

 終了を告げる甲高い笛の音が響いた。最終スコアはアークの物にはほど遠いが先ほどの結果とは雲泥の差がある。これにはメアも満足げな笑みを見せ。

 

「見るのだ!アーク。これがメアの実力なのだ!もっともっとやるのだ!」

 

「お~お~凄い凄い。アタシも武器を変えてやるか」

 

「負けないのだ~!」

 

 そうして二人は気の済むまで撃ち放し。景品をたんまりと抱えて店を後にした。

 

【もうこないでネ~】

 

「たんまりゲットしたな~。パチンコもこんだけ稼げりゃいいんだが……次どうするよ?」

 

「もちろんこの王都にはまだまだ遊び場が一杯あるのだ。この勢いで全部回るのだ~!」

 

 二人の遊びはまだまだ続く。お次は王都の地下に広がる大迷宮。迷宮おじさんに代金を支払い探索の旅へ。

 

「ハンマーナックルがありゃ探知にしろ壁壊すにしろ楽だったんだけどなあ」

 

「チートはダメ絶対なのだBANするのだー」

 

迷宮を抜けたアークたちが次に向ったのは独楽屋。それもただの独楽屋ではない。射出した人間大の独楽、BAEに乗り相手を弾き飛ばし合うBAEフロンティアだった。

 

「これ……目が回んねえのか?アタシはアークネードで慣れてるけどよぉ」

 

「遊びには何事も忍耐が必要なのだ~」

 

 BAEを弾き合いフラフラと街をさまよう二人に向って路地裏から声がかけられた。

 

【お嬢さんたち、新時代の遊びってやつには興味ないかね?】

 

「興味あるのだ!な、アーク!」

 

「勝手に決めんな!あるけど」

 

 路地裏の男と話すと彼は最近誕生したばかりというカードゲームのルールを話した。なんでもこの王都にはそのゲームの実力者が多く隠れ潜んでおり彼らを倒すことがゲームキングの称号を得ることができるという。

 

 アークたちは男からデッキを受け取るとまだ見ぬライバルたちへと戦いを挑みにいくのだった。

 その最中、共に走るアークに対しメアが伺うように声をかける。

 

「アークぅ……」

 

「ん?」

 

「楽しいのだ?」

 

「そりゃそうだろ。そういうオメエはどうなんだ?」

 

「楽しいのだ!」

 

「そっか……じゃ、もっと遊び尽くさなきゃな」

 

「お~!」

 

 とアークたちが次の遊び場に向かうとしているところだった。それは突如として発生する。

 巨大な建造物が打ち壊されたような音が王都の街に轟いた。見れば南の方の城壁で土煙が昇っておりその周辺から混乱した住民たちの悲鳴がいくつも上がっている。目を凝らしてみると土煙の奥から巨大な影が姿を現した。

 土気色の分厚い外郭。城下のレンガをその重量で圧し砕く節状の脚部。逃げ惑うものたちを決して見逃さない複数に渡るレンズ、機械化された巨大なセミの幼虫ともいうべき兵器が王都へと攻め込んでいた。

              



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8-11 四天王戦

             ♦

「たく。なんだよこのバケモンは……昆虫型の戦車ってやつか?」

 

 騒動の大元まで駆け付けたアークたちはその威容に圧倒されていた。

 遠目に見てもなお巨大に感じた影は間近で見るとその比ではない迫力を持つ。何の感情も魅せない無機質な昆虫の顔は怖気すら感じさせた。同じ巨大ロボであるマーリンとは親しみやすさが余りに異なっている。

 これは明確に敵のデザインだ。そう判じたアークは無人の廃道を行く甲殻戦車の前に立ち塞がる。するとこれまで前進を続けていた戦車は脚を止め、代わりにくぐもった合成音声が発せられる。

 

【私は魔王軍四天王が一人。重翔双士デスピナ。この惨状を見てなお私の前に立つとは……どうやらお前が勇者で間違いないようだな】

 

「四天王ぉ?」

 

「ああ、魔王直属の強大な戦闘力を持つ四人の幹部のことを言うらしい。馴染のある言葉が出てきていよいよゲームっぽくなってきたろ」

 

「つまり敵が堂々と人類の本拠地まで攻めて来たというわけでござるか」

 

「みんな!集まったのだ!」

 

 騒ぎを聞きつけたパーティメンバーたちも加わり万全の構えで目の前の敵を迎え撃つ。【いいだろう。王族共の前にまずは魔王様にあだなす貴様らから大地の元に還してやろう】

 その言葉を契機にデスピナと名乗った怪虫は再び蠢きだした。大地が犇めき、巨体が侵略を開始する。対するアークたちもそれぞれ武器を構え迎え撃つ。

 

「ジョブチェンジしてから初のボス戦じゃあ!みなのもの、闇の力を得た吸血鬼の真の力を存分に拝謁するがよい!」

 

「あ、馬鹿!」

 

 陣形からいち早く躍り出たのは暗黒騎士となったラムルディだった。彼女は呪文の準備を進めつつ新調したハルバードを振りかぶる。

 

「黎明覗きのヒュンメル!!」

 

 デスピナの側面に向って振り下ろされたハルバードの軌跡を後追いする形でラムルディの背後から顔を覗かせた暗い闇が溢出した。

 見た目通り相当の防御力を備えていたデスピナには斬撃は殆ど通らなかったが、それに付随した闇は別だ。景気のいいダメージ表記が発生しラムルディは自慢気に口の端を釣り上げる。

 

「どおーじゃこれが暁の簒奪者の力よ。毎度通話のたびに暁の散逸者だの垢すりだのと呼びおってからに。反省せよ」

 

「簒奪者うえうえ!」

 

「ん?ぬおおおおお!?」

 

 ラムルディが顔を上げると視界に飛び込んで来たのは実に現代チックな小型ミサイルの数々だった。彼女は爆風に晒されながら大慌てでパーティの元に逃げ帰ると荒い息を吐いた。

 

「おかえりなのだ。回復なのだ~」

 

「はあ……はあ……ただいまじゃ。なんじゃあ折角人が気持ちよくロールしておったというのに無粋な敵じゃのう!」

 

「NPCで敵だからな。こっちのこだわりなんざ考慮してくれねえよ。それにそんなもんはプレイスキルで押し通すもんだぜ?」

 

「特化ではないとはいえ近接職のラムルディ殿のHPの減り具合を見るに中々の威力でござるなあ。範囲も広い」

 

「安心しろ。攻撃は全て私が受け持つとも。そのための転職。そうだろう?」

 

「んじゃ相手の攻撃パターンを見つつ……アタシは攻めんぜ!」

 

 攻撃を回避しながらの作戦会議を終え勇者一行はそれぞれ持ち場についた。まずパーティの盾役であるリンがヘイトを集めるスキルにより敵の攻撃を集中して受け持った。襲い来る弾幕を彼女は持ち前の戦闘技術で流し、防御力で受けとめ後ろに通さない。

 リンに守られた後衛はランカの攻撃範囲の広い魔法とシロがSH能力、GAMINGSWITCHのGUNSHOOTINGモードの銃撃によって弾幕を薄くし、メアが回復をかけることで盾役をフォローした。

 アタッカーはアークとラムルディ。二人は両サイドからそれぞれ多彩な属性攻撃を交えた近接攻撃で敵の装甲の薄い部分、脚関節を狙って攻撃していた。ミサイルなどの遠距離攻撃の大部分はリンが受け持っているとはいえ油断できるものではない。時折飛んで来る鎌のような伸びる手による攻撃も読みづらく厄介だ。しかし退かない。それは自分たちこそがこの場の攻撃の要であることがよくわかっているからだ。ゲームの集団戦において役割の順守は非常に重要。一度役割が崩れればそのまま全滅が見えて来る。アタッカーは一秒でも早く戦いを終わらせることでその可能性を低くすることができる職だ。遂行する。

 戦いを続けていると見えて来るものがある。それは敵の攻撃パターンであったり攻撃のよく通る属性、部位であったり設定された勝敗条件などもそうだ。

 敵の巨大セミの幼体は戦闘を開始してから一切左右方向への転身を行っていない。いいかえれば攻撃の回避もせずにただ真っすぐある一点を目指して侵攻しているといえる。それは一つの戦闘条件を意味していた。

 

「この先には王城がござる……この怪虫が踏みこめば城壁など粘土のようなものでござろう。つまりやランカたちが全滅していようがいなかろうが奴さんがそこまで辿り着けばその時点でゲームオーバー。時間制限付きのバトルなのではござらぬかこれ?」

 

 城が蹂躙されたとてこれはゲームなのだ。リアルだが恐らく人が死ぬわけではないし支援を受けていたわけでもないので今後の旅にも不都合はそこまでない。だがゲームだからこそ強制的にゲームオーバーという処理を取られる可能性もなくはない。その場合自分たちがどうなるかはあまり考えたくはないとランカは思う。敵をラインの奥に行かせてはならない。

 今は戦闘開始地点から王城まで半分も来ていないところだ。このペースで削っていけば何とかなる。とはいえ敵は四天王。魔王軍幹部だ、どんな奥の手を持っているかわからない。ゆえにマージンをとっておきたいのが総意だ。シロが動く。

 

「リン、ちょっときつくなるけどちゃんと耐えろよ?絶対だからな!」

 

「誰に言っているんだシロよ?私は必ずお前の元に帰って来るとも。気にせずやりたいことをやるといい!」

 リンの頼もしい返事を聞きシロは腰の十字キーを弾くように操作していく。今必要なのはパートナーの身を守る力ではなく敵の進行を遅らせる力。すなわち。

 GAMECHANGE! PUZZLE!

聞きなれぬ男の声が異世界に木霊するとシロの手にしていた赤と青の二丁銃は姿を消し、代わりにその頭上には多色のアイコンが配置された半透明の板が現出した。まるでパズルゲームの操作画面のようなデザインである。

 画面の上方からは下に向って色ごとに形状の異なるアイコンが落下していくがシロはそれを指運によって操作していく。同色を一定数纏めることで弾けるようにアイコンが消失。アイコンの山が崩れ連鎖的に消失現象が重なっていった。するとどうだろう現実に変化が訪れた。街を我がもの顔で闊歩する巨大怪虫の頭上に先程ゲーム画面上で消失したアイコンを丁度透明にしたような物体が雪崩のように降り注ぐ。

 

「何なのだ……!?ボスの侵攻がゆっくりになったのだ!」

 

 GAMINGSWITCHにて現在選択できる5つのゲームの一つであるこの能力はゲーム画面で消したアイコンの数と連鎖ボーナスの数に対応した荷重を相手に与える。一つ一つの透明アイコンは大した荷重を与えはしないが粘着性のあるそれが重なっていくと次第に自重にすら耐え切れなくなる。使用者が無防備になってしまう欠点を除けば優秀な能力だ。そしてその欠点は守り長けた相棒によって問題になどなりはしない。

 

「流石にパワータイプ。この程度じゃバタンキューとはいかねえか。ならもっと派手な連鎖して荷重が天井衝くまで重ねてやるよ!」

 

 荷重が積み重なるごとにボスの動きは鈍る。それは当然攻撃も通しやすくなるということだ。好機とみたアークとラムルディは一気呵成と大技を連発させた。敵のHPが徐々に、しかし確実に後退していったその時だ。デスピナが動いた。

 

【なるほど。これが勇者の力か……これは力圧しでは目的を達するのは難しいようだなならば】

 

「何だ!?背中が割れ開いていく……気を付けろ!内部から何か出て来るぞ!」

 

 リンの警告通り想像以上に特撮兵器のパイロット席じみた内部構造の中から人型の影が姿を見せる。

 近未来的なボディスーツに身を包んだ女性のような柔らかいボディライン。ここまではさしてこの世界の人間と差異はない。だが背に生えた双の茶羽と長い口吻を始めとした蝉の成虫そのものな頭部が明確に人外の存在であることを示していた。

 異形の女は眼下の勇者たちを軽く一瞥すると、その羽を震わせ天へと舞い上がっていく。

 

「逃げんのか!?アーク……うぉ!?あぶね!」

 

 その動きにいち早く気づいたアークが竜巻で叩き落そうとするも主を失ってなお稼働する怪虫の鎌によって阻まれる。もう間に合わない。

 



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8-12 空中戦

「リン!」

 

「ああ!任せた!」

 

 そこから少し離れた地点でリンがシロと合流していた。彼女は相方を自らの脚に乗せると自らのもてる全ての力で蹴り放った。砲弾をも超える速度でシロが空を征く。

 高速で敵に追いすがりながら腰の十字キーを操作していた。今必要なのは荷重をかけることではない。これ以上一切先に進ませないように蓋をしてしまうことだ。だからこれを選ぶ。

 

 GAMECHANGE!FIGHTINGGAME!

 

 異界の空に広がる熱い声。それを皮切りにデスピナは透明な壁にぶつかったように前に進めなくなる。力で押しても周り込んでも意味はない。文字通り彼女は進行不可能に陥った。対応に惑っている背後から声がかけられる。

 

「飛んで逃げるボスとか随分ヘイト貯まる奴が実装されてんな。ワールドツアーとは洒落こませねえよ?」

 

そこにはシロが立っていた。比喩ではない。そこに足場が存在するかのように彼女は空を踏み、デスピナへと歩みよる。

 例外もあるが対戦格闘ゲームは限られた空間で外部からの干渉を断ち一対一で雌雄を決する遊びだ。シロのFIGHTINGGAMEも同様の性質をもつ。

 

「こっから出たきゃあたしを倒すか99秒待ちな。ま、あたしはガン逃げかますけどな」 そして1ラウンド限りのバトルが始まった。といっても宣言通りフィールド一杯を逃げ回る者と空中から降りてこずに音波攻撃を投下し続ける者同士では真っ当とは言い難いが。互いに攻撃が届かずただ時間だけが過ぎていく。上空に座すカウントが0を迎えた

時。シロの足場は実態を失いその身はゆっくりと降下を始めた。

 

 結局一打も与えることなく敵との距離が離れていく。だがシロは自分の行為を無為だとは思わない。今の自分には相棒がいる更にはパーティメンバーすらもいるのだ。一人で全てを果たさねばならないソロプレイではない。ならばこれだけ時間稼ぎさえすれば他の仲間が何とかするだろう。その予感は背から来た。

 

「今度はやランカがキャッチする番でござるか……できればリクちゃん様がよかったでござるな~」

 

「逃がさないのだ~」

 

 シロを空中で受けとめたのはランカだった。それも通常の彼女ではない背から鳥類のような巨大な翼を広げている。見れば彼女らを追いこしていったメアもまた翼を携えており小さな掌から雷撃を放っている。

 

 少し予想を上回られた形になったシロに対してジョッキが差し出される。パステルカラーの液体で満たされたそれを差し出したのはコウモリの翼を展開したラムルディである。であればこの液体の用途は決まっている。

 

「さ、飲むがよい味は保障するぞ。全く空戦可能戦力を揃えるのに時間がかかってしもうたわ。待たせたの」

 

 シロが喉を鳴らしてラムルディお手製オレンジとプルーンのミックスジュースを飲み干すとその背からやはり白の翼が現出した。同時に視力も大幅に強化されたように感じる。二丁の銃を呼び出して準備は完了だ。

 

「リアル戦闘機シミュレーションたぁ面白い趣向じゃねえの。チュートリアルは頼むぜ暁の簒奪者」

 

「空を飛ぶことに関しては一家言ある。任せておくがよいぞmashiro!」

 

三羽は先んじて牽制をしかけていたメアに追いつくと編隊を組み密度の高い遠距離攻撃でデスピナを墜としにかかった。

 デスピナ本体は速度はあるもののそれ以外は操縦していた怪虫程の性能はなかった。音波攻撃による反撃を行うがメアたちの多種多様な属性を持つ弾幕に押し返されていく。

 

「今だ!」

 

 猛撃に敵が怯んだ今を好機と見たシロは編隊を飛び出すと円を描くようにデスピナの頭上から足元まで周回しながら銃弾を打ち込んでいく。

 

「やランカもいくでござるよ」

 

「ビリビリなのだ~!」

 

 メアとランカはデスピナを囲むようにして魔法やレモンによって得た電撃を浴びせかけた。派手に発せられるカラフルなエフェクトの数々はまるで花火のようだ。だが今はまだ昼間だ。ゆえに吸血鬼が帳を降ろす。

 

「闇に呑まれよ!これが吸血鬼の大いなる力じゃあ!」

 

【馬鹿な……これが勇者の力!?魔王様に……報告……を……】

 

 闇の魔法が空を塗りつぶしデスピナを永遠の暗闇に墜とした。

 

「やったでござるな!これで王都は守られた。流石に王族としても何の感謝もなしとはいかぬでござろう」

 

「なかなか決まってたぜ。四天王の一人にとどめを刺すたぁ大戦果じゃねえか」

 

「かっこよかったのだ~」

 

 戦闘を終えた皆はラムルディの元に集まり祝勝ムードでラムルディを褒めてやる。ドリンク作り以外では滅多にない賛辞に頬を掻くラムルディだったがその空気を地上からの爆発音が破壊した。

 眼下を見下ろすと市街地では爆発が連続して発生し噴煙をまき散らしていた。仲間の二人は恐らくその真っただ中にいるのだろう。うんざりした様子でランカは呟く。

 

「本体を倒しても外側だけで動くでござるか……厄介極まりないでござるな……」

 

「愚痴ってないでさっさと行くぞ。あっちは二人しかいねーんだ!」

 



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8-13 四天王戦 完

             ♦

 戦国の矢のように降り注ぐ半誘導ミサイル弾を己の脚力のみによって回避し続けるリンは心の中でこう思った。今の状況はまるでハリウッド映画のようだ、と。

 シロとのデートの際に時折見るそれの主人公たちはこういった危機的な状況を超えた後にヒロインと抱き合ってキスをしていたように思う。その気になった。終わったらキスしようそれも長いやつ。

 砲火を避けつつ相方の可愛らしい反応を想像してリンは気持ちのいい笑みを見せる。とはいえその輝かしい未来に辿り着くには済ませてしまわねばならないことがある。彼女はミサイルの発生源へと声をかけた。

 

「サメのアーク!まだ終わらないのか!?いつになったら破壊できる!!」

 

 僅かに叱責を含んだ言葉に抗議の声が返されたそれは巨大怪虫の、その中から電撃音と共に聞こえて来る。

 

「ああ!?こっちは忙しいんだよ!文句があんなら乗り込んできて手伝いやがれ!」

 

 アークの声だ。彼女は操縦者不在となった機械怪虫のコクピットに乗り込み内部から攻撃をしかけていた。ラムルディがいない分火力は落ちていたが内部は外部と比べて格段に攻撃が通りやすい。ひたすら暴れてボスの体力を削っているのだが何分体力が多く倒せてはいない。正直さっき出ていった連中が帰って来ても倒せてなかったらどうなるだろう。文句いわれるかな?とか考えている。

 

「そんなことをすれば逃げ場のない閉所で天井から襲い来るミサイルの集中砲火を受けるぞ。貴様がまだ生きているのは私が攻撃を一手に引きつけているからだと知るがいい……いや待てよ」

 

 ミサイルを右に左にと躱しながらもリンは顎に手を当てて頭をよぎった事柄について思案を巡らせる。自分に危険はなし。シロにも影響は及ばない。上手くいけば早く終わるかもしれないし帰ってくる前に終わらせておけばシロは惚れ直してくれるかもしれない。ならば実行に移すのみ。

 

「気が変わった。私も今からそちらに向かうぞサメのアーク」

 

「は!?ちょ!?……オメーそれやったら共倒れってテメーで言ったばっかだったろ!?くんなくんな!」

 

 アークは慌ててリンを追い返そうとするものの相手は爽やかな声でそれを投げ捨て。

 

「私は問題ない。貴様もまあ大丈夫だろう。脱出の準備だけはしておくといいんじゃないか?ではいくぞ」

 

「聞け!」

 

 リンは無視した。直近に迫ったミサイルを回避すると転身し逆に怪虫に向って疾走を始めた。当然発射されるミサイルとは互いに近づく関係上これまで以上に回避が難しくなるはずだが慣れを得た彼女にとっては容易いことだ。軽々避けて後ろに引き連れて走る。

 怪虫の眼前までたどり着くとミサイルをギリギリまで引き付けてからサイドへと退避。ミサイルの角度は確認済み。上手く擦り付けた。着弾する。

 

「おおおおおお!?何やりやがったテメー!?」

 

「別に?貴様を手伝ってやっただけだ」

 

 言い捨てたリンは同様の方法で次々にボスにミサイルを着弾させていく。それもアークのいる内部には入りこまないように調整してだ。とはいえ衝撃で内部が揺れるのは止まりはしない。

 

「テメエ!ほんとイイツラしてやりゃ何でも許してもらえると思ってんじゃねえぞこの鳥頭が!」

 

「なんだと!?貴様は本当に口が悪いなサメのアーク!少しはシロを見習ったらどうだ!?」

 

「アイツとアタシそんなに口調変わんねーだろが!!」

 

「シロの語彙はウェットに富んでいる一緒にするな!意味はたまにわからないが」

 

「通じてねーじゃねえか!」「なにぃ~!?」と怒鳴りながらの応酬を続けつつも両者は手を緩めない。褒められたいものと怒られたくないもの。感情の方向性は逆でも求める結果は同じだった。

 

 仲間が戻って来る前にさっさと終わらせたい。その一心が巨大怪虫を打ち砕く。

 

【────!!】

 

「やばいやばいやばいやばいシンアーク!」

 

 HPゲージが尽き崩壊を始めるコクピット内部からアークは天高く飛びあがった。真下では巨体に相応しい派手な爆発が巻きおこっている。

 今からあそこに着地するのか。炎耐性あるからまあいいけどなーなどと火災を眺めていると何かに掴まれたような感覚と共に落下が停止したのを感じる。

 

「あん?」

 

「お疲れ!なのだアーク……そして……重い……の……だぁ……」

 

 彼女の体を空中で捕まえたのは羽を生やしたメアだった。彼女は力んだ真っ赤な表情でアークを支えている。

 

【挿絵表示】

 

「あああメア殿ぉ?そんなに重いんでござったらやランカが運ぶでござるよ~?」

 

「オメーら何さっきから重い重い連呼してんの?軽いだろアタシ!」

 

「重いのは放っておいてはよう合流しようぞ。あまりなごう飛んでおると翌日肩が凝るでな」

 

「お、あいつ手ー振ってやがる……さっさと降りてやるか」

 

 途中アークが暴れたが無事パーティ全員が合流することに成功する。合流直後にリンがシロにディープなキスを行い風紀が乱れたが後はいつも通りレベルアップの恩恵を互いに確認したりドロップアイテムの鑑定を行っていた。そのようにしていると王城の方から兵隊たちを伴なった身なりの整った老紳士が現れた。

 彼はアークたちの前で跪くと。慎重に言葉を紡いだ。

 

【あの四天王を撃退されるとは……あなた方こそ伝説に語られる勇者様だとお見受けいたします。王が直々にお礼がしたいと申されておりますのでどうか共に王城へとお越しくださいませんでしょうか?】

 

 誰に相談するまでもなくお礼の二文字に釣られたアークによって一行は王城へと向かうこととなった。



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8-14 料理でミニゲーム

              ♦

アークたちが王城にて歓待を受けてから四日ほど経った。あの日王城では王による厳かな礼と豪勢な報酬の受け渡し、そしてこの世界の現状についての説明があった。

 戦況についてはシロたちが集めた情報と大差はなく。追加された情報としては敵の首長である魔王が座す魔王城は特殊な結界に囲まれていて侵入が不可能であること。そしてその守りを超えるための力を与える伝説のアイテム、ヒュドラの仮面についてだ。

 ヒュドラの仮面は普段は4つに分割されており3つを各地の大神殿、一つを王家が管理していたという。しかしデスピナ以外の四天王によって3つの神殿が占拠されたことで仮面を完成させることはできなくなってしまったという。

 

「これがヒュドラの仮面の欠片ねえ」

 

「あんまり弄って壊さないでほしいでござるよアーク殿。一応王族から譲り受けたものなんでござるから」

 

 小鳥や虫たちが囁く昼の森をアークたち勇者一行はとりとめない会話を楽しみながら歩ていた。ヒュドラの仮面の欠片をしげしげと眺めていたアークはそれを所持品にしまいこむともっと興味のあることについて切り出す。

 

「わーってるよ。そういや今日のメシは何なんだ?」

 

「何?というてもわらわが王都でテイクアウトしておいた食事は全部食べてしもうたぞ。おぬしら食いすぎなんじゃ」

 

「お前も結構食べてたような気がするが……あ~あたしの所持品も食料関係はからだな」

 

「む、それは不味くないでござるか?やランカ食料に関してはラムルディ殿の役に立つかと木のみ果物ぐらいしか購入してないでござるよ」

 

「私は食事はシロに任せている」

 

「もしかして誰もお弁当もってないのだ?」

 

 皆は昼食がないという現実に悲しみ一斉に押し黙ってしまった。これまでは一日足らずで目的地にたどり着くことも多く気まぐれで購入していた既製品で十分事足りていたため長い旅程での食事量の計算ができていなかったのだ。ゼルデンリンクにおいて調理されたアイテムがそれほど性能のよくない回復アイテムでしかないことも影響しているだろう。

 地図によれば次の村までは後半日ほど戦闘をこなしながら歩かなくてはならない。SHは総じて大食の傾向がある。彼女らにはつらい一日になりそうだ。

 そんなSHたちを元気づけるためかメアは明るく声をかけてやる。

 

「大丈夫なのだ!ご飯がなければ作っちゃえばいいのだ!」

 

「料理……か。確かにエネミーからドロップしたものではあるが生肉や野菜、果物など素材はあるわけじゃしのう。ちと時間はかかるがここでゲーム世界野外調理というのもオツではあるかもしれんの」

 

「ふふふ、やランカは以前のリバイバルキャンプアニメブームの際に野外飯は一通り習得しているでござるよ。そしてこんな時のために野外調理グッズも出発前に王都で購入済みにござる。お任せあれ」

 

「あたしもやっかな。サメ野郎とメアはリン連れてどっかいってろ。火が使いづれえ」

 

「待ってくれシロ!やはり火は危険……もご」

 

「料理しねえ組はおとなしく他所いっとこうな~」

 

 調理にとりかかろうとする者とそこから距離をとる者で綺麗に別れようとしたタイミングでメアはインタラプトする。

 

「料理なんてまどろっこしいこと待ってられないのだ。もっと簡単に早くできるほうほうがあるのだ。みんなステータス画面の下の方をよ~く見るのだ!」

 

 メアの言葉に従って皆はステータス画面を確認していく。するとメアの言いたかったであろうものが見つかった。

 

「コマンド……料理。こんなん前なかったよな?」

 

「おそらくゲームの進行に合わせていつの間にか追加されていたのでござろう。他にも色々とコマンドが増えてるでござるよ」 

 

ランカの言う通りステータス画面の詳細には射撃、カードゲームなど初期の頃には見つからなかったものが追加されていた。おそらく選択すれば王都で遊んだようなものがいつでも遊べるというものであろうとアークたちは予測した。

 

「つまりこの料理のコマンドを使用すればすぐに料理が作れてしまうということかな?」

 

「そうなのだ。メアも一回試してみたのだ。やってみるといいのだ」

 

「なるほどでは私がやってみよう。普段料理はシロに頼んでいるが興味はあったんだ。どれ」

 

 メアの言葉を受けてリンは料理のコマンドを選択。すると手持ちの素材で生成可能なメニューが表示されるので一つを選択。選んだのはオムライスだ。

 

「どのような出来で出てくるのだろうか……む?」

 

 彼女が怪訝な顔をするのも当然だ。即座に生成されるかと思われた料理は生成されず代わりに彼女の眼前にはマラソンのレーンのような5つのラインが現れたのだ。

 リンだけでなくメアを除いた全員が戸惑っていると朝のラジオ体操のような軽快な音楽と共にラインの奥から手足のついた卵型のアイコンがいいフォームで走ってきた。

 

「なんだこれは……?敵襲か!?」

 

 リンは難なく卵たちをよけていくが代わりに卵が通過した瞬間にmissというアイコンが発生するようになっていた。ここまで状況が揃うと状況を理解するものもチラホラと現れ始める。

 

「これ……もしかしなくても音ゲーじゃねえか!?」

 

 気づきの声にメアはケラケラと笑うと笑顔で説明を加えてやる。

 

「そうなのだー!音ゲーなのだ。びっくりしたのだ?ちなみにmissが多いと美味しくなくなっちゃうから頑張って欲しいのだ!」

 

「音ゲー?シロがたまに遊んでいるものか……つまり、この卵たちは避けてはならんものたちなのだな!?」

 

「おそらくそうでござろう。同タイミングでやってくるものは足を開いて二つのラインにまたがるようにするのがよかろうな」

 

「そもそも料理中に音ゲーやらすなよ。どんだけミニゲーム好きなんだゼルデンリンク制作スタッフ」

 

 アドバイスやもっともなツッコミが入るとリンもルールを理解し驚異的な体捌きで次々と卵に衝突していった。流石は戦闘系SHといったところである。

 3分ほどの音楽が途絶え卵や米、ケチャップなどが襲来しなくなるとラインも消失し元の光景に戻った。そうしてリンの手元には大皿の載せられた黄金色のオムライスが現れていた。

 

「なるほど……少々予想外の調理方法ではあったが……香りも見た目も悪くないな」

 

「ひとまず試食といこうじゃねえか。皿配るぞ」

 

「「はーい」」

 

 オムライスを切り分けて全員に行きわたらせると食事の時間が始まる。始めてコマンドで調理した料理の感想は。

 

「うむ、ちと焼きすぎであったり引っかかる部分はあるものの食べる分には問題ないのお」

 

「悪くねえ。最初にしちゃ上出来だ。調理過程が音ゲーってのがなんだが」

 

「ありがとう。しかしだ、やはりシロの作る料理には遠く及ばない。私がいかにお前に支えられているかがよくわかるな。いつもありがとうシロ」

 

「バッ……か!?そんなんいいんだよ……好きで……やってんだからよ……」

 

「のろけはお腹いっぱいなのだ~」

 

 オムライスを肴にのろけが発生しているとどこからか幽霊のようにすすり泣く声が聴こえてくる。声のほうに視線を向ければランカがオムライスを口に含みべそをかいていた。

 

「う……うう……この味、なんだかリクちゃん様が始めてお料理に挑戦された時のことを思い出すでござるよ……懐かしい。リクちゃん様と分かれてからどれほど経ったことか、瞼を閉じればリクちゃん様の姿、耳を澄ませばリクちゃん様の声が聴こえる……おお、リクちゃん様はそこにいたのでござるな」

 

 突如として立ち上がりふらふらとした足取りで森の奥へと消えていこうとするランカを取り押さえてアークは叫んだ。

 

「やべえ!こいつリクと引き離され過ぎて禁断症状でてんぞ!?」

 

「流石にワニのリクの作ったものと似ていると言われると気分が悪いのだが……」

 

「え、なに?お前アイツと知り合いなの?ってそれよりも手伝え!ランカの割にやたら力強ええ!」

 

「リクちゃん様~!今いくでござるよぉ~!!」

 

 幻覚に荒ぶるランカを取り押さえ落ち着かせるとSHたちに一つの感情が芽生える。お腹すいた。

 元々お腹はすいていたのである。それが切り分けられたオムライスという少量の食事が腹に入ることによって余計に空腹感が刺激された。やはりまだまだ食べたい。

 そんな欲求に従ってパーティは新たな料理に挑むことにした。料理コマンドを再確認するとどうやら協力プレイで一つの料理をたくさん作ることもできることが判明した。それならばと三組に分かれてそれぞれどの組が一番おいしい料理を作れるかを競うという流れになった。

 



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8-15 音ゲーで料理対決

アークとメア組が選んだのはステーキだ。正直なんの肉だか今一つわからない生肉を調味料と共に大量投入してミュージックスタート。ミニゲームが始まった。

 

「ん、お?さっきと譜面っていうか……ゲーム自体がちがくね!?」

 

「何してるのだアーク!さっさとハンマーでぶったたくのだ~!!」

 

 アークたちの眼前には縛られた巨大な肉塊と流れる譜面が存在しており。その両手にはいつのまにか小型の金づちが握られていた。明らかに先ほどと雰囲気が違う様相に戸惑うアークだったがメアの叱責にすぐに我に返り分析する。

 おそらく流れるベシというアイコンが弱打、グチョオが強打。アイコンの色によって叩く色が分けられているのだろう。そこまでわかれば十分だ。

 

「よっしメア。アタシらが一番うめーメシを作るぞ。たけー部位はアタシが叩くオメーは下の部位だ」

 

「任されたのだ。メアのハンマー捌き見せてやるのだ」

 

 がっつりとしたメインディッシュを選択したアークたちとは異なりアップルパイというデザートを選択したラムルディとランカのペアには秘策があった。ラムルディの能力フライングフォックスである。果実によって様々な能力を引き出すことのできるこの能力の内の一つにリズム感をよくしダンスを上手くするといった効能をもつものが存在する。それがパパイヤ。二人はパパイヤを含んだラムルディ製のミックスジュースを飲むことで抜群のリズム感を手にしていた。ここまでやって負けるはずがない。そんな心持ちで挑んだが甘かった。

 

「何でござるこの鍵盤?」

 

 彼女らの手元にはホログラムでできたグランドピアノのような黒白の鍵盤が現れていた。戸惑っていても曲は止まってはくれない明るいピアノミュージックは始まっている。

 

「ぬうううううう!?ピアノはピアノアニメが流行るたびにちょっと触れる程度の経験しかないでござるが……ラムルディ殿は吸血鬼ロールで弾けたりするでござるか!?」

 

 そこそこ上手い指捌きでポイントを稼ぎつつランカはちらりと相方を横目に見る。そこには一指し指でおそるおそる鍵盤を押しているラムルディがいた。

 

「わからん……!わからんぞ……!ランカ!どれがドで、ミで、ファなんじゃ!?わらわ音符がわからぬ!」

 

 ラムルディの自宅の古城にはピアノが設置されている。だがそれは吸血鬼とか古城には黒くて大きなピアノが必須じゃよなというインテリア的な理由から設置されたものであり別にラムルディはピアノが弾けるわけではなかった。いかに抜群のリズム感を手に入れようともどこを押せばよいのかがわからなければ意味をなしはしない。

 あたふたと助けを求めるラムルディを見てランカはぼんやりとこう思った。これはダメそうでござるな。と。

 調理に励む三組の中で一際激しい動きをする組が存在していた。リンとシロのカップルである。二人は地面に現れたマットの点滅に合わせてせわしなく足を動かしていた。

 残像すら見える動きの中で息の一つも切らさずにリンは笑っていう。

 

「これも音ゲーの一種というものか。皆もそれぞれ違うゲームを行っているようだし音ゲーというのは随分種類があるのだな」

 

「こりゃダンス系だな。激しく動くから運動不足の解消やダイエットにも効果的ってわけよ」

 

「ふむダンス……なるほど確かに言いえて妙だ。どれ、臨場感を上げるために手でもつなごう」

 

「繋がなかったら握ってくるんだろ……いいさ、あいつらにはちょうどいいハンデだ」

 

 自信に満ちた発言とそれを裏付けるようにperfect表示が連続する。

 義手に伝うシロの熱を感じ。リンは子供のように笑った。

 

「存外に楽しいじゃないかシロ!凄いなゲームセンターとやらにはこういったものがたくさんおいてあるのか?」

 

「何だよ急に……あるけど」

 

「現実に帰ったら二人で訪れよう。お前は前から行きたそうだったが私に遠慮していただろう?」

 

「別に一人の時は行ってるけど……そだな。興味があるんなら……うん、行くか」

 

【挿絵表示】

 

 現実世界に帰った後のデートの約束を取り付け二人はダンスを終えた。

 三組それぞれの調理が終わり料理が皆に行きわたっていく。全員で手を合わせおたのしみの実食の時間に移るのであった。

 

「「いただきま~す」」

 

 アークたちが作った肉厚のステーキは限りなく現実の和牛に近い味わいで醤油ベースの味付けに舌をピリっと刺激する胡椒の味付けが絶妙の食いがいのある一品に仕上がっていた。

 

「肉が……軟らかくて食いやすいな。口の中で溶けるみてえだ」

 

「いっぱい叩いて軟らかくしたのだ~」

 

 次にみなが手を付けたのはリンたちが用意したホワイトシチュー。雪原のような白さの中に色とりどりの野菜が顔を出している。それぞれの具材の味がよくしみ出した香りとチーズのように尾を引くとろみは否応なしに味の期待を引き上げた。

 

「非常に濃厚で口の中が多幸感で溢れてくるでござる……!それでいて全くくどくなく具材も食べやすい大きさ……美味にござる!」

 

「そうだろうそうだろう。なんせ私とシロが腕に……脚によりをかけて作った結晶だからな。ゆっくり味わうといい」

 

 残すところ最後の一品となったアップルパイは……少し、見栄えが悪かった。形が崩れ焼きすぎて焦げも見えるアップルパイの味は果たして。

 

「……うん。不味くはねえ……けど。味も薄いし、美味くは……ねえな!これラムルディが普通に作った方が美味かったんじゃね?」

 

「うぬぬぬぬぬ、すまぬぅ……音符さえ音符さえわかっておればあ」

 

 そうして三種の料理全てを平らげると審査の時間がやってくる。三組の中でどこが一番美味かったのかがこれで決まる。とはいえ始まる前から肩を落としている組が存在するので実質一騎打ちだ。

 

「ステーキ」

 

 手を挙げたのは二人。

 

「シチュー」

 

 ここで残りの四人全てが挙手する。この時点で結果は確定した。

 

「優勝はリン・シロチームでござる~ぱちぱちぱち~」

 

 まばらな拍手でしばしの間勝者たちを称えると言いたいことがあるというようにアークは立ち上がった。

 

「くっそ次は勝つからな!?いい気になるんじゃねえぞ。ごちそうさまでした」

 

「そう吠えるな次と言わず今やってもいいんだぞ。ごちそうさまでした」

 

「そ、そうじゃあ……このままでは飲食店経営としてのプライドが許せん……始めようぞ2回戦!!」

 

「ええ……もうお腹いっぱいなのだ。そろそろ行こうなのだ」

 

 面倒な流れに変わったのを察知してメアは恐る恐る抗議を飛ばすがSHたちの腹はまだ満たされていない。

 

「「やるぞー!!」」

 

 こうして食い気と負けん気に突き動かされたSHたちによって料理対決が繰り返され、普通に一品調理するよりも長い時間旅の進行が止まったのは言うまでもない。



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8-16 リンの弱点

            ♦

 乾いた風が吹きさらす荒れ地にて一つの戦闘が終わろうとしていた。破壊が渦巻くその中心地にあったのはアークたち勇者一行。彼女らは連携をとり襲い掛かってきたエネミーたちにとどめを刺さんとしていた。

 

「さっさと決めな暁の簒奪者!」

 

「ではゆくぞ。惑いし宵闇ー!」

 

 張り切り勇んだラムルディの剣先から闇が扇状に広がり【あくどいスライム】たちを飲みこみ消し去っていく。全滅だ。

 

「ふぅー終わったのう。四天王を二人倒しただけに雑魚敵も強くなってきおったわ。ここらで一服したいものじゃな」

 

 剣を降ろし額の汗を拭うラムルディに皆は駆けよりねぎらいの言葉をかけていく。そこを狙ったものがいた。

 そのものはパーティの中でも一際小さく狙い目と判断した対象に走りより、飛び掛かった。選ばれたターゲットはメアだ。

 

「させん!」

 

「のだ!?」

 

 襲撃者とメアの間にリンが割り込んだことによって間一髪不意打ちは失敗に終わる。うまくいかなかったからか飛び出してきた狐は戦闘をすることなくそのまま逃げていく。

 盾となったリンを気遣うように声がかけられる。

 

「ありがとうなのだ……大丈夫なのだ?」

 

「う……うん、大丈……ぶ。だよ?」

 

「んん……?今ちょっと受けごたえおかしくなかったでござるか?いつものリン殿であればもっとランカたちがケーッ!となるような歯の浮く台詞を吐くような気がするのでござるが」

 

「え!?そ……そんなこと……ない、よ?です」

 

「いや……変じゃろ……なにか悪いものでも食べたのか?アークでもあるまいし」

 

「おい、なんでアタシなら拾い食いするみたいないい方してんだよ」

 

「ほ……ほんとになんでもないったら!」

 

 訝しむ声に抗議しようとリンが振り返るとシロが驚きと共に指摘する。

 

「あ!お、お前……ネクタイ外してるな!?どこにやった!?」

 

「ふえ?……ほんとだ!な、ない!?」

 

 指摘通り確かにリンの首元の情熱的なネクタイが姿を消していた。同時に王子様然とした普段の頼れるリンの姿もまた同様に消え去っている。皆があっけに取られているとメアが大声で一点を指し示す。

 

「あいつなのだ!さっきの狐がリンねーちゃんのネクタイを盗っていったのだ!」

 

 示された方を見れば確かに上下に跳ねる狐の体に隠れた赤の帯がチラチラと確認できる。それに応じてシロが叫んだ。

 

「お前ら速攻で取り返すぞ!リンはあれがないとヘタレちまうんだ!」

 

「「どういうこと!?!」」

 

【挿絵表示】

 

 動揺を得つつもいち早く動き出したシロに従ってパーティは泥棒狐を追い始める。とはいえ説明は欲しいところだ。

 

「何……?ネクタイ盗られたからキラキラ王子様からふにゃふにゃ女子になったってこと?そんなことある?」

 

「それがあるんだよ。ネクタイを締めるってのはコイツにとって完璧な自分を全うする決意の証明。いわば変身アイテムだ。それがなくなるとどうなるか……」

 

「どうなるのだ……?」

 

「自分に自信のない図体だけがデカいひたすら顔のいいオドオドした女が出てくる」

 

 あんまりな評価に併走しながら本人から訂正を求める声があがる。

 

「ヒドイよシロ!私だって頑張ってるんだから。せいぜい人の目を見て話せなくて声が震えるぐらいだよ!」

 

「ダメそうじゃな」

 

「ネクタイが持ちされたままになると……」

 

「ああ、新しく似合うネクタイを手に入れるまでコイツはずっとこのまま……つまり戦力ガタ落ちだ」

 

 リンは聖騎士としての高い防御力と攻撃を集めるスキルを持つだけでなく優れた護衛に関する現実にそくした技術とパーティ随一の格闘能力を持った戦力だ。それが使い物にならなくなりそうなのは憂慮すべき事態だ。一斉に真剣な顔になり本気の追走を開始する。

 

「絶対取り返すぞぉ!」

 

「「おおー!」」

 

 リンからネクタイを鮮やかに盗み去った怪盗狐は素早いエネミーであったが多少の制限がかかっているとはいえSHたちの脚力にかなうものではない。苦もなく距離を詰めていくが途中で問題が発生する。第一発見者はアークだ。

 

「お、おいアレをみろ!」

 

「むむむ、アレは……」

 

「ロウガイスライム!レアエネミーがこのタイミングで出現するでござるか!?」

 

 アークらの行く手にポップしたのは極めて低確率でしか出現しない倒すと高経験値を得ることができるエネミーである。銀色に濁った液状生命体はこれまでも幾度か彼女らの前に姿を現していた。今回は久しぶりのご対面である。

 

「「狩るぞ!」」

 

「私のネクタイは!?」

 

 リンの抗議を他所にアークたちは逃がさぬようにロウガイスライムを囲んで叩きのめしていく。

「「えいやーこーらーえいやーこーらー!」」

 

 ロウガイスライムをさっと撃破すると大量の経験値が入ってくる。心地よいレベルアップファンファーレに聞きほれている場合ではない。そもそもこんなことやってる場合ではないというのは言うまでもないが。

 

「逃がさん!」

 

 無駄な時間を食ったがまだ盗人は遠くにいっていない直ぐに追いつく……ところでまた新たなものがポップした。

 

「あれは……ネンキンスライム!」

 

 薄汚い欲望にまみれた黄金色に輝くボディを持つネンキンスライムの登場に再びパーティは湧く。こちらもロウガイスライムと同じように低い出現率であるもののひとたび倒すと巨額のGが手に入るため主にアークによって執拗に追いかけまわされる存在であった。

 

「金だ!」

 

「私とお金どっちが大切なの!?」

 

 足を止めて金を取る。老スライムをカツアゲして大金を巻き上げて追走に戻った。

 

「いやあ、いい副産物が得られたでござるな。転んでもただでは起きぬとはこのことでござる」

 

「そろそろ本気で取り返して……アレは裏武器屋か!?」

 

「骨董屋のおっちゃんもいるのだ!」

 

 裏武器屋とは各マップに確立で現れるレアNPCだ通常の武器屋よりも性能のいい武器を取り扱っていることが多いありがたい存在である。骨董屋のおっちゃんもまたレアNPCの一人各地の骨董とレアアイテムを交換してくれるお得な存在である。そんな二人が直ぐ見える位置に現れていたが。

 

「おっさんはスルー!」

 

 おっさんは優先度が低かった。またどこかで会えるだろう今は仲間のことが大事だ。と、先ほどまでの欲にかられた行動を棚に上げて見送ると盗人狐との距離を更に詰めた。

 

 とはいえアークたちを襲うこの日の不運……いや幸運はまだ終わっていなかった。進むごとに色々なエネミーたちがポップしていくぞその中には。

 

「あれはコウセイネンキンスライムだよ!?」

 

「あっちにはロウサイスライムじゃ!ヨシ!」

 

「ツチノコがいるのだ!」

 

「ビッグフットもいるでござる!」

 

「妙だな……ボーナスステージ的な場所にでも迷い混んじまったか?」

 

「ぜーんぶ狩るぅ~~!!」

 

 目に映るものたち全てを捕食しながらSHたちは追う。たとえつまみ食いが追走に不利なのだとしても余裕がある内は据え膳は全て食らうのが彼女たちの流儀だ。

 

「よし……追いつくぞ!」

 

「やっと~!?」

 

「いや待つのじゃ……なにかポップしてくるぞ!?」

 

 泥棒狐のちょうど前をゆく形で出現したのは群れ。泥棒狐と同じエネミーと思わしき狐たちが10頭ほど湧いて出て来た。

 

「数が増えたところでどうというでござる。取り返すでござるよ~!」

 

 ランカが加速してネクタイを奪おうと迫るその時。間近に迫ったからか仲間が現れたからかはわからないがこれまでとは異なる動きを見せた。

 

【リー!】

 

【リーリー!】

 

「なんとぉ~!?ネクタイをパスしたでござるぅ!?」

 

「こやつら……!?アメフトでもやっておるのか!?うっとうしいの~!」

 

 走り去りながらボールのようにネクタイを仲間内で巧みにパスしあう泥棒狐たち。練習を重ねた成果が感じられそうな洗練された動きにさしものSHたちも少しは手間取るかと思われたのだが。

 

【リー!?!】

 

 狐たちの愛くるしい帯遊びは突如発せられた銃撃によって終了した。彼らは弾丸の雨に撃たれ直前まで弄んでいたネクタイを残して消えていった。

 

 シロは手にした二丁銃を消失させるとネクタイを拾う。肩身が狭そうな相方がやってきたので屈ませてその首にネクタイをかけて結んでやる。すると変化が起きた。

 

「ん……ああ、やはりお前にこうしてもらうと引き締まるな。ありがとうシロ」

 

 表情筋が力なく緩んでいた先ほどの状態からは考えられないほどに凛々しいいつものリンが姿を見せる。彼女の謝意にシロは口を少しもごもごさせると言葉を返してやった。

 

「別にいつものことだろ。ほら他の奴らにも礼いっとけ」

 

「ああ。皆、随分と手間をかけさせたすまないね」

 

「おかげで副産物がたんまりでござるから気にすることないのだ」

 

「災い転じて福となすというやつでござるな」

 

 はははははと笑い合っているとふと何かに気付いたアークがあ、と声をあげる。

 

「なんじゃどうした?」

 

「いや、よー……結構走ったじゃん?跳んだり走ったり。元来た道どっちだっけ?」

 

「「…………」」

 

 全員が押し黙ったのち誰ともなく口を開いた。

 

「寄り道はほどほどにしよう」

 

 元の道に戻るのに一時間ほどかかった。

             



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8-17 決戦前夜

              ♦

 虫の音一つ囁かない夜の森で魔除けの火も焚かずに佇むテントが存在した。

 天幕の内は外部からは想像できない程広く、十人以上が寝転がってもなお余裕があるだろうといえるほどだ。そんな場所で6名の勇者がふかふかの布団に包まりながら話にふけっていた。

 

「やっと完成したなヒュドラの仮面。いや~長かった」

 

 アークが布団から手をだし掲げるのは一つのこの世界を救うアイテム。この世のものとは思えぬほどに入り組んだ奇妙な紋様の掘られた仮面である。アークたちはこれを完成させるために3つの神殿を占拠していた四天王たちを打倒し仮面の破片を入手していたのだ。

 

「この仮面の力があれば魔王城への道が開く……今はさしずめ決戦前夜というわけか」

 

 ナチュラルにシロと同じ布団に身を沈めているリンが現状を述べるとランカが一つの提案をした。

 

「その通りにござるな。とはいえこれはゲーム。ここらで何か重要な見落としがないか、やり残しがないかを皆で振り返っておくのは大事ではござらんかな?」

 

「確かにそりゃ大事だな。いざ魔王城に乗り込んで大事なフラグを見逃してましたーじゃ話にならねえ。最悪そこからゲームオーバーまでみえる」

 

「そんな心配はしなくてもいいと思うけど……なんだか楽しそうなのだ」

 

 賛成が得られたところで彼女らは光虫を利用したランプを中心に顔を付き合わせこれまでの旅程を振り返り始めた。

 

「ふむ……この空気あれじゃな?いわゆる修学旅行の教師が夜寝静まった後の感じじゃな?」

 

「ラムルディ殿それ漫画とかで読んだ知識でござろう?」

 

「アタシら誰も修学旅行とか経験したことねーだろ」

 

「のだー」

 

「ふむ私たちは旅行は多く経験しているが……そろそろまた温泉旅行にいくのはどうだろう?」

 

「あんま腕に影響ねーとこにしねーとな。じゃなくて振り返りだよ。まずは直近の四天王いっとくか」

 

 魔王軍の幹部でありゼルデンリンクのボスキャラクターである四天王たちはそれぞれが強大な力を持つエネミーであった。

 

「最初の奴が本体と装甲で攻めて来るセミ、次が遠距離砲撃のハチだったでござるな。まさか神殿に入る前から針の狙撃を回避しながら進むことになるとは思わなかったでござるよ」

 

「あの時ばかりは工作員やっててよかったと思ったなー」

 

 1つ目の神殿は亜熱帯のジャングルのような気候の地域に存在した。そこではボスの狙撃を中心としたゲリラ部隊の襲撃が行われた。過酷ではあったがSHたちの工作員としての経験と敵の行動ルーチンの見切が功をそうして無事に切り抜けたのであった。

 

「三体目の……いやこれは口に出すのはやめておこう。奴の速度と生命力はやっかいだったな」

 

「不評なのだ~」

 

「モチーフがモチーフじゃったし寒冷地で寒かったからのう。そういえば四天王は全員虫モチーフなのじゃのう。もしかすると魔王もそうなのかの」

 

「最後の奴も中国拳法カマキリだったしな。可能性はかなりあると思うぜ。となると虫系に特攻のある武器直ぐ出せるように準備しとくのもありだな」

 

 その言葉を合図にそれぞれ所持品の中から対虫用の武器や道具をチェックしていく。

 

「虫と言えばこのテントには一匹も外の連中が入ってこぬし快適じゃがこれを手に入れるまでは随分窮屈な思いをしたのう」

 

「これ水害避難クエストの報酬だっけ?あそこの村の住人。水が迫ってんのにマジで逃げなくて手間かかったよなあ」

 

 水害避難クエストとは旅の途中で立ち寄った村で発生したサブクエストの一つである。この村が大雨の水害によって沈むという情報を知ったプレイヤーが住人を説得して高台に逃がすという内容だ。

 

「あまりにも進まんから最終的にランカの能力で避難を促進したんじゃったのう」

 

「おかげで一つの村がまるごと防災ゾンビになり果てたけどなー。アタシらも噛まれかけたし。もうちょい制御できねーか?」

 

「それが出来たら苦労せんでござるよなあ。過ぎたことでござるし水害だけに水に流してほしいところでござる」

 

「こいつを流しとくべきだったな……」

 

「何とー!?」

 

 ランカの抗議もそこそこに話題は切り替わる。

 

「やランカに噛まれなくてもみんなゾンビみたいになってたことあるのだ」

 

「テッチリ山の坑道に籠った時な!」

 

 テッチリ山とは鉱石発掘が盛んな鉱山である。強大な敵に対抗するための武器を強化しようとするものの鉱石素材がまるで足りなかったアークたちは三日ほど鉱山に籠りきりになったのであった。

 

「あの時ばかりは監督してる地下労働の住人たちの気分がわかったでござるよ……。あの中でもリン殿は優雅にこなしてござったな……イケメンはものが違うということでござるか」

 

「鍛えているというだけさ。君たちの方こそ今一度教官に鍛え直して貰ってはどうかな?」

 

 SHたちによる含蓄のある拒否の言葉で提案は封殺された。不服そうなリンを誅するかのようにシロは言葉を接ぐ。

 

「お前らの熱血についてこられるやつは希少なんだってことにそろそろ気づけ。マジで」

 

「とはいえmashiroはmashiroで中々に癖があるのは気付いておるか?」

 

「はあ?どこがだよ!?」

 

「他人の家に上がり込んで無許可で家探しして家中の壺を割っていくのは真似できんでござるなあ。いまでもウォッてなるでござる」

 

「べ、別にゲームの中だから当然だろ!?なあ?」

 

 納得がいかぬと周囲に同意を求めるシロだったがその目論見は功を奏さず。

 

「いや、ゲームっていう前提あってもこんだけリアルな世界で躊躇いなく破壊はできねえと思うぞー」

 

「思い切りがいいのだー」

 

「う、嘘だろ……?」

 

 愕然となるシロの頭を冷たく硬い手が愛おし気に撫でた。シロは甘えるように僅かに目を伏せる。

 

「気にするな。周りがどのように言おうと私はお前のそういった部分を愛しく思っているのだから」

 

「うるせえ!もういい寝る!!」

 

 そう叫びシロは布団の中に潜りこんでしまう。後に残された面々もお開きモードになり明りを仕舞って目を伏せた。

 

 静まり返ったテントの中でふとアークが誰に言うでもなく話す。

 

「なあ、ここまでやってきてさ。アタシら……悪くはなかったよな?」

 

 これまでの一月足らずを確かめるように話すアークにリンが最初に返した。

 

「私たちは……私はサメのアーク。お前を信用したわけではない」

 

 拒絶ととれる言葉の後「だが」と続けリンはいう。

 

「連携は悪くなかった。いや、我々は上手くいっていたとも」

 

「リン殿が盾役、やランカが雑魚を散らしてアーク殿とラムルディ殿が前衛やってメア殿が回復してシロ殿が指示を出す。いい感じに回ってござったよなあ」

 

「だからこれまでノーコンでやってこれたわけだしな」

 

 暗闇の中ラムルディが彼女らの関係を表した。

 

「少々おもばゆいがわらわ達はよい”仲間(パーティ)”ということじゃな」

 

「メアたちは最高の”仲間(パーティ)”なのだ!」

 

「そこまでは言うとらん」「言い過ぎ言い過ぎ」などの訂正の声が入るが皆考えていることはそう違いはないことが声色からわかる。それを感じアークは言った。

 

「明日にゃ終わりだろうけどよ……それまで頼むわ”仲間(パーティ)”。おやすみ!」

 

「「おやすみ!」」

 

 決戦の夜が明けるそれはパーティの終わりが近づいていることを意味していた。



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8-18 ゲームクリア

   ♦

【まさか……まさかこの私が野望の成就を目前として力尽きるとは……な】

 

 光りを全て閉じ込めてしまうような黒の外壁に覆われた城の玉座にて魔の王が力尽きようとしていた。

 

【いいだろう……認めてやる。貴様らが勝者だ。仮初の平穏を、謳歌するがいい】

 

 一本角の兜を被ったような頭部を持つ異形の彼は自身を討ち取った勇者たちをたたえるとその身の一片すらこの世界に残さず消えさっていった。

 後に残されたのはアークたち勇者パーティと盛大なファンファーレだった。

 

「……終わったな」

 

「魔王を倒したのだ~!」

 

「おお、エンドロールが流れ始めたでござる」

 

 魔王城の玉座の床からは白い立体文字が下から上へと一定の速度で流れていった。記されているはのは恐らく人名であるといことと主題歌がどこからともなく流れ始めていることからゲームのクリアを祝うエンドロールの演出であると判断することができた。

 勇者たちは流れる文字列を追うのもそこそこに恐らく最後になるであろう会話に移った。

 

「これでようやくゲームクリアじゃな!ここまで長かったのう」

 

「しかしここまで道のり。決して悪くはなかったぞ」

 

「楽しかったでいんだよこういうのはよ!お、なんか出て来たな」

 

 見ればクソデカエンドロールは終わりは告げ。彼女らの前にはゲームの終わりを告げる表示枠が現れていた。

 

【あなた方の手によって魔王は打ち滅ぼされこの大地には再び平穏が取り戻されました。ゲームクリアおめでとうございます】

 

 称賛の言葉もそこそこに文字列は勇者たちが求めていたものを記す。

 

【それではゲームをクリアされた皆様方を元の世界に帰還させます】

 

「お、やっぱゲームクリアが条件だったか」

 

「これで帰れるのじゃな。これまで楽しかったぞ」

 

 喜色を露わに皆が浮足立つなか表示枠の中で変化が生じる。通常のように文字が切り替わるのではない。上から塗り替えられるように表示される文字が変化していく。新たに現れた文字列はこうだ。

 

【ゲームクリアおめでとうございます!それではゼルデンリンク二周目の世界をお楽しみくださいませ】

 

「「は?」」

 

 一同の現状が理解できないという気の抜けた声もそこそこに世界が一瞬にして切り替わるように光で包まれていく。彼女らが光を前に視界を覆っているうちに何もかもが変わっていた。

 気付けばアークは一人で街中に立っていた。突然のことだがこの光景には見覚えはある確かにこの光景はこの世界に取り込まれて初めてみた光景と一致していた。

 

「は?」

 



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8-19 二周目

         ♦

 ゲーム開始地点となっている最初の街。その酒場にて元世界を救った勇者パーティは席につき沈んでいた。

 

「最悪じゃ~!まさか帰れるどころか始めからやり直しとはなんたる仕打ちじゃ……」

 

 飲み物を煽り机に突っ伏すラムルディの愚痴に他の面々も続いていく。

 

「完全にゲームクリアで帰還できると楽観視しておったでござるからなあ。というよりエンドロール後のメッセージもその気だったと思うのでござるが」

 

「二周目に移る直前の文字の切り替え。あれだけいつものメッセージウィンドウと挙動が違ったんだよな。多分本来の仕様なら戻れたはずなんだがピンポイントでバグが発生したかそれとも……」

 

 シロの言葉をアークが引き継ぎいった。

 

「本来の目的と反して仕様を書き換えた奴がいる……か」

 

 もたらされた仮設に一同は気を重くし口数が絶えるがいつまでも黙っているわけにもいかない。リンが口火を切る。

 

「ではこれからどうする?幸いレベルや装備といった要素は引き継いでいるようだがこのまま魔王を倒しにいったとしても同じことの繰り返しになるように思える」

 

「とにかく周回の原因を探んなきゃなんね。ひとまず一周目で行ってねえ場所を中心に探索していくっきゃねえよな。後は称号系のコンプリートとかレベルのカンストとかも考えていかねえと。出るまでにどんだけかかるのやらだ」

 

 提示された気の長い方針にラムルディは青い顔で頭を抱え込んだ。

 

「不味い……不味いぞ。暗黒騎士吸血鬼ロールに酔っておってあまり考えんようにしておったがもう一月近く店を空けっぱなしじゃあ……在庫の期限切れ、給料不払い、客離れ……あ~考えとうない考えとうない!」

 

「ふ……ふふふふ、これでまた当分リクちゃん様をこの目に入れるのが遠ざかってござる……ジェネリックリクちゃん様ではもう限界でござるよぉ~!!」

 

 おーいおいおいと嘆き始めた二人を他所にメアはすくりと立ち上がり席から出ていった。

 

「ちょっとおトイレいってくるのだ」

 

「そうか気を付けていくといい」

 

 去っていくメアを見送るとアークは口元に手を置き考え込むようになる。

 

「どうしたサメ野郎?なんか思いついたか?」

 

「いや別に……あ~、アタシもちょっとお手洗いいってくるわ」

 

 そういうとアークもメアに続いていそいそと席を立って行った。自棄になりつつある二人を眺めてシロは深いため息をついた。

              ♦

 人のまばらな通りをメアは大層つまらなそうにポテポテと歩いていた。その背を聞き馴染のある声が呼び止めた。

 

「手洗いにもいかずにこんなとこほっつき歩いてどうしたんだよメア?」

 

「アーク……別に。みんなの話が詰まんないから出て来ただけなのだ」

 

 声をかけたのはアークだった。彼女もまたお手洗いと称して会議を抜け出してメアの跡を追ったのだ。

 

「ま、めんどくせーわなオメエにとっちゃああいう話は。みんなももうちっと気楽に構えときゃいーのによ」

 

「そうなのだ!みんな折角ゲームの世界にいるんだからもっと楽しめばいいのだ」

 

 元気よくいったメアと共にあてどなく街を歩いていくアークは確かめるように言った。

 

「この世界に来てから色々あったけどよぉ」

 

「んむ?」

 

 人波が消えたタイミングで立ち止まりメアの顔を見て訊いた。

 

 

「メア。アタシらは……”仲間”だよな?」

 

 寸暇もまたずに答えは返ってくる。それが当たり前だというように。 

 

「うむ、メアたちは”仲間”なのだ!世界のあちこちを旅してきた最強のパーティなのだ!」

 

「だよなあ…………ああ、アタシらはそれでいい。そういうこった」

 

「アークぅ。一体どうしたのだ?」

 

 噛みしめるようにぐしゃぐしゃと頭を掻くアークにメアは不審がって尋ねる。

 

「メア」

 

「のだ」

 

 互いに終わりの予感を感じながらも見つめ合い答えを待つ。

 

 「アタシらをこの世界からださねーようにしてるの。オマエだな?」

 先程までのNPCたちによる賑わいが存在していなかったような二人だけの静寂の中でメアが口を開いた。

 

「……どうしてそう思うのだ?」

 

「消去法っつーか勘。もしプログラムを書き換えたりしてる奴がいるとして。それが手出しのできねー現実じゃなく都合よくこの世界にいると仮定するなら。そりゃまだ見た事ねー人間か……意志のあるNPCだと思うんだよな。この世界に来てから魔王みてーなネームド含みでエネミーにゃ意志を感じるような奴はいなかったし街のNPCもそうだ。

たった一人を除いてな。メアお前だ」

 

「何をいってるのだ?メアはメアなのだ」

 

「ああそうだ。お前はメアだ。だけどな現実の……アタシの”悪友”のメアじゃねえ。そうだろ?」

 

「…………」

 

 その言葉にメアは表情を消し押し黙った。そして僅かな間目を伏せると答えを返すがそれは今までの彼女とは異なっていた。

 

【いつ気付いたのだ?】

 

 メアの台詞にはNPCやエネミー同様、表示枠が付随していた。同時にそれは彼女の正体を表していたがアークに動揺を見られない。

 

「こっちに来て3日目もありゃ。ああ、多分ちげーなぐらいは思うさ。聞き分け良すぎるんだよお前。射撃の時とかアイツがアタシに先にやらせるとかありえねーって」

 

【なるほどなのだー】

 

 納得の台詞と共にメアの周辺からテクスチャが剥がれるように風景が失われていく。その現象は加速度的に広がり建物も人々も消え去り街に残ったのは黒の広原とSHたちだけだった。

 

 



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8-20 ”仲間”

「何だこれは!?一体何が起きている……!?」

 

「アーク殿!?メア殿!?何をされているでござるか~!?

 

 リンたちは事態を飲みこめていないながらも危険を感じアークたちのもとに駆け寄っていく。対照的にメアは宙に浮きアークの元から離れていった。

 

「おいサメ野郎。一体何が起きてんだ!?何故メアが飛んでる!?」

 

「ああ、メアが実はNPCだった」

 

「な、なんとぉー!?何だかやたらとシステムに詳しいなと思ってござったら!」

 

「確かに回復職を自ら選ぶなど随分大人しくなったものじゃと思うておったがそういうことじゃったのか」

 

 驚きもそこそこに合流したSHたちは高く浮き上がったメアを見上げ問う。

 

「わざわざ正体を明かしたってことは洗いざらい話してくれるってことでいいのか?」 「そもそもこの世界はゲームの世界でいいんでござるか?」

 

【守秘義務があるから答えられないのだー】

 

 もたらされたのはすげない回答だったがSHたちは懲りずに言葉を投げかける。

 

「そこをなんとかじゃ。わらわたち世界を救いに旅をした仲じゃろう?」

 

「そうだそうだーアタシらは”仲間(パーティ)”だろメア?守秘義務なんてバレなきゃもんだいねーって」

 

【…………仕方ないのだー。長くなるけどskipするんじゃないのだ】

 

 パーティという単語に反応したのかメアは長考の後に返答を返すことを決定付けた。

 

【メアを作ったワイキキソフトではいずれ来るかもしれない現実世界の崩壊に向けて異世界を作り出してそこに避難する施策が進められていただのだ。ゲームの世界を作り出したのは製作者たちの趣味なのだ】

 

「やっぱりワイキキソフトはありえん。の組織だったか。ゲム板だとそういう噂は立ってたけどな。それにしても異世界創造とは壮大なスケールで話すじゃねえか」

 シロの感心した様子にメアは胸を張り少し誇らしげな顔を見せた。

 

【ゼルデンリンクでは実際ゲームの世界で人が暮らしていけるのか。沢山のプレイヤーたちを取り込んで検証する予定だったのだ】

 

「だが現にプレイヤーは我々SH5人しか見当たらない。これはいったいどうしたことだ?」

 

 リンの指摘通りこの世界には通常の人間というものはどこにも見当たらなかった。その指摘を受けるとメアは恥ずかし気に縮こまり弁明した。

 

【大量の人をこの世界に呼ぶプログラムは開発が発売に間に合わなかったのだ。発売延期にできるほどうちの財政状況は甘くねえのだ。今はアップデートでその機能を実装する予定なのだ】

 

「ん?人を呼ぶ機能が実装されておらぬ?……ではなぜやランカたちはここに……?」

 

【そんなもんメアは知らんのだ。こっちが聞きたいぐらいなのだ。なんで来たのだ?】

 

 運営側とは思えぬ投げやりな回答に閉口するアークたちだったがそんなことはお構いなしにメアは続きを話した。

 

【準備が万全じゃないのに突然くるからビックリしたのだ。仕方ないからちょちょっと来る前に表層情報読み取って三人分の共通の知り合いの容姿を用立てたのだ。それがメアなのだ。普通は一人ずつにサポートが付くはずだけとそんな豪華なことは言わせないのだ】

 

「まあ確かにアタシらの共通の知り合いっつったらメアか……鬼教官ぐらいだしな」

 

「そこから最近あったという条件にすると童じゃろうのう」

 

「この世界については分かった。用意されたゲームは一度クリアしたし生活実験というのも済んだはずだ。帰してはくれないか?」

 

【嫌、なのだ】

 

「な、なんでだよ……」

 

 真っ当に思える要求を一台詞で拒絶した。フヨフヨと浮くその身体からは少しムスっとした表情が伺えた。

 

【だって……】

 

「「だって?」」

 

【だって帰したらもうみんなゼルデンリンク遊んでくれないのだ!そしたらもうメアとはずっとお別れなのだ!そんなの嫌なのだ!】

 

 悲痛な叫びににも似たメアの台詞にSHたちは思わず言葉を失った。小さな仲間の抱えていた悩みにまるで気付いてやれなかった不甲斐なさが重くのしかかる。

 悔恨の念に駆られる彼女らを見下ろすメアは名乗り己の望みを果たしに行く。

 

【メアはゼルデンリンク開発制御AIhoumeaなのだー。この世界ではMEAは絶対なのだ。だからみんなも絶対逃がさないのだ~!】

 

 深く暗い地面から暗影が次々に起立する。影はそれぞれ異なる形をしていたがそれぞれどこか見覚えのある形をしていた。そう、影はゼルデンリンクの冒険でこれまで遭遇してきたエネミーやNPCの姿を象っていた。中には四天王や魔王といったものたちすらも存在していた。

 一瞬にしてアークたちの周囲を埋め尽くすように現れた影たちは一斉に彼女たちに踊りかかった。

 

「アークネードぉ!」

 

 虚ろの軍勢を仕様外の竜巻で阻み戦闘態勢に移行するアークたち。そう長くはない猶予の中でメアに叫ぶ。

 

「おいメア!アタシら帰っても別にゼルデンリンクを遊ばねーわけじゃねえぞ!ゲームん中じゃそりゃやったけど現実でプレイするのはまた別だろ!」

 

【嘘なのだ~。だってさっき2周目になったら凄い嫌そうだったのだ。旅の途中も大変大変ってよくいってたのだ。それにプレイしたとしても何度も何度も何年もやってくれるわけがないのだ。絶対飽きるのだ。そしらたらもう会いに来てくれないのだ】

 

 沈黙を肯定として受け取りメアは続ける。

 

【そうなるなら終わりの時までずっとここにいて貰ったほうがいいのだ!かかるのだ~!】

 

 風が消えたのち四方八方から軍勢が雪崩れ込む。それらを相手にしながらSHたちは話し合う。

 

「ああー!数が多いでござるなあ!残機無限でござらぬかコレ?」

 

「どどどどどどどどうするんじゃあこの状況!?」

 

 SH達は圧倒的な数の軍勢を相手に応戦し抵抗を続ける。手直なものを掴んでは殴り、蹴って遠ざけてまた殴る。そのようにしていると次第に見えて来ることもある。

 

「ぬりぃな。こりゃ」

 

「あいつはその気になりゃあたしらのステータスだって自由に弄れるはずだぜ。本気であたしらをどうこうしたけりゃな。そうしねえんならそりゃよ」

 

「私たちの心をどうにもできないことに対する癇癪のようなものだろう。それをあの子も理解している」

 

 アークたちが今も抵抗を続けられているということ。それ自体がその証左であった。メアはアークたちを襲いつつも本気で傷つける気はない。これは幼い子供が思う通りに行かなかったときに親に物を投げることで不満を伝えるのとそう代わりはないことだ。恐らくこのまま抵抗を続けていればメアも冷静になるだろう。そうなればプレイヤーを優先的に考える彼女のことだほどなくプレイヤーたちを現実世界に帰してくれることだろう。

 だがSHたちは思う。それでいいのだろうか?自我に目覚めて間もない少女の……いや、これまで苦楽を共にした”仲間(パーティ)”がただ諦めの感情を得る。それを待って良しとしていいのだろうか?答えは否。当然”仲間(パーティ)”といえども譲れぬことはある。この世界にいつまでも留まることはできない。それでも別れ方には作法というものがあるのだ。

 

「メア!もっかい言うぞ。別にここ出たからってアタシはゼルデンリンクやらねえって気はねえ!またオメエにも会いに来る。他の奴らもそりゃ同じだろ?」

 

 戦闘の中でも同意の声が返る。だがメアの反応は芳しくない。

 

【……結局飽きちゃったら終わりなのだ。最後にはわご──】

 

 シロに抱えられ宙を舞うランカの放った爆裂系範囲攻撃魔法がメアの言葉を遮った。メアが口を開きそうになるたびにその先は言わせないというようにやかましい爆裂音が響き渡る。

「同じ内容ではいつまでも新鮮な気持ちでいるというのは難しいでござろう。しかしゼルデンリンクには定期的なアップデートが入るという情報を確認しているでござる。たとえ現状に飽いてしまっても更新されればまた戻って来るでござろうし。なによりゼルデンリンクはもうただのゲームとは事情が異なるでござるよ」

 

「VRとかじゃなくてマジでゲームの中に入るなんてゲーマーの夢みたいな体験させてくれたゲーム中古に売ったり忘れたりなんかするかよ。ずっとあたしの特別な位置に居続ける。これは絶対だし自信もて。あと忘れんなお前はあたしたちのパーティなんだって。許可してやる、言ってやれよリン。お前のキラキラした曇りのねえうざいぐらいのド直球の言葉をよ」

 

 ACTIONGAMEの跳躍力でメアと同じ目線で言葉を送ったシロは最も信頼する相方にもそれを促した。

 応えるように暗影たちが噴水のように巻きあがり中から脚を天に掲げたヒクイドリが姿を現した。彼女は悠然とメアへと歩を進め堂々と声をかけた。

 

「メア。AIである君がこのことを快、不快でどうとるかはわからない。だが私は君のことを仲間として、一個人としてとても好ましく思っている。常に楽しく笑顔を振りまく君の姿をみて私はずっとこう思っていたんだ」

 

【な、なんなのだ?】

 

 戸惑うメアにキラキラとした笑顔で率直な感想を叩き込んむ。

 

 「ああ、こんな娘が欲しいなと。そう思っていたさ。そうだろうシロ!メアのような娘がいれば更ににぎわうと思うだろう?」

 

「あたしに振るな!まあ……悪かないとは……思うけどよ」

 

 リンは一瞬シロに振っていた視線をメアに戻すと攻撃をかわしつつまた口説き始める。

 

 「どうだろうか?私たちはゲームとしてだけでなく個人としての君も好んでいる。遊戯に興ずるだけでなくただ君と語り合うためだけに会いにいくこともあるだろう。それは嫌かな?」

 

【い、嫌じゃ……ない……ないのだ】

 

 先程よりも不安の安らいだ、少し照れの混じる反応のメアにアークが叫んだ。

 

「伝えたぞメア。アタシらは誰もこれから先にオメエから離れていきゃしねえって。それでもまだ不安だってんなら……ラムルディ!寄こしやがれ!」

 

「ほれ、行って来るがよいわ。どうあれあの名の童はお主の担当と決まっておる。しっかり頼むぞ」

 

 アークはラムルディからジュースの入った容器を受け取ると中身を飲み干す。すると鳥の翼が背から現出しメアの待つ空へと羽ばたいた。

 

「まだ不安なら……今アタシがやってるみたいによ~!」

 

【な、何をする気なのだ!?】

 

 行く手を塞ぐように飛行エネミーたちが壁を作るが翼の制動とシンアークによる急加速で潜り抜けていく。阻む者はもうない。捕まえた。

 アークは宙でパーティメンバーを抱きしめこういった。

 

「お前の方からアタシらの側にくりゃいいんだよ。こんだけのことができるオメエならやれるって」

 

【ほえ……?MEAが……現実に?何言ってるのだ?】

 

 アークの腕の中で言葉の意味がわからないといった様子で困惑しているメアだったがアークは気にせず笑っていった。

 

「オメー自分で思考したりプログラム書き換えたりできるぐれえの超上等なAIなんだからさ。ハッキングでもなんでもやってウチのパソコンなんかに住んだりするのもいいんじゃねえの?オメーと同じAIのミニアークなんて実体化までして部屋うろついてんだぞ……そうだ難しいってならうちにそういうの詳しいやつがいっからさ手伝わせるのもありだな。どうよ?」

 

【どうって……そんな、アークめちゃくちゃなこと言ってるのだ……自分の言ってること分かってるのだ?MEAはちょっとド凄いだけの……AIなのだ】

 

「人間から進化した超生命体SHとパーティ組んでる初のAIだぜ?自信持てよ、な」

 

 自身を信頼し肯定しきる力強い言葉にメアはとうとうおもばゆい表情を見せ。笑みを見せた。

 

「うん。MEAも頑張ってみるのだ!だからみんな帰ってからもMEAのこと忘れないで欲しいのだ!」

 



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8-21 またな”仲間”

 メアとアークが地上に降り立つとあれほど蠢いていた暗影たちは姿を消し。フィールドも黒が続く暗い地平からどこか明るい空間へと様変わりしていた。

 ”仲間(パーティ))”を前にしてメアは小さい体なりに深々と頭を下げた。

 

「みんなに意地悪してごめんなさいなのだ。みんなはちゃんと元の世界に帰すから許してほしいのだ」

 

 謝罪の言葉に対し皆の反応は一つだ。すなわち。

 

「「許す!」」

 

 許しを得たメアは顔を上げ目を輝かせてパーティメンバーたちに頭から突っ込んだ。皆はそれを撫で口々にいう。

 

「まあ許すもなにも別に怒ってはないでござるからなあ」

 

「仲間の苦悩にも気づけない私たちの不徳のいたすところというやつだ気にしないでくれ」

 

「この辺りホント―に外見元と違うの。もう少し図太くなってもよいと思うぞ」

 

「ま、こんな体験さしてくれたことにゃほんと感謝してんだぜ。それで……もういいのか?」

 

 シロの言及はメアの気が変わることを考えれば危険な問いではあった。誠意として出された言葉にメアは笑って答える。

 

「うむ。みんなが体を張ってMEAたちは”仲間)”だって伝えてくれたからもう大丈夫なのだ。これでもしみんながMEAをほっぽらかしたらMEAの方から出向いてやるのだ~」

 

「こええこええ」

 

「もし小さいアークのように外でも実体を持てるようであれば今度は店のドリンクを振舞うとしようかの。一杯ぐらいはおごってやろう」

 

 ラムルディの粋な提案にメアは涎を垂らして頷いた。

 

「その言葉、忘れずにいることなのだ!MEAはみんなと冒険したおかげで感情思考能力も演算能力もすっごくすっごくそれはもう担当のサカキバラねーちゃんが泣いて喜ぶほどに成長したのだ!きっとすぐなのだ」

 

「そんときゃアタシも奢って」

 

「お主は散々無賃で飲み食いしておろうが。ランカ、帰ったら早速取り立てにいってやるとよいぞ」

 

「承知したでござる~」

 

「ヤメロ~!!」

 

 笑い合いつつも徐々に終わりの時間が近づいて来ているのを誰もが感じていた。だがそれは全ての終わりではなく。

 

「じゃ、みんなを帰すのだ。また会うために」

 

「ん」

 

 応答を合図に帰還の処理が始まった。メアが杖を一つ振るうような動作を見せると各人の前にそれぞれ西洋間取りの扉が現れる。

 

「この扉を潜っていけばみんな元の場所に送り届けられるのだ。ちょっとひゅおってするけど我慢するのだ」

 

「ああ、来た時のあれか」

 

「ジェットコースターに乗った時みたいで落ち着かんかったのう……とはいえまごまごしていても仕方ないかゆくぞ」

 

 最初に手をかけたのはラムルディだった。彼女は恐る恐る扉をうっすらと開けるとメアに振り返った。

 

「現実では向いてない向いてないだのよく言われたものじゃが……この世界では本当に吸血鬼になったようにふるまい力を震えたこと。心に刻んだぞ。ではまたの」

 

 そこまで言うと意を決したように目を瞑り扉の奥に足を踏み入れるすると彼女の身体は先端を外した掃除機に吸い込まれる紙屑のような勢いで扉に吸い込まれていった。後を引くラムルディの絶叫が残される。  

 

「来た時と吸引力変わっとらんでござるなあ。では、やランカが二番手務めさせていただっくでござる」

 

 ランカはドアノブに触れると少し照れくさそうに言った。

 

「こっちのメア殿も向こうにこれたら嵯峨のカジノを案内したいでござるよ。きっとリクちゃん様も喜ぶと思うでござる。ではでは……思ったより吸引つよひぃぃぃぃぃぃぃ」

 

 オタクが還った。残るプレイヤーは三人だ今度は二人揃って動いた。当然リンとシロである。

 彼女らは振り返らず扉を開け話す。

 

「サメのアーク。ここでは随分と協力してきたが向うで会えば我らは敵同士だ。その時は容赦はせん」

 

「へーへーそんときゃ返りうちにしてやんよ」

 

 剣呑なムードにメアがふくれっ面で慌てて介入する。

 

「”仲間”なんだから仲良くするのだ~!」

 

「ここではな。ゲームであった時は、そんときゃまた茶で煎れてやるよサメ野郎。んじゃな。いい体験だったぜ」

 

「また会おうメア」

 

 二人が扉の向こうへと消え。後に残ったのはアークとAIのメアだけだ。世界にたった二人だけの空間でAIはSHに零した。

 

「アーク……」

 

「ん?」

 

「やっぱり……ちょっと寂しい……のだ」

 

「そーな。なんつーかアタシはあんま行った回数多くねーんだけど。祭りの後的な……騒がしかったもんな、ここ来てずっと。こんだけ大人数で過ごしたのはノームちゃんたち以来……か」

 

 アークがしんみりと言って僅かな間二人の間に浸るような沈黙が流れた。

 

「あっちに帰ってまたゼルデンリンク点けた時。そん時またすぐ吸い込まれんのか普通にゲームできんのかわかんねーけどよ。どっちにしろアタシはお前にまた会えるようにする。悪友とも会わせてみたいしな」

 

「ん、MEAも頑張るのだ。楽しみにしているのだ。ちゃんとしなかったらハリセンボンなのだ」

 

「あったりめえだ。もうアタシは人間関係にゃ全力で行くって決めたんだよ。じゃ、アタシもそろそろいくけどさ」

 

 アークは屈みメアの前髪のヘアピンに触れる。それはかつて王都でアークがメアに付けたものだった。

 

「ずっと付けててくれてありがとな。その髪と衣装に似合うと思ったから渡したけどアタシはあんま贈り物とかしてなかったからさ。その、嬉しかったよ」

 

「ありがとうはこっちの台詞なのだ。プレイヤーから、アークから気をかけてもらって嬉しかったのだ。あのときMEAはメアだけどメアじゃない存在でいれたと思ったのだ」

 

「そっか」

 

 立ち上がり扉の前へ。これを開ければ別れがまっている。されども彼女らに相応しいのは別れを惜しむ言葉ではなく。

 

「このまえトモダチと会って。2年会ってなくても話したらまた笑い合えるってわかったんだ。死に別れてなきゃまた会えるって。だから」

 

 だからこれが最適だ。

 

「またな”仲間(パーティ)”」

 

「またなのだ””」

 

【挿絵表示】

 

 

 

             ♦

 <一仕事終えてきた女性の声>

 ふう、危険物は中古市場に流してきたよ。さてアークの部屋は……となんだい。まだ解決してなかったのか。こりゃ売って来て正解かな。ん、ううん?

 アークが……ヌルっと出て来た……!?メアもサンも驚いてるよ!僕もびっくりだ!

 

「ゲームから出て来るなら出て来ると言うのだ!急に出て来るからびっくりしたのだ!」

 

「ひとまず帰還したのならばそれでいい。取り急ぎこの一時間のうちに何が起きたのか詳細にまとめてもらおうか」

 

「あーあーめんどくせー……けど後で力借りなきゃだし仕方ない……かって一時間!?一ヵ月じゃなくてか!?」

 

「変なアークなのだゲーム機の中でなんかあったのだ?」

 

 え?なんかあったの?

 

「はー……浦島太郎とは逆か。そうだなとびっきりのだぜ。アタシのゲームの中での冒険聞かせてやるよ。きっと最後にゃアイツに会いたくなるぜ」

 

 は?ゲーム世界の冒険?は?……え、ちょっともしかして僕は取り返しのつかないぐらいにもったいないことをしたんじゃあ……ないのかい?今から買い直す?いや……いやいやいや。ははははははは。

 

 クソ、次はもっと見学しやすくて面白いこと起こってくれよ……頼むぞ。

 

「ゲームの中に吸い込まれた後アタシは──」

 




SHs大戦第8話「0と1を超えて」完結です。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
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SH図鑑⑧リン&次回予告

 

 SHs図鑑⑧リン

 元動物:ヒクイドリ

 誕生日:9月10日

 年齢:18

 概要:師匠譲りの蹴りの技を持つカルヴァリーの中でも有数の戦闘系SH。

端正な顔立ちと義理堅く実直な性格で女性からの人気も高いがネクタイを外すと途端にヘタレてしまう。恋人は同じくSHのシロ。

 ファンたちには甘くファンサは多いが浮気は絶対にしない。線引きはしっかりしている。ファンサの内容は写真撮影にサインなどなど。

 かつてワニのSHリクと戦い結果としてその両腕を失い失意に沈んだ過去がある。そこから立ち直るには恋人ととある人物の助力によるものであったという。二人には強い恩義を感じており彼女らの為であれば惜しげもなく命を投げ打つ。

 普段は腕利きのボディガードとして要人の警護を担当している。師匠に仕込まれた護衛の技術はもちろんのことSHとしてもトップクラスの脚力は追走逃亡においても有効になっている。

 過去に仲間を失った経験から炎に対し強い忌避感と憎悪を持っている。

 MEAの影響で子供のことを考えることが増えたようだ。

 以前は付き合いでしかゲームはしていなかったが事件以降はゼルデンリンクなどを自主的にプレイするようになっておりアークたちとの交流は続いている。

 SHの中では珍しく強化態を戦闘に組み込むことのできる戦闘センスをもっている。刃物のような爪と常軌を逸した蹴りの力は正に一撃必殺である。

 

 

 武装:脚

 趣味:色々な場所を歩いて地理を把握すること。デートルートの構築。掃除機をかけること。

 癖:ネクタイのゆるみをよく気にする。

 好物:シロの作る料理ならなんでも

 嫌いな物:不味い火

 

SH能力:炎喰い 炎を吸引しそれを自らのエネルギーへと変換する能力。体力は回復するが精神エネルギーは回復しないので無限使用というわけには行かないが優秀な回復手段ではある。彼女がそれを許可すればの話であるが。

 逃げようとしても一気に口元まで吸い込まれることや炎という概念であればなんであれ食すことができるためそれが能力で生まれたもの。太陽以上の熱をもつもの。生命を持っていても容赦なく喰らい栄養に変えることができる。

 

 

次回予告

 アトイ市長に頼まれ一日ボディガードを担当することになったアークとメア。

市長に連れていかれたのはある富豪な三兄妹の館。

無事に過ぎるかと思われた館での滞在だったがアークはそこであるものを見つけてしまう。ソレにより平穏だった館は一転する

 

次回SHs大戦第9話「ウシワカ館の連続殺人」

 

 



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第九話「ウシワカ館の連続殺人」
9-1 同船者


<疲れたような憤慨したような女性の声>

 ……ああ、今頃やって来たのかい?もう今回の面白いところはあらかた終わってしまったところだよ。事件について……ふむ、今回の事件はそうだな……実に、実に馬鹿馬鹿しいものだったよ。これが物理の書籍であれば壁に思い切り叩きつけたくなるほどの。拍子抜けしてしまうものだった。何?お前の感想はどうでもいいからさっさと詳細を聴かせろ?仕方ないねえ。あれはアークとメアが朝の道を歩いている時のことだったかな……。

 

 午前八時。方舟市の街を珍しく朝の早い時間帯からサメの尾を持つ遅刻癖の少女、アークと小学生メアが並んで歩いている。

 

「アークのせいでせっかくの朝づりが台無しなのだー」

 

「あーんうっせえなぁ~。大体アタシが六時に起きるわけねえだろ。魚もネッシーも逃げやしねえよ」

 

「はりせんぼんつり上げてごちそうしてやるのだ~」

 

 二人が釣り竿とバケツを振り回しながら会話している時だ、不審な声が後ろから彼女たちの耳に入った。

 

「やあ。二人ともイベント以来のお久しぶりだね。君たちにちょ~っと用事を頼みたいんだが今どうかな?」

 

 自分達のことではないだろう。二人は気にせず進むことにした。

 

「待ちたまえ。君たちのことだよアーク君、メア君。おおーいおおーい?」

 

 自分たちのことだった。二人は速足でその場を過ぎ去ることにした。折角早起きして日曜の朝っぱらから出かけているのに一度声を聴いた気がする程度の不審者に面倒ごとを押し付けられたくなかったからだ。

 だが、しつこく後を追う不審人物は彼女らに、というかアークに対する鬼札を隠しもっていた。

 

「頼みを聞いてくれたら礼金た~っぷり弾むんだけどねえ?しょうがないねえやはりリト君に謝って頼むしかないかなあ。トホホ」

 

「やりまぁす!!」

 

「おばかアークなのだ!!」

 

 欲に釣られて振り返ったおばかとおばかに釣られたおばかはついに不審な声の発生源を認める。

 彼女らの後ろにいたのは、大層骨を折ったといわんばかりに扇子でパタパタと汗に濡れた顔を扇いでいる女だった。派手な色眼鏡を付けたスーツ姿のピンク髪の彼女に対して二人は。

 

「「だれ」」「なのだ」

 

 その冷淡な反応に怪しい女は先程とは性質の異なる種類の汗を流し扇ぐ勢いを強め動揺を抑えるように切り出した。

 

「なるほどそう来るか……。これでも市内では顔の売れた人気者のつもりだったのだが。私はね、君たちの街の、市長、だよ」

 

 市長を名乗る不審者の言にアークとメアはしばし考えこみ。やがて閃いたとばかりに手を叩く。

 

「あ~!アーサー王イベの時に岩に封印された……アポイ市長!」

 

「銭ゲバ市長なのだ~!」

 

「ハッハハハハ!半分正解!私の名はアトイだ。有権者となった暁には是非私に一票よろしく頼むよ市民の諸君。私が市長でいる限り、飽きとは無縁の生活を約束するとも」

 

 アークたちに声をかけたのは彼女らの住むここ、方舟市の市長を務めるアトイであった。

 以前アークたちも参加した街全体を巻き込んだ一大イベント、第一回ネクストアーサー王だ~だれだ大会を開催したのも彼女である。

 

「なんで市長がメアたちに仕事をたのむのだ?メアはともかくアークはすっごくだらしないのだ」

 

「おい!逆だろ小学生様よぉー!!」

 

 目の前でぎゃいのぎゃいのと子猫のように喧嘩を始めた二人にアトイは微笑すると扇子を閉じ、その頭で額を抑えた。

 

「それはもっともな疑問だねえ。実は今いつも護衛を頼んでる娘を怒らせてしまったみたいなんだ。今日は大事な用で出向かないといけないんだけど私には敵が多くてね。仕方なく、代わりのボディガードを探しているところに君たちの姿を見かけたというわけだよ。あの真の強者しか勝ち残れないイベントの最終ステージまで到達した君たちなら申し分ないってわけだね」

 

「なるほどなのだ~」

 

「ボディガードねえ……。そんで礼金はどんぐらい貰えんの?」

 

「現金だねえ。そういう子は好きだよ」

 

「扱いやすくて」という言葉を聴こえぬほどに小さく呟いた後アークの耳元に蠱惑的な数字を囁いた。

 

 その効果はてきめんで、アークはしばし震えメアを心配させると叫んだ。

 

「やるー!絶対やるやるやる~!ほらメア!釣り竿なんか捨ててこのお方と一緒にいくぞ!」

 

「むー!よくぶかアークなのだ!……でもボディーガードなんて面白そうなのだ!」

 

 意気の良い承諾にアトイは気を良くしたように頷き、再び扇子を開いた。

 

「うんうんやる気充分のようで何よりだ。それじゃあ早速行こうか。ちょっと市外まで出向くことになるけど……親御さんには連絡しないでね?市長との約束だよ」

 

 手を振り上げ意気揚々と出発した一団。しかし、この仕事を引き受けたことで警察も出動する事件へと巻き込まれるとは、アークもメアもこの時は想像だにしていなかったのである。

 

 穏やかな海の静寂を乱す一艘の船があった。

 方舟市市長アトイが操舵する高級大型クルーザーは現在目的地である離島に向ってエンジンを走らせている。

 クルーザーの広い居住空間の中ではソファの上でアークとメアが冷蔵庫備え付けの鰻薔薇コーラを試飲していた。

 

「ぷはぁ~~~!まっず!鰻味のコーラってこんな不味いのか。よくこんなん名産品として売ってるな」

 

「うべ~メアもういらないのだ。アークにあと全部あげるのだ~」

 

「てめぇ!アタシはもうやだぞ。自分で飲め!」

 

「飲むのだ~」「ヤメロー」と悪友たちが攻防を繰り広げていると一際強い揺れが船体を襲いそれによって。

 

「あ、なのだ」

 

「ヤベ」

 

 メアの手元から瓶がこぼれ落ち、ソファの上に鰻風味のコーラがまき散らされた。

 

「「…………」」

 

 沈黙する居住空間内に操舵席からアトイの声が飛んでくる。

 

「少し揺らしてしまったね。そっちは何ともないかい?」

 

「「なんでもないです」」「のだ!」

 

 勢いよく否定したはいいものの、やはり気まずさが勝るのか、誤魔化すようにメアは操舵中のアトイに声をかけた。

 

「これから行くところってどんなところなのだ?」

 

「そうだね。そろそろ説明しておこうかな。我々が向かっているのはウシワカ三兄妹と呼ばれる人たちが住む離島だよ。兄妹それぞれが異なる分野で成功を収める企業家たちなんだ。彼等とは私も個人的に付き合いがあってね。今日はちょっとした商談があるんだ」

 

「市長が商談とかしていいのかよ……つーか市長のあんたがわざわざ市外まで出向く必要あんのか?最悪来させるかリモートでいいんじゃねえの?」

 

「今日は商談もそうだけどちょっとしたイベントもあってねえ……っと、そろそろ着くね。話しは後にして降りる準備を進めておいてくれ」

 

 アトイの言葉通りアークたちの視界にも窓越しではあるが小さな島とその上に立つ洋館の姿を認めることができた。

 

 そしてアークとメアはコーラをこぼしたソファの染みに目を落としていた。

 

「どうするよコレ……。島に上がるときに絶対バレるぞこれ」

 

「うむむむむむ。あ、そうなのだ!こんな時こそミニアークなのだ!出て来るのだ~」

 

「ナンノ用ダヨ」

 

 メアの腕時計から心太のようにニュルリと滑らかに這い出て来たのはミニアークだった。メアは彼女を掴むとそっと染みの上に配置する。

 

「市長が船をおりるまで動いちゃダメなのだ」

 

「そういうわけでよろしく~」

 

「ドウイウワケダオイ!オイ!」

 

 抗議の声を退場BGM代わりに広間を出ていくアークとメアの背を見送りミニアークは諦めたように顔をソファにうずめた。するとすぐにガバッと勢いよく顔を上げ叫んだ。

 

「クッセ~~~~!?!」

 

 アークたちが降り、ミニアークも役割を終え船内から消えた頃。クルーザーに積まれていた荷物の一角でソレは闇のように蠢いた。乗り合わせていたその存在に、誰一人として気付くことはなかった。

 

 



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9-2 ウシワカ館の人々

 

【挿絵表示】

 

 停留所にクルーザーを停め、アークたちは目的の島へと上陸した。

 島は出来て十年も経っていないであろう豪勢な二階建ての洋館を中心に、果実をたわわに実らせた樹木が立ち並んでいた。甘酸っぱい果実の香りに混じって一際強い異質な香を漂わせる一角があった。花壇である。色とりどりに美しい薔薇たちから鰻重のような匂いが発されていた。

 アークは臭いに少し顔をゆがめ吐き出すように呟いた。

 

「どっちか単体ならいい匂いなんだけどよ……。ほんとに鰻薔薇なんてもんがこの街の名産なのか?」

 

「それはもちロンギヌスでございます。街ではどの料亭でも鰻薔薇が香物に使われておりますしこのウシワカ館の御主人様は鰻薔薇の開発で富を築かれたのでございますよ」

 

「もちの……ロンギヌス!?」

 

 ランカ並みに古い言語センスに反応すると、いつの間にやらアークたちの前には一人の女性が恭しく立っていた。白と黒を基調にしたエプロンドレスを着込み眼鏡をかけた茶髪ロングの彼女は、ガラス陶器のように精巧な美しさを持っていた。

 彼女は丁重に頭を下げ自らの身分を名乗る。

 

【挿絵表示】

 

「失礼いたしました。私この家でお仕事をさせていただいております。家政婦のソウと申します。方舟市市長アトイ様と付き人の皆さまのお迎えに上がりました」

 

「メイド!」

 

「家政婦でございます」

 

「初めて見たのだ!この島には他にもかせいふがいるのだ?」

 

「いえ、この家の使用人は私一人でございます。ですがこの程度の規模の家であれば私一人で余裕のよっちゃんでございますので。心配はご無用です」

 

「すげえのだ~!」

 

 初見の家政婦という存在にアークもメアもテンションが上がっている様子だった。そんななか唯一普段通りのアトイが口を開いた。

 

「出迎えありがとうソウ君。それで、イッコウくんたちはもう中で待っているのかな?」

 

 

「少々KYが過ぎましたね。失礼いたしました。御主人様がたは会議室でお待ちです。ご案内いたしますのでどうぞついてきてくださいまし」

 

 ソウに先導されアークたちは洋館へと足を踏み入れた。

 エントランスから入った先は広大なホールとなっており、天井には豪勢な薔薇の華を模したシャンデリアが吊られていた。ホールの左右の壁にはそれぞれ扉が一つずつついておりその奥に部屋が続いていることがうかがえる。奥には二階へと続く階段が左右それぞれに備え付けられており、それらの間の中央空間には、また一つの扉が備え付けられていた。

 ソウは靴音も鳴らさずにホールを真っすぐに突き進むと中央の扉を開けた。

 

「どうぞ皆さま。お入りくださいまし」

 

 扉を抑える彼女に促されアトイを先頭に部屋の中に入っていくアークたち。すると広い空間の中にいくつもの椅子と机が長方形に配置されている空間に出る。既に席についているのは三人。男が一人。女が二人だ。

 部屋に入ると早々にアトイは気軽な笑顔で手を上げ三人に声をかける。

 

「やあ、待たせてしまったねお三方」

 

 アトイの言に三人の中で最も年長と思われる男性が実直な声をあげた。

 

「いえ、こちらこそご足労いただきありがとうございました。今日という日が記念すべき日になることを祈っております!……そちらの二人はアトイ市長の付き人ですか?」

 

「ああ、私のボディガードだ。見かけで侮らないでくれよ?実力は折り紙つきだからね」

 

「アークだ」

 

「メアなのだ!」

 

 二人が自己紹介を終えると男たちの側に控えていた家政婦のソウが口を挟んだ。

 

「お二人はこの島のことについてはあまりご存じでないようなので、会議の円滑化も兼ねてよろしければ私がご主人様方のご紹介をいたしましょうか」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 主人の許してを得てソウが語り始める。まずは真横にいる男を手で指し。

 

「こちら御長男のイッコウ様でございます。鰻薔薇の開発を始め植物の品種改良の分野で目覚ましい成果を出しておいでです」

 

 次に豊満な胸元を晒した右ほおに蠱惑的なほくろのある大人な女性を指し。

 

「御長女のオウカ様でございます。主に化粧品の分野で様々な商品を世に送り出しておられる方です」

 

「よろしくね~。よかったら帰りにウチの商品もっていってくれてもいいわよ~」

 

 オウカと呼ばれた女性はソウの紹介に合わせてアークたちに向って和やかに手を振った。

 オウカが手を落ち着けさせると、ソウが最後に残った若干不機嫌で不健康そうな短髪の女性を指した。

 

「妹君のアマミさまです。家電、家具、雑誌とジャンルを問わず様々なパッケージデザインを世に送り出してきた気鋭のデザイナーでございます」

 

「うーす。お仕事募集中でーす」

 

 ダウナー気味の声による次女の挨拶が済むとソウは一度みなに礼をする。

 

「以上にございます。それでは私は歓迎の準備がございますのでこれにて失礼させていただきます。皆さまよいお時間を」

 

 そういうと彼女はイッコウの元から離れ扉の前にいくと振り返り今一度礼をして部屋を出て扉を閉めていった。

 

「それではそろそろ……」

 

「始めようか」

 

 家政婦の退出を合図に方舟市市長とウシワカ三兄妹による密談が始まったのである。

 

 



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9-3 ウシワカ館の人間関係

 ♦

 密談は穏やかな雰囲気で開始した。

 

「鰻薔薇の売れ行きは最近どうだい?」

 

「好調ですよ。市外でも取り扱い店が加速度的に増加しています。この機を逃さぬべくより山椒の香りを強化した鰻薔薇の開発に取り掛かっていますよ。この後試作品をご覧いただこうかと」

 

「あら、試作品でしたらワタシのところも市長に試して頂きたいものが沢山ありますわ。市長の人気にあやかって市長をイメージした香水も開発しようかという話も上がっていますわ」

 

「おっとそれは楽しみだね。当然許可するよ」

 

「……なんすか。ウチはなんもないっすよ」

 

 だが、穏やかだったのも最初の十分程だけだった。次女アマミの言をきっかけに会議室には徐々に暗雲が立ち込めていくことになる。

 

「おい、市長になんて口を利くんだ」

 

「は?兄貴に言葉遣い指摘される筋合いないし」

 

「ちょっと二人ともお客様の前よぉ?」

 

「うるさい。こいつはそろそろ社会性ってやつを押しえてやらないといかん」

 

「ほどほどにね~」

 

 市長のやんわりとした静止も虚しく一度ついた火はそう簡単に消えはしない。どころか手が付けられない程にどんどん火勢を増してゆく。

 

「そもそもアマミちゃん市長やあの人が来るっていう日までお化粧なしはあり得ないわよ!後でワタシが化粧してあげるからね!」

 

「ウチは姉貴と違って自然派なの。つか兄貴の方がどうなの?普段以上にワックスつけ過ぎで髪の毛がキラッキラの刃物みたいになってんじゃん。人でも殺すわけ?」

 

「何をいう。これは市長とのあの方に私の気合と感謝を見せるための誠意の現れだぞ。人殺しなどと人聞きの悪……いたぁ!?指が切れたぞ!?おいオウカ、これお前のところの製品だろう。どうなっている!」

 

「ちゃんと適量は書いてるじゃない。用法用途を守らない子のことまで考えてられないわよ」

 

 あまりの険悪さに、アークがこいつら大丈夫かよと呆れ始めたところで喧噪は断ち切られる。耳にやけに甲高く響く拍手の音。それはアトイの方から響いた。

 

「はいそこまでー。気の済むまでやらせてあげたいところだけどこの後予定もあるだろう?そろそろ本題に入ろうじゃないか」

 

 アトイの言った”この後の予定”というフレーズで三兄妹たちは我に返ったように見え。

諍いの手を止めアトイに向き直った。

 

「申し訳ございませんでした。お見苦しいところを」

 

「あの人を待たせるわけにはいかないものね」

 

「本題に入るのはいいけど……ここからの話にその子たちいてもいいの?」

 

 その子たちとはアークとメアのことだろう。アトイは振り返るとアークたちに申し訳なさそうに言った。

 

「すまないがこれからしばらく席を外してくれないか?」

 

「え?でもごえーはどうするのだ?」

 

「扉の前で怪しい者が入ってこないか見張っていてくれたまえ。もし仮に中で何か起こったらミニアーク君に合図を送るからその時は介入して欲しい。君なら一瞬で可能。そうだろう?」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 釈然としないものを感じながらもアークはメアを連れて部屋を出た。

 

「はーあ、あんな空気で大丈夫かよこの会議」

 

「家族なのに仲わるそうだったのだ~」 

 

 メアと共に扉の前で鰻薔薇コーラがいかに不味かったか。帰りにサンや家族に飲ませるように買って帰ろうなど他愛もない話をして小一時間ほど時間が経過した頃だった。

 

「あらアーク様、メア様。扉の前にたむろしていらっしゃるということは……追い出されてしまいましたか」

 

 右手側の階段から降りてきたソウがアークたちに気付くとどこか嬉し気な軽い足取りで近寄ってきた。

 

「これはチョベリグ。折角ですので家事は休憩としてソロ語り(独り言)の時間としましょうかね」

 

「チョベ……?おいおい家政婦が仕事ほっぽらかしていいのかよ」

 

「ご主人様方は会議中ですしあなた方が話さなければちょんバレすることはございません。それに少々ブッチした程度のことでは仕事の出来は変わりませんよ」

 

「ソウの姉ちゃんは何言ってるかむずかしくてわからんのだ。それで何話すのだ?」

 

「ソロ語りですが。ご主人様方のことでございます」

 

「それって三兄妹のこと?」

 

「ええ」

 

 淡々とした口調でソウは話す。だがそこから先は少し様子を異にした。アークたちを試すような、疑問を提示するような声色だ。

 

「あなた方は彼等の間柄についてどう思われましたか」

 

「えーっと……ひとことで言っちまうと」

 

「仲わるそ~だったのだ」

 

 そこまで聞くとソウは固い表情を大きく崩した。

 

「ええ、ええ!実はそうなのでございます。ご主人様方の仲はチョベリバでございます!」

 

 先ほどまでの奇妙な氷の彫像やバグの入った機械を思わせる雰囲気を微塵も感じさせない人懐っこい興奮気味の表情でソウは語った。その代わりようにアークもメアも困惑気味で応対するしかなかった。

 

「お……おお~。随分雰囲気変わったなアンタ」

 

「かせいふがお家のこと喋っちゃってだいじょうぶなのだ~?」

 

「はて?家政婦には守秘義務がございますが、私はただ休憩中にソロ語りをしているだけにございます。それをどこかの誰かがミミノキしていたとしても責任の範囲にございません」

 

「さっきからめっちゃくちゃ会話成立してると思うんだけどよ……まあいいや、独り言続けてくれ」 

 

微妙に、いやかなり納得していないながらもアークが促すとソウは弾む声色で語り始めた。

 

「ご主人様方は元々とある施設に預けられた孤児なのでございます。それがさるお方に優れた素質を見出され、経済的な援助や英才教育などを受けたことで才能が開花。彼等は学生の内から各分野で目覚ましい実績を上げるようになりました。そうしてそれぞれが得た資金を持ちより孤島にここウシワカ館を建て家族で助け合いながら生活するように

ったそうです」

 

「仲良しなのだ~?」

 

「ここまで聞く感じだとそうだな。でも今はとてもそんな感じには思えねえぞ」

 

 どうしてか、過去のトモダチとの生活を思い返しつつもアークは疑問を呈した。ソウも

れを待っていましたと言わんばかりに食い気味にソロで語っていく。

 

「始めの数年はよかったのでございます。ですがそれぞれが大人になるにつれ徐々にイタチっていくようになっていったのでございます」

 

「イタ……なんて?」

 

「イッコウ様は我が強い妹様方に兄としての威厳を示すために彼女らに『朝は六時に起きろ』『食器はちゃんと水につけておけ』『洗濯物を俺と分けて洗うな』などと緑信号と化して大変ウザがられておいでです」

 

「サンみてえだな」

 

「それはアークがわるいのだ」

 

 メアを肘で小突き続きを聞いた。

 

「ついでに鰻薔薇の成功によって兄妹の稼ぎ頭となっていました。その強烈なスメルによって顰蹙を買ってもおいでです。次にオウカ様でございますが、彼女は度々夜遊びでトラブルを家に持ち込むことがあるようです。奔放な方ですがファッションや化粧に関しては妥協することがなくそれが元でご兄妹と対立されることもあるそうですね」

 

「そりゃカチカチの兄ともジメジメの妹とも相性が悪そうだな」

 

「デコボコなのだ」

 

「最後にアマミ様ですが、彼女は会社をいくつも経営する他のお二人とは異なりあくまでフリーの一デザイナー。新進気鋭とはいえ稼ぎは大きく差がついております。そのため二人に下に見られているのではないかとコンプレックスを得ているようでございます。ついでにもうしますとお二人と違って内向きな性格をしていることも一つ要因にあるかと」

 

「「なるほど~」」

 

 メアと二人で拍手を送ると家政婦は機嫌をよくしたのか更なる情報をこちらに与えて来る。

 

「今日は特に気合が入っていらっしゃいますので諍いの激しさもひとしおだったでしょう。何といっても彼等にとっては特別な日でございますから」

 

「そういえばさっき言ってたのだ。この後に予定があるとか待たせるわけにはいかないとか」

 

「誰かくんのか?」

 

 家政婦は人差し指を立て。ソロ語りした。

 

「はい。先程ご主人様方にはある方に才能を見出され様々な支援を送られたと、そのようなことをソロ語りしたかと存じますが。来るのですよ、そのご本人が」

 

「なるほどな恩人が来るから気合入ってるわけな」

 

「それだけではございません。その方は施設でご主人様方を見出された時は顔と身分を隠しておられておりまして。その後も直接彼等に会いに来ることはなかったそうなのでございます。そんな方が今日このウシワカ館を訪れる」

 

「ビッグイベントなのだ~。でも顔も身分も隠す必要あるのだ?」

 

 首を傾げたメアの最もな意見についてもソウは待っていましたといわんばかりに答えを告げた。

 

「ご主人様がたは当然その方の身分を探ろうとしましたが結局手掛かりは見つからなかったそうでございます。そこで定期連絡の際に本人に尋ねたところ。義理に縛られず自分達の才能で自由に世を渡って欲しいという思いから身分は伏せていると言われたそうでございます。奇特な方もいらっしゃるものですね」

 

 あんたもよっぽどだよ。そう心で毒づきながら次のソロ語りを待っていると。肝心のソウは何かを思い出したように口元を押さえ動き出す。

 

「あらいやだ。少々語りが過ぎたようでございますね。そろそろ仕事にキャムバックしませんと。それでは皆様よいお時間を」

 

「あ、ああ……。じゃな~」

 

「ありがと~なのだものしりねーちゃん」

 

見送りの声に振り返りもせずにソウはそそくさとその場を離れていく。やがてエントランス近くまで来ると左手側の扉を開け、奥に入っていった。

 アークはソウが完全に姿を消したことを確認すると長い息を吐き。

 

「なかなか……とんでもない奴だったな」

 

「のだ~」

 

 家政婦の身でよくここまで調べ上げたものだという感心と、あんな奴に絶対家政婦を頼みたくないという思いを抱きつつ、話された人間関係を頭の中で整理した。すると一つの疑問が浮かび上がってくる。アークは背後の扉に振り返りそれを口にした。

 

「じゃあなんでこの家の奴らは一緒に住んでんだ。すっげえ稼いでんだろ?ならわざわざ嫌いな奴と一緒に生活しなくても島の外で一人でやってけるだろ」

 

「家族だからじゃないのだ?」

 

「よーわからん。そういうもんか?」

 

「ママとマミーはけんかしても一ばん経てば仲直りしてるし。あぶないことしたメアをしかった後でも直ぐに笑ってくれるのだ」

 

 そこまで聞くとなんとはなしにぼんやりと今頃寝ている者の顔が浮かんできた。そういえばアイツも眼鏡だったなと思い出しクスリとこぼすように笑う。

 

「どうしたのだ~?」

 

「いや別に。ちゃんと土産買って帰んねーとなって思っただけ」

 

「鰻薔薇コーラなのだ~」

 

「そーいやあれシミどうするよ!」

 

「そーだったのだ!調べるのだ!」

 

 ワタワタと護衛の任も忘れたように携帯端末でシミの消し方、臭いの消し方、地元の名産品などを検索していくアークたち。幸いにもその間に不審人物が現れることも、アトイから合図があることもなかった。

 

 



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9-4 第一の事件

半時間もすると会議室の扉は開かれ中から護衛対象であるアトイとウシワカ三兄妹が姿を見せる。彼等はアークたちを一瞥して部屋を出るとアークから見てホール右手側の扉へと向かっていった。その流れにアークたちも倣うとアトイが声をかけてくる。

 

「お疲れ様。待たせてすまなかったね。外では何かあったかな?」

 

「んー……なんもなかった。しいて言えば家政婦が濃かったぐらい。合図なかったけどそっちは無事に終わったのか?」

 

「ハハハ。穏やかとは言い難いが、一応ね。この後はスペシャルゲストが来るまで暇だと思うからリビングでゆっくりさせてもらおう。おっと、用意されている料理はパーティ用だから豪勢だからといってもすぐに飛びつかないでくれたまえよ?」

 

「美味しいもの……楽しみなのだ~」

 

 そのように話しながら扉の前まで来たがどうにも様子がおかしいことが理解できた。扉の先には会議室よりも広く、中央には大きな机と椅子が置かれ、奥にはキッチンらしきものが見受けられる。リビングルームと称すべきこの部屋だが、先に入った三兄妹たちは呆然とした様子でいた。

 

「どういうことだ!?なぜ今になって料理も飾りつけも完成していない!?ソウさんは何をやっているんだ!?」

 

「まずいわね。もうあの人の到着まで時間がないわ」

 

「とにかくウチらでどうにかするしかないでしょ」

 

 次女の言で僅かなりとも冷静さをとりもどしたのか、三兄妹たちは部屋の奥へと駆けていきそれぞれ調理や中途半端に放置されていた飾りつけの作業を始めていく。

 その様子をみて居心地の悪くなったアークも躊躇いがちに切り出した。

 

「あ、アタシらもなんかやったほうがいいか~?」

 

「手伝うのだ~」

 

「流石にアトイ市長の手を煩わせるわけには……あ、いや君、アークさんには頼みたいことがある」

 

「えー、何?」

 

 言ったはいいものの面倒臭い。そんな本音を隠そうともしない態度で返すが相手はそれどころではないのか咎められることなく指示がきた。

 

「ソウさんを呼んで来てくれ。多分屋敷のどこかにはいるはずだ。この屋敷はホールを中心にできているから、扉の前でちゃんと警護していてくれたのならソウさんがどこに向かったのか見ただろう。見てないなら見てないで二階のどこかにいるはずだ。全く普段優秀なのにこんな大事な時にミスをするなんて……一体どうしたんだ」

 

 イッコウはそれだけ伝えるとぶつくさ言いながら調理に戻っていった。仕方なくアークは部屋を出て探しに行くことにする。

 

「メアも行くのだ」

 

「おっと。君たちは私の護衛だろう?二人ともいなくなってどうするんだい?それに今は飾り付けの手が足りない。こちらの応援をするほうが先決だよ。なに、すぐ見つかるだろうさ。アーク君鼻はいいほうだろう?」

 

「それなりにはな」

 

 何で市長が自分が常人よりはるかに鼻が利くことを知っているのだろうかと身構えつつもただの言葉の綾と思いなおしリビングを出る。

 ソウは自分たちと別れた後、会議室側から見て左手の壁の扉に入っていった。その後ソウの姿は見ていない。ということは先程リビングにいた僅かな間に出て来ていなければまだそちら側にいると考えてもいいだろう。

 アークは何故アタシがこんなことを……と気だるげにシャンデリアを見上げながら力なくホールを歩き件の扉の前に立つ。

 

 そして扉に手をかけ雑に開くと直後に警戒を最大限まで引き上げた。そこにありうべからざる香を感じとったからだ。

 

 紅い香りだ。

 

 非常に濃い。日常が錆びたような、血の香りがするのだ。

 

 アークは腕輪の中のミニアーク声をかけ、無手ながらもいかなる位置から敵が現れたとしても瞬時に武器を手に取り対応できる構えをとり扉の先に進んだ。

 扉の奥は廊下に続いており見る限り、左手側に三つの部屋。右手側に二つの部屋があり右手の奥の扉のみ開いていた。

 

 血の香は奥に進むごとに強くなっており、アークの足取りを鋼のように重くしていた。彼女の額にはおおよそ健康的ではない汗が浮かんでおり、脈拍は速度を増しており、呼吸はどんどんと荒くなっていた。

 

 それでもアークは一歩一歩確実に臭いの発生源に向って歩みを進めていた。それは一度引き受けたための義務感ゆえかそれとも己の直感を否定したいがゆえか。それは本人さえもわからないでいた。

 

 どれほど心の奥底で拒否していたとしてもその時はやってくる。アークの足は最奥右の部屋の前で止まり部屋の中に体を向ける。

 

 明りの一つもつけず、窓が存在しないのか外光すら扉側からしか差し込まぬ暗い部屋。脚立や段ボール、用途が不明な大道具の数々が並べられたそこはおそらく平時は倉庫と呼ぶのだろう。

]

 だが今は違った。今この場所にはもっと別の言葉が相応しい。

 そう、それはこのように呼ぶのがいいだろう。

 

 殺人現場、と。

 

 つい一時間ほど前まで生きて話をしていた相手。家政婦のソウの死体がそこに転がっていた。

 



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9-5 容疑者アーク

 ♦

「遅い!ソウさんもアークさんもどこをほっつき歩ているんだ!?」

 

「ちょっと兄さん落ち着いてよ。急に頭を動かされると髪が危ないわ。イライラしても仕方ないんだから、ね」

 

「そうそう姉貴の言う通り。文句言ってる暇があるなら手を動かしなよ」

 

 リビングルームの空気は時間と共に悪くなっていった。この後に恩人と待望の面会があるというのに出迎えの準備が整っていないのだからそれも仕方ないことだった。彼等の留飲を下げるためかアトイが謝罪の言葉を述べた。

 

「すまないね。ソウくんは私が君たちに紹介したというのにこんな大事なタイミングで手落ちが発生するとは」

 

「い、いえ!決して市長の責任ではありませんよ。お気になさらないでください。それにしても一体どこに行ったのやら。この館は、島まで広げたとしてもそれほど広いというわけではないはずですが。既に結構な時間が経っています」

 

 メアは飾り付けの手伝いをしながらイッコウの言葉を聞いていた。彼の言葉通り、メアもまたアークとソウの帰還が遅いことに腹を立てていた。まさかとは思うが自分に手伝いを押し付けておきながら二人してサボっているのではないかと疑念を抱いている。

 そんな時に、空気を打ち破ったのがミニアークだった。彼女?はメアの腕時計から次元の壁を超えて現実世界に登場すると焦った声でいった。

 

「ミンナ!スグニ倉庫マデ来てクレ!ヤベーンダ!!」

 

「おや、アーク君からの連絡かな?」

 

「な、何があったのだミニアーク!」

 

 メアの問い詰めにミニアークは何かに気付いたように大口を開けると補足する。

 

「メアハクンナ。トニカクパーティノ準備ナンカヤッテル場合ジャネエンダヨ」

 

「一体なにいってんのこの……この……なに?この」

 

 三兄弟がミニアークの存在に若干引いている間にミニアークも落ち着きを取り戻したのかついに要領を得た言葉がでる。

 

「倉庫デ家政婦ガ殺サレテンダヨ!!早クコイ!」

 

 それはメアにとって衝撃的な言葉だった。メア以外にとってもそうであったのかリビングは沈黙が支配し。数呼吸の後に長女オウカの絞り出すような問いがだされる。

 

「え……そんな……嘘、よね?」

 

「流石に冗談キツイって……ねえ?」

 

「嘘デモ冗談デモネエ!サッサト来イ!ミリャ分カル!!」

 

 ミニアークの一喝を受け三兄妹は今度こそ作業を止め一目散に駆けていく。メアもそれに続こうとするが肩を優しく掴まれたことにより進行不能となった。

 

「市長?」

 

「メア君はミニアーク君の言う通り来てはいけないよ。子供が見る物ではない。護衛なら大丈夫、連絡を寄こしたということは向うにはアーク君もいるだろうしね。だからここで留守番をしててくれ。仮に変な相手が来た場合は直ぐに逃げてくれ。といっても君の実力では心配することもないと思うがね」

 

 そういうとアトイもまたメアを残してミニアークと三兄妹の後を追っていった。

 一人リビングに残されたメアは大層おもしろくない気分で頬を膨らせていた。物知りねーちゃんが死んだのは残念だがそれよりも自分が事件に関われないことの方がメアにとって我慢ならないことであった。ひとしきり部屋をうろうろとした後に。「ヨシ!」と気合を入れなんとか現場に潜り込んでやろうと決意を決めた彼女に不意の声がかけられた。

 

「見ニ行コウナンテ考エンナヨ」

 

「ヌ!?ミニアーク!メアをおいていったのではないのだ?」

 

「シンパイダカラモドッテキタンダヨ」

 

 腕時計から出てきた少し膨れた面で掲げてやる。

 

「ちょうどよかったのだ。事件のことを教えるのだミニアーク」

 

 ミニアークならば事件現場のことも録画しているかもしれない。これで大人にバレずに事件のことが知れると悪い笑みを浮かべてたところに再び不意の声が飛ぶ。

 

「ねー、メアちゃん何してるの?」

 

「のだ!?んのあ!?ト、トアねーちゃん!なんでこんなところにいるのだ!?」

 

 振り返るとそこにはつい最近メアを誘拐してナイフを喉元に突きつけた殺人鬼がいた。

 

「ちょっと心外な反応だね。ここに来るまでずっと一緒にいたのに」

 

「ズットイッショッテドウイウ事ダ?」

 

 トアは少し機嫌を損なった様子で僅かに頬を膨らませナイフを手で弄んでいたが、やがて「仕方ないなあ」と先生のように答えを教えてくれた。

 

「市長に声をかけられる前から。アークちゃんが家を出た時からずっと後ろから付けてたんだよ。船にも一緒に乗ってたのに全然気づかなかったよね」

 

「それってスト―……なんでもないのだ」

 

「ふふっ、落として欲しい指ある?」

 

「ないのだ!」

 

 極度の緊張に晒されたメアとミニアークがぜえーっぜえーっと肩で深く荒い息を吐く様子をトアは無邪気な態度で眺めていた。

 

「はあ……それでかくれてたトアねーちゃんはなんで出て来たのだ?やっぱりさっきのはトアねーちゃんがころしたからなのだ?」

 

 メアは一歩間違えれば自分が消されてしまうような言葉を容疑者に投げた。無論平気ではない。眼の前の相手は明らかに自分やSHたちとはノリが違う。この前の一件のこともあり手指は緊張から僅かに震えを得ている。だがこの存在が目の前に姿を現した時点で大勢は変わらない。ならば少しでも正確な情報を掴んで悪友に伝えられる可能性を選ぶ。

 

 決死の問いであったが返答は少し予想の外のものだった。トアは右の人差し指を顎に触れさせなんてことはないという様子で答えた。

 

「殺し……?ああ、やっぱりさっき慌てて人が駆けていったのは人が死んだからなんだ。それで私を疑ってる……なるほどなるほど。至極真っ当な思考だね」

 

 彼女は口元を抑え言葉とは裏腹にくすくすと笑っていた。普段の彼女を知るならば想像がつかぬほど普通の少女のように笑う様子にメアたちは無意識に後ずさりしていた。

 

「そんなに怖がらなくてもいいのに。だって私、この島に来てからまだ誰も殺してないもの」

 

「ほ、本当なのだ……?」

 

「あれあれー?メアちゃんは私の言葉が信じられないんだー」

 

「しんじる!しんじてるのだ!!」 

 

にじり寄るトアを必死に押しとどめる。しばし攻防を続けると捕まり、何かを渡される。よく確認してみるとそれは番号が書かれた紙片だった。

 

「コレハ……」

 

「私の連絡先の一つかな。ちょっとこれから面白くないことが起きそうだから一応ね」

 

 彼女の言う面白くないことの意味をが掴みかねていると、発言者は既にメアから遠く離れてリビングの扉へと手をかけていた。去り際に彼女は振り向きこういった。

 

「そうそう。私はずっと館の外にいたけどその間に島に来た船はなかったよ。それじゃあね。私のことを他の人にいったらバラバラにしちゃうから」

 

 メアがこの置き土産について意味を考えている間に殺人鬼は姿を消していた。気が抜けたメアは机に上体をもたれさせ暫くの間すごした。そうしていると部屋の外から幾人かの人の声が聞こえて来る。振り向くとアークたちが戻って来ていた。だがどうにも様子がおかしい。

 

「どうしたというのだアーク……」

 

 眼前のアークは日頃のふてぶてしい態度は鳴りを潜め、小突けば倒せそうなほどに覇気がない。顔には涙を流した後が見て取れ怯えた。そして何よりそんな彼女が連行されるように取り囲まれていることがまた異状であった。これではまるで……。

 

「落ち着いて聞いてくれメア君。ソウ君が何者かによって倉庫で殺害されていた。そして……」

 

 一呼吸を置いてアトイは状況を告げた。それはメアにとって酷く長い間を持った宣告に感じられた。

 

「アーク君は最有力の容疑者とされている」



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9-6 第一発見者=犯人?

 時は少しばかり巻き戻る。アークが倉庫にてソウの死体を確認した直後のことである。

 アークは紅い床に沈む、変り果てたソウの姿を認めると咄嗟に目を逸らした。それでも数多の戦闘で培った観察眼は一瞬の内にその遺体の損壊状況を確認してしまう。額と胸部と腹部に一つずつの刺突痕。首はへし折れ通常ではありえない角度で曲がっていた。左腕と右脚は如何なる力がかかったのか捩じり切れており欠損している。仕事先の人間関係を暴露している最中の生き生きとした光りは瞳に既になく、瞳孔は開ききっていた。詳しく調べるまでもない。詳しい知識がないアークでさえ確実に死んでいると断定できる。できてしまった。

 アークは自身の皮膚を力の限り捻った。すると無情にも虚しい痛みが返ってきてこうアークに告げる。どうしようもなくこれは現実であると。

 先程までやりとりをしていた相手の死を実感した直後。アークの脳裏に一つの光景が蘇ってくる。それは彼女自身が己の心の奥底に封印した光景。彼女が最も忘れたい、消し去ってしまいたい過去の記憶だった。

 

あの時もソウのように彼女が血海に沈んで。止まらなくて。自分はその時悲しくて、痛くて、怖くて、恐くて、コワクて……申し訳なかった。

 

 何故自分が生き残っているのか。そのために何をしたのかしてしまったのか。全て全て自分が悪いのではないか。そんな過去の思考がアークを支配する。動悸が止まらない。呼吸も、発汗も全てがおかしい。涙が勝手に出てきて止まらない。しかし思考は進み続ける。頭の中で何度も何度も何度も何度も回って周って廻ってマワり続ける。その度に負荷がかかりやがて彼女は罪に耐えられなくなり。己の内から込みあがってきたものを吐き出した。

 

(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめん……ごめんな……ごめんなさい)

 

 腹の内全てをぶちまけ感情のまま喚いたことによる僅かばかり落ち着きを取り戻したアークはミニアークに声をかけ状況を説明し、リビングにいるものたちを呼んで来るようにいいつけた。

 そしてアークは覚束ない足取りで今更ながら周囲の警戒を始める。どう見ても他殺の遺体があるということはそれを為した人物が他にいるということである。それは直ぐ近くにいるかもしれない。であるというのに長時間無防備を晒していたのは迂闊としかいいようがなかった。今無事であるのは幸運の産物でしかない。出来得る限り感覚を研ぎ澄ませて周囲を観察する。

 するとホールのほうから複数の急いだ足音が聞こえて来る。数拍の間の後に予想通りに大人たちがやってきた。彼等は慌てた様子でアークに声をかける。

 

「アーク君、無事かね?」

 

「……いちおー」

 

「威勢ガワィナ。アタシハメアガ心配ダカラ戻ルケドイツデモ呼ベヨ」

 

「それでソウさんは?」

 

 アマミの問いにアークは蒼い顔のまま無言で倉庫の方を指さす。その先にあったものを確認した瞬間。三兄妹たちの顔は歪んだ。

 

「な、なんてことだ……ソウさん。まさかこんなことになるなんて」

 

「嘘でしょ!?いい人だったのにどうして……あんまりだわ」

 

「ねえ、あんた第一発見者でしょ。犯人とか、怪しい奴は見なかった?」

 

 首を横に振って否定する。その反応に落胆したようにアマミはため息をつき頭を抱えた。

 三兄妹に遅れてアトイが遺体を確認した。鼻をつかんでしげしげと見る彼女は残念そうに所感を述べた。

 

「こりゃヒドイ。瞳孔開いてる。脈も止まってる。体も硬い。どう見ても他殺だ。よくもまあこれほど執拗に傷を付けれたものだね。犯人はよほど深い恨みがあったと見える」

 

「犯人がソウさんを憎んでいたとして何故この場所で襲ったのかしら。ソウさんは住み込みじゃないから夜は本土の方に戻っているし、こんな逃げ場のない孤島に来るよりもよっぽど襲える機会は多いと思うのだけど」

 

「謎だねえ。血痕なども外に見当たらないから足取りの手がかりもない」

 

「そのことなんですが」

 

 死体確認後すぐにホールの方に去っていったイッコウとアマミがいつの間にか戻ってきていた。彼等は乱れた息を整えながら状況を説明する。

 

「外を確認しましたが船は我々が普段使っているものが一艘とアトイ市長が利用されていたクルーザーしかありませんでした。このことから犯人は既に逃亡しているか……」

 

「会議が終わった後、リビングにいたメンバーの中に潜んでいるかってことになるね」

 

 言いずらいことを直球で言い放つアトイによって面々は一瞬のあいだ沈黙する。

 息苦しいなか何とかこの場を収めるためかイッコウがアークを見て切り出した。

 

「そうだ、君は会議の間ずっと前に扉の前にいたはずだろう。怪しい奴が入ってきたりしていなかったか?それと最後にソウさんを見たのはいつごろだ」

 

「え……と……怪しい……やつは来なかった。ソウは、会議が終わる三十分前……ぐらいにホールから降りてきてあの扉からこの廊下に入っていったのを見たのが最後だった」

 

 たどたどしいながらも記憶を頼りに素直に答えた。だが、これが過ちだったのかもしれない。このことを聞いた皆の反応は悪いく特にアマミは怪訝な顔でアークに問う。

 

「会議に出てたウチら四人は互いに外に出てないアリバイがある。アンタの話じゃ怪しい奴は来なかった。それなら怪しいのは外で見張ってて自由に動けたアンタと小学生の子ってことになるよね」

 

「ち、違ッ!?アタシはやってない!」

 

「あんなちっちゃい子がやったなんて思いたくないけど……アマミちゃんの言う通り確かに可能なのは二人ね。それにアークさんに関してはリビングで別れてからもソウさんを殺せたわよね。別れてから連絡が来るまで十五分。最後に見た場所から調べるでしょうしそう考えるといくらなんでもかかりすぎよ」

 

「アタ……違う!?あ、わ……わたし……ちが、ちがう……ちがうもん……」

 

 殺人を疑われたことにより過去の記憶がより鮮明に蘇る。記憶はそれだけでアークの精神を蝕むのに十分だ。殺すなんてあり得るはずがない。本当に?あの時もそうではなかったか。それでは今回もそうなのではないか?疑念も混じり言葉すらまともに紡げなくなった彼女の姿は周囲の疑心をより強く扇ぐ。

 

「な、なんだその狼狽えようは!?ますますあまりにも怪しいぞ」

 

「まあまあ君たち。まだアーク君が犯人と確定したわけではないからね」

 

「でもアトイ市長。どう考えてもコイツ怪しすぎるよ。ほぼっていうか絶対犯人確定でしょ」

 

「わたしたちが犯人ってことはありえないわけだしねえ」

 

「警察もすぐ来る。それまでアークさんは徹底監視ということで。申し訳ございませんがそれでいいですねアトイ市長」

 

「仕方ないねえ。すまないアーク君」

 

「そん……な」

 

全員が自分を疑っている。自分自身すら本当に自分が殺したのかどうかすら自信がなくなってきている。アークは世界が闇に包まれ自分を責めているように感じ。心を閉ざした。



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9-7 傀儡探偵メア

 アトイからあまりにも残酷な宣告をされたメアであったが彼女は狼狽えず直ぐさま反論した。

 

「アークが犯人なんてそんなのうそなのだ!」

 

「ソウダソウダ!クソマスターハズット部屋ノ前デメアトダラダラシテタンダゼ」

 

「しかし状況から考えてアークさんが最有力。次点で君が怪しいんだ。我々にはアリバイがあるしアークさんの話からは怪しい人物の侵入はなかったようだからね」 

 

「さつじんきが思いっきり入りこんでいるのだ……!」メアはそう言いたかったが世界で一番おっかない

 

存在から口止めが入っているので言えなかった。言ったら多分ではなく死ぬ。

 とはいえこのままではいけない。悪友がしょぼくれてしまっている。なんとかせねば。

 

「アークはちこくするし借金は返さないしエロいけど人をころしたりなんて絶対しないのだ!」

 

 といってもアトイはともかくイッコウとオウカは依然アークに警戒を露わにしているように見える。

 メアはミニアークと共に勢いよく振り返り焦燥感と共にひそひそ話しで作戦会議を行う。

 

「ど、どうするどうするなのだ~このままじゃアークがいじめられっぱなしなのだ!」

 

「オオオオ落チ着ケメア!ナンカアルナンカ……ア」

 

 何かに気付いた様子のミニアークは周囲の警戒も他所にゴソゴソと存在しない懐を漁り紙片を取り出す。それはトアから渡された連絡先のメモであった。

 

「アイツハ多分コノ状況ヲ予想シテタンダ」

 

「後がこわいけど仕方ないのだ……トアねーちゃんにれんらくを取って欲しいのだ」

 

 覚悟を決めたメアに対して痺れを切らしたと思われるイッコウが声をかけた。

 

「おい、何をしているんだ君たち」

 

「今大事なところだから黙ってるのだ!」

 

「す、すまない!?」

 

 小学生の一喝は成人男性をたじろがせるものだったがそれは予期せぬところにも届いていた。

 

『へー、突然かけてきて第一声が黙ってろなんて凄い勇気があるんだねえ』

 

「の……トアねえちゃん……!?今のはちがうのだ!?」

 

 通話は既に殺人鬼と繋がっていたようだ。若い命がかかったとんでもなく重い沈黙が続いたのち軽快な笑いが聞こえるてくる。

 

『ふふふ、冗談冗談。そっちの状況は分かってると思うよ。アークちゃんが疑われてる。だから私を頼っ

てきた。そういうことでしょ?』

 

「おー話が早いのだ。そういうことならトアねーちゃん。アークのうたがいを晴らしてやれないのだ?」

 

『うーん私むやみに人前に出たくないしなあ。そうだ、死体の状態とか私のところに送ってこれる?』

 

「どうなのだミニアーク?」

 

「イチオー録画シテルゼ」

 

 ミニアークがソウの遺体を記録した映像データをトアの連絡先に送ると返事がある。

 

『届いた届いた。ふーん……これはアークちゃんには無理だね』

 

「やっぱりなのだ」

 

『アークちゃんは他人の命を奪うことはかなり忌避してるから、こんな殺した後に執拗に身体を痛めつけるなんてやり方は精神の方が持たないんじゃないかな』

 

「そろそろいいかしら?私達としてはあなたたちに警察が来るまで大人しくしていてほしいのよね」

 

 相談の途中で再び声がかけられる今度こそはやり過ごすのは難しそうだと判断すると、メアはミニアークと共に翻り堂々と言い切る。

 

「そんなのおことわりなのだ!今からこの名探偵メアがアークの無実をしょうめいしてやるのだ!」

 

「ソーダソーダ!」

 

「……メア。ミニアーク」

 

 久しぶりに反応を返すアーク。メアには彼女の瞳にかすかに光が燈ったように見えた。必ず成し遂げる。

 

「君、子供の悪ふざけもいい加減にしないと」

 

「まあ待ちたまえよ。こう見えてメア君は実に聡い子だ。この子が自信を持っていうならば、耳を傾ける価値はあると思うよ。警察が来るまでまだ時間があるのだから暇潰しには丁度いいだろう?」

 

「市長がそこまで言うなら……。いいわ、続けてちょうだい。お嬢ちゃん」

 

「うむ!まかせておくのだ!」

 

 力強い宣言の後、メアは片手で壁を作り腕時計に小声で声をかける。

 

「で、どうすればいいのだトアせんせー?」

 

『メアちゃんの表皮って剥いだら部厚そうだよね。まあいいや。今から言うことをちゃんと伝えてね』

 

 メアはトアから言伝を受け取ると存在しない鹿撃ち帽を目深にかぶり語り始める。

 

「まずさいしょに言うとアークは犯人ではないのだ」

 

「ふむ、根拠を聴かせてくれたまえ」

 

「一つ、アークは会議の間ずっとメアと一緒にいたのだ。でもこれはしょうめー出来ないから置いておくのだ。大事なのは二つ目、ソウねーちゃんの死体はぜったいおかしいのだ」

 

「そりゃあの状況はどう考えてもおかしいが……いや待て、君はずっとこの部屋にいたはずだろう。ソウさんの遺体の状況を確認できたはずがない!」

 

 長男の指摘にメアは目一杯ニヒルな顔を浮かべると否定した。

 

「ミニ―アークが現場をろくがしてくれたからメアは現場に出なくてもすいりできちゃうのだ」

 

「安楽椅子探偵ーッテヤツダナ」

 

【挿絵表示】

 

「あなたこんな小さな子にあんな光景を見せたの!?私だって気分が悪くなったのに。信じられないわ!」

 

 長女による批難を受けミニアークは体育座りでいじけてしまった。実際メアは映像を見たわけではないので少し悪いことをしたような気がするがこのまま続ける。

 

「ソウねーちゃんの周りに落ちていた血のあとは全部かたまっていたのだ。ちょっとした量ならともかく血の池は流石にすぐには固まるはずないのだ。それと……だれかソウねーちゃんの死体にさわった人はいないのだ?」

 

 メアの確認にアトイが挙手した。

 

「私だね。彼女の脈が止まっているのを確かに確認した」

 

「それで、ねーちゃんの関節はどうだったのだ?」

 

「そうだね。かなり硬くて彼女の腕はほとんど動かなかったよ」

 

 その答えを聞くとメアはトアからの指示を待つために空想上のキセルをふかす。

 長い沈黙の後、傀儡探偵は再び語り始めた。

 

「ソウねーちゃんの体がかたかったのは死後こうちょくという現象が起きていたからなのだ。ふつう死んでから二時間ぐらいから起こり始めてじょじょに体がかたくなっていくっていうやつなのだ。かなりかたいってことは二時間じゃきかないだろうってことなのだ」

 

「つまり?」

 

 促しに合わせて求めていた、メアたちにとっては自明であった答えを示す。

 

「血のことと合わせてアークとメアが自由だった時間とソウねーちゃんが死んだ時間は合わないってことなのだ」

 

 推理の後は静寂が訪れる。全員がその理を飲みこんだ後。ぽつりと言葉を零すものがいた。

 

「メア……じゃあ、私やってないって……そういうこと!?」

 

「当たり前なのだ」

 

「ナンデクソマスターガ自信ネーンダヨ」

 

弱り切った悪友はらしくない涙を零した。メアはへたり込んだ彼女に歩み寄りミニアークと共に頭を撫でてやる。

 

他人の力を借りたものの不当な状況に理を示し悪友の無実は主張した。だが体は子供、頭脳は殺人鬼な名探偵が導き出した推理は同時にもう一つの事実を浮かびあがらせる。

 

「待て、それじゃあ……。そんなことがあるのか!?」

 

 名探偵はただ事実を述べる。

 

「つまりソウねーちゃんは会議が始まるよりも前に死んでたことになるのだ」 

 

 現実を否定するような衝撃的な発言にある者は口を閉ざしある者は理解を拒む。

 

「しかしだな。我々は会議が始まる直前にソウさんの姿を見た。アークさんたちに至っては会議の途中ですら彼女を見たというじゃないか。それならばここにいる者たちが見たソウさんは、そして亡くなったソウさんはそれぞれ何者なのかという話になってこないか?」

 

「そ、そうよ。そんな可能性を考えるよりアークさんが血を短時間で乾燥させたり死後硬直の時間を工作したって考えたほうが自然のはずだわ!」

 

 再び湧き上がる疑念の火。探偵はこれを消し止めなくてはならない。それには殺人鬼の言葉はもう必要ない。悪童が言葉のスプリンクラーを作動する。

 

「いいかげんにするのだ!ソウねーちゃんの死体は明らかにおかしい。これは兄ちゃんたちもなっとくできたはずなのだ!そしてアークがころしたなら行動がおかしすぎるのだ!バレないようにズルしたのなら自分がうたがわれないようもっとちゃんとズルしてたはずなのだ。アークはバカだけど頭は悪くないのだ!それが直ぐうたがわれるようなじょうたいでみんなを呼んだのは自分がやってないのがわかってるからのはずなのだ。だというのにショックを受けたことにつけこんでみんな好きかってに言いたい放題だったのだ!反省するのだ!!」

 

 小学生特有の甲高い声の斉射を受け。反論は鎮火された。冷静になればいくらでも言葉は返せるはずだがそれが行われる前に市長が場をまとめに入る。

 

「ふむ。メア君の言う通りこの状況がおかしいというのは私も感じるところだ。それは君たちも同じだと思う。とくればアーク君を犯人同然に扱うのは不当にすぎる。ここはそろそろここに来るであろう警察諸君に後を託そうじゃないか」

 

「それは確かにそうですが……。いや、最終的にどうなるかはともかく今の時点では不適当な対応だったかもしれません。申し訳ございませんアークさん」

 

「ごめんなさいね……。でも、アークさんが確定じゃなくなったのなら……。そうよ、一人でいるアマミちゃんが危ないんじゃないかしら!」

 

「申し訳ございません。市長、ここは……」

 

 兄妹が焦りを帯びて動こうとした時、それを止める甲高い音がホールから響いた。

 インターホンと思われるその音の後に低めの女性の声が外から発される。

 

「失礼いたします。通報を受けて参りました警察の者です。現場の様子を確認したいのですが」

 

 皆でホールへと移動した扉を開けると確かに警察と思われる青の制服を身に付けた女性が二人立っていた。メアから見て奥側の女性はくらくらするような美人でありながら同時に横っ面をはたきたくなるような腹立たしさを醸し出していた。そして前に出ていたキツイ目つきの女性が自らの警察手帳を表示すると名乗る。

 

【挿絵表示】

 

「イヌカイです。後ろのがレヴン。この駄犬がしでかす前にさっそく現場へご案内いただけますか?」

 

「おいおい僕の紹介としてあまりに不出来でないかねイヌカイ先輩。この僕の優秀さがお偉い様方へ十全に伝わるようもっと言葉を尽くして……」

 

「ダケンのねーちゃん。もうみんな行っちゃったのだ」

 

「なぜそれを早く言わないんだい!気の利かないガキだね全く!」

 

 メアとやたら態度のデカいナルシストそのものな警察官は急いで先にいった皆を追いかけた。

 

 先行していた者たちに追いつくとちょうど倉庫へと続く扉を開けるところだった。景色が開かれると長い廊下が姿を現しそこにいたものを見て兄妹は声をあげた。

 

「アマミちゃん!」

 

 唯一開いた部屋の前、おそらく倉庫の前にはウシワカ三兄妹の次女、アマミがうつ伏せで倒れ込んでいた。

 兄と姉は脇目もふらずに妹に駆け寄ると声をかけるが目覚める様子はない。遅れて他のメンバーが到着すると格上そうな警察がアマミに触れる。

 

「心臓はちゃんと動いている、息もしている……。どうやら眠っているだけのようですね。ご家族の方で?」

 

「はい、妹のアマミです」

 

「私達はグロテスクなもの苦手だろうからって遺体の見張りを買って出てくれたんです」

 

「とするとここが現場」

 

「はい……え?」

 

 兄妹たちは呆然と気の抜けた声を発した。それがなぜかメアにはわからなかったが次の言葉で理解することができた。

 

「本当に、この場所で、人が亡くなっていたんですね?」

 

 倉庫の中には誰もいなかった。生者も、そして死者も。そこには血の一滴すら確かめることが叶わなかった。

 

 死体など、事件など、家政婦など、最初から存在しなかったのだとでもいうように。



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9-8 消えた死体

「あり得ねえ……。アタシはちゃんとこの眼で見たぞ!?」

 

 変り果てたというよりも、元の姿を取り戻した倉庫を目にしたアークは動揺を抑えきれずそう呟いた。

 ここに来てから「冗談だろ」と言いたくなる展開ばかりであったが今回は特に酷い。自分に過去のトラウマを思い起こさせた物体が痕跡すら残さず嘘のように消え去ってしまったのだ。文句の一つも出ても仕方ないというものだろう。だが、それを耳聡く捉えていたものがいた。駄犬のレヴンである。

 

「おやおやアーク、君は死体を見たというのかい?だが、見ての通りそんな者はどこにも見当たらない。もしかして君ィ、ありもしない事件を騒ぎ立てて通報したんじゃあないだろうねえ?」

 

「なんだテメェ!喧嘩売ってんのか!?」

 

 なんでコイツ名前を知ってるんだと思いつつも明らかな挑発に拳を振り上げる。すると周りが援護射撃をしてくれた。

 

「いや、私も見ましたよ」

 

「私も見たわ」

 

「メアも見たのだ!」

 

「オメーハ見テネーダロ」

 

「ハンッ!どうだかね。そこで倒れている人も──キャイン!?」

 

なおも悪態をつくレヴンの腰からスパァンと肉を打つ気持ちのいい音が響いた。イヌカイと名乗った刑事が放った蹴りが彼女の尻を捉えている。SHであるアークの目から見ても鋭いと判断できるいい蹴りだった。

 

「何をするんだいイヌカイ先輩!?いくら僕のお尻が高級クッションより柔らかくビンテージの楽器よりもいい音を鳴らすといってもそう力強く蹴られたらすり減ってしまうよ。世界の損失じゃあないか。──キャウン!」

 

 イヌカイは尻を突き出して前のめりに倒れるレヴンの尻をもう一度蹴り入れるとしゃがみ込み、小声で話しかけた。

 

「お前には言ってなかったがあのご兄妹は経済界でも注目されている大会社の社長たちだぞ。アトイ市長とも仲が良いという噂だ」

 

「そういえば見覚えがあるような……なんで先にいってくれなかったんだい」

 

「言ったら言ったでお前は面倒だからだよ」

 

 会話を終えるとレヴンはスクリと襟を正して立ち上がり鮮やかな笑顔で兄妹たちに言った。

 

「失礼いたしました。靴をお舐めしましょうか?」

 

「え!?け、結構です……」

 

「急に態度変わるじゃねーか」

 

「相変わらずレヴン君は小物で面白いねえ」

 

「市長知り合いなのだ?」

 

「まあねえ。……それよりどうしようかこの状況?」

 

 市長の言に死体を目撃したものたちは言葉を詰めるが、すぐにイヌカイが提言した。

 

「死体の痕跡が一切ないとなると殺人事件としては扱いかねますね」

 

「そんな。私達は確かにこの目で死体を見たのよ!?」

 

「ですので。行方不明者の捜索ということで、一旦この館を調べさせて頂きます。どのみち人が一人消えているわけですから。構いませんね?」

 

「勿論です。よろしくお願いいたします」

 

 イヌカイの言葉に館の主たちは安心したように息をついた。反対に部外者であるレヴンは大層気合を入れた力強い表情で権力者たちに宣言していた。

 

「奇妙な事件に遭遇されて心底不安に思われているでしょうが、このレヴンが現着したからには瞬く間にホシを上げ事件を解決に導いて差し上げましょう。そしてその暁にはビッグなコネが……そして昇進!もうパワハラ先輩とはおさらばさ!あっははははは!!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 こうしてアークたちは警察と一緒に館の捜査を始めることにした。どこに何が潜んでいるかわからないこと、次女アマミが昏倒していることを鑑みて、東館一階は全員固まって捜査された。

 東館一階は倉庫の他に個室トイレ、手洗い場、浴室、ゲストルーム、そして次女アマミの部屋が存在していた。

 トイレと手洗い場、浴室は最新設備が使われている高級品である以外は誰の目が見ても変わりがなかった。

 次に捜査の手が入ったのはゲストルーム。なめらかで肌触りのよいベッドや重厚な印象を与える椅子と机、そして張り紙型のテレビが設置された、高級なホテルの一室のような一室であった。殺風景なこともあり捜査もすぐに終わり何も異常がないことが判明した。 最後に残ったアマミの部屋の捜査前に進展があった。部屋の主であるアマミが目を覚ましたのだ。

 

「う……ううん……あれ、なんで兄貴たちなんで」

 

「アマミちゃん!よかった!」

 

「一体何があった!?」

 

 目覚めたアマミはまだ頭が覚醒していないのか眠たげに頭を振りぼんやりと答えた。

 

「何がって……あー……そうだった。兄貴たちと別れてから五分後ぐらいかな……ソウさんの遺体の前で見張ってたら突然視界と口を覆われてさ。気付いたら今って感じ」

 

 彼女の説明を聞きレヴンは口を開く。

 

「少なくともアマミ様に危害を加えた輩はこの島に存在するということか。アマミ様が一人になる前に確認された船は二艘。我々がここに現着した際も島には話しに出ていたクルーザーが二艘のみだった。よって船は減ってない。共犯が迎えに来ていたと仮定しても周囲にそういった疑いのある怪しい船の類は……かなり遠くに客船があったがそれは流石に関係ないだろう。つまりなかった。ここから陸地までは相当な距離があるから超人的な身体能力の持ち主でもなければ島からの脱出は叶わないからね」

 

「アマミさんが気を失われていたタイミングでは他の皆さんは全員西館一階のリビングに集まっていらっしゃった。間違いありませんね?」

 

「そうね。その時はアークさんが犯人で間違いないだろうと思っていたから……。決めつけは本当によくないわね」

 

 オウカは大層反省しているのかイヌカイの確認にしおらしい声色で同意した。だが、それを聞いたレヴンの反応は対照的だった。

 

「いえいえオウカ様がお気になされることはございませんよ。このアークという輩は素行が悪いことで有名ですから。皆様が疑って当然です!」

 

「さっきから何なんだオメーはよぉ~!」

 

 半ギレで殴りかかる直前にアークの手は止まった。先に制裁が加えられたからだ。調子に乗った女の首元は先輩刑事によって背後から締め上げられていた。それは戦闘系SHであるアークから見ても見事と思わされる技の冴えであった。

 

「すみません。こいつ自分より社会的地位がし……格下と判断した奴には徹底的にナメてかかるんですよ」

 

「おい、言い直せてねーぞ」

 

「責任もってシメておくので気にしやがらないでください」

 

「こっちもこっちでたいどわるいのだ~」

 

レヴンが白目を向き涎を垂らしてぐったりすると、イヌカイはチョークスリーパーを解除して大人たちに目をやる。

 

「アマミさんを気絶させた後に犯人はソウさんの遺体を処理したと思われます。そしてその後姿を消した。皆さんはリビングにいらしたそうなので我々が来る前にホールを出て外へいくも二階に行くも自由だったでしょう。念のためお聞きしますが皆さまの船が犯人が動かせる状態というわけではありませんよね?」

 

「船は兄妹が持つ情報端末を持っていれば動かせます。私は持っていますが……」

 

「私も持ってるわ」

 

「……ん。大丈夫ウチも盗られてないっぽいよ」

 

「こっちのレンタルクルーザーも大丈夫だよ私とあと本土の管理の人しか動かせない」

 

「ひとまず捜査している間に船を盗まれて逃げられるということはないと。これで安心して捜査を進められる。アマミさん、申し訳ありませんがあなたの部屋を調べさせてもらいます」

 

「あんま他人に見られたくないんだけど。……しゃーない貴重品ばっかなんだから絶対荒らさないでよ!」

 

 言葉を最後まで聞き終わる前にイヌカイは視線を切り扉を開けた。するとアマミの部屋が姿を現した。

 

「整理されてるけど……」

 

「ニモツガイッパイダナ」

 

「フィギアの山なのだ!」

 

「フィギアはマジで触れないでよ。この配置が命なんだから」

 

 アマミの部屋はアニメグッズで一杯であった。男女問わず見目麗しいキャラクターのフィギアがショーケースに飾られ壁や天井にはタペストリー、棚には映像BOXや関連書籍が作品ごとに整列させられていた。一見してランカのようなオタク部屋という様相だったが一つだけ異彩を放つ物があった。それは極彩色の幾何学模様が使われた樹脂の箱。

 

「なんかこれだけ雰囲気ちげーな」

 

「なんだ、アマミ。お前まだアレ持ってたのか」

 

「あったり前じゃん。姉貴とかは捨ててそうだけど」

 

「何言ってるの。ちゃんと取っておいてあるわよ。私たちにとって大事なものなんだから」

 

 先行した面々が状況を確認し気を抜いていると肩からアトイが顔を出し、兄妹たちに問うた。

 

「ほう。あれがガンホー氏に君たちの才を認めさせたものかい?」

 

「ええ。兄妹で初めて開発した化粧品です。といってもあれしか作ってないんですけどね」

 

それ以上のものはこの場では見つからなかった。東館一階の捜査を終えたアークたちはアマミの部屋を後にし、ホールへと戻ってきた。

 

 レヴンが次なら捜査方針を打ち出す。

 

「アマミ様も目覚めたことだしどうだろう?この辺りで二手に別れるというのは。もちろんそれぞれの班に警察官である僕とイヌカイ先輩は別けて配置するが」

 

「お前、わたしの監視の目を逃れたいだけだろ。だが、提案は悪くない。一班はわたし、アトイ市長、アマミさん、メアさん、ミニアーク。二班はレヴン、イッコウさん、オウカさん、アークさん。一班はまず会議室を、二班は今一度リビングの捜査をしましょう。捜査を終えたら一度ホールで合流。異論は?ねーですね」

 

 イヌカイは声が上がる前に勝手に終わらせた。

 

「このねーちゃんちょっとスゲーのだ」

 

「任意同行を求めるとき、答え聞く前に頭殴って無理矢理連れて行きそうだな……」

 

「頼もしいことだねえ。それじゃそういうことで捜査続行といこうか諸君」

 

 



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9-9 ウシワカ館の天狗

 ♦

事前の取り決め通り第一班は会議室に訪れていた。班員であるメアもまたそこでの捜査に加わっている。彼女はミニアークと共に主に床を中心に見て回っていた。すると直ぐにそれは見つかった。

 

「これもしかして外せるのだ?外したのだ」

 

「行動ハエエーヨ」

 

 取り外し可能な床を外すと地下の階段と思わしきものが見つかった。そしてこれを見た瞬間メアの頭にある発想が浮かび上がる。それはアトイと三兄妹が共謀してソウを殺害したという疑いだ。彼らは互いにアリバイがあるというがそれは窓もないこの部屋から外に出ていないという保証があってのことだ。もしこれが外に繋がっていたとしたらメアたちの目を盗んでいつでもソウを殺すことができたはずだ。トア曰く死体がどう考えても変ということも死体が消え去ったことにより何が関わっているのか見えてきた。恐らくこの一件はSHかそれに類するものが関わっているのだ。サンにSHは女しかいないと聞いた覚えがあるのでアトイとオウカとアマミ。誰かが、もしくは全員かもしれない。SHなのだろう。悪友を犯人扱いされて気が立っているのかもしれないがそうなのではないか、と思う。

 会議室では大人たちが「この部屋で特筆すべきことはありますか?」「地下室への……」といった会話をしていた。止められる前に階段を降りる。すると降りる毎にある感覚がメアを襲ってくる。

 

「く、くっさ~!!なのだ!?」

 

「先ニ行くンジャネエ……。クッサー!!」

 

 強烈な焼売臭、そして肉まん。街角で嗅ぐ分には食欲を煽るいい匂いというべきものだがこれは強烈が過ぎた。そして今の声を聴いて大人たちも気づいたようだ。振り返ると鼻をつまんでこちらをのぞき込んでいる。

 

「メアくんは先走るねえ。若いのはいいことだ」

 

「あの……。この臭いは一体?」

 

「ああ、兄貴がいま地下室で新製品の実験中なんですよ。焼売バジルと肉まんミント。どっちも高級店みたいな味と香りがするんだけど、臭いから、鰻薔薇はともかくこんなのは外でやるなってウチと姉貴で地下に追いやったんです。そんな場所だけど‥‥…調べます?」

 

 イヌカイはその端正な顔面に静かに青筋を立て吐き捨てるように言った。

 

「……一応」

 

 メアとしては地下通路から外に出られるなどの真実が浮かび上がることを期待したのだが残念ながら会議室とその地下からは臭う植物しか発見されなかった。 

 

 ♦

 リビングルームの捜査を終えた第二班とアークは一足先にホールへと戻って来ていた。彼女らの捜査は見事空振りに終わり、第一班の成果を待つばかりである。

 権力の犬が館の主たちにおべっかを使ってるさまを半目で聞き流し、踵を床に付けては離しを繰り返しているとお待ちかねの会議室が開いた。

 

「う~、アークゥ……」

 

「メア。くっさ!?寄るな寄るな何してきたんだオメーら!?」

 

「ウツシテヤルヨクソマスター」

 

 中華風の香を漂わせながら追いかけてくる小学生と電子生命体から逃げ回っていると、いけ好かない警察官が鼻をつまんで大笑いしているのを確認する。

 

「ふっはははははは!イーヌーカーイーせーんぱ~い。そんな体臭で近づかないで貰えるかな~?この高貴な僕のペアであるという自覚がまるでなってな──鼻フック!?」

 

 先輩刑事を指さして笑った制裁は速攻でなされた。アークたちはホールをぐるぐると四周ほど回るとアトイたちに合流した。

 

「そんでどうする?次は二階か?」

 

「少し待ってください。今しつけの最中なんで「ギャワン!?」はい。済みました。それでは行きましょうか」

 

「たった今、捜査員減ったけどな」

 

イヌカイがレヴンを引きずって歩き、左手側の階段に足を乗せたと同時にそれは起きた。

 ピンポーン。

 何の変哲もない換歴以前から続く一般的なインターホンの音だ。警察がこの館にやって来た時と同じ音が、今ここで響いている。

 引きずられていたレヴンは一瞬で意識を取り戻し、腰の拳銃に手をかけるとペアに声をかけた。

 

「先輩」

 

「皆さんその場を動かないで。とち狂った犯人という可能性もあります。御兄弟に確認したいのですが、今日この場に他に尋ねてくる予定のある方はいましたか?」

 

「……は。あまりの事態に忘れていましたが。います。我々家族の恩師の方がちょうどこのぐらいの時間に訪れることになっていました」

 

「こんな事件の真っただ中に迎えることになるなんてね……」

 

「せめて連絡が付けばよかったんだけど」

 

刑事たちは兄妹たちから情報を得ると皆を下がらせて扉の前に立ち、来訪者に尋ねた。

 

「申し訳ないね。当館はただいま立て込んでいる、失礼だが念のため名前を確認したいのだが」

 

 若干エラそうながらも油断のない声が届いたと見え。向うから返事が来た。

 

『ふむ。何が起きているのかはわからんが……。儂はガンホーというものよ』

 

 明らかに加工された声にアークや刑事たちが緊張を強めているとアトイがあっけらかんと宥めた。

 

「大丈夫だよ。今日来る予定のガンホー氏で間違いない。あの人は少々変わり者で人前ではボイスチェンジャーを使って喋るんだ。入れても問題ないと判断する」

 

「……本当ですか?」

 

「ええ。直接お会いしたことは一度しかありませんがその時と時折交わす通話でも全て変声されています」

 

 市長と長男のゴーサインに怪訝な顔をしつつもイヌカイは相方に合図して扉を開けさせた。

 そうして出て来た者の姿に、アークは息を呑むことになる。

 

『随分人が多いの……警察まで。何があった?』

 

「て、天狗だ」

 

 下駄を履き。杖をついた青の山伏服を着たその者は、真っ赤な鼻の長い。天狗の面を被っていた。

 



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9-10 遅れてきた探偵

 あ、怪しい……というのがメアの感想だ。初見の者は恐らく皆そんな感想だと信じたい。ミニアークに至っては横で。

 

「メッチャ怪シイナ」

 

 と、口にだしてしまっている。だが、見慣れた者はそうでないようだ。

 

「やあ、直接会うのはいつぶりかな?」

 

「お久しぶりです先生!先生にお会いできる日をこのイッコウ。一日千秋の思いで待ちわびていました」

 

「もう、先生に会いたかったのはワタシたちもなんだから。今のワタシたちがあるのは先生のおかげです。ありがとうございます」

 

「せんせー久しぶり~。今日は目一杯歓迎する……予定だったんだけどさ。ちょっと色々あってもしかしたら帰ってもらったほうがいいかも……」

 

『この館に盗みでも入ったかの?しかしそれはできぬ相談じゃな。我が子同然の教え子たちの身に事件が起こっておるというのにおめおめと帰ってはワシの魂が腐ってしまうわ』

 

「「先生……!」」

 

 一部のメンバーが突然現れた不審者と旧交を温めている最中に館をレヴンに預け外に出ていたイヌカイが戻って来て口を挟んだ。

 

「ご歓談のなか失礼します。どうも乗ってこられた船が見当たらないのですが。この島にはどのように来られましたか?」

 

『私有の潜水艇じゃの。ワシは普段は蛙斗市に住んでおるからな。友人たちと水入らずの予定じゃったから運転手はもう帰した。夜まで迎えはこんよ』

 

「蛙斗市といえば海底山岳都市、有名な上流階級の住処じゃないか。……肩をおもみしましょうか?」

 

『いらんよ。ところで警察さんや。この館で何が起こったんじゃ?』

 

 天狗の問いにイヌカイは頭を押さえつつも答えた。

 

「この場にしばらく滞在せざる得ないというなら仕方ありません。通報の内容ではこの館の使用人の方が惨殺され、その遺体を我々が到着するまで見張っていたアマミさんが何者かに襲撃され昏倒。死体が跡形もなく消え去っているという状態です。緊急事態ですので我々の指示に従ってもらえると──」

 

『なんと!アマミは無事なのかい!?』

 

「無事も何もせんせーの目の前にいるでしょ。ちょっと眠らされただけだって」

 

 言葉を遮られたイヌカイが舌打ちするのも気にせず加工した声を張り上げる。

 

「こうしてはおられん!一刻も早く犯人を捕まえねば。ほれ警察の方々。何をやっておられるか。早速捜査といきますぞ」

 

「あんたのせいで止まってたんですけどね」と、そう言いたげな視線をイヌカイは天狗に向けるが天狗は気にせずホールの奥へと歩みを進めた。なし崩し的に不審者を加えて捜査を再開するかとそういう機運になっていたところで再び止まった。

 

 二度目は衝撃だった。

 

 エントランスの前方。島に何かが猛烈な勢いで着弾したのだ。

 

「なんなのだ!?」

 

 着弾点からは土煙が立ち昇りその周囲を覆い隠す。その中からとても状況に似つかわしくない高く可愛らしい声が聞こえて来る。

 

「いったたたた~……。も~!何てことするの!?ついてないな~!!」

 

 着弾点で倒れ込んでいたと思われるその声の主の影は両手を上げ何かに抗議するとよろめきながら立ち上がり自らに着いた土埃などを払いながらこちらへと向かって来る。

 土煙が晴れ。露わになった姿にその正体を問う声が飛ぶ。

 

「止まりたまえ!僕らは警察だ。君は一体何者だい?名乗りたまえよ」

 

「え~?自己紹介が必要?この格好を見て一目で分かってくれたりしないかなぁ?」

 

「さっさとやりたまえ」

 

「ハーイ」

 

 とはいえ彼女の言うとおり。己が何者であるか。彼女は自ら明かす必要はないように思えた。人生経験の少ないメアでさえも、初めて直接その目に見るこの存在が何であるのかが直感でわかったのだから。

 ケープのある純白のインバネスコートを着込み、赤と黒のハッチング帽を被った無垢な白髪の少女。その瞳は全てを見通すかのように透き通った冷たい蒼の色をたたえており、その手には木製のパイプのようなものが握られていた。

 彼女はパイプのようなものの吸い口に口を付けると深い息で吸うではなく空気を吐いた。するとパイプのようなもの雁首からはタンポポの綿毛が飛び立つようにシャボン玉が湧き出てきた。

 シャボン玉をたっぷり三十秒ほど生み出し続けたのち、彼女は吸い口から口を離すとようやく名乗った。

 

「立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は鰻薔薇!花の十六歳を謳歌するポーちゃんだよ!!職業わ~……」

 

 あまりにも鬱陶しいきゃぴきゃぴした名乗りの後に彼女は決まりきったことを言った。

 

「探偵だよ」

 

【挿絵表示】

 

 突如として島に降りたった探偵に含めて誰もが目を離せなくなっていた時。レヴンが動いた。

 

「探偵だって!?君がか~い?こんな水平線の向こうから飛んで来るような怪しい奴を探偵だなんて認めてくれる奴がいると思っているのかな。百万歩譲って君が本当に探偵だとして捜査を認めるつもりは…………なぁ~い。探偵などは一般人の分際で捜査にしゃしゃり出てきて現場を荒らすゴキブリのような存在だからねえ。おまけに事件を解決したら我々以上に感謝をされ大変腹立たしい……許し難い連中だ。当事者が依頼したのならばともかくそんなものを僕らの抱える案件に関わらせるつもりはない!」

 

「私怨バリバリ入ってんな」

 

 手柄を取られたくなさそうな警察官の思惑はどうあれ彼女の言動は多少なりとも効果があり館の主たちは探偵?に対して警戒の目を向けている。そんな気まずい空気の中でアトイが少々申し訳なさそうな表情で手を上げた。 

 

「実は彼女は私が呼んでおいたんだ。どうもこの事件は複雑怪奇な難事件のようだからね。警察諸君の力を甘く見るわけじゃあないが、名探偵の一人も必要だろうと思ってさ」

 

「いつの間に……」

 

 アトイの告白に関係が明かされた名探偵はその小さな顎に手を当て上半身を側屈させるとにやけた表情で警察たちに問うた。

 

「あれあれ~?当事者からの依頼があったわけだけど。その場合どうするのかなー?ここでポーちゃんを関わらせないのは依頼者であるアトイ市長の顔に泥を塗っちゃうんじゃないかな~」 

 

「グ、グルルルルルルル!!」

 

「口で負けたからって吠えるな馬鹿。……アトイ市長も認めていることだし捜査への参加を認める。えーっと……」

 

「ポーちゃん、だよ!!」

 

ポーちゃんはその場でくるりと一回転したあと魔法少女のようなポーズをとって名乗り直した。それを聞きイヌカイは深いため息をつく。

 

「ではポーさん。くれぐれも現場を荒らさないようにお願いします。横で唸ってるコレはともかく私の言うことには従ってもらいますそれができないのであれば追い出しますので」

 

「ハーイ」

 

 生返事で館に入ってきた探偵にアークは小声で気になってることを聞いた。

 

「市長から依頼があったって本当か?」

 

 すると彼女は首を横に振った。

 

「んー、実は嘘。あの人はポーちゃんが事件に関わりやすいように言ってくれただけだと思うよ。あ、これないしょでお願いね~」

 

「わかってるって」

 

こうして天狗と探偵を加えた未だかつてない捜査班たちは再び捜査に挑む。この事件の裏側にどのような思惑が潜んでいるのか知りもせずに。

 

 ただ一人を除いて。

 



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9-11 二階の捜索sideメア

 一班にガンホー、二班にポーを加えて捜査は再開された。

 メアの配属されている一班は館の東館二階の捜査を行うことになった。

 館の主であるアマミの説明によるとこの場所は一階同様に個室のトイレと浴室、ゲストルームが存在しておりそれぞれの部屋の造りは同一らしい。そして一階との相違点が一階ではアマミの部屋があった場所がダーツやビリヤードが楽しめる遊戯室担っている点。そして件の倉庫にあたる場所が切り抜き式のバルコニーになっていることである。

 簡単な説明を聞きながらトイレと浴室を軽く調べるとイヌカイが呟いた。

 

「さて、次はどこを調べましょうかね。結局全部調べるんで大した意味はありませんけど」

 

「ゲストルームがいいと思いまーす。二階のゲストルームは実質的にソウさんの休憩部屋のようになっていたのでもしかしたら何かあるかも」

 

「成程。それでは失礼しましょうか」

 

 イヌカイは周囲を警戒した様子でゲストルーム扉を開く。すると一階で見たものと同じ構図の部屋が顔を出した。

 

 部屋は使用者が几帳面なためか、先のものとの違いと言えばソウのものと思われる手提げカバンのみだった。

 

『ふむ、誰に荒らされているということはないのだな』

 

「あれほど酷くソウくんを痛めつけたにしては部屋をどうこうしているわけではないのだね。あの荷物はどうだろう?」 

 

「持ち主のかたには申し訳ないですが状況が状況なので私が調べます」

 

 イヌカイはそういって手袋をはめてソウの荷物を探っていく。それで幾つかわかったことがあった。

 まず荷物は少ないながらも財布は存在し、中身を取られているということはなさそうであるということ。残りは水筒と二、三十年前に流行った昼ドラの原作小説が一冊、用途不明の綺麗に折りたたまれた巨大な麻の袋が見つかった。

 不審な袋を広げて皆は口々に感想を述べる。

 

「何なのだコレ?メアならすっぽり入っちゃいそうなのだ」 

 

「メアドコロカ大人ダッテ何人モ入ルゼ。調ベテミタラコレッポイナ」

 

『ふむ。内部のものを保護し空気を貯めておけるタイプか』

 

「アマミさん。ソウさんは普段からこういった袋を必要とするようなものを持ち運ばれていましたか?」

 

「ん~食材を大量に買い込んで貰う時は使ってたかな。そういえば今日ももてなしに必要なものがあるからってこれを担いでたよ。でもソウさん買物は数日前に済ませるタイプだし昨日も沢山買い込んで来てたから今思えばちょっと不思議だったかも」

 

「なるほどねえ」

 

「買い込んだ荷物の方が見当たりませんが本人が見つかったのなら聴けるかもしれませんね」

 

『そろそろ他の場所を見て回らんかの』

 

 天狗の促しに応じて彼女らはゲストルームを後にして音が鳴ったというバルコニ―に出ることにした。

 遊戯室を横目に入り口へと近づくと先頭のイヌカイが目前で立ち止まった。その理由とは。

 

「……バルコニーの鍵が開いている」

 

「ほんとだ。基本使い終わったら閉めてるはずなんだけど。いつから開いてたんだろ」

 

「少なくとも私たちが来てからは二階に上がったものはいないはずだね。そうだろうメア君?」

 

「うむ。多分そうなのだ」

 

『単なる閉め忘れという可能性もあるが。そうでない可能性もあるの。見たところ外には洗濯物しかなさそうじゃが。注意して捜索しようぞ』

 

 メアは何が出てもいいように気を引き締めてバルコニーに出た。だが、拍子抜けなことに鍵が開いていたということ以外は不自然に思える点はなく。天に照らされ風に揺られる洗濯物がはためくばかりであった。そこから見える景色にも何一つ不自然なものなどない。

 

「なんも出ないのだ~!」

 

「気を抜かないでください。こういう時に出て来るものが一番やっかいなんですから。ほら離れて」

 

 目立った成果を得られないことに膨れていると大人に注意されたのでより膨れる。食べ物を貯め込んだリスのようになった頬をミニアークが抱き着くように潰して二人で笑っていると皆は開いた扉を覗いている。メアも彼等の足元の隙間から中をうかがった。

 中はカーテンの素材の影響か他の部屋と比べて少し薄暗く、アマミが手探りで電気を点けたことで明らかになった。

 酒瓶の並ぶバーカウンターと部屋中央に鎮座するビリヤード台。そして既にダーツの刺さっている壁際のダーツボード。

 

「ナンダコリャ!?」

 ダーツボードが異常だった。そこ刺さっている三本のダーツはあるモノをダーツボードへと縫い留めていた。

 それは家政婦の制服。ソウが着ていたものと同じデザインのものが帽子も含めてそこにあった。帽子に一刺し、胸部と腹部に一刺しずつ。合計三本。そして左腕に当たる部分とスカート右脚部分の布地は引き千切られて床に落ちていた。悪趣味なこの惨状であるが思い当たるものはいたようで。

 

「うん、どうもこれはソウ君の遺体の状況と同じに見えるね。下で見たそれも額と胸と腹に刺し傷が一つずつ。左腕と右脚がねじ切られていた」

 

「犯人からのメッセージってやつなのだ?」

 

『そうかもしれんし、実は関係ないかもしれんぞ。捜査をかく乱するのが目的かもしれんしの』

 

「この部屋が最後に使われたのはいつですか?」

 

「いやー、ウチはここあんま来ないからそんなわからんかな。でも兄貴たちがここで騒だ音が聞こえた記憶は最近ないね。ソウさんの掃除も普段使う部屋じゃないから毎日ってわけじゃないと思う」

 

 大人たちが思考を巡らせている中メアはダーツボードの間近でミニアークと内緒話をしていた。

 

「むむむむむ、謎が深まっていくのだ。……そうだ!トアねーちゃん、はともかくサンはかせに電話できないのだ?きっといいアイディアをくれるかもなのだ」

 

「任セロ……………………駄目ダ繋ガンネー」

 

「寝テルのかもなのだ」

 

「タブンソレ」

 

 先程とは違って自分やアークが疑われている緊急事態ではないので寝かせたままにしてあげることにする。事件はやはり名探偵が解決してこそだ。と、メアは悪友とそれと一緒に行動しているはずの名探偵に思いを巡らせた。



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9-12 二階の捜索sideアーク1

 ♦

 時は僅かに遡る。メアたち二班とは反対に、館西側を捜索することになったアークら一班は、二階へと続く階段を登っていた。その最中にアークは新顔である探偵に自分が見聞きした今回の事件のあらましを主観混じりで伝えた。

 

「どうだ?これで犯人わかったか?」

 

「ちょっとちょっと気がスピーディすぎるよぉ~。うーん……。七割ぐらいかな!」

 

「だいたい分ってるじゃねえか!探偵ってスゲ~!!」

 

 アークは漫画やアニメの中でしか見たことのなかった存在に素直な尊敬の目を向けたが先を行く性格最悪の警察官は振り返り呆れたような顔で冷や水を浴びせてくる。

 

「ハンッ!なーにを惑わされているのかね。その程度の断片的な情報で真実など見えて来る筈がないだろう。答えに近づきつつある。そう思わせておかねば自らの実力を疑われるからそういっただけのことだろう?君は肩書に踊らされずにもっと慎重にことを考えたほうがいい」

 

「な~にを~!!」

 

「むむむむむ、刑事のお姉さんヒッドーイ!ポーちゃんはホントにそれぐらいならわかってるのに~!こうなったら刑事のお姉さんの秘密を当てちゃうぞ~。……表面上嫌がりつつも先輩に指示されることに快感を感じ始めてるていると同時にそのことに戸惑いを覚えている」

 

「な、なぜそれを……。いや、いーや出鱈目だねー!この僕がそんな屈辱的な感情を覚えるはずがない。むしろイヌカイ先輩の方がぼ──」

 

「あの、そろそろ西館の方に入りますので遅れずついてきて欲しいのですが」

 

 見れば兄妹はとっくに階段を登り終わっていた。肩書に踊らされている刑事は慌てて階段を駆け上がり、アークたちもそれに続いた。

 イッコウが西館への扉を開き一班はようやく西館二階へと足を踏み入れた。

 西館二階は廊下とそのサイドに存在する二つの部屋で構成されていた。兄妹の説明によると北側が長女、南側が長男の部屋であるらしい。廊下に異常はなくひとまず長男の部屋から調べる運びとなった。

 刑事が先陣を切って扉を開ける。すると一同は息を飲む。

 

「な……!?これは!?」

 

「わーすッごい!!空き巣に入られたみたいにグッチャグチャだね!カーワイそー!」

 

 ポーが呑気に言うように部屋は見るからに荒らされていた。ベッドのシーツが捲り上げられ、引き出しなどは例外なく外に出され中身が散逸していた。

 

「兄さん大丈夫?」

 

「あ、ああ……」

 

 そうはいいつも明らかに髪の毛の硬度が落ち、しなびているのが見て取れた。そんな権力者の様子を見て点数稼ぎのチャンスと見たのかレヴンは声を張り上げた。

 

「イッコウ様。御安心くださいませ。不届きな犯人の輩は自称探偵などではなくこの敏腕刑事レヴンがひっとらえてやりますよ!自称探偵などではなくね!」

 

「刑事さんしつこ~い!!」

 

「わかっちゃいたがキツイ顔の先輩いねーと三倍うぜーな」

 

 レヴンのこの態度はイヌカイがいないことだけでなくポーに手柄を取られたくないがゆえだと思われるがそれがわかっていたからといって状況は変わらない。頼みの館の主たちは動揺していることもあり上手く手綱を握れていない。探偵の推理の邪魔をさせないようにするには自分が頑張るしかないようだ。アークは顔を叩き気合を入れると皆に指示を出し始めた。

 

「オウカは部屋の外の方を見張ってて。イッコウは盗まれたものがないか判断して。そっから犯人の目的もわかるかもしれないから。ほらレヴン、ポーちゃん。部屋ん中ちゃんと調べっぞ」

 

「わー!アークちゃんテキパキしきるね~。結構慣れてるんだ。楽でいいね~」

 

「フン。なーんでこの僕が下等な君なんぞに指示されなくてはいけないんだい」

 

 案の定レヴンは素直に従う気はないようだ。だが、それも想定内。

 

「あーっそ。じゃアタシらがさっさと手がかり見つけちまうけど。いいんだな」

 

「待ちたまえ。僕に手柄を残したまえよ。なんなら君たちはそこのベッドで休んでてもいいんだがね」

 

「よくないですよ!?」

 

「わーい!ふかふかのベッドにダーイブ!!みんなー、頑張ってね~。ポーちゃんはここで安楽ベッド探偵してるから~……zzz」

 

「こら!ちゃんと調査と推理しなさい!探偵でしょ!?」

 

 ベッドに飛び込んだポーを地面に引きずり落とすと捜査を始めようとするが、ポーはベッドの側から動かず。

 

「やっぱりね。イッコウお兄さーん。このベッドって何か収納スペースとかあったりする~?」

 

「な、何故それを……。はい。金庫代わりにもなるので大事なものを入れてあるんんですが。そうですね、確認しましょか」

 

 イッコウがベッドに近づき解体すると内臓された金庫のようなものが出て来た。彼は附属のダイヤルを回し開くと中を見る。すると部屋の惨状を見た時以上に焦燥した声色で叫だ。

 

「な、ない!」

 

「何がでしょうか?」

 

「化粧品だ……!君たちもアマミの部屋で見ただろう!?あの三人で作った化粧品。それが盗まれてるんだ」

 

 イッコウが言うのは東館一階のアマミの部屋に置いてあった幾何学文様があしらわれた樹脂の箱だろう。その慌て方からどうやら相当に重要なものらしい。

 

「ふむ。盗まれたそれは……例えば好事家たちの間でプレミアがついていたりなどするのでしょうか?」

 

「確かにそれなりの値段ではあるが……。他の金品が無事な以上あれだけ盗まれた理由はわからないです。あれ以上に高価なものはいくらでもあるので」

 

「思い出の品ってことだね」

 

「そうね……ってことはもしかして!?」

 

 オウカは何かに気付いたように振り返り、駆け出した。そこにあるのはオウカの部屋の扉だ。

 

「オウカ様。一人で動かれては危険です」

 

 颯爽と動いたレヴンがオウカに追いつき皆もそれに続いた。見るべきところは殆ど見たという感触だったのでイッコウの部屋の捜査はそこで終わりになった。結果流れでオウカの部屋の捜索が始まることとなった。レヴンが再び扉を開く。

 

 扉が開かれ、その中が明らかになった瞬間。班員の中から甲高い悲鳴が聴こえる。

 

「きゃぁぁぁぁ!?何!?何なの!?」

 

「な……なんだこいつわぁ!?」

 

「おー、なるほどね」

 

 オウカの部屋はピンク色の強めな壁と数多くの化粧品、凝った家具の数々にぬいぐるみなどが置いてあった。妖艶さと可愛らしさが同居する空間と言えるであろう。ただひとつの存在。床に敷いたマットの上で寝転がっているフンドシ一丁の見知らぬ老人の姿を除けばの話だ。

 

 



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9-13 二階の捜索sideアーク2

部屋の中に異常半裸老人の姿を認めた瞬間。イッコウはオウカを下がらせた。

 

「大丈夫だオウカ。妹の危機は兄である俺がなんとかする!」

 

「兄さん!」

 

「やい貴様!オウカの部屋で一体何をやっている!」

 

 威勢のいい怒鳴り声だが返事はない。イッコウは警戒したようすで老人に近づこうとするもそれより先んじたものがいた。

 

「貴様ー!オウカ様の部屋でなんたる狼藉か!他の事件もどうせ君の仕業だろう!観念することだね。観念しないとこうだ!こうだ!ふははははは!それそれ、早く許しを請うといい。それで許すかは別問題だがね~!」

 

 レヴンだ。彼女は暫定犯人の老人を踏みつけ転がしまた踏みつけを繰り返し無力化を図っている。だが名誉欲が先走っているのか少々過度にすぎるように見えた。

 アークは彼女の腰に組み付き制止する。

 

「おい、やりすぎだ!相手完全に無抵抗じゃねえか」

 

「君如きに止められるいわれはなぁい!離したまえよ。公務執行妨害で逮捕されたいのかい?」

 

「上等だ。やれるもんならやってみやがれ」

 

 二人の間に一触即発の空気が流れるなかで介入があった。それはにっこり笑顔の純白の少女。

 

「もー、二人ともピリピリは厳禁!だよ!!ほらほらポーちゃんの可愛い笑顔を見て癒されて。いや、癒されなさい!義務です。ニッコー!!」

 

 ダブルピースで笑顔を見せつけてくるポーに二人は癒されるどころか引き気味の顔を見せる。とはいえすっかり毒気は抜かれたようだ。レヴンは暴行を止め、アークは彼女から離れた。それを見てポーは口を尖らせて言った。

 

「よろしい。でもなんなのその顔は~ポーちゃんの笑顔は国宝級なんだぞッ!ていうのは置いて置いて~」

 

「置いていいのかよ」

 

「うん。もっと大事なこと言わなきゃだからね。ひとまずそのおじいさんはこれ以上攻撃しなくても大丈夫だよ。気を失ってみたいだからね」

 

「あ、本当だわ。……ひとまず安心かしら。刑事さん。とりあえずこの人に手錠を」

 

「言われずとも!この不審人物を見事捕らえたのはこのレヴンであることをアマミ様やイヌカイ先輩にたっぷりと言い含めてください!」

 

 レヴンは意気揚々と気絶している老人に手錠をかけた。

 

「ふはははは。これでイヌカイ先輩より早く真犯人を逮捕。事件は解決。御兄妹からも感謝たっぷり強いコネが出来て昇進まっしぐらだ。それに引き換え自称探偵くんとその助手は無様だねえ。なんの成果も上げられずにただついて来ただけだ。お荷物、というやつだ」

 

助手を買って出た覚えはないがその言い草には脳の血管を切れさせる威力があった。胸倉をつかんでやろうかと思った最中、ポーが言葉を発した。

 

「んー……。残念だけどこれで事件が終わったとは思えないなあ」

 

「何?どこからどう見てもこいつが犯人で間違いないだろう。ずっと謎だった誰も姿を見たことがない登場人物それがこれだ。何をどうやったのか具体的なことはわからないけども署で問い詰めればすぐ自白するさ」

 

 レヴンは聴く価値なしといった態度を取っているが探偵は続ける。

 

「あれれ~でもこの人が全部の犯人だったらおかしいことが幾つもあるよォ。まず、なーんでこの人はこの部屋で意識を失っていたのかな?」

 

「?さっきのレヴンさんの攻撃で意識を失ったというわけでは?」

 

「刑事のおねーさんもプロだからやり過ぎるってことはないはずだよ。現にさっきの攻撃は全然緩かったしね。とても気絶するようなものじゃない。それで今気を失ってるっていうなら元から失っていたってことだね」

 

「確かに加減はかなりしたが……うぬぬぬ」

 

「もう一つ言うなら犯人はイッコウさんから化粧品の箱を盗んだみたいだけど。この格好のどこに盗んだものが隠せるのかな?」

 

 アークたちは無言で老人を見下ろした。フンドシ一丁のその身体にはある一点以外は隠すところがないように思えた。だが、その一点も見るからにアマミの部屋で見た物を隠すようなスペースはないように思えた。何より、そこは確認したくない。

 当然周囲にも件の化粧品箱は見当たらなかった。その前提が共有できたと見たのかポーは続きを語りだした。

 

「ね?この人は犯人って可能性はあるけどー。全ての事件の犯人とするとおかしな点が出て来る。もしかしたら被害者っていう側面もあるかもしれないよ~」

 

 ポーの示した理によって皆が思考し沈黙していると不意にオウカが声をあげた。

 

「あ、そうだわ。化粧品箱といえばワタシのもよ」

 

 彼女は化粧台を探っているとやがて顔を覆い悲嘆にくれる。

 

「ああ……!!ワタシのもなくなってる……盗られたんだわ!」

 

「オウカもか……クソッいったい誰がこんなことを……!」

 

 またしても奪われていた化粧品箱。怪しい男を確保することには成功したもののその全貌は未だに明らかにならない。アークたちは一班と再合流するため部屋を後にした。階段を降りる最中。彼女らとは対照的に昇っていくシャボン玉がとても印象的だった。



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9-14 取り調べ

 ♦

 一班と二班が共にホールへと降りて合流を果たし、彼女らはそれぞれが集めた情報の交換を行った。メアは最初の内は興味津々で二班の話を聞いていたが最後の方になると若干飽きてしまっていた。

 情報交換が終わると不審者を連れた警察二人が主導になって再度聞き取り調査を行うことになった。警察が最初の人を呼ぼうとした時だ。探偵が飛び跳ねた。

 

「ジャジャーン!ポーちゃんもじじょうちょうしゅー!に参加するよ!いいよね!」

 

「いいわけないだろう。分をわきまえたまえよ」

 

「いや、参加してもらう」

 

「先輩!?」

 

 明らかに不服そうな顔を向けるレヴンだったがイヌカイは気にせず続けた。

 

「どの道すでに捜査に協力してもらってるしな。私の勘ではこの一件、普通の発想では解決できん気がしてやがるし。もう何度か波乱が起きそうだ。この探偵の実力が本物なら面倒なことにならんうちにさっさと解決してもらったほうがいい」

 

「さっすが先輩~話がわかるね~。うりうり~」 

 

 悪戯っぽい表情で肘を脇腹に押し当ててくるポーにイヌカイは遠い目をした。

 

「やはり埋めるか」

 

「この僕が手伝ってあげますよ先輩」

 

「やん。こわーい」

 

 こうして探偵を加えて事情聴取部屋と化したリビングに最初に呼ばれたのは、館の主であるイッコウ。次にオウカ、そしてアマミという順であった。戻ってきた時にアマミはあまり変わりはなかったが兄と姉、特に姉のほうは呼ばれる前より調子が悪そうに見えた。

 アトイが呼ばれた後にオウカは皆に宣言した。

 

「ワタシ。少しお手洗いに行くわ。もう我慢できないの。兄さん、一人だと不安だからちょっとついてきて」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 そうして二人は最初の捜査を終えた後かけていた鍵を開けて東館へと消えた。その後十分も経たぬうちに彼らはそろってホールへと戻ってきた。それからしばらくしてアトイが戻り、アークと交代した。

 アトイはメアの元へと来ると飴を渡してくる。

 

「すまないね。君にはちょっと退屈だろう。鰻薔薇味、退屈しのぎに舐めておいてくれ」

 

「ぶーっ!!なんてもの……。あ、でも結構おいしいのだ」

 

「そうだろう。それでなんだが私が呼ばれている間にメア君から見て何か変わったことはあったかな?」

 

「うーん、あんまり大したことはなかったのだ。せいぜいオウカねーちゃんがイッコウにいちゃんを連れてトイレに行ったぐらいなのだ」

 

「ふーん……。そう言われると私も長く行っていないし行きたくなってきたな」

 

「ついてくのだ?」

 

 護衛としての仕事のしどきかと思ったがアトイは手を振り否定する。

 

「いや、君にはホールを見張っておいて欲しいからね。ガンホー氏にでも頼むとするさ。あれでかなり腕は立つからねえ」

 

そういうとアトイはメアの元から離れ天狗を呼びつけると二人は東館に消えていった。

 彼女らも十分未満でホールへと戻って来て互いに歓談を楽しんでいるようだった。

 

「むー……まだなのだ~?」

 

 ホールをうろちょろと落ち着きなく歩き回っているとようやくアークが解放されて戻ってきた。明らかに他よりも長く拘束されていた彼女にかけより声をかける。

 

「アーク大丈夫なのだ?いじめられなかったのだ?」 

 

「いじめらんねーよ。でもまーあの刑事はことある毎につっかかってきてウゼーことこの上なかったな。あの天狗が多分女だってこと言ってやったらスゲー驚いてたからザマア見ろってんだ」

 

「ほんとなのだ!?全然わからなかったのだ」

 

「わかりづれーけど動きかたとかたまに見えるライン的にそうだと思うわ。アタシとライズちゃんぐらいしか気付かないかもしれないけどな」

 

 得意げに言うアークにメアは少し嬉しくなり続きをせがんだ。

 

「他には何かなかったのだ?」

 

「あー、なんか天狗と長女の香っていうの?香水かな。それが一緒っぽいのも言ったんだけどそれは全然驚きやがらなくてつまんなかったな~。ポーは感心してたけど」

 

 そこまで聞くと面倒な方の刑事に呼ばれてしまう。

 

「そこの小学生。何をやっているのかね。事態の速やかな解決に時間は無駄にできぬというのにグズグズしているんじゃないよまったく」

 

「うつわの小さいねーちゃん。今く行くのだー」

 

「僕ほど器の大きなものもいないのだがね!」

 

「いや、お前は小さいよ」

 

メアはようやくの出番にアークの元から駆けだした。その背に見送る声がかかる。

 

「あんま変なこと言われたら呼べよー」

 

 リビングに行くと警察二人と探偵、そして知らん爺さんが出迎えた。

 メアは着席するとさっそく質問を投げかけられる。イヌカイは知らん爺さんを指し。

 

「メアさん、一応聞きますがこのおじいさん知ってます?」

 

「知らんじいさんなのだ」

 

「でしょうね」

 

 イヌカイは深いため息をつくと気を取り直したように質問を再開する。

 

「まず一日の流れですが朝家を出てアークさんと釣りに行こうとしている途中でアトイ市長に声をかけられこの島に来ることになった。間違いありませんね?」

 

「うむ。まちがいないのだ」

 

「クルーザーを降りた後に始めて出迎えたのがソウさん。彼女の案内で会議室に行くことになった」

 

「うむ」

 

「あ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?いいよね」

 

 ポーの割り込みにレヴンが噛みつきかけたがイヌカイが押さえてうながした。

 

「その乗って来たクルーザーってー……本当に三人だけだった?」

 

「────!?」

 

 メア的にある意味核心的な問いに思わず息をつめる。言ってしまいたかったが言えば恐ろしいことが待っている気がする。なのでこう答える。

 

「……三人じゃないのだ。ミニアークがいるから四人なのだ」

 

「それもそうだねー。じゃあ質問を変えるけど、アークちゃんってストー……熱烈なファンがいたりする?」

 

「それはいるのだ」

 

 これは別に口止めされていないから大丈夫……のはず。素直に答えた。そこから先はポーの奇妙な質問はなりを潜めスムーズに質問は進行した。こちらもこんな状況なので今まで黙っていたソウとの会話についても話してやり、やがてアークの弁護をした段にさしかかかった。ここで再びトアに関することを訪ねられるかと思い身構えていたが、その必要はなくなった。事情聴取が取りやめになったからだ。

 きっかけはリビングへと入りこんできたアークだった。

 

「おい、ちょっと来てくれ」

 

「なんだい。今は取り調べ中だぞ」

 

「いいから!次女の部屋から化粧品箱が盗まれたんだ!」

 

「──!!」

 

刑事たちは勢いよく立ち上がりホールへと向かっていった。メアやポーもそれに続いていく。ホールを抜けて東館に入るとアマミの部屋の前で人だかりが出来ていた。先に到着した刑事たちがアマミに話を聞いている。

 

「どういった状況ですか?」

 

「先生にもしかしたら君の化粧品箱も狙われているかもしれない。手にもっておいたほうがいいかもしれないって言われたから先生とアークさんの三人人でウチの部屋に入ったんだけど。そしたらこの惨状よ」

 

 覗いてみればアマミの部屋は荒らされていた。床や机に書籍が散逸し、そして先程みた化粧品箱は姿を消していた。

 

 アマミは部屋の中で肩を落とし拳を震わせていた。

 

「なんで……今日は先生を初めて迎えるいい日になるはずだったのになんでこんなことに……」

 

「アマミちゃん……大丈夫、きっとなんとかなるわ」

 

「ああ、必ず犯人からアレを取り戻そう」

 

 兄と姉が妹を慰めるているなかで警察たちはアトイにホールでの出来事を聴いていた。

 

「たしかメア君によるとオウカ君がお手洗いに行きたいと言ってイッコウ君に鍵を開けてもらって一緒に東館に入ったみたいだね。その後事情聴取が終わった私がガンホー氏を連れて東館一階に。もちろんお手洗いだよ。」

 

その横で探偵はミニアークに何やら画像を見せてもらうと幾度か部屋と見比べた後、シャボン玉を吹かせ始めた。今までより一際多い量を噴き出し切った彼女は深い息を吸ってそして大きく宣言した。

 

「コテリンー!!ポーちゃん閃いちゃったぞ~!!」

 

 突如として奇声を発した探偵に嫌味な刑事はあきれ顔でたしなめた。

 

「君ねえ。お嬢様がたが悲嘆にくれているのがわからないのかい?空気が読めないものに探偵が務まるとは──」

 

「まあまあ。探偵である彼女が何か閃いたと言っているんだ。その言葉は最後まで耳を傾ける価値があるんじゃないかな」

 

「はい!実にその通りですね!さあ、続けたまえよ」

 

トンネルの掘削作業ができそうな手のひら返しを受け探偵は笑みを作る。

 

「ポーちゃんがわかったのはその動機。今までなんとなくしかわからなかったけど今のでそれがはっきりしたんだよね」

 

「待てよ、動機?犯人はどうしたんだよ」

 

 もっともなアークの疑問にも探偵は直ぐに答えてやる。

 

「もっちろん。名探偵ポーちゃんには抜かりはないのです。とっくにわかってるよ。……さあ、みんなをホールに集めて!ポーちゃんの推理ショー。はーじめーるよ~!」

 

 天真爛漫自信満々な探偵の指示に皆は息をのみ、そして顔を見合わせてこういった。

 

「「いや……みんな集まってるけど……」」

 



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9-15 推理パート

 ホールにて立ち並ぶアークたちの中心に、探偵はふくれっ面で文句を言う。

 

「もー!みんな集めてっていったのに~!!」

 

「いや、みんな集まってっから。本題に入ってくれ」

 

 ポーは不承不承に腕を組み溜め息をついた。

 

「しっかたないな~。まあ、彼女はほとんど関係ないだろうし……いっか!じゃあポーちゃんの推理タイムはーじめーるよ~!」

 

 探偵は気を取り直し腕を振り上げ推理を披露しはじめる。

 

「さて、事件について暴いていく前に前提を共有しようか。みんなが一番気になっているであろう全ての事件の犯人は~。犯人は~!!」

 

 探偵はクイズ番組の司会のように長く長く溜めた。周囲の人間、特に刑事たちは特にいら立っていたがたっぷり溜めてからいった。

 

「この中に!います!!」

 

「「な……!?!」」

 

探偵の指摘により騒然となる聴衆たちであったが直ぐに落ち着きを取り戻した。

 

「やはりね……この老人が犯人。そういうことだね?」

 

嫌味刑事は手錠をかけた未だ眠っている老人を指したが直ぐに否定が飛んで来る。

 

「ブブー!ちがいまーす。ずっと眠ってて刑事さんたちに見張られてたのにどうやってアマミお姉さんの部屋から盗んだっていうの?その人は一貫して完全な被害者でーす。誤認逮捕って奴だね」

 

「なんだとう!じゃあこの老人は一体何者だというんだね」

 

「それは後のお楽しみー。まずは最後の盗難事件からいくよ」

 

 探偵は東館に体を向け、そこへ続く扉へと指さした。

 

「ポーちゃんはまだいなかったけど。東館一階の部屋を全て調べた後は全ての部屋を施錠して東館の入り口も施錠したんでしょ。そしてそれらを開けるキーはイッコウおにーさんしか持ってなくて、ホールに戻ってきた後におにーさんとオウカおねーさんが東館に入るまでは鍵がかかっていた。間違いないよね?」

 

「ええ、その通りです。鍵は完全に施錠されていました」

 

「じゃあこれではっきりしたよね。アマミおねーさんの部屋に入って化粧品を盗んだ人たちはイッコウおにーさんが鍵を開けた後ってこと。それでその後盗まれる前までに東館一階に入ったのは」

 

「イッコウにーちゃんとオウカねーちゃんとアトイ市長ーと天狗の人、あとアマミねーちゃんとアークなのだ!」

 

 メアが元気よく答えたのでポーは笑顔で応える。

 

「よろしい。この中でアマミおねーさんの部屋を開けられるのはマスターキーを持ってるイッコウおにーさんと部屋の主のアマミおねーさんだけ。どちらとも行動を一緒にしてないアトイ市長は候補から外れるね」

 

「ほっとしたよ。これで候補はあと五人か」

 

「そうだね。最後に東館を訪れた三人だけど彼女たちは違うね。自作自演を行ったという可能性はあるんだけどそれをするには三人の繋がりがバラバラすぎるから成り立たない。凄く簡単な消去法だけど間違いないよ。犯人はあなた……いや、あなたたちです!」

 

 ぐるっと体を大振りに回して探偵は犯人たちを指さした。その先にいるのは。

 

「イッコウおにーさん!オウカおねーさん!」

 

 長男と長女だった。彼等は青い顔で歯噛みし。そして観念したように化粧品箱を取り出した。そんな兄たちに妹は悲痛な声を浴びせる。

 

「兄貴、姉貴!?な、なんで……!?なんでこんなことを……!!否定してよ!ソウさんを殺したのも部屋から化粧品が盗まれたってのも全部兄貴たちなの!?こんなのとんだ自作自演じゃん!!」

 

「アマミ……私たちは……!!」

 

兄が言葉をなんとか絞り出そうとしている中で探偵が割り込んだ。

 

「そう、キーワードは自作自演なのです。そしてこれがおにーさんたちが犯行に及んだ理由なのです」

 

「自作自演が……動機?」

 

探偵は緊迫した空気の中でも気分よさげに首を縦に振った。

 

「うんうん。そもそもこの事件の原因はじじょうちょうしゅーの内容なんだよね。刑事さんたちはこの二人の時に何を言ったか覚えてる?」

 

「このお二方ですか……。このお二方にだけ話した内容といえば……そうか」

 

「なんなんですイヌカイ先輩!?」

 

「そうそう。二人に対して刑事さんたちはアマミおねーさんの朝からの動向について重点的に聴いていたよね。刑事さんたちはアマミおねーさんを疑ってたんだ。だってみんながリビングでいた時に一人になれたのは、ここにいる中では死体の見張りを買って出たアマミおねーさんだけ。突然目と口を覆われたって証言してたけど、背後には人がいないことを確認した倉庫と死体だけ。前方から覆われたんだったら、誰がやったのか覆われる前に見てるはずだからおかしいもんね。だから気絶してたのも含めてアマミおねーさんの自作自演じゃないかとそう思ったんでしょ?」

 

「……その通りです。ですがそのことはお二人はおろか探偵さんにもお伝えしてなかったはずですが」

 

「そんなの言われなくたって察せられるの。そしてそれはポーちゃんだけじゃなくて取り調べを受けた二人も、特にオウカさんは敏感に察していた。そうでしょう」

 

 問われたオウカは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「ええ……。事情聴取の最中すぐにアマミちゃんが疑われているのがわかったわ。ワタシたち三人の中で一人だけ盗みの被害に遭ってないことも原因だったんでしょう。アマミちゃんが犯人だなんてそんなことは考えてなかったけどこのままじゃアークさんの時みたいになし崩し的に犯人にされちゃうんじゃないかと思って……。兄さんが戻って来た後に事情を話して協力してもらったの」

 

「私がカギを開けて二人で部屋を荒らしたんだ。すまんアマミ」

 

「と、こういうことだね。突発的な犯行だったからすっごく簡単にわかっちゃったけど実はわかった理由はもう一つあるんだよね。ミニアークちゃん、荒らされる前と後の画像を出してくれる?」

 

 探偵が呼び掛けるとミニアークは口を開き宙に同じ部屋の画像を二つ映しだした。それを見比べることで見えて来ることがある。

 

「アマミおねーさんの部屋の床や机は煩雑としているけど。見て、フィギアの配置に関しては微動だにしてないんだよ。それはアマミおねーさんがフィギアの配置を凄く大事にしていることを知ってて、わざわざ気遣った人たちが部屋を荒らしたって証拠だとポーちゃんは思うな~」

 

「兄貴……姉貴……」

 

 妹が兄たちの行動に感じ入ってる中で後輩刑事は焦っていた。

 

「待ちたまえ。アマミ様の部屋の盗難事件の犯人がわかったのはいいが……君の話で言うと、これは我々がアマミ様を疑ったから発生した。つまりこれまでの事件とは繋がってないように思うのだがね」

 

「正解ー!この事件とこれより前に起こった事件は完全に別件なのでーす!!でも大丈夫。最初にいったよね。この中に全ての事件の犯人がいるってさ」

 

 一つの事件を解決した探偵はまるっきり疲れた様子を見せずすぐさま次の事件の解体に挑む。

 

「そう、今日この館で起きた全ての事件は”自作自演”が鍵になっているんだよ……。とと、これじゃあ誤解を招いちゃうね。アマミおねーさんに悪いからまずはそこからやっていこうか。

 

 アマミおねーさんが気を失った件ね。あれはさっき言った理由でおねーさんの証言がおかしいってことになるんだけど。実はそうじゃないだ。アマミおねーさんの後ろには誰もいなかったっていってたけど一人いるよね?彼女の後ろにいた存在が」

 

「確かにいた。けどよ……それって」

 

「彼女は確かに死んでいるのを確認したよ」

 

 それは彼女らの常識では受け入れがたいものであった。

 

「彼女の後ろにはソウおねーさんの死体があった。アマミおねーさんは動き出した死体に襲われたんだよ。正確には死んでたけど死んでなかったソウさんにね」

 

 常識を揺さぶる突飛な探偵の発言に聴衆は困惑に包まれた。大半の物が提示された事実に納得がいかず中には反論の声を上げるものもいた。

 

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。死人が生き返るわけがないだろう。少しは見直したと思ったが、とんだ三文探偵だったねえ」

 

「いじわる刑事さんが知らないだけで海外では死体が動き出す事件は数件発生してるし、ポーちゃんが解決したこともあるもーん!ソウおねーさんの死体は明らかに特殊だし。それにこの世界でこんなことが起きる可能性があることをあなたが知らないわけないよね?」

 

「っち。まさか君ィ……。いいさ続けたまえよ」

 

一番騒がしい者が真っ先に黙らされたことで後続は発生しなかった。探偵は遠慮なく推理を披露する。

 

「あの娘のことは脇に置いておいてと。これで刑事さんたちが来るまで船が増減してないはずなのに謎の人物にアマミおねーさんが気絶させられて死体が綺麗に処理された理由がつくよ。アマミおねーちゃんが襲ってきた人を見てないのもそう。動くはずのないものに後ろから襲われたから見えなかったんだね。

 

 そうそうおねーさん顔を覆った感触ってどうだった?温かかった?」

 

 唐突な探偵の問いにアマミは戸惑いつつも答えた。

 

「そうね。温かい……手だったと思う。でも両手でやられたと思うんだけど」

 

「なるほどー。じゃあその時にはもう再生してたんだね。それで血痕一つ残さず吸収してみんながリビングにいる間にソウおねーさんは二階に移動した。実際には彼女は会議の間一階に降りて来るまで自由だったからどれをどこまでとは詳しくはわからないけど。盗みや荒らし、色々やったんだね。そこでみんな凄く気になってることがあるよね。例えばその人」

 

 探偵は眠っている老人を指さした。皆の視線もそれに追従し、うなずいた。

 

「この人がどうやって来たのか。いや連れてこられたのか。この島に船が来たと誰かが確認したのは三回。刑事さんたちが来た時、アトイ市長たちが来た時、そしてソウおねーさんが水上タクシーで朝一にやってきた時だね。

 このうち刑事さんたちが来た後はみんな固まって行動してたから除外できる。残った二つだけどアトイ市長たちには、会議中アークちゃんたちにこの人を船に取りに行かせてその後ソウさんの目を掻い潜って部屋に放り込むってことができるけど……。動機がないよね。アークちゃんとメアちゃんは市長とはその日に雇われてきただけだし、市長は友人の家に見知らぬ男性を放り込むメリットがない。さて残ったソウおねーさんだけど。彼女は事情が違う」

 

『動機がある。ということじゃな』

 

 天狗の促しに探偵は柏手を打ち喜んだ。

 

「その通り~。それを証明するためにまず言うよ。天狗さんがこの島に来た時、誰も天狗さんが乗って来た船を見なかったけど……天狗さんは本当にあの時に島にやってきたのかな?そしてこのおじいさんが一体何者なのか。ポーちゃんの考えではこう」

 

 探偵は跳びあがり手足を広げたエックスのポーズで着地すると推理を述べる。

 

「ソウおねーさんは一度死ぬことで容疑から外れて自由に動くことが出来るようになった。でもそのおかげで自分がみんなの中に入って場を監視することができなくなったんだ。彼女は代わりの身分が必要になった。それがこのおじいさん。

 今日島に来ることになっていて、かつ親しい人に顔を知られていない、声も変えてオッケーなもの凄く都合のいい存在がいるよね。

 二階でのもろもろを済ませた彼女はガンホーおじいさんから衣服を奪って変装。バルコニーから一階に降りて何食わぬ顔で合流した……」

 

「ってことはつまり」

 

「そういうことなのだ!?」

 

 このホールにいる誰もがその少女の動きから目を離せないでいる。満を持して名探偵が指し示したたった一人は。

 

「天狗さん。いやソウおねーさん!あなたがこの事件の犯人!だよ!!」

 



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9-16 犯人登場

 名探偵に指し示された犯人。天狗は仮面を被ったまま不気味な変声音を響かせていた。アークは傍らのメアを気遣いながらも注意深く動向をうかがっていた。

 犯人はしばらく笑っていると不意に仮面とかつらを外しその素顔を見せる。

 

「やっぱり……」

 

「ソウさん……あるのか、こんなことが」

 

 一部を除き驚愕する面々に構わずソウは淡々と述べる。

 

「バレちったですか。まあ貴女様がこの館にカムカムした時点でこうなることは確定していたようなものですからね。オソカレーハヤカレーというわけでございます」  「あいかわらず何言ってるのかわからんのだ……!」

 

 衝撃的な犯人の登場に場を収めるべき刑事たちは別のことで慌てているようだった。

 

「待てよ。この老人が……ご老人が真のガンホー氏だとすると。……それを足蹴にしてしまった僕はかなり不味いのでは!?」

 

「何をやってんだこの駄犬は……!!ええい切り替えろ!貴女がソウさんですね。今回の盗難と……なんだ、まあいい。事件についてお話を聞きたいので署に同行願います」

 

 先輩刑事の方は後輩と違いなんとか警察としての職務を全うしようとしているようだが犯人は応じなかった。

 

「そんなことはお琴ワニでございます。私、まだやることがございますので」

 

「何がやることだ!散々おちょくりやがって……!!」

 

 まるで反省した様子のないソウに対してアークは遂に堪忍袋の緒が切れた。床を踏み砕き、間のポーに衝突しないように殴りかかる。だが、その拳は空を切った。

 ソウは一瞬にして背後へと跳躍するとアークの攻撃範囲から離脱する。そして彼女の服装はいつの間にか元の家政婦服へと変わっており。足元には先ほどまで着ていた天狗衣装が丁寧に折りたたまれ上には化粧品箱が二つ置かれていた。

 

「テメェ!その反応やっぱSHか!」

 

「暴力はダメヨーダメダメ、でございます。これ以上やるのであればアーク様には酷なことになりますが」

 

「勝手に言ってろ!」

 

 ハンマーナックルを右手に装備して怒りのままに殴りかかるすると拳が届く前にソウは死んだ。

 

「────!?」

 

 全身に刺突の痕がある血まみれの遺体と何らかの文字列が目の前に現れ、それを直視してしまったアークは再びかつての記憶が蘇り、目を逸らす。

 

「──っはッ……!?あ……!?」

 

 新鮮な血の臭いと惨殺したいによって否応なくフラッシュバックするトラウマと吐き気。目に涙を貯め、息を荒くしていると一陣の風が頬を撫でる。

 

「──ガッ!?」

 

  蹴り転がされたアークは未だ動揺の収まっていない者たちの前で止まり呆然と頬を撫でた。  

 

「アークゥ!大丈夫なのだ!?」

 

「ん……大丈夫」

 

すぐそばに駆け寄って来た”悪友”の声がけに落ち着きを取り戻しつつあるアークだったが被害はそれだけではないようで。

 

「兄貴!姉貴!ちょっと!しっかりしてってば!?」

 

 次女のアマミが床に倒れ込みつつある兄と姉を支えている。支えられる兄たちは妹の献身に感じ入るものがあるようだ。

 

「死体を見たぐらいで卒倒しそうな情けない兄を許してくれ……それにしても自分も直視したというのに私たちを気遣えるとは……立派に育ったな……。はっ!?」

 

「いつもごめんなさいねアマミちゃん……アマミちゃん素材がいいからもっと綺麗に可愛くしてあげたくてお化粧のこと口煩く言っちゃうの……。アラ?」

 

「二人ともなに死亡フラグみたいなの立ててんの!?兄さんたちにはまだまだ教えて欲しいことが……。何これ!?あの変な文字列を見てから本音が止まらない……!?え、やだ!?」

 

 大混乱の兄妹たちだが彼らの恩人にもまた変化が訪れたようであった。

 

「う……うう……ふぁ~よく寝たのう。んぅん?まだ夢の中なのか。見知らぬ風景が……ややや、あの子たちは!」

 

「オウカ、アマミ。お前たちはどれだけ大きくなっても私の可愛い妹だ!ああ!?」

 

「ワタシ二人とまた一緒に何かを作りたいってずっと思ってたの!いえたわ!」

 

「さっき二人が庇ってくれてたって知って凄い嬉しかった……。もー、なんなのコレ!?」

 

 ガンホー氏は普段は険悪な教え子たちが緊急事態に仲良くしているところを見たためか瀑布のような涙を流した。

 

「お、おおおおおお!おおおおおおお!!あの子たちが、あの子たちが昔のように仲睦まじくしておる!こ、これが儂が望んでおったもの!?夢ではあるまいな!」

 

 

「夢ではないよガンホー氏いや、ホカン氏。直接会うのは久しぶりだねえ」

 

「おお。アトイ市長!何が何だかわかりませぬが感謝いたしますぞ。……な、なんで儂半裸なんじゃ!?」

 

 元天狗が自分の異常に気付いた頃に混沌の元は人のいい笑みを浮かべていた。

 

「私のやりたいこと……。つまりはこの状況そのものでございますよ。人と人との間に秘密や隠し事はイラナッシング。それが家族ともなればなおさらにございます。それをつまらない意地やコンプレックスで隠し立てするとは、コンゴ横断」

 

「ごめん。大体わかったけどやっぱわからん。何?コング?」

 

「昔の文化に触れるのも教養というものでございますよアーク様」

 

「最新コンテンツが多すぎてちょっとなぁ!!」

 

 再び突撃するアークであったがそれよりも早くソウは死んだ。今度は四肢が飛び散り目が抉れた凄惨な死に方でそれを直視したアークは再び怯み動きが止まる。そのどてっぱらを再生した足が撃ち抜く。

 

「く……そ。メア、大丈夫!?」

 

「ミニアークのせいで見えないのだ~!」

 

「でかした!」

 

 振り返るとメアの顔に取り付いていたミニアークにグッドサインを送っておく。とはいえこちらの調子はまったくグッドではない。たしか相手の言う言葉的にはチョベリバか。

 

「しばらく大人しくしていただけますかアーク様。まだご主人様方の交流が十分でないようですので──!」

 

 犯人の戯言を止めたのは名探偵による一閃の蹴りだ。彼女らの周囲を純白の翼が雪のように舞い散る中で、犯人は蹴りを受け止めつつ言った。

 

「あらあら。できれば貴女様にも大人しくしていただきたいのですが。恩人とはいえ私の趣味のお邪魔はされたくありませんので。……それにしても仮面の奥でずっと見ていましたが未だにあのような振る舞いをされているのですね。素直になれる相手はまだ出来ませんか」

 

「それはポーちゃんには出来ない相談だね♪大人しくお縄につきなさい!ソウおねーさんその趣味でいくつも人間関係壊してるでしょ!素直に言うけど、大きなお世話だし趣味悪いよSHオランウータン」

 

「素直に言いますと、そのノリはアイタタタタタでございますよSHツル」

 

 そこまで言うとオランウータンは自ら発火して焼死した。ガソリンをぶちまけた跡に放火したような凄まじい火の手が上がっていたが、死体と密着していた探偵の足は氷につつまれ守られていた。彼女は炎を無視して焼死体を密着状態から蹴り飛ばした。

 

 探偵は腰に両手を当て、胸を張る。

 

「ポーちゃんのバリツはどんな状況でも対応できるのです!エッヘン!」

 

「のだ!?名探偵はSHだったのだ!?」

 

「エヘヘヘヘー黙っててごめんね~」

 

「一緒にアイツぼこってくれんのか?」

 

「うんうん。ソウおねーさんはちょっとお痛しすぎちゃったからね。お灸をすえちゃうぞ~!」

 

「死体を躊躇なく蹴り飛ばすとか、本当に探偵でございますか貴女様」

 

 こうして二頭のSHは並び立ち共に調子に乗って死に急ぐSHと対峙するのであった。

 

 



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9-17 連続殺人

 SHオランウータンにして犯人、犯人にして家政婦なソウは顔には出さないながらも焦っていた。

 

(少々まずうございますね。戦闘系SHに観察力が優れる上に別に戦闘不得意でもないSH。非戦闘系の私が相手をするのは無理がございます)

 

 ソウは颯爽と逃げることにした。蹴り飛ばされたことでエントランスからは遠ざかってしまったので取るべきはこうだ。スカートの端を走る。

 

「あいつ階段の方に逃げるぞ!」

 

「バルコニーから出るつもりだね!逃がさないよ~!」   

 

階段を飛ぶように駆け上がると眼下に三兄妹たちや刑事たちの姿が見える。三兄妹は戸惑いつつも本音で語りあっている。中々にいい感じだ。もうしばらく続けてやれば自然に本心で語り合える仲になるだろう。刑事たちはこちらを追うことはせずに要人や子供の警護に徹するようだ。態度が悪いなりに職務はちゃんとする気なのだろう。個人的にはあの二人が抱えているであろう秘密も暴露してしまいたいがまだ何も掴んでないのであきらめるしかない。口惜しいが人生は切り替えが肝心だ。

 ソウは衣服の隙間から折りたたまれた棒とモップのようなヘッドを取り出すと、合一し、組み上げると一つの長い清掃器具を組み上げた。彼女は階段から右手側に向って超高速で床を磨き上げながら進んでいった。家政婦として卓越した技能を持つソウは普通に走るのと変わらない速度で清掃しながら移動することができる。

 

「コラー!待ちなさーい!!」

 

 東館二階に差し掛かったところで敵が登ってきた。無論待たない。掃除を続行しながら廊下を突き進む。

 

「待てっつってんだ──うぉわっ!どんな掃除の仕方してんだ!?めっちゃめちゃ滑って前に進めねぇ!」

 

「むむむ、流石ソウおねーさん。とんでもない家事技術だね……!でもどうせ滑るなら……えいさー!」

 

 後ろ目で見るとポーは綺麗になった床に手を付きSH能力を発動させたようだ。すると瞬きする間もなく廊下が凍りつき、ソウは頭から派手に転んだ。

 彼女の後方ではアークが凍り付いた床から足を離し冷たがっていた。

 

「ちょ、なんだこりゃ!?冷て~!!」

 

「ほい、ほいと。これでよし。アークちゃんスケートやったことある~?」

 

「お~、靴の裏に氷でスケートの刃か。やったことねーけど感覚でできんだろ。いくぞ!」

 

 天才スケーターが二人、氷を削る音を立てながら迫ってくる。体勢を立て直し逃げようとするが無駄だ。角を曲がってすぐに来た。

 

「捕まえた」

 

「失礼いたします」

 

 捕まったので死んだ。単純な話だ。SHオランウータンのSH能力バールストンギャンビット(先行一殺)は一瞬で過去に存在した、ありとあらゆる状態の死体を状況を再現できる。館で最初に死んだ時のように新鮮ではない死体にもなれるし、ポーに使用した時のように死因を利用して攻撃に転用することもできる。今回は後者だ。雷の滝に打たれ続けて亡くなった死体。密着してる魚類のアークにはよく効くはずだ。効くはずだったのだが。ソウは死体から戻って、未だに平然としがみついてるアークに尋ねた。

 

「アーク様は何故にへっちゃらぴーなのでございますか?」

 

「電気耐性がある。あとグロイのちょっと慣れた」

 

「うッ……ゲェ……!!」

 

 かなりいい感じのパンチを腹に貰った。一気に中身を戻してしまいそうになったがなんとかこらえると次が来る。その前に死ぬ。今度は焼きたてどころか焼かれてる真っただ中の死体。これでどうだ。

 

「炎の耐性もある」

 

容赦のない一撃が顔面に来た。そのまま殴り飛ばされきりもみ回転して着地。どうやら死因攻撃は効果が薄いようだ。グロテスクに振った死体ならば効果もあるかもしれないが向こうにはポーがいる。死体になっている間に受けた攻撃は元に戻れば無効とはいえ、あまり無駄なことをしていると死んでいるうちに氷漬けにされて再生不能にされるかもしれない。それはとっても怖いので避けたいところだ。

 ソウは軽く溜め息をついた後に再び死ぬことにした。ただこれまでとは違う。もう少し逃げ回っていられると思ったが背に腹は変えられない。我が身の為にアレを使って死ぬことにした。

 

「うッ、また死にやがった!あん?なんだこりゃ。【階段のところまで”巻き戻り”なさい】。巻き戻りってどういう意味だよこれ?階段まで戻れってか?」

 

 ミイラ死体となったソウの横には血液で出来た文字列が並んでおり。アークはそれを読んだ。そして元の意味を知らず、そして解釈した。成立だ。

 

「あ、アークちゃんそれは!」

 

「あん?どしたよ?──ッ。ちょちょちょなんで!?なんでかすっごく元来た方に戻りたくなってきた!?」

 

 アークは突如として滑ったり転んだりしながら階段の方へと逆走し始めた。これで数秒敵を減らした。

 ソウの持つ第二のSH能力ダイイング・メッセージ(死語)はかつてこの地球上で一定以上人々の間で認知を得ながらも殆ど使われなくなった言語、死語を文中に含んだメッセージを読ませることでその文を読んで解釈した内容を強制的に実行させることが出来る能力だ。文中で使う死語は意味が通っていなければならないし、再使用すれば前回の効果が中断される。そのうえ文を見せた後に死ななければ効果が発揮されないなど制限が非常に多い能力だが、効果の強制力は大したものだ。朝一でガンホー氏に使用した”0833(おやすみ)”による睡眠は三兄妹に”君も素直になれよぉ!!”を使用するまで途切れることはなかった。

 そしてもう一人の敵もソウが残したこのダイイング・メッセージを直視した。が。

 

「”巻き戻す”。画面を少し前の秒数に戻すことだよね。ビデオテープが由来だって知ってるよ」

 

 この能力はその言語が死んでいることを担保に能力を発揮している。つまり偶然本来の用途通りに解釈することは通るものの、本来の意味を相手が知っていた場合、言語が死んでいたことにならず効果が発揮されない。

 結果として不発となり。

 

「氷漬けの刑でーす。さあ、頭を冷やすがよいぞ~!」

 

「お断りにございますね!!」

 即座に死者から生者へと転身し、力任せに凍結から脱するもの逃げきれない。とはいえ相手がポー一人なら何とかなる。屋敷を傷つけたくなかったのでやりたくなかったが。

 

「アボンいたします」

 

 ソウは派手に内部から爆死した。ポーも直ぐに気付いて距離を取り、”凍て鶴”による氷の盾を生成していたが完全には守り切れなかった。爆風と共に壁に叩きつけられ呻いている。これを好機と見てソウは即座に再生を済ませてこの場を去ることにした。

 直線を突き進みバルコニーの扉を一瞬で開き、外へと躍り出る。洗濯物を潜り抜けて島を一望できる場所に辿り着く。手すりを乗り越えて地面へと降りていこうかと画策していた時だ、ソウは濃厚な死の気配を直感し、自ら死ぬことにした。それは幾度も死を経験してきたソウだからこそ感じ取れたものかもしれない。

 断頭台の露と消えた死体へと変じる。すると幽体離脱状態のソウは自らの首元の位置を銀閃が薙いでいったことを知覚する。即座に戻り背後へと振り返った。

 

「どなたでございますか……?」

 

一階にいた中にまだSHが紛れ込んでいたのだろうか。メアが隠し事をしているようだったのでもしかすると彼女かもしれない。そう思っていたのだがそこにいたのは。

 

「殺人鬼だよ。アークちゃんのお礼参りに来たから苦しんでいってね」

 

「どなたでございますか……?」

 



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9-18  最後のダイイングメッセージ

 

【挿絵表示】

 

答えはなく殺意だけが来た。具体的にナイフによる斬撃。ソウは一度死体になって連撃をいなすと回避の合間に手にしていた掃除用具を崩す。すると掃除用具は一瞬にして三本のチェーンで繋がった棒にヘッドの付いた、特殊な三節棍型の武器となった。

 三節棍を手に応戦するが防戦一方でまるで対処しきれない。あまりに変則的でかつ鋭い。身体能力では劣っていない筈だが、技術で軽々受け流された上で死体にカウンターを決められる。死体でよかった。喋るために戻る。

 

「くっ、この技の冴え。戦闘系のSHと見えますね」

 

「いや、私にんげんだからね」

 

 そんなわけないでしょう。そう言いかけたが堪えた。そこで思い至る。もし本当に人間であるならば先程のアークやポーのように特定の現象に対する耐性などという意味のわからないものを持ち合わせるはずがない。即断即死。ソウは敵と密着したタイミングで感電死した。これで動けなくなるはず……。だったのだがそんなことにはならなかった。敵は少し距離を取ったものの全く変りないキレで動き続けた。

 

「何故」

 

「(服に)電気耐性があるの」

 

「やはりSHでは?」

 

「ちがうって」

 

ズバズバと服と死体を斬られていると最悪なことにバルコニーに更なる侵入者が現れた。

 

「あー!やっぱりいた。もー、あなたのせいですっごく推理と説明が面倒になっちゃたんだからね!」

 

「知らないよそんなの」

 

 ポーが追いついてきた。そして一つの納得を得る。なるほど彼女が全員いるのに全員いない。などとのたまったのは、頭お花畑な狂人のロールプレイが脳まで侵食した結果ではなかったのだ。彼女は眼の前の凶人の存在を事前に把握していたということか。とはいえそれがわかったところでどうにもならない。どちらか一人相手だけでも手に余るというのにそれが二人だ。時間をかけていれば直ぐにアークも合流するだろう。そうなれば最悪リンチが待っている。

 最終手段を実行せねば。それも火急的速やかに。だが、今実行しても意味はない。やるなら全員にだ。

 ソウはこの場を脱するためにまた死んだ。生きたまま大砲に詰められ、砲弾として撃ちだされた死体と化す。砲撃の速度で射出されたソウは、風情溢れるバルコニーの手すりをぶち破り、島の舗装された道へと着弾した。

 砲弾からSHへと転じていると名探偵と殺人鬼が地面へと着地する。遅れてアークもエントランスを開け放ってやってきた。

 

「テメェ!よくも古ぃ言葉で惑わしてくれやがったな!ポーとミニアークに教えてもらうまで階段から動けなかったぞ!ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!?でたぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「助けてあげたのに失礼じゃない?ねえ、アークちゃん」

 

「はいはーい。お灸をすえる相手を間違えないでね二人とも。それじゃ、いっくよ~!」 処刑人どもが三人まとめてかかって来る。先手を打って死ぬ。今度は白骨死体だ。同時に空中にはデカデカと骨文字とこう記しておいた。

 

【死体とは”ソーシャルディスタンス”を保たなくてはならない】

 

それで二人が止まった。それぞれ止まった距離はバラバラだがそれなりに距離がある。唯一探偵だけは止まっておらず接近を続けるがそれまでに再生して武器を構えた。彼女らの奥では館の面々が着弾の衝撃を気にして顔を出してきている。いい傾向だ。

 

「二人とも!ソーシャルディスタンスっていうのは昔疫病が流行った時に使われた言葉で人と人は距離を取りましょうって意味だよ。大体二メートル!」

 

「なるほどね」

 

 正しい意味を知ったことで死語は意味を取り戻し、効果を失った。だがこれで時間は稼げた。と、探偵の相手をしながら思っていると即座に二人目が来た。音を遥かに置き去りにした正体不明の一撃を受けたことでソウの身体は大きく弾き飛ばされ、地面を転がった。

 

「家壊さねえようにしねえならこんなもんだ」

 

「アークちゃんすっごいはやーい!」

 

「う……ゲホ……なにが……?」

 

 よろめきながら立ち上がると既に眼前に処刑人たちが拳を鳴らして立っていた。

 サメの攻撃を死んで回避すると。

 

「凍結保存だよ~」

 

「結構でございます!」

 

 死体を凍らされ、脱出するために元に戻ると殺人鬼の振るうナイフの柄頭が身体を打ち据える。

 

「へえ……。刃物じゃないなら途端に鈍るんだ。面白いねえ」

 

「アタシらの怒りはこんなもんじゃねえぞ!」

 

 打撃に耐えかねたソウを探偵が凍結で死体化を封じ、市長の付き人と殺人鬼が殴打を加えていく。その様子はさながら熟練の職人によって行われる餅つきのようでもあった。 

 

「「えいやーこーらーえいやーこーらー!」」

 

孤島に響き渡るサメとツルの合唱を聞きながら、ソウは機会をずっと待っていた。そしてついに時は来た。島にいるもの全てが館の外に顔を出したのだ。この機は絶対に逃がしはしない。 

他人のあえて抱えておきたかった秘密、気遣いから伝えなかった事実すらも容赦なく周囲の人間たちに暴露し続ける最悪の暴走機関車である彼女が、何故今に至るまで訴えられず、仕事を失うことなく家政婦を続けていられるのか?その答えは全てここにある。ソウは今、再び爆死する。それも今度は地上ではなく誰も巻き込むことのない中空でだ。

 アークが、ポーが、トアが、館から出て来た他の全ての者達が、大空を仰ぐ。すると昼空に花が咲いた。その花は、ソウが今、アークを筆頭にこの島に集まったもの達へ最も伝えたかった言葉を添えていた。その言葉とは。

 

【許してチョンマゲ】

 

「──汚い花火だぜ……!!」

 

 

【挿絵表示】

 



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9-19 事件解決

 闘い(バトル)という名の死刑(リンチ)を終えたアークたちはソウを引きずって館の人々と合流した。

 トアはいつの間にか姿を消していた。しかも戦闘中三人を視線の盾にしていたのか館の人々に突っ込まれることはなかった。不気味に思いながらもメアと共にアトイの臨時ボディガードとして職務を全うすることにする。そのようにしていると使用人が呼びに来た。

 

「皆さま。お食事の準備が整いましたのでリビングへとカムカムしてくださいまし」

 

 なんやかんやで許されたソウは、本来行われるはずだったガンホー氏もといホカン氏の歓迎会の準備を恐ろしいほどの速度で終わらせた。ソウを自分含めて皆があっさり許したことに何とも不思議なものを感じつつも席につく。そんな中で食事に手を付けることなく去るものもいた。

 

「それでは我々は失礼いたします」

 

「イヌカイ先輩!?食べないのかい!?せっかくの市民からの施しだよ?」

 

「我々がご馳走をいただいたとして、お前はあの家政婦がその事を黙っていると思うのか?」

 

「それは確かに昇進に関わる……!!」

 

「勤務が終わったら晩飯おごってやるからさっさと帰るぞ」

 

 そうして刑事たちは水上パトカーに乗って去っていく。それを見送るソウの顔がなんとも口惜し気だったように見えたのはきっと気のせいだろう。ハンカチ噛みちぎってたけど。

 

「美味しいのだ!」

 

「流石の腕前だねえ」

 

 皆がソウの料理に舌鼓を打っている中で三兄妹が皆の前に進み出た。彼等は何か憑き物が落ちたような晴れやかな表情だった。

 

「先生、アトイ市長。お二人にお伝えしたいことがあります」

 

「うむ。聴かせておくれ」

 

 朝とは違う化粧品を用いたさらさらヘアーの兄はその先の言葉を妹たちに委ねた。

 

「ええ、ワタシたちは兄妹揃って新しい会社を立ち上げることにしたわ」

 

「みんなの得意分野を合わせたらもっと色んなことができるって先生いつもいってくれてたけど今までは色々な感情が邪魔してできなかった。でも今回のことで色々素直になれたから」

 

「おお……そうか、そうか……教え子たちの新たなる門出に立ち会えて本当によかったぞ」

 

「これからはのらりくらりとしてないでちゃんと私達とも会ってくださいね。返したい恩もいっぱいあるので」

 

「う、うむそうじゃな……」

 

「ははははは、もう逃げられないねえ」

 

「一件落着ってやつだね!」

 

 今回の事件を契機に三兄妹たちとホカン氏はより強固な絆を築いたようだ。色々と妙なことに巻き込まれ続けた今回の一件だったが終わってみればうまいものが食べられて大金が貰えるのだ。悪くなかったのかもしれない。

 こうしてウシワカ館の事件は終わりを告げた。アークたちはソウや館の主に見送られ、メアとアトイ、そして客船から撃ちだされて島にやって来たために帰る船のなかったポーと共にクルーザーで帰ることにした。そうして港に帰った後。

 

「というわけで」

 

「「ごめんなさい」のだ」

 

「ナンデアタシマデ……ナンデオメーモアヤマッテンダヨ」

 

 

「テヘ。ノリで」

 

 アークとメアとついでにミニアークと何故かポーは行きで汚した鰻薔薇コーラについて謝罪を行っていた。少しは怒られるか減給されるかと思ったがアトイの反応は明るく。

 

「はっはっは。いいさいいさ。私から謝っておくし、弁償しておくよ。君たちが気にすることじゃあないよ。それより今日はありがとう。君たちのおかげで私の面目も立ったよ。まさかあそこまで混沌とした事態になるとはねえ。実に楽しかった」

 

「勘弁してくれ……」

 

「でもメアも楽しかったのだ」

 

「大物小学生だねえ。そういうところいいとおもーうよ!」

 

 事件のことを思い出してひとしきり笑い合うとアークはもじもじと媚びたような目をアトイに向け尋ねた。

 

「それで~そのう、お約束のものは……?」

 

「ああ、そうだそうだ。はいどうぞ」

 

 アトイが手渡してきた茶封筒の中には厚みを感じる紙幣の束が入っていた。

 

「やっ…………た~~~~!!!これで色々できるぞ~!!」

 

「むー……アークの方がちょっと多いのだ」

 

「アーク君の方は特別ボーナスも入ってるからねえ。ともかく二人とも親御さんに没収されないように気をつけたまえよ」

 

「「は~い」」

 

 アークたちは周囲を確認していそいそと懐に茶封筒をしまい込んだ。そしてそろそろ門限が近いことに気付く。

 

「まずいのだ!怒られちゃうのだ!?」

 

「急げ急げ!じゃなー!お金一杯くれてありがとう市長ー!かっこよかったぜ名探偵ー!また会おうなー!!」

 

「ポーちゃんも会えてよかったよ~!まったね~!」

 

「また会おう。何、すぐのことさ」

 

 駅で沢山の鰻薔薇商品を手土産にSHと小学生は家路についた。

 

 <疲れたような憤慨したような女性の声>

ほらね。こういう顛末だったわけさ今回の事件は。全く、僕はあいつが怪しい、どんなトリックが使われたか~って一所懸命に思考を巡らせてたってのにさ~。なんだよ死体が復活するって!おまけに探偵も探偵で振る舞いが痛々しいし、解決できたのだって元々犯人と知り合いだったんだから推理できて当然だろう!気に入らないね~。え、なに?いやまあ、楽しんだんだけどさ……それはそれとして!文句はいいたいわけだよ!あーあ、なんだかわかりやすくビッグで実況しがいのある事件が起きないかな~。

 



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9-20 真相究明

 アークとメアが帰った後も、ポーとアトイはしばらく港に残っていた。周囲に人気のない、波のさざめきと空の海鳥たちの声だけが聞こえる静寂な空間で、アトイが音を追加する。茶封筒を懐から出した彼女はポーにそれを渡し、言った。

 

「いやあ、君にも苦労をかけたね。依頼達成ごくろうさま。また困った時はよろしく頼むよ」

 

「わーい!ありがと~!!い~っぱい入ってるね。アトイ市長だーいすき!!」

 

「ははははは、若い娘にそう言われると私もまだまだやっていけそうだね」

 

 飛び跳ね、ポーズをとるというこれみよがしに喜んだ動きを見せたポーはいそいそと茶封筒を懐にしまいこむとアトイに問うた。

 

「でも、ポーちゃん市長から依頼を受けた覚えはないよ」

 

「それはホラ、偶然のなりゆきとはいえ事件を解決してくれて場を収めてくれたからさ 「嘘、だね」

 

ポーはこれまでの甲高い声が嘘のように冷たく低い声で言った。新雪を踏むように指摘された市長はポーの突然の豹変も気にしない様子でこれまで通りの声色にて訊き返した。

 

「嘘とは?」

 

「偶然ってこと。私は意図的にあの島に呼ばれたんだよ。……あなたにね」

 

「これはおかしなことを言うねえ。君は実に不幸な成り行きで島に着弾した。それは君も語ったところだろう」

 

「あなたなら私の体質のことを知ってるでしょう。それを使ったんだよ」

 

 ポーは自らの身の上を感情込めることなく語っていく。

 

【挿絵表示】

 

「私は昔から事件に巻き込まれ続ける特異体質。でもこれにも少しは法則がある。距離が近くの事件に引き寄せられやすい、そして通常の事件よりも、超常現象や異能が関わっている事件のほうが優先度が高くなる。わかるよね。今日私が解決した事件は両方ともSH絡みだった。加えていうならここ数日解決した事件も殆どがこの近辺で起こった

能絡みだった。そしてどの事件の背後にも何者かの意図を感じてたの」

 

 

「それが私だと?買いかぶりすぎじゃあないのかい?」

 

 のらくらりと言い逃れるアトイであったが名探偵は逃がしはしない。

 

「今回の犯人、ソウおねーさんはアトイ市長の紹介でウシワカ館に雇われたと聞いているけど」

 

「彼女の有能さは市長である私の耳にも届くところだったのさ。家事に悩んでいる三人の力になってあげたくてねえ。それで彼女を紹介したわけだよ」

 

「あの家で仕事をするようになったソウおねーさんは直ぐに兄妹の歪みに気付いた。情報を集めていくなかで自分を紹介したのが市長だってことにも行きつく。そしてあなたにコンタクトを取った」

 

 アトイは名探偵の言葉を否定することはなかった。そればかりかにやけた緩い表情で補足すらおこなった。

 

「そうだね。確かに彼女はこの私を訪ねてきた。随分とお酌が上手くてね。酒が回ったこともあってついつい色々としゃべりすぎてしまった」

 

「そして彼女はホカンおじーさんの個人情報と今日のことを知り兄妹の溝を埋めるために利用しようと考えた。本当の居所と身分を知っていた彼女にとってはホカンおじーさんを攫うことは容易かっただろうね。色々といったけどあなたが本当に力になりたかったのは三兄妹ではなくホカンおじーさんのほうだね」

 

「おいおい人聞きが悪いね、ちゃんとイッコウ君たちの力にもなってやりたいとは思っていたよ?」

 

「ホカンおじいさんと以前から親交を持っていたあなたはよく三兄妹たちについて相談を受けていたんじゃないかな。そして関係の改善を求めるなら恩人であるホカン氏が直接出向き指摘することが一番だと、そう助言し今日の場を整えた。だけどそれだけでうまくいくとは思っていなかったあなたは、ソウおねーさんを使って兄妹が互いに思い合っていることを行動でもって示させる必要があったんだね。ポーの推理もあって結果としてそれは成功したってわけ」

 ここまで聞くとアトイはわざとらしい大仰な手ぶりで否定してみせた。

 

「ちょいちょいちょい。流石にそれは穿ちすぎじゃないかい?だってそんな方法は確実性に欠けすぎる。関係改善をするなら他にいっくらでも安全な方法があるじゃないか。これじゃあ一歩間違わなくても全てが破綻してしまうよ?私になんの得があるっていうんだい」

 

「上手くいかなかった結果。彼らが破綻しても、彼らとの付き合いが今後一切途絶えたとしても、あの混沌とした馬鹿馬鹿しい狂乱の中にいられるならそれでよかったんでしょう。あなた、そういう人の目をしてるよ」

 

 その飛躍したとも言えるいいように。当のアトイは肯定も否定もせずにただ薄っすらとした笑みを口元で浮かべていた。

 

「見知らぬ者も、裏切者も、旧友とその教え子も、自分の楽しみのために全部利用したんだ。本当に恐い人だね。あなた」

 

「はっはっは。そんなに褒めていいのかい。私を木に登らせたいのなら、おだてるよりも木の上に金でも括りつけておいたほうが確実だよ?取った金は返さないけどね」

 

「褒めたように聞こえたなら至急病院に行くことをお勧めするね。現職市長が狂ってるなんて市民にとっては笑えない話だよ」

 

 そっけない回答にがっくりと肩を落とすアトイであったが直ぐに心底楽し気な様子に戻り質問してくる。

 

「さきほど裏切者も私が利用した、と君は言ったが。私は彼女をどう使ったと思う?君の考えが聞いてみたいなあ」

 

「まずは調子に乗ったソウおねーさんを殴って止めるブレーキ役。だけど本命は違うよね。あなたはアークちゃんで何かしようとしている。でもあの娘は死体に……殺人に関する強い忌避が見られるね。何かトラウマがあるんだろうけど……。あなたはあの娘を雇ってソウさんとぶつけることで、自分と繋がりを作っただけでなくトラウマの深度とその荒療治をしようとしたんじゃないかな。そしてそれはある程度成功した」

 

「ふふ、どうかな」

 

 潮風に流すように笑うアトイに、ポーはシャボン玉を吹きかけ、氷海のような表情で指摘する。

 

「でも全てを操っているように見えるあなたにも予想外のことは多々あった。一つはアークちゃんのストーカーの彼女。ポーちゃんが指摘するまで全く気付いてなかったでしょ。珍しく大人しかったからよかったけど。あなたはともかく本当に何人死んでてもおかしくなかった。そして警察のあの人。まさかあのレベルの人が来る何てって感じだけど。あなたにとっては扱い安い性格でよかったよね。すごく面白かったでしょ」

 

 推理の内容を全てを聞き終えると、アトイは甲高い拍手を送り、名探偵を称賛した。

 

「最高だったよ。彼女も、君の名推理もだ。それで、推理を終えた名探偵は黒幕をどうするのかな。訴えるか、それとも力で裁くのか。ふふ、どうなっちゃうんだろうね私?」

 

 ゾクゾクと体を抱き、身震いさせる黒幕兼現職市長に名探偵は背を向けた。

 

「アレ?何もしないのかい?やらなくていいのか~い?」

 

「それは探偵の仕事じゃないよ。それにもっと相応しい人が来ているみたいだし」

 

「へ?」

 

「随分楽しくやっていたようだな」

 

 アトイの背後にはいつの間に背の高く荒々しいボリュームのある髪の女性が拳を鳴らして立っていた。成人男性でもまともに受ければ泡を吹いて倒れかねない殺気と圧力を受けアトイは錆びたロボットのようなぎこちない動きで後ろを振り向く。

 

「リ、リト君……いつの間にここへ……?いや、違う。これは違うんだ」

 

「何が違うのか、今からお前の身体に聞くことにする」

 

「ちょ、まっ!?ブベラ!?」

 

 打撃音と悲鳴を背に名探偵は歩みを進める。

 

「ギャアアアアア折れる折れる折れる!ちょっと!ちょっとー!!市長が!現職市長が暴行を受けています!ねえ!あれ?聞こえてない?アイヤアァァァ!?」

 

「うるさい……」

 

「ちょ、沈められる……沈められちゃいますよぉー!?ガボボボボボボボ!ぶはぁー!生き返るわー!ガボボボボボボ!!!」

 

 シャボン玉を吹き流し、背後の悲鳴が耳に入らなくなった頃、名探偵は月を見上げて呟いた。

 

「助手でもいれば少しは楽になれるのかな……。なんて、そんなこというのらしくないよね」

 

 らしくないが欲しいのも事実だ。事前説明に現場の取り仕切り、物理的な戦闘に至るまで今回のアークは非常に便利だった。より自分に適したそういった存在がいれば自分の安全も守りやすくなるだろう。

 

 今は望むべくもないがいつかはこの月のように見つかればいいと思う。 

 

「さて、次の事件はどんなのかな」

 

 探偵は夜を征く。




第九話「ウシワカ館の連続殺人」完結です。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。
よろしければお気に入り登録・高評価・感想などいただけますとモチベが上がります。


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SH図鑑⑨シロ&次回予告

SHs図鑑⑨シロ

元動物:オオミチハシリ(ロードランナー)

誕生日11月20日

年齢:18歳

 

概要:ヒクイドリのSHであるリンと恋人関係にあるSH。二人はマンションの一室で同棲している。

 複数のゲームジャンルを元にした非常に強力かつ多彩なSH能力を持ち、高い戦闘能力を持つリンの補助を担当している。

 ゲーム、特にレトロなものを好みよくプレイしている。また、プロのRTA走者としても名を馳せておりファンもいる。また、好みが反映されているのかところどころ口調にゲーム用語が混ざる。

 自分に自信がなく内向きな性格のため、キラキライケメンの恋人に対してかなりの引け目を感じている。それを払拭するために日々努力を続けている。

 家庭的で家事全般が得意。特に料理はかなりの腕前である。

 ゼルデンリンク後はリンとゲームを楽しむ回数も増えたようである。また、ラムルディアがギルド長をつとめるゲームギルドにも出入りするようになった。メンバーはラムルディ、ランカ、アーク、MEA、リン、シロがいるが現在メンバー募集中で更に増えるかもしれない。

 

武装:カランビットナイフ

暗殺・護身用の武器だが能力が目覚めてからはあまり使うことがない。

 

趣味:ゲーム、新料理の開発、少女漫画を読むこと

 

好物  モンスター肉っぽいやつ

嫌いなモノ 失敗した時の自分の料理、

 

SH能力 :GAMING SWITCH

ゲームになぞらえた五つの能力を選択して使用できる能力。

アクションゲーム、ガンシューティングゲーム、パズルゲーム、恋愛シュミレーションゲーム、格闘ゲームが存在する。

アクションゲーム 身体能力、特に跳躍力に優れた飛躍を見せる他、空中での再跳躍を可能にする

ガンシューティング 非常に高性能な二丁の銃を顕現させる。弾はなくなると腰のチャージャーに銃床を触れさせチャージすることができる

格闘ゲーム  自分と一人を閉所空間に99秒の間経過するか片方が戦闘不能になるまで封じ込めることができる能力。制限時間内だけタイマンできるという能力であるがシロはもっぱら時間稼ぎにだけ使用している。

パズルゲーム   パズルを解くと対象に荷重を与えるものが降り注ぐ。荷重物は実は燃えるので火に弱い。

恋愛シュミレーションゲーム 他人の好感度が数値として見えるようになる

 

次回予告

一月振りに”トモダチ”であるコタツから連絡を貰ったアーク。

メアとライズを連れ立って彼女の家を訪れると……

アークの過去の姿が明らかに。

 

SHs大戦第十話「SHs大戦-昔日の記録-」

 

 

 



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10-1

<麺類を啜る女性の声>

 ズズ……今日は……ズズー!アークは……ズ……メアを連れて街に繰り出しているようだねズルズル。

 

「そういえばアーク。”トモダチ”からは連絡来たのだ?」

 

「ん?あー……コタツちゃんのことか。メールは送ったんだけどまだ返事来てねえんだよ……な」

 

「ええ~もう埼玉に行ってから一月も経つのにだ!?メアたちのクラスじゃメッセージを一晩放置したら次の日の給食の牛乳全部押し付けられるのにだ!?」

 

「陰湿だなお前の学校……オン?」

 

 フー……フー……ズズー……おやぁ。麺を啜っていたらアークの携帯端末に着信が。これはひょっとするとひょっとするんじゃあないか?期待して見守ろうか。ジュル。

 

「言ってたら来たぞメアー!コタツちゃんからだ。明日家に来ていいって!ライズちゃん誘って行こぜ!」

 

「楽しくなってきたのだ~!」

 

 ビンゴ!なるほど今回はトモダチ回という奴か……ズルズル、明日は眼が離せないな。ズゾ!御馳走様でした。

 これで5食連続カップ麺か。買いだめの期限忘れてた僕が悪いけどどうにも貧層な気分になってくるねえ……。

 

 浮遊都市埼玉県貴値真市は日本一多種多様な映画館が市内各所に点在する住宅街である。アークたちが朝一番に訪れたマンションにもまた当然のように映画館が内部に備え付けられていた。

 アークはメアとライズと共にメールに記載された部屋の前に立っている。傍目にもわかるほど緊張した面持ちの彼女は若干上ずった声で隣のライズに声をかけた。

 

「ライズちゃんは……コタツちゃんのお家に来たことってあるの?」

 

「んー何度かね~……もう、そんなに緊張しなくていいのよ。コタツだってお姉さんと一緒で昔とそんなに変わってないんだから。自然体のアークちゃんで、ね?」

 

「む~何をしりごみしておるのだアークぅ。こうなったらメアが先陣を切って鳴らしてきてやるのだ」

 

 珍しく消極的な様子のアークに痺れを切らしたのかメアはドスドスと足を踏み鳴らしドアに歩を進めた。これにはアークも慌ててメアを抑え。

 

「だぁ~!やる!これはアタシがやんの!!……アタシが自分でやんなきゃ意味ないことだから……ちゃんと見ててくれよ”悪友(メア)”」

 

「む~……仕方ないのだ。見ててやるからしっかりつとめをはたすのだ”悪友(アーク)”」

 

「ん」とメアを放すとアークは立ち上がり扉を正面に捉える。目を伏せ、深く呼吸を整える。怯えが止まった。

 

 瞼を開けてゆっくりとしかし確実に指先を進ませる。丸みのあるボタンに触れて。

 ピンポーン。押した。

 甲高いドアチャイムの音が反響し収まっていくとアークはゆっくりと振り向いた。

 

「やった……ちゃんと押せた」

 

「よくやったのだアーク!これで後は”トモダチ”が出て来るのを待つだけなのだ」

 

「頑張ったわね~アークちゃん。それじゃあ今から」

 

「うん、今から」

 

 そう、彼女に会うには来訪を知らせただけではいけない。

 

「下の喫茶店でお茶していこうか。30分ぐらい」

 

「やっぱりそうなる?」

 

「どうしてなのだ!?」

 

 コタツ宅のインターホンを押してから30分の時が経ち。アークたちは再び扉の前に戻って来ていた。

 再び扉前での待機状態となっているのが不満なのかメアは納得のいかない顔をしている。

 

「ケーキごちになったのだライズ姉ちゃん。でもなんでピンポンしたのにわざわざ下におりたのだ?これじゃあただのピンポンダッシュなのだ。帰ったらマミーたちにおこられちゃうのだ」

 

「アタシはなんとなくわかるけど……コタツちゃん今でもなの?」

 

「そうよ~。お姉さんたちが喫茶店にいったのはあのままいても扉が開かないから。それなら涼しいところで甘い物食べてたほうがいいでしょ?」

 

「開かない?開けてくれないのだ?いじわるなのだ?」

 

 もっともなメアの疑問にライズは「ん~ん」と首を横に振る。

 

「開けられないのよ。チャイムを聴いてコタツが寝床から起きだして扉を開けにくるまで大体半時間ぐらいみとかないといけない。コタツはね……生粋ののんびり屋さんなの」

 

「のんびりのスケールが大きすぎるのだ……!」

 

「変ってないね~」

 

「はははは」と談笑をしていると何かに気付いたようにアークが静まる。その様子をライズは細い笑みを浮かべて眺めた。

 

「気付いた?」

 

「うん。扉の前、来てる」

 

 アークの扉越しに感じる懐かしい気配は次第に、ゆっくりと強くなっていく。

 

「ようやく」

 

 ようやく。扉が開かれる。

 

「い~~~~~~らーーーーーーしゃ~~~~~いーーーーーー」

 

 欠伸をしたくなるほど間延びした声と共に現れたのは小学生であるメアよりも小柄な少女。丈を大幅に余らせたダボ付いたパジャマルックの彼女はろくに整えられてないぼさぼさの髪を振り、眠たげな眼で力の抜けた笑みを作った。

 

「コタツちゃん!!」

 



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10-2 いつどこシネマ

 これ以降コタツの台詞のみ実際の三倍速で表現されます。より臨場感を持って読みたい方はコタツの台詞を読むときだけゆっくりと読むことを推奨します。

 

 ♦ 

 

「ど~ぞ~~は~いっ……て~~?」

 

「お邪魔しまーす」

 

「するのだ」

 

 コタツに迎えられたアークたちは勧めに従ってコタツ宅へと足を踏み入れた。最後まで扉を支えていたライズが中に入るとコタツは廊下の奥を片手でゆっくりと指し示す。

 

「リ~ビング~~へ~~ごーあんな~~い」

 

「行きましょ。コタツはお姉さんが運ぶわ」

 

「ら~くち~~ん~~」

 

 ライズに腹から抱きかかえられてリビングへと運搬されていくコタツ。それを追ってアークたちも廊下を進んでいった。

 

「と~うーちゃ~く」

 

 コタツの間の抜けた声と共に開けた部屋に出る。キッチンが併設されたリビングルームは大型のスクリーンと季節外れの火燵を除けばほとんど家具が設置されておらず、やや殺風景な趣があり、実際より広く感じさせる。

 コタツは火燵の前に降ろされると「あ~り~が~と~」と礼を言うとゆっくりとキッチンのほうに体を向けようとした。

 

「あー……のーみーも~の~おもてな~~し。し~な~きゃ~」

 

「お姉さんがやっておくわ。紙コップと飲み物自由に使っていいわよね?」

 

「いい~よ~~。すま~ないーね~」

 

 コタツが全て言い終わる前にアークとメアは火燵に着席しライズがそれぞれに紙コップを分配しドリンクを注いでいった。

 皆がコップを手に取り、掛け声とともにコタツのグラスに押し寄せた。

 

「「「かんぱーい」」ぱ~い」

 

 アークたちが持ち寄ったお菓子に思い思いに手をつけていくとコタツがゆっくりと口を開いた。

 

「お久し~ぶりだーね~アークちゃ~ん。怪我ーしてる~けど~。げん~き~?」

 

「うん。これ古傷だから大丈夫。久しぶりだねコタツちゃん。こっちはメールでいってた”悪友”のメア」

 

「そうなのだ~しょうがくせい~の~メアーなのだ~」

 

「真似してんじゃねえよっと」

 

 アークはメアの頭を軽く小突くと彼女と軽く笑みを交わす。そんな彼女を見てコタツはただでさえ抜けていた力が抜けたように肩を下げた。

 

「仲……よさそ~。あんしーんした~」

 

「そ~よねー。アークちゃん、昔は人づきあいとかそこまで得意な子じゃなかったから心配してたんだけど、メアちゃんがいるなら大丈夫ってお姉さんも思ったわ」

 

「アークのことはメアにおまかせ。なのだ!」

 

「はいはい」

 

「私~は~アークーちゃんの~”トモ~ダチ”のコタツーだ~よ~。映画のブログをやってる~よー」

 

 それからしばらくの間お菓子を食べたり食べさせたりしているとコタツが思い出したように長い声をあげた。

 

「あ~~」

 

「どうしたのだ?」

 

「せっ……かくーだから~えいがーでも~みよ~か~。パニックとかーどーお?」

 

「いいね。そういえばマンションの下にあったよね。いこっか」

 

「い~や~。でなくてもーだ~いじょぶ~」

 

「どういうこと?」

 

 疑問には取り合わずマイペースな宣言がなされる。

 

「いつどこ~~キネマ~」

 

 瞬間。アークたちを取り囲んでいた光景は様変わりした。殺風景な明るいリビングは薄暗く広大な空間へと取って代わり、彼女らは皆、大量に整列されたフカフカの椅子にもたれかかっていた。その視界の先には白く透き通った巨大なフィルムが存在している。この場所はつまり、

 

「映画館なのだ!?一体どうなっているのだ~!?」

 

「しー!」

 

「い~よ~ここー私たちしか~いな~いもーーん」

 

 アークは尋ねる。

 

「えっと……これってコタツちゃんの?」

 

「そ~だよ~」

 

「SHナマケモノとしてのSH能力ね。なんでもかつてこの世に存在した如何なる映像記録にもアクセスして上映できるらしいわ。現実世界にはない特殊なルールの空間だから上映中は絶対に暴力沙汰は起きないから安心していいわよ」

 

「おかし~のー種類がーすくないのは~ごめんーね~」

 

 長くなるのを危惧したのか、途中で言葉を奪ったライズの説明で、アークはひとまずの納得を得る。しかし、それと同時にアークにはある疑問が湧いてくる。

 

「あれ、でもこれっていわゆる違法視聴じゃ……」

 

「そ~……かも~~?」

 

「きぶつはそんまが何か言ってるのだ~」

 

 疑問に答えが出る前に映像が始まったことにより一同は静かになった。

 

 予告編を挟まずにすぐさま流れ出した本編は、独り暮らしの女性が、自身の元に送られてきた小箱を開けると中から殺人鬼が現れ、殺されてしまうという冒頭で幕を開けた。  それからすぐに一組の男女による助長な恋愛のやりとりがたっぷりと描かれた後に、彼らがデートへと向かった街のあちらこちらに冒頭の小箱と同じものが映される。これから惨劇が披露されるかと思われた中、延々とカップルのデートシーンが流れ殺人鬼は全く姿を現さない。彼らが外に出て来るのは本編開始から一時間程立ってからのことであった。

 11人の殺人鬼たちが街に解き放たれ、ついに本番が始まった身構えた観客たちであったが、フラフラと焦点の定まらぬカメラワーク。肝心の殺害の瞬間がまともに映っておらず下手な叫び声だけが聞こえる殺害シーン。街が騒然となっているにも関わらずデートを続行するカップルの痴話喧嘩が続き……。そしてあまり盛り上がることなく、やたらと長いエンドロールが流れて終わりを迎えた。

 一つの作品の鑑賞を終えたアークたちの感想は一つだった。

 

((クッソつまらねえ……!!))

 

 異心同想の後にシアター主のコタツは戸惑った声を伸ばす。

「あ~れ~?おーかーしーな~。ごめーんね~。ながーすのー間違えちゃっ……た~」

 

「そうよね!?だってこれほぼ痴話喧嘩映画だったものね。確かに私はパニックになっちゃったけど」

 

「く、クソ映画は突っ込んでいい奴ってわかってねえのはキツイって思い知った……」

 

「不意打ちだったのだ~」

 

 精魂尽き果てたように皆が口々に感想を述べるとコタツも少し申し訳ないようで、

 

「じゃあ~お口直しにーもういっぽん~観る~?」

 

「「いえ、結構です!!」」

 

「そっか~」

 

 提案を断られたコタツはしばしの間虚空を眺めていると不意に、というにはゆっくり過ぎる動作でアークとメアに体を向ける。

 

「そうだ~メアちゃんって~。アークちゃんが~昔どんなだったか~知ってる~?」

 

「ライズ姉ちゃんからちょっと聞いたのだ。委員長みたいだってうたがわしいのだ~」

 

「じゃあ~その頃のアークちゃ~ん。みてーみたい~?」

 

「え、ちょっとコタツちゃん!?」

 

「見れるのだ!?見たいのだ!」

 

「あら、久しぶりに皆が見れるのね。いいじゃない」

 

「え~」

 

 約一名を除いて合意が取れたことにより新たなる映像がスクリーンに映し出される。それは先程の映画よりもなお少ない予算で取られた、ある少女らの輝かしい思い出の記憶であった。

 



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10-3 過去の記録1

 

映像が始まるといきなり朗らかな女性の顔がバストアップで映りこんだ。

 

「はーい。それじゃあ今日もノーム小隊の映像記録を撮っていくわよ~。撮影者はもちろん私。みんなのお姉さんライズよ~」

 

 カメラを回したのか、今よりも少しだけ幼い顔立ちのライズから無機質な廊下へと画面は切り替わった。画面は揺れと共に数歩分前進し、方向を変えると、扉にかける手が映り、扉が開かれる。

 映された少し手狭な室内には机と椅子があり、そこには三人の少女が存在していた。

 

「いるのは~ナジーちゃんとミイチルちゃんとコタツね。他の二人は遅れてくるのかしら」「なんだよライズ。今日もまた撮ってんのか?よく飽きねーもんだ」

 

 撮影者に声をかけたのは露出の多いパンクファッションの少女だ。攻撃的な見た目であるが、少なくとも声をかけた対象には敵意がないようで気さくな笑みを見せている。

 

「どこかには私たちが残ってた記憶を作っておきたいじゃない。もしかしたらこの記憶も消されちゃうかもしれないけど、かつてどこかにはあったってことにしておきたいのよ。ナジーちゃんは撮られるの嫌かしら?」

 

「嫌……てわけじゃ……」

 

 答えの途中でナジーは艶めかしいカメラワークで撮られていることに気付いたようで顔を赤らめて吠えた。

 

「やっぱ嫌だ!ミイチルとれよ。ホラ」

 

「やだよ。今SNSでやり取りしている最中なんだから。邪魔しないで欲しいんだけど」

 

 不機嫌そうに顔を向けたのはミイチルという少女だ。ナジーとは正反対に着込んだ内向的な印象を与える蒼髪の彼女は体を机に倒し、誰かの脚を肘置きにしていた。

 

「コラコラ、ミイチルちゃん。コタツを肘置きに使わないの。っていうかコタツも机で寝るの止めなさいって」

 

 誰かとは、コタツであった。身の丈に合わないぶかぶかの服を着込んだ白灰色の髪を持つあどけない少女は机の上で大の字になって眠っていた。画面外から伸びる手が彼女を揺らすと寝息が漏れる。

 

「う~ん……もう眠れないよう~zzz」

 

「ダメね~これじゃあちょとやそっとじゃ起きないわ。ナジーちゃん、ミイチルちゃん。コタツを椅子に座らせてあげて」

 

「ええ、なんで俺らがやんなきゃいけないのさ。ライズがやってあげたらいいじゃん」

 

「私が……い、いや~お姉さんちょっとコタツちゃんは持ち運べる力はないかな~」

 

「いけるだろ!ミイチル~。ライズがコタツのこと重いって言ってるぜ~」

 

「かわいそ~」

 

「い、いや……そういうわけじゃなくってね。ホラ……ああもう何て言ったら──」

 

 撮影者が年下の二人に攻め立てられる中、助け船のように勢いよく扉が開け放たれる音が響く。続くのは注意の声。

 

「コラ!ナジーちゃん、ミイチルちゃん。ライズちゃんを虐めちゃダメでしょ!!」

 

 部屋の中に入ってきたのは、白藍の長髪を携えた彼女は眉をキツく結び画面に向かって来る。制服をぴっしりと着込んだいかにも真面目そうな彼女の名は、

 

「アークちゃん!」

 

 過去のアークと画面との間に無言でナジーが立ちふさがった。

 

「別に虐めてねーよ。毎度毎度アタシのやることなすことに文句つけやがって。自分が絶対正しい委員長様気どりか、ええ?」

 

「虐めてなくても私はナジーちゃんたちに文句を言う資格がある。二人とも当番なのにお部屋のお掃除サボったでしょ。私とノームちゃんが代わりにやっておいたんだからね!」「え!?ノームちゃんも!?……か、関係ねーし!後でやるつもりだったし!勝手にやんなよ!なあミイチル?」

 

「後にして」

 

 あくまでも我関せずという態度を貫き携帯端末に噛り付いているミイチルであったがアークは追及の手を緩めない。

 

「ミイチルちゃんも!エスエヌエスは禁止って言われてるのにバレたらどうするの!早く辞めなさい!」

 

「辞めない。この、離せ!……ナジー!!」

 

「よっしゃ二人がかりじゃー!!」

 

「あ、ちょっと卑怯だよ!もー!!」

 

 喧嘩を始めた三人を遠目に映しつつ画面外からライズは忠告の言葉を投げておく。

 

「ほどほどにしときなよ~」  

 

 しばらくの間放っておかれると喧嘩は状況を変え始めた。当初人数の差で互角に展開していたのが、動きの悪いミイチルが脱落したことを契機に一方的な流れに変わり、ついにナジーはアークのコブラツイストに捕まった。

 

「いだだだだだだだ!?」

 

「反省、しな、さい!」

 

 ある程度大人しくなったタイミングを見計らったのか、画面は彼女らの元へと接近し、ライズの声が飛んだ。

 

「はいはい。そのあたりにしときましょうね~。アークちゃん離してあげて。ナジーちゃんもミイチルちゃんも反省してるでしょ」

 

「してねーよ」

 

「ホラ」

 

「いだだだだだだ」

 

 ライズはため息を漏らすと指を拘束されているナジーの首筋に添えると軽くなでた。それだけで、

 

「ひゃっ!?……ゾワゾワした~」

 

「反省……したわよね?ミイチルちゃんも」

 

「「したした!」」

 

「はい、離したげてー」

 

「はーい」

 

「ぐえ」

 

 アークは不承不承といった様子でナジーを床に放流した。するとミイチルの上にナジーが重なることになり下の部分担当は鈍い声を上げた。こうしていつもの騒動が片付くと、皆の待ち人は現れた。

 

「みんな~お待たせ~」

 

「「ノームちゃん!」」

 

 部屋に入ってきた白髪白肌の陶磁器のような少女にまずアークが駆け寄り次いでナジーが起き上がって続いた。

 

「なあなあノームちゃん。今日の任務はなんなんだ?」

 

「あ、ちょっとズルイ。そういうのは副隊長の私が聞くものなんだよ」

 

「えーと、二人とも?今からみんなに発表するからね?」

 

「「むー」」

 

「隊長を困らせない!コタツも起きたし始めていいわよ。ノーム」

 

 ライズの一声により皆は静まり、この部屋に集まったノーム小隊の主であるノームへと注目することになる。注目の先でノームは「こほん」と、軽く咳ばらいを済ませ話始めた。

 

「えーとね、今回の任務は……今回の任務もかな。敵性ありえん。の拠点襲撃だよ。相手は【邪菓子教団タラタラス】怪しい武器を使うから気を付けて」

 

 発表と同時に皆が持つ情報端末が震え一斉に確認する。

 

「へえ、戦闘利用できる特殊な菓子を用いた独特な戦法が特徴なるほどねえ」

 

「この地区のリーダーは数日前に力を持った写本を手に入れ、強大な異形を使役する可能性がある。ズルじゃね?うちらにもそういう武器を降ろしてくれよな~」

 

「文句言わない。上の人は上の人達で大変なんだから。それにあるもので何とかするのがプロってものでしょ」

 

「あら~背伸びしちゃって。アークちゃん可愛いわ~」

 

「カメラ~回ってるーよ~?」

 

「ちょっ!?止めて止めて」

 

 10分程の間ブリーフィングを続けると小隊の中央にてノームは統括する。

 

「相手は違うけど気をつけることはいつも通り。みんな生きて無事に帰ってくる。できれば相手も殺さない。オッケー?」

 

「「オー!!」」

 

 高らかな応えと共に、この記録は一度終わりを迎えた。

 



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10-4 過去の記録2

 とある港の外れに、一軒の家屋が存在する。その中では人々が祈りを持ち寄っていた。

 

「「噛み太郎 吹き太郎 やっちゃんは 酢ムリエ スパルタ屋の シガレット」」

 

 平時は駄菓子屋として機能しているこの建物の中に、今宵はフードで顔を隠した正体知れぬもの達がこぞっている。呪文と共に祈る彼らの眼前には大量の駄菓子のようなものが捧げられた祭壇が存在していた。

 

「「シガ!シガ!」」

 

 蝋燭の火と月明りだけが薄く照らす暗い室内で、敬虔なる祈りが重ねられる。その度に闇が、異世の理を運び込む。それはやがてこの世の理を乱す萌芽となる──

 

「邪魔するぜぇ!!」 

 

 そして萌芽は乱雑に開け放たれた扉と共に摘み取られた。

 乱入者は四名。いずれも既に室内にいた者たちと異なり揃いのコートを着ておらずそれぞれバラバラの衣装の少女たちだ。つまりは部外者。最前列で祈りを捧げていたもの。この教団の司教は警戒と共に声を飛ばす。

 

「何者ですの!?見張りの方はどうされましたの!」

 

 返事の代わりにパンクファションの少女は握り込んでいた棒を振りかぶり、豪速で放った。それは最前列の司教の頬を掠め、景気のいい破砕音と共に祭壇を打ち砕いた。

 

「こーいうモンだ」

 

「ア……ナタ様!!何をやっていらっしゃいますの!?お撃ちになって!」

 

 激昂を抑えた司教の指示により幾人かはスナック生地の大筒を袋から取り出し構えるも、

 

「あばよ」

 

 既にその場に少女たちはいなかった。真夜中の港で砲音が轟く。

 駄菓子屋にして邪菓子教団タラタラスの本拠地の壁は大量の在庫と共に吹き飛び、辺りには砂煙が舞い散る。海風がそれを運び去った後には襲撃者の姿は見当たらなくなっていた。

 

「く……お探しになってくださいまし!まだ近くには行っていない筈ですの!!」

 

「は!」 

 

 フードを被る信者達は先程の砲塔を含め様々な邪菓子を携え建物から姿を現していく。それを狙いすましたように、建物の影から彼らに飛び掛かる影があった。

 

「ここだ!よ」

 

「ガッ!?」

 

「アナタ様。お逃げになったのではなかったんですの!?」

 

「アホいえ。アタシらの目的はオメーらの壊滅。儀式止めたぐらいで帰るかよ」

 

 再び姿を現したパンクファッションの少女は倒した信者から大筒を奪い取ると獲物を前にしたような凶悪な笑みを見せた。

 

「おおかた欠けた円環の継手(カルヴァリー)辺りのお差し金でしょうけど……飴のように舐めていただいては困りますわね。うまい砲部隊!撃ち方始め!!」 

 

 既に信者たちは少女に対して扇状に展開しており、それぞれがスナック生地の大筒、うまい砲を構えていた。砲撃が敢行される。

 少女との元に砲弾が殺到する。だがその間に一本の傘が割り込んだ。幾重にも連ねられた砲火は全てその黒花によって防がれ、その後ろにいた少女四人を傷つけることはなかった。

 

「へへへ、ノームちゃんありがと」

 

「も~ナジーちゃんったら危ないんだから」

 

「だって武器投げちゃったから代わりの奴拾わないといけねーじゃん?」

 

「なんっで計画性もなしに投げちゃうのナジーちゃんわ!?」

 

「うるせーなアークは。んなもんノリだよノリ。あそこでああしたほうがキマってるだろ?お、この大砲食えるな。うまい」

 

「お腹壊すから食べちゃだめよ~」

 

「あらあら拾った武器もなくなっちゃったわね」 

 

「真面目にやってよ~!」

 

 砲撃を傘で防ぐノームの後ろで、アークとナジーは姦しく言い争う。そんな様子を見ている司教は勝ち誇り、一層砲撃を強めるように指示をだす。

 

「おーほほほほほ!うまい砲を傘一本でこれほど凌がれるとはおったまげましたが。それがいつまで持ちますの?」

 

「そっちこそ。いつまで攻める側でいられると思ってるのかしら~」

 

「なんですの!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

 返事をしたのは信者たちであった。砲撃を担当していた内の三名が肩や腕を撃ち抜かれて血を流し、跪いていた。

 

「──狙撃ですの!?しかも三名様以上ですって!?散開ですわ。狙いを付けさせてはいけませんわ!」

 

 素早い指示だしであったがそれでも遅かった。乾いた音を皮切りに、砲撃手たちは次々と倒れていく。さきほどの狙撃ではない、音の発生源はもっと近くから来ている。

 

「砲撃手は全員潰した。もう守ってなくていいよ」

 

 アークだ。信者たちが狙撃に気を取られている間に傘の後ろから躍り出た彼女がハンドガンによってうまい砲持ちの四肢を的確に撃ち抜いていったのだ。これにより彼女らをとどめていた要因はなくなった。逆襲が始まる。

 

「はい。予備の棒。こういう時のためにお姉さんがいるのよね」

 

「サンキュー。おら食えー!!」

 

「うぼぁ~!?」

 

 仲間から武器を受け取り、獣のように次々と獲物を襲うもの。

 

「それじゃあちょっと痛くするわよ~」

 

「傘が解けて……糸に!?」

 

「ひっ、糸が絡まって──ウワー!?」

 

 莫大な糸で信者たちを絡め取り、壁や床に叩きつけていくもの。

 

「ミイチルちゃん、敵はここにいるので全部?援軍とない?」『いたら言ってる』「わかったありがと!」

 

 通信で後方支援の味方と連絡を取りつつ、遠距離武器と近接武器を使い分けるもの。

 三者三様であったがいずれも最早信者たちが対抗できる戦力でないことは自明であった。

 

「ちょ、ほっ、やっ!?おねーさんにはやっぱり前線はきっついわ~。はい、アークちゃん。銃弾よ~」

 

 半戦闘員である一人を除いて、ではあるが。

 

「仕方がありませんの……これはしっかりとしたお儀式で使いたかったのですが」

 

 物陰に身を隠し戦いの趨勢を見切った司教は、つい先日とある古物商から買い取った

禍々しい写本に手を触れ、詠唱を始める。

 

「噛み太郎 吹き太郎 やっちゃんは 酢ムリエ スパルタ屋の シガレット シガ シガ ジャガルフ!!」

 

 詠唱と共に世の法則は乱れ、そして邪神が姿を現す。今、港に現れた存在は名状し語り量の駄菓子で身体を構成した化け物だ。家屋程の巨躯を持ち、魚類を思わせる身体の背にはヒレのように棒状の駄菓子が連なっている。うまい砲を横に付けたようなTボーンヘッドの邪神はアークたちに無貌を向けるとゆっくりと進撃を開始した。

 

「おいおいおいマジにバケモンじゃねえか。……駄菓子で出来てるし食って倒せねえかな」

 

「馬鹿言ってないで戦ってよナジーちゃん!」

 

文句と共に銃弾を放つアークであったが、邪神の身体は弾丸に抉られた部分から直ぐに別の駄菓子が生えて欠損部分を埋めていった。

 再生を終えると邪神は怖気が走ったように身を震わせ背部の駄菓子を射出した。それらはまるでミサイルのように地上のアークたちに狙いをつけていた。

 

「うそぉ!?」

 

 射出された12本の駄菓子のうち半数以上は糸によって叩き落とされ、防がれた。幾本かが残ったが訓練を受けた彼女たちにとって避けることはさほど難しいことではない。やり過ごした後に軽口をたたく余裕はある。

 

「きーてねーじゃん。やっぱ食うのが正解だって」

 

「そんなバカな解決方法があるわけないでしょ。でもどうしようノームちゃん」

 

「たしかー。資料では召喚に使った本を燃やしてしまうのが正解って書いてたわね~。ミイチルちゃん、司教さんの場所──なるほどあの後ろね。ありがとう」

 

 ノームが示した先は確かに司教が身を隠した場所であった。

 

「それじゃあお菓子のお魚さんは私とライズちゃんが押さえておくから~。二人とも本はよろしくね」 

 

「オウ」

 

「わかった。気をつけてね」

 

 仲間と別れて自らの横を通り抜けようとする者たちを放っておくような邪神ではない。当然薙ぎ払う、そのように動こうとした。動けなかった。邪神の巨体にはいつの間にか糸が絡みついていた。

 

「…………」

 

「あらあら。そんなに大きくても力は私の方が強かったみたいね~」

 

 邪神を封じる糸の先にはいるのはノームであった。邪神は束縛から逃れようとするように身を動かそうとするが動けない。あり得ざる光景ではあるが二階建ての建物よりもなお大きな怪物よりも人間大の少女の方がより強大な力を持っていることを端的に示していた。

 

「あの子たちには指一本触れさせないから……そのつもりでね?」 

 

 

 

「待てコラぁ!菓子と本置いてけやぁ!」

 

「お菓子はいらないでしょ!」

 

 アークたちとナジーは司教を追って狭い通路港の路地を駆けていた。持ち前の身体能力とミイチルによるナビゲートによって直ぐに追いつくことができたが、いまだに捕らえられていない。敵の妨害が激しいからだ。今も、

 

「こないでくださいまし!乱暴者ときくお口はなくってよ!ねじりんBOW」

 

 司教の元から串にささった捩じれた餅のような物体が矢のように射出される。それは丁度彼の背後を追うアークたちを貫く軌道を取っていた。

 

「もうめんどくせぇ!」

 

 だが、射線上のナジーは避けもせずに大口を開け、それを喰らった。

 

「ふへんな!へんふふってやっはぞ」

 

「コラー!そんな怪しげなもの食べちゃダメって言われたでしょ!……で、それ美味しいの?」

 

「うめーうめー。舌の上で溶けるみてーだ。一本食ったらどうだ?」

 

「──いらない!」

 

「でたらめな方々ですのね……!」

 

 司教が邪菓子を放ち、ナジーが腹を満たし、アークが撃つ。そんな追いかけっこはそう長くは続かない。司教はとうとう海へと追い詰められ逃げ場を失った。

 

「追い詰めたよ!早く本を捨てて撃たれて!」

 

「めちゃくちゃ言うよなオメーも。でもそうしたほうがいいぜ。でないと──」

 

「でないと?どうだというのです!一か八か再び召喚を試みて──」

 

 司教が写本に手を触れ詠唱を開始しようとしたその時だった。その口が空気を震わせるより前に音よりも速い物体が彼女の身体と写本を同時に撃ち抜いていた。

 

「──ッ!?”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”あ”!?」

 

「でないとこうなる。ここはもうアイツの射線上だ」

 

 ナジーは絶叫と共に沈む司教に歩み寄ると撃ち抜かれた写本を奪い取り所持していたライターで火をつけ捨てた。

 

「あああああ、何ということを」

 

「原本ならともかくどっかの古物商から買い戻した写本だろ。命があるだけましまし」

 

「ゆ、許しませんわ……この恨み……はらさで……」

 

 写本が燃え尽き、司教が力尽きるのを確認するとナジーは軽く屈伸し立ち上がった。

 

「ナジーちゃん。ノームちゃんの方も終わったって」

 

「そーか。じゃ、帰ろうぜ。怪我とかないよな?」

 

「当たり前。そっちもお腹壊したとかいわないでよね」

 

「だーいじょうぶだって」

 

 そして二人は闇夜に消える。

 

ミイチルに指定された帰還ポイントにアークたちが辿り着くと既に他の部隊員は集まっていた。アークたちを確認するとノームは二人に駆け寄った。

 

「良かった~二人とも無事ねー。怪我してない?」

 

「そのやりとりもうやったよ」

 

「ノームちゃんは心配性だなぁ」

 

「そーよぉ。だからノームにあんまり心配かけるようなことはしないの。お姉さんとの約束よ」

 

 眠るコタツを背負ったライズは若干頬を紅潮させながらも注意した。

 

「はーい」

 

「ナジーちゃん生返事はダメ」

 

「アークちゃんもよ~」

 

「えー!?」

 

「ふふふふ」

 

「どうでもいいけど早く帰ろうよ」 

 

 これまで情報端末を弄り続け会話に入ってこなかったミイチルの言葉によって一同は帰路につくことにした。その道すがら、ナジーは疑問に思ったことを口にする。

 

「それにしてもあの教団の連中この後どうなるんだろうなー」

 

「医療班に回収された後にウチの参加にいれられるんじゃないの?そうなったら他の地区の信者たちが取り返しに来るかもしれないけど」

 

「そーかい……。ま、そうなったとしてもどうってことねーけどな。なんたってアタシらノーム小隊は最強の部隊で」

 

 普段バラバラでも6人が思うことは変わらない。

 

「「最高の”トモダチ”だから」」

 

 それがおかしくて、嬉しくて誰ともなく笑みが漏れる。



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10-5 SHs振り返り1

 作戦記録の上映を終え、アークたちはコタツのSH能力で生じた不思議な映画館から元の部屋へと戻って来ていた。編集された過去の記録を見届けたメアは熱っぽく語る。

 

「アークの”トモダチ”とバトルがいっぱい見れて楽しかったのだ!でも……どーいうことなのだ~!?アークが……アークが全く別人だったのだ!」

 

「ふふふふ、まあそういう反応になるわよね~」

 

「委員長だったって本当だったのだ!?いったいどうしてこんなになっちゃったのだ!?」「こんなってなんだ?こんなってよ~!」

 

「いだだだだだだだ」

 

「い~た~そ~」

 

 アークは”悪友”への制裁もそこそこにして感想戦の続きとした。

 

「……久しぶりにみんなのこと見れてよかった。ありがとうコタツちゃん。そうだ、コタツちゃんはミイチルちゃんとナジーちゃんとはあれ以降会えた?」

 

「う~ん~。二人にだけ~」

 

「そっか……」

 

気落ちしかけたことに気付いたのか、ライズは唐突に手を叩き。話題を変えた。彼女は昔からこういった空気を読むことに長けている。

 

「小隊の時の振り返りもいいけど。お姉さんはそろそろアークちゃんの話を聞きたいわ~」「え?……私の?」

 

「別れてからアークちゃんがどうしてたのかって。この前は結局聞けてなかったから。……そうね~メアちゃんとどんなことやったのかとかそういうの聞きたいなって。あ、言いたくないことは言わなくていいから、ね」

 

「わ~たーしーも~き~き~たーい」

 

「なるほど……」

 

 怯えを二人には察せられてしまったかもしれないと思いつつも、それを表にはださず答えることにした。

 

「いいよ」

 

「メアとアークの大ぼうけんをとくと聞くといいのだ」

 

「「わ~」」

 

 話すとなれば話題を決めねばならない。内容そのものには困らないがどれをどのような順番で話すかが大事だ。鮮明に覚えているついこの前の孤島事変はあまり話したくないのでその前というと……。

 

「ちょっと前にゼルデンリンクっていうゲームに──「なんっでメアがいなかったぼうけんを話すのだ!!」」

 

「いだだだだ」

 

「ははははは」

 

「ふーふーふー」

 

 メアによる頬引っ張りによりアークの話は中断された。”悪友”はご立腹だが聞き役二人の反応は悪くない。

 

「ってーなー。単に記憶に新しいってだけだよ。そんな言うなら会った時のことからにするか?」

 

「うむ。それでいいのだ。さあ、キリキリ話すのだ」

 

「アークちゃん頑張れ~」

 

「フレ~フレ~」

 

 応援を受けたのでアークは軽く咳払いの後に始めた。

 

「えー……あれはそう。電車に乗ってた時だっけ?」

 

「船だったのだ。豪華客船に乗っていたときなのだ」

 

「そうだったかもしれない。そこでふーねジャックとかいうありえん。に絡まれてたところを助けてやったら付きまとってくるようになったんだよな」

 

「アークは物めずらしかったのだ!自由研究の題材にもなると思ったのだ。実態は単なるダメ人間だったのだ……」

 

「オイ」

 

「アークちゃん普段擬態使ってないんだっけ?それで戦ったのについてくるなんてやっぱりメアちゃんは肝がすわってるわね~」

 

「ア~クティブー」

 

「メアは気になったものは確かめずにはいられないのだ!」

 

 得意げに胸を張るメアは置いて話を続ける。

 

「おかげで突き合わされる側は大変だぜ……オメーを撒くために全力で走っ……て?おかしくない?違うよな?船じゃないよな」

 

「ぷぷぷ、引っかかったのだ~!」

 

「オメ~そういうフェイントいらねえんだよ~」

 

「ど~したの~?」

 

「あ、いや大したことない。ふーねジャックが簒奪の詩(バースジャック)になっただけ」

 

「そうなの」

 

「そーなのだ。住所をつきとめてからは毎日アークを追いかけまわしてやったのだ」

 

「それで突然現れない日があったと思ったら吸血鬼の城に突っ込んでいってたからまいったよ」

 

 あの時のことをアークは今でもよく覚えている。偶然通りかかった双子から情報を得ていなければ”悪友”は今となりにいないかったかもしれない。それはとても恐ろしいことだ。

 

「ドーラ~キュ~ラー?」

 

「え、すごい。会ったの?」

 

「いや、期待させてるところ悪いんだけど自称吸血鬼なだけの単なるSH。血も吸わない」

 

「危うくさらわれて注射されるところだったのだ~」

 

 

「なるほどそこをアークちゃんに助けられたってわけね。ひゅうひゅう~かっこいい~」

 

「いや~それほどでも~」

 

「ひゅ~ひゅ~」

 

 ”トモダチ”に褒められては悪い気はしない。調子に乗ったところでさて続きといったところで当時の救助対象から指摘が入った。

 

「そういえばあの時のアークは今から考えると何だか出しおしみしてたような気がするのだ。ギリギリになるまでSH能力も使わなかったのだ」

 

 アークはとても「ギクリ」となった。彼女の言はまさにその通りだったからだ。

 

「あ、今ビクっとしたのだ!白状するのだ~!!」

 

「わーった!言う!言うから頬に指を指してくるのヤメロ!」

 

 指が頬を離れたのを見はからってから話す。

 

「いや……なんつーか、ほら。久っしぶりのまともなバトルだったから、さ。もったい……ないじゃん。ないですよね?割と余裕あったしさ」

 

「それって~なーめープーだ~」

 

「ちが!?」

 

「ちがわないのだ~!!そこになおるのだアークぅ!”悪友”のピンチに何よゆうかましとるのだ!」

 

「あ、あの時はまだ”悪友”じゃなかったし……」

 

「む~!!」

 

「ごめんなさ~い!!」

 

 現”悪友”のポカポカ連撃をガードしながらの謝罪はしばらく続いたが観客二人には好評のようで笑顔が絶えなかった。

 

「あ~、でもそうよね。アークちゃん喧嘩大好きだもんね」

 

「な!?ちょっと人を戦闘狂みたいに言わないでよ」

 

「だってナジーちゃんと喧嘩する時かたちだけイヤイヤしてるように見えて始まったらイキイキしてたものね」

 

「よくやってた……ね~」

 

「アークは昔から乱暴者なのだ~」

 

「さっきから渾身の力で連打してきてる奴がそれいう!?」

 

「反省が足らんのだ~?」

 

「もういいもういいっ……と。コップが空だ。他にもジュース入れて欲しい人~」

 

「「は~い」」

 

 二人手を挙げた。

 

「コタツちゃん以外ね~」

 

「ありがとなのだ~」

 

「どうもね~」

 

 希望者のコップに注ぎ終えると自らの喉を潤す。甘い林檎の果実を活かしたジュースは気を許せる相手と飲んでいるという環境も合わさりとても美味に感じた。だが、

 

「既製品もいいんだけどさっき言ってた吸血鬼が作るミックスジュースがどえらく美味いんだよね~。コタツちゃんとライズちゃんにも飲んで欲しかったな~」

 

「持ち運びにくいから仕方ないのだ~。むむむ、今度ラムルディに通販始めるようにいっておくのだ」

 

「わ~。た~の~しーみ~。ふふふー」

 

 

「──っ!?なんじゃ……?今何か悪寒が走ったような気がするぞ。どこぞの悪ガキどもがよからぬ企みをしておらねばよいのじゃが……」

 

 中世の空気が漂う喫茶店、暁の古城にて、店主でありオオコウモリのSHであるラムルディは怖気に身を震わせる。されども運んでいる最中の飲み物は一滴たりとも零しはしない。この商品が自分にとって大事な客のものであることを思い出し、再び足を動かす。

 

「あ、来たのだ!ラムルディ。こっちなのだ~」

 

 アンティーク調のテーブル席に小さな体をちょこんと乗せた少女がラムルディに向って手を振っている。ファンタジー世界からそのまま抜け出してきたような衣装を着込んだツインテ―ルの彼女は、人間ではない。さりとてSHでもない。かつてラムルディたちと共にゲーム世界を冒険した”仲間(パーティ)”にしてゲーム、ゼルデンリンク世界の管

者AIそれがMEAである。

 

「ほれ。ご注文のマロンバナナジュースじゃ。約束通りこれはサービスなのじゃ」

 

「いい匂いなのだ~!ありがとうなのだラムルディ!!」

 

「味わって飲めよ」

 

【挿絵表示】

 

「ゴクゴクゴク……ぷはー!美味しかったのだ~!」

 

「もう飲み干しおった!?口の周りにヒゲができておるぞ!」

 

「いけないのだ~」

 

 MEAはジュースと一緒に運ばれてきたおしぼりでポテポテと口周りを拭いた。

 

「もう大丈夫なのだ?」

 

「問題ないのじゃ。しかしこんなに早く、これほど精巧に実体化を果たすとはのう」

 

「サカキバラのねーちゃんたちが頑張ってくれたのだ!それとあれからすぐに外部から協力を申し出てくれた人がいたみたいだったのだ。技術的にはかなりその人のおかげってみんないってたのだ」

 

「ほおー世の中には凄い技術の持ち主がいるもんじゃのう。……そういえばもう他の連中にはこっちでおうたのか?」

 

 問いにMEAはフルフルと首を横に振った。

 

「まだなのだ~。一人での外出許可も下りたばっかりなのだー。さっきから気になってるのだけどあのサインってもしかしてなのだ?」

 

 MEAが小さい指で指し示したのは部屋に飾ってあったサイン色紙である。一つの色紙にmashiroとrinという二つのサインが為されていた。

 

「御明察じゃ。リンとmashiroのカップルじゃ。先週突然来おったのでな。サインを頼んだんじゃ~。いいじゃろ~」

 

「MEAも欲しいのだ!ラムルディのも欲しいのだ~」

 

「ほ!?ほほう……!!そうか、わらわのサインが欲しいか……くっくっくこの暁の簒奪者のサインは高くつくぞ。じゃがMEAは”仲間(パーティ)”じゃからな。特別に──」

 

「ラムちゃん店長~!一人に引っ付きすぎ~!もう手が回らないよ~」

 

「回らない回らない~」

 

 いざ人生初サインというところでバイトたちから苦情が入った。見渡せば確かに配給が滞っており経営者としてはこれはまずい。それを察したのかMEAは少し寂し気ではあったがこう切り出した。

 

「いいのだラムルディ。他のお客さんのところにいってあげるのだ」

 

「む、すまぬなMEA。もっともてなしてやりたかったのじゃが……」

 

「”仲間(パーティ)”のお店が繁盛してて喜ばしい限りなのだ!MEAならまた来るのだ!今度は他の”仲間(パーティ)”も誘ってみんなでお茶会なのだ!」

 

「その時は貸し切りじゃな。サメが悪させぬように見張ってておけよ?それではいってくる。ごゆっくりなのじゃ」

 

「いってらっしゃいなのだ~」

 

 ”仲間(パーティ)”に送り出され、吸血鬼は仕事仲間を助けに繰り出した。



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10-6 SHs振り返り2

「その次の週に起きたのがオタクランドサガ事変なんだよな~」

 

「なあ~にそれ~?」

 

 コタツの部屋ではアークが次なる話題に移ろうとしていた。

 

「ああ、方舟市の隣町で起きた事件で、パチ……ゲームセンターにメアと一緒に行こうとしたら巻き込まれた事件なんだけど──」「ウソ言うんじゃないのだ。ゲームセンターじゃなくてパチンコに連れて行ったのだ」

 

「メア―!!」

 

 アークの都合の悪い部分を誤魔化す作戦は早々に瓦解した。やはり、というべきか”トモダチ”の反応は芳しくない。

 

「え?アークちゃん……?小学生のメアちゃんをパチンコに連れて行ったの?不味いわよ。倫理的に」

 

「淫行列車を作った人に言われたくないんだけど!?」

 

「で~もー。素質は~あったとー思うーな~。勝負事にも~あつくーなりやすーかったし~」

 

「コタツちゃんまで!?」

 

「もっと言ってやるのだ~!」

 

 囃し立てるものを取り押さえて続きを話す。誤魔化すことは諦めた。

 

「好きなアニメの新台入荷日だったんだよ!……伝わる?いや、いい。やりたいパチンコが嵯峨にしかなかったんだけどそれ自体が罠だったんだ」

 

「店内にはすでにカンセンシャがいたのだ~」

 

「え、病気?それは怖いわね」

 

「ある種病気ともいえる。特定の作品に対してめちゃくちゃ情熱が燃え上がってそれを布教したくなる病気。布教には噛みつきが使われて噛まれた人はオタクになる」

 

「ゾーンビ~だ~」

 

 映画に詳しいコタツが早速趣旨を理解したようだ。

 

「布教ゾンビは次々に数を増やして街をおおいつくしたのだ!アークと一緒に街を逃げてるとリクの姉御に出会ったのだ」

 

「そいつもゾンビの発生源とはまた別のSHだったんだけどね~。ワニのSHで中々強い」

 

 続きを話そうとするも何かが引っかかったのかライズが口を挟んだ。

 

「ワニのリクちゃん?ちっちゃい緑髪の子ね」

 

「知ってるの?あ、そっかライズちゃんの居場所はリクから聞いたんだった。会ってても不思議じゃないか」

 

「半年よりも前だったかなあ。いつものようにあの車両に乗ってたら乗り込んでその子が乗り込んで来てねえ。『ライズさんはどなたですか?』って。表面上強がってたけどどう見ても引いてたからこっちから声かけてあげたの」

 

「それで何もされなかったのだ?」

 

「うん何も。ノーム小隊の元メンバーだったお姉さんと手合わせしたかったみたいだけど私はバリバリの戦闘員ってわけじゃなかったから断っちゃった」

 

 アークは疑問する。リクは自分以上の戦闘狂。果たしてその程度のことで引き下がるだろうか。

 

「……エッチなことしてないよね?」

 

「なあにいってんの。人をエロ魔神みたいに言って~。ちょっと肌を撫でて耳に息を吹きかけて囁いてあげただけよ」

 

「ヤってるじゃん!!」

 

「ふ~んー?」

 

 コタツがおっとりとした表情のまま不穏な気配を纏い始めたので早急に次の話題へと移ることにした。

 

「で、リクと一緒にショッピングモールに逃げ込んでしばらく休憩してたんだけどそこにはもう敵の黒幕……はリクか。その部下の感染源も入りこんでいたんだ。おかげでモールの防衛線は内側から崩壊。屋上まで追い詰められたんだ」

 

「やランカ……ゆるすまじなのだ……!!」

 

 

「えっきし!でごるぅ!」

 

「なんですかその無駄に騒々しくイライラするクシャミは?風邪ですか。頭の」

 

 嵯峨市に存在する巨大なカジノリゾート施設。その管理を行う部屋にて施設のオーナーであるワニのSHリクと副オーナー、ピラニアのSHランカがいた。

 リクは書類の束を机に置くと。軽いため息をつきつつ視線をランカに戻した。

 

「先程はご苦労様でした。まさか未だにこのカジノでサマを働こうというものがいるとは。短慮が過ぎて言葉もでません。それもあんな手で……」

 

「これでござるな」

 

 ランカが視線を向けたのは机の上に置いてある手のひら大の赤黒で構成された円ダイヤルであった。先程イカサマが発覚して地下労働施設送りになった客が所持していたものである。その者はルーレットゲーム中にポケットの中のコレを弄っていてランカに捕まった。

 

「ディーラーが投じたルーレットの値がこのダイヤルで示したものと同じになる。なんとも奇妙な逸品でござるな。恐らく船来の品であると思われるでござるが。目下出所を捜査中でござる」

 

「仕事が早くて何よりです。しばらく前に突然休日出勤してきたと思えばオンオンと気持ち悪く泣き出しながら『一月振りの推し摂取でござるぅ!!』って飛びつこうとしてきたあげく、迎撃したらしたで大層嬉しそうな顔を見せたときは『とうとうコイツだめになりましたか……。後任を見つけませんと』と思ったものですがこの分ならもう問題な

ようですね」

 

「いやあ、アレは色々と複雑な事情がござってなあ……。やランカもう充分にリクちゃん様成分を補充できたので復調でござるよ。こうして褒めて貰えたでござるしな。へへへへ役得でござる」

 

 ランカは珍しく気持ち悪くない笑顔を上司に見せた。リクは僅かに顔をしかめて追い払うように手をスナップさせる。

 

「はいはい。補充できたんなら業務にいってきてください。これからも活躍を期待していますよ」

 

「推しからの期待!身に余る光栄!行ってくるでござる~!!」

 

 ドタドタと意気揚々に部屋を出ていったオタクを見送りリクはため息と共に言葉を吐いた。

 

「コレの使い道は後で考えるとして……昔はあんなんじゃなかったんですけどね~。一体どこで道を誤ったんですかねえ」

 



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10-7 SHs振り返り3

 

「改メテ見テモアーサー王イベハメチャクチャダゼ」

 

「映画みたい~だった~」

 

「あははは。映画館で見たからかもね」

 

 先の嵯峨での一件を説明する際に触れられたミニアークを加えた一行は、再びコタツのいつどこシネマの中で映像記録を見て帰ってきた。

 方舟市全体を巻き込んだ第一回ネクストアーサー王だ~れだ大会は映像記録化され一般販売されている。アークたちの活躍を見てもらうのはこれが一番だということでコタツの能力でアクセスしてもらったのだ。

 初視聴の二人は既に感想戦でいいたいことが幾つも溜まっているようでウズウズしているのがアークの目にも分かった。

 

「ね。セカンドとサードステージで組んでたランカって人がオタクランドサガ事件の首謀者ってことでいいの?スタイルのいい別嬪さんね~」

 

「岩戸にーしまっ……ちゃわれた~市長ーおもしろーかった~。ねー」

 

 イベントの質問についてアークたちがひとしきり答えていくと。話題はこのイベントの主役ともいえる彼女に移った。

 

「王様わ~げんきーなの~?」

 

「そういえば会ってないのだ~」

 

「にゃいん交換したからそこでニチアサの感想言い合ってる。まあ、問題ねーんじゃねえの?傭兵やってるらしいし、今日もどっかでありえん。でも追い回してるんじゃない?」

 

 

「「ぐわぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

 巨人の一撃に人々が宙を舞う。ここは昼の繁華街。通常であれば一般の買い物客などが多く通っているはずであるが今、ここには武器を携えたものたちしか集まっていない。

 彼らは地に這いつくばっているものも含めてあるものを囲んでいる。

 ソレは土で出来た巨人であった。千手観音にも近い多重の腕を持つ全長五メートルを超える巨大物体は、頭頂部に座すホスト風の男の操作によって、まるで人間のように滑らかに稼働し、周囲を取り囲む傭兵集団を蹂躙していく。

 

『お兄さん、ちょっと地べたでゆっくりしていかない?一撃にしておくよ!あ、お姉さん!きれーだね~。ちょっとこっちきてくれるかな?』

 

「「ぎぁぁぁぁぁ!?」」

 

 キャッチセールスの文言と共に繰り出される千手観音の慈悲なき攻撃に次々とありえん。【キャッチコピー】の討伐に集まった傭兵たちは倒れていった。

 

「くそ、後はコイツだけだってのになんだこの巨人は……ロボじゃ……ないよな?」

 

「ゴーレムの類だと思うが……やたら古くて強いぞ。やってることは最低の癖に!」

 

『聞こえてるって』

 

「うごあッ!?」

 

 一撃一撃が屈強な戦士たちの膝を折るには十分の重さを持つものであった。もはや繁華街には巨人の前に立つ者はいない。

 

『これで終わりか~。それじゃ先に捕まった奴らや複製人間共を解放して……どっかに逃げるか。また拠点の作り直しをしないといかんのは面倒だけど……なに、こいつがあれば俺っちたちは安泰っしょ~』

 

「クソぉ……」

 

 歯噛みをしても立ち上がれるものは、彼らの道を阻む者はもういない。邪悪は再びこの世に解き放たれてしまうのであろうか?

 

「待て」

 

 否、まだ終わってはない。まだ、悪に立ち向かうものはいる。

 

『な~に~?俺っちこれから忙し~んだけどぉ?あんた誰?』

 

 現れたのは三人。老人と、麗人と、王冠を被った女性。

 

「余は騎士であり……王を目指すものである」

 

 騎士がこの世にある限り悪が蔓延ることはない。

 

『騎士ぃ王ぅ?なーに馬鹿なこと……いや……おねーさん美人っだね~そっちのイケメンも素質あるよ~。いたただき~!!』

 

 巨人の腕が四本、弾丸以上の速さで伸び女性たちの元に走った。だが、先ほど屈強な傭兵たちを蹴散らした脅威に迫られながらも彼女は落ち着き払い。手にした玩具を地面へと突き刺し叫ぶ。

 

「下がっていろ。DEXカリバーカリバーン!!」

 

 衝突が生じる。近くの店舗のガラスが割れるほどの衝撃が走り、砂煙が衝突点の姿を隠した。

 

『おっと勢い余って轢き潰しちまったか。俺っちってばうっかりさんだわ~。せっかくの上玉だってのにもったいねえ』

 

「貴侯ら【キャッチコピー】は繁華街で人を攫い、被害者を複製した者を人身売買組織に売り出していた。間違いないな?」  

 

『うえ!?ま、マジかよ!?』

 

 女性は……元アーサー王アルトリウスは無事であった。四本の腕を光り輝く玩具の剣一本のみで受けとめている。玩具の内部音声だけが繁華街に響き渡る。

 

「否定がないということは。事実だと認識してよいな」

 

アルトリウスは手指のスナップで玩具の剣を手の中で回転させた。それだけで数多の傭兵たちの攻撃を弾いてきた巨人の装甲は溶けかけのバターのように切断され、砕かれた。

 

『はあ!?ちょちょちょちょっどういうことだよ!?』

 

 アルトリウスは進撃を開始する。それを阻むために、臆病者は腕を動かした。数十もの拳がミサイルランチャーのように降りかかるが、

 

「児戯だ」

 

 玩具を振り回し騎士は言う。土拳は正道なる剣により全て叩き落とされ土塊へと転ずる。そして一瞬にして距離を詰めた彼女は巨人の片脚を袈裟斬りに切って捨てる。

 

「核はそこだな」

 

 そしてバランスを崩し横に倒れゆく巨人の腎臓部分に王の剣を突き込んだ。王の光が内側から土の巨人を焼き。その命を奪う。巨人は、音もたてずに泥のように崩壊していった。しかし、崩壊する直前の巨人の貌は、気のせいか満足しているようにも思えるものであった。

 

 兵器が消えてもその操縦者はそうもいかない。彼はそろりそろりとアルトリウスたちを刺激しないようにゆっくりと這って逃げることを試みるが、

 

「気付かないとでも思ったか?」

 

「ひぃー!?」

 

 眼の前に突き立った聖剣によって断念させられることになった。

 

「降参!降参します!!」

 

「よし。皆の者、悪はここに倒れた!」

 

 繁華街は歓声に包まれた。先程まで倒れていた傭兵たちやいつのまにか様子を見に来ていた人々たちの歓喜の声だ。

 

 アルトリウスは数言、【キャッチコピー】の元締めと言葉を交わすと、傭兵たちに彼を引き渡し。従者二人の元へと戻っていった。

 

「ご苦労だったなアルトリウス。それにしても一般ありえん。にしては凶悪な物を使っていたな。一体どこで手に入れたのやら」

 

「本人曰く埼玉の汽車で怪しい古物商から買ったとのことだが。そいつについても調査の必要があるかもしれんな」

 

 王、アルトリウスと麗人ケイの会話の裏で老人魔術師マーリンは泥の残骸を眺めて呟いた。

 



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134話

「こうしてアークはリクの姉御に二度目の勝利を収めてライズねーちゃんのじょうほうを手に入れたのだ」

 

「それでお姉さんのところまで来れたのね。そんな無理をして会いに来てくれるなんて感激だわ~!!」

 

「ちょ、抱き着かないで!?」

 

 ライズの情熱的なハグを引き剥がすと。コタツがのんびりと口を挟んだ。

 

「二人は~。どんなー再開~したーの~?」

 

「淫行車両ダナ」

 

「はーい。ミニアークちゃんちょっ……と黙って頂戴ね~。あ、そうだ。アークちゃん。ツクモの中で面白いものを買ったって言ってたじゃない。そろそろ見せてちょうだいよ」

 

 明らかに不都合のある情報を誤魔化そうとした提案であったが、アークとメアにとっては悪くない提案であった。なぜなら、

 

「え?そんなのあったっけ?」

 

「あ!ほら、アレなのだ!十三両目のフリーマーケットで買ったやつなのだ!すっかり忘れてたのだ!」

 

「アレか~」

 

 アークたちがコタツの家にやって来るその途中。汽車ツクモでの出来事だ。ツクモの十三両目がフリーマーケットの場になっていることを知ったアークたちは駅に着くまでの間出店を物色して時間を潰そうという話になった。

 乗り込んでみると情報通りに座席や床に商品を広げる商人たちと購入客がひしめいていた。

 

「おお、マジで出店やってんじゃん。レアものあるかな?」

 

「だいはんじょうなのだ~」

 

「ええ、遺憾なことながらね」

 

 言葉を挟んだのはツクモの車掌であるチヨだった。シラコバトのSHでもある彼女は十三両目の盛況を恋人の仇のように憎々し気に睨んでいる。

 

「アンタたち、これ以上ツクモに騒ぎを持ち込まないことね。今日はあの女もいないしここは神聖な埼玉の上。アンタたち程度どうにでもできるんだから。いいわね!」

 

「へいへ~い。ぺったんこ殿のありがたいお言葉。肝っ玉に銘じておきまーす。行こうぜメア」

 

「べ~なのだ」

 

「こ、このクソガキ共……!出禁にするわよ!?」

 

『お、落ち着いてチヨちゃん。お客さんお客さんだから』

 

 愛車ツクモの念話によって拳を収めたチヨだったが帽子を深く被り溜め息をつく。

 

「今日はあの人も乗ってんのよ。何も起きないといいんだけど……」

 

 

「色々並べてあんのな~」

 

「美じゅつ品が多いのだ?」

 

 メアの言葉通り、十三両目で売られているものは絵画や工芸品といったものが多かった。彼女たちにはその真贋は判別することは叶わないが、客と思わしき者が札束の入ったトランクを見せに見せていることからそれ相応の価値があるのだと理解できた。

 そうして二人で冷やかしをしていると次第に車両の終わりに近づいてきた。するとアークの視界は異質なものを認めた。

 その者は他と同様にシートを敷いてその上で商売をしていることに違いはなかった。だが、明らかに占有している面積が他のものよりも多いのだ。で、あるというのに誰も文句を唱える者はいない。それ自体が店主のここでの地位を示しているようだ。

 揃えてる品も遠目からでも何故か目を離せないものばかりであったが、それ以上に店主の女の存在感が異常であった。まるで千年を生きた大樹のようなたたずまいを見せる彼女は、衣装の古めかしさ以上の歴史を感じさせた。

 

「お客さん。アタシの店に……何か、御用で?」

 

「あ、ああ……」

 

「商品がみたいのだー」

 

 少しゆったりとした独特な話し方な青髪の店主に話しかけられ、アークたち少し浮ついたような感覚を得た。店主の促しを得て間近で商品を見ると、どれもこの世のものとは思えない品々ばかりであった。

 見る角度ごとに全く異なる形に模様が変化する壺。見た目からは想像がつかない程に重い箱。常に身体のどこかが動いている人形。13時まで数字のある腕時計などだ。

 

「アタシの商品が……物珍しい、ですか?お客さん」

 

「こんなの見たことないのだ!店長さん一体どこでこんなの手に入れてるのだ?」

 

「アタシは古道具専門、ですからねえ……あっちこっちへ、出向いてはってところですねえ。苦労も、ありますが。いい出会いがあると、そんなもんはー吹っ飛んじまいますねえ」

 

 幾つもある魔訶不可思議な道具たちの中で一際目に止まるものがあった。それは小箱。中世の王族が使っていたような衣装に錠がついた箱から目が離せない。

 

「おや?おやおやおや。お客様は随分数奇な運命の元にいらっしゃる、方のようだ。おまけにコレとも間接的に縁があると来ている。どうです?この寝具、買って行かれますか?」「寝具って……アタシが見てんのはこの小箱だぜ?それにここに置いてあるやつぜって~たけぇだろ!払ってられねえって」

 

 アークからすればもっともな断り文句であったが古道具屋は手で拒否を示す。

 

「いいええ。こいつぁ、まぎれもなく寝具。ですよ。それにウチの商品は全部時価です。いくらで売るかは、アタシの気分次第。どうです?ここは3000ぽっきりとしておこうじゃありませんか。この不思議な道具屋に置いてあった小箱。”要るか””要らないか”どちらです?」

 

 深海のように深く沈み込むような声色に少し飲まれかけたもののアークは、これから合う”トモダチ”のことに思いを馳せた。意味はわからないが、古道具屋曰く寝具になるというものなのであればコタツは喜んでくれるのではないかとそう思った。ならば安いものだ。

 

「買った」 

 

「毎度、あり。喜んでいただけるといいですね?」

 

「え?」

 

「ふっふっふ、ああ。この小箱の鍵ですが、アタシの元に来た時には既に、なかったので、壊して取り出してやるといいと思いますねえ」

 

「アークぅそろそろ降りる駅なのだ」

 

「いっけね。じゃ、世話になったな。また買わせてくれよ」

 

「ええ。またのご利用を、お待ちしておりますよ」

 

 結局、商品を受け渡された時の不可解な言葉については追及することができずにアークたちはツクモの十三両目を後にした。振り返ると窓から車掌が無礼なサインをこちらに向けていたので二人して無礼で返した。

 

 

「というわけで怪しい古道具屋から買って来たのがこちらです」

 

 火燵の上に置かれた錠前付きの小箱のことをアークはそう紹介した。

 

「わ~~きーれ~」

 

「ほんとねえ。いいサプライズじゃないアークちゃん!」

 

「めずらしくみぜにを切ってたのだ~」

 

 ひとまずデザインは好感触であることに安心を得たのかアークは、本来の購入目的を実行することにした。

 

「はい。これコタツちゃんに」

 

「く~れ~る~の~?」

 

「うん。使い方は正直わかんないけど寝具にもなるって言ってたからさ。お土産、みたいな」

 

「わ~」

 

 コタツがアークから差し出した小箱に触れようと近づいた時に事件は起きた。小箱が跳ねたのだ。ノミのように跳ねた小箱はコタツの額に直撃してそのまま空気中に制止した。

 

「コタツちゃん!?」

 

「い~た~た~」

 

 宙に制止していた小箱は小刻みに震えたと思うと急に高速で動きだした。まるで小さな暴れ牛のようである。

 

「ちょちょちょ、なになになに?これも不思議効果」

 

「あぶねーのだ~!?」

 

「こんの……!コタツちゃんに怪我させやがって!ぶっ壊してやる。ミニアーク!」

 

「アイヨ」

 

 右手にチェーンソードを現出させたアークは怒りと共に部屋を飛び回る箱に斬りかかるが小箱は恐ろしい勢いで方向転換し、斬撃を躱した。

 

「な!?」

 

 そして危険を感じたのか小箱はベランダのガラスを破って外へと出ていった。

 

「コタツちゃん!ホントに御免!!あれは責任もってぶっ壊すから!!」

 

 謝罪と共にアークもまたベランダから外へと駆けだした。アークネードによる飛行で小箱を追った。

 

「い~よ~~別~に~」

 

「コタツ、もういっちゃってるわよ」

 

「あら~」

 

「のんびりなのだ~」

 

 コタツはライズとメアによって起こされるとベランダの方を眺めた。

 

「あの子は~窮屈~だったんーだね~」

 

「え?」

 

「ねえライズ~。屋上まで~つれーてって~」

 

 

 「くっそ~いくらこっちが不安定な足場で撃ちこんでるからって。マジでヒラヒラ避けやがるじゃね~か……」

 

 アークは竜巻の上からハンマーナックルによるチェーンソード射出を連発していた。ミニアークにチェーンソードを回収させて幾度放てども、”トモダチ”を傷つけたにっくき小箱には当たらない。3000円払ったという事実が躊躇わせているのかもしれない。

 

「あの胡散臭い古道具屋も次会った時は絶対ボコボコにしてやる!……ん?メアから?」 情報端末にメアからの電話がかかってきていた。アークは攻撃を一時中断して電話にでることにした。

 

「もしもし、コタツちゃん大丈夫?ああ、大丈夫。よかった~……え?攻撃止めろって?コタツちゃんのお願い?なんで?……へえ。久しぶりにコタツちゃんのアレが見られるのか。じゃ、後は任せるか」

 

 電話を切るとアークは小箱を指さした。

 

「やい小箱。オメーはもう終わりだ!アタシなんかよりもよっぽどスゲーコタツちゃんの神業。その身で味わいな!」

 

 コタツの部屋のあるマンション。その屋上にコタツたちはいる。辺りにはこれより高い建物はなく非常に見晴らしがよい。これから行うことを考えたらここ以上に最適な場所はないだろう。

 

「準備~かぁんりょ~」

 

「久しぶりね。コタツのその装備を見るの」

 

「スナイパーなのだ!!」

 

 屋上でうつ伏せになっているコタツの手にはスナイパーライフルというには少々以上に異質な形状の長銃が握られていた。大きくは通常のものと変わらない。だが、ただ一点が致命的に異なっていた。そのライフルには……拳銃などに見られるリボルバーがついており、スコープの類は付けられていなかったのだ。そんな銃を押し広げた柵の合間から出し、獲物を狙っている。

 

【挿絵表示】

 

「窮屈~だよーね~」

 

 少し知識のあるものであれば異常に見えるだろうこの光景でも、この場にいるものは異を唱えることはない。元から知識のない小学生はもとより、狙撃手と長く過ごした経験のあるものにとってはこれが最適であることがよくわかっているからだ。

 コタツはそのありのままの瞳で遥か彼方に位置する標的。小箱を視界に収める。

 さて、ここで一つの疑問を解消しておこう。SHナマケモノ、コタツは何故日常生活が不自由になるほどに遅いのか、だ。

 ナマケモノとしての特性の代償?違う。SH化することによって身体能力が上がることはあっても下がることなどありはしない。

 ならば先天性?これも違う。幼い頃のコタツは通常の子供と同様に動けていた。

 答えは技術にある。コタツは欠けた円環の継手に適正を見出され、ある技術を習得させられている。それは感覚と身体能力の凝縮、である。日常にて消費する力を極限まで抑え、有事において溜めておいた力で爆発的な動きを見せるこの奥義は狙撃におい撃ち、再度瞬間的に狙いを付けて撃つという本来あり得ない動きを可能にさせていた。ノーム小隊時代に残した記録は三射同時である。

 効果的に運用すれば劇的な効果を発揮する反面。奥義に適応しすぎたコタツは日常全ての動作の適正を失った。これが低速化の原因である。

 ならば有事の今、SHと化した彼女が身体能力を爆発させるとどうなるか。声よりも早く狙いをつけ、神経よりも早く引き金を引き重ねた。

 

【挿絵表示】

 

 放たれた弾丸は一射で、標的の角度を変え、二射目で錠前をコタツの側に向かせた。三射目が……避けられた。だが、彼女の連射が三発までだったのは彼女が人間であった時までだ。四射目と五射撃目が小箱の行く手を遮り、そして。

 六射目が錠前を撃ち砕いた。

 

「当たッ……た~で~て~おーいーで~」

 

 錠前を砕かれた小箱には即座に変化が生じた。何かが小箱から飛び出したのだ。飛び出したものはどんどんと膨らんでいった。

 

「あれは……雲!?」

 

 箱より現れし、目を持つ綿雲はコタツたちの方向を見ると真っすぐにそちらに向かって飛んでいった。

 

「こっちにくるのだ」

 

 恐ろしいまでの勢いで屋上まで飛んできた綿雲はそのままの速度でコタツに突っ込んだ。

 

「わ~」

 

「大丈夫なのだ~!?」

 

「ふかふか~。これ、さいこ~のベッドだ~よ~zzz」

 

「なるほど……古道具屋さんが寝具っていったのはこういうこと……ね。とりあえずアークちゃんを呼んで……帰りましょうか」

 

「のだ~」

 

 



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10-9 一時の別れ

「えーっと、つまりミニアークちゃんの推測でいうと。コタツちゃんていう運命的な持ち主に出会ってテンション上がったけど箱の中から出れないから何とかしようと暴れてたらアークちゃんに斬りかかられて思わず逃げた……そいう事?」

 

「多分ナ。ツマリクソマスターガ悪イ」

 

「納得いかね~」

 

「イデッ、イデッ」

 

 アークはミニアークは凹ませる手を止めると、床に手をついてコタツに謝罪した。

 

「御免コタツちゃん。お家が大変なことになっちゃって……」

 

「い~よ~こーんなフカフカのベッドが手に入ったんだ~もーん」

 

 即許したコタツは宙に浮く綿雲の上で半分寝たような状態になっていた。それを見たライズは手を合わせ。

 

「はい。コタツも満足してるんだからこの話はこれで終わり。さ、楽しいお話の続きをしましょ」

 

「ライズ姉ちゃん流石なのだ~」

 

「ありがとう。じゃ、次は何話そっか!」

 

「zzzzzzz」

 

「寝ちゃダメ~!!」

 

 その後もしばし彼女たちのお茶会は続いた。

 

 アークとメアは、コタツ宅の玄関で廊下に立つライズとコタツに向き直っていた。

 

「それじゃあ、メアたちはもう帰るのだ~」

 

「ライズちゃん、コタツちゃん。今日はありがとう。とっても楽しかった」

 

「私こそ、よ。また会いましょうね」

 

「あ~え~てーよーかった~」

 

 一通りの別れの前の挨拶を済ませた後、アークは歯切れと居心地の悪そうな表情で切り出した。

 

「あの……二人とも……私、まだ二人に言ってない……ことが、あって」

 

「いいの」

 

「え?」

 

 言葉を途中で切ったライズは隣のコタツ共にとても優しい笑顔で言った。

 

「話す決心がついてないなら。それはまだ言わなくていいことよ。そしてそれがどんなことであっても。私たちはアークちゃんを嫌いになったりはしないわ。約束よ」

 

「あた~りーまえ~」

 

「ライズちゃん……コタツちゃん……」

 

「だから決心がついたら。その時教えてちょうだい。ね」

 

「うん!いつか……絶対、絶対言うから!それまで……待ってて!」

 

「その時もメアは隣にいてやるのだ。どーんと構えているのだ」

 

「アークちゃんを~よ~ろーしーくーね~」

 

「うむ!」

 

 決意を新たに、アークとメアは”トモダチ”の家から帰路へとついた。

<若干げっそりした女性の声>

 今回も……見ごたえは……あるにはあったが……!!

なんっだあの間延びした喋り方わ~!?イライラして仕方なかったよ全く……。しかも内容的にコレ……思い出話じゃないか。僕は新鮮な事件が見たいんだよ~!!

 はあはあ……すまない。取り乱してしまったよ。ところで君はあまり疲れてないようだね?三倍速だったから?何それ?

 アークとメアが去ってからもライズはコタツと部屋で一緒に過ごしていた。

 

「アークちゃんだーけどさ~」

 

「うん」

 

「私~たちのーきろーくー見た時~」

 

「ええ、すっごく。泣いてたわ。嬉しかったのか悲しかったのか……それはわからないけど」

 

 アークは気付いていなかったかもしれないが当時シネマにいた他の者は皆アークの異変に気付いていた。メアですら、戻った後にそれを触れないほど顕著なものであった。

 

「アークちゃんの言いたくて言えないことがもしもあの事を裏付けることだったとしたら……あの子はどれほどの傷を得てるのかしらね」

 

「……だーいじょ~ぶ。メアちゃんがーいるも~の。わたーしもーいる~し~。自分だけで抱えこまーなくてーオーケー」

 

「そうね。ありがとう」

 

 コタツはいつもそうだ。こちらが周囲の折衝に気苦労を得ていれば直ぐに気付き側にいてくれる。そんな彼女だからこそ自分は……

 

「ところで~」

 

「うん」

 

「いんこ~車両~てーなぁーにー?」

 

「ウッ!?なぜ今それを……!」

 

 そう、彼女は割と鋭い。

 

「ライ~ズ~。お外で~エッチな~ことーしてる~のー?わた~しにはーしないーのに~」

 

「え、ええとそれはですねえ。両者合意というか、ね?」

 

「ふぅ~~~ん~~~」

 

「ゆ、許して~!!」

 

 数多の風俗を潰してきた女にも勝てない者は、いる。

 




SHs大戦第9話「SHs大戦-昔日の記録-」これにて完結です。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ高評価、感想、お気に入り登録などいただけますと幸いです。
さて、ここで放送がTwitter版に追いつきました。以降の放送については次回のSH図鑑と次回予告の際に記載いたします。


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SH図鑑⓾ポー&次回予告

SHs図鑑⓾ポー

元動物:ツル

 

誕生日2月6日

 

年齢:16歳

 

非常にきゃぴきゃぴとした美少女探偵。

感情豊かに振舞い非常に軽薄な印象を他者に与えるが、表立って見せる顔はカバーでありその内面は過酷な経験の数々により冷え切っている。

幼いころから何かと事件に引き寄せられる体質でありその事件の内容に超常現象が関わっていれば関わっているほど引き寄せられやすい。結果として常に難事件に関わり続けており安息の日はない。引き寄せられ方は脈絡のない超常現象じみた手法になることも多く9話の事件ではなんやかんやで大砲で撃ちだされて現地に到着した。

中学生の頃から探偵として活動しておりソウとは欠けた円環の継手が関わった一つの事件で知り合った。

その場は切り抜けたがそれがきっかけで目を付けられ欠けた円環の継手に攫われSH手術を受けさせられ今に至る。

思考中はパイプ型シャボン玉を吹かせる。とても落ち着くらしい。

現在助手募集中であるが今のところこれといった人材は見つかっていない。

定期的に事務所が襲撃されたり爆破されたりするのでその度に拠点を変更している。常に事件に遭遇していることと転居を繰り返していることから全国各地に知り合いが存在しておりそれなりに好かれているが自分から連絡を取ることはない。

SHとしてはそこそこの強さがある上で持ち前の洞察力と汎用性の高いの能力、培った危機回避能力を持っているため戦闘系のSHであっても敵対すると非常に厄介なことになる

 

 

 

好きな食べ物 ソラマメ ドジョウ

キライな食べ物 種のある食べ物

 

趣味

折り紙 かなりの腕前。凶器に使えるレベルまで強固に鋭利に折れる

探偵小説というかミステリーを読んで見識を深める

探偵小説購読 勉学を兼ねて読むが探偵が危険な目に遭うシーンがあると露骨に消耗する。

 

武装

素手:バリツという格闘術を使うがどこで習ったのかは全くわからないどういう技術なのかもよくわからない。

 

SH能力

1.凍て鶴

自身を中心に一定領域を急速に冷却して凍結させる能力。

単純に敵対者を凍結させて動きを封じるほか、地面を凍結させて機動性を悪くする。氷で道具を作り防御や動作の補助を行うなど応用性に優れる。

 

 

次回予告

メアの学校で一日授業参観が開催されることにでも彼女の母親たちはその日は用事があっていけそうにない。

当日母親たちがこなくて憤慨するメアだったがそこにまさかのアイツがやってきて?

メアの学校はどうなってしまうのか……

 

次回SHs大戦第十一話「メアのがっこう」

 

 




今回の更新を持ちましてTwitter版に完全に追いつきました。
更新に関しては最速放送のTwitter版から2週間前後の遅れを持って行っていきたいと思います。
おおよそ月に一話程の更新となります。
https://twitter.com/SHs42610278 こちらのアカウントが放送用アカウントとなっております。
それでは次の更新でお会いしましょう。全52話4クールのこの話に最後までお付き合いくださいませ。


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第15話
15-1


<特に未来に希望も展望もなくズルズルと生きてそうな女性の声>

 ふう、今日はガタガタとうるさい引っ越しもなくて結構なことだ。こんなボロアパートにこの時期に引っ越してこようなんて。もの好きもいたもんだね。

 さて、今日のアークはどうしているかなっと……。

 メアと……ラムルディがこの時間帯にアークと一緒にいるのは珍しいな。店はいいのか?ずいぶん興奮しているようだけど。

「これをみよ。貴様ら!はようはよう!!」

「新聞なんてむずかしい漢字ばっかりで読む気しないのだ~」

「読んでやるからのう!」

「そこまでやるならアタシら見る必要ねーだろ……。で、どれどれ~」

 ふむ、カメラを回すか。ほうほう……なるほど。

「方舟市に吸血鬼ぃ?」

「そうじゃあ!すごかろう!わらわの知名度も随分上がってきたということじゃのう」

「おめぇのこと指して言ってんなら不審者のラムルディさんとか個人名がつくだろ。そこそこ覚えられてんだから」

「なにをう!?」

 ま~あそこは最近できたばっかりにしては連日人が賑わっているからねえ。そこの美人店主ともなれば噂にもなるだろう。吸血鬼としてはどうかしらないがね。

「ラムルディはおいといて、吸血鬼ってほんとなのだぁ?」

「置いとくでないわぁ!新聞屋さんの記事じゃぞ。ホントのことに決まっとるじゃろうが」「え、やだ……。アタシ。お前が詐欺に引っかからないか心配……」

「カモなのだ~」

 そこらへんは従業員のメンバーがよろしくやっているんだろうか。仲よさそうだったし。

「ま~話進まんからホントってことにしといてやるか。そんで?」

「うぬぬぬぬぬ。馬鹿にされておる気配を感じるぞ。それに、なんじゃあ貴様ら。つまりアレか?ここの記事に書いてある吸血鬼とはわらわのことではなくどこぞの誰とも知らんやつのことと言いたいのか?」

「なのだ~」

 ここにいるのは血も吸わないロールプレイ勢だからねえ。

「ぐ、ぐぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「ラムルディがおこっているのだ!?」

「お、んじゃ~。その吸血鬼もどきに文句言いにいくか?わらわこそが真の吸血鬼である~!って」

「行くぞ!!」

「お」

 マジで行くんだ。

「吸血鬼に……会いに行くんじゃ~!」

「「は?」」

 アレ、嬉しそう?

「クレームつけにいくんじゃないのだ?バトりに行くんじゃないのだ?」

「?何故じゃ?本物の吸血鬼がこの街にいるんじゃぞ。めでたいことではないか」

 ごめんこうむりたいよ。一市民として。

「憧れの伝承とご対面、これほど胸躍ることもあるものか!見つけだしてわらわの思いのたけを目いっぱい聞いてもらうんじゃあ」

「あ~そう、がんばって~」

「アークはいかないのだ?メアは行くのだ!もしかしてアーク、ほんもの吸血鬼がこわいのだ~?」

「なわきゃねーだろ!」

「では決まりじゃな。吸血鬼を見つけ出す探索任務じゃ!この記事によると吸血鬼は深夜0時を越えてから目撃されることが多いらしい。装備を整えて夜、手掛かりを探すぞ」

 ん?なんだぁ。うるさいな……。

「深夜0時?」

「どうした。なんぞ問題でもあるのか?」

「門限」

「あ」

「む~~~~~~!!!!!」

 おお、メアが暴れ出した……。ともあれ、深夜は面白いものが見えそうだ。──っと。さっきからなんだいこのサイレンの音は、随分近い。警察の、この建物の前から?ノック音……ぼくの、部屋に?なんだ……いやな、いやな予感がするぞ。出てはいけない。気がするが……

 

 ────馬鹿な!?

 ぼ、ぼくが殺人犯だって?大体ぼくは殆ど家の外に出ていな……話を、話を聞いてくれ!弁護士!弁護士~!!

「ちょおっと待った~!」

 弁護士来てくれた!?い、いや……お前は。

 ────いつぞやのきゃぴきゃぴ探偵!?

 零時の方舟市。深夜徘徊する獣たちがそこそこいるため他の街より安全だったり安全じゃなかったりするこの夜の街を二匹の獣が歩む。

 サメ(アーク)コウモリ(ラムルディ)だ。彼女らは動物たちを適当にあしらいつつ獲物を探す。

 獲物とはもちろん。

「吸血鬼」

 アークが今さらのようにいう。

「──ってどう探せばいいんだ。そもそも」

「中世の趣ある古城──」

「おめーの家だよ。それは。また上がりこむぞ」

「やめよ!そうじゃのう。そもそも一番吸血鬼がおりそうなスポットとしてあの場所を買ったからのう。古城以外じゃと。墓場から霧になって出てくるというのもメジャーじゃが」

 アークは雑多なイメージで方舟市の概略図を思い浮かべるそこには。

「あったっけ?墓場」

「街の外れに動物用のも含めてあるぞ。昼日中からぶらぶら街をぶらついている割にしらんのか?」

「あー……ん~」

 アークはあまり街の隅々まで足を運ぶタイプではない。とはいえ意図的に足を運ばないということもあるわけだが。

「て、こたぁ墓場に行くわけ?この真夜中に。大運動会やってるかもしれねーぞ?」

「盛んなことで結構ではないか。なんじゃ、怖いのかおぬし?」

「あーほか」

 短く答えるその語気に通常程の覇気はない。ラムルディもそれ以上の追及はせず。

「ま、着くよりも先に遭遇するということもあるかもしれんぞ。夜道を歩くうら若き乙女が血を吸われるという話も……」

 アークを見ながら話を途中で止めたラムルディに怪訝な表情でアークは返した。

「どした?」

「うら若き……乙女?」

「え?喧嘩売ってる?」

「よく考えよ。そのような痴女染みた恰好の凶暴なツラの乙女がおるか?」

「乙女にあるまじき失禁晒した尿近女が言いやがったな!血の代わりに尿を吸ってもらえ!」

「そういう品の欠片もない発言するところじゃろうがぁ!!」

Round1 Fight!!

 明日の仕事に備えて睡眠をとろうとしているサラリーマンたち近隣住民の迷惑も考えずぎゃいぎゃいと醜い暴言と共に取っ組み合いが始まる。

 誰も近寄りたくないその現場(バトルフィールド)に声がかかる

「────」

「「は?」」

 二匹の脳足りんは聞き取れなかったようだ。声の主は意を決してもう一度同じ内容を口にする。

「余白埋めんとワカメ纏いしシマウマの如し」

「「…………………………………………は?」」

 今度は聞こえた。だが、だからといって。聞こえたからといって。この語列に何を返せばいいのだろうか。二人は顔を見合わせた後、声の主の姿を確認した。

 その者は夜のように昏い黒のローブをまとっていた。完全に夜の暗さに溶けて目立たないかというとそうではなく。上から羽織り前で留めた鮮血のような色のマントが存在を主張している。その二つの隙間から覗く衣装を見る限り。ローブの下は身体に密着した衣類を身に着けていることが伺える。不健康そうながらもどこかこの世の物とは思えない俗世場慣れした顔立ち少し癖の混じった片目を覆い隠す黒髪を持った。見ようによっては男にも見えかねない。少女だ。

 少々以上に犬歯の鋭い少女は戸惑い、無益な争いを止めた二人を見ると満足げにうなずき。こう続けた。

「巾着荘に住まう民の世俗風景」

「なんの何が何???」

「おいアーク。……あやつ」

「何?なんかわかるのか!?あの変なやつが言ってること!」

「ああ、アレはまさしく……」

「まさしく」

 アークはごくり。と固唾を飲んでこの正体不明の闖入者に対する情報を待った。明るく告げられる。

「吸血鬼じゃ~!!」

「はぁ~???」

 謎の闖入者に対する不明の感情から勝手知ったる相手への呆れに感情を変化させ、アークは指を立て文句を発する。

「あのなあ、お前、アイツのさっきの発言のどこが吸血鬼だってんだよ。性質の悪いポエマーがいいところだろが!?」

「お主こそどこを見て言うとるんじゃあ。あの格好を見よ。髪の先から足の先まで吸血鬼そのものじゃろうが。かっこええのう。それに言っとることも意味深長で教養を感じさせるのう」

「正気か……?てめえ……」

 憧れとは恋よりも人を盲目にするのだろうか。使い物にならなくなったラムルディを信じられないものを見るような目で見つつアークは吸血鬼?に問う。

「やい、てめえは一体ナニモンだ?吸血鬼かただの不審者かそれとも……」

「そこでテメエに夢中になってるやつと同じ出身か」とまでは踏み込まなかった。回答者は手で口元を抑えしばしの間をもって答えた。

「やつがれは……」

「やつ!?がれは……?」

 再びの沈黙のあと答えが来る。

「手渡されていく硬貨」

「…………そういうありえん。組織か!」

 ありえん。?は無言で首を横に振った。どうやら違うようだ。

「動作の一つ一つがアンニュイじゃのう」

「オメーは黙ってろ!なんだ、コイツ。日本語を喋っているようで通じてねぇのか?ち、こうなったら」

「お、おい」

 アークは一歩前に出ると慣れない言語を使い始めた。

「マイネームイズ、アーク。ワッツユーアーネーム?」

 英語である。日本語が分からないのであれば公用語。果たして相手の反応は。

「あ、アイキャントスピークイングリッシュ」

「なーまえ答えろっつってんだよ~!!!つかそれ喋れたらアタシの言ったこと理解できてるだろ!なあ!!」

「止めよアーク!吸血鬼殿が困っておろうが。きっと本邦出身なのじゃ」

「さっきまでお里(ジャパニーズ)の言葉が通じてなかったが!?」

 ラムルディに羽交い絞めにされて落ち着かされるアーク。一方英語が喋れなかった吸血鬼は得心がいったように顎に手をあて。

「やつがれの名は……」

「「やつがれの名は……?」」

 二人は食らいつくようにやつがれを見る。短い沈黙が空間を支配する。そしてようやくその名が判明する。

「ミラド」

 二人は顔を見合わせようやく目の前の対話不可能と思われた生物との意思疎通の成功に喜ぶ。

「ええ名前じゃ~。気品があってかっこええのう」

「オメーは多分どんな名前でもそういってたと思うが。ま、いいや。一歩前進だ」

 アークは気を良くして次なる質問をする。

「じゃ、今度こそオメーの正体を話してもらうぞ。ミラド。どこの所属でどういうやつなのか」

「手渡──」

「手渡される硬貨はなしな」

「────!?」

 先回りして先ほどの回答を禁止されたミラドは少々戸惑ったように眉を顰める。そこに待ったをかけるのは当然ラムルディだ。

「こりゃアーク!もっとミラド様に優しくせんかぁ。すまんの~ミラド様。このサメはバカで礼儀知らずですかんぴんじゃから勘弁してやってくれ」

 バカで礼儀知らずですかんぴんのサメは浮かれたアホのコウモリの頭部に拳骨一発落として鎮める。

「で、どうなんだ?」

「やつがれは……」

「「やつがれは……?」」

 今度こそ核心に迫るという予感は。なかった。答えは言葉として紡がれず。代わりに。 ぐぅぅぅぅぅぅぅ。

 ミラドの腹から響いた腹からの空腹音であり。

「むぅ…………」

 直後、ミラドは力を失ったように前のめりに地面へと倒れた。

 残された二人は顔を見合わせ叫んだ。

「「やつがれはぁ!?」」

 



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15-2

♦ 

「えー、名前はミラド。欠けた円環の継手所属チスイコウモリのSH。しいて言えば詩人な住所不定無職。間違いないな?」

 吸血鬼?との遭遇から翌日。アークはラムルディ宅でとある人物の正体の確認を取っていた。とある人物とは当然。

「変哲なき亡骸を穿つ包丁」

 ミラドと名乗った。吸血鬼?である。夜道で倒れた彼女をラムルディ宅に運びこみ食事と睡眠の世話をした後、アークたちは事情聴取をしたのだが案の定の言動であり今一つ容量を得なかった。だが、だからこそ適合した者がいる。

「疑いようはなく間違いはないとおそらく言うておるぞ。あとオブラートに包まぬから傷ついたとも言うておる。反省せよ」

「本当かぁ!?お前勝手に都合のいいように創造してない?」

「うたがわしいのだぁ。うたがわしきはばっするのだぁ」

「雪原駆ける二羽の白兎……!!」

「ほれ~無駄じゃからヤメロというておられるぞ~」

「だーからそれわかんねーんだよな~!?!」

 ラムルディである。彼女は吸血鬼への過度な憧れゆえかそれともアニメのワンシーンにすら一喜一憂する共感性の高さによるものか。(本人曰く)ミラドの言うことが理解できると言い始めた。アークと話を聞きつけてやってきたメアは半信半疑であったがラムルディが吸血鬼自称者とは思えぬあまりにも曇りなき眼で語ることとミラドが一切否定の類の言動(言葉で示されてもわからないのだが)を示さなかったことで一応翻訳の内容を正しいものとして扱うこととした。

 統合すると始めアークがまとめた通りの人物となる。つまり組織からの刺客であるが特段アークに敵意がある様子はなく。ガツガツと食事を食らい。バリバリと惰眠を貪り。トウトウと意味不明な言葉をのたまうのみである。なんだか彼女が住所不定無職の理由が見え透いてしまいそうだ。とんだ極潰しである。

 一応日銭は稼いでいるようだが。

「誤植にまみれた辞書を手に船を出す。群魚を眺め。ただ行き会うのを待つばかりである……やっぱわからんな」

「なんかいなのだ~」

 ミラド手売りの詩集はアークたちには不評だったようだ。実際売れ行きもそこまでよくはない。だが、やはりというかなんというか。

「含蓄に溢れた瑞々しい言葉の数々じゃのう~。これとこれとやはり全部三つずつ買わせてもらうぞ~。今日からわらわの聖典(バイブル)じゃ~」

 ラムルディ(吸血鬼オタク)には好評のようだ。吸血鬼キャラとしてのポジションを賭けて戦う前に相手の本を多々買っておりもはや格付けは済んでしまったようだ。そんな彼女はアークにすら若干引き気味に心配するような声をかけられた。

「おい、その本意外と強気な値段設定だぞ?金払う価値ちゃんと感じてんのか?雰囲気に酔ってるだけの勢いで大金つぎ込むと後悔すんぞ。ちゃんと言葉わかってる?」 

 だが、頭の湯だった狂信者にはそんな心配はどこ吹く風。

「じゃってわらわ吸血鬼信仰厚き者じゃし~?こういうのちょっと読んだり聞いたりしただけで清廉で創造性溢れる心がピンときてしまうというかのぉ~」

「吸血鬼が信心深かったらダメだろ。ハイになってねーで灰になれよ」

「サン、ハイ!なのだ」

「ならぬわ!!そういうのはミラドの専売特許じゃろうに。のう」

「!?雪山で茸狩りに挑みし山猫……!!」

「無理じゃそうじゃ……」

「わかっとるわ!がっくりするんじゃねぇ!」

 話は随分と逸れたが無事本物吸血鬼の疑いが解けたミラドと悲嘆に暮れる翻訳家ラムルディによって以下のことが分かった。

 長く旅をしてきたがミラドもそろそろ一度腰を落ち着けたいということ。しかし、家を借りようにもお金が無くそれが叶わないので誰か泊めてくれないかと声をかけて回っていたこと。あと完全に昼夜逆転型の不健康な生活習慣であるということだ。

「ヒモか居候する気だった……ってこと?結構太い神経してるなコイツ」

「ニートに言われたくないのだ~」

「学ばぬのなら働けい無職。時にミラドはなぜこの方舟市に落ち着くことにしたのじゃ?確かにここは交通の便もよくほどよく都会と自然が……程よいか?」

 市街地にまで野生動物が跋扈しており、たまにアークは庭先で行われたゴリラのドラミング大会で目を覚ますことがあるが。まあ、調和しているといえばしているのだろう。

 ともあれその答えは──

「枯れ葉は大地に、蒸気は空へ、おじいさんは山へ芝刈りに」

「物事はあるべき所に落ち着く。今回もそういうことのようじゃ。つまりここがどことなく落ち着くらしいのう」

 その感覚はアークにも理解できた。ここに初めて足を踏み入れた時。存在しないはずの故郷に訪れたような念。恐らく、それは他のSHたちにとってもそうなのであろう。故にこそこの街とその近郊にはSHが多く定住しているのではないか。アークはそのように認識している。

(騒がしい連中が多くてめんどくせえけど退屈はしねえなぁ)

 理解はできた。が、だからといって目の前の吸血鬼が金なし家なし信用なしの3LDK(レベル違いのダメ顧客)であることには変わりはない。シンプルな疑問がある。

「こいつに家を貸してくれるところ……あるのか?」

 シン……。一瞬にして鎮まり返る室内。しかし、社会のことを理解していないお子様(メア)が返す。

「アークが未だにどっかから金を借りれてるんだから信用0でもだいじょうぶなのだ!捨てる神あればひろう神ありなのだ」

「アタシは定期的にちゃんと返してるんです~!その後足りなくなってまた借金を繰り返しているだけです~!」

「この前リクの姉御のところのふみたおしてたのだ~」

「リクのところはいいだろリクのところなんだからよ~。アタシに貸すやつが悪いんだよ~!」

 このような有様の人物に自らの信用について言及されたのがショックだったのかミラドは自嘲気味にこういった。

「福笑いに失敗したドッペルゲンガー」

「落ちこむでない!アークは信用マイナス。お主は信用0じゃ!お主が勝っとる!!」

「カースト最下位。ていへんの羽虫の争いなのだ~」

 富裕層のガキは言うことが違う。この発言が引き金となり第一回お前が一番信用がない選手権が始まり全員が深く傷を負ったところでまともな会話は再開した。

「ともあれ真っ当な住居を借りるのは難しそうなので隙間産業というか……癖のある誰も住み着かないようなあぶれた物件を取り扱っとりそうな不動産屋をあたる……ということでよいな」

「おう、もうそれしかねーだろ」

「でも、そんな都合のいいふどーさんいるのだ?」

 そんな拾う神がいたとして、その実態は精々貧乏神がいいところなのではないだろうか。という疑問はありつつもラムルディが反応を示す。

「あ、そーいえばじゃな。この家を見つけるにあたって利用した不動産会社の中にそういったところはあったぞ」

「本当か?」

「うむ。と、いってもあまりにも個性派が過ぎたので最初の数軒を提示された時点で利用を取りやめたわけじゃが……個人経営であまり儲かっていなさそうじゃったから。案外いけるのではないか?」

 正に求めていたというような情報に対してミラドは。

「渡りに船……!」

「そこは普通に言うんかい!」

「ただのことわざなのだ……」

 一体どのような基準で詩的なことば使われているのだろうか。というか先ほどのことわざは詩に入っているのだろうか。ともあれ。

「ラムルディが個性派すぎっつって避けるのは大分不安だが。まー、これしか候補はねーだろ」

「変なお家だったら冷やかしだけして帰ればいいだけなのだ~」

「決まりじゃの。案内はわらわがする。いい家が見つかればいいのう」

 ラムルディの屈託のない笑顔に一歩引きながらミラドは皆の前に立ち深々と頭を下げる。

「地球を一周するケンダマ……!」

「そこまで感謝されると照れるのぅ」

「してるぅ!?ほんとにぃ!?」

 こうしてアーク一行の摩訶不思議な部屋探しは始まった。ここからひたすら面倒な事変に巻き込まれるとも知らずに。

                 SHs大戦15話「言葉の宿」



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15-3

<ひと騒動に巻き込まれたと思われる女性の声>

 な、なんとか無実を証明できたが。できたが……。

 なんっで!僕が!きゃぴきゃぴ探偵を手伝って真犯人を捕まえる手伝いなんてしなきゃあいけないんだ!?

 そりゃ、助けられたし。多少は感謝もしてるけどさ。それにしたって僕じゃなくてもいいだろう?

 え、何喋ってるのかって?おわっ!?なんでもない!なんでも!はぁ?助手?助手?僕が!?正気で言ってるのかこの痛い痛い探偵は。こっちは遺体なんてみるのは勘弁だぞ。聞いているのかい?!

 一つの建物を前にあっけに取られる集団がある。

「ここが……」

「ラムルディがいってたふどーさんなのだぁ?」

 彼女らの前には四角い箱状の白い建物西暦でも換歴でも一般的なものではある。何の変哲もない……とはその上にくっついているものを除いての表現ではあるが。

「相変わらず変わっとらんのう。この馬鹿デカ貝」

 そう、貝である。この建物はちょうど砂浜でたむろしているヤドカリのように身の丈以上の大きなピンクを基調に多くの飾りをあしらったカラフルな巻貝を屋根として背負っていた。その表札にはこう書いてある。

 オウマ不動産。

「…………とりま中に入るか」

 気圧されながらも自動扉を抜けて中に入ったアークたちを出迎えたのは元気のいい声だった。

「いらっしゃいませ!オウマ不動産にようこそ。わたしが責任者のオウマです。本日はどのような物件をお探しですか?ウチはとにかく個性派ぞろい!必ずや刺激的で享楽的なお家を紹介してみせますよ!」

 好みにあったじゃないんだ……。と一行を戸惑わせた声の主は。白のランドセルを背負った小柄な赤髪の少女だった。ゆったりとしたワンピースの彼女ははきはきとした調子でアークたちに着席を進めていく。とはいえその圧が強かったのか今回の主役は……

「ミラドが座らないとなんにもならないのだ~」

「忌避すべき円卓……」

「座ってもなんともならんぞ~押しが強いのはわかるがまずは話を聞くのじゃ」

 通訳者の言葉にこくりとうなずくとミラドは黙って着席をした。ここから話を……の前にアークが目の前の疑問について尋ねる。

「え……と。オウマは、小学生。じゃねえんだよな?」

「学校じゃみたことないのだ~」

「こりゃ、ド失礼じゃぞお主ら……!すまんのうオウマ気を悪くせんでくれ」

 謝罪にオウマは朗らかに応えた。

「いえいえよく言われることですから。それにわたし自身も話のとっかかりとしてよく利用しますからね。営業としての生存戦略みたいなものです」

「そういうもんか」

「ええ。そ・れ・で!本日の御用件はなんでしょうか!オウマ不動産は獲れたてピチピチの新鮮なお家からビンテージの香る熟成お家まで幅広く取り揃えていますよ」

「お家ってしゅうかくできるものだったのだ?」

 小学生の疑問に同じような背格好の専門家が指を立てて答える。

「イエナルキという希少な木は年に数度。居住空間を実らせることで業界では有名ですよ!自然の産物なので必ずしも人間が住むことに適しているわけではありませんが。ともあれウチではイエナルキから獲れたお家も紹介できますとも」

「お、そりゃ面白そうだな。最初はそこ見てみるか」

「これアーク。今日の主題はミラドじゃぞ。のう、ミラド。お主もダマっとらんではよう希望を述べるがよいぞ」

「なるほど今日はそちらのお客様がお求めでしたか。それではゆっくりでいいのでお伺いしましょう」

 自然皆の視線はミラドへと向かった。だが、彼女の希望はやはり。

「方舟に宿りし大樹の如し傘」

「????????????」

「あー、悪い。こいつこういう言い回しになるやつなんだ。ほら、通訳なんとかしろ」

「この方舟市で自分のような流浪の身が雨風を防げるならなんでもよいというておる」

「そんなこと言ってました?」

「いってたのだ~。ラムルディの中では」

「あとこいつの中でもな~」とアークがミラドを指すとパンクロックのコンサート会場のように頭を前後に振るう詩人の姿が確認できたのでオウマもなんとか納得したようだ。したが、それは都合がいいというわけではないようで頭を抱えている。

「き、希望が無いに等しい……。せめて少しは候補をしぼりたいのですが……」

「つってもな~。こいつ文無し。職なし。住所なしだからよぉ。あんまごちゃごちゃ注文つけてもなあ」

「信用が欠陥住宅に住まわされている!?」

「やっぱりしょうかいしてくれないのだ?」

 小学生のまあ、そりゃそうだろ。という冷淡な疑問形の切り捨てだったがオウマはそれを拾うことにしたようだ。

「い、いえ!大丈夫!問題ないですとも!ええ!わたしは押しも押されぬ不動産屋の主兼エース営業(従業員自分だけなため)お家をお求めの方なら必ず納得してもらえるものを提供するのが使命!です!そういった支払いなどに関しては住みたい目標を見つけてからにしましょう」

「「お~」」

 ぱちぱちとまばらな拍手にエヘンと小さな胸を張るオウマ。そんな彼女にラムルディが尋ねる。

「それは助かるのぅ。しかして居住希望主はこの通り余り自分の住む場所についてイメージを持っとらんようじゃがどのようにするんじゃ」

「そこは専門家にお任せください!条件にあったわたしのおすすめのお家をぶつけていきますのでどれかは琴線に引っかかるはずです!」

「シェフのおすすめコースに従うってことか。おもしれぇ。オメーのおすすめ見せてもらおうじゃあねえか」

「何が出てくるのかお楽しみなのだ~」

「孵化を前にしたヒヨドリの胎動……」

「こっちも何が出てくるのかわからんのだ~」

「なんとなく未知への期待があるのはわかるな……毒されてきたか」

「うぉいアーク!それわらわの仕事じゃが?」

「代わりやってやったからバイト代渡せや~?」

「あ、あの……ここで暴れないでもらえると~」

「やれやれ~!なのだ~」

 かくして変わり種の不動産屋オウマによって家の紹介を受けることになったアークたち。この先に待ち受ける奇々怪々な物件の数々さて、どこまで正気を保っていられるものか。

 最初の家は、傾いていた。

 傾いていたのである。物理的に。地面から斜め方向に向かって天に伸びる塔はあろうことかその途中で関節が生えたかのように更に角度を変えて斜め方向に傾いた。そして傾いた先で更に関節を決め。内見者たちの認識を「あ、これダメな奴だ」にロック。アークたちの家の中への期待は斜め下方向に傾いた。

「それでは中をご案内しますね~」

「いや、いいよ。なんかもうオチ見えたっていうかむき出しだしよ……」

 ともあれその期待を越えた失望は裏切られることになる。なぜなら。

「かたむいてないのだ~?」

 なんということでしょう。あれほど欠陥住宅丸出しだった外観からは驚くべき程に平らで一般的な玄関口と廊下だった。

「なんじゃなんじゃ、結構よい感じではないか。見た目を少し我慢すれば中々に住みよい場所になるのではないかの?」

「ひょうきんものの麗顔」

「ふふ、喜んでいただけて何よりです。ですが驚くのはまだ早い。奥に進みましょう」

 フローリング造りに壁に張られたクロスの廊下を進み。オウマが奥のリビングに続く扉を開いた。開いたと同時に、中が公開された。皆は後悔した。

「いよ~~~~~~~~~~!!!!!」

 カンカン!

「知らざぁいって聞かせやしょう。某こそが音に聞こえた風雲児。前田慶次にござ~い~!!」

 カカン!カンカンカンカーン。

 テテテ!(ここで舞台上の役者が見得を切る)

「……………」

 アークたちは観客席でそれを無言で見ていた。リビング。というかホールでは席がいくつも並んでいた。そして台所の横には舞台が整えられ。数人の役者が……

傾く(かぶく)っていうか……歌舞いてんじゃん!!しかもスーパーなやつ」

「イヨォォォォォォォオォ!!!」

 アークの叫びを主演の叫びがかき消した。そして彼女は隣のオウマに肘で制され。

「しっ、アークさん。演目の途中ですよ。静かにしてください」

「アタシらは内見の途中だが???」

「げいのうを見るのは眠くなっちゃうのだ~。お昼寝するのだ~」

「これこれ、演者さんたちに失礼じゃろうが。飲み物買って来てやるからもう少しもたせい」

「松竹梅……」

「ミラドは梅昆布茶じゃな。あいわかった」

I(アタシ)わかりませんこの状況!」

「一体なにがわからないんですかアークさん?家賃?光熱費?なんでもお答えしますよ」

「先住民だよ!!」

 先住民(歌舞伎役者)たちは相も変わらず演目を続けていた。何なら観客は他にもいたので先住民は歌舞伎役者たちだけではないのかもしれない。

「ここね。お家ではあるんですけど同時にスーパー歌舞伎団体の公演場所でもあるんですよ。激安で舞台を貸し出したり家賃が安かったりする代わりに住民と演者とお客。いい感じにやっていってくださいねっていう」

「要求が無理筋すぎる~」

「住所・職・こせき・3無しに家をかせっていうのも同レベルなのだ~」

「倉庫に追いやられしキリギリス」

「うんうん、気を使う場所はいやなんじゃな」

 不評ににオウマは小学生のように口をとがらせ。

「えー仕方ないですねぇ。じゃあ演目終わったら静かにでましょうか」

「なんで一個目で既に投げやりなんだお前!?プロ意識どうした!?」

「イヨー!!!」

 千両役者の声が高らかに響き渡る。

 一行が次に訪れたのは一戸建ての住宅。二階まで存在するその家は一人で住むには随分と広く持て余しそうな予感がするが。

「今度はいねーだろうな。先住民」

 うんざりというアークにオウマは意外そうに返し。

「シェアハウスはお嫌でしたか?価格帯はぎゅっと抑えられますし、家事分担できたりしていいと思いますけど……」

「客と演者で何を分担すんだよ!分けられるのは舞台の感動だけだわ!」

「メアにはよくわからなかったのだ~」

「荒波に攫われしリンゴ……」

「人見知りに大勢の知らん人間はつらかったらしいのう」

「いいのかそれで客商売」

「芸術家なのだ~」

 ともあれぶつくさいいつつも彼女らは敷地の中に入っていく。

「今回のお家はすこし騒がしいかもしれません」

「じゃあいるじゃん!先住民!」

「いえいえ、いらっしゃいませんよ。完全にお一人様向けです」

「ご安心なのだ~。でも先住民がいないならなんでうるさくなっちゃうのだ?」

「それは入ってからのお楽しみです」

 人差し指を立ててにこりと笑うオウマ。彼女は取り出した鍵で玄関を開けると中に皆を招待した。

 一見した感想としては。

「なんてことない玄関じゃのう」

 タイル張りの土間があり。一段高いところに木製の廊下が存在する。左手には靴入れの棚。換歴に至っても一般的な玄関構成だ。

「といっても、前のところも玄関はまともだったからなぁ。油断せずいこうぜ……」

「見学にゆだんってなんのことなのだ~?ん?」

 からかうメアの言葉は途中で止まる。というよりも途中でかき消された。新たに鳴った音によって、だ。

 甲高い電子音。シンセサイザーなどから鳴るようなソレは。

「何が起きたのだ~?」

 起きた現象を確かめんと地団駄を踏んだメアの地面に対する打撃の数と同じ分、放たれた。つまり。

「うるせ~~~~~~!!!!!」

 ピロンピロンティラリティラリダラララリン。

 音が内見者たちの鼓膜を打撃していく。

「おいメア、その動きやめろ~!!!」

 たまらず家に上がってメアの動きを封じにかかるアークしかし。廊下に足を踏み入れたということは。

 ドーンドーンラー。

「うぉぉぉアタシもか!余計やかましくなった!」

「もうじっとしておれおぬしら。ミラドが完全に音爆弾食らった鳥類先生みたいになっとるわ」

「クェー…………」

 皆の戸惑いを笑ってごまかし音を鳴らしつつオウマはホップステップで音を鳴らしながら廊下に立ち、解説しました。

「ご清聴いただけましたでしょうか?こちらが当社ご自慢の音のあるうちです」

「ききゃわかるわ~!!」

「た~のし~のだ~!どんどん鳴らしていくのだ!」

「あ、コレ!ぬおおお、どんどん違う楽器の音が鳴っておる。場所によって変わりおるのか!?」

 部屋廊下を突き進んでどかどかと部屋の奥に音を鳴らしながらいってしまったメア。それを同じぐらいの年に見えるオウマはほほえましそうに見る。

「ふふ、メア様には気に入っていただけたようですね。では皆様も中を体験してもらいましょうか」

「してますが???おっもしれぇのは確かだけどやかましいのも確かなんだよ。なんだこれ、踏み込む力に合わせて音がデカくなったりちっさくなったりしてんのか」

 アークがぺたんぺたんと足を振り下ろす。その度にキックドラムの音がなるが、なるほど確かにその強さによって低音の腹の響きは強弱があった。

「で、あれば抜き足差し足で行けばあまりうるそうなく前に進めるじゃろう。童を回収してさっさとずらかろうぞ」

「事件現場のバスドラム……」

「こんなところにいてはおかしくなってしまうからのう!」

 抜き足差し足忍び足……忍びの技を駆使して彼女らは前に進む。

「なあ……この移動方法、家のコンセプト全否定な気がするんだが……」

「仕方なかろう行動ごとにいちいち爆音を響かせておっては遠からず気が狂うてしまう。家に住むためには当然の適応じゃ」

 ミラドは台詞もなしに首を横に振った。

「適応が必要な未来はなさそうだぞ」

「ミラドには刺激が強すぎたかおお、可愛そうに。ここから出たら静かなところにいこうのう」

 ラムルディはミラドを抱き寄せ可愛がろうとしたが、ミラドは彼女の予想以上に消耗したのか大きくバランスを崩し、ラムルディを巻き込んで。

 バーーン!

「ぬおわぁ!?」

「うるせー!!」

 大きなドの音を鳴らしながら二人して部屋の中に倒れ込んだ。

「むきゅう」

「あらら」

 ラムルディを下にしてミラドが覆いかぶさる形になっている。

「ご、ごめ……頭垂れる稲生」

「よいよい。疲れておったのじゃな」

 ミラドは慌ててその場からどこうとするが上手くいかない。なんということでしょう。倒れた際に二人の手足は複雑怪奇に極まりそう簡単には抜け出せないようになっているのであった。

「んっ、くっ」ドドラ

「んごぉぉぉぉ!?極まっとる極まっとる!関節が見事に極まっとる!」ラララソファミ

「なーにしてんだお前ら。つーかうるさっ!さっさと外すか一生動かずそこいろ!」

 ぎしぎしゆらゆら脱出しようともがけばもがくほど家との接触回数は増えて多様な音色になっていく。ミミレソラシド。二人が奏でる合奏はやがて幼女の元にも届き。

 ララミドドドファ。

「楽しそうに演そうしているのだ!メアもまぜるのだ!」

「見るなー!!!」

 インタラプトが発生してこの日一番の爆音が鳴り響き。蝙蝠二羽が撃沈したりした。

♦ 

「ひどい目に遭った……」

「お楽しみいただけたようでなによりです」

「どこがじゃ!!宿屋のようなことを言うでないわ!」

 二軒目の内見を終えたアークたちは続く三軒目に向かって歩を進めていた。といっても既に散見される恐ろしい前例たちによって先行きには早くも暗雲が立ち込めていたのであるが……。

「さて、次なる物件にご到着です」

 たどり着いたのは一つのアパート。その一室の前だ。あまり管理の手が入っていないのか雨汚れなどが壁面などにこびりついている。

「ちょっときたねーけど。見た目はまともだな……見た目は」

「さっきも見た目だけならふつうだったのだ~」

「で、今回は何があるんじゃ?あるんじゃろ?どうせ」

「戦場に一石投じる戦士」

 散々ながら真っ当な顧客たちのいいようにオウマは冷や汗交じりの苦笑いで答えた。

「はは、お察しの通りこの物件の特徴は……」

 彼女は少しためて決定的な言葉を放った。

「じこ物件です」

「アウトじゃー!!」

「そうはいいますが安いし簡単に借りれるんですよ。じこ物件は。失礼ながらミラド様の人生は盛大に事故っておりますのでこれぐらいでないと中々釣り合いは……」

「伐採続きの山崩れ……」

「そこまで言うことないじゃろうが~!!大丈夫じゃぞミラド。どこか探せば人生の保険屋さんもあるはずじゃからのう」 

「保険屋さんは事故ってからでは手遅れでは?」

 家の真実に真っ先に反応したのはラムルディのようで実は違う。それは、彼女は。

「アーク?大丈夫なのだ?」

「え?あぁ……うん。大丈夫……」

「全然大丈夫じゃなさそうなのだ!」

 常ならぬ気弱かつ緊張した面持ちのアークに悪友は即座のツッコミをいれた。そこでようやく自分の変調に気づいたのかアークは荒い息を整えいつもに近い口調で答えた。

「問題ねーよ。……で、じこ物件ってことはアレだよ……な。昔人が亡くなったっていう」「いや、違いますよ?ここでは誰も亡くなっていません。死傷者ゼロです。そんなんあったらここの市場価値もっと下がってますよ」

「え、いやでも事故物件て……」

「まあまあ、そういうのは体験してもらった方が早いですって。大丈夫です。幽霊なんて出ませんよ」

「幽霊はね」そう誰にも聞こえないように言ってオウマは小さい体で扉を開き中に皆を招きいれた。

 ひとまず幽霊が出ないという言葉に従って内部を進む顧客たち。

 段差がないこと以外は騒音の家とほとんど変わらない玄関構成、サイドにバスルームやお手洗いのついた一本道の廊下。先に行けばリビングルーム。

 リビングルームだ。そこにたどり着いてしばらくした後に変化は訪れた。キッチンのついた手狭なフローリングの小部屋。視界を塞ぐ荷物もない誰かを見失うなんてありえないこの環境で……。

 アークは一人取り残された。

「ア!?」

 いない。どこにもいない。メアも、ラムルディもミラドも、皆を引率するべきオウマすらもだ。世界に一人。それに気づいたことで気づく。

 人がいる。

 いないと思った。確かに数瞬前まで誰もいないと確かめたはずのその場所に、確かにそいつはいた。しかし、それは人といってもいいのだろうか?それは人を越えた存在。更にいえばそれは他人ではなく。

「お前……は?」

「よぉ、アタシ」 

 大きく肌を晒したパンクファッションに身体に刻み込まれた傷、そしてサメの尾。

 どこからどう見ても原寸大のアークがそこにいた。

 一分の一スケールのアークはゆっくりと床から立ち上がると未だ困惑する本物アークに向き直り、口を開いた。

「直観したな?理解したな?アタシはお前だ。いや、わたしっていったほうがいいかな?」「なわきゃ!あるか!」

 受け入れられなかったほうのアークは思わず一打を放つが焦燥感に駆られてはなったそれは容易く受け止められる。

「な!?そうか……テメェ……なんかSHの変身かなんかだろ。正体を現しやがれ!」

 アークショック。密着した状態から放つ電流は即座に敵の動きを硬直させる。

 ことはなかった。

「耐性がありやがるのか!?」

「そりゃそうでしょ。わたしはあなたなんだから。ほんと……察しが悪いんだから」

 綺麗なアークはため息をつき、語り始めた。

「市長に言われたこと。その通りだって思ってるんでしょ」

「お前……なにを?」

「だって中にいたんだもの。全貌はわからなくても相手がどれだけ強大かは身に染みて知っているじゃない。それが例えSHなんて力があったとしてもどうしようもない程の差があることは……なのに、わたしはまだ潰されず生きている、回収もされていない。わたしが本気で抗ってないから捨て置かれているのか……それとも、今の状態に価値があると思われているのか。決めかねているのよね。だから本気で欠けた円環の継手をつぶしにかかれない。その価値が崩れたらすぐに潰されてしまうと思っているから、そうなったらわたしだけじゃなくて、メアやサンたちもきっと無事ではすまないものねぇ」

「だから何をいってんだよ……オメェは……」

 わたしはあざけるように言った。

「わたしはわたしの心を代弁しているだけだよ。だって、あなた自身なんだもの。わたしがこだわっているトモダチのくくり。わたしは知っているのよ。あなたは気づいているのよ、外の常識を学んだのだからわたしたちの関係は友達じゃなくてむしろ家族、姉──」「うるせぇっつってんだろ!」

 シンアークによる加速により壁面に押し付けハンマーナックルを装備して打撃。しかし、それに完璧に同じくハンマーナックルを付けた打撃を合わせられて無効化。その後の幾度も拳を交わすが。

「わたしの信条。めいっぱいこの世を楽しむそれってさあ」

「あぁん!?」

 有効打にならない。好き勝手に言われ続ける。

「元々誰の願いだったか覚えてる?覚えてるよねぇ。だから実行しているんだものあの子(・・・)の望みを……あら?」

 散々破壊を巻き散らかし部屋が原型を留めなくなった頃、もう一人のアークは手を止めた。

「今日はここまでみたいだね。じゃあねわたし。自分の心に嘘はつかないように」

「ああ!?知るか!お前なんかアタシじゃねぇ!」

 降り積もった怒りと共に殴りつけにかかるもののそれよりも先に世界が壊れた。

「!?」

「あ、アーク起きたのだ」

「おはようございます。お早い覚醒なによりですね」

 瞼を開けると視界に入ってきたのはこちらを覗き込んでいるメアにオウマにラムルディ。本来一緒にこの部屋に来て、されど先ほどの世界では散り散りになったものたちだ

「うなされておったが。お主もアレを見ておったのか?」

「アレ?……あー……」

 未だはっきりしない頭でアークは先ほどまでの光景を思い出す。自分そっくりの存在が現れ、自分しか知らないことをペラペラと好き勝手に喋り出す。どう考えても愉快ではない出来事だ。文句を言わなければならない。

「おい、アレどういうことだよ!なんでアタシは意識を失ったんだ!?んでめちゃくちゃ奇妙な夢をみたがお前のせいか?オウマ!」

 睨みを受けても怒鳴られてもどこ吹く風という風に答えがきた。

「ですから先ほどからいっているではありませんか。ここは自己物件だと。ここで過ごしているともう一人の自分自身が姿を現して。自らと対話することになるんですよ。精神修行の一環として人気があるんですけど中々住むとなると人気ないんですよねこの現象が起きる部屋」

「あったりめ~だろがぁ!利用するやつの気が知れんわ。恐らく内見で何度かここを訪れているであろうお前の精神もなぁ!」

「慣れですよ慣れ。直接害があるわけでもないですし」

「精神的に直球で害があると思うが……っと」

 そこでアークは大事なことに気づいた。覗き込んでた残り二人。

「おめーらは大丈夫だったのかよ?」

「メアはなんもでてこんかったのだ」

「わらわは楽しゅうおしゃべりしたぞ」

「はぁ?」

 自分との余りの違いに間抜けた声を上げたアークに解説が差し込まれた。

「まだ幼い人の精神にはもう一人の自分が作られてなかったり……あとは自分の心に素直な人はそんなにすれ違うことなく穏当に済むことが多いみたいですね」

「つまり単純と」

「ぶっとばすぞ」

「のだ」

 ばすぞ。ではなく言葉と同時に脛蹴りが二連で来てアークは地面に屈することになったがそのおかげで気づくことがあった。

「ん、アレ……ミラドは?」

 そもそもの発端のミラドがいつまでたっても介入してくる気配がない。顔を上げて見渡してみるとその姿を確かに確認することができた。しかし、

「動く気配がない……あやつはまだ自分と喋っておる」

 回り込んでみるとその表情は苦悶に満ち。とても穏やかな話し合いがなされているとは思えない。

「なあ、オウマ。これ、外から起こす方法はないのか?」

「う~んあまり無理に起こすと変な影響が残る可能性があるのでこちら側から呼びかけてあげたり軽くゆすったりする程度ですかね。推奨できるのは」

 そういうことでお目覚めミラドちゃん計画が始まった。第一弾は携帯端末による目覚まし時計。甲高い蝉のような声が響き渡るが……。

「うるせえのだ!」

 ゲシ!二軒目の自分の暴挙を忘れたかのようにメアが乱雑に弾き止めた携帯端末が勢いよく吹き飛び、ミラドの首筋に命中した。

「ふぬっ!!」

「おまえ~!?」

「やっちまったのだ」

「穏当も何もないですねえ」

 それでもミラドは起きません。うるさい方法が禁止になったところで次なる手をとることにした。呼びかけだ。

「ところでなんていってやったらいいんだろうな。こいつに通じる文字列知らねーんだけど。文法がわからん」

「もう単語でいいんじゃないのだ」

「じゃあそれでいくかのう」

「私とメア様が左、アーク様とラムルディ様が右でいきましょう」

 並んだところで。

(つっても単語ってもなあ)

「おはよー」

「あさだよー」

「ヨーヨーなのだ」

「ヨーグルト」

「戸棚」

「納戸」

「ドリルなのだ」

「ルーロー麺。あっ、やべ……じゃねえわ。べつにしりとりする必要ないんだよなぁこれ。……リンゴ」

「ゴリラ」

「ラップ」

「プリンなのだ」

「落とす必要ないんだぞ。ン・ダ〇バ・ゼバ」

 正気に戻ったところでただ囁くのは暇だということに気づいてしまったのでしりとり続行。アークは左右から交互にささやかれ続けるミラドのこの状況にASMRを見出したが内容をよく聞くと発狂しそうなので別に羨ましくはねえなあと気を取り直した。

 そうこうしていると変化も生じた。

「ん、うぅ……」

「おお、ミラドが目を覚ましたぞ」

 瞼を開き、部屋の面々を認識したミラドは憔悴した様子で。

「成人腰掛ける砂場……」

「うむ、そうじゃ先ほどまでおった部屋じゃぞ。さっきまでお主がみとったのはお主自身が見せておった幻じゃ気にするでない」

「わからん……。ま、お前色々出してないこと多そうだし結構拗れたんだろうな。詳しくはきかんけど」

「きいてもわからなさそうなのだ~」

「…………」

「さて、皆さま体験も終わったところでご感想の方を伺っておきましょうか。この部屋はいかがでしたか?」

「いいわけあるか!」

「たいくつだったのだー」

「そこそこ楽しくしゃべれたのう」

 いけしゃあしゃあとのたまうオウマに当然の言葉が投げかけられていく。ただ、そんな中でも黙っているものがいた。

「…………」

「ミラド?どうしたのじゃ、おぬしはなんぞいうことはないんか?」

 ラムルディの呼びかけにおずおずと切り出した言葉は。

「V字の朝鳥」

「…………わからん」

「ラムルディ、なんていってるのだ?」

「うーんそうじゃのう……」

 珍しく少し悩んでラムルディは答えた。

「どうしてももう少し早く起こしてくれなかったんだといっておる気がするのう」

「!?」

「あ!?ミラド!?」

「急にどうしたのだ!?」

 ラムルディの言葉を聞いてすぐにミラドは駆け出し。わき目もふらずに部屋から出て行った。後に残されたのはあっけにとられた4人だ。

「え…………なんで?」

 



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15-4

 詩人は獣の世界を駆ける。背景として置き去りにしていく獣たちが何事かとこちらを眺めている。ミラドは獣が嫌いではなかった。最初から言葉が通じないからだ。通じるはずの人間に通じないよりは始めから諦めの前提の上で接することができて気楽だ。でもエサと間違えて食いついたり蹴ったりするのはやめて欲しい。やっぱり嫌い寄りかもしれん。

 あてどなく街をさまよい。ミラドは一息をつく。

 心が大時化の海のようにざわめいている。何故だ。何故だろう。

 

「V字の朝鳥」

「どうしてももう少し早く起こしてくれなかったんだといっておる気がするのう」

 

 ──違う。あの時自分はなぜそのまま放っておいてくれなかったんだ。といいたかった。辛く、苦しかったが。何かをつかみかけていたから。

 伝わっていたと思っていた。彼女は理解してくれていたと思っていた。しかし、伝わらなかった。そうではなかった。それが無性に悲しい。

 意思を持った時から言葉に馴染まなかった。日本語でも、英語でもドイツ語でもスペイン語でもあらゆる言語を学習してみてたがその言葉がそのまま指す表現では、自分の感覚とはどうしても合わないのだ。止めようと思った時期もある。でも──

 

「あの娘は肯定してくれたもんね。やつがれの言葉を」

 あの部屋であったもう一人の自分の言葉だ。自分はただ、黙って聞いていた。

「いってくれたもんね『君の言葉は面白い。品があるとか上等とかそういう表現は似合わないけれど……でも、ここだけでしか味わうことができない。そう、希少性に満ちている。世界をそんな風に見てもいいという希望がある。私はそれを尊重するよ。理解は……ちょっと難しいけどね』そう、少し困ったような笑顔で」

 あの娘はもういない。とっくにやつがれの世界から去ってしまったけど。もらった言葉は覚えている。あの笑顔を覚えている。希望を抱えていこうと思ったことを覚えている。

「そこからやつがれは世界を好きに解釈することを続けた。放埓に放ち続けた。言葉を世界に教え続けた。でもさ」

 そうだ。

「通じた人なんていなかったよね」

 道を行く人々、親切にしてくれた人、思考を見込んで取り立てにきた欠けた円環の継手でさえも誰もかれも。ミラドの言葉を理解した人は、いや、理解しようとした人はいなかった。

「あの日もらった肯定なんて。あの娘だけで通じるものなんじゃないか?あの娘すら、いいとは本当は思ってなくて、ただ、慰めのためにいってくれただけなんじゃないか?やつがれはそうも思ったこともあるよね」

 ああ、そうだ。言葉を紡ぐために心を切るような凍風が入り込む。その度に言葉を発するのが嫌になる。世界を解釈できなくなる。肯定を信じられなくなる。でも────。

「でも、あの娘は違うよね」

 ラムルディ。突然世界に降って湧いた存在。行き倒れたやつがれを拾い、食べ物を施し誰によりも親切にしたあげく。

「やつがれの言葉を理解した」

 何故?理解できる。何故?こちらに興味を持つ。吸血鬼が好きらしいがそれと関係があるのだろうか。

「わからないよね。だってそんな人は今までいなかった。あの娘だって、好んではくれたけど理解まではしてくれなかった。そんな人が急に現れて。前触れもなく……ああ、あの怪しい商人の勧めは前触れといってもいいかもしれないけれど……」

 けれど。不可解だ。突然すぎる。

「嬉しい。彼女となんでも話したい。言葉を伝えたい。しかしだね。それは信頼できるのかい?今まで何人とであってきた?何十人、何百人数千人、もっとだ。あの娘以外の誰にも通じなかったものが急に通じるようになるか?」

 不安だ。一度通じただけにそれはずっと続くものなのか?一手先では通じなくなるものなんじゃないか?感性で話をする詩人らしからぬ心の動きだ。理解の根拠を求めている。根拠がないものは、脆く、儚い。そこに心を預けるのは、恐ろしいのだ。

「どうしても彼女はやつがれの事を理解できた?本当に理解しているのか?知りたい、安心したい。そこに確かに理屈があって納得したい。詩人としては失格だな。それでも、やつがれは思うわけだ──」

 この理解が証明であり、不変のものであると知りたい。

 さて、そうするにはどうするか。ここで尋ねる前に。

『ン・ダ〇バ・ゼバ』

 聞きなれない言葉によって世界は崩れた。そして、心の準備ができる前に。

「いな……いな」

 理解は過たれた。通じてはいなかった。たどり着いた楽園から追放された気分だった。もう世界は散々回った後だった。ここ以外にはないはずなのに。ここにはこれ以上いられない。

 やつがれは、どうしたらいい?

 

「ミラド!!」

 不意に、楽園からの声が届いた。幻聴かとも思ったけれども次の瞬間抱き寄せられた感覚があり。

 彼女はこういった。

「すまんのうミラド。わらわが間違えた。逆じゃったか。そうじゃったかのう?」

「いな……いな」

 わからない。放った当時受け取られず。今になって正解を引き当てられるのか。そもそも何故ラムルディが自分を見つけられたのか。

「砂漠揺蕩う硬貨」

「忘れとるのか?わらわオオコウモリのSHぞ?飛べるからのう。上空から見渡せば一発じゃ。アークのやつも嗅覚は優れとるしのう」

 彼女の言葉通り。アークやメア、オウマも遅れてやってきた。

「あー、いたいた。たく、手間かけさせやがって」

「急に駆け出すからびっくりしたのだ」

「えっと、私の紹介したご住宅のせいでしたら謝罪いたします…………」

 そうではない。きっかけはそうだが。そうではないのだ。だから。

「水瓜に挟まれしパン生地……」

「うーむ、多分そうではないといっておる気がするぞ」

 首を縦に勢いよく振った。そして、思い返せば自分の内見中に付き合ってもらっているのに急に癇癪を起して抜け出してきたのがとても申し訳なくなってきた。

「朝露落ちゆる頃のくず拾い」

「ん~、手間をかけさせてすまないといっているような気がする」

「なるほど……」

 また首を縦に振った。そうしているとアークが一歩前に出て。

「アホか!」

 ポカーン!とミラドの頭を拳骨で強くしばいた。

「?????」

「なーにやっとるんじゃぁアークぅ!ただでさえ泣きそうになっておったミラドが半泣き越えてもう涙さんがひょっこりでてきてしもうとるではないかぁ!」

 ラムルディに庇われ涙目で抗議の視線を送ると。説教がきた。

「謝る時ぐらい自分の言葉じゃなくて伝わる言葉でちゃんと謝れ!」

「たしかにごめんなさいは欲しいのだ」

 謝罪に類する言葉は心から発したが。それではダメなのだろうか。怒っている様子をみるとダメらしいのでしぶしぶながら。

「ごめ……んなさい」

「よし」

「よしではないぞ。なにゆえ二回も謝らせるのじゃ。というか今回のはどちらかというと意を汲めんかったわらわが悪かろうて」

「そもそもそこだよ」

「どこなのだ?」

「理解してもらえなかったからってショック受けて逃げ出すことだよ。そりゃ……そりゃ誤解も無理解も発生するだろ。だってお前……」

 決定的な言葉が来た。

「そもそも人に伝わるように言葉発してねーっていうか。伝えること放棄してんじゃん」「!!」

「ざっくりいったのだ」

「忌憚のない意見ですね」

「じゃ、じゃがわらわには伝わっている……気がするぞ」

「そりゃお前がたまたま感性が似てて。吸血鬼っぽいってことでミラドにすっげー興味もってるからなんていってるかなんとか理解しようと努力しているからだろ」

 一拍を置いて彼女はいった。

「アタシはそんな努力したくねぇ!だってオメーにそこまで興味ねぇもん!!義理もねぇし!」

 思いっきり頭を殴られたような感覚があった。しばらく何も考えられなさそうだ。

「なんっちゅーことを言うとるんじゃお主はぁ!相手が言うとることを理解しようとするのは当然のことじゃろうが」

「アタシだってなぁ。好きなアニメとか漫画がめちゃくちゃ比喩や暗喩まみれだったら理解しようとネットとか図書館で色々紐解いていくのもやぶさかじゃねえけど、さして興味のない作品だったらはーん、ふーん。っていって本閉じて終わりだろうが!ましてそれを会話でやられてみろ!うんざりするんだよ!!ああ、こいつアタシと会話する気ねーんだなってなるだろうが!アタシャ会話っつー意思の交換がしたいんであって他人の脳内当てゲームを強制されたかぁねーんだよ!!」

「まあ、大分わかりづらくあるので困りはしたな~と」

「ご、ごめんなさい……」

 思わず通常の言葉で謝ってしまった。もっとふさわしい言葉はあると思うのだが。しかし、そうはいってもどうすればいいのだろうか。違うのだ。どうしても言葉が。

「別にな。その独特なワードセンスを一切使うなとはいわねぇよ。見てておもしれーしこれからも堂々と使ってきゃいいさ。でもな、おめぇの言葉には意味を理解するための導線がねーんだよ。ラムルディが理解している以上あるのかもしれねぇが他人に見えない導線は導線じゃねぇ。例えばよう。身振り手振りを加えるとか、文脈上その答えしかありえねぇ応答のタイミングだけで使うとか。言った後に解説を加えてみるとか。逆に解説したあとに自分の言葉に翻訳してみるとかあるだろう。さっきみたスーパー歌舞伎だって、意味がそのまんまじゃ伝わらねぇから、客に興味をもってもらうためにわかりやすくしたり、派手な装置使ったりしてんだ。伝統芸能でさえそうなんだぞ。意思を伝える努力を放棄した奴の意思をくみ取ってやる義理はこっちにはねーんだ。だってよぉ」

 そこまで言うと。アークは気まずそうにメアを見た。代わりに小さな口が答えた。

「伝わることばでいっても。アークとメアはけんかばっかなのだ」

 それは単に暴言やわがままの応酬が原因なこともしょっちゅうあるけど。というか9割それだけども。

「ぜったい伝わるって思った言葉でもちがう意味に受け取りやがることもあるのだなこのアークは」

「オメーもな?」

「ハ?」

「ア?」

「話を進めよ!」

「ともかく。共通認識のある言語同士でも誤解による諍いは発生するのでそうでない言語を使うのであればより一層の気づかいが必要っていいたいわけですね」

「そういうこと!」

 ミラドはショックを受けていた。同時に困惑もしていた。伝わらない意味がわからないと突き放されつつもやるな、捨てろとは言われていない。変えろとは言われている。しかしながら否定はされていない。なんだ。

 混乱の中、ふと、誰かに手を握られる感覚があった。ラムルディであった。

「わらわはな。別にこのままでええと思うとる。外すこともあるがなんとなくお主のいうとることわかるし。その言葉はお主が使いたいと思うとるから使うとるんじゃろうからのぅ。じゃから」

 その続きは、なんだろうか。

「おぬしは、どうしたいんじゃ?このまま……わらわのようななんとなく理解できる……そういう奴は多くはないのじゃろう。そういった者共とだけ。純度の高い会話を成立させていきたいのか。それとも、手を変えつつも。もっと多くの者たちと言葉を交わしていきたいのか。お主の、意思を伝えていきたいのか。どうなんじゃ?」

「…………」

 どうなんだ。言葉は曲げたくないが、曲げたくないがゆえに工夫を凝らしてこなかったというのは事実である。ただ、心に浮かんだ言葉を他人に押し付け続けた。果たして、伝えるための努力というのを真面目に考えたのは何時が最後だ?

 未知の可能性がある。多少なりとも自分のスタンスを曲げることになる痛みを伴う道。だ。しかし、そこにはあるのかもしれない。自分の言葉を理解してくれる人が多く存在してくれる世界が。それともないのかもしれないが。結果は選んで進んでみるまでわかりはしない。であれば。

「伝えたい。広めたい『ポケットの中に忍び込む黒猫』」

 空いた手を握られた手に重ねた。意思を示せば反応が返ってきた。

「そうか。では、そうじゃのう。わらわもお主の言葉が広く届くように何か考えていかねばのう」

「ポケットの中に入るなんかか……」

「黒猫が何かの暗喩ですかね……」

「たぶんみんなが持っているものなのだ……」

 伝わった上でわからない面々が悩んでいる。悩んでは、くれている。

「黒猫は黒電話、ポケットの中に入る電話じゃからスマホじゃのう。スマホぐらい普及させたいし、電話機能のように意思を伝えていきたいと、そういうことじゃないかの」

「!!」

 その通りなので勢いよく頭を振った、ついでに腕も振った。

「露骨にはしゃいでんな~」

「いっけんらくちゃくなのだ~?」

「あの~、それはめでたしでよかったのですが」

 少し気まずそうにオウマが切り出したのは。

「内見、どうします?続けられますか?」

「「あ」」

「そーいや途中じゃったのう。……正直癖が強いのばっかじゃったがどうすかのう。ミラド」

 自分の都合でついてきてもらっていたのに自分の都合で中断してしまったことを恥じつつ答えた。

「続け……たい。必要、だし。楽しいから。『小鳥のビートで鳴り響くキックドラム』」

「ほうか」

「ということは継続ですね。よかった~。私、まだまだとっておきのお家を用意していたので見せられなかったらどうしたものかと」

「まーた自己物件とかはやめろよ。今度は焼くぞ」

「おどしじゃないのだ~。でも、面白いのは確かなのだ、すみたくはないのだ」

「ちゅうわけで、内見続行と行くか。頼むぞオウマ」

「お任せくださいませ~」

 一つの転機と共に転居の準備を進めていくのであった。



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15-5

 換歴の街に度々存在するチェーン店喫茶『ババーバックス』。コーヒーをカップに注ぐ柔和な老婆がアイコンのこの店は世界一のバリスタたる。モカベ老人の監修によって品質が徹底管理されている。そもそも国どころか都市ごとに法律、法則の違う換歴の日本においてチェーン店という画一的なものを展開できている。ということ自体がモカベ老人とババーバックスの力の大きさを示しているだろう。

 木々に囲まれた隠れ家的な雰囲気を出しているこの喫茶の中でアークたちは席につき。一時の休息をとっていた。

「ふぃー、結構回ったな~」

「どこもおもしろかったのだ!かいじゅうやしきは最高なのだ!」

「ふふ、あそこは私もお気に入りなので高評価でよかったです。オウマ様はどれがよかったでしょうか」

「おだやかなところ……。『サクサクの餅画』」

「あったかの……そんなところ。怪獣屋敷はいうにおよばず、洗濯機そのものの家、変形合体家、スリッピング家、人体家。どれもやばかったと思うがのう……」

「でもハラハラドキドキしたのだ」

「一瞬先でどうなってるか全然わかんなかったからな!つっても……面白かったってのは否定しねぇよ。よくもまあこんなヘンテコリンな家ばっか取り扱ってたもんだ」

「おかげでもうかってはいませんけどね…………へへ」

「オウマのところは個人経営じゃろう。赤字になっとらんなら問題なかろ。いや、なぜなってないのかは疑問じゃが」

「なぜ、こういった家を?『ブルゴーニュ湧きし洞穴』」

 不動産屋として利益を出すのであればオウマのスタイルは当然不合理の極みといっていいだろう。無駄な努力、といってもいいだろう。であればそれを通すに至る根源があるに違いない。ミラドが気になったのはそこだ。その答えが、自分のその先に役立つ可能性があるかと考えたのだ。

「えっと……」

 皆の集まった視線に少し椅子を引いたオウマは眉を下げつつも口を開いた。

「皆さんがお家に求めるものはなんですか?」

「ゴロゴロできる場所」

「クーラーがきいててだまっててもご飯がでてくるところなのだ」

「家族がおるところかのう」

「住めればなんでも『銀の飾り皿』」

 なるほど、とオウマは手元のブラックコーヒーを啜りテーブルに置くと。

「私が住居に求めるものは面白み。です」

「ああ~」

 せやろなぁ。という思いのこもった声が漏れ聞こえる。

「人間にとって最強の敵は飽きです。変わらない日常、閉塞感の前に人は容易く道を過ちます。では、自らの生存環境が絶えず変化していれば?探せば探すだけあらたな発見という進歩を得られるのであれば?私はね、人の生活には楽しみがあって欲しいと思っています。仕事から疲れて帰って何もする気がない。そんなときでもただ過ごしているだけで新たな情動を生み出すことのできる空間。それが家だと私は思っているんですよね」

 熱く語ったオウマにミラドは頭を下げ。

「ありがとう。君の理由にはやつがれの心に響くものがあった。『無人の音楽室に吹く風』」

「何かの参考になったのなら幸いですねえ」

「さーすがに仕掛けだらけの家はめんどくせ~って思うけど。そういう考え方はありじゃねえか。同じような考えで求めてくるやつもいるだろ」

「べっそうにはいい感じなのだ。ママやマミーにも教えてやるのだ……いや、おじょうに教えて買うようにゆうどうする方が安上がりなのだな?」

「小学生同士で汚い争い方しとるでないわ。じゃが、わらわもお主のこだわりは嫌いではないぞオウマ」

「皆さん……!」

 ここまでしっかりと肯定されるとは思っていなかったのかオウマは目を見開き、若干瞳を潤ませながら立ち上がった。

「同好の志というわけでもないのに理解を示していただけるとは……!このオウマ、歓喜の極みですよぉ……!よ、よぉし。それなら皆さまにはとっておきのお家を紹介してみせますとも!」

「とっておきなのだ?おもしろいのだ?」

「ええ、もちろん!」

「えれぇ自信だな……ちと不安だが」

「でも、興味がある。『街はずれでみかけし民族展』」

「それじゃあ次の家は決まりじゃあのう。オウマのとっておきとやら。しかとみせてもらおうぞ」

 そうしてケーキと飲み物をつつきながら一行は次の行き先を決めたのであった。

 たどり着いたのは町はずれの民家。二階建ての一軒家であり、ブロック塀に囲まれた庭、コンクリート仕立ての外壁、大きな庭先の窓、屋根にも特殊な仕掛けはなかった。とはいえ、ここに来た誰もが理解している。見た目の普通さは内部の正常さを一切保証しないと。

 一様にゴクリ、と固唾を飲みこみ、オウマの次の動作に注目している。

「はい。ここが私のとっておきの物件です。もう、皆さんそんなに緊張されないで。皆さんならば大丈夫です。なんせ私の意図を汲んでくださった方々ですからね。きっと楽しまれると思います」

「楽しまれると思っているから不安なんだがな」

「で、今回の家はどんなもんなんじゃ?」

「絡繰りハウスです。それ以上は入ってからのお楽しみ、ですよ」

「にんじゃやしきと同じ感じなのだ!?おもしろそうなのだ~」

「宇宙ただよう綿毛星」

「それでは4名様ご招待~。いやー、ここ他人に紹介するの初めてなんですよ~」

「なんでこの後におよんで不安になる情報追加するの???」

 とはいえ扉は開けられオウマは上機嫌、メアやミラドも乗り気だ。

「どの道ここまで来たらいかずにはおられんじゃろ。どうせお主逃げて帰っても後で体験しておけばよかった~とかいいだす口じゃろうし」

「よくわかってるこって。じゃいくか」

「メアが一番のりなのだ~」

「あ、待って……」

 そうして五人は本日最後の家に進んでいった。

 

 扉を開け、玄関から中に入る。そして現れるのはしょっぱなからの異常だ。

 視界が切り替わった。扉の内外に連続性はなく。次の瞬間アークの視界に映ったのは脈絡のない光景だ。

 その場所に地面はない。どれほど深いのかも伺いしれぬほどに暗く音のない闇が下には広がっていた。代わりに足場となるものがある。アークたちのいる水色の薄い四方形の板がそうだ。10人ほどなら乗れそうなこの板はどうやっているのか見当も付かないが宙に固定されたように浮いている。そして浮いているのはそれだけではない。

 視界の先には、まるで土台をスタート地点とするかのように同様に浮いた物体によって一本道が作られていた。道を構成しているものは正方形のブロック、炎を纏ったバー、、巨大なローラー、摩天楼のように聳え立つ塔などなどだ。この場にBGMがあればテッテッテッテテッテッテッテといったようなものが流れだしそうな空間である。

「なんじゃここわ~~!!!!」

「ここわ~!」「ここわ~!」「ここわ~……」と広い空間に木霊していくアークの叫び声に応える声があった。

『よくぞ聞いてくださいました!ここは私が作成したスーパーな絡繰りハウス。YASUKE!皆さんにはこのステージをクリアしてもらおうと思います』

「思いますではないわ!どこからどこ目線で喋っとるんじゃオウマ!!」

 この空間にいるのはアーク、メア、ラムルディ、ミラドのみ。オウマの姿はどこを見渡せどもない。にも拘わらず空間に響く彼女の声は勝手を連ねていく。

『制作者目線ですよぉ。このSHヤドカリの最高傑作。今まで誰にも体験していただくこと叶いませんでしたが此度は別。存分に味わってもらいますよぉ~!!』

「驚愕の事実『砂場にいたのは河童』」

「まさか知り合いがSHじゃったとはのう…………」

「わなにはめられたのだ~?」

『罠?いえいえトンデモな~い。これはおもてなしですよ。この私の嗜好に肯定をしめしていただいた皆さんに対するね……』

 どこか陶酔した様子の声色は続き。

『皆さんにはスタート地点たる玄関から進んでもらって、階段を上り私のいる二階部屋までたどり着いてもらいます。道中様々な仕掛けがありますので気を付けてくださいねぇ~』

「アタシらは内見に来てんだぞ!?アスレチックしに来たわけじゃ……!!」

「今さらすぎる『回し損ねた回転皿』」

『それではさっそくスタートぉ!』

「さっそくすぎるのだ~!?」

 開始の合図と共に状況はさっそく動き始めた。画面だ。シンプルに画面といってもいいかもしれない。アークたちのいるスタート地点の背後のソレがゆっくりと動き始めた。

「おいまさか……」

「これってゲームであるやつなのだ?」

「スクロールアクションなのか~!?」

「知らない言葉『蝶番のささやき』」

「見たまんまの意味だよぉ!とにかく進むぞ!取り残されたらどうなるのかさっぱりわからん」

「何かしらが一個減るのは確実じゃな!」

「先頭はメアなのだ!」

 オウマのアホは出会い頭に袋叩きにしようと全員が心の中で誓った後になし崩し的に始まった第一回チキチキ内見アトラクションはメアを先頭とした一列縦隊のパーティで進行することになった。

 狭い。シンプルに通路が狭いのだ。平均的な体型の人一人が立つので精一杯の横幅しかなくそれが真っすぐに続き踏み外せば真っ逆さまに落下。もうこの時点で力士体格の人間や車椅子の人間などを顧客リストからさよならバイバイしているのだが施工主は居住者のライフスタイルの変化などを思考にいれいているのだろうか。いれてないんだろうな。

 ともあれ小学生のちまっこい分余裕のある横幅とSHたちの身体能力にかかれば真っすぐな直進、直角の方向転換などはなんの問題にもなりはしなかった。彼女らは頭上に設置されたボックスから記念硬貨や怪しい野菜などを回収しながら悠々と先に進んだ。

 しかし問題はすぐに提出された。

「炎のバーか」

 道幅は少し広くなったものの、その道にかかるように上下左右から火炎放射が断続的に発せられる筒のようなものがいくつも回転している。

「これは難所『桃の西行』」

「じゃあアークを盾にしてすすむのだ」

「え?」

「それがええのう」

「お前ら人の心って知ってる?」

「SHじゃからのう」

「小学生だから仕方ないのだ」

「小学生は……人ではないの……?」

「ほら、ミラドが詩的表現忘れちゃってるじゃん!」

 回答もすぐに出た。

 火耐性のある便利なアークは三人がかりで担ぎ上げられ、時に盾にされつつ、時に噴出孔に押し付けられつつ。無事にメイン盾としての役割を果たした。

「お前らなんか言うことは?」

「ごめんなさい……『渡り切った赤信号』」

「ほめてつかわすのだ」

「帰ったらタダ券くれてやるからのう」

「よし、ミラド以外失格!ぶっとばーす!タダ券はもらう」

 抜けた先は広い足場だったので追いかけまわしが始まり。無事に全員落下しかけたので落ち着いた。

「つかよう。二階?二階の概念あるかここ?にたどり着きゃいいわけだろ。律儀にこんな危なっかしい道通んなくていいじゃね?」

「どういうことじゃ」

「お前がアタシら抱えて飛んでけばいんじゃね?って話」

「ヤジャー!!」

 提案にはハイテンションの拒絶が来た。必死である。ともあれその理由を探らねばならない。

「重いのは嫌?『生え変わる氷歯』」

「いやミラドは軽いじゃろ。ちゃんと飯くうておるんか!?」

「住所不定無職なんだから食ってねえだろ」

「食ってねえから住所不定無職だという説があるのだ」

「そのような説があればとっくのとうにアークは定職者じゃろうが」

 説の否定によりアークは無言でラムルディを抱え上げ。ラムルディはわめいた。

「ヤジャー!ヤジャー!こういうのアレじゃろ!?だいたい決められたルート以外通ったらデスゲームの見せしめよろしくシュバッとバチバチ処罰が来るんじゃろ!?わらわ知っとる!ランカから借りた漫画で読んだ!」

「だーいじょうぶだって。……多分。いってこぉ~い」

「ぬぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 無慈悲にサメのSHの膂力で空中にぶん投げられたラムルディは汚い悲鳴を上げつつ姿勢制御の為に擬態を解いて翼を広げようとした。その時である。

 パチリ、パチパチ。爆ぜるような音が聞こえたと思うと。

「ばっちり嫌な予感じゃ~?ギャァァァァァァァァァ!?」

 蝙蝠。感電。

 無から派手な雷撃を食らったラムルディは黒焦げの状態でパタリと床に落ちた。

「…………(黒焦げで白目を剥いている)」

「…………(目を逸らして口笛を吹いている)」

「…………(おもちゃの棒で感電死体をつついている)」

「…………(いっぱいいっぱいで涙目になっている)」

 気まずい沈黙が流れた後、館内放送が流れる。

『あー!ダメですよダメダメ!ちゃんと決まったルートを通ってきてくれないと!隅から隅までみてくれないと内見の意味ないじゃないですか!禁止禁止』

「遊び方や攻略法をガチガチに指定してくるクソ運営め……!!」

 そこまで言うと放送は消えて。

「………………その、ごめんなぁ?」

「アークの口からごめんが出たのでへいていなのだ!」

「被害者起きてないのに!?『捺印なき計画殺人』」

「ギルティじゃあ……ケフッ」

 ともあれスクロールもそこそこ迫ってきているのでアークがラムルディを担いで進行を再開することになった。

「飛んでズルするのは無理になったし足手まといが増えたのだ。どうするのだ?」

「んー、ショートカット戦術はダメでもな、さっきの炎バーでの人心無き鬼畜生戦術覚えてるか」

「知らんなぁなのだ」

「おいコラ首謀者。ともあれだな。ありゃあきらかに正当な突破方法じゃねえ。あれは炎を避けて進むのが正解なはずだからな。全被弾でいいわけねえ。でも、突破は認められた。なんでかわかるか?」

「ルートさえ守れば突破の仕方は問題じゃない『ライオンの背面』」 

「そういうこと。アタシらSHのSH能力を上手い事使ってズルしてクリアするのも手ってわけだ。なにせ……………」

 前方を見る。そこには。

 弾丸も生易しい速度で上空から飛来し、真下にあったものをすり潰す。巨大なプレス機。 通路を塞ぐ猛獣。。

 これに乗れというのか。というほどバランスの悪いローラーと架け橋。

 そして、どこまで続くのかというほど高く聳える塔。

 難易度設計が狂っているとしか言いようがないものたちを越えていかねばならない。ならば手段なぞ選んでいられないだろう。

「楽にできるなら遠慮なくSH能力を使う……。さて……」

 空気を押しつぶす音が聞こえる。次に来るのは地面から浮いているにも関わらずやってくる大地震のような振動。

「プレス地帯か……」

 一本道の上方に鈍色の荒くカットされた大岩がいくつも浮かんでおり。一定間隔でそれらが道に落下して道を揺らしては上昇し、再び落下するということを繰り返している。全ての岩は同時に落ちているというわけではなく、入り口から数えて奇数・偶数の岩で挙動の処理が別れており、奇数が落ちている間は偶数が上昇しており、奇数が上昇している間は偶数の岩が落下していると見て取れた。さて、この仕組みに対して彼女らは。

「アークが岩を支えたらメアたちいつでも通りたい放題なのだ」

「阿呆。ふっつーに潰されるわ。いや、ワンちゃんあるかもしれんけども。やりたくはねーわよ」

「時間差ですり抜けていく方が安全だと思う『雨露受けのカエル』」

「そもそもソレやっとる間誰がわらわを背負うんじゃぁ……」

 背中の後ろで恨みがましくいうラムルディを揺らしつつ意向を決める。

「じゃ、時間差で一個一個慎重に超えていくぞ。一応岩弾けそうな手段がある奴ぁ用意しとけ」

「スクロールも迫って来とるし能力の細かい把握は進みながらじゃのう」

「ほいじゃゴーゴーなのだ~!メアは待ってくれねーのだ!」

「あ、コラ!」

 一つ目の岩が上に上がり始めたタイミングで進みだす。するとすぐに2つ目の岩に進行を阻まれるので少し待ちつつ、上がり始めるのを待って進む。次は3つ目の岩が邪魔だ。また待って上がったと同時に進む。これを繰り返す。そしてすぐにわかることがある。

「おっせ~…………これ、追いつかれるんじゃねぇか?」

 一つ進んでは待ちぼうけ、一つ進んでは待ちぼうけ。これが続けばどうなるか。そう、時間がかかるのだ。渡る信号渡る信号全てで赤信号に引っかかるようなものといえばよりわかりやすいだろうか。それで待ち合わせに遅れる程度ならまあよいが(一般的にはよくないとされている)、今は謎のスクロール現象が追ってきている状態だ。巻き込まれた場合どうなるかはわからない。スタート地点に戻されるだけならともかくテテッテテッテテと暗転するのはごめんこうむる。

「もう一気にだだーっといかないとあぶないんじゃないのだ?もう待っとられんのだ」

「そーな。ハンマーナックルでぶっ壊しながら進めるか、シンアークの加速でギリギリ狙って一気に駆け抜けるか。前者は備品ぶっ壊すことに罰則が来るかどうかが難で後者は普通にタイミングがシビアだ。やるなら後者だがあんまやりたかねぇな」

 恐らくこの空間自体がSH能力の一部であることを考えると壊した後の罰則はおろか通常の物理攻撃によって完全破壊が可能かどうかすら怪しい。背中に背負っているラムルディはともかく背後のミラドに手がなければ一か八かに賭けることになってくるが。

 アークが視線を向けるとミラドは意を決したように前に出て、前を塞ぐ岩に対して声をかけた。

【積りし上司の不正】

 声が響いた次の瞬間だ。眼前の大岩が突如として姿を消し。代わりに明らかに何か問題がありそうな書類の山へと変貌したのだ。

「んな!?SH能力か!?」

「驚いてないで先に進むのだ!」

 あっけにとられるアークの手を取りメアが先導する。すぐさまミラドも続き次の落ちてくる寸前の岩に対して。

【猿の手から離れしもの】

 言葉を投げかければ。それが一つの渋柿となり、ラムルディの頭にゴスリ。とぶつかった後に地面に転がった。

「ふごっ!?大体わかってきたぞ……ミラドの能力はあれじゃな。物か人かの区別は知らんがとにかく言葉を投げかけたモノを言葉を直訳したモノに変換するといったものじゃろ」

 細かい部分は異なるが。おおよそあっていたのでミラドは高速でうなづいた。正答を得たラムルディは機嫌を直し耳を澄ませる。

 耳を澄ませば聞こえてくるのは。

【挟まれた仏】

【後述された栞】

【あぶられし殻】

 聞こえてくるのは……。なんなんでしょうね。通じ合っているのならいいんじゃないでしょうか。ともあれ次々と岩を無害とはいいがたいものの比較的マシな物体に変換したミラドたちは一気に駆け出し、無事にプレス地帯を抜け出した。

 アークたちが振り返れば。

 ズンッ!!

 正にいくつもの巨大な岩が再び落下し、地面を揺らしたところだった。

「いつの間にか元に戻ってるのだ~!?」

「なるほどのう自己認識が重要じゃから意識からなごう離しすぎると元々の性質に戻る……というわけか」

「イカれた力だが便利使いするにゃ色々問題がありそうだな」

 ともあれ現状運営側からは特に罰則が入っていない。今後もこの形態での解決法はありということだろう。

 では抜けた先、次なる関門とは何だろうか。

 吾輩は猫である。というようなツラで四足歩行のスラっとした気ままそうな生命体は打ち付けられた杭に鎖でつながれ一本道の前で陣取っていた。なぜ猫とストレートに言わないのか。それはその身体が4メートルほどの巨体であり到底猫と言えないこととと。その猫の額に。

「犬」

 とでかでかと記されていたからだ。

「結局どっちなのだ~?」

「どっちでも…………いいです!!」

 珍しく敬語になったアークをよそに犬か猫かわからん生命体を大きく口を開きあくびをした。

「ヤギー」

「メェ~?ではなくか?」

「なんだよもぉ~!ここで第三の刺客を放ってくるんじゃねぇよぉ!」

『次なるステージは番イルカの妨害を越えて先に進むです!さぁさぁ抜け出てくださいませ!』

「紛らわしい名前を付けてんじゃね~~!!!」

『でも事実学名がイルカですし……。ちなみにりょうせい類です』

「じゃあ水場を用意してやれよ!可哀そうだろうが!!」

 大声に反応したのか番イルカは初めてアークたちの方を向き。

「水より酒の方が欲しいな。アルコールで喉を焼いて初めて俺達は生を実感できるんだ」

『あ、そいつ話しかけたら人語でアルコールやタバコなどの嗜好品を要求したりしてきて鬱陶しいですよ。気をつけてくださいね~。あとお風呂も嫌がるの勘弁してくれませんかね~』

「ヤギ語と人語で両声類な。ハイハイわかりました……。バイリンガルなんですね。他にもっと習得すべきものがあっただろうが!適応しろよ!現実逃避ではなく水辺に!」

『ちなみにイルカは学名でこの子の名前はネコです』

「一周回る前に。できればスタートラインに立った時に欲しかったなその答えわー!!」

「猫にわざわざネコって名前つけるかのう」

「謎は深まるばかりなのだ……」

「バケツプリン掘り進めるごとし」

 謎の生命体の正体は未だに分からない。具体的な身体能力も、妨害、脅威性も何もかもだ。そしてさっきまでの寸劇でせっかく稼いだスクロールアドバンテージはもう結構使い果たしてしまっていた。これもオウマの巧妙な策略なのだろうか。

「さて、どうするかのう。どう考えても俊敏そうで……攻略の鍵は鎖じゃろうが……。SHより強いということもあるまい。力で通せんこともないが……」

「てっとりばやくていいのだ」

「……壁に呑まれたらあの子どうなる?『雪にまみれし兎』」

「どうって……どうなんだろうな」

 実際倒して放置したねこがスクロールに呑まれた後どうなるかはわからない。わかっていることといえば既にプレス地帯は大半が呑まれ、どうみても後戻りすればろくでもないことになりそうという予感があるだけだ。

 おそらく飼っているペットであろうということからなにかしらの安全装置があると思いたくはあるが相手は内見の勢い余って手製のデストラップダンジョンに叩き込んでくる浮かれたイカレ女である。そこらへんの倫理観があるかどうかは怪しかった。

「まずボコったとして。伸びたアイツを引っ張って残りの奴をクリアできるかは……できるかどうかは置いといてクッソメンドクサイことになるのは間違いねーな」

「デカイからのう」

 まず簡単に移動させる手段を考えなければならない。

 小学生。論外。

 ラムルディ。手札が多すぎて把握不能。時間がないので即座に案がでないのであれば何もないと判断するのがいい。

 ミラド。SH能力で持ち運びしやすいものに変えてもらえれば何とかなる?

 コレがいい。

「っしミラド!」

 既に相手は動いていた。

【暗中拾いし賽目】

 即座に変化はあった。形容しがたい猫のような何かは言葉を発する前に姿を転じ、やはり形容しがたい、猫とはいえない何かに転じた。どこを掴めばいいのだろうか。というか、何なんなのだろうか。

「ミラド~!?お前もうちょっとわかりやすいのなかったか!?これどうやって運ぶのよ?」

「む、無理……【翼もがれしモンキッキ】」

「ミラドがこうじゃと感じたモノ以外にはどうあってもならんのじゃあ。といってもコレ、どうするぞ?持ち運べるのか?わらわ嫌じゃぞ?」

「アタシだって嫌に決まってんだろ!?生産者責任でミラド持てよ!」

「子の心親知らず……」

「じゃメアがも~らい。なのだ!」

「「「小学生いった~!?!?!?」」」 

 恐れ知らずのメンタル。これが若さか。

「それ、触って大丈夫なのか?」

「なんかブニブニしてるけどカサカサもしててトゲトゲもしててぬるかったり冷たかったりするのだ」

「ダークなマターの領域につっこんどらんか……ソレ!?」

「迫りくる壁……!!」

 内輪揉めをしている間も当然スクロールは動いているのだ。もはやプレスゾーンは完璧に呑みこまれ脅威は間近に迫っていた。

 こうなるとアークは判断が早い。障害物がなくなったとみるや残りの面々を一抱えにし。

「しっかり捕まってろよ」

 シン・アーク。炎の高速噴射による超速ダッシュ。道幅が広くなっていることもあり、一気に距離を稼ぐ。

 次に見えるのはレールのついた不安定な足場のローラー。レールがかかっている範囲には足場がなくローラーを転がして対岸にたどり着けというのだろうが。

「こんだけ助走がきいてりゃ……」

 加速、加速、更に加速。タイルを踏みしめて。

「ひとっとびだぁ!」

 大跳躍。宣言通りに渡り切った。

 振り返ればスクロール限界点は遥か先。

「後は……」

 眼前に聳えるは白磁の塔。

「これを登り切ればクリアかのう?ウプ……お主、もうちょい安全な運転はできんかったんか。童もダークマター落としとらんか?」

「ムガ?」

 ダークマターは小学生にかじられていた。

「ウワー!ペッしなさい!ペッ!!」

「えー、色んな味に変わって面白いのだ~」

「ばっちいじゃろ!いや、ばっちいのか?それすらもわからん……」

「驚嘆の好奇心……『新造された都』」

『お嬢さん……私は味見されるより撫でられるほうが「うわ、しゃべった。きもちわるっなのだ」

「投げたー!!」

 慌ててアークがキャッチして事なきを得た。

 なきを得ると4人は塔の内部に入り中を確認した。余計な装飾はなく飢えを見上げればただひたすら天井に届くまで人一人が通れる程度の広さの吹き抜けが続いている。階段もはしごもない。

「ふざけやがって。これはアレか?どっかに隠しボタンがあるってタイプのやつか?」

「それともジャンプ一発でてっぺんまでいけってことなのだ?」

「いや……おそらくなのじゃがコレは……」

 ラムルディはテレビで見たことがあるらしい。身振り手振りを加えて解説していく。

「こう、ジャンプして吹き抜けの狭くなっとるところにいくじゃろ?」

「「うん」」

「ほんで」

 ラムルディは小ジャンプした後に体を大の字に広げて。

「こうやって両の手足で壁に自分を固定しての、ちょっとずつ身体を動かして昇って……いけというんではないだろうか……」

「え、嫌……『嫌です……すごく』」

「じゃよな!」

「ふっざけんなそんなしんどいことやってられっか。てかやっとったらせっかく稼いだアドバンテージもパーだぞ。見ろアレ。あそこまで続いてんのにそんなチンタラやってたら何時間かかる?」

「わーかっとるじゃから他の手段が必要なんじゃ。ミラドの能力では移動には意味ないし。こんな狭い空間でサッキみたいなジェット噴射など御免被るしのう。わらわとミラドで一人ずつ抱えていく……のもやりづらいのう」

「メア思いついたのだ」

「ほお」

 小学生の提案はこうだ。

「メア、ラムルディと最初に会った時最後に飲んだミックスジュースで……」

「あ~、酔っぱらって翼バッサバッサ羽ばたかせてたな……そっかラムルディ!」

「なるほどのう。任せておくがよいぞ。二人前な!」

【orange】【peach】

 ラムルディの両手にオレンジと桃が握られ。腰にはミキサーが装備された。乳と糖と果実(フライングフォックス)である。桃は不浄を取り除き。オレンジは彼女らの望むものを授ける。

 ミキサーにかけられ完成したミックスジュースをアークとメアが飲めば。

 バサリ。

 大きな鷹の翼が背中から生えた。

「メア飛んでいるのだ!」

「今度は酔ってね~な」

「飲酒運転は厳禁じゃからのう」

「私は……飲みたいのですが」

「ダークマターそろそろ黙らせようか『黎明落とす金槌』」

 4羽の鳥と蝙蝠は翼をはためかして意気揚々と塔を昇っていく。流石に内部にトラップはなく調子に乗りすぎてメアが羽の制御を誤って落ちかけた以外はさしたるトラブルもなく無事に頂上までたどり着くことができた。

 頂上ではわずかな着地地点とその先にどこに繋がっているのか、古い赤焦げた色の扉が存在していた。

「よ~やくついたのう。ここまで長かった……」

「この先にオウマがいるのだ~!」

「おそらく『アジサイとナメクジ』」

「よーしさっそく文句いってやろうぜ──」

 そういうとアークは扉に手をかけ、勢いよく押し開いた。

「おいオウマ!テメーなんつ~家を……家……を」

 扉と同じく勢いよく放たれていたアークの声は徐々に尻すぼみになっていった。アークに続こうとした皆も唖然とした表情で扉の先を眺めていた。

「な……なんで」

 そこには広がっていた。

「なんでもう1ステージ広がってんだよ~!!!」

 今までの道のりと同じかそれ以上の数のアトラクションの数々が。

 



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15-6

「~♪~♪」

 個室、もとい管制室にて、オウマはご機嫌だった。本棚と一緒に大量に並んだモニターを前に彼女は椅子を大きく倒しその時を今か今かと身を揺らして待ち望んでいた。

 ガチャリ。扉を回す金属質の音がなり。来た。彼女は勢いよく椅子毎身をそちらに向ける。

「はいどうぞ!おはいりください!!」

 花開く笑みで迎える。来客者こそが彼女がずっと待ち望んでいた存在だからだ。

 扉を乱雑に蹴り開き。姿を現したのは4人の客。内見に入った時よりも随分にやつれた様子のアーク、メア、ラムルディ、ミラドである。彼女らの様子も気にせずオウマは椅子から身を起こすと勢いよく接近する。

「お疲れ様でした皆さん!いかがでしたか?私が作成し、プレゼンする最高のエンターテインメントお家は!さっそく!さっそく感想が聞きたいんですけども!アンケートとか用意してて」

「……ばす」

 アークの口から漏れ出た言葉も気にせずオウマは無邪気に気持ちを吐き出す。

「ばす?バスルームはまた違うステージを通ってもらわないといけないんですがそちらはまた後にしたひとまずここまで完走された感想を……」

「ぶっとばーす!!!!!」

「ぶげぇ!?」

 怒り。それ以外がこもっていないであろう拳がオウマの腹部にめり込んだ。そしてそれでは止まらぬ。

「ぶっつぶーす!!のだ!!」

「ひゅげぇ!?」

 小学生ならざる跳躍力で跳ねたメアが顔面に蹴りをいれ。

「わらわもやるぞ~!覚悟せよー!!」

「春の世の杉」

「おぎょぎょぎょぎょぎょ~!!?」

 倒れたオウマを蝙蝠二人が餅つきのように交互に踏んづけてはなじっていった。 

「ちょ、ちょっと待ってください!?ここは達成感にお互い抱き合うところでは!?何故に作成者に暴力をふるっているんです?エンドロールですよここ。まるですごく不満があるみたいじゃないですか!?」

「「「「不満しかないわー!!!」」」」

 クアトロボンバーが炸裂し。オウマは轟沈した。

 一通りしばき倒した後四人はオウマはを正座させ。

「で、弁明を聞こうか」

「あ、あの~。お嫌……でしたか?」

「「「「でしたね!!」」」」

 異口同音に流石にひるんだオウマは素直に謝罪した。

「あ、はい。すいませんでした。それでその、どのあたりがダメでしたでしょうか……」

「「「「全部!!」」」」

「そ、それは流石に参考にならないのでできれば具体的に教えて欲しいな~なんて……へへへ……」

 もはや若干涙目になっているオウマに免じて聞き取り調査が行われていった。

「いや……さ。シンプルに殺す気だった?」

「いえいえめっそうもない。家は家ですからね。暮らしのために死んではもともこもないです」

「じゃあプレス機を筆頭としたあの殺意のトラップ群はなんだー!!!」

「難易度調整ですよぉ。トアさんもこれぐらいやらないとダメっていってましたもーん」

「殺人鬼のご意見なんぞ取り入れてんじゃね~!お客様のご意見に耳傾けろや!!お客様は神様です!復唱しろ!!」

「お、お客様は神様です!」

「いうておくが金払わん客は神は神でも疫病神じゃからな?今度お祓いにでもいこうかなと思うておる」

「背後から撃ってくるんじゃねぇ!和式の神にたよってんじゃねぇよ吸血鬼!せめて洋式にしろや!」

「こ、この家に備え付けられているのは洋式ですよ。ウォシュレットもあります」

「トイレットの神様の話はしてね~んだなぁ!つかどーせあれだろ。お花摘みにいくのにもいちいちダンジョン潜り抜けていかねーといけねぇんだろ。零れ落ちるわ命と尊厳が!」

「ここのウォシュレット。カッターみてぇになってそうなのだ」

「巻き藁千人切り……」

 一通り叫び切ったアークは息を切らし。肩を上下させると。

「も~いい。もういいだろ内見は。帰るぞ」

「そろそろ門限なのだ~」

「そじゃのう。ほれオウマ。反省したのであればいい感じに外に出られる扉を出すがいい。あるよのう?のう?え、ほんとにある?大丈夫じゃよのう?」

 徐々に不安に言葉を尻すぼみにしていくラムルディにオウマは縮こまった様子で。

「あ~、本当に申し訳ないです。あ、いえ帰り口は出せるんですが。そうではなく……その楽しんでいただけなかったみたいで……流石に二度目のご利用は……」

「あるわけねーだろ!!」

「ですよね……」

 がっくりと肩を落としつつ扉を宙に現出させたオウマ。アークたちは警戒しつつもその扉に手をかけようとするものの。

「待って!『夏口に止んだ蝉の声』」

 詩人の一声がその動きを阻んだ。

 制止する声。その意図が掴めず。

「えーっと、やっぱこの扉開けたらやばそうか?またなんかトラップだったりクソダンジョンに飛ばされる」

「わなだったのだ?ゆるせねーのだ!」

「そ、そうじゃなく!」

「ん、落ち着いて話すがよい。内見者はミラドなのじゃ。その扉を開けず。何がしたいのじゃ?言うかやるか。やってみよ」

 ミラドは頷き、うなだれるオウマの前で鏡目線を合わせると。

「オウマはこの家で。何がしたかったの?『購入したのは何のチケット?』」

「それは……その」

 たどたどしく語りだす。

「私の家のこだわりに納得してくださった皆さんに……楽しんで欲しかった……です。でも、それは失敗しちゃって。ご迷惑をおかけしました」

「うん、迷惑だった。『夜勤明けの工事』」

「う、すいません……」

「…………どういうこだわりを持っているかは聞いた。けどなんでそういうこだわりがあるかは聞いてない。オウマは。どこに自分の根源を持っているの?『咲かせた花の球根どこいった?』」

「それは飽きが……いえ、どういう積み重ねと経験の元で結論にいたったかということでしょうか?」

「そう。『割れた壁』」

「積み重ね……う、ううん。経験……その、せっかく聞いてくださったんですけど。すぐには……」

「ふむ」

「あ、おいラムルディ」

 屈み、もう一人視線を合わせた。

「わらわがなんで吸血鬼名乗っとるか知っとるか?」

「吸血鬼が好きだから」

「それはそうじゃのう」

「あとあれなのだチスイコウモリだからなのだ」

「SHの技術ができたのはここ数年のこと。わらわが吸血鬼に傾倒しているのはその遥か前からじゃ」

「あるの?根源が『焼かれる前の芋』」

 問いに、ラムルディは僅かに頬を染めつつ。

「先にいうておくが。笑うなよ」

「それより早くいってほしいのだ。門限くるのだ」

「情緒をわきまえよ!話やすい空気作りも聴くものたちの義務じゃぞ!」

「まったく」と憤慨し腕を組んでラムルディは話始めた。

「お主らも知っての通り欠けた円環の継手は年の近いもの達で部隊を組まされ、幼い頃から戦力として運用される。当然危険は盛沢山じゃ。何時メンバーが欠けてもおかしくない」

 その言葉に、アークが拳を強く握りしめたのをメアは見た。

「幸いわらわの隊から欠けるものは出んかった。わらわの店知っとるじゃろう。あそこのバイトで雇ってるものたちは皆わらわの部隊……わらわ隊長じゃなかったら少し妙じゃな。まあよい。同じ部隊の隊員たちじゃ」

「……”ともだち”か」

「そんな繋がりがあったのだ」

「どうかのう。危険と隣り合わせではあったが。わらわたちはとても仲良く過ごした。しかし、隣り合わせじゃからこそ。その幸せがいつ失われるものかと。わらわはとても憂いた。そんな時じゃその存在を知ったのは」

 吸血鬼。それは。

「不死身にして圧倒的な力をもつ神秘。血を媒介に眷属を増やすときた。わかるか?血を吸うことで好きな相手と家族になり。そしてその相手はそうやすやすと失われることはなくなるのじゃ。ただただかっこよかった。センスに響いた。そういうのは当然じゃ。じゃがそれ以上に当時のわらわはその性質に惹かれた。そこからじゃな入口は」

 末っ子のようなポジションだった。あまり余裕がないであろうにも関わらず。向いてないことが明白でも。「やりたい」といえば気が済むまでやらせてくれる人たちだった。ああ、今回はコレか。と仕方なさそうに笑っていたが揶揄い半分で済ませてくれた。そんな場を長く繋ぐ手段が。ここにはあると思った。

「わらわはそんなところじゃ」

 昔を懐かしむようにラムルディははにかんだ。

「こだわりとは突き詰めてしまえばそういったものが好き。という感覚でしかない。じゃが、好きであることには、惹かれることには理由がある。先鋭化させていくことにもな。感覚をかみ砕き、翻訳し、自分にも他人にも伝わる言葉にする。ここまでできればどうすれば自分が求めているものにたどり着けるかの道筋も作れるし、他人にどこを尊重してもらいたいのかも伝えられる。そしてここまではお主もできるはずじゃなオウマ。喫茶であそこまで語れたおぬしであれば。突き詰めて考えれば。振り替えって考えれば可能なはずじゃ。砕いてみよ、おぬしの記憶を。伝えてみよ。おぬしのことばで」

「…………はい」

 ラムルディのオリジンを受け。オウマもまた応える。メアは門限にそわそわしているが無視する。

「ラムルディさんのお話しで思い出しました。私も、私は欠けた円環の継手の一部隊の中で、拠点の確保を得意としていました」

 それは住居や廃墟を確保するというだけではない。任務は市街地だけにとどまらない。自然環境など居住に適さない空間でも生活空間を確保する必要がある。そのための仕事だ。

「生活環境の確保と守備。大変ではあるんですけど一度やってしまえば一番大変な部分は過ぎるので。他の仕事も担当しますが。疲れて帰ってくる部隊のメンバーをでむかえることが多かったんですよね。そんな時──」

 ふとした笑いがあった。

「ちょっとした。部屋に仕掛けた仕組みがウケたんですよね。そんな大したものではなかったんですけど。みんなよっぽど疲れてたのか。床に笑い転げて……。こんなことで喜んでくれるんならって色々仕掛けるようになったんですよ。敵対勢力に対するトラップにもなりましたしね。作るごとに色々できるようになって……実用も兼ねるようになって……あれ?」

 そこまで話されれば気づくこともある。

「ここの家の難易度ってトラップ的な思考で作っている……?」

「むしろそれしかねーだろ」

「なぜ気づかんのだ」

「いや……おかしいとは思ってたんですよ……最初の数年はよかったんですけど。どんどん技術力を高めて工夫を凝らせば凝らすほど若干引かれるように……というか喜ばれないというか。部隊のみんなにももういい……もういいよ?みたいな感じになってって……」

「そら……そうなるのう……楽しませる身内用の考えたかたでやるべきところを知らず知らずの内に外敵用の傷つける、不快にさせる様式でやっとったんじゃから」

 認識、認知が初志と徐々にズレることはあるとはいえこれはあまりにも頭が痛い話題だ。実際抱えているものが何人もいる。

「あとアレだ。百歩譲ってアレが楽しみのために用意されてたものだとして、だ。難易度が高すぎる。死にゲーだぞあれ。死にゲーがなんで人気なのかってのはクオリティがたけえってのは当然だが。ゲームだから死んでもやり直すだけでゲーム内コストと時間しか消費しねーから気軽に再挑戦できるし、上達のための導線が上手く引かれてるからだ。よく観察して操作を鳴らしてアイディアを出して挑めば挑むだけ突破の率があがる。一方だ。ここは一回しか挑めねーし落ちたら奈落の底に真っ逆さまだし、トラップでも死ぬし。死ぬってことは再挑戦できねーし。いっこいっこのステージに連続性がねーから上達も糞もねーからシンプルにゲームとしてお粗末なんだ」

「み、耳が痛すぎる……で、でも私の技術習得研鑽。こっちの方面(デストラップ)に割いちゃって……私は進化の方向を間違えたんでしょうか」

「でも、どこがひっかかってるのか気づいたなら。方向性は合わせられる『粘土で回るヤジロベエ』」

「そじゃのう。現在の最高傑作は起点の理想とは随分外れたものとなっておったのじゃが。実際どうじゃ、こっちの方向で更なる理想を目指すのか原初を目指すのか」

「…………したいのは。そりゃ。みんなに楽しいと言ってもらえるものなんですけど。ですけど。私も、こう高難易度を作るために磨いてきた技術と時間があって……それを完全に捨てるっていうのも……簡単に決心できないです」

「捨てる必要ないとやつがれは思う『海を越えた硬貨』」

「え…………?」

 ミラドはオウマの手を引き。立ち上がらせると。

「高難易度を作れるってことはどうやったら高難易度になるかがわかっているってことだから。難易度を下げれるってことでもあるし『腕切り蟹』。色々な仕組みを作ってきた経験は何をするにしても応用がきく『仕込まれた砂鉄』。とにかく、難易度が高いものにするにしろ。別の方向性を作るにしても先に聞いておくことがある『朝餉』」

 それは。

「オウマは誰に家を……ここを楽しんで欲しいの?『血盟分けし者』」

「それはお客様……」

「お客様ってどういうお客様?オウマはお客様って存在に何を望んでいるの?『隣の客は柿を食う?』。これまで内見してきた物件と、今回の物件ではオウマが相手に望んでいることが違うと思う。これまでの家は、音や独自の仕組みのある家での生活を楽しめる……適応できる人に向けているけど、今回のは仕組みをクリアできる人を求めているように思えた『大きい箱は包み紙。小さい箱はマトリョーシカ』。求められている二つの人は全然別の人だと思うし。ここは統一するか、完全に分けて考えないと見当違いの方向にいくと思う『雪山で覗くのは羅針盤かコンパスか』。やつがれは、自分の言葉を理解してくれる人を探してた『砂漠に残す足跡』。理解してくれるなら誰でもいいと思っていた。けど、難解な文字列を理解してくれる人って。理解しようとしてくれる人で、理解しようとしてくれるのは。やつがれに凄く興味を持ってくれる人か底抜けに親切な人だった。やつがれがやるべきはただ悪戯に言葉を紡ぐことじゃなくて、そんな人たちにやつがれ自身へ興味を持ってもらうことか、親切を返してもいいと思われるようなことをするか。そうじゃなくても理解できる導線を用意することだった『航海先の猟』。オウマはどうなの?『蟻と彼方』」

 誰かに何かを届ける時、重要になってくるのは”誰”に、”何”を届けるのか。ターゲットとコンセプトを見極めそのための道筋を整えることである。どれほど優れた研ぎ澄まされたモノであってもそもそもそれを求めていないものには届くことはないし。届いたところで最適に研がれていないのであればまた引き取りを拒否される。では、オウマのターゲットと、コンセプトはなんなのだろうか。

「今までの物件は。一風変わった面白い家を、私と似た感性を持って訪ねてきてくださった方に住んでいただくための物件です。でも、この家は、きっと」

 オウマは振り返る。そもそものきっかけは何だったか。

「こんな面白い家を、部屋を作れるようになったって見せたかったんです。誰かに。誰かにじゃなくて。始めに肯定してくれた人たちに。途中から引かれちゃったかもしれないけどやっぱりアンタの作った仕掛けは楽しいよって言って欲しかったんだと思います」

「ん、そう。羨ましい『焦げた焼き菓子』」

「ようやっとスタートラインに立てそうじゃなあ」

「立てそうじゃなあじゃなくてよ」

 腕を組み、アークは憮然と口を挟んだ。

「なんじゃあアークいい感じのところで水を差しおって」

「差しもするわ。なんなら栄養剤もつけるわ。え、何?ナチュラルにアタシらこいつのことを手伝う感じになってる?」

「じゃがお主こういうの好きじゃろ?凝り性め」

「そうだが~?普通に仕掛ける側になるのは面白そうだと思っていたが~?いい感じの空気に乗るのが癪だっただけだが~?」

「乗れるなら乗っておこう『カエル置きダルマ重ね』」

「み、皆さん……協力してくれるんですか……私、喜んでもらえなかったのに。なんで?」

「そんなん決まってんだろ」

 そりゃそうだ。誰だってやりたいに決まっている。

「試練を与える側になるのは楽しいからな!」

「楽しんで貰うんですよ!?ともかく」

 コホン咳ばらいの後にオウマは皆に頭を下げ。

「ご迷惑をおかけしました。私一人では恐らく喜んでもらえないかもしれないので……皆さんのお力を借りたく思います。よろしくお願いします!」

「そんなことより」

 小学生は黙っていた。いつになく珍しく空気を読んでやっていた。それももう終わりだ。

「さっさと家に帰すのだ~!!」

 



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15-7完

 ミラドたちがオウマの案内で内見を始めてから数日後。件の物件の前には三人の女性がたむろし、顔を見合わせていた。

「で……どうする?」

「どうするもこうするもいくしかないっしょ~」

「でも…………、オウマの作った家だよ?」

「「うっ」」

 動かしようのない事実。それは前に進む気力を根こそぎ奪っていく。

「せ、成長しているかもしれないし…………」

「あのまま成長してたらむしろ殺傷力上がってない?」

「そうなんだよなあ…………」

「危なくなかったら私らもやんわりと止めるように言わなかったからね。うん」

 かつてオウマと同じ隊に所属し。オウマハウスを楽しみ、同時にその被害に遭ってきた彼女らは眉を落とし。手元の手紙を見る。

「まさか今になって普通の遊びじゃなくて家に関する招待がくるとはなあ」

「私らが遠慮したがってるの若干察してたっぽいけどねえ」

「心境の変化があったのか。それともヤケになっているのか……」

「でも、どっちにしろ。行くっしょ?」

「ほんとに行くの?わかってる。もしそれで私らが死んだらあの子どうなるか」

「そんときゃそんときだろ。死ぬかもって仮定よりも行かなかった未来での確定のほうが耐えがたい。だろ」

「はいはい。隊長様のいうことには従っておきましょうか」

 覚悟を持ってチャイムを鳴らす。即座に指先が爆散するかと思い。隊長は瞬間的に引っ込めたがすぐに応答が来た。

『はい。オウマです』

「あ、オウマ。招待もらってきたよ。開けてくれる?」

「はーい!ちょっと待っててね~!」

「ゆっくりでいいよ」

 早速開錠の音が鳴った。隊長は道を譲り。

「次はお前がやれよ……」

「ええ……はいはい」

 扉に触れさせる。電流が流れるかと思いきや何も流れず。拍子抜けした空気だけが流れた。だが、これで気を抜く彼女たちではなかった。

 扉を引き、開ける。瞬間的に扉の後ろに身を隠す。玄関が爆発したり、矢が飛んでくる可能性があったからだ。

「どうだ!?」

 何も飛んで来なかったし爆発しなかった。当たり前のことである。当たり前のことであるがそれが何より不気味であった。

「みんな油断するなよ。こうして何もないと思わせておいてワッとくるのがアイツのやり口なんだ」

「ジャンプスケアは苦手なんだよね~。もうちょい音とか質感とかでじわじわ恐怖感を煽るとかさあ」

「私ら今から事故物件に入るの?いや、これから事故する物件なのは確かなんだけどさ」

 三人はちらりと扉の隙間から中を伺いたっぷり一分ほどどこにわなが仕掛けられている可能性があるかの検討を済ませてから潜入開始した。

 土間に床にサイドに靴箱の一般的な玄関構成。この中でもっとも危険なのは靴箱であるゆえに一切触れずに靴を脱ぎ、慎重に床に足を滑らせた。

 それがきっかけだった。陽気な、ダンスフロアで流れているような4つ打ちのビートが廊下に響き始めた。

「!?」

 全員が即座に戦闘態勢を構えるも次の変化は予想外であった床が勝手にスクロールしだし。彼女達を先に進めていくのだ。

「これ……遊歩道!?」

「運ばれたままでいいのかこれ!?」

 終点地点の間際まで行くと正面の扉が勝手に開き。リビングが見える。その先で出迎えたのは。

「みんな遠いところお疲れ様!久しぶりだね。今日は来てくれてありがとう」

 オウマだった。意外とあっけない再開であったことに一同は気を抜かれつつも。挨拶を返す。

「久しぶり元気してた?」

「話している間に仕掛け作動したりしないよな?」

「じゃあ、みんなで外に出て買い物でもしようか」

「いやいやいや、みんなにはまだもうちょっとこの新しい家を体験していってもらうからね」

「そ、そうか~……」

「だ、大丈夫!大丈夫ですとも。今までの私の家と違って危なくないので……ええ、それはもうほんと」

「ほんとにぃ?」

 疑い9割といった形だがそれでも彼女たちはオウマの案内に従うことにした。それに応えオウマも説明を始める。

「今回の家のコンセプトはね。生活を便利に安全に。かつ、飽きをなくす。というもの。安全に!が大事なの。散々注意されたから」

「お、おう」

「実際インターホン押してからここに来るまで危ないことはなかったでしょ?」

「まあ、そうねえ」

「この家は外敵用の兵装とか、高難易度の仕掛けとか積んでないから……これまでの研究の成果で勝負しているから」

「研究の成果が不安~」

 ともあれ家の説明が始まった。

「ダイニングルームと繋がった広いリビングルーム。ここを抜けると畳みのある和室!」

「おお~、囲炉裏まであるんだ。雰囲気ある~」

「そして畳を剥がすと」

「畳を剥がすと!?」

 オウマが和室の畳に手をかけひっくり返すとその下から下に続くエスカレーターが現れた。

「地下室への道が開けます」

「おお~、王道」

「えへへ」

地下へエスカレーターで降りてみると広い空間の他にいくつかの小分けにされた空間があった。和室で丸くなってたなんかデカイ猫のような生命体は無視した。

「地下部屋がいくつもあるのか」

「ええ、地面の下っていう天然の防音設備をいかしてね。カラオケルームと収録部屋とか作業部屋とかをこしらえました」

「へぇ~ライトも明るいし思ったより閉塞感はないからレクリエーションルームとしてはいいかもね。ちょっと手間だけど畳を剥がす工程も秘密基地に行くみたいでわくわくするかも」

「でも、オウマカラオケはともかく音出して収録する趣味とかあったっけ?部屋の仕掛け作るのに音出ないほうがいいのはわかるけどね」

「…………いや、新しく趣味を作ったわけじゃないよ~。いろいろあるの……、っとそろそろ二階の部屋を見てもらいましょうか」

 一行は一階の廊下部分まで戻りつつ二階に続く階段へと足を進めた。勝手にエスカレーター形式で動き始めたことにはツッコミは入れず、一人が壁についた紋様に気付く。

「あれ、このマークに似たようなの、さっきの地下室にもあったような」

「あ、よく気づいたね。そう、実はこの家には毎日日替わりで5か所、こんな感じのマークが家のどこかに現れるのです」

「隠れミ〇キーみたいな?」

「そういうこと。ちょっとした気分転換みたいにね。お家をグルーット回ったり。普段しない場所の掃除のきっかけになったりしたらいいなって」

「…………なんか、昔みたいな仕掛けを考えたんだな」

「そういう茶目っ気のある所。好きだったけど~」

「過去形やめて~!」

 はははと笑っていたら到着だ。二階には部屋が四つあった。手前の部屋を開ける。

 家具の置かれていない殺風景な小部屋だ。特筆するようなことはなにもない。そう見えた。オウマが衣装棚の前でこう唱えるまでは。

「季節:春 テーマはBの3番で」

 次の瞬間、衣装棚が一人でに開き。中にはコーディネートされた春物の衣装が一式揃ってお出しされた。

「どう?服を詰め込んで登録しておけばいつでも決めたセットで出してくれる衣装棚だよ」

「あ、便利~。どうしたのこれ、今回の家。発想が昔と違くない?」

「だからそういってるじゃん……!ん~とね。一回基本に立ち返って。私の好きな物件のどこがお客さんに受けたのかとか。嫌われてる要素もどうやったら+にできるのかとかちょっと見直してみたの」

「あのオウマが……頭を打ったのか?」

「私にも色々あるんです。残りの部屋も大体同じ規格。ただ別の空間にストックしている部屋と入れ替えたり。部屋の位置を気軽に交換したりできたりするけどね。これで大体全部」

 息を整えてオウマはいった。

「私が、改めてキトカちゃんやマノエちゃん、ヒトトちゃんたちに面白いって、住んでみたいっていってもらえるような家を作りました。どうだったかな?」

「あー、下の収録部屋とかってそういうことか。マノエが配信とか演奏とかするからそれ用か」

「じゃあ、衣装棚は私用かな?」

「そう」

「エスカレーターやら遊歩道がやたら多いのは私用……か。随分変わったな」

「うん……それで」

 決定的な答えは異口同音だった。

「「「面白い」」」

「本当?」

「ふつーに住みたいよね居心地もよさそうだし」

「色々便利そうだしねえ。ってよりちゃんと私らが利用すること考えられてるっぽいし」

「てかここオウマの持ち家ならシェアハやんない?ていうかオウマも元からそのつもりじゃないの」

「はは……」

 一体、いつぶりだろうか。その言葉をこの人たちから聞いたのは。随分。遠回りをしたような気がする。

 思えば自己物件の内見の際に現れる自分は醜かった。とにかく、当たり散らすのだ。なぜ、理解されない。これでいいじゃないか。理解しないほうが悪い。相手が悪い。

 ……一番悪いのは、それを醜いと思うよりも、心地よく感じてしまうことであった。ただ、それはもうやめることにした。

 どうすれば高難易度になることを押さえられ。かつ面白みになるギミックになるのかの再検討、面白さに使える素材の再検討、相手のパーソナリティの再確認。家の配置。とにかく色々とやった。何日もいっぱい協力してもらって。とにかくやりきった。その結果。

「お気に召していただけたようでなにより」

 少し、昔の気持ちを思い出すことができた。

 同時刻。ラムルディの部屋。そこで店のジュースを飲みながら。アーク、メア、ラムルディ、ミラドはダラダラとすごしていた。

「お、メッセージ来たぞ。ふむ、オウマの奴、うまくやりおったようじゃな」

「メアが協力したんだから当然なのだ」

「よかったじゃん。後できっちり礼もらわねえとな。あ~、でもよ」

「どうしたの?『パクチーかじる羊飼い』」

「ミラド、どうすんだ?結局オウマのとこで物件探すのか?」

 そもそもの発端はミラドの家探しなのである。途中から完全に横道にそれておりオウマの家づくりばかりやっていたがようやく本題に戻る時だ。

「ああ、それなんだけど」

「ミラドはうちで居候することになったぞ。ちょうど部屋も余っとるし金銭はバイトで稼いでもらえばよいしのう」

「ん、ご厚意。感謝『白鳩受け取った王』」

「は?」

 思わぬところで重要なことが決まっていた。蝙蝠たちは浮足立った様子で。

「これでいつでもミラドを吸血鬼スタイルにコーディネイトできるというものよ。休日には廃洋館などにいって撮影などしようかのう」

「ご自由に『祭りばやしのマリオネット』」

「な……」

 収まるところに収まったそういえるそういえるが。

「色々やる前にそこに収まってほしかったな~~~!?!」

 結局一周しただけなのである。世の中、案外そういうことが多い。

 ただ、

「これからもどうぞよろしく『陽餅と茶柱』」

「うむ、よろしくのう」

 一度回った言葉は。これまでとは違う速度で世界を回っていくだろう。気心の知れた人から、まだ見ぬ人の元へまで。

 <勝ち誇った女性の声>

 よし……やった、やったぞ。ざまーみろ無実を完全に証明してやった!仮面がはがれた黒幕共の顔を見るのは爽快だったね!

 ふぅ……もうここ四年分ぐらいは動いたな。もうあと三カ月はゴロゴロしていよう。ここしばらくアークの動向とか見られてないし……。

 あ!?探偵?なんだ、感謝はしているがもう僕はお前に関わらな……はあ、便利だからこれからも助手として使ってやるだぁ?ふ、ふざるなよ~!?

 

 

 SHs大戦15話「言葉の宿」完



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