仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ MIRACLE FESTIVAL! (大ちゃんネオ)
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最強メイドチーム結成!~必殺陣萌え萌えキュン~

執筆 大ちゃんネオ 監修 正気山脈さん


 仮面ライダー。

 数多の世界に存在する戦士の称号である。

 ここはそんな仮面ライダーが存在しない世界である。

 だが、この世界を蝕む悪と戦うためにあらゆる世界から仮面ライダーが訪れていた。

 

 喫茶Hameln。

 ひょんなことから別世界からやって来た仮面ライダー達が集まることとなった極々普通の喫茶店である。

 そう、極々普通の。

 

「更なる集客には……うーむ……」

 

 喫茶Hamelnのマスター、藤堂権兵衛が電卓を叩きながらそう呟いていた。

 それを四人がけのテーブル席に座っていた三人の男子が聞いており、権兵衛に聞こえないように小声で話し始める。

 

「最近、お客さんあんまり入ってないっぽいね」

 

 口火を切ったのは御剣燐という至って普通の少年。

 そんな普通そうな少年であるが彼は仮面ライダー。

 仮面ライダーツルギ。

 ツルギの世界からやって来た仮面ライダーである。

 

「確かに……最近はあまり……お客さんが入っていないようでした……」

 

 和装の少女……に見えるが少年である。

 彼の名は夜舞薫。   

 ビャクアの世界のライダーにしてその名は仮面ライダーマイヤ。夜に舞う蝶である。

 

「経営難、というやつか……」

 

 三人目の少年は行雲紫乃。

 仮面ライダームラサメ。ムラサメの世界から訪れている美少年。

 女装が映えそうな、美少年である。

 

「俺達にどうこう出来る問題ではないな……」

「まあ、そうだけどさ……。泊めさせてもらってる身だし、なんとかしてあげたいよ」

「そうですね……。そういえば、前は結構人が入っていたんですよね? 燐さんが、お手伝いした時とか……」 

「なんというか一過性のブームみたいなものでさ……。あと、最近手伝ってなかったからかもう追っかけの人とかも来てないみたい」

 

 はじめて自分がこの世界に訪れた時のことを思い返していた。仮面ライダーデュオル、双連寺ムゲンと共に少しだけだが店を手伝った時はすごいお客さんだったのだが……。

 また手伝えば人が戻ってくるだろうかと考えていると、権兵衛が大声で何かを叫んだ。

 

「こ、これだぁぁぁ!!!!!」

「お、おやっさん? どうかしました……?」

 

 燐がそう伺いを立てると、権兵衛はカウンターから燐達の座るテーブル席へと歩み寄り、テーブルの中央に一枚のチラシを置いた。

 チラシは、メイドカフェのもの。

 メイド服を来た女性達が笑顔で宣伝していた。

 

「……まさか、ここをメイドカフェにするつもりか?」

「しかし、女性の方がおりません……。雇うのですか?」

「いいや。ただのメイドカフェでは駄目だ! 差別化しなければいけない!」

「差別化、というと?」

 

 三人の顔を見た権兵衛はよしと力強く頷く。

 それを見て、燐は嫌な気配を感じていた。

 

「今日から、お前達三人がうちのメイドだ!」

「はぁ……?」

「やっぱり……」

「お前達三人は顔がいい。薫に至っては常に女装してるだろう。男がメイド。これはウケるぞ……!」

「ふざけるな。誰がメイドなど……」

 

 案の定嫌がる紫乃。

 女装させられた苦い思い出があるのだ。

 それは燐も同じくで……。

 

「僕もちょっと……」

「なんだい。さっきこの店なんとかしたいと言ってたじゃないか」

 

 聞こえていたのかと内心で驚く燐はそれを言われると弱るといった感じで、権兵衛も燐の人の良さと押しに弱いことを理解した上で押し切ろうとする。

 

「助けると思って頼むよ~。薫はどうだ? やってくれるか?」

「私は……いいですよ……」

「本当か! そりゃあ助かる」

 

 薫の返答に驚く燐と紫乃であったが、すぐに薫なら断る理由もないかと納得した。

 生まれた時より理由あって男でありながら女として育てられ、振る舞ってきた薫にとって衣服の男物、女物などは関係ないもの。

 そして、なにより……。

 

「一度、着てみたかったのです……」

 

 にこりと笑顔を浮かべてそう言う薫に誰も文句は言えない。

 男と女の両性をとことん楽しむというのが夜舞薫のモットーなのだ。

 

「では決まったな。メイドは薫がやる。俺と御剣はやらない。以上だ」

「なに言っとるんだ。メイドは三人と言ったろう」

「なら他を当たってくれ。オレはやらん」

 

 断固として拒否を貫く紫乃はひとまず置いといてと権兵衛の標的は燐に向かう。

 

「なあ、頼むよ。薫もやるんだ、みんなでやればきっと楽しいぞ~。困ってる俺をなんとか助けてくれ~」

「うっ……」

「駄目だ御剣。惑わされるな」

 

 揺らぐ燐を救おうと紫乃が声をかける。

 だが、魔の手は思わぬところから忍び寄ってくるのだ。

 

「そういえば、この高級スイーツバイキングの招待券をどなたかに譲ろうと思っていたのですが……どういたしましょう……」

「高級スイーツバイキング、だと」

 

 その甘美な響きに誘われて、紫乃が思わず立ち上がった。

 

「あ、あの、紫乃くん?」

「紫乃さん……欲しい、ですか……?」

「あ、ああ……!」

「では、代わりにこちらのメイド服を……」

「ああ、着る。オレはメイドだ」

 

 紫乃、陥落。

 こうして一人残された燐はもう諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

「喫茶Hamelnで~す……。今ならメイドが接客……してます……」

 

 店頭でビラ配りをする燐。

 彼は今、メイド服を着ていた。

 茶髪のゆるいカールのかかったウィッグを被り、スタンダードなメイド服を着た彼はまさしくゆるふわ系なメイドであった。

 

 喫茶Hamelnは寂れた商店街の端にある。

 人通りはまばらではあるがそろそろ夕方。

 学校帰りの学生なんか捕まえられたりしないかと燐は考えていた。

 しかし、人は入らない。

 怪訝そうな目で見られるだけである。

 

「……泣きたくなってきた」

 

 悲しくなってきたところ後ろのドアが開く音がしたので振り向くと、ちょこんと薫が頭を出して外の様子を伺っていた。

 

「どう、ですか……?」

「どうもこうも……不審がられてるよ……」

 

 燐が今にも泣き出しそうな声で返事すると、店内でやることもないのでと薫も外に出てチラシを半分受け持ち二人で呼び込みをすることに。

 普段あまり大きな声を出さない薫であるが、宣伝ならばと声を張る。

 すると、薫効果か分からないがちらほらチラシを受け取ってくれる人が増え、ようやく二名様ご案内することに。

 外は薫がやった方がいいかもしれないと燐が店内にお客をご案内。

 

(そういえば中には紫乃くんだけか。紫乃くん大丈夫かな)

 

「お客様二名様でー……」

「やるんじゃなかった……」

「紫乃くん!?」

 

 店内では、お盆にひたすら頭を打ち付ける紫乃が異様な空気を醸し出していた。

 それにしても紫乃のメイド服だけスカートの丈がやけに短い。そもそもあれはさっき薫くんがどこからともなく出したやつだよな? えっ、まさか持ち歩いてるの? などといろんなことが一瞬で燐の脳裏を過った。

 

「夜舞に乗せられてしまった……くっ……」

「し、紫乃くんお客さん!」 

「ッ……! 何故来た!」

「紫乃くん!?」

 

 お客様が来店したら普通は「お帰りなさいませご主人様」だろうによもや何故来たと問われるとはと度肝を抜かれた客二人、だったが……。

 

「これはこれでありだな……」

「ああ……」

 

 とりあえず、なんかウケた。

 

 

 

 

 

「外は薫くんが、紫乃くんは接客中……。大丈夫かな……」

 

 チラリと様子を伺う。

 先程出来上がったオムライスを運びに行った紫乃であるが果たして上手く出来るのだろうか。

 

「お待たせしました、オムライスです」

 

 そつなくテーブルの上にオムライスを置いた紫乃であるがそのまま立ち去ろうとした。

 そう、紫乃は知らないのだ。

 この先にやらなければならないことを。

 

「あ、ちょっとメイドさーん。あれやってよあれ。オムライスにLOVEって書くやつ」

「なに……?」

「メイドさんなんだからやんなきゃー。しっかり愛情込めてねー」

 

(大丈夫かな紫乃くん……ここは僕が行った方が……)

 

 不安がる燐であったが、紫乃はやたら勢いよくケチャップを手に取り……。

 

(これはあくまでスイーツバイキングと店のため……)

「お、お前達のためにやるんじゃないんだからな……!」

 

(まさかのツンデレメイド!?!?!?!?)

 

 紫乃が意図せず発した言葉は伝統芸能ツンデレの中でも特に有名で、それゆえに逆にあまり聞いたことのないレアな言葉。

 王道のツンデレを女装男子ツンデレメイドから浴びせられたオタク達は……。

 

「「は、はい……////」」

 

 オタク達は、性癖が歪んだ。

 

 

「お客様、入ります……」

「あ、はーい。お帰りなさ……」

「ここが冥土ぉ?」

(メイド違いしてるおじいちゃん来ちゃったぁ!?)

 

 杖をつく手も震えるようなお爺さんの来店に戸惑う燐を見て自分が接客した方がいいと判断した薫はアイコンタクトを送る。

 

「おじいちゃん。あちらの席で、私とお話しましょう」

「んん? ああ、ええよぉ」

「地元のお爺さんやお婆さん方と、お話し慣れておりますから……」

「あ、ああ、うん……よろしく……」

 

 手持ち無沙汰になった燐は薫に変わって再び外へ。

 

「はぁ……なんかいまいち僕って没個性だよなぁ……」

 

 紫乃や薫と比べるとこういった時に弱いよなぁと頭を掻く燐の耳に遠くから「燐兄ちゃん!」と呼ぶ声が。

 学校帰りの章太郎である。

 権兵衛の甥にして、ライダーファン。

 

「大変だよ燐兄ちゃ……なんだよその格好! 燐兄ちゃんそんな趣味あったのかよ!」

「ち、違うよ! これはお店の手伝いで……。それと、人の趣味を馬鹿にしたら駄目だよ。僕の趣味じゃないけどねこれは」

「わ、分かったよ……。それより変な怪人が!」

 

 怪人という単語を聞いた燐の表情が変わる。戦う男の顔に。

 鏡の中から愛車であるスラッシュサイクルを呼び出し、メイド服のまま乗り込み現場へと急行する。

 

「どうした?」

 

 スラッシュサイクルのエンジン音を聞いた紫乃と薫が外に出て章太郎から事情を聞いた。

 

「なるほど。相変わらず勇ましい奴だ」

「私達も行きましょう……!」

 

 燐に続いて、紫乃と薫も出撃。

 三人を見送った章太郎はこれで一安心と笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ご奉仕ボーシ! ご奉仕ボーシ!』

 

 現場に到着した三人がまず耳にしたのはそんな鳴き声であった。

 

「……なんか、聞いたことある気がする鳴き声」

「……恐らく、つくつくぼうし、かと……」

「それだ。でもなんか、ご奉仕とか言ってなかった?」

「話はそこまでだ。来るぞ」

 

『ご奉仕ボーシ! む、メイドが三人も!』

 

 現れた怪人はセミに似たような姿で、メイド姿の三人に興味津々。

 怪人の名はご奉仕ボウシ。

 人にご奉仕されるのが大好きな恐るべき怪人である。

 そんなご奉仕ボウシなのでひとしきりメイド三人を見定めると、唐突に両腕から円状の光線を放った。

 

『くらえ! ご奉仕マインド!』

 

 回避した三人。

 怪人に明確な攻撃の意思ありと警戒態勢から戦闘態勢へと移り、それぞれの変身アイテムを手に取る。

 

「ぶっ倒してやるぜセミ野郎!」

「か、薫くんいきなり男口調にならないでよ……びっくりしたぁ……」

「申し訳、ありません……」

「おい、いきなり大人しくなるな。びっくりするだろう」

「どうすればいいんですか……」

 

 燐と紫乃からのツッコミに戸惑う薫であったがともかく変身。

 ムラサメとマイヤが駆け出し、ご奉仕ボウシに剣と拳を叩き込む。

 

「オレ達の敵ではないな」

 

 ムラサメは自身の得物であるAウェポンを銃形態であるGモードと太刀形態であるTモードを自在に使い分けてご奉仕ボウシに攻撃の隙を与えない。

 

『ご奉仕ッ!?』

 

「どうした、張り合いねぇぜ? オラァッ!!!」

 

『ボーシッ!!!』

 

 マイヤの右ストレートがご奉仕ボウシの顔面を捉える。

 殴り飛ばされたご奉仕ボウシは地面を転がり、立ち上がろうと顔を上げると目の前には白き太刀の鋒が置かれていた。

 

「……」

 

 振り下ろされる太刀はご奉仕ボウシの顔面を切り裂く。

 

『ご奉仕ボーシッ!?!?』

 

 痛みにのたうち回るご奉仕ボウシをツルギ、マイヤ、ムラサメが取り囲む。

 勝敗は明らかであった。

 

「トドメだ!」

 

 マイヤが技を発動させようと構える。

 だが……。

 

「待て! 夜舞!」

 

『くぅぅぅ……ご奉仕マインドッ!!!』

 

 ご奉仕ボウシは再び両腕から円形の光線を放つ。今度は狙いなどつけず、空目掛けてである。

 怪光線は一定の高さまで到達すると地上へ向かっていき……。

 

「いやほんとマジなんだってー!」

「マジならヤバいってそ……」

 

 怪光線に当たってしまった人々が意識を失い倒れていく。

 だが、即座に立ち上がると人々はある場所へ向かい移動を開始していく。

 その場所とは、ご奉仕ボウシのもとである。

 

「な、なんだあの集団は……」

「ドンドン集まってくる……」

 

『ご奉仕ボーシッ! 俺のご奉仕マインドを食らった者達だ。奴等は俺の奴隷。俺の言うことならなんでも聞くのだ! ご奉仕ボーシッ! さあ、仮面ライダーを殺すのだ! あ、そこのギャルは俺の治療をしてお願~い。俺を癒して~』

 

 ご奉仕ボウシの命令により、人々が三人のライダーに襲いかかる。

 当のご奉仕ボウシはギャルに膝枕をしてもらいながらその様子を鑑賞していた。

 

「人を、操るなど……!」

「くっ……」 

 

 マイヤは太極拳に似た武術に切り換えて、人々からの攻撃を受け流していく。

 ツルギは得物を納め、徒手でやり過ごしていくが数の暴力には敵わない。

 

「灰矢ほどではないが……!」

 

 AウェポンをGモードにし、銃口を向けてご奉仕ボウシを狙撃しようと試みるムラサメ。

 だが、銃口とご奉仕ボウシの間に操られた人々が盾となって立ち塞がる。

 

「なに……!」

 

『手も足も出ないとは正にこの事。そのまま守るべきはずの人間達により殺されてしまえライダー! ご奉仕ボーシッ!』

 

「くっ……。こうなったら、二人にはリスキーだけど!」

 

 迫る人の群れを掻い潜り、ムラサメとマイヤの二人に合流したツルギは二人の手を引き、ビルの鏡の中へと消えていく。

 こうなってしまっては一時撤退するしかないと判断したツルギにより、ミラーワールドを用いての撤退が遂行された。

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶Hamelnに戻った三人の周りは重い空気で支配されていた。

 倒せると思った相手にしてやられたこと、街の人々を操られ今も危険に晒しているのだ。仮面ライダーとして、気が気でない。

 

「ここでこうしていても仕方ない。オレは行くぞ」

「待ってください……。闇雲に戦ったところで、意味がありません……」

「そうだよ。もし被害が出たら……」

「では、どうしろと……」

 

 悩む三人。そこへコーヒーを運んで権兵衛がやって来る。

 

「なんだなんだへこたれて。そんなんじゃ勝てる相手にも勝てないぞ」

「それが……」

 

 燐が権兵衛にご奉仕ボウシのことを説明すると、権兵衛はなにやら考えこみ、あっと何かを思いついた。

 

「いいか、ご奉仕にはご奉仕だ」

「……は?」

「え?」

「……なるほど……」

「ご奉仕返しだよご奉仕返し。こう、萌え萌えキュン! みたいな感じにさ~」

 

 権兵衛の萌え萌えキュンという発言に内心ドン引く紫乃と燐だが、薫は何故か目を輝かせていた。

 

「萌え萌えキュン、ですか……」

「そうだ」

「萌え、萌え、キュン……」

「か、薫くん……?」

「夜舞……?」

 

 立ち上がり、萌え萌えキュンを何度も口にする。

 そうして、薫もなにかを思い付いたようで声を弾ませた。

 

「萌え萌えキュン。これです、お二人とも。ご奉仕と萌え萌えキュンがあればご奉仕ボウシに勝てます……」

「待て待て待て待て」

「薫くんワールド全開過ぎて分かんないよ!」

「私のザ・ワールド……ふふ……」

 

 今、薫のザ・ワールドが発現する……!

 

 

 

 

 

 

「「お帰りなさいませ、ご主人様」」

「もっと、気持ちをこめて」

「「お帰りなさいませッ! ご主人様ッ!」」

「運動部ですか」

 

 薫指導のもと、紫乃と燐にメイド指導が行われていた。

 メイドの所作、メイドの心構え、メイドの魂。

 メイドというものを、肉体と精神に叩き込む。

 そうして気が付いた時には喫茶Hamelnの店内は大勢の客で賑わっていた。

 

「し、紫乃きゅんグヘヘ……」

「ええいっ! そのだらしのない笑い方はやめろ!」

「あぁんっ! 厳しさの中に愛ッ!」

 

 紫乃はその美貌とツンデレ、ツンギレキャラによりオタク客から高い支持を集めていた。

 

「えーその髪型かわい~」

「ふふ……ありがとうございます……」

 

 薫は女性らしさを活かし、女性人気を集めていた。

 そして燐は……。

 

「ね、ねえ燐ちゃん……」

 

 一人の、目に光が灯っていないOLを相手にしていた。

 

「なんですかご主人様?」

「ご主人様なんて呼ばないで……名前で、呼んで……」

「いえ、それは……」

「私達を縛り付ける主従なんてそんなもの……!」 

 

「おい、御剣のとこだけ空気がおかしいぞ」

「いけません……ガチ恋勢です……!」

 

 燐の客は、何故か重い客が多かった。

 大体出禁になった。

 

「燐さんが接客をすると色々と大変なことになるので……掃除をお願いいたします……」

「うん……ごめんね……」

「店の前で掃除しているだけでも宣伝になる。大事な仕事だろう」

「紫乃くん……。ありがとう!」

 

 薫から手渡された箒を受け取り、店の前の掃き掃除を始める燐にそういえばと薫は伝え忘れたことがあると言葉を続けた。

 

「実はその箒には、刀が、仕込まれております……」

「どおりで……手に馴染むと思った……」

「刀が仕込まれていることへのツッコミはないのか……」

 

 仕込み刀を抜いて、どれどれと鑑賞する燐は掃除の仕事などすっかり忘れていた。

 刀に目を奪われているメイドの姿はSNSに写真が投稿されてバズり、オタクや外国人観光客を集めることになるのであった。

 

 

「紫乃きゅん! あれやってよあれ!」

「帰れ」

「そっちじゃなくてぇ、萌え萌えキュンでござるよ~」

 

 古のオタクファッションに身を包んだオタクが紫乃にリクエストをする。

 それを聞いた紫乃は当然苦い顔となる。

 

「紫乃さん……ご奉仕の心、です……。愛情を、こめて……」

「紫乃くん大丈夫。みんなでやれば恥ずかしくない!」(やけくそ)

「くっ……わ、分かった……やろう……」

 

「「「萌え萌えキュン♥️」」」

 

「あー! ありがとうございます! ありがとうございます! これで拙者成仏出来るでござる!」

 

 それがオタクの最後の言葉であった。

 オタクは金色の粒子となって、空へと消えていったのだ。

 

「よかったね、成仏出来て……」

「はい……。きっと、メイドカフェに行けなかったことが未練となり、現世を彷徨っていたのでしょう……」

「いや待てあの客幽霊だったのか!?」

 

 このように様々なことを乗り越えて三人はメイド力を高めていき、そして……。

 

「さあ、行きましょう……。ご奉仕ボウシを倒しに……。奉仕の心を学んだ今なら、打ち勝てます……」

「そうだね……!」

「本当か……?」

「勝てます……。いいですか、奉仕の心と、萌え萌えキュン、です……。あとは、私の作戦どおりに……」

 

 ご奉仕ボウシ打倒のため、再び三大ライダーが立ち上がる!

 

 

 

 

 非常に見覚えのある採石場。

 ご奉仕ボウシが操った人々にご奉仕させていた。

 

『ご奉仕ボーシッ! 他人に全て世話してもらうなんて幸せなことこの上ない!』

 

 そう宣うご奉仕ボウシに向かって歩く三人のメイドがいた。

 

『む! お前達、性懲りもなく現れたか! 今度こそ倒してやる!』

 

「いいえ、ご奉仕ボウシ様……。私達は、ご奉仕ボウシ様にご奉仕しに参りました……」

 

『なんだと!? よし、どんなご奉仕をしてくれるのかお手並み拝見といこう。ご奉仕ボーシッ!』

 

「かしこまりました……。それではまず、お耳掻きなど……」

 

 薫がご奉仕ボウシのもとまで行き、慣れた所作で正座するとご奉仕ボウシを膝枕して、耳掻きを始める。

 

「どうでしょう……」

 

『ご奉仕ボーシッ! き、気持ちいい! ご奉仕ボーシッ!』

 

「ああ、あまり動かれては……」

 

 薫はご奉仕ボウシの耳元に口を寄せ……。

 

「だめですよ……」

 

『ご奉仕ボーシッ! ASMR!』

 

「いかがでしょう……。私達三人を雇っていただければいつでも、なんでもいたします……。燐さんは、掃除が得意ですし……紫乃さんは……ツンデレでございます……」(ASMR)

 

 燐は箒をしっかりと握りしめ、紫乃はツンデレと言われたことを否定しようとするも頑張って堪えた。

 

『たしかに……この三人だけで事足りるやもしれん……。ええいっ! 他の奴等は解雇する!』

 

 解雇する。その発言がトリガーとなり、操られていた人々の洗脳がとけた。

 

「あれ? 私なにしてたんだっけ?」

「ここどこ?」

「岩船山」

「帰るか~」

 

 ぞろぞろと帰り出す人達。

 あたりにはご奉仕ボウシとメイド三人のみとなった。

 

『うーむ、人が大勢いたからかなんだか汚いな。そこの、燐ちゃんだっけ? 掃除してくんない?』

 

「かしこまりました」

 

 掃除を言い付けられた燐は箒を携え、ご奉仕ボウシの方へと向かう。

 ご奉仕ボウシはすっかり耳掻きの虜となり、リラックス状態。

 うとうとと船を漕ぎ出したその瞬間、膝枕が強制終了し顔面を刀で斬りつけられた。

 

『ご、ご奉仕ボーシッ!? お前達、俺にご奉仕するんじゃなかったのか!?』

 

「誰がお前なんかにするか」

「ああ、そんなことしてもらえる身分だと思っていたのか?」

「人を操り、奴隷とする怪人ご奉仕ボウシ。私達が、倒します……!」

 

『お前達……なんなんだお前達は!』

 

 三人はそれぞれの変身アイテムを手に取り、一斉に変身を開始する。

 ご奉仕ボウシへの問いに、言葉ではなく行動で答えるのだ。

 

 薫はマイヤの怨面を手にし、唱える。

 全身に浮かびあがる蝶のような紋様の痛みに耐えながら。

 

「オン・ビシャテン・テン・モウカ。舞え、マイヤ……」

 

《レリックドライバー!》

《サンダー!》

《ハウンド!》

 

 紫乃はベルト、レリックドライバーを巻き付け、二本のモンストリキッドを装填する。

 

「お前を塗り潰す色は決まった」

 

 燐は構えていた刀を地面へと突き刺し、その刃を鏡としてデッキを映す。Vバックルが腰に巻かれると、腕を居合のように回しご奉仕ボウシを睨み付ける。

 

 そして、三人は叫ぶ。

 

「「「変身ッ!!!」」」

 

 並び立つ、三人のライダー。

 白い剣士に挟まれて紫の蝶の戦士が中央に。

 

「御伽装士、仮面ライダーマイヤ。あなたのような魔を倒す夜の蝶で、ございます……。お前を倒すのに、躊躇はしねぇ!」

「仮面ライダームラサメ。お前を調伏する」

「仮面ライダーツルギ……!」

 

『くぅぅ……ご奉仕マインドッ!』

 

 先制攻撃と放たれた洗脳光線。

 これを前に躍り出たツルギとムラサメが切り裂き、二手に分かれた光線は三人の背後に着弾。

 爆炎が三人を飾り付ける。

 

「ハッ!」

 

 舞い上がるマイヤがご奉仕ボウシへと蹴りを放つ。

 ヒールがご奉仕ボウシの顔面に突き刺さる。

 

『ご奉仕ボーシッ!?』

 

 強烈な痛みに襲われるご奉仕ボウシに更に畳み掛けるマイヤ。

 掌底による打撃をご奉仕ボウシの胴体へと打ち付けていく。

 

『おのれぇ!!!』

 

 ご奉仕ボウシが武器である錫杖を装備し、マイヤへと反撃するが舞を踊るかのように一撃一撃は回避、受け流されていく。

 そして、上段から力いっぱいに振り下ろす攻撃はムラサメのAウェポン、ツルギのリュウノタチにより阻まれる。

 交差する三本。

 弾きあい、膠着を終わらせるとムラサメがまず斬りかかるも錫杖に阻まれる。続くツルギの斬はご奉仕ボウシの手甲に受け止められるが息のあったムラサメとツルギはご奉仕ボウシを蹴り飛ばし、駆ける。

 追い抜きざまに白き斬撃が二閃。

 

「合わせますよ……! 必殺陣……萌え萌えキュン。萌え……!」

 

 集まった三人。

 マイヤの指示に合わせ、駆け出したマイヤを追いかける形でムラサメとツルギが続く。

 

「退魔覆滅技法 蝶絶怒涛」

 

 マイヤの手から放たれる無数の蝶達が群れを成し、ご奉仕ボウシの周囲を取り囲む。

 

『おお……綺麗だな……』

 

 蝶がつくる絶景に手を伸ばしたご奉仕ボウシ。

 一匹の蝶に触れた瞬間、爆発。

 

『のわぁぁぁぁ!?!?』

 

 一匹の爆発が連鎖していき、爆発を引き起こす。

 

「急々如律令」

《ハウンド!》

 

 蝶の次に現れるは白き霊犬。

 黒い爆煙の中に飛び込んでいき、ほどなくご奉仕ボウシの悲鳴が響き渡る。

 爆煙の中から飛び出たご奉仕ボウシは尻を霊犬に噛まれたままであった。そうして飛び出した先にはムラサメが立っており、斬り伏せられる。

 

「萌え……!」

 

 地面を転がったご奉仕ボウシがへろへろになりながら立ち上がると今度は目の前にツルギが太刀をだらりと下げて立っていた。

 

『ご、ご奉仕ボーシッ!(挨拶)』

 

「きゅん!」

 

 容赦のない縦一閃、唐竹割り。

 ライダー達の攻撃により最早、ご奉仕ボウシに勝ち筋はなかった。

 

「退魔覆滅技法……千蝶一蹴!」

 

《Last Calling!》

《サンダーハウンド・クロマティックストライク!》

 

【FINALVENT】

 

「「「ハァァァァッ!!!!!!」」」

 

 跳躍する三大ライダー。

 マイヤは蝶を、ムラサメは雷を、ツルギは斬撃を纏い放たれるトリプルライダーキック。

 着地した三人は残心の後、変身を解除する。

 

『も、萌え萌えキュンはなにか関係あったのかぁぁぁ!!!!!!!』

 

 それが、ご奉仕ボウシの最期の言葉。

 爆炎を背にする三人のメイド達は戦いの終わりを感じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~終わった終わった」

「なんだか、やけに疲れた気がする……」

「ゆっくりと、休みましょう……」

 

 三人は喫茶Hamelnへと戻り、もうお店は終わる時間なのであとはゆっくりしようと会話しながら店内へ。

 だが、店内にはまだ客がいた。

 客は客でも、三人が見知った人達である。

 

「やっほー薫~」

「咲希……!」

「ゆ、行雲くん……」

「ロ、ロゼ!? 何故いる!?」

「……」

「み、美玲先輩……」

 

 それは、非常に気まずい空気であったと章太郎は語った。

 見られたくところを見られてしまった時に感じるの例のアレだと……。

 

「なんで言ってくれなかったのさー! メイドやってるなんてー!」

「それは、その……咲希に見せるのは、恥ずかしかったから……」

「なんで私に見せるのは恥ずかしいのかなー? どうしてかなー?」

「う、うるさい! あっち行け! 帰るぞ俺達の世界に!」

 

 あれほどノリノリだった薫も、咲希の前では恥ずかしかったようで男口調が出てしまっていた。

 

「行雲くん、その……」

「み、見るな! 忘れろ! 決してオレの趣味ではないぞ!」

「とても似合ってるわ!」

「違う。これは……違うッ!」

 

 口では否定しても、紫乃の今の格好ではまったく説得力がなかった。

 

「うぅ、美玲先輩……。あんまり見られると……恥ずかしいですよ……」

「……」

「そんなじろじろ見ないでくださいって……。って、美玲先輩? もしもーし? あれ?」

 

 美玲の顔の前で手を振る燐だが美玲の反応はなし。

 訝しんだロゼが美玲を調べる。

 

「……気を失っているわ。恐らく、御剣くんのメイド姿を見て」

「そんな!?」

 

 ひとまずこれでご奉仕ボウシ事件は終わり、燐と紫乃は今後一切メイド服に袖を通すことはしないと固く誓ったのであるがなんやかんやと今後も着ることになってしまうのはまた別のお話……。




ハージェネキャラクター説明

夜舞薫=仮面ライダーマイヤ

ビャクアの世界の御伽装士(ライダー)で御守衆に所属し岩手県沿岸部の小さな町とその周辺地域の守護を使命とする。
とある事情から女として育てられてきた。
同じ高校一年生の紫乃や燐と行動することが多く、紫乃とロゼの関係を進展させるべく自分が悪役令嬢になるべきかと最近真剣に考えている。
燐の恋愛関係についてはめんどくさそうなので触れないつもりでいる。
夜舞家という旧家の生まれで厳しく育てられたためか反動で自由人キャラに。
人を振り回すことが多い(主に燐と紫乃)

https://syosetu.org/novel/261255/

御剣燐=仮面ライダーツルギ

ツルギの世界のライダー。
ライダーであること以外は普通の男子高校生なので仮面ライダーであることが個性みたいなところがある。
しかし他の人達も大体仮面ライダーなので没個性的なのでは?と最近考えている。
だがその普遍性が人を寄せ付け、ガチ恋勢の客を生んだりしてしまう魔性の男。
紫乃や薫とつるむことが多く、薫に振り回されたり紫乃を宥めたりと実はお兄さんポジションだったり。
戦闘時は一変して無口で容赦がなくなる(怪人に対して)
なお決め台詞や必殺技を叫んだりしないので他の人達に合わせた方がいいかなと色々考えてたりする。

https://syosetu.org/novel/216700/

行雲 紫乃=仮面ライダームラサメ

ムラサメの世界のライダー。
LOT磐戸支部に所属する封魔司書の一人であり、戯我の魔の手から人間を守る使命を帯びている。
一見すると人当たりが悪く冷たい人物であるように思えるが、何だかんだで面倒見が良く、時折その奥底にある優しさを垣間見せる。いわゆるツンデレ。
口では「友人ではない」と否定しつつも、薫や燐の事も大切に思っている。
甘党。特にエクレアが大好物。それ故、薫などから甘い物をエサに振り回される事がままある。

https://syosetu.org/novel/277206/


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男女逆転饗宴 白昼の幻想少女

執筆 マフ30さん 監修 春風れっさーさん


 妙な息苦しさで目を覚ました。

 どうやら公園のベンチに座ったまま眠ってしまっていたらしい。

 ズレた眼鏡を掛け直しながら歩き出す。

 体力には人一倍自信があるつもりのはずだが何だか全身が気だるい。

 というか上半身が重苦しい感じだ。

 

「あぁ? おっかしいな」

 

 目的地を目指して商店街を進んでいるとふと自分が奇異の視線を向けられているような気配を感じ取る。さり気なく視線を巡らせてみるが皆分かりやすく俺から顔を背ける。

 まあ、良い気分じゃないがこれぐらいなら別にどうということはない。

 むしろ、異物扱いされるのは小学生のころから慣れている。

 それに今更赤の他人にどう思われようと些細なことだ。

 いまの自分には掛け替えのない友人や世界を超えて縁を結ぶことに至った仲間たちがいるのだから。

 

 

 喫茶Hameln。

 ひょんなことから別世界からやってきた仮面ライダー達が集まることとなった極々普通の喫茶店である。そう、極々普通の。

 

「お客さんこないなー……いや、いま来ても困るんだけどね」

 

 レトロな雰囲気の店内には少女が一人だけ。

 脱色した茶髪と緑のカラコンが印象的な彼女の名前は更科朔月。

 仮面ライダー銀姫。

 七人の少女たちが己の願いを叶えるために殺し合う、禁断の遊戯に挑む銀姫の世界からやってきた求道の戦士だ。

 

「誰もいない喫茶店ってこんなに静かなんだ。いつもなら、誰かほかのライダーの子もいるんだけどなぁ」

 

 おっかなびっくり、どこかそわそわと手持ち無沙汰にしている朔月はお客や自分たちが使用するテーブルではなくカウンターの内側――つまり本来ならこの店の店主がいる定位置にいる。というのも数分前に喫茶Hamelnに訪れた際にマスターの藤堂権兵衛に店番を頼まれてしまったのである。

 

「ずっと、このお店のみんなと一緒にいられたらいいのに……なんて、夢見すぎか」

 

 権兵衛からはこの時間はお客もまず来ないからただここにいて座っていてくれればいい。と言われていたが気が付けば自然と体が動いていた。

 見知らぬ他世界でお世話になっているのだからと簡単に店内の掃除をしたり、雑誌の整理整頓をこなして時間を潰す朔月は微かにほろ苦い微笑みを浮かべて呟いた。

 彼女にとって仮面ライダーとはただ一人だけに与えられたどんな願いも叶えられる至高の席を奪い殺し合う凄惨たるデスゲームの参加者たちを指し示す言葉だった。

 けれど、数奇な運命でこの世界に導かれそこで出会った他の仮面ライダーたちは助け合い、苦楽を一緒に乗り越える大切な仲間と言うべき存在だった。

 この世界でも戦いは怖くて辛くて大変なこともあるけれど、この世界とこの店で触れあう時間と仲間たちのことを彼女は好ましいと思えた。

 

「よしっと、けっこう綺麗になったよね? あと他に私でもやっておけることはないかな?」

 

 というわけで朔月が制服のブラウスの上から飾り気のないエプロンを纏ってどこか物寂しくも平和な午後の時間を過ごしていると運命の悪戯か店のドアが開き、カランコロンと呼び鈴が軽やかな音色を響かせた。

 

「ふぇ? ホントにお客さん!? い、いらっしゃいませ!」

「よぉ、朔月じゃん。おー店番中か? お疲れー! おやっさん居ないの? そんじゃあ、とりあえずコーヒー頼むわ」

「へ? あの、その……あれ、いま私の名前?」

「冗談だよ。飲みたくなったら自分で淹れるさ。なんなら賄いってわけじゃないけど、何か軽めのもん作ってやろうか? 足のはやい材料ならちょっと拝借しても大目に見てもらえるだろう」

「ごめんなさい……どちらさまでしょうか?」

 

 何故だか馴れ馴れしい態度の見知らぬ来客に朔月は驚きと戸惑いを感じながら怪訝な表情でそう尋ねた。

 

「どちらって……ムゲンだよ。見りゃわかるだろ?」

「ムゲ……へ? えぇ!? あなたムゲン? 双連寺ムゲン!?」

「朔月、大丈夫か? 具合でも悪いなら店番代わってやるから休んだらどうだ?」

 

 告げられた名前と目の前の光景から齎される衝撃にくらっとよろめいたかと思えば、鞠のように体を弾ませて声を荒げる彼女に相対する人物は少しハスキーだが可愛らしい声で心配そうに話しかけた。

 双連寺ムゲン。

 仮面ライダーデュオル。デュオルの世界から訪れている長身痩躯からは想像も出来ない非常識な怪力の持ち主である少年……なのだが。

 

「もしも」

「ん?」

「もしも、あなたがムゲンならだよ? 何も言わずに一回そこの鏡で自分のこと見てごらん」

「鏡ぃ~?」

 

 朔月に促されて件の人物――ムゲンは喫茶Hamelnの店の奥に置かれた大きな鏡を覗き込んだ。

 鏡は偽ることなく、ありのまま現在のムゲンの姿を写し出す。

 そこには学ランをラフに着崩した長い灰髪に自分と同じ眼鏡を掛けた美人だがガラの悪そうな雰囲気の少女が写っていたのだ。

 

「誰だぁあああ!? 俺かぁあああ!?」

「嘘でしょ……」

「やべえよ、大胸筋がおっぱいにフォームチェンジしちまった」

「私含めたフォームチェンジできる全てのライダーに謝って」

 

 そういって学ランのシャツの下で窮屈そうにしている推定Cカップの自分の胸を揉みしだきながら愕然とするムゲンに汚いものを見るような朔月の冷たい視線が突き刺さる。

 絶叫と狂騒と辛辣なツッコミが喫茶Hamelnを駆け廻る。

 どういうわけか女体化してしまったムゲン♀の爆誕に朔月の平和な午後の一時は脆くも崩れ去ってしまった。

 

 

 

 

「……待たせたな」

「あ、うん。どうだった?」

 

 女体化という衝撃的な現実を突きつけられてから数分後。

 他に身体に異常をきたしているところはないか確認していたムゲンは化粧室から出てくると静かに朔月と対面するようにカウンター席に腰を下ろした。

 

初めてみた(・・・・・)けどモザイクの重要性ってすげえ……ッ!!」

 

 顔を真っ赤にさせて、金色の瞳を爛々と充血させながら美少女状態のムゲンは噛み締めるようにそんなことをのたまった。

 

「なにを大真面目に確認してきたの!? バカなの」

「違うんよ! おかしなところがないかはちゃんと見たんだよ? でも、最終的に一番インパクト感じたのはあそこだったってだけで! お前だってある朝いきなり男になってたら絶対に最優先でチェックする部分は決まってるだろう!」

「し、知らないし!」

 

 深刻なのかそうじゃないのか思春期の青少年の知的好奇心や生命と人体の神秘を目の当たりにして、興奮して冷静さを欠いているムゲンに朔月は赤面しつつピシャリとこの話題を打ち切った。

 

「と、とにかく何とかしないといけないでしょ? その、女の子になっちゃった原因に心当たりとかないの?」

「いきなり言われてもなー……なんかあったかぁ?」

 

 一日の行動を思い返そうと思案するムゲンだが椅子に勢い良くもたれかかったところ、胸からぶらさがった二つの豊かな実りが奔放に揺れ動きその反動で間の抜けた呻き声を漏らす。

 

「……乳ってこんなに邪魔くさいものなのか。朔月たちはよくこんなのぶら下げていつも戦ってるな。すごいな、えらいな、尊敬するわ」

「あ、ありがとう。っていうか、フツー女子高生ならブラするし。してなかったら当たり前に痛いでしょ?」

「俺が常日頃から男性用ブラジャーを愛好しているヤツにみえるか?」

「~~っ、ごめん。いまのは私の質問が悪かった」

 

 見た目も声も完全に同世代の少女なのに仕草や言動は男子のそれなTSムゲンの珍妙さに困った事態とは思いながら朔月はたまらず笑ってしまいそうになるのを何度も答えるので必死だった。

 そんなやり取りを繰り返していると再び店の扉が開き、雪崩込むように一人の少女が駆け込んできた。

 

「はぁー、はぁー! あぁ、よかった……知ってる人がいてくれたぁ」

「い、いらっしゃいませ?」

 

 店に飛び込んできた少女は日本人形のような雰囲気の小柄な、けれど凹凸のくっきりしたスタイルの持ち主のようだった。

 生まれたての小鹿のように震えた挙動。顔に恥じらいの色を浮かべながら怯えたように自分の身体を抱きしつつ朔月たちの方へと寄ってくる少女もまたサイズの合わない学生服を着ている。

 

「お願い助けて朔月さん! 信じてもらえないかもしれないけど大変なことが起きちゃって……あの! 沙夜さんや他のみんなは?」

「もしかして、あなたも!? えっと、誰? 燐くん? それとも翔くん? まさかとは思うけど一登じゃないよね? うーん……頼人くんだったり?」

 

 黒髪少女の違和感のある格好と朔月のことを知っている口ぶりから二人は目の前の少女もムゲンと同じパターンだと察した。

 今にも泣き出してしまいそうな表情で自分たちに縋りつく少女に思いついた正体の候補の名前を挙げていく朔月に対して、野性の勘染みた直感である人物の名が浮かんだムゲンはポツリと呟く。

 

「いや――お前、若だろ」

「その呼び方……は? え? マジ? そっちのムゲンかよぉおおお!?」

「だっははは! やっぱり若だ! 」

 

 正体判明。

 黒髪少女が本来在るべき姿と名前は常若永春。

 ビャクアの世界の住人であり、数奇な運命から人魚の呪いを受け継いだことでちょっと不死身なだけのどこにでもいる男子高校生である。

 

「こんなのってあり? 悪い夢なら覚めてくれぇ……っ」

「まさかお仲間ができるとは思わなかったぜ。ようこそ、美少女の世界へ」

「はぁ~……沙夜がいたら気絶するかもね」

 

 信じたくないが目の前の灰髪のメガネっ娘の挙動が明らかに自分の知る人物と全く一緒な事実に愕然とする永春♀。

 そんな彼女を見てケラケラ笑っているムゲン♀という混沌とした光景を遠い目で見つめながら朔月は疲れ切った溜息を隠すことなく吐いていた。

 

「こんにちは~! にはは! 誰か助けてくれないかーい! 男の子になっちゃった!」

「「「今度はだれーーーッ!?」」」

 

 第二の衝撃から間を置かず喫茶Hamelnを襲う三度目の衝撃。

 無駄に明るく人懐っこい笑顔を見せるボサボサの銀髪をした爽やか系の少年(セーラー服装備)の登場に三人はまたかと自棄になって叫んだ。

 

「いやぁ~気が付いたらなんか男の子の体になっててさ。お巡りさん呼ばれそうだったんだよね~! 喧嘩で捕まるならまだしも、変態さん扱いでご厄介になるのは嫌だよね」

「ああ……お前、遊だな」

「そういうメガネちゃんはムゲンだよね? 気配で分かったとも♪ 折角だから裏でちょっと殴り合ってみない? 女の子の身体でする喧嘩もきっと楽しいよ♪」

 

 ウキウキでそんな物騒なことをいう彼――ではなく本当は彼女の名前は喜多村遊。

仮面ライダーレイダー。

 御剣燐と同じくツルギの世界の住人であり、殴り合いの喧嘩をするのが何よりも大好きな朗らかバトルジャンキーである。

 

 

 

 

 喫茶Hamelnの四人がけのテーブル席には異様なオーラが醸し出されていた。

 学生服を着た女子(元男子)とセーラー服姿の男子(元女子)更には不運にもこの謎の男女逆転現象に巻き込まれてしまった正真正銘の女子高生の四人が座っているのだから無理もない。

 

「で……これからどうするよ?」

「いや、早く元に戻る方法探さないとヤバいでしょ」

 

 小腹満たしに在り合わせの材料で四人分作ったサンドイッチの一切れを齧りながら口火を切ったムゲンに相変わらず恥ずかしそうに肉感的な身体をもじもじさせながら永春が反応した。

 

「わたしはもうちょっとこのままでもいいけどなー。男だと不良くんたちも簡単に喧嘩売ったり買ったりしてくれるしさ! バーゲンセールだよ♪」

「喧嘩するのもダメだから。それに遊も女子なんだから、その……男子の身体じゃ勝手が違うし、恥ずかしい部分があるでしょ?」

「んあ? ああ、おち――」

「言うな! せめてソードベントって言えっ!」

「それもどうかと思うけどねぇ!」

 

 ボケかツッコミかカテゴライズするなら大ボケと二刀流に分類される遊とムゲンのマイペースな言葉に残された常識人二人の懸命のツッコミが炸裂する。

 

「うぅ、ふぅ……もう、ほんとヤダ……無理ぃ」

「朔月さんキツイと思うけど、ボクも頑張るからあきらめないで!」

 

 しかし、集まってしまった色物たちの相手をほぼ一人でこなしていた朔月のメンタルは既にかなり消耗しており若干涙声で嘆息するほどだ。

 

「ちょっと男子ぃー! じゃなかった……ムゲンも喜多村さんも真面目にやろうよ――」

 

 項垂れる朔月を健気に励ましながらフリーダムなムゲンたちを窘める永春だったがその瞬間に女体化したことでけしからん大きさになった胸の膨らみに学生服が耐え切れず、シャツのボタンがパアァァンと弾け飛んだ。

 

「ひゃぁぁぁっ////」

「おー、せくしーだいなまいとぼでぃだねえ」

「おいおいおい。この若……スケベ過ぎる」

「や、やめてよぉ! 好きでこんな体型になったんじゃないからね」

「うそつき」

「はい!?」

 

 胸元を隠しながらはわはわと慌てふためく永春の耳元にぼそりと小さく侮蔑の言葉が投げつけられた。それは紛れもなく朔月の声だ。

 

「結局、永春もそっち側にいくんだね。私一人に真面目な役割を押し付けて変なことするんだね」

「いや! いやいやいや! そんなつもりは決してないからね」

「……そのカッコ、写真撮って沙夜に送ってやるぅ」

「それだけはやめてぇええええ!!」

「あは、は、へ、へへ……あはは。動画も残してのHamelnのグループLINEにも流してやるぅ」

「それも許してぇええええ!!」

 

 慣れないツッコミ役に疲弊し、この世界でも軽い裏切りを体験した朔月は限界を超えてしまった反動か渇いた笑みを浮かべながら虚ろな眼差しを向けて永春に囁いた。

 小悪魔っぽい微笑みを振り切り、悪魔に魂を売り渡した魔女のような笑顔だったと後日、永春は回顧したとかしないとか。

 

「朔月にここまで苦労かけちまった以上はいい加減本気で何とかするか。お前ら二人とりあえず服脱げ」

「へ、変態」

「わたしいま男だけど、それでも見たいのかい?」

「誰もお前らの裸なんて求めてねえよ。いま俺の方が美少女だしな。外に出て調べるにもいまの俺たちじゃ変質者そのものだろ? 見た目から違和感を無くすぞ」

 

 男女逆転現象という狂騒の熱にやられておかしな言動ばかりで一向に事件解決に向けて進展していかない自分たちの状況にマイペース故に正気でもいたムゲンがようやくやる気を出し始めた。

 

「つまり……いまの性別に合った服に着替えると?」

「そういうことだな。まあ、堂々としていれば案外怪しまれないだろう。カナタも言っていたぜ……恥じない。媚びない。躊躇わない。それがコスプレ三原則だ」

「にはは! コスプレって言っちゃた」

「あと、朔月に一つ助言をもらいたい。とても大事なことだ……お前にしか頼れない」

「な、なに急に改まって?」

「――下着も交換した方がいいと思うか?」

「好きにしたらいいんじゃない」

 

 比較的背丈が近いムゲンと遊はいま着ている服を交換して、永春は喫茶Hamelnに滞在している女性陣の誰かの衣服を借りさせてもらう。とムゲンは朔月からげんなりした視線を受けながら二人を連れて店の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あれ……!」

「わは! 超可愛いじゃんあの子たち! どこの高校の娘たちかな」

「一緒にいる銀髪男子くんもグッとくるものがある」

 

 スカートを翻し、ある者は可憐に、またある者は愛らしく、あるいは堂々と街並みを歩く四人組の男女は行き交う人々の視線を釘つけにした。

 言うまでもなく、現在の性別に相応しい服装に着替えたムゲン達である。

 

「まさか、俺ら以外にも性別逆転している人たちがいるだなんてな」

「そ、そうだね……教えてくれた章太郎くんに感謝だよ」

「うん。思ったよりも大事になっているみたいだから、急いで原因を突き止めないとね」

「よーし! はりきっていこー!」

 

 あの後、ちょうど三人が着替え終わったと同時に帰宅した章太郎と権兵衛から街の人々の一部の性別が入れ替わり小さな騒動になっていると言う情報を聞いたのだ。

 なんらかの怪人か組織の暗躍を疑った四人は即席のパーティを編成して、こうして事件解決のために外へと繰り出したのである。

 

「ところで若はどうしてそんな歩き方ぎこちないんだ? 靴擦れでも起こしたか?」

「だ、だってぇ……スカートなんて初めてで解放感がこそばゆいっていうか……気をつけないとその、見えちゃうし///」

「ムゲンはもうちょっと慎みを覚えなよ。ほら、足開きすぎ」

 

 セーラー服を我が物顔で着こなし、白い足を惜しげもなく晒すムゲンに対して最後尾をたどたどしい歩調で歩いていた永春は羞恥心に頬を赤らめ、恥じらいで汗ばむか細い手で天風カナタが置いていったサスペンダースカートの裾をぎゅっと掴んでいた。

 

「なぁんで心まで乙女に寄っちゃってんだよ!? 自分をしっかりと持て!」

「あはは……私が教えたわけでもないのに所作が完璧に女の子なんだよね。才能かな?」

「にはは! あざとい女だぜ」

「うえぇ……お陰さまでアイデンティティがボロボロだよぉ~」

 

 そんなやり取りを交えて周囲の注目を集めながら男女逆転事件の真相を探る四人であったがなかなか目立った手掛かりを見つけられないで時間ばかりが過ぎていった。

 

「くそ~プチパニックが起きてるんじゃねえのかよ? 平和な夕暮れ時じゃねえか」

「ねえ、四人もいるんだし手分けして探してみない?」

「そうだな。よし、二手に分かれるぞ。俺と遊は駅裏や人気の少ない場所を探す。朔月と若は表通りなんかで聞き込みしたりして情報を集めてくれ」

 

「分かった。なら、とりあえず30分後にここに集合って感じでどう?」

「おう、それでいい! いくぞ遊!」

「りょーかい! ムフー! 犯人強い奴だといいなぁ!」

 

 こうして朔月、永春と別れたムゲンと遊は通りを一本外れるとお互い無尽蔵な体力を武器に怪しい人物や気配はないかと広範囲に探索を開始した。けれど、手当たり次第に胡散臭いと感じる場所を見て回るが成果は全て空振りという始末だ。

 

「だは~……勘を頼りにしてもやっぱり、警察犬や猟犬みたいにはいかねえか」

「一応人間だからね、わたしたちも」

「半分は違うみたいな表現はよせやい」

「にはは! そうはいってもねえ」

「お前まさかこの状況で俺と喧嘩したいとか言い出す気じゃないよな?」

 

 疲れた様子で肩を落とし、成果ゼロのまま朔月たちと合流すべく薄暗い路地裏を歩くムゲンと遊。不穏な空気を醸し始めた遊の口角が血に染まった三日月のように吊り上がる前にムゲンが釘を刺した。

 強い喧嘩相手になりそうなら老若男女問わず、何なら味方陣営であってもウェルカムな遊にとってムゲンもまた最高のごちそうの一人なのである。

 

「うーん……ムゲンと二人だけなら間違いなくそうしてただろうけど、今回はガマンするよ。堅気の子たちに迷惑かけるのはちょっとね」

「殊勝じゃないか。けど若はまだしも朔月もライダーの一人だぞ?」

「キミってば案外と性格捻くれてるねえ。あの子はきっと本来こっち側の人間じゃないでしょ? 誰かを殴ったり蹴ったりってすごく似合わないと私は思うよ」

「……同感だ。さて、お前がそう言うならこの話題は打ち切りだ」

「あの二人が何か良い手掛かりを見つけてるといいけどねえ……おや?」

 

 一時緊迫した空気を解きほぐして合流場所へと近付く二人だったが人通りから聞こえてくる穏やかではない空気の喧騒に首を傾げた。

 目を凝らすとどうやら別行動中だった大事な仲間たちが複数人の若い男たちに絡まれているのが遠目に見えた。

 

「なあ、善良な女子高生にうざ絡みするような連中は堅気って言わないよな」

「言わないねえ。ちょっとキツめのお仕置きをしてあげようじゃないか♪」

「あんまり羽目外すなよ。俺ぁもう警察の厄介になるのは十分間に合ってる」

 

 そう言って、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた二人は暗がりからゆっくりと街灯の灯りが眩くなり始めた表通りへと舞い戻っていった。

 

 

 

 

「君たち可愛いね~この辺じゃ見かけない制服だけど、東京は初めて?」

「良かったらいい遊び場とか紹介してあげようか? 立ち話も何だしどこかでお茶しようよ」

「や、やめてください……私たち用事あるので」

「ボ、ボクたち友人たちを待っているだけなので他を当たってください」

 

 四人が決めた集合場所では朔月と永春がいかにも遊び慣れた風の柄の悪そうな男たちに絡まれてナンパされていた。

 二人とも気丈に拒絶の意思を示すが朔月はもちろん永春まで少女の姿をしていることもあって男たちは下心を隠そうともせず執拗に二人へとアプローチを仕掛けるのをあきらめない。

 

「なになに? 君ってボクッ娘っていうやつ? 可愛いねー俺あれだオタクくんだからさ色々と趣味が合うと思うんだよね」

「そっちの君もお兄さんたちが楽しくて気持ちの良いこと教えてあげるからさ。美味しいご飯も奢ってあげるよ」

「ちょっ……ホント、いい加減にしてください! そういうの興味ないので……っ!」

「それ以上しつこいことするなら警察呼びますよ!」

 

 鬱陶しく食い下がる男たちの一人が朔月の手を掴もうと伸ばした腕を永春が遮り立ち塞がる。彼なりに凄んで見せるが不慣れな様子が丸分かりなので却って男たちの嗜虐心を刺激する始末であった。

 

「聞き分けのない子たちだなぁ……どれ、ちょっと大人の怖さを教えちゃおうかな?」

「ひっ……やだっ」

「――おい」

 

 わざとらしい声で恫喝して凄む男たちの態度に気丈に振る舞って入るものの思わず朔月の口から小さな悲鳴が漏れそうになった時だった。

 背後から突き刺すようなドスの効いた別の少女の声が両者の動きを制止させた。言うまでもなく騒ぎを見つけて駆けつけてきた敵意100%のムゲンである。

 

「おっと……へへ。もしかして君がこの子たちが待ち合わせしてるお友達ぃ~」

「そのメガネ似合ってるよ。君からもお友達にお兄さんたちと一緒に遊ぼうって誘――」

「イカくせえ手で気安く俺の連れに触るんじゃねえよこのサオ師擬きが」

 

 事情を知らない者からしたらちょっと目つきの悪い灰髪の美少女が友達を庇って健気に啖呵を切っているような光景。

 舐め切った態度のにやけ面の男が言い終える前にムゲンは鬼のような剣幕で詰め寄ると女体化しても健在な怪物めいた握力で相手の鼻ピアスを粉々に握り潰した。

 信じられない現象に男たちの頭は恐怖さえも知覚出来ずに真っ白になってしまう。

 

「は? え……ぐえええ!?」

「なんで鼻輪つけた豚がこんなところにいるんだよ? ソーセージ工場から脱走してきたのかオイ? 職人さんに代わってお前ら全員この場で挽肉にするぞ!!」

 

 人間は大きな音と不測の事態に弱い。

 このことを熟知しているムゲンは間髪入れずに男の胸倉を掴んで高々と持ち上げると近くの街路樹に力一杯に押し付けた。激しい動きにスカートがかなり際どい位置まで翻ってもお構いなしだ。

 

「日本語理解できてんのかオラァ! この■■■■野郎共! いまから五秒以内に俺らの視界から消えろコノヤロー! 六秒後に俺の目に写ってたらテメエらの××を踏み潰してそこらへんの野良犬に食わすぞ!?」

「「「ひぃえええっ! すみませんでしたー!」」」

「そこの路地裏から失せろよ! いいなぁ!!」

 

(ムゲン……怖っ)

(あーあーあー……あんな汚い言葉使ってムゲンったら、朔月さん平気かなぁ?)

 

 荒んだ小中学生活で培ったノウハウを惜しげもなく用いたムゲンのナンパ男撃退術は効果抜群で男たちは泣き喚きながら言われたとおりに指定された路地裏を使って逃げていった。

だが男たちが逃げ失せてからしばらくその路地裏から「にはは!」と楽しそうな少年の笑い声と強烈な打撃音が響いていたことを知る者は少ない。

 

 

「ふー♪ そこそこ満足♪ できたらお兄さん達にはもうちょっとガッツが欲しかったな」

「後片付けサンキュー。災難だったな二人とも大丈夫か?」

「あ、ありがと」

「助かったよムゲン。ごめんね、ボクもいたのに大して役に立てなかったよ」

「若ぁ」

「え……あっ」

 

 ちょっとしたトラブルを経て合流した四人。

 不甲斐なさを悔やむ永春をムゲンは優しい声を掛けながらちょっと乱暴に自分の胸に抱き寄せた。

 

「ちゃんと見てたぜ。若は立派に勇気を振り絞ったじゃねえか……上等だよ」

「ムゲン……うぅ、ぐっ、ボク……もっと強くなるよ」

「そうか、楽しみだ。その時が来るまでは俺が守ってやる。安心しろ、ま……二番手かもだが」

「ありがとう、ムゲン」

 

 言葉だけ見ればややディープな男の友情のやり取りかもしれない。

 しかし、視覚的にはラフな感じのメガネッ子と小動物系黒髪少女が往来で仲良く湿度高めでイチャついているという自分の理解を超えた光景に朔月は虚無に近い表情で立ち尽くしていた。

 

「えぇ……なにあれ」

「造花の百合ってやつかな?」

「そういうのは知らなくてよかったかな~あはは…………はぁ」

「朔月ちゃん」

 

 そうして、今日何度目かの深い深いため息をついた。

 すると隣にいた遊は何気なしにぽつりと彼女に声を掛ける。

 

「ふぇ?」

「君も強かったよ」

「え、あ……ども」

「にはは! それでそっちはなにか手掛かりあったのかい?」

「うん。それがね……」

 

「全く、若たちが無事だったから良かったけど気分悪いな。途中でなんか気分転換していくか? プリクラ撮るとか」

「なにそれー!?」

「四人だけの思い出作りと普段は経験できない社会勉強みたいな?」

「なにバカ言ってるのさ~ムゲン。けど、まあ四人で記念に写真撮るのは悪くないかも……他のみんなには内緒ってのが絶対だけどね!」

「そりゃそうだ。おーい朔月、お前の女子力の出番だぞ! どっかいい感じのところ教えてくれ」

「ふふ……なに言ってるんだか。まったくもう……あはは」

 

 お互いの意外な一面を知りながら、あまり接点のなかった四人は徐々に結束を深めていく。そして、別行動中だった朔月と永春の方は事件解決のための有力な情報を手に入れていた。

 幸運にもムゲン達のように突然性別が変わってしまった一般人に出会い話を聞くことができたのだ。その人の証言によると近くの公園で路上販売を行っていた変わった飲み物の試飲をしてから急激に眠たくなり起きたら身体に異変が起きていたという。

 その言葉を聞いて、永春そしてムゲンと遊も同じものと思われる怪しい飲み物を飲んでいたことが判明したのだ。

 一縷の望みを託して四人は件の公園へと急行した。

 

「かぁー! 確かに不細工な着ぐるみがおかしなもの売ってるなってちょっと不思議だったんだ。なんというか妙にリアルっぽいというかヌメッとしてるっていうか」

「なんでそんな変てこなのが売ってる物を疑いもなく飲んじゃったのよ? それも三人ともだなんて」

「いやぁ……試飲だから金は取らないって言われてつい」

「強く勧められて断れなくて」

「喧嘩の後で喉が乾いちゃってて~」

 

 三者三様にしょうもない理由を白状しながら公園に到着すると目的の不審者はすぐに発見できた。

 

『ぬっふぇふぇふぇ! おいしいドリンクはいらんかね~! 新世界がみえるよ~!』

 

 そこにはナメクジを擬人化したような全身ヌメヌメした怪しい存在がトロトロした胡散臭いドリンクを売り捌いていた。売れ行きはお世辞にも好調ではなさそうではあったが。

 

「見つけたー!」

「うん。見覚えがあるよ」

「よく逃げずにいやがったぜ」

「あのさ……すっごく怪人じゃないアレ! どうして疑問に思わなかったわけ!?」

『ぬめっ!? お前たちは!?』

 

 朔月の最も過ぎる指摘に何も反論できない三人は誤魔化すようにナメクジの怪人と対峙する。四人のただ事ではない雰囲気に向こうも敵襲に察知したようで――。

 

『貴様たちさては仮面ライダーだな? おのれぃ……人間どもの性別を逆転させることでその価値観や倫理観を崩壊させて徐々に人類を性で縛られない無垢な動物のように堕落させることで世界征服を完遂せんとしたこのスラッグメタローの企みに勘付くとは!』

「ちょっと長い目で見すぎじゃないのその計画?」

「こんなバカなメタローがいたのかよ……もっとシリアスな組織だと思ってた」

 

 勝手に見バレして更に頼んでもないのに回りくどく冗長な侵略プランを暴露したスラッグメタローにこの一日で研ぎ澄まされてきた朔月のツッコミが炸裂する。

 一方で自分が戦う悪の組織に信じられないぐらいのバカもとい滑稽な怪人がいたことに複雑な顔をするムゲン。

 しかしながら、ついに成すべきことを見定めた彼らは戦士の顔になると闘志を燃え上がらせる。

 

「公園にいる人たちはボクが避難させるから頼んだよみんな!」

「いくよ……二人とも!」

「おうよ!」

「にはは! 喧嘩だ喧嘩だーい!!」

 

 非戦闘員のため裏方に回る永春を尻目に三人はそれぞれの変身アイテムを手に取り、一斉に変身を開始する。この騒動に幕を下ろすために。

 

 朔月がブラウスの胸元からマリードールを引き出すと決意を固めて鎖を引き千切った。同時に、腰元に黒いドライバーが出現する。

 

「――変身!」

 

 マリードールがドライバーに装填され彼女の身体は銀光に包まれ、問うような歪んだ電子音が鳴り響く。

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 黒いアンダースーツに覆われた肢体の上には銀甲冑が装着され、ショルダーアーマーから死神めいた襤褸がたなびく。鈍く光る鉄仮面と昆虫じみた複眼はどこか虚ろな空気を漂わせる。そこには堅牢なりし銀を纏った少女騎士が一人。

 

 

 ムゲンはデュオルドライバーを腰に装着すると歴代ライダーの力が宿った二枚のライダーメモリアを二基のスロットへと装填して、演武のような動きを取る。

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

「変身――!!」

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 電子音声が高らかに鳴り響き、双つの風車が唸りを上げるとベルトから溢れる緑と赤の二色の眩い光の奔流がムゲンに纏わり、彼の肉体を戦うための存在へと変えていく。

 変身完了――真紅の装甲、白銀の具足。

 そこには無尽の技を駆使する不撓不屈の戦士が一人。

 

 

 遊は噴水を水鏡としてデッキを映す。Vバックルが腰に巻かれるとデッキをガンスピンのような動きでこめかみに押し当てる仕草を経て、バックルへと勢い良く嵌め込んだ。

 

「変身!」

 

 鏡像が彼女に重なり、その姿が仮面の戦士へと変わる。

 ゴリラを模した分厚く無骨なメタリックグリーンの装甲を纏う剛力自慢の闘士が一人大地に立つ。

 

「これ以上被害が出ないようにここで倒すよ、二人とも!」

 

 細剣を構える仮面ライダー銀姫が倒すべき敵を見据える。

 

「ひゃっほう! 今日も元気にヤッちゃうぜ!」

 

 剛腕を振り回し仮面ライダーレイダーは惜しむことなく闘争に歓喜する。

 

「いくぞライダー! ゴング鳴らせ!!」

 

 そして、仮面ライダーデュオルのカチ合う両の拳が合図となって戦いが開始された。

 大砲の砲撃のように駆け出したデュオルとレイダーが先陣を切って容赦なくスラッグメタローを殴り抜く。

 

「フウン!」

「オオオリャアッ!」

『そんなもの効かぬわ!』

 

 二人の鉄拳が炸裂して胴体に大きな風穴を幾つも作るスラッグメタローだがまるでダメージを受けている様子もなく全身から触手を伸ばして反撃に転ずる。

 

「うわっ!? わたしたちの拳が体に大穴空けたのに生きてるよ!?」

「二人とも一度下がって! っ、やあぁ!」

 

 だが敵の攻撃が仲間を傷つける前に得物を振り上げた銀姫が最前に躍り出る。

 高い防御力を活かして自らを防壁として触手を受け止め、冷やかな輝きを放つ細剣を操り片っ端から切り裂いていく。

 

「すまねえ、銀姫! 助かった!」

「むー……でも、あの再生力みたいなのは弱ったねえ」

『ヌハッハッハッハ! 見たかライダーども、手も足も出まい!』

 

 高笑いを上げて勝ち誇るスラッグメタローにデュオル達は仮面の奥で表情を曇らせる。奇しくもこの場に揃ったライダー達は見事なまでに殆ど物理攻撃に特化しているため、この特殊な体質を持つ怪人を倒し切る攻め手がすぐに思い浮かばないのだ。

 

「大丈夫だよみんな! 順番さえ間違えなければ三人で倒せる相手だよ!」

 

 怪人に好き放題にさせないため兎に角格闘を仕掛けてその場に押し留めて勝機を見出そうとするデュオル達に戻ってきた永春が突破口を仄めかす。

 

「どういうこった若ぁ?」

「いくら再生力がすごくても一発で消し飛ばせばそうはいかないでしょ? それにあいつ身体自体が丈夫ってわけじゃなさそうだ!」

「――その手があったか!」

 

 永春のアドバイスを受けて、デュオルが即座に閃いた。

 

「俺とレイダーであのナメクジをジグソーパズルもビックリなぐらいに八つ裂きにする。そうしたら銀姫、お前が本命……薙ぎ払え!」

「わかった。やってみるよ」

「なるほど。つまり、わたしは殴りまくればいいんだね」

「大正解だ! さあ! ぶちかますぞ!!」

『何をごちゃごちゃと……お前たちなど敵ではないわ!!』

 

 どんな小細工も受けて立つと仁王立ちするスラッグメタローに三人は気合を入れて連携攻撃を仕掛けていく。

 

「そりゃそりゃぁあああ!」

「だぁああああありゃッ!」

 

 デュオルの一人多国籍軍の如き千変万化な豊富な格闘技と力こそパワーを地で行くレイダーの我武者羅な拳打がスラッグメタローをバラバラに破砕していく。

 

【FULL SPURT! READY!!】

「スペリオルライダァァァパンチィイイイッ!!」

 

【FINAL VENT】

「いっくよ相棒! うりゃああああああああ!!」

 

『ぐぎぃいああああ!? だが、しかし! これぐらいのダメージ……ぬっ!?』

 

 デュオルとレイダーの必殺拳がスラッグメタローを細切れレベルにバラバラにして上空へと吹き飛ばす。しかし、恐るべき再生能力はこれだけの損傷を与えても未だメタローを蘇生させようとしていた。けれど、此度は怪人の思惑通りにはいかない。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 歪な電子音声が宣告する。

 お前にこれ以上の生も狼藉もない。ここが終焉だと云う処刑宣告。

 

「はぁっ……!」

 

 少し離れた場所にいる銀姫が八双に構えた細剣に銀の光が漲る。夕闇に煌めく月の光にも似たそれが刀身全てを埋め尽くした瞬間、細剣は上段から斜めに振り下ろされた。

 

「やああっ!!」

 

 何も無い空間を斬る。だが空振りにはならない。その剣の軌跡が、銀の光となって迸るからだ。

 細剣の斬撃は刃状のエネルギーとなって宙を裂きスラッグメタローを飲み込んだ。

 

『そんな馬鹿なァアアアアアアアアア!?』

 

 銀姫が繰り出した銀の斬撃リーパークライム。

 必殺の刃たる極光が肉体を再生する時間も与えぬままスラッグメタローを綺麗さっぱり掻き消したのだ。

 怪人の断末魔が黄昏の空に残響して、やがて静寂が戻ってくる。

 しばしの間を置いて、メタローが撃破されたことでその凶行を無かったことに塗り替える世界修正の風が吹き始める。

 それはすなわち仮面ライダーたちの勝利の証拠である。

 

「ムフー! たくさん殴れて大満足♪」

「片付いたな。まったく大変な目に遭ったぞ」

「三人ともお疲れ様」

「うん。永春もアドバイスありがとう」

 

 三人は変身を解除しながらアシストをしてくれた永春と共にそれぞれの健闘を称え合う。

 ひょんなことから結成された即席パーティではあったが終わってみればなかなか息の合ったチームになっていたと自然と四人からは笑みがこぼれていた。

 

「いっぱい動いたからお腹空いたねー」

「おっしゃ、ここまで来たら四人で勝ち祝いの打ち上げするか!」

「いいけど、ボクそのバイトの給料日前だから懐が……そのねえ」

「っ……私も実はあんまり」

「俺だって金なんざ微々たるもんだよ。帰り道に安く食材買って美味いもん作ればいい」

「あ……いいね、それ。けど、わたしそんな誰かに食べさせられるようなもの作れる自信は……」

「みんなで一緒に作って、一緒に食べればそんなの関係ないよ。わたしだってよく友達にお前は妙なものしか作れないな!ってボヤかれるしね」

 

 すっかり戦士からただのどこにでもいる高校生に戻った四人で交わされる会話に特に朔月は満ち足りたような安堵な気持ちを感じていた。

 

「ムゲーン! わたしお肉食べたいでーす!」

「あの、喜多村さん予算……いや、ボクもできれば食べたいけど」

「そうだな。朔月、お前なんか苦手な食べ物あるか?」

「そんなにないけど? 食べるのは好きな方だし」

「よし! なら、餃子パーティするぞ! あれならキャベツでいくらでもかさ増しできる」

「決まりだね。いこう、みんな」

「はは。男子ってこういうときホントに迷わないであっさりしてるよね」

 

 おかしな事件を無事解決して、あとは仲間たちで美味しいものを食べて一日を終えようとしていた四人だったが大事なことを忘れていた。

 スラッグメタローの悪事が無かったことに修正されるということはTS化していた彼らも晴れて元に戻るということを。

 公園から出ようとした瞬間にムゲン、永春、遊の体が淡く発光して――性別が元に戻った。

 

「「「ぎゃあああああああ!?」」」

「うわぁ……ひどい絵面」

 

 当然だが着ている衣服まで入れ替わるだなんて都合のいいことはない。

 よって、朔月の目の前にはパツパツのセーラー服やスカート姿の女装男子二人と胸周りが苦しそうな学ラン姿の女子が出現するという破壊力強めの光景が展開されていた。

 

「よりによっていまかよぉおおおおお!?」

「らめぇえええええ! こんな姿誰かに見られたらもう沙夜さんに顔向けできないよぉ!」

「にはは! 変態さんとしてお巡りさんに補導されるのはちょっとやだなぁ」

 

 阿鼻叫喚に陥った三人をしばし呆然とした様子で見ていた朔月だったがやがて困ったように笑い始めた。

 

「たはは。みんなしょうがないなぁ、もう……さて、どうしようか」

 

 

 この三人に散々振り回されて、慣れないことばかりでとても疲れた一日だった。

 だけど、同時に信頼できる仲間たちと分かち合った楽しい時間だったと朔月は噛み締めて、こんな夢のような日々が少しでも多く続けばと心の片隅で願ったという。

 その後、四人はどうにかこの窮地を切り抜けて、無事に愉快な打ち上げを行えたとか行えなかったとか真実は彼ら四人の思い出の中だ。

 



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御剣燐はフラれたい

 閑静な町中にあるレトロな喫茶店Hamelnに三人の男女がいた。

 カウンターで食器洗いに勤しむのは双連寺ムゲン。食器洗いのために袖が捲られたことで露となった両腕は逞しく、筋肉フェチの客が彼目当てで訪れるようになっていた。

 また、仮面ライダーデュオルとして戦う者である。

 テーブル席で皿に積まれたエクレアを黙々と食べているのは行雲紫乃。右目は前髪で隠れているが、左目はアメジストのようで、これが元々というのだから驚きだ。

 そして本当に黙って、エクレアをひたすらに食べている。それだけで絵になるような美少年だ。

 事実、店にいるだけで目の保養にと客が入ってくるのでHamelnの店主からは招き猫のように扱われていた。

 そんな彼もまた仮面ライダームラサメというもう一つの顔を持っている。

 三人目はカウンター席で頬杖をついて暇そうにスマホを弄る少女は更科朔月。

 ダウナーでどこかミステリアスな雰囲気を漂わせているように見えるが、ちゃんと年頃の少女らしい面もある。

 エメラルドのような瞳はカラコンによるもの。

 仮面ライダー銀姫となって戦いを身を投じてもいる。

 

 彼女が特に暇そうにしているのには理由があった。

 この空間を見れば分かるが、特に何もないからだ。

 会話もなく、無為に時が過ぎていく昼下がり。ある意味、貴重な時間ではあると享受するのも一つだが、流石に暇と体力を持て余した朔月はひとまず目の前のムゲンに声をかけた。

 

「ねぇ、暇じゃない?」

「絶賛労働中の俺にそれを言うか?」

「もう終わるでしょ」

「まあな。……そうなると暇だな。この後は自由だしどっか行くか。紫乃くんも外の空気でも吸いに行かないか?」

 

 最後のエクレアを頬張る紫乃へムゲンが声をかけた。

 よく咀嚼して味わい、しっかりと飲み込んでから紫乃は返事をした。

 

「それはいいが、燐も誘わなければな」 

「そうだな。見回りもそろそろ終わるだろうし、近く歩いてりゃ合流出来るな」

「うん。それじゃ、4人で……スイパラ行こう。ムゲンの奢りで」

 

 悪戯っぽく微笑む朔月にツッコミを入れるムゲンと、スイパラという単語に瞳を輝かせる紫乃。三者三様の面持ちで外出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Hamelnからほど近い公園を歩くムゲン達。この辺りに燐がいないだろうかと探していたところ、紫乃が燐を見つけた。

 公園に植えられた木々の向こう側で何やら立ち止まっているようだったので三人は歩いて合流しようと思ったのだが……。

 

「待って、誰かと一緒みたい」

「ん? 本当だ。今日は俺達以外にライダー来てないから……カタギの方か?」

「カタギって」

「……見ない顔だな。少し様子を見よう」

 

 紫乃の提案に乗り、三人はそれぞれ植木に姿を隠し聞き耳をたてる。

 

「……めっちゃギャルだ」

「ギャルだな」

「あれがギャルか」

 

 燐と話していたのは十人中十人がギャルと断言するだろう。

 ウェーブのかかった金髪、肌は焼いたのか地黒なのか黒く、メイクは派手でファッションの方も露出度は高めでダメージジーンズを堂々と着こなしていた。

 

「いやマジで助かったからお礼させて! てか惚れた!」

「いや、全然結構なんで……惚れた!?」

「うん~! 燐っちみたいなタイプは結構好みっていうか~。だからマジでお礼させて! あ、でもウチもこれからバイトだから明日とかどう? 空いてる? 空いてるっしょ!」

「あ、えっと、空いて……ます」

「よっし、じゃあデートね! 10時にここね! じゃね~!」

 

 ギャルは嵐のように去っていき、燐はひどく疲れた様子で立ち尽くしていた。

 

「……なんて、こと」

「何があった燐」

「うぇっ!? 紫乃くん!? てか、ムゲンさんも朔月さんも……」

 

 隠れる必要もなくなったので燐の前に姿を現す三人。燐は見られていたとは思わず、驚き、そして気まずくなっていた。

 

「えーと、ひとまず見回りご苦労さん」

「ありがとうございます……」

「なんかその、おもしろ……大変そうだね」

「いま面白そうって言いかけてませんでした?」

「とにかく、何があったんだ?」

 

 朔月の言葉の追及はひとまず置いておき、燐は先程何が起こってあんなことになっていたのか説明を始める。

 そう変な話ではなく、ごく単純な話。

 燐は彼女を怪人から守った、それだけのことであった。

 

「変身したとこ、見られたの?」

「あ、それは大丈夫です。襲いかかってきてたのを蹴り飛ばしたとこしか見られてないです。モンスターには逃げられちゃって……」

「燐くんも意外と生身で怪人に立ち向かうよな……」

「それで、そこから怪人を見失って歩いてたら、さっきの女に追いかけられて捕まったと」

「うん……。それで、さっき見られたとおりで……」

 

 超ハイテンションで押し切られた形で、燐の話は聞かれていたかどうか。

 惚れられ、デートの約束を取り付けられてしまった。

 

「普通ならここから恋愛に発展していくんだろうが」

「燐には美玲がいるもんね」 

「あう……」

「彼女以外にもいる気がするが……。まあいい。それで、どうするつもりだ?」

「どうするも……行かないよ。ああいう人が僕なんかと関わっちゃいけない……」

 

 平穏に暮らす一般人を、戦いに身を投じる自分に関わらせれば巻き込んでしまうだろう。だから極力、この世界の人々と関係を持ってはいけないというのが燐の考えだった。

 

「けど、いいの? あの人、明日待ちぼうけすることになるけど」

「うっ……」

「すごい楽しみにしてるみたいだったし、約束破られた~って傷付くんだろうなぁ」

「お、おい朔月? あんまりそういう言い方すると燐くん気にするタイプだから……」

「僕のせいで傷付く……」

 

 案の定、燐は深刻そうな顔をして考え込んでしまった。

 ムゲンは朔月を捕まえて、少し離れた場所でこそこそと説教を始める。

 

「ほら、ああなると燐くんしばらく引き摺っちまうんだから……」

「でも正直、燐はこういうことに少しは慣れるべきだと思う」

「慣れる?」

「そう。ただでさえ今も二人に言い寄られてるような状況なんだよ彼。今後もこういうこと、なんかありそうだし。戦ってる時みたいにズバッと斬り捨てていかないと刺されちゃうかもよ」

 

 ムゲンは朔月の言葉を否定したかった。だが、やたらと鮮明に女絡みで刺される燐というイメージが浮かんでしまい、言葉に窮した。

 燐に明らかな好意を寄せている女子は二名。咲洲美玲という燐の学校の先輩にしてライダーである少女と、アリスというミラーワールドでライダーバトルを仕掛ける謎の少女。

 どちらも普通人には少々キツイ、重い愛を燐に向けている。

 この時点で昼ドラ的な展開が起こりそうなものだが、実はこの世界で活動するようになってから更に危険な状態に陥っていたりもするのだ。

 Hamelnの手伝いというものを、あそこを利用する各世界のライダー達は行っている。

 そして、ライダー達は美男美女ばかりとあって彼等にはそれぞれファンがつくようになっていた。

 推しが店番してないかとHamelnに通う客までいるほどだ。

 そんなわけでアイドル的人気をムゲンも紫乃も朔月も獲得しているのだが……燐は少し、事情が違った。

 他のライダー達がアイドル的人気と表現されるのは、客との距離感が遠いことにあるとされる。

 自分達とはどこか違う、テレビに映るアイドルとそれを視聴するファンのような遠い距離感。

 しかし、燐はどこにでもいそうで手を伸ばせば届いてしまいそうな雰囲気でもあるのか、いわゆるガチ恋客と呼ばれる客に好かれてしまった。

 また、他にも理由はある。燐の何気ない言葉がガチ恋客にはよく沁みたのだ。

 

「えーすごいですね! 料理お上手でいいな~。これ食べれる人は幸せですね。僕も食べてみたいな~」

 

「僕は静かな人、好きですよ。落ち着いてて、黙っててもそれだけで満ち足りるような感じ……好きです」

 

「優しいですし、なんか話してると落ち着くっていうか、リラックス出来ちゃいますね」

 

「お仕事頑張っててすごいです! だから、ここでぐらいはゆっくりしていってくださいね?」

 

 あとは想像がつくだろうか。

 多くは語るまい、結果としてガチ恋客は出禁となった。

 燐は手伝いといっても店には出ずに厨房だったり、営業前と後の掃除だったりを担当するようになり、店の営業中は今日のように見回りを行うことになった。

 

「とにかく厄介なのに好かれやすいんだから、燐自身がしっかりと断れるようにならないと」 

「それは確かに……」

「しかし、燐の性格を考えると女をフッた後が心配になるな……」

 

 悩む燐を宥めていた紫乃も合流し、意見を述べた。

 

「……いや、逆だ。逆に考えるんだ二人とも」

「どういうこと?」

「いいか、燐くんがフるんじゃない。燐くんがフラれればいいんだ」

「それだって燐は気にするんじゃ……」

「いや、あいつが元からフラれるつもりであればショックは大きくないだろう」

「ああ。それに、フラれるのが男の甲斐性ってな。遺恨なく綺麗さっぱり別れるのなら、女側からフラせればいい」

 

 どこか自信満々に説明するムゲン。その言葉は燐の耳にも届いていて、三人のもとに駆け寄った燐はムゲンを見上げ、瞳を輝かせながら言った。

 

「お願いしますムゲンさん! 僕、フラれたいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 待ち合わせ場所に燐の姿があった。そしてそれを通行人を装い観察するムゲン達三人の姿も。

 三人は一般人を装っており、朔月に至っては近くで買い物してきましたといった風に紙袋を両手に提げていた。

 

「ねぇ、なんで待ち合わせの時間より早く待たせてるの? 遅刻させた方が印象悪くない?」

「落ち着け朔月。最初の印象を良くしておくことでだな、これから起こることでの減点の幅がでかくなるってもんよ」

「む、ギャルが来たようだ」

 

 内緒話をやめ、燐達の会話を盗み聞く三人。

 燐は少し緊張気味に挨拶をして、弱気な印象を与えようとした。

 しかし。

 

「あ……こ、こんにち……」

「うっそ! ヤバマジで来てくれるとか最高じゃん! 昨日はあんがとね! 今日は昨日のお礼だと思って!」

「は、はあ……」

「よっし、じゃあ早速行こ!」

「あのっ……!」

 

 燐の手を引き、ギャルが駆け出した。三人も一定の距離を保ちながら燐とギャルを追い、街中を突き進むのであった。

 

 

 

「てか今日なんも予定とかないから燐っちの行きたいとこ行こ! どこでもついていくからさぁ!」

 

 その言葉を聞いて、咄嗟に紫乃がLOT製のイヤホンマイクで燐に指示を飛ばした。

 

「燐、オレの作戦が使える。ちょうど近辺に映画館もある」

 

 了解と燐は返事が出来ないので、頭を掻くという動作で了解と伝える。

 事前に打ち合わせた通りなので三人には伝わっている。

 

「あの、それじゃあ映画とか……」

「いいよいいよ! ウチも映画館久々だからさぁ! この近くに映画館あるしねー!」

 

 そうして、燐達は映画館へと吸い込まれていき……。

 

「この作戦は紫乃くん主導だけど、どういうコンセプトなんだ?」

「ああ。昨日、一度自分の世界に帰って仲間達に相談したんだ。オレはあまりこういうことに明るくないからな……。そこで、灰矢……仲間の一人からかなり有力な情報を得ることが出来た」

「有力な情報……?」

「ああ……。────オタクに優しいギャルは存在しない」

 

「あの、僕、これが見たくて……」

「んーどれどれ~……えっ」

 

 燐が見たいと言った映画、その名は「魔女砲手マジカルシューターエターナルラブトルネード」

 10年前に放送された女児向け特撮番組、魔女砲手マジカルシューターの10周年記念作品として製作された。テレビ版は女子児童をターゲットにしていたがやたらとリアルな銃の描写についていけず、視聴率は苦戦したものの大きなお友達からは根強い人気があり、紆余曲折を経て映画化されたのであった。

 本日封切りで、館内にはオタク達がひしめき合っていた。

 

「なんでオタクって大体似たような格好になるんだろうね」

「言ってやるな……。それより、見ろ。ギャル固まってるぞ! 効いてる、効いてるぞ!」

「流石は灰矢の情報だ。やはりこういったことに強い」

 

 もうこれで決まっただろう。

 三人は確信した。

 誰もが勝利を疑わなかった。

 しかし。

 

「う……」

「う?」

「ウチ、これ子供の時めっちゃ好きなやつだった!!!」

「えっ」

 

「「「えっ」」」

 

「ほんと大好きで録画もして何回も見てたんだけどさ、ウチの周りで他に見てるって人、全然いなくってさ~。燐っちもマジカルシューター好きでマジ嬉しいんだけど! てか運命じゃねデスティニーじゃね!」

 

「おい運命感じてるぞ好感度さらに上がっただろこれ!?」

「馬鹿な……オタクに優しいギャルは神話以上の真の幻想だと灰矢は……」

「あ、二人が入場していく……」

「追うのか?」

「いや、映画中は出来ることがないからな。大人しく待機しておこう。……2時間ほど」

 

 こうして、三人はひたすらロビーで時間を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……マジで良かったよぉ……。ウチ、給料入ったらBlu-ray買う!」

「あ、あはは……」

 

 映画が終わり、外へ出た燐達はベンチに座り映画の感想を語っていた。

 ほとんど燐は愛想笑いを浮かべて頷くのみで、語っているのはギャルの方だが。

 

「あ、もうお昼だしお腹空いたっしょ? お弁当作ってきたから食べよ!」

「お、お弁当……。わざわざ……」

「いいって、いいって! ウチが作りたくて作ってきたんだし、遠慮しないで食べて! あ、苦手なものあったらウチが食べるから安心して!」

 

 ギャルは太陽のような眩しい笑顔を向けて、可愛らしいピンクのお弁当箱の蓋を空けると彩り華やかでかつ栄養バランスも取れた、至高のおかず達が現れる。

 卵焼きは綺麗な黄色で焦げたところもなく、ウインナーはタコさんとなって遊び心を感じさせる。

 そんなお弁当を前にして、燐の顔は青くなっていた。

 燐はムゲン達の方向にアイコンタクトを飛ばしていた。

 

(あの、ムゲンさん本当にやるんですか……? 本当に、あんなことを……!)

(ああ、心を鬼にするんだ燐くん。そうすれば君は解放される)

「うわ、めっちゃ悪い顔」

「ああ、職質されてもおかしくないな」

「離れよっか」

「ああ、仲間と思われては堪らん」 

「いや仲間!?」

 

 燐は震える手で袈裟懸けにしたウエストポーチのファスナーを下ろし、中へ手を入れる。

 

「うん? どしたん?」

「……あの、実は僕、食事の時はこれがないと駄目で……」

 

 燐がポーチから取り出したのは、赤いキャップに白い液体が詰め込まれたもの。

 そう、マヨネーズである。

 

「やれ燐くん……! 彼女が真心込めて作った弁当をマヨネーズまみれにしてしまえ……! せっかく作った料理をそんな風に冒涜するような男は嫌われる! 手作り弁当でそれをやろうものなら尚更だ! さあツルギのように純白で染め上げろ!」

「オレも白いライダーなんだが、マヨネーズまみれということか?」

「言うほどマヨネーズって白い?」

 

 三人がごちゃごちゃやっている間、マヨネーズを取り出した燐を見つめるギャル。その瞳は力強く見開き……。

 

「うっそ燐っちもマイマヨ持ってる系とかウケんだけど! マヨラー仲間じゃんウチら!」

「えっ」

「いやウチもマイマヨ持ち歩いてんだけどさ、やっぱ引かれるかな~って思ってたんだよね~。でも仲間ならいいよね!」

 

 ギャルはバッグから取り出したマヨネーズを躊躇なく自分が作った弁当にぶちまけた。

 一瞬で、彩りは白に覆い尽くされる。 

 

「あ~やっぱマヨうま~! 燐っちも食べて食べて!」

「え、いや、その、食欲が……」

「食べて……?」

 

 上目遣いで甘えるように言われると燐は弱い。

 箸をマヨネーズで埋め尽くされた弁当箱に突き刺し、おかずを中から探し、掘り当てる。

 ぬちゃという音を立てながら箸が掴み上げたのは卵焼きだったもの。マヨネーズと一体化したことにより卵&卵になってしまった。

 

「いただきます……」

 

 意を決し、卵焼きだったものを口にする燐。卵焼きとマヨネーズという組み合わせなら味の想像はつくし、そう不味くなるというわけではないだろう。そう自分に言い聞かせながら……。

 

「おいおいどういうことなんださっきの映画といいマヨネーズといい」

「実は燐に合わせてるだけとかじゃないか?」

「映画とか原作の話めちゃくちゃ出来てたし、マヨネーズも流石にこの日のためにって用意してバッグに入れとかないでしょ」

 

 マヨネーズが支配する味覚に舌鼓を打つどころか殴り付けられているような燐の顔は蒼白くなる一方。

 可哀想にと三人が眺めていると、ムゲンの腹が鳴った。

 

「よくあれを見せられて食欲が湧くね……」

「生きてる限り腹は減るもんだろ? 紫乃くんはどうだ?」

「ふむ……。少し腹に入れておきたいぐらいだな」

「あ、それじゃあさ……これあげるよ」

 

 朔月はバッグから銀色のタンブラー取り出し、紫乃に手渡した。

 礼を言って受け取った紫乃がタンブラーの蓋を開けると、中はカオスだった。

 白い液体に何か、銀色だったり青だったり白だったりしたものが浮いている。

 

「これは……なんだ……」

「鯖をミキサーして、牛乳と混ぜたやつだよ」

「「鯖をミキサーして牛乳と混ぜたやつ!?」」

 

 思わず絶叫するムゲンと紫乃。周囲の人々が三人に注目したので、声を荒げた二人は口を押さえるも……つっこまずにいられなかった。

 

「おいおいどういうことだ鯖をミキサーにかけるなんて聞いたこともねぇよ!? 英国面に堕ちてんのかお前の料理スキルは!?」

「大丈夫だよ火は通してあるから」

「何故火を通したところで止まらなかった……!」

「いやほら、生だと流石に腐るだろうからって。で、持ち運ぶのにタンブラーしかなくて、だったら何か飲み物を……みたいな」

 

 更科朔月。誰かに料理を作ってもらうことも、誰かに手料理を振る舞うこともない女。

 ゆえに、彼女の中での料理とは食材を胃に入れても問題ないように加工する作業のことを言うのだ。

 

「どうりでキッチンの仕事は手伝わないわけだ……。紫乃くん、コンビニ行こう。朔月は二人見張ってろ」

「……そんなにダメかな、これ」

「「ダメだ!」」

 

 近場のコンビニへ向かう男衆二人。その背を見つめながら、朔月は鯖ミルクを一口何食わぬ顔で飲むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マヨネーズ地獄の昼食を終えた燐はどこか調子が悪そうにしながらギャルに連れられ、ショッピングモールの中を歩いていた。

 その数歩後ろで、次なる作戦を発動しようとする三人。次の作戦立案者は朔月であった。

 

「さて、続いては私のプランだね」

「気を付けろ、あのギャルは手強いぞ……」

「任せてって。女の視点から燐をダメダメ男にしてフラれるようにするから」

「おお、なんだか頼もしいな」

「はい、というわけでこれ着替えてきて」

 

 燐達が(主にギャルが)服を見ている間にと、朔月は二人に紙袋を手渡し、着替えてくるように指示を出した。

 数分後。

 

「今宵、再び昏き夜が訪れる。それは遍く罪が蔓延る闇の刻……我が名はダークムーン!」

「我が名はダークムーン! じゃねぇ!!!」

「何なんだこの格好は……」

「五月蝿いぞインフィニティマッスル。そしてパープルアイよ、これは我等が正装ぞ」

 

 三人は、衆目を集めていた。

 ダークムーンこと朔月は黒を基調としたゴスロリ衣装に身を包み、右目には眼帯をしている。

 インフィニティマッスルことムゲンは燕尾服風のジャケットを羽織り、見事な胸筋を見せつけるかのように開かれたシャツで色気を出していた。全身レザーなのでテッカテカなのも、色気の一因かもしれない。

 パープルアイ、紫乃は白を基調としており袖と襟にレースのついたシャツに白のショートパンツ、白のハイソックス。左目には片眼鏡をつけて知的な雰囲気を出していた。

 

「ともかく、ちゃんと着てくる二人のこと結構好きだよ」

「作戦だってんならしゃーないが、どうすんだこっから」

「混ざる」

「混ざ……!?」

「じゃ、あとは適宜アドリブで。ゴー!」

 

 走り出す朔月を追いかける紫乃とムゲン。

 適宜アドリブでとかふざけんな、ちゃんと打ち合わせしてから行けと走るも、朔月に追いついた時には既に燐とギャルの目の前であった。

 

「久しいなホワイトソード」

「ほ、ほわ……?」

「燐っちのお友達? すごい格好してんねー」

「友など生半可なものではない。我等はかつて血の盟約により共に闘う仲間であった。しかし……インフィニティマッスル」

 

 突然のフリにインフィニティマッスルは抗議の視線を送るしか出来なかった。

 なんだ血の盟約って。

 この話をどうやって纏めるつもりなんだ朔月はとひとまず、差し障りのないことを言って場を繋ぐ。

 

「あ、あーごほん。血の盟約により結ばれた絆は固いものだー」

「いかにも。しかし、ホワイトソード。貴様は我等と袂を別つ道を選んだのだ! ……パープルアイ」

「……えっ、あっ……な、何故オレ達を裏切った……?」

「そう! 何故裏切ったホワイトソード!」

 

 ビシィッ! そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで燐を指差す朔月。

 指を差された燐は何が何やらといった様子で困惑し、ムゲンと紫乃に助けを視線で求めるが、二人も同じように助けてくれと目で訴えていた。

 

「え、燐っち裏切ったって……?」

 

 この時、ムゲンは理解した。朔月の作戦を。

 昔、こんな連中とつるんでたという事実にギャルが引いている。

 過去の罪業(冤罪)にギャルが燐に対して不信感を抱いたのだ。

 ここを突けばとムゲンは先ほどまでとは打って変わって饒舌に語り始める。

 

「そこの女は知らないようだな。ホワイトソードがかつて何を行っていたかを! ホワイトソードは多くの敵対者達を葬ってきたのだ!」

「剣を持たせれば彼に敵う者はいなかった!」

「いや、オレだって剣の腕は負けてないぞ」

「お黙りパープルアイ! ……この子は新入り。ホワイトソード、貴方を始末するために加入させたわ」

「さあ行けパープルアイ! ホワイトソードを始末しろ!」

 

 指示が出ると、紫乃は燐に向かって歩き出す。もう何が何やらと困惑していた燐もこれには流石に身構えるが、紫乃は……。

 

「……おい燐」

「なに……?」

「オレはどうすればいい……」

 

 小声で、そんなやり取り。思わずずっこけそうになった燐だったが、なんとか持ちこたえ少し考える。

 

「ええっと、僕を始末しろって言われてるから、何かこう勝負的な……」

「なるほど。では、じゃんけんでどうだ?」

「いいよ。じゃーんけーんぽいっ」

「ふっ……」

 

 燐はチョキを出し、紫乃はグーを出していた。

 結果に満足した紫乃は二人のもとへと戻り、不敵な笑みを見せる。

 

「勝ったぞ」

「……ああ、おめでとう」

「って、いつの間にか燐達いないし!」

「何がしたかったんだよお前は……。グダグダだったぞ!」

「ふ……我が深淵はお前達にはまだ早かったようだな……」

「黙れ中二病! 黒歴史量産しただけじゃねえか!」

「とにかく燐を追うぞ」

「え、この格好のまま……?」

「いいから行くよムゲン!」

 

 せめて着替えてからというムゲンの言葉は届かず、三人は燐達を追いかける。

 燐に取り付けていたGPSの指し示す位置はショッピングモールの外で、三人は格好そのままに人ゴミへ。

 最初こそこの格好で外出るとかと思ったムゲンであったが、流石東京。

 案外、似たような格好の人が歩いている。

 それに、気にもされない。

 

「む、こっちだな近いぞ」

 

 GPSの反応を追い、三人は走る。

 だが、なんとも走りにくい格好のせいで紫乃以外は苦労することになった。

 

「くっそ窮屈過ぎる……!」

「静かに。追いついたぞ」 

 

 紫乃はイヤホンから二人の会話を盗み聞き、先程の作戦が上手くいったかを確認する。

 

「いや~まさか燐っちが昔はあんな格好してたなんて!」

「えっと、その、あはは……」

 

 燐はとりあえず話を合わせようと、しかしあれと同じと思われたくもなかったので否定とも肯定ともつかぬように愛想笑いで誤魔化した。

 

「え、写真とかないの」

「写真、ですか」

「そ! 見たい見たい!」

「写真は……無くて……」

 

 当然である。

 ホワイトソードなどと名乗っていた過去はないのだから。

 

「えー。絶対可愛いじゃん、残しといてよ~」

「かわ……可愛くなんてないですよ」

「そんなことないない! 燐っち、めちゃかわだから!」

 

 食べる時、なんかリスっぽくて可愛い、だとか。

 黒歴史あるの可愛い、だとか。

 ギャルはとにかく燐のことを可愛い可愛いと持て囃した。

 それを聞いて、朔月は気付いてしまった。

 

「まずい……! 可愛いモードに入ってしまった……!」

「なんだその可愛いモードとは」

「女の褒め言葉の中で最上位は可愛いなの、カッコいいじゃなくね。カッコいいだと、なんかカッコ悪いことするとかなり減点されちゃうんだけど、可愛いだとダメなところも可愛いってなっちゃうわけ」

「なるほど、減点じゃなく加点されちまうわけだ」

「……するとどうなるんだ?」

 

 ムゲンは朔月の懸念に気付いたが、いまいちこの辺りのことに鈍い紫乃は理解出来なかった。なので、朔月が分かりやすく説明する。

 

「私達の作戦って、燐がダメな奴だって風に見せてギャルにフラせるって作戦だったけど、もう並大抵のことは全部可愛いって受け取られる。ここからギャルの燐への好感度を下げるのは難しいってわけ。下げるにしても、時間がかかる……」

「それじゃあ、どうすればいいんだ……!」

 

 三人は頭を悩ませる。

 自分達の渾身の作戦が全て失敗に終わり、新たな作戦を練らなければいけない。

 

「もう、さ」

 

 沈黙を破り、朔月が口を開いた。

 

「何か思い付いたのか?」

「いや……。その、私が言えたことじゃないんだけど」

「なんだ?」

「あのギャル、絶対に燐の世界にいないような良い人だからそのままくっついちゃえばいいんじゃない?」

 

 とんでもない降参宣言に男二人は食ってかかった。

 

「おいぃ! そんなことしたら俺達あの二人に殺されるぞ! いや、殺されるで済むか分からんけど! あの重力場発生ガールズが黙っちゃいないぞ!」

「ああ、それに燐の世界にもきっと良い女はいる……はず……」

「ちょっと同意してるじゃん私の意見に」

「お前の世界だって似たようなもんだろうが!」

「いやこっちは七人だけだから! あっちみたいにとんでもない人数じゃないから!」

 

 三人が口論を始めると衆目が集まる。格好が格好だから仕方ない。

 しかしそんなことも気にせず三人は舌戦を繰り広げていると……。

 燐が突然ギャルを突き飛ばしたではないか。

 

「きゃっ!?」

「えっ」

「なに?」

「どうしたんだ燐くん!?」

 

 あまりのことに三人は絶句した。あの燐が、突然人を突き飛ばし転ばせるなんてと、予想外の事態にフリーズしてしまった。

 しかし、燐の真意はすぐに理解することとなる。

 

『キシャァァァ!!!』

 

 突如、ビルの三階の窓ガラスからシマウマのような怪人が登場。

 

「ミラーモンスターか……!」

「なるほど、それなら燐くんのが先に気付くってわけだ!」

「それじゃあ私達も加勢に……」

「いや、それはいいだろう」 

 

 加勢にと飛び出そうとした朔月を紫乃が引き止めた。

 その間に、燐は既に変身していた。

 

「変身────」

 

 燐が纏う純白の鎧、仮面ライダーツルギ。

 腰に差した召喚機、スラッシュバイザーの居合で降下してくるモンスターを一閃。火花を散らし、派手に吹き飛ぶモンスターを見つめながら、スラッシュバイザーを左手に持ち替えてデッキからカードを引く。

 

【SWORD VENT】

 

 上空から飛来してきた太刀、リュウノタチを手にしてツルギは疾走。よろめきながら立ち上がるモンスターに向かいツルギは地面を蹴り、放たれた矢の如く加速。すれ違い様にモンスターの胴を斬り抜けて、モンスターは爆散。

 炎を背に、ツルギは太刀を払うと変身を解除して唖然としたままでいたギャルのもとへ駆け寄った。

 

「ごめんなさい、急に突き飛ばしたりして……大丈夫ですか? 怪我とか……」

「あ……あの、うち!」

 

 燐に声を掛けられたことでギャルはようやく自意識を取り戻したようだった。

 それを見て、どこにも問題はないようだと燐は判断して手を差し出した。

 

「立てます?」

「う、うん……」

 

 燐の手を取り、ギャルは立ち上がる。尻餅をついたので、お尻の辺りを軽くはたいてからギャルは改めて燐を見つめると、燐は優しく微笑んだ。

 

「あの、さっきのあれ、は……」

「……戦ってるんです。あれと」

「……そう、なんだ……。すごいね! まさか、あんなの、いるなんて……」

 

 少しずつ、現実を飲み込み始めたギャルはようやく、自分があれに襲われたのだと実感が湧いてきた。 

 もし、燐がいなければ自分は死んでいたかもしれない。

 その恐怖もまた確かなものとして感じたのだ。

 

「……貴女とは、ここでお別れですね」

「え……」

「僕の戦いに、貴女を巻き込むわけにはいきませんから」

「そんな……! うち、平気だから! だから、一緒に……」

 

 縋るように、焦がれるように彼女は燐を見つめていた。

 そんな彼女に再び笑みを燐は向けると、背を向けて歩き出した。

 

「ま、待って……!」

「来ないでください」

「っ……」

 

 突き放すような、冷たい声であった。

 思わず立ち止まった彼女に、今度は優しい声色で燐は語りかけた。

 

「貴女には、普通に生きてもらいたいんです。戦いとは無縁な世界で……。もう、僕達が会うことは、ありません……」

 

 それが、彼女への最後の言葉であった。 

 一瞥もすることなく燐は往く。商業ビルのショーウィンドウから現れた愛車スラッシュサイクルに乗って、風と共に旅立っていくのだった────。

 

「え? これで、解決?」

 

 朔月の声が、虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶Hamelnに燐達四人の姿があった。

 後から帰ってきた三人を労おうと、燐はコーヒーを淹れて待っていた。

 

「今日はありがとうございました」

「いや……結局最後は燐くんが決めたからな」

「はい! 三人が頼りないので自分が頑張らないとって決意が出来ました!」

「おーい燐くん、気付いてるか? 失礼だぞ~」

 

 いい笑顔で、三人への感謝に無意識の毒を混ぜて送る燐。まあいいかとムゲンはコーヒーカップを傾け、紫乃はまたエクレアを山盛りにして出されたものを黙って食していたが、朔月は納得いかないといった顔をしていた。

 

「いや、あの別れ方は完全に悪手だよ」

「そうですか? 円満にフレたと思うんですけど……」

「いいや違うね! 最後のギャルの顔見た? 見てないよね最後一回も顔見てなかったもんね! あれは完全に恋する乙女の顔だったから。彼女に傷を付けちゃったんだよ、一生消えない恋という名の傷を────」

「うるさいぞ中二病。とにかく、これでめでたしめでたしってことで……」

 

 そうムゲンが幕を下ろそうとした時だった。

 勢い良く、店の扉が開かれて鈴の音が荒々しく響いた。何事だと四人が一斉に扉の方を見ると、一人のどこか影のある美人が呼吸を荒くして立っていた。

 

「やっぱりいたわね燐くん……!」

「おい、誰だあれは」

「あれは、まさか……」

「燐ガチ恋客だ……」

 

 女はずんずんと燐に詰め寄り、肩を掴むともう離さないといった具合にして矢継ぎ早に喋り始めた。

 

「何よあの店主ウソついてたのねやっぱりいるじゃない燐くんがもうシフトには入ってないとか言ってたクセにオマケに出禁ですってふざけるんじゃないわよ。それより燐くん覚えてる? 私が作ったマフィン食べたいって言ったの……」

「えっ、そんなこと言い……」

「言ったわよ」

 

 ものすごい圧が、その言葉に籠められていた。

 そうして、ガチ恋客は一度燐から手を離すとバッグの中からポリ袋に入ったマフィンを取り出した。

 

「え、なんかあのマフィン邪気放ってない?」

「はは……気のせいじゃなかったかあれ……。俺にも見えるぞ……」

「……不思議なことに、あれには食指が動かんな……」

 

 甘いもの好きな紫乃がそう言うほどに、このマフィンには何かが混入しているようだった。

 何かは、あえて追究しないでおく。

 

「ちょっと! 私の燐くんに何してるのよ!」

「またガチ恋客!?」

 

 次に現れたのは小太り、いや小の字はいらないかもしれない。

 太った女であった。

 ガチ恋客Bとさせてもらうが、ガチ恋客Bはそのフィジカルでガチ恋客Aを燐から引き離すと今度は燐を壁際まで追い込み、その我が儘マシュマロボディを燐に押し付ける。

 更に香水の香りがきつく、燐は顔をしかめた。

 

「もうどこ行ってたの~? 私のこと置いてくなんてひどい。優しくて、一緒にいると安心するって言ったのは燐くんでしょ?」

「いや、その……一緒にいる人は安心しちゃいそうですねって言ったんです……。あとあの近いです……」

「なに!? 嫌なの!?」

「離れなさいよデブ女!」

 

 燐の目の前で繰り広げられるキャットファイト。いや、キャットなんて優しいものではない。

 まるで怪獣映画のようだったと燐は後々語った。

 逃げ惑うしかない一般人とか、怪獣の戦いの余波で壊されるビルの気持ちが理解出来たとも。

 とにかく、燐はムゲン達三人に助けを求めた。

 しかし。

 

「……よっし、帰るか」

「うん、今日はもう大丈夫そうだし」

「待ってムゲンさん、朔月さん。ここに大丈夫じゃない人がいます」

 

 無情にも、高校二年生勢は二人とも店の奥に引っ込んでいってしまった。

 残るは燐と同い年。共に白い剣士のライダーと共通点が多く、親交も深い紫乃だけ。

 紫乃なら助けてくれるだろうと、燐は紫乃に救援を求めた。

 

「紫乃くん助けて!」

 

 紫乃は、最後のエクレアをよく噛んで飲み込む。そして、燐の方を向くと穏やかな表情を浮かべ言った。

 

「燐。お前なら、一人でも大丈夫だ。さっきギャルにやったみたいにな」

 

 そうして、紫乃もまた去っていった。

 

「え────」

 

 もう、誰も、助けには、来ない。

 

「ちょっと何よギャルって!」

「どういうこと!? 私だけを見てくれるんじゃないの!?」

 

 この後、更にガチ恋客が二人増えて四人から詰められることとなる。

 この後のことは皆さんの想像にお任せしよう────。



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きゃぴ☆乙女たちの攪乱! 催眠(ヒュプノス)欲望(ヨクボウ)狂想曲(カプリッチオ)

春風れっさー著


 とある日の昼下がり。仮面ライダーピクシーことアシュリィが異世界の東京を歩いていた時のことだ。

 

「~♪」

 

 帝久乃市とは違う街並みは彼女にとって目新しい物だった。所々技術の遅れた部分はあるが都心である東京は人や物で溢れ、常に新しい発見がある。

 そんな場所を、アシュリィは上機嫌になって練り歩いていた。鼻歌を歌ってしまう程だ。美しい歌声を持つ彼女が紡げば、それは鼻歌であっても聞き惚れてしまうような調べを響かせる。その美貌と相まって、擦れ違う人々は老若男女問わずに目を奪われた。

 

「もし、そこのお嬢さん?」

「?」

 

 そんなアシュリィに、話しかける者がいた。

 別にそれは珍しくもない。銀髪で美しい容貌を持つ彼女はよく目立つ。それ故に声をかける人間は多く、その目的は様々だ。特に不埒な輩は自分が、あるいは連れ合いが適度にあしらって追い払う。

 だが今回話しかけてきた相手は軟派な男ではなくローブを目深に被った老婆だった。

 

「どうしたの、お婆さん」

「良くない相が出ているよ」

「?」

 

 唐突な言葉に首を傾げたアシュリィは、台詞と身につけた怪しげなアクセサリーから老婆の職業を推測した。というか、首から看板が下がっていた。

 

「あ、占い師」

「そうさね。お嬢さん、悪いことは言わない。ワシの言うことを聞いた方がいいよ」

 

 まるで名札のように『占い師』という文字が書かれた看板によってこれ以上なく簡潔に自己紹介を終えた占い師の老婆は神妙に語った。

 

「ちょいと星の巡りが良くないねぇ。このままだとお嬢さんのとある運勢は壊滅的な方向に向かう」

「とある運勢?」

「あぁ……恋愛運さ」

 

 それまでは胡乱げに聞いていたアシュリィだったが、恋愛運と聞いた瞬間にピンと気配が変わった。猫で言うと毛を逆立てたとか、その辺り。

 運命的に結ばれた天坂翔という恋人がいる彼女にとって、その話題は死活問題だ。

 

「恋愛……」

「そうさ。このままだと恋愛運はだだ下がり。大好きな彼と別れることになってしまうかもねぇ……」

「なっ」

「始まりはほんの些細な喧嘩さ。でもお互い素直に謝れなくなった所為で仲は拗れ溝は深まり諍いは長期化してしまうだろうねぇ。段々と口数は少なくなり冷えていく家庭。お互い頭を冷やす期間を設けるという名目で別居。しかしその隙を狙うように伸びる……」

「ま、間女の手……!」

 

 ピキピキピキと老婆の言葉通りな想像がアシュリィの脳裏を駆け巡っていく。

 翔との喧嘩はそこまで珍しいことではない。生まれは普通ではない自分でも乙女らしく気難しい一面を多少なりとも持っているからだ。大抵は穏やかな性格をした翔が折れる形で決着がつくが、自分を救ってくれたあの時のように決して譲らない頑固な一面を持っていることも知っている。

 互いを思いやった結果ぶつかってしまう意見。分かってくれないもどかしさが募り、苛立たしさは雪だるま式に増していく。無言の食卓。気まずそうにするフィオレとツキミ。彩葉の家にさっさと避難する響。普通に仕事で帰ってこない肇。大好きな彼の料理も楽しめず、砂を噛むような感触で嚥下することになってしまう。心に去来する寂しさ。だけどそう簡単には謝れなかった。

 向こうから頭を下げるまで許さない。そう意固地になってしまう自分。それでも甘えがあった。優しい翔なら折れてくれるだろうと。だが土壇場で冷徹に頭が回ってしまうタチである翔が突きつけたのは互いが冷静になる為の冷却期間であった。冷徹冷静冷却の冷冷冷でゲシュタルト崩壊寸前まで冷え切る関係。

 そして別居している内に忍び寄る、他の女、あるいは男の手……! 翔は悪漢を除いて誰にでも優しいのでモテる。律や進駒や節操のない(とアシュリィは思っている)浅黄。自分の姉であるフィオレとツキミだって油断はできない。むしろ一番あり得る。『ショウお兄ちゃん(お兄様)、アシュリィなんか忘れてあたし(私)と一緒に……』。残念ながらエロくしなだれかかる二人は簡単に想像できてしまうのだ。

 

「寝取られるうううううああああああああああ!!!!!!」

 

 頭を抱えてアシュリィは叫んだ。往来での奇行に先程までとは違う意味で目を向ける通行人。翅と触角が出ているような気さえする。

 

「ううう、いや、案外キョウもライバル……? 兄弟薔薇、禁じられた関係……?」

「ヒヒヒッ、そんなお嬢さんにこれを授けよう」

 

 そう言って老婆が取り出したのはペンデュラムだった。紐に括り付けられた紫の水晶がどこか妖しげに光っている。

 

「これは……?」

「おまじないさ。これを恋人の前で振れば、理想通りに変えることができる」

「理想通りに?」

「ああ。揺らしながら、お嬢さんの要望を言えばいい。そうすれば全てが解決するはずさ」

 

 老婆からペンデュラムを受け取ったアシュリィは、僅かながら瞳に理性の光を取り戻して怪しむ。如何にも胡散臭いアイテムだ。話も眉唾物である。

 だがもし、万が一にでも翔にフラれるようなことがあっては生きていけない。この文言、出自から若干ブラックジョークめいているな。

 

「わ、分かった……一応受け取っておく……」

「ヒヒッ、はげみなさいな……人間の一生は、思ったよりも短いんだからねぇ……」

「?」

 

 老婆は不穏な言葉を残し去って行った。占いの代金を貰うでもなく、何がしたかったのかまるで分からない。アシュリィの手に残ったのは紫のペンデュラムだけだった。

 

「……まぁ、綺麗ではあるし」

 

 言われた通りに使うかどうかはともかく、捨てるのももったいないのでアシュリィは貰っておくことにした。

 それがあんな悲劇を巻き起こすとは、夢にも思わず……。

 

 

 ※

 

 

 して、後日。

 

「……そんなことがあったんだ」

「うん……」

 

 喫茶Hameln。レトロ調な落ち着いた店内に、今は客はいない。というのも経営者である権兵衛が町内会に出席しており、今日は休みとなっているからだ。

 今テーブル席に座っているのは甥である章太郎とアシュリィ、そして一人の少年だけだ。

 

「で、アシュリィ姉ちゃん」

「はい……」

 

 章太郎とテーブルを挟んだ正面にアシュリィは座っている。膝の上に手を乗せるその姿は俯きがちで神妙だ。畳の上であれば正座していたことだろう。

 詰問するような口調で章太郎は言った。

 

「隣にいる翔兄ちゃんさぁ、これどういうこと?」

「………」

 

 アシュリィは青ざめ、だらだらと冷や汗を流した。

 そんな彼女の隣に座っていたのは……。

 

「章太郎くん。姫をそんなにいじめないであげてよ☆」

 

 キラキラというエフェクトを纏っている、仮面ライダーアズールこと天坂翔だった。

 優しげで端正な顔立ちは、いつも以上に輝いていた。服装は軍服にも似た染み一つ無い純白の正装。所々に涼やかな青のアクセントがあるのは彼がアズールというささやかな証明だろうか。それは絵物語の一枚めいてよく似合っていた。ハッキリ言ってしまえば、白馬の王子様だ。

 

「花よりも蝶よりも美しく愛おしい、僕の大事なお姫様なんだからさ☆」

 

 キラッと白い歯を輝かせて、ホワイトプリンス☆ショウは愛を囁いた。

 章太郎はそんな翔を胡乱げに見つめ、アシュリィに目線を戻してから言った。

 

「やりやがったよね」

「違うんです……」

 

 アシュリィはまず否定から入ることにしたようだ。

 

「いやどう見たって催眠されてるよね。それもどっぷり。ビックリしたよ。もう一人兄弟がいたのかと思ったし」

「正真正銘のショウです。あのね、その……」

 

 両手で顔を覆い、懺悔するようにこれまでの顛末を語っていく。

 

「出来心だったの。だってどうせ嘘だと思って……それに悪いことだったら、ショウの持つアクイラの力で効かないと思ったし……」

「それが効いちゃったの?」

「うん……」

 

 アシュリィはコクリと頷いた。隣では翔がキラキラと輝いている。口元には薔薇を咥えていた。

 翔は故あって、通常の人間では持ち得ない能力を持っている。その故は本当に色々あったので、今回は割愛する。

 重要なのはその気になれば万能に近い力を行使出来るという点だ。しかしどうやら、謎のペンデュラムには発動しなかったらしい。恋人であるアシュリィによって催眠されたので、無防備だったのだろうか。

 

「最初は、ちょっとからかおうかなって些細なお願い事をしたの。ゲームで勝たせてって言ったり、カレーをお腹いっぱい作ってって言ったり。でも面白いように言うことを聞いてくれるから、次第に……」

「止めようとは思わなかったの?」

「だってこんな機会、最初で最後だと思って……」

「普通は無いし、あってもみんなそこで踏みとどまるんだけどな」

 

 章太郎は腕を組んで呆れ顔だ。口調すら普段とは違う風に思える。

 

「君の髪は天の川よりも綺麗さっ☆」

「このキャラってアシュリィ姉ちゃんの趣味?」

「やっぱりシンデレラだから、王子様に憧れがあったみたい……」

「本能なの? だとしても考え直した方がいいけどな」

 

 相変わらず翔はあらゆる物をキラキラと輝かせている。背後に散る漫画のようなエフェクトが目に眩しい。

 

「目が痛っ。っていうかこのキラキラ何!? 物理的に存在するんだけど!」

「アクイラの力かなぁ……」

「こんなことに使ってるの!? 能力の無駄遣い過ぎない!?」

 

 多分あらゆる世界線で一番無駄なラスボス能力の使い方である。

 

「とにかく催眠を解かなくちゃ。このままじゃ翔兄ちゃんがピエロだよ。そのペンデュラムで解除とかできたりしないの?」

「できないみたい……。元に戻れってお願いしても効かなかった……」

「だとしたら一生このままで生きていくことになるんだけど」

「うううっ!」

「泣き出したいのはこっちと翔兄ちゃんなんだよ」

 

 章太郎の述べる的確かつ遠慮のない正論に、遂には泣き出すアシュリィ。そんな彼女を理想の王子様であるスーパープリンス☆ショウは放っておかない。

 顔を覆う手を優しく払い、顎をクイと持ち上げて囁く。

 

「ああ、僕の姫……君に涙は似合わない。どうか笑っておくれ。もしそうしてくれるなら、僕はこの世界すらも変えて見せよう……!☆」

「発言が洒落にならない」

 

 仮にも同じ事をしたラスボスと同種の能力を持つ翔ならば、決して夢物語ではない。シンプルな世界の危機が目の前に到来していた。

 その元凶である少女は……。

 

「トゥンク……!」

「本当にそれでいいのアシュリィ姉ちゃん。自分の人生を見直したくならない?」

 

 恋は盲目。アシュリィの目には素敵な彼氏しか映らなかった。それに実際、端正な顔立ちである翔が放つ顎クイはかなりの破壊力を秘めていた。ホストならば一発でドンペリを頼ませられるレベルの一撃だ。恋するアシュリィが目をハートにしてメロメロになってしまうのも無理はないと言える。

 

「ショウ、好き……」

「僕もだよ、可愛い可愛い僕だけのお姫様……☆」

「ふ、二人の世界に入りやがった……! くぅ、俺がなんとかしないと……!」

 

 アシュリィは使い物にならない。さてどうするか……章太郎が頭を悩ませているその時だった。

 

「た、大変だ大変だ!」

 

 バァンとドアを開き、勢いよく入店したのは赤い鍔広帽子を被った小柄な少女だった。

 彼女はキッド。悪魔を退治するハンターである掃除屋であり、仮面ライダーブリランテだ。

 

「ど、どうしたのキッド姉ちゃん」

「催眠したらユキトが戻らなくなっちゃった!」

「お前もか」

 

 飛び込んできたキッドに辟易した目を向ける章太郎。その後ろから続くように中肉中背の青年が姿を現わした。

 

「キッド、いきなりどうしたんだ」

「あれ、ユキト兄ちゃん。普通に見えるけど……」

 

 登場したのは月島ユキトだ。キッドと出会い彼女の傷を知り、その止まり木となることを誓った掃除屋である。

 そんな彼は、普段通りの好青年に見えたが。

 

「い、一見はそうなんだけど……」

 

 もじもじと指を合わせ、気まずげに目を逸らすキッド。そんなキッドに首を傾げながら、ユキトは店の状況に目を向ける。

 

「店長さんは?」

「今日はいないよ。でももう少ししたら帰ってくるかも。……来ない方がいいけど」

 

 章太郎が最後にボソリと呟いた言葉だけは聞き逃し、ユキトは他のテーブルから椅子を引いて座る。

 

「じゃあ待たせてもらおうかな。折角この世界に来たからにはカレーの味を盗ませてもらいたいし」

「あ、異世界の料理人から見てもおじさんのカレーは美味しいんだ」

「そりゃね。俺なんてまだまださ。ちゃんと店を構えるからには、もっと精進しないと」

 

 普通だ。他愛ない会話。ここまで話しても違和感はない。催眠を受けたのは間違いか、あるいはもう解けたのでは? 章太郎は一縷の希望を見いだした。

 だがそんな章太郎の目の前で、ユキトは膝を叩いた。

 

「ほらキッド、おいで?」

「え?」

 

 ポンポンと膝を叩き、優しげな表情でキッドへと手を伸ばす。そんなユキトにキッドは一気に赤面した。

 

「ううっ! いやいやユキト、もうここは人前だよ!? いくらボクでもそんな恥ずかしいことは……!」

「何言ってるんだ。いいからおいで?」

「いやだから……!」

「お・い・で?」

 

 決して意見を曲げないことが伝わる声音だった。キッドとの出会いによって鍛え直された芯の強さが、今発揮されている。こんなところで。

 

「うう……分かったよ……」

 

 有無を言わさぬ迫力に、キッドは折れる。

 そして、迎え入れられた膝の上へと大人しく座った。

 

「えええええええええ」

 

 ユキトはずば抜けてよい体格を持っている訳では無いが、それでもキッドとは20㎝近い差があった。膝の上に乗れば、小柄なキッドはぬいぐるみのようにちょこんと収まる形となる。

 そんなキッドの帽子と外套を脱がせ、ユキトは短い黒髪を撫で付けた。

 

「いい子いい子♪ キッドは素直ないい子だなぁ」

「あうう……」

「なんだこれは」

 

 まるで幼い妹をあやすかのようにキッドを抱くユキト。距離が近いというレベルでは無い。文字通りゼロだ。物理も、心理も。普段のユキトなら、むしろキッドの奔放さを窘める筈なのに。

 呆然となる章太郎だが、ハッと我に返ってキッドに問うた。

 

「ど、どんな催眠をしたのさキッド姉ちゃん!」

「そ、そのぉ……ちょっと、ちょっとだよ? ユキトには妹がいたっていうからさ。どんな風だったのか見てみたいなぁってちょっと思って……それも心を傷つけない形で……」

 

 ユキトは悪魔の襲来で家族を失っている。その中には妹も含まれていた。それはもう二度と戻らない日々の記憶であり、キッドもその傷を悪戯にほじくったりする程無遠慮ではない。だが、人間である以上好奇心はあるものだ。

 

「そしたら丁度いい物を道行く占い師に貰ったものだからさぁ、物は試しとやってみたら」

「こうなった?」

「はい……」

「どうして普段オカルトめいた相手と戦っているのにそうも無防備なんだ……」

 

 割りとお調子者らしいのでそういうこともあるかもしれない。

 

「とにかく(そこ)から這い出なよ。多分そうしている限り何も解決しないから」

「それは分かってるんだけど、高級ホテルのベッドに敷かれたシルクのシーツよりも居心地が良くて……」

「どいつもこいつも」

 

 催眠によって理想通りに仕立て上げたのだ。アシュリィと同じくその魅力に抗うことは難しいことらしい。キッドはこのだだ甘になったユキトに嵌まってしまったようだった。

 

「どうしたキッド。元気が無いな。さてはおねむの時間か?」

「ユキト兄ちゃんはそれ本当に妹に対する対応なの? いつの記憶が掘り返されてるんだ」

「ああああううう」

「キッド姉ちゃんは爆発しそうだし……」

 

 キッドを抱くユキトの声音はあくまで優しく、慈愛に満ちている。撫でる手は温かくて心地いい。これまでの人生において決して品行方正ではない人間に囲まれてきたキッドは、こうした下心皆無なスキンシップに対しての耐性が劇的に無かった。酒場のオヤジ共のセクハラは蹴り飛ばせても、愛おしげに頭を撫でる手は拒めない。

 真っ赤に赤面しただされるがままになるキッドに対抗する術は無かった。

 

「ば……」

「ば?」

 

 そしてオーバーヒート寸前まで茹だった脳は、一つの結論を見いだしてしまった。

 

「ばぶぅ……」

「そこまで行ったら人としてお終いだよキッド姉ちゃーん!!」

 

 それはこの心地よさに全てを委ね、原初へと帰ることだった。即ち幼児退行である。

 キッドは過酷な幼少期を過ごしている為、そういう反動が無きにしも非ずなのかもしれない。本当にそれでこうなるか?

 

「あうー、うー!」

「お? どうしたキッドー。遊んで欲しいのか? うりうりー」

「きゃっきゃっ♪」

「そしてユキト兄ちゃんがいつの記憶を蘇らせているのかも判明した! これ小さい妹の面倒を見ている時だ!」

 

 幼い妹の面倒を両親に代わって見ていることもあったのだろう。在りし日に紡がれた兄妹の尊き思い出。それが今見るに堪えない光景で現出していた。

 その名を赤ちゃんプレイ。十代二十代の二人がやるのはちょっと、いやかなり、キツい。

 

「あうー、だー!」

「もう駄目だキッド姉ちゃんは……アシュリィ姉ちゃんもときめいて直らないし……」

「ショウ……」

「君の瞳は青い空のように綺麗だよ、僕の姫君☆」

「これ翔兄ちゃん的に最大の殺し文句なんだろうな……」

 

 青空を、当たり前の空の色を護る為に戦う戦士。それがアズールである。

 

「ああもう! 収拾がつかない! もう誰でもいいから助けてよ!」

 

 あまりのカオスっぷりに章太郎は悲鳴を上げた。小学生である彼には荷が重すぎる。そこへ丁度良く、喫茶店の扉が再度開かれた。

 振り返る章太郎。そこにいたのは……

 

「………」

「あ、美玲姉ちゃん! 丁度良かった!!」

 

 頼りになる人物の登場に章太郎は目を輝かせた。

 咲洲美玲。

 普段はクールビューティの名を欲しいままにする、美貌と冷厳な空気を併せ持つ少女だ。仮面ライダーアイズに変身し、百発百中の鋭い一撃で涼やかに戦う戦士でもある。

 しかし今は顔を俯かせ、陰鬱な空気を漂わせていた。

 

「みんな大変で……どうしたの、美玲姉ちゃん?」

 

 不穏な空気を感じ、章太郎は美玲の顔を下から覗き込む。

 前髪に隠されて見えなかった表情は――動揺したように瞳孔を開き、ダラダラと冷や汗をかいている物だった。

 

「……しょ、章太郎」

「美玲姉ちゃん……まさか」

「催眠してたら、燐が戻らなくなっちゃった……!」

「天丼!!!!」

 

 あの美玲でさえ――!

 章太郎は崩れ落ち、床を悔しげに叩いた。カオスは解決するどころか、更に加速した。

 

「三人目じゃん!! 三人て!! どうして繰り返しが許される限界まで挑戦するんだ!!!」

 

 喫茶Hamelnに章太郎の哀叫が響く。世界は残酷で、その事実に気付くとき大抵人はどうしようもない崖っぷちに立たされている。章太郎にとっては今日だった。

 

「くっ……それで!?」

 

 しかし打ちのめされてばかりはいられない。異世界より来訪した仮面ライダーたちの良き協力者である章太郎にはこの状況を解決する責務があるのだ。多分。

 

「それで、燐兄ちゃんはどうなったの? 王子様になった? だだ甘になった? もう何が来ても驚かないよアレな物をこれだけ見続けてきたんだから」

「えっと、その……」

 

 美玲はチラリと後ろを見た。連れてきてはいたらしい。ゴクリと喉を鳴らし、章太郎は覚悟する。

 彼女の背後から現われたのは――

 

「きゃっるる~ん♡ おっはー章太郎くん! 今日もいい天気だね♡ テンション上げぽよ~!」

「ギャルになってるー!!」

 

 ギャルになった燐だった。

 萌え袖カーディガンにギリギリを攻めたスカート。金髪のウィッグにルーズソックス。濃いメイクをして、分類としてはいわゆる白ギャルとなるだろうか。ワイバーンを模したヘアピンを付けているのが小賢しい。

 

「っていうか~、絶好の映え日和って感じだよね~。ありえんよさみが深くてフラペチーノ♡」

「何言ってるか全然分かんない!」

 

 スマホを片手にキャピキャピと眩しい笑顔を浮かべる、変わり果てた姿となった燐が、そこにいた。

 

「ギャルになってる! なんで!? 何を思って美玲姉ちゃんは燐兄ちゃんをギャルにしたの!!?」

「だって……きっと燐ならオタクに優しいギャルになってくれると思って……!!」

「誰にでも優しい男をギャルに変えるのは反則だよ! っていうか、美玲姉ちゃんは陰キャではあっても別にオタクではなくない!?」

「燐オタクではある」

「その燐兄ちゃんがすごいことになってるんだよ! 今! 美玲姉ちゃんの所為で!!!」

「というか今私を陰キャ扱いした?」

 

 クールキャラを陰キャと呼ぶべきかは大いに議論の余地があるが、その議論はまたいずれ。

 

「それから!」

 

 章太郎は重ねて叫んだ。

 

「被ってるんだよ!! 女装は!! 昔の回と!!」

 

 喫茶Hamelnにおいて燐が女装したことは初めてでは無い。かつてはメイド服を着せられた。その所業は章太郎の叔父である権兵衛が発端なのだが、それは今は置いておく。置いておくべき事象が山積みとなりそろそろスカイツリーもかくやというくらいに高くなってそうだが、まだ置いておく。後ギャルネタも被っているが、それも一緒に置いておく。

 燐は本編においても女装させられており、通算三回目の女装であった。探せばもっとありそう。ハージェネ作者陣の性癖は大きく歪んでいるから。

 章太郎は美玲に詰め寄った。

 

「なんでまた燐兄ちゃんを女装させた! 言え!!」

「だって前回は気を失っちゃったから……そろそろ私も燐の女装姿をまともに見たくて、つい」

「ついで男の尊厳を奪われる燐兄ちゃんの身にもなれ!!」

 

 章太郎は叫んだ。何が悲しくて憧れた兄ちゃんの女装姿を何度も見なければならないのか。

 しかし催眠されたギャル燐はそれを喧嘩と勘違いしたのか、ムスッとした表情で美玲との間に割り込んだ。

 

「ちょっと章太郎くーん、美玲先輩ちゃんをいじめないでよー」

「先輩ちゃんて。いやいじめてた訳じゃ……」

「ホントー? いくら章太郎くんでも駄目だよ、あーしの大事な大事なカノぴなんだからねっ!」

 

 ギャル燐はそう言うと、美玲の腕に思い切り抱きついた。まるで恋人に甘えるようにかき抱く。

 

「おっほ」

「ヤバい声が出たよ美玲姉ちゃん」

 

 唐突なスキンシップに美玲の表情が放映不可能な程に崩壊する。章太郎はドン引きした。この短時間で引きすぎて後ろ向きに世界一周してしまいそうだ。

 

「ま、いじめてないのならいーや! あ、そーだ! お店のみんなと一緒に写真取ろーっと。はいチーズ♡」

「姫と一緒に☆」

「あうー♪」

「やめたげてよぉ! こんな惨状を記録に残さないで!!」

 

 パシャリというシャッター音と共に喫茶Hamelnの惨憺たる有様が切り取られる。まだ陶酔しているアシュリィの腰を抱きキメ顔を作るイケメンプリンス☆ショウと、バブみ溢れるユキトに抱かれていつの間にかおしゃぶりまで付けている幼児退行キッド。そして女装してギャルとなった燐略してギャリンと、腕を抱えられてご満悦な美玲。ライダーにあるまじき散々な一面の数々。こんなものが拡散されでもしたら全員生きていけない。いくら異世界とはいえ。

 

「いえーい! ケッコー揃ってるしなんだったらこのままパリピしちゃう?」

「フッ……舞踏会ということかな? なら丁度良い、僕と姫のダンスを披露しよう」

「きゃっきゃっ♪」

 

 カオス。

 

「こ、このままじゃ駄目だ……美玲姉ちゃん!」

「あっはい」

「美玲姉ちゃんも例の振り子を持ってるんだよね!?」

「う、うん。怪しい占い師から貰ったけど」

 

 章太郎に言われ、正気に戻った美玲はポケットからペンデュラムを取り出して見せた。相変わらず紫の水晶は妖しい光を放っている。

 

「うわどう見ても呪いの品だよそれ。なんで気付かないの? 偽物の巻いているスカーフ並みに目に映らない?」

「これを、どうするの?」

「それを配った占い師を探すの! 絶対敵だよソイツ!!」

 

 今まで仮面ライダーという番組を見続けていた経験から、章太郎はこういう現象は元凶を倒さない限り永続すると推測していた。いや言うほど仮面ライダーか? むしろ戦隊ものな気がする。カーレンジャーとかその辺の。

 

「街を捜索しよう! ソイツを倒せばなんとかなる……筈! そして人手がいるからアシュリィ姉ちゃんもキッド姉ちゃんも目を覚まして……覚まして……覚まし……覚めろォ!! ほら早く行くんだよォ!!」

 

 章太郎は無理矢理三人を連れ出し、占い師を探しに出かけた。

 

 

 ※

 

 

「み、見つけた! アイツよ!」

「普通にいるー!?」

 

 捜索にはあまり時間はかからなかった。三人が占い師に出会った場所は大体同じで、そこに急行してみれば大通りで胡乱げに佇む占い師の姿はすぐに発見された。

 ローブを目深に被った老婆は三人の少女と一人の少年を見咎め首を傾げた。

 

「おやどうしたのかえ? 恋人たちとの関係は改善できなかったのかい?」

「元々問題なかったのをしっちゃかめっちゃかにしたんでしょうが! 正体を現わせ怪人め!」

 

 章太郎はビシリと占い師へ指を突きつけた。正直この段階では言いがかりも甚だしい。老婆は単に怪しげなアイテムを配っただけで、まだそれ以上の悪事は行なっていなかった。強いて言うなら少女たちへ不安になるような言説をばらまいたことだが、それを言ってしまえば占いその物を否定するような物なのでノーカウント。

 だが幸いにして、章太郎の言葉を聞いた老婆は口を裂けんばかりに歪めて笑った。

 

「ヒヒヒッ、バレてしまっては仕方ない。恋人を催眠させることで破局による絶望を狙ったが、こうなったら死を目前とした絶望をもたらしてくれる!」

 

 そう言うと老婆の姿は変異する。妖艶な女のようでもあるが、その大部分は幻想上の化け物めいた質感の触手や脈動する血管に覆われていた。まさしく幻魔と呼ぶのが相応しい姿である。

 

「絶望って……まさか、ファントム!?」

『ヒヒヒッ、このリャナンシー様が引導を渡してくれるよ!』

 

 正体を現わしたリャナンシーファントムは相変わらず不気味な笑い声を上げると、一番弱そうな章太郎を狙い触手を伸ばした。

 

「うわあああっ!」

 

 迫り来る触手に対し悲鳴を上げ、目を瞑る章太郎。だが悪辣な暴威が少年を襲うより早く、パルスビームの銃弾が触手を迎撃した。触手は一発も撃ち漏らされることなく焦げ落ちる。

 

「ったく、さては前のメタローがやったみたいに異世界から連れてこられた連中かい? 悪魔のようで悪魔でない奴は心臓(・・)がときめかないから嫌いだね。悪魔も嫌いだけどさ!」

 

 それを為したのは愛銃ラッキーライラックを構えたキッドだった。元の調子を取り戻せばそこにいるのは熟練の掃除屋、百発百中の腕前を持つクールなガンマンだ。

 

「キッド姉ちゃん! まだおしゃぶり付けてる!」

「おっと……」

 

 ……クールだ!

 その隣でアシュリィも静かに怒りを燃やす。

 

「乙女の純情を弄んで、許せない」

「その純情、だいぶ暴走してたけどね……」

「章太郎、下がってなさい」

「あ、クールに戻った。……うん、分かったよお姉ちゃんたち!」

 

 美玲によって促され、章太郎は危険の及ばない後方へと退避する。大通りにひしめいていた人々もリャナンシーの姿に驚き粗方逃げ去っていた。ここならば正体を見られることを憂う必要はない。

 リャナンシーの前に立ち塞がるのは三人の少女。ただしただの乙女ではない。それぞれが幾つもの死戦を乗り越えてきた、歴戦の仮面ライダーなのだ。

 

「行くよ、二人とも」

「了解!」

「ええ」

 

 アシュリィの言葉に頷き、それぞれがアイテムを構える。

 そして一斉に変身した。

 

 

「今日はお姉ちゃんたちがいないけど、あなたなんてそれで充分」

《オトギガールズ・レヴュー!》

 

 激情に滾るアシュリィは手にしたマテリアプレートを起動させ、逆手に持ったレイピアへと装填する。

 

《ヒア・マイ・ソング! ヒア・マイ・ソング!》

「変身!」

Action(アクション)! フォニック・マテリアライド!》

 

 鳴り響く女性の電子音声を聞き流しつつ、レイピアのカバーに灯る光をなぞって五芒星を描いた。そしてグリップの引き金を引いて高らかに叫ぶと、レイピアから放たれる閃光に包まれアシュリィの姿は変化する。

 

《オトギガールズ・アプリ! 歌激(カゲキ)なる御伽女(オトメ)、カーテンレイズ!》

 

 光が消え、そこにいたのはアザレアの翅を持つ女騎士。レイピアを美しく携えし覚悟のオトメ、仮面ライダーピクシーだった。

 

 

「撃って解決しそうなのは有り難いね。掃除屋らしくていいじゃないか」

 

 キッドは歯車とシリンダーが特徴的なハーツドライバーを腰に装着し、黄金のブリランテバレットを装填する。

 

【Start up! Heart's Cry!】

 

「変身!」

 

 歯車の回転によって溢れた光に包まれて、彼女は姿を変える。

 稲妻が走った白き装甲に覆われ、頭部に一角獣の如きホーンアンテナを備えた戦士。ハンドガンを華麗に回転させた輝ける銃士、仮面ライダーブリランテがそこにいた。

 

 

「リャナンシー、人を惑わせる吸血妖精ね。まんまと惑わされた借りはすぐ返すわ」

 

 美玲は猛禽が描かれたデッキを翳した。すると近くにあったショーウィンドウからベルトが飛び出し、美玲へと装着される。その銀色のベルト、Vバックルへとデッキを挿入し美玲は叫んだ。

 

「変身!」

 

 虚像が重なると、そこにいたのは鷹の意匠を纏いし青騎士だった。広がった翼の如き仮面を被り、そのスリットから黄色い双眸を滲ませる姿は正に狩人。狙った獲物は逃がさない、仮面ライダーアイズが参上する。

 

 

 三人の少女が鎧を纏って並び立つ。全ては悪しき幻魔を打倒する為。

 私怨は少しも混ざっていない!

 

「ハァッ!」

 

 先陣を切ったのはブリランテだった。手にした愛銃、ラッキーライラックでリャナンシーへ向け引き金を弾く。打ち出されたパルスビームは一流のガンマンらしく、的確にその身体を捉えていた。

 

『ヒヒッ! ヒャアッ!』

 

 しかしリャナンシーの口から放たれた音波が当たると、その軌道は不自然に曲がる。それだけではなく、銃弾は蛇のようにくねって戻ってきた。

 

「なんだって!?」

『ヒヒヒッ! あたしの催眠は何にだって効くよ!』

 

 主人を裏切り襲い来る銃弾。それを防いだのはブリランテの前へと躍り出たピクシーだった。

 

「ヤッ!」

 

 ブリランテへの直撃コースであった銃弾をナックルガードで受け止め、衝撃を吸収する。ピクシーレイピアの能力だ。更にこれを音符のエネルギーに変換して、敵へと返すことができるが……。ピクシーは迷った末、止めた。

 

「また操られるだけ、だよね」

『ヒヒヒッ、その通り! あたしには遠距離攻撃は通用しな――』

「だったら、物理的に追い込めばいいだけ」

 

【ADVENT】

 

 響く電子音声。鏡が割れる音と共にリャナンシーの背後に現われたのは、背中に二門の砲を備えし鷹型の化け物だった。

 青き猛禽。アイズと契約を結んだミラーモンスター、ガナーウイングだ。

 

『ヒッ!?』

「直接攻撃なら、操りようがないでしょう!」

『ヒギィ!!』

 

 アイズのアドベントカードによって召喚されたガナーウイングの鉤爪が振り下ろされ、油断していたリャナンシーはそれを躱すことができずにモロに受けた。背後から切り裂かれ、転がるリャナンシー。

 そこへ鋭く切り込むのはピクシーだった。

 

「たあっ!」

『ウギ、ギィ! おのれ小癪な!』

 

 ピクシーレイピアによる素早い刺突。それをリャナンシーは無数の触手でどうにか受け流す。ピクシーの攻撃は速いが、触手の数が多すぎて防がれてしまう。

 

『ヒヒッ、手が足りないねぇ!』

「うっ、気持ち悪いのに意外と面倒……!」

「下がってピクシー!」

 

 そこへ響くのはブリランテの一声。ピクシーがその声に従って飛び退くと、ラッキーライラックと比べ鈍い発砲音が轟いた。

 

『無駄だ……ヒギィ!? さ、寒いィ!』

 

 先とは違う物理的な弾丸はリャナンシーの触手に防がれ弾けると、その中身を振り撒いた。すると触手は冷凍庫に入れられたかのように見る見る凍り付いていく。

 

「触手みたいな気持ち悪い奴にはこれってね!」

 

 ブリランテは硝煙を放つ散弾銃を肩に乗せて得意げに言った。ブリランテの携行する中折れ式の小型散弾銃、ヴィクトワールピサ。幾つもの特殊弾頭を装填できる中でブリランテが今回選んだのは、極寒の冷気で標的を凍てつかせる冷凍弾だった。

 自慢の触手を凍り付かされて悶えるリャナンシーの姿を見て、アイズが冷静に分析する。

 

「どうやら口からの音波を当てなきゃ何も操れないようね」

「へぇ、良いことを聞いた。要はヘッドショットだけを避ければいいだけだ。ガンマンにはむしろ有り難い話だね」

 

 飄々と言うブリランテの視線の先では、リャナンシーが立ち直りつつあった。

 

『おのれぇ……人間風情が……!』

 

 凍って砕けた触手をパラパラと落としながら、リャナンシーは怒気を放つ。

 

『矮小な人間の分際でこの幻魔に逆らうとは! 所詮は色恋沙汰に心惑わし、無様を見せる存在ではないか!』

「確かにちょっとらしくないところも見せたかもね」

 

 油断なくレイピアを構え、ピクシーは言った。

 

「けどそれは、真剣だから。それだけその人を想って、大好きだからこそ惑乱するの」

「いやボクは……まぁ、大事なのは確かかな」

「そう。恋って人を狂わすの。化け物には、分からないでしょうけどね」

 

 三人の乙女は凜と立つ。愛に恋にそれ以外に。少女は忙しいのだ。

 チンケな悪役にかかずらっている暇はない。

 

『ぐぅ……』

「ここで決め……」

『やられるかァ! ヒヒィッ!』

「あっ、逃げる気か!」

 

 決定的に不利と見たリャナンシーはその場で背を向け逃走した。三人は追おうとするが、少女立ちの目の前でリャナンシーは凍り付いて脱落した触手の下から、皮膜の翼を広げる。

 

「空を飛ぶ気かい!」

「させない、ガナーウイング!」

 

 アイズの声に応え、飛び立とうとするリャナンシーをガナーウイングは空から強襲する。だがそれが真正面からなのがいけなかった。

 

『ヒヒヒッ、催眠!』

 

 リャナンシーの口から発された紫色の音波。それをまともに浴びたガナーウイングはグルグルと目を回して墜落してしまった。そのままリャナンシーの離陸を許してしまう。

 

「ああ、もう! 役立たず!」

「どうしよう、射程外だ。カネヒキリを持ってきておくんだった」

 

 情けない相棒に憤慨するアイズの隣でブリランテはラッキーライラックの銃口をリャナンシーの翼に向けてみるが、諦める。当てるには流石のキッドといえど遠すぎた。長射程のライフルがあれば訳無いが、それを収納したバイクは今ここにない。

 打つ手なしかと二人が空を見上げる中で、ピクシーだけが微笑みを漏らした。

 

「ふふっ、大丈夫だよ。手は打ってあるから」

 

《フィニッシュコード・ソロ!》

 

宙を舞うリャナンシー。無事に逃げ延びられると安堵する彼女を違和感が襲う。

 

『ヒヒッ……ん?』

 

 ピンと足が突っ張る。見てみると、そこには光る紐のような物が結ばれていた。

 否、紐ではない。それは線。音譜を乗せて歌を描く、五線譜の一本。

 そのもう片方の先端は、ピクシーの持つレイピアの先端へと括られていた。

 

『ヒッ……!』

「逃走経路を断つのが対戦のコツだって、ショウとキョウが言ってたから!」

 

 レイピアをキンと弾くと、リャナンシーの全身に残った五線譜が全て巻き付く。そしてそのまま五線譜は巻き戻しされるように縮み、リャナンシーを引っ張り込もうとした。ピクシーが仕掛けておいた、必殺技の応用だ。

 だがそれはピタリと途中で止まってしまう。リャナンシーが最後の力で抵抗を試みたからだ。

 

『ギ、に、人間風情に負けてたまるかぁ!』

「ん、むむっ、手強い」

 

 五線譜とリャナンシーの浮力は拮抗し、あと少しのところで地面まで引きずり下ろせない。まだ宙に浮いており、近接攻撃は届かない間合いだ。

 しかしアイズとブリランテにはそれでいい。目配せをして、アイズはデッキからカードを抜いた。

 

「上出来よ」

 

【SHOOT VENT】

 

 カードを弩型の召喚機に読み込ませ、双剣を組み合わせた弓と矢筒を召喚する。アイズは流麗な動作でそれを番え、引き絞る。ピクシーが近づけてくれたおかげで、射程内だ。

 

『ヒヒッ、馬鹿め! それはあたしの催眠の餌食だァッ!』

 

 それを見たリャナンシーは体勢を変え、口をアイズの方向へ向けた。これで矢が飛んでこようと催眠音波で迎撃できる。

 しかしそれを見てもアイズは怯まない。まったく姿勢を変えず――矢を放つ。

 美しい所作で放たれた矢。だがそれは、リャナンシーへ向かう軌道からは大きく外れていた。

 

『ヒヒヒッ! 大外れだね!』

「いーや? 大当たりだよ。少なくとも、君の占いよりはね」

 

 嗤うリャナンシーへ、ブリランテは不敵に言い放つ。

 

「リフレクター・オン!」

 

 ブリランテの左手から放出された青い光。それは空中で六角形のバリアへとなる。

 そして矢は――そこに当たる軌道を描いていた。

 

「――当たる」

 

 確信を持ったアイズの呟き。そして現実はその通りとなる。

 リフレクターによって跳ね返った矢は、リャナンシーの死角から突き刺さった。

 

『――!? ヒ、ギィヤアァァァァッ!?』

 

 油断していたのだろう。まったく予想だにしていなかった一撃を受けてリャナンシーは悶え苦しむ。そして浮力を失い、その身体は地面へと今度こそ叩きつけられた。

 

『ギャヒィッ!』

「これで決めるよ!」

「もちろん!」

「ええ!」

 

 決定的な隙にピクシーが言い放ち、アイズとブリランテは頷く。

 

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシング!》

 

【Boost up! Just a Way!】

 

【FINAL VENT】

 

 ピクシーは光を纏った刃を突き出し、ブリランテは頭部を変形させて足にエネルギーを収束し、アイズは洗脳の解けたガナーウイングと合体し鉤爪を足に装備する。

 そして美しい流星群の如く、一斉に降り注いだ。

 

「ヤァァァーッ!」

「ファイア――!!」

「はぁぁぁぁ!!!!!」

 

 アザレア、白、青の三つの光が尾を引いてリャナンシーを貫く。

 三人が放つ渾身の必殺技。それを受けて、既に満身創痍であるリャナンシーが無事でいられる筈もない。

 

『おの、れ、人間メェェェェェェッ!!!』

 

 乙女たちを攪乱したリャナンシーファントムは断末魔を残して爆発四散した。

 それと同時に、三人の手の中にあるペンデュラムが砕け散る。これで恐らくは、催眠も解除された筈だ。

 

「「「……よかった~」」」

 

 三乙女は脱力しその場に崩れ落ちる。

 カオスな催眠事件はようやく解決したのだ。本当にようやっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、それで記憶ない間に着ていたこの服ってなんだろう、アシュリィちゃん」

「え、演劇! 演劇の衣装を借りてきたの!」

「俺も記憶が飛んでるなぁ……キッド、何か知らないか?」

「さあ、なんだろうね。偶には休暇を取れって神様の思し召しじゃないかい?」

「うわああっ! なんですかこの格好! なんでまた女装!?」

「と、取り敢えず燐、こっちに燐の服用意してあるから……」

「なんで美玲先輩が僕の服を!?」

 

 喫茶Hameln。無事に洗脳の解けた男三人は大混乱に陥っていた。戸惑う三人を宥めつつ、少女たちはそれぞれに誤魔化す。

 記憶が残っていないことをいいことに、今回の一件を少女たちは言わないことに決めたようだ。それを胡乱げに見つめつつ、章太郎もその方がいいと頷く。赤裸々に話すには、流石に尊厳とかが大変だ。

 まだまだ混沌とした、しかし元通りにはなった喫茶Hameln。そこへ主が戻ってくる。

 

「おや、休みの看板を出しておいたのに随分といるね」

「あ、おじさん。お帰りなさい」

「ああ、ただいま。なんだかいつもに増して賑やかみたいだが……何かあったのかい?」

「な、何もないよ! ないったらない! メタローとの戦闘後くらい何もない!」

「??? あ、そうだ」

 

 必死に誤魔化す章太郎。それとは別に何かを思いだした権兵衛は、スマホの画面を章太郎へと見せる。

 

「常連さんからSNSでバズった写真が送られて来たんだけど、これってみんなじゃないか?」

「へ?」

 

 権兵衛に言われ章太郎は画面を覗き込む。そして、見る見る内に青ざめた。

 あまりに青白くなってしまった顔色に翔が代表して声を掛ける。

 

「しょ、章太郎くん、大丈夫?」

「……翔兄ちゃん」

 

 震える声で、章太郎は言った。

 

「今すぐ元の世界から浅黄姉ちゃんを呼んで!!!!!」

 

 そこにはどこぞのギャルによって流された、集合写真があったという。

 そして後日ハッキングによって無事消去されたという。

 だが凄腕ハッカーの手によって密かに保管され、闇ルートでの売買があったともいう。

 

 

 ―HAPPY END―

 



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検証! ハージェネ・メモリアルカード

執筆:志村琴音
(ハイパーバトルビデオのノリで見てね!)


2022.06.06 11:59 東京都 新宿区 SOUP

 異世界から来た門守仁と亜矢、真矢との共闘が終わってから3日。

 この世界で異形の者達と戦う組織──SOUPのメンバー達は報告書作成に追われていた。

 アール達以外の別世界の人間が起こした事件であったのだ。報告書の量が倍近くになってしまうのは無理もない。

 

 更に言えば、彼らが戦う言わばラスボスのパラレインが本格的に動き始め、春樹達の持っているカードを殆ど全て奪っていったのだ。

 今はカードを急激に吸収した影響で行動はしていないが、いざとなった時に対応出来るよう対策を練っているのだ。

 

 オフィスの中にいるのは、仮面ライダーアクトに変身する青年──椎名春樹と、仮面ライダーリベードに変身する女性──椎名碧だけだ。他のメンバーは昼食を摂りに行っているため、二人だけの状態である。

 

「それにしても、もうカードが10枚しか無いだなんてね」

「ああ。いつ回収されるかも分からないしな……。ま、そんなことは絶対させないけど」

「……うん。そんなの当たり前でしょ」

 

 その時だった。

 トランスフォンと呼ばれる、二人が使うスマートフォン型の黒いアイテムが、碧のポケットの中で振動を始めた。

 

 何なのかと画面を確認すると、誰かから電話がかかって来ている。けれども着信先の表示は文字化けしていて、何処からのものか判らない。

 

「これ、出て大丈夫なやつだよね? 出たら個人情報盗まれるとかじゃないよね?」

『その点に関しては問題無い。セキュリティは私が保証する』

 

 ならば問題は無いと、春樹にも聞こえるようにスピーカーモードにして、恐る恐る電話に出た。

 

「もしもし?」

『──けて──ダー──』

 

 電話の主は小さな男の子であるようだ。ノイズが混じっている状態であることから、何を言いたいのかは上手く聞き取れない。

 

「何? 何が言いたいのかな?」

 

 碧が優しく声をかける。

 そしてようやく、内容が明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて! 仮面ライダー!」

「「!?」」

 

 悲痛な叫びであった。

 どうして自分達が仮面ライダーであることを知っているのかという疑問はあるが、今はそんなことはどうでも良い。

 急いで春樹が声をかけた。

 

「おい! 今何処にいるんだ!」

 

 すると突如として、二人の身体が白く光り始め、彼らは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。

 

「「……え!?」」

 

 

 

────────────

 

 

 

 元々あまり来客の無い喫茶Hamelnには今、店主の権兵衛が町内会に出掛けていることから、人が2人しかいない。

 

 カウンター席に座ってオレンジジュースをストローで吸う章太郎。

 その横でコーヒーを飲んでいるのは、仮面ライダーネクスパイに変身する碧の兄──常田八雲だ。

 

「なぁ、本当にこれで来るのか?」

「うん。間違いないよ」

 

 章太郎と八雲が見つめているのは、カウンター席に置かれた黒電話であった。数字の代わりに様々なマークが描かれている以外は、何の変哲も無いただの黒電話である。

 

 そう。先程の電話の犯人は彼であった。

 このHamelnには異世界から様々な者達が現れる。その誰もが変身する者や彼らをサポートする者、つまりは仮面ライダーの関係者だ。

 ここに来ることが出来るようになった理由として語られる殆どが、誰かから助けを求める電話があった瞬間に飛ばされた、というものである。

 ということは、それを利用すれば春樹と碧も呼び出すことが出来るのではないか、と考えたのだ。

 

「だってそれで花奈姉ちゃんと一緒にこの世界に来たんじゃん」

「そうだけどさ、この超ナチュラルスーパー天才の計算じゃ──」

 

 すると次の瞬間、茶色い天井が突然白く発光を始めた。

 

「「「ん?」」」

 

 そしてそこから何かが降って来た。

 

「「うわあああああっ!」」

 

 床に腰から落ち、痛そうな素振りをしながら立ち上がる。

 その正体は、先程電話をかけてみた春樹と碧であった。

 

「ホントに来た!」

「ね! だから言ったでしょ!」

 

「は!? 何処だここ。カフェ?」

「え!? お兄ちゃん!?」

 

 各々の驚き方をするのだが、中でも一番驚いているのは、突如としてこの空間に送り込まれた春樹と碧だ。

 先程まで白を基調としたオフィスにいた筈なのに──。

 

 

 

「つまり、ここは仮面ライダーがいない世界で──」

「色んな世界から仮面ライダーが集まる、ってこと?」

「大体そんな感じだ」

 

 八雲が一から教えたことで、春樹と碧は大体のことを理解したが、それでもやはり自分達に起こったことに追い付いていけない。

 

「で、八雲兄ちゃんが春樹兄ちゃんと碧姉ちゃんを呼び出した理由って何なの?」

 

 章太郎が肝心なことを訊いた。

 思い出したように八雲は、隣の席に置いていた黒いアタッシュケースをテーブルの上に置いた。

 中を開けると、そこには大量のカードの山が積まれていた。見た目は春樹達が使っているメモリアルカードと同じようなものであるが、それらの絵柄は一切見たことが無い。いや、見たことが無いのだが、何処かで見たことがあるやもしれない。

 

「何? それ」

「あの、実はな──」

 

 

 

────────────

 

 

 

 それは、八雲がまだP-2-Pシステムを完成させていない時、即ち碧と再会する前の話だ。

 

 彼はまだ存命であった恋人の大野花奈と共に、春樹達と同じような形でこの世界にやって来た。

 そして他の仮面ライダー達と交流を重ねていく中で、こんな考えが浮かんで来た。

 

 ──コイツらのメモリアルカード、作れるんじゃないか……?

 

 メモリアルカードは本来、人間を改造して生まれたフォルクローを殺した時に精製する物だ。人工的に作れる代物ではない。

 だが、彼が自身のことを「超ナチュラルスーパー天才」と呼ぶだけの実力は本物であった。現に以前、人工的に作った功績もある彼には容易なことである。

 

「頼む! お前らが知ってる奴のことを教えてくれ!」

 

 こうして、別世界の仮面ライダーのデータを集める会が何日にも渡って行われた。

 

 いくつもの世界から何人もの人物が情報を提供してくれた。

 そしてその殆どが大変なものであった。

 

「沙夜さん凄いんですよね。7個も道具を使うし、それが無くても強いし、後強化するとさらに強くなるんですよ」

 

 ビャクアについて語ってくれる永春はまだ良かった。

 問題はここからであった。

 

「おい。折角だし酒でも呑みながら話さないか? きっと楽しいぞ」

 

 ディガルムについて語ろうとしていた藤次郎の右手にはウイスキーの瓶が、左手には缶ビールや日本酒のカップが入ったコンビニのビニール袋が持たれている。

 

 それが、悪夢の始まりであった。

 

「翔くんがさぁ〜、女装すると可愛くてさぁ〜、ぐへ、ぐへへへへへへ」

 

 早速酔いが回った浅黄はアズールのことそっちのけで、変身者である翔の女装姿の感想をずっと言いながらニヤニヤしている。はっきり言って気持ち悪い。

 

「良いかい章太郎君。紅茶も緑茶も烏龍茶も、茶葉は同じなんだが製造方法が違うんだ──」

 

 同じく泥酔した源五郎はデイナに関することなど一切話さず、ただ只管紅茶に関する豆知識を章太郎に披露していた。興味の無い章太郎は嫌な顔をしながら適当に受け流す。

 

「まちけんが変身した時さ、『俺の大事な想い人なんだよ!』って言ってくれてさぁ!」

 

 中でも一番酔っていた沙耶は、自身の前にロードが初めて現れた時のエピソードを花奈に語っていた。どうでも良いと思っている花奈は無視して缶ビールに口を付けるのだが、そんなことはお構い無しだ。

 

「え? 燐くんの力について知りたい? そうですねぇ……。じゃあまずはなんですけど──」

 

 唯一真面(まとも)だったのは呑んでいない素面のアリスだけであった。ただ今回の場合は、ツルギのことよりもミラーワールドの仕組みが気になってしまった八雲が暴走してしまい、花奈が殴って静止させたのであるが。

 

 最早ただの飲み会となってしまったこの会を突破し、遂にこのカードが完成したというわけである──。

 

 

 

────────────

 

 

 

「「ホントに大変だったんだよ……」」

 

 被害者となった八雲と章太郎が感慨深くしているのを聞き流しながら、春樹と碧はその結果出来たメモリアルカードを眺めていた。

 絵柄は全て、春樹達が使っている物のオマージュになっている。どうりで少し既視感のあったわけだ。

 

「ん? お兄ちゃんとかの話だと、私達のやつって何かおかしくない?」

 

 突然碧が指摘し始めた。そこに春樹がその詳細を言う。

 

「誰かが仮面ライダーを強く望んだ結果、この世界に来られるんだろ? だったらただの悪戯電話でどうしてここに来れるんだ?」

 

 この世界には仮面ライダーが存在しない。仮面ライダーは所詮、空想の産物なのだ。

 だからこそ到底太刀打ちの出来ないような脅威が現れた時、人々は彼らの存在を強く望むのだ。現にそれで様々な戦士達がやって来たのだ。

 そんなわけだから、あんな悪戯で来られるわけが無いのだ。

 

「それに電話の声、君のじゃなかったよ」

 

 これで確定した。

 あの電話で呼び出されたわけではない。

 

「じゃあ、誰が……?」

 

 その時だった。外から悲鳴が聞こえたのだ。他愛も無い日常から、一気に戻されてしまう。

 ──まさか、これか?

 

 すぐに春樹と碧が店を出ようとする。

 

「あ、おい、これ使え!」

 

 八雲はカードの束から何枚かを投げる。

 それをしっかりとキャッチした春樹と碧は、足早に店を飛び出して行った。

 

 

 

────────────

 

 

 

 元いた世界とあまり変わらない都会の中を、何人もの人が悲鳴を上げながら駆け抜けて行く。

 反対方向に春樹と碧が乗る2台のアクトチェイサーが走る。そして目の前にその原因が見えたのでバイクを停止させて降り、前へと足を進めた。

 そこにいたのは、3体の異形の化け物である。

 

「あれってもしかして……!」

「……()()()()()か……!」

 

 ミカクニン。

 それは22年前、春樹達の世界で猛威を振るったグロンギ族の通称であった。

 

「でも、何か違くないか?」

「確かに……。あんなお洒落な見た目じゃないよね?」

 

 お洒落かどうかは分からないが、全くその通りで、奴等はグロンギ族の怪人ではない。

 とある世界でグロンギ族の次に現れた「アンノウン」と呼ばれる者達であった。

 蟻のような個体はクイーンアントロード フォルミカ・レギア、烏のような個体はクイーンクロウロード コルウス・イントンスス、豹のような個体はクイーンジャガーロード パンテラス・マギストラと言うのだが、春樹と碧がそれを知ることは無い。

 とにかく大事なことは、彼らを倒さなければならないということだった。

 

「じゃあ折角だし、お兄ちゃんのやつ使おうか」

「ああ。そうしよう」

 

 春樹と碧はトランスフォンにカードをかざす。

 

『『ACT DRIVER』』

 

 二人の腹部にドライバーが出現したところで、もう1枚カードを取り出した。

 春樹のものには、ラスコーの洞窟壁画にある牛の絵に大量の数字が書かれているた絵が描かれ、下部には白く「KAMEN RIDER DNA」と印字されている。

 碧のものには、青色の飛行機と白い「Blue Sky Adventure」の文字が、ゲームソフトのパッケージのように配置されていて、下部には「KAMEN RIDER AZUR」と印字されている。

 

 それらのカードを裏返し、トランスフォンのスロットに挿し込んだ。

 

『”DNA” LOADING』

『”AZUR” LOADING』

 

 電源ボタンを押すと軽快な音楽が流れ、二人の上に1つずつゲートが出現する。

 そこからそれぞれ、赤色の牛と青色の飛行機が飛び出して来た。牛は鳴き声を鳴らしながら前脚を動かし、飛行機は碧の上で静止する。

 

 それを確認した春樹と碧はポーズを決め、そして同じ言葉を叫んでトランスフォンをドライバーに装填した。

 

「「変身!」」

『『Here we go!』』

 

 まず二人の身体は土台となる、アクトとリベードの素体へと変身をする。そこに牛と飛行機が分解されて出来た鎧が装着されていく。

 

 アクトの緑色の素体の上には赤色の鎧が、口元には白いクラッシャーのパーツが、さらに頭部には元々あるものとは別に2本の赤い角が付けられている。

 一方のリベードには、素体の青色に似合う同じ青色の鎧が付けられていて、胸部の中央にあるオレンジ色の結晶が美しく光っている。そして頭頂部には刀を模した三本目の角があって、首元には白いマフラーが2本巻かれていた。

 

『Birth of new life, Open the door! I’m KAMEN RIDER DNA! Let’s start the verification.』

『“Blue Sky Adventure”, Install! I’m KAMEN RIDER AZUR! It’s the will of mine.』

 

 仮面ライダーアクト デイナシェープに、仮面ライダーリベード アズールシェープ。

 別世界の戦士の力を受け継いだ形態の誕生だ。

 

『DISPEL CRASHER』

 

 リベードが銀色の剣──ディスペルクラッシャー ソードモードを取り出したところで、二人は前傾姿勢になりながら前方を見据える。

 その目は真っ直ぐと3体の獲物を睨んでおり、絶対に目を離さない。

 

「「READY……GO!」」

 

 リベードが刀で地面を叩いたのを合図に、二人の狩人は走り始めた。

 そこにまずはクロウロードが飛んで来る。烏を模した彼女は、黒い翼を使って飛行することが可能なのだ。

 

 するとリベードは、背中に付いたユニットから白い煙を放出しながら、同じように飛び立った。

 

「え、ちょっ、は!? そんなこと出来んのかよ!」

 

 地上で戸惑うアクトを他所に、リベードはクロウロードとの戦闘を始めた。

 クロウロードが黒い槍を振り回す。風を切る程の攻撃を華麗に避け、自身の剣をぶつけて対峙する。

 ぶつけて押し合った結果として互いの距離は開いたが、再び距離を縮めたところでリベードは相手を剣で叩き落とした。

 

「よし! じゃあ春樹、後お願い」

「……人使い荒過ぎるだろっ!」

 

 妻へのちょっとした怒りを込めた拳を、アクトはクロウロードにお見舞いした。

 さながらバッファローの突進のように勢いのあるパンチは強く、何度も何度も食らわせることでクロウロードを後退させる。

 

「タァッ!」

 

 そして2本の角を使った頭突きをすると、火花を散らしながらクロウロードは後方へと転がった。

 

 地面に足を付けて着地するリベード。

 同時にアクトと共にドライバーのプレートを押し込んだ。

 

『『Are you ready?』』

 

 二人が端末を押し込んだのと同じタイミングでクロウロードは立ち上がり、翼を使って速い低空飛行で接近をする。

 

『OKAY. “DNA” DISPEL STRIKE!』

『OKAY. “AZUR” DISPEL STRIKE!』

 

 リベードの背中のユニットから白煙だけではなく赤い炎が吹き出した次の瞬間、彼女の姿は数十メートル離れたところにいた。

 剣で何かを斬ったような姿勢を取っていることから何かをしたことに間違いは無い。

 

「……決まった……!」

 

 その時、クロウロードの身体の中央に1本の線が入った。それがただの線ではなく斬られた跡であったことは、被害者である本人が一番良く分かっていた。

 けれどももう飛び立ってしまったがために止まることは出来ない。

 

「ハァァァッ!」

 

 そんな怪人に対し、アクトは錐揉み回転をした後、オーバーヘッドの要領で右足を使って蹴り飛ばした。

 飛ばされたクロウロードが地面にぶつかった瞬間に爆散。これで獲物は2人になった。

 

「次はこれで行くぞ」

「オッケー!」

 

 また別のカードを取り出した二人。

 アクトのカードには、錆びれた剣の周りを龍、蜥蜴、妖精が動き回る様子が描かれていて、下部には「KAMEN RIDER LORD」と印字されている。

 一方のリベードのものには、金色のロザリオを黒い龍が捕食しようとしている様子が描かれ、下部には「KAMEN RIDER DIGALUM」と書かれている。

 

 トランスフォンをドライバーから取り外すと、そこにカードを装填した。

 

『”LORD” LOADING』

『”DIGALUM” LOADING』

 

 電源ボタンを押した途端に鎧が消えて素体に戻ると、現れたゲートから黒い布で包まれた銀色の大剣と、黒い龍が出現した。

 二人がトランスフォンを挿し込んだ瞬間、分解されて鎧として付けられていこうとする。

 

 それをアントロードとジャガーロードが槍と杖で攻撃して止めようとするのだが、大剣を包んでいた黒い布が邪魔をして上手く出来ない。

 その布に対抗しているうちに、装着は完了されてしまった。

 

『『Here we go!』』

 

 アクトには銀色の甲冑が付けられるのだが、黒い布によって包まれてしまって左半身が見えなくなってしまう。頭部は竜騎士を思わせる仮面によって覆われていた。

 リベードには黒い鎧が全身に装着され、複眼には紫色のバイザーが重なっている。そして腰からは紫色の模様が入った黒いローブが伸びていた。

 

『Set up, Primitive Road! I’m KAMEN RIDER LORD! Nobody can prevent our military role.』

『DARK REALIZE! I’m KAMEN RIDER DIGALUM! To break your justice is my work.』

 

 仮面ライダーアクト ロードシェープと、仮面ライダーリベード ディガルムシェープ。

 龍の力を使って戦う戦士の力を継承した瞬間だ。

 

 アクトもディスペルクラッシャー ソードモードを取り出すと、二人でジャガーロードの方へと走り出した。

 

 ジャガーロードは持っている杖を振り回す。それで距離を取ろうという寸法なのだろうが、そんなものは無意味である。

 

「よっと……!」

 

 アクトはマントを展開して羽根のようにすると、高く飛翔することで回避。後ろに回って背中に斬りつけた。

 衝撃で前に出てしまった怪人に、今度はリベードが紫色の炎を纏った剣心やパンチ、キックを連続で食らわせていく。最早防御をする暇すら無く、辛うじて杖で攻撃を仕掛けようとしても、アクトが後ろからそれを没収して成す術の無い状態にしてしまった。

 

 ロードとディガルムのカードはかなり破壊力の強いカードのようだ。現に先程よりも早いスピードで、自分が優勢に立つことが出来る。

 結果、ただ一方的に攻撃を食らわせるリベードを、アクトが見送る形となったのだ。

 

「「テヤァッ!」」

 

 そしてアクトがリベードの隣に立ったところで二人は怪人を蹴り飛ばし、ドライバーのプレートを押した。

 

『『Are you ready?』』

 

 何とか立ち上がったジャガーロードであった。

 けれどもやっとの思いで見た目の前に現れたのは、あまりにも早い死刑勧告であった。

 

『OKAY. “LORD” DISPEL STRIKE!』

『OKAY. “DIGALUM” DISPEL STRIKE!』

 

 アクトの剣心には銀色と黒色のオーラが纏わり付き、リベードの剣心には紫色と黒色のオーラが纏われる。さらにリベードの後方には、黒い龍が雄叫びを上げながら現れた。

 

「「ハァァァァッ!」」

 

 斬撃を繰り出す二人。ただでさえ強い攻撃であるのだが、アクトのものはマントが大きく靡くことで出来た強風によって、リベードのものは龍が吐いた黒い炎によって勢いを増し、より強烈なものとなる。

 それらが激突をした瞬間、怪人は激しい断末魔を上げながら爆散した。

 

 これで残りは後一体となった。今使っているカードの攻撃力を使えば圧倒出来るであろうし、デイナやアズールのカードでもすぐに決着を付けることは可能だ。

 どう考えても自分達が有利である。そう思った。

 

 けれどもそれは、完全に油断しているとしか言いようの無かった。

 

 アントロードが自身の槍を高く上げたその時、アクトとリベードの前にあったマンホールが震え始めた。

 

「「?」」

 

 一体何なんだと思ったその時、マンホールが吹き飛び、中から同じような蟻の怪人が現れたのだ。

 それだけではない。周りに建っているビルの陰からも同じ怪人が姿を見せた。

 奴等の名はアントロード フォルミカ・ペデス。女王が操る戦闘員、言わば軍隊蟻である。

 

「嘘でしょ……。気持ち悪いのがうじゃうじゃと……!」

「ああ。面倒臭いことになったな」

 

 グロテスクな見た目に吐きそうになるリベードと、困った様子を見せるアクト。

 いくら破壊力やスピードが凌駕していたとしても、己らを囲む軍隊を完全に殲滅するには時間を有する。後にラスボスを倒す力が残っているかどうかは、はっきり言って判らない。

 

「こういう時、質より量の方が勝っちゃうのよね……」

「……いや、『適材適所』っていう言葉もあるぞ」

 

 剣を地面に突き刺したアクトは1枚のカードをリベードに見せた。

 カードの絵柄はビルの窓に白色の龍が映っているというもので、下部には「KAMEN RIDER TSURUGI」と印字されている。

 

 それを見たリベードは仮面の下で微笑むと、

 

「そういえばそうだったね」

 

 同じように剣を刺してカードを取り出した。

 名古屋タワーの周りを白い鳥が飛んでいる様子が描かれていて、「KAMEN RIDER BYAKUA」と下部に印字されている。

 

 裏返したカードを取り外したトランスフォンに装填する。

 

『”TSURUGI” LOADING』

『”BYAKUA” LOADING』

 

 電源ボタンを押すと鎧が解け、上に現れたゲートから白い龍と羽根が青色の白い烏が姿を見せる。

 2体の獣は雄叫びや羽根を使って威嚇し、軍隊を一切寄せ付けない。

 

 そしてドライバーにトランスフォンを挿し込んで、分解されて生まれた鎧達を装着した。

 

『『Here we go!』』

 

 アクトに装着されたのは白銀の鎧だ。肩にある独特なパーツは何処か龍騎を彷彿とさせるのだが、真っ白な他のものが別物であることを分からせる。頭部はまた仮面で隠され、僅かな隙間から複眼が見えるのみだ。

 リベードの胸部と両手、両脚に付いた、金色の模様が入った白い鎧は和を彷彿させ、羽根によって作られた青色の大袖は山伏を思わせる。そして腰から白いローブが垂れ下がっている他、頭部には大きく翼を広げる鳥の形をした仮面が付けられた。

 

『I’m KAMEN RIDER TSURUGI! The cry of fate, the end of a wish.』

『On, Karuka, Kan, Kanra! I’m KAMEN RIDER BYAKUA! The mask of a white crow, please give me force for fighting.』

 

 仮面ライダーアクト ツルギシェープと、仮面ライダーリベード ビャクアシェープ。

 三度、他の世界の仮面ライダーの力を受け継いだのだ。

 

 アクトとリベードはもう1枚カードを取り出す。

 アクトのカードには、仮面ライダーツルギが使っているのと全く同じ絵柄があって、「DRAGSLASHER」と書かれている。

 リベードのカードには、青色の鋼で作られた鎌が描かれ、下部には「3: SCYTHE」と印字されている。

 

 それらをドライバーに装填されているトランスフォンの裏側にかざした。

 

『ADVENT』

『Number 3 of tools to slay monsters. That scythe cuts cloud as well.』

 

 するとビルの窓から雄叫びを上げながら白銀の龍──ドラグスラッシャーが現れる。さらにリベードの手元には大きな鎌──雲薙ぎの大鎌が握られる。

 

「いけ」

「ハイヤー!」

 

 アクトの合図でドラグスラッシャーは翼を羽撃かせて斬撃波を放ち、リベードは気合いで5メートル程まで巨大化させた鎌で軍隊を斬り裂いた。

 たった一撃であるのだがその勢いは凄まじく、あっという間に全滅させてしまった。

 

 不味いと思ったアントロードは、三又の槍を使って再び軍隊を呼ぼうと画策する。

 だがそこにドラグスラッシャーが猛スピードで向かうと、尾の先端にある矢のような部分で槍を切り落とした。これでもう仲間を呼ぶことは出来ない。

 さらに鋭い爪で斬りつけると、アントロードは槍を手放した状態で吹き飛ばされてしまった。

 

 これで分かった。

 アイツはただ仲間の力を使っているだけ。さすれば、仲間を呼ぶことの出来ない今の状態であれば、優に倒すことが出来る。

 

『Number 7 of tools to slay monsters. Who use this shoes can run faster and faster.』

 

 リベードの両足に、白い羽の装飾が付けられた朱色の下駄──韋駄天の鎧下駄が装着される。

 もう準備は整った。

 二人はドライバーのプレートに触れた。

 

『『Are you ready?』』

 

 トランスフォンを下の方へ押し込み、ドラグスラッシャーが大きな雄叫びを上げたのと同時に跳び上がった。

 すると何とリベードが計7人に分身し、アクトと共に最後の技を放つ準備をする。

 

『OKAY. “TSURUGI” DISPEL STRIKE!』

『OKAY. “BYAKUA” DISPEL STRIKE!』

「おりゃああああああああああ!」

 

 ドラグスラッシャーが再び大きな斬撃波を放ったことで、それに後押しされてアクトとリベード達は加速。計八人の戦士が交代交代に強烈なキックを食らわせてアントロードを吹き飛ばした。

 

 二人が着地をしたタイミングでアントロードは立ち上がる。

 だが頭上に白く美しい輪っかが現れた瞬間、大きな爆発を起こして姿を消した。

 

 こうして三体の怪人は全て消えた。

 一仕事を終えたアクトとリベードは大きく深呼吸をし、後ろを向いて帰り始めた。

 

 

 

────────────

 

 

 

 店のドアを開いて戦いを終えた春樹と碧が帰って来た。

 やはりあれだけの敵を相手していたため、疲弊を隠せない。

 

 先の戦いで、使ったカードがかなりの即戦力になることが分かった。

 これならばパラレインに容易に対抗出来るやもしれない。

 その希望から顔色は明るかった。

 

「あのカード結構良いな。使えるぞ」

「うん。これなら零号に──」

「それなんだけどさ……」

 

 検証が成功したにも関わらず、八雲の表情は浮かばれない。いつもなら自分の実力や才能を自画自賛するというのに。

 

「作ったカード、1回使ったらロックがかかって使えなくなるみたいで……」

 

 その発言で春樹と碧は落胆した。

 

「つまり……振り出しに戻ったってこと!?」

 

 黙って頷く八雲。

 二人は、先程の戦いは一体何だったんだ、と思わず溜息を吐いた。

 

「ということで、一旦撤収だ」

 

 八雲の言葉で春樹と碧は三人で帰ろうとする。

 だがここで春樹がある疑問を思い付いた。

 

「……で、どうやって帰るんだ?」

 

 彼ら三人には別世界を行き来するための能力も道具も無い。故にここに来る術が無いのと同様に帰る術も無い。

 すると八雲は着ているアロハシャツの胸ポケットからあるものを取り出した。

 

「これで俺達の世界とこの世界を自由に行き来出来る」

 

 そこにはこの喫茶店にある特殊な黒電話が描かれていて、下部には「HAMELN」と印字されている。

 そのカードを八雲は、左の手首に付いた黒い腕輪にかざした。

 

『Exit from Hameln』

 

 試しに八雲が店のドアを開いてみると、先に広がっていた光景は見慣れた街並みであった。

 活気付いている商店街は、間違い無く自分達の住んでいる世界の東中野である。

 

 信じられないものが目の前で広がり、呆然とする春樹と碧の背中を押して強制的に退室させる八雲。

 

「あ、折角だしやるよ」

 

 八雲はカウンターを指差す。そこにあるのはカードの束が入ったアタッシュケースであった。

 其方を向いてから章太郎は再度前を向くのだが、もう三人の姿はいなくなっていた。

 

 店の中で一人になった章太郎はカウンター席に座り、カードの絵柄を一枚一枚眺めた。

 

「あ、キッド姉ちゃんのカードもある。これは千里兄ちゃんで、これが紫乃兄ちゃんか……。何か、ガッチャードのカードみたいだな」

 

 様々な絵柄のカードに仮面ライダー達の姿は一切無く、それぞれの特徴を風景や生物が描かれているだけだ。

 それが何だか一人一人を正確に表しているようで面白く思える。そのカードを眺めながら、章太郎は自然と笑みを浮かべた。

 

 



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アリスちゃんグランプリ編
エキサイティングサマーファルス~開幕アリスちゃんグランプリ~


執筆:マフ30


 

 熱い八月のある日、仮面ライダーブリランテこと掃除屋キッドは異世界の東京で夏を満喫していた。満喫しすぎていたのかもしれない。

 

「いやぁ~ツラいわ♪ 近所のいたいけなキッズたちの純情に消えない傷を刻んでいくのツラいわ♪」

 

 喫茶Hamelnがある商店街の片隅で営まれているレトロな駄菓子屋の店先にてサマーベッドで寛いでいるキッドはアロハシャツにショートパンツというラフな格好にセレブがしているようなデカいサングラスをして、キンキンに冷えたラムネで喉を潤しながら最高にだらしなく浮かれた笑顔を見せる。

 

「キッドねえちゃーん! 遊ぼー! 今日こそびしょ濡れにしてやるぜー!」

「フフン♪ それは楽しみだ。でも、いまヤン●ャン読んでるからちょっと待ちなよ。その間に水分と塩分をチャージするんだ。マスター(おばちゃん)!この子たちに麦茶とカリカリ梅をヨロです!」

 

 遡ること数日前――こちらの世界では掃除屋の仕事も無く暇を持て余して東京観光に精を出していた彼女は偶然にも公園で水鉄砲の撃ち合いをしている子供たちと遭遇。

 最初は物好きなギャラリーでしかなかった彼女だが子供たちの水鉄砲捌きに愛のあるヤジを飛ばしている間に気が付けばガンマンの血が騒いだのかちびっ子たちの輪の中に混じり、本職の銃技を大人げなく……もとい惜しげもなく披露して真夏のスーパーヒーローとして君臨していた。

 

「キッドちゃんがいるとお客がたくさんで夏バテなんてしてられないねえ!」

「そうでしょう、そうでしょう♪ ボクは招き猫より遥かにお得だよ。なにせ悪い客はネズミのように追い払うことも出来るからねえ」

 

 キッド目当てに次々と集まって来た子供たちの接客をしながら汗を拭う初老の店主に得意げに言いながら彼女は小さなファンボーイから献上された漫画雑誌のページを優雅にめくる。

 まだ思春期すら迎えていない子供たちにとってキッドという存在は劇薬だった。16歳という大人と少女の中間の年頃にある明るくフレンドリーなお姉さんが距離感近めで遊んでくれるという甘酸っぱい幸せイベント。

 しかも水鉄砲でありながらアニメや特撮のようなガンアクションを披露し手足には意味ありげな無数の縫合傷。シャツからチラリと見え隠れするお腹や腋、胸元にドギマギする子もいたがそれ以上に掃除屋キッドは小学生男子にとって可愛いよりも無数のカッコいいが合体したすごくすごいナニかだったのである。

 

「あっははは! 日本の夏サイコー!!」

 

 喫茶店の手伝いには殆ど顔を出さずにこれである。

 だが、そんな彼女の極上時間は突如として終わりを迎えることになる。

 

「WOOOOOOOOOOO!!」

 

 謎の気勢を轟かせながら駄菓子屋目掛けて突っ走ってくる半裸に三角の覆面で顔を隠した得体の知れない筋肉のエントリーによって。

 

「は? え……なに? え、え、え!?」

「キッドチャンアーソーボー!!」

「はああーーっ!?」

 

 まるで現代に蘇った原始人のような荒々しさを全開にしてダッシュしてきたその不審者は唐突過ぎる事態に困惑しつつ咄嗟に反撃を試みたキッドの動きをまるで知っているかのように難なく受け流すと彼女の頭からズタ袋を被せそのまま何処かへと連れ去って行ってしまった。

 白昼堂々と行われた誘拐事件にパニックが起こる駄菓子屋だがその混乱は居合わせた子供たちの目の前に音もなく現れた黒髪の少女が「カンラ」と一言唱えるとあっという間に静まり、何事もなかったように何気ない一日が再開されていった。

 

 

 

 

「……――い。おーい、キッドー!」

「うぅ……暑ぅ……え、砂ぁ?」

 

 吹き抜ける風と熱砂の感触、そして自分を呼ぶ声でキッドは目を覚ました。

 鼻孔をくすぐる潮の香りと聞こえてくるさざ波、更に遠くからはカモメの鳴く声。

 どうやら海辺のどこかへと連れてこられたようだ。

 

「あれぇ……深紅じゃん? なんでいるの?」

「なんでだろうねえ。私も知りたいさ」

「ボクは覆面被った変な筋肉に拉致されたんだけど……同じってことかな?」

「正解」

 

 まだ寝惚けていたキッドだが目の前に知っている顔がいたことで意識が徐々に鮮明になっていく。そこには鮮やかな赤い瞳を持つ気風の良さそうな佇まいの女性がいた。彼女の名は皇深紅。またの名を仮面ライダーローサー。自分と同じく異世界からやって来た仮面ライダーの一人だ。

 

「というか、深紅のソレ水着でいいよね? ニンジャガールのコスプレじゃなくて?」

「黒の網編みが何でもかんでも忍者の服と思ったら大間違いだよ!」

 

 恐らくわざと言っているであろうキッドの言葉に炸裂する切れ味の良いツッコミ。

 元いた世界で一癖も二癖もある仲間たちに囲まれて鍛えられた深紅の固有スキルは今日も健在だ。それはともかく、キッドが言うように目の前の彼女は確かに華やかな水着姿だった。

 

「起きたらこの水着に着替えさせられてたんだよ。ホント、何が何だか……」

「身ぐるみ引っぺがされてることを思えばマシでしょ? それに似合ってるよ」

 

 灼熱の日差しに当てられて首筋を伝う汗を拭う深紅はパッションオレンジのビキニの上から黒いメッシュのラッシュガードを羽織っていた。

 可憐さよりも麗しさが先行する彼女によくマッチしていると思われる水着だった。

 恐らく普通の海水浴場ならば男たちの興奮の声以上に同性からの黄色い悲鳴が上がるだろう。

 

「気付いてなさそうだけど、あんたも水着なんだよ」

「わおっ!? 本当だ!」

 

 深紅からの指摘を受けてようやく自分の格好の変化にも気付いたキッドは飛び上がった。

 白いビキニに薄い生地で作られた浅黄色のマフラーの組み合わせ。普段が外套を纏って低露出なだけに新鮮な印象を与えている。

 

「あ! キッドと深紅さんもいた! おーい!」

 

 自分たちの衣服が変わっていたことに驚きながらこれからどうするべきか二人で考えていると聞き覚えのある声が自分たちの名を呼んだ。

 声の方角へと視線を向けるとやはりというべきかこの謎の海辺に拉致されてきたのはキッドと深紅の知り合いばかりのようだった。

 自分たちを見つけて小走りで駆けてくるのは更科朔月、仮面ライダー銀姫。一見するとクールでミステリアスな雰囲気だが感情表現豊かな普通の女子高生である彼女も白と青のボーイレッグというスポーティな美しさが目立つ水着姿をしている。

 

「やあ朔月、会えて嬉しいよ。誘拐されてちょうど途方に暮れてたところだったからね」

「じゃあキッドたちも……」

「その様子だと全員ここにいる原因は一緒って感じかい?」

「はい。私たちもそれぞれ頭巾被った変態みたいなのにラチられて気が付いたらこの島にいたんです」

 

 息を整えて朔月が深紅の質問に頷いてから数秒後には後ろに見えていた残りの面々が到着してざわざわと自然にこの事態をどう解決するかの話し合いが始まった。

 

「どっかの怪人の仕業だと思うか?」

 

 サマーパーカーを羽織ったニヒルな雰囲気の少年が険しい表情で口火を切った。

 彼は黒道士郎。仮面ライダーディガルムに変身して欺瞞に満ちた正義に牙を剥く地獄の番人だ。

 

「私の直感になるんだけど、今回は違うんじゃないかしら?」

「そうだな。もしもオレたちを始末する意思があるのなら既にやっているはずだ」

 

 士郎の疑問に対して、深い水色の髪をポニーテールで纏めた人魚のような美貌の女性が所感を述べ、その隣で周囲を警戒する刃のような鋭く冷やかな佇まいを帯びた美少年が同意する。

 仮面ライダーテテュスに変身する大梅瑠璃と仮面ライダームラサメへと変身する行雲紫乃もそれぞれ黒いビキニとアクアマリンのパレオの水着姿とスパッツタイプの海パンに水兵(セーラー)風の上着を纏った海辺の装いになっていた。

 

「もしもみなさん(ライダー)が目的なら、私じゃなくて頼人を攫ってるはずですし……さては夏の妖怪の仕業だったり!?」

 

 可愛らしいフリルが腰回りについた黄色のワンピースタイプの水着を着た栗毛のショートヘアの少女がおっかなびっくり、後半はどこか好奇心にざわめきながら声を上げる。犬山春歌、仮面ライダー妖狐として戦う篝火頼人の友人だ。

 

「さ、攫った人間を水着に着替えさせる妖怪さんがいるのかは分かりませんけど、士郎さんと一緒にいた私はともかく、春歌ちゃんまで連れ去られてしまったと言うのはやっぱりおかしいです」

 

 春歌と同じく仮面ライダーに変身しないにも関わらず拉致されたもう一人の少女が戸惑いながら自分たちが置かれている状況の異常性の一つを指摘した。

 陽光に輝く美しい銀髪を風に揺らすのは白金マリア。数奇な縁で士郎を居候させることになった教会でシスターをしている心優しい少女だ。

 彼女は豊満な胸を純白の競泳水着に包み込み、士郎の傍らに寄り添っている。

 

「うーん……確かに俺たち(ライダー)が狙いなら、マリアたちまで攫う必要ないわけだしな」

「もし、みなさま。こちらに来ていただけないでしょうか?」

 

 不幸中の幸いにも全員無事に集合出来たことに安堵しながらも、いまだ根本的な問題を解決するための妙案が思い浮かばないでいた一行の輪を呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。

 

「薫。気配が離れていると思ったら、どうしたんだ?」

「ふふ……夏は蝶が生き生きとする季節ですので。冗談はほどほどに、恐らくですが事件の首謀者に繋がる手掛かりを見つけました」

 

 小高く盛り上がった砂の丘の上、陽炎に揺られながらもたおやかな笑みを崩さないのは大和撫子という言葉を人の形にして命を吹き込んだような美少女にして美少年。

 御伽装士/仮面ライダーマイヤへと変身する夜舞薫は大きな麦わら帽子と白いワンピースという出で立ちでみんなを自分がいる方向へと手招いた。

 

 

 

 

「これは……」

「なるほど、アイツ(・・・)の仕業なら頷ける」

 

 それを見つけた紫乃はあからさまにうんざりした顔を見せた。

 薫の案内でまだ探索していなかった砂浜の奥へと進んだ一行はそこでモノリスのように鎮座した姿見のような大きな鏡を見つけて、ある者は溜息をつき、またある者は憤慨し、またある者は一抹の安心を得た。

 

「どういうつもりアリス? いるんでしょ、出てこい」

 

 代表して深紅が鏡の前に立ってある少女の名前を呼んだ。

 すると直ぐに変化が起きた。まず最初は鏡にではなかったが――。

 

「AOOOOOOOOON!」

「「「出たぁあああ!?」」」

 

 一体どこに潜んでいたのか何処からか大ジャンプをしてあの三角頭巾に半裸の変質者が上空からエントリーしてきたのだ。変身できずとも腕に覚えのある者は即座に臨戦態勢になるが三角頭巾は持参してきたビーチパラソルを鏡の傍に設置するとまるで召使のように背負っていた大きな団扇で扇ぎ始めたのだ。

 

「ようやくここに辿りつきましたか~? 全くぅウミガメさんのようにのろまなものなので折角のイベントの時間が無くなってしまわないか心配しましたよぉ」

 

 キッドたちが三角頭巾の思わぬ登場で意識が逸れた一瞬のうちに、鏡の中には長い黒髪をたくわえた蠱惑的な美少女が姿を見せていた。

 アリス――ツルギの世界で行われるライダーバトルの管理者。

 数多の異世界から仮面ライダーたちが集ったこの世界では期間限定の協力者を自称する彼女もまた普段のセーラー服姿からホワイト&ゴールドの刺激的なデザインをしたクリスクロス・ビキニへと着替えて、優雅にトロピカルドリンクを飲んでいた。

 

「なにを企んでいるのかしら?」

「そんなに怖い顔をしないでくださいよぉ。折角の美人が台無しですよ? まあ、私には勝てませんけどね♪」

 

 冷やかな視線を送りながら、謎だらけのアリスの目的を問い質す瑠璃に当の彼女は相変わらず人を食ったような態度を崩すことなくニヤリとほくそ笑む。

 

「別に皆さんをミラーモンスターの餌にしようとか危険なことを考えているのではないのでそこはご安心を♪ 寧ろ、今回の私はイケてない夏を過ごしているであろう皆さんに笑顔と幸福を届けに来た真夏の女神と思ってくれて構わないんですよ」

「余計なお世話だ。さっさと本題を話すか俺たちを帰せ」

「全く無粋な野良犬さんですねえ……確かに手荒な招集になってしまったのは謝りましょう。そこまでムーに指示をしていなかったものでしてね」

「ムー?」

 

 士郎を筆頭に厄介事に巻き込まれたくないと一部の面々は怒気が強まるが謎のワードに首を傾げた。

 

「紹介しましょう。今回雑務を担当している下僕のムーです。哀れで救い難い蛮族なので適当に呼んであげてください」

「ゲボクジャナイ。オレ、バイト。黒髪ガキレイダカラッテオモイアガルナ」

「うふふ。そういうことなら即解雇、お給料の前払い分も全回収しますけどよろしいですね?」

「……アリスチャンサイコーカワイイヤッター」

「よろしい」

 

(((こいつムゲンじゃん)))

 

 吐き捨てるようなカタコトで感情の籠っていない言葉を発した三角頭巾の声を聞いて、一同は真正面から自分たちを拉致してみせた不審者の正体に気付いた。

 個人の名誉のために詳細は省くが彼もまたこの世界で共に戦う仲間の一人だった。

 

「なにやってるのムゲン」

「今月ピンチ、クーサンタチトBBQデ豪遊シスギタ。夏ノ誘惑ニヤブレチマッタ」

 

 中の人が判明したことで危険が無いと分かった朔月はなんでこんなことをしているのかと呆れながら質問して、しょうもない回答を返されたことで更に呆れ果てた。

 

「バカじゃないの」

「モウスコシ、優シイ言葉ヲカケテホシイ」

「じゃあおバカだね」

「チガウ。ソウジャナイ」

 

「話が逸れましたが皆さんには私がとある発注を受けて企画・準備をしたレクリエーションに参加してくれれば終了後に解放してさしあげますよ。シンプルな話でしょう?」

「アリス様……はてさて貴女の狙いは何なのでしょうか?」

「心外ですね~私は皆さんの夏が忘れられない素敵な夏になるように一肌脱いであげただけですよぉ? 優勝者には豪華賞品までご用意させてもらったんですからねぇ?」

「まあまあ」

「それでどうします? このままこの無人島で干からびるのを待ちますか? それとも一縷の望みを信じて試練(ゲーム)に挑みますか? 返答はいかに?」

 

 穏和な口調ながら針を忍ばせたような気配で問う薫を煙に巻きながらアリスはあべこべに参加の是非を問いかけた。

 

「どうする?」

「色々とまだ裏がありそうではあるがムゲンもあんな風に協力しているのなら安全は保障されているとみていいだろう」

「それにあそこまで煽られて挑戦しないだなんて、仮面ライダーやっている者の名がすたるってものだよ!」

「戦いではないのなら私たちも士郎さんたちの力になれますしね」

「はい! みんなで力を合わせてこの島から脱出しましょう!」

 

 相手が相手だけにまだ油断はできないが突きつけられた困難を前に気合と闘志に満ちた声が次々に飛び交い、彼らの心は一致した。

 

「アリス! あんたのイベントとやらに乗ってあげるよ!」

 

 鏡の前に勇ましく立って啖呵を切った深紅にアリスは夏の暑さを忘れるような涼しげで不敵な笑みで答える。

 

「よろしい! 流水飛び交う夢の大決戦場! 超大規模水鉄砲サバイバルゲーム! 名付けて、アリスちゃんグランプリの開幕を宣言します!!」

 

 

 

 

「えーそれでは第一回アリスちゃんグランプリのルール説明を始めます。皆さまお手元の資料をご確認ください」

 

 あれだけヒロイックな決意表明と祭典の開幕を宣言した両者だったがハージェネライダーの面々は熱中症予防のため涼しい日陰のある場所へと移動させられて、ムーが持ち込んだスポーツドリンクを飲みながら詳しいゲームの説明を受けていた。

 こういった細やかな気配りと行き届いた配慮はツルギの世界で多数の少女たちが入り乱れるライダーバトルを公平に管理してきたアリスの優れた運営手腕の妙である。

 

「基本ルールは簡単です。会場はこの無人島全域。参加者は他の選手の水鉄砲に入った色水に当たったらリタイア。後はどれだけ濡れようが汚れようが問題ありません。また安全や不正行為が無いかの確認のために島のあちこちには定点カメラを設置して参加者の行動を撮影していることは了承していて下さいね」

「一つ質問していいかしら? もらった地図によると島には川が流れているようだし、海や河川を泳いで移動するのはOK?」

 

 泳ぎに自信がある瑠璃にとって海辺や水辺での活動制限の程度は大切な情報だ。

 

「許可しましょう。但し安全性に配慮して海に関しては陸地から10m離れた場所まで移動した場合失格です。誰もが大梅さんのように泳ぎに秀でているわけではありませんからね」

「ありがとう。よく覚えておくわ」

「では、説明を続けます。参加者の装備は武器になる水鉄砲と予備の色水が入ったボトル。島の地図アプリが入った端末となります。島の各地には給水ポイントやお助けアイテムが入った宝箱を置いてあるのでそれらを駆使して勝利を目指してください」

 

 マリアたちが説明に従って地図を見てみると端末の画面に映った島の全体図には色んな場所に赤い印がマーキングされている。

 

「こういうのは詳しくないが翔たちが遊んでいるTVゲームを現実を舞台に生きた人間でやっているようだな」

「そう言う認識で結構ですよ。紫乃くんのように生身でも動ける方には是非とも柄になる立ち回りを期待しまぁす♪ それでは参加者それぞれのスタート位置を決めるためのくじを引いて……あ、そうでしたぁ」

 

 予想以上にしっかりと作り込まれた水鉄砲サバイバルゲームの概要に感心すら覚えつつ、いよいよゲーム開始とキッドたちが動き始めたところでアリスはわざとらしく、伝え忘れていた重要なルールを口にする。

 

「アリスちゃんグランプリはライダーバトルと違って命の危険のないクリーンなゲームです。な・の・で……協力、裏切り、策謀なんでもありで存分にゲームを盛り上げてください♪」

「……ヤなこと言うね、アナタ」

「気にした方が損だよ、朔月。ストレス発散だと思って気ままに暴れてやりなよ」

 

 有能ではあるが一癖あるのに変わりはないアリスの意味深な言葉にライダーバトルと酷似した狂気の祭典の参加者である朔月は微かに表情を曇らせる。

 だが、そんな悶々とした朔月の気持ちをキッドは軽く彼女の背中を叩きながら砕けた態度で取り払う。

 

「ありがと。ねえ、良かったら私と組んで戦わない?」

「あー……気持ちは嬉しいんだけど、ボクってば今回のメンバーの中だと唯一の銃ライダーじゃん? 銃の取り扱いには一日の長があるっていうかさ」

「う、うん……まあ」

 

 体をくねくねさせ、マフラーをねじねじさせ、もったいぶった言い方をするキッドに朔月は彼女の本音を何となく察した。この女、本気だと。余計な味方とかノーサンキューで本気で勝ちにいく気なのだと。

 

「でしょう? 言っちゃえばボクってば優勝候補なわけだから徒党まで組んじゃうのは他のみんなが大変かなってキッドちゃん思うわけだよ」

「つまり、私とは組みたくないと?」

「ごめんねー朔月。アリスは胡散臭いけどゲーム自体は面白そうだから、すぐに終わっちゃうのはイヤだなって。そういうわけだから、君の武運を祈るよ! じゃ☆」

 

 最高に勝ち誇ったドヤ顔を見せてキッドは朔月のところを離れてくじを引きに言ってしまった。残された朔月はと言うと――。

 

「あのドヤ顔絶対ビシャビシャにする」

 

 珍しく戦いという行為に全力の闘志を燃やして、優勝を目指す決意を新たにしていた。

 そして、同じように普段は争いを好まないものの、このような特殊な舞台だからこそやる気を燃やしている人物がいた。

 

「マリア、もうスタート場所は決まったのか?」

「士郎さん! はい。私はF地点になりました」

「そうか。俺はBだから結構離れてるけど、始まったらすぐに合流しに向かうからそれまで隠れてろ」

「そのことですけど、今日に限ってはお気遣い無用です」

「へ?」

 

 数少ない非戦闘員であり、行き倒れになりかけていた自分を助けてくれた恩人であるマリアをゲームとは言え危ない目には遭わせられないと自分と二人で行動することを提案しようとした士郎であったが意外すぎるマリアの返答におかしな声が漏れてしまう。

 

「士郎さんにはいつも守ってもらってとても感謝していますし、信頼しています。でも、守られているだけというのはダメだと思うんです。なので今回は私もいざというときはちゃんと一人でも行動できるってことを士郎さんに見て欲しくて……守らないでくださいね」

「え、あの……マリア? 本気で言っているのでございますですか?」

 

 寝耳に水なマリアの宣言に思考回路がバグった士郎はたまらずヘンテコな敬語で喋り出す始末だ。それぐらいひと夏の勢いに背中を押されたマリアの思いつきは彼にとって大胆極まる物だった。

 

「本当です。むしろ、ライバルとして正々堂々と勝負ですよ! もしも手加減なんてしたら私怒りますからね? それじゃあがんばりましょう!」

「………………うそだろ」

 

 清々しい笑顔で宣戦布告したマリアは胸元の立派な二つのメロンを揺らして自分のスタート位置へと移動して言ってしまった。ショックが大きすぎて真っ白になってしまった士郎についぞ気付くことなく。

 

「それではあああっ! アリスちゃんグランプリ! 開幕です!!」

 

 全九人の様々な思惑が交錯しながら、こうして真夏の一大サバイバルゲームがついに幕を開けた。果たして勝利の栄冠を掴み取るのは誰になるのか、勝負の行方は神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台となる無人島は思っていたよりも広く森林や河川も豊かだ。

 つまり、たかが水鉄砲を使ったお遊びと高を括れば痛い目を見る程度に本気で撃ち合いができる戦場であった。

 

「……」

 

 そんな森の中を優勝候補の一角であるキッドは息を殺し、山猫のように姿勢を低くして極力音を出さないように慎重に進んでいた。

 眼差しは既に容赦なく悪魔を撃ち抜く掃除屋としてのソレへと切り替わっている。それほどまでに彼女はこのゲームに本気だった。

 銃士としての誇り、朔月からの共闘の誘いを断った己への絶対の自信がそうさせるのか、あるいは――。

 

(ガッテムサマー!!!!)

 

 キッドは支給された竹の水鉄砲を握り締めて、半ベソになりながら心の中で絶叫した。

 

(ふざけんなよあの恋愛クソザコゲームマスター! なにが公平を期すために初期武器はスタート地点によってランダムですだ! なにこの筒! ボクの知ってる水鉄砲と違う!!)

 

 誇りとか自信とか関係なく、ただ予想を遥かに超えて手持ちの水鉄砲がクソザコ仕様で必死なだけだった。

 

(ゲームが始まる前に試射させてもらったけど射程微妙! 連射性劣悪! そもそも水が飛ぶってだけで拳銃の形すら成していないじゃないか! リロード性能がギリギリ、本当にギリギリでちょっと良いぐらいのガッカリ武器だよ!)

 

 キッドはさっき朔月の誘いを断ったことを死ぬほど後悔していた。

 こんな残念装備を掴まされるのなら彼女と共闘関係を結んでおけば良かった。

 竹の水鉄砲(こんなもの)が武器ではまるで戦車や最新の銃火器がひしめく戦場にロケット花火一本持って放り込まれたようなものだ。

 

「どうするかな? フィールドに落ちてあるお助けアイテムとやらを漁って別の水鉄砲を手に入れるか……こんなんじゃまともに戦えない」

 

 あれだけ大口を叩いておいて、速攻で脱落したとあってはキッド的に一生の恥である。

 きっとこの夏はずっと輝ける銃士wwなどと笑いものにされるだろう。

 なんとか勝ち抜く術を考えていた時だった。

 長く生い茂った雑草の向こう側が大きく揺れた。

 

「え?」

「あ?」

 

 緑のカラコンをした瞳が間の抜けた顔をしているキッドを映していた。

 雑草をかき分けて姿を見せたのは他でもないその朔月だった。

 この暑い中で慣れない野山を歩いたことでほど良く瑞々しい肢体が汗ばんだ彼女はどこか退廃的な色っぽさがある。

 

「ハージーメー! 無事でよかった! 会いたかったよぉ! やっぱり、しばらく一緒に――」

「みんなあああ! キッド見つけたーーー!!」

「う゛え゛っ!?」

 

 勝利のためにはこの際、恥もプライドもド返しにする決断したキッドは満面の笑みで友情の証とばかりに朔月にハグしようと駆け寄るが世の中はそう甘くはない。

 

「撃て撃て撃てー!」

「キッドちゃん、勝負だよー!」

 

 朔月の大声に呼応して彼女とチームを結成していた深紅と春歌があっという間にキッドへと殺到する。

 

「キッド食らえええーーっ!!」

「ふぎゃああああああああああ!?」

 

 朔月が持っていたショットガン型の水鉄砲を皮切りに三人の一斉射撃がキッドを襲う。特に春歌が初期装備として持っていた電動マシンガンタイプの水鉄砲は物凄い勢いで水を撃ち出していく。

 襲い来る水の弾丸と水流をキッドは情けない悲鳴を上げながら全速力で逃げ出した。

 常人なら近くにいた朔月の射撃を含めた三人がかりの水鉄砲の洗礼に成す術もなくやられていただろう。

 だがそこは掃除屋として生身でも悪魔と戦うこともあるキッドである。持ち前の身体能力を活かして山猫を思わせる軽快な動きでどうにかこうにか逃げ回る。

 

「こんなところでやられるもんかあああ――……へぶっ!?」

 

 決死の形相で例え水着がズレて尻を半分衆目に晒しながらも逃げ回った末にキッドは足を蔦に引っ掛けて盛大にすっ転んだ。

 

「え、あ、ちょっ……ほわあああああああああ!?」

 

 勢いよく転んだキッドはそのまま雑草で見えていなかった急な坂をそのままゴロゴロと転がっていき、そのまま川へと落ちていった。

 多くの謎を残しながら開催されてしまったアリスちゃんグランプリ。

 波乱に満ちたこのゲームの初戦はこうして幕を閉じた。

 しかし、一夏の大乱闘はまだまだ始まったばかりである。

 



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エキサイティングサマーファルス~激突ウォーターライダーズ~

執筆:マフ30


 追憶。

 8月X日 とある少女の戯言。

 喫茶Hameln大きな鏡のすぐ傍の席にて。

 

「いやぁ~ツラいわぁ♪ 近所のキッズたちを神レベルの水鉄砲捌きで無双しちゃうボクってばツラいわぁ♪」

 

 今日も近所の子供たちに混じって目一杯に夏を満喫した少女は夕暮れの誰もいない店内でまどろみながら(自分に)酔っていた。

 

「でもちびっ子たち相手じゃ張り合いがないよねー! もっとこう脳がヒリつくような撃ち合いもしたいなーダメかー……ここのライダーたちの争いはタブーだもんなー」

『面白いことを言いますね。ここに集まるライダーはみんなお利口さんばかりで物足りなかったところです』

「いやーキツイでしょ? そもそもボクみたいに銃がメインの人も限られているしさ」

『では水鉄砲では? 試してみませんか? 本気でやる、やらざるを得ない水鉄砲での大決戦(ウォー・ゲーム)♪』

「フフン。誰か知らないけど君も面白いこと言うじゃないかぁ! もしもゲームのセッティング全部やってくれるのなら費用全部負担しちゃうよー。めんどうだからボクはパス」

『クス。言いましたね? お安いご用ですよ♪ ええ、確かに言質はいただきましたからね……お楽しみに♪』

 

 この数秒後に少女は居眠りを始め。

 ある夏の日に、こんなやり取りを誰とも知らない相手と交わしたことを覚えてもいなかった。少女の側だけは。

 

 

 

 

 

 

 真夏の無人島を舞台に突如として開幕した流水の祭典アリスちゃんグランプリ。

 開始早々に銃の名手ながら貧弱な水鉄砲を引いてしまったキッドがチームを組んだ深紅たちの集中砲火を受けた末に川へと転げ落ちていくという波乱の展開で始まったこのサバイバルゲームは更に激しさを増していくことになる。

 

 

「始まったか。さて……どう仕掛けるか」

 

 渡された端末に届いたメッセージから本格的にゲームが開始されたことを把握した紫乃は端末の画面を地図に切り替え、注意深く移動を始める。

 アリスの真意にはまだ疑惑は残るが遊びならばそのように不慣れながらも楽しもうと意気込む紫乃。しかし、彼もまたキッドと同じように封魔司書として情けない戦果だけは避けねばと任務に当たるのと同じぐらい真剣にこのゲームに勝ち残るにはどうすべきかを思案する。

 

「お助けアイテムとやらの一つが近くにあるな……待ち伏せてみるか」

 

 やみくもに競争相手を探し回るよりはアイテム欲しさにやってくる者を狙った方が戦いを有利に進められると判断した彼は歩く速度を速めた。

 

「ふぅっ、流石に水もこれだけあると少し重いな」

 

 首筋を伝う汗を拭い、紫乃は熱気で火照った顔を苦笑させて背中に背負った水鉄砲の一部を一瞥した。彼が初期装備として手に入れた武器はポリタンクサイズのマガジンと銃がホースで連結したタイプの物だった。

 豊富な水を撃ち放題だが重さも飛び抜けたタンクタイプの水鉄砲は修練を積んだ紫乃であっても移動に少なからず負荷を与えていた。

 

「弾切れをそこまで心配する必要が無いと考えれば適度なハンデと言ったところか……とはいえ暑いな」

 

 熱風と潮風にあてられた紫乃の体は汗ばみ、白い水兵風の上着は薄らと透けて程良く鍛えられた白い肌に張り付いている。スパッツタイプの黒い水着は彼の下半身のボディラインとくっきりと浮かび上がらせて、もしも第三者が見ていたとしたら艶やかにさえ思えるだろう。

 

「あれだな。よし、潜伏できるポイントを……ッ!?」

 

 数分歩いたところで紫乃は大きな岩の上にRPGに出てくるような宝箱が置かれているのを発見する。まだ開封されていないことを目視で確認して身を潜ませる場所を探そうとした時だった。真横から突如として放水の奇襲、それも五筋のものを受けた。

 

「避けられてしまいましたか! やっぱり運動神経が違いますね紫乃くん」

「マリアさんか……士郎は一緒じゃないんだな」

「はい。今日は士郎さんも紫乃くんも競い合うライバルです! いきますよ!」

 

 紫乃を攻撃してきたのは今回非ライダー枠ながらやる気十分のマリアだった。

 挨拶もほどほどにマリアは普段の清楚な雰囲気を夏の高揚感で少し緩ませたようなアグレッシブさで紫乃にアタックしていく。

 

「そういうことなら、オレも手加減抜きで相手をするのが作法のようだな、いくぞ!」

「お相手お願いします!」

 

 マリアの持つボウガンタイプの水鉄砲は五つの発射口から同時に水を発射するものだった。広い範囲から飛んでくる水を紫乃は冷静に回避すると反撃を開始する。

 弾数を気にする必要が少ない自分の装備の利点を存分に活かしてフェイントを混ぜて連続射撃で水を撃ち出していく。

 

「ま、まだです!」

「おもちゃの盾? そういうのもあったのか!」

 

 ガッツは十分だがやはり身体能力や経験値で紫乃とは歴然の差があるマリア。しかし、彼女は事前に入手していた別のお助けアイテムで何とか耐え凌いだ。

 

「士郎さんと対戦するまでは負けられません!」

「良い気迫だな。オレも油断せずにいく」

 

 本来なら決して実現しないであろう異色のカード。

 夏の一騒動だからこそ出来る夢の戦いは加速していく。

 

 

 

 

 選ばれしチャレンジャーたちが無人島で激しい戦いを繰り広げている頃。

 休業日の喫茶Hamelnではというと。

 

「うおー! すげー! キッド姉ちゃんあれだけ撃たれたのに全部避けてった!」

 

 涼しい店内でPCの画面の向こう側で行われている大激戦を観戦していた章太郎が歓喜の声を上げていた。

 なんとこのアリスちゃんグランプリ、運営に関わっている者たちの手で身内限定でライブ配信されていたのだ。

 店内には面白い物が見えると誘われてやってきたゲームに参加していないライダー関係者の顔も何人かいて、各々一喜一憂しながら試合を観戦している。

 

「特撮の夏映画もいいけど、こういうのも面白いでしょー章太郎くん?」

「うん! サイコーだよカナタ姉ちゃん!」

 

 瞳を輝かせて無垢な笑顔を見せる章太郎の反応に今回の首謀者――否、主催者の一人である天風カナタは女神のように穏やかな笑みを浮かべる。彼女を良く知る者が見たら震えあがる極悪で涼しげな黒い笑みだ。

 ちなみに双子の弟のハルカと頼れる仲間のクー・ミドラーシュは現地スタッフとして実は無人島の方に足を運んでいた。

 

「ムゲンがみんなのことを拉致してるって聞いた時はビックリしたけど、こういうことだったんだ」

 

 計画通り!作戦大成功とばかりに達成感に満ちた様子のカナタを引きつった笑みで見ていた常若永春はぼそっと零す。彼も突然この場に呼ばれた観客の一人だ。

 

「一応断っておくけど、今回私たちはあくまでサポーターであって主犯じゃないのでどうぞよろしく。ムゲン経由でアリスが面白そうなことを計画しているから少し助言させてもらったりはしたけどね」

「そ、そうなんだ。とりあえず、沙夜さんをターゲットにしないでくれて良かったよ。ね、沙夜さん?」

「……はい。そう、ですね」

 

 何気なく隣にいる望月沙夜に言葉を振った永春だったがあからさまに歯切れの悪い様子の彼女に嫌な予感を覚える。

 

「おや? 沙夜さん?」

「いえ、私は別に人攫いだなんて悪いことはしていませんからね永春くん。ただちょっと皆さんのお着替えを手伝ったり、ムゲンが騒がせた場所の記憶処理をですね……はい」

 

 ドーバー海峡でも横断しているのかという勢いで目を泳がせて弁解をする沙夜に永春は絶句した。一体どれだけの人間がグルで、純粋に観客でいられる者が何人いるのかまるで分からなくなってしまったのだから。

 

「難しい役目をご苦労さま沙夜。ちゃんと報酬は弾むから胸を張りなさい。あと、運営側はアリスと私たち四人に沙夜だけだから永春は何の心配もせずに楽しむといいよ」

「カフェ・メリッサこわー」

 

 悪事の片棒を担いでしまったかのように狼狽している沙夜や永春の心を見透かすような一言を告げて再びPCの画面に視線を戻したカナタ。

 面白そうなのでアリスに協力した彼女であったが実のところ、彼女も今回はアリスの魂胆が何なのか確信を持てる物を見つけていなかった。

 ただ一つ確かなのはアリス曰く夏に浮かれた出資者からの提供案件というおかしな言葉から全ては始まったようだ。

 

 

 

 

「マリアが敵……え、戦うのか俺? マリアと……何故? 襲ってくる……マリア?」

 

 その頃、マリアに宣戦布告をされた士郎はと言うとそのショックから未だ放心状態が抜け切らず大きな動きを見せることなくスタート地点で立ち尽くしていた。

 まだ何もしていないのに既にセミの抜け殻のように真っ白に燃え尽きていた状態の士郎だったが目の前の茂みがガサガサと揺れ動く様子にようやくハッと我に帰る。

 

「うおっ!?」

「やあ、ボクだよ。安心しなよ戦う気はない」

「お前キッドか!?」

 

 士郎が驚くのも無理はない。

 ズカズカとやさぐれた様子で現れたキッドは全身泥だらけの敗残兵のようなみすぼらしいことになっていたのだ。

 

「なにがあったんだよ?」

「一難去ってまた一難。川に落ちたと思ったら、イケナイ人魚に襲われかけてギリギリ逃げ延びた」

「人魚? ああ、瑠璃さんのことか」

「人間がしていい泳ぎじゃなかった。自分でもよく逃げ切れたと思う。この夏にプ●デターの再放送を見ていなかったら間違いなくやられていた」

 

 あの後川に落ちていったキッドは流されている途中で水辺をテリトリーにしていた瑠璃からも攻撃され逃亡に次ぐ逃亡を強いられていた。

 某SF映画をヒントに全身に粘土質の泥を浴び、擬態することで間一髪切り抜けていた。しかし、キッドのガンマンとしての尊厳は面白いぐらいに破壊されていた。

 

「なんというか災難だったな」

「そういう士郎はまだマリアの挑戦状にテンパって身動きとれないでいるのかい?」

 

 ひと思いに水鉄砲の引き金を引くのは忍びない状況のキッドを同情していた士郎だったが彼女の手厳しい言葉にバツの悪い顔をする。

 

「う、うるせえな」

「そんな士郎に素晴らしい提案をしよう。ボクと暫く組むんだ」

「なんでそうなる?」

「ボクと組むなら、士郎の決心が固まるまでマリアには手を出さない。寧ろ、彼女を狙う連中も返り討ちにしてやるよ。早くしないとボク以外の腕自慢に彼女やられちゃうかもだよ?」

 

 みんなで楽しむレクリエーションとは程遠い殺伐とした空気を醸し出し、士郎に取引を迫るキッド。本人はボクはまだ未成年だと屁理屈を叩くかもしれないが大人げないったら無い。

 

「……いいぜ、その話乗ってやる! マリアのことちゃんと約束守れよな?」

「オーケー、契約成立だね。大丈夫だとも、ボクはボクで倒すべき相手いる」

 

 こうして悔しさと逆恨みと青酸っぱい少年の微妙な感情によって、銃士と地獄の番人は手を組んだ。

 

 

 

 

 マリアVS紫乃の戦いは大きな変化が見えていた。

 やはり戦いにおける経験値と単純な身体能力の差がここにきて如実に表れてマリアが圧倒的に押され始めていた。

 

「そこだ!」

「きゃっ!? ま、まだまだ……!」

 

 死に物狂いの反撃。

 まさかのビギナーズラックの逆転の可能性さえ考慮して確実に相手を封殺するかのような射撃でマリアを追い詰めていく紫乃。

 

「灰矢ほどではないがオレも射撃兵装は使い慣れている。健闘は称えるが仕留めさせてもらう」

 

 大きな木の際にマリアを追い込んで彼女を紫乃が最初の脱落者にしようとしたその時だった。彼方から複数の足音が勇ましい勢いで聞こえてくる。

 

「こちらダークムーン! ターゲットを補足した。指示を!」

「当然、一斉発射(フルオープンアタック)! ロードスカーレットに続けぇ!…………ロードスカーレットってなんだ???」

「ヒャッホォォォウ! ハウンドソング続きまーす!!」

 

 マリアと紫乃の戦場に現れたのは朔月たち三人衆だった。

 いつの間にか朔月考案と思われる趣味全開のコードネームまで名付け合いご機嫌なテンションでやって来た彼女たちは実力者である紫乃へと放水を集中させる。

 

「くっ……新手か!」

「久しいなパープルアイ。聖なる水の裁きを以て、汝を灼熱の闇の深淵へと誘おう」

「ちょっと待て! 今日はあの奇妙な衣装は持ち合わせていないぞ!?」

「甘いパープルアイ。魂は常に宿命の正装を纏い、決闘(デュエル)に備える気概も無いとは……ホワイトソード(御剣燐)が泣いているぞ」

 

 たぶん、泣いてないです。

 

「なんだと……燐、すまない。そんなことにも気付けなかったとは俺はまだまだ未熟だ」

 

 たぶん、気付けなくても大丈夫です。

 

「よし! 朔月が何語喋ってるのか全く分からんけど、とにかく紫乃の動きが鈍った! アタックだ! マリア、いまは私たちについてきな!」

「は、はい!」

「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」

 

 朔月が秘めし気高き趣向の一端に触れて、精彩を欠いた紫乃の様子を見逃さなかった深紅の号令で美少女カルテットは逆襲に転じる。

 

「これは不味いな。一度退くか……うん?」

 

 キッドがそうであったように封魔司書として日々過酷な任務とトレーニングを積んでいる紫乃も数の暴力から繰り出される水鉄砲の射撃には簡単には太刀打ちできない。

 被弾する前に退却しようと冷静な判断を下そうとするが優れた彼の動体視力には夏の無人島に舞う蝶の幻影を見逃さなかった。

 あまりにも突然に謎の水撃が背後から春歌たちを襲う。

 

「わわっ!?」

「きゃぁ!?」

「春歌ちゃん! 朔月さんも大丈夫ですか!?」

「敵襲!? どこから!」

 

「うふふ……こちらでございます」

 

 立ち並ぶ木々の間をひらり、はらりと舞うように麦わら帽の白い影が紫乃や深紅たちを囲むように見え隠れする。逸れ紛れもなく薫だ。

 

「五人同時に一人で相手にする気? いい度胸だよ薫!」

 

 紫乃に続いて薫の存在に気付いた深紅がすかさずライフル型の水鉄砲で反撃を試みるが御伽装士としての修練が成せる業か薫は白いワンピースをはためかせて、踊るような体捌きで飛び掛かる水を紙一重で避けていく。

 

「流石の身のこなしだな。だが避けているばかりではどうにもならないぞ!」

「ご忠告ありがとうございます。けれど、心配はご無用とお伝えしておきましょう」

「ハッ……これなら! もらいましたー!」

 

 敵味方が入り乱れる混戦状態の中でわざわざ一人マークされかねないタイミングで姿を見せた薫を紫乃たちは狙い撃つ。見事な回避を続ける薫だったが大地に伝う些細な木の根に足が引っ掛かったのかその動きが僅かに止った。

 幸運にもその瞬間を目撃したマリアが咄嗟にトリガーを引くと放たれた五条の色水が純白のワンピースを汚した。

 

「やっ――!?」

 

 まず一人撃破を確信したマリアだったがしおれるように地面に落ちた中身の抜けた白ワンピに表情が驚愕固まる。

 

「空蝉というやつか!?」

「薫はどこへ……!」

「皆さまは大事なことをお忘れのようですね」

 

 まるで忍者のように薫はすぽんとワンピースを脱ぎ捨ててマリアの会心の一撃を無効化していたのだ。慌てて本体を探す五人は不敵に弾む薫の声に一斉に振り向き、そして彼女が背にした太陽の輝きに堪らず目が眩んでしまう。

 

「わんまんあーみーの私からしたら、徒党を組んだり呉越同舟とばかりにこの場に寄り合う皆さま方は良き的でございますのをご存知でしょうか?」

 

 黄金の日光に照らされながらついに露わになった夜舞薫の水着姿。

 白い肌を濃紺の衣で包み、胸元にはでかでかと刻まれた「かおる」の三文字。

 

「旧スクミズだとぉぉぉ!?」

「待って! 薫さんの武器なんかすごくゴツくないですか!?」

 

 思っていた以上にフェティシズムな水着を着こんでいた薫の姿に驚く深紅。その隣で春歌はそんな薫が所持している水鉄砲の凶悪さに青ざめた。

 

「それでは皆さま、蹂躙(デストロイ)でございます」

 

 太くて長くて大きなガトリングウォーターガンを容赦なくぶっ放した薫。

 春歌の電動マシンガンを凌駕する連射力で襲い来る色水に現地は阿鼻叫喚に包まれた。

 

「うひゃあああああ!」

「なんの! 反撃いいいいっ!」

「くっ……めちゃくちゃだ」

「ふふふっ、楽しゅうございますね」

 

 密集していた五人に遠慮なくブチ撒かれる水の弾丸の洗礼。

 咄嗟に応戦する者もいるが敵味方入り組んでいたので一発でも被弾したアウトというサバイバルゲームのルールも手伝って思い切った行動が出来ずにどうしても防戦か逃亡を余儀なくされる。

 そして、ついに――。

 

「しまっ……がぼぼぼ!?」

「紫乃おおおおおお!」

 

 一発の流れ弾が紫乃を捉えた。

 被弾で生まれた微かな隙を逃さずに薫のガトリングが紫乃をあっという間に頭からずぶ濡れにして見せた。

 アリスちゃんグランプ、最初の脱落者はまさかの行雲紫乃。

 

「これはこれは……快感でございますね♪」

 

 薫にとってもこんな風にたくさんの仲間と大騒ぎして水遊びをするのは初体験のことだった。

 御伽装士としても銃の類は取り扱わないこともあり、水鉄砲とは言え物騒な代物を躊躇いなく撃ちまくる行為に恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「このまま一網打尽といきましょう」

「ちょっと待ったー!」

 

 戦局が大きく変わろうとしていた時、大混戦の渦中に更なる乱入者がエントリーした。

 

「うおおおおおお! しくじるなよキッド!」

「任せとけ! 士郎はとにかく全力で突っ走れ!」

 

 薫よりも一歩遅れて乱戦の場に駆けつけた士郎とキッドは雄たけびを上げながら全員を敵にする気でかち込んでいく。しかし、乱入よりも他の者たちが驚いたのは二人のフォーメーションだ。

 

「なんか変なのがきた!?」

 

 士郎とキッドはなんと肩車した状態で戦いの場に乗り込んで来たのだ。

 

「走れ! 走れ! 夢はでっかく凱旋門賞制覇だー!」

「俺は馬じゃねえええ! それより早く撃ちまくれって!」

「言われなくても!」

 

 恐れ知らずにも薫と紫乃たち五人の間に割って入るように走ってきた士郎+キッド。

 決死の形相で走る士郎の上でキッドは静かに竹の水鉄砲を構える。

 

「騎馬が銃火器に敵うとでも?」

「使い手によりけりってヤツでしょ!」

 

 ガトリングの銃口を士郎に向ける薫だがそれよりも早くキッドが得物から水を放つ。

 竹筒の銃口から撃ち出された色水は薫本人でなくまずはガトリングの銃身に直撃して標準を大きく逸らす。

 

「なんと!?」

「キッド畳み掛けろ!」

「ヒャッハァァァ! 乱れ撃ちだあああっ!!」

 

 キッドは水切れになった竹の水鉄砲を放棄すると下の士郎から彼の初期装備である二丁のレトロな水鉄砲を受け取り、そのまま大ジャンプした。

 性能は低いがちゃんとした拳銃の形をしている水鉄砲をキッドが持っているというだけで話は違ってくる。

 空中で錐揉み回転しながら彼女は今までのフラストレーションを発散するようにトリガーを引きまくった。

 上空から降り注ぐ色水の雨にその場にいた者たちは大慌てで回避を試みる。

 

「ヤバい! みんな散って散って!」 

「深紅さん後ろ!」

「え。冷ったぁ!?」

 

 そして、また一人脱落者が現れた。

 仲間たちが逃げるのをサポートしていた深紅の背中にキッドが撃った色水が直撃したのだ。

 

「嘘だよね……深紅さん!?」

「ドジったな。朔月、春歌、私の分まで戦って。頼んだ……よ」

「「ロォォォォォドスカーレットオォォォォォッ!!」」

「そこ深紅呼びで良かったよね!?」

 

 こうして凶弾の雨に晒されて薔薇は散る。

 第二の脱落者、皇深紅は仲間たちに無念とツッコミを残してリタイアとなった。

 

「やったああああ! どうだ! 見たか! キッドちゃんが本気出せばこんなもんなのさあああ!!」

「よくやったキッド!」

 

 見事に競争相手を一人仕留めて着地したキッド。

 ようやく自分の本領を発揮できたことで声高らかに喜びを露にする。

 どれぐらい嬉しかったかというとその瞳が薄っすらと熱く潤むほどである。 

 

「フフン♪ フヘヘ! ウェヒヒヒヒ!! アッハハハハハ!! 撃ちまくりパラダイスだぁぁぁ!!」

「お、おい! 何でもいいけど、俺やマリアに当てるなよ!」

 

 そのままキッドはトチ狂った危ない人のように水鉄砲を乱射する。

 混雑した状況をリセットするべく、一度生き残った全員を散り散りに分散させようと思ったのである。

 既に薫などはこのままここに留まって撃ち合うのは不利とみて姿を消していた。

 

「仕方ない、私達も一度バラバラに分かれて態勢を整えよう!」

「はい! マリアさんも一緒に!」

「え、ええ……ありがとうございます春歌ちゃん!」

「待てマリア!」

 

 このままでは勝てないと朔月たちも悔しさを堪えて逃げることを選択した。

 春歌に促されて咄嗟に海の方へと走り出そうとしていたマリアを士郎の声が呼び止めた。

 

「士郎さん……」

「水辺の方へ行ったら瑠璃さんの餌食なるぞ! 森の奥へ逃げろ!」

「は、はい! でも」

「大丈夫だ。仕切り直したら正々堂々と俺もお前の相手をするさ」

 

 不器用な士郎の思い遣りにほのかに胸の奥が熱くなるのを感じながらマリアが言われた方向へと走り出して十秒も経たない時だった。

 彼女の進行方向の先にあった大きな木の枝の一本が僅かに揺れて、不意に飛び出した黒光りする銃身から色水が撃ち出された。

 

「あ、うっ……へ!?」

 

 勢いよく飛び出した色水は無慈悲にマリアの胸元を大きく濡らした。

 余りにも唐突に、あっけなく白金マリアは撃たれたのだ。

 

「マリアアアァァァァッ!!」

「ごめんなさい士郎さん……私、やられちゃいました」

 

 儚げなやりきれない微笑みを浮かべてマリアは消えてしまいそうなぐらい弱々しく膝を付いた。

 そして、無人島の空に士郎の絶叫が木霊する。

 

「ごめんなさいね、マリアちゃん。貴女を狙っていたわけじゃないけど、射線上に入ってきたライバルを素通りさせるほど優しいお姉さんじゃないのよ?」

 

 悪戯っぽい声でそう告げて、マリアを狙撃した張本人がしゃなりと木の上から飛び降りてきた。

 ポニーテールにまとめた紺碧の長髪と豊満な双丘を得意げに揺らして、彼女は人魚であると同時に勝負師だった。

 

「泳ぎの得意な人間がいつまでも水辺にいるだなんてナイーブな考えは捨てないと……夏のお姉さんにはご用心ってね♪」

 

 漆黒のスナイパーライフルをまるでポールダンサーのように妖艶に抱き抱えて姿を現したのはなんと瑠璃だった。彼女はゲーム開始直後に他の参加者が予想していた通り海と川を泳いで行動していた。

 しかし、それはライバルたちを惑わす陽動の一手。キッドを適当に襲撃して全員に自分は水辺をテリトリーにして待ち構えているという認識を植え付けさせると密かに森林へと潜り込み、アンブッシュの用意をしていたのだ。

 

 あっという間に三人がリタイアしたアリスちゃんグランプリ。

 戦いはついに最終局面へと突入していく。

 残る戦士たちはあと、六人。

 

 



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エキサイティングサマーファルス~終幕トワイライトスプラッシュメモリー~

 前回、最終的に参加者全員が姿を見せ色水が四方八方に飛び交う大混戦により三名が脱落したアリスちゃんグランプリ。それぞれに譲れない想いや因縁が生まれひと夏のウォーターカーニバルはますますの盛り上がりを見せていた。

 

「悪いキッド、手を組むのはここまでだ。俺の銃を返してくれるか?」

「ほら。いくのかい?」 

 

 士郎の言葉に促されてキッドは彼に透明なプラスチックでできた二丁の水鉄砲を返却する。彼の視線はほんの数十秒前にマリアを撃破した後に風のように退却した瑠璃が潜んでいた木に注がれていた。

 

「忠告しておくけど、こと勝負事に関しては一筋縄じゃいかないよ彼女」

「分かってる。けどな、勝てるか勝てないかじゃない。やるかやらないかだ」

 

 叶わずに終わってしまったマリアとの約束。

 やりきれない無念と後悔はエネルギーとして士郎の中で爆ぜた。

 このサバイバルゲームの中で彼の成すべきことが生まれたのだ。

 

「アリス! いるか!」

「なんですかぁ? そんな大声出さなくても聞こえてますよぉ」

「質問がある。やられちまった奴の装備は拾って使って良いのか?」

「一回だけなら認めましょう」

「よし、十分だ」

 

 端末の真っ黒い画面に映ったアリスの返答に満足げに頷いた士郎はマリアが使っていたおもちゃの盾を拾い上げると決意を固めた表情で装備する。

 

「幸運を祈るよ。次に顔を会わせたら敵同士だ。遠慮はしないよ」

「上等だ」

 

 これにてチーム解散となった二人。

 士郎は森の奥地へと消えた瑠璃を追って猟犬のように走り去っていった。

 そして、残されたキッドはと言うと。

 

「まさか誰も手をつけずに放置していくとは……大乱闘さまさまだね」

 

 紫乃も当初は撒き餌として利用していたお助けアイテムが入った宝箱をしめしめと開封していた。箱の中には本物同然な見た目をした回転式拳銃タイプの水鉄砲が入っていた。

 

「お! フフン……いいね、運が回って来た♪」

 

 箱の中身を見てキッドは口角を嬉々として吊り上げた。

 そして、クソ雑魚装備とけなしながらもその特性から活用方法を見出し始めた竹の水鉄砲も回収するとゲームの優勝を目指して士郎が行った方向とは逆の道へと進んでいく。

 あれだけの大騒ぎをしてみんなで水鉄砲を撃ち合ったその場所には再び無人島があるべき静寂が訪れた。

 

「そーっと……そーっと……誰もいないですよね?」

 

 と思われたのも束の間。

 なんと、その場所にこっそりと戻って来た者がいた。

 司令塔の深紅を失い、仲間の朔月ともはぐれてしまった春歌である。

 

「よかったぁ、そんなに汚れてない」

 

 周囲に敵が潜んでいないかしっかりと水鉄砲を抱えて警戒しながら探し物をしていた彼女はお目当ての品を発見する。それはなんと薫が脱ぎ捨てていった白いワンピースと麦わら帽子だった。

 

「うんうん! これならイケる。夏なんだからこの手を試さないでいたらオカ研の名がすたるもんね。よーし、がんばるぞぉ!」

 

 何を思いついたのか春歌は満面の笑みを浮かべてその二品を回収すると敵の目から逃れやすくなるであろう雑草が伸び放題に生い茂る方へと臆せず進んで姿を消してしまった。

 もしかしたら、今回このアリスちゃんグランプリを一番エンジョイしているのは彼女なのかもしれない。

 

 

 

 

 彼女たちが無人島の広大な森や川で大激戦を繰り広げている頃。

 最初にルール説明が行われた日陰が多く島でも涼しい場所ではスタンドミラーをシンボルに運営本部が設営されていた。

 

「フッフッフ♪ あそこで全員闇雲に撃ち合って惨めな全滅エンドになるかと危惧しましたが悪くない盛り上がりで結構! プロデューサーの私も鼻が高いです」

 

 鏡の中で水着姿のアリスが豊かな胸をむぎゅりと歪ませ腕を組み、自分の仕事ぶりを自画自賛する。その視線の先では天風ハルカとクー・ミドラーシュの二人が持ち込んだ機材で島中に仕掛けたカメラの映像をチェックして配信作業の真っ最中だった。

 そして、歩いてすぐの浜辺では蛮族ムーが律義に覆面を被ったままキャンプファイヤーの木を組み、打ち上げのBBQの準備をいそいそと行っていた。

 

「我ながら見事な企画力と不備の欠片もない運営力! これはもう燐君も仕事のできる悪魔的才色兼備なアリスにメロメロ間違いなしなのではないですかぁ♪」

 

 実際ライダーバトルに比べたらこの程度のイベントを執り行うなど朝飯前なアリスは喫茶Hamelnでこの配信を見て楽しんでくれているであろう燐を想像して滾る恋心で体をくねらせ高笑いを上げていた。

 そんなアリスの隣に休憩を取りにきたムーがしれっと現れて大きく息を吸い込んだ。

 

AHOOOOOOOOOOON(きっと燐君の隣には今頃美玲がいまーす)!!」

「おだまり駄ムゲン! 燐君はちゃんと私の涙ぐましい努力や燐君その他おまけが楽しい思い出を作れるように頑張ったってことを正当に評価してくれるからいいんです!」

SOLOOOOOOOOOOO(でも燐君はいまお前の隣にいますかあああ)!!」

「なっ……それは!」

BOCCHIIIIIIIIIIIIIIII(いませえええええええええん)!!」

「ぐっ! どうやら躾が足りなかったようですね。顔を貸しなさい……あなたの尊厳という尊厳を破壊して、文字通りの犬にしてさしあげます♪」

 

 遺恨勃発。

 こちらでも夢の一大対決が始まろうとしている……かもしれない?

 

「ところでなんでアリスはムゲンの雄叫びに隠された意味を読み取って会話出来ているんだ?」

「さあ……フィーリングじゃないです?」

 

 

 

 

「ハア……ハア……あった!」

 

 春歌と別れて乱戦から離脱した朔月は敵との接触を避けて無人島内を走り回りまだ手つかずのお宝アイテムの回収に専念していた。

 

「水風船? 手榴弾ってこと?」

 

 宝箱の中には二つの水風船が入っていた。

 そっと手に取り振って中に入っている液体の量を感じ取りながら使用用途を想像する。

 

「なんかこうもっと分かりやすく強そうな物は入ってないのかな~」

 

 折角手に入れた追加装備だがお世辞にも戦力アップに繋がらないアイテムに朔月はぼやきながら顔をしかめた。

 残るメンバーを相手にした場合、悔しいが朔月の勝率は低い。

 それを自覚しているからこそ、こうしてより強い水鉄砲などは用意されていないのかとアイテム回収に奔走しているが成果はイマイチだ。

 

「キッドは間違いなく敵として襲ってくるだろうし、薫もなに考えてるか分かんないし……士郎と瑠璃さんもこの状況で今更チームを組むって話には乗ってこないよね」

 

 息を整えながら、改めて強敵揃いの中でどう生き抜くか思案するがそう簡単に妙案は浮かばない。そんな時、遠くの方で二色の叫び声が朔月の所にも届いた。

 

「かなり近い……考えるのは後だ。やるだけやってやる!」

 

 無意識に朔月の口元が薄らと三日月を作っていた。

 どうせ撃たれても冷たい水に濡れるだけだ。

 なら、腹を括ってぶち当たってみるだけだと彼女は力強く大地を蹴って戦いへ行った。

 

 

 

 

 朔月が聞きとった叫びの先では二人の水姫が舞踊にも見える激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 

「そこだ!」

「お戯れを!」

 

 木漏れ日に照らされた雑木林を駿馬のように駆け抜けて

木々の狭間を蝶のようにひらりとすべり抜けて

キッドと薫はそれぞれの水鉄砲を撃ち合い激しいデッドヒートを繰り広げていた。

 

「フフン♪ 楽しいよ薫! やっぱり歯応えが違う……こういうのがしたかった!」

「それはようございました。では、気が済んだのでしたらそろそろご退場を!」

 

 見た目だけとはいえ本物志向の水鉄砲を手に入れたからか格段に動きが良くなったキッドに対して薫は御伽装士として鍛え抜かれた身体能力を惜しげもなく発揮して応戦する。

 

「ケチくさいことを言うなよ! 夜に舞う蝶だったっけ? ダンサーならファンのアンコールに応えるのも仕事だろう!」

「まあまあ、踊子になった覚えはないのですが。粗相をするお客にはお仕置きをしなければいけませんよね」

 

 薫のガトリングが雄叫びをあげるような勢いで水を吐き出す。

 それをキッドは難なく自分の放水で相殺させるとマフラーをなびかせながら横っ跳びで死角からに数発お見舞いするが薫もそれを逆宙で華麗に回避して見せる。

 

「アッハハハハ! 弾が効かない相手には何度も会って来たけど、ここまで当たらない相手は初めてだ! 最高だよ! ありがとう!」

「私も川遊びとはまた違う趣のこのような遊戯は初めてでずっと胸が高鳴っていますよ。ですがそろそろ終幕に致しましょうか」

「いいよ。そうだな……ちょっと古臭いけど、落ちたらだ(・・・・・)

 

 次で勝負を決めることになった彼女たちは一度戦いの手を止めて、互いの顔を見合う。

 まるで西部劇のガンマンの決闘のようにキッドが拾った小石を空高く投げ、それを合図に二人は並走する。

 

 両者視線を一切逸らすことなく、集中力を研ぎ澄ます。

 五感を際立たせて、得物を持つ指先へと繊細に力を込めて、あっという間にその時はやって来た。

 

 ――コロン。

 

「そこ!」

「お覚悟!」

 

 思いのほか軽い小石の落下した音。

 瞬間、二人は目にも止らぬ速さで同時に水鉄砲を撃ち放った。

 狙っていたわけではないが二つの水の弾丸は一直線上でぶつかり合う。

 

「ッ……やばぃ」

「運に見放されましたね。終わりでございます!」

 

 追撃を試みたところでキッドの顔色が青ざめた。

 水切れ。

 確実に仕留めるために肉薄して止めを刺そうと銃身を突きつける薫。

 万事休す――と思われた。

 

「だなんて思ったか!」

「……!?」

 

 キッドは何を思ったのか突然後ろへと大きく跳んだ。

 その左手には水が装填された状態の竹の水鉄砲。

 無論、銃口は迫る薫へと向けられている。

 

「こいつの良いところは引き金を引くのに指が要らないってところだ……トリガーはこの島のどこにでもある!」

 

 闘争に溺れている狂者のような恍惚とした顔をしてキッドはバックステップを取った勢いで背後の木の幹に竹の水鉄砲の柄尻部分を叩きつけた。

 

「ひゃん!?」

 

 押し出された水が勢い良く撃ち出されて不意をつかれてしまった薫を真正面からびしょ濡れにして見せた。

 

「おっしゃああああああ! イエーイ! キッドちゃん大勝利!」

「よよよ……負けてしまいました。ああ、これから西部の荒くれ者に好き放題にされてしまうのですね」

「しないから!? まだ四人も相手いるし!」

 

 夜舞薫、無念の敗退。

 激闘を制したキッドは密かに欲していた強者との腕比べを堪能して火照った心と体のまま次の相手を探しに森の先へと消えていった。

 

 

 

 

 キッドと薫が激闘を繰り広げているのとほぼ同時刻、島のほぼ反対側でも因縁の対決が始まっていた。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 飢えた猟犬のように闘志全開で激走する士郎を遥か前方からカッ飛んできた数発の色水が襲う。

 

「落ちなさい!」

「舐めんな!」

 

 士郎は獣が獲物に飛び掛かるような勢いで自分を狙う色水を飛び避けて、そのまま前転。滑らかな動きで姿勢制御をこなしつつ瑠璃を追いかける。

 緩やかな傾斜の坂道を物ともせずに駆け上げっていく士郎は少しずつ彼女との差を縮めていく。

 

「ふふ、元気が良いわね。流石男の子」

「逃げてばかりじゃなくて、正面から戦ったらどうだよ!?」

スナイパーライフル(この武器)でインファイトするだなんて、ナンセンスでしょ? 勝負なんだから、挑発するならもっと工夫しなきゃ相手は釣れないわよ、士郎ちゃん♪」

 

 逃走しつつ相手の射程範囲外からの射撃を繰り返す瑠璃とそれを一心不乱に追いかける士郎。やや千日手の構図になりつつあった状況に刺激を与えるべく、瑠璃は士郎の文句へあべこべに蠱惑的な仕草で煽ってみた。

 

「後悔するなよ! あと犬みたいに人のことを呼ぶんじゃねえ!!」

「だ・か・ら……そうやって熱くなるのがお子様なのよ♪」

 

 追撃する足の速度を更に加速させた士郎をせせら笑って、瑠璃はここで方向転換。

 弧を描くように回り込んで士郎を側面から狙い撃ちにしようとする。

 

「酒落くせええ!」

 

 だが、やる気全開の士郎もそう簡単にやられはしない。

 マリアから引き継いだ盾をまるで剣のように振るい、瑠璃が撃った色水を全弾切り払ってみせた。

 

「わお……ッ!?」

「道具は使いようだ! いくぜ!」

「驚いたわね。けど、少し遅かったかしらね」

「なに?」

 

 彼が見せた予想外の芸当に面食らい慌てて逃走再開をする瑠璃。

 しかし、それよりも速く士郎が彼女を射程圏内に捉えかけた。

「地図はちゃんと見て、よく頭に叩き込んでおくことね」

 

 士郎は気付かなかったが二人は無人島の最南端。

 一番高所な崖の頂上近くまで走ってきていたのだ。

 その証拠にここでは波の音と潮の香りが濃い。

 

「えっ!? ま、待てって……あぶな!?」

「アディオース♪ なんてね」

 

 そして、そんな崖から海へと瑠璃は何の躊躇いもなく飛び降りたのだ。

 士郎が慌てて無意識に手を伸ばしたのを尻目に彼女はプロの飛び込み選手顔負けの美しいフォームで着水。そのまま自慢の泳ぎで華麗な逃走劇を成功して見せた。

 

 

 

 

「ハージーメー! あーそーぼー! キャッハハハハハ!」

 

 島の中心部ではキッドのふざけた哄笑が響いていた。

 難敵の薫を退けた彼女はほぼ自分の勝利を確信して悪役ムーブなどを決めながら残るメンバーの中でもずっと戦いたかった朔月を探していた。

 

「朔月ー? どこー! ダークムーン? 継ぎ接ぎ野郎(パッチワーカー)と遊ぼうよぉ!」 

 

 スロー。スロー。

 クイック。クイック。スロー。とちょっと気持ちの悪い動きで小躍りしながらふてぶてしい笑顔で森を探索するキッドの目の前に彼女は正々堂々と現れた。

 

「……キッド」

「やあ、ボクだよ。また会えて嬉しいよぉ朔月……いや、ダークムーンって呼んであげた方がテンションは上がるかな?」

 

 日が暮れ始めて、黄金色の夕焼けに包まれ始めた無人島で退治する二人。

 にやつくキッドと表情を強張らせる朔月。

 

「どっちでも。本当ならそのノリに付き合ってあげたいけど、ちょっと無理」

「ええ? 残念だなぁ」

「イジワルなこと言わないでよ。だって、ふざけてたらキッドに勝てないでしょ?」

「…………フフン♪」

 

 勝ち目の薄い戦いに追い詰められて苦笑いをするしかない朔月。

 しかし、その翠の瞳に宿る戦意が枯れていないことを悟るとキッドは満足したように口笛を吹いた。

 

「いい目だ。それでこそ朔月だ。おいで……お姫様みたく可愛がってあげるよ」

「私がやりたいのはね……ヒーローなんだよ! うわああああああ!!」

 

 完全に小悪党の三下キャラがやる挙動である。銃の扱いに限ってはボスキャラ級なのが始末に負えない。そんなキッドに対して意を決した朔月はショットガンを構えると撃ちまくりながら真っ直ぐに突撃していった。

 奇策も罠も一切ない。

 勇気一つだけを友としたあきれるほど単純明白な攻撃手段。

 キッドの前にこの選択は勝負を捨てたようにも見えた。

 

「ふぅー……なにをしてくれるかと思ったら、それだけかい? 朔月その威勢だけは買っておくよ」

 

 一抹の寂しさと物足りなさを覚えながらもキッドは容赦することなく朔月の眉間へと標準を絞る。トリガーを引いてしまえば彼女との戦い(時間)は終わりだ。

 だがしかし、キッドは大きな誤算をしていた。

 もしも、朔月が自分一人だけの勝利以外を狙っていたとしたら?

 

「さよなら、朔月」

「違うよ、キッド」

 

 キッドが引き金を引くよりも少しだけ早く朔月は行動した。

 してやったりと笑顔を浮かべてキッドの頭上へとあの水風船を投げたのだ。

 

「キッドがそこにいてくれて本当に良かったよ」

「は……?」

「一緒に地獄へ落ちようよ……!!」

 

 朔月の手がキッドに触れるよりほんの少しだけ早く銃口から水が飛び出した。

 けれど、ほぼ同時に朔月が投げた水風船もまたキッドの頭上――にまで伸びていた木の枝の尖った先端にぶつかる。

 

「うっぷううう!?」

「ふぎゃあああ!?」

 

 水風船が破れて、降り注いだ色水を朔月とキッドは仲良く頭から被って二人一緒に水浸しになってしまった。そして、一拍の間を置いて二人の少女はそれぞれ絶叫と激励の声を天高く上げる。

 

「うそでしょおおおおおおおおおおお!!」

「春歌あああ後は任せたおあああああ!!」

 

 信じられないまさかの事態に半泣きになって嘆き喚くキッドに抱きついたまま、見事に彼女を道連れにすることに成功した朔月は最高に晴れやかな笑顔を浮かべて、まだ健在の仲間の勝利を祈る。

 

 更科朔月、そしてキッド(フランチェスカ・ヴィクター)両名同時にリタイア。

 戦いは遂に最終局面へと突入する。

 

 

 

 

 海へと逃亡した瑠璃を追って遠回りで崖下の浜辺まで降りてきた士郎。

 水辺は彼女のホームグラウンドと細心の注意を払って大きな岩も転がっている砂浜を進む。

 

「これは……」

 

 薄暗くなってきた砂浜にある大きな岩の下から見覚えのある布らしき何かが飛び出しているのを見つけた士郎は用心しながらそれが何かを確かめに向かう。

 

「この色……やっぱり、瑠璃さんがしていたパレオか!」

 

 ならば、この近くに彼女は隠れていると士郎が周囲一帯を隈なく探そうとした時だった。

 ほんの1m先の海面が弾けて、水飛沫を上げなら何かが飛び出した。

 

「もう忘れたの? 夏の私にご用心ってね!」

「フッ……ああ! 肝に銘じてるさ!」

「あうっ!? きゃっ!?」

 

 彼女を知らないものが見たら、きっとそれは人魚の悪戯。

 夕闇が味方をしたとは言え常人からしたら信じられないぐらい長い間潜水していた瑠璃の背後からの奇襲。しかし、今回は士郎の方が一枚上手だった。

 瑠璃の急襲を完璧に予測していた彼は初撃を見事に防御するとそのまま盾を蹴り飛ばして彼女の持つスナイパーライフルにぶつけさせてその手から落とさせたのだ。

 

「勝負あったな、瑠璃さん」

「う……くうぅ」

 

 半身を海に浸かりながら尻もちをついてしまった瑠璃に突きつけられる士郎の銃口。

 もはやこれまでと瑠璃は諦観の色が滲む苦笑いを浮かべた。

 

「参ったわね。まさか海辺で士郎君に出し抜かれるなんて……私もまだまだね」

「ちょっと一方的に突っかかる形になったが良い勝負をさせてもらったぜ」

「一つだけお願いを聞いてくれるかしら? このまま撃たれて負けはちょっと惨めだからせめて立ってもいい? 負けるにしても堂々とした格好でいたいのよ」

「ああ。その方が俺もスッキリする」

 

 マリアの仇は取れたわけだし、それ以上敗者を辱しめるようなことを良しとしない性格の士郎は何の疑いもなく瑠璃の願いを聞き入れた。

 

「ありがと……ね!」

 

 差し伸べられた士郎の手を取ることはせず、自力で勢い良く立ち上がった瑠璃はそのまま大きく上半身を逸らせた。すると黒いビキニに押さえつけられてどこか苦しそうな彼女の豊満な胸がブルンと弾み、なんと谷間から小さな水鉄砲が飛び出したのだ。

 

「ええええええええええ!?」

「自慢の身体で大逆転よ♪」

 

 信じられない驚愕映像を見せられて、顔を真っ赤にしながら動揺するしかない士郎へ瑠璃は投げキスと共に自分の胸の間に隠し持っていた水鉄砲をお見舞いした。

 

「そんなんありかよおおおお! わっぷ!?」

「おっぱいには気をつけなさい。ひと夏のいい勉強になったでしょ?」

 

 最後の最後で足元を救われた黒道士郎の悔しげな叫びは波の音に呑まれていった。

 切り札は最後の最後まで隠し通しておく。

 勝負師の真髄を見せた瑠璃の華麗なセクシーショットが猛る士郎を手玉に取り、それと同時に最後の戦いが開始される。そして、その刻はあまりにも早くやって来た。 

 

「ぽぽぽ……ぽぽぽぽぽぽぽ」

「なにこの声?」

「ぽぽっ、ぽぽぽぽ……ぽっ」

 

 スナイパーライフルを回収した瑠璃の耳に気味の悪い謎めいた声が聞こえ始める。

 参加者の誰かの声に似ているがわざと濁声っぽく喋っているようで判別が難しい。

 

「ぽぽぽぽぽぽぽぽ」

 

 声が聞こえてくる方向を注意深く目を凝らすと浜辺と森の境目にあたる場所にそれがいるのを瑠璃は見つけ出した。

 白いワンピースに麦わら帽子。

 薫が着ていたもののようだが彼女が敗れているのは瑠璃も把握済みだ。

 

「ハッ! 丸見えよ春歌ちゃん!」

 

 なにかお化けの真似だろうか?

 何の目的があって彼女が薫の服を着ているのかは分からないが不用心に茂みから上半身が見えているのを見逃す理由はないと瑠璃は素早く春歌と思われる白いワンピースを射抜いた。真っ白な生地が色水で大きな染みを作り瑠璃は自分の優勝を確認する。

 

「最後はちょっぴり呆気なかったわね。でもこれで……」

「スキありですー!」

「優勝GET……ね?」

 

 得意げに小さくガッツポーズを作った瑠璃を白いワンピースを着た春歌が立つ下の茂みから不意に顔を見せた水鉄砲の色水が直撃する。

 先程は見事な秘策で士郎を制した瑠璃だったが今度は自分に降りかかった思わぬ事態に理解が追いつかなかった。

 

「八尺様作戦、大成功! やったー!」

「やだ……やられちゃった」

 

 色水に濡れた瑠璃の目の前で茂みから出てきた黄色い水着姿の春歌が可能な限りリアルに見えるように無人島でかき集めた素材で作った長い案山子を片手に大喜びしている。

 瑠璃が撃ったのは春歌本人ではなく彼女が誤射を誘うために用意した良く目立つデコイだったのだ。

 

「おめでとうございまーす! 犬山春歌さん、あなたをアリスちゃんグランプリの映えある優勝者として称えてあげましょう! パチパチパチ~♪」

「え!? 私優勝ですか!! やったあああ! 頼人~鉄平~コワポンみてる~? 勝ったよー! ぴーす♪なんてね」

 

 自分が優勝したと知らされた春歌は子犬のように愛らしくその勝利を喜び盛り上がる。

 無人島で怪談を基にしたフェイクを作り上げて使用すると言う斬新かつオカルト愛に溢れた作戦を実行に移した春歌が脅威の大番狂わせを達成して優勝を掴み取ったことで灼熱の空の下で行われたアリスちゃんグランプリはここに集結を迎えた。

 

 

 

 

「では! 優勝者の犬山春歌さん! 勝利者への賞金として金一封を差し上げます。いい戦いでしたね、私の世界で他にも願い事があるのならライダーバトルの参加も喜んでお待ちしていますよ」

「ありがとう! でもバトルは遠慮しておきます」

 

 すっかり日が暮れて満天の星空が広がる夜の下で始まりの砂浜に集められた参加者たち。

 キャンプファイヤーの炎に照らされながら優勝を掴み取った春歌へアリスから宣言通りの豪華賞品としてそれなりの重みがある包みが渡された。

 

「ホントに良いの!? 貰えても図書券とかだと思ってたからすごくビックリなんだけど!」

「当然です。勝利者への報酬をケチるようなアリスちゃんではありませんので」

「アリスちゃんサイコー! これでオカ研念願の心霊スポット探検ツアーが開けるよ!」

「おめでとう春歌! アンタすごいよ、カッコ良かった」

 

 思わぬお小遣いをゲットして喜ぶ優勝者の春歌へ深紅たち共に競い合った仲間たちからの拍手が送られる。

 そして、一同はムーが用意していた打ち上げ会場でBBQを楽しみ、忘れられない夏の思い出を笑顔で締めくくった。

 

 

 

 

 後日。

 喫茶Hamelnにて。

 

「キッド、ナポリタンとコーヒーのセットあがったぞ。3番テーブルな」

「アイアーイ!」

「それ終わったら、皿洗いとテイクアウトのサンドウィッチの下ごしらえな」

「クソゥ! こんなことなら沙夜に頼んで御伽装士のバイトにしとけばよかった! なんでいつも暇そうにしてる店なのにこんな時に限って忙しいんだよ!?」

「こぉらぁあ! お客の前で汚い言葉使うな! それともカフェ・メリッサに連行してウチのシスターに再教育されてえか!」

 

 そこには何時ぞやの騒動で使われたメイド服を着て馬車馬のように働くキッドの姿があった。

 なぜ彼女がこんなことをしているかというと至極簡単な話が金欠である。

 というものの、実はアリスちゃんグランプリのスポンサー&言い出しっぺは他でもないキッド本人であったのだ。しかし、アリスが半ばイカサマに近い形で言質を取り実行に移したことと彼女自身も夢うつつでそのことを口走ってしまっていたのでそんなやり取りをしていたことを完全に忘れていた。

 

 そのため、アリスちゃんグランプリ開催にかかった費用と優勝賞品の全額を負担した結果、懐が一気に氷河期へと突入したのだ。

 もちろん最初はアリスに抗議して踏み倒そうとしたのだが彼女にそんな手が通用するはずなく、むしろ証拠の音声やいつの前にか作られていた契約書や見積書などなどを突きつけられ逆に逃げ道を塞がれて今に至る。

 

「楽しかったからいいけどさー! こんなことならもうちょっと楽に稼げる手段を考えとけばよかったよぉ」

「そんな甘い話があるわけねえだろ! ほら新しいお客が来たぞ!」

「うわああああん! いらっしゃいませお客さまー!」

 

 楽もあれば苦もある。

 どんな世界でも夏休みとはそういうものである。

 彼女の夏休み、後半戦はまだまだこれからだ。

 



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アリスちゃんグランプリ秋の陣 PHASE Ⅰ

「撃ちたいな、銃」

「えっ」

 

 穏やかな秋の日差しが差し込む御剣燐の自室。

 ふと呟かれた言葉に、本棚にあった漫画を借りて読んでいた咲洲美玲は思わずページをめくる手が止まり、心配そうに燐を見つめた。

 当の燐はぼうっと窓の外を眺めるだけで、美玲の視線に気が付かない。

 

「り、燐……? 大丈夫? ス、ストレスとか溜まってる……?」

「え……? いや、ストレスなんて……ないわけじゃないですけど」

「なに、そのストレスの原因は」

「えっと……この国の将来とか……?」

「だいぶデカイわねストレスの原因」

 

 これはもう直接聞くしかないと美玲は単刀直入に聞いた。

 

「その、今銃を撃ちたいって……」

「え、声出てました?」

「ええ、はっきり」

「あはは、恥ずかしいですね」 

「ならもっと恥ずかしそうにしなさい。……それで、どうしたの」

「この前、みんなで水鉄砲大会してたじゃないですか」

 

 夏に行われた水鉄砲合戦こと、アリスちゃんグランプリ。

 無人島を舞台に繰り広げられたバトルは、仲間内で配信され燐も観ていたのだが……。

 

「なんで僕を誘わないかなー、アリス」

「……」(なんでそんなに仲良さげなの。ていうか誘われたら参加する気満々なの何? あいつは敵でしょ一時共闘なだけで)

「というわけで、アリスえもん~」

『は~いあなたのアリスちゃんですよ~』

 

 燐が呼び掛けると、姿見にアリスが現れた。

 想い人から呼ばれたとあって、目をキラキラとさせていた。

 

「というわけでかくかくしかじか」

『四角いムーヴというわけですね! 分かりました!』

「なんで分かるの……。ていうか絶妙にネタが古い」

 

 美玲が冷静に、そして呆れながらツッコミを入れると既にアリスの能力が行使される。

 世界が切り替わり、燐の部屋からそこは────。

 

 

 

 

 

 かつて、戦争があった。

 戦火に焼かれたその街は、今は無人のゴーストタウン。

 そんなゴーストタウンの一区画に、戦士達が集められていた。

 

「人たくさんだ」

 

 参加者達を眺め呟いた燐の格好は、他の参加者達と同じように迷彩服となっていた。

 美玲は淡い緑色の戦闘服と黒いレザーのホットパンツという出で立ちで、額にはゴーグルがかけられていた。

 

「衣装まで……。相変わらず、やるとなったら真面目ね」

『それはもちろん! 更に今回100人集めましたからね~。ほとんど私達の世界のライダーでかさ増ししてますけど、別の世界からも連れてきてますよ~!』

 

 妙に偉そうな軍服姿のアリスが、ドローンが運んできたモニターに映し出されて二人に説明した。

 

「よお燐! 銃の撃ち合いって言うから来たぜ」

「灰矢さん!」

 

 彼はムラサメの世界からの参加者、弓立灰矢。

 迷彩服の袖をまくり、鍛えられた腕が露となっていた。

 銃使いということもあり、自信に満ち溢れている様子。

 

「今回は4人1チーム。俺と燐、美玲はチームだ。よろしく頼むぜ」

「それは頼もしいですね」

「4人1チーム……。じゃあ、あと一人は?」

「それが俺もまだ見つけられてないんだ。名簿には名前があるんだが知らない名前つうか……」

 

 どこか歯切れの悪い灰矢が支給された端末のメンバーリストを燐達に見せる。

 リストは上から1番御剣燐、2番咲洲美玲、3番弓立灰矢と続き、問題の人物は4番であった。

 

「は、儚い?」

「いんふぇるにてぃ、ぶつだんぶっか、そなえもん、はかいぶ?」

「な? なんかやべぇだろ?」

「いやヤバいとかってレベルじゃないですよこれ。意思の疎通とか出来るんですかこれ」

「まあいるわよね、こういうゲームで気取った名前つける痛い人」

「でも今回はみんな自分のフルネームだろ? つまりこいつもフルネームってことだよ」

「それ聞くとヤバさがヤバいですね……」

「燐、語彙がヤバくなってる」

「ヤバいですね!」

 

 三人が口々に長ったらしい名前の人物について話しているところへ近付く怪しい影が……。

 

「あ、あの……」

「あん?」

「ひぃん……!」 

 

 黒いローブで顔を隠した少女が三人に話しかけたところ、灰矢が応対したがちょっとガラの悪い感じになってしまい少女は怯えてしまった。

 

「灰矢さん怖がらせてますよ」

「いや、見るからに怪しい奴だったもんで……」

「……あなた、儚・インフェルニティ……」 

「……! はい! 儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブです……!」

 

 その少女、儚は美玲にぐいと近付いて名乗る。

 

「ちょ、近い」

「ひぃん……ごめんなさい……」

「えーっと、儚さんでいいかな? 僕は御剣燐。同じチームとしてよろしくね」

「弓立灰矢だ。よろしくな」 

「咲洲美玲よ」

「ひぃん……さ、さっきまで人の名前やべぇって言ってたくせに……」

「聞こえてたのかよ」

「ご、ごめんなさい……。とにかくよろしくってことで……」

 

(それにしてもどうしようこの3人は知り合いみたい……。これは……陰キャの儚にはめちゃくちゃ辛いやつ……!)

 

 陽キャでもわりと辛い状況ではある。

 こうしてチーム4人が集まったところで、それぞれの端末に着信。他の参加者も同様で、皆が端末に注視していた。

 すると、端末の画面からホログラムのアリスが現れる。今回のイベント仕様ということなのか、紺色の軍服姿である。軍服といっても改造が施され、太ももの内側や脇腹が大胆に露出している。

 そうして、軍服アリスが一斉にアナウンスを始める。

 

『皆さんようこそ! PLAYER UNKNOWN'S FIGHT GROUNDS』

「ん?」

『通称パフジーの世界へ!』

「パクりじゃない!!!!!」

 

 美玲のツッコミが炸裂する。

 すると、ホログラムのアリスがジト目で美玲を相手に

 

『ちょっと美玲ちゃん。パクリ呼ばわりはひどいですよ。それともあれですか? 美玲ちゃんは荒野派ですか?』

「派とかそういう話じゃないのよ。これはパクリでしょアリス」

『……いやまあ? 燐くんのために急遽用意したものですから色々と参考にして、お手本にして、引用して……』

「それをパクリと言うのよ」

『もう! せっかく作ったんですよ! 夏の時にキッドさんからかさ増し請求で得た利益もぶっ込んだんですから! もう今回は利益度外視、赤字覚悟でやってるので!』

「金の話はしてないでしょう。話題を変えないで」

「いやでもこのあたりで変えないと……お話が進みません……」

「メタいぞ儚」

「ひぃん……」

『というわけで! ルール説明です!』

「あ、話逸らした」

 

 参加者はなんと100人! 

 4人1チーム、全25チームが争います。

 これから皆さんには飛行機に乗り込んでもらって、フィールドに降りてもらいます。

 物資が至るところに落ちているので、物資を拾って装備を整えてください。

 また、攻撃されてHPが0になった場合は気絶となりますので、チームメンバーから蘇生させてもらいましょう。

 気絶の状態で一定時間経過、もしくは攻撃を受けた場合はデッド! 気をつけてくださいね!

 更に今回は特別ルールとしまして一度死んだ場合でも、一定時間以内にそれぞれが保有するドッグタグを回収し、フィールド内にある蘇生マシーンを使えば復活出来ますので仲間が死んでも見捨てずに頑張りましょう!

 まあ、見捨てても構いませんが。

 

 そして今回の戦いの舞台はこちら!

 かつては多くの人々が住んでいたとある街。今は戦いにより荒廃し無人となりました。

 北には島がありますが大部分が軍事施設となっています。軍事施設というだけあって物資も大量!

 レアな武器も落ちている可能性大です!

 他にも色々いっぱい見て回りたいところですが、ゲームとしての決着をつけるため、制限時間ごとにエリアは収縮していきますのでご注意ください!

 あと、皆さんがいる場所にランダムで爆撃が行われますので建物の中に入って凌いでくださいね~。

 

『というわけで皆さん質問はありますかー?』

 

「質問もなにも、まあ……」

「パクリゲーだし、知ってるし」

『話が早くて結構です! それではスタート!』

「えっ! もう!?」

 

 驚いている間に、燐達参加者は飛行機に乗っていた。

 窓を覗くと海が眼下に広がっており、既に空の上。

 

『アテンションプリーズ! 間もなく、降下ポイントに入ります。降下ポイント上を飛んでいる内に、皆さんは飛び降りてくださいね。飛び降りなかった場合は飛行機と共に海の藻屑となりますので、ご注意くださーい。あ、あと例によって配信してますので、くれぐれも恥ずかしいところは見せないでくださいね~! それではアテンションプリーズ! ……はー一回言ってみたかったんですよ~アテンションプリーズ! 小さい時の将来の夢はCAさんで~ってやば、マイク入ってる!?』

 

 ブチッ!という音が放送の終了告げた。

 呆気に取られた100人の沈黙は重かったが、すぐに全員口を開いた。

 

「おいおい。作戦考える時間ぐらいくれっての……」

「え、えと……どうするの……?」

「……」(小さい時の夢がアリスと同じで複雑な心境)

「とりあえずどこに降りるか決めましょう」

 

 端末のマップを開き、飛行機の航路を確認。

 飛行機は南から北を真っ直ぐと縦断するコースを取っているようだ。

 

「北には軍事基地、か」

「す、すごいアピールされてた……!」

「たしかに物資は滅茶苦茶あるだろうな。島の1/3は基地になってる」

「あれだけ煽ってると、激戦区になりそうね……」

「ま、十中八九なるだろうな。他に激戦区になりそうなのは、中央の一番でかい住宅密集地と……学校、病院なんかの施設もなりそうだ」

「げ、激戦区は避けて、ショボいとこ降りる……?」

 

 儚の言葉に、灰矢が口角を上げた。

 

「いや、ここは……」

 

 

 

 

「降下!」

「行きます!」

「……ッ!」

「ひぃん……」

 

 一斉に飛び降りる四人。

 四人の向かう先は軍事基地。滑走路や管制塔、他にも巨大な建物が並ぶ、激戦区になるであろう場所である。

 

「……っと!」

 

 燐達が着地したのは、軍事施設内とある建物の屋上。

 パラシュートを外して、周囲を確認すると落下傘の数は多い。

 

「やっぱり多いわね」

「屋上はどこから撃たれるか分からねぇから、早く中入るぞ!」

「はい! ……あれ、儚さんは?」

 

 周囲を見渡すが、儚の姿がない。

 一緒に降りたはずなのにと、三人は儚の位置を確認しようと端末を開く。チームメンバーの位置は端末に表示されるのだ。

 

「おかしいわね……。端末だとここにいることになってる。動いてもいないわ」

「建物の下にでもいるのか?」

 

 灰矢が地上を見下ろして確認するが、儚の姿はない。

 一体どこにと探して、燐がふと上を見上げると……。

 

「ひぃん……。動けない……」

 

 着地直前で固まり、パラシュートで宙ぶらりんとなっている儚が燐達の頭上にいた。

 

「えぇ!?」

「おいおいどうなってんだそれ!?」

「運営! 早速バグってるわよ!」

「えーと、とりあえずパラシュートのコード切れ! その高さなら着地しても問題ないはずだ!」

「ぱ、パラシュート、コード……」

 

 儚は言われた通りにコードを切り離し、燐達のいる屋上へと降下。

 大した高さでもなく、儚からしたら怖くもなんともない高さ。身軽な様子で華麗に着地し……。

 

「ヴェッ」

 

【儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブが落下で気絶しました】

 

「嘘でしょ!?」

「おいこの高さで……ちゃんと着地したのになんで気絶してんだ!?」

「ちょっと運営! アリス! デバッグ作業ちゃんとしたなかったでしょう!」

『言いがかりですぅー! デバッグはかなりやりましたよ! その上で私も初めて見るバグですこれはー!!! これだからギャグの世界の住人は……』

「あの……バグでもなんでもいいので早く蘇生ください……」

 

 四つん這いになっている儚が蘇生を求める。

 ああ、そうだったと燐が蘇生しようとするが、乾いた銃声が一発。

 燐の頬を、銃弾が掠めた。

 

「撃たれた!? 狙撃! 狙撃です!」

 

 咄嗟に屋上へと続く階段の出入口に身を隠した燐が声を張る。

 燐は即座に隠れることが出来たが、気絶中の儚はそうはいかなかった。

 

「ひぃん……すごい狙われてる……! 助けて……!」

 

 四つん這いで牛歩しか出来ない儚を仕留めようと、燐を狙った狙撃手は儚に狙いを移していた。

 だが、あまり射撃は得意ではないのか、儚には当たらずに床や柵などに当たっている。

 

「下にも来てるぞ! 気を付けろ!」

「さっきの茶番、見られてたんでしょうね……。まだ武器も何も取れてないのに……」

「と、とにかく助けてください……!」

「あ、スモーク!」

 

 燐はすぐ近くにスモークを見つけ、ピンを開けて儚の近くに投げた。

 白い煙幕が気絶した儚の姿を隠し、儚を狙う銃弾も当てずっぽうとなって見当違いの場所を撃つようになっていた。

 こうして、なんとか物陰に辿り着いた儚を燐が蘇生するが依然としてピンチは続いている。

 

「武器は……ピストルとナイフぐらいしかないか……。灰矢さんと美玲先輩は……」

「俺達はサブマシンガン見つけた。一戦ぐらいはやれるが……」

「来てるのは3人。スナイパーが1人、常にこちらを狙ってる。それに、こっちは蘇生したとはいえ回復出来てない手負いが1人。いきなりすごい不利ね」

 

 冷静に状況分析を行う美玲の口から告げられる情報は気が滅入るものであった。

 このままでは最初に脱落するチームになってしまう可能性が高いと誰もが思ったが、誰も脱落する気などない。

 

「来たぞ!」

 

 灰矢が見張っていた階段から敵が迫る。

 踊場から連射される銃弾を凌ぎ、銃撃が止んだ隙に灰矢は撃ち返す。だが、相手の物資は灰矢達が思っている以上に潤沢であった。

 敵チームは灰矢に何発か撃ち返すと、液体の詰まった瓶を投げ付ける。

 それが何か、灰矢には瞬時に理解出来た。

 

「火炎瓶かよクソ!」

 

 飛び退いてその場から離れた灰矢は、自分が立っていた位置に目を向けると既に周囲を真っ赤な炎が燃やし尽くしていた。

 

「灰矢さん!」

「火が消えたら来るぞ! 注意しろ! 痛っ!?」

 

 遮蔽物から離れた灰矢を狙撃手が狙う。

 幸いにも大きなダメージとはならない、右肩を掠めた程度なので灰矢はそこまで気に留めていないようだ。

 

「チッ……狙撃手がウザい。そこまで上手くないのが幸いだが……」

 

 狙撃手の狙いにくい位置へ動こうとする灰矢だが、火炎瓶の火が消えて敵チームが一斉に屋上へと駆け上がってきた。

 

「ヤバい! 美玲迎撃だ!」 

「了解……って、気楽に言えたものじゃないわね……」

 

 屋上の攻防は激化。

 銃声が轟き、他の音など耳に入らない。

 

「僕も援護を……!」

 

 拳銃を構え、燐も発砲。

 しかし……。

 

「全然当たんない!!!」

「なんでもいい! 撃て撃て!」

 

 灰矢の指示が飛ぶが、銃弾は限られている。

 そしてそれが早く尽きるのは物資を集める時間がなかった燐達の側である。

 

「そろそろ弾が……」

 

 美玲が呟くとほぼ同時に、相手の銃撃が止む。

 燐が覗き込むと、相手は火炎瓶を用意していた。

 

「ヤバい……!」

 

 燐は拳銃を投げ捨て、右手にナイフを握り締める。

 そして、敵が陣取る踊場へ飛び込んでいった。

 

「ちょっ……燐!?」

 

 まさかの行動には敵の少女も驚いた。

 武器ではなく火炎瓶を手にしていた少女は迎え撃つことも出来ず、ナイフで首筋を斬りつけられた。

 斬られたといってもゲームの中。血の代わりに赤い粒子のエフェクトが噴き出した。

 人体の弱点である部位はダメージが大きく、少女は気絶状態に。

 四つん這いとなった少女へ、燐はナイフを逆手にして心臓を貫いた。

 トドメを刺された少女は倒れ、傍らに木箱が現れる。この少女が集めた武器や物資が入っているのだ。

 

「やった1キルだ!」

「喜んでるところ悪いんだけど燐」

「なんですか美玲先輩?」

「銃じゃないけど良かったの?」

「あっ」

 

 身体に染み付いた癖は、抜けないものであり、咄嗟に出てしまうものである────。

 

 ともかく、こうして1人倒したことで形成が変わる。

 敗北濃厚といった雰囲気が変わり、士気が上がったチームは強い。

 燐と美玲は階段を降りて反対側、灰矢が相手をしている敵二人のもとへと向かい、奇襲。

 挟み撃ちを受けた相手チーム二人を勢いに乗って倒すのであった。

 

「なんとかなったなぁ!」

「なりましたねぇ!」

「ふぅ……。あれ、儚さんは?」

「そういえば、気絶起こしてから見てないです」

「ま~たバグったかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバいヤバいヤバい! なんでやられてんのよ!」

 

 狙撃手を務めていた少女は軍事基地内を抜けて、近くの林の中を走っていた。

 絶対に勝てるはずだった戦いと思っていたのに他の仲間は全員やられてしまい、ここからは1人で行動しなくてはならない。

 あの場に居残っては確実にあのチームにやられてしまうと判断し、逃亡中。

 

「つうっ!?」

 

 突然のことであった。

 肩に走る痛み。撃たれたのだ。しかし、音がしなかった。見ると、左肩に矢が刺さっていた。

 どこから撃たれたかも分からず混乱する少女に次々と矢が襲いかかる。

 そうして、HP0。

 最後の1人である彼女には気絶はなく、即死である。

 

「ふへへ……よくも儚を狙ったな……。ふへへ……ヴェヘヘ……」

 

 自分自身の仇を取るため、密かに単独行動を行っていた儚。

 儚がその手に持つはボウガン。

 銃声はなく、暗殺向きの武器であるボウガンを構える儚の姿は、サスペンスの趣き────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、散発的な戦闘こそあれど、大きな戦闘は起こらず物資を漁ることに専念。

 アリスの言うとおり軍事基地内は物資が豊富で、灰矢達はしっかりと装備を固めることが出来た。

 

 灰矢は黒い防弾のベストとヘルメットを被り、5.56mm弾を使用するアサルトライフル、ベリルと7.62mm弾を使用するマークスマンライフルのSR-25を装備。

 

 美玲はOD色とも呼ばれる自然に溶け込む緑のベストなどを着用。

 M4カービンと狙撃銃M24 SWSという武器の組み合わせに。

 

 儚は灰矢と同じく黒いベストと黒いメットで防御を固め、VSSというサプレッサーが搭載された中距離に対応した狙撃銃とG36CというG36を近接戦闘用にカスタムしたアサルトライフルを装備。

 

「にへへ……G36C(ゴミムシ)……」

「うわぁ」

 

 と、三人は装備を完成させたのだが……。

 

「灰矢さん!」

「おう」

「弾が全然当たりません!」

「不思議なんだよなぁ。射撃姿勢は問題ないんだが……」

「た、弾が意思を持って逸れてくみたいです……」

 

 燐はいろんな銃を手にしては試し撃ちを行ったり、戦闘で相手に向けて撃ったりしたのだが、全く当たらないのだ。

 先程、M16で一人敵を仕留めることは出来たのだが……。

 

「美玲先輩! あの敵、なんか防御力が高いです!」

「防御力が高いんじゃなくて当たってないの!!!」

 

 なんて一幕があったのだ。

 フルマガジン撃ち尽くして、ようやく撃破に至ったぐらいである。

 

「銃の才能はないんじゃない?」

「ゲームだと当たるんだけどなぁ……」

 

 これでは銃を撃つゲームを楽しめないと頭を抱えると、そこへ灰矢がある銃を燐に差し出した。

 

「これ使ってみろ、ショットガンだ」

 

 上下二連式の古めかしいショットガンを燐は受け取るも、使いこなせるか不安な顔を浮かべる。

 

「えー、なんか難しそうです」

「お前にはお前の間合ってのがあるだろ? そいつで突っ込んでけ。後ろに俺達がいるからよ」

「それに、ショットガンは弾が拡散するでしょ? 直撃まではいかずとも、ある程度のダメージを与えることなら可能よ」

「そうそう。それに、近距離でぶちかませば相手は一瞬で吹き飛ぶぜ」

「さ、最悪ショットガンで仕留め切れなくても、リンならナイフでザクッていける……!」

「なるほど……やってみます!」

 

 燐がショットガンを手にしたところ、4人がいる建物のすぐ近くから足音が。

 建物内に侵入した様子だ。

 

「よーし燐。早速出番だぜ」

「わ、分かりました……!」

 

 燐が前衛に立ち、儚がカバー。

 後方は灰矢と美玲が警戒し、敵チームを警戒しながら進んでいくと……。

 

「あっ」

 

 廊下の曲がり角を曲がろうとした瞬間、敵兵が一人。5mも離れていない位置で敵がいないか確認しているが、運良く燐達に背を向けていた。

 

「チャンスだよリン……!」

「当たるかなぁ」

 

 と言いつつ燐は引き金を引いていた。

 弾は見事に背中のど真ん中を捉え、一撃で相手をダウンさせた。

 

「やった!」

 

 喜びながら、ショットガンの銃身を折り弾をこめた燐は気絶中の相手にまた一発撃ち込んでキルさせた。

 

「ふふ、気持ちいい」

「え」

「いきます!」

「え! おい燐!」

  

 駆け出した燐を追いかける三人であったが、スイッチの入ってしまった燐を止めることはそう出来なかった。

 

「こっちにいるはずだ!」

「あっ!?」

 

 仲間がやられたと報復に二階に上がってきた敵兵の一人と燐が曲がり角で出会ってしまった。

 ラブコメならここから物語が始まりそうであるが、残念ながら今回はそういうジャンルの話ではない。

 お互いその手に銃を持っているのだから。

 出会い頭、こうなると反応速度がものを言う。燐と少女では……勝負にならなかった。

 銃声二連。

 ショットガンが火を吹いた。倒れる少女はまだ気絶状態である。

 

「まだ下にいるなぁ。真下か」

 

 今回は気絶している相手にトドメは刺さず、燐は窓から飛び降りる。

 すると、着地した目の前の部屋に一人の少女が外に背を向けていた。

 仲間が二人やられ、警戒心と焦燥感が押し寄せてとにかく思考を張り巡らせていた。

 そのせいで、背後に舞い降りた燐に気が付かない。

 燐は、何も気にすることなくその背に弾を撃ち込むのだった。

 

「がっ!?」

「お、キルということは敵は3人だったのか」

 

 3人目の少女は気絶せずにキルとして処理された。

 二階でトドメを刺さずにきた少女もキルとなり、状況終了。

 ショットガンを手にした燐が、まさかの3タテである。

 

「ヤバい超気持ちいいですねショットガン!」

「や、ヤバい人……」

「アドレナリンドバドバだろうな」

「あはは、あはは! ショットガンとコッペパンって似てません? あはは!」

 

 燐の純粋な笑顔が逆にヤバい。

 ヤバさに拍車をかけてヤバい。

 

「ショットガン渡したの間違いだったか?」

「燐が楽しそうなので良いと思います」

「楽しそうだからって、美玲お前なぁ。こんなトリガーハッピーな奴だとは思わなかったぜ……」

「あはは~! そうですねトリガーハッピーニューイヤーですね!!!」

「なんて???」

「トリガーハッピーニューイヤー……かわいい……」

「おーい頼むから美玲はそっちに行かないでくれ。ツッコミがいなくなる」

「は、儚もツッコミ出来る……!」

「お前は存在がボケなんだよ」

 

 こうして4人が駄弁っていると、端末が揺れる。

 灰矢が端末を手にすると、ホログラムのアリスが現れてアナウンスを始めた。

 

『はーい! それでは皆さんお待ちかねのエリア収縮のお時間です! 皆さんこの円の中に入ってくださいね~! エリア外はダメージ食らいますよ~痛いですよ~!』

 

 アリスのアナウンスが終わるとマップが表示され、島の上に円が表示されるが……。

 

「まずいな、この島はまるっとエリア外だ。移動するぞ」

「橋を渡っていくしかない……。制限時間は3分、急がないと」

「あ、さっき基地の外で車見つけました……」

「うし、じゃあ車拾って移動だ」

 

 時間は短いと即座に行動開始。

 基地から出て、すぐの道路に車はあったが、なんと二人乗りのスポーツカーであった。

 

「こんなん運転するのはデートの時ぐらいにしたいもんだぜ……。まあいい、俺が運転するから助手席誰か乗れ」

 

 他に車が見当たらないしと、灰矢は運転席に乗り込み助手席に誰か来るようにと促した。

 だが、美玲と儚は顔を見合わせて動かない。

 

「えっと、ミレイさんどうぞ……」

「いや、いいわよ儚乗りなさい」

「いやでも……」

「私は燐と行くから」

「なにしてんだ時間ないんだぞ」

 

 なかなか乗り込まない二人を灰矢が注意した。

 それに対し、儚がズバッと言ってしまった。

 

「そんなこと言われても、ついさっき出会ったばかりの男の人と二人で車乗るのはちょっと……」

「なんでそんな信用してないわけ俺を!? ここまで一緒にやってきたよな!?」

「だって……」

「は、儚のことジロジロ見てた……!」

「私もその、視線が気になってました。足とか、すごい見られてるなって」

「はぁ? 誰がお前らお子様の身体をジロジロと見るかよ」

「いやでも私達見られてました」

「はい……」

「これが痴漢冤罪ってやつか! いいか、見てねぇからな! マジでだ! あと今こんなことしてる場合じゃ……」

 

 灰矢が話している途中、遠くからバイクの音が聞こえてきたので灰矢は敵かもしれないと警戒。

 スコープを覗いて確認すると、燐が軍用のオフロードバイクに乗って灰矢達のところへ向かってきていた。

 

「ちょっと走ったら向こうにありました!」

「燐、お前いつの間に」

 

 また、灰矢が言いかけている時だった。

 俊敏な動きで美玲が燐の後ろに座ったのだ。

 

「あ! ミレイさんずるい……!」

「ズルくないわ。当然のことよ。ほら、スポーツカーの方が快適よ。こっちはシート固いし、密着しないとだから。先輩として後輩に楽させてあげるわ」

「美玲先輩そんなくっつかないでください危ないです」

「むぅ……ミレイさんの浮かれポンチ……」 

「もうなんでもいいからさっさと乗ってくれ……」

 

 呆れ疲れたといった様子の灰矢がスポーツカーのエンジンを入れた。

 儚は助手席のドアを開けて乗り込むが、車高の低さに慣れず頭をぶつける。

 

「ひぃん……痛い……」

「ダメージにはなってないから大丈夫だ。それより、助手席頼むぜ。運転中は銃撃てないからな」 

「分かりました……」

 

 車の中ではあるが、銃をしっかりと握りしめて警戒する儚。

 まもなく、本島と繋がる橋にさしかかる。

 この橋を渡りきったところが、次の安全地帯の範囲内。まだエリア収縮には余裕はあるが、出来る限り早めに安全地帯には入っておきたいところではある。

 

「こういう橋って、狙われそうじゃない?」

「検問ですね、あり得ますよ」

 

 バイクで駆ける燐と美玲はそんな会話を続ける。

 橋という場所は狭く、見通しが良すぎる。放置された廃車などが配置されているが、走行中に撃たれれば何も出来ずに終わる可能性だってある。

 更に、マップ上では燐達が走る周辺が小さく赤い円で囲まれた。

 空には、爆撃機が飛んでいた。

 

「ここ爆撃される……!」

「心配すんな。動き回ってりゃ当たらな────」

 

 風を切る音。

 灰矢達の視界が光に飲まれ────。

 

 大 爆 発。 

 

「灰矢さーーーーん!!!!! 儚さーーーーん!!!!!」

 

 燐の叫びが、爆撃の中で響き渡った。

 

 to be continued……



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