ペルソナ3 if ─Chronos─ (イソフラぼんぼん丸)
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#1 導きの蝶
君は、奇跡を信じるかい?
絶対の運命をも変える奇跡……
でもそれは、裏返せば、
奇跡すら運命だったかもしれない
さあ、始まるよ。もう一つの奇跡が──
2013年 3月5日早朝 厳戸台某所霊園
かつては、無気力症という正体不明の病気が蔓延り、この近辺の人々を恐怖させていた事件──影人間。だが、世間はとうにそれを忘れ去り、最早誰の口からもそんな言葉は聞かなくなった。
少し前に起きた、1人の機械少女を巡った
厳戸台。代わり映えのしない平和の世の中を人々は謳歌、または退屈に過ごしていた。そんな静かな厳戸台の夜。1人の"赤い衣服を着用した青年"が、幾つかの花が重なった簡素な花束を手に、厳戸台の霊園へ足を運んでいた。人気の無い冬の寒さが残る霊園。青年は線香に火を付け、花と共に供え手を合わせる。
「……もう、何年になったか」
青年は夜空を見上げ、白い息を吐きながら、そうポツリと漏らす。この墓に眠る人物は世に何を残していったのだろうか。誰にも知られる事はなく、時は移ろい流れてゆく。
「なあ、お前は……幸せだったのか?」
青年は歯噛みした。そして──恐怖していた。成年を向かえる事なくこの世を去ったかけがえのない人。そんな大事な人なのに。忘れてはならない人なのに。もう声や顔は──映像や写真で確認する事でしか思い出せないのだ。この耐え難い寂寥感……それを払拭する様に、青年は薄く笑みを浮かべる。
「アイツらも来たんだろうな。一緒に来ても良かったが、なんつーか……2人で話したかったんだ。俺はそろそろ行くぞ。また来る……じゃあな」
青年が墓石に別れを告げ、立ち上がった瞬間だった。1匹の"赤く光る蝶々"が、ヒラヒラと目の前を通り過ぎる。
「赤い……蝶だと?」
赤色に淡く輝く蝶々。そんな非現実的な光景に、青年は暫し放心する。が、すぐに我に帰り、事の異常性を察知する。
蝶々は青年の周りを浮遊すると、青年と一定の距離を保ちながら羽ばたく。近付けば遠退き、退けば近付いてくる。まるで何か道案内をするような動作に、青年は眉をひそめる。
「なんだ? ついて来いとでも?」
普通ならば些少の出来事と鼻鳴らし、無視をして帰っていたかもしれない。青年はこの程度ものは嫌と言う程見てきたからだ。不思議な体験も慣れれば日常になる。遥か昔に気付いた事だ。
けれど、この蝶を見ていると酷く胸騒ぎがする。青年の心の中に形容し難い感情が沸き上がる。これを見逃すと、大いなる運命の岐路を大きく踏み外す事になるだろう、と。直感していた。
青年は疑問を抱きながらも、蝶の後を追うのであった──
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#2 開く扉
「一体なんなんだ? この妙な蝶々は」
走る事数分、
俺は改めて蝶を眺める。相変わらず、俺の目の前を飛んでいるだけだ。こんな目立つものすぐに人目に付くと思うが……道行く人は、この光る蝶を見てもそれらしい素振りを一切見せない。
「この蝶、他の人間には見えていないのか? 一応、
俺は最新型の携帯──スマホを取り出し、美鶴へ直接メッセージアプリで報告を入れる。
美鶴が率いるシャドウワーカー──その隊員の俺は、日本で仕事を続けている。俺はかつて、修行の一環で世界各国を飛び回っていたが、今、日本に腰を落ち着けているのには理由がある。"胸騒ぎ"だ。それだけかと言われるかもしれないが、これは本能的な何かだと確信している。近い内、何かが来る。
その胸騒ぎも、今まさに当たっているかもしれない。先ほどまでずっと飛んでいた蝶が止まった。どうやら、目的地はここらしい。顔を見上げた時、思わず声を漏らしてしまった。
「"厳戸台分寮"……またここに来るとはな」
蝶が導いた終着点。そこは、かつて俺達が過ごした、戦いの日々の拠点。一度閉鎖されたが、あの時の一切の設備を取り払って改修し、再び寮として月光館学園の生徒達が利用しているらしい。
蝶は木に止まり羽根を休めたかと思えば、突然羽ばたき、寮の扉の中へと吸い込まれるように消えていった。
「中に入れっていうのか? しかし、こんな時間に入っていいものなのか……卒業生とはいえ、流石に──」
そう頭を捻って、入り口の扉に手を掛けた瞬間だった。感触で分かる……扉が開いている。まだ消灯時間ではないのか? スマホの画面は23時50分を指している。もう結構な時刻だ。こんな時間まで扉を開けているのか。入れるには入れるが、このままでは不法侵入になる。
「……まあ、少しくらいスリルがあった方が面白いかもな」
元卒業生、そしてシャドウワーカーの隊員。言い訳はいくらでも出来る。今はこの胸騒ぎの元を追うのが先だ。俺は扉をそっと開けて中に入る。意外にも、中は無人であった。生徒達は寝ているのか?
「懐かしいな、何も変わっちゃいない」
内装はあの時のままであった。改装したとは聞いていたが、ソファー、カウンター、床のカーペットに壁の装飾……どれも当時のままの姿だった。俺はいつも座っていたソファーに腰掛ける。
「いつもここでグローヴを磨くか、海牛の牛丼を食べていたな」
らしくないな。年を食ってヤキが回ったか? 今は感傷に浸る時ではない。
俺は立ち上がって辺りを見渡す。蝶は……いたな、階段付近で漂っている。その蝶に近付こうとしたその時だった。
「ウゥゥゥ〜……」
動物の低く唸る声が足元から聞こえてくる。下に視線を移すと、そこには見慣れた白い犬が顔をしかめて威嚇していた。
「お前は……コロマルじゃないか」
コロマル──コイツもかつての日々の仲間だった。今でもシャドウワーカーの召集には、エクストラナンバーズとして天田と共に参戦している。そういや天田と一緒に、この分寮に住んでいるんだったな。
侵入者の俺に対し、暫し警戒をしていたコロマルだったが、俺だと分かるとすぐに威嚇を解いた。成る程。夜は吠えないよう、よく訓練されている。まあまあな年のはずだが、相変わらずタフな犬だ。俺も見習わないとな。
「コロマル、あの蝶が見えるか?」
「ワフッ……」
もしやと思い、俺は階段前でヒラヒラと舞う蝶を指差し、コロマルにそう促す。コイツは賢い犬だ。人の言葉は理解出来る。
すると案の定、コロマルは俺の指先の蝶を目で追っていた。どうやら見えているらしい。まさかペルソナ使いにだけ見えるのか? この疑問を確信に変えるべく、俺はこの場所にいる、もう1人のペルソナ使いの場所をコロマルに問う。
「コロマル、天田の部屋は分かるか? 連れていって欲しいんだが」
「クゥ〜ン……」
が、コロマルは耳を畳んで項垂れるだけで、その場から動かなかった。なんだ無理なのか? 連れていけないのか、今は不在なのか、寝ているから起こすなって意味なのか……分からん。長年一緒にいるヤツだが、流石に犬とツーカーとまではいかない。アイギスがいればいいんだが。
「なら、一緒にこの蝶を追ってくれ」
「ワフッ」
今度は了承したのか、立って俺の後を付いてくる。俺とコロマルは、蝶を追って2階へと階段を上っていく。蝶は2階の部屋が連なる廊下の奥へと舞っていく。ここもひどく懐かしい。俺の部屋は誰か入ってるのか? 天田はこの部屋をまだ使っているのか?
「ここは……」
蝶が止まったのは一番奥の部屋──"アイツ"の部屋だ。何か様子がおかしい。蝶が扉の中へ消えた瞬間、扉の隙間から青い光が漏れ出したのだ。ここを開けば、何かが起きる。俺はそう直感する。
久しぶりだ、この感覚。この年になって言う事ではないかもしれないが──
「ワクワクするな」
俺は扉を開けて、中へと踏み入る。
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#3 群青の部屋
扉の中を開けるとそこには──かつて見た景色が広がっていた。鉄格子の壁一面に、群青色で統一された部屋。旧式のエレベーターの内部のような、独特な雰囲気を醸し出す部屋だ。一瞬呆けてしまったが、俺はすぐに現状を把握する。
「待てよ……何故この部屋があの扉と繋がっているんだ?」
「ようこそ、我が"ベルベットルーム"へ。
部屋の中央、テーブル椅子に座っている老人が1人佇んでいた。俺は……俺達は、一度ここへ来たことがある。
「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……ここは、何かの形で"契約"を果たされた方のみが訪れる部屋。しかし貴方は……フフ、これはまた数奇な運命をお持ちの方のようだ」
「待て、説明してくれ。今何が起きているんだ? 何故あの扉とここが繋がっているんだ?」
「ご心配めさるな。この部屋は"交わった運命"による一時的なもの。貴方様の世界に影響はございません。しかし……どうやら貴方様の世界では現在、何者かの干渉により世界そのものが交わり、大きく時空が歪み初めておるようです。この部屋もまた然り」
イゴールと名乗った老人は淡々とそう告げる。交わった運命? 大きく時空が歪んでいる……? 一体なんの話だ。状況が読み込めん。イゴールは怪訝な顔をする俺に構わず、どこから取り出したのか、カードのようなものをテーブルに広げると、それを一枚捲る。
「かつて……貴方様と"お客人"が築かれたコミュニティの力。アルカナが示す愚者のタロット。再び大いなる試練が始まるという事……世界が交わる時──この部屋もまた、上昇を始める事でしょう。貴方様がここへ訪れたのもまた運命。これ以上のお引き留めは出来ますまい。そろそろお暇いたしましょう。またお逢いするやもしれません」
「ま、まて! 時空が歪んでいるとはなんだ!?」
「くれぐれも、自らの選択に責任を持っていただきますよう……それでは、また逢うその時まで、ごきげんよう──」
突然視界が暗転する。一瞬、意識の喪失を感受したかと思えば、俺は扉の目の前に立っていた。扉はもう光を帯びていない。ドアノブを捻っても、鍵がかかって開かなかった。一体なんだったんだ……やけに気になる単語を発していたが。時空……歪み……交わる運命……わからん。どういう意味なんだ。
「クゥ〜ン……」
コロマルが心配そうに俺の顔を見上げる。恐らく、俺がずっと扉の前で立っているように見えたんだろう。
「心配するなコロマル。しかしどうするか……もう蝶は見当たらん。この一連の出来事、嫌な胸騒ぎは的中しそうだな」
ブゥゥー……ン。マナーモードにしていた俺のスマホがポケットの中で震え出す。着信──美鶴だ。俺はすぐに通話開始ボタンをスライドし、スマホを口元に近付ける。美鶴か? そう俺が聞く前に、美鶴の声がスマホから響いてきた。
『明彦! 繋がったか……今どこにいるっ?』
『……訳あって厳戸台分寮の中だ。コロマルと一緒でな。何をそんなに焦っている?』
『グループの人間、そしてシャドウワーカーの隊員達と連絡がつかないんだ。ゆかりや菊乃、山岸やアイギスもだ……ようやくお前と繋がっ──』
『何? アイツらが……? ん、オイ美鶴。どうしたんだ?』
プツリ……と、突然通話が途切れる。なんだ? スマホの電源も落ちてしまった。時刻は──0時。
「なに!?」
「グルルルル……ワン、ワンッ!」
突如として廊下の明かりが消え、世界が暗い深緑色に染まる。過去に幾度と無く訪れたもの……間違いようもない。もう存在するはずの無い、一日の狭間にある時間──影時間だ。
「何故影時間が!? どうなっている!?」
稲羽市で起きたヤツとは違う。この感覚は──間違いなく俺達がよく知る影時間だ。シャドウとの戦いの日々。俺の学生時代の全てと言ってもいい。常に運動をしているかのような、多少の息苦しさ。懐かしい感覚だ──どうしても脳裏に、かつての日々の情景が浮かんでしまう。
「焦っても仕方ないな。月明かりも無い……当然か。美鶴も気付いてるだろう。他のヤツらと連絡がつかないのは気になるが──なッ!?」
窓から景色を覗いている時……俺の眼前に信じられんものが出現していた。辰巳ポートアイランド、月光館学園の方角。天高く、幾何学的にオブジェが積み重なった影の迷宮。見間違えるはずもない──タルタロスだった。
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#4 閉ざされた時間
終わりを告げる月の塔──タルタロス。
俺は急いで寮の外へ出る。稲羽市で見た赤い塔とは違う。あの薄気味悪い形状……あれから幾年経過しようが、見間違えるはずもない。タルタロス……あの塔が、何故また出現した!?
まさかニュクスが、と最悪な状況が一瞬過ったが、今見た通り月は無い。あの翡翠色に不気味に輝く月は、どこを見ても存在しない。いや、存在してたまるか。あれは……アイツが命を掛けて封じたものだ。あんな事は、二度と起こり得ない。
「……クソッ!」
だが現に、起こり得ない事態は起きてしまっている。このどうしようもない憤り。俺の足は、自然とタルタロスの方へと歩を進めていた。
「行くぞコロマル!」
「ワンワンッ!」
────
──
「着いたな。本当に……タルタロスだな」
「グルルル……」
辰巳ポートアイランドに位置する私立月光館学園高等部。俺の母校だ。ここに来るのは随分と久しい。だが今は懐かしんでる場合じゃない。あるはずの校舎は消え、影時間の中だけ現れる迷宮──タルタロス。
近くで見ると、どうも妙だ。見た目は完全にタルタロス。だが眺めていると、まるでそこに存在しないかのような……ハリボテを見ているような錯覚に陥る。真夏日の陽炎のようにユラユラと塔全体が蠢いているのも、何かおかしい。
「まあいい……そこにあるのなら、もう一度踏破するまでだ!」
「待て、明彦!」
勇み足でタルタロスへ踏み入る寸前、後方からバイクの駆動音と共に、聞き慣れた声が近付いてくる。
振り返ると、そこには焦った様子でバイクから降り、こちらに駆け寄ってくる白いコートを羽織った女性の姿があった。
「美鶴……!」
「ワンワン!」
「やはりここにいたか。コロマルも一緒のようだな……全く、召喚器も装備も無しに立ち入るつもりなのか? 相変わらずだな、お前は……」
美鶴の言葉で思い出す。そういえば無防備だったな……まあ、数年前に踏破したものに、今さら遅れを取るとは思えないが。過去の自分を越えるという意味でも、拳一つでどこまで行けるか試してもいい。
「それより美鶴、お前どう思う? この今起きてる事を」
「名状し難いとはこの事だな……目の前の光景が信じられない。影時間にタルタロス──一体何が起きてるんだ……?」
美鶴は目を細めてタルタロスを仰ぎ見る。従来と同じ影時間ならば、明けるまで約一時間近くはある。ここで足踏みしても、何も得るものは無い。俺は校門の敷居を跨いだ。
「明彦……?」
「俺は行くぞ美鶴。この時間が存在している以上、ここでただじっと待っている事など出来ん。ここならば、何か分かるかもしれないしな」
「……仕方ないのないヤツだな。止めても無駄なのだろう? 念の為にと持ってきたものが、まさか早速必要になるとはな」
美鶴はバイクのシートからキャリーケースを取り出し、中に入っていた銀色の物を俺に差し出す。手に取ると、しっかりとした重みが掌に密着する。召喚器──まだ残っていたのか。よく馴染む金属の感触が懐かしい。
「召喚器はあるが、装備等は持参していない。犬用の召喚器も流石にな……今から踏み入るのはよく知る場所であれど、情報が無い以上未知の危険を多く孕んでいる。くれぐれも慎重に行動してくれ」
「分かっている。武器など……この拳だけで十分だッ!」
俺達はタルタロスの中へと入っていく。召喚器の無いコロマルをそのまま待たせる訳にもいかず、俺達と共にタルタロスへ潜入する事になった。
異変はすぐに起きた──エントランスへ入った瞬間、突然目眩のような感覚に襲われる。視界全体が揺らぎ、重心がおぼつかない。クッ……ノックアウトされた訳であるまい……! 美鶴も俺と同じように、体勢を崩して地面へ膝を突いてしまう。コロマルも耳を畳んで悶えている。
だが、それは耳鳴りと共に、すぐに終わった。俺と美鶴は、お互い顔を歪ませる。
「なんだこの感覚は……」
「分からない……ひどい頭痛だった。まさか、何かの攻撃を──」
美鶴がそう言いかけた瞬間、その表情が一瞬にして怪訝なものへと変わっていく。美鶴は顔を上げ、階段の先の迷宮の方を睨む。
「どうしたんだ?」
「まさか、なんて事だ……この反応は……生体反応だ!」
「何!?」
美鶴の頬に冷や汗がつたる。美鶴のペルソナには、微力だが遠隔支援の力がある。生体反応……シャドウに反応は示さない。それはつまり──人間がいるという事だ。
「すぐ近くだぞ。反応は2つ……1つは気を失っている……! 何故人間の反応が……いや、悠長にしている場合ではないな。緊急事態だ、急ぐぞ!」
「ああ!」
「ワンワン!」
エントランスを抜け、いよいよタルタロス内部へ。中は、外郭やエントランスと同じで、当時のまま何も変わっていなかった。崩壊した学校設備のオブジェが、天井にまで乱雑している。タルタロスの第一層の光景と同じものだ。まさか中身まで一緒とは。
「──オイ、いたぞ!」
美鶴が指差す方向、曲がり角の直線、約20m先。床に倒れている少年を庇うように──月光館学園の制服を着た少女が、シャドウへ向けて武器を構えていた。
「月光館の生徒か!? 待っていろ! 今助けるぞ!」
俺はすぐに腰を深く落とし、臨戦態勢を敷く。そしてシャドウへ向けて重心を前に倒し、一気に距離を詰める。
遠くで見えなかったが、近くに来てようやく視認出来た。彼女の左腕に巻かれていたものに俺は目を疑った。その巻かれた赤き腕章には──『S.E.E.S』と書かれていた。少女はアップにしている赤茶色の髪を翻し、こちらに気が付くと目を丸くして驚いていた。
「え!? 真田先輩に桐条先輩……と、コロマル!? どうしてここに!?」
俺と美鶴は、彼女に駆け寄りながら顔を見合わせる。何故俺達の名前を知っているんだ……? それに、あの腕章は──そう過った刹那、彼女の背後からシャドウの手が伸びて来ていた。
「……! 危ない!!」
混沌とした状況の中、彼女は冷静に背後のシャドウと相対すると、腰に下げていた白いガンホルダーから銀色の塊を取り出す。それをこめかみに当てると、俺達へ向けて横目で微笑を浮かべる。
一瞬の動作のはずだが、その動きはとてもスローに見えた。ジャブを打たれる寸前のように、時が止まったような感覚だ。そして……彼女はゆっくりと口を開く。
「大丈夫ですよ、先輩。
「
「来て──オルフェウスッ!」
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#5 見知らぬ少女
不定期更新なのはご容赦ください。
「オルフェウス……だと?」
少女が引き金を引くと──背後より影が現れる。彼女の髪色と同じ赤茶色の長髪。ハート型に湾曲した琴を背負った神秘的な姿。彼女のペルソナはどこか……本来のオルフェウスを彷彿とさせる見た目をしていた。
見知らぬ少女が俺達の名前を呼んだと思えば、腕章と召喚器を携え──オルフェウスという名のペルソナを顕現させる。目の前で起きるあまりにも衝撃的な事実に、俺も美鶴も驚きを禁じ得なかった。
「大抵の事には驚かない自信があったが……これは……!」
「アオーン……」
夢か幻覚攻撃の類いかと戸惑う。それが普通だろう。ただ目の前で繰り広げられている現状が信じられない。きっと美鶴も、同じ顔をしているに違いない。
そう俺達が尻込みをしてる間に、辺りのシャドウは彼女によって一掃されていた。彼女は汗を一つ拭うと、俺達に笑顔を向ける。
「もう大丈夫ですよ。バッチリ倒しました!」
正体は分からないが、危険な人物ではないようだ。多くの話を聞く必要もある。俺は美鶴と顔を合わせ頷く。美鶴は表情に困惑の色を残しながらも、彼女に歩み寄って軽く頭を下げる。
「助かったよ。目の前の現状に理解が及ばないが……一先ず、怪我人をエントランスへ運ぶぞ。君の知り合いか?」
「分かりません……私がここに来たとき、彼は既に倒れてて。シャドウに襲われそうになってるを見て、助けたんです」
「そうか……とにかく運ぶぞ」
「はい!」
倒れていた少年を抱えて、エントランスへと戻る。彼を安全な場所で寝かせ、俺達は一息つく。
「見た所、気を失っているだけのようだな。影人間ではなさそうだ」
「そうだな、目立った外傷も無い。安静にしてれば、その内起きるだろう……ん? オイ、どうした?」
不思議そうな顔で辺りをキョロキョロと見渡す少女。まるで何かを探しているように見える。
「どうしたんだ?」
「扉が無い……3つあったはずなのに……ベルベットルームもっ!」
「何の話だ?」
「っていうか、他の皆は!? 私、ゆかり達と組んでタルタロスに入って、それで……!」
「待て、何故岳羽の名前が出てくるんだ?」
「え? アイギスと一緒に2年生同士で行ってこいって言ったの、真田先輩じゃないですか!」
「何を言ってるんだ? 一体何の話をしている……!?」
「待てっ」
声を荒げる俺を制するように、片手を前に突き出して、咳払いを一つする美鶴。そして改めて、少女の顔をじっと見据える。
「これ以上話が拗れる前に一ついいか?」
「はい?」
「単刀直入に問うが、君は一体──誰なんだ?」
「はい!?」
美鶴の問いに、少女はエントランスに響く大きな驚きの声を上げる。驚いているのはこっちなんだが。
「ちょっと待って下さいよ! 先輩どうしちゃったんですか? はっ、まさか悩殺か混乱状態になって──」
そう彼女が美鶴に詰め寄った直後。美鶴に近付いた少女の足が突然止まり、2歩3歩と、後退りをしていく。その顔には、驚きと焦りを孕んでいた。
「違う……先輩だけど、私が知ってる先輩じゃない……高校生に見えない……え、どういう事〜!?」
頭を抱えて膝から崩れる少女。酷く困惑しているようで、しゃがんでブツブツと何かを呟いている。彼女は一体、何者なんだ? タルタロス、そしてイゴールの言葉……否定しようとしても、俺の中で一つ、胸懐に秘めた思惑が浮上してきていた。とても言葉では言い表せないものだ……俺の口は、自然と美鶴に助け船を求めていた。
「美鶴、あまりにも馬鹿馬鹿しい事だと思うが……俺はどうしても──この少女を
「お前も同じか……ああ、私も同意見だ。容姿や所為は全くと言っていい程異なる。しかし、まるで双子を見ているような、筆舌尽し難いデジャヴが鮮明に脳裏に焼き付く。こんな経験は初めてだ……」
歯噛みする美鶴。俺は今日あった出来事──光る不思議な蝶に導かれた事……その先の群青の部屋でイゴールという老人が放った、世界が歪み、交わるという事。一言一句漏らさず美鶴に伝えた。美鶴は顎に手をやり、暫く考えを巡らせると、小声でそっと呟く。
「……お前の話と老人の話を全て事実だと仮定すれば、彼女は"別の世界"の過去からやってきた"彼"の可能性がある」
「何?」
「パラレルワールドやマルチバースに通ずるものだな。私達の事や仲間達の名前を知っているのも、オルフェウスも……全て納得がいく。飽くまで壁越推量だがな。その技術の究明は果たされていないものだが……事は今まさに目の前で起きている。それらの可能性を易々と等閑視は出来ないだろう」
「確かに……いや、そうとしか思えん。でなきゃ辻褄が合わん。それにこんな不思議な事なんて、今まで何度も起きてきたからな。もう何も驚くまい……まあ、今回ばかりは少し異常だが」
「ああ。多少のトラブルには、今後動揺はしないだろうと思っていたが……別世界からの来訪者とはな。この目にしても尚、信じられない」
「どうする? 美鶴」
「とにかく、まずは怪我人を辰巳記念病院へ搬送する。彼女も念の為、診て貰った方がいいだろう。影時間関連のイレギュラーなら、何か分かるかもしれない」
「ああ。だが、彼女にどう説明するんだ? こんな話、一層困惑させるだけだと思うが」
「問題はそこだな……突如出現したタルタロスに、"彼"と似た彼女……問題は山積みだ。とりあえず、話は病院で聞くとしよう」
「そうだな。ここでは落ち着けん。影時間も間も無く終わる。さっさと退散しよう」
「ワフッ」
「あ、あの〜……」
おそるおそると、彼女が俺達に声をかける。少し声が大きかったか。会話が聞こえていたかもしれない。
「あの、本当に真田先輩と桐条先輩なんですか……?」
「……ああ。君の知る私達とは違うかもしれないがな。ところで、名を聞いても? 君からしたら妙な質問かもしれないが」
「は、はい──」
美鶴の問いに、彼女はたじろぎながらも、礼儀よい姿勢で答える。
「汐見琴音です」
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#6 病室
影時間明けの深夜。辰巳記念病院地下病棟。表の世界に決して露見する事の無い、特異な精密機器が並ぶ医療研究施設。現在は桐条グループ内の秘密組織、シャドウワーカーが研究部を設立し、警視庁公認の元で運営している。
ここはその一室。無機質な白で統一された特別病室のベッドの上で、病衣を着た汐見琴音と名乗る少女が座っていた。彼女は少し不安そうに俯いている。無理も無い……端から見れば、何かの実験体のようにも見える長い検査を終えた後だ。いい気分ではないだろう。
マジックミラー越しに彼女をじっと観察する美鶴に、
「何か分かったのか?」
美鶴は振り返る事はせずに、手元の大型端末に視線を移す。
「ああ、身体に異常は検出されなかった。影時間の耐性、脳波正常、ペルソナ適正
「なんだ、何もないのか」
「いや、一つ明らかに異常なものが分かった。彼女のDNAだ」
「何?」
「詳しく説明すると複雑になるが……"彼"との染色体の一致率の誤差が、1/10000以下だった。これは親兄弟レベルと同一の数値だ。親がいなかった彼との一致率を計るのは、困難を極めたが……彼女は90%を上回る確率で、彼と同じDNAを持っている」
「そうか、やはりか……」
「ああ、同一性をデータが物語っている。これは確証だろう」
「別世界のアイツ、か……本当にそんな事があるとはな」
目の前のテーブルに置かれた、彼女の所持品である召喚器をじっと見つめる。時が止まったままの状態で、この世界にやって来たんだな……何故だろうか。以前にもこんな事があったような気がする……白い女……映画館……クッ、思い出そうとすると頭痛がする。
「そういえば美鶴。あの少年はどうした?」
「隣の病室で寝ている。幸い、無気力症のようなものは見受けられなかった。影時間による疲労で、気を失っていただけのようだな。外傷も無い……ん?」
「どうした?」
「いや、一瞬彼のモニターにペルソナ反応が……む、消えた?」
「隣の彼女による誤作動じゃないか?」
「ああ……反応が一瞬だけ現れるのはあり得ない。そのようだな」
「それよりどうするんだ。彼女に全て話すのか?」
「そうだな……これ以上、気を負わせるのは心苦しいが……事実は事実として伝えなくては──」
今日は一度に色んな事が起きすぎた。休息がいるだろう。彼女も疲労が溜まっているはずだ。俺達は、朝に改めて話す事にした。
────
──
日が明けた朝。俺と美鶴は、彼女が起床したのを確認して病室へ入る。寝起きのせいか、うつらうつらと、ゆっくり顔を上げる汐見。目を擦りながら俺達に軽く会釈をする。
「おはようございまーす……ふぁ」
「朝早くにすまんな」
「あ、そっか、私……」
「現状を直ぐに理解してくれとは言わない。だが、混乱しているのは我々も同じだ。事態は一刻を争う。話してくれるか? まず、君の世界の西暦と月日を教えてくれ」
「はい。えっと、2009年の9月10日です。新しくタルタロスの階層が開いて、それで探索しようって話になってました」
「……シンジの奴が丁度いた頃か。フッ、懐かしいな」
「あの、聞くのすごーく怖いんですけど、今って何年なんですか……?」
「2013年の春だ」
「やっぱり!? 変だと思ったんです! 先輩達が妙に大人びててるし、私の事知らなかったり、来る途中で見た町の景色がすごい変わってたり……別世界に飛ばされたんだ私。タルタロスでの異変は夢じゃなかったんだ……」
「異変?」
「はい。115階辺りを攻略中に、皆が急にいなくなってしまって。出口も無く、風花も反応無しで、もう本当に怖かったんですけど……私の前にひらひらーって赤い蝶々が出てきて、そしたらその蝶が光りだして、目の前に突然扉が現れたんです──」
光る蝶……俺が見た青い蝶と同じか。その後の汐見の話の内容は、俺と似たようなものだった。扉の中はベルベットルームになっており、イゴールという老人から世界が歪んでいると警告を受ける。ある程度現状を受け入れるのが早かったのは、イゴールに話を聞いていたからかもしれない。
そして、部屋を出たら別世界で、見知らぬ少年が倒れていたと。美鶴は彼女の話を聞き終えると、腰に手を当てて、顔を俯かせる。
「世界歪み、交わる……やはり、そこにひっかかるな。タルタロスに、影時間──この場所で一体何が起きているんだ? 情報を得ようとも、未だに本部と繋がらない。深夜でも、この端末からなら数秒経たずに出るはずなんだが……」
「直接行ったらどうだ? そこまで遠くはないだろう」
「そうだな。現状を把握する為にも、一度帰るとしよう」
「私も行きます!」
「汐見? しかしだな……」
「私にも帰るべき場所があるけど……でも、先輩が困ってるなら、私にも手伝わせて下さい! その、世界は違うかもしれないけど……大事な仲間なのは同じなんですから」
汐見が胸に手を当てて、そう頼み込む。俺も美鶴も、今全く同じ事を思っただろう。そうだ──重なるんだ。容姿や性格に差違があっても、心の奥底にある信念はアイツと全く同じだ。リーダーとして、いつも俺達を近くで助けてくれる。そうだったな……こんな奴だったよ。そのあまりにも真っ直ぐな目を見てると、思わず口角が上がってしまう。
「……ありがとう。変わらないんだな、君は」
「フッ、どちらにせよ、帰る方法なんてまだ分からんだろう。ここにずっといるよりは良い」
「あ、そうか……あはは」
「では行くとし──なんだ!?」
「え、何!?」
俺達が一歩踏み出した直後だった。俺達の回りに突如として、金色に光る蝶のようなものが羽ばたいてくる。それは段々と数を増やしながら現れる。
次第に蝶から発せられる光が強くなっていき、包み込まれるような感覚と共に、視界を奪っていく。目の感覚が戻ってきた時──俺達は全く知らない場所にいた。上下左右、どこも見ても白い光。その空間を、蛍のような燐光が漂っている。自分が立っているのか、横になっているのか、妙な平衡感覚に襲われる。脳震盪を起こした時のように……クソ、頭が混乱する。
「どこだここは」
「眩しい……先輩達、大丈夫ですか?」
『ようこそ、過ぎ去りし時の狭間の世界へ』
その時だった。どこから話かけているのか、男の声が光の空間に響き渡る。脳内に直接話してきてるような、薄気味悪いものだ。だが不思議と、悪いヤツじゃないと分かる声をしていた。
『私は、全ての人間の意識と無意識の狭間に住まう者──』
DNAのくだり知識無さすぎてすっごい適当なので、有識者の方誰か是正して欲しい
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#7 黄金の賢者
『諸君は──いや、名を聞くのはやめておこう』
燐光の中から、一際強い光を放つ金色の蝶が俺達の前に姿を現す。コイツが声の主か……?
『突然呼び出した事は詫びよう。諸君を招いたのは他でもない。この世界で起きている事についてだ』
「お前は誰だ?」
『私は意識の狭間に住まう者として、人々を見守る存在。私はかつて、ペルソナ能力を授ける立場にあった』
ペルソナ能力を授けるだと? ペルソナは自らの影を抑制した、謂わばもう一つの自分のようなものだ。他者から与えられるものではないだろう……美鶴の一部の能力は例外だが。眉を寄せる俺に構わず、蝶は話を続ける。
『しかし、"彼ら"を見てから私は考えを改めた。力は与えられるのではなく、自らの力で掴み取るものだと。人は変わったのだ。諸君が自らペルソナ能力を開花させたようにな。それを境に、私は人々の前に姿を見せる事をやめた。仮初めの姿だが、人間と話すのは久方ぶりだ』
俺達のペルソナ能力を知っている……あの老人、イゴールと同じ立場の者なんだろうか。
『二極化した世界──かの世界とよく似ている。しかし、交わる世界は一つ二つでは無い。運命とは幾万の可能性が存在するものだ。この世界は今、決して交わる事の無かった運命が集束しつつある。私は忠告に来たのだ』
「それはイゴールさんから聞きましたけど……どうなっちゃうんですか?」
『この世界は終わりを迎える』
「終わる!?」
また唐突な……何故世界が交わっただけで、終わりを迎えるんだ。そもそも世界が交わるとはなんだ?
『うつし世には、多様な世界が存在しているのは知っているかね? 諸君の言葉で言うパラレルワールド……並行世界と言えば聞き馴染みはあるだろう。小さな綻びが大いなる波紋を呼び、あらゆる運命の可能性を秘めたるもの』
「回りくどいな……つまり、どういう事なんだ?」
『極端だが……明日、どこかの並行世界で、地球を揺るがす大地震が起き、人類文明が滅ぶとしよう。その世界は破滅を迎えるが、君達を含めた別の世界では、変わらぬ日常を過ごしている事だろう。だが、その全てが強制的に集まり、ある一点の世界となる。何が起きるか分かるかね?』
「あっー!」
ずっと静かに唸っていた汐見が、突然声を張り上げて納得したように手のひらを叩く。
「地震だったり、戦争だったり、災害だったり。そういう色んな可能性を秘めた未来が一つになるって事だから、それが一辺にやってきて世界がメチャクチャになっちゃうって事なんだ!」
『左様だ』
「な、なんだと!?」
冗談じゃない……そんな厄災が一辺にやってくるだと? 文明の崩壊どころではない。世界が滅ぶだろう。間違いなく。
『かつて、諸君が築いた絆の力は、星々のように遥か彼方へと散っている。捕らわれた者達を救い、この世界の破滅を阻止する方法は、かの塔を上り、真実を見つける他ない』
「タルタロスを再び上る……そうすれば、崩壊は止められるんだな?」
『塔は一つでは無い。全ての道が開かれし時、世界は再び、蝶が羽ばたくように波紋を広げでいくであろう……ふむ。時が来たか。どうやら、ここまでのようだな』
声が切れた刹那、辺りの燐光が強く揺れ、空間全体が震える。この場所に何か異変が起きているのか!? 蝶はより一層光を強め、その姿を霞ませていく。くっ、まだ話は終わってないというのに。
「まて! まだ聞きたい事が──」
『私はうつし世から身を退いた者。本来、諸君とこうして言葉を交える事が、元より理から外れているのだ。これも綻びの一つ。多くは語るまい。諸君の手で、真実を掴みとってみせよ。人間が起こす奇跡を……見せてほしい。私は常に見守っている。だが用心したまえ……我が……半身は……す……ぐ……近く……に──』
これまで一番強い光が辺りを包む。聴覚が遠退く感覚……再び目を開けた時には、元の地下施設へと戻っていた。
「元の場所に戻ったのか?」
「誰だったんだろう。でもなんだか不思議な気持ち。私、会ったことあるような……うーん、気のせいかな?」
「塔を上り、世界救う、か……全く、この世界は何度危機に陥るんだ。しかし、事は既に起きている。今はアイツの言葉を信じるしかないだろうな」
「捕らわれた者達という言葉にも引っかかるな……」
「道は実にシンプルだ。タルタロスを上り、世界の集束を止める。今日の影時間、タルタロスに潜入するぞ。それでいいな?」
「ああ。0時まで時間はある。その間に、本部へと戻って準備を進めよう。真相も確認したい。行くぞ」
「はいっ」
「ああ!」
俺達は病院を後にする。本部へと戻る道の空は、まるで様々な色の絵の具を、混ぜて滲ませたような……そんな淀んだ色をしていた。俺はまだ自覚していなかったんだ。この事件の重大さ、そしてこの世界に迫る危機を──
────
──
真田達が去った後の地下病棟。精密機器の音が、静かに響く白い病室で、少年は意識を取り戻す。その身体をゆっくりと起こし、遅れてやってくる頭痛を感受する。額を手で押さえながら、自分に問うように掠れた声で呟く。
「僕は──一体誰なんだ……?」
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#8 世俗の塔テベル①
「ん、美鶴のヤツもう出てきたぞ」
「ワンワン!」
シャドウワーカーの本部がある、桐条グループの高層ビル。その入り口から、難しい顔をした美鶴が出てくる。まず現状を確かめると言って、1人でビルへと入った美鶴だが、数分もせずに帰って来た。
「美鶴、どうしたんだ?」
「……何から話せばいいのか。端的に言うと、シャドウワーカーという存在が消えていた」
「消えただと? 一体どういう事だ」
「グループのどの人間に聞いても、そんな名前は聞いた事が無い……そんな組織は存在しない……とな。それに加え、シャドウワーカーや先日までの事を話そうとすると、会話に必ず齟齬が生まれ、怪訝な顔を浮かべられた。影時間に関する話は可能だったのを踏まえれば……私だけ未来に飛んだかのように、時間感覚のズレが生じている。この事態はそう解釈出来るだろう」
「何?」
「一応私自身で、内部の情報を端末から探ってはみたが、シャドウワーカーという名が痕跡一つ残さず消えていた。非公認の部隊とはいえ、警察組織と共同設立した部隊だぞ。どのデータからも、存在が完全に抹消されているのは、明らかに異常だ。ある年を境に、それ以降の情報が全て消えていたとなると……まさにタイムスリップだ」
「何だと!?」
あり得ん。だがシャドウワーカーが存在しないとは……それこそ信じられない話だ。汐見がタイムスリップしたのではなく、本当は俺達が過去に来たというのか? バカな。町の景色等は変わっていなかったぞ。最近新しくなった施設もそのままだったしな。
「どうやら、都合良くシャドウワーカーだけが、消えているらしいな。これも
「俺達だけ記憶があるのは不自然だな……ああ、それと、俺も順平や山岸に通話をかけたが、応答はしなかった」
「参ったな……そうなると、バックアップが完全に停止される事になる。データベースも閲覧不可能となると、今後の作戦に支障が出るぞ……」
「フン、丁度いいんじゃないか? 最近はどこか、組織の支援に頼りきっていた節もある。この際だ、俺達だけで解決してやるのはどうだ? まさに、あの時と同じようにな」
こんな所で躓いていられん。また、無力感に苛まれるのはゴメンだからな。元々、庇護めいた大勢のサポートがある状況は、俺は気に食わなかった。孤軍奮闘にこそ、己を成長させる糧がある。俺達だけでやってやるさ。そう拳を叩いた時、俺の顔をじっと正視する汐見の視線に気が付く。
「う〜ん……」
「なんだ? 人の顔をジロジロと」
「なんか、変」
「な、何?」
目を細めて唸る汐見は、俺と美鶴の顔を交互に眺める。暫く腕を組んで首を捻っていたが、突然思い出したかのように声を張り上げる。
「あーっ! そうそう、若いんですよ若い!」
「え?」
「先輩達、お互い見て気付きません? なんだかタルタロスで会った時より、若返ってますよ。大人な先輩達見た後に、すぐいつもの先輩達になってたから、余計に混乱しちゃってたんだ私」
「何!?」
汐見がそんな衝撃的な発言をする。若返ってるだと!? そんな事があるのか? 俺と美鶴は急いで顔を見合わせる。俺の顔と身体を観察する美鶴は、徐々にその表情に焦りを浮かばせる。
「言われてみれば……20代にしては瑞々しい。もっと筋肉質な体型をしていたはずだ。今のお前はまるで……本当に、高等部在学時のような……」
「本当か!?」
「くっ、私はどうだ?」
「……」
「明彦?」
「…………すまん。違いが分からん」
「明彦……!」
一瞬、美鶴の眉が吊り上がる。一体何年共にいるんだと、怒りと呆れが混じった目で語ってくる。若いままだと言っているようなもんだろう、そんな顔で見ないでくれ。
どうりで身体が軽いと思った……くそ、肉体改造は楽じゃないんだぞ! 早急にプロテインを摂取しなければ……!
「ワンワン!」
足元でコロマルが元気に吠える。なんだ、やたら食い付いてくるな。腹でも減ったのか?
「コロマルも若返ってますよ」
「何? 何故分かるんだ」
「えー! この毛並みと顔付き見たら、一目瞭然ですよ! さっきまでのオジサン臭いコロマルと違って、今はハツラツとしてますもん」
「クゥ〜ン……」
オジサンと言われてショックなのか、耳を畳んで項垂れるコロマル。汐見は再び腕を組み、辺りをうろうろと歩き回る。
「私だけ変わっていないのを見ると……先輩達、未来の人間が若返ってます。もしかして、世界に都合がいいように、事実を作り替えてるのかもしれません」
「事実を作り替える?」
「そうです。先輩達の会社が無いのも、過去と世界が交わったせいで、事実がまだ出来ていない状態……謂わば過去の世界になりつつある。だから身体も過去のものとなってしまった!」
ビシッと指を差す汐見。名探偵のように、明後日の方を見つめる姿は、あまりにもバカらしく見えた。俺達の冷ややかな視線に気付くと、わざとわしく咳払いをしてみせる。
「……まあ、勘なんですけど。これが女の勘ってヤツかな〜?」
「女の勘ってそういうものなのか?」
だが一理あるかもしれん。世界が交わる中、過去の世界に合わせようと、事実を書き換える。メチャクチャな話だが、理屈としては合っている。
「冗談じゃない! 既に世界は交わり、身体がメチャクチャに……くそ、急ぐぞ! これ以上自分の身体を、好き勝手にさせてたまるか。俺達だけでも、タルタロスを制覇する!」
「それしかないようだな……時は一刻を争う。危険だが我々だけで行動する。行くぞ」
「はい!」
「ワンワン!」
────
──
そして、影時間の月光館学園前。俺達は諸々の準備を終え、目の前に直下立つ、タルタロスに足を踏み入れる。
「改めて確認するが、今回は我々だけの作戦だ。バックアップは私が行う。山岸程正確ではないが許してくれ。明彦、汐見、コロマルの3名のみで前線に出ろ。敵は未知数、そして少数での行動だ。かなりの危険が伴うだろう……十分に警戒してほしい」
「あ、リーダーはどうします?」
「お前がやってくれ。適任だろう」
「……分かりました。バッチリやってみせます!」
「頼んだぞ」
「ワンワン!」
エントランスから階段を駆け上がり、俺達は内部へと潜入する。この先、どんな試練が待ち受けているのか。世界の崩壊が進んでいるというのに……この胸の高鳴りは止まらない。ワクワクするな。俺は自然と口角を歪ませ、シャドウの巣を走って行くのだった。
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#9 世俗の塔テベル②
「甘い!」
「ギャオゥ……」
俺の速攻の拳がシャドウに直撃する。その一撃によって影は爆散し、跡形も無く消滅する。弱い……弱すぎる。ペルソナを使うまでもない。トレーニングバッグの方が遥かに殴り応えがある。
「手応えのない奴らばかりだな。緊張感の欠片もない。もう20階は上ってるが、ずっと逃げるヤツを追う単純作業になってるぞ。まるでつまらん」
「ワオーン!」
「確かに変ですね。階層をある程度進めていけば、敵の種類が変わってきたり、フロアの内装なんかが違ったりするはずなんですけど。なんだか、ずっと同じ階を上ってるみたいですね」
「オイ美鶴。まだ何も見えないのか?」
『ああ。依然、反応は無い。妙だな……確かに階は進んでいるんだが、既定の階層にいる番人シャドウも存在しないとは……ん? 待てよ──この反応は……』
「どうした?」
『間違いない30階に反応アリだ。かなり巨大な反応だ……それに、妙な反応がもう一つ──』
「30階か。まだ影時間が明けるまで猶予はある。一気に行くか?」
「はい! もう止まらずに、ばばーんっと行きましょう!」
「ワンワン!」
────
──
「ここは……」
30階層を駆け上がった。目の前に現れたのは──薄気味悪く変色した空だった。亀裂が入ったようば白い模様が特徴的な床。遠景には、黒い燭台に篝火が灯されている。ニュクスとの決着を付けた彼の場所だ。妙だ……もう最上階だと? かつては250以上階層があったはずだぞ。やはりこのタルタロスは何かおかしい。
「美鶴、反応は?」
『む、まだ上だな……遥か上空に反応がある。間違い無く最上階のはずんなんだが。どういう事だ?』
「これ以上はただの空だぞ。何があるって言うんだ。全く、久しぶりで感覚が鈍ってるんじゃないのか?」
『そんなはずは──な、これは……!?』
「ん、オイどうした美鶴」
『反応が急速に下降している! 近いぞ!』
「……!? 先輩、上です!」
「何!?」
頭上を見上げたその刹那。雨と見紛う程の無数の針が飛来して来る。俺は咄嗟の判断で飛び退き、なんとかそれを躱す。
俺がゼロコンマ前までいた場所に、1m強の黒い槍のような針が刺さる。この堅い地面を貫通するとは……汐見の警告が無ければどうなっていたか。クソ、油断した。
「ほう、避けたか」
複数の男の声が交じったような不気味な声が上からゆっくりと降りてくる。見上げれば、刺々しい鎧を身に纏った3つ目の巨人が宙に浮いていた。その巨体な足を地に付け、携えていた槍を地面へ突き立てる。
なんだコイツは? 見るからに敵だが。シャドウの類いか? 今までの雑魚とは違う威圧感がある。ただ者じゃないのは確かだ。
「我の名はグラーキ。この世俗の塔テベルを守護する、這い寄る混沌の使者が1柱なり。時層の歪みより無意識の奥より出でし者。汝、真実を欲するならば、我を地に伏せてみせよ」
「何?」
要は、真実を知りたければ倒せって訳か。シンプルだな……いいだろう。雑魚処理にも飽き飽きしてた所だ。ここからが第一ラウンドだ! 拳を叩き気合いを入れる俺を尻目に、グラーキと名乗った巨人は首を横に降った。
「……まだ先客の相手が終わっていない故、暫し待たれよ」
「先客だと?」
先に来ていた奴がいるという訳か? その姿は見えないが……一体どこに──
「逃げてんじゃねェぞ! まだ終わってねェ!」
そう頭を捻っていた時。突然、上空から人影が降ってくる。衝撃波と共にやってきたそれは、持っていた斧を肩に担ぎ、そのボロボロの身体を起こす。
「ハァ、ハァ……いちいち逃げやがって面倒くせェな……」
「なん、だと……?」
その姿を見た瞬間、俺は一瞬で息が詰まる。口が塞がらず、膝を突いてしまう──その可能性は汐見と蝶の話を聞いた時点で、頭の片隅に存在していた。時空が交わり、過去と並行世界が集結する。それを示唆していたのだ。頭で否定しようが、微かな期待があったのだ。もしかしたらアイツも……と。俺は唇を噛み締めて、その名前を呟く。
「シンジッ……!」
「んだァ? な、アキ!? んでお前がこんなトコいんだよ!」
「こ、こっちのセリフだぞ! お前、お前……!」
「あ、荒垣先輩!?」
「キャウン! キャウーン!」
「コロに……汐見も……! 何がどうなっていやがる」
『荒垣……まさか荒垣なのか!?』
「この声は……美鶴か? なんでお前がサポートしてんだ?」
『情報の整理が追い付かんが……詳しい話は後だ! 来るぞ!』
敵はこちらを待ってくれる訳ではないようで、緩急無く槍を飛ばしてきた。先ずはコイツを倒さねば始まらないようだ……俺達は戦闘態勢をとる。
「汝らは仲間であったか。ではまとめて相手をしてくれよう。真実を探求せし者共よ。さあ、来るがいい!」
「来るぞ、ボサッとすんな! 集中しろ!」
「援護します! はぁ、オルフェウスッ!」
「ワォーンッ!」
「やるしかないか……カエサールッ!」
眉間に銃口を向け、引き金を引く。心の強さ、覚悟の証。かつてシンジに誓ったそれを顕現させる。
「あ? んだそのペルソナ?」
「フッ、いつまでも
「ケッ、言ってろ……カストールッ!」
シンジも引き金を引いてペルソナを出現させる。カストール──俺のかつてのペルソナ、ポリデュークスと対を成すペルソナ。懐かしいな本当に……お前は──荒垣真次郎なんだな…………いいや。感傷に浸るのはよそう。今は目の前の敵に集中だ。ペルソナを出した俺達は、グラーキと向き合い武器を構えた。
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#10 世俗の塔テベル③
「おおぉぉ……らァ!」
「フッ!」
シンジと俺のコンビネーションアタック。が、それは寸での所で回避される。見た目に反して素早い奴だ。全く攻撃が当たらない。
「クソ、拉致があかねェぞ」
「物理攻撃は通りにくいな……ならば、これでどうだ!」
俺は引き金を引いて再びカエサルを出現させる。意識を集中させ、敵の頭上目掛けて、彼方より雷撃を呼ぶ。
「ジオダインッ!!」
俺が得意とする電撃属性の魔法。激しい落雷の音と共にそれは命中する。グラーキの身体から閃光が迸り、その巨体を一瞬痺れさせた。効いているのか否か、よく分からん反応だ。
『いいぞ明彦、かなりのダメージだ!』
「弱点とまではいかないか。が、物理攻撃よりはマシか。魔法戦法は趣味じゃないんだがな」
「魔法は効くみてェだが……チッ、俺は魔法使えねェからな」
「……分かりました。では、先輩2人は敵を引き付けて下さい。私とコロマルが魔法で援護します!」
「ワンワンッ!」
「分かった!」
俺とシンジはグラーキに詰め寄り、後方に注意がいかない様に圧をかけて牽制する。奴の動きのクセが読めてきたぞ……俺はその攻撃を次々と躱し、翻弄させる。シンジは持ち前の物理カウンターで隙を突き、敵の攻撃リズムを崩す。
いいぞ。タフなシンジと、素早さに長ける俺なら十分な囮になれる。いい判断だ汐見。この個々を生かした指揮能力……やはりお前はリーダーだよ。
「オォォォッ!」
「ぐっ!」
ガードしても、奴の攻撃が身体に重くのし掛かる。強いな……大型シャドウに勝るとも劣らない。少なくとも、この塔にいるシャドウとは比べ物にならんくらいだ。
「へっ。お前、いつんな慎重な戦い方するようになったんだ? アキ」
「シンジ……」
そういうお前は本当に変わらないな。その豪腕で、武器を片手で軽々しく扱う戦闘センス。いや……考えるのは後だ。今は、目の前の敵をノックアウトする事に専念するとしよう。しかし……状況は一進一退だな。このままではただ気力を消費するだけだ。弱点でも突いて責めれればいいんだが。
「フッ、フッ……美鶴! コイツの弱点はないのか!?」
『今探っている! 少し待ってくれ、こうも久しいと感覚が──』
「私に任せて下さい!」
「汐見!?」
汐見は前線へ上がると、目を瞑って召喚器を構える。何をする気だ?
「物理を初め、真田先輩の電撃、コロマルの火炎、私の氷結と疾風も効かない……光や闇も言わずもがな……それなら──!」
汐見は目の前に現れたタロットカードをスライドさせ、召喚器のトリガーを引き再びペルソナを出現させる。オルフェウスでは無い別のペルソナ。そうだったな……あの力に何度助けられたか。
「ペルソナチェンジ……ターラカ!」
汐見はグラーキの目の前に立つと、4本の刀を携えたインド神話の神を顕現させる。ペルソナを自由に変えるあの規格外の力。弱点や魔法相性なんかも、全て無効化するんだからな……敵にとっては反則もんだろうよ。
「動揺ブースタがあるターラカなら──フラッシュノイズ!」
辺りに目映い閃光が煌めく。遠くにいる俺達も、思わず腕で視界を覆いたくなる程の強い光。薄目で確認した時は、グラーキはその巨体を震わせていた。明らかに動揺している。近くにいたシンジは、その隙を逃さず一気に詰め寄る。その場から飛び上がり、グラーキの顔面目掛けて自らの頭を打ち付けた。
「ようやく大人しくなりやがったな……おらァッ!」
シンジの渾身の頭突きがグラーキにヒットする。あれは痛そうだ……アイツ、昔から石頭だからな。俺も何度もくらった事か。どんな巨大な生命体でも同じなのか、グラーキはシンジの頭突きで体勢を崩した。ようやくだな。
『よし、よくやった! 敵体勢が崩れたぞ。今なら一掃できる!』
「ああ、今ならボコれる。やるぞ」
「フッ、この瞬間を待っていた!」
「ワンワンッ!」
「よーっし! 皆、総攻撃っ!」
汐見の号令で、俺達は一斉にグラーキを攻める。総攻撃チャンス。これで終いだ!
「ぐ、ぬぅ……!」
グラーキは膝を突き、その巨大をゆっくりと地面の方へ沈ませていく。これで
「グラーキと言ったか。お前は一体なんなんだ? この影時間、タルタロス。全てお前の仕業なのか?」
「私がこの未来の世界に来た事も、関係あるの?」
「……!」
「フフ、質疑は止まぬか。まあ、当然であろうな」
グラーキはユラリと巨体を起こすと、再び宙に浮く。敵意はもう無いようだ。試練は終わったという事か。
「我を生み出したるは、世界を崩壊へ誘う数多の個の意志である。時の狭間より出でし、終末の化身なり。希望断たれし絶望は、その者の世界を破壊した。故に、破滅を望んだ。集束せしこの世界は、その者の願いなのだ」
「……」
俺とシンジ、汐見までも言葉を失っていた。全く意味が分からない。少し海外にいたから日本語の感覚が鈍ったか? そう思わずにはいられない。一体何の話をしているんだ。
「……汝らに、失われし時の記憶を見せよう」
グラーキが手を突き上げると、辺りは光に包まれる。その刹那、またあの耐え難い頭痛が俺を襲う。立っている事すら不可能な程だ。なんだ……これは。何か……声のようなものが流れ込んでくる──
愛していた
守りたいと思っていた
皆を、そして世界を
うん、分かったよ
愛する君の為なら
それで皆が幸せなのなら
僕は──
私は──
────
──
知らない誰かの記憶。哀しみに溢れたその決意の言葉が、酷く胸を蝕む。なんだこれは……この刺されたような……負の衝撃。胸クソ悪い気分だ。やがて頭痛も治まり、俺は情けない足取りで、なんとかその場に立ち上がる。
「……残す記憶はあと5つ。これで我の役目は終えた。さらばだ人の子よ」
「な……オイ待て!」
制止する俺を無視し、グラーキは天へと上り、闇の夜空へと消えていく。勝手な野郎だ。奴は敵だったのか? クソ……なんなんだ一体。
『明彦……聞こえているか? 情報を整理したい所だが、悠長にしている暇は無い。間も無く影時間が明ける。門が閉じる前に、一先ず戻ってきてくれ』
「ああ、分かった」
「ふぅ、色々一辺に起きて、混乱しそうなんですけど……とりあえず、お疲れ様でした!」
「ワンワンッ!」
「行くぞシンジ。お前に聞きたい事は数えきれんからな」
「……そうかよ」
俺達は傷付いた身体をなんとか動かして、タルタロスを下っていく。
戦いは終わった。これで何か変わったのか? 分からない事だらけだ。だが、まだこれからだという事は分かる。俺はただ突き進む……褌を締め直さなければな。
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#11 指標
「崩れるぞ。離れろ」
「ワンッ!」
エントランスを抜け、俺達はタルタロスの外へと脱出する。足を一歩外へ出した瞬間、地鳴りと共にタルタロスは跡形も無く崩壊していく。シャドウの巣は一切の痕跡を残すこと無く元の学園へと姿を変える。影時間が──終わる。
「終わった、か」
「ああ、ご苦労だったな」
「お疲れ様でした〜、真田先輩と荒垣先輩のおかげでバッチリ動けました!」
「フッ、当然だ」
「ワンワンッ!」
「フフ、コロマルも頑張ってたね。偉い偉い」
コロマルを褒めながら頭を撫でる汐見。コロマルはすっかり身を任せている。あの懐きようは、誰にでも見せる訳ではないはずだ。コロマルもどこか感じている所があるんだろう。
「……よし。いつものホテルを抑えた。荒垣への説明も兼ねて、まずはそこで状況を整理するとしよう」
「そうですね──」
某ホテルエントランス。俺達は、大理石のテーブルソファーに腰を下ろす。俺もかなりの頻度で利用している、桐条グループ系列のビジネスホテルだ……ビジネスホテルといっても、桐条らしい高級感が全面に押し出されてある。仰々しい装飾品の数々がそう物語っている。
俺達はこれまでの事を全て、シンジに説明した。仏頂面なシンジは、途中で話を止める事も無く、終始無言で頷くばかりであった。
「……なるほどな。大体の事情は分かった」
「何? 石頭のお前にしては、随分飲み込みが早いな」
「筋肉バカに言われたくねェよ。ま、オメーらの悪運にゃ、つくづく頭が痛くなるがよ。何がどうなったら、世界の命運を2度も背負うことになんだ?」
「未来から来た事や、汐見がいる並行世界の事を、すぐに理解しろとは言わない。だが──」
「ワリィがこの先の話は今はする気はねェ」
「何!? シンジ……頼む、力を貸してくれ! お前がいれは俺は──」
「疲れてんだよ。身体も頭もな。これ以上んな話聞かされちゃ、気が滅入っちまうぜ。俺は先に寝る」
シンジはため息1つ吐くと、そそくさとホテルのエレベーターへと姿を消す。
「くそ、シンジの奴め。久しぶりの再会だと言うのに……」
「荒垣先輩、なんだか思い詰めた顔してたけど、大丈夫かなぁ」
「クゥーン……」
「……荒垣にも思う所があるんだろう。一晩明かしてから、また改めて話を聞こうじゃないか」
そう言うと、美鶴も自室へと向かっていった。シンジ……闘争というアドレナリンの渦から解放され、こうして興奮が冷めた所でようやく実感する。お前がそこにいると。二度と会う事は無いと……前を向くと誓ったアイツに。くそ、頭が揺らぐ。俺もまだ混乱しているな。
頭を抱えていると、一気に疲労感がやってくる。今日の所は……寝るとするか。俺もなんとか足を動かして、エレベーターへと乗り込む。汐見の「おやすみなさい」という、声音に不安のこもった小さな呟きを背に。
────
──
早朝。冬の寒さが微かに残った朝風に、美鶴は少し身震いをする。ホテル外の小さな庭園のベンチに腰掛けた、一人の待ち人を確認すると、美鶴は白い息でその名を呼ぶ。
「荒垣」
「……ああ、来たか。ワリィな朝早くに」
「この時間帯はとうに起床している。気にしなくていいさ。朝弱いのはお前の方ではなかったのか?」
「昔の話だ……」
昔の話。そのどこか違和感がある言葉に、美鶴はある疑問を抱く。が、その問いが美鶴の口から出る前に、荒垣が懐からある一枚のカードを取り出し、美鶴へと押し付ける。そのカードを見た瞬間、美鶴の表情は固まる。
「シャドウワーカー……エクストラナンバーズの隊員IDだと……? 何故お前がこれを……!?」
「オメーから誘ったんだろうが……って言いてェとこだが、どうやらその反応からして間違いなさそうだな」
美鶴は、IDと顔写真が貼られたカードを目を凝らして眺める。偽造などは見受けられない。隊を率いる自分が見間違えるはずもない。これは、正規に発行されたシャドウワーカーの証明証だ。美鶴はそう確信する。そして、聡明な美鶴はすぐに理解した。
「汐見を知っていた……まさか荒垣。お前は──汐見と同じ世界から来た、未来の荒垣なのか……?」
「……あァ。さっきの話を踏まえりゃ、そういう事になるな」
見た目こそ高校生だが、年齢は現代の美鶴達と同年齢。この荒垣は、あの事件で死亡する事無くなんらかの形で生還し、その後も病を治療して生存した、
「なんという事だ……」
「この事は汐見に絶対話すなよ」
「あぁ……同じ世界の違う時間軸に生きる者同士だ。情報交換が危険なのは言うまでもないな」
「アキにも話すな。オメーだから明かしたんだ」
「何? なぜだ」
「……ガキだからなアイツは。俺が生きてる世界があるって分かったら、またウジウジと引きずるに決まってるからな。気持ちよく人が寝てる前で、前を向くだの口煩く言っておきながら、情けねェ事はさせねェ。俺は高校生で、これからの事を何も知らねェ人間だ……カエサルを見た時も、知らねェフリをして一芝居打っておいた。そうやっときゃ、アイツも一時の夢だと思ってすぐ忘れんだろ」
「お前は……そうか。分かって……いたんだな」
「フン。アキとオメーの、その死人を見るような顔見りゃすぐ分かんだよ。そっちの世界の俺は死んでんだろ?」
「……」
「まァ、俺も今生きてるのがあり得ねェくらいだ。2度死んだからな……末路は予想付く」
荒垣は、首に下げられた年季の入った懐中時計を手に取る。時計は不自然にヒビ割れており、もう動かないものだ。それを眺める荒垣は、固く拳を握って立ち上がる。
「話はそれだけだ。手前取らせたな」
「荒垣……」
「あァ……勝手ながらお前にも救われたからな。気は乗らねェが最低限の協力はする。戦いの時は呼べ。ペルソナの心配はすんな……誰かさんのお陰で、薬はもう必要ねェからよ。好きに使え。んじゃな」
荒垣はそれだけ言い残すとホテルへと戻っていった。難航すると見通してた、荒垣の協力要請はアッサリと終わった。だが、美鶴の心は晴れなかった。
「変な所で意固地なのは相変わらずか……全く、子供なのはお互い様だな。荒垣──」
ピリリっと美鶴のスマホが突然鳴り響く。通話の宛先は──白鐘直斗。公安警察からも依頼を任される現役高校生探偵。彼……いや、彼女は美鶴達と同じペルソナ使いであり、ここでは語れぬ程の様々な経験を積んでいる。美鶴とは、かつて起きた
『桐条……ん! よ……やく繋がっ……』
「白鐘君? どうしたんだ。こんなに朝早くに」
『すみ……せん……ただ、今は非常事態なん……す。誰とも連絡……付か……今やっと貴女の……携帯……』
「どうしたんだ? やけにノイズが走っているな」
『詳細な経緯を話す事……今……八十稲羽に……不可解な建造物が──』
美鶴のスマホはツーツーと音を鳴らす。通話は不自然に途切れて終了した。断片的に聞こえてきた直斗の言葉。美鶴の背に何か嫌なものが這い寄る。この予感は、すぐに的中する事になるのであった。様々な思惑を胸に、歪んだ世界の時は進んでいく。
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#12 進むべき道
黙ってないで返事くらいしろよ
お前はいつもそうだ
いつも黙って勝手に行っちまう……
力さえあれば、どんなものでも守れると思ってた……
いくらカッコつけて走ってみたって……結局このザマだッ!
うあああぁ……
「……俺は俺である事からは逃げられん、か」
「シンジ……」
────
──
「おはようございまーす!」
「ああ、おはよう」
人通りが出始めたビル群の静かな朝──ホテル前のプラザに、汐見の挨拶が響く。今朝はやたら元気だな……昨日までの思い悩んでいた表情は吹っ切れ、血気溢れた顔をしている。何か決意をしたようだな。
「集まってもらったのは他でもない。新たなタルタロスが発見された」
「新しいタルタロス……」
「ああ。先程、白鐘君から連絡があってな。情報は断片的だったが、恐らく八十稲羽市にタルタロスが出現している」
「八十稲羽!?」
「なんだ汐見。知ってるのか?」
「えっと、はい。先月部活動の合宿で行ったばかりです!」
「そうなのか。八十稲羽……俺達も深く関わっている場所だ。妙な縁だな」
「電話口の白鐘君は緊急事態のようだった。未確定な情報ではあるが、時間が無い。このまま手を拱いて、宛もなく彷徨する訳にもいかない。早速出発しようと思う」
「移動手段はどうするんだ? またあの仰々しい車で行くつもりか?」
美鶴の顔が一瞬強張る。あのリムジンの事は哄笑を超えて最早失笑もんだからな。美鶴はわざとらしく咳払いをすると、スマホを取り出す。
「……車は社用車を使う。大人数用の一般的な車だ。ホテルの駐車場に止めてある」
美鶴は足早にツカツカと先導していく。駐車場にあったのは、イタリア製の高級ミニバン。もうあまりツッコまないほうが良さそうだ。
「……シンジ。お前も来るのか?」
「……行くつもりは無かったが、美鶴の奴に言いくるめられてな。ったく、面倒くせェったらありゃしねえ。俺は早く帰りてェだけなんだがな」
「そうか……なら、いいんだ」
「……いいかアキ。この世界でお前が今まで、どんな経験してきたかは知らねえが、俺は俺でお前はお前だ。いつまでも後ろ向いて、小せえ事をクドクドと気にしてんじゃねえ。オメーは前だけ見てろ。いいな?」
「分かってるさ……」
それを言われるのは何度目だろうな。分かってるんだよ……そんな事。だがこの肉体より湧き出る、むしゃくしゃした感情はなんだ? 自分でも分かるくらいに、俺は酷く動揺している。身体だけでなく、精神まで退化したのか? 前を向いたつもりでも、荒垣と汐見を見ていると、どうしても昔を思い出しちまう。クソ……考えるだけ無駄だ。さっさと向かおう。
4人と一匹を乗せた車は、八十稲羽へ向けて走り出す。が、事件は早速起きてしまった。
「あ、あの……」
「ん……オイ!?」
人がいるはずの無い荷室から人影が現れた。運転席の美鶴を除く全員が後ろを振り返る。コイツは……汐見と一緒にいたヤツじゃないか!
「な……病院にいたはずだろ! なんで車内にいるんだ?」
「参ったな……高速に入った以上、すぐには引き返せないぞ」
「す、すみません! でも、どうしても我慢出来なくて……」
「どういう事だ?」
「あの……僕もついていっていいですか!」
「何?」
「病院抜け出して、勝手ながら皆さんの話を聞いて……居ても立っても居られず、忍び込んだ事はすみません。でも、僕に出来ることならなんでもします! 決して皆さんの邪魔はしません!」
少年はそう頭を下げるが、美鶴の反応は渋いものだった。
「病床を抜けた事に関しては……緊急時故に追及はしない。が、君の加入に関しては承服し難い。危険だと知って尚も参加を望む姿勢は、感心しないな……これは我々だけの問題だ。一般人の君を巻き込む訳にはいかない」
「お願いします! ただついていくだけでいいんです! あなた方についていけば、僕に関しての記憶も分かるかもしれない……このまま黙って傍観は出来ません」
「しかしな……」
少年の必死の懇願に、難色を示す美鶴。見かけに寄らず正義感が強く、アグレッシブなヤツだ。
「別にいいんじゃないか? 身元不明で行く宛がなく、影時間関連で見つかった身柄だから、今は一応グループの管理下なんだろ? 離れた所で変に動かれるよりはいいだろう。それに、根性ある奴は嫌いじゃない」
「そうですよ。彼も私みたいに、別世界からやってきた人かもしれないですし、話を聞くべきです。何かあったら荒垣さんが、ちゃんと叱ってくれますから」
「んで俺なんだよ……」
「……分かった。だが、君は保護対象である事を留意しておいてほしい。くれぐれも危険を冒さず、万全の注意を払って行動してくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺と汐見に押され、美鶴も承諾する。なんで後押ししたんだろうか……分からん。なんだかコイツには、得体の知れないパワーを感じた。ただそれだけだ。
全員で話し込んでいる内に、旅路はすぐに終わった。八十稲羽に到着した。車を降りると、山に囲まれた昼下がりの田園風景が広がる。懐かしいな……かつての戦いの場は記憶に新しい。
「白鐘君と連絡を取りたいが一向に繋がらない。参ったな……誰も彼も、連絡手段を絶たれるとこうも厄介とは」
「影時間を待ってタルタロスを確認するしかないな。まだ半日もあるが。まず落ち着ける宿でも探したらどうだ?」
「あっそうだ! 折角なら旅館行きましょうよ! んえーっと名前なんだっけな。確か……」
「天城屋旅館か?」
「そうですそこそこ! 先月泊まった時、すっごい良かったんですよ。雪子ちゃんも可愛かったなあ」
「何? 彼女を知っているのか」
この町の人間とは、本当に妙な縁がある……ペルソナ使いはペルソナ使いにひかれ合うってか。
「そうだな……彼女の無事を確認する為にも、一度足を運ぶべきか。一息付ける場所も欲しい。向かうとしよう」
俺達は再び車へ乗り込む。俺は晴れ渡った空を見上げる。世界の危機なんて知らないように、ムカつく程に清々しい天気だ。
シンジ……お前の言う通り、今だけは目の前に集中するよ。この戦いが終わった時、また話し合おうじゃないか。どんな状況であろうとも、今度こそ隣で守って見せるさ。もう誰も失わせない。俺が俺である為に、俺は前へ進んでやる──
真田目線は一旦終わりです。
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#13 霧消の町
落着きのある赤と漆の塗装と、主張しすぎない麗しい装飾品の数々がなんとも荘厳だ。稲羽の山々を一望出来るこの場所も、風光明媚な景観と言えよう。成程……地元民のみならず、県外からも大勢の客がやって来るのも頷ける。
「うわぁー、やっぱ綺麗な旅館ですねえ! 期間空けずに来れるなんて、なんかお得かも」
「ほう。中々に見事だな。この匂いは温泉か? よしシンジ。どちらがより長く湯船に浸かれるか勝負だ」
「しねーよバカ。ガキかてめえは」
「ワンワンッ!」
「あ、そういえばコロマルどうするんですか?」
「そうだな……流石に中は入れてもらえんだろう」
「クゥーン……」
コロマルは耳を畳んで項垂れる。流石にペット同伴が許される訳ないだろうからな……かといって外に置いていく訳にもいかない。
「どうします? ぬいぐるみだって言い張って中入れます?」
「いや、バレんだろうが」
「えぇっ、私それで先月の映画祭り、コロマル連れて映画館入ったんですけど」
「何!? 気付かれなかったのか?」
「いえ……すんごい引きつった顔の受付の人に、つまみ出されました……」
「どんな肝っ玉してんだオメーは……つーか、ぬいぐるみだとしてもおかしな話だぞ、ソレ」
まだ宿泊すると決まった訳ではない。コロマルには外で一旦待機してもらい、一先ず天城君の無事を確認する事にする。
中も美しい空間が広がっていた。鏡面磨きされた床材からは、常日頃の手入れが、非常に良く行き届いているのが窺える。やがて奥から、着物を来た妙齢の女性がやってくる。
「ようこそ当旅館へ。ご予約のお客様でしょうか?」
「いえ……我々は天城雪子を探しておりまして。彼女は御在宅でしょうか?」
「あら、雪子ちゃんの知り合いでしたか。すみませんねえ……彼女は今、ご友人達と一緒に海外旅行に行ってるんですよ。何か御用でも?」
「旅行……いえ、御在宅でないのならいいんです。失礼しました」
一つ会釈をし、我々は旅館を去る。彼女が無事ならばいいが……何かがおかしい──今朝、白鐘君は稲羽に不可解な建造物があると言っていた。白鐘君が見た建造物をタルタロスだと仮定しても、影時間外で出現するのは妙だ。あれ程巨大な塔を見逃すのも考えにくい……どういう事だ? それに、何故白鐘君は天城君達と行動を共にしていない?
私の理解を越える不可解な状況。不明瞭な禍根を抱えたまま、タルタロスへ赴くのはナンセンスだ。
「情報共有をしたい所だが……彼女と連絡が取れないものか」
「もう一度かけてみたらどうですか?」
「ん、そうだな……そうするか」
私は念の為、再び白鐘君に通話を試みる。
『──もしもし、桐条さん?』
「……! 白鐘君か!」
電話口から鮮明な声が聞こえてくる。繋がったか! 通信手段は閉ざされていると勝手に認識していたが、どうやら特定の条件ではその限りではなさそうだな。またいつ遮断されるか分からない。時間が惜しい……私は彼女に要件を簡潔に話した。しかし、返ってきた言葉によって、また状況が一変する。
『──待って下さい桐条さん。僕は不可解な建造物なんて見ていないし、元より貴女に電話もしていません』
「何……?」
『……何かあったんですね?』
やはり通信に異常があるようだ。この混沌とした世界では、電波が不調になるのも致し方ないのかもしれないが。あの時のように、互いに認識の齟齬が生まれると厄介だ。
「白鐘君。これ以上は会って話をした方がよさそうだ。我々は今、天城屋旅館にいる。君は今どこに?」
『分かりました。僕がそちらに伺いますので、少し待っていて下さい』
────
──
「あ、誰か来たみたいですよ」
数分もしない内に白鐘君がやってくる。が、1人ではないようだ。彼女の横には、見覚えのある身長痩躯な少年が並んでいた。あれは──巽完二君だ。
「すみません。お待たせしました」
「チッス!」
白鐘君は私達の姿を確認すると、すぐに顔を歪ませる。聡明な彼女は、どうやら異常性に気づいたようだな。
「桐条さん。その身体は……」
「フッ、出会い拍子で察するとは流石だな。詳しい経緯は順を追って話すが、私も明彦も、どうやら若返ってしまったようでな」
「白鐘も分かるのか……美鶴の変化。まさか俺が鈍感なのか?」
「先輩……自分が鈍感なの今更気付いたんですか?」
「な、なんだと!?」
「若返った……やはり何か起きてますね。僕も巽君も、実は同じ様に身体に異変が起きてるんです」
「おうよ。朝起きたらビビったぜ。せっかく黒髪にしたのに、金髪に戻っちまってるんだからよ。今年受験なんだからしっかりしろって、朝っぱらからオフクロに怒られたぜ……ったく」
最早隠す必要も無い。私は彼らに、事の顛末を洗いざらい全て話した。巽君は頭を抱え、情報を復唱して必死に飲み込もうとしているが、白鐘君は悟ったように、精悍な面持ちで頷いて見せる。
「成程……それで貴女方は、僕の通話を聞いてこの町へやって来たと」
「ああ。だが君は掛けていないんだろう?」
「僕の名を騙った愉快犯……と言うには、塔出現の状況と一致している箇所がある。そもそも、着信履歴には間違いなく僕の番号が残されている」
これを混沌による、通信機器の不具合と帰結するには、あまりにも軽忽な推理だったか。双方の履歴を鑑みれば、必然と疑いは白鐘君に向くが、無意味な行為する人物でない事は承知している。万が一にでもあり得ないだろう。
「桐条さん、僕以外に対しての通話は?」
「何度か試したが、皆不在だった。音信不通で行方不明のメンバーも多々いる。君達の中にも、そういったメンバーはいないのか?」
「先輩達はこの町にいませんよ。来月からの大学デビューを祝う……とかで、鳴上さんを始め、先輩達は皆、海外へ旅行へ行っています。それに時差でしょうが、早朝から皆さんで写っている多くの写真が送られてきています。先輩達は問題ないようですね」
「ったく冷てーよなあ、あの人らも。俺等も行きたかったのによ……クソ、こういう時クマ公が羨ましくなるぜ」
「まあ、僕達は学年末のテスト期間と被ってしまったし、学校も休めないから。それに、帰ってきたら春休み期間に、皆で旅行に行こうと言ってくれましたしね。埋め合わせは必ずしてくれる方達ですよ」
「ま、りせの野郎も、忙しいとかで行けずに喚いてたしな……けど好都合じゃねえか」
「巽君?」
「すんません──俺等もその塔を上るっつーのに、頭数加えてくんないすか!」
「何……? しかし、君達には学業が──」
「オレ、あの人らに心配かけたくねェんスよ。何も変わりねえ町で出迎えてやりてェ! お願いしゃっす!」
巽君は拳を固めて頭を下げる。今回こそは、彼らを巻き込むまいと思っていたのにな……これもまたペルソナ使いの運命とやらか。
「僕からもお願いします。皆さんの手助けになるのなら、喜んで力を貸します」
「……ああ。君達が手を貸してくれると言うのなら心強い。今回もよろしく頼む。すまな……いや、ありがとう」
「あざっス! やってやろうぜ直斗! オレらだけで、混沌とやらを解決しちまおうぜ!」
「ええ。末席ながら、全力を尽くしますよ」
「はは、そう謙遜するな。お前達の力は折り紙付きだからな。頼りにしてるぜ、2人共」
「ウッス!」
白鐘君も巽君も、強力なペルソナ使いだ。頼もしい限りだな。天城君達は海外にいる以上、際して影響は受けないだろう。厄災が及ぶ前に、なんとか解決したいものだな。あとは影時間が来るのを待つのみ。タルタロスが出現しないのなら良し……現れたのならば、再び身命を賭して、踏破するのみだ。
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#14 湯煙の天国
「影時間までまだ時間がある。が、ただ漫然と時を無駄にするのも忍び無いな」
「あ、ならやっぱり温泉入りましょうよ! 決戦の前に、スッキリと心と身体を整える事も大事ですからね」
「悪くはないが……湯に浸かるだけの利用でもいいのか?」
「ええ。ここの旅館は温泉施設だけでも利用出来ますよ。宿泊客以外にも気兼ね無く入れるようにと、解放してあるみたいですね」
「そうだな……では、夜まで少し休むとするか」
「やった!」
汐見の言う通り、今はなるべく休息を取るべきか。シャドウワーカーを預かる身として、日々業務に明け暮れていたから、温泉なんて修学旅行以来かもな。
我々は再び旅館に再び立ち入る。事情を把握した旅館は、我々を快く受け入れ、コロマルの面倒も外で見てくれる事に。至れり尽くせりだな……素晴らしいサービスだ。有り難く寛ぐとしよう。
────
──
「ほう……中々の広さだ。露天風呂じゃなくても、貸切だとこう心躍るものがあるな。シンジ、どちらが先に根を上げるか勝負だ」
「だからしねーよ」
「わぁ、広いですね」
「お前もこい……ん? そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。名前、覚えてるか?」
「あ……あの、それが……覚えてないんです。自分が何者だとか、そういうの全部……」
「そりゃ難儀なこったな。テメェの事何も知らねェのに、この旅についてくるなんざ、お人好しがすぎるぜ」
「仮にでも、何か欲しい所だよな…………うむ……ん……そうだ! うみうしでどうだ?」
「正気かアキ。オメーの頭はどこまで肉なんだっ」
「う、うるさいな……じゃあシンジ。お前が何か考えろ」
「……ミナトでいいだろ」
「ミナト? 何故だ? 突発で思い付くには、随分凝った響きに聞こえるが」
「うるせえな。オメーのうみうしより何百倍もマシだ」
「ミナト……ミナト……いいですね。気に入りました! ありがとうございます!」
「む……なんだか敗北感があるな。だが湯船我慢勝負には負けんぞシンジ!」
「しねーっつってんだろっ。勝負だとしても、昔っから我慢できねえオメーには負けねえよ」
「言ってろ──」
────
──
「それで……この2人はどうしたんだ?」
「まるで茹でダコですね」
「はは……」
困った様子で、2人の中央に立って肩を支える少年。なんとなくは想像つくが。どうせ意地の張り合いでの、無益な勝負の結果だろう。
「情けねェ……くそっ」
「ミナト……すまんな……」
「いいんですよ。これくらい」
「ん、ミナト?」
「あ、はい。僕の……仮の名前です。荒垣さんがつけてくれたんです」
「ミナト……いい響きだね。似合ってるよ!」
「ありがとうございます」
偏屈なき笑みを見せるミナト。眺める程に不思議な少年だ。面識など無くとも、遠い友人に久しぶりに会ったかのような……自然と惹き付けられる。刹那に見せる瞳の奥には、何か圧倒されるような闘志がある。少し……彼や汐見に似てるかもしれない。
「では、影時間まで各自自由に過ごすように。くれぐれも時間厳守でな」
私の呼びかけに、各々返事をする。私は私で少しやる事がある。貸して下さった自室へ戻り、作業をしながら影時間を待つことにした。
────
──
旅館内を散策する美鶴を除く一行は、小角に設置されたゲームコーナーで足を止める。
「お、射的ゲームじゃねえか。ガキん頃よくやってたぜ」
「何故老舗旅館に、こんな最新鋭のガンシューティングがあるんでしょうか……普通置くのは、レトロゲームなのでは」
「折角だし試してみるか。俺達は銃の扱いには長けているからな」
「まあ、使ってるっちゃ使ってますけどね……自分に対してですけど……」
「お、銃に関しちゃ直斗も負けてねーぜ。なんなら勝負しないスか? 丁度2人用みてェだし」
「べ、別に僕は……」
「よし、受けて立とうじゃないか。白鐘、本気で来い──!」
直斗に真田は勝負を仕掛けるが、直斗の銃の腕は凄まじく、真田、荒垣、汐見と3人続けて見事に撃沈した。
「負けた……! 直斗君強い……!」
「ピンチなった時、何回か自分に銃口向けそうになってたぞオメー」
「お前だぞシンジ。いや、俺もだが……」
「どうよ! これが直斗の実力だぜ。これぞベンケイの泣き所ってヤツだ!」
「それを言うなら弁慶に薙刀です……」
「頼むミナト! 俺達の仇を取ってくれ!」
「ぼ、僕ですか……」
渋々銃を持つミナトだったが、トリガーに指を掛けた瞬間、顔付きが変わった。直斗に勝るとも劣らず、次々とスコアを重ねていく。
「同点……! すごいじゃないかミナト!」
「マジかよ! 射撃で直斗と並ぶヤツがいるなんてよ」
「向かってくるゾンビに対して、迷いのない正確な射撃。お見事でしたよ。僕も久々に熱くなってしまいました」
「その冷静な判断力は、付け焼き刃で身に付けれるもんじゃない。立派なものだぞミナト」
「あ、ありがとうごいます」
そんな一時の休息を嗜んでいる内に、時間はあっという間に深夜を回る。美鶴達は旅館屋上で静かにその時を待つ。時刻は──深夜0時。
「──やはり来たか」
「グルルル……」
「影時間……!」
「おぅわ!? 空が急に変わりやがった!」
0時を回った瞬間、空が深緑色に染まる。ここまでは想定通りだな……後は──
「あ、あれを見てください!」
「あれは──!」
白鐘君が指差す方角に、それは存在した。闇夜に佇む影の迷宮──タルタロスだ。あの場所以外に本当に現れるとはな……信じ難い事だが、これも歪みの産物か。蝶の言葉を鵜呑みにするのであれば、あの頂に我々がよく知る人物が囚われている。こうなっては一刻を争う──早々に乗り込まねばな。
「待てよ……ありゃ学校がある場所じゃねえか……!?」
「ええ、どうやらそのようですね。あの時と非常に良く似ている……急ぎましょう」
「ああ──準備は整った。これよりタルタロスへ向かう。行くぞ!」
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