大洗に現れた山猫 (レオパルト)
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第1話 二人目の追放者

初めまして、レオパルトです。お久しぶりの方もいるかもしれません。久しぶりにガルパンの二次創作を書いてみました。それもこれもあらすじに書いた通りに知り合いとの共著です。


かつて戦車道の世界に、ただ一人で飛び込んだ少年がいた。

その少年の名前は櫻井惟輝(さくらいいつき)、彼は小学三年生から戦車道の道を歩み始め、中学生時代には既に頭角を(あらわ)し始めていた。

一躍界隈で注目されていた彼が進学先として選んだのは、高校戦車道四強の一つとして名高い黒森峰学園だった。戦車道四強の中でも伝統や格式を最も重視する黒森峰が、なぜ彼のような界隈の異端児の入学を承諾したのかは諸説あるが、最も有力なのは当時高校一年生ながら黒森峰の隊長に就任していた西住まほの進言故というものだ。ともかく、彼はその年の夏の全国大会も一年生ながらレギュラーメンバーに名を連ね、一回戦、二回戦と立て続けに試合の勝敗を分けるキーマンとなり、戦車道の専門誌や新聞の紙面を賑わせていた。

しかし、夏大会中のある日、散々新聞社や出版社から引っ張りだこにされていた彼の名は忽然と紙面から姿を消した。世間は彼の名声を妬んだ何者かに干されただの引退しただのと真相を探るが、何も分かることはなくただ分かったことは、「櫻井惟輝」という生徒は最早(もはや)、黒森峰学園戦車道部には所属していないことだけだった。それからも彼の行方は(よう)として知れず、さしもの彼の名声も、時間の経過と共に世間から忘れ去られていた。

──そう、今までは。

 

 

──県立大洗学園・生徒会長室──

「君の正体は分かってるんだよー、〝坂井くん〟? 河嶋ー、例のアレ見せてあげてー」

 

そして今、彼の姿は大洗学園の生徒会長室にあった。角谷生徒会長は飄々とした声を出しながらも、針の尖端のような鋭い眼光で彼を射竦める。

 

「これは去年の夏の戦車道の全国大会で黒森峰学園を特集した雑誌だ。ここのメンバー一覧にお前の名前が入っていることは確認済みだ。──ウチの名簿には偽名が書かれていたせいで 、見つけるのに骨が折れたがな」

「ここの写真を見た時は驚いたよ、まさか黒森峰のレギュラーメンバーがウチの学校に転校してたなんてねー。ほらコレ、『黒森峰の山猫(ルクス)、またも大戦果』『駿足の貴公子、その謎に迫る』だってさ」

 

生徒会長室に呼び出しが掛かった時から、嫌な予感はしていた。だが、まさかここまでの窮地に立たされることになるとは思いもしなかった。──彼の頭は猛スピードで回転しながら、この場から(のが)れるための言い訳を考える。だが、黒森峰学園在籍時に彼の活躍を支えていたその優秀な頭脳が弾き出した答えは、すべからく〝(ノー)〟」であった。

 

「いやぁ、ウチも人員不足でねぇ……櫻井君にもやってもらいたいんだよねぇ、戦車道」

 

単刀直入に斬り込まれてなお、彼の顔にほとんど諦めの色が浮かばないのを見た会長が、とどめを刺すように言う。

 

「イヤだ、って言ってもいいんだよ?ま、それならそれで、明日からこの学校に君の席はないんだけどね」

 

不穏な言葉が耳に入り、咄嗟に言葉の真意を訊き返す。

 

「どういうことですか?まさかそんな無茶苦茶なことができるとでも?」

「できないとでも思った?生徒会も舐められたもんだねぇ」

 

脅迫には十分なほど殺気を孕んだ声で俺を威圧する生徒会長の目からは、氷のような冷酷さが垣間見えた。

 

「……分かりました。やりますよ、戦車道」

 

その言葉を聞いた会長は、干し芋を袋から一つ取り出して俺に渡し、満足気な表情を見せる。先の怜悧(れいり)な視線はいつの間にか消えていた。

 

「……これは?」

「いい返事が聞けたからね、これ報酬。食べていーよ」

「……ありがとうございます」

「あ、そうそう、私はあの辺のことあんま分かんないからさー。この後西住ちゃんとこ行って話聞いといてよ」

 

そうして俺は会長から貰った干し芋を義理のように咀嚼しながら、釈然としない気持ちで生徒会室を退室する。──甘いはずの干し芋は、紙のように味がしなかった。

 

 

──県立大洗学園・某所──

古びた赤煉瓦の倉庫を通り過ぎると、硝煙の香りが鼻腔を満たした。と同時に、黒灰色の車輛が目に入る。

──IV号戦車D型。なぜか砲塔横にはデフォルメされまくったアンコウが描かれていた。短砲身7.5cm砲が煙を上げている。

(戦闘中!?駄目だ、早く退避しないと危険──)

と、俺の後ろから何かが空を切って飛んで来た。飛来した「ソレ」は俺に当たりこそしなかったものの、俺のすぐ横をすり抜けて地面に突き刺さった。

衝撃波をモロに受け、俺は吹き飛ばされて地面に転がる。

(痛った……誰だ、進入禁止区域を指定しなかった奴は!?)

土煙の先で、倒れている俺に気付いたらしいIII突が動きを止め、車長が無線機に向かって怒鳴っているのが見えた。

 

「ちょっとーみぽりんー!今の砲撃で誰か巻き込まれてたってー!」

「沙織さん、本当ですか!?」

「西住殿ー、やっぱりちゃんと進入禁止区域にしていた方がよかったのでは……」

 

IV号の車体から何人かの女子が顔を出し、俺の方を伺っている。そして、

 

「とにかく……麻子さん!」

「あーい」

 

IV号が土煙を上げて俺に向かってきた。砲塔と車体のハッチが開き、乗組員が顔を出す。

 

「あっ、みぽりん!この子ってさ、朝会長が言ってた子じゃない?」

「沙織さん、今はそんなこと言う時じゃないよ……あ、あの、お怪我はありませんか?」

 

(うずくま)っていた体勢から上体を起こして彼女らの方を向くと、みぽりんと呼ばれた少女──西住みほは驚愕の表情を見せた。目の前に転校前の同級生がいるのだから、無理もない。

 

「あ、あなたは……」

「えー、なになにー?みぽりんの元カレ?」

 

空気を読まないオレンジ髪の娘が楽しそうに訊く。

 

「いや、そうじゃない。西住の前の学校──黒森峰時代の同級生だ」

 

軽くただの顔見知りだと説明したが、みほは焦りに焦っている。

 

 

「ど、どうして櫻井くんがこの学校に……」

「どうして、と言われてもな……お前と一緒だ、俺もあの学校にいられなくなっただけだ。──多数派の暴力ってのは酷いもんだな」

 

一応、事実に反することだけは言っていない。みほと少し理由は違えど、あの学校にいられなくなったのは厳然たる事実だ。

 

「え、櫻井ってあの櫻井殿ですか!?」

「優花里さん、何か知ってるんですか?」

「知ってるも何も、戦車道で櫻井って言ったら『駿足の貴公子』の異名でお馴染みの櫻井殿じゃないですか!西住殿と一緒に黒森峰の副隊長を務められたことで、戦車道界隈では超がつくほどの有名人ですよ!いやあ、お会いできて光栄です!」

 

優花里さんと呼ばれた茶髪が急に饒舌になる。心なしか息も上がっているように見えるが、こう熱心に賞讃されるのは嫌いではない。──だが、みほが若干機嫌を損ねているように見えるのは……気のせいだろうか?

 

「今はしがない一般人だ。気にしないでくれ。そう言えば西住……また戦車道をやると聞いたんだが?」

「うん!西住流じゃない戦車道を……私だけの戦車道を見つけるって決めたから!」

 

そう答えるみほの顔は決意に満ち溢れながらも、どこか哀愁を帯びていた。

だが、きっと戦車道を続ける意味が見つかったのだろう、彼女の佇まいはどこか堂々としていた。

 

[To be Continued]




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第2話 紅茶の国から

はじめまして、銀乌と申します(こんな名前してますが純然たる日本人です)。第二話は私による代理投稿となります。

......「何で日本人なのに簡体字を使うのか」ですって?
もう「銀烏」は使われていたんです(泣)


「そういえばさー」

「どうしたの、沙織さん?」

「さっきから2人で彼のこと〝櫻井くん〟って呼んでるけどさ、ウチにそんな名前の子いたっけ?」

「あー……うん、説明してなかったよね。──えっとね、櫻井君は大洗に偽名で転校してきてたの。経緯は知らないけど……」

 

まずい事になった。この流れだと、俺が偽名で転校した理由を根掘り葉掘り聞かれる羽目になる。仕方ない、話題を逸らすか。

 

「……ともかくだ、今のこの学校にある車輛は?一応把握しておきたい」

 

俺は咳払いをして話題を逸らした。幸いにも、誰も話題転換を気にはしていないようだ。

 

「私たちが乗ってるIV号D型とさっき撃ち合ってたIII突、あとは生徒会の人達が乗ってる38(t)、バレー部の人達が乗ってる八九式、あとは一年生チームが乗ってるM3の5輛だよ」

「ところで、明日初めての対外試合があるんですが……櫻井殿に出ていただくなら、新しい車輛を見つけないといけませんね」

「そうそう、たしか生徒会の人が相手の学校を決めてるはずだよね。えっと、相手は──うーん、(セント)グロリアーナかぁ……」

 

みほがタブレット端末の画面を数回叩き、相手校の情報を呼び出す。そして、その校名を口に出した途端、彼女の顔が曇る。

おそらく、彼女の懸念(けねん)対象は敵隊長車──チャーチルMk.VIIの事だろう。

 

「随分強いとこに当たったね……チャーチルが相手じゃまともに戦えないかも」

「いや、希望がゼロという訳じゃない。一応、III突の75mm砲ならギリギリ側面を貫通できるはずだ」

「それは、たしかにそうなんだけど……」

 

そう言いながら、みほは件のIII突を見やる。なるほど、ド派手な塗装の上にカラフルな(のぼり)が何本も立ててある。これでは狙撃も何もあったもんじゃない。

 

「あー……言いたいことは分かった。多分、この塗装だったら速攻で発見されるだろうな」

 

その時、嫌な予感が頭をよぎったので念の為聞いてみた。

 

「なぁ西住、まさかさっき言った他の車輛もあんな感じなのか?」

「まあ……個性だからね?」

「詳しく教えてくれ」

「えっとね……38(t)は金ピカ、M3はショッキングピンク。八九式はオリーヴ色塗装にバレー部復活とかって大書きしてあるよ」

「八九式とIV号以外は酷いもんだな…….」

「まあでもほら、親善試合だし!最初はみんなで楽しめる方がいいんじゃない?」

 

沙織さんと呼ばれていた娘が割って入る。

 

「まあ、そうだな。見た感じ全員初心者だし、実戦練習を優先した方がいいな」

 

無駄な軋轢を生まないよう、俺は今回だけは譲歩することにした。

 

 

──翌日・大洗町──

「ダージリン様、今回対戦する大洗学園というのは、その……名前も聞いたことのない高校なのですが、なぜ親善試合を承諾なさったんですか?」

「ペコ、こんな格言を知ってる?〝L'homme c'est rien, l'œuvre c'est tout(人は虚しく、業績こそ全てだ)〟」

(ギュスターヴ).フロウベールですね」

「そう。戦車道において、名門校かどうかは必ずしも重要ではないのよ」

「はぁ……」

 

(セント)グロリアーナ学院の学園艦は大洗学園との試合のために現在、大洗港に碇泊し、戦車の陸揚げをしている。しかし、(セント)グロリアーナの隊長ことダージリンは、試合の時刻が近づいているにもかかわらず、中々試合会場に向かわない。それどころか大洗の街を呑気に散策しているのだ。──そんな彼女を追いかけるように、一人の男子生徒が彼女の後ろから駈けてきた。

 

「ダージリン様、そろそろ試合の開始時刻です。お戻りになられた方がよろしいかと」

「あら、ウェールズ。あなたが街の地理を把握しておきたいと言ったのよ?」

「それは仰る通りですが、それは別にダージリン様がついてこられる必要はなかったのでは?」

「隊長である私が街の地理を把握するのが何かおかしいかしら?ここは初めて戦う場所、しかも相手のホームグラウンドよ。地の利は相手にあるし、この差を埋めるための街歩きなら、私がここにいるのも当然のことよ」

「では、なぜ勝手に横道に逸れて神社にお参りなさったのですか?おかげで街中探し回る羽目になりましたよ」

 

(セント)グロリアーナの学園艦がこの町に到着してかなり経つが、その間に彼女達は大洗にある大洗磯前神社にお参りしていたのだ。そしてその後、街の地理を把握するためと称して、ウェールズと呼ばれた男子生徒と街歩きをしていた。

 

「みんな行ってみたかったんだって。それに、"恋愛と戦争においては全ての手段が正当化される"のよ?さっきの神社は確か、縁結びの神社だと聞いたけど」

「……ダージリン様、流石にこれ以上はまずいので試合会場に向かいますよ。そもそもダージリン様、恋愛経験はおありなのですか?」

「あらウェールズ、今なんと言ったのかしら?──返答次第では今度、ローズヒップのクルセイダーに跨乗(タンクデサント)させてあげても良くてよ」

 

痺れを切らして皮肉交じりの提言をした男子生徒──ウェールズに、ダージリンが笑顔のままサラッと恐ろしげな事を言う。

 

「いえ、その……何でもございません」

Very Well(大変結構)。さ、戻るわよ」

 

そう言うと彼女は踵を返し、試合会場の方角へと歩きはじめた。

 

 

──親善試合会場──

「なあ西住、これかなり不利じゃないか?」

 

目の前に並ぶ5輛の戦車を見ながら、西住に話しかける。相手は強豪校の(セント)グロアーナ学院だ。当然、戦車の塗装は戦時中のパターンを利用しているし、整備も行き届いている。対してこちらは派手な塗装に初心者揃いの上、一部の戦車は整備が完全に終わっていない。

 

「そ、そうだね。でも今回は親善試合だから勝ち負けより経験だと思う」

「そうだよ!でも、そう簡単に負ける訳にはいかないんだから!あ、向こうの人達が来たよ!」

 

武部が指さす方向には、今回の対戦相手の聖グロの隊長と副隊長と思しき男女が歩いて来る。

 

「ちょっと待ってみぽりん!男の人だよ!男の人!」

「沙織さん、落ち着いて……」

 

西住の制止も空しく、初めて見る他校の男子生徒に興奮する武部は、抑えられない様子で飛び出して行った。そして男女と何やら談笑しながらこちらに向かってくる。

 

「はじめまして!グロリアーナの隊長さんと副隊長さん!今日の対戦相手の大洗学園の武部沙織って言います!」

「あら、ごきげんよう。(セント)グロリアーナ学院の隊長のダージリンと申します。彼は同じく副隊長を務めているウェールズ、私の愛犬ですわ」

「あ、愛犬……ですか?」

 

唐突の発言に戸惑いを隠せていない武部を尻目に二人の発言は続く。

 

「ダージリン様、流石にそれは引かれるのでやめて欲しいのですが……」

「あらウェールズ、あなた"グロリアーナの猟犬"の愛称で通っているのでしょう?なら犬繋がりでいいじゃありませんの」

「あのー……」

 

軽い言葉の応酬をしている二人にオドオドと話しかける西住を横目に、俺は二人の乗るであろう戦車を特定すべく思考を(めぐ)らす。幸いにも、俺の方に注意は向いていないようだ。

 

「あら、そちらは大洗の隊長さん?」

「に、西住みほと申します!今日はよろしくお願いします!」

「あら、西住……あのまほさんの妹さん?それにそこの殿方は櫻井さんではないかしら?」

 

早速気づかれた。

 

「あ、そうですね。お久しぶりです。あの時は折角のお誘いをお断りして申し訳ありませんでした」

「気にしてないわ、貴方の選択ですもの。それに横にいる「猟犬」も手に入りましたし」

「……それならまあ、許容範囲でしょう。おっと、それはそうと……」

 

ウェールズがなにやら皮肉っぽい笑みを浮かべて口を(はさ)む。

 

「あなた方の戦車は、何といいますか……随分と"個性的"ですね」

 

先程まで空気だった"名誉"副隊長の河嶋が、癪に触ったようで吠えるように言い返す。ウェールズの貼り付けたような笑みが引き()った。

 

「貴様らこそ我々を馬鹿にしていると、足元を(すく)われるかもしれんぞ!覚悟しておけ!」

「おやおや、手厳しいですね。しかし──我々にそこまでの啖呵(たんか)を切るということは、それ相応の試合を期待してもよろしいのですね?」

「何だとおっ!?どういう事だ!」

 

河嶋副会長が激昂(げっこう)するが、ウェールズはいっこうに意に介さない。

 

「まぁまぁウェールズ、その辺になさい。あまり対戦相手を挑発しては、騎士道精神(シヴァルリ)に反するわよ」

「……それもそうですね。では後ほど」

 

そう言うと、ダージリンとウェールズは自らの戦車に引き返していく。──なるほど、ウェールズの搭乗車はクロムウェルか。あの速度を活かされたらかなり厄介だな……

 

「各員、準備はよろしいですか?」

「はい!」

「こちらもよろしいですわ」

「それでは、大洗学園対(セント)グロリアーナ学院、試合──開始!」

 

試合開始を告げる号砲が高らかに鳴り響き、対(セント)グロリアーナ戦の火蓋が切って落とされた。

 

[To be Continued]




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第3話 交錯する陰謀

お久しぶりです。またも代理で投稿しました、銀乌と申します。
戦車道って戦闘機とか入れちゃダメなんですかね?という事で、ルフトバッフェ機とソ連機を登場させてみました。


──大洗学園・38(t)車内──

『向こうはチャーチル1輛にマチルダ3輛、クロムウェル1輛……マチルダとクロムウェルは何とかするとして、チャーチルをIII突の前に誘き出さないと』

 

結局、38(t)の車内に突っ込まれた俺は、みほと作戦会議をしていた。無線機から不安げな声が聞こえてくる。

 

「そりゃそうだが、こんなド派手塗装じゃすぐ発見されるぞ」

『そうなんだよね……でも、カバさんチームに市街戦があるって伝えたら、何か策があるって言ってたんだよね』

「ロクな策じゃない気がするんだが」

 

III突のチームが何を考えているかは知らないが、どう考えても不安要素しか思い浮かばない。勝敗どころか試合になるかすら怪しいといったところだろう。

 

『ところで、どうする?市街地か平原か……』

「聖グロの得意分野は知らないが、英国戦車はだいたい俯角が大きく取れる。それなら機動力に優れたこちらが優位に立てる市街戦がいいだろうな」

『そっか、砲塔だけ出されたらウチの砲じゃ貫通できないからね』

「よし、決まった。38(t)が殿軍(しんがり)を務めるから、IV号は早めに出発してくれ」

『わかった。じゃあ出発するね』

 

みほの乗ったIV号がゆっくりと動き出し、III突と八九式、M3が後に続く。

俺の乗った38(t)は、M3より少し遅れて走り出した。

住民が退避してゴーストタウンのようにひっそりと静まり返った街に、低く唸るエンジンの音だけが(こだま)する。

 

──ST.G.CL(聖グロリアーナ学園)・クロムウェルMk.V車内──

『さて、相手チームの所属車輛は……IV号D型、八九式、M3、38(t)、あとはIII突F型ね。III突とIV号以外はあまり脅威ではないけれども、一応警戒する必要があるわね』

「ダージリン様、先鋒は僕にお任せを。偵察ついでに何輛か葬ってご覧に入れましょう」

『ウェールズ、お待ちなさい。今すぐの偵察は不要よ。しばらく私と共に行動しなさい』

「……承知いたしました」

『ローズヒップと違って聞き分けが良くて助かるわ。あの娘はすぐに暴走するから手がかかるんですもの』

「ダージリン様!?」

 

すると操縦席の方から、驚きを隠せない様子の元気な声が聞こえる。

 

「落ち着け、ローズヒップ。事実だろ。いい加減、僕以外の言うことも聞けばいいんじゃないか?」

「じっとしているのは性に合いませんもの!」

『ほら、2人とも落ち着きなさい。出発するわよ』

「了解」

 

ダージリンの乗るチャーチルは、ベドフォード社製液冷12気筒エンジンを唸らせながら、40トンの巨体を揺すって動きはじめた。その後にマチルダが続き、クロムウェルはその横を所在なさげにふらふらと走っている。

 

「おいローズヒップ、ふらふら走るんじゃない。これじゃこの車輛だけ、統率の取れていない他校みたいじゃないか」

「そう言われましても、わたくし全速で飛ばすのに慣れ切ってるんですもの!」

『仕方ないわね……ローズヒップ、ウェールズ、偵察に出なさい。ただし、敵を発見しても攻撃はしないように』

 

呆れたような声でダージリンが命じる。ローズヒップは偵察を許可されたことに浮かれて気が付いていないようだが。

 

「わっかりましてございますわ!」

 

ガクン、とGを掛けながら、クロムウェルは弾かれたように戦列から飛び出した。

小高い丘をいくつか飛び越え、市街地に着くと──はたして、太陽の光を反射して金色に輝く物が目に留まった。

 

「大洗の38(t)だ!──こちらウェールズ、敵38(t)発見。八時方向、距離330ヤード。市街地に潜伏中の模様」

『こちらダージリン、了解。流石は〝猟犬〟ね。引き続き偵察を続けて頂戴』

「ウェールズ了解。300ヤード前後の間隔を取り、偵察を続行します。──ローズヒップ、38(t)を追ってくれ。詰めすぎるなよ」

「どこですの!?」

「あんなに光ってたのに見えなかったのか……まあいい、次の交叉点で左折して回り込め。そうすれば前に見えるはずだ」

「了解ですわ!」

 

角を曲がると、先の38(t)が見えた。どうやら殿軍を務めているようで、500ヤード以上先にIV号が見える。

 

「こちらウェールズ、敵隊長車発見。AT/92地点付近、九時方向へ走行中」

『ダージリン了解。気付かれていないようなら追尾しなさい。私達もすぐ向かいますわ』

「了解。偵察を続行します」

 

──と、38(t)が急に動きを止めた。交叉点の真ん中に停車したまま動かない。

 

「何だ?故障でも起こしたか?」

「その線はないと思いますわよ。前にアッサム様から聞きましたのですけど、38(t)の足回りってとても頑丈らしいですの」

「じゃ何か企んでいると?」

「わたくしはそう思いますけれど」

「しかし、あんな所で停まられたんじゃ偵察もままならんな──こちらウェールズ、そちらの現在位置座標を乞う」

『こちらダージリン、現在位置はBU/54、時速20キロで走行中。何かあって?』

 

打てば響くように返事が返ってくるが、肝心の車輛は鈍足の一言だ。──だが、幸いにも彼女らの乗るチャーチルは、そう遠くない所にいるようだ。

 

「非常事態発生。追尾中の38(t)が交叉点で停止、敵隊長車をロストしました」

『それは十中八九……追跡がバレているわね。いいわ、38(t)を撃破なさい』

「よいのですか?」

『きっと他の車輛はもう逃げてしまっているわよ。撃破したら全速で離脱、遊撃戦に移りなさい』

「ウェールズ了解。申し訳ありません」

 

──大洗学園・38(t)車内──

「奴さん、今ごろ慌てふためいてるでしょうね」

「まーねー」

「しかし、撃たれたらほぼ確実に撃破されるぞ?」

「では、そろそろ離脱しますか?」

「ああ」

「わかりました。あ、でもその前に……」

 

そう言いながら、俺は砲塔を回転させる。

 

「撃つのか!?」

「ええ、クロムウェルの装甲は紙ですから」

 

そして俺は慎重に狙いをつけ──撃った。が、初弾はクロムウェルの砲塔を掠っただけだった。

俺は舌打ちをし、照準を調整しようとしたが──38(t)は何の予告もなしに走りはじめ、俺は砲塔内壁にしたたか頭を打ちつける羽目になった。

操縦手の小山副会長に文句を言おうとしたその時、さっきまで38(t)がいた場所を、クロムウェルの第二射が通り抜けた。

 

「と、とにかく逃げるぞ!」

「……その方がいいでしょうね。小山先輩、IV号と離れるように逃げてください。敵偵察車を攪乱(かくらん)します」

「了解」

「西住、どうする?」

『そうですね……カバさんチームの作戦を試している間に、BP/76地点の交叉点に向かい、十字砲火(クロスファイア)を浴びせられる地点をつくります。カメさんチームは敵を誘き寄せてください』

「了解。──BP/80地点へ!」

 

俺の返事を待たず、小山副会長が38(t)を猛スピードで飛ばす。だが、いくら待ってもクロムウェルは追ってこなかった。

 

「妙だな……?」

 

──親善試合会場・上空──

試合会場の上空を、二機の航空機が滑空していた。本来ならば試合会場上空の飛行は認められていないが、この二機を運用している高校の絶大な影響力故に──彼らの飛行は黙認されていたのである。

そのうち一機は、所属マークを隠した黒森峰学園所属のFw-200〝コンドル〟──その偵察機改造型だ。

その機内では、一部を硝子(ガラス)張りにした床を囲みながら、凛とした風体の女性──西住まほと、悲しげな表情を湛えた小柄な女性──赤星小梅が話し合っていた。

 

「聖グロの偵察車が攪乱されていますね。大洗は逃げおおせたようですが……?」

「いや、クロムウェルと──()()を見ろ。遊撃戦に移って、大洗を重戦車軍団の正面に誘き出そうとしている」

「大洗の38(t)も同じことを考えているようですね。どちらが勝つのか……」

「さあ、な。だが、聖グロの罠にまんまと引っかかっているようでは、全国大会での優勝はおろか、出場することさえ夢のまた夢だ」

「みほさん……」

「…………いや、あいつの事だ、うまくやるだろう。あれだけの戦力差では勝利が不可能だとしても、僅差までは持っていくはずだ」

「だといいのですが……」

 

 

そしてもう一機は、プラウダ高校所属のTu-154〝ケアレス〟だった。Fw-200の少し上方を飛び、試合会場全体を俯瞰している。そしてその客室(キャビン)では、機体下部に取り付けられたカメラが撮影した画像を見ながら、プラウダ高校の3巨頭が鼎談(ていだん)していた。

 

「Нонна, ты действительно считаешь, что Оарай потенциально может достичь национального турнира(ノンナ、貴女は本当に大洗が全国大会に出られるほどの実力があると思っているのですか)?」

「Да, Клара. Я твердо верю, что они уничтожат оплот Куроморимин(ええ、クラーラ。私は、彼らが黒森峰の牙城を必ずや破壊してくれると信じています).」

「Но......в прошлогоднем матче мы выиграли у Куромориминэ, не так ли(でも……私達は去年、黒森峰に勝利しましたよね)?」

「Если во время матча не было "несчастного случая", мы не могли выиграть у этой средней школы. Мы не должны забывать, что "победа" не была настоящей победой(あの『事故』がなければ、我々は勝てなかったのです。あの『勝利』は本物の勝利ではないのですよ).」

「ちょっと、ノンナ!クラーラ!日本語で話しなさいよ!」

 

2人の会話を微塵も理解できなかった様子のチビっ子──カチューシャが喚く。しかし、2人は全く意に介さずに話を続けた。

 

「Что(はい)?」

「Мы не можем рассказать ей о том, что мы сказали(何を話していたかなんて言えませんよ).」

 

しかし、2高校が高みの見物を決め込んでいる間にも、下で戦っている大洗学園は、徐々に徐々に、それと知ることはなしに──追い詰められつつあった。

かねてよりその低速を見越して遊軍化していたマチルダが、(くだん)のBP/76地点に近づきつつあったのである。




いかがでしたでしょうか。励みになりますので、どしどし感想をお寄せください。


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第4話 零距離の敵

どうも、最近万年筆熱が再燃してきた銀乌……もとい銀扇(ぎんせん)です。旧い物っていいですよね。特に万年筆とかタイプライターとか。


──大洗学園・38(t)車内──

「あー、西住?少し良いか?」

『はい、どうしたんですか?』

「それがなぁ、どうもあいつら──」

 

そこまで言ったとき、無線機から妙な音がしたと思うと、音声がぷつりと切れてしまった。代わりに、ザーザーという砂嵐の音がスピーカーから流れ出す。

修理したいところだが、生憎俺は電子工学が大の苦手だ。あのチートじみた能力をもつ自動車部なら話は別だろうが……

 

「チッ……緊急連絡だったんだがな」

「どうかしたのか、櫻井?」

 

舌打ちをしながら愚痴を垂れる俺に、河嶋が片眼鏡(モノクル)を押し上げながら訊く。どうやら()()には気づいていないようだ。

 

「はい、先ほどから小さく走行音が聞こえます。ウチの本隊は停止しているはずですから、敵が奇襲を仕掛けるために遊軍を設置している可能性が高いです」

「そうか?ただはぐれただけという可能性も──」

「いえ、我々ならともかく──あの聖グロがそのような失態を犯すとはとてもとても」

「そうか……」

「IV号に伝えようと思ったのですが、間が悪く無線機が故障しまして……」

「代替手段はないのか?」

「一応、発煙筒や信号弾の類はありますが、ここで使うと自分の位置を自ら敵に知らせることになります。自殺行為です」

 

河嶋が困ったように黙りこくる。──無線機がお釈迦になっている以上、本隊との連携はまず不可能だが、幸いこの38(t)は快速な方だ。本隊に近づきつつある敵遊軍を誘導することぐらいなら何とかなるだろう。

 

「小山先輩、我々の現在位置は?」

「えっと……BQ/77だね。もうすぐIV号に合流できるけど、どうする?」

 

先の走行音は──南西からか。このまま一ブロック直進すれば、本隊との間に割り込めるだろう。

運がよければ、本隊が見つかる前に。

 

「いえ、そのまま直進してください。附近にいる敵遊軍を叩きます」

「了解!」

 

元気な返事と共に、38(t)は矢のように飛び出した。そのまま直進し、舗装の荒い道路を飛ばす。

戦術マップと照らし合わせると、現在地はBP/77──よし、間に合った。

右側を見やると、IV号のキューポラで、みほが驚いたような顔をしている。だが、説明に割く時間はない。

 

「走行音は──前か。小山先輩、僕が指示をしたら、右に折れてください」

 

そう指示をしておいて、俺は万が一のために用意していた、高輝度LEDトーチを取り出した。あの中の一人くらいはモールス信号くらい理解できるだろう。

 

〈──R-E-P-O-R-T(連絡)

〈──O-U-R/R-A-D-I-O(我が方の無)/H-A-S/B-R-O-K-E-N(線機が故障)

 

──大洗学園・IV号D型車内──

「モールス信号です!どれどれ……『Report: Our radio has broken』──無線機が故障したみたいですね」

「よくわかったね、優花里さん……」

「それはもちろん、英文と和文モールスは頭に叩き込んであります!ええと、返事は……どうします?」

「了解、っていうのと──頑張って、って」

 

少しして、IV号の砲塔横からライトが突き出され、返事が送られた。

 

〈──R-O-G-E-R(了解)

〈──C-R-U-S-H/’-E-M/A-L-L(全員ぶっ壊せ)

 

──大洗学園・38(t)車内──

「『Crush 'em all』、か……無茶をおっしゃる」

「しかし、一輛くらいなら吹っ飛ばせるぞ……多分な」

 

河嶋が若干自信無さげに言うが、俺たちの本懐は撃破ではなく、誘導だ。要は本隊を発見される前に、別の方向へ誘導できればいい。

 

「桃ちゃん、もし相手がチャーチルだったらどうするの?」

「う……いや、流石にそれはないだろう。櫻井、どう思う?」

「ないと思いますね。チャーチルはただでさえ鈍足ですから、中・軽戦車に回り込まれると終わりです。少なくとも孤立して遊軍化はしないかと」

「となれば、さっきのクロムウェルか、マチルダか……」

 

と、聞こえてくるエンジン音がだんだん大きくなってきた。

 

()っ……敵です。恐らくはマチルダでしょうから、後部装甲板なら抜けるはずです。僕の合図で飛び出してください」

「了解。その後で後ろに回ればいいのよね?」

「はい。河嶋先輩は砲撃をお願いします」

 

停車している38(t)のプラガ社製6気筒液冷エンジンがドロドロと低い音で唸り、周囲の空気を震わせる。それと重なるように、敵のエンジン音がだんだんと大きくなり──その影が交叉点の端に見えた。

 

「今です!」

 

俺の声を合図に、38(t)は砲塔を90度旋回させたまま飛び出した。小山先輩が巧みな操縦で素早くマチルダの後ろに回る。

──(ゼロ)距離だ。

そして──38(t)の3.7cm砲が火を噴いた。

外しようのない距離で後部装甲板への一撃。

 

だが────

 

「桃ちゃん、ここで外す……?」

 

ああそうだとも、俺が撃破を確信したせいで、装填作業を遅らせてしまったのは確かに事実だ。

だが、これは──これは流石にないだろう!?

(ゼロ)距離で、砲塔旋回の(のろ)い相手に、充分な照準時間が取れたにもかかわらず──外すだと!?

 

「と、とにかく退避を!──あれ?」

 

小山先輩が慌てて後退しようとするが、民家の塀に派手に突っ込んだせいで、38(t)はなかなか動かない。

125馬力のエンジンを一杯にふかし、数秒後に塀から抜け出した時には、マチルダの砲塔は完全にこちらを向いていた。

 

Scheiße(クソッ)!せめて情報だけでも……」

 

再装填が間に合わないと考えた俺は、キューポラから体を乗り出し、信号弾を水平に撃った。

そしてその直後──38(t)の車体は、マチルダの発射した2(ポンド)砲弾に盛大に揺すられる羽目になった。

ドォンッという轟音と共に撃破判定が下され、天板から白旗が揚がる。

 

「あーあ、やられちゃったねー。どんまい」

 

今まで干し芋をぱくついていた会長が呑気に言う。一体この人は何のために乗っているのだろうか……

いや、そんな事はどうでもいい。ただ一つ確実なのは、この弩級の無能砲手をどうにかしない限り、この戦車は「走るブリキの棺桶」以上の存在にはなれないということだ。

何とかせねば。

 

──黒森峰学園・Fw-200客室(キャビン)内──

「……む?」

「あっ」

 

白熱電球が2つ点いているだけの(ほの)暗い客室(キャビン)の中で床を覗き込んでいた二人が、同時に声を上げた。二人とも驚愕の表情を浮かべている。

 

「隊長、今のは……(ゼロ)距離射撃でしたよね?」

「そうだ。そして照準時間も十分あり、砲身もマチルダの砲塔にしっかり向いていた。向いていたのだが……」

「盛大に外しましたよね……」

 

まほが途中で絶句しているところを、赤星が引き取って言う。

事実、38(t)が撃った砲弾は、奇蹟的ともいうべき外れ方をしていた。むろん、砲身が曲がっていた訳ではない。

河嶋の技倆(ぎりょう)が、おそろしく──致命的なまでに、低かったのだ。




◇戦車紹介I:IV号戦車D型(独)
みほ達が最初に発見した車輛。第三帝国(ドリッテスライヒ)のその最期まで、ドイツ陸軍(ヴェーアマハト)の主力を担っていた戦車である。
当時としては大口径の7.5 cm KwK 37(短砲身)を装備していた。
本来はIII号戦車の支援用として設計されたが、余裕のある堅牢な設計と度重なる改良により、T-34ショックをも乗り越える主力戦車となった。
D型が短砲身の砲を装備していた理由は、本来の使用目的が榴弾による歩兵支援だったため。
お察しの通り、短砲身では対戦車砲としてはかなり心許なく、歩兵がいない戦車道では文字通り無用の長物(短物?)と化しかねない。八九式やチハタン(ペラペラ装甲)もいるから断言はできかねるが。
余談だが、ドイツにおいて、砲の口径はcm表記であり、mm表記の欧米や日本とは異なる。
(文・伯林 澪)


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第4.5話 陰謀

どうもこんにちは、銀扇です。
レオパルトさんが執筆する気を失くしたとの事で、6話以降を私のページに移行しようかと考えています。
ご意見などありましたら、感想欄か個人メッセージにお寄せください。特に反対意見がなければ移行を実行します(移行許可は取得済みです)。


──南大西洋・某学園艦──

ある学園艦の一角──新校地の開発によってその存在意義を喪い、放置された旧校区。

本来ならば電力すら供給されていないはずのその場所には、なぜか点々と電灯が灯っている。

そして、その最奥に位置する赤煉瓦造りの建屋の扉をノックする者がいた。灰色の服を着て暗闇に紛れた男だ。

 

「誰だ」

 

扉の奥からくぐもった声がする。

 

「四九号です。定時報告にあがりました」

「ご苦労。七から三」

「三から五」

「よろしい。入りたまえ」

 

妙な符牒を交わした後、〈四九号〉と名乗った男は音もたてずに扉を開け、建屋に入った。扉が静かに閉まり、辺りはまた静寂に支配されていく。──ディーゼル発電機の低く唸る音と、遠洋の静かな波の音だけが、闇夜に響いている。

 

「同志、新たに発見したT-34/76の修理が完了しました。KV-1Eの方は起動輪が破損していましたので、新品を発注しています」

「そうか、報告ご苦労。まアとにかく掛けたまえ──随分冷えたろう。煖炉で暖まるといい」

「失礼します」

 

外見とは裏腹に、建屋の中は暖かだった。煖炉で薪が爆ぜる音に、掛時計の歯車が奏でるカチカチという微かな音が交じる。

──と、同志と呼ばれた男が、手にしていた黒い万年筆を置いて振り返った。

 

「では例の──大洗に転校した黒森峰の元エースという(やから)は、今どうしている?」

「38(t)の乗員として聖グロ戦に参戦中のようです。資料K-21A号に書いておきましたので、詳しくはそちらを。追加情報はK-21B号に随時追加しています」

 

その報告を聞いて、男は顔をわずかに(しか)める。

 

「聖グロか──また随分と強い所に当たったな……分析班に資料は廻したか?」

「はい。統計的に見れば、現時点での大洗学園の勝率は──七・六%以下です」

「それはやはり、保有機材に原因が?」

「それもそうですが、間諜(スパイ)の情報によると、一部乗組員の練度が著しく低いようです」

「ふむ、成程……引き続き偵察と分析を続けたまえ。──そうそう、偵察機からの報告はあったかね?」

「いいえ、同志。二号電探車(レーダー・カー)の連絡によれば、Tu-154(ケアレス)はいまだ試合会場上空に留まっているとのことです。黒森峰のものと思われるFw-200(コンドル)も同空域を飛行しています」

「ご苦労。報告は以上か?」

「以上です、同志」

「そうか。では帰りたまえ。──革命評議会に栄光あれ」

「革命評議会に栄光あれ」



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第5話 隘路挟撃

お久しぶりです。伯林 澪です。時間ができたので続きを投稿です。
面倒なので移行は中止しました。


──大洗学園・IV号D型車内──

「信号弾!?」

 

櫻井の撃った信号弾が民家の塀に当たって炸裂する様子がIV号のキューポラから見えると、みほは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに状況を把握した。

 

「麻子さん、停止してください!華さんは38(t)のいる交叉点の端に照準を!マチルダはまだ生きています!」

 

途端、後退をはじめていたIV号が停止し、砲塔が右に廻転した。最後にウィィ、という音を立てて砲身がわずかに俯角をとり、IV号は狙撃態勢に入る。

 

『──すまん西住、やられた!』

『とりあえず桃ちゃんは射撃技術を磨かないとね……』

『う、うるさい!』

 

IV号の無線機から、微かなノイズと共に38(t)車内の喧騒が流れ出すが、彼女らはいっこう構わず前方を凝視する。

──やがて、マチルダと思しき車体が交叉点に覗いた。

 

「もう少し、もう少し……」

 

みほが自戒するように呟く中、英国戦車らしい鈍足で、マチルダがゆっくりとその車体を現す。敵戦車にどてっ腹を曝している今、()の戦車の重装甲は却って仇となった。

マチルダの砲塔がわずかに顔を出した、その時──

 

「撃て!」

 

ドォンッ、と咆哮をあげ、鉄の牙がIV号の砲身から放たれ──一直線に飛翔したその牙は、獲物の横腹をいとも容易く喰い千切った。

 

「やった!」

「初撃破ですね!」

「緊張しました……」

 

履帯カバーに穴を開け、白旗を揚げたマチルダを前に、各員がほっと胸を撫で下ろした。初心者(ニュービー)優勝候補(ベテラン)の戦車を屠ったのだから、その歓びもひとしおであったのだ。

──しかし、櫻井という熟練の戦車兵を一人喪った大洗学園は、確実に劣勢となりつつあった。

 

──ST.G.CL(聖グロリアーナ学園)・チャーチルMK.V車内──

戦果報告が告げられるはずだったチャーチルの無線機のスピーカーからは、ダージリンが予想だにしなかった報告が飛び込んできた。

 

『ダージリン様、申し訳ございません!IV号に撃破されました!』

 

チャーチル車内の空気が一瞬、凍る。

 

──我々の戦車が、ロクに戦闘経験もない素人に撃破された?

 

だが、車内に動揺がはしる中、ダージリンだけは紅茶を一口啜り、たちまち氷のような冷静さを取り戻した。

 

「ふぅ……仕方ないわね。被撃破位置はどこ?」

『BQ/77地点です。敵戦車は失探(ロスト)しました。申し訳ございません!』

「そう──敵があまり動いていない内に追いつきたいけれど、BQ/77だとここからかなり遠いわね……ウェールズ?」

『──はい、こちらウェールズ車』

「ただちにセクションVII-Cに向かいなさい。敵IV号はまだそのセクションからは出ていないはずよ。流石にクロムウェルだと多勢に無勢でしょうから、敵の射程外から威嚇射撃をして足止めをなさい」

『了解、最終目撃地点は?』

「BQ/77よ」

『ありがとうございます。ローズヒップ、飛ばすぞ』

『わっかりましてございますわ!』

 

ウェールズの鋭い号令とローズヒップの楽しそうな声が、無線機のスピーカーから飛び出す。ダージリンは微笑を浮かべながら、次の指示を出した。

 

「クロムウェルは偵察を続行。マチルダ隊は本隊から分離、セクションVIIの東側から回り込みなさい」

『『了解』』

「ウェールズ車が足止めをしてくれているわ。その隙に両翼包囲をかけて十字砲火(クロスファイア)を喰らわせるのよ」

 

試合開始より二七分──総勢4輛の鉄騎隊(アイアンサイド)が、生意気な弱小チームをすり潰すべく、砲をならべて動き出した。

並のチームでは、一矢酬いることすらままならない。──観客席では、これから始まるであろう蹂躙劇を思い、溜息をつく者も大勢いた。

だが、指揮をとるダージリン自身は、奇妙な胸騒ぎに一抹の不安を感じていた。

 

(この不安──妙ね……)

 

──大洗学園・IV号D型車内──

「敵戦車、いませんね……どこにいるんでしょう」

 

華が痺れを切らしたように洩らす。今まで遭遇した敵戦車は、先ほど撃破した一輛だけだ。残りの厖大(ぼうだい)な戦力はどこで待ち構えているかわかったものではない。

 

「向こうにはこちらの位置を知っていますから、全速力でこちらに向かっているはずです。私なら偵察車をもう一度──」

 

みほがそこまで言った時、ヒュン、と風を切る音がしたと思うと、着弾音と共にIV号の近くの塀が崩れ落ちた。

 

「──敵戦車、九時方向!クロムウェルです!高速に翻弄されないよう注意してください!」

 

みほが瞬時に車種を特定し、警報を発する。だが、隘路(あいろ)で一列になって行軍していた大洗学園チームに逃げ場はなかった。

はたして──突然、緑の影が隊列の後方に現れ、最後尾のM3(リー)がパニックを起こして騒ぎ出した。

 

『えっ?何あれ!?』

『増援ー?』

『な訳ないでしょ、敵よ敵!』

『砲塔旋回──きゃぁっ!』

 

だが──パシュン、という発砲音がした瞬間、その喧騒は悲鳴に変わった。為す術なく撃破されたM3(リー)から白旗が揚がる。

 

『すみません、西住隊長!撃破されました!』

「大丈夫ですか!?」

『みんな無事でーす』

「よかった……皆さん、このままでは前後を撃破されて足留めされてしまいます。身動きがとれなくなる前に、市街地を脱出します!」

 

みほの声に呼応するように、IV号のHL-120 TRMエンジンが低い唸りをあげる。

 

「大至急、BR/55地点に後退します!煙幕展開!カバさんチームはBP/76地点の三叉路へ移動、180度旋回して待ち伏せをしてください!」

『了解!』

『了解ぜよ!』

Alles Clar(了解)!』

 

打てば響くように威勢のいい返事が飛び、大洗学園チームは煙幕を展開すると、全速力で後退を始めた。

そして、殿軍(しんがり)と敵偵察車(クロムウェル)撃破の使命を帯びたIII突のメンバーは、(いや)が上にも沸き立っていた。

 

殿軍(でんぐん)を任されるとはなんという誉れ!」

「これは(あたか)も甲申事変時の朝鮮駐屯軍のようであるな!」

「いやしかし、あの時は独断での戦闘であろう?」

「指揮官命令ということであれば、ブレスト要塞攻略戦時のソ連軍守備隊のようだ!」

「「「それだ!」」」

 

──ST.G.CL(聖グロリアーナ学園)・マチルダMk.IV車内──

「……ん?あれは何だ?」

操縦席(ここ)からだとよく見えませんが……商店街の幟のようです。──どうかなさいましたか?」

 

陸亀(トータス)のようにノロノロと進むマチルダのキューポラで、マチルダの車長が遠くにある()()に気付いた。いくつか先の交叉点を折れた先の位置に翩翻(へんぽん)と翻る、カラフルな旗だ。

 

「うーむ……しかし、どこかであの配色を見たような気がするんだよなぁ」

「大事を取って、クロムウェルに偵察させますか?」

 

操縦手が進言するが、車長のプライドがそれを許さなかった。

 

──戦車道界の大ベテランたる我々が、あの初心者(ニュービー)共を怖れて偵察車を差し向けるだと?

 

「……いや、いい。どうせあの練度ではこのマチルダの装甲は貫通できないからな。クロムウェルには偵察と威嚇射撃だけを続けて貰おう」

「クロムウェルは煙幕を焚かれて敵を見失ったそうですからね……今頃、失敗を取り戻そうと躍起になって駆けずり回っていることでしょう。それに──()()()()だけに戦果を独占させるのも癪ですしね」

 

操縦手が進言を却下されて押し黙る中、砲手が車長の意を汲んで同調する。

 

「まあ、それも──ある。とにかく、だ……早いとこあいつらを見つけて撃破しないとな。どれどれ……BP/33あたりから市街地の外に出られる道があるな。まずはそこへ行ってみよう」

 

車長は満足げだが、操縦手の経験からくる勘は、車長の判断に警鐘を鳴らしていた。だが、年長者の意見が尊重されるという聖グロリアーナの()()が、彼女に二の足を踏ませた。

 

「了解……BP/33地点へ移動します」

 

聖グロリアーナ本隊から分離した第二軍──2輛のマチルダ隊は、その過剰なほどの装甲を誇るように、砂粒を蹴たてて意気揚々と走った。BP/33地点──すなわち()()()の先へと……




◇戦車紹介II:チャーチルMk.V
聖グロリアーナの隊長車。英国歩兵戦車伝統の「紅茶を零さない鈍足(MAX: 25km/h)」と、「圧倒的装甲(MAX: 101.6mm)による堅牢さ」を併せ持つ。なお意外にも超信地旋回が可能。
どうして英国面はこう両極端なんだか……
実はチャーチルはソ連にも253輛がレンドリースされており、本車を装備した部隊がクルスクの戦いで活躍している。
なお上記で活躍した車輛は当初、「KV-1」であると発表されていた。
(文・伯林 澪)


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第6話 劣勢火力

どうもお久しぶりです。最近ようやく漢検準一級に合格しました、銀扇──もとい「伯林 澪」でございます。ペンネームがコロコロ変わるのもこれで最後だと思います。
後書きの「戦車解説」には今後「航空機解説」も掲載致します(私の趣味です)。


──大洗町・BP/33地点──

三叉路の先に、一輌の車輛が鎮座している。大洗学園のⅢ号突撃砲F型だ。

その暗い砲口の先には、敵車輛の影があった。──75mm砲の砲身がわずかに右に動き、獲物を待ち構える。

 

 

「まもなく三叉路です!」

「注意しろ──敵戦車がいるかもしれん」

「了解……時速7kmまで減速します」

 

あれほど自信満々だったマチルダの車長は、ここに来て自らの愚策を後悔しはじめていた。

 

((まず)いぞ……たしか大洗はⅢ突を保有していたな──あいつに撃たれればいかな重装甲の我々とて危うい……しかし──ここで臆したとあっては車長の名折れだ)

 

しかし、またもや彼女の自尊心が──いや、保身欲というべきか──が、正しい判断に蓋をした。だが、腐っても聖グロリアーナ学園の戦車道チーム、ただ阿呆のように直進するだけではなかった。

 

「砲塔旋回、左三五度!三叉路には斜めに進入する!時速3㎞まで減速!──射撃準備!」

「「「了解(ヤー)!」」」

 

──三叉路へ斜めに進入することで実質的な装甲厚を増し、敵が見えた瞬間に鉛弾を射ち込む算段だ。

 

「BP/33地点まで20……15m……10m……5m──」

「総員、警戒!──砲手、自由射撃を許可!」

「了解!」

 

時速3㎞という亀のような鈍足で進むマチルダが、III突の待ち構える三叉路にじり、じりと迫る。──誰もいないに越したことはないが、ほぼ確実に誰かがいる。誰かがいなくとも、何かがある。相手は腐っても戦車道経験者だ、警戒してし過ぎることはない……

 

「BP/33地点まで2……1……0!」

「「「……!」」」

 

マチルダが三叉路に入った瞬間──ドンッ、と腹に響く砲声がした。待ち伏せしていたIII突の砲撃だ。

だが、ド素人の撃った弾はマチルダを撃破するには至らず、左の履帯を破壊するにとどまった。

 

Sheiße(シャイセ)!──装塡急げ!」

 

III突の車長──エルヴィンが吼えるが、もう遅い。装塡を終えたマチルダは既に、履帯破損で生じた誤差を修正し終えていた。

 

()ッ!」

 

マチルダの車長が高らかにそう号令した──次の瞬間。

ガチャンッ、という金属音と共に、マチルダが左に少し傾いた。

だが、引かれた引金はその任務を忠実に遂行し──マチルダの2(ポンド)砲はズレた照準のまま、その40mm砲弾を勢いよく撃ち出した。

果たして──マチルダの放った砲弾は、III突に命中こそしたものの、急角度の上方装甲板に当たって跳弾し、「誠」の幟を倒すことしかできなかった。

 

「ッ!──外した!次弾装塡!急げ(ハリー)!」

「天祐だ!敵は外したぞ!」

 

マチルダの車長とエルヴィンが同時に叫ぶ。だが、口径の大きいIII突と異なり、マチルダが再装塡に要する時間はかなり短い。双方の再装塡が終わったのは、ほぼ同時だった。

 

Fire(ファイア)!」

Feuer(フォイア)!」

 

ドドンッ、と連続する2発の砲声。続いてマチルダから──パシュン、と白旗が揚がる音がした。

III突の75mm砲弾はマチルダの左側面中央を貫通していた。実弾なら乗員は全員お陀仏だ。

 

「やったぞ!」

「うむ、大戦果でござる」

「一時はどうなることかと……」

 

歴女チームが安堵して盛り上がる中、操縦手──お龍が、浮かない顔をして口を開いた。

 

「いや、皆の衆……我らは勝利してはおらんぜよ」

「うむ?」

「どういう事だ?」

 

皆が怪訝そうにする中、お龍は黙って計器盤を指さした。自動車部が新設した車体状況の表示器に、赤いランプが一つ、点灯している。その下に書かれた文字は──「ENGINE」。

 

「エンジンをやられたぜよ」

 

実戦であれば、エンジンが故障しても死にはしない。だが、これは「戦車道」だ。

エンジン故障、すなわち「行動不能」は──「競技続行不能」と見なされるのである。

一同が茫然自失とする中、ようやく「撃破」判定を下した判定装置が、パシュン、という気の抜けた音と共に白旗を揚げた。

 

──大洗学園・IV号D型車内──

 

『すまん、マチルダは仕留めたがこちらも撃破された!申し訳ない……』

 

ガ、ガッというノイズに交じって、エルヴィンの意気消沈した声がIV号に届く。これで被撃破数は──2輛。

歴戦の搭乗員が乗った38(t)と、チャーチルを撃破可能なIII突──この2輛の損失は、大洗学園チームにとって中々の痛手だった。

だが、みほはその思考を押しやり、III突に労いの言葉を掛ける。

 

「了解しました。カバさんチームの皆さん、お疲れ様です。後は私たちに任せてください!」

Jawohl(ヤヴォール)……すまない、火力要員の我々が……』

「気になさらないでください──今はまだ、練習試合ですから。本番までに強くなったらいいだけです」

『わかった……幸運を祈る』

 

無線が切れると、周囲はふたたびエンジンの駆動音とキャタピラ音だけになった。

そして──勝利するヴィジョンは、もはやほとんど見えなくなっていた。




◇航空機紹介I:フォッケ・ウルフ Fw-200 〝コンドル〟(独)
名レシプロ戦闘機「Ta-152」を設計したことでも知られるクルト=タンク技師がルフトハンザ航空用に設計した、〝大西洋の疫病神〟の異名をもつ第三帝国空軍(ルフトバッフェ)の哨戒爆撃機。
Uボートと連携することで、連合軍艦船の攻撃において多大な戦果を挙げた。
だが、ベースが旅客機ということもあり、急機動をした際にしばしば空中分解することもあった。更に、「CAMシップ」の導入など連合軍の邀撃技術の向上により任務の遂行が困難となり、その主任務は紹介爆撃から輸送へと変わっていった。
なお、試作機の3機目「Fw-200 V3」は、〝インメルマン〟の名を冠してヒトラー総統専用機となったことで知られている。(文・伯林 澪)


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第7話 蟷螂之斧

どうもお久しぶりです。伯林 澪です。
今回は会話少なめです。次話で補うので乞うご期待。


──試合会場・観客席──

『聖グロリアーナ学院・マチルダMk.IIおよび大洗学園・III号突撃砲F型、行動不能』

 

淡々とした放送がさきの戦闘結果を読み上げる。

列車砲を模した実況ディスプレイには、現在の残存車輛が表示されていた。──大洗学園はIV号と八九式のみ。聖グロリアーナ学院は超重装甲のチャーチルに〝猟犬〟が健在のクロムウェル、さらに取り巻きとはいえこちらも重装甲のマチルダが各1輛。唯一飛びぬけた火力をもっていたIII突とM3が撃破された今、敵フラッグ車の装甲を何とか貫徹できそうな車輛はIV号だけであった。

お世辞にもよい状況とはいえず、大洗学園側の観衆から焦燥の交じった声が上がる。いよいよ聖グロリアーナの蹂躙劇を確信し、席を立つ者までちらほら現れる始末だった。

反面、大洗が意地をみせてマチルダ2輛の撃破に成功したことに触発され、大洗の応援をはじめる観客も現れていた。──なにせ地元の高校が強豪校の呼び名も高い聖グロの喉元にその刃を突き立てつつあるのだ、逆転勝利の夢を見たくなるのも道理だった。

威風堂々と戦場を闊歩するチャーチルと、縦横無尽に戦場を駆け回るクロムウェルという組み合わせは、新人揃いの大洗学園チームには難敵中の難敵といえたのである。

だが、まだ大洗学園のフラッグ車は健在だ──今のところは。

 

──大洗学園・IV号D型車内──

「任せてください、とは言ったものの……これはかなり厳しいよね……」

 

みほが唸るのも当然だった。八九式の豆鉄砲ではチャーチルはおろかマチルダにすら歯がたたず、IV号は大口径砲こそ搭載しているものの、短砲身のせいで精度は当てにならない。

──つまり、実質的にIV号が接近してタイマンを張るしか勝ち筋が無くなっていたのだ。さらに、III突が撃ち損じたマチルダ2輛がBP/33地点から追いすがってくるという非常に嬉しくないオマケまで付いてきている。

 

「私たちの火力を考えると、IV号が邪魔の入らない状況でチャーチルと1対1で戦える環境が必要になるから……IV号の機動性を活かせるある程度の広さと障害物を兼ね備えた場所が必要……そうだ!」

「西住殿、なにか妙案が!?」

「うん。妙案ってほどじゃないけど……ここからしばらく進んで西側に折れたら──CA/12あたりに障害物多めの広い荒地があるでしょ?そこでアヒルさんにクロムウェルを引き付けてもらって、うまいことチャーチルだけ誘い出せたら……」

「マチルダはどうしましょう?」

 

眼を輝かせる優花里を尻目に、華が痛いところを突く。みほは半笑いで返すことしかできなかった。

 

「あ、あはは……さすがにアヒルさんにマチルダまで何とかしてとは言えないからね……最悪、相手チームの中に飛び込んで乱戦にするしかないんだよね。味方を誤射するかも知れないなら撃ちにくいだろうし」

 

じっさい、彼我の戦力差がここまで大きくなければ、別の戦法をとることもできた。だが、こちらの車輛数が2輛にまで減ってしまった今、リスクを気にしていられるほどの余裕はもはやなかった。

だが、勝機がゼロというわけではない。鈍足の敵軍をうまく攪乱することができれば、チャーチルの背面なり側面なりに砲弾を叩きこむことができるかもしれないのだ。

 

──ST.G.CL. クロムウェルMk.V車内──

『ねえウェールズ、こんな格言を知ってる?“敵には、手加減せず致命傷を与えよ”』

 

駆動音がガタガタと響くクロムウェルの車内に、気取ったようなダージリンの声が響く。だが、「ダージリンの猟犬」ことウェールズは浮かない顔をしていた。

 

N(ニッコロ).マキャヴェリですね……ダージリン様、格言蘊蓄の披露は後にして頂けますか?今はIV号の追跡で忙しいので」

『あらウェールズ、どんな状況でも優雅に戦うのが聖グロリアーナの戦車道よ?』

「左様でございますか……ところで、敵には“手加減せず致命傷を与える”のではありませんでしたか?格言の講義をしながらでは全力は出せませんよ」

 

ウェールズが反駁した途端、無線機の向こうが静かになった。――しばらくして、溜息の後に紅茶を啜るような音が聞こえてきた……どうやら誤魔化したようだ。

しかし、特に全力を出さずとも、IV号を見つけることはそう難しくはなかった。というのも――

 

「敵IV号および八九式発見。座標CC/25」

 

――クロムウェルはIV号の1.5倍近い速度で走行することができるからだ。

 

「――攻撃しますか?ダージリン様」

 

──試合会場附近・退場者待機所A──

畜生め(フェアダムト)……分が悪すぎる」

 

大洗の戦車はどれも、校内を漁って探し出した車輛ばかりだ。それが悪いとは言わないが、「掘り出し物」で戦車道チームを構成するというのは一種の()()だ。運が向いていればパンターやティーガー、M26やT-34/85ぐらいは見つかるかも知れない。だが、下手をすれば「菱形戦車」なる鈍足乗員燻製器で戦う羽目になるかもしれない。戦車の黎明期ならともかく、シャーマン以上の車輛がうようよしている中に飛び出せばただの的以外の何物でもない。

 

聖グロの残存車輛はクロムウェルを除き全車が重装甲。ひるがえって大洗の残存車輛で唯一まともな火力をもつIV号の砲身はというと……「対歩兵戦闘において榴弾を発射するために設計された短砲身砲」だ。精度はいうに及ばず、チャーチルからすれば豆鉄砲同然の火力しか持ち合わせていない。

さらにまずいことに、敵唯一の快速戦車・クロムウェルがIV号を発見したらしい。ついさっきまでは最高速でかっ飛ばしていたのにもかかわらず、今はIV号とほぼ同じ速度で走行している。




◇戦車紹介III:マチルダMk.III/IV(英)
原作でも本作でもロクな活躍をしていないマチルダだが、史実においてはかなり毀誉褒貶の激しい戦車となっている。
というのも、マチルダは「重装甲で敵の砲弾は弾き返すが、徹甲弾しか撃てないため敵歩兵の掃討力に欠ける」戦車だったからだ。
マチルダやチャーチルは「歩兵戦車」であり、歩兵に随伴して敵を蹴散らす役割をもつ。そのため、「①重装甲であること・②榴弾が発射可能なこと」が求められた。だが、マチルダは①しか満たしていなかったのだ。
しかし、敵であるドイツ軍にとってはその重装甲はある程度の脅威であり、一時期は8.8cm対空砲(アハトアハト)を水平射撃してやっと撃破していたほどだった。(文・伯林 澪)


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第7.5話 ある荷物

──ドイツ・テンペルホーフ国際空港──

2008年に新空港開業に伴って閉鎖されたテンペルホーフ国際空港は、ドイツ戦車道協会管轄としてその機能の一部を復活させていた。IATAコード「THF」も復活している。

ドイツの首都・ベルリンの地で、〝西ベルリンを救った空港〟は寂れつつもなお、当時の威厳をたもっていた。

そして、薄暗い国際線出発フロアの天井から懸吊された反転フラップ式行先表示板の最上段には、〈THF→IBR/SWZ8560/DEPARTING〉の文字が表示されていた。

その下では、一人の女性が誰かと通話をしている。

 

()()()()はSWZ8560便に載せた。宛先も指定された通りにしてある。遅くとも明後日にはそちらへ到着するだろう。しかし──よかったのか?お前に裁量権があると言うのなら文句はないが、いくら友人のためとはいえ……」

『大丈夫だ。それに──アレは元々あいつの力を発揮させるために購入したものだ。今の我々が採用しているドクトリンには合わん』

「うむ、わかった。お前がよいのなら構わんよ──随分と物好きな奴だな、お前は。ま、たまにはドイツに寄るといい。歓迎するぞ」

『ああ、ありがとう。しかし当分はそちらへ行けそうにないな……いろいろ立て込んでいるんだ』

「そうか……まアクリスマスにでも来るといい。ヴァイナハツマルクト*1で旨いグリュー・ヴァイン*2でもご馳走してやろう。いい店を知ってる」

 

女性はそう言って電話を切ると、微笑をふくんだやや物憂げな顔をして窓の外を見つめた。滑走路には「例の荷物」をつんだボウイング767-300F型機が、離陸準備をすっかり済ませて駐機している。

やがて──

 

『SWZ8560, Wind 050 at 7. Cleared for take-off RWY 27R(SWZ 8560便、風は50度より7ノット。滑走路27Rより離陸を許可する)』

『SWZ8560 roger. Cleared for take-off RWY 27R(SWZ 8560便了解。滑走路27Rより離陸を許可)』

 

定型文で航空無線が交わされると、SWZ 8560便――白地にバルケン・クロイツを描いた優美な貨物機は、2基のP&W JT9D-7R4エンジンを一杯にふかし、滑走路を辷りはじめた。11tの()()()を載せて……

*1
クリスマスマーケット。地域によっては「クリストキンドレスマルクト」とも呼ばれる。

*2
スパイスを加えた温ワイン。グリュ―・ワインとも。



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第8話 紫電一閃

【お知らせ】第7話までの修正
第7話までの一部に矛盾が発生しておりましたので、車輛数などを訂正の上、一部加筆を行いました。話の大筋は変わっておりませんので、そのまま第8話から読み進めても問題はございません。

かなりお久しぶりです。レオパルトです。かなりの間相方に任せていましたが、生活が落ち着き始め余裕が出来てきたので、執筆に復帰しました。次の話くらいで決着をつけるつもりです。

どうもこんにちは。伯林澪です。この話からは共著に戻ります。引き続き本作品をよろしくお願いいたします。


──大洗学園・IV号D型車内──

「──!?」

 

眼を皿のようにして辺りをしきりに見廻していたみほが、何かに気づいたように小さな叫び声をあげた。

──後方から迫ってくる一輛の戦車、〝猟犬〟ウェールズと〝スピード狂〟ローズヒップの2人が駆るクロムウェルMk.Vが見えたのだ。

 

「まずい!皆さん、クロムウェルに発見されました!アヒルさん、クロムウェルの誘導を頼めますか?」

『もちろんです!できるだけ長く引きつけます!』

「お願いします!──私たちはなるべく障害物の多い場所を通って、チャーチルと一騎打ちに持ち込みます。麻子さん、いけますか?」

「おうよ。IV号を隠せばいいんだな」

「はい。マチルダを見つけても交戦はせず、全速力で退避してください。おそらくアヒルさんチームはもって5分でしょうから、クロムウェルが離れているうちに勝負を決めたいです」

「わかった」

 

麻子はそう短く返すと、華麗な手捌きでIV号を蛇行走行(スラローム)に切り替え、回避運動をとりながら近場の岩の陰に隠れる。あっという間にクロムウェルは視界から消え去った。

 

『57mm砲のスパイクを喰らえっ!』

『おりゃーっ!』

 

電波に乗ってとどく元気のよい声と共に、八九式の57mm砲がクロムウェルに向かって吼える音が聞こえる。──タイム・リミットは、あと5分……いや、3分もないかもしれない。八九式自体は自動車部の魔改造によってかなりの速度で走行できるとはいえ、彼女らはド素人だ。

 

(この荒地に通じる通路は2つ……市街地方面と丘陵地方面……どっちで待ち構えるか決めないと……)

「────殿」

(速度を優先するなら舗装道路、でも奇襲攻撃をするつもりなら丘陵から出てきた方が優位に立てるし……)

「───住殿」

(でもダージリンさんが急ぐとは限らない──)

「西住殿!」

「──えっ?……優花里さん?どうしたの?」

 

元気のいい声に思考の渦から引っ張り出されると、視線の先には大きな双眼鏡を持った優花里がいた。

 

「どうしたもこうしたもありませんよ……ほら、あそこを双眼鏡で見てみてください」

「……?」

 

みほがとりあえず双眼鏡を覗いてみると、強力なレンズで拡大された丘陵地にはもうもうと土煙がたっていた。

 

「土煙が……!」

「あれ、敵本隊じゃありませんか?さすがに単独行動はしないでしょうし」

「うーん、敵車輛なのは間違いないだろうけど……」

 

相手は歴戦の猛者だ。リスクをとって単独行動している可能性は無視できない。しかし──

 

「……うん。じゃあ麻子さん、丘陵地から出てきたらすぐ撃てるように、そこの大岩の陰まで移動してくれる?」

「ほーい」

 

──土煙がたっているということは、チャーチルかマチルダのどちらか1輛は少なくとも丘陵地にいるということだ。もし2輛が一緒に行動している状況でIV号が丘陵地を見張っていれば、考えうる最悪の事態──八九式を潰した3輛がまとまってIV号を狙う状態──が発生してしまう。それだけは、なんとしても避けなければならなかった。

 

──ST.G.CL. クロムウェルMk.V車内──

「──Damn it(クソッタレ)!」

 

車長用キューポラでウェールズが低く唸る。せっかくIV号を発見したというのに、八九式に絡まれたせいで見逃してしまったからだ。

 

「こんな骨董品(ポンコツ)の相手をしている場合じゃねぇってのに……なんだあの八九式の速度は!?」

「時速40……いや50kmは出ていますわね。本来あの戦車にそんな速度は出せないはずですけれど」

「いったいどこをどう魔改造したらそんな速度が出るんだ……?」

「さぁ……さっぱりですわ」

「……まアいい。所詮骨董品を爆速にしたところで、素人操縦の骨董品であることに変わりはない──スクラップにしてくれよう」

 

ウェールズの意を汲むように、クロムウェルのロールス・ロイス製600馬力エンジンがグォォォ、と唸りをあげ、その車体を瞬時に時速65kmまで加速させる。

八九式がこちらを喰い止めようと必死の応戦をしてくるが、逃げながらの素人行進間射撃が当たるはずもなく、発射された57mm砲弾はすべて空をきる。

だが、こちらの弾も当たらない。八九式の蛇行走行(スラローム)のせいで当てにくいのだ。このまま逃げ続けられれば、5分どころか10分でも稼がれそうな勢い()()()

──〝猟犬〟と〝スピード狂〟が乗っていなければ、の話だったが。

 

「おい、ディンブラ*1──そこを代われ。俺がやる」

 

ウェールズが砲手と交代すると、ふらふらと揺れていた砲身がピタッ、と止まり──ごくゆっくりと動きだした。──普段より研ぎ澄まされた〝猟犬〟の牙は、今や八九式の喉笛に深々と咬みつこうとしている。

 

「ローズヒップ」

「分かってますわよ」

 

ウェールズの一言で、クロムウェルの走りが穏やかになる。縦横の揺れがみるみる減り、八九式の速度に合わせて走り出した。──ローズヒップの操縦はガサツなように見えるが、その根底にある操縦技術は卓越したものだ。クルセイダーを常時爆速でぶっ飛ばすのは、並大抵の技倆(ぎりょう)でできることではない。〝スピード狂〟の異名は、彼女の操縦技術の高さを表すものでもあるのだ。

 

「よし──あとは直線に入るのを待つだけだ。ダージリン様が到着される前にな……」

 

そうウェールズが言い終ると同時に、近くにあった無線機が喋りだした。

 

『──こちらダージリン、セクションIX進入まで600ヤード*2

「言ってるそばからおいでなすった……こちらウェールズ了解。現在IV号は単騎です。我々も八九式を倒したらすぐ向かいます」

『ダージリン了解。なるべく手早くね』

 

どうやら、役者が揃いつつあるようだ。

*1
砲手の名前。セイロン紅茶の品種名からきている。

*2
約550m。




◇戦車紹介IV:38(t)戦車(捷→独)
ナチス=ドイツにチェコ=スロヴァキアが解体された際にドイツが分捕って生産していた戦車。元々はチェコスのČKD(チェコダ)社が開発していたものだったが、結局めちゃめちゃドイツ軍のお役に立ってしまった。涙拭けよチェコス。
死ぬほど頑丈な足回りが特徴で、その信頼性の高さから車体から上が散々魔改造された。中には「Sd.Kfz. 138/1 “グリーレ”」という名前で15cm砲を載せられた型もある(原型どこいった)。
もちろん皆大好きヘッツァーもこの車輛の派生型。へったんかわいい。
(文・伯林 澪)


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第9話 終戦は突然に

伯林澪です。今回は少し長めになりますが、いよいよ決着です。誰か感想くださいモチベが死にます(切実)

レオパルトです。個人的にはウェールズくんがいい感じに仕事してくれるので、やっぱり聖グロにはクルセイダー以外の巡航戦車も必要だと思いますね。


──練習試合会場──

八九式は1秒でも時間を稼ぐべく、蛇行走行(スラローム)で的を絞らせない作戦に出た。猛スピードで追いすがってくるクロムウェルに挑戦状を叩きつけたのだ。──実際、作戦は成功し、クロムウェルの足止めは着実に進んでいる。IV号に乗るみほの予想とは裏腹にこのまま時間を稼ぎ、クロムウェルを逆に返り討ちにしてしまうほどの勢いを見せている。

八九式の搭載する砲がいくら旧式とはいえ、対するクロムウェルの装甲は八九式と同レベルに薄く、エンジンなり火薬庫なりに当ててしまえば撃破も不可能ではないはずだった。八九式の思わぬ粘りに、観客席も盛り上がりを見せる。

 

初心者としては最善の選択だ。──だが、彼女らは挑戦状を送る相手を完全に間違えたようだ。

彼女らが今敵対している相手は、走攻守の内、「走」に最も重きを置いたクロムウェル巡航戦車。更にそのクロムウェルを操るのは、聖グロが誇る〝猟犬〟と〝スピード狂〟のコンビだ。走りを活かした戦いでは、クロムウェルの方が何枚も上手だった。

最初はイライラしていたのか追走するのに躍起になっていたクロムウェルは、やがて八九式に速度をあわせて車体の揺れを抑える走りにシフト・チェンジし、前を左右に蛇行しながら走る八九式に静かに狙いを定める。──2輛の戦場はいつしか荒地を離れ、市街地に戻っていた。

 

「ローズヒップ、次の信号のある交叉点を曲がってくれ」

「なんで曲がりますの?八九式は真っ直ぐ行きましたわよ!」

「さっき街を歩いた時に気づいた。この道は交叉点を曲がった先に合流している。そして次の交叉点を曲がった方がショートカット出来る。そしたら道に合流してきたところを捉える!」

「よく分からないですけど、承知ですわ!」

 

次の交叉点に差し掛かると、クロムウェルは急旋回しリアを滑らせながら交叉点を曲がる。クロムウェルに減速Gがグッとかかるが、勢いを緩めることなく八九式の視界からフェードアウトする。──八九式からは、あたかもクロムウェルが消失したかに見えたことだろう。

 

「こちらアヒルさんチーム!敵クロムウェルを見失いました!」

『恐らく、敵のクロムウェルは孤立したIV号を挟み撃ちにしようと私たちの方に向かっています。急いで私たちの近くに戻ってください!』

「了解しました!」

 

八九式車内はクロムウェルの消失に一瞬困惑するも、彼らを振り切ったと思ったのか、指示通りⅣ号との合流するため道なりに走り先程の道に戻ろうとする。

──しかし、彼女らは気づいていなかった。〝猟犬〟はそう簡単には獲物をその爪牙から逃してくれはしないと言うことを。

 

「ウェールズ!八九式が見えましたわ!」

「よくやったローズヒップ……Fire(撃ッ)!」

 

曲がった先の直線の道で八九式がクロムウェルの射線に入った途端、八九式が方向転換するその一瞬の隙を狙って──ウェールズが引金を引いた。

クロムウェルの75mm砲がバシュン、という音をたてて白い砲煙をあげる。瞬間、八九式はエンジン部分を射抜かれ、制御を失い横転し白旗を揚げる。──それを見届けたクロムウェルは、ラリーカーのごとき華麗なワンターンドリフトを見せ、その場を後にした。

 

──大洗学園・IV号D型車内──

『すみません隊長、撃破されました!現在地はBN/55!』

「「「「!?」」」」

 

つい先ほどまで元気に走っていた八九式からの突然の被撃破報告に、IV号の乗員全員──いや、淡々と操縦している麻子以外の全員──が瞠目する。

 

「──まさか!」

 

その「まさか」であった。クロムウェルは端から八九式を逃すつもりなど毛頭なかった。クロムウェルの最高速をもってすれば、八九式を始末した後で荒地に戻っても充分間に合う。彼らは八九式を撃破した()()、IV号を挟撃しようとしたのだった。

みほは自らの早計を後悔したがもう遅い。クロムウェルの戻ってくる時間は八九式の被撃破地点からおおまかに推測できるものの、マチルダとチャーチルはいまだ所在不明だ。

 

「沙織さん!BN/55からここまでの最短距離は?」

「うーんと……正確にはわからないけど多分1kmぐらいだと思う」

「なら……時速60kmぐらいとして1、2分……」

 

みほがクロムウェルの迎撃について思考を(めぐ)らせていると、優花里が鋭い声で警報を発した。

 

「西住殿、敵集団到着まで約1分半です!」

「えっ!?」

「3輛同時ってこと……?」

 

その警告を聞いて、みほと沙織が焦燥のまじった驚愕の声をあげる。──そう、今や唯一の残存車輛となってしまったIV号は、チャーチル・クロムウェル・マチルダの3輛を同時に相手取らなければならなくなっていたのだ。

 

「クロムウェルは十中八九市街地から出てくるだろうから、場所取りを間違えれば丘陵地の敵と挟み撃ちにあうし……でもチャーチルまで単独行動している可能性もあるし……」

「せめて38(t)が生きていればよかったんですが……ない物ねだりをしても仕方ありませんしね」

「うん……」

「では、一度市街地へ行ってクロムウェルを何とかしてから遊撃戦に持ち込むのはどうでしょう?」

 

みほと優花里が悩んでいるところへ、今まで黙っていた華が口を挟む。クロムウェルの進路は予測しやすいので敵の数を減らせる可能性はかなり高いが、その提案にはもちろんリスクもあった。

 

「うーん、華さんの意見ももっともなんだけど……市街地はマッピングしやすいから、クロムウェルを撃破できても位置がすぐバレちゃうんだよね……」

「位置バレと1輛撃破の交換ですか……」

 

「敵戦車を1輛減らせるが、位置がバレる」か「位置は限界までバレないが、3輛を相手にする必要がある」のどちらか、ということだ。

しかし、悩んでいる暇はあまりない。すぐにでも決断を下さねばならなかった。

 

「──仕方ないね。もし位置がバレても、3輛を相手にするより少しでも減ってくれたほうが戦いやすいし……麻子さん、BL/55まで全速力で!なるべく岩陰を通るようにしてね」

「わかった。しかし少し迂回することになるぞ」

「多少なら大丈夫。丘陵地の方から見えないことが大事だから」

「ほーい」

 

相変わらず麻子の返事は気怠げだが、ハンドル捌きは一流操縦手のそれだ。IV号はたちまち身を翻し、〝猟犬〟を逆に狩るべく荒地を後にする。

 

──ST.G.CL. クロムウェルMk.V車内──

八九式を始末してから荒地に急行するクロムウェルと、そのクロムウェルを狩るべく市街地に突入したIV号。

だが、IV号はクロムウェルのおおよその位置を把握しており、その点でIV号は優位にたっているといえた。──だが、ウェールズもそれは把握していた。

 

「奴さん、そろそろこっちに全速で向かってくる頃だな……少しでも敵の数を減らしたいだろうからな。ローズヒップ」

「なんですの?」

「少し寄り道をしたい。次の交叉点で折れて2ブロック進んでくれ」

「よくわかりませんけど、いいですわよ」

「よし──ダージリン様、こちらウェールズ」

 

ウェールズがダージリンを呼び出すと、高飛車な声がすぐに応える。

 

『こちらダージリン。どうかしたの、ウェールズ?』

「今から指示する地点に急行してください。チャーチルの最高速度でも間に合うはずです」

『──なにか名案があるのね?』

「はい。連中をおびき出します」

 

ダージリンがしばし、沈黙する。GOサインを出してよいものか考えているのだ。

やがて──

 

『いいわ。やってみましょう』

「ありがとうございます」

 

作戦が承認された。あとはIV号が罠に掛かるのを待つだけだ……

 

──大洗学園・IV号D型車内──

「あれ?みぽりん、あれ何?」

 

通信手としての仕事がなくなり、暇つぶしにハッチから外を見ていた沙織が、何かに気づいた。

 

「……?煙幕──いや、発煙筒?」

「味方じゃないし、相手戦車が故障したとか?」

 

沙織がもっともらしいことを言うが、みほは即座にその意見を否定する。

 

「動けないほどの故障なら揚がるのは白旗だし、小さな故障ならわざわざ発煙筒を焚いて位置をバラすようなことはしないと思うよ」

「じゃあ何だと思う?」

「うーん……十中八、九罠だと思う。さすがに私たちを発煙筒がある位置におびき寄せるためではないだろうけど……」

 

こちらの残存車輛が八九式やM3のように素人が乗る車輛であればその可能性もありえたが、今残っているのは歴戦の戦車長が乗るIV号だ。そのような浅薄な意図がすぐに看破されることは予測しているだろう。

 

「でもでも、罠ならその近くに敵がいるってことでしょ?」

「それはそうかも。向こうは私たちを撃破したいわけだし」

「じゃあ近くまで行ってみたらどう?」

「うーん……どうだろう……」

 

沙織の意見も(もっと)もだった。罠ということは、IV号を撃破するべく敵車輛が近くで待機しているはずだ。位置さえ判れば、後ろをとって撃破するのは容易い話だった。だが、自分から罠の近くに飛び込んでいくのは危険が伴う。

 

「……しょうがないね。このままじっとしていてジリ貧になるのも危険だし、近づいてみて危険そうなら全速離脱するのがいいかも」

「向かうか?」

「うん。BL/54あたりがいいかな」

「──わかった」

 

麻子の返答とともに、IV号のエンジンが猛り、履帯がアスファルトを蹴る。

 

「総員警戒!これより敵クロムウェルを叩きます!」

「「「了解!」」」

 

だが、みほの中では、クロムウェルが焚いたであろう発煙筒のことがどうしても頭から離れなかった。理屈では言いがたいが、どうも()()()()がする──。

いや、会敵まであと少しだ。雑念は捨てなければ。

 

「まもなく会敵です!優花里さん、装塡は万が一に備えて早めにお願いします!」

「了解です!」

「華さん、相手の装甲は薄いですから焦らずに!」

「はい!」

 

IV号が交叉点に差しかかると、角の奥に1輛の戦車が見えた。まだこちらを向いてはいない。

 

「停止!照準急いで!」

「はい!」

 

履帯が回転を止め、IV号は地面との間に火花を散らしながら急停車する。華の精確な操作で砲身はまっすぐ敵車輛をむき、照準は敵砲塔を捉えた。──敵戦車が砲塔を旋回させて迎撃しようとするが、遅い。

 

「撃て!」

 

ドォンッ、と轟音を響かせ、IV号の75mm砲が火を噴いた。砲弾は狙い過たずクロムウェルの砲塔側面に命中し──クロムウェルから白旗が揚がった。

 

「装塡急いで!まだ敵がくるかも──」

 

そこまで言ったところで、みほは突然、言いようのない不安に駆られた。理屈はわからないが、()()()()()

 

「全速前進!!照準少し上げて撃て!」

 

その号令とともに、IV号の履帯がふたたび猛スピードで回転をはじめ、わずかに仰角をとった砲身が再び火を噴く。だが、その車体が動き出す前に、クロムウェルの方から1発の砲弾が飛んできた。

その砲弾はまだ碌に加速していないIV号の車体後部に深々と突き刺さる。なすすべなく動力部を砕かれたIV号は、黒煙をあげながら停止し──白旗を揚げた。

 

『大洗学園・IV号D型、行動不能──よって、聖グロリアーナ学院の勝利!』

 

IV号の被撃破を確認した実況席から、高らかに聖グロリアーナ学院の勝利が告げられる。──晴れた煙幕の先には、その砲塔正面に黒く被弾痕をつけたチャーチルが、勝ち誇るように鎮座していた。




◇戦車紹介V:III号突撃砲F型(独)
名前の通り、ドイツ軍のIII号戦車の車体を流用し、その上に固定戦闘室を付けた装甲戦闘車輛。砲塔の廃止による単純化と、低車高による隠蔽性を獲得した。意外にもドイツ軍で最も生産台数の多い装甲戦闘車輛である。
大洗学園が使用しているF型は後期型で、T-34などの新型戦車への対抗策として長砲身75mm砲を搭載した車輛になる。また、ベンチレータ(砲撃時に車内に排気されるガスを排出する機構)を搭載したことで、連続射撃も可能になっていた。
なお、「自走砲」と「突撃砲」は属する兵科の違いによるものなので、機能に差はない。兵科の対立とかどうでもいいから統一しろよめんどくさい。

註:戦車はドイツ語で「パンツァー」とよばれるが、これは「Panzerkampfwagen」つまり「装甲(panzer)戦闘(kampf)車輛(wagen)」の略になる。なのでIII突も「パンツァー」扱いしてよいはずなのだが、III突のドイツ語名は「Sturm(突撃)geschütz(砲) III」になっている。どうしても突撃がいいらしい。
(文・伯林 澪)


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第10話 一難去ってまた一難

お久しぶりです、伯林です。
ようやく暇ができたので投稿を再開します。感想などもお寄せ下さればすごく喜びます。


──大洗町・発砲禁止区域──

先程まで試合会場としてあらゆる箇所で戦闘が行われていた市街地では、被害がない発砲禁止区域の道路上で、見せしめと言わんばかりの“アレ”が行われていた。その様子を遠巻きながら眺める聖グロの何人かはマイセン焼の高級ティーセットを広げ、優雅にお茶会を開いている。

 

「ウェールズさん……いったいアレはコンプライアンス的に大丈夫なんでしょうか?」

 

と、オレンジペコは紅茶を飲む手を止め、ある意味()()にも近い状況について困惑しながらウェールズに尋ねる。

 

「まあ問題はないんだろう……多分。だが正直──あれだけ挑発したとはいえ、あちらの惨状を見るとさすがに申し訳なくなってきたな……」

 

いくら戦う前に散々煽ったとはいえ、彼とて一人の男子高校生、彼女らの格好と踊りを見ては申し訳なくなるのも仕方がない。

 

「しかし挑発したせいでうちが負けていて、“アレ”をやらされていたらと思うと……寒気がするな」

「いえ──データによれば、ウェールズが挑発しなかったとしても、私たちが大洗に負ける確率はそこまで高くありませんでしたし、あなたの杞憂でしょう」

「そうですわ!私たちのクロムウェルは最後に撃破されましたけれど、結局チャーチルは健在でしたもの!」

「馬鹿言え……あっちは素人なのにこっちのマチルダを2輛も撃破したんだぞ。いいか?()()()()()()()──運が悪かったらこっちが負けていたかもしれないんだ」

 

聖グロは各々の個性が強く、隊長である〝格言嗜癖(マニア)〟ダージリン、彼女の愛犬かつ副隊長の〝猟犬〟ウェールズ、〝スピード狂〟ローズヒップの他にも、〝完全データ主義人間〟アッサムや〝ダージリンの懐刀〟オレンジペコがいる。そしてこのお茶会には、その末席にしれっと参加している他校の男子がいた。

 

「なんというかまあ、予想できた結果ではあるんですが……流石に可哀想ですね……」

 

そう、先程まで大洗の38(t)戦車に乗り聖グロリアーナと戦っていた男、〝山猫(ルクス)〟こと櫻井惟輝その人である。彼は20分ほど前、あんこう踊りが罰ゲームであると知って大洗の集団から脱走し大洗港近辺を彷徨っていた所を、聖グロの面々に誘われて「亡命」していたのだ。

 

「あら、我々が匿っていなければ、今頃櫻井さんは本来あちら側で踊っているはずでは?」

「は、はは……まあいずれにせよ、僕はあとでこってり油を搾られることでしょうね」

 

櫻井が乾いた笑い声を洩らし、ダージリンが悪戯っぽく微笑む。

 

「あとで全員の前で独りあんこう踊りぐらいは覚悟しておいた方がよさそうですわね」

「誰が得するんですかそれは……」

「あら、少しは彼女たちの鬱憤も晴れるでしょう。なにせ一人だけ()()踊りを衆人環視の中踊らなかったんですから」

「ま、まあ、ともあれ──今回は対戦ありがとうございました」

 

櫻井は半ば強引に話を逸らす。今から「独りあんこう踊り」のことなど想像したくもないといった顔だ。

 

「話を逸らしましたわね……まあいいわ。ええ、こちらこそありがとうございました。なかなか楽しめたわ。あれはあなたの指導の賜物かしら?」

「いえ、僕は編入されてからまだ浅いので……みほ──いえ、西住の指導が大きいでしょうね」

「みほさんの……なるほど。それで?全国大会には出場なさるのかしら?」

「さぁ……今は何とも。まだ弱小ですので」

「そう。もし出場なさるなら、また戦う機会があるかもしれませんわね。その時はもっと楽しませてくださいな。いいこと?『犬の喧嘩において体のサイズは必ずしも重要でなく、闘争心のサイズこそが肝心である』のよ」

D(ドワイト).アイゼンハワーですね……ええ、ご期待ください」

 

櫻井が言い終ると、ダージリンは唐突に後ろの籠から箱と手紙を取り出した。箱の正体は、縁が唐草模様で彩られた美麗なラベルに包まれた紅茶(カン)だ。ぱっと見たところ、TWINING(トワイニング)AHMAD(アーマッド)といったブランド名はどこにも見当たらない──自家栽培だろうか。

 

「これをみほさんに渡しておいてくださらないかしら」

「これは────ええ、確かに受け取りました」

「よろしいわ。では仕切り直して、紅茶を一杯いかが?自家栽培の美味しいアッサム・ティーが入っていますのよ」

 

──大洗学園艦・第IV娯楽区画──

さて、親善試合の日の夜――聖グロリアーナのお茶会で優雅に紅茶を飲んでいた時とは打ってかわって、俺はあんこうチームの面々──主に沙織──からきついお叱りをうけていた。

 

「……だからね、いくらダージリンさんに誘われたからって勝手に罰ゲームを抜け出すのは絶対ダメなの!わかった?」

「誠に申し訳ない」

「わかればいいの!──じゃあ、今度みんなの前であんこう踊りね!」

「……は?」

 

どうやらダージリンの冗談が現実となったようだ。沙織が悪戯っぽく笑う横で、みほが苦笑いをしている。──おそらく助けてはくれないだろう。今の俺の顔はさぞかし蒼いにちがいない。

 

「あ、()()衣装もちゃんと着てね♪」

 

途方に暮れる俺の精神に、()()()と沙織がトドメを刺した。俺は必死に頭を廻し、この場から逃れる方法を探す。──と、俺は自分の手提げ鞄から覗く罐に気がついた。

 

「……そうだ、そういえばダージリンからこんなものを預かっていてな」

 

そう言って俺はみほに手紙と紅茶罐を渡す。全員の視線がいい具合にみほの方に誘導され、彼女のもつ紅茶罐に視線が集まる。

 

「これ、は──」

「西住殿!それは聖グロリアーナが好敵手と認めた相手だけに贈るといわれる紅茶では!?」

「「えっ!?」」

 

みほが絶句するなか、優花里が興奮気味に解説を挟み、華と沙織が驚愕をあらわにする。当然と言えば当然だ――結成から間もない弱小チームに天下の聖グロが「紅茶罐」を渡すなど、古今未曾有のことなのだから。

 

「幸先がいいな。チームの士気も上がること請け合いだ――」

 

そこまで言って、俺の口は()()と動くのをやめる。

曇った俺の顔を皆が一斉に見つめ、何事かと眉をひそめる。

 

「あの……櫻井殿?どうかしましたか?」

「い、いや――なんでもない。少し考え事をしていただけだ」

 

そう言って、俺は平静を装う。だが、俺の長年の勘がけたたましく警鐘を鳴らしていた。

──()()()()()()()

出来のわるいB級ファンタジー小説でもあるまいし、こうトントン拍子に事が進むのは()()()()()()――これはいわば()()()()にも似た……なにか不吉な出来事の前触れではないのか?

いや、よそう。昔からの悪い癖だ──良いことが続くと、その()()()()()が来るものと半自動的に思ってしまう。さいわい今は何も悪いことは起きていない。素直にこの時を楽しもうじゃないか……




※筆者が現時点で書く気をなくしているので「戦車紹介」はお休みです。気が向いたら追加しますが期待はしないでください。
※また、レオパルトさんから修正依頼が入ったので後半部分削除・改変および第11話削除を行いました。


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第11話 This is 戦車道

Leo - [未記入]

Rei - おひさしぶりです。ようやっと11話です……ただこれから先は更新ペースが落ちると思います。


──試合会場・大洗学園側待機区域──

「Hi!あなたたちが大洗学園teamね?私はケイ、よろしく!」

ザクッ、芝生を踏みしめる音と共にやってきたのは、サンダース大附の生徒たちだった。──ケイと名乗った隊長と思しき金髪の女子生徒は、両手に茶色の紙袋を抱えている。彼女の横では、見下すようにこちらを見る小柄な赤髪と、落ち着きはらって黙々とガムを噛んでいる大柄な超短髪(ベリー・ショート)の生徒がいた。大柄なほうはどちらの性別にも見えるが、着ている制服からみるに女子だろう。

快活に話しかけてくるケイにやや気圧されている俺とみほを尻目に、角谷会長が齧りかけの干し芋を片手に暢気に応えた。

「そーそー。そっちはサンダースの人?」

「Yes!試合前の挨拶をしたかったのと──もうすぐ(ひる)だしお腹すいたでしょ?ウチの拠点(ベース)移動調理車(クッキング・カー)も有るからランチしない?」

そう言いながら、ケイは自らの拠点に対戦相手である俺たちを招こうとする。こちら側に情報を晒しても勝てるという挑発とも受け取れる彼女の行動に河嶋先輩の眼が険しくなるが、ケイの底抜けの明るさに敵愾心(てきがいしん)のなさを読みとった会長は明るい表情のまま返した。

「よろしく~。私は生徒会長の角谷杏、こっちは西住ちゃんと櫻井君ね。んで私の後ろにいる強面が桃ちゃん」

「名前で呼んでください!」

河嶋(かーしま)は神経尖らせすぎ。そのうち禿げるよ?あ、お招きとあらばありがたく行かせてもらうとするよ〜」

会長がケイを誤解して勝手に敵愾心を抱いている河嶋先輩を皮肉まじりに注意しつつ俺たちを紹介したことで、サンダースの三人の視線がこちらに向く。

「Oh!あなたたちが例の二人ね──聖グロリアーナ戦での活躍、見てたわよ!Mihoと……キミ、下の名前は?」

「……惟輝(いつき)だ」

「Itsukiね、覚えたわ!──()()()()、この二人が今回の切札(ジョーカー)かしら?」

「そうかもね〜?でもそれは教えられないねぇ〜」

「あらケチねぇ……lunchのお礼に教えてくれたっていいじゃないの」

「だーめ。それに試合が始まったらすぐ判るでしょ」

「……ま、それもそうね。それにfair playのspiritに(もと)るのもよくないわ」

ケイの言動は一見単純なようだが、その根底に自校への自信に裏打ちされた確乎(かっこ)たる信念を持っているのが伺える──流石はサンダース大附の隊長といったところだろうか。さっさと情報を諦めたあたり、相当の自信があると見ていいだろう。たとえ元黒森峰の選手2人を相手取ろうと敗けはしない──という意志の表れだ。

史実の米国のように物量に物をいわせて攻めてくれば、数で劣る我々は圧殺されるしかない。よくも"fair play"などと言えたものだな──などと考えていた矢先、俺はケイの続く言葉によって自分の浅慮を恥じ入ることになった。

「そっちの車輛は──5輛ね!アリサ、試合には私たち3輛と、あと2輛で出るわ。出場者輛を選んでおきなさい」

「Yes, ma'am!」

俺を含めた大洗学園の面々は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。無理もない、「物量は正義」的な校風であるサンダースの隊長が、相手チームの数に合わせて自チームの数を減らしたのだ。

「な──なに!?」

「あらItsuki、なにを驚いてるの?」

「い、いや……てっきりお前たちは制限ギリギリの車輛を用意して俺たちを圧し潰すものとばかり思っていたからな。少なくとも、俺ならそうする」

ケイはしばしキョトンとしたような表情をした後、(たが)が外れたように笑い出した。

「HAHAHAHA!そうかもね、確かにそうすれば確実に勝てるかもしれないわ。でもね──」ケイはビシッと俺を指差し、誇らしげな表情で続ける。「This is 戦車道! 戦争じゃなくてスポーツよ? Fair playのspiritで臨むのは当たり前じゃない」

「そう、か……」

俺は小さく呟いた。──黒森峰学園は、相手が豆戦車であろうが重戦車であろうが、持てる全戦力を以て全力で叩き潰してきた。「戦車道(スポーツ)」ではなく──あたかも「戦争」のように。そして俺は、戦車道とは()()いうものだと思い込んできた。

だが、そのような固陋(ころう)な思考をもたない彼女らのような存在が、これからの戦車道を牽引していくのかもしれない……そんなことを考えながら、俺はケイの方に手を差し出した。

「よくわかった。ではお互いフェア・プレイといこう。よろしく」

「Yep! お互い楽しみましょう!」

挨拶を済ませ、サンダースの方へ昼食を食べに行く両チームの面々の背中を見ながら、俺は奇妙な心地よさに浸っていた。



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