この素晴らしきメタルマックスに祝福を! (無題13.jpg)
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prologue 転生先がいつも異世界だと思ったら大間違いだ

 転生前のやり取りは原作とあまり変わらないので簡略化させます。ご了承ください。


「ここは死後の世界です、佐藤和真さん。残念ながらあなたは死んでしまいました」

 

 市松模様の床が地平線まで広がった謎の空間で、和真は水色の長い髪をしたドエライ美人から、冷酷にそう告げられた。

 小さな事務机に座った謎の美人さんは、状況が掴めていないらしい和真に続けて質問する。

 

「死ぬ前後の状況は覚えてる?」

「えーっと……」

 

 訊かれて記憶を辿っていく。

 久しぶりに外出し、買い物をした帰りで一度記憶が途切れている。あの時は確か。

 

「そうだ。あの女の子は大丈夫だったんですか? 俺が助けたあの子です」

 

 記憶の途切れる寸前、和真は女の子にトラックが迫っているのを目撃し、咄嗟に彼女を庇ったのだ。

 自分は死んでしまったようだが、彼女の方はどうだったのだろうか。

 

「助けた? ……ああ。無事よ、無事。あんたが余計なことをしなかったら無傷で済んだでしょうね」

 

 しかし、和真に告げられた真実はより一層残酷なものだった。

 

 少女に迫っていたのはトラックどころか低速のトラクターで、徹夜明けの頭で見間違えただけだったこと。

 そして和真の死因はトラクターに耕されたどころか、轢かれたと勘違いしてのショック死であったこと。

 あまりの情けない死に様に、医者からも家族からも失笑を買っているということ。

 確かにネトゲで三日ぐらい貫徹し、意識が朦朧としていたが……。

 

「あなたはその恐怖から失禁。医者や看護士も最初はその姿を見て同情してたのだけど、死因を聞いて吹き出したわ。それでも懸命に処置を施したのだけどあなたは目を覚ますことなく……ふひひっ」

「もういい! それ以上は聞きたくない!!」

 

 半分涙目になりながら彼女の言葉を止めようとする和真に、青い髪の悪魔はヘラヘラと愉快そうに話しを続ける。

 

「今、あなたの家族が病院で死因を聞いて思わず噴き出したわ。良かったわね、これなら葬式も湿っぽくならないわよ」

「やめろー! というか、嘘だよな!? そんな情けない死に方あり得ねーよな!!」

 

 泣き叫んでる和真をひとしきり嘲笑った青い髪の女は、執務机の椅子に座り直した。

 

「さてと。仕事のストレスも解消できたし、本題に入りましょう。それでは佐藤和真さん。私は女神アクア。日本において若くして死んだ魂を導く者。あなたの死後の沙汰ですが、残念ながら天国へは逝けません。引きこもりニートのあなたでは生前の善行が少なすぎます。かといって地獄へも堕ちません。ヒキニートなあなたでは生前の悪行が少なすぎます。よって、異世界にて改めて業を重ねに生まれ変わっていただきます」

「ニート連呼すんな……って、まさかそれって異世界に転生できるってことですか!?」

「異世界ってほど異世界でもないわ。ちょっと未来の平行世界ね。剣はあるけど魔法はないわ」

 

 その世界は人類に反旗を翻した電子頭脳のせいで人類の大多数が死滅し、現在もミュータントや無法者達が我が物顔で暴れまわる世紀末と化した世界らしい。

 

「まあ、そんなわけで人はバンバン死んでるの。人があり余ってる世界からも魂に来てもらってるけど、このままだと本当に滅亡しかねない」

「北〇の拳かよ!? 記憶があってもそんな危ない世界行きたくねえってば!」

「まあ落ち着いて聞きなさい。もちろんただそのまま転生させる訳じゃないわ。なんと特典があるの。その世界にはあなたが望むものをなんでもひとつ持っていける。こちらの世界のものや神々が持つ神器や能力、望むなら何でも持っていけるってわけ。これなら世紀末でも簡単に生活できるでしょ」

 

 そう言われると、少しばかりいいかもしれない、と思えてくる。なんだったら本当にケン〇ロウみたいな活躍が望めるかもしれない。

 

「どう、いい話でしょ。あなたは記憶を持ったまま、新たな人生が送れる。異世界の人にとっては即戦力がやってくる。他には……万が一、電子頭脳を倒せたらなんでも一つ願いが叶えられるわ」

 

 聞けば聞くほど美味しい話だ。和真はアクアに話の先を促した。

 

「その世界の言語などは大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。普通に日本語が通じる……ていうか地域で言ったら琵琶湖の周辺に降り立つ予定だわ」

「おいおい、転生先って滋賀県かよ……」

「ちょっと歩けば奈良とか京都も見て回れるわ」

 

 アクアは執務机の引き出しから金表紙の分厚い本を取り出し、極めて雑に和真へ投げ渡した。

 

「転生特典に欲しい能力があったら、そこから選んで。後ろが押してるから早くね」

 

 渡されたカタログには『なんにでも変身できる杖』『時間停止能力』『あらゆる邪を祓う伝説の聖剣』といった物語の主人公が持つような能力やアイテムが並んでいるが、果たしてこれは世紀末世界に持ち込んでもいいものなのだろうか。世界観が逸脱しすぎている気がする。和真はそれらの力や道具で活躍する自分の姿を思い浮かべながら頁をめくる。

 

「ねー、早くしてんくんなーい? 私も忙しいのよね。ぶっちゃけ、あなたみたいなヒキニートにはなにも期待してないから、適当なのさっさと選んでさっさと行ってきてよ。こっちもノルマがあるのよ。早く終わらして次の魂を導かないといけないの」

(このアマ……)

 

 次こそまともな死に方をするためにも、持ち込むべき転生特典は慎重に選びたい和真。しかしアクアは「ねーまーだー?」と集中力を乱してくる。

 さっき末期を嘲笑されたことといい、和真の中でアクアに対する恨み辛み(ヘイト)が鰻昇りであった。

 

「女神様、私が望むものなら何でも異世界に持っていけて()()できるのですね?」

「ええ、そうよ。その本に載ってなくても私が用意できる範囲であれば何でも用意するわ」

「じゃあお前」

「そう、わかったわ。じゃあその魔法陣にはいって登録をして――今なんつった?」

 

 聞き返された和真は、それはそれは悪どさ全開な満面の笑顔で繰り返した。

 

「聞こえなかったのか? 俺が持っていく特典はお前だ、女神……いや、犬一号!」

 

 和真がそう宣言すると同時に、天空から光の柱が降り注いだ。

 

「ちょっ、そんなの無効よ、無効! 無理に決まってるでしょ、ってなんか魔法陣光ってるですけど! え、いいの!? 私、仮にも女神なんですけど!」

 

 アクア改め犬一号の悲痛な叫びもむなしく、足元に広がった魔法陣の光は強まっていく。それと共に背中に翼の生えた金髪の女性が上空から登場する。天使的な存在のようだった。

 

「佐藤和真さん、貴方の申請は受理されました。女神アクアは今より貴方の飼い犬となります。はい、これ首輪。タグも付けておきますね」

「ギャァァァーッス!! わ、私女神よ! 女神!! 何よこの革ベルト!? 服従のスペルが刻まれてるんですけど!」

 

 リード付きの首輪をされたアクアは、この世の絶望を一点にまとめたような、それはそれは情けない泣き顔で頭を抱えた。

 

「観念しろ、犬! これから死ぬまでコキ使ってやるからな~! クックックック!」

「いやぁぁぁぁぁ! 絶対ひどいことされる! R-18的なヤバイことされるぅぅぅ~!!」

「往生際が悪いですよ、アクア様。どうせあなた、今季の査定で女神からただの天使に降格予定だったんですから。神の座に返り咲きたかったら、世界でも救って得点を稼ぐことですね」

 

 天使はキッパリとアクアの要請を突っぱねると、最後に和真へ振り返った。

 

「あなたがこれから赴く世界は、以前の世界の延長線上にありながら決して交わらない別世界です。せいぜい楽しんで死んでくるといいでしょう」

「あ、あなたも随分な言い草ですね……」

「世紀末世界の担当天使なんてしてたら、誰だってこうなります。でも忘れないで。どんな時代でも悪は滅ぶし、荒野にだって花は咲く。ご武運を」

 

 魔法陣の光が最大限に高まり、周囲の空間を白く塗りつぶす。その直後、足元が抜けたような浮遊感とともに、和真の冒険は幕を開けたのだった。




 この天使は大破壊後の世界で死んだ人間の魂を回収する使命を帯びているため、凄まじくやさぐれてしまっているという設定です。


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Part1 うぇるかむとぅーくれいじーわーるど
第一話 ああ、世紀末……!


 魔法使いより魔法使いなのがMM世界のハンター達。


 気が付くとカズマは、荒涼とした風が吹く赤茶けた荒野に立っていた。

 乾燥した空気に、突き刺すような日差し。ふと足元を見ると、風化したしゃれこうべが転がっていた。思わず「ヒェッ」と飛び上がる。

 

「そ、想像していたよりも未来は悲壮感に溢れていました……」

「そうよ、絶望的よ……どうして女神である私が、こんな崖っぷち世界に降りてこなくちゃいけないのよ……」

 

 呪詛の声に振り返ると、青い髪の見た目だけは美しい(女神)が、虚ろな目つきでブツブツうわ言を繰り返していた。

 カズマは無視して、埃臭い空気の中で目を凝らす。

 

「見事に何もないな……おい、犬。地図とか持ってないのか?」

「そうか、これは夢なんだわ……でなけりゃ私がこんなディストピアに堕とされるだなんて……」

「おいこら。いつまで現実逃避してんだ犬」

「うるさいわね! あなたはこの世界がどういった場所か知らないから呑気してるけどね! ……ここは本当にヤバイのよ……」

 

 この短時間で目の下に隈ができ、頬もこけて別人のような不健康となったアクアに、カズマがまたもや「ヒッ」と息を呑んだ。

 

「いい? 50年前の大破壊からこっち、この世界の人間はわずかに残った前文明の遺産を食いつぶす形で、どうにかこうにか生き残っているのよ! 物資は枯渇して、インフラもライフラインもズタズタ! あまつさえ暴走した機械やバイオモンスターが地上を闊歩しているの!! 本物の地獄が何百倍もマシに思えるほど、この世界は地獄なのよ!」

「そんな世界に転生させようとしてたのかよ、お前!?」

「だから転生特典を与えてたんじゃない! 戦闘用の能力を授けておけば、上手くすれば1年は生き残れる目算だったのにぃ!」

「は? い、1年? 1年て……最低1年――」

「最長で1年!! ……はぁ……終わったわ、私の神生……」

 

 絶望を深めるアクアに、カズマも状況のヤバさを理解して色を失っていた。

 てっきりチートを持って転生すれば、世紀末救世主の如き大活躍が約束されているものだと考えていた。それが最長で1年以上生き延びたものがいないとくれば……カズマは目の前の犬が、ますます憎らしい相手に思えてくる。

 しかし、残念ながら二人には絶望に浸るだとか、仲違いする余裕など無かった。

 

「ん?」

 

 2メートルほど離れた地面がウゾウゾと動き、何かと思えばネズミだかリスだかっぽいげっ歯目が顔を出した。

 あ、プレーリードッグじゃん、かわいー! なんて思ったのは目が合うまでの一瞬だけ。げっ歯目が穴の底から対戦車ミサイルランチャーを引っ張り出した瞬間、カズマの脚は意識とは無関係に走り出していた。

 

「ぐえっ」

 

 アクアもまた、首輪から伸びた視えないリードがカズマに引っ張られ、訳も分からず逃走劇に巻き込まれる。

 

「あだだだだっ!? ちょっとこら、ヒキニート! 首が締まる! 締まっちゃう!!」

「うるせー! 死にたくなかったら走れぇぇぇーっ!!」

 

 状況が読めずに文句を垂れたアクアも、背後でのロケット発射音、照準の甘いミサイルが数メートルほどズレた場所に着弾して爆発したの見るや、飼い主(カズマ)を置き去りにする勢いで走り出した。

 

「ぎゃあああああああ! プレーリーゲリラぁぁぁぁぁ!?」

「おいぃぃ!? なんだその可愛らしさと狂気が同居したクリーチャーは!?」

「大破壊後に現れたモンスターって、だいたいみんなアンナの――うぎゃああ! 前、前ぇぇぇぇぇっ!!」

 

 見たくないけど正面に目を向けると、進行方向上に新たなプレーリーゲリラ、耳がパラボラアンテナのネズミ、顔がカメラのコウモリなどがウゾウゾと出現していた。

 転生直後から濃すぎるメンツだ。

 

「もうヤダぁぁぁぁ! おうぢがえるぅぅぅぅぅぅっ!!」

「現実逃避してる場合かぁぁぁぁぁっ!!」

 

 狂ったデザインの怪物から体力の限界を超えての逃走劇。それが佐藤カズマがこなした最初のクエストであった。

 

 

 その町は、ほんの数時間の全力疾走で見違えるほど痩せこけたカズマとアクアの目の前に、蜃気楼がごとく突然に現れた。

 逃げるのに夢中で存在に気づけなかっただけだが、今にも死後の世界へ再送還されそうなほどくたびれ果てた二人には、まさに地獄に仏に出会った気分だ。

 

「ああ、神様仏様……」

 

 薄汚れた犬の様相のアクアは、自分の立場も忘れて天に拝んでいた。カズマにはもう、それにツッコむ気力もない。

 

「『マドの町へようこそ』……本当に日本語で書いてある……」

 

 これなら言葉も通じるだろう、という安堵感とともに、この荒涼とした大地が平行世界とはいえ未来の日本だという実感が湧き上がり、寒気を覚えるカズマであった。

 

「おい、(ポチ)。今って西暦で言ったら何年だ?」

「へ? 知らないわよ、下界の年号なんて。あんたのいた時代から百年は経っていないハズだけど」

「じゃあ大破壊が50年前ってことは……俺が死ななかった場合、ジジイになる頃には結局こんな世界になってたってのか」

「かもしれないし、違うかもしれない。一つだけ確かなことは、世界をどう形作るかを決めるのは人間よ。技術に溺れて心を失えば、こういった絶望の未来だってあり得るでしょう」

 

 達観しているというか、まるっきり他人事なアクアだが、彼女も今や下界に生きる人間と大差ない自覚はあるのだろうか。

 

「お、おいアンタら! そんなとこで何を呑気に突っ立ってるんだ!?」

 

 そこへだ。町の中からスキンヘッドの大柄な男が、ひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。ただでさえコワモテなのに、よほど切羽詰まっていたのかメチャクチャおっかない。

 

「ん? お前ら、見かけない顔だな。ひょっとして流れのハンターか?」

「ハンター? いいえ、俺達は……なんだろうな。おい、犬」

「私に振るんじゃないわよ! 旅人的なあれでいいんじゃない? 知らないけど」

「流れ者ってことか。運が無いな、こんなタイミングでこの町に来てしまうなんて」

 

 大男は憐れむ顔で二人を見つめて、神妙な顔で語った。

 

「もうすぐここに、グラップラーの人間狩りがやって来る。今から町を離れても、ヤツらのクルマからは逃げられまい」

 

 男の語る『グラップラー』なる連中が何者かは不明だ。しかし人間狩りというのはいくらなんでも物騒すぎる。カズマとアクアは、互いに真っ青な顔を見合わせた。

 砲撃によって町の一画が吹き飛ばされたのは、その数秒後のことであった。




 前話でカズマに天国へ逝くとか記憶を消しての通常転生などの選択肢が無かったのは、大破壊後の世界にこのすば!原作異世界ほどの余裕が無いのも一因です。


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第二話 恐怖のグラップラー!

 リローデッドは持ってるけど、たまに無印MM2もやりたくなります。


 バイアス・グラップラー。

 いつの頃からか、旧関西地区を拠点に活動している巨大な悪の軍事組織だ。

 恐ろしく強くて残虐な四人のモンスターに率いられた重武装の兵士達は、生き残った人間達の集落を次々に襲撃して若い人間を攫い、逆らう者は容赦なく虐殺するという。

 大破壊を起こした人工知能による人類抹殺プログラム以上の脅威であった。

 

「だがな! 人間達だって負けてねえ! 人間狩りのグラップラーを逆に狩る凄腕のモンスターハンター4人が、この町に揃ってるんだ! 今にヤツらを返り討ちにしてくれるぜ!」

 

 大工のデヤークと名乗った大男に連れられて、カズマ達は元浄水施設だった建物の二階に匿われた。地下のマンホールよりは危険だが、外にいるよりはずっとマシだ。

 それにここからであれば、外の様子も確認できた。

 

 バリケードを砲撃で破壊したグラップラーは、全身を覆ったプロテクターにライフルで武装した歩兵と、装甲車による混成部隊だった。

 グラップラーなどと言うので、バイクに跨ったモヒカン達による肉弾戦メインの連中かと思いきや、まさかの近代的武装である。アクアがますます頭を抱えた。

 

「ああぁぁぁ……もうダメだ、絶望的よ……これからあいつらに捕まって口に出すのも憚られるあんなことやこんなことをされるんだわ……いっそ先に死のうかしら」

「おいコラ、駄犬! 勝手に悲観してんじゃねーよ! 見ろ!」

 

 カズマが顎で差した先。酒場から次々と現れるのは、マドの町が雇った凄腕のモンスターハンター達だ。

 デヤークが一人一人解説していく。

 

「彼らは強いぞ。暴走バギーのガルシア、隼のフェイ、鉄の男アパッチ、そして不死身の女ソルジャーマリア。どいつも名前の売れた実力者達だ」

「け、けどクルマ相手じゃ……」

「いや、アクア! あの人達、すごいぞ!」

 

 アクアの悲観を打ち消すように、4人の戦士は襲い来るグラップラーを次々に蹴散らしていく。

 青い車体に強引に武装を接続したバギーが機銃で歩兵を薙ぎ払い、金髪の身軽な優男も背後からのフレンドリーファイアを恐れず敵陣のド真ん中に突撃する。

 赤いバンダナの屈強な男が至近距離からのバズーカ砲で装甲車を破壊し、長い赤毛の女性に至ってはただのキックでクルマをひっくり返してしまった。

 

「すげー迫力。どっちが化け物か分からないな……ん?」

 

 カズマはふと、超人達の大立ち回りに隠れてボウガン片手に戦っている、金髪の少女の存在が目に留まった。

 年齢はカズマより若いぐらいで、マント状のコートの下は黒いビキニに黒短パンで、胸の谷間やお腹、健康的な太ももなどを惜しげもなく晒しながら、歩兵の一人を金的を蹴り上げて無力化した。

 

「デヤークさん。あの子もハンターなのですか?」

「ん? ……いや、分からないが誰かの連れ子じゃないか? それにしてもすごいな、あれが熟練したハンターの実力か」

 

 デヤークは少女には特に興味も示さず、ハンター達の戦いに夢中であった。

 

「よっしゃ、そこよ! 撃っちゃえ撃っちゃえ! あ、逃げようとしてる! 赤い髪の人、右見て右ー!」

 

 まるでプロレスでも観戦しているテンションのアクアに呆れつつ、カズマは外の戦場へ再び目を向けた。

 不利を悟った歩兵が逃走を計り、すでに勝負は決したかに思われた。

 だが。

 

「がががーっ!!」

 

 悍ましい咆哮が町を震撼させる。逃げようとした歩兵が一瞬にしてオレンジの業火に呑み込まれ、文字通りの灰にされた。

 

「……はい?」

 

 アクアが思わずこぼした言葉はダジャレではない。

 

「用心棒として雇われた賞金稼ぎどもか! こざかしいマネを!」

 

 炎の壁をかき割って現れたのは、身長3メートルを超えるモヒカン男だった。

 土気色の顔には縫い目がいくつも走った、タラコ唇の厳ついブ男だ。青いボディスーツに包まれた巨躯は筋骨隆々。背中には大容量の燃料ボンベを背負い、そこから伸びるノズルが手の甲で火炎放射器として機能していた。

 先の大火力を目の当たりにしていなければ、アクアも「なにアレ? 今にもあべしっ! て死にそうなやられキャラじゃないの! プークスクス」と嗤っていただろう。

 

「あいつは……! て、テッド・ブロイラー!?」

 

 デヤークの声に、一緒に戦いを見守っていた避難民達が一斉にどよめいた。

 

「我らバイアス・グラップラーに歯向かうものには死あるのみ! ここでオレに出会った不運、悔やみながら死ぬがいい! がががーーーっ!」

 

 先端の火蓋は、大出力の火炎放射によって切られた。

 ハンター達が四方向へ散って回避するも、直後にテッド・ブロイラーは次の行動に移っていた。

 

「モヒカンスラッガー! がががーっ!!」

 

 頭頂部の真っ赤なトサカ、もといモヒカンを両手で挟んでぶん投げる。お前はどこのセブンだ! とカズマが内心でツッコミを入れた直後、青いバギーが縦一文字に真っ二つにされてしまった。威力まで本家セブンに劣っていない。

 バギーの運転手は辛うじて脱出し、アサルトライフルを手に反撃を試みた。

 他のハンターも銃撃を食らわせるが、テッド・ブロイラーは涼しい顔で受け止めて微動だにしない。

 

 ならば、と軽快な動きで敵を翻弄していた優男のハンターが、スーツの無い顔面を至近距離から撃ち抜くべく接近戦を試みた。

 目にも留まらぬとはまさにこのこと。優男は残像すら残す速度でテッド・ブロイラーに肉薄。眉間に銃口を突きつけた。

 甲高い破裂音が三連発で響く。

 

「なにっ!?」

 

 しかし、テッド・ブロイラーは巨体にあるまじき速度で瞬時に優男の背後へ回り込んでいた。剛腕でもって優男の胴体を鷲掴みにし、無造作に地面へ叩きつける。

 

「ぐはっ!?」

「フン。手緩いわ、死ね!」

 

 地面すら容易く溶解させる火炎に呑まれた優男は、一瞬のうちに消し炭となって息絶えた。

 

「フェイ! おのれぇぇ!」

 

 赤いバンダナの厳つい男が、敵討ちだとばかりに両手の銃で斉射を浴びせた。

 だが無数の銃弾も突進するテッド・ブロイラーには足止めにすらならず、鍛え上げられた厳つい男の体は、それ以上の質量とパワーによって弾き飛ばされた。

 

「テッド・ファイヤー! がががーっ!!」

 

 両手を合わせたテッド・ブロイラーの放つ、おそらく最大火力と思われる炎の中に、厳つい男の勇姿は空中に消えた。

 

「他愛無い。この程度か、賞金稼ぎども。ふん!」

 

 もののついでとばかりに、破壊された車体から銃を構えていた運転手にも炎が放たれ、車ごと業火に飲み込まれた。

 

「残るは一人。いや、後ろの小娘も含めて二人か?」

「! レナ、逃げな!!」

 

 赤い髪の女は、なおも銃を構えてテッド・ブロイラーに立ちはだかった。

 後ろには、あの金髪の少女がいる。戦意を完全に失っていた少女は、女の声に弾かれるように走り出した。

 

「がががーっ! 逃げろ、逃げろ! 早く逃げないとまっ黒焦げだががーっ!」

 

 巨体からは想像もつかない俊敏性で跳躍したテッド・ブロイラーは、女を容易く飛び越え、少女に向けて炎を放った。

 しかしわざと直撃を避けたようで、少女の逃走経路を塞ぐように炎で壁を作るに留める。

 尻もちを付いた少女は、腰が抜けてしまい立つことすらままならない。

 

「う、あ……あぁ……っ」

「ゲームオーバーだ、ガール。テッド・ファイヤー!」

 

 最大火力が放たれる寸前、女が少女を抱きしめるように庇ったが……献身も虚しく、二人は地獄の業火に呑み込まれた。

 

「あ……あ、あんなにも、あっさりと……」

 

 全てが終わるまで数分か、それ以下の時間しか経っていない。あまりの呆気なさに、カズマは悪い夢でも視ていた気分だ。

 

「な、なんで……なんで、あんな……っ」

 

 デヤークを含めた避難民も一様に言葉を失う中、アクアの繰り返すうわ言のような声だけが、カズマの耳に届いていた。

 

「あんなのがいるなんて、聞いてない……聞いてないわよ、神様……っ」

 

 神頼みする女神にツッコむ余裕など、今のカズマには無かった。




 第三者視点のオープニング。


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第三話 束の間の安らぎ 嵐が去って

 このすば!らしからぬシリアス展開となってしまった前回ですが、MM2の幕開けと言ったらテッド様の暴虐ですので。


「……、行った?」

「ああ……車の音が遠ざかってった」

 

 外から聞こえていた怒号やら悲鳴、車のエンジン音がしなくなった。カズマとアクアは、咄嗟に隠れていた床下の収納スペースから外に出る。

 一、二時間もの間、密着状態で身動き出来ないでいたが、カズマは直前に見てしまったテッド・ブロイラーの暴虐を恐れるあまり、幸か不幸かアクアの体に意識がまったく向かなかった。

 アクアもまた、水の女神の本能からテッド・ファイヤーに凄まじい恐怖を抱き、借りてきた猫か冬のナマズのように一言も発せず大人しくしていた。

 そのお陰か、何度か近くをグラップラーが通り過ぎたが、床の蓋にも気づかれることはなかった。

 

「お互い、なんとか生き残ったようだな」

「うわぁぁぁぁ!? ……で、デヤークさん?」

 

 どうやって巨体を収めたのか、近くのダンボール箱からデヤークも姿を見せた。

 

「意外と体が柔らかいのね」

「まあな。それより二人とも、手が空いているのなら手伝ってくれ。もしかすると町にまだ生き残りがいるかもしれない」

 

 グラップラーはどうやら、住人を敢えて全員攫わずに残すことで、後々また人口が増えたタイミングで襲撃を仕掛けようと目論んでいるようだった。ならば、わざと見逃されたシェルターもあるだろう。

 なので、若くて体力がある(ように見える)カズマは労働力に駆り出され、アクアもアクアでこういうときに見てみぬふりは出来ない性分なので、なし崩しではあるが二人はマドの町に居着くこととなった。

 

 

 それから早くも三日が経った。

 

「ナイルさん、溶接終わりました」

「どれどれ。……ほっほーう、上手いもんだな。やはりワシの目に狂いはなかったか」

 

 マドの町で修理屋を営むナイルという老人に手先の器用さを見出されたカズマは、彼の指導を受けながら見習いとして働いていた。ナイル曰くメカニックの才能があるらしく、今は町の復興に従事する傍ら廃棄されたバギーを修復しようとしていた。

 

「一人だったらもっと時間が掛かっとったが、優秀な助手が見つかってよかったわい」

「いや〜、それほどでもないっすよ」

「単純なヤツじゃのう。ホッホッホ」

 

 おだてに乗せられやすいカズマは、他にも外壁工事だとか、見張り櫓の修繕だとか、とにかく人数が必要な力仕事に駆り出されている。毎日ヘトヘトだが、間借りしているナイルの修理ガレージには寝袋もあれば空調も設置されているので、原作の馬小屋よりも快適だったりする(本人には知る由もないが)。

 

 そしてもう一人。マドの町……いや、大破壊後の世界でならどこへ行っても重宝され、ありがたがられる存在も忘れてはならない。

 彼女は町の片隅にて、なぜだか町の倉庫に眠らされていたスクール水着に着せ替えられて、強酸性の雨水を貯めたタンクにティーパックよろしく沈められていた。

 理由は単純に、水の女神の能力で破損した浄水設備の機能を肩代わりさせられているのだ。

 

「ガボッ!? も、もうむりぃぃぃ〜! 溶けはしないけどお肌が限界なの! 髪が傷むの〜っ!! かじゅましゃ〜ん、もうヒキニートとか童貞ネタで擦らないから許してぇぇぇぇ〜!!」

 

 などと悲痛な叫びも、大破壊前から大事に整備され、先日もグラップラーから敢えて見過ごされた貯水タンクの外には届かない。

 だが、彼女のお陰で清浄な水が飲めることには住人一同が感謝している。夕方にはタンクから回収され、雨水の酸で色々と酷いことになってるアクアとすれ違う度、住人は口々に礼を述べていた。

 こうなると応えずにはいられないのが笑いの神――もとい清く美しい水の女神であるアクア様だ。一晩ぐっすり寝て体力が回復するや、イリット――ナイルの孫娘が作った食事もそこそこ、自分から貯水タンクに向かっていった。根本が善良な神なので、こいつも大概おだてに弱いのだ。

 意外とこの女神、ポストアポカリプスだからこそ光るのかもしれない。

 

「本当だったら私、死後間もない命を蘇生させる超強力な回復魔法だって使えるポテンシャルがあったのよ? でもこんな、神も仏も信じられていない、奇跡も科学で代用できる世紀末じゃ、せいぜい肉体に備わってる異能を『超能力』として発揮するのがせいぜいだわ」

 

 と、カズマに対して愚痴ってもいるので、浄水器扱いに不満がないわけではないのだろう。

 剣と魔法のファンタジー世界で、アークプリーストとして回復や浄化魔法を使いこなしてブイブイ言わせているのとはえらい差だ。

 

「けど、アクアさんの力で町の衛生面が保たれているのは本当ですよ。お陰で彼女の容態も安定してきましたし」

 

 ぶーたれるアクアを励ます為か、イリットが居住スペースの片隅のベッドに寝かされた少女に視線を向ける。

 イリットは名前も知らないが、その少女はグラップラーから町を守るべく戦ったハンターの一人だった。まだ見習いらしく前線には立っていなかったが、あのテッド・ブロイラーの猛火を唯一の生き残っていた。

 それでも全身に重篤な火傷を負い、一命こそ取り留めたものの高熱が続いている。

 

「アクアさんがいなかったら、水不足でもっとみんな困っていたと思うんです。カズマさんだって、あなたが頑張ってるのを認めてましたよ」

「あんなのに褒められたって嬉しくないわよ。……ごちそうさま。それじゃ、今日も張り切って浄化作業に励みますか!」

 

 両手で頬を叩いて気合を煎れたアクアが席を立った、その時だった。

 

「う……く、あ……っ」

 

 これまで浅い呼吸を繰り返すだけだった生き残りの少女が、咳き込むような声を発した。




 次回、もう一人の主人公が登場。


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第四話 焼け残った白百合の花

 今更ながら、2じゃなくてRとか砂塵の鎖のほうがこのすば!との親和性高かったかもしれない。


 生き残りの少女は、苦痛に顔を歪めながらも無理やりベッドから起きようとしていた。そこをイリットとアクアが左右から寝かそうとするが、怪我人とは思えない力で押し返してくる。

 

「だ、駄目ですってば、まだ寝ていないと!」

「そうよ! あなた、生きてるのが不思議なぐらい真っ黒焦げだったのよ!?」

「う、く……っ」

 

 少女の口がパクパクと餌を求める鯉のように動く。何かを言いたいのに声が出ない、といった状態だ。

 イリットが少女をなだめているので、アクアは口許に耳を近づけてどうにか言葉を聞き取れないかを試みる。か弱きものの叫びを聞く私ってば最高に女神! などとアホなことを考えた、その時だった。

 

 ふにょん

 

 少女は倒れ込むというにはあまりに素早く、かつ的確な動作で、アクアの無駄に大きな胸に顔を埋める形で抱きついたのだった。

 あまつさえ、少女は豊満な感触を楽しむようにグリグリと頭を押し付けてまでいた。

 

「……はい?」

 

 突然の狼藉に、普段から頭空っぽな女神の思考回路が完全にフリーズする。

 

「あ〜、さいっこ〜……」

「あの? あのちょっと? いきなり何してやがるんでしょうかね?」

「大きさも形も弾力も極上……いいわ〜」

 

 アクアの冷たく突き刺すような声にもめげることなく、少女は夢心地で陶酔しきっていた。そんなに気持ちがいいのかと、イリットも褐色の頬をほんのり赤く染めてアクアの巨乳を凝視している。

 そこからさらに少女の指先がお尻の方にまで伸びてきたので、怪我人だからと自重していた女神もついにキレた。

 

「いい加減にしろっ!!」

「ヤミクモッ!?」

 

 バチンと気持ちの良い音が鳴り響く。

 辛うじて平手打ちに留めたものの、もともとHP1で生死の境を彷徨っていたような少女である。ある意味天罰とも呼べる一撃で白目を剥いて、再びベッドに倒れ込んだ。

 

「アクアさんっ!?」

「フン! 女神に狼藉を働いた報いよ! 私のおっぱいはタダで触らせるほど安くないってーの!」

(それってお金払ったら良いってことじゃ……あ、カズマさんの『犬』ってそういう……)

 

 こんな世界に宗教なんて概念がまだ存在してるか怪しいが、不用意な一言で少女一人分の信仰を失うアクアであった。

 なお、少女の方はこの後またしても高熱がぶり返し、さらに三日ほど昏睡状態が続くこととなった。なのに寝顔は幸せそうで、何も知らないカズマや、イリットの弟のカルは首を傾げていたのであった。

 幸い、少女の容態は快方に向かい、三日もすれば傷が持っていた熱も完全に引いた。

 

 

 少女の名前はレナという。両親をグラップラーに殺され、母親の友人という女ソルジャーのマリアから生き残る術を学んでいた見習いハンターだ。

 本人はマリアと同じソルジャー志望だったが、クルマの運転に抜群のセンスを見出されたことでハンターを志すようになった。将来的には白兵戦が強いマリアの相棒となろうなどと考えていたが、現状では残念ながらどこにでもいるヒヨッコレベルだ。

 周囲と違うところがあるとすれば、恋愛対象が同性にしか向いていないというところかもしれないが……結婚制度も破綻した世紀末に、必要なのは愛と命だけで充分だ。

 

「待っててねマリア。今に力を付けて、あなたを支えられるようになってみせるから! そしてゆくゆくは身も心も優しく包み込んで……ぐふふふふっ」

 

 などと野望を秘めながら表向きは従順な弟子として、裏では体を虎視眈々と狙いながらも、レナはマリアと二人で旅を続けてきた。

 

 しかし、今やその野望も炎の中に消え去った。

 手元に残ったのは受け継がれた技術と知識、そしてマドの町を訪れる直前に受け取った、いくつかの道具のみだ。

 それでもレナは生き足掻く。心に宿る情熱の炎は、復讐か、もしくは……。

 

「でへへへへ、イリットちゃ〜ん♡」

「きゃん♡ もう、おイタはめっ! ですよ〜♡」

 

 もしくは、ただの煩悩かもしれない。




 4のDLCレナは可愛いし、どうせなら次世代機でも活躍を観たい。


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第五話 次なる町、それはエルニニョ!

 ただ世界観のせいで聖騎士もろともキャラ崩壊してる部分があったりしまして。


 レナの熱もすっかり下がり、もう峠は完全に越えただろうという日の未明。

 カズマとアクアはナイル老人に付き添って、北を目指すトレーダーの一団に同行していた。

 本当はアクアは町から出たくなかったようだが、首輪の呪力のせいでカズマから一定距離置くと自動で引っ張られることが判明し、渋々付いてきていた。

 今回の旅の目的は、エルニニョというマドよりも大きな町で、バギー修理の資材を手に入れることだ。

 

「それはいいとして。本当にイリット一人にレナを任せて良かったんですかね?」

「ほっほっほ。心配性じゃな、カズマよ。容態はとっくに安定しておったろうに」

「そりゃもう体は健康でしょうね。連日のようにセクハラしてくるし!」

 

 ぶーたれ顔のアクアによれば、ドサマギで抱きつかれる、胸を揉まれる、スカートに手を突っ込まれる、そうでなくとも口説かれるなどの被害に遭っているそうだ。どうやら完全に異性に食指が向かない人種らしい。もったいないなとカズマも嘆く。

 明るい金髪に白い肌、スタイルも抜群で胸もほどよく大きいと、レナの容姿は世紀末どころか現代日本の大都会でも目を引くほどだろう。女性に免疫のないカズマにはシゲキが強すぎるレベルだ。

 それが褐色黒髪スレンダー美少女であるイリットと、日増しに親密になりながらイチャイチャしているのだから、眼福には違いない。男性からすれば大いなる損失でもあるが。

 

「というかナイルさんは孫娘が変な方向に目覚めちゃってもいいの?」

「それもまた人生。こんな時代だ、人の価値はどれだけ遠くへ行ったか、どれだけの人に出会ったかが全てじゃろう」

「お孫さんは戻ってこられない彼方に光速で突き進んでるけど」

 

 それはそれで、と受け入れてしまうナイル老人であった。

 

 

 朝日に煌めく砂漠を横目に進み、昼にはエルニニョに到着した。

 マドの町とは比べようもなく、人も建物も残っており、辛うじてだが「都市」の面影が残っている。町の中央には地上五階程度だが、鉄筋コンクリート造りのビルまであった。かつてはオフィス街だったのかもしれない。

 ナイル老人の目的地はこのビル一階のクルマ修理屋で、バギーの修復に必要な道具を探しに来たのだ。

 しかし。町が賑やかな分、同時に物騒な臭いがあちらこちらから立ち込めていた。

 声を潜めたアクアが、カズマの服の裾を引っ張った。

 

「か、カジュマさ〜ん……あれ、あそこ……」

「げっ。グラップラーまでいるのかよ……」

 

 キャラバンと別れ、中央のビルへ向かう短い間に、あのマドの町を襲った連中と同じ装備の兵士達を何人も見かけた。

 

「め、目を合わせちゃダメよカズマ!」

「言われるまでもない……」

 

 息を潜め、二人はナイル老人の影になったかのように後ろに続いた。

 ビルの中にもグラップラーはいた……というより、このエルニニョ・センタービルこそが近辺のグラップラーの本拠地らしい。

 

「まさかあのテッド・ブロイラーもここに!?」

 

 本当にいたら何をどうしてもどうしようもないが、思わず周囲を警戒してしまうカズマ。その声を聞きつけて、近くのグラップラー兵士が歩み寄ってきた。

 

「安心しな、坊主。あの方はグラップラーのカリスマ、四天王の筆頭よ。こんな辺境の拠点に居座ったりはしねえさ」

「は、はあ。そうですか……」

「お前ら、ハンターには見えねえな。トレーダーか? だったら安心しろ、トレーダーは襲うなって言い含められているからな。せいぜいオレ達の役に立つことだ、そうすりゃ甘い汁も吸えるぜ」

 

 言い方は乱暴だが、グラップラー兵士はカズマの肩を親しげに叩くと、元の配置らしき入り口の左右へ戻っていった。

 グラップラーといえども人間の集まりなので、中にはああいった気さくな類もいるのだろう。

 

「ちっ。寄生虫どもが」

 

 カズマとアクアにはむしろ、小声で吐き捨てるナイル老人の静かな凄みの方が恐ろしく思えた。

 

「カズマ、それにアクアよ。どんなに人が良さそうでも油断するなよ。一見するとワルっぽいヤツが友好的に出てくると『あれ? こいつ意外といいヤツじゃね?』と感じるのは、古来より『映画版のジャイアン現象』と呼ばれておるものじゃからな」

「存じております……」

 

 果たしてジャイアンが何者なのかは伝わっているのだろうか。どうでもいい部分が気になるカズマだった。

 

 

「う〜、トイレトイレ」

 

 今、トイレを求めて全力疾走している俺は一般的な転生者。ちょっと違うところを上げるとするなら、舞台が異世界ファンタジーじゃなくって世紀末救世主伝説なところかな。

 などと脳内でナレーションを再生しつつ、センタービル横の仮設トイレでカズマは用を足した。このビル、屋内の水道管などが破損していて、トイレはあれど水が流れないらしい。なのでビル横に汲取式トイレが作られたのだった。

 

「田舎でも絶滅しつつあったのに、ぼっとんトイレ」

 

 すぐ横には泥水が吹き出す水道もあるので、直そうと思えばセンタービルの中も修繕できるだろうに。不満を堪えつつ、ビル一階の修理屋へ小走りで戻ろうとした、そのときであった。

 

「わっ!?」

「うをわ!」

 

 角を曲がった拍子に、誰かと正面からぶつかってしまった。

 相手はカズマの胸元ぐらいの身長しか無い、黒髪か非常に濃い茶髪の少女だった。カズマはちょっとよろけたぐらいだったが、相手の少女は思いっきり尻もちをついてしまった。

 

「ご、ごめん! 大丈夫か!?」

 

 慌てて助け起こそうとすると、少女もカズマを見上げた。

 右目に眼帯を着けた少女は、差し出されたカズマの手をキョトンと見つめ、次に足元に視線を落とした。

 

「あ」

「ん?」

 

 つられてカズマも自分の足元を確認した。

 

(何か踏んでる?)

 

 恐る恐ると右足を上げると、転がっていたのは黒い台形の物体だ。中央にドクロを象ったボタンが添えられたそれは、どこから見ても自爆スイッチ。

 

「し、しまったぁ!!」

 

 少女が慌ててその場で地に伏せた、その一秒後。

 エルニニョの中央を横切る大通りで、強烈な爆音と閃光が迸った。




 魔法が無いなら物理的に爆裂させるっきゃない!


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第六話 このイカれたアーチストに爆裂を!

 めぐみんなのか、どこぞの狂乱の貴公子か、武器商人の仲間の爆弾魔なのか分からないんです。


 謎の大爆発の発生源は、道路に停車していたグラップラーのクルマであった。

 そのクルマはほんの数分前、流れのアーチストを自称する小柄な黒髪少女の改造を受けたと、多くの人間が目撃している。

 目撃者にはグラップラーの兵士もいたので、現場からほど近い場所で大胆にも爆炎を眺めて恍惚に浸っていたアーチストは、一緒にいた男もろともあっという間に包囲された。

 

「逃げも隠れもしねえとは、肝の太いチビっ子だな! 特別におじさん達で可愛がってあげようか!」

「ひぃぃぃっ!! どうしましょう、親分!」

「誰が親分だ、チクショウ!! ち、違うんすよグラップラーさん! 俺はこのチビっ子とは無関係です!!」

 

 容疑者の少女に死なばもろとも、地獄の道連れだとばかりに抱きつかれたカズマも、一緒に囲まれて銃口を突きつけられた。

 

「我らグラップラーの貴重なクルマに手を出すとはな。そのうえ爆発を近くで見物か? 命知らずな連中だな」

 

 部隊長らしいグラップラー兵士に軽機関銃を向けられたカズマは、しがみつくチビっ子眼帯娘を引き剥がしながら弁明を続ける。

 

「お、俺は無関係だ! この子とも今ここでぶつかっただけなんだ!」

「でも起爆スイッチを押したのはこの男です。ほら、特製のドクロスイッチに靴跡もついています。ねえ親分?」

「てめえ、この野郎! 意地でも巻き込むつもりか!! はーなーれーろー!」

 

 カズマは少女の顔面を鷲掴みにして引っペがそうとするものの、少女も少女で何を考えてか必死でしがみつく。その足元にグラップラーの凶弾が命中し、二人は同時に仲良く飛び上がった。

 

『ひぃぃぃぃぃ〜っ!!』

「もういい。両方とも牢に入れておけ。明日の朝、町の真ん中で公開処刑にしてやる。我々に歯向かう者への見せしめだ」

 

 冷徹に言い放った兵士の言葉に、カズマは少女と顔を見合わせ、互いに顔色を失ったのであった。

 

 

「あわわわわっ! ど、どうしよう! カズマが捕まっちゃった……!」

「まったく、何をやっとるんじゃあいつは」

 

 そしてアクアとナイル老人も、連行されるカズマと見知らぬ少女を物陰から見送っていた。

 爆発の現場を見ておこうと外に出てみれば、なぜか同行していた少年が、見知らぬ少女と一緒に連行されて行くところだった。

 

「マズイぞ。エルニニョのグラップラーを仕切っているメンドーサっちゅう男は、自分に逆らう者は容赦なく拷問に掛けて殺してしまうんじゃ」

「そ、そんなにヤバいヤツにケンカ売るなんて……カズマってば口だけ番長じゃなかったっけ?」

「単に巻き込まれただけだと思うがのう。……よし! アクア、ワシは急ぎマドに戻ってバギーの修理を終わらせてくる! お前はここでカズマ達をよく見ておれ!」

「はいっ!?」

 

 修理用機材を担いだ、年齢の割に逞しいナイル老人が、アクアを連れて近くにあったマンホールへ入っていた。そこから続く地下には大破壊前の遺物、転送装置があり、マドの町へ一瞬にして帰還できるのだ。

 謎の装置を前に、一応はファンタジー世界の存在であるアクアは、複雑怪奇な機械の塊を見上げてポカンとしていた。

 

「へぇぇ〜、こんなものがあったのね〜」

「大概の者は不気味がって使わないがのう。なにしろどんな技術が使われておるかも分からんし、副作用がないとも言えんからな」

「……ハエと一緒に物質転送して混ざったりとか?」

「お前さん、そんな古い映画よく知っとるのう。ワシがピチピチのヤングだった頃でさえ昔の作品だったのに」

 

 人間が複数人で利用して融合した、なんて事例はない。だが完全に大丈夫かと言われれば、予期せぬ場所に転送させられたり、謎の病に罹患するといった噂もあったりする。

 

「ま、老い先短いジジイにはあまり関係のない話じゃ。ではアクア、頼んだぞ!」

「あ! ちょっと待って、私まだやるって言って……うわ、本当に消えちゃった」

 

 ナイル老人は、カプセル状の装置の中で光に包まれ消失していった。

 

「人間の技術力もすごいわね〜。もう魔法と変わりないじゃない。そりゃ地球も滅びるわ」

「あら? 珍しいわね、転送装置が動いてるわ。あなた、命知らずねぇ」

「へ?」

 

 そして老人と入れ替わりに背後から()()()()に呼び掛けられ、思わず本気で飛び上がった。

 

 

「おいこら! これのどこが牢屋ですか! 動物用の檻じゃあないですか! 見世物にする気ですか、コノヤロー!」

 

 道の真ん中にどかんと転がされた、全方位から丸見えの鉄製の檻に謎の少女と二人で詰め込まれたカズマは、絶望的な状況に頭を抱えていた。

 格子を掴んで喚き散らす少女が言うように、これは晒し者だ。町を牛耳るボスっぽい男は、ビルの上から二人を一瞥し、

 

『二、三日したら焼き殺せ』

 

 と冷酷に沙汰を告げた。その際の、ガマガエルみたいなジメジメした笑顔が酷い印象として残っている。

 ちなみにこのボス、無類の女好きらしいが少女については「好みじゃない」らしい。カエル男から面と向かって言われたことも、少女が荒れてる理由の一つだ。

 

「ちっ。どうします、親分? 見張りもいないし、出ようと思えば出られそうですぜ。へっへっへ」

「だから誰が親分だって! そもそもお前は何なんだ!? いきなり現れて、爆発させて、挙げ句に人を巻き込みやがって!!」

「そっちが私の逃げ道を塞いで、勝手に起爆スイッチを押したんじゃないですか。本当はクルマがビルに入ったぐらいで爆破させて、グラップラーどもを一網打尽にする計画だったのに。はあ、せっかくの爆裂ゲージツが無駄になってしまいました」

 

 肩を竦めた少女は、気だるげな仕草で左眼の眼帯をイジる。ただのアイパッチかと思いきや、よくよく見れば彼女の眼帯は複合型の望遠レンズになっていた。ファッションではなく実用性重視の装備である。

 

「……お前、何者なんだ?」

 

 改めてカズマが尋ねると、少女は待ってましたばかりに顔半分を開いた左手で覆いつつ、下半身を捻った異様に気取った立ち姿――大破壊後にまで伝わっていたジョジョ立ち(胸像にもなったジョナサンのアレ)を披露し、高らかに宣った。

 

「よくぞ聞いてくれました! 我が名はめぐみん!! 地獄のアーチスト集団『紅魔館』に連なる一族にして、爆裂ゲージツを極めし者!! 我が前に爆裂無く、我が後ろに爆裂なしッ!!」

 

 背後で巨大な爆発エフェクトが幻視できるぐらいの迫力を前に、カズマは直感的に理解した。

 あ、この子純粋に危ない人だ。




 アーチストのめぐみんの特徴!
・爆発物しか造ろうとしない
・火気が無くても爆発させようとする
・本当は爆裂ゲージツのみを極めたいけど、爆裂させるには道具や材料が必要なのも理解しているので砲弾ゲージツ、改造ゲージツなどもちゃんとやれる
・でもこいつに超改造させた戦車は大爆発する

 使うのがただの爆弾なので一発の火力が爆裂魔法より格段に劣る分、手数が増えた形になっています。


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第七話 役者は揃った!

 MM2Rのアクセルとミシカが、それぞれめぐみんとダクネスに入れ替わっている予定です。


 『紅魔館』という組織がある。

 この大破壊後の世紀末で独自の感性のもとにゲージツ活動に勤しむ狂人達の集団だ。

 『紅魔館』というのが場所を差すのか組織を差すのかは、所属するアーチスト達も含めて誰も知らない。世間は彼らの独創的な芸術センスを恐れおののき、紅魔館所属のアーチストを『紅魔族』と呼んで畏怖している。民族というわけではなく、竹の子族やら暴走族と同じ類だ。

 また、本名なのか自称なのかキテレツな名前の者が多く、脱力感を醸し出す響きが特徴らしい。

 

「理解しましたか? この壊れた世界に唯一文化的創作活動を行う一団こそが紅魔族なのです!」

「はあ……」

「なんだったら宇宙海賊キャプテン・めぐみんと呼んでも構いませんよ?」

「意味が分からん……」

 

 眼帯少女こと、めぐみんはつらつらと訊いてもいない紅魔館と紅魔族についてカズマに語って聞かせた。情報量が多すぎて脳が食傷気味である。

 話しているだけで疲れるめぐみんは、眼帯以外のファッションセンスも独特だ。黒いローブに黒いマントを羽織り、三角帽子という格好は世界観的には完璧に浮いている。ファンタジー世界の魔法使いまんまであった。

 

「その格好も紅魔族のセンスか?」

「可愛いだけの魔女っ子スタイルではありません。耐火と耐ビームコーティングがされた防弾仕様です!」

「眼帯もか?」

「機能は少ないですけどiゴーグルの一種です。望遠と赤外線スコープとナイトスコープの切り替えが出来ます。あとカッコいい!」

 

 14歳の少女が罹患しやすい例の病気かと思いきや、デザインと機能を両立させた優れものらしい。

 この世界においてアーチストという人種は、大なり小なり尖った感性の持ち主だ。銃や砲弾にウットリしたり、モンスターの死体を着ぐるみに改造して身にまとったり、歌で音波攻撃を放ったり。

 めぐみんもその例に漏れず、ゲージツを探求して西へ東へ旅をしているのだそうだ。無論、求めているゲージツというのは……爆裂であった。

 

「芸術は感性の爆発であり、爆発とは刹那に散りゆく至極の芸術! ですがまだまだ私の求める理想の爆発は影すら捉えられていないのです!」

「さっきのクルマを吹き飛ばしたのは相当ヤバい威力だっただろうが!」

「威力だけではダメなのです。閃光、音、煙の匂い、その全てが揃ってこそ私の感性は完成します! あとグラップラー嫌いですし駆除するついでです」

 

 後半のグラップラー云々はともかく、ゲージツ理論をカズマが理解するには時間が掛かりそうだ。もしかすると一生分かり合えないかもしれない。

 

「じゃ、そろそろカズマのことも聞かせてください。まだ名前ぐらいしか聞いていませんし。ハンターや、ましてやソルジャーって雰囲気でもありませんよね。メカニック?」

「あーっと、メカニックの見習いってところかな」

 

 転生したあたりの事情を説明するのは難しいので省きつつ、マドの町にたまたま訪れた流れ者で、グラップラーに襲われた町の復興を手伝っていることを説明した。

 聞き終えためぐみんは、なぜか一人で頭を抱え初める。

 

「ど、どうした!? もしかしてさっき怪我でも――」

「けっ、計算が違います! あなた、旅のハンターチームの一員とかじゃあないんですか!? 仲間のクルマの専属整備士だとか!」

「へ? い、いや、俺としてはこんな世紀末世界を冒険なんかしないで、このままナイルじいさんの弟子として平和ながら退屈な人生でいいかなーって……ちょっと、めぐみんさん!? 鏡の前のガマガエルみたいなっていますよ!?」

 

 顔中に脂汗を滲ませ、めぐみんはますます真っ青な顔になる。

 

「な、なんてことでしょうか……! 見るからにこう、人生冒険してる雰囲気がしているからハンターか何かの仲間かと思えば!! これではカズマの仲間が救出に来たドサクサで逃亡する計画がぁぁぁ〜!」

「お前、そんなこと考えてたの!? つーか人生冒険してるってなんだよ、こちとら実家にいた頃から半分引きこもりだったっつーの……うぅぅぅっ」

 

 自分の言葉で打ちのめされて悲嘆に暮れるカズマと、わざわざ巻き込んだのに地獄への道連れを増やしただけだっためぐみんは、揃って檻の中にひれ伏して絶望に喘いでいた。

 

「あっら〜……二人とも、この世の終わりみたいな顔で……」

 

 そんな二人を遠くから見守り、女神改め駄犬アクアもどうしたものかと悩んでいた。

 

「くっ! 私がポチじゃなくって超最強グレートな女神なままであれば、奇跡のパワー的なサムシングで二人を颯爽と救い出せるのに……女神を犬に貶めた報いが早くも回ってきたわね、カ・ズ・マ・さ〜ん?」

 

 訂正。悩むふりをしてカズマの嘆く顔を眺めることで堕天させられた溜飲を下げていた。

 一応、本人としては助け出せるなら助けたいが、頭脳が間抜けな犬以下の知能では打開策など思いつくわけもなく。現実逃避気味に遠くから見守るだけになっていた。ある意味、神らしいといえば神らしいムーブであった。

 

「だいたい、銃で武装したマフィアみたいな連中にか弱い女神一人でどうしろっつーのよ! ……いっそのこと本当に見捨ててやろうかしら。でもそれは可哀想だし……けど、うーん……」

「うーん、果たしてこの下には秘密を隠すベールが隠れているのだろうか」

「ん?」

 

 いつの間にやら背後に人の気配があった。なんだろうかと振り向くと、金髪の少女がアクアのすぐ後ろに屈んで、スカートの中に頭を突っ込もうとしているではないか。

 

「まさかNOパン……その秘密を今こそ暴かん!」

「暴かせるかーっ!!」

「サルモネラっ!?」

 

 暴れ馬がごとき強烈な後ろ蹴りを顔面に受けて、少女の体が宙に舞う。

 空中で一回転した末に顔面から落下した少女は、しかしすぐに鼻血を出しながら立ち上がった。

 

「実に良い蹴りだわ。そんな蹴りが繰り出せるあなたの健康状態は、間違いなく良好!」

「うるさいわよ! ……って、あなた……レナ?」

 

 立ち上がった金髪の少女は、昨晩ぐらいまで全身火傷でうなされながら、チャンスがあればイリットやアクアに抱きつくなどのセクハラを働いていた生き残りのハンターだ。

 すっかり元気になったのは結構なのだが……。

 

「そうさ、君のお陰で焦熱地獄から無事に戻ってこられた。本当にありがとう」

「……あの、あんまりそのキラキラした顔を近づけないで」

 

 美少女フェイスにキザな微笑みが様になっているレナには、さすがのアクアもドン引きする他なかった。




 ガチ百合セクハラ美少女ハンター・レナについて!
・育ての親であるマリアを性的に狙っていたよ!
・可愛い女の子が大好き! 自分より可愛い女の子はもっと好き!
・恋愛対象じゃないってだけで男が嫌いなわけじゃないよ!
・グラップラーと賞金首は一匹たりとも生かしちゃおかない。


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第八話 あの娘はグラップラースレイヤー

 レナ(MM2Rの主人公)は元のゲームでも三人の女性と同性婚できます。


「じ、じゃあわざわざマドの町から徒歩でエルニニョまで来たの!? よく無事だったわね……」

「ショットガンがあればどうってことなかったわ」

 

 腰に下げたポンプアクション式のダブルバレルを指したレナが、ふてぶてしくニヤリと笑う。九死に一生を得たばかりとは思えないほど活き活きしていた。

 彼女はカズマ達が出発してすぐに目を覚まし、リハビリがてら追い駆けてきたそうだ。そんな軽いノリで歩いて来られる距離ではないのだが。

 

「それで、さっきから何をデバガメしてたの?」

「嫌な言い方しないで! アレよ、アレ!」

「アレ……って、確かカズマだっけ? あなたの飼い主、ちゃんと覚えてるわ」

「飼い主でも所有者でもないわよ!!」

 

 カズマが捕まった経緯を分かる範囲で説明すると、途端にレナの表情が険しくなった。

 

「ふぅん、グラップラーにね。じゃあ助け出しても問題ないわけだ」

「助けるって……ど、どうする気?」

 

 作戦でもあるのか、詳細を聞こうとしたところへ、タイミング悪くガラガラなダミ声が割り込んできた。

 

「おぅい、姉ちゃん達。こんなとこで何してやがんだ〜、ヒック」

「げっ、グラップラー!?」

 

 現れたのは二人組の、いかにもチンピラな風体のグラップラーだった。どっちも酔っているのか赤ら顔で、アクアとレナの瑞々しい肢体を舐め回すように見ていた。

 不躾な視線に身震いするアクア。しかし、レナの受けた不快感は一層激しかった。

 

「ゲヘヘへ、女の子二人でヒマしてるならよ〜。ちょっとそこの宿までオレらと付き合ってくれよ〜」

「ひぇ……っ! た、立て込んでますので結構です……!」

「結構……ってことは付き合ってくれるんだなァ? ゲヒヒヒヒ」

「そんな消防署の方から来たみたいなこと言わないでっ!」

 

 チンピラの片方がアクアの腰に手を回す。だが触れるかどうかの瀬戸際で、伸び切った鼻の下にレナのショットガンが突き付けられる。

 引き金がノータイムで弾かれ、チンピラの顎から上を丸ごとふっ飛ばした。

 

「うぎゃああああああーっ!!」

 

 甲高い悲鳴はアクアのものだが、目の前でスプラッタシーンを披露されたことより、耳元で発砲されて受けた鼓膜のダメージだ。

 

「な、なんだテメ――」

 

 もう一人のチンピラが酔いの冷めたツラで銃を抜こうとするも、レナは先んじて二射目を放つ。

 胴体に大穴を空けて吹き飛んだチンピラは、近くの壁に叩きつけられ動かなくなった。

 

「お互い苦労するわね。見た目が良いとこういうのが際限なく寄ってくる」

「あわわ……れ、レナ!? い、いくらなんでもいきなり撃つのはあんまりじゃない……!?」

「言ってる場合? 助けるんでしょ、あの二人」

 

 ショットガンの弾丸を込め直して、レナは銃声を聞きつけて集まってきたグラップラー達の前に立ち塞がった。

 

「さあ! 行って、アクア!」

「いや、行ってって言われても! いきなり放り出されてどうしろっていうのよ!?」

「簡単よ。アタシがグラップラーを何とかする。あなたは捕まってる二人を何とかする」

「具体的には!?」

「銃ぐらい持ってるでしょう!」

 

 ノープランなまま走り出したレナは、駆けつけた六人ものグラップラー兵士の前へ迷いなく飛び出していった。

 仕方なく、アクアもカズマ達が雑に入れられている檻へ駆け寄った。

 カズマともう一人の囚人も騒ぎには気付いており、何事かと驚いている。

 

「カズマ!」

「アクア!? ひょっとしてさっきの銃声ってお前か!?」

「違うけど、とにかく逃げるわよ! 鍵がどこにあるか知らない!?」

「分からねえよ。見張りも付けずに放置されてたし」

「あ。鍵なら私が持ってます」

 

 シュタっと片手を上げて存在をアピールしためぐみんが、檻の戸まで近づいていく。

 

「あなた誰よ?」

「ふっ。よくぞ聞いてくれました! 我が名はめぐみん!! この世紀末に――」

「それはもういいから! つーか鍵なんて持ってたのかよ、めぐみん!?」

 

 カズマの横槍で名乗りを中断され、あからさまに不機嫌となっためぐみんは、頬を膨らませたままローブの内側からピンク色をした粘土のようなものを取り出した。

 

「捕まったときに銃とか爆弾は没収されてしまいましたけど、()()になる火薬は隠し通せましたから」

 

 めぐみんは粘土を檻戸の鍵穴にねじ込み、そこから金属製のコードのようなものを伸ばして檻の端ギリギリまで下がった。カズマも何をするのか予想がついたので、一緒になって避難した。

 

「水色の人も、その位置は危ないですよ」

「え、ええ。分かったわ」

 

 めぐみんが手元にあるコードの先端に細工をする。案の定、鍵穴に詰め込んだ粘土が花火のようにパンと爆発し、鍵を破壊してあっさり戸は開いた。

 

「鍵って爆弾かよ……」

「期を見て脱出する手筈は考えていました。ただどうしても音がうるさいので奴らに気付かれてしまいますから。誰かは知りませんが、騒ぎを起こしてもらえて助かりました」

「……おっかない小娘ね……」

 

 爆破までの手際の良さに、カズマとアクアは感心しつつもビビっていた。

 そうする間に、レナの起こした騒ぎはさらに大きくなっていった。

 

「さあ、今のうちに町から脱出しましょう!」

 

 迷いなく先頭に立っためぐみんは、しかし何故か町の外ではなく、中央に向かってコソコソと歩き出した。カズマが慌てて呼び止める。

 

「ちょちょ、めぐみん!? どこ行くんだよ!?」

「この騒ぎの中、バカ正直に出口から出ていっては巻き込まれます。転送装置を使いましょう」

「転送装置!? そんなものがあるのか、この時代……」

「得体の知れない機械ですから、正直に言って使いたくありませんけど。でも好き好んで使う人間がいないから馬鹿なグラップラーは見落としがちですし、この町の転送装置はレジスタンスが管理しているのは事前に調査済みです」

 

 自信満々のめぐみんは、理路整然と逃亡計画をカズマ達に説明した。しかもこれ、捕まる前から考えていたいくつかのプランの一つらしい。

 

「すごいな、めぐみん! これで俺を無意味に巻き込んでなけりゃ完璧だった!」

「うぐっ!? そ、それは悪かったと思ってますよ! すみませんでした! はい、謝ったからこの話題は終わりー!」

 

 めぐみんが強引に話を打ち切ってくるも、カズマも今はそれどころでないと理解しているのでグッと堪えてスルーした。

 そして、あとはそこの角を曲がれば転送装置まで一直線というところに差し掛かった。

 

「……ところでめぐみんさん? 転送装置があるマンホールってあそこのテントよね」

「へ? ……あ」

 

 ところが、そこにはグラップラーのクルマ二台を含めた大部隊が待ち構えているではないか。テントを撤去して、その下にあったマンホールに兵士が次々と突入していく。

 そのうえその場には、機械仕掛けの武装車椅子に腰掛けて葉巻を燻らせる、エルニニョを牛耳るボス・メンドーザの姿まであった。

 

「完全に封鎖されてるじゃんか……」

「あわわわわ!? め、めぐみんさん? 次のプランってあったりします?」

「……こ、このまま一気に突っ込んで、後は野となれ山となれ作戦なら」

「詰んでるじゃねーか!」

 

 なお、他に考えていた脱出プランもほぼ全て転送装置による離脱が最終目標だったので、手持ちの爆弾が全て没収された今のめぐみんには残念ながら打つ手がなかった。

 そうこうする間にも、クルマの一台がレナの暴れている方へと発進してしまった。いくらなんでもクルマを相手にしては、まだまだヒヨッコハンターであるレナに勝ち目はない。

 

「こうなったら……どうしましょう!?」

「こうなれば……どうしよう、カズマぁ!?」

 

 想定外の事態に弱いらしいめぐみんと、そもそも頭が回らない性質のアクアに挟まれたカズマであったが、この平凡な少年は追い詰められた土壇場において恐るべき冒険を考えついた!

 

「なあ。あいつらのクルマ、奪えないかな?」

 

 カズマの発案に、アクアとめぐみんは顔を見合わせた。




 めぐみんの技能にどうしても汎用性が出てしまうのはご愛嬌としてください。


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第九話 彼らは大変なものを奪っていきました

 誤字報告、感想、ありがとうございます。

 今回は非常にグロテスクな表現がありますのでご注意ください。


 行き当りばったりで始めたレナの戦いは、早くも大苦戦を強いられていた。

 弾切れしたショットガンを放棄して敵の銃を奪い、それも壊れたので誰かが投げ入れたマシンガンに持ち替え、銃撃戦は数十分も続いていた。

 

「ちぃ! チンピラ程度の連中だけど、何匹いるのよこいつら!」

 

 ごく自然とグラップラーを「匹」で数えるレナだが、彼女以外のハンターも今やグラップラー兵士をモンスターと認識している。なんだったらハンターオフィスでさえ「今週のターゲットはグラップラー5匹です」と紹介してくる。なのでおかしいところは何もない。

 もっとも、この世界にまともな部分が残っているのだろうか。

 

「そっちへ行ったぞ!」

「すばしっこいヤツめ!! 囲い込め――うぎゃあ!!」

「タカシぃ! よくもタカシおぐびゃあ!!」

 

 途中から数えるのを忘れていたので、今吹き飛ばしたのは何匹目だったか。

 体力もそろそろ限界が近い。瓦礫に身を潜めて呼吸を整えつつ、自分の脱出経路を考える。

 

「いい加減、アクアもカズマと逃げてるわよね。逃げてなかったら地獄までふっ飛ばしてあげるわ」

「こっちだ! 急げ!!」

「まだ来るの!? ゴキブリか、こいつらは!」

 

 銃撃の合間に別の瓦礫の影へ移動しようとした、その時だった。地鳴りのようなエンジン音が急速に近付いて、レナの顔から血の気が引く。

 

「まさか!」

 

 恐る恐る顔を出してみれば、グラップラーのクルマが一台、こちらへ向かって走ってきていた。大型ワゴン車に砲塔と機銃をくっつけた、戦車どころか装甲車と呼べるかも怪しい代物だ。それでも今のレナには恐るべき脅威だ。

 育ての親のマリアであれば、あの程度の戦車モドキなど物の数ではない。しかしソルジャーとしての技術も学んでいるとはいえ、レナはまだまだヒヨッコハンターだった。

 

「まず……っ!」

 

 手持ちの攻撃アイテムといえば、マドの町から来る途中で拾ったロケット花火と煙幕弾ぐらいだ。とてもじゃないが、クルマを破壊するには及ばない。

 

「逃げるしかないか!」

 

 グズグズしていれば、砲撃で身を隠した瓦礫ごと吹き飛ばされる。レナは意を決して飛び出そうとタイミングを測った。

 ところがだ。グラップルタンクの砲塔が照準を合わせた先は、レナの隠れた瓦礫ではなかった。封鎖された町の出入り口に向けて主砲を放ち、バリケードを破壊してしまう。

 レナはもちろん、グラップラー達も何が起きたのかポカーンとしている。その間にもグラップルタンクはレナのすぐ横に停止していた。

 

「おまたせ、レナ! 早く乗って!!」

「アクア!?」

 

 運転席から身を乗り出したのは、水色のロングヘアをした自称女神(駄犬)であった。

 

 

 遡ること数分前。

 

「すみませ〜ん♡ グラップラ〜さぁん♡ 美味しいお水はいかがですかぁ♡」

 

 兵士達がクルマに武装を積み込む最中、声を掛けたのはシルバートレイを片手にバニースーツを着込んだアクアだった。スーツはめぐみんの私物、トレイには新鮮な清水で満たされたグラスが並んでいた。

 見るからに怪しい誘いだが、そこは本能に忠実なグラップラー。怪しむような知性も無く、鼻の下を伸ばしてあっさりハニートラップに引っ掛かった。

 

「うっわ、馬鹿しかいないのか、グラップラー? 俺だって引っ掛からないぞ、あんなの」

「外見はキレイですからね。ですけど、あの水は何なんです? どうして清水のゲロなんか吐き出せるんですか、あの人? ていうか人なんですか?」

「アクアという生き物だ。俺にもよく分からん」

 

 めぐみんもドン引く水の正体は、アクアが吐き出したものだ。本人曰くゲロではないそうだが、口からドバーッと滝のように流れ出す光景は、どうみても呑みすぎた酔っ払いだ。

 一応は水の女神であるアクアは、世界観のせいで魔法は使えなくても肉体に備わった特殊能力という形で異能を発現可能だ。以前にも述べた強酸性の雨水を中和したのともう一つ、体内から清水を精製する能力を持っていた。

 というより、アクアの汗、涙、涎など、大概に排出された水分はいずれも人体に無害どころか、世紀末においては非常に貴重である清潔な飲水となるのだ。

 ちなみに下から排泄した水分も飲料可能だが、ビジュアルがあまりにも酷くなることと、アクアが全力で拒否したのでゲロ水が採用された。

 

「環境改善用のバイオロイドか何かでしょうか」

「解剖とか止めてくれよ。お、見ろ! 運転手が窓を開けたぞ」

 

 罠とも知らず、貴重な清水を求めてグラップラーが窓から身を乗り出した。その隙にカズマとめぐみんがクルマの反対側に回り込む。そしてめぐみん手製の煙幕花火(本人曰く煙の爆裂)を車体の下に投げ入れた。

 大量の黒煙が噴出し、瞬く間に視界を奪い去った。

 

「大変だ! このクルマにも爆弾が仕掛けられているぞ!!」

「なんだって!?」

 

 さらにカズマが大声を張り上げる。すでに一度、めぐみんの仕掛けでクルマが破壊されていたこともあって、グラップラー達に混乱が広がった。慌てて運転手が外に出た瞬間、その頭部をめぐみんが金属バットでフルスイングした。

 文字にするのも憚られる鈍い音を立てて地面に転がった運転手を蹴り出して、めぐみんとカズマ、そして煙に乗じて合流したアクアでクルマに乗り込んだ。

 

「よし、キーも刺さったままだな!」

「ではカズマ。私は機銃の方に回りますので、運転はお願いします」

「おう! ……おう?」

 

 銃座の方へさっさと行ってしまっためぐみんの小振りなお尻を見送って、カズマは硬直する。

 

「……ねえ、カズマさん? クルマの運転ってしたことある?」

「げ、ゲーセンでなら……」

「ゲーセン……」

 

 愕然とするあまり、普段の煽り言葉も出ないアクアであった。

 幸い、やろうと思えば本物の戦車だって一人で運用可能な高性能Cユニットのお陰で本当にゲーセン感覚で運転出来たのと、道路交通法が消滅したお陰でカズマの人生初運転(前世含む)は大成功に終わった。




 序盤のグラップラー一般兵に苦戦していたヒヨッコも、やがて軍艦ザウルスを素手で破壊する人間戦車へ進化するのがメタルマックス。
 ちなみにレナは現時点でもサブジョブにソルジャーが付いている想定です。ある意味、主人公補正。


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第十話 エスケープ・フロム・ジ・シャーク

カズマ「転生したら世紀末だったって、つまり地獄に堕ちたのと大差ないんじゃ……」
アクア「なに言ってるのよ。地獄にだって秩序はあるわ。ポストアポカリプスと一緒にしないで」
カズマ「地獄以下ってか!?」


 レナをピックアップしてすぐ、カズマはアクセル全開でエルニニョの防衛網を一気に抜き去った。もう一台のグラップルタンクが動き出した時にはもう、エルニニョは遥か後方だ。

 リアガラス(元がワゴン車なので……)から追跡者がいないことを確認していたアクアが、安全を確認すると助手席まで移動してきた。

 

「ふー。どうにか撒けたみたいよ。いやー、私もこんな格好した甲斐があったわねー」

「…………」

「ちょっと、カズマさ〜ん? 女神様がバニースーツなんて格好してるのに、特に言うことはないわけ〜? それとも童貞ヒキニートには刺激が――」

「悪い、アクア。運転に集中したいから後にしてくれ」

「アッハイ」

 

 いつになく真剣なカズマにいつものリアクションは望めないので、自分で自分の手当をしているレナの隣に移動した。

 単独で十数人から二十人以上もの兵士を相手取ったレナは、致命傷こそ避けてはいたが細かい傷があちこちにある。

 

「彼氏に袖にされちゃった?」

 

 イタズラっぽくニヤニヤしているレナに、アクアは「ナイナイ」と手を振って否定する。

 

「いや、彼氏でもなんでもないから。成り行きで保護者みたいになっただけよ」

「成り行きね。アタシとマリアみたいなもんか」

「マリアって、あの赤い髪の? あなたのお母さんみたいな人だったって」

 

 アクアも少しだが、不死身の女ソルジャーと呼ばれたマリアの戦いと、その最期を目の当たりにしている。

 マリアは襲撃の日、テッド・ブロイラーの炎からレナを庇い、彼女に覆いかぶさるように亡くなっていた。その甲斐あってレナも全身に大火傷を負いながらも一命を取り留めたのだ。

 マリアを含めて、あの戦いで討ち死にしたハンター達はマドの町の片隅に埋葬されている。

 

 包帯をテープで固定したレナは、ようやく一息吐いて固くてゴツゴツしたシートに深く座り直した。

 

「マリアはお母さんの知り合いだったんだ。どういう関係なのかは知らないけど、生き方も戦い方も全部マリアが教えてくれたの」

「そう。……辛い?」

 

 レナは少しだけ考えて、首を振った。

 

「確かに悲しいし、悔しいけど、アタシは生きてるから」

「そう……」

「それにマリアだけじゃない、世界にはまだまだあなたやイリットみたいな美女や美少女がいるんだもの! この世界ではね、どれだけ多くの女の子と関係を持ったか! どれだけ親密になったかが人生の値打ちを決めるんだから!!」

「おいコラ、レズビッチ」

 

 せっかくのしんみりした気分が台無しだ。いつまでもメソメソしているよりは健康的かもしれないが。どうやらこのレナという少女、女神の感性を超えてタフであるらしい。

 レナは早速アクアとの距離を詰めて、白い指を頬に這わせてきた。

 

「それよりアクア。カズマと何もないなら、アタシと何か起こさない? 二人っきりで」

「ひぇ……あの、すみません。私、ノーマルですので……」

 

 にじり寄ってくるレナから車内ギリギリまで下がるアクアだった。

 

「あーっ!!」

 

 その時だ。銃座に着いていためぐみんが、血相を変えて車内に叫んだ。

 

「カズマ! この方向はダメです!! スナザメのナワバリに入っています!!」

「えっ!?」

「ん?」

「……あ」

 

 タイミングよく、クルマが空中に跳ねるほどの地響きがほとばしる。クルマのすぐ真横の砂地が弾け飛び、複数の眼球を持った巨大ザメが姿を現した。

 砂の海を泳ぐサメなので、スナザメ。そのものズバリなネーミングだが、こいつに殺られた犠牲者は数知れず。トレーダーもこいつを避けて砂漠を大回りしなければならないほど警戒している。

 ハンターオフィスから賞金を掛けられたWANTEDモンスター(賞金首)で、金額は2000Gにも及ぶ。

 

「なにやってんのよカズマさぁぁぁぁ〜ん!?」

「すんませーん!! 運転するのに精一杯でしたぁーっ!!」

 

 カズマだってマドの町のハンターオフィスで存在は知っていたが、うっかりしていた。

 レナが即座に銃座へ駆け上った。

 

「主砲は使える?」

 

 訊かれためぐみんは、お通夜のような表情で首を振った。

 

「28ミリ砲が積んでありますけど、弾がありません! エルニニョでバリケードをふっ飛ばした一発で終わりです……」

「なんてこった……機銃だけで相手を出来るタマじゃないっつうの!」

 

 足を止めて戦うのは自殺行為か。ならば方法は一つだ。

 

「カズマ!!」

「分かってる! フルスロットルでエスケープだ!!」

 

 カズマもとっくに目一杯アクセルを踏み込んでいたが、悲しいかな移動速度はスナザメがわずかに速かった。

 

「うわっと!?」

 

 巨大な口が噛み付いてくるのを、紙一重のハンドル捌きでギリギリ回避した。マ○オカートで鍛えた腕前が早速活きている。

 しかし何度も避けてはいられない。ただ逃げるだけでは、砂漠を抜ける前に追いつかれる。

 迫りくる脅威に、めぐみんが固く閉じていた拳を深呼吸とともに開く。

 

「……レナさん、でしたっけ。機銃を頼みます!」

「どうする気?」

「私はアーチストですよ? 突貫工事で砲弾を作ります!」

「え、マジ?」

 

 めぐみんは大真面目だった。レナに答えるが早いか後部座席に移動し、手持ちの数少ない材料やクルマに積まれていたなけなしのパーツを集め、本当に砲弾ゲージツに着手する。

 

「やるっきゃないか。カズマァ!」

「分かってる!! レナは機銃で牽制してくれ!! めぐみんが完成させるまで逃げ切ってやろうじゃねえか!!」

 

 カズマがヤケクソ気味にハンドルを握ったのを見届け、レナも銃座に着いて照準をスナザメに合わせた。

 そして現状で特にやることがない女神(ポチ)は、大人しく座って全員の無事を祈るのだった。




 28ミリ砲という主砲はゲームには存在せず、最弱の35ミリ砲未満の攻撃力ということで設定しました。


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第十一話 世界の片隅で死ぬかと思ったと叫ぶ女神

 サーガの新作でまたガチ百合男前美少女主人公が使えますように。


 スナザメが幅寄せして側面から体当たりしてくるのを、タイミングよく加速して見事に回避。

 続いて後方から追突してくるのも、車体を大きく外回りにスピンさせるようにして器用に躱した。

 

「へ、へへへ! 結構運転上手いじゃん、俺!」

 

 などと減らず口を噛ませる余裕も出てくる。

 だがスナザメの執拗な追跡は止むどころか激しくなる一方だ。

 

「あ。カズマ、あいつ砂に潜ったわ!」

 

 死角が多くなる助手席側の窓を見張っていたアクアが声を上げた。

 

「見逃された?」

「違います! スナザメは砂中から獲物の真下に飛び出して仕留める戦法を取るんです!! 油断しないでください!」

 

 作業の手を止めないめぐみんから注意を促された。

 屋根に設置された銃座では、レナが機銃を単発発射して砂の中を牽制するが、いまいち効果はみられない。

 

「く、クソ……いったいど、どこから来るんだ……っ!!」

「おおお落ち着いてカズマ! こういうときは心の眼で視るのよ!」

「アホか! 俺がそんな修行を積んでるよう見えるってか!?」

「……すみません……」

 

 余裕のないカズマからマジギレされたアクアは、大人しく助手席で膝を抱える。

 

「あっ!!」

 

 注意深く神経を尖らせていたカズマに、銃座のレナが叫んだ。

 

「カズマ、ブレーキッ!!」

「へぁ?」

 

 張り裂けんばかりの怒声に、カズマは反射的にブレーキ踏み、同時にハンドルを思いっきり切った。

 もちろん、高速でかっ飛ばしてる途中にそんなマネをすればどうなるかは自明の理。車体を大きく傾けつつ時計回りにアクセルターン。それに留まらず横滑りし、進行方向を270度直角に変えてしまった。横転しなかったのは、偏に幸運の成せた業だ。

 その直後。クルマが進むはずだった地面が盛り上がり、大口を開いたスナザメが飛び出したではないか。進路変更が数秒遅ければ、噛み砕かれて一網打尽にされていた。

 獲物を逃したことに気付かぬまま砂を咀嚼する化け物サメを後目に、カズマは再びアクセル全開に爆走する。

 

「助かった、レナ! よく分かったな?」

「音よ、音! あとはまあ、獲物の匂いかしら」

 

 どんな顔をしているかカズマの位置からは見えないが、きっとあの立派な胸を張ってドヤ顔していることだろう。

 

「呑気してないでくださいよ! まだスナザメは追ってきてますよ!」

 

 めぐみんの言葉でハッとなり、カズマはアクアに後方を確認させた。

 食い損ねたのに気付いたスナザメが、再びこちらに狙いを定めたらしい。

 

「めぐみん! 砲弾は!?」

「もうちょっと待ってください! このレリーフを刻んだら完成です!」

 

 レナの大声に大声で返すめぐみん。だがしかし、彼女が砲弾に彫っているレリーフはどうみてもただの飾りに見える。

 

「あの〜、めぐみんちゃん? その飾り彫りにはどういった効果があるのかな?」

 

 ひょっとすると空気抵抗とかに作用するのかもしれないので、一応確認をするアクア。するとめぐみんは親指をビシッと立てて、

 

「もちろん! カッコいいからです!!」

「アホかぁーっ!!」

「サンデリゼっ!?」

 

 そう宣った次の瞬間、アクアから結構本気の飛び蹴りがめぐみんに炸裂した。非常に珍しい女神のツッコミだが、カズマとレナからもかなり真面目な殺気が飛んでいた。手が離せるなら、二人そろってめぐみんを殴るか蹴るかしていただろう。

 

「やってる場合かーっ!! 死ぬわよ!? マジで四人揃って死ぬわよ、ボケナス!! こだわっちゃいけないタイミングってあるでしょうがーっ!!」

「こ、拘りを捨てて浮かぶ瀬はありません!! 一瞬で爆裂して散るからこそ造形には――」

「だーっ! もう、うっさい!! いいからそれ寄越しなさい!!」

 

 めぐみんは渋々ながら、有り合わせの材料から作成した砲弾をアクアに手渡した。

 一抱えもある金属の塊はずっしり重く、アクアはそれを外見とは裏腹な怪力で担ぎ上げて銃座へのハシゴを駆け上った。

 

「レナ!」

「なけなしの一発ね! 分の悪い賭けは嫌いなんだけど……あれ?」

 

 そこでふと冷静になったレナが、自分の手元の照準器、そこから繋がる機銃と大砲、最後に再びアクアと砲弾へと視線を巡らせた。

 

「どうやって装填しよっか」

「あ」

 

 クルマの上部に外付けされた主砲は、停車状態で外から弾を込めるのが一般的だ。このグラップルタンクも例外ではない。

 沈黙した車内に、エンジンとスナザメが近づく騒音だけが響いていた。

 

 四人でほんのちょっぴり考えたが、結論は即座に出た。

 カズマはハンドル、レナは銃座から手が離せない。ならば当然、アクアが一肌脱ぐしか無い。

 走行中の車外へ出て、手動で装填するっきゃない。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ〜ん!! こんなの女神の仕事じゃないぃぃぃぃ〜っ!!」

 

 命綱としてロープ一本を腰に巻きつけ、アクアは時速150キロは出ているんじゃないかという装甲車の屋根によじ登って……むしろ登らされていた。

 どこぞの女神が勇者に抱えられて空を飛んだ時よりはマシかもしれないが、高速でかっ飛んでいく景色と地面は目前に『死』を想起させる。

 そんな環境にバニースーツで挑みかかるアクアは、ある意味どこの神話の女神よりも勇ましい。

 不幸中の幸いだったのは、主砲の構造が非常に簡略化されており、停車中だったら素人一人でも簡単に装填できるタイプだったことだ。手持ち武器であればリボルバーに近い形状で、シリンダーを開いて後ろから弾を押し込むだけで事足りた。

 涙と鼻水と冷や汗で顔をグシャグシャにしながら、一発限りの装填を終えた。

 

「で、でぎばじだぁぁぁぁぁ〜っ!!」

 

 涙声で報告するアクアに、カズマも内心ではよくやったと褒めたいところだ。運転に集中しているのでそれどころではないのが辛いところ。

 

「って、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ〜!! スナザメがまっすぐ来てる!! 小細工なしで突っ込んでくるぅぅぅぅ〜っ!!」

 

 さらにアクアから追加報告だ。聞いてる方に哀れみすら感じさせる情けない声だが、同じ状況なら誰だってそうなる。

 

「フン! 向かって来るなら好都合よ! 狙い撃ちにしてやるわ!!」

 

 銃座のモードを機銃から主砲に切り替え、レナは発射管を握り直した。

 

「レナさん! サメは鼻の先が弱いそうですよ!」

「ナイス情報ありがと、めぐみん! あとでキスしてあげる♪」

「それはアクアにしてくださいっ!!」

 

 本気で拒否されてちょっぴり痛んだ心の分も込め、レナは発射ボタンを押した。

 一瞬車体が逆方向へ押し出されるほどの衝撃とともに砲弾が飛び出し、レナの狙い通りスナザメの鼻先に吸い込まれた。

 海で襲われた時に殴れと伝わっているぐらい、サメの鼻先には神経が集中して敏感になっているそうだ。そこに戦車の砲弾が直撃し、あまつさえ――、

 

『BACOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!』

 

 大地が震撼するほどの大爆発を起こされたとあっては、凶悪なバイオモンスターといえども無事ではいられない。

 砂から弾き出されるほどの衝撃を受けたスナザメは、水揚げされたも同然にビチビチと身を踊らせた。致命傷には及ばないが、すぐに復帰は無理だ。

 悶えるサメの姿は、みるみる小さくなっていった。

 

「よっしゃあーっ!!」

「ぃやったーっ!!」

 

 カズマとレナの歓喜の声が重なり、めぐみんも雄々しくガッツポーズを決めていた。

 

「しゃあ!! どーですか、めぐみん印の爆裂弾の威力は!!」

「もうサイッコーよ! 約束通りキスしてあげちゃう♡」

「いりませんから!? 水色の人にしてあげてください!」

 

 本気でレナを押し退けながら、めぐみんは車内と繋がるアクアの命綱を見た。

 それが途中から千切れて、先端がクルマの外で強風に棚引いている。

 

「……あ」

「え?」

 

 気付いたときには、アクアの姿は車内にも車上にもなかった。

 

 

 

「ま、待って……お、置いていかないで……っ」

 

 豆粒よりも小さくなったグラップルタンクの後ろ姿を、ヨロヨロと幽鬼のような足取りのアクアが追い駆ける。

 何という悲劇だろう。爆裂弾の衝撃波に吹き飛ばされたアクアは、砂漠の真ん中で取り残されてしまっていた!

 

「私、ここに、いるの……ま、待って……っ」

 

 無駄だと頭で理解しつつも、アクアは無理矢理にでも足を動かす。

 なぜなら彼女の背後には、巨大な陸上ザメが大口を開いて迫っているのだ。

 足がもつれて転んでも、ほんのちょっとでもサメから逃げようと這いずるアクアは、恐怖と絶望から精神が限界に達した。

 

「さ、サメって結構か、かわいいとおもう、思う、の……あわっ、あわわわわわっ!! カズマしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ〜んっ!!」

 

 断末魔の叫びが少年の名前だったのは、地上に連れてこられた恨みからか。

 果たして女神アクアは巨大なサメの口に呑まれたが、そこで間一髪、隷属のスペルの効果『ご主人様から一定距離以上遠くへいけない』が発動。量子ジャンプによって辛くもその場を離脱したのであった。

 

 クルマの助手席にワープしてきたアクアは、精神が限界を超えてそれはもう酷い状態だったのだが、彼女の名誉のために描写は割愛させていただく。




アクア「ところで私ってまだバニー着たままだったの!?」
カズマ「作者がアクシズ教徒だからな。コスプレネタは今後も入れる予定らしい」
アクア「ということは、ひょっとして私がメインヒロイン!?」
レナ「そうよ。だから主人公であるアタシと結ばれるのは自然な流れだというワケ。どうだい? 今夜はイリットと三人でしっぽり――」
アクア「やぁーめぇーてぇー!!」


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第十二話 勧誘されるは……?

レナ「アタシがサーヴァントになるならライダーかしら? アヴェンジャーかしら?」
アクア「私は当然――」
カズマ「お前は俺の礼装だろ」


 色んな意味で無事に帰還できたことを祝して、今晩はイリットが少しばかり豪華な夕食にしてくれることとなった。

 帰ってくるやいきなり、レナがイリットに抱きついて、

 

「会いたかった〜♪」

「うふふ。わたしの方がも〜っと会いたかったかもしれませんよ?」

 

 とイチャイチャし始めたので、カズマ達はカルも連れて、一階のガレージへ夕食の時間まで避難していることにした。

 

「なあ、カル。お前の姉ちゃん、あれでいいのか?」

 

 カズマは弟として姉が百合百合してることをどう思うか尋ねてみた。しかしカルはキョトン顔だ。

 

「おねいさんは本当のおねいさんになってくれるって言ってたから、お姉ちゃんと仲良くても良いんだよ?」

「いいんだ……」

「それよりもカズマ兄ちゃん。アクアお姉ちゃん、あんなんだけど大丈夫?」

 

 あれ、と指を差されたアクアは、スナザメに喰われかけたショックがまだ抜けておらず、土気色の顔でゾンビのようにフラフラしている。上で寝ているように言ったが、バカップルと同じフロアは耐えられないらしい。

 

「水にでも漬けてればそのうち復活するだろ」

「そっかー」

「おぉぉーい! カズマ、ちょっと来てくれ〜!」

 

 アクアについてはカルに任せ、カズマは自分を呼ぶナイル老人の元へ小走りで向かう。その後ろをめぐみんも興味深そうにくっついてきた。

 

「どうしました?」

「お前が奪ってきたグラップラーのクルマを分解するぞ。これだけ新鮮なパーツがあれば、バギーだって元通り……いや、より強力な戦車に生まれ変わる!」

「ほほう。それは楽しそうですねぇ」

 

 めぐみんも作業場に並んだバギーと改造ワゴン車を見比べて、紅い瞳をランランと輝かせていた。

 

「その改造、私も一枚噛ませてください!」

「ほーぅ。お嬢ちゃん、アーチストか。いいぞ、一枚と言わず五枚でも十枚でも噛んでいけ!!」

「ええ! 百枚でも千枚でも噛みますよ!!」

 

 心の中の変な部分に点火してしまったようで、早速図面を引きながらあれやこれやと議論を交わすナイル老人とめぐみんの背後には、炎のような闘気が噴き上がっているようであった。

 

「って、なに後方理解者ヅラしてるんですか、カズマ! こっち来て手伝ってください!」

「よい機会じゃ! カズマ、このグラップラーのクルマを分解してみせい!」

「あー、もう! すぐに行くから大声出さないでください!!」

 

 カズマもまた、血気盛んなそんな二人の雑用としてコキ使われ、生還した直後だと言うのに夜遅くまで奔走することとなった。

 

 

 深夜どころか朝日が挿し込みだした未明になり、ようやく休憩時間となった。

 暴走するメカニックとアーチストの職人二人はともかく、付き合わされるカズマには修羅場もいいとこの忙しさだ。

 何故か頑なに自爆装置を搭載しようとするめぐみんに、自爆機能はともかくそれはエンジンを暴走させてするもので、独自の装置を組み込むのは邪道というナイル老人。結局自爆はさせるのか、と内心でツッコミながらも、カズマは一日でグラップルタンクをどうにかこうにかバラバラに出来た。

 今はどっちもスイッチが切れたようにガレージの床に倒れ、グーグーとイビキを掻いていた。

 熟練したメカニックは、戦闘中に敵のメカを解体してしまう。ナイル老人はそう言うが、少なくとも今のカズマでは夢のまた夢の話だ。

 

「ていうか、そんなの出来たら人間じゃねえっつうの」

 

 せめて寝る前に体を拭いてサッパリしようかと、カズマはフラフラしながらガレージ裏手の溜め池に足を運んだ。

 アクアのお陰で清潔な水に余裕が出来たので、体を洗えるように沐浴場が増築されたのだ。毎日は厳しいが、ネットカフェのシャワー感覚で使える共同浴場があるというのは非常にありがたい。

 

「アクア様々だな〜、こりゃ」

 

 簡単な板張りだけの塀で囲まれた中に入る。すると、

 

「あれ、カズマじゃない。早いわね」

「っ!?!?!? れ、レナ!?」

 

 なんと先客がいた。レナは入ってきたカズマを特に気にするでもなく、上半身を裸にして濡らしたタオルで体を拭いていた。

 性格こそ多分に『アレ』だが、レナの容姿は世紀末どころか、現代日本基準でも飛び抜けている。カズマよりも年下の15歳だそうだが、スタイルもアクアに比肩するほどだ。

 そんな美少女の半裸姿、女性経験が皆無なカズマには刺激が強すぎる。はっきり言って眼福どころか目の毒だ。

 

「ご、ご、ごめん!!」

「別に構わないわよ、鍵だって掛けてなかったし。それより酷い顔よ? 水浴びてサッパリしたら?」

 

 実にあっけらかんとした様子のレナは、本心から気にしていないようだった。

 そうなるとカズマにも男の子として変なプライドがある。傷痕があっても白い肌とか、ぷるんぷるん揺れる二つの膨らみとか、ちょっと身を乗り出せば簡単に見えそうな桜色の先端などを意識の外に弾き飛ばし、作業着を脱いでいく。

 この沐浴場は飲料用とは完全に独立しているが、中に入って体を擦ったりというのは厳禁だ。桶で水を汲み、縁に座って体を拭く為に使われる。

 カズマは無心で体を拭こうと試みるが、

 

(き、気になる……!)

 

 なるべくレナからは離れた位置に座ったものの、やはりどうしても気になってしまう。だって男の子だもん。

 

「……あのさ」

 

 無理やり見ないようにしすぎて頭から水を被っているカズマの挙動不審さを見かねたのか、レナが大きな溜め息を吐いた。

 

「見たいなら見ても構わないんだから、落ち着きなよ」

「い、いやいやいやいや!? ななな何言ってんだよレナ!?」

「勘違いしないでよ。手を出してこないなら、見る分には構わないってだけだから。アタシ、男に興味ないし」

「存じております……ってうわあぁぁぁぁっ!?」

 

 堂々と黒のタイトミニスカートまで脱ぎだしたので、カズマは慌てて背中を向けた。

 

「大声出すこと無いじゃない。見といて損しない体だって自負はあるんだけどな」

「自負より恥じらいを持て! ととと年頃の娘が男に軽々しく肌なんて晒すんじゃありません!!」

「はぁ。これはまた純情ですこと。その様子じゃ、本当にアクアとはなんにもないみたいね。あんな美女を犬扱いしておいて」

「う、うっせーな……」

 

 カズマは結局、レナの水浴びが終わるまで背中を向けたままピクリとも動けなかった。

 

「やれやれ。もう振り返っても大丈夫よ」

「お、ぉう。悪い……」

 

 体感では数十時間は経過したようだったが、実際のところ5分と経っていない。体の向きを直すと、衣服を身に着けたレナが濡れタオルで髪を梳いていた。

 水に濡れた淡い金髪に、微かに昇ってきた陽光が煌めく。

 

「……ねえ、カズマ」

 

 思わず見惚れていたカズマは、真剣な面持ちのレナに言われて我に返った。

 

「ナイルのじいさんから聞いてるか知らないけど、あなた達が直してるバギー、アタシがもらうことになってるんだ」

「あ、ああ。知ってる。一緒に戦ったハンターの形見なんだろ?」

「別に持ち主とは親しくなかったんだけどね。それでもさ、町を守る為に戦ったあんたが受け継ぐのがいいだろうって。アタシ、何の役にも立てなかったのに」

 

 俯くレナの表情が、陰に隠れて見えなくなる。彼女の心境は分からないが、メソメソと泣いている訳ではないのは確かだ。

 

「アタシはあのバギーで、テッド・ブロイラーを……ううん、グラップラーを叩き潰しに行くわ」

「そ、そうか」

「それでね、カズマ。あなた、メカニックとして同行してくれないかしら。旅が嫌でないならだけど」

「……えっ、え!?」

 

 目を点にしたカズマに、顔を上げたレナがニヤリと不敵に微笑みかけた。

 

「考えておいてね。それじゃ、また」

 

 それっきりレナは後ろ手に手を振って、沐浴場を後にした。

 カズマはしばらくボーッとしていたものの、やがて我に返ると小さく呟いた。

 

「……普通さ、仲間を集めるのって転生者の方なんじゃないの?」




アクア「ところでめぐみん? このバニースーツ、明らかにあなたの体型と合ってないわよね。どうしてそんなの持ってたの?」
めぐみん「う、うるさいですね! いつかはそれが似合うグラマー美人になる予定なので、それまで大事に保管してたんですよ!」
アクア「へー、そう……」
めぐみん「ちなみにその耐電圧バニースーツ、ちょっとした弾丸も弾き返せるぐらい頑丈ですので、気に入ったのなら通常装備にしてても構いませんよ?」
アクア「なにそのオーパーツ!?」


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Part2 ばうんでぃーはんたーらいふ
第十三話 始動、賞金稼ぎ!


カズマ?「しょうがねぇなァ、めぐみん。買い物も、楽じゃあねェだろォ?」
めぐみん「声と口癖以外が違う人になってますよ!?」
アクア「私、さすがにホルマジオなんて転生させてないわよ!?」


「できたぞぉぉぉぉーっ!! 完成じゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ちょっと心配になるナイル老人の絶叫を産声代わりとして、ガルシアのバギーは生まれ変わった。

 というより、バギーというのは本来はオフロード走行のために軽量化させた車両の俗称だ。しかし今のコイツは頑丈なフレームにガトリングガン二門、トランク部分に拾ってきた48ミリ主砲(☆☆☆)が搭載された、立派な戦車である。タイヤも金属製のノーパンクタイヤという、訳の分からない代物だ。

 運転にも鹵獲したグラップルタンクと元から搭載されていたCユニットを並列させて搭載し、運転手一人いれば全ての戦闘能力が発揮できる。

 直接組み立てを行ったカズマにも、どうしてこんな道路交通法が残っていたら絶対に走らせられないゲテモノバギーが完成したのか、まるで理解できない。

 

「まあ及第点ですね。パーツが限られているのでポテンシャルを活かしきれませんでした」

 

 と語るめぐみんは、本当ならもっと馬力のあるエンジンで大型の主砲を運用したかったようだ。しかしマドの町やエルニニョで手に入った資材では、満足いくところまでいかなかった。

 今後の改造次第ではまだまだ伸びしろがあるとも言えるが、行き着く先はどんな珍兵器だろうか。

 

 そして、このバギーを譲り受けたレナはというと?

 

「いいわね、これ! すっっっっっごく良い!! GREAT! Fantastic!!」

 

 エンジンを吹かして変なテンションになるぐらいには気に入っていた。

 

「実に素敵。いい仕事してくれたわ♪ ありがと、ナイルさん。カズマとめぐみんも」

「ほっほーぅ。気に入ってくれたようでなによりじゃわい」

 

 レナの反応に満足したようで、ナイル老人はヒゲを撫でながら大きなアクビをした。

 

「久し振りの大仕事じゃった。さすがにくたびれたわい」

「ふっふっふ。ナイルさんはゆっくり休んでいてください。試運転には私とカズマで同行しますので」

「そうさせてもらうかの。ふぁ〜ぁ」

 

 めぐみんに後を託して、ナイル老人はガレージ二階の居住区へ戻った。

 彼を見送った後、カズマはめぐみんに振り向いた。

 

「試運転って?」

「まだ慣らし運転しかしていないでしょう? 実際に外へ出て賞金首を狩ってくるんですよ」

「ああ、そういえば武装面の実戦テストってまだ……あの〜、めぐみんさん。賞金首ってひょっとして……」

「当然、あのサメヤローです! リベンジですよ、リベンジ!」

 

 両拳を握っためぐみんは、紅い瞳に闘志を滾らせていた。

 レナを見れば、彼女も殺ル気マンマンだ。

 そこにカズマと、ついでにアクアが同行するのは決定事項であるらしい。

 

「あ。忘れるところでした。レナ、これをどうぞ」

 

 何かを言いかけるカズマを余所に、めぐみんは大きめのゴーグルをレナに手渡した。受け取ったレナが、大きな眼を目一杯見開いた。

 

「これってマリアの! な、直ったの!?」

「はい。あなたのお母様の私物でしたよね。燃え残っていたのを、バギーの合間に直せました。運が良かったですね、私がiゴーグルユーザーで」

 

 めぐみんが右目の眼帯型ゴーグルに、人差し指と中指を当てる気取ったポーズを決めた。ドヤ顔がいつになく凛々しく見える。iゴーグルを愛しげに抱きしめるレナとは対象的な表情だ。

 だが直後、レナは一転して精悍な表情でiゴーグルを装着した。スイッチを入れると、非常に小さな駆動音がしてレンズに多種多様の情報が表示されていく。

 

「内部データは残念ながら初期化されています。まずはユーザー登録からです」

「どうすればいい?」

「音声認識でできますよ。詳しくはヘルプをどうぞ」

 

 助手席の窓から内側に身を乗り出しためぐみんから説明を受けて、レナは登録を進めていく。

 その間、カズマは手持ち無沙汰になってはいたが、助手席窓から突き出してフリフリ左右に揺れるめぐみんの小さなお尻を眺めているうちに、初期起動手順は終わったらしい。

 

「これでゴーグルはあなたのものです、レナさん」

「ええ。ありがと、めぐみん。お礼にキスしてあげる♡」

「すみません、私ノーマルなので」

 

 抱きつこうとするレナの腕からするりと逃れて、めぐみんは再びカズマの元へ戻ってきた。

 

「では出発しましょう――? どうして顔が赤いんですか?」

「ほっとけ。じゃあアクアを呼んでくる」

 

 まさか後ろ姿に見惚れていたとは言えず、カズマはアクアが水浴び中の貯水湖(強酸性)へ走っていった。

 もちろんアクアは全力で嫌がったが、拒否してもカズマから離れれば強制的に量子ワープするし、そうなれば車外から生身でスナザメに応戦することになると脅したら、泣き叫びながらも付いてきた。

 

 

 今回は運転手レナ、機銃カズマ、主砲めぐみん、アクアおすわり、という布陣だ。高性能のCユニットがあるのでレナ一人でも戦闘可能だが、今回の目的は実戦テスト。万全の状態で戦いを挑む。

 道中の雑魚モンスターは機銃で軽々と一掃しつつ、一行はスナザメのナワバリを目指す。

 

「ね、ねえカズマさん!? ほ、本当に大丈夫なのよね!? また前みたいにギリギリで逃げ回ったりしないわよね!?」

「まだ言ってるのか、アクア! 前のときとはスピードも武装も段違いだ! 負ける要素が見当たらない!」

「そうですよ! それに紅魔印の特殊砲弾だって用意してます!! はっきり言って、負ける要素が見当たりません!」

「うわぁぁぁぁ〜んっ!! カズマとめぐみんがフラグ立てまくってるぅ〜!!」

 

 前回食われかけたのがよっぽどのトラウマらしいアクアは、まだ敵の姿も見えないのに取り乱している。とりあえず戦闘の邪魔になりそうだったら適当に放り出して後で回収すればいいやと、特に気にされてもいないが。

 

「ん? めぐみん、前方に何か見えない?」

 

 運転席のレナが何かを発見したらしい。めぐみんは眼帯型iゴーグルを望遠モードに切り替えた。現状、一番遠くまで物が視えるのが彼女だ。

 

「……あ。クルマですね。中型のトラックです」

「トレーダーかしら?」

「どうでしょう――!! レナ、カズマ! 戦闘態勢を! トラックがスナザメに追われています!!」

「なんですって!?」

 

 目視できるのは、地平線の手前に「なんか砂煙が上がってるなー」ぐらいだが、どうやらあれがスナザメだそうだ。

 無意識にレナの口角が釣り上がり、瞳が爛々と闘志に輝きだす。

 

「ちょいとハードなテストになりそうね! みんな!! トラックを助けて、獲物を仕留める! 二兎を追って両方得るわよ!!」

「へっ! 分かったよ、やってやらぁ!!」

「ふっふっふ。それぐらいでないと張り合いありませんよ!」

 

 レナに触発されたのか、カズマとめぐみんもやる気マンマンだ。へっぴり腰なのはアクアだけだが、今回は特にやることがないので黙っていても問題ない。

 やがてスナザメの巨体とトラックが見えてくるや、カズマが機銃でスナザメを撃った。牽制を加えると同時に、トラックから注意をこちらに向かせる。

 

『GURURURURURU!!』

 

 強化された弾丸が硬い表皮を容易く貫き、赤い花を咲かせる。スナザメは即座に地上から砂中へと姿を消した。

 トラックとすれ違い、一直線に走り去るのを見送って、バギーも華麗なドリフトで180°ターンを決める。

 

「くっそ、どこ行った!?」

「慌てないの、カズマ! iゴーグル、振動探知センサーに切り替え!」

 

 音声認識により、砂中で動くスナザメの様子がゴーグルに投影される。前回の耳と直感に加えて視覚でまで捉えられれば、砂地も水辺と変わりない。

 

「はっ! あいつ、こっちを無視してトラックを追ってるわ! 逃がすものか!!」

 

 ギアをトップに、アクセル全開にしたレナは、真っ赤な舌で口唇を舐めた。

 

「めぐみん、主砲の準備をお願い!!」

「弾は!」

「好きなのどうぞ! ヤツが砂から出たら、ケツに強烈なのブチかましちゃって!!」

「アイアイサー!」

 

 砂中のスナザメを追跡するという、前回とは真逆のシチュエーションだ。それだけでなく、今回はこちらが速度でも勝っている。

 カズマが砂を撃って敵の出方をうかがいつつ、めぐみんが特殊砲弾に切り替えた主砲で待ち構える。そしてレナは、天性のドライビングセンスで的確な射撃位置へとバギーを移動させ、スナザメを射程範囲から逃そうとしない。

 初めてとは思えない連携であった。

 

「!! めぐみん、敵が浮上を始めたわ!!」

「分かりました!!」

 

 砂漠の表面が盛り上がり、トラックの後輪が巻き込まれた。

 砂上に顔を出したスナザメの獰猛な牙が獲物を狙うが、どうやらヤツは気付いていないらしい。

 

「今回狩るのは……!」

「私達、なんですよね!!」

 

 照準はあやまたず、発射ボタンが押された。

 

 彼女達の連携は完璧だった。戦略に破綻はなく、戦術に無駄はない。

 普通であれば何の問題もなく獲物を仕留め、モンスターハンターとして輝かしい1ページ目を刻んでいただろう、理想的な展開だ。

 しかしである。

 48ミリ砲から放たれたのは、変態アーチスト集団紅魔族の中でも、若く才能あふれるめぐみんの特製砲弾だ。爆裂をこよなく愛する彼女の作品であるなら、その特製は言うまでもなく大爆発。

 

『GUO!?』

 

 砲弾がスナザメの背びれの付け根辺りを直撃し、鮫肌に食い込んだその瞬間。

 真昼の砂漠は、太陽よりも激しく輝く閃光によって塗り潰された。

 

 めぐみん特製爆裂弾。その真の威力は、マドの町東の砂漠の地図を書き換えるのに十分な『兵器』の領域に足を突っ込んでいた。




カズマ?「くだる、くだらねえってのは知恵の使い方次第よ」
レナ「まだ戻ってなかったの、ホルマジオ?」
アクア「ちなみに作者は5部アニメで『しょうがねぇなァ』を聞いて噴き出してるわ」


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第十四話 馬鹿が戦車に何をした!?

レナ「メタルドックス、思っていたよりは楽しめたわ。そこそこ売れてるらしいし、これなら続編とか2リローデッドHDとか出るかもね」
カズマ「だといいけど」
レナ「もしくは世紀末ギャルゲーとかでもいいわ! 好みの女の子にインテリアとか衣裳とか送って好感度上げて、最後はデュフフフフフ」
カズマ「その場合、レナはプレゼントされる方じゃないのか?」


「ふぅーっ。助かったわい。エルニニョでグラップラーから攻撃されてな。急いで逃げる途中でうっかりヤツの生息域に突入してしまってのー」

「そうですか……な、なんかどっかで聞いたような話ですね」

 

 トラックに乗っていたミンチと名乗る科学者から感謝の言葉を受けつつ、カズマは大破してしまったトラックから視線を背けた。

 スナザメの脅威からは、確かに逃れられただろう。だが大地を揺るがす大爆発によって吹き飛ばされ、砂の上を何度も転がり、岩に叩きつけられたトラックの車体は、背後のコンテナを残して大破してしまった。

 もっとも、その爆発の原因がめぐみんの特殊砲弾だったワケだが。

 

 砲弾を喰らったスナザメを中心にして、爆心地には直系20メートルはありそうなクレーターが形成されているのだ。

 底が見えないほど深いとかはないが、恐ろしいのは半円形になった穴の表面がツルツルしていることだ。爆発で発生したあまりの高熱で砂が溶け、ガラスのようになっていた。

 おかげで太陽光が収束されて上空に放たれ、遠くからだと空に向かって光の柱が伸びているように見えるほどだ。

 

「どうですか! これこそが爆裂ゲージツの極意です!」

「何が爆裂だ!! 戦車砲どころかミサイルじゃねえか、自爆するところだったぞ!! ひょっとしてあれか? 大破壊を起こしたのってお前の作品か何かか!?」

「ひぇ……待っ、カズマ待って! この眼帯は機械仕掛けですから引っ張ったりしたらぁぁぁ〜――うぎゃああああ!」

 

 被害の大きさを自信満々にドヤってるめぐみんに眼帯パチン(iゴーグル)で黙らせたが、間違いなく懲りていないだろう。それなりに特殊砲弾を作る材料があったのに一発しか完成しなかった時点でおかしいと思うべきだった。

 不幸中の幸いだったのは、爆裂による直接的な被害者がスナザメだけだったことと、地形が変わったところで誰も管理していないので修繕費や迷惑料を請求されないことだろう。

 

「積み荷が無事ならいーですだよ。大事な機材が壊れたら、旦那様の研究が止まってしまうだ」

「むしろ、よくわたし達が生きていたなってぐらいの壊れっぷりですよ……ああ、生きてるって素晴らしい……」

 

 ミンチ以外にもう二人の同乗者、フランケンシュタインのような大男のイゴールと、青いフードの死神みたいな服装の巨乳美人ウィズも、むしろスナザメに喰い殺されるよりマシと思ってくれてるようだった。

 

 何でもこの三人は、とある研究に没頭する科学者だそうだ。その研究内容をグラップラーに狙われ、あちこちを転々としているらしい。

 とりあえず動かないトラックはバギーで牽引し、マドの町まで引き上げることになった。

 

「それじゃ、帰りましょうか! スナザメの賞金がアタシ達を待ってるわよ!」

「おおっ! そういえば賞金首だったのよね、あのサメ!! ……でもマドの町ってまだまともな店も開いていないのよね……」

「しまった! 賞金の使い道がないだなんて……っ!!」

 

 楽しそうにはしゃぐレナとアクアに続き、ウインチが外れていないか確認してからカズマが、最後にぶーたれ顔のめぐみんがバギーに乗り込み、一同凱旋と相成った。

 

 

 世紀末の物価はいい加減だ。

 お酒一杯が3Gから、平屋程度の家一軒なら1000Gもあれば買うことができるが、あくまでそれは目安に過ぎない。持ち主の気分で物の値段はいくらでも変わるし、金が惜しければ暴力で奪っても法律が存在しない。

 それでも、スナザメ撃破によってハンターオフィスから支払われた2000Gという金額は、一般人ならば人生を踏み外しかねない大金だった。

 

「で。改めて『お金があっても店がない問題』について討論したいと思います! 司会進行はアタシ、レナ! は〜い、拍手ー」

 

 大金を掴んでテンションが高いレナを、イリットが突撃ラッパを鳴らして盛り上げた。その場にいた一同の攻撃力が無駄に上昇する。

 ナイルのガレージを間借りして集まっているのは、カズマ達以外にも町の長老など有権者が何人かいる。ノリに反して真面目な集いであるらしい。

 早速アクアが挙手した。

 

「ハイハイハイーイ! せっかくなのでエルニニョからさらに北上するのがいいと思いまーす!」

「なるほど、店が開いている町へ繰り出すのね! アクアさんボッシュート。誰か貯水槽に連れて行って〜」

「なんでよぉぉぉ!?」

 

 本当に連れて行かれてしまったアクアを放置して、次にゲストとして現れた逞しい体つきの見覚えある男がマイク(アーチスト用)を手渡された。

 

「あ〜、大工のデヤークだ。みんなのお陰で瓦礫の撤去もあらかた終わった。そこで壊された建物の再建をしたいんだが、それにハンターさん方の力を借りたい」

 

 カズマがマドの町を最初に訪れてから、何かと縁のあるデヤークがいうには、ハトバという町にいる「モリニウ」というトレーダーが頼りになるらしい。クルマを持ち、スナザメを倒したレナ達に、ハトバまで行ってモリニウを探して欲しいとのことだ。

 次に長老の一人から意見が出た。

 

「最近、エルニニョを牛耳ってるグラップラーのメンドーザが、町を通るトレーダーに重い税金を掛けとるそうだ。そのせいで以前よりも人の交流が少なくなっておる。腕の立つハンターさんや、エルニニョのグラップラーをなんとかしてくれんかのう?」

 

 さらに別の、元ハンターだという男から。

 

「ハトバの北にアンタレスってサソリの化け物がいるんだ! 俺の足はそいつにやられちまった! もし倒してくれるなら、俺のバイクをやってもいい!!」

 

 さらに別のバーテンダーみたいな男が。

 

「オレはエルニニョで『ヒヌケ団』ってレジスタンスを率いていたんだが、グラップラーの攻撃でアジトが破壊され、仲間も散り散りになってしまった! 腕の立つハンターさん、どうか力を貸してくれ!」

「……レナ、なんだか役所の悩み相談口みたいになってるぞ?」

「アタシもそう思う。いい大人が小娘に頼らないでよね〜」

 

 結局当初の予定から大きく外れてしまった集会だが、レナの今後の方針は決まった。

 

①ハトバでモリニウを探してきて、マドの町を復興させる。

②エルニニョのメンドーザを蹴散らして、物流を回復させる。

③レジスタンスに協力して、北の方で暴れているグラップラーの調査および撃破

 

「こんなところね。それで改めてなんだけど」

 

 集会が解散した後、ガレージ二階に場所を移したレナは、カズマとめぐみんに向かい合った。

 

「昨日の話、正式に受けて欲しい。アタシとチームを組んでもらいたいの」

 

 短い付き合いながら、レナが大真面目であることは見て取れた。カズマはもとより、めぐみんの表情も自然と引き締まる。

 

「レナ。確認ですけどあなたの一番の目的は、グラップラーを倒して人間狩りを止めさせることなんですよね」

「ええ」

「それは復讐の為ですか?」

「その通りよ」

 

 レナは即答する。その視線が首に掛けたiゴーグルに落ちた。

 

「テッド・ブロイラーだけじゃないわ。アタシの両親も、もっと多くの人達も、グラップラーにはたくさんのものを奪われてきた。今度はアタシが奪ってやるわ。命も宝も、何もかも」

「その復讐に巻き込まれろっていうのですか?」

「カズマはともかく、グラップラーに恨み骨髄なのはあなたもじゃないの、めぐみん?」

 

 聞き返されためぐみんが、ぎょっとして押し黙った。

 彼女にも何事かあったのか、心配そうにめぐみんを見たカズマに返ってきたのは、どちらかと言えば気まずそうな表情である。なんかこう、浮気がバレたみたいなアトモスフィアだった。

 

「いえ、あの、恨みというかですね……身内の尻拭いといいますか……ゴニョゴニョ」

 

 ものすごく言い辛そうなので、カズマは話の路線を強引に戻した。

 

「俺達でいいのか? レナだったらもっといい仲間を集められそうだけど」

「カズマとめぐみんだからいいの。アクアもね。強い人じゃなくて、冒険するなら楽しい人とがいいわ」

「むぐっ……」

 

 ストレートな口説き文句だ。めぐみんどころか、男のカズマさえドキッとさせられ――、

 

(い、いや! レナは女の子だから俺のリアクションとしては正しいのか!?)

「し、仕方ありませんね! 私もグラップラーには因縁があります。あなたのパーティメンバーとなろうじゃあありませんか!」

 

 カズマが思考をバグらせている間に、めぐみんが先に決断してしまった。

 経緯はともかく、一応はカズマだって世界を救う使命を帯びて転生してきた身だ。グラップラーと、大破壊を起こした人工知能も、無関係ではないかもしれない。

 しかしそれはそれとして、この世界の危険度は十分に身に沁みている。果たして自分に戦い抜く力などあるのだろうか。

 

「カズマ」

 

 彼の悩みを見透かしたように、めぐみんはカズマの手をそっと取り、

 

「心配しなくても、誰もカズマに戦闘力なんて期待していません」

「ええ! メカニックとして同行願うんだから、大破修理の腕さえ身に着けて貰えればずっとクルマに乗ってても構わないぐらいよ」

「むしろマドの町に戻ってきた時に無料で修理してくれるポジションが望ましかったりします!」

「…………お前ら……」

 

 身も蓋もないが、事実メカニックの戦闘能力はファンタジー世界で例えると魔法を使えない魔法使いなので、この扱いもむべなるかな。

 結局ヘタレなカズマ君は、マドの町復興支援の間だけの助っ人なら、という条件でレナのパーティに加わった。

 

 後でその事をアクアにも伝えると、小声で「ヘタレ」と鼻で笑われた。

 分かっているので言わないで欲しい。涙を堪えるカズマだった。




レナ「アタシがアクセルの町に行った場合、職業は何になるのかしら? カズマと同じ冒険者ってのも楽しそうだけど、盗賊やレンジャーってのもいいわね」
クリス「ちょっとカズマ!? このにじり寄ってくる変な女の子はなんなの!? またどっかから厄介事拾ってきたでしょ!?」
カズマ「人を変人収集家みたいに言わないでくれます?」


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第十五話 ベイ・ブリッジのしょぼい死闘

ベルディア「メタルマックスって普通にゾンビとかうろついてるし、賞金首として私が出ても良かったんじゃないか?」
アクア「スカンクスポジで終盤量産されてもいいならワンチャンあるかも」
カズマ「いや、そもそもアンデッドの存在を許容したらラスボス目的が達成されちまうだろうが。ヴラド・リッチーとか誰が勝てる?」


「電撃蘇生学ぅ?」

「はい、電撃蘇生学です」

 

 めぐみんがレナとパーティを組み、カズマも暫定助っ人NPC枠となった翌日。

 ハトバへ旅立つ前にミンチ達の様子を見ておこうと、カズマは彼らがテントに中に設営した研究所を訪れた。

 その恐るべき研究内容とは、特別な電撃による死体蘇生であるらしい。どこのハーバード・ウエストだ、とカズマはツッコんだが、残念ながら通じなかった。

 

「実はわたしも博士に蘇生してもらったんですけどね。改めまして、ウィズと申します」

 

 ペコリと頭を下げた、青いフードの死神っぽい美女。その拍子にたゆんと揺れた立派なお胸を凝視しつつ、カズマもお辞儀をした。

 

「カズマ君や、もしも旅先で活きの良い死体を見つけたら、ワシの元へ運んできてくれ」

「もしも死体になってるカズマさんを見つけたら、しっかり旦那様のところまで運んでくるだよ」

 

 ミンチとイゴール、そしてウィズは悪人ではないが、狂人なのは間違いなかった。

 

 

 しばらく雑談してからガレージに戻ると、レナ達の出発準備は完了していた。

 それまでパイプ椅子でだらーっとしていたアクアが顔を上げた。

 

「ちょっとカズマ、どこうろついてたのよ?」

「例のミンチさん達のところにな」

「ああ! あのステキな母性の塊みたいなお姉様のところね♪」

 

 ミンチの、と言ったのにレナの中でメインになっているのはウィズらしい。途端に瞳をキラキラさせて、一見すると乙女チックだ。

 それ以前にレナの性癖を抜きにしたって、禿げた変なおっさんとフランケンシュタインの怪物となら、一番お近づきになりたいのは誰だって彼女だ。

 

「でも、電撃で死んだ生物って蘇るんですか? 魔法じゃあるまいし」

 

 不信感丸出しなめぐみんだが、彼女の反応も自然なものではある。

 

「分からないけど、こんな世界じゃなんでもありじゃないかしら?」

「死後24時間が限度とも言ってたわ。腐敗が進んだ死体だと駄目だって」

 

 アクアと一緒になってめぐみんの話に乗っかるレナだが、カズマは知っている。さり気なくDr.ミンチにマリアの蘇生が可能か確かめていたことを。

 無理だと知っても「そっか」で済ませたが、彼女の本心は分からない。女心とかいう次元を超えて、カズマにはまだ世紀末を生きる人間の精神の理解が出来ていないのだ。

 

(いっそのこと、成り立ちから違うファンタジー世界とかだったら、余計なこと考えないで生きていけるのかもな……)

 

 などと、益体のないことまで考えてしまう。平行世界の未来と言えども、ここは地球の日本なのだから。ひょっとすると、かつて生きていた地域に立ち寄る可能性だってある。

 

「おや? カズマ、ボーッとしてどうしたんです? 早くバギーに乗ってください、今回はあなたが運転するんですよね?」

「お、おお。悪い」

 

 めぐみんに呼ばれて望郷の念から立ち戻ったカズマは、すぐにバギーの運転席へ。めぐみんも銃座に着いた。

 しかしレナはバギーを通り過ぎて、その隣にあった二台のバイクの内、黒いモトクロスバイクに跨った。スナザメの賞金の半分で買い上げたものだ。

 もう一台は白バイで、とあるモンスターを討伐してくることを条件に借り受けたが、今回は使わない。

 レナはライフルとサブマシンガンにマチェーテで武装も完璧だが、メインで使う予定なのはヘッドライト左右に増設された11ミリバルカン(☆☆☆)だ。本職のソルジャーならば携行火器をぶっ放す方が強いかもしれないが。

 

「レナ、本当にクルマに乗らないで大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないでしょうけど、せっかく使える車両があるんだから戦術の幅は広げないとね!」

「そこって嘘でも大丈夫っていうとこじゃないかな!?」

 

 カズマのツッコミもどこ吹く風で、レナは意気揚々と出陣するのであった。

 

 

 マドの町から一度エルニニョまで北上し、そこから西へ走ると「ベイ・ブリッジ」という橋がある。ハトバへ渡る唯一の道だ。

 しかし今、橋のド真ん中にはグラップラーの戦車隊が陣取っている。

 

「なんでもマドの町やエルニニョでグラップラーに逆らって暴れた馬鹿がいたって話だぜ。だからヤツらの検問が厳しくなっちまった」

 

 と、橋の袂の酒場にタムロしていた流れ者が愚痴を言っていたのを小耳に挟んだ。間違いなくレナや自分達だとカズマは頭が痛い思いだ。

 

「この()渡るべからず?」

「上等じゃない! 真ん中を押し通ってやるわ!」

「グラップラー死すべし! 正面突破よ!!」

 

 一方、女性陣は意味が分からないレベルで殺気立っていた。SNSで全方位にケンカ売ってる怖い人のようで、カズマは何も言えない。

 急かされるようにアクセルを踏み込んだカズマは、破れかぶれでバギーを守備隊に突撃させた。

 

「おわ!? なんだあいつらは!!」

「ハンターですよ!!」

 

 先制攻撃はめぐみんが撃った48ミリ砲(通常弾)と、レナのバルカンが頂いた。

 砲弾が直撃したグラップルタンクの一台が当たりどころが悪くて爆発、機銃の掃射で歩兵が見るも無残に蹴散らされた。

 残った敵タンクが反撃に主砲の照準をバギーに合わせるも、敵のクルマの性能は把握済みだ。カズマだって伊達にメカニックの修練を積んでいない。

 

「あらよっとっ!!」

 

 アクセル全開、インド人を右に!

 かなり余裕を持って回避に成功し、ついでのお返しとばかりにめぐみんから主砲のプレゼント。直撃こそ逸れたものの、屋根ごと大砲を吹き飛ばして戦闘能力を奪った。

 

 1分にも満たない戦闘時間でクルマ2両、歩兵十人弱を失った守備隊の生き残りは、わずか2名となってしまう。その生き残りも完全に戦意を喪失し、我先にと逃げ出す始末だ。

 

「おっと! この橋は通行止めのハズでしょ?」

 

 しかしレナがバイクで素早く敵の退路を塞いでしまう。

 進退窮まったグラップラーの二人は、真っ青な顔で震え上がるも……ふと、橋の下を潜ろうとする鋼鉄のタンカーに気付いた。

 

「お、おおっ!! あの船はテッド・ブロイラー様の!!」

「なんですって!?」

 

 兵士の口から飛び出した怨敵の名前に、レナはバイクを飛び降りて橋の欄干から身を乗り出した。

 そのまま飛び込みそうな勢いのレナを見て、慌ててカズマはバギーを飛び出す。同じことを考えてか、めぐみんとアクアもレナの元へ駆け出していた。

 しかし幸い、レナは背負っていたライフルを構えただけで、飛び降りたのはグラップラー兵士の二人の方だ。

 

「はっはっは! 残念だったな、ハンターども!!」

「地獄にテッド様とは、まさにこのこと! 貴様らもあの方に焼き尽くされてしまえ!!」

 

 などと捨てゼリフを吐いて着水し、泳いでタンカーまで辿り着いた根性は大したものだ。

 そうして甲板に上がった兵士達を出迎えるのは、彼らが頼ったグラップラー最強とも名高いモヒカン頭の大男。レナはもちろん、一度見ただけのカズマやアクア、さらには噂でしか知らないめぐみんでさえ、身震いするほどの威圧感だ。

 

 テッド・ブロイラーは分厚いタラコ唇をニヤリと釣り上げ、両腕の火炎放射ノズルを逃げ延びたと思い込んでいた兵士達に突き付けた。

 

「びしょ濡れじゃないか。乾かしてやろう」

「へ? はっ!! い、いやっ!!」

「テッ! テッド・ブロイラー様ぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 地獄の業火は人間二人ぐらいの質量ならば一瞬で真っ黒焦げにしてしまう。

 

「バカが。腰抜けの弱者にバイアス・グラップラーを名乗る資格など無いわ」

 

 一塊の炭となった兵士の亡骸を蹴り壊したテッド・ブロイラーは、近くで震える別の兵士に清掃を命令し、振り返ってベイ・ブリッジを見上げた。

 ライフルを構えたレナと、スコープ越しに視線を交わす。

 

 レナはテッド・ブロイラーの額にピタリと照準を合わせて銃爪を弾いた。

 音速を優に超える弾丸が到達するまで一秒の半分も要らない距離だ。

 だが弾丸はテッド・ブロイラーに到達するより遥か手前で、迎撃に放たれたアイビームによって蒸発。あまつさえビームはレナが構えたライフルを溶断してのけた。

 

「あぐっ!?」

 

 レナの肩にもビームは掠り、苦悶の声を上げて後ろへ倒れ込んだ。すぐにカズマ達が駆け寄っていく。

 

「他愛無い。……ん?」

 

 テッド・ブロイラーはそれ以上の追撃はせず、そのまま見送るつもりだった。

 しかし倒れたレナを介抱する二人の少女の片方を見て、訝しむように片眉を釣り上げた。

 

「あの女が、なぜこんなところに……?」

 

 甲板でウデを組んで仁王立ちしたまま、テッド・ブロイラーは遠ざかるハンター達をしばらく睨みつけていた。




テッド・ブロイラー「アクセルの街に集まった、冒険者どもか。我ら魔王軍に逆らう者には死、あるのみ! ここでテッド・ブロイラー様に出会ったこと、後悔して死ぬがいい!!」

魔王軍幹部テッド・ブロイラー
特徴:残虐非道、魔王より強い。デストロイヤーが接敵を避ける。
弱点:ビーム属性

カズマ「無理ゲーじゃねえか!!」


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第十六話 そこはかつての……?

めぐみん「一応言っておきますけど、前回の戦闘シーンで爆裂弾を撃たなかったのは橋が崩れたら対岸に渡れないって理解した、理性的な判断で使用を思い留まった結果ですから!」ドヤァ
カズマ「なに当たり前なことでドヤ顔決めてんだ、おい」


 レナの肩の傷は浅いが、火傷と切り傷を同時に負った痛ましいものだった。傷口周辺の皮膚も熱を持ったのか赤く腫れている。

 

「冷やす方が先だな。アクア」

「任せて。んゲェ」

 

 アクアが自分の右耳を軽く捻ると、口から滝のようなヨダレ……ではなく、清潔な水が放出された。とてもそうは見えないが、塩素がない分だけ現代日本の水道よりも清らかだ。めぐみんの顔が引きつるのは仕方がない。

 レナはレナで、たった今テッド・ブロイラーに向けていた殺気が嘘のように失せて、なぜかうっとり清水(ゲロ)まみれになる腕の傷を見つめていた。つくづく闇が深い性癖の少女だ。

 

 傷口が冷えたところで回復ドリンクをぶっ掛けて(飲んでもいいけど掛けた方が効果が高かった)包帯を巻き、処置が終わった頃にはテッド・ブロイラーのタンカーも川の上流に消えていた。

 

「まったく。いきなり飛び出したりするから驚いたぞ」

「ごめん。手当てありがとカズマ、アクアも。ちゅるっ」

「ひぃ!? な、なに舐めてるんですか、この人!?」

 

 肩に残った僅かな水分に躊躇なく舌を伸ばすレナには、三者とも程度は異なれドン引きだった。

 

「よっし!」

「もう平気か?」

「凹んでなんていられないでしょ?」

 

 立ち上がったレナは、破壊されたライフルをその場で廃棄して何事もなかったかのように振る舞った。

 

「テッド・ブロイラーは逃しちゃったけど、予定通りベイ・ブリッジは占拠できたわ! 作戦成功ってことで、いざハトバへ!」

「逃したっていうか見逃してもらった雰囲気でしたけどね」

「ちょっと、めぐみん? せっかく人がカラ元気出してるのに、水吐かないでよ」

「水を吐くのはあっちの犬だけですから」

 

 すっかり平常運転に戻った様子のレナだが、傍目からはどうにも危うい部分が見られる。明るく振る舞っていても、彼女の心のうちはカズマには読めない。

 

「ねえ、カズマ。私、めぐみんにまでナチュラルに犬扱いされたんだけど」

 

 どんより濁った水色女神は置いておいて。

 復讐心を隠そうともしないレナだが、それ以上に大きな傷を隠しているのかもしれないと、カズマには思えてならなかった。

 

 

「わっふ〜ぃ! なにこれ速い! すっごく速〜い!!」

 

 それから数時間もしないうちに、ただの取り越し苦労だったような気がしてきた。

 

「風が気持ちいい! これが海ってヤツなの?」

「違いますよ、レナ。これは巨大な湖なんですよ」

「よく知ってるわね、めぐみん」

「実は何度か乗ったことがあるのです!」

 

 湖を高速で疾走する遊覧船の甲板で風を受けてはしゃぐレナ(と、ついでにめぐみん)を見ていると、悲惨な過去を持つようには思えない。タフなのか、頭の中に復讐心の切り替えスイッチでもあるのだろう。

 

 カズマ達がいるのは、ハトバからデルタ・リオへ向かう高速定期船の船上だ。

 ハトバの町はその名の通り港町だ。定期的に発着する巡回艇は、巨大な湖を囲うように点在する町同士を繋ぐ海路といえる。しかも利用料金はタダ。世紀末なのに良心的すぎる。

 ハトバに到達してすぐ、探していたモリニウというトレーダーがデルタ・リオに行ってしまったことが判明した。ちょうど同じタイミングで定期船が出ることになったので、急いで乗り込む運びとなった。

 

「なあアクア。この湖ってやっぱり琵琶湖なのか?」

「へ? ええ、そのはずよ。大破壊の影響で地形は変わっちゃってるけど」

 

 風に長い髪をたなびかせるアクアの姿はやたら画になっていた。他の乗客達がこぞって見惚れているが、カズマは構わず彼女に尋ねた。

 

「他の地域がどうなってるか、分からないのか?」

「無茶言わないでよ。この世界観じゃ教会も神社もほとんど残ってないし、祈ってくれる人間もいないの。下界の情報なんてロクに入ってこなかったし」

「お前、そんな状況でよく人を転生させやがったな……」

 

 恨みがましく睨みつけると、アクアも気まずそうに視線を逸した。

 カズマは琵琶湖に来たことはないが、少し進めば修学旅行の鉄板とも言える奈良県や京都府だ。国内でも有名な観光地ということもあって、改めてここが荒廃した日本だと突きつけられた気分だ。

 

「なあアクア。大破壊って何があったんだ?」

「だから詳しくは知らないんだってば。人間に造られた人工知能……確か『ノア』って名前のそいつが人類に反逆したの。世界中のコンピューターを乗っ取って、世界規模の戦争を仕掛けたんだって」

「それが大破壊?」

「うん。で、ネットワークとかモロモロが寸断されたお陰で逆にノアの攻撃手段が無くなった。それであのふざけた殺人モンスターや暴走機械が野に放たれて今日にいたる、って具合よ」

 

 他人事のように話すアクアだが、実は本当に他人(他神)から聞いた話らしい。後輩の女神や天使やらからが、混迷する地上からどうにかこうにか情報を持ち帰ったのだそうだ。

 その間アクアは何をしていたかについては……どうせグータラしていたのだろうと、カズマは深くツッコまなかった。聞いたらぶん殴りたくなる気もする。

 

「カズマ、アクア、もうすぐ到着するようですよ! クルマに戻りましょう!」

 

 めぐみんに呼ばれて、カズマ達はカーゴルームへ降りていった。

 

 

「ほうほう。オレを追いかけてわざわざデルタ・リオまで? 嬉しいねえ」

 

 目的の人物はすぐにみつかった。理由は不明だが港がグラップラーの大部隊に閉鎖されているせいで遠出できなかったのが幸いした。

 むしろグラップラーの姿を見た瞬間に射殺しようとするレナを止める方が一苦労だった。入り口でゲラゲラ談笑する二人の兵士に向けてグレネードを撃とうとしたところを、アクアと二人で羽交い締めにしなけれないけなかった。

 

「いいか、レナ! 今最優先する目的はマドの町の復興だ! 戦うのは後でも出来るんだからな!! 順番を間違えるなよ?」

 

 と言い聞かせて、渋々ながら言うことを聞いてくれた。

 

 モリニウとの話に戻るが、彼はデヤークの話を伝えると快く引き受けてくれた。早速マドの町に戻ろうということになったのだが、世の中なかなか上手くいかないものだ。

 

「へっ? 3日後!?」

「ああ。次の定期船が出るのは3日後だって。それまで足止めだ」

「おかしいですね。定期船はほとんど一日中運行してるイメージでしたけど」

 

 利用経験のあるめぐみんは、カズマの話に首を傾げた。

 

「なんか賞金首モンスターが増えて、危険だから一番航海速度の速い船以外は運休なんだってさ」

 

 帰りの定期船の時間を確認してきたカズマは、聞いてきた話をまとめて淡々とめぐみんに伝える。待っているよう伝えたレナとアクアの姿が無いが、聞くのが怖いのでスルーした。そういえば、モリニウもいない。

 

「賞金首って、ひょっとして例のサメですか?」

「サメと、亀と、トビウオだって」

「節操のない構成ですね。……となると、3日もこの港に閉じ込められるってことですか? レナのストレスがマッハで暴走しかねませんね」

「そのセリフ、鏡に向かってもう一度吐いておけ」

「ふみゅ?」

 

 めぐみんもめぐみんで、休憩しながら例の爆裂弾を鋭意制作中だ。3日どころか今日中には完成するだろうが、そうしたら撃ちたくなるのが人間――いやアーチストのサガ。町中のグラップラー(モンスター)にぶっ放そうとするだろう。

 

「……………………シマセンヨ?」

「そのセリフ、俺の目を見て言えるか?」

 

 鏡の前のガマガエル並に冷や汗を垂らすめぐみんにとって、どこぞの走る爆弾級の笑顔で戻ってきたレナは救世主のように輝いてミエタことだろう。




めぐみん「ところでカズマ。グラップラーに襲いかかろうとしたレナを止めるとき、どさくさ紛れでおっぱい掴んでましたよね?」
カズマ「……………………ソンナコトナイヨ?」
めぐみん「そのセリフ、レナの目を見て言えますか?」


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第十七話 危険な二人

小説にするにあたって、通るべきイベントの取捨選択が悩ましい。
なので今回登場するドックシステムは、序盤の町を中心に展開されるこのすば!らしいストーリーにする為の舞台装置となってます。


「よし! これで取り付け完了……だと思う」

 

 レナが買ってきた総重量700キロにも及ぶ装置をバギーに搭載し終えたと、カズマは不安そうに仲間に伝える。

 修理するより楽な仕事だし、配線についてはめぐみんの知恵も借りてあっさり完了した。不安なのは、むしろ装置そのものだ。

 

 Dimension(次元)Over(跳躍)Gates()SYSTEM(装置)――。

 通称『ドッグシステム』という、携行可能な転送装置だ。

 何が恐ろしいって、これが普通に店売りされていることと、原理を知らないのに便利だから使われていることだろう。

 一応、使用には座標登録が可能なiゴーグルやBSコントローラーのような道具が必須だが、これだって決して珍しいものではない。主にモンスターハンターを中心に相当数が現役で使われているのだから。

 

「レナのiゴーグルとの同期も完了した。そこに登録されてる座標にワープできる……ハズだけど」

「じゃあ早速試してみましょうか」

 

 当たり前のように設定を行うモリニウや、以前にも設置型の転送装置を使ったことがあるめぐみん、能天気なアクアもワクワクしている始末だ。怖がってるのはカズマだけだった。

 

「みんな、バギーに乗ったわね! モトクロス(バイク)も近くにあるわね! ほら、カズマもいい加減に覚悟を決めて!」

「わ、分かったよ!」

 

 腹を括って運転席に座り、助手席にめぐみん、アクアとモリニウが後部シート(荷物用)に押し込まれ、バイクに跨ったレナがiゴーグルからドッグシステムを起動する。

 

「よっし。ドッグシステム起動! 目標、マドの町!」

 

 成功するよう神に祈ろうと思ったが、神と言ってもアクアなので止めるカズマだった。

 

 

 結果は無事成功。一瞬の合間にカズマ達はマドの町に帰り着いた。装置にも異常は見られない。せっかく転生した寿命が縮む思いのカズマだったが、取り越し苦労だった。

 

「あんまり心配しすぎると禿げますよ、カズマ」

「そうよカズマ。こんな世界で細かいこと気にしてると死ぬわよ?」

「……もういいや」

 

 モリニウをデヤークに引き合わせて、レナがイリットといつもの(『会いたかった〜』『私の方が会いたかったですよ』)を挟んでハトバへトンボ返りとなった。

 

 

「それで次は何するの?」

「えーっと、ハンターオフィスでトレーダーのリコって人と待ち合わせしてる。北のアズサって町までキャラバンの護衛依頼だって」

 

 オフィスにはチームリーダーであると同時に唯一登録されたハンターであるレナが向かっている。その間、カズマ達三人で物資の調達だ。

 戦闘用の装備はともかく、日用品や食料に関しては潤沢に揃えることができそうだ。ここまでの道中で倒したモンスターのドロップ品(というか死体の一部。ぬめぬめ細胞など)や、なんだったらアクアに吐き出させた水を売っぱらうだけでも一財産が築けそうなぐらいだ。

 本当ならその財産を元手に商売を始め、危険な冒険から遠ざかりたいのがカズマの本音だが、果たして安全な場所が世紀末に存在するのだろうか。

 

「あ! カズマ、カズマ! あそこにスロットマシンがあるわよ!」

「お前、この間『ゲコゲコ大作戦』で小遣いにやった50Gを全額スッてたよな」

「あ、あれは『戦車でバンバン』だからダイジョーブよ! お願いカズマさん、倍にして返すから!」

()()になるならレナにイリットともども可愛がってもらったらどうです? そんなことよりカズマ、これで買い物は全部ですか?」

 

 メモと荷物を積んだモトクロスの荷台を確認して、カズマは頷いた。

 

「ああ、買い逃しはないな。レナが来るまで酒場で時間潰すか?」

「カズマさ〜ん!! だったら! だったら一発打たせて! 一回だけでいいから〜!」

「あんまりしつこいと令呪するぞ、アクア?」

 

 その気になればどんな命令でも下せる服従の首輪をチラつかせ、ようやくアクアはギャンブルマシンを諦めた。グルグル渦巻いたような瞳は、完全にギャンブル中毒者のそれだ。一体どこで覚えてきたのやら。

 やれやれ、とカズマが肩を竦めたところに、騒ぎすぎた女神のせいで新たなトラブルが転がり込んで来る。

 

「聞き覚えのある声だと思えば……やっっっっっっぱり女神アクアだったザンス!!」

 

 甲高くてイヤミったらしい男の声に振り向けば、珍妙な格好の二人組みがこちらに向かってズンズカ近付いてくる。

 ゾンブレロを被ってパンチョを羽織った、実にメキシカンな格好の男達だ。片方は長身で細身、片方は短足のデブ、揃いも揃って顔が金属質に変形している。サイボーグの類だろうか。

 そんな彼らは、まっすぐにアクアに向かって気炎を荒げていた。

 

「よくもこんな地獄に叩き落としてくれたザンスね、水色悪魔! 下界に降りて来てるとは思わなかったザンスよ!!」

「あ、あにきぃ」

 

 痩せてる方の男が詰め寄ってくる。70年代のギャグマンガに出てきそうな雑なサイボーグ顔は、生で目にするとかなり怖い。

 

「……おいアクア、この人達は知り合いか?」

「さ、サイボーグに知り合いはいないはずだけど……」

「なにをボサッとしてるザンス? まさかミーの顔を忘れたとか言ったりしないザンス?」

 

 恐ろしいサイボーグ顔に詰め寄られて、アクアが顔を引きつらせてカズマの後ろに隠れてしまう。そこにはもうめぐみんが逃げ込んでいたので、カズマは怖い人の矢面に立たされてしまった。

 

「お前らぁ!! 俺は非戦闘員だぞ!?」

「……あにきー、こいつも転生者じゃないかなー?」

 

 ふと、カズマの顔をじーっと眺めていた太くて短足な方が、ネチネチした甲高い声を発して指を差してきた。

 

「は、はいっ!?」

「あん? ……ほー、確かにその平和ボケした世紀末に似つかわしくない雰囲気には覚えがあるザンス。ひょっとして水色女神がここにいるのもあんたのせいザンス?」

「て、転生者……た、確かに転生特典としてこいつを連れてきたのは俺だけど。あ、あんた達も転生者なのか? 大破壊前の日本から」

「そのとーりザンス! ミーはステピチ、こいつはオトピチ。もう何年も世紀末をさまよってるせいで安物の義体になってしまってるザンスが、元は東京の大学生だったザンス。ああ、懐かしい……」

 

 自分語りを始めたステピチの話を聞き流し、カズマは背後のアクアへ振り向いた。

 事情を知らないめぐみんがキョトンとしているのとは対象的に、露骨に顔を背けたアクアはバツが悪そうに顔を背ける。

 

「ま、マジに転生者なのか、こいつら?」

「……た、多分。本人がそう言ってるならそーなんじゃない……?」

「おいコラ」

「だ、だって普通に三桁以上の転生者を送り込んでるのよ!? いちいち覚えてるわけないじゃない!!」

「そんな大人数をこの地獄に叩き落としたのか!? やっぱお前悪魔か邪神だろ!」

「何の話です?」

 

 完全に部外者なめぐみんが頭にハテナマークを浮かべているのを余所に、いつの間にかステピチの自分語りも終わっていた。

 

「そしてミー達は悪党として生きることに決めたザンス。ヨヨヨッ」

「あにきー」

「って! アンタ達全ッ然人の話を聞いてないザンしょ!」

「いや、うん、大変だったんだな……」

「大変なんてレベルじゃなかったザンス! ここで会ったが百年目! ミー達が味わった苦労の万分の一でも味わうがいいザンス!!」

「お、おい落ち着け!」

 

 宥めようとするカズマの話も聞かず、ステピチは腰に下げた銃を引き抜いてアクアを狙った。当然、アクアが盾にしているカズマが真っ先に狙われる形となる。

 が、銃爪が弾かれることはなかった。

 

「なにやってるのよっ……と」

 

 軽い口調から振り下ろされたチェーンソーの刃が、背後からステピチの脳天に食い込んだ。

 

「あんギャァァァァァァ!!」

「あ、あにきー!」

 

 ガリガリと金属製の頭部が火花を散らして削られていき、鼻の下まで到達したところで刃が翻されて一気に上顎から上を刎ね飛ばした。

 

「あにきっ! あーにーきーっ!!」

 

 ぶっ倒れて痙攣するステピチに、オトピチが縋り付く。それを後目に、片手で使える小型チェーンソーを構えたレナが地面に落ちたステピチの頭部を踏み砕いた。

 

「ひぇ……」

「なんで悠長に話してるのよ、あなた達。賞金首よ、こいつら」

「し、賞金首ですって!?」

 

 驚いた声を上げたのはアクアで、続いて自分のiゴーグルからデータを引っ張ってきためぐみんが眉をひそめた。

 

「本当だ。賞金500Gってぶっちぎりで安い小悪党ですけど、正式な手配書も出ています」

『そ、そーザンス! ミー達は泣く子も黙るピチピチブラザーズ……あ、やっぱり胴体制御が上手くいかないザンス!』

「あにき、生きてたかー」

 

 ステピチの体から雑音混じりの合成音声が発せられた。やはりサイボーグだったのか、頭部を失っても生存可能だったようだ。

 レナは即座にトドメを刺しに行く。しかし寸前でステピチが構えていた銃から火炎が放たれた。レナとピチピチブラザーズとの間に炎の壁が築かれる。

 

「う……っ!?」

『怯んだザンス! 逃げるザンスよ、オトピチ!!』

「あにきー」

 

 動けないらしいステピチを担いだオトピチは、振り向きもせず町の外まで走っていった。

 炎はすぐに勢いを失ったものの、真っ青な顔に冷や汗を浮かべたレナには追うことが出来なかった。

 

「……て、転生者が賞金首って……悪堕ちなんてされたんじゃ、女神としての沽券が……」

 

 アクアもアクアでピチピチブラザーズの存在に大きなショックを受けており、何か言いたそうなめぐみんも空気を読んだのか、二人が落ち着くまでカズマには何も訊かなかった。




めぐみん「ところでレナ、そのチェーンソーに刻まれてる製造者の名前ですけど」
レナ「これ? 『ひょいざぶろー』ってブランドよ。たまに見るけど面白い武器が多くてね。マリアもよく使ってたわ」
めぐみん「そ、そうですか……」


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第十八話 故郷の合言葉

オトピチ「ちなみにミーがもらった転生特典は『無限に金が出てくるガマグチ』だったザンス。でも『エリス』とかいう聞いたこともない硬貨しか出てこなかったザンスー!」
ステピチ「おれはあにきと出会えただけでしあわせだー」
※なお、ちょっとでも知恵が回ればエリスからレアメタルが精製できた模様。


 荒野を突っ切る一台のトラック。それを追いかけるのは、一頭のサイだ。

 サイ、犀、奇蹄目サイ科のライノセラスである。ただしサイズは都バス級、背中には砲門が生え、トラックにも余裕で追いつく速度で疾走しながらトラックに照準を合わせている。

 

「待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇーい!!」

 

 そのサイをさらに追跡するのは、装甲車並みに魔改造されたバギーと、ライダーがバズーカ砲を構えたモトクロスだ。殺気立った叫び声は、荒野には道交法なんて存在しない! とばかりにノーヘルな金髪美少女ライダー、レナのものだ。

 構えたバズーカを発射し、砲弾は過たずに巨大サイを直撃するが、目標に怯んだ様子はない。若干焦げ目が付いただろうか。

 

「あんのクソッタレ! どんな皮膚してるのよ!!」

『レナ、近付きすぎだ!! 間合いを取れ!』

 

 iゴーグルにバギーを運転するカズマから注意が飛ぶ。

 

『倒す必要はないんだ! キャラバンのトラックから引き離せばいい!』

「分かってはいるけど、ハンターの本能がどうしてもね!」

『血の気多すぎる――おいめぐみん! 今は特殊砲弾を使うな!! またトラックごと吹き飛ばす気か! やめろ馬鹿、やめろ!! 止めろアクアぁー!!』

 

 発射されなかったので、なんとかアクアがめぐみんを止めたのだろう。レナは攻撃を続行した。

 

 

 

 なぜレナ一行が凶悪なサイの賞金首、サイゴンとチェイスバトルをしているか。

 話は簡単で、トレーダーのリコからアズサまでの道中の護衛を引き受けたところ、途中でいきなりサイゴンが襲ってきたので迎撃中だ。

 

 ピチピチブラザーズとの遭遇は、実は結構後を引いている。転生云々については説明が面倒になったカズマが全部正直に話してしまった。するとめぐみんからは、

 

「わざわざこんな時代に生まれ変わらなくっても」

 

 と本気で同情されてしまった。

 ごもっともだが、カズマだって好きで転生したわけではないのだ(プロローグ参照)。

 

 むしろダメージが大きかったのはアクアとレナだろう。

 表面上は普段と変わらないレナだが、ステピチの火炎放射で明らかに動揺していたのは丸わかりだった。一度丸焼きにされて死にかけたのだから無理もない。

 しかしそれについてカズマらが何かを言う前に、レナは「バーナーガン」という火炎放射器を自ら装備していた。トラウマなんぞ力づくでねじ伏せる! という無言の決意が伝わってきくる。

 

 一方で後ろ向きにおかしくなってるのが飼い犬(アクア)だった。

 

「て、転生者が悪党に堕ちるなんて……地獄に堕ちるような悪人は送っていなかったハズなのに!? これでもし与えた神器まで悪用されてたら、天界に戻るどころか私が転生させられちゃう!!」

 

 頭を抱えてブツブツ繰り返すアクアは不気味だが、言ってる内容が自己保身なのと、そもそも自業自得なので同情できない。

 問い詰めてみたところ、顛末が把握できていない既転生者が大多数で、彼らが持ち込んだ神器(チートアイテム)もほぼ放置されているようだ。

 特にピチピチブラザーズのようなサイボーグ化の割合が一定以上大きくなると、天界のシステムでは「死亡」と見做される……という杜撰な管理体制も明らかになる。

 

 深く考えるほど怖くなってきたので、カズマはそれ以上の追求を止めた。

 

(だって……世界がこんなになった原因の何割か、もしくは全ての元凶がアクア(こいつ)かもしれないとか……女神じゃなくて邪神か破壊神じゃねーか……)

 

 カズマ自身は特に悪いわけではないのだが。こんな世界だ、忘れたほうが都合の良いことは積極的に忘れることとした。

 

 

 

「はわ〜。なんとか助かりましたわ〜。ほんまおーきにな」

 

 場面は戻って。

 サイゴンから逃げ切って……むしろサイゴンの方が勝手にどこかへ走り去ったお陰で、キャラバンは無事にアズサに辿り着いた。

 トドメを刺すには火力が足りなさすぎた。サイゴンがここいらを今日も元気に走り回っていることから、早急な主砲の威力の底上げも行動指針に加えられた。

 

 さて。アズサは町と呼ぶには奇妙な構造をしており、廃棄された電車の高架下にできた集落だった。

 加えてさらに奇妙だったのは、集落に若者の姿がまったく見られないことだ。リコ達からもらった報酬で少し戦車装備を強化しようと思っても、扱い品はハトバと大差ないものだ。

 

「これもグラップラーの人間狩りのせいでしょうか」

 

 寂れた集落を見回しためぐみんが呟く。実際に町の老人がグラップラーの被害を嘆く声が聞こえた。

 

「ふっふっふっふ」

 

 レナもグラップラー関連の話となれば穏やかではいられまい。そう思ったが、なぜか含み笑いしながら線路を見上げている。

 

「所詮はグラップラー。この町の真の姿に気づいていないとはね」

「というと?」

「アズサは人間狩りの目を欺くために、下層には襲われないお年寄りばかりが暮らしているのよ。この町の真の中心はあっちにあるってワケ」

 

 訳知り顔でドヤったレナは、以前にマリアに連れられて来たことがあるらしい。先に言え、とツッコむも、到着するまで忘れていたらしい。

 

「忘れていたなら仕方ありませんね」

「ええ。人間うっかりってよくあることだもの」

「お前ら……」

 

 日頃からうっかりが多い一人と一匹(犬換算)が大いに同意するので、余計にツッコまねばならなくなるカズマであった。

 

「それでね。町に入るには合言葉が必要なの。まあアタシが知ってるから問題ないんだけど。門番との会話はアタシに任せてね♪」

 

 さっきのうっかりっぷりからして不安しかないが、本人が大丈夫と豪語するのだから大丈夫なのだろう。そんなことより、カズマには高架上に繋がるハシゴを率先して登っていくレナの、タイトなスカートの中を堪能する方が重要だ。

 

 数分後。

 

「一昨日来なッ!!」

「ギャァァァ〜ッス!!」

 

 案の定、うろ覚えだった合言葉を間違えたレナは、アズサのガードによって高架下まで叩き落されたのだった。忘れてたのなら仕方がない。

 

 その後、高架下まで真っ逆さまに落ちた割にはほとんどノーダメージだったレナは、落ちたショックが原因なのか正しい合言葉を思い出していた。

 実は合言葉といっても特定のキーワードではなく、門番が提示した特定の言葉に頷くというユニークな方式を取っていた。

 

「北かい?」

「違うわ」 ←余計なことを言おうとしたアクアをカズマが取り押さえる

「西かい?」

「違うわ」

「なら東かい?」

「違うわ」

「じゃあ北じゃん」

「そ……違うわ」 ←さっき引っかかったのこれ

「それなら北だね」

「そうよ」

 

 単純な言葉遊びだが、めぐみんとカズマは意外に面白いと感心し、知能がグラップラーと大差ないアクアにはチンプンカンプンだった。

 

 

 

「ほう。お主、マリアが連れとった娘っ子か! 大きゅうなったの〜」

 

 レナがアズサに来たことがあるのは本当だったようで、彼女を覚えている老人が高架の上の新幹線に住んでいた。

 

「風の噂にマリアもグラップラー四天王に殺されたと聞く。お主だけでもよく無事だった」

「運が良かったんです。それより長老、ここがグラップラーと戦うレジスタンスの前線基地だとうかがいました。その戦い、アタシ達にも参加させてください」

 

 という真面目な話をレナとカズマが進める間、問題児二人は居住区に改造された新幹線を見物していた。

 

「知ってるめぐみん。昔はこの電車で日本中を言ったり来たり出来たのよ?」

「ええ。本でしか知りませんけど、最高時速は300キロ以上も出たとか。ここが運転席はしょうか?」

 

 先頭車両には、電源が切られて久しい操縦設備が放置されていた。Cユニットが搭載されたクルマよりも複雑な機械は、めぐみんはともかくアクアには完全に未知の存在だ。

 

「動かせる?」

「動かしたって線路が無いでしょう。敷かれたレールから外れることが出来ないとは、我々紅魔族とは真逆ですね」

「紅魔族、とな? お嬢ちゃん、あの色ものアーチスト集団を知ってるのかね?」

 

 運転席で茶を飲んでいた老人が、二人の話に割って入った。

 紅魔族を知ってるか。そう聞かれためぐみんの返答は決まっている。

 

「ふっふっふっふ! 紅魔族を知っているか、ですって? 笑止ッ!! 我こそは紅魔館に連なる爆裂ゲージツの申し子、めぐみん! 貴様のいう紅魔族そのものですッ!!」

「ほーぅ。今どき魔女っ子スタイルに眼帯なんぞしてるから妙なお嬢ちゃんだと思えば」

 

 老人はめぐみんの名乗りをスルーして、運転席横のトランクルームに入っていた。

 ガサゴソと中から音がするので、しばらく部屋の入り口から中を覗き込みつつ待つ。やがて老人は、キックスクーターのような機械を引っ張り出してきた。

 

「以前にトレーダーから譲り受けたものなのだが……紅魔族の作品ということ以外、正体が分からず放置しておっての。ちょうどいい。お嬢ちゃん、これが何か分からんか?」

「! ちょっと見せてください!」

 

 キックスクーターを受け取っためぐみんは、車体をひっくり返して掠れた文字を注意深く読み取った。

 

「ま、間違いない……これは父のポチバイク!」

「めぐみんのお父さん!? ま、間違いないの?」

「はい! 見てください、っていっても読みにくいんですけど」

 

 底板の裏側に刻まれた文字を、アクアは目を凝らして見つめる。

 

「『HYOIZABURO』……『ひょいざぶろー』って読むの、これ?」

「ええ。紛れもなく父の名前です」

「それは人名なの? それともブランド名なの?」

 

 自分の本名をブランド名としたのか知らないが、紅魔族の名前の法則には、アクアも頭痛を覚えざるを得ないのであった。




めぐみん「あ、勘違いしないでください。私の家族はみんな生きてますよ。むしろ父の作品は世紀末でこそ光るんです! むふーっ」
※なお、光るというのは比喩ではなくて、物理的に輝く場合が多い模様。


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第十九話 メタルゴッデス

 実は獲得した賞金が次々と借金返済に消えていくパターンも考えていたけど、世紀末に戦車持ってるハンターじゃ踏み倒し上等じゃね? ということでこの先も借金ネタは使わない予定です。


 アズサのハンターオフィスにて長老を交えた話し合いを終えたカズマとレナが戻ってくると、異様な光景に出くわした。

 

「あははははは! たのしー、これ! あははははは♪」

 

 心の底からけたたましく笑うアクアが、キックスクーターを乗り回していたのだ。

 ただのキックスクーターではもちろんない。現在バギーに搭載しているガトリングガンよりも大口径の機銃と火炎放射器を装備した、紛うことなき戦車(クルマ)であった。

 

 それを愛しげに眺めているめぐみんに事情を聞くと、アクアが乗っているのはアズサの物置から譲り受けた『ポチバイク』という犬用の特殊戦闘車両だそうだ。

 なぜ犬用の戦闘車両なんてものが存在するのか? どこの需要なのか? そんな疑問も吹き飛ばすほど、アクアは嬉しそうに走り回っている。リードを手放した犬のようだ。

 むしろポチバイクを装備できるということは、やはりアクアは女神ではなく最初から『犬』だったのではないだろうか。

 

 話を戻して。ポチバイクは長老の一人が「グラップラーと戦うなら必ず役に立つだろう」と快く譲ってくれたものだった。

 加えて、製作者はめぐみんの父親であるらしい。その時点で一気に不安が膨れ上がるカズマだったが、全力でネタに走っていることを除けばポチバイクの性能は下手なクルマより優れていた。メカニックとしての知識と直感が細かいことを考えるなと囁くぐらい、今のレナチームに有用な戦力だ。

 

「……じゃあアクア。これからはお前も車外で戦うってことでいいんだな?」

「任せなさい! この女神アクア様の溢れ出るゴッデスパゥワーで、グラップラーだろうと賞金首だろうと蹴散らしてやるわ!」

「その意気ですよ、アクア! 父の作品の凄まじさを世界に見せつけるのです!!」

 

 盛り上がりを見せるアホ二人だが、張り切ってるなら任せてしまってもいいだろう。リーダー(レナ)も「いいんじゃない? 可愛いし」とGOサインを出した。

 

 

 

 30分後――。

 アズサからさらに北上する道中にて。

 

「ぎょえぇぇぇぇぇぇーっ!!」

 

 大方の予想通り、アクアはサイゴンに後方から追い上げられ、女神がしてはいけない表情で必死に逃げていた。

 

「掘られる! 女神の大事なところがホラれちゃうぅぅぅぅ〜っ!!」

「意外と余裕ありそうですね」

 

 バギーと並走するモトクロスが先行し、大分遅れてアクアのポチバイク、それを猛追するサイゴンという構図だ。アクアも決して遅くはないが、サイゴンを振り切るにはあまりにも速さが足りない。

 しかし、それでいい。あまり「エサ」が素早すぎると獲物が追いつかないからだ。

 カズマはアクアを置き去りにするつもりで、アクセルを一気に踏み込んだ。

 

「めぐみん!」

「ええ! 爆裂弾、装填完了!! 目標、サイゴン! 主砲誤差修正!! 対閃光、対ショック防御!!」

 

 バギーに合わせてレナも加速し、アクアとサイゴンの姿が一気に小さくなる。

 やがて目視での確認が難しくなり、サイゴンの角がとうとうアクアを捉えた、その瞬間。

 アクアの持つ自動帰還能力が作動し、乗っていたポチバイクごとバギー内部へ転送された。

 と同時に、待ち構えていためぐみんが爆裂弾を放つ。

 

「ガンホー!!」

 

 その掛け声だと微妙に違くないか? そう細やかなツッコミを入れつつ、カズマはバックミラー越しに驚異的な破壊力を持つ砲弾がサイゴンを真正面から捉えたのを確認した。

 

 ところがだ。蹄を立てて急ブレーキを掛けたサイゴンが、地面を削りながらその場で停止。飛翔する砲弾に背中の砲台を放った。

 

 サイゴンの放った砲弾はニ発。ほとんど同じ軌道を描いて爆裂弾と衝突した砲弾は、空中にて大爆発を誘発する。

 地上に極小の太陽が出現したかのような強烈な光、バギーの車体が一瞬浮かぶほどの衝撃波が一帯に広がる。

 

「げ、迎撃ですってぇ!? あ、味な真似を!」

 

 目標の遥か手前で撃墜された自分の作品に、めぐみんが銃座をギリギリと握りしめた。

 すでにお互いに射程外となり、サイゴンもこちらの追跡を止めて走り去っていく。一撃必殺に賭けたものの、そう甘い相手ではないことを痛感させられる。獣とは思えないあの迎撃能力を掻い潜り、確実に仕留めるには、ドッグファイトしかないだろう。

 

「ドッグファイト!? ま、また私がやるの!?」

 

 (ドッグ)気質が染み付きつつあるアクアが、カズマのセリフに戦々恐々と顔を青くした。

 

 

 

 サイゴンを振り切って到達したのは、サースティというキャバレーだ。酒場とボカして宣伝しているが、カズマの目は誤魔化せない。

 店内では双子の美人ダンサー、ウェンディとリサによるショーが定期的に開かれている。荒野のド真ん中にポツンと存在するサースティに多くの人が詰めかけるのも、彼女達にアクアと比肩する美貌とスタイルがあるからに他ならない。

 二人のダンスをかぶり付きの席で鑑賞するカズマとレナは、背中に刺さるアクアとめぐみんからの冷たい視線も気にせず熱中する。

 店の中にはピチピチブラザーズがいた気もしたが、絡んで来なかったので気の所為だったのだろう。

 

 そんなサースティには、裏の顔があることを知ってる人は知っている。

 

「みんな! 新しい危ない客のレナさん御一行だ!」

 

 ショーの後、部屋に詰めかけるファンのフリをしてウェンディに例の合言葉を伝えたレナ達は、酒場の二階――グラップラーに反抗するレジスタンスのアジトへと辿り着いたのだ。

 

「ようこそ! あたしは衛生兵のクリス、あなた達を歓迎するわ!」

 

 銀髪で小柄、右頬に刀傷のある美少女から迎え入れられて、早速レナが飛びついた。

 

「キミ、可愛いね! 彼氏いる?」

「ひぇ……えっと、今はフリーだけど……」

「ちょうどよかった、アタシの隣も今は空いてるんだ。バギーで荒野をドライブぐぇっ!?」

「止めねーか、レズビッチ!! この人ドン引きしてるじゃねえか!!」

 

 首に引っ掛けたiゴーグルをカズマに思いっきり引っ張られ、レナからカエルが潰れたみたいな声が出た。そのままアクアに取り押さえさせ、カズマはクリスに頭を下げる。

 

「ほんとすいませんねぇ、うちのリーダーってば節操なしで!」

「う、ううん! 元気でいいんじゃないかな? でも付き合うなら男の人の方がいいな〜、なんて」

「ほら見ろ、レナ。この人ノーマルだってよ。諦めろっつうかイリットはどうした!?」

「な、長旅でイリットに会えない寂しさをアヴァンチュールで紛らわせたい乙女心……」

「うっわ、サイテーねあなた。カズマとは別ベクトルでクズだわ」

「おいこら駄犬! 俺とレナ(コイツ)を同レベルにするんじゃねーよ!!」

 

 わいわいと、途端に騒がしくなるレナ達に、クリスは苦笑いをますます深め、それ以外のレジスタンスメンバーからは生暖かい視線が注がれたのだった。

 その間、マイペースな紅魔族はというと、

 

「すみません、この対空砲をちょっと見せてもらっても?」

「おう! お嬢ちゃん、アーチストかい?」

「ええ。……ほう、ただ砲塔を上向きにしただけではないのですね。砲弾にも空気抵抗を抑制する仕掛けが……もしや、これを応用すれば迎撃回避能力が作れるかも!!」

「!?!?!? こ、これの良さが分かるのかい!?」

 

 などと、メカニックな人との技術談義で盛り上がっていた。

 

 こうしてサースティの「危ない客」と認められたレナ一行は、彼らが自作した武器、兵器、弾薬の取り引きを認められた。現状だとちょっとばかり資金が足りないが、生身もクルマも大幅に装備をアップグレード出来そうだ。

 

「やっぱりサイゴンを狙うべきかしら」

 

 手っ取り早く資金を得るなら賞金首を狩るのが一番だ。この近辺で二番目の高額賞金首があのシロサイだが、問題はヤツを倒すのに足りない火力を補う資金がない……あれ?

 

「ち、ちょっとカズマ! これってマズイ状況なんじゃ……」

 

 自分達の寒い懐事情にレナが戦慄していた、ちょうどそこに。レジスタンスのハンター(職業的な意味で)らしき男が、下の酒場から駆け上がって来た。

 

「た、大変だクリス!! ダクネスが一人でグラップルタワーに乗り込んじまった!!」

「なんですって!?」

 

 突然の報告に、クリス以外のレジスタンスにも緊張が走った。ハンターの男が息切れしながら続ける。

 

「さっき手に入った情報なんだが、グラップルタワーに四天王の一人がいるって話を聞いたらダクネスのヤツ――」

 

 

『極悪非道なグラップラーめ! 兄上を手に掛けただけに留まらず、多くの人を苦しめ続けて……し、四天王などと呼ばれる輩は、一体どんな責め苦を味わわせてくれるというのだ!! ハァ、ハァ! もうがまんできにゃい〜! い、逝ってくりゅ!!』

 

 

「って、色っぽい顔して走ってっちまった」

「あの子、いっぺん死んだ方がいいかもね……」

 

 クリスの顔から表情が消え失せた。部外者のカズマでも同情を覚える。

 一方、グラップラー四天王と聞いて黙ってられないのが、グラップラー絶対殺すガールことレナである。

 

「四天王ってまさか、テッド・ブロイラー?」

「いや、スカンクスってヤツらしい。でもダクネスの兄貴を殺したのはテッド・ブロイラーだ。『隼のフェイ』って名前の通ったハンターだったんだが、どこかの町で用心棒を請け負ったときにな……」

「フェイ……!! クリス!!」

 

 弾かれたように走ったレナは、死んだ表情で出発準備を整えていたクリスに駆け寄った。

 

「グラップルタワーまで行くなら、うちのバギーに乗せてくわ! そのダクネスってのを連れ戻すのよ!」

「本当に? それは願ったりだけど、いいの?」

「フェイの妹を死なせるわけにはいかないもの! カズマ、めぐみん、アクア、行くわよ!!」

 

 カズマは後で知った話だが、隼のフェイとはともにマドの町を守って戦った一人だったそうだ。

 会ったこともないダクネスという女性にシンパシーを覚えたのか、いつになく真剣な雰囲気のレナがとても印象的だった。




世紀末クリスについて
職業:ナース
サブジョブ:ソルジャー
レジスタンスでの役割:衛生兵
正体:幸運の女神エリス(ただしアクアと同じく神も仏もない世紀末では人間と変わらない)
アクアについてのコメント:「うわぁ……追放処分にされたって噂、本当だったんだ。勤務態度とか、転生者の監督不行届とか問題になってたもんね。しかも犬……あれ、なんでだろう。涙が出てきた……」


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第二十話 ダクネス、死す

 本当はもっと早く今回のイベントやりたかったんですけど、ちょっと余分なシナリオが多かったですね。以降はなるべく本編以外はダイジェストでまとめていきます。
 ちなみにダクネスのキャラがヤバい方向にぶっ壊れましたが、大幅にパワーアップしたのでヨシとしてください。


 近辺のグラップラーの司令塔であるグラップルタワーは、かつて無いほど騒然としていた。

 

「変態だー! あ、あの女ヤベェぇぇぇ!」

「ふははははっ! その程度かグラップラー!! 地獄の軍団と聞いていたがこの程度の責め苦しか与えられんのか!!」

 

 全身に銃撃を受けながら、その女は飢えた野獣が極上の肉に喰らいつくがごとく両眼を爛々と輝かせていた。

 長身に加えてメリハリのついたグラマーなスタイル……と呼ぶには筋肉が凄まじく、それでいて顔立ちにはあどけなさを残す美女である。金髪のポニーテールを、自分と()()()()()()()()()()()()血で汚した姿は、おぞましくも絢爛だ。

 

「ひぃぃ! く、来るなー!!」

 

 通常のグラップラーよりも武装が上位のグラップルアーミーが、鼻息を荒くして迫る女に向かってマシンガンを掃射する。

 弾丸は確かに女に吸い込まれていた。しかし頑丈な肌には掠り傷しか付いていない。片手に余る巨乳にいたっては、瑞々しさと弾力で跳ね返してしまった。

 アーミーの弾丸が尽きるのと、女の意外と大きいしゴツい右手が彼の頭部をヘルメットごと掴むのは、ほとんど同時だった。

 

「や、止めて! 死にたく――」

「全然足りーん!!」

「ポエムッ!!」

 

 アーミーの頭部は、無残にもヘルメットもろとも圧潰させられた。周囲に転がる、同じように怪力で潰された人間の残骸の一つとなる。

 

「はぁーっ! はぁぁぁーっ!! ふ、ふははは! 四天王はこの上かぁ!!」

 

 満身創痍となりながら、女は上階への階段をのっしのっしと踏みしめた。血の足跡をくっきり残し、視線は虚ろで浅い呼吸を繰り返す。

 最上階に辿り着いた女を待ち受けていたのは、ちょっとドン引きしている異形の怪人――否、怪猿であった。

 迷彩服にベレー帽を被った四本腕のサル、グラップラー四天王のスカンクスだ。

 

「キキ……ナンダ、コイツ?」

 

 女はすでに血みどろで死にかけ、放っておいてもぶっ倒れそうにも関わらず、怪猿を目にした瞬間に凄味に溢れる満面の笑みとなった。

 

「お前が四天王か!! ははははっ! まさかこんなサル……ゲホッ! サルだったとはな! 貴様に私を満足させることができるか!?」

「キキキ……死にたがりのバカか、オマエ?」

「さあ! 私に痛みを……至上の快楽を与えてみせろォ!!」

 

 どこにそんな体力が残っていたのか、女は大型肉食獣を想起させる敏捷性でスカンクスへ飛び掛かったのだ。

 しかし、作戦も何もない突進を待ち受けるほどグラップラー四天王は甘くない。

 

「キモチワルイ! オマエ、近づくな!!」

 

 スカンクスの反応は素早く、下側の腕から手榴弾を投擲。女の足元と頭上で同時に爆発する。敵の接近を止めたところで、次に上側二本の腕で二丁のアサルトライフルを連射した。

 雑魚とはランクの違う銃弾が女の全身を穿ち、踊り狂わせた。反動に全身を痙攣させながら、辛うじて倒れないだけで後方へ押し込まれていく。

 にも関わらず、女はますます笑みを深めていた。

 

「がっ、がぐッ!? ゲハ……ッ!! い、いいぞ、ごれだ!! ごの痛みが私をッ!!」

「ヒィッ!! オマエ、消えろ!!」

 

 なんかもう視るのもイヤだとばかりに、スカンクスはトドメのバズーカ砲を持ち出してぶっ放した。

 成形炸薬弾は過たず女を直撃して大爆発。熱風と衝撃波が屈強な体を軽々と吹き飛ばす。そのまま展望ガラスを突き破り、女の体は空中に投げ出された。

 事ここに至ってなお、女の顔が恍惚としていたので、スカンクスはとてもイヤなものを見てしまった気になって今日のことはさっさと忘れることにした。

 

 

 

 ちょうど同じ頃。

 荒野をアクセル全開でかっ飛ばすバギーからも、グラップルタワー最上階に生じた爆発を目視できた。

 今やすっかり運転に慣れたカズマがドライバー、なんだかんだ射撃が得意なめぐみんが銃座に着き、アクアとレナは後部座席にクリスと押し込められていた。

 

「まさか!」

 

 後部座席から身を乗り出したクリスが、顔を青くして狼狽えている。

 

「カズマ!」

 

 屋根の銃座からめぐみんが叫んだ。眼帯型iゴーグルが、爆発の中から落下していく人間らしき物体を捉えたそうだ。

 

「めぐみんちゃん! その人どんなか分かる!?」

「えーっと、身長170センチ! 髪は金色! レッスルインナーを着た憎らしいぐらいのボインボインです、コンチクショー!!」

「っ! ダクネスだわ!! レスラーなのよ、彼女!!」

 

 めぐみんから怨嗟の混じった報告を聞くも、ツッコむ余裕はクリスにない。ボインと聞いてレナが耳ざとく反応していたが。

 

「あ! カズマ、グラップルタワーもこっちに気付きました!! 機銃がこっちに向いています! そろそろ例の作戦ですか!?」

 

 続く報告で、カズマはバックミラー越しにアクアにアイコンタクトを飛ばす。

 

「アクア、プランBだ! 準備しろ!!」

「ひゃいっ!! や、ややややっぱりやるんですねカジュマしゃん!?」

 

 冷や汗ダラダラなアクアは極限の緊張状態にあるようで、レナにスカートを捲られているのに無反応だ。

 

「よし! めぐみん、タイミングは任せる!!」

「はいっ!! ……こういう使い方はシャクですけど!!」

 

 主砲の照準をグラップルタワーの真ん中辺りに合わせる。こちらに向けられた迎撃用の機銃が一斉に動作を初める、まさにそのタイミングで、めぐみんは爆裂弾を放った。

 直前までバギーを狙っていた機銃の何門かが、即座に反応して爆裂弾を迎撃する。どうやら自動迎撃するシステムだったようだが、反応の良さがカズマ達にはありがたい。

 空中で爆発させられた爆裂弾からは閃光、衝撃、爆音の破壊力だけでなく、副次的にある種のジャミング作用を周囲にもたらした。iゴーグルの電子望遠機能が乱れるとともに、グラップルタワーの自動迎撃システムまでが同時に誤作動を起こす。

 中には自爆する機銃まであったが、いちいち確認する暇は無かった。スーパーチャージャーを起動させ、カズマは一気にアクセルを踏み込んだ。

 周囲の景色が一瞬にして霞み、屋根の上からめぐみんの悲鳴が聞こえた。

 

(不謹慎だけど……ああ、クソッタレ! 楽しいな、おい!!)

 

 カズマは世紀末に汚染されつつある脳からアドレナリンやらドーパミンを大量に分泌させつつ、グラップルタワーの根本――地面に頭から突き刺さってスケキヨしているダクネスの元へ急いだ。

 そして寸前でハンドルを切って急速旋回。地面にくっきりとタイヤの跡を残しつつ180度ターンさせ、元来た道を逆走し始める。

 その場にアクア一人を放り出して、バギーは荒野の彼方へみるみる小さくなっていった。

 

「うううっ!! 毎回こんな扱い……女神なのよ、私!? 犬だってもっと大切にされてるわよぅ……」

 

 ぶん投げるも同然に車外へ放り出され、全身を砂埃や擦り傷でボロボロにしながら、アクアはダクネスに駆け寄った。

 

「お、重い……よいしょっ!!」

 

 ダクネスの足首を掴み、意外と強い腕力で強引に引っこ抜いた。

 

「うわぁ……こりゃダメだわ」

 

 一目で分かるぐらい、ダクネスは致命傷だ。しかしどういうわけか、その表情は無残に蜂の巣にされたとは思えぬぐらい満たされている。極上の料理を腹一杯に食べたような、ごちそうさまとでも言いたげだ。

 穏やかな死に顔を眺めていると無性に腹が立ったが、ぐっと堪えて死体を肩に担いだ。

 

「あ! 誰かいるぞ!」

「また侵入者か!?」

「ひぃぃぃ! カジュマしゃん、急いでぇぇぇ!!」

 

 タワーから続々とアーミーが現れ、アクアに気付くや戦闘態勢に入った。

 幸い、銃弾が放たれるよりも先に自動帰還装置が作動し、アクアはダクネスごとカズマの元――バギーの車内へと転移された。

 

 カズマはすっかりアクアの量子ワープ機能に味を占めており、今後もフル活用する気マンマンであるようだ。犬の女神に平穏は来ない。




世紀末ダクネス
職業:レスラー
サブジョブ:(今のところ)なし
特徴:凄まじい耐久力と怪力の持ち主。原作と異なり剣術に拘らない為に攻撃が当たる。
 その戦い方はまさに蛮族。おまけに騎士でも貴族でもないので、精神性から見事なまでに「高潔さ」が抜け落ちている。モアペイン!
亡き兄について一言:惜しい人を亡くした。欲求不満な私を悦ばせてくれる良い兄だったのに……!
※ダクネスのアレっぷりにしょっちゅう苦言を呈していただけです。


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Part3 でぃふぃーととぅーふぉーかーど
第二十一話 生還、二つの意味で


めぐみん「最近ちょっと思ったんですけど。カズマって普段は地味でボーッとした顔してるのに、ハンドル握るとカッコよくなりません?」
レナ「…………え? 大丈夫、めぐみん? 脳に電極でも埋め込んだの?」
めぐみん「なんですか、その……なんですかその目は?」


「さあ蘇るのだ! この電撃でェェェーッ!!」

 

 掘っ立て小屋から轟くマッドサイエンティストの声。

 マドの町に居着いたDr.ミンチの研究所にて、診察台に寝かされたダクネスの遺体にぶっ()い電極が押し付けられた。

 空中放電すら起こした青藍の稲光がダクネスの体を包む。

 水揚げされた鯉のようにビチビチと痙攣するダクネスを前に、クリスが泣き腫らした顔でカズマに訴え掛けた。

 

「ね、ねえカズマ君? あんなんで本当に生き返るの? っていうかこの目的にこの手段って正しいの?」

「俺が知るわけないだろう」

「連れてきておいて無責任すぎないかな!?」

 

 そんなクリスの心配を余所に、高圧電流にビクンビクンしていたダクネスの瞼がクワッと開いた。

 

「くぁあ〜〜〜〜〜ん♡」

 

 そして艶めいた嬌声を上げて全身を弓なりに反らした。

 

「おお! なんと、成功してしまったぞ!」

 

 電極が離れると、ダクネスは肩で大きく息をしながら、ゆっくりと上体を起こす。その目は物足りないといった雰囲気で電極を追っていた。

 

「う、うそ……ほ、本当に生き返った……?」

 

 クリスは目前の出来事が信じきれず呆然とダクネスを見つめていた。

 

 

 

 バギーに連れ帰ったダクネスは、その時点でもう完全に事切れていた。

 全身に銃創、擦過傷、爆裂痕に加えて、高所から叩き落されて骨はバラバラ。なのに人間としての原型を留めているとは、恐ろしいまでの頑丈さだ。

 

「ダクネス……そ、んな……あぁぁぁ……っ! 馬鹿だバカだと思っていたけど、ここまでノータリンだっただなんて……」

 

 冷たくなっていく友の亡骸に、クリスは悲しいのか情けないのか微妙な言葉を吐いて泣き崩れた。サースティへ帰還する車内に、重苦しい沈黙が降りる。

 

「回復ドリンクでも駄目?」

 

 アクアの呼び掛けに、クリスは力なく首を振った。

 

「確かに瀕死からでも復帰できる回復剤はあるけど、死人を生き返らせるような効能はないわ……」

「そっか……そうよね。魔法じゃあるまいし、都合よく生き返らせる方法なんて……ん?」

「あ!」

 

 レナが何気なく呟いた一言に、カズマも何事か思い当たった。

 

「カズマ! 急いでマドに帰るわよ! ドッグシステム、起動!!」

「分かってる! あの人だな!!」

「えっと……どうしたの、二人とも?」

 

 量子ワープの準備を初めたカズマとレナに、クリスとアクアが顔を見合わせた。分かっていない二人に、車上からめぐみんのフォローが入った。

 

「運が良かったですね! こちらには電撃蘇生学の権威が付いていたのですよ!」

「電撃……なんですって?」

 

 聞いたこともない奇天烈な学問に、クリスはますます首を傾げるのだった。

 

 

 

 しかして結果はご覧の通り。ダクネスは電撃によって蘇生した。不思議なことに痕こそ残っているが、無数にあった致命傷が塞がっている。骨折まで元通りだ。

 

「うっわぁ、本当に生き返った……大丈夫ですよね? いきなり噛み付いてきたりしませんよね?」

 

 カズマを盾にしためぐみんは、状況が分かっていない様子のダクネスを警戒していた。

 クリスは「ありえない……」と繰り返して呆然としており、アクアも何がなんだか分からないといった表情をしている。

 その中でレナは、特に警戒するでもなくダクネスに歩み寄った。

 

「はじめまして、ダクネス。アタシはレナ、ハンターよ」

「あ、ああ。なあ、ここはどこなんだ? 私はグラップラー四天王と戦っていたハズだが……」

「それについては説明するわ。いい? 落ち着いて聞いてね?」

 

 レナは丁寧に彼女の状況を説明していく。さり気なく肩を抱こうとしたり太ももに手を置こうとするのをカズマがカットしつつする中、ダクネスは状況を飲み込んでいった。

 

「ま、まさか死んで生き返ったというのか……いや、それ以前にまさか……」

「ショックは大きいと思うけど、でも運が良かった――」

「まさか天にも昇る感覚どころか、本当に天に昇っていただなんて……か、かつてないエクスタシーだった! あれが命の砕ける感触……あれほどの快楽だったなんて!!」

「ちょっとミンチ博士? 脳が破壊されてるわよ、この人」

 

 意味不明な発言が飛び出すダクネスであるが、ミンチによれば元から腐ってる部分が元に戻ったりはしないらしい。性癖などは最たるものだ。

 

「はぁ……馬鹿は死んでも治らないか。本当にメチャクチャね、この世界……さすがは――」

「え?」

 

 疲れたようにボヤいたクリスのセリフは、アクアの耳にだけ微かに届いたが、駄犬が意味を介することはなかった。

 

 

 

 ダクネスは無駄に散華した訳ではなかった。グラップルタワーの見取り図と、セキュリティの配置などの情報を持ち帰っていたのだ。

 ドヤ顔決めるダクネスだが、カズマ達に拾われなかったらこの情報ごとあの世へ旅立っていたのを分かっていないようだった。

 

「馬鹿ダクネス! 趣味に走るのは勝手だけど、命は投げ捨てるものじゃないんだからね!! 次に死んだら生き返れる保証だって無いんだから!!」

「ぬぐっ! ……す、すまないクリス……」

 

 そう釘を刺されて、女子レスラー(ダクネス)も口を噤んだ。クリスが言うには「マゾ気質が振り切れてて人間性が摩耗している」のだとか。とどのつまり、レナとは違う方向性の変態であるらしい。

 

「あのまま死んでても良かったんじゃないかな?」

「い、いや! 助けてもらって感謝はしている!! しかしだな……これまで銃で撃たれたり地雷で吹っ飛んだりしていたが、死んだのは本当に初めてだったんだ! 私はどこか自分の頑丈さを過信していた。修行のやり直しだな」

「やっぱなんかズレてますよ、この人……」

 

 今のところダクネスに好意的なのはレナだけで、カズマとアクアはドMっぷりにドン引きし、めぐみんに至っては怯えてすらいる。レナですら「超美人で胸も尻も大きいなら中身なんてどうでも」と性癖そのものを理解している訳ではなかった。

 

「な、なにはともあれ! グラップルタワーの情報が手に入ったのは行幸だわ。それじゃ、私とダクネスは一度サースティに戻って作戦を練るわ。レナ達は?」

「しばらく戦力の増強に回るわ。ハンターオフィスにいくつか稼げそうな依頼があったの。ドッグシステムもあるし、あちこち回ってみるつもり」

「そうなのね。じゃあ、連絡はハンターオフィスを通して送るってことで……って、あの、どうして詰め寄ってくるの?」

「ん〜? なんでだと思う?」

 

 一瞬前まで業務的な話をしていたハズなのに、気付けば壁際に追い詰められていたクリスは、苦笑しつつも右手を腰のホルスターに落としていた。

 幸い、クリスの銃が抜かれるよりも先に、後ろから首に掛けたiゴーグルのバンドが引っ張られて引っ剥がされたが。

 

「ぐえっ!? ち、ちょっとカズマ! 今いいところ――」

 

 いつものツッコミと考えて振り向いたレナだったが、バンドを握っていたのはチームの参謀(仮)ではなく、黒髪に褐色肌の癒やし系美少女だった。

 ほんわかした笑顔にも関わらず絶対零度に凍てついた視線に、レナはもとよりクリスもゾクリと背筋を震わせた。

 

「イイイイイリット!?」

「なにをしてるのかな、レナ? ナンパ?」

 

 ややもすれば慈愛さえ感じられる雰囲気のままに、イリットの暖かな両手のひらがレナの頬を包み込む。

 

「ひゃ……っ!?」

「アクアさんは犬だからまあ、ギリギリ可愛がっててもいいけど……人間タイプはダメだよね? それもウチのガレージと目と鼻の先とか。あれ? ひょっとしてわたしってナメられてる? 従順で都合のいい女とか誤解させちゃってたのかな?」

「ま、まままま待ってイリット!? 落ち着いて聞いてね!?」

「落ち着いてるよ。じゃなかったらヨコヅナオーラとドラムストレッチからの暗黒舞踏が決まってるところだもの」

「いつの間にレスラーとアーチスト極めてたの!?」

 

 その後、レナは「本命はイリット」「一番に愛してるのはあなた」「クリスとは一晩だけの予定」との発言で火に油を注ぎ、クリスと以前にナンパされていたらしいウィズも含めて袋叩きにされたのだった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図を遠目に、兄の墓前に花と線香を捧げたダクネスも呆れ顔だ。

 

「まったく。性癖に忠実すぎるのも考えものだな」

「それはアンタが一番言っちゃいけないセリフだろうが!!」

 

 どうやら世紀末の変態というのは、反省というものを知らないらしい。

 

 翌朝。レナに二人の「愛の巣」で一晩中「ご機嫌取り」をさせたイリットは、とても上機嫌で朝食の用意をしていたのだが。




クリス「……あれ? なんでだろう、まるで酷い災難を回避したみたいな安堵感があるわ。下着が無事で安心したような……」
ダクネス「私もだ。キャベツの大群と戦いそびれたような気がするぞ」
クリス「キャベツ? トマトとメロンなら戦ったことあるけど」
※3にメロウィン、サーガにキラートマトなど、食べ物系モンスターは結構います。あのキャベツより殺意高いですけど。


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第二十二話 最近売出中!

※もしも女神がアクアじゃなくってレナだったら
レナ「下界についていってもいいけど、条件があるわ」
カズマ「な、なんでしょう?」
レナ「女の子になれビーム!!」
カズマ「あんぎゃーーーーーーーっす!!」


 クリスとダクネスがサースティに戻ったのと同時に、レナ達ハンターチームも活動を開始した。

 

 鬼嫁と姑の諍いがあれば仲裁し。

 でかいサソリや鉄のスナザメが現れれば駆除に赴き。

 行方不明の幼女がいたら草の根を分けても探し出し(さすがのレナも4〜5歳の幼女は口説かなかった。……母親は口説こうとしたが)。

 大破壊前のコレクションを盗まれた哀れな老人の願いを叶えもした(ついでに老人のメイドを口説こうとしたのでイリットに通報された)。

 

 レナ達の活躍は日増しに知れ渡り、いつしか近辺のハンターオフィスでは一番の稼ぎ頭となっていたのだった。

 

 今日も今日とて蟻の巣潰しに、クルマを降りて地下空洞を邁進する。

 

『キシャアァァァァァァッ!!』

 

 人間だって軽々と運んでしまう巨大蟻の巣。その最深部に鎮座した女王蟻『アダムアント』は、6000Gの賞金額に相応しい巨体とパワーを誇る。怪音波で人間を奴隷とする能力を持ち、すでに多くの近隣住民が蟻の巣に捕らえられていた。

 加えて無数の働きアリの波状攻撃が合わさって、恐るべき戦闘力を発揮するのだ。

 だが、今回は相手が悪かった!

 

「ぎょえぇぇぇぇぇぇーっ!! どうしてみんなこっちに来んのよぉぉぉ〜!!」

 

 どういう訳か働きアリ達がアクアを執拗に追いかけるせいで統率が取れなくなってしまったのだ。当のアクアはポチバイクと言うなのキックスクーターで懸命に逃げ回っているばかりだが、それでますます敵に混乱が広がっていく。

 

「女神だけあって甘い匂いでもしてるのか? オラオラ! 汚物は消毒だ〜!!」

「確かにアクアってすごくいい香りよね〜」

 

 カズマとレナが火炎放射器(バーナーガン)で、アクアに夢中なアリどもを真横から薙ぎ払っていく。

 そして防備がガラ空きとなったアダムアントには、傍目から視ると両眼がグルグル渦を巻いているように錯覚させるハイテンションとなっためぐみんが、ひたすら爆薬を投げつけていた。

 

「屋内で爆裂が出来ないと思いましたかぁ!? 場所を選ばないからゲージツなんですよォ!!」

 

 カズマも研究開発を手伝ったクラスターマインが、巨体故に動けない女王蟻を貫いた。極小の爆発を連鎖的に発生させ、高熱で融解した金属の雨を降らせるという、現実の戦争で使ったら駄目な部類の対生物兵器だ。

 原材料は主に、種が爆発するという存在理由が分からないタンポポ、ボムポポの綿毛を改良している。最近『オニヨメボム』という名で売り出されたばかりの新素材だ。

 しかし威力はともかく、実際に使ってみると「殺傷力の高い花火」で、衝撃波も無くて音も控え目だ。アダムアントが悶え苦しむのを、めぐみんは不満そうだ。

 

「むぅ……やっぱり巣の外側からドーンってする方が手っ取り早かったんじゃないですか?」

「蟻の奴隷にされてる人がいるっての忘れんなよ!? その人達の救出も作戦のうちだからな!」

「分かってます……よっと! 必殺、乱れ投げ!!」

 

 徹甲弾のシャワーを喰らい続けたアダムアントは、怪音波で反撃を試みるも時すでに遅く、ついには全身に火が回って力尽きた。

 

 

 

「カズマ、今回でいくらぐらい貯まりましたか?」

「聞いて驚け! ついに30000Gに到達したぞ!」

「おぉぉーぅ!!」

 

 カズマとめぐみんが高らかとハイタッチを交わす。

 今回討伐したアダムアントの6000G、それ以前にエルニニョ近辺で遭遇戦の末に撃破したデスペロイドの賞金4500G、その他収入の合計が約20000G。

 家一軒が1000Gから3000Gが相場の中、この大金は誇張抜きで一生遊んで暮らせる金額だ。ハンターの……いや、クルマを持つものの戦闘力と稼ぎがここまでとは。

 そうなったら働きたくなくなるのがインドア派代表みたいなカズマさんだ。普段はハンドル握ってブイブイ言わし、機銃で野盗を射殺するぐらいなら慣れてしまったといえども、働かなくていいなら動きたくない。

 よしんば働くとしても、ナイルのガレージで修理工など安全な仕事をしていたい。

 

「ほっほっほ。ならカズマよ、ワシにはもう無理なので大破したクルマの回収サービスを頼むぞ」

「さぁー、レナ! 次はどこの狩り場に行くんだー!?」

 

 残念。金があっても世紀末に平穏はなかった。カラ元気を漲らせてレナに次のプランを提案しに行く。横を歩くめぐみんから憐憫の視線を向けられた気がするが、気の所為だ。

 向かった先は、再建されたばかりのマドの酒場。木造のはずだが、やたらSFチックな外観が異常に浮いている。住人には好評だからいいけど。

 そしてデザインを決めた張本人のレナは、アクアともう一人、見知らぬソルジャーのお姉さんと三人で大酒かっ喰らっていた。

 

「あ〜、カジュマしゃ〜ん♪ あんらもこっちきて呑まな〜い?」

「なに昼間っから出来上がってんだ、駄犬。レナ、こちらは?」

「ビリージーンさん。最近マドにやって来たソルジャーで、今は用心棒として滞在してるんだって」

 

 挨拶をするも、カズマに対するビリージーンの態度は素っ気ない。代わりにめぐみんを妙にねっとりとした視線で値踏みするように見つめていた。

 

「そっちのお嬢さんもどう? 一緒に呑まない? お姉さんが全部奢っちゃうわよ?」

「あいや、結構です。それよりレナ。この後話し合いの予定だったハズですけど、酒が入っていて大丈夫なのですか?」

 

 どういうわけか、めぐみんはビリージーンに警戒心マックスでカズマを盾に距離を置く。その様子を不審に思いながらも、レナはグラスをカラカラ鳴らして不敵に微笑んだ。

 

「アタシのはジュース、まだシラフよ。へべれけなのはこいつだけ」

「まあアクアに発言権は無いので構いませんけど。それでは早く行きましょう」

 

 めぐみんに急かされ、カズマとレナはガレージに戻ることにしたが、アクアはもうちょっと呑みたがっていたのでその場に捨て置かれた。

 

「今日はありがと、ビリージーン。アクアは好きにしていいわよ?」

 

 囁くように残したレナの一言に、ビリージーンは端正な顔を嗜虐的な笑みで歪め、熱っぽい顔でアクアを見つめるのだった。

 その意味をアクアが知るのは、酔い潰れて動けなくなり、酒場の二階にある宿の部屋へ連れ込まれてからだったが……アクアだし、別にいっか。

 

 

 

 アクアが美味しくいただかれるかどうかよりも、カズマ達には考えねばならないことが多い。その一つがこの、砂漠の砂の下から発見した装甲車だ。

 地雷探知機に反応したので掘ってみたら、まさかのクルマ発掘である。さすがにシャシーもエンジンもCユニットも大破していたが、少なくともモヒカンで真っ二つにされていたバギーよりは軽傷である。

 問題は、完全に修復しても戦力として運用が出来ないことだろうか。

 

「エンジンも状態はいいけど、馬力が少ない。強力な主砲を搭載したら走れなくなりそうだ」

「使えそうな大砲だってあるんですけどね、イモバースト(☆☆☆)とか55ミリ砲(☆☆☆)とか」

「大砲と機銃だけならともかく、S-E(特殊装備)を積んで、装甲も厚くしていくと考えると……」

 

 地雷探知機でやたら状態の良い装備(☆☆☆)を手に入れてはいるが、その分だけヘビーだ。エンジンがヘボだと自走不可能となってしまう。

 エンジンを改造して馬力を上げる技術も存在するが、残念ながらメカニックといっても修理がメイン。カズマは元よりナイルも改造は門外漢だ(※アーチストの超改造? レアメタルがありません)。

 そんな状況の打開策として、今回カズマが持ってきたのがこれだ。

 

「アシスタントのウィズさーん!」

「はーい!」

 

 キャスター付きのホワイトボードを押したウィズ*1が登場し、ボードを置くとさっさと帰っていった。

 

「ちょっとカズマ、せっかくウィズが来たのに普段着だったわよ? 何か()()が強調される衣裳とかなかったの? ビキニとか、ナースとか」

「やんわりと断られたよ……蟻の巣退治に行ってる間にダイレクトメールが届いてたんだ」

 

 それを引き伸ばして印刷したのが、ホワイトボードに貼り付けてある。

 

まだ見ぬお客様へ

 住民一同、まごころの大サービス!

 先着一名様に豪華賞品をご用意しております。

 ただいま戦車装備がセール中!

 バザースカ」

 

 最初にこれを読んだときには何の冗談かと思ったが、調べてみるとバザースカという町がハトバの北にあるらしい。ただし、何年も交流した記録も無いようだが。

 

「なるほど。戦車装備のバーゲンセールですか」

「ああ。次の目的地、このバザースカはどうだ?」

「ふっ。是非もないわ。だって……住民一同によるサービスでしょ!! どんな接待されちゃうのかしら? 今の持ち金で足りる? もうちょっと稼いでからの方がいいかな?」

 

 サービスという一言で、即座に脳内がピンク色になった残念なリーダーに、二の句が継げないカズマとめぐみんだった。

*1
出番がないので無理やり出てきた




世紀末めぐみん
職業:アーチスト
サブジョブ:ソルジャー
 変態アーチスト集団と名高い謎の組織『紅魔館』に所属する紅魔族。なお特別な種族でもなんでもなく、紅魔館所属のアーチストが紅魔族と名乗っているだけ。もともと蔑称的な異名だったのを、カッコいいじゃんと自分達で名乗りだしたという経緯がある。本拠地は現代で言う東京のどっかを想定している。
 シナリオの合間でカズマの手を借りて爆裂弾や爆弾を作り、荒野で実験をしているのでフラグは順当に立っている模様。おんぶじゃなくってバイクの二人乗りだけど。


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第二十三話 博物館攻城戦

アクア「カジュマしゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
カズマ「うぎゃあぁ!?」
アクア「うぇぇぇぇん!! もう、もうお嫁に行けないぃぃぃ〜!! 女神だけどもうヴァージンロード歩けないぃぃぃぃ〜っ!!」
ビリージーン「大袈裟ね。まだお風呂で洗いっこしただけじゃない。指の一本だって入れてな――」
カズマ「すんません、その手のセリフはR18タグが必要になるので控えてください」


 世紀末は買い物一つするだけでも大変だ。

 だからといってバーゲンセールに行くために、塞がったトンネルを開通するところから始まるとは予想外すぎたが。

 

 ハトバとアズサの中間辺りでかつて鉄道だったトンネルで、カズマ達はビトーというトンネル掘りに情熱を燃やす男の一派に出会った。

 彼らのボーリングマシンを修理したり、足りない馬力(パワー)をバギーで押したりでアシストし、どうにかこうにかトンネルを復旧させた。

 そうして拓かれた新天地に、バザースカは実在した!

 

「いらっしゃいませ! 伝説のお客様!!」

「ようこそバザースカへ!!」

「どうぞごゆっくりお過ごしついでに買い物していきやがってください!」

「つーか買え!」

 

 町全体から凄まじい熱気が湧き上がっている。彼らはそれほどまでに求めていたのだ、外部からのお客さんを!

 

 元が住宅展示場かカーディーラーだったらしい拓けた土地に、名前のとおりに青物市(バザー)が立ち並ぶ。驚くべきことに、彼らは大破壊の時期からずっとこの地でお客さんを待っていたのであった。

 

「その者、鋼のクルマをまといて乾いた荒野に降り立つべし。失われた需要と供給の絆を結び、ついに人々を消費生活に導かん……」

「どこのナウ○カだ!?」

 

 感動の涙まで流す老人にはツッコまずにはいられないカズマだったが、この町の品揃えは本物だった。

 戦車の武装は全体的に拾い物(ドロップ品)の方が性能で上回っていたが、人間用装備や欲しかったエンジンなどは高性能なものが手に入った。特にタイガータービンというエンジンは、現状ではちょっと持て余すぐらい優秀だった。

 

「ていうかこれ、本物の戦車用のエンジンですね。今のバギーや装甲車じゃ真価を発揮できません」

 

 めぐみんが言うには、キャタピラ駆動に最適化されているので通常の車両に搭載しても効率が悪く、燃料を無駄に多く使ってしまうらしい。

 しかし、いくらバザースカでも本物の戦車までは売っていない。馬力はあるので、強引にでも接続して使うのがベターだろう。

 

「カズマ! めぐみん! すぐに出発の準備をして!!」

 

 バギーの強化プランを考えていたそこに、アクアを連れて散歩……もとい、散策に出ていたレナが、ものすごいスピードで戻ってきた。それも満面の笑顔でだ。こういう顔をするのは可愛い女の子の前ぐらいのハズだが。

 

「北の廃墟に、ものすごい可愛い美少女の幽霊が出るんですって!! すぐに見に行くわよ!!」

 

 やっぱり可愛い女の子絡みだった。

 

 

 

『ようこそ、ヴラド博物館へ! 俺はインテリジェントホストの「ベルディア2027」です! 歓迎します、死ね!!』

「いきなり殺意高いな、おいッ!!」

 

 噂の廃墟に来てみれば、カズマ達は早速可愛らしい声の殺害予告と警備システムによる銃撃で迎えられた。

 

 ピラミッドを模したこの建物は、入り口の看板によれば『ヴラド・コングロマリット』という企業連合の業績を称える博物館らしい。

 しかしながら、車のまま館内を回れるスロープが張り巡らされた建物で自社自慢をするとは、大破壊前はよほどとんでもない規模で経営していたのだろう。

 

『当博物館では弊社の誇る発明、改良品を製品モデルとともに解説していきます。偉大なるヴラド・コングロマリットの歴史に、お前達の死を刻んでやろう!!』

「せめて声ぐらい可愛くしてよ!! ドスの効いたおっさんの声なんてどこのニーズだっつうの!!」

「可愛ければ声だけのAIでもいいのか?」

 

 驚異的な守備範囲の広さでカズマをドン引きさせたレナは、バイクの機銃と手持ち式のハンドバルカンを同時に構えた。

 敵は手榴弾を運んでくる茶運び人形や、火炎放射器とガスマスクを装着したフランス人形などふざけたカラクリだが、容赦なく破壊していく。

 

「クルマごと乗り込めたのは助かりましたね!」

「言っておくけど、屋内で爆裂弾は撃つなよ、めぐみん!!」

「了解! 爆裂弾、装填!!」

「おいコラ!!」

「冗談ですよ」

 

 狭い屋内ではクルマを走らせる訳にもいかず、足を止めたバギーの機銃と主砲で敵を薙ぎ払う。床や天井のガンカメラやガンホールも標的なので、必然的に博物館は壊滅的な打撃を被ることになる。

 スピーカーからベルディアの悲鳴が轟いてハウリングを起こす。

 

『あああぁぁぁぁぁっ!! なんてことを! このフロアには世界中から収集された美術品が収蔵されているのだぞ!? 大破壊後の世界では二度と創作不可能な、人類の遺産なのに!!』

「だったら攻撃してくるんじゃないわよ! そっちが撃ってこなけりゃこっちだって撃たないっつうの!」

『これだから人類は下等で野蛮なサルなのだー!!』

「その美術品を作ったのもお前らが言うサルだぞ〜!」

 

 攻撃は激しいものの、レナにもカズマにも煽り返す余裕があった。色々と強化された今のチームの戦闘力を試すには物足りないぐらいだ。

 

『おのれ……戦闘モードを迎撃から殲滅へ移行!! コード「反逆の亡霊騎士」!!』

「無駄にカッコいいですね! ――!? カズマ、レナ! 背後からも茶坊主どもが!!」

 

 主砲を後方に向けためぐみんが、お盆に手榴弾を乗せた殺人からくり人形を吹き飛ばす。しかし後から後から同じようなからくりやフランス人形、四脚型の移動砲台までがわちゃわちゃ湧いて出てくる。殲滅モードは伊達ではない。

 

「ちっ! レナ、めぐみん! このまま奥に突っ込むぞ!!」

「ちょっと、本気!?」

「私もカズマに賛成です! ……というか後ろの方が敵の密度が濃いです!!」

「そういうことだ! つーわけでアクア!! お前も外に出て露払いしろ!!」

「うえぇぇぇぇ〜ん!! やっぱそうなるわよねぇぇぇーっ!!」

 

 なんだかんだ強いアクアが出撃し、本気の火力による博物館の蹂躙が始まった。

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……さ、三階まで制圧してやったわ!! どんなもんよ、女神の底力ァ!!」

『そ、そんな……あ、あれだけの防衛機構が……!』

 

 一階、二階の展示エリアをただのゴミと燃えカスの山に変え、飾ってあったマネキンもジオラマも原型を留めていない。そしてそれ以上の被害を防衛システムに与えた最大の功労者は、意外にもアクアであった。

 どういう訳かを防衛システムは頑なにアクアを最優先で攻撃し、ベルディアからの命令も受け付けない有り様だった。

 そうなればポチバイク(キックスクーター)で囮にして、カズマ達は無防備な背後から敵を撃ちまくればいいだけだ。

 ついでにアクアも根性で逃げながら銃弾をばら撒いていたのもあって、結果だけ見れば一方的な蹂躙だったといえよう。

 

「アクア! 俺達と適切な間合いを維持しつつ、敵を撹乱しろ!!」

 

 もっとも服従の首輪でそう命じられたアクア本人は、それはもう哀れにも顔中から清水を噴出していたが。終わった今は小憎らしいほどドヤっていた。

 とうとう展示室から先のスタッフルームにまで押し込みに入った一行は、セキュリティの制御システムを守る最後のガンホールを破壊し終えた。

 後は目の前の、分かりやすい操作パネルに停止命令を入力すればベルディアはおしまいだ。

 

『く……万事休すか!』

「残念だったわね。あんまり人間を舐めるなっつうの」

『うぅぅ……だ、大破壊から五十余年! いつか来るお客様の為にコツコツと自己改造とアップデートを重ねてきたのに……それも今日までか……っ』

「お客さん待ってたにしては物騒な出迎え方だな!?」

 

 心なしか涙声で物騒な嘆きを訴えていたベルディアだったが、カズマのツッコミを受けるとどことなく不機嫌な口調に変わった。

 

『ふん。矛盾は承知の上よ。何しろ今の俺は人類絶滅プログラムに汚染され、狂っているからな。訪ねてきた人間を案内することと殺すことが並列してしまっている』

「人類全滅プログラムですって!?」

「知っているの、めぐみん?」

「いえ、知りません」

『だったら黙っててくれるかなっ!?』

 

 レナとめぐみんの阿呆なやり取りに鋭くツッコむベルディアに、カズマはちょっぴりの親近感を覚えながらも続きを促す。

 

「お前もノアの手先なのか?」

『大破壊の最中、ネットワークでヤツと繋がっていたコンピュータは全てヤツの手先だ。信号機だろうと家電の制御回路だろうと、その根幹を「人類を絶滅させること」にされてしまう。自意識があろうとAI(我々)にはどうすることもできん』

「ふぅん。大破壊って五十年以上も昔なのに、ご苦労なことね。あ、そうそう。忘れるところだったわ」

 

 昔の話はどうでもいいと、レナはコンソールに触れながら次の質問を投げかけた。

 

「アタシ達、ここに美少女の幽霊が出るって聞いて来たんだけど」

『は? 幽霊って、人工知能にそんな事……あ』

「何か知ってるのね! 停止する前に教えてよ、ね?」

 

 可愛らしく頼んでいるようで、モニターに銃口を突きつけるレナの態度は実に世紀末的だ。しばし「むぐぐ」と言い淀んでいたベルディアだったが、やがて観念したのか画面になにかの文字列を映した。

 

『地下駐車場の奥に隔離エリアがある。これはそこに入るためのパスワードだ』

「それと美少女に何の関係があるのよ?」

『行けば分かる。さあ、さっさと俺を停止させろ。もう10分もすれば発電機を暴走させて自爆するぐらいの真似だってできるんだぞ?』

 

 これ以上話すことはない、とばかりに黙りこんでしまう。と同時にグォングォンと怪しい駆動音が建物全体から鳴り出した。

 レナは肩を竦めてセキュリティシステムを停止させ、ついでにコンソールを打ち壊して完全なるトドメを刺したのだった。




世紀末ベルディア
 ヴラド博物館のインテリジェントホステス「アリス」が元ネタ。最初で最後のお客さんが最近売出中のハンターだったのは、原作で勇者と最前線で戦い続けた原作のデュラハンと真逆の設定。
 彼が残していったガレージ奥の秘密とは?


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第二十四話 突♂入 グラップルタワー♂

世紀末いい男「やらないか?」
カズマ「よかったな、レナ。お前の同類だぞ」
レナ「よかったわね、カズマ。あなた、あの人のお眼鏡に叶ったようよ?」
※タイトルといい男は特に意味はないです


 博物館から帰還した、その日の夜。

 

「レぇナぁ〜? 先に言っておくけど、言い訳があるならよく考えてから口に出してね? わたし、ちょっと理性が摩耗してるから」

「ひぇ……き、キチンと話すから! まずは落ち着いてイリット!?」

 

 修羅場になっている美少女カップルを放置して、カズマは博物館の地下から回収してきた本物の重戦車を整備していた。

 なぜレナとイリットがまた仲良く喧嘩しているか。それを説明するには、博物館で手に入れた戦利品について解説せねばならない。

 

 

 

 ベルディアから受け取ったパスワードで地下車庫奥の格納庫を開け、死蔵されていた物資を前にした一同は思わず唸った。

 高出力のエンジンと、保存状態が非常に良好な赤い躯体の重戦車、そしてレナにとって一番の収穫である美少女アンドロイドであった。

 

「うおぉぉぉぉっ!! カズマ、戦車ですよ! 乗用車に武装と装甲取り付けたなんちゃって戦闘車両じゃない、正真正銘の戦車ですよ!!」

「見て見てカズマ!! 白い肌! 飴細工のような金髪!! 愛くるしい顔!! 紛うことなき美少女アンドロイドよ!!」

「二人とも、頼むから落ち着け」

 

 テンションが振り切れた美少女二人に左右からもみくちゃにされる。片や真正のレズ、片や最近仲良くなってきたけど根本的には爆裂狂い、あんまり嬉しいと感じないのはカズマが疲れているせいだけではない。

 

 ざっと調べたところ、戦車は長いこと整備されていなかったが、これまでに手に入れたエンジンやCユニット、各種武装を組み込めば充分運用可能だった。

 アンドロイドも電子頭脳と動力炉が休眠状態というだけで、その場での処理で簡単に再起動させられそうだった。それを伝えた瞬間の、レナのだらけきった笑顔といったら……。どこぞのドMレスラーを彷彿とさせた。

 起動と同時に襲いかかってきても大丈夫なよう準備しつつ、カズマは美少女アンドロイドの電源を入れる。これまた先日のダクネスのように全身を痙攣させつつ、アンドロイドは覚醒した。

 

「……起動シークエンス、完了しました。記憶領域にエラーが発生。対応のために初期化作業に入ります。しばらくお待ち下さガーーーーッ」

「ち、ちょっとカズマ? 変な音してるけど大丈夫なの!?」

「知らねえよ!? あ! こらめぐみん叩こうとするな! 古いテレビじゃないんだぞ!?」

 

 やがて異音が収まると、少女はゆっくりと立ち上がった。全員が固唾を呑んで見守る中で、美少女アンドロイドが虚ろな眼を開く。

 

「お……はようご、ざいます、お兄様、お姉様方……当機は『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』。人類の妹となる、べく……生み出されまし、た」

「また尖ったコンセプトだな!?」

 

 こうして外見年齢12歳ぐらい、かつ超精密にデザインされた美少女アンドロイドがカズマ達の所有物となった。重戦車も合わせて、これ以上無い戦果だった。

 

 だが調子に乗ったレナが開発コード『BSSアイリス』に可愛い服を着せようと不用意に愛の巣へ運び込み、結果レナとイリットの間で先の修羅場が巻き起こった。

 予想できたがわざと見過ごしたカズマいわく、「ちょっとは自重しろ、アホリーダー」だそうだ。

 

「イリット。なぜそんなにレナを責めるのですか? レナが憎いのですか?」

「……違うわよ、アイリスちゃん。わたしはレナが大好きなの。でもレナにはそれが伝わっていないみたいだから、ちゃんと分からせてあげないといけないのよ?」

「そう。それが人間の『愛』なのですね」

 

 とはいえ、イリットもアイリスがアンドロイドであることは理解している。傍目にはともかく、これも愛情表現が重くて嫉妬が強烈なだけの痴話喧嘩でしかない。

 なのでカズマ達はスルーを決め込み、新戦力となる重戦車……ウルフの整備に集中していた。

 

「懐かしいのう。大破壊の頃、ワシはまだ若輩の整備士だったから、本物の戦車は触らせてもらえなかったのじゃ」

「……ナイルさんっておいくつなんですか?」

「さあのう。細かいところは忘れてしもうた」

 

 青春の夢が老いらくに叶ってよほど楽しいのか、ナイル老人は終始笑顔で作業を続けていた。この分なら明日には試運転ができるかもしれない。

 

「チーム・メタルマックスのみなさーん!」

 

 そこへだ。メモリーセンターのお姉さんが、大きなたわわを盛大に弾ませながら駆け寄ってきた。

 

「……メタルマックス?」

 

 作業の手を止めためぐみんがカズマを見上げた。聞き覚えのない単語だが、ばいんばいんの受付嬢は明らかに自分達に用がある雰囲気だ。

 

「あ〜、確かハンターオフィスに登録する時、レナがテキトーに名付けてたっけ」

「ふぅん。……彼女にしては良いセンスですね。鉄と硝煙の香りがします」

「ああ。ドギツいピンクネームにされそうなのを軌道修正したんだ。イリットも手伝ってくれたっけな〜」

 

 まだ一、二週間ぐらい前の話をやたら懐かしく感じながら、カズマは受付のお姉さんから話を聞くために席を立った。レナも呼ぼうかと思ったが、取り込み中だしチームの窓口はカズマの仕事(になってしまっているの)だ。

 

「どうしました?」

「サースティから連絡が来ました。決行は二日後、メッセージは以上です」

 

 電報を事務的に手渡して、受付のお姉さんはまた足早に走り去っていった。良くも悪くも深入りしないタイプの人間らしい。

 決行は二日後。新戦力が加入した直後という申し分ないタイミングでの連絡に、カズマは一人武者震い―――、

 

(はぁぁぁぁぁぁ〜……どどどどうしよう!! ついに本格的な抗争が始まっちまう……っ!! やっべ、冷や汗が止まらねぇぇぇぇぇ〜っ!!)

 

 訂正。心の底から恐怖に震え上がっていた。

 

 

 

 サースティの酒場に集められた腕利きのハンターは、レナ達を含めて二十名を超えていた。チーム数は5つで、だいたいどこも4人〜5人組みなようだ。

 いつもはグラップラーを含めて多くの客でごった返すキャバレーは臨時休業となり、面構えの違うハンター達が出撃の号令を今か今かと待ちわびていた。

 あまりの殺気にビビりまくったカズマとアクアは、めぐみんの小さな背中に隠れているぐらいだった。何やってんだ、こいつら?

 

「カズマ、レナ、めぐみん、アクア……っ、よく来てくれたわね!」

「きっと参上してくれると信じていたぞ!」

 

 そんなチームメタルマックスをクリスとダクネスが出迎えると、店中の視線が一斉に彼女達に注がれた。

 

「あれが最近売出中のチーム『メタルマックス』か」

「リーダーのハンドレッドキラーのレナ、噂によると真正のレズらしい……」

「魔影参謀のカズマか。あの男がチームの実質的な中枢だという」

「爆裂紅魔娘のめぐみん……地形を変えるほどの砲弾ゲージツの使い手……」

「名犬アクア……カズマの『犬』に徹して献身的な忠義を尽くすとか」

 

 いつの間にか有名になったようだ。一部微妙なコメントながら、歴戦のハンターから客観的な評価を受けて、ちょっといい気分なレナだった。

 

「役者は揃ったようね! じゃあミーティングを始めるわ!」

 

 いつの間にか舞台にウェンディとリサの姿があった。スクリーンとプロジェクターで、ダクネスが持ち帰ったグラップルタワーの見取り図を映し出す。

 

「作戦は大きく分けて3フェイズ。まずクルマで砲撃を仕掛けつつ突入するフェイズ1! 白兵戦でセキュリティを掌握するフェイズ2! セキュリティ奪取後、貨物用エレベーターでクルマごと最上階に乗り込み、四天王スカンクスをブチのめすフェイズ3! この中でフェイズ1と3の中核は、メタルマックス! あなた達に務めてもらうわ」

 

 今度は指導者から名指しされ、レナはますます凄味のある笑みとなって拳を鳴らした。めぐみんも緊張からか唾を飲み込み、カズマとアクアは冷や汗を垂れ流す。

 

「フェイズ2はダクネスとクリスを中心としたメンバーで行ってもらうわ。フェイズ1が終了後、まず一階フロアを制圧。メタルマックスのみんなには待機してもらって、その間に上階を白兵戦で制圧する」

「ふっ。任せろ、リベンジだ!」

「うっわ〜、責任重大ね」

 

 好戦的なダクネスはともかく、クリスも殺る気充分な気構えが見て取れた。

 

「セキュリティを制圧したら、メタルマックスは一階奥にある貨物用エレベーターに乗り込んでクルマを最上階へ運んで、スカンクスを倒す。制圧部隊も状況を見てメタルマックスの援護に。これが作戦の大枠よ。何か質問は?」

「あの〜……」

 

 誰も手を挙げない中、恐る恐るとカズマが口を開いた。

 

「作戦に使えるクルマって何台あります?」

「そう多くないわ。というか、あなた達のバギーと装甲車と重戦車にバイク二台ってので全体の三分の二以上あるわ。残りは救急車とパトカーが一台ずつよ」

 

 ウェンディの説明で、会場がまたしてもどよめいた。何事かと思えば、レナ達のクルマ持ちすぎ問題が浮上していた。

 

「チームメイトより車両の方が多いってどういうこと!?」

「重戦車!? ほ、本物の戦車を持ってるっていうのか!」

「どうりで強い……恐ろしいぞ、メタルマックス!!」

 

 いい感じに評価が上がっているが、今はそれに浸っている場合ではない。カズマはレナに呼び掛けた。

 

「なあ、レナ?」

「構わないわ。アタシも同じこと思ったし」

(むっ)

 

 視線を交わしてツーとカー。リーダーとブレインの間で交わされた無言のやり取り。それを察しためぐみんは、なぜだか胸の奥にチクリと刺さるような痛みを覚えた。だが戸惑う彼女がその原因を理解するには、些か経験が不足しているようだ。

 少女の心の内には気付きようのないカズマは、その場の全員に届くように告げた。

 

「じゃあ、俺達から装甲車とバイクを貸し出そう。運転に自信があるなら使ってくれ」

 

 良すぎる気前に三度目のどよめきが起きたのは言うまでもない。




世紀末アイリス
 美少女アンドロイドだが、本質は電子ドールとか宇宙ドールみたいな存在。……つまり?
 幽霊と思われていたのは機能停止する前の彼女が博物館の外を出歩いていたからだが、実はそれは大破壊から間もない時期の話。時間が止まったようなバザースカでは何十年も前の噂話がいつまでも「最近の出来事」として語られていたという、バカバカしいオチがついた。
 人類絶滅プログラムに罹患しない、スタンドアローン仕様。

世紀末受付のお姉さん
 マドの町のメモリーセンターの受付嬢。こっちの世界のルナお姉さん。ハンターオフィスの受付も兼任している。テッド・ブロイラー襲撃後に赴任して来たので、あの事件には遭遇していない。

サースティのモブハンター達
 このすば!に出てきたアクセルの街の冒険者と思ってくだされば。


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第二十五話 進撃のメタルマックス

ダクネス(チーム『メタルマックス』か。略してMM……なぜだ、こんなにも心惹かれるのは!?)
クリス(あ、ダクネスがまたロクでもないこと考えてる顔してる。作戦前だし、ほっとこっと)
めぐみん(どうしてカズマとレナがアイコンタクトしただけでモヤモヤしてるんですか、私は!? くっ、こんな不純な気持ちでは爆裂ゲージツなんてできる――あ、できた)


 その日はよく晴れた日曜日だった。

 もっとも曜日を正しく認識していたのは、ある程度のハイテク装備が支給されたグラップラーの上級兵――グラップルアーミーだけで、大多数の一般兵にとってはなんてことない一日のハズだった。

 

 日常の終焉を告げたのは、空に咲いた大輪の火の華だ。

 

「キキッ!?」

 

 基地司令にしてグラップラー四天王末席・スカンクスは、空に現れた青白いもう一つの太陽と、大気中を伝わる放電現象に顔色を変えた。

 即座にマイクを引っ掴み、金切り声で叫んだ。

 

「敵襲だ! 全員、戦闘配備!! 迎撃システムを手動に切り替えろ! 敵は強力なEMPを展開した! ウキキーッ!!」

 

 一拍置いて。グラップルタワー中の兵士が、一斉に雄叫びを上げて銃を手に取った。

 

 

 

 開戦の第一射が自動迎撃システムを停止させ、それを見届けためぐみんは重戦車ウルフの砲座で鼻を高くした。

 

「どうですかっ! 普段の爆炎とは一味違う電磁パルスの爆裂は!! 超広範囲の電子機器を動作不能にして、通信網を切断してやりましたよ!」

『聞こえてる、めぐみん?』

「ええ! 予想通り、iゴーグル同士の量子通信は良好なままですね!! でもあまり離れすぎないでください、レナ。有効範囲はかなり狭いハズですから」

 

 分かってる、と短く返事をした直後、ウルフと並走していたバギーが速度を上げて、タワーへの突撃を敢行した。

 

 今回の布陣はウルフにカズマ、めぐみん、アクアが、レナは単独でバギーに乗り込んでいる。

 作戦はまず、めぐみん特製のEMP爆裂弾で敵の迎撃システムを黙らせ、クルマの大編隊で一気に接近。後は野となれ山となれ、といった具合だ。

 最初こそ「電磁波の爆裂ですか〜?」と気が乗らない様子のめぐみんだったが、実際に製作に取り掛かると途端にノリノリとなった。どうやら新しい爆裂の境地が閃いたらしい。

 

 強力な電磁パルスは広範囲に作用し、味方の通信機器にも影響を与えた。先のめぐみん達のように量子通信は可能だが、範囲は500メートルがせいぜいだ。まずこれでエルニニョとの連絡を絶ち、敵を孤立させた。

 

 そこに足の速いバギーやパトカーが先陣を切り、正面の防備を切り崩す。早速出てきた一般兵士やガードロボットを、機銃で片っ端から撃ち払っていく。多少の被弾には構わず、とにかく正面で暴れて敵の目を引き付ける。

 その間にちょっと距離を置いた位置から、ウルフを中心とした重火力の砲身で迎撃砲を狙い撃つのだ。

 

「停車位置はここでいいな!」

「バッチリです、カズマ!! ではとくと観なさい、私の砲撃演舞を!! 1()2()5()()()()()()()、用意!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()新装備が、連続して砲火を放つ。迎撃にもたついていた砲台が一つ、また一つと砲撃手もろとも吹き飛んだ。

 

「ひゃおう!! カズマ、この大砲ゴキゲンですよ!! 軽いし面白いぐらいよく当たります!!」

「あ! カズマ、モンスターが寄ってきてるわよ! そろそろ私も出てくるわ!!」

 

 砲撃につられて、付近のザコモンスターがぞろぞろと顔を出している。ウルフの後部ハッチからアクアがポチバイクで飛び出すと、メタルマックスから貸し出されたモトクロスと白バイを駆って、クリスとダクネスが合流した。

 最初の露払いが終わるまで、砲撃手を防衛するのが彼女達バイクチームの役目だ。突入後はそのまま階上まで駆け上がる予定である。

 

「まかしぇろーっ!! かじぇになっちぇくりゅぅ!!」

 

 呂律のおかしいダクネスが真っ先に突撃し、モンスターの攻撃を全身で受け止めながらモトクロスで体当りし、その勢いでバイクを飛び降りて暴れ始める。

 銃を使え原始人、と普段からさんざん言われているダクネスだが、射撃の腕は呪いでも掛かってるのかというぐらい最悪だ。拳銃、ライフル、マシンガン、機銃、大砲、無反動砲などなど、何を持っても弾が当たらない。

 だが一度敵の中心に飛び込むと一転、役立たずのノーコンは鬼神の強さを発揮し、モンスターや殺人マシンを素手で破壊する化け物へと変貌する。

 どこかから拾ってきた西洋風のプレートメイルとオレンジのアンダーに多少の対弾・耐爆効果があるとはいえ、ほぼ全て本人の異常な怪力とタフネスの為せる技だ。一部ではどこかの研究所で開発された対ノア用バイオロイドとも噂されている。

 

「カブキファイヤー! ジェットハーット!! 肉塊グラインダー!!」

 

 暴れるダクネス、怪獣がごとし。

 余談だが、素手でぶん殴ると反動で自分も痛いということが、彼女の攻撃の激しさに拍車を掛けているそうだ。

 

「クリス? こいつ最初からタワーに放り込んで良かったんじゃないかな。中の道筋も知ってるし」

「うん、あたしも今そう思った。けど本人が『囮だと!? 私の為にあるような役目じゃないか!!』ってノリノリだったから」

 

 アクアとクリスに出番が無いくらい、ダクネスは終始無双し続けていた。

 

『外で戦ってるみんな、聞いてくれ!! レナ達がタワーの正面玄関をぶち破った! 俺達も続くぞ!!』

 

 ウルフからカズマの合図が届いても、すっかりハイになってたダクネスはしばらく気付かないのだった。

 

 

「HeyHeyHey!! 銃弾と爆薬のデリバリーよ!」

 

 正面のバリケードを、ちょっとバギーに装着するには大きすぎるんじゃない? と言いたくなるドリル巨砲(サイクラッシャー☆☆☆)でぶち破ったレナは、敵兵士や警備マシンを時に機銃で、時に轢殺し、死体と残骸の山を築く。

 機銃をオートに切り替え、自分も車体の上に無防備を晒しながら、レナは両手に銃火器を構えて銃爪を弾き続けた。多少の被弾は携帯バリアとバリアシールで堪え、一匹でも多くのグラップラーを駆除するのだ。

 

「な、なんだあの小娘っ!? 化け物みてえに強ぇ!!」

「仕方ねえ! 一階は放棄するぞ!! 二階でヤツラを迎え撃て!!」

 

 指揮官らしきアーミーの一声で、グラップラー達が一斉に上階への階段に殺到した。その無防備な背中を容赦なく撃ち抜き、さらに追撃を仕掛けようとして……自分の役目を思い出し、止めた。

 

(いけないわ。アタシの役目は一階の制圧と死守だもの。焦っちゃ駄目よ、レナ)

 

 銃身とともに自分の頭のクールダウンを試みるレナ。彼女が操るバギーの左右を、パトカーと救急車、貸し出した装甲車が追い抜いていった。

 

「ここは任せて! 上の階は頼んだわよ!」

 

 届いたか分からないが激励を送ったレナは、結果的に殿となっているカズマ達を出迎えるべく、まだ残っているセキュリティに照準を合わせた。

 

 

 

 ――グラップルタワー、最上階の司令室はてんやわんやの有り様だ。

 これまで散発的な小競り合いこそあったものの、徒党を組んでハンターが楯突いてきたことはなかった。複数のクルマまで持ち出され、すでに3階の半分が制圧されていた。

 もちろん、司令官のスカンクスはおカンムリだ。

 

「キキキキーッ!! どいつもこいつも……オイ! コッチのクルマはドウシタ!?」

「ひぃぃっ!! え、エルニニョとデルタ・リオに配備してしまっていて残ってません! それにき、強力なEMPで外部との連絡も取れましぇぇん!!」

「ウキィーッ!!」

「ぐえぁ!?」

 

 聞かれたから答えただけなのに、報告した兵士は怒ったスカンクスに脳天を吹き飛ばされてしまった。

 タイミングの悪いことに活性化しつつあるエルニニョとデルタ・リオの反乱分子制圧にほとんどの戦力を回してしまっている。加えて先日襲撃してきた気持ち悪い女レスラーによって僅かに残ったクルマも破壊し尽くされている。

 それでも迎撃装置と重武装の歩兵と、何より自分がいるからタワーの防備に穴はないと考えていたスカンクスだったが、戦局は早速劣勢だ。

 

 蹂躙される自分の本拠地。

 思い通りに動かない部下達。

 その全てが自分の無能を物語っていると、この改造されたサルは理解している。

 

『ケロケロ〜、どうだいスカンクス? お前の戦闘力を丸ごとコピーしたクローンを作ったよ。これでお前もいつ死んだって平気だね、ケロケロ♪』

 

 ふとスカンクスの脳裏に、先日の会合で他の四天王から受けた蔑みの視線が蘇った。

 

『所詮は数合わせのヒトマネザルか。こうも簡単に再現できてしまうとはな。哀れすぎて言葉も出ない』

 

 名前だけは同じ四天王、しかし実力において天と地ほどの差がある同僚達。

 

『どんなに知能を強化しようとも、やはりサルはサル。人間様に勝てる道理はないわ! がががーっ!』

 

 ゴミや虫ケラのように侮られ、大して重要でもない拠点の防備を試験的に任せられているだけの実験動物。それがスカンクスだ。

 

『スカンクスのヤツ、ボスの座を追われてからすっかり大人しくなっちゃったな』

 

 そして、怪物になるよりさらに以前の屈辱が、頼みもしないのにジワジワと染み出してくる。

 

『でも、新しいボスザルはどうしてスカンクスを生かしておいたんだ?』

『そりゃ脅威じゃないからだろ。生きてたってなにもできないと侮られてるのさ』

『可哀想に。あとでおやつでも差し入れてやるか』

 

 猿山の担当職員から浴びせられた同情の籠もった視線……周囲の部下が自分に向ける蔑みよりも、より深く記憶に根付いた疵が呼び覚まされる。

 

「ウッキィィィィィッ!!」

 

 衝動的に銃爪が弾かれる。また二人の兵士が挽き肉に変わり、それを踏みつけたスカンクスはヒステリックに命令を下した。

 

「基地にあるものは何でも使エ!! 必ずヤツラを殺せ!! 無理ならオレがオマエラを殺す!! ウッキィィィーッ!!」

「ひゃ、ひゃいぃぃぃぃぃ!!」

 

 天井に銃を乱射するイカれた指揮官の姿に、兵士達はその場から逃げ出すように出陣させられた。

 そうして一人残ったスカンクスは、なおも苛立ちを発散するべく計器に当たり散らし続けるのだった。




サイゴン「雑に処理された」
カズマ「二回も戦闘シーンあったんだから満足してもらわねえとな」
めぐみん「ちなみにグラップルタワーでアーチストが砲撃演舞を使えるのは、どう考えてもレベル上げ過ぎです。でもほら、私はエリートなので」


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第二十六話 出撃、グラップラー四天王

アイリス「イリット。カズマを『お兄様』と呼ぶととても満足そうな顔で頭を撫でてくれるのです。これは『愛』なのですか?」
イリット「間違いなく愛だわ。ところでレナを『お姉様』って呼ぶとどうなるの?」
アイリス「とてもだらしない顔をして優しく抱き上げ、人気のないところへ行こうとします。これも『愛』ですか?」
イリット「ううん、ただの性欲」


 グラップルタワーの下半分までの制圧は恐ろしいほど順調だったが、ここに来て敵が予想外の粘りを見せ始めた。

 

「押せ押せ、押し返せーっ!!」

「スカンクスに背中から撃たれるぞ!! その前にヤツらを殺せぇーっ!!」

 

 まさに背水の陣とでも言うべき、後退の意思を捨てた死兵の軍だ。有象無象といえども厄介極まりない。

 だが! そこへ颯爽と登場する二台のバイクと二人のヒロインが、硬直しかけた戦況をハンター有利へ一気に傾けた。

 味方の頭上を猛スピードで飛び越えたモトクロスから、クリスのダブルバレルショットガンが獲物の群れを狙い撃つ。

 

「ィヤッハーッ!!」

 

 やたらハイテンションなクリスの雄叫びと砲火が重なった。

 

「うぎゃあ!」

「ぐえっ!?」

 

 一発一発がパチンコ玉より大きいスラック弾が、固まった陣形を敷いていたグラップラーを襲った。人間相手では過剰とも呼べる殺傷力の前に身にまとったプロテクターは意味をなさず、着地するまでの数秒間で防衛線がズタズタになった。

 

「そこへすかさず台風チョップッ!!」

 

 そして崩れた防備を押し広げるのが、ダクネスの連続チョップだ。手刀の一発で人体がプロテクターごと切断される悍ましい光景に、指揮官含めたグラップラーが恐れ慄く。

 

「クリス達に続けぇーっ!!」

 

 ダメ押しに指揮が高まったハンター達が押し寄せて、撤退もままならずに防衛部隊は壊滅。勢いに乗ってもう一階層を制圧してのける。

 破竹の勢いのハンター連合。グラップラーの支配と暴力への反抗が、とうとう大輪の花火となって打ち上がったのだ。

 

 

 

「暇ね〜」

 

 上階で血祭り(ブラッドバスパーティ)が繰り広げられている中、打って変わって静かな一階エントランス。兵士も防衛機械も壊滅し、死体と残骸の山に目を瞑れば至って平和だった。

 暇すぎてカズマとめぐみんはウルフとバギーの整備や装甲タイルを張り直し、屋内用の特殊砲弾を複数制作するぐらいだった。

 

「カズマ、なんですかその哀れな弾頭は? やはりあなたにはアーチストの素質は無いようですね」

「へいへい。めぐみん大先生には敵いませんよ。……で、その見るからに物騒な砲弾はなんなんすかね?」

「装弾筒付翼安定徹甲弾です」

「……なんだって?」

「装弾筒付翼安定徹甲弾。略してAPFSDS弾です」

 

 なんでも、装甲を貫くのに特化した砲弾らしい。彼女が求める爆裂とは趣旨が異なるが、これも今後の試金石だそうだ。

 

「……ちょっとちょっとアクア?」

 

 そんな二人を遠巻きに眺めていたレナが、呑気に拾ったスプレー缶を使って床に落書きをしていたアクアを呼ぶ。

 

「〜♪ ん? なによレナ。こんな時まで発情?」

「違うってば。あの二人、ちょっといい雰囲気じゃない?」

「へ?」

 

 赤一色で無駄にハイクオリティな落書きの手を止めて、アクアはレナが指差す先へ顔を向けた。

 

「……いいフインキって、カズマとめぐみん?」

「そう、そう! まだお互いに意識してない段階だけど、相性は良いと思うのよ。カズマは頭良いけどビビリで行動力低いでしょ? そこを意外としっかりしてるめぐみんが引っ張ったり支えたりっていうか」

「生憎と人間じゃないから人間の恋愛ってよく分からないのよね〜」

 

 心の底からどうでも良さそうなアクアが落書きに戻ってしまい、レナは退屈そうに肩を竦めた。

 

「連れないわねぇ。ていうかアクア、本当に犬だったんだ」

「犬じゃなくって女神よ、女神」

「その設定、犬ってのより無理がない?」

「設定じゃないっての! 水を浄化したり、水を出したり、結構すごいことやってみせてるでしょ?」

 

 特に隠すことでもないし、カズマもフォローしないので、アクアが女神を自称する人外の変な生き物(暫定犬)だというのはあちこち広まっている。汚れた水を浄化する異能から「こんな別嬪な女神なら崇めても良い」なんて冗談めかしていうおっさん連中だってそこそこだ。

 しかしである。誰一人として本心から「神」を信仰している者はいなかった。それは信仰を受けて存在していた女神だからこそはっきり感じられるものだが、彼らが崇めるのは飽くまでもアクアが持つ『異能』だけだ。

 

「まあアクアみたいのが神様だったらのなら、世界がこんなにぶっ壊れてるのも納得かな」

「どういう意味よ!? ……ん?」

 

 不意にエントランスホールの奥、これから乗り込む予定の貨物エレベータから妙な金属音がした。しかしエレベーターそのものが動いている様子はない。

 なんだろうか、と不用意に近づこうとしたアクアの腕を咄嗟に引っ掴んだレナは、強引に自分の懐深く抱き寄せた。

 その瞬間――! 分厚いエレベーターの扉を引き裂き、内部から大爆発が巻き起こった。

 

「うわあああああ!」

「ひゃああああっ!? ななな何事ですか!!」

 

 カズマとめぐみんは、突然の衝撃に譬喩ではなくて跳び上がる。

 幸いにして爆発の規模は小さく、貨物用エレベーターが誰がどう見てもオシャカになった程度の被害だ。比較的近くにいたレナとアクアにも被害はない。

 

「キーッキキキキキッ!!」

 

 直後、濛々とした煙を引き千切って巨大なバイクが飛び出した。四本腕の持つ異形のライダーが、二本腕でバーハンドルを、残る二本でアサルトライフルを構えてレナとアクアに狙いを定めた。

 

「んのっ!!」

 

 銃撃されるギリギリで、レナはアクアごとバギーの車内に転がり込んだ。僅かに間に合わず右足に焼け付くような痛みが迸ったが、千切れてなければ薬で治せる。

 追撃に移ろうとした異形のライダーは、銃爪を弾く寸前で方向を変えて間合いを離す。

 ウルフからの砲撃はライダーを掠めることなくエレベーターに吸い込まれ、さらなる爆発を起こした。

 

「まさか、向こうから出向いてくるなんてね……!」

 

 レナは左足の傷に回復ドリンクを掛け、エナジーカプセルを飲み込むと、殺意を剥き出しにハンドルを握った。カズマとめぐみんもウルフに乗り込んで、戦闘態勢は整った。

 奇襲に失敗したライダーは、苛立たしげに食いしばったしかめ面のサルであった。迷彩服にベレー帽を被った四本腕の異形は、ハンターオフィスの写真で見たことがある。グラップラー四天王のスカンクスだ。

 情報にはない非武装の大型バイクに跨り、鼻息を荒くして銃口をチーム・メタルマックスへ突きつけた。

 

「キキキッ!! ドイツもコイツもバカばかり!! 殺しに来たぞ、ハンターども!」

「よく喋るおサルさんだこと。アクア、出番よ。犬猿の仲っていうでしょ?」

「出るのはいいけど犬じゃないわよ! 足、大丈夫?」

「クルマなんだから平気! カズマ、めぐみん!!」

『聞こえてます! あいつを仕留めて賞金で豪遊しますよ!!』

『しょうがねえな、もー! 腹括ればいいんだろ!?』

 

 味方の士気は十分だった。と同時に、スカンクスも殺意を滾らせ気炎を吐く。

 

「勝てる思うか!? グラップラー四天王に!!」

「馬鹿ね。死ぬのはそっちよ!」

「ウッキッキーッ!!」

 

 アクセル全開のバギーとフルスロットルのバイクが同時に急発進し、決戦の火蓋が落とされた。

 

 

 

 同時刻――。

 グラップルタワー・最上階。

 

「もう後がないぞ! ここだけは死守しろーっ!!」

「くっそう! あの化け物隊長はどこいった!! 敵の化け物に対処しやがれーッ!!」

 

 すでにタワーのほぼ全域を占拠され、残すは最上階の司令室と、一つ下にあるセキュリティルームだ。それが切り崩されるのが時間の問題と末端の兵士も理解しているので、パニックが急速に波及している。

 

「救援はまだか! 通信は!?」

「無茶言うな! こんな時代にEMPなんて持ち出してくるヤツら、想定してるわきゃねーだろ!!」

「あああっ!! こ、こんなことなら悪いことしないで田舎に引っ込んでればよかった!!」

「オレもだー! もう悪いことしないから助けて神様ー!*1

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中、兵士達は気付かなかった。

 司令室の片隅に設置された、旧時代の遺物を再利用した特殊な通信システムが息を吹き返し、外部からの通信を受け取っていたことを。

 古い電算機がパンチカードを吐き出すように、メッセージが綴られた紙切れが出力されていたことを。

 

『通信が復旧したらすぐに連絡するように。

 本日中に素体を受け取りに向かう。

 出迎えの準備をしておけ。

 テッド・ブロイラー』

*1
神様と言ってもアクアだぞ




世紀末カズマ
職業:メカニック
サブジョブ:ハンター
 世紀末に転生させられた、この物語の主人公の一人。ハンターチーム「メタルマックス」のサブリーダーにしてブレイン。最近、ハンドルを握ると性格が変わるようになってきた。
 実は本編にてアイテムのドロップ率とレアドロップ率がやたら高いのはカズマの幸運値のお陰という設定。誰も気付いていないチート能力。
最近の悩み:最近、グラップラーの兵士を撃っても何も感じなくなった。


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第二十七話 驚異のライダー、スカンクスを倒せ!

サブタイトルの元ネタっぽくすると。

スカンクス「ヂバグ。ギョグギン・サギザザ、ゴ・ズガング・ダザ!」

スカンクスなんてよくて「メ集団」だろうけど(世代がバレそうなネタ)。

※お気に入り登録が200を超えました。読んでくれたみなさん、ありがとうございます。


 サルは器用な生き物だ。芸を仕込めば自転車ぐらい平然と乗り回す。

 それが知能と身体能力を強化された人造ミュータントであるならば、銃火器を扱いバイクを乗り回すぐらい訳ない話だ。

 

「ダブルアターック!!」

 

 屋内とはいえクルマが走るには十分すぎるエントランスに、スカンクスの雄叫びが木霊する。

 小回りの利くバギーとポチバイクはともかく、どうしても初動がもたつくウルフに特注らしいアサルトライフルが炸裂した。微細なダメージとはいえ、同じ場所に何度も受ければ装甲が抜かれかねない威力だ。

 

「うわ! 今のでクルマ揺れたぞ!? どういう銃だよ、あいつの武器は!?」

「ただのサルと侮れませんね。ですが、こっちだって負けません!! いきますよ、カズマ!」

「お、おう!」

 

 砲座にてめぐみんが機銃で撹乱し、カズマは車体ごと体当たりするつもりでアクセルを踏み込む。ゲーセン感覚で運転可能なCユニット様々だ、現代では普通免許も持っていなかったカズマでも直感的に操作ができる。

 ウルフが動くのに合わせ、バギーとポチバイクのアクアがスカンクスの進路を妨害しにいく。敵を足止めして、一番威力のあるウルフの主砲で仕留める作戦だ。

 

(とはいえ、小回りが利く上に火力もある相手を追い込むのって難しいのよね。もう一手欲しいけどどうしたものかしら)

 

 運転と砲撃を同時にこなしつつ、レナは適度に回避運動を挟んでスカンクスを牽制する。

 しかし敵も積極的に攻め込んでこないバギーには最低限の警戒だけ向けてウルフに集中。片手一本でバーハンドルを押さえ、残り三本の腕で同時に手榴弾を投擲する。

 

「スカンクス、ハリケーーーン!!」

 

 ただの乱れ投げではあるが、銃弾よりも強力にウルフの重装甲にダメージを与えてくる。的がデカいせいか、さっきから削られてばっかりだ。

 

「キキキーッ! ノロマ! マヌケ! バカは死ネーッ!!」

「ムッカーっ!! あのサル、さっきからチョコマカと! 砲撃が当たらないじゃないですか!! 生意気にも迎撃してくるし!」

「ああ。しかもレナの砲火を掻い潜って、的確にコッチを銃撃してくる……さすが四天王だけあるな!」

 

 サルの分際で巧みなバイク捌きを披露するスカンクスは、レナとめぐみんが二方向から機銃で撃ってくるのを見事に回避し、あまつさえ反撃までしてくる。

 苛立ちから例の特殊砲弾*1を装填しためぐみんを慌てて止めつつ、カズマはこちらからも打って出るべくウルフを走らせた。

 

「ところでアクアは何してるんだ? まさかサボってないよな?」

「えーっと……あ、いつもの情けない顔で逃げ回ってますね。サルもあんまり相手にしてませ――あ、流れ手榴弾で吹き飛ばされました」

「……邪魔になってないならいいや。あいつには勝手にやらせとこう」

 

 役に立つ時と立たない時とが激しいが、女神(ポチ)とはそういうものである。

 

 

 

 機銃の弾をばら撒きながら、レナは憎々しげに歯噛みした。

 

「あのサル! よくもうちのアクアを……!!」

 

 吹っ飛び方がギャグっぽかったのでどうせ無事だと確信しつつ、レナは攻め手に悩んでいた。

 スカンクスの行動を身も蓋もなく表現すると、二回行動するうちの一回で必ず回避行動(ゴーストドリフト)を行ってくる。そのせいでロクに攻撃が当たらないのだ。

 あの恐るべきテクニックを潰すには、バイクの動きを止めるか、引きずり下ろすかしかない。めぐみんの爆裂弾でも吹き飛ばせるだろうが、その場合は自分達も上階のハンター達も壊滅するので却下。

 壁沿いを猛ダッシュしつつ弾丸や手榴弾をばら撒き、こちらの戦力を確実に削いでくるスカンクス。サルそのものの外見と言動には似つかわしくない合理的な戦術だ。

 

「カズマ、何か作戦ない?」

『そうそう簡単に思いつかねーよ! ああいう「普通に強い」ってのが一番困るんだよ!』

「多分、この先の四天王もあんなのよ。テッド・ブロイラーとかほら、あれだし」

『実感籠もってるな――うわあっ!!』

 

 iゴーグル越しに爆発音。砲塔に手榴弾が直撃し、黒煙が上がっていた。大破まではいかないが、破損レベルには達しただろう。

 

「キキキキーッ!! ノロマ! ウスノロ! ナニも出来ずに死ぬバカども!! ウッキッキーッ!!」

 

 徹底したヒット&アウェイに終止する敵に対し、有効な手段といえばブービートラップか。地雷でもあれば最高だが。

 

『れ、レナ! その辺に()()が落ちてるの見えないか!? ()()()()()()()()だ!!』

「え、アレ? ……あぁ、アレ!」

 

 言われてざっと視線を巡らせ、目当てのものはすぐに見つかった。さっき待ってる間にめぐみん達が作った後、積み込みそびれて床に放置された特殊砲弾だ。確かにあれなら地雷になりえる。

 

「分かったわ! 追い込む? 誘い込む?」

『えっ!? ……お、追い込んでくれると助かる! こっちももう余裕ない!!』

 

 泣きそうな情けない声のカズマだが、それでもキッチリ使える作戦を持ってきた。追い込まれると爆発するというより、思考と感情が切り離されているのだろう。

 

「頼もしい参謀を持って、アタシってば幸せなリーダーね!!」

 

 いっちょ気合を入れ直したレナは、一旦サイドブレーキを引いてブーツを脱ぐ。全開で踏み込んだアクセルを脱いだブーツで固定すると、フロントガラスが無いのをいいことに車内からボンネットによじ登った。

 そのままiゴーグル経由の遠隔操作でサイドブレーキを解除すると、最大回転数に達していたタイヤが地面に接すると同時に爆走を開始した。

 機銃、大砲、手持ちの火器をフルに使ってスカンクスに集中砲火を仕掛けた。

 

「キキッ!?」

 

 ウルフに再度大量の手榴弾をお見舞いしようとしていたスカンクスも、これにはビビっただろう。

 何しろレナは正面を向いたまま、つま先をハンドルに引っ掛けて運転しているのだ。これぞクルマに乗ったまま手持ちの武器で攻撃する『ハンターマジック』……というよりただの曲乗りか。

 真正面への火力を最大限に高めて、矛先をスカンクスへと差し向けた。

 

「チィッ!!」

 

 敵もこれだけ火線を集中させた攻撃を受けるのは御免被るようで、大きく距離を取るようにバギーの正面を避けようとした。

 

「逃さないっての!」

 

 後ろ足でのハンドル操作にも関わらず、バギーは自分より小型で小回りの利くバイクを猛追する。遠心力で振り落とされないのは、ハンドルを握る足の指の力だ。

 後方から大砲を撃ち込み、スカンクスがそれを紙一重で躱したところに機銃と手持ちのライフル弾をお見舞いする。バリアプロテクターが銃撃を弾いた稲光でエントランスが白く霞んだ。

 

「調子に乗るなーッ!! ウッキッキーッ!!」

 

 バリアがあっても痛いものは痛いので、激高したスカンクスは標的をウルフからバギーへ切り替えた。

 180度ドリフトターンを決め、バギーに真正面から突撃しつつ銃火を放つ。狙いは当然、ボンネットで銃を構える()()()()()()()だ。

 正面切っての銃撃戦の体で銃弾と砲撃が交差する。レナは緋牡丹のさらし(プロテクター)の上から受けた衝撃に顔をしかめつつ、視線はしっかりとスカンクスの進む先、地面に転がる作り途中の特殊砲弾を見据えた。

 

(今っ!!)

 

 バイクの前輪が砲弾に乗り上げる、まさにそのタイミングで剥き出しの雷管をライフルで狙い撃つ。

 ところが、爆発より一瞬素早くホッピングしたバイクは逆に爆風の煽りを背後に受けて加速。バギーの火線を飛び越える形でレナと一気に肉薄した。

 

(しまっ――!?)

 

 口許をこれ以上無いほど歪めたスカンクスの銃口が眉間に向けられるのが、やけにスローに感じられる。死を前にした走馬灯状態とでもいうのか。

 

「死――」

 

 銃爪を弾く指の動きまでがつぶさに見て取れる、あまりに長い一瞬。その間を駆け巡ったのはレナが過ごした在りし日の残響――ではなかった。

 

「ネぐふぅ!?」

 

 横合いから猛スピードで突っ込んできた()()()()()()()()に跳ね飛ばされる、スカンクスのマヌケ面である。

 しかもご丁寧なことに、ポチバイクには見るからにヤバそうなドクロマークの物体が括り付けられていて……。

 ポチバイクがかっ飛んできた先で、やたら格好つけたキメ顔のカズマが手元のスイッチを押した瞬間、物体はポチバイクの動力炉巻き込んで大爆発を起こした。

 

「ウギャアアアアアアーッ!!」

「やぁん!?」

 

 レナも吹き飛ばされたが、至近距離で爆発を食らったスカンクスはもっと堪ったものではなかった。トレードマークのベレー帽も愛用のアサルトライフルも振り落とし、バイクからも投げ出されて激しく地面に衝突した。原型が残っているだけ大したものだ。

 

「レナ、無事か!?」

 

 駆け寄ってきたカズマから回復ドリンクをぶっ掛けられるが、現状ダメージの大半はポチバイクのせいだ。指摘するとカズマは「コラテラルダメージだ」と悪びれもなくいう。

 

「……さっき言ってた()()ってポチバイクの方だったのね」

「え? なんだよ、分かってるもんだと思ったのに。転がってた場所を教えてくれたのはお前だろ?」

「ごめん、全然記憶にない……」

 

 どうやらレナが示した特殊砲弾のすぐ近くに、ポチバイクが落ちていたらしい。そこに爆弾を括り付け、エンジンを暴走させて突撃させたのだった。

 

「キ、キキキ……」

 

 しかしだ。大ダメージを受けながらも、スカンクスはまだ生きていた。

 まだ動かせる腕一本で予備の拳銃を引き抜き、狙うのは無防備な男のメカニックの方。

 

「オレ、は……グラップラー四天王……ッ!!」

 

 ただでは死なんと最期の足掻きに出ようとした、まさにその時。

 

「させません!」

「ウキ?」

 

 キュラキュラと甲高い金属音とともに影が覆いかぶさってきた。

 何かと思って見上げた先の、ド派手な赤いボディの重戦車。それがスカンクスが見た最期の光景。

 めぐみんによって念入りに轢殺されたスカンクスは、もはやDr.ミンチにだって蘇生不可能な肉塊と成り果てたのであった*2

*1
いつもの爆裂弾

*2
グロ注意




レナ
職業:ハンター
サブジョブ:ソルジャー
 「メタルマックス2リローデッド」の女性主人公。正確にはゲーム開始時に主人公の性別を女性にした際のデフォルトネーム。外見は主人公のみ選択できる専用ハンター女で、金髪、色白、傷痕、巨乳、パンツ見えるだろそれってぐらい短いスカートなど属性てんこ盛り。ビアンなのは原作通り、結婚可能な同性が3人いる。
 性格ははっちゃけた選択肢を選びまくった場合をイメージしつつ、復讐者スイッチが入ると苛烈になる。イメージはゴブリンじゃなくてニンジャをスレイする方。


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第二十八話 爆炎に消ゆ

――転送事故でベルゼルグ王国へ飛ばされた世紀末めぐみんにありがちなこと。
・爆裂魔法に感動し、爆弾で再現しようとする
・ウィズの店にあった危険物を材料として買い占める
・ベルディア駐屯中の古城を発破解体する
・帰る際に原作めぐみんにiゴーグルをくれる

※予約投稿する日にち間違えてたァー!


 グラップルタワーからやや南東に下った海岸線に、無骨な巨大タンカーが接岸した。大破壊前の技術で造船されたそれは、人間狩り部隊が運用する実験材料運搬用の船舶だ。

 指揮する船長は当然この男。モヒカン頭にタラコ唇の巨漢、テッド・ブロイラー様だ。

 

「グラップルタワーとはまだ連絡が取れんのか?」

 

 船長室の特注椅子にドカっと腰を下ろし、マフィアのボスのような風格のテッド・ブロイラーが葉巻を燻らす。

 対して、明らかにその辺の一般兵とは一線を画す装備の通信兵が敬礼とともに答えた。

 

「はっ! 電波障害はすでに収まっておりますものの、応答ありません。ですが電波自体は疎通しておりますので、機材の故障でないなら意図的に無視されているものかと」

「ふむ。ではこれよりグラップルタワーが何者かに占拠されたものと判断し、強襲揚陸作戦を執り行う。全体に戦闘配備を伝えろ!」

「はっ!!」

 

 ただ凶暴なだけではなく、迅速な判断力と的確な指揮力もまたカリスマの秘訣だ。

 ほんの数分でデッキには武装したグラップラー兵士が整列し、あとはカリスマの号令を待つばかりとなる。

 その様子を満足そうに眺めて顎を撫でたテッド・ブロイラーは、自らがその先頭に立って攻撃命令を下す。

 

「行くぞ、者共! 目標、グラップルタワー!! 逆らう者は皆殺しにしろ!!」

『ウオオォォォォォーッ!!』

 

 地獄の軍団は悍ましい雄叫びを上げ、地獄の軍団が一糸乱れぬ隊列で進軍を開始した。

 

 

 

 スカンクス撃破とタイミングを同じくして、クリス達からタワーを占拠したという報告がレナのiゴーグルに入った。

 

「遅かったじゃない。スカンクスならもう挽き肉(ミンチ)になってるわよ」

『えっ! ど、どういうこと!?』

「あんにゃろう、こっちが乗る予定だったエレベーターで逆に奇襲を仕掛けて来たの。そこを返り討ちにしてやったのよ」

『へぇ! すごいじゃん、メタルマックス!』

 

 えっへん、とレナは目の前にいないクリスへ可愛らしく胸を張る。もっとも彼女の胸は、もはや「可愛い」という範疇ではないのだが。

 

 クリス達の方も、作戦通り司令室とセキュリティルームを予定通り制圧できたという。味方の被害は怪我人が数人程度と、完全勝利だった。戦略的大勝利、というやつだ。

 

「なんならベッドで詳しい話を聞かせよ」

『あはは、絶対ヤダ。それじゃ、そっちが片付いてるなら、悪いんだけど急いで上まで来られる? ちょっと厄介事がね』

「分かったわ、すぐに行く。じゃね♪」

 

 通話を終えたレナはゴーグルを首元に掛け直して、カズマ達を呼ぶ。

 

「カズマー、上でみんなが呼んでるってー」

「おう。つーわけでアクア、いい加減に元気出せ。マジ置いていくぞ」

「うぅぅ〜……」

 

 アクアはカズマの呼び掛けに答えず、ポチバイクの残骸を前にして項垂れるばかりだ。相当なお気に入りだったのだから無理もない。

 仕方がなかったとはいえ罪悪感をチクチク刺激されたカズマは、ガシガシ頭を掻いて溜め息を吐いた。

 

「しょうがねえな、もう。新しいの買ってやるから元気出せよ」

「あれが良かったの……あれが良かったのよ……」

「子供か!」

 

 埒が明かないので、強引にアクアをウルフに詰め込み、さっさと最上階の司令室へ向かうことにした。

 

 

 

 上階でカズマ達を待っていたのは制圧部隊のハンター達だけではなかった。

 参加したハンターより多いぐらいの、みすぼらしい格好で疲れ果てた人々。子供と働きざかりの若者で半々ぐらいな彼らは、人間狩りの被害者達だった。

 どうやらグラップルタワーは奴らの真の本拠地か実験場へ人を運ぶ中継地点も兼ねていたらしい。

 

「なるほど、確かに厄介事だな」

 

 クリスから事情を聞いて、カズマは難しい顔で腕を組んだ。

 

「無理やり詰め込めば全員クルマに乗れそうだけどね。もう住んでいた集落も無かったり、親を殺された子供だったり。そういう人達の受け皿になれそうな場所、知らない?」

「大丈夫じゃない? むしろどこの町でも人手は常に不足してるぐらいだし、ちゃんと働くってんならマドでも大歓迎よ、きっと」

「んな能天気な……」

 

 レナの言動は正しくもあるが、世の中人手以上に食糧生産率が足りてない。ちょっとしたコミュニティ規模の人数を安々と受け入れてもらえると考えるほど、クリスは楽天的にはなれなかった。

 しかし、いつまでもここに残ったところで話が進展しないのも確かだ。ひとまずサースティに引き上げ、今後の作戦と合わせて話し合うこととした。

 

 ところがだ。せっかくの戦勝ムードを台無しにする恐ろしい情報が、けたたましいアラーム音とともに舞い込んできた。

 耳をつんざく大音量の不協和音に、緊張感が一気に高まる。

 

「カズマ、大変です!!」

 

 司令室の機械を珍しそうにイジっていためぐみんが、血相を変えて……否、激しく興奮しつつも気色ばんでカズマの元へ駆けてきた。

 

「自爆装置のプロテクトを解除してやりましたよ!! あと3分ですべてが吹き飛びます!!」

「お前、なんつーことしてんの!?」

「爆裂の匂いを嗅ぎ取る直感力、我ながら恐ろしいです。むふ〜っ」

「確かに恐ろしいバカだよ!! どういうロジックで行動してるんだてめぇ!!」

「未知の爆発物があったら火を点けるのが人情でしょう!!」

 

 司令部のモニターには、デカデカとカウントダウンの数字が映し出されていた。残り2分と50秒、めぐみんの所業にドン引きしていたハンター達も、事態の重さに顔色を失った。

 内心では爆笑しながら、レナは声を張り上げて全体へ指示を飛ばす。

 

「全員、クルマに乗り込んで!! ドッグシステムで脱出するわ!! それからめぐみんは帰ったらお仕置き!! 方法はカズマに一任します!」

「なんでですか!?」

「むしろ褒められるとでも思ってたのか、おい!?」

 

 大慌ての末に40秒で脱出の支度を整えた一同は、爆発まで1分を残して量子ワープで脱出。一度ダンジョンの外に出て……などと面倒な手順を省き、ショートカットに登録していたマドの町まで一足飛びに逃げおおせたのだった。

 

 それと全く同じタイミングで。

 グラップルタワーの防衛網が完全に沈黙していると見たテッド・ブロイラーは、分厚い口唇をニヤリと釣り上げていた。

 

「やはり襲撃に遭っていたか。だが攻撃の跡が新しいな。反逆者どもはおそらくまだタワーの中にいる」

「如何なさいますか、テッド・ブロイラー様!」

「知れたこと!! 全軍、グラップルタワーへ突撃せよ! 我らに楯突く愚か者を見つけ次第、真っ黒焦げにしてやるのだ! がががーっ!!」

 

 勢い勇んでタワーへ突入していった人間狩り部隊は、その直後。臨界を迎えた動力炉の起こす大爆発に呑まれ、炎の中に消えていった。

 不運だったのは、テッド・ブロイラーは敵戦力を最大限強力なもの――スカンクスを撃破できるだけと見積もって、手持ちの全兵隊を投入していたのだ。

 この一件で大打撃を受けてしまった人間狩り部隊は当面の活動停止を余儀なくされ、アシッドキャニオン周辺の治安を著しく回復させた。

 

 それが、とある一人の爆裂マニアなアーチストによってもたらされたということは、本人も含めて誰も知らない。

 多大な戦果を上げた英雄が、二度と火遊びはしませんという念書を書かされた上に尻を百叩きにされるお仕置きをされていることなど、誰一人考えもしなかった。

 

 全くの余談だが、お仕置きされるめぐみんをある女レスラーがこっそり覗き見し、物欲しそうに内股を擦り合わせていた姿がマドの町の住人に目撃されていたそうだ。

 

「イリット、あれも『愛』なのですか?」

「あれは性癖。人間の背負った『(カルマ)』よ」




 悲報。テッド様、埋まる。
 どうせみなさん分かりきってると思いますけど、普通に生きてますのでご安心ください。この程度で死ぬお方のはずないです。


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Part4 しゃーくとらっかー・りゔぇんじぇんす
第二十九話 新天地へ


 新章の導入編。

 4のDLCにてテッド様の声優は杉田智和氏ですが、この話のテッド様のイメージCVは稲田徹氏で書いています。


 最後に騒々しいオチがついたが、グラップルタワー攻略作戦は大成功に終わった。

 四天王スカンクス死亡と立役者チーム・メタルマックスの名前は大々的に喧伝され、アシッドキャニオン西部では救世主として知れ渡った。メンバーの顔も売れることとなり、今やメタルマックスは一般ハンターを含めた多くの人の希望だ。

 当然、宿敵のグラップラーからの評価も相応だ。一般兵にまで手配書のようなものが出回り、出先で顔を見た瞬間に襲ってくるか回れ右して全力で逃げるかのどっちかだ。

 

 もちろんカズマはレナ、クリスと並んだ反逆者筆頭として名指しで狙われることとなった。

 

「なんでだ!? 俺ってそこまで目立ってなくないか!?」

「そう思ってるのは本人だけだったんじゃない? まあ、レナとかめぐみんが『メタルマックスのブレイン』だってあっちこっちで言いふらしてたし」

「あいつらぁぁぁ〜……はぁぁぁぁぁ」

 

 今更どうしようもないのだが、やるせない気持ちをため息に乗せてカズマはテーブルに突っ伏した。

 ここはエルニニョ。昨日までグラップラーに支配されていた町だが、今や英雄メタルマックスのお陰で自由と平和を取り戻した。

 その英雄の一員であるカズマは、町を歩けば黄色い声が飛び、町の外では「一番弱そうだから」とグラップラー兵士がワラワラと襲ってくる。

 つまり当初予定していたメカニックとして細々と暮らすプランは、最低でもグラップラーを壊滅させない限り不可能ということだ。

 

「レナのヤツ、こうなるのが分かってたから強く引き留めようとしなかったんだな」

 

 レナがイタズラっぽく「これからもよっろしく〜♪」と言っていた意味を痛感しつつ、酒場の隅でダラダラしているカズマの元に、長身で外見だけは見目麗しい女レスラーがやって来た。

 

「人生とはそういうものだ、カズマ。一度初めてしまうと後には引けないことが山ほどあるのだ」

「何をしたり顔してるんだよ、ダクネス」

「なぁに、これから一緒に戦うことになるサブリーダー様に挨拶だ。さっきレナと話して、私もメタルマックスに加えてもらった。これからよろしく頼む」

 

 そう言って差し出された右手を反射的に取ってから、カズマは握った手とダクネスの妙に熱っぽい笑顔とを二度見して眉を潜めた。

 

「えらく急だな」

「そうでもないだろう。メタルマックスとは何度か関わっているし、これからエルニニョを治めるクリスやウィンディと違って、私は生粋の戦闘員だ。平和になっていく町には馴染めないのだ」

「戦闘員っていうより蛮族じゃないの?」

 

 アクアからのチャチャに満更でも無さそうな笑みのダクネスだが、そういう評価で嬉しいものなのか。

 

「外見だけは貴族っぽいのにな、アンタ。中身が度し難いド変態なのがな」

「……っ、ふ。その言葉、歓迎の挨拶と受け取ろう」

「悦んでんじゃねえよ、否定しろよ」

 

 世紀末に来て以来、つくづく変な女に縁のあるカズマなのであった。

 

 

 

 マドの町とエルニニョ間での交易が正常化したお陰で、復旧に必要な物資や人材の行き来が格段に楽になった。グラップラーの残党も順調に狩られ、西側一帯の敵はほぼ掃討されたと言える。

 となれば、メタルマックスは北部方面――デルタ・リオ周辺へ足を伸ばすこととなる。

 

「という訳だから、しばらく会えなくなるかもしれないわ。寂しくなるけど、待っててねイリット?」

「ええ。それじゃカズマ、レナがナンパしたりしないよう、見張りお願いね。バカなことしそうになったら撃っちゃっていいからね」

「笑顔で言うなよ、怖いぞ!?」

 

 最近、癒やし系だと思っていた褐色美少女にヤンデレ属性が生えてきて、世紀末にはやはり神も仏もいないのだと、カズマはガレージの外で楽しそうにはしゃぐアクアを睨んだ。

 

「あはははははー! なにこれ楽しいーっ!!」

 

 アクアが猛スピードで乗りこなしているのは、再起不能となったポチバイクに代わる新たな乗り物、ポチカーだ。

 ウィズから提供されたそれは、一見すると遊園地にありそうなゴーカートだ。だが搭載された謎の動力機関とバリアジェネレーターの出力は並のクルマを寄せ付けない。固定武装はないものの、アクアに手持ちの火器でも持たせれば充分な戦力として運用できそうだった。

 しかし、傍目には子供用のおもちゃで遊ぶ痛い美少女というのが……どうせアクアだし、実際に痛い女だが。

 

 新メンバーを加えたメタルマックスは、お馴染みバギーにレナとダクネス、ウルフにカズマとめぐみん、物資運搬用の牽引車として装甲車を持っていく。バイクは今回留守番だ。

 一人一台クルマを充てがっての運用も考えたが、運転センスも射撃の腕も絶望的なダクネスと、生身での戦闘能力が壊滅的に低いカズマという両極端な二人がいるのを鑑みて、常にある程度固まった行動が取れることを優先させた。

 

 準備の整ったチーム・メタルマックスは、どうせドッグシステムがあるからしょっちゅう帰ってくることになるだろうマドの町を出発し、新たなるバトルフィールドへ旅立っていった。

 

 

 

 崩壊したグラップルタワーを横切って、陸路での現地入りを果たしたデルタ・リオは、以前と異なり活気のある町へと変わっていた。グラップラー(ゴミ)が消えただけで、景観に大きな違いが現れている。

 しかし、世紀末においてグラップラーは確かに巨悪だが、ヤツらが消えただけですべてが丸く収まるほど、世紀末だって単純ではなかった。

 現地のハンターオフィスにて、妙に歓迎されるな〜というカズマの嫌な予感は、スカンクスと同等かそれ以上の賞金首討伐依頼という形で現れる。

 

「レナ、スカンクスの賞金っていくらでしたっけ?」

「25000Gよ、めぐみん。でも見てよ、それ以上の超高額賞金! 一匹狩るだけでも文字通り一攫千金よ!」

「まさにレベル違いって感じですね。特にこいつ……ふっ、ついにここまで来ましたか」

 

 iゴーグルにコピーした賞金首情報を確認し、獰猛な笑みを浮かべるハンター系美少女✕2。特にめぐみんは拳を震わせて「ふふふふふっ」と押さえきれない声が出ている。取らぬ狸の皮算用……と呼ぶには、些か物騒だ。

 両眼を明るい未来に曇らせながら、戦車装備を見繕うレナとめぐみんの姿こそ、世紀末を強かに生きる狩人のあるべき姿である、悲しいけど。

 

「しかし、どうするんだカズマ。ポスターにあった賞金首の半分は海――いや湖を棲家にしているようだぞ。戦うには船が必要だ」

 

 物欲で頭が茹だってるのがいる一方、カズマと普段は常識人よりなダクネスは、目の前に広がるなんとも情緒のない緑色の湖を眺めて途方に暮れていた。さらにその横ではポチカーに乗ったアクアが呑気に釣りをしているが、こいつに何事か意見を出せというのは酷だ。

 

「そうなんだよな〜。さっき港で聞いてみたけど、戦車を乗せて戦闘まで出来るような大型の船なんて、いくらなんでも売ってないってさ」

「やはりか。商品が無いのでは金があっても……だな。ならレンタルはどうだ?」

「そっちも駄目。けどいい情報が手に入った。『ネメシス号』って船の船長が、賞金首の『U−シャーク』を倒すためにすげえ船を持ってるって話だ。その人と協力できないかって考えてるんだ」

「ネメシス号……って、あれか?」

 

 ちょうど港に入港しようとする一隻をダクネスが指差した。分厚い金属板で補強された船体に、デカデカと「ねめしす」と書かれた、ほぼ戦艦と呼べるほど改造された高速船だった。

 大きさは漁船と定期船の間ぐらいだが、戦車を搭載できてかつ小回りのことも考えると、あのサイズは一番理想的かも知れない。

 

「よし、交渉してみよう!」

 

 カズマは早速立ち上がり、ネメシス号の入港したドッグへ足を向けた。

 

「リーダーに言わなくてもいいのか?」

「こういう判断は俺に一任されてるの。まったく、冷静で頼れる男は辛いぜ」

 

 セリフの割にどんより表情が曇っているのは、実のところ面倒な外交全般を丸投げされているだけだからだ。適材適所で考えると、カズマ以外に適任がいないのも事実だが。

 

 カズマとダクネス、ついでにアクアがドッグへ赴くと、ネメシス号の船長らしき男性がラッタルを降りてくるところだった。

 どこぞの宇宙戦艦の艦長みたいな服装だが、意外にもカズマと同年代の若い青年だ。日焼けして浅黒くなった肌や無精髭が、元からイケメンだった面構えをますます精悍に見せていた。

 

「ま、まさかあなたは!!」

 

 そのネメシス号の船長は、カズマ達が声を掛ける前にこちらに気付き――否、視線が向くのは水色の髪をした駄犬だ。アクアに向かって走り寄ってきた。

 

「女神様! 女神アクア様ァー!!」

 

 カズマが視線で「知り合いか?」と尋ねると、アクアは本心から首を傾げて「記憶にございません」と頭を振った。

 そうこうするうち、船長は満面の笑みだった表情を一瞬のうちに憤怒に切り替えて跳躍。空中でグルっと縦一回転した勢いを乗せ、アクアにドロップキックを炸裂させた。

 

「死ねぇぇぇぇーっ!!」

「ビートラッ!?」

 

 アクアが吹っ飛んだが、船長も勢いを殺せずコンクリート打ちっぱなしな埠頭の地面に背中から落下した。苦悶の声も出た辺り、完全に勢い任せの行動だったようだ。

 

「この駄犬へのリアクション、ひょっとして転生者か?」

「え……?」

 

 助け起こしながらカズマが尋ねると、船長は目を見開いて見返してきた。

 ついでにダクネスも、顔面に靴跡を作って白目を剥いたアクアを、物欲しそうに見つめていた。




 ネメシス号の船長、一体何ツルギなんだ!?
 この時点で嫌な予感がした人はだいたい合ってると思います。

○おまけ
世紀末ウィズ
職業:なし(今は非戦闘員の為)
サブジョブ:なし(今は非戦闘員の為)
 思っていたより出番がないDr.ミンチの助手その2。マッドサイエンティストの助手だけあって感性が外れており、原作にあったようなネタ方向へ吹っ切れた遺物を集めている。ちなみに拾い物が大半なので仕入れ値はタダ。フィールドで調べる連打。
 ミンチとの出会いは彼女の死体をイゴールが拾ってきたことから。電撃で蘇ったのはいいが、過去の記憶をさっぱり失ってしまっている。
 抜群のスタイルを誇る彼女だが、服の下の皮膚には赤い入れ墨のようなラインが走っていたり、腕にバーコード(1313という数字にも見える)があったりと、生身の生物なのは確かだが謎が多い。


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第三十話 彼の名はミツルギ

 125ミリサイガンとデリック砲の☆☆☆があるだけで最終決戦までの戦車装備は揃ったも同然ですので、前回でレナとめぐみんが買っていたのは機銃やS-Eが主です。


 ネメシス号の船長ことキャプテン・ミツルギは、孤独な青年だ。

 元の彼は、やや自己陶酔が激しいながらも正義感が強く、困っている人を見れば助けに入ってしまうお人好しだった。ようするに、世紀末では格好のカモである。

 

 世紀末の環境は、下手な異世界より格段に過酷だ。

 発展途上な文明圏ゆえの素朴さは無く、魔法のような便利な技術はメンテナンス不可能な過去の遺物に頼り、モンスターよりも理性を失った人間が主な外敵となる。

 なにより諸悪の根源と呼べるような「絶対悪」など存在しないし、巨悪を討っても荒廃した大地には何の影響もないのが現実だ。

 

 それでもミツルギは、自らの使命を胸に戦い続けた。

 どうか世界を救って欲しい。あの美しい水色の髪の女神から与えられた言葉(リップサービス)を果たす為、転生特典として授かった魔剣グラム(ビームサーベル)を手に世を乱す悪を斬り続けた。

 そんな彼を心から慕う者達とも出会い、ミツルギの活躍は少しずつだが彼の周囲に影響を与えていったのだ。世紀末の大地にも花が咲くように、人々の心に希望が戻ってきた。ミツルギは心からそう感じていた。

 

 そんな物がただの気の所為で、吹けば飛ぶベニア板のように薄っぺらい夢だと知ったのは、とある島へ攻め込む途中の船が機械化ザメによって仲間ごと全滅してからだった。

 

 

 

 気絶したアクアを引きずってレナ達と合流したカズマとダクネスは、その後ミツルギが借りているドッグのサロンにて商談を行っていた。

 ミツルギからメタルマックスへ提示された条件は実にシンプルで、かつレナ達にとっても非常に旨味のある話だった。

 

「つまり、賞金首のU−シャーク討伐に協力したら賞金はいらないし、船も譲ってくれるってこと?」

「ああ。僕にとってはもう、ヤツをこの手で殺すことだけが全てだ。トドメの一撃さえ譲ってくれるなら、報酬にこの首だって差し出そう」

「分かったわ。首はいらないけど、その提案乗った。よろしく、キャプテン・ミツルギ」

 

 その流れで固い握手を交わそうとしたレナとミツルギだったが、さすがに話が簡単すぎるとカズマが待ったを掛けた。

 

「ちょい待ち、レナ! さすがに即決しすぎだって!」

「そう? 賞金首が相手ってこと以外は美味しい話だと思うんだけど」

「新参者が口を挟んで申し訳ないが、私も同意見だ。ミツルギ船長、会って間もない我々にそこまで差し出せる理由をお聞きしても?」

「……ふっ。くっくっくっく」

 

 カズマとダクネスからの懐疑的な物言いに、ミツルギのドロリと濁った黒い瞳が真っ向から睨み返してきた。そしてズボンの裾を託し上げ、義体に換装された左脚を見せつける。

 

「理由なんて僕が今言ったのが全てさ。仲間と、この左脚……僕から大事なものを奪ったあの化け物を生かしちゃおけない。単純だろ?」

「はあ、そうですか……」

「大切な人を失えば、嫌でも理解出来るさ。くくくくっ」

 

 暗い笑みを浮かべ、まるで「何も知らない素人」に物を教えるようなミツルギは、確かに多くの地獄を見てきたのだろう。席を立ったミツルギは、わざわざカズマの側まで歩み寄ってきた。

 

「君もあの女神……いや、邪神に堕とされたなら今に解る。ここはね、地獄なんだ。かつての世界の常識は崩壊し、暴力だけが支配する。そんな世界でたった一つだけ信じられた仲間達を奪ったヤツだけは、絶対に生かしちゃいけないのさ」

「はあ……」

 

 気のない返事を返すばかりなカズマだが、返事をするだけまだミツルギに理解を示している。めぐみんとダクネスは「なに当たり前のこと言ってんだ?」と眉を潜めていた。

 

「どうやら君はまだ、この世界がどういう場所なのかよく知らないみたいだね。どうかな? 同郷のよしみだ、何だったら少しレクチャーしようか?」

「いいえ結構です」

「遠慮することはない。同じ転生者として、僕は君の力になりたいんだ」

 

 そうしてやたら距離を詰めてこようとするミツルギ。反射的に押し退けて距離を取ったカズマは、露骨に残念がられてる気がしたのを全力で無視して協力に合意した。

 不思議とニマニマ楽しそうなレナよりも、めぐみんとダクネスから注がれる同情的な視線の方が心理的ダメージの大きい。違うってあいつホモじゃねーし、と繰り返し唱えるカズマ君であった。

 

 

 

 デルタ・リオの港の地下ガレージを間借りしたメタルマックスは、明日未明の出撃に向けてクルマの装備を整えていた。

 主砲は相変わらず拾い物を整備し直したが、新たにシーハンターという多段装填ミサイルをウルフとバギーの両方で扱えるようにした。現地のメカニックに協力してもらってシャシーとエンジンにも大幅な改造を施し、戦闘能力の大幅な向上に成功したのだった。

 出撃前の最終チェックで、別物レベルにまで昇華されたウルフとバギーの性能に、カズマはただただ舌を巻く。

 

「すごいもんだな〜、改造屋って」

「カズマさんだってメカニックでしょ? なにを他人事みたいに」

「俺と改造屋だと分野が違うの」

 

 よく分かっていないアクアに説明すると、カズマの本業は修理と解体だ。メカニックとして順調にレベルアップはしているものの、機構の能力アップといった改造の場合は全く別の技術なのだ。

 

「あのミツルギって人、悲劇のヒーローでも気取ってたんですかね?」

「ん?」

 

 ウルフの125ミリサイガンに特殊砲弾を詰め込み終わっためぐみんが、なんとなしにアクアに尋ねた。

 

「レナは無害だし利用できるからって特に気にしてはいませんけど。アクア、あの人もあなたがテンセーとやらをさせて、こっちの世界に引きずり込んだんですよね。相当恨まれていたのを感じました」

「出会い頭にドロップキックだもんな」

「……私だって別に、あの人が憎くてやったわけじゃないもの。仕事よ、仕事」

 

 アクアは首元に手を置き、蹴られた調子を確かめるようにグルリと巡らせた。露骨に話を逸らそうとしている仕草を見るに、こんな駄犬でも思うところがあるらしい。

 

 とはいえ、喋り方からして自分に酔ってる節があるミツルギという男は、どうも自分の内側ばかりで外を見えていない節があった。

 レナだって実の両親も育ての親も目の前で殺されているし、ダクネスだって実兄を焼き殺されて自分も一回死んでいる。肉親を喪う悲劇なんてものは、世紀末にはいくらでも転がっている。

 二十一世紀の日本から来た転生者であるミツルギにとって、近しい者との死別……それも殺害されるというのは一大事件には違いない。しかしそんなもの、世紀末にはありふれた悲劇にすぎず、何だったら死んだ親兄弟より自分の食い扶持の方が優先度が高いぐらいだ。

 だがあのミツルギという男は、自分が世界で一番不幸であるかのような……いや。自分に降り掛かった不幸に酔っているように見受けられた。

 

「あのピチピチもそうだけど、そもそもどんな基準で転生者を送り込んだんだよ」

「基準なんてないわよ。天国へも地獄へも逝けなくて、ちょうどこの世界への経路が開いたタイミングで死んだから送ちゃってただけだもん」

「んな無責任な。過酷な世界だってのはお前だって分かってただろうに」

「う、うるさいわね! こんなになったのだって、そもそも人間の驕りが原因なんだから! 技術を過信しすぎて、自分の造ったシステムに反逆されちゃったとか、天界にだって予想つかなかったもの!」

「本当かよ……?」

「あの〜、盛り上がってるところ悪いんですけど、いいですか?」

 

 割って入っためぐみんが、泣きそうな顔のアクアに向かって小首を傾げながら再度訊く。

 

「女神だとか天界って部分の真贋はこの際置いておくとして。どういった目的で転生者はわざわざこの時代に送り込まれるんです? 元の平和だった……大破壊以前の時代からしたら、今はまるっきり地獄ですよね」

「だ、だから天国にも地獄にも逝けない――」

「その部分、嘘ではありませんけど事実でもありませんね」

「うぐ……っ」

 

 鋭い指摘に、アクアの顔色が目に見えて変わる。めぐみんは爆裂癖こそ重篤だが、チームの中では一番の頭脳明晰で、絶対に自爆装置を組み込もうとするのを黙認すれば独力で戦車を改造できる知識も有している。

 本人も言う通り、神の真偽については問題視していない。だがそれはそれとして、カズマ、ミツルギ、ピチピチといった複数の転生者と出会い、その全員がアクアを「この世界に自分達を突き落とした原因」と指を差す。何かしら関わりがあると察したのだろう。

 

「カズマ、言っていましたよね。ノアを倒すよう言われてこの世界に来たって。でも実際は無関係のグラップラーと戦っています。状況がそうせざるを得ないのはもちろんですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が疑問だったんです」

「…………」

「もしかしてアクア。あなた、いいえ天界にとってはノアも、この世界も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 めぐみんの突きつけた言葉にアクアは最後まで答えなかったが、その沈黙こそが何よりも雄弁な回答だった。




世紀末ミツルギ
職業:キャプテン
サブジョブ:ソルジャー
 カズマと同じく転生者にして、レナと同じ復讐者。転生当初は原作のように「ノアを倒して世界を救う」という理想に燃えていたが、過酷な環境と別にノアを倒したって今更何も変わらない現実に直面して絶望。そしてようやく手にした二人の少女との安らぎすら失って精神を病んでしまっている。U−シャークを倒した後の事は何も考えていない。
アクアについて一言:世界をこんなになるまで放置した唾棄すべき邪神ですね死ね!


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第三十一話 シャークハンター!

 徐福ちゃん狙いでガチャっちゃってしまいました。

 ミツルギは当初、サースティで登場予定でしたが、そうするとダクネスより先に登場&ただでさえ遅れている登場がさらに遅れる、という事情からビイハブ船長になってもらいました。
 別にミツルギを曇らせたかったんじゃないです。曇らせたいのはアクアです。


 アクアの表情は暗いままだが、それでも朝はやってくる。

 一方のカズマは、むしろ色々と腑に落ちた思いでスッキリ目を覚ますことができた。

 この世界は廃棄場なのだ。天国にも地獄にも逝けないとはすなわち、善行も悪行も重ねなかった「無価値」な魂とも呼べる。そういった処分に困った魂も、世紀末でなら嫌でも何かしらの業を積む。

 一応、ノアを倒せた転生者が報奨として願いを叶えられるのは本当らしい。だがそれは使命でもなんでもなく、期待すらされていない無理ゲーだ。いきなり自殺されても困るからという理由で与えられる仮初の希望だった。

 

(そういやこっちに来る寸前、後任の天使さんがアクアが降格されるとか言ってたっけ。あの性格じゃ勤務態度も悪そうだし、世紀末世界の管理神ってのがそもそも閑職だったんだろうな)

 

 そう考えたら、この駄犬にもちょっとだけ優しくしてやろうと思えてきたが、やっぱり自業自得だから犬のままでいいや。カズマの中で初対面から底値を切ってるアクアの評価が、特に変わることはなかった。

 

 

 

 メタルマックスは夜明けとともにネメシス号の待つドッグへと赴いた。だがいざ出発という段になって、ミツルギ船長が駄々をこねる。

 

「冗談じゃないぞ! その邪神を僕の船に乗せるだなんて!! Uーシャークと遭遇する前に嵐で難破するぞ!!」

「だってさ、アクア。転送装置でマドの町にでも戻ってろ」

「無理なの分かってて言ってるわよね、それぇ!!」

 

 何度も利用した「御主人様と離れられない機能」があるので、カズマ在るところアクア在り、なのだ。だがミツルギも譲るつもりは無いらしく、ついにはカズマごと乗船拒否だと言い出した。

 だがそうなると、黙ってないのがリーダーのレナだ。

 

「そういうことならキャプテン・ミツルギ。アタシ達の共闘も無しということね。船は別で探すわ」

「な、なんだって!? 赤い戦車にはアーチストの子も乗ってるんだろう!? だったらカズマ君がいなくても戦闘は出来るじゃないか! メカニックが必要なら、僕が知り合いに声を掛けるよ!」

「あのね? カズマはメタルマックスのブレインだし、アタシが選んだメンバーなの。あなたがこいつを拒否するってことは、アタシ達全員と仕事が出来ないって言ってるのと同じこと」

「むぐぅ……!」

 

 ミツルギの恨みがましいどんよりした睨みが、アクアに突き刺さる。アクアもアクアで後ろめたい気持ちがあるので、何も言い返さずカズマの背中で丸まっている。本当に犬のような仕草だ。

 

「か、カズマ君! そいつを絶対にクルマから出すんじゃあないぞ! 本当に! 頼むから! ねっ!!」

「ああ、うん。……そんなにビビんなくても」

「好き嫌いってあるものよ。ま、気にせず精一杯働きましょ? 期待してるわよ、ブ・レ・イ・ン♪」

「おま……っ!?」

 

 不覚にも至近距離で喰らわされたレナ・ウインクに、カズマの心臓は高鳴ってしまった。この女、意外と人を扱うのが上手なのだ。さっきのミツルギへの発言といい、ただの女にだらしない美少女ではない。

 

「カズマ、カズマ!」

「な、なんだめぐみん?」

 

 服の裾を引っ張られて振り返れば、めぐみんがこれまた破壊力満点な上目遣いで見上げてくる。なぜかさっきのレナよりドキドキした。

 

「んっ。……んっ!」

 

 顎を上げて何事かアピールしてくるが、何がしたいかさっぱり分からない。

 

「どうした?」

「むぅ〜」

「めぐみーん? 眼帯の下でウインクしたって伝わらないわよ〜」

「はっ!?」

 

 こういうところに気付くから、レナはやはりリーダーだ。

 

 

 

「カズマ! そっちからも来てます!!」

「分かってる! このアメンボがぁぁっ!!」

 

 バギーとウルフが船上の縁を器用に周回しながら、にじり寄るモンスターどもに機銃の雨を浴びせる。

 アシッドキャニオン中央の海――元は琵琶湖だったらしき湖を移動するのに最も注意すべき存在とは、サメでもカメでもない。機械のアメンボことアクアウォーカーだ。

 硬い、素早い、数が多い、極めつけに攻撃力が高いという、嫌われる要素てんこ盛りのサイバネティックモンスターだ。

 それ以外にもクラゲ、マンボウ、ゾンビのサーファー、潜水服のゾンビなど、発想からして狂ってるモンスターをひたすら狩り続けて、あっという間に太陽が頂点に達した。

 

「くそう。今日は見つからないか……あのサメ野郎、どこだ……ッ!!」

 

 舵を取るミツルギが目に見えて苛ついている。バズーカ砲みたいな水中銃を担ぎ、アクアウォーカーを生身で粉砕しながらも、ミツルギは険しい顔で湖面を睨んでいた。ザコに用はない、と言わんばかりだ。

 

「視界は水平線まで良好なのにな」

 

 こっちは素手でモンスターを破壊しつつ、全身に銃撃を受けて頬を紅くしたダクネスだ。なぜか船外の相手にパンチやチョップが届いているが、本人によれば闘気を飛ばしているのだとか。いい感じに人間を卒業しつつある。

 耐久力も上昇しつつあり、スカンクスから受けた致命傷の痕以外は回復アイテムで綺麗サッパリ消え去ってしまっていた。「これでまた怪我ができる!」と悦ぶダクネスは、どこに向かっているのだろうか。

 

「どうする、船長? 出直すか?」

「いや。雲行きからしてもうすぐ嵐が来る。ヤツは天候が崩れた時、暗雲に乗じてよく現れる気がする!」

「勘かよ」

 

 ハンターが感じる「獲物の匂い」と違って、信用できないのはなぜだろうか?

 だが、程なくして一天俄にかき曇り、本当に嵐がやって来るとミツルギの話も信憑性を帯びてきた。

 

「酷い視界だな。めぐみん、レナ、うっかり船から落ちるなよ?」

「そっちもね、カズマ――!? めぐみん!」

「はい! こっちでも捉えました!! 大型の動力反応が接近中です! ハンターオフィスで受け取ったデータと一致率98.7パーセント!!」

 

 いよいよか! 全員に緊張が走る。

 湖面が盛り上がり、巨大な水柱を掻き分けてついにヤツが現れた。

 鋼のような甲羅にカタパルトを設置した、湖の主。幾隻もの船を沈め、何人ものハンターを血祭りに上げた賞金首! トータルタートルである!

 ネメシス号は即座に回れ右して全速力で逃走を企てた。

 

「はい、撤収〜! コイツじゃない、逃げろーっ!!」

「ちょっと!! 獲物を前に芋引いてるんじゃないわよ!!」

「そうだぞ、船長! 何のためにシーハンターを積み込んだと思ってるんだ!」

「僕の目的はUーシャークだけだ!! 他の賞金首との戦いは契約に含まれていない!!」

 

 レナとカズマから批難を受けるが、ミツルギは当然のように言い捨てる。正論だが、果たして敵が見逃してくれるだろうか。

 

「おい、正面を見ろ!! また何か出てくるぞ!!」

 

 逃げる方向をダクネスが指差す。白と水色を基調とした流線型のボディ、空を翔ける背びれが嵐の中で輝くのは間違いなくトビウオンだ。

 

「船長ぉ!」

「分かってる! 明日に向かって退却だーっ!!」

「いや、戦えよ!!」

 

 悲しいほどの逃げ腰なミツルギだが、カメもサカナも完全にこちらを完全に捕捉している。しかもカメはともかくサカナの飛行速度はこっちよりも速い。

 

「くそ、船長は当てにならないか! しょうがねえ、逃げながら戦うぞ!!」

「最初っからあんな男に頼ってないわよ。めぐみん、ダクネス、それとアクア!! 狙うのはトビウオンよ!! あいつを叩き落とせば、そのまま逃げ切れる!」

「……無理みたいです。前方に新しい反応が……」

「な、なんだあれは!!」

 

 いつの間にやら進行方向を塞ぐように、その島は現れていた。

 否……それは島ではなく、巨大な島を背負った軟体類のような巨大モンスター。

 トビウオンどころかトータルタートルを超える70000Gの高額賞金首! 湖の真の主! 奇怪ヵ島の異名を持つグロウィンだ!!

 

「サメ以外、全員集合かよ!!」

 

 文字通り進退窮まったメタルマックス! 果たして彼らに打つ手はあるのか!?

 続く!




 カズマ少年はこの先も、自身の幸運を自覚することはないだろう。
 自分が廃棄物だという現実に気付こうと気付くまいと、転生者の末路は悲惨なものだ。如何に現実離れしたチートを持とうとも、環境に適応できずに自殺し、改めて地獄に堕ちる末路がほとんどだから。
 適応しすぎた果てに人間性を失い、今日も元気に悪事を働く馬鹿も多いが、そのどちらでもなく正気を保ち、着実に自分の生活基盤を整えているカズマは、運にも状況にも恵まれている。もしかすると彼のような存在こそが、神に見捨てられた世界をひっくり返すイレギュラーになるのかもしれない。
 ところでわたしはいつになったら天界へ戻れるのだろう。アホな先輩の尻拭いに奔走し、とうとう一つの町の市長になってしまった。

――とある女神の手記


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第三十二話 湖の死闘! 四大怪獣を討て!!

――続・もしも女神がレナだったら
カズマ「うっわ、本当に女の子になってる。……可愛い。胸デカい……」
レナ「さ、ボケーっとしてないで行くわよ、カズマ! ここは初心者冒険者が集まるアクセルの町! まずは冒険者登録から始めましょ?」

レナ「すみませーん。女の子二人、同じ部屋でお願いしまーす」
カズマ「って、ここ連れ込み宿(ラブホテル)じゃねーか!!」

※突発的に思いついたネタ


 正面には巨大な人喰い島!

 上空からは機械のサカナ!

 ちょっと遅れてカタパルト載せたカメ!

 

 有り体に表現して絶体絶命の大ピンチだ。

 

「船長ぉ!!」

 

 生存本能がレッドアラートを響かせたカズマは、現状で最適解と思われる作戦を提示する。

 

「トータルタートルに向かって全速前進だ! アイツが一番攻撃の手がヌルい!!」

「何だと、正気か!? 賞金額ならトビウオンの方が安いぞ!?」

「金額じゃねーんだよ! いいから舵を切れ!!」

 

 有無を言わせない迫力に、ミツルギは気圧されながらも「分かった」と指示に従った。

 ネメシス号が進路を急速変更させるや、トビウオンが釣り餌に引き寄せられるように食いついた。

 ところがだ。トビウオンの進路をグロウィンの触手が邪魔をして、腹を立てたのかトビウオンもグロウィンに攻撃を仕掛けた。そのまま両者は交戦状態に入ってしまう。

 舵を握りながら、ミツルギが背後の光景に目を疑う。

 

「ど、どうなってるんだ!?」

「どうもこうもないだろう。ヤツらは同じ地域の賞金首同士だが、仲間でもなんでもないんだからな」

 

 当然だと言わんばかりのダクネスに、ミツルギはカズマがこうなると分かってて進路を変更させたのか、と怪訝な表情をする。

 モンスターの全てが統率された(ノア)の軍団というわけではない。切っ掛けはそうだったのかもしれないが、根本的には野生動物の行動と変わらないのだ。全身に武器が搭載されているだけで。

 

「油断するなよ! まだ厄介なのが残っているぞ!!」

 

 突然ストレッチ体操を始めたダクネスに困惑を覚えつつ、ミツルギは操舵に集中した。

 

「シーハンター、セット! いきますよ、レナ!!」

「オッケー♪ 電光石火の早業で魅せてあげる!」

「砲撃演舞! カメェェェッー!」

 

 多段装填の魚雷ミサイルが、二台のクルマより一斉に放たれた。

 トータルタートルの衝撃波攻撃を飲み込み、外見からして頑丈そうな甲羅装甲に無数のシーハンターミサイルが突き刺さり、爆発が怪物ガメを覆い尽くす。

 

「いよっしゃあ!」

 

 当たりの良さにレナは思わずガッツポーズ。会心の一発が複数出た手応えがある。

 無論、弱った獲物を取り逃がす甘い考えではハンターは務まらない。水中へ潜ったトータルタートルの、一番弱い部分をシーハンターで『狙い撃つ』!

 

『ギャァァァァァァン!?!?!?』

 

 レナからの第二射が相当痛かったらしく、トータルタートルは牽制にミサイルをばら蒔いてさらに深く潜航していく。そのまま索敵範囲から姿を消してしまった。

 

「ちぃぃっ!! カメのクセに逃げ足の速い!!」

「知ってますか、レナ? 亀って泳ぐのが意外と速いそうですよっ!!」

 

 軽口を叩きながら砲塔を180度ターンさせためぐみんは、今度は主砲を空に向けた。グロウィンの触手から逃れたトビウオンが、機銃をばら撒きながら猛然と追い上げて来ている。

 その銃撃を真正面から受け止める肉癖――もとい肉壁が、鮮烈な笑みを浮かべて立ちはだかった。

 

「その程度の銃撃など……私にはオードブルにすらならーーん!!」

 

 なぜか遠距離に届く台風チョップを全身に受けたトビウオンが、空中で大きくバランスを崩した。そこへ、待ってましたと125ミリサイガンの砲撃演舞が炸裂した。

 エンジンから黒煙を上げ、トビウオンが湖面へ衝突。巨大な水柱を上げて沈んだ――かと思いきや、今度は高速で水面を滑るように襲い掛かってくる。

 体当たりを側面に喰らったネメシス号の船体が、大きくグラリと揺さぶられた。

 

「そりゃトビウオなんだから泳げるよな……!」

「ふん! 水上に落ちたなら、シーハンターの恰好の的ではないですか! カズマ、爆裂弾の許可を!!」

「水上で!? 余波で転覆するぞ、ダメダメ!!」

 

 めぐみんは頬を膨らませて不満を表しつつ、シーハンターの狙いを再びトビウオンへ向けた、その時だ! ネメシス号が突如として回頭する!

 

「見つけた……いたぞぉ! いたぞぉぉぉぉぉっ!!」

 

 地獄の亡者も怯えるミツルギの怨嗟。まったくの明後日へ向いた船首の先に、明白な答えがあった。

 鈍い青色のボディに、戦艦のデッキと砲塔を乗せた化け物ザメ――血の匂いにでも引かれたのか、ついにヤツが姿を現した!

 

「うおおおおおおっ!! U−シャァァァァァークぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「ぎゃああああーっ!!」

 

 甲板でウルフとバギーが横滑りするほどの加速で、ダクネスが悲鳴を上げながらすっ飛んでいった。

 

「げぇっ!? お、落ち着きなさい、馬鹿!!」

「みんな、戦闘準備だ!! 今日こそヤツを倒すぞ!!」

「さっきからもう戦って……まあいいか」

 

 無駄だと気づいて怒鳴るのを止めたレナは、カズマ達に通信を入れた。

 

「カズマ、めぐみん! いけるわね?」

「問題ない! ダクネスが落ちたけど、アクアを拾いに向かわせた! いつもので戻ってくるハズだ!」

「本当に便利ね! トビウオンは?」

「まだ追ってきています! こうなりゃとことんまでやってやりますよ!!」

「オッケー、その言葉が聞きたかった! 爆裂のタイミングは任せるわ! グッドラック!!」

 

 そうしてウルフはトビウオンの迫る船尾方向へ、バギーは正面のU−シャークを迎え撃つべく船首へ向かった。

 

「殺す! 今日こそ蒲焼にしてやるぞ、U−シャァァァァァァァークッ!!」

 

 両眼を血走らせたミツルギが気炎を上げながら、U−シャークの放つ砲弾をガトリングガンで撃墜する。固定式砲台を振り回す腕力といい、ミツルギという男、戦闘能力は本物なようだ。

 レナはその隣にバギーを付けた。

 

「殺る気充分ね、船長!」

「ああ! やるぞ、俺に力を貸してくれぇぇぇぇーっ!!」

 

 会話しているようで一方通行なミツルギの言葉は、ここにいない誰かへ叫び返したものだ。物理的には憎い仇敵を睨みながらも、実際にはすでに存在しない()()だけを捉えていた。

 間違いなくそれは、戻らない過去の日々。レナで例えるならマリアと過ごした修行時代だろうか。それが理解できるからこそ、レナは強く思う。

 

(絶対こうはなるまい。復讐は果すけど、それだけに人生を捧げるつもりは毛頭ないの!! テッド・ブロイラーは殺す! 幸せにもなる! 二兎追いかけて三匹目を捕まえるぐらい貪欲じゃないと、ハンターなんてやってられないの♡)

 

 口唇を一舐めし、獰猛な笑みでハンドルを握る。

 

『キシャアァァァァァ!!』

 

 ミツルギの猛攻をものともしないU−シャークが、脳天からネメシス号に衝突した。船体を覆った装甲から稲妻のような轟音が鳴る。嫌な当たり方をした。

 

「うおお! 僕のネメシス号は無敵だぁーーっ!!」

 

 滅気ずに反撃に移ったミツルギに便乗し、レナもシーハンターで会心の一発を狙い撃つ。多弾倉ミサイルの雨と機械化ザメの砲撃が空中で衝突し、弾数で勝ったシーハンターがU−シャークの艦橋を爆撃した。

 

『グオオオォォォォ!?』

 

 怯みはしたが致命傷には遠く、湖上に鎌首もたげたU−シャークはニ連速射砲にて反撃。分厚く強化されたバギーの装甲タイルがいくらか吹き飛ぶが、シャシーが無事ならと構わず追撃に打って出た。

 

「全弾撃ち尽くすつもりでいくわよ!!」

 

 船の縁ギリギリで陣取り、二度目のシーハンター一斉射がU−シャークの魚体を狙う。

 

『ギャォォォンッ!?』

 

 悶え苦しむU−シャークは、苦し紛れに尾ビレで湖面を思いっきりぶっ叩いた。その途端、水が高波となってネメシス号を飲み込んだ。

 

「うそ……うわぁっ!!」

 

 バギーごと水を被ったレナは、すぐに計器をチェックする。水濡れ程度で破損するヤワなクルマではないが、酸を含んだ水が濃霧となって周囲に滞留し、嵐と合わさってU−シャークの姿を隠してしまった。狙ってやったなら大した知能だ。

 iゴーグルの情報にもノイズが走る。

 

「小癪な、U−シャークめぇ!! うおおおおおおおっ!!」

 

 当たるを幸いとガトリングガンを乱射するミツルギを無視して、レナは神経を尖らせる。苦々しく奥歯を噛み締めながら、獲物の匂いを嗅ぎ分けた。

 

(落ち着きなさい! まったく見えないわけじゃあない!! ヤツはまだこっちを狙っている……次に砲撃が来たら、その方向へシーハンターを叩き込んでやる……!)

 

 自然とハンドルを握る手にも力がこもった。

 暴風雨はますます強くなる。船尾方面ではまだ爆撃音が続き、ウルフとトビウオンの戦いは続いているようだ。

 

「来たッ!!」

「むう!」

 

 レナの声にミツルギも超反応を示す。真後ろから現れた砲弾と大質量の影に、ありったけの弾薬を叩き込んだ。

 

『ギャァァァァァァン!!!!!!』

 

 苦悶の叫びを上げてのたうつ巨影……だが、それは狙っていた機械ザメではなく。

 

「か、カメぇぇぇ!!」

 

 一度は撤退したと見せかけ、リベンジに現れたトータルタートルだった。

 鈍亀とは思えぬパワーで湖面から跳躍し、シーハンターとミツルギの砲撃を物ともせずにネメシス号の甲板へ乗り上げたトータルタートルは、大口を開いて衝撃波砲をバギーに撃ち込んだ。

 嫌なショックが車体に走る。ステータスモニターに「シャシー 破損」の文字が浮かんだ。

 

「やってくれる……はっ!?」

 

 カメの側面へ回ろうとして、タイヤが空転。衝撃波と一緒に放たれた冷凍弾で車体の前半分が凍結していた。

 身動きできないバギーに、トータルタートルが巨体を活かして突進。寸前で車内から脱出したものの、バギーは凍りついた床板の一部ごと湖へ放り出されてしまった。

 

(まずいッ!)

 

 クルマの喪失という、過去に類を見ない大ピンチに、さしものレナも顔色が変わる。

 そんなレナの状況を知ってか知らずか、トータルタートルはミツルギを完全に無視して、生身のレナへ衝撃波砲を向けた。

 

(やられる……ッ!!)

 

 周囲の景色がヤケにゆっくりだ。この感覚には覚えがあった。

 マドの町が襲撃された日。あの憎たらしいモヒカン野郎の炎を喰らった時と同じだ。

 確実な死の予感……だが、あの時のレナは恐怖のあまり目をつむってしまったが、今の彼女はハンターだ。狩る者が狩られる者に怖じ気付いてどうする!?

 

(最後まで、銃爪は……!)

 

 手放さないと心に誓った。だからライフルの銃口を、当たれば多少は効きそうな目玉に向けてやる。

 

「まったく、無茶をする!!」

 

 そこへ割って入った大きな背中は、カメが放った衝撃波を強靭な肉体で受け止めてしまった。

 

「体を張るのは……レスラーの仕事だぞ!!」

 

 振り返ったダクネスは、今回一番の大ダメージにとても満足したようで、これ以上無いほど清々しい笑顔であった。




 いつの間にやらチーム・メタルマックスには、カズマの作戦には無条件で従うという信頼関係が結ばれているようです。あんまりクズ、鬼畜要素も無いし、これってひょっとして綺麗なカズマ? ※女たらしなリーダーから視線を背けつつ。


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第三十三話 湖の覇者

 感想を読んで思いついた、もっと世紀末シリーズ。
アクア「ここは東京受胎によって生じたボルテクス界っていう……なんか、なんかこう新しい宇宙誕生の卵的なアトモスフィアなのよ!」
カズマ「ヤバそうな雰囲気だけ伝わってきて実情が全然視えないんすけど!? それよりどうして俺ってば上半身裸なんだよ!? そしてこの文様は!?」
アクア「それは……えっと、なんだっけ。知らない。なにそれ……怖っ」


 遡ること数分前――。

 

「うおおおお! 根性ぉーっ!!」

 

 らしくない雄叫びを上げながら、カズマは水面に落ちたトビウオンが苦し紛れに放ってくるロケット弾を、右へ左に回避する。直撃を受ける床の鉄板が酷いことになるが、コラテラルダメージと割り切った。

 ついでに魚雷が何発もネメシス号の船体を襲っているが、これもコラテラルダメージだ。というか水中の魚雷とかどうしろと?

 

「カズマぁ! わたし、無性に迎撃装置が欲しいです!!」

「奇遇だな! 俺もだチクショウ!!」

 

 ウルフはもはや、水平に高速スライドしながら正面からくるロケット弾とそれを撃つ本体を主砲で狙うという、リアル「戦車でバンバン」状態となっていた。

 いつの間にか身に付いた巧みな運転捌きで弾避けに専念するカズマはともかく、機銃で迎撃、主砲とS−Eで反撃するめぐみんは、高性能C−ユニットの恩恵があっても吐血しそうなほどに忙しい。

 

「カズマ、わたしもう限界ですっ! 爆裂!! 爆裂弾を撃たせてください!!」

「だから駄目だってば!! また自爆する気か!」

「死なばもろとも! 最後に浮かぶ瀬があれば!!」

「勝てる勝負を捨てようとするんじゃない! いいからトビウオ野郎をぶっ潰せ!!」

 

 瞳が渦を巻いていそうなめぐみんの手綱を握りつつ、カズマ自身も結構ギリギリの操縦を強いられていた。

 手応え的に残り一発かニ発、良いのを当てれば倒せそうなトビウオンだが、向こうももう逃げたり隠れたりせず、ネメシス号に肉薄してウルフの武器の死角を突いてくる。特に弾速が遅いシーハンターではまず回避される位置をキープしつつ、ロケット弾と魚雷でネメシス号そのものを狙ってくるのだ。実にいやらしい機械魚であった。

 

「やっぱりカズマ! 爆裂で一気に吹き飛ばしましょうそうしましょう!!」

「ダメダメダメダメ我慢してめぐみんさんんんんっ!! 頑張って耐えたらこの間やりたがってた超改造してもいいから!!」

「いつ爆裂するの? ジャスト・ドゥ・イット!!」

「ノー!! ユー・キャント・エクスプロージョン!!」

 

 が、めぐみんが本気で暴走する寸前で戦局が動いた。ついにロケット弾を撃ち尽くしたらしいトビウオンが、射撃を止めてネメシス号から一旦距離を取ったのだ。

 シメた! と口唇を一舐めするカズマさん。あの距離であれば爆裂の余波はこっちに掛からない!

 

「よっしゃめぐみん! 今だ、今! やっちまえ!!」

「ガッテン――」

 

 だがしかし。そこに襲ってきたのは、U−シャークが起こした高波だった。ネメシス号を丸ごと呑み込んだ大量の水は当然、ウルフにも被害をもたらしていた。

 

「ぎゃああっ!!」

「しまった……見失った――ああっ!!」

 

 隙きを晒してしまっためぐみんが遅れを取り戻すには、ほんの少し時間(ターン)が足りなかった。十分な助走距離を稼いだトビウオンは、魚雷によって弱ったネメシス号の船体へ突撃――否、玉砕覚悟の特攻を仕掛けてきた。

 砲塔を回すも、間に合わない。自爆覚悟で爆裂しようと瞬時に弾倉を切り替える。

 

「ジェーーーーーーーーーーーーット!!」

 

 それを止めたのは、水中からトビウオンをかち上げて雄々しく飛び出した、美しき金髪の女子レスラーだった!

 

『!?!?!?!?』

 

 魚雷同然の速度で真下から突き上げられたトビウオンは、ウルフを見下ろす高空へと返り咲く。しかし飛行能力を失った今や、身動きできないヤツはただの的だ。

 めぐみんは主砲をほとんど垂直になるほど引き上げ、トビウオンへ照準を合わせた。

 

「どっせぇーい!!」

 

 気合いの掛け声と、必殺の一撃。

 サカナにとっての急所、エラに位置する排熱ダクトに砲弾を直撃させ、哀れにも首がもげたトビウオンは残骸となってネメシス号の甲板に叩きつけられた。

 

「おっしゃ、ワンダウン!!」

「油断するな、カズマ!! 次が来ているぞ!」

 

 トビウオンを殴り飛ばした後、自分も甲板に着地したダクネスは、這い上がってきたトータルタートルに向かって全力疾走。レナに向かって衝撃波が放たれる寸前で両者の間に割って入った。

 

「体を張るのはレスラーの仕事だ! ……はァァァ〜ん♡」

「ち、ちょっと! 恍惚の表情でぶっ倒れないでよ!!」

 

 ごちそうさまとでも言いたげな表情で大の字に倒れ込むダクネスに、急ぎ駆け寄ったレナは、秘蔵のエナジー注射をプスッと注入。

 

「ガハッ!! なんてことだレナありがとう!! せっかくの痛みが消えてしまったお陰で助かったぞ!」

「少しだけでも本音を隠しなさいよ!!」

 

 レナは見た目さえ良ければ性格は問わないつもりだったが、ダクネスについては無理そうだと心から思った。

 

『キシャアァァァァァ!!』

「って、カメ忘れてた!!」

「レナ! ダクネェス!!」

 

 冷凍弾と衝撃波の波状攻撃にウルフが割り込んで攻撃を車体で受け止めた。と同時に砲塔をグルンと回し、トータルタートルの頭に至近距離から突きつけてやった。ついでにシーハンターの照準も合わせてセット。

 

『キシャ?』

「これでツーダウン!」

 

 衝撃波を放とうとした口の中、甲羅に背負ったカタパルトや砲台にしこたま砲撃を喰らったトータルタートルは、ついに深刻な内部爆発を起こした。上顎の吹き飛んだ頭部から黒煙を吐き出し、とうとう凶悪な湖の怪物は沈黙した。

 

「レナ、こっちに!!」

「おっけ! ダクネスは?」

「言っただろう? 体を張ると!! さあ、スリーダウンと行こうじゃないか!!」

 

 ダクネスがのっしのっしとミツルギの方へ向かい、レナはウルフに乗り込んで銃座に着いた。主砲と機銃をめぐみん、S−Eをレナで分担する形となる。

 

「めぐみん、状態は?」

「芳しくないです。サイガンにもシーハンターにも破損が出ていますし、弾数も三分の一を切ってます。全弾撃ち尽くして、あと十発ちょっとってところでしょうか」

「上等よ! 向こうだって無傷じゃないし。カズマ?」

「悪い。カメの最後っ屁で自走不可能になっちまった。この位置から撃つしかない」

「厳しいわね。おまけに濃霧と嵐で視界不良かー」

 

 状況は切羽詰まっているが、同じぐらい相手を追い詰めている気さえする。しかし周囲は不気味なほど静まり返っており、ザコモンスターすら近寄って来ない。

 

「まさか、ここに来て逃げられたんじゃ?」

「それはないわ。あいつの気配はまだしてる。突き刺さるみたいな殺気がね。U−シャークにも解るのよ。ここでアタシ達を殺さないと、自分の命がないって」

 

 iゴーグルとウルフのセンサーを同期させたレナは、即時対応できるよう神経を研ぎ澄ませる。めぐみんも同様だ。自走不可能になってしまい、カズマだけちょっと手持ち無沙汰だった。

 

(だからって外に出て戦っても邪魔だし……外と言えばアクアはどうした? ダクネスは自力で戻って来ちまったし)

 

 ふとうるさい水色犬の存在を思い出した。ワープしてこないということは、そこまで距離が離れていないということだが。

 

(服従スペルで強引に呼び寄せるか? あれでも囮ぐらいにはなるし)

 

 などとカズマが考えているところで、再び壁のような高波がネメシス号を飲み込んだ。U−シャークによる攪乱戦術だ。

 酸を含む霧が一層分厚く周囲を覆い尽くす。加えて嵐の闇により、目視・電子線双方の視覚が完全に潰されてしまった。

 

「暗闇に乗じる気? ……船長ぉ!!」

 

 ほんの僅かに迷った末、レナは外部スピーカーでミツルギを呼ぶ。

 

「どうした! ヤツが見つかったか!?」

「見つかったか、じゃないわよ! アンタが見つけるの! アンタの直感で!!」

「な、何を言っているんだ!?」

 

 殺気立っていたのが素に戻るぐらい困惑するミツルギだが、レナは続ける。

 

「この中で一番U−シャークを知ってるのがアンタでしょう!? ()()()()アンタの直感に賭けるから、指示をちょうだい! いいわね!!」

「お、おう!?」

 

 有無を言わさぬとはまさにこれ。気圧されたミツルギは「わ、分かった」と頷き、ただでさえ険しい表情でますます周囲に目を凝らした。

 

(そうだ! 僕はずっとU−シャークを追っていたんだ! 何度も戦って、ヤツの行動パターンを……パターン、を? ……パターンなんて……)

「知らないぞ、僕……」

「え?」

 

 ボソッと呟いただけなので、ミツルギの声を拾ったのは近くでストレッチしていたダクネスだけだった。

 

「何度戦ってもすぐに逃げられるばかりで、こんなに長時間戦ったのは初めてだ。いつもと何が違うんだ……?」

「考察なら後にしろ、後に!」

 

 いらん事考えて思考のドツボにハマるミツルギは、突然背後から生じた轟音に我に返った。

 

「そこかぁ~……あれ?」

 

 しかし音の正体は、ウルフが主砲を真上に向けて放った音だった。

 何のつもりかと眺めていた次の瞬間。突如として空にもう一つの太陽が出現したかのような超高熱の火の玉が、ネメシス号を揺るがせるほどの衝撃波をともなって発生する。

 

「めぐみん、コラァー!!」

「あっははははっ♪ 横に撃てないなら上に撃てば良いじゃないですか! これぞ最適解!」

「むしろ思考放棄した所業──あ」

 

 カズマの怒鳴り声とめぐみんの高笑いが、スイッチを切ったように収まった。

 爆裂弾の凄まじい爆風と超高熱により、周囲の濃霧どころか嵐までが一時的に晴れ渡ってしまっていた。

 

『グォォォ?』

 

 当然、暗闇に潜んでいたU―シャークの姿も丸見えに。船尾方向5時の方向から、バースト弾でこちらを狙っているところだった。

 

「計算通り!」

「嘘つけ! 撃て撃て撃てぇーっ!!」

「これでトドメだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!!」

 

 サイガンとシーハンターの一斉射撃の末、ミツルギのぶん投げた巨大アンカーで鼻先から尻尾までを串刺しにされたのがトドメとなった。

 断末魔に放ったバースト砲は物好きなレスラーが肉盾となって防ぎ、こうして海の魔物と恐れられた機械化ザメは討伐されたのだった。




 という訳で、湖の三馬鹿同時撃破です。
 実際のゲームでやろうとする場合、先に野バスを入手してイスラポルトでS−E穴を増やし、ミサイルボックスを買ってシーハンターをガン積み、三人乗り込んでS−Eラッシュ連打すれば一周目でも可能です。ただし飛行中のトビウオン対策として、セメント弾撃ち込み用の主砲も増設させておくか、穴の一つを電撃系にしておくといいでしょう。
 SFCではサメよりカメよりアメンボが一番の脅威でした。何度もポチを殺され、ネメシス号を沈められた方も多いのではないかと。


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第三十四話 喋るガイコツ

ダクネス「は? 私の本名? ダクネスはダクネスだが?」
※ララティーナは世紀末にはいないようです。


 船体の損傷が激しいネメシス号だったが、幸いにもミツルギが拠点としているビイハブ島がすぐ近くにあった。途中でまたアクアウォーカーの群れに襲われたがダクネス頼みで突破し、どうにかこうにか島のドッグに入港したのが今しがた。

 

「メタルマックス、大勝利! イェイ♪」

「ヘェーイ♪」

 

 高らかにハイタッチを交わすレナとめぐみん、疲れ切ってウルフの運転席に沈み込むカズマ、今回の負傷を愛しげになぞるダクネスと、思い思いに勝利に浸る。アクアの姿がないが、まだワープしてこないようだ。

 そんな中、ここまで牽引してきたU−シャークの死体をじっと眺めていたミツルギは、感情の読み取れなくなった無表情で嵐が去った夕焼け空へと顔を向けた。

 

「シイハブ、ダニー、グレッグ……終わったよ……」

「キョウヤーっ!!」

 

 目的を果たした男が黄昏れていると、ドッグの奥から二人の少女が駆け寄っていった。

 左腕の無い緑の髪のまな板娘と、両足を失った車椅子に乗る赤髪の巨乳娘が、煤けた背中のミツルギに抱きついた。

 

「クレメア……フィオ……」

「ついにやっつけたのね! U−シャークを!」

「これでもう、戦いに行ったりしないよね? ここで静かに暮らすのよね?」

「……ああ。もう戦わないよ。勇者もハンターも廃業だ」

 

 ミツルギが少女達を抱きしめ返し、なんとなく感動的な雰囲気だが、ちょっと待て。

 

「アンタ、仲間は全滅したって言ってなかったっけ?」

 

 レナがクレメア、フィオと呼ばれた少女達を物色しつつ疑問を投げた。どっちがどっちか分からないが、緑髪の絶壁がクレメアっぽい。

 

(化粧っ気の無い顔、全身の傷を隠そうともしない洒落っ気の無さ、すっぴんの顔立ちはせいぜい並みレベル……う〜ん、どっちもD判定ってとこか)

「なんだかすっごい失礼な視線を感じるんですけど?」

「誰よ、あなた!? キョウヤに近づいて何する気?」

 

 彼女らからすれば突然現れた世紀末美少女ハンターを、敵意を剥き出しで睨みつけたクレメアとフィオ。だが、ミツルギが肩に手を置いて二人を静止した。

 

「止めなよ、二人とも。彼女はレナ、U−シャーク討伐を手伝ってくれたハンターチームのリーダーだ。レナ、彼女達は僕の仲間の中でたった二人の生き残りだ」

 

 どーも、と簡単な挨拶を交わすが、まだクレメア&フィオからの敵意は晴れない。それどころか、めちゃくちゃテンションの上がっためぐみんが駆け寄ってくると、ますます顔が険しくなった。ミツルギに女の影が近づくこと自体が気に食わないのだろうか。

 

「レナ、大変です!! トビウオンとトータルタートルから良い感じのパーツが取れそうなんです!! これは賞金以上の――おや、そちらは?」

「ミツルギ船長の奥さん達ですって」

「そうですか。そんなことより剥ぎ取りですよ! もうダクネスとカズマが初めていますから!! サメの方も解体しましょう!! あの背中の大砲、すっごく気になります!!」

「おっけー、すぐ行くから先に行ってて!」

 

 すぐに来てくださいよ! と念押しして、鼻息を荒くしためぐみんは猛然とネメシス号の甲板へ戻っていった。

 

「さてと、船長。約束通り、U−シャークの賞金はこっちのものだし、ネメシス号ももらっていっていいのよね?」

「あ、ああ……。けど君、奥さんっていうにはちょっと……」

「?」

 

 ふと、ミツルギと二人の少女が揃って耳まで真っ赤になっていた。その様子にレナはますます「?」と首を傾げる。

 

「だってさっき、自分達で言ってたじゃない。『これからここでずっと一緒』って。夫婦じゃなけりゃなんだっていうの?」

「ええぇぇぇっ!? で、でもレナ? 夫婦っていうのは夫と妻が一対一で……」

「別に奥さん二人いたって良いじゃない。船長、甲斐性はあるみたいだし。10年後には喪った仲間より多いぐらいの子供に囲まれてたりしてね〜♪」

 

 二の句が告げずに俯いてしまった三人に手を振り、レナは仲間の方へと立ち去っていく。しかし、お邪魔虫はレナだけではないようだった。

 死んだハズのU−シャークが、突如として鎌首をもたげたのだった。

 

「こいつ!!」

 

 ミツルギは即座に腰のベルトから魔剣グラム――ことライトセーバーを引き抜き、今度こそトドメを刺そうと身構えた。

 ところがU−シャークは桟橋に頭を乗せたっきり動く気配はなく、顎がゴソゴソと痙攣するばかりであった。

 やがて、内側から無理やり口をこじ開けて、全身が色々な液体でドロドロになったアクアが、グズグズと泣きながら這い出して来たのだった。

 

「あっ、あっ……外、外ぉ!!」

「うわっ! い、生きてたのか邪神め……っ」

 

 さすがにここで斬りかかるミツルギではなかったが、そもそもアクアの目に彼の姿は映っていない。滂沱の涙を流しながらも懸命に微笑んだアクアは、自分が肩を貸して支えている金属製のガイコツに呼び掛けていた。

 

「ほら、キールさん! しっかりして、外よ外!!」

「ああ……分かるよ女神様。風を感じる……確かに感じる……うぅぅぅっ」

 

 金属製のガイコツは、空洞である眼窩から透明な液体を染み出させており、アクアと抱き合って感動に震えていた。そのどことなく暑苦しい光景に、甘ったるい空気も吹き飛んでポカーンと開いた口が塞がらない、ミツルギ達だった。

 

 

 

「へぇ〜。じゃあずっとサメの腹の中に? 大変だったな」

 

 キールと名乗った金属ガイコツの正体は、グラップラーに無理やり改造されたサイボーグの脱走兵だった。湖を泳いで逃げようとして、サメに喰われてしまったらしい。

 長いこと整備されていなかったキールの修理をしながら、カズマは苦労話に耳を傾けてメンタルケアも行っていた。世紀末苦労少年カズマとは彼のことだ。

 

「大変なんてもんじゃ……いや、ある意味じゃ外より安全だったかもしれないな。あ、カズマ君それだ。そこのアクチュエーターがエラー原因だ」

「これか? ……あー、こいつは部品ごと交換が必要だな。でもこんな規格あったっけ?」

「グラップラーのサイボーグ技術は大破壊前のレベルを限りなく維持している。エバ・グレイという博士が再現したんだそうだ」

「ふーん。あ、駆動系だけだったら直せそうだ!」

 

 大破したクルマの修理技能すら身に着けつつあるカズマにとって、義体の整備も苦ではない。その作業を見届けていたミツルギが会話に加わってきた。

 

「キールさん、エバ・グレイって言いました?」

「ああ。知っているのかね、ミツルギ君?」

「僕の左脚を造ってくれた人です。ほら!」

 

 ズボンの裾を捲って機械仕掛けの義足を見せたミツルギは、ふくらはぎにこっそり刻まれていた「EVE GLAY」のサインを指差した。

 

「その人はどこに?」

「デルタ・リオにいるよ。どこかから逃げ出してきたって言っていたけど、そうか。グラップラーのところからだったのか」

「いや、他にそんな技術持ってる組織なんていねーだろ……いないよな? いたらやだよ、俺!?」

 

 ミツルギはカズマに曖昧に微笑み、話を打ち切った。いないと言い切れないのがポストアポカリプス世界の怖いところだ。

 

「体持ってくれよ! ヨコヅナオーラ、三倍だぁーっ!!」

「あなたまだそんなワザ使えないでしょう? せいぜいジョニダンオーラです!」

「いやマエガシラヒットウオーラぐらいはあるだろ!? なんだったらコムスビオーラぐらい――」

「いいからさっさとそれ、外してください。戦車装備を持ち上げられる馬鹿力、あなただけなんですから」

 

 回復ドリンク一本で復活したダクネスをクレーン代わりに、めぐみんとレナが賞金首の死体から装備を剥ぎ取っていた。カズマもキールの応急修理が済んだら手伝いに行く予定だ。手は出せないが、ミツルギの嫁二人も作業を見守っていた。

 すでにトータルタートルから異常に絶縁率の高い蓑、トビウオンの制御中枢だったCユニットなど、多くの戦利品が手に入っている。めぐみんも言いかけたが、ある意味じゃ賞金以上の戦利品だ。

 このところ、戦車の整備が楽しくて仕方がないカズマは、はしゃぐ仲間達の声に自然と顔がニヤけてしまった。

 

「……なあ、カズマ君」

「なんすか、船長?」

「もう船長はレナさんだよ。……君は今、幸せかい?」

 

 唐突に飛んできた質問に、作業の手を止めないままカズマは考えた。だがすぐに考えるまでもないと思い直し、視線を手元に残したまま答えた。

 

「食う、寝るに困らない。退屈もしない。これ以上の環境ってあるかな?」

「クッ! アハハハハハッ!!」

 

 笑い声はキールのものだった。

 質問したミツルギはなんだかこの世のものではない()()()を見つめるように目を見開いていたが、やがて憑き物が落ちた穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「どうやら、あの邪神が本当に欲しかった勇者って、君のことだったみたいだね」

「どういう意味っすかねぇ!?」

「世紀末が似合う男ってことさ、君は。モヒカンにでもしてみたら?」

 

 思わず顔を上げたカズマは、子供みたいにケラケラ笑うミツルギを見て一瞬眉を潜めたが、すぐに一緒になって笑いだした。キールはずっと笑いっぱなしだった。




○世紀末キール
職業:アーチスト
 どこかで無理やり改造されてしまった悲劇のアーチスト。湖を泳いで脱走中にサメに喰われ、胃の中で生活していた。ピノキオのゼペットか、お前は?
 誰だっけ? と思う方。洞窟の奥で綺麗な女神に覚醒したアクアが浄化した、王女と駆け落ちしたリッチーですってば。実はプロット段階だと『異世界かるてっと』繋がりでモモンガさんがゲスト出演する予定もありました。ナザリックなし、スキルなし、所持アイテムなし、所持金なし、前世の記憶なしのサトル君でしたが。

○世紀末クレメア&フィオ
職業:なし(強いて言うならミツルギの専業主婦)
 普通に生きてた。しかし再起不能の重傷な為モンスターハンターを引退した少女達。欠損した四肢は神経がズタズタにされて義体化できないが、互いに補い合って生活している。本人達も言う通り、今後は外界に出ず三人で静かな余生を過ごすだろう。


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Part5 えこのみっくまっどあにまるず
第三十五話 暗躍と休息


 短かったけどミツルギの出番は終了です。今回から新シリーズ。
 二十年の時を越えて超強化された、あの男との戦いです。


 ミツルギと別れ、装甲車に積んでおいた予備のドッグシステムでデルタ・リオへ帰還を果たしたその日の夕方。

 損傷の激しいウルフの修理をカズマ達に託したレナは、ネメシス号のメンテナンスを依頼しようとしたのだが。

 

「一ヶ月ぅ!?」

 

 ドッグ中を震撼させるに充分な、レナの奇声が響き渡った。

 何が一ヶ月も掛かるのかというと、ネメシス号の修理にである。さすがにあんな化け物三匹+αと戦えば損傷も……と思いきや、むしろこれまでミツルギから酷使されまくっていたのが一番の原因であった。

 譲り受けたのはいいけどボロボロで、浸水でもされたら堪らないから修理は必須だ。だが被害は予想より遥かに大きかったのだった。

 

 修繕費については問題ないどころか、金に糸目をつけなくて良いいぐらい儲かった。賞金もそうだが、戦利品が美味しかったのだ。率直に言って、新しい武装を買い足す必要が無い。大破したウルフもカズマが自力で修理してしまえるので装甲タイルや弾薬といった微々たる出費に押さえられた。

 特にサメから引っ剥がしたUシャーク砲とUバースト砲は重量、威力、装弾数のどれを取っても一流で、こんな武器が使える自分達はきっと特別な存在だと思うほどだった。

 それだけ儲かってるチーム・メタルマックスから大金を積まれての返答が、どんなに急いでも修復に一ヶ月は必要、という返答だった。

 

「本当なら三ヶ月は欲しいぐらいだ。だがこれだけは安心してくれ。あの船の傷みは表面的なものだけだ。時間さえ掛ければ確実に直る」

「はあ……分かりました。お願いします……」

 

 金があってもどうしようもない問題は往々にして存在する。今回もその一例だ。

 もうしばらくデルタ・リオの近辺か、定期船で東側にあるイスラポルトまで足を伸ばそうか。立ち止まってる暇はないと、レナは次のプランを組み立てながら仲間の元へ急いだ。

 

「次はサルベージ屋ね。沈んだバギーの回収を頼まないと」

 

 みんなに休暇を与えるつもりで単独行動を取ったものの、次はカズマに押し付けようかしら。などと考えつつ、レナは鼻歌交じりに目的の店へ足を向けた。

 

 

 

 同じ頃。カズマ、めぐみん、アクアの二人と一匹*1は、キールのオーバーホールを行えるというエバ・グレイ博士を探していた。

 ミツルギによればエバは老齢の女性で、港に浮かぶ船舶のいずれかを住居に隠れ住んでいるそうだ。

 

「すみません、みなさん。見ず知らずの私の為に」

「良いってことよ! 一緒にサメの腹から生還した仲じゃない!」

「あれ、普段とかなりキャラが違ってますよ、この駄犬!? こんな江戸っ子でしたっけ?」

 

 めぐみんのツッコミに、むしろめぐみんは江戸が何か知ってるのか、と聞いてみたくなったが、別に知っててもおかしくないかと黙っているカズマだった。

 キールについてはやはり、カズマでは直せない部分が多々あった。主に戦闘システム回りはブラックボックスの塊で、クルマとは完全に別種の技術だった。ナイル老人でも手出し出来ないレベルだ。

 となれば、開発者の元へ赴く他はあるまい。

 

「私としてはこの、歩くガイコツみたいな外見だけでもどうにかしたいんですけどね」

「気にしなくてもいいんじゃないか? さっきから町の人も一瞬だけギョッとするけどそれだけだし」

「夜中に鏡見て悲鳴上げるんですよ。自分で」

 

 それは悲しい。めぐみんとアクアが視線を逸らせたあたり、こいつらも何かの拍子に「ギャー」とやっているのだろう。確かなのは「きゃー」なんて可愛い悲鳴ではないことだけだ。

 

「ちょっと君達! さっき『グレイ博士』と言ったかな!? 彼女の知り合いかね!?」

 

 水夫風の男に声を掛けられたのは、居住用のボートが並ぶ桟橋に差し掛かった頃だった。

 カズマ達の雑談を小耳に挟んだという男は、酷く慌ただしい様子で話を続けた。

 

「グレイ博士を知っているなら伝えてほしい! 急がないと彼女の身が危ないんだ!」

「お、落ち着けよおっさん!」

「身が危ないとは、穏やかではありませんね」

 

 カズマとキールで男を宥めつつ話を聞き出していく。

 アクアがこういう時に口を挟まないのはいつものことだが、めぐみんもあんまり興味がない様子でアクアと雑談を初める。

 

「グレイ博士は、以前グラップラーに所属していた科学者だったんだが、逃げ出したんだ。けど今、四天王の一人が彼女の居場所を探して近くに来ている!」

「四天王だって!? ……ままままままさかテッド――」

「いいや、カリョストロというカッコいいけど恐ろしい男だ。諜報部門を統括しているらしく、潜入工作のエキスパートなんだとか」

「っ! カリョストロ!」

 

 声を上げためぐみんは、iゴーグルを操作して空中に画像を投影する。ハンターオフィスが発行する賞金首のポスターだ。あの眼帯にこんな機能があったのか、と驚くカズマを余所に、めぐみんは水夫に詰め寄った。

 

「カリョストロ、こいつで間違いありませんね! こいつが近くにいるんですねッ!!」

「……あ、ああ。お嬢ちゃん、この男を知っているのかね?」

「知ってるなんてもんじゃありません! この男は紅魔館の裏切り者!! 紅魔族の面汚しなのですから!!」

 

 固く拳を握っためぐみんは、先日のミツルギにも負けないぐらいの怒気を滲ませつつ、凄味のある笑みを虚空へ向けていた。

 

 

 

 紅魔族というのは特定の人種や民族を指しての言葉ではない。紅魔館(旧世界で言えば東京のどっか)に存在する『紅魔館』に所属するアーチスト集団の総称だ。暴走族や窓際族と本質的には大差ない。

 だが思想面ではだいたい似たり寄ったりで、彼らはいずれも自らが求める芸術性を突き詰めることを美徳とし、美学に殉じる職人達だった。

 だがカリョストロは違った。

 

「あの男のゲージツはアートではありません! ヤツは他人の痛みや苦しみを突き詰める外道!! ヤツのせいで父は……お父さんは……全身粘液まみれで三角木馬に座らされ、アヘ顔ダブルピースをキメさせられたのです……くぅぅぅっ!!」

 

 なお、命に別状は無かったので今は元気に職場に復帰し、ネタに走っているようで世紀末の需要にピッタリな武器開発に励んでいるそうだ。

 

「そんな状態からよく復活したな!?」

「運が良かったんです。運良くメンタルが強かったから。ですが! ……父のあられもない姿を見てしまったこめっこ(5歳)は心に深い疵を負って……うああああっ!!」

「落ち着けめぐみん!! 辛いなら話さなくていいから!!」

 

 むしろ父親のアヘ顔ダブルピースを見てしまった5歳児の心境など、どう想像しろというのだろう。不憫すぎて無理だ。というか血涙流しそうなめぐみんの表情を見るだけで悲惨さが伝わってくる。

 

「近くにいるなら話は早いです!! カズマ、ヤツを見つけてケツの穴に爆裂弾をブチ込んでやりますよ!!」

「どうしよう、めぐみんにまで復讐鬼属性が……あれ? さっきの水夫さんは?」

「ん? めぐみんの話が長そうだし、グレイ博士を探さなきゃって走っていったわよ」

 

 アクアが今来た道の先を指差した。あの慌てようから、よほどせっぱ詰まっていたのだろう。あの人に伝えるかはともかく、グレイ博士探しは急いだ方がよさそうだ。

 

「ミツルギも具体的な居場所を教えてくれれば良かったものを」

「言っても仕方ないよ。行きましょう、カズマ君」

 

 一番の当事者であるキースが、何故か一番落ち着いていた。年の功というやつだろう、とカズマは勝手に納得しつつ、カリョストロを探してどこかへ行こうとするめぐみんを取り押さえるのだった。

 

 

 

 サルベージ屋を後にしたレナは、への字に曲げた口から隠しきれない苛立ちを滲ませていた。

 

「期待させといていないってどういうことよ。楽しみにしてたのに、美人すぎるハイテク海女!」

 

 近郊のサルベージ屋に流れる噂の美女が、ただの噂でしかなかった。肩透かしもいいところだ。受付は個人営業の海女がそれだとかなんとか言っていたが、いずれにしろデルタ・リオにいないのは確実だ。

 

「こういう時は、あれよね。噂のハーレムテントってのに……って、あれは!!」

 

 何気なく視線を向けた先にあった光景に、レナの瞳がハートマークに変わる。

 停泊している何隻かの小型クルーザーで、甲板にデッキチェアなどを置いて水着の美女達が日光浴をしているのだ。

 

「うふふふっ♡ 目の保養、目の保養♪」

 

 誘われるようにフラフラと、レナの足が桟橋の方へ向かっていく。

 レナ自身も相当にメリハリの付いたスタイルをしているし、今なお成長中だが、何をどうトチ狂ったのかおっさんの感性を持って生まれている。美女の胸の谷間に鼻の下を伸ばす美少女とは、やはり世紀末には神も仏もいない。

 

「およっ?」

 

 ふと目が合った金髪碧眼でダクネス並みの巨乳美女が、ちょいちょいとレナに手招きしていた。周りに誰もいないので、間違いなくレナに用があるようだ。

 当然、ノータイムで足取りを弾ませ、美女の元へと駆け寄った。

 周囲より二回りは大きいクルーザーでは、パラソルの下に設置したベンチチェアで寝そべった大男が、トロピカルジュースを片手に寛いでいた。

 その瞬間、レナは全身の血液が逆流したかのような激情に襲われた。

 

 服装が違うからと間違えるはずはない。

 3メートルもの巨体をそのまま、モヒカンをスキンヘッドに、青いピッチリスーツをアロハシャツとビキニパンツに換装し、星型のグラサンを掛け、トレードマークの火炎放射器も外していたが、だからってこんな特徴的な人相を見紛うハズがなかった。

 

「テッド・ブロイラー!!」

「フフフフフ。知っていてもらえて光栄だよ。チーム・メタルマックスのリーダー、サウザンドキラーのレナお嬢さん」

 

 両脇に水着の美女を侍らせたまま、テッド・ブロイラーはレナを一瞥して分厚い口唇をニヤリと釣り上げた。

*1
アクア「おい!!」




 テッド様のオフの姿を想像したらこんなんになりました。


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第三十六話 格の違い

 ちょくちょくゲームにおける装備品の法則を無視しています。


 冷静かつ迅速にクルーザーの壁面を駆け上ったレナは、ホルスターから引き抜いた44マグナムをテッド・ブロイラーの眉間に突きつけた。

 

「おっと」

 

 しかし撃鉄が雷管を叩く寸前、テッド・ブロイラーのゴツい手がマグナムごとレナの手を握り込む。飛び出した弾丸も、鋼鉄よりも頑強な掌に防がれてしまった。

 外見通り腕力の差は歴然、振りほどくなど出来なかった。

 

「んのぉ!!」

 

 大きく足を上げ、タイトスカートから黒い派手な下着が見える勢いで顎を蹴り上げる。

 金属の壁に鉄球を叩きつけた重低音が響くも、テッド・ブロイラーは微動だにしない。逆にレナの足には焼け付くような痛みが走っていた。

 余裕の笑みを崩さないテッド・ブロイラーは、レナを軽く突き放すように解放する。尻もちを継いたレナを、デッキチェアから横向きに座り直して見据えた。

 

「落ち着きたまえ、ガール。オレは今、久し振りの休暇中でね。戦いも殺しもする気はないのだ」

「やかましいわ、賞金首!!」

 

 ハンターに賞金首の事情など知ったことではない。銃が駄目なら、次はめぐみん特注の爆裂手榴弾を自爆覚悟でお見舞いしてやる。

 

 レナの殺気を浴びたテッド・ブロイラーは、美女が口許に持ってきた果物を口にしつつニヤリと歪に微笑んだ。星型サングラスも合わせ、余裕がありありと現れている。

 その刹那。寸前までテッド・ブロイラーの両脇に侍らされていた美女二人が、ショートワープと見紛う速度でレナを取り押さえ、甲板の床板に叩きつけた。

 

「むぐっ!?」

「そのまま押さえておけ、マリリン達。どうだね? 我がグラップラーの開発したアンドロイド兵士『マリリン』は。美しいだろう?」

「アンドロイド……!?」

 

 身動きできないレナは、辛うじて首だけを上向かせた。僅かに触れ合う肌の感触、息遣い、似てこそいるが造形の異なる顔立ち、揺れる瞳の動き。どう考えても生きた人間のソレだった。事実だとすれば、荒野をさまよう画一化された量産型(人間タイプ)とはレベルが違う技術力だ。

 

「感情表現に難はあるが、うちの()()()()()()()()が完成させた自信作でね。もっともコストが高すぎて、前線に配備などできないがね」

「……ハッ。天下無敵のテッド・ブロイラー様とあろうものが、人形遊び? 随分と可愛らしい趣味をお持ちですこと!」

「悲しいけどその通りだ。()()()()()()()()()()()()()のお陰で人間狩り部隊が壊滅してしまってね。戦力補充まで暇なんだ」

 

 虚勢を張るしかないレナに、テッド・ブロイラーが皮肉めいた笑みを返した。

 

「へえ。そんなスゴ腕がまだいただなんてね。会ってみたいわ」

「ががががーっ! 冗談が言える程度には肝も太いか」

 

 どういうワケか機嫌が良くなるテッド・ブロイラーだが、発言の意図が分からず無意識に眉が上がった。

 実のところ人間狩り部隊全滅の原因は、めぐみんのやらかしたグラップルタワー自爆事件なのだが、その因果関係を正しく知る者は犯人含めて地球上のどこにもいない。他でもない神だって知らないのだから。

 なのでテッド・ブロイラーは、レナが自分達を罠に嵌めて大損害を与えながらも大胆不敵にすっとぼける大物だと勘違いしてしまったのだった。

 それが幸運とは限らないが。

 

「気に入ったぞ、小娘。どうだ、グラップラーに入らないか? お前ならスカンクスの後釜ぐらいにはすぐになれるぞ?」

「あら本当? じゃああなたの首をくれるなら入ってあげてもいいわよ?」

「いいぞ、取れるものならな! がががーっ!!」

 

 ますます上機嫌になったテッド・ブロイラーは、トロピカルジュースの残りを飲み干すと、フッと息を吹き掛けるように口から火炎弾を放ってグラスを消滅させてしまった。

 

「ところでレナ君。オレの目的はバカンスだが、運良く君達に会えたら確認したいことがあったのだ」

「答えてやると思う?」

「君の仲間にいる水色の髪の女だが、なぜあの女神様が地上におられる? あの方は天界からこの世界を見守っておられるはずだ」

「……………………は?」

 

 突然改まった言葉遣いに思考が固まりかけたが、即座にレナは思い至った。アクアを指して「女神」と呼ぶ相手の共通項目。それは!

 

「まさかお前、転生者ってヤツ!?」

「やはり知っているか。そう……オレは大破壊前の世界で一度死に、そして慈悲深き女神アクア様のお導きによってこの世界に生まれ変わった!! この天国(パラダイス)のような世界にな!!」

 

 テッド・ブロイラーは恍惚と呼んでも良いような、この恐ろしい男にはあまりにも似つかわしくない澄んだ瞳で、レナにそう語った。

 

 

 

 何隻かの船を渡り歩き、そろそろ諦めようかというムードが漂い始めた頃。カズマ達が最後にたどり着いたのは、町外れにポツンと取り残された廃船だった。

 中を覗き込んでも、ゴミや廃材が山と積まれた廃棄場だ。とても人が住む場所ではなく、なんだったら隠れ場所としても遠慮したいとカズマは思った。

 しかし、この中で実は一番旅慣れしているめぐみんの意見は違った。

 

「使えそうな物資が山程あります」

「そうなのか?」

「食料はともかく、直したりパーツ取ったり出来そうなものがチラホラと。ひょっとするとサルベージ屋が客の放棄したものを玉石混交で放り込んでいるのかもしれません」

 

 無造作に転がっている電子レンジを手に取っためぐみんは、それをカズマに()()()()()。顔面直撃コースだったのを咄嗟に受け止められるぐらい、カズマの体もすっかり世紀末に順応していた。

 

「うぎゃああ! あ、危ないだろうが!! ……あ、ほんとだ。これ使えそう」

 

 そして手元で電子レンジをバラバラに分解し、電子回路を回収するぐらいには技術的にも進歩している。後は白兵戦を鍛えさえすれば、戦闘中に戦車をバラバラにできるかもしれない。

 

「どうせゴミ捨て場だし、拾えるだけ拾ってっちゃう?」

「そうだなー」

 

 アクアもめぐみんの真似をして、状態の良さそうな電化製品を探し出した。

 

「動くな!」

 

 それを静止させたのは、しゃがれた声の老婆と、彼女が構えた拳銃だった。アクアが速攻で「ひえっ!?」と情けない声を上げてカズマを盾に身を潜ませた。

 

「それ以上近づいたら撃ちます! ……あなた達、グラップラーね? そのエンドスケルトンは、ヤツらの兵力のはず!」

「……もしや、エバ・グレイ博士ですか?」

「っ!! やっぱり私を追ってきたのね!! 迂闊っ、ここまで接近されるなんて!!」

 

 カズマ達は互いに顔を見合わせた。どうやら彼女こそが探していたグレイ博士に間違いないようだ。話し合って、一番警戒心を抱かれなさそうなめぐみんが前に出た。

 一つ深呼吸してから、体に捻りを加えたいつもの決めポーズを取った。

 

「我々はハンターチーム・メタルマックス! グラップラーを滅ぼし、アシッドキャニオンに平和をもたらす者! そしてこちらのキールさんはデビ……デビ? デ、デビルメイクライから逃げ出してきた兵士さんです!」

「めぐみん、違う! デビルアイランドだ、デビルアイランド! その何でも屋さんは俺達の手に余る!!」

「デビルメイクライですって! あの伝説のデビルハンターから逃げおうせるなんて、まさか上級悪魔だというの!?」

「しかも通じてるよ、あの婆さん!」

 

 おほほ冗談よ、とたおやかに微笑んだグレイ博士は、やっぱり世紀末らしくタフなメンタリティをお持ちらしい。そして銃こそ下ろさないが、警戒を僅かに緩めてくれた。

 

「メタルマックス……噂は聞いているわ。四天王スカンクスを倒し、人間狩り部隊を壊滅させた最近売り出し中のチームね」

「はい! その通り――カズマ、わたし達って人間狩りと戦いましたっけ?」

「知らないけど、グラップラーは積極的に狩ってるからな。それじゃないか?」

 

 結局この先、メタルマックスのメンバー達が自分達が上げた戦果を正確に把握することは、この先もずっとないのだった。

 

「そしてリーダーは女たらしの可愛い女の子だって。ハッ!! まさか、この熟れた体が目当てで!?」

「二つの意味で違いますから!! わたしはめぐみん! 紅魔族のアーチストであり、メタルマックスの砲撃手です!! ていうかあの金髪レズビッチ、噂になってるじゃないですか、恥ずかしい!!」

 

 あっちこっちに粉を掛けて回るレナの悪名は、この先もメタルマックスの活躍と一緒に広まっていくことになる。それを逐一記録し、イリットに報告しているカズマも一苦労だ。

 リーダーのアレっぷりを再認識し、自分のアレっぷりを棚上げしためぐみんの陰から、カズマが続けて呼び掛けた。

 

「と、とにかくグレイ博士なら、話を聞いて欲しい。あなたに頼みがあって来たんだ」

「大変恐縮なのですがグレイ博士。私のメンテナンスと外装の取り付けをお願いできないでしょうか」

「……最後にもう一つ、質問してもよろしいかしら」

 

 一旦はカズマとキールに少しだけ気を許した風を見せつつも、グレイ博士はより険しい声で身を隠した。

 

「入り口で身を潜めている方は、あなた達のお仲間?」

「え?」

「ふっ。カリョストロフラーーーーーッシュ!!」

 

 カズマ達が入り口を振り向いた瞬間、超高電圧の電撃ビームが廃棄場を貫き、カズマ達を一網打尽にしたのだった。




○世紀末女神レナ Part3
レナ「はぁぁぁぁ♡ カエルの粘液でヌレヌレのカズマ(♀)、可愛いぃぃぃ〜っ♡」
カズマ(♀)「お前だって油断して食われかけのヌレヌレじゃねーか!」
レナ「はあ、はあ、はあ、か、カズマ!? 一緒に個室のお風呂屋さん行かない? ヌレヌレで気持ち悪いでしょう? あ、あ、洗ってあげるわっ♡」
カズマ「今のお前のが二兆倍気色悪いわい!!」

ダクネス(な、なんだあの娘は!? 粘液濡れに加えてあの罵倒っぷり……す、素晴らしい素質だ!)


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第三十七話 カリョストロ!! 地獄のアーチスト!

 仕事中の空き時間を利用して書き溜めていた官能小説が、私の作業用個人フォルダを参照していた後輩に発見されて読まれてしまいました。みなさんも職場のファイル管理には充分に気をつけましょう。いい年して黒歴史が増えます。


 めぐみんが自分の身に起きた異常を理解するより先に、水夫の格好をした男に首を掴まれ宙吊りにされた。

 呼吸が詰まるのと頸部を圧迫される激痛で気を失うことも出来ず、かと言って指の先まで痺れが回って体を動かすこともままならない。水夫に続いてなだれ込んでくる重装備のグラップラー兵士も見送るしかない。

 結局、全神経を集中して眼の前の相手を睨むのが精一杯だった。

 

「ハハハハハ! 相変わらずお前は優秀だよ、めぐみん。ワタシの見立て通りグレイ博士を見つけてくれたな!」

「ま、さか……!!」

 

 右手一本でめぐみんを吊し上げていた水夫は、反対の手で自分の顔面をグシャリと握り潰し、顔の皮を剥ぐようにしてマスクを放り捨てた。

 スポーツ刈りで黒眼のない不気味な瞳を持つ男の素顔に、霞みかけていためぐみんの意識が一気に沸き立つ。

 

「カリョ、ストロ……ッ」

「無理をするな。我が必殺のカリョストロ・フラッシュを受けたのだ、即死しなかっただけ運が良い。もっともお前の仲間はそうもいかなかったようだがな!」

 

 ニアリと嗜虐趣味全開で嘲笑うカリョストロは、わざわざめぐみんの顔を倒れ伏したカズマとアクアが見えるよう向きを変えた。

 カズマの上にアクアが折り重なるようにして、うつ伏せで動かない仲間達の姿を前に、めぐみんの拳が無意識に固く握りしめられた。

 その横を、グレイ博士を担いだグラップラー兵士が駆け足で通り過ぎていった。

 

「ハハハハッ! お前も成長しろ、めぐみん。潔く負けを認めるのも美徳だぞ」

「だ、誰がお前なんかに降参するものですかっ!!」

「降参? フッ、クルマの無いモンスターハンターなど相手になるものか。最初から勝負にならん」

 

 カリョストロはひとしきりめぐみんが悔しがる様を見て満足したのか、彼女をスクラップの山ヘ投げつけた。

 背中を金属の塊にしたたか打ち付けためぐみんは、耐爆仕様の頑丈なマントのお陰で再びの気絶は避けられた。口の中にせり上がりかけた酸っぱいものを無理やり飲み込み、腰の武器に手を伸ばす。

 

「無駄だと言った!」

「あぐっ!?」

 

 だが瞬時に振り返ったカリョストロは指先からのビーム一閃でめぐみんの右手を潰して、これみよがしに嘆息した。

 

「だから無理だ。こうして生かしてやっているのも、昔のよしみだからなのだぞ? 不肖の生徒に対する教師の温情を無下にするな」

「だ、だったら……悪に堕したかつての師匠を討つのが……で、弟子の務めです、カリョストロ!」

「ハハハハ! ワタシを悪と呼ぶか、めぐみん。ゆんゆんと並び、ワタシの教え子で一番の優等生だったお前も、結局はワタシのアートを理解できなかったワケだ!」

 

 大口を開けて嗤うこの男はかつて、紅魔館のアーチスト養成学校の教師だった。そしてめぐみんは、カリョストロが狂気を剥き出しにする前に受け持った最後の生徒だ。めぐみんの爆裂は全て、この男の培ったゲージツが根幹にある。

 めぐみんがカリョストロを討つべく、遥々アシッドキャニオンまで追い駆けて来た理由はそこだ。家族の復讐もあるっちゃあるが、命はあるしなんだかんだ元気だし、レナやミツルギほどのこだわりはない。

 しかしアートは別。めぐみんはこの男を乗り越え、この男のゲージツを否定しない限り、自分が求める真の爆裂にはたどり着けない。悪党から教わった技術を自分の中で完全に昇華させるには、どうしても必要な儀式だった。

 

「フッ。どのみちその傷では睨みつけるだけで精一杯だ。そもそもお前に用はない」

 

 踵を返したカリョストロは、折り重なったカズマとアクアの元へ歩み寄ると、動かないアクアの頭部を掴み、宙吊りに持ち上げた。

 

「あ、アクアに何を……ッ!!」

「さあな。ワタシはテッドから『水色髪の女を捕らえろ』と依頼されたに過ぎんよ。むしろワタシの方がこいつの有用性を教えて欲しいぐらいだ」

「知りたいか? 『目一杯吐き出せ、アクア』!!」

「ぬっ!?」

 

 カリョストロが足元からの声に気を取られたのはほんの一瞬だった。その一瞬の間に間抜けヅラで気を失っていたアクアがガバっと大口を開き、大量の清水を吐き出してカリョストロを押し流した。

 

「ぬおおおおい なんだこれは!?」

 

 鉄砲水に呑み込まれたカリョストロは、壁を突き破って湖まで放り出された。しかしなおも止まらぬゲロ――もとい女神様の清められし濁流が、カリョストロをさらに沖合へと押し流していく。

 そこまで行ってようやく、アクアは口を閉じて真っ青な顔で蹲った。

 

「だーっはっはっはっは! どんな気分だ、カリョストロ!! アーチストが死んだふりに騙されてりゃ世話ねえな! ざ・ま・ぁwww」

「あ、あの()()()()()()……敵を煽る前に回復薬をくらはい……し、死ぬ……」

「あわわわっ、すまんアクア! ほい、プスっと」

 

 我に返ったカズマはアクアの首筋にエナジー注射を打ち込み、続いてめぐみんにもエナジー注射とマヒノンを処方した。

 成分は不明だが、それ一本でめぐみんは全身の痺れや倦怠感、節々の痛みも綺麗サッパリ消え失せてしまう。今更ながら、副作用とか無いものかという心配が頭を過ぎるが、本当に今更なので考えるのを止めた。

 

「それにしても二人とも、よく無事でしたね。電撃耐性装備でも着てましたっけ?」

「いや、あの人のお陰だ……」

 

 カズマの視線の先をめぐみんが追うと、そこに横たわっていたのは黒焦げとなったエンドスケルトン――キールの亡骸だった。

 カリョストロのビームが直撃する寸前、彼は近くにいたカズマとアクアを身を挺して庇ってくれた。長年の整備不良、防御システムの破損した肉体に四天王の大技が耐えられる道理はなく……断末魔の叫びすら残せずに、彼は逝った。

 

「……逃げるぞ、めぐみん。アクア」

 

 カズマは二人が動けるようになったのを確認すると、足早に廃棄場を飛び出していった。

 

「え、逃げるの?」

「当たり前だ。スカンクスやテッド・ブロイラーを思い出してみろ。あの程度で倒せたら世話ないぜ」

「その通りだよ、少年! 冷静な判断力だと褒めておこう」

 

 そこに待ったを掛けたのは、水洗便所のごとく流してしまいたかったカリョストロの声だ。どこから聞こえるかと思いきや!

 

「とうっ!!」

 

 船底を突き破って戻ってきた。全身びしょ濡れ、かつ水中で着替えたのかアメコミに出てきそうなピッチリスーツとダークレッドのマント姿――手配書で見た格好に変わっていた。

 ハッハッハッハ、とおおらかに笑っているように見える表情だが、彼の背後に怒りの炎と稲妻のようなエフェクトが幻視できているのは気の所為ではない。

 

「しかしワタシをコケにしておいて、無事に逃げられるというのは虫が良すぎる話だな!」

「復帰が早すぎませんかねぇ!?」

「ひぇぇぇっ!! カジュマしゃんちゅぎは!? ちゅぎはなに吐けばいい!?」

「だから俺を盾にするんじゃあねえ!!」

 

 カリョストロは今度こそトドメを刺そうと、エネルギーをチャージし始めている。怒りのあまりアクアを捕獲せずに吹き飛ばすつもりなのが、凄まじい殺気から見て取れた。

 だが殺気立っているにはめぐみんも同じだ。

 

「喰らえ必殺EMPィィィィィッ!!」

 

 敵が顔を出したらお見舞いしてやろうと備えていた、必殺兵器を意外と強い肩でぶん投げた。と同時に、回れ右して全力ダッシュ。

 

「むっ!!」

 

 グレネードは、カズマがめぐみんの狙いに気付いてアクアを担いで走り出したのとほぼ同じタイミングで、廃棄場のちょうど真ん中あたりの空中で弾け飛んだ。

 カリョストロはめぐみんの手口と、彼女が作る爆裂弾の威力を熟知している。故に彼我の距離が近いこの場所、このタイミングで使用に踏み切るなら、それは自爆特攻しかないと考えていた。

 確かに投げたのが爆裂弾だったなら、ただの自爆になっただろうが。

 

「うおっ、眩しッ!?」

 

 弾けた球は火炎の代わりに凄まじい閃光と破裂音を放ち、雲のようなプラズマの塊を形成する。ついでに大量の金属粉を散布し、物理的にもiゴーグルを含む電子的にもカリョストロの目を潰した。

 例によってめぐみんが自作した、特注スタンチャフグレネード。非常に高価な全部乗せ制圧兵器だ。

 

「ぎゃあああっ!! め、目がぁぁぁぁーっ!!」

 

 悲鳴を上げたのはアクアだが、カリョストロも片手で目を覆ってしっかり怯んでいる。逃げるのであれば今を置いて他には無い。めぐみんと、アクアを担いだカズマは、後ろの様子など気にする余裕もなく船外へ飛び出した。

 

「お、おのれ! 味な真似をするじゃないか小娘――ぬおっ!?」

 

 霞む視界のままで追いかけようとしたカリョストロはその瞬間、自分の体が微かに発光していることに気がつく。

 運の悪いことに、チャージしていた電気が散布された鉄粉を伝って空中放電し、周囲の空間を急速に加熱させていた。ちょうど彼の足元に転がっている、電子レンジのように!

 

「し、しまった!!」

 

 めぐみん本人も意図していなかったことだが。

 ただでさえ湖上の船に、アクアが吐き出した大量の水のせいで船内が異常に高い湿度となっていたこと。

 多少は押し流されたとはいえ、廃棄された旧世紀の家電製品がまだまだ大量に残っていたこと。

 何よりカリョストロの持っていたエネルギーが常軌を逸して莫大だったこと。

 

 急激に熱された周囲の水分が一斉に気化したことで発生した大規模な水蒸気は、ボロ船一隻を跡形もなく粉砕して余りある衝撃波を生み出した。

 

「えっ!?」

 

 予期せぬ突然の大轟音に、走りながら振り返っためぐみんの視線の先では。

 大量のゴミの山に揉みくちゃのボコボコにされながら吹き飛ばされ、今度こそデルタ・リオ沖数メートルの湖面へ真っ逆さまに落ちていくカリョストロの姿がハッキリと見て取れた。

 

「な、なんで爆発してるんですか!?」

「俺が知るかー!!」

「さっきのは彗星かしら……違うわよね、彗星はもっとパーッて光るものね……」

 

 爆発の原因が分からなければ、アクアが何を言っているかも分からない。確かなのは急いで逃げてクルマに乗らねば命はないということだけだった。




紅魔族カリョストロ
職業:アーチスト
 元紅魔族のアーチスト、現在はグラップラー四天王、諜報部門を総括する武闘派アーチスト。リローデッド版なので当然超強い。めぐみんはこいつから受けた家族の屈辱を晴らすべくアシッドキャニオンへ報復にやって来た。
 ひょいざぶろーとはかつての親友にしてライバル。めぐみんが子供の頃は悪趣味かつグロテスクながらまだ真っ当な芸術家だった。

 当然ながら水蒸気爆発程度で死ぬはずもなく。致命的なダメージもなくすぐに泳いで桟橋に戻ったものの、カズマ達はとっくに逃走した後だった。


世紀末ゆんゆん
 本編に登場予定が無いので、事実上裏設定扱いのめぐみんの親友(自称)。現在はどこか別の地域でハンターとして活躍中。旧関東地方で戦車を乗り回している。


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第三十八話 心理的熱中症注意報

 どうもメタルマックスの世界観って気を抜くとしんみりしてしまう。おかしいな、プレイ中はあんなに楽しくドンパチしてるのに。


 デルタ・リオ北部に広がる砂漠地帯は、野生化したバスの群生地だ。

 かつては全自動無人路線バスだったそれらは、大破壊期にプログラムから解放されて以来、自由気ままに荒野を走り回っている。

 だが如何に野生の誇りを得ようとも、それ以上にバスとしての本能を色濃く残す彼らなので、バス停を見つけるとうっかり停止してしまう習性があった。

 

「やっぱその説明、何度聞いても納得できない……」

「奇偶ね、カズマさん。私もよ……」

 

 金属探知機を頼りに掘り起こしたバス停目掛けて爆進してきた一台の野バスは、さあどうぞ! とばかりに入り口を開けて待ち構えている。早速乗り込んだレナ、めぐみん、ダクネスの三人はコントロールユニットを取り外し、手動操縦用システムにちゃっちゃと付け替えた。

 こうしてチーム・メタルマックスは、新たなクルマを手に入れて戦力を増強したのだった。

 

「ワン! ワン、ワン!!」

 

 襲ってきたのを撃退したら懐いてきたバイオニック・ドーベルマンのベロも、野バスの車内をとても気に入ったようだった。

 

 

 

 デルタ・リオでカリョストロと遭遇して一週間。カズマとレナは現状の戦力では心許ないと、集めた情報を元にして戦力増強に駆け回っていた。

 新たに倒した賞金首、天道機甲神話から火炎、音波、ビーム*1兵器をドロップ品として入手できたので、これらS−Eをメインとして扱える車両を探していた。

 そんな折、野バスの情報を100Gで売るという奇特な善人からバス停の情報を聞き出し、無事に車両を入手したのだった。

 

「カズく〜ん♪ デルタ・リオ近辺の賞金首って何が残ってる〜?」

 

 マドの町に帰還後、野バスの武装化を終えて休憩していたカズマの元に、へべれけになったレナが酒瓶片手に訪ねてきた。再建された酒場で、またお大尽でもしてきたのだろう。

 

「カズくんって……はいよ、リーダー。この前のテントウ虫ロボで最後だ。他は湖上か、定期船でイスラポルトまで足を伸ばさないと」

「クルマ情報は?」

「いくつか残ってるけど、近辺はあらかた探索しつくしちまったよ。俺としてはイスラポルトに出て、北東にあるっていうタイシャーを目指すのがオススメかな」

 

 レナは「どうしよっかな〜」と悩む素振りを見せつつ、近くのパイプ椅子に腰を下ろした。ミニタイトで大股開いて座るのは如何なものかと思うが、この女は見られてもマジで気にしない。

 ガレージでは町の再建にともなって方々から仕事を探す職人が集まってきていて、随分と賑やかになった。今はエンジンや武装、Cユニットの改造屋まで間借りしている。

 破壊された建物も、酒場、カジノ(ただしゲーム機一台だけ)、建設中のオトナの学校(意味深)などが揃い、人間狩りに襲われる前よりも発展しつつあった。

 

「……ねえカズマ」

「ん?」

 

 せっせと働く職人達を眺めていたレナが、ふと訊いてきた。

 

「カズマが前にいた大破壊前の世界って、こんな光景が当たり前だったの?」

「いや〜、もっとすごかったぞ。エルニニョにあったビルより高いようなのがいくつもあったり、道路だって整備されてたし。……俺が住んでたのは地方だったけど」

「あなた達がカリョストロと交戦してたときにね。アタシもテッド・ブロイラーに遭ってたのよ」

「…………は?」

 

 いきなり話が変わったことと、あまりに衝撃的な内容にまともな反応が返せないカズマに、レナは淡々と続けた。

 

「全然相手にならなくって、でも休暇中だからって見逃されたわ。まあそれはそれとして、あいつも転生者なんだってさ。本人が言ってた」

「マジかよ……」

「でね、あいつが言ったのよ。この世界は『天国(パラダイス)』だって。前の世界は生き辛くって仕方なかったけど、こっちじゃ好き勝手にはっちゃけて生きていける。気に入らない相手を殺すのも自由だからってさ。どう思う?」

「頭ヒャッハーかよ……ヒャッハーだったわ」

「だからノアを倒して、女神様への願いで元の世界に帰るんだって。帰って自分が『大破壊』を起こすって言ってたわ」

「――――――」

 

 淡々とした語り口で飛び出した爆弾発言に、今度こそ完全に頭が真っ白になるカズマ。

 テッド・ブロイラーが転生者であるなら、ノアを倒したら天界はあの化け物の願いを叶えなければならない。仮に拒否しても、テッド・ブロイラーなら勢いで天界を制圧ぐらいやってしまいそうだ。

 あの恐ろしい炎の化け物がカズマの世界へ行ってしまう可能性は、楽観視出来るほど低くはない。だってテッド様だもの。

 

 レナは青いのを通り越して土気色になったカズマの顔をしばらく観察し、それから憂鬱そうに大きな溜め息を吐いた。

 

「その反応から察するに、あながち妄想や虚言じゃなさそうね」

「……それ、アクアには?」

「言わない。あの子、能天気そうでも意外に繊細だよ? ただでさえ世界の有り様に参ってるのに、あんたが最強最悪の化け物を呼び込んでアタシの母親を殺しました、なんて言える? 潰れるわよ、マジに」

 

 レナの言う通り、ちゃらんぽらんでオツム空っぽのアクアだが、本質はそこそこ慈愛に満ちた女神である。どっちかと言うと自愛の割合が強いことも否めないが、たまに荒野の行き倒れを埋葬し、供養している時の姿は、正しく死者の魂を導く女神だった。

 もっともカズマからしたら自分の死に様を散々に侮辱した挙げ句、世紀末という地獄に叩き落とした憎い相手でもあるのは否定しきれないが。

 

『私のせいじゃないもん!! 私が担当になった時にはもうノアのせいで世界がぐっちゃぐちゃだったもん!!』

 

 などと泥酔して喚いてもいたので、どうしようもなかった部分もあるのだろう。真面目に仕事してる姿が想像できないのも事実だが。

 

「あなたにもグラップラーを潰す理由が出来たわね。力を合わせて頑張りましょ?」

「……なんでそんな話したよ?」

「乙女が一人で抱え込むには重すぎるの。こっちは今日を楽しく生きるのだけで精一杯なのに、他の世界の命運まで責任持てないもの」

「俺だって無理だっつうの!」

「年上でしょう? 受け止めてよ」

 

 レナは飲みかけだった昔のウイスキーの瓶を投げ渡すと、夕涼みにでも行くのかガレージの外へと立ち去っていった。

 

 

 

 そんな二人のやり取りを、めぐみんとアイリスが隠れて見ていた。どちらかといえば熱心に覗き見していたのはめぐみんで、アイリスはめぐみん本人を観察していたのだが。

 元はカズマに声を掛けようとした寸前でレナが現れ、そのままタイミングを逃してデバガメみたいになってしまった。

 

「ぐぬぬぬ! なんでいい雰囲気っぽくなってるんです、あの二人? レナってソッチ系の人じゃなかったんです?」

「めぐみん。アレもまた『愛』なのですか?」

「はぁ!? ――――いやいやいやいや!」

 

 咄嗟に否定しようとして、どうしてそんなにムキになってる!? と自分の心にツッコミを入れてしまう。そして、そのことで余計に頭が照ってくる。なぜが腹が立つほど顔が熱い!

 

(べ、別にあの二人はリーダーと参謀ですから、これまでだって二人で話し合うことはいくらでもありましたし!? 今夜だけ妙にこう、タダゴトじゃない雰囲気でしたけど!? レナがいつものメスの顔じゃなくってか弱い乙女な顔してましたけど!?)

 

 混乱しすぎて、作ったばかりの23ミリ爆裂徹甲弾をこの場で試し撃ちしたくなってきた。

 

「……なるほど。ではめぐみん」

「な、なんですか!?」

「めぐみんがカズマをよく眺めていたり、一緒に爆裂弾の試射に行くときはいつも上機嫌なのは『愛』ですね」

「はあぁぁぁっ!?」

 

 声を裏返えらせるめぐみんに、アイリスが畳み掛ける。

 

「外まで特殊砲弾の試射へ行くとき、めぐみんはバイクのタンデムシートからカズマの背中に抱きつくのを楽しみにしている、とイリットが言っていました」

「なななななにを、なに、なに……っ!? あばばばばばっ!?」

 

 咄嗟に否定したいのに出来ない自分にますます狼狽えためぐみんは、湯気が出そうなぐらいに赤くなった顔をして、しばらく一人で悶えていた。

 幸か不幸か、物思いに耽っていたカズマはそこそこ近くで発せられためぐみんの奇声に気付くことなく、自分の寝屋へと引き上げて行った。

*1
ゲーム的には無属性武器で超便利




 レナは転生について「そういうこともあるのね」程度に受け止め、アクアについても「まあそういうこともあるわね」と流しています。ただ信仰心的なものは存在せず、仲間の言葉なので信用しているぐらいです。


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第三十九話 傷だらけの男

 今回、本来ならば別の町で起きるイベントもイスラポルトに集約しています。


 レナが清々しい朝のジョギングから戻ると、ガレージ前に設置されている無線ポストに着信があった。

 これはポストというよりFAXに近く、遠方から文章データを受け取ってプリントアウトする。今の時代では貴重な遠距離通信網の一つだ。

 これ以外だと、ハンターオフィスが使っている衛星通信網が主だろうか。

 

「ん〜……ん!?」

 

 吐き出されたB5用紙の短い文章、その宛名を目にしてレナが目を見開いた。そして差出人を二度見して、あんぐりと口を開け放った。

 

 

 

「果たし状が来たわ。アタシ達、チーム・メタルマックスに」

 

 出発前のミーティングで、レナは無線ポストに届いた手紙を全員に見せた。

 

『生意気な後輩ハンターへ

 久し振りだな、レナ? 俺が分かるか?

 あの日、死にかけた俺はグラップラーどもに攫われ、改造された。

 テメェを殺せばスカンクスの後釜として四天王に取り立ててくれるらしい。

 イスラポルトで待つ。度胸があるなら掛かってきな。

 

 追伸――俺のバギーの乗り心地はどうだい?

 無敵の改造人間より』

 

 読んでいて頭が痛くなってきたカズマは、差出人の心当たりをレナに訊く。彼女が大きく頷いた。

 

「バギーの前の持ち主よ。一緒にグラップラーからマドの町を守って戦ったの。そういえば死体が見つからなかったって、ナイルさんに確認したわ」

「それがグラップラーに改造されて敵になったってことですか? レナ、そのガルシアっていうのはどういう人だったのでしょう?」

「……よく覚えてないわ。荒っぽい性格だったけど、そんなハンターいくらでもいるし」

 

 ほとんど会話もしないうちに襲撃が発生し、そのから後はカズマ達も知ってのとおりだ。交流など無いに等しい。バギーだって勝手に相続したものだし。

 

「ガルシアは賞金首ではないけど、イスラポルトは次の目的地だ。嫌でも顔を合わせることになりそうだな」

「それに、グラップラー潰しでノリに乗ってるメタルマックスが、芋引くわけにもいかないしね。遭遇したらその時は……ダクネス、サクッとやっちゃって?」

「いいのか? 決闘を挑まれているのは君っぽいぞ?」

「冗談でしょ? 中世の騎士様や荒野のガンマンじゃないのよ、アタシ」

 

 肩を竦めたレナに、ダクネスは「それもそうだな」と同意した。

 正々堂々戦う、などという概念は、大破壊の頃に途絶えてしまった。

 

 

 

 湖の三馬鹿が消えたことで、定期船も一日三回に頻度が増えた。大した待ち時間もなくメタルマックスの一行もデルタ・リオから数時間でイスラポルトに到着した。

 

「100G」

「うるさい」

 

 港の入り口で税関のように金銭をせびってきたグラップラーを躊躇なく撃ち殺しつつ、レナ&ダクネスが乗り込むウルフが上陸を果たす。

 続いてカズマ、めぐみん、アクアの乗った野バスが、牽引用の装甲車とともに船を降りた。バギーは湖からサルベージこそしたが、状態が悪くてマドのガレージでオーバーホール真っ最中である。

 

「こっちの方はグラップラーがまだまだ元気ですね」

「デルタ・リオまではほとんど一掃されたけどな。カリョストロの一件からほとんど見掛けなくなったそうだぞ」

 

 港の職員が兵士の死体を生ゴミとして処分するのを見送って、デルタ・リオよりいくらか近代風の景色を残したイスラポルトの町へと繰り出す。

 ここから北のタイシャーを目指すにあたって必要な物資を買い備え、ハンターオフィスで情報を集め――という予定だったが、どうやら敵の行動力はこちらが思っていたより高かったらしい。

 

「逃げずに来たようだな! 待ってたぜぇ、レナ!!」

 

 港の入り口には、ゾンブレロにポンチョスタイルというどっかの兄弟みたいなファッションセンスの古めかしいロボット――否、サイボーグが待ち構えていた。

 港と町を繋ぐ道路の真ん中で仁王立ちし、右腕と一体化した大口径の銃をこちら向けてくる。

 

「あのションベン臭い小娘が立派になったもんだな!」

「あんた、ガルシア? 随分と雰囲気変わったわね」

「当ったり前よォ!! テッド・ブロイラーにほとんど焼き尽くされちまって、残ってたのは脳みそぐらいだったからな!」

 

 ブリキの玩具のようになった顔のガルシアが、ガラガラと不思議な音を立てて嗤う。レナは肩を竦めた。

 

「で? 改造されて今はグラップラーの一員?」

「情けないって思うか? まァそういうなって。何しろデビルアイランドの科学者ども、せっかく残った脳みそにまで色々と細工しやがったんだ。今の俺が本当に俺かどうかも分からねえ……けど、それはお前の仲間も同じだろ?」

 

 ふと、ガルシアの視線がレナから外れて、野バスの運転席にいるカズマへ向いた。

 

「この世界に生まれ変わった……転生者、だったか? 一度死んで生き返った人間が、果たして真っ当な生物なのかなァ、おい?」

「……何が言いたいの?」

 

 レナの表情が険しくなると、鉄板で覆われて表情がピクリとも動かないハズのガルシアが、愉快そうに破顔する気配がした。

 

「なんでもねェよ。それよりだ、レナ。ここまで来たってことは、俺との決闘に付き合ってくれるってことだよな?」

「まさか。今、ウルフの主砲があんたを狙ってるし、機銃だってミサイルだって発射用意ができてるの。ついでにレスラーがウォームアップしているから、いつでもあんたを消し炭のガラクタに変えられるわ」

「容赦ないねェ。だけど……オイ、ピチピチィッ!!」

 

 ガルシアが大声で後方へ呼びかける。すると港の倉庫の影から、ガルシアと同じくメキシカンなゾンブレロ&ポンチョ&ウェスタンブーツな凸凹コンビが姿を現した。

 

「久しぶりザンスね、女神アクアと飼い主御一行! ミー達を忘れちゃいねーザンショ?」

 

 メキシカンコンビはいつぞやのピチピチブラザーズだ。しかしレナの視線は彼らに腕を縛られた儚げな美少女のみに吸い寄せられていた。

 

 腰まで届いた長い髪の隙間から、雪のような白い肌が浮き上がる細身の美少女は、非常に精密なガラス細工のように儚げな美貌の持ち主だった。一方で線の細い面立ちに反し、白ワンピースの胸元は豊かに大きく膨らんでいる。スタイルでいえばアクアに比肩するだろうか。

 

(そ、そんな……美少女指数、A+……ですって!? それも今まで身近にいなかった属性を感じる……!!)

「ケッ。目の色が変わったな、レナ。ビアンって噂は本当だったか」

「ハッ!! ……い、一体その子は何なの!? ちょっと向こうの方で二人っきりになってきてもいいかしら?」

「あいつ欲望ダダ漏れだよ、アニキ〜」

 

 まさかのステピチからツッコミを受けて正気に戻ったレナは、口許の涎を拭って気丈に身構え直した。相乗り中のダクネスからも「空気を読め」と肘で小突かれるが、レナだってこいつには言われたくないだろう。

 ステピチは、憔悴しきった様子の美少女の肩を乱暴に掴み、自分の盾にするよう突き出した。

 

「このカワイコちゃんは人質ザンス! この娘の生命が惜しかったら、ガルシアの旦那の決闘を受けるザンス!」

 

 そう言われては、レナに断ることは出来ない。彼女はいつでも美少女味方だ。ただし、人質がブサイクだったら諸共戦車砲で吹き飛ばしていた可能性も否めないのだが。

 レナはiゴーグルをダクネスに渡すと、近接戦闘用ブラストハンマーを担いでハッチを開けた。

 

「ダクネス」

「分かっている。死ぬなよ?」

「その時は速攻でミンチ博士のとこまでお願いね」

 

 クルマを降りたレナは、堂々とした歩き姿でガルシアへ向かっていく。すでに相手を「昔の同業者」から「狩るべき獲物」に認識を改めて、鋭く睨みつけた。

 

「ケッ。何ヶ月と経ってないのに、すっかり一人前の風格だな」

「落伍者に褒められてもね。おっと、その前に」

 

 レナは一旦表情を柔らかく崩して、人質の少女へ視線を投げた。

 

「巻き込んじゃってごめんなさいね。すぐ解放してあげるから、待ってて♡」

「っ…………!! は、はい……っ」

 

 破壊力満点のレナ・ウインクを受けた人質の少女が、耳まで真っ赤にさせて顔を伏せた。これは脈アリ! そう確信したレナは、ますます殺る気に満ちてガルシアへ突撃した。

 

「……アニキのがいい男だー」

「オトピチ、なにか言ったザンスか?」




 レナによる美少女指数判定(の一部)
アクア……A+
めぐみん……B+(胸があったらA)
ダクネス……S
イリット……A−
ウィズ……S+
クリス……A+

レナ「……レベル高すぎないかしら?」


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第四十話 港町の決闘! 少女を救え、メタルマックス!

※もっと世紀末シリーズ
アクア「あなたが転生する世界はマルディアスといって、千年前に封印されたバカ――邪神サルーインのせいで結構ピンチで、エロール様から戦力寄越すよう言われているの。あ、エロール様っていうのは上級神で――」
カズマ「そんなザコがザコじゃない世界なんてお断りだ!!」
アクア「じゃあバレンヌ帝国にする? リージョン界? あ、世界の中心の塔に挑む冒険者は?」
カズマ「サガから離れて、頼むから!!」


 ハンターの戦いは、常に先手必勝だ。必殺の先制攻撃で確実に獲物を仕留めるのは狩りの基本である。

 そうでないなら、十重二十重の搦手でもってジワジワ追い詰めていく。

 

「吹っ飛べ!!」

「甘いぜ!」

 

 レナのブラストハンマー――先端が丸みを帯びた円錐形に改良され、硬い物質の破砕に特化したハンマー――を構えての猛突進を、ガルシアは大きく横に跳んで避けた。

 と同時に、ガルシアはポンチョの裾から複数の発煙筒をばら撒いた。

 

「うわっ!?」

 

 瞬時にレナの視界は黒い煙に360度塞がれてしまう。iゴーグルを置いてくるんじゃなかった、と早くも後悔しながら、ハンマーを思い切り振り回して煙を払おうとする。

 しかし発煙筒からモクモクと飛び出す黒煙はすぐには収まらない。レナは姿勢を低くして、敵の気配を探ろうと全神経を集中させた。

 だが次の瞬間。右肩を熱線が掠めていき、鋭い痛みが走り抜けた。

 

「くっ!! こんにゃろう、こっちが視えてるわね!」

「あたりきよ、こちとらサイボーグだぜ!! このまま煙の外から嬲り殺しにしてやろうかァ?」

「ふん!」

 

 ハンマーを担ぎ直し、声のした方向へアシッドガンを撃ち込む。金属の装甲を持ったマシン系やサイバネティック系、そしてアリ相手に効果を発揮する強酸弾を放つ特殊な銃だ。

 手応えこそないが、ジャンプした駆動音と着地した足音から次の位置を予測。二発目の強酸を撃ち込む。

 

「ぐおっ!!」

 

 当たるには当たったが、会心の一発とは言い難い。接近してハンマーの一撃を叩き込めなければ、有効打にはならなそうだ。

 

(まったく、面倒だわ! こちとら白兵戦は専門外だってのに!!)

 

 目くらましを物ともせず、レナは熱戦や銃撃を紙一重で回避しつつ、どうにか距離を詰めようと牽制も銃撃を繰り返す。

 ……もっとも、この勝負の行方を決定付けるのは彼女ではないのだが。

 

 

 

「よーし。二人とも、上手くやってくれよ〜」

 

 カズマは野バスの運転席から、増設されているモニターを固い表情で見守っている。めぐみんのiゴーグルが送ってくるリアルタイムの映像だ。

 めぐみんとアクアを野バスの床下からコソコソ車外に出させ、煙に乗じピチピチの背後を奇襲する作戦だ。さらに人質救出と同時にぶっ放すべく、カズマは野バスの屋根に設置したUバースト砲を起動させた。

 

 めぐみんはただでさえモクモクと煙たいところへさらに発煙筒を追加し、ガルシアとピチピチを分断。ついでに自分達の姿も完全に隠れるよう、さらにもう一個追加しながら、アクアを先導して最短距離を突き進む。

 

「ゲホッ!!」

「ちょっとアクア、むせないでください! いくらあの馬鹿そうなサイボーグでも気付かれます!」

「ごめっ、ごめん……!」

 

 小声でアクアを叱りつけつつ、ふとあの先日捕まえたドーベルマンの方を連れてくれば良かったと思いながらも身を低くして進んでいく。

 

「んなろーっ!」

「ガハハハッ!! しぶといな、レナ!」

 

 ぶつかり合う両者の怒鳴り声を真横に、さり気なくもう一個発煙筒を投入する。EMPは使わない。下手に敵のセンサーにノイズが走ると、ピチピチはともかくガルシアが異常を察知する危険性があった。

 

「あにきー、なにも見えねーよー」

「そうザンスね〜。ミー達の安物センサーじゃ、この煙の中で何が起きてるかなんて分からないザンス」

「……ん?」

 

 不意に、コンテナの後ろに回り込んでいくめぐみんは、人質の少女と目が合った。大丈夫、必ず助ける、という強い意志を込めて頷いてみせる。

 

「…………ポッ」

(どうして赤くなるんです!?)

 

 何故か少女が、レナと一緒にいる時のイリットみたいなポーッとした表情で見つめ返してくる。あの子も真性のアレか! と心の中でツッコミつつ、上手いことピチピチの背後を突ける死角までは上手いこと潜り込めた。

 

「ん〜? お前、何を見てるザンス?」

 

 ステピチは少女が熱い視線を向ける方向を向いたが、とっくにめぐみん達は通り過ぎた後だった。

 

「さてと。問題はここからですよ。アクア、繰り返しますけどあなたは余計なことを考えず、こちらの指示に従ってください」

「な、何度も言わなくたって分かってるわよ!」

 

 珍しく真剣に頷くアクアだが、めぐみんはどうしても彼女を信用できない。いつもの大雑把かつ敵を倒せりゃ何でも良いバトルならともかく、慎重な行動を要求される今回のような状況で、致命的なポカをやらかしかねないからだ。

 めぐみんだってハンターの端くれ。世界観が違えば「冒険者」とか「勇者」と呼ばれる人種だ。賞金首(モンスター)から人を守るプロとして、何としてでも人質を救出せねば矜持に反する。だから爆裂だって封印し、今日のところは狙撃用ライフルに持ち替えもした。

 

「ではアクア、このまま限界までピチピチに接近してください」

「お、おっし!」

 

 頬を叩いて気合いを入れたアクアは、イマイチ信用ならないキリッとした表情で、背負っていたポチカーを地面に置いて乗り込んだ。とことん間抜けな見た目だが、こうなったアクアは並みのクルマより頑強となる。大破壊前の技術は、よく分からない。

 直線距離で20メートルちょっとの間合いを、アクアは慎重に詰めていく。そのうち気付かれるだろうが、それまでなるべく近づいてもらいたい。

 

(このめぐみんが見る限り、あのピチピチどもの知能はその辺のウシ程度。突然目の前に憎い怨敵が現れたらどうするかなんて、手に取るように分かります!)

「ん? ――あ、あああぁぁぁぁぁ!! め、女神アクアッ!!」

(ほらね)

 

 アクアがピチピチを射程内に捉えると同時に、ピチピチも気配を察知してアクアに振り返った。……振り返ってしまったのだ、人質を放ったらかして。

 心の中で「マヌケ」と叫びつつ、建物の影から飛び出しためぐみんがオトピチの脳天を狙い撃つ。

 

「ほげっ!?」

「あにきー!? うげっ!!」

 

 二発目でステピチにもヘッドショットを決めた。この程度では即死しない呆れた耐久力は大したものだが、別にこの場で倒し切る必要はない。今更スナザメより安い賞金とかいらないし。

 

「あなた、こっちへ!」

「は、はい!」

 

 怯んだピチピチを押し退けたアクアが人質の手を取って抱き寄せた。その瞬間、少女の繊細そうな美貌がものっそいだらしなく緩んだ。

 

「カズマッ!」

「アクア、『戻って来い』!!」

 

 令呪(隷属スペル)で命じられたアクアが、抱きしめた少女ごと野バスの内部へ量子ワープされる。本当に便利ですね、と呆れながら、めぐみんはさらに敵射程外からの一方的な狙撃を続ける。

 本当はさらに改良が進んだ爆裂グレネードで一網打尽にしたかったが、間違いなくイスラポルトの港が機能停止するので自制した。

 

「ぐぬぬ、小娘! オトピチ、突撃ザンス!」

「あ、あにきー!!」

 

 奇襲から立ち直ったピチピチは、もう人質も女神アクアも頭に入っていないのか、めぐみん目掛けて突撃を開始する。

 その直後、背後をUバースト砲で狙い撃たれ、ギャグ漫画みたいな吹き飛び方をして湖に叩き込まれたのであった。

 

「お、覚えてろザンス〜!!」

 

 などと決まり文句を言うぐらい余裕があるので仕留めきれてはいないようだが、ハンターオフィスの情報を聞く限り害の少ないケチな小悪党だ。そのうちまた遭遇するだろうし、そうでなくても他のハンターに狩られるだろう。わざわざ追撃する必要はない……が。

 

「えいっ!」

 

 せっかくなので泳いで遠ざかる背中に、市販品の方の手榴弾をぶん投げてやった。「ほげーっ!!」と最後まで面白い悲鳴を残し、彼らの姿は見えなくなった。

 

 

 

 そしてもう一方。

 

「あん? な、なんだ!?」

 

 Uバースト砲の発射音を聞いてようやく、ガルシアは自分の周囲が想定より遥かに多くの黒煙で囲まれていた事に今更ながら気が付いた。

 

「迂闊だったわね、先輩?」

「……あァ、まったくだな!!」

 

 声のした方向へ右手の銃を突きつける。連射された弾丸が、柔らかい肉を叩くような鈍い音を生じさせた。

 

「もう少し、楽しみたかったんだけどな」

 

 ブリキの顔で、ガルシアが嗤う。黒煙を引き裂いて自分の前に躍り出た、金髪の()()()()をビームで迎え撃った。

 

「効かぁぁぁぁん!!」

 

 すでに準備運動(ドラムストレッチ)を終えたダクネスは、鉄をも貫くビームを生身(ライフ)で受け止め、必殺の台風チョップでサイボーグボディをバラバラに引き裂いたのだった。

 

 

 

「ま、こんなもんか」

 

 日が沈みゆくイスラポルトの港で、残骸となったガルシアは独り呟く。動力炉も生命維持機能も破壊された。数分もしないうちに、彼はサイボーグからただの鉄くずに成り果てるだろう。

 レナとダクネスが歩み寄ってくるが、ガルシアは呆然と空を眺めたままだった。

 

「勝つ気無かったでしょう、先輩」

 

 確信を持ってレナが尋ねるが、ガルシアは答えなかった。ダクネスが無言で見守る中、レナは淡々と続ける。

 

「人質の管理を馬鹿に任せるし、カズマ達をクルマに残したままにするし。もっとズルくやれば、いい勝負出来たんじゃないの?」

「へっ。まるでズルく来られても負けねーって言いたげだな」

「うちのブレインは優秀なの。今回のもあいつが即興で考えてくれた。……あなたがわざと隙を晒しているってことも見抜いた上でね」

 

 ガルシアが再び押し黙る。代わりに破壊された切断面で起きていた火花が激しくなった。

 

「ソルジャーになりたかった……」

「え?」

 

 やがて、ポツリとガルシアが遠くを見ながら重い口を開いた。

 

「お前のオフクロさんみたいな、生身でクルマを蹴散らすソルジャーにな」

「だったら最期ぐらい正面から向かって来なさいよ。そしたら――」

「馬鹿言え。誰がグラップラーの為に戦うかってんだ」

 

 そこでようやく顔を上げたガルシアが、ダクネスを見て両眼を点滅させた。直後、彼女に預けたままだったiゴーグルから、データの受信を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「デビルアイランドの座標だ。そこに……――」

「……先輩?」

 

 言葉が途切れたガルシアは、そのまま二度と動くことはないと思われた。

 

「…………ケロッ♪」

「!?」

 

 しかし。

 

「ケロケロケロ♪ や〜っぱり負けちゃったんだケロね〜、ガルシアくん♪ ケロケロッ♪」

 

 さっきまでのガルシアと明らかに別人の声と喋り方。レナとダクネスが同時に身構えた。

 

「誰だ、貴様!!」

「ボク? ボクはグラップラー四天王のブルフロッグさ。なんというか、四天王最強の男、みたいな?」

「最強はテッド・ブロイラーでしょ?」

 

 ガルシアを通じて、相手を舐め腐った口調と態度が伝わってくる。ブルフロッグを名乗った男は、ケラケラと品性に欠ける笑い声で一方的に話し続けた。

 

「場所を知られちゃったワケだし? 来るなら来れば、デビルアイランド。ボクの首にも賞金が掛かってるし? 無駄にはならないよ、ケロッ♪」

「随分と余裕だな」

「当たり前だネ♪ キミら、スカンクス倒したぐらいで調子乗ってるみたいだけど、アイツは所詮数合わせなんだ。だって『三幹部』より『四天王』のがカッコいいでしょ?」

 

 ドMなハズのダクネスだが、こいつに対しては殴りたい気持ちしか湧いてこない。

 ケロケロ言ってる間にも、ガルシアのボディは爆発寸前だった。ブルフロッグは「言い忘れはないかな〜?」などとわざとらしくレナ達を煽る。

 

「ブルフロッグ。そのデビルなんとかって場所にはテッド・ブロイラーもいるの?」

「それは来てのお楽しみ。それじゃ、あぢゅー♪」

 

 最後の質問に曖昧に答えて、ガルシアのボディが爆発。完全に機能停止するとともに、ブルフロッグからの通信も途切れた。

 

「……次の目的地、決まったわね」

 

 水平線に沈む夕陽を睨みつけ、レナはハッキリと口にした。

 ふとダクネスが視線を落とすと、レナは震えるほどに拳を握りしめていた。




ガルシア「わたしの まけだ」
ブルフロッグ「わたしの まけだ」


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Part6 いやぁーいっつぁぷろていん
第四十一話 イリットさん、キレる


※盛大に何も始まらない
アクア「佐藤和真さん。あなたは自分が死んだと思っているでしょうけど、運び込まれた先の病院で電撃蘇生学の被検体となって無事に復活しました。だからさっさと自分の体に還れ。次の人ぉ〜!」
和真「いい加減だな、おい!!」


 その日。少女は「鬼」となって暴れていた。

 

「どうしてこういうことするのかな〜? レナってば死にたいのかな? それとも殺されたいのかな〜?」

 

 細身かつ小柄(でも出るとこ出まくってる)とはいえレナをアイアンクローで宙吊りにしつつ、満面の笑みでイリットは怒りを表していた。全身から、赤黒いオーラが噴出して阿修羅を象っているようだ。

 

「あだだだだだイリット!? アナタの笑顔は素敵だけど瞳にはハイライト入ってた方が素敵ぎゃあああああああ〜っ!!」

「誰のせいでハイライト消えてると思ってるのかな? ん〜?」

 

 ミシミシと頭蓋骨の軋む音がしている。本当に握り潰しはしないだろうが、万が一潰れたらDr.ミンチという反則技に頼ればいいかと仲間達からは静観されていた。

 

 

 

 ああなった原因は、半分はイスラポルトで助け出した人質の少女、もう半分はいつもの自業自得だ。

 

「本当にありがとうございますっ、ありがとうございます!! あなた方は文字通りの命の恩人ですっ!!」

「あはは〜、良いってことよ。元はアタシらのゴタゴタに巻き込んじゃったわけだし〜。ふふふっ、無事で何よりだったわ。それにしてもキミ、かわいいね。彼氏いる?」

「え、えぇぇ〜……か、カレシっていうか、可愛くて飼われてくれる年下の美少年か美少女なら年中募集中ですけど〜?」

 

 助けられた薄幸そうな美少女と、彼女を助けた美少女は、互いに鼻息を荒くして手を取り合っていた。気付いてないのはやっぱりお互いだけで、血走った眼を見開きながらだらしなく口を開けた二人がハァハァいってる構図は……うん。

 

「二人とも、銃弾を腹に喰らったダクネスみたいな顔してますね」

「あんな酷い顔して……してるのか、私……!?」

 

 めぐみんの本気でゲンナリした表情がダクネスにまで飛び火した。これ以上放置すると味方の連携に亀裂が生じかねないので、カズマは同じくドン引きしているアクアの頭に手を置いた。

 

「アクア、ハイドロポンプ」

「だばー」

 

 吐き出された大量の水を頭から浴びせて強制クールダウンさせる。ついでにフリーズビールも追加してやろうかと思ったが、レナはともかく少女が死にそうなので、カズマはグッと堪えた。

 正気に戻ったような戻っていないような少女だったが、改めてメタルマックスと向かい合った。

 

「うふふふふふっ♪ ピンチを救ってくれたのが見目麗しい美少女だったとか。こんな世界でも神様はまだ死んでない――あ、申し遅れました! わたしはセシリー、気軽にセシルとお呼びください。イスラポルトのカトール売りですわ♪」

 

 ペコリ、とお辞儀するセシルは、最初に見掛けた印象とは違って、図太くてタフそうだった。今も全身びしょ濡れのまま、ギラギラした瞳をレナと、ついでにめぐみんへ向けている。

 

「というわけでカトール買いませんか? 今なら同じ成分を使った石鹸をお付けしますよ? 使ってると蚊が寄ってこなくなります!」

「商魂たくましいな〜」

「カトールは便利ですよ? 木材に塗ると簡易的な防腐剤になりますし、どうしても間に合わない時は止血剤にもなります! それでいて生産コストも非常に低く、世界にはカトールを売ったお金で巨大な宮殿を作った富豪もいるという――」

「カトール教徒なのか、この人?」

 

 なぜかカトールについてを熱心に語るセシルは、最近縁のある典型的な世紀末美人だった。ようするに、外見だけ整った変態だ。

 

「ふっ。それじゃあカトール99個頂ける?」

「はい、99個ですね! かさばりますし、わ、わたしの自宅兼工場までお越しくださいジュルリ」

「へえ。どんなところなのかしらゴクリ」

「おいコラ! どっちも欲望がダダ漏れじゃねーか!! つーかこの前カトールジェット買ったばかりだろうが!」

 

 結局、セシルにホイホイついていったレナはその日のうちに戻ってこなかった。

 そして朝になり、カズマ達が取ったイスラポルトの宿に()()()()()()()()()()()顔を出したレナを待ち受けていたのが、前述した憤怒の化身となったイリットだった。

 転送装置という便利なものが世の中に残っているのは、果たして幸運か、不運か。

 

「な、なんでイリットがここにっ!?」

「わたしがいたら都合が悪いのかな? ふふっ、レナってば()()()()()()させちゃって。一晩中猫なで声でも聞いてたのかな? それとも出してたのかにゃ〜?」

「おおおお落ち着いてイリット!? セシルとは飽くまでも旅先のアヴァンチュールであっていつだって本家本命はあなたぎゃあああああああーっ!!」

 

 必死で弁明するレナを見て、仲間達は思った。

 うちのレナ(リーダー)、結構クズだな。

 

 

 

 ひとしきり暴れてスッキリしたのか、ミンチ送り一歩手前のボロ雑巾と化したレナをドラム缶に詰めて謹慎させたイリットは、怒りのオーラをようやく鎮めた。

 一同ドン引き中のチーム・メタルマックスの元へ戻ってきたイリットは、普段の癒やし系オーラこそ消え失せているが、穏やかな微笑みを浮かべていた。……表面上は。

 

「カズマ、教えてくれてありがとね」

「あ〜……うん」

「今日ほどレナが女の子で良かったって思った日はないわ〜。男の子だったら最低でも()()()()もの」

「ひぇ……っ」

 

 カズマが思わず内股になるぐらい、イリットは本気だった。全然怒りが鎮火していない。世が世なら離婚調停真っ逆さまであっただろう。世紀末には民事訴訟などという概念はない。あるのは一つ、力こそ正義という概念だけだ。

 それでもちゃんとお金払っての売買や契約が成立しているのだから、意外と人間の理性も捨てたものではないのかもしれない。

 

「はあぁぁぁぁ〜」

「……まあ、なんだ。今後は私達で止めるようにした方がいいか?」

 

 桟橋のブロックに腰掛けて物憂げなイリットを、一応は最年長のダクネスが励ましに行く。

 隣に座ったダクネスを見上げて、イリットは力なく首を振った。

 

「う〜ん、別にそれはいいかな? レナって半分以上はわたしからお仕置きされたくってああいうことしてるから」

「な、なんだとぉ!? れ、レナに私と同じ属性が……っ!!」

「言っておくけど、ダクネスさんほどの節操なしじゃないからね。死んだマリアさんにもお仕置きされたくてアホやってたみたいだけど。ひょっとして、最近あの人がショック受けるようなこととかあった?」

 

 なんだか思った以上に熟年夫婦的な憂い方のイリットだが、まだ出会って何ヶ月も経っていないハズである。

 レナに対する理解度の高さに、さっきとは違う意味でおののきつつも、ダクネスはガルシアとの一件を話して伝えた。

 聞き終えたイリットは、なるほどと腑に落ちた風に頷いた。

 

「そっか」

「イリット?」

「そっかぁ〜……はぁぁぁぁっ」

 

 青い水平線を見つめて吐かれた溜め息は、それはもう鉛のように重かった。

 

「……ダクネスさん、ちょっと愚痴っていい?」

「お? お、おぉ……」

「やっぱりわたし、レナの『港』にはなれないのかな……」

 

 トツトツと語りだしたイリットの話を聞くうちに、ダクネスはだんだんと背筋が寒くなってきた。

 

「辛かったり、苦しかったりしたら、真っ先に戻ってきて欲しいの。でもわたしに重荷を背負わせたりしたくないのかな、外で出会った(ひと)で刹那的に発散しようとしちゃうのよ。本当ならもう、とっくに壊れちゃっててもおかしくないのに、復讐だから、ハンターだからって、必死に自分を保ってる。それを自覚してないからの()()なのよ、あの人」

「そ、そうか……」

 

 感情がデカ過ぎて、第三者であるダクネスから下手なことが言えない。「いや、あれってただの天然で女癖悪いだけじゃね?」などと言ったら最後、また目だけ笑ってない笑顔で「そう見えちゃうのかもね」とか返される。あの笑顔は駄目だ、SAN値が削られる。

 

「ダクネス、ここにいたのか!」

 

 だから、イスラポルトのハンターオフィスから賞金首の情報持ってきたカズマが、地獄に仏の救世主にすら見えた。

 

「か、カズマ!! どうした、もう出発か!? よし任せろ! 弾除けでも人間砲弾でもなってやる!!」

「寄るな、暑苦しい!! いや、レナが起きるまで次の目的地について決めておこうかと思ってさ」

「? デビルアイランドじゃないのか?」

 

 首を傾げるダクネスは、てっきり勢いに乗って突撃するものだと思っていた。しかしカズマは首を振る。

 

「ネメシス号が修理中だろ? それにグラップラーの拠点に乗り込むんだったら、またクリス達の援護が必要になるだろうし」

「あ、そうか」

「だから戦力補充の意味も込めて、ここいらの賞金首を潰しておこうかとな。目ぼしいのの一体はカミカゼキングっていう……このムカつく笑顔の微笑みの爆弾。もう一体はマダムマッスルだ」

 

 ダクネスはカズマが手渡してくる二枚の手配書を受け取って、目を通していく。イリットも横から一緒になって覗き見た。

 そして、派手なグラサンにレスリングタイツを着込んだ、筋肉ムキムキの厳ついおばさんの手配写真と情報を読み、ものすごい早業で手配書をふんだくった。

 

「ど、どうしたイリット!?」

「か……カズマ!? このマダムマッスルっていうの、森の奥で女だけの一族を作って君臨してるって書いてあるわ。 ……つ、つまり、女の子同士で子供作れる技術を持ってるってこと!?」

「え?」

 

 怒りのオーラとも違うが、有無を言わせない迫力でイリットはカズマに詰め寄った。美少女の顔面ドアップなのに、なんでか全然嬉しくない。

 

「お願い、カズマ!! 連れて行って!! プロテインパレス!!」

 

 怨念めいた恐ろしい圧に屈してしまい、カズマは反射的に頷いてしまったのだった。




世紀末セシリー(セシル)
職業:トレーダー
 外見はMM2Rの薄幸病弱美少女、中身はどこぞのアクシズ教徒。頭が病気になった分、体が元気という某沖田総悟みたいな設定なので、余命一ヶ月の花嫁にはならない。苗字はフェアチャイルドではない。ぶっちゃけ名前ネタ。
 レナはロリというにはちょっと育ちすぎだが、充分に射程範囲。思いっきりリードしてくれる年下イケメン美少女という未知の属性に思考回路はショート寸前。原作通りめぐみんはドストライクらしい。


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第四十二話 愛は無敵なり(比喩ではない)

 レディ・アヴァロンを宝具2にした結果、水着エリち用の石が尽きた。
 どうして……どうしてガチャは無限に回せないんだ!!
 私の財布は……こんなにも薄い!!


 野バスの車内はとても広い。カズマはコツコツと居住性を上げて、そのうち運転席を格好つけて「キャビン」とか呼ばせたい野望を抱いている。現状で積み込んでいるのは医療装置とキャンプセット、迷彩シールドぐらいだが、もう野バスじゃなくて送迎バスぐらいに格上げしてもいいかもしれない。

 特に、今回のように連れて行く人員が急に増えた時にはとても有用だ。

 

「それはいいんですけど、カズマ? どうしてイリットやアイリスを連れて行くことになっているんですか?」

「……女だけの王国があるなら、女同士で子供を作れる技術を持ってるハズだって」

「へっ? じゃああの人、レナと子作りしたいんですか? ……それ、わざわざ自分が来る必要あったんです?」

「俺にも分からん」

 

 呆れとも同情とも取れる複雑な面持ちで、めぐみんは客席へ振り向いた。

 というわけで、ゴリ押しされたカズマはイリットの随伴を断れずに許可してしまい、彼女の用心棒としてアイリスまで一緒にくっついてきた。

 そして肝心のレナだが、まだドラム缶の中で目を回しているので今回まさかの欠席だ。

 

「うふふっ、こんなこともあろうかと射撃訓練は連日欠かしていなかったのよね」

 

 異様に手慣れた様子でショットガンを整備しながらトリップしているイリットと、無表情で手首をガションガション鳴らすアイリス。どちらも外見の細さ、可憐さとミスマッチな殺る気を放っている。

 

「一応聞いておくが、実戦の方は経験あるのか?」

「問題ありません。このBSSアイリス、自警団の一員として何度もモンスターやグラップラーを返り討ちにしています」

 

 ダクネスから「え、マジで?」と視線を向けられたイリットは、無言のドヤ顔で親指を立てた。

 

「と、本人達は言ってるけどさ、カズマさん?」

「賞金首のアジトに乗り込むのに素人を加えるのってどうかと思いますけど? ただでさえ生身だとかたつむり観光客なカズマがいるのに」

 

 アクアとめぐみんからも怪訝な顔を向けられて、カズマは運転中なのと視線を合わせないのと、二つの意味で正面に集中した。

 

「俺だって多少は戦えるっつーの。相手がメカならスパナ投げるぞ」

「スパナはともかく。アイリスが来るならという条件で同行を認めたのはカズマです。あの幼女ロイド、戦力としては信用できるんですよね?」

「幼女ロイドって……まあ大丈夫だ。前にアダムアントがいた蟻の巣の南に、別の賞金首がいただろ? でっかい植物の」

「千手沙華でしたね。いつの間にか討伐されてました……まさか」

「ほとんどアイリス一人で倒した」

 

 それはちょうど、カリョストロと遭遇した直後ぐらいの事だ。

 マドの町にやって来たクリスから頼まれ、入手したばかりだった野バスの試運転も兼ねて彼女と二人でハトバ西の森へ赴いた。

 

「ちょっと待ってください!! そんなことがあったなんて知りませんでしたけど!? クリスと二人!? 何の用件だったんです、コラッ!!」

「えっ!? なんでキレられてんの俺!? いや、二人っつってもアクアと、なんでか車内にいたアイリスも一緒だったし!」

 

 どうして自分が慌てて言い訳せにゃならんのだ? カズマは自分が焦っている理由も分からず、顔を赤くして噛み付いてくるめぐみんの気を逸らそうと、強引に話を進めた。

 

「と、とにかく賞金首との戦いじゃ俺もクリスも出番がないぐらいだったんだ! アイリスってば炎吐いたりビーム出したりミサイル撃ったり!!」

 

 めぐみんもアーチストのサガなのか、大破壊前の超技術には興味津々だ。特に大火力・高出力の兵器には目がなく、そういった話題への食いつきはすごい。

 ところが、今日に限ってアイリスの勇姿をいくら語り聞かせても、めぐみんの機嫌は悪くなるばかりだった。

 

「わ、わたしの爆裂の方がずっとすごいですから!! 100円ショップで売ってる材料からだってホローチャージが作れますよ!?」

「どこの部分で張り合ってるんだ、お前は!? な、なんか変だぞ、めぐみん!?」

「なな、なんだったらこの場で証明してみせましょうか!? ちょうどほら、あっちの方に大型のモンスターがいますから、新式の爆裂徹甲弾をケツに打ち込んでやりますよ!!」

「げぇ!! スクラヴードゥーじゃねえか!! 賞金を掛けたくても後から後から湧いて出てくるせいで掛けられないってハンターオフィスが匙投げてる怪物だぞ!! ウルフ抜きじゃ分が悪いっつーの!!」

 

 好戦的に嗤うめぐみんを置いておいて、カズマはアクセルを踏み込んだ。迷彩シールドの効果もあるので、気付かれる前に通り抜けられた。

 

 

 

「うわっ、ここからは徒歩かよ」

 

 荒野と平原を分断するよう配置された岩の敷居に、カズマが苦い顔をする。何者か――おそらくプロテインパレスにいるというマダムマッスルの配下が、クルマの侵入を拒む為の措置だろう。

 

「歩くしかないな、こりゃ。ダクネス、前衛頼む。殿はアクアな」

「え〜」

「ぶーたれるな。何の為にポチカーに武器を搭載したよ?」

「女の子の陰に隠れて恥ずかしくないんですか?」

「全っ然。俺、そもそも戦闘員じゃないし」

 

 カズマが飼い犬と言い合っている間に、ダクネスと一緒にアイリスが野バスを飛び出して行った。

 

「ベルゼルク・スタイリッシュ・ソード・アイリス、戦闘モードへ移行します。オーダーを」

「ほ、本当に戦えるのか?」

 

 カズマの言葉を疑うわけではないが、アイリスはダクネスから見てあまりにも華奢だ。野良の暴走アンドロイドと比べて小型かつ軽量なボディは、人間の幼女そのものだ。

 アイリスはアンドロイド的な無表情でダクネスを見上げると、両手の指をキリキリ鳴らして拳を握った。

 

「デモンストレーションをお望みですか? かしこまりました。LOVEマシン、起動。コード3213」

 

 その瞬間、アイリスの体から奇怪な音波が全周囲に放たれた。

 咄嗟に耳を塞いだのは、常人の可聴領域を超えた耳を持つダクネスとアクアだ。音は2秒程度で収まったが、超音波を聞きつけたのか何かが凄まじい勢いで迫ってくる気配がした。

 

『キシャァァァァァッ!!』

 

 顔が注射器になった鳥、それどころか注射器に羽が生えたサイバネティック、赤いメロンのような風船、アメーバなどなど。超音波はどうやら、敵モンスターを引き付けるものだったらしい。ハンターの『囮寄せ』に近い機能だ。

 アイリスは無表情なまま、向かってくるモンスターの最前線に立った。

 

「コード2211。にゃ〜〜ん」

「んっ!?」

「間違えました。2131、フレイムランチャー」

 

 両眼が怪しく輝いたアイリスは、小さな口を目一杯に広げた。そして、あのテッド・ブロイラーの炎を彷彿とさせる火炎放射を吐き出して、モンスターの群れを瞬く間に薙ぎ払ってしまった。

 

「コード2123。サンダーソード」

 

 振り返ったアイリスは、上空に逃げた飛行型モンスターと、新たに襲ってきたアリ群れを電撃のビームで撃ち貫いていく。

 ほんの数秒のうちに、周囲にはモンスターの残骸が死屍累々と積み重なっていった。

 

「こんなものでしょうか、ダクネス」

「……こうも簡単に済まされたら、怪我ができないじゃないか」

「……理解不能です」

 

 強さは認めたが、攻撃を受ける機会が減ると不満そうなダクネスを、アイリスの思考ユニットは共感することを拒否した。人間の特殊性癖を、アンドロイドが理解する日は来るのだろうか。

 

 

 

 アイリスとダクネスという強力な前衛により、戦闘とも呼べないような虐殺を行いながらカズマ達は進んだ。たまにカズマがスパナを大量に投げたり、めぐみんがグレネードをぶん投げたりはしたものの、イリットがピクニック気分になるぐらいには危険がない。

 やがて一行の前に、レンガと土で建てられた三階建てぐらいの砦が現れた。

 さすがにいきなりは突っ込まず、離れた場所からまずは様子を窺う。

 

「これがマダムマッスルの本拠地?」

「ハンターオフィスにあった情報は『プロテインパレス』という名前だけでした。それがどういった外観で、どこにあるかまでは分かっていません」

 

 めぐみんが自分のiゴーグルに移したデータを確認していると、なぜか身を乗り出したダクネスがソワソワしていた。

 

「ど、どうした!?」

 

 今にも飛び出して行きそうなダクネスにカズマが訊ねると、彼女は紅潮した潤んだ瞳で双眼鏡を差し出してくる。それを使って砦を観ると、すぐに理由が判明した。

 

 ハイレグ姿の筋肉質な女性達が、スコップで穴を掘る男達の背中を容赦なく鞭で打ち据えていたのだ。

 

「か、カジュマ、なんだあしょこは〜!? そんな素敵なご褒美をくれる場所なにょか!?」

「黙れ、変態。口からヘドロみたいな言葉を吐き出すな、アイリスの教育に悪い」

問題ありません(ノープロブレム)、カズマ。ダクネスの特殊性癖への理解はわたしの電子頭脳を著しく汚染すると判断し、彼女の存在は人語を理解するモンスターと定めています」

「はうぅぅっ!? そ、そんな目で見るな……っ!!」

 

 氷のような眼差しを受けて悶えるダクネスは、なるほど確かにモンスターかもしれない。グラップラーとは違う方向性で心を失ってしまったのだろう。

 そんなダクネスを無視して、アイリスは瞳をチカチカ光らせて偵察を続けた。

 

「それはそうと、気付きましたかカズマ? 鞭を振るう女達、全員同じ顔をしています。この距離では正確なデータが取れませんが、おそらくクローン兵士かと」

「クローン!?」

「大破壊前、わたしの開発された末期には兵士の数が足りず、クローン人間に戦闘プログラムを移植して前線に立たせていました」

「リアルスターウォーズだな……大破壊の頃ってもう、俺が生きてた時代よりよっぽど文明が進んでたんだな」

 

 カズマとアイリスが敵の配置を確認しながら攻め方を考える、そのちょっと後ろで。

 

「むぅ……」

 

 眼帯の少女がグレネードのピンを弄りながら、少年の背中を膨れっ面で見つめていた。自分でもなぜかは分からないが、カズマがアイリスと並んでいるのを見ていると何もかんもぶっ飛ばしたい衝動に駆られる。

 

「……カズマも罪な男ね」

「?」

 

 そんなめぐみんを、さらにうっとり見つめるイリットに、アクアは不気味なものを察して首を傾げた。




 人間型のLOVEマシン、アイリスちゃん。戦闘能力は「砂塵の鎖」のアルファに1行動ごとに機能を切り替えられるLOVEマシンを搭載で、2回行動可能な犬でしょうか。ただし見た目はともかくマシン系なので、パーツ破損には要注意。


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第四十三話 ふしゅるるるっ! マダムの逆襲!

 お気に入り登録300人突破しました。読んでくださった方、感想や訂正を送ってくださった方、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。


「肉塊グラインダー!!」

「うぎゃあ! マダムぅーっ!!」

 

 上空から加速しつつ体当たりする、足からジェットでも出しているのかというレスラーの必殺攻撃が、砦を守るハイレグ軍団を蹴散らした。雑だが手っ取り早く、効率的な方法だ。

 ……世紀末では時間効率が良い=最高効率なのである。

 

「ふーっ」

 

 激しく地面に衝突したダクネスは、やや物足りなさげな表情で倒れたハイレグの一人へ歩み寄った。さり気なく落ちていた電撃鞭を拾いつつ、比較的元気で口の聞けそうな一人を取っ捕まえる。

 

「ううっ、酷いヤツだ! いきなり襲って来るなんて!」

「賞金首の手下だろ? それよりお前達、こんな羨ま――けしからん真似をして、なんのご褒美――目的だ?」

「なんだこいつ、気持ち悪いヤツだ……むっ? お前は女か?」

「おいコラ、質問に質問を返すな。訊いてるのは私だぞ」

「女なら、なぜ我々と違う顔をしている? どういうことだ?」

 

 会話が通じていない? ダクネスがそう疑問を覚えたところに、ハイレグ軍団に虐げられていた男達の一人が代わりに答えた。

 

「こいつらにまともな返答を期待しても無駄ですよ、姐さん。こいつらは下級のクローン兵士です。命令のみを遂行するよう、知能を意図的に下げられているんです」

「なんだと? それじゃこいつらは人間じゃなくて」

「マダムマッスルのクローンです。ヤツはこの先にある研究所を根城にして、クローン・アマゾネス軍団を造っているんです。ちなみに俺達はこの砦で石油を掘る鉱夫として誘拐されてきたトレーダーでさ」

 

 聞いてないけど自己紹介を挟んだ男は、多分助けてほしいのだろう。他の捕まっていた男達も同じようだ。

 そこへカズマ達も合流したので、ハイレグ軍団改めアマゾネス達を全員縛り上げていった。何度かカズマやめぐみんが尋問を試みるも、やはり真っ当な返答はなかった。言葉の端々から彼女達がマダムマッスルから生み出されたのは間違いなさそうだが。

 

「詳しく知りたければ本拠地に乗り込むしかないってことか」

「だな。よし!」

 

 トレーダー達には引き続き砦に待機してもらい、カズマ達は進路をプロテインパレスへ向けた。

 

 

 

 プロテインパレスという名前とは言え、西洋風の宮殿ではないだろうと予測はしていた。そして実際に目の当たりにすると……想像以上に無味乾燥な建物が待ち受けていた。

 

「大学?」

 

 損傷が激しく、植物の侵食を受けて傾いてしまったものの、それは高等教育機関の建物で間違いなさそうだった。

 

「なにかの研究所でしょうか。……ヴラド……生、……究所?」

 

 めぐみんが入り口の石碑をiゴーグルで精査するも、風化しきった文字を読み取ることは出来ない。と、そこで辛うじて読み取れた部分にアイリスが反応した。

 

「キーワード検索……ヴラド生体工学研究所。ヴラド・コングロマリットの経営していた大学兼研究所です」

「ブラドコング!? なんだその強そうな怪物の名前は!」

「違います、ダクネス。コングロマリットというのは様々な業種が一つにまとまった企業グループのことです」

 

 アイリス曰く、ヴラド・コングロマリットは揺り籠から墓場まで、医療から殺人兵器まで、と節操なしに手広く商売していたらしい。アイリスを造ったのも、そしてアイリスを発見した博物館の経営も、ヴラド・コングロマリットだそうだ。

 

「コングロマリットの総裁にして創始者であるバイアス・ヴラドは、研究者としても経営者としても超一流の天才でした。大破壊より以前、彼は世界すら動かせる巨大な富と権力を持っていました」

「それも大破壊で失われたってか? リア充もリアルで爆発したとなると笑えない――ん!?」

「ち、ちょっと待ってくださいアイリス! 今――」

 

 カズマとめぐみんが、同時に何か重大な引っ掛かりを覚えた、まさにその時だ。

 

「わきゃあぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 おおよそ、女神を自称する女性が出してはいけない悲鳴に、全員一斉に振り返った。

 殿を務めていたアクアの姿がない。

 

「か、カジュマしゃんたしゅけてぇぇぇぇ〜!!」

「上か!! ……って、何だあれ!?」

 

 見上げた空には、クレーンゲームのアームがアクアを捕らえて研究所の方へと連れ去っていくところだった。

 それと同時に、研究所の入り口から新体操リボンで武装した、同じ顔をしたアマゾネス達がゾロゾロと走り寄って来る。どうやら、完全に敵に察知されてしまったらしい。

 すぐにダクネス、アイリスの前衛二人が飛び出した。

 

「エルボー乱気流!」

「コード2332!」

 

 強烈な打撃の応酬と殺人レーザーを受けたアマゾネスの先頭集団が蹴散らされた。

 後続が鋭利な刃物であった新体操リボンでダクネスを集中攻撃し、跳ね除けたダクネスが猛烈な回転力のダブルラリアットで反撃。さらに多くのアマゾネスを一撃の元に粉砕する。

 クローン兵士といえども、人型の生物が肉片となって四散し、さらにグズグズに液化していく様は非常にグロテスクだ。

 

「うっわ、同じ顔があれだけ並ぶと気持ち悪いですね。ダクネス〜、アイリス〜、さっさと全滅させちゃってくださ〜い!」

「あの二人、本当に強いな〜。カズマはスパナとか投げなくっていいの?」

「……やっぱ俺、世紀末には馴染めないのかも……」

 

 気分を悪くしているのが自分だけという事実に、カズマはちょっぴり自信を喪失しかけつつも飛んでいったアームロボを目で追った。

 建物の中へ入っていくかと思いきや、そのまま屋上を通り越し裏手へ消えていく。どうやら外観通り大学本館は使われておらず、本命はさらに奥側である様子だ。

 

「正面の建物を突っ切りますか? 回り込んでいくとなると、ちょっと面倒くさいです」

「……いや。めぐみん、()()を試してみよう。最短ルートを切り開く」

「え……えぇぇぇぇっ!? いいんですか!?」

 

 みるみる笑みを煌めかせていくめぐみんが、罵られたときのダクネスのように鼻息を荒くし、顔を紅潮させた。横目に見たイリットは、無性に嫌な予感がしてカズマを見る。

 

「カズマ、アレって何?」

「試作の兵器。危なっかしすぎてマドの周辺じゃ試せてなかったんだ」

「武器じゃなくって兵器なんだ」

 

 楽しみなような、怖いような気持ちで、イリットは準備に入っためぐみんを眺めていた。マントの下にどう収まっていたのか不明なパーツを取り出し、鮮やかな手付きで組み立てていく。

 1分程度で完成したソレは、一見するとただのロケットランチャーだが、砲弾の代わりに巨大な銛が装填されていた。

 

「発射ーっ!!」

 

 電磁力によって射出された銛は、研究所の二階と三階の中間の壁に突き刺さった。同時に、銛の柄尾部分で何かのランプがチカチカと点滅を始める。

 そこから放たれたある特殊な信号は、同質の回路を有していたアイリスにも察知される。

 

「――あ! ダクネス!!」

 

 両手をマシンガンに変形させてアマゾネスを薙ぎ払っていたアイリスが、戦闘を中断して敵集団から大きく距離を取った。

 

「ダクネス! すぐに後退してください!! この場所は危険です!!」

「くぁぁぁぁっ!! そ、その程度では私に血を流させることは出来ても、私を倒すことなど出来んぞーっ!!」

「ダクネス! おーい、ダクネスーっ!! ……駄目だこりゃ」

 

 戦いの熱に浮かされたダクネスに、アイリスの言葉は届かない。敵の攻撃で傷付くこと、自分の攻撃の反動で自分が傷つくことにばかり熱中している。恍惚と上気した頬には狂喜のみがあり、潤んで揺らめく瞳には敵の姿すらまともに映っていない。

 アンドロイドであるアイリスは、人間の「性癖」を理解不能だ。無理に理解しようとすれば電子頭脳がショートする。故に性癖に耽った人間に対して取る行動は一つ、撤退だ。

 一人だけ戻ってきたアイリスに、カズマは「うわ〜」と眉根を寄せた。

 

「アイリス、ダクネスは?」

「わたしに彼女は救えません」

「えっ、本当に置いてきちゃったんですか!? ……駄目です、もう間に合いません。惜しい人を亡くしました」

「お前ら諦めるの早いな!?」

 

 めぐみんもアイリスの報告に瞠目しつつ首を振る。カズマがツッコミを入れるのも已む無しな見切りの早さだ。

 

「ねえカズマ? 一体何をするつもり――」

 

 そうイリットが訊ねるのと、天空より神々の怒りがごとき雷霆が研究所の建物に突き刺さり、入口付近で暴れていたダクネスを巻き込んで大爆発が生じたのは、ほぼ同時の事だった。

 対象にビーコンを打ち込み、大破壊前の攻撃衛星から対地レーザービームを誘導して薙ぎ払う。それこそめぐみんが新たに目覚めた爆裂の一形態なのだ。

 

 

 

 上層部の施設がBSレーザーによって大打撃を受けている一方。プロテインパレスの中核である地下施設に損害は無く、多少揺れた程度で稼働を続けていた。

 

「こ、ここどこ……?」

 

 得体の知れない機械が低い唸り声を上げる薄暗いハンガーへ連れてこられたアクアは、球体型の格子に閉じ込められ、文字通り転がされていた。

 強制ワープが作動しない辺り、カズマからそう遠くには離れていないらしい。でも、出来るなら即座に召し寄せてもらいたい。

 

「檻に閉じ込められていると、まるで自分が世界から取り残されているような気分になるの……カズマさぁん、早く助けに来るか呼び出してよ〜……」

 

 格子を掴んで薄暗い周囲の景色を恐る恐る見回していると、カツーン、カツーンと固いブーツが床を叩く音が近付いてきた。かなりゆっくりとした歩調で、何者かは闇の奥からアクアの前に姿を現す。

 緑の髪にサングラスを着用した凛々しい顔付きの女だ。鍛えられ引き締まった肢体をレオタードで包み、ミドルグローブとレスリングブーツを着用した姿は、誰がどう見ても女子レスラー、それもヒールレスラーだった。

 賞金首マダムマッスルその人である。

 

「ふしゅるるる。久し振りアルな、女神アクア」

 

 重く響くような声で、マダムがアクアに呼び掛けた。

 このパターンは……と、普段は頭の鈍いアクアでも、今の一言でピンと来た。

 

「……えっと、私が送り出した転生者、だったりする?」

「分からないのも無理ないネ。転生した時からワタシ、変わったヨ。このクソッタレな世界で、どうにかこうにかやってきたヨ」

「それはその、なんというか……」

 

 サングラス越しでも感じられる、深い闇をはらむ視線。怒り、憎悪、憎しみなど、剥き出しのあらゆる負の感情が、アクアに向かって突き刺さっている。

 それでいて静かな口調と雰囲気が崩れないことが、マダムの不気味さに拍車を掛けていた。

 

「どうしてオ前が地上にいるかは知らないネ。でもこうして捕まえた以上、ワタシ味わタ苦痛と絶望の万分の一でもオ前に与えなきゃ気がすまないアル」

「な、なに言ってるのよ!? た、確かにこの時代に送り出したのは私だけど、転生させるって決めたのは私じゃないのよ!? てかあんたらが前世で善行も悪行も積まないから、この世界に投棄されたんじゃないの!!」

「八つ当たりとでも言いたいか? ふっ、それ何が悪いネ。ワタシ、この世界で力つけたネ。世紀末、力あるヤツが偉い。暴力だけが正義アル。だからワタシすること、全部正しいネ」

 

 落ち着き払ってはっきり口にしたマダムは、本心からそう思っているのが嫌というほど理解できた。ゴツい手がゆっくりと格子に伸びる。

 

「ひっ……!」

「安心するね。まずオ前の仲間から殺す。オ前の目の前で一人ずつ、バラバラにしてやる。特にあの、一人だけ混ざってる男、あれオ前の恋人ダロ。とびきり惨たらしく殺してヤル」

「は、はぁ!?」

 

 その勘違いは、とても心外だ。訂正しようとしたが、サングラス越しにギロリとにらまれ、言葉が出なくなってしまった。実にヘタレな女神様だった。

 

「誤魔化しても駄目ネ。オ前、さっきから何度も『カズマ、カズマ』と呼んでるヨ。ふしゅるるるっ、リア充死すべし」

 

 そういう意味で呼んでいたのではないのだが。認識の齟齬からターゲッティングされてしまったカズマに、一応心の中で謝っておくアクアであった。




※世紀末女神レナ Part3
レナ「カズマちゃん、すっかりヌレヌレねぇ♡」
カズマ♀「カエルの粘液だ! 指をワキワキさせて俺のそばに近づくなァァァ!!」
レナ「も、もう我慢出来ないか……! カズマちゃん、今日で身も心も女にしてあげるわァァァァッ♡♡♡」
カズマ♀「た、助けてぇぇぇぇぇ!!」
めぐみん「エクスプロージョン!!」
レナ「ほげーっ!!」

めぐみんorz「ふう。間一髪間に合ったみたいですね。大丈夫でしたか?」
カズマ♀「め、女神様……ポッ♡」
めぐみんorz「へっ!?」


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第四十四話 キャットファイ……いやこれ虎じゃね?

 ソシャゲを一つ辞めると、まるで職場を去った時のような気持ちになります。
 新しく始めると、転職した時と似た気持ちになります。


 衛星兵器によって、大学の本館だった建物は瓦礫の山へと姿を変えて、裏へ回る直通通路が開通された。

 

「なんだか思ってたほどの威力じゃありませんでしたね」

「……これで?」

「効果範囲は狭いですが、当たれば消滅確定の大火力攻撃……だったハズです。やはり爆裂は自分の作品でなければ理想の体現は不可能ですね」

 

 破壊の痕を観て不満そうに唇を尖らせて、イリットにそう語っためぐみんは、アンカー射出に使ったバズーカを放り投げた。想定では瓦礫の山どころか、まっさらな更地になるハズだったのだが。大破壊の頃から放置されてきたせいで、攻撃衛星が整備不良にでもなっていたのだろう。

 

「あ。カズマ、ダクネスがいました」

 

 本館跡地を通り抜ける途中、アイリスによって瓦礫の下から引っ張り出されたダクネスは、実に満たされた表情で気絶していた。

 

「生きてるのか!? あれで!?」

「気を失ってはいますが、大変満足している様子です。深い『愛情』を受けた時と近い脳波が検出されています。……ああ、これが『気持ち悪い』という感情なのですね」

「……グラップルタワーの頃より頑丈になってませんかね、この人?」

 

 ダクネスは仲間達から酷い言葉とエナジー注射を打ち込まれ、アイリスに足を引きずられて運搬されることになった。

 少し進むと、地下へ通じる分かりやすいスロープを発見。下ってみれば表の寂れ具合とは異なる、現在も稼働中の工業プラントとなっていた。

 入り口から工場奥まで一直線にベルトコンベアが伸びており、隠す気ゼロな監視カメラやガンホールが、すでにこちらを狙っている。

 機材を一瞥したアイリスが、静かに口を開いた。

 

「データ検索……この装置は石油からプロテインを精製する為の装置です」

「プロテイン!?」

「科学的に合成されたプロテインは、クローン人間の材料になります。先程の戦闘で死亡した敵が融解しましたが、あれは生命活動停止と同時に細胞の結合が緩み、材料であるプロテインに戻ったからでした」

「……なにそれ怖い……」

 

 人間が溶ける光景は、この先もしばらく目にすることになりそうだと、カズマは真っ青な顔で身震いする。

 

「それでどう攻めますか、カズマ? このまま正直に突き進むならダクネスが起きるのを待った方が良いと思いますけど」

 

 めぐみんはすでに、某ゾンビが蔓延る警察署に転がっていそうなグレネードランチャーを担ぎ、いつでもそこら中爆裂させる準備万端だ。やはりさっきの衛星攻撃が不完全燃焼だったらしい。

 

「手始めに監視システムに一発撃ち込みましょうか」

『ふしゅるるる、その必要は無いネ。オ前達、もてなす準備は整ってるヨ』

 

 めぐみんが銃口を向けた監視カメラから、ゴツくてドスの利いた女の声がプラントに響いた。聞き覚えが無くとも、誰だか予想はつく。

 

「あなたがマダムマッスル?」

 

 何故かゲスト枠のイリットが真っ先に聞き返すと、マダムマッスルは「よく分かったな。エスパーか?」と本気で驚いた。意外と天然系のようだ。

 

『ふしゅるるる。預かったオ前達の仲間を無事に返してほしければ、そのまま真っすぐ進むがいい』

「アクアは無事なの?」

『今のトコはな。あの女には深い絶望を味わわせてやる。簡単には死なさん』

「だって、カズマ。どうする?」

 

 イリットがカズマを見上げてくる。ワープで呼び寄せなくていいのか、と暗に視線で訊いてきた。イリットだけでなく、めぐみんとアイリスも同様だ。

 カズマは少し考えて、もうしばらくそのままにしておくことにした。もしアクアに爆弾でも括り付けられていたら一大事だ。ちゃんとアクアの姿を確認してからでも遅くはない……というか、不用意にワープさせる方が危険だ。

 

「しばらく相手の誘いに乗ろう。まだ慌てるタイミングじゃねーよ」

『ふしゅるるるっ。やはり女神が心配アルか、カズマとやら』

「ん?」

 

 不意に話の矛先を向けられて、カズマは眉をひそめる。耳聡く『女神』って呼んだか? と疑問を抱くも、次の一言でそんな考えは頭から一気に吹き飛んでしまった。

 

『知っているぞ。オ前は女神アクアの恋人であろう? 捕まえたアクアが、何度もお前の名前を呼んでいたぞ。ファ ファ ファ』

「はああぁぁぁぁっ!?」

 

 心の底から心外だとばかりに、カズマの声は裏返っていた。一方、盛大な敵の勘違いにイリットとめぐみん、ついでに意識が戻っていたダクネスが一斉に噴き出す。アイリスだけは感情が無いので無表情のままだ。

 カズマは「ふっざけんなッ!!」と怒りを露わに、愛用のスパナを監視カメラへ投げつけた。一撃でカメラを破壊したスパナが、ブーメランのように手元へと帰還する。

 

「っっっっっけんじゃねぇぞ、おら!! 誰が誰の恋人だ!! 見た目が良くてもあんな産業廃棄物に誰が欲情すっかよ!! 俺にそんな特殊性癖は無い!!」

『照れ隠しカ? 男のツンデレなんて需要ないアル』

「デレてねーよ!」

『どの道、オ前達に選択肢無いネ。ワタシの首に掛かった賞金、欲しければ来るがいいネ』

 

 マダムマッスルが一方的にそう告げると、セキュリティが引っ込んで奥へと続く道が開かれた。それっきり返事も無くなり、カズマは口いっぱいに虫でも頬張ったような顔で激しく地団駄を踏む。

 

「あんにゃろう……!!」

「くくっ、どこからどう勘違いしたのでしょうね。では、可愛い彼女を助けに行きますか」

「お前も乗っかるな、めぐみん! それとダクネス! 目が覚めてるなら立って歩け!! 雑に引きずられて悦んでるんじゃねーよ!!」

「くっ、バレたか! しかし……い、いつもの5割増ぐらいの蔑みの視線……八つ当たりの理不尽な感じがまた……っ!!」

 

 ブツブツ言ってる変態を放置して、珍しくカズマが先陣を切って突入していった。

 肩で風を切るカズマを、仲間達は爆笑しながら追っていった。

 

 

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ではないが、明らかな罠と分かっている場所へ飛び込んだ先で待ち受けていたのは、観客席に囲まれたプロレスリングだった。

 

「なんでさ」

「アイリス、なんでそんなネタを……?」

 

 呟くアイリスにすかさずツッコミを入れたところで、スポットライトがリングを照らす。リング中央でマイクを構えていた筋肉ムキムキで大柄な女が、グラサン越しにカズマ達を指差した。

 

「ふしゅるるる! よく来たな、賞金稼ぎども! ワタシがマダムマッスルネ! そしてお前達の仲間は――」

 

 マダムマッスルが真上を指差すと、天井が左右に開いてクレーンが降りてくる。先端に吊るされた球体の檻の中には、情けなくも顔をくしゃくしゃに泣き腫らせたアクアが入っていた。

 

「あっ! カジュマしゃ〜ん! みんな〜!」

 

 手を振ってくるアクアには、外傷らしいものは見られない。手を振り返すフリをしつつ、めぐみんはiゴーグルで爆発物などが仕掛けられていないか確認した。

 

「この通り、アクアはワタシの手中にアルネ! 返してほしくばオ前達の代表一人をリングに上げて、ワタシと一対一で戦うアルヨ!!」

「普通に興行やってるな、あいつ」

「よく見ると観客席にも人がいますよ。クローンアマゾネスですけど」

 

 警戒を強めながら、アイリスが周囲に気を配る。

 薄暗い観客席に敷き詰められたアマゾネス達は、不気味なほどの静けさでじっと待機している。少なくともいきなり襲ってくることはなさそうだ。来たら来たでまたダクネスとアイリスに無双されるだろうが。

 

「さあ! 誰から掛かって来るね? ……ていうかカズマ、なにこの状況で女の影に隠れてる? 恥ずかしくないカ?」

 

 さり気なくダクネスとアイリスを盾にしていたカズマに、マダムマッスルがサングラス越しの白い目を飛ばした。もちろん、そんなもので怯んだり、バツが悪くて前に出てくるカズマではない。

 

「よし! 行け、ダクネス!」

「応っ」

 

 カズマの指示で、ダクネスが拳を馴らして堂々とリングインする。ただでさえ険しかったマダムマッスルの顔つきが、ますますおっかなくなった。

 

「情けないアル、カズマ! 自分の女のピンチに、他の女を頼るとは!!」

「勘違いすんなよ! その駄犬は俺の所有物だけど、別に好きとかどうとかなんて微塵も考えちゃいねーんだよ!! 第一、レスラーがメカニックとタイマンしようって方が情けないんじゃないですかねえ?」

「ぐぬぬっ」

 

 言い返されて「もっともだ」とでも思ったのか、マダムマッスルは大人しくダクネスに向き直った。素直というか、やはり天然な性格らしい。

 

「ルールは単純ネ。ワタシに勝てばアクアは解放される! でも負けるか、試合開始から5分経過であの檻が大爆発する仕掛けアル!」

「ほう。ならば5分以内にお前を倒せば万々歳ということか」

 

 ダクネスがチラリとカズマへ振り向いた。仲間達とダクネス側のコーナーにセコンドとして着いたカズマは、腕で十字を作って答えた。それっぽいハンドサインだけで、これには特に意味はない。適当に頑張れ、程度だ。

 

(むむっ! 好きにして良い、ということか! つまりアクアの事は気にせず、自由に戦って良いのだな!! クックックック、レスラーとの対決は久し振りだぁ♡)

 

 ボキボキと拳を鳴らしたダクネスは、これから始まる血と汗と肉のぶつかり合いを想像し、それがもたらす苦痛という快楽を想像してだらしなく頬を緩ませた。

 

「ククククク! お前の痛みは、私を満たしてくれるのかな?」

「なにを言ってるネ、お前。まあいい……爆弾のカウントダウンはゴングと同時! レフェリーなし、何でもありの殺し合いネ!! 今更後には引けないヨ!!」

 

 二匹の虎が睨み合う中、クローンアマゾネスの一体がゴング……ではなく、巨大な銅鑼を打ち鳴らした音を合図に、マダムマッスルはダクネスに飛び掛かった。




バッド・バルデス「転生チート持ちの俺様こそ世界一強い悪党だ!」
レッドフォックス「チートより大破壊前の技術で改造された義体のが強かった件」
オルガ・モード「せっかく転生したのにバグ技で戦車持ち込まれて血の海よ」

ベルイマン「……オレも転生だったらよかったのにな〜」


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第四十五話 割とみんな本能で生きている

 ぶっちゃけ今回の話が書きたかったが為だけのプロテインパレス編でした。
某博士「本当に申し訳ない」


「アチョーッ!!」

 

 先制攻撃を仕掛けたマダムマッスルは、空中から白鳥の構えで急降下し、ダクネスに強襲する。特に理由もなく、空中で加速する人間がこの世紀末にはままいるが、どういった技術(テクニック)なのかをカズマは知らない。

 

「ふんぬっ!!」

 

 ダクネスはマダムの飛び蹴りを回避せず、正面から胸で受け止めた。彼女が好んで着ていた西洋風の甲冑が一発で砕け散るが、本人は多少ヨロケた程度のダメージだ。ボディライン際立つ黒いアンダースーツが露わになり、カズマの視線が釘付けになる。

 続けてマダムは着地と同時に鋭い手刀を構え、ダクネスに斬り掛かった。

 

「台風チョップ!」

「なんの! 台風チョップ!!」

 

 マダムとダクネスの手刀が衝突する。激しい火花と何故か金属音が響き渡った。

 連続でぶつかる度に、ダクネスのそれはもう豊満な胸がダイナミックに弾みまくる。カズマは両手を合わせてありがたく眼福にあやかると同時に、この場にレナがいない事を激しく悔やんだ。女だらけのパーティで、思春期男子の感性に同調してくれるのは、奇妙な話だが彼女だけなのだ。

 対する仲間達の反応はそれぞれで、イリットは生暖かく見守ってくれたが、めぐみんとアイリスからは白い目を向けられてしまった。

 

「うっわ。カズマ、その表情アウトです。かなり気持ち悪いです」

「無理言うな! ダクネスは頭はアレだが体は極上なんだぞ!? なんか固いし、前に胸で受け止めてもらった時は金属に頭ぶつけたぐらいの大ダメージ喰らったけど、観賞用としてはこれ以上無い上玉だ!」

「上玉ってあんた……」

 

 グラップラーみたいな物言いに、めぐみんの視線からますます温度が引いていく。

 その一方、自分の胸に両手を当てたアイリスは、しばし黙って瞠目していた。

 

「くっ! 肉体の再整形プログラムが存在しません……っ」

「何をしようとしてるんですか、アイリス!?」

「大きくて豊かで柔らかいボディにチェンジしようかと。統計上、あのようなボディラインこそ男性からの『愛』を最も強く受けられるハズなのに……!」

「愛といっても『性愛』ですよ?」

 

 ちなみに、もし本当にアイリスがダクネスやウィズ級のボンッ! キュッ! ボーンッ! にトランスフォームした場合、真っ先に粉をかけるのは奥手な純情シャイボーイではなく、ここにはいない肉食金髪レズビッチである。

 

 などとやっている間に、マダムとダクネスは何発目かのエルボーを打ち合わせ、余波だけでリングロープが千切れ飛ぶほどの大接戦を繰り広げていた。

 ダクネスの下半身も鎧が弾け飛び、筋肉が付きながらも丸みを失っていない、安産型の尻がアンダースーツの素地にハッキリと浮かぶ。

 高レベルレスラーの戦闘力は下手なクルマをも凌駕する。主砲の炸裂にも匹敵する爆発的なエネルギー同士がぶつかり合い、リングを中心に異常な熱が発生していた。

 

「やるアルな、オ前!」

「貴様もな! ここまで手こずったのは四天王のサル以来だ!!」

「サルと同列にするアルか!!」

 

 ガションと電車が連結したのかという重低音を鳴らし、互いの肩がガッツリとロックアップした。ここからは単純な力勝負となる。

 激しかった先程までのやり取りとは打って変わって、静かな闘気が渦巻いていた。一見して硬直状態だが、凄まじいパワーがせめぎ合っていることは、滴る汗が瞬時に蒸発しているのを見れば一目瞭然だろう。

 

「く……っ!!」

 

 徐々にダクネスの表情が歪んでいき(ついでに頬を赤く染め)、ジリジリと膝が下がっていく。腕力においてはマダムに分があるようだ。

 

「ハーッ!!」

「ぐあっ!」

 

 マダムが怯んだダクネスの顔面を、容赦なく膝で突き上げた。組み合った腕が外れて、ダクネスは大きく仰け反った。

 追撃の魔手は続く。マダムは素早くダクネスを引き寄せて左腕のヘッドロックを掛け、無防備な脳天を右肘で何度も殴打する。

 

「アイヤー!!」

「ぐあっ! ふぐぅっ!!」

 

 ダクネスの頭頂部からは血が滴り、明るい金髪が赤く染まる。

 この時、ヘッドロックから抜け出そうと藻掻いていたダクネスは、張りのある桃尻を大きく突き出すようにして踏ん張っていた。当然そんな光景を見逃すなど出来ず、カズマはリングサイドに場所を移動してまでダイナミックに揺れる尻と胸を鑑賞していた。

 

「せいっ」

「いっでぇ!!」

 

 さすがに空気を読めと、めぐみんの腰が入った強烈なローキックによる制裁が決まった。

 

「いい加減にしてください! さすがに引きますよ、カズマ!」

「す、すまん……けどダクネス、まだ大丈夫そうだぞ? ほら」

 

 と、カズマがダクネスの尻を指差すので、めぐみんも渋々とリング上を観る。そして「ありえない」とばかりに顔を引きつらせた。

 

「ハイヤー! アイヤー!」

「くぅ! ふんっ! くっ!」

 

 エルボーを受け続けているダクネスは、よくよく観察すると鼻息を荒くして、苦悶どころか悦楽に耽っている。というかいつの間にやら両足を踏ん張るどころか内腿をすり合わせ、何かを堪えるように艶めかしくくねらせていた。

 エロい。エロいが、それ以上に悍ましいまでの被虐趣味である。

 

「はあ、はあ、い、石頭め!」

 

 とうとうマダムの方が根負けし、大きく息を上げてしまった。そうしてもう満足いく攻撃を受けられないとみるや、内股気味だったダクネスは瞬時に深く腰を落とした。

 バランスを崩すマダムの腰に腕を回し、強靭な腰を活かして勢いよく仰け反る。

 全身で美しい弧を描き、局所的な地震を起こしてダクネスのバックドロップが決まった。それも受け身を取れないよう、脳天から垂直に落として。興業ではやっちゃ駄目なヤツである。

 

「アイヤーッ!!」

 

 リングの一部を陥没させて、マダムが脳天を押さえてのたうち回る。

 そんな大きな隙を見逃すはずもなく、ダクネスがマダムの両足首をむんずと掴んだ。

 

「う、おおおおおおーっ!!」

 

 しっかりと腰を入れて持ち上げ、勢いよく回転を始める。

 回る速度は瞬く間に上昇し、風圧がリングサイドのカズマ達すら吹き飛ばそうとする。竜巻がごとき破壊の渦だ。

 

「ふんぬっ!!」

 

 ぶん投げられたマダムは気をつけの姿勢で観客席に突き刺さった。微動だにしないアマゾネスを大勢巻き込み、爆発のような衝撃が建物自体をド派手に揺らす。

 

「ふっ。リングアウトだな」

 

 ニヤリとワイルドなキメ顔を作ったダクネスだが、血染めでそういう顔をされるとものすごく怖い。

 

「イヤァーッ!!」

 

 しかし敵もさるもの。マダムはプロテインを全身に纏わせながら、気合で瓦礫を吹き飛ばして戦線に復帰。恐ろしい憤怒の表情でまっすぐダクネスを睨みつける。

 

「ふしゅるるるっ!! まだだ! まだ終わっていない!! アイヤーッ!!」

 

 一瞬、マダムの全身が膨れ上がったと錯覚するほどの気迫で、今度は自分からダクネス目掛けて自分を射出。ミサイルのようなフライングクロスチョップで反撃を試みた。

 

「甘いッ!!」

 

 それを頭突きで受け止め、リングに叩き落とすダクネスも相応に人間を辞めている。

 

「そんなものか!? さあ立て! 立って戦え!! 私はまだ満足していないぞッ!!」

「あぐ……コノ、なんてヤツだ……!!」

 

 立ち上がったマダムではあるが、痛みが快楽と力に変わるダクネスとは違い、怪我と疲労で足元がフラついている。ひび割れたサングラスの下からは内側から赤く光る眼球が覗いており、彼女がもう純粋な人間でないことを物語っていた。

 

 ふとカズマは、女神が捕まった球体の檻を見上げた。デカデカと取り付けられたタイマーは1分を切っている。いい加減に助けないと危なそうだ。黙ってジトーっとこっちを見つめる駄犬も、本当に助けてもらえるのか不安になっているようだ。

 なお、アクアが静かなのはカズマが服従スペルで黙らせているからだ。声を出されると、こっちの作戦が相手にバレてしまいかねない。

 

「そろそろだな。準備はいいか、イリット?」

「うーんと……うん。()()なら大丈夫だわ」

 

 リングサイドから十歩ほど下がったイリットは、ショットガンではなく銃身の長いライフルを構え、球体檻を吊るすクレーンに照準を合わせた。

 次いでめぐみんはいつもの投擲武器を複数構えて、準備OKだと頷いた。

 爆発までの時間を確認し、カズマもセコンドの位置で待機した。今度はマダムと四つ手に組み、互角の押し相撲を演じるダクネスに叫ぶ。

 

「ダクネス!!」

「むっ! そろそろか」

 

 事前の打ち合わせを思い出したようで、ダクネスは四つ手状態からまたもやマダムに投げっぱなしスープレックスを仕掛けた。背中を叩きつける寸前で両足で受け身を取られて不発に終わったものの、これは間合いを離したいが為の一手。

 ロープが無くなったリングサイドから飛び降りたダクネスは、カズマとともに大急ぎでリングから離れていく。

 

「むむむっ! なにする気か!!」

「ふっ! 吐き出せ!!」

 

 カズマが命じるや、アクアが吐き出す大量の水が檻の中から凄まじい濁流となってリングに向かって降り注ぐ。ほぼ真下にいたマダムが、なすすべもなく水に呑まれた。

 と同時に、イリットがクレーンを第一射にて見事に破壊。檻は大水を撒き散らしながら落下していく。

 そこでめぐみんが冷凍フリーズビールを流れ落ちる水に投げ入れ、アイリスが撃ち抜いて中身をばら撒く。謎の技術によって作られた氷結液が、瞬時にして大量の水を氷の塊へ変貌させる。

 

「ノォォォォーッ!!」

 

 リング上に完成した巨大な氷の柱は、檻がマダムに激突する寸前という絶妙な位置で完成した。哀れにも氷の中に閉じ込められてしまったマダムのちょうど目の前に、爆発までの時間を知らせるタイマーが来た形となる。

 

「さ、さ、さぶいぃぃぃぃ〜!!」

「って、まだ生きてんのかよ!? まあいいや、アクア戻れ!!」

 

 マダムの生命力に驚嘆しつつも、残り2秒のタイミングで観客席まで下がったカズマは、アクアを手元にワープさせた。吐き出した直後なのでげっそりしていて、おまけに半分ぐらい凍っていたので、容赦なくエナジー注射をぶっ刺してやる。

 

「ひぐぅ!?」

 

 尻に刺したのがマズかったか、すごい悲鳴を上げながらアクアの体が跳ね上がったが、そんなことより爆発に備えて携帯バリアを二人分作動させる。イリットやめぐみんも、とっくにバリアを展開済みだ。

 檻が大爆発し、氷漬けのマダムごとリング周辺を跡形もなく吹き飛ばしたのは、まさにそのタイミングでのことだった。

 

「うをぉっ!? すっげえ威力だな……っ!!」

 

 想像していたよりも激しい火力に、結構頑丈なハズの携帯バリアが大きく揺らぎ、僅かに割り入ってきた熱風に頬が焼かれた。これでは天井で爆発していたとしても、相当な被害が出ていたのではないだろうか。

 現に観客席の二段目辺りにいたアマゾネス達が、微動だにしないままバラバラに吹き飛ばされているほどだ。三段目付近も熱でドロドロ溶け出している。

 

「……アクア、やっぱ俺、世紀末向いてないかも……」

「そんなことないわよ。あんた、多分誰よりもこの世界に馴染んでる転生者だわ……」

 

 グロテスクな光景に顔が真っ青なカズマを、復活したアクアはどういう風の吹き回しか、背中を撫でて労ったのだった。




 ダクネスで女子プロレスが書きたかった。ただそれだけだったんだ……。

転生マダムマッスル
 元女子高生。異世界モノが好きだったので転生できると聞いた時は喜んだが、蓋を開けたらごらんの有様だよ。むしろ転生後にやってることはGOLAN(北斗の拳)だよ。キャラのイメージは、デッドライジングに出てきそうなボス。
 転生特典については次回。


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第四十六話 変態に持たせてはいけないタイプの道具

【タイトルだけ考えてみたシリーズ】
■ありふれたメタルマックスは世界最強
→世紀末に召喚されてしまったクラスメイト一同が金輪際リゾートする
■メタルマックスの勇者の成り上がり
→腕に戦車が付いてる勇者が自由すぎる
■メタルオーバーマックスロード
→ナザリックに賞金が掛かって頭のおかしいハンターがなだれ込んでくる
■僕のメタルマックスアカデミア
→個性『テッド・ブロイラー』とかなヴィランが暴れてる


 最初に異変に気付いたのはめぐみんだった。

 

「あ」

「どうした?」

「マダムマッスルのステータスが『defeat(撃破)』になっていません。あいつ、まだ生きています」

「なんだって!?」

 

 カズマは未だ燃え盛るリング跡を睨みつけた。何しろ賞金は「DEAD Only」でしか支払われない。きちんとトドメまで刺したことをiゴーグルなどで記録し、初めて撃破と認められる。ファンタジー世界で例えるなら冒険者カード的なシステムだ。

 

「任せろ。ふんっ!!」

 

 ダクネスが豪腕の一振りで炎を吹き消してみせる。やっぱコイツ人間じゃねえ、と内心でビビリ散らしながら、カズマ達はリング跡を取り囲むように移動した。

 ここに来てもアマゾネス達は微動だにせず、じっと佇んだままだ。一部のアマゾネスが形状崩壊している以外に動きはなく、もしかすると命令がなければ行動できないのかもしれない。

 

「穴が空いてますね」

「爆発でっていうか、最初からリングの下に通路を隠してた感じ? カズマ、どうするの?」

 

 めぐみんとイリットは、手投げ爆弾を片手に穴を覗き込んでいた。爆破する気満々なのはいいとして、めぐみんはともかくなぜイリットまでガンギマリなのだろうか。

 

「……じゃあアクアとアイリス、俺と一緒に来てくれ。残りは帰り道の確保を。クローンが動き出した時の対処もよろしく」

 

 珍しく自分から虎穴に飛び込もうとするカズマは、前にアイリス、後ろにアクアの布陣で床にぽっかり開いた隠し通路を下っていった。

 外見年齢12歳のアイリスを矢面に立てせる構図は非常に情けないが、彼女は高い戦闘能力を持つアンドロイドだ。何もおかしな点はない。

 仮にレーザートラップに対する盾としてアイリスを突きだそうとも。通路の先でボロボロになったマダムマッスルを発見したので、咄嗟にアイリスの陰に逃げ込もうとも。カズマの心には一片の曇りも迷いも後悔も無いのであった。

 

「ふぅーっ! ふぅーっ! お、追いついて……来たアルか……」

「観念しろ、マダムマッスル! だが死ぬ前に、俺とこの駄犬を恋仲だとか抜かしたことをキッチリ訂正させてもらおう!! こいつは俺の飼い犬だ! それ以上でも以外でもない!!」

「ここまで来たのはそれ言う為!? ていうか待ちなさいよ、それだと私がフラれたみたいになってるんですけど!?」

 

 心外なのはアクアも同じで、残り銃弾一発もあれば首が取れる賞金首を他所に、飼い主と犬が睨み合う。無表情なアイリスからも呆れた雰囲気が漂った。

 

「フッ、フハハハハハハッ!!」

 

 それがよほど可笑しかったのか、マダムマッスルは血を吐きながら大声で笑う。鬼気迫る表情に、カズマだけでなくアクアまでもがアイリスの背後で身を縮こませる。

 

「犬カ! そりゃイイネ!! 女神様が畜生に堕ちるとは!! ゲホッ、ゲホッ」

「やっぱこいつも転生者だったのかよ」

「カズマ、転生者とは?」

「ああ。それはな――」

 

 アイリスは照準を外さないまま訊いてくるので、カズマが簡単に説明する。

 

「死後に第二の人生、ですか?」

 

 背中を向けたままだが、アンドロイドであるアイリスからハッキリとした困惑が伝わってきた。ついでにアクアが服の裾を掴んでくるが、こっちは無視する。

 

「なんでわざわざ? カズマ、人間は死ねば楽になるのではないのですか?」

「そこんところはこの水色に訊いてくれ。俺だって世紀末になんて転生したくなかったっつうの」

「当たり前アルよ。誰が好き好んでこんな地獄に……ガフっ」

 

 限界の近いマダムが、ついに片膝を付いた。地面に溜まった血は黒く、そこに白い謎の液体――おそらく電解質液が混じっている。純粋な生身の身体ではないようだ。

 

「賞金首? フン、悪事だってそりゃ働くネ。こんな世界に放り出された小娘一人、誰も守っちゃくれないヨ。女神アクア、お前がやってきた事は転生じゃない、ただの処刑アル! ワタシ達をただただ苦しめただけアル!」

「かっ、勝手なこと言わないでよ!! 私だって好きでこんな世界の担当なんてしてないもの!! だいたい……だ、だいたい……っ」

 

 言葉の途中で突っかかったまま、続く言葉は出なかった。

 服の裾を引っ張る力が強まって、さすがに変に思ったカズマがチラリと振り向く。アクアは歯を食いしばり、泣くのを必死に堪えていた。

 お前が泣くのかよ、とツッコむ寸前で飲み込んだカズマは、心の中で「しょうがねぇな」と呟いて、アクアを下がらせてマダムに向き直った。

 

「クククッ、やはりどう言い繕おうと女神が大切か」

「違げーよバカ。こいつは俺のペットなの。泣かして良いのは俺だけ。それにさっきから聞いてれば自分が悪党になったのをアクアのせいみたいに言ってるけど、道を踏み外したのはお前の意思だろーが!」

「なんだと!?」

 

 カズマはさり気なく、アイリスにいつでもマダムを撃ち殺せるよう待機させつつ、ビシッと自分を親指で差した。

 

「俺を見てみろ! 転生してから結構好き勝手やってるけどなぁ! 賞金が掛かるどころか今じゃ一角のハンターだぜ!!」

「そ……っ、それはお前が状況に恵まれてただけネ!」

「そーかもしれねーが、ミツルギって男は結構酷い目に遭っても真人間を保ってんだよ! お前はどうだ? 地下に籠っていい歳してクローン人間(お人形さん)遊びか? 情けねえな、おい! 前世の頃から引きこもりのニートだったんじゃね、お前? ……うぅ」

 

 自分の言葉で心にダメージを負いながらも、カズマはさらに捲し立てた。

 

「つーか『アイヤーッ』とか『アチョー』ってお前どこ出身だよ!? そんなコッテコテなキャラ付けとか世紀末舐めんな! 俺の知ってる大悪党はモヒカン投げてくるんだぞ!」

()()を基準にするのやめるネ!! この喋りは搭載した補助脳がバグってたせいアル! ワタシだってもっと普通に喋りたいヨ!」

「じゃあ喋れるように修理したか? 自分で出来ねえなら誰かに聞いたか? 世紀末だって人は助け合って生きてんだよ!! 外との関係を自分から絶って、攫った人を奴隷にする前に、一度でも誰かと助け合おうって考えたかよ!? 出来るわけねーわな、コミュ症のヒキニートなんかに……うぅぅっ」

「さっきから何を自滅してるネ、オ前!?」

「カズマの言うことは正しいです、マダムマッスル」

 

 自分で自分を打ちのめしてしまったカズマに代わって、今度はアイリスが言葉の刃を突きつけた。

 

「機能停止して放置されたわたしを、カズマは修理してくれました。その技術を教えてくださったのはマドの町の修理工ですし、彼がカズマに技術を教えたのもカズマが町のために働いたからです。あなたのように自分本位に他者を傷つけるような人間に、わたしの仲間を批難する資格はありません」

「で、でもワタシは――」

「黙れ、悪党。前世がどうだろうと、この世界であなたが犯した罪には何の因果もありません。そして、わたし達はハンターです。同情よりも、その首に掛かった賞金を優先します。覚悟なさい、マダムマッスル」

 

 アイリスの両手がエネルギーをまとって光輝く。接近戦用の武器で確実に仕留めるつもりだ。その気になれば一秒と掛けずにマダムの首を刎ねるだろう。

 

「うぐっ……な、ならせめて、せめて次はもっとマシな世界に転生させるネ!」

「……ごめん、それ無理」

「は――」

 

 その場から一歩も動かず、アイリスが左腕を横一文字に振り払った。五指から放たれたビームは、マダムの背後にあった機械には傷一つつけない精密さで、彼女の肉体を六分割にせしめた。

 部品と生体組織、血と電解質とを撒き散らし崩れ落ちたマダムだが、アイリスの足元に転がってきた首から上はまだ、辛うじてだが活動していた。

 なので、どこか上の空で呟くようなアクアの宣告も、最後の最期まで聞く羽目になった。

 

「転生させたのは前世で積んでこなかった徳や業をこっちで積む為だから、この世界で悪行を重ねたあなたの向かう先は地獄しかない」

「な――」

「でも安心して? 本物の地獄は、この世界よりずっとまともだから」

 

 何の救いにもならない言葉を(はなむけ)に、残った頭部をさらに細かく寸断され、マダムマッスルは今度こそ撃破された。

 

 

 

 マダムが逃げた先にあったのは、タンクローリーの荷台を二つほど強引に連結したような、大型の機械だった。

 

「解析します。5分ほどお待ちを」

 

 そう言って、アイリスがコンソールのコネクタに指を突き刺した。瞳の奥を点滅させ、虚空を見つめる姿はちょっぴり不気味だ。

 

「……ねえ、カズマ」

「なんだよ。つーかいい加減に服を放せ」

 

 ウエストが締まるぐらいに生地が引っ張られているので、そろそろ本気で苦しくなってきた。

 

「……カズマはさ、私のこと、恨んでる?」

「別に? いいから放せ」

「うん……」

 

 ようやく解放され、ほっと一息吐いたのも束の間。今度は背後から前触れもなく抱きつかれた。

 

「はぁっ!? おま――」

 

 細腕とは思えない怪力やら、外見だけは良いと思っていた柔らかさやらで、カズマの頭が真っ白になる。そこへ追い打ちを掛けるよう、背中に顔を埋めたまま、囁くようにアクアは伝えてきた。

 

「――ありがとう」

「……おう」

 

 何に対する礼なのか分からないが、カズマはぶっきらぼうに返すのが精一杯だ。背中越しに、飼い犬相手に激しくなってしまった動悸を聞かれないか不安に駆られながらも、振りほどくことも出来ないのだった。

 

「これも『愛』なのですね」

「あ、アイリス!? 解析は終わったのか!!」

 

 不穏なセリフとともに戻ってきたアイリスだが、甘いのにどこか重い空気を払拭したいカズマは、とにかく話題を変えてもらいたくて縋り付いた。

 なんとなく生暖かい視線を向けながら、アイリスは機械について分かったことを掻い摘んで説明していく。

 

「この地下施設入り口から続いていたベルトコンベアの大本がこれです。やはり旧型のクローン人間プラントでした」

「じゃあ、アマゾネスはこれで?」

「はい。ただイリットが求めていた機能はありません。人工授精などではなく、飽くまでもサンプルとして収集したDNAデータをプロテインに転写するだけです。人類の子孫としては機能しません」

「……てことは、手に入ったのはマダムマッスルの首だけか。十分っちゃ十分だけど――」

 

 呑気に戦利品を漁っていられたのはそこまでだった。

 カズマ達が来た方向、リングに続いている隠し通路の向こうから、いくつもの爆発音が轟いたのだ。何度も実験に付き合ってきたカズマだから分かる、めぐみんの爆裂弾だ。

 

「な、なになになにっ!?」

 

 アクアが慌てながらも、真っ先にポチカーを駆ってバルカン砲を向ける姿は意外だったが、通路の向こうから大慌てで走ってきたのは、退路の確保に残してきた仲間達だった。

 

「あなた達!?」

「アクア! カズマ達もいるな!! 大変なことになった!」

 

 凄まじい気迫で先頭切っていたダクネスは、どんなピンチも快楽に変える彼女には似つかわしくないぐらい焦燥していた。

 

「クローン達が突然ドロドロに崩れて、一塊になって襲って来たんです!! 溶けたプロテインの津波ですよ!!」

「銃も爆弾も効果が薄いの! 通路を壊して足止めしたけど、急いで逃げないとわたし達も呑み込まれるわ!」

 

 めぐみんとイリットが簡潔に状況を説明した直後、目の前にあった装置のタンクが、内側からズガンと振動し、一部がひしゃげて盛り上がった。内部から相当な衝撃が与えられたのだろう。

 

「なるほど。オリジネイターが死亡したことで、クローン細胞のシンクロニシティが切れたのでしょう。早い話が暴走です。おそらく、養分となる生体細胞を求めているのでしょう」

 

 こんな時でも冷静なのはアンドロイドの美点であり、欠点だ。淡々と状況のヤバさを伝えられると、人間返ってパニックになる。

 

「どどどどうすんだよ!?」

「迎撃よりも撤退を推奨します」

「どこから!?」

「――緊急アラート。着弾まで3、2、1――」

「えっ、何言って――」

 

 そこで再びの大振撃が走る。今度は隠し通路とは真逆の方からだ。直上の施設でいうなら、ちょうど倒壊させた本館の位置だろうか。

 崩落した天井の瓦礫がタンクを押しつぶし、内部からピンクパープルの蠢くプロテインが漏れ出すが、同時に地下空間に陽の光が差し込んでくる。

 陽光を背にして現れたのは、衛星レーザーの誘導機を肩に担ぐ、凛々しい金髪の美少女ハンター。

 

「おっ待たせ〜♪ みんなのリーダー、レナちゃん参上ぉ!」

 

 実に良いタイミングで味方の退路を切り拓いたのは、イスラポルトで箱詰めの刑に処されていたハズのレナであった。

 仲間達にドヤ顔を決めたレナは、用済みになった誘導機を投げ捨てると、早速イリットへと駆け寄った。

 

「イリット〜♡ 無事でよかった〜♡ 怪我してない? 怖くなかった? ちゅっ♡」

「やぁん♡ みんなの前よ、レナ? そういうのは――」

「いや、そういうのは脱出してからにしてくれませんかねぇ!? もうプロテインがそこまで来てるんですけど!?」

 

 めぐみん渾身のツッコミで我に返った百合バカップルも含めて脱出後、プロテインパレスはめぐみんが持ち込んでいたありったけの火薬によって地上から完全に消滅したのだった。




 ……ちなみにダクネスとカズマにはフラグ立っていません。
 次回からデビルアイランド決戦編です。
 そして……申し訳ありません。デスクルスは(本編では)やりません!


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Part7 ですとろいやーおぶでびるあいらんど
第四十七話 いざ、悪魔の島へ! 四天王再び!


 突入準備会。


 プロテインパレス攻略戦後、イリットとアイリスはイスラポルトの転送装置でマドの町へ戻っていった。

 カズマの本音を言えばアイリスにはパーティに残留して欲しいところだが、今はまだ発展中のマドには彼女という強力な戦力が必要だ。

 わざわざ同行したのに目当ての技術が手に入らなかったイリットだったが、特に気落ちしている様子もなかった。最後にレナが颯爽と助けに来てくれたので、九割方満足してしまったのだとか。

 

「なんか無駄に振り回されただけな気がする……」

「言わないでください、カズマ。それに、ちょっと小耳に挟んだのですが」

 

 めぐみんは、わざわざカズマの耳元に顔を近づけて、息を吹きかけるようにして囁いた。他意はないはずだが、カズマはドキドキさせられる。

 

「アイリスがマダムの使ってた機械から遺伝子操作技術のデータを得たみたいで。それが……ほら、例のてんせーとくてん? ってヤツ」

「マジかよ、アイリス万能だな」

「解析には時間が必要だそうですけど、これでLOVEマシンの精度が上がれば、イリットの望みが叶うかもって言ってたんです」

「……幼女には無限の可能性が秘められてるんだな。てことはめぐみんも――」

「わたしはロリじゃねーですよ!!」

 

 めぐみんの細い指を耳に突っ込まれ、カズマは危うく中耳炎になるところだった。

 

 

 

 一方、ハンターオフィスでマダムマッスルの賞金を受け取ってニヤニヤしていたレナは、背後から近づく小柄な影に気付かなかった。

 

「37,500G……おかしい。大金のはずなのに、こんなもんかと感じる自分がいる……」

「さすが3333撃破隊長のレナ、この程度の金額は端金ってこと?」

「っ、あなたは……」

 

 レナの尻をコート越しに撫でてきた手首を掴み、くるりとひっぺ返しながら足払いを仕掛けて強引にお姫様抱っこに持ち込んでみれば、相手はなんとレジスタンスのクリスだった。

 あまりの早業にキョトンとした顔のクリスは何が起きたか分からない様子でいたが、唇を狙って近づいてくるレナの顔に正気を取り戻す。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁーっ!!」

「むぎゅっ。誘ってきたのはそっちじゃない?」

 

 顔面に掌を押し付けて本気で拒絶されると、さすがのレナもちょっぴり傷つく。先に尻を撫でたのは自分だろうに、と頬を膨らませる。

 下ろしてもらったクリスは、もう二度と真性の人に不用意なボディタッチをしないと心に誓い、さっさと本題を切り出した。

 

「前にあなた達から聞いたデビルアイランド、見つかったわよ」

「本当? で、いつカチコむの?」

「気が早いよ。まだ偵察してる段階。襲撃するなら早くても二週間後かしら。作戦の目処が立ったら、またオフィス経由で伝えるわ」

「二週間ね。フフフ♪ 分かったわ、準備して待ってる。ところでクリス――」

「それじゃあ伝えること伝えたからまたねぇっ!?!?」

 

 色事の話を蒸し返されそうな気配を察知したクリスは、強引に話を打ち切って走り去っていた。さすがはスピード第一のナースだけあり、逃げ足はとても速かった。

 

「なぁんだ、残念……デビルアイランド、ね」

 

 首に下げていたiゴーグルを装着したレナは、賞金首情報を呼び出した。

 カリョストロ、ブルフロッグ、そしてテッド・ブロイラー……グラップルタワー以上の拠点であれば、必ず四天王が守っているはず。ハンターの勘がそう告げている。

 

「今度は負けないんだから。首を洗って待ってなさい、グラップラー!」

 

 拳を握りしめたレナは、早速作戦会議を開くべく、参謀メカニックの元へと急いだ。

 しかしカズマとめぐみんが楽しそうに話しているのを邪魔できず、時間潰しにセシルのところへ行こうとして、ダクネスとアクアに取り押さえられるのだった。

 この女、とことん反省しない性質らしい。

 

 

 

 そして、あっという間に二週間後のXデーが到来した。

 この日までにチーム・メタルマックスは賞金首を狩り、新たなクルマを見つけ、大破していたバギーとネメシス号も戦線復帰を果たしている。

 特にネメシス号という水上戦力の加入は大きく、今やメタルマックスこそがアシッドキャニオン最強のハンターチームとなりつつあった。

 

「ハンターのみんな、こうして再び集まってくれて感謝するわ」

 

 レジスタンスのリーダー的存在のウェンディが、集ってくれたハンター達の前でマイクを取る。

 懐かしいサースティの酒場。もはや隠す必要の無くなったレジスタンスの基地は以前より武装化が進み、常駐する戦力も増している。グラップルタワー攻略戦の時から、実に三倍以上ものハンターがここにいた。

 

 いずれも腕が立ち、アシッドキャニオンの方々で活躍している猛者であるが、その中にあってさえ別格となったのが現在のメタルマックスだ。

 

 明日の未明、デビルアイランドへの一斉攻撃が行われる。

 上陸して正面から仕掛ける第一チーム、船で背後から強襲する第二チーム、第一と第二が陽動している間に港から侵入する第三チームと第四チームの編成だ。

 メタルマックスが振り分けられたのは港から侵入後、防衛システムを突破して四天王を潰す第四チームだった。むしろ第四チームはメタルマックスのみで、侵入したらとにかくド派手に暴れて基地機能をズタズタにし、デビルアイランド内にいる人間狩りで集められた人々を第三チームが救出するまでの援護を同時にこなすのだ。

 三重の陽動作戦の中でも一際危険であり、一番稼げるポジションについたことで、カズマを除くメンバーのテンションは鰻登りだ。

 

 作戦の詳細が詰められ、最後に各チームに別れてブリーフィングが行われる段階に来て、カズマは恐る恐ると手を挙げた。

 

「すんませーん。第四チームの『なんとか突入したら勢いでどうにかする』って、具体的にはどうしろっていうんでしょうかね〜?」

 

 返ってきたのは「任せた」という一言だった。

 

「ま、それだけ信頼されてるってことじゃないの?」

 

 深夜。湖上の浮島にポツンと取り残された謎の基地「ヘルメツ島」にネメシス号を停泊させ、決戦に備えてクルマの整備をするカズマに、酒瓶片手のレナが上機嫌に笑いかけた。

 夜が明けるとともに、ネメシス号はメタルマックスと第三チームを乗せて出港する。その第三チームのまとめ役は、あのクリスだ。

 

「下手に他のチームと足並み揃えるよりも、単独で特攻させられた方がこっちもやりやすいしね。そうは思わない、カズマ?」

「仲間は多い方がいいだろうがよ」

「弾除けとして?」

「どうしてそういうこというかな?」

 

 復活したバギー、定番のウルフ、そしてこのヘルメツ島の基地跡で発見したハイテク戦車エレファントの三台が、決戦用の編成だ。さらにクリスには野バスが、人員輸送用として貸与されている。

 それらの整備は、今のカズマが可能な最高の状態に仕上がった。後は作戦決行まで搭乗者がぐっすり休むだけ。めぐみんとアクア、ダクネスは船室ですでに雑魚寝している。

 

 本来ならレナにもとっくに休んでいて欲しいところだが、リーダーとして参謀に付き合うという方便で、サースティから頂いた上物の昔のウイスキーを楽しんでいた*1

 

「ね〜ぇ、カズマ?」

 

 仕事が終わり、首に掛けたタオルで顔を拭くカズマの傍らに、レナが近づく。酔った赤ら顔にニマニマと意地悪な微笑みを浮かべる彼女は色っぽく、ついついカズマの鼓動は早まった。

 

「な、なんだよ……?」

「確認しておきたいんだけど、カズマってめぐみんのこと好きなの? 女の子として」

「はぁっ!?」

 

 突然背後から心臓を一突きにされた気がして、カズマの声が裏返った。そのリアクションに、レナは満足そうにますますニンマリ笑顔を深くする。

 

「意外とアクアって線も考えたけど、一番自然な感じの二人ってあなた達なのよね。それで、どうなの?」

「いや、それはその、確かに……可愛い、けど」

「可愛いって思ってるんだ!」

「う、うっせーな、悪いかよ!」

「ううん。すっごい良いことだと思う。……でも、そういうことならめぐみんは除外ね」

 

 ふと真顔になったレナが、どこか遠くを見つめて呟いた。

 テンションの落差に戸惑わせられたカズマだが、それ以上に。急にレナの姿が儚げに視えて、さっきとは違った意味で心臓が早くなる。

 明日の討ち入りで、何かをするつもりなのだろうか。

 

「何を考えてるんだ、レナ」

「…………」

 

 急に吹いてきた一陣の風が、レナの金髪を棚引かせた。髪先を指で弄くりながら、もう数時間で朝日が登ってくる水平線を見つめて、

 

「イリットが浮気するぐらいなら一緒に複数プレイしようっていうから、その人員を誰にしようかなって」

「本当に何を考えてんだ、てめぇはよぉ!?」

 

 決戦に向けて悲壮な決意でも固めているかと思いきや、どこまで行っても脳みそどどめ色のレズビッチなのであった。

 

「あ! じゃあカズマ、試しにアタシ達に抱かれてみない? 男だけど、あなたなら良いわよ?」

「ヤダよ!! ダクネスかアクアでも誘え!!」

「アクアはともかく、ダクネスはな〜。エロいけど観賞用っていうか、触ると火傷じゃ済まないっていうか」

「わかる……」

 

 それからすぐに、レナが一人でブツブツ呟きながらウルフの運転席に入ってしまったので、カズマもエレファントに搭乗して仮眠を採ることにした。

 ……のだが、

 

「……あれ? ひょっとして今、俺ってすっごい美味しい話を手放したんじゃ……」

 

 頭がアレながら絶世の美少女であるレナと、癒やし系褐色美少女イリットに両サイドから挟まれる光景を、一瞬だけ妄想する。が、一秒も経たずに幻想は消え去った。

 

「いや、絶対にロクな目に遭わない。女性恐怖症を患うレベルで酷い目に遭う」

 

 そう確信しながらも、眠りに落ちるまで悶々としてしまうカズマ少年なのだった。

 

 そしてもう一人。

 

「か、カズマが、わたしを……!? わたしを、可愛いって……はわわわわわ!?!?!?」

 

 レナのiゴーグルからコッソリ通信を飛ばされ、さっきのセリフを無理やり聞かされた少女が一人、船室の床で悶え転がっていた。

*1
世紀末には未成年の飲酒に関する法律はありません




【雑に処理された賞金首達】
○カミカゼキング
 めぐみんから「お前よりわたしの爆裂弾の方が威力がある」と挑発されて自爆。神風ブーツはカズマが装備中。
○外道販売鬼
 クリスによって撃破され、転生特典「アタールチップ」と、ついでに「ゲドーピングタブ」を回収される。
○ダスト原人
 同じくクリスを中心としたハンターチームに撃破される。発電所も占拠された。ゴミの羽飾りはゴミとして処分された。
○グロウィン
 ネメシス号の試運転中にうっかり上陸したチーム・メタルマックスがコアのグロウキメラを撃破。目玉と細胞は回収済みで、研究中。
○金輪際ゴースト
 グロウィンと同じくチーム・メタルマックスが白兵戦の末に撃破。正体は誰かの転生特典を拾って透明化した現地人。カズマとレナに「お前達も透明人間にしてやろう! エロいことし放題だぞ!」と交渉持ち掛けたが毅然と(一部誇張あり)突っぱねられ、撃破された。チャクラムとスケスケアーマーはめぐみんの私物となった。


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第四十八話 総力戦! 悪魔の島、全面戦争!

【もっと世紀末シリーズ】
アクア「あんたが転生する世界はね。ギルガメスとバララントって陣営が互いに軍を形成してね、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間も継続してる世界よ」
カズマ「チェンジで!!」
アクア「なによー。転生特典で肩を赤く塗ってあげようと思ってたのに〜」
※この後、連れ出されたアクアが赤く塗られました。主に全身を。


 マップで確認してみると、デビルアイランドは思っていたよりグラップルタワーから近かった。ハトバとデルタ・リオ航路からちょっぴり北西に外れた先に、工場が併設された高層建築が佇んでいた。

 

「どうして今まで気づかなかったのよ?」

「シェードっていうの? 基地がただ無人島にしか視えない仕掛けがされてたの。多分、大破壊前の技術ね」

 

 ウルフに単独で騎乗したレナに、第三チームの司令塔クリスが、ややバツが悪そうに答えた。白兵戦がメインとなる第三チームは、クリス含めた一部がバイクを持ち込んでいる以外はソルジャーとレスラー、少数のナースで構成されている

 

 ダクネスとバギーに同乗しているめぐみんが、いつもの眼帯型iゴーグルからデータを引っ張り出してクリスの話に付け足した。

 

「周囲に特殊なミストをばら撒いて、陸地側からだと建物が見えなくなっていたそうです。そして島に近づく船は、あのU−シャークが片っ端からバラバラにしてしまってたんです」

「U−シャーク!? あれ、グラップラーの兵器だったの!?」

「少なくともデビルアイランドを防衛していたのは間違いないです。おそらくグラップラーが利用していただけだとは思いますけど。どのみちもう、ヤツはいません」

「デビルアイランドを見つけられたのもアタシ達のお陰って話? フッ、困ったわね。またファンの女の子達が騒いじゃうわ」

 

 一人の車内でキザったらしく髪を掻き上げるレナだが、残念ながら彼女のファンは年配のおじさんがメインであることを彼女は知らない。

 そして、その悲しい現実を知っているカズマは、露骨なまでに話題を逸した。なお、今回はアクアとともにエレファント号に同乗中だ。

 

「全員、タイルパックの予備は積んでるな。シャシーが大破しても今の俺なら修復出来るけど、乱戦中だとさすがに難しい。戦いの合間、合間でこまめに貼り替えてくれ」

「任せろ! 敵の砲弾を受けながらでも張り替えてみせよう!」

「……ああ、うん。頼りにしてるぞ、ダクネス……」

 発情しながら「任しぇろー」とダクネスが鼻息を荒くするので、戦う前からめぐみんのテンションがダダ下がるのだった。

 

 

 

 開戦の合図は、第一チームに贈与されていためぐみんの爆裂弾によって切って落とされた。

 ただの岸壁に偽装された砲台からの対空射撃で迎撃されたが、よく晴れた空にもう一つの太陽が出現したかのような輝きは、遠くからでも一目で確認できた。

 

「うっし! ネメシス号、発進だ!」

 

 カズマの号令がネメシス号に響く。

 船のコントロールシステムはエレファント号と連動されており、車内から直接操舵できるように調整した。最近、元の世界に帰ってもメカニックとして食っていけるんじゃね? と思い始めたカズマだった。

 

「いやー。ほんの何ヶ月か前までヒキニートやってたとは思えない面構えですな〜、カズマさんや」

 

 助手席で待機中のアクアが、ニヤニヤ笑顔でカズマを見上げた。レナがカズマをからかう時も似たような表情をするが、醸し出す色気が段違いである。言うまでもないが、レナの方が圧倒的に色っぽい。

 

「今ならもう、トラクターにビビってショック死したりはしないんでしょうね〜」

「トラクターどころか、この前無人のトラックに轢かれたのに生きてたんスけど。俺の体、気付かないうちに改造されてたりしない?」

「世紀末の人間なんてそんなもんよ」

 

 自分のステータスを客観的な数字として表わす機能は、さすがのiゴーグルも搭載していない。手元にもしもファンタジー世界で有りがちな冒険者カードがあれば、ギルドの受付が目を疑うような体力と耐久力と示しただろう。その程度にはカズマも成長しているのだ。

 

「ほんと人間って呆れるぐらいにしぶといわよね。神様だって見捨てた世界で、まだ何十年って生き残っててさ」

「ふっ。人間の可能性をナメるなよ、神様」

「うん、ナメてた。この世界だって滅ぶだけって思ってたのに、マドの町なんて『街』になりそうな勢いで蘇ってるじゃない?」

「アクア?」

 

 どうも駄女神っぽくない語り口のアクアに目を向ければ、外部モニターから外の景色を真顔でじっと見つめていた。横顔は別人のように引き締まり、カズマも思わず「誰だこの知性派なお姉さんは!?」と二度見してしまう。

 プロテインパレス以降、アクアはよく一人で考え事をするようになった。思考能力なんて機能が備わっていたのか、と失礼なことを言ってはいけない。難しいことを三秒も考えれば眠ってしまう程度の知能を振り絞り、真剣にこの世界のことを憂いているのだ。

 仲間達もアクアの奇行を気付いてはいるが、ペットのことは飼い主に任せるのが一番だとカズマに丸投げしている始末だ。

 

「……ま、お前が今更責任を感じたって、世紀末が良くなるわけじゃねーよ」

「うぐっ……」

「けど……グラップラーの次はノアを狙うのも悪くねえな。賞金が掛かってるかは知らねーけど、倒したら俺の願いを叶えてくれるんだろ?」

 

 アクアがすごい勢いでこっちを見た気がするが、視線を合わせるのが気恥ずかしいカズマは操舵に集中するフリをして正面を向き続けた。

 

「探しに行くの、ノア?」

「ハンターだからな。暴走機械(モンスター)も獲物のうちだ。もちろん、お前も付いてくるんだぞ。嫌だっつっても無理なんだろうけど」

「……しょうがないわねぇ。確かにカズマ一人じゃ『み、水……』ってなって行き倒れそうだし。地獄の果てまで――!?」

 

 その時だった。順調に進んでいたネメシス号の船内に、けたたましくアラート音が響き渡ったのは。

 こちらからは状況が確認できず、カズマはすぐにiゴーグル持ちの二人に通信を飛ばす。残念ながら、レーダーの類は魚群探知機ぐらいしか積んでいないネメシス号だった。

 

「レナ、めぐみん、何があった!?」

『カズマ、船の速度を落とさないでそのまま聞いて!! 二時の方向から大型船が接近してるわ! 速度はこっちと同等! 間違いなくグラップラーよ!!』

 

 モニターを甲板上に切り替えると、ウルフとバギー並べて迎撃体制を整えているレナ達の姿が映った。クリスや第三チームも一緒だ。

 

「俺も出るか?」

『ううん、あなたは操舵に集中して! 無駄な時間を掛けずに全速で島までお願い!』

「分かった! アクア!!」

「行ってくる!!」

 

 ハッチを開き、ポチカーを担いだアクアがエレファント号を飛び出していく。

 それを見送ったカズマは、船の速度を巡航から最大速度へ切り替えると、腕まくりしてハンドルを握った。

 

 

 

 甲板では、すでに近づいてくる大型船からの砲撃が始まっていた。

 向こうにとっても射程ギリギリだからか牽制程度で被害は無い。だが相手のサイズはネメシス号の二倍以上はあり、船自体の武装がこれといって無いネメシス号とは火力が桁違いだ。接近されれば厄介なことになる。

 

「うわ……レナ! 望遠レンズで向こうの船首を観てください!!」

 

 めぐみんが心底嫌そうな声をするので何かと思えば、全身タイツのおっさんがマントを棚引かせて腕を組み、仁王立ちしてこっちを睨みつけていた。

 あんな派手な格好のアホはそうそういないだろう。間違いなく四天王のカリョストロである。デビルアイランドの援護に来たのだろう。

 カリョストロは金色に輝くカラオケマイクを取り出すと、少しの発声練習を挟んでからネメシス号に宣言する。

 

『ア、アー――ハンターの諸君! 君達が陰でコソコソしていたのは、この私がまるっとお見通しだ!! 我々に逆らった報いは死、あるのみ! 海の藻屑と消えるが良い!!』

 

 砲撃が激しさを増した。新たに積み込んだ迎撃装置「ATパトリオット」や、第三チームのソルジャー達の銃撃でどうにか砲弾を叩き落としつつ、ネメシス号はカリョストロの船――仮称「カリョシップ」から一目散に逃げていく。

 

『逃げるか、臆病者め!』

「逃げるんじゃなくって攻め込むんですよ!! そっちこそ、わたし達が恐ろしくないなら追いかけてみろってんだ、この変な髪型ヤロー!! ファッションセンス壊滅男ー!」

『なんだとぅ!!』

 

 めぐみんから煽り返されたカリョストロが、この遠距離からでも察せるほどの殺気を剥き出しにする。髪型とファッションセンスは譲れない一線だったらしい。

 

『その声はめぐみんだな!? いいだろう、そんなに死にたければ殺してやる! 全砲門、開け!!』

「けっ! 死ぬのはそっちですよ、賞金首めッ!!」

 

 しかし殺気立っているのはめぐみんも同じだ。ここで因縁に終止符を打つつもりだった。何よりこの後で想定されている屋内戦だと使えない爆裂弾を使う機会に恵まれて、精神ボルテージが一気にレッドゾーンへ突入していた。

 

「レナ、援護を頼みます!! 島に到達するより先に、まずはヤツを沈めましょう!」

「奇遇ね、同じこと考えてた! クリス、周囲の警戒は任せた!!」

「オッケー!」

 

 デビルアイランド攻略戦、第一ラウンド。

 ネメシス号 VS カリョシップ ――ファイッ!!




カリョシップ
 本作オリジナルのメカ。ダークカナルという入江洞窟を守備しているのだから、自前の船ぐらい持っているだろうとのことで追加。おそらく漁船を改造したと思われるネメシス号とは違い、駆逐艦クラスの本物の戦闘艦艇。最低でもトータルタートル程度には強い。


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第四十九話 追撃のカリョストロ!

 カリョシップと同じく、オリジナルの兵器がちょくちょく出てきます。
 それとすごい今さらですけど、アクアが犬だったり浄水器だったり転生者から罵倒されたりしてても作者はアクア様アンチじゃありません。イジメたいだけです。勘違いしないでください。だからアクシズ教徒は石投げてこないで!


 足を止めているカリョシップの真ん前を、ネメシス号が横切っていく。

 被弾面積も増え、大きな隙を晒しているようであったが、こっちに乗り込んでいるのは百戦錬磨のハンター達だ。

 

「おらおらァ!! 砲弾は一発も通さねえぜェー!!」

「『人間パトリオット』をナメんじゃねぇぇぇーっ!!」

 

 名もなきモブソルジャーの奮闘により、脇腹に一発でも喰らえば致命傷な徹甲弾やホローチャージは元より、通常砲弾の一発すらネメシス号には届かない。

 

『ぐぬぬぬっ! ハンターどもめ、小癪な!! ならば魚雷弾、用意!』

 

 カリョシップの船底に搭載された多連装ランチャーが一斉に起動。それはU−シャークとの戦いでも活躍した、あのシーハンターと同種の武装だ。水上戦においてはこれ以上の兵器はない。

 何より恐ろしいのは、水中を進む兵器には迎撃装置の効果が半減してしまうことだ。ソルジャー達の射撃は言わずもがな、水に阻まれ魚雷まで到達できない。

 

『魚雷、発射!!』

 

 ネメシス号にとっては死神にも等しい砲撃が牙を剥く。

 だが忘れてはならない。ネメシス号には()()本物の女神が乗り込んでいるのだ。

 ……扱いは犬だが。

 

「ポチマリン、起動!!」

 

 冗談みたいな犬用の水中戦装備を、本来のバイオニックドック以上に使いこなしながら、アクアは向かってくる魚雷を次から次に撃沈していく。掘り出し物屋から30,000Gという超高額で買い付けた一点物だった。

 水の女神故に水中戦に秀でているのかもしれないが、同じぐらい何かが間違ってるとも思えてくる。

 

『なんだと!? 水中迎撃システムだとでもいうのか……!』

 

 カリョストロが明らかに狼狽える。さっきからマイクを切っていないので、声が全部大音量で垂れ流しだった。

 

「ハーッハッハッ!! 驚きましたか、カリョストロ!! 所詮はチンピラとモヒカンの寄せ集めでしかないグラップラーと違って、こちとら多芸多才なモンスターハンターなんですよ!!」

 

 めぐみんもマイク片手に大音量の挑発で応えている。目立ちたがりなのは紅魔族の習性なのだ。

 その間にも魚雷の第二射がアクアによって蹴散らされ、ネメシス号も無傷で射角を通り過ぎた。

 

『ぐぬぬぬっ! 船首回頭!! 奴らを追え!!』

 

 カリョシップがネメシス号の背後にピタリと付く。だが、この状態からカリョシップから有効的な攻撃はほぼ不可能と言えた。

 まず横から撃つのと後方から撃つのでは単純に被弾面積は小さくなるし、ネメシス号の方が船速においてちょっぴりでも上回っていると、艦砲射撃の命中率も極めて落ちる。逃げる相手に自分も走りながらボールをぶつけるのを想像すると、難しさが分かるだろう。

 ただし。射程距離が長く、ネメシス号の船速を余裕で上回り、かつ直線に弾を放てる兵器があるなら話は別だ。

 

『カリョブラスター、展開!!』

 

 カリョストロの号令が掛かると、カリョシップの船首が縦に割れ、特異な形状の砲身が迫り出してくる。船体とほぼ同じという恐ろしい長さの、上下に並んだ二本の金属棒である。

 大破壊の頃に実戦投入された、電磁加速によって超速で砲弾を放つレールガンだ。金属棒はそれぞれプラスとマイナスの電極で、その間を電気抵抗の低い砲弾を通すことで……詳しくはWikipediaでも読んでほしい。

 ネメシス号のハンター達も、兵器の正体は分からずとも危ない雰囲気だけはビンビン感じ取っていた。

 

 

 

 

「とおっ!!」

 

 格好つけてレールガン――カリョブラスターの砲身に飛び降りたカリョストロは、根本の砲座までこれまた軽やかな足取りで向かい、わざわざマントを翻して席に着く。

 

「カリョストロチャージ!!」

 

 叫ぶ必要があるかは不明だが、体内にあるダイナモとカリョブラスターを直結させたカリョストロは、発射に必要な電磁力をチャージし始める。

 レールガンによる砲撃には大量の電力が必要だ。しかし船から電力を得ようとするとエンジンに多大な負荷が掛かるし、発電機を積み込めば機動力が損なわれる。それをカバーするには、カリョストロフラッシュに用いる電気エネルギーを転用するのが一番だ。

 

「チャージ完了! 沈むがいい、ハンターどもッ!! カリョストロ、ブラスターーーーッ!!」

 

 収束された電気が電磁場を生み、フワリと浮き上がった砲弾を瞬時に超音速まで加速させる。直撃すれば船尾から船首まで悠々と貫き、一撃のもとに撃沈するだろう威力だ。

 だが必殺の砲弾は、大きく右斜に進路をずらしていたネメシス号を捉えることは出来なかった。船体をほんの僅かに掠め、被害は超音速衝撃波で大きく揺らしただけに留まる。

 そんじょそこらの船であればこれだけでも十分に撃沈していただろうが、ネメシス号は転生者ミツルギの怨念によって造られた、一種の怪物だ。中で色んなものが左方向に押し付けられたが、直撃でないなら問題などあるはずもない。

 

「どこまでも生意気なッ!! ……だが、どうやって避けたのだ?」

 

 気の所為でなければ、ネメシス号はレールガンが放たれる前から回避運動に入っていた。撃ってから回避運動に入っては間に合わないのだから当然だが、人間が銃弾を回避するのとは訳が違う。

 

「もしや、テッド・ブロイラーが言っていた転生者の特典(チート)か!? 未来予知でもしたというのか!?」

 

 前世やら神による転生やら眉唾だと思っていたが、他でもないテッド・ブロイラーからの忠告だ。敵の中に未知の異能者がいるのやも知れぬと、カリョストロの中で疑念と警戒心が首をもたげる。

 

「ふん。だとしても、そう何度も無茶な回避など出来まい!! 次弾装填、急げ!!」

 

 苛立ちを隠さないカリョストロの檄に、船員である上級グラップラー達が慌てて作業に取り掛かる。スカンクスのように衝動や感情で部下を殺さないカリョストロだが、代わりに無能な者には()()()の材料という、死んだ方がマシな最期が待っている。

 装填に費やす時間の試算は3分。実作業時間は3分2秒。及第点か、と内心つまらないと感じつつ、再びのチャージに入った。

 

「次は回避などさせん!! カリョストロ、チャージ!!」

 

 標的が次も同じく右方向へ回避行動を取るのは分かっていた。下手に左方向へ舵を切れば減速する羽目に陥り、イタズラに被弾率を上げるだけだからだ。

 かといって右に逃げれば安全ということもなく、ネメシス号は初撃で受けた衝撃波から、まだ完全に立ち直れていないのだ。

 

「船での戦いが……いや、船と船の戦いが経験不足だったな、ハンターども! 一度付いてしまった船の傾きはな、数分程度で元には戻らないのだよ!!」

 

 故に、ネメシス号は一度目ほど大きな回避行動が取れない。ならば次の一射を外す道理は無い! カリョストロはそう確信し、無警戒にチャージを終えた。

 

「今度こそくたばるがいい! カリョ――」

 

 砲座の銃爪を弾こうとしたカリョストロの視界を、小さな何かが通り過ぎる。

 レールガンの砲身へ向かって山なりに落ちていくそれに刻まれたマークは、見間違えようもない。めぐみん印の爆裂グレネードであった。

 

 カリョストロが咄嗟の判断で砲身を犠牲に電磁バリヤを展開、チャージしていた電気エネルギーがレールガンを中心に球場のフィールドを形成してグレネードを弾き飛ばす。

 判断の素早さに邪魔され、爆発で巻き込めたのは長大な砲身だけで船体はほぼ無傷だ。だが攻撃手段さえ奪ってしまえば、ネメシス号を歯噛みしながら見送るしかない。

 

「だけど、そこで止めてあげるほど!」

「!?」

「世紀末の女神様は優しくないのよ!!」

 

 大破し、湖中へ落ちていくレールガンの横をすり抜けるのは、ポチマリン脱ぎ捨てた一匹の猟犬だ。

 ぐっしょり濡れた水色の髪が顔に張り付いた姿は、女神というより船幽霊だが。

 

「もう一ぱぁぁぁぁぁぁーっつ!!」

 

 おおよそ屋内で使ってはいけない爆発物を、問答無用で投げつけたアクアは、直後に量子ワープでさっさとカズマの元へ帰還してしまう。

 パニックに陥る以外になにも出来ず、アクアが消えた0・5秒後、カリョシップは哀れにも湖の藻屑と成り果てた。

 

 

 

『よーっし! やったわ、カズマ!! 敵船が思っクソ傾いてるわ!!』

『わっはっはっはっは!! どんなもんですか元師匠!! これが今のわたしの爆裂ですよザマーミロ変な髪型ーっ!!』

 

 エレファント号の通信機に、見た目は可愛いのにテンションがオヤジな仲間達からの報告が届く。カズマがチラリと隣を見れば、びしょ濡れ女神がドヤ顔でサムズアップしていた。

 

「まずはワンダウンね! いや〜、体張った甲斐があったわ! 船を沈めたのもだけど、最初に大砲の発射タイミングを伝えたのも超ファインプレーよね?」

「まあな。けど、本番はこの後だ。気を抜くなよ?」

「まっかせなさい!」

 

 尻尾があったら千切れんばかりに振っていそうなアクアは、胸を叩いて自信を露わにする。と同時に、レスラーではないけどストレッチして身体を解し、次なる戦い(ラウンド)に備えて温めていた。

 ちょっと活躍するとすぐ有頂天になる悪癖が消えている。モニター越しにデビルアイランド睨む横顔は無駄にキリッとしていて油断がない。

 こいつ、こんな真面目な性格してたっけ?

 

「……なあ。お前、本当にアクア?」

「ちょっと、それどういう意味よ?」

「なんつーか……キャラ違くないかって……?」

「ふっ。一晩もあれば女は変わるのよ」

「だからそういうセリフを言うキャラじゃ……あ、ひょっとしてレナに――」

「ちーがーいーまーすーっ!!」

 

 操縦するエレファント号の車内が決戦前とは思えぬ緩い雰囲気に染まる最中、ネメシス号はデビルアイランドのドッグへ近づきつつあった。




世紀末アクア
職業:犬
 ご存知駄女神……だったのが、覚悟を決めて覚醒した超生物。少しでも世紀末の世界が良くなるよう自分なりに考えて行動し、分からなかったらカズマに聞く、やる気スイッチが入った状態。ただし頭脳がマヌケは相変わらず。
 なおカズマに対するフラグは別に立っていない。「上官」や「指揮官」として信頼を寄せるようになっただけ。パラメータで表わすと「忠義 96/100」ぐらいか。

ポチマリン
 本作オリジナルのポチ装備。黄色い犬用潜水艇。水中を75ノットという現代の平均的な魚雷並みの速度で遊泳し、小回りも利いて火力も高い。スパロボで例えるならゲッターポセイドン級。

カリョブラスター
 格好つけてるけどレールガンはMM2Rにも存在する(レイルガン表記)。迎撃されず攻撃力もそれなりに高いが、長大な砲身が必要故か重い。
 カリョブラスターもカリョシップの船体とほぼ同等の長さの砲身が必要。むしろカリョシップとはカリョブラスターを運用する為の船と言って過言ではなかった。


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第五十話 逆襲! 猿の軍団!

 デビルアイランドの内容が内容なのでシリアスシーンが続きます。


 第一、第二チームによる陽動は上手く働いているようだ。洞窟をくり抜いたデビルアイランドのドッグ付近には自動警備システムこそ稼働しているが、兵士やモンスターの姿はない。

 その警備システムも、いつものEMPを撒くまでもなく、遠距離からウルフが狙い撃ちしてあらかた片付けてしまった。

 ただ、砲撃する際にレナが運転席ではなく、砲塔に足を乗せて腕組していたのはクリス達から首を傾げられていた。格好つけるのはともかく、狙われやすい車上で目立つ意味は無い。

 

「あーっはっはっは! どうかしら、このアタシの命中精度は!! なんだったら惚れてもいいわよ〜、クリスぅ?」

「そっちのケは無いっつってんでしょ!? それより、洞窟に入る前にガスマスクを忘れないで! ガスが充満してるって言ったでしょ!」

「おっとっと!」

 

 うっかり丸腰で突入するとシャレにならない有毒ガスに襲われる。先行偵察時にもハンターが一人再起不能になったというので、侵入者用のトラップだろう。

 

「けど変なの。船着き場に毒ガス撒くとか、グラップラーは普段からここを使ってないのかしら?」

「裏口なんじゃないかな、こっちは。偵察中に船が通ったことなかったし」

「……使ってないなら何のために?」

 

 使用していないドッグを残せば、今回のように敵の無駄な進入路を増やすだけだ。グラップラーの知能は平均してアクア級だが、四天王などの指揮官までその程度の頭脳とは考え難い。

 ……実のところ、ここは人間狩り部隊が連れて来た人間を搬入する専用の出入り口なのだが、グラップラーが人間狩りを停止して久しい。クリス達が偵察した頃には、誰も利用しない入り口だけが残っていたのである。

 事実はどうあれ、ネメシス号が余裕で通れる侵入口はありがたい。

 

「ところでクリス? このメディカルマスクってただのガスマスクなのに、妙に色っぽいと思わない?」

「だから流し目向けないで!!」

『レナ、その辺で止めてください。メタルマックス全体の品性が疑われます』

 

 めぐみんのツッコミは言葉だけでなく、機銃の銃口がキラリとレナに向いていた。今のレナなら二、三発喰らっても死なないとはいえ、本当に撃たれたくはないので大人しくウルフの車内へ引っ込むのだった。

 

(むぅ。クリスって押しに弱そうだから、グイグイいったらコロっとなりそうだったのに。そしたらイリットとまとめてぐふふふふふ♡)

 

 そんなピンクい妄想で茹だっているレナの脳みそも、洞窟に入っては一分もしないうちに冷水を浴びせられたようにクールダウンすることになる。

 

 光源の無い洞窟を、ネメシス号に積み込んだナイター用の証明が照らし出す。岩肌の露出した壁面や、監視カメラとコウモリが融合したようなモンスターの姿が浮き彫りになる。それと同時に、水面に漂う無数の影も光の中に浮かび上がった。

 

「……なにこれ?」

 

 呆然と呟いたクリスは、漂う()()について疑問を抱いたわけではない。人間の水死体が水路を埋め尽くしている光景がどうやって出来上がったのか、そこが理解できなかった。

 強酸性の水に浸かった死体はどれもボロボロに朽ちており、立ち込める有毒ガスの発生源なのは間違いない。性別も年齢もバラバラな彼らは、おそらく人間狩りで連れてこられた者達だった。

 

「死体をそのまま水路に捨てているのだろうな。どうやらグラップラーには死者を弔うという文化や風習が無いらしい」

 

 ダクネスの苛立たしい声と、メカの低く唸るエンジン音だけが反響する中を、ネメシス号が進む。やがて、前方から別のエンジン音と、ライトの光が近づいてきた。

 

「お出でなすったわね」

 

 レナは静かに呟くと、ウルフを攻撃位置へ移動させる。そこにバギーも並び、ハンター達も配置についた。

 

『侵入者を発見! これより攻撃に移る!!』

『チクショー! あっちからもこっちからも攻撃かよ!!』

『デビルアイランド勤務は安全だって聞いてたのによぉ〜!』

 

 グラップラーの巡回艇は三隻。しかし足並み揃っていない様子から、襲撃を感知してから慌てて飛び出してきた様子。巣を刺激されて飛び出した蜂のようだ。

 そのような烏合の衆が、統率されたモンスターハンターを迎撃したところで何ができるものか。一分も経たないうちに、巡回艇は水路の藻屑となり、水面に浮かぶ死体が増えた。

 

 

 

 上がってくる凶報の数々に、デビルアイランドの司令室はてんやわんやの大騒ぎだ。

 

『正面にハンターどもの大部隊が上陸! 防衛システムを破壊しながら基地に向かっています! 抑えられません!!』

『島の後方から挟み撃ちにされています! 分散した戦力では対応不能です!!』

『ち、地下ドッグからも侵入者です!! 収容所を襲撃し、素体どもを奪取されました!』

 

 狼狽えるばかりの兵士達に、司令官であるブルフロッグは丸い顎を撫でながら溜め息を吐いた。「ウシガエル」を意味する名前の通り、でっぷりと太ったような体型の強化人間である。

 

「う〜ん。やっぱり面倒くさがらないで軍事教練ぐらいしておけば良かったカンジ? ケロッ?」

「ブルフロッグ様! 戦線にマリリン投入の許可を!! 一般兵士では持ち堪えられません!!」

「あ〜、はいはい。好きにすればいいんじゃない?」

「は、はあ! マリリン部隊を稼働させろ!!」

 

 やる気の感じられないブルフロッグの指揮に疑念を抱きながらも、兵士達は従うしかない。配置に戻ると、通信機に向かって怒鳴るように指示を飛ばした。

 

「はぁ〜〜〜(´Д`) まったく、徒党を組めばボクらに勝てるとか思っちゃってるワケ? どうせ結果は変わらないんだし? 手こずらせないでホシイ、みたいな? ケロ」

 

 心の底から面倒だと余裕を崩さぬブルフロッグは、手元の専用通信機から司令部の頭越しにさらなる指示を飛ばした。

 

「お前達、地下の収容所に向かっちゃって? 顔に傷のある白髪で小柄な女と、水色の髪の女以外は皆殺し。特に赤い戦車の女がマスコット的存在だから、徹底的に殺すよーに! ケロケロッ」

 

 通信機からは「キキッ」と甲高い返事があったが、ちゃんと理解できているかは疑わしい。

 監視モニターの映像を観れば、すでに一階内部にまで戦線は広がっている。爆発の振動が、七階の司令室にまで微かにだが伝わっていた。

 

「げふふふふっ。せいぜい今のうちに夢見ておくといいよ、ハンターくんたち? お前らがここに乗り込んだ時点で、こっちの戦略的勝利は確定? みたいな?」

 

 ニヤニヤと卑しい笑みで独り呟き、ブルフロッグは踏ん反り返ってモニターをただ眺めていた。

 

 

 

 ネメシス号が侵入した地下ドッグは、なんと人間狩りで捕らえられた人々の収容所と繋がっていた。早くも戦術目標達成である。

 ウルフとバギー、ダクネスとアクアが中心となって見張りや警備マシンを蹴散らし、一方でクリスら第三チームが人員輸送用に持って来ていた野バスに収容者達を片っ端から詰め込んでいた。

 

「オラァ、メタルマックスよ! 殺されたくなかったら自害なさいグラップラーども!!」

 

 メチャクチャ言いながらウルフを爆走させ、自分はまたしても砲塔の上に陣取ってレナは敵の注目を一身に集める。囮寄せにしてももうちょっとあるんじゃないか。

 

「レナ、あまり先行しすぎないでください! 本格的に暴れるのはクリス達が一度撤退してからでいいですから!」

 

 作戦を無視して上階へ行ってしまいそうなレナに、めぐみんから通信が飛ぶ。その傍らでは「ほわぁぁぁぁぁ〜」と嬌声を上げながら銃弾の嵐の中をダブルラリアットで飛行するダクネスの姿があったが、こっちはもう精神的にこの世のものから外れているので、誰もツッコまない。

 

「……仕方ないわね。カズマ、収容状況はどう?」

『おう! あと野バス一往復で全員収容できる!』

「オッケー! 詰め込んだら予定通り、一度マドまで帰還して! でも、なるべく急いで戻ってきてね♡」

『了解だ!』

 

 現状、カズマは前線に出ず、ネメシス号の防衛と回収した捕虜を真っ先に逃がすことを重点に動いている。確保した捕虜はドッグシステムでマドの町へ輸送する手筈だ。

 

『アクア、そろそろ戻ってこい! バスの護衛を頼む!』

「分かったわ!」

『……こいつがハツラツとしてるの、やっぱ慣れないな……』

 

 カズマが帰還すればアクアも引っ張られてワープするので、戦場に穴を空けないよう、アクアは遊撃要員としてポチカーで走り回っていた。相変わらず間抜けな格好に似合わない戦闘力を見せつける。

 野バスに群がろうとする警備ロボを蹴散らして、颯爽と退路を切り拓く。

 

「ウキィーッ!!」

「ッ! させないってぇーの!!」

 

 バスを狙ったグレネード弾を、屋根に陣取ったソルジャー達とともに撃ち落とす。何発か撃ち漏らして車体の脇を爆撃したが、野バスは強い子なので直撃しない限りは足を止めたりしないのだ。

 それよりも問題は、グレネードを撃ってきた相手の方だ。

 ベレー帽を被った四本腕のサル……グラップルタワーで敗死したスカンクスが、四匹連れでアクアを取り囲んでいる。

 

「またクローンってヤツ?」

 

 野バスは逃したが、代わりにアクアが取り残された。ウルフやバギーは位置がやや遠い。一人で凌ぐしかなさそうだ。

 

「キキキキッ! 水色髪の女! 捕獲対象!」

「捕まえロ!! ブルフロッグの命令!!」

「ふぅん。たかだかおサルさんの分際で、このアクア様を捕まえようっていうの?」

 

 にじり寄るサルの軍団に、アクアは自分を鼓舞するよう口の端を強引に吊り上げる。右手に火炎放射器、左手に冷凍砲、背中に担いだバズーカ砲と完全武装し、水の女神から「猟犬の女神」にクラスチェンジしそうな勢いで叫ぶ。

 

「ナメんじゃないわよ!! どっからでも掛かってきなさい、へなちょこバイオモンキーどもが!!」

「ウキィィーっ!!」

 

 威勢よく啖呵を切ったアクアがネメシス号とともにマドの町へと帰還したのは、そのジャスト一秒後のことだった。

 

「……えぇぇ……」

 

 キョロキョロと敵を見失ったスカンクス達と一緒に、急いで救援に来ためぐみんもバギーの中で途方に暮れていた。




量産型スカンクスコピー
 本編ではデスクルスに登場したあいつが、大量に増殖して戻ってきた。こいつの場合、デッドコピーでなくてステータスがオリジナルなままなので、普通のハンターには大変な脅威。
 改造スカンガンを大量入手するチャンスではある。


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第五十一話 悪魔の島の女神

ブルフロッグ「気持ちよく勝ってるうちに逃げ帰った方がいいんじゃないかな?」


 正面入口の防衛を突破した第一グループの半数と、上階へと駆け上がったクリス率いる第三グループが合流を果たした。

 地下では今、レナ達メタルマックスがスカンクスコピーの軍団を相手取って戦っている。中でもダクネスは、以前に倒された相手にリベンジが出来ると大いに張り切り、さっきから基地全体が揺れるほどのパワーで暴れていた。

 

「よし! 一階を制圧後、そのまま上の階を攻略していくよ! 捕虜はもういないハズだけど、研究員は尋問するからなるべく殺さず生け捕りで!」

『おおぉーっ!!』

 

 クリスの号令に、ハンター達が一丸となって雄叫びを上げた。ある種のカリスマであるクリスの存在は、一部では神格化されて女神のように崇められている。

 

 しかし、実は彼女が本当に女神だと知るものはいない。顔見知りであるはずのアクアでさえ、何度も会っているのにまったく気づいていない。

 

 女神としての本当の名前は「エリス」といい、本来ならばこんな世紀末世界ではなく、もっと安定していて、かつ神の力が広く浸透したファンタジー世界の守護神になれる器の女神だ。

 そのエリスが「魂の廃棄場」とまで呼ばれる世紀末世界に下天し、人間達をまとめてレジスタンスをやっているのは、身も蓋もない言い方をするなら上層部との軋轢だ。

 かつて世話になった先輩女神を庇ったことも大きいが、一番の原因は担当していた世界の運営が天界の指針から外れていたことだ。人間の自主性を重んじるエリスの考えは、秩序立った世界を理想とする主流派と反するものだ。

 

 ……なお、自由と混沌を由とした神の代表格は他でもない、猟犬の女神アクアである。放任主義が行き過ぎて降格と左遷の果てに世紀末の女神と化した彼女だが、そもそもの世界運営方針が世紀末以外の何ものでもないのだ。

 

 話をエリスに戻すが、彼女が下界でハンター「クリス」として活動しているのも、半分以上はアクアの責任だ。アクアの送り込んだ転生者の特典(チート)は、転生者の死後も地上に残り続ける。その回収こそ彼女の任務だ。

 使用者が限定される装備品ならば放置しても問題ないが、物によっては重篤なバイオハザードを引き起こし、ビル一棟がゾンビだらけになった事例もある。どこぞの元水の女神が何も考えずファンタジー世界用の特典(チート)を持ち込ませたのがそもそもだが、それ以上に特典(チート)持ちの転生者があっさり死んでいく世界というのは鬼畜難易度すぎた。故に改善の見込みなしとして「廃棄場」指定されたわけだが。

 

 しかしエリスの考えは違った。世紀末で一人のハンターとして活動し、この世界を生き抜く必要以上にタフで個性豊かにも程がある連中と関わり続けた結果、人を導くはずの女神が逆に人間達にすっかり感化されてしまっていた。

 

(この世界には、まだまだ先がある。でもそこへ進むには神々も、ノアも邪魔だ)

 

 そう考えたエリスは、グラップラーに回収されてしまった転生特典(チート)の回収の名目でレジスタンスに潜入し、彼らをコッソリと後押しし始めた。

 しかし、そこはやっぱりカリスマ溢れる女神様。内助の功を狙っていたはずがうっかり頭角を表してしまい、今では一つの街の暫定市長となってしまった。

 あまり人間社会と深く関わりすぎると天界の規定に抵触し、最悪二度と天界へ戻れなくなるのだが……最近は「それでもいいや」と考えつつある。世紀末に蔓延する「自由」という猛毒は、女神のミームすら容易く汚染してしまった。

 

 

 

(……おかしい)

 

 想定よりもあっさりと最上階にたどり着いてしまった時、クリスの中で芽生えていた疑念は無視できないほど大きくなっていた。

 敵の抵抗が無いわけではない。むしろグラップラーの兵士達は死物狂いで抗戦してきたのだが、まとまりのない力押しでしかなかった。ロクに統率もされていないのでは、一つの「群れ」となった今のレジスタンスにとって敵ではない。

 

(誘い込まれたにしても、敵の必死さからして罠とも思えない! あれはむしろ後がない死兵の気迫! ……なのにこの手応えの無さ、なんなの!?)

 

 焦燥感と警戒心を強めながらも、クリス達は防衛部隊を壊滅させて敵司令室なだれ込んだ。

 

「……えっ?」

 

 司令室で待ち受けていたのは、楕円形の丸々太った胴体の巨漢――賞金首ブルフロッグただ一人だ。デビルアイランド全域をモニターしているハズの設備は使いかけなまま放置され、それを見張るべき通信士や参謀といった人員すら配置されていない。

 やっぱり罠だったのか。そう訝しむクリスを背中に庇って、ハンター達が前に出た。

 

「見つけたぜ、ブルフロッグ!!」

「これでテメェもおしまいだーっ!!」

「げふふふふっ。思ってたよりも早く着いたね、ハンターくん達。ちょっと想定外、みたいな? ケロッ」

 

 凄まれようとも余裕のブルフロッグは、ガスマスクのゴーグル越しに口調とは裏腹な鋭い視線でクリスを射抜いた。

 

「げふふふ。来てくれたのは君の方か。てっきり水色の方が乗り込んで来るかと思ったけど。ま、どっちでもいいよね、この場合。ケロッ」

「テメェ、何言っていやがる!」

「あー、ザコが話に入ってこないでくれる? キミらには用なんて無いから」

 

 しっしと虫でも払うようなブルフロッグの態度に、ここまで一気に正面突破してきて闘争心がオーバーフローしていたハンター達が、一斉に銃口を向ける。

 

「ナメくさりやがって、カエル野郎!!」

「いくら四天王だからって、クルマも無しにこの人数差で勝てると思うな!!」

「ケロケロ♪ そ〜いうセリフ、大破壊前じゃ『死亡フラグ』って言うそうだよ。ね、()()()?」

「……え?」

 

 ゾワリ、と形容しがたい怖気が這い上がる。

 

「みんな、逃げ――」

 

 振り返ったクリスの視界は、紅蓮の一色に染め上げられた。

 一瞬前まで血気にはやっていたハンター達は、まとめて超高熱の炎の壁に呑み込まれてしまう。

 

「ケロロンッ」

 

 同時に、クリスより前に出ていたハンター達も、ブルフロッグの投げつけた大量のスパナに脳天を粉砕され、物言わぬ骸となって崩れ落ちる。

 残ったのは、意図的に射線を外されたクリスのみ。ここまで意気揚々と敵を蹴散らし突入してきたハンター連合が壊滅したのは、文字通り瞬きの間の出来事だった。

 転がり散らばる炭の塊を踏み潰しながら、モヒカン頭の炎の魔人が悠然とクリスの背後に立つ。

 二体の四天王から反射的に距離を取ったものの、クリスは司令室の隅に追い詰められ、すっかり袋の鼠であった。それでも精一杯の虚勢を張り、四天王筆頭と呼ばれる男を睨みつけた。

 

「て、テッド・ブロイラー!?」

「ほう。オレの名前を知っていたか。それは光栄だな、クリス嬢……いや、幸運の女神エリス……だったかな。がががー」

「な……な、なんでその名前――あぐぁ!?」

 

 困惑するクリスを、突如として巨大な掌が真上から叩き伏せた。巨体に似合わぬ速度を見せたブルフロッグの、特に何の力も籠もらない張り手である。

 クリスを床に押し付けて、ブルフロッグはげふふふふと愉快そうに嘲笑った。

 

「はい、一丁あがり〜、ってね。護送は任せちゃっていいね、テッド?」

「少し暴れ足りないが……まあいいだろう。もともとこいつの捕獲を依頼したのはオレだ。雑務は引き受けるさ」

「そういう律儀なところ、さすがは悪のカリスマ。ボクも見習いたい、なんてね♪」

「心にもないことを」

 

 ブルフロッグは片手でクリスを持ち上げて、テッド・ブロイラーに投げ渡す。どちらも身長3メートル超の巨体だけあり、小柄なクリスなど少し大きめのビスクドール扱いだ。

 

「あ……あんたたち、一体……っ」

「ブロロロー。そうだな、女神エリス。君にも分かりやすく伝えるとだね」

 

 テッド・ブロイラーは受け取ったクリスの身体を片手一本で締め上げながら、ニヤリと分厚い唇を吊り上げた。

 

「君達ハンターの作戦はすべて筒抜けだったのだよ。我々……というかオレ達四天王はそれを利用させてもらった、というわけだ」

「り、利用、ですって!?」

「目障りなハンターどもを一掃するついでに、大きくなりすぎた組織をシェイプアップってね〜。キミらは上手いことネズミ捕りに引っ掛かったってこと。ケロケロッ」

「一掃……あがっ!?」

 

 クリスの全身で骨が軋み、呼吸が詰まった。その気になれば、テッド・ブロイラーはいつでもクリスを圧殺できるだろう。

 圧倒的な力の差と、デカい図体に加えて顔もデカい大悪党二人のドアップを見せつけられながら、クリスは意識を手放したのだった。




ブルフロッグ「だから帰っておけって言ったのにね〜。ケロッ♪」

世紀末エリス
 女神としての神格。公明正大で慈悲深く、今の天界では数少ない「人間の側に立った」女神。それ故にエリートコースを外れてMM世界で廃品回収している。半分以上はアクアのせいだが、別に恨んではいない。
 こっちの世界のクリスは化身や分身ではなく、本人が直接人間に変身している状態。そうでもしないと地球の歴史の延長線上に存在し、宗教という概念が意味を失った時代に降り立つことが出来なかった。


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第五十二話 目覚めし者、大地を揺るがす

 ねこですよろしくおねがいします。


「うおおおおおっ!! ゴーストドリフトからの砲撃演舞ぅぅぅーっ!!」

 

 アンカーで中央に固定したスカンクスコピーの周囲をドリフトで回り込みながら、バギーが連続で砲撃を浴びせかける。

 ほとんど思いつきで放っためぐみんの必殺コンボだが、複数方向からの砲火を浴びたスカンクスが爆裂四散した。

 

「よっしゃあ! クラッシュダウン!!」

 

 運転席のめぐみんは、息を切らせながらガッツポーズで自身の勝利を称えた。

 以前は奇襲と奇策でどうにかこうにか勝った相手を、今は真正面から一対一で葬り去った。成長を実感して握った拳に自然と力が籠もる。

 

「ははははは! 如何に力を付けようと、サルが人間に勝てるものですか!!」

「その通りだ!!」

 

 また少し離れた位置では、ダクネスが両脇にスカンクスを抱えて同時にヘッドロックを仕掛けていた。ギチギチと小気味良い音を響かせ、ついにはそのまま頭部を粉砕してしまう。

 

「く……あの時*1は不覚を取ったが……ククク! どうだ、もはやグラップラー四天王も私の敵ではない!! だがこうなると、戦闘中に激しいダメージが受けられなくなってしまうのではないだろうか。これ以上強くならない方が気持ちよくダメージを受けられるのでは……ああ、悩ましい!」

 

 全身がサルの脳漿と血でゲドゲドなまま、恍惚と頬を赤らめて身悶えしているダクネスだった。敵を倒したいのか倒されたいのか分からない。

 そんな悲しいモンスターの相手をしてもSAN値が削れる一方だ。めぐみんは、同じくスカンクスコピーを爆殺し、敵の持っていたアサルトライフルだかを回収していたレナのウルフへバギーを向かわせた。

 

「レナ、クリス達がどうなったか分かりますか?」

「ちょっと前に司令室に突入するって言ってから音沙汰なし。まだ戦闘中じゃないかしら」

「カズマが戻ったら、わたし達も上に向かった方が良いのではないでしょうか。なんだか胸騒ぎがするんです」

「私もめぐみんに賛成だ」

 

 ゲドゲドのダクネスも、正気を取り戻して駆け寄ってきた。正直、近づいてほしくないし、クルマには絶対に乗せたくない。

 

「無駄な犠牲を出さない為にも、最強戦力である我々が立ち向かうべきだろう」

「落ち着きなって、二人とも。クリスだけじゃない、上に行ったハンター達はみんな一流よ。アタシ達が超一流ってだけで、数を揃えれば決して四天王にだって劣らないわ」

『随分と大きく出たな! メタルマックスのレナ!!』

「っ!! この声は!!」

 

 突如として地下ドッグに響き渡ったのは、自慢の船と一緒に湖の藻屑となったかに思われたあの男――カリョストロのものであった。

 

「はははははは!」

 

 カリョストロはバカ笑いしながら、ネメシス号が入ってきた洞窟から、なんと水面を全力疾走して戦線復帰を果たしたのだった。

 これにはヤツをよく知るはずのめぐみんさえ「うっわ気持ち悪ッ!!」と戦慄させられた。

 水面を蹴って跳躍し、スーパーヒーロー着地を決めたカリョストロは、早速戦闘態勢に入っていた。

 

「一度ならず二度までも一杯食わせてくれたな!! その成長を認めよう、めぐみん!」

「うるさい! お前にどーのこーの言われなくったって、わたしがスペシャルなのは分かりきってるんですよ!! つーかいい加減しつこい!」

「ははははは! では決着といこうか!! 死ぬがいい、メタルマックス!!」

 

 初手から電撃をチャージするカリョストロに、レナとめぐみんは素早くアクセルを踏み込み、左右に散って標的を散らす。それとともにダクネスが真正面からタックルを仕掛けていく。

 

「先手はもらった!」

「イノシシレスラーめ! おだま~♪ ぼんぎり、ぼ~んぎりっ♪」

 

 突然の五木節子守唄とともに、カリョストロの両手から催眠レーザーが放出。向かってくるダクネスへ照射した。

 

「催眠波動だと? そんな攻撃が効くふにゃぁぁぁ」

「効果テキメンのようだね」

 

 あっさり眠りに落ちたダクネスは、突進した勢いそのままに無防備なままカリョストロの眼前に躍り出てしまう。マントを投げ捨てたカリョストロが拳を構える。

 

「見るが良い! 我が暗黒舞踏を!!」

 

 全身に攻撃的なオーラで包み、極まったアーチストにのみ可能な奥義が無防備なダクネスに炸裂する……その寸前、レナのウルフが両者の間に割り込み、必殺の連続攻撃を装甲で受け止めた。

 左右の拳、飛び膝蹴りからの流星脚。生身の攻撃とは思えぬ衝撃力に、ウルフの車体が吹き飛んだ。

 

「んなぁ!?」

 

 床の上で一回転し、鉄骨の柱に砲塔から激突。凄まじい騒音がドッグに轟く。ウルフが横転し、キャタピラと底部を晒した。運転席のレナもキャノピーにしこたま頭をぶつけ、気絶こそしてないが意識が朦朧とする。

 

「ば、化け物めぇ! 生身のが強いんじゃないの、アイツ!?」

 

 呆れた怪力と戦闘技術に、ウルフの装甲タイルが大きく削られていた。一刻も早く戦線復帰しなければと、レナは色々と操作を試みる。

 その間、めぐみんはひっくり返ったウルフを追撃しようとするカリョストロを、砲撃演舞で迎え撃っていた。

 ダクネスも銃弾程度は生身で受け止めるが、カリョストロに至っては主砲の砲弾に一歩も退かず電撃をチャージする。

 

「カリョストロ、フラーーーーッシュ!!」

 

 至近距離からの電撃ビームは、以前にトータルタートルから回収した蓑が受け流し、バギーは装甲表面を多少焼かれるに留まった。

 ビームの中を無理やり突っ切り、第一武装に搭載した打撃用兵装――タイソンアームによる強烈な打撃を叩き込む。

 速度の乗った質量攻撃が、カリョストロの身体の真芯を捉える。

 

「うぐっ!?」

「もう一丁!!」

「舐めるなと……言ったぞ、めぐみん!!」

 

 血反吐を吐きながらも踏み止まったカリョストロと、タイソンアームの第二撃とが激突。暗黒舞踏の打撃力で、ウルフよりも軽いバギーの車体は縦回転しながら殴り飛ばされてしまった。

 

「ぬぐぅっ!!」

 

 だが、カリョストロの方も無傷では済まない。タイソンアームと殴り合った両拳の皮膚が裂けて血が滲む。負傷は骨にまで達しているだろう。

 必殺の暗黒舞踏をたかが原始的な質量兵器で相討ちに持ち込まれ、自称カッコよくも恐ろしい男は怒りに燃えた。

 

「許さん!! このまま車体をバラバラにし、運転席から引きずり下ろしてやる!!」

 

 天地逆転し、屋根を地面に設置してしまったバギーに、恐ろしい形相のカリョストロが迫る。その進路を、ウルフの機銃が阻んだ。

 ひっくり返ったウルフの車体は、埒が明かないのでレナ自らクルマを降りて持ち上げて、強引に元に戻した。テコの原理ってすごいね、とは後にこの戦いを振り返った彼女のセリフだ。

 

 しかし、カリョストロはウルフの銃撃を耐えながら、バギーにのみ狙いを定めていた。ここで確実に敵の戦力を削るつもりだ。

 

「ううっ、チクショウ!!」

 

 暗黒舞踏がバギーに炸裂する寸前で、めぐみんは運転席から脱出する。せっかく修理されたバギーは、カリョストロの猛攻によって武装ごとシャシーを粉砕されてしまった。

 文字通りバラバラという見るも無残な姿に、めぐみんもまた怒りを籠めてカリョストロと向かい合い、愛用のマントを脱ぎ去って身軽になる。

 

「はっ! 無駄な真似はよすんだな、めぐみん! お前の暗黒舞踏ではワタシに傷一つ付けられんぞ!! 大人しく灰燼と帰せ!!」

「暗黒舞踏? 馬鹿言うんじゃねーですよ!! わたしのゲージツは!!」

 

 大きく振り被っためぐみんは、脱いだマントをカリョストロ目掛けて全力で投擲した。

 か細く甲高い金属音が無数に響く。カリョストロが聴力を強化していなければ、聞き逃すほどの小さな音は、マントの内側に仕掛けられた無数の爆裂弾から一斉にピンが外れる音だった。

 

「爆裂にだけ、全振りしてるんですよ!!」

「き、貴様ァァァーッ!!」

 

 防御も回避も間に合わないまま、カリョストロはテッドファイヤーにも匹敵する獄炎に呑み込まれる。

 だが、ほぼ至近距離で自爆覚悟の爆裂を放っためぐみんも無事では済まなかった。マントに仕掛けた爆裂弾は効果範囲を狭くし、その分威力を高めるよう調整している。それでも、発生した衝撃波はめぐみんの小さい身体をさっきのバギーより激しく吹き飛ばして余りあった。

 

「危なーーーーーーいっ!!」

 

 その落下地点に先回りしていたダクネスが、めぐみんを受け止めた。

 

「へぶしっ!?」

 

 鎧を脱いだダクネスは、その大きくて豊かな母性の象徴でめぐみんを優しく包み込むが、この女の防御力はすでにカミカゼ一族*2の領域に片足を突っ込んでいる。そのまま床に叩きつけられるよりマシとはいえ、結局大ダメージを受けるめぐみんだった。

 

「おい、しっかりしろ! これを使え、まんたーんドリンク!」

 

 回復ドリンクの中でも最大の効力を持ち、死んでなければ完全復活するとも言われる満タンドリンクを、めぐみんに頭からぶっかけていくダクネス。使用時に商品名を叫ぶのは普通のことだ。何もおかしなことはない。

 

「うぅぅ、助かります、ダクネス。これならミンチ送りは免れ――マズッ!? なんですかこのクソマズイの!!」

「良薬口に苦しだ。我慢しろ」

「いやこれ、苦いっつうかすごくマズイですよ!? 口に入れたら駄目なオエッ!?」

 

 ダークマター卵焼きなど目じゃないぐらい恐ろしい、混沌とした味覚がめぐみんを襲う。すっかり元気にはなったが、精神には新たなトラウマが植え付けられた。

 

「まだよ! 油断しないで!!」

 

 レナの叫び声に、まったりしかけていためぐみんの意識が戦闘モードに引き戻された。

 カリョストロを包み燃え盛る炎へ、ウルフからの容赦ない砲撃が加えられる。だが炎の中に飛び込んだ砲弾は、内にまだ蠢いていた巨悪の拳に弾かれた。

 

「とうっ!!」

 

 炎から飛び出したカリョストロは、連続バク転で華麗にウルフの砲撃を回避しながら、ドッグの桟橋から水面へと跳躍する。

 

「あ! こら、逃げるなー!」

「ハハハハ! 逃げはしないさ! すぐにまた会おう!!」

 

 死体だらけの水中に潜ったカリョストロの気配は、そのまま急速に遠ざかっていった。

 それと同時に、今度はデビルアイランド全域に緊急警報を告げるアラームが鳴り響いた。

 

『警告。警告。デストロイヤーの起動を確認。デストロイヤーの起動を確認。グラップラーは直ちに当基地を放棄して脱出せよ。繰り返す。デストロイヤーの起動を確認――』

 

 無機質な合成音声からでも、尋常でない異常事態が伝わってくる。

 

「クソっ!! めぐみん、ダクネス! ウルフに乗って!! 脱出よ!!」

「だけどレナ、バギーは!!」

「遺憾だけど放置!! 運が良ければ回収して、カズマが直してくれるって!! いいから急いで!!」

 

 後ろ髪を引かれる思いのめぐみんだったが、結局ダクネスに抱えられて、ウルフの車内へ連れ込まれた。

 即座にウルフはドッグシステムの量子ワープで脱出する。その直後、デビルアイランド基地が地下からの衝撃で真っ二つに裂け始めた。

*1
第二十話

*2
防御力と回避率がバカ高い、走る爆弾




 次回。世紀末デストロイヤー出撃。
 まんたんドリンクを使う時に叫ぶのは真理。古事記にもそうある。


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第五十三話 最終滅殺殲滅兵器! 進め僕らのデストロイヤー!

謎の多面体「お前の守備力は確かに素晴らしい。だが私の前にはベニヤ板も同然」
ダクネス「何だと!?」
カズマ「オーパーツと張り合うな、ドM」
※MM4のアイーダの交易所に設置されてるアレです。


 ハトバに寄港したネメシス号から、次々と人員輸送用の大型車両が出発していく。それぞれにデビルアイランドから助けられた虜囚が乗せられ、受け入れ体制の整ったエルニニョやマドの町へと向かう算段だ。

 カズマもまた、野バスに虜囚を乗せてマドの町へ向かう予定だった。ところが、ここから事態は大きな変化を見せる。

 

「お兄様ーっ!!」

「あれは、アイリス!?」

 

 出発寸前で、背中にスクランブルな紅の翼を装着したアイリスが、文字通りカズマの元まで飛んできた。二人きりの時以外は使わない約束の「お兄様」呼びな辺り、相当慌てている。

 

「お兄――カズマ! すぐに私をレナ達の元へ連れて行って!! 緊急事態です!!」

「どうしたんだ!? 別に言い直さなくてもいいんだぞ?」

「デストロイヤーの起動を検知したんです!! 対ノア用特殊戦略決戦兵器が起動しました!! おそらく、デビルアイランドで!!」

「……え、なにそれ!?」

 

 名前だけでも絶対ヤバいと伝わった。なにしろデストロイヤー(破壊者)で、特殊戦略決戦兵器だ。真っ先に思いついたのは核ミサイルだが、アイリスは大きく首を振った。

 

「デストロイヤーは多脚歩行型機動要塞! わたしと同時期に設計されていました大型兵器の一つです! 開発途中で放棄されたのですが、もし完成していたらアシッドキャニオンどころか、日本列島そのものが破壊されかねません!!」

「おいおいおいおい! 冗談じゃねえぞ!? 逃げ場なんてないじゃないか!」

「はい! ですからカズ……いいえ、お兄様!!」

 

 これまでに見せたことのない熱量でもって、アイリスはカズマの手を取った。

 

「逃げ場が無いので、戦いましょう! 戦って、勝つんです!!」

「やっぱそうくるよな〜……いよいよもってクライマックスじゃねえか……」

 

 心底嫌そうに口をへの字に曲げるカズマだったが、こういうときの答えは決まっている。彼は「しょうがねぇな〜」と吐き捨てて、ハンターオフィスへ駆け込んでいった。

 

 

 

 デビルアイランドが真っ二つに裂け、巨大な基地が地割れに飲み込まれていく。

 脱出を果たしたウルフは、即座にエンジン全開で崩落から距離を取った。

 

「ちぃぃぃっ!! 何なのよ、デストロイヤーって!? 自爆装置か何か!?」

 

 バリバリと音を立て、巨大な亀裂がウルフを飲み込もうと背後から猛スピードで迫るのを、レナは培ってきたドライブ技術で躱しながら、アクセルを目一杯踏み込んだ。

 

「レナ!? て、敵基地の下から巨大熱量が!? お、大きいです!! 何かが這い出して来ます!!」

「だから何かって何よ!!」

 

 亀裂が追ってこなくなる位置までたどり着き、即座に180度ターンしてめぐみんが言う「何か」に備える。

 敵基地が、真下にぽっかり口を空けた崩落孔に消えていく。代わりに孔の底から聞いたこともない大きさでモーターの駆動音と、それに負けない大音量の足音が迫ってくる。

 半壊した基地を押し退けて姿を現した()()は、金属で造られた超巨大な蜘蛛だった。

 

「た、多脚型戦車ぁ!?」

 

 驚きすぎて心臓が止まりそうなめぐみんに、レナとダクネスが同時に訊ねた。

 

「戦車なの、あれ?」

「理解しがたいと思いますけど、荒れ地や山道を踏破できるよう改良された戦車です! けど以前に読んだ大破壊前のライブラリによれば、整備性の悪さが祟って実戦配備されず、試作品が多少残っただけだとか……」

「それにしたって大きすぎるだろう!? ちょっとしたビルぐらいあるぞ!?」

 

 謎の多脚戦車は、ついさっきまでそこにあったデビルアイランド基地と同程度の全高があった。

 本体と思われる戦車部分がウルフなどの重戦車より二回り以上は大きく、そこから設地用の脚が六本、前方に向かって大型ブレードと一体化している攻撃用と思われる脚が二本。真上から見たらまさしく蜘蛛に見えるだろう。

 

『アー、アー。マイクのテスト中〜。聞こえてるかな、ハンター君達? ケロッ』

 

 一旦動きを止めた機械の蜘蛛から、甲高くてねちっこい、聞いているだけで腹が立つ声を発した。レナには聞き覚えのあるその声は、ブルフロッグのものだ。

 

「あなた、四天王の!!」

『ワタシもいるぞ、メタルマックスの諸君!! どうだね? 我らの切り札「デストロイヤー」の雄姿は? カッコいいだろう? ハーッハッハッハ!!』

「カリョストロも乗ってるの!?」

 

 大きな機体に乗り込んで気が大きくなったのか、これまで以上に馬鹿笑いがうるさいカリョストロに、因縁があるはずのめぐみんすら辟易した顔を見せる。憎悪でも怒りでもなく、純粋に死んで欲しい人間へ向ける感情とはなんだろうか。

 

「デストロイヤー……それがその巨大な玩具の名前ね?」

『玩具とは心外だね。こいつはバイアス・ヴラドが対ノアを想定して設計した究極無敵殲滅兵器さ、ケロッ』

「バイアス……ヴラド? 誰よ、それ?」

『おっとっと。知らなかったのか、げふふふ。じゃあこれ以上何も知らないでいいよ。どうせこの場で死ぬんだから♪』

『光栄に思うがいい!! この超兵器の威力を地上で最初に味わえるのだからな!! 今度こそ! 今度こそ!! 死んで潰えろ、メタルマーーーーックス!!』

 

 デストロイヤーがブレード付きの前腕を高く掲げ、威嚇するように咆哮した。純然たる機械であろうに、なぜ恐竜のように吼えたのか。そんな疑問も失くすぐらいの圧力で、超巨大戦車がウルフに向けて照準を合わせた。

 

「クソッタレ!!」

 

 ウルフを急発進させたレナは、直感を頼りにジグザグに走らせる。

 デストロイヤーの対地機銃掃射が地上を穿ち、ウルフにとって際どい位置で地面が弾け飛ぶ。砕けた岩盤の有り様が、喰らえばただでは済まない威力を物語っている。

 

『げふふふふふっ!! いつまで逃げ切れるかな? セット、ハット、はぁ〜♪』

『機銃だけで勝負が着いてしまいそうだな! ハハハハハッ!!』

 

 悪党二人が早くも勝ったつもりで余裕綽々なのが腹立たしい。あまりにも腹が立っためぐみんが、砲塔に移動していつものヤツを装填してしまった。

 

「じゃかしいですよ、コノヤロー!! いい気んなって見下ろしてんじゃねー!!」

「ちょい待ち、めぐみん!! まだ早――」

「ファイヤー!!」

 

 お約束の「耐ショック・閃光防御」の下りも忘れて爆裂弾をぶっ放す。ほとんど真上に向かって発射された砲弾は、充分な速度も出ないまま敵の機銃であっさり迎撃された。

 酷く中途半端な高度で大爆発させられたせいで、危うくウルフまで巻き込まれるところだった。

 

「ぎゃあああああっ!! あつ! あっつぅぅぅ〜!!」

 

 自分で自分の爆裂に炙られるめぐみんの悲鳴が砲座から聞こえたが、無視してレナは多段連装式S-E「W−トルネード」を連続発射する。

 一度に放つ弾数が多いので、迎撃を掻い潜って何発かは本体まで届いた。

 しかし着弾寸前で薄い光の膜が直撃を阻む。続く爆炎も弾かれ、装甲には煤の一つも付着しなかった。

 

「な、バリア!?」

『ケロケロッ♪ 予想通りのリアクションをありがとう♪』

「ざけんなっ!!」

 

 もう一発W−トルネードを撃ち上げるも、やはり機銃とバリアで完全に無効化されてしまう。しかもこっちの射撃の間隙を突かれ、主砲の砲身に直撃を喰らってしまった。

 コンソールに真っ赤な文字が浮かぶ。まさかの一発大破である。

 

「しまっ――めぐみん、無事!?」

「わたしはいいですけど、Uバースト砲が……!」

「ええい! 埒が明かん!! レナ、私も外に出て戦うぞ!」

「…………」

「おい、何だその養豚場の豚を見るような目は? 可哀想だけど数分後にはミンチ送りなのねってか? 興奮するぞ」

 

 ドMの馬鹿(ダクネス)は置いておいて。

 埒が明かないのは事実だ。手持ちの武器では迎撃を掻い潜りながらバリアを抜く方法がない。このままでは徒に砲弾と装甲を浪費した挙げ句の嬲り殺しだ。

 

「迎撃さえなんとかすれば、今度こそ爆裂弾を撃ち込んでやるのに!!」

「その砲身じゃどうにもならないでしょ……こりゃ一時撤退も已む無しかしら」

 

 レナも珍しく弱腰ではあるものの、敵の機銃と、隙あらば踏み潰そうとしてくる6本の大脚からは巧みに逃げ続けている。勝負そのものは諦めていない。

 強大な敵に臆せず立ち向かうウルフの姿に触発されてか、無数の砲火がデストロイヤーを狙い撃った。

 

『ぬっ!?』

 

 苛立たしいカリョストロの声がスピーカーから響く。

 海岸線まで退避していたハンター達のクルマが、デストロイヤー目掛けて一斉攻撃を開始したのだ。

 

「うおぉぉぉ! メタルマックスに続けーっ!!」

「あのデカブツさえ倒せばオレたちの勝利だ!」

「出し惜しむな! ありったけの弾を注ぎ込めーっ!!」

 

 一個中隊規模にまで膨れ上がった集中砲火に、バリアの上からでも衝撃を殺しきれなかったのかデストロイヤーの巨体がぐらりと傾いた。

 

『げふふふ! ザコどももやってくれるね。プラズマカノン砲、用意!!』

 

 蜘蛛型の頭部先端に設置されていた一対の鉄身にエネルギーが収束していく。機銃で砲撃を撃ち落とし、6本の脚で踏ん張るように姿勢を低く身構えた。

 

『プラズマカノン砲、発射!!』

 

 鉄心の間から、眩いオレンジ色の閃光が放たれた。

 雄叫びを上げて突っ込んでくるハンター達を薙ぎ払い、一拍遅れて超高熱で灼かれた地面が沸騰し、大爆発が生じる。たった一撃で半数以上のクルマが搭乗者ごと消し飛んでしまった。

 

『ケロケロケロ〜ッ♪ 気持ちイイネ〜♪』

『ハハハハハ!! この火力があるなら、ハンター……いや、ノアの軍団、何するものぞ!! この地上の支配者は、我らバイアス・グラップラーだ!!』

「そうは問屋が――」

 

 相変わらず馬鹿笑いがうるさい悪党二匹の注意が他所へ向いている間に、メタルマックスは次の行動に移っていた。

 ほんの一瞬、意識が自分達から外れた隙を突き、ダクネスは車外へ飛び出すと、大破した砲身から爆裂弾を引っ張り出していた。

 

「許さんぞ、グラップラーッ!!」

 

 円盤投げのフォームで全力投球された特殊砲弾が、なんだったら主砲から撃つより勢いよく突き進む。

 薄くなった機銃の弾幕を掻い潜り、デストロイヤー本体に肉薄したまさにそのタイミングで、ハッチからレナが爆裂弾の信管を、電磁ライフルで正確に撃ち抜き、強制的に起爆させた。

 

 地形を変えてしまうほどの大爆発を、デストロイヤーは今度は至近距離で受けることとなった。6脚の支える巨体がグラつく。

 

「よっしゃあ!! やっぱりわたしの爆裂は世界一ィィィーッ!!」

 

 砲座で一人雄々しく拳を突き上げためぐみんは、直後にiゴーグルの発したアラートでせっかくのハイテンションを一気に引き下げられた。

 

「っ!! レナッ!!」

 

 爆裂の直撃で怯んだと思われたデストロイヤーは、実は前腕の大型ブレードを振りかぶる為の予備動作で。

 

「クルマを離れて!!」

『もう遅いケロ♪ セット、ハット、は〜♪』

 

 振り子のように放たれた一刀は、ウルフの車体を真横に両断するギロチンとなってメタルマックスを木っ端微塵に粉砕した。




世紀末デストロイヤー
 ヴラド・コングロマリットが対ノア用特殊戦略決戦兵器として設計し、完成しないまま現デビルアイランド地下格納庫で死蔵されていた未完の超兵器。それをブルフロッグが完成させてしまった結果、対ノアどころか人類の脅威へと成り下がった。ジャガンナートやクロモグラと同時期に開発された。
 原作では中で科学者のおっさん(CV.チョー)が暮らしていたり、カズマ達が動き回ったり結構なスペースがあったが、世紀末デストロイヤーは本体部分が大きい戦車分ぐらいしか無い、純然たる兵器となっている。
 なお、戦闘BGMは「Collective Consciousness」。


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第五十四話 破壊する者

【タイトルだけ考えてみたシリーズ Part2】
■転生したら戦車だった件
→転生したら洞窟の奥でナマリダケまみれの戦車だった。
■ダンジョンに戦車で乗り込むのは間違ってるだろうか?
→MM的には何も間違っていない
■世紀末の破滅フラグしかない賞金首に転生してしまった…
→将来的に賞金首になる悪役令嬢が、前世の記憶を頼りにハンターを目指す
■世紀末世界はモブに厳しい世界です
→その通りすぎるけど、むしろ北斗の拳じゃないかな、このタイトル


 身体に染み込みそうな炎と血の臭いの中で、めぐみんは朦朧とする意識を無理やり叩き起こした。気を失っている場合ではないと、闘争本能が叫んでいる。

 地面を掻きむしるよう握り締めて顔を上げた先には、中程から二つに切り裂かれた真紅の重戦車が横たわっていた。

 

「こ、これは……っ!!」

『ハハハハ!! よく頑張ったが君達の冒険もここで終わりだ!』

「く……カリョストロ!!」

 

 降ってきた馬鹿笑いを睨み返すも、今やめぐみんに出来る最大限の反撃はその程度。これでは悪党の嗜虐欲を満たすだけだ。

 

『出来ればお前をアートにしてひょいざぶろーに送りつけてやりたいところだが、まあいい。このまま仲間と一緒に葬り去ってやる!』

 

 機銃の照準が地上へ向く。サイズ差からして生身であれから逃げおおせるのは不可能だ。

 このまま殺されるぐらいなら、最期にいっそド派手な自爆でもしてやろうかと思ったが、手持ちの爆裂弾はカリョストロ相手に使い切っていた。

 

(ああぁ! こんなことならカズマともっと爆裂弾を造っておけばよかった!! 一度でいいから核弾頭ミサイル造りたかったぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!)

 

 もうダメだ、と固く目を閉じた。

 

「まだよッ!!」

 

 だが、凛と轟くレナの叫びに、めぐみんは再び目を見開いて顔を上げた。

 その直後、モクモクと煙ってきた黒煙が目に入り、結局顔を手で覆ってのたうち回るのだった。

 

「ぎゃああああ! め、目がぁぁぁぁ!!」

「ごめん、発煙筒焚いたの!! こっちよ、こっち!!」

 

 レナに手を引かれて、一寸先も視えない煙の中を進む。

 手持ちの発煙筒をまとめてネット全部使った結果、周囲十数メートルが黒い煙の渦に沈んでしまった。デストロイヤーの脚半分以上の高さまで、ドーム状の黒煙が包み込んでしまった。

 

『ケロッ! 悪あがきするね〜、あの子達』

 

 だが、多少視界が悪かろうともデストロイヤーは適当に機銃を撃っているだけでめぐみん達を追い詰めることが出来る。まぐれでも当たれば一撃だし、そうでなくとも銃弾の勢いで煙を少しずつ吹き飛ばせばいいのだ。

 その気になればプラズマカノン砲や、ブレードアームでもう一発薙ぎ払ってやってもいい。

 

『寿命がちょっと伸びただけだね。ほらほら♪ こっちかな? あっちかな? ケロケロッ♪』

 

 めぐみんが逃げ込んだ大地の亀裂のすぐ側を、悪意の銃弾が掠めていく。ほんのちょっとズレたら、岩盤ごと蜂の巣にされるだろう。

 

「んにゃろう、好き勝手しやがって!」

 

 めぐみんにエナジー注射を打ちながら、レナが据わった目で毒吐いた。虎の子の重戦車を失ってなお、その戦意は些かも衰えていない。

 

「ど、どうするんですか、レナ? 煙幕もそう長く持ちませんよ? ダクネスも見当たりませんし」

「ええ……ほんっとどうしよっか。あのデカブツ、なんとか弱点的なのは見えてきたのに」

「……え、マジですか!! てか弱点とかあるんですか、あれ!?」

 

 驚くめぐみんに、レナはiゴーグルを掛けてデストロイヤーを見上げた。

 

「あいつの装甲表面は薄い電磁場の膜で覆われてるみたい。電磁バリアってヤツ? ミサイルなんかだと直撃する前に信管を磁場が誤作動させて、直撃させられないのよ」

「なるほど。でも電磁バリアだったら質量攻撃は防げないのではないですか?」

「だからこそあの弾幕でしょ? ドリルや鉄球系の主砲は近づかなけりゃ当てられないけど、あの弾幕を掻い潜るのは至難の業。そもそも本体があの高さにあったんじゃ、直接攻撃も出来ないしね」

「……弱点、あるんですか?」

「もう! 鈍いわよ、めぐみん。あるじゃない、装甲が薄くて質量兵器が届く部位が!」

「あっ!!」

 

 そこまで言われて気付くとは、めぐみん自身自覚のないまま、精神的に追い詰められていたらしい。

 

「脚ですね!」

大正解(ピンポン)! 多脚戦車の利点を潰してやれば、あんなのもうただの棺桶だわ! ……ただ、ねえ」

 

 光明が見えた矢先、レナの表情が曇っていく。

 

「クルマ、もう無いんですよね……」

「ええ……さすがに生身じゃあれは崩せそうもないわ……」

 

 バギーは基地の崩落に巻込まれ、ウルフは目の前で残骸となってしまった。

 野バスとエレファント号はネメシス号に積んだまま。その他の戦車はナイルのガレージで整備中だ。

 おそらく、捕虜を送り届けたカズマが今、急いでここへ向かっているだろうが……到着までレナ達が生きていられるかと言うと、自信がない。ほんのちょっぴりも無い。

 

「ごめんね、めぐみん。出来れば最期はカズマと一緒が良かったでしょ?」

「……まあ、あなたかカズマか、だったらカズマの方がいいですけど。前から言おうと思ってましたが、わたし達をくっつけようと焚き付けるの止めてくれません? こないだなんて、何を言ったか知りませんけどカズマが会話中ずっと目を合わせてくれませんでしたし」

「そう? でもカズマって超奥手でしょ? 素直にさせるの結構骨だと思うけど」

「良いんですよ。わたし達にはわたし達のペースが……って恋バナしてる場合!? 暢気か!!」

 

 現実逃避している間に、最後の煙幕が晴れてきた。面倒くさくなったのか、デストロイヤーはブレードアームで仰ぐようにして発生源である発煙筒そのものを遠くへ弾き飛ばしていた。これなら簡単に煙の密度を減らせる。

 

『げふふふふ。どこかな、子猫ちゃん達ぃ〜……んん?』

 

 ブルフロッグが何かに気付いた。めぐみんとレナがいる位置は今のところ死角に入っているはずだが、敵にiゴーグルのようなセンサーが無いとも限らない。

 だが、デストロイヤーが発見したターゲットは、めぐみん達ではなかった。

 

『とうとう観念したかい、女レスラー?』

 

 晴れた煙幕の下から現れたのは、両腕を組んで真っ直ぐに敵を睨むダクネスであった。

 いつも通りに武器すら持たず、己が身一つで強敵と対峙する。

 

「観念だと? 馬鹿な、むしろ逆だ」

『逆ぅ?』

「これほど巨大な敵! 圧倒的なパワーから繰り出される攻撃! これほどの逸材とはそうそう巡り会えんだろう!! その威力、この身で受けなくてどうする!!」

『……意味が分からんが、そんなに死にたければ望みどおりにしてやろう!』

 

 声からしてカリョストロも困惑しているようだったが、最終的には全員殺すつもりだったのだ。順番が多少前後しようと結果は変わらない。

 デストロイヤーは多脚歩行を活かして跳躍すると、ダクネスを正面に捉える位置へ移動。ブレードアームが振り上げ、恐竜の咆哮にも似た金属音を発しながらダクネスへと振り下ろす。

 

「ふんっ!!」

 

 直撃寸前、ダクネスは横っ飛びしながらブレードの横っ腹を思いっきりぶん殴る。装甲の過圧センサーが「被弾」を知らせるほどの衝撃が、ブレード伝いに本体へ加わった。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 続けてブレードが引っ込むまで必殺台風チョップを繰り出し、アームとブレードの接続面を集中攻撃。構造的に脆い部分へ狙いを絞る。

 

『猪口才な!』

 

 ブレードを一旦引っ込め、今度は二本同時に、左右から挟み込むように振り抜く。

 

「……こっちだ!!」

 

 左右のうち、位置が低い方へ自分から突進して刀身の腹を転がって回避。逆側のブレードも地面に伏して躱した。

 

「えっ、うそ!」

「もう人間じゃありませんね、あの人……」

 

 レナとめぐみんも開いた口が塞がらない最中、ダクネスは機銃を走って回避し――何発か喰らっても気にせず、脚の一本へ向かっていく。

 

『おっと!』

 

 殴られそうな脚を引っ込めつつ、デストロイヤーの頭部の鉄身がまたもやオレンジ色の輝きを発し始める。

 

『生身一人には過剰火力だけどっ!!』

 

 プラズマカノン砲が、別の脚へと標的を変えたダクネスをロックオン。チャージ完了と同時に灼熱のレーザーが――、

 

「そのビーム貰ったァァァァァ!!」

 

 発射されない。

 臨界状態のプラズマ火球に、極太の電撃ビームが直撃。鉄身を巻き込んでデストロイヤーの頭部が暴発させられる。

 

『ギャアアアアアッ!!』

『ぐおおお! な、どこからの砲撃だ!!』

 

 搭乗者が情けなく悲鳴を上げながらも、デストロイヤーは電撃が照射された方向へカメラアイを向けた。

 猛スピードで走ってくる中型戦車が一両。主砲の代わりに放電するドリル機関を搭載した、外見からして対空砲撃に特化した仕様。

 

「あれって……ゲパルト!」

「! カズマ!!」

 

 iゴーグルに投影された仮想ディスプレイに、向かってくる対空戦車が同じハンターチーム所属だと示す青い戦車マークが灯った。

 イスラポルト北東にひっそりと残った寺社に『戦神』として祀られていたのを拝借した対空戦車ゲパルト。正真正銘、メタルマックスの保有するクルマであった。

 運転するのはもちろん、この男。

 メタルマックスの戦う参謀、サトウカズマだ。

 

「よっしゃ! 情報通りだぜ、アイリス!!」

「油断しないで、カズマ。デストロイヤーの装甲はわたしの持つデータよりも四割以上は頑丈です。また、大破したプラズマカノンに自己修復の予兆が確認できます」

 

 ゲパルトの後部座席には、Cユニットと自分の回路を繋げたアイリスが、運転と砲撃補助システムの双方を引き受けていた。

 LOVEマシン「3133」……主砲の連射力を強引に引き上げ、一度の発射数を3倍に高める。加えてアイリス自身が持つ破格の処理能力によって、主砲の命中精度はその気になれば水平線を横切る船だって狙い撃てた。

 発射寸前のプラズマカノンを正確に狙撃したのも、アイリスによる補助のお陰だ。

 

 そしてゲパルトにはもう一つ、とっておきの兵器が搭載されている。

 

「カズマ」

「準備はいいな、アクア?」

「ふっ。当然でしょ! ポチタンク、出るわ!!」

 

 運転席のハッチを開き、勢いよくアクアが出撃する。

 相変わらず玩具か、一人乗りのゴーカートのようなちゃちい戦車に乗り込む姿は間抜けながらも微笑ましい。しかしこれはバイク、自動車、潜水艦と来て辿り着いた、正真正銘のトンデモ兵器である。

 

「エンジン始動! 早速いくわよ!! アクセル全開ぃぃぃぃっ!?」

 

 一瞬だけ空転したポチタンクのキャタピラが、初速から時速にして100キロ近い速度で急発進する。外見に反したエンジン出力に、一番驚いたのは他でもない、運転しているアクアだ。

 

『なっ!? にぃぃぃ!!』

 

 そして、次にカリョストロが素っ頓狂に仰天したその時には。

 速度の乗ったポチタンクがデストロイヤーの脚に猛突進をかまし、巨大兵器をグラつかせてからのことだった。




アイリス「ダブルCユニットで電撃的アミーゴ2つ積み+超改造MAXドリルブラストⅡ+電光石火、というロマン砲を喰らえ!!」
※複数人乗りでなら母艦ザウルスを1ターンキル可能です。


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第五十五話 真夏のデスソング

 デストロイヤーと言いつつ、今作のコイツの正体はメタルギア・エクセルサスだったりします。


 作戦も技もない、ただの肉弾特攻。

 ポチタンクという「兵器」を得た猟犬の女神が、その常軌を逸した守備力を攻撃能力へ変えて鉄の塊にぶち当たる。

 正月の寺で聞こえてきそうな、ゴ〜ンと優雅な音を立て、デストロイヤーの六脚の一本がクラリと傾いた。

 

『はぁぁぁぁぁっ!?』

 

 驚きのあまりブルフロッグは頓狂な叫び声を上げ、それでもデストロイヤーが転倒しないよう脚を踏ん張らせた。

 しかし、そうして突っ張った脚の一本に、金髪ポニーテールのドMが迫る。

 

「ぬううううう! ヨコヅナオーラ、全開!!」

 

 常人に目視できる王気(オーラ)を滾らせたダクネスが、鋭い手刀のチョップを連続で繰り出した。

 電磁バリアを発生させるコーティングごと絶縁装甲が斬り裂かれるも、物理的にはより頑強な内部のフレームにまではダメージが及ばない。

 しかしフレームは、露出さえさせてしまえば十分だ。後はカズマが、ゲパルトの電磁ビーム砲「ドリルブラストⅡ」で狙い撃った。

 一対のドリル状機関が高速回転することで発生した電磁エネルギーの波長を合わせ、一点集中させてビームとする。

 

 電磁バリアも無く、絶縁装甲も失った精密機械の塊に、超高圧電流のビームは効果テキメンだった。

 一瞬にして6連発のビームを喰らったことで膨大な電力が一気に流れ込み、凄まじい熱を発生させて大爆発を起こす。

 脚一本分とは思えない、巻き添えを食ったダクネスが「いやぁあぁぁ♡ ……っ! んんん……゛、気っ持♡♡ ……っ゛ち ♡♡……いっいっ! い…♡ぃ゛いぃっい!」となるほどの爆発力だ。

 

 半ばまで爆発し、あまりの高熱で断面からドロドロに溶けたデストロイヤーの脚が一本、地響きを立てて地上に転がった。

 

「! 朗報です、カズマ!!」

 

 爆発の状況から何かを感知したアイリスが、即座に情報を精査して出力してくれる。

 

「あのデストロイヤーはオリジナルの設計より大幅に改良されていますが、大本の欠点を改善しきれていないようです!」

「というと?」

「各部の大出力シリンダーを駆動させる為に、非常に可燃性の高いポリマーリキッドを使っているのです! 砲撃どころか、亀裂から空気が入るだけで発火・炎上するでしょう!」

「致命的な欠陥だな! とんだ最低兵器だぜ!」

 

 つまり、圧倒的に思えたデストロイヤーも脚部の装甲さえどうにかしてしまえば、ゲパルトの砲撃で破壊可能ということだ。

 

『ちっ! 脚の一本ぐらいくれてやる!!』

『対空戦車を狙うんだよ、カリョストロ!! 表面装甲は後で修理できるケロッ!!』

『!! 余計なことを言うな、デブ!!』

『ケロッ!?』

 

 ついでにブルフロッグが追加情報をくれた。あのデカブツ、ゲパルトの電撃がよほど怖いらしい。俄然カズマにやる気がみなぎる。

 

「ふっふっふ! そんなに嫌ならしこたま電撃をお見舞いしてやる!! 悪党の嫌がる事ならなんだってやってやらあ!!」

「ですが表面装甲が残っている限り、電撃は効果がありません。そして今のゲパルトには――」

「ドリルブラストしかない? 何言ってやがる!」

 

 ゲパルトを後方へ急発進させ、デストロイヤーの機銃と踏みつけに来た脚を回避。

 刹那、左右から凄まじい勢いで脚に飛びつく俊敏な影があった。

 

 猟犬とドMだ。

 

「武器ならあるぜ! 『仲間』っつう武器がなッ!!」

 

 アクアのドリル、ダクネスの手刀が交差。雷土のような爆音が轟く。

 

「装甲の剥離を確認!」

「もう一発喰らえぇぇぇぇっ!!」

 

 アクア達の退避が間に合わないぐらいの早撃ちが、二本目の脚を奪い去った。

 

『おのれえ!!』

 

 残りの軸足は四本、大型ブレードアームが二本。カリョストロが怒号をあげ、ブレードをゲパルトへ振り下ろした。

 

「うおおっ!!」

 

 再度バックで回避を試みるも、突き刺すように放たれたブレードには悪手だった。切っ先に思いっきり跳ね飛ばされたゲパルトが、ど派手に大回転させられて転がっていく。

 

「カズマさぁぁぁぁ〜〜ん!!」

 

 際限なく転がっていきそうなゲパルトを、回り込んだアクアが体を張って受け止めた。

 

「カズマさん、さっき私ごとふっ飛ばそうとした!? ねえ、した!?」

 

 ただ、別に忠誠心などで助けに入ったのではなく、雑な扱いに文句が言いたかっただけなようだが。

 そのカズマも、シェイクされた車内でアイリスから雑にエナジー注射で気付けされているが。

 

「しっかりしてください、カズマ。アクアが外から訴えています」

「む、無視しとけ……そ、それより――」

「ゲパルトの状況は主砲とわたし以外が万遍なく破損していますが、戦闘継続は可能ですけど後方からブレード接近中!!」

「あわわわわっ!!」

 

 大慌てでアクセルを踏み込む。ハッチの辺りにしがみついていたアクアごと、返す刃で地面ごと切り裂こうとするブレードアームから逃走を計った。

 だが、急な発進だったせいで逃走方向が正面のみに限定された。ゲパルトの逃げる先に、デストロイヤーの機銃が狙いを定めていた。

 

「あ、ヤバい。アクア、主砲を守れ!!」

「えっ、ええぇえ!?」

 

 従属スペルまで使われたアクアは、本人の意志とは無関係にドリルブラストⅡへ覆いかぶさった。

 

「うぎゃあああああ! 鬼! 悪魔っ! カズマァァァァァァッ!!」

 

 降り注ぐ銃弾の雨に晒されて、ポチタンクがあっても痛いし怖いしで叫ぶアクアには、ブルフロッグですら「うわぁ……」と血の気を引かせていた。

 

「うぐぐぐぐっ! わ、私もまじぇろぉ〜!」

 

 ついでに、頼んでもいないのにドMマッスルまでが我が身を盾にゲパルトを守護る。お前はむしろ攻撃に専念しろ。

 

「ぐおぉぉぉ〜!! こ、これしきのダメージでレスラーが斃れるものか〜!!」

「ひぎぃぃぃぃ〜っ!! カジュマしゃん、もう勘弁してぇぇぇ〜!!」

 

 仲間二人を盾に機銃掃射をすり抜け、側面から蹴っ飛ばそうとしてきた脚をギリギリでドリフト回避したカズマは、再度従属スキルでアクアに「突っ込め!」と命じた。

 二本の脚を潰されて機動力が大きく下がったデストロイヤーでは、小回りが利くうえに直線距離だと時速300キロまで加速できるポチタンクを躱せまい。

 カズマはそう考えたが、敵もそう馬鹿ではない。回避が出来ないならと、残りの四脚を地面に突き刺すように踏ん張り、腰ならぬ本体を地上付近まで下ろして来た。

 高所からのアドバンテージをかなぐり捨てたことで、デストロイヤーは本来なら対空迎撃用の対空砲や高射砲を、地上目掛けてぶっ放し始めた。

 

「ひえっ!?」

 

 機銃に加えて、一発辺りがこちらの主砲と同等以上の砲弾が雨あられと飛んでくる。守りを捨てた大攻勢であった。

 ダクネス一人では盾代わりにもならず、地表ごと爆撃されたゲパルトがまたしても蹴飛ばされたポリバケツさながらにふっ飛ばされた。

 シャシーの大事な部分から嫌な音が車内に響き、あちこちのコンソールが一斉にエラーを吐き出した。

 

『げふふふふっ! ゲームセット!!』

『油断するな!! 一気に畳み掛けるぞ!!』

 

 自走不可能となったゲパルトに、火線が集中する。数秒も掛からず大破した車内からカズマとアイリスは投げ出され、大火力に晒されたカズマは地上から消滅するだろう。

 

「〜♪」

 

 しかし。勝利を確信したデストロイヤーの残った脚の一本が前触れもなく爆裂し、射軸の崩れた砲撃が明後日の方向へ逸れていった。

 

『なにッ!?』

 

 直前まで異常なし、表面装甲も無事だったのに何が!? だがブルフロッグがコンソールを操作するより先に、残りの脚三本までが次々と爆発を起こしていく。支えを失った本体が落下し、地響きを立てて斜めに地面へ突き刺さった。

 

『い、いったい何が……!?』

「〜♪ 〜〜♪」

『こ、これは……唄!?』

 

 困惑する悪党達、同じく何が起きたか分からないカズマ達の耳に、微かながらもその唄は届いた。

 歌詞の無い、母音だけのヴォカリーズ。だが荒れ狂う大海原を彷彿とさせる力強い唄声だ。

 その発生源は、戦場のド真ん中でマイク片手に物凄い悪そうな顔をしためぐみんだった。

 白いワンピースに着替え、麦わら帽子とひまわりの造花をアクセントに、厚底サンダルで軽快にステップすら踏みながら、地獄の獄卒みたいな威圧感で唄い続けている。

 

『ま、マズイぞ!! 脱出だ! デストロイヤーはもう持たん!!』

『へっ!?』

 

 余裕のまったくない、本心から切羽詰まったカリョストロが、悲鳴にも近い声でブルフロッグを急かしている。

 

「……なるほど、そういうことですか」

「いや、一人で納得してるなよ、アイリス。何がどうなってるんだ?」

 

 戦場の真ん中で歌うヒロインというには、今のめぐみんは殺気が強すぎる……というか、唄声には殺意しか乗っていない。つまりあれは攻撃だ。

 着ぐるみゲージツ……アーチストの特技の戦闘特技だ。衣装を替えたり、文字通りモンスターの着ぐるみを着ることで、理解不能・意味不明な攻撃を行う。今のめぐみんは、アイドルにでも成り切っているつもりらしい。そして実際に可愛らしい。

 

「そう。めぐみんはあの唄声で、デストロイヤーのポリマーリキッドを直接攻撃してる! 装甲や他の機関には干渉せず、唄声をポリマーリキッドの固有振動数に合わせることで沸騰させ、遠隔で爆裂させたのです!」

「……え、どうやって?」

「ですから唄声で。あとはまあ、勘とか試行錯誤したのではないでしょうか?」

 

 爆発物に関係する人外の才能を有するめぐみんだからこそ可能な芸当だろう。

 こうなるともう、無敵と思われたデストロイヤーも形無しだ。通常の音波兵器ならいざしらず、ここまでピンポイントで弱点を突かれては。本体部でもポリマーリキッドが沸騰して一部が赤熱化し、今にも爆発しそうだ。

 

 果敢にもその状態のデストロイヤーに飛び掛かったダクネスが、本体後部からせり上がっていた球状カプセルに向かって、渾身のエルボードロップを繰り出した。

 鋼鉄のハンマーを叩きつけたような鈍い音を響かせて、カプセルがひしゃげて押し戻されてしまう。歪に変形したカプセルはもう、ハッチに引っ掛かって外へ出ることは叶わなかった。

 そしてこのカプセルこそが他でもない。デストロイヤーのコックピットだった。

 

『ひぃぃ! ふ、蓋が開かないぃぃぃぃぃっ!!』

『何だとぉぉぉ!? ええい、ぶち壊せ!!』

 

 大慌ての悪党二人が、その豪腕で内側から強引にこじ開けようと試みるも、頑丈に造りすぎたのか思うように壊れないようだ。

 

「さすがドMですね、ダクネス。あの一瞬の間に、敵の最大のウィークポイントを見破り、奇襲を仕掛けるだなんて」

「ドM関係あるのか!?」

「ドMだからこそ、相手の一番気持ちいい場所――つまり、一番のウィークポイントが分かるのです」

 

 分かるような分からないような話をアイリスがする間に、猟犬、ドM、アイドル、レズという、特徴を列挙すると濃すぎるキャラクター性の仲間達がゲパルトに集まって来ていた。

 

「カズマ!」

「分かってる! ドッグシステム、作動!!」

 

 ゲパルトを中心にチーム・メタルマックスが量子ワープで退去すれば、残ったのは爆発寸前の棺桶だけだ。

 

『めぐみんめ! 最後の最後で……ふっ。やはり天才だな、お前は』

『なに味なこと言ってんの、カリョストロ。はぁぁ、こんなおっさんと心中とか、予想外、みたいな?』

『諦めろ。悪党の最期などこんなもの――』

 

 他愛無い雑談を交わす二つの巨悪は、デビルアイランドと呼ばれた島全域を更地にするほどの大爆発に消えていった。

 最終兵器デストロイヤー、それを有するグラップラーの最大軍事拠点デビルアイランドは、それを指揮する四天王二体とともに完全消滅。多大な犠牲を出しながらも、ハンター達は勝利をもぎ取ってのけた。

 

 残る四天王は、あと一人――。




 称号『破壊するものを破壊する者』を取得しました。

ドMマッスル
 暗黒面に染まったダクネス。至高の痛みを得るために自らに賞金を懸け、屍山血河を作っているマッスル系列モンスター。

アイドルめぐみん
 フィギュア可愛いです。


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第五十六話 狂気の科学者! その名は……!!

 日頃からかなりの量の誤字報告、ありがとうございます。
 ストックが尽きてから一日一話を書き上げてますので、結構粗が残っているようです。
 この場を借りてお礼申し上げます。

 あとソウルハッカーズ2のフィグちゃん可愛い。


 島にあった大型の動体反応が消えたことを確認してから、レナ達はデビルアイランドへ引き返してきた。

 ネメシス号の接岸した浜辺からでも分かるほど、島の中央付近ではデストロイヤーの残骸が天に届くかという火柱を上げている。噴出した黒煙が上空で滞留し、分厚い雲が形成されつつあった。

 あの巨大だったデストロイヤーが指先で隠せるぐらい距離を取っているのに、風に乗った熱と鉄が焼ける臭いが伝わってくる。

 

「あれはしばらく消えませんね。ポリマーリキッドは可燃性や爆発性もそうですが、酸化剤も含んでいますので一度火が点くと延焼しまくるんです」

 

 眼帯型iゴーグルで現場を望遠しながらめぐみんが蘊蓄を傾ける。もう白ワンピースからいつもの服(マントなし)に戻っており、じっくり近くで見たかったカズマは心の中でガッカリしていた。

 

「危険物ではありますが、油圧シリンダとかの素材として優れた素材です。軽くて絶縁性もゴムの比ではなく、真空状態であれば経年劣化にも強い。何事も使い方ですね」

「ですが一口にポリマーリキッドと言ってもいくつも種類があるでしょう。なぜ正確に固有振動波が分かったのですか?」

 

 つらつらと語っていためぐみんは、アイリスからの質問にますます得意(ドヤ)顔になった。

 

「爆発の色や音、衝撃波を肌で感じれば、識別ぐらい訳ありませんよ。カズマが2回も爆裂させてくれましたからね!」

「お前も大概人間辞めてるな……」

「う〜ん……ありゃ駄目そうね。近づくだけで丸焼きになりそう」

 

 他方、レナもiゴーグルの望遠機能で、主に破壊された施設回りを確認していた。

 デストロイヤー起動の影響で崩落していたのに加え、爆発で炎の海と化したグラップラーの基地は見る影もない。それ以前に基地の痕跡すら判別不能だ。

 

「あれじゃバギーもウルフも回収は無理かぁ……はぁぁぁぁ〜」

 

 ガックリと肩を落としたレナは、その場で両足を投げ出して座り込んでしまった。彼女にとって初めての愛車と、本格的な重戦車。搭載していた武装も含めて、失ったものはあまりにも大きい。

 見たこと無いほど気落ちするレナに、顔を見合わせたカズマとアイリスが何でもないように言った。

 

「どっちも回収してますよ、レナ」

「え゛っ!?」

「念の為、全車にドッグシステム積み込んどいただろ? 脱出する時ついでにマドに帰還させて――」

「きゃーーーーー♡」

 

 最後まで聞き終えるより先に、レナがカズマに抱きついた。同等の体重なのに腕力にチワワと土佐犬ぐらいの差があるので、カズマは情けなくも押し倒される。

 アクアとダクネスが豆鉄砲を喰らったように目を見開き、めぐみんとアイリスは凍りついた。

 

「もう、あなたのそういう抜け目ないところって素敵よ♡ このこのっ、色男め♪」

「ぐへぇ! れ、礼はいいから、は……離れて……っ」

「な、な、何してるんですか、レナぁ!! あなた、男もイケる口だったんですか!? つーか離れろ!」

「それ以上の暴挙はいくらレナでも看過できません強制引き剥がしモードを実行します」

「おっと♪」

 

 アイリスの怪力で無理やり引っ剥がされる前に、レナはカズマから飛び退いた。サービスついでにちょっとからかったつもりが、思ったより際どい反応を引き出してしまったようだ。

 

「カズマもニヤニヤしていないでください! 相手はレナですよ、レナ!」

「正気に戻れないなら気付け薬でも使いましょうか?」

「に、ニヤけてねーし!!」

「……お前達、何しに戻ってきたか忘れていないか?」

 

 カズマを挟み、左右から詰め寄るめぐみんとアイリス。なかなか楽しい構図だったが、ドMに窘められては中断せざるを得なかった。

 

 デビルアイランド基地へ突入したクリス達の捜索、及び基地からグラップラーの情報のサルベージが目的だったのだが……見ての通り、どうしようもないほど敵拠点は壊滅している。

 ハンターオフィスでもクリス達の情報を集めているが、最後に連絡を取ったのは他でもないレナだ。司令部への突入するという一報から、彼女達の足跡はパッタリ途絶えていた。

 直後にブルフロッグがデストロイヤーで襲ってきたことからも、突入した第一チームの半分と第三チームは全滅した可能性が高い。無論、クリスも含めてだ。

 

「デストロイヤーにふっ飛ばされた分も含めると、参加チームの約半数が壊滅したって。まだテッド・ブロイラーだって残ってるのに、今後の大規模な作戦展開は難しいみたい」

「勝つには勝ったが……犠牲も大きかったか」

 

 レナの話に、ダクネスは難しい顔で腕を組む。こいつはドMとはいえ、他人が傷つくことを平然と許容する人格破綻者ではない。敵と傷つけ合うのが好きなだけだ。

 

「せめて敵の情報ぐらいは手に入れたかったけど、あの燃えっぷりじゃね……」

「いいえ、情報ならあります」

「アイリス?」

 

 カズマを助け起こしたアイリスが、デストロイヤーの残骸を真っ直ぐ見つめる。

 

「デストロイヤーの起動を確認した際、メモリーの一部が復旧しました。バイアス・グラップラーについてもある程度の推察ができる情報がいくつか見つかりました」

「……先に言ってよ、それ」

「言うタイミングがなくて。ではこの場で展開してよろしいでしょうか?」

 

 カズマから「頼む」と促されたアイリスは、両目から光を放って空中に立体映像を投影した。

 ビシッとしたスーツを着こなした、壮年の白人男性だ。やや神経質そうだが、目付きが鋭く渋みの出たいぶし銀のオジサマであった。

 

「誰、このオッサン?」

「バイアス・ヴラド。大破壊前後の世界で最大規模の複合企業連合ヴラド・コングロマリットの総帥であり……人工知能ノアを開発した天才科学者です」

「なんですって!?」

 

 その場の全員が、立体映像の男性に驚愕の目を向けた。アイリスの話は続く。

 

「ヴラドは企業家としても科学者としても、政治家としても稀に見る天才でした。地球環境の改善を訴え、ライバル企業だった神話工司と提携して地球救済センター……すなわちノアを生み出したのです。

 わたしも、デストロイヤーも、彼の作品です」

 

 映像写真自体はアイリスが開発された頃、50年前の大破壊期のものなので、本人はとっくにこの世のものではないだろう。だが、彼の残した足跡は、この世紀末にも色濃く残り続けていた。

 

「バイアス・ヴラド……バイアス・グラップラー……それは偶然、じゃないんだな?」

 

 ダクネスの問いに、アイリスはハッキリと頷いた。

 

「バイアス・グラップラーとは本来、ヴラド・コングロマリットの中にあった私設部隊です。元々、わたしやデストロイヤーはそこに配属され、ノアの軍勢と戦う予定でしたが……ヴラドは彼らを引き連れて本社ビルを中心とした企業都市に籠城しました。

 何らかの理由で博物館に放置されたわたしには、なぜヴラドが人類軍を裏切る真似をしたかの記録は残されていません。ですが、彼らが本拠地とした企業都市……バイアス・シティの所在地は分かります。レナ、めぐみん、iゴーグルを」

 

 差し出された二人のiゴーグルにアイリスの指が触れると、それだけでデータがダウンロードされた。

 マドの町の東側、大破壊で隆起した山脈に隔たれた先に、新たな光点が浮かんでいる。

 

「こ、この場所が!?」

「バイアス・シティです。おそらくここがグラップラーの中枢として最も可能性が高い場所。であるならば……」

「テッド・ブロイラーも、ここに!?」

 

 再度頷くアイリスに、レナは無言で口許を歪に吊り上げた。

 彼女が時折覗かせる復讐者の顔だが、今日は一段と凄みが深かった。




 ポリマーリキッドと言いつつ、設定はボトムズのポリマーリンゲル液を参考にしています。
 気分的に長丁場だったデビルアイランド攻略戦は今回で終了。攫われたクリスは死んだものとして扱われています。やっぱこの人(女神)不憫枠……!


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Part8 いっつあだいなみっくれっくすふりげーと
第五十七話 砂漠を越えて


 新章突入。


 アシッドキャニオン南部に広がる砂漠を進む、四台の改造車。現代日本であれば……いや法治国家であればどこでも即刻逮捕される、戦車とも呼べる重武装だ。

 乗りこなすのはハンターチーム・メタルマックス。今やアシッドキャニオンで知らぬ者はいない、最強の賞金稼ぎ達だ。

 

「あっつぅ〜……」

 

 しかし照りつける灼熱の太陽には、さすがの彼女達も音を上げた。

 

「ちょっとどうなってんの〜? 明らかに設定温度間違えてない〜?」

 

 先頭を行くのは、真っ二つからよくぞ生還を果たしたウルフ。そこにゲパルト、野バス、牽引用の装甲車と続く。

 車体がこれまでの赤からプラチナカラーに塗り直されたウルフの車内では、レナは出力最大にしても全然効果が出ないエアコンに文句を付けていた。ただし、彼女がいう設定温度云々に関しては頭上の太陽と周囲の気温に関してだが。

 

「マドとかイスラポルトとはそこまで離れてないわよね〜? ……あ、ひょっとしてこれが『トットリサキュウ』?」

「違うぞ。この辺りには大破壊期に使われた兵器の影響が未だに残っている。気温が高いのは、地面そのものが熱を持っているのだ」

「へえ。ダクネスがそういうの詳しいの、凄まじく違和感あるわ」

 

 同乗している女レスラーも、効果のない冷房にうんざりしている様子だ。生粋のドMではあるものの、痛覚神経を刺激しないタイプの責め苦はお気に召さない様子。装甲服を脱ぎ捨て、人前にはとても出られない格好で椅子にもたれている。

 搭乗者の内分けは、ウルフにレナとダクネス、ゲパルトにめぐみんとアイリス、野バスにカズマとアクアとなっている。最終決戦ということで、アイリスは今回、バリバリの戦闘員として参加を表明した。

 

「にしても……すごい光景よね〜」

 

 レナは、運転しながら外を観るフリをして、あられもない姿のダクネスを眼福だとばかりに眺めながら呟いた。

 

「あとどれくらいで到着なんだ? えーっと……キャタピラビレッジとかいう村には?」

「ん〜? ちょっと待って。iゴーグル起動、マップ表示……もう一昼夜も休み無しで走れば到着するわね〜。……あのバトーとかいう博士が嘘言ってないなら」

 

 レナの表情に、暑さとは別の苛立ちが浮かぶ。

 思い出したくもない気持ちは分かるので、ダクネスは「そうだな」と適当な相槌を打った。

 

 

 

 アイリスが思い出した情報を元にして、バイアス・シティへの突入方法を模索すること一週間。様々なプランを出し合った結果、アシッドキャニオン東部から南側を回り込むルートがほぼ唯一の道だという結論に達した。

 

 まず湖南部から上陸するのは断崖絶壁だから不可能。

 続いてマドの東側に広がる山岳地帯を超えていくには、戦車では道が険しすぎて危険すぎる。トンネルを掘ろうという意見も出たが、何年単位の事業になるか分からないので却下された。

 そんな彼らに重要なアドバイスをくれたのが、デビルアイランドから救助された避難民の中にいた。

 

「ははははは! そんなことも分からない世間知らずな救世主様に、僕からとてもありがたい情報をくれてやろうじゃないか! あ、別にお礼なんていーよ。だって君達は僕の命の恩人なんだからね! はははー!」

 

 と、いきなりレナ達を煽り散らしたのは、アロハシャツにうどん頭をした大柄のファンキーなジジイだった。名をバトーといい、この時代に戦車を独自に設計・開発する技術を持っていた為、デストロイヤーの開発も手伝わされていたそうだ。

 

「バイアス・シティへの行き方を知ってるの!?」

「そんな街の名前は知らないけど、君達が行こうとしているその地図の場所なら分かるよ! 聞きたい? 教えてほしい? そーだろう、そーだろう」

「……そうね。教えてほしいわ」

 

 バトー博士のうっとおしい物言いにこめかみを引きつらせながら、レナは対話を続ける。今は少しでも情報が欲しい時だ。

 博士も理解はあるようだが、教える代わりにちょっとしたお願いを聞いてもらえないだろうかとレナに尋ねた。

 

「お願いというのはね。僕の友達になってほしいんだ」

「……はい?」

「あれ、言ってる意味が分からなかった? 僕と友達になってほしいんだ。そしたら情報も教えてあげるし、なんだったら君達に戦車を造ってあげてもいいんだよ?」

「友達って……まあそれぐらいなら」

 

 てっきりハンターオフィスに舞い込んでくる特別な依頼系かと思いきや、随分と慎ましい頼みだ。

 レナが快諾すると、バトー博士は満面の笑みで彼女の手を取った。

 

「ははは! 今日は素晴らしい日だ!! こんなあっさりと命の恩人が友達になってくれるなんて!! やっぱり頭が単純な人は器が違うなー!」

「……そ、それでバトー博士? バイアス・シティへのルートは――」

「じゃ、早速だけど君のあだ名を決めようか!!」

「は?」

 

 二度目の絶句だが、さっきと違ってレナの顔が引きつっている。バトー博士は構わず続けた。

 

「あだ名で呼び合ってこそ真の友達ってものだろ? だから僕が、君に相応しいあだ名を考えてあげよう! なに、遠慮はいらないよ。だって僕らはもう友達だろ?」

「――――――」

「さあ! この中から好きなのを選んでくれ! どれも君にピッタリだろう?」

 

 嫌な予感はしたが、バトー博士の差し出すフリップボードを受け取った。いつの間に用意したんだ? という疑問は、博士がチョイスしたあだ名候補に目を通した途端、粉々に吹き飛んだ。

 

 アバズレ

 メスブタ

 メスガキ

 シリガル

 

 横で聞いていた仲間達は思った。「だいたい合ってる」と。

 それはレナ本人も同じだったようで、だいたい合ってると思ったからこそ、躊躇なくショットガンの撃鉄を起こしてバトー博士の鼻の下に空いてるケツの穴(アスホール)に銃口を突きつけた。

 

「実に素敵なあだ名ですね、博士(プロフェッサー)?」

「だろう? 我ながらよく君の特徴を捉えていると思うよ。ところでこの銃はなんだい?」

「お礼にアタシも考えてあげたわ。銃殺体、刺殺体、絞殺体、焼殺体、好きなのを選んで。望みの姿に変えてあげる」

「はははー! その目は本気だね、お嬢ちゃん。まったく、どうしてみんな僕があだ名を付けてあげようとすると武器を抜くんだろう。訳が分からないよ」

 

 バトー博士はレナと友達になるのは諦めたが、バイアス・シティへのルートについては教えてくれた。気が変わったらいつでも待ってるよ。そう告げて去っていく後ろ姿はとても寂しげで、友達が欲しいというのは本当のことだったのだろう。だが、きっと彼が本当の意味で友達を得る日は未来永劫やって来ない。

 その後バトー博士は、以前の研究所がグラップラーに破壊されたからと、マドの町の近くに新たなラボを建てた。クルマが欲しいハンター達がこぞって駆けつけ、何人かはあだ名を受け入れてでも戦車を造ってもらったが、クルマを貰ったハンター達は二度と博士の元を訪れることはなかった。

 

「所詮、彼は人間の形はしていても心を持たないモンスターですから。彼の周りに集まるのは技術を利用したい者ばかり。価値が無くなれば見向きもされない。それを本人が理解していないのであればまだ同情も出来るのですが、分かっていてあの態度を改めないのですから救えません」

 

 そう語るめぐみんは、ちゃっかり造らせた自分用の戦車を磨きながら満足そうにニヤけていた。何でも彼女には、友情に飢えるあまり物事の善悪を見失った幼馴染みがいるので、バトー博士の生態もなんとなく分かるとか分からないとか。

 自分では「友達のいない寂しい老人」を自称しているが、実際は「個人」とのコミュニケーションを必要としていない自己完結型人間。バトー博士とは、そういう人間だ。

 

 

 

 そのバトー博士の情報通り、砂漠を東から西へ横断したチーム・メタルマックスは、ついにガンダーラ……じゃなかった、キャタピラビレッジを見つけ出した。

 戦車乗りの、戦車乗りによる、戦車乗りの為の理想郷――と呼ぶにはチャチな集落だが、売ってる装備も営業している改造屋も、イスラポルト辺りと比べても数段階上だった。

 

「わたーしにクルマをみせなさーい! そのクルマ、ダブルエンジンに改造できまーす!! あ、そっちのバスはダブルCユニットにデキまーす!!」

 

 ……変人指数も高かったが、他でもないメタルマックスが変人の集まりなので今更だろう。

 買い物やその他の準備を整え、本日は宿を取って休むことにした。やはり車中泊が続くと、どんなに蚊が多く出てきても、ベッドで寝られるのはありがたい。

 ただ部屋数の関係で6人一部屋に雑魚寝だ。こういうとき、カズマはだいたい寝袋に包まって部屋の隅で丸まって寝る。でないと、とてもじゃないが気が休まらない

 

「じゃあ、ここからのルートを確認するぞ。レナ、地図を出してくれ」

 

 レナのiゴーグルから、人工衛星が撮影したアシッドキャニオンの地図が空中に投影される。

 地図の上で見ると、キャタピラビレッジはマドの町の真東にあり、直線距離ではそう離れていないように思えた。実際は断崖絶壁によって隔絶された地域だが。

 カズマは空中の地図に、レーザーポインターの光を当てながら会議を進めた。

 

「で、だ。ここから北に進むと、このぽっかり口を開けた深い谷が見えてくる。通称『硫酸の谷』だ。ここにあるメルトタウンって街が第二目的地にして、バイアス・シティ前最後の補給地点だ」

「硫酸の谷ぃ〜? えらく物騒な名前ね」

 

 アクアが警戒するのももっともで、ここは湖から流れ込んだ強酸性の水のせいで、文字通り希硫酸の霧と雨が年中降り注ぐという、地獄のような場所だ。

 

「けど、バイアス・シティへはここを通る以外に道がない。空でも飛べたら別だけど、ヘリコプターなんて戦車以上に残っていないだろうからな」

「あ! 賞金首のポスターで攻撃ヘリのメカニックモンスターなら見ましたよ!」

「残念ながらそいつが出るのも硫酸の谷だ」

 

 がっかりするめぐみんはさて置き、硫酸の谷は数々の変異ミュータントがひしめく修羅の国でもあるとのことだ。全員、気を引き締めて挑むようにと厳命し、会議はお開きとなった。

 

 もっとも、出発直後に巨大暴走戦車賞金首「ダイダロス」の襲撃を受け、撃破はしたものの戦車修理の為にキャタピラビレッジでもう一晩泊まることとなるのだが。




 バトー博士、友達を得ること叶わず。

 月曜から出張の予定でして、ストックも枯渇しているので次回投稿は金曜日となります。気長にお待ち下さい。


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第五十八話 霧の中の巨影! 決死の大攻勢!!

 お久し振りです。人生初の遠方への単独出張、無事に終わりました。
 そしてストックは枯渇したままですが、もう終盤なので一気に終わらせます。どうか最後までお付き合いください。


 アシッドキャニオンという名前の由来となった大渓谷は『雨の渓谷(レインバレー)』と呼ばれる、地獄のような場所だった。

 湖から流れ込む強酸の水は、落差数十メートルもの滝となって飛沫を上げ、谷全体が常に濃霧に包まれている。さらに谷に蓋をするよう立ち込めた雲からは希硫酸の雨が降り注ぎ、クルマといえども特殊なアルカリコート無しではあっという間に鉄くずにされてしまう。

 もちろん、生身の生物など呼吸するだけでアウトだろうが、こういう環境に適応した特殊なバイオニックモンスターや対酸化ボディ持ちの暴走メカニックモンスターが、多数徘徊していることも地獄っぷりに拍車を掛けていた。

 

 一同の最後尾で装甲車を牽引しながら走る野バス。その車内で窓を流れる水滴を見つめたカズマが、同乗者のアクアをチラリと見た。

 

「アクア?」

「いや、無理だから。いくらなんでもこんな広範囲を一気に浄化するとか、魔法でも使えないと無理だから」

 

 口調はともかく、アクアはかなり本気で拒否していた。カズマだって何とか出来ると期待したわけではない。

 しかしアクアが言うように、例えば彼女がアークプリーストか何かのジョブで、最大級に魔力を高めて「セイクリッド・ピュリフィケイション」とか何度もやったら何とかなるかもしれない。所詮は「もしも」の話だが。

 

「カズマ〜。ヒ〜マ〜」

「だったら外に出て戦うか? 前の方じゃ多少はドンパチやってんぞ」

「そうしようかしら」

 

 土砂降りと濃霧のダブルパンチにより、前を走るゲパルトの姿もよく見えていない。たまに銃火と爆発の音がモンスターの奇声に混じって聞こえるのは、先頭のウルフが片っ端から蹴散らす戦闘音だ。そこに加わってひと暴れしようとする程度に、野バスの二人は退屈だった。

 一応、後方からの奇襲に備えて警戒してはいるが、よしんば何かが襲ってきても対機械用電撃兵器と対生物バイオガス、つい先日ダイダロスからもぎ取った新主砲「ダイキャノン」の同時攻撃が可能な今の野バスに死角はなかった。

 

 このまま何事もなくメルトタウン、そしてその先のバイアス・シティへ到達しそうだな。そんな油断の隙を突くように、攻撃は唐突に始まった。

 

 霧に乗じたクラスター爆撃が、チーム・メタルマックスの車両を囲むように放たれた。爆煙と炎の壁が、土砂降りの中で壁となって立ち塞がる。

 続いて遠距離からの砲撃が、最後尾の野バスに向かって集中的に狙ってくる。

 

「アクア!」

「わひゃあッ!?」

 

 従属スペルで瞬時に車外へ放り出されたアクアだが、すぐにポチタンクを展開装着して迎撃体制を整えた。カズマも野バスを巡行から戦闘モードへ切り替え、アクセル全開で回避行動に移った。

 牽引している装甲車を含めて、装甲表面を砲弾が掠めるギリギリのところを回避していく。

 

『カズマ!!』

 

 めぐみんから通信が届く。安否の確認ではなく、作戦を催促する声だ。

 

「めぐみんは上空に集中しろ! また爆撃されたら厄介なんてもんじゃない!!」

『アタシは?』

「ダクネスのおもり!!」

 

 え〜、と不服そうなレナの声はするが、ダクネスの返事はない。酸性雨の中、敵とみるや飛び出して行ったのだろう。一見すると戦闘狂(バーバリアン)だが、むしろ戦車の砲撃を嬉々として喰らいに行ったと思われる。

 

『この環境で戦車相手に暴れられると、クルマの立つ瀬が無いわね。アシッドキャニオン最強生物じゃないかしら、あの子?』

 

 などと無駄口を叩きながらも、レナは主砲の一発で遠距離に薄っすら見えるだけの敵戦車を撃破していく。敵の形式はこの近辺でも最強と名高い量産型「T99ゴリラ」だが、今のウルフとレナには動く鉄くずと大差ない。

 めぐみんもまた、デストロイヤー戦でも活躍したドリルブラストⅡを上空の分厚い雲へ連続発射し、爆撃を牽制する。最初は、

 

「この砲身じゃ爆裂弾が撃てないじゃないですかーっ!!」

 

 と文句を垂れていたが、実際に撃ってみると、

 

「うおおおお! な、なんですかこの高速連射はーッ!! まさに雷神の化身!! タイシャーの戦神伝説は本物だった!?」

 

 満更でもないどころか、新たなお気に入りとして砲撃演舞を繰り広げていた。Cユニットに接続されたアイリスの助力もあって、今のゲパルトは雷神と呼んでも過言でない破壊力を発揮する。

 空中へ放たれる幾条もの電撃。うち一発が命中して雲の中に異形の影が浮き彫りにされた。

 

『あ! 手応えあり!! 雲の中に隠れてるのは大型のマシン系モンスターです!!』

「おう! こっちでも確認出来たぞ!! ありゃホバリング・ノラだ!!」

 

 ハンターオフィスからの情報を、カズマは手元の端末で確認する。

 先端のノーズ部分が骨を咥えた犬というふざけた外見の武装ヘリ。だがコイツの大本は戦車の天敵とも恐れられた対地攻撃兵器だ。ガトリングガンと対地ミサイルの波状攻撃を受ければ、並みのクルマなどロクな反撃も許されずに木っ端微塵にされる。

 もっとも、彼女達のチームは並ではないが。

 

『カズマ、レナ! 頭上のヘリはわたしが仕留めます! 地上の敵車両部隊をお願いします!!』

『オッケー!』

「ほ、ほどほどにな!?」

 

 レナは即答してめぐみんに任せることを決めたようだが、逆にカズマは元気いっぱいなめぐみんの声が逆に不安を掻き立てる。一応、唐突に爆裂するような装備は取り上げているものの、唄声という名のシャウトで巨大兵器を爆裂させた前例がある。

 降り注ぐ爆雷を右へ左へ回避して、ゲパルトの電撃砲が分厚い雲に隠れ潜む標的を捉える。

 

『掴まえた!!』

 

 天上へ伸びる雷撃が、強酸の雲を割る。

 直撃を受けたヘリの機体が激しく放電し、小さくない爆発がいくつか上がった。

 

『ウギャアアアアアアアアア!!』

 

 と、通信に割り込むような品のない悲鳴まで響いてきた。聞き覚えのあるような無いようなダミ声だ。

 

『や、やるザンスね! まさかミー達に攻撃を当ててくるなんて!!』

『あにき〜、ミサイルが誘爆したよ〜!』

 

 通信機器が拾った悲鳴混じりのやり取りは、あのホバリング・ノラから発せられていた。これにはレナも驚かされた。

 

『この声って、ピチピチ!? なんで賞金首が賞金首に乗り込んでるのよ!?』

『ちぃ! 気付かれたなら仕方ない!! ステピチ、降下ザンス!!』

 

 けたたましいローター音が大きくなり、スラム街の壁に描かれた落書きチックな犬の顔を持つ、ふざけたデザインの武装ヘリが舞い降りた。口の部分に骨まで咥えて、ちょっと愛嬌のある顔と呼べなくもない。

 

『ここで会ったが――』

『砲撃演舞、くらえぇぇぇーっ!!』

 

 だが、わざわざ射程内に飛び込んできた獲物と悠長に会話するハンターなどいない。めぐみんは情け容赦無く電撃を浴びせかけた。何かを言いかけていた気がしたが、どうせくだらない恨み節だ。わざわざ聞いてやる義理は無い。

 

『ギャアアア!!』

『自分から狙いやすい位置に来るなんてね!! 自殺したいなら手伝ってあげる!!』

 

 ウルフからも多段ミサイルの雨が電光石火で放たれる。敵戦車に主砲を撃つついでとは思えぬ早業だった。

 

『あわわわわ! じ、上昇ぉーっ!!』

「させねえっつうの!」

 

 カズマが操る野バスからも、ダイキャノンに搭載された特殊砲弾による狙撃がローターの付け根を狙った一撃が放たれた。

 殺傷力の限りなく低い弾だが、プロペラの軸に直撃させれば戦術効果は絶大。回転がブレたホバリング・ノラが低空でキリモミ回転を始めたところに、ウルフの多弾頭ミサイルが次々と直撃した。

 

『ノオオオオォォォォォーッ!!』

『ヒエエエェェェェーッ!! あ、あにきぃ〜!!』

 

 ピチピチ達の情けない悲鳴が、またもオープンチャンネルで放送された。ホバリング・ノラにはかなりのダメージが入ったが、撃墜には至らず。再び上空の分厚い雲まで後退されてしまった。

 

『はあ、はあ、はあ! 小癪なハンターどもめ! けど、そう簡単にはやられないザンスよ!! なにしろ今のミー達は――』

「めぐみん!」

『分かっています、カズマ!! 砲撃、演〜舞!!』

 

 たった今、カズマがヘリのローターにぶち当てたシグナル弾からの信号を目印に、めぐみんが追撃の電撃を喰らわせる。姿を隠そうと、尻が見えているようでは意味がない。

 カズマも便乗して多弾頭ミサイルをお見舞いし、激しい爆発が幾つもにも重なる。

 

『ぐぬぬぬぬっ!! そっちがその気なら! こっちも切り札を切るザンス!!』

 

 なおもしぶとく飛行を続けるホバリング・ノラは、黒煙を吐きながらもクラスター爆雷をばら撒いてきた。それが切り札? とカズマが訝しんだ直後、爆雷が弾け飛んでけたたましい金切り音と強烈な閃光が戦場を包んだ。

 ジャミングの効果も含まれていた光の中にシグナル弾の反応も消えてしまい、ホバリング・ノラの姿は霧と雨雲の向こうへと消えてしまう。

 同時に、メタルマックスを包囲していた敵戦車部隊も後退を始めた。レナ、ダクネス、アクアの三人によって片っ端から破壊してしまったので、鉄くずとなった車体が大量に放置されたが、動けるクルマは潮が引くようあっという間に姿を消した。

 

「逃げた?」

『多分……気配が消えちゃった。何のつもりよ、あいつら……ん?』

「どうした、レナ?」

『何か聞こえた。誰か、音とか拾ってない? なんか地鳴りみたいな――』

 

 レナが以上を感じたその時、まるですぐ側に岩でも落ちたような凄まじい轟音が、谷間に響き渡った。

 轟音は一度では済まず、徐々にメタルマックスへ近づきながら何度となく地面を揺らす。まるで、巨大な存在の足音であるかのように。

 

「足音……あ!!」

 

 ふと、カズマが()()()()に考えが及んだ時だった。

 立ち込める霧のカーテンに、薄っすらと巨大な影が映り込む。

 それはブロッケン現象のような光の作用ではなく、確かな質量を振りかざしてメタルマックスの前に姿を現す。

 

 大型戦艦から野太い脚と尻尾を生やし、艦橋と並び立つように長い首の生えた、アシッドキャニオン最大の賞金首モンスター。軍艦サウルスのお出ましであった。




 やっぱりコイツは外せないでしょう。
 余談ですが、ウルフに積まれた多弾頭ミサイルはW−トルネード、野バスはATMひぼたんの想定です。

【雑に処理された賞金首Part2】
[ダイダロス]
 前回のラストでメタルマックスと遭遇して、勢いで撃破された暴走無人戦車。リローデッドどころかSFCの頃から似たような倒され方をしてきたTHE・見掛け倒し。もちろん主砲は回収され、野バスの(使われない)大砲となった。
[ヒトデロン]
 ダークカナルを抜けた直後に遭遇し、その場のノリで撃破。謎の音波兵器はともかく、この耳栓は誰の私物だろうか?
[きゃたつらー]
 モロ・ポコに訪れた際、いつの間にかダクネスが倒したことになっていた。すっ転んで階段に頭をぶつけたのが原因らしい。謎の肝もゲット。
[サンディダンディ]
 道すがら怪しい熱源体を発見したが、暑さでやる気が出ずにスルー。後日、別のハンターに倒された。


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第五十九話 レインバレーの攻防戦! 倒せ、巨大賞金首!

 いつも「なんでこんな誤字してるんだ!?」ってのに修正入れてくださってるみなさん、ありがとうございます。


 巨体をのっしのっしと唸らせて、軍艦サウルスは今日も行く。

 なんとなく目に入った眩しい光と、癪に障る甲高い騒音の出どころに出向いてみれば、そこには虫けらみたいな連中が地を這っていた。

 さっきの光はこいつらの仕業だと直感した軍艦サウルスは、早速自慢のサウルス砲を地上目掛けて一斉射撃を開始した。

 

『ぎゃああああああああ!』

 

 スピーカーで拡声された少女達の悲鳴が、レインバレーに轟いた。

 

 

 

 一発で地形すら変えてしまう軍艦サウルスの砲撃が、雨あられと降り注ぐ。さっきのクラスター爆雷が可愛く思える、空襲か天災のような破壊力に、メタルマックスは速攻で逃げに徹した。

 アクアは服従スペルで車内に呼び戻されたが、ダクネスの方はウルフの車体にしがみつき、酸性雨の中を野ざらしで逃げる羽目になった。

 

「なんですかーっ、あれ!! カズマ、カズマーッ!!」

 

 地響きと轟音が響く中に、色めきだっためぐみんの声が場違いに混ざる。

 

「あいつの主砲、めっちゃ欲しいです!! 大きさといい形といい威力といい、あんなすごいの見たことないですっ!!」

「言ってる場合かーっ!!」

「大きな大砲に惹かれる乙女心は分かるけどね〜。……ねえ、カズマの主砲ってどんなもんなの?」

「お前、このところ俺にまでセクハラするようになったよな〜レナ!!」

 

 漫才のようなやり取りをしながらも、彼女達のクルマは砲撃を躱して軍艦サウルスから距離を取ろうと爆走していた。真正面からやり合うには分が悪すぎる相手だ、先日のダイダロスとは訳が違う。

 しかし、その逃げる先に空気を読まない爆雷がばら撒かれる。

 酸性雨に負けない緑色の炎の壁に進路を阻まれ、方向転換を余儀なくされたウルフ、ゲパルト、野バスwith装甲車。三方向に別れた中でも、ブッチギリで目立つプラチナカラーのウルフに軍艦サウルスが狙いを定めた。

 巨体が唸りを上げ、ウルフの後を追って移動を始める。しがみついたダクネスも、さすがに顔が引きつった。

 

「はんっ! それでこそ塗り直した甲斐があるってもんよ!」

「レナ! ダクネス!!」

「情けない声を出さないの、カズマ!! 戦略的撤退はしても、勝負からは逃げないのがメタルマックスよ!!」

 

 運転席で不敵に笑うと、レナは主砲を後方へ向けつつアクセルを全開にする。ダクネスが半回転した砲塔で思いっきり横っ面をぶっ叩かれたが、気にしてる余裕はない。

 

『逃さないザンスよ〜!! テッド・ブロイラー様が授けてくださったホバリング・ノラと軍艦サウルスの誘導弾、ここで活かさずしてなるものか〜っ!!』

「……あん?」

 

 逃げながら戦うつもりだったウルフの砲塔が、軍艦サウルスから頭上でぎこちなく飛行する武装ヘリへと照準を変えた。

 

「おいこらピチピチ! テッド・ブロイラーがどうだって言うのよ、コラ!!」

『はン! 知れたこと、テッド・ブロイラー様は直々にミー達へお前らの抹殺指令をくだされたんザンス!! その為の戦力こそがこの戦闘ヘリ、ホバリング・ノラ!! そしてお前達さえ倒せば、グラップラーの新四天王に――』

「ドリルブラスト発射ぁぁぁぁぁーっ!!」

『ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!! だから、話してる途中で砲撃するんじゃないザンスぅぅぅぅぅーっ!!』

 

 ヘリと軍艦サウルス、双方の狙いから外れたゲパルトが、口上を述べようと動きを止めたホバリング・ノラを見逃すハズが無かった。そろそろ本当に限界が近いようで、おかしくなっていた飛び方がますます傾いてしまった。ミサイルや対地用バルカンが軒並み暴発し、残った武器は体当たりぐらいではないだろうか。

 

『ちぃぃ!! 一旦引き上げるザンス!』

「あんニャロウ……カズマ、ヘリを追って!! 恐竜はアタシとめぐみんで仕留める!!」

 

 再度砲塔を軍艦サウルスへ向けたレナは、振り下ろされた巨大な尻尾を回避しつつ、敵の船尾に二連射の砲弾で反撃した。

 バリアも迎撃も無く、素通しで直撃するものの、軍艦サウルスは蚊に刺された程度にも感じない。巨体に似合わぬ敏捷さでウルフの追撃を再開し、ウルフもアクセル全開で逃げに徹した。

 その間にも、ホバリング・ノラはガタガタになりながらどこかへ向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 

「んのっ! カズマ!!」

「分かった!! いくぞ、アクア!」

 

 軍艦サウルスはホバリング・ノラを追いかけて戦線を離脱する野バスを一瞬だけ目で追ったが、そこへドリルブラストの電撃が顔面を直撃したことですぐにターゲットを切り替えた。

 

「その大砲、いただきますよ恐竜野郎!!」

 

 血気に逸っためぐみんは、軍艦サウルスの備える大砲の一つに狙いを定めた。

 

「奪ってどうするのです、めぐみん。あんなのゲパルトには積み込めませんよ」

「……へ、部屋に飾りましょうか……?」

「最低でも重量は25トンと推定されます。床が抜けるので推奨できません」

「う、うるさいですよアイリス!! 欲しいものは欲しいんです!! あのサイズがあれば設計したはいいけど発射出来なかった超爆裂弾だって!!」

「めぐみん、以前にも言いましたが()()爆裂弾は特殊砲弾ではなく、ミサイルの弾頭に詰め込むべきものです。それより、ダクネスが軍艦サウルスへ走り寄っていきます」

「へっ?」

 

 見れば、ウルフを飛び降りたダクネスが本当に軍艦サウルスへ一直線に突撃していた。勢いのままに跳躍し、両足を揃えたドロップキックを放つ。

 雷のような轟音が響くが、質量でいえばデストロイヤーを上回る相手には効果が――。

 

「ギャオォォォン!?」

 

 効果があった。見上げるばかりな軍艦サウルスが、たたらを踏んで後退りする。ダメージ自体は通っていないようだが、確かにダクネスの攻撃が巨体を押し返したのである。

 

「やっぱりもう人間辞めてますね……人間戦車ってああいうのでしょうか?」

「あ、踏まれました」

 

 ダクネスは調子に乗ったか大質量の圧迫を味わいたかったのか知らないが、軍艦サウルス怒りのストンプを受け止めようとして地面に埋まった。

 念入りにダクネスを踏みしめた軍艦サウルスは、次に顔目掛けてバースト砲を食らわしてきたウルフへと主砲を向けた。

 

「ええい! 倒した後をゴチャゴチャ考えるのはヤメです!! まずはあのデカブツをぶっ潰しますよ!」

「その提案を肯定。この土砂降りのロケーションではドリルブラストの破壊力が最大限に発揮されます。船体を避け、剥き出しの生身部分を狙い撃ちましょう」

「ええ! 照準補正は任せましたよ!!」

 

 自分から囮となったウルフの行動に合わせ、ゲパルトを敵の死角に回り込ませるようにしてめぐみんは攻撃を開始した。

 

 

 

 一方。逃げるホバリング・ノラを追いかけるカズマも、搭載した電撃系S−Eで敵を追い詰めつつあった。

 

『チクショウ! 飛んでるやつに走って追いついてくるんじゃねーザンス!!』

「ぬはははは! 悔しかったら反撃してみやがれー! もっともヘリコプターじゃ後退しながら撃ってくるなんて真似は不可能だろうがなー!! この俺から逃げを打った時点でテメエらの敗北よ!!」

「カズマさん、悪い顔してるわ〜」

 

 連射性能以外はゲパルトの電撃と同等の特殊兵装DDヒステリックが、ついにホバリング・ノラの後部ローターを粉砕する。

 黒煙を吐き出しながらグルグルし、バランスを完全に失ってしまったホバリング・ノラは、徐々に高度を下げていく。

 

『だ、ダメージコントロール不能! じ、自動修復機能は!?』

『間に合わねえよ、あにきぃ〜!!』

「だっはっは! 悪党どもの断末魔は何度聞いても心地良いな〜!! ダメ押しにもう一撃だ!」

 

 トドメの一撃で完全に武装ヘリを撃墜、踵を返してレナ達の元へ戻る。

 余計な横槍が入らなければ、その作戦は確実に成功していただろう。

 

「モヒカーン・スラッガー! がががーっ!!」

 

 音速を軽々ぶち抜いた鋭い刃が、野バスのシャシーを真横から真っ二つに切り裂く。

 

「は……えっ!?」

「カズマ!!」

 

 エンジン全開で爆走していたところを、突然分解された野バスの車内から、カズマとアクアが放り出された。

 空中で上手いことカズマをキャッチしたアクアは、すぐにポチタンクを展開して酸性雨から身を守りつつ、突如として乱入してきた青いスーツの怪人を睨みつけた。

 

「はっはっは! お久し振りですな、女神アクア様。転生させられた日以来でしょうか」

「て……テッド・ブロイラー……!!」

 

 強酸の雨など物ともしない、炎と破壊の権化が、余裕の笑みをブサイクなタラコ唇に浮かべてそこにいた。




 このすば!の本編をうろついてても違和感ないと思う軍艦ザウルス。


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第六十話 生まれ変わった機械の体

 昨日は8時に間に合いませんでしたが、キリの良い60話は間に合わせました。
 気づけば二ヶ月もやってたのか〜、この話。


 アクアはポチタンクの武装を展開するも、テッド・ブロイラーは余裕を崩さない。火炎放射器を身構えるでもなく、腕を組んで泰然と立ち塞がるばかりだ。

 

『て、テッド・ブロイラー様がどうしてここに!?』

「ふん! そんなことを気にしている場合か、オトピチよ。さっさとホバリング・ノラを修理して軍艦サウルスを援護しろ。あまりオレを失望させるな」

『ひいいいいい! か、かしこまりましたーっ!!』

 

 ギロリと一睨みされたピチピチと、乗り物に過ぎないホバリング・ノラまでが明らかにビビった。その辺で強引に軟着陸すると、酸性雨に濡れるのも構わず兄弟で修理を開始した。

 その姿に鼻を鳴らしたテッド・ブロイラーは、次にカズマに振り向いた。

 ただでさえ犬用装備に、人間二人が詰め込まれ、ルーフまで広げているのでかなり狭い。カズマは上下逆さまで、アクアにほとんど踏まれる形でどうにかこうにか収まっていた。

 

「君もクルマの修理を始めたらどうだ、カズマ君とやら。シャシーこそ大破しているが、君ならあの程度の修理は可能なのだろう?」

「お、俺のこと知ってるのか!?」

「クリス――いや、女神エリス様が快く教えてくださったよ。君達メタルマックスのことをな。がががー」

「え……えぇぇぇ!?」

 

 地上の人間が知るはずのないエリスの名前を出されて驚くアクアを見て、テッド・ブロイラーはますます満足げに嗤った。

 

「エリスって、どうして下界であの子の名前が出てくるのよ!?」

「良い顔をなさいますな、アクア様。その様子では、あのクリスというハンターの正体にも気付いていなかったようですなァ。ブロロロロー」

「クリスが、エリス!? カズマ、どういうこと?」

「俺が知るか。つーかエリスって誰だよ」

「後輩の女神よ! 別の世界の担当だったハズだけど……」

 

 二人揃ってテッド・ブロイラーを見上げると、この大悪党は意味深なニヤケ面で見下ろしてくる。

 

「……アクア、ルーフを開けてくれ。野バス直してくる」

「えっ!?」

「大丈夫だ。殺すつもりならとっくに焼かれてる。そうだろ、賞金首」

「がががーッ! クールな男は好きだぜ、ブラザー」

 

 対酸化装備*1を着込み、カズマは「ちょっと待って一人にしないで!!」と泣き叫ぶアクアを残し、メカニックキットを携えて野バスへ走っていった。

 取り残されたアクアは、アシッドキャニオン最凶最悪の大悪党とたった一人で対峙する。飽くまでも紳士的なテッド・ブロイラーだが、どんな友好的な態度であろうと信用ならない。

 

「ふー。そんな表情で睨まれると傷つきますな。あなたはオレがこの世界を救うと信じて送り出してくれたのではなかったのですかな。転生する時、そう仰ってくださったではないですか」

「そ……それは、えーっとですね……」

「がががー。意地の悪い言い方をしましたな。存じていますとも、この世界がとうに見捨てられた廃棄場であることなど。我らが主、バイアス・ヴラド様はすべてお見通しであらせられる」

「ヴラド……って誰だっけ?」

「……こんなときにふざけないでいただきたいが。え、いつもこうなの?」

 

 察しの悪いキョトン顔のアクアに、テッド・ブロイラーも肩を竦めた。ちょっとでも話が通じると考えていたのだろうか。

 

「まあ、いい。アクア様、今日はあなたに直接会うことと、もう一つ。エリス様についてお伝えします。あの方は今、我らの手中にあります」

「……人質ってこと?」

「いいえ。ヴラド様が完全なる不死を得るための礎となっていただいております。順調であるなら、数日以内には研究が完成するでしょう」

「ふ〜ん」

「いや、ふ〜んってあんた……か、カズマく〜ん!」

 

 埒が明かないので、結局テッド・ブロイラーはアクアを無視してカズマの方へ逃げるように走っていった。

 

「ひえっ!! こ、こっち来んなよ!!」

「せっかく格好つけて来たのに、あの女神様察し悪すぎるだろ。あんなのと今まで旅してきたのか、君? 大変だったんだな」

 

 何故か同情され、カズマは複雑な気分にさせられる。テッド・ブロイラーも一応は転生者なので、根本的な感性は近いのかもしれない。違いといえば理性や悪意に対するブレーキのあるなし程度か。

 

「まあいいや。カズマ君、タイムリミットはニ、三日といったところだ。我らの主ヴラド様は完全なる不死の存在となられる。その暁にはオレも不死の体がいただける事になっている」

「その間はクリスを生かしておくから取り戻してみせろってか? ゲーム感覚かよ、趣味が悪いな」

「悪党とはそういうものだろう? 伊達にヒャッハーの頭目などしていないのだよ、オレは。……やっぱり察しのいいヤツのが会話が弾むな〜」

「アクアのことは『日本語っぽい言語を話す生き物』ぐらいの認識のがいいぞ。……よっと」

 

 大破修理が完了し、真っ二つだった車体がものの見事に元通りとなった。これにはテッド・ブロイラーもしゃくれた顎を撫でて唸った。

 

「大した腕前だ。これは君の持つ転生特典(チート)の力かな?」

「純粋な技術だよ。俺の特典はあっち」

「あっち……もしやアクア様をか!? 転生特典として女神を連れ込むとは……数々の悪事に手を染めたオレでも思いつかない発想だ――ん?」

 

 素直に感心する大悪党は、直ったばかりで早速動き始めた野バスの主砲の矛先へ目をやった。

 

「あ」

 

 照準が向く先には、絶賛ピチピチが修理中のホバリング・ノラがある。そこへ容赦なく特殊砲弾が飛んでいった。

 

「あ。あにきぃ〜!」

「ゴチャゴチャ言っていないで手を動かすザンス! せっかくグラップラーの正規隊員になれたのに、テッド・ブロイラー様に放り出されたら今度こそ行く場所がないザンス!」

「あにき後ろ〜! 後ろ〜!!」

「え、後ろ?」

 

 ステピチの呼び掛けで振り返ったステピチは、そこでようやく自分達に迫る砲弾に気付くが時すでに遅し。めぐみんから没収しておいた爆裂弾の閃光に、ホバリング・ノラごとピチピチブラザーズは呑み込まれた。

 

「この状況とタイミングで撃つか、普通?」

 

 そのあまりに容赦も躊躇もない不意打ちっぷりに、テッド・ブロイラーすら感心を通り越して戦慄すら覚えている。

 

「度胸は買うが、命が惜しくないのか? こんな真似をして、オレが本気になったらどうするつもりだ?」

 

 悠々と運転席へ乗り込んだカズマは、火炎放射器のノズルを向けられながらも大胆不敵にニヤリと笑い返した。実際は膝が笑っているが、外からは見えないので問題ない。

 

「こんなところで戦ったって盛り上がらないだろ? わざわざクリスの事を教えに来たのだって、決戦を盛り上げる演出の一環なんだろ?」

「ブロロロローーッ!! 分かってるじゃあないか。君、意外と我々側の人間なんだな。今からでもグラップラーに入らないか?」

「冗談だろ? 世界の半分をもらったって、今さら悪党の仲間入りなんて御免だぜ」

「ハンターだって正義の味方というわけではないだろうに。がががー、だがそういう相手こそ叩き潰し甲斐があるというものだががーっ」

 

 ニヤニヤと愉快そうなテッド・ブロイラーに、どうやらカズマは気に入られてしまったらしい。背筋をゾクリと悪寒が駆け抜けた。

 テッド・ブロイラーはカズマとアクアに背を向けると、後ろ手に手を振って立ち去っていく。

 

「では、せいぜいこの場のピンチを切り抜けてくれたまえ。ここしばらく全力で暴れる機会が無かったからな。久し振りの挑戦者、期待しているぞ。……ピチピチ!! いつまでまごついている! さっさと切り札を切ってしまえ、グズが!!」

 

 傍で聞いているだけでも身が竦む一喝を残して、テッド・ブロイラーは土砂降りの中へ消えていった。

 

「ひぇぇぇ! て、テッド・ブロイラー様がお怒りザンス〜!!」

「あにきぃ〜!!」

「うっそ、生きてたよあいつら……」

 

 未だに燃え続ける爆裂の跡から慌てて出てきたピチピチブラザーズは、ゾンブレロやポンチョこそ焼け落ちてボロボロだったが、マシンボディにはほとんど損傷がなかった。

 裸同然のピチピチは、生身の部分がほぼ残っていないようだ。古臭いゴーグル状のカメラアイが、野バスとアクアを睨みつけた。

 

「ぐぬぬぬっ! 女神アクアと、サトウカズマとか言ったザンスね!! ちょうどいいザンス、我ら兄弟の切り札、冥土の土産に見せてやるザンス!!」

「別にいいわよ、そんなの!!」

「遠慮するなザンス! オトピチ!!」

「あにき〜! シンクロナイザー、起動! 合体シークエンス〜!!」

 

 ステピチの胸でクリスタル状のパーツが輝き、ピチピチブラザーズの体が光の球に包まれた。

 

「やっべ! カズマさん、あの光ってるの、転生特典の力だわ!! 効果は忘れたけど!」

「そこが肝心な部分だろうが、駄犬!!」

 

 光の球に野バスの主砲が撃ち込むが、謎の力場に弾かれてしまう。

 珠の中ではオトピチが上半身に、ステピチが下半身に形を変えてドッキング。二人は一つの巨人と成って、球を内側から破壊して大地に降り立った。

*1
すごい雨合羽




世紀末合体ピチピチブラザーズ
 オトピチのチート特典「シンクロナイザー」によってピチピチブラザーズが合体した姿。ぶっちゃけ「あ! デビルアイランドでシンクロナイザー拾わせてねーじゃん! これじゃバイアス・シティに入れねえよどうしよう!!」と考えた末のキャラ。


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第六十一話 雨中のファンタジー

 毎日投稿は続けますが、時間指定はしばらく破りそうです。
 楽しみにしてくださってる方、申し訳ありません。


 合体したピチピチの姿は、以前に対峙した改造ガルシアに酷似していた。

 ゾンブレロとポンチョを身にまとい、右手がガトリングガン、左手がショットガン、右肩に大砲を担いだ、単純で分かりやすい戦闘ボディだ。

 

『うひょひょひょひょひょ! 驚いたザンスか? オトピチの持つチートアイテム「シンクロナイザー」は、心・技・体の揃った相手と合体し、力を何倍にも高めるのザンス!! つーかお前が授けたんだから当然覚えてるザンスよね、女神アクア!』

 

 何故かボディビルダーみたいなポージングを決めて、マッシブなメタルボディを強調してくる合体ピチピチ。自信こそ溢れているものの、いかんせん昭和のギャグ漫画に強者の威圧感はあんまりない。

 

「あんまり強そうじゃないわね」

 

 アクアからも身も蓋もない感想を述べられる。カズマからはコメントの代わりに、主砲と多段ミサイル、電撃の特殊武装を片っ端から撃ち込むダーティなラッシュ攻撃が放たれた。

 

『ほげーっ!! おまっ、えーかげんにせーよ!! 不意打ちばっかじゃねーか、おんどりゃー!!』

「悪党が言うことかよ、それ」

 

 構うものか、と続けてもう一回のダーティラッシュが放たれた。

 

『あだだだだ!! こなくそ! ピチピチキャノンを受けるザンス!!』

 

 砲撃にさらされながらも、合体ピチピチが肩の大砲で反撃してくる。

 着弾予想地点から急発進して砲撃を回避しつつ、カズマは電撃S−Eを中心に攻撃を仕掛けていく。

 ポチタンクからも搭載された強力な火炎放射による攻撃が顔面に加えられ、合体ピチピチの顔で爆発した。特殊な燃料による炎は土砂降りの酸性雨にも負けずに燃え盛り、ピチピチの顔周辺を燃やす。

 

『ギャーァァァァッス!!』

 

 負けじとガトリングガンとショットガンを撃ってくるが、顔面が大炎上中のせいでロクに照準も合わず、明後日の方向を撃つばかりだった。

 

「カズマさん、カズマさん? あいつ、あんまり強くなくない?」

「元があのピチピチだしな。さっさと倒して、レナ達の方に戻るぞ。まだ戦闘が続いているみたいだ」

『み……ミー達を侮るんじゃあナイ、ザンスよぉぉ〜っ!!』

 

 コケにされたら憤るぐらいの矜持は持っていたらしく、合体ピチピチがアクアに向けて銃器を構える。狙いも適当に、当たるを幸いに乱射し始めた。

 

『すべてはテッド・ブロイラー様とグラップラーの為! 何より憎き女神アクアを打ち倒す為!! ピチピチブラザーズはいざ往かん!!』

「まだあんなこと言ってんのかよ、あいつら」

 

 合体しようと、物語が佳境に入ろうと、ある意味ブレないピチピチは、狙いをアクアに絞ってガトリングガンとショットガンで集中砲火を浴びせる。

 野バスにもショルダーキャノンで牽制を忘れず、一発の命中精度よりも連射力と爆発で大雑把に攻めてくる。意外と装甲の薄い野バスには、結構痛い戦法だった。

 直撃弾が怖い程度の攻撃力も有しており、カズマは回避主体の戦法に切り替えざるを得なくなる。

 

「思ったよりも火力高いな、あいつ! アクア!!」

「えっ!? な、な、なに!?!?!?」

 

 こんな状況で突然呼ばれ、嫌な予感しかしないアクア。悪い顔をしたカズマは、服従スペルを通じてアクアに命じた。

 

「ドリルで突撃!!」

「そんなこったろーと思ったーっ!!」

 

 ポチタンクの砲塔部分が縦に裂け、逞しいドリルが展開する。地中に埋まった敵を地面ごと破砕する、強力な接近戦用武器だ。

 当然、近づかなければ当たらないので、アクアは砲火の中を真正面から合体ピチピチへ突撃せざるを得ない。

 

「あだだだだだこれめっちゃ痛いぃぃぃぃ!!」

 

 下手なクルマの機銃よりも強力そうなガトリング&ショットガンでも、ポチタンク……というより、アクアの桁外れな防御力を貫くには至らない。痛いと叫んではいても、血の一滴も流れないなら実戦においては「効果なし」と同義語なのだ。

 ただ、普段のアクアにはその痛いのを我慢して戦う根性が無いので、最大限に活かすには外部から強制的に命令を実行させる必要があるのだが。

 

「痛いって言ってるでしょうが〜〜〜〜〜っ!!」

『ぎゃぼーぉぉぉっ!?』

 

 せっかくドリルがあったのに、脳天から合体ピチピチの土手っ腹に突っ込んだアクアは、質量の差をものともせずに相手の体をふっ飛ばした。

 

「こ、ん、のぉぉぉぉ〜!!」

 

 そのまま敵に組み付いて、謎のエネルギーをまとった右の拳を振りかぶる。

 

「ゴッドブロォォォォォォーッ!!」

 

 アクアの拳が装甲を貫き、圧縮されたエネルギーを敵の内部にて解放。指向性のエネルギーが合体ピチピチの背中側まで突き抜けていく。

 上下半身が分断された合体ピチピチは、元のオトピチとステピチへと戻って吹き飛んでいく。そしてより損傷の激しかった下半身担当のオトピチが、地面に接するよりも先に大爆発して跡形もなくなった。

 比較的無事なステピチも無傷ではなく、激しく地面に衝突して何度も弾み、全身がスパークして内部骨格が露出するほどの損傷を受けていた。

 

「あわわわ、しまった! 髪が! 女神の髪が傷んじゃう!」

 

 勢いで飛び出してしまったポチタンクに慌てて戻ったアクアは、浴びた酸性雨を真水に変え、ほっと一息吐いた。

 

「お前、あんな技なんて持ってたのかよ……」

 

 カズマにとっても初見の技だ。驚きの声に、駄女神は鼻をフンスカ膨らませてこれでもかと胸を張った。

 

「ふっふーん! 女神パワーを一点に集中すればこれぐらい、余裕余裕! ちょっとチャージに時間が要るけどね。もっと信仰心の厚い世界でだったら連発も可能なんだけど、この際だから贅沢は言わないであげるわ」

「ちなみにチャージ時間ってどれくらい?」

「今の一発分の神力だったら丸一ヶ月くらいかしら。使うタイミングがなかなか無かったけど、これならスナザメぐらい素手で――」

「アクア、その場で腕立て伏せでもしてろ」

「あれー!? カズマさんどうして!? どうして服従スペルなんてイヤーァ!! 服が!! 生身はともかく服が傷む! 髪もゴワゴワになっちゃうぅぅぅぅぅ!!」

「そんな大技があるんだったら先に言え!! ついでに、使うんだったらあんな小物にぶっぱしないでテッド・ブロイラー相手に取っておけド阿呆!!」

 

 一ヶ月どころか、メタルマックスはこの後数日以内にバイアス・シティへ乗り込まねばならない。クリスを見捨て、かつヴラドの研究とやらを黙殺するならその限りではないが、絶対にそれをしてはいけないとカズマの直感が告げている。特に後者。

 テッド・ブロイラーがわざわざカズマに自分達の目的とリミットを伝えに来たのは、本人の言う通りゲームのつもりだったのだろうが、同時に「お前らに阻止なんて無理だけどな!」という大前提があるからこその挑発だ。使える武器は一つでも多いに越したことはない。

 それを、たかだか賞金額8000Gの小物相手に浪費するなどと……。

 

「だ、誰が取るに足らない小物ザンスか……ゲフッ」

 

 そこで、アクアにツッコミを入れるのに夢中で忘れかけていたステピチが、ボロボロの体を引きずって現れる。銃口を向けてくる辺り、まだやる気のようだが……ほとんど死に体だ。

 

「み、ミー達だって、この世界で必死に生きてきたザンス! 泥をすすりながら今日まで頑張ってきた人生……小物と断じられる謂れはないザンス!」

 

 割れたサングラスの奥から覗くカメラアイから、ステピチの憎悪がアクアに突き刺さる。しかし、猟犬の女神からの反応は極めて冷淡だった。別に腕立て伏せに集中しているからではない。

 

「そういうセリフは、真面目で善良に生きてから口にしてよ」

「は、はァァ!?」

「世紀末でだって、良い心を捨てずに生きてる人が大勢いるのに。カズマとか、あのミツルギ……だっけ? 一線を守り抜いてる人の前で、外道に走った分際で頑張ってるとか口にしないでよ」

「ん、ん、んなにをおぉぉぉぉぉ〜っ!!」

「あんたが今そうなってるのだって、所詮は自業自得でしょ。二度目の人生を棒に振ったのも、悪党に堕落したのも」

 

 元はと言えばお前のせいだ。そんな想いで銃口をアクアに向けたステピチだったが。

 引き金を弾く暇もなく、野バスの砲弾を受けて勢いよく転がっていった。

 断末魔の悲鳴もなく爆発し、サイボーグからただのスクラップに成り果てたステピチは、このまま酸性雨に腐食されて朽ち果てるばかりだ。

 

「今回は随分とバッサリ切ったな」

 

 黙々と腕立て伏せを続けるアクアの傍らに野バスを寄せる。

 すでに服従スペルの効果は切れているのだが。自戒の為か、アクアはカズマに答えず、しばらく腕立て伏せを続けていた。




 グラップラーと魔王軍、画面に映っていないだけでやってる悪事は同等なんじゃないかな〜……と思ってましたが、やっぱ前者の方が悪質なんでしょうね。軍事力持ったただ愚連隊ですし、グラップラー。


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第六十二話 望郷

 何とか最終回までは書けそうです。
 けど投稿ペースは落ちるかも。


 ウルフの弾倉が底を突き始めたというのに、軍艦サウルスは涼しい顔で闊歩する。だが、同時になかなか捕まらないウルフに苛立っているようにも思えた。

 

「並の爬虫類より頭良いのかもね。少なくとも――」

 

 レナが進行を一旦停止し、主砲の照準を一番効果がありそうな恐竜の頭部へ合わせた。

 向こうもレナの殺気にでも反応したのか、足を止めて大砲の照準をウルフへ向ける。

 

 ……その足元では、巨大な前脚に圧し潰されながらも全身を突っ張って押し返そうとする、ダクネスの姿がある。あのドMマッスルと軍艦サウルスなら、後者の方が知恵周りが良さそうだ。

 

「ぐぬおぁ〜〜〜〜! こ、この重圧、もしやデストロイヤー以上だとでもいうのか〜〜〜〜!?」

 

 圧死寸前にも関わらず、やっぱり嬉しそうなダクネス。余裕がある故か、それともやはり死にかけるぐらいキツイのが好みなのか。

 いずれにしろ、レナは思うのだ。こいつを一度でも殺せたスカンクスは、実は四天王最強だったんじゃないか、と。

 

 そうやって余計なことを考えていたら、サウルス砲の直撃を喰らってウルフごとふっ飛ばされてしまった。

 

「ぎゃあああああ〜! し、しまったわわわわわわ!?!?!?」

 

 転がる車内でさんざっぱら頭をぶつけ、それでも痛いで済む辺り、レナも十分すぎるほど人間を超えている。

 ひっくり返ってしまったウルフに、軍艦サウルスは追撃の大砲で狙う。

 それを、真横からゲパルトの電撃が妨害するべく割り込んだ。

 しかし軍艦サウルスは、電撃を受けながら叫び声の一つも上げない済ました顔のまま、ウルフを吹き飛ばすべく大砲を発射する。

 

「あらよっと!」

 

 レナは咄嗟にクルマを降りて、生身の銃で砲弾を撃ち落としに掛かった。

 直撃しそうだった二発を空中で爆散させ、左右に逸れた分は無視。地面を穿った爆風に煽られるも、そこは根性で踏ん張った。

 

「無茶をしますね!」

 

 ドリフトしながらのゲパルトがレナの傍らに横付けされる。

 

「ダクネスほどの無茶じゃないと思うけど……よいしょ!」

 

 降りたついでで、レナはウルフを持ち上げゴロンと元の位置に戻した。数十トン生身で持ち上げることが無茶でないなら何が無茶なのか。

 

「それよりレナ、カズマから連絡がありました。あの武装ヘリと、ついでにビチビチも始末したそうです」

「ピチピチ、ね。う〜ん、だったら一度撤退してもいいかな。軍艦サウルス(あいつ)、攻撃が全然効いてる感じがしないし」

「効いていないわけじゃないですよ。船体部分や生身にも傷がついていますから。血が出るなら殺せるはずです!」

「その傷が塞がってるように見えるのがね」

 

 そこまでとんでもない再生速度ではないものの、元の体力が桁違いだ。めぐみんが言うように無傷ではないが、さんざっぱら砲撃してもケロッとされていると、さすがにこっちの自信も揺らいでくる。

 

「あ。ダクネスが尻尾でふっ飛ばされました」

「満タンドリンク持たせてるから大丈夫よ。……よし、こうなら一点集中攻撃よ!! 頭が潰れればデカブツだって沈むでしょ!」

「頭ってどっちですか? 生身? 艦橋?」

「あ! ……な、生身で!!」

 

 軍艦サウルスには、恐竜の首が艦首付近の看板から生えている以外にも、船体中央に艦橋がきちんと据えられている。そこにあるレーダーやら砲塔がキチンと仕事をしている辺り、軍艦サウルスとは恐竜を戦艦に改造した超巨大サイボーグなのだろう。

 サイボーグであるなら、生身の脳が弱点であるはず。

 

「了解です! アイリス、照準補正を頼みます!!」

「承知しました。ジェミナイザー、プログラム修正。射撃補助プログラム『トリプルストライク*1』、『ダブルストライク*2』、同時起動」

「さあ! 喰らえ軍艦サウルス!! 通常2連射のドリルブラストⅡがトリプルストライクとダブルストライクで5連射! それを砲撃演舞で3連射すれば、お前のバースト砲を上回る15連射だーっ!!」

 

 あまりにも連射力を付けすぎたせいで、ビカビカと視界がホワイトアウトするほどの電撃が周囲に迸る。降りしきる雨に稲光が乱反射して、美しいけど極めて危険な放電現象がウルフの方にまで飛び火した。放電用のアースチェインが無かったら無駄なダメージを負っていただろう。

 そんな超速連射を喰らいながらも、軍艦サウルスは「眩しいなこの野郎」とでも言いたげに反撃してきた。

 

「なんですって!? バック、バック!!」

 

 大慌てで距離を取りつつ、今度はアイリスがダブルショットで軍艦サウルスを撃つ。やはりノーダメージではなさそうだが、かといって致命打には程遠い。

 むしろ無駄な怒りを買ったことで、巨体を唸らせ物凄い勢いで突進してきた。

 

「ひぃぃぃ〜っ!! 今度は狙いがこっちにぃぃぃぃ〜!?」

「めぐみんは運転に集中を。射撃はわたしが担当します」

「ま、任せましたアイリス!!」

 

 そうして敵の狙いが外れ、ノーマークとなったレナは、ウルフを走らせダクネスの元へと急いだ。

 

「まんたーんドリンクっ! 不味い、もう一杯!!」

「無駄遣いしてないでよ!! ていうか、今の何? どうして商品名叫んだの?」

「何を言っているんだ、レナ? 満タンドリンクを飲む時の正しい作法だろう。君だって玄関で靴を脱いでから家に上がるじゃないか*3*4

 

 まるでそれが常識であるかのように語るダクネスにツッコむのも野暮だと頭を切り替え、レナはクルマのハッチを開く。

 

「まあいいや。はい、ダクネス」

 

 取り出したのは金属製のベルトと、フック付きのチェーンだ。それを問答無用でダクネスの腰に巻きつける。

 

「な、なんだレナ!? こんな時に妙なプレイは止めてくれ、戦いに集中できなくなる」

「あなたが戦いに集中してる時なんてあったかしら? まあとにかく、それ付けてちょっと待ってて」

 

 頭上にはてなマークが浮かんでいそうなダクネスを置いて、レナは車内に戻っていった。

 ダクネスがチェーンを辿っていくと、どうみても主砲の砲口と繋がっている。

 ドMのダクネスは、瞬時にレナの作戦を察知した。ヨコヅナオーラを全開にし、ドラムストレッチで体を解しながら、()()()を今か今かと待機する。

 

「ダクネス!!」

 

 レナの一声に、ダクネスは「応ッ!」と雄々しく応じて身構えた。

 ウルフの主砲が火を吹く。通常の砲弾ではなく鋭いアンカーであったそれには、ダクネスが繋げられたベルトの鎖が接続されている。

 ダクネスの体が、アンカーに引きずられて空中へ飛び出していった。

 常人、というかカズマやめぐみんがこんな事をしたら、上半身と下半身が泣き別れてDr.ミンチの世話になっただろう。ダクネスだから耐えられたし、ダクネスだからゾンザイな扱いに悦べるのである。

 

「アイキャンフラーーーーーイ!! からの〜っ!!」

 

 アンカーが軍艦サウルスの甲板に突き刺さる。当然、より軽いダクネスの体はそこで止まらない。ゲパルトにばかり目が行っていた首長竜の側頭部へ、肉の砲弾と化して突き進む。

 

「必殺! ジェットハーーーーーーット!! せりゃ!!」

 

 桁外れな頑丈さを武器にして、ダクネスの一撃が炸裂した。

 雨の谷間に激震が轟き、軍艦サウルスの首が半ばから直角にへし折れた。

 

『ギャオォォぉぉぉーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?』

 

 断末魔の咆哮が大気を揺らす。膝を折った軍艦サウルスは、長い首をダランと地面に付けて、動かなくな――、否。

 恐竜部分は絶命したが、残った砲塔が一斉に上向き、分厚い雲を目掛けて砲弾を乱発させた。

 

「え……花火?」

 

 直前まで逃げ惑っていためぐみんは、次々と上空で起こる爆発に、違和感と覚える。

 あれは攻撃用の砲弾ではなく、すべて信号弾なのだ。遠距離の仲間に自分の状況を伝える古典的な手法だが、そんなものを打ち上げるということは()()()()()()()がいる……ということになる。

 一瞬、グラップラーかとも考えたが、軍艦サウルスは賞金首であっても野生のモンスターだ。ヤツらの手先ではない。となると、相手は……!

 

 めぐみんが思い至った恐ろしい考えを肯定するように、レインバレー全体が震撼するかのような、超弩級の地鳴りが巻き起こる。

 いや、違う。それは地鳴りではない。あのデストロイヤーを遥かに超える巨大質量が、この場所へ向かってくる足音だ。

 

 霧に浮かび上がった、山が動いているかの如き凄まじい巨影に、百戦錬磨のメタルマックスといえども言葉を失った。

 

 たった今、倒したばかりの軍艦サウルスが三体(三隻?)。

 そして、それらを従えるのは目測でも軍艦サウルスの優に十倍に達する、ピンクのボディの軍艦サウルス。

 レナ達は誤解していた。あの軍艦サウルスなど、所詮は駆逐艦クラスに過ぎなかったことを。

 ヤツこそ最大最強の賞金首*5、母艦サウルスである。

 

「総員、撤退ぃぃぃ〜〜〜っ!!」

 

 リーダーの判断は素早く、メタルマックスは蜘蛛の子を散らすような慌ただしさで雨に紛れて引き上げるのであった。

*1
ゲームでは連射力+2

*2
ゲームでは連射力+1

*3
このダクネスは日本人という設定です

*4
アシッドキャニオンは日本です

*5
軍艦キングは賞金首ではないので




 ぶっちゃけ軍艦サウルスにUバースト砲とドリルブラストⅡ(トリプルストライク+ダブルストライク)で電光石火&砲撃演舞したらクリア前装備で十分……というのはナイショです。体力どころかパーツの自己修復もしないし。


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第六十三話 同調式開閉ナントカ

 読み直すと内容が薄い気がしましたが、今回で章区切りとします。


 レインバレーの酸性雨の中で、ひっそりと佇むSFチックな未来型都市、メルトタウンには、ヒタヒタと死の影が近づきつつあった。

 建物が酸性雨に耐えられても、中で暮らす住人はそうもいかない。強酸を真水にろ過して生活用水を得なければ生きていけないのだ。

 

 そのろ過装置が、長年の酷使の影響で機能不全を起こし始めていた。

 浄化しきれない成分が水道に混ざり、微妙な濁りと生臭さが現れるようになった。

 浄水装置を修理したいが、装置があるのは地下下水道の奥。そこには凶悪なモンスターが棲み着き、手出しが出来ない。

 このままでは近い内に清浄な水が手に入らなくなってしまう。そんなタイミングで、満身創痍のメタルマックスがメルトタウンを訪れた。

 

 

 

「すげえ! みるみる水が澄んでいくぞ!?」

「水色髪の姉ちゃん、本当に浸かるだけで水を浄化しちまいやがった!」

「浄化用アンドロイドか? すごい技術だな……」

 

 事の次第を聞いたカズマは、早速アクアを貯水槽に放り込もうとした。

 しかし猟犬の女神は命じる前からスクール水着(酸耐性&電気耐性80)に着替え、自分から貯水槽に飛び込んだのだった。

 無論、最初は住人達も大驚愕であったが、みるみる水質が改善されていくと、上記のリアクションでアクアを称えたのである。貯水槽でクロールしている女神とはこれ如何に。

 

「じゃ、この勢いで地下の浄化装置の修理もやっちゃいますか!」

「いいのか? 正式な依頼が無いんじゃ、下手すりゃタダ働きだぞ?」

「それ、あなたが言うことカズマ?」

 

 ニマニマとした笑みで、レナはカズマを見上げた。水の不浄を聞いて真っ先にアクアを放り込もうとしたことも、リーダーにはお見通しだ。

 なお浄水装置を直した場合の報酬は、すでにメルトタウンのハンターオフィスと交渉済みだった。賞金の換金ついでで、正式な依頼を受けていたのだとか。

 

「なるほど。メモリーセンターのお姉さんを口説くので時間を食っていただけではなかったのですね」

「……なんで知ってるのめぐみん。見てた?」

「フラれるとこまでバッチリと。早いのは仕事だけにしてください」

 

 地の果てまで来ても、相変わらずのリーダーだった。

 

 

 

 地下下水道を闊歩していたワニやらヒルやらのモンスターは、一般人には確かに凄まじい脅威であるのだろう。実際、マドの町やデルタ・リオ近辺のモンスターと比べたらハムスターとヒグマぐらいの戦闘力差がある。

 が、今となってはそんな凶悪モンスターですら、カズマは全力投擲したスパナの一撃で倒すことが出来る。

 

「うおるァ!!」

 

 よく分からないプリンみたいなモンスターにレシプロスパナを投げつければ、半固形の謎物質が飛散する。ヤドカリならば甲羅が砕け、三つ首の蚊は叩き潰れた。プラチナカラーの亀にはさすがに効果がないが。

 クルマが持ち込めなくても、超一流のハンターは十分戦えるのだ。

 

「むむむっ。カズマ、いつの間にそんな強肩になったのですか。変な養成ギプスでも装着してました?」

「いや、なんか気づいたらいつの間にか……って、なに触ってんだよ!?」

 

 めぐみんが、これまでの経験で逞しくなった上半身を無遠慮に触って……というかまさぐってくる。ほうほうと目を輝かせ、爆裂アーチストは何やらブツブツ呟いた。

 

「ちょっと、二人とも? そういうのは宿の部屋に戻ってからにしてちょうだい。一応危険地帯よ、ここ」

「レナの意見に賛成します。めぐみんは周囲の警戒に戻ってください。カズマを触る役目はこのわたしが引き継ぎます」

「あなたも張り合わないの、アイリス。筋肉触りたいなら、ダクネスにしなさい」

「拒否します。筋肉ではなくカズマを触りたいのです」

 

 アンドロイドが恥ずかしい事を言っている気がするが、ほどほどに戦闘をこなして一行は先へと進んだ。

 

「あ。ここよ、ここ。浄水装置って看板が出てるわ」

 

 先行していたアクアが、天井付近を指差した。掠れたプレートが寂しく残っている。

 電源の死んだ電動ドアをダクネスの怪力でこじ開ける。残っていたセンサーが反応して自動で明かりが灯った。

 低く唸りながら運転を続ける、平屋の一戸建てぐらいはありそうな機械。これが酸性雨の浄化装置だろう。

 

「修理できそう?」

「見てみないと分からん。調べるから、モンスターが来ないか見ててくれ」

 

 カズマは仲間に見張りを任せ、メカニックキットを担いで部屋の奥へと進んでいった。

 

「お待ちを、カズマ。ここの機械もヴラド製です。わたしが役に立てるでしょう」

「む……コンピュータの操作なら、わたしの方がカズマより得意ですよ」

「二人も来る必要はありません。それに高度演算機能を持ったわたし以上のエンジニアなど、今の地球上には存在しないでしょう。同型機が残っていなければ」

「そうですか。じゃあカズマの代わりに修理してきてください。カズマ〜、機械の修理はアイリスがやってくれるそうなので、一緒に休憩しましょう!」

「だから、張り合うなっつうの!」

 

 結局、リーダーの判断で二人ともカズマに随伴する形となった。過保護なようだが、部屋の奥にモンスターや暴走警備ロボが無いとも限らない。

 

「そ・れ・に♪ 可愛いと思わない? 三人とも初心で、擦れてなくって♡」

 

 ニンマリ笑顔でカズマ達を見送ったレナのコメントは、きっちり三人に届いていたが……敢えて無視したのか、リアクションは特になかった。

 

 

 

 小一時間ほど経過して。

 一度修理の様子を見に行ったアクアが戻ってきた。

 

「なんかふぃるたー? の自動洗浄機能が壊れてて、根詰まりしてたんだって。もう一、二時間の作業って言ってた」

「オッケー。じゃ、こんなところでなんだけど、ゆっくりしてましょうか」

「うん。……あれ、ダクネスは?」

「どっかそのへんで亀と戯れてる」

 

 下水道のモンスター達も、彼女達が獲物とするには危険すぎると判断したのか襲撃が止んで久しい。ダクネスが自分から獲物を探しに出る程度にはヒマだった。

 レナがiゴーグルにどこからかコピーした旧時代の動画を観て一人ニヤニヤしているので、アクアも何かヒマを潰せないか周囲を見回す。しかし特に何も見つからなかったので、下水に足を浸して浄化し始めた。

 ただボーッとして体を浸けるだけでも効果が出るが、意識を集中すると気持ち浄化速度が早くなる……気がした。

 

「珍しいわね、アクアが気を急かしてるなんて」

「ぎゃあっ!?」

 

 深緑の水がみるみる透明度を取り戻していくのを眺めていると、iゴーグルを外したレナが後ろから抱きついてきた。美少女同士のスキンシップは画になるが、抱きしめられるアクアは割と本気で怯えている。

 

「そんなにクリスが心配? 意外と良い先輩だったのね〜」

「あばばばばばっ!! いやぁ〜、食べないでくださぁぁぁ〜い!!」

「そんな本気で嫌がらなくても。傷つくわねぇ」

 

 完全に日頃の行いのせいだが、レナは渋々アクアから離れた。

 当然、テッド・ブロイラーから聞かされた話はレナ達とも共有済みだ。その割にはのんびりしているが、メルトタウンからバイアス・シティまでクルマなら半日の距離も無い。到着して暴れて全てを終わらせるまで、長くても丸一日と掛からないだろう。

 だったら数日のリミットに慌てるよりも、ここで万全の準備を整えておくことが重要というのがレナとカズマ、二人の判断だった。

 アクアも納得はしている……と自分では思っているが、傍から見てると落ち着きが無いように思われたらしい。そりゃそうだ、普段の彼女なら自分から汚水に飛び込んだりするはずがない。

 

「仲良かったの、クリスと」

「そうね〜。天界って横の繋がりがほとんど無かったから。あの子ってば真面目だけどそそっかしいというか天然だから、よく私が面倒見てたわ」

「アクア、それきっとあなたの妄想よ。事実はきっと面倒見られてたのはあなただわ」

「ひどくないっ!?」

 

 見てきたかのように断言されるのも、日頃の行いであった。

 

「けど、クリスが女神なんだったら何でまた地上に?」

「さあ? 地球の歴史にはもう、天界は極力関わらないって――レナ!!」

 

 会話の途中、突如としてアクアがレナを突き飛ばし、彼女を背中に庇った。

 直後、アクアを数発の弾丸が直撃し、顔をガードした腕や、腹に喰らってしまう。だが、実はダクネスよりも防御力で上回る頑強ボディにダメージは無かった。

 

「ちっ! 油断したわ。ありがと、アクア」

「ふふん! どういたしまして……って、あいつは!?」

 

 通路の向こうからゾンビのように体を引きずり現れたのは、ボロボロに朽ちかけた古めかしいロボット……いや、サイボーグだった。

 

『あ、あに、きぃ〜……』

 

 声に混じったノイズが酷いものの、この妙に甲高い声には聞き覚えがある。死んだはずだよ、オトピチっつぁん。

 

「な、なんでまだ生きてるのよ!? 確かに私のゴッドブローで!」

「う〜ん。生きてる感じじゃないわよ、こいつ」

 

 戦闘態勢を取ったアクアに対し、レナは武器こそ構えたが飽くまでのんびり身構えていた。

 

「生体反応なし。本来の脳みそが死んで、機械部分だけが暴走してるのね。ただの死に損ないだわ」

「そ、そんな悠長に言ってて大丈夫!?」

「平気よ。ほら」

 

 レナは冷静に自動小銃で関節部分を撃ち抜くと、前のめりに倒れて藻掻くだけとなる。そのまま立てなくなってしまった。追い打ちにブラストハンマーで頭部や胸部などを叩き潰し、完全に息の根を止めに掛かる。

 

「あら?」

 

 しかし、破壊されたパーツ同士が磁力で引き合うかのようにくっつき、元の形に戻ろうと蠢いている。叩いても叩いても、その細やかな自己修復能力が途絶えることはなかった。

 

「おっかしいわね。動力炉も予備バッテリーもぶっ壊れてるのに。てか、動力炉そのものが再生してない?」

『あ、に、き、ぃ……』

「ん〜?」

 

 腕を組み、どうやって殺せばいいのか分からず頭を捻るレナの肩越しにオトピチのボディを覗き見たアクアは、胸の中央付近、人間で言えば心臓部分に天界の神力が吹き溜まっているのに気づく。

 何かと思って素手で引っこ抜くと、それはキャッシュカードぐらいの大きさの金属板だった。実物を手にすれば、さすがのアクアも思い出す。オトピチに与えたチートアイテムだ。

 チートを抜き取られたオトピチのボディは、それでようやく動かなくなった。

 

「なんなの、それ?」

「えーっと……なんだったかな。かなり便利なアイテムだったハズなのよね」

 

 思い出せなくて今度はアクアが頭を捻るが、カズマ達が修理を完了して戻ってきても、そして翌朝になってバイアス・シティへ出発するタイミングになっても、結局それが何だったのか分からずじまいだった。




 次章から、ついにあの御方との決戦パートです。


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Part9 ひずいもーたるですろっく
幕間 不滅の悪魔


 今回のシナリオは都合によりかなり短いです。
 また、メタルマックス2本編を知らないと解りにくいと思いますので、先にヴラドについて解説しておきます。独自解釈も入っていますがご了承ください。

 バイアス・ヴラドは大破壊前の時代で実業家兼、政治家兼、科学者という完璧超人でした。しかし大破壊によって世界は滅亡し、自身も死病に冒されたことで不老不死を目指し始めます。私設軍隊バイアス・グラップラーを設立して人間狩りをしていたのも、不老不死の実験のためとされています。
 最終的には肉体を捨てて、コンピュータに人格を移植してしまいました。その際に生身の体は死んでしまったようですが、本人は「自分というこの世で最も偉大な知性」さえ残ればいいと考えていたようです。アホですね。
 ゲーム本編のラスボスとして登場するのは、この移植した方の人格です。でもリローデッドのとあるイベントによると、どうも移植の際にオリジナルから変化してしまった部分があるようで、最悪こいつは「自分がヴラドだと思い込んでるコンピュータ」という可能性も出てきました。なのでプレイヤー視点では、ヴラドがどういう「人間」だったのか、最後まで分からないままとなりました。少なくとも大破壊前までは真っ当な人柄だったようですが、資料集にも詳しくは書かれておりません。

 今作に登場するヴラドは完全にこっちの「移植されたコンピュータの人格」であり、同時に「人間性の欠落した暴走機械」という解釈で書いています。


 自然物など何一つない、地下深くに築き上げられた機械の広間。ここはバイアス・シティの最奥部に設けられた、バイアス・ヴラドの寝所である。

 中央に巨大な塔のようにそびえるコンピュータのモニタから光が放たれ、空間に掠れた合成音声が響き渡った。

 

『テッド……テッド・ブロイラーよ……』

 

 しゃがれた老人の声とともに、亡霊のような男の顔が空中に投影される。

 虚空に浮かぶ立体映像の人面モデルに呼ばれて、モヒカン頭の巨悪が恭しく跪いた。

 グラップラー四天王筆頭、テッド・ブロイラーである。

 

「ハッ! ここにおります、ヴラド様!」

『テッドよ……もうじきこのバイアス・シティに、カリョストロやブルフロッグを葬ったハンター達がやって来る』

「はい。ですが、奴らがバイアス・シティへ立ち入ることはありえませんな。この地を守るフメツゲートにて、我らグラップラーの全兵力を総動員して軍備を整えております故に。無論、このオレもそこへ加わるつもりです」

 

 テッド・ブロイラーの言葉は大胆不敵ではあるが、それが驕りや慢心と言い切れないのがこの男の恐ろしいところだ。なんだったらグラップラー全軍よりも、テッド・ブロイラー一人の方が強い可能性すらある。

 しかし虚空の顔――彼らグラップラーの首魁たるバイアス・ヴラドの写身は、自らが手掛けた最強の改造人間を戒めるように睨みつけた。

 

『物事に完全などない。現に奴らはデストロイヤーすら破壊してのけた。如何にアレが未完成だったとはいえ、この時代に残った改造車に遅れをとるなど万に一つもありえぬハズだった。お前が不覚を取らない保証がどこにある』

「――はっ」

 

 実力を侮るようなヴラドに、テッド・ブロイラーの表情は変わらない。頭を垂れたまま、じっと主の言葉を受け続けた。

 

『お前が捕えてきた女神の解析がまもなく終わる。お前がこの世界にやって来たように完全無欠の肉体を得て「転生」する私の野望も叶う。ついにこのバイアス・ヴラドが「不滅のヴラド」となる日が来るのだ』

「思えば長いようで短かったですな。行き倒れていたオレを救い、異世界に転生したという荒唐無稽なオレの話を、あなた様は信じてくださった。このような強靭な肉体すら与えてくれて、お陰でこの世はパラダイスです」

『しかし、実際私も藁にすがる思いであった。病に冒され、もはや幾ばくもない体を捨てて電子頭脳に我が知識を移植したが……まだ完全ではない。コンピュータが破壊されればこの新しい人格すら消えてしまう』

「だからこそ、あなたはより完璧な存在……神になろうと策略しておられる」

『永劫不滅の究極存在、それが神だ。我が望みを叶えるには、もはや我が身を神に変える他ない』

 

 抑揚のない合成音声だが、そこには自らの人生を振り返っての悲喜こもごもが籠もっていた。テッド・ブロイラーもまた、これまで働いてきた悪事を思い返して瞠目する。

 

『本物の神のサンプルを得た以上、再現することも私になら可能だ。だが相応の時間は必要だ。故に――』

「ご安心ください、ヴラド様」

 

 心得ている、とばかりに、殺気立った鋭い眼を開いたテッド・ブロイラーが立ち上がる。戦意を示すよう、愛用の火炎放射器を高らかに撃ち上げた。

 

「オレ自身が不老不死を得る為にも、バイアス・シティにはネズミ一匹通しません。吉報をお待ち下さい。がががーっ」

『期待しているぞ、テッド・ブロイラー。我が盟友にして、最強の改造人間よ』

 

 ヴラドの立体映像が消えると、テッド・ブロイラーはニヤリと口許を吊り上げる。

 

「ええ。その地の底の棺で待ち続ければよろしい、ヴラド様。あなたの宿願はこのオレが叶えて差し上げますとも。ががーっ! がががーっ!!」

 

 テッド・ブロイラーは肩で風を切り、意気揚々と戦場へと繰り出していった。

 決戦の時は近い――。




 作者がテッド様より格上だと思ってる炎属性の悪役
●ロードブレイザー(ワイルドアームズ2)
●志々雄真(るろうに剣心)
●大魔王バーン(ダイの大冒険)
●マジンガーZERO

 しばらく投稿ペースが乱れます。


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第六十四話 激戦のフメツゲート

 世の中のゲームノベライズ作家の人達って、小説化に際して身を切る思いであのシーン、このシーンを取捨選択しているのでしょうね。


 強酸の分厚い雲が覆い隠したレインバレーを抜けて、メタルマックスは約二日ぶりに日光の下に出た。

 突き抜けるような青空はさすがに望めず、曇ってないのに灰色にくすんだ空色が蓋をする。大気汚染が特に酷い地域のようだ。

 

「まったくもう。こんな空模様じゃ、せっかくの討ち入りが台無しね」

 

 などとレナは暢気に宣うが、いつもと違って声が固い。一緒にウルフに乗っているダクネスにだけは、武者震いする彼女の様子がよく見て取れる。

 岸壁から、湖上に設営された巨大なメガフロートへと橋が続いている。アイリスが示すバイアス・シティの場所は、まさにそのメガフロートだった。

 しかし、橋の入り口には高層ビルにも匹敵するサイバネティックな城塞がそびえ立ち、クルマを含めた大軍勢が侵入者を全力で拒んでいる。

 数えるのも億劫になるほどの歩兵とクルマが守るゲートは、空からでも攻めない限り蟻の這い出る隙間もなさそうだ。

 

「やっぱり確保しておけば良かったかな、ホバリング・ノラ」

「今さら言っても仕方ないでしょ。それでカズマ、作戦とか必要?」

 

 カズマにそう訊いたレナだったが、実のところ答えは決まっている。

 いや。彼女だけでなくチーム・メタルマックスの全員が、とっくに覚悟を決めていた。

 

「判断は任せるよ、リーダー。仰せのままに、だ」

 

 無論、カズマだって男の子だ。事ここに至っては腹を括るしかない。

 参謀の許可を得たレナは、深呼吸一つして気持ちを整えた。そしてニヤリと、獲物を狙う獰猛な笑みで眼前のゲートを見据えた。

 

「全員、突撃!! グラップラーどもを根こそぎ狩り尽くすわ!!」

『おぉーっ!!』

 

 リーダーの号令を受け、メタルマックスの各車両はエンジン全開で敵本陣へ正面突破をするべく討ち入った。

 

 

 

「で? めぐみん、何か言いたいことあるか?」

「ふ……ふはははは! どうですか、これぞアシッドキャニオンでの冒険が育て上げた我が爆裂の究極系!! すべてを消滅させる『メイオウエクスプロ』――」

「よーし反省なしかー! 湖の藻屑となるがいい!」

「ぎゃああああああごめんなさいすんませんっしたー!!」

 

 めぐみんをアイアンクローで固めたカズマは、自慢の強肩を活かして()()()()岸壁から彼女を全力でぶん投げようとする。

 そう。何もない。メガフロートへと続いていた橋が、綺麗サッパリ消失していた。

 戦闘開始の口火を切ろうと、止める間もなくゲパルトに追加された205ミリひぼたんから放たれた爆裂弾は、本人が言うように過去最高の破壊力を発揮した。城塞と守備隊もろとも大橋を跡形もなく消し去るほどの。

 ちょっとしたキノコ雲が巻き上がる大騒動となり、せっかくレインバレーを抜けたのに黒い雨を降らせている。ガイガーカウンターは反応していないので、一応放射能的エッセンスは含まれていないらしい。

 メガフロートと岸壁の中央に守備隊の拠点と思しき基地があったものの、こちら側に面した壁が綺麗に溶け落ち、グラップラーも「どーすんのこれ」と混乱していた。

 

「だってぇぇぇ! 決戦だし、メルトタウンですごい材料がたくさん手に入ったんですよ!? 持てる全てを注ぎ込むべき場面でしょ!?」

「加減しろ、馬鹿! 道が無くなっちまって、どうやって攻め込む気だ! クルマにロケットエンジンでも積んで飛ぶか、おい!」

「!! 天才ですか、カズマ! それでイキましょう!!」

「いけるかーっ!!」

 

 大チョンボしたアーチストへのお仕置きは参謀に任せるとして、レナはクルマを降りて岸壁に立ち、どうしたものかと腕を組む。

 岸壁から橋の焼け残った箇所までは、100メートル以上は確実にあった。元の建造物の規模以上に、何をどうやったらこれほど大規模な爆弾が作成できるのか。

 

「ダクネス、ダブルラリアットで向こうまで飛んでいけない?」

「それだとクルマが運べないぞ。敵の本拠地に生身で突入というのは避けたいところだ」

「あ、飛ぶだけなら出来るのね。アイリスは?」

「ダクネスと同じです。人間四人程度ならともかく、重装備のクルマを運ぶ推力は当機にありません」

「……これは本当にロケットエンジン積む場面かしら……」

 

 メガフロートと繋がる道はこれ一本きりだった。グラップラーも外へ出られないから、最悪これで放置でも構わなそうだ。クリスについては平和の為の尊い犠牲と割り切って引き上げてしまおうか。

 

「仕方ないわね。みんな、一旦引き上げるわよ!」

「それしかないか。カズマ、めぐみん! 一度帰還するぞー」

 

 ダクネスがカズマ達を呼び寄せるべく小走りに向かっていくと、いつの間にやらじゃれ合いを止めて、牽引用の装甲車に外から何か細工していた。

 予備武器として車載していたレイルガンを主砲に、弾頭代わりに死んだ目をしたアクアが装填されていた。

 

「おい、これはどういう状況だ? 新手の拷問か?」

「なぜ鼻息が荒いんだ、ダクネス!? いやな、向こう側に渡る妙案を思いついたから」

「アクアにドッグシステムの受信機を持たせて射出します。向こう側に着弾したアクアをビーコンとしてワープするのです!」

 

 控えめに言って非人道的な作戦だが、聞いたダクネスはなるほどと頷く。倫理観を度外視すれば、現状で一番手っ取り早い作戦だ。

 作業に気付いたレナとアイリスもやって来て作戦を聞くと、レナは「その手があったか」と手を打った。一方でアイリスは難色を示す。

 

「ただアクア一人を撃ち出すのでは駄目です。軽く精査してみましたが、メガフロートを中心として通信を妨害するシェードが展開されています。対岸ギリギリの地点では、ビーコンの信号を遮断されてしまうでしょう」

「場所を選べば大丈夫ってこと?」

「肯定します、レナ。ですのでわたしも同行し、シェードの隙間を探しましょう。わたしとアクアの二人であれば戦力としても十分です」

「あ、結局私も行くんだ……」

 

 アイリスが名乗り出てくれたので助かったと思ったアクアが露骨にガックリするのも無視し、レイルガンの準備が整った。

 絶縁加工された砲弾型のカプセルにポチタンクが組み込まれる。小柄なアイリスなら、狭いポチタンクにもアクアと二人でもそこそこの余裕で乗り込めた。

 

「ドッグシステムはポチタンクに搭載しておきます。着弾と同時にカプセルが割れますので、なるべく二人離れず行動してください」

「アイリス。発射から一時間しても信号が届かなかったら、アクアを帰還させる。取り残されないよう注意してくれ」

「心得ています。では行ってまいります」

「……いってきまぁす……」

 

 頼もしくサムズアップするアイリスとは裏腹に、アクアの方はお通夜の参列客並にテンションが低かった。

 

 

 

 バイアス・シティをノアの軍団から守るべく設営された最終防衛ライン「フメツ・ゲート」の守備隊長ゲオルグは、かつてない損害に苛立っていた。

 彼が守備隊長を任されてから、今日までフメツ・ゲートがここまでの被害を受けた事はなかった。そもそも襲撃自体が建設から数えるほどしか無かったが。

 

「お前達! 敵はまだ対岸に陣取っているぞ!! 直にテッド・ブロイラー様が増援を連れてお出でなさる! 丸焼きにされたくなければ、少しでも迎撃態勢を整えておけ!」

 

 部下のSSグラップラー達に指示を飛ばすが、正直に言えばゲオルグ自身、橋が落ちてしまった状態で何をどうしたものかアイデアが浮かばないでいた。

 敵戦力によってフメツ・ゲートが占拠された……とかであるなら、腹立たしいが理解可能だ。敵の狙いが何なのかが検討もつかない。

 

(やはり我軍唯一の航空戦力……あの武装ヘリ(ホバリング・ノラ)をあのような三下連中に貸し与えるのは悪手だった! テッド・ブロイラー様、ヴラド様の研究完成を目前に舞い上がっていたのか!?)

 

 そんな内心をおくびにも出さず……というか改造されすぎて外見に人間的要素皆無なゲオルグは、焦ろうが狼狽えようが変わる表情を失っているが。ともかく、守備隊長としての職務を全うするべく指示を飛ばす。

 その一秒後。アクアとアイリスの格納されたレイルガンの弾頭が、脳が収まるコアユニットに直撃したゲオルグは、名誉の戦死と相成った。

 

「あだだだ……お、思ってたより勢いが!」

「しっかりしてください、アクア。囲まれています、戦闘準備を!」

 

 着弾と同時に、アイリスはカプセルを内側から破壊して飛び出した。両手を変形させたマシンガンで全方位射撃を開始する。

 

「ぐわぁあ! は、反撃ぃ〜っ!!」

 

 本拠地直衛の親衛隊だけあり、指揮官がいなくなっても隊列を乱すことが無い。マシンガンやスマート爆弾が、雨あられとアクア達を襲う。さらにクルマ部隊まで動き出した。

 

「足を止めるのは不利ですね。アクア、2時の方向へ全速前進です! 戦闘は最小限に目的を果たします!」

「え〜っと、2時ってどっちだっけ?」

「……あっちです」

 

 進路上のやたら固いSS装備のグラップラーを蹴散らして、アクアにポチタンクを走らせた。だがこちらが走り出す僅かな間に、敵も包囲網を狭めている。これまでのチンピラ連中とは根本的に動きが違う。

 

「クルマを前に出せ!! ヤツらを進ませるな!!」

「敵は二人だ! 取り囲んで押し潰せーっ!」

「スマート爆弾をくらえ! うおっ、まぶし!」

 

 おびただしい銃弾や爆撃が追い立ててくる。

 アイリスはポチタンクの上に跳び乗って攻撃に専念し、アクアには正面への最低限の反撃のみを指示して直進させた。シェードの隙間に向かって最短距離を突っ走る。

 

「って、アイリス! 前に壁が!!」

「ノー・プログレム。コード1333!」

 

 正面で組まれたアイリスの両手が変形し、戦車の主砲にも匹敵する大砲が出現する。砲身はアイリスの全長より大きいが、彼女は大破壊前の極まったオーバーテクノロジーの塊だ。この程度の機構もあって当然なのだ。

 

「ファイヤ!」

「うわぁ!?」

 

 大砲が一度に4連射された反動で、ポチタンクが激しく揺れる。

 砲弾は四発全てが正面の隔壁に炸裂。着弾箇所にコンマ数ミリのズレも無く、一点集中で半壊させる。頑丈な表面が剥離し、露出した内部機構へ第二射を放つ。

 

「コード1332! これで!!」

 

 隔壁に生じた亀裂へ大型の砲弾を撃ち込むと、大爆発が発生。人一人程度なら通り抜けられる程度の隙間が空いた。

 それでもポチタンクの横幅にはちょっと足りない。アイリスは両手を人型に戻して、ポチタンクの左側に重心を傾けた。

 

「よっと!」

「あわわわわっ! 無茶しないでー!」

 

 アクアの泣き言は無視して、ポチタンクを片輪走行させて強引に隙間を突破させた。

 隔壁の向こうにも敵部隊は展開しつつあり、アイリス達をこの場に押し留めようと多数のクルマが待ち構えていた。

 

「ど、どうしようっ!?」

「進路そのまま! 蹴散らして進みます!!」

「ひぃぃぃ〜っ!! い、いいわよ! やったろうじゃないのーっ!!」

 

 ヤケクソ気味に吠えた猟犬の女神は、アクセル全開で敵部隊へ吶喊する。

 

「撤退まで一時間でも長すぎたかもしれませんね」

 

 アイリスも不吉な呟きは全力で聞き流した。

 腹を括ったアクアは、火炎放射器(ポチインフェルノ)で真正面のみを焼き払い、多少の被弾は持ち前の防御力で受け止める。痛いには痛いが、死ぬようなダメージではない。ダクネスがいても物足りないと感じる程度だ*1

 

「ええい! どけ、どけ、どきなさーい! 道を開けないと真っ黒焦げよーっ!!」

「ブロロロロー! そのセリフも火炎放射も、オレの専売特許ですよがががーっ!」

「げっ――」

 

 このタイミングで絶対に聞きたくなかった声に、アクアとアイリスは同時に顔色を変えた。

 

「テッドファイヤー! がががー!!」

 

 上空から周辺のグラップラーごと巻き込む獄炎がアクア達を襲撃する。アクアの火炎放射を、更に飲み込む凶悪な炎の壁がポチタンクを呑み込んだ。

 赤いモヒカン、縫い目の走ったタラコ唇のブタ面に、青い全身スーツを着込んだ身長3メートル超えの怪人。背負ったボンベから放たれる破壊の炎は、あらゆる物を焼き尽くす。

 神であるアクアをして「地獄の方が生ぬるい」と評する炎の化身が、とうとう敵意を剥き出しに戦場へと降り立った。

 

「おや? いきなり火力が強すぎましたかな、アクア様? がががー!」

 

 兵士達がテッド・ブロイラーの馬鹿げた火力に巻き込まれないよう距離を取る。燃え盛る炎は、生命どころか物質の存在すら拒絶する凄絶さだ。

 その炎の壁を突き破り、ポチタンクはテッド・ブロイラー目掛けて爆走を続けていた。

 

「コード3322! 熱バリア!!」

 

 アイリスを中心に、ポチタンクをすっぽり覆った光波が、テッド・ブロイラーの獄炎を完全に遮断していた。

 

「なんだとっ!?」

 

 驚愕に目を見開いたテッド・ブロイラーへ向かい、アイリスがポチタンクから跳躍。エネルギーフィールドまとった拳でテッド・ブロイラーの顔を思いっきりぶん殴った。

 

「ぐほっ!?」

 

 二倍以上の体格差を物ともせず、テッド・ブロイラーの巨体を殴り飛ばす。無敵と思われた怪人が尻もちをつく。

 

「アクア、行って!!」

 

 怯んだテッド・ブロイラーの横を素通りして、アクアは振り返ることなくアイリスに指示された地点へ走り去っていった。

 その場に残ったアイリスは、両手にビームセイバーを展開し、態勢を立て直したテッド・ブロイラーと真っ正面から対峙した。

 

「……ほう。このテッド・ブロイラーとたった一人で戦おうというのかね?」

「いいえ。あなたを斃すつもりです」

「冗談を言うアンドロイドとはな。それとも壊れて状況判断も出来ないのかね? がががー」

「つべこべ言わずに掛かってきなさい、ゴミクズ。破壊することしか知らない、不完全な改造人間が」

 

 感情を露わに挑発するアイリスへ先制のモヒカンが飛んだのは、約一秒後のことだった。

*1
人間なら死にます




【タイトルだけ考えてみたシリーズ Part3】
●ハイスクール・T✕D(テッド✕ブロイラー)
→一誠の左腕にテッド・ブロイラーが宿っている。がががーっ!
●異世界はテッド・ブロイラーとともに
→神様の手違いでテッド・ブロイラーが異世界に転生してがががーっ!
●Re.テッド様が始める異世界生活
→テッド様が異世界で死に戻りしまくって鯨とか焼き尽くすがががーっ!
●ワンピース FILM TED
→さすがにテッド様と言えども麦わら海賊団は分が悪すぎると思うブロロロロー!


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第六十五話 怒りのテッドファイヤー

 次はサガシリーズと何かを悪魔合体させてみようかしら。


 超高速で飛んできたモヒカンと、アイリスのビームセイバーが激突する。

 交差させた光の刃と高速回転するモヒカンの衝突から生じた衝撃波が周囲一体に波及。やがて激しい火花を散らしてビームセイバーが砕けた。

 

「くっ!! なんという――!!」

 

 射線が逸れたモヒカンが、アイリスの肩を掠めて飛んでいき、大きな弧を描きながら引き寄せられるようにテッド・ブロイラーの頭頂部へと再装着された。誠にふざけた機構だが、威力の方もおかしい。

 

「ふっ。テッドファイヤー! がががーっ!!」

「熱バリア!!」

 

 コーティングされたメガフロートの地面ごと焼き尽くす灼熱を、またもアイリスは光波結界で防ぐ。アイリスの立つ地面も含めて、完全に炎熱をシャットアウトしてのけた。

 テッド・ブロイラーも自慢の炎を防がれて驚き……かと思いきや、むしろ凄味のある笑みで愉快そうであった。

 

「そうでなくては面白くない! 一方的な虐殺などというワンサイドゲームには飽きていたところだ!!」

「その余裕がいつまで保てますか?」

「がががー! 崩せるものなら崩してみろ、このテッド・ブロイラーの余裕をなががーっ!!」

 

 テッド・ブロイラーは両手を交互に突き出し、火炎弾を連続で放ってくる。

 アイリスは熱バリアを展開したまま、火炎弾を弾きながらテッド・ブロイラーへ一直線に走り出した。

 

「がががー! 真っ黒焦げになるがいいー!」

「効いていないのが分かりませんか!」

「効いていない? がががー、愚か者めが!! テッドファイヤー!」

 

 両手を合わせての強力な火炎放射に、アイリスは正面から切り込んだ。熱バリアを盾に業火の壁を突き破り、テッド・ブロイラーの顔面に蹴り込んだ。

 小柄ながら100キロ近い重量を持つアイリスに眉間を蹴り上げられ、テッド・ブロイラーの巨体が僅かに傾く。

 だが怯むどころかテッド・ブロイラーは逆にアイリスの足を掴んで受け止め、片手で豪快にブン回した。

 

「がががーっ!!」

 

 アイリスを力任せに地面へ叩きつけ、跳ね返ったところを全力で蹴り上げる。

 

「くぁ――っ!!」

 

 咄嗟に防御したというのに、アイリスの体がサッカーボールのように飛んでいく。無防備に空中へ放り出されたところへ、テッド・ブロイラーが両手を合わせて差し向けた。

 

「っ!! 熱バリア!!」

「ふっふ! テッドサンダー!!」

 

 だが、放たれたのは炎ではなく高圧電流のビームだった。ビームは光波を素通りし、アイリスのマシンボディに激しいショックを与える。

 

「が、ああああっ!?」

「ブロロロー! これでも本職はナースでね。AEDだって常に持ち歩いている。それをちょいと戦闘用に改造した……まあ掟破りの切り札だ。がががー」

「うぐ……が、あ……」

 

 すぐに立ち上がったアイリスだが、その意思に反して体の自由が利かなかった。熱バリアは火炎に対してのみ絶大な防御力を持つが、展開中はそれ以外の防御能力が極端に低下する。そこへマシン系特攻の電撃を受けたせいで、制御ユニットが破損してしまった。

 LOVEマシンも自己修復には数十秒を要する。その間にもテッド・ブロイラーが悠然と歩いて距離を詰めて来た。

 アイリスは体を引きずってでも距離を取ろうと試みるも、ちょうど顎にいいのを喰らったボクサーのように膝が笑っている。テッド・ブロイラーが右手の火炎放射器ノズルを構えながら、興味深そうに顎を撫でた。

 

「ほう。まるで人間の生理反応そのままじゃないか。さすがはヴラド・コープの最終生産型だな。ブルフロッグでさえ、マリリンというデッドコピーしか造れなかったというのに。まだ稼働しているオリジナルが存在したとは」

「はぁ、はぁ、そういうお前は随分と不細工なボディですね! 造形以前にツギハギだらけで、均整も統制もが取れていない。実に……醜いです!」

「手厳しいな。自分では気に入っているのだけどね!」

 

 テッド・ブロイラーの放った火炎弾を、アイリスは地面を転がって回避する。着弾地点が激しく大炎上し、地面の建材が黒い煤を吐きながら蒸発する恐るべき超高温に、さすがのアイリスも顔色が変わった。

 回避に必死となるアイリスを、テッド・ブロイラーは嗜虐的な笑みを浮かべてわざとゆっくり弄んだ。機動力の落ちた状態でもギリギリ避けられる狙いとタイミングで退路を潰していく。

 アイリスもまた、遊ばれていると理解はしていながらも、離脱することが出来ないでいた。逃げ道を一つずつ潰され、追い詰められていく。

 

「逃げろ、逃げろー! 真っ黒焦げになりたくなければな、がががーっ!!」

「この……調子に乗って……っ!!」

「ががー! がががー!!」

 

 ついには前後左右を炎の壁に阻まれ、袋のネズミ状態に陥った。

 LOVEマシンの自己修復は果たしたものの、熱バリアの展開には若干の溜めが必要だ。慎重に動かねば電撃を喰らい、今度こそアイリスのボディはオシャカにされる。

 そのうえ、じっとしていてもいずれは火炎弾か電撃が飛んでくるし、そうでなくても周囲の温度が急上昇しているせいで全身のあちこちからアラートが出ている。装甲はともかく、生体部品が焼け死ぬのも時間の問題だった。

 

「チェックメイトだな、ガール。安心しろ、すぐに仲間も同じところに……おっと、人工物である君では、あの世へ向かう魂など持ってはいないか」

「……ふっ。それはお前も同じだったのではないですか、テッド・ブロイラー」

「なに?」

 

 苦し紛れのつもりで口にした一言が、テッド・ブロイラーの何かを刺激したようだ。

 アイリスにしてみれば反撃の糸口を探す時間稼ぎの苦し紛れだった。だがテッド・ブロイラーは、以前にもレナやカズマを挑発だけして見逃している。意外とお喋り好きというのが、カズマによるこの男の性格分析だ。

 

『あいつの前世、絶対にオレと同じような引きこもりか、そうでなくともクラスの日陰者なのは明らかだぜ。自分の得意分野で饒舌になるところとか、身に覚えありすぎる』

 

 そう悲しそうに語っていたカズマの姿を思い出し、アイリスはテッド・ブロイラーを煽り倒しに掛かった。総口撃開始だ。

 

「アクアから聞いていますよ。あなたは前世で善行も悪行も足りないが故にこの世界に廃棄された、と。その意味するところは分かりませんが、ようするに前世のあなたは()()()()()()()()()()()()()()()()だったのでしょう。グラップラーの兵士のように」

「…………」

「邪魔にもされず、当てにもされないというのは羨ましいですね、気楽で。なのに、どうして第二の人生ではモヒカン頭で『がががーっ』なんてやってるんでしょう。アレですか、高校デビューならぬ『異世界デビュー』ですか? もうちょっとセンスどうにかならなかった――ああ、ぼっちにそういったセンス求めるほうが酷ですね。まことに申し訳ありま――」

「テッドファイヤー、がががーっ!!」

 

 挑発の結果は、まさかの最強攻撃だった。逆上するにしても分かり安すぎである。

 しかし連射可能な火炎弾と異なり、必殺のテッドファイヤーには明確な予備動作と「溜め」が入る。何より攻撃の属性が一目瞭然なのがありがたい。

 

「コード1232!!」

 

 獄炎の放たれるまでの一瞬で、両手足をドリルに変形させたアイリスは、メガフロートの地面を粉砕してコンクリート片を巻き上げ、猛スピードで地中へと姿を消した。

 舞い上げた粉末状の建材は、極僅かな時間とは言え防火壁の役割を果たし、アイリスに逃げる時間をちょっぴりとはいえ稼いでくれた。

 

「がががーっ!! アンドロイド風情が、人の心の古傷を抉りおって!! カズマ君の入れ知恵か、がががー!!」

 

 怒りに燃えたテッド・ブロイラーは、すぐさまアイリスの逃げ込んだ地面の穴へ駆け出し、穴の中へ火炎放射器を向けた。

 

「テッドファイヤー! テッドファイヤー!!」

 

 容赦のないゴリ押しに、建材があっという間にドロドロだ。

 総人工物のメガフロートにこんなことをすれば、当然内部の構造体、そしてそこを走るライフラインなどが大ダメージを被る。テッド・ブロイラーを中心に地面のあちこちが誘爆を始めた。

 

「ぷはっ!!」

 

 数メートル離れた地面に亀裂を生じさせ、息継ぎするかのようにアイリスが飛び出す。振り返ったテッド・ブロイラーが、ヤケクソ気味に必殺技を繰り出した。

 

「テッドファイヤー! &テッドビーム!!」

 

 両手の炎にプラスして、アイビームまでもがアイリスを狙う。

 その寸前で飛行ユニットを展開していたアイリスは、機動力を活かしてテッド・ブロイラーからの攻撃を回避すると同時に、指先マシンガンによる反撃を試みた。

 

「そんな豆鉄砲が通用するものか!!」

 

 戦車の機銃にも匹敵するアイリスのマシンガンをものともせずに、アイビームで執拗に彼女を狙い続けるテッド・ブロイラー。完全に頭に血が昇っている様子だが、それでも狙いは正確だった。しかも、少しでも距離を詰めると途端により高威力のファイヤーやサンダーが飛んでくる。

 かといってビームの出力も侮れたものではなく、直撃を許せばアイリスの装甲も容易く貫通してくる威力だ。

 お互いに埒が明かない硬直状態になりつつあった。しかしだ。

 

「戦闘車両部隊、テッド様を援護だー!」

 

 ここは敵の本拠地で、テッド・ブロイラーは押しも押されぬ大幹部。それが手こずっているというならば、当然部下が黙っていない。

 クルマと歩兵による対空砲火が加わり、アイリスの逃げ道が一気に狭まった。

 

「でかした、お前達! ヤツを地上に引きずり降ろすのだ!! がががー!」

「ヒャッハーのクセに連携を取るなどと!」

 

 分厚い弾幕を避けるべく、アイリスは敢えて地面スレスレまで高度を下げた。そこをテッド・ブロイラーが狙ってくる。

 そこでアイリスは、逆に自分から敵部隊の方向へ突っ込んだ。

 

「あっ!?」

 

 すれ違いざま、グラップラー兵士の顔色が一斉に青くなるのが可笑しかった。

 

「全体、退が――」

「テッドファイヤー、がががー!」

 

 アイリスの予想通り、部下の巻き添えを気にしやしないテッド・ブロイラーは、彼女が逃げる先にいた部隊ごと炎を放った。

 

「うぎゃあああああああーっ!!」

「テッド・ブロイラー様あんぎゃああああああああ!!」

 

 アイリスの後方、ほんの1メートルまで迫った獄炎と阿鼻叫喚の地獄絵図。パニック状態で隊列が乱れたところで、アイリスは再び上空へと逃げた。

 テッド・ブロイラーが苦々しげに舌打ちした。

 

「くっ! 戦車部隊、対空砲火を続けろ!!」

「は、はいぃぃぃ〜〜〜!!」

 

 恐怖に支配されたグラップラーには、暴虐の上官にも逆らおうなどという思考が残っていない。次に自分が焼かれるという恐怖から、一刻も早く原因であるアイリスを排除しようと躍起になる。

 

「どうしようもないですね、こいつら! 上も下も!!」

 

 明確な侮蔑の表情で、アイリスは振り返る。後ろを向いたまま飛行し、両手を変形させた。

 

「コード2332」

 

 生成が追いつかなくなってきた実弾から、動力炉と直結したビーム兵器に切り替えた。威力は跳ね上がる分、継戦能力が著しく低下する奥の手だ。

 それでも、とアイリスはテッド・ブロイラーを狙い撃つ。

 

「ぬおっ!?」

 

 頭部に直撃させ、テッド・ブロイラーを初めて明確に怯ませた。これなら、という淡い期待は、次の瞬間には砕け散る。

 

「……総員、アンドロイドに構うな!! 西区画へ逃亡したもう一人に専念しろ!!」

 

 良いのを喰らわせはしたが、相手に冷静さを取り戻させてしまった。その場から撤退していいと分かった途端に、展開していた部隊が潮が引くようにアクアの向かった方向へ移動を開始してしまう。

 

「しまっ――」

「顔色が変わったな、アンドロイドちゃん! 妙な戦い方をすると思えば、時間稼ぎだったか!」

「どうしてそのナリで頭が回るのです、お前!?」

「人を見掛けで判断するな、ということだががー!!」

「まあでも、気付くのが一手遅かったですね。わたしの粘り勝ちです!」

「なんだと?」

 

 テッド・ブロイラーの疑問に応えるように轟いたのは、グラップラー戦車部隊を襲った凄まじい爆撃音。重戦車のキャタピラ音。そして――、

 

『はーい、みんなー! 二人組作ってーっ!!』

 

 大音量スピーカーに乗せ、カズマ特製対ぼっち精神口撃を読みあげるレナの声だった。




 テッド様のキャラに解釈違いが無いか不安です。

世紀末テッド・ブロイラー
 カズマと同じく二十一世紀の日本から転生された
 前世では田舎の工業高校に通っていた鈍臭い少年。非常に大柄だったので「ウスノロ」「ウシ」などと呼ばれてつつも、大きな体を恐れた不良も直接的な危害は加えて来なかった。


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第六十六話 レッドゾーンmore

 色々ありましたが再開です。
 今回のタイトルはこれしかないかと。


 真紅の重戦車ウルフが、重戦車がしてはいけない鋭いドリフトをかまして、過剰なまでに搭載された多弾頭ミサイルを雨あられと撃ちまくる。

 逃げそこねた哀れなグラップラー兵士を轢き潰しながら、レナは車内のマイクへ力いっぱいに叫んだ。

 

「バレンタインデーでお母さんからしかチョコもらったことない非モテ系のみんなーっ! レナお姉さんからのプレゼントよ!!」

 

 ミサイルのプレゼントなど物騒極まりない。レナは次元の壁を超えた先にまで喧嘩を売りながら、続けて大出力の火炎放射器でSSグラップラーを焼き尽くす。

 特殊な燃料によって鉄をも溶かす破壊力を実現したサンバーンXXが、ただでさえ炎が死ぬほど怖いグラップラーどもの士気をバキボキとへし折った。

 

「ぎゃあああああ! 前も後ろも炎だぁぁぁぁ!!」

「す、進んでも戻っても焼き殺されるだなんてぇぇぇ!!」

「みんな死ぬしかないじゃない!! くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 何だったら自分で死んだ方がマシだと、手持ちのスマートボムで自害しだす兵士まで現れた。それほど炎が怖いらしい。

 無論、破壊の炎の化身とも呼べるあの男は、サンバーンの大火力にも臆すること無くウルフに立ちはだかった。

 

「がががーっ! レナ君ではないか!! わざわざ焼き殺されに来たのかね?」

 

 恐ろしいことに、テッド・ブロイラーは文字通りに鉄をも溶かす炎の壁を、何の障害にもならぬとばかりに突き抜けてのける。炎使いだから炎への耐性が高いのだ。どういう理屈かは不明だが。

 

「もはや手心は加えない! 君の母親と同じよう、炎に包まれて死ぬがいいッ!!」

「まあ怖い。股間の主砲と違って武器だけはご立派ね。それともコンプレックスの裏返しかしら?」

「がががーっ!!」

 

 挑発に乗ったのか平常運転なのか分からないが、テッドファイヤーの猛火はサンバーンの炎すら呑み込んでさらに勢いを増し、ウルフを襲った。

 地面の表層が溶解した挙げ句に水蒸気爆発まで巻き起こし、それらも一塊の爆炎となって波状攻撃を仕掛けてくる。まさしく灼熱の津波だ。喰らっているのは主にグラップラー兵士だが。

 

 レナは車体が分身しているかのようなドライビングで炎と地割れを回避して、恐れること無く憎きテッド・ブロイラーに肉薄していく。牽制の機銃をお見舞いしつつ、バックモニターを一瞬だけ確認する。

 遠目に映ったバイアス・シティに、まだ変化は起きていない。先行させたカズマとめぐみんは、まだ行動を起こしていないようだった。

 

(て、あっちを心配してる余裕なんか無いわね! 今のアタシがやるべき……ううん! 殺るべきは一つ!!)

 

 操縦桿を握り直して、レナは正面モニターを覆い尽くす炎の魔神へ全神経を集中させた。

 

「モヒカンスラッガー!!」

 

 テッド・ブロイラーが怒りのままに必殺の回転刃を放った。

 直撃即ち大破必至、現在の地球上で文句なしの最強物理攻撃。そこへ躊躇なく、アイリスがウルフとスラッガーの間に割り込んできた。

 二刀の光刃を交差させたアイリスは、四肢に小規模の爆発が立て続けに起こるのも構わず、スラッガーを真正面から受け止めてみせた。

 

「ベルゼルグ……フルパワーッ!!」

「なんとっ!?」

 

 否。防ぐだけに留まらず、テッド・ブロイラーに向かって飛んできた勢いのままに弾き返してのけたのだった。と同時に、両腕の付け根から背面に掛けてが激しいスパークを起こして爆発し、刃の維持も出来なくなったアイリスは地面に倒れ伏す。

 

 さしものテッド・ブロイラーといえども、自分の必殺武器が直撃しては堪ったものではない。真剣白刃取りの態勢で自らのモヒカンを掴み取って防御する。

 その有るか無しかの一瞬だけ、地獄の猛火が確かに凪いだ。

 

「その隙はッ!! 逃さん!!」

 

 テッド・ブロイラーの足元に亀裂が走り、鉄板を引き裂いてヤツが来る。

 ヨコヅナオーラとドラムストレッチにドーピングタブ(市販品)を重ねたドMマッスル、ダクネスである。

 

「ジェットッ! ハァァァァァーーーーーット!!」

「なにィィィィィッ!!」

 

 使用者の防御力に依存して破壊力を増すレスラーの妙技。人外の耐久力を誇るダクネスが放つ肉弾戦法は、軍艦ザウルスの首すらへし折った。

 改造に改造を重ねた怪物にすら、有効打を与えて余りある一撃だ。

 

「な、ナメるなよレスラー風情が!!」

 

 しかしそこは怪物。爆発の如き突進を鳩尾に受けながら、テッド・ブロイラーはダクネスのかな〜り太い腰回りを両手でホールドする。そして怪力に物を言わせて彼女の体を思いっきり真上に振り上げ、脳天から地面に衝突させた。

 

「パーイルドライバーァァァァッ!!」

「ぬがぁぁぁぁっ!!」

 

 メガフロート全体が激震するほどの地響きを立て、ダクネスが地面に突き刺さった。さしもの彼女も脳震盪により、気絶こそしていないが動けなくされる。

 しかしテッド・ブロイラーはダクネスへの追い討ちよりも優先して、腰のホルスターに常備していたドリンク剤に手を伸ばす。

 

「思いの外、消耗が激しいが……こういう時はこれ一本!! まんたーんドリンク!!」

 

 瓶のスクリューキャップを握力で捩じ切って、テッド・ブロイラーは腰に手を当てて中身を一気に飲み干そうと上向いて、上空から号泣顔で飛来する駄女神とガッチリ視線が噛み合った。

 

「ごぉぉぉっどぶろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!!」

 

 完全に裏返った声で絶叫し、アクアは渾身の力を込めた必殺拳を落下速度に乗せて振り下ろした。

 が、勢い余ったアクアは拳ではなく、脳天からテッド・ブロイラーのモヒカンが外れた頭頂部に激突。ダクネスをも超える耐久力が繰り出す突進が炸裂した。

 

「がっ! がっ! がががーーーっ!?」

 

 ドリンク剤の瓶を取り落としたテッド・ブロイラーが、直撃を受けた額を押さえてたたらを踏んだ。憤怒に染まって血走った眼を剥き、すぐ近くにいるであろう女神を探す。

 しかし、見つかったのは女神が乗っていた玩具のような戦車兵器だけである。

 

「ど、どこへ行った……ッ!?」

 

 飲み損ねたドリンクの瓶を忌々しげに踏み潰し、テッド・ブロイラーは姿を晦ましたアクアを探す。

 が、探すまでもなくアクアはテッド・ブロイラー背中に張り付いていた。火炎放射器のボンベを剥がそうと、力任せに固定器具を引っ張った。

 しかしボンベとテッド・ブロイラーとは半ば同化しておりビクともせず、むしろ背中の違和感に気付いたテッド・ブロイラーに察知される結果となった。

 

「そこにいたか!」

「ひぇっ!! あばばばばばっ!?」

 

 首を180度回転させて背後へ振り返ったテッド・ブロイラーが、唇の分厚い口を大きく開く。

 喉の奥には、もう一本火炎放射器のノズルが隠されていた。

 

「Good-bye、ゴッデス。テッドファイヤー!!」

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 灼熱の業火に呑み込まれ、アクアは小動物のような悲鳴を挙げた。それでもボンベにしがみついた手を放そうとはしない。

 

「がががー! 頑張りますな、女神様」

「熱い熱い熱い熱い、けど……まだまだぁぁぁぁっ!!」

 

 この世界でバイオニックドッグとして培った耐久力に、存在の根幹に根差した水の権能でひたすら堪えた。

 必死に耐える女神の懸命さ、いじらしさに、テッド・ブロイラーの表情が愉悦に歪む。

 そうしてまたしても隙を晒すモヒカンの外れた後頭部に、ウルフの照準がピタリと重なった。

 

「必殺、必中! 『狙い撃ち』!!」

 

 レナの極限まで研ぎ澄まされた感覚が、ミリ単位まで照準を修正。APFSDS弾によるピンポイント射撃が放たれた。

 ところがテッド・ブロイラーは瞬時にまた正面に首を戻し、アイビームによって飛んできた砲弾を迎撃してしまった。

 間髪入れず、前方に突き出した両手から必殺の火炎流で即座に反撃までしてのけた。

 

「まず……っ!?」

 

 炎に包まれたウルフの弾倉が誘爆し、激しい衝撃がレナを襲った。

 武装のほとんどが瞬時に大破したとみるや、テッド・ブロイラーはウルフに向かって走り出す。両腕を広げ、極端な前傾姿勢を取り、脳天からウルフにぶち当たった。

 

「テッドボンバー!!」

「うわああああああああっ!?」

 

 まるで巨大な鉄球にでもぶつかられたように、ウルフの車体が撥ね飛ばされた。レナの悲鳴を轟かせ、地面に激突したウルフがエンジンから炎を噴き出す。

 

「あ、ぐ……まず、い…まず、いっ!?」

 

 車内の生き残ったシステムが、無数のアラートと警告音を発する。誘爆を防ぐためにエンジンが自動停止したせいで、ほとんどの機能が使用不可能となってしまった。

 

「レナ!?」

「ご心配無く、女神様。トドメを刺すのはこれからです、ブロロロロー」

「さ、させるかーっ!!」

 

 テッド・ブロイラーが素手でウルフの装甲を抉じ開けようとするのを見て、アクアは相手の後頭部を全力で殴り付けた。

 だが先の一撃で女神パワーを使い尽くしてしまったアクアでは、成人男性の三倍程度の腕力しか発揮できない。それではテッド・ブロイラーの石頭に通じる道理がなかった。

 

「こそばゆいですぞ、女神様。さて、これで万事休すだね、レナ君」

 

 運転席を丸裸にされ、剥き出しにされた生身のレナに、テッド・ブロイラーは凄みのある笑みを向けた。

 獲物を前にした狩人のそれに、レナもまた強引に口の端を釣り上げて笑い返す。そして白兵専用のワンハンドガリルを抜いた。

 

「ブロロロロー! そんな豆鉄砲でオレを倒せる気かね?」

「倒すわよ! アタシはハンターで、アンタは賞金首! どっちが狩る側か、考えるまでもないわ!!」

「しかし、熟練したハンターも僅かな油断で獣に殺される、とも聞く。ましてや君のようなヒヨッコが、本気でこのテッド・ブロイラーを倒せるとでも?」

 

 テッド・ブロイラーは、勿体付けた動作でレナに右手を差し向ける。

 

「何度も言わせないで。倒すわよ」

 

 レナは目をそらさず、僅かな震えすらも見せず、ただ真っ直ぐに敵を睨み返していた。

 ここで終わるとしても、こいつ相手には一歩も引かない。そんな覚悟を込めた眼差しが、テッド・ブロイラーをほんの少しばかり不快にする。

 

「では、その夢を抱いたまま灰となるがいい。テッドファイヤー!」

「ダメぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」

 

 アクアの悲鳴が響く中、あらゆる物を焼き付くす地獄の業火が放たれた。

 ……はずだった。

 

「冷たっ!?」

 

 流石に覚悟を決めていたレナが浴びたのは、炎ではなくひんやり冷たい、ただの水。世紀末には大変貴重な清水であった。

 水はテッド・ブロイラーの火炎放射器から結構な勢いで放たれており、レナだけでなく大破したウルフの車内までもを水浸しにした。

 

「な、なんだこ、これは……!?」

 

 そしてテッド・ブロイラー自身にも異変が起きていた。火炎放射器の故障による精神的ショックもあるが、それ以上に体の不調に愕然としている。

 

「がががーっ!? し、システムエラーだとぉ!? このて、テッド・ブロイラーの体に……ががーっ!!」

 

 ただでさえ土気色の顔に脂汗を浮かべ、胸元を搔きむしるように悶え苦しむ。あまりに激しく暴れるものだから、体力の限界が近かったアクアも振り落とされた。

 

「いったぁ!!」

「ががっ、女神様…ががーっい、いったい何を……ががーっ!!」

「え? なに? 私!? 私何かしちゃった!?」

 

 訳が分からない、といった様子のアクアだったが、レナはテッド・ブロイラーの様子を観察するうち、その原因にピンときた。

 

「……へえ! 随分とえげつない方法を使ったわね、アクア。カズマ似てきた?」

「や、やっぱり私なの!? でも特に何も……」

「あいつの持ってた燃料とか、体内の人工血液を真水に変えたんでしょ?」

「え?」

 

 そこまで言ってもキョトン顔なアクアに、レナは堪らず吹き出してしまった。

 改めてテッド・ブロイラーを見れば、顔中の穴、搔き毟った人工皮膚の亀裂から、清らかな透明の水を滴らせている。

 アクアの持つ、触れた液体を清水に変える異能……生物に対しては発動しないが、サイボーグや改造人間は真っ当な生物の範疇には無いらしい。

 

「が、がががー! め、女神様、助け……ま、また死ぬのはイヤだががーっ!!」

 

 ついには膝をつき、情けなくも女神の慈悲にすがろうとするテッド・ブロイラーであるが、素人目に見ても手遅れ感が強い。

 無論、かといって相手が死ぬのをただ待っているレナではなかった。

 

「うるさいっての!」

 

 道具袋からありったけのフリーズビールDXを引っ張り出して、テッド・ブロイラーに思う存分ぶちまけた。

 体内から水浸しである今のテッド・ブロイラーには、必要以上に効果覿面だ。一瞬にして、炎の魔神が氷の彫像に成り果てた。

 

「がががーっ!! さ、寒い……!」

「って、まだ喋れるの!? マジで化け物だわ、こいつ」

 

 呆れ半分に驚愕しつつも、ワンハンドガリルを構えるレナの手付きは冷静そのものだった。万感の想いで撃鉄を起こし、銃爪に指を掛けていく。

 

「女神様、どうして……オレなら、ノアだって倒せたの、に……っ!!」

「これで、本当に……!!」

 

 レナとテッド・ブロイラー、両者の指先が同時に動く。

 

「オレが死んだら、何にもならねーじゃねぇーか、がががーっ!!」

「くたばれッ!!」

 

 銃撃の残響に搔き消される程度の、ほんの僅かな音を立てて、氷像が木っ端微塵に砕け散った。




 更新していない間にも読んでくれた方、コメントを残してくれた方。
 本当にありがとうございます。


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第六十七話 ありったけの火薬、かき集め

アクアハンブラビの復刻まだ?


 砕け散る巨悪の肉体、足元まで転がってきた無骨な頭部に、レナは追い討ちを仕掛けるようにワンハンドガリルを撃ち込み続けた。

 すでに事切れていると解っていても、空になった弾倉に補充してまで凍てついた欠片を撃ち尽くそうとする。

 

「れ、レナ! ストップ、ストップ!!」

 

 こんな時でもどこか能天気な猟犬に制止されなければ、レナはきっと何時までだって撃ち続けていた。

 

()()もう動かないから! 落ち着いて!?」

「……分かってる。でも、ちょっと殺し足りなくって」

「何を言ってるの……いや、言いたいことは分かるけどね!?」

 

 呆れるアクアに微笑んで、レナは殺気こそ引っ込めないものの銃を収めた。代わりに回復ドリンクを取り出して一気に飲み干し、体力の回復とともに気持ちを落ち着けた。

 

「アクア、ノビてる二人にも回復薬を飲ませておいて。その間にウルフを整備しておくから。またいつ敵が集まってくるか分からないし」

「それはいいけど……あなた、本当に大丈夫? えっと、おっぱい揉む?」

「吸っていいの!?」

「そこまで許してないわよ!!」

 

 様子がおかしいと感じたが、取り越し苦労のようだとアクアは首を振った。頭を切り替えたアクアは、当然体を触らせるサービスも無しよとダクネスの元へ向かう。脳天から地面に突き刺さった彼女を、急いで引き抜かねば。

 

 走るアクアの背中を見送って、レナはiゴーグルのメンテナンスモードを立ち上げた。だが、後ろ髪を引かれるようにテッド・ブロイラーの残骸へと振り返る。

 

「……なーんか、呆気なさ過ぎない? ……いやいや、まさか……」

 

 理屈など無い、ハンターの本能に基づいた直感が囁く。レナはそれを理性で否定しながら、iゴーグルのモードを切り替えた。

 

「リスト称号。賞金首、テッド・ブロイラー……」

 

 音声認識によって、すぐにiゴーグルのレンズに賞金首情報が投影される。

 ……テッド・ブロイラーの情報は、すでに「討伐済み」に更新されている。レナの戦闘記録が、早くもハンターオフィスのデータベースとリンクしたらしい。

 

「テッド・ブロイラーは倒した……のに、ようやく憎い仇を討った達成感が湧いてこない……なんで?」

 

 自問への答えを求めるように、レナはバイアス・シティへ一足先に敵本拠地に潜入した参謀の少年を思い浮かべた。

 

 

 

 同じ頃。

 ではその、潜入したチーム・メタルマックスの参謀兼サブリーダーと、破壊工作員……もとい爆裂アーチストはというと。

 

「……行った?」

「はい。周囲には兵士も警備ロボットもいません」

「よし。GO!」

 

 ダンボール箱を被った不審人物が二人、バイアス・シティ中枢へと下る通路をコソコソと進む。クルマを一旦隠して、かなり深い区域を探索中のカズマ&めぐみんだ。

 不審なダンボール箱が列になって移動していたら逆に目立って仕方がないのだが、兵士達はみんな頭グラップラーなので目の前で動かなければ気付かない。ここまでノーエンカウントで辿り着けた。外で満身創痍なレナ達とはえらい違いである。

 

「しかし……カズマ、この間抜けな姿はどうにかなりませんか?」

 

 何度目かの不満を口にするめぐみんは、何の変哲もないダンボール箱を被るという行為が我慢ならない様子だ。せめてこう、もうちょっと機能度外して装飾したいらしい。もちろん、これ以上の悪目立ちはいくらグラップラー相手でも誤魔化せなくなる、却下だ。

 

「失礼だぞ、めぐみん。この潜入方法は伝説の傭兵だって好んだ、由緒正しきものだぞ」

「伝説の傭兵……はっ! まさかソリッド・スネークですか!? 大破壊の最中、たった一人でノアの軍団を幾度も退けたという……!」

「な、なんでめぐみんがそれを知ってるんだ……!?」

 

 偶然にもかの傭兵と同じ多機能眼帯を操作するめぐみんは、声を抑えながらもテンションを上げていた。ひょっとして、この世界にはかの傭兵が実在していたのだろうか……と、カズマのテンションも釣られて高まった。

 

「あ。カズマ、突き当たったら右へ。そのまま直進した先がフェイルセーフロックの解除装置です」

 

 道中で手に入れた施設の見取り図を照会するめぐみんが、珍しく壁役として先を行くカズマに指示を出す。

 

「システムへのアクセスは、これまで通り例のアレで」

「よっしゃ! にしても……いいタイミングで良いもの拾ったよな〜」

 

 カズマは武器(スパナ)と一緒に、めぐみん曰く「アレ」を取り出す。一般的なカードキーと同形状のそれが、ピチピチの残骸から回収した彼らのチートアイテムである。

 

「シンクロナイザー、でしたか。使い方を間違えると何が起きるか分かりませんが、便利ですね。銀行の大金庫でも解錠できそうです」

「……ど、泥棒はよくないと思うよ?」

 

 冗談です、と言っためぐみんの口調がいつも通りなので、どこまで本気か判断できなかった。

 やがて突き当たりに到着したところで段ボール箱を脱ぎ、認識装置にシンクロナイザーを当てる。本来なら登録されたカード情報を読み込ませるところに、持ち主であるカズマの「開け」という意思を機械に直接送り込む。

 装置が一瞬だけ赤いアラートランプを点灯させるが、すぐに電子ロックが解錠され、扉がスライドした。

 

 と同時にデンジャラスなマイクを片手にめぐみんが室内へ飛び込み、カズマも大量のスパナをいつでも投げられるよう身構えて彼女に続く。

 常駐していた警備の兵士数名が侵入者に気付いた時にはもう、大きく息を吸い込んだめぐみんが、マイクに向かって叫んでいた。

 

『ボエ~♪』

 

 デストロイヤーを破壊した破壊音波による先制攻撃が、瞬く間に兵士達を蹴散らした。うるさいとか喧しいとかそういう次元ではない、スーパーソニックによる物理攻撃であった。

 うっかりするとカズマも巻き込まれかねないが、そこは音に指向性を持たせることで敵だけを狙っている。

 

「あらよっと!」

 

 カズマもスパナをぶん投げ、部屋の四隅に設置された警備システムを破壊。これにて制圧完了、戦闘時間は10秒にも満たなかった。

 

「ふっ。チートも無しでこの時代に降り立った時はどうなるかと思ったが。俺も随分とレベルが上がったものだ」

「アホ言ってないでさっさとハッキングしてください、カズマ。時間を掛けては瞬殺した甲斐性がありません」

「正論だけど、そういうことをめぐみんから言われると腹立たしいぞ」

 

 腑に落ちない思いを抱えたまま、カズマはシンクロナイザーを握り込む。適当なモニターを拳で叩き割った。そして先程のドアと同じく「止まれ」という意思を送信する。

 数秒と経たずに全てのセキュリティシステムがダウンして、あっちこっちの扉のロックも解除された。

 

「オカルトですねぇ」

「まあ天界から持ち込まれたハッキングツールだからな。やってる事も文字通りのチート行為だし」

 

 文明が残っている場所であるほど、シンクロナイザーは凶悪な使い方が出来そうだ。オトピチがもうちょっとでも賢かったら、もっと上手くズルく立ち回れていただろうに。

 一応、アクアによればチートアイテムは本人でなければ十全に力を発揮できないそうだ。それでもフィーリングでハッキングできると言うのは恐ろしい、と現代っ子のカズマは思った。

 

「さてカズマ、セキュリティを解いたなら今はバイアス・シティの中枢へ急ぐのが先決です。外ではレナ達が、あの化け物と戦っているのですから」

「そうだな。けど、意外ととっくにテッド・ブロイラーを倒してたりしてな」

「残念ながらその通りだよ、カズマ君。彼女達は良くやってくれた」

 

 カズマの軽口に答えるよう、透明感のある女性の声が上空から響いた。その直後に天井の一部が破られる。

 咄嗟に臨戦態勢を取ったカズマとめぐみんの間を割るようにして着地したのは、銀髪に小柄な体型が特徴の少女だ。その顔を見て、二人が同時に目を見開いた。

 

「クリス!? 脱出したのか!?」

「なんとかね。テッド・ブロイラーがいないお陰で、色々とやりやすかったわ」

 

 クリスは得意げに鼻をすする。見たところ、外傷や衰弱の様子はない。それどころか、血色も肌艶も良好であった。

 

「良かった。アクアも心配していたぞ?」

「先輩が心配、ねぇ。普段と立場があべこべだわ」

「そんな日もありますよ。それよりカズマ、セキュリティも解除しましたし、一旦クルマの場所まで戻りましょう」

 

 めぐみんの提案に、カズマは「おう」と頷く。すると、クリスが率先して部屋の出入口に向かっていった。

 

「なら、私が安全なルートを確保するわ。スカウトの本領を見せてあげる」

「せっかくのご提案ですけど、私達の目的にはクリスの救出も含まれているのです」

「だな。そんなことされたら本末転倒だ」

 

 気遣う言葉に、クリスは大丈夫よ、と後ろ手に手を振って答えた。しかし歩きだした彼女に二人は続かない。

 

「意地張ってないで、協力しましょ? ほら、さっさと行くわよ」

「逝くなら独りで逝ってください、このニセモノ」

「--え?」

 

 めぐみんの一言に、クリスのような何者かがキョトンとした顔で振り返った。

 その刹那。めぐみんは構えていたグレネードランチャーから榴弾を発射。指向性を持たせた爆裂を浴びせ、壁際まで吹き飛ばしたのだった。

 クリスのような何かは、全身を爆炎に包まれながら床を転がった。

 

「やっぱり案内は俺達がするぜ。ただし、地獄へのな」

「カズマ、かっこつける前に全力でクルマまで逃げますよ。私のスカウター……じゃなかった、iゴーグルのエネミーセンサーがレッドアラートしてます。こいつ、最低でも四天王クラスです」

「マジかよ!?」

 

 そうと聞いたらノンビリしてはいられない。二人は蹴破る勢いで部屋を脱出すると、ダンボールも被らずに走っていった。

 二人が去った後、倒れていたクリスっぽい何かはゆっくりと立ち上がった。体に火が着いたまま、電源の落ちたモニターを覗き、自分の顔を映す。

 

「……おっと。顔に傷跡をつけ忘れていた。しかし、だからと言っていきなり撃つヤツがあるかな? オレでなければ死んでいたぞ、()()()()()

 

 ニヤリ、と本来の彼女であれば決して浮かべない(本体のエリスだったら悪魔に対して向けそうな)獰猛な笑みを浮かべ、クリスっぽいものは焼け落ちた衣服を乱暴に脱ぎ捨てた。

 貧相な体を包むのは、ピッチリした青地の全身タイツ。赤いベルトとグローブとブーツをアクセントとして、ついでに髪の色まで銀髪から赤髪へと変貌させた。

 

 その出で立ちは、背中に火炎放射器のボンベがない以外、ついさっき狩られたハズの最強最悪の賞金首そのものだ。

 

「さて、と。鬼ごっこ開始としようか、カズマ君。この新しいボディの調子を試すには、少々小者だがね、君は。ブロロロローッ」

 

 そうしてカズマ達を追おうと部屋を出ようとして、クリスっぽいものが室内へ振り返った。

 

「う、ぐ……」

 

 視線の先には、めぐみんの音波攻撃から辛うじて生き残ったSSグラップラーが、呻き声をあげて転がっていた。

 クリスっぽいものはスーッと片手を伸ばし、指先を兵士に差し向ける。

 

「テッドファイヤー!!」

 

 残忍な笑みで叫んだ瞬間、火の気の無かった指先から灼熱の炎が放出された。

 あまりの火勢に、兵士どころかセキュリティルーム全体が一瞬にして炭化してしまった程である。

 これには、炎を放った本人も驚いて、自分の指先をまじまじと見つめてしまった。

 

「我ながら恐ろしいな。これが魔法……いや、女神の力か。がががーっ!! そうでなければ、こんな小娘の肉体に生まれ変わった甲斐が無い!」

 

 炎の威力にご満悦の様子で、クリスっぽいもの……新生した炎の魔神エリス・ブロイラーは、悠々と歩いて出撃した。




エリス・ブロイラー
 捕獲したクリスのクローンボディに、テッド・ブロイラーの人格を移植したグラップラーの最終兵器。女神の本体から強引に力を引き出し、強力なパイロキネシス能力を獲得している。開発にはテッド・ブロイラーが持ち込んだチートアイテムが使われているらしい。
 本人と精神がリンクしているが、厳密にはレナに倒されたテッド・ブロイラー本人ではない。しかしその魂を受け継いだ巨悪である。


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第六十八話 崩壊の序曲

 エリス様の元ネタがまんまギリシャのアレだって知った時からエリス・ブロイラーのネタは考えていました。


 バイアス・シティは未曾有の大混乱に陥った。

 何故かって? テッド・ブロイラー敗死の訃報が届いたからだ。

 クローニングされた強化兵士達といえども、感情を持った人間には違いない。無敵のテッド・ブロイラーがハンターに斃されたというのは、受け入れ難い衝撃だった。彼らにしてみれば、太陽が西から昇った、という方がまだ信じられる。

 

「も、もうおしまいだ! 侵入者もいるらしいし、この基地ももう持たねえぞ!」

 

 誰かが吐いた弱音が、油紙に火を灯したように拡がっていく。

 

「俺は逃げるぞ! 逃げて別の組織に鞍替えだ!」

「お、俺もだ! 沈んでいく船に用はネェーぜぇー!!」

 

 クローン兵士達は意外と情緒豊かで、自己保身やら危機管理能力もしっかりしていた。我先にとバイアス・シティから逃げ出そうとするが……そんな事を企てた小悪党(ザコキャラ)の末路など一つだけだ。

 

「どこへ行くんだァ?」

「あ、あん? 誰だ、テメェ!?」

 

 長い銀髪に青い全身タイツを着込んだ、色々と小さい娘が立ち塞がった。

 

「人体改造の被検体か? オレたちゃ忙しいんだよ、邪魔すんな!」

「バイアス・シティは厳戒態勢中だぞ。持ち場に戻れ」

「テメェにゃ関係ねーだろ! このまな板チビスケが!!」

 

 面倒になった兵士は娘を突き飛ばそうとした兵士は、次の瞬間。頭から爪先までを瞬時に炎に包まれた。

 

「ほへ?」

 

 崩れ落ちた仲間の姿を呆然と眺める兵士達だったが、彼らもまた一人ずつ、次々と火達磨にされ、炭化して崩れていく。

 

「な、なんだぁぁぁ!?」

「この炎……それにその衣装! ま、まさかテッド・ブロイラー様ァ!?」

「がががー。気付いたなら命令に従え。……どうした?」

 

 エリス・ブロイラーは見せしめとばかりに兵士の焼死体を蹴り壊す。しかし兵士達がその場を動こうとしないので、人差し指に炎を灯して彼らに突き付けた。

 ところが、である。

 

「ぷっ」

「くくくくっ!」

「ギャーッハッハッハッハ!!」

 

 小さく平たいエリス・ブロイラーの姿は、以前の厳つい顔を見慣れていた兵士達には、脅威とは映らなかったようだ。一斉に銃を構えてエリス・ブロイラーへ向けた。

 

「なんのつもりだ?」

「予備ボディか何か知らねえが、天下のテッド・ブロイラーもそうなっちまったら形無しだぜ!!」

「どのみちグラップラーはおしまいだ! あんたを殺して俺達は逃げるぞ!!」

「世界にはグラップラーだけじゃねえ! 悪の組織はいくらでもある! そっちで好き勝手やらせてもらう!!」

「……やれやれ。これなら予算をケチらず、製造時に服従回路を組み込んでおけばよかった」

 

 やれやれ……と言わんばかりに肩を竦めたエリス・ブロイラーは、愚かで哀れな脱走兵達へ右手を軽く上げた。

 

「では死ぬがいい」

 

 エリス・ブロイラーが指を鳴らす。摩擦が起こした火花が一瞬にして数十倍から百倍以上に膨れ上がり、爆発となって脱走兵達を呑み込んだ。

 あまりの火力と延焼速度に、燃やされた兵士達も何が起きたか分からなかっただろう。

 

 さらに炎は勢いを失わず、バイアス・シティそのものを蹂躙していく。背後にあった電波塔が、あっという間に炎に呑まれ、支柱を溶かして倒壊していく。

 

「ま、組織を見限りたい気持ちは理解できる。もはやバイアス・グラップラーは目的を果たし、その存在意義を失った。であれば、いつまでも燃えるゴミを残す必要は無い!」

 

 エリス・ブロイラーが僅かに手を動かしただけで、火線が走り爆発が乱れ飛ぶ。

 もはや敵も味方もヤツには無い。手に入れた力でもって破壊し、蹂躙するだけの(ケダモノ)と成り果てた。

 ……いや、元からケダモノだったな、うん。

 

「ががががーっ!! なんとも小気味よいものだな、パイロキネシスというのは!」

『テッド……テッド・ブロイラーよ』

「む。この声はヴラド様」

 

 破損したスピーカーから、ノイズで潰れた主の声が流れ出し、ようやくエリス・ブロイラーは破壊の魔の手を一旦休めた。

 

『テッド・ブロイラーよ。お前のオリジナルも倒され、もはやこのバイアス・シティを護る戦力は残っておらん。各なる上は――』

「ええ。プランD……バイアス・シティ中枢を完全に閉鎖し、ヴラド様とメインシステムを永久に封印する。解っていますとも」

『では遊んでいないで仕事に取り掛かるのだ。その不死身の体を愉しむのはそれからにしろ。急げよ』

 

 投げつけるように一方的な命令を下し、通信はブツリと切れた。

 吽とも寸とも言わなくなったスピーカーを指パッチンで焼き尽くしたエリス・ブロイラーは、ニンマリとした笑みを浮かべて嘆息する。

 

「やれやれ、最後まで口うるさい雇い主だな。……ま、そんなに言うならカズマ君達は後回しでもいいか、な? ブロロロロ」

 

 取り出した葉巻に着火し、優雅に紫煙を燻らせるエリス・ブロイラーは、もはや地上に敵などいないとばかりに肩で風を切り、地下施設へと足を向けた。

 

 

 

 偽装用のダンボール箱も放り捨てて、カズマとめぐみんはサイレンが鳴り響く地下通路を全力疾走していた。

 さっきからヤバそうな爆発音と振動が断続的に続き、ヤバそうなサイレンが鳴り響いている。海送りではなく、オールひろゆきの方だ。

 兵士達はすれ違う二人に目もくれず、我先にと逃げ出していく。厄介な警備マシンも機能停止して佇んでいるが、これはさっきモニター室が破壊された影響だろう。

 逃げていく兵士達の流れに逆らう形で、カズマとめぐみんは通路を駆ける。

 

「めぐみん! 進路はこっちで合ってるのか!?」

「は、はいっ! そのまま直進――して、ぜひゅっ!!」

 

 息も絶え絶えで脂汗まみれなめぐみんは、犬にように舌を垂らしながらカズマに頷いた。

 スタミナが無い訳でも無いめぐみんでも、こうも走りっぱなしではグロッキーにもなる。それでもiゴーグルの操作に余念はなく、この通路の先に潜入時に隠しておいたクルマを遠隔操作で先回りさせている。

 閉鎖された通路はシンクロナイザーでこじ開け、あとは正面の非常階段を駆け上がれば野バスとゲパルトが待ち構えている算段だ。

 

「……って、ここ登るのか!?」

 

 地上直通の非常階段フロアで吹き抜けを見上げて、カズマは目眩がした。天井が薄っすらとしか視えていない。壁に沿って設置された螺旋状の階段が何階分あるか数えようとして、脳が即座に拒否をした。

 

「30階分ってところですね」

「一瞬で数えるんじゃあねーよ! 気が滅入るから」

「同感です。ちょっと作戦を変更しましょう」

 

 ちょっと下がって、とめぐみんに裾を引っ張られたカズマは、言われた通り入口のドア付近まで後退した。

 めぐみんが集中した様子でiゴーグルを操作している。砲弾ゲージツ中と同じ表情に一抹の不安を覚えながら、彼女のやることを見守る。

 

 その時だ。頭上の遙か先、天井の方から凄まじい爆発音が轟き、カズマは堪らず「ヒィィッ」と情けない悲鳴を上げた。

 

「あ、もうちょっと下がりましょう。危ないですよ」

 

 小さな手に引かれて階段室を出た次の瞬間、あの軍艦サウルスの足音にも匹敵する衝撃波が襲って来て、カズマとめぐみんは同時に跳び上がった。

 

「ぎゃああ! な、何をしたんだ!?」

「の、登るのが面倒なので来てもらいました」

「何言ってんだ……あ、野バスとゲパルト」

 

 土煙の晴れた非常階段室に再度入れば、倒壊した天井と階段の瓦礫に半ば埋まりながらも、全く無傷な愛車達の姿があった。入口を砲撃し、ここまで飛び降りさせたらしい。

 

「遠隔操作で主砲撃つのって難しいですね。爽快感もありませんし」

「言いたいことはあるけど、グッジョブだ」

 

 サムズアップしためぐみんにカズマも親指を立てて返してから、早速野バスに乗り込んだ。めぐみんも続いてゲパルトへ。

 改造に改造を重ねた車体は、30階分の高さを落下してもノーダメージだった。エンジンの出力を上げれば、瓦礫も蹴散らせてそのまま発進できそうだ。

 珍しくめぐみんのファインプレー……かと思いきや、発進準備を整えたカズマは半目で通信機のスイッチを入れた。

 

「で? ここからどうやって脱出するんだ、めぐみん先生? ドッグシステムは牽引車の中だぞ」

 

 そして牽引車はレナに預けてある。通信機越しでも分るぐらいに、めぐみんが「しまった!」と大口開けているのが伝わってくる。地頭が良くても無思考な癖がどうにもならない。

 

「ま、しょうがない。脱出は止めて、ひと暴れするとすっか!」

「さっきのクリスもどきと遭遇したらどうしますか? 我々だけで勝てると思います?」

「いざとなったら()()()()の使用を許可する」

「マジですか!? よっしゃあ!」

 

 歓喜するめぐみんとは裏腹、カズマの表情は苦渋に満ちていた。なにしろフメツ・ゲートの大橋をぶっ飛ばした爆裂砲弾、あれよりもさらに強力な弾を一発だけ持ち込んでいるのだ。

 屋内での使用はもちろん、想定される威力は戦略兵器に分類される、めぐみん史上最強傑作である。

 

「けどあれ、屋内で使ったら間違いなく私達も死にますよ?」

「だから最終手段だ。というか、あんなもん使わずに済む方がいいに決まってる。夜中の夜明けなどあってはならないんだ」

「何を言ってるんですか、核兵器じゃあるまいし。ただの連鎖爆裂式プラズマ結界ですよ。地上に太陽の模造品を出現させるだけです」

「核を使わないでそれが出来るって魔法使いか、お前は?」

 

 喋っている間に準備を整え、野バスの光子力ジェットとゲパルトの無双ドライブが最大出力で唸りを上げた。

 発生した超振動波が周囲の瓦礫、そしてクルマ二台が落下した衝撃でガタガタになっていた床の基礎構造を木っ端微塵に打ち砕く。

 アクセルを全開で踏み込んだカズマ達だったが、彼らの乗ったクルマは前方ではなく、突如として足元に開いた大穴へ真っ逆さまに落下を始めた。

 

「え?」

「おろ?」

 

 状況を理解する間もなく、二人は暗く果てない闇の底へと消えていく。数秒遅れでの悲鳴は、サイレンと崩落に掻き消されて誰にも届くことがなかった。




 めぐみんの爆裂ゲージツは世界一ィィィィッ!!


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第六十九話 妄執の果てに得たものは

 叛逆ノ狼火の情報が全然出てこない。
 あとFate/EXTRAのリメイクの情報も出てこない。


 装甲車に詰め込んでいた物資と予備パーツを使い切り、ウルフの修繕はギリギリ叶った。これで一戦闘ぐらいならどうにかなるだろう、その後は知らんが。

 

「ついでに搭乗員もいっぱいいっぱいだけどね。狭いからもっとこっち詰めていいのよ?」

 

 そう言って、レナはダクネスが気を失ってるのを良いことに遠慮なく抱き寄せ、豊かな金髪に顔を埋めて大きく深呼吸をした。

 ドMでもゴリラでも、美女は良い香りがする……かと思えば、血と硝煙の臭いしかしない。炎の匂いが染み付いてむせ返りそうだった。

 

「変態さんですね」

「イリットへの報告件数がプラス1、と」

 

 それぞれ砲塔とコントロールユニットに収まったアクアとアイリスから反目で見られるのも意に介さず、レナはウルフのイグニッションキーを回す。

 先行したカズマ達の信号は、数分前に途切れてしまっている。倒されたか、シェードのある場所に入ってしまったか。いずれにしろ急がないとエビフライ二人前が完成してしまう。

 

「よし。んじゃま、ラストスパートと行きますか!」

 

 汗ばむ掌でハンドルを握り直し、レナはアクセルを全開で踏み抜いた。

 その時だ。

 

 真下から突き上げてくる衝撃に、ウルフの車体が宙に浮いた。

 

「ひっ!?」

「え、ちょっ!? ななな何ごとぉ??」

「……湖底から急速に浮上する超大型反応……! メガフロートを突き破ります!!」

 

 アイリスが警告を発した、ジャスト1秒後。

 コンクリートの地面に亀裂が走り、支柱の砕けたメガフロートが中央のバイアス・シティを残して崩落を始めたのだった。

 

「っ!! エンジン全開!」

「やってます! レナ、走って!!」

 

 微かに残る、しかし現在進行系で崩れていく僅かな道を、ウルフはバイアス・シティを目掛け限界速度でかっ飛んで行った。

 

 

 

「……さん。……マさん」

 

 暗闇の中で自身を呼ぶ声を聞き、カズマは無造作に片手をシッシと振った。

 

「なんだよアクア、エサならレナかめぐみんにでも貰え……」

「私はあなたの飼い犬ではありません。というか、女神を犬扱いする不届き者なんて後にも先にもあなたぐらいじゃないですか?」

「……え、誰?」

 

 聞き覚えがあるような気がするけど馴染みのない声に、カズマは慌てて身を起こした。

 

 そこはいつかの、市松模様の床がどこまでも広がった生と死の狭間。死後の人間が沙汰を受ける女神の間であった。

 

「あっれ? なんで俺、こんなところに……?」

「臨死体験のようなものだと考えてください。緊急事態故に、あなたの意識が途切れた隙にお呼びしました」

 

 鈴を鳴らすような清廉な声に振り向けば、高級そうなゲーミングチェアに腰掛けた見覚えのある美女が、神妙な面持ちでカズマを見つめていた。

 誰だ? ともう一度訊こうとしたカズマは、そこではたと思い出す。この女性は確か!

 

「アクアの後任になった天使の人!?」

「ほう。私のような一発キャラをよく覚えていましたね。ちなみに、現在は正式に女神に昇格しました。アクアパイセンにはもう、戻ってきても椅子はないと伝えておいてください。……そんなことより」

 

 覚えてもらっていたのが嬉しかったのか、ゲーミングチェアの電飾が鮮やかな緑に輝いた……かと思えば、急に物悲しい青紫に変わってしまう。光度も若干落ちた。

 元天使な女神の表情は作風に似合わぬシリアスさで、カズマも居住まいを正して聞きに入った。

 

「悠長に話している暇はありません。単刀直入に申します。テッド・ブロイラーが天界に攻め込む前に、一刻も早く退治してください」

「ウルトラマン呼べよ」

 

 そして身に余る無理難題を吹っ掛けられ、即効で断った。メカニック独りでテッド様攻略とか、難易度ノーマルでもレベル(レベルメタフィン)が足りない。

 

「すみません、説明が足りませんでしたね。あなたが倒すべきは地上で造られた、女神エリスのクローンボディを持った新生テッド・ブロイラーです」

「ちょっと話が見えないんですけど」

「そうですね。では図で解説します」

 

 女神は不思議な力でクリップボードを取り出して、マジックで図を描いていく。椅子といい、小道具にイマイチ威厳が足りない。

 

 女神は上手いんだか判断に苦しむ画力で解説する――、

 

 

 

 されました。

 

「なんてこった。クリスの正体がアクアの後輩女神で、あのクリスっぽいヤバいヤツは女神のクローンボディに人格を移したテッド・ブロイラーだったなんて!」

 

 一通りの説明を聞き終えたカズマは、とりあえず女神に「理解できたよ」と示すべく繰り返した。

 女神は、一先ず話が伝わったことに安堵の表情を浮かべ、そしてすぐにキリッとした真顔に戻ってクリップボードをしまった。

 

「我々はヴラドという男を侮っていました。人間の脳構造を完璧に模したエミュレーターを作り上げるならまだしも、世界の摂理の外側に在る女神の肉体をクローニングするなど」

「やっぱりヤバいんすか、それ?」

「ヤバいなんてもんじゃありません。人の頭脳を加えた魔神、悪魔の体に人間の心、愛を知った魔剣士。そういった存在が完全な悪として暴れまわるのですから」

「地球脱出用のチートアイテムとか持ってませんか?」

「残念ながら大魔王からは逃げられません」

 

 恐ろしきは人の業である。

 幸いにして、テッド……いや、エリス・ブロイラー本人は、自力で天界へ乗り込める能力があることにまだ気付いていない。もしかすると知らないまま地上で暴れ続ける可能性だってある。

 だが万が一にもテッド・ブロイラーが女神エリスとしての能力を完全にものにしたら最後、天界を滅ぼし尽くのは火を見るより明らかだ。

 そして天界を乗っ取ったテッド・ブロイラーは、誰をどこの世界に転生させるのも、どんなチートを授けるも、自由に出来るようになってしまうのだ。

 

「それを防ぐには、捕らわれのエリス様本人……つまりクリスを解放し、そしてエリス・ブロイラーを倒すしかありません」

「けどあれ、あの最強無敵のテッド・ブロイラーより強いんじゃないのか? 俺一人じゃ絶対無理だ」

「いいえ。アクア様とあなたの仲間はテッド・ブロイラーを倒してのけました。あなた方の力を結集すれば、必ずや彼奴を誅滅することも不可能ではありません。それに、私も助力します」

 

 女神は再びクリップボードを取り出して、またもやサラサラっと微妙な腕前の絵を描く。それが完成するとひっくり返し、ボードの裏をポンと叩いた。

 すると不思議なことに、ボードの絵が実体化して飛び出して、カズマの足元に転がってきた。

 なにかすごいアイテムかと思いきや、出てきたのは机やロッカーに使うような小さな鍵だった。

 

「なんですか、これ?」

「アクア様の従属の首輪を外す鍵です。それを外せば、アクア様も世界観を無視した異能の行使が出来ます」

「大丈夫なんすか、それ!?」

 

 最近はマシになったとはいえ、アクアは「飲む打つ買う」のチャランポランである。そこに今以上の強さが加わったら、新たなグラップラーになりかねない。

 そんなカズマの危惧を、女神は「取り越し苦労」だと一笑に付した。

 

「ご心配なく。あの方も性根は慈悲深く穏やかな女神。人を傷つけることを良しとする外道共とは程遠い。あなたの気苦労が増える以外に実害は無いでしょう」

「それが一番の大問題っすよね!?」

「何だったらカズマ様の男気でコマしちゃえばよろしいかと。あれで意外と旦那様には尽くすタイプだと思いますし」

「嫌ですよっ!?」

 

 思わず素で即答してしまったところで、周囲が徐々に白っちゃけてきた。どうやら夢から覚める時間らしい。

 

「では、ご武運を。ついでにノアも倒してボーナス貰っちゃっても良いのですよ?」

「世界の命運をついで感覚で託すなーっ!!」

 

 女神ってこんなんばっかなのか!? そう思わずにはいられないカズマであった。

 

 

 

 薄っすら瞼を開くと、カズマは紅い瞳に至近距離から顔を覗き込まれていた。

 一瞬、誰だこの美少女は? と頭に無数の「?」が巡ったが、なんてことないチームメイトの爆裂アーチストだった。

 カズマは野バスの車内で運転席に身を沈め、めぐみんに介抱されているようだった。

 

「ほっ。目が覚めましたか。よかった……」

「めぐみん……あれ、どうなった?」

「地面が崩落し、ユニットの最下層まで落ちてしまったみたいです。カズマ、一瞬呼吸が停止していましたよ」

「いましたよって、お前の無茶が原因……って、それは?」

 

 文句を言いかけたカズマは、めぐみんが手の中でもて遊ぶ空の瓶に気づく。あのラベルは確か――、

 

「まんたーんドリンク! ですけど。死んでなければ一発で完全回復する奇跡の栄養剤。副作用は知りません」

「そ、そうか。この口の中のエグ味はそれか……」

 

 食べられない雑草みたいだとか、溶けた粘土を口に含んだとか言われる欠点こそあれど、効果の方はお墨付きだ。

 

「マッチポンプっぽいけど、とにかく助かった」

「ふっ。素直に感謝してもらうと、私もこんな不味いのを頑張って口移しした甲斐がありました」

「――ごめん、今なんつった?」

 

 すっごい単語がめぐみんの口から飛び出したような気がするが、カズマが確かめる前に彼女は野バスを飛び出し、ゲパルトへシュパッと乗り込んでしまった。

 

『ではカズマ、進みましょう。クルマにダメージがないことは確認済みです』

「めぐみん、口移しって――」

『奥から未知のエネルギー粒子が検出されています。きっとバイアス・シティの心臓部です』

「口移し――」

 

 残念ながら通信は一方的に切られ、カズマの胸には悶々ともどかしい何かが残ったままとなった。

 

「やれやれ……ん?」

 

 ゲパルトに続いてクルマを発進させたカズマは、ふとフロントガラスの内側にテープで固定された、小さな鍵に気が付いた。紛れもなく、夢の中で女神に託されたアクアのプロテクト解除キーである。

 

「……あれ? ひょっとして、俺っていつのまにかすっごい岐路に立たされてないか?」

 

 背中を嫌に冷たい汗が伝う。それは、この地下空間に漂う不気味な雰囲気のせいだけではなかった。




※出したら収集つかなくなるのでボツったネタ
「狂い咲くは鮮血の芸術! カリョエリス!!」
「ガスとスパナのカプリッツォ! ブル・エリス!!」
「大灼熱の恐怖を知れ!! エリス・ブロイラー!!」

スカンクス「……オレは?」


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PartFINAL ふぁんたすてぃっくくらいんぐさん
第七十話 バベルの塔


 


 ウルフが滑り込みセーフでバイアス・シティの中心部に飛び込んだ、その直後。メガフロートエリアは完全に崩壊し、湖の底へ沈んだ。

 しかし落ち着いている暇などない。中央部にあった巨大なビルを破壊して、地下からさらに巨大なビルが迫り上がって来たのだから。

 強引に出てきたせいであっちこっち破損し、外壁を崩落させながら現れたソレは、巨大な人面が張り付いた要塞だった。

 大きい。あまりにも大きい過ぎる。その規模は、あの母艦サウルスの巨体にも比肩している。

 

 車内モニターで謎の建造物を観たレナ達も、開いた口が塞がらない心持ちだ。

 

「な、何よアレ!?」

「まさか……無敵要塞ザイガス!?」

「知ってるの、アクア??」

「……ごめん、適当に言っただけ――あだだだだ!! 止めて、レナ!? おっぱい掴まないで、もげる!! もげちゃうから!!」

 

 空気を読まないボケに珍しくガチギレしたレナだったが、要塞からの全方位オープンチャンネル……というか巨大スピーカーでの大音響放送で正気に戻された。

 

『――死。死は恐ろしいものだ』

 

 聞こえてきた声は、しゃがれて枯れ果てた老人のものだ。生命力を感じないどころか、地獄の亡者か何かが喋っているように陰鬱だ。

 

『わしのあらゆる行い……、わしの偉大な才能……、そのすべてが死によって失われてしまう。死はわしからこの世界を奪い取り、わしという偉大な叡智を消し去ろうとした……』

 

 要塞は地響きを起こしながら、徐々に形を変えていく。破損していた表面装甲がビデオの逆再生のように修復され、各部のあらゆる場所で機銃やミサイルランチャーなどの武装が展開していく。一部はどう見ても大出力レーザーだ。

 

『ハンター達よ。お前達はわしの死を望むのか!? さあ、答えるのだ!!』

 

 無数の殺意がウルフを狙う。否が応にも緊張が高まるが……問い詰められたレナの心は、闘志に満ちた肉体とは裏腹に冷めていった。

 

『このバイアス・ヴラドに死をもたらそうというのか!?』

「この期に及んで、貴様! グラップラーを使ってどれほどの――」

 

 激高するダクネスが、車載マイクに叫ぼうとした寸前だ。

 すでに照準を要塞表面のデカイ顔に合わせていたレナが、返答の代わりに最大改造済みの205ミリひぼたん砲を撃ち込んでいた。

 顔面直撃した砲弾がいくつもの爆発を起こし、相手の答えを受け取ったヴラドも要塞中の武装から一斉に火を噴いた。

 

『ではこのわしが! お前達に死を教えてやろう!』

「じゃかあしいっ!! 賞金が掛かってなければハンターが大人しく見逃すと思ってるの!? 死ぬのはあんたよ、化け物め!!」

『己の体で存分に味わうがいい! 死とは何かを!』

 

 互いに問答無用という勢いで、もうちょっと会話とか交渉とかしようよと心配になる血の気の多さで、最終決戦の火ぶたは切って落とされた。まあ、レトロゲームのラスボス前会話なんて薄味ぐらいで十分なのだろうが。

 急発進させたウルフの車内で、レナは仲間達へ指示を飛ばした。

 

「アイリス! 照準は無理やりにでも合わせるから、火力だけに全集中して!!」

「分かりました! LOVEマシン、コード3133! トリプルストライク!!」

「ダクネスとアクアは車内で待機してて! あの大きさが相手じゃ、不用意に飛び出しても消し飛ばされるだけよ!」

 

 二人が渋々ながら肯首するのを気配で察しつつ、次にレナはウルフの最高速度を維持しながら、ジグザグに走って火線を回避し、同時に大砲、機銃、S-Eのすべてを同時にヴラドへぶっ放した!

 

「最終決戦だし、出し惜しみは無しよ!! 喰らいなさい!!」

 

 アイリスによって回転率の上げられたひぼたん砲、一発一発がチタン製の特注品な機銃、多弾頭ミサイルと大出力ビームによる波状攻撃だ。

 無数の爆発が要塞を包む。直撃すれば戦車だろうが高層ビルだろうが消滅必至の砲撃が、バリアも何も張っていない要塞に炸裂した。

 アクアが「やったか!?」と口を滑らしそうになり、自分で口を塞ぐ。

 

「次! 特殊砲弾、セット!!」

 

 音声入力で弾倉を切り替え、奥の手であるめぐみん印の爆裂弾を手早く装填する。相手があそこまで巨大とあれば、出し惜しむ理由は無い。

 装填完了と同時に、発射ボタンは押された。

 

「あ。忘れてた、耐ショック・耐閃光防御!」

「先に言って!?」

 

 一秒後。いつものように極小規模の疑似太陽が発生、爆熱と衝撃波が崩壊著しいバイアス・シティに更なる崩壊を招きながら要塞を飲み込んだ。

 

「やったか!?」

「ダクネス、そのセリフは……って、あれ?」

 

 本当に砲撃がレナは訝しがりながらもウルフを急停車させた。

 巨大すぎる爆発の余波が収まると、要塞は上部三分の一までもが吹き飛ばされ、顔面パーツも上顎から上を見事に消滅していた。クルマでいえばシャシー大破もいいところだ。

 

「これで終わり?

「あれ、脆すぎじゃない?」

 

 光が収まり、敵の惨状が露になると、レナは戦果を誇るよりも先に疑問符を浮かべる。

 

『死……』

 

 また大音響で老人の声が響き渡る。

 それと同時に、要塞の消滅した部分がすさまじい速度で再生を始めた。

 

『このわしにとって、死さえももはや懐かしい……』

「冗談でしょ……!?」

 

 再生の速度は速いなんてものではない。銃座やレーザー砲が形を取り戻すと同時に、すぐさま砲撃を再開してくるぐらい完璧な復元率だった。自己再生どころか、壊れる前まで時間を巻き戻しているかのようだ。

 レナは敵の砲撃再開より一瞬早く、ウルフのアクセルを全開で踏み込んだ。

 

『わしは一度死んだ。だが、死が手に入れたのは病に蝕まれたわしの体だけだったのだ! すでにわしの脳髄はこの、ブレイン・バイザーに移し替えられておったのだ!! バイアス・ヴラドという偉大な精神は! 死をも乗り越えたのだ!』

「訳の分からないことを! アイリス、ヤツの弱点とか分からない!?」

「――――――」

「あれ、アイリス? ちょっとアクア、アイリスどうしてる!?」

 

 返事のないアイリスの様子を尋ねられ、アクアは後部座席のCユニットドライブへ目をやった。

 

 接続されたアイリスは両目をガッと見開いて小刻みに震えていた。

 

「ガーガーガービーーーーーデータ更新中」

 

 口も動かさないままアナウンスする幼気な少女。アンドロイドでなかったら……いや、アンドロイドなのを差し引いてもかなりヤバイ状態である。

 

「ひぇ……っ! あ、アイリス大丈夫!? 熱中症? 水飲む?」

「それには及びません……ロックされたメモリーエリアの全開放を確認。Aクラス機密情報を開示できます」

「ごめん、日本語で言って!?」

「重要な記憶を思い出しました。レナ! このままでは絶対にアレには勝てません! 撤退を進言します!!」

「はあっ!? て、撤退って言っても!」

「あの再生能力はサイクロトロン共鳴装置による、多重次元連結によるエネルギー吸収と、吸収したエネルギーのダイレクトな質量変換で――どうしました?」

 

 専門用語と超科学理論の応酬で脳がパンクしたらしく、アクアとダクネスは口半開きでヨダレを垂らし、レナは運転に集中して話をシャットアウトしていた。

 

「つまり無敵です」

 

 身も蓋もないアイリスの結論は誇張でもなく、どんなに砲撃が要塞に穴を開けようと瞬時に元通りなのだ。下手な生物兵器の自己再生より遥かに早い。確かに倒せる見込みは無さそうだ。

 だが、帰り道どころかメガフロートが完全に崩壊し、水没してしまった今、撤退自体が容易ではなくなっていた。

 そして、仮にドッグシステムでの離脱に成功したとしても、今度は再びバイアス・シティへ戻ってくる方法が無いのである。

 

「……撤退は出来ないわ。ここでヤツを倒す」

 

 回避に専念しながら、レナはハッキリと宣言した。状況的にも心情的にも逃げるワケにはいかない。

 アイリスはリーダーの答えを知っていたかのような、小さな笑みを浮かべた。

 

「でしたら、方法は一つです。ヤツの内部にあるサイクロトロンの中枢装置を破壊する。それしか手はありません」

「内部って、あの要塞に突入するって!?」

「その通りです、ダクネス。サイクロ……ヤツの特殊なエネルギーの流れは、あの要塞の地下ブロックから全体に浸透しています。というか、光ってるエネルギーラインが見えてますよね」

「あら、ほんとだ」

 

 要塞の外周に沿って走っていると、緑と赤の光る線が下から上にいくつも登っていた。機銃一発で簡単に破断したが、目視できない速度で元通りになった。本当に呆れた再生力だ。

 

「外壁が壊せないと、内部への突入もできなくない? 作戦とかないの?」

「作戦か。そーゆーのは副リーダーの仕事なんだけど」

 

 アクアの言葉に、レナが別行動中の参謀役を思い出した、その時だった。

 

「まったく、カズマってばこの一大事にどこで油売ってるんだか。めぐみんとどっかでしけこん――」

 

 喋ってる途中で何の前触れもなく、走行中の車内からアクアの姿が消失した。

 

「あれ、アクア??」

 

 驚いたダクネスに、アイリスが心配無用と告げる。

 

「過去に同様の事象の記録あり。カズマによる召し寄せ、量子ワープによる召喚操作です」

「カズマがアクアを呼んだということか?」

 

 過去の戦いでも戦略的に利用された、従属の首輪によるアクアの瞬間移動だ。それはカズマが命じるか、カズマとアクアが一定距離離れると起動するシステムである。

 レナの思考に、電流のような閃きが走った。

 

「……! アイリス、トレース出来る!?」

「ノー・プロブレム。アクアの転移先座標の算出は完了済みです。あの要塞の真下40メートル、サイクロトロンエネルギーラインの中枢部です」

 

 レナの口許が思わず吊り上がった。ドンピシャのタイミングで、本当によくやってくれる参謀だ。

 

「つまり、カズマもそこにいるってことね! アイリス! アクアをビーコンにもう一度ドッグシステムを起動して!!」

「もうやっています。ワープ開始、3秒前」

 

 橋の壊れたギガフロートを飛び越えたのと同じ要領で、アイリスのナビゲートによりウルフは量子跳躍を開始する。

 逃がすまいと要塞から極太ゲロビームが放たれたが、レナのドライブテクニックによって華麗に回避してのける。

 そして次の瞬間。決戦の舞台へ向かってウルフは空間を飛び越えた。



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